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国王「さあ勇者よ!いざ、旅立t「で、伝令!魔王が攻めてきました!!」
国王「さあ勇者よ!いざ、旅立t「で、伝令!魔王が攻めてきました!!」【2】
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国王「さあ勇者よ!いざ、旅立t「で、伝令!魔王が攻めてきました!!」【6】
少年「あはは」
少年「僕が勇者、か。そう思ってしまうのも無理はない」
少年「ここ、謁見の間で待っていたのは僕なんだからね」
少年「でもね、魔王。君はもう知っているはずだよね」
魔王「………」
少年「圧倒的な力を持つ宿敵。それが人智の及ばぬ大いなる力を示して迫り来る」
少年「味方は次々に倒れて、勝ち目なんてこれっぽっちもないのに、戦えと急き立てられ、拒むことは許されない」
少年「その恐怖。残酷さ」
魔王「…ええ」
魔王「魔法使いの幻術の中だったけれど…私は逃げ惑う他なかったわ」
少年「そうでしょう。だから」
少年「だから、誰も彼を責める資格なんてないと思うんだ」
少年「ねえ、魔王」
少年「僕は勇者じゃない。勇者はここに居ない」
少年「――逃げたんだよ、勇者は」
少年「迫る君の恐怖に負けて。使命をなげうってね」
魔王「逃げ、た?」
魔王「………勇者が、逃げた?」
少年「うん。誰にも知られぬうちに王城を抜け出した」
少年「君達が城下町に辿り着いた頃には、もぬけの殻だったそうだよ」
魔王「………」
少年「彼が何を思い、何を考えていたのか、僕らは想像することしか出来ない」
少年「望んだわけでもなく勇者なんて祭り上げられ、絶望的な戦いに放り込まれる運命の人間…なんてさ」
少年「どんな気持ちだったんだろうね?」
少年「少し前の君達であれば、勇者を探しだして抹殺しようとしたかもね。…君はそれを望まなくても、雷帝あたりは危険の芽を摘むため事に当たっただろう」
少年「ふむ。そんな物語の展開もまた、面白いのかもしれない」
魔王「………」
少年「酷い肩透かしって顔だね。まあまがりなりにも勇者討伐を目指してきた君にとっては、ショックが大きかったかな」
魔王「………勇者でないなら、あなたは」
魔王「一体、何?」
炎獣「 グ ル ル … ! 」
少年「おっと、もう臨戦態勢かい?」
少年「へえ、そう。流石というかなんというか」
少年「僕を敵と認めたのは、魔王としての勘ってやつかい? それとも論理的推測?」
少年「もう、魔法使いから情報は引き出せないものね。そうして己を信じ剣を取る他ないんだよね」
魔王「…あなたが何者かによっては、私は剣を取らずに済む」
少年「強気だね! そうかそうか」
少年「けれどまあ、僕が自分で名乗るよりもより信憑性の高いやり方をしよう」
魔王「なんですって?」
少年「君達の前に立ち塞がってきた人間の研究機関。この戦乱を巻き起こした者達。――教皇と、魔法使い」
少年「彼らを、君と四天王は討ち果たした。でもね」
少年「もう一人重要な存在を忘れてないかな?」
少年「………出ておいでよ。女神」
魔王「!!」
――フワァ…
女神『………魔王』
女神『ようこそ謁見の間へ』
魔王「女、神…!」
魔王(――いや違う。これは"女神と名付けられたもの"であって、本当の女神ではない)
魔王(教皇と魔法使いが造り出した偽りの女神)
魔王(彼らの思い通りの物語になるよう啓示を与えてきた存在…!)
女神『数えきれぬ戦いを乗り越え、よくぞ辿り着きました』
女神『よくぞ、人類を絶望に陥れ、英雄達を討ち果たし、文化に破壊をもたらしました』
女神『…勇者など倒さずとも、あなたは既にその役目を果たしたのです』
魔王「役目を果たした…? 私が? ………馬鹿な」
魔王「あなたは、神々の意思を裏切るために創られた偽りの生命だ」
魔王「私の撃破。もしくは魔法使いがしたように、私を操り神を殺そうという魂胆だったはず」
魔王「私がここにこうして立っていることは、あなたの描いた道筋から大きく外れている」
魔王「それは、虚勢? それとも偽りの存在にも関わらず、神々の代弁者を気取ろうとでも言うつもり?」
女神『…魔王。あなたは我々の目的をよく理解していますね』
女神『ただし検討違いがあります』
女神『あなたは今以て、私の望み通りの魔王であり続けており』
女神『魔法使い個人の敷いたレールの上を歩み』
女神『かつ、天上の神々の与えた役目さえ果たしているのです』
魔王「…私が未だに、私ではないものの思惑通り動いていると」
魔王「そう言うの?」
女神『…哀れな魔王。全てを自分で選んでいるつもりでいたのですね』
女神『この物語の始まりはいつであったのでしょう』
女神『あなたたち魔王四天王が、港町に攻め入ったあの時?』
女神『それとも、魔法使いが先代魔王を己の身ひとつで討ち果たした時?』
魔王「………その、どちらでもないと?」
女神『――自分の立っている所をご覧なさい。その機械城を。…古代王朝の叡智の結晶を』
女神『これだけの力を持ってすれば、世界の全ては人々の手にあった。全てを知り、全てを能うた………それが、かつての古代王朝』
女神『生命を技術により産み出し、死した種を甦らせ』
女神『気の遠くなるほどの距離を翔び、時空を越え』
女神『山を野に変えてしまうほどの兵器があった』
女神『まさに神のごとき所業。教皇と魔法使いが私を創ったように、テクノロジーの進歩は天神すら産み出しました』
女神『――全ての始まりは、その古代王朝の滅びに遡ります』
魔王「………」
女神『魔王。あなたに何故この万能の王朝が滅びたか、それが分かりますか』
魔王「………神のようであったとしても」
魔王「所詮は血の通う生命よ。間違いはおこる」
女神『その通り…古代王朝は、その高い技術ゆえに狂いだすことになります』
女神『生と死に関する倫理観が次第に失われた。ビジネスとしての命の奪い合いや、交換が行われた』
女神『繰り返される時空間転移に、無数に生まれた平行世界。膨張した世界は破滅を迎えようとした』
女神『終末は、あっけなく訪れた。星は、宇宙は、消滅の危機に瀕した』
女神『森羅万象の崩壊。ありとあらゆる事象の終わり』
女神『………けれど"鍵"を握った古代人がいた』
女神『それが限りない終わりの中で、たったひとつの始まりとなった』
魔王「………」
女神『そう。古代にも"鍵"は創られていたのです。そしてかつての"鍵"は魔法使いが創ったそれよりもさらに偉大なものだった』
女神『古代における"鍵"。それはあらゆるものを超越する可能性の塊』
女神『滅びの世界を、新たに受胎させることすら許すもの』
女神『"鍵"によって、世界は生まれ変わった。小さな小さな世界だったけれど、そこには確かに生命が息づいた』
女神『無数の闇の中に、一筋の光明となったその世界では、あるひとつのシステムが組まれた』
女神『勢力を二分し、互いに互いの文明を破壊しあい、ある一定以上の力を持つことが出来ぬように』
女神『それは、滅亡の歴史を踏まえた苦肉の策』
女神『生命の発展の果ては、自壊でしかない。自壊を防ぐために、そもそもの発展をある一定の範囲に縛り付け続ける』
女神『古代人はその小さな世界を管理する者となり、神からの啓示という形をとってその世界の維持をあるプログラムに託した』
女神『敵対勢力に破壊をもたらすプログラムは…それぞれ』
女神『魔王と、勇者』
女神『そう名付けられた』
魔王「――!!」
女神『もう理解できましたか? 魔王』
女神『この魔王と勇者に依存した世界の、必要性が』
女神『勇者が勝利すれば魔族は絶滅の危機に瀕した。魔王が勝利すれば、人類は搾取され絶望の淵へ立たされた』
女神『そうすることによってこの小さな世界は、守られ続けてきたのです』
女神『進化という、生命の業から』
魔王「………」
少年「…魔王」
少年「君達の生は………人と魔は、最初からお互いの生命を奪い合うために生まれたんだ」
少年「どうやらそれは、間違えようのない真実だ」
少年「君の探し求めていたもの。魔王勇者大戦の答え。生命の在り方」
少年「その結論が、これなんだよ」
魔王「………これが………意味?」
魔王「これだけの死を生み出し続けた、長い戦乱の理由………?」
魔王「私達の生の………――」
女神『ええ。あなたは、だから今この時点で人類に大きな傷を与え、管理者の領域にその手を伸ばす魔法使いらを撃沈せしめた』
女神『勇者は逃げ出しその打倒の機会は失われてしまいましたが、此度の力のない勇者のことなど些細なこと』
女神『あなたはすでに、立派に魔王としての役目を果たしたのですよ』
魔王「――――ふざけるな!」
魔王「このおびただしい数の死は………決して癒えぬ傷の連鎖は」
魔王「そんな身勝手のために積み上げられてきたの!?」
魔王「そんなものに、一体どれだけの意味があるっ!!」
魔王「何が神々だ! 女神も邪神も存在などしていない!!」
魔王「神を気取る古代の呪いに…世界は永遠に翻弄され続ける運命だと…!」
魔王「魔王も勇者も、無益な争いの呼び水として産み出され続けるというの…!!」
女神『勇者と魔王には常に使命が与えられ、歴代伝説の英傑達はその使命を全うしてきました』
女神『"対となる種族の衰退をもたらすこと"。…行き過ぎた文明の誕生の阻止』
魔王「それはただの災厄だっ!!」
魔王「生命の生きる権利を奪っていい理由にはならない!!」
女神『なぜ、そう言えるのです?』
女神『生命の発展の先には、滅びしかないのですよ。それは歴史が証明しているのです』
魔王「生命には、ただそこに在るだけで無限の可能性を秘めている!」
魔王「私達は、ただ死ぬために生きているわけではない!」
魔王「生けるものが、戦乱のない豊かな暮らしを営もうというのを、奪っていい理由なんてひとつとしてない!!」
魔王「あなたのいう管理とは、傲慢な支配だ!」
魔王「喜びを奪い、悲しみを生むためだけに勇者と魔王があるなら………そんなもの消え去ってしまえ!!」
女神『………それは、魔法使いの言葉と同じものです』
女神『彼も今のあなたと同じ思いから、魔王勇者大戦の仕組みを壊そうと立ち上がりました』
女神『だから彼は、そのシステムの根幹となる女神と邪神の加護を――』
女神『システム管理者である"神"を、あなたを使って倒そうとした』
女神『あなたは結局、彼の思い通りになるのですか?』
魔王「私は………っ!!」
魔王「私達は、多くの戦いの果てにここに至った!!」
魔王「最後の真実に、私の意思で足を踏み入れたっ!!」
魔王「私達の生命の起源が………古代の終わりに開かれた小さな世界なのだとしても…!!」
魔王「最初の理由が、争うのための生だったとしても…!!」
魔王「私達は…その生を精一杯生きた!!」
魔王「愛の喜びを知って、それ故の悲しみに耐えて、もがき苦しみながら」
魔王「――私達は、確かに生きている!!」
魔王「その命の輝きは、どんなものよりも尊い………!! 死するその瞬間まで、どうしようもなく目映い光を放つ!!」
魔王「私はその光を、この戦いで幾度も目に焼きつけてきた!!」
魔王「――多くの英雄達との戦いで、それは私の胸に刻まれ続けてきた!!」
魔王「この世界には、正義も悪も、聖も邪もない!!」
魔王「ただ生ける生命がそこにあるだけだっ!!」
魔王「それを独善的な価値観で、殺戮の渦に陥れるのなら――」
魔王「私達に、神はいらない!!!」
炎獣「 ―― グ ォ オ ォ オ ン ! ! 」
魔王「いこう………炎獣!」
魔王「最後の戦いに――!!」
女神『やはりこうなるのですね…』
女神『神を倒そうというその意思………確かに聞き届けました』
女神『けれど魔王、辿り着けますか。管理者の元へ。本当の女神であり、邪神であるその存在の元へ』
女神『そこへゆくには、大いなる力が必要です。その扉は、"鍵"によってのみ開かれます』
女神『地上で創られた"鍵"は、魔法使いが持っていましたが………彼の死と共に何処へと去りました』
女神『誰の手に渡ったのか。その強運の持ち主が偶然この場に現れるのを待つしか』
女神『あなたに方法はありません――』
国王「それならここにあるぜ」
魔王「!」
少年「君は………」
女神『――国王!』
国王「ったく」
国王「城は滅茶苦茶…国はぼろぼろ」
国王「この勘定をどこにつけたろーかと、流石の余も検討がつかなかったが」
国王「そういうことなら、話は早い」
国王「怪しげな宗教を余の国にばら蒔いた、神様直々にあがなってもらうとしよう」
魔王「………あ、あなたは」
国王「おう、魔王。噂通りなかなかの美人だな」
「――陛下」
女王「お戯れはそこまでに」
国王「わ、分かってるっちゅーの」
少年「国王、女王………」
少年「機械城の出現と共に行方を眩ませていたと思えば………あなた達は」
少年「――この時を、待ち構えていたのかい?」
国王「余を誰だと思っとんのじゃ、たわけ」
国王「そこの美人が魔界の王者なら、余は人間のトップだぞ」
国王「教皇にしてやられて、そのまま退場っていうんじゃ………お粗末が過ぎるだろうよ」ニヤ
少年「…君が、次の"鍵"の持ち主に?」
女王「まさか。この人の運の値は歴代国王最低ランク」
女王「"鍵"などという、霊験あらたかなものに選ばれるはずもありません」
国王「お、おい。ちょっとは格好をつけさせろよ」
女王「いいから、早く彼を。"鍵"の持ち主をここへ」
国王「へいへい」
国王「"鍵"………この世の理すら歪ませる反則級の代物。それを手にするほどの幸運の持ち主は誰だと思う?」
国王「それは、ある意味運だけでここまでやってきたような者ではないか?」
国王「ある所では怠け者と呼ばれる類いですらあるかもしれん」
国王「余のこれは賭けだった。けれどどうやらこの推測は正しかった」
国王「それ、こっちに来い。――出番じゃ」
「ひ、ひい………」
「な、なんだよここは………」
遊び人「………どうして俺が、こんな目にっ!」
【遊び人】
遊び人(うまく、逃げおおせたはずだった…っ! どこをどう間違ったってんだ…!)
遊び人(こいつらは俺を捕らえに来た…エラソーな格好してやがると思ったら、国王だとか名乗りやがる)
遊び人(イカれてやがるのかと思ったが、こんな所まで連れてくるってことは、本物ってことか!?)
遊び人(城下町に逃げ込んだのが不味かったのか…!? 港町から戦場になった平野を越えられたまではツイてたはずだ…っ)
遊び人(港町が氷づけになったの時には肝を冷やしたっ、だがそれからもうまく逃れてきたんだ…!)
遊び人(そもそもあの時、港町であの女に………)
――商人「お前、うちのカジノに入り浸っていた遊び人だな?」
――遊び人「うへっ!?」
――商人「大事な顧客の顔は覚えるさ。これでも商人の端くれだからねぇ」
――遊び人「こ、こりゃあ光栄な事で…」
――商人「しかし、お前は客というだけでは留まらなかった人物でもある」
――遊び人(な…なななな何で、あのことが、バレて)
――商人「知らないとでも思ったのかい? まあ、その小さな脳ミソじゃそこまで考えも回らんだろうなぁ」
――商人「貴様は今まで、我々の監視下で生かされていたに過ぎないのだ。そして、今日この日でさえそれは変わらない」
――商人「その事を、よく肝に命じておけ」
遊び人(………あの時、商人に殺されずに逃げのびた時から)
遊び人(――こうなる運命だったってのか………!?)
炎獣「 グ オ ゥ ! ! 」
遊び人「ひ、ひぃぃっ!」
遊び人(じょ、冗談じゃねえぞっ…! なんだあのバケモンは!!)
遊び人(畜生っ、見るからにやべえ奴らばかりだ…っ!)
女神『そのような非力な人間に………本当に鍵が宿ったというのですか』
少年「鍵とは、そういうものだよ。女神。僕はそれをよく知ってる」
魔王「………」ツカツカツカ
遊び人(ひっ! なんだ、こっちに来…)
魔王「あなたが鍵の持ち主なら」
魔王「お願い。鍵を開けて。………神々を名乗る者の元へ、私を導いて」
遊び人「…な、な」
遊び人「何を言ってやがるんだ…っ!?」
国王「魔王」
魔王「…はい」
国王「余も、この争いを終わらせたいと望むものの一人だ」
国王「だがここから先、古代人に対抗出来るのはおそらく、そなたとその力の化身だけだ」
魔王「………炎獣は」
魔王「私の友達です」
国王「む。…すまん。口が悪いのは王座についても治らなくてな」
魔王「いえ。あなた方の思い、受け止めました」
魔王「勇者と魔王の戦いを…その根元を断つ。そして」
国王「ああ」
魔王 国王「――そこから、新しい世界を探す」
魔王「人間と魔族がお互いを支えあう国を」
国王「争いを必要としない世の中を」
魔王「………もっと早くに」
魔王「あなたと話をしたかった」
国王「…本当にな。えらく遠回りをしたようだ」
国王「気の遠くなるような、遠回りを、な」
遊び人(おい。おいおいおいおい)
遊び人(ふざけんなよ。俺に一体、こんなしかめっ面だらけの連中の中で、何をどうしろって…)
国王「遊び人よ」
遊び人「っ」ビクッ
国王「………その手に持ったダイスを振るえ。お前がするのはそれだけでいい」
遊び人「あ、あんだとぉ…!?」
国王「鍵はお前の手にあるのだ。扉を開くのは、きっかけさえあればいいはずだ。後は坂道を転げ落ちるように、事は動き出す」
国王「何のことはない。いつものように、掌に握った三つの賽を投げろ」
魔王「お願い」
遊び人「………っ」
遊び人「へ、へへ…」
遊び人「もう、知らねぇや…っ、何がどうなろうと、俺の知ったことかっ!」
遊び人「振ればいいんだろ、振れば!!」
女神『………させません』ォオ…!
少年「女神」ス
女神『! しかし…』
少年「いいんだ。これもまた、面白いじゃないか」
少年「僕はこのシナリオを、最後まで楽しむことにするよ」
女神『………』
遊び人(どうとでも、なりやがれぇ!)
遊び人「うおらっ…!!」 バッ
コロン コロン………
遊び人(………い)
遊び人(1が、三つ…!)
――カチッ
魔王「!!」
炎獣「ッ!!」
遊び人(な)
遊び人(なんだ、こりゃあ………)
遊び人(あたりが、ま、真っ白になっちまった)
魔王「………これが、扉を潜るということ」
魔王「どうやらそれを許されたのは、加護の名残をもつ者………私と、炎獣」
魔王「それに鍵を持つ彼だけ」
遊び人「い、いい、一体何がどうなって………」
魔王「神々…いや、それを名乗る古代人の居場所にきた。この白い無の世界こそが管理者たる者の居所なんだ」
魔王「そして私達と一緒にこの場に立っているということは――」
魔王「あなたが………その古代人だったのね?」
少年「はは」
少年「そういうことだよ」
少年「"鍵"」
少年「あれはそれ自体が気紛れな代物で、ひとたび持ち主が手放すようなことがあれば、誰の手に渡るか分からないんだよ」
少年「古代王朝の終わりに創られた"鍵"もやはりそうだった」
少年「本来の"鍵"の持ち主は醜い争いの憂き目にあって命を落とした…。その後誰の手に"鍵"が渡るか、世界は緊張に包まれた」
少年「狂ってしまった世の中を正そうと希望を持ち続ける人徳者もいたな。彼の手に"鍵"が渡れば、古代王朝にも先があったのかもしれない」
少年「選民思想のもと、ノアの方舟のようなものを作ってある一定の人々を生き残らせようとした人もいた」
少年「いずれの手に渡っていたとしても、こんな小さな、魔王と勇者の世界は創らなかっただろうね」
少年「でも、"鍵"は僕の手に渡った」
少年「僕が幸運だった。理由はそれだけだ」
少年「僕はね。ウンザリしていた」
少年「先の見えない争いの世界も。何もかも科学の力で証明された夢のない世の中にも」
少年「――僕は永遠に、ファンタジーを見ていたいと思ったんだ」
少年「だから世界をリセットして、勇者と魔王の冒険譚だけがある、閉じた場所を作った」
少年「友情と愛と、危険に満ちた戦いがあって」
少年「ひとかけらの希望を胸に、剣と魔法のワクワクするような戦いが繰り返される」
少年「科学の力なんて持ち出す不粋な輩は永劫現れない。そこまで進化する必要がない」
少年「ある時は勇者が勝って、ある時は魔王が勝つ。その綱引きが行われるたび、胸を踊らせる夢物語が紡がれる」
少年「どうだい? 飽きないだろ?」
少年「だから僕はこうして、今まで邪神の役と女神の役をこなし、魔王と勇者をつくりながら――」
少年「この美しい世界を………悠久とも言える時間眺め続けてきたんだよ」
少年「たった一人でね」
遊び人(おい…なんだってんだ?)
遊び人(こいつらは何の話をしている…!?)
魔王「………………」
少年「怖い顔をしないでよ、魔王。君の物語も僕はずうっと見ていたさ」
少年「今回のお話は本当に刺激的だった!」
少年「本来は魔王城で鎮座しているはずの魔王が、自ら人間の王国へ攻めてくるんだ…! 凄いよねっ」
少年「本来、一人一人撃破されるはずの四天王が、一致団結して勇者一行を各個撃破するんだ!」
少年「倒される勇者一行にも、様々な想いが胸にあって、美しかった…!」
少年「僕が一番気に入ったのは赤髪の少女が僧侶となってしまったお話だなあ………」
魔王「………あなたは」
魔王「子供でいられたその一瞬に"鍵"を身に宿らせて」
魔王「――そのまま時を止めてしまったのね」
魔王「絶対的な力に溺れて、玩具のように生命の希望を生んでは壊し」
魔王「そうしていつの間にか」
魔王「そんな風に、狂気に満ちた醜い存在になってしまった」
少年「…酷いな。傷つくよ」
少年「僕は何も間違ってない。このまま勇者と魔王に世界が依存し続ければ、みんな本当の地獄を見ることはないんだよ」
少年「あの、幻想を欠片も抱けないような、おぞましい終焉をね」
少年「そして希望と絶望が流転する今の世の在り方こそが、永遠のロマンであり…健全な状態なのさ」
遊び人「お、おい」
遊び人「おいおいおいおいおい」
遊び人「ちょ、ちょっと待てよ、おいっ。黙って聞いてりゃよ、好き勝手に言いやがって」
遊び人「それじゃあ、なにか? こ…この気の遠くなるほど馬鹿げたドンパチは全部、てめぇのでっちあげた台本だったってのかよ!?」
少年「…僕はあくまで結末を見越したきっかけを与えるだけさ。動き出した魔王と勇者がどんな道程を経るかは、分からない」
少年「白紙のページにドラマが描かれてゆく様を見るのが、僕の楽しみだからね」
少年「僕の作った世界を、僕が選んだ英雄たちが駆け巡る………ふふ!」
少年「でも、それを邪魔しようって奴らもいた」
少年「魔法使いはこの摂理を壊し、あまつさえ僕を倒そうとしてたみたいだけど、残念だったよね。…それに今回はもっと重要なこともあった」
少年「あの"女神"は、魔王勇者大戦の筋書きを書いてくれたんだ…! それは熱中してしまうような面白さで…はは!」
少年「誰かが意図してドラマチックな魔王勇者大戦を作ってくれるなんてさ! 刺激的な体験だったなぁ!」
遊び人「………じょ…っ」
遊び人「冗談じゃねぇぞおい…!」
遊び人「ガキの戯言にどいつもこいつも振り回されてたってかぁ!? どっ、どうりでおかしいと思ったんだよ、魔王だの勇者だの………」
遊び人「俺の生きてきたしみったれた街角じゃあ、そ、そんなもんはクソの役にも立たない絵空事だったからなぁ!」
遊び人「おっ、俺に言わせりゃあな…! てめぇのおままごとなんか、ちゃんちゃら可笑しい三文芝居――」
少年「ねえ、遊び人」
遊び人「!」ビクッ
少年「大声でわめきたてるのは、認めて欲しいから?」
遊び人「………な、何を…」
少年「君にだって勇者に憧れた子供時代はあった」
少年「英雄のきらめきの虜になっていた瞬間が確かにあった…けれど」
少年「君は知ってしまった。自分はその器ではない。誰からも選ばれない。能力も心の強さもない」
少年「"自分は惨めな端役でしかない"。そう認めるしかなかった。そうでしょ?」
遊び人「………っ」
少年「でも、今君が一歩前に出たのは、どうして? そう。もしかしたら認めてもらえるかもって思ってしまったんだよね?」
少年「この大詰めに居合わせて、その他大勢に甘んじるためにひた隠しにしていた感情が顔を出した」
少年「………君、諦め切れていないんだよね?」
少年「どんなに大人の顔をしてみせたってさ、遊び人。君の心の奥にまだ燻っているんだ」
少年「あは! ………残酷なまでの、勇者への憧れが…!」
遊び人「や、やめろ…」
少年「君は運命のイタズラでここに居合わせただけ! もうここで君にできることなんてひとつもないんだよ!」
少年「でもそれでいい。思い出してごらん」
少年「本来は通行人みたいな役どころだったろう? 元々、勇者なんてものには届きようがないんだ」
少年「それが、本当の君なんだ。だから、何もできなくていいんだよ」
少年「何もできない君で、いいんだよ…」クスクス
遊び人「だ…っ」
遊び人「だまれっ!!」
――バリバリッ!
遊び人「ひっ!?」
少年「おやおや。逃げ出してしまいたい気持ちになるのも分かるけど、あんまり興奮すると危険だよ?」
少年「気をつけてね。ここは現世から遥かな距離を持つところ。僕が神として管理を行ってきた席なんだから」
少年「俗にいう天国みたいな場所とも言い表せる。死した亡者の魂も君のすぐ側にいる」
少年「そういう場所だよ」
遊び人「ふ、ふ、ふざけんじゃねぇっ…!」
遊び人「お、俺には関わるつもりなんてこれっぽっちもねぇ! 俺を巻き込むな…っ!」
遊び人「世界だの、生命がどうだの、知ったこっちゃあねぇんだよ!」
少年「ふふふ。今度は必死で知らんぷりかい?」
少年「うん。でも君はそれでいい。それでいい…」
遊び人「俺は、俺は………」
遊び人「俺はただ逃げのびて………酒にさえありつければそれで………!」
――バリッ
遊び人「うひぃっ!?」
商人『たく、使えない男だね。これくらいで悲鳴を上げるんじゃないよ』
遊び人「しょ、商人…っ!?」
遊び人「………? だ、誰もいない。今の声は一体どこから聞こえてきやがった………」
――バリバリッ
魔王「!?」
魔王(頭のなかに映像が浮かんでくる…っ!)
魔王(どこかの…平野…?)
魔王(数人の男女がそこに………これは…っ!)
商人『フラフラ動くな、軟弱者』
盗賊『無茶言うんじゃねーよ、アネゴ!』
盗賊『新型の鉄砲の試し撃ちに、なんで俺が的を持っていなきゃならねーんだよ!』
戦士『盗賊。貴様少し静かにしろ。こちらは食事中なんだぞ』
盗賊『っざっけんな猪野郎! じゃあテメェが的になってみやがれコルァ!』
商人『ショット』パンッ!!
盗賊『うひょおおおっ!!』
武闘家『はっはっはっ。なかなか面白い見せモンだのぉ』
魔王「………今のは」
少年「ふふ。君達が倒してきた勇者一行だよ」
少年「彼らがもし、力を合わせることに成功したら………想像すると、ちょっとドキドキしないかい?」
少年「それが、あれさ。あの変わり者だらけの英雄達が、足並みを揃えて魔王城を目指すところだ」
魔王「…」
少年「あはは。彼らが同じ食卓を囲んでいるなんて、なんだか可笑しいよね」
少年「魔法使い達には採用されなかった未来だ。けれどそんなことが現実に起こりうれば何かが変えられたもかもしれない………今でもそんなことを夢見る哀れな魂がいるんだよ」
少年「死してなお、彼女はその呪縛のごとき夢から逃れられずにいる。………おいで」
僧侶《………ああ》
僧侶《もし、世界が優しかったなら………》
僧侶《…私は…………私がこんなに、苦しまずに済んだのよ》
僧侶《………どうして………どうして…》
魔王「………彼女は…」
少年「元々、今回の勇者一行だったひとだよ。君に相対する前に死ぬことになってしまったけどね」
少年「死した生命は、死後の国に迎えられることなどなく、この"無の空間"で果てのない放浪を味わう。聖女と呼ばれた彼女であっても例外ではない」
少年「…死は、楽になんてなれない」
少年「極楽浄土みたいなものは存在しない。許される余地も、転生なんて都合のいいものもない」
少年「ただ、この場所………限りない無を漠然と漂うだけ。それが"死"の正体さ」
少年「僧侶も生前は高潔で気高い女性だった。でもね、死という事実の前では生きている間に得たものなんかこれっぽっちも役に立たない」
少年「死は、あらゆる生命のメッキを剥がす――」
少年「見果てぬ無の空間。そいつを前にした時、あらゆる魂は等しく絶望するのさ」
少年「ねえ、魔王。あそこを見てごらん」
魔王「………っ」
木竜《………助けて》
木竜《助けてくれんか………》
魔王「………」ギリッ
少年「どんなに穏やかに死を迎えた者だって」
少年「いざここにやってきたら………誰一人、この孤独には耐えようがないんだよ」
木竜《………誰か、楽にしてくれ………》
木竜《………こんなに苦しいのならば》
木竜《――儂は、この世に生まれ落ちるべきではなかった》
魔王(爺)
少年「死別した相手に安らかであって欲しいっていうのは、生者の勝手な願望でしかない」
少年「君達のために死んだ木竜は、未来永劫こうして苦しみ続ける運命だ」
魔王「………」
少年「――震えてるね?」
魔王「っ…」
少年「魔王四天王…ここまで辿り着いた君達の力は称賛に値する。けど」
少年「その英傑を包み込んできた木竜でさえ、よるべなく慈悲のない無の前に、苦しむことしか出来ない」
少年「…君の足はすくんでいる。君にとって大切な存在である木竜が、見たこともない悲痛さで屈服しているのを目の当たりにしたからだね」
魔王「…」
少年「命すら投げ出して僕を討つつもりでいたんだろう?」
少年「仮にも神を名乗る僕を相手取って、生きて帰るつもりは最早なかった…その生涯を終わらせてしまうことすら厭わないつもりでいた」
少年「しかし、君は知ってしまった」
少年「死は終わりではなく、救いのない永遠の始まりだと」
少年「ねえ、魔王」
少年「僕を倒そうとすれば君はただでは済まない。例え成功したとしても、引き換えに君は死ぬだろう」
少年「その時君の身に降りかかるのは、想像を絶する事象だ」
少年「希望が最初からない無限の世界。そこに君は飛び込めるの?」
少年「命を、投げ捨てられるかい?」
魔王「………」
魔王「私は――」
魔王「私は、それでもあなたを倒す」
少年「ふふ。揺るがない決意というやつ?」
少年「そんなことはないよね。ここでは心は隠せないよ」
少年「君………怯えきってるじゃない」
魔王「………」
魔王「ええ」
魔王「ここにきて、私」
魔王「恐怖にすくんでる。それに、迷ってる」
魔王「あまりも矮小な生命よ…私は。情けないし………とても愚か」
魔王「………」
魔王「それでもね」
魔王「言葉では説明できないものが、私を前に向かせるの」
魔王「――私は、あなたを倒すわ」
少年「………」
少年「へえ。これは驚いた。どうやら本気だね」
少年「心にこわばりが見られない。静かだけど、かといって折れてしまったわけでもなく…」
少年「それは使命感とか自らの希求の念とか………そういう思考の外の感覚…」
少年「今までの歩みの全て――…純度の高い魂の発露。そういうものが、ぎりぎりの所で君の意思を形作っている。そして…」
少年「………長らくこの世界の命の物語を眺めてきたつもりだったんだけどね。なんだろう、この違和感は」
少年「君はこの世の果てを目にしたはずなのに、その感情は、まるで」
少年「そう、言ってしまえば………まるで今日の畑仕事をこなしにかかる農夫のような」
少年「魔法もなく…特別でもなく…ある意味退屈な…」
少年「………その感情は、なんだ?」
魔王「不思議なことなんてひとつもない」
魔王「私のこれは、きっと誰にでもある気持ちだから。…為さなきゃならないことを為そうとする気持ち」
魔王「心踊る冒険も、幻想的な世界も、命懸けの闘いも、関係なく」
魔王「ありふれた勇気よ」
少年「………」
少年「ふっ…ふふふ」
少年「本当に君は、楽しませてくれるなあ…!」
少年「"ありふれた勇気"? はは! そんなものが、本当に僕を倒せると思うのかい!?」
少年「絶対的な管理者である神を相手にして、そんなものが通用するか…試してみるがいいよ!」
少年「いずれにせよ、僕の見たことのない展開さ…わくわくするね!」
少年「君がそれを否定したとても、君の冒険は例えようもなくとびっきりだった!」
少年「そのクライマックスが、ついに紐解かれる!!」
少年「ああ………こんな興奮は久しぶりだ!!」
少年「僕は今、見たこともないステージを体験してる!!」
少年「おいでよ!! 魔王! 決戦の時だ!!」
少年「君は僕に創られた世界の中で終わるのか!?」
少年「それとも定めを打ち破り、神を倒すのか!?」
少年「今こそ見せてくれ!!!」
少年「――君の辿り着く、結末を!!!」
魔王(絶対的な存在だ)
魔王(直感がそう告げる。例え相手が子供のような見かけであったとしても)
魔王(敵うはずのない相手だと知らしめるような分厚い壁を、感じる)
魔王(この世界の制作者………。根本的な存在の差を魂で感じる)
魔王(それでも私は)
魔王「やらなくては」
炎獣『魔王』
炎獣『魔弓を使え。――俺が、その矢になる』
炎獣『奴がお前に与えた強大な邪神の加護………その化身である俺が、刃となってもろとも奴にぶち当たる』
炎獣『そうすれば、可能性はある。奴自身から生み出た力なら…奴を傷つけられるかもしれない』
魔王「………っ」
炎獣『これしか方法はねぇ。多分な。それに』
炎獣『神を倒せても、その力の化身になっちまった今の俺が残れば後の世では脅威になっちまう』
炎獣『どのみち俺の体は』
炎獣『ここで消えるのが一番良い』
炎獣『………長いこと続いてきた魔人との因縁も、これでようやく終わりだな』
炎獣『俺の旅も、これで終わり』
炎獣『でもさ。――こうして別れを告げられただけマシな最期だよな』
炎獣『………』
炎獣『無になるってのは』
炎獣『どんな気分なんだろうな?』
炎獣『あの爺さんが参っちまうくらいだし…俺にも到底耐えられそうにないや』
炎獣『きっと、情けなく泣きわめくのかもしれねぇな………』
炎獣『はは。なあ魔王。頼むからさ』
炎獣『死んだ後の俺の姿は見ないでくれよな』
炎獣『ちょっとくらい、格好つけたいんだよ。頼むよ』
炎獣『…』
炎獣『魔弓で俺を放つ…。そんな大技、こんな不安定な場所で使ったら一体どうなっちまうのか…』
炎獣『もしかしたらとんでもないことになって、お前だって無事じゃ済まないかもしれない』
炎獣『でもさ。何とか生き延びれるよ、お前は』
炎獣『なんとなくそんな気がする』
炎獣『そうなったら、お前を一人で残すようなことになっちまうな』
炎獣『俺には、お前を………もう守ることが出来なくなる』
炎獣『ごめんな。守るって言ったのに』
炎獣『でもさ』
炎獣『お前はもう、大丈夫だよ』
炎獣『俺がいなくても』
炎獣『きっと』
炎獣『…』
炎獣『ぐだぐだ言ってても仕方ないよな』
炎獣『終わりにしよう、もう』
炎獣『…』
炎獣『…』
炎獣『あ、あはは! なんかさー、俺さ!』
炎獣『畜生、格好つけて終わろうと思ったのにさ!』
炎獣『はは!』
炎獣『――………き』
炎獣『消えるのが、怖いみたいだ…っ』
炎獣『…あれだけ沢山殺したくせに………っ』
炎獣『何度も何度も死にかけてきたってのに…!』
炎獣『いざ、本当のおしまいを前にしたら、俺………!』
炎獣『はは…マジかよ………』
炎獣『い、いまさら』
炎獣『消えてなくなるのが………怖い………』
炎獣『怖い』
炎獣『俺が殺した連中も、きっと…嫌、だったろうな』
炎獣『怖かった、ろうな』
炎獣『そして、今も、ここで苦しん、で』
炎獣『俺を、恨んでるんだろうなぁ』
炎獣『――生きてぇよ…っ!』
炎獣『一人になりたく、ねぇよ!』
炎獣『本当は俺、まだ、生きて…!!』
炎獣『………お前と一緒に――』
炎獣『………』
炎獣『なあ』
炎獣『魔王』
炎獣『ちょっとでいい。ほんの少しでいいんだ』
炎獣『俺に』
炎獣『………………勇気を、くれ』
魔王「――炎獣っ!!!」
ギュウッ…!
炎獣『…っ』
魔王「炎獣、炎獣、炎獣!!!」
魔王「ううううう…っ!」
魔王「炎獣ぅっ!!!」
炎獣『………』
炎獣『あたたかい』
炎獣『燃えさかる、俺の身体よりも』
炎獣『魔王の、涙が――…』
炎獣『………………』
炎獣『ありがとう』
炎獣『魔王』
炎獣『勇気が沸いた、気がするぜ』
炎獣『はは』
炎獣『………』
炎獣『そいじゃ、いっちょ』
炎獣『行くとするか』
【勇者】
遊び人(………魔族の女が、ゆっくりと構える)
遊び人(泣きじゃくるような顔のまま、まるで弓を引き絞るような動作で、腕を引く)
遊び人(とんでもない衝動が、あいつらの回りに集まり始める…。恐ろしいほどの力が弾け飛ぶ予感だけを、感じることができる)
遊び人(………俺はこんなところで、何をやってんだ…?)
遊び人(つまりは、なんだ。こんなもん、神話の世界の出来事だろうが)
遊び人(どう考えたって場違いだ。全部夢だって言われた方がまだ、現実的だ)
遊び人(………)
遊び人(そうだ…そうだよな)
遊び人(俺には関係のないことだ。俺はただひたすら、夢が醒めるのを待っていれば、そうすればきっと)
遊び人(あのロクでもなくて、クソみたいにつまらない現実に戻れるはずだ)
遊び人(きっとそうなんだ)
遊び人(ああ………いよいよ矢が放たれる)
遊び人(でも………俺には………)
遊び人(なんら関係のないことだ)
魔王「これが」
魔王「私の最後の」
魔王「――魔弓だッ!!」
炎獣「 グ ォ オ ォ オ ォ オ ォ オ ォ オ ォ オ ォ オ ! ! ! 」
ピ シ ッ …
遊び人(っ!?)
遊び人(な、なんだ!? 体が動かねぇ!!)
遊び人(化け物が矢のように放たれたその爆発的な反動で)
遊び人(時間が止まったようになっちまって…)
遊び人(………な)
遊び人(何かが)
遊び人(来る――!!)
魔k王「…帝「魔…間ypもな雷
帝「海人間7uの王の炎uo獣「大し俺9.たち敵戦力gの大部666分氷姫「いよp0uい6よ…ってワ炎il獣「でも、そ王国9o軍の本体をru壊…。だその....甲.前だ」ぉしっの4ジ木竜「やってiお持yちま
すかii竜「hdjfほdほっから氷姫「無理すうとt言う儂kらおるとい兵士「qし、王「…今は何兵士陛、ちらの状…。町のら、急の報のこと」「町…いう、器商会か」上げてみよ」はっ」゚サい、倉モンは部せ!い!おい、こっちねぇ!めェらしがれ!!」…」員「社。大配完てやす」人「ああ、ご苦「る」 うのじゃ…そうねd」「姫う少魔王「…魔王「無理をこれしビュオ獣「おっ!gえ2た帝t「…fさ「そうったもんじ」「そろそyp0ろていて獣「ドンと来――み王「こうとう人魔王「fあ…と少して…!城 謁国…!?3 それ者「…!」゙ワザワ 獣「港て伝「はっ!王fが…鹿な…! 勇うgことだ…っ」しく申せd」令「はっ!令「8我らわずました…!王「な、…!?令「新うやら、魔ですら…!」伝の後直ましまnじく…刻…!!にっ!ガタ」う…嘘だ…港港町うこの王城お、? って…の半分最送ら滅…町以降を類の戦は…!!」「そん…そん王「……でば子供のきー!れが、港町氷姫「随雷帝「今まっきたもなり明をじてまが…こまで王「え…)炎獣「え事? 魔王」王「ん、かせてく」魔王…」私たちはまでh類をすめに必ってきた「の作能力特高私鋭による点突肝」氷「かってるわよ。したちで、すhe3d
遊び人「ッ!!?」
遊び人(がっ?! な、なんだ………!!)
遊び人(頭に………っ、流れ込んでくる………!!)
獣「勇者を倒さtyえすれ間側y6魔倒すて8て、伏せる4をいっよなi!」雷帝はま神6ti得て…。″いう組q織成化のにる、す」魔王「う。のうり。ま、族軍の方は、今、べてちにねれる人」員「王はどうやkラゴンってiちらtyjましていちらうtyいっか、詳ない。…王国y8士連解析待全れたからなh」」「「「へうなっ員「倉のありっ岸に並べりhjやす砲yuの扱中員こにつ00ぎんでがyた瞬砲弾雨をせkられまぜ
遊び人(頭が、破裂する………!!)
遊び人( わけの分からない言葉の洪水…っ! 圧倒的な密度の、何か…!!)
遊び人(これ、は…っ、まさか魔王の………!?)
遊び人(――………魔王と炎獣の…)
王「で01ののtを6の化水高驚かされuiけた…生活を実現出」魔王「は、の化を収す必があわ」炎獣…??」うですjかに。争に勝文p0化に術を魔族の職m65人7i層がにられれ…」姫「魔界はますypますてわn?」魔王「うんだiらにもそつもでしの」炎獣「まり…どっbbばよ?氷姫アンぇ…――――――――――――――――――――――――――――俺には難しいことは分からねえけどさ、でも、魔王!!
――炎獣《俺、きっとお前の理想の世界を実現してみせるからな!》
――炎獣《その為に、一番に突っ込んでいくのは俺だっ! 絶体!》
――炎獣《約束する!》
――魔王《……ふふ。ありがとう、炎獣》
遊び人(い、今、僅かに聞き取れた)
遊び人(こいつらの声が…。やっぱり、そうだ…!)
遊び人(こいつらの感情が溢れかえって…っ、この空間を伝播してきやがるんだ…!!)
遊び人(あまりにも濃密なエネルギーの暴走に………まるで時間が止まってしまったかのようになっちまって)
遊び人(思い出が、押し寄せる――!)
炎獣^:6さjくそれでj戦?」魔王「、ご帝おyuい、氷!?―――――――――炎獣、珍しいね。そんな顔。
獣「…゙ュッ獣「i邪れhるら8oい―――――――――…何だかさ、変な気分なんだ。どうしたらいいか、分かんないんだよ。
――炎獣《………なあ、魔王。俺は、どうしたらいいと思う? 俺、悩むの苦手だ》
――魔王《身体動かしてみる、とか?》
――炎獣《お! それいいかもな!》
――魔王《あ、でも。あまり遠くにいかないでね?》
――炎獣《…ああ、うん。…俺の戦いを…しなくちゃ、だもんな》
遊び人(なんだよ、これ)
遊び人(なんだってんだよ…!)
遊び人(魔王と炎獣の絆………。多くの葛藤を乗り越えてきた思いの濁流)
遊び人(やめてくれよ…! 俺に、そんなもんを見せつけないでくれ)
遊び人(俺には関係ないんだ…)
遊び人(手の届かない世界の話なんだ…そうだ)
遊び人(俺には関係ない…っ)
――炎獣《魔王もさ。魔王も不安なのにさ。俺たちを勇気づけてくれて》
――炎獣《ありがとな》
――魔王《っ…》
――炎獣《必ず勝とうな!》
――魔王《………うん。そうだね。一緒に、勝とう!》
遊び人(やめてくれって言ってるじゃねえか…っ!)
遊び人(どうあっても、俺の頭のなかに入ってくるつもりかよ!?)
遊び人(俺にどうしろってんだ…放っておいてくれよっ)
遊び人(過酷な運命を切り開いてきた英雄がいるってんなら、そっちで話をつけてくれ!)
遊び人(もう、俺に………見せつけないでくれ)
――炎獣《さあ、行こうぜ。悲しくても、進まなきゃ》
――魔王《炎獣…。…うん! 行きましょう!》
遊び人(炎獣があのガキに近づくにつれて想いの圧が増してきやがる…っ!)
遊び人(こんなもん見せられて、どうしたらいいんだよ!?)
遊び人(分からないんだよ…っ、俺はとっくに諦めちまったんだっ!)
遊び人(俺はそんな風には出来ねぇんだ!! やろうと思ったって出来なかったんだよ!!)
遊び人(負け犬だって居ていいだろうっ!! 俺に求めるなッ!!)
――炎獣《魔王。俺と友達でいてくれて………ありがとう》
――魔王《私をずっと守ってくれて》
――魔王《ありがとう、炎獣》
遊び人(怖い…っ)
遊び人(分かってるんだ………俺はこんなところにいるような役どころの人間じゃねぇ…)
遊び人(結局、何もかも誰かの支配の下だったってことだろう。俺はそこで燻り続けて、最後に死ぬ…)
遊び人(その支配を打ち砕くなんて大それたこと、恐ろしくてできやしない。飼い慣らされながら、惨めに生きていて、それでもいいんだ)
遊び人(俺は、俺は…っ、ただの遊び人なんだ! どこにでもいるクソ下らない人生の敗北者なんだよ!)
遊び人(放っておいてくれよ………!!)
――炎獣《俺、きっと守るからっ!》
――炎獣《魔王のこと、守るから………!!》
――魔王《炎獣…! 炎獣っ! 死なないで、お願い…っ!》
遊び人(ああ)
遊び人(炎獣と、神が、ぶつかる)
遊び人(途方もない感情が弾ける――)
――魔王《ね、ちょうちょつかまえるあそび、しよっ!》
――炎獣《ちょうちょ?》
――魔王《うん! あ、ほら、とんできた!》
――炎獣《…つかまえ王「こ、いでi…
万がo0一と、わ風jうてましととき54ま王(こ魔王わい!)(だか、!!)―…』王()――ッ
鬼「ッ!y6?ん!?は――」ス!!mw「」王(…、に?が、てる風p1「ッ…ぁ、はぁ」ェ…」゙ォオォ…魔『……(、イツのは!?ったいらん)(…か、れも王の品ケな! こ加護の正っ魔人『…イそのの尋3b常やい。てもい刀打ちるルやないば、)とく、ラけて"分!」ュゥウ…
遊び人(やめろ!! もう入ってくるな!!)
「いは、自分を1が来る」ろ」魔人『…』「あ、や、物…!」んか…!?」人』ス――ュッ鬼「んならそ決めさもうでいなrボッ………(…? な、動か))(か………半身がれ…シャ人『…』…』ル…魔王「ひっ王(ここっ…!!』(あ……ゅうに、むく…)」ドッ魔人』゙ワ…「めに!!バッ炎獣るなっ!!゙カッ!!『
遊び人(やめろっ!! やめろッ!!)
もい!)…』ズ…獣(だ、。る――)雷帝「""…!!」バァッ!!人『』」木「ォオォオッカッゥン…――…』ッ…帝」炎獣「、はあ…魔……タ…や、った、木竜「…様中、か?ええ」「が…神の加がをvした。…儂、い」雷帝「質をがそtにす護。の器らい、っ言れが」「の小な、の6gをめypていと?「、ううことう。なな…、ななる9はもあまppいて「る種、うす。どはに、意をて」……。すが、うくを」む。し、お。よのう」炎獣「」竜「むん?んじゃ、ってる」…翁。は反。でさえのはきう。んをのくど」雷8帝凰供何かい。…」「…ふうむ「て、うやららっ、竜「なしおる」…
遊び人(やめろぉおぉおッ!!)
力gの大部分氷姫「い 』「あ、や、物…!」んか…!?」人』ス――ュッ鬼「んならそ決めさもうでいなrボッ… !y6?ん!?は――」ス!!mw「」王(…、に?が、てる風p1「ッ…ぁ、はぁ」ェ…」゙ォオォ…魔『……(、イツのは!?ったいらん)(…か、れも王の品ケな! こ加護の正っ魔人『…イそのの尋3b常やい。てもい刀打ちるルやないば、)とく、ラけて"分!」ュゥウ ……(…? な、動か))(か………半身がれ…シャ人『…』…』ル…魔王「ひっ王(ここっ…!!』(あ……ゅうに、むく…)」ドッ魔人』゙ワ…「めに! よいよ…ってワ炎獣「でも、そ王国軍の本体をru壊…。だその甲前だ」ぉしっのジ木竜「やってお持ちますか竜「hdjfほdほっから氷姫「無理すうとt言う儂kらおるとい兵士「qし、王「…今は何兵士陛、ちらの状…。町のら、急の報のこと」「町…いう、器商会か」上げてみよ」はっ」゚サい、倉モンは部せ!い!おい、こっちねぇ!めェらしがれ!!」…」員「社か。大配完てやす」人「ああ、ご苦「る」うの
」雷帝「質をがそにす護。の器らい、っ言れが」「の小な、のをめていと?「、ううことう。なな…、ななるはもあまいて「る種、うす。どはに、意をて」……。すが、うくを」む。し、お。よのう」炎獣「」竜「むん?んじゃ、ってる」…「炎タタ「! ぬしじゃ 「 」 そjくそれでj戦?」魔王「、治竜「う6j帝「!?…あれス…姫「もyu……ん雷!」魔王かった…倒のね竜「全無をしおヒュィイ炎獣「…獣「がko0で倒し「何?」「――
遊び人(――え?)
「 」
遊び人(………お)
遊び人(お前は)
――――ゴ――――ゥ――ン――――ッ――!!!――――
魔王(………)
魔王(終わった)
魔王(出し尽くした)
魔王(私の全てを)
魔王(全てを引き替えに、私は)
魔王(ーーあの子供を倒した)
魔王(そうして私は今度こそ失ったんだ)
魔王(炎獣を)
魔王(隣には、誰もいないし)
魔王(私の体はもう動かない)
魔王(――私の旅は終わった)
魔王(もうこれ以上、どこに行きようもない)
魔王(そうして私は、何を得たのだろう?)
魔王(分からない。………けれど確かなことは)
魔王(神は死んだ。もう勇者も魔王も生まれない)
魔王(こんな苦しみを味わう者は、もう現れない)
魔王(だからこれでいい。どこへ行く必要もない)
魔王(ただゆっくり)
魔王(ここで朽ちてゆこう)
魔王(………炎、獣)
魔王(私も………そっちに、行く…)
魔王(………よ…)
魔王「」
少年「はは。まだ死ぬには早いよ、魔王」
少年「いやあ、危なかった」
少年「思いのほかダメージを受けてしまったなぁ…まさか、君達がここまでやるとは…」
少年「ふっ、くくく。ねえ」
少年「本当にさ、僕は信じられないんだよ…」
少年「まさかただのいち生命が、この世界の管理者である僕を、ここまで追い詰めるなんて…!」
少年「こんなスリリングな戦いが、描かれることになるなんて………っ!」
少年「魔王には今回人類へ大きなダメージを与えてもらうために、今までにないほど強大な加護を授けていた…それがそのまま我が身に返ってきたことで思わぬ被害を…」
少年「いや! そんな無粋なことはどうでもいい! それよりも炎獣の決死の覚悟! そして溢れだす美しい想い出たちっ!」
少年「ああ…っ、本当に胸を打たれたよ! 言葉に出来ないくらいっ!」
少年「…そうして魔王。君自身も最早空っぽになるほど自らを犠牲にして魔弓を放った――」
少年「けれど僕は倒れなかった。この身に一握りの力を残してこうして立っている」
少年「惜しかった…! あと一歩で君達は成し遂げられず………そして全ての努力は水泡に帰す」
少年「そう。――心地の良いバッドエンドだ」
少年「魔王…そして四天王」
少年「それに魔法使いの思惑。国王の策。………管理者である僕を倒そうという謀の全ては、敗北したんだよ」
少年「ふふ。上質な悲劇って、なんて甘美なんだろう………うっとりしてしまうよ」
少年「ああ…たまらないなぁ。いつだって僕の作り上げた魔王と勇者は情感豊かな物語を紡いでくれる」
少年「僕の美しい友人であり、想い人であり、ママのような理解者さ」
少年「今回のお話も心に染み入るね…。………でも、これだけの幕引きを見てしまった今」
少年「――更に情熱的なストーリーを見てみたくなってしまうよね…?」
少年「…ふふふ!僕に良いアイディアがあるんだ………!」
少年「僕の身に残る力を、全てまとめて君に与えよう、魔王!」
少年「今や脱け殻同然の君には、抗う力はない。…今度は純粋な殺戮兵器になってしまうだろう」
少年「そうなった君は、あの荒廃した世界に現世の地獄を形作ることとなる…!」
少年「ああ、わくわくしてきた! 君は恐ろしい残忍さで破壊の限りを尽くし、そして人々にこう呼ばれるんだ」
少年「"大魔王"、ってね!」
少年「ふふふっ! 誰一人として君に立ち向かえる力の持ち主などいないのだ! きっと夢のような混沌に陥るだろう!」
少年「世界は暗黒の時代を迎えることになる………ふふふ。けれど安心して」
少年「また僕の力がこの身に戻ったら、今度は大きな力を宿した黄金の勇者を作り上げてあげるから」
少年「そうして、希望を切り開く夢の冒険が、再び始まるのさ」
少年「ただ、君に力の全てを与えてしまったら、次に勇者を作れるのはいつになってしまうかな…君達の感覚で言えば百年近く後になるかも」
少年「大魔王たる君を見ていれば退屈しなさそうだけど、出来れば今の君にももう少し楽しませて欲しいなぁ………」
少年「………いや、どうやらここから君の逆転はなさそうだね。少しばかり、寂しいよ」
少年「人々の祈りが君に届いて奇跡の復活、とかさ。最後の最後の想いの力で再起、とかさ。そんな展開もちょっと見てみたかったかもね」
少年「…でも、まあ」
少年「これで終わりだね」
少年「…魔王。楽しませてくれて、ありがとう」
少年「さあ、改めて君に邪神の加護を与えよう」
少年「大丈夫。圧倒的な力に任せていれば、君に約束されるのはただ至福の感覚のみだ」
少年「僕に残されたこの力の全てを吸いとって、絶大な力に身をゆだね――」
少年「人の世の地獄の物語を紡ぐ、偉大なる存在に――」
少年「大魔王になるがいい!!」
――ォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォォオォオォオォォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオォオ…!!!
少年「…ふふ。そうだ」
少年「空っぽで、感情さえ抱けない君はもはや受け入れるしかない」
少年「逆らうことも許されない全ての生命は、畏怖を持って君に従うだろうね」
少年「…ああ、でも彼女がいたな。そう、冥王」
少年「けれどさしもの冥王も、この力には敵わないだろうね。…ふふ。いよいよ自分に死期が迫ったら、果たして彼女はどんな思いを胸に戦うのかな…っ?」
少年「楽しみだなぁ…! 冥王すら敵わない崇高なる大魔王………!」
少年「ふふふ! 君はこの後百年、世にも恐ろしい修羅の物語を刻むんだ!」
少年「さあ………新たなストーリーの幕開けだ!!」
魔王(――――――)
少年「…ん?」
少年「なんだ…? 魔王に…」
魔王(――――――)
少年「感情の、揺らぎ?」
少年「いや。まさかそんなはずないよね」
少年「あの魔弓と引き替えに、魔王は全てを失ったんだから」
魔王(――――たい)
少年「!?」
魔王(――――――苦しい――)
魔王(――痛い――――)
少年「なんだ、これ」
少年「感情が………芽生えている…?」
魔王(――――やめて――)
魔王(もう――――戦え――ない――――のに――)
少年「…苦痛?」
少年「痛みのようなものが、魔王の自我を呼び覚ましている」
少年「そんな…まさか。何故………!?」
少年「一体、誰がこんなことを………」
魔王(――や――めて――――)
魔王(――――もう――休ませ――――て)
『ふざけんじゃねぇ』
『てめぇみたいな悪人を、楽にさせてたまるか』
『俺はお前が憎い』
『俺の全てを奪ったお前が』
『俺の愛しい仲間も、愛しい女も、全て全て…!』
『お前が殺したんだ!!』
魔王(――あ――ああ――)
魔王(あなたは――――)
『覚えてくれていなくて結構だ。どうせ俺は、お前が蹴散らした虫けらに過ぎねぇんだからな!』
『くそ! くそ! くそ!』
『何が勇者一行だ!! 俺はまんまと操られて、お前に全てを奪われた!!』
盗賊『呪ってやるぞ、魔王――!!』
盗賊『お前のせいだ!!』
盗賊『お前が攻めてきたせいでみんな死んだ!!』
盗賊『剣士も、エルフも、斧使いも、騎士も、魔女も、狩人も、吸血鬼も!!』
盗賊『軍師も………っ!!』
盗賊『お前の…お前のせいで!!』
魔王(――――痛い――)
魔王(――苦し――――い)
少年「これは………っ、死者の念…!?」
少年「この無の世界に蠢く亡者の意識が…」
少年「魔王に向かって集まり始めている、のか…!」
魔王(――焼けるようだ)
魔王(助けて――)
戦士『…助けて?』
戦士『助けて、だと? お前が?』
戦士『あれだけ殺しておいて、自分だけ楽になりたいと?』
戦士『笑わせるな。もっと苦しめ』
戦士『死よりも激しい辛苦こそ、お前に相応しい………魔王』
戦士『ふふ…滑稽だ。死んでしまえば生者を恨むことしか出来ない』
戦士『しかしそれが許されるのならば、甘んじよう』
戦士『何より目の前に仇がいるのだ』
戦士『――苦しめ』
魔王(………く、首が)
戦士『苦しめ!』
魔王「や、め………かふッ!!」
戦士『苦しめ!!』
少年「………憎悪」
少年「この物語の犠牲者の魂が…自らを葬った根源を嗅ぎ付け」
少年「その怨嗟が、魔王に感覚を呼び起こしている…!」
少年(死後の気の狂うような静寂を漂う者にとって………死にかけの仇など、格好の餌食だ)
武闘家『おぬしはまだそんな所にいるのか?』
武闘家『悠々と生者を気取って?』
武闘家『…許せぬ』
武闘家『許せぬ許せぬ許せぬ許せぬ許せぬ許せぬ許せぬ許せぬ許せぬ』
魔王「うぐっ…!! あっ、ぐぁっ!!」
商人『魔王!! 貴様が!!』
商人『貴様が全てを奪ったッ!!』
商人『今こそその代償を払えッ!!』
少年(ゆ、勇者一行………!)
少年(無惨に散った彼らの途方もない怨嗟が吹き出してくる――)
少年(いや、それだけじゃない!)
女勇者『お前さえいなければ…!!!』
教皇『苦しめ!!!』
軍師『憎い…!!! あなたが、憎い!!!』
虚無『苦痛を味わえ!!!』
兄『もがき懺悔しろ!!!』
『お前のせいで………』
『お前のせいで………!!』
魔王「うガっ、ゴッ」
魔王「や、メテ」
魔王「おっ、ネガ、いッ………」
少年(物語を動かした人物だけじゃない…名もなき兵士から…犠牲になった町民に魔族まで)
少年(この大戦のために死した数えきれない魂が怒号を上げている)
少年(それらがもたらす無数の苦痛は、魔王に意識を取り戻し――)
少年(膨れ上がった呪力は、僕の支配を拒む………!!)
魔王「ぐぁあッ…!!」
魔法使い『――本当は僕がそこに立っているはずだった』
魔法使い『何故僕ではなく、お前がそこにいる?』
魔法使い『…死の苦しみよりもずっと狂気に満ちた悪意を、お前に』
魔法使い『苦しめ』
魔法使い『苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ』
魔王「うぎッ、がっ!!」
魔王「た、たすっ」
魔王「助け――」
先代『………お前………ば………』
魔王「!!」
魔王(お、お父さ)
先代『お前さえ生まれなければ』
魔王「そ」
魔王「んな」
魔王「あああ」
魔王「あああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああっ!!!」
魔王「あ――――――」
木竜『あなたの』
炎獣『お前の』
炎獣『お前のせいだ』
魔王「――――――――――――」
バ チ ッ !!
少年「っ!!」
少年(は………弾かれた………っ!)
シュゥウウウウ………
魔王「………」 ユラ…
少年「………ま、魔王」
少年「一体………何が、どうなったんだ」
少年「僕の干渉は及んでいない。それなのに君は」
少年「――君は、立っている………!!」
魔王「………」
少年「その原動力は僕の与えた力では、ない………」
少年「僕の力を、押し退けた上で君は…――君は甦ってみせた」
少年「それを可能にしたのは、生者の祈りでも、希望の力でもなく…」
魔王「………ふふ」
少年「!」
魔王「どうして?」
魔王「どうして私は生きてるの?」
魔王「私は…沢山の人々を死に追いやった」
魔王「…戦場の片隅で事切れた兵士の一人に至るまで」
魔王「その呪いは今、私に返ってきた」
魔王「ああ。きっとこうなって然るべきだったのかもしれない」
少年「ま、魔王………」
魔王「苦痛が疼く。それは片時も私から離れることはない」
魔王「これは永遠の呪い。私に与えられた罰」
魔王「分かっていた。私がどんなことを成し遂げようと、多くを殺めた罪人に他ならないということ」
魔王「――けれど、目の当たりにしたくはなかった」
魔王「お父様にも、爺にも………炎獣にも」
魔王「死の世界の苦痛を前にしたその時には、もう」
魔王「私は………許されるはずがないんだ」
魔王「私さえ、いなければ」
魔王「彼らは今も生きていたはずだった」
魔王「………炎獣も」
魔王「ねえ」
少年「!」
魔王「私が愛していたはずの命の怨恨が、血となって巡っているかのように、私を責め立てるの」
魔王「ずっと、ずっと、ずっと………絶え間なく」
少年「………」
魔王「あのまま、あなたの力で自我を消し去ってしまった方が、ずっと楽だった…」
魔王「………今の私にあるのは、身を切るような痛み」
魔王「心臓が鼓動するたびに身体を内から食い破ろうとする、怨念」
魔王「ねえ、どうして?」
魔王「どうしてあのまま私を支配してくれなかったの?」
少年「ふっ、ふふふ」
少年「あはははははははははははははは!!」
少年「これは、凄い!! 君は素晴らしいよ、魔王!!」
少年「君は絶体絶命のピンチを切り抜けた…! それを可能にしたのは死した者の恨み!」
少年「魔王を名乗る者に相応しい復活だ!! 僕の力に明け渡すこともなく、君は生き延びることに成功したんだ!」
少年「けれど、呪いによって得た生に、君はもはや喜びを感じられない…!」
少年「多くの者の憎しみを一身に受けて………大切だった仲間にすら恨みを向けられて」
少年「――君の気高さは、失われてしまった…!!」
魔王「お願い」
魔王「もう私を殺して」
少年「くくくくく…!」
少年「君の"意思"は、最後の最後のところで君を支えていた光だった!!」
少年「君を君たらしめていた大事なものを、失ってしまったんだ…!!」
魔王「………」
少年「ああ…! なんたる美しい絶望だろう」
少年「ふふふ…。魔王。傷心の君をさらに突き放してしまうようだけどね」
少年「君を殺そうにも、僕にはもうそんな力は残っていないんだよ?」
魔王「…どう、して?」
少年「残った力の全てを君に授けるつもりだったからねぇ。それが弾き飛ばされてしまって、僕には何の力も残っていない」
少年「力の復活までには時間を要する。力を失ってしまったのだから、それまでは僕も取るに足らない非力な子供と一緒さ」
魔王「そんな………」
少年「悲しいよね。辛いよね。ごめんね?」
少年「でも、逆に考えてごらん? 僕は今なんの力もないただの子供なんだよ?」
少年「今なら、首を絞めてでも僕を殺してしまえるんだよ」
少年「君がここに来た望みは、そういうことだったはずだろう?」
魔王「………」
魔王「私には」
魔王「もう、どうすることも出来ない」
魔王「何かを為そうなんて気持ちは」
魔王「欠片も沸いてこない…」
少年「あはっ!」
少年「あははははははははははは!! 魔王! 僕を倒そうとやって来た君には、絶好のチャンスなのに!!」
少年「当の君は、ただ生きているのでやっと!!」
少年「――僕らは生きているのに、互いに命を奪い合うだけの力がないんだよ…!!」
魔王「………」
少年「こんな形のゲームオーバーが今までにあっただろうか!!」
少年「引き分けを迎え、お互いに手を出せないまま茫然としているしかない結末…!」
少年「ふふふ! 僕ひとりでは到底思い付かなかったシナリオだ…!」
少年「賢者………本当にありがとう。君のお陰で今までにない展開を楽しむことが出来た」
少年「興奮が、収まらないよ…!」
魔王「………」
少年「魔王が港町より人間の王国に攻め入った、今回の魔王勇者大戦」
少年「その結末は………」
少年「――"静寂"だったんだ」
少年「魔王………君はこの物語の主役だった」
少年「仲間と協力し、押し寄せる強敵と困難を退け、世界の謎に挑みかかった」
少年「けれど、最後に僕と引き分けた」
少年「この世の管理者たる僕のことは、やはり倒すことなど出来なかった」
少年「君は所詮、作られた物語の登場人物に過ぎなかった。つまりはそういうことさ」
少年「これで、幕引きだ」
魔王「………………」
少年「…ふふ! これは次の魔王勇者大戦も楽しみだなぁ」
少年「今回の悲劇ほどのお話にはならないかもね。でも、この戦いを越えてまた新たな英雄が生まれると思うと…ふふふ」
少年「そう、次だ。この余韻に浸るのも良いけど、もう僕は次の準備へ取り掛からないと」
少年「今回は、これ以上展開のしようもないからね…」
魔王「………」
少年「…表情のない人形のようだね。魔王。つまらないや」
少年「そんな顔をしていたって、誰も君を殺してはくれないんだよ、もう。あっちに行ってよ」
少年「僕は次のお話を考えるのに忙しいんだ。ふふ」
少年「…」
少年「僕が力を取り戻して次の魔王勇者大戦を始めるまでには長い時間がかかる。それまでに次のお話を…」
少年「………」
少年「うん。時間はいっぱいあるんだ。いくらでも考えられる」
少年「…そう。いっぱい………」
魔王「………」
少年「いや、少しの間の出来事だ。力を取り戻すまでなんて。永い時を過ごしてきた僕にはあっという間だよ」
少年「そう。少しの間………」
少年「………いや、でも」
少年「あれ?」
少年「………」
少年「そうだ…! ね、ねえ魔王!」
少年「君、僕の話し相手になってよ。一緒に物語を考えようじゃないか!」
少年「どうせすることもないんだし、さ。いいだろう? 魔王」
魔王「………もう」
魔王「私を殺して」
少年「………」
少年「…ちぇ」
少年「なんだい。話し相手にもなってくれないのか…」
少年「…どうやって時間を潰そうか」
少年「今まで、いつだって僕の作った英雄達の物語が側にいてくれた」
少年「勇者と魔王を巡る夢の冒険が…僕を楽しませてくれた」
魔王「………」
少年「でも次のお話を始めるまで………」
少年「――あと、百年もかかる」
少年「………」
少年「…百年…」
少年「………百年も」
少年「………………」
少年「………ど」
少年「どうしたらいいんだ?」
少年「今の僕は完全に力を失ってしまって、例え小さな勇者でさえ作ることは出来ない」
少年「こんなことは………こんなことは、今までになかった」
少年「ここは無の空間。元々なんにもない場所なんだ。だから」
少年「こ…困ったな。物語があったからこそ、僕は時間を忘れて没頭していられたのに」
少年「こんな空白、し、知らない………」
少年「――…空白?」
少年「空白が、百年も続く………?」
少年「は、はは。想像しただけで………」
少年「ど、どうしたらいいんだ…? も、物語がないなんて、僕は…」
少年「そもそも僕は………この無の空間で」
少年「無の空間に、たった一人で…」
少年「………あれ」
少年「あれ。…あ、あれ?」
少年「どうしよう」
少年「物語を失った僕は」
少年「生きているといえるのか?」
少年「あれっ。あれっ?」
少年「どうしよう、どうしようどうしよう」
少年「ど、どうしたらいい?」
少年「ねえ」
少年「ねえ、ねえ!」
少年「ねえってば!!」
魔王「………」
魔王「私には」
魔王「どうすることも出来ない…」
少年「――!!」
少年「は、ははは…!」
少年「そん、な…あまりに酷いじゃないか」
少年「そうだ………これはあまりに酷すぎるよ」
少年「…おい」
少年「おいっ!」
少年「ふざけるなよ!!」
少年「君がっ、君が僕の力を拒んだりするからっ!!」
少年「こんなこと、ありえないはずだったんだ……!! 亡者の思念を引き寄せて、僕の力を寄せ付けないなんて…っ」
少年「僕は、この世界の制作者であり管理者だぞっ…!! それを、それを――」
魔王「………」
魔王「あなたは、狡猾で老獪なようで」
魔王「その実」
魔王「本当にただの子供でしかないのね」
少年「…ッ!!」
少年「黙れッ! 黙れよッ!」
少年「お前がこんなところまで攻めてきたから、こんなことになったんだろ!?」
少年「お前がいなければ、こんなことにはならなかったんだっ、魔王っ!!」
少年「なんとかしなきゃいけないんだよ!! そうじゃなきゃ、く、空白が来るんだっ!!」
少年「君なら何とか出来るはずだろっ!?」
少年「………そ、そうだ。そうだよ」
少年「き、君はあれだけの困難を乗り越えてきたんだ。多くのことを、成し遂げたじゃないか」
少年「僕は見ていた。君は主人公なんだよ、この物語のさ…。だ、だから」
少年「僕のことだって助けてくれてもいいだろっ…!?」
少年「ねえっ!!」
少年「おいっ!! なんとかいえよッ!!」
魔王「………」
少年「こんなのって」
少年「こんなのってないよ!!」
少年「あ、あんまりだ!!」
少年「も、物語が、ないなんて」
少年「あまりにもひどすぎるよ!!」
少年「ああ………ああ!!」
少年「く、空白がやってくる!! 物語のないっ、空白が!!」
少年「そんなの、耐えられないんだよう、僕には!!」
少年「だからお話がいるんだ!!」
少年「ずっと、それがあったから僕は………っ」
少年「なのにっ、なのに!!」
少年「こ、こんなこと!!」
少年「物語がなくなっちゃったら、僕っ!」
少年「ひっ…一人きりなんだよぉっ!!」
少年「だ、誰か!!」
少年「誰か、お願いだ!!」
少年「ママ!!」
少年「ママ!! どこ!?」
少年「たっ………助けて!!」
少年「お願いだ!!」
少年「僕に…っ」
少年「お話を………っ。ねぇ!」
少年「聞いているんだろう!? 賢者…っ!!」
少年「――………まさか」
少年「まさか、こうなることまで全て分かってて僕を………っ」
遊び人「………おい」
少年「ああ」
少年「ああっ、そうだ…」
少年「君がっ、君がいたじゃないか!! 遊び人!!」
少年「ねえ、お話を、お話を聞かせてよ!!」
少年「君なら面白可笑しい話をたくさん知ってるはずだ!! そうでしょう!?」
少年「何でもいいっ、話して聞かせてよ!!」
少年「例えば、例えばさ!!」
少年「そう、そうだなぁっ、えっと」
少年「ああそうだ…! 全ての冒険を終わらせた勇者が、その後どうなったのか、とかさ!!」
少年「ぼ、僕知らないんだよ! ひとつお話が終わったら次のお話作りに取りかかっちゃっていたからさ!!」
少年「ねえっ、君ならそういう」
少年「そういうさ、面白い話を知ってるはずだよね!?」
少年「ねえ、ねえ、ねえ」
少年「ねえってば!!」
遊び人「………」ス…
少年「………え?」
少年「何? それ………?」
少年「君、そんなもの持っていたっけ?」
少年「ふふ、はは。おかしいね。君がそんなものを持っているなんて」
少年「だって君は、何も出来ない遊び人なのにさ。不釣り合いだね、なんかさ」
少年「でも、どこかで見たことある形だな」
少年「ああ、そうだ! それは"どうのつるぎ"じゃないか!」
少年「その剣は確か、勇s
ズブッ…
少年「………?」
少年「………は………ふ」
少年「あ………ああ…」
少年「こ…これは………ど」
少年「どういう………こと…?」
少年「なん…で、君………が…こん………なこと………?」
少年「君、に…は………大それ…た………事………なん…て」
少年「こ…れっ…………ぽっちも…………」
少年「…………あ…………あ…………」
少年「痛い…!!」
少年「痛い痛い痛い痛い痛い!!」
少年「痛いっ!!」
少年「痛いィっ!!」
少年「痛いよぉッ!!」
少年「いたいいたいいたいッ!!」
少年「た、助けてッママ!!」
少年「いたいいたいいたいいたいいたいいたいィッ!!」
少年「あ"あ"あ"ッ!! くそっ!!」
少年「なん"っ、でッ!!」
少年「痛いよォッ!!!」
少年「あは!!!」
少年「あはははははははははははははは!!!」
少年「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
少年「アハハはははっははッははハハハははハハハははハははははハハはっはははハハハはハハハハハハハハハハハハは!!!!」
少年「はは………ッ」
少年「………か、ふ………」
少年「………け」
少年「………賢、者………」
少年「賢…者………。ね、え………賢…」
少年「………助け…て…よ………」
少年「………さ」
少年「さむ………い………」
少年「………か………は………」
少年「………い………たい………」
少年「………さむ………い………」
少年「………死に…たく………」
少年「………………ない」
少年「…ま…だ………僕の………作っ、た………世…界………で」
少年「………僕…の………ため………だ…け………の」
少年「………物………語………を」
少年「………………死………にたく」
少年「………ない………………」
少年「………?」
少年「………なん、だ………」
少年「………ぼ…く………は………」
少年「――ちゃん…と………………」
少年「………………生きて………た………………」
少年「………………のか………………」
遊び人「………物語ってのぁよ」
遊び人「最後までどうなるか分からねぇから、面白ぇんだろうが」
少年「………………」
遊び人「思いがけず端役に殺される気分は、どうだ?」
遊び人「神様よぉ」
少年「………ぼ」
少年「く………」
少年「………生…き………」
少年「………………て………………」
少年「………………………………た」
遊び人「………知るか」
遊び人「てめぇの…」
遊び人「てめぇのおままごとはよ………」
遊び人「俺に言わせりゃあ」
遊び人「とんだ、三文芝居だったよ」
ブン…
――ドスッ
少年「ぐヒゅ」
少年「ゴ」
少年「」
魔王「………………」
魔王「………死…んだ」
魔王「神であったものが…」
魔王「憐れな古代人の少年が…」
少年「」
遊び人「………」
魔王「――今度こそ終わった」
魔王「あまりに突然に。けれど絶対的に」
魔王「終わったんだ。これで」
魔王「全てが、終わった」
魔王「まさか………あなたが」
魔王「あなたが終わらせることになるなんて…」
遊び人「………」
魔王「………」
魔王「どうして?」
魔王「ふふ………ただの気まぐれ?」
遊び人「………こいつを」
遊び人「この剣を、俺に届けた奴がいた」
魔王「…どうの、つるぎ」
魔王「とてもありふれた剣。旅立つ新米の冒険者が手にするような」
魔王「それを…誰かがあなたに、届けた?」
遊び人「そいつは多分」
遊び人「なけなしの勇気を振り絞ってここに来たんだ」
遊び人「お前の魔弓で次元が揺らいだ時に」
遊び人「その小さな隙間を縫ってここに来た」
遊び人「…それが奴の精一杯だったんだ」
魔王「あの瞬間に、ここに、来た?」
魔王「そんなことが出来る人が…? だって扉を潜る資格があるのは――」
遊び人「あいつの"勇気"を見たら」
遊び人「俺にもやらなきゃならないことがある気がした」
遊び人「ただ、それだけのことだ」
遊び人「あれが誰だったかなんて………知ったことじゃねぇ」
魔王「………」
魔王「………そうか」
魔王「ずっと、いたんだ」
魔王「ずっと、あの謁見の間にいたんだ」
魔王「この物語が始まった、あの瞬間からずっと」
魔王「私達が、勇者一行を倒して王国に近づく間も」
魔王「たった一人で、恐怖に震えながら」
魔王「それでも、逃げ出したわけじゃなかったんだ」
魔王「ずっとずっと、隠れ続けていた」
魔王「そして最後の最後、あの一瞬」
魔王「小さな、ありったけの"勇気"を抱き締めて」
魔王「私達に………その剣を届けてくれた」
魔王「ありがとう………………勇気ある者」
魔王「勇者」
遊び人「………奴はもういない」
遊び人「この無の空間は、もう穴だらけだ。そこら中が元の世界に繋がって………じきに崩れ去る」
遊び人「神は、死んだんだからな」
魔王「………そうね」
遊び人「俺も、帰るんだ」
遊び人「あの、クソみたいな街角に」
魔王「ねえ」
魔王「ひとつお願いがあるの」
遊び人「…」
魔王「…………――私も、殺して」
遊び人「………」
魔王「………」
遊び人「………なんでだよ」
遊び人「全部終わったじゃねえか。終わったってのになんで」
遊び人「なんであんたが死のうとするんだよ」
魔王「ふふ」
魔王「もう私には………物語がどんな結末を迎えたって関係がないの」
魔王「死した人々の呪いは、私からあらゆるものを取り去ってしまった」
魔王「………私の価値あるものは全て失われてしまった」
魔王「思い出もどす黒く塗りつぶされて、希望は生まれた途端に拒絶され続ける」
魔王「言葉を発しているのだって辛いの。でもね、死に辿り着けるなら」
魔王「そのためだったら、笑うことだってできる」ニコ
魔王「ね………お願い」
魔王「私を、殺して」
遊び人「………」
遊び人「断る」
遊び人「こんなことは最初で最後だ」
遊び人「俺の人生で、こんな大袈裟なことは金輪際ごめんだ」
遊び人「今日のことは、忘れる」
遊び人「もう夢はおしまいだ。再び見ることはねぇ」
遊び人「俺は、あのクソッタレな毎日に戻るんだ」
遊び人「だからもう二度と………」
遊び人「俺に関わるな」
遊び人「――あばよ」
魔王「………………」
魔王「…?」
魔王「ああ…そうか」
魔王「これ以上、戦いはない」
魔王「魔王勇者大戦は終わった」
魔王「――私は、生き残ったのか」
魔王「生きなきゃいけないんだ」
魔王「………生きる」
魔王「私はまだ、この身体を」
魔王「呪われた血の走る身体を引き摺って」
魔王「生きなきゃいけない」
魔王「………」
魔王「ねぇ…」
少年「」
魔王「あなたは私が物語の主人公であると言った」
魔王「………でも、例えそうであったとして」
魔王「私みたいに愚かな主人公に、何の意味があるのかな?」
魔王「幾つもの大きな過ちを犯し、大切な仲間さえ守れず」
魔王「ふふ…最後の敵を、この手で倒すことすら出来ず」
魔王「魔族も人間も、数えきれない命を奪った私は」
魔王「少しでも価値のある、主人公だったのかな………」
魔王「………英雄たる強い想いの人々は、この戦いには沢山いた」
魔王「なぜ、私が…」
魔王「私だけが、こんな風に生き延びているのか」
魔王「………分からない」
魔王(分からない)
魔王(………)
魔王(ねえ、私は)
魔王(主役だから、生き延びたのだろうか)
魔王(そんな生に)
魔王(なんの意味があるんだろう)
フワ …
魔王「…あの世界の風だ」
魔王「私は、戻るのか」
魔王「――少しだけ、実感が沸いてきた」
魔王「………私が、永遠に許されることのない罰と共に生き延びてしまったこと」
魔王「――ようやく、意識が際立ってきた」
魔王「同時に身体中を這いまわる痛みもより鮮明になってくる」
魔王「――にわかに、気力も戻ってきた」
魔王「今なら自ら断つことが出来る気がする」
魔王「私自身の、命を」
カラン…
魔王「! これは…」
魔王「………どうのつるぎ」
魔王「…そう。置いていってくれたのね」
魔王「ふふ…。せめてもの情け? …私が自分で終わらせられるように」
魔王「…」チャキ…
魔王「この刃を喉元に突き刺せば」
魔王「全てから、解放される。身体中の激痛からも、泥のように心から溢れる悲しみからも」
魔王「価値のない役目からも」
魔王(本当にいいの?)
魔王「………迷う必要なんて、ないわ」
魔王「私は、多くの人にとって死神でしかなかったのだから」
魔王「父上にとっても………爺にとっても」
魔王「炎獣にとっても」
魔王「………………」
魔王「勇者の剣で、魔王が死ぬ」
魔王「…ふふ。結局、とてもありきたりな結末を辿るのね」
魔王(――そうか)
魔王(こういうことだったんだ)
――魔法使い「予言、しましょうッ………魔王!!」
――魔法使い「――この物語の終わりは、あなたの、死だ!!」
魔王(あなたは、この瞬間のことを、言っていたのね)
魔王(あなたたちは、全部知っていたんだ)
魔王(ふふ)
魔王(沢山の戦いがあった)
魔王(沢山の死があった)
魔王(その数だけ、物語があった)
魔王(でも)
魔王(なんだかあっという間だったなぁ………)
魔王(そして最後に………魔王の物語が、幕を閉じるんだ)
魔王(………………なんだか)
魔王(意識が、ぶつ切りになってきた)
魔王(いけない)
魔王(意識を手放してしまう前に)
魔王(せめて自分で、決着をつけよう)
魔王(はやく)
魔王(急いで)
魔王(ああ、手が震える)
魔王(………勇者)
魔王(あなたの勇気を、私にも)
魔王(終わらせるための、勇気を)
魔王「………」チャキ………
魔王(そうだ)
魔王(それでいい)
魔王(さよなら)
魔王(世界)
魔王「…これで」
魔王「本当に」
魔王「――全て、おしまい」
「それから」
「どうやら世界は、新しく生まれ変わったようでした」
「というのも、私達はその大きな確変の瞬間を目にすることはなかったのです」
「同じ日が昇り、同じ風が吹き、今までと同じ空の下で、私達に分かることといえば」
「"魔王と勇者を失った"、という事実だけでした」
「そして、二度と現れることはないのです」
「数え切れないほどの生命の死が、黄金の鎖のように長く長く続いた物語の果てに、私達はもう」
「自分の人生を自分で生きていくしかないのです」
「この先の世界に――」
「…私達を導く英雄は、いないのだから」
女性「はい、おしまい」
子供「…うーん。難しいよぉ」
女性「そうかもねぇ。アンタにゃまだ早かったか」
女性「ま、今日の演劇を見れば、もっと分かるわよ、きっと」
子供「じゃあ、はやくえんげき、いきたい!」
女性「ハイハイ、夕方には始まるから焦らないの」
女性「ったく、この堪え性のなさは誰に似たんだか」
青年「おい。ちょっと出てくる」
子供「父ちゃん!」
女性「………祭典の時間まで、まだまだあるけど?」
青年「いやあ、ちょっと落ち着かなくてさ。子供の面倒頼むよ!」
女性「あ、ちょっと!」
女性「…ったく、親子揃って」
【 】
飲み屋
青年「こんちは、やってる?」
親爺「おいおい、気の早ぇ野郎だな。開店時間はまだ先だぞ」
青年「いいだろ、ケチケチすんなって…痛っ!」ゴンッ
親爺「がはは! まーた頭ぶつけてやがる!」
青年「狭い店だよ、ホント…」
親爺「バカ抜かせ、お前がでかいんだよ」
青年「そうかぁ?」
親爺「図体ばっか大きくなりやがって。少しは偉大な親父殿みたいな武勲を上げてみたらどうなんだ?」
青年「まーたその話かよぉ」
親爺「お前の父親はな、それはそれはものすっごい剣の使い手だったんだ。俺がこーんなちっちゃな頃に見た建国祭でなぁ…」
青年「もうその話はいいっつーの。いいからビール!」
親爺「…ったくこのボンクラ、昼も回らない内から酒ときたもんだ」
青年「いいじゃんかよ! 今日くらいはさぁ!」
親爺「お前、嫁さんはどうしたんだ?」
青年「ちょっと息子の面倒見てもらってるよ」
親爺「…それでお前さんだけ出てきたのか?」
青年「うん」
親爺「………呆れた奴だ。雷が落ちても俺は知らねぇからな。ほらよ」ゴト
青年「おっ、待ってました!」
青年「では、この日の平和を祝って、カンパイ!」
親爺「お前みたいな穀潰しと違って、俺は仕事があるんだよ」
青年「ご、穀潰しはないだろぉ?」
親爺「俺の若い頃はなぁ、昼から飲むなんて贅沢は出来なかったもんだぜ」
青年「でもさぁ、親爺さんだって昔は町で有名な悪ガキだったって聞いたけど?」
親爺「…」
青年「…本当だったんだ?」
親爺「うるせぇ! そんなもん、本当にガキだった頃の話だ! …大人になりたいだけの、クソガキだった」
青年「ま、せっかくイイ商売してた家を継がずに、こんなチンケな店始めちゃうくらいだからなぁ」
親爺「チンケたぁなんだ! 失敬な野郎だ。こっちのが性に合ってるんだよ」グビッ
青年「って結局飲むの!?」
親爺「やっかましい。この店じゃ俺が法だ。文句言いたきゃ他に行け!」
青年「相変わらず無茶苦茶言うよ、ホント…」
親爺「しっかしお前と顔を付き合わせて飲むってのも飽き飽きだ」
青年「悪かったね、代わり映えのしない顔で」
親爺「あーあシケてるぜ! 見目麗しい美女かなんかが現れて、お酌してくれんもんかなぁ」
青年「そんな無茶な…」
ガラ…
黒騎士「こんな時分から何を騒いでいるのだ?」
親爺「…うわっ」
青年「び、美女は美女でも、すげぇ堅物が来た…」
黒騎士「うん? なんだその顔は」
青年「な、なんでもないよ…久しぶりだな」
黒騎士「久しぶり、と言っても半年も経っていないがな」
青年「そういやぁそうか」
黒騎士「マスター、ワインを」
親爺「あんたも飲むのかよ」
黒騎士「いいではないか。今日くらいは」
親爺「…」
青年「お前さ、その甲冑重くないわけ? 仮にも年頃の女の子がこんな町中でそんなもん着けてさ…」
黒騎士「別に大したことはない。それにこのご時世とはいえ、魔族の中でも顔の知られた私が変装もなしに出歩くわけにはいかないだろう」
青年「ま、そりゃそうだけど」
親爺「お前さんは、こんな所で酒なんか飲んでていいのかよ?」
黒騎士「全てはつつがなく進んでいる。万にひとつも大事はない」
親爺「大した自信だよ、全く」
黒騎士「………あいつは来てないのか?」
青年「来てないな。流石に忙しいんじゃないの?」
黒騎士「…まあいい。お前にだけでも話しておきたいことがある」
青年「はーあ。やっぱりお堅い話じゃんかよ」
青年「で、なんだよ話って。まさか"魔王"が現れたとか、そんな話じゃあないだろうな」
黒騎士「………魔王は」
黒騎士「魔王は、もういないだろう?」
黒騎士「私たちの世界に魔王が現れることは、二度とない」
青年「…そう、だな。魔王は…」
青年「俺たちが魔王って呼ぶ人は、たった一人きりだもんな」
黒騎士「ああ」
青年「俺たちのこの世界を………魔王勇者大戦のくびきから解き放った英雄」
青年「真実を探求し、管理者を追い詰めた魔族であり…最後の魔王となった女性」
黒騎士「そして全ての罪を背負い、"どうのつるぎ"で自ら命を絶った伝説の魔族………」
黒騎士「魔王」
黒騎士「彼女は今の世界の礎を作った立役者。偉大な女性だ」
青年「…もし生きてるなら、会ってみたかったけどな」
黒騎士「残念ながらそれは叶わない。………彼女は死んだんだ」
黒騎士「魔王勇者大戦の最後の最後に」
青年「…そうだな」
黒騎士「私が話そうと思っていたのは、もっと別のこと」
黒騎士「宝典についてだ」
青年「宝典。宝典ね」
青年「今朝も嫁が息子に読み聞かせてたっけな」
黒騎士「最後の魔王勇者大戦のすべてを書き記した書物…宝典」
黒騎士「著者不明ながら今や世界に知らぬものはいないほどの偉大な歴史書だが。やはり、あれを書き記したのは」
黒騎士「あれだけのことを知り、残すことことができるのは………」
黒騎士「魔界の大魔術師、冥王だけだ」
青年「ふうん。やっぱ冥王か」
黒騎士「ああ。こちらの手の者で宝典の原本を研究し、痕跡を辿ってきたが今回どうやら間違いないという結果が出た」
黒騎士「彼女の行方は、依然として知れぬまま。その住処である冥界と共に姿を消して久しい」
黒騎士「冥王は、全ての見届け人というわけだが………現時点では接触は難しいだろうな」
青年「へえ。難しいか」
黒騎士「………」
黒騎士「お前、何か話したいことがあるな?」
青年「な、なんだよ急に。今は宝典の話だろ?」
黒騎士「上の空のくせに何を言う。ぼうっとして。そういう時のお前は大体なにかの情報を掴んでいて、しかもそれが」
黒騎士「あまり喜ばしくない情報、というケースが多い」
青年「…ちぇ。お見通しかよ」
黒騎士「話してくれ。悪い報せならなおのことだ」
青年「別に、そんな大袈裟なもんじゃないよ。俺のは、想像の域を出ない話だからな」
青年「でも、もしかしたらあの最後の魔王勇者大戦の意味をひとつ示してくれるものかもしれなくて」
青年「そいつが………俺にはちょっとやりきれないっていうか、さ。それだけのことだよ」
黒騎士「…」
青年「ある、一人の男の話なんだ」
青年「男には妹がいた」
青年「二人だけで生きてきた兄妹は、それは仲が良かったんだそうだ」
青年「妹は病弱で、苦労することだらけだったけど、男はそれを献身的に支えて、ひっそりと生きていた」
青年「そんな男に、ある転換期が訪れる。………友人が、勇者に選ばれたのさ」
青年「男は魔法の知識に強く、友人に共に旅について来てくれと頼まれた」
青年「男は悩んだ。が、もし友人と共に魔王討伐が成功すれば、王国から莫大な報酬を得られる。………妹にもっと良い暮らしをさせてやれる」
青年「男はそう思って、話を受けた。病弱な妹を残して、男は友人らと旅に出た」
青年「結果として、彼らは魔王を討伐した英雄として、歓喜の王国に迎えられることになる。多くのことは、報われるはずだった」
青年「けれど、運命は残酷だったんだ。………男の妹は、男が旅に出ているその間に」
青年「あまりの孤独から、心まで病んでしまっていた」
黒騎士「…」
青年「妹は、帰ってきた男をもはや兄と認識することは出来なかった。ただひたに夢の世界を生き、幻想の中の兄を待ち続け」
青年「男を拒絶した」
青年「妹は、"自分が生きているのか死んでいるのかも分からない"状態だったそうだ」
青年「男は絶望した。だがその絶望と相反して、世間は男の活躍を称賛し、そうしてやがて男は」
青年「賢者、と呼ばれるようになっていた」
黒騎士「…賢者!?」
黒騎士「それでは、今の話は…」
青年「そう。女勇者との魔王討伐の間に、賢者の身に起こった出来事さ」
青年「それから、賢者は人が変わったようになってしまった。妹を誰にも会わせようとせず、かといって自らも妹のことを受け止めることが出来ずに」
青年「賢者は、研究に没頭していくようになる。そしてその狂気とも言える熱量の研究の中で、賢者は古代王朝に気づいた」
青年「そしてその延長線上に、世界の管理者たる"少年"が存在していることさえ推察するに至った」
黒騎士「賢者は、管理者の正体が"少年"であると知っていたというのか?」
青年「どうやら、そうみたいだ」
青年「やがて賢者は、新しい同志…教皇と魔法使いを得て」
青年「奴らと共に実験を繰り返し、その果てに自ら生け贄になる道を選んだ」
青年「女勇者や魔法使いが語ったように、賢者は女神をつくる時に犠牲になったはずだった」
青年「そこで賢者の生は、終わりを告げるはずだった…」
黒騎士「はずだった?」
青年「ああ。賢者は――」
??「賢者は、今もって生きておるのよ」
黒騎士「!」
青年「…よお。まさか顔を出してくれるとは思わなかったよ」
青年「王子殿下」
王子「ほほ。苦しゅうない」
王子「おい店主。シャンパンを」
親爺「ねぇよ、んなもん」
王子「…相変わらずしょぼくれた店だな」
親爺「ほっとけ」
王子「はーあ。天下の王子に向かってその口の利き方。切腹さすぞおい、店主」
親爺「やかましい。しもじもの店に来たんだ、それなりの酒とサービスで満足しろい!」ドン
王子「もっと特別扱いしろよ! 余は王子だぞ!?」
青年「ま、まあまあ。大声で名乗るのは止めろって。仮にもお忍びで来てるんだからさ」
王子「心配せずとも人払いは済んでいるわ。表に人を立たせている」
青年「とは言え、こっちの肝が冷えるわけよ」
黒騎士「そんなことより続きを話せ、王子。賢者が生きてるとは、どういうことだ?」
王子「ああ、うむ。今話すっつーの。ったく、せっかちな女だのう」
王子「賢者が生け贄になったのは、女神の完成の時だった。…教皇や魔法使いの都合のよい魔王勇者大戦を描くための女神だ」
黒騎士「そうだ、例の女神の…」
王子「ああ。あの実験は恐ろしいものであったようだの」
王子「賢者の肉体は生け贄にされ死んだが、その精神は、女神の中にコピーされておったのだ」
王子「賢者の思念は女神として生き始め」
王子「あの魔王勇者大戦の間ずっと、暗躍を続けていた…」
黒騎士「…女神の正体が賢者の精神だった、ということか!?」
王子「最近の王国の研究で分かったことだ。すぐにお前たちに知らせようかと思ったが、どうせ今日鉢合わせるだろうと思ってな」
黒騎士「…………にわかには信じられんが」
青年「でも、やっぱりそういうことなんだ。きっとさ」
青年「賢者、教皇、魔法使い」
青年「最初は同志として研究に取り組んでいた3人だが、道の半ばからそれぞれが別の方向を向いていて」
青年「女神となった賢者は、独自の意思を持って行動していた」
黒騎士「…独自の意思」
青年「さっき言ったように、賢者は"少年"に気づいていた」
青年「賢者にとって"少年"は、特別に親しみ深い存在だったのさ」
黒騎士「親しみ深い、だって?」
青年「ああ。古代王朝に取り残され、一人遊びのような幻想の中に生きる姿…」
黒騎士「! まさか…………」
青年「そう」
青年「――賢者は、"少年"の存在を妹に重ねていた」
青年「賢者が妹にしてやれることはそう多くなかった。………だから賢者は、贖罪の相手に"少年"を選んだ」
青年「"少年"を喜ばせるような物語を書き、あの最後の魔王勇者大戦のなかで現実にしていった」
青年「勇者一行が順に自らを犠牲にしてゆくその物語は"少年"の心を惹き付け………最後には"少年"自身を一人の登場人物にすることさえ許した」
青年「賢者はたぶん、"少年"に伝えたかったんだ」
青年「その果てに"少年"の命が尽きることになったとしても」
青年「生きている実感を伝えたかった」
青年「妹に与えてやれないことの代わりを、"少年"に与えたかった」
青年「それが賢者の選んだことだったんだよ」
黒騎士「馬鹿な…。あれだけ多くの死を撒き散らした大戦が、そんなことのために…」
王子「賢者という男の、精一杯の憐れみだったのだろうな」
王子「ままならぬ人生を生きた者の、せめてもの………」
青年「…だからこれは全部」
青年「全部のことが、賢者が"少年"の眠りのために紡いだ」
青年「――寝しなの英雄物語だったんだ」
黒騎士「………あまりにも大仰だ」
王子「しかし、その賢者の心がなければ、"少年"を倒すことには至らなかったのだろう」
青年「…魔法使いは、賢者のその想いを知っていたのかな」
黒騎士「さあな。魔法使いは最後まで誰にも本心を打ち明けなかったし、魔王がその胸の内を知ろうとしても拒んだ」
黒騎士「そのせいで、最後のところの事実は闇の中さ。ただ、魔法使いは物語の終わりに魔王が命を落とすことを預言していた。それを考えると」
黒騎士「魔法使いは、賢者があの結末を描いていることを知っていたのだろう」
黒騎士「賢者の心を知った上でそれを利用し、道連れとなったのかもしれない」
黒騎士「つまり」
王子「あの魔王勇者大戦は、最後の瞬間………魔王の死まで、賢者と魔法使いの思惑通りだった、ということか」
青年「そういうことに、なるのかもな」
黒騎士「彼らの計略は神である"少年"すらひとつの駒とした。………そら恐ろしい」
王子「…しかし釈然とせんものだ。まるで英雄たちは、劇の客席を沸かせるためだけに戦ったかのようにも思える」
王子「あれだけの戦いが、まるでおとぎ話を描いた者の意のままだったようだ」
青年「………確かに、やりきれないよな」
青年「でも、ひとつ言えることは」
青年「"少年"が消えて、魔王も勇者もいなくなったこの世界に、もう賢者の意思が介入することはないってことさ」
青年「賢者や魔法使いの志は、魔王勇者大戦が終わると同時に幕を閉じたんだ」
青年「………もう、俺たちの時代だ」
王子「…まあ、そういうことになるのかの」
王子「商人、武闘家、盗賊、戦士、僧侶、魔法使い、遊び人、勇者」
王子「宝典では戦った勇者一行の名が順に物語の題目になっているが」
王子「今回の題目には、我々一人一人の名前が刻まれるということだ」
王子「命が尽きる時まで、己の手綱は己で握り、物語を紡ぐのだから」
青年「それはそれで、俺たち一人一人の責任は重大だよなぁ」
黒騎士「そうだな」
黒騎士「しかし、そんな世界であればあの大戦のごとき悲劇は起こらないさ」
黒騎士「そして、この三人が顔をつきあわせる機会も減る。そうではないか?」
青年「それはそれで、なーんか寂しいよなぁ~」
黒騎士「そうか?」
王子「淡白な女だのう、お前」
「――ごめんください!」
ハーピィ「黒騎士様、いますか?」
黒騎士「おや、ハーピィ殿か」
ハーピィ「ああ、やっぱりここに居たんですね、良かった! 黒騎士様、こちらの準備は完了しました!」
ハーピィ「親御様も、お二人共おいでになってますよ!」
黒騎士「承知した。わざわざあなたにこんな使い番のようなお役目をさせてしまうとは、面目ない」
ハーピィ「や、やめてくださいよぉ。私は今はもう一介の魔族なんですからぁ! 元々パシりは得意でしたし!」
黒騎士「いや、しかしだな…」
親爺「おいおい、それを言うなら俺にももっと敬意ってもんを払ってもいいんじゃないのかぁ?」
青年「親爺さんはもう酒場の店主が板につきすぎて…当時あの魔王と一緒に戦った人ってイメージがないんだよなぁ」
親爺「お前、どこまでも失礼な奴だな。まぁ俺は別に、それでいいんだけどよ」
王子「しかし、もうこんな時間か。そろそろ祭典の開始に備えねばならんな」
ハーピィ「あ、そういえば! さっき表を奥さんが鬼の形相で歩いてましたよ!」
青年「げっ! ま、マズイ…帰らないと!」
黒騎士「ふっ。お前は相変わらずだな」
青年「ま、まあ、各々立場もあることだし、俺らはここで解散だな」
黒騎士「そういうことになるな。再び我らが集結せざるを得ないような面倒事が起きないことが祈るばかりだが」
親爺「よう、黒騎士。約束通り、後でそっちに行くからな。よろしく頼むぜ」
黒騎士「ああ、歓迎するよ。母上も楽しみにしていると思う。席は用意しておくさ」
王子「では、最後にいつもの誓いを立てるとするか」
青年「おう」
黒騎士「そうしよう」
王子「"神を失った世が、輝きを失わぬため"」
黒騎士「"悲痛な争いの時代に、再び舞い戻ることを防ぐため"」
青年「"魔王と勇者に代わり、意志と勇気をもって世界に尽くさん"」
王子「"最後の王家の血を継ぐものとして"」
黒騎士「"最後の魔王四天王の血を継ぐものとして"」
青年「"最後の勇者一行の血を継ぐものとして"」
「――"平和よ、とこしえなれ"」
ハーピィ「もうちょっとで着きますからね!」バサッ…
黒騎士「ああ。世話をかけるな、ハーピィ殿」
ハーピィ「いいんですよ。………でも、なんだか安心しました」
黒騎士「安心?」
ハーピィ「はい。こうやって、あの時戦った人たちのご子息やご息女が動いてくれている所を、目の当たりに出来たから」
ハーピィ「真実の探求と…世界がまた間違ってしまわないように…いつも三人で会っていらっしゃるんですよね?」
黒騎士「…ああ。だが、まだまだ分からないことだらけで、しばらく気の休まる日は来そうにない」
黒騎士「忽然と消えた冥界と冥王のことも分からないままだし………それに」
黒騎士「…いや、なんでもない」
ハーピィ「黒騎士様…」
黒騎士「………"少年"の打倒から魔王の死まで」
黒騎士「本当に全てが魔法使いや賢者の手の内なのであったというのなら」
黒騎士「あの魔王勇者大戦を駆け巡った人々にとって、あまりに救いようのない話だ」
黒騎士「彼らは管理者を倒すためとはいえ、犠牲になるために生きていた…一人も残らずだ」
黒騎士「あの、魔王も。…それに生き残った父上と母上でさえ………」
ハーピィ「………」
黒騎士「私はただ、遊び人が残した言葉のように………物語は最後まで分からないもので」
黒騎士「魔王は、それに賭けて戦い、実現したのだと、信じたいだけなのかもしれない」
ハーピィ「黒騎士様…」
黒騎士「いや。しかし、私がこんなことを考えていれば、父上と母上に余計な心労をかけてしまう」
黒騎士「それに、全てを見届けた冥王が宝典に"魔王は死んだ"と記したのだ」
黒騎士「魔王は、もうこの世界には存在しない…」
黒騎士「…ハーピィ殿。私の独り言だと思って、今の話は忘れてくれ」
ハーピィ「は、はい。分かりました」
ハーピィ「さあ、着きましたよ。この扉の奥で、お二人がお待ちです」
黒騎士「ありがとう、ハーピィ殿」
ハーピィ「いいえ。では、私はこれで!」
黒騎士「ああ」
黒騎士「…」
コンコン…
黒騎士「父上、母上。黒騎士が参りました。失礼します」
「あんたは相変わらずあつっ苦しいわね」
「晴れの席なんだから、堅いのはなしよ」
氷姫「親子なんだから」
黒騎士「…はい。母上」
氷姫「ね、あんたもそう思うでしょ?」
『ああ』
雷帝『久しぶりだな』
黒騎士『父上も、お変わりなく』
雷帝『ああ。相変わらず声は戻らんし、耳も聞こえないまま』
雷帝『失った腕も生えてきてはくれんようだ。まったく、不便な体になった』
氷姫「文句垂れても元の体に戻るんなら、あたしもあんたに不平をぶつけていればまた目が見えるようになるのかしらね?」
雷帝『…わ、悪かった。そう怒るな』
氷姫「あーあ! 魔法が使えなくなって不自由だわ! おまけに半身は思うように動かないし!」
雷帝『悪かったと言ってるだろう!』
黒騎士「…ふふ」
黒騎士「席の準備を他の者に任せるような形になり、申し訳ありません」
氷姫「気にしなくていいわよ。皆はよくしてくれてるし、あんたはあんたで例の集まりに行っていたんでしょ?」
黒騎士「はい。賢者について、話をしてきたのですが――」
氷姫「ああ、あとあと! 堅いのはナシって言ったでしょうが」
黒騎士「は、はい。そうでした」
雷帝『緊急を要するものでもないのだろう?』
黒騎士「ええ。まだ予想の域を出ない話もありますし…」
雷帝『ならば、ひとまずこちらに来て、お前も飲め。いいワインを手に入れたのだ』
黒騎士「それはそれは! 父上と飲めるなんて、光栄です!」
氷姫「ほどほどにしときなさいよ。あんた弱いんだから」
雷帝『うるさいな。今日くらいいいだろう』
黒騎士「ああっ、私がやります!」
雷帝『ふふっ、いいのだ。片腕だって酒は開けられるし、娘に注いでやることも出来る』トクトク…
黒騎士「…ありがとう、ございます」
雷帝『………真面目なお前のことだ。日頃から我々の失ったものの代わりにならなければ、などと考えているんだろうが』
黒騎士「えっ!?」ギクッ
雷帝『お前は何の代わりになる必要もない。逆に言えば、私たちにとって、お前の代わりになるようなものなどないのだ』
黒騎士「…」
氷姫「…世界を変えた、最後の魔王四天王。そんな風に今の世間はあたしたちを持ち上げるけど」
氷姫「だからって、娘であるあんたが全部背負わなくったっていいのよ」
氷姫「あんたのやりたいようにやればいい」
黒騎士「――はい」
氷姫「あたしたちだって、助け合ってなんとかかんとか戦ってたんだから、さ」
雷帝『背中を預けた結果かは知らんが、お互いあべこべのものを失する形となったわけだがな』
氷姫「まあしょうがないわね。戦いが終わった時、あたしたちは生きてるのが不思議なくらいだったし」
雷帝『本当に、タダでは死なん女だ』
氷姫「あんたも人のこと言えないでしょーが」
黒騎士「………壮絶な、戦いだったのですね」
氷姫「ま、とは言え意識もなくってワケ分からないうちに、全て終ってたわけだからねぇ」
雷帝『体を癒すためにこんこんと眠り続けて、目覚めた時に経緯を聞かされ、戦いの結末を知った』
雷帝『ひどい体たらくさ』
黒騎士「し、しかし…っ、父上と母上が戦い抜かれたからこそ、今の世があるのです!」
氷姫「ふふ。ありがと。あんたは出来た娘だわ。…そうよね。今の世界で、あたしは生きてる」
氷姫「身体はいまいち言うことを聞かないし、魔法の力を失ったあたしに出来ることは、あの頃の半分もなくなった」
氷姫「それでも、どうやらあたしたちはこれまでやってこれたし、あんたもいる」
黒騎士「…はい」
雷帝『これは私たちにとっては………充分すぎるほど、上出来だ』
雷帝『魔族と人間の死が、お互いを食い合う円環の時代は終わったのだ』
雷帝『これからは、命を繋ぐ時代だ』
雷帝『我々にお前という存在ができたように………傷を抱えながら、命は進み続ける』
氷姫「そういうことよ。だから、あんたもね?」
黒騎士「…? なんでしょうか?」
氷姫「いつまでもあの3バカでつるんでないで、婿の一人や二人、捕まえて来なさいよ」
黒騎士「なっ…!?」
氷姫「ねえ、ちょっと! 誰かいい感じのオトコぐらいいるんでしょ? 母さんに話してごらんよ!」
黒騎士「いっ、いえ! 私にはまだっ、やや、やるべきことがあります故…!」
雷帝『まともに相手をするな。氷姫の思うつぼだぞ』
黒騎士「ち、父上! お助けを!」
雷帝『いや、まあ、しかし』
雷帝『気になると言えば気になるな。誰か候補はいるのか?』
黒騎士「ぇあっ!?」
氷姫「教えなさいよぉ!」
雷帝『酒も入ったことだし、話してみてはどうだ。ん?』
黒騎士「けっ、結託しないで下さいっ!」
黒騎士「はっ! 客人の迎えの時間が!」
黒騎士「父上、母上! 少しの間席を外しますぅ!!」ピュー
氷姫「あっ、逃げやがった」
雷帝『あの顔、想い人はいるのだろうな』
氷姫「いるわね」
雷帝『………』
氷姫「何しょげてんのよ」
雷帝『しょげてなどおらん!』
ヒュー ドンドン!
氷姫「あ、もう祭典が始まる」
雷帝『なんだ、まだこちらは揃ってないというのに』
氷姫「まあ、宝典劇まではまだ時間もあるわ」
雷帝『…そうだな』
氷姫「ふふ。今年の宝典劇、あんたの役は火炎山の龍剣士がやるらしいわよ。ちょっと男前すぎるわね」
雷帝『…お前は、毎年私の配役が決まる度に冷やかしてくるのを止めろ』
氷姫「だって、おかしいんだもん」クスクス…
雷帝『………しかし』
雷帝『こうして、酒を片手にあの戦いを振り返ることがあろうなんて、思いもしなかったな』
氷姫「まあね」
氷姫「あんたなんか、"魔王様が逝かれたのならば、私もお側に!"とかなんとか騒いで大変だったもんね」
雷帝『むぐっ…』
氷姫「はは。まあ気持ちは分かるけどさ」
雷帝『…』
氷姫「――………ジーさんも炎獣も死んじゃって」
氷姫「みーんな、いなくなっちゃってさ」
雷帝『…』
氷姫「………ふがいないったら、ありゃしなかったよね」
雷帝『実際』
雷帝『お前が隣に居てくれなければ、私はおめおめと生き延びた己を許すことは出来なかったろう』
雷帝『今でも許すことが出来ているかは分からんが』
氷姫「…うん」
氷姫「………身体も、心も、ボロボロになってさ………」
氷姫「………ほんと、よくここまで生きてきたよね」
雷帝『ああ…』
氷姫「――でもね」
氷姫「でも、多分………あたしはいまだに受け入れられずにいるんだ」
氷姫「魔王が――」
氷姫「――魔王が、自ら命を投げ捨ててしまったこと」
雷帝『………』
雷帝『魔王様』
雷帝『………私だって、受け入れられるものか』
雷帝『あの魔王様が、自ら命を絶たれるなんて』
雷帝『死よりも過酷な呪いの最中にあったとしても、あの方が生きていなくては…っ!』
雷帝『そうでなくては…っ、………そうでなくては!』
氷姫「………うん。そうね」
氷姫「あたしたちを残して死んじゃうなんて…あんまりだよね」
氷姫「バカだよ…魔王は」
氷姫「魔王」
氷姫「あたしさ、全部終わったら、あんたに謝ろうと思ってたんだよ」
氷姫「昔、冥界の修行の時にさ、あんたに酷いこと言っちゃったからさ」
氷姫「覚えてないだろうけど、それでもさ、あたし…」
氷姫「…」
氷姫「あたし、あの頃は炎獣が好きでさ」
氷姫「炎獣はあんたのことが好きで…雷帝だって、あんたのことが好きだった」
氷姫「妬いたな、ほんと」
氷姫「でもさ…」
氷姫「………もう、そんな事もひとつも、あんたに伝えられないじゃんか」
氷姫「死んじゃったらさ…」
雷帝『――魔王様…っ』
雷帝『あなたは私のたちの魂だった…!』
雷帝『あなたが笑うから!』
雷帝『だから、私たちはあの過酷な戦いでお互いを信じあっていられた…!』
雷帝『………どうして、どうして逝かれてしまったのですか………』
雷帝『あなたがどんなに己に価値が見出せなくなっても』
雷帝『あなたに生きていて欲しいと願う者は沢山いた…っ!』
雷帝『あなたが生きているだけで………』
雷帝『あの戦いで失われた沢山のことが報われたのに――!』
氷姫「………ね」
氷姫「あたしたちが子供を育てて、あんなに大きくなったって知ったら、魔王、どんな顔したかな?」
雷帝『………』
雷帝『すごく、すごく驚いて…それから、優しく笑われるだろう』
雷帝『良かったね、と喜んでくれる』
氷姫「そうね…きっとそうよね」
氷姫「………ねえ、魔王。こんな事考えてばっかだよ、あたしたち」
氷姫「あんたがいたから、あたしは生きてる」
氷姫「あんたのおかげで、あたしの手には希望が残ってる」
氷姫「なのにさ」
氷姫「――その後の世界に、あんたが居ないなんて………あんまりだよ」
雷帝『きっと』
雷帝『きっとまたどこかで会えるはずだ』
雷帝『………盲信だと言われても、私はそう信じる』
氷姫「………………うん」
雷帝『魔王様………』
雷帝『あなたが居なくなったあの日から――』
雷帝『もう、今日で二〇年になるのです』
雷帝『沢山のことが変わり………』
雷帝『………沢山のことが新しく始まりました』
バタンッ!
黒騎士「父上、母上!」
黒騎士「お客さまをお連れしました!」
氷姫「ふふ………ようやく来たってわけ?」
親爺「よ、よう。魔族の姉ちゃん」
氷姫「姉ちゃん、ってアンタねぇ」
氷姫「今や見た目はアンタのがオッサンでしょうが」
親爺「まあ、そうだけどよぉ」
氷姫「はーあ。あの時はあんなに可愛らしい坊やだったのに」
親爺「うるせぇ! 人間は歳食うのが早いんだよ! …ったく、目が見えないんじゃねぇのかよ」
氷姫「見えなくたって分かるわよ」フフン
雷帝『彼女は、こちらに寝かせよう。背負ってくるのは骨が折れたろう?』
親爺「ああ、すまねぇ。頼むよ」
親爺「ほら、赤毛。着いたぜ…」
赤毛「………………」スヤ…
雷帝『後の二人はどうしたのだ?』
親爺「ええっと、もうすぐ来るはずなんだが」
氷姫「早くしないと、宝典劇が始まっちゃうわよ?」
親爺「おかしいなぁ………」
「おーい! 金髪ぅ!」
親爺「お! きたきた。おーいっ、こっちだ! 坊主! 三つ編!」
《世界改変の日から、今日でちょうど二〇年っ!》
《輝かしい記念の日となるこの祭典に、相応しい劇をご用意いたしましたっ!!》
氷姫「ちょっと、ほんとに劇始まるってば!」
黒騎士「お客人は、こちらに席を用意したので…」
親爺「ほら、早く早く!」
雷帝『………ふふ』
雷帝『全く騒がしい限りだ』
雷帝『だがまあ………』
雷帝『――こういうのも悪くはない』
雷帝『今は、そう思える』
《伝説に綴られた、最後の魔王勇者大戦…!》
《その記憶を風化させぬよう、宝典劇が始まり今日でそちらも二〇年!》
《記念すべき式典は、復興を遂げたこの始まりの地、港町で行われます!》
《それではいよいよ始まります!》
《物語は、後に英雄と謳われる魔王と四天王が、港町に迫るその時から幕を開けます!》
《それは皮肉にも、当時の賢王が勇者に旅立ちを命じるその瞬間でした!》
《魔王来襲の報せを手に、伝令は王城の謁見の間に駆け込むのです………!》
親爺「おおっ…、いよいよか…!」
氷姫「………今年もこの子は、眠ったままか」
親爺「ん? …ああ」
赤毛「………………」
親爺「あの時…俺たちを助けてくれた日から………赤毛はずーっと眠りについてる」
親爺「俺としては慣れっこだけどな。………でも」
親爺「なあ、赤毛」
親爺「そろそろ目覚めてもいいんじゃあないか」
親爺「俺たち、約束通り、あれからずっとこうして待ってるんだぜ………」
赤毛「………………」
赤毛(…あれ?)
赤毛(懐かしい声がする)
赤毛(それにこの匂い)
赤毛(潮風の、優しい香りがする………)
キラ…
赤毛(光だ)
赤毛(――ああ。大きな町が見える)
「………。…」
「…っ。………」
赤毛(何か………聞こえる)
赤毛(あたし………………)
赤毛(………あれは、劇?)
赤毛(王様みたいな格好の人が、舞台の上で何かを言っている………――)
国王「…よくぞ参った。勇者よ」
国王「女神の加護を、真の強さをもつそなたならば、きっと魔王を討てるはずだ」
国王「世界の重みをその肩にかけることを許せ」
国王「勇者よ! 遊撃隊として勇者一行を組織し、魔王を撃破するのだ!」
赤毛(お祭りみたいに………みんなが劇に夢中になって)
赤毛(それとは別に、あたしを除き込む驚いた顔)
赤毛(そう。この人はきっと――)
親爺「っ!!」
親爺「………赤…毛………っ!!」
氷姫(――ああ、そうだ)
氷姫(どんなに世界が変わったように思えたって)
氷姫(喜びは必ずどこかにあるはずだから)
氷姫(――希望は)
氷姫(あたしたちの胸の内に、あるはずだから………)
氷姫(全ての運命が決められた戦いは)
氷姫(もう終わったんだ)
氷姫(あたしたちには明日を生きる権利がある)
氷姫(生きている限り、物語は続くし)
氷姫(物語は、最後の最後までどうなるか分からないはずだから――――)
国王「さあ勇者よ! いざ旅立ち――」
「で、伝令! 魔王が攻めてきました!!」
世界のどこか
??「よっ、ほっ」
??「よいしょ…!」
??「………ふー、こんなところかな」
??「今年はずいぶんいっぱい育ったなぁ」
??「ちょっと、植えすぎたかな?」
??「残らず収穫できるか分かんないや…」
??「冬を越える分の備蓄はもう充分だから、あとは………あ」
フワ…
??「気持ちのいい風………」
??「………ふふ」
??「風を気持ちいいって思えるようになったんだ………私」
??「………」
??「また、始めれられるかな?」
??「希望のある、生を………受け入れられるかな?」
??「ねぇ、どうかな。炎獣…」
??「………」
??「………うん、そうだよね」
??「きっと始められるよね」
??「あの日にもう、魔王は世界から消えたんだ」
??「もう、魔王と勇者のお話はおしまい」
??「今の私は、きっともう、魔王ではない私」
??「だから始めよう」
??「私の、新しい物語を!」
??「そうして、会いに行こう!」
「――そう、今、ここから!」
【もう魔王ではない彼女】
FIN
これだけの質量の登場人物と物語を書けて、とても楽しかったです
次は勇者と女神のコメディもの書きたいなぁ
いい時間をありがとうー!