1 : 以下、?... - 2018/12/04 22:25:22.599 ttpA0ULeD 1/17

喪黒「私の名は喪黒福造。人呼んで『笑ゥせぇるすまん』。

    ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。

    この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。

    そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。

    いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。

    さて、今日のお客様は……。

    榊英之助(57) 小説家

    【タイムスリップ】

    ホーッホッホッホ……。」

元スレ
喪黒福造「私たちは、江戸時代にタイムスリップしたのですよ」 小説家「そ、そんなバカな……!?」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1543929922/

2 : 以下、?... - 2018/12/04 22:27:27.652 ttpA0ULeD 2/17

冬。東京。住宅街、とある民家。塀には「榊」の表札が見える。

書斎。机に向かい、原稿を執筆する中年の小説家。彼の頭は、白髪のせいで灰色になっている。

「…………」

テロップ「榊英之助(57) 小説家」

黙々と原稿を執筆し続ける榊。


居間。ちゃぶ台の前で、会話をする榊と編集者。榊が編集者に原稿用紙を渡す。

編集者「ありがとうございます。原稿は確かに受け取りました」

「私が書いてきた『公安刑事 影山伸介』シリーズも、これで最後になりますね」

編集者「はい。榊先生、長らくご苦労様でした」

「まあ、こう言うのも何ですが……。このシリーズは事実上の打ちきりでしょう」

「なぜなら、私は作家として全く売れていませんからね……」

3 : 以下、?... - 2018/12/04 22:29:14.886 ttpA0ULeD 3/17

編集者「榊先生。今の時代は出版不況なんですよ」

編集者「どんなにいい物語を書いたとしても、売れなければ世間から忘れ去られていくんです」

「そうですよね……。今の私の作風では、大衆の普遍的な支持は得られませんからね」

編集者「だったら、榊先生……。いっそのこと、作風の転換を行えばいいんですよ」

編集者「そうすれば、大衆の支持を得られて作品も売れるはずです」

「そうかもしれませんね。私も、食っていくためにやるしかないでしょう」

編集者「私が榊先生にお勧めしたいのは、時代小説か官能小説の執筆ですよ」

「時代小説か官能小説の執筆……?」

編集者「はい。その方面の分野なら、間違いなく大衆に支持されるでしょうし……、作品も売れるはずです」


とある自然公園。木道の上に立ち、池を眺める榊。冬であるためか、池に植えられているハスはどれも枯れている。

(俺は、作品が全く売れていない。しかも、これまで書いてきたシリーズは打ち切り……)

(それどころか、時代小説か官能小説を執筆しろだと……。もう後がない……)

4 : 以下、?... - 2018/12/04 22:31:15.716 ttpA0ULeD 4/17

いつの間にか、榊の側には喪黒福造がいる。榊に話しかける喪黒。

喪黒「冬の枯れたハスもまた、味わいがあっていいですよねぇ」

「ええ、まあ……」

喪黒「冬のハスは、何とも言えない静寂さを醸し出していて……。見ていると、心の底から哀愁を覚えるんですよ」

「そ、そうですか……。あなた、詩人みたいなことを言いますね」

喪黒「でも、枯れた冬のハスも、次の夏には花を咲かせるんですよ。満開の花を……」

「は、はあ……」

喪黒「冬の枯れたハスは、冬眠して力を蓄えている状態なのです。次の夏のために……」

喪黒「あなたもそうでしょう?榊英之助先生……」

「ど、どうして私が榊英之助だと分かったんですか!?」

喪黒「実は私、先生のファンなのですよ。自己紹介が遅れましたが、私はこういう者です」

喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。

5 : 以下、?... - 2018/12/04 22:33:15.676 ttpA0ULeD 5/17

「……ココロのスキマ、お埋めします!?」

喪黒「私はセールスマンです。お客様の心にポッカリ空いたスキマをお埋めするのがお仕事です」

「セールスマンだって!?貧乏作家の私に、何を売りつける気なんですか?」

喪黒「今後のお仕事に、役に立つかもしれない話があるんですよ。例えば、時代小説の執筆とか……」

「な、なぜそのことを……!!」

喪黒「ねぇ、榊先生。いい店を知っていますから、そこでゆっくり話でもしましょう」


BAR「魔の巣」。喪黒と榊が席に腰掛けている。

喪黒「先生の作品は、良質なものが多くて読み応えがありますよ」

「お、お褒めいただき恐縮です……」

喪黒「先生の小説の方向性といえば、やはり重厚な社会派小説や国際謀略小説でしょう」

7 : 以下、?... - 2018/12/04 22:35:16.295 ttpA0ULeD 6/17

「ですが……。私の小説の方向性は普遍的な支持を得られず、作品はどれも売れませんでした」

喪黒「たとえ力作を書いたとしても、売れなかったら生活にこたえますからねぇ」

「ええ……。私の作品があまりにも売れないもんだから……。編集者は、私に時代小説か官能小説の執筆を勧めてきたんです」

「ですが、私は時代小説を書いたことは一度もありませんでしたし……。官能小説を書くのはさすがに気が引けますよ」

喪黒「まあ……。編集者の話しぶりからして、これは先生に対する廃業勧告みたいなものですよねぇ」

「はい……。今の私は、作家人生で最大の危機を迎えているんです。この年じゃあ、潰しが利きませんし……」

喪黒「……分かりました。私が何とかしましょう」

「えっ!?」

喪黒「とっておきの場所へ、ご案内しますから……。榊先生、私に着いて来てください」


喪黒に誘われ、外に出る榊。2人は街の中を行き、ある車庫の前に辿り着く。車庫のシャッターを開け、建物の中に入る喪黒と榊。

「これは……」

8 : 以下、?... - 2018/12/04 22:37:13.671 ttpA0ULeD 7/17

2人の目の前には、流線形をした何かの乗り物がある。自動車のように見えるが、タイヤは全くついていない。

まるで、SF作品に出てくるエアカーのような乗り物だ。

喪黒「これはタイムマシンです」

「タイムマシンだって!?バカバカしい……。タイムマシンの発明は、技術的にも理論的にも不可能ですよ」

喪黒「いいから、乗りましょう。先生」

タイムマシンに乗る喪黒と榊。運転席には喪黒、助手席には榊がいる。

コックピットを操縦する喪黒。タイムマシンの周りの光景が、無数の色の光で覆われていく。


とある山。緑で囲まれた林の中に、タイムマシンが忽然と出現する。

喪黒「着きましたよ」

タイムマシンを降りる喪黒と榊。2人が山を下りていくと、そこは……。

9 : 以下、?... - 2018/12/04 22:39:15.968 ttpA0ULeD 8/17

「こ、ここは……!?」

立ち並ぶ木造の建物。舗装されておらず、土でできた道。背が低く、着物姿でまげを結った通行人たち……。

喪黒「私たちは、江戸時代にタイムスリップしたのですよ」

「そ、そんなバカな……!?そんなことは、現実にあり得ない!!」

喪黒「じゃあ、この景色は何だと思いますか?」

「どうせ、時代劇の撮影セットか何かでしょう!!私を驚かせないでください!!」

喪黒「それにしちゃあ……。ここにいる通行人は、現代人より背が低いですよねぇ。しかも、彼らの着物の着こなしは不自然じゃないし……」

「そ、そう言えば……、そうみたいですね……」

喪黒「さっきも言ったように……。私たちが乗った乗り物は、タイムマシンですから……」

「もしかすると……。私たちは、本当にタイムスリップしたのかもしれませんね……」

喪黒「そうです。さあ、これからゆっくり江戸見物でもしましょうか」

11 : 以下、?... - 2018/12/04 22:41:16.275 ttpA0ULeD 9/17

日本橋を歩く喪黒と榊。木でできた橋の上は、数え切れぬほどの通行人でごった返している。

「それにしても、思った以上に人が多いですね……」

喪黒「無理もありませんよ。江戸は、人口100万人の大都市ですからねぇ」

町家(商店)をあちこち巡る喪黒と榊。店の棚に陳列された商品を見つめる榊。

「多種多様な店がありますね……。こういう物も売られていたんですか」

道端で、喧嘩をする2人の通行人。2人を眺める野次馬。野次馬には、喪黒と榊が加わっている。

喪黒「『火事と喧嘩は江戸の華』とは、よく言ったものですよ」

芝居小屋で、歌舞伎を鑑賞する喪黒と榊。仰々しい身振りで、声を張り上げる歌舞伎役者。

(これが歌舞伎か……。意外と面白いな……)

とある茶屋。若い娘が、喪黒と榊に団子と茶を運んでくる。茶屋娘に見とれる榊。

「あの……。お名前は……?」

お蓮「私ですか?私の名前は『蓮(れん)』と言います」

12 : 以下、?... - 2018/12/04 22:43:14.389 ttpA0ULeD 10/17

喪黒「じゃあ、あなたは『お蓮』さんですね」

お蓮「はい」

団子を食べる喪黒と榊。

「それにしても、あのお蓮という女性……。素朴で優しそうな感じがしますね」

喪黒「おや?先生、お蓮さんのことが気になるのですか?」

「い、いえ……。わ、私はその……」

喪黒「あなたのお気持ち、よーく分かります。純情な気持ちを持つのは、決して悪いことではありませんよ」

「ええ、まあ……。この時代の人は、茶屋娘見たさに店を訪れる人もいたのでしょうね」

喪黒「そうです。茶屋娘は、江戸時代の庶民の憧れの存在でしたからねぇ」


夜。旅籠屋。広い室内で、食事をする喪黒と榊。2人の膳の上には、夕食が盛られている。

「いやぁ、本当に楽しかったですよ」

13 : 以下、?... - 2018/12/04 22:45:17.642 ttpA0ULeD 11/17

喪黒「先生が楽しんでいただいて、何より……。江戸見物は、時代小説を書くためのいい参考になったでしょう?」

「はい……。おかげさまで、創作のヒントを得ることができました」

喪黒「よかったですねぇ、榊先生」

五右衛門風呂に入る榊。客室で布団に入り、眠りにつく喪黒と榊。


翌朝。江戸の街を後にし、山へ向かう喪黒と榊。林の中には、タイムマシンが置かれてある。

「喪黒さん。貴重なご経験、本当に感謝します」

喪黒「どういたしまして……。ただし、先生には私と約束していただきたいことがあります」

「約束!?」

喪黒「そうです。榊先生が江戸時代に行くのは、今回の1度きりにしておいてください」

喪黒「先生が江戸見物を行ったのは、あくまでも創作のヒントを得るためのものですから……」

「は、はい……」

タイムマシンに乗る喪黒と榊。無数の色の光をくぐり抜け、元の車庫に到着するタイムマシン。2人はタイムマシンから出る。

14 : 以下、?... - 2018/12/04 22:47:16.323 ttpA0ULeD 12/17

喪黒「榊先生、これだけは肝に銘じてください。大事なのは、自分が今いる時代をしっかり生きることですよ」

「わ、分かってますよ。そりゃあ……」


ある大型書店。ベストセラーのコーナーに、榊の新作の時代小説が山積みにされている。

榊の著書を手に取る一般客たち。喪黒も、書店の中で榊の新著を手にする。


BAR「魔の巣」。喪黒と榊が席に腰掛けている。

喪黒「榊先生。新作の時代小説、かなり売れているようですねぇ」

「ええ……。あれは私の作家生命をかけた作品でしたから、人々に支持されて実に光栄です」

喪黒「江戸へ出てきた若い剣客が、茶屋の娘に恋をする。何とも趣がある作品ですねぇ」

「あの作品のヒロインは、私が茶屋で出会ったお蓮がモデルなのです」

喪黒「ほう……。実は私も、あのヒロインのモデルはお蓮さんなのではないかと思っていたのですよ」

15 : 以下、?... - 2018/12/04 22:49:15.196 ttpA0ULeD 13/17

住宅街、榊の自宅。居間で、アルバムを眺める榊。アルバムには、若き日の榊と妻の記念写真が載っている。

(お前と離婚して、もうだいぶ経つな……。お前は気が強い女性で、何かと俺に当たり散らしたものだ)

榊の頭の中に、江戸時代に会った茶屋娘・お蓮の顔が思い浮かぶ。

(できれば、お蓮のような女性と結婚したかったな……)

書斎で原稿を執筆する榊。彼が執筆しているのは、あの若い剣客の物語の続編だ。

とある事件に巻き込まれる主人公。主人公は賊たちと刀で切り合い、深手を負う。

負傷した主人公を看病するヒロイン――茶屋の娘。怪我が治った主人公は、再び賊たちに挑む……。

榊は執筆を続けたものの……。彼の頭の中に、あの茶屋娘・お蓮の顔がまた思い浮かぶ。

(ダメだ……。お蓮のことが気になって、仕事に手がつかない……)


自宅を出て、外を歩く榊。彼が向かった先は、あの車庫の前だ。車庫の中には、タイムマシンが置かれている。

タイムマシンに乗り込み、運転席に座る榊。彼は緊張した様子で、コックピットを操縦する。

17 : 以下、?... - 2018/12/04 22:51:14.272 ttpA0ULeD 14/17

無数の色の光をくぐり抜けるタイムマシン。タイムマシンは、例の山の中に到着する。タイムマシンを出て、山を降りる榊。


江戸。立ち並ぶ町家。着物を着た大勢の通行人たち。通行人たちの中には、現代風の服を着た榊も混じっている。

(間違いない。俺は、ここへ戻ってきたんだ……)

とある茶屋。榊の前に、茶屋娘・お蓮が団子と茶を運んでくる。榊に微笑みかけるお蓮。

お蓮「また、あなたに会うことができましたね」

茶屋を出て、江戸の街を歩く榊。

(俺は、もう1度お蓮に会うことができた。これで安心して、現代へ帰れる……)


とある山。山道の中を歩き続ける榊。やがて、彼の目の前に喪黒が現れる。

喪黒「榊先生……。あなた約束を破りましたね」

「も、喪黒さん……!!」

18 : 以下、?... - 2018/12/04 22:53:14.001 ttpA0ULeD 15/17

喪黒「私は言ったはずですよ。先生が江戸時代に行くのは、たった1度だけにしておけ……と」

「す、すみません……!!」

喪黒「にも関わらず……。榊先生は、タイムマシンで再び江戸時代を訪れましたねぇ」

「わ、私はどうしても……、茶屋娘のお蓮にもう1度会いたかったのです……!!」

喪黒「そうですか……。そんなに彼女のことがお好きなら、この時代でずーっと暮らしてください!!」

喪黒は榊に右手の人差し指を向ける。

喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」

「ギャアアアアアアアアア!!!」


林の中を歩き、タイムマシンの前に辿り着く榊。さっきまで晴れだった空が、いつの間にか雲で覆われている。

(何だか、雲行きが怪しくなってきたな……。雨が降る前に、タイムマシンに乗ろう……)

次の瞬間、辺り一面に閃光が走る。ピカアッ……。タイムマシンの上に、一筋の雷が命中する。ゴロゴロゴロゴロッ!!!

19 : 以下、?... - 2018/12/04 22:55:30.355 ttpA0ULeD 16/17

落雷の影響で、爆発を起こすタイムマシン。タイムマシンはみるみる炎に包まれ、焦げた鉄屑となっていく。

「ああっ……!!タイムマシンが……!!」

驚愕と絶望の表情を浮かべる榊。しばらくした後、激しい雨が林に降り注ぐ。雨に打たれたまま、地面に座り込む榊。


テロップ「数年後――」

江戸の街。立ち並ぶ町家。とある貸本屋では、本を求める客たちで賑わっている。版元の旦那に話しかける年配の客。

「旦那!時越旅彦(ときこし・たびひこ)先生の本はありますか?」

版元「あいよ!時越先生の本は面白いから、みんなに引っ張りだこですよ!」


とある遊廓。部屋の中で、時越旅彦が書いた本を読む男性客。男性客の側には、遊女がいる。

遊女「ねぇ、お前さん。この本読み終わったら、あたしにも見せてくださいよ」

21 : 以下、?... - 2018/12/04 22:58:30.369 ttpA0ULeD 17/17

夜。とある長屋、書斎。一人の男が筆を持ちながら、紙に何かを書いている。その男は、そう……。

この時代にタイムスリップした榊英之助だ。彼は着物姿となり、頭にちょんまげを結っている。

榊のモノローグ「江戸時代にタイムスリップした俺は、読本作家・時越旅彦となった」

ろうそくの明かりのもとで、物語を執筆し続ける榊。ふすまが開き、書斎に一人の女性――お蓮が入る。

お蓮「あなたぁー、ご飯ができましたよぉ」

茶屋娘だったお蓮は、どうやら榊の妻になっているようだ。


21世紀の日本。蔵屋敷が立ち並ぶ観光地を、多くの通行人が歩いてる。通行人の中に混じる喪黒。

喪黒「明治以降、日本は近代化を遂げて現代に至りましたが……。それでもなお、時代小説に対する人気は今も衰えていません」

喪黒「なぜならば……。時代小説でよく舞台になっている江戸時代が、日本人にとって身近に感じられる時代でもあるからです」

喪黒「何よりも、江戸時代は260年以上に渡って続きましたし……。その間に成立した文化は、今もところどころで残っています」

喪黒「21世紀になり、日本がさらに変化していくのは避けられませんが……。時には、過去の歴史と対話をするのもいいかもしれません」

喪黒「ただ、大事なのは、自分が今いる時代をしっかり生きることです。だから、榊先生は今の人生をしっかり生きて欲しいですねぇ」

喪黒「オーホッホッホッホッホッホッホ……」

                   ―完―

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