風俗嬢と僕【1】

216 : 以下、名... - 2015/05/25 12:41:39.50 femdBJhqO 173/597

プロをクビになってから、ここまで本気でサッカーを続けるとは思ってなかった。

県リーグなんかJFLですらないし、今までみたいにお金をもらえるわけでもない。

ただ、クビになったからといってそのままサッカー自体を止める踏ん切りもつかなくて、遊び感覚で入ったつもりだったんだ。

そんなところに、カズはいた。

特別、上手い訳じゃなかった。経歴を聞いても全国的には名もない地方の高校でサッカーをしていたらしいし。中学時代に県トレに入り、高校では県ベスト8。

218 : 以下、名... - 2015/05/25 18:44:44.77 femdBJhqO 174/597

昔の俺に比べたら、何てことはないキャリアだ。俺は、あの頃のカズの歳では一応Jリーガーだったしね。

ただサッカーをしたいだけ、友達が作りたいだけなら大学でやれば良いのに。こんな社会人チームをわざわざ選ぶなんて物好きだな。

それがカズへの第一印象だった。

プロをクビになって、夢もモチベーションも無くしていた俺はチーム加入当初は適当にプレーをしていた。

このレベルだったら、半分トラウマになっていた後ろからのプレッシャーがあっても簡単にかわすことができるしね。

手を抜いてるわけじゃないけど、情熱を捧げてもいない。

そんな俺なのに、カズは犬のようになついてきた。

219 : 以下、名... - 2015/05/25 21:38:51.36 femdBJhqO 175/597

練習が終わるといつも近づいてきてアドバイスを求められたり、ご飯行きましょうってさそわれたり。

最初は俺の「元Jリーガー」って肩書きに寄ってくるミーハーな奴かと思ったんだけど、それは自意識過剰な勘違いだった。

加入して一ヶ月くらいでやっと気づいたんだけど、あいつってマジでサッカーが好きなんだよ。

だから、自分よりサッカーが上手い俺の話を訊いたり一緒にサッカーをするのが楽しかったみたいなんだ。

それは俺がいつの間にか忘れていた「サッカーは楽しいんだ」って気持ちを呼び起こしてくれた。

プロはもちろんだけど、高校も全国区の強豪に所属していた俺にとっては、サッカーはしばらくは辛いもの、苦しみながらやるものだった。

自分が出た試合でミスをして負けると、ポジションは奪われてるかもしれない。クビになってしまうかもしれない。

楽しさ以上にその恐怖が強くなってしまって、はっきりとしたタイミングは分からなくても俺はサッカーを楽しめなくなっていた。

221 : 以下、名... - 2015/05/25 21:57:40.77 femdBJhqO 176/597

練習をするのは、楽しいからでも上手くなりたいからでもなくて怒られたくないから。

勝ちたいのは、それが嬉しいからじゃなくて居場所を無くしたくないから。

俺も周りにいたヤツらも、それが普通だったんだ。

だからこそ、カズみたいなやつは新鮮だった。

好きだから練習をする、好きだから上手くなりたい。何てシンプルな答なんだと思うけど、それに気がつけるやつって実は少ない。

そしめ、あいつの情熱は人を巻き込む。

俺だけじゃない。チームメイトの話を聞いても「カズみたいな若いヤツには負けてられない」「カズにばかり良い顔はさせてられない」と、何かを口にしなくても周りはあいつに負けじと前に進もうとする。

カズは自主練に付き合ったりするといつも「ヒロさん、ありがとうございます」って言ってくるんだけど、感謝したいのは俺の方だよ。

サッカーって、楽しいもんな。

222 : 以下、名... - 2015/05/25 22:07:53.82 femdBJhqO 177/597

サッカーの楽しさを思い出させてくれたカズに恩返しをしたくて、少しでも長く練習に付き合った。

技術だけじゃない、飯を食いながら戦術の話をしたり、プロ時代の話をしてやったり。

カズはそれを目を輝かせながらうんうん頷いて聞いて、そしてどんどん上手くなっていった。

県トレに入れてたんだから基礎技術がなかったわけでもないし、試合中の状況判断や戦術適応力が上がったあいつはビックリするくらいサッカー選手として伸びた。

後で聞いたんだけど、あいつの高校って顧問の先生も未経験者の素人で、自分達で戦術を練ったり練習メニューを作っていたらしい。それでベスト8までいけるくらいなんだから、少し教えただけで成長するはずだよ。

223 : 以下、名... - 2015/05/25 22:19:40.01 femdBJhqO 178/597

そんなカズが、浮かない顔で練習に来る時期がしばらく続いた。

いつもバカみたいにニコニコしながらボールを蹴ってたくせに、何だか落ち着かない顔だし、自主練もせずにコソコソ帰っていく。

どうしたのか心配だったけど、カズは大学生だ。俺は高卒でプロ入りしたから大学生がどんな風に生きてるのか知らないし、きっと俺の分からない何かがあるんだろう。

相談されたら聞いてやろうと思っていたら、その直後に体調を壊してしばらく練習を休みやがった。そっか、浮かない顔だったのは体調が悪かったからなのか。

復帰してからもしばらくはキレが悪かったみたいだけど、前に比べると表情も明るくなっていた。

うん、もう心配はないかな。

そんな時、テレビのニュースでシンヤの代表入りを俺は知る。

224 : 以下、名... - 2015/05/25 23:03:53.83 femdBJhqO 179/597

ちっちゃい男だよな、そんなことで落ち込むなんて。『代表入りおめでとう。頑張れよ』ってメールも打つだけ打って送信はできなかった。

悪いことは続くもので、その直後には彼女にフラれた。

この一年、慣れない仕事に一生懸命だったから遊ぶ時間もろくになかったしな。それを止めることはできなかったけど、でもやっぱり辛いものは辛い。

色々苦しくて、ついカズに頼っちゃったよ。あいつも何て言って良いか分からなかったみたいだけど、聞いてくれただけで少しは楽になれた。

とはいえ、根本的な解決にはなっていない。彼女にはフラれたままだし、シンヤへのコンプレックスみたいなものは俺を縛っている。

そんな時、気分転換にと職場の同僚が合コンに誘ってくれた。そこで出会ったのがサキちゃんだった。

226 : 以下、名... - 2015/05/26 08:12:46.34 Z759cfUPO 180/597

最近売れてる女優に少し似てる彼女は「最近彼氏と別れて寂しいんです」と言った。それが親近感をつくったのかな、彼女と俺は仲良くなっていた。

彼女の元彼もしていたらしく、ちょっとサッカーに興味があったらしい。プロだった頃の話をすると楽しそうに話を聞いてくれた。

「サッカーやってるとこ見てみたいなぁ」

その言葉に、今も社会人リーグで続けていることを話すと、いつか試合を見に来てくれるってさ。連絡先を交換して、その合コンからもやり取りは続けていた。

そして天皇杯予選の初戦、彼女はとうとう試合を見に来てくれることになった。当然、それだけ俺のモチベーションも上がる。

227 : 以下、名... - 2015/05/26 17:30:11.70 Z759cfUPO 181/597

浮かれた気持ちでカズにもその話をすると、なぜかあいつまで嬉しそうだった。自分のことでもないのに変なやつだよな。でも、それがカズの良いところでもあるか。

予選の初戦を迎えた。

彼女からはメールで「用事があるから到着が遅れちゃう、ごめんね」って連絡が来てた。着いた時に負けてたらカッコ悪いよな。

カズにはお気楽に「もう来てるんですか?」なんてお気楽に声をかけられちゃったよ。注意はしておいたけど、これくらいリラックスできてるなら緊張は心配無さそうだな。

同じ県リーグの相手とはいえ下位にいる相手だからそこまで苦戦はしないと思っていたのに、最後の最後でゴールを決められないまま試合は進んでいく。

こういう試合って、攻めてる方がキツいんだよ。体力的にじゃなくて、精神的にだけどさ。

前半だけで大量得点をしていてもおかしくないくらい圧倒していたのに、スコアは動いていない。

何かを変えなければ、状況は変わらないように思えた。

229 : 以下、名... - 2015/05/26 22:14:48.38 Z759cfUPO 182/597

何を変えれば好転するのか。

試合の大まかな流れ自体は悪くない、ただ最後のシュートが入らないだけ。こういうのって、実力だけじゃなくて運とか雰囲気とか、そういうのもあるんだよ。良い感じなのに何かダメ、みたいなことってサッカー以外にもあるよな。

そういうものを引き寄せられるやつって、何かを持ってるヤツなんだ。これは俺の経験則なんだけど、ただ上手いだけのヤツじゃなくて、『持ってる』ヤツじゃないと、こういう停滞した雰囲気は壊せない。

そんなの、うちのチームではあいつしかいない。

「カズのポジションを上げましょうよ」

その言葉は、俺からしてみれば当然の答だった。

カズはフォワードを経験したことがないみたいだけど、この一年で戦術理解度もかなり上がった。全く出来ないということはないはずだ。

それならば、あいつの持ってるものに賭けてみよう。

230 : 以下、名... - 2015/05/26 22:36:35.65 Z759cfUPO 183/597

同じサッカー選手として認めるのは悔しいけど、うちはカズのチームだ。

まだ実力的には負けてるとは思ってない。でも、たぶんチームメイト全員がカズのことを何かしらで認めている。

サッカーに対する情熱であったり、能力のノビ方だってそうだ。この成長速度だったら、もしかしたらそのうち俺なんか相手にならないくらい上手くなるかもしれない。

そんなあいつがゴールに近づけば、きっと何かが起きる。あいつが起こせなくても周りがどうにかしてやれる。

そんな風に俺に思わせるのも、アイツの才能の一つかも。本当に不思議なやつだよ。

自信無さげに返事をして、ピッチに向かうカズに声をかけた。

相変わらず自信無さげだよ。一年でサッカーは上手くなっても、そういうところはまだまだだな。

こいつは俺を信用してくれてるみたいだし、少しでも自信を持たせてやろうと思って柄にもなく「絶対届けてやる」なんて言っちゃったよ。

了解っすとは言われたけど、大丈夫か、本当に?

とはいえ、もう後半開始の時間だ。あとはプレーで自信を持たせてやるしかない。

231 : 以下、名... - 2015/05/26 22:53:44.05 Z759cfUPO 184/597

試合展開は前半同様にうちが攻め続けて、相手が防いでの繰り返しだ。

決定的に違うのは、カズが体力配分も無視して前線からプレッシャーをかけていることだ。元々ディフェンダーだから守備に手を抜けないのか、追い付けそうにない相手にまで全力でプレッシャーをかけている。

そのおかげで相手のロングボールやクリアの精度は前半よりかなり落ちて、結果としてそのボールをうちのチームが拾う回数も増えた。意味のないように見えるカズの頑張りは、そういうわかりづらくも明確な結果に繋がっている。

とはいえ、カズに与えられた時間はたったの15分だ。そろそろ決めないと、あいつは交代させられてしまう。

カズが全力で相手選手にプレッシャーをかけ、その勢いにビビったのか蹴られたボールはうちのキーパーまで送り届けられた。

このボールを、アイツまで届けてやる。

232 : 以下、名... - 2015/05/26 23:07:37.80 Z759cfUPO 185/597

ディフェンダーからボランチにパスが渡った時、すっと引き気味に動いた。

前半から点が入らないフラストレーションで前へ前へとポジションを取っていた俺のその動きに、マークについてた相手選手の対応が遅れた。

ジダンの得意技だったマルセイユルーレットのようにパスをトラップし、一発で前を向く。相手選手がプレッシャーをかけに来てるけど、それと同時にディフェンスラインの裏へ走り込むカズが目に入った。

言ったこと、ちゃんと分かってるじゃん。

カズの走る先を目掛けて、俺は足を振り抜いた。しまった、ミートポイントがずれて思ったより強い球足になったかもしれない。ディフェンダーを気にして焦ったか。

ミスパスになりそうなそのボールを、俺自身諦めていた。

でも、カズは愚直に追いかけている。間に合いそうにないパスに向かっている。

『俺が届けてやる』

後半に向かう前、カズに言った言葉が頭に浮かんできた。

俺が届けられなかったパスを、あいつが届けさせてくれるかもしれない。受け取りに行ってくれるかもしれない。

それは衝動となって、俺の足を前へ運んだ。

確信は持てない。でも、あいつはきっと俺のパスを受け取ってくれる。

233 : 以下、名... - 2015/05/27 00:48:39.26 YMK4ocrnO 186/597

引き気味のポジションからロングボールを出したせいで、カズとの距離はかなりある。

短距離走みたいに全力で相手のゴール前に向かって走ると、カズも俺以上の懸命さで走っている。そんな姿を見せられると、手を抜くことなんてとても出来ない。

どうにか追いついたあいつは、シュートコースも消されてしまったのにモーションに入ろうとしている。くそっ、もうちょっとだ!

「カズっ!」

その声はどうにか間に合って、カズはドフリーになった俺にパスを出した。

それをゴールに流し込むというカズに比べたら何てことはない自分の仕事を終えると、俺はあいつに向かって向かっていく。

234 : 以下、名... - 2015/05/27 00:55:34.69 YMK4ocrnO 187/597

カズのそのプレーでノることができたからか、二点目のスルーパスは自分でも改心のものだった。

気持ちよくパスが通って、それはカズに代わって入った選手がきっちり決めてくれた。

気持ちいい! こういうプレーができるから、やめられないんだよな。

そのまま試合を終えて、カズと一緒にダウンへ向かう。「ナイッシューです」じゃないよ。お前がナイスプレーだよ、自慢しろよ。

それにしても、カズにこそ二点目みたいな綺麗なパスを通してやりたかった。俺がこいつに決めさせてやりたかったのに、むしろこっちが決めさせてもらっちゃったよ。

ちくしょっ、でも、試合に勝ったからまだまだ予選は続く。恩返しはまたの試合だ。

そんな時、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。

236 : 以下、名... - 2015/05/27 07:24:16.14 YMK4ocrnO 188/597

声の主はサキちゃんだった。

そうだ、カズにも紹介してやろう。そう思って顔を向けると、あいつは驚いたように小さく声を漏らした。どうしたんだ?

サキちゃんが挨拶をすると、カズもそれに返事をする。

「お邪魔そうだから帰りますね」の言葉だけを残して、急に走って逃げていくし。追いかけるか悩んだけど、サキちゃんをここに一人置いておくわけにもいかない。

気ぃ使わせてしまったな。悪い、カズ。

ダウンのストレッチをしながら、彼女と話を始める。

238 : 以下、名... - 2015/05/27 22:22:26.60 YMK4ocrnO 189/597

「試合、スゴかったね、買ったんだね!」

彼女はカズのことをとりあえず置き、そんなことを口にした。違和感すら感じるくらい唐突だったけど、あいつを気にしててもどうしようもないもんな。面識がある俺ならまだしも、サキちゃんは初対面な訳だし。

「カッコ悪いところ見せられないからね、気合い入っちゃったよ。二点目のシーン、見てくれた?」

「うん、すごいシュートだった!」

えっ、すごいシュート?

自分で言うのも何だけど、あのシーンは俺のパスで勝負あったと思うんだけどなぁ。フォワードは決めるだけって感じで……まあ、初心者の子ならやっぱりゴールがすごく見えるのかもね。

何となくの違和感は拭えないけど、そういう感想は人それぞれだし、初心者なら尚更だろうし仕方ないのかな。

腑に落ちないまま会話を続けるけど、何か変な感じだよなぁ。うーん。

「ヒロ兄、こんなとこにいたー! もうみんな帰り支度しちゃってるよ!」

何だかんだ長い間話していたのか、不満気な声をあげながら近づいてきたミユは、一緒にいたサキちゃんを見て「あれ、お邪魔だった?」なんてぬかしやがった。お前はカズを見習えよ。

「あのー……どこかでお会いしたことありましたっけ?」

なんて冗談半分で言ってるから、売れてる女優に似てるからってそんなこと言うなよって突っ込んでおいた。

「あー、確かに似てますね! 美人さんだー、うわー……」

まじまじとサキちゃんを見るものだから、早く行けと指示を出す。

「あのさ、カズ、空気読んであっちに行ったから探しに行ってもらっていい?」

「何ー、妹を紹介もしないでさー。ヒロ兄の妹のミユっていいます。こんな兄ですがどうかよろしくお願いしますっ」

その言葉を残して、サキちゃんにペコって頭を下げるとミユは指した方に向かって行った。うーん、もうちょっと落ち着きを持てないのか、あいつは。

239 : 以下、名... - 2015/05/27 22:35:22.73 YMK4ocrnO 190/597

「妹さん、可愛いね」

「そう? 俺はもう少し落ち着きをもって育ってほしかったなー」

それこそ、カズみたいにね。あいつも半分弟みたいなものだと思ってはいるけど。

ミユとカズが結婚すれば、あいつは義弟かー。悪くないなぁ、あの二人で引っ付いたりしないかな。

そんな下らない妄想をしながら、サキちゃんとの時間を過ごす。

彼女がサッカーのことは知らなくても、俺はガールフレンドにれを求めたりはしない。普通に話すとそれなりに息もあってると自分で思うし、このままうまくいけたらいいな。

243 : 以下、名... - 2015/05/30 11:43:33.01 fv5W6F4CO 191/597

あの日以来、ミユとカズの距離は縮まっていた。ていうか、ミユが一方的にカズくんカズくん言ってるだけだけど。

俺としてはその二人が仲が良いのは嬉しいんだけど、何かちょっと違和感もあるよね。今までは三人で遊ぶことが多かっただけに、仲間外れ感……みたいな。

ミユは「ヒロ兄、この間カズくんと二人で焼肉に行ってたでしょー。その仕返しだよー」なんて言ってたけど、どこまで本気なんだか。

天皇杯予選を勝ち進むにつれ、ミユのカズへのアプローチはどんどん積極的になっていた。つい聞いちゃったもんね、「お前、本当にカズのこと好きなの?」って。「どう思う?」ってはぐらかされちまったけど。

ある日、仕事の関係でたまたま練習に行けなかった日の夜に家に帰ると、ミユがめちゃくちゃ落ち込んでたんだよね。カズにフラレたのかと思ったけど、次の練習ではそれまで以上にカズに近づいていってるし。

我が妹ながら、めんどくさくて分かりづらいやつだよ。

244 : 以下、名... - 2015/05/30 17:57:35.39 94JL6IkWO 192/597

女の気持ちとかよく分からないし、妹だったり可愛がってるやつのことではあっても自分のことではない。

首を突っ込むのも野暮だし。

それに、他人のことばかりを気にしているわけにはいかない。

あの後、サキちゃんと二人で遊びに行ったりはしても、彼女はサッカーの試合には来なくなった。興味がないものに付き合わせるのも悪いしね。

遊んでて楽しいとは言ってくれてるし、そろそろ告白考えないといけないよなー。

よし、天皇杯が終わったら告白しよう。

それまではたぶん、サッカーと仕事で忙しくて付き合うことになっても今とそんなに変わらないだろうし。ちょっと落ち着いてから、告白しよう。

だからまずは、週末の決勝だ。

249 : 以下、名... - 2015/06/01 01:04:28.27 0WIoLXnzO 193/597

降ったり止んだりの一週間、勝負の日は雨だった。これは番狂わせを予告する希望の雨か、それとも俺たちの気持ちを暗くする絶望の雨なのか。

何にせよ、タフな試合になりそうだ。

入場するときに横目でチラッとカズを見たけど、普段通りで安心したよ。何て言うか、最近はミユと気まずそうだったからさ、そういうのをピッチの上に持ち込むようなやつじゃないって分かってるけど、やっぱり少しは心配しちゃったよ。

試合が始まると、案の定ロングボールの蹴りあいが始まった。俺の頭の上をボールが行ったり来たりして、フォワードが競り合ったこぼれ球を拾いに行くのが今日の俺の仕事だ。

ご丁寧にも、キックスはこんな雨の日でも俺に一人マーカーをつけてきた。ちょっと荒っぽいな、こいつ。

明らかに俺が先に触れそうなボールでも、結構ガツガツ当たりに来る。ハードワーカーと言えば聞こえはいいけど、こんな雨の日にそんな選手にマークされたらたまったもんじゃない。

250 : 以下、名... - 2015/06/01 21:09:28.58 Lk2vORrjO 194/597

セカンドボールを拾いに走ると、後ろから足が伸びてくる。

JFLはアマチュアではトップリーグだし、今までの相手よりはかなりレベルが高い。準決勝の相手までは余裕をもってプレーできたけど、今回はそうもいかないみたいだ。

あの日のトラウマが脳裏をよぎって、相手に遠慮するように俺はボールを譲ってしまった。接触プレーを怖がるなんて、ダサいにも程がある。小学生だってそんなことをしたら怒られるよ。

それでも、あの時の激痛やプレーができなくなる恐怖が相手から逃げさせる。

雨が強くて滑りやすいから、その恐怖は更に増す。勢い余って相手の足が俺の足に突っ込んでくると思うと、逃げ出したいとすら感じてしまう。

251 : 以下、名... - 2015/06/02 00:42:34.20 H+ZPEi7TO 195/597

雨の日は予測できないことが起きてしまう。だからこそ番狂わせが起きやすいんだけど、それは相手にとっても同じことだ。

カズのパスは水溜まりに負けて止まってしまい、相手選手がそれをかっさらってシュートを放った。ポストに当たったそれはゴールとはならなかったけど、この試合で1番危ないシーンでもある。

カズに注意を呼び掛けたけど、しっかりしないといけないのは俺の方だよな。マーカーを避けてばかりじゃボールは拾えない。

そんな考えとは裏腹に、キックスはうちのゴールへの壁を破った。綺麗に左サイドを崩されて、長身の選手に合わせられちゃったね。

あれはある程度の選手が揃ってるチームだからできることだ。うちのチームがあんなハイクロスを上げたところで、長身の選手が揃ってるキックスのセンターバックに弾き返されるだけだ。

さて、どうやって崩したものか。

その答が出せないまま、俺たちは前半をビハインドで終える。

252 : 以下、名... - 2015/06/02 00:51:57.53 H+ZPEi7TO 196/597

一点負けてるからには、ゴールを決めなければ勝ち目がない。とはいえ、前半と同じ作戦でどうにかなるとも思えない。

あのマーカー、怖いし。自分で認めるけど、前半のブレーキ役は俺だった。接触プレーを怖がって、セカンドボールを拾えないことが多かった。

雨だからレフェリーもファールの基準が普段と違いそうだし、滑るし、とにかくビビってるのが自分でも分かる。

そんな風に自分が足を引っ張っていることは自覚していても、交代を申し出ることはできない。このチームは精神的にはカズで成り立ってるのチームだけど、技術面では俺が引っ張らないといけないこともある。でも、接触は避けたいんだよ。怖いんだよ、やっぱり。

……あ、カズだ。

頭のなかに浮かんだのは、カズに試合を作らせるプラン。要するに、普段の試合で俺がやってることをカズにさせるってこと。

真ん中はプレーしづらいし、カズの対面は正直大したことはない。

それっぽい理由を言ってみたけど、自分が怖いものから逃げたいって気持ちが一番強かった。ごめんな、カズ。

253 : 以下、名... - 2015/06/05 08:02:02.82 ninkABpoO 197/597

後半が始まると、徐々にペースが変わってきた。

相手の勢いがハーフタイムで落ち着いたっていうのもあるけど、カズが試合を作り始めたのがやっぱり正解だったかな。

ロングボールメインの作戦なのは変わらないけど、カズはキックの精度も悪くない。試合の流れは徐々にうちに呼び込めている。

ただ、カズが臆病なプレー、無難なプレーを終始選択しているのが気がかりだ。いや、まあ良いんだけどさ、雨だし、それで良い感じになってるわけだし。

ただ、勿体ないな、とも。

カズはこのピッチでもサイドでなら普通にドリブル出来る程度には技術がある。そして、ボールを奪われるリスクがあっても、勝負をしかけない選手は怖くない。

宝の持ち腐れだよ、カズ。

255 : 以下、名... - 2015/06/09 01:26:34.86 MwlSMFhkO 198/597

俺のそんな気持ちを知ってか知らずか、カズは少しずつ位置取りを高めて積極的にプレーをし始める。

安定感っていうか、チームの流れが良くなったからカズも落ち着いてプレーできるようになったみたいだ。

ロングボールが多い戦術なのはそこまで変えられなかったけど、前半みたいに真ん中の選手じゃなくて、サイドの選手が蹴ることで角度がついてアーリークロスみたいになっている。

そのおかげかな、前半ほど相手に綺麗に跳ね返されることは減ってきた。真っ直ぐ向かってきたボールは、正面を向いて競り合えるディフェンダーが有利だけど、角度がつくとそれが幾分難しくなるしね。

カズが流れは引き寄せた。

あとは結果だ。

257 : 以下、名... - 2015/06/10 00:55:47.88 3+SXJSG/O 199/597

相手を押し込み始めると、うちのチームのラインが少しずつ上がっていく。その分カズや左サイドバックからのロングボールの精度も上がってきて、自然と競り合いのこぼれ球も拾いやすい場所に落ちることが増えてきた。

雨のピッチでスタミナが無くなりつつあるのか、相手チームのマーカーのプレッシャーも少しずつ弱くなってきて、こぼれ球を拾いやすくなっている。あとはどこで勝負を仕掛けるか、だよな。

そんなとき、久しぶりにセンターバックがサイドを経由せずにロングボールを放った。

不意をつかれたのか、こぼれ球は俺の目の前に落ちてくる。マーカーもプレッシャーをかけてくるけど、弱くなったそれには前半ほどの恐怖心はなかった。

ボールを受けると、すぐに今日の主役になるべきカズを見る。そこだ。

いつかの試合で言ったみたいに、俺がボールを受けるとすぐに走り出したらしいアイツの走る先にボールを送る。

よしっ、完璧っ!

そのボールを受けたカズは、簡単にセンタリングをゴール前に蹴るのではなくて逆サイドへと飛ばし、そして綺麗な弾道でそれがネットに突き刺さった。

258 : 以下、名... - 2015/06/14 17:12:59.40 pkqwMzZKO 200/597

チームメイトはスーパーゴールを決めたやつに向かって走り出す。

プロの試合でも滅多に出ないようなダイレクトボレーだったけど、その前のカズも完璧だった。俺がパスを出す前に走り出すタイミング、クロスをあげる状況判断にその制度、文句無しだ。

上手くなったな、カズ。

親心みたいにそう思う。嫉妬してしまいそうなくらい、あいつは上手くなった。誉めても謙遜するんだろうけど、それでも本当に。

喜びの輪に向かって走りながらカズを見ると、少し笑っていた。やっぱり、良いプレーをしたって手応えがあるのかな。

「もう一本いくぞ!」

言葉にして、気持ちを奮い立たせる。

チームメイトからの返事、特に大きいカズの声。

まだ同点。このまま押しきる、そして勝つんだ!

259 : 以下、名... - 2015/06/14 18:46:41.17 c1TO+PyRO 201/597

試合が再開すると、俺たちのペースで試合が進んでいく。

キックスも格下と思っていた俺たちにここまで苦戦するとは思っていなかったのか、予想外の展開に慌てている。この動揺につけこまない手はない。

どんどん前線へのボールを増やし、相手のラインをズルズルと押し込んでいく。その結果、それまで以上にゴールに近い位置でプレーができるからチャンスが増えて、また相手が下がるって好循環。

それでもゴールを決めさせてくれないのはJFLの意地ってやつ? このまま押し込んで、でも逆転できずに延長になると、チームの雰囲気は確実に落ちる。

今は同点ゴールって魔法で疲れを感じづらくなってるけど、確実にみんなの動きは落ちている。雨でぬかるんだピッチのせいで、キックスを含めて全員の動きはにぶくなっている。

カズと俺くらいかな、元気なのは。とにかく、俺たちが動けるうちにゴールを決めないとヤバイ。

ボールを受けた俺は、もはやサイドバックどころかウィングに近い位置まで上がっているカズに何の気無しに横パスを預けた。

そのままゴール前へロングボールか、リターンのパスを受けるか。

俺ですら、そう考えていた。なのに、目に入り込んだのは予想外の光景。

アイツはボールを運び、勝負をしかける。

260 : 以下、名... - 2015/06/14 18:59:14.49 c1TO+PyRO 202/597

この試合、カズはほぼ全てのプレーを3タッチ以内で終わらせていた。トラップしてパスやロングボール、とにかく勝負をしていなかった。少なくとも、俺の記憶にあるうちでは。

そんなカズが、この時間になってドリブルを始めた。予想外なのは7番だけじゃなかったはずだ。

慌ててプレッシャーをかけにいった相手を、アウトサイドで急に方向転換をしてかわす。体力も無くなりかけている7番はそのターンについていけず、濡れたピッチに足を奪われ転けてしまう。

これでもう、アイツは独走状態だ。邪魔をするものはない。カズは抉るように相手陣内を突き進んでいく。

ゴール前はガチガチに固められていて、さっきはフリーだった逆サイドの選手もしっかりマーカーがついている。

少しでもゴール前の人数を増やそうと、俺もそこに向かって走りながらカズの行く先を見る。

これ以上進ませるのはマズイと判断したのか、ディフェンダーがカズにプレッシャーをかけにいこうとした、その時。

カズは楽しそうに笑みを漏らして、ゴール前へ弾丸のようなボールを蹴った。まるで、同点ゴールの時に俺があいつに出したパスみたいに。

261 : 以下、名... - 2015/06/14 19:17:43.09 c1TO+PyRO 203/597

雨で濡れた芝に触れた瞬間、そのボールは加速する。イレギュラーなそのボールは、変化に対応できなかった相手選手の足に当たると、ゴールに向かって角度を変えた。

同点弾に比べると、技術的には大したことのないものかもしれない。見映えも良くはない。

それでも、そのとき以上の歓声と歓喜が爆発した。

「カズーー!」

声をあげてカズに向かって走っていく。後ろからはチームメイトも後をついてくる。

「よくやった!」

「良い判断だった!」

「俺の同点弾が霞むじゃねぇか!」

みんながみんな、カズを囲んで称えていく。やっぱりうちは、こいつのチームだ。こいつのプレーで、チームが前に進んでいける。

喜びを爆発させているのはスタンドもそうみたいで、観客も声をあげてカズの名前を呼んでいる。

ポジションに戻りながらカズがそちらを見ると、何だか謎に自分を指差しながらスタンドにガッツポーズを見せた。

決勝のこの場面での得点に、シャイなあいつも珍しくパフォーマンスするくらいテンション上がってるのかな。

「このままいくぞ! 集中!」

そのテンションは維持したまま、油断はしないように声をかける。まだ試合は終わってない、あと少し、乗り越えてやる。勝ちきってやる。

262 : 以下、名... - 2015/06/14 23:28:07.95 r+pSh9PWO 204/597

試合終了を告げる笛が鳴ると、喜んで走り回るチームメイトを視界に入れながら、俺は腰に手を当てて一息ついた。

勝った。格上相手に、泥臭く勝った。

この雨は不幸を示唆する雨じゃなくて、番狂わせの雨だったんだな。試合前に考えてたことを思い出して、自分で少し笑ってしまった。

「おめでとう」

声をかけられた方に目を向けると、キックスのキャプテンがそこにはいた。

「オオタくんだよね、昔J2のクラブにいた」

「あっ、はい……知ってたんですか?」

試合にもろくに出られずに退団したのにね。詳しいな。

「そりゃ、相手のエースのことくらいは調べるさ」

彼は笑いながら、言葉を続ける。

「試合が始まるまでは、君を押さえれば勝てると思ったんだけどね。あとは県リーグレベルの選手だから、圧倒できるだろうって」

「始まるまで、ですか?」

何となく、言いたいことは分かっている。それを確認するように、わざわざ俺は聞き返した。

263 : 以下、名... - 2015/06/15 00:23:32.08 qPKYXRIYO 205/597

「あのサイドバックだよ。驚いたね、うちの若いやつなんかよりよっぽどしっかりしてるよ」

彼はカズの方を見た。何だろうね、自分のことみたいに嬉しい。

アイツは自分が誉められていることなんか思ってもいないんだろうな、笛が鳴ってしばらく経つのに、まだチームメイトと喜んでるよ。

「うちはアイツのチームですよ。みるみるうちに上手くなってますし」

「君と一緒にプレーできてるのも大きいんだろうね、息がピッタリで敵ながら感心させられたよ」

悔しいぐらいね、と呟いた。試合相手のことを認める、それも負けた直後になんてそうそう出来ることじゃない。

「まぁ、本戦でも頑張ってよ。俺たちに勝ったんだから、せめてJ勢と戦うところまではさ」

その言葉を残して、彼は落ち込んでいるキックスの選手に声をかけに向かっていった。

「すげぇなぁ……」

何か、器の大きい人だ。あんな人に認めてもらったんだし、本戦で恥ずかしい試合をするわけにはいかない。

挨拶のためにハーフウェーラインに向かって歩きながら、俺は頭のなかで試合をイメージする。

キックス以上に手強い相手を前に、満員のスタンドでパスを出して、ゴールが決まるところを。そして喜びの輪の中心では、カズが立って拳を突き上げてた。

気持ち良さそうだな。

……でもとりあえず、今日は疲れた。

264 : 以下、名... - 2015/06/15 00:29:52.57 qPKYXRIYO 206/597

挨拶が終わると、改めて歓喜の輪が広がった。

今度はそこに俺も加わって、ビューティフルゴールをあげたチームメイトに「まぐれ爆発させやがってよぉ!」なんてふざけて声をかけてやる。

みんなでワイワイしていると、カズがいつの間にか抜けていることに気がついた。どこ行ったんだ、あいつ?

きょろきょろ視線を泳がせていると、スタンドに向かっているのが目に入ってきた。

キックスのキャプテンが誉めてくれてたことを教えてやろうと思ってカズを追いかけていると、何やらスタンドにいる女の子と大声で会話をしている。

何だ、アイツ、やることやってんじゃん。

邪魔するのも悪いけど、この後は表彰式もある。後でゆっくり話してもらおうと、カズに呼び掛けた。

265 : 以下、名... - 2015/06/15 00:38:12.17 qPKYXRIYO 207/597

「カズー、表彰式!」

少し意地悪ににやけながら声をかけると、カズは女の子に「ちょっと待って、時間あるなら待っててくれたら、後でそっちに行く!」と言い残してこっちに向かってきた。

「何だよ、彼女?」

「違いますっ」

否定はするけど、カズの顔はちょっと紅かった。たぶんまだ付き合ってはいないのかな。でもたぶん、これから。

「カズをよろしくー!」

振り返って、彼女に向かって叫びながら手を振ってみると、あの子も遠慮ぎみに返してくれた。

「やめてくださいよっ」

そう言うと、カズは俺に無理矢理前を向かせて軽く肘を入れてくる。

悪い悪いと返しながら笑いかけると、「全くー」なんてこぼしながらもカズもニヤニヤしていた。何だよ、試合中のテンションが高かったのは、ゴールの喜びだけじゃなかったのね。

267 : 以下、名... - 2015/06/15 21:10:30.06 MFhT3Yc7O 208/597

表彰式も終えると、カズはそそくさとスタンドに向かって行った。一緒にダウンをするのが試合後の恒例なんだけど、今日はそれも逃がしてやることにしよう。

カズ以外のチームメイトは濡れたユニホームを脱いで体を拭きながら、試合の感想を話し合っている。その大体は「勝てるとは思わなかった」「カズ、やっぱり上手くなってるよ」みたいなものだった。まあ、試合前に負けたいと思うやつはいないだろうけど、絶対に勝てるって信じていたやつはいないんじゃないかな。

「今日は祝勝会だな!」

ヤマさんがそう言うと、一斉に湧いた。まあ、今日くらいは良いよな。俺も久しぶりに飲みたいし。

前にカズと飯行った時は俺も暗い話をしてしまったし、今日は楽しくアイツと飯を食おう。そうだ、それであの女の子の話も聞きだしてやろう。

ミユ、ライバルいるじゃん。

そう声をかけようと思って妹の姿を探してみると、ミユもいつの間にか消えてしまっていた。さっきまでその辺にいた気がするのにね、どこ行ったんだ、あいつも。

268 : 以下、名... - 2015/06/15 21:12:39.96 MFhT3Yc7O 209/597

カズのこと追いかけた……とか? 嫉妬? うーん、分からない。

別に今すぐ用事があるわけじゃないけど、何となく嫌な予感がして俺はミユを探しにその場を離れた。

ヤマさんには「すぐに移動して飲みに行くから、さっさと見つけて来いよ」って言われちゃったよ。カズのことは触れないあたり、ヤマさんも微妙に空気を読んでるのかも。

カズがスタンドに行くって言ってたから、傘を片手にとりあえずそっちに向かう。

途中、すれ違ったチームメイトの家族とか恋人とかに「あざーしたっ! 妹、見ませんでしたか?」って聞いてみるとすれ違ったって言われた。

間違いない、あいつはカズを追いかけてる。

「今日はヒロくんの美人さんがいない代わりに、カズくんにかわいこちゃんが来てたわね」なんて笑ってくるから、俺も愛想笑いを返しといた。

それにしても、ミユ、何しに行ってるんだよ。空気読んでやれよー。そりゃ、俺もカズと上手くいけば良いなって思ってたけどさ。それにしても、邪魔はやめてやれよ。

269 : 以下、名... - 2015/06/15 21:15:48.37 MFhT3Yc7O 210/597

妹に心のなかで文句を言いながら、引き留めるためなのか何なのか、俺はスタンドに向かって階段を上る。

その時、スタンドから叫び声が聞こえた。何だか聞き覚えのある、女の声だ。

戸惑いながらこのまま進んで良いものかと思っていると、ミユが傘もささずに上から姿を現し、走って階段を下りてきた。俺のことをチラッと視界に入れてはいるみたいだけど、立ち止まる気配は全くない。

「おいっ、どうしたんだよ」

呼び止める俺の声も無視して、あいつは去って行こうとする。腕を掴んで止めてやりたいけど、階段でそんなことをするわけにもいかなくて。ミユを追いかけながら俺も登って来たばかりの階段を下りていく。

せっかく試合にも勝ったっていうのに、どうしたんだよ。こいつ、やっぱりカズのこと本気だったのか?

「おい、ミユっ!」

最後の段から地面に降りたとき、俺はミユの肩を掴んで振り向かせた。

「っ……!」

息を殺したまま向き合った目は充血していて、頬が塗れているのは雨のせいだけじゃないってことがすぐに分かった。

「……ごめん、先に帰るね」

その言葉を耳にした俺は、制止を振り切って走りだしたミユを、引き留めることができなかった。何でかは分からないけど、その強さに押し切られた。

「何なんだよ……」

俺の呟きは、雨が地面を叩く音でかき消された。

予想外の展開が起きるのは、サッカーの試合に限ったことじゃなかったらしい。

270 : 以下、名... - 2015/06/15 23:40:51.13 MFhT3Yc7O 211/597

ゆうちゃんを見送った後、僕はどうすべきか分からずにスタンドにぼーっと座っていた。

何だろう、何があったんだろう。

頭の中を整理できなくて、僕はひたすら出来事を振り返る。

キックスとの決勝戦、僕たちは勝った。そして、ゆうちゃんも試合を見に来てくれていた。

ここまでは良し、良かったことだ。夢でも幻でもない、現実だ。

そして、試合が終わって僕はここに来た。ゆうちゃんと話していた。ミユが来た。

ミユの言葉を頭のなかで繰り返す。

それは、僕にしても何だか認めるのは辛いものだった。でも、さっき起きた出来事も、ミユの発言も、きっと夢幻ではなく現実なんだ。

271 : 以下、名... - 2015/06/16 01:03:20.59 JwF3voJBO 212/597

スタンドから見るピッチは、何だか遠い場所みたいだった。

さっきまであそこで試合をしていたはずなのに、辿り着ける気がしない。

それと同じで、さっき会っていたはずのゆうちゃんも、すごく遠いところに行ってしまった気がする。

今、目の前にいないからとか、そんな理由じゃなくて。彼氏がいるから? それも違う気がする。

でも、はっきり分かったことがある。

僕は彼女のことを何も知らない。

少し浮かれすぎてたのかな、身の程知らずと言った方が正しいのかもしれないけど。勝手に身近に感じていて、そのくせ実は何も分かっちゃいなくて。

273 : 以下、名... - 2015/06/16 18:01:04.86 JwF3voJBO 213/597

何ておめでたいやつなんだ、僕は。

自嘲してしまうくらい、僕は浮かれていた。

少し幸せなことがあると、すぐに自分がダメなやつだってことを忘れてしまう。

試合でちょっと良いプレーが出来たからとか、ちょっとゆうちゃんと良い雰囲気になれたとか、ただそれだけで幸せな気持ちになって。

「救いのないやつだよな」

吐き捨てるように、言い聞かせるように呟いた言葉は、他の誰にも届かないまま僕の心だけに痕を残した。

274 : 以下、名... - 2015/06/16 18:13:40.27 JwF3voJBO 214/597

チームメイトが盛り上がっている祝勝会も、僕は浮かれない気持ちで参加していた。ヒロさんも理由は分からないけどテンション低くて、ミユも来てはいなかった。

そして決勝以降の練習に、ミユは来なくなっていた。

こう言っちゃ悪いけど、少しホッとした自分もいる。どんな顔をしてミユに会えば良いか分からないし、それはたぶん向こうもそうだと思う。

ヒロさんはチームメイトにミユが来ない理由を聞かれていたけど、「テスト勉強が忙しいらしいっすよ」って誤魔化してた。その度に僕は「カズー、お前も勉強ちゃんとしろよー」なんて茶化されるんだけど。

そして、ヒロさんも何となく僕との距離を置いている気がする。いや、距離を置いているって言うよりは気を使われてるのかな。

雰囲気が悪いわけでもないんだけど、何かちょっと今までとは違う感じ。本戦に向けていくなら、今のままじゃダメなんだろうけど。

275 : 以下、名... - 2015/06/17 00:30:33.68 lzNQe1SWO 215/597

天皇杯本戦の一回戦、僕たちは幸運にもホームゲーム……というか、地元のスタジアムでの試合となった。

アウェーゲームだと遠征費とかも必要になってくるしね。結構助かる。

相手はそこ県リーグ一部に所属しているチームらしい。名前も聞いたことがないようなところだ。

そして、そこに勝てばシードされているJ2のクラブとの試合が待っている。二部とはいえ、輝かしい経歴を持ったエリートたちの集まりだ。

自分の力がどこまで通用するのか、試してみたい。

そんな気持ちがある一方で、もう一つ、僕には思うものがあった。そのクラブは、奇しくもヒロさんがかつて所属していたクラブだった。

恩返しではないけど、ヒロさんがうちのチーム で頑張っているところを、勝利って形で証明したい。

それが、僕に色んなことを教えてくれたヒロさんへの恩返しにもなる気がするから。

そんな願いも込めつつ、微妙な空気の中で今日も僕は汗を流す。梅雨はもう過ぎてしまって、夏が近づいている。

279 : 以下、名... - 2015/06/18 07:35:55.61 /Y8w19Y9O 216/597

ゆうちゃんはもちろん、ミユとも決勝戦の日から全く顔を会わせていない。

お店に行こうかなって思わなかったわけじゃないけど、行ったところであの日みたいに何て言って良いか分からない時間を過ごすことになる気がしたし、それなら行かない方が懸命ってものではないだろうか。

ミユのことはカズさんがたまに他のチームメイトに話しているのが聞こえてくるけど、やっぱり元気がなさそうとか落ち込んでるとかそんな話ばかり。

何なんだろうね、本当に。

不運とか偶然とか、そんな言葉で片付けて良いものなんだろうか。

僕という人間が、そういう不幸を呼んでいるんじゃないだろうか。

被害妄想だってことくらい自分でもわかっているんだけど、そんな風に考えてしまうくらいにはどうすべきかの見当もつかない。

283 : 以下、名... - 2015/06/19 23:40:50.54 BxUpFuV0O 217/597

そうは言っても時は流れ、本戦はどんどん近づいてくる。

楽しみな気持ちはあるんだけど、それ以上に不安が強い。今の雰囲気で勝てるんだろうか、惨敗するんじゃないか、って。

こういうとき、後ろ向きな自分の性格が嫌になる。まぁ、好きな時なんてないんだけどね。

微妙な空気の練習を終えて、一人暮らしのマンションに真っ直ぐ帰るとすぐにシャワーを浴びる。

汗と一緒にこの負の感情も流せてしまえばいいんだけど、そんなことは全くなかった。

濡れた髪をタオルで拭っていると、携帯はメールの受信を知らせる通知ランプが光っていた。今どき、メッセンジャーアプリじゃなくてメールを受信することなんて、迷惑メール以外ではそうそうない。

どうせ迷惑メールだろうな、なんて思いながらも、僕は携帯を手に取ってその内容を確認する。

285 : 以下、名... - 2015/06/20 19:09:03.57 POU/10BvO 218/597

私は私のことが嫌いだ。

頭も要領も良くなければ、何か励めるものもあるわけではない。他の人より恵まれているところがあるとすれば、それは外見くらいだと思う。

可愛いね、美人だねって言われるのは気持ちが良いし、嬉しいよ。

でも、そんな唯一の長所であるはずの容姿ですら、私では敵わない相手が身近にいた。

お姉ちゃんは私よりちょっとスタイルが良くて、ちょっと目が大きくて。

こういうのを微差は大差って言うのかな、お姉ちゃんを見た人はみんなお姉ちゃんを好きになる。

今までの彼氏もそうだった。

お姉ちゃんが悪い訳じゃないって分かっていても、私にはそれがコンプレックスで。

美人で自慢の姉が、その一方で私の悩みの種でもあった。

286 : 以下、名... - 2015/06/21 03:38:33.18 ufcCwGTgO 219/597

私が大学に入学する頃、モデルを始めたお姉ちゃんはどんどん有名になって、気がつけばドラマにも出たりする女優にもなっていた。

そんなお姉ちゃんと自分を比べると、私には何もない。

それを認めるのが寂しくて、悔しくて、お姉ちゃんより幸せになってやると私は誓った。

でも、そんなの私だけの力では無理だ。そう考えた私は、男に頼ることになる。

お姉ちゃんに会わせさえしなければ、男は私のことを好きでいてくれる。私に特別な魅力があるわけじゃないのにね。顔がちょっと綺麗で良かった。

条件の良い男、例えば有名会社に勤めているだとか、高学歴な男だとか。そんな男を捕まえては、より良い条件の男が出てきたらそっちに移る。

クズだね、私って。でもそうしないと、私はコンプレックスに押し潰されそうだった。

288 : 以下、名... - 2015/06/21 15:41:28.00 ufcCwGTgO 220/597

何回男を乗り換えていったか分からない頃、私はカズヤに出会った。

特別人気なわけではないバンドのライブに、カズヤは来ていた。私はボーカルの顔が好きでファンだったんだけど、彼はボーカルの歌声と作詞が好きだったらしい。

割とイケメン揃いのそのバンドには男のファンは珍しくて、興味本意で私から声をかけたのがきっかけだったかな。

そのライブの後にご飯に行って、連絡先を交換した。

当時の彼氏は結構歳の離れた働いている社会人で、羽振りは良くても話して楽しいとかそういう感情はあまりなくて。付き合いも長くなりかけてて、倦怠期ではないけど少し飽きみたいなものもあったのかな。

一方で、カズヤは大学も良いところだったし、歳も近くて話していても楽しくて、かなりの優良物件のように思えた。

289 : 以下、名... - 2015/06/22 00:32:54.46 Nti3HjU2O 221/597

乗り換えちゃおうかな。

そう考えてた矢先、私はカズヤに告白をされた。

付き合えなくても良いから自分の気持ちを知ってほしい、それって何てワガママな願いなんだろう。まあ、私もそれに乗っちゃったんだけどね。

カズヤと付き合うことになってから、しばらくは本当に楽しかった。

でも、物足りないのも事実で。

今までのデートは彼氏がお金を出してくれてたけど、お互いに学生となるとそうもいかない。ていうか、私の方が一歳上だからむしろ私が出さないといけない気すらするよね。

車もなければ大人の余裕もない。

無くなってから、それまであったもののありがたみに気づくって本当だよね。

290 : 以下、名... - 2015/06/24 00:14:49.29 t9shVdbOO 222/597

カズヤと付き合い始めてしばらく経つと、何だか彼も少し変化が出てきた。

言葉にするのは難しいんだけど、何か焦ってるっていうか追い込みすぎてるっていうか。

好きなことを夢中になって話してるときのカズヤの顔が私は好きだったんだけど、その顔を見る機会がどんどん減っていった気がする。

その代わり、勉強を頑張ってるとか資格をとろうと思ってるとかそういう話が増えてきて、カズヤといて楽しいと感じる理由がどんどん無くなっていった。

……っていうのは、まあ言い訳なんだけど。

要するに、私は失ったものが大きく思えてしまったんだ。やっぱり、私はカズヤみたいな優しさや楽しさより、お金とか容姿とかスペックとか、もっと世俗的で汚そうな魅力に惹かれてしまう人間だったみたい。

291 : 以下、名... - 2015/06/25 23:07:33.75 fjIyQaXjO 223/597

そんな私が別れる理由として告げたのは、今は誰とも付き合う気がないという言葉だった。

私は私のクズさを自覚はできても、それを誰かにさらけ出せる強さは持っていなかったの。

だって、「お金無いじゃん」「大人の余裕無いじゃん」なんて汚いことを言う度胸は私にはなかったから。

カズヤとはライブで知り合っただけだから、今後会うことはもうないだろうし。

私がそのバンドのおっかけを止めさえすれば、もう二度と会うことはないはず。そんな軽い気持ちで言った言葉が、あんな風になるなんて思いもしなかったわけだけど。

293 : 以下、名... - 2015/06/29 00:30:52.37 9VyominDO 224/597

カズヤとは別れた私だけど、そんな付き合って別れての繰り返しに少し疲れつつもあった。

だってさ、上を見ればキリがないもの。

良い条件の男がいても、更に良い条件の男が現れたらそこに乗り換えてを繰り返すと、終わりはいつまで経ってもこない。

それは果たして、幸せと言えるんだろうか。

そもそも、良い男って何なんだろう。私が求めていたお姉ちゃん以上の幸せって何なんだろう。

玉の輿にのること? それとも、私を大事にしてくれる人を見つけること?

そんな疑問が頭の中を過ってしまって、私は恋愛休暇をとることにした。少し冷静になろうって。

でも、私は自分のことを認められたい、お姉ちゃんみたいにはなれなくても、私を魅力的だという証明がほしかった。そして、その証明をしてくれるのは、私は男という存在しか知らなかった。

ナンパしてくる男、大学の同級生、誘われるままに遊んで寝る私を見かねたのか、友達が私を合コンに誘ってきた。あんな生活をするくらいなら、誰か彼氏を作らせた方が安心だって思ったらしい。

294 : 以下、名... - 2015/06/29 00:55:08.64 9VyominDO 225/597

そこで出会ったのがヒロくんだった。

歳は私と同い年で、地元の普通の企業に勤めているらしい。合コンに誘ってくれた友達の同級生みたい。

正直、スペックとしては普通なんだけど、彼の『元プロサッカー選手』っていう肩書きは、私には何だか魅力的だった。

仮に彼とは付き合わなかったとしても、ここでコネを作れば有名な選手と知り合えたりするかもしれないし。それに、ヒロくん自身だって嫌な人じゃなかった。

付き合う前のカズヤに似てたのかな。私にはさっぱり分からないサッカーの話を、目を輝かせながら語って、途中で慌てて「ごめんね、興味ないことを話して」って謝るあたりとか。

恋愛感情としての好きなのか、人として嫌いじゃないの好きなのかは分からないけど、私はヒロくんとの距離を近づけていく。

休暇なんて言ってたけど、結局のところ私は中毒なんだと思う。

恋愛、もっといえば、男に囲まれてないと心配で不安。私の存在意義を証明してくれるのは、男という存在でしかないから。

私を取り巻く男がいないと、自分に優れたところがあるなんて思えない。生きている意義を見出だせない。数少ない『短所ではない』と思えているものが容姿である以上、それは仕方ないことなんだ。

だから、私を口説こうとするヒロくんからの「時間あるなら試合を応援しに来てよ」なんてめんどくさいお誘いにものってあげたの。

だって、応援に来てほしいって、つまり私を求めてくれてるってことだから。私の存在を求めてくれてる、認めてくれてるってことだから。

297 : 以下、名... - 2015/06/29 17:59:33.24 9VyominDO 226/597

試合を見に行くって約束した日は、嫌ってほど太陽が輝いていた。

暑いなぁ、めんどくさいなぁ。

そもそも私、サッカーに興味なんてないし。サッカー選手で知ってるのは、最近結婚して世間を騒がせた日本代表のイケメンくらいだ。

とはいえ、約束した以上見に行かないわけにもいかない。

そんな私は、試合終了間際に会場に着けば良いんじゃないかと名案を思い付いた。

だってさ、どうせ会うのは試合が終わってからなんだし。ちょっと遅れちゃった、なんて言えばきっと彼も疑いはしないだろう。

カフェでランチを食べて、コーヒーを飲んで、それからゆっくり向かうことにしよ。

その後に起きることなんか考えず、私は呑気に予定を立てていた。

298 : 以下、名... - 2015/06/30 00:29:55.29 2Bu88ZdUO 227/597

ゆっくりし過ぎて試合終了に間に合うか際どかったけど、どうにか試合中には会場に到着できた。

スタンドにはまばらにしか観客がいなくて、昔プロだった選手でもこんな環境で試合をしてるんだと思うと、勝手に寂しい気持ちになってしまう。

私のイメージには、テレビで見るような大観衆を前に試合をしてるものしかなかったから。

まあ、そんなことを言っていても仕方がない。

適当に席を探していると、私と同世代くらいの女の子が、集団から少し離れたところで熱心に試合を見ていた。

明らかに関係者とか身内とかばかりの中に、急に入るのも変な感じがして、私はその子の隣に陣取って携帯を触る。

サッカー、見てても分からないし。つまらないし。

スコアボードを見ると、ヒロくんのチームが勝ってることだけは分かった。それで十分。

私は液晶に向き合って、試合が終わるのをただ待った。日傘忘れちゃったな、早く終わらないかな、焼けちゃうよ。

300 : 以下、名... - 2015/07/02 00:52:07.43 L2rcHbb+O 228/597

試合終了を告げる笛がなると、私は立ち上がって階段を下っていった。

何にせよ、勝って良かった。負けて落ち込んでるところを見るよりは、興味がないサッカーでも勝った試合の方がヒロくんもご機嫌だろうしね。

綺麗ではないお手洗いで化粧を直す前に、メールを入れてはみたけれど、携帯を見てないのか返事はない。

うーん、まぁ、試合を見に来るって義務? 約束は果たしたんだし、直接会わなくても彼に嫌われることはないだろう。

そのままお手洗いから出て、試合会場を出ようとすると見覚えのある後ろ姿があった。

その隣の背中にも何となく既視感を覚えつつも、私はヒロくんの名前を呼ぶ。

ヒロくんと、そして遅れてカズヤと視線がぶつかった。

302 : 以下、名... - 2015/07/04 07:58:30.81 6Mw8CAQTO 229/597

予想外の事態に、私は戸惑いよりも先に逃げ道を見つけた。たぶん、今までの男からもそうやって逃げてきたみたいに、本能的に、反射的に。

「初めまして」

その言葉を聞いた彼は、落ち込んだような、何かを察したような、今までに見たことがないような顔で返事をくれた。

ヒロくんに一言残すと、カズヤは走ってその場を去る。

普通、罪悪感を覚えるべきなんだろうね、こういう時って。でも、私の感情は違った。

安心とか落ち着いたとか、そんなもの。

カズヤとの過去を暴露されなくて良かったとか、あの様子なら今後もカズヤからはバレないだろうな、とか。

クズだなぁって自分でも思うけど、私は自分のことしか考えられない人種なんだ。

304 : 以下、名... - 2015/07/08 00:00:40.47 7GNP2RSHO 230/597

ヒロくんも良いようにカズヤが気を使ったと勘違いしてくれたし、一難去ったと思えば試合の話になってしまった。当然って言えば当然なんだろうけど。

試合を全く見ていない私には、差し当たりの無さそうな返事しかできない。

サッカーについて素人だってことは彼も知ってるから、特に何も突っ込まれることはなかったけど、危ない危ない。

ほっとしたのも束の間、今度はヒロくんの妹さんが現れた。

私の顔を見て、見覚えがあると言った彼女に、ヒロくんは似ている有名人としてお姉ちゃんの名前をあげた。

そう、私はお姉ちゃんに似ている。言うなれば劣化版お姉ちゃん。

私の唯一の長所である外見は、お姉ちゃんに似てはいるけど、それは私にとっては決して誉め言葉ではない。

似ているっていうのは、敵わないっていうのにも同義語だから。

306 : 以下、名... - 2015/07/11 17:35:46.74 p9wdiOuPO 231/597

とはいえ、そんなことで落ち込んでいるわけにもいかなくて、私は何ともないフリをして相手を続ける。

妹さんが去った後も、今後の試合の予定とか、私の気なんて知らずに「あいつ、カズって言うんだけど、すげぇ良いやつだからさ。もしまた見に来てくれるなら仲良くしてやってよ」なんて言うヒロくんを見ると、果たして彼は私のどこに好意を持ってくれたのか疑問になる。

やっぱり、顔? 外見?

そんなことを考える自分が嫌になるのと同時に、不安にもなる。

私の存在を認めてくれる人は、そしてそれを証明する魅力って、結局お姉ちゃんよりは劣っている容姿なのかな。

答のでない疑問だってことは自分でも分かってるんだけど、それでもまた考え始めてしまう。こういうのをドツボっていうのかな。

ヒロくんの話は少しずつ、少しずつ、私の頭の中を通り抜けていった。

307 : 以下、名... - 2015/07/11 18:01:26.01 p9wdiOuPO 232/597

あの日以降、私はヒロくんやカズヤたちの試合を見に行っていない。

カズヤにまた会うと気まずいって言うのが主な理由なんだけど、ヒロくんが何も言って来ないあたり、やっぱりカズヤは私たちの関係を黙っているのかな。

まあ、先輩にわざわざ話すようなことでもないだろうしね。

ヒロくんとはたまに遊んだり、連絡を取ったり。付き合ってはないけど、そろそろかなっていうのがずっと続いて、おあずけをくらってる感じ。

サッカーが楽しいのかな、彼から来る内容は試合の結果とか、デートのお誘いかのどっちかのことが多いし。

天皇杯? って言うんだったっけ? 大会で勝ち進んでるからそれで忙しいのかな。サッカーって、彼女とか恋愛とかより大事なんだろうか。私にはその感覚は分からないけど。

308 : 以下、名... - 2015/07/14 01:03:12.02 cIinTDeEO 233/597

恋愛中毒の私には、私を魅力的だと証明してくれる男が欲しかった。

だから、結局ヒロくんと仲良くなっても恋人にはなってない以上、私を求めてくれる男と早く関係を持ち続けていた。

それはやっぱりナンパしてきた男とか、他の合コンで知り合った男とか。

世の中、好きな人としかヤりたくないって言う人もいるみたいだけど、私にしてみると、そんな精神的なことなんて何一つ関係がない。

事をする最大の理由は、どんな理由であれ私を求めていることがハッキリと分かるから。

だから、私を求めてくれないヒロくんに対してフラストレーションがたまる。そして、私を求めようとしないからこそ、ムキになって彼に自分を求めさせようとしてしまうんだ。

310 : 以下、名... - 2015/07/15 02:06:38.67 skdfcM0BO 234/597

そんな風に、どうやってヒロくんを最後まで追いつめるか悩んでいると、彼からメッセージが届いた。

内容は「試合に勝ったから、次は決勝戦。よかったら応援に来てね」というものだった。

彼からストレートに見に来てほしいって言われたのは、あの日以降では初めてだった。だからこそ、私も行かずに済んだっていうのもあるんだけど。

カズヤに会うリスクはあるけれど、ここで行くと言えば彼は私を求めてくれるのだろうか。

悩んでも答はでなくて、「考えておくね」と先延ばしにするだけの返事をしておいた。どうせ、そんな答なんて延ばしたところで決められないくせにね。

316 : 以下、名... - 2015/07/17 20:44:07.42 vgHRq+VQO 235/597

試合の日が近づいてきても、私は行くか行かないかを決めかねていた。考えておくって返事をした時点で、こうなることは分かっていたんだけどね。

繰り返すと、私はサッカーに興味はない。

でも、ヒロくんを落とさないことには、私の自尊心であったり欲であったりを満たすことは出来なくて。試合の応援にいくということが、その欲を満たすうえでマイナスになることは、きっとないはず。

うーん、どうしよう。

めんどくさいな、でも行ったらヒロくんも私のものになってくれるのかな。

悩んで悩んで、私は結論を出した。

晴れてたら、行かない。日焼けしちゃうから。でも、そうじゃなければ。

うん、そうしよう。

317 : 以下、名... - 2015/07/17 20:53:55.22 vgHRq+VQO 236/597

雨の降るなか、私は新しく買った傘で雨を防ぎながらサッカー場に来た。

甲斐甲斐しいわね、私も。

正直かなり面倒だったけど、一度決めたことだったし、梅雨に備えて買った新しい傘がお気に入りだったっていう理由で私はここまで来た。

前回は試合を全く見ずにヒロくんと話して、試合についての会話でちぐはぐになってしまったのが自分でも分かったから、少しは真面目に試合を見ようと後半が始まるくらいには到着した。

スタンドに着いて、雨の当たらない一番後ろのベンチに座る。ないとは思うけど、カズヤに気づかれたくないし。

何列か前には、やたらし集中して見てる女の子がいた。前もいた子かな? この雨のなか、やたら可愛い帽子を被っている。

ちょうどハーフタイムが終わって、選手たちがグラウンドに散らばろうとするところだった。ヒロくんは……いた。カズヤと並んで入ってきてる。

この間も一緒にいたし、やっぱり仲は良いのかな。私としては複雑だけど。

318 : 以下、名... - 2015/07/17 21:05:19.91 vgHRq+VQO 237/597

スコアボードを見て、現時点でヒロくんのチームが負けているのは分かった。

でも、素人の私が見ても、何となくヒロくんたちの方がボールを持っている時間が長かったり、相手陣地で試合を進めているように感じられた。でも、負けてるってことはやっぱりそういうわけでもない?

ただ、カズヤがボールを触る機会が多いのは、私が知り合いだからとかそんなのを抜いたもしても、はっきりと分かった。

知り合いが試合に関わる時間が長いからか、以前のように携帯を触ることもなく、試合を何となくぼーっと眺めている。

シュートを打ってもなかなかゴールとはならなくて、面白いとはあんまり感じないんだけどね。

素人には、サッカーの試合時間はあまりに長すぎる。カズヤはボールを持ってもすぐにパスだし、ヒロくんもあまり関わりはしない。

だんだ飽きそうになってきた頃、ヒロくんがびゅーんって擬音が聞こえてきそうな速いパスをカズヤに送った。

うわっ、すごい、何かちょっとかっこいい。

320 : 以下、名... - 2015/07/19 01:56:51.03 z30WjSjSO 238/597

走り抜けてそのパスを受けたカズヤは、仲間選手にぴったり合う浮き球を返した。

そして、それを止めることなく放たれたシュートはネットを揺らした。

何がとか技術的なこととか、具体的なことは分からないけど、凄いゴールだってことだけは私にも分かった。少ないとはいえ、観客も湧いてるしね。

グラウンドの上の選手たちは喜んで走り回っているんだけど、最後のパスを出したカズヤは少しゆっくりと顔をあげて、こちらを向いた。

何となく、見つけられたくなくて私は俯き気味になって彼の様子を見る。何を見てるんだろ、時計?

分からないけど、何だか遠目に見て満足気なのは雰囲気で分かった。動転に追い付いたから……なのかな。

321 : 以下、名... - 2015/07/20 02:31:47.09 /U0GFcCUO 239/597

試合が再開すると、それまで以上にヒロくんチームは相手チームを攻め立て始めた。

カズヤがその攻撃の中心となっていて、自然と私の目はそこに惹き付けられる。

全然近くからではない。遠くから、サッカーをしているカズヤをただ眺めているだけ。

それなのに、私には何となく確信を抱いていて。彼はきっと、輝いた目をしている。

付き合う前や、付き合い始めたばかりの頃、私が好きだったものだ。

懐かしくて、でも、それはもう私が近くで見ることができないとも分かっている寂しさもあって。

自分から手放した彼が、何だか惜しくも思えてしまう。

322 : 以下、名... - 2015/07/20 02:45:27.06 /U0GFcCUO 240/597

カズヤがパスを受けると、急にドリブルを開始した。

相手を抜こうとして、見事にそれは現実のものとなって。

サッカーなんか全然わからないけど、カズヤのそれは私を……ううん、たぶん、カズヤのチームを応援する人たちみんなを魅了している。

応援したくなるって気持ちだけじゃなくて、何て言えばいいか分からないんだけど。ほら、アイドルは歌とダンスが上手くなくても人気な子がいるみたいっていうか。

スター性? それも違う気がするけど、とにかく目を離させてくれない。

初めて試合を見に来た日には全然試合を見てなかったから気づかなかったけど、誰もがカズヤに目を向けてしまうような。そんな雰囲気を、今のカズヤは持っている。

323 : 以下、名... - 2015/07/20 03:18:29.00 /U0GFcCUO 241/597

相手陣地に切り込んで行くその姿を、目で追いかける。

この間まで私のものだったはずのカズヤは、私の手から逃げていくように走っている。手放したのは、私からだったはずなのに。

彼が蹴った強いボールはそのまま相手選手にぶつかって、ゴールへ転がって入った。

前の席に座っている女の子は、立ち上がって声をあげた。応援団も、カズヤの名前を叫んでいる。

喜びを爆発させるカズヤとヒロくんは、何だか本当に血の繋がった兄弟みたいに見える。

……今日はヒロくんのために来たはずなのに、カズヤばかりを追いかけてた。

そんな現実に気づいて、少し呆然としてしまったり。ヒロくんを落とすために来たはずなのに、今、私はそれ以上にカズヤに魅力を感じてしまっている。

頭を軽く横に振って、その考えを消し飛ばそうとする。

私はヒロくんのために来た。カズヤのことなんか、惜しくも何とも無い、ただの元カレ。今までに捨てるように別れてきた男たちと同じで、私を幸せにしてくれる男ではなかった。

何度も何度も繰り返して言い聞かせていると、試合再開に向けてポジションに戻ろうとするカズヤがまたこちらに目を向けた。

見ちゃダメだって、また俯く。なのに、私の目はしっかりと彼を視界の端に捉えてしまっている。彼は自分の頭のあたりを指さして、ガッツポーズを見せてきた。

324 : 以下、名... - 2015/07/20 03:31:00.98 /U0GFcCUO 242/597

あっ、帽子?

他の人は分からなかったかもしれないけど、最後列に座っていた私には何となく彼が意味していることは分かった。

私のちょっと前に座っている女の子の帽子について、カズヤはアピールをしている。

何、あの子がカズヤの新しい女なの?

ヒロくんを目当てで来たはずなのに、昔の男のことで嫉妬みたいな……いや、みたいなじゃない。これは嫉妬だ。

私より前にいるから顔も見えないし、二人がどんな関係かも分からないけど。それでも、私は何だか二人が仲が良いってことが分かっただけでも、モヤモヤした気持ちになってしまう。

自分から離れていったはずなのにね。

そんな気持ちで心の中が埋まっていると、試合は終わってカズヤ、ヒロくんたちのチームは優勝していた。

325 : 以下、名... - 2015/07/20 03:40:28.20 /U0GFcCUO 243/597

試合が終わると、カズヤがスタンドに近づいてきた。

私の前に座っていた女の子は、スタンドの最前列まで小走りで向かっていった。その初々しさが、何だか私には眩しすぎる。

カズヤは、もう私なんか眼中に入りすらしないことは分かっていても、やっぱり気づかれるのも何だかなぁって気が少しはしていて、背中を向けて帰り支度をするフリをする。

スタンドの最前列とはいえ、グラウンドとは結構高さが違うから、カズヤの声も彼女の声も気持ち大きめになっていて、その会話は私にも筒抜けだった。

少女漫画でも無さそうな、思春期みたいな青春みたいな会話が私の耳に入ってくる。

被ってくれたんだ、って……あの帽子はやっぱりカズヤからのプレゼントなんだ。

かっこよかったなんて、言わなくても分かるでしょ?

一々そんな風に考える私もその度に何だかイライラしてしまって、もう耐えられない。

最初はヒロくんに声をかけて行こうと思っていたはずなのに、二人の会話を耳にしたくなくて、誰にも気づかれないように私は足早に会場から去っていった。

328 : 以下、名... - 2015/07/20 16:57:32.73 /U0GFcCUO 244/597

試合、実は見に行ってたんだ。おめでとう、かっこよかったよ!

そんなメールすら送れないまま、日々は過ぎていく。

私の頭の中を埋めているのは、ヒロくんじゃなくてカズヤになっていた。

私と付き合っているときには見せなかったような初々しさで、あんなに輝いていた。私が今、どんなにワガママな感情を抱いているかは、自分が一番理解できているつもりだ。

それでも、私はカズヤが私から離れて他の女に向かっていくのが何だか辛い。寂しい。

329 : 以下、名... - 2015/07/20 17:09:31.36 /U0GFcCUO 245/597

ある意味、否定を目の前で見せつけられたからなのかな。

私が良い女じゃないから、執着せずに次の女に向かわれてるっていうか。

少なくともカズヤの様子からは、私のことなんか微塵も引きずって無さそうに見えた。まるで、お姉ちゃんだけじゃなく、あの子の方が私よりずっと良い女だってみたいに。

ううん、そんなことはないはず。

自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返す。

あの子を好きになったのは、私と会ってないから。話してないから。私と会えば、カズヤはあの子より私を好きになるはず。間違いない。そうだ、そうだよ、会えば良いんだよ。そうすれば、カズヤだって昔みたいに私を求めてくれるんだ。

そんな名案に気がつくと、私は充電器に繋いでいた携帯電話を手に取った。

330 : 以下、名... - 2015/07/20 17:25:10.03 /U0GFcCUO 246/597

携帯電話に映った番号は、登録されてないものだった。

誰だろう……見覚えのある番号だから、今までに繋がりのあった誰かだとは思うんだけど。

僕は連絡を取らなくなった人とか、会わなくなった人のアドレスとか電話番号を時々整理している。だから、たまに誰か分からない人から電話がかかってくると困るんだよね。

消さない方がいいのかもしれないけど、それは何だか邪魔くさくて結局消してしまうのはやめられない。

とりあえず、電話を受けて声で確認しよう。

スマホの液晶をスライドさせて、電話を受ける。

「もしもし?」

『もしもし、カズヤ? 久しぶりね』

331 : 以下、名... - 2015/07/21 01:17:15.66 sCqTtZOhO 247/597

「……サキ?」

まさかと思いながらも、僕はその声にはっきりと聞き覚えがあった。

「そうだよ。え、分からなかった? 番号変えてないんだけどなー」

フラレて体調を崩した後、僕は色んな未練を断ち切るためにサキの連絡先であったり、写真であったりを全部消してしまった。女々しいって言われたらそれまでだけど、あの頃の僕にはそうすることでしか諦める方法がないように思えたから。

それからはサキから連絡が来ることもなかったし、彼女からコンタクトをとってくるなんてことは考えもしなかった。

だから、何て反応して良いか分からなくて。

「この間、試合を見に行ったんだ」

この間……予選の初戦のこと? それならあまりに今更過ぎるし、それがどうしたというのだろう。

僕にはサキの意図が分からなくて、彼女の言葉と何の脈絡もないって分かっているけど、問いかけてみる。

「何? 今更何の用? 何で電話してきたの?」

言葉がキツくなってしまうのは、きっと僕がまだまだ子供だからなんだろうけど。

333 : 以下、名... - 2015/07/21 18:14:25.32 sCqTtZOhO 248/597

「カズヤがさ、凄い勢いでドリブルしていって、ゴールが入ってっていうのを見て。かっこよかったよ」

「いや、だから、何? どうした?」

まさか、そんな感想を言うためにわざわざ電話をしてきたのだろうか。

「ああ、ありがとう。それだけ? 切るよ?」

僕からサキに話すことは、何一つない。

ヒロさんと付き合うなら、どうぞご自由にって感じだし。

「待って、違う、違うの」

「じゃあ何?」

違うって言ったって、僕からサキへ用事がないように、逆だって全く無いように思える。あの「初めまして」以外、僕たちは別れて以降何の関わりもなかったはずだ。

335 : 以下、名... - 2015/07/21 21:17:43.17 z/J1ilaz0 249/597

「あのね、相談したいことがあるの」

「そんなのヒロさんに聞いてもらいなよ」

「ダメなの、ヒロくんじゃ。カズヤじゃないとダメなの」

「何でだよ。それなら他の友達でも良いじゃん。悪いけど、他をあたってよ」

冷たいとかキツイとか思われても、それが当然ってものじゃないだろうか。僕だっていいように傷つけられたのに、何で僕がサキの相談なんかに乗ってあげないといけないんだろうか。僕は仏じゃなければ、今や都合の良い男でもない。

「ヒロくんのことなの」

小さく、彼女は呟いた。

「えっ」

「ヒロくんのことで、相談したい事があるの」

「だから、それなら 僕じゃなくて……」

「ううん、カズヤじゃないとダメなの。カズヤが一番、ヒロくんのことを分かってるでしょ?」

336 : 以下、名... - 2015/07/21 21:34:19.87 z/J1ilaz0 250/597

そんなことを言われると、すぐに否定の言葉が出てこない。

尊敬して憧れる先輩との仲をそんな風に言われると、あまり強く否定することもできなくて。

「カズヤ達にもそういう風なのか分からないけどね、ヒロくん最近元気がないの」

それには、僕にも思い当たる節があった。

元気がないっていうか、明らかに僕との距離を掴み損ねている感じ。それは、僕に限った話じゃないんだろうか。

「カズヤ、何か知らない?」

「……」

頭に浮かんできたのは、ミユとの一件だった。

練習にも来なくなったミユを心配しているのかもしれないし、もしかしたら決勝戦後、スタンドで起きた出来事を見かけていたのかもしれない。

「……分からない」

僕に返せる言葉はそれだけだった。

「そっか……」

「それだけ? 悪いけど、その件に関してなら力になれないから、もう切るよ」

ていうか、むしろ僕が聞きたいくらいだし。ヒロさんは、何があってあんなに変に気を使うようになってしまったんだろう。

「続きがあるの」

「はっ?」

まだあるの?

「私ね、ヒロくんに乱暴されてるの」

338 : 以下、名... - 2015/07/22 01:14:06.27 yJ/fp1eL0 251/597

「はっ?」

何を言ってるんだ、こいつは。

「ヒロくんさ、何でか分からないけどストレスがたまってるみたいで……。この間、遊んだ時にさ」

「いやいやいやいや、待てって。乱暴されたって、何、ヒロさんに?」

まさか、ヒロさんがそんなことをするはずが無い。

「そうだよ……って、言ってるじゃない」

「嘘はやめろよ」

「嘘じゃないの……本当に……ひっく……」

電話越しに聞こえてきたのは泣き声。いや、嘘泣きなんだろうけどさ。

「あのさ、何、騙して楽しい?」

苛立ちを募らせながら、僕は彼女を責め立てるように言葉を続ける。

「僕がヒロさんよりサキを信じると思う? 自分が何をしてきたか考えなよ」

340 : 以下、名... - 2015/07/22 01:51:35.41 GNzcOGtaO 252/597

「何で、信じて……ひっく、くれないのぉ……」

「信じられるような情報もないし、ヒロさんはそんなことする人じゃないから」

少なくとも、僕にとっては『ヒロさんがサキに乱暴をする』ことと、『サキが嘘をついていること』では、後者の方があり得ることに思える。

「何でよぉ……ひっく、私が、こんなことで嘘をついて、何の、得になるって……」

「知らないよ。でも、悪いけどそういうことだから」

これ以上話を聞くつもりにはなれなくて、僕は電話を切って、そのまま電源も落とした。

急に連絡を寄越してきたと思ったら、一体どうしたっていうんだろう。ただでさえ、ヒロさんとの間に微妙な空気が流れているし、試合も近いというのに、余計な茶々を入れないでほしい。

もしかして、以前受信したメールもサキからだったのだろうか。

添付されていた画像を見て、誰が送ってきたのか、何で送ってきたのかは分からないけど、悪意だけは明確に察知できた。

使い捨てのフリーアドレスだったから、誰からのものなのかは分からなくて、それが尚更不気味さを際立たせてもいた。

「最近、何かおかしいよなぁ」

まるで、呪われているみたいに。

とはいえ、呪われていようがそうでなかろうが日々は過ぎて、試合も近づいてくる。

勝とう。まずはそこからだ。ここまで他のことで呪われているなら、サッカーでくらいは良いことがあってほしい。

342 : 以下、名... - 2015/07/23 01:55:50.09 SpZY+tPzO 253/597

カズヤに失望されようと、人の彼氏と寝やがってと罵られても仕事は毎日やって来る。

ネオン街の風俗やらキャバクラやらが集まったビルに、いつもより浮かない顔で今日も向かう。

仕事、嫌だなぁ。

働きたくないっていうよりは、外に出たくないっていうか、人と顔を会わせたくないっていうか。

ビルの汚いエレベーターに乗って、自分のお店へと近づいていく。

カズヤは初めてここに来たとき、どんな気持ちでこのエレベーターに乗ったんだろう。

ふと、そんなことを気にしてしまった。「今から風俗で遊んでやるぜー」なのか、それとも「緊張するなぁ」なのか、それとも別のものなのか。

343 : 以下、名... - 2015/07/24 00:44:52.06 K184yFPx0 254/597

「おはようございまーす」

スタッフに挨拶をしながら開店前の店内に入っていく。

女の子の待合室の中には、うちのお店の中では数少ない、私より歴が長い先輩がすでに到着していた。珍しいなぁ、いつもは私が一番なのに。

「おはよう」

「あっ、おはようございます」

挨拶を返すと、彼女は私に問いかけてきた。

「珍しいわね、私の方が早いなんて。今日はゆっくりしてきたの?」

「ゆっくり、というか……」

スタンドでの出来事を考えると、夜に眠れなくなってしまったから寝坊しちゃったんだけどね。

それを言うのも何だか躊躇われて、私は言葉を濁す。

「いや、そうですね。ちょっとゆっくり……」

「そう。何だか目も充血してるし、大丈夫? 体調悪いなら休みなよ」 

344 : 以下、名... - 2015/07/25 13:52:26.31 O+2Sx6myO 255/597

「……そんなにですか?」

「うん、めちゃくちゃ目が腫れてるし。何、辛いことあった?」

「辛いこと、なのかな……」

辛いこと。

あれを辛いことと言っていいのか、私には分からなかった。だって、あれは自業自得でしかないわけだし。

私がホストにはまっていなければ、あんなことは起きなかった。カズヤっていうお客さんとこそこそ会わなければ、競技場にも行ってなかった。

そういえば、と考えを巡らせる。

彼女も以前、お客さんと付き合っていたことがあったと噂で聞いたことがある。スタッフには秘密にしていたけど、女の子同士ではそういうことって何となく広がっていくものだ。

今日はまだ、スタッフもそんなに出勤していなくて店の前に立っていた一人だけのはずだ。

私は彼女に少し近づき、小声で問いかける。

「あの、ちょっと聞きたいんですけど……」

「私に? 何?」

「あの、昔お客さんとお付き合いしてたって、本当ですか?」

345 : 以下、名... - 2015/07/25 13:59:53.66 O+2Sx6myO 256/597

「……私?」

彼女は目を大きくさせながら、問い返してきた。

「はい、噂で聞いて……」

「それは何、興味本意で聞いてるの? それとも、あなたがそういう状況だから?」

「付き合って、ではないんですけど……」

言葉を濁すことしか、私にはできなかった。

「お客さんのこと、好きになっちゃった?」

その質問には答えずに、答えられずに、私は彼女の目を見つめる。

彼女も何かを察したように私を見返し、小さく呟いた。

「野次馬根性、ってわけではないみたいね……」

「えっ?」

「ううん、その通りよ。そういう時も、私にはあったわ。噂で聞いた子によく尋ねられるけど、興味本意の子には話しても楽しい話じゃないからね」

「あっ……ごめんなさい」

失礼な質問を直球で投げ掛けた自覚はあるんだけど、彼女の場合はどうだったのか。

「ううん、いいわ。今落ち込んでるのは、それが原因?」

346 : 以下、名... - 2015/07/25 14:09:33.06 O+2Sx6myO 257/597

「何かされたとか、言われたとかじゃないんですけど……。ただ、ちょっと何て言うか……自分でもどうしたら良いか分からないんです」

「だから、私を参考に?」

それには、私は頷きで返す。

「変わってるのね。普通、そういうことって隠そうとするものじゃない? 一応、禁止されてるわけだし」

「どうせいつかは噂になるなら、変わらないじゃないですか」

本当は、彼女の今までの問いかけから、きっと他の女の子には話さないだろうって思ったのと、藁にもすがる気持ちだからっていうのがあるんだけど。

「あはは、確かにね。私もそうだったし」

ふぅ、と一息ついて、彼女は言った。

「良いわ、話してあげる。でもあくまでこれは、私の場合だからね」

347 : 以下、名... - 2015/07/25 14:20:53.51 O+2Sx6myO 258/597

ちょうど一年前くらいかな、たまに来るお客さんがいたの。

顔も悪くないし、話も面白かったし、ある日こそっと連絡先を書いた紙を渡して、それからお店の外でも会うようになったのね。

『その時からもう好きだったんですか?』

うーん、どうなんだろうね。でも、嫌いじゃなかったし、もしかしたら好きだったのかも。

それで、一ヶ月くらい経ったときかな、彼に付き合って欲しいって言われて。

まあ、悪くないしいいやって軽い気持ちで始めたの。軽い気持ちでね。

『罪悪感とかは……』

何に対する?

あ、お店のルール? 無いわけじゃないけど、あんなのって形式だけみたいなものだから。

好きでもないお客さんから言い寄られたときの逃げ道っていうか……私だって嫌いじゃないんだから、いいやって思ったのね。

349 : 以下、名... - 2015/08/03 00:29:48.04 fxFr4Mck0 259/597

で、付き合い始めたわけだけど。

噂で聞いてるかな、私を可愛がってくれていた彼が、彼氏彼女っていう立場になったら変わっちゃったのね。

浮気されたり、体ばかりを求められたり。

普通にデートすることなんて、すぐになくなちゃった。

でもね、それをやめてほしいって言っても、『お前だって仕事で他の男とヤッてんだろ』って言われたら、私は何も返せなかったの。

最後までヤッてるわけじゃなくても、もう同じことだって。

それで、衝突とか喧嘩とか増えちゃって、彼も元々遊び好きな人だったみたいだから、やめさせることもできなくて。

『お前に仕事を辞めろとは言わないけど、お前が他のやつとヤッてるんだから俺もヤる』ってね。

そういうのに疲れちゃって、別れちゃった。

……私の話は、こんなところ。知ってることばかりだったらごめんね。

351 : 以下、名... - 2015/08/06 23:28:23.83 8uj0gQGD0 260/597

彼女の締めの言葉に、私は首を横に振って返事をする。

「いえ……あの、ありがとうございます。話しづらいこと、話してくれて」

「良いのよ、別に。参考にならなさそうなことでごめんね」

ただ、と続けた言葉に耳を傾ける。

「やっぱり経験者からは、それは推奨はできないわね」

それ、つまりカズヤとのこと。

「こういうお店に来てる時点でさ、人への愛情とか純情さとか、そういうのが無くてもヤレる人だってことだしね」

少し哀しそうに、彼女は呟いた。

風俗は金銭と行為の交換で、つまりカズヤも好きな人じゃなくてもヤりたいからここに来たってこと。

いや、まぁ実際にするわけじゃないんだけど、それは大した問題じゃない。

「止めろとは言わないわ。どの口がって話だし。あとは、あなたが決めることだから」

そう言って、彼女は立ち上がって「お手洗い行ってくるね~」と扉を開けた。

あとは私が決めること。決断力の無い、この私が。

353 : 以下、名... - 2015/08/07 01:43:28.21 SRvbt6Nd0 261/597

私が決めるべきことは、一体何なんだろう。

今は、それすら分からなくなりつつある。

カズヤとのことを決めるのか、今の自分を変えることなのか。

そもそも、私は彼のことを好きなのか、そうじゃないのか。

もちろん、人としては好き。そうじゃないと、わざわざ試合を見に行ったりなんかしない。

とはいえ、明らかに彼を「好き」だと認識しているにも関わらず、アキラに会ってしまう自分もいる。

アキラとは付き合っているわけではないから浮気とか二股ではないんだけど、じゃあ私は誰に対して愛情とか純粋さを抱いているんだろう。

私は何が好きで、誰を愛して、何に救いを求めているんだろう。カズヤとの関係性の終着点に、何を求めているんだろう。

疑問だけが頭の中をいったりきたりするうちに、私を呼ぶスタッフの声が聞こえてきた。

こんな状況でも、私は愛情もなく男と行為を行う。

それが私の、今のお仕事だから。

355 : 以下、名... - 2015/08/09 14:36:40.13 T9mS6dSv0 262/597

決めるって何を?

その疑問に決着をつけられないまま、夏は通り過ぎていく。

天皇杯初戦は8月の終わりに決まった。会場は予選の決勝と同じ会場だから、見に行こうと思えば行ける場所だ。

とはいえ、行くかどうかは未定。私が行くことで、カズヤに迷惑をかけちゃいそうだし。

世間は夏休みに浮かれているけど、私はそんな気持ちにもなれなくて。

例えば、本当に、例えばの話。

カズヤが私のことを、女として好きでいてくれたとしよう。そして私も、カズヤのことを男として好きだとしよう。

だとしたら、私はどうすることが正解なんだろうか。

っていうか、正解なんてあるのかな。

現状のぬるま湯を抜け出したいとは前々から思っていたけど、だったらどうすれば抜けることができるのか。

色んな事が分からないまま、私は仕事と家の往復に日々を費やす。

356 : 以下、名... - 2015/08/09 14:49:33.77 T9mS6dSv0 263/597

アキラにも、もう会いに行く気にはなれなかった。

少なくとも、彼に会うということが「正しいこと」ではないということくらいは、私にも分かったから。

アキラに貢がないとなると、手元にはお金が残っていく。

使い道、他に無かったしね。貢ぐ以外にもアキラに会いに行くために服とか買ってたけど、それももうないし。

家に帰ってテレビをつけると、アジアの大会に出ているサッカー日本代表がニュースに映っていた。

いつかカズヤとお店で話した選手、シンヤが負け試合で一人気を吐いてゴールを決めたところを繰り返し流している。

この冬、ヨーロッパのチームに移籍するのではないかと噂されているらしい。

やっぱり私には遠い世界の話なんだけど、今となっては彼と同じくらい、私にはカズヤも遠い存在に思えてきた。

日本代表のニュースが終わると、私は台所に向かって夜食を作り始める。

料理は嫌いじゃない。自炊すると好きな味付けにできるし、何となく、料理が得意な女って響きが可愛い気がするし。

まあ、それでモテたことなんて一度も無いんだけど。

自虐を心の中で入れながら、私はニュースを流し聞きして包丁を手にした。

357 : 以下、名... - 2015/08/11 00:57:19.64 K4Rkc1Ey0 264/597

お盆を過ぎると、いよいよ天皇杯が間近に迫ってくる。

応援に行きたいという気持ちと、私が行ったらまた迷惑をかけるのではって気持ちと、まだ決着はつけられていない。

そもそも、カズヤは私に会いたくないんだろうし。

あれ以来、お店にも来てないし。

そこまで考えて、私は何だか申し訳ない気持ちになる。

カズヤは今までに体も行為もしていないのに、お金を払って私に会いに来てくれて、プレゼントの帽子まで買って来てくれていた。

それなのに、私は彼に何をしてあげたんだろう。

試合後の疲れた体に、トラブルに巻き込んじゃって。

やっぱり、行かない方が良いのかな。

そこまでは何度も考えるんだけど、だからって行かないという決断もできない。

誰かがどっちかに、背中を押してくれたら良いのに。

そんな都合のいいこと、ありえない話なのにね。

考えても仕方ないから、私は久しぶりに買い物に出かけることにした。

まだ暑いけど、秋物の服も並んでいるだろうし。

358 : 以下、名... - 2015/08/12 00:18:44.18 pbswcPqb0 265/597

ショッピングモールをしばらくうろうろしてみても、欲しい服は見つからなかった。

前だったら、アキラが好きそうな女の子の服を買い漁っていたんだけど、今はそれをする気になれないし。

カズヤはどんな服の子が好きなんだろう、あの美人さんが着てたみたいな服?

そんなことを考えても、答を誰かが教えてくれるわけでもなく、空しい気持ちになるだけ。
  
結局、私は荷物を何も増やさずにショッピングモールから出ることになった。

はぁ、何しに来たんだろ、私。

そのまま帰るか悩んだけど、それも何だか寂しい気がする。

少し歩いてみようかな、まだ夕方だし。

蒸し暑さはあるけど、曇っているから日差しはあまりきつくない。家と仕事の往復ばかりで不健康な生活を過ごしていたし、たまにはそんなのも悪くないかもしれない。

一歩、踏み出してみる。

うん、何かちょっと良いかもしれない。

私はあてもなく、そのまま歩き続ける。どこまで行くかも決めてないけど、何かちょっと楽しくなってきた。

359 : 以下、名... - 2015/08/12 00:27:25.42 pbswcPqb0 266/597

気づくと私は、来たことも無いような場所まで来ていた。

周りも暗くなってきているし、そろそろ潮時かもしれない。

良い運動になった……って思うあたり、私もだいぶ変わってしまったのかな。たぶん、カズヤのせい……おかげ、なんだけど。

どうせだから、初めて来た場所で、初めて行くお店でご飯を食べてから帰ろうかな。 

適当にお店を探しながらうろついていると、何だか落ち着いていて雰囲気の良いお店を見つけた。

個人経営みたいな、小さいお店だけど、それがお洒落でちょっと可愛い。

うん、決めた、ここにしよう。

入口のドアを開けると、店員さんが私を席に案内してくれた。 
 
……あれ、この人、どこかで見た気がするんだけどな。どこだろ、思いだせないや。

360 : 以下、名... - 2015/08/12 00:43:49.73 pbswcPqb0 267/597

夕飯には微妙に早い時間だからか、今はお客さんは私しかいない。

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」

その声の響きも、聞いたことがあるような、ないような。

……ダメだ、思いだせない。

モヤモヤしながらも、それを考えるのを一旦止める。

混雑する時間になる前に注文して、迷惑にならないうちに帰ろう。

気持ちを切り替えてメニューを見てみると、洋食のセットが並んでいた。

うーん、どれにしようかな。悩む。

早く注文しようとは思っていたけど、こういう時、私は優柔不断なんだよね。

どうしよう。

そうやってメニューとにらめっこをしていると、ドアの開く音がした。

チラッとそちらに視線だけ向けると、私はその顔に思わず声を漏らす。

362 : 以下、名... - 2015/08/12 23:28:46.84 acjohj4zO 268/597

「あっ」

その声に、彼はこちらを一瞥した。

「あれっ、カズの……」

「こんばんは」

ぺこり、と頭を下げた私に、彼は言葉を続ける。

「俺、分かる? カズのチームメイトなんだけど……」

「もちろん、オオタさん……ですよね?」

「あっ、分かるんだ、凄いね、あの一瞬で」

それはお互い様というものではないだろうか。私がカズヤの知り合い……なのかは分からないけど、そうだって分かるあたり、彼の記憶力も凄いと思う。

「いえ、あの、その前にも試合を見に行ったことがあって、上手いなぁと思って」

「そう? ありがとう。今日は一人?」

「あ、はい。散歩してたらお腹が空いちゃって。オオタさんも一人、ですか?」

363 : 以下、名... - 2015/08/16 23:34:28.08 9TKtd2wF0 269/597

「あー、うん。恥ずかしいんだけどね、練習が終わって誰も捕まえられなかったから、今日は一人」

そうなんだ。カズヤはオオタさんのことを慕っていたのに、都合が悪かったのかな。まあ、私が口出しすることじゃないか。

なるほど、と私が言葉を漏らすと、彼は私に問うてきた。

「えーと……ごめん、名前を聞いても?」

「あ、えっと……」

何て言えば良いんだろ、本名……は、カズヤも知らないのにオオタさんに先に教えるのも何か変な感じかな。

「ゆう、って呼んでください。そう呼ばれることが多いので」

源氏名なんですけどね、とはもちろん言えなくて。

「了解ですっ。えっと、俺はオオタで間違ってはないんだけど……ヒロって呼んでもらえたら。カズもそう呼んでるからさ」

「あっ、はい。ヒロさん、ですね」

「申し訳ないんだけどさ、俺、一人だからさ。もし嫌じゃなかったら、ご一緒させてもらっても良いかな? あっ、カズに申し訳ないとかなら全然断ってくれていいから!」

とは言われれても、私がオオタさん……ヒロさんとご飯を食べることには特に問題はない。むしろ、カズヤのことを聞いてみたいし。

もちろん、と返事をしようとしたところで、店員さんがやっとヒロさんの案内にやって来た。

店員さんは、ヒロさんの顔を見ると驚いたように目を大きくし、彼に声をかける。

「オオタくん?」

「えっ、あれっ、もしかして……」

どうしたんだろう、お知り合いなのかな。

365 : 以下、名... - 2015/08/18 01:36:17.64 AcvpZ/Qz0 270/597

「キックスのキャプテンの……」

「こんばんは……というよりは、いらっしゃいませ、なのかな」

挨拶をする名札には、YAGISAWAと書かれていた。

キックスといえば、この間の試合でカズヤやオオタさんが試合をした相手のはずだよね。だから見覚えがあったんだ。

「ヤギサワさん……の、お店なんですか?」

ヒロさんが驚いたように問いかけると、彼は笑いながらそれを否定する。

「いやいや、奥さんの実家の店なんだけど、今日はちょっと手伝いにね。えっと、彼女は……お連れの方?」

「えっと……カズ、うちのサイドバックやってたあいつの……」

「彼女?」

いやらしさも無く、というか単純な疑問のように、ヤギサワさんは私に問いかけてきた。

「いえ、違うんですけど……はい」

歯切れ悪く返事をすると、彼はこれ以上この話題に触れないようにオオタさんに話を戻した。

「っと、それで、お一人様?」

「あー、そのはずだったんですけど。えっと、彼女と同じ席で」

「かしこまりました、どうぞ」

茶目っけありげに最後だけお堅い言葉を残して、ヤギサワさんは、ヒロさんのお水とメニューを取りに厨房に向かって行った。

「ごめんね、失礼します」

ヒロさんも席に座って、戻って来たヤギサワさんから手渡されたメニューに目を通している。

そうだ、私も注文を決めないと。

366 : 以下、名... - 2015/08/18 01:43:10.10 AcvpZ/Qz0 271/597

「ヤギサワさんのお勧めは?」

「俺が頼むのはハンバーグかな。でも人気が一番あるのはデミグラスのオムライス」

「じゃ、俺はハンバーグのセットで。ゆうちゃんは決まった?」

「あ……じゃあ、オムライスで」

こういう時、勧められたもの以外を注文することって出来ないよね。何を頼むか決めてなかったから良いんだけど。

ヤギサワさんはオーダーを伝えに厨房に向かうと、そのまま中に残っているみたい。お客さんがまだ私たちしかいないとはいえ、他にもすることがあるのだろう。

「今日、練習だったんですか?」

とりあえず、同じ席に座った以上何かを話さないと気まずく感じてしまう。

共通の話題なんてカズヤしか見当たらないし、そこに近そうなことを聞いてみよう。

「あ、うん。天皇杯も近いしね」

「今月末? でしたっけ。そうそう、出場おめでとうございます」

今さらだけど、一応賛辞も贈っておこう。

「ありがとね。また応援に来てくれるの?」

「それはまだ……考え中です」

考えて、結論がでるのかはわからないけど。

367 : 以下、名... - 2015/08/18 01:47:39.40 AcvpZ/Qz0 272/597

「そっか。まぁ、来れそうならうちのホームだし是非来てもらえたら。カズも最近元気ないし、嬉しいんじゃないかな」

「そうなんですか?」

どうしたんだろ、夏バテ……とかじゃないかな。私のせい?

「最近、会ってないの?」

「あ、はい」

そもそも、会おうとしても会いようがないから。

カズヤがお店に来るか、私が試合を見に行くか。その二択以外、私には彼に会う手段も連絡をとる手段もない。

「じゃあ、そのせいなんじゃない?」

だってカズは明らかに君のこと好きそうだし。

そう、彼は笑いながら呟いた。

冗談なんだろうけど、私は顔が赤くなるのを止められない。冷房の利いた室内なのに、熱くなってきて仕方が無い。

369 : 以下、名... - 2015/08/19 01:21:57.87 dm2IOORr0 273/597

「いや、そんな……」

「そう? 俺、あいつの浮いた話聞かないし、絶対そうだと思ってたんだけど」

あ、そっか、元カノのこと、ヒロさんは知らないのか。

「妹がカズのこと好きそうだったから、残念なんだけど」

「あ、妹さんがいるんですか?」

「そうそう、うちのチームのマネージャーみたいなことしてるんだけどね」

……あの子か。アキラの彼女。

でも、カズヤのことを好きそうって、一体どういうことなんだろう。

私には二人に色目を使うなと言って来て、彼女はカズヤも狙っている?

「そう、なんですね」

薄く相槌を返し、続きを促す。

「そうそう。まぁ、気のせいなのかもしれないけど。君とカズが仲よさそうなの見て、ちょっと落ち込んでたし」

370 : 以下、名... - 2015/08/19 01:28:26.60 dm2IOORr0 274/597

「妹さんに、悪いことしちゃいましたかね」

そんなこと、全く思ってないんだけど。
 
でも、お兄さんであるヒロさんには何の罪もないし、とりあえずそう返しておくのが無難なのかな。

「いやいや、それはカズが選ぶことだし。まぁ、本当に、良かったら試合見に来てよ。俺も応援してくれる人は多い方が良いしさ」

「……はい、行けたら」

悩んでいたのが決まったわけではないけど、そう言われると行こうかなって気になってしまう。

元々、心の底では行きたい、カズヤを見たい、会いたいって気持ちがあったのは分かっていたことだし。

ちょうど話が落ち着いたところで、ヤギサワさんがオーダーした料理を持ってきてくれた。

「お待たせしました、ハンバーグと……こっちがオムライス。で、何、天皇杯の話?」

「あ、はい。よかったら応援に来てね、って」

「君、あのスタンドにいた子? 行ってあげなよ、次はともかく、勝ってプロと当たるようになったらサポーターに圧倒されちゃうよ、まいるぜ」

「あ、経験者は語る……ってやつですか?」

その言葉に、ヒロさんは笑って返すけど、私はわけがわからなくて問い返す。

「プロ……って、どういうことですか?」

371 : 以下、名... - 2015/08/19 01:36:20.42 dm2IOORr0 275/597

「あれ、天皇杯のことはあんまり分かってない?」

大会の名前が天皇杯、次の試合が近くで開かれて、相手のチームは他の都道府県の代表。私に分かっているのはそれだけだった。

「えっと……日本一、を決める大会……なんですよね?」

私の曖昧な問いかけに、ヒロさんは答を教えてくれる。

「そうそう。そうなんだよ。でも、アマ日本一じゃなくて、プロもアマも合わせた大会なんだ。プロは予選免除だけどね」

「えっと……それって……」

「だから、勝てば勝つだけプロと試合が出来るってこと。正月に決勝のテレビ中継とか見たことない?」

「今は決勝も正月じゃないけど」

そんな些細なツッコミも耳から通り過ぎるように、私はショックを受けていた。

「プロってことは……あの、日本代表選手とかとも……」

「まぁそうだね、そういうチームと当たれば、だけど。次に勝っても、うちが当たるのはニ部だから」

「でも、オオタくんも所属してたチームだし、思うものはあるんじゃない?」

茶化すようにヤギサワさんが口を挟む。

所属していたチーム?

驚きを表情に映していたのか、ヒロさんは私に説明をしてくれる。

「あれ、カズから聞いてない? ……って、自意識過剰か。一応、ニ年前までプロだったんだ、ニ部チームのベンチメンバーだけど」

「えっ、」

頭の中でどんどん新しい情報が更新されていって、私はうまく処理をできずに声を漏らすだけだ。

375 : 以下、名... - 2015/08/20 01:27:24.92 Sbg7eu1G0 276/597

その声に反応して、ヒロさんは説明を続けてくれる。

「まぁ、早い話がクビになってさ。それで、今のチームに入って趣味でサッカーしてるわけ」

「はぁ……そうなんですね……」

プロっていう言葉は、やっぱり私には縁遠い世界の言葉にしか聞こえなかった。

じゃあ、カズヤは元プロ……っていうのがどんなに凄いことかは分かってないんだけど、とにかく凄い人たちとサッカーをしてるってことなの? 

「おいおい、俺は趣味でサッカーやってるやつに負けたっていうの?」

「あー、いやいや、あれは偶然……」

「それを本番で出されたら実力負けだって。本当に、あのサイドバックの子には参ったよ」

「あいつは趣味っていうか……サッカーが生きがい見たいなやつなんで。あ、カズのことね」

私にそう補足をしてくれて、ヤギサワさんも名前を知ったようだ。

「カズって名前なんだ? かーっ、名前までサッカー向きときたもんだ。キングかよ」

「それ、あいつに言ったら喜びますよ、ファンだから」

私でも何となく名前を聞いたことがある選手の通称が出てきて、私はクスリと笑みを漏らした。そういえば、考えたこともなかったけど、あの名選手と同じ呼ばれ方だ。

「本戦はあの子がキープレイヤーだろうなぁ……たぶんうちと同じで、他のチームも君のことに意識が向いてるだろうし」

「ニ部のベンチプレイヤーなんて、そんなに気にするもんでもないですよ。スカウティングされたら、むしろあいつの方が厳しいと思いますし」

その会話を耳にして、何となくカズヤが誉められているのは分かった。

元プロのヒロさんと、同じくらいなのかは分からないけど、とにかく評価されているカズヤ。

思っていた以上に、私と彼の距離はあるのかもしれない。

376 : 以下、名... - 2015/08/20 01:35:57.11 Sbg7eu1G0 277/597

「まぁ、とにかく頑張ってよ。そして俺が言えることじゃないけど、冷める前に食べてね」

その言葉を残して、ヤギサワさんは厨房に戻って行った。

頭が混乱してすっかり忘れてしまっていたけど、美味しそうなオムライスが目の前には置かれている。

「いただきます」

手を合わせて挨拶をする。

何となくだけど、料理を食べる前に挨拶をしないと落ち着かないんだよね。自分で作った料理を家で一人で食べるとしても、それはつい癖で言ってしまう。

「お、礼儀正しい。じゃあ俺も……いただきます」

冗談っぽくそう言い残し、ヒロさんはハンバーグに、私はオムライスに手を伸ばした。

なんだろう、見た目は普通にどこの洋食店にもありそうなオムライスなんだけど、何て言って良いか分からないけどすごく美味しい。

卵はふわふわで、デミグラスソースも絶妙で、中には懐かしい感じのケチャップライス。

「美味し」
 
つい、ヒロさんが目の前にいるのを忘れて独り言が漏れてしまう程。 

それは彼も同じだったようで、「うまっ」と漏らしながら、どんどん手を動かしていく。

美味しいものを食べるとなると、ついついそれに夢中になって会話は減ってしまう。私は黙って手を動かしてオムライスを口に運び、ヒロさんはハンバーグを咀嚼する。

気づいたらお互いの目の前のお皿は空っぽになっていた。

「お、早いかなと思ったけどちょうど良かった? サービスだから。コーヒー飲める?」                           
いつの間にか厨房から戻ってきていたヤギサワさんは、アイスコーヒーのコップを二つ、私たちの目の前に置いた。

381 : 以下、名... - 2015/08/25 23:28:45.79 ihq6t8Np0 278/597

「ありがとうございます……、すいません」

「良いの良いの、若い人は気を使わなくて。で、オオタくんたち、実際どうなの、調子の方は」

「うーん……良くはない、ですね」

その返事に、ヤギサワさんは肩をすくめて言葉を漏らす。

「ちょっと、初戦は勝ってよ? 試合後にも言ったけどさ、プロとやるくらいまでは」

「それはカズに期待……ってことで」

ね、と私の方を見て笑うカズさんに、私は苦笑いで返す。

「ま、何にせよやっぱりカズくん? がカギになるんだね。俺も試合、見に行くからさ、応援するよ」

「ありがとうございますっ。やれるだけ、やってきます」

「おうおう、楽しみにしてる」

あ、何か良いな、こういうの。

敵なのに敵対してるわけじゃないっていうか、仲間っていうか。

男同士って、こういう入り込めない世界があるよね。

「羨ましいなぁ」

「何が?」

つい想いを言葉にしてしまったら、ヒロさんが問いかけてきた。

「いや、何ていうか、仲間……みたいな感じがして。チームメイトじゃないのに、良いなって」

「そう? でもさ、ゆうちゃんだってもううちのチームの仲間じゃん」

「えっ」

「違うの? 応援してくれない?」

「いや、してますけど……良いんですか、私なんかで」

「良いも何も、大歓迎だよ。特にカズは、そう思ってると思うよ」

あはは、とヤギサワさんは声を漏らして笑った。

何だろう、何だろう。この感情を正しく言葉にできないけど、それでもまとめるなら、ただただ嬉しい。

「……本当ですか?」

382 : 以下、名... - 2015/08/25 23:29:21.47 ihq6t8Np0 279/597

「うんうん、ていうか、嘘つく必要もないじゃん。本人に聞いてみる?」

ヒロさんは携帯を手にして、私に問いかけてくる。

「いやっ、それはさすがに……」

嫌じゃないけど、まだ平気な顔をしてカズヤと話せる自信は無い。

「そう? カズも元気出ると思うし……嫌じゃなかったら」

嫌というわけではもちろんないけど、私なんかで良いのだろうか。

私なんかが、あんなに迷惑をかけてしまったカズヤとまた話してしまって良いのだろうか。

「無理にとは言わないけど……」

そう言われてしまうと、急に惜しくなってしまうのが人間の心情じゃない?

悩んでいたのは本当なんだけど、でも、今を逃すと次はもっと悩んでしまって気まずくなってしまって、そんな気がした。

「……はい、お願いします。すみません」

「良いの?」

その確認には頷いて気持ちを表すと、ヒロさんはスマートフォンを操作して耳に当てた。

「あ、カズ、俺。今、大丈夫? 電車に乗ってない?」

どうやら、カズヤはまだ練習からの帰り道みたいだ。

確認をとったヒロさんは、「カズ、ちょっと電話代わるわ」と私の名前を出さずに耳から電話を話し、私に差し出してきた。

それをおそるおそる耳に当てると、ヒロさんは椅子から立ち上がり、「ちょっと話してくるから、ごゆっくり」と言い残し、ヤギサワさんと入口から店外へ出て行ってしまった。

383 : 以下、名... - 2015/08/25 23:30:01.85 ihq6t8Np0 280/597

「もしもし……」

「……えっ」

「えーと、私。ゆうです……」

「えっ、何で? 何で、どういうこと? ちょっと待って、何?」

カズヤはまるで状況が読めてないようで、同じことを何度も繰り返す。

まぁ、事情がすぐに飲みこめる方がおかしいんだけどね。

「落ち着いて、ご飯食べにきたらね、たまたまオオタさんに会ったの。それで、オオタさんが気を使ってくれて、電話させてくれたの」

「あっ、なるほど……って、今どこ? ヒロさんも練習帰りってことはもしかして近く?」

「えーっとね……」

散歩しながら来た道だから、ここを何て説明したらいいのか分からない。

何て伝えようと思っていると、張り紙にレストランの名前が見えた。私がそれを伝えると「……あっ、分かったかも、ちょっと待ってそこ向かうよ」と言ってきた。

「えっ、えっ」

そうなると、今度は私が混乱する番がやってくる。

「あっ、迷惑だったら止めるよ、ルール……だったよね?」

「いや、迷惑とか嫌とかじゃないんだけど……」

ルールなのはそうだけど、それ以上に会いたい気持ちがあるのは間違いない。

ただ、彼は良いのだろうか。

「会ってくれるの?」

384 : 以下、名... - 2015/08/25 23:30:41.18 ihq6t8Np0 281/597

あんなことに巻き込んでしまったのに。

それは言葉にできずにいると、カズヤは素で問いかけてきた。

「何で? むしろそれ、僕が言いたいんだけど」

それこそ、何で……なんだけど。

でも、きっと彼はそれを聞いても困るだけ、戸惑うだけなのかもしれない。

これが私の幸せな勘違いでなければ嬉しいんだけど、もしかしたら彼は私のせいで迷惑をかけられたとは、思っていないのかもしれない。

そんなことを考る私は、お気楽で頭が空っぽな女なのかもしれない。それでも良い。カズヤが迷惑じゃないと思っていてくれたのなら、それだけでもう私の悩みなんて無くなってしまう。

「……ううん、何でもない。楽しみ」

「ちょっと急ぐから電話切るね、また後で」

そう言い残すと、電話は切れてしまった。

……えっ、今から来る?

電話が切れて冷静になると、急に慌て始める私がいた。

どうしようどうしよう、そんなことになると思ってなかった。買い物に行ってたから服はおかしくないと思うけど、ここまで歩いて来たし汗臭くなってないかな?髪崩れてないかな?

そんな心配をしていると、ヒロさんたちがドアを開けて戻って来た。

385 : 以下、名... - 2015/08/25 23:31:23.53 ihq6t8Np0 282/597

「カズ、何か言ってた? 元気出てそうだった?」

「いや、何か……あの、こっちに来るって」

ヒュー、と八木沢さんは口笛を吹いてみせる。

「やるねぇ、彼」

「それくらい、プレーにも積極性があると良いんですけどね」

私はお礼を言いながら携帯電話を返して、荷物を持ってお手洗いに向かって席を立った。

髪型……うん、崩れてない。メイク……も、大丈夫。よし。

お手洗いの鏡でゆっくりと自分の顔をチェックする。仕事の時は薄暗いからよく見えないと高をくくっているんだけど、今日はそういうわけにもいかない。

深呼吸をして、お手洗いの扉を開けて、自分の席に向かおうとしたところで、入口が開いた。

「おい、おせぇよカズ」

「いやいやヒロさん……あんな急に……」

本当に急いで来たらしい、カズヤは汗を流しながらの登場だった。

「こんばんは」

私の声に、彼はこちらに目を向けた。何だか久しぶりのような、そうでもないような、不思議な感覚。

私は今ここで、彼と会っている。目を合わせている。それだけで、ある種の奇跡のような気がしてしまう。

「……こんばんは」

386 : 以下、名... - 2015/08/25 23:31:51.03 ihq6t8Np0 283/597

「ほら、じゃあカズ、後は二人で行ってこい」

笑いながらヒロさんがそう言うと、冗談のようにカズヤも返す。

「行ってこいって、どこにですか」

「そりゃ、お前が考えろ。俺は今からヤギサワさんと大人の話があるんだよ」

「ヤギサワさんって……あっ、こんばんは。キックスの……」

「こんばんは。ほら、女の子を待たせるなよ、行ってきな」

「えーっと……じゃあ、行く?」

その問いかけに、私は困ったようにしつつも頷こうとしてあることを思い出す。

「あっ、お会計……」

「そんなこと気にしなくていいから。オオタくんとカズくん? に、次の試合で勝ってもらうからそれが代金、ってことで」

プレッシャーかけないでくださいよ、とオオタさんが笑いながら突っ込む。ヤギサワさんも笑いを隠しきれない様子で言葉を続ける。

「ほら、行ってらっしゃい。俺は今からオオタくんと渋い大人のオトコ談義をするからさ」

「ありがとうございます……ごちそうさまでした」

申し訳ない気持ちもあるけど、こういう時は厚意に甘え無い方が失礼だと思う。

ぺこりと頭を下げると、カズヤは入口のドアを開けてくれる。

「じゃ、行こっか」

387 : 以下、名... - 2015/08/25 23:32:17.69 ihq6t8Np0 284/597

どこに行くか分からないけど、と照れ隠しのように笑うカズヤにつられて、私も笑ってしまった。

後ろから「暗いから気をつけて」と声をかけられると、それにお礼を告げてドアを閉めた。そのドアに吊るされていたのはcloseの文字。

……あ、そうか。気を使ってくれてたんだ。

私がカズヤと電話をしている時に、他のお客さんが来て邪魔をされないように。邪魔なのは私なんだろうけど。

それにしても、改めて状況を考えると何だか緊張してしまう。

会いたくて、でも会えないと思っていたカズヤが隣にいる。それも、予想外に。

何となく、お互いに声をかけられないままお店から離れるように歩き始めた。気まずい沈黙ではないけど、私には話さなければいけないことがある気がする。

「「あのさ」」

話を切りだす声が重なって、私たちは視線を合わせた。お互いに小さく笑いながら、相手の言葉の続きを待つ。

「えっと……どうぞ?」

「ううん、カズヤからいいよ?」

「えっ、いいよ、大したことじゃないし」

「じゃあ尚更。私は、カズヤに話さないといけないと思ってたことだから、きっと長くなっちゃうし」

390 : 以下、名... - 2015/08/27 01:25:18.30 BiEE8kd00 285/597

「えっと、うん、じゃあ、はい」

私はずっとドキドキしているけど、細かく言葉を区切って返事をするカズヤも、少し緊張しているのかな。そうだったら、少し嬉しい。

「あの、この間の、大丈夫? 怪我とかしてない?」

この間の、という時に、彼は自分の頬を指さした。

あの女の子、ヒロさんの妹さんに、平手打ちをされた箇所だ。

「うん、平気平気」

実際、その瞬間にぱちっと痛んだだけだし。

「そっか、良かった。あの……巻き込んでごめんね」

「巻き込んで、って?」

どういうことだろう。私がカズヤを巻き込んだのであって、彼が私を何かに巻き込んだりしただろうか。

「いや、ほら、事情もあんまり分かってないけどさ、せっかく応援に来てくれたのに、あんな風になっちゃって……」

「ううん、悪いのは私だし……あのね、その話を聞いてほしいの」

歩いたまま話すのも何だし、と言いたして、私は近くのコーヒーチェーンを指さして入らないか誘ってみた。

頷いた彼を見て、私たちは店内に足を踏み入れ、注文を済ませて席に着く。さっきコーヒーを飲んでしまった私はジュースみたいに甘いフラぺチーノを、カズヤはコーヒーをテーブルに置いた。

「ちょっと長くなるから、ごめんね」

そして私は語り出す。私自身の、堕落した物語を。

391 : 以下、名... - 2015/08/27 01:25:46.32 BiEE8kd00 286/597

えっと、まず最初に、あそこで働き始めたきっかけなんだけど、楽してお金を稼ぎたかったからなの。うん、もうダメ人間だよね。

それでね、お金はそこそこ、まあ私達の歳にしては金持ちだなってくらいには稼げたんだけど、今度はそのお金をホストに使うようになっちゃったの。

アキラっていうホストだったんだけどね、私は彼女でもないし、あっちだって彼氏でもないんだけど、ヤるだけヤっておしまい、みたいな。

彼女になれないって分かっていても、私は彼に貢ぐことをやめられなかったし、抱かれたらやっぱり嬉しかったの。
 
でも、このままじゃいけないって漠然と思ってた時に、カズヤに会って。

最初は若くて珍しいお客さんだなって思ってたの。でも、たまにだけど、カズヤ以外にもお店に来てもエッチなことをしないお客さんもいたし、そういううちの一人かなって。

そう思ってたんだけど、でも何か違うなって。

どこが他のお客さんと違うかは分からないんだけど、羨ましかったのかも。

同い年でも、私は何にもない、ただの風俗嬢。でもカズヤは好きなことがあって、それを追いかけていて。そんな目標があって前に進んでるカズヤが、羨ましかったんだと思う。

正直ね、何でサッカーしてるんだろうって思ってたの。見に行ったのだって、応援とかより興味本意っていうのが正直。だって、お金にもならないのに何で苦しい思いをして走るんだろう、追いかけるんだろうって。

でも、あの日カズヤのプレーを見て、感動したの。

嘘じゃないの、本当だよ。私みたいなクズに言われても嬉しくないかもしれないけど、本当に。これだけは信じてほしいの。

変な話、救われたんだ。

プロじゃない、お金にもならない。それでもカズヤは走ってて、ボールを追いかけていて、人を夢中にさせて。

覚えてるかな、初めて見に行った試合で、他の人が諦めたボールをカズヤが追いかけて、そのままゴールになったプレー。

技術的なこととか私は全く分からないけどさ、理由じゃないんだなって教えてもらった気がするの。

「何でお金にならないサッカーをするの」とか「他の人が諦めてるのに何で追いかけるの」とか、私は理由ばかり探してしまっていたのね。

私は臆病者で楽をしたがるダメな女だからさ、理由が無ければ頑張らなくて良いやって思っていたのね。

高校を出て進学をしなかったのは、勉強を頑張る理由が無かったから。定職につかなかったのは、働きたい理由が見つからなかったから。

唯一の理由が「遊ぶお金が欲しいから」っていうもので、だから何となく、今の仕事についたの。

393 : 以下、名... - 2015/08/27 22:02:55.02 BiEE8kd00 287/597

楽な仕事じゃないけど、嫌なことばかりでもないよ。

カズヤにも会えたし、私と会えて良かったって言ってくれる人もいたり、可愛いねって褒めてもらえたり。でも、好きでやってるわけでもなくて。

カズヤの試合を見てね、今のままじゃいけないって本当に思ったの。

私は何が楽しくて生きてるんだろう、何を追いかけているんだろうって。

買い物をするとか、美味しいものを食べるとか、楽しいことはいっぱいあるんだけどさ、カズヤにとってのサッカーみたいなものが、私には無いってことが、恥ずかしくなってきたの。

でも、思うだけで行動に移すこともなかなかできなくて。アキラ、ホストね、彼にも貢ぐのもやめなきゃって思っていたんだけど、それも無理で。

変わりたいけど変われなくて、どうすればいいんだろうって。

あの女の子いたじゃない、この間、スタンドに来た子。あの子の彼氏がさ、たぶんアキラなんだと思う。

アキラって源氏名だから、私も本名は知らないんだけど、それ以外思い当たる節は無いから。

彼には、女の子がいっぱいいるから。私はそのうちの一人だったってだけの話。

……ごめんね、面白くもない話をダラダラと。

たぶん、私のそういうダメなところが重なって、この間みたいなことになったの。

全く関係のないカズヤを巻き込んじゃって、本当にごめんね。

394 : 以下、名... - 2015/08/27 22:03:26.59 BiEE8kd00 288/597

そこまで言い切って、黙って聞いてくれていた彼の顔を恐る恐るのぞいてみた。

きっと私は失望されてしまっただろう。こんな話を聞いて、そうじゃない方が変だと思う。

「そっか」

小さく、彼は呟いた。

困らせてしまったかな、そうだよね。急に自分語りをしちゃって、何て言って良いかもわからないよね。

「ごめんね、変な話をしちゃって」

でも、それでも、私は彼に話さないといけないと思ったの。本名も伝えてない、連絡先も教えてない、それでも私は、彼に対して誠実でいないといけない気がした。偽りの自分なんてかっこいいものじゃなくて、堕落した私の嫌なところを彼には見てもらう必要があった。

誰にも見せていない、私の 汚い部分を、好きな人だからこそ見てもらいたかった。

誰にも胸を張れない私を、認めてはくれなくても知っては欲しかった。

カズヤのまっすぐさは、私じゃなくてサッカーに向いているものだ。それでも、私も彼のように、何かに対してまっすぐでいたかった。誠実になりたかった。そしてその何かは、自分の好きなものじゃないとダメだった。

あんなに憂鬱だったのに、カズヤに会えるってだけで嬉しくなってしまった。カズヤがもしかしたら私に会うことを嫌じゃないのなら、幸せだと感じてしまった。

そして私は気づいてもしまった。

私は、カズヤのことが好きだ。

397 : 以下、名... - 2015/08/28 01:44:14.52 B0K4t2/80 289/597

「ううん、話してくれてありがとう」

ありがとうは、私のセリフだ。

最後まで口を挟まずに聞いてくれて、ありがとう。

軽蔑されても、これで彼が私に近づかなくなっても、それは仕方が無いことだ。

このまま自分のことを黙って、汚い部分を見せずに彼に近づいていくよりは、ずっと良い。

それが、私なりの誠実さだった。

「でも、何で僕に話してくれようと思ったの?」

勇気が必要なこと……だよね。

と、彼は言い足した。

確かに怖かった、というか、今でも怖い。話を聞いたカズヤが、私のことをどう思っているのか。良い感情ではないとしても、どれくらい私のことを嫌いになったのか。

でも、それを乗り越えようとする勇気をくれたのも、あなただった。

「言ったじゃない、変わりたいと思うきっかけをくれたのは、カズヤだったから」

あなたの姿を見て、私は本当に変わりたいと思えた。

そして、もし私が本当に変われるとしたら、やっぱりカズヤの前で変わらないといけないと思ったの。そこで変われなかったら、私はきっとどこでも今までの私のままだったから。

「私を軽蔑したかもしれないけど、でも、きっかけをくれたカズヤに聞いて欲しかったの。私のわがままに巻き込んじゃって、ごめんね」

398 : 以下、名... - 2015/08/28 01:44:44.82 B0K4t2/80 290/597

「ううん、迷惑なんて全く。聞かせてくれて、嬉しかったよ」

「嬉しかった?」

「だってさ、僕はゆうちゃん……いや、『貴方』のことを何も知らないから。身の程知らずだって思うんだけどさ、あの後改めて思ったんだ、貴方のことを何も知らないなって」

『貴方』と言ってくれたことが、何だか暖かい言い直しに感じられる。

堕落した私である『ゆう』ではなくて、新しく『私』を見てくれているきがして。

ただの勘違いで、私に対して距離を置こうとしているだけかもしれないけど、それでも、私は嬉しかった。

「……何も話せなくて、ごめんね」

「いやいや、謝ってほしいとかじゃなくて!」

慌てて言葉を続ける彼に、私は耳を傾ける。

「ほら、名前も知らないし、僕から会おうと思うとお店でしか会えないし。寂しい、って思うことも間違ってるんだろうけど、でもやっぱり会えて嬉しかったんだ。会いに行こうかなって思ったけど、お店じゃどんな顔して会えば良いか分からなかったし。迷惑かなって」

それには首を横に振って見せる。

私だってカズヤに会いたかった。ただ、会う手段が無かっただけで。

400 : 以下、名... - 2015/08/30 12:32:23.26 EcTh8wP50 291/597

それでも、私は彼に気持ちを伝えることができない。

彼の会いたいという気持ちが、イコールで好きであったとしても、私はそれを確かめることもできない。

臆病な言い訳なのかもしれないけど、今の私は彼に到底つりあっていない気がする。彼が私を嫌っていなかったとして、それでも私なんかが隣に立っていていいのだろうかと思ってしまうの。

「……また、応援に行っても良い?」

だから私の口から出てくるのは、そんな言葉。

本当は、伝えたい気持ちはもっといっぱいあるのに。好きだってことを伝えたいのに。

それを彼に言葉で伝えることが、今の私にはできない。

本当は、胸を張って見に行けるだけで嬉しいはずなのに、欲深い私は、もっともっとと欲しがってしまう。

カズヤにはもっとお似合いの女の子がいるのかもしれない。元カノだったらしい、サキさんも凄い美人だったし。私なんかが好きでいても、どうしようもないのかもしれない。

そんなのは、結局ただの言い訳に過ぎないんだけど。

カズヤに拒絶されるのが、今の私には何よりも怖い。もちろん、カズヤにだって女を選ぶ権利がある。私に対するカズヤの好意がどういった類のものか分からない私には、その一歩を踏み出すことができない。

私は乞うように彼を見つめる。どうか臆病な私を許してほしい。

401 : 以下、名... - 2015/08/31 01:37:26.59 bvvohl5i0 292/597

「うん、こっちからお願いしたいくらい」

そう言って、カズヤは笑って私を見た。安心させてくれる、太陽みたいな笑顔だ。私には、眩しすぎるくらい。

「じゃ、気合い入れて応援に行くね! もう迷惑はかけないように、後ろの端っこで見てるし、終わったらすぐに帰るから」

カズヤが応援に来ても良いと言ってくれても、問題が解決したわけではない。彼女からしてみたら私なんかただの二股女で、見たくも無いにちがいないだろう。

「あ、うーん……そっか。話せないのは残念だけど……そうだよね、うん。」

残念がってくれるのは嬉しいけど、私にはそうするしか方法が無い。また彼女の前でカズヤと話していたら、次はもっと酷いことが起きるかもしれないから。

「あの、迷惑じゃなかったら、だけど……」

言いづらそうに、カズヤが声を出した。

「どうしたの?」

キョトンとした目で、私は問い返す。今まで散々彼に迷惑をかけていたのに、彼にどんな迷惑をかけられても、私には責める権利なんてない。

「連絡先、交換してもらっても良いかな?」

やっぱり迷惑だよね忘れて、と彼は言い足したけど、忘れることなんてできない。

「……そんなことで良いの?」

むしろ、それは私が望んでいることでもある

405 : 以下、名... - 2015/09/01 01:04:04.78 ry+afxMv0 293/597

「良いの?」

不安そうな目で、彼は私を見返してくる。

それはこっちのセリフなのに。今にも「冗談だよ」って言われるんじゃないかって怯えていたのは私なのに、彼のその可愛さすら感じる視線に、私はつい笑ってしまいそうになる。

「もちろん。私も、カズヤの連絡先、知りたかったし」

何かこれ、携帯を持ったばかりの初々しい学生みたい。こんな歳になっても、連絡先を交換できるというだけで、私はこんなに舞い上がってしまいそうになる。

彼との距離が、一つ縮まったことを実感できるから。私が素敵な人間になったとか、カズヤみたいになれたとか、そういうことじゃないんだけど。それでも、私はただただ嬉しい。

「えっと、赤外線ある?」

私のその言葉に、カズヤは「あ、アドレス?」と聞き返した。

彼の携帯画面を覗いて見ると、スマートフォンユーザーの大半が使っているであろうメッセンジャーアプリが立ち上げられていた。

「あ、そっか。そっちの方が良いよね」

連絡先の交換なんて、高校を出てから滅多にしなくなったから、ついつい昔の感覚でそっちを選んでしまった。大学生だと連絡先を交換する機会もいっぱいあるだろうし、簡単なアプリの方が便利なんだろう。

私も彼にならってそのアプリを立ち上げようとすると、彼にそれを制された。

「待って、 僕も赤外線準備するから。せっかくだし、アドレスと番号交換しようよ。そしたらアプリでも追加されると思うし」

406 : 以下、名... - 2015/09/01 01:04:49.21 ry+afxMv0 294/597

彼のその優しさに、私は甘えることにした。

アプリが嫌ってわけじゃないんだけどさ、何か軽い気がするんだよね。グループで複数人と話せたり、可愛いスタンプを送れたり、メールにはない便利な機能もあるんだけど、だからこそ軽い……っていうか。

「本当は、僕もアドレスと番号知りたかったし。ただ、重たいかなって?」

「重たいって?」

「ほら、アプリならさ、僕のこと嫌になったらすぐに拒否できるけど、メールと電話も拒否できるとはいえ個人情報じゃん。良いのかな、って」

そんな杞憂を真面目な顔で話されて、私はつい笑いをこぼしてしまった。

「良いに決まってるじゃない。カズヤこそ、良いの? 私、悪い女だよ?」

「自分でそんなことを言う人に悪い女はいないから。ほら、早く」

気づくと、彼は赤外線を既に準備していた。送信の彼に合わせて、私は受信をする。

「シイナ……っていうんだね、苗字」

「うわ、そっかそこからか、今さらだよね。何か恥ずかしい……」

照れたように俯く彼を見て、今度は私が送信するように準備をする。俯いたまま、カズヤも受信ボタンを押して、私の個人情報が、彼の携帯に流れていく。

「送れた?」

「……うん、きた。そういえば、僕、名前も知らなかったんだよね」

ゆうちゃん、が当然の呼び方になっていたから、何の違和感もなかったけど。言われてみれば確かにそうだ。

407 : 以下、名... - 2015/09/01 01:18:53.86 ry+afxMv0 295/597

「これ、ぼくはどっちの名前で呼ぶべき?」

「どっちって?」

「この名前と、『ゆうちゃん』」

「えー、カズヤの好きな方で良いよ。呼びやすい方で」

本当は、もちろん本名の方が嬉しいんだけど。とはいえ、呼び慣れた方が恥ずかしくないとか、そう言う気持ちも分かるからわがままは言わないでおこう。

「そっか、分かった」

彼は腕時計をチラっと見た。私もつられて携帯で時間を確認すると、楽しい時はすぐに過ぎるからか、それとも私が緊張しすぎたせいかは分からないけど、もうかなり良い時間だった。

「時間大丈夫? そろそろ、帰ろうか」

彼にそう聞かれて、私も頷く。本当はもっと話したいんだけど、もう今までみたいにあやふやな繋がりじゃない。私たちは、明確に繋がっている。

連絡先を知っているから繋がっているっていうのも、ちょっと機械的な気もするけど。

「それじゃ、行こうか」

私の分のコップも持って、彼はそう言った。その小さな優しさすら、とても嬉しいものに思える。

素敵な服の掘り出し物があったわけでもなければ、宝くじにあたったわけでもない。私のこの気持ちが満たされるかどうかも分からない。

なのに、私はこの夜をきっと忘れないと分かった。

それくらい、大切な時間だった。


続き
風俗嬢と僕【3】

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