隊長「魔王討伐?」
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717 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:00:48.13 9HsuNt0O0 683/1103


~~~~


隊長「...」


──......

物音を立てずに歩いている。

先程まで、急いで階段を駆け上っていたというのに。


隊長「...敵影なし」


魔女「なら、急ぐわよ」


いかに速く魔王子たちと合流できるかが鍵。

それでいて不意打ちを受けないようにクリアリングを欠かさない。

この焦燥感に駆られる状況でもお互いに冷静でいられる、魔王子や女勇者とは違った強さが目立つ。


隊長「...スライムは大丈夫だろうか」


どんなに頼もしく思えても、彼女の第一印象が不安を煽る。

あののろまでゆるそうなスライムが水帝を抑えている、心配で仕方なかった。


魔女「...大丈夫よ、スライムが一番成長したんだから」


魔女「女賢者もいる...耐えてくれるわよ」


隊長「...あぁ、そうだな」


魔女「それにしても、上に続く階段はどこかしら...」


隊長「...仕方ない、手分けをしよう」


隊長「危険かもしれんが...女賢者が言うには、魔王城内にはあまり敵がいないそうだ」


魔女「...そうね、その方が早く見つけられるわね」


隊長「いいか? 敵や階段を見つけたら音をたてろ」


魔女「わかった、見つけたら雷でも落とすわね」


そう言うと魔女はどこかに行ってしまった。

雑兵がいればこの階層は激しい戦場と化していただろう、それほどに広い。

魔女が別方角へ行ったのを確認して、自らの足を進める。


隊長「...Clear」スチャ


決して油断せずに、前に進む。

いつ敵が現れてもいいように指にトリガーをかける。

緊張状態で探索しながら、数分が経過した時だった。

718 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:05:09.13 9HsuNt0O0 684/1103


隊長「...部屋か?」


前方に、小部屋と思しき扉を発見する。

今は階段を見つけるのが最優先だ、通り過ぎようとしたはずだった。


隊長「...」


──ピタッ...!

彼に襲いかかったのは好奇心であった。

この部屋の中が気になる、そんな具体的なモノではない。

誰もが感じることがある無意識の好奇心、ただ、この扉を開けようと思ってしまっていた。


隊長「...」


──ガチャ...

気づけば、アサルトライフルを背負いハンドガンに持ち替えていた。

そうでなければ、扉を開けることなど困難だろう。


隊長「...ここは」


小部屋に入ると、あたりは植物で彩られていた。

鼻孔に感じるのは爽やかな匂いや、少しばかり刺激のあるモノ。

まるでフラワーショップに入店したかのように思えた。


隊長(手がかりなしか...)


無意識の好奇心の中には淡い期待が混じっていた。

あわよくばこの小部屋に階段があれば。

あわよくばこの小部屋に地図が記されていれば、しかし結果は残らなかった。


隊長(...階段探しに戻るか)


???「...うぅーん」


隊長「──ッ!」ピクッ


部屋から出ようとした瞬間、何者かの声が聞こえた。

敵か、それともそうではない誰かなのだろうか。

少なくとも味方ではない、ハンドガンを構え再び部屋を探索し始める。


隊長(...どこだ)


この小部屋、花や植物によって視界を確保するのが難しい。

まるでジャングルの中を歩いているような歩行の仕方をしている。

垂れ下がった蔓や花を、暖簾に腕押しの如くどかしている。


隊長「...」


先を急いでいるはずなのに、なぜ声の主を探しているのか。

無意識というものに理を求めてはいけない。

719 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:08:49.14 9HsuNt0O0 685/1103


隊長(...マフラーが)


──ガサッ! グイッ...

深い緑のマフラーが、隊長の横にある花に引っかかってしまった。

それを外そうとした瞬間、花を動かした際に死角であった部分が露わになる、そこにあったのはベッド。


隊長「──ッ!」サッ


音を立てずに、なおかつ迅速に、そして確実に。

彼の完璧と言える接近、そしてハンドガンの照準がベッドに横たわっている者を捉えていた。


隊長(...女児か?)


髪色は白、女勇者と同じだがツヤがない、老化によって変色した様だ。

見た目は20代にも満たない子どものような体型をしているというのに。

そしてその子の付近には大量の本が乱雑に置かれていた、まるで見舞い人が持ってきたような。


隊長「...」


???「...誰ですか?」


ガラガラの声だった、どうやら気づいていたらしい。

それでいて敵意を感じられない、眉間を狙っていた照準は下げていた。

ベッドに横になりながら、瞳を開かずに女の子は話しかけてきていた。


隊長(...盲目か)


返答を行わず、冷静に考察をしていた。

へたに返事をして刺激を与えるよりかは堅実であった。


???「...誰もいないんですか?」


隊長「...」


このまま去ればやり過ごせそうだ。

不必要な戦闘は避けるべき、階段探しに戻ろうとした。

その時だった、女児が伸びた前髪をうざったらしくかき分けた。


隊長「────ッ!?」ピクッ


一瞬だけ、あらわになったその顔。

髪の色も声も変わり果てて気がつかなかった。

その懐かしくもあり見覚えのある顔。


隊長「────"少女"、なのか?」


もし、他人の空似だったら。

もし、この投げかけでこの子が臨戦状態になったら。

あらゆる危険性があったであろう質問、冷静さが彼の特徴だというのに。

720 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:10:43.93 9HsuNt0O0 686/1103


???「──きゃぷてんさん?」


そして、向こうも気がついていなかった。

視力は失われている、頼れるのは聴力だけだというのに。

隊長は意地悪にもなにも喋ってくれなかった、気づかなくて当然だった。


隊長「...間違いないんだな?」


???「...きゃぷてんさん、なんですね?」


気づけば勝手に歩み寄っていた。

それと同時に少女の見えない目が開かれていた。

瞳には光が失せているのに、隊長の顔を見ようと精一杯に目を見開く。


少女「────ぎゃぶでんざんっっ!!」ダキッ


隊長「少女...生きててよかった...」ギュッ


熱い抱擁は先程魔女と行った、だがこの意味合いは家族愛に近いモノであった。

少女を抱き寄せて、胸を貸し、頭を撫でている、彼女からボロボロと流れる熱い涙を受け止めていた。


少女「もう...だめかと思いました...ひぐっ」


少女「お父さんも...お母さんも...死んじゃいました...」


隊長「...」


少女「私も...目が見えなくなって...どこかに連れてこられて...ぐすっ」


少女「よくわからないこと...たくさんされて...」


隊長「...辛かったな...一緒にいてやれればよかったな」


少女「う、ひっぐ...」


隊長「...ここは危険だ、安全なところに行こう」


少女「は、はいぃぃ...」


隊長(...拉致されて実験体にされていたのか)


隊長(あのクソ野郎と同じことをされたのか...腸煮えくり返る...)

721 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:12:26.23 9HsuNt0O0 687/1103


隊長(...それよりも、どう行動するか)


異様に軽い少女を片手で支えながら抱きかかえ、もう片手でハンドガンを握りしめる。

本当なら一度退避をして少女を安全な場所に隔離しておきたい。

だが今は仲間であるスライムと女賢者が水帝と接触している。


隊長「...」


いち早く階段を見つけ、上の階層に居ると思われる魔王子たちと合流。

そしてそのまま階段を下り、魔王子と共に水帝戦の加勢をしなければならない。

難しいと思われる問に彼は早くも決断した、やるべきことは変わらない。


隊長「...少女、ここは魔王城なんだ」


少女「...そ、そうなんですか?」


隊長「あぁ、いま俺の仲間が闘っている」


隊長「だが...分断されてしまった、いち早く合流を行いたいんだ」


少女「...」


隊長「激しい戦闘になる...恐い思いをさせてしまうだろう」


隊長「でも、急がないと仲間が殺されてしまうかもしれん」


隊長「...本当なら安全な場所に少女を預けておきたいんだが」


隊長「もう少しだけ俺と一緒にいてくれ...絶対に守る」


少女「...だいじょうぶです、むしろきゃぷてんさんと一緒にいたいです」


隊長「...そうか、ありがとう」


了承を得た、早速行動に移る。

歩行に邪魔な花や蔓をどかしながら小部屋を脱出した。

少女を抱え込みながら、再び階段探しを行う。


隊長「...階段はどこだろうか」


少女「...訛り、なくなってますね」


隊長「あぁ、そうだな...自分でもびっくりだ」


少女「それにこれ...私が編んだやつですよね」スッ


隊長「そうだ、大切につけているぞ」

722 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:13:53.84 9HsuNt0O0 688/1103


少女「...えへへ、辛いことだらけでしたけど、今はちょっぴり幸せです」


隊長「...そうか」


──バチバチバチバチッッ!!

どこからか、稲妻の音が響いた。

これは何かを発見した合図、彼女と約束したモノだ。


隊長「──見つけたかッ!」ダッ


少女「うわっ!」


階段かもしれない、敵かもしれない。

どちらにしても音のなった方に全力疾走で向かう。

少し乱暴な動きで少女をビックリさせてしまったが仕方がない。


魔女「──キャプテン! 階段あったわよ!」


少女(────っ!?)ピクッ


隊長「でかしたぞッ!」


魔女「早速登る...って、その子は?」


隊長「あぁ、麓の村の──」


隊長が、少女のことについて語る。

しかしその間にも彼女の精神は歪み始めていた。

今、彼女の耳にはなにも聞こえていない。


少女(この声...知ってる...)


少女("魔女"だ...一度だけ麓に降りてきたときに聞いた声...)


少女(どうして...)


────ぐにゃぁ...

そのような擬音とともに、頭が揺さぶられているような感覚。

耳に残った、父たちを一時的に奪った恨みの相手の声。

人は憎い者の声を忘れることはできない。


少女(なんで...きゃぷてんさんと...)


少女(...きゃぷてんさんも奪うつもりなの?)


徐々に思考がズレていく。

それも当然、あの隊長でさえ恨みの相手の前では冷静になれない。

目を失った彼女が、このような状態の少女が果たしてまともな精神を保てるだろうか。

723 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:14:59.22 9HsuNt0O0 689/1103


魔女「──大変だったのね、この子...」


隊長「あぁ...」


少女「..."魔女"、ですよね?」


魔女「え...?」


隊長「...少女?」


少女「私のお父さんを連れ去った人ですよね?」


隊長「...少女、聞こえていなかったのか?」


魔女「違うわよ...?」


どうやら、少女が思考に囚われている間に弁解をしていたようだ。

凍らせた張本人は氷竜という奴で、魔女は無実だ。

だがそのようなことは少女の耳には入っていなかった。


少女「あなたさえいなければ...」


少女「あなたさえいなければ...」


少女「あなたさえ...」


魔女「...様子がおかしいわ」


隊長「...実験体にされていたらしい、身体や精神が疲労しているはずだ」


魔女「...魔法をかけるわね」


魔女が治癒魔法をかけようとした時。

抱えている隊長が違和感を覚えた。

少女の身体から、まるでなにかが生えたような感覚。


隊長「...少女?」


少女「あなたさえ...」

724 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:15:37.59 9HsuNt0O0 690/1103











「あなたさえいなければ、お父さんたちは死ななかった...」










725 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:16:53.78 9HsuNt0O0 691/1103


────メキメキメキメキメキッッ!!

少女の身体の内から、大量の触手が皮膚を破り現れる。

それはまるで植物の蔓のような形であった、蔓は隊長の身体にまとわりつく。


隊長「──ッッ!?」


魔女「な、なにが起きてるのっ!?」


少女「あなたさえいなければ、お母さんは死ななかったっっ!!!」


完全にズレた思考はすべての責任を魔女にぶつけている。

父は偵察者に洗脳されていた、魔女のせいではない。

母は洗脳された父に巻き添えにされた、魔女のせいではない。


少女「あなたはきゃぷてんさんまで奪おうとしているっっ!!」


少女「...許せない許せない許せない許せない許せない」


魔女「──キャプテンっ!」


隊長「これは...ッッ!?」


身体についた蔓はそれほど強くまとわりついていない。

力づくで剥がそうとすれば簡単にそうできる。

しかし蔓は無限に生え何度もまとわりつく、隊長は拘束から脱出ができない。


魔女「──ごめんっ! "雷魔法"っ!」


──バチバチバチバチッッ!!

的確な雷が、拘束しているすべての蔓を一掃した。

隊長は拘束からようやく脱出ができた、そして魔女の元へと身を寄せた。


隊長「──なにが起きているんだッッ!?」


魔女「...もしかしてこれってっ!?」


植物まみれの少女、この光景どこがで。

あの時、魔女の村でこれに近い現象が起きている。

そしてその仮説を遮る怒号が響く、彼女は彼に近寄りすぎた、その光景を見てしまった。

726 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:17:31.41 9HsuNt0O0 692/1103











「奪うなぁああああああああああああああああああああああっっ!!」










727 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:19:39.53 9HsuNt0O0 693/1103


隊長「...」


魔女「キャプテン、しっかりして...」


隊長「...あぁ、わかっている」


彼もまた、なんとなく察してしまった。

もしあの時密林で魔女に支えられていなければ。

今頃きっと、精神的ショックで呆然としていただろう。


魔女「これって、暗躍者とかが魔力薬を飲んだ時に似てるわね...?」


隊長「あぁ...そうだな」


冷静に、呆然としようとする自分を殺しながら考察する。

暗躍者たちが飲んだ、側近とやらの魔力薬を飲んだ時の症状と似ている。

ただ、そんなことよりもはっきりした事実が彼の口から発せられる。


隊長「..."敵"になってしまったのか...少女」


魔女「...そうね」


隊長「俺はまたこの手で、仲間を...命の恩人を殺すのか」


魔女「...そうね、そうしなければ仲間が死ぬわ」


心を鬼にして彼女は返答をしていた。

隊長の黒い過去、それを認識しているからこその返答。

ここで少女を殺し、魔王子と合流しなければスライムたちは死ぬ。


隊長「...」スチャ


彼ができることはただ1つであり、2つの意味が込められている。

少女を殺すしかない、1つ目の意味は仲間を助けるため。

もう1つの意味は、早く楽にしてやることだった。


少女「──きゃぷてんさん?」


隊長「...」


──カチッ!

今までで生きてきた中で、一番重いトリガー。

向けられるのはこの世界で一番最初に出会った者。

あの時誰にも気づかれていなければ、野垂れ死んでいたかもしれない。


隊長「────ッ」


──ババババババババッッ!!

そんな命の恩人に向けて発射された弾幕。

光も込められていない、殺すことしか能のない攻撃が放たれた。

728 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:21:35.45 9HsuNt0O0 694/1103


少女「────っっっっ!?」


しかしその弾幕は防がれてしまった。

まるで少女とは別の意識を持ったような。

そのような動きで、蔓が身を挺して銃弾から少女を守った。


少女「...どうして攻撃したの?」


隊長「頼む、わかってくれ...」


少女「ひどい...きゃぷてんさん...」


魔女「...この場にひどい人なんて誰もいないわよ」


魔女「こうするしかないの...っ!」


少女「...そっか、きっときゃぷてんさんはこの人に洗脳されたんだ」


少女「だから、私に攻撃したんだ...っ!」


少女「う、うふふふふ...」


少女「今度は私が護ってあげるからね...きゃぷてんさん...」


隊長「...ダメだ、正気じゃない」


魔女「あの子があの子であるうちに...」


隊長「I know what I'm doing...」


いかに強靭な精神を支えられているといっても。

いかに強すぎる正義をかざしているといっても、トリガーは重いままであった。

先程のように、強い踏ん切りがなければ少女に向けての射撃は難しい。


少女「きゃぷてんさん...かわいそう...」


少女「本当は私を攻撃したくないんですよね...?」


隊長「...あぁ、そうだ」


少女「...この人に洗脳されて、辛いですよね?」


少女「今、助けてあげますから...」


隊長「...ッ!?」ピクッ


はらり、はらり、そう音をたてて少女の身体から落ちる。

白い花びらのようなものが、落ちるたびにその量は増していく。

質量保存の法則がこの世界にもあるというなら、それを完全に無視をしている。

729 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:25:51.26 9HsuNt0O0 695/1103


少女「...まっててくださいね」


間もなく少女の身体は完全に花びらに包まれ、彼女は次のステージへと変化する。

隊長たちは見逃したわけではない、あまりの急速な出来事に対応できていないだけ。


魔女「──まずいわよっ!」


隊長「────ッッ!!」


──ババババババババババッッッ!!

重すぎるトリガーを強引に引いた。

大量の花びらに向かって放たれたその攻撃は、今度こそ直撃した。


???「...」


──ガキィンッ! カキィンッ!

まるで鉄に弾かれたような、そんな音が響いた。

直撃したはずだというのになぜこのような音が聞こえたのか。


隊長「な...ッ!?」


魔女「...弾かれたっ!?」


銃弾は弾かれた、いまのいままでこのような出来事に遭遇してこなかった。

何に弾かれたのか、花びらはその時を待っていたかの如く急激に風化する。

その全貌が明らかになる、そこにあったのは1つの物体。


魔女「これは...蕾...?」


「...」


それ自体よりも、別のことに疑問が浮かび上がっていた。

絶対にあると思っていた、あるものがない。

それは彼女にしか気づくことができない。


魔女「ま...魔力を一切感じないわ...」


隊長「...なに?」


魔女「あの蕾から魔力を感じないのよっ...!?」


ただ単純にあそこまでの硬度を誇っていたというわけだった。

あの蕾は魔力によって強化されていない、つまりはどういうことか。


隊長「銃も..."光"も通用しないのか」


魔女「えぇ...そうなるわ」


ありとあらゆるものを無力化させる、だがそれは魔力に限った話。

光を纏った銃弾は過去に魔闘士等の強靭な身体を貫いた。

だがそれは魔力によって強化された身体だからこそ貫けたのであった。


730 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:28:00.80 9HsuNt0O0 696/1103


隊長「銃は愚か、光まで使い物にならないのか...ッ!?」


魔女「──まって、動くみたいよっ!」


隊長の攻撃手段はすべて、通用しない。

そんなことに嘆いている間に、ついに少女が動く。

正確には蕾から生えている触手じみた蔓がこちらを見定めていた。


魔女「...どうするの!?」


隊長「待ってくれ...少し、時間をくれ...」


隊長に課せられたタスクは3つ。

魔王子と合流すること、合流後にスライムを援護すること。

そして敵になってしまった少女を殺すこと、しかし最後の3つ目が焦燥感を煽る。


隊長(...俺の武器が通用しない今、この戦闘は確実に時間がかかる)


隊長(1秒でも早く合流をしなければならないというのに...ッ!)


隊長(だが、ここから離脱するわけにもいかない...少女を放っておけるものか...ッ!)


隊長(──せめて俺が...楽にしてやるぞ...)


魔女「────来るわっっ!!」


長考に気を取られていると、少女の蕾は動き始める。

蕾は不動、周りの蔓が不規則な動きでこちらを狙う。

いくつも伸びている蔓があらゆる方向へ攻撃を始める。


隊長「──屈めッッ!!」


魔女「────っっ!」スッ


極限にまで速度を高めた蔓の一突きが地面に突き刺さった。

魔女は魔界の空気によって身体が強化されている。

その際に上昇した動体視力がなければ屈むことなどできなかったであろう。


魔女「キャプテンっ! 後ろっっ!」


隊長「──ッッ!」ダッ


今度は、キャプテンに巻き付こうとした蔓が迫っていた。

横に緊急的な飛び込みを行うことで回避に成功する。

しかし、一向に状況を打破できない。

731 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:29:46.51 9HsuNt0O0 697/1103


隊長「クソッ! どうすればッ!」


魔女「落ち着いてっ! あなたならできるわっ!」


「...」


徐々に消耗され始めた2人に対して、蕾は無言で仕掛けている。

その対比があまりにも恐ろしい光景を生み出している。

蔓はさらに増殖を始めていた。


魔女「..."雷魔法"っ!」


──バチバチバチッッッ!

サッカーボール程度の大きさの雷球が繰り広げられる。

1回の詠唱でこれほどまでの弾幕を張ることのできる者は少ないだろう。


魔女「...やっぱり、効果なしね」


魔法は蕾に当たりはしたが、今ひとつ。

それも当然、隊長の銃ですら傷をつけることは不可能。

初めからわかりきっていたような落胆の声を漏らしてしまう。


隊長「...ッ!」スチャ


──ババッ! ババッ! バババッ!

蕾に効果がないなら蔓に照準をあわせる。

見事な指切りを活用し、精密射撃を行う。

命中した蔓は地面に横たわった、しかし続々と蔓は増殖を続ける。


隊長「効いたか、だが...」


魔女「だめ、蔓を潰したところでまた生えてくるみたいね...」


隊長「やはり、あの蕾を狙わなければならないか」


魔女「その武器もだめ、私の魔法もだめ...どうすれば...」


隊長「...」


状況を分析しながらも、蔓による攻撃を回避し続ける。

攻撃の動きは単調で避けやすい、だが時間が立てば当然消耗する。

ならばこうするしかない。

732 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:31:34.19 9HsuNt0O0 698/1103


隊長「...俺が囮になる」


魔女「え...?」


隊長「蕾自体は動けない、攻撃手段は蔓だけのようだ」


隊長「そして蔓は潰すことができる...ならば時間稼ぎはできるはずだ」


隊長「...俺が蔓を相手にしている間に魔女は魔王子たちを連れてきてくれ」


彼の出した決断は他人任せであった、今ここにいる者たちで最も破壊力を保持している者。

それは魔王子であることは間違いない、彼の闇ならこの蕾を破壊することなど容易。

彼の諦めと切り替えの速さ、これがあったからこそ危険な今までを生き残れてきた。


魔女「...いいのね?」


隊長「現状を打破できない今、こうするしかない」


隊長「...悔しいが、俺たちには無理なんだ」


魔女「...わかったわ、合図をお願い」


もし時間に追われていなければもっと粘れたかもしれない。

悔しい、それは2つ意味が込められた言葉。

1つ目は少女が敵になってしまったこと、そしてもう1つは。


隊長(せめて...せめて"女"の時のように、この手で終わらせたかった...)


隊長「────いけッ!」


魔女「──っ!」ダッ


──バババッ! ババッ!

彼女は階段に向けて疾走する。

その一方で彼は蔓を正確に射撃する、このままなら分断が可能だろう。


隊長(──Reload...)


──カチャカチャッ! スチャッ!

──ババッッ! バババッッ!!

超効率的な動きでリロード、そして再び蔓の猛攻を防ぐ。

広く展開しようとしている蔓を次々に撃ち落としていく。

魔女は階段の一段目を踏もうとしたその時だった。

733 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:34:36.31 9HsuNt0O0 699/1103


隊長(...待て)ピタッ


思考が巡る、まるで時が止まったかのように。

今になってある説が彼を刺激している。

焦燥感に駆られてしまい、重要なことを見落としていた。


隊長(あの時...少女はどうやって攻撃を防いだ...?)


隊長(今は視力を失っている...どうやって無理なはずだ)


隊長(今だって、蕾に包まれてこちらを確認することはできないはずだ)


隊長(まるで別の意識が動かしているような...いや、それにしては攻撃が単調で広範囲すぎる)


隊長「...まさかッ!?」


隊長(ただ、増殖しているだけなのかッ!? だとしたら蔓だけじゃない...ッ!?)


いま少女が行っているのは、蔓でこちらを攻撃していること。

だが、もしこれが攻撃ではないとしたら。

意識無意識それ以前の話、植物としての本能、もしこの蔓がそうだとしたら。


隊長「──魔女ッッ! 戻れッッ!」


魔女「────え?」


──メキメキメキメキメキッッッ!!

魔女が階段を登ろうとした時だった。

気づけるはずがない、なぜなら今になって目視できたのだから。

いままで潜っていた根のようなモノに耐えきれず、石材でできた階段が崩れる。


魔女「しまっ────」


隊長「──蔓だけじゃないッ! 気づかない間に根も成長していたんだッ!」


隊長「...ここは既にもう、少女に侵食されているッ!」


先程銃から少女を守った蔓、それは生物の皆がもっている防衛本能。

攻撃のように見えた蔓の増殖、その本質は体積を増やすための植物としての本能だった。


魔女「──うごけないっっ!?」グググ


隊長「クソッ! 魔女ッ!!」グググ


魔王城の2階、その光景が徐々に変化を始める。

床や壁が侵食に耐えきれず、埋まっていた根をむき出しにするほどに。

そしてその根が2人の足にまとわりつき拘束した。

734 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:37:37.40 9HsuNt0O0 700/1103


魔女「くっ..."雷魔法"っ!」


──バチバチバチッッ!

魔女の足元に雷が落ちる。

狙いも完璧であり、自らに被害が出ない程度に威力を抑えている。

完璧な対応、だがそれでは不十分だった。


魔女「だめ...びくともしないっ...!」


隊長「待ってろッ! そのまま動く────」


隊長「────ッ!?」


────ミシミシミシミシッ...!

急速成長した根がまとわりつく。

アサルトライフルを支えている両腕までに。

根が与える圧力、それに耐えるための腕力で照準は大いにブレている。


隊長「クッ...撃てない...ッ!?」グググ


魔女「────これはっ!?」ピクッ


今度は2人の目で確認できた、根の一部が変化している。

それでいても、植物にしては遥かに早い速度で成長している。

魔女の目の前に現れたのは食虫植物のようなモノだった。


魔女「...まずいっ!!」グググ


隊長「魔女...ッ!」グググ


──くぱぁ...

明らかに魔女を捕食しようしている動きであった。

2人はなんとか拘束から脱出しようと力を振り絞る。

しかしそれは徒労に終わる、拘束から脱出できない。


魔女「──"属性付与"、"雷"」


抵抗を諦めた彼女が叫んだのは魔法。

何を思ったのか雷を自らにまとわせた。

下位属性の属性付与、身体に付与させれば当然痛みが彼女に走る。


魔女「────"雷魔法"っっ!!」


────バチバチバチバチバチバチバチッッッ!!

先程とは違う、出力を抑えることを考慮されていない音が聞こえる。

そのあまりの威力に食虫植物やあたりの根は愚か、魔王城の床の一部すら破壊する。

しかし故に、狙いは決して鋭くなく、当人である魔女ですらその餌食となっていた。

735 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:39:42.02 9HsuNt0O0 701/1103


魔女「────ぐぅぅぅぅぅううううう...」フラッ


彼女が行ったのは、以前隊長にやったモノの応用。

身体に付与された雷が自身を貫かないように、雷魔法をある程度誘導していた。

それにより魔女の安全性は確保されていたはずだった。


魔女「だめね、出力を上げすぎたわ...」


痺れ、痛み、倦怠感、朦朧とした意識、そのすべてを堪えて足をすすめる。

身体に付与した雷をゆっくりと解除しながら、階段ではなく隊長の方へ。


隊長「魔...ッ、女...」グググ


ギチギチと音を立て、蔓と根が彼を縛り上げていた。

両腕は愚か首にすら巻き付いている、言葉を発することすら難しい状態であった。


魔女「絶対に...動かないでよね...」


詠唱を始める、今度はある程度時間に余裕がある。

どのくらいの出力なら拘束を緩めてくれるか、先程ので検討がついていた。

ならばやることは1つ、いかに正確に雷を放てるか。


魔女「"雷魔法"...っ」


──バチバチバチバチッッ!

絶縁体もなにも持っていない隊長に当たれば即死だろう。

洗練された魔法の挙動、身体を拘束するモノだけを的確に狙った。


隊長「──ッ...! 助かったッ!」


魔女「お礼はいいわ...それよりも...」


隊長「あぁ...わかっている」


隊長「...俺を含めてここを離脱だ、魔女と共に魔王子と合流する」グッ


魔女「...助かるわ」グイッ


彼女の肩を支え、すぐさまに歩行を始める。

作戦が二転三転するがこれも次善の選択だろう。

軽く意識が朦朧としている魔女、単独行動は許されない。

それにこの階層はすでに少女に有利な環境だ、引かざる得ない。

736 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:41:52.27 9HsuNt0O0 702/1103


魔女「...ごめん」


隊長「お前がいなければ、今頃俺は絞め殺されていただろう」


隊長「...謝られると言葉に困る」


魔女「...あなたが無事でよかった」


隊長「あぁ...」


魔女の身体が隊長に寄り添い、逞しい彼の腕が彼女の肩を支える。

先程の雷の影響か、蔓や根の成長はかなり鈍くなっていた。

歩行速度は小走り程度だが、これでも余裕をもって退避ができる。


隊長「...少女、もうどうにもならないのか」


魔女「...あれは魔力薬...じゃないわ」


魔女「身体が完全に植物になって...戻れないと思う...」


隊長「...魔女がそう言うのなら、そうなんだろうな」


彼は魔力には精通していない、餅は餅屋に聞くしかない。

素直に彼女の言うことに頷くしかなかった。

とても冷たい様に見えるが、そうするしかない。


隊長「もうじき階段だ、足は上げれるか?」


魔女「まって、余裕ができたから...治癒魔法を唱えるね...」


隊長「あぁ...一応見張ってるぞ」


意識が朦朧としている、詠唱するのに時間がかかると思い後回しにしていた。

だが実際は違う、蕾と化した少女に動きがない。

余裕があるなら今のうちに身体の痺れを取るべきだ。


隊長「...」スチャ


魔女「”治癒魔法”」ポワッ


────ドクンッ...

治癒の明かりとともに、聞き慣れている音。

まるで心臓の鼓動のような音、それが自分ではない方向から聞こえた。

少しの違和感でも、彼は警戒を怠らなかった。


隊長「...聞こえたか?」


魔女「...幻聴であってほしかったわ」


隊長「少女が動くようだ...このまま退避するか応戦するか...」


737 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:43:50.62 9HsuNt0O0 703/1103


魔女「...蕾の状態なら、動かないから放置して退避できたかもしれないけど」


魔女「今あの蕾は変化しようとしてるわ...もし移動が可能になって下の階へ行かれたら...」


隊長「...応戦だ、拘束されたらすぐに救助できるよう、お互いに近くにいろ」


魔女「...わかったわ」


──ドクンッ...ドクンッ...

応戦、囮、退避、そして再び応戦。

彼がここまで作戦内容を変更したのは、初めてだろう。

急いでいるとき程に、運に弄ばれる。


魔女「...私も、少し離れている程度なら魔力を感知できるわ」


魔女「ウルフたちは遠くてわからない...けど、スライムたちの魔力はまだ感じるわ」


隊長「...まだ生きている、それが確認できただけ十分だ」


魔女「...そうね」


──ドクンッ...ドクンッドクンッ!

蕾が徐々に膨張し始める。

まるで何かが生まれようとしている。

彼らはただその様子を、遠目に眺めることしかできない。


魔女「策はあるの?」


隊長「...ないさ、やるしかない」


魔女「...私にはあるわよ」


隊長「本当か?」


魔女「えぇ、ずる賢さなら大賢者様より上よ、上」


隊長「...フッ」


魔女「なによ」


隊長「いや、なんでもない...それで策は?」


魔女「それはやってみてからのお楽しみよ」


隊長「なんだそれは」


魔女「...すぐに分かるわ」


──かぱぁ...

蕾が開いた、そして中から現れたのは。

顔以外原型をとどめていない、植物人間。

身体と思しき場所のいたるところに草花が咲き乱れている。

738 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/17 22:44:44.35 9HsuNt0O0 704/1103











「あはは...きゃぷてんさぁん...」










741 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 20:57:14.72 I5P21WD00 705/1103


隊長「...もう、少女じゃないんだな」


魔女「...」


隊長「どんな手段を使ってでも...両親の元に逝かせてやるからな...」


少女「あははははは...あはは...」


魔女「...あの見た目、形は違うけれど蕾と同じ質感ね」


隊長「...相変わらず攻撃が通りそうにもないな」


少女「あははは...あは...」


──ずる、ずる、ずる...

彼女の足と思われる部位は根と繋がっており、歩行は不可能だった。

よってこの擬音と共に、体積を伸ばしながら這いずりを行っている。

しかし少女は盲目であるためか移動方向はメチャクチャであった、そんな鈍行で魔女が確信を掴む。


魔女「...じゃあやるわよ、さがってて」


隊長「あぁ...頼んだぞ」


魔女「──"雷魔法"っっ!」


────バチッ!

少しばかり淡い稲妻が地面を這う。

魔女の狙いはこの2階に蔓延っている根。

しかし出力を誤ったか、根の破壊は失敗におわる。


少女「────あは?」ピクッ


少女の動きが止まる、まるで身体に異変を感じたかのような素振りを見せた。

彼女の皮膚は蕾と同じような質感をしている、攻撃が通るわけないと思われていたのに。


魔女「...反応あり、成功ね」


隊長「...なにをしたんだ?」


魔女「あの子の皮膚、あの蕾と同じ見た目をしてるわよね?」


隊長「あぁ...そうだな」


魔女「だから外からの攻撃はすべて無意味、そうよね?」


隊長「...だから根を利用したのか」


魔女「もう気づいたのね...」


魔女が行ったのは伝導であった、外からの攻撃がだめなら中から攻撃すればいい。

おおよそ体内に繋がっていると思われる根を媒体とし雷を伝導させる。

そうすれば、あのとてつもなく硬い皮膚を無視することができる。

742 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 20:59:12.85 I5P21WD00 706/1103


魔女「じゃあ、出力を上げるわね」


隊長「あぁ、わかった」


魔女「..."雷魔法"っ!!」


────バチバチバチバチバチッッ!!

根がギリギリ形を保てる程度の威力。

凄まじい稲妻が少女の体内へと駆け巡る。


少女「────あああああッッッッ!?!?」


隊長「──怯んだぞッ!」


魔女「このまま雷を流し続けるわよっ!」


少女は雷に囚われ、動きをかなり鈍くしている。

このまま沈黙へと持っていけるかと思われた。


隊長「...なッ!?」


──かぱぁっ...!

少女の首と思われる箇所が開かれた。

そしてそこからこちらを覗く者がそこにあった。

大きな目玉がこちらを捉えていた。


魔女「──変異したっ!?」


隊長「この短時間に何度変異を繰り返すつもりだ...ッ!」


魔女「まずいわ...あれが本当に目として成り立つのなら...」


先程まで、当てずっぽうで攻撃していた様なもの。

盲目の彼女に視力が戻ってしまったというなら。

これから始まる攻撃は、先程の比ではないだろう。


少女「────あああああああああああああああああっっっ!!!」


──シュババババババッッ!!

植物には動物的な視力などない、だがあの生物を動物や植物にカテゴリできるだろうか。

動物的な変異を遂げた植物が、蔓をこちらに向かわせる。

猛烈な風切り音とともに多数の蔓が彼らを貫こうとした。

743 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 21:01:01.96 I5P21WD00 707/1103


魔女「──っ!?」


魔女(ダメ、ここで雷を途切れさせたら...)


魔女(視力を戻したあの子が、なにをしてくるかわからない...)


魔女(それに...もし雷に抵抗を得た変異をされてしまったら...)


走馬灯のように考察を重ねる、回避行動は絶望的。

そもそも、根を破壊しない程度ギリギリの威力を保っている。

その超精密作業中に行動できるわけがなかった。


魔女「ごめんっ! 動けないっっ!!」


──ババッッ バババッ バババババッッ!

いままで、眺めることしかできなかった彼が動く。

長年鍛え上げられた、誤射を防ぐために極められた射撃能力。


隊長「──まかせろ」


硝煙の匂いと共に、撃ち抜かれた蔓は力無く果てていく。

彼にできるのは、ひたすら魔女を防衛すること。


魔女「──ありがとうっ! 助かるわっ!」


隊長「そのまま安定させていてくれッ!!」


──バチバチバチバチバチッッ!!

絶えず、供給をやめずに流し続ける。

そして彼も銃声をけたたましく鳴らし続け、蔓を退けている。

少女も苦しんでいるように見える、このままいけば勝てる。


隊長「──下だッ!」


──メキメキメキメキメキッッ!!

先程まで動きのなかった根が、活動を再開する。

蔓の猛攻は止まらず、対応を追われている隊長にはどうすることもできない。


魔女「うっ..."雷魔法"っっ!!」


──バチバチッ!!

新たな雷が、2人の足元だけを強く保護する。

同時に2つの魔法を維持したためか、身体に負荷がかかる。


魔女「ぐぅぅぅ...絶っっ対にそこから動かないでっっ!!」


隊長「──わかっているッッ!」


下手に動かせば、感電してしまうだろう。

足元の周りに雷を展開したおかげか、根はこれ以上迫ることができずにいた。

744 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 21:03:11.82 I5P21WD00 708/1103


少女「あああああああああああああああああああッッッッ!」


魔女「くっ...まだ元気そうね...」


人のモノとは思えない叫び声、銃声、雷音、植物の轟音。

ありとあらゆる要素が彼女の集中を邪魔する。


魔女「はぁっ...はぁっ...!」


少しでも気を緩めば、雷は途絶えるだろう。

途絶えてしまえば、少女は活発に動くかもしれない。

途絶えてしまえば、足元の根はたちまちに拘束してくるかもしれない。

そして気を緩めれば、足元の雷がこちらに牙を向くかもしれない。


魔女(...大丈夫、私ならできる)


魔女(だから...早く倒れてっ...!)


──くぱぁっ...!

魔女の願いを砕く、最悪の擬音とともに現れる。

先程も見た根から伸びるあの植物、それも大量に。


魔女「──こんな時にっ!」


隊長「...クソッ! また食虫植物かッッ!!」


魔女「任せられるっっ!?」


隊長「...やるしかないッッ! そっちは安定を維持してくれッ!」


魔女「お願い...っ!」


蔓、そして食虫植物の相手をまかされた。

彼は右手と肩でアサルトライフルをバイオリンのように安定させる。

そして左手で、新たな武器を握りしめる。


隊長(アキンボか...精度は落ちるがやるしかない...)スチャ


──ダンッ ババッ ダンダンッ バババッ!!

両手に銃、アキンボスタイルで植物を相手にする。

右手の照準は食虫植物、左手の照準は上から襲いかかる蔓。


隊長「──グッ...!」


左はともかく、右の負担が大きすぎる。

先程のような正確な射撃は不可能、かなり大雑把に敵を蹴散らしていた。

745 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 21:05:23.56 I5P21WD00 709/1103


隊長「...持っても数分だッ! それ以上は無理だッ!」


魔女「わかったわっ! 限界が来たら離脱するわよっ!」


少女「あああああああああああああああああああっっっ!!」


隊長「──ッ!」


──ダンッ ダダンッ ババッ バババッ ダンッ!!

────カチカチッ!

2つの種類の銃声が植物を撃ち落とす、そして続いたのは弾切れの音。


隊長(Reload...)カチャカチャ


片膝立ちさせ、ふくらはぎと腿でアサルトライフルを挟む。

そして上向きになったマガジンを右手のみで取り外し装填する。

普段なら3秒以内に終わるリロード動作、片手時は5秒以上もかかってしまう。


隊長(まずい...今のだけでも集中力が切れそうで辛かったぞ...)


それも当然、片手リロード中は無防備。

それをカバーするべく、左のハンドガンで蔓と食虫植物を相手にしていた。

利き腕ではないのにエイムを派手に動かせば、集中することなど難しい。

そんなことを思いながらも、ハンドガンの片手リロードを卒なくとこなしていた。


隊長「魔女ぉ...まだかぁ...ッ!?」


魔女「もうちょっとだから...頑張ってっ!」


隊長「クッ...」


魔女「お願い...お願いだから早く倒れて...っ!」


少女「ああああああああああああああああああああ────」


──バチバチバチバチッッッ!

──ダンダンッ ババッ ダダンッ!!

2種類の攻撃音、そして2人の思い、それがようやく通じる瞬間。


少女「────っっっ!!」


隊長「──ッ!?」ピタッ


いち早く気がついたのは、隊長だった。

こちらを喰らおうとばかりの食虫植物。

そして貫こうとしていた蔓の動きが止まっていた。


隊長「──やったかッ!?」

746 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 21:07:01.92 I5P21WD00 710/1103


魔女「...っ!」


少女「────」


下を向いてひたすら雷を供給し続けていた魔女も気がついた。

根が静まり、少女の鈍い叫び声が止まっていた。


隊長「...終わったのか」


魔女「あぁぁぁぁ...」ペタリ


お互いに集中力が途切れ、魔女は座り込んでしまう。

足元に展開していた雷は失せ、両手の銃の銃口は下を向いている。


隊長「...少女」


アキンボスタイルの影響か、右手に強い違和感。

ハンドガンを収納しアサルトライフルを背負い、沈黙する少女を見つめる。


魔女「...行きましょ」


隊長「あぁ...わかっている」


魔女「本当に、残念だったわね...」


隊長「...この手で終わらせただけ、十分だ」


隊長「今度は怒りに囚われずに...少女をこんな目に合わせた奴を討つ」


魔女「...そうね」


隊長「...立てるか?」


魔女「ごめん、手を貸してもらえる?」スッ


隊長「あぁ」グイッ


魔女「わっ...ありがと」


隊長「どういたしましてだ」


魔女「じゃあ...急ぎましょ」


隊長「...あぁ」チラッ


少女「────」


ここを出発する前に、もう一度少女を見つめる。

見えないはずの少女の瞳が開いている、それを見かねた魔女が言葉を発する。

747 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 21:09:07.88 I5P21WD00 711/1103


魔女「...閉じてきてあげて」


隊長「そうだな...」


朽ち果てた少女に接近する。

そして開かれっぱなしであった瞳をそっと閉じる。

最後に少しばかり頬をなでた、とても人のモノとは思えない硬度に隊長は複雑な思いをする。


隊長「...行くぞ」


魔女「...えぇ」


足早にこの広間から離脱する。

階段を登る前にもう一度振り返りそうになった。

しかしその気持を押し殺し、上へと向かう。


隊長「────ッ!」ピクッ


魔女「どうしたの?」


隊長「...勘弁してくれ」


魔女「...っ!」


────パキッ...!

不審に思った魔女が思わず振り返る。

なにか殻が破けたような音を立てながら、アレが変異を始めている。

地獄はまだ続く、弱音を漏らすほどに隊長の精神が削れていく。


魔女「早くトドメをさすわよっっ!!」


隊長「...クソッタレッッ!!」ダッ


再び根を利用して内部から攻撃をしなければならない。

そうしなければ、少女にまともなダメージを与えることなど不可能。

来た道を急いで戻る、しかしすでに遅かった。

748 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 21:09:51.85 I5P21WD00 712/1103











「あはは...あは...あはははは...」










749 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 21:11:20.26 I5P21WD00 713/1103


──パキパキパキパキパキッッッ!!

まるで蛹の羽化のような光景だった。

朽ち果てていた身体が崩れ、新たな身体が芽生えていた。

新たな少女がここに生まれる。


少女「あはは...」


隊長「...ッ!」


魔女「...まずいわ」


二足歩行でこちらに向かって歩いてくる。

身体のいたるところに蔓が生えていなければ。

身体の色が緑じゃなければ人と遜色はないだろう。


魔女「...身体と根が分離してるわ、もうさっきの戦法は無理よ」


隊長「わかっている...」


魔女「それにあの蕾のような皮膚、健在ね」


隊長「わかっている...ッ!」


いままでしてきたことの全てが無駄だった。

初めからすぐに魔王子と合流し、対処してもらえばよかった。

お互いにそう思った、だが決して言葉にしなかった。


魔女「...こうなったら、あの子が下に行かないようにしないと」


魔女「こっちに誘導しつつ、上に向かって魔王子と合流するわよ...」


隊長「...あぁ」


魔女「相手は二足歩行よ...それにどんな速度で走るかわからないわ」


隊長「...絶対に油断などするか」


魔女「...行くわよ」


少女「あははは...あは...」


じりじりとこちらに詰め寄ってくる。

幸いにも、今現在は下に向かうつもりはないらしい。

追跡されながら人探し、困難極まりない行動を開始する。

750 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 21:13:48.46 I5P21WD00 714/1103


魔女「──え?」


────グサッ...!

少女を注視しつつ、後退りで階段へ向かおうとした時だった。

油断、そのようなモノは一度もしていない。


隊長「────ゴフッ...!?」


魔女「なんで...!?」


隊長の背部から蔓が飛び出していた。

一体なぜ、しっかり少女を見張っていたというのに。

その答えは1つしかなかった。


隊長「はや...すぎる...」


魔女「──っ! "雷魔法"っっ!!」


──バチバチバチッッッ!!

高威力の雷が、器用に隊長だけを避けて蔓に命中する。

これで彼を貫いているモノは朽ちるはずだった。


魔女「──効いていないっっ!?」


隊長「ガァ...ゲホッ...」


魔女「ま、まさか...」


隊長「駄目だぁ...逃げろ...」


魔女「──そんなことできるわけないじゃないっっ!!」


少女「...あは」


蔓を目視する、その質感はなんども見た例の蕾のそれに酷似するモノ。

少女は愚か、そこから生える蔓にすら攻撃が通用しなくなってしまった。

隊長の出した命令は魔女1人での離脱、しかしそれを拒否、そんなことをしているうちに少女は仕掛ける。


魔女「──ぐえっ!?」グイッ


速すぎる蔓が、魔女の首に巻き付いていた。

女性らしからぬうめき声と共に、彼女の身体は宙に持っていかれる。


魔女「がはっ...ぐぅぅぅぅ...」グググ


──ぎゅううううううううっっ!!

とてつもない締め付けが魔女の意識を徐々に奪っていく。

首に強烈な痛みが走る、それだけではなく酸素すらうまく吸引できない。

751 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 21:18:14.75 I5P21WD00 715/1103


隊長「ま、魔女ぉ...ッッ!?」スチャ


身体を貫かれた衝撃でアサルトライフルはどこかに吹き飛んでしまっていた。

腹部に残る激痛をこらえ、ハンドガンで蔓への射撃を試みる。


少女「...あは」


──ダンッ! ガギィィィンッッ!

射撃は命中、しかしまるで金属に当たったかのような音を立てて弾かれる。

その様子を見てなのか、少女は不敵な笑みを見せびらかす。


魔女(もうだめ...意識が────)


魔女「────」ピクッ


隊長「──魔女...ッッ!?」


少女「あは」


──ブンッッッ!!!

風切り音に続いたのは、衝撃音だった。

魔女は力強く投げ飛ばされ、少女が眠っていた小部屋に激突した。

ホコリが舞い上がり煙になる、遠いのも相まって様子を確認することは不可能。


隊長「────ッッッッ!!!」


隊長の口から血が流れる。

腹部を貫かれているからか、それとも口の中を切ったのか。

どちらにしろ、強い感情が彼の中で芽生えていた。


隊長「FUCK FUCK FUCKッッ!!!」


少女「...あはははは」


隊長「──AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!」


──ブチブチブチブチッッ!!

身体を貫いている蔓を、無理やり引っこ抜く。

自分の肉が裂ける音など気にしていられない。

深く呼吸をすることで痛みを誤魔化す、蔓は抜いた反撃するなら今。


隊長「フッー...! フッー...!」スチャ


──ダンッ ダンッッ! ガギィィィィィンッッ!!

トリガーは軽かった、しかし効果を得ることはできなかった。

腹には穴が空いている、蔓で拘束されなくとも、もう隊長は満足に動けない。


少女「あはははははははははははははは」


隊長「クソッ! 一体どうすれば────」

752 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 21:19:24.91 I5P21WD00 716/1103











「...俺がいるじゃないか」










753 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 21:21:16.79 I5P21WD00 717/1103


チリチリチリ、と頭の中でそう音が聞こえた。

誰かが話しかけてきた時、脳みそが焼けるような感覚がした。

まるで、周りの時が止まったような錯覚に陥る。


隊長「────黙ってろ...ドッペルゲンガー...ッ!」


ドッペル「ひどいじゃないか...こうして助けに来てやったというのに」


隊長「失せろ...ッ!」


ドッペル「...じゃあ言うが、これからどうするつもりだ?」


隊長「...ッ!」


ドッペル「もうわかっているんじゃないか?」


隊長「...黙れ」


ドッペル「魔王子に頼ろうとしたのは、どうしてだ?」


隊長「黙れと言ってる...ッ!」


ドッペル「...俺を受け入れろ、そしたら貸してやる」


それはどういう意味なのか。

あの強靭な少女を貫くには、なにかが必要。

魔王子が持っている、あの黒いモノ。


ドッペル「...なにを唱えればいいか、わかっているな?」


隊長「...」


その言葉を飲み込んだら、周りが動きはじめた。

薄々と渇望していた手段を手に入れてしまった、どうしても唱えなければならない。


少女「...あははははははははは」


隊長「...畜生...ッ!」


強制的に刷り込まれたあの言葉。

もう唱えるしかない、少女を倒すには。

鳥肌が立ち寒気が彼を襲う、彼は初めて魔法を唱えてしまう。


隊長「────"属性付与"、"闇"」


──■■■■■■...

凄まじい嫌悪感と吐き気を催す。

身体のあちこちが締め付けられるような痛みを覚える。

754 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 21:23:16.55 I5P21WD00 718/1103


隊長「──があああああああああぁぁぁぁぁぁッ!?」


ドッペル「そうだ...そのまま委ねろ」


ドッペル「そして身体を寄越せ...そうすれば痛みが引くだろう」


隊長「だ、黙れ...ッ! このままでいい...ッ!」


ドッペル「...愚かだ、ただの人間に闇を纏えるわけないだろう」


隊長「力だけ寄越せばいい...ッ! そのまま失せろッ!」


ドッペル「...まぁいい、そのうちお前から懇願するだろうからな」


ドッペル「精々足掻いてみせろ」


身体につきまとう、もう1人の自分が黒と同化する。

残ったのは痛みと闇、そして対峙するのは少女だった者。

右手に握るハンドガンに力を注ぎ込む。


少女「...あははははは」


──ダン■ッッ!!

闇の一撃が少女の腹部に的中する。

弾かれた音はない、響いたのは別の音だった。


少女「──ああああああああああああああああああああっっ!?!?」


隊長「苦しいだろうな、俺も今とても苦しい...」


少女「ああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」


隊長「...すぐに楽にしてやる」


お互いの身体が闇に飲み込まれかけている。

長くは持たない、超短期決戦が見込まれる。

先に動いたのは少女だった。


隊長「──...ッ!」ピクッ


──ぎゅうううううううううううううううぅぅぅぅぅぅ

とてつもない速度、とても目で追えないソレが迫った。

隊長の身体を蔓がキツく締め上げた、しかしそれは無意味だった。


少女「あああああああああああああああっっっ!?」


──■■■...

闇の擬音、属性付与により身体に付着した蔓が無に帰る。

あらゆるものを破壊する性質の闇属性、絶対的硬度など役に立たない。

755 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 21:25:19.00 I5P21WD00 719/1103


隊長「がはッ...ぐゥ...ッッ!!」


だがそれは彼も同じであった。

徐々に身体のあちこちに擦り傷のような物が浮かび上がる。

何もしていないのに闇の影響で骨が数本折れている、呼吸も厳しい、内蔵もヤラれている。


隊長「────くるしい」


ドッペル「...苦しいだろう? 俺が闇を調節していなければ既に身体は滅んでいるぞ」


しかしそれだけではなく、内面的な傷も負っていた。

もう1人の彼によって精神が弄ばれている。

まるで脳を素手で掴まれているような感覚が襲っていた。


少女「ああああああああああああああああああああああっっっ!!」


隊長「...ッ!!」スチャッ


──ダンダン■■■ッッ!!

射撃音と共に発せられる闇の音。

徐々に状況を打破していく、それほどに恐ろしい威力を誇っていた。

あの鉄壁を誇っていた少女の肌には、複数の銃痕が残っていた。


少女「あ...あああああ...ああぁ...」


隊長「...少女」


少女「────ああああああああああああっっっ!!」ダッ


──ヒュンッッッ!!

風のように靭やかな、それでいて常軌を逸した速度で飛びかかってきた。

しかしその行動は目で追える速度であった、彼が取り出したのは、ナイフ。


隊長「──さよならだ...」スッ


少女「あ...あ...ああぁぁぁぁ...」


──グサ■ッッッ!!

闇を纏ったナイフが彼女の柔肌を貫いていた、そのまま少女を優しく抱き寄せる。

深緑のマフラーの一部が深紅に染まる、どれほど見た目が変わろうとも血の色は不変であった。

756 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/18 21:26:34.12 I5P21WD00 720/1103


隊長「さよ...ならだ」


少女「きゃぷ...て...さん...」


少女は力をなくし、そのまま隊長にもたれかかった。

最後の言葉、理性を取り戻したかのような口調。

彼はゆっくりと腰をおろした。


隊長「...」


少女「────」


ドッペル「...まさか、事を終えるまで闇を纏っていたとはな」


ドッペル「次はないと思え...次は調節などしないからな」


隊長「...」


ドッペル「...抜け殻か」


そう言うと、ドッペルゲンガーは闇と共にどこかへと消え去った。

ここに残ったのは放心状態の隊長、死亡した少女、そして安否のわからない魔女。

今すぐにでも動かなければならないというのに。


隊長「...」


動かないのではなく、動けなかった。

腹には蔓が貫通した痕、骨折、軽い多臓器不全。

動けるわけがなかった。


隊長「────」


──トサッ...

そう音を立てて彼は倒れ込んだ。

仰向けの身体に、少女の遺体を乗せて。


???「..."治癒魔法"」


~~~~

758 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:09:12.00 pGMQTGcF0 721/1103


~~~~


地帝「..."属性同化"、"地"」


闘いの火蓋が切って落とされる。

大地と同化するのは、地帝。

それと対峙するのは、女騎士とウルフであった。


女騎士「聞いたことのない魔法だ...それに素直に通してくれなさそうだな」


地帝「...」


女騎士「...力を貸してくれ、キャプテン、魔王子」


女騎士「そして...ウルフもな」


ウルフ「...もちろんっ!」


女騎士「それにしても...動きそうもないな」


地帝「...」


動かずの地帝、ならばこちらから動くしかない。

最も速く動いたのはウルフであった、文字通り、最も速く。


ウルフ「────がうっ!」シュンッ


地帝「...!」


気づけば、ウルフは間合いを詰めていた。

全身が岩や砂などに同化している地帝は動けずにいた。


女騎士「──速いっ!?」


女騎士(あの速さで、私を炎から助けてくれたのか...っ!)


ウルフ「────うりゃあああっっ!!」スッ


──ダダダダダダダッッッ!!

片足で重心をとり、もう片足で連続の蹴りをお見舞いする。

剣気のようなその脚気は岩をも砕く威力。


地帝「...」


ウルフ「──っ!?」ビクッ


──ピリピリッ...!

彼女が感じ取ったのは、野生の勘。

自らの本能が身体の動きを強制的に止めていた。

それを感じるとそしてすぐさまに、距離を取った。

759 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:11:05.89 pGMQTGcF0 722/1103


女騎士「...どうした?」


ウルフ「な、なんかこわかった...!」


地帝「...」


女騎士「...殺気というやつか」


女騎士が解析しているうちに崩れた岩が再度地帝と同化する。

先程ウルフが果敢に行った攻撃は、無意味となってしまった。


女騎士「次は私だ」スチャ


──ダァァァァァァンッッッ!!

槍のように持っていたショットガンをしっかりと持ち直す。

肩でストックを抑え反動に備える、そうして発せられたのは強烈な炸裂音。


地帝「...!」


初めて見る武器に少しばかり動揺する。

しかし力強い発砲音は虚しくも、成果を残せずにいた。

地帝の岩を破壊することはできなかった。


女騎士「...だめか」ジャコンッ


ウルフ「どうする?」


女騎士「...」


この厳しい状況下、仮定も交えながら戦略を練る。

現状効果が見られたのはウルフの蹴りのみ。

答えは1つしか思い浮かばなかった。


女騎士「...もう一度、肉薄してもらえないか?」


ウルフ「わかったっ!」


女騎士(即答か...無茶な要望だというのに...)


先程、なにか怖い気配を感じ取ったから一度身を引いたというのに。

やや絶望的な状況、ウルフの微笑ましさに不安が少し和らいだ。


女騎士(...さて、あの属性同化とやら)


女騎士(私の仮説が当たれば、なんとかなるかもしれない...)

760 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:12:11.68 pGMQTGcF0 723/1103


女騎士「...いいか?」


ウルフ「うん?」


女騎士「とにかくあの岩をたくさん砕いてくれ」


ウルフ「わかったよっ!」


地帝「...」


耳打ちは終了、早速ウルフが行動に移る。

地帝はただこちらの様子を見ているだけのようだった。


地帝「...!」


ウルフ「──うりゃりゃりゃりゃりゃりゃっっっ!!」スッ


──ダダダダダダダダダダダダダッッッ!!

再び間合いを詰めたウルフが繰り出したのは拳。

片足の足技と違い両手を使っている分、先程より遥かに攻撃回数が多い。

威力のある拳気が、凄まじい勢いで岩を崩す。


女騎士(私の読みが合っているのなら、包まれた岩の中に地帝がいるはずだ)


女騎士(...奴が見えたら私も肉薄して射撃だ)


その時に備えて、いつでも走り出せるように構える。

ウルフの攻撃は順調、岩の破壊とともに砂埃が舞い上がる。


地帝「...」


ウルフ「──これでっ! どうだっ!!」グッ


フィニッシュブローに移行する。

右腕を思い切り引き下げ、力を蓄える。

そしてそれを思い切り前に突き出す。


ウルフ「────ふんっっ!!!」


──バキイイィィィィィィィッッッ!!

その絶大な威力を誇る拳気に、岩は砕かれるしかなかった。

大地に囲まれていた地帝が顕になった。


女騎士「──居ないっ!?」


そのはずだった、しかし岩の中には誰もいない。

急いで攻撃しようと近寄ってきた女騎士の読みが外れる。

761 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:13:37.45 pGMQTGcF0 724/1103


地帝「...」


属性同化という魔法はその属性自体になるということ。

炎なら炎に、水なら水に、風なら風に、地なら地に。

肉体という概念など存在しない、はなからこの戦略など意味がなかった。

あの時、魔王子が属性同化について軽く説明してくれていればよかったというのに。


女騎士「──ウルフっ! 戻ってこいっ!」


ウルフ「...っ!」


地帝「...もう遅い」


──さぁぁぁぁぁ...

岩と化した地帝から、大量の砂が出現する。

そしてソレはウルフを包み込む、優しさの欠片もなく。


ウルフ「──けほっ! な、なにっ!?」


地帝「...」


──ザリザリザリザリッッッ!!

まるで刃物のような鋭利な音だった。

大量の砂がウルフの肌を赤く染め上げる。


ウルフ「──っっっ!! いたいよっっ!!」


女騎士「──ウルフっっ!!」ダッ


急いで駆け寄る、砂に襲われているウルフの腕を強引に掴む。

鎧をしているお陰か、女騎士は砂の被害を大幅に軽減していた。


女騎士(鎧に助けられたか...いや、隙間から入られたら敵わん...)


自らも砂に突入したあとは、冷静にウルフを連れて離脱する。

顔には少し擦り傷が、そして気づけば鎧が傷だらけであった。


女騎士「...これを生身で受けたのか」


ウルフ「うぅ...いたたたた...」


女騎士「大丈夫か? すまない、私のせいだ...」


ウルフ「うん、大丈夫...気にしないでね...?」


付着した砂を、犬のように身体を震わせて落とす。

ダメージは負ったが、まだ戦闘続行できる様子であった。

762 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:15:04.77 pGMQTGcF0 725/1103


地帝「...抵抗しなければなにもしない」


女騎士「それはつまり、ここで指を加えてろってことか?」


地帝「...」


女騎士「...まだ、抵抗させてもらうぞ」


ウルフ「...がうっ!」


女騎士(...と、意気込んだモノもどうするか)


今の地帝に実態がないことがわかった。

つまりは物理的な攻撃は無意味。


女騎士(...魔法ならどうだ)


女騎士「風属性が恋しいな..."属性付与"、"衝"」


即実践に移る、彼女が得意とする衝属性の魔法。

ショットガンの銃身からミシミシと音が立つ。


女騎士「...壊れないよな?」


ウルフ「うーん、わかんないけど...ご主人はらんぼうにつかってたよ?」


女騎士「そうか、なら大丈夫だな」スチャ


──ダァァァァァァァンンッッッ!!

再び岩に命中し、散弾の着弾ともに強い衝撃が発動する。

今度は岩の破壊に成功する、しかし地帝は動こうとしない。


地帝「...無駄」


魔法を使ったとしても、結局は物理的な攻撃になっている。

実態の無いものに対して全く効果は得られない。

しかし女騎士は別の効果に気づいた。


女騎士「...なるほどな」ジャコンッ


ウルフ「うん?」


女騎士「いや、なんとかなるかもしれないぞ」


ウルフ「ほんとっ!?」


女騎士「あぁ...また頼み事があるぞ」


地帝「...」


こそこそと密談、お互いがこれからやるべき行動を確認する。

そのささやきあっている様子を地帝は黙ってみている。

763 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:19:30.56 pGMQTGcF0 726/1103


ウルフ「────がるるっっ!!」シュンッ


地帝「──っ!」


再度不意を疲れてしまった。

さきほどまでささやきあっていたというのに。

地帝ほどの者が気づけない速さであったが、彼女は直様に対応する。


地帝「...また、砂の餌食に──」


──さぁぁぁぁ...

砂がウルフを囲もうとしたその時、地帝はあることに気づけた。

すでにウルフが退避をしていること、そしてもう1つ。


地帝「...もう1人はどこ」


女騎士を見失っていたことだった。

ウルフの迅速な肉薄、そして退避に気を取られていた。

だが見失ったもう1人はすぐさまに発見することができた。


女騎士「悪いが、ここは引かせてもらう」ダッ


地帝「──!」


下の階へと続く進路を妨害している地帝。

その真横を女騎士が全力疾走で通り過ぎていった。

ウルフの行動は陽動、完全に踊らされてしまっていた。


地帝「──させない...」


──さぁぁぁぁぁ...

ウルフへと向かおうとしていた砂は、女騎士を追い始める。

やや距離を離されて入るが、人間の走行程度なら追いつけるだろう。


ウルフ「──がうっ!」グイッ


女騎士「──作戦通りだっ!」


先程まで退避していたウルフが女騎士の背中を押しつつ並走をしていた。

その桁違いの走行速度だからできる芸当であった。

砂など追いつけるわけがなかった。

764 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:20:35.64 pGMQTGcF0 727/1103


地帝「──くそ」


女騎士(読みどおりだ...やはり鈍足か)


女騎士「ウルフっ! そのまま作戦通りにやるぞっ!」


ウルフ「うんっ!」


ウルフの助力もあってか、かなりの速度を出している。

すべてのバランスを背中を押しているウルフの手に託す。

女騎士の足の回転数はとてつもないことになっていた。


地帝「..."転移魔法"」シュンッ


鈍足という弱点を補うための魔法を使わないわけがなかった。

その詠唱速度は、ウルフたちの走行速度より早かった。

魔王軍最大戦力のうちの1人なだけはある。


ウルフ「──うわっ!?」


地帝「ここは通さない...」


女騎士「...っ!」


──さぁぁぁぁぁぁぁ...

もう少しで、階段に辿り着こうとした時だった。

岩とかした身体を瞬間移動させ、そして砂を展開させた。

再び地底は立ちはだかった。


女騎士「...ふっ」


地帝「...?」


女騎士「読みどおりだ」スチャッ


──ダァァァァァァァンッッ!!

笑みを浮かべた女騎士が、砂に向かって発射する。

なんも効果も得られない行為に思われた。


地帝「...なぜ」


女騎士「属性付与のおかげで、前方のすべてが攻撃範囲と化した」


女騎士「私の衝撃は、たとえ砂ほどに小さい物でも弾き飛ばすぞ」


──ジャコンッッ!!

力強くポンプアクションを行いながらそう宣言する。

そして射撃された方向の砂は全てどこかへ吹き飛ばされていた。

先程女騎士が気づいたのはこのことだった。

765 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:22:04.56 pGMQTGcF0 728/1103


女騎士(この武器は前方を全面的に攻撃するモノ...だが攻撃範囲に不規則性がある)


女騎士(それを付与した衝撃で範囲を補い、文字通りに前方を全面的に攻撃することが可能になった)


女騎士(適当に使った魔法が、奇しくもこのような効果を生むとはな...)


まるで漁網のような攻撃範囲を得たショットガン。

砂のように小さな物でも、射線にある限り攻撃が当たることになるだろう。


ウルフ「──がおおおおおおっっ!!」


女騎士「ウルフっ! 砂は私ができる限り抑えておく!」


女騎士(あとは話したとおり、地帝の岩をできるだけ砕くんだ)


女騎士(そして一度攻撃をやめ、岩を再生しようとした隙を狙って階段に向かうぞ)


──ダダダダダダダダダダダダダッッッ!!

──ダァァァァァンッッ! ジャコンッ! ダァァァァンッッ!!

複数の攻撃音が大地を砕く。

おそらくこれでも地帝にまともなダメージは与えられていない。

だが時間が稼げればいい、ここで無理して勝利を掴むことはない。


地帝「...」


女騎士「...?」


しかし、ことがうまく行き過ぎているような。

そして地帝が無反応すぎる気がしている。

このような劣勢な状況でも、このような性格を貫いているのだろうか。


ウルフ「──おりゃあああああっっ!!」


──バキッッッ!!!

そんなことをしている間にウルフがほとんどの岩を砕きおわった。

あとは砂だけであった、当然ながらすべての砂を対処することは不可能。

ある程度の被弾は覚悟をしていた、ならば今しかなかった。


女騎士(──今だ)チラッ


ウルフ「──っ!」ピクッ


目配せをする、一度攻撃をやめる時の合図だった。

岩が再生している間に階段に向かおうとしたその時。

766 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:23:14.46 pGMQTGcF0 729/1103


女騎士(...再生しないだと?)


地帝「...」


女騎士(...想定外だが、このまま行かせてもらおう)


女騎士「ウルフ、行くぞ」


ウルフ「う、うん...」


女騎士「...ウルフ?」


どこか、ビクついているような。

どちらにしろ地帝は動く気のない様子だ。

黙している彼女の横を通ろうとした。


地帝「...気が変わった」


──ピリピリピリッッ...!

真横でとてつもない殺気を感じ取る。

女騎士は鳥肌を立て、ウルフの毛は逆だっている。


ウルフ「ひっ...!?」ビクッ


女騎士「どういう...ことだ?」


地帝「魔法が突破されようが、抵抗されようが激昂するつもりはなかった」


地帝「だが後悔しろ...人間の分際で"その剣"を持っていることを...」


岩のなかから、元の地帝が生まれる。

その形相は無表情の乙女のモノではなかった、そしてその手には1つの剣が。


女騎士「──ウルフっ! 戻るぞっっ!!」


ウルフ「──う、うんっっ!」


地帝「"属性同化"、"衝"────」


剣に魔法がかけられていく。

その見た目はまるで、ビームセイバーのようなモノに。


地帝「──"地魔法"」


──メキメキメキメキメキッッ!!

地帝によって展開した大地は下へと続く階段と上へと続く階段を封鎖した。

完全に退路を塞がれてしまった、もう彼女から逃れられない。

767 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:24:35.99 pGMQTGcF0 730/1103


女騎士「...本気でみたいだな」


ウルフ「こ、こわい...」


女騎士「よくわからないが...この魔王子の剣が逆鱗か...」


地帝「あの世で朽ち果てろ...」ダッ


女騎士「──来るぞっ!」


地帝「──オラァッッ!!」


──ガギィィィィィィイインッッッ!!

鈍足だった地帝が迫り来る、その速度は決して速くはなかった。

それでいて遅くもなかった、衝撃と衝撃がぶつかり合う。

方や剣、方や銃身が鍔迫り合う。


女騎士「──うわあああああああああっっっ!?」


──ビリビリビリッッッ!

まるで電撃が走ったかのような衝撃が女騎士を襲った。

その衝撃に人間は耐えられるわけもなく、身体ごと弾かれてしまった。


女騎士「くっ...参ったなぁ、武闘派だったのか...」


地帝「...立て」


ウルフ「女騎士ちゃんっ...!」


女騎士「ウルフっ! 逃げてろっ!」


ウルフ「で、でもぉ!」


地帝「...死にたくなければさっさと消えて、殺すのはこの人間だけ」


ウルフ「...っ!」


どうしたらいいのかわからない。

この激戦というなか、思わず立ち尽くしてしまう。

それほどに、動物に近い彼女は地帝の殺気に煽られてしまっていた。


女騎士「くっ...かかってこいっ!」


地帝「...」


それを見かねて、女騎士は自らを誘発する。

とにかく狙いをこちらに、動けないウルフに標的がいかないように。

768 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:25:50.23 pGMQTGcF0 731/1103


地帝「"属性同化"、"衝"」


そして再び、同じ魔法を唱えた。

今度は身体全体ではなく、左手だけ。

彼女の右腕には衝撃の剣、左手は衝撃の拳が出来上がっていた。


地帝「"転移魔法"」シュン


女騎士「──目の前かっ!?」スチャ


地帝「...はあああああああああああああっっっっ!!!!!」スッ


──バキバキバキバキッッ!

まるで何かが砕けた音が響いた。

目の前に現れた地帝、女騎士は不幸にも剣での攻撃に備えていた。

しかし彼女が突き出したのは左手であった。


女騎士「────がはっ...!?」


女騎士(よ、鎧が...)


地帝「...鎧は砕いた」


地帝の掌底により露わとなった女騎士の腹部。

女性特有の柔らかでいて、引き締められた筋肉、そこに衝撃の剣が向けらた。


女騎士「────っっっ!!」


──サクッ...

掌底のあまりの威力に朦朧としていたせいか、すんなりと刃を許してしまっていた。

しかし身体に妙な違和感を覚える、刺された箇所が熱くならない。


女騎士「...これは?」


地帝「実体のない剣、血はでない」


地帝「地獄をみるのはこれから...」


女騎士「...?」


──ドクンッ!!

身体の中から、なにかが沸騰したような感覚が走る。

腹部から侵入した衝撃が彼女の全身に駆け巡る。


女騎士「──ぐああああああああああああああああああああああああああああっっっ!?!?!?」


ウルフ「女騎士ちゃんっ!?」


女騎士「ああああああああああああああああああああっっっ!?!?」


思わず、力強く握っていたショットガンを落としてしまう。

内蔵が全てぶちまけてしまいそうな、今まで感じたことのない痛みが彼女を叫ばしていた。

769 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:26:48.18 pGMQTGcF0 732/1103


地帝「...このまま本当に破裂させる」


地帝「歴代最強と言われる魔王様の魔剣...人間如きが所持したことを後悔しろ...」


女騎士「あああああああああああああああああっっっ!?!?」


ウルフ「や、やめてよっっ!!」


地帝「...」


──ピリピリピリッ...!

ただの殺気が、再びウルフを襲う。

自分の中に眠る、野生の本能が叫んでいる。

絶対に近寄るな、絶対に近寄るな、絶対に近寄るな。


ウルフ「────っっ!!」ビクッ


地帝「...そのまま死ね」


女騎士「ああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」


絶対に近寄るな、絶対に近寄るな、絶対に近寄るな。

絶対に近寄るな、絶対に近寄るな、絶対に近寄るな。

絶対に近寄るな、絶対に近寄るな、絶対に近寄るな。

絶対に近寄るな、絶対に近寄るな、絶対に近寄るな。

絶対に近寄るな、絶対に近寄るな、絶対に近寄るな。

絶対に────。


ウルフ「...くぴっ」ゴクッ


地帝「...!」


──ブチッッ...

何かが、切れる音が聞こえた。

そして感じるのは、殺しを求めたケモノのような殺気。


地帝「...それは」


ただの野良魔物だった彼女に、膨大な量の魔力が集まる。

彼女の手には空き瓶が握られていた、その目つきは先程までの柔らかなものではなかった。


地帝「...魔力薬」


ウルフ「...」


女騎士の悲鳴がまだ響いているというのに。

まるで地帝とウルフしかいないような場の雰囲気と化している。

それほどに地帝は警戒をしている、そしてついにウルフは牙を剥く。

770 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:28:38.95 pGMQTGcF0 733/1103


ウルフ「────ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」シュンッ


地帝「──っ!」


──グチャッッッッ!!!

まるで、転移魔法のようにみえた。

気づけば地帝の肩の肉は噛みちぎられていた。


地帝「..."治癒魔法"」ポワッ


ウルフ「グルルルルルルルルルルルルル...」


地帝「..."属性同化"、"地"」


大地が地帝の肌を護る。

たとえ狼であろうと、牙で岩を砕くことは不可能。

再び守りの型に移行しようとした。


ウルフ「────ッッッ!!」シュンッ


──ガコンッッッ!!

属性と同化しようとした最中だった。

まだ変化をしていない頭に強烈な裏拳が入った。

予備動作なしでのこの速度、完全に油断した一撃。


地帝「...っっ!!」グラッ


地帝「ここまで...速いか...」


身体がよろけつつも、完全に大地へと同化し終えた。

これによりウルフの物理的な攻撃はすべて無力化できる、再び優位に立つ。


地帝「...」


ウルフ「グルルルルルルルルルル...」


地帝「暴走に近いのか...さぁどうする、獣」


ウルフ「...グルルルルルルルル」


ウルフはまるで檻の前に佇む獅子のような立ち回りを見せている。

簡潔に言うと様子見に近い行動だった、そしてそれは地帝も同じであった。


地帝「...」


地帝が物静かに、考察を練る。

あの魔力薬は誰のものかのか、どのようにして得たのか。

悠々として時間を掛ける、それほどまでに属性同化の防御力を信頼している。

771 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:30:47.01 pGMQTGcF0 734/1103


地帝「...」


ウルフ「グルルルルルルル...」


当然だった、この防御力の前にして通用する攻撃などない。

近接攻撃はもちろん、下位属性の魔法など相性が悪くなければ簡単に受けることができる。

しかし、彼女は忘れていた。


ウルフ「──ガアアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!!」ダッ


地帝「...くるか、獣」


今度は見える速度で迫ってきた。

どうやら、連続してあの見えざる速度を出すことができないらしい。

万が一に備え地帝もウルフに注視した、してしまったのであった。


地帝「────っ!?」


────■■■...

まるで岩が、紙のような音を立てて砕かれる。

そして続くのは爆発したような音、最後に響くのは衝撃の音。


女騎士「...私がいることを忘れるな」スチャ


────ダァァァァァァァァァンッッッ!!

彼女は地帝に突き刺した、闇をまとうベイオネットを。

そしてそこから射撃するのは衝撃のショットガン、とてつもない威力であった。

腹部を嬲られていたというのに、彼女は立ち上がりウルフを援護する。


地帝「...その状態になっても、闇を纏えるだなんて」


地帝「歴代最強の魔王様...とてつもないお方です...」


女騎士「──ウルフっっ! 頼んだぞっっ!!」ポイッ


ウルフ「────ッッ!」スチャ


地帝「──理性があるのか」


獣と化していたウルフ、半ば暴走に近いものと勝手に地帝は認識していた。

しかしその水面下ではしっかりとした理性が残っていた。

それがどれだけ恐ろしいことなのか。


地帝「──がぁっ...ぐっ...!?」


──サク■ッ! サクサク■■ッッ!!

銃剣によるでたらめな刺突、そしてでたらめな速度の攻撃。

ウルフに手渡されたショットガン、その先に装着した魔王子の剣が大地を砕く。

772 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:32:28.14 pGMQTGcF0 735/1103


ウルフ「────ッッ!?」ゾクッ


女騎士「──それ以上持つなっっ!! こっちに投げろっ!」


ウルフ「...ッ!」ポイッ


女騎士「──ぐっ...!」ゾクッ


投げつけられたショットガンを受け止める。

すると身体に様々な反応が起きる、ショットガンの先からでる闇が少しばかり身体に付着すると。


女騎士「...クソ、ものすごく不快だ」


女騎士「魔法使いに嬲られていた時のほうがマシだな...」


女騎士(だが正解だった...魔剣士の使い方を真似たが、やはり魔力を剣に注ぎ込めば属性を放ってくれるみたいだ)


地帝「...闇の魔力を持たない者に、耐えられるわけがない」


地帝「尤も...人のことをいえない...がな...」


女騎士「...!」


地帝「身体が痛む...まさか折れてもなお、威力を保っているとは...」


地帝「いや...折れてようやく、この威力に抑えられたと言うべきか」


地帝「傷口から闇が身体に侵入した...もう治癒魔法など効かないだろう」


女騎士「...無口がよく喋るな?」


地帝「...こうして口を動かしていないと、気が飛んでしまいそう」


地帝「その一方で、その獣は逆みたい...」


そう見透かされて、女騎士は横目でウルフを確認する。

その様子はまるで毒を盛られ、身体が悶ているかのようなモノだった。


女騎士「...ウルフ、大丈夫か?」


ウルフ「話しかけないで...ッッ!」


女騎士(魔力薬の影響か...女賢者が言っていたアレだな)


女騎士(この様子だ、少しでも気を緩めれば巨狼化してしまうのだろうか)


女騎士(...しかしそうなってしまえばこの戦いは不利になる)


巨狼化してしまえば、どうなってしまうのか。

戦闘力が上昇するかもしれない、なのになぜ抑えているのか。

773 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:34:04.64 pGMQTGcF0 736/1103


女騎士(...人の形でなければ、先程の奇策もできなかった)


女騎士(そして...あの予備動作なしでの俊足も、出せないのだろうな)


女騎士(...さらに、身体が大きくなるということがどれほど不利なことか)


人としての手がなければ、ショットガンを受け取ることはできなかった。

人としての足がなければ、予備動作なしでの俊足で不意をつけることができなかった。

人としての大きさがなければ、地帝の魔法の格好の的になる。

飲まなければよかったかもしれない、だがそうしなければ地帝の殺気で動けなかっただろう。


女騎士(...戦闘と言うものをよくわかっている)


女騎士(キャプテンが影響しているのか、それとも直感でわかっているのか)


女騎士(どちらにしろ、溢れ出る魔力を無理やり抑えているんだ...下手に刺激させるのは絶対に駄目だ)


女騎士「...わかった、返事はしなくていい」


ウルフ「フーッ...フーッ...」


地帝「...フっ」


地帝が笑う、ボロボロの岩の見た目をしているというのに。

しかし次の瞬間、その岩から元の地帝が現れた、属性同化を解除した様子だ。


女騎士「...何がおかしい?」


地帝「...久しぶり」


女騎士「...?」


地帝「燃えてきた...」


────ゾクッッッッ!!!

背筋が凍る、まるで氷魔法を受けたかのような錯覚。

しかし地帝が放ったのはただの言葉、それだけであった。


女騎士「────っっっっ!?!?!?」ビクッ


女騎士(なんだ今の殺気は...いや...違うっ!?)


地帝「地の属性同化を使えば鈍足になる...陳腐な攻撃も避けることができない」


地帝「しかし、避けばければその闇の剣が身体を簡単に砕く...」


地帝「だからと言って使わなければ、その獣による攻撃の格好の的...」


地帝「衝の属性同化を身体に使おうと思ったが...それはもういい」


地帝「火照った身体が、昔の戦い方を思い出させる...」


地帝「...やはり最後に頼れるのは」

774 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:34:33.49 pGMQTGcF0 737/1103











「我が身のみ」










775 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:36:03.03 pGMQTGcF0 738/1103


その言葉と共に、静寂が訪れた。

地帝が衣を破り捨てる、その見た目は肌着だけをきている女児。

とてつもない雰囲気を醸し出している、それを見て先程感じ取ったモノを女騎士は理解する。


女騎士「..."闘志"か」


地帝「..."転移魔法"」


自身ではなく、目先にある物に魔法をかけた。

先程まで女騎士を苦しめていた衝撃の剣を両手で握りしめた。

まるで持ち主の感情に煽られたのか、剣が地帝の身体よりも大きくなる。


ウルフ「フッー...フーッ...」


女騎士「...剣術か」


地帝「...」


どのような剣術でくるかわからない。

女勇者のように堅実なものなのか、魔剣士のように派手な動きなのか。

千差万別、どのような型の剣術がきてもいいように身構える、だがそれが仇となる。


地帝「"拘束魔法"」


女騎士「──なっ!?!?」


地帝「先に獣からやらせてもらう...」


女騎士「──クソっ! しまったっ!!」


まさか、この場面でこのような魔法がくるとは思わなかった。

魔法陣が女騎士の身体を強く縛り上げる、彼女はもう自由に動けない。


ウルフ「────ッッッ!!!」


地帝「行くぞ...」シュンッ


先程とは比べ物にならない、鈍足の彼女はもういない。

両手で持った衝撃の剣で、地面を削りながら肉薄してきた。

彼女の通った道はボロボロに。


ウルフ「ガアァァァァァァァァァッッッ!!」ブンッ


地帝「──っっ!」ブンッ


────ッッッッッッッ!!

音にならない衝撃音が響く。

毛で覆われた拳と、衝撃の剣が鍔迫り合う。

互角と思われる力比べ、しかし当然ながら地帝に分があった。

776 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:37:50.90 pGMQTGcF0 739/1103


ウルフ「──っ!?」


地帝「貰った...」


──ブゥンッ...!

刀身は常に原型を保っておらず、動きに生じて剣の形は変化する。

その不安定な動きにウルフは対応できず、地帝の新たな動きを許してしまった。


女騎士「──斬り上げかっっ!?」


同じ剣術を嗜んだものですらようやく気づけた。

鍔迫り合いをしていた地帝の構えが、いつのまにかゴルフのスイングのような構えに変化していた。


ウルフ「──ウッッ...!?」


────ビリビリビリビリッッ...!

雷とは違った身体の痺れがウルフを襲う。

斬り上げ攻撃の衝撃に、ウルフの身体が宙に持ち上がる。


地帝「まだ続けるぞ...」ダッ


斬り上げから、次の攻撃へと移行する。

フルスイングを終えた地帝はそのまま跳ねる。

そして行なったのは前宙に近い行動だった。


ウルフ「────ッッッ...!」


──ブゥンブゥンブゥンッ...!

剣の動きが前宙により変化する。

まるで風車のような軌道を帯びたソレ。

容赦のない連続攻撃がモロに身体を痛めつける。


地帝「まだだ...」スッ


前宙を終え、再び動きを変化させる。

宙に浮く自らの身体を安定させ、両手を上に構える。

この無重力じみた地帝の行動、超高速の剣術移行速度がソレを可能にしていた。


女騎士「────兜割りだっっ!! 腕で頭を守れ、ウルフっっ!!」


ウルフ「──ッッッ!!!」スッ


地帝「────オラァッッッッ!!!」


────メキメキメキメキメキメキッッッッ!!

2つの要素が重なり、このような音を立てる。

1つは兜割りによってウルフを叩きつけられた地面が砕ける音。

そしてもう1つは、それを受けたウルフの両手の骨が悲鳴を上げる音。

777 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:39:15.25 pGMQTGcF0 740/1103


ウルフ「──ガ...ハァ...ッ!」ドサッ


地帝「...直撃は防いだとはいえ、まだ息があるか」


女騎士「──ウルフっっ!!」グググ


拘束魔法により、なにもすることができない。

気づくとその悔しさにより口の中が鉄分の香りに包まれていた。

血を飛ばしながらウルフの無事を問いかける。


ウルフ「う...ゲホッ...」フラッ


地帝「立ち上がるか...」


女騎士「──もういいっ! 立ち上がるなっっ!!」


地帝「...獣、生まれは?」


ウルフ「......」


地帝「...答えないか、それとも無意識で立ち上がったのか」


女騎士「おいっ! ウルフはもうなにもできないだろっ!」


女騎士「私が相手だ、かかってこいっっ!!」


地帝「黙れ...数十年も倦怠はしたがこれでも剣士だ...」


地帝「立ち上がる敵は切り伏せる...これが礼儀だ...」


ウルフ「......」


──シュウシュウシュウッ...!

衝撃の剣に、力が蓄えられる音だった。

立ち往生するウルフ、その眼差しは鋭いまま。


女騎士(────受ける気か)


女騎士(ならば...これしかないな...)


女騎士「...ウルフ、いまからひどいことをするぞ」


女騎士「私も過去に試したことがある...身体への負荷は凄まじかった」


女騎士「...許してくれ」


ウルフのみなぎる闘志が、女騎士を非情にさせる。

身体は封じられ、もう手段はこれしかなかった。

彼女が得意なあの魔法、それがウルフの拳に付与される。

778 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:40:17.64 pGMQTGcF0 741/1103


女騎士「────"属性付与"、"衝"」


ウルフ「────...ッ!」ピクッ


────メキッ...!

ウルフの両手に激しい痺れが伴う。

下位属性の魔法が行ってはいけない禁忌。


地帝「馬鹿な...なにをしているかわかっているのか?」


ウルフ「...ッ」


地帝「下位属性を身体に付与させると、自らの身体も傷つける」


地帝「それを避けるために近年、属性同化という魔法が極秘に研究された」


女騎士「...どおりで聞いたことがなかったのか」


地帝「これでは手を下す前に、獣の身体は滅ぶぞ...」


女騎士「さぁ、どうだかな...」


ウルフ「......」


地帝「──っ!」


女騎士に向かって、地帝は怒声に近い言葉を発していた。

しかしふと、ウルフの方を見てみるとその表情は変わらずにいた。

不滅の闘志が彼女の眼をギラつかせる。


地帝「...その目を止めずに、受けてみろ」


──ブゥンッッッッッ...!

まるでムチをしならせるか如く、衝撃の剣を振るう。

魔剣士が使う剣気、女騎士が真似ることができる衝撃。

それらを遥かに超える衝撃がウルフに向かい襲いかかる。


ウルフ「......ッッ!」シュンッ


地帝「──やはり避けるか」


放たれた衝撃など、お互いに無視をしていた。

肉薄してきたウルフに対抗するべく、すぐさまに剣を構える。

779 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:41:52.95 pGMQTGcF0 742/1103


ウルフ「──ウラウラウラウラウラウラッッッッ!!」


地帝「──...っ!」


──ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッッ!!

──ブゥンブゥンブゥンブゥンブゥン...ッ!

ウルフから連続で繰り出される、衝撃の拳。

相殺するように連続で振り回される、衝撃の剣。

常人には見えることのできない、超速度の出来事だった。


地帝(...属性付与自体の威力は大したことはないが)


地帝(拳を剣で受けるときの衝撃が手元を狂わせ始めている...)


──ドゴォッッッ...!!

そんなことを思った矢先、手元が狂う。

ウルフの連続パンチの1つが、地帝の懐に直撃する。


地帝「──ゲホっっ...!?」


ウルフ「ウラウラウラウラウラウラウラウラウラッッッ!!」


地帝「くそっ...」


血を吐きながらも、併行して相殺を続けていた。

パンチを食らった感想すら言わせてくれない。

しかし、それはウルフも同じだった。


地帝(こちらも1回は攻撃を受けた...あまりの威力に腕が止まりそうだった)


地帝(だが...あの獣...もう何度も攻撃を受けているというのに)


実はウルフも地帝がパンチを食らったのと同じく、何度も返し刃を食らっていた。

普通ならなんらかしらの反応があってもいい威力、それも1度だけではなく数回も。

しかしこの獣は無反応で攻撃を続けていた。


地帝(残っているのは、野生か)


地帝(それもそうか、痛みを感じる暇があるなら拳に付与された衝撃でのたうち回るはずだ)


地帝(魔力薬で強化されたといえ、この地帝をここまで追い詰めるとはな...)


地帝「...燃えてくる」


ウルフ「──...ッ!」


────ブゥンブゥンブゥンブゥンブゥンブゥンッッッ!!

相殺の速度が上昇した。

種も仕掛けもない、単なる意地にも似た闘志が地帝を強くする。

そして、被弾も覚悟で剣の構えを変える。

780 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:43:49.48 pGMQTGcF0 743/1103


地帝「...そこだ」


──ドゴォッ...!

身体に軋む音が、1度だけではなく何発も響いた。

そしてその音に続くのは地帝側のモノ。


地帝「────オラァッ!!」


──ブゥンッ...!

横に一線、衝撃の剣がウルフの拳を避け腹部に斬りつける。

下がるのではなく前進しなければ、斬り下がりと言える剣術だった。


ウルフ「──ガハッ...!」


地帝「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ...」


さすがのウルフも、地帝も痛みに悶える。

地帝によって斬り吹き飛ばされたウルフはそのまま倒れ込む、完全に勢いを殺された。


ウルフ「グッ...ゲホッ...」ピクピク


地帝「...痛みを思い出せたか」


ウルフ「う、うぅ...痛いよぉ...」


地帝「...どうやら、魔力薬の効果も限界らしい」


ウルフ「うぅぅぅぅぅぅぅぅ...」


地帝「よくやった...この闘いは忘れない...」


地帝「だから...もうくたばれ──」


────ブゥンッ...!

先程のような剣気じみた衝撃が放たれる音。

それが聞こえるはずだった、しかし実際は違う音だった。


地帝「────な...っ!?」


──■■■■■■■■■■...

闇が忍び寄る音、熱き闘いに夢中になりすぎていた。

その音とともに身体は悲鳴を上げる。


地帝「投槍か...随分と不意をついたな」


女騎士「...ここは戦場だ、死ぬ者が悪い」


地帝「それも...そ、うか...」

781 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:45:49.00 pGMQTGcF0 744/1103


女騎士「しかし...闇というのは...凄まじ...い、威力だな...」


地帝「...最強の魔王様が宿っているからな」


女騎士「...なる、ほど」


地帝「魔剣にありったけの魔力をつぎ込んだか...」


女騎士「そう...だ...」


魔力を得た魔剣が闇を溢れ出していた。

女騎士の魔力だけあって、かなり純度が低い。

しかしそれでいても、地帝の身体に致命傷を与えるのには十分であった。


地帝「なんて威力だ...折れていても...粗悪な魔力を餌にしても...」ポタポタ


地帝「血が止まらない...身体が闇に破壊されていくのがわかる...」


地帝「だが...朽ち果てる前にお前は滅ぼす...」スッ


女騎士「ここ...までか...」ドサッ


闇のショットガンが地帝の背中に刺さっている。

槍のようなそれを抜いて投げ捨て、彼女は衝撃の剣を構えた。

どうしても、女騎士だけは殺したくてたまらなかった。


ウルフ「────ッ!」


その様子を見て、ウルフは確信した。

ここしかない、ここでアレをやるしかない。

自らが抑え込んでいた野生をここで開放する。


ウルフ「────アォォォォォォォォォォオオオオオンッッッ!!」シュンッ


──グチャッッッ!!

魔力薬の効力も切れかけの影響か、その姿は人でもなく狼でもない。

非常に不安定な見た目をした獣人が、背後から尋常じゃない速度で地帝の首元に齧り付く。


地帝「────っ」


──ボキッ...!

有無を言わさずに、首の骨を砕く。

歴然の狩人である狼が、隙を与えるわけがなかった。

不意打ちに不意打ちを重ねられ、地帝はついに沈黙する。

782 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:51:48.18 pGMQTGcF0 745/1103


地帝「────」


ウルフ「グルルルルルルルルルルルルル...」


──グチャッ...グチャグチャ...!

まるで死肉を喰らう狼、その口元は紅黒く染め上がる。

その光景にはとても恐ろしい野生が込められていた。


女騎士「...ウルフ、もういいんだ」


ウルフ「...ッ!」ピタッ


女騎士「そいつはもう...死んださ...」


ウルフ「...女騎士ちゃん」


逆だっていた毛、不安定な見た目、そして理性のない言葉。

それらが消え失せた、ウルフの飲んだ魔力薬はついに効果が無くなった。

そこに残ったのはムゴい死体と横たわった騎士、そして腕をぶら下げた獣。


女騎士「私も...だめみたいだ...」


女騎士「魔剣に魔力を注ぎ、大量の闇を溢れさせ...拘束魔法を壊した...」


女騎士「しかし...その際に私に付着した闇が想定外の威力を誇っていた...」


女騎士「身体が...もう動かない...」


ウルフ「そんな...」


女騎士「...ウルフ、すまない」


女騎士「お前にやった、属性付与...痛かっただろ?」


ウルフ「...うん」


女騎士「やっぱりか...私も昔試したことがあったが...」


女騎士「あのときは痛みのあまり、一日中寝込んだな...」

783 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/19 20:56:48.49 pGMQTGcF0 746/1103


女騎士「...今、それを解除してやる...こっちにおいで」


ウルフ「...うん」


──ふわりっ...

その擬音には2つの意味が込められていた。

1つはウルフが女騎士に寄り添った音、そしてもう1つは香り。

血に染まった嫌な匂い、その中にウルフのお日様みたいな匂いが残っていた。


女騎士「...これで、どう...だ?」


ウルフ「だいじょうぶ...もう、いたくないよ...」


女騎士「...よかった」


ウルフ「...えへへ」


いつものウルフがそこにいた。

口元はドス黒い紅に染まっているが、この子は間違いなくウルフだ。

そんな癒やしの笑顔を見れた女騎士は、この忠犬に言葉を告げた。


女騎士「...私のことは置いて、先に行ってくれ」


ウルフ「わか...た...よ」


女騎士「...ウルフ?」


ウルフ「ごめ...だ...め...」


──ばたんっ...!

当然だった、いくら魔力薬を得たとしてもただの野良魔物だったウルフ。

今まで身体の危険信号を無視していたツケがここにきてしまった。

微かに息はある、しかし動くことはできない。


女騎士「...頑張ったな」


女騎士「魔王子...すまない...キャプテンと合流...できなさ...そう...だ」


そして彼女も、ゆっくりと瞳を閉じる。

彼女もまた微かに息がある、まるで寝ているようだった。

激戦を終えた2人がここに休息する。


???「..."治癒魔法"」


~~~~

785 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:32:53.00 dyy2pbpW0 747/1103


~~~~


水帝「...けど、この私も舐めてもらっては困るのよ?」


妖艶でいて、ただならぬ威圧感を醸し出す。

その声の主は魔王軍最大戦力の1人、水帝である。


女賢者「...それはこちらも承知です」


スライム「...」


水帝「じゃあ...行くわよ?」


女賢者(まずは様子見をするしかありません...)


女賢者「..."防御魔法"っ!」


女賢者とスライムの肌を優しく包む。

どのような魔法がきてもいいようにまずは守りを固めた。

これは戦術の基本である、悪手ではない。


水帝「..."属性付与"、"水"」


──ざぱぁっ...

どこからか、波が立つような音が響く。

この魔法をどこに付与させるのか、そう考えた女賢者は少し侮っていた。


女賢者「...とてつもないですね」


スライム「あわわ...」


水帝「水は私の、得意な場所ですからねぇ」


女賢者「...まさか、床一面に属性付与をするとは」


気づけば皆の足元は水浸しどころか、太もも付近まで水に満ちている。

魔王城の1階が大洪水に、それだけでかなりの魔力量が伺える。

自分の得意な場を作る、それが水帝の戦術であった。


女賢者(ここまでの規模とは...属性付与の範囲を見誤ったのが悔やまれます)


女賢者(しかし...ここからどう動くつもりなんでしょうか)


スライム「うぅ...足元がふらつくよ」


水帝「..."水魔法"」


水帝の足元の水が大きな激流が如くに荒れる。

そしてそれが、そのままこちらに向かってきた。

786 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:34:49.62 dyy2pbpW0 748/1103


女賢者「...っ!」


スライム「──下がっててっ!」サッ


女賢者「頼みますよ、スライムちゃん!」


スライムが前に出ることによって女賢者の身を守る。

しかし水帝の狙いは別のものだった、彼女が新たに唱える魔法が女賢者には見えた。


女賢者(あの詠唱は...)


女賢者「...」ブツブツ


口の動きだけで、なんの魔法を唱えているのかがわかった。

読心術めいたその賢者としての能力、水帝の魔法に備えこちらも詠唱を行う。


水帝「..."雷魔法"」


────バチバチッッッ...

彼女自身の属性ではないためが、魔女の雷よりはるかに劣る。

しかしそれでいて、風属性が弱点であるスライム族を葬るには十分な威力だった。

水魔法は急激に勢いがなくなる、完全にフェイクであった。


スライム「──う、うわっ!?」


女賢者「...させません、"衝魔法"」


──ゴォォォォォォオオオッ...

女賢者が得意とする地属性の衝魔法。

下位属性の相性、その優劣は後出しが有利である。

かなり威力のある衝に雷は打ち消され、水帝の魔法は無に帰る。


水帝「...ふぅん?」


女賢者「スライムちゃんの弱点である風属性を...そう簡単に通すわけにはいきません」


スライム「あ、ありがとう女賢者ちゃん...!」


水帝「下位属性の相性を持ち出してくるのね...お利口さんねぇ」


水帝「頭を使う闘いは好きよ...炎帝も風帝も地帝も脳筋さんだからつまらないわぁ」


水帝「あの人たち...他の属性も使えるのに、威力や使いやすさを求めて得意な属性しか使わないから...」


女賢者(私も地属性以外はからっきしだとは言えませんね...)


女賢者「...褒め言葉として受け取ります」

787 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:36:19.28 dyy2pbpW0 749/1103


水帝「でも...炎と水属性に対して無敵を誇るスライム族」


水帝「そしてスライム族の弱点である風属性に抵抗できる貴方」


水帝「...一筋縄じゃいかないわねぇ」


女賢者「...」


スライム「...」


口数が減る、全神経を水帝に向かわせなければいけない。

まだ底をしれない、四帝である彼女に油断だけはしてはならない。

しかしすでに遅かった。


水帝「やっぱり私も、得意な魔法が一番かもねぇ...?」


女賢者「──っ!?」


──こぽこぽっ...

女賢者の足元、太ももまで浸かっている水が反応を見せる。

肝心なことを忘れていた、それは先程水帝が行った魔法。

水魔法を囮としたスライム特攻の雷魔法、もしその雷魔法ですら囮であったのなら。


水帝「──はい、つかまえたぁ」


────ざぱぁっっっっっっ!!

まるで荒波が打ち寄せたかのような激しい音。

それとともに現れたのは、まるで意思を持ったかのような水。

気づけば女賢者の全身はその水に囚われていた。


女賢者(しまった...本命は水魔法でしたか...)ゴポゴポ


スライム「お、女賢者ちゃんっっ!?」


水帝「...防御魔法に助けられたわね」


過去に海の底を防御魔法を駆使して歩いた過去がある。

それと同じ光景がこの魔王城でも起こっていた。

防御魔法が周りの空気を固定しており、女賢者は窒息をせずに済んでいた。


女賢者(ひとまずは無事を確保できていますが...これでは...)


女賢者(当然ながら周りの音が聞こえない...視力だけで状況を確認しなければ...)


女賢者(本当なら...泳いで脱出したいのですが...)


──ミシミシッ...!

なにかが軋む音が女賢者にだけ聞こえている。

防御魔法の膜が、水の圧力に抗っている音だった。


女賢者(とてつもない圧力です...動けません...)

788 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:38:00.65 dyy2pbpW0 750/1103


水帝「...さて、いくわよ?」


スライム「...っ!」


女賢者(あれは...雷魔法の詠唱...っ!)


水帝「..."雷魔──」


スライム「────っ!」


────ばしゃんっ!

水帝が詠唱を終え、魔法を放とうとした時だった。

そのときのスライムの表情はいつもと違って鋭かった。

まるで何か策があるような顔をして、身体を足元の水に預けた。


水帝「──"水化"かぁ...厄介だわ」


女賢者(...スライムちゃんがついに、動きましたか)


女賢者(大賢者様から詳細はじっくりと聞いています...任せましたよ?)


水と同化し完全に姿を隠したスライム。

水帝はある方法を駆使して対処しようとしたその時。

思わず彼女の思考が止まった、ある魔法によって阻害された。


水帝「...やられたわぁ、あの防御魔法の仕業ね」


水帝「少し...油断したかしらぁ...」チラッ


動きを封じられている女賢者を軽く睨む。

水帝戦の一番始め、防御魔法にある仕組みがあった。

すこしばかり辺りを見渡す水帝を見て、女賢者は察する。


女賢者(...もしかして、水帝は魔力を感知することができないのでは?)


女賢者(感知ができればスライムちゃんが水化した所で、すぐに発見できるはずです)


女賢者(...いや、違う...魔王軍最大戦力である彼女が感知能力を持っていないはずがありません)


女賢者(まさか...防御魔法...?)


始めの悪手ではない魔法が、図らずとも最善手となっていた。

防御魔法に包まれたスライム、その魔法は女賢者によるもの。

魔法は魔力に満ちている物、それが意味するのは1つ。

789 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:39:35.40 dyy2pbpW0 751/1103


女賢者(...なるほど、そういうことですか)


女賢者(ならば、私ができることはこれしかありません)


女賢者「..."水魔法"」


唱えられた魔法が湧き水のように垂れ流される。

水の中で水を出したところでなにも変わらない、ただ流されるだけであった。

動きを見せた女賢者に水帝は感づいてしまう。


水帝「...気づかれたわね、私が感知ができない理由を」


水帝「鬱陶しいわぁ...この水の中、あの人間の子の魔力が点々としているじゃない」


水帝が魔力の感知をしない理由が明白になる。

スライム自身の魔力が、女賢者の魔力によって包まれていた。

女賢者の魔力によって作られた防御魔法、それが隠れ蓑と化していた。


女賢者(こちらを睨んでますね...どうやら読みが当たりました)


女賢者(おそらく先程雷魔法を衝魔法で打ち消した時にも、私の魔力が辺りに散らばったと思われます)


女賢者(さぁ...水の中で水を探すことはできますでしょうか)


彼女自身、防御魔法、衝魔法、そして水魔法。

様々な要素で散りばめられた魔力が感知を困難にしていた。

足元の水が波のように動く、それに伴い魔力も流れている。

どの魔力がスライムを包んでいるモノか、判断などつくはずがなかった。


水帝「...面倒くさいわぁ、一度解除しましょう」


風呂の栓を抜いたかのように水が消え始める。

水の中で水を探すのは不可能、当然の判断であった。

足元の水が消え失せて辺りは元の光景へと戻る、水に拘束され続ける女賢者を除いて。


水帝「さてと...どこに打ち上げられたかしらぁ」


水がなくなった今、感知なんかせずに目視でスライムを見つけることができる。

しかし辺りを見渡しても彼女はいなかった、困惑するを前に水帝の口は動いていた。


水帝「..."氷魔法"」


────パシュッッ...!

殺人的な威力を誇る速度でつららが発射された。

その先にはあの水があった、女賢者を拘束するあの水。


女賢者「────っ!」


──ぽよんっ

そのような可愛らしい音が響く。

つららは水を貫いていたが、途中で勢いを殺された。

790 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:41:50.06 dyy2pbpW0 752/1103


水帝「...遅かったわね」


スライム「...へへんだ」


水帝「...もういいわ、一度魔法を解除してあげる」


──バシャンッ!

拘束していた水が消え失せた。

そこには弾力のある水が女賢者を完全に包んでいた。

女賢者が合図をすると、その水は彼女から分離した。


女賢者「...助かりました、すでに防御魔法は破られてて...あのまま水圧で潰されるかと思いましたよ」


スライム「どういたしまして! 女賢者ちゃんもありがとうね!」


女賢者「お互い様ですね、次は不意をつかれないようにします」


水帝「...既に私の水魔法に突入しているだなんて、入れ替わっていることに気づけなかったわ」


女賢者「それは私もです...私が水魔法を唱えた直後にスライムちゃんが気づいて来てくれましたから」


スライム「えへへ...」


水帝「認識を改めなければね...決して馬鹿にしているわけじゃないけれど...」


水帝「スライム族は基本的に知識に乏しい...戦術理解度や状況判断能力なんて皆無だと思っていたわぁ」


女賢者「...スライムちゃんは、一番成長しましたから」


女賢者「強くならなければいけない理由が、この子にはありましたからね...」


スライム「...うん」


女賢者(...戦況は振り出しに戻った、依然として水帝が圧倒的に優位のはず)


女賢者(ですが、これでいいのです...時間さえ稼げれば...!)


女賢者(時間さえ稼げれば...キャプテンさんが魔王子さんを連れて戻ってくるはずです...)


水帝「その子はいい子ね...でも、殺さなければならないの」


水帝「今日は...魔王様によって大事な日みたいらしいから...」


女賢者「...大事な日?」


水帝「だから...大人気なくいくわよぉ?」


水帝「..."属性付与"、"水"」


再び、あたりが水に満ちる。

太ももに冷たい感覚を覚えながらも、攻撃に備える。

791 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:43:51.55 dyy2pbpW0 753/1103


スライム「うわわっ」


女賢者「...今度は、不意を食らいませんよ」


女賢者(当然ながら、先程の私の魔力は完全に水に流されて無くなってますね)


女賢者(それにしても...あたりに水を展開するのは確かに水帝にも有利ですが...)


女賢者(それ以上にスライムちゃんが有利になるはずです...)


女賢者「...なにが狙いですか?」


水帝「...」


──ゾクッ...!

殺意のこもった威圧感、それに気圧されたわけではなかった。

その水帝の口の動き、まったくもって未知な詠唱に驚愕する。


水帝「────"属性同化"、"水"」


女賢者「──え...?」


──ぱしゃ、ぱしゃ...!

水たまりに足を入れたような小さな音が響いた。

気づけば水帝を見失っていた、しかし彼女はそれどころではなかった。


女賢者「知らない魔法...っ!?」


スライム「女賢者ちゃん...?」


女賢者「...っ! すみません、動揺してしまいました...」


彼女にだって唱えられない魔法は幾つもある。

しかしそれでいて、彼女は大賢者によって育て上げられている。

この世のすべての魔法、詠唱の仕方を熟知しているはずだった。


女賢者(まずい...知らない魔法があるなんて思わなかった...)


女賢者(属性同化...まさか──)


水帝「──水化できるのは、スライム族の特権ではなくなったのよ?」


知らない魔法であっても、その名称で大体察することができる。

見失った水帝の声が聞こえたときにはすでに遅かった。

792 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:46:02.77 dyy2pbpW0 754/1103


スライム「────っ!?!?」


女賢者「──なっっ!?」


まるで海流が可視化されたような光景が2人を驚愕させた。

渦潮が竜巻のように君臨し、蛇のような水流が足元の水よりも高い位置で存在している。

天変地異の一言としか言い表せない。


水帝「まずは...悪いけどそのスライムを隔離させてもらうわぁ」


──ざぱぁっ...!

大きく波打つ音が聞こえた。

その波はまるで、巨大な手のような形を成していた。


スライム「────へっ?」


女賢者「──スライムちゃんっっ!?」


水帝「...捕まえた、逃さないわよ」


巨大な水の手に握りしめられたスライム。

そのあとに続く魔法もまた、女賢者の知らないモノであった。


水帝「..."属性同化"、"氷"」


────ぱきっ...ぱきぱきぱきっ!

空気が冷える音が身を凍えさせた。

スライムを握る手の温度が急速に下がり始める。

そして出来上がるのは、氷の牢獄。


女賢者「──スライムちゃん! 脱出してっっ!」


スライム「う、うんっ!」


水帝「もう遅いわよぉ...少し早口過ぎて意地悪だったわねぇ」


姿を見せずに声だけを発する。

すでに隔離は終了していた、その早すぎる詠唱が故に。

凄まじく速い出来事であった、これに対応できるものはそう居ないだろう。


スライム「で、出れないよぉ!」


女賢者「しまった...どうすれば...っ!」


水帝「あの子の周りは全て囲んだわぁ...水化しても氷が邪魔して通り抜けないでしょうね」


水帝「さっきみたいなことはさせないわよぉ」


女賢者「...っ!」

793 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:47:43.10 dyy2pbpW0 755/1103


水帝「じゃあ...まずは人間の子からやさせてもらうわね?」


女賢者(まずい...スライムちゃんが動けない今、先程の変幻自在の水を対処できる気がしない)


女賢者(やはり、水帝が本気になれば私たちなんて一捻りでやられてしまう...)


女賢者(キャプテンさん、早く来てください...なぜなら...っ!)


女賢者「...長くは持ちませんからね」サッ


懐から取り出したのは、小さな瓶。

大賢者から預かった大切なもの、これをウルフやスライムたちに渡すため。

彼女がここまできた理由の1つでもあった。


水帝「──!」ピクッ


女賢者「くぴっ...まずい...」ゴクッ


水帝「──魔力薬っ...!?」


女賢者「げほっ...げほっ...」


水帝「...」


──ざぱぁっっ...!

無言で攻撃を仕掛ける。

今度は右手だろうか、再び水の手が女賢者に襲いかかる。


女賢者「..."防御魔法"」


彼女の最も得意な魔法といっても過言ではない。

何百回、何千回も唱えた賜物、その詠唱速度は水帝のモノに迫る。

その堅牢さはもはや鉄といっても差し支えないものであった。


女賢者「...今のは先程の拘束していた水魔法の水圧なんかと比にならない威力でしたね」


水帝「ちょっと本気を出してみたんだけどねぇ」


女賢者「所詮は他人の力を借りてる身ですが、こちらも本気でいきますよ」


水帝「...少し、ムカつくわねぇ」


女賢者「...」


水帝に苛つかれながらも、静かに感知を行う。

魔力の感知、それはどこに魔力があるのかが感覚的にわかるということ。

そして、相手の魔力量も知ることができる。

794 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:49:04.37 dyy2pbpW0 756/1103


女賢者(...これでも倒すことは出来ないでしょう、魔力薬を飲んでも水帝の魔力量の方が上です)


女賢者(ならば...時間を稼ぐしかありません、徹底的に粘らせてもらいます)


女賢者(それにしても、水帝がどこにいるかわかりません...)


女賢者(感知しようにも、足元の水は水帝の魔法によって生まれています)


女賢者(当然ながら、全範囲に魔力を感じます...これでは探せません)


女賢者「...姿は見せてくれないんですね」


水帝「あらぁ、もうとっくに見せているわよぉ?」


薄々と感づいていた、水帝は既に姿を見せている。

先程聞こえた、属性同化という言葉が説得力を持っていた。


女賢者「やはり...属性同化とやらは...属性そのものになるというわけですね」


女賢者「つまりあなたはこの足元の水と同化し、水化している...合っていますか?」


水帝「そういうことよぉ」


女賢者(この天変地異じみた光景も、水帝の身体一部というわけですか...)


女賢者(ここのどこかに、水帝の身体の中心があるはずです...)


スライムを拘束しているその手のような氷。

水帝の身体の一部だという具体性がそこにあった。


女賢者「...勉強不足でした、知らない魔法があるだなんて」


水帝「そう落ち込まないで、この魔法が生まれたのはつい数年前なんだから」


水帝「それも極秘...魔王様と四帝ぐらいしか知らないし、使えないわよ」


女賢者「...そういうことですか」


水帝「さて...時間稼ぎもここまでにしてもらおうかしら?」


女賢者「──っ!」


彼女の冷たい目線が女賢者を貫く。

背中に氷の粒を入れられたかのような不快感。

四帝の本気が向かってくる。


女賢者(この防御魔法でどこまで耐えられますかね────)


水帝「────ふっっっ!!」


────ミシミシミシミッッッ!!

掛け声とともに、巨大な水の手が襲いかかる。

それと同時に蛇のような水流が、こちらを貫こうと向かってきた。

795 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:50:26.44 dyy2pbpW0 757/1103


女賢者「うっ...!?」


女賢者(防御魔法越しでも...ここまで圧が来るとは...)


女賢者(そう長くは持ちませんね...なにか策を練らないと...っ!)


水帝「水だけじゃないわよぉ?」


水帝「..."氷魔法"」


────サァァァァァァァァ...!

おそらく、水帝の本体がいる箇所の頭上に冷気が展開する。

扇状に展開したソレから、つららが生まれ始める。


女賢者「────これは、連続攻撃っ!?」


水帝「正解...っ♪」


──ドガガガガガガガガガガガガガッッッ!!

ここに隊長がいれば、聞き間違えていただろう。

ミニガンのような発射音と共につららが射撃される。


女賢者「くっ...まずい...」


──パキッ...!

見間違えでなければ、ヒビが入った。

防御の壁が脆くなる、つまりは生命線が切れかけている。

水帝の猛攻は、大賢者の魔力を用いた防御魔法でも簡単に砕く。


女賢者(どうする...また防御魔法を展開したところですぐに破壊されてしまうでしょう...)


女賢者(衝魔法であの氷が着弾する前に砕く...いえ、恐らくあのつららの速度に対応できないでしょうね)


女賢者(...だめだ、いくら強化されたからと言って、私の使える魔法じゃどうすることもできない)


女賢者(せめて生身の水帝に、衝魔法を当てることができたのなら...)


女賢者「...」


氷魔法の影響か、身体が冷えていた。

冷えの影響なのか身体が震えていた、本当に冷えのせいなのか。


水帝「...次で終わりにしてあげるわぁ」


女賢者「...っ!」ビクッ


女賢者(...恐い)


残酷なまでに冷たい空気が、彼女を凍えさせる。

身体も、思考も、すべてが萎縮させられている。

実感する実力差が女賢者を飲み込んでいた。

796 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:51:34.12 dyy2pbpW0 758/1103


女賢者(...大賢者様)


女賢者(大賢者様なら...どうやってここを切り抜けますでしょうか...)


女賢者(...お得意のあの魔法で颯爽と解決しそうで────)ピクッ


自分が使える魔法ではどうすることもできない。

なかば自棄的に思い出を振り返ると、ある魔法を思い出した。


女賢者(私が今まで一度も使えることがなかったあの魔法...)


女賢者(今ならきっと...油断を誘うしかないですね)


女賢者「...もう、だめみたいですね」


水帝「...うん?」


女賢者「私の負けです...」


水帝「あらぁ、諦めがいいのね」


女賢者「...死ぬ前に、属性同化という魔法をもう一度教えてくれませんか?」


水帝「...」


先程まで戦闘を続行しようとしていた者が突如として諦めを告げる。

水帝は警戒をしていた、なにか策があるのではないかと。


女賢者「...」


水帝「...いいわぁ、教えてあげる」


水帝「けど、こうさせてもらうわね?」


──ざぱぁっ...!

巨大な水の手が、無抵抗な女賢者の首から下を握り持ち上げる。

顔だけ出されている、これなら会話が可能。

そして、どのような行動をされてもすぐに圧殺することができる。


女賢者「...!」


水帝「悪いけど、嘘つかれて魔法の情報だけ奪われるのは嫌だからねぇ...」


水帝「聞きたいことを言ったら、すぐに潰してあげるわぁ」


女賢者「...そこまで警戒しなくても」


水帝「私の魔力よりも格下だからと言っても、魔力薬を飲んだ相手に油断なんて禁物よぉ」

797 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:52:42.63 dyy2pbpW0 759/1103


女賢者「そうですか...それで、属性同化という魔法とは?」


水帝「...簡単に言えば、属性付与の上位互換かしら...完全ではないけれど」


水帝「下位属性による属性付与、身体に付与すれば何らかの支障がでるのは知っているわよね?」


女賢者「...そうですね、炎の属性付与を身体に纏えば、身体中に大やけどでしょうしね」


水帝「その欠点を補うために開発されたのが、属性同化よ」


女賢者「なるほど、身体自体を炎にしてしまえばやけどする心配はない...ってことですか?」


水帝「まぁ、そんなところねぇ」


女賢者「...一体どんな人が創ったんですかね」


水帝「...側近様に教えられて、使えるようになったけれども」


水帝「どうやら、側近様だけが創ったわけではなさそうなのよねぇ...詳しいことは聞かなかったけど」


水帝「風帝はズカズカと側近様に詰め寄り、聞き出したらしいけど」


女賢者「...なるほど」


水帝「...さぁ、おしゃべりはお仕舞いよ」


────ミシッ...!

おそらく、もう数秒も持たない。

ヒビの入った防御魔法が最後の抵抗をする。


水帝「なかなかの、防御力ね...地帝を思い出すわぁ」


女賢者「...」


水帝「...あのスライムの子は殺さずに野に返すことにするわぁ」


水帝「あの子は...同胞ですからねぇ、それに随分と...」


水帝「...終わりよ」


女賢者「...」


────パキッ...!

ガラスが割れたような音。

最後の抵抗も虚しく、圧殺される直前まできた。

しかし、女賢者は声を荒げることもなくボソボソとつぶやくだけだった。

798 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:54:01.72 dyy2pbpW0 760/1103


水帝「...詠唱?」


水帝(この期に及んで、やっぱりなにか仕掛けてきたわねぇ)


水帝(けど...もうこの手からは脱出できないはずよぉ)


水帝(それが可能な魔法なんて、光か闇魔法ぐらいしかないはずだわぁ)


水帝(...ソレをこの子が使えるとは思えない)


水帝「...悪あがきかしらぁ、けど普通の魔法じゃ無意味よぉ」


水帝の水化はスライムのモノとは似ているようで違う。

スライムが炎、水属性や物理攻撃に強い代わりに風属性に弱い。

その一方で水の属性同化は風属性には弱くない代わりに炎属性に弱い。


水帝(おそらく、唱えているのは炎属性の魔法ね...)


水帝(これだから下位属性は...後出しされたら問答無用で相性が悪いんだから嫌いよ)


水帝(あの子が魔法を出したらこちらも水魔法を...いえ、真似したほうが手っ取り早いわねぇ)


水帝「..."防御魔法"」


今の女賢者の防御魔法と遜色ない硬度を誇る。

水の身体、足元の水の一部が光り魔法が展開された。

これで、炎属性の魔法など寄せ付けない。


水帝「...やらせてもらうわね?」


女賢者「...」


握りしめている女賢者を、圧縮しようとした時だった。

ふと、彼女の目が水帝の目とあったような感覚がした。

今の水帝は水、目などないはずだというのに。


女賢者「...そこですね」


水帝「...使う魔法の選択を間違えたかしら」


水帝「でも...今更位置がわかったところでどうするつもり?」


今の水帝の周りには防御魔法という異物が展開している。

感知ができる女賢者は愚か、その様子は肉眼でも確認できる。

足元の水の一部が強く屈折しているような。


女賢者「...こうするんですよ」


水帝(...くるわね、その前に握りつぶしてあげる)

799 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:55:21.19 dyy2pbpW0 761/1103


水帝「くたばりなさ────」


──ゴキッ...!

女賢者のどこかの骨が折れる音。

水の影響かその音を聞くことができたのは当人のみであった。

そして彼女は、痛みをこらえながらもあの魔法を放つ。


女賢者「────"解除魔法"」


水帝「──なっ...!?」


──ぱしゃぱしゃぱしゃっ...!

女賢者を握っていた水の手が垂れ流れる。

手だけではなかった、屈折させていた防御魔法、それどころか水の身体が。


水帝「──解除魔法ですって...っ!?」


女賢者「ぐっ...なんて魔力の消費量ですか...」


女賢者(それに詠唱も長いですし、こんな魔法をポンポンと出していたのですか...大賢者様は...)


持ち上げられていた身体は地面へと落ちる。

足元の水が緩衝材となったのか、やや危なかしく着地する。


女賢者(今しかない...今しかまともに通用しないはず...っ!)


水帝「──はっ、しまった...っ!?」


女賢者「もう遅いですっ! "衝魔法"っっ!!」


──ズシッ...!

重い一撃が、水帝の身体に直撃する。

生身の身体に響くその魔法は、過去を思い出す威力であった。


水帝「──地帝の並に重いわね...」


魔法の威力によって身体が吹き飛ばされた。

水帝はそのまま、大きな音をたてて水へと倒れ込んだ。


女賢者「はぁっ...はぁっ...」


女賢者(両腕の骨、折れてますね...)


女賢者(それに...解除魔法で今ある魔力の8割が持ってかれました...)


女賢者(...お手上げです、上げれる手はないんですが)


冷静に考えてはいるが、身体は正直だった。

あまりの痛み、そして身体の冷えに負け身体を震わせ得ている。

歯はガチガチと音を鳴らしている。

800 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:55:54.61 dyy2pbpW0 762/1103











「..."氷魔法"」










801 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:57:06.55 dyy2pbpW0 763/1103


──パキッ...!

鋭い一撃が、女賢者の肩を貫いた。

その残酷なまでに冷たい声の音、彼女の仕業であった。


女賢者「がぁっ...うぅ...」


水帝「やってくれたわねぇ...」


女賢者(どうやら魔法は通用したみたいですね...それで怒りを買ったみたいですが...)


女賢者「はぁっ...はぁっ...全力の魔法だったんですが...復帰が早いです、ね...」


水帝「...水帝ですからねぇ」


水帝「そんなことよりも...どうして、光魔法に類似すると言われる解除魔法を...?」


水帝「アレは魔王様は愚か、魔法に長けた魔王妃様ですら使えない超高等でいて化石みたいな魔法よ」


女賢者「はぁっ...それは、知りませ、んでしたね...」


女賢者「私は...大賢者様の...真似をしただけ、です...」


女賢者(まずい...もう意識が飛びそうです...治癒魔法すら唱える余裕がない...)


女賢者(もう少し...もう少しだけ時間を稼げれば...キャプテンさんが...きっと...)


水帝「大賢者...そういうことね...」


女賢者「ぶっつけ本番ですが、うまく...きました...ね」ピクッ


なにか、足元が引っ張られるような感覚がした。

彼女はそれを察し、気付かれないように懐から瓶を取り出した。

そしてソレを、落とした。


水帝「...その魔力薬もおおよそ、大賢者のモノね」


水帝「大賢者の魔力を借りたと言っても、実際に使うことができたなんてね...」


水帝「...やるわね」


女賢者「どう...い、たしまして...」


水帝「じゃあ...さよなら、"水魔法"」


怒りが込められた魔法が出現する。

付与も、同化もする必要のない、ただの水魔法。

局地的な津波、ソレが女賢者に向かった。

802 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 22:59:13.75 dyy2pbpW0 764/1103


女賢者「...」


────ゴシャアァァァァァァァァッ...!

激流がぶつかる音が響いた。

人間が喰らえば、四肢なんて簡単にバラバラになる威力だった。

しかしソレを喰らったのは、人間ではなかった。


スライム「...」


女賢者「やっぱり...水魔法にはスライムちゃん...で、すね」


水帝「な...っ!?」


まともに受けた衝魔法が思考を鈍らせたのか。

頭に登った血によって判断が緩んだのか。

解除魔法を受けたならば、あらゆる魔法は阻害される。


水帝「...そうね、左手は氷の属性同化でその子を拘束していたんだったわねぇ」


水帝「解除魔法を受けた後は、現れる機会を伺っていたのね...お利口さんね」


スライム「...うるさいよ」


水帝「...え?」


思わず、聞きかえしてしまった。

まさかスライム族という下等な魔物に暴言を吐かれるとは思ってもいなかった。

しかし、聞き返しの言葉はそれだけの意味ではなかった。


水帝(...おかしい、あの子...先程よりも遥かに魔力が──)


水帝「──まさか、その子も魔力薬を...何時っ!?」


女賢者「ふふ...もしかし、たら私は...手品師の才能があるのかも、しれません」


水帝「...この性悪女...っ!!」


女賢者(あとは任せました...おそらく後天的に魔力を得た私よりも...)


女賢者(先天的に魔力を得た魔物...スライムちゃんのほうが効き目があると思われますから...)


スライム「ゆるさないから...わたしの友達を傷つける人は...」


水帝「────"属性同化"、"水"」


スライム「──消えちゃえ」


お互いが水と同化し、お互いが足元の水を利用する。

2人の背丈は原型をとどめていなく、もはや怪獣の粋。

流れるような水持つ者と軽い粘度を持つ者が、津波を、激流をぶつけ合う。

803 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:00:45.00 dyy2pbpW0 765/1103


女賢者「うっ...す、すごい...光景ですね...」


女賢者(これが...水帝の本気というわけですか...)


女賢者(とてもじゃないが私は参戦できませんね...少し引かせてもらいます)


女賢者「スライムちゃん...頑張って...っ!」


動かせない両腕を慎重に扱い、後退りをする。

闘ってくれる仲間がいるおかげか、少しばかり魔力にも理性にも余裕がでてきた。

もう少しもすれば、治癒魔法で身体を癒やすことができるだろう。


水帝「──なんて力なの...っ!?」


スライム「うるさいっ! 許さないんだからぁぁっっ!!」


スライムが身体から高速の津波を生み出す。

それを対処するために、水帝も身体から津波を生み出し相殺する。

もはや天変地異などという枠に収まらない、この世の終わりのような光景だった。


水帝「くっ...これじゃ埒が明かないわぁ...まさか、ここまで対応してくるだなんてぇ...」


スライム「うるさいうるさいっ! よくも女賢者ちゃんをぉっっ!!」


水帝「魔力薬の影響ね...感情が昂ぶりすぎているわ...」


水帝(こうなるなら...事前に治癒魔法を使えばよかった...)


怒りに身を任せ、治癒よりも先に女賢者を攻撃したのが間違えであった。

未だに身体に鈍い痛みが走る、そしてこの激戦中に身体を癒やす余裕などない。


水帝(くっ...この水帝が、ここまで押されるだなんて...)


水帝(──え? 今...なんて思った?)


水帝(そんなことは...あってはならないのよぉ...?)


思ったとおりのことを、つい考えてしまう。

その実力上に、帝の名を魔王からもらったというのに。

水帝は身体が沸騰するような感覚に襲われた。


水帝「...」


スライム「────っっ! ──っっっ!!」


────ブチッ...!

なにか、頭の中の紐が切れたような音がした。

それ以外はなにも聞こえない、それでいて無意識に近い感覚でスライムの激流を相殺している。

いち早く異変に気づいたのは水帝でもなく、スライムでもなく、彼女だった。

804 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:02:09.59 dyy2pbpW0 766/1103


女賢者「...?」


女賢者(なにか...物凄く気温が下がったような...)


余裕ができたのか、いつの間にか治癒魔法で身体を癒やしていた。

両腕の調子を確かめながらも、違和感を感じた方向に注目してみる。

また氷魔法でも唱えたか可能性があった、予想は的中、水帝の周りには先程の冷気が展開していた。


女賢者(氷魔法ですか...スライムちゃんにとっては驚異ではないですね...)


女賢者(...狙いは私でしょうか、もう少し距離をとったほうがいいですね)


足元の水に阻まれながらも、撤退を行う。

完全に足手まといな今、スライムの邪魔をするべきではない。

正しい反応であった、しかし水帝の狙いは彼女ではなかった。


水帝「......」


スライム「このっ! よくも────」ピタッ


津波や瀑布、海原での大嵐のような激しい闘いを繰り広げていた。

魔力薬の影響か、感情を熱くしていたスライムが思わず手を止めてしまった。

それほどに冷酷な寒さが理性を呼び覚ましていた、しかし一方で水帝は逆であった。


水帝「...ねぇ」


スライム「...なに?」


水帝「生まれは?」


スライム「...わからない」


水帝「そう...そうよねぇ、野良のスライムですものねぇ」


水帝「..."ただの"、スライムですものねぇ」


──ブチッ...!

今度ばかりは、この場にいた者全員に聞こえた。

水と化しているため表情を読み取ることはできない。

だがその声色で察することができた。


スライム「────女賢者ちゃんこっち来てっ!」


女賢者「──わかってますっっっ!!!」


なにが起こるのか、理解できた。

理解してしまっていた、これから始まる地獄の厳冬が。

水帝の周りに展開していた冷気が冬を呼ぶ。


805 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:03:39.80 dyy2pbpW0 767/1103


水帝「......」


────ヒョオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォンッッッッッ!

とてつもない暴風雪が周りを凍てつかせていった。

足元の水はいとも簡単に凍り始める、表面だけではなく、水の底まで。


女賢者「──ひどい...先程の戦闘よりも遥かにまずいですよこれ...っ!」


スライム「わたしの真後ろにかくれててっっっ!!」


女賢者「は、はいっ...!」


スライムを盾に、女賢者が冷気から身を護る。

急速に体温が低下していくのが実感できる。

身体のあちこちはパンパンに腫れ上がり、呼吸も難しくなっていた。


女賢者「まずいまずいまずい..."炎魔法"」ガチガチ


スライム「うっ...わたしも凍りはじめてる...っ!?」


女賢者「だ、大丈夫です...凍りはしますが負傷することはないはずです...っ」ガチガチ


スライムの一部が氷へと変化していた。

一見重症そうなのはスライムだが、それは違う。

盾を手にしても、淡い炎で暖をとろうが隙間風が女賢者を襲う、重症なのは彼女だった。


女賢者「だめ...死にそ...う...」ガチガチ


スライム「──しっかりして! 起きてっっ!」


女賢者「うっ...スライ、ム...ちゃん...」


スライム「おねがい...耐えて...っ!」


どうすることもできない、もう気力で耐えるしかなった。

氷点下を大きく下回る気温に意識が奪われていく。

このあと数分、永遠の眠気との闘いに喘ぐ中ついに吹雪は止まった。


水帝「──...っ!?」ピクッ


水帝「あらぁ...? なにが起きてたのかしらぁ...」


数分に及ぶ、大厳冬を呼び起こした本人がようやく怒りから開放された。

無意識下で唱えていた、氷魔法があたりの状況を一変させていた。

眼の前には、ほぼ全身が凍りついたスライム。

そして、ロウソクみたいな虚弱さを誇る炎魔法で暖をとる女賢者がいた。

806 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:05:11.14 dyy2pbpW0 768/1103


スライム「はぁっ...はぁっ...女、賢者ちゃん...っ!」


女賢者「...」


──ガチガチガチガチ...

目は虚ろ、足元の水が全て凍った影響で下半身は氷漬け。

彼女はただ、歯を鳴らすだけの抜け殻とかしていた。

意識はまだある、だが身体は耐えることができなかった。


水帝「...そう、また癇癪を起こしてしまったのねぇ」


水帝「もう何年前かしらぁ...あの時は炎帝が仲裁してくれたから誰も死ななかったけど」


スライム「女賢者ちゃん...しっかりしてっ...!」


女賢者「...」ガチガチ


水帝「...もう、手をくださなくても大丈夫ね」


スライム「...っ! よくもっ...!」


水帝「ごめんなさいねぇ、でも...負けるわけにはいかなかったの」


水帝「...その子も生きてる、見逃してあげるわぁ」


スライム「ふざけないで...っ!」


スライム「帽子さんの望みを...叶えなきゃいけないんだから...っ!」


身体が凍りついて動けない。

しかし、自らの闘志はまだ燃え上がっていた。

絶対に妥協してはいけない、帽子の野望のために。


水帝「...そう」


水帝「なら...死んでもらうわよ...?」


スライム「っ...!」ビクッ


水帝「..."雷魔法"」


────パチンッ...!

魔法がスライムの身体に命中する。

その威力はあまりにも高く、凍りついた身体は砕ける程。

勝利を確信し、魔法を放つと同時に属性同化を解除する。

807 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:06:54.78 dyy2pbpW0 769/1103


スライム「────っ!」


──パキンッ

殺意のこもった細い雷。

そして響くのは、割れた音だった。


スライム「──...っ!?」


水帝「────...なっ」


受けた当の本人も驚愕をしていた。

砕けたのは身体の表面の氷だけ、動かせずにいた身体は元通りに、なぜ。


水帝「──ここにきて、始めの防御魔法が活きたですってぇ...っ!?!?」


スライム「────っっっ!」


まるで滝壺へと落ちる水のような速度で水帝に接近する。

なにか策がある、絶好の機会を逃すわけにはいかなかった。

だがそれは水帝も同じ、その機会を潰さなければならない。


水帝「何をする気かわからないけど、近寄らせないわよぉっ!」


水帝「..."転移────」


──パキッ...ボトンッ...!

魔法を唱えようとした瞬間、右腕に違和感を感じた。

いや、違和感を感じないことに違和感を感じていた。


水帝「...あ、ああぁぁぁぁぁぁ」


愚かにも、気づいていなかった。

気づけなかった、自らが氷と同化する感覚を覚えてしまっていたら、気づけるわけがない。

水帝の身体のあちこちが凍りついていた、同化しているわけではなく。


水帝「──腕が...」


魔力で強化された身体、決して寒さで死亡することはないと豪語できるほど。

それが不幸にも仇となってしまっていた、水帝は自分の放った氷魔法の威力を甘く見てしまった。


水帝「...っ!」


──ズキンッ...!

今になって、激烈な痛みが身を硬直させる。

彼女の放ったあの大厳冬は、自らの身体を壊してしまうほどに。

女賢者のように暖をとっていたら、スライムのように防御魔法を纏っていれば。

808 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:08:02.68 dyy2pbpW0 770/1103


スライム「────つかまえたぁっ!」


水帝「────...はっ!?」


水の帝ともあろう者が、スライム族に出し抜かれてしまってた。

あまりの出来事に硬直していた隙に、既に身体の大体がスライムに取り込まれていた。

女賢者を拘束したあの水魔法のように、スライムは体内で水帝を拘束しようとしていた。


水帝「ぐっ...治癒...いえ、"転移──」


スライム「──させないよっっ!!」


──ミシッ...ミシミシッ...!

スライムがお腹に力を入れる。

当然ながら、そうすれば圧力が加わるのは確かだった。

スライムの身体に、赤い液体が混じる。


水帝「ぐっ...ごぼぼぼぼぼぼぼっ...!」


水帝(まずい...身体が全部あの子の中に...詠唱するために口を開こうとすると水が塞ぎにくる...)


水帝(ここまで自由に水を操れるのね...スライム族は...っ!?)


水の帝が、水に溺れる。

自らが得意とする氷に身体は破壊され、水に身を悶えさせている。

片手を失っている今、泳ぐこともできず完全に動きを封じられてしまっていた。


スライム「..."治癒魔法"」ポワッ


女賢者「...うぅっ」


スライム「女賢者ちゃん、起きて」


女賢者「あ...う...こ、これは...?」


スライム「ごめん、わたしの治癒魔法じゃ治りが悪いみたいだね...」


女賢者「...あ」


朦朧とする意識を覚醒させる。

次第に頭が冴えてくると、魔法を駆使して体調を整えようとする。

まずは、氷に埋まっている足元を正す。


女賢者「..."炎魔法"」ゴゥ


乏しい炎が再び発火される。

それでいて足元の氷は徐々に溶け始めていく。

これほどまでに、下位属性の相性とは簡単なものであった。

809 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:09:23.57 dyy2pbpW0 771/1103


女賢者「..."治癒魔法"」ポワッ


そしてまばゆい光が女賢者を包み込む。

凍死寸前の身体、皮膚や臓器がまだ不調を訴えている。

しかし、それを無視してまでもやらなくてはいけないことがあった。


女賢者「...これはどういう状況ですか?」


スライム「うんと、女賢者ちゃんがやられたあの水魔法みたいなことをしてるよ」


女賢者「いえ...それは見ればわかるんですが...」


女賢者「...驚きました、まさか水帝を完全に拘束するとは」


スライム「...えへへ」


水帝「...」


スライムの身体に封じ込められた水帝。

その様子を、まるで水槽の中の熱帯魚を観賞するような。

そのような感覚が女賢者に余裕をもたせていた。


女賢者「...これで、時間を稼ぐことができますね」


スライム「...そういえば、キャプテンさんはまだ...かな?」


女賢者「...少し、感知をしてみますね」


近場にいる者を探すのとはわけが違う。

目に見えない箇所にいる者たちを探すために深く集中をする。

凍えた時の後遺症がまだ残っているのか、鋭い頭痛を我慢して感知を行った。


女賢者「────...え?」


その現実味のなかった結果に、言葉を失っていた。

この感知が確かなら口にしたくない減少が起きている、捉えられた魔力は3つ。


女賢者「な...なんで...?」


1つ、死にかけの風属性の魔力

2つ、死にかけの地属性の魔力

3つ、死にかけの獣の魔力。


女賢者「ど、どういうことですか...っ!?」


スライム「ど、どうしたの...?」


女賢者「...みんな死亡寸前です」


スライム「...え?」

810 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:10:21.12 dyy2pbpW0 772/1103


女賢者「たぶんこれは...魔王子さんと女勇者さん、キャプテンさん以外の魔力を感知できました」


女賢者「つまりは...女騎士さん、魔女さん、そして...ウルフちゃん」


女賢者「みんな...死にかけてます...本当に微かにしか魔力を感じ取れません...」


スライム「......え?」


冷える。

身体ではなく、背筋が、肝が。

なぜ、このような状況になっているのかまったくもってわからない。


女賢者「どうしたんですか...キャプテンさん...っ!!」


女賢者「あの人は魔力を持ってない...だから安否すらわからない...っ!!」


スライム「...」


明らかに憔悴しきっている表情だった。

それほどに、彼女の感知は鋭いものだった。

友人がこのままだと死ぬという事実を突きつけられて焦らない人はいない。


スライム「...行って」


女賢者「...え?」


スライム「...わたしはここで、水帝を抑えておくから」


スライム「女賢者ちゃんは、先に進んで...っ!」


女賢者「...わ、わかりました...けど、大丈夫なんですか?」


スライム「......大丈夫だよ」


どこか、いつもと違う表情だった。

しかしその投げかけの言葉には一理がある。

今ここで女賢者が上へと向かい、治癒魔法を唱えたとしたら。


女賢者「じゃあ、行ってきますよっ...!」


スライム「...うん」


いざ、階段へと向かおうとしたその時だった。

再びスライムが声をかけてきた、その声色はとても表現できない。


スライム「...女賢者ちゃん」


女賢者「はい?」


スライム「...みんなによろしくね」

811 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:11:52.33 dyy2pbpW0 773/1103


女賢者「え...? は、はい」


随分と突拍子のない言葉であった。

戸惑いながらもソレを受け止め、階段を駆け上がる。

残されたスライムの視界から彼女は消え去った。


水帝「...」


そして、残ったのはもう1人いた。

拘束され、腕を失くし、水に阻害され口を開き詠唱することさえも封じられた。

しかしまだ彼女は生きていた、彼女は魔王軍の最大戦力であるから故に。


水帝(もう少し、もう少しすれば)


水帝(...この子の魔力薬の効き目が切れるはず)


水帝(そうなったら...簡単に脱出できるわね)


並々ならぬ生命力、人魚のように水中での詠唱は無理、エラ呼吸も無理。

しかしそれでいて彼女も水系の魔物、窒息の気配はしらばくは見えない。

そしてずぶとい彼女はスライムの弱体化を狙っていた、負傷していたとしてもただの魔物に負ける要素などない。


水帝(...これを脱出したらこの子には死んでもらうわ)


水帝(そして階段を登っていった子を追い、抹殺...)


水帝(...片腕を奪った代償は高くつくわよ)


水帝(けど...人間の子とスライム族の子にここまでやられてしまうだなんて...)


水帝(油断...それもあったけれど...未熟だったわぁ)


スライム「...さてと」


スライム「もうすぐ...魔力薬が切れそうだね...」


スライム「怖いけど...やるしかないよね...」


スライム「...」ブツブツ


恐る恐る、ある魔法の詠唱をつぶやいた。

質を上げるために、長く、丁寧に。

そしてありったけの魔力をそこにつぎ込む。


スライム「女賢者ちゃん...嘘ついてごめんなさい...」


スライム「魔女ちゃん...キャプテンさんと仲良くね...」


スライム「ウルフちゃん...ごめんね、そしてありがとうね...」


スライム「キャプテンさん...帽子さんの夢...おねがいね」


スライム「帽子さん...今からいくね...待っててね...」

812 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:12:25.56 dyy2pbpW0 774/1103











「...また、会えるよね?」










813 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:13:54.97 dyy2pbpW0 775/1103


身体にが小刻みに震える。

そして空に言葉を託す、仲良しだった彼らに。

そして最後に開かれた言葉が。


スライム「────"自爆魔法"」


覚悟の言葉はあまりにも悲しいモノ、スライムの身体は内部から破裂する。

その階層にあるものはその威力故に、跡形もなく朽ち果てる。

誰も生き残ることはできない、たとえ水の帝であっても。


~~~~


~~~~


女賢者「────っ」


なにかを感知した。

別に感知しなくてもわかる、自分が登ってきた階段。

その後ろから、猛烈な爆風が届いていた。


女賢者「────どうして気づかなかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


なぜ、スライムの覚悟に気づけなかったのか。

あの寒さで思考が麻痺していたからか、それとも自分の鈍感さなのか。

原因を追求しても、どちらにしろ過去には戻れない。


女賢者「なんでぇぇ...スライムちゃぁん...」


女賢者「どうしてぇ...ひどいよぉぉ...」


だが、ああしなければきっと水帝は近い内にスライムの拘束から脱出していた。

そしてスライムを殺害した後はこちらに追ってきていた可能性があった。

そうなってしまえば、瀕死の隊長らを庇いながら闘うことになる、そんなことは絶対に無理だった。


女賢者「ぐすっ...ひぐっ...」


覚悟の自爆魔法、先程はその思いを気づくことができなかった。

しかし爆風を肌で感じた今なら、あの魔物の想いを知ることができた。

身を滅ぼしてまでも、やり遂げてもらいたいという意志が。


女賢者「うぅ...い、いかなくては...絶対にやり遂げないといけません...っ」


口の中が熱い、極度の出来事で乾燥している上に、歯を食いしばりすぎていた。

しょっぱい味、鉄の味、奇妙な組み合わぜが味覚を刺激する。

そしてようやく階段を登り切る、その光景は1階の比ではなかった。


~~~~

814 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:14:49.95 dyy2pbpW0 776/1103


~~~~


女賢者「これは...植物...?」


女賢者(...2階部分のほぼ全てが、謎の植物の根や蔓だらけです)


女賢者(やはり...激しい戦闘があったんでしょう...早く彼らを見つけなくては...)


微かに感じる魔力を頼りに、まずは魔女を探そうとする。

幸いにも簡単に見つけることはできた。

しかし問題なのは見つけてからだった。


魔女「────」


女賢者「...ひどい」


女賢者(本当に生きているんでしょうか...そのぐらいの状態です)


女賢者「..."治癒魔法"」ポワッ


優しい光が魔女を包み込む。

その癒やしは、曲がってはいけない方へと向いている関節すら治す。

次第に彼女の呼吸が深くなる、もうすぐであった。


魔女「────っ! げほっ、げほっ...!」ピクッ


女賢者「動かないでください、まだ全て治してないですから」


魔女「こ...ここは...?」


女賢者「わかりません...私はこの小部屋らしき所で魔女さんが倒れてたのを発見したんです」


女賢者「...状況説明は後でいいです、それよりも怪我を治さないといけません」


魔女「...ありがとう」


女賢者「......いえ」


外部の痛み、内部の痛みが晴れていく。

全快とはいかないところで、魔女が遮る。


魔女「...もう大丈夫、あとは自分の魔法で治すわ」


魔女「それよりも、ここにキャプテンがいるはずだから...そっちを優先してあげて」


女賢者「...わかりました、では早速探してきますね?」


魔女「...まって」


まるで、言いたくないことを言わなければいけない。

そんな神妙な面持ちであった、数秒感の沈黙の末に彼女は口を開いた。

815 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:16:17.42 dyy2pbpW0 777/1103


魔女「...私は途中でここに投げ飛ばされ、意識を失っていたの」


魔女「だから...ここで起きた戦闘の勝敗がわからないの」


女賢者「...なるほど」


魔女「...いまは辺りが静かでしょ、決着はついたみたいだけど」


魔女「......どっちが勝ったか、わからないの」


女賢者「...」


魔女「私が最後に見た光景では...」


一番言いたくない部分がついに来てしまう。

しかし、可能性としてはこれが一番ありえる話であった。


魔女「...キャプテンは劣勢だった」


女賢者「なるほど...けど、先程感知したときはそれらしき魔力は感じませんでした」


女賢者「敵側が勝利したとしても、もうこの場にはいないのでは?」


魔女「...ないの」


女賢者「え...?」


魔女「私たちが戦ってた相手は...魔力がなかったの」


女賢者「...つまり、キャプテンさんのあの武器が単純に通用しなかったということですか?」


魔女「そうなるわ...詳しく話すと長くなるわ」


女賢者「...なるほど」


思わず、会話が止まってしまうほどに重苦しい空気であった。

女賢者は直感した、この2階で起きたであろう闘い。

それは1階の水帝戦並みの激戦であったと。


女賢者「...ともかく、私は辺りを探索し始めます」


女賢者「キャプテンさんが負けたとしても、まだ息があるかもしれまん」


女賢者「...もし、彼よりも先に敵とやらを発見したら、ここに戻ってくるか大きな音を出しますね?」


魔女「...それがいいわ、敵は植物みたいな見た目をしているわ」


魔女「私も...もうすぐしたら歩けるぐらいまで回復しそうだし、跡を追うわ」


女賢者「わかりました、ではまた」


足早に離れていく、すぐに魔女の視界から彼女は消えた。

闘いの勝敗はどうであれ、隊長が負傷していることは間違いない。

1秒でも早く見つけることが、怪我人の為になるからである。

816 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:17:46.44 dyy2pbpW0 778/1103


魔女「...大丈夫よね、キャプテン」


魔女「そろそろ...立てそうね...よっ」スクッ


魔女「いたた...なにか杖になるものなんてないかしら...」


女賢者が去って数分後、治癒魔法を続けたおかげかようやく立つことができた。

なにか支えになる物がないか、ゆっくりと足を引きずりながら小部屋を探す。


魔女「それにしても...ここはあの子とは別の植物でいっぱいね...」


魔女「...ん、これは...茎かしら」


魔女「硬いわね...木の棒ぐらいの強度はありそう...」


魔女「使わせてもらうわね...って?」


──ぱさぁっ...!

先程、魔女がこの小部屋に激突した衝撃でいろんなものが散乱している。

木の棒じみた茎を拾うために持ち上げたら、なにかが引っかかって落ちた。

それがたまたま、彼女の目にとまった。


魔女「...本?」ピラッ


無意識の興味本位、それが作用していた。

好奇心に負け、痛みを我慢しながらも本をめくる。

そこにはあることが書かれていた。


魔女「これは...ゆっくり読みたいわね、借りるわよ」


魔女「今は...女賢者に追いつかなきゃ...」


先程首を締められたあの場所へと、足を進めていく。

大きな音は未だに鳴っていない、そのことが魔女の精神を安らがせる。

そして見えたのは、座り込んだ女賢者と彼らだった。


少女「────」


隊長「────」


魔女「...これは」


女賢者「...どうやら、勝利したようですね」


女賢者「私が発見したときは、この植物みたいな女の子がキャプテンさんの上で息絶えてました」


女賢者「そしてこの握られた刃物...傷口からみてこれでトドメをさした模様ですね」


魔女「そんな...ありえない...っ!?」

817 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:18:54.01 dyy2pbpW0 779/1103


女賢者「...魔女さん? どうかしましたか?」


魔女「だって...この子の肌は極めて堅牢だったのよ...っ!?」


魔女「どうして攻撃が通用したのか...わからないわ...」


女賢者「...でも事実としてこの子は死亡していて、キャプテンさんにはわずかに息があります」


女賢者「どのように勝利したかは...目を覚ました本人から聞きましょう」


魔女「...そうね、そうだったわね...私も手伝うわ..."治癒魔法"」ポワッ


隊長の上で眠る少女をどかして、先に治癒魔法を唱えていた女賢者。

それに続き魔女も魔法を唱える、彼の傷が癒えていくのが見てわかる。

薄かった隊長の呼吸は徐々に大きくなっていった。


隊長「────ッ、がぁああ...っ!」


女賢者「まだ動かないでください...お腹の穴は塞がっても、まだ腕や足の骨は折れたままなんですから」


隊長「お、女賢者...ッ!? 魔女も...ッ!?」


魔女「...おはよ、ゆっくりでいいから何があったのか教えて」


隊長「...そうか、なんとか生きてたのか...俺も、魔女も」


魔女「そうよ...この子は...だめだったけどね」


隊長「...あぁ」チラッ


少女「────」


横たわりながら、顔を少女の方向へと向けた。

自分が殺した命の恩人を見るその表情はとても表現できないものだった。

ソレをみた魔女もまた、表現できない表情をしていた。


魔女「...まず、どうやってこの子を?」


隊長「...魔法を使った」


女賢者「...え?」


魔女「それって...どういうこと?」


女賢者「まさか、魔力に目覚めたんですかっ!?」


隊長「...いや、表現が悪かったな」


隊長「魔法を...借りたんだ...」


魔女「────っ! ま、まさか...っ!?」ピクッ


ある1つの説が魔女の頭をよぎった、もう答えは1つしかなった。

あの超硬度を誇る少女の肌、どのような魔法を使ってそれを破ったのか。

818 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:20:19.55 dyy2pbpW0 780/1103


隊長「...闇の属性付与を、ドッペルゲンガーから借りた」


女賢者「...はいっ?」


魔女「...やっぱり、通りであなたの傷がえげつないのね」


女賢者「すみません、話が全く見えません...順に説明してもらってもいいですか?」


隊長「あぁ...女賢者はあの時のユニコーンを覚えているか?」


女賢者「は、はい...」


隊長「あの時、あのユニコーンはドッペルゲンガーに取り憑かれていたらしいんだ」


隊長「ソレが魔剣となり、帽子の手に渡り...そこからさらに俺の手に渡った」


隊長「そして...ドッペルゲンガーは新たな宿主として俺を選び...俺に取り憑いた」


女賢者「...そんなことが起きてたんですか」


魔女「...私もそれは初耳ね、というか聞く暇がなかったし」


隊長「俺も言う暇がなくてな...詳細を言ったのはこれが初めてだ」


女賢者「...それで、ドッペルゲンガーから魔法を借りたとは?」


隊長「言葉の通りだ、魔女がやられ俺の武器が通用しない状況...」


隊長「あらゆる感情が爆発しそうな時だった...奴はその弱みにつけ込んできた」


隊長「魔法を貸してやる...とな」


女賢者「...なるほど、それで闇の魔法を」


魔女「傷だらけになるはずね...」


隊長「本当なら俺の身体を乗っ取るつもりだったらしい...そうすれば傷つかずに闇を扱えただろう」


隊長「だが俺はそれを拒否し、本当に闇だけを借りた」


隊長「...結果としては少女を...沈黙、させることに成功したが...あと数分でも長引いていたら...」


女賢者「怪我の具合からみて、死亡もしくは重い後遺症が残ってましたでしょうね...」


隊長「だな...今も内蔵に違和感がある...もとの世界に戻ったら人間ドックにいかなければな」


女賢者「え? 人間どっく?」


隊長「あー...聞かなかったことにしてくれ...それよりも────」


なにか、聞きたいことを聞こうとした。

しかしその言葉は遮られるが、2人は同じことを質問しようとしていた。

魔女の言葉が、隊長の質問と一致する。

819 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:21:22.02 dyy2pbpW0 781/1103


魔女「──スライムは、どうしたの?」


隊長「...その通りだ、スライムはどこだ?」


女賢者「...」


──ピクッ...!

前髪に隠れた女賢者の眉毛が少しだけ上がった。

病み上がりの彼でも、その些細な出来事を見逃していなかった。


隊長「...なにかあったのか?」


女賢者「...今は、水帝を取り込んで、拘束しています」


魔女「え...? そんなことできるの?」


女賢者「...はい、これを使ってですね」


そう言いながら取り出したのは、小さな瓶。

その内に秘められた、とてつもない魔力量を感じ取る。

言われずともわかった、魔力薬だ。


魔女「そういうことね...」


女賢者「...私は魔女さんたちの瀕死を感知することができました」


女賢者「そしたら、スライムちゃんが...先に行ってあなたたちを癒やしてきて、と言いました」


魔女「...ありがとう、助かったわ」


隊長「...」


女賢者「これが、最後の1瓶です...私とスライムちゃんで2つ、ウルフちゃんに2つ持たせました」


女賢者「...これは魔女さんが、いざという時に飲んでください」スッ


魔女「え...私でいいの?」


女賢者「基本的に、身体にいいものではないらしいので...人間が飲める量は1瓶が限界みたいです」


女賢者「私はもう飲んでしまいましたから...どうぞ」


魔女「あ、ありがとう...大切にとっとくわね」


服の収納に瓶を入れたとき、なにかにぶつかった。

小瓶が小瓶に当たる、特徴的な高い音が魔女にだけ聞こえた。


魔女(あれ...この瓶って...)


820 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:23:08.75 dyy2pbpW0 782/1103


隊長「...女賢者」


女賢者「なんでしょうか」


隊長「...」


なぜか、非常に重苦しい空気を醸し出す。

まるで情報を吐かない犯罪者に尋問しているときのように。

その威圧感に思わず、小さな汗が女賢者の背中をたれていった。


隊長「...いや、なんでもない」


女賢者「...そうですか」


魔女「とりあえず、状況がわかったわ」


女賢者「では...3階に向かいましょうか、感知できたのは魔女さんたちだけではありませんから」


隊長「...つまり、ウルフたちも瀕死ってことか?」


女賢者「おそらく...3階で感じるのはウルフちゃんと女騎士さんの魔力です」


女賢者「どちらも...本当に薄い魔力しか感じません」


魔女「...急ぎましょう、話は歩きながらにしましょう」


隊長「あぁ...だが、先にいってくれ」


女賢者「...どうかしましたか? スライムちゃんの所に行くつもりですか?」


隊長「......いや、少女と別れたいんだ」


魔女「...先に行ってるわね」


隊長「あぁ...すぐに追いかける」


2人の女性が彼の視界から去っていく。

残されたのは大柄な男と無残な姿の少女。

物思いにふけながらも、隊長は少女の顔を撫でる。


隊長「...」


少女「────」


投げかけれる言葉なんてモノはなかった、ただじっと見つめることしかできない。

頭の中は真っ白、なにも考えることのできない無であった。

隊長は開きっぱなしの瞳を、乱れた前髪を、だらりとした身体を整えてあげていた。


少女「────」


その姿はまるで棺桶の中に入れられた安らかな格好をさせていた。

目は閉じさせ、手を組ませてお腹の上に置かせ、足を伸ばさせてあげた。

そして少女が散らせた花びらを、ある程度身体の上に乗せてあげていた。

821 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:24:57.08 dyy2pbpW0 783/1103


隊長「...」


少女「────」


隊長「...Good bye」


立ち去ろうとしたとき、あるものが目に入る。

それは拳より少し小さい程度のなにかであった。

誰の落とし物なのかはすぐにわかった。


隊長「...種、か」


隊長「......」


どれだけ危険なものなのかは、わかっているはずだった。

しかしそれでいて、彼はその種子を収納にしまいこんでしまっていた。

少女に別れの言葉を伝えると、駆け足で彼女たちの元へと急いだ。


隊長「...」


無言で階段を駆け上がり、上へと辿り着こうとした時だった。

まるで落盤かの如く、3階への入り口が一部を覗いて岩で塞がれていた。

少しばかりバチバチと音がなっている、おそらく中へと入るために魔女が破壊したのだろう。


隊長「...これは」


ウルフ「────」


女騎士「────」


魔女「...っ! キャプテン、おかえり」


隊長「あぁ...やはり、ここも激戦だったようだな」


女賢者「えぇ...女騎士さんはもう少しすれば治癒魔法が効いて目が覚めるとは思いますが...」


魔女「...まずいのはウルフね、本当に瀬戸際だわ、"治癒魔法"」ポワッ


横たわる彼女らを見つめることしかできなかった。

彼はただ、回復を祈ることしかできない。

魔女がウルフを癒やしている間に、女賢者が癒やしていた彼女が目覚める。


女騎士「────っ! うっ...!?」


女賢者「動かないでください、どうやら内蔵がかなりやられてますね...」


女騎士「わ、私のことはいい...ウルフを...」


女賢者「大丈夫です、魔女さんが先に治癒魔法を唱えてますから...」


女騎士「そ、そうか...なら...よかった...」

822 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:26:31.27 dyy2pbpW0 784/1103


隊長「...ゆっくりでいい、状況説明を頼む」


女騎士「キャプテン...魔女、無事でよかった...」


隊長「あぁ...とはいっても、俺たちも危険な状態だったみたいだ」


隊長「俺と魔女が瀕死なところを、女賢者が癒やしてくれたんだ」


女騎士「なるほどな...それで、状況説明だが...」


女騎士「まず、お前たちと分断されたあとは、炎帝と対峙したんだ...」


女騎士「そしたら...魔王子と女勇者が残り、私たちはキャプテンと合流するように言われたんだ」


隊長「...なるほどな」


女騎士「それで...下の階であるここに降りたら...私とウルフは地帝と対峙した」


女賢者「...地帝、ですか」チラッ


地帝「────」


隊長「...この様子だと、闘いには勝利したみたいだな」


女騎士「あぁ...ウルフが主力で私は補助に過ぎなかったがな...」


女賢者「...」ピクッ


ウルフが主力、この言葉の意味がすぐにわかった。

彼女は2本目のあれを飲んだ、なぜあそこまで死にかけている理由をなんとなく察する。


女騎士「ウルフが魔力薬を飲み...地帝をある程度圧倒させた」


女騎士「そしてその隙を狙って、私は魔王子の折れた刀身を使い...地帝に致命傷を追わせた」


女騎士「幸いにも、この折れた魔剣が闇をまとってくれた...これがなければ負けていた」


女賢者「...そうですか、あなたも闇を使ったんですね」


女騎士「..."も"?」


女賢者「えぇ...話せば長くなります」


女騎士「...悪いが、今は治療に専念させてもらう...あとでたっぷり聞こう」


隊長「あぁ、いまは休め...もう少ししたら移動する」


女騎士「...きっと今頃、女勇者たちは炎帝を泣かせているところだろうな」


隊長「そうだな...そうだといいな」


少しばかりの冗談、身体に余裕ができた証拠であった。

小さなものであったが空気が軽くなる。

それに相まってか、一番重症だった彼女の口が開いた。

823 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:27:54.71 dyy2pbpW0 785/1103


ウルフ「────げほっ!? げほっ!?」


魔女「ウルフ、大丈夫?」


ウルフ「ま、じょ...ちゃん...?」


魔女「ゆっくりでいいわよ...状況も女騎士から聞いた...よく頑張ったわね」


隊長「大丈夫だ、みんなここにいる...な?」


ウルフ「う、うぅぅぅぅぅぅ...ご主人...」


女騎士「ウルフ...」モゾッ


女賢者「まだ動かないでください、気持ちはわかりますが、あなたも重症なんですから」


しばらく、治癒魔法を受け続けること数十分。

ようやく2人は立つことが可能になるまで回復する。

状況説明も行った、次に必要なのは指示説明であった。


隊長「...いまここにいる5人、いずれもある程度健康な状態だ」


隊長「俺としては先を急ぐよりも、1階へと戻り水帝を抑えているスライムに加勢したい」


魔女「...賛成ね、スライムが心配でしかたないわ」


隊長「...そうだな、魔王子や女勇者がやられるとは思えない...なら優先度は低いはずだ」


ウルフ「...スライムちゃんの方へ、いこうっ!」


女騎士「それがいい、水帝を各個撃破したほうが明確だ」


盛り上がる4人、一同は下へと降りる気で満々であった。

しかし1人だけは違っていた、唯一事実を知っている彼女が沈黙していた。


女賢者「......待ってください」


女賢者「大事な...話があるんです...」


その重すぎる口調、皆が注目する、そしてゆっくりとその唇を動かす。

あの時は嘘をついた、どうしてもウルフも一緒にいる時に言わなければならなかった。

824 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:29:25.93 dyy2pbpW0 786/1103


女賢者「...スライムちゃんは...もう亡くなりました」


ウルフ「...え?」


隊長「...ッ!」


魔女「...は?」


女騎士「...たちの悪い冗談だな」


女賢者「...事実です、キャプテンさん、魔女さん...嘘をついて申し訳ございませんでした」


隊長「...やはり...か」


魔女「────嘘っ!? 感知しても本当にスライムの魔力を感じないっ...!?」


ウルフ「──...」


女騎士を除く、3人の目が憔悴しきっていた。

なんとなく察してしまっていた隊長、事実を確認してしまった魔女。

そして無言を貫くウルフ、それぞれ表情は違うが完全に目は見開いていた。


女騎士「...ウルフ、大丈夫か?」


ウルフ「...」


隊長「...落ち着け...頼む...落ち着いてくれ」


隊長「まずは...みんな座れ...」


魔女「...うん」


女騎士「...わかった」


女賢者「...すみません」


5人が座る、その面持ちは各々違う。

冷静そうに見えて指を震わせている隊長、動揺を隠せない魔女。

申し訳無さがある女賢者、そして虚空を見つめるウルフ、それを心配する女騎士。


隊長「まず...なにがあったのか...今度は嘘をつかずに教えてくれ...」


女賢者「...スライムちゃんが水帝を取り込み、拘束させた」


女賢者「その後、私がキャプテンさんたちを癒やしに先行したのは事実です」


女賢者「問題は...私が階段で2階へと上がろうとした時でした...」


女賢者「...ごめんなさい、少し時間を...ください...」


やや過呼吸気味になる。

つらいのは彼女も同じであった。

ここにいる5人は、スライムの死を直に見ていないのだから。

825 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:30:49.16 dyy2pbpW0 787/1103


女賢者「...私がぁ、2階っ...へと上がろうとした時...」


女賢者「ひぐっ...後ろから爆風が...と、とどきましたぁ...っ」


魔女「...っ! それってまさか...っ!?」


女賢者「間違いあり...ません、あれは...自爆魔法です...っ!」


女騎士「────っ!!」


麓の村で、直に味わったことのある魔法。

なぜここに女賢者がいてスライムがいないのか、その理由がはっきりした。


女騎士「...ウルフ」


ウルフ「...」


冷たいかもしれないが女騎士はスライムとの面識があまりない。

この場にいる皆の中で、例外的に精神的ショックを受けずにいた。

だからこそ、彼女にしかできないことがあった。


女騎士「...」


────ぎゅっ...!

虚ろな目をしているウルフの手を優しく。

それでいて力強く握りしめる、言葉を失うウルフ、一番キテいるのはこの獣であった。

地帝戦で芽生えた友情のようなモノが彼女の手を握りしめた。


隊長「......なる、ほど」


そして口を開く、その口調からは余裕など一切感じない。

指を震わせながら、頭を抱えるしかなかった。

最大の友が愛したあの魔物の子。


魔女「そんな...あの子も守れなかったのっ...?」


魔女「これじゃ...帽子に会わせる顔がないわよっ...!」


隊長「...ッ!」


女賢者「ごめんなさいぃぃ...私が気づかずに先行しなければこんなことにはぁ...っ」


ウルフ「...」


先程までの、明るい顔立ちをしていた彼らなどいない。

士気はだだ下がり、とてもじゃないが戦闘などできない。

このままでは身を滅ぼしてしまう者もでてしまうだろう、だが彼女だけは違っていた。

826 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:32:06.86 dyy2pbpW0 788/1103


女騎士「...落ち着け」


女騎士「いいか? 私は今から都合のいい解釈をさせてもらうぞ」


女騎士「話が気に入らなければぶん殴ってでも止めろ」


唯一、鋭い目元を保てた女騎士が言葉をつなげる。

スライムとの友情を持たずにいた彼女にしかできないことだった。


女騎士「まず...女賢者、お前が先行していなければ...」


女騎士「私やウルフ、キャプテンや魔女は死んでいたかもしれないんだぞ?」


女騎士「瀕死状態とは時間との勝負だ...私は、お前が悪いとは思わなかった、話を聞いている限り」


女賢者「...」


女騎士「...次だ、スライムが自爆魔法を唱えなければどうなっていたか」


女騎士「詳しい話はわからない...だが、その時はスライムは魔力薬を飲んでいたんだろう?」


女賢者「は、い...」


女騎士「なら、なおさらだ...おそらく効力が切れた隙を狙われ、拘束から脱出された可能性があったはずだ」


女騎士「そうしたらどうだ? スライムは水帝を足止めできずに殺されていただろうな」


女騎士「そうなってしまったのなら...無念でしかない」


女騎士「...違うか?」


魔女「...違わない...わ」


女騎士「...だが、今は違うじゃないか...スライムは足止めをすることができた」


女騎士「それどころか...水帝を滅ぼすことに成功した...喜ばしいことじゃないか」


女騎士「...私はスライムという子にあまり面識はない...だが」


女騎士「お前たちは違う...その子の友達...大事な仲間だったんだろ?」


隊長「...あぁ、その通りだ」


女騎士「...お前らは...その大事な子に守られたんだ」


女騎士「立場を変えて考えてみろ...ウルフ、お前がスライムの立場なら...」


女騎士「...たとえ死んでも、水帝を足止めするに違いないだろ?」


ウルフ「......うん」


少しずつ、活気が戻っていくような。

失った者の影響は確かに大きかった。

しかし、受け取った意志を蔑ろにできるわけがない。

827 : ◆O.FqorSBYM - 2018/12/20 23:33:26.47 dyy2pbpW0 789/1103


女騎士「...なら、我々にできることはなんだ?」


女騎士「私なら...スライムの望みを受け取ることだ」


その言葉とともに、4人の記憶がフラッシュバックする。

スライムの望みを知らないわけがない、彼の望む世界こそがあの魔物の望み。

ならば、ここで足止めを食らうわけには行かなかった。


隊長「...行くぞ、上へ」


魔女「そうね...弔うのは、すべてが終わってからね」


女賢者「天国というものがあるのなら...きっとそこで帽子さんと再開できるはずですね」


ウルフ「...うんっ!」


足が重たい、未だに受けたショックは大きい。

だが絶対にヤラねばならないことが残っている。

それをやり遂げるまでは止まってなどいられない。


隊長「...女騎士、助かった」


女騎士「なぁに、昔から士気を高めるため、戦闘前に説くことが多かったんだ」


女騎士「...気持ちの整理はついたとしても、彼女が亡くなったのは事実だ...無茶はするなよ?」


隊長「あぁ...大丈夫だ」


隊長「泣くのは...後だ」


仲間の死には慣れている、特殊部隊の隊長とはそういうモノであるはず。

だがこの世界での出会いはかけがいのないモノであった。

帽子、それに続きスライムまでもが亡くなってしまった。


隊長(鈍ったか...いや、人としては真っ当か)


隊長(...元の世界へと戻ったら、一度亡くなった隊員たちの墓に向かうか)


隊長(仲間が死んでも...作戦に支障が出ると理屈をこねて押し殺していてばかりだった...)


隊長(もう少し...向き合うべきだったな...感情とな)


今まで非情をもって、死と向き合っていた彼だった。

成長したのか、逆に衰退してしまったのかなんてわからない。

答えなど永遠にでてこないであろう問いに、悩みながらも足を進めていた。


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続き
隊長「魔王討伐?」 Part8

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