課長「えー、今日からしばらくの間、入社することになったキートン山田君だ」
キートン山田「よろしくなのである」
男「よろしく」
OL「はいはーい、よろしくー!」
後輩「よろしくお願いします!」
課長「キートン君、君の席はあちらということで」
キートン山田「分かったのである」
元スレ
課長「今日から入社したキートン山田君だ」キートン山田「よろしくなのである」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1550492405/
キートン山田「ここはどのような部署なのであろうか」
男「うちは食品メーカーなんだけど、ここは年寄り向けの健康食品なんかを扱うセクションでね」
キートン山田「友蔵を相手にするような部署か」
男「そそ、友蔵!」
男「ジジババは舌衰えてるからなに食ったって一緒だし、体にいい成分入れときゃ、喜んで買う!」
男「しかも同じもんが売れ続けるから、今ある商品をきっちり営業しときゃいい」
男「新しいこと考える必要はないし、難しいこともなーんもないから、ま、気楽にやってよ」
課長「えーと、そろそろ毎年恒例の社内コンペなんだけど……」
男「いつも通り、俺が適当になんか考えときますよ」
課長「そうかい……頼むよ」
キートン山田「社内コンペとはなんなのだろうか」
男「ん、ああ、年に一度行われる社内での企画発表会だよ」
男「社長のお眼鏡にかなえば企画した食品が商品化されるけど、ま、マジで取り組むもんじゃないさ」
男「どうせ、よその花形部署が優勝持っていっちゃうんだから」
男「たしか去年はこんにゃく詰め合わせた≪こんにゃくおせち≫を提案したっけ」
男「もちろんコンペではドベ! アッハッハ!」
キートン山田「そりゃそうだろう」
課長「じゃあ、部課長会議に行ってくるから……」
OL「フンフ~ン、キレイにならなくちゃ」ヌリヌリ…
後輩「……」フゥ…
キートン山田「なんとバラバラな部署であろうか」
男「でしょ? やっぱキートンさんもそう思う?」
男「なにせやりがいのない部署だから、みんなこうなっちゃうんだよねえ」
後輩「あ、あの……先輩」
男「ん?」
後輩「今度のコンペ、ボク、自分なりに企画を考えてみたんですけど……」
男「企画ゥ? 生意気にんなもん考えてるヒマあったら、ちゃんと仕事覚えろよ!」
後輩「す、すみません」
男「ったく、お前はいつも空回ってんだよ! 余計なことすんな!」
後輩「はい……」
男「あ、すみませんね、キートンさん。変なとこ見せちゃって」
キートン山田「別にかまわないのである」
昼休み――
後輩「……」
後輩「ハァ……」
キートン山田「まるで山根を見ているようだ」
後輩「! キ、キートンさん!」
キートン山田「私でよかったら、相談に乗るのである」
後輩「キートンさん……」
後輩「実は……」
後輩「ボク、会社を辞めようと思ってるんです……」
キートン山田「ほう」
後輩「うちの課は……みんなバラバラで……」
キートン山田「確かにそうだ」
後輩「先輩は仕事はできる人なんですけど、ボクのことなんかまるで眼中になくって」
後輩「やることなすこと、いつも否定されてばかりで……」
後輩「近頃はボク、なんのために会社にいるのかなぁ、と思うようになってきて……」
キートン山田「辞めるのであれば止めはしまい」
キートン山田「しかし、今のまま辞めたのでは、悔いが残るのではあるまいか」
後輩「え……」
キートン山田「たとえばの話だが、私は1990年からちびまる子ちゃんのナレーションを務めてきた」
キートン山田「当然、辛かったこともある」
キートン山田「しかし、それらを乗り越えたからこそ、今の私があると信じているのである」
キートン山田「継続は力なり、というではないか」
後輩「……!」
後輩「そうですね、キートンさん」
後輩「ちびまる子ちゃんのナレーションのようにズバッといわれると、なんだか心地いいです」
後輩「ボク、もうちょっとだけ頑張ってみます!」
キートン山田「その意気である」
後輩「よーし……」
後輩「今月はどの商品が売れてるかなっと……」
後輩「先輩、外回り行ってきます!」
男「おう」
後輩「ボク、もうめげたりしませんから!」タタタッ
男「なんだあいつ……?」
キートン山田「……」
OL「フンフ~ン」ヌリヌリ
キートン山田「また化粧か。ずいぶんと化粧好きな女なのである」
OL「な、なによ、いきなり!」
キートン山田「お前はなぜ化粧をするのだ」
OL「決まってるでしょ? キレイになっていい男を捕まえるためよ!」
キートン山田「残念ながら、それは不可能だろう」
OL「どうしてよ!」
キートン山田「今のお前は化粧のしすぎで、顔面の主張が激しくなりすぎている。まるでみぎわさんである」
OL「なんですってぇ!?」
キートン山田「しかし」
OL「!」
キートン山田「過剰な化粧をやめれば、とし子ちゃんくらいにはなれるのではなかろうか」
OL「そ、そうかしら……?」
OL「キートンさん、あなたおじさんのくせに口説くのがうまいのね」
キートン山田「年の功というやつだ」
OL「ちょっとお化粧を薄めにしてこよっと!」
OL「……どう?」
キートン山田「おお、城ヶ崎さんのようではないか」
OL「ホント!?」
キートン山田「だが、今のままではいい男を捕まえるのはやはり無理であろう」
OL「……どうして?」
キートン山田「私が考えるいい女というのは、仕事中に遊び呆ける女ではなく」
キートン山田「自分の責任をきっちり果たせる女だと思うからだ」
OL「!」ガーン
OL「……そうね」
OL「その通りだわ、キートンさん」
OL「あたし、今まで典型的な腰かけOLやってたけど……仕事にも本気で取り組んでみる!」
キートン山田「そうすればきっと素敵な男性が現れるであろう」
後輩「課長、この見積もりを見て下さい!」サッ
課長「うむ……」
OL「お電話ありがとうございます! はい、例のデータですね……」テキパキ
男「……?」
男(あいつら、急にやる気出してきたな。OLさんは厚化粧やめて、かえって美人になったし)
男(いったい何があったんだ?)
男「キートンさん……もしかして、何かやった?」
キートン山田「ご想像にお任せする」
男「ほら、やっぱり何かしたんだ!」
男「すごいな、キートンさん! 一体どんな手品を使ったんだよぉ~」
キートン山田「特別なことは何もしていない」
男「うちの課のガンだったあの二人を、あんな劇的ビフォーアフターするなんて!」
キートン山田「何をいうか」
男「え?」
キートン山田「ガンはお前であろうが」
男「――な、なんだと!?」
男「俺のどこがガンだってんだよ!?」
キートン山田「与えられた環境に不平不満を持ちつつも、自分からそれを変えようとはせず」
キートン山田「いつも周囲を見下し、傍観者を気取り、自分だけは違うという顔をし続ける」
キートン山田「なんとぐうたらで、卑怯で、根性の捻くれた男だろうか」
キートン山田「まさに、まる子と藤木と永沢の悪いところを寄せ集めたような男である」
男「好き放題いいやがって……!」
男「もう一回いってみろ!」
キートン山田「お前はまる子、藤木、永沢以下である」
男「ぐ、ぐぐっ……!」
男「そうだよ、俺だって、俺だってっ……! 最初はっ……!」
男「この課に配属された当初は、あれこれ新しいことをやろうと努力したさ!」
男「だけど、結局どれも実らなくて、いつしか腐っちまったのさ……」
男「頑張ったって無駄じゃないかって……」
キートン山田「腐るにはまだ早いのではないか」
男「え……」
キートン山田「おそらく昔のお前は、自分の理想を叶えるには力不足だったのだろう」
キートン山田「しかし、社会人として経験を積んだ今のお前ならば、実現できるのではあるまいか」
男「……!」
男「俺に……できるかな?」
後輩「できますよ、先輩!」
OL「うんうん! あたしも協力する!」
男「……二人とも」
キートン山田「今のお前には仲間がいるではないか」
男「うん……」
男「よーし、この閉塞感ある部署に、俺たちで風穴あけてみるか!」
課内会議――
課長「今度の社内コンペに出す企画は出来たかね? 一応出さなきゃいけない決まりだから……」
男「課長、その件ですが、もっとじっくり企画を練りたいと思います」
課長「どうして?」
男「なぜなら今回の社内コンペ、本気で商品化を狙いに行くからです!」
課長「えっ!?」
後輩「ボクもやると決めました!」
OL「あたしも頑張ります!」
課長「……嬉しいよ。君たち、やっとやる気になってくれたんだね」
課長「君たちがそのつもりなら、私も上司として全力で君たちをサポートするよ!」
男「はいっ!」
キートン山田「後半へ続く」
男「今日は一日大した予定はない……」
男「いつもだったら、適当に雑務をして過ごすとこだけど」
男「外回りして爺さん婆さんに、どんな食品が欲しいか需要調査しに行こう!」
後輩「はいっ!」
男「本当ならネットで意見集めるのが手っ取り早いけど、爺さん婆さんはそんなの使えないし」
男「生の声を聞くってのが大事だからな!」
後輩「ええ、それにネットだと相手が何歳かも分かりませんしね」
キートン山田「ネット上では誰かが誰かを演じるなど日常茶飯事である」
男「あのー」
老人「なんだね?」
男「私、食品メーカーの者なんですが、ご意見をうかがってもよろしいですか?」
老人「どうせヒマだし、かまわんけど……」
男「なにかこういう食品欲しいなーって要望はございませんか?」
老人「んー、そうだなぁ……」
…………
……
一週間後――
男「ふぅ、だいぶ意見が集まったな」
後輩「ええ、なにか新商品のヒントになればいいんですけど……」
男「じゃあこれ、資料としてまとめてくれる?」
OL「はいはーい!」カタカタ
男「うおっ、はやっ!」
後輩「今まで気づかなかったけど、OLさんのアシスタント能力はすごいですね!」
男「そうか、この子も元々このくらいの能力は持ってる子だったんだ……」
キートン山田「まさに宝の持ち腐れである」
男「その通りですね、キートンさん!」
OL「出来たよー!」
男「おおっ!」
後輩「早い! しかも分かりやすい!」
キートン山田「さっそく見てみようではないか」
OL「意外と多いのが……“散歩しながら食べられるお菓子みたいな食べ物が欲しい”って意見ね」
男「ウォーキングが流行ってるっていうからなぁ」
男「一休みした時にウエハースみたいなのを食いたいって気持ちは分かる」
後輩「お年寄り向け携帯食ですか……いいかもしれませんね!」
男「うん、企画はこの方向性でいってみよう!」
会議――
男「というわけで、俺たちが考えたのは≪お年寄り向け携帯食≫です」
男「ヘルシーなのはもちろん、柔らかめにして、お年寄りでも食べやすいというのをコンセプトに……」
OL「いいセンいってると思う!」
課長「ふむ、悪くないね」
男(そう、悪くはない。悪くはないんだが、これで熾烈な社内コンペを勝ち抜けるかというと――)
キートン山田「パンチ不足なのである」
男「!」
キートン山田「たしかに爺さんや婆さん向けの携帯食というアイディアは面白い」
キートン山田「が、今のままでは社内コンペで社長の気を引けるかというと、厳しいであろう」
男「ええ、その通り」
男(さすがキートンさん、ズバッといってくれるぜ)
後輩「じゃあ、どうすれば? 味を刺激的にするとか?」
OL「バカ、そんなことしたら、お年寄りは買わないでしょ! あくまで健康食品なんだし!」
男「包装を派手にしても、かえってイメージ悪くなるだろうしなぁ……」
男「うーん……」
ワイワイ… ガヤガヤ…
男(もう二時間ぐらいやってるが、全然いいアイディアが出ない……)
課長「少し……休まないかね?」
男「そうですね、そうしましょう」
キートン山田「ではここらで、私が友蔵のように一句詠もうではないか」
後輩「一句?」
キートン山田「結論が 出ない会議も また楽し キートン心の俳句」
後輩「たしかに……こんなに白熱した会議は初めてですから!」
課長「お見事!」
OL「ていうか、それ川柳じゃない?」
男「――それだ!」
後輩「先輩?」
男「そう、俳句だよ!」
男「携帯食を俳句の短冊みたいな形にするんだよ!」
男「で、備えつけの黒蜜とかで俳句を書けるようにして、詠んだらそのまま食べられる的な!」
OL「……いいかも!」
課長「おおっ、面白いかもしれんね!」
後輩「キャッチコピーは『俳句を食べて、健康になろう』なんてのはどうでしょう?」
男「それいただき!」
男「よし、このアイディアを土台に、企画を練っていこう!」
キートン山田「まさか友蔵のおかげで突破口が開けるとは」
キートン山田「爺さんが聞いたら泣いて喜ぶであろう」
日数を重ね、アイディアは徐々にまとまっていき……
男「――できた!」
後輩「やりましたね!」
OL「間に合ったわねー」
課長「うむ、この企画書なら、他の部署とも渡り合えるよ!」
男「ええ……俺たちの意地、見せてやりましょう!」
キートン山田「はてさて、どうなることやら」
社内コンペ当日――
課長「それじゃ、行ってくるよ」
男「ふぅ~、こんなマジなプレゼンするの久々だから、緊張するなぁ」
後輩「先輩なら大丈夫ですよ!」
OL「肝心なところで噛まないでよね!」
キートン山田「当たって砕けてこい」
男「できれば砕けたくないですね、キートンさん……」
パチパチパチパチパチ…
進行役「では次の課、どうぞ!」
社長(この課は、いつも一夜漬けで考えたような雑な企画を挙げてくるだけ……)
社長(どうせ今回もそうだろうし、聞き流しておくか)
男「……コホン」
男「えー、我々がこのたび提案いたしますのは年配向けの、俳句を詠んで食べられる携帯食、です」
男「名づけて、≪おいしい俳句≫!」
社長「……ほう」ピクッ
…………
……
男「……」ザッ
OL「……どうだった!?」
後輩「どうでした?」
男「コンペ通ったよ! ≪おいしい俳句≫がマジで商品化される!」
OL「すごい!」
後輩「やったぁ!」
課長「君のプレゼンがよかったからだよ」
男「いや、俺が詰まった時の課長のフォローがなかったらどうなってたか……」
キートン山田「人間やればできるということである」
やがて――
男「いよいよ、≪おいしい俳句≫の発売日だな!」
後輩「売れるといいなぁ~」
OL「もし売れなかったら、あたしたちどうなるの?」
課長「かなり冒険した商品だから、売れない可能性も高いよねえ……」
後輩「本当にどうなっちゃうんでしょ……」
男「さすがにクビってことはないと思うけど……」
ドヨーン…
キートン山田「みんな揃って山根のような男どもだ」
しかし、皆の不安をよそに、≪おいしい俳句≫は大ヒットした。
“俳句を詠んで食べられる”というのが、年配だけでなく若者にも受け、
動画サイトには俳句を詠む若者たちの動画が相次いで投稿された。
それを受け、すぐさま若者向け≪おいしい俳句≫も作られることになるのであった。
まったく世の中なにが受け入れられるか分かったものではない。
誰にも相手にされていなかった社員たちが、ヒット商品を生み出したのである。
男「おい、聞いたか!? うちの課が社長賞もらえるんだってよ!」
後輩「本当ですか!?」
OL「やったーっ!」
課長「うちの課が社長賞だなんて、初めてのことだよ。みんな、よくやってくれた」
男「キートンさん、これもあなたのおかげだ!」
キートン山田「そんなことはない」
男「いや……あなたが来なきゃ、俺たちどうなってたか……」
男「これからも一緒にヒット商品を生み出していきましょう!」
キートン山田「残念ながら、それはできないのである」
男「……え?」
キートン山田「元々私は本業の糧になるかと思い、無理をいってこの社に入社していたのだ」
キートン山田「まもなく去らねばならない」
男「そうだったんですか……」
キートン山田「しかし、君たちならもう大丈夫である」
キートン山田「これからも、仲間たちと年寄りのために素敵な商品を作り続けて欲しいものだ」
男「……はい!」
後輩「ボクも先輩に続きます!」
OL「あたし、キートンさんみたいな素敵な男性と知り合えるよう、頑張る!」
課長「本当にありがとうございました」
キートン山田「では、さようならである」
男「さよなら……キートンさん!」
…………
……
それから――
編集者「貴重なお話を、どうもありがとうございました」
男「面白い本にして下さいね」
編集者「ええ、≪おいしい俳句≫誕生秘話! これは絶対ヒットしますよ!」
男「アハハ……だといいんですけど」
男(さてと……今日はもう帰るか)
スタスタ…
男「……!」
男「……あ」
キートン山田「あ」
男「お久しぶりです、キートンさん! 俺です!」
キートン山田「久しぶりである」
男「もしかして、ちびまる子ちゃんの収録の帰りですか? ちょっと飲んでいきません?」
キートン山田「かまわないのである」
キートン山田「ほう、本が出版されることになったのか」
男「ええ、≪おいしい俳句≫の開発エピソードを、大手出版社さんがぜひ本にしたいって……」
男「……って、これで売れなかったら、大恥ですけどね。アハハハ……」
キートン山田「大丈夫、必ず売れるのである」
男「どうして?」
キートン山田「なぜなら――」
キートン山田「重版へ続く」
おわり