メイド「そもそもから言って、私は貴方様との婚姻に賛成しているわけじゃないんですよ」
元スレ
メイド「私の嫌いな貴方様」
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メイド「覚えています? 初めて出会った日のこと」
ヤカタ
メイド「我が家に突然お館さまがいらっしゃって、婚約者にしたからと言うんですよ」
メイド「なにも知らされてなかった私は大変驚きましたよ。……まあ、私に話がいくわけないですけど……」
メイド「納得は勿論しませんでしたよ。……けれど、旦那さまが決めたこと」
メイド「メイドの私が口出しできるわけがございません」
メイド「ええ、内心どれだけ怒りの火が燃えたぎっていたことか!」
メイド「しかも、貴方様に少しでも時間ができると、顔を見たかった~とかなんとか申し上げられて屋敷まで押し掛けて」
メイド「貴方様はそのとき十三歳ですよ」
メイド「来訪なされたとき、貴方様なんて言ったか覚えてます?」
メイド「将来のお嫁さんと早く仲良くなりたくて、ですよ!」
メイド「普通、十歳の女の子にそんなこと言いますか?! ませてますねっ!」
メイド「え? えぇえぇ確かに喜んでいましたよ。貴方様がいらっしゃる~って」
メイド「ですが、それはそれです」
メイド「いま私は貴方様との結婚に賛成できない、という話をしているんです」
メイド「だったら君の話も関係ない、ですって?」
メイド「そんなこと一々気にするような人と結婚するんですか……ふぅーん……」
メイド「話を続けますよ」
メイド「次は貴方様の別荘に行ったときのことを思い出しましょうか、ねぇ……簡単に思い出せるでしょう」
メイド「あれだけのことをおやりになられたのだから」
メイド「――そう。そうです。そのことです」
メイド「つかぬことをお聞きしますが、貴方様は当時何歳でいらしたでしょうか?」
メイド「――。そうですね、十六歳です」
メイド「と、いうことは?」
メイド「――。勿論そうですね。三歳差なのですから、十三歳ですね」
メイド「そんな男女が? ええ? 夜に別荘を抜け出して二人きり?」
メイド「どれだけ責任感無いんですかね? どんな間違いが起こるか分かったもんじゃないですよ? ねえ?」
メイド「星を見せたかった。ふぅん……見せたかっただけじゃないですよね?」
メイド「そうですね。それを言って泣かせましたね」
メイド「なんですか? 一生幸せにするって? そのフェイスに似合ったあまあま告白ですね」
メイド「古くさいプロポーズにうんざりです」
メイド「で、ですよ。泣いて帰った理由を聞いた旦那さまが……」
メイド「うちの子を君に頼んだ正解だったって」
メイド「奥様も似た調子で」
メイド「はあ……ほんと何かあったらどうするつもりだったんですか?」
メイド「……はあ……もういいです……これだけじゃありませんからね」
メイド「――って、ため息を吐かせている原因は貴方様でしょう!!」
メイド「h……っ! つぎっ!」
メイド「お祭りです! そうお祭り!」
メイド「あの頃はおたがい受験生だったのにも関わらず、よくそんなものにつれていきましたね」
メイド「確かにね、よろこんでいましたよ。わーいデートだ、といって」
メイド「……は? いまはそんなこといいでしょう。結局楽しんでたのでいいんです」
メイド「で、これまた二人で抜け出して? え? 何をしたんですか? え?」
メイド「……。しつこいとか言わない! 照れて顔を赤くしない! ほら……」
メイド「……。そうですよ。そうですそうです。ちゅーですよ、ちゅー、初めての」
メイド「おう、唇は柔らかかったか? ええ? ふざけんじゃねえよ! ……おっと、失礼……なにおふざけあそばれやがりましたのですか?」
メイド「ずっと、ずっと……私はね、大切にしていたんですよ」
メイド「それに突然手を出されたわけですよ。いやね、確かに……」
メイド「確かに許嫁同士、いつかはされるのだと思いましたよ」
メイド「けれどね――え? 嬉しそうだった? だからどうしたのです? 相手が喜べばなんでもしていいと申すのですか? 貴方様は?」
メイド「まあ、もういいですよ。キスの話は」
メイド「そんな色恋に惚けた貴方様の顔を見るのは耐えないことですからね」
メイド「……はあ? それは知っていますよ。私を誰だと思っているんですか?」
メイド「なんだかんだと言いましても、やっぱり一番信用されているのは私ですからね、残念でした!」
メイド「じゃあこの調子で話していきますか」
メイド「ちょっとそこ、逃げない。なんのために内緒で呼び出したと思っているんですか」
メイド「まあ、逃げたくなるのは分かりますよ……。だって、ねえ?」
メイド「キスの次といえばねぇ?」
メイド「……ええ、聞きますよ。聞きますとも」
メイド「貴方様が大学四年になった頃ですか……」
メイド「免許をとった貴方様は、受験の終わった許嫁を連れて遠出しましたね」
メイド「想像してください。互いに将来を約束しあった者同士だけで遠出……」
メイド「相手は明らかにこちらに好意を寄せている……」
メイド「……。間違いが起こらないわけないですよね? ね?」
メイド「……はい。なにも言わなくて結構です。その反応が全てを語ってます」
メイド「やだやだ、これだから最近の若い人は……。男女七歳にして同衾せずって言葉をしらないんですか」
メイド「どうです? 可愛かったですか? どうでしたか?」
メイド「そうですよね。ずっとずっと一緒に居たんですもの、知ってます」
メイド「というより、貴方様より知っています……」
メイド「私だって……」
メイド「……。…………」
メイド「黙ってください……。泣いてませんよ……ただ、好きだったんです……」
メイド「私は……」
メイド「お嬢様のことが……」
メイド「……お嬢様と私は、お友だちとして、貴方様より前に、お嬢様と仲良くしていたんです」
メイド「優しくて、守ってあげなくちゃいけないくらいおちょこちょいで、やっぱり優しくて……」
メイド「――私の一番の人。この人になら殺されてもいい、それぐらい大切な人」
メイド「それなのに……」
メイド「どうして貴方様なんているんですか? どうして、私は貴方様じゃないんですか? どうして……」
メイド「お嬢様……私を選んでくださらなかったのですか……?」
メイド「……。……黙ってください。しゃべらないでください話しかけないでください!」
メイド「――私にそんなに優しくしないでください……」
メイド「嫌いです。嫌い嫌いきらいっ! 男だからって、許嫁だからって、お嬢様と結婚できる貴方様が嫌いです!」
メイド「――っ!!! 知ってますよ! 貴方様がお嬢様のことを大切にしていることくらい」
メイド「お嬢様が嬉しそうに話すんですもの。今日はあれを頂いたとか、手を握って連れていってくれたとか」
メイド「私だってできますよ! プレゼントも、手を握ることも!」
メイド「でも、私は知っています……貴方様からだからあんなに嬉しそうにお嬢様は語っていらしたのだと」
メイド「それに、このことも知っています」
メイド「――貴方様がどれだけお嬢様のことを愛しているのかということを」
メイド「私もね、賛成したくなんかありませんよ、貴方様とお嬢様の結婚なんて」
メイド「でも、認めるしか無いじゃないですか……!」
メイド「私はただのメイドで、お嬢様を連れ出して逃げる力もなければ、旦那さまに婚約を反故にしてもらえる立場でもない」
メイド「それにですよ……」
メイド「お嬢様を一番幸せにできるのは貴方様なんです」
メイド「家柄的にも、経済的にも……それにお嬢様の気持ち的にも……」
メイド「ねえ……貴方様……」
メイド「………………」
メイド「………………はい……」
メイド「そうですか…………」
メイド「……貴方様……」
メイド「どうか……どうか……お嬢様のことをよろしくお願いします……」
メイド「…………」
メイド「はい……そんなこと、当たり前ですよ」
メイド(翌日、お嬢様は嫁ぎ先に行ってしまわれた……)
メイド「ああ……」
メイド(昨晩の式の後始末。散らかった紙吹雪。汚れた食器)
メイド(どれもこれもいなくなってしまったあかし)
メイド「……っ!」
メイド(心中にどうしようもない寂寥感がつまり、私を突き動かす)
メイド(気づいたら駆けていた)
メイド(後ろから、どこいくのよ掃除サボんなとか聞こえたがそんなもん知るか)
メイド(私は――)
メイド「はあ……はあ……」
メイド(お嬢様の部屋……)
メイド(ドアを開け、中に入る)
メイド(そこには当然、誰もいなかった)
メイド「お嬢様……」
メイド(足は無意識のうちにヨロヨロとベッドの方へ……)
メイド(誰もいないベッドへと倒れこむ)
メイド「お嬢様……」
メイド(鼻孔をくすぐる大好きな匂いが、つーんと目奥を撫で上げた)
メイド「っ……お嬢様ぁ……」
メイド(私の大好きな人は、私の大嫌いな人のところへといってしまった)
メイド「私の嫌いな貴方様」
メイド(お願いです。どうか……どうかお嬢様を――私の大好きな人を――幸せに……)
【メイド「私の嫌いな貴方様」】 おわり