風俗嬢と僕【1】
風俗嬢と僕【2】
風俗嬢と僕【3】

696 : 以下、名... - 2017/06/25 20:37:15.13 5vA409IiO 457/597

二回戦から三回戦までは二週空く。

間の週末で、エリカと二人でうちの大学を散歩することにした。大学に通ったことがないから、どんなところなのか来てみたかったらしい。

「わー、こんな感じなんだ。広いね、すごい。ちっちゃい町みたい」

「それは言い過ぎだって」

苦笑しつつ、気持ちは分からないこともない。棟移動の授業の時は、もう少し狭くしてくれと呪いたくもなる。

「ね、学食とか、私も入れるのかな?」

「あー、うん、大丈夫……と思う」

ちょうど近くにカフェ風に造られた、落ち着いた雰囲気の学食があったから、そこに入ってお茶をすることにした。

休講日の昼過ぎということもあって、部活やサークル終わりの学生で少し混雑していたけど、座れなくもない。

僕の手帳を二人掛けのテーブルに置いて、二人でレジに向かう。

「色々あるんだねぇ」

何を食べるか決めかねて、彼女はメニューとにらめっこしている。

「お勧めはオムライスかな」

「どこにいってもそればっかりじゃんかー」

そんな夫婦漫才を挟みつつ、僕はオムライス、彼女はメンチカツを頼んでシェアしようってことで落ち着いた。

「メンチカツ、今のお店に無いから。あったら良いな、とは思うんだけど」

そんなことを考えて注文を決めるあたり、仕事意識高いなぁ、なんて。

二人まとめて支払うとレジのパートさんに告げると、表示された金額を見て「安い……!」と驚く姿も何とも新鮮で。

「ごめんね、支払、ありがとう。頂きます」

「いやいや、今日は僕のホームだからさすがにね。安かったでしょ?」

「うん、驚いた! 凄いね、学食って」

話しながらテーブルに向かうと、僕を呼ぶ声が聞こえた。

「あれ、エリカ?! 何で? あ、カズくん!」

698 : 以下、名... - 2017/06/27 02:18:25.29 DjAdNFrj0 458/597

確保してたテーブルの二つ手前の女子グループの中に、よく知った顔が混ざっていた。

「えっ、何で二人で?」

問われて、事情を説明すると「あー、そういう……なるほどね」と頷き始めた。

一体何があったのか分からないけど、あの食事会以降、二人は連絡を取りあったり仲良くなってるようだ。

とてもそんな仲になれるような関係とは思わなかったけど、女って不思議だ。

二人して消えたと思ったら、いつの間にか楽しそうに話しながら戻ってきて、『カズくんがエッチだってことを教えてもらったよ』なんて。

まあ、いいや。僕も好きな二人が仲良くしてくれるのは嬉しい。

「今日の練習一緒に行こうよ~」

「え、私も行って良いの?」

本当に、仲がよろしいことで。

少し離れたところで二人を見ていると、女子グループのうちの一人から「あれ、もしかして……」と声をかけられた。

699 : 以下、名... - 2017/06/27 02:26:31.42 DjAdNFrj0 459/597

「ミユのいるチームの……カズヤくん? だよね?」

「あぁ、はぁ……」

今週に入って、何度かこういうことがあった。

ローカルニュースとか、友達づてとか。サッカー部ではないやつが、天皇杯でプロに勝ったらしいっていうのは、体育会系の部活があまり活発でないうちの大学では面白い話題の一つみたいで。

体育会系サッカー部のやつには入部しなよと勧誘されるし、ちょっと面識がある、くらいのやつには今みたいに興味本意で話しかけられたり。

そういうのに慣れてない僕は、ただ焦るだけなんだけど。

「すごいね、がんばって!」

でも、こんな風に応援してくれるのは素直に嬉しい。今までは『部活にもサークルにも入ってない、ちょっと変なやつ』みたいに見られてたしね。

「うん、ありがと」

チラッとエリカとミユに視線を向けると、その子は「ほら、デートの邪魔しちゃ悪いでしょ」と声をかけてくれた。

「あ、ごめんごめん。それじゃ、またあとでね」

エリカもそれに頷いて、僕たちはやっと席に着いた。

700 : 以下、名... - 2017/06/27 02:32:07.50 DjAdNFrj0 460/597

頂きます、と二人して呟くと、続けて尋ねられた。

「さっきの子、知り合い?」

「ううん、知らない。ミユとも大学の中で話すことって、あんまりないし」

ミユはうちのマネージャーだけじゃなくて、インカレのテニサーにも入ってるらしく、学内の顔は広い。社交性って、そういうところに出てくるよね。

「へぇ……そっか。さっきみたいなことってよくあるの?」

「さっきみたいな?」

「知らない子に話しかけられたり?」

「先週の試合のこと知ってる人からはたまに、かな?」

「そっか……」と呟く彼女を見て、「どうした?」と問いかけると、モジモジと返事を聞かせてくれた。

「何て言うか、遠い人だなって。すごいなって。知らない人がそんな風にカズヤのこと知ってるって、凄いよね。」

「いや、全然……」

この間の試合だって、ヒーローだったのはフリーキックを叩き込んだヒロさんだし。

705 : 以下、名... - 2017/06/28 21:13:05.48 Al3/FdnyO 461/597

「凄いよ!」

ちょっと語気を強めて、彼女は続けた。

「この間の試合だけじゃないよ。ずっと前から、凄いなって……うまく言葉にできないけど、嘘じゃなくて」

何て言って良いのか言葉を探すように、一瞬の間が出来て。

「パワーを貰えるっていうか……見てて『すごいな』で終わらない感じ? 私もやらなきゃって。だから私は、今ここにいるの」

ニコッと、彼女は笑った。そんな風に誉められることなんてないから、ぎこちなく笑い返してしまったよ。

「本当だよ?」

付け足して、彼女はお箸を手に取った。

「ここで話すの、恥ずかしいね。食べよ食べよ」

二人して頂きますと呟き、僕もスプーンでオムライスを削った。

「……うん、美味しい」

そう言って笑う彼女の目に映る僕も、今度は上手く笑えているみたいだ。

食事を進めて、お互いの注文をシェアしてみたり。うん、メンチカツも美味しいね。

「何か、夢みたい」

呟いた彼女に「何が?」問うと、ニコニコしながら答えてくれた。

「こんな風に、カズヤとデートが出来て。ミユって友達が出来て。遊びにだけど、大学にも来れて」

706 : 以下、名... - 2017/07/10 01:41:42.75 yogUl4Q30 462/597

「夢じゃないよ……うん、夢じゃない」

僕からしても、夢みたいなんだけど。

あんな形で知り合って、こういう風に付き合って、天皇杯も勝ち上がって、出会ってから今日までのことが本当に夢みたいで。

「……うん、そうだよね」

噛み締めるように、彼女も言葉を繰り返した。頷いて見せると、頬を緩めて頷き返してくれた。

ああ、何かこう、幸せだね。これで良し。

そう思ってた。

一瞬、エリカの顔が曇ったのが分かった。僕がそれに気づくが早いか、俯いて顔を隠す。

「……どうかした?」

「ごめん、ちょっとだけ、ちょっとだけ待って」

小声で返されて、無言で頷くと沈黙が続いた。

何があったのか分からないけど、数十秒が過ぎて、恐る恐るエリカは顔をあげた。

707 : 以下、名... - 2017/07/10 01:51:56.76 yogUl4Q30 463/597

「……アキラ……あの、ホスト……が、いたから……」

ああ、そうか。今の幸せにボケていたから、忘れてしまっていた。その男、つまりミユの彼氏になるんだろうけど、そいつも同じ大学だったんだ。

「……行こっか」

「ううん、ちょっと待って」

あれ、なんで。

「ミユの席に向かってる……ちょっと様子見してもいい?」

問いかけには、頷いて返す。何もなければ良いんだけど、何かあるなら備えておいた方が良いだろうし。

二人して無言で向かい合い、交互にちらちらと視線をミユの方に向ける。

そんなミユはというと、向かい合って座っていた友達と一緒に立ち上がり、外に出る準備をしている。

「……もしかして、今から別れ話?」

エリカがぽつりと呟いた。

「別れようと思ってるとは、聞いてたから」

708 : 以下、名... - 2017/07/29 10:44:21.27 obttIvsFO 464/597

別れ話って、こんなにドキドキするものなんだ。

今までフラれたことはあっても、自分から別れを切り出したことはなくて。ずるいのかもしれないけど、友達についてきて貰ってて良かった。

呼び出した場所に、まさかエリカとカズくんがいるなんて思いはしなかったけど。

慌てて移動しようって言っちゃった。

席を立って、三人で敷地内の別のカフェへ歩いて向かう。

……うん、良かった。エリカのことには気がついてないみたい。もうこれ以上、あの二人に迷惑をかけるわけにはいかない。

外に出ると、残暑の陽射しが私たちを襲ってきた。

「あっちぃなぁ……」

ぼやく彼の気持ちも分からなくもない。

足早に移動して、三人分のアイスコーヒーを注文すると奥の方の席に座った。

「……で、何? 話って」

711 : 以下、名... - 2017/07/30 10:56:59.93 Q66i7EaIO 465/597

「あの、ね。うん、あの、別れて、ほしいの」

言葉が途切れ途切れになったのは未練ではなくて。

かつて抱いていた好意を、もう持っていないということを告げるのは、相手を傷つける言葉の気がして。

今までに言われたことはあっても、自分からそれを口にしたことはなかったから。慣れてなくて、戸惑っちゃって。

私のそんな戸惑いを意に介せず、彼の反応はあっさりしたものだった。

「あーー……そう。そっか、分かった」

その言葉に、何だかほっとしたような、拍子抜けのような。

特に引き留められたり理由を聞かれたりもないあたり、やっぱり私は都合の良い女だったんだろう。

情けないような、気がつけて良かったような。

712 : 以下、名... - 2017/07/30 11:07:54.75 Q66i7EaIO 466/597

「話って、それだけ?」

尋ねられて、一瞬止まってしまった。

聞きたいことは、色々とある。

何で私と付き合おうと思ったのか。都合の良い女なら、彼にはきっと他にいる。

それならなぜ、彼は私を選んだのか。

ただ、それよりも先に口から出てきたのは。

「私のこと、好きだった?」

聞くべきではないことなんだろうね、きっと。

それでも、口から滑り出てしまった。一番気になってしまった。

713 : 以下、名... - 2017/07/30 11:37:53.05 Q66i7EaIO 467/597

私がもう持っていない好意を、彼に求めるのはきっとお門違いな話。

「好きだったよ」

その言葉で、残念そうな作り笑いを見せる彼。

私たちは嘘をついてサヨナラをする。

「ごめんね……」

思ってないけど。

本当に妥協も打算もなく、お互いが純粋に、ただ好きなだけな人と付き合うことって、難しいことなんだろう。

だから恋愛小説や映画の中の恋愛に憧れてしまう。あれも一種のファンタジーなのかな、たぶん。

立ち上がって、彼は言った。

「それじゃ、また」

またね、を返す前に、彼は渡しに背を向けた。

あまりにもあっさり、私たちは終わってしまった。友達に「お疲れさま」と声をかけられても、何だか実感がわかないくらいに。

714 : 以下、名... - 2017/08/06 22:15:56.12 ou2lTVEyO 468/597

執着されるほどの魅力もなくて、やっぱり私はたまたま選ばれた、都合の良い女の一人だったのだろう。

付き合ってて疲れるとか苛立つとか、そういう歪んでいる関係性。不健康な付き合い。

それを断ち切る勇気を得られたのは、きっとあの二人のおかげだよね。

ファンタジーな、映画やドラマのような恋をしていた二人。ある意味私も出演者なんだろうけど。

憧れているだけじゃなくて、私もその舞台の主演になりたくなってしまった。だから、悲劇のヒロインをいつまでも続けているわけにはいかなかった。

今日の練習、エリカも見に来てくれるらしいし、みんなカズくんを冷やかすんだろうな。私もそこに混ざってやろう。

今はそんなモブキャラだけど、いつきっと。

716 : 以下、名... - 2017/08/12 15:47:47.72 53aqxMJeO 469/597

彼女と付き合い始めたのは、気まぐれのはずだった。

子供の頃から容姿に恵まれていたおかげで、女に不自由したことはない。小中高、恋愛というものに関心を持つような年頃になってから、頭が悪そうな表現になるけど、とにかく俺はモテ続けてきた。

女に一方的に好かれるということは、言い換えれば男からの顰蹙を買うということでもあり。

ヤンキーのボス的存在の女に好かれたという理由で呼び出された……のは中学の時か。高校だと、友達の彼女に手を出したと噂されて、弁解も通じずに縁が切れたり。

いいんだけど。結局嫉妬だし。

ただ、その開き直りのなかに、空しさも混在していた。気がついたのは、高校生の時だった。

顔が良いからという理由で釣れているのであれば、例えば大事故に遭うとか、野球のライナーがぶつかったとか、何かのせいでこの顔を無くしてしまうと、俺には何も残らない。

717 : 以下、名... - 2017/08/12 18:02:10.21 X9gCjw1NO 470/597

それを解消する方法が何なのか分からなくて、とりあえず勉強をした。

勉強ができればそこそこの大学に行けるだろうし、そうなれば就職だって上を目指せる。特に目標もやりたいこともなかった俺は、漠然としたゴール、空虚感の解消を目指して勉強して、その甲斐か運良くか、今の大学に合格できた。

そしたらまぁ、今まで以上にモテたね。

今まで勉強ばかりしていて、大学デビューしたての女。学外だと、学歴でも釣れるし。

社会的地位と容姿……社会人になれば金もなんだろうけど。それがあれば、女は一方的に寄ってきた。

俺はそれを選ぶ側、遊んであげる側だった。

ある時、悪友に合コンに誘われた。誘われたというより、女を呼ぶエサになってくれってことなんだけど。

それを俺本人に言ってくるあたり憎めないやつで、了承したんだよね。

そこに彼女はいた。

名前は、サキといった。

719 : 以下、名... - 2017/09/10 15:03:14.82 cMFSB1fiO 471/597

一目見て、彼女がこちら側の人間だってことは分かった。

そして、同族嫌悪のような、親近感のような、不思議な気持ちを抱いた。

近づいてはダメな気もしたし、もっと彼女を知りたいとも思った。

合コンが進んでいくと、彼女から誘われた。

危ない臭いを感じながらも、やっぱり俺は逃げられない。

事を終えて部屋を明るくすると、彼女がどことなく今流行りの女優に似ていることに気がついた。

「よく似てるって言われない?」

何気なく、投げ掛けた一言だった。

「あはは、分かる? また言われちゃった」

さも慣れてる、という様子で、サキは笑った。空しい笑顔だった。

「何か、ごめん?」

誉めたつもりだったんだけどな。でも、あの女優を好きじゃない可能性だってあるわけで。軽率だったかな。

「ううん、嬉しいよ?」

そう言って、今度は彼女が問い掛けてきた。

「……どっちが可愛いと思う?」

真っ直ぐな目だった。合コン中はもちろん、事の最中だって見せなかった、鋭い視線だ。怖ささえ感じるくらい。

720 : 以下、名... - 2017/09/10 15:16:08.46 cMFSB1fiO 472/597

「そりゃ、サキちゃんだよ」

そう返す以外に、何と言葉にできようか。

「女優さん、テレビでしか見たことないし。サキちゃんの方が、いい女だよ」

普通だったら半笑いでしか言えないような言葉が、すらすらと出てきた。

「……嘘ばっかり」

その言葉を残して、彼女はうっすらと涙を浮かべた。そこから先の言葉は、なかなか出てこなかった。

俺はただ彼女を見つめるだけで、彼女も俺を見つめるだけだった。

数十秒か、数分か、数十分か、沈黙が無くなるまでの時間は長かった。

そして、それを壊したのは。

「……優しいね」

その一言だった。その一言だけ残して、彼女はシャワーを浴びるべく、俺に背を向けた。

どうしたんだろう。何の涙なんだろう。

頭のなかで考えても勿論答えは出ないけど、代わりに彼女はさっさとシャワーから出てきた。今度はちゃんと、悲しくない笑顔だった。

ホテルを出る前に、連絡先だけ交換した。

きっと連絡を取ることはないんだろうけど。

またね、と言い合って、俺たちは分かれた。

722 : 以下、名... - 2017/10/01 22:27:17.20 Pkprf/yC0 473/597

それからほどなく、俺はホストを始めた。

楽して……ってわけではないけど、他のバイトより稼げたし、長所も活かせた。向いてるなって、自分でも思ったよ。

そこにいるのが楽しくて、朝まで働いて昼から寝ぼけ眼で大学に向かう。

そんな日々を過ごしていたら、必修単位を落としてしまった。

進級後、再履すれば良い授業だったから助かったけど、留年なんかしてしまったらたまったもんじゃない。

新入生の女にチヤホヤされながら、年下に混ざって講義を受けた。それを受けている時点で、チヤホヤされるべき先輩じゃないのにね。

あまり大人数の講義じゃないから、ほぼほぼ仲良くなった時だった。そこに群れない数少ない女に、ミユがいた。

大学デビューした女、元々ヒエラルキー上位にいた女は、少なからず俺に友好的な態度をとっていたし、そうじゃない奴は僻んでいるような奴ばかり。

そうじゃない例外だったミユに、俺は興味を持ったんだ。

話を聞けば、兄貴のいるサッカーチームの手伝いをしているとか。マネージャーをしたいなら大学でやればいいのになんて思ったりもしたけど、そういうところを含めて気を惹かれてしまった。

723 : 以下、名... - 2017/10/25 01:27:07.35 jn0x98rP0 474/597

プライドもあったのかな。いままで女に無関心な態度をとられたことがあまりなかったから。

被ってる授業でこっちから話しかけたり、ちょっかいを出したり。

向こうも嫌ってるわけではないみたいだから、普通に仲良くなれはした。でもそれ以上、踏み込んでくる感じでもなくて。

ミユのその態度が、何となく懐かしい気持ちを呼び起こした。初恋っていうか、初心っていうか。

こう……言葉にできないもどかしさ、みたいな? もっと近づきたい、でも何だか恥ずかしい、みたいな?

付き合った後にわかったけど、俺と付き合うまで彼氏がいたこともなかったらしいし。

そんなミユのもどかしい態度に焦らされて、俺もつい本気になってしまったよね。

724 : 以下、名... - 2017/10/25 01:28:02.97 jn0x98rP0 475/597

付き合い始めて最初の頃は、その新鮮さに俺もドキドキした。本気だった。

でもそれって、やっぱり新鮮で久しぶりだったから美味しく感じただけであって、俺の根本的な人間性は変わってなくて。

やっぱりミユより気軽にあそべるような、遊び慣れた女だったり、弁えてる女の方が性に合っていたんだ。

基本的には貢いでくれる客へのサービスだったんだけど、一回だけ、サキちゃんに呼ばれたこともあったな。

「彼氏と別れちゃったから」

フラれちゃった、じゃないあたりがやっぱり俺と同じ人種だなって思う。

「君と一緒の大学なんだけど。真面目すぎるっていうか、飽きたっていうか……」

聞いてもいないのにそういう事情まで話してくるのは、何度も会ったわけではないけどらしくない気がした。

725 : 以下、名... - 2017/10/25 01:31:18.07 jn0x98rP0 476/597

「悪い子じゃなかったんだけど……」

「けど?」

「私が悪いから……悪い女だから、っていう開き直りのために、抱かれたかったの」

分かるような、分からないような。

「俺じゃなくても良かったんじゃん?」

「そうね、でも君が、一番後腐れなく抱いてくれそうだから」

だって何か、私と似てる気がするし?

そう笑う彼女には、敵わないなと思ったよ。心から。

726 : 以下、名... - 2017/10/25 01:32:03.74 jn0x98rP0 477/597

私と似てる気がする。

その言葉が、それからも頭に残ってはいた。

ミユのことは、嫌いじゃない。それどころか、今まで知り合った女の中では一番惹かれているとすら思う。

それを自認しているのに、俺は他の女と遊んだり抱いたりするあたり、間違いなく褒められた人間性ではないだろう。少なくとも、マジョリティな倫理観では。

とはいえ、それをやめることも俺にはできなかった。言ってしまえば、それが俺の人間性だから。

サキちゃんが言っていた「自分が悪いことを開き直る」って、たぶんそういうことだ。自分がそういう人間だから仕方ないと、それを悪だと認識していると自分に言い聞かせている。

いつか罰があたるとは思っていた。思っていたけど、それがこんなに唐突だとは思っていなかった。

728 : 以下、名... - 2017/10/28 17:17:22.27 g59PQsgnO 478/597

平静を装ってその場を去ったけど、無性にムシャクシャした。

悪いのは俺だし、それは元々分かってたし、それでも何だか落ち着かない。誰かにこの苛立ちをぶつけたかった。

そうだ、あいつを呼ぼう。別にミユじゃなくても、俺には女がいる。

俺に貢いでくれる女。最近はあんまり会ってなかったけど、俺から連絡したらきっと拒みはしないだろう。

メッセージを飛ばしてみたけど、既読はすぐにはつかなかった。以前なら即レスで来てたのに。

大学にいてもやることはないし、一旦家に帰ろう。夜は仕事だし、あいつから返事もあるかもしれない。

裏口に抜ける坂を下っていると、楽しそうに歩くカップルを見かけた。

休校期間まで、学校でいちゃついてんじゃねーよ。どうせブスだろ?

馬鹿にするつもりでそいつらの顔を横目に眺めた。

729 : 以下、名... - 2017/10/28 17:35:47.31 g59PQsgnO 479/597

「あれ、何で?」

聞き慣れた……いや、慣れていた声で呼びかけられた。

おずおずと視線をそちらに向けると、予想通りの顔があった。タイミングが悪いというより、持ってないというか、何ていうか。

「いや、彼と会いに……」

そう言って、カズヤを紹介すると、一歩前に出て「ども」って挨拶をした。気まずそうに。

「何、彼氏? こいつの?」

その言葉には、強い苛立ちが込められているようで。フラれた直後なわけだろうから、そりゃそうか。

プライドが高いのは薄い付き合いだった私でも十分に分かったし。

「そうですね、彼氏です」

732 : 以下、名... - 2017/11/18 14:38:39.28 HAf/Zh9XO 480/597

「へー、カレシ、カレシね……」

値踏みするような目で、カズヤを見る。隣にいて不快になる、攻撃的な視線。

やめてと叫びたくなる気持ちをグッと堪えて、時間が過ぎるのを待つ。

「それじゃ、こいつのこと知ってんの?」

何を、とは言わなかったし聞かなかった。

私たちの関係を。私たちの過去を。

「聞いてます、全部」

その言葉を聞いたアキラに、同様の色が見えた。そうだよね、眩しいよね。昔の私と同じ貴方には、彼は眩しすぎる。

「へぇ、物好きもいるもんだ」

吐き捨てるように呟いた言葉は、暗い何かを孕んでいた。私たちのことを羨んでいるのに、それを認めたくないから。

734 : 以下、名... - 2017/12/21 00:05:13.22 L/hcpsm50 481/597

「話ってそれだけ? もう私たち、行かなきゃ」

それに気が付いた私は、ここを離れたくて。

過去の自分を思い出して嫌な気持ちになったのもあるけど、カズヤと彼をこれ以上向き合わせるのは辛いから。カズヤに申し訳ないから。

でも、カズヤは言葉を紡いだ。

「物好き? いや、最高の彼女なんで」

惚気だ。これはどういうシチュエーションで聞いても惚気だ。

こんな状況でも、つい赤面してしまうくらいには、まっすぐな惚気。

つい周りに他の人がいないか見てしまうくらいには、私は動揺してしまった。よかった、誰もいない。

安堵したのも束の間で、今度はアキラの顔色を窺うように視線を向けた。

「何、お前、こーいう奴が好きなの? 俺とヤレるって分かると、尻尾振ってついてくるビッチだよ?」

挑発するように、わざと汚い言葉を使っているのは分かるけど。それが事実なのも認めるけど。

それでもやっぱり、傷ついてしまうのはわがままなのだろうか。

736 : 以下、名... - 2017/12/23 15:12:18.15 SMEqCXAx0 482/597

私がそういう人間だということは自覚している。それでも、それを他人に改めて言われるのは辛い。

「いや、それは昔の話でしょ?」

苛立ちを懸命に隠した声色で、カズヤが返した。ごめんね、私のせいで、私がそういう人間だったせいで、カズヤに辛い思いをさせてしまって。

「昔って、つい最近じゃん。何、こいつがそんな簡単に変われるような女だって思ってんの?」

「信じてるんで」

「安い言葉だな」

鼻で笑って、アキラはカズヤを睨んだ。ああ、もう、やめて。カズヤは何も悪くないのに。

「安いかどうかは、あんたが決めることじゃないですから」

「そういうのが、安いって言ってんだよ。『信じてる』なんて言って、裏切られたらどうすんだよ」

カズヤに出会ったばかりの頃の話を思い出した。

彼は元カノに、『今は誰とも付き合う気がない』という理由でフラれて、でもその子はヒロさんと合コンで出会ってて。

それを裏切りというか、嘘というかは分からないけど、信じていた人に嘘をつかれるということを、カズヤは経験してしまっていて。

それで落ち込んだからこそ私は彼と知り合えたんだけど、その出来事を掘り返されたような気がした。いや、アキラはそんなこと知らないんだろうけど。

「その時はその時でしょ。信じた俺が悪かったなって思うだけ。最初から裏切られるのを怖がって、人を信じられないよりはよっぽどマシだと思うんで」

739 : 以下、名... - 2017/12/24 01:21:15.14 MIlDp86M0 483/597

まるで子供の夢物語みたいな言葉。それなのに、アキラはさっきまでの嘲笑が出てこなかった。

綺麗な言葉でお茶を濁しているわけではないから。カズヤが本気だから、本気でそう思っているから、アキラは返せない。

本気で生きている人の、本気の言葉って、本当に重い。

軽薄に生きて、何となくで生きて。気づかないうちに、それが普通になってしまう。かつての私みたいに。

子供の頃に持っていた夢とか、信条とか。現実を見ているっていう言葉に負けて、いつの間にかそれを口にするのも恥ずかしくなってきて。

まっすぐに生きることって、本当に難しくて、だから私たちは、弱い人たちは、それを笑うことで憧れを隠そうとする。

そうはなれなかったから。そうなりたくて、逃げてしまったから。

私がそこから逃げてしまっていることに気が付けたのは、カズヤのおかげで、それは本当に幸運なことだと思う。

カズヤはカズヤで、辛いことがあって、もしかしたら逃げた先の道で、私と会えたのかもしれない。

でもそういう偶然を運命だとするのなら、やっぱり彼は強い人だったんだ。そして、私もそうなりたい。強くなりたい。憧れていた世界に行きたい。

「騙されても良いとは言わないけど。でも、騙されてたとしても、俺が好きで付き合ってるんで、信じてるんで」

それだけ言って、カズヤは私の手を引いた。行こう、って。

アキラは何かを言い返したそうな顔をして、でも言葉は出てこなかったみたいで、ただ私たちの背中に視線を向けていた。振り返ることはしなかったけど、それははっきり分かっていて。

「あの……ごめんね」

申し訳なくて、手をひかれながらカズヤに謝ったら、何が? って返されちゃった。

「いや、あの、私のせいで……」

「何が?」

「いや、さっきの……」

ああ、と合点がいったように声を出して、彼は首を横に振った。

「全然、悪くないじゃん」

「……ありがと」

不思議そうに彼は首をかしげたけど、分からないままで良い。あなたは、分からないままで良い。

それでも私は救われたんだ。貴方の言葉に。救われたの。

740 : 以下、名... - 2017/12/24 01:35:17.97 MIlDp86M0 484/597

いよいよ、シンヤとの試合までたどり着いた。何となく、不思議な感じがする。夢みたいな、来ると信じていたような。

本戦出場が決まった時から、意識してなかったと言えば嘘じゃない。ただ、何となく現実的にも思えなかった。

あいつは日本代表。俺はアマチュアの中でも大したことがないレベルの王様気どり。

相手にならないのは分かったうえで、それでも負けたくない気持ちがわいてくるのは欲張りなんだろうか。

予選が始まった時から、何だか色んな事があった気がする。サッカーのことだけじゃなくて。

彼女にフラれて、サキちゃんに会って、上手くいかなくて……っていうのは置くとして。

カズがやたら成長したり、ミユがサボったり、カズと気まずくなったり、色々も色々。

そんな濃い一年だったからこそ、ここまで来るのもあっという間だった気もすれば、紆余曲折あったような気もする。

「明日、絶対勝ちましょうね」

軽いコンディション調整とミーティングのみの練習を終えて、帰り道の別れ際にカズヤが言った。

「当然だろ」

軽口のように返してみたけど、やっぱり気持ちは落ち着かない。

741 : 以下、名... - 2017/12/24 01:41:49.45 MIlDp86M0 485/597

「俺、シンヤ抑えるんで。ヒロさんがゴール決めて、勝ちましょうよ」

熱くなる言葉を投げてきた。それが出来れば、どんなに痛快なことだろうか。

相手はプロチームの強豪。エースは日本代表。

ターンオーバーで主力がどれくらい出てくるかは分からないけど、ベンチに入りくらいはするだろう。うちが善戦すれば、あるいはあいつも出てくるかもしれない。

「言ったな? じゃあお前、完封しろよ?」

「うっ……善処します」

「バカ、そこは任せてくださいって言うんだよ」

本当に、試合中の頼もしさとは違って、こういうところは治んないんだよな。

でも何か、少し気楽になったよ。

俺はもう、プロじゃない。こいつもまだ、プロじゃない。負けてもどうなることはない。取って食われることも無ければ、クビになることもない。

「が、頑張ります……」

「おう、頼むぜ。俺も頑張って一点、決めるから」

「はいっ」

威勢よく返事をして、カズは背中を向けた。明日の試合は、たぶんアイツ次第だ。いや、今までの試合もそうだったけど。

今はまだ頼りない背中だけど、明日の試合中には、きっと、もっと。

頼むぜ、エース。

742 : 以下、名... - 2017/12/24 01:50:09.93 MIlDp86M0 486/597

熱すぎる夏を通り過ぎて、涼しい風が吹き始めた。良い天気だ。

格下の僕たちからしてみると、大雨で強風みたいな日の方が或いは都合が良いのかもしれないけど。絶好のサッカー日和だ。

前回の試合以上に、スタジアムの規模は大きい。リーグ戦ほどではないんだろうけど、相手のサポーターの数も多い。

このスタジアムで日本代表が試合をしていたのを、何度も見ていた。勿論僕が憧れていたあの選手も、ここでボールを蹴っていた。

感動を抑えて、これからも試合に気持ちを向ける。

昨晩はタカギからメッセージも届いていて、『勝てよ』っていう一言だけだったんだけど、それが何だか認められている気がして嬉しかった。

下手な励ましとかじゃなくて、勝てる相手だと思ってくれている気がして。

相手チームのスタメンは、やはりというかなんというか、ターンオーバーで若手が主体だった。複数人いる日本代表も大半がベンチスタートで、シンヤも当然温存されていた。

「後悔させてやろうぜ」

ドレッシングルームで組んだ円陣で、ヒロさんが言った。

「良い試合じゃない。前回だって、俺たちはプロに勝てた。一部も二部も俺たちも変わらない。同じサッカー選手だ。やってやろうぜ!」

おお! と声をあげて、僕たちは入場口に向かった。ベンチに先に向かうシンヤと目が合って、すぐに逸らされた。

そりゃそうだ、僕は彼を知っているけど、その逆はそうではない。

今日で覚えさせてやる。

心の中でそう誓って、主審に促されて緑輝く戦場へ歩みを進めた。

744 : 以下、名... - 2017/12/24 18:21:26.18 MIlDp86M0 487/597

陸上トラックのない、サッカー専用スタジアム。

キックオフ前に相手選手たちと握手を交わしていると、声をかけられた。

「タカギから話は聞いてるよ、舐めてるとやられるぜって」

すれ違いざまの言葉だったので返すことはできなかったけど、タカギと同じアンダー代表のマツバラだった。

そうか、こいつはスタメンなんだ。テレビで試合を見ていて、同じサイドバックとしてリスペクトを覚えた。絶妙なタイミングのオーバーラップに、粘り強いディフェンス。今日は対面のマッチアップだ。

若手主体ではあれど、相手チームのスタメンにも知ってるやつは何人もいる。もう一人のアンダー代表であるオカモトにも、同じように声をかけられた。

そして一番後ろには、フル代表にも選出されているイトウが、代表勢では唯一のスタメンとして待ち構えていた。

すげぇ、こいつらと試合するんだ。

日本代表を多数要するマリッズは、今年もリーグ戦でダントツの首位をキープしている。シーズン中ではあるけれど、彼らが実質日本一であることに疑いは無い。

きっとこのスタジアムにいる人たちは、誰もがマリッズの勝利を疑っていないだろう。

僕たち以外は、きっと誰もそれを望んでいない。テレビで見ている人たちですら、殆どが。

それでも僕たちは今日も走る。追いかける。蹴る。勝ち目がなくても、それを望む人が少なくても、それでも僕らは止められない。

プロじゃない僕たちがサッカーをすることが、何に繋がるか分かっていなくても、それが何かに繋がっていると信じているから。

いや、繋がっていなくても良い。僕らはただ、それだけで良い。

745 : 以下、名... - 2017/12/24 18:22:04.53 MIlDp86M0 488/597

審判が時計を一瞥して、笛を鳴らした。長い90分の始まりだ。

センターサークルから下げられたボールを、アンカーのオカモトがいきなりロングボールでこちらサイドめがけて放り込んできた。

マリッズ伝統である4-3-3のフォーメーション。左ウイングのサイトウと競り合うと、まるで岩に当たったような衝撃で弾き飛ばされた。当たりの強さに定評がある選手だと知っていたけど、まさかこれほどとは。

競ったボールを、いきなりオーバーラップを仕掛けてきたマツバラが拾った。やばい、誰もついていない!

立ち上がってすぐに追いかける。くそっ、身体能力も高い。ドリブルをしているマツバラの方が、僕より早いって何なんだ。

センターバックが釣り出され始めたところで、ハイボールのクロスを上げられる。

プルアウェイの動きでマークを外したイトウが、そのままヘディングでボールを叩いた。

勢いのあるボールがゴールに向かって……バーを叩いてゴールラインを割った。

「挨拶代わり、ってやつ」

ゴールキックに備えて自陣に戻るマツバラが、すれ違いざまに僕の肩を叩きながら呟いた。

「こいつ……」

面白い。やられたら、やり返すまでだ。

746 : 以下、名... - 2017/12/24 18:22:56.59 MIlDp86M0 489/597

ロングボールで相手陣地に飛んだボールは、当然のように競り負けて再びオカモトの足元に落ち着いた。

先ほどとは違い、ショートパスで組み立てながらうちの陣地に入り込んでくる。テレビで見てると何気なく見えるそのパスすら、同じピッチに立つと洗練されたものに見えてしまう。

逆サイドに展開されたボールは、お手本通りのワンツーでうちのディフェンスを避けるように運ばれていく。

クロスに備えてエリアに入り、マークを確認。こいつとの競り合いに勝てる自信はあまりないけど、流れの中で渡すこともできなくて。

「ファー!」

そいつが叫んで、ボールを呼び込んだ。やばいっ。

焦ったのも束の間、そのクロスはキーパーがしっかり処理をした。ナイス。

「出せ!」

守備に戻ってきていたヒロさんが、そのままボールを要求した。ワンハンドスローで、キーパーがボールを供給する。

今だ!

守備の意識が緩慢になっているサイトウから逃げ出すように、僕は右サイドを駆け上がった。ドリブルで運ぶヒロさんに要求して、ボールを受ける。

ハーフウェーラインを超えたあたりで、マツバラが緩やかにプレッシャーをかけてきた。

さっきまでの軽薄なキャラクターとは違って、こいつの守備は粘り強い。ディレイで間合いを詰めて、ルーズになった瞬間奪いに来るディフェンスを何度も見てきた。

748 : 以下、名... - 2017/12/27 01:15:16.31 8YOLogdS0 490/597

単独での突破を諦めて味方の押し上げを待とうとしたけど、どうやらそうもいかないらしい。

すぐにオカモトがピッチ中央からこちらに寄せてきた。さすがに1対2でキープすることは難しい。

オカモトがそれまでにいたスペースに入り込んだヒロさんにボールを返して、そのまま右サイドをもう一度フリーランニング。マツバラも僕を視界に入れながら下がっていく。

ヒロさんはボールを受けるとそのまま中央突破を試みる。戻って来た相手のインサイドハーフが体を当てにいくけど、足裏でボールを止めて旧ストップ。

ダッシュで戻って来た相手はそのブレーキについてこれず、ヒロさんは再び自由になった。

ペナルティアーク付近から徐々にプレスをかけにきた相手センターバックを確認して、徐々にこちらサイドに流れるよう進路を変更してきた。

それを確認すると、僕もヒロさんに近づいていってボールを呼び込む。

ペナルティの右あたりで、右アウトでスイッチのような優しいパスを受けた。

「あまい!」

マンマーク気味に流れた僕についてきたマツバラがそれを受けた僕についてきた。大丈夫、それは分かってる。

ヒロさんについていたセンターバックとマツバラがすれ違うタイミングで、その二人の間を狙ってスルーパスを通した。

僕にボールを預けたまま流れていったヒロさんに、それは自分でも絶妙だとわかるタイミングで渡った。

749 : 以下、名... - 2017/12/27 01:20:36.06 8YOLogdS0 491/597

間を通すボールに意識を取られた相手二人は一瞬止まってしまい、結果としてヒロさんも僕もフリーになった。

一瞬の躊躇の後、マークにつくは人員はそのままに相手二人は追いすがって来た。

もう遅い。

そのまま右サイドからゴールに向かって抉っていくようなドリブルを仕掛けるヒロさん。

スイッチの勢いのままにペナルティアークからゴール前に入っていく僕。

もう一人のセンターバックが我慢ならんとヒロさんに寄せたタイミングで、やっぱり絶妙なパスが返って来た。

完璧なパスを出せて、完璧なパスで返って来た。

ただそれだけのことが嬉しくて、気持ちよくて。気づいた時には右足に何の感覚も残らない、でも確実にそこにボールが当たった感触が残っていた。

一瞬の静寂の後、今までのサッカー人生で一番の喝采が耳に入って来た。

752 : 以下、名... - 2017/12/30 15:21:19.37 tFoSownpO 492/597

前半幾分も経つ前の先制点。誰も予想してなかった展開。

ジャイアントキリングのお膳立ては十分に揃っているように思えた。

でも、再開された試合展開はそれを感じさせすらしない、一方的な蹂躙だった。

アーリークロスで相手フォワードが競り勝つ。中盤を崩されてスルーパス。ミドルシュートでこじ開けられる。

自力の差がはっきりと出た展開で、スコアが間違っているのではと勘違いしてしまいそうな程疲弊してしまっている。

「伸ばせ!」

「プレーを切れ!」

とにかく少しでも相手陣地に近づけようと縦に縦に蹴って、跳ね返され続けて。戻ってきたボールをまた蹴って。

肉体的な疲労と精神的な疲労が一気に押し寄せてきた。

758 : 以下、名... - 2018/01/12 02:04:47.33 w4CsYyVg0 493/597

終わりのない波状攻撃に、ついファールでプレーを切ってしまった仲間に向かって大声で叫ぶ。

「そこで止めんな!」

左サイドの端の方、ゴールまで35メートルほど。プレー中ならアーリークロスの距離ではあるけれど、セットプレーではきっと恐ろしいボールが入ってくるだろう。

精度の高いセットプレーこそ、相手とのフィジカル差が出るものだ。それを分かっているから、つい苛立ちの声色になってしまう。

アマとプロとの違いは数えるとキリがないくらいだけど、その根底にあるのは身体能力であり、生まれつきのもの。

もちろんそれが全てではないし、ポジションによって求められる資質も違う。それでも、やはり物理的な高さ、強さ、速さの差はちょっとやそっとのことでは埋められない。

戦術って言葉があるのも、弱者がその差を埋めるために頭を使っているからこそだ。

「マーク確認しろ!」

「9! 9番のマーク外れてる!」

「ショートあるぞ!」

確認に確認を重ねて、少しでもその差を埋めようとしている。

流れの中では僕がマッチアップをしているサイトウのマークは、当たりに強いセンターバックに任せているが、それでもやはり不安は不安だ。

僕は少し下がり目でセカンドボールを待つオカモトを視界に入れつつ、こぼれ球に備える。

761 : 以下、名... - 2018/01/16 02:27:06.64 /ij3YJCu0 494/597

ファーサイドのサイトウにピンポイントで合わせられたボールに、どうにかうちのディフェンダーが追いすがる。

腕をうまく体の前に入れられて、ガードされてはいるものの、体を当てて自由には動かさせない。

叩きつけられたボールはゴール前に固まっていたうちの選手に当たって、こぼれ球がペナルティーアークのオカモト、そして僕の近くに転がってくる。

二人とも並走してボールに向かってダッシュ。幸いにも彼はそこまでスピードがあるタイプではない。

どうにか足を伸ばして先にボールに触れると、そのまま前方のタッチラインに向かってクリアをする。

「集中だ! もう一回!」

一旦プレーを切って、守備を仕切りなおす。スクランブルな状況での失点はできるだけ避けたい。

相手の波状攻撃を耐えるだけにしては長すぎる時間がまだ残っているのに、力押しで負けたとなるとこの試合に未来はない。

最悪、失点するにしてもパワープレーじゃなくて崩された方が、試合後半に希望が持てる。

パワープレーが有効だと分かれば相手もそれをさらに多様してくるし、そのサンドバック状態が続く方が、メンタルとしては痛い。

綺麗に崩されての失点はある程度織り込み済みだ。どのみち、実力の面ではこちらがはっきりと負けている。

僕らが起こすべきは順当な勝利じゃない。奇跡だ。

「マーク確認しろ! 11オッケー!」

サイトウの番号を叫んで、受け渡し返されたサイトウに自分がつくことをチームメイトにアピールする。

チラッと視界に入った時計は、まだ前半20分を過ぎたところだった。

長すぎる波状攻撃に、終わりの予感はまだない。

763 : 以下、名... - 2018/01/27 10:45:22.48 CxkCZ0PX0 495/597

「本当は、プロどうしの試合になるかと思ってたんだけど」

タイシくんがそう言い訳をしながら連れてきてくれたのは、大きなスタジアムだった。

歌手がコンサートをするのに使うこともあるような、立派な会場。それなのに、プロじゃない人たちも試合をできるんだろうか。

中に入ってみると、ウォーミングアップをしている選手たちが芝生の上で走っていた。

米粒みたいな大きさにしか見えないけど、存在感が光っているのは何となくわかる。お姉ちゃんみたいなオーラだ。

適当な席に座ってぼーっと眺めていると、スピーカーから選手紹介の声が響いた。

「背番号10、シンヤ スガ!」

「あ、この人知ってる」

お姉ちゃんの彼氏だ。いや知らないけど、彼氏って言われてる人だ。

「あ、良かった。知らない選手ばっかりじゃ申し訳なくて……」

本当は相手チームにもオリンピック代表候補の選手とかいる予定だったんだけど、負けちゃって。と、彼は言い足した。

他にもちらほら聞いたことのある名前の選手がコールされた。オカモトって、最近のニュースで聞いたことあるし。

「相手チームは、どんな選手がいるの?」

興味があるふりをしておかなきゃ、と私は彼に問うた。たぶん、いや間違いなく、分からないんだろうけど。

ばつが悪そうな表情で、彼は返した。

「元プロの選手がいるらしいけど……ごめん、アマチュアチームまでは俺も分かんないや」

直後、スタジアムDJから続けて呼ばれたチーム名は、私がよく知るものだった。

764 : 以下、名... - 2018/01/27 10:55:46.24 CxkCZ0PX0 496/597

「えっ……」

動揺を隠せなくて、つい声を漏らした。

「どうしたの?」

まさかそこに、私の知り合いが何人もいるとは思いもしないだろう。私は首を横に振って動揺を隠した。

口にしなければいいことだ。後ろめたい気持ちがあるわけではない。悪いことをした自覚はあるけど、それも私が言わなければ彼の知るところではない。

「そっか。それにしても、このチーム凄いよ。県リーグからここまで来るのって、奇跡みたいなものだもん」

そう言って、彼は入場口で配られたプログラムに目を通した。

『王者のプライド対下剋上軍団』という煽り文句が書かれたそれには、選手紹介の写真が載っていて。

下剋上して、ヒロくんやカズヤはここまで来たのだろうか。この大きな舞台に。

「奇跡って、どれくらい?」

奇跡に程度なんて無いんだろうけど。それでも奇跡と評されるような偉業を、彼らは為しているのだろうか。

難しそうに考えながら、彼は教えてくれた。

「うーん……県リーグの上に地域リーグ二部があって、その上にJFLがあって、その上にプロリーグが三部……段階で言ったら、6段階上まで一気に上ってるからね」

それを何と比較していいのかわからないけど、とにかくすごいことなんだろう。

「ごめん、うまく言えないや。でも、全国区のスポーツニュースになったりはするレベルかな」

「そっか。そうなんだ。ありがと」

芝生の上では、ヒロくんらしき人と、シンヤらしき人が口を交わしている。

何だか、遠い人になってしまったように感じる。私から離れていったはずなのに。私が切ったはずなのに。

なのに今は、私じゃ手が届かない人のように感じる。

765 : 以下、名... - 2018/01/28 15:41:08.77 w2nIJ/n40 497/597

カズとロングボールを蹴りながら芝のコンディションを確認する。畜生、フォルツァにいた時でもこんなに気持ちのいいピッチは無かったぜ。

少し水をまかれているから、バウンドしてからの伸びがある。低い弾道のスルーパスは球足に気を付けよう。

同じことを思っていたのか、向かってきたのはそんな弾道のボールだった。

「ナイスボール!」

叫んでカズにサムズアップしてみせる。嬉しそうに、あいつは手をあげて返してきた。

よし、変にリキんだり緊張してる感じもない。プロなら一部も二部も変わらないな、くらいに開き直ってくれてるんならいいけど。

ボールを蹴り返そうと助走にはいったところで、後ろから名前を呼ばれた。

「よぉ、久しぶり」

片手をあげて近づいてきたのは他の誰でもない、俺のライバルだった男。今となっては、手が届かない存在だけど。

「おう、よろしくな」

握手して、いくつか簡単な言葉を交わした。良い試合をしよう、お前の彼女があの女優って本当かよ? 内緒に決まってんだろ。

嫉妬とか、罪悪感だとか、そういうのはもうお互いに関係がない。

目の前にいるトッププレイヤーに、今の俺がどこまでやれるのか。あの日から、どれだけ差をつけられて、どれだけ近づけられたのか。

全ては試合が終わればわかることだ。

「俺、今日ベンチだから。楽しませてくれよ」

暗に、『引っ張り出すような展開にしてくれよ』と言っているのだろうか。挑発されているのなら、こっちだって。

「悪いけど、勝たせてもらうから。うちにはエース様がいるんで」

そういって、俺はカズに視線を向けた。気を使ってんのか、頭を下げただけでこっちに近寄る気配はなかったけど。

「そっか。そんじゃ、楽しみにしてる」

背中を向けたアイツからは、オーラを感じた。俺の知っているあいつにはなかったものだ。

「早めに出番をくれてやるよ!」

最後に大声で叫んだら、片手をあげて返された。くそぉ、余裕だね。

768 : 以下、名... - 2018/03/06 01:33:23.39 F4XHjj9l0 498/597

整列して試合前の握手を交わすと、いよいよ緊張感が増してきた。

そうだ、俺はこのピッチに立ちたかったんだ。プロにいた時には立てなかった場所に、俺は今立っている。

フォルツァをクビになった時、俺のサッカー人生は終わったと思っていた。ここから先は落ちるだけなんだと。

そうじゃなかった。カズがいた。信頼できるチームメイトがいた。だから俺は今、ここにいる。

試合開始の笛が鳴ると、早い展開でマリッズが攻めてきた。全員が全員代表クラスの選手だ。この展開は想定していた。

耐える時間が長くても、ワンチャンスをものに出来たらわからない。前半は失点をしないことが最優先タスクだ。

とりあえずの俺のマッチアップはオカモトだ。カズやタカギと同世代の世代別代表でキャプテンをしていた。年下ながらに、プレーを参考にしていたこともある。

ロングボールにショートパス。足元の技術以上に、そのキックの精度がうちとしても妬ましい。

ボールポゼッションされてしまうと、ディフェンダーは警戒心を解くことができない。たとえ『持たされている』という状況であっても、マイボールかそうじゃないかでディフェンダーにかかる圧は全然違う。

長短のパスを織り交ぜながら、オカモト、マツバラ、イトウのトライアングルを中心に常にゴールを脅かしてくる。

キーパーがキャッチしたボールを、カズが要求した。前がかりになっていた相手を出し抜くにはこのタイミングしかない。逃すと、守備の意識を高められてしまうだろう。

即座に意識を攻撃に切り替えて、ピッチ全体を意識する。俯瞰の視野は持っていないけれど、首を振って極力多くの情報を仕入れる。

サイトウはプレスを諦めて緩くジョグ、マツバラと……オカモトが二枚で挟みに行っている。それなら俺はフリーだ。

オカモトの離れたスペースに入り込み、ボールを呼び込む。そのままドリブルで仕掛けて、カバーに入って来た相手をいなすとそのまま右サイドに流れていく。

釣られてセンターバックが流れていくのを確認すると、そのまま中央に割って入ってきたカズにボールを預けるする。

カズを追うことに必死になっていたマツバラに、俺を追いかけるセンターバック。スイッチした瞬間の一瞬のフリーズを見逃さず、リターンのボールが返って来た。

769 : 以下、名... - 2018/03/06 01:33:50.54 F4XHjj9l0 499/597

ボールを受けた瞬間、今までにない絶頂感が脳裏に走った。イメージ通りだ。カズがボールを要求してからここまで、全部。

俯瞰は持っていないと思っていたけれど、ここまで思い通りの絵を描けたのは初めてだ。サッカーゲームをしているように、俺は最初からこれを狙っていた。見えていた。

ドリブルでボールを運び、もう一人のセンターバックがどうしようもなく半端にプレスをかけてきた。でも、もう手遅れだ。

俺の描いた絵は、完成した。最後のパスを、しっかりとカズはゴールに流し込んだ。最後の一筆を入れ切った。

今までに感じたことのない感動だ。初めてのキスとも、何度あったか分からないゴールよりも、どんな歓びとも比べられないくらい今の俺は高ぶっている。

このプレーのために俺はサッカーをしていたのだとしか思えない。その絵を共に作った仲間は、顔をくしゃくしゃにして走り寄って来た。

こいつとなら、どこまででも行ける気がする。こいつとなら、さっき以上のプレーができる気がする。

「ヒロさん!」

「バカ、お前、すげぇよ! 勝つぜ!」

言葉にならないんだよ、お前。すげぇよ。シンヤとプレーしていた時だって、今ほど気持ちいいプレーはできなかった。

仲間たちが集まって来たところで、檄を飛ばす。

「集中しろよ!ここからだ!」

770 : 以下、名... - 2018/03/06 01:34:17.33 F4XHjj9l0 500/597


再開した試合では、マリッズが先ほど以上の猛攻を仕掛けてきた。

今季四冠の可能性を秘めたこのチームが、アマチュアに負けるなんてあってはならないことなのだろう。相手の外国人監督もピッチサイドに立って、怒鳴り声をあげ続けている。

オフェンシブハーフの俺はほとんどボランチ状態だし、アンカーのはずのオカモトはハーフウェーラインから下がることは無い。

クリアしたボールは敵ディフェンダーがあっさりと拾ってしまい、オカモトから組み立てられていく。そしてそれをどうにか跳ね返し続ける。ただその繰り返しだ。

この展開だと、いつか必ず失点してしまう。

そう思っていたのに、思いの外うちのチームはよく耐えている。そこには「カズばかりに良いかっこをさせてられない」っていう先輩の意地もあるんだろうけど。

ディフェンダー陣をはじめ、全員で攻撃を跳ね返す。昔のイタリアみたいに、ゴール前にとにかく人数をかけて鍵をかける。

見ていて面白いサッカーではないだろう。マリッズのサポーターからは延々とブーイングが鳴り響いている。好きにしてくれ、それで勝たせてくれるならいくらでも文句を聞いてやるよ。

前半30分を過ぎて、相手の監督の叫び声が一瞬止んだ。そしてサポーターもブーイングから一転、歓声が上がる。

ああ、分かってしまった。もう出番か。

苦しくなるなと現実を理解しつつも、誇らしい気持ちもでてきた。

どうだ、言った通り出番は思ったより早かっただろ?

プレーが切れると、主審の笛と同時にスタジアムDJが大声で叫んだ。

「背番号10、シンヤ スガがピッチに入ります!」

773 : 以下、名... - 2018/03/15 01:58:32.85 hWVgtWwh0 501/597

あの日から、ずっとこの日を待っていた気がする。

今でも足裏に感覚が残っていて、それが俺の苦悩の原因だった。

タックルにいったのはサッカー選手としての本能だったし、あれがあの時の俺に出来る精一杯のプレーだった。ただ、そのプレーが必要な状況だったのか、本当にそこに嫉妬や羨望はなかったのかと問われると、否定もできない。

たかが紅白戦で、そんな削り合いをする必要があっただろうか。

同い年で、俺より前にいたヒロの未来を消してしまったのは、他でもない俺なのではないだろうか。

そんな悩みを打ち消すように、俺はサッカーにのめりこんだ。サッカーをすることでしか、その悩みからは逃れられなかった。

フォルツァのスタメンに定着した俺は、シーズン終了後に一部の名門クラブに声をかけられた。ちょうど、若い中盤の選手を探していたらしい。

その頃からかな。ヒロのことは気にしないように努めた。俺がここに来るのに必要な過程だったのだと、割り切ろうとした。

時間が解決してくれたと言えば聞こえは良いけど、要は事実から目を逸らしたんだ。

だって、何も気にしなければ俺には輝かしい未来がある。このチームでスタメンを確保出来たら、代表にだって入れるだろう。海外だって視野に入る。

それなのに、一々過去のチームメイトの負傷を気にしてられるかっていうんだ。ヒロは不運で持ってなかった。俺は持っていた。それだけの差だ。

言い聞かせて、サッカーに没入していた頃に、先輩の声かけの下で合コンが開かれた。

フォルツァにいた時には見向きもされなかったようなモデルやアイドルに囲まれて、何だか居心地が悪かった。

やっぱりだめだ、俺はこういう場には向いてない。サッカーでいくら上にいけても、女性関係をうまく築ける自信はなかった。

プロになってから、ずっとサッカーばかりしてきたから。そりゃ、一般の女性だったら付き合ったことくらいある。

とはいえ、野心と魅力と美貌を持った女たちを真っ向から相手に出来るほど、経験があるわけでもない。

幸い、先輩たちは良い感じに酒が回っているようで、俺はそっと立ち上がった。

本当はそんなに飲んでもいないけど、飲み過ぎて気分が悪くなったとでもメールすれば、きっと彼らも責めることはないだろう。

店を出る前にお手洗いに立ち寄って用を足し、ハンカチで手を拭きながら外に出ると、そこに彼女がいた。

「シンヤくん、もう帰るんですか? よかったら、ご一緒しても?」

名前を思い出そうとしても、大勢の女性を一気に覚えられてはいなかった。

ただ、第一印象が瞳が綺麗な女性だったということだけは、しっかり記憶に残っていた。

「サエです。三度目は、無いですよ?」

そう言って悪戯気に笑う彼女は、とても魅力的に見えた。

774 : 以下、名... - 2018/03/15 02:05:58.01 hWVgtWwh0 502/597

ご一緒しても、なんて言っても大したことはしていない。

その頃はまだ、今ほどサエも売れている女優ではなかった。モデルとしては有名だったけれど、俺みたいにその世界に疎い人間は知らないような存在で。

ちょっと有望なモデルと、ちょっと有望な若手プロサッカー選手。パパラッチなんてついているはずもない。

店を出るとタクシーを捕まえることもなく、どことなく歩き始めた。

こういう時、何を話せばいいんだろう。「何でモデルに?」とかかな。それって合コンで言ってたっけ。席が離れてたから分からない。

というか、そもそも何で俺に声をかけたんだろう。それこそイトウさんだって、他にも元代表選手だっていたんだ。

プロ全体で見れば有望株かもしれないけど、あの場にいる中では、俺は一番の外れくじだという自覚はあった。

「今、何で私がシンヤくんに声をかけたか考えてるでしょ?」

図星を射抜かれて、うっと声を漏らしてしまった。どうやら俺はポーカーフェイスにはなれないらしい。

嬉しそうに彼女は笑って、答えをくれた。

「私もあそこが息苦しかったから、仲間が欲しくて」

776 : 以下、名... - 2018/03/15 23:58:26.37 hWVgtWwh0 503/597

「仲間って?」

そこまでつまらなさそうにしていたつもりもないんだけど。まるで同類のように言われて、何だか不思議な気持ちになった。失礼な言い方をされた気もするけど、不快な気持ちになることもない。

「あそこにいて、何か得るものあった?」

その本質的な問いかけに、イエスと答えることはできなかった。

確かに綺麗な女性と一緒にいて、楽しい時間を過ごすことはできたのかもしれない。でも、それが何だというのだろう。

それでサッカーが上手くなるわけでもなければ、刹那的な快楽以外に得られるものは何もない。

「私だって、事務所の先輩に声を掛けられなければ絶対に行かなかったから。君も似たようなものでしょ?」

その問いかけには、首肯で返事をしよう。図星だし。

トイレから出た時とは、何だか彼女の印象が変わってしまった。もっと純粋で綺麗な人のような印象だったのは、瞳の強さに引っ張られたからなのかもしれない。

夜の街を歩きながら、俺たちは会話を続けた。とりとめもない内容だった。どんなサッカー選手になりたい、どんな女優になりたい、理想の人はどんな人だ、逆にこういう人は嫌だ。

「気が合うね」

その言葉通り、彼女の選択で俺が不快に感じるものは一つもなかった。

きつい言い方をするところもあったし、優しいだけの女でないことはすぐに分かった。それでも、彼女に対して嫌悪感を抱くことは無かった。

777 : 以下、名... - 2018/03/17 11:05:33.42 SP7/fRzW0 504/597

「私の夢はね、妹に誇られる人になることなの」

「妹さん、いるんだ?」

「ええ、大好きなの。でも、あの子はそうでもないみたい」

わざとらしくついたため息では、悲しみの色は隠しきれていなかった。

なれるよ、なんて軽々しく言うこともできなくて、俺は彼女の横顔を見つめる。容姿に特別なコンプレックスを持っているわけではない俺でも、妬ましく思うほど整っている。

そりゃ、こんなに可愛い姉妹がいたら比べられる方はたまったもんじゃないだろう。

「貴方の夢は?」

即答できずに、思案する。

世界一のサッカー選手になる、なんて漠然とした夢を大声で話すには恥ずかしい歳になってしまった。

今の歳で今の立ち位置で、それに値するといわれる賞を受賞するのは現実的ではない。ワールドカップ優勝なんて以ての外だ。

自分が本当になりたいものになれないことを自覚した上で、それで俺の夢って何なんだろう。

「……ワールドカップに出て、海外のクラブに移籍することかな」

それくらいは、叶えられる夢だ。今のチームで頑張れば代表選手には手が届くだろうし、それが達成できるなら海外への移籍も開かれてくる。

778 : 以下、名... - 2018/03/17 23:09:21.07 SP7/fRzW0 505/597

「大きい夢だね。私の夢なんて、ちっぽけだよ」

「そんなことないよ」

そう言うしかないけれど、少し意外でもあった。日本一の女優になりたい、というタイプだとも思わなかったけど、そんなすぐに叶えられそうな夢を抱くようなタイプにも見えなかったからだ。

少し沈黙が続いて、彼女をタクシーに乗せて返すことにした。

連絡先を交換して見送ると、すぐにメッセージが飛んできた。

「お互い、夢を目指して頑張ろうね」だって。何だか高校生のメールみたいで何だか気恥ずかしい。

適当なスタンプを送ると、既読がついてやり取りは止まった。

今シーズンは頑張らないとな。20代前半で海外に出ないと、ステップアップはかなり難しいものとなる。最低限はスタメンを隠して代表に入る。遅くとも来シーズンには移籍する。

それが俺の最低ラインだ。ヒロの分まで俺が上に行くことが、恩返しでもあり贖罪でもあるだろう。

見てろよ、ヒロ。お前の分までやってやるからな。

779 : 以下、名... - 2018/03/17 23:20:52.57 SP7/fRzW0 506/597

その誓い通り、俺はブレイクを果たした。

スタメンを確保して、代表入り。描いた通りの未来だ。

そのうちに、サエちゃんともちょくちょく遊びに行くようになった。何となく、他の人たちと違う雰囲気を感じたというか、何というか。

彼女は一生懸命だった。目標に、夢に。「妹に誇られるために、私は妥協したくない」と平気で言うような女だった。その一生懸命さに惹かれて、俺も前に進むことができた。

いつしか彼女は新進気鋭の女優となり、俺は海外移籍を噂される日本代表選手になっていた。

「日本代表になれば、世界が変わると思ってたんだけどな」

ある日、デート中に俺がそう言ったことがある。

周りはおだて、評価し、持て囃してくれるけれど、俺自身が大きく変わったわけではない。

「それはシンヤがまだ夢を叶えてないからだよ。私だって、世界は変わってない」

780 : 以下、名... - 2018/03/18 17:14:45.08 rfjc5LOO0 507/597

「本当に?」

ゴールデン帯のドラマでヒロインを演じ、今や日本で彼女のことを知らない人はほとんどいなくなっている。

知名度も、美貌も、ついでにお金も。普通の人が求めるものは既に得てしまった彼女でも、世界は変わってないとは信じがたい。でも、日本代表になった俺だってそれは同じか。

「私の夢が叶ったわけじゃないから」

そう言って、彼女が「シンヤもでしょ?」と問い返してきた。

あの時言った夢。日本代表になりたい。海外移籍をしたい。その夢が叶えば、俺の世界は本当に変わるのだろうか。とりあえず日本代表だけでは、変わらなかったわけだけど。

「妹さんとは、最近は?」

「何も。ドラマの感想すら無いわ」

盆正月などで顔を合わせると普通に話すらしいけど、それ以外はやり取りをすることもないとは聞いていた。それでも、自分の姉が活躍するのは嬉しいものではないのだろうか。姉妹って分からないもんだ。

世間からは俺たち二人は成功している、不自由無い生活をしていると思われているだろう。いや、実際そうなんだけど。

それでも何か足りない気がしてしまうのは、贅沢なんだろうか。それとも、大事な何かが欠けてしまったんだろうか。分からないけど、俺に出来ることはサッカーしかない。

リーグは独走状態だし、カップ戦も勝ち進んでいる。今シーズン4冠を置き土産に、俺は海外へ行く。もっと大きな選手になる。

そうすることで、この言いようのない苦しみから抜け出せると思っていたから。ヒロに対する罪悪感は、見ないふりはできても消えることはなかった。それならもう、遠くに行くしかない。アイツがどこまで頑張ってもいけなかった世界にたどり着いて、俺がここにいることを正当化したかった。

サッカーをするのが苦しくて、それでも俺にはサッカーしか残っていなかった。

苦しみから抜ける方法もサッカーをすることでしかなくて、麻薬のようにそれを繰り返す。サッカーをすることで苦しんで、サッカーをすることで救われる。

そんな時、あるスポーツニュースが目に入った。

781 : 以下、名... - 2018/03/18 17:26:45.16 rfjc5LOO0 508/597

アマチュアチームのジャイアントキリング特集だった。

天皇杯では、毎年何チームはプロチームを倒して上がっていく。そのたびに取沙汰されるのが常である。

今年のそれを起こしているのは、どうやら都道県リーグレベルのチームらしい。そんなところがJFLだったり二部を倒したりしてるんだから、そりゃ見ている方は痛快だろう。

うちのチームが次に当たるのが確かそこだったと思い出して、そのまま何の気なしにニュースを見続けた。俺が出るとは限らないんだけど。

本戦一回戦、二回戦の映像でゴールシーンが映される中で、最後にフリーキックを決めた背中にやけに見覚えがあった。

固有の選手名は上がらなかったが、何となく懐かしい感じ。でも、俺が知っている彼とは似ているようで違う雰囲気の選手だった。

まさか。その時はそう思っていた。

しかし、試合に向けてのミーティングでその名前を耳にすると、やはりそうだったとも思えてしまった。

ヒロはあんなところで終わる選手じゃなかったと思い安堵する一方で、俺のせいでアイツのサッカー生命を壊してしまったのではないかとも思った。

次に会うと、酷く罵られてしまうのではないだろうか。お前のせいだと謗られるのではないだろうか。

そんな心配をしても意味がないことだと分かったうえで、そういうことを考えてしまうのが人間ではなかろうか。

「なぁ、次の試合、見に来てもらえないかな?」

サエにそう言ったのは、不安な気持ちを少しでも和らげたかったからだった。

「珍しいね。いつ?」

日程を伝えると、彼女は「うーん、仕事が入ってる……行けたらね」という素っ気ない返事だった。

とはいえ、誘った理由も情けないものなんだから、強く来てくれというのも恥ずかしくて。結局それで話は終わり、運命の日を迎えた。

782 : 以下、名... - 2018/03/18 17:38:52.34 rfjc5LOO0 509/597

ピッチ上に立つヒロは、俺の知っているヒロのままだった。テレビの液晶越しに見たヒロとは何だか違う。

良かった、俺の知ってるアイツだった。

チームメイトとパス交換するアイツに挨拶に行くと、やっぱりアイツは良いやつだ、今まで通りに接してくれた。

空白の期間に俺が勝手に作ってしまっていたしこりは、現実にはなかった。

それならば、その期間に俺が上り詰めて積み上げてきたものをヒロに見せてやるのが、唯一できることだろう。

ターンオーバーでベンチスタートを言い聞かされていた俺は、勝っている展開だと出番はないだろう。

楽しませてくれよ、と口にすると、ヒロはやや不服そうにこう言った。

「悪いけど、勝たせてもらうから。うちにはエース様がいるんで」

エースと指した彼は、ヒロとパス交換をしていた男だった。俺たちよりまだ若そうだ。たぶん、二十歳かそこら。

へぇ、そんな奴もいるんだな。負けず嫌いのヒロにそう言わせるなんて、よっぽどのもんなんだろう。

「早めに出番をくれてやるよ!」

そう叫ぶヒロに手をあげる。悪いけど、お前らがどんなに頑張っても、俺たちは負けない。そこにある力の差を見せつけることだけが、俺に出来ることだから。

783 : 以下、名... - 2018/03/18 18:08:02.72 rfjc5LOO0 510/597

しかし意外や意外、いざ始まってみると試合はうちのチームが劣勢を強いられている。

いや、展開自体はうちが押しているのに、スコア上ではうちが負けてしまっている。ヒロと、エースくん……カズヤって言うらしい、二人の見事な連携で失点をしてしまった。

あの崩しは確かに見事で、ヒロがエースと呼んだのも頷ける出来だった。

とはいえ、そこからの展開はうちのシュート練習になっているわけだけど。それでも一点が遠いのはうちの苦しいところだ。

それをどうにかするために、俺みたいな主力がベンチに控えているわけだけど。

案の定、早い時間にアップの指示が飛んできた。ブラジル人のうちの監督は、負けている展開だとすぐに手を打ちたがる。熱い性格がプラスに働くこともあれば、今日みたいな展開だと短気に交代枠を使っていく。

「スガ! 出番だ!」

ヒロの言葉通り、前半から出番を与えられるとは想像もしていなかったけど。まあ良い、俺の実力を見せるのに十分な時間を与えられたと思うことにしよう。

ベンチからの指示に細かいものは無い。「とにかく早めに同点にしろ」なんて、小学生にも言わないだろう。とはいえ、同点にさえできれば好きにプレーをしていいというのなら、望むところだ。

タッチライン際に立つと、スタジアムから声が上がって来た。いつものリーグ戦よりは少ない声だけれど、それは確かに俺の背中を押してくれる。

プレーが切れるとスタジアムから一層大きな歓声が上がり、スタジアムDJが俺の名前を叫んだ。

ピッチに入るや否や、オカモトが近づいて監督の指示を確認しに来た。とにかく早く追いつけってさ、と伝えると、呆れたように苦笑いを返された。

「ボール、俺に預けてくれ。ロングだけじゃ相手固いから下から崩す」

「はいっ」

サイトウを使って、サイドから崩しにかかる。ボールを預けると、そのままバイタルエリアに向かって走る。そのままワンツーを要求しようとしたところで、相手の10番、ヒロの右手が俺の背中に触れた。マークしているぞ、という意思表示だ。

784 : 以下、名... - 2018/03/18 18:22:51.45 rfjc5LOO0 511/597

「出せ!」

全力で前進して、その手の感触がなくなったところで要求通りのボールが戻ってくる図が見えた。

そこでカズヤの足が伸びた。

お手本通りのようなインターセプト。わざとルーズに守っていたのか、俺にボールが入ることを最初からイメージしていたかのようにそれは奪われてしまった。

俺のマークについていたはずのヒロは、カズヤからのボールを受けるとそのまま前に進む。

そうか、ヒロは俺のマークを外してしまったんじゃない。こいつがインターセプトすると読んで、敢えて残っていたんだ。

アマチュア相手に出し抜かれた恥ずかしさと、不甲斐なさと、失望。それらを感じる前に、今はボールを奪い返さなくてはならない。

「ディレイ!」

ヒロをチェックするオカモトに大声で遅らせろと指示を出す。マークを外されたとはいえ、すぐそこだ。挟み込めばなんてことは無い。それに、この二人以外は守り疲れでろくに押し上げることもできていない。

オカモトも簡単には抜かれないように適切な間合いを取って、時間をかけて対応する。前線に一人残っていた敵フォワードが下がってボールを受けに来て、ヒロが一旦そこにボールを出す。

しかし、うちのセンターバックのプレッシャーに耐えられず、ボールはダイレクトでヒロの足元へ。今だ!

オカモトがヒロに体を当てて、ボールを奪い返す。テクニック面は現役時代の財産が有れど、フィジカルは一朝一夕でプロには太刀打ちできないだろう。

奪い返したボールを再度要求し、トラップする前にルックアップで状況を確認する。前線は二人、サイトウはフリー。……フリー?

「後ろ!」

786 : 以下、名... - 2018/03/19 00:17:47.05 ygMMfaCy0 512/597

言葉の方向へ意識を向けると、直後に足が伸びてきた。このスパイク、さっきと同じ足だ。

ここまで読んでるのか? さっきヒロにボールを預けた時は、右サイドを駆け上ろうとしていただろう?

こんな芸当が出来る選手は、代表のチームメイトのサイドバックくらいしか知らない。それに二人とも、海外のトップクラブで活躍する一流選手だ。

たかがアマチュアの若造が、なぜをそれをできるのか。こんな選手が今まで埋もれていたとは考え難い。

疑問はあれど、そんなことを考えていられる局面ではない。

身体をボールとカズヤの間に入れて、キープを試みる。よし、この体制になればファール以外で取られることは無い。

ヒロはまだ倒れたままで、オカモトはフリー。一旦預けて作り直す。

「左使え!」

サイトウを再び使うように指示し、その通りのボールが通った。よし、今ならうざったいこいつもここにいる。チャンスだ。

すぐに動きなおし、ペナルティーアークを目指してダッシュする。カズヤもそれを追いかけてくる。正解だ、今更サイドに流れるよりは俺のマークを続けた方がいい。

間違ってない、間違ってないけど、それでもどうしようもないことを教えてやる。

カットインの動きの前に中の状況を確認すべくルックアップしたサイトウに、手でグラウンダーを示してパスを求める。ゴール前のディフェンダーの動きは重い。これならイケる。

縦に行く動きを一瞬見せ、ふらついたディフェンダーをサイトウが右アウトサイドでかわす。そのまま低くて速い球筋のボールが、ペナルティアークに届いた。

787 : 以下、名... - 2018/03/19 00:28:58.41 ygMMfaCy0 513/597

トラップする前にゴールを確認すると、相手ディフェンダーが一人突っ込んでくるのが見えた。

右足のインサイドで少し大きめにトラップし、トップスピードでプレスをかけてきた敵をかわす。よし、打てる!

そのまま左インフロントで擦って蹴る、左ポストギリギリを抜けるイメージのシュートの絵。それを完成させようと左足を振り抜いた。

ボールは寸分も違わずに綺麗な弧を描き、ネットを波打たせた。ヒロがゴールを決めた時とは違い種類の歓声が響く。

オカモトやマツバラが近づいてくるのを、当然だと言わんばかりに軽いハイタッチで迎える。

すれ違いざまのカズヤの顔は、暗い色が映っていた。当然だろう、あれだけスプリントを繰り返していたにも関わらず、結果としてそのプレーで失点をしてしまった。

これが実力の違いだ。ヒロには悪いけど、この現実を見せてやるのが俺の今日の仕事でもある。

788 : 以下、名... - 2018/03/19 00:45:01.57 ygMMfaCy0 514/597

「一本返すぞ!」

ヒロが飛ばした檄にも、返事は小さい。

善戦していた格下チームが、失点を機にメンタルを折られることは少なくない。このまま一気に畳みかければ、前半のうちに試合を決めることだって難しくはないだろう。

「カズ、切り替えろ!」

個人名をあげてそう言ったのは、期待なのか何なのか。しかしそれは酷だろう。さっきのプレーで俺が見せたのは、格の違いだ。

確かにカズヤの判断は間違っていなかった。プレッシャーのかけ方も、奪いに行く位置も、攻守の切り替えも。

ミスが無いのに失点をしてしまったというのは、純然たる実力差以外の何物でもない。

これが現実だ。ヒロ、お前たちのチームは俺たちより弱い。お前の言うエースは、俺には通用しない。

光るものがないわけではない。もしかしたら、数年後にはプロのピッチに立つ可能性だってあるだろう。

それでも俺には自信があった。ヒロには負けない。ヒロがエースだと言うのなら、カズヤにだって負けない。

日本を出る前に、その結果だけは残しておきたかった。サッカーの苦しみから逃れるために。今の一点はその第一歩だ。このまま、俺は抜け出してみせる。

791 : 以下、名... - 2018/03/19 13:19:35.12 yInQQ4e5O 515/597

「うわー、やっぱうまい。すげぇっ」

興奮しているタイシくんを横目に、私は少しだけ、残念な気持ちになった。

心のどこかで、ヒロくんが、カズヤが、奇跡を起こすことを期待していたんだ。

誰も予想していない勝利が見られたら、それは私の希望にもなり得るから。お姉ちゃんに対するコンプレックスに対しての、向き合い方になるかもしれない。

それでも、やっぱり現実って甘くはない。本物がそこに出て来ると、あっという間にやららちゃった。

「今の、スガが上手く相手を振りほどいたんだよ。あの相手も悪くなかったけど、さすが代表って感じ」

簡単に解説をしてくれたその言葉から読み取れたのは、単純な実力差だった。つまり、カズヤも良くやったけど失点したってことでしょう?

お姉ちゃんの彼氏と、私の元カレ。その差を見せつけられたような気がして、勝手に落ち込みそうになる。

「うん、上手かった。すごーい」

努めて棒読みにならぬよう意識して、そう返した。心にも思ってないことなんだけど。

やっぱり、今日来たのは間違いだったのかもしれない。

792 : 以下、名... - 2018/03/20 01:38:16.05 t2akC/Q70 516/597

同点になったのをきっかけに、ヒロくんたちは前半が終わるまでの10分で更に二点を追加されてしまった。

二点目は、遠くからのシュートのこぼれ球に詰められて。三点目は、ヘディングゴール。

前半が終わる笛が鳴る頃には、隣にいたタイシくんの興奮も冷め気味だった。当然だと言わんばかりのその反応に少し腹が立ってしまうのは、判官贔屓をしてしまっているからなのかな。

「お手洗い、行ってくるね」

立ち上がって階段を上りながら、良からぬことを考える。もう帰っちゃおうかな、なんて。

これ以上見ても辛いだけだから。サッカーなんて見に来なければよかったかな。

彼らに私の姿を重ねることは間違っているのだろう。いつかのニュースで見た、どこかの議員が「サッカーの応援をしてるだけで他人に自分の人生を乗せるんじゃない」SNSに投降して、炎上したことが急に脳裏を過った。

今日の組み合わせを知ってから、知らず知らずのうちに、彼らが勝てば何かが変わると思っていた。自分で何もしてないくせに、それでも私は救われたかった。

そのためには、人に任せるしかなくて。誰かが奇跡を起こせるなら、私だって起こせるかもしれない。でも私がその「誰か」になれるかなんて分からなくて、自信も無くて、だからその奇跡のために頑張るなんてことはできない。

私が弱いから。ううん、私だけじゃない。世の中のほとんどの人は、たぶんそうだ。誰かの起こす奇跡を自分に重ねたくて、自分自身は頑張ることが出来なくて。

入場口をくぐって、スタジアムの外に出た。

物語の主役になり損ね、やられ役のピエロになった彼らをこれ以上見ることは無理だった。

タイシくんには「ごめん、体調悪くなっちゃって」とでもメッセージを送れば許されるだろうか。

送信ボタンを押してスマホをバッグに仕舞うと、済んだ声で名前を呼ばれた。

聞き覚えのある声に反応して顔を上げると、私が出演している物語の主人公が、そこにはいた。

793 : 以下、名... - 2018/03/22 02:10:40.90 lUx132lu0 517/597

妹と気まずくなり始めたのはいつからだったか、はっきりとは覚えていない。

大体で言えば、あの子が中学に入ったくらいの頃だったかな。その頃は私も「ああ、家族仲がいいっていじられるのが嫌なんだろうな」くらいにしか思っていなかった。

良く似た容姿で、同じ環境で育ち、自慢の妹のことを、私は好きだった。世間で言えばシスコンと呼ばれるのかもしれないけど、私は彼女に対して並々ならぬ愛情を抱いていることを自覚していた。

思春期が終われば、また妹と仲良くしたいと思っていた。

たまたま街で声をかけられてモデルを始めたのも、妹に憧れられる姉でいたいと思ったからだった。お金も貰えるし、オシャレの勉強もできる。

長い思春期を終えれば昔みたいに仲良し姉妹になれると信じていたのは、私だけだったみたいだ。

私がどんな仕事をしても、妹がもう思春期と呼ばれるような歳を過ぎてしまっても、私たちの仲は気まずいままだった。

「お姉ちゃん、凄いね。自慢のお姉ちゃんだよ」

その一言を聞きたいがために、私は少しでも大きな晴れ舞台に出られるように働いた。

モデルでダメなら女優。これがだめなら歌手にでもなろうか、歌の練習しなくちゃ。

794 : 以下、名... - 2018/03/23 01:20:06.04 K3YoGRuX0 518/597

そうやって少しでも前に進もうとして、私は今の立ち位置を掴んだ。色んな人がキレイだねと声をかけてくれる。色んな人がチヤホヤしてくれる。

それでも心は満たされない。

お金とか、名誉とか、そんなものが欲しいわけじゃない。ただ妹に認めてほしいというだけの願いが、どうしても叶わないの。

他人からしてみたら理解されない望みだとしても、私は心の底からそれが欲しかった。世のどんな男から甘い言葉を囁かれるよりも、妹からの賛辞を望んでいた。

この世界を選んだことが間違っていたとするならば、私は迷わず芸能界を引退するつもりなのに。

それなのに、誰もそんなことを教えてはくれないから、今日も私は仕事をこなす。

ドラマの撮影が思ったよりも巻いて、思ったよりも早くフリーの時間が出来た。そういえば、シンヤが試合をすると話していたのは今日だった。

行けると話してはいないから関係者席は用意されていないけど、せっかくだし見に行ってあげても良いかな。誘ってくれたってことは、迷惑ではないよね。

タクシーに乗って行先を伝えると、運転手さんに「お姉さん、だいぶコアなサポーターだね」と話しかけられた。決勝でもない天皇杯を見に行く女性サポーターは、そう多くはないんだろうね。

スタジアムについてお金を払うと、当日券売り場の看板を探してきょろきょろ辺りを見渡した。試合は既にハーフタイムを迎えているらしく、スタジアム外に人影はない。

うーん、初めて来るからよくわからないな。サッカー自体はシンヤの影響もあって見るようにはなったけど、生で見るのは初めてだから。

こっちかな、と勘で進んだ方向に、一人女性が歩いていた。うん、あの人に聞いてみよう。

少し早足で近づくと、だんだんと近づいてくるその表情には見覚えがあった。ううん、そんなもんじゃない、私はこの子を知っている。

「サキ?」

確信しながら名前を呼んだ。どうしてここにいるんだろう。試合を見に来たなら帰るには早すぎるし、そもそも何でサッカーの試合なんかを見に。サキの元カレがサッカーを好きだというのは母から聞いたことがあったけど、それなら彼氏も一緒じゃないのかな。

「お姉ちゃん……」

799 : 以下、名... - 2018/03/26 06:38:56.33 EDRO2qBCO 519/597

「久しぶり、だね。今年はお盆に会えなかったから」

平静を装って話しかけてるけど、結構今、ドキドキしてる。シンヤと会う時より全然。

「そうだね。彼氏の試合を見に来たの?」

あれ、シンヤのこと、知ってたんだ。私のこと、知ってくれてたんだ。

たったそれだけのことで有頂天になる程、私は彼女に近づきたかった。触れたかった。抱きしめたくなる衝動をグッと堪える。

「うん、仕事が早く終わったから。サキは?」

「私は……試合を見にきてたんだけど、ちょっと、体調が悪くなっちゃって」

体調が悪い? あまりそういう印象は受けなかったけど、それが本当なら送って行った方が良いのかな。

「大丈夫? 家まで送るよ?」

と言うか、サキは一人で来てたのかな? 彼氏と一緒だと思ってたんだけど。もしかして試合が盛り上がりすぎて、サキだけで帰そうとしてるとか? それならその男には相応の罰を課さなければならないだろう。

「ううん、ありがとう、大丈夫」

「でも……」

やっぱり心配だ。それに、久しぶりに会えたんだからお姉ちゃんらしいことをしたいと言う気持ちもあった。

「うん帰ろう。私も一緒に帰るから、ほら、タクシー拾おう」

805 : 以下、名... - 2018/03/31 23:46:12.85 emjwQLpaO 520/597

そこまで言うと、サキも強く拒絶することはしなかった。

さっきタクシーを降りた方向に戻って行くと、運良く一台止まっていた。ラッキーって続くものだね。

一人暮らしをしているサキの自宅の方向を運転手に告げたところで、「家、知ってたんだ」と驚いたように声をかけてきた。

「あ、うん。お母さんから聞いてたから」

さすがに呼ばれてもないのに押しかけるなんてことはしなかったけど。そう離れてもない距離に住んでる妹なんだから、何かあった時に駆けつけられるくらいの準備はしておきたかったから。

俯き気味に表情を隠して、感情があまり読まない声で「そっか」と一言。そこから沈黙が始まってしまった。

何か話したいな。でも体調が悪いなら黙っておくべき?

数秒悩んだけど、結局欲が勝ってしまった。

「試合、どうだった? どっちが勝ってた?」

さすがにプロのシンヤ達が負けるとは思っていないけど、相手チームも勢いは凄いみたいだから。

勢いとか流れとか、そういうのって目に見えないから怖いし、実感がない。私自身、今 女優としては多分その状況なんだろうなって思う。

だけど、それを自覚してしまいかけてるから、きっと私のピークは今なんだろう。

その期間を少しでも長く続けるためには、それに気がつかないフリをしないといけない。自分がまだまだだと思い続けないといけない。

慢心、とは少し違うかもしれないけど。神様は、それを求めようとしない人にしか、目に見えない奇跡を与えようとしない。

相手チームの勢いも、スポーツニュースて取り上げられたあたりから目に見えるものに、気がつけるものになってしまいつつある。

806 : 以下、名... - 2018/04/07 14:30:35.34 7TaDHQikO 521/597

「マリッズが勝ってるよ。シンヤさんが出てから、3点取って、3対1」

言葉が出てくるまでに時間はかかっやけど、それを聞いてやっぱりな、と安堵する。そうだよね、アマチュアの快進撃って、そうは続かないよね。

サキはそこから口を開くことはなく、代わりに運転手さんが言葉を発した。

「お姉さんたち、マリッズサポなの? 良いねぇ、こんな美人に応援されて、選手も嬉しいだろうね」

その言葉に愛想笑いと薄っぺらい謙遜を返そうとすると、続いて「あれ、お姉さん見たことあるな。テレビの人?」と問われてしまった。

「はぁ、まあ、ちょっとだけ……」

その返事に気を良くしたのか、中年のおじさんはどんどん話しかけて来た。普段ならこういうのも迷惑だとは思わないんだけど、隣にサキがいる状況では少し鬱陶しい。

どうしようと思いながらもそれに対応をしていると、サキは目を閉じて寝始めた。

「すみません、妹が寝たので静かに……」

808 : 以下、名... - 2018/04/10 12:42:49.36 cn2ghyR2O 522/597

そう伝えると、運転手さんも「そうですね、すみません」と一言謝って、静かに運転に集中し始めた。心無しか、運転自体もさっきよりは丁寧になった気がする。

道中、気になってスマホで試合のスコアを確認すると、後半が始まったばかりのところで、スコアは3-1のままだった。うん、これなら心配はいらないかな。

そのまま液晶を暗転させて、「近づいたら起こしてください」とだけ伝えると、私も目を閉じて眠りについた。

最近、眠れてなかったから。仕事疲れたな。でも今日はいい日だな。サキがもし帰って体調良くなってたら、ご飯にでも誘ってみようかな。

そんな幸せな考えを反芻させていると、底なし沼にはまったように眠りについてしまった。

809 : 以下、名... - 2018/04/10 12:56:36.09 cn2ghyR2O 523/597

「お客さん、そろそろ着きますよ」

その声で起こされると、もうサキの家はすぐそこという場所だった。妹はと言えば、私より先に起きてたらしく、詳細な場所を案内しているところだった。

「よく寝てたね、疲れてたの?」

その一言は、さっきまでとは少し違う、暖かさを帯びている言葉の気がした。どうしたんだろ。

「ちょっとね。サキこそ、体調は?」

「ん、割と良くなったかな。ごめんね、心配かけて」

タクシーはサキの指示通りにすんなり進んで、私が起きて間も無く、目的地に辿り着いた。

運転手にタクシーチケットを渡して、サキの自室に案内される。シンヤの家に初めて行った時より全然緊張する、なんていうのは、きっと彼に言ったら怒られるんだろうけど。

玄関にあるパンプスに見覚えがあるなと思ったら、私が以前撮影で履いたものだった。言葉にはしなかったけど、それが私の影響でなくとも、ちょっと嬉しい。

バッグを置いて時計を見ると、シンヤたちの試合があと10分残ってるかどうかくらいの時間だった。

「ごめん、テレビ借りていいかな?」

直接見ることは出来なかったけど、せめてテレビでくらいは見守ってあげないとバチが当たるかもしれない。

了承の言葉が返ってくると、リモコンを操作してお目当ての番組を探す。今日の試合は割と注目されてるらしく、放送が組まれていたはずだ。

適当にチャンネルを変えていくと、緑の芝生でドリブルをしようとする選手がアップで映ってきた。まだ幼く見える表情の彼は、対面のシンヤに勝負を仕掛けていく。

ボールが動いていく中で、ふと左上のスコアが視界に入ってきた。

「何で……」

後ろから声が聞こえて振り向くと、驚いた顔でサキがテレビを凝視していた。

813 : 以下、名... - 2018/04/11 17:47:54.71 ChH8QnjUO 524/597

前半を終えて2点差。下馬評に比べたら善戦と呼べる内容なんだろうけど、心中はモヤモヤして仕方がない。

一失点目は僕の責任だ。シンヤのところでボールを奪いきれば、あんなに簡単にボールを展開されることもなかった。

そこからの二失点はおまけみたいなものだ。無失点で抑えてるという希望で踏ん張っていたのに、その根拠がなくなれば崩壊してしまう。

つまり、三失点は全て僕の責任と言っても過言ではない。

「やられちまったなー……見事に」

ロッカールームに向かう中で、ヒロさんに声をかけられた。今までの試合、前半だけでこんなに疲労困憊しているところは見たことがない。

「僕のところですよね、すみません」

シンヤを抑えるから、なんて言ってたのが恥ずかしくなるくらい、コテンパンにしてやられたんだけど。

それでも、このまま引くことはできない。

「後半、抑えます」

そこまで言うと、ヒロさんは嬉しそうに笑った。

「お前、やっぱ変わったね」

814 : 以下、名... - 2018/04/11 17:53:32.85 ChH8QnjUO 525/597

キョトンとした顔のカズに問いかけた。

「お前さ、日本代表になれると思ってる?」

「いえ」

即答だった。まあそりゃそう答えるだろうね。アマチュアの県リーグにいる選手がそこから日本代表になるなんて、現実的な話ではない。

それでもだ。それでも、俺はこいつに期待をしている。

「それじゃ、日本一になれると思う?」

「それも……ないですね」

何をもっての日本一かはともかく、今の俺たちで例えるなら天皇杯優勝がそれだろう。

でも、それもこいつは信じていない。

「この試合に勝てるとは?」

「……思わない、けど、勝ちたいです。ううん、勝つと思ってます。まだ終わってないのに、諦めたくない」

少しずつ、期待した通りの言葉が出てきた。

「後半、シンヤを抑えられるか?」

817 : 以下、名... - 2018/04/12 12:52:14.67 m1wzcV08O 526/597

言葉はなく、コイツはただ頷いた。

それで良い。

気づいてるのかな、マリッズは日本一のチームで、シンヤは日本を代表する選手なんだぜ?

それを抑える、勝つってことは、さっきお前が自分で否定した可能性を肯定することなんだ。

分かってねぇんだろうな、そういうこと。

目の前のことでいっぱいで、先のことなんか不安だらけで。

大会前にこいつに「シンヤとマッチアップしたらどうする?」って尋ねるとどんな反応したんだろうな。少なくとも今のような反応ではないはずだ。

少しずつ、目の前の壁を破っていった結果が今のカズだ。俺たちだ。

「そういうところだよ」

変わったっていうのは、そういうところだ。

この半年で成長したよ。お前も、たぶん俺も。

818 : 以下、名... - 2018/04/13 00:27:09.05 QGrowy/8O 527/597

「後半、仕掛けるぞ」

「はいっ!」

問い掛けが終わると、ヒロさんは僕の背中をバシバシ叩いた。

結局、何が変わったのかはよく分からないけれど、きっと悪い変化ではないんだと思う。

その疑問以上に、今はとにかくこの試合に勝ちたいという気持ちと、悔しさが半々で入り混ざっている。

シンヤに多少やられるのは想定していても、こんなに圧倒的に差を見せつけられるとは思ってなかったから。

ロッカールームにたどり着くと、吸水しながらヒロさんが再び話しかけて来た。

「お前、あの失点が自分のせいとか思ってないよな?」

「いや、あれはどう考えても僕の……」

819 : 以下、名... - 2018/04/15 23:17:59.47 oViqOsHGO 528/597

「バカ、倒れたままだった俺の立場ないだろ。むしろ俺のせいだっつーの」

軽く頭を小突かれた。そう言われてしまっては、言い返すことはできない。

ベンチに腰掛けてスパイクの紐を締め直しながら、頭の中で気持ちの整理をする。

うまくいったのは言うまでもなく得点シーンだ。あのプレーが連続してできるなら、まだまだ戦える。

「1点目のシーン、良かったよな」

全く同じことを、ヒロさんも思っていたらしい。頷いて返すと、ヒロさんは嬉しそうに笑った。

822 : 以下、名... - 2018/05/13 11:48:48.18 8knqrVTbO 529/597

「ああいうプレーがまたできたらさ、まだ点は取れると思うんだ。まだ諦めるには早すぎるよな」

言い足して、ヒロさんは立ち上がった。

「後半、カズをもっと押し上げさせるんで! 1点目みたいなシチュエーションを作っていきましょう!」

大声で話し、チームメイトを見回した。

それまで「マリッズやっぱすげぇわ」「レベルが違いすぎ」と愚痴のような、負けるのが決まっているような話をしていたチームメイトも、ヒロさんの言葉に耳を傾けている。

「二点差ならまだ後半詰められます! コイツがシンヤを後半は0に抑えるって豪語してるんで、点を取れさえすればまだチャンスはありますから!」

確認するかのようにヒロさんは僕に視線を向けた。士気を高めるためなのか、僕をいじって場の雰囲気を軽くしたいのか分からないけど、僕がやるべきことはそれだけだ。

立ち上がって、ヒロさんに負けない声で言った。

「後半、シンヤ抑えるんで! 削りますよ?! 勝ちにいきましょう!」

応、と大きな声がロッカールームに鳴り響いた。力強く、希望の音を含んでいた。

823 : 以下、名... - 2018/05/13 11:55:43.40 8knqrVTbO 530/597

後半が始まると、マリッジの勢いはやや落ち着いていた。前半を二点リードで終えたことにより、勝ちパターンの試合になったと思っているのだろう。

ボールをポゼッションして、無理な攻撃は仕掛けてこない。格上のサッカーだ。

後半、うちはフォーメーションを少し弄った。右サイドバックだった僕は、アンカー気味のフリーマン。要するに、守備時はシンヤにマンツーマンで密着し、攻撃時は上がれるだけ上がってこいって話。

基本的に攻められることが多い中、僕はシンヤへのパスコースをとにかく絶って、一瞬でもマイボールになると今度は一生懸命離れてボールを受けようとする。

後半、10分が近づいたところで、シンヤに話しかけられた。

825 : 以下、名... - 2018/05/14 01:31:10.68 qxCilCKAO 531/597

「やるじゃん、結構」

あくまで上から目線なその言葉には、自分が日本のトップであることを自負している誇りを感じた。嫌味でも挑発でもなく、純粋にそう思って口にしているのが分かる。

ボールから視線はそらさずに、その声に言葉を返す。

「そいつはどーも。ヒロさんに鍛えられてるんで」

「どっちかっていうと、君がヒロを鍛えてそうだけど」

「まさか」

やり取りの間もボールとシンヤへの意識は外せないから、一向に気が抜けない。何より有効な守備手段は、ボールを持たせないことだ。

ポジションを変えたことによって、この10分だけで前半と同じくらいの疲労を感じている。これがシンヤの重圧でもあり、実力でもある。

「オカモトたちとタメなんだって? 代表歴は?」

「そんな大層な肩書きはないっす。県トレ、それも候補止まりっす」

今この場に立ってることすら不思議な立場だからね、僕。

ヒロさんはもちろん、県トレだったり国体候補だったり、学生時代の肩書きだけなら僕より上に選手はうちのチームにもいくらでもいる。

「よくここまで来たね、それで」

今度も馬鹿にするニュアンスはない、驚きの顔を見せる声色だった。

826 : 以下、名... - 2018/05/14 02:51:35.55 qxCilCKAO 532/597

「僕たちも自分達で驚いてますわ」

オカモトがボールを持った瞬間に下がって受けに走ったシンヤを追いかける。僕のチェックを確認して、オカモトは横パスで落ち着ける。

「正直、驚いたよ。アマに君クラスの選手がいて」

「いやそんな、全然っす」

イヌイだってヤギサワさんだってアマチュアの選手だし。僕なんて本当に、全然。

「謙遜は良いから」

「いや、マジで」

大したことないですから、と口にしかけて戸惑った。今、日本代表選手を相手にして一生懸命やってる僕を、たとえ謙遜であっても否定はしたくない。

僕を信じてくれる仲間がいる。僕にシンヤを預けてくれた人がいる。

それは信頼であって、僕に対する評価でもある。それを僕だけが否定することは、彼らに対しても失礼だろう。

「こっちに、プロに来ようとは?」

そんなこと、夢にも思ったことはなかった。目の前に相手に勝ちたい気持ちだけでここまで来た。

僕個人がどうじゃなくて、チームが勝つことしか考えていなかった。

829 : 以下、名... - 2018/06/30 21:03:28.53 xqwMzBSKO 533/597

子供の頃は夢見ていたプロになりたいという気持ちは、ここまでにくる過程でなくしてしまっていた。

自分という選手の程度が知れていたから。

夢を語るには実績というものが求められて、それが無いと周りは嘲笑う。現実を見ろ、お前には無理だという言葉で押しつぶされてしまう。

だから僕は躊躇った。もしくは忘れようとしていたのかもしれない。

夢を語る勇気を持てなかったから。

実績も根拠もなく大きな夢を語れるほど、僕は現実を見ていないわけではなかった。

あんなに上手い誰々ですら無理なんだから、僕にはもっと無理だろう。人と比較して自分の立ち位置を確かめて、自分の夢を切り捨てていった。

高校に入る頃には、サッカーで食っていくなんてことは考えもしなくなっていた。

適当に勉強してそこそこの大学に進んで、ちょっといい企業に入れたらいい人生だったな、と。

830 : 以下、名... - 2018/06/30 21:04:45.28 xqwMzBSKO 534/597

プロの選手になるような人たちは、もっと異世界の住人に見えていた。

同級生のタカギも、オカモトも、マツバラも。

僕が学生の頃から全国区の有名人で、そういうやつらがプロになるものだと信じていたし、事実そうだった。

初めてボールを蹴った時の感動に、試合に出た時の緊張。ゴールの感動に勝利の喜び。

そういうものは、彼らのものでなければ価値が無いと思っていた。彼らが試合に勝てば多くの人が喜ぶ。一方で、自分の勝利は自分にとっての感動だけで、それを誰かに分け与えられるような存在ではないと。

それが、この大会を通じて少しずつ変わって来たのかもしれない。

サポーターができた。本気の選手と本気のマッチアップをした。もっと勝ちたいという火が燃えた。

この衝動を抑えるなんて無理だ。20も超えた大人になって、何を語ってるんだと言われるかもしれない。それでも、それを見ぬふりをすることこそが、一番恥ずかしいことだと本能が告げている。
「あんたたちに……」
 
いざ言葉にするのは勇気が必要で。目の前に立つシンヤに対して、そんなことを僕が言って良いのか。

終わって恥ずかしい思いをするのは、きっと僕なんだけど。それでもこの衝動に抗うことはできない。ー

「マリッズに勝ってから考えます」

831 : 以下、名... - 2018/06/30 21:06:18.85 xqwMzBSKO 535/597

相手のサイドハーフがオカモトに返そうとしたボールを、ヒロさんがインターセプト。それを感じ取るや否や、シンヤから一気に離れるように、全力でダッシュしてサポートに入る。
「出せっ!」

前線に一枚だけ残しておいたフォワードが裏に抜ける動きを見せてボールを要求するも、相手のディフェンダーは高いラインでオフサイドをかけられるように少し高く設定する。

速攻を諦めたヒロさんは、すぐ隣までフォローに入った僕に一旦ボールを渡す。

トラップをするまでに、前線の状況をもう一度確認。フォワードはオフサイドポジションからポジショニングを取りなおそうとしている。僕には正面からオカモトがチェックをかけていて、ヒロさんの方には後ろからシンヤが向かっている。

押し込まれる展開が長く続いただけに、後ろからの押し上げにはあまり期待ができない。
 
トラップしてもう一度前線の状況を確認すると、キーパーのポジションがやや前目になっていることに気が付いた。

マリッズの高いディフェンスラインをフォローするために、彼は裏に抜けたボールを処理する必要がある。そのため、必然的にゴールから離れた位置に立つことが多くなる。

832 : 以下、名... - 2018/06/30 21:08:10.04 xqwMzBSKO 536/597

これはギャンブル。

外せばせっかくのマイボールを簡単にロストしたとディフェンダーからは不満が出るだろうし、そうなれば決定打となる4失点目が入る可能性がある。

確信はない。入る方がミラクルで、むしろ落胆の瞬間を迎える方が現実的だ。

それでも、この閃きに従わなければならないということは気がついていた。

さっきのシンヤの言葉に熱くなっていたのかもしれない。いつもの僕ならできない選択だった。これを愚行と呼ぶか成長と呼ぶかも、人によるだろうし結果によるだろう。

それでも僕にとっては、これは成長だ。今までに無い選択肢を手にして、それを選んだ。

オカモトがもう一歩近づいてくる前に、右足を振りぬいた。

ボールを蹴った感覚が右足の甲に残って、それは初めてインステップキックに成功した時の感動に似ていた。

こういう気持ちを味わいたくて、僕はボールを蹴り始めた。サッカーを選んだ。

ボールは曲がる気配も落ちる気配もなく、まっすぐゴールに向かっていった。

「キーパー!」
 
シンヤの叫ぶ声が聞こえた。同じ方向から、ヒロさんが驚いた目で僕を見ていた。

ボールは最高到達点を超えて、少しずつ落ちながらゴールに向かって進んでいく。その速度はキーパーがダッシュするよりもまだ速い。

今も確信はない。それでも、信じたい。奇跡は自分でも起こせるものだと。

835 : 以下、名... - 2018/07/07 23:21:52.09 Zxq8PZpOO 537/597

「ねぇ、パパ。何でマリッズじゃなくてこっちの席なの?」

ハーフタイムに入ってすぐ、後ろの席に座る子どもがそう話しているのが聞こえてきた。

声の主は声変わりもまだしてなさそうな年頃の小学生だった。マリッズの試合を見に行こうと連れてこられたのか、マリッズサイドではなくて私と同じゴール裏にいることが不満らしい。

「まぁ、子どもからしたらそうだよなぁ」

今日も隣で解説をしてくれているヤギサワさんは、苦笑いをしながら呟いた。一番階段側の席にヤギサワさんが座り、並んで奥さん、そして私。

カズヤたちのチームが快進撃を進めているのは、一部サッカーファンには話題になっているみたいなんだけど、やっぱり子どもからすると日本代表選手のいるマリッズの方がより気になるのは仕方ない。

スタンドの観客も前回の試合に比べたら多いけど、やっぱりマリッズのそれとは比べ物にならない。

「やっぱシンヤはすげぇよ。相手が悪かったな」

「ジャイアントキリングもここまでかな」

そんな人たちが思い思いの感想を言いながら階段を上っていく。これが現実なんだろう。サッカーに詳しくない私でも、マリッズとの力の差があることは分かる試合展開だった。

「ったく、何やってんだカズのやつ」

不意にカズヤの名前が聞こえてきて、視線を階段の方に向ける。カズヤの知り合いかな、と思ったけれど、何だかその顔を見たことがあるような、無いような。

「あれ、タカギくん?」

836 : 以下、名... - 2018/07/07 23:22:28.37 Zxq8PZpOO 538/597

ヤギサワさんが呼び止めて、階段の彼が足を止めた。

ああ、そうだ、思い出した。カズヤの前の試合相手のタカギさんだ。試合の後に仲良くなって、連絡先も交換したと写真を見せて貰ったことがある。「あんな凄いやつに認められるなんて、普通ありえない」って謙遜してたっけ。

「えっと……すみません、どなたでしたっけ」

首を傾げながら彼がヤギサワさんに問いかける。「ああ、ごめん。俺たちは――」と、簡単に自己紹介をして、「今日は一人?」と返す。

「ああ、はい」

「よかったら、一緒に見ようよ」

「まぁ……いいっすけど」

そう言うと、彼は階段から入ってきて、タカギさんの分も含めてドリンクを買いにいった奥さんの席に座った。

「タカギっす」

ぺこっと頭を下げられたので、私も簡単に自己紹介をして挨拶をする。

「カズヤから話聞きました。色々とお世話に……」

「奥さんみたいだね」

と、ヤギサワさんが奥から茶化してきた。

837 : 以下、名... - 2018/07/07 23:23:27.37 Zxq8PZpOO 539/597

「え、何、カズの彼女? ですか?」

「えーっと……はい」

彼女かどうかを聞かれることなんて、ここしばらく無い経験だったからちょっと答えるのも恥ずかしい。

少し顔が赤くなってるのにも、体温が上がるのにも自分で気がつく。

「何だあいつこんな美人と付き合ってんの、ずるっ」

それを聞いてタカギさんは笑った。ちょうど奥さんも戻ってきたタイミングで、買ってきてくれた缶コーヒーを受け取るときに「褒められたからって、浮気しちゃだめよ」なんて。

しないってば、もう。

そこからしばらく私を弄っていると、選手がピッチに出てきた。まだそこにはカズヤがいるのが見える。

「後半、どう見る?」

その様子を見て、ヤギサワさんがタカギさんに声をかけた。

詳しいことは聞いても分からないけれど、彼らの解説付きで試合を見られる私はきっとかなりの幸運なんだと思う。

「やっぱりシンヤ抑えないとどうしようもないっすね。それを誰がするかだけど……」

「一人しかいないよね」

そう言って、二人とも合わせたように私の顔を見てきた。タカギさんに席を取られて、私の奥に座った彼女には「旦那次第、ってことね」と呟かれた。

……もうっ!

838 : 以下、名... - 2018/07/07 23:24:06.52 Zxq8PZpOO 540/597

後半が始まってすぐに、カズヤのポジションが前半とは違っていることに気が付いた。

シンヤの近くをずっとうろうろして、ボールを持たないように邪魔をしている。守備をしていることは前半と変わらないけれど、仕事内容はかなり変わったように思える。

「やっぱりシンヤのマーカーはカズくんだね」

「ヒロさんつけたら攻め手が無くなりますしね、あいつしかいないでしょ。でも、それはそれでヒロさんのパスを誰が受けるんだって話だけど」

前半程の速い攻めをマリッズもしなくなっているのは、リードしている余裕からなのかな。カズヤが頑張っているからか、シンヤにボールが行くことも中々無い。たまにボールを触っても、前半みたいに凄い勢いで攻めるパスを出したりはしない。

「効いてるねぇ、カズくん」

「でも、攻めなきゃ勝てないっすよ。どこかのタイミングでスイッチ入れないと……」

言葉が早いかプレーが早いか、オオタさんが相手のボールを奪った。それに連動するかのように、カズヤは凄い勢いでシンヤから離れていく。当然、シンヤはそれを追いかけるんだけど、カズヤの切り替えが早すぎて少し追いつけそうにない。

ヒロさんが奪ったボールをそのカズヤに預けると、正面から他の選手が近づいてくる。

「同世代対決じゃん」

「俺に勝ったんだから、オカモトくらい抜いてもらわないと」

タカギさんのその言葉は現実のものとはならなかった。カズヤは近づいてくる選手が邪魔をするよりも早く、右足を振りぬいた。

前にいた選手はそのパスを追いかけるそぶりもなく、果たして誰に出したボールなのかは分からなかった。

839 : 以下、名... - 2018/07/07 23:24:39.33 Zxq8PZpOO 541/597

ピッチの真ん中より手前から蹴られたボールは、虹のような軌道でゴールに向かって進んでいく。

「まさか?」

「打ったのか?!」

驚いた声を二人が上げた。誰も予想していなかったその軌跡は、私が願うところに向かって伸びていく。まるでゴールに向かって線で結ばれているんじゃないかと思うくらい、一直線にそれは走る。

キーパーの頭を越した。そして、ネットが揺れる音が聞こえるんじゃないかというくらいの静寂と、刹那の後に湧いた歓声。

「やりやがった!」

「おい……おいおいおい!」

男性二人が立ち上がって叫ぶ。奥さんは私に抱き着いて、「すごい、すごいすごい!」と繰り返す。

この感情を感動と評していいのか、私には分からない。それくらい、大きな衝動が胸に残った。

火照っているのは暑いからだとか、興奮だとか、そういう次元ではないと思う。

他の観客も立ち上がって「やべぇ」「あいつ、何者?」と声をあげている。マリッズのサポーター席に行きたがっていた子供も「すごいね!」と父親に話している。

ピッチに立つ当の本人は、中途半端に転がって帰っているボールを拾いあげて走って戻っている。歓声でここまで聞こえないけど、「まだいけるぞ!」とでも叫んでいるのだろう。手を叩きながらチームを鼓舞するような動きをしている。

マリッズを相手に、勝つことを諦めないからこそそういう姿勢が出るんだろう。

840 : 以下、名... - 2018/07/07 23:25:07.96 Zxq8PZpOO 542/597

やっと私が絞り出せた言葉は「頑張れ」だけだった。

まだここが、彼の望む場所ではないから。健闘することじゃなくて、勝つことを望んでいるのだから、応援する私がこれで満足していいはずがない。

そしてそれだけじゃなくて、まだ言いようのない何か、今はまだ分からない感情が心に引っかかっている。

何か分からないことがもどかしくて、でも確かにそれは私の中で燃えている。ただの嬉しさとか感動とかじゃなくて、何か。

試合再開の笛が響いてハッとして、私は再び試合に集中する。そうだ、今はとにかく、カズヤたちに勝ってほしい。私が見たことのない景色を見せてほしい。

「展開変わったな」

タカギさんの独り言の通り、再び試合はお互いが攻め合う形になってきた。変わったのは、防戦一方ではなくなってきたこと。

「カズくんのロングシュートで、相手キーパーがディフェンスラインの後ろをケアしづらくなったからね。その分ラインが下がって、プレッシャーも弱くなってるのさ」

ヤギサワさんも少し興奮しているのか、普段はもうちょっと私でもわかるように噛み砕いて説明してくれるんだけど、今回はちょっと難しく表現した。

848 : 以下、名... - 2018/08/24 00:47:42.86 /rlzIsWFO 543/597

試合展開と同様に、カズヤとシンヤの戦いも熱を帯びて来たように見える。日本代表を相手に、互角に戦っている。

「何かさぁ……何なんだろうな」

タカギさんがいじらしそうに、言葉にしづらそうに口を開いた。

「すげぇし、カズに頑張って欲しい、けど」

逆説から繋がった言葉は、私の胸にスッと入った。

「悔しいわ」

849 : 以下、名... - 2018/08/24 00:52:45.48 /rlzIsWFO 544/597

悔しい。

その感情を、もしかしたらずっと私は持っていたのかもしれない。

彼は最初は持たざる者だった。少なくとも、私と出会った当時は。

それは見えない才能とかセンスとかいう抽象的なものではなくて、他人からの評価であったり能力であったり、だ。

彼は懸命に努力をしていた。前に進んでいた。その姿勢に強く惹かれた。

彼が今、こうやってその努力の結果を見せているのは、そこまで歩みを止めなかったからだ。花開くまで諦めなかったからだ。

言葉で言うのは簡単でも、それを実行できる人は少ない。

851 : 以下、名... - 2018/08/24 20:49:15.80 F8H+VMRZO 545/597

諦めないという誰にでも出来るはずの行為を、実際に選択することは難しい。

それを続けることに、夢を追うことに理由は無いけれど、諦めることには理由があるから。

一つでも理由が見つかれば、それを免罪符にすることができる。そして、その方が確実に楽だから。

夢が見つからない、というのも一つの理由。敵わない相手がいる、というのも同じく。

「あいつ、すげぇよ」

タカギさんは言った。何も知らない人から見れば、プロがアマチュア選手に何をと思うかもしれない。

「うん、凄いね」

ヤギサワさんもそれに同意した。10近くも年上の彼が何を、と思う人もいるだろう。

たまたまシンヤ相手に良いプレーをしているからとか、ナイスゲームだからとか、そんな理由じゃない。

私たちが彼に抱く敬意には、そんなありふれたものじゃない。

852 : 以下、名... - 2018/08/25 22:17:47.54 ovLG7DKB0 546/597

例えば海外サッカーの動画を見た時。或いは今日、シンヤが魅せるプレー。

そういう感動とは別種のものが、私の、私たちの胸を打つ。

「頑張れ!」

もうすでに、十分頑張っている彼には酷な言葉かもしれない。それでも、そう言葉にせずにはいられない。

チャントというらしい、サッカー用の応援歌をカズヤたちは持っていない。それでも、私たちと同じ気持ちでこの試合を見ている人がいることは分かる。

「オオタ! 行け!」

「6番潰せ!」

思い思いの言葉で、彼らは背中を押そうとしている。今までにカズヤ達を見たことが無い人もだ。

それが誇らしくて、やっぱり悔しくもある。一生懸命に生きる彼が眩しすぎて、私がそれを放棄してしまっていたことが恥ずかしくて。

でもだからこそ、彼は私の希望でもある。

誰にでもできるそれを止めなければ、あんな風になれるとも知っているから。光輝けるから。

ピッチ上の希望に向かって、大きな声をもう一度エールを送る。

「カズヤ、いけーっ!」

そしてそれは、いつかの私にも届くように。

853 : 以下、名... - 2018/08/25 22:29:06.21 ovLG7DKB0 547/597

今までも頼もしい後輩だと思っていたけど、今日のこいつは段違いだ。

シンヤとマッチアップする年下の男に、俺は嫉妬や敬意を覚えるほどの頼もしさを感じ取っていた。

こいつはマジで、後半は完封するな。

そんな予感がする。予感というには、あまりに確証が強いけれど。

二点目のシーンは圧巻だった。今までのサッカー人生でも一番、鳥肌が立った瞬間だった。

この天皇杯を通じて、カズは大きく成長してきた。その中でも、段違いなステップアップだったのは間違いない。

少なくとも、あのゴール以降はカズがシンヤを抑えるというよりは、逆のパターンになる方が多い。

負けてられない。あいつばかりに良いところを見せられるわけにはいかない。

基本的には守備のポジションのあいつがこれだけスコアを動かしていて、オフェンシブな俺がオカモトに抑えられたままで良いはずがない。

「出せ!」

カズの持っているボールを要求する。プレスをかけに来たシンヤをいなして、カズは俺の足元に正確なパスを送った。

854 : 以下、名... - 2018/08/26 19:49:44.85 WWzOmL8ZO 548/597

ボールをトラップした瞬間、後ろからオカモトの圧を感じる。さすが世代別代表のキャプテンを務めるだけはある。後半になってもその迫力に衰えはない。

前を向こうにもそれはできず、カズにリターンで返したボールは、シンヤが伸ばした足に触れてタッチラインを割った。

そのままシンヤは下がってきて、オカモトに耳打ちをしたかと思えば俺に近づいてきた。

「ヒロが、あいつがエースだって言った意味が分かったよ」

「だろ」

どや顔で返してやったけど、そこには隠し切れない悔しさもあった。

確かに、カズがうちのチームで最重要だと自分で理解もしているし、それを言った。しかし、対戦相手にそれを認められるのはやはり悔しい。

マーカーが変わったのも、よりディフェンシブなオカモトの方が、カズを潰せると判断したからだろう。まだ一点リードしているマリッズは、このリードを守れって勝てると踏んでいる。

「負けられないな」

カズには。

頼りになる後輩だけど、まだ背中を見せられるわけにはいかない。先輩には先輩なりの意地があって、口では認めたふりをしても、やっぱりまだ負けたくはない。

「悪いけど、勝つのはうちだ」

マリッズには負けられない、と思われたのか、シンヤにそう返されてしまった。そうじゃない。そうじゃないんだ。

ニコっと笑って返してやった。お前を抜いて、過去の自分も、今のカズも、超越してやる。

855 : 以下、名... - 2018/08/26 19:55:31.83 WWzOmL8ZO 549/597

後半30分を過ぎた。カズのゴールで乗った勢いも、少しずつ落ち着いてきている。もう5分も経てば、マリッズは完全に時間稼ぎに入ってくるだろう。今も、マイボールになれば落ち着いた雰囲気でパスを回している。

一方でうちはと言えば、カズがオカモトに抑えられつつある。さすがに、同世代で守備が本職の選手を相手にプレーするのは、今のカズでもまだ厳しい。ボールを失うまではせずとも、仕掛けることもできていない。

なかなかうまくいかない。このままだと、負けてしまうかもしれない。

なのに俺は今、サッカーを楽しんでいる。最高だ。負けそうだからとかじゃない、この試合をもっと続けたい。

ボールを受けたシンヤを潰しにかかる。

パスを貰った俺を削りにくる。

ドリブルでしかける。

タックルされる。

一進一退だ。勝ててはないけど、負けてもいない。

味方ディフェンダーが相手のクロスを跳ね返し、そのこぼれ球をカズが拾う。

「出せ!」

それを足元に要求して、シンヤからのプレスを受ける前に前を向いてトラップする。

856 : 以下、名... - 2018/08/26 19:56:18.28 WWzOmL8ZO 550/597

前線にはフォワードが一枚張っているだけで、相手の守備陣はブロックを形成して守る準備ができている。

ここでパスを出しても、簡単につぶされてしまう。せめて、俺がシンヤを抜いて相手のディフェンダーを吊りださないと、枚数で負ける。

仕掛けよう。

この試合、カズに任せっきりだった。あれだけ臆病なサッカー選手だったカズが、今や格上のマリッズを相手に堂々とプレーしている。勝負をしている。

俺が逃げるわけにはいかない。そして目の前に立つのは、日本代表だ。俺たちの、日本でサッカーをしている奴らなら誰もが憧れる存在だ。

そいつに勝負を仕掛けられるなんて幸せは、これから先の人生であと何回あるかも分からない。

行くぞと決意して相手選手、シンヤを見据える。シンヤもボールに集中しつつ、一瞬、目が合った気がした。いや、確信だ。目が合った。そして口元が緩んだ。

懐かしいな。俺たちはいつも、こうやって勝負をしていた。練習をしていた。

天皇杯本戦、俺たちからすると大一番だというのに、それを忘れてしまう懐かしさだ。俺の目の前にはシンヤしかいない。

景色が変わった。緑の芝生の上、ここはスタジアムではなくて練習場だ。抜いた抜かれた、今のフェイントはどうやった、そんな話をしていた場所が俺の目に映る。

さぁ、今からお前を抜いてやる。

859 : 以下、名... - 2018/09/01 17:03:20.39 5COR0pO9O 551/597

ボールを突いて、シンヤが飛び込んで来たくなりそうな位置に置いた。ここで奪いに来たら、一気にスピードで抜くつもりだ。

しかし、やはりそんなに簡単には吊られずに、構えて俺が本当に仕掛けるのを待っている。

ボールを再び拾い、今度はシンヤにフェイントを仕掛ける。背番号11が似合う、キングと呼ばれる名選手が得意とする跨ぎフェイント、シザーズ。

あの頃、俺はこの技でシンヤを抜いてきた。自信のある技だ。

右足でボールを跨ぎ、左足アウトサイドで進もうとした方向にシンヤの体が動いた。バレてたか。

昔は読まれてても抜けてたのに、やはり日本代表になるほど成長をすると話は違うらしい。

「ヒロさん!」

叫んだカズがボールを欲しがるジェスチャーを見せている。後ろを走るオカモトのプレッシャーはあるけれど、あいつに預けなおすのも手か?

視線をそちらに向けた、その時だった。

シンヤの目線と集中が、明らかにカズに向けられた。

860 : 以下、名... - 2018/09/01 17:03:51.92 5COR0pO9O 552/597

今しか無い。

俺の右を走るカズが追い越そうとした瞬間、シンヤの左側にボールを進めた。

カズの方に向けて重心をかけていたシンヤはそれにはついてくることが出来ず、俺はシンヤを振り切った。

後ろから伸びてきた手を右手で叩く。このチャンスは逃せない。

シンヤを抜き去って、残るは奥に構えるディフェンダーだけだ。

センターバックの一人が徐々に近づいてくる。こいつを躱せば一気にチャンスになる。


865 : 以下、名... - 2018/10/23 23:53:08.26 fYYr87XwO 553/597

じわじわと相手センターバックとの距離が縮まる。シュートコースが徐々に狭くなっていくが、ここから打ってもキーパーに容易にセーブされるだろう。

大きく右足を振りかぶりシュートモーションを入れる。相手ディフェンダーは一気に距離を縮めに来るが、重心はまだ傾いていない。シュートを放たずにフェイクをを入れて、左に流れていくけど相手はそのまま俺に体を当てに来た。

それなら、だ。

右足のヒールでボールを後ろに転がした。お前ならそこにいるだろ?

シンヤを追い越したカズが、そのまま俺のフォローに入って流れてきていた。ペナルティーアークのど真ん中で、カズはボールを足元に収めた。

オカモトも、シンヤも、他のディフェンダーも。誰もがカズの運動量についてこれていない。

技術じゃない、気持ちだ。ボールを拾ってここまでノンストップで走り続けてきた結果がこれだ。誰にでもできるはずのことを、愚直に続けてカズはそこにいる。

悔しいかな、フィニッシュは結局カズ任せなのが。それでも笑いが堪えられない。

「打て!」

866 : 以下、名... - 2018/10/24 00:13:59.50 QL9pd4Y5O 554/597

ボールを叩く音が聞こえた。

強めに張られたネットに叩き込まれたボールが跳ね返って、俺の方に向かって転がってくる。相手キーパーがうなだれている。

ははは、ハットトリックだ。笑っちゃうね、こいつは。

シュートを決めた当の本人は、転がってきたボールを走って拾いに行く。そして手に持つと、俺の方に駆け寄って来た。

「ヒロさん、ナイスパスです! もう一点いきましょう!」

駆け足にそのままセンターサークルに向かうカズの横を並走しながら、背中を叩く。

「いたっ!」

「バカお前、もっと喜べ、ハットトリックだぞ?」

遠慮がちに近寄って来たチームメイトがカズとハイタッチを交わす。たぶん、本当は皆もっと称賛してやりたいんだろうけど、本人がそれ以上に早く試合を再開したがっているからね。

「勝ってからにしますわ」

本当に頼もしい後輩だね、こいつは。

871 : 以下、名... - 2018/11/25 22:37:01.56 o/KkaCXNO 555/597

三点目を決めた。ハットトリックを成し遂げたのは、公式戦では初めてだ。

今ままでのサッカー人生で一番の舞台で、一番のプレーをできている。その喜びを爆発させるよりも、僕は勝利が欲しい。

スタジアムの雰囲気が変わったのがはっきりとわかる。うちのチームがボールを持った時の歓声が大きくなる。

一方で、試合は徐々にうちの不利な展開になっていた。元々のフィジカル差に、攻め込まれれる展開。守備陣は限界が近づいている。

前半は今のようにフリーマンではなくサイドバックに専念していたから、その辛さは分かっている。このままいくとジリ貧だ。延長になると、間違いなくうちが負ける。

それが分かっているからこそ、マリッズも追いつかれても無理には攻めてこない。普通、追いつかれると焦って攻撃に出たくなる場面でもそうならないあたりが、さすがの試合巧者と相手を誉めたくなってしまう。

ボールが近づく気配が無くても、オカモトが僕から離れる気配はない。膠着状態を打破したくて動き出しても、中々離れてくれない。

872 : 以下、名... - 2018/11/26 23:12:36.81 8wAzECfZO 556/597

時計の針が進んでいく。残り時間、ロスタイムを入れても十分はないだろう。

ヒロさんはボールを受けてもシンヤのせいで思うようにプレーができない。ディフェンダーがいちかばちかで蹴ったボールも、フィジカルに勝る相手ディフェンダーが簡単に跳ね返してポゼッションされる。

ここまで気持ちだけでやってきた。技術では勝てないし、フィジカルでも勝てないから、走って走って、ボロボロになりながら同点に追いついた。

それでも、相手は落ち着いている。格下の、アマチュアの僕たちに追いつかれても、勝ち方を知っている。

シンヤがボールを受けて、ヒロさんがプレッシャーをかける。落ち着いた様子で、そのボールをサイドバックに預けられた。

延長に入ると勝ちがないと分かっていても、時間つぶしのそのボールにプレスをかけることもままならない。時間をうまく使われている。

サイドバックからオカモトに入ったボールに、今度は僕が寄せていく。

ガツンと体を当てられて、弾き飛ばされそうになる。上半身がぐらつきながらもどうにか踏ん張って、今度はこちらから当たりにいこうとすると、それより一足先にパスを出された。

急には止まれない勢いでタックルに入っていた僕は、そのままオカモトにアフター気味にタックルに入る。先ほど弾き飛ばしてきたのと同じ相手だとは思えないほど簡単に倒れた。

笛が鳴ってプレーが止まる。オカモトは痛くもないのに寝転がって、ゆっくりと芝に手をついた。

873 : 以下、名... - 2018/11/27 23:55:48.99 /nkivfJcO 557/597

僕が差し伸べた手をオカモトはしっかりつかみ、体重をかけながら立ち上がった。パンツに付着した芝を叩きながら、「悪いな、うちも負けられないもんで」と笑った。

主審が近づいてきて、オカモトに二、三声をかける。右手をあげて、大丈夫とアピールをする。そのまま今度は僕に向かって、「アフターには気を付けて」と注意を促してきた。

時間が無い焦りをぐっとこらえて、了承の意を込めて僕も手をあげる。

笛が鳴っても、そのボールはゴール前に放り込まれることは無い。ショートパスで、しっかりとポゼッションしてくる。

オカモトは僕から離れる気配はないし、かといって他の選手も相変わらずそれを奪いにいくことはできない。

残り時間はない。ジリ貧だ。このまま真綿で首を絞めるように殺されていくしか道が無いのか。

ここまで来て、同点に追いついて、それでも負けてしまえば一緒だ。ボールを蹴るのは楽しい。楽しいけど、だからといって健闘すれば負けても良いと思えるほど甘い気持ちでサッカーをしているわけでもない。

874 : 以下、名... - 2018/11/28 00:05:20.93 GsJnY6+6O 558/597

残り時間の確認で、スタジアムの時計を見上げた。

そして見えた。あの麦わら帽子が。

聞こえた。「がんばれ」という声が。

その瞬間、僕の足は動き出していた。ボールを持つディフェンダーに向かって、ダッシュでプレッシャーをかけにいく。

どうやって剥がそうとしても剥がれなかったオカモトは、僕の突然のその行動についていっていいのか判断をしかねているようだ。少しずつ、オカモトの気配を感じなくなる。

僕の追いかけた先のディフェンダーが慌てて出したパスは、精度を欠いて中途半端なところに零れた。

ヒロさんがそれを拾いに行って、慌てて近くにいたセンターバックがクリアをする。タッチラインを割って、久しぶりにうちのボールになった。

歓声があがる。うちの背中を押してくれる声だ。両手を振り上げて、声をあげた。

「もう一点だ、勝つぞ!」

877 : 以下、名... - 2018/12/01 23:18:52.66 CgK93TteO 559/597

画面に映し出されていたのは、2-3という数字だった。

得点を増やしているのはカズヤ、ヒロくん。私が見限った男たち。そして追いつかれたのは、シンヤ。お姉ちゃんが選んだ男だ。

前半で実力差を見せつけられたはずなのに、諦めないで走るカズヤがカメラに抜かれた。ボールを持ってシンヤに仕掛けると歓声があがっているのが、テレビ越しでもはっきりと分かる。私がそこにいた時と、明らかに雰囲気が変わっていた。

「どうしたの?」

私が漏らした言葉に、お姉ちゃんが問いかける。

何で、カズヤたちは諦めずに走り続けられるんだろう。

何で、叶わないような相手でも追いかけることができるんだろう。

何で、私はこんなことをしているんだろう。ここにいるんだろう。

878 : 以下、名... - 2018/12/01 23:23:34.15 CgK93TteO 560/597

一生懸命に生きたかった。

それがどういう生き方を意味するかは、人それぞれなんだろうけれど。

ただ、私がそうはなれていないことを、この試合が、カズヤがヒロくんが、言外に語り掛けてくる。

スコア上で負けていても、彼らはちっとも負けていない。ビハインドで時間も少なく、格上相手に諦めてしまいそうな状況でも、彼らは走り続けている。一生懸命さが、液晶越しでも強く伝わってくる。

大人になればなるほど、懸命に生きるということができなくなってきた。

失敗する怖さを知っているから、手抜きすることの落さを覚えたから、或いは勇気が持てないから。

だからお姉ちゃんに嫉妬した。お姉ちゃんみたいになれないとあきらめて、彼氏に、パートナーにそれを求めた。

女優になりたいわけでもモデルになりたいわけでもない。胸を張って、自慢のお姉ちゃんの隣に立ちたかった。所詮お姉ちゃんの劣化版だと思われたくなかった。

それがどうして、こうなってしまったんだろう。

879 : 以下、名... - 2018/12/01 23:26:25.29 CgK93TteO 561/597

「大丈夫?」

返事をできない私を心配して、お姉ちゃんが隣に立った。

テレビの中ではボールを持ったヒロくんの横を、そして彼に対面するシンヤの横を、カズヤが追い抜いた。もう残り時間は僅か、疲れているはずのカズヤは、そんなことを微塵も感じさせないくらい軽やかに走っている。

そして、それに乗じたヒロくんがシンヤの逆を取った。

「あっ」

きっとマリッズを、シンヤを応援しているであろうお姉ちゃんは、そのシーンを目にして声をあげた。

ボールはそのままゴール前に運ばれていく。特別なことは何もなかったように見える。ただ走って追い抜いただけ、そんなカズヤに気を取られて、逆をつかれてしまっただけ。

880 : 以下、名... - 2018/12/01 23:30:23.72 CgK93TteO 562/597

誰にでもできることだ。走り続けてきただけ。

ただそれだけで、彼らは日本を代表する選手を抜いた。ネットを揺らした。ゴールを決めて見せた。

アップで抜かれた二人を見て、強く思う。私が本当にしたかった生き方は、きっとそれだ。

真っすぐに生きたかった。お姉ちゃんに嫉妬したくもなかった。頑張り続けていられる私でありたかった。テレビに映る彼らのように、自分が好きなものに懸命でありたかった。

子どもの頃に抱いた夢は、大好きな服をデザインすることだった。でも、作る道に進むより、着るだけの生き方が楽だった。だから私は諦めた。

いつもそうだった。同じことを繰り返してきた。選択肢が出てくるたびに、楽な道を選ぶことが増えてきて、そして今の私が出来上がった。

好きなことに対しても、好きな人に対しても、一生懸命になれない自分がここにいる。

「なれるかな」

声にした時に、涙があふれた。

「あんな風に、なれるかな」

881 : 以下、名... - 2018/12/01 23:33:53.16 CgK93TteO 563/597

言葉を足せば足すほどに、涙が止まらない。そして、それを誤魔化したくて言葉はもっと増えていく。

「私、お姉ちゃんのことが嫌いだった」

「好きな人たちが、みんなお姉ちゃんのことを好きになっちゃうから」

「お姉ちゃんの引き立て役にしか、私はなれないと思ってた」

本人には言えなかった言葉がすらすら出てきてしまう。一番汚くて、一番見せたくなくて、でも一番の本音が音の形になっていく。

お姉ちゃんは私の横で、何も言わずに黙って聞いてくれている。それに甘えて、私がは言葉を続ける。

「だから私は嫉妬だと自覚したうえで、それでもお姉ちゃんが嫌いだった」

「お姉ちゃんみたいになれないなら、せめて彼氏くらい、オトコくらい、お姉ちゃんより良い人を捕まえてやるって思ってた」

「でもそれ以上に、私は自分のことが嫌いだった」

882 : 以下、名... - 2018/12/02 18:14:17.50 IMXoVQkPO 564/597

私は自分のことが嫌いだった。それに偽りはない。そのはずだけど。

「嫌いなつもりだった」

付け足したのは、本当はそうじゃないと気づいたから。

「お姉ちゃんのせいじゃないって分かってるっていうフリをしたかっただけ」

「自分でも分かってるけどそうしちゃう、理解してほしいっていうポーズだった」

「本当に嫌いなら、嫉妬なんてせずに変わろうとするともんね」

それも言い訳だった。

自分のことを嫌いなふりをして、許されようとしているだけだ。全部そう、ポーズでしかない、形でしかない。

「今試合してるの、私の元カレたちなの」

急に話題が変わったからか、それとも中身にか、お姉ちゃんは驚いたように「そうなんだ……」と呟いた。

883 : 以下、名... - 2018/12/02 18:20:06.09 IMXoVQkPO 565/597

「さっきの点を決めた子、良い大学の子なのわ、パス出した人は元プロ。少しでもいいオトコを捕まえてやるって、付き合ったり別れたり」

「酷いことするのね」

お姉ちゃんは笑った。

「怒らないの?」

「怒らないわよ、私はあなたのお姉ちゃんよ?」

何だろう、その理論は。涙を垂らしながら、少しだけほっとした。

お姉ちゃんは私の背中に手を添えた。

「それで? 今日は彼らの応援に?」

「ううん、また他のオトコに誘われて。まさかあの二人がそんなところで試合をするとは思ってなかったから」

884 : 以下、名... - 2018/12/02 18:27:23.54 IMXoVQkPO 566/597

だけど彼らはそこにいた。

「私が嫉妬したお姉ちゃんのオトコと同じ舞台で、みんな頑張ってる」

「ただ、前半を見ると『シンヤには敵わないんだ』って思ったの。素人目で見ても、あの人が出てから一方的だった」

「才能のある人には、特別な人には敵わないんだっていうのが見せつけられている気がして、見ていられなかった」

自分とお姉ちゃんを見ているようで。

「でも、違った」

「諦めないから、同点になってる」

「走り続けたから、特別な人たちにも負けずにこうなってる」

だから。

「私も変わりたい。……変わりたい。頑張りたい。人生を浪費したくない、諦めて過ごしたくない」

886 : 以下、名... - 2018/12/04 00:06:21.40 LCLtO8VmO 567/597

妹の告白に耳を傾けていた。

ショックがないわけじゃない。むしろ、驚きすぎて言葉が出なかったというのが正しいのかもしれない。

妹の重荷になっていたんだろうか。サキが私に心を開いてくれなかったのは、私を嫌いだったからなのか、って。

ただ、妹の自慢の姉でありたかった。それだけだった。それだけで走って来た私は、空回りをしていたんだろうか。

背中に添えた手からは、妹が震えているのを微かに感じる。嗚咽は零さないけれど、涙は止まっていない。

「私はお姉ちゃんの隣に立ちたかった。お姉ちゃんに見劣りしない妹でありたかった」

「お姉ちゃんが可愛いからでも女優だからでもない。私が誇れる私は、お姉ちゃんの隣にいても恥ずかしくない私だと思っているから」

その一言に、今度は私の胸が震えた。疼いた。

私がなりたかったのも、サキに誇られる姉だったから。

887 : 以下、名... - 2018/12/04 00:12:40.71 LCLtO8VmO 568/597

「私は」

口を開いた。漏れてしまった言葉じゃない、自分の意思でのものだ。

「私は、サキに誇られる姉でいたかった」

「名女優になりたいわけでも、スーパーモデルになりたいわけでもなかった」

もしかしたら他人はその感覚を理解してくれないかもしれない。それでも、その願いが私の本心なの。

誰よりも先サキに認められたかった。他のファンが誰もいなくなっても構わない。

「あなたに『自慢のお姉ちゃん』って言われかった」

「……私に?」

「そう、サキは私の一人の妹だもの。妹の誇りの妹になりたい、っておかしいかしら?」

888 : 以下、名... - 2018/12/04 22:35:42.77 kFCGfc0bO 569/597

彼女は首を横に振った。

背中に添えた手を離し、私はサキに向き合ったわ、

「私達、昔はよく似てるって言われてたよね」

「私達、似てるよ」

「私もサキも、根本は一緒だもの。ただ、お互いに恥じない自分でありたかっただけ」

ただ、そこからの選択肢が違っただけ。

私がシスコンと呼ばれる程に妹を諦められなかったのとは違って、彼女は私を拒絶した。諦めてしまった。

「サキは、間違えちゃってたよね」

本人が自覚していることを、重ねて他の誰かに指摘されることは、分かっていても辛く感じるものだ。

でもこれは、姉としての私の仕事なんだと思う。

サキに認められたくて、そして拒絶されて、でもまだやり直せるのなら。

「間違えちゃったら、どうしないといけないんだっけ?」

889 : 以下、名... - 2018/12/05 13:45:57.17 eoB4KIfCO 570/597

誰にでも分かることだ。ただそれを、大人になると認めることは難しい。変な自尊心だとか、失敗を認めたくないだとか、子どもの頃に無かった感情が邪魔をする。

でもサキが求めている生き方は、きっとその言葉を必要としている。

一生懸命に生きるためには、まず自分と向き合わなければならない。自分という存在を認めて、そこから始まるものだから。

「ごめん、なさい……」

ぽつり、と彼女が口にした。頬を流れていた涙が、今度はぽつぽつと落ちるほど大粒のものになっていく。

「ごめんなさい」

「ごめんなさいごめんなさい」

大きな声をあげながら、サキはわんわん泣き始めた。先生に怒られた悪ガキみたいに、純粋な涙を流していた。

「私、色んな人に酷いことをした」

「カズヤにも、ヒロくんにも、今日も酷いこと」

「ごめんなさい、ごめんなさい」

それを認めることができるのであれば、きっとサキは立ち直れる。今からでも、まだ前に進むことができる。

890 : 以下、名... - 2018/12/05 13:47:10.39 eoB4KIfCO 571/597

「うん、それなら、私じゃなくて本人に言いに行かなきゃね」

サキは頷いて、私もそれに微笑んだ。

「サキなら、出来ると思う」

真っすぐな生き方を。懸命に前に進むことを。

その選択肢を本気で選びたいから、だからここで告白したんだと信じているから。

言わずに済むことだった。私を認めず、自分の非を認めない生き方を続けることだってできたはずだ。それなのに今、ここでその気持ちを聞けたのは、今から一生懸命に生きるという決意表明なんだろう。

「本当に?」

「だって、私の妹だよ?」

どんな演技よりも、一番綺麗な笑顔が顔に出ている自覚がある。本心だから。

「……説得力がすごいね」

今度はサキも、泣きながら微笑んだ。少しずつ涙が落ち着いてきて、笑顔を見せる余裕ができたらしい。

涙が止まって、嗚咽も落ち着いて、そして今度は、私に問いかけた。

「何でお姉ちゃんは、私をそんなに信じてくれるの?」

それは、もちろん。

「だって私は、サキのお姉ちゃんだもん」

894 : 以下、名... - 2018/12/05 14:48:24.69 eoB4KIfCO 572/597

ぼくのパパは大人のチームでサッカーをやっている。そんなパパの姿を見て、ぼくもサッカー少年団に入った。

4年生のぼくでも試合にスタメンで出られるくらいだから、上の学年にもあまり上手い人はいない。負ける試合が多くてもたまには勝って、勝利の嬉しさを覚えてきたところだった。

そんな折、夏休みに開かれた大会で、ぼくたちはぼろ負けしてしまった。

相手チームには、ナショナルトレセンっていう、大きな選抜チームみたいなのに選ばれている6年生がいた。その人は、うちのチームの先輩が三人でボールを奪いに行ってもすいすい抜いてゴールを決めた。

悔しさと同じくらい、すごい人だなと思った。きっとぼくはあの人みたいにはなれない。

へたくそなくせに、と思われるだろうから言えないけど、ぼくはプロサッカー選手になりたかった。今の日本代表、スガシンヤみたいになって、いつか同じピッチで試合をするのがぼくの夢だ。

そんなぼくの夢が、叶わないかもしれないと思ったのはそれが初めてだった。

落ち込んでいるぼくに、パパが言った。

「サッカーの試合、見に行かないか?」

そう言って連れてこられたのは、シンヤのいるマリッズの試合だった。初めて、生でシンヤがサッカーをするところを見られる。

会場のお祭りみたいな雰囲気も、初めてプロの試合を見に来たということも、全てがぼくをドキドキさせてくれた。

898 : 以下、名... - 2018/12/07 01:01:08.79 shvzS9vsO 573/597

ただ一つ残念だったのは、マリッズの応援席じゃないことだった。どうせ見るなら、そっちが良かったのに。

よくわからないチームの応援をしている人がちらほらいるくらいで、マリッズのゴール裏とは人数が違った。

「ねえ、パパ。この相手チームって一部?」

ゴール裏のどの席に座るか悩みながら聞くと、パパは首を横に振った。

「プロのチームじゃないんだよ。お父さんと同じ、社会人リーグのチームなんだ」

お父さんと同じ? ってことは、お父さんもシンヤたちと試合をすることがあるんだろうか。

あまり仕組みが分かってないままに首を傾げていると「お父さんたちは、このチームに負けたんだ」と言った。

そうなんだ。よくわからないけど、とりあえず相手が弱いチームなんだなってことは分かった。プロリーグでも一位のマリッズに、プロですらないチームが敵うはずがない。

席に座ると、ちょうどスタメンの発表が始まった。シンヤはスタメンじゃなかった。

「えー、シンヤ、スタメンじゃないんだ」

「はは、まぁ、シンヤがいなくても勝てるって思われてるんだろうなぁ」

そううまくいかないと思うけど、と言い足したパパの気持ちが、この時は分かっていなかった。

899 : 以下、名... - 2018/12/07 17:33:04.51 IIypsb+eO 574/597

試合が始まると、思った以上に相手チームは良い試合をしていた。

ぼこぼこにしてマリッズが勝つと思っていたのに、先制したのは相手チームだった。それも、たまたま入ったゴールって感じじゃなかった。

ぼくの隣でパパが「すげぇな!」と興奮している。パパはどうやら相手チームを応援して見ているらしい。

確かに、ゴールを決めた選手と10番の選手はちょっと上手かった。少なくとも、マリッズの選手と比べても明らかに下手くそって感じではない。

そんな感想を伝えると、「そうそう、その二人をよく見てな」と言われた。10番の選手は元々はプロだったとも、その時に教えられた。

「じゃあ、パパは元プロとも試合をしてたの?」

「うん、そうだな。ただ、パパたちは敵わずに負けちゃったけど」

そう言った後に、言い足した。

「実際に戦ったからこそ、お前にも見てほしかったんだ」

真剣な顔で、パパはそう言った。

900 : 以下、名... - 2018/12/07 17:36:16.40 IIypsb+eO 575/597

一点取られて焦ったのか、その後すぐにシンヤが出てきた。

会場中から大きな声援が湧く。ぼくも大きな声で「シンヤだ!」と声をあげた。

遠くから見ても、一人だけオーラが違うように見える。ピッチの上にいる人たち、特にマリッズの選手から見えてたそれよりも、一回りも二回りも大きい。

輝いて見えた。華やか過ぎるステージの上で、特に華やかな位置にシンヤは立っていた。

そしてその輝きは、ボールを持つとさらに強くなった。

負けている状況から出場したシンヤは、まるで魔法使いみたいにマリッズを生き返らせた。相手チームの選手がいないみたいに見えた。

この間の試合でナショナルトレセンの選手がぼくたち相手に見せたように、圧倒的な力だった。

あっという間に三点を取って、マリッズは逆転して見せた。前半が終わる頃には、周りにいた人たちからも「シンヤはやっぱ上手いなぁ」とか「頑張ってたんだけどなぁ」って、マリッズが勝ちそうだなという声が聞こえてきた。

当然だと思う。マリッズに勝つなんて、プロでも難しいことを、プロですらないチームがやってしまうことは無理だ。

それなら、何でパパはマリッズのサポーター席で試合を見せてくれなかったんだろう。

いくら相手チームと試合をしたことがあるからといって、10番やゴールを決めた選手を見せたいだけなら、マリッズの応援席に入れてほしかった。

901 : 以下、名... - 2018/12/07 17:36:43.87 IIypsb+eO 576/597

そんな気持ちを隠せなくて、パパに声を出して尋ねた。

「何でマリッズじゃなくてこっちの席なの?」

どうせなら、大きな声でシンヤを応援したかった。輝いてる人、憧れの人の背中を押したかった。

確かに、相手チームも頑張ってはいるように見える。見えるけど、それだけだ。シンヤみたいなオーラもなければ、特別上手い選手がいるわけじゃない。

ぼくの純粋な疑問に、パパは言った。

「うーん。お前はやっぱりマリッズの方がかっこよく見えるよな?」

その質問に、ぼくは黙って頷いた。

「相手チームはどう思う?」

「頑張ってる」

頑張ってる。……うん、頑張ってはいる。

「そっか。うん、それなら、後半も見ていてほしいんだ」

パパはそれ以上、答えてくれなかった。はっきりとした答えが無いのなら、やっぱりマリッズの席に入れてくれればよかったのに。

あっちの方が入場料が高いのかな、とか、パパはマリッズを好きじゃないのかな、とか考えていたら、後半が始まった。

902 : 以下、名... - 2018/12/07 19:33:05.17 IIypsb+eO 577/597

3-1のまま試合は進んでいく。前半で勝ち越したからか、マリッズの攻撃も少し落ち着いたように思える。

とはいえ、相手チームも攻め手がなさそうだ。パパが注目している二人は、シンヤとオカモトに押さえられている。

そう、マリッズはシンヤだけじゃない、オカモトにマツバラ、サイトウと他にも有名な選手がいっぱいいる。そんな人たちと比べても圧倒的な存在感のあるシンヤは、やっぱり凄い。

ぼーっとそんなことを考えている時だった。

ハーフウェーラインのあたりで、ボールが蹴られた。ドン、と音が響いた。

ロングパスかなと思ってボールを眺めても、その先には誰もいない。大きくゴールに向かって飛んで行った。

キックミスかな。

そう思ってボールの行方を目で追いかけていると、少しずつ周りの人たちがざわめきはじめた。ボールはゴールに向かっている。……ボールがゴールに向かっていく!

パスでもミスでもない、シュートだと気がついた時に、ボールはゴールの中におさまっていた。

パパが立ちあがって「マジか!」と叫んだ。他の人たちも騒ぎ出している、


904 : 以下、名... - 2018/12/15 23:30:29.34 yGahT9oOO 578/597

すごいシュートだった。漫画とか、日本代表の試合とかでたまに見るような距離からのシュート。それも、ゴールに入ることは滅多にない。

そしてそれを見せてくれたのは、マリッズじゃなかった。シンヤでもなかった。

ぼくの胸がぶるっと震えたのが、自分で分かった。

ぞくぞくして、そわそわして、陽の強さだけじゃない熱さを感じた。

「すごい」

「すごいね!」

905 : 以下、名... - 2019/01/03 01:29:01.63 XnUcUixtO 579/597

言葉にすると、その熱さはもっと強くなった。

シンヤみたいな選手ではなくても、シンヤと互角にやり合っている。

その姿が、ぼくを強く勇気づけてくれた。

「な、凄いだろう、あいつ」

パパは嬉しそうに言った。ゴールを決めたことよりも、ぼくの「すごい」という言葉に喜んでいそうだった。

「ああいう風になってほしいんだ」

そう言って、パパは視線をピッチに戻した。

ああいう風に、なれるだろうか。

シンヤみたいになれ、と言われたら、今までの僕だったら喜んで頷いていただろう。ただ、この間の試合で自信を無くしてから、その気持ちは弱くなってしまっていた。

でも、あの選手みたいになら、なれるかな。分からない。

906 : 以下、名... - 2019/01/03 01:38:28.33 XnUcUixtO 580/597

会場の雰囲気が、どんどん変わっていく。マリッズを倒せ、という空気ができあがっていく。

その空気に押されてか、知らず知らずのうちにぼくもその気になってしまう。

もしかしたら、もしかしたら。

マリッズを倒してしまうかもしれない。

それを成し遂げるのはぼくじゃないのに、なのに、どうしてか興奮してしまう自分がいる。

ぼくのことじゃないんだ。ぼくがマリッズに勝つわけじゃない。シンヤになれるわけでも、シンヤを抜くわけでもない。

なのに、期待してしまう。自分のことのように、わくわくしてしまう。

「行け―!」

10番の選手がシンヤにドリブルを仕掛けた時に、大きな声を出して叫んだ。

そして、その僕の期待通りの光景が僕の目の前に広がった。

シンヤを抜いた。そしてゴールが決まった。同点に追いついた。

907 : 以下、名... - 2019/01/03 01:41:45.07 XnUcUixtO 581/597

スタジアム中が、正確にはマリッズのサポーター以外が、大きな声をあげた。

今までに聞いたことが無い、感じたことがない、見たこともない光景だ。

ぼくの中の熱は確かに火を灯した。それは憧れとか、夢だとか、シンヤに対して持っていたのとは違う気持ちの熱だ。

「なれるかな」

呟くと、パパがぼくを向いて言った。

「なれるさ」

誰に、とか、何に、じゃなく。でもそれは、たぶんこの場にいる人なら皆分かってくれるとおもう。

「あんな風に、なれるかな」

諦めない人に、ぼくはなりたい。

シンヤが相手でも。点差が離れても。プロが相手でも。どんな状況でも諦めない人に、ぼくはなりたい。

908 : 以下、名... - 2019/01/03 01:50:15.92 XnUcUixtO 582/597

同点に追いつかれても冷静にパスを繋ぐマリッズに、周りの人たちはイライラしてるみたいだ。

「それでもプロかよ!」

「ベスメンでアマ相手だろ!」

と、少し怖い声色で野次を飛ばしている人もいる。でも、その気持ちもわかってしまう。

正々堂々戦ってほしい。いや、マリッズも卑怯なことをしているわけじゃないことを分かったうえで、でもやっぱりこんな試合にならないでほしいと思う。

シンヤなら、ぼくが憧れたシンヤなら、きっともっとスマートにやってくれるはずだ。それなのに、目の前で見える光景はそうではなかった。

一方で、相手チームの選手はもう動きにキレがない。きっと延長になると、体力切れで負けるだろうということが見え見えだった。

だからこそ、マリッズはこうやって時間を潰しているんだろう。より確実に勝つために。

それがプロとして正しい作戦だとはわかるけど、それで納得できないぼくはやっぱり子どもなんだろうか。

頑張れ、と声にした。でも、応援をしても届かないことだってある。

時計を見ると、残り時間は少なくなっている。やっぱり、いい勝負はできても勝つことはできないんだろうか。

そんな諦め半分の気持ちでいると、少し前の席にいるお姉さんが大きな声をあげた。

「カズヤーっ! がんばれ! がんばって!」

大きな声だった。細身で華奢なお姉さんからは想像できないくらい、大きな声だった。近くの席にいた人たちも、少し戸惑ったような顔で見ていた。

909 : 以下、名... - 2019/01/03 22:15:15.91 XnUcUixtO 583/597

お姉さんが叫んだ瞬間、ピッチの選手がポップコーンみたいに弾けた。そんな風に見えるほど、キレのある動きをした。

「ナイスプレス、カズ!」

「カズくん、もうちょっと!」

お姉さんと並んで座ってた男の人たちも、大きな声で叫んでいた。他の人たちも「いけ!」「ここで決めろ!」と大きな声をあげている。

カズって呼ばれてる選手は、その希望を背負って走っている。言葉がカズに集まって、そしてその思いがあの選手に集まっている。光っているようにすら見えてくる。

オーラじゃない。シンヤが持っているそれではない。

ただ、応援してしまう何か、彼に期待してしまう何かがあることが、ぼくにも分かる。

だから彼に向かってここからエールを送る。

「がんばれ!」

お姉ちゃんに負けないくらい、大きな声で叫んだ。

頑張れ!

910 : 以下、名... - 2019/01/03 22:26:42.64 XnUcUixtO 584/597

羽が生えた気分になっている。

スタジアムの雰囲気に、マリッズと戦える試合展開に、一番力になる応援に。

足は疲れて動けないはずなのに、一方でいくらでもこの試合を続けていたい気持ちになる。

とはいえ、チームメイトにそれを求めることはできない。自由にプレーさせてもらっている僕と比べて、やっぱりディフェンダーの負担は大きい。

だから僕が試合を決める。他ではない、僕が決める。俺がやるんだ!

「くれ!」

スローインで得たマイボールを要求する。残り時間は少ない。ラストプレーか、あと1プレーか。

ボールを受けたヒロさんが僕にボールを預けた。さぁ、勝負だ。

対面したオカモトにドリブルで仕掛けていくが、クロスステップで冷静に対応される。シンヤが挟みに来ていることを理解して、一旦ヒロさんに預け返す。

シンヤのマークから外れたヒロさんがボールを運ぼうにも、他の選手がプレッシャーをかけにきてうまく事は運ばない。

911 : 以下、名... - 2019/01/03 22:42:00.11 XnUcUixtO 585/597

このまま時間をかけて攻めても、きっとうまくはいかないだろう。

そもそもの試合巧者はマリッズなんだ。サッカーがうまいのもマリッズ。

相手の土俵で勝負をしようというのが間違っている。

僕たちがここまで来れたのは気持ちでしかなかった。僕たちより上手い相手はいくらでもいた。

負けたくない気持ちだけで、走り続ける覚悟だけで、シンヤたちと戦えるところまで来た。

916 : 以下、名... - 2019/01/30 13:08:53.26 hTpGHlPKO 586/597

ボールを持ったヒロさんがシンヤに仕掛けていく。

それに対して、シンヤは無理にボールは奪おうとはしない。ここで奪いきらなくても、後ろでどうにでもできると思っているのかもしれない。

ゆっくりボールを運べてはいるけれど、このまま時間を潰されたら、下手したらこのプレー中に後半が終わってしまうかもしれない。

技術で勝負する場面ではない。

「来い!」

ヒロさんの方に近づいて、足元を示しながらボールを求めた。イメージはとにかく強いパス。

その期待通りのボールが来た。

追いかけてチェックに入ったオカモトをいなすように、右足アウトで触れたボールはブリッジを描きながらオカモトの背中を通る。気持ちは闘牛士だ。

さぁ、ここからが鬼門。


すぐに切り返して背中を追って来たオカモトを振り切るように、ボールを大きく運ぶ。

ランウィズザボールと呼ばれるそれは、もう引退したブラジルの名手が得意としていたプレーだ。中高生時代、彼に憧れて練習をしていた甲斐があった。

どうにかオカモトに追いつかれないくらいのスピードで運んでいると、相手最終ラインが近づいてくる。

917 : 以下、名... - 2019/01/30 13:22:11.21 hTpGHlPKO 587/597

ハーフウェーライン付近で前にはディフェンダー、後ろにはオカモト。もたもたしていると挟み撃ちに合ってボールを失うことは目に見えている。

しかも、ここでどうにかしないとゲームオーバー。僕たちの挑戦はきっとここで終わる。

いよいよ詰んでるな。

終わりすぎていて、逆に楽しくなってくる。ここを乗り越えられたら、新しい景色を見ることができる。

大きめに転がしたボールに追いついて、フォローに入ったヒロさんにパスを出した。

そして、手で大きく前方に示しながら、あらん限りの力で足を前に運ぶ。

「裏にくれ!」

僕のケアに来たディフェンダーの更に裏、縦パス一本で僕がこいつらより走りきれるか。

単純な勝負だろう? キックアンドラッシュはサッカーの原点だ。

ヒロさんの右足から、芸術的な軌道でボールは前に飛んだ。

緩くバックスピンがかかったそれは、キーパーが飛び出すには躊躇する、しかしディフェンダーが処理するには僕を相手にしないといけない場所に落ちることを確信した。

918 : 以下、名... - 2019/01/30 13:26:11.68 hTpGHlPKO 588/597

屈強なディフェンダーが僕に体を当ててくる。

吹っ飛びそうな圧を堪えて、どうにか踏ん張って前に進む。競り合いに強い分、スピードがそこまでないタイプの選手なのは分かっている。

だからこそ、ここで倒れなければまだ勝機はある。

腕を相手の前に入れて体を割って入らせようと試みるも、その最中で体を当てられると体勢を崩してしまう。

オカモトが後ろから近づいてくる気配も感じる。今ここで前を取れないと、おそらく挟まれてアウト。

ここが最後のチャンスだと、体制が崩れながらも腕で相手を押さえて、ブレた重心のままディフェンダーの前に体を持ってきた。

すぐに相手が僕に当たってきて、強い圧に負けて僕は倒れこんだ。気持ちだけで体を強くすることはできない。

ファールを取ってもらえるとは思えなかった。自分が無理に体を割り込んだ上に、シチュエーション的にはダイブと受け取られてもおかしくない。

でも、だからこそ。

ファールが欲しい場面だからこそ、僕がそうしたのだと相手が油断したのかもしれない。

会場の雰囲気は僕たちを応援している。審判がそれに飲まれてファールを取ると思ったのかもしれない。

相手は両手をあげてノーファールだとアピールをして、歩調を緩める。オカモトもそれを確認するかの様にペースを落とし、審判に目をやった。

僕は立ちあがって、転がるボールを追いかけた。

審判の笛は、鳴らなかった。

919 : 以下、名... - 2019/01/30 13:28:36.15 hTpGHlPKO 589/597

笛が鳴るまでプレーを止めるな。

小学生でも、監督から口酸っぱく教え込まれることだ。それでも、いざという局面でそれをすることは存外難しい。

転がっていたボールは僕の足元に落ち着いた。

目の前にはキーパーと、そしてゴールしかない。

キーパーが飛び出してきた。少しでもシュートコースを狭めようと体を広げて近づいて来た瞬間、右足インサイドでボールを流し込んだ。

ボールはキーパーの股を抜く。遮るものは何もない。

後ろからヒロさんの叫び声が聞こえる。ゴールの奥にあるバックスタンドから、愛しい声が聞こえる。

ボールはゴールの内側におさまった。笛が三回鳴った。

そして僕たちは伝説を作った。

925 : 以下、名... - 2019/04/18 01:42:36.51 rKJ85Sm1O 590/597

それからの話を少しだけしようと思う。

まず、サキの話からだ。

マリッズ戦を終えて次の練習日、練習前に彼女はお姉さん一緒に来た。

「謝りたいの」

彼女はそう言った。今まで見たことがない、真っすぐな目だった。

語り始めた彼女の物語は、正直なところ、遠い異世界の話に思えた。女優のお姉さんがいる、ってことすら知らなかったわけだし。

それにもう、昔の話だ。

ヒロさんも僕も「気にしないでほしい」とだけ伝えた。それ以外に伝えられる言葉もなかった。

帰ろうとする二人に向かって、「せっかくだし、練習を見ていきませんか?」とエリカとミユが誘ったのは意外だったけど。

でもそれは成功だったのかもしれない。華のある二人がいるおかげで、その日の練習は今までで一番盛り上がった。

不純な動機かもしれないけど、それでもプラスはプラスだ。

927 : 以下、名... - 2019/04/18 19:46:53.99 4iyCxTOBO 591/597

練習中もその後も楽しそうに話す四人を見ると、今までに起きていたごたごたが嘘のように思える。ミユがエリカをビンタしたことなんて、遠い昔のことのようだ。

練習後にダウンを終えて着替えていると、エリカとサキが一緒に僕のところに来た。普通なら修羅場だよね、元カノと今の彼女が一緒にいるなんて。

「今、この子と付き合ってるんだ?」

いきなり本題に触れるエリカに苦笑しながら、僕は肯定する。

「そっか。……幸せそうでよかった。私が言えることじゃないんだけどね」

「初めて会ったとき、サキさんに振られたショックで泣きそうでしたからね、カズヤ」

「それは盛ってる!」

僕の突っ込みに、一瞬の間を空けて三人で笑った。それができるくらいには、僕と彼女たちの間にわだかまりは無くなっていた。

「都合のいい話だけど、私はカズヤに会えて良かった」

「うん。僕もエリカと会えて……良かったと思う。今となっては、だけど」

「やっぱり傷つけた?」

「うん、ショックで泣きそうになるくらいには」

その言葉に、もう一度三人で笑った。

「……最後に、お別れの握手を?」

そう言って、彼女は手を差し出してきた。エリカはそれを見ながら、僕に微笑みかける。どうやら「任せた」という言外のメッセージらしい。

「握手……はいいけど。でもさ。最後に、ではないでしょ?」

「え?」

「これからも応援してよ。うちのチームのこと。みんな、美人姉妹が来たって喜んでるから」

その言葉に、彼女はおかしそうに笑った。今までで一番、心の底から見せる笑顔だと思った。

「喜んで」

928 : 以下、名... - 2019/04/18 20:15:43.34 4iyCxTOBO 592/597

そして迎えた天皇杯の次戦、僕はいよいよ憧れの選手と対面をする。

子供の頃、サッカーを始めるきっかけになった人だ。ヨーロッパ最強のチームを決める大会で赤い悪魔にフリーキックを沈め、僕は彼の虜になった。

今となっては不惑を迎えた彼は、チームではレギュラーとは言えない立場になってしまっている。それでも天皇杯ではターンオーバーということで、スタメンで試合に出てきてくれた。

試合は僕たちが負けてしまった。マリッズに勝って燃え尽きていたとか、自力の差だとか、いろいろな要因はあるんだけど。

僕たちの挑戦はそこで終わってしまった。

世間から見ると、たまに出てくるアマチュアの割には健闘したチーム、という形なのかもしれない。

それでも僕はこの一年で多くのものを得た。

タカギという友人に、好敵手たちとの好ゲーム。憧れのナカムラにもらったユニホームは、きっと一生褪せることはない。

929 : 以下、名... - 2019/04/18 20:24:12.92 4iyCxTOBO 593/597

大会に敗れてしばらくすると、タカギから僕に連絡が来た。

『うちのチームに練習参加しないか』

最初は冗談だと思ったその言葉も、スカウトの人から直接連絡が来たあたりから現実味を帯びてきた。

どうやら天皇杯で当たって以降、うちの試合を何試合か見に来てくれていたらしい。

ヒロさんに相談すると「俺も同じ話をもらってる」とのことだった。

「どんどん遠い人になっていくね」

エリカはそう言って嘆いていたけど、僕は何も変わってはいない。

タカギ経由で連絡をとるようになったオカモトやマツバラからも『早く一部に来い。ていうか、代表に来い。一緒にやれる日を楽しみにしてる』と連絡が来た。

代表なんて、現実味がなさすぎる。でも、天皇杯前の僕からすると、プロの練習参加なんてそれ以上に現実味のない話だった。

だから、いつかきっと。

930 : 以下、名... - 2019/04/18 20:31:14.01 4iyCxTOBO 594/597

周りは就職活動の準備で忙しくなっている中、僕がこんなに夢を追い続けていいのだろうかと思うこともあった。

もし練習参加をして認められなくて、結局就職活動となるなら今から諦めるべきではないのだろうか、と。

でも、エリカが言ってくれた。

「私はサッカーをしているカズヤに惹かれたんだよ。カズヤを見て、私も変わりたいって思えた。それをもっといろんな人に見せてあげてほしいし、それができるのって、サッカー選手なんじゃないかな」

そうだ、僕はサッカーが好きだ。何事にも代えがたく、だからいい年をした大人になっても続けてきた。

それを仕事にするチャンスを与えられて、自分が望んでいるのに、自らそれを諦める理由なんてどこにもない。

結局、練習参加だけでは認められず、僕は年明けの冬季キャンプにも参加させてもらうことになった。ヒロさんは一足先にサインを結んだというのに。

県リーグで優勝し、地域リーグに昇格することが決まったチームメイトからは『二人も主力に抜けられたら困るんだよー』と笑われているが、それでも応援はしてくれている。

931 : 以下、名... - 2019/04/18 20:50:05.29 4iyCxTOBO 595/597

そして、一年が経った。

934 : 以下、名... - 2019/04/18 23:13:55.91 4iyCxTOBO 596/597

満員のスタジアムからは各選手のコールが聞こえる。一年前の僕には想像がつかなかった光景だ。それでも僕はここにいる。

前に並ぶタカギがニヤけながら「おい、緊張してんな」と声をかけてきた。

「ダイジョーブ」

「カタコトになってんぞ」

近くにいたチームメイトがどっと笑った。うーん、自分じゃ気づいてないけどそんな固そうに見えてるのかな。

ひとしきり笑った後、「集中!」という声で再び引き締まった気持ちになる。一緒に入場する男の子と手をつなぐと、彼は僕を見ながら言った。

「ボク、カズヤ選手みたいになりたいです」

「え?」

「去年マリッズとの試合を見て、カズヤ選手みたいになりたいなって。いつかカズヤ選手と一緒にサッカーをするのが、僕の夢なんです」

そう言ってにこっと笑う彼は、昔の自分とダブって見えた。こんな僕でも、憧れの選手といわれる日が来るなんて。

「できるよ、きっと」

誰でもそうだ。叶うまで諦めないという気持ちをもって進み続ければ、いつか叶う日は来る。

「僕も楽しみにしてるよ、君とサッカーができる日を」

キラキラした目で、彼は頷いた。

入場のアンセムが鳴り始め、タカギの背中も前に進み始めた。それに合わせて、僕も足を進める。

「わぁ」

視界が開けてくると、少年が感動の声を漏らした。スタンドではなくピッチでその光景を見るのは僕も初めてで、心臓がバクバクと鳴っているのに自分で気づいた。

落ち着きなくスタンドを見回すと、そこに彼女がいた。試合を見るときは、彼女はいつもその帽子を被るから間違えようがない。関係者席よりも声を出して応援できるからと、彼女はその席を望んでいた。

聞きなれた声で名前を呼ばれた気がして、整列したままそちらにサムズアップするとタカギから「バカ、やめろ」と窘められた。

「そんなことできるなら緊張してると思ったのは気のせいか?」

「ダイジョーブ、って」

うん、もう大丈夫だ。どこにいても、サッカーはサッカーだ。そしてどこにいても、きっと彼女は僕の背中を押してくれる。

セレモニーを終えてピッチに散らばると、目の前には広大な緑と、それを囲む青い景色が改めて目に入る。

少年に恥じぬ試合をしたい。いいプレーをしたい。勝ちたい。でもやっぱり、一番は楽しみたい。

主審が時計を一瞥すると、笛を鳴らした。一斉に選手が走り出す。

さぁ、楽しい時間の始まりだ。

935 : 以下、名... - 2019/04/18 23:23:20.88 4iyCxTOBO 597/597

というわけで、本編はこれにて終了です。
四年もかけて終わり方がこれ?と思われる方もいらっしゃると思いますが……。

番外編というか、タイシ編、アキラ編も考えてはいたのですが、冗長かなということで省略していました。
イヌイ編も不要だったのかなと思う一方で、あそこもカズの一つの転機になるので入れたいな、と。
また時間があるときに、その二編は書けたらと思っています。

そしてこの板への投稿は推敲もできないまま即興で書いているところも多かったので、
矛盾や>>927のような凡ミスも多々あり、大変失礼いたしました。

しっかりと推敲、ある程度の改稿や改定をしたものを、いつかどこかでまた書きたいなと思っています。

投稿当初からお付き合いくださった方も、今回の更新でたまたま見かけた方も、
たまに見に来てくれていた方も、この話に一度でも目を通して下さった全ての方に最大限の謝辞を。

飽き性の自分がエタらずに四年かけてでもこの話を書き終えられたのは、皆さまのおかげです。

最後までお付き合い、ありがとうございました。
またどこかで自分の話を読んで頂けると幸いです。

本当にありがとうございました!



(以下自分語りです)

この4年間でいろいろと環境が変わりましたが、サッカーを再び本気でやれる環境に来ました。
それも、カズヤたちと同様に、元Jリーガーたちがいる世界で本当に自分がやることになるとは思っておらず、
かなり背伸びした世界に入って来たと自分でも思っていますが、頑張ろうかな、と。

そして執筆方面でもちょっとだけ夢が叶いました。
いつかまたその話ができるようになったら、また聞いてもらえると嬉しいです。

それではまた!

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