上条「身体が……熱い」【前編】

317 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/19 22:32:18.92 wF5uQZlDO 153/455


「時間だ」

『ぶち殺しゃいいンだろォ?』

「早まるな。クロだった場合だ」

暗闇の中、男の声が響く。金髪にサングラス──土御門は感情のない声で内容を電話先に伝える。電話先──一方通行もつまらなそうに早急に済ませたいようだ。

──俺もそうしたいんだにゃー。

『グループ』としての土御門。彼は仕事を迅速に、そして確実にこなす。
今回の仕事、というのも学園都市に潜り込んだ「外」からの「脅威」と言う事は聞き及んだ。

──……脅威、ねぇ。

依頼元が何を思ってそういうのかは知らないが、恐らく学園都市の能力やら科学やらを盗みに来た輩であろう。そしてその輩が。

動いた──。

「クロだ」

「ぐあああぁぁぁっっ!!」

告げた瞬間、輩の身体に無数の穴が空けられ、悲鳴と共に命の灯が消えた。

「戻るぞ」

死体もそのままに、土御門は無表情のまま踵を返す。放っておいてもすぐに回収される手筈になっている。

──早目に終わってよかったにゃー。そう言えば、カミやんが言ってた知人って誰だったんだろうな?

もう土御門の思考には『グループ』の事はない。特に感慨もなく、土御門は「お疲れさん」と戻って行った。

318 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/19 22:33:23.46 wF5uQZlDO 154/455


 日も完全に落ちてから、大分時間が経ったのだろうか。ディスプレイを見つめ、たまにキーボードを叩き、またディスプレイを見つめる。その作業をずっと繰り返している。

「ふぅ……」

疲れた目元を揉みほぐし、木山は背もたれにもたれ掛かった。

──コーヒーでも飲もう。

いつもなら夕食はとっくに食べ終わっている時間。しかしお腹は空く気配は無い。小休憩を取る為、その場に立ち上がるとドアが開いた。

「少しは休んだらどうだい?」

コンビニか何処かで買ってきたのであろうか、小さめのビニール袋を持った冥土帰しが入ってきた。中にはクラブハウスサンドとコーヒーの缶が入っていて、木山にそれを渡すと部屋の窓側に立った。

「…………どうも」

礼を言い、コーヒーの缶のプルタブを開ける。ブラックのいい匂いが漂い、木山はそれに口をつけた。

「何か見つかりそうかい?」

窓の外を眺めながら、冥土帰しは口を開いた。

「今のところは」

何も。と言う言葉を無言で告げる。

現在分かっている事は、レベル5級の能力を観測した事と、その時に上条の頭に無数の人間の「声」が響いたと言う事。

「ふむ、声、ね」

そこで冥土帰しが振り返った。その声の事については冥土帰しに既に伝えており、彼も思案顔をして治す手立てがないか頭の中で模索しているようだ。

「その声について、内容とか何かが分かればよかったんだが」

木山はそう呟くが、それは仕方のない事だ。
今は恐らく寝ているであろう上条。彼に再びあの状況を再現してもらうなどという方法は取れない。

それで何かが掴めるとしても、荒療治過ぎる。それに再びあの声が聞こえるとも限らないし、また上条に異変が起きうる事を避けたかった。

319 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/19 22:35:50.79 wF5uQZlDO 155/455


 冥土帰しが持ち場に戻って行くのを見届け、木山はコーヒーを飲み干し、考える。

──演算、能力、頭痛、超電磁砲のデータとの一致、発熱、目の色の変化、声……。

キーワードはたくさんあるようで、無い。関係性を持つものは少なく、それが上条の身体の異変とどう繋がっているのか。いや、それとも全く関係のない事なのだろうか。

──分からない……。

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、己の力の無さを嘆く。

 AIM拡散力場を専攻していた自分にとっての分野であるはずなのだが、今まで事例のなかった事だけでこんなにも自分は無力なのだろうか。

──様々な能力……多重能力……。

ふと幻想御手を思い浮かべる。自身で作り上げてしまったあのプログラム。しかしあれは特定の条件が合わなければ発動はしない。

──共感覚性を刺激させられていた……?いや、日常生活の中で能力開発を受けている学生達も過ごし方は千差万別だ。あれだけの数の能力を観測したんだ、脳波パターンがたまたまあれだけの数の学生達と一緒になるなどと言う事は万に一つも無いだろう。

それに彼は有している。

──幻想殺し。

恐らく世界に一人だけしか持っていない能力。それも学園都市にて発現した訳でもない、生まれつきのもの。

「!!」

そこで木山は何かが思い付いた様に息を飲んだ。

──全ての能力を打ち消す……

『……奴の幻想殺し、ただ打ち消すだけじゃないだろォな』

一方通行の言葉を思い出すと共にある考えが浮かぶ。

──打ち消す『だけ』じゃない……もし、能力『だけ』を打ち消していた……? ……となると……!

慌てたように、上条を検査した装置のディスプレイに飛び付く。木山が開いた画面は……脳波グラフ。

「!!」

それを確認した木山の目が、大きく見開かれていた。
そこに示されていたグラフが、信じられないと言わんばかりに木山の思考が止まった。

「どういう……事だ……」



そこにあったのは、様々な項目に分かれている検査値。そしてそのどれも一つ一つが、上条が倒れたあの瞬間──






    優に『数十人分』の脳波の量は超えていた事を示していた。

320 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/19 22:37:53.61 wF5uQZlDO 156/455


「……そういう……こと、だったのか……。 ……何という、事だ……」

木山の頭脳が全てを弾き出す。

 上条が今まで使ってきた幻想殺しは、確かに能力を打ち消している。打ち消してはいるのだが、その力の残滓が、思念波が残っていたとなると。


『頭痛がするんですよ』

能力を打ち消した後の『空白』に残った思念波を上条の意思関係なく拾い上げ、蓄積していたとしたら。


『発熱もありますね』

思念波に当てられて、上条の脳内で他人の『自分だけの現実』、能力を演算『させられてしまう』も、幻想殺しの影響で発現せず、上条の体内で残ったとしたら。


『声が、聞こえたんです』

数十人分の、『自分だけの現実』の演算式が上条の脳内でひしめき、それが脳内の幻聴として聞こえていたとしたら。


そして、目の色の変化も、恐らく木山の身に起きた幻想御手の時の影響と一緒であろう。

今まで能力者達と対峙し、また能力者達の近くにいたが故に起きた異変。

そしてそれが導く先は……。


「昏……睡…………っ」

──いや、それどころでは……済まない…………!

あの幻想御手の後に使用者達に起きた昏睡という後遺症。……その時の昏睡は、直に治ったのだが。

 だがそれとは重みがまるで違う。数十人分ではあるが、一人一人相当高いレベルの脳波の値。

持ちこたえてはいるが、その堤防が崩壊すれば──昏睡なんてものではない。その先には……。

「………………っ」

仮に、仮にだ。これからも能力を打ち消し続け……いや、打ち消さなくとも、思念波、脳波が上条の頭に蓄積され続けば……。

 既に、許容量は限界を超えていたというのに。

これからも幻想殺しを宿し続ける彼にとっての危険性は、とんでもなく、高い。

321 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/19 22:38:38.07 wF5uQZlDO 157/455


彼の精神力は強く、いまだ自我を保ってはいる。保ってはいるのだが、あれだけの脳波が頭の中に侵入しているのだ。

いつ崩壊しても……おかしくはない。

 彼は……これから。これから能力者達の近くにいてはいけない────。

 木山が机を叩き、俯く。いつの間にか握りこぶしを作っていて、それは震えていた。






「能力者の……御坂君の、近くにいればいるほど……上条君の身は……危険に晒されてしまう…………っ。あの子達こそ……!あの子達こそ幸せになるべきなのに……!!」







それは、お互いを本気で想い合っている二人にとって、余りにも残酷な『事実』だった。



322 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/19 22:40:59.45 wF5uQZlDO 158/455


「いっただっきまーモシャモシャ……」

「最後まで言い切りなさいよ!」

 食事の恒例の挨拶もそこそこに、美琴が焼いたハンバーグにがっつくインデックスに美琴が突っ込んだ。

 インデックスと二人で摂る食事は初めてだ。始めは作ったら帰るつもりだったのだが、何となく、何となくだが共に食事をする事にしていた。
主はいないが、ここにいたかった気分だった。

中々に珍しい二人組なのだが、美琴は何故か気まずさを感じてはいない。

「美味しいんだよ!美味しいんだよ!」

「ふふ、ありがとね」

子供っぽい──と本人に言ったら怒られそうなのだが、その雰囲気を持つインデックスは接しやすく、美琴も何やかんや言いながら楽しそうに箸を動かしていた。

「そういえば、もうすぐとうまの誕生日らしいんだけど」

「えっ、そうなの!?」

美琴が箸をそのままに、ガタンとテーブルに手を置いて半立ちの状態になる。

「…………」

「あ、ゴメン……」

インデックスはそんな美琴にジト目を送り、美琴は恥ずかしそうに再び腰を下ろした。

「でも、らしいって?」

インデックスの言った言葉。らしいとは、どういう事なんだろうと気になった。

「うん、水瓶座って事は聞いたんだけど、何月何日かまでは聞いてないんだよ」

「何よその曖昧な情報……」

同居しといてそれ?と言う視線を逆にインデックスに送る。

323 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/19 22:41:46.25 wF5uQZlDO 159/455


「でも水瓶座っていうのは本当なんだよ!完全記憶能力を持ってる私が言うんだから絶対かも!」

「絶対とかもを繋げて言う人に初めて会ったわ……」

「むぅ……短髪は疑り深いんだよー……」

プクーとふくれるインデックスを見て、あ、やっぱこの子可愛いなーなんて場違いな庇護欲を感じていながら話を続ける。

「でも誕生日が本当ならプレゼント用意しなきゃね」

「だから本当なんだよ」

とは言いつつ、既に美琴の頭の中には上条にプレゼントを渡しているシチュエーションを妄想していて、その顔は少しニヤけていた。

「ね、ね」

「はっ、う、うんどうしたの?」

インデックスは話題転換がどうやら得意みたいだ。しかしそれで現実に引き戻された美琴は耳を傾け、突然の話題転換について何も突っ込まなかった。



「短髪はとうまの事、好きなの?」



「………………へっ?」




しかしそこで、再び美琴の思考は止まる事になった。

324 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/19 22:42:55.28 wF5uQZlDO 160/455


「え、え」

いきなり何なんだろうか。と驚いた美琴は言葉を発する事がなかなか出来なかった。

──な、ななななな何なのよいきなりこの子はっ!?

そのインデックスは首を傾げ、美琴の返事を待っている。

「そっ、そういうアンタはどうなのよ!///」

顔を真っ赤にして返答を誤魔化すのだが。


「私?とうまの事大好きだよ?」


「え────」


さも当たり前かの様に言い切るインデックスに、美琴の心臓は大きく動いた。

 インデックスと言う少女は限りなく素直だ。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、とハッキリ言う。
恥ずかしさとか、意地とかそう言うものは全くこだわらず、また臆せず、だ。

──そっか、この子も、好きなんだ……。

それはそうであろう。嫌いな人とは一緒に生活など出来る訳がない。

素直にそう言えるインデックスが────美琴は『強い』と思っていた。

──アイツもやっぱり、この子の事が好き、なのかな。

そう思うと、美琴の気分は憂いが包み込む。インデックスの為を思い共に生活し、インデックスの為を思い自身の身体の不調を隠す──。

状況証拠がそれを肯定するかの様に美琴の心に突き刺さる。とても、痛かった。

「でも、ね」

再びインデックスの口が開く。

「付き合う、とか結婚、とかは出来ないんだよ」

「え……?」

325 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/19 22:43:48.82 wF5uQZlDO 161/455


何を、何を言っているのだろうと顔を上げ、インデックスの表情を見る。

インデックスは、ただ微笑んでいた。笑っていない、微笑みだった。それが何故か、悲しく見えた。

「ど……て……よ……」

その微笑みを見た美琴は俯き、唇を噛み締める。

「え?」

「どうして……なのよ……っ」

──好きなんでしょ!?

心の叫びは声には出してはいないが、何故か伝わっているのが分かる。

「どうしてなのよッ!」

美琴は叫ぶ。好きなら、手を伸ばせばいいのに。身体で気持ちで、抱き締めてしまえばいいのに。


「どうしてって、シスターだから、かな」


言葉を発したインデックスに、美琴は分からなくなった。

「は?シスターだからだって?そんなので諦めれるほどの気持ちなの!?」

『神に純潔を捧げるシスターは、神の為に一生その身体を守り続けなければならない』

しかしそんな事は美琴にとって関係ない。故に、そんな理由で身を引くインデックスに怒りを感じるのだ。

「手を伸ばせば届くアンタが、そんなんで…………!?」

しかし美琴の言葉がそこで止まった。美琴の視線の先にはインデックスがいる。そしてそのインデックスは…………。



「…………だって……ヒック、シスター、グスッ、だもん…………エグッ……」




「……インデックス…………?」

インデックスは、ただ声を殺して、静かに泣いていた。

334 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/20 22:44:14.71 8TCp/3ADO 162/455


「ごめんね、いきなり泣いちゃって…………」

 美琴は泣いたインデックスをそのままにしてはおけなかった。
インデックスに対して聞きたい事がある。言いたい事があったのだが、その涙を見ていられなかった。

美琴の胸の中でインデックスは泣き続け、静かに時間は流れ。

落ち着いてきたのか、涙も止まり美琴に謝りの言葉を入れていた。

「落ち着いた?」

「うん……」

コクンと頷くインデックス。少し沈黙の時間が流れた。

何故、インデックスは泣いたのだろう。何故、インデックスは諦めるような事を言うのだろう。それが、分からなかった。

やがて、インデックスが意を決した様に美琴の顔を見つめ、その口を開いた。

「私が……」

「……」

「私が……手を伸ばしても……、私じゃ、……届かないんだよ」

「え…………?」

「とうまはね……私の事、何とも思ってないと思うんだよ」

「…………」

……違う。それは違うと言いたかったのだが。何故彼女はそう思うのだろうか、と美琴の頭に引っ掛かった。

「えへへ。とうまったらね、家じゃ短髪の事ばっかり話してるんだよ」

「わっ、私の事?」

美琴の背中に腕を回していたインデックスから、突然出てきた自分の名に美琴の心臓が跳ねる。ピョコっと顔を上げていて、涙の跡は残りながらも笑顔だった。

「うん。今日もビリビリされたとか、買い物行って来たとか。私を置いてご飯食べに行ったって言った時なんかは噛み付いてあげたけど」

私も連れてってほしかったかも、なんて言う胸の中のインデックスは笑っていた。泣いてスッキリしたかの様で、楽しそうに話している。

「私の……事……」

「うん」

335 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/20 22:45:15.06 8TCp/3ADO 163/455


どういう事なのだろうか──

美琴は考える。インデックスが笑顔の理由も、分からない。

「“みこと”は」

「……何?」

「とうまの事。好き、なんだよね?」

「……………………」

分からない。もう何がなんだか分からないが、インデックスは笑顔だ。そしてその笑顔は。


何となく、自分が上条の事を好きでいてほしい。と語っているみたいで。


何故か、そう思えた。

「…………うん、好き……」

「そっか」

そう言うと、インデックスは再び美琴の胸に顔を埋める。

「私ね、とうまにもみことにも。幸せになってほしいんだよ」

これも、シスターだからだろうか。何故彼女が今そんな事を言ったのか、その意味もいまだによく分からない。分からないのだが。

「頑張って……、みこと……」

 何だかとても、温かかった。

336 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/20 22:46:53.32 8TCp/3ADO 164/455


「寒っ」

 あれからはインデックスがもうこの話はおしまい!と言わんばかりに食事に戻り、美琴も食事を再開させて、後は世間話しながら過ごした。

ちなみにインデックスに「とうまと同じで美琴も鈍感かも!」なんて言われたが、そんな事はないと返しておいた。

 冬の冷たい風が吹き付ける。やはりその風は冷たく、身体を縮こまらせた。

「はぁ、明日も休みたいんだけどなぁ」

白い溜め息を吐きながら呟く。理由を付けたとはいえ、二日間無断欠席したようなものだ。

明日は朝から何か言われるだろうな、と思うと方を落とした。
常磐台は規律の厳しい学校だ。それに加え、自身はレベル5で常磐台のエースなんて言われているから教師達も期待の目……と言うか、監視の目を光らせているように思えてくる。

「……明日は行っとかなきゃ、ね」

それに相部屋の少女の口うるさい説教もある。それは何とかなりそうだが。

 美琴は基本的には人付き合いがよく、やはりそういう人達も蔑ろに出来ない人間だ。学校に行く事を決めると、よし、と気合いを入れた。そろそろ寮にも到着する。

337 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/20 22:47:30.44 8TCp/3ADO 165/455


「おっ姉様あああぁぁぁぁんっ!」

寮の玄関に到着するや否や、相部屋の少女が叫びながら美琴に飛び付いてきた。

「ちょ、黒子!アンタこんな所で何してんのよ!」

まとわり着いてくる黒子を剥がそうとするのだが、いつも剥がれなくて諦めている。今日もそうだった。

「だってぇぇ!お姉様今日も学校お休みなさったって聞いて、でもやっぱり部屋にもいらっしゃらなくて、電話も繋がりませんでしたし……!黒子はっ、黒子は!心配したんですのおぉぉっ!!」

胸にすがり付き、うぉんうぉんむせび泣く様子の黒子に、美琴はちょっぴり罪悪感を感じた。

「……悪かったわよ。明日はちゃんと学校行くし、今日は添い寝してあげるわよ。ほら、泣かないの」

よしよしなんてその頭を撫でながら美琴がそう言った瞬間、黒子の顔が跳ね上がった。

「ホントですの!?」

その顔は清々しいまでの笑顔。もちろん涙なんて、なかった。

「…………黒子。アンタ嘘泣きしたわね」

ひくひくと美琴の顔が一変し、声に怒気が混ざる。そしてその手には人ひとり軽く意識を飛ばせるほどの電気を宿し。
それに気付いた黒子の笑顔が引きつった。

「ひぃぃっ!?おっ、お姉様落ち着きなさって!ほ、ほら、今から泣くとこなんですの!ですからその電気をしまって下さいましいぃぃぃっ!!」

本当に涙目になってきた黒子。その様子を見て、美琴は思わず吹き出してしまった。

「ぷっ、あはは!アンタなんていう顔してんのよ!ほら、寒いからさっさと部屋戻るわよ」

「はいですの!」

338 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/20 22:48:37.47 8TCp/3ADO 166/455


 入浴も済まし、バスタオルで髪を拭きながら美琴は翌日の予定を考えていた。

 上条の退院パーティを念頭に、スケジュールを確認。特に別の用事もなかったはずだ。

明日は放課後に上条の病院に迎えに行って、インデックスが待つ部屋に戻る。寒いから豪華鍋にでもしようかななんて考えながら、メールか何か来ていないかと携帯を見た。

『メール問い合わせ中……新着メールはありません』

その表示を確認すると、少し溜め息を吐く。
上条からメールがないか、上条から留守電はないか、と暇を見つけては、いや暇ではなくとも気付けば確認してしまう自分に美琴は苦笑いをした。

こんな姿を現在入浴中の黒子に見られたらまたとやかく言われるだろう。

まぁ、とにかく明日の予定は決まった。ちなみに上条には退院パーティを予定している事を知らせていない。インデックスと二人、驚かせてやろうと画策していた。

──アイツ、喜んでくれるかな……。

データフォルダに入っている、以前に色々理由を付けて撮った二人の写真を見ると美琴はクスッと笑みを溢していた。

339 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/20 22:49:43.63 8TCp/3ADO 167/455


 翌日、午前9時。

「ん……」

朝日の光が目に射し込む角度になると、上条が目を覚ました。

「ふあ……今何時だ……?」

目も開ききらずに欠伸をしながらいつもの目覚ましがあるであろう位置に手を伸ばすが、空を切った。

「あ、そうか。病院なんだっけ」

いつもの部屋でもなく、バスルームでもなく、だが見慣れた白を基調とした個室に自分がいた事を思い出し、壁に掛かっている時計に目を向けた。

「げっ、結構寝てたんだな」

短針が9、長針が5の数字を指していて、一体どれくらい寝てたのかと計算する。

「久しぶりにたくさん寝た気がする……」

普段の生活ならなかなかそこまではいかない自分の睡眠時間に、何だか呆れた様なスッキリした様な、そんな気分。

 体調は、悪くない。

「起きたみたいだね?」

 すると冥土帰しが上条の部屋に入り、後ろにいた看護師に朝食を用意するように言う。そんな特別待遇いいのかよ、と上条は思ったが、言及せず。冥土帰しは手にしていたコーヒーに口を付けた。

「体調はどうだい?」

「あ、全然悪くないです」

本当に何でもないという風にあっけからんと言うと、冥土帰しは満足そうに頷いた。

「それはよかったよ。もう退院してもいいけど、昼頃に木山君が迎えにくるみたいだよ」

「そうなんですか……迎えなんていいのに」

「ふむ、君からすれば、超電磁砲の彼女の方に来てほしいと思ってるんだろうけどね?」

「へっ?」

間抜けな声が出た。

「退院して一番に会いたかったのは大好きな彼女、と僕は推測してるけどね?」

「え、え」

340 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/20 22:50:51.51 8TCp/3ADO 168/455


──……あれ、何で……?

「何でバレてるのかと言いたそうな顔だね」

冥土帰しがニヤニヤしながら突っついてくる。

「な、ち、違いますよ!」

「青春だね?」

「ぐ……」

慌てて否定する素振りを見せるが、暖簾に腕押しだろう。恥ずかしくてその暖簾に火をつけてしまいたいほどだ。

「まぁ、昼頃までゆっくりしてるといいよ」

そして冥土帰しがそう言うと、上条の部屋を出ていく。上条はその後ろ姿に頭を下げていた。

「ありがとうございました」

ドアが閉まる音がすると、顔を上げる。

──あ、結局聞き忘れたな……。

自分の身体の事。治す手立てはあるのだろうか、不安だったのだが、昨日あれから何も聞かされていない。

「まぁ、今日は体調いいしな」

だが、今の自分の身体の体調が大した事はない、と告げている様な気がして。

「…………御坂」

 携帯の電源を付け、データフォルダの中の写真を何となく見る。

何だか、美琴に会いたい気分だった。









「………………」

部屋を出た瞬間、冥土帰しの表情から笑みが消える。その顔は無表情のはずだが、何処か悲しく。

右手に作った握りこぶしを、更に強く握っていた。

341 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/20 22:51:49.92 8TCp/3ADO 169/455


──うん、今日は蟹鍋にしようかな。あーあ、早く終わんないかしら。

 シャープペンを器用に回す。聞き慣れた教師の声も、美琴の耳には入らない。つまらない授業などさっさと終えて、上条を迎えに行きたかった。

──アイツ、蟹鍋なんて食べた事なさそうだしね。

『おわ、すげぇ!蟹鍋なんて上条さん食べた事ないですよ!』

頭の中の上条が嬉しさを満面の笑みで表し、自分の作った料理を美味しいと言いながら次々と口の中に放り込んでいる。

──にへへ……。

ヤバい。慌てて手で口元を隠すが、ニヤケが取れない。もう上条の事を考えるとずっとこんな調子だ。

上条の身体の不調についての不安ももちろん残っているのだが、今日退院するという事は大した事なかったのだろうと希望的観測をしていた。

──あの子とも、もう一度話し合わなきゃね。

そして、インデックスが自分を後押ししようとしてくれてる事。何となくだが、その雰囲気は美琴はあの時感じていた。

でも、もちろん納得はいってない。

常磐台のエースだとか、レベル5だとかではなく、一人の女の子としてきちんと話し合おうと決めていた。

とにかく、放課後が待ち遠しく思えた。

342 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/20 22:52:43.35 8TCp/3ADO 170/455


「や」

「あ、木山先生」

昼になり、患者衣から前日着ていた学生服に着替え終わった所で木山が部屋に入ってきた。

「体調はどうだい?」

病室に来る人全員に毎回その台詞を言われている気がするのだが、お決まりのようなものなのだろう。

「全く問題ないみたいです」

「そうか、よかった」

その答えに木山も頷き、上条が荷物をまとめるのを見ると、木山も白衣を着直す様に整えた。

「おや、出発かい?」

すると冥土帰しも姿を現し、上条の服を見た後に尋ねた。

「はい。毎度の事ながら、お世話になりました」

冥土帰しも顎に手を当てて頷く事で返答した。

そこで、上条は聞きたい事があったんだっけ、と腰を上げる所で思い出した。

「……あの」

「ん?何だい?」

「俺の身体どうでした?」

何も言われずに退院するなんて、全く問題なかったのかなと上条は想像していた。それならそれでいい。

冥土帰しに聞くと、木山は部屋の外に出て行った。

「……?」

「……ふむ。君は心配する事ないよ?また辛くなったら来る事だね」

「はぁ……分かりました」

そう言えばこの医者はこういう人だったな、と思い出した。どんな怪我でもこの人の手にかかれば完治してしまう。

不思議な説得力を感じて、上条は返事を返していた。

──この先生がそう言うなら、そうなんだよな……。

「あ、木山先生行っちゃったし、俺も行きます。ありがとうございました!」

上条は冥土帰しに頭を下げ、木山の後を追って行った。

343 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/20 22:54:29.06 8TCp/3ADO 171/455


「オゥ……すごい車ですね……」

目の前のランボルギーニの迫力に圧倒されたか、上条の目が見開いている。そして木山がドアを開くと、更に上条は驚いた。

「ガルウィングなんて初めて見ましたよ……」

ドアが横に、ではなく縦に開く。それを見てすげーな、なんて感想を漏らしつつ上条は乗り込んだ。

「木山先生がスポーツカー、何かイメージが……」

「君が私にどういうイメージを持っていたか気になる所だね」

エンジンを点け、木山がアクセルを踏む。

「おわっ」

そのエンジン音の大きさと発進時にかかったGに上条が吃驚したような声を上げると、横で木山が少し楽しそうに笑った。

「そう言えば昼食は摂ったのかい?」

「あ、いえ。帰ってから食べようかなーなんて考えてたので」

「そうか。昼食誘おうと思っていたのだが、そう言えば同居人がいたね」

木山はその同居人が作って待っているのだろうと予測を立てていた。

「はは、まぁ。せっかくですけど」

だが実際は美琴がインデックスの為に作り置きしておいた料理なのだが、木山は知る由もないだろう。

それに、上条もそれを楽しみに思っている。

──あいつの料理、美味いからなぁ。

前々日に昼、夜通して食べた美琴の料理。それは上条のかなりの好みの味で、また食べたいと思っていたのだ。

344 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/20 22:55:55.18 8TCp/3ADO 172/455


「あ、そうだ。今朝、君の学校に連絡入れておいたよ」

「あ」

木山の言葉に一瞬上条が言葉を飲む。連絡を入れる事を忘れていた為、焦ったのだがどうやら連絡を入れてくれてたらしく、上条はほっと一息吐いた。

「何から何まですみません」

ここまでしてもらっていいのだろうか、と感じたのだがここは素直にお礼を言った方がいいのだろう。

「あぁ、いいよ。体調が悪いって伝えておいたから。随分可愛い声の子が応対してね。……声を聞く限り、教師っぽくなさそうだったのだが。うちの上条ちゃんが申し訳ありませんって何度も謝ってきたよ」

「……。 小萌先生か……」

電話口に向かって何度も頭を下げる小萌を想像してしまい、上条は苦笑いをした。

──色んな人に迷惑掛けちまってんな、俺……。

思い返せば少し情けなくなってくる。それに体調は別に今のところ、あの症状以外は何ら変わりはないのだ。

「ふふ、悪いと思っているのなら、今日はしっかり身体を休める事だ。いいね、今日は外出禁止だよ」

「うっ……。そう、すね。了解しました」

しかし木山の言う通りだ。その言葉通り、今日は休めておこうと上条は思った。

345 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/20 22:58:09.36 8TCp/3ADO 173/455


「あ、とうま!お帰り!」

あれから木山に寮まで送ってもらい、上条は一日ぶりの我が家に戻ってきた。
ドアを開けるとインデックスがトテトテ走り寄ってきて、上条の顔を見ると笑顔を輝かせた。

「あれ?みことは?」

「ん?御坂?」

だが美琴の姿がない事に気付くと、首を傾げる。

「おいおい、今日は学校行ってるだろ」

そんなにいつもいつも一緒にはいないぞ、と思いながら答えるのだが、インデックスは首を捻ったままだ。

「そう言えば帰ってくるの、早いかも」

現在時刻は13:00になったばかり。しかしインデックスの言い方はまるで予定が違うみたいな言い方だったのだが、上条はその事は置いておいた。

「インデックス、飯食ったか?」

「うん、もう食べたんだよ!」

……少し嫌な予感がする。昨日、美琴にインデックスはたくさん食べるからって尋常ではない量の料理を作ってもらうよう頼んておいたのだが。

「……それ、残ってる?」

「全部食べちゃったよ?」

──やっぱりかあああぁぁぁっ!!

心の中では膝を地面に付き泣き叫ぶ。予測できていた事なのにっ!

「あ、でも」

「ん?」

「今日の分のカレーは全部食べちゃったけど、昨日の分の焼いてないハンバーグが冷蔵庫に残ってるかも!」

それを聞いた瞬間上条は台所に飛んでいた。

冷蔵庫を開ける──

「あったああああぁぁぁ!!」

中にはボウルの中にこねられただけのハンバーグの原型が。量から察するに一人分は残っている様だった。

「昨日は本当に作り過ぎちゃったみたいで。私は食べられたんだけど、みことがもうやめなさいって焼いてくれなかったんだよ」

インデックスは少し頬を膨らませて説明したが、上条は右から左へ受け流した様だ。

ご飯が食べられる──その嬉しさも、また美琴の料理が食べられるという二つの喜びが合わさっていた。

356 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/21 22:29:02.06 khIycP6DO 174/455


「ねぇねぇ、どこ行くの?ってミサカはミサカは問い詰めてみる!」

「あァ?コンビニだコンビニ」

「ミサカも行く!ってミサカはミサカはあなたの腕にしがみついてみたり!」

「うっとォしい。離れろクソガキ」

 玄関先であーだこーだ喚く二人。一人は嫌そうな顔をしたいのだろうが、作りきれずに時折表情が崩れる。ただそれは一瞬なので、傍から見ても気付かないほどだが。

 いつもなら別に着いて来させてやってもいいのだが、今回は遊びに行く訳ではない。

「テメェの好きなもン買ってきてやる。だから大人しくしとけ」

「えっ」

言葉を無くしたかの様に少女──打ち止めは止まった。

「チッ。いらねェならいいぞォ」

それに対して一方通行は舌打ちをしながら、さっさと出掛けようと靴を履いた。

「インターホン鳴っても出るンじゃねェぞ」

他の同居人も外出している為、一人になる打ち止めにそう捨て台詞を吐くと、ドアを開けて外に出ていく。
打ち止めはそれを見て、「う、うん」と曖昧に返事をしたのだが聞こえたかどうかは分からない。

「いつもなら、買ってくれないのに……むむむ」

一丁前に腕を組み、首を傾げて難しい顔で思案する。
……内容が内容だが。

「何かある!ってミサカはミサカは推測してみたり!」

小さな女の子は、フンスと気合いを入れた。

「ネットワークも使って、あの人を追跡調査!ってミサカはミサカはワクワクしてみる!」

そして一方通行が出て行った数分後、打ち止めもこっそりと後を追うように出て行った。

357 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/21 22:30:23.35 khIycP6DO 175/455


「えっ、緊急改修工事で午後の授業がなくなった?」

ほんの少し時間を遡った常磐台中学校にて、美琴がそんな素っ頓狂な声を上げた。

「ええ。何でも御坂さんをライバル視しているあの人が、能力測定の授業中に暴れ回ったみたいで」

美琴の同級生がそう答えると、美琴は冷や汗を垂らした。

「あはは……ペットのヘビに逃げられでもしたのかしら……」

無駄に気高い気品を漂わせ過ぎるお嬢様を思い浮かべ、美琴は気付かぬ内に苦笑いしている。

──でもこれで早く迎えに行けるわ。ふふ、アイツビックリするかしら。

しかし思わぬ所で舞い降りた好機に美琴は喜んだ。特に約束はしていなかったのだが、病室にて待っているであろう上条の顔を思い浮かべ、早く迎えに行こうと鞄の中に用具を詰め込む。

「黒子に会わなきゃいいんだけど……」

常に美琴の側に付いてくる黒子の事だ、こういう日は「お姉様と長く遊べるチャンス!」とばかりに飛びかかって来るだろう。

となればさっさと教室を出た方がいいに越したことはない。
同級生達にばいばいと挨拶を済ませると、早足で昇降口まで行き、靴を履き替える。まだ回りを見ても学生の姿はあまりなく、恐らくもう少しすれば大勢の生徒達がこの昇降口に押し寄せて来るだろう。

一番乗りとばかりに駆け足で外に出て校門まで辿り着こうとしたのだが。

「うふふ、どこへ行くんですの?お姉様」

突然音もなく目の前に、美琴の頭を悩ませる後輩の姿が現れた。

358 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/21 22:31:37.74 khIycP6DO 176/455


「げっ……」

──空間移動してきちゃったか……。

やはり空間移動してきたか、と美琴は悔やむのだがこればっかりは仕方がないだろう。

「お姉様の事ですから、真っ先にお帰りになると思ったら……やっぱり先に行ってらっしゃったんですの!」

まるで美琴の全てを知っていますのよ、と言うかの様な言葉に美琴は内心戦慄を覚える。はぁ、と溜め息でも吐きたい。

「あのさ、ほら、今日も用事あるから……」

「またあの類人猿ですのね!?おのれウニ野郎……」

ワナワナと黒子は怒りに震えている。別に放っておいてほしかったのだが。

「なっ、何でそう思うのよ!」

「だってお姉様、普通の用事ならいつもキッパリ言い切りますのに、あの類人猿の事になるといつも言い淀む感じになるんですの!」

──げ、そんなに分かりやすいのかな、私。

自分の気持ちが顔や行動に出てるのかと思うと、美琴は恥ずかしそうに唸った。
と言うかまぁ、いつも美琴ばかり見ているから分かる黒子も黒子だが。

「今日と言う今日は行かせませんですの!折角学校が早く終わったチャンス!一日中お姉様といるんでs『ピリリリリリッ!』ちょ」

「あら、電話よ?ジャッジメントじゃないかしら?」

黒子の電話が着信を知らせる音が鳴り響いた時、黒子は嫌そうな顔になり、対して美琴は嬉しそうな顔になった。

「それはないと思うんですの!たまたま学校が早く終わったという情報をジャッジメントがそんなに早くキャッチするなんて事…………」

そして携帯の画面を見た瞬間、黒子の表情が引きつる。その表情で、美琴は推測が当たった事を察し、心の中でジャッジメントに賛辞を送った。

「もしもし…………はい…………はい…………」

──今の内に……。

通話をし、見るからに落ち込んでいく黒子を横目に美琴は走り出す。

「おっ、お姉様!? はっ、い、いや何でもありませんの!」

そんな声が後ろから聞こえたのだが、ごめんね黒子、と呟くと美琴はそのまま振り返らず走って行った。

359 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/21 22:32:44.44 khIycP6DO 177/455


「あれ?打ち止め?」

美琴が病院に着くと、玄関の脇からチラチラ中の様子を伺う打ち止めの姿が美琴の目に映った。

「(あ、お姉様っ)」

美琴の声が打ち止めの耳に届くと、打ち止めは静かにして、という立てた人差し指を口に当てるポーズを見せる。

何故かが気になったが、美琴もそれに従い静かに打ち止めの後ろに立った。

──遊んでんのかなー。

なんて思いながら打ち止めを見るが、打ち止めはとにかく中の様子に夢中のようだった。

美琴も気になって打ち止めの上から同じ様にして中の様子を伺う。どうやらある部屋のドアが閉まった所まで見えたのだが、誰が入ったかまでは分からない。

「(お姉様行くよってミサカはミサカは腕を引っ張ってみる!)」

するとそれを見ていた打ち止めが美琴の手を引き、中に入った。

「(何なのよ、もう)」

なるべく早く上条のいるであろう部屋に行きたかったが、打ち止めの様子も少し気になったのでそれに付いていく事にする。

──ま、すぐにアイツの部屋に行けばいいか。

何をしているのかが分かれば早々と切り上げて、上条の所まで行こうと決め、打ち止めと美琴は先ほどのドアが閉まった部屋の前に辿り着いた──。

360 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/21 22:33:45.69 khIycP6DO 178/455


「首尾はどうなンだ?」

 昨日、上条を検査した部屋に三人の姿があった。

「…………これを見てもらえば分かる」

ディスプレイを見ていた一人──木山がある画面を表示させると、席を立った。
テーブルの上に置かれたプリントを眺めていた一人──冥土帰しも難しい顔をして考え込んでいる様子だ。

そして一方通行はその様子に少しだけ怪訝に思いながらも、木山が促したディスプレイに目をやった。

「………………なンだこれは」

瞬間、一方通行の動きが止まる。彼の視線はディスプレイに向けられていて、恐らく無意識だったのだろうが、そう呟いていた。

「昨日、彼の脳波を調べたんだがね…………」

木山は見るのが辛いとばかりにそのディスプレイから目を背けた。

「あのヤロォ、とンでもねェもン抱え込ンでやがったか……」

やがてディスプレイから目を離し、一方通行はソファーにドカッと腰を掛けた。その表情は…………重い。

「脳波の量が常人のものとは比べ物にならないくらい、彼の頭の中にある」

言われなくても分かったのだろうが、口を挟まない。横槍を入れる気分にもならなかった。

「昨日彼が倒れた際に声が聞こえたらしい。これを見る限り、……恐らく能力者達の思念波が声として聞こえたと思ったのだろう」

「…………」

「……能力者達のAIM拡散力場の残滓が、彼の頭を占拠し始めている」

「…………演算式か」

「幻想殺しの影響で発現はしない。そもそも『自分だけの現実』を他人が使えるはずがないのだが」

「だが奴のAIM拡散力場を観測した。超電磁砲や、他の超能力者、高能力者どものデータと一致したンだな?」

頷く──────。

「データに無い、見た事もない能力らしきものもあったのだが…………それに」

「……………………」

「…………恐らく、とんでもなく複雑な君の能力も」

木山は少し見辛そうに一方通行を見る。

361 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/21 22:35:17.15 khIycP6DO 179/455


「………………チッ」

一方通行は面白くないとばかりに舌打ちをしたのだが、今の論点としてそんな事は大事ではない。

「この事、三下のヤロウには伝えてあるのか?」

「いや、伝えてはいない。伝えた所で彼の困っている人を助けるという行動をやめると思うか?」

「……………………チッ」

伝えた所で、上条は恐らくその行動を曲げる事はしないだろう。一方通行もそれを知っていた。

今それを伝えて、彼が混乱してしまうのも避けたい。
その混乱をきっかけに彼の自我が崩壊する危険性と言うのも十分考えられる。

しかし、早急に手を打たなければならないのも事実だ。

「…………私が、時期を見て話す。なるべく、早く」

「…………早い方がよさそうだね」

「………………あのヤロォ」

少し沈黙が場を包む。三者三様だが、これからどうすればいいのかと言う考えの方向性は一緒だった。

「……とにかく、彼が幻想殺しを使えば、能力者達の近くにいれば、危険が付き纏う。 …………このままいけば」

木山が再び口を開く。言い難いのか、一旦区切るように言葉を止めた。



「このままいけば、恐らく彼は…………」

冥土帰し────



「脳の破壊、自我の崩壊…………いや」

一方通行────



「…………………………死ぬ」

木山──────



362 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/21 22:35:59.45 khIycP6DO 180/455






この三人の会話は───────








「どう、いう…………………………事……………?」

      一人の少女によって止められた。



363 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/21 22:37:06.42 khIycP6DO 181/455


ドアが蹴破られるかの如く勢いよく開かれ、三人の会話は中断させられた。

「みっ、御坂君…………!?」

木山の顔色が驚愕に染まった。何故、何故彼女が今ここにいるのか。

しかし、それよりも。

──聞かれた……のか……!?

美琴の表情は俯いていて見えない。しかし、震えが見てとれるほど分かってしまう。

「…………ねぇ…………どういう……事なの…………?」

「…………御坂君……」

「アイツが……………当麻が…………死ぬなんて、嘘…………よね……?」

両手で握り拳を作り、それをギュッと力強く握り締めている。声色もいつもの彼女のものとは違う。
身体全体が震えている様で、声も震えていた。

「ねぇ…………何で…………? 何で…………誰よりも優しい、当麻が…………死ななくちゃ…………いけないの……………?」

木山に近付き、白衣を掴む。そして俯いていた顔を上げた。

「…………っ、御坂……君…………」

「嘘…………ですよね…………?」

その顔は見るに耐えない。見ているこっちが辛くなるほど悲しみを含んでいて、涙も目に溜まっている。

「お姉様…………」

いつの間にいたのだろうか、打ち止めも一方通行の横に立ち、美琴の様子を伺っていた。

「答えてよ………………」



「答えてよッ!!!」



悲鳴とも取れる少女の叫び声が響いた。

364 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/21 22:38:57.39 khIycP6DO 182/455


「ねぇ…………答えてよ…………」

「…………御坂君……」

木山の胸元で再び美琴は項垂れる様に俯いた────。


「あァ、そのままいけばアイツは死ぬ」


「え………………?」

美琴の背中から聞こえてきたその声。

彼女が妹達の仇としている、一方通行が美琴の叫びに口を開いた。



 その声に美琴が振り向いた。ほぼ睨み付けるようにして一方通行に視線を送るが、彼は構わず続ける。

「アイツの脳波なんだがな。既に限界を超えてるンだとよォ」

「一方、通行…………!」

その声に美琴はやり切れない怒りを覚える。殺気を込めた様にじっと見ていた。

「さンざン能力やらよく分からねェ力やら打ち消し続けた結果なんだとよ」

「………………て」

「レベル5級の力がアイツの身体に溜まって、いつ爆発してもおかしくねェンだとよ」

「……めて」

「これからも幻想殺しを使い続けたらどォなンのかなァ?運がよけりゃ昏睡、悪けりゃ死だ」



「やめてよッッ!!!」



突如叫ぶ。耳鳴りがするほどの大声。それは一重に美琴の感情が、今どれだけ揺れているかを如実に現しているかの様だった。

365 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/21 22:40:07.16 khIycP6DO 183/455


「オリジナル。テメェの力、脳波もアイツを蝕ンでるンだぜ?」

「っ!!??」

しかしそれを真っ向から叩き落とすかのような一方通行の言葉。

「一方通行!」

打ち止めも非難するかのように一方通行を呼ぶ。しかし一方通行は止まらない。




「テメェがアイツの近くにいりゃいるほどアイツは死に近付いてンだぜ?」




そしてその言葉は────美琴を絶望に叩き落とした。

「テメェも仮にもレベル5の頭脳持ってンなら分かンだろォが。全部聞いてやがったンだろ?」

その一方通行の言葉も全て聞き終わらない内に──────


「……………っ!」



「御坂君っ!!」

「お姉様っ!!」


美琴は部屋を飛び出して行った。

374 : VIPに... - 2011/01/22 03:25:00.35 Rkr5c3nr0 184/455

良く分からない力って……まさか魔術?あれでもAIM拡散力場つったよな?

376 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 16:34:27.15 t9zirSDDO 185/455

>>374
しまった、魔術ってAIM拡散力場、観測しないんだっけ?

377 : VIPに... - 2011/01/22 16:46:28.23 ujuZa4sHo 186/455

変換しちゃったことにすればいいじゃない

378 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 17:19:32.14 t9zirSDDO 187/455

>>377
それ
皆のレスに励まされてる

379 : VIPに... - 2011/01/22 20:56:47.94 M709XmDHo 188/455

おバカな上条さんは能力の炎も魔術の炎も同じに見えてるだろうしなーw
賢くなくて良かった

380 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 21:36:00.60 t9zirSDDO 189/455


──何で…………?何で……?何で、何で何で何で何で何でっ!? 何で当麻が……っ!

 美琴は走っていた。自分がどこに行くのかも分からない。どこに行けばいいのかも分からない。

「当麻っ…………当麻ぁっ……」

涙で視界が霞む。怪訝に思っているだろう、すれ違う学生達の姿も識別できない。拭いても、霞む。



『テメェがアイツの近くにいりゃいるほどアイツは死に近付いてンだぜ?』



分かっていた。あの時の言葉が、嘘ではない事くらい。
でも信じたくなかった。嘘であってほしかった。

「グスッ…………ヒッグ、当麻…………当麻ぁ…………!」

上条に会いたい。声が聞きたい。一緒にいたい。傍にいてほしい。抱き締めてほしい。慰めてほしい。


…………しかし、それは許されない事。自分の力が、自分の能力が。彼を蝕んでいたなんて、知らなかった────。


「っ!」

足を取られて転び、草むらに寝そべる様な形になる。
気付けば、美琴は上条と勝負したあの河原まで来ていた。

「うぅ…………当麻…………当麻ぁ…………会いたい……会いたいよぉ…………」

立ち上がる気にもなれず、寝そべったまま美琴はただ涙を流していた。

381 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 21:37:18.42 t9zirSDDO 190/455


「みこと遅いなぁ」

 インデックスが時計に目をやり呟いた。現在時刻は18:00を回っていて、美琴を待っているのだが。

「とうま、みことから連絡ないの?」

「ん?別にないぞ?」

インデックスの奴、御坂と約束なんかしてたのかなぁ、と思い浮かべながら、上条は携帯に目をやったが、音沙汰もない。
そろそろ時間も時間だ、夕食の準備に取りかかろうとしたのだが、インデックスに止められた為に怪訝に思いながらも暇を持て余していた。

「それにしてもインデックス、お前がいつから御坂を名前で呼ぶようになったんだ?」

上条の知る中で、インデックスは美琴の事を「短髪」と呼んでいた。気付けばいつの間にかインデックスは美琴を名前で呼ぶ様になっていて、少し気になった。

「むふふー、女の子の秘密なんだよ」

何やら含み笑いを浮かべるインデックスを見て、恐らく何かがあったのだろうと推測する。

──ま、仲良くなった様な雰囲気だし、いい事か。

秘密と言われれば気になるのが上条の性分であったが、「女の子の」と主張されるとさすがに聞き辛い。
納得したような表情を浮かべ、自分も時計に目をやった。

既に外は暗闇に包まれており、気温も相当低そうだ。
インデックスが住むようになってから付け始めたエアコンが部屋の空気を暖めているのだが、窓を見ると水滴がガラスに付いていて外との気温差を察知させる。

──さすがに今日は来ないよな?でもインデックスが御坂が来ないのを不審がってるし、やっぱ約束でもしていたのかな?

上条自身は特に美琴と約束はしていない。ただインデックスが言う通りにしていたのだが、インデックスの言い分では美琴はすぐにここに来るらしかったのだ。

「パーティーの約束、忘れちゃったのかな……?」

「ん?パーティー?そんな約束あったか?」

「い、いや!何でもないんだよ!気にしないでほしいかも!」

さっきから何か気になるな、と上条は首を捻る。
それにこのまま何もしないという訳にもいかないだろう。

「…………電話してみっか」

「うん!」

インデックスが嬉しそうに頷く。何だかなぁと頭をポリポリ掻いたのだが。

美琴の声を聞きたい、というのもあり上条は携帯の通話ボタンを押した。

383 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 21:39:27.73 t9zirSDDO 191/455


 美琴が出ていった部屋に、冥土帰し、一方通行、打ち止めの三人が残っていた。美琴が出て行った後、木山は後を追い今はこの場にいなかった。

「……………………」

沈黙が場を包む。美琴に知られればこうなる事は分かっていた。分かってはいたが、いつかは知らせないといけなかった。

「お姉様………………」

美琴を案じ、打ち止めが呟く。その顔は悲しみと心配の色が見て取れた。

「チッ。打ち止めがいるのは分かったがな。超電磁砲までいやがるとは想定外だった」

打ち止めの行動パターンを大体把握している一方通行は、気難しそうに舌打ちをした。
どうせついてくるというのは分かっていた。打ち止めになら誤魔化しはいくらでもきくだろうと放っておいたのだが……しかし美琴はまた別だった。

「…………ひどいよ」

「あァ?」

すると打ち止めが俯き、震える声を響かせた。

「ひどいよ!どうしてお姉様にあんな言い方したの!? 事実かもしれないけど…………あんな言い方じゃお姉様かわいそうだよ!」

やがて憤怒の様な表情になり、打ち止めは一方通行に詰め寄る。打ち止めのオリジナルであり、尊敬する姉が泣いたのを見て、打ち止めは黙ってはいられなかった。

いつも打ち止めが使う語尾を言う事なく、ただ一方通行を責める様に叫ぶ。

「お姉様泣いてたよ!あなたはお姉様の気持ちが分からなかったの!?」

胸を掴むようにして捲し立てる。小さな手は震えていて、感情も揺れているのだろう。

384 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 21:40:22.02 t9zirSDDO 192/455


「…………いつかはあァなってただろォが」

「それでも!」

たった一人の姉を重んじて、打ち止めは思いの丈をぶつける。…………でも。

一方通行の言いたい事は分かる。分かるのだが、打ち止めはただこうするしか出来ない。美琴の無念さを考えると、やり切れなかった。


「…………それに、余計な希望を持ちゃ更に辛くなンだろォが」


その言葉にハッとして、一方通行を見る。別にいつもと変わらない様な表情。でも今は、その無表情が何だか悲しんでいる様な気がして。

「…………うぅ…………お姉様…………ミサカは……ミサカは…………」

胸にすがり付き、嗚咽を漏らす。
一方通行は一方通行なりに、美琴を案じているのが分かったのだった。

「…………君も素直じゃないね?」

「事実を言ったまでだ」

別に何とでも思ってないような素振りで、彼の事を知らない人達は気付かなかったのだろうが、冥土帰しには彼が今何を思っているのかが大体分かっていた。

385 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 21:41:43.71 t9zirSDDO 193/455


「うぅ…………ヒグッ…………当麻ぁ……エグッ……」

 冬の寒空の下、一人の少女の泣き声が響き渡る。誰一人として他の人影はなく、それを聞いているのは草木だけであった。

『おっすビリビリ』

『おわっ、危ね!』

『…………不幸だ』

『顔赤いぞ、大丈夫か?』

『美味いぞ!めちゃめちゃ美味い!』

『……ったく、御坂にそんな顔似合わねぇぞ。せっかく可愛い顔してんだからさ。お前は元気にビリビリしてろよ』

『何で泣いてんのかは知らんが、もう泣かれんのは勘弁だぞ』

上条との思い出が走馬灯のように甦る。たくさん笑って、たくさん泣いて、たくさん怒って、たくさん愛して。
そのどれも全てが、かけがえのないものだ。

…………でも。

自分の持つ力が、自分の存在が、彼を知らずの内に苦しめていた。危険にさらしていた。

──もう、会えないの…………?

身震いがする。寒さではなく、恐怖から。彼を失うという絶望から、身が震えてしまう。




   とにかく、会いたかった。




ピリリリリリっ────

「っ!!」

突然美琴の携帯が着信を告げる音を鳴らした。
画面を開き、確認すると美琴の目が見開かれる────


    『着信 当麻』


今すぐにでも会いたい、会いたくて会いたくてしょうがない少年の名前が表示されていた。

386 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 21:43:26.60 t9zirSDDO 194/455


トゥルルルルルル────

電話の発信音が鳴り続く。上条の横でインデックスもその様子を伺っていた。

「……………………出ねぇな。もっかい掛けてみっか」

「うん」

相手が出ないと思うと、おもむろに一度通話を切り、再びボタンを押した。

トゥルルルルルル────

「…………」

トゥルルルルルル────

「……………………」

トゥルルルルルル────

「………………………………」

「…………みこと、忙しいのかなぁ」

「…………出ねえな」

通話を切る。インデックスも落胆した様に肩を落としていた。

上条は少し怪訝に思った。
今まで美琴に何回か電話を掛けた事はあったのだが、決して出ない事なんてなかった。少し出るまでに時間は掛かっていたのだが、必ず出ている。

「も、もしもし、どどど、どうしたの?」なんて開口一番何故か焦ったような口調がいつもは聞こえてくるはずなのだが。

──ま、こんな日もあんのかな…………。

美琴はレベル5であり、比較的多忙な毎日を送っている。そう納得しようとしたのだが。

387 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 21:44:14.24 t9zirSDDO 195/455


「…………今日約束してたのに」

インデックスが呟いた言葉が上条の耳に届いた。

「やっぱ約束してたんじゃねーか」

何故隠すんだと言う意味も持たせ、インデックスにジト目の視線を送る。

「うん、でもね…………みことから言い出した事なのに」

溜め息と共に落胆を織り交ぜながらインデックスは俯いた。

「…………何かあったのかも」

そしてそれに心配の色が加えられ、上条は外を見た。

既に暗く、窓をほんの少しカタカタ揺らす冷たいであろう風。少し、嫌な予感がする。

「インデックス。少し出て来るわ」

その言葉を言い切る前に、外出禁止の言葉も意に介さず上条は立ち上がり上着を羽織っていた。

388 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 21:45:09.49 t9zirSDDO 196/455


 鳴り止まない着信を告げる電子音。何度も通話を押そうとするのだがその指は踏み止まっている。

世界で一番嬉しいはずの着信。ボタンを押せば、世界で一番好きな人の声が美琴の耳に届くであろう。

「…………っ」

しかし、だからこそ。だからこそ押せない。これを押してしまいそうのは自分の弱さだ。

好きだからこそ会わない。
守りたいからこそ傍にいない。
愛しているからこそ離れる。

泣いている間に決めたのはどこのどいつだ。紛れもなく自分だ。

「…………当麻……!」

なかなか途切れてくれないその音。長くなれば長くなるほど出たいと言う気持ちが増していく。どうすればいいのか、分からない。


ピリリ! …………………………

「あ…………」

音が鳴り止み、着信中から着信ありの画面に変わるのを見ると美琴は物悲しそうに声を上げた。

──当麻………………。

しかしこれでよかったはずだ。自分の選択は間違ってはいない。
冬の寒さも何故か感じない。腰を下ろしている冷たいはずの地面も気にならない。

 いつの間にか、着信ありの画面がいつも自分が見ていた画像に切り替わっていて。

それを見た瞬間、更に涙が溢れ出してきた。

389 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 21:46:27.57 t9zirSDDO 197/455


「帰ってきてないんですか?」

常磐台の寮で、上条の聞き返す声がする。

「うむ、もうすぐ門限だと言うのに…………困った奴だ」

妙齢の女性管理人がそれを告げ、溜め息を吐いた。頭を悩ませる寮生だ、とでも思っているのだろうか。

「…………はぁ、分かりました。ありがとうございます」

寮監に頭を下げると、上条は踵を返した。
すると、少し歩いた所で見知った少女と顔を合わせた。知り合い、程度のものだが。

「あら、あなたは…………」

「…………白井か」

美琴の後輩の黒子の姿が上条の目に映る。ジャッジメントの帰りだからか、少しだけ疲れた様子だった。

「…………こんな所で何してらっしゃるんですの?」

不審そうな目で上条を見る。しかし別段慣れた様で、意に介した様子も上条にはない。

「御坂がまた戻ってきてないんだとよ」

「はあぁ!?どういう事ですの!?お姉様はあなたと一緒にいたんじゃなかったんですの!?」

「いや?いなかったぞ」

なぜ黒子がそう思ったのか気になるが、今はそんな事はいい。

「とにかく、俺は探しに行くから。じゃあな」

「ちょ、ちょっとお待ちになるんですの!私も探しに行きますの!」

「そうか。んじゃそっち側頼めるか?俺はこっちから探してみるから」

一人よりも二人の方がいいだろう。それに黒子は空間移動能力者だ。心強い仲間を得たとばかりに、上条は走り出した。

──ったく、どこにいるんだあいつは!

先ほどの会話でも出たのだが、用事で戻りが遅くなるのなら寮監には知らせるはずだ。だが寮監が知らないとなると、恐らく何らかの事があったのだろう。

──緊急の用事か?それだったらまだいいが……

上条は走る。木山から外出禁止と言われた事ももはや関係ない。妙な胸騒ぎがして、とにかく早く美琴に会いたかった。

──無事で…………いてくれ…………!

いつしか願望に変わりつつある心の声。

390 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 21:47:44.82 t9zirSDDO 198/455


今すぐに声が聞きたい。今すぐに顔が見たい。今すぐに会いたい。

そうして、上条はあの河原までやってきた。上条にはこの河原は記憶にないはずなのだが、何かが告げている様な気がした。説明しろと言われても、そう答える事しか出来ないだろう。





「…………見つけたぜ」


もはや上条にとって、愛しくなっていた少女の後ろ姿が目に映った。

391 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 21:48:30.01 t9zirSDDO 199/455


「え……………………」

美琴の思考が一瞬止まる。

「ここにいたか…………探したぜ」

その姿、その声。美琴が愛してやまない少年が今、目の前にいる。

──どうして…………?

どうしてここにいるのか。
どうしてここに来たのか。
美琴の心臓が揺れる。感情が、嬉しさが悲しさが怖さが、揺れる。

「インデックスと約束してたんだってな。 ……いつの間にそんなに仲良くなったんだよ」

近付いてくる。彼の足が一歩一歩、自分に向けて踏み出してくる。

「あぁ、寮監さんも怒ってたぞ?何かあれば連絡しろっつってた。ったく電話も出ないでこんな所で何してたんだよ」

近付くにつれ、彼から聞こえる声も大きくなる。そして、美琴の身体も震える。

「ほら、用事ないんなら帰るぞ。こんな所にずっといたら風邪引いちまうだろうが」





自分に近付けば…………彼に危険が近付く…………





「────来ないでっ!!」


────なら、遠ざければいい。

392 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 21:49:44.41 t9zirSDDO 200/455


 彼の身体が止まった。突然発せられた自分の叫び声に驚きでもしたのだろうか、その表情も固まった様だ。

「…………御坂?」

「それ以上…………近付かないで」

美琴と上条の距離は5メートルくらいだろうか、どれだけ離れればいいのか分からない。

しかしその距離とこの夜の暗さ。涙を流していたのを知られずに済んでいた。

「…………どうしたんだ?」

「何で?」

「え?」

「何でここに来たの?」

吹き付ける風は冷たく、言葉も凍らせるかの様。彼を凍えさせない為にも、とにかく彼を自分から引き離したい。

彼は、優しいから。ちょっとやそっとの事では動いてはくれない。自分がどうなろうと、他人を助けるのが彼だから。

「私が探してくれって頼んだ?来てくれって頼んだ?」

「御坂…………?」

「アンタはいつもそうよね。頼んでもないのに、勝手に首を突っ込んできてさ」

「お、………おい………?」

「あの件だって私が泣いてたから駆け付けた? はっ、そりゃ結果的には助かったかも知れないけどさ」

「………………」

哀れだ。まるで自分じゃない誰かがまるで口を動かしているかの様。

「分かる?天下のレベル5が無能力者に助けられたっていう意味が。世間に知られたらもう恥ずかしくて外出歩けないわ」

「それ、は………………」

「そりゃ相手が相手だったかも知れないわ。でもね、別にアンタじゃなくてもよかった」

──違う!当麻だから私は助けられた。心から助けてくれたのは、当麻だけなのに……!

「それに恋人ごっこ?してた時のアンタなんか見てられなかったわね。何?ヘラヘラしちゃってさ」

──違う!嬉しくて、とにかく嬉しくて笑ってたのは私なのに……!

「それにアンタが宿題出来ないからって私に見せたけど、何なのあれ?頭悪いのにもほどがあるわ」

──もう…………いいでしょ?

393 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 21:51:54.76 t9zirSDDO 201/455


「………………っ」

上条はただ下唇を噛んでいる。言葉はなく、じっとこっちの話に耳を傾けていた。
 …………それでいい。後はとにかく距離を取る事。


「お姉様ああぁぁぁ!!」


するとそこで美琴にとって聞き慣れた呼び名が響き渡った。

「お姉様!探しましたの!」

黒子が必死な形相をして美琴に詰め寄る。そこで上条の姿に気が付いた様だった。

「ムッ、お姉様を見つけるのは私のお仕事ですのに。先を越されましたわ」

「黒子?どういう事?」

「そこの殿方が寮まで探しに来てたんらしいですの。私もジャッジメントのお仕事が終わって、帰り道に殿方とお会いしまして。お姉様がいないとの事でしたので、私も探しに来たんですの」

そう言い黒子は美琴の腕を抱くようにして隣に立った。されるがままの美琴は上条に視線を向け。

「アンタ、寮まで来てたのね。何?彼氏にでもなったつもりなの?」

それだったならどんなにいい事だろうか。

394 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/22 21:53:11.70 t9zirSDDO 202/455


……しかし今は、決して叶わぬ夢。




「そういうの、やめてよね……………………迷惑だから」




「…………っ」

上条はもう自分に視線を向けてはいない。言いたい事もあるのだろうが、口は開かない。

とにかく、身体を休めてほしかった。
とにかく、無事でいてほしかった。

彼が無事なら、それでよかった。

「…………黒子、帰るわ。テレポートお願い」

「了解ですの!」


そう言った瞬間、美琴の視界が変わった。


もう目の前には、愛しくて仕方がない少年の姿はなく。ただ自分の住む建物が凛と構えているだけだった。

「お姉様!先ほどあの殿方に言ったあのお言葉は本当ですの!?黒子は嬉しくて嬉しくて……………………」





美琴の目に映る全てのものが変わった瞬間────────





「うぅ………………エグッ…………当麻…………ヒグッ、当麻ぁ…………!」



もう涙なんて、堪えられなかった。

409 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/23 21:59:10.60 AYqXrfdDO 203/455


──はは………………。

 冬の寒空の下、上条は一人取り残された様に立ちすくんでいた。

足がすくむ。気を抜けば倒れてしまいそうなほど。
身体も震えている。寒さだけではなく、胸の内から来る表現し得ない得体の知れない感情。

──そうか…………俺、そんな風に…………思われてたんだな…………。

乾いた笑いが出た。胸も苦しい。

──あんだけ付き合ってくれてたのも…………違ってたんだな……。

「ははっ、舞い上がっちまってたんだな…………」

思わず上を見上げる。込み上げてくる何かを必死に耐え、深呼吸する。

『借りは返すから』

──…………お前の中で……ちゃんと、返し終わってたんだな…………。

明確な拒絶。あそこまで嫌われているとは思わなかった。もしかしたら、と考えていた自分が浅はかだったみたいだ。

こんなに気分が沈んだのは生まれて初めてだ。
それは恐らく、記憶を失くすまでの自分をも含めて。言葉も出ない。

──…………こんなにも…………好きだったんだな……。

まるで自分の全てが否定されたかの様。全て自分の独り善がりだったみたいだ。今はもう、口から出る言葉も心の声も、聞く者は誰一人として…………いない。

目の前にいた少女が自分を拒絶した。それだけの事。しかし今の上条当麻にとって────。

  それが、全てだった。

410 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/23 22:00:40.08 AYqXrfdDO 204/455


「お姉様…………」

あれから大切な先輩は、ただひたすら泣き続け、ひたすらある少年の名前を叫び続けていた。

現在二人が住む部屋にて、泣き疲れたのか眠ってしまったようだ。
いつも憧れている先輩の、悲鳴とも取れるあそこまでの泣き顔など見た事がなかった。
まるで二度と這い上がれない地獄の底にまで沈んでしまったかの様で。まるで罪人が許しを請うかの如く、ごめんなさいとただひたすら泣き続けていた。

黒子が猿と罵るあの少年と、何かがあったのは明白だ。何があったのかは想像もつかない。ただこの先輩がここまで精神が乱れるほどのこの事態は、とてつもなく大きいものだと悟らされる。

同時に、それ以上に美琴のあの罵りの後でさえも、いや後だからこそどれだけあの少年の事を想っていたのかも思い知らされていた。

美琴があの少年を突き放したという状況は、黒子にとって喜ばしい事のはず。喜ばしい事のはずなのだが。

『当麻ぁ…………!ごめん…………ごめんなさい…………っ!当麻ぁ…………っ!』

あれだけの咆哮。あれだけの取り乱し。
黒子が憧れた先輩の姿では、なかった。

411 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/23 22:02:07.30 AYqXrfdDO 205/455


「御坂君…………!どこにいるんだ…………!」

 街灯が照らす暗い夜道、スポーツカーが重低音を響かせ走る。運転手の顔には焦りの色。
完全下校時刻も過ぎ、学生達の姿もほとんどない街で木山は車を走らせていた。

彼女の涙。動揺したと言う言葉では表現できないほどの取り乱し。放っておけるはずがない。

キキッ──────。

音を立てて赤信号の交差点の前で止まる。この時間でさえも惜しかった。
早く変われとばかりにハンドルを指で叩く。焦りは増すばかりだった。

「あれは……………」

すると交差点を俯いた様子で歩く少年の姿が目に映る。

「────────!!!」

その少年が誰か分かった瞬間、木山の目が大きく開かれた。
何故、何故彼がこんな所に。フラフラとしている様に見え、何処か様子がおかしかった。

「上条君!!」

停車している車もそのままに、飛び出す様に車を出た。

渡り切った歩道で、その声にハッとしたのか俯いた顔を上条は上げた。

「…………!?」

見た事もないほどの憂いを込めた顔。しかしそれは一瞬の事で、木山の顔を見た瞬間引き締めた様にいつもの顔を作る。

「あ、木山先生…………。すいません。外出しちまいました」

もうそこにいるのはいつもの上条の様。しかし先ほどの姿を木山は見逃してはいない。……だが。

「……送ろう。乗るんだ」

いつもの上条の様だが、やはり腕を引っ張り、車に乗せる際に足取りが違う事に気付いた。

412 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/23 22:03:23.43 AYqXrfdDO 206/455


「……………………」

「……………………」

沈黙が響く車内。聞こえるのはエンジン音だけ。彼の様子から察するに、何かがあったのは明らかだ。

しかし彼の身体が倒れるほどの事態ではない事を見て、取り敢えずはほっと一息胸を撫で下ろす。
美琴を探しに行くのは、彼をとにかく送り届けてからだ。

『全く君は!自分の身体がどうなってもいいのか!』

とは言えない。言いたいのだが、そういう空気でもない事と、彼は自身の身体に起きている事態をまだ知らないのだ。
しかしこの今の上条の状態の中、伝えるのは憚られる。木山の目から見て、心神耗弱の様な状態だ。こんな状態の今、伝えられるはずがない。

「………………先生は」

すると上条が口を開いた。彼の言葉に木山は神経をそれに集中させる。

「…………いや、何でもないです」

しかし自身の出し掛けた言葉を仕舞ってしまった。
何があったのか、と聞きたい。しかし出来ない。割れ物を扱うかの様な心境だった。
言いたい時に言えばいい。

「…………さっき」

「…………ああ」

「…………御坂に、会いました」

「!!」

しかしその言葉にハッと息を飲んだ。探していた彼女は、彼と会っていたのか。

「…………はは、俺何かしちまったみたいです」

自嘲する様な彼の声。どういう事だろうか。彼と彼女の間に、何があったのか。

「…………御坂、本当に俺の事嫌いだったみたいで」

罪を告白するかの様に途切れ途切れ話している。チラリと横を見ると、涙こそ出てはいなかったが。

「もう関わるな、近寄るな。 …………そう言われました」

木山には、泣いてる様にしか見えなかった。

413 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/23 22:04:35.26 AYqXrfdDO 207/455


 美琴の気持ちは伺える。彼の身を案じて、あえて突き放す。あれだけ彼の事を好いていた彼女だ、そう決めたのだろう。

しかし横に座るこの少年も、恐らく彼女が彼を愛しているのと同じくらい彼女の事を愛しているのだろう。

…………彼女は、それを知らない。気付いていない。

「ここでいいです。すいません、迷惑掛けました」

「お大事に。しっかり休むんだ」

「はい」

 車を降り、上条が住む学生寮の建物の中に入って行った彼の後ろ姿を見つめ、考える。

人の好意に気付かない彼は、恐らく最近まで自分の好意にも気付いてなかったのだろう。
しかしそれを自覚し、恐らく彼の中では彼女と共にいると言う希望があって。

彼女もそうだ。これからも鈍感な彼に振り回されながらも幸せに過ごしていくはずだった。
だが彼の身を心配して、愛しているが故に彼を突き放した。

何という因果。何という悲劇。お互いの気持ちは、今計り知れないほどの暗い闇に塗り潰されているのであろう。

「君の行動は正解だったのか…………? 御坂君…………」

誰も聞かない呟きは、冷たい風がさらって行った。

414 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/23 22:06:10.10 AYqXrfdDO 208/455


──…………っ。 ………………よし。

いつもと同じ様に振る舞う。やれば出来る事だ。余計な心配は掛けなくていいだろう。

 意を決して玄関を開ける。中からトテトテ走り寄ってくるインデックス。その顔は心配の色を浮かべている。

「ただいま」

「おかえりとうま。寒かった?」

よし、何とか振る舞える。インデックスも怪訝に思ってないだろう。

「みことは?」

「ああ。見つかったんだが、大切な用事があったらしい。もう時間が時間で今日は帰ったぞ」

「そっか」

残念そうに呟くインデックスを見て、上条は罪悪感を感じる。あの事は、言えない。

「それよりインデックス、お腹空いただろ?ご飯にしよう」

「私はお風呂のお湯沸かしてくるんだよ!」

トテトテと風呂場に向かうインデックスの後ろ姿に、聞こえない様にごめんと呟いた。

情けない自分に腹が立つ。
舞い上がっていた自分に腹が立つ。
希望を持っていた自分に腹が立つ。

考えれば相手はレベル5の、230万人の中の第三位。対して自分は底の無能力者。分かりきった事ではないか。
幻想殺しなどと言う訳の分からない右手があっただけで、あそこまで関われたのは奇跡の様なものなのだろうに。

今までの思い出は社交辞令の様なものだ。実力を持ちながら傲慢に振るう事ない、その優しさなのだろう。

──俺なんかじゃ、釣り合う訳がなかったんだよな。

玉葱が目にしみる。だが視界が滲むのは、恐らくそのせいだけではない。
後ろから風呂を沸かす作業が終わったのか、トテトテと歩く音が聞こえて必死に目を拭いた。

415 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/23 22:08:01.86 AYqXrfdDO 209/455


「終わったんだよ!早く作ってくれると嬉しいかも!」

「おう。もうちょっとで出来るぞ。箸とか並べといてくれるか?」

「分かったんだよ!」

いつもと変わらない様子のインデックスに、上条は何処か救われた様な気がして。

──…………ありがとな

感謝の言葉が、自然と心の中で出ていた。







「……………………」

箸を並べ終えたインデックスは、上条の背中をただじっと見つめている。その表情は、何処か憂いを込めた悲しげな表情だった。

416 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/23 22:09:06.61 AYqXrfdDO 210/455


 ある病院の一室で、並べられた資料に目を通している医者がいる。
その顔は彼の特徴的な朗らかなそれではなく、真剣そのもの。人から見れば怒っているのではないかと疑うほど。
彼は集中していた。

「………………」

無言の帳がこの場を支配しているが、彼の頭の中は騒がしいほど様々な『方法』『打開策』『治療』が交錯する。

ガチャ──────。

手に缶コーヒーを持った白髪の少年が入室して来た。
その少年はソファーで毛布にくるまれて眠る小さな女の子に視線を送り、自身も椅子に腰を掛けた。

「で、どォなンだ?」

自分の声で小さな女の子が起きぬよう、小さく呟く様に問い掛けた。彼も資料に目を通すが、自身よりも専門職の者に任せると言わんばかりにすぐに目を離した。とは言え、何度も熟読したのでもう見なくても分かる。

「…………ふむ、今のところは」

「………………」

大方その返答が返ってくるのであろうと予想していたらしく、特に返事をする事もなく缶コーヒーのプルタブを開けた。

「…………君は」

「なンだ?」

白衣を着た男は少し言いにくそうに言葉を止めた。その事を珍しく思い、白髪の少年は聞き返していた。

「僕が一度。敗北した事を知っているかい?」

「…………なンだ、それは」

彼の言葉に、少し驚いた様子が言葉に加えられる。
この医者が敗北…………それだけで十分驚愕に値する。それは一重に患者を助けられなかったと言っている意味なのだ。

417 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/23 22:10:29.64 AYqXrfdDO 211/455


その医者は、どんな患者のどんな症状も治してしまう。
かつて、自分も救われた。

脳に銃弾を撃ち込まれ、普通なら命も落としたであろうあの時。
奇跡的に死を回避したのだが、脳への損傷で自身の『演算能力』が二度と出来ない身体に見舞われたというのに。

この医者は、それされも治してしまったのだ。もっとも完全に、という訳でもないのだが、自身が『やってしまった』実験の被害者の少女達の力を借りてここまで復活させたのだ。

少年が珍しく、一目置いている存在。しかし今その医者が断言した『敗北』。その言葉の持つ意味は、大きい。

「もっともその患者を死なせてしまった訳ではないよ。結果的には」

「…………どォいう意味なンだよ」

彼の言いたい事は何なのだろうか。じれったく話す彼の特徴を分かっていながらも急かしてしまう。

「でも、確かに一度“死なせてしまった”んだよ」

「……………………」

何となく、何となくだが大体彼が一体誰の事を言っているのか、少年は察している。

「それでね、誓ったんだ。その患者が、彼が再び苦しむ状態になった時に」

「……………………」



「僕はもう、敗北しないってね」



「………………ふン」

少年は彼の顔を見た。いつもと変わらない顔、雰囲気。
しかし、決意を感じた。

「アイツはもう、手を付けられねェ状態じゃなかったのか?」

「一つ言っておこう」

「…………なンだ?」



「『治る』『治らない』ではなくて、『治す』んだ」


その医者の頭の中で、白髪の少年の顔を見た時。

「…………君に、力を貸してほしい」


   キーワードが揃っていた。

418 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/23 22:12:19.64 AYqXrfdDO 212/455


『ビリビリ言うな!』

『こら、逃げんなぁー!』

『なっ!何言い出すのよアンタは!///』


『そういうの、やめてよね…………迷惑だから』



「ハッ!!」

 上条は勢いよく身を起こした。まだ暗いがいつもの自分の部屋。

──夢、か…………

何だか息苦しい。真冬なのに、汗で服も濡れている。

「とうま…………?」

上条が眠っていたベッドの下で、同じ方向を向いて眠っていたインデックスも身を起こし、上条の方を心配そうに見ていた。

「あ、悪い…………起こしちまったか?」

「ううん、いいんだよ。それよりも大丈夫?魘されてたけど…………」

「…………ああ」

──魘されてたのか…………。

「大丈夫だ」

「そっか」

情けない。つくづく情けない。インデックスにもいつも心配させてしまっている。

419 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/23 22:13:31.24 AYqXrfdDO 213/455


──喉渇いちまったな。

 喉の乾きを潤す為、身を起こす。

「おっと」

足がもつれ、倒れそうになったが何とか踏み止まった。何故か少し視界が回る気がしたのだが、大丈夫だろう。

「…………ん」

冷たいお茶が心地いい。
ふと時刻を見ると午前3時だった。

──妙な時間に起きちまったな。あ、でも今日休みなんだっけ……。

三日学校へ行ってなかったのだが、週末に差し掛かってしまったようだった。
……来週はきっと補習地獄の一週間になるだろう。そんな予測を立てて少し気分が沈んだ。

「…………ん?どうした?インデックス」

ふとベッドへ戻ろうとすると、インデックスはいまだに身を起こしていて上条をずっと見ていたようで、暗い中でも目が合ったのが分かった。

「とうま今日は何か予定あるの?」

「いや、何もないぞ?どっか行きたかったか?」

最近はよく美琴と一緒にいたのでインデックスとはあまり出ていない。前はよく銭湯とか行ってたのだが、真冬の寒さの中で銭湯に行くのは少し躊躇われ自宅で済ましてしまっていた。
まあ何もないし、たまにはインデックスといるのもいいなと思いそんな返事をしたのだが。

「私今日はちょっと外行って来るね」

「? お、そうか」

インデックスはそう言うと、おやすみと言って再び布団の中に潜ってしまった。
そんなインデックスの様子に疑問符を浮かべながら上条も布団の中に入り、目を瞑った。

420 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/23 22:14:46.23 AYqXrfdDO 214/455


──当麻…………

土曜日の昼下がり、美琴はフラフラと街を彷徨う様にして歩いていた。どこに行くでもなく、誰に会うでもなく、ただ一人の名前を延々と呟きながら。

気付けば上条との思い出の場所を巡っている。
公園、ゲームセンター、デパート、レストランやその他にも、色々と。
まるでその思い出をなぞる様に、今隣に上条がいるかの様に。

「………………っ」

しかし今、隣には誰もいない。
ツンツン頭の気だるそうな顔も見えないし、彼の声も聞こえない。

──当麻ぁ…………っ。

防寒具では温もり切らない心を温めてくれる存在が、今は隣にいない。


いてはいけない。


彼は今何をしているのだろうか。何処にいるのだろうか。
会いたい。でも会えない。
どこの三流の流行歌か。そんな歌にも鼻で笑われそうな今の自分の心境。
あれでよかったはずだ。よかったはずなのに。

どうしてこんなにも、自分は泣いてしまっているのだろう。

気付けばあの公園、あの自販機の側にあるベンチ。あの時上条を介抱した場所で、ただ美琴は涙を流していた。

  その時。






『………………見つけたぜ』

あの時、自分を探し回ってくれた彼の姿と。


「………………探したんだよ、みこと」


銀髪の少女の姿が重なって見えた。

428 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/24 21:33:16.15 ZMOy06lDO 215/455


「イン、デックス…………」

「泣いてるの…………?」

涙を必死に堪えている美琴の様子がインデックスの目に飛び込む。
ハッとして、勢いよくゴシゴシと目元を拭くのだが、もうインデックスは見てしまっていた。

昨晩、上条が帰ってきてから彼の様子が変だった。妙にいつもと同じだと言わんばかりに振る舞っているのが、インデックスには分かっていた。

特に、自分が隣で泣く少女の名前を出す度にビクッと肩が揺れるのを、インデックスはしっかりと見ていたのだ。

「何か、あったの?」

何もなければ、彼女も泣いたりはしない。彼も落ち込んだりしない。

今までここで生活してきて、二人を見てきて目に焼き付けてきたから分かる。
この二人は強い。精神的に、きっと何かを乗り越えてきたのだろう。

「べ、別に何もないわよ!何でアンタがここにいるのよ」

だからそれから出る強がりも、分かっている。特に彼女は筋金入りだ。

「私?みことに会いに来たんだよ?」

でもだからと言って、黙ってられるはずがない。伝えたい事は、たくさんある。

「昨日、とうま泣いてたよ?」

「!!」

その瞬間、美琴の顔色が変わった。ビクッと肩は揺れ、頬に残る涙の跡もそのままに、インデックスを見つめる。

429 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/24 21:34:07.42 ZMOy06lDO 216/455


「何も話してくれなかったけど。何か、あったんだよね?」

もはや質問から確認に変わっていた。

「とうまの目。今朝、真っ赤に変わってた」

「それって…………」

そして上条の目。黒から赤に変わりつつあった濁った目は…………今朝、更に赤みを増していた。

うん、と頷きインデックスは返事をした。美琴の目に更に焦りの色が混じるのだが。

「…………っ、それが、何?」

「…………とうまってね、何があっても話してくれないんだよ。いっつも怪我しても、問題ない、大丈夫だって」

美琴の質問を意も介さずインデックスは続ける。

「多分ね、ううんきっと。何かを隠しているんだよ」

「………………」

「でもね、私に話さないのは。…………頼りないから、だと思うんだよ」

そんな事────言いかけては閉じる美琴の口。

430 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/24 21:35:00.18 ZMOy06lDO 217/455


 ここで一つ記さねばならない事がある。

「………………で?」

美琴の想いは強く、また一度決めたら彼女は曲げる事のない性格の持ち主だ。

「でもきっと、私に言えない事も。みことにいっぱい、いっぱい話してるんだと思うんだよ」

自嘲する様に呟くインデックスを見ても、美琴は曲げない。

「…………知らないわ、別に」

知らない。上条の事など、何も知らない。インデックスは話してくれると言ったが、上条は自分に何も言ってくれないと美琴は思っている。

毎回病院に運ばれる事態も、怪我をする理由も。何も、話してくれない。
それは確かに自分を心配させぬという心遣いなのは分かっている。分かっているのだが。

自分の知らない上条をこの少女は知っていて、自分に言えない様な出来事もあって。
上条にとって、自分など必要のない存在なんだと心の中で思ってしまう。
彼の前では超電磁砲ではなく、レベル5でもなく、一人の女の子でいたかった。

こんな力など、いらなかった。

しかし持ってしまった力は、捨てられない。
一人の女の子としても超電磁砲としても上条を守れない自分が恨めしい。

「とうまは、みことを信頼しているんだよ」

「………………っ」

何故そんな事を言う。この少女は私の何を知っていると言うのだ。
自分より近しい存在なのに。自分より傍にいれるのに。
自分より、彼に好かれているというのに。
それにあんな啖呵も切ってしまった。何なのだあれは。嫌われて当然の事をしてしまったのだ。それなのにこの少女は尚、彼の傍にいろと言うのか。

「だから何よッ!アイツの事なんかもう知らないわよッ!アンタが、アンタが支えてやればいいじゃない!」

醜い、ああ醜い。何という人間なのだろう自分は。

「はっ!前にアンタにね、アイツの事が好きなんてつい口走っちゃったけど、あんなの嘘よ!大嘘よ!あんな唐変木の朴念仁なんてね、いなくなっちゃえばい──────」



パシッ──────。



乾いた音が響き渡った。

431 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/24 21:36:35.64 ZMOy06lDO 218/455


一瞬何が起きたのか分からなかった。その音と、少し間があって感じた頬の痛みと。

目の前の涙を流した少女が振り切っていた手と。

ああ、自分はぶたれたのだなと理解するのに少し時間が掛かった。

「…………とうまは昨日、病院から帰って来たばかりだったのに……、それでもみことを探しに行ったんだよ…………?」

「………………っ」

「昨日だって最初は内緒にしてたけど、みことが来るってわかったら嬉しそうな顔してたんだよ…………?」

──アイツの身体の事、知らない癖に!

言ってしまいそうになった自分の口を強く閉めた。
それよりも、上条がそんなに自分の事を、と深く考えてしまう。

「昨日だって寝てる時、みことの名前を呼びながら魘されてたんだよ!?」

「!?」

「とうまの気持ち!考えた事あるの!?」

──そんな…………。

彼が自分の名を呼び続けていた…………?

やがてジンとし出した頬は、冬の寒さと相俟って余計に痛く感じた。

「みことのばか!!」

溢れ出した涙もそのままに、走り出してしまった銀髪の少女の背中を見るだけした出来ない。

──当麻の、気持ち…………。

彼女が発した言葉。彼の気持ち。

「…………分かんないわよ…………分かん、ない…………わよ…………」

自身の視界も滲んでくる。
銀髪の少女の掌は、自分のした事が間違いだったのではないか、とそう言っていた様な気がした。

432 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/24 21:38:31.31 ZMOy06lDO 219/455


「………………」

 壁に掛けてある時計がコチコチと音を立てて時刻を記している。その音が聞こえるほどこの部屋は静かだ。

何もする気が起きない。壁側に置かれたテレビもつける事なく、床に転がって天井を見上げている。

──何してんだろうな、俺は…………。

起きたのはいいが、食欲もなく顔も洗っていない。もう昼の時間帯だとは思う。外から射し込む陽の光が暖かく、部屋の中は暖房をつけるまでもなかった。

インデックスは早朝に言った通り、外出中で今はこの部屋に一人だ。

『そういうの、やめてよね…………』

目を瞑れば思い出されるあの拒絶。頭の中で繰り返されるあの言葉。

「迷惑だから、か…………」

暗に近付くな、関わるなというメタファー。そこまで嫌われていたのだ。

「…………嫌いなら嫌いだって言ってくれりゃよかったのによ……」

自分で呟いた言葉に嘲笑してしまう。もうどうする事も出来ないのだろう。

「何が…………あいつとその周りの世界を守るだよ。俺自身が違ったんじゃねーか」

美琴とその周りの世界を守る。あの時誓うようにして言い切った言葉は、もう効力を持たない。
彼女が自分を必要としないのなら、その役目も果たす意味はない。
彼女は強いから。蔑むほど憎む自分と関わりたくないから。影ながら守るとしても、彼女の心はまた傷付くから。

「本当は、嫌がってたんだな…………」

彼女が自分を介抱してくれた時も。
彼女の友人達が自分との関係を疑った時も。
涙を流させたくなくて、つい抱き締めてしまった事も。

「……………………」

全て、嫌悪感を感じさせてしまっていたのか。

433 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/24 21:39:51.48 ZMOy06lDO 220/455


──ったく、救いようのねえ馬鹿だな、俺は…………。


どうしようもない怒りを自分自身に抱いた時──────。





「……………………ぐっ!?」




例の激しい頭痛に突然襲われた。



「ぐっ…………が……!」

やがて身体も火照り出し、視界がグルグル回る。
あの気を失った検査の時以来だ。あの時と同等の頭痛────


  いや、それ以上だ。


「な、なん、だ…………!?」

突然上条の頭に聞こえてきた無数の声。老若男女問わない様々な声。

そして、見た事もない計算式が上条の頭を駆け巡る。記号ばかりの複雑な式。
しかしそれは浮かんではすぐに消え、浮かんではすぐに消えを繰り返す。

「ぐ、おお…………っ」

横になり、丸まるように身体を曲げ、両手で頭を抱える。

434 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/24 21:41:00.70 ZMOy06lDO 221/455


「まだ、か…………っ」

長い。いつになく長い。気を失うか失わないかの境目をなぞる様に意識が飛び掛けては戻る。吐く息も熱い。

「……ぐ、ぐああ!!」

バチッ!と言う音を立てて壁に掛かっていた時計が落ちた。気のせいだろうか。電撃の稲光の様なものが見えた。

「……………っ」

そしてようやく、症状は収まりを見せ始めた。

「……う……ぐ……」

段々と引いてくるその痛みと熱。頭の中の声も、もう届いては来ない。

──お……さまった、か…………?

抱えていた頭をようやく離す事が出来た。いまだ視界がボヤけているが、恐らく直に元に戻るだろう。

「…………俺の身体、どうなっちまうんだ……」

持ちこたえはしたが、さすがに今回は危なかった。

上条は再び天井を見る様に仰向けに転がる。
この言い様のない焦りは何だろうか。

──…………怖え、な……。

『恐怖』だ。
恐らく次にこの症状が出た時、自分は意識を失ってしまうだろう。
段々と強くなってきているこの症状。そして次は…………。

もしかしたら、意識を失ったまま起きる事はないのかもしれない。

何故かと言われれば答える事は出来ないが、自分の身体の事は自分で何となく分かってしまっている。

そこでふと、部屋に置いてある鏡が自分を映している事に気が付いた。

「────!?」

そこに気付いたのは自分の顔────いや、目だ。
赤くなりつつあった己の黒目が、更に赤みを増していて。赤黒いのではなく、純粋な『赤』にもはや近い。

「…………はは、人外の化け物にでもなっちまうのかな…………」

自身に響き渡った声がまるで自分を操ってしまうのではないかという予感。
いや、直感と言ってもいいのかもしれない。

「………………御坂」

会いたい。自分がどうにかなってしまう前に。

もう一度だけ、会いたい。

気が付くと、上条は身を起こしていた。

435 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/24 21:42:37.33 ZMOy06lDO 222/455


「……御坂さん?」

 インデックスが去った公園にて、茫然自失した様に俯く美琴に向けられて、少年の声がした。

「…………」

しかしそれに気付く事なく美琴はただ俯いていて、傍から見れば泣いている様にも見えてしまっている。

「御坂さん」

少年は少し語気を強めて改めてその名前を呼んだ。

「あ…………」

いや、泣いている様に見えるのではない。
実際、泣いていた。

「海原…………光貴…………」

美琴が呟いた少年の名、海原光貴。美琴が通っている常磐台中学の理事長の孫であり、美琴とも面識のある少年だ。
……しかし、もっとも目の前の彼はそれとは違う人物。扮装魔術を得意とし海原光貴に成り済まして、嘗て彼の属していた組織からの命で上条を消し去ろうとしたアステカの魔術師で。

魔術師──と言うのは知らないが、上条を殺そうとした憎い相手だった。

「…………何しに、来たのよ」

ベンチの隣に座り、美琴の顔を窺う様にして覗き込む。

「やっぱり、泣いてましたね」

「アンタには関係ないでしょ?」

海原はこれはまたキツい、と苦笑いして見せる。自身のやった事は確かに美琴に好かれる行動ではなかったから納得はしてはいるが。

436 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/24 21:43:58.26 ZMOy06lDO 223/455


海原は美琴に好意を寄せている。美琴もそれを知ってはいるが、どうにも好きになれない人種らしい。

「どうですか?最近、彼とは」

「………………」

「おや?うまくいってないのですか?」

「………………っ」

沈黙で返される返事。

彼──とは上条の事を差している。
海原にとって上条は、美琴とその周りの世界を守らせる約束をしたとは言え恋敵の様なものだ。

「困ったものですね、彼も…………」

「………………」

口も聞いてくれないのか、と肩をすくめたが少し踏み込む事にした。

「彼と、何かあったのでしょう?」

「………………っ」

そこで海原は確信する。
美琴の少し焦った様な、怯えた様な感情がごっちゃになって少し見開かれた目を見て、確信した。

「彼とは前に約束したんですがね」

「…………!」


約束────御坂美琴とその周りの世界を守る────


彼らが交わした約束を、美琴も知っている。

437 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/24 21:45:09.88 ZMOy06lDO 224/455


あの時は嬉しかった。
喜びに震えていた。
でも、守られるだけでは嫌だ。
あの時の感情が甦りそうになるが、それはやはり憂いで塗り潰される。



「彼がそれを破棄するというのなら、こちらも相応に行動させていただきます」



しかしその時動いた少年の行動で、美琴の思考は止まる。



「え…………?」







少年の顔が、美琴のそれに近付いてきていた。





438 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/24 21:46:15.32 ZMOy06lDO 225/455


 何処にいるのかも見当もつかない。だが走る。

「ハッ、ハッ…………」

息が簡単に切れてしまう。
先ほどの症状のせいか、身体がまだあまり動かなかった。

「外に、いてくれたら、いいん、だがな……」

寮内にいられたらお手上げだ。それに電話を掛けると言う手段は真っ先に捨てていた。
当然だ、自分からの電話など出るはずがなかろう。

「ハッ……ハッ……」

足が鈍い。身体が重い。でも、走る────。

 会って何になるというのだ。会ってどうなるというのだ。彼女の嫌悪感を掻き立てるだけではないのか。
また罵られたいのか。
蔑まれたいのか。

──はっ、とんだ性質の持ち主だな。

可笑しい。自分自身が可笑しかった。
自分の想いに気付かず今まで過ごしてきた。大切なものは傍にあったと言うのに、それに気付かずにいた。
そして彼女を知らずの内に傷付けていた。原因は分からない。しかし自分にあるというのは分かる。

もう罵られてもいい。
蔑まれたっていい。


ただ、『最後』に。一目会いたかった。元気な姿を見たかった。


「く………………」

一体どれくらい走ったのだろう。分からない。たった数百メートルなのか、数キロなのか。分からないが、たくさん走ったのだろう。

439 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/24 21:47:37.71 ZMOy06lDO 226/455


真冬なのに額を伝う汗。喉もカラカラだった。

「あそこは……………………」

自身が通う学校の通り道にある公園。それが目に入った瞬間、無意識で上条は足を踏み入れていた。



思えばこの公園でいつも彼女と会っていた。

勝負と言われ追い回され。
自販機にお金を飲み込まれ彼女に笑われ。
倒れた自分を介抱してくれ。

他にもこの公園での思い出はたくさんあった。
何故か、また会えるような気がした。

「…………ジュースでも、買うか」

御坂の好きな物はヤシの実サイダーだっけな、と思い浮かべてあの自販機に向かう。

「ん?あれは………………?」



途中、あのベンチが視界に入る。


440 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/24 21:48:27.88 ZMOy06lDO 227/455


ベンチに座っている二人組が視界に入る。



男女だろうか。



重なって見える。



接吻でも交わしているのだろうか。



「………………!?」



気付く。二人の内の女…………いや、少女が誰かに。







「み、さか……………………?」


441 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/24 21:49:08.94 ZMOy06lDO 228/455




栗色の髪の毛。少し幼い感じのダッフルコート。常磐台の制服のスカート。





間違い、なかった。





「………………そう、いう………………事か………………」





彼の世界は、音を立てて崩れていく──────。


458 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/25 18:02:09.10 a5JnTgtDO 229/455


 そうか。そういう事だったのか。

彼女が自分を拒んだ理由。
罵った理由。
蔑んだ理由。
自分に嫌悪感を抱いた理由。

全てのパズルがカチッとはまったみたいに照合した。

──…………そうか、そう、だよな……。

美琴には愛する恋人がいて。本来ならその相手と過ごすはずだったのに。
『借り』を返す為だけに自分に接してくれて。研究者に掛け合ってくれて。

この三日間束縛してしまった様なものだ。
好きでもない相手に料理を作らされ。
好きでもない相手に抱き締められ。
好きでもない相手に心配して憔悴する素振りを見せぬ様笑顔を作らされ。
好きでもない相手に涙さえ流させられて。

嫌悪感を催さない訳がないではないか。

「御坂………………!」

それに相手はあの海原だ。中身はあのアステカの魔術師だとしても、美琴を傷付けるという事はしないだろう。
何故なら海原も美琴に好意を寄せているから。相思相愛だろう。

顔立ちも整っている爽やかな少年。恐らく、頭もいいのだろう。

…………何だ、お似合いではないか。
無能力者で何の取り柄もない自分とは大違いで。

「………………っ」

美琴が幸せなら、それでいい。
会話こそ出来てはないが、顔こそ視界が滲んできて見えないが、恐らく幸せそうに笑っているのだろう。

自分が愛した少女が幸せなら、それだけで十分だ。

459 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/25 18:03:30.48 a5JnTgtDO 230/455


──守ってやれよ…………あいつとその周りの世界を…………。


「幸せ、にな………………」


そっと上条は静かに、踵を返し、走り出そうとしたが。


──あれ…………


目が霞む。


視界が揺れる。


身体が……熱い。


たくさんの、声が聞こえる…………。


──……………………御坂…………。


そこで上条の意識は、深い闇に落ちていく。

彼が最後に呟いたのは、彼女の名だった。

460 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/25 18:04:27.34 a5JnTgtDO 231/455


 咄嗟に瞑ってしまった目。
今自分の心を埋め尽くしているのは恐怖。
見えない視界の中でも近く感じる他人の体温。それは威圧感とも取れた。

「………………っ」

「………………」

「…………当麻……っ」

「!」

自身の無意識な呟きに、相手の息を飲む音が聞こえる。
美琴が感じた恐怖────唇を襲うであろう感触は、なかった。

「………………」

ふと自分から離れる気配。
それに気付き、美琴は目を開ける。
目の前の少年は、やれやれと言った表情で自分を見ていた。

「キスをされるとでも思いましたか?」

「…………っ」

思い切り目の前の少年を睨む。殺気の様なものも混ぜて、睨み付けた。

「御坂さんも目を瞑っていたので、いただこうと思っていたんですけどね」

何だこの少年は。何が言いたい。
沸々と沸き上がってくる怒り。後一歩で、大切なものを汚されそうになったというのに。奪われそうになったというのに。

「あそこで他の男の名前を、彼の名前を出されたらさすがに」

ね?と言う視線を自分に向ける。
その視線も、自分にとったら不快なものにしかならない。

それは一重に自分に対しても言える事であったが。

461 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/25 18:05:51.46 a5JnTgtDO 232/455


易々と受け入れてしまいそうになった自分にも怒りが沸き上がる。
恐怖からだからといって、あそこで目を瞑れば待っていると言っている様なものではないか。
自分の初めての相手は決めたはずなのだ。このいけ好かない男ではない。

 心を丸ごと温めてくれたあの少年、ただ一人。
この先どんな人に出会おうがそれは揺るがない。

そう、揺るがないのだ。





ふと、視線を彼から外す。この目の前の彼の顔など見たくなくて、自販機の方を見る。

「それにその彼、そこにいる様ですしね」







「……………………え?」

美琴の目に映ったのは、踵を返した少年の後ろ姿。

美琴の目は大きく見開かれた。

「なん、で………………………………」

信じられなかった。

何故。何故。



「………………当、麻……?」



何故彼が、今ここにいるのだろうか…………?


462 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/25 18:07:01.79 a5JnTgtDO 233/455


背を向けて走り出すツンツン頭。彼のいつもの私服のジャンバーに、学校に通う時と同じマフラー。

…………間違いない。確かに、彼だ。


   見ラレタ…………?


──………………もしかして…………見ら、れた…………?



先ほどの海原との出来事。
未遂だったとはいえ…………あれは接吻しているとしか、見えなかっただろう。



「幸せ、にな…………」



背中越しではあったが、風に乗ってほんの小さく聞こえてきたその声。
両手で口を押さえ、青ざめてしまう。

──違う!違う!違う違う違う違う!違うの!当麻!当麻ぁ!!

否定したかった。
しかし彼に見られたという恐怖からか声が出ない。
声を上げて、違うと叫びたい。誤解してほしくない。

しかし、あの時彼を拒絶したのは誰なんだ?
今更弁解したって、何になるのだ。

追い掛けそうになって、身体を止める。
葛藤が美琴の心の中で激しく争う。
彼の身体を思い、突き放す自分と。
嫌われたくない、自分と。

彼から告げられる「さよなら」同じ意味の言葉。

463 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/25 18:08:13.06 a5JnTgtDO 234/455


一体どうしたらいいと言うのだ。分からない。分からないが。

美琴の頭の中で上条との思い出が駆け巡る。

泣いて、笑って。
怒って、照れて。
守られて、介抱して。
抱き締めて、抱き締められて。

涙が溢れ出す。涙腺は渇きを知らず、次から次へと流れ出していた。



──…………やっぱり、私は…………!当麻と…………当麻と一緒にいたい…………!



 距離を離してさえすれば、話くらいは出来るのかも知れない。

自分の肩を掴んでいた海原の手を思い切り振り解き、離れていく彼の背中を追い掛けようとしたその時────。




彼の身が大きく揺れ──────



「…………当、麻……?」



そのまま横倒しになる様に、地面に崩れ落ちていった──────






「……当麻っ!!? 当麻ああぁぁっ!!!」



力の限り叫び、美琴は彼の元へと走った。

464 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/25 18:09:23.27 a5JnTgtDO 235/455


 彼が倒れていく様子がスローモーションの様に思えた。
ゆっくり倒れるその身体。
ドサッと言う音が美琴の耳に届いた瞬間、彼女は駆け出していた。

「当麻っ!?当麻!当麻ぁっ!!」

もう美琴の頭の中には距離の事などなかった。
彼の傍にいてはいけないと決めた自分など、とっくに消え失せていて。

「当麻!いやああぁぁ!!しっかりしてっ!!」

彼の身体を抱き上げ、仰向けにさせる様に後ろから支える。

「当麻っ!!当麻ぁっ!!」

息が浅い。
身体も熱い。
尋常ではない量の汗が彼の身体から出ていて、美琴のダッフルコートに染みを作っている。
そしてどれだけ呼び掛けても、彼は反応しない。

「当麻ぁっ…………!目を、開けてよぉ…………っ!!」

彼の身体を後ろから思い切り抱き締め、お互いの頬をくっつける様にしながら叫び続ける。

自分はこんな所で彼を失ってしまうのだろうか。
あれだけ彼を突き放しておいて、それでも自分を探してくれたというのに。
自分の身体の事など他所にしてまで来てくれていたというのに。

こんなにも優しく、愛しい彼に自分は何をしてしまっていたのか。
何をしてしまおうとしていたのか。

自分は、救いようのない馬鹿だ。
自分の気持ちに嘘を吐いてまで、何を守ろうとしていたのか。

「答え、てよぉ…………っ!」

嫌だ。
失いたくない。
自分を置いて、何処かに行ってほしくない。

「当麻ぁ………………っ!!」

貴方が、好きだから──────

465 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/25 18:10:55.55 a5JnTgtDO 236/455


 上条が集中治療室に運ばれてから、どれくらい時間が経ったのだろう。
ただ廊下で長椅子に座り、俯くようにして美琴は座っていた。

「………………」

隣で同じく両膝をキチンと揃え、頭にゴーグルを掛けた少女、御坂妹も治療室のドアを見つめていた。

二人の胸中は共に上条が助かる事を願っているだけ。
御坂妹も上条の身体については、現場に居合わせた打ち止めからの脳波リンクで把握していた。
もっとも、その後の美琴と上条に何があったのかは知らなかったが。

憔悴しきった自分のオリジナル、姉を見れば何かがあったのだろうと予測は立てれてしまう。

彼がこの病院に運ばれてきた時の慟哭。
担架に付き添い、彼の手を握りながらずっと名前を叫び続けていた。自身も共に治療室へ入ろうとする勢いだったのだが、救急車を手配した少年と自身のなだめで美琴は下がった。
あの時の姉はまるで、赤ん坊の様でそんな姉を見た事がなかった。

「……………………」

震えているようにギュッと握っている拳を見て、その上にそっと自身の手を乗せた。
その震えは御坂妹にも伝わり、どれだけ美琴の心が揺れているか分かる。

「お姉様…………」

そんな彼女を一人にさせておけなかった。

466 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/25 18:11:33.04 a5JnTgtDO 237/455


 また別室では、一方通行と打ち止め、そして木山の姿があり。
こちらも同じく彼が運ばれたという連絡を受けて集っていた。

「………………恐らくもう、時間はない」

木山が呟いた言葉に打ち止めの身体がビクッと揺れる。一方通行の服の裾をまた強くギュッと握っていた。

「………………」

時間がない。
それを指す事の意味は、冥土帰しが提示した手段が間に合わなくなる、という事だと一方通行は悟っている。
いや、自身もそれを知っている。知っているのだが、今の所は手の打ちようがない。

演算補助、ネットワーク、脳波リンク、シスターズ、代理演算システム────。

今の一方通行を支えるそのキーワード。チョーカー型デバイスを経由して彼の脳に演算能力を呼び起こすもの。

   冥土帰しが提示した手段とは、そこにあった。

しかし、それには冥土帰し本人が手を付けなければならない。
そして、彼にも持ちこたえてもらなわければならない。

「………………チッ」

自分でも無意識の内に舌打ちが出てしまう。一体どうすればいいのか思案するが、今はどうする事も出来ない。

一方通行がしようとしている行為は、贖罪というものに該当するのかもしれない。
しかし彼が犯した「罪」の償いが、それだとしても、彼にその気はサラサラない。

だが何故かは分からない。何故自分がそうするのかが。

「……………………」

分からないのだが、そうするという事だけが、彼の頭にあった。

475 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/25 23:57:57.52 a5JnTgtDO 238/455


 休日の街並みは喧騒に溢れ返っている。周りを見渡せど人、人、人。
休日を満喫しようと解放感に満ちている学生達の色んな姿がある中、一際目立つ異国の少女が涙を流したままトボトボと道を歩いていた。
そんな彼女を学生達は物珍しそうに眺めながらも、少女、インデックスは構わず時折涙を拭き歩いては涙を拭く、それを繰り返していた。

「…………エグッ……グスッ」

まるで約束を破られたかの様な、誓いを裏切られたかの様な心境。
あれだけ彼を好いていた彼女が何故、あんな言葉を吐いたのかは分からない。

彼女の様子から、それなりの理由はあったのかも知れない。
でも彼女は彼を傷付ける様な事はしないと思っていたのに。
お互い愛し合っている事を知っていたから、自分は身を引こうとしていたのに。

美琴は上条を愛していて、また上条も美琴を愛していて。
その気持ちは確かな筈なのに。本物の筈なのに。

「みことの、ばか…………」



「禁書目録!!」

しかし彼女の呟きは、一人の男によってかき消された。

その声にインデックスは顔を上げた。
金髪にグラサンをした男、土御門だという事に気付き、インデックスは返事を返そうとしたのだが。

「カミやんが…………病院に運ばれたらしい……!」

「え…………?」

焦っている様な彼から出された言葉に、インデックスの心臓は一瞬跳ねた。

476 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/25 23:59:06.47 a5JnTgtDO 239/455


「みこと………………」

その声が美琴の耳に届くと、美琴はハッと顔を上げた。

「………………っ」

インデックスの顔を見た瞬間、何故か再び涙が溢れそうになった。

「………………とうまは?」

「…………うん……」

そう言い、治療室のドアの方に視線を向ける。
言わなくても分かった様で、インデックスはそっか、と呟き美琴の左隣に座った。

「クールビューティも……」

美琴の右隣に座る御坂妹とも目を会わし、御坂妹は軽く会釈をする。


「インデックス…………ごめん……ごめん……ね…………」

「…………みこと?」

涙をポロポロ流しながら、美琴は何度も謝っていた。
自分が彼にした事。彼女にした事。
どちらも傷付けてしまっていた。
自分の気持ちを偽ってまで自分がしたかった事とは一体何だったのか、もはや分からなかった。
その自分の勝手な持論で、無意味な意地で傷付けてしまったと言うのに。


「ううん、いいんだよ」

どうしてこんなにも、彼も彼女も、自分によくしてくれるのだろう。

肩を優しく抱き締められ、包まれるような温かい感触が美琴を包んだ。

477 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/26 00:00:19.78 +As7ZGLDO 240/455


 気を利かせたのか、御坂妹は席を立っていた。

「ヒグッ…………ごめん……ごめんね……エグッ、インデックス…………当麻ぁ……グスッ……」

ただ静かな廊下に響き渡っているのは美琴の泣き声だけ。
包み込む様に、受け止める様に、まるで全てを赦してくれるかの様に。
自分の泣き声を一つ残らず救い上げてくれている様な気がした。

「…………いいんだよ」

その言葉が。その温かみが。
全てを慈しむ聖母の様な光に感じられて。

「…………人ってね」

「…………うん」

「許し合える力を持って生まれてるから、笑って暮らしていけるんだよ」

「…………うん、っ……」

「取り戻せないものなんて、きっとないんだよ」

「…………うんっ……ヒグッ」

「だから、とうまにも言ってあげなきゃ、だよ? とうまは、分かってくれるんだよ」

「うん…………エグッ……」

美琴の心の氷は、もう溶けきっていた。

  そして。

バタン──────。

扉が開いた。

478 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/26 00:01:34.20 +As7ZGLDO 241/455


「「!!」」

二人が息を飲む。中から出てきたのは……看護師数人と。

冥土帰し────。

「当麻は!?」

思わず立ち上がり、美琴は冥土帰しに詰め寄った。
インデックスも息を殺して冥土帰しの言葉を待つ。
この冥土帰しは今まで運ばれてきた上条がどんな状態でも難なく完治させてきた医者。

そんな医者の腕を期待して、二人は答えを待ったのだが。



「…………何とか、一命は」



「一、命は…………?」


しかし彼の口から発せられた重い雰囲気の言葉。

「どういう、事…………?」

「────…………すまない。僕は少し失礼するよ」

そして投げ掛けられた美琴の質問に答えようと、一瞬開きかけた口を閉じると冥土帰しは背を向け、歩き出してしまった。

呆然とした表情でその場に立ちすくむ美琴とインデックス。
最悪の結末が二人の脳裏をよぎっていた。

「当、麻…………」

無意識に口から出た愛する少年の名前。
もう彼からは自分を呼ぶ声は聞こえて来ないのか。
もう彼の笑った顔は見れないのか。
もう彼の傍にはいられないのか。
もう彼は…………

479 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/26 00:02:31.29 +As7ZGLDO 242/455


頭を抱える。
イヤだイヤだと首を振る。
胸が張り裂けそうになる。
倒れ込んでしまいそうになる。

ガタガタ震え出した身体をどうする事も出来ない。
気付けばインデックスも自分を抱き締める様に寄り添ってくれていたが、彼女も震えているのが分かった。

「でも、一つだけ言っておく」

踵を返した冥土帰しが振り向き、美琴とインデックスに視線を送る。
二人もお互いに震えを抑えながら耳を傾けた。



「必ず、助けるよ……彼を信じなさい」



それだけ言い切ると、冥土帰しは再び歩き出す。

必ず助ける…………医者として、絶対に吐けない言葉だった。
確証など何処にもない。不測の事態だっていくらでもある。
しかし、普通の医者になど出来ない事を平気でやってのけてしまう冥土帰しの約束。

やはり少しでも希望にすがりたい。

と、無理矢理自分を元気付けると冥土帰しの背中に頭を下げ、美琴とインデックスは治療室の中に入る事を決めた。

480 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/26 00:03:46.00 +As7ZGLDO 243/455


「………………」

「………………まだかな……ってミサカは……」

「…………もう少し待ちましょう……」

別室では、先ほどの三人に御坂妹を加えた四人が冥土帰しを待っていた。

木山はテーブルの上に置かれたプリントと、革で出来た輪っかに目を通していている。
その顔は、真剣そのものだ。
自身に宛てられた大役をしっかりと頭に叩き込み、イメージをトレースする。

はっきり言って、冥土帰しの提示した『手段』というものが訳が分からなかった。
自身の持つ経験と知識、常識はそんな事はあり得ないと告げていた。

しかし、一方通行を見る。
彼はその『手段』を乗っ取り失った演算能力を取り戻しているのだ。
それに、シスターズ。クローンの脳波リンクをあの様に使うなど、木山からしてみれば常識はずれの様なものだった。

しかし、常識はずれがどうした。

一人の人間を助ける為に、常識にとらわれて何も出来ずにオロオロする方が無益だろう。
それに一方通行という存在が、クローンという存在が、冥土帰しという医者の存在が常識とは並外れているのだから。

『手段』を注意深く確認する。恐らく美琴は、彼につきっきりでいるだろう。

この目で見た想い合う二人を、幸せにしてあげたい。
幸せにせねばなるまい。

481 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/26 00:05:24.02 +As7ZGLDO 244/455


『あいつらが幸せになってはいけない道理なんてどこにもないはずなんです』

──……それは君にも言える事なんだよ。

一方通行を、打ち止めを、御坂妹を見る。
皆思い思いの気持ちを胸に抱いているのだろう。
冥土帰しが提示した手段も、皆役割が違う。

しかし、皆同じ方向を向いている。
皆で、歩き出せばいい。
皆で、走り出せばいい。

皆で、支え合えばいいのだ。



ガチャ──────。

「待たせたね」

そして、役者は揃った。

482 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/26 00:06:17.38 +As7ZGLDO 245/455


 呼吸器を付け、腕にも色々な管が付けられている上条の姿が目に入る。

「…………っ! 当麻……!」

痛々しい彼の姿。目をキュッと閉じていて、動いている様子はない。
やはりこんな状態の彼が目に入ると、美琴の胸は軋むほど痛い。
彼の手をギュッと握り、上条の顔を見つめた。

「…………とうま……」

インデックスも上条の姿に目をやると、苦しそうに顔を歪めてトテトテと上条の傍に寄った。
インデックスも美琴と上条の手に自分の手も乗せて、彼の顔を見る。

「……………………」

「…………何も、聞かないの?」

ただじっとしているインデックスに美琴が呟いた。
しかし美琴の質問に、インデックスはフルフルと首を振って返答する。

「みことも…………辛いと思うから。私が心配しないように、してくれてたんでしょ…………?」

確かにそうだ。上条と二人、インデックスの為を思って内緒にすると決めていた。
インデックスも知りたい筈だろう。知りたい筈なのにそれでも人の心を思いやる事が出来るのか。

やっぱり、インデックスは強い────

美琴はその強さを羨ましがった。憧れの様なものも抱いた。
自分にはない強さをインデックスは持っていて。

「あの先生も言ったんだよ、必ず助けるって。だからとうまが治ったら、とっちめてやるんだよ」

そんな強い彼女だから、希望を持っているんだろう。
そしてそんな彼女に感化されて、自分も希望を抱き始めている。
でもだからと言って、後手に回る気もサラサラない。

「ふふ、その時は私が当麻を守るわ」

いや、だからこそ負けない。
この少女以上に、彼に見合う女になりたいから。

483 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/26 00:07:28.18 +As7ZGLDO 246/455


 病院の待合室では土御門、海原の二人の姿があった。

「……………………」

「……………………」

しかしお互い話す事もないのか、『グループ』の時の仕事以外で馴れ合う必要がないのか、お互い会話はなく沈黙が場を支配している。

一人は親友の為。
一人は自身が好意を寄せる少女の為。

お互いが何を考えているのかは知らないが、それぞれの意思を持ってこの場にいる。

「…………あなたは」

そこでふと海原が口を開く。土御門は視線を向けはしないものの耳を傾けた。

「あなたは、彼をどうするつもりなのですか」

その言葉の意味は親友としてなのか、本来の自分の本職の立ち位置としてなのか。
それは分かりはしないが。

「…………どっちにしたって、あいつは重要な存在だ。必要とあらば、お前とも戦うぞ」

言葉に威圧感を乗せての返答。
しかし海原は特に感慨深くなさそうにそうですかと呟いた。

上条は土御門の属する『必要悪の教会』からしても重要な存在だ。
幾多もの事件も、彼の手があって解決に導かれている。

もっとも、それ以上に上条は土御門の親友だ。
上条に危険が忍び寄るのなら、土御門はどんな手を使おうがそれを排除する気だ。

484 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/26 00:08:53.60 +As7ZGLDO 247/455


「そんな事を聞いてどうする」

疑いの色も含め、海原に問い掛けた。

「いえ…………御坂さんも、あなたも大分彼に熱を入れている様なので」

少し溜め息を吐き、肩をすくめる。彼の癖なのか、その仕草をよくしている様な気がした。

「お前には分からんだろうな」

「やれやれ、です」

言った所で分かる訳がない。いや、上条のよさは口では伝わらない。
そういうものなのだ。



ピリリ──────



すると突然、土御門の携帯が着信を告げた。
特に表情を変えず、電話を取り出して場所を移す。

「………………何?」

応対した土御門の目が少しだけ見開かれた。
そんな土御門の様子を後ろから眺めていた海原も表情を引き締めている。

「分かった。 ………………仕事だ」

土御門は海原に用件を伝えると再び携帯のボタンを操作し耳に当てた。

508 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 20:56:50.27 pV5t+oEDO 248/455


 街のある商店街にて、大勢の学生達がその場に集っていた。

「きゃー!可愛い!」

「何あれ、凄い!」

「どうやって動かしてんのかな……」

などなど、色々な歓声や感嘆とする声が上がっている。

「ね、ね、佐天さん!凄いですね!」

「こりゃぶったまげたよ……」

その人混みの中にいる少女二人、初春と佐天も周りと同じ様に驚きながらもキラキラと目を輝かせて目の前の物に目をやっていた。

そんな二人の前にあるのは大小、無数のぬいぐるみ達。
クマ、犬、猫、馬、豚、羊や他にもテレビで見る様なキャラクターのぬいぐるみも含めて、ざっと数えると百くらいはありそうなぬいぐるみ達。

それだけでは当然ここまで騒ぎ立てはしない。
そう、特にこの学園都市と言う街にいる以上、ほんの少し不思議な事が起きても皆驚かないのである。

しかしどういう事か、そんな学生達の度肝を抜いてるぬいぐるみ達とその持ち主。

持ち主はぬいぐるみ達の後ろにあぐらをかいて座っている、見るからに明らかな異国の男と女の二人組だった。
 その二人組も楽しそうにギャラリーとぬいぐるみ達に目をやっていて、その一挙一動に観衆が湧く。

それだけなら特に騒ぐものでもないだろう。
しかし何に騒いでいるのかと言うと。



   無数のぬいぐるみ達が、独りでに動いているからだった。


509 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 20:57:56.69 pV5t+oEDO 249/455


「面白かったですね!佐天さん」

「可愛かったね!あれでもどうやって動かしてたんだろ?」

見せ物を見終わり、街を歩きながら興奮気味に話す二人。
さすがに中学生の女の子だ、可愛いものには目がなかった様だった。

「電池とかじゃないんですかね?」

「あれが機械の動きに見えた?まんま動物の動きだったっぽい気が」

見た目は確かにぬいぐるみ。しかしその動きは完全に生きているものとしか見えない様な動きを見せていた。
ギャラリーもその動きに驚き、また感動して騒いでいた。

「ですねぇ……。イイコイイコとかしてあげたかったなー」

「私がしてあげるよ。ほらいいこいいこっ」

「私じゃないですーってやめて下さい!お花が散っちゃいます!」

ギャーギャー騒ぐ二人。
元気な女子中学生の姿だった。


「あノ、すみまセン」


するとそんな二人に後ろから女性の声が届いた。
少し片言だった日本語に二人が振り向くと。

「あっ!さっきの!」

先ほどのぬいぐるみショーをしていた二人組の内の女性が少し困った様な表情をして立っていた。
隣では男の方もいたが、視線を少しキョロキョロとさせている。

「さっきは凄かったですぅ!ってあれ、日本語分かるかな……」

「あ、どうしました?」

興奮してはしゃぐ初春を他所に冷静に返事を返す佐天。
まぁ佐天も日本語分かるのかなという不安はあったのだが。

510 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 20:59:10.79 pV5t+oEDO 250/455


「あ、ハイ。道が分からナイデス」

あ、日本語分かるんだ、と感心した佐天。
改めて見ると、日の光を浴び輝いている様な金髪に透き通る様な碧眼の女性で、綺麗な人だなーと言う印象を受けながら、道を教える事にした。
大きなボストンバッグに入りきらなく、顔をちょこんと出しているぬいぐるみを物欲しそうに見つめる初春は取り敢えず放っておく。

「この辺りで素晴らシイdoctorがいるhospitalがあると聞いたんですガ、どこにありますカ?」

「へっ?ホスピ……」

佐天の耳に聞き慣れない様な単語が届き、少し戸惑ってしまう。
しかしその単語の前のドクターと言う単語に気付いたのだが、違ってたらどうしようなんて返答に迷っていた。

「Oh……in Japanese……?「病院」oh!」

「あぁ、病院ですね」

隣の男が口を挟むように呟くと、ああやっぱり合ってたんだとホッと一息佐天は納得した様な表情を見せた。
素晴らしい医者がいる病院……やはり、あそこしかないだろう。
それを言うとその男はまたぶっきらぼうに口を閉じ、街並みに視線を送り始めてしまったが。

「えと、この道をこう行って……」

二人とも日本語うまいんだなーなんて思いながら、女性の手にしていた手書きで描かれた簡略化された地図と街並みを指差して教える。

「Thank you!」

道を知れたのが嬉しかったのか、女性は喜んだ様子で佐天の手を握り握手をする。
わっ、外人さんと握手してる、と佐天も少し興奮すると羨ましかったのか初春も外人に握手を求めたがそれは別にいいだろう。








「間違い無さそうだな」

「……ええ、そのようね」

二人と別れ、少し歩くと男が確認する様に呟くと口角をつり上げる。
それに女性も同じく歪んだ微笑みを見せると、返答しながら再び歩き出した。

その二人の会話は、片言ではない流暢な日本語であった。

511 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 21:00:42.92 pV5t+oEDO 251/455


「…………彼は……今どんな状態、なんだい?」

戻るや否や、首輪に自身が持ってきた小型の機械の様な物を付け始めた冥土帰しに木山が尋ねる。
少し言いにくそうにしていたのだが、やはり彼の容態が心配だ。

「今の内に手を尽くさないと…………彼は持たない」

「…………っ」

その言葉に御坂妹の顔が辛そうに歪む。
医者として絶大な信頼を寄せている彼からの言葉だから、一重に重い。
そしてその言葉は手遅れになると…………死だと言う事を意味していた。

「10032号……」

彼女が上位個体と呼ぶ打ち止めは、脳波リンクによる感覚共有にて、どれだけ彼女が上条の事を思っているのかは分かる。
自身が命を賭してまで助けてくれた一方通行に寄せる想いと、彼女が上条に寄せる想いは全く同じであった。
同じであるからこそ、彼女の気持ちは痛いほど分かる。
もしそうなるのが一方通行だったのなら……と考えるだけで打ち止めは震えてしまう。
だからこそ、『家族』である御坂妹と唯一の姉、美琴の為にも、助けてあげたい。

「この方法を取るにあたって確認しなきゃいけない事があるよ」

冥土帰しが打ち止めと御坂妹に視線を送った。

512 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 21:01:33.74 pV5t+oEDO 252/455


「分かっています」

「うん、ミサカも大丈夫だよ」

この方法を取れば、元々一方通行への演算補助にて下がっていた彼女達の能力が更に著しく低下してしまう事を冥土帰しは懸念していたのだが。

好意を寄せる相手の為。
生きるという道を示してくれたあの人の為。
御坂妹と打ち止めには、既に覚悟は出来ている。

「…………君も複雑だろうね」

そして、一方通行。彼の細かい心理は分からない。
しかし、酔狂でここにいるのではない事は分かっている。

「…………ふン、妹達が決めた事だ。俺がとやかく言う筋合いはねェだろォが」

そんな事は何でもないと言う風に言い切る一方通行に、冥土帰しは目を細めて再び首輪……チョーカーに手を掛けた。


シスターズの脳波リンクを用いて、彼の脳に侵入する脳波、演算式をシャットアウトするシステムをチョーカー型デバイスに組み込み、彼に装着させる。

それが上条に施す手段だった。

 それは奇しくも、今の一方通行を形成するチョーカー型デバイスを経由したシスターズの『代理演算システム』を真逆に応用するもの。


『演算代理解除システム』。


正に、光と影。
それぞれの正義を胸に刻み込む『救いし者』と『滅ぼし者』に、間に立つシスターズの力は必要不可欠だった。

513 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 21:02:36.81 pV5t+oEDO 253/455


「………………チッ」

土御門は舌打ちをしながら耳に当てた携帯を乱暴に閉じる。

「出ないのですか?」

土御門の電話の相手が応対しないと分かると、海原は少し驚いた様子を見せた。
『グループ』としての仕事は、属する彼らにとって重要事項であった。
雨が降ろうが槍が降ろうが雷が落ちようが、関係無しに与えられた任務は遂行する。
特に誰かが決めた訳でもないのだが、学園都市の『暗部』に属する者達にとって任務は絶対なのだ。破れば何が起きるかは想像に難くない。
電話先の相手はそれを知っている筈。しかし応対しないとなると学園都市を敵に回す事を決めたか、それ相応の事態が起きているかの二つだ。

「………………」

いや、前者の可能性はないであろう。
電話先の相手が常に一人なら考えられるが、その相手にも守るべき存在ができ、その存在の為に自ら『暗部』に身を置いたのだ。
もはやその彼にはそうする手段は真っ先に捨て去っている事を土御門は知っている。

なら、彼は今何処で何を。

「結標さんは後二十分ほど掛かるそうです」

「そうか」

だが土御門は考えを直した。

与えられた任務は特に大きそうな問題ではない。
たった『二人の侵入者』の偵察、そして動きを見せれば排除だ。

依頼元から詳しい情報は伝えられていない。
しかし別に学園都市最強の男がいなくとも、さほど支障をきたす任務でもないと判断した土御門は、集合場所へ向かう事にした。

514 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 21:04:34.28 pV5t+oEDO 254/455


「…………ねぇ」

 治療室にて、上条の手をただ握り続けている美琴が横に座るインデックスに声を掛ける。

「なに?」

同じく上条の顔をじっと見つめていたインデックスが、美琴に視線を移した。

「前に……言ってた事。あれ、どういう意味だったの?」

前……とはどの事を指すのか。
だが通常の人間なら首を傾げてしまいそうな質問も、完全記憶能力を持つインデックスは察する。
美琴が、何を聞きたいのかを。

インデックスが美琴を後押しする理由。
そして、上条の気持ち。

「………………」

「………………」

「…………それは」

「…………それは?」

「とうまから、聞くべきなんだよ」

「………………でも」

何故彼女は自分を後押ししようとしてくれているのか。
何故彼は、自分の身体の異変を押してまで自分の事を探しに来てくれたのか。

考える。
彼が、彼女がそんな行動に移っている理由を。
そしてその理由は、美琴にとって……喜ばしい事、だという事を期待してしまうのだ。

だからこそ、怖い。
だからこそ、しっかり確認したい。
はっきり口にしてもらった訳でもないのだから、もし違った時の落胆、恐怖は大きい。

「でも?」

「アンタは…………何で…………」

それに、この少女も彼の事が好きな筈だ。
そしてこれは憶測ではあるが、何故彼と自分が共にいる事を望んでいるのかだろうか。

515 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 21:05:25.96 pV5t+oEDO 255/455


違うと言うのなら違うとはっきり言ってほしかった。
もし違っても、自分が上条の事を諦められるかと言えばそうでもないのだが、美琴から見れば自分と共に彼に想いを寄せる彼女が一番上条に近い筈なのだ。

それなのに、何故。

「シスター、だから?」

「………………」

違う。そんなのは理由にならない。
常に自分に素直な彼女だからこそ、今まで見てきた中で上条の事を一番に念頭に置いているから。
どれだけの信仰心が彼女にあるのかは分からない。
しかしそれよりも、上条の事を大切に思っている節は感じられるのだ。

「…………私は」

「…………うん」

「とうまの事、大好きなんだよ」

「………………」

やっぱりそうではないか。
非難の意も込め、インデックスに目をやるのだが。

「…………でもね」

しかし彼女は…………慈しむような、温かくなるような、そんな表情を浮かべていた。

「とうまの事大好きなんだけど。 …………みことの事も大好きなんだよ?」

「………………!」

そう言い、美琴に微笑みかけるインデックス。
本当に身近な、自分が心を置ける存在に向ける笑みを浮かべていて。

「やっぱりとうまの気持ちはとうまに聞くべきなんだけど、とうまもみことも。 …………二人の気持ちを、尊重したいんだよ」

「イン、デックス…………」

美琴にもたれかかる様にして寄り添うインデックスに、美琴は再び目頭が熱くなるのを感じた。

自分なら、ここまで人の為に動く事が出来るのだろうか。
自分なら、ここまで強くなれるのだろうか。

気付けば、上条とインデックスの二人の手をギュッと握り締めていた。

516 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 21:06:25.57 pV5t+oEDO 256/455


「奴の様子はどうなんだ?」

「ええ、いまだに意識ないみたいね」

「ククク…………」

「幻想殺しがあの状態なら、仕事は簡単そうね」

 ある建物の屋上にて、二人の会話が響いている。
先ほど人通りの多い街並みで、ギャラリーを沸かした異国の二人組だ。
会話が進む毎に二人の顔は凶悪に歪んでいき、目の前の建物に視線を向ける。

「ククク…………!10万3000冊の魔導書さえ手に入れれば、世界は俺達の物だ……!」

「ふふ…………!ようやくチャンスが巡ってきたようね……!」

これから起こる事を予想すると、二人は興奮が止まらない。
男が手にしていた地図をくしゃっと握り締めると、女はおもむろにボストンバックのチャックを開ける。

中から取り出したのは、あの無数のぬいぐるみ達。

「さぁお前達!スペクタクルを見せてあげな!」

屋上からぬいぐるみ達をある建物に向けて放り投げると、ぬいぐるみ達はまるで意思を持った様に滑空していく。
その途中でそれらはまるで卵から孵る様に、ぬいぐるみの生地を裂いて変形していった。

517 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 21:07:23.99 pV5t+oEDO 257/455


「何あれ?」

「な、何だあれは……?」

「何か落ちてきてる?」

 病院の玄関辺りでは患者、見舞い客、医師、看護師などたくさんの人が出入りする。
一人の通行人が空から落ちてくる『何か』に気付き声を上げると、周りにいた大勢もそれを見て疑問の声を上げていた。

その落ちてくる『何か』は方向を転換し、唐突に形を変えていく。
そしてその方向とは……この建物。

「な、何か来る!」

「一体何なんだ!?」

「危ないっ!!」

「きゃああっ!?」

そして、それらは地面との衝突時の爆音を上げ、次々に着地していく。

物凄い衝突音と共に砂埃が辺りに充満し、たちまち視界を遮ってしまった。

「きゃあっ!! え!? 何!? 何なの───」

悲鳴と共に声を上げた女性客の声が──────途中で途切れた。

女性の顔を掴んだ『何か』は腕を振るい、まるでゴミを捨てるかの様に投げ飛ばす。
壁に激突した女性の意識は一瞬で吹き飛び、動かなくなった。

砂埃が晴れる。通行人達が目にしたのは────。




「うっ!」

「おええぇぇっ!!」

「ばっ……化け物だ……!」




  まるで生きたまま皮を剥いだ様なグロテスクな人や様々な動物の肉の塊、だった──────。

518 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 21:09:15.82 pV5t+oEDO 258/455


「来たかっ!?」

突然起きた爆音と悲鳴に土御門と海原に戦慄が走る。
待合室にいた人々もその音に驚き、そして怖れた様子だ。

ガシャーンッッ!!

「きゃああっ!?」

「うわっ、な、何だ!?」

病院の玄関の窓ガラスが吹き飛び、場にいた人々の悲鳴が木霊した。

「──────!!」

土御門と海原の目が大きく見開かれた。
扉を破り中へと侵入してきたそれらは。

「おい…………何だぜい……、あれは…………」

「あれは……一体……」

まるで学校の理科室で見た人体模型、解剖図形の様な『異形』達だった。

いや、模型の方がまだかわいい。

顔は識別出来ないほどグチャグチャで原型を留めてないものや、腕や脚が肥大化し皮を裂いて液体がダラダラと流れ出しているもの。
内蔵も飛び出ているものや、四足歩行の動物の形をしたものなどその数はざっと見て数十、いや百はあるだろう。
まるでB級のゾンビ映画に出てくる様なそれで、とてもこの世の物とは思えない禍々しさを放っている。

「ひいいぃぃぃぃっ!!」
「うわあああぁぁぁっ!!」

そのあまりもの恐ろしさと気味の悪さに悲鳴が周りから上がっていく。

「……ag……ne……b……nd…x…pr……」

「……in……br……hi……ima…n…rak……」

一歩一歩ゆっくりと歩き出し、こちらに向かってくるその異形達から発せられる聞き取れない声。
何を言っているのか分からない。

いや、分からなくともいいだろう。

519 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 21:10:32.84 pV5t+oEDO 259/455


「うわああぁっ、たっ助けてくれ!!」

「いや、来ないでえええぇぇっ!!」

「ここはヤバい! 全員下がれ!!」

その異形達を見る限り自我はなく、形振り構わず人々に襲い掛かるだろう。
余計な犠牲を出す前に場にいた人間達を下がらせる事が先決だと考えた土御門は、異形達の前に出た。
横では海原も戦闘体勢を取っている。

──クソ! こんなのが来るなんて聞いてねぇぞ!!

この異形達が侵入者の手先かどうかは分からない。
はたまた別の何かなのか。
相手がどんな手を使ってくるのか分からない以上、下手に動きは見せられない。

だが狙いは絞れている。

ここに来た以上、相手方の狙いは恐らく『幻想殺し』、『禁書目録』だろう。

ピンポイントに病院に攻めて来たのだろうか……向こうは上条があの状態という事を知っているのであろうか。

「クソッ、結標はまだか!?」

「恐らくもう少しかかると思われます! 一方通行がいない以上、苦しくなりそうですね」

だが今は考え事をしている時ではない。
とにかくこれ以上、異形達に侵入させる訳にはいかない。
しかしそれらに気を取られてばかりでもいけないのだ。
これらを陽動にして本丸に上条やインデックスに接触されたら一貫の終わりだ。
だがこの数の異形達相手に二人でも苦しい。せめて一人でも早く加勢に来てもらわねばならない。

──こんな事になるんだったらねーちん達を呼んでおくべきだったぜ!

しかしそんな時間など無かったのも事実。仕事の依頼を受け僅か数分ほどでここまで攻め込まれていたのだ。

「来るぞっ!!」

520 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 21:12:04.10 pV5t+oEDO 260/455


人型の異形の腕が伸びる。
それを横に跳ぶ事で回避し、廻し蹴りを浴びせた。

「グガアアアァァッッ!!」

咆哮を上げ、それはその後ろにいた異形達をも巻き込み後ろに吹き飛んだ。

土御門の本来の戦法は魔術を用いる。しかし彼の魔術には術式を必要とし、それを組んでいる暇はない。
横の海原も同じく魔術師で、彼も同じ様に術式を組む時間などなく己の体術で異形と戦っている。

「はッ!!」

犬型の異形が歯を剥き出しにして海原に飛び掛かると、海原はしゃがみ込み異形の腹に思い切り拳をブチ込んだ。

「ギャン゙ッッ!!」

「うへぇ……この皮膚は要りませんね……」

「チッ! こいつら効いてねぇのかよ!!」

薙ぎ倒した筈の異形が立ち上がるのを見て土御門は舌打ちを打つ。
渾身の蹴りを入れた筈の異形は、その部分が窪む変形をしながらも再び土御門に襲い掛かってくるのだ。
海原の吹き飛ばした犬型の異形も、すぐさま立ち上がりその歯を剥き出しにしていた。

後ろでは、大勢の患者や見舞い客達が恐怖に震え上がりながらもその戦いを見守っている。
異形一体でも通してはいけない。

「グガアアァァァッ!!」

雄叫びを上げて、土御門に噛み付かんと飛び掛かってきた人型の異形の首を、飛び蹴りでへし折った。

「グギギッ…………」

首があらぬ方向に曲がったままでも再び立ち上がる様子を見せた異形に、土御門の表情は焦りを見せる。

「キリがねぇ!」

そんな耐久力を備えた異形達は後何体いるのか。
結標が来るまで持ちこたえられるのか。

そう思ったその時─────!




「ジャッジメントですの!!」



異形達の後ろに姿を現した、『風紀委員』の腕章を腕に付け常磐台の制服に身を包んだ少女の声が響き渡った。

521 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 21:13:30.30 pV5t+oEDO 261/455


「何なんですの!? これは一体!」

吐き気さえ催してしまうこの異形達を目の前にして、見た事のないものにほんの少し引け目な黒子なのだが、まずは状況を把握しようとする彼女はさすがにジャッジメントだけの事はあった。

「超電磁砲の付き人の嬢ちゃんか!」

「貴方は……あの類人猿のご友人の!?」

「説明は後だ! とにかくこいつらをこれ以上中に入れる訳にはいかない!」

「白井さん! 気を付けて下さい!」

「う、海原光貴まで!?」

一先ず空間移動にて土御門の後ろに移動した黒子は、そこで海原の姿に気付き驚いた様な声を上げた。

「これは一体何なのですの!?」

「詳しくは分からん! だがこいつらはとにかく中に入ろうとしている!」

「白井さんはどうしてここに?」

「通報を受けたんですの!」

「世間話している暇はないぜい! 来るぞッ!」

黒子の前に二人立ちはだかる様にして土御門と海原は同時に蹴りを放つ。

「グブアァァッ!!」

「グゴオオォォッ!」

後方の異形達を巻き込み吹き飛ぶが、他の異形達がすぐに襲い掛かる。

「ガアアッッ!!」

「ぐおっ!」

異形の左右同時の攻撃に土御門は対処し切れず、真横に2メートルほど吹き飛んでしまった。

522 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 21:14:43.59 pV5t+oEDO 262/455


「土御門さん!」

「くっ……!」

そして黒子に近付く異形達。
見た事のない生物。見た事のない形に黒子の足は少しすくんでしまう。
仕方のない事だった。
いくらジャッジメントという厳しい環境に身を置こうが、相手は全て人間だ。
それが今は自分の想像もつかない様な見た目の怪物達を目の当たりにしている。
ジャッジメントと言えども、黒子は中学一年生の女の子だ。怖がるのは当たり前の事だった。

「くっ!」

海原も横目でそれを見たが、異形の相手をしているので彼も精一杯だ。

異形の手が黒子の首に伸びる──────!



「ジャッジメントをなめないで下さいませんこと」



「グッグガアアアアアッッッッ!!」

しかしそこで絶叫を上げたのは異形の方だった。
異形は痛みからか腕を振り回し、周りの異形を巻き込み倒れ込む。

その異形の伸ばした腕には…………鉄芯が埋め込まれていた。

「おお、嬢ちゃんさすがだぜい」

回復したのか、土御門は黒子の横に再び立ち体勢を整えた。

「咄嗟でやってしまったのですけど、良かったのでしょうか?」

激痛に暴れ回る異形を見て黒子は呟いた。

「奴らに自我はないんだにゃー。ボコスコ殴ってもすぐ立ち上がるからあれくらいがちょうどいいんだにゃー。拘束とか考えない方がよさそうだぜい」

「…………その様ですの」

調子が出てきたのか、気付けばいつもの口調に土御門は戻っていた。
黒子の攻撃は、生き物相手には良心が少し痛んだのだが、ああでもしなければ自分がやられていた。

523 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/28 21:15:50.74 pV5t+oEDO 263/455


「今度はこちらから行くんですの!!」

鉄芯を握り締め、異形に向けてそれを空間転移をさせようとしたのだが────。

「グ…………グバアアアァァァッッ!!」


  後ろの方にいた異形が、火を吐いた。

「なっ!」

ゴウッ!と音を立てて吐き出された火。
突然の炎に、黒子は対処出来ずにその場に立ち尽くしてしまう。

「危ねぇッ!」

「危ないっ!」

そんな黒子の盾になるべく土御門と海原が前に飛び出る──────!


「あ…………!」


二人が…………燃えてしまう!!



そう思った瞬間──────。



「ったく、今回こんな気持ち悪いのが相手なの?」



「え………………?」

黒子の目が大きく見開かれた。

    炎が綺麗さっぱり消えたのだ。

……いや、それは実際には消えたのではない。
吐いた筈の炎が『まるで移動したかの様に』異形の身体を包んでいたのだ。

「グギャアアアアッッッ!」

そして耳に届いた女の声。

「ようやく来たか…………結標」

異形達の後ろに更に姿を現したのは、空間移動系能力者の最高峰、『座標移動』の結標淡希だった。

「あつッ! 結標さん! 転移し切れてないです!」

「結標…………淡希…………!」

彼女を見た黒子の目は、次第に睨み付けるかの様に変わっていった。

536 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/29 23:21:25.83 DwohupyDO 264/455


「…………なンだ?」

「な、何の音……?」

 チョーカーと機械を繋げ、コンピューターを手繰っている冥土帰しを見守っている木山達の四人が部屋の外から届いた爆音に身構えた。

悲鳴、叫び声、怒声、衝撃音。恐らく、ただ事ではない。

「何かが戦ってる……音……?」

打ち止めがその音に怯えたか、震えながら呟いた。

「…………チッ」

打ち止めを部屋の真ん中辺りに下がらせる様に一方通行、御坂妹、木山は周りを囲み扉の先から聞こえる音に神経を集中させる。
一方通行が携帯を取り出し、ディスプレイを確認すると舌打ちをした。

──……仕事かよ、ンな時に。

着信ありの画面を見て発信元を確認すると、土御門と表示されている。
もちろん着信には気付いていたのだが、今はこの場を離れる訳にはいかなかった。

 チョーカーを上条に装着させる際、まずは彼を取り巻くAIM拡散力場を解析し、そして操作せねばならない。
それを怠れば、チョーカーを着けた所で今彼を圧迫している力が消え去らないのだ。
『ベクトル操作』と言う彼の持つ学園都市第一位の能力は、この方法には必要不可欠だった。

しかしこの騒音は一体何なのか。
『グループ』の仕事と関係のある事なのかも分からない。
とにかく打ち止めがいるこの場と上条のいる治療室は死守せねばならない。

537 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/29 23:23:12.25 DwohupyDO 265/455


すると御坂妹が打ち止めと一方通行の顔を確認し、口を開けた。

「ミサカが確認して来ます、とミサカは述べます」

「10032号!?」

「あの人への『演算代理解除』が始まるまではもう少し掛かるのでしょう。特に問題なければすぐに戻ります、とミサカは約束します」

驚いた様子の打ち止めにまるで姉が妹に安心させるかの様に、御坂妹は打ち止めに微笑みかけた。
横の一方通行も頭をポリポリ掻く様な仕草を見せ溜め息を吐いていた。

「その問題があった場合はどォすンだ?」

「あの人の為にミサカは戦います、とミサカは即答します」

「危険なのかも知れないんだぞ!?」

しかし木山の言う事ももっともだ。
演算代理解除の事もそうなのだが、彼女の能力はおおよそレベル2程度だ。
これだけの爆音、轟音が耳に届くほどの何かが起きているのだ。
彼女の能力では対処しきれな事態も十二分に考えられてしまう。

「…………それに」

御坂妹は扉の前に立ち、木山達に背を向けた。

538 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/29 23:24:24.57 DwohupyDO 266/455


「あの人に危険が近付くのなら、ミサカは尚更引けません」

「10032号…………」

「く…………」

御坂妹の見せた覚悟、想いに打ち止めと木山は何も言えなくなった。
今の彼女を止められるものは恐らく、無い。

「チッ、三分だ。三分経ったら絶対に戻って来い」

一方通行が舌打ち混じりに扉に手を掛けた御坂妹に言い放つ。
三分経ったら俺が行くぞと言わんばかりの言葉。
御坂妹もそのつもりだった。
恐らくその時間ほどで冥土帰しの準備も全て整うのであろう。

「心得ています」

そして扉を開け、御坂妹は外に出ていった。

「………………っ」

一人の想い人の為に少しでも危険を減らす為に行動を起こす御坂妹。
そんな彼女を見て、木山は改めてクローンなんかではない『人間』だという事を思い知らされた。

そう、その姿は木山が今まで関わってきた人間達や研究者達よりもずっと、よっぽど『人間』だったのだった。

539 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/29 23:26:45.36 DwohupyDO 267/455


「何か……あったのかしら……」

「何か、すごい音っぽいんだよ」

一方では上条を見舞っている二人の方にももちろんその音は届いていた。
治療室は雑菌や細菌から保護する為の分厚い壁で覆われている。
それはその理由だけではなく、外からの騒音や雑音にて治療の際に集中を切らされない様にする為、防音壁にもなっているのだ。
しかしその壁でさえも突き通してしまうその爆音に、美琴とインデックスはたじろいでいた。

 上条を見る。
意識はない様だが、口に付いている半透明の器具越しに確かに呼吸をしているのが分かる。

「当麻…………」

上条の事は心配だ。しかし外の様子も気になる。
何しろこの部屋にまで届くほどの騒がしさだ、何か大事でも起きているのだろう。

しかし考える。
外の騒ぎは確かに気になる。
だが自身が騒ぎに赴き、電気の能力を使うような事態だったとしたら。

病院内の電子機器に悪影響を及ぼす────つまり上条を繋ぐこの機器にも影響を及ぼしてしまうかも知れないのだ。

「………………」

それに。
繋いだこの手をもう二度と、離したくはない。



ギュ────。



「………………当麻?」

繋がれた手にほんの少し力が込められた気がして。

「…………うん。 何処にも…………行かない」

いまだに眠り続けている様な上条の手を更に強く握り返し、そう呟いた。

540 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/29 23:28:10.21 DwohupyDO 268/455


「で、何なの? こいつらは」

「今日の仕事だ」

 結標がまるで汚物を見ているかの様な表情で異形に目をやっていて、土御門も牽制しながらそれに答える。

「……………………」

黒子は何かを言いたそうに結標を見ていたのだが、さすがにこの状況はそればかりに気を取られている場合ではなく、すぐに異形に視線を戻した。

「一方通行はどうしたの?」

「繋がらなかった」

「珍しい事もあるのね」

結標が来た事により、戦況は大分変わる。
土御門の言葉の様子にも余裕が戻り、飄々と返していた。

「来ますよ!」

しかしやはりそんな暇は与えてくれない。
熊型の異形が海原に襲い掛かると、海原は何処からかナイフを取り出していて、異形の切り裂かんとする爪をかわし躊躇なく心臓部に刺し込んだ。

「グヲオオオオォォォォッッ!」

大量の鮮血を吹き出し、異形はその場に倒れ込んだ。

「どうやらここまでやれば倒れてくれる様ですね」

ナイフを抜き、付着した血を振り払う。

「随分乱暴な殺り方ね」

「仕方ないですよ」

海原の扱う魔術にもやはり幾つか条件がある。
発動させる事が出来れば、物であろうが生物であろうが文字通り『分解』させる事が出来るのだが、条件が厳しい上に制御も難しい。

541 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/29 23:29:41.82 DwohupyDO 269/455


もっとも、海原の戦い方はそれだけではないのだが、ここには無関係の人間達や黒子までいる。
なるべく学園都市にて穏便に暮らしたいと考えるアステカの魔術師は己の体術一つで立ち向かう事にしていた。

それは土御門も一緒なのだが、彼の場合は魔術を使用した際に自身に掛かる負荷が大きすぎる。
魔術を使えばその一回で戦闘不能という事態になりかねない。
しかしそんな魔術など使わなくとも、この異形相手には彼の強靭な肉体で十分渡り合えていた。

「…………色々聞きたい事もあるのですが、とにかく今はやるしかなさそうなんですの」

人間としての戦い方ではこの場は無意味だという事を悟った黒子も、物質を異形の体内にテレポートさせる事で難なく異形を退けれている。

「せいっ!!」

土御門が人型の異形の急所に拳を撃ち込んでいく。
人中、天突、水月、丹田。
並の人間ならその一つ一つに撃ち込むだけで卒倒なのだが、異形はその倍以上撃ち込まなければならない。
しかし土御門は、それを難なくほぼ一瞬でこなすと異形は崩れ落ちた。

「ガアアアァァァッッ!!」

異形の口から時折吐き出される炎を結標の座標移動が防ぐ。

「どんな怪獣なの?これ」

溜め息吐きながらも、11次元の座標の計算と言う難易度の相当高い演算をしていく。

「すごいですね、結標さん。やっぱりあなたがが一番レベル5に近いんじゃないですか?」

「簡単そうに言うけどかなりしんどいわ」

海原も異形の心臓にナイフを突き刺しながら称賛の声を上げる。

「………………」

黒子の心境は複雑だ。
殺し合った仲なのに、今は共闘している。
そして先ほどは、助けられた。助けられてしまった。

542 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/29 23:31:30.52 DwohupyDO 270/455


悔しかったのだ。
同じ空間移動系の能力者で、結標はそのトップ。
そして何よりも、『あの時』とは違い、結標が大きい存在の様に見えてしまっていた。

「グオオオォォォッ!!」

「くっ!」

噛み付かんと飛び掛かってきた異形を空間移動でかわし、自身の全体重を乗せた踵落としを頭に叩き込む。

「グゲッ!!」

一度では倒れなかった為、二撃目を追撃した所で異形は倒れ伏した。

「荒れてるな、嬢ちゃん」

横から掛かった声に耳を傾ける。
異形の顎に思い切り膝蹴りをかましていた土御門の声だった。

「………………」

「ま、心中お察しするがな」

そしてその土御門。
得体が知れなさすぎる。
黒子の持っている情報は、『上条の友人』ただそれだけ。

543 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/29 23:32:49.52 DwohupyDO 271/455


人間離れした格闘術、そして結標との交流。
海原を加えた三人がどんな関係なのかは分からないのだが、ただ者ではない事は先ほどの言葉で十分に把握した。
しかしそれだけだ。
ジャッジメントとしての直感か、海原や結標はもちろん、この土御門からも「裏」の匂いが漂っている。

「グオオオォォォッ!」

「はっ!」

鉄芯を撃ち込む。
だが今はとにかくこの場を収束させねばならない。
色々考えるのは後回しだ。
ジャッジメントとして、この場にいる民間人達に危害が及ばない様にする事が先決だった。










「…………何ですか、これはとさすがのミサカも理解しかねます」

待合室の騒ぎを確認しに来た御坂妹は、異形達、そして黒子と海原の姿を確認すると何か嫌な予感がよぎった様で、別室に戻る事を決めた。

550 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/30 22:51:07.48 gS5mDIZDO 272/455


「あら、入り口辺りから進んでないわね」

「チッ。能力者とやらがいやがったのか?」

 建物の屋上では、異国の男女がそこから見える病院の玄関口に視線を向けていて、舌打ちをもらした。

「ふふ、あのコ達苦戦している様ね」

その下では彼らが放った異形達がひしめき合っている。
病院の入り口に溜まっている様で中の様子まで伺えはしないが、進まない様子から何か不測の事態が起きている様なのだが。

彼らの顔色に、焦りは無かった。

「まぁこんな事も予想していたけどね」

「出すのか?『あいつ』を」

男が見ているのはもう一つのボストンバック。

チャックこそ閉めてはいたが────中から何かを主張するかの如く、動いている。

「まだね。その能力者ってのがあのコらと戦って、退けていると言う優越感に浸っている時にこのコを向かわせるわ」

女も口角を上げ、ボストンバックに目をやる。

「その時までせいぜい足掻きなって事か。性質悪いな、オマエ」

「味気ない『前菜』を与えればより深く味わえる筈だわ…………」

ボストンバックの外から手を置き、中の感触を楽しむ様に撫でる様に手を動かし。

「絶望と言う名の『メインディッシュ』をね…………!」

勝利と言う甘いデザートを目の前に、異国の男女は不気味に笑っていた。

551 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/30 22:52:56.31 gS5mDIZDO 273/455


「何、あれ…………」

「あァ?」

「どうしたんだい?」

虚空を見つめていた打ち止めが突然素っ頓狂な声を上げた。

「人が、戦ってる。 …………何かと」

「どォいう事だ?」

「……彼女との感覚共有か。戦闘が起きているのか? いや、何かとは…………?」

ネットワークを繋げ、御坂妹の視覚を共有して打ち止めの脳に届いた映像。
しかし打ち止めには『何か』を表す単語が見つからず言葉を詰まらせていた。

「あれは…………人、なの…………? ううん、動物……?」

「…………チッ。その問題とやらが起きてやがったか。妹はどォした?」

「あ、うん。すぐ戻ってくるってミサカはミサカは後三秒で10032号が到着するって予想してみたり」

「とりあえず無事でよかったよ」

何が起きていたのかは実際に見た御坂妹に聞かねばなるまい。
しかし打ち止めが発した言葉に一方通行は少し嫌な予感がよぎっていた。

──なンでまたいきなりンな所で戦闘が始まってやがンだ?

打ち止めの様子から、入院患者達のイザコザとかそういう類いのものではないと感じられた。
つまり、『戦闘』。
実際にあれだけの音が聞こえてきていたのだ、尋常ではない事態という事は予想していたのだが、打ち止めの言う『何か』は何処か予想以上の事を秘めている様に思ったのだった。

ガチャ────。

「予想だにしない事態でした、とミサカは宣言します」

ドアを開け、再び顔を出した御坂妹に視線が集中した。
御坂妹の様子は少し狼狽気味で、一方通行と木山にも緊張が走っていた。

552 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/30 22:54:38.27 gS5mDIZDO 274/455


「戦闘が起きていました。戦っていたのはお姉様のストーカー二人、金髪にサングラスを掛けた男性とサラシを巻いた女性です、とミサカは報告します」

それを聞いた時、一方通行は心の中で舌打ちを打った。
やはり、グループの面子が揃っていた。
つまりあの電話は仕事だった事を意味していた。
しかし美琴のストーカーが二人いたと説明され、首を捻る。

一人は分かる。あのアステカのよく分からない男だろう。
なら、もう一人は一体誰なのか。

「…………もしや、白井君、か?」

「そうです、とミサカは肯定します」

「…………誰だ?それは」
聞き慣れない名前に一方通行は顔をしかめた。

「ああ。彼女はジャッジメントの女の子でね。空間移動の使い手だ」

「お姉様を慕う特殊性癖の持ち主でもあります、とミサカは付け加えます」

それでもピンと来ないのか、首を捻ったままなのだがジャッジメントと言う言葉を聞いて一方通行は事態を把握した。
しかし、今はそれよりも重要事項がある。


「で、何と戦ってたと言うンだ?」

グループの仕事の相手だとしたら外からの侵入者、己の欲だけにとらわれた研究者、不穏な動きを見せる者────あの木原を含む者共どれをとっても見た目普通の『人間』だ。
暗部としての今まで通りの標的なら、属してはいないが御坂妹もそこまで狼狽する事はない筈だ。

553 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/30 22:55:54.50 gS5mDIZDO 275/455



「あれは…………化け物、と言うしかありません」


「化け、物…………?」

反芻する様に木山が呟いた。

「それしか表現する言葉が見当たりません。しかも…………およそ、数は百、以上でしょう」

「………………チッ」

面倒臭い事態になってきやがった、とばかりに舌打ちを打つ。
只でさえやっかいな事態に、更にややこしくされた様な重なる出来事に一方通行は内心舌を巻く。
問題はその化け物が何を狙ってここに来たのか、なのだがとにかく今は冥土帰しの準備が終わるのを待つしかない。

そして────。



「準備は整ったよ」



   刻は来たのだった。

554 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/30 22:56:52.30 gS5mDIZDO 276/455


「せいっ!!」

異形を土御門が殴り倒す。
倒れ伏した異形を見て、次の異形に飛び掛かる。

床に転がる異形の数はようやく数十くらいなものなのだが、まだ半数以上は残っている。

「はぁ…………はぁ…………っ!」

しかし土御門は疲労が溜まっていきていた。
並の攻撃は通用しない上、数も多い。

「はっ!」

隣の海原も懸命にナイフを振るい、確実に倒していくのだが彼にも疲労が伺える。

黒子も結標もかなりの数の空間移動を多用している為、只でさえ難しい演算に辟易している。

「こりゃ……終わらない、ぜい……!」

呟きながら喉頭隆起に拳を撃ち込み、異形を倒す。
しかしその言葉通り、まだかなりの数の異形が残っているのだ。

状況は、厳しい。

重火器でも使いたい気分なのだが、手元には無い。
しかもここには民間人達も多くいる為、使おうにも使えないのだ。

「もっと真面目に能力開発しとくべきだったぜい……!」

愚痴でも吐きたい状況だった。
その時、犬型の異形が飛び掛かった────!

「ぐあっ!」

疲労からか、足が上手く動かず腕に異形の歯が食い込んだ。

555 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/30 22:57:39.54 gS5mDIZDO 277/455


「土御門さん!?」

海原が叫ぶ。彼も手助けに向かおうとしたのだが、途中で異形の伸びた腕がそれを制止させる。

「くっ…………!」

それを何とか横にかわし首に一閃、頸動脈をかき斬った。

黒子も結標も自身に向かってくる異形への対処の為、土御門を援護する事は出来ない。

「調子に…………」

土御門が腕に力を溜める。
「乗るなッ!!」

いまだに噛み付いて離さない犬型の異形の腹にもう片方の拳をぶち込み、異形を引き離した。

「ギャンッ!!」

「大丈夫ですか!?」

自身の腕からダラダラ流れ出す血に、土御門は舌打ちをした。

「…………右腕がやられちまった」

深い所まで食い込んだ様だ。
痛みで力を込める事が出来なくなってしまっていた。

「ちょっと大丈夫なの!?」

ここで土御門が戦線離脱するとなると更に戦況はぐっと悪くなる。
やっと半分くらいになってきたのだが、結局は半分だ。
疲労が重なる毎にまだまだこれからもっと厳しくなるのだ。

556 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/30 22:58:24.57 gS5mDIZDO 278/455


「大丈夫だ、問題ない!」

それを分かっているからこそ、今ここで離脱する訳にはいかない。
利き腕一本の負傷というハンデは果てしなく大きいのだが、引けはしないのだ。

「しかし、その怪我では……」

横目で黒子が心配の表情を見せた。

「心配するな、嬢ちゃん。俺はやる時はやる男なんだぜい」

──…………カミやんなら、この状況でも諦めたりしないんだぜい。

恐らくいまだに眠り続けているだろう親友の姿を思い浮かべ、土御門は体勢を整えた。

今まで散々上条には助けられた。
悲しい結末を迎える筈だったインデックスの記憶。
ローマ正教に牙を剥かれたイギリス清教。
どれも過酷な状況の中で自身がどんな負傷を負おうが、上条は立ち上がった。

大切なものを守る為────土御門にも、それはある。

「気を引き締めろ、来るぞ!」









「ハーイ、大分威勢がいいのね」

突然この場に響いた声。
四人の視線が、姿を現した異国の女に集中した。

573 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/31 23:09:13.04 IErFwi6DO 279/455


「では、もう一度手順を説明するよ」

「はい」

「うん!」

「ああ」

「………………」

冥土帰しの言葉にそれぞれの返事をし、手順を確認する。

「まずは木山君だ。彼の脳波を確認してほしい」

「了解した」

「次に一方通行。君は彼のAIM拡散力場を解析して、操作してほしい」

「………………」

言葉を返さずに冥土帰しに視線で答える。
そんな彼の性格を分かっている冥土帰しは続ける。

「最後に君達だ。このチョーカーにはもう君達のネットワークに繋いであるから合図を出したら開始してほしい」

「はい、とミサカは返事をします」

「うん!ってミサカもミサカも頷いてみるっ」

微笑ましく思ったのか、彼女達に優しく冥土帰しは微笑むとすぐさま表情を戻し、席を立ち上がった。

「よし、行こう」

そして五人は、上条の眠る治療室へと向かった。

574 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/31 23:10:15.80 IErFwi6DO 280/455


「…………誰だ?」

土御門が冷たい視線を浴びせる。
目の前にいる女が現れた瞬間、異形の攻撃は止まっていた。
恐らく女は異形の仲間、いや、司令官といった所か。

「答える義務はないんだけどー……ま、いいか」

女は面倒臭そうに前髪を掻き分け、馬型の異形の背中を叩く。

「このコ達の親代わりみたいなものね」

「狙いは何だ?」

そんな事は知っていると言わんばかりに土御門は続ける。
痛む右腕を左手で押さえ、その額には脂汗が滲んでいた。

「あら、つれない男。あなたは知っているかしら? ネクロノミコン、エイボンの書、ナコト写本、イステの歌、断罪の書…………」

その言葉に黒子と結標の顔は怪訝な表情を浮かべるのだが、土御門と海原の二人の肩がビクッと揺れた。

「…………『禁書』、か」

「あら、あなた見た目よりも博識なのね。それを知っているって事は『こちら側』の人間なのかしら?」

土御門の答えに嬉しそうに女は笑みを浮かべた。
女が口に出したのは、どれも閲覧禁止とされた『魔導書』。
そのどれも一つ一つ、見るものが見れば発狂、精神崩壊してしまう程の異世界の法則が書かれた『毒』の書物だ。

──やはり『禁書目録』が狙いだったか。

そしてそのありとあらゆる書物を一字一句違わず、完全に保持している禁書目録──インデックス。

「ふふ、それともただの神話好きなのかしらね」

「あなたの狙いは分かりました。しかし、これは一体何なのですか?」

土御門と同じく事態を把握したのか、海原が口を挟んだ。
海原の表現した『これ』。
彼の視線の先には異形達の姿がひしめき合っている。

575 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/31 23:11:38.60 IErFwi6DO 281/455


「あなたはネクロノミコンの原典を持っているのですか?」

「あら、そこの可愛い男の子も色々知っているのね」

女は更に嬉しそうに一歩前に踏み出て、馬型の異形の顔を優しげに撫でた。
黒子と結標の二人は何を話しているのかは分からない。
ただ、その会話の行方を見つめていた。

「持ってないわ。このコ達はね、ちゃんと『生きてる』わ」

海原の口に出したネクロノミコン。
世間一般には架空のものとされているのだが、実際にインデックスの脳には刻み込まれている、死者蘇生の可能性をも持つ最大級の魔導書だ。
それだけに留まらず、様々な事象を引き起こすと言われるその魔導書なのだが、故に制御が困難であった。

しかしこの異形達はまるで屍に生命を吹き込んだかの様な姿だ。

「おや、予想が外れましたね」

残念です、と付け加えながらも戦闘体勢は崩していない。

「ふふ、このコ達はね? ……そちらの学園都市が生み出した様なものよ」

「…………どういう事だ?」

女の回りくどい言い方に、さっさと吐けと言わんばかりに土御門は眉間に皺を寄せた。
女はほくそ笑んでいて、さも楽しんでいるかの様に更に口を開いた。



「そっち、『実験』でやったんでしょ?」



「…………! な…………まさか…………!」

実験。
その言葉を聞き土御門の目が見開かれた。

576 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/31 23:13:41.41 IErFwi6DO 282/455


「どういう事なんですの!?」

痺れを切らしたか、黒子が叫ぶ。
必要とあらば、と拘束具を手にしていたのだが。




「そっちの第三位の超電磁砲ってコと同じよ。こっちは適当なDNAを拾って使っただけだけどね」



「クローン、か…………!」


「当たり!」



「え………………?」

ジャランと言う音を立て、拘束具は地面に落ちていた。

577 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/31 23:14:47.52 IErFwi6DO 283/455


「クローン…………?」

クローン。
遺伝子レベルでの同一の個体。
耳にした事はあっても日常生活の中で使われる事はほぼ無い。

一瞬何を言っているのかが分からなかった。
いや、ある一つの単語が黒子を混乱させてしまっていた。

「超電磁砲って…………お姉様、なんですの…………?」

クローンと美琴。
これが何を指しているのか。
黒子は完全能力進化実験も知らなければ、一方通行も知らない。美琴の妹達の事も知らなかったのだ。

海原はもちろん、結標も小耳に挟んだ程度でその事は知っていた。

「あら、オフレコだったのかしら。ま、そっちの事は知らないしね」

『表』側の人間なら知る由もない話だ。
女の口から告げられた事実に黒子はただ呆然としていた。

「そっちのある研究者とこっちは繋がっていてね。造り方を教わって『出来た』時は感激したわ」

「『出来た』?これが成功したとでも言うのか?」

土御門の視界には、自我のない異形の姿が映っている。
姿は人間、動物とは程遠い醜いもので、軽々しく言う女に沸々と怒りが湧いてきていた。

「ふふ、技術も設備も整わなくて。培養途中で無理やり引きずり出したからね。皮膚や肉の細胞も中途半端に形成されたままだけど、そっちの方があなた達も心が痛まないでしょ?」

学園都市の科学力は世界の中でも飛び抜けている。
他が真似しようが、なかなかにそれは困難を極める。
しかしその研究者とやらが中途半端に設備や技術を与え、その結果このクローン、異形達が産み出されてしまったのだ。

「…………最低ね」

結標も侮蔑の表情を女に向ける。
しかし女は全く気にしていない様子で、愉快だと言わんばかりに笑みを浮かべ続けた。

578 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/31 23:16:44.00 IErFwi6DO 284/455


「ま、プログラムもインストールしてあるし、私の命令には従順なの。使えれば問題ないわ」

「てめぇ…………」

生物を冒涜するかの様な台詞。
土御門は顔を歪ませ、女を思い切り睨み付けた。

「プログラム、とは?」

海原も冷静の様だが、その実、ナイフをギュッと握り締めている。


「『禁書目録』の奪取、及び────」

「………………!」

やはり、狙いは10万3000冊の魔導書だったか、と海原は気付くのだが。

「『幻想殺し』の始末よ」

海原の顔付きが変わった。

「…………『幻想殺し』を始末ですって?」

「あら、そんな怒った顔しちゃって。 あなた『幻想殺し』のお友達なのかしら」

女は海原から発せられた殺気に気付くが、特に構いもしない様子だ。
海原も女の言葉に笑った様に頬を緩めるものの、殺気を解きはしない。

「そんなんじゃありませんよ。少し彼とは、大事な約束を交わしただけです」

「へえ……」

約束────。
それは海原にとって、自身よりも大事な事。
好意を寄せる少女の幸せを願うが故に交わした約束だった。

「それに」

そしてその交わした相手も、只の相手なら許しはしない。
しかし、守る事に正義を抱えどんな状況でも諦めたりはしない男だからこそ。
そういう上条だからこそ。
美琴を託した筈だったのだ。

「あなた程度の人間が彼に勝てるとは思いません」

海原が言い切った瞬間、女の雰囲気が変わった。

579 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/31 23:18:00.81 IErFwi6DO 285/455


「ま、おしゃべりはここまでよ。見た所、半分くらいは倒してくれた様だけども」

そう言い、女は床に置いてあったボストンバックの側面の部分を、まるでスイッチを押すかのように人差し指で突いた。

「「「「………………!!」」」」

四人は息を飲み、構える。



「地獄を見るがいいわ!!」




すると突然『何か』がボストンバックをバラバラに引きちぎりながら、黒く巨大な姿に瞬く間に変わっていった。

580 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/31 23:18:57.91 IErFwi6DO 286/455


ガチャ────

「「!!」」

 治療室のドアが開き、美琴とインデックスはバッとその方に視線を向けた。

「入るよ」

「ゲコ太、先生…………? 木山先生も…………」

姿を現したのは冥土帰し、木山。

そして。

「妹に……打ち止め……? …………!!」

最後に入室してきた少年の姿に目が見開かれた。

「一方、通行…………!?」

「………………」

一方通行は美琴が驚くか怒りを露にするかの反応は予想していた様で、特に美琴を視界に入れてはいなかった。

「何しに、来たのよ…………!」

「あれ、この前ご飯食べさせてくれた人?」

「あァ? あン時のシスターか?」

「え?」

インデックスが一方通行の姿に気付くとそんな声を上げ、美琴はインデックスの顔を見た。

「なンでシスターがこンな所にいるンだ?」

「何でって、とうまのお見舞いに決まっているかも!」

「知り合いだったのかよ……」

「「ちょ、ちょっと待って!」」

二人の声が重なった。

581 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/31 23:20:06.09 IErFwi6DO 287/455


「「ん?」」

声を出したお互いの顔を見る。

「打ち止め?」

「お姉様?」

お互いポカンとしている表情をしていて、首を捻った。
二人の心境は違う。
美琴は一方通行と会っていたインデックスに対する心配。
打ち止めは一方通行とインデックスがどういう仲なのかという心配だった。

「インデックス、どういう事なのよ?」

「私がお腹減っていた時、ご飯食べさせてくれただけなんだよ」

急に振られたインデックスはキョトンとするが、一方通行と会った時の事を思い出して呟いた。

「「本当にそれだけなの!?」」

「うん、そうだけど」

「………………」

再びハモってそれぞれに問い詰める二人。
一方通行は別にどうでもよく、無言を貫いていた。

「さて、悪いけど」

冥土帰しが口を開くと、美琴はハッとなり姿勢を正した。

そうなのだ。
この五人がここに来たという事はただ来た訳ではなく、何か用があって来たに違いない。
しかし、どうしても一方通行がいる事に違和感を覚えてしまう。

いや、違和感だけではない。
焦燥感、危機感やら色々な感情が出てきてしまう。
いくら打ち止めや妹達、インデックスと仲良さそうな場面を見せ付けられても、一方通行は憎むべき仇。
美琴の頭にはどうしてもそれが先行してしまうのだ。

「…………御坂君」

木山が美琴を見ていた。
それに気付き、美琴も木山の方に視線を向けると、木山はそれ以上何も言わずに、ただ頷いただけだった。

582 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/31 23:20:56.62 IErFwi6DO 288/455


「………………」

それが何を示しているのか。
だが美琴には分かった様な気がしている。
一方通行も、危害を加える為にここに来ている訳ではない。
そもそもそれなら、この面子と共に姿を現す筈はないのだ。

つまり一方通行は、上条を助ける為に来ている────。

上条を見る。
苦しそうに少し顔を歪めているのが痛々しい。
出来る事なら、治してあげたい。
いや、どうしても治したい。
だから。

「今から『治療』を始める。悪いけど二人は、外で待っててくれるかな?」

「…………、はい、分かりました」

「…………分かったんだよ」

いまだに納得いかない部分はあるが、ここは冥土帰しに任せる事にした。

583 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/31 23:21:44.53 IErFwi6DO 289/455


「木山君。脳波はどうだね?」

「あの時と変わってはいない」

脳波グラフは歪な線を描いている。
あの時と一緒の、並の量ではない脳波だ。

「一方通行。AIM拡散力場の解析を」

「…………」

そして一方通行がチョーカーのスイッチを入れ、手をかざし上条を取り巻くAIM拡散力場を解析する。

「………………っ!」

やはり、予想はしていた。
レベル5級の能力の残滓が漂っている。
それも、一つなどではない。
様々な種類の能力が逆に一方通行を圧迫する。

「…………!」

一方通行の今までに解析した事のないベクトル。
目を瞑り、五感の全てを演算に集中させる。
汗が頬を伝った。

──……よし、解析完了だ。

一人の人間が包むには大きすぎる程の量の能力だ。
それを解析するという事はそれ相応の負担が一方通行にも掛かるのだが、やはり学園都市第一位だ。
順調にクリアしていったのだが。

「ぐ………………!?」

「「「一方通行!?」」」

そして、そのベクトルを操作し、彼から切り離す。
それは解析よりも、更なる負荷が掛かるのだ。
呻き声を上げた様な一方通行に、木山、御坂妹、打ち止めの三人が心配の色を込める。

「彼なら、出来る筈だよ」

しかし冥土帰しの一方通行を信じているという様な言葉に、一方通行に詰め寄ろうとした三人もグッと堪え視線で一方通行を援護する。

584 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/31 23:22:27.97 IErFwi6DO 290/455


──ンにゃろォ…………! とンでもねェ力だ……!

一方通行の頭では嘗てないほどの演算がなされている。
生半可なものではないその力に、一方通行も苦しそうに顔を歪めていた。

──だがよォ…………! 第一位を嘗めンじゃねェぜ…………!

しかし。
彼の孤高のプライド、そしてそれを実証する彼の能力が己を更に高みへと向かわせる。

──俺に不可能なンざ…………ねェ!!

そして上条から、能力を引き剥がしていった。

「…………完了、だ」

「よし! ではチョーカーを装着させるよ。演算代理解除の準備はいいかい?」

「うん!」

「はい!」

一方通行の役割の行方を見守っていた打ち止め、御坂妹は完了したのを見届けると、笑顔で返事をした。

585 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/01/31 23:23:46.40 IErFwi6DO 291/455


「あの白い人とみことって知り合いだったの?」

治療室の前の長椅子で美琴とインデックスが並んで座っていた。

「…………知り合いって言うか…………」

実験の事は中々口に出して言える事ではない。
美琴の中で一方通行はいまだあくまで敵でしかないのだ。

「あの人、悪そうな人には見えないんだけどな」

そんな美琴の心境が分かっていたのかは知らないが、インデックスはそう呟いた。

「………………」

それは、何となく────。

美琴も分かってきていた。
打ち止めと御坂妹とのやり取り、インデックスの言う一方通行の印象。

そして何よりも、一方通行の打ち止めを見る目。
まるで大切なものを見るかの様な彼の目は、悪などではないのだ。
前は聞きそびれた一方通行と打ち止めの間に起きた出来事。
それがどんな事かは美琴は知らないのだが、今こうして打ち止めと一方通行は共にいる。

「…………本当は悪くないのかもね」

「ご飯を食べさせてくれる人に悪い人はいないんだよ」

その事実と、隣に座るインデックス。
何故だろう、少し心が軽くなっている様な気がした。

…………そして。









「『治療』完了だ。もう大丈夫だよ」


「ホントっ!? よかったよ!」

「! …………よかった……! 本当に……! …………グスッ」

更なる希望の光が、未来を眩しく照らし出した様な気がした。

597 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/02/01 22:38:39.78 YlFjMlFDO 292/455


「「当麻(とうま)!」」

勢いよく治療室の扉が開き、二人の少女が再び姿を現した。

いまだに呼吸器は付けてはいるが、心なしか顔が楽になって、ただ眠っている様にも見えた。

「まだ寝ているんだ。騒いではいけない」

「あ、ごめんなさい…………」

元気良く入ってきた二人を見ると木山が騒がしくしていた事を咎めるのだが、そんな彼女もすぐに表情を緩ませていた。

「これは…………?」

美琴が上条の首に装着しているチョーカーに気が付くと、冥土帰しを見た。

「うん。これはね、シスターズのネットワークの力を使って彼の脳に侵入する脳波を遮断する為の物なんだ」

それを聞くと打ち止めと御坂妹の方を見た。

「もう演算代理解除始まってるよってミサカはミサカは説明してみたりっ」

「順調にいってますとミサカはある意味であの人の一部になれた事を喜びます」

誉めて誉めてと言わんばかりにその場でピョンと飛び跳ね、彼女の癖毛をピコピコ揺らしていた。
少し御坂妹の言い方に眉がつり上がったのだが。

「うん、始まってから脳波の量も減少してきている。そろそろ正常の数値に戻る所だよ」

木山もモニターを確認しながら続けた。ギザギザだった歪な曲線が今ではゆったりとした線になってきている。

「でも、根本的な部分が治った訳ではないからね。これから研究して治療法を探すよ」

そうだ。
木山の言葉通り、完全に治った訳ではない。
あくまでの一時しのぎなのだ。

598 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/02/01 22:39:53.30 YlFjMlFDO 293/455


「………………」

その事実が少しまた美琴の心に憂いを込めさせるのだが。

「……だが、すぐに見つけてみせるさ」

木山の力強い言葉に美琴も頷く。
彼を助けようとするのは一人だけではない。
皆で支え合っていけばいいのだ。

「あの人がいたから成功したんだよ!それにこの人に付けているのはあの人のと色違いなんだよってミサカはミサカは確認してみた……り…………ってあれ?」

打ち止めがそこで一方通行がいた場所に目を向けたのだが。

「セロリがいなくなりましたね、とミサカは報告します」

「あれ?さっきまでいた筈なのだが」

一同、突然にいなくなった一方通行に驚いていた様子だった。

「コーヒーでも飲みに行ったのかなってミサカはミサカは予想してみる」

美琴の手を握り、ぶんぶん振り回しながら打ち止めは楽しそうにしていた。

「…………後でお礼でも言っておかなくちゃね」

扉を見つめ、美琴は複雑な気分ながらもそう呟いていた。

「とうまー、早く起きるんだよ。起きたらたくさんご飯食べるんだよ」

「この人の分まで食べないで下さいね、とミサカは忠告します」

ふと上条の眠るベッドの方からそんな声がしたもんだからそっちの方に目を向けると。

「ちょ、アンタ逹!何してんのよ!!」

何故か上条のベッドの上に添い寝をする様な形で左右に寝そべるインデックスと御坂妹を見て美琴は叫ぶ。
木山は溜め息、冥土帰しは苦笑いを浮かべていた。

「そこは私の定位置なんだから! …………って私は何を言ってるのよ!///」

「わっ、お姉様過激な発言だってミサカはミサカはニヤニヤしちゃう」

ギャーギャー叫ぶ集団。
いつもの彼女逹の姿が戻ってきていた。










「………………!!」

上条のいた部屋を後にしていた一方通行は『戦闘』の起きている場所に向かったのだが、そこで見た光景に一方通行の目が見開いていた。

599 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/02/01 22:41:36.12 YlFjMlFDO 294/455


「さぁ……食事の時間よ!」

女がその言葉を吐いた瞬間、場の空気は騒然となった。

「何だよ…………あれ…………」

「うくっ…………!」

 土御門が信じられない光景を見ているかの様に呟き、黒子は吐きそうになる口を咄嗟に押さえた。
傍観していた民間人逹からも悲鳴や嘔吐している様な声が上がった。

「グガアアアッッッ!!」
「グワァァッッ!?」


ボストンバックを中から引き裂き、出てきたより一際大きな異形は、女の合図と共に仲間である筈の異形逹を──────喰らい始めていた。


「化け物以外の何者でもないわね…………」

結標も必死に吐き気を抑えている様子をその表情が語っていた。

正に阿鼻叫喚。地獄絵図もいいところだった。

「あら、何処がおかしいのかしらね? あなた逹も食べるでしょ? お肉くらい」

愉快に顔を歪め、女は嘲笑う。この光景をさも当たり前かと言う様な言葉だった。

大きな口を開け、獰猛な牙を剥き出しにする。
腕を引きちぎりむしゃぶりつく。
ほぼ一瞬の内に異形一体、一噛みで飲み込んでしまっていた。

「…………身体が……!?」

そして『食事』が進む度に肥大化していく異形の身体。
海原も驚き、そして嫌悪感を顕にしている。

「グガアアッッ!!」


そして一瞬の内に、数十匹いた異形を全て食い尽くしてしまった────。


「!! マズイ、来るぞ!」

そして食事が終わった瞬間、異形の視線はこちらを向く。

600 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/02/01 22:42:47.66 YlFjMlFDO 295/455


「結標!」

「あぐっ!?」

土御門が叫んだ瞬間、結標の身体は空を舞っていた。

「速いッ!?」

文字通り、一瞬だったのだ。
結標は壁に激突し、動かなくなる。

──喰われてしまう!?

あれだけの光景を見せ付けられて、そう予想した海原も異形に飛び掛かった。

「ヌガアッッ!!」

「ぐはっ!!」

しかし、飛び掛かってきた海原を裏を見ずに裏拳の様に腕を振るい殴り飛ばした。

「海原っ!」

「海原さん!」

土御門と黒子の叫び声がこだました。

「ヌグゥゥゥ?」

その声に反応するかの様に土御門に視線を向ける。

「ぐほっ!!」

来る!と体勢を整える前に異形の突進にて土御門の身体はまるで玩具の様に回転しながら飛んだ。

「あはははは!! どう!? 一味違うでしょう!?」

女の笑い声が響き渡る。

黒子の足は震えていた。
一瞬の内にあの三人がやられてしまったのだ。
仲間────とも言うべきか、今まで共闘していた傍から見ても相当な戦闘力を持っている三人が、一瞬だ。

「さすがのあなた逹もこのコの前では為す術無しみたいね!」

そして異形は、黒子の前に立ちはだかっていった。

601 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/02/01 22:44:20.41 YlFjMlFDO 296/455


 一方通行の目の前には、異国の女がいた。
周りには夥しい数の見た事のない生物の様なものの屍。
その中に土御門、海原、結標が地面に倒れ伏している光景が映っていた。

「…………うぐっ……」

そして女の横には、首根っこを掴まれている黒子の姿がある。

「…………チッ。何が起こってやがンだ?」

「あ…………一方、通行……か…………」

地面に倒れている土御門からかすれた様な声が届いた。その上では激突したのか、壁にヒビが入っている。
彼からも大量の出血が見られた。

「あら、あなたは」

女が一方通行の顔を確認するや否や、何かを思い出した様に呟いた。

「白髪に、赤い目…………もしかして第一位さんかしら?」

「あァン? 誰だテメェは?」

いつでもスイッチを入れれる様に、首のチョーカーに手を掛け臨戦態勢を取る。
目の前の女が何者かは知らないが、状況を見る限り十中八九、敵だ。

──チッ、残り五分くらいしか残ってねェか。

先ほど能力を行使したばかりだ。
電池も残り少なくなってきていた。

「もっとゴツい男かと思ったら全然違ったわね。イケメンじゃない。目付き悪いけど」

一方通行の容姿がイメージと反していた様で、驚いた表情を顔に貼り付けながらも笑っている。

「うっせェ。聞きたい事はンな事じゃねェ」

そんな女の言葉を投げ捨てる様に舌打ちを打つ。
苛立ちが沸き上がってくる様だった。

「テメェは誰だ。それとコイツらは何なンだ?」

「あなたもつれないわね」

ハァと溜め息を吐きながら前髪を掻き分ける仕草を見せた。
また説明しなきゃいけないの?とでも言いたい様な表情だ。

602 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/02/01 22:45:37.85 YlFjMlFDO 297/455


「ま、このコ逹はあなたにも縁のあるもの、とでも言っておこうかしらね」

「あァン?」

何言ってやがると言う目できつく睨み付けた。

「もう面倒臭いからいいわ。それよりもそこをどいてくれないかしら? もし邪魔をすると言うのなら」

女が一歩前に踏み出る。

「…………どォすンだ?」

「こうするわね」



「あぐっ…………ぐ…………!」



一際巨大な身体の異形に首根っこを掴まれていた黒子が呻き声を上げた。

「………………チッ」

あの少女が先ほど木山が言った白井という少女なのだろうか。

──チッ。ジャッジメントだが何だか知らねェが下手に首突っ込みやがって。

以前までの一方通行なら迷わず人質など切り捨てた。
しかし打ち止めと出会い、守るべきものというものが出来てから一方通行の気持ちも変わっていった。

 自身は一流の悪党だ。
『表』の人間を『裏』に巻き込もうとする三流以下のやり方には怒りが沸く。
ましてやその人質は自身が苦しめてしまった妹逹のオリジナル、美琴の親友とも聞いた。

──…………クソッタレ。

芽生えた優しさが甘えとも感じる事は少しはある。
しかし打ち止めと過ごしてきた生活。
それは陽の光を知らなかった一方通行を照らしてくれていた様でもあった。

603 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/02/01 22:46:55.00 YlFjMlFDO 298/455


それを知った一方通行だからこそ、守りたいものが出来た。
人の気持ちが少しは理解できる様になった。
元々は他人を下手に傷付けぬ様にあの実験を通しレベル6へと上がろうとしていた一方通行だ。
自身をどんなに蔑もうが、打ち止めから見ればヒーローの様なものだったのだった。

──さて、どォ出るか。

考える。
黒子を傷付けず、化け物を倒す方法を。
横を見る。
倒れている海原の手が、少し動く。


一方通行は、心の中でニヤリと笑った。


「と言う訳で、どいてくれないかしら? 早く幻想殺しを始末しておきたいの。放っておいても死ぬらしいんだけどね」

「あァ。その前に一個質問いいかァ?」

「何かしら?」

歩み出た女と黒子を掴んでいる異形を見て、一方通行は道を空ける様に横に歩いた。

「幻想殺しが無事だったらどォすンだ?」

「…………何ですって?」

ピクリ。
女と異形が歩みを止め、一方通行に視線を向けた。

「どういう意味?」

女の表情が一変したのが面白いのか、一方通行は顔に手を当てて笑った。

「クカカ! 言葉通りの意味だァ! で、どォすンだよ?」

「何が可笑しいッ!」

憤怒を表し、女の叫び声が響き渡った。
手を首元に下げ、指をチョーカーに掛ける。


604 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/02/01 22:48:58.44 YlFjMlFDO 299/455


「残念だったなァ」


「………………まさか!」


スイッチを入れる。


「三下は…………無事でしたってかァ!!」


そして、海原の手元に転がっていた『何か』を蹴り飛ばした。

 ベクトル操作。
運動量、熱量、光、電気量など、あらゆるベクトルを思い通りに操作する一方通行の能力。
上条との戦闘の際、工事現場の建築用の鉄骨でさえも任意に操作した彼だ。


『ナイフ』の運動エネルギーを操作する事など、造作もない。


「なっ!?」

「グヲオオオォォォッッ!!」


ナイフは放物線なのではない綺麗な直線を飛び、黒子を掴んでいた異形の腕を切り飛ばした。


ヒュン────!

そして一方通行は一瞬で異形と女の間に移動すると、黒子を蹴り飛ばす。
しかし黒子の身には、ベクトル操作で痛みも衝撃も何もなくソファーにふわっと下ろされた様な感覚だけだった。

「え…………っ?」

一方通行の両隣には女と片腕を無くした異形が隣接している様に立っているだけ。

「クカッ!クカカカカカカッッ!!」

女の驚愕の顔が相当愉快だったのか、一方通行は笑いを抑えきれない様子で笑っていた。

「なっ…………! そんな、まさか……!」

人間業では到底出来うる事ではない事を一瞬でやってのけた一方通行に女は言葉を失っていた。

「オマエさ」

「ウガアアアァァァッ!!」

痛みと怨みみたいなものからか、一方通行の倍以上はある大きさの異形から繰り出される引っ掻き。
しかしそれに対して一方通行は背を向け立ったままだ。

「嘗めてンじゃねェぞ」

605 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/02/01 22:50:17.26 YlFjMlFDO 300/455


「グガアアッッ!?」

一方通行に触れた瞬間、逆に吹き飛んだのは異形の方だった。
吹き飛んだ異形は壁に激突し、壁さえも崩して貫き瓦礫の中に埋もれた。

「そ、そんな…………私の、最高傑作、が…………」

それを見た女は知らずの内に膝を付いていた。









しかし、俯いた表情の女の顔を一方通行は見てはいなかった。

606 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/02/01 22:51:17.44 YlFjMlFDO 301/455


「さてとォ、コイツをどう料理してやりますかァ?」

座り込み、俯いている女を一方通行は上から見下ろしていた。
異形の方にも気を向けるが、動く気配は無い。

「爪でも剥いでやるかァ? それとも顔でも炙ってみるかァ?」

ニヤリと笑う一方通行。
彼は敵と判断した相手には必要以上に冷酷だった。

「お待ちになって下さいの!」

「あァ?」

女の頭でも踏んでやろうかと足を上げようとしたのだが、声が掛かり一方通行は動きを止めた。

見ると黒子が手に拘束具を持ち、立ち上がっていた。

「ご助勢、感謝ですの。そこの者はジャッジメントが拘束します!」

黒子はそう言うと一方通行と女の間に立ち、女の腕を腰まで回すと拘束具を付け始めた。

「………………チッ。そォかい」

一方通行はそれを見ると、詰まらさそうに舌打ちをしたのだが。
内心、あれだけの目にあったのに気丈に振る舞う黒子を感心したりもしていた。

「ジャッジメントの肝は座ってやがンな」

ふぅ、と一息吐いた一方通行は、ソファーに腰を掛け残り時間も僅かになってしまったチョーカーのスイッチを切った。

「聞きたい事があるんですの」

縄をしっかり持ち、携帯を取り出した黒子は電話を掛ける前に一方通行に視線を向ける。

「あなたは、一体…………?」

あれだけの力を持った異形を一方的に追い詰めた一方通行だ、黒子はそれが気になっていた。
レベル4の自分や結標よりも明らかに圧倒的な力を持っている男。
ただ者などではない雰囲気をも醸し出しているのだ。

「さァな?」

答えるのが面倒だと言わんばかりにそれだけ言うと一方通行は黙ってしまった。

607 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/02/01 22:53:00.69 YlFjMlFDO 302/455


「ですが…………」

「ンな事よりもそいつを連れてくか、ここにいる連中の手当てが先なンじゃねェのか?」

「…………そうですの」

しかし的を得すぎている一方通行の言葉に黒子は黙ってしまった。
携帯を操作し、アンチスキルに連絡を入れようとしたが。

「嬢ちゃん、待ってくれい」

何とか身を起こし、身体が痛むのを見ても分かる程ゆっくり立ち上がる土御門の姿があった。

「ご無事なんですの!?」

意識がある事に安堵したのか、土御門を見て黒子は声を上げた。

「ああ、何とかな。一方通行も、助かったぜ」

「………………ふン」

別にテメェを助けた訳じゃねェんだがな、とでも言う風な視線を土御門に向けるが、土御門は分かっていた様で気にはしていない。

「…………そこの女に聞きたい事がある」


「聞きたい事、とは……?」

いまだ俯いている様子の女に目を向け、黒子は反芻した。



「もう一人は何処だ?」



「もう、一人…………?」

「チッ。まだいやがンのか」

土御門の言葉に黒子と一方通行は反応した。
女は動かない。俯いたままだ。

608 : ◆LKuWwCMpeE - 2011/02/01 22:53:43.70 YlFjMlFDO 303/455


「お前逹は二人という情報は掴んでいるんだ。何処だ?」

低い冷たい声色にして尋問する様に問い質す。

 情報によれば、侵入者は二人の筈。しかし姿を現しているのはこの女一人だけだ。

「それって…………」



「ククク…………」

突然、女から笑い声が響いた。

「…………!?」

黒子は更に強く縄を縛り、一方通行は首元のチョーカーに再び手を掛けた。

「あはは!! 今頃どうしているかしらね!?」

「…………何?」

突然俯いていた顔を上げ、歪ませていた顔を見せた。
その顔は…………計画通り、と言わんばかりだった。

「よく二人いるって掴んだわね。まぁいいわ。どうする?」

「何がですのっ!?」

黒子も女の様子を怪訝に思いながら離さない様、注意深く縄を握り締めた。



「もう一人が、既に幻想殺しの元に向かっていたとしたら、よ!」



「何だと…………?」

一方通行の声が場に響いていた。


続き
上条「身体が……熱い」【後編】

記事をツイートする 記事をはてブする