喪黒「私の名は喪黒福造。人呼んで『笑ゥせぇるすまん』。
ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。
この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。
さて、今日のお客様は……。
郷栄一郎(54) 市長
【自治体盛衰記】
ホーッホッホッホ……。」
元スレ
喪黒福造「これから、この街は観光で食べていくべきなのです」 市長「観光への投資ですか……」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1544362119/
テロップ「1983年――、北海道 見越張市(みえつばりし)」
とある選挙対策本部。室内にあるテレビが、市長選の開票速報を伝えている。
テレビの中継を見守る市長候補、選挙スタッフ、支援者たち。
テレビ「速報です。見越張市長選は、新人の郷栄一郎候補に当確が出ました」
万歳三唱をする市長候補・郷栄一郎と選挙スタッフ、支援者たち。
一同「バンザーーーーイ!!!バンザーーーーイ!!!バンザーーーーイ!!!」
テロップ「郷栄一郎(53) 見越張市助役、同市長選で初当選」
テロップ「1984年――」
正月。見越張温泉観光ホテル。1階のロビーは、各地からやって来た宿泊客たちでにぎわっている。
宿泊客の中には、男の子を連れた着物姿の母親の姿も見える。
一方、とある客室では……。例の男――喪黒福造が、部屋の窓から雪景色を眺めている。
ホテル、大浴場。温泉につかる郷。彼の隣には喪黒がいる。
喪黒「見越張はいいところですねぇ」
郷「は、はあ……」
テロップ「郷栄一郎(54) 見越張市長」
喪黒「私は正月旅行で見越張を訪れたのですが、なかなかいい街ですよ」
喪黒「景色がきれいだし、食べ物がおいしいし、人々が親切で……。情緒を感じますねぇ」
郷「ど、どうも……。そこまで、見越張のことを気にいっていただいて……」
喪黒「もしかして、あなたは地元の人ですか?」
郷「地元も何も……。私は、この街の市長ですよ」
喪黒「ほう……。あなたが見越張市の市長さんですか」
郷「そうです」
喪黒「いやぁ……。お近づきのついでに、私も自己紹介をしておきますよ」
喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
郷「ウォータープルーフの名刺ですか。それにしても『ココロのスキマ、お埋めします』とは……!?」
喪黒「私は心を扱うセールスマンです。ボランティアでやっていますから、お金は一銭もいただきません」
郷「か、変わったお仕事ですね……」
ホテル、レストラン。テーブルで豪勢な正月料理を食べる喪黒と郷。
郷「私は昨年、この街の市長になったばかりですが……。市政運営をどう行うか日々悩んでいます」
喪黒「無理もありませんよ。見越張市は、街のドル箱だった炭鉱が次々と閉山していきましたからねぇ」
郷「はい……。見越張は、明治時代から1960年代までは炭鉱の街として栄えていました」
郷「ですが……。エネルギー革命で石油の時代が訪れたせいで、炭鉱が衰退していきましたから……」
喪黒「炭鉱がなくなった後、街を支える産業を何にするかが問題ですよねぇ」
郷「おっしゃる通りです」
郷「見越張市には、見越張メロンという一大ブランドがありますが……。それだけでは、炭鉱の代わりにはなりきれません」
郷「それに、見越張は財政の悪化が深刻ですし、炭鉱閉山の処理とかで今後も赤字が膨らむでしょう」
喪黒「私にいい考えがありますよ。見越張を復活させるとっておきの秘策があります」
郷「それは何ですか?」
喪黒「観光ですよ。これから、この街は観光で食べていくべきなのです」
郷「観光への投資ですか……」
喪黒「そうです。将来の日本では、観光を含めたレジャー産業が大きく発展するでしょう」
喪黒「なぜなら、社会が豊かになったことで、人々が生活に余裕を持つようになりましたから……」
喪黒「これにより、『仕事』重視の価値観から、『遊び』重視の価値観が台頭するはずです」
郷「言い得て妙ですね……」
喪黒「観光によって内外から多くの人を呼び込めますから、街には莫大な収益がもたらされます」
喪黒「観光を振興することで企業も誘致できますし、地元での雇用を確保することもできます」
喪黒「それだけでなく、メディアを使って宣伝をやれば、さらに多くの人を観光地に呼び込めます。まさに、いいことづくめですよ」
郷「なるほど……。壮大なビジョンですね。でも、今の見越張市の財政は赤字が深刻なんですよ……」
喪黒「心配いりません。未来への投資だと思って、積極財政を行えばいいのです。そうすれば、いつの間にか財政は黒字になりますよ」
郷「ほ、本当にそんなやり方でいいのですか……」
喪黒「ええ。関係省庁や北海道に要求さえすれば、予算はいくらでも引っ張ることができますよ」
喪黒「補助金や借入金もふんだんに使えば、積極財政を組むことは可能です」
郷「つまり、ごね得ってやつですか……」
喪黒「そうです。なぁに、自治体の倒産はあり得ませんよ。自治体の借金には、国の保証がありますから……。今のところは……」
郷「確かに……」
喪黒「あと、次いでに言っておきますが……。見越張を宣伝するなら、街の真ん中に一大シンボルがあった方がいいと思いますよ」
郷「はい……。では、そのシンボルには何がいいですかね?」
喪黒「私の案はこうです。市役所の敷地内に、金でできた牛の像を置くのですよ。もちろん、純金製で」
喪黒「きらびやかな金は豊かさの象徴……、牛は豊饒の象徴というわけです」
春。見越張市役所。市役所の建物の側には、金でできた牛の像が鎮座している。金の牛の像を眺める喪黒と郷。
郷「金の牛の像が、遂に完成しましたよ。いやぁ、金色に輝いて実に美しいですね……」
喪黒「郷市長。あなたには、私と約束していただきたいことがあります」
郷「約束!?」
喪黒「はい。金の牛の像は、見越張市の守り神のようなものです。だから、大切に扱ってください」
喪黒「例えば、この牛を見かけた際は、祈りを捧げたりするといいでしょう」
郷「わ、分かりました……。喪黒さん」
喪黒「見越張市がさらに発展していくことを、私は願ってますよ」
その後――。見越張市役所。金の牛の像に向かい、手を組んで祈りを捧げる郷。
郷の頭の中に、数々のテーマパークやイベントのビジョンが浮かび上がる。
郷(よし……!!観光で食っていくために、何をやればいいかが見えてきたぞ!!)
郷の構想通り、見越張市にはテーマパークが次々と設置されていく。
テロップ「見越張市石炭博物館」「石炭ヒストリー遊園地」「めろんの館」「近未来ロボット博物館」
とあるテレビCM。スキー場を走るスキーヤーを背景に、キャッチコピーの字幕が浮かぶ。字幕を読み上げる声。
テレビ「バリバリ見越張!!」
テロップ「1988年――」
見越張市役所。金の牛の像に祈りを捧げる郷。
郷(不思議なものだ……。この金の牛に祈ると、なぜかアイデアが次々と浮かんでくるし……。自信も湧いてくる……)
テロップ「1990年――」
みえつばり国際映画祭。レッドカーペットの上には、俳優たちが勢ぞろいしている。
テロップ「1991年――」
見越張市役所。執務室の中で、喪黒と握手をする郷。
喪黒「郷市長。市政運営はうまくいってますか?」
郷「もちろんですよ!おかげさまで、観光は街の目玉産業となりました!」
喪黒「よかったですねぇ。ところで、見越張市の財政再建はうまくいきましたか?」
郷「はい。市の財政は何とか黒字になりました。ですが……」
喪黒「おや?何か問題でも?」
郷「ええ、実は……。市の歳入が減り続けているのに、歳出が増え続けているんです」
郷「そういうこともあって……。国の補助金と第三セクターの借金で穴埋めして、表向きは財政黒字ってことですよ」
喪黒「なるほど……。観光で成功したかに見えても、街の内実は厳しいってことですよねぇ……」
郷「はい……。でも、これから先、観光産業が発展すれば財政は何の心配もいらなくなるはずです」
郷「だから、積極財政は続けていきますよ。現在の借金は将来への投資であり、後に黒字になるのですから……」
喪黒「まあ、せいぜい頑張ってください。あと、あの金の牛は大切に扱っていますか?」
郷「言うまでもありませんよ。私はあの牛を見かけたら、できる限り心の中で祈りを捧げています」
郷「それに、牛の像は業者の人たちを使っていつもピカピカに磨いていますから……」
喪黒「そうですか……。それならいいですよ。市長が約束を守ってさえいれば、金の牛は街にいい効果を与えてくれますから……」
郷「は、はあ……」
ナレーション「しかし……、バブルが崩壊したことで、日本経済は徐々に悪化し始めていった」
日経平均の下落のニュースを読むテレビアナウンサー。東京証券取引所では、人がもみくちゃになって手サインを送っている。
テロップ「1990年代――」
見越張市役所。金の牛の像に祈りを捧げる郷。彼の顔が、みるみる自信に満ちたものになる。
郷(俺にはいくらでもアイデアがある!!観光産業をもっともっと展開してやるぞ!!)
見越張市には、またも数々の施設が造られていく。
テロップ「見越張鹿鳴館」「合宿の宿ささゆり」「ミエッパロの湯」「見越張ゴルフ場」
テロップ「東京――、自治省(現・総務省)」
応接室で、自治官僚と話をする郷。
郷「見越張は、国によるエネルギー政策の転換の犠牲になりました。だから、国が見越張の面倒をみるべきです!」
官僚「で、ですが……」
郷「分不相応の投資をしなければ、見越張は再生しません!!観光の振興は、将来への投資なんです!!」
郷「自治省は、これからも私どもにお金を出していただきたい!!国は見越張市ではなく、私に金を貸すんです!!」
夜。都内のホテル。窓から、東京の夜景を眺める郷。
郷(よし!!俺は、今回も自治省の官僚を説得できたぞ!!俺に不可能はない!!)
テロップ「見越張市――」
見越張市役所。傲慢そうな表情で、金の牛の像を手で叩く郷。彼は、「フン」と鼻を鳴らす。
郷(見越張がここまで発展したのは、この牛のおかげじゃなくて俺のおかげだがな……)
テロップ「1998年――」
北海道振興銀行の倒産を伝える各メディア。
新聞「道振銀、経営破綻」
テレビ「北海道振興銀行が、都市銀行として初の経営破綻をしました」
テロップ「1999年――」
選挙対策本部。5選が決まり、万歳三唱をする郷市長・選挙スタッフ・支援者たち。
一同「バンザーーーーイ!!!バンザーーーーイ!!!バンザーーーーイ!!!」
郷(俺をたたえる声が、頭の中に聞こえてきそうだ……!!俺はカリスマなんだ!!俺は偉人なんだ!!)
夏。石炭ヒストリー遊園地。夏休みなのに、施設の中は人がまばらだ。全く客がいない状態の大観覧車が、ゆっくりと回る。
見越張市石炭博物館。休暇中であるにも関わらず、この建物も中に人があまりいない。
夜。とあるスナック。カウンター席に座り、スナックのママと仲良く会話する郷。郷は酒のおかげで、上機嫌だ。
郷「ガハハハ!!」
数日後。見越張市役所。市役所職員Aが市長室に入ると……。部屋の中では、郷がスナックのママを膝の上に乗せている。
職員A「し、失礼しました……!」
慌てて市長室から立ち去る市役所職員A。しばらくした後、郷はスナックのママと会話する。
スナックのママ「そういえば、市役所の側に変な牛の像があるよねぇ」
郷「ある人に頼まれて、あれを設置したんだよ。街のいい宣伝になると思ってなぁ……」
スナックのママ「あれがなくても、見越張市は有名になったでしょ。それにあの牛の像、かっこ悪いじゃん」
郷「ああ、全くだ。昔の俺は、あの牛に祈りを捧げたりとかバカなことをしてたなぁ」
テロップ「2001年――」
見越張市役所。執務室で、新聞を読む郷。
郷(産炭法(産炭地域振興臨時措置法)が失効しただと……!?まずいな。補助金がなくなったら、赤字を補えなくなる……)
郷(このままでは、財政状態が一気に悪化してしまうぞ……)
郷の表情は、次第に深刻そうなものとなる。
テロップ「2002年――」
見越張市役所。市長室で、市役所職員Bが市長に助言をする。
職員B「マウントスイスイスキー場の買収は、避けた方がいいと思います。市債の発行は、北海道庁にさえ許可が下りなかったのですから……」
市長「君は、俺に口答えする気か!?」
職員B「い、いえ……」
市長「この街は俺のものだ!!見越張市のことは、市長である俺が全て決める!!俺に文句があるなら、市役所を辞めろ!!」
職員B「そ、そんな……」
テロップ「2005年――」
見越張市役所。市長室で、考え込む郷。
郷(観光への投資を続けたいけど、財政は赤字まみれ……。おまけに、ヤミ起債にも手を出している。どうすりゃいいんだ……)
郷の頭の中に、市役所の側に設置された金の牛の像が思い浮かぶ。
郷(そうだ……。あの牛の像を処分すればいいんだ……。あの純金を使えば、かなりの金額のカネを確保できるぞ……)
ある日。見越張市役所。クレーン車により、金の牛の像が引き倒される。一連の作業を見守る郷。
郷(名残惜しいが、これも赤字の埋め合わせのためだ……。ん……!?)
牛の表面は金色だが、足元の切れ目の部分は黒くなっている。そして、牛の表面もひびが入った部分は黒くなっている。
郷(この黒色はまさか……。タングステン!?)
市長室。郷は喪黒と電話をする。
郷「喪黒さん!!一体どういうことなんですか!?あの牛の像は、純金だったはずでしょ!?」
喪黒「何のことですか?私にはわけがわかりませんよ」
郷「純金製だったはずの牛の像は、表面がメッキで、中身がタングステンだったんです!!今日、解体工事で判明して……」
喪黒「郷市長……。あなた約束を破りましたね」
郷「なっ……」
喪黒「私は言ったはずですよ。金の牛の像は街の守り神のようだから、大切に扱え……と」
喪黒「それなのに、市長は大事な牛の像を解体してしまいましたねぇ」
郷「あんなタングステンの偽物、守り神でも何でもありませんよ!!見越張市が発展したのは、私のおかげなんです!!」
喪黒「ほう……、それがあなたの答えですか。約束を破った以上、あなたには罰を受けて貰うしかありません!!」
喪黒は電話越しで、郷に例の宣告をする。
喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」
郷「ギャアアアアアアアアア!!!」
テロップ「2006年――」
ある日の午後。見越張市役所。カメラのフラッシュを浴びながら、記者会見をする郷。彼は深々と頭を下げる。
夜中。自宅の書斎にいる郷。彼の右手には、ナイフが握られている。思いつめた表情で、腹にナイフを深々と突き刺す郷。
郷「ウッ……!!」
新聞「北海道見越張市、財政再建団体に転落へ」「郷市長が自殺 見越張市長を6期務める」
テロップ「2010年代――」
ゴーストタウンと化した見越張市。商店街の跡地、ホテルの跡地、テーマパークの跡地などなど……。街の至るところに廃墟が並ぶ。
見越張市。石炭ヒストリー遊園地の跡地にいる喪黒。喪黒の背景には、錆びた金属の園内マップが見える。
喪黒「戦後の日本は……。東京をはじめとする都市部の発展と引き換えに、全国各地の地方をないがしろにし続けてきました」
喪黒「そのおかげで、地方の衰退は深刻なものとなりましたし……。各自治体は過疎化や少子高齢化に悩まされ続けています」
喪黒「何よりも、補助金に頼り、箱物を作ることを繰り返した結果……。多くの自治体に残ったのは、深刻な財政赤字でした」
喪黒「従って、自治体に必要なのは……。夢や希望を語るよりも、今ここにある現実の危機を直視することではないでしょうか?」
喪黒「危機は、対処することでしか解決できませんし……。どん底まで落ちたら、後は上がるのみです。見越張市も、今がどん底ですよ」
喪黒「オーホッホッホッホッホッホッホ……」
―完―