1 : 以下、名... - 2018/11/26 06:43:19.11 CGh/f9XA0 1/4

「また断線しちゃった」。暁は小指に絡まるように結びついている赤い糸をみる。指先からしばらく続くと、それはぷっつりと途切れていた。

それは『運命の赤い糸』とよばれる商品で、両端に結びつけられた男女の関係を成就させるというものであった。かわいいまじないのようでもあるが違う。運命力学の発展に伴い、科学的に明証的に効果が発揮されるものであった。

「また買い替えないといけないわ」。糸を手繰り寄せ丸めてゴミ箱に捨てる。暁は糸を切ってしまうようなことはしていなかった。ならば切れた原因は相手の司令官にあると考えるべきであろう。

「ちょっと司令官!」と執務室に行って怒る。相手も「悪い悪い。こっちも別に何かしたつもりはなかったんだが」と謝る。

暁もそこまで本気で怒っているわけでもないので、新しい糸を取り出して「はい」と手渡す。司令官も大人しくその端を小指に巻き付ける。暁は笑う。司令官も仕方なさそうに笑う。

司令官はもしかしたら赤い糸の効果を話半分にしか信じていないのかもしれなかったが、暁が嬉しそうにするので、これで良いとも思ったのだ。

2 : 以下、名... - 2018/11/26 06:45:08.31 CGh/f9XA0 2/4

また切れた。やはり運命を成就するのはそれなりに苦難の道であるらしい。日常の僅かな動作でも、赤い糸は切れることもあった。

そのたびに暁は新しい赤い糸を司令官に贈り、司令官もまたそれを小指につける。そして、また断線するのであった。

そうした、やりとりを何回か繰り返した結果、暁は一つの結論に至った。赤い糸は細すぎて脆いのだと。

ならばと解決策は容易であった。単純に赤い糸を太くする、すなわち一度に何本か同時に結びつければ良い。

暁は司令官に二本の赤い糸を渡した。司令官は少し複雑な表情を見せたが、快くその狙いを引き受けた。

しかし、それでも赤い糸は切れる。今度は三本渡す。それでも切れる。四本渡す。切れる。五本。

4 : 以下、名... - 2018/11/26 06:47:01.96 CGh/f9XA0 3/4

何度か繰り返すと赤い糸は司令官の小指のみに留まらず、手首にまで巻き付くようになった。それでも試みは続き、手首から肘、肘から肩へと赤い糸はどんどん巻き付いていき、しまいには司令官の全身を赤い糸が包み隠すまでになってしまった。

それはまさに羽化を待つ赤い繭のようであった。こうなると暁もどうしていいかわからなくなってきていた。

ただその赤い繭からは不思議な生命の波長のようなものが感じられたので、暁はその繭を切り裂き中身を取りだそうとはしなかった。

暁は赤い繭に追加で糸を巻き付ける日々を送ることになる。己が何かとても愚かなことをしているような気になることもしばしばあったが、自分から始めたことだ。やめる気にもならなかった。

そして、暁による愛の努力が実る時がきた。ある日、暁がいつものように糸をネックレスでもかけるかのように巻こうとした時、繭は内側から輝きだしたのだ。

光が繭を内側から破ると、白く輝く翼が広げられた。

5 : 以下、名... - 2018/11/26 06:48:41.06 CGh/f9XA0 4/4

それは、蝶のようでもあったし、鳥のようでもあったし、もしくは純白の天使のようでもあった。

呆然とする暁に、それは微笑むと、暁の左手をとった。小指に巻き付く赤い糸をするりと取り去ると、それは代わりにどこにも繋がっていない白い指輪を暁の薬指にはめ込んだ。

暁が戸惑いその意味を考えるその一瞬。一気にそれは翼を大きく広げ、遙か大空、水平線の向こう側へと消え去った。残されたのは赤い糸の残骸と薬指に白い指輪をはめた暁だけであった。

ある夜。洒落たバーの片隅にて幾人かの男が集まり、ある美女の方を向いて囁きあっている。どうやら誰が声をかけるか押しつけあっているようだった。

すると、一人の男が背中を半ば押される形で美女の隣に座る。「ごきげんよう」。美女の深い憂いを帯びた挨拶に舞い上がるのも束の間、男は美女の薬指に白い指輪があるのに気付く。

内心がっかりしつつも隣にきた手前、男は続けた。「憂いは美人にとってはアクセサリーともいいますが、どうです? ここは一つ見ず知らずの僕に打ち明けるというのは?」

「憂いはアクセサリー。そうね」。そう言って、美女は白い指輪を指先で撫でたきり沈黙するのであった。男の目にはそれがまた謎めいて神秘的な気がした。いったいどういったことがあればこんなレディーが生まれるのかと……


おわり

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