土(俺は……土だ)
土(なんの変哲もない……ただの土だ)
土(まあ、このまま草に栄養吸われるなり、ミミズやモグラに掘られるかして)
土(朽ちていくんだろうなぁ……)
土(はぁ……つまらん)
土「ん?」
ワァァァァ…
元スレ
ただの土「甲子園の土ばかりチヤホヤされてるのがムカつくから、甲子園の土を名乗ることにした」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1534346226/
スマホ『敗れた高校の球児たちが、甲子園の土を集めています!』ワァァァァ…
男「いい光景だなぁ……」
友人「甲子園の土っつったら、高校球児の憧れだからな!」
男「俺もちょっとぐらい欲しいぐらいだ」
ハハハ…
土「…………」
土(なぜだ!? なぜ、“甲子園の土”ばかりあんなにチヤホヤされるんだ!)
土(成分とかは俺とそう大差ないはずなのに、甲子園にあるってだけで……!)
土(きっと球児に持って帰られた土は、家宝として大切にされたりするんだろうなぁ……)
土(羨ましい……!)
土(……そうだ)
土(だったら、俺も甲子園の土を名乗ればいいんだ!)
土「俺は今日から……“甲子園の土”だ!」
土「…………」
雑草「お、よさそうな土がある。根っこで栄養を吸うとするか」
土「やめろ」
雑草「やめろだと!? てめえ、土のくせに――」
土「土は土でも、俺は甲子園の土だぜ?」
雑草「えっ、そうだったんですか!? すみませんでしたぁ!」
ミミズ「お、いい土だ。耕してやろっかな」
土「ミミズ風情に耕されるほど落ちぶれちゃいない」
ミミズ「なんだと!? ただの土のくせに!」
土「ただの土……? 違うな……俺は甲子園の土だ!」
ミミズ「ひいっ! 恐れ入りましたぁ!」
モグラ「ガハハ、掘ってやる! 掘り尽くしてやる!」
土「やめといた方がいい」
モグラ「あ?」
土「俺は甲子園の土……お前如きが掘るには荷が重すぎる」
モグラ「あわわわ……」ガタガタ…
土(さすが甲子園の土……名前を出すだけでみんなひれ伏す!)
土(自信ついた! 出かけるか!)モゾッ
通行人A「あ、土だ」
通行人B「うわっ、靴が汚れちゃうじゃんか。あっち行けよ!」シッシッ
土「俺は甲子園の土だぞ?」
通行人A「あっ、そうだったんですか!?」
通行人B「いつも応援してます!」
土「よしよし」
不良「ねえちゃん、俺と付き合えよ。ホテルでも行こうぜぇ~」
女「やめて下さいっ!」
不良「拒否んなよぉ~」
女「いやーっ!」
不良「へへ、ここは人通りなんかねえから、いくら叫んだって――」
土「やめろ!」
不良「うおっ!?」
土「その娘を……はなせ!」
不良「人はなくとも土はいたってことか……だが、土じゃ俺は止められねえなぁ!?」
土「いっとくが、俺は甲子園の土だ」
不良「え、そうなの!?」
女「すごい……!」
不良「俺……今はこんなんだけど、昔は野球やってたんです」
不良「甲子園の土に出会えたのも、なにかの縁……俺、更生します」
土「達者に生きろよ」
カキーン
ワァァァァァ… ワァァァァァ…
土「少年野球か……」
土(ようし、甲子園の土として子供達を喜ばせてやるか!)
「すっげー!」 「甲子園の土はじめて見た!」 「普通の土とは全然違うや!」
土「だろ? ハッハッハ」
「バッティングのアドバイスをして下さい!」
土「え!?」
土「えーと……ボールをよく見て、打った方がいいよ、うん」
親A「お水どうぞ!」
土「どうも」
親B「肥料どうぞ!」
土「こりゃありがたい」
親C「ぜひとも甲子園での武勇伝を聞かせて下さいませ……」
土「ハッハッハ、いいですよ!」
土「やっぱりね、甲子園ってのはね、オーラが違いますよ」
土「今のプロ野球選手なんて、みんな俺が育てたようなもんですよ!」
土「アッハッハッハッハ……」
記者「……怪しい」ジロッ
記者「なぁ、あんた」
土「ん? なにかね? 取材なら大歓迎だよ」
記者「あんた、甲子園の土ってことらしいが……本当に甲子園の土なのかい?」
土「!」ギクッ
土「あ、当たり前だろ!」
記者「俺は昔、スポーツ系の記事を担当してて、甲子園にも行ったことがあるんだが」
記者「あんたみたいな土じゃなかった気がするんだ」
土「…………!」
土「そりゃ、甲子園の土だってずっと同じ土ってわけじゃないだろうからな」
土「違う土になることだって、あるだろうさ……」
記者「ふん、よく口のまわる土だ」
記者「まぁいい……今日はこの辺にしておこう」
記者「だが、いずれ尻尾をつかんでやるよ」
土「土に尻尾なんかねーよ」
記者「どうかな」ニヤッ
スタスタ…
土「…………」
土(まずいなぁ……)
土(もし、甲子園の土じゃないってバレたら、俺はどうなっちまうんだ……)
土(なにか対策を考えないと……)
母「あのー、甲子園の土さん」
土「はい?」
母「折り入って、お願いがあるのですが……」
土「お願い?」
母「息子に会っていただきたいのです」
土「息子さんに? もしかして、野球をやられてるんですか?」
母「いえ……野球は好きなんですが、できないんです」
土「え?」
―病院―
土「こんにちは」
少年「わっ、あなたが甲子園の土!?」
土「……そうだよ!」
少年「やったぁ! やっぱり本物はかっこいいや!」
少年「お母さん、どうもありがとう!」
母「いいのよ。だから坊やも治療を頑張るのよ」
少年「うん!」
土「…………」
土(病気の少年が俺を見て元気になる……喜ばしいことだ)
土(だけどいいのか? こんな少年を騙していいのか?)
土(俺は甲子園の土じゃないんだ……。甲子園に行ったこともないただの土なんだ……)
少年「ねえねえ、甲子園のお話聞かせてよ!」
土「あ、ああ」
土(ダメだ……心が痛む!)ズキッ
土「落ち着いてよく聞いて欲しいんだが……」
土「実は……俺は……」
少年「?」
土(いや、いえない! 今この子に真実に話したら、どれだけショックを受けるか……)
少年「どうしたの?」
土「な、なんでもないよ……」
記者「フハハハハハッ!」バタンッ
記者「約束通り、尻尾をつかみにきたぞ! 甲子園の土! いや、ただの土!」
土「な……!」
少年「え……!?」
記者「あんたがニセモノであることを証明するため、高野連の会長を連れてきたぞ!」
会長「どうも」
土(な……! 高野連の会長だとォ!?)
土(高野連の会長にかかれば、俺がただの土なことぐらいすぐバレちまう!)
記者「さぁ、会長さん。高らかに宣言して下さいよ」
記者「こいつが甲子園の土でもなんでもないってね!」
少年「そんな……この土は甲子園の土じゃなかったの? ぼくは騙されたの?」
土「あ、いや、それは……」
記者(……終わりだ!)
会長「この土は――」
会長「甲子園の土だ」
土「!!!」
記者「会長さん!? なにいってんです!? この土は――」
会長「この私が認めた以上、この土は甲子園の土だ。誰がなんといおうとな」
記者「し、しかしですね……」
会長「記者君。今君にできることは、彼への謝罪だけではないかね?」ジロッ
記者「う……!」
記者「どうやら、あんたは甲子園の土だったようだ……すみませんでした……!」
土「い、いえ……分かってくれればいいんです」
少年「やっぱり甲子園の土だったんだね!」
土「あ、ああ……」
土「治療頑張れよ!」
少年「うん、絶対よくなるよ!」
少年「よくなって……いつか甲子園の試合を観に行きたい!」
土「ああ、そしたら一緒に観に行こうな!」
少年「楽しみ!」
……
土「あの……会長さん」
会長「ん?」
土「なぜ、あんなウソを? あなたなら、一目で俺がただの土だって見抜いたでしょうに」
会長「なにをいってる? 君は甲子園の土じゃないか」
土「え……」
会長「君は甲子園の土として、あの少年を元気づけた。それでいいじゃないか」
土「会長……」
会長「甲子園とは、なにも甲子園に出場することができた球児たちだけのものではない」
会長「敗れ、甲子園にたどり着けなかった球児たちもまた、各々の想いを甲子園に託しているのだ」
会長「それと同じように、甲子園の土でありたいという気持ちがあれば、立派な甲子園の土だ!」
土「はいっ! ありがとうございます!」
― 完 ―