―ネットカフェ―
男(お、この漫画、15巻から20巻まで誰かが持ってってるな)
男(だったら俺は21巻を持ってってやれ!)サッ
男(これでこいつは、俺がこのネカフェにいる限り、絶対21巻を読めない!)
男(ぷーっ! くくくくくっ!)
元スレ
男「ネカフェで誰かが読んでる漫画の次の巻持ってくの楽しすぎwwwww」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1544265001/
男(メロンソーダうめー)ゴクゴク
男(今頃、あれを20巻まで読んだ奴は21巻だけないことに気づいたに違いない)
男(21巻が戻ってくるまで待つか、飛ばして22巻を読むか葛藤してるに違いない)
男(想像するだけで楽しい……!)
男(俺はこういうことに幸せを感じるんだ)
―ネットカフェ―
男(今日はこれと、これと、これ……)サッサッサッ
……
客A「あれー? 10巻がない! 9巻まで読んだのに!」
客B「最終巻だけ持ってかれてる! マジかよー!」
客C「くそーっ、飛ばして読むしかないか……」
男(ぷぷぷっ、くーっくっくっくっくっ!)
―ネットカフェ―
男(今日も、誰かが読んでる漫画の次の巻を持ってってやろ!)
男(お、この漫画、誰かが26巻を読んでる最中だな……)
男(なら、俺が27巻を――)ソッ…
ガシッ!
男「え」
女「……」
男(なんだこの女……)
男「あの……なにか用ですか?」
女「私は全て知っている」
男「……え」
男(まさか……バレてる!? 俺が次の巻持ってく犯だってバレてる!?)
男(いやハッタリだ……ハッタリに決まってる!)
男(“全て知ってる”なんて曖昧な言葉で、カマかけようって魂胆に決まってる!)
男「やだなぁ~」
男「俺はあなたに会ったことありませんし、あなたが俺の何を知ってるっていうんです?」
女「あなたでしょ」
女「このネットカフェで、いつも誰かが読んでる漫画の次の巻を持ってってるのは」
男(バレてるううううう!!!)
男「な、なんのことだか……」
女「とぼけてもダメ。なんなら店員さんに話してもいい。監視カメラには映ってるだろうし」
男「あ、あああ……」
男「なんの……用だ……」
女「話があるの」
―ファミレス―
男「……」
女「……」
男(こんなところにやってきて、俺をどうするつもりだ……!?)
男(まさか脅迫でもするつもりか……!?)
男「えーと……話ってなんです?」
女「……」
女「ずっとお礼を言いたかった……ありがとう」
男「……はい?」
男「なぜ、俺に礼を?」
女「私は体が弱くて、漫画を読むのが趣味で、あのネットカフェにも何度も足を運んでるの」
女「そして、ある漫画を最終巻の手前まで読んで、最終巻を読もうとした時」
女「最終巻がなくなっていたの」
男(ああ……絶対俺の仕業だ……)
女「いくら待っても最終巻は本棚に帰ってこなくて……私は途方に暮れていた」
男「……」
女「仕方ないから、私は想像したの」
男「想像?」
女「うん、想像」
女「最終巻はいったいどんな内容なのか、どうフィナーレを迎えるのか、想像したの」
女「今までに感じたことのないとても豊かな時間だった……」
女「そして、次に訪れた時、最終巻を読んだら――」
女「その漫画は、私の想像をはるかに超える素晴らしい終わり方をしてくれた」
女「スムーズに最終巻まで読んでいたら、絶対にあの感動は味わえなかったと思う」
男「……」
女「そんなことがその後何度もあって、私はそのたびに次の巻を想像する楽しみを味わえた」
女「あなたがいつも次の巻を抜き取ってくれたおかげ」
女「本当に……ありがとう」
男「……」
男「あの、用件はそれだけ?」
女「うん、これだけ」
男「……」
男「ふ、ふふふ、お人好しというかなんというか……」
男「ごめんなさいっ!!!」
女「!」
男「俺があんたが思ってるような、人に想像を促すような目的で単行本を抜き取ってたんじゃないんです!」
男「むしろ、次の巻を読めなくなる読者を想像して、心の中であざ笑ってたクズです! ゴミクズです!」
男「礼を言われる筋合いなんかない! 本当に申し訳ないっ!!!」
女「正直なところも……気に入った」
男「え」
女「もし時間があるなら、私の家に来ない?」
男「……いいけど」
―女の家―
男「……へぇ~」
男「さすが漫画好き。漫画いっぱいあるね」
女「気持ち悪いでしょ」
男「いやいやいや、全然! 気持ち悪さでいや、俺のやってたことの方がはるかに上だし!」
男「あ、これ、前々から読んでみたかったけど、読んだことないやつだ。読んでもいい?」
女「うん、どうぞ」
アハハハ… ハハハハ…
男「君とは趣味が合うみたいだな」
女「うん、話してて楽しい」
男「……おや?」
男「これ……原稿じゃない? へぇ~、君も漫画描くんだ」
女「あっ、見ちゃダメ! 恥ずかしいから!」
男「恥ずかしいって、よく描けてるじゃないか。どれどれ……」
男「……!」
女「ど、どう?」
男「これ……面白いよ!」
男「絵がうまいだけじゃなく、ストーリーもしっかりしてるし、続き読みたいもん!」
女「本当!?」
男「本当だって!」
男「そうだ、マジで出版社にでも持ってってみたら? 絶対ウケると思うよ……」
女「そんな勇気ない……」
男「勇気がないなら、俺が付き添ってあげるよ! 今度一緒に行こう!」
女「う、うん……」
―出版社―
編集者「君らが持ち込みをしたいって電話くれた人?」
女「は、はい」
男「そうです」
編集者「じゃあ……とりあえず、見せてくれる? 時間ないんでパーッと読んじゃうから」
女「どうぞ!」サッ
編集者「ふーん……」
編集者「ふん、ふん、ふん……」
女「……」
男「……」
編集者「いや、これはすごい……!」
女「!」
男「……」ニヤッ
編集者「この漫画、面白いよ! 僕はものすごい掘り出し物を見つけたのかもしれない!」
プルルルル…
男「もしもし」
女『あの……この前持ち込んだ漫画、とうとう連載が決まったの!』
男「本当かい! よかったなぁ!」
女『これも全部あなたのおかげ、ありがとう!』
男「俺はきっかけを作っただけで、全部君の実力じゃないか。頑張って、応援してるよ」
女『うん!』
―本屋―
「これ面白いよなー」
「ホント! ここ最近の漫画じゃ一番の当たりだ!」
「ヒロインが秘密を告白するシーンなんて泣いちゃったぜ……」
ワイワイ… ワイワイ…
男(あれから、瞬く間に彼女は人気漫画家になった)
男(彼女の漫画の単行本は売れに売れ、どの巻も平積みにされている)
男(たまには電話かけてみるか……)
男「もしもし?」
女『あ、もしもし。お久しぶり』
男「元気? 今度、どこかで会えないかな?」
女『ごめん、このところ忙しくて、会えそうにない』
男「そっかー。無理しすぎないようにね」
女『ありがとう。じゃあ、またね』プツッ
男「……」
男(……そっけないな)
男(しょうがない。彼女と俺とじゃ、もはや住む世界が違うんだ)
……
男(彼女どうしてるかなぁ……)
男(ん、ニュース……訃報……誰の?)
男「――え」
≪人気女性漫画家、急死≫
男「うっ、うっ、うっ……」
男「俺のせいだ……!」
男「俺が彼女に持ち込みをさせたから、漫画家なんて忙しい職業になっちゃって……!」
男「こんな早く死んじゃったんだ……!」
男「うああああああああああっ……!!!」
―女の家―
男「ようやく気持ちの整理がついたので、お線香を上げさせてもらおうかと……」
男「それとこれ……香典です。遅くなりまして……」
婦人「いえ……娘も喜びます」
婦人「あ、そうだ。もし、あなたがいらっしゃったら、娘から手紙を渡すよう頼まれていたんです」
男「俺に……手紙ですか?」
婦人「はい、私も中身は読んでいません。どうぞ受け取って下さい」
男「は、はい……」
『このところ体調が急激に悪くなり、もしかしたらもう会えないかもしれないので、
お手紙を書かせて頂きました。
もし、私が死んだとしても、私に一切後悔はありません。
あなたと出会えて、漫画家になることができて、本当によかった。
あえて悔いがあるとすれば、私が描いている漫画を完結できなかったことです。
私の漫画は今7巻まで出ていて、あと少しで完結というところまできています。
そこでお願いがあります。
もし私が死んだら、あなたが残り8巻分となる最後の仕上げを描いて頂けないでしょうか。
こんなことを託せるのは、あなたしかいません。
このことは担当の編集者さんにも話すつもりでいます。
あなたに描いてもらえるなら、どんな終わり方だろうと私は嬉しい。
どうか、よろしくお願いします』
男「……」
男「無茶いうなぁ……俺はド素人だってのに……」
男「ネカフェでの嫌がらせが趣味だったようなヤツに」
男「こんな素晴らしい漫画の完結編なんて描けるわけないだろ……」
男「……」
男「だけど……描くよ! 絶対描く!」
男「たとえ、君のファン全てを敵に回すことになっても……絶対描いてやる!」
男(そうと決まれば……絵の猛特訓からだ!)
……
……
―出版社―
編集者「お待ちしていました」
男「彼女から話は聞いていると思います」
男「これが俺が考え、描いた、彼女の漫画のクライマックスです。お願いします!」サッ
編集者「……拝見します」
編集者「目を通す前にいっておきますが、僕もしょせんは商売人です」
編集者「いくら彼女の遺志といっても、世に出す水準に達していないと判断したら――」
編集者「このままお蔵入りとさせていただきます。よろしいですね」
男「望むところです」
編集者「では……」
編集者「……」
編集者「ふむ……ほう、ほう……!」
編集者(すごい……! 普通、こういう時に他の作者が続きを描いたら絶対違和感が出るのに)
編集者(絵もストーリーも、まるで彼女の生き写しだ……!)
編集者(この人は、心の深いところで、彼女と繋がっていたのか……)
編集者「……素晴らしい出来栄えです」
編集者「先ほどはお蔵入りにするかも、などと失礼なことを申し上げました」
男「ありがとうございます」
編集者「……いえ、礼をいわなければならないのはこちらです」
編集者「あなたのおかげで、皆が待ち望んでいた、この作品の完結巻を出せるのですから」
男「よろしくお願いします!」
しばらくして――
『夭折した女性漫画家の作品の完結編を、知人男性が執筆! 幻の第8巻発売!』
ワイワイ… ガヤガヤ…
「これすげーな! 生前に作者が描いてたとしか思えない!」
「絶対叩こうと思ってたけど、マジで違和感ねーわ!」
「これなら完結編として納得できるな……」
男(天国から……見ててくれてるかい)
男(俺……やったよ。やってみせたよ)
男(いつもいつも人の読みたがってる次の巻を持ち去ってばかりいた俺が……)
男(はじめて……みんなが読みたがってた次の巻を読ませることができた……)
―おわり―
全く期待しないで読み出したのに…
く、悔しいっ(ビクンビクン