1 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:37:35.82 EG40ecTM0 1/860

あるいは、トラック泊地再興記

長編予定。独自設定あり。地の文あり。
過去にエタったやつの再挑戦です。

元スレ
【艦これ】漣「ギャルゲー的展開ktkr!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1518277055/
【艦これ】漣「ギャルゲー的展開ktkr!」2周目
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1527957337/

2 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:38:00.16 EG40ecTM0 2/860


 喧噪が確かにあった。夏のそれではない、人工的なそれが。

 門の前のシュプレヒコールは止まらない。

 年端もいかない少女を戦地へ連れて行くな。人体実験反対。深海棲艦にも人権を。生物多様性の保護に努めろ。一般市民への安全確保が急務。よくもまぁ次から次へとお題目が出てくるものだと、辟易を通り越して関心すらしてしまう。

 俺は少しだけ開いていた磨りガラスを完全に締め切った。それだけで騒々しさはなりを潜め、ようやく手元の紙切れに視線を向けることができるようになる。

 呉を離れること。
 トラックに向かうこと。

 受け取った辞令には、ただそれだけが書かれていた。それが一般的な書式なのかどうかを俺は知らない。記憶を掘り起こせば所属決定の通達も、このような血の通っていない文章だった気もするので、公的書類とはかくあるものなのだろう。

3 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:38:38.69 EG40ecTM0 3/860


 俺に辞令を渡したのは事務方の偉いお役人。店先に立っている陶器のたぬきに張り出した腹が似ていたなぁ、とぼんやり思う。

 A4のコピー用紙が狸親父の手から俺の手に渡ったとき、確かにやつはほっとした表情を見せた。弛緩。心がゆるんだが故の、体のゆるみ。

 厄介者をようやく追い出すことができたと、張り詰めていたものが途切れたに違いない。
 色々なものを通り越して腹立たしさすら忘れかけてしまいそうだ。そもそもトラックは、冬の深海棲艦の襲撃で壊滅状態にあるのではなかったのか。

 窓際送りですらない島送り。死刑宣告にも等しい。
 となると俺が一気に士官へ特進したのも、殉職の先取りなのかもしれなかった。

 くそ。

 いっそのこと燃やしてしまおうかとも思うが、今更、だからなんだというのだ。俺に残された道はただ二つ、軍人として海の向こうへ渡るか、市民として遠い地でひっそり暮らすか。

4 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:39:19.95 EG40ecTM0 4/860


 それ以外の選択をする自由は依然として俺の手元にあるものの、生憎俺はマゾヒストではなかった。自由が必ずしも栄光とイコールではないのは、栄光が即ち自由とセットでないことからも明白だった。

 だから俺はこんなにも不自由を強いられている。 

「やってらんねぇな」

 苛立ち紛れに煙草を取り出すけれど、ライターをなんど擦っても火は起きない。ガスはまだ残っているのに。
 まるで紛れないどころか火に油すら注ぐ結果。自販機に据え付けられていたゴミ箱へと放り込む。

「ち、百円ライターなんて買うんじゃなかった」

「あー、捨てたらいけないんですよ?」

 ぽい捨てを見咎められる。振り返った先には小娘が立っていた。
 大きな瞳と桃色の髪の毛で、何が愉快なのか笑いながら、俺を品定めしている。彼我の身長差は頭一つぶん以上あるので、こちらを見上げる角度は随分ときつい。首を違えてしまわないかと心配になるくらいだ。

5 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:39:48.05 EG40ecTM0 5/860


 中学生くらいだろうか。妹も姪もいない身では、比較対象の不在により、年齢の同定は難しい。特に女は化粧で変わるから。

 セーラー服を着ていて、腹のあたりに……なんだろう。缶バッヂ? お洒落のつもりかもしれない。

 名も知らぬ少女、こいつがここにいるのが決して偶然ではないことを、俺は殆ど確信していた。海軍の敷地に子供が迷い込むことはない。そして、海防局の艦娘がらみの部署は、全て斜向かいの棟に集中している。

「……俺を逃がすつもりはないってことか」

 ため息すら出てくる。逃げるつもりなんてないが、それほどまでに徹底されていると知れば、悲しくもなろうというものだ。
 桃色の小娘はそんな俺を見て、やはり愉快そうにくつくつ笑った。

「心中お察ししますけれどね」

「そう思うなら見逃してくれないか」

 言ってみる。見逃されたとしてどこにいくのだ俺よ。

 少女は莞爾とした笑みを絶やさない。


6 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:40:16.31 EG40ecTM0 6/860


「まぁまぁそういわずに。短い間柄でしょうけど、これからよろしくお願いします。ご主人様!」

 桃色の小娘は――特型駆逐艦『漣』の名を持つ少女は、小さな体を目一杯に使ってお辞儀したのだった。

* * *


7 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:40:45.84 EG40ecTM0 7/860


 グアムはオフシーズンだと言うのに観光客でそれなりの賑わいを見せていた。英語の情報量よりも、中国語、韓国語、そして日本語のほうが多いのではないかと思わせるくらいに、あちらこちら俺でさえ読める文字が掲げられている。
 人の波から離れるかたちで寂れた港へ行くと、そこの看板はついに英語だけとなった。たどたどしい英語でトラック行きの船を尋ねる俺に、受付の職員はにやりと笑って流暢な日本語で応対してくれる。話を聞くに、どうやら日系二世らしかった。

「……船代すらでねぇのか」

 それなりの速度で船は進む。こっちの海は、日本近海とは違う。塩のにおいも粘り気も少ない。

「経費で落ちるとは思いますけどね。あとで申請したらどうですか、ご主人様」

「通るもんかよ」

「ま、お好きにどうぞ」


8 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:41:14.61 EG40ecTM0 8/860


 漣は潮風で乱れる髪の毛を抑えたり諦めたり忙しそうだった。ボリュームのあるツインテールがたびたび視界を遮っているらしく、ついに両手で握るという実力行使へ出る。
 落ち着きのなさはまさに子供だ。忙しないというより一秒一秒が楽しくて仕方がないと言った感じ。俺がとっくに過去へと置いてきた好奇心と満足感を、きっと漣はまだ心の中心に置けているのだろう。

「朝に港を出て、グアムに寄港、のちトラック諸島。移動時間は概算で15時間……こんなんじゃ体が鈍っちまう。
 なぁ、お前は艦娘なんだろ。もっとこう、ぱぱっといけないのか。俺をおぶって」

「航続距離って言葉、知ってます?」

「知ってるよ。でも、お前はハイテクの塊だ。違うか」

「オカルトの塊ですよ、ご主人様」

 漣は苦笑した。どこに笑う要素があるのかはわからなかった。もしかするとそれが彼女なりの社交なのかもしれない。


9 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:41:48.10 EG40ecTM0 9/860


「オカルト、ね」

 そんなことを言えば全てがオカルトだった。確かなものなど何一つこの世には存在せず、掬おうとした瞬間に零れていく水面の月と同じである。
 無常を嘆くのは長旅で疲れているからに違いない。幸い俺の独白は漣には届いていなかったようで、俺は何も言っていないふりをする。

 言葉はかき消されるくらいがちょうどいい。まだ俺たちの間柄は、その程度だと思ったから。
 だから、よく笑うこいつの笑みが、「どこ」「なに」由来のものかなんて、ちいともわかりゃあしないのだ。それこそが目下のところ、最大のオカルトですらありえた。

 甲板に出ている俺たちの髪の毛を潮風がかき混ぜていく。漣はまたもツインテールと格闘しだす。

「……」

「……」

 互いに無言。なんとなく、タイミングがずれてしまったような。


10 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:42:13.39 EG40ecTM0 10/860


「……なぁ」

「なんです? ご主人様」

「そのご主人様ってのはなんなんだ。俺ァ確かにお前の上司ではあるが、召使を雇った覚えはねぇよ」

 それもまた、オカルト。

「男の人はみぃんなこういうのが好きではないので?」

「それは一部のオタクだけだ」

「ご主人様はオタクではないのですか?」

―――このっ、血にまみれた卑しい戦争オタクが!

 駐屯地を取り囲む市民に投げつけられた、言葉と飲みかけのペットボトル。まさか、今更ながらに思い出すなんて。

 俺は戦争オタクではなかった。少女を戦争に連れ出す笛吹き男ではなかったし、奴隷商人のつもりもなかった。おどろおどろしい人体実験の事実はなかったし深海棲艦の人権なんてものも存在するはずがなかった。
 やつらには何が見えていたのだろう。


11 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:42:43.17 EG40ecTM0 11/860


「……ンなわけ、あるかい」

「……ふぅん」

 と漣はわかっているようなわかっていないような、とても曖昧な返事をして、

「ま、でも、漣は好きですから。アニメとか、ゲームとか、漫画とか。だからこれでいいんです。これがいいんです。
 勿論やめろと仰れば、そりゃ上官命令ですから、呼称を変えるのは吝かではありませんが? シレイカンサマ?」

「あぁあぁもういい。別に大した意味はねぇよ。勝手にしろ」

「ありがとうございます、ご主人様っ!」

 そうして、お辞儀。

 育ちの悪いようには見えない。言葉遣いはともかくとして、変に常識外れのところもない。中流家庭の子女が容易く軍属になる現代は狂っているに違いないが、そもそも深海棲艦というエイリアンが存在する時点で、多少の狂いは誤差だろう。
 いや、それでもやはり、年頃の娘を未知の怪物との最前線に繰り出すことをよしとする風潮、世論、構造がそもそも狂っているのかもしれない。


12 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:43:19.05 EG40ecTM0 12/860


 ハイテクとオカルトの相の子。到底理解のできない科学技術に、神道古来のまじないをよりどころにした存在。そんなものに頼らなければ、最早この国は国としての体を為し得ないのだ。
 ならばいっそと思えるほど俺は潔いつもりはなかった。そして、それは殆どの国民も同じ。
 誰しもが狂っている。生き延びるために躍起になっている。

 ……益体もないことだ。それはつまり、意味がない。意味がないことをする必要は、ない。

 死と隣り合わせのやくざな仕事。いつ死ぬかわからないのなら、どう生きたってかまいやしないだろう。故人の人生を規定するのは、今を生きている人間だ。そしてその規定は故人には届かない。
 海の底へと沈んでしまって、死体すら残らないのなら、猶更。

 煙草を吸おうとして胸ポケットを漁ったが、そこには普段あるはずのふくらみがなかった。と、そこでようやく、船内が禁煙であることを思い出す。搭乗時に漣に没収されてしまったのだ。

「だめですよ」

 かわいらしい笑顔でとんでもない残酷なことを言い放つ、俺の秘書艦。


13 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:44:04.95 EG40ecTM0 13/860


「暇なら暇で、やれることは沢山あります。やるべきことも、まぁ、ないわけじゃあないです」

 そう言って取り出したのは分厚いリングファイル。表紙、背表紙ともにでっかく赤いインクでマル秘と打たれているのは、見なかったことにしておこう。

「トラック泊地の現状です。さすがに手探りで一から、だなんて眩暈がしますしね。拝借してきました」

「物は言いようだな」

「あれ。ご主人様、いらなかったです?」

「何言ってんだ、よくやった」

「えへへー」

 漣はまた笑った。屈託なく笑う娘だ、と思った。

「こほん。では、ご説明します。漣たちがこれから着任します泊地は、深海棲艦による冬の襲撃を受け、大量の犠牲者、及び建造物の破壊に見舞われました。在任していた提督はその際に致命傷を受け、亡くなっています。
 その後も何度か深海棲艦は襲来し、そのたびに艦娘は自ら指揮をとり、これを邀撃。成功と失敗を繰り返し、現在散発的な戦闘は展開されていますが、大規模なものは起こっていません」


14 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:44:31.63 EG40ecTM0 14/860


「代わりの提督なりはこなかったのか。半年も無人なんておかしな話だぞ」

「えぇ、それなんですが……どうやら参謀本部はトラック諸島を見捨てる、もしくは既に壊滅状態にあり、深海棲艦の手の内にあると思っていたようなのです。しかしてその実態は、いまだ機能している前哨地。このちぐはぐが、今回の大本ですね」

 なるほど、俺もトラック諸島が壊滅状態にあると聞いていた人間の一人だ。
 となると、つまり。

「尻拭いか」

「えぇ尻拭いです」

 わかっていたことじゃあないですか、と漣が目で問うてくる。俺もいやいやながら頷いた。
 島流しという表現はまったく間違いではなかったのだ。

「……待てよ、漣」

「なんですか、ご主人様」

「提督は死んだ。本営は見捨てた。それでも泊地が機能している。艦娘の手で」

 戦いのにおいがした。


15 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:45:07.16 EG40ecTM0 15/860


 一瞬のうちに湧きあがってくる高揚を抑えたのは理性ではなく、俺の言葉に対する漣の返答だった。

「いいえ、違います」

「どういうことだ?」

「泊地は既に壊滅、機能していません」

「だが、さっき――」

「ご主人様、違います。違うんですよ。いいですか、心して聞いてくださいね。
 トラック諸島では、艦娘たちが、やりたい放題やっています」

 やりたい放題。
 やっている。

 その言葉の意味を理解するのはとても難しくて、俺は無意識のうちに、似合わないと自覚のある薄ら笑いを浮かべてしまっていた。

「大本営から外れて生きている、と言ったのですよ、ご主人様。
 艦娘としてではなく、一人の個人として、彼女らは今、トラックで生きています」

 日常と戦いが交じり合っていく中、指示を下すべき提督が死に、本営からも見捨てられ、本土と連絡はつかず……そんな状況の彼女たちは察するに余りある。
 死にたくないなら生きねばならない。もとよりそのために俺たちは戦っている。彼女たちも戦っている。そこにはなんの違いもありゃしない。
 そうなるのは、必然といえば必然だろう。



16 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:45:43.93 EG40ecTM0 16/860


 そして、そこを深海棲艦が襲う。

 定期的に発生する、深海棲艦の組織的な侵攻――イベント。東南アジア諸国に敵が狙いを定めているのは、最近の発生傾向から歴然としていた。
 トラック空襲で一度壊滅した泊地が、二度目を耐えられるとは到底思えない。恐らく、全員死ぬだろう。

 死ぬに違いない。

「……ふん」

「ご主人様、楽しそうな顔をしていますね」

「悪そうな顔の間違いじゃあなくてか」

「おんなじですよ?」

「うるせぇ、生まれつきだ」

 漣一人、いればいい。勿論そんなことを思ったことは一度もない。とはいえ、トラックにつけばついたでなんとかなるだろうと高をくくっていた部分も確かにあって。
 だが、果たしてどうだ。そもそも組織がないんじゃ話にもならない。


17 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/11 00:46:13.04 EG40ecTM0 17/860


「……まずは戦力集め、か」

「そうですね。生き残った艦娘たちを探して、コミュニケーションしましょう。そして、漣たちのお手伝いをしてもらうのです。
 ……はっ、これはもしや、ギャルゲー的展開かも!? キタコレ!」

「うるせぇ。とりあえず、トラックに連絡をとる手段を教えろ。窓口がなけりゃ話にならん」

「イエッサー、ですよご主人様!」


25 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/14 21:10:03.76 VjG80NM90 18/860


「……」

「ご主人様の目つきが悪いからですかね」

 冗談を言っている場合じゃない。いや、漣だってそれはわかっているだろうが。
 でなければ、互いに並んで大人しくホールドアップなどされていない。

 銛と猟銃を持った大人たち――殆ど全員が浅黒い肌をした中年男性。生命力に溢れるたくましさを見れば、第一次産業従事者なのはあきらか。
 手荒なお出迎えだ。殺意の有無くらいは俺にだってわかる。彼らが追剥でないのは確実で、ならばどうしてこんな目にあっているのかと考えれば、まず怪しまれているからに違いない。
 それとも、それ以上のことがあるか。


26 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/14 21:10:41.40 VjG80NM90 19/860


「――」
「――」
「――」

 男たちが何事かを喋っている。俺はチューク語など当然理解しない。

「……漣、わかるか?」

「えぇ。このまま漣たちを引っ張っていくかどうか話してます」

「本当か?」

 適当を喋っただけなのだが。

「艦娘をハイテクの塊と称したのはご主人様でしょう? 自動翻訳くらい艤装についてますよ」

「すげぇな」

「どうやら頼まれたらしいですね」

「頼まれたって、誰に」

 大方見当はついているけれど。

「そりゃまぁ……」

 漣は言葉を濁した。

 トラック泊地に残された艦娘たち。彼女らをおいて他にはおるまい。

27 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/14 21:12:20.94 VjG80NM90 20/860


 心のうちを推し量ることも、慮ることもできるとはいえ、自己満足も甚だしい。本土の人間が今更のこのことなにしにきたのだ。この手荒な歓迎はそういうこと。回れ右して本土へ逃げ帰れという意志表示。

 だからすごすごと引き下がっては仕事にならないのが難しいところだ。いや、俺自身は今すぐ小躍りして回れ右をしてもいいのだが、待ち受けているのは除隊だけだろう。それに漣にも悪い。
 俺とともに辺鄙なところへ飛ばされるくらいなのだから、漣、彼女もまた何かしでかしているに違いない。名誉回復のチャンスを俺の一存でふいにはできなかった。

「あー、あー、もうええよ、下がって。みんなありがとなー」

 拡声器で声を飛ばしながら、少し離れた地点より、ぽっくりをかぽんかぽん鳴らしながら近づいてくる人影があった。その人物の声に従って、俺たちを取り囲んでいた男衆はすんなりと引き下がる。

「んで、本土の人ら。手荒なまねして済まんかったね。ま、こっちにも色々理由があるからさ」

 朱色がまず目立った。そして茶色のツインテールも。
 背は割と高い。しかし、それはあくまでぽっくり――に似た艤装なのであるが――を穿いているからであって、その体躯は華奢。声だってかなり黄色い。


28 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/14 21:12:54.52 VjG80NM90 21/860




「軽空母、龍驤や。よろしゅうな」

 少女はそう言って笑った。




29 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/14 21:13:38.26 VjG80NM90 22/860


「……俺たちをどうするつもりだ」

「どうするって、なんや、とって喰われるとでも思ってるんか? そりゃちょっち、や、だいぶ誤解がひどいなぁ」

「いまさら何しにきたと聞かないのか。半年放置して、と怒らないのか」

「ん? きみらはサンドバッグになりにきたんか?」

 飄々と龍驤。その瞳は笑っているようで、笑っていない。
 暗い感情の炎が燻っている。

「……ご主人様」

 わかってる。いたずらに煽るようなことを言うつもりはない。

「いや、違う。俺たちは共闘しにきたんだ」

「共闘!」

 龍驤はさもおかしそうに――その実心底俺たちをばかにしたような口ぶりで、

「ほーう、共闘、共闘、共闘か。共闘ねぇ。共闘。くくっ」

 笑いをかみ殺したのは、言外に滲んでいる俺の言葉の意味を理解したからに違いない。


30 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/14 21:14:40.09 VjG80NM90 23/860


「なるほど、なるほどな。きみはあれや、うちらの境遇を慮ってくれるわけやな。ゴマすりに見える可能性をとっても、下手に出てきたわけか、ほほう」

 もし俺たちが、たとえばどっぷり大本営に与する人間だとして、そして完全に自らの目的のためにトラックへ来たならば、今のような単語の選び方はすまい。
 共闘。俺たちは目的こそ同じだけれど、全く別の存在であると、立ち位置であると、組織であると、そう表現している。彼女らを従わせにきたわけではないのだと。使い捨てにきてはいないのだと。

「けどあかんな」

 ずい、と龍驤は俺のそばまでやってきて、見上げるように睨み付けてくる。

「うちらはあんたらと共闘なんてせぇへん。
 あんたらがうちらの腰ぎんちゃくになる。それだけや。こっちが譲歩するようなことは一切あらへん」


31 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/14 21:15:47.68 VjG80NM90 24/860


「……龍驤さんたちは、やっぱり今も深海棲艦と戦い続けているのですか?」

 問うたのは漣だ。受けた龍驤は吐き捨てるように息を出す。嘲ったのはこちらか、自らか。

「大好きだった上司殺されて、仲間殺されて、そうしない理由があるか? ん?
 それとも誤解してるんか。最早ウチらはただの私怨で動いとるっちゅうことが理解できんのか?」

 漣は船の上で言った。トラック泊地の艦娘たちは、やりたい放題やっていると。
 生きたいように生きていると。

 感情と行動原理が直結していると。

 だから、

「実際のとこ、あんたらも敵やで」

 そう。俺たちも怨敵。


32 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/14 21:18:54.51 VjG80NM90 25/860


 見捨てられなければ助かった命もあっただろう。苦しまずに済んだことも多かったろう。国のために命を懸けて戦い続け、その挙句の仕打ちがこれでは、骨の髄まで恨みに漬かっても不思議ではない。

 そして、「ウチら」。想定の範囲内ではあるが、やはり、トラックの艦娘はばらばらではない。
 やりたいようにやってはいるが、決して独りで生きているわけではない。

「それでもあんたらは殺さん。殺すわけにはいかん。ウチらは国を信じんよ。ただ、あんたらが利用できるうちは利用することに決めたんや。
 でなきゃ、みぃんな死んでまう。ウチも生き伸びれるかどうかわからん。トラック空襲。そうやろ。だからあんたらがやって来た。違うか?」

 違わない。龍驤の推察は的中していて、けれど、当然そんなことを彼女が知るはずはないのだ。 
 海軍の中では上層部しか知ることのない「イベント」という概念。嘗ての大戦と酷似した軍勢、作戦海域。それらをさして、深海棲艦は化け物ではなく幽霊なのだと嘯くやからだって少なからずいる。
 情報が漏れている? だとすればどこからだ?


33 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/14 21:21:41.59 VjG80NM90 26/860


「……」

「そんな険しい顔せんでもええよ。おぉ怖ァ、まるで獣やね」

「……」

「別にスパイがおるわけやない。大したことじゃないよ。ただ、ちょっち史実に詳しいやつがおってな。経験と理論構築、からの予測ってやつやね」

「……」

「ついでに言ってやろうか。大本営は恐れとるんとちゃうか。夏で辛勝、秋で快勝……それからの敗北。本来負けていたはずの歴史を、ひっくり返しつつあったのに。それなのに」

 龍驤の身振り手振りは大袈裟で、本心は見えない。

「だからこそ。だからこそ、や。それをおじゃんにするわけにはいかんってな。
 折角史実を翻し続けて、やっとこ歴史のレールから逸れてきたのに、ここでまたもとのレールに乗っかるわけにはいかん。そうなったらおしまいや。待っているのは敗北だけ……昔のように」

「ど」

 れだけ知っている、とは聞けなかった。
 たとえ龍驤の言葉が正しかろうとも、俺がそれを認めてしまうわけにはいかないのだから。


34 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/14 21:24:36.24 VjG80NM90 27/860


 漣を見た。信じられないといった顔をしていたが、俺の無言はどうやら決定的だったようだ。
 遅かれ早かれ機密は知る身。とはいえ、覚悟もなしには少しばかり堪えただろうか……そう思っていると、俯いた漣から「くふ」と声が漏れてくる。

「なぁるほど」

 喜色満面。俺はそれが信じられない。

「なら、行きましょう。やりましょう。やれ急げさぁ急げ、って具合ですよ、ご主人様。なにぼーっとしちゃっているんですか。そんな顔は似合いませんったら」

 これには龍驤もあっけにとられ、先ほどまでの剣幕はどこへやら、ぽかんと口を半開きにしている。

「……おい、お嬢ちゃん、ウチの話聞いてた? 本土強襲は記憶に新しいはずや。秋口はパラオも襲われたのは知っとるやろ。トラックはこの有様や。その再来やで」

「秋から冬は漣、神祇省で適合資格検査中でしたけど、へぇ、本土強襲……なら、なおさらですね。やらないわけにはいきませんよ」

「はっ。愛国心に篤いこって」

「そんなんじゃありませんけど」


35 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/14 21:25:11.72 VjG80NM90 28/860


「ま、ええわ。殺すつもりはない。が、勝手に動き回られても困る。身柄はこっち預かりや。三食喰わせたるし寝床も確保したるけど、ウチらの言いつけ、ちゃあんと守ってくれんと厄介になるのはそっちやで」

 脅しのようだが脅しではない。言葉の重みが違った。
 それがお互いのためだ、と龍驤は言外に語っている。

「……どういうことだ」

「それを知る必要はない。教えるつもりも、ない」

 まぁだろうな、というところだった。だが、龍驤が無駄なことを言うとも思えない。である以上は従っておくべきだろう。
 そう、こんな龍驤ですらハト派の可能性だってあるのだから、俺たちが本土から来た海軍将校であることは、なるべく秘匿するに越したことはない。

「戦力もか。人員配置、資源の量、その他邀撃に必要な情報は山ほどある。それを把握せずに備えろと?」

「……ま、そうやね。人員配置については鳳翔さんに聞きぃや。資源、装備に関しては夕張が管理しとる」


36 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/14 21:25:58.14 VjG80NM90 29/860


「泊地にはその二人もいるのか?」

「その二人『が』おる、っちゅーたほうが正しいかもしれんね。生き残りは少ない。泊地に寄り付かんのもおる。形式的にでもあいつがいたころの形を維持しようとしとるのは、正味、うちを含めて三人だけや」

「あいつ、ですか」

 漣が呟いた。あいつ。先の話にでてきた、戦死した提督だろうか。
 事前資料を見る限りでは、トラック泊地ができた当初から在任している提督らしい。明朗闊達、質実剛健、文武両道を地で行く益荒男だったと記載されていた。
 当然信頼も厚かっただろう。彼の存在が自らのうちに根を下ろしすぎていて、引っこ抜かれた際にきっとどこかが壊れてしまった艦娘も、少なからずいるに違いない。

 龍驤がそうではないとは思えなかったけれど、だからこそ強く振る舞い、だからこそ提督がいたころの鎮守府を維持しようというのは理解できる。

 顎で示して龍驤は振り返った。ついてこい、というのだろう。

 彼女の左手薬指に指輪が嵌っているのが見えた。


41 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:08:15.92 CWam9kkx0 30/860


「ふぅ、つっかれましたねー!」

 使い古された感のあるシングルベッドへ漣は飛び込んだ。スカートがめくれていちご柄の下着が丸見えになる。

「見えてるぞ」

「え、あっ!? ばか!」

「安心しろ、ガキのパンツにゃ興味はない」

「ガキじゃないですー! こう見えても14ですー!」

 ガキじゃねぇか。俺と一回り以上もはなれている。
 にしても、14。中学二年……適性検査を経て合格したのだから、それなりに有能なのはわかるけれど、それでも本土が恋しくはならないものだろうか。
 まるで小旅行のようなふるまいを見せる漣だが、二度と故郷の土を踏めない可能性があるとは、露とも思っていないのかもしれなかった。


42 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:09:05.00 CWam9kkx0 31/860


 いや、少女とも言えど艦娘で、つまり軍人だ。訳ありなど山ほど見てきた。最初の赴任地がトラックなんて埒外なのだから、漣には漣なりの何かがあって、トラックへ来たと考えるのが妥当だろう。
 少しでも遠くへ行きたかった? なぜ? それとも飛ばされてきたのか? 俺のように?

 かぶりを振った。変な勘繰りがよろしくないのはわかっていたからだ。
 他人の隠し事を暴露しようとするのはまるでよくない趣味だったし、関係の悪化は任務達成において致命的に過ぎる。

「学校に友達とかはいなかったのか?」

「へ? 急になんですか。話をそらそうとしたって騙されませんよ」

「違ェよ。本人の意思を尊重すると謳ってはいるが、曲がりなりにも徴兵だからな。反対は結構いろんなところで起きてるんだぞ」

「ウチの周りには防衛省関係の施設も、ましてや神祇省関係の施設もありませんでしたからねぇ。ご主人様の周辺は知りませんけど、だいぶ静かなもんでしたよ」


43 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:10:19.85 CWam9kkx0 32/860


「まぁ、今更ホームシックになられても困るんだが」

「なりませんてば」

 心外だ、というふうに口を尖らせる漣だった。

 現在俺たちがいるのは平屋の一室である。至って普通の1DK。龍驤たちにあてがわれた部屋は、日本の作りとさして変わりないように見えた。違いと言えば漆喰がむき出しのところくらいか。
 ここは俺の部屋だ。漣の部屋は隣にある。プライベートを気遣う余裕が龍驤にあったとは驚きだったが、その余裕はありがたかった。さすがに女子中学生といきなり同棲など気が気でなくなる。

 本来ならば泊地の司令室に陣取るのが通例なのだろう。俺は鎮首府も泊地も知らないので、あくまで想像だ。とりあえずこんな平屋に座しているはずはないのは明白だが。
 とはいえいきなり敵意の視線のど真ん中へと飛び込んでいく度胸もない。別に俺たちは喧嘩を売りに来たわけではないのだから。


44 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:10:59.73 CWam9kkx0 33/860


 資源と人物管理担当の二人、夕張と鳳翔は追ってやってくると龍驤は言っていたが、具体的な時間はついぞ教えてくれなかった。俺たちの処遇について、今後どうするのかを決めあぐねている可能性は十分にある。
 ならばこちらも対応策を練るべきなのだろうが、難しい。なにせこちらは向こうの情報を全くもって知らないのだ。

 漣が持ち出したマル秘資料は結局襲撃を受ける前のものにすぎない。提督が死に、泊地が壊滅して以後のことは、どうやっても彼女たちの口から聞くしかないのである。
 そしてそのハードルが何よりも高い。

「……どうなると思う?」

 備え付けの椅子は足の立てつけが悪いのか、体勢を変えるごとにぐらぐらと揺れる。

「まず漣たちの目的をはっきりさせることからですね」

 漠然とした質問にも漣はきちんと答えてくれた。


45 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:11:44.73 CWam9kkx0 34/860


「そもそもご主人様がここでどうしたいのかを漣は知りません。辞令は予想されている『イベント』の対応、及び常態的な深海棲艦の邀撃でしょうけど、丸呑みして言うこと聞くんですか?」

 まさか聞かないでしょう、と言葉の裏で漣は笑っている。

 なるほど、その予測は論理的だ。上層部からの言うことにほいほい従うイエスマンが、果たしてこんな僻地に飛ばされるだろうか。
 だがしかし、論理的過ぎるのも時には困りものであるようだ。

「言われたことはやるさ」

「やるんですか?」

「まぁ、一応な。自分の命を守るためってのもあるし、なにより、知り合ってしまったんだ。見殺しにするのも悪い」

 どうやら漣は俺をあまりにも冷血漢だとみなしすぎているきらいがあるのではなかろうか。

 人は死なないに越したことはない。誰だってそうだろう。たとえ自分とはまるで無関係な人間であったとしても、誰かの死は気分を暗くする。
 仮に死の淵に立つことがあったとしても、その時は納得ずくで、笑顔で死ねる様にありたいと思う。

 果たして彼女もそうだったのだろうか?
 俺は彼女に対して――


46 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:12:24.15 CWam9kkx0 35/860


「――へっ」

 やめだやめだ、ばかばかしい。
 自ら頸木に頭を突っ込んでどうするというのだ。

「っつーわけで、最終目標は泊地の再興だ。信頼を勝ち取り、艦娘を指揮下に置き、来るべき敵の襲来に備える。そうすりゃ自然と本土に対しての発言権も生まれるだろう。飼い殺しになってやるつもりはねぇ」

「ふむ。ということは、ご主人様。やっぱりギャルゲー的展開にならざるをえませんよ?
 人材を見なければなんともいえませんが、例えばイベント。過去を踏襲するならば聯合艦隊での出撃が望ましいでしょう。つまり、艦娘は12名必要です。漣と、龍驤さんと、夕張さんに鳳翔さん。これでやっと四人。後三倍必要になります。
 最低でも八人、口八丁手八丁で篭絡しなきゃ、です」

 篭絡とは随分と下卑た言い方をするじゃあないか。ギャルゲー的展開はともかくとして、確かに、俺たちを手伝ってくれる程度には信頼関係を築く必要がある。それを篭絡といってしまえば確かにそうなのかもしれないが。


47 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:14:03.41 CWam9kkx0 36/860


「ふーん。ギャルゲー、ねぇ」

 背後から声がした。

 振り向いた俺の目の前で、目を真ん丸くしていたのは灰色の髪の少女。緑色のリボンで髪を結わえ、漣のものとはまた違ったセーラー服を身に着けている。ごちゃごちゃとした艤装もまた。
 そして、そんな彼女の背後に、もう一人。着物姿の女性。南国に似合わない、見るからに暑そうな格好だった。

「龍驤さんから話は聞いているでしょ。夕張よ」

 セーラー服の少女が名乗る。ということは、消去法的に着物の女性が鳳翔か。

「あの、夕張さん? ぎゃるげぇ、とは、一体……?」

「あぁ、鳳翔さんは大丈夫です、そういうのはいいんです」

「え、え?」


48 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:15:23.61 CWam9kkx0 37/860


「ちらっと聞いてただけだけど、けっこうな言い草じゃない。ギャルゲーとか、篭絡とか。本土の人間はやっぱりどいつもこいつもこういうやつばっかりなのかしら」

「……あー、誤解しているようなら、悪かった。そういうつもりで言ったんじゃない」

「そ、そうです! 全部わたしが悪いんです!」

「あぁもうわかってるけどさ! でも、言葉には注意してよね。いきなり後ろから撃ってくるやつだっているんだから」

「冗談だろ?」

 艦娘の艤装は深海棲艦特攻性能を持つが、純粋に人間に当たっても大怪我は免れない代物である。現代科学の粋を集めて作られているのだ。

「だったらどんなにいいか」

 夕張のその口調は、それが単なる冗談ではないことを如実に現していた。
 無能な上官の死因のうち、数パーセントが味方の誤射によるものだという統計を思い出した。あんなものはブラックジョークの類にすぎないと笑い飛ばせるだけの余裕と、何より説得力が、今の俺の周囲にはない。


49 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:16:07.39 CWam9kkx0 38/860


「……気をつけておくよ」

「ん。そうね、それに越したことはないから」

「お二人は、その、龍驤さんから言われて?」

「はい、そうですね。とりあえず、私たちが持っています資料や体験を伝えるように、と言われています」

 俺たちに対する二人の口調は、やはりどうしても硬さはあるものの、決して敵対的ではない。龍驤も含めて、彼女たちはみな、自分たちの力だけでは今後の脅威に対処できないと感じているのだろう。
 本土から増援や助力を期待する打算と、はらわたの煮えくり返る思いの板挟み。

 そして夕張の先ほどの言葉。「後ろから撃ってくるやつもいる」。
 漣が船上で言っていたことからうっすらと想定していたことだけれど、やりたい放題やっている、自由に生きている――トラック泊地の艦娘は決して一枚岩ではない。


50 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:16:45.12 CWam9kkx0 39/860


「すいません、お二人とも、早速ですが資料とデータを見せていただけませんか? 行動は早いほうがいいですし」

「わたしが資材管理で、鳳翔さんが人材管理。どっちから先に聞きたい?」

「……」

 俺は逡巡して、「人材」と言った。
 資材は所詮資材だ。それを活かせる人材がいなければ話にならない。畢竟、資材が十万二十万あったとて、艦娘が駆逐艦ばかりでは大した意味もないのだから。

「わかりました。では、私、鳳翔が」

 鳳翔――鳳翔、さん、だろうか。俺と同い年くらいにも見えるが、声は若い。

「まず、手早くトラック泊地の現状を説明したいと思います。

 既にお聞きになっているとは思いますが、冬のイベント、トラック襲撃により、我が泊地は壊滅しました。提督は死亡、仲間たちもその大半が死亡しています。現在、泊地に常駐している艦娘は私と龍驤さん、夕張さんの三名のみです。

 ですが、これは生存者が三名である、ということを意味しません」


51 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:17:24.81 CWam9kkx0 40/860


「『後ろから撃ってくるやつもいる』」

「……えぇ」

 意図的ではないだろうが、鳳翔さんは視線を逸らす。

「提督は死に、仲間も死んで、もう泊地は機能しておらず……ならば、何をしたって構いやしない。そう思った方々がいたのは本当です。御国のために挺身したことが仇となって返ってきたのなら、ですが、それは致し方ないことと思います。
 勿論、全員がやけを起こしたわけではありません。のんびりと余生を決め込んでいる方もおりますし、一人で海に出ている方もおります。最早泊地とは縁の切れた身。そして嘗て共に戦った身。傷口に触れる必要もないと、こちらから干渉はしていません」

「そいつらは全部で何人だ」

「九名です。亡くなっていなければ」

 九人……泊地の三人と漣を加えて総勢十三人。何とか頭数は揃う、か?


52 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:17:52.30 CWam9kkx0 41/860


「名前と、どこにいるかを教えてもらえるか?」

「それはできません」

「なんでですか?」

 俺よりも先に漣が反応する。存外に冷静だが、その瞳は鋭かった。尋ねているのではない。詰問だ。

「漣たちの利害は一致しているはずです。トラック泊地の再興。これ以上人死にを出さないようにする。途絶した本土との連絡を回復し、正当な権利を得る……。
 主義主張、理念、思想、そんなものは全部、そのためにうっちゃえるはずです。それでも教えられない何かがあるというんですか?」

「あります」

 応える鳳翔さんもまたきっぱりと。

「恐らく、あなたたちは勘違いしているのでしょう。私たちは、正直なところを申し上げますと、『泊地の再興などどうでもいい』のです」

「そっ」

「それは話が違います!」

 またも漣が俺を制した。


53 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:19:13.31 CWam9kkx0 42/860


「いいえ、違いません。私たちは皆さんの幸せを願っているのです。再興は次善――身も心も傷つき、疲れ果てた仲間たちを、もう一度戦場へ引っ張っていくことを望んでいませんから。
 彼女たちは『やりたいようにやって』います。その邪魔をするつもりは毛頭ありません。勿論、あなたたちが説得をするのは自由ですし、説得に彼女たちが応じるのならそれはそれ、こちらが口出しすることではないですが」

「……幸せの中で死ぬならそれでもいいと?」

「えぇ。苦しさを我慢して生きるよりは、そちらのほうが。私たちはそう思うのです」

 俺は真っ直ぐに鳳翔さんの瞳を見た。彼女も真っ直ぐにこちらを見返してくる。
 きれいな瞳だった。強い瞳だった。疾しいことなど微塵もない、そう自分自身を信じている瞳だ。
 ならば、俺たちに説得できる隙はない。


54 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:19:41.22 CWam9kkx0 43/860


「……わかった。そっちに迷惑をかけない程度に、こっちもやりたいようにやらせてもらうが、いいな?」

「構いませんが、あなたがたが皆さんを悲しませるようならば、それは見捨てておけません。努々お忘れなきよう、ご留意ください」

「わかった。心に刻んでおく」

「ありがとうございます。それでは、私たちはお暇しますが、よろしいですか?」

「あぁ。御足労すまなかった。色々聞けて、参考になったよ」

「夕張さん、行きますよ」

 す、と清楚な身のこなしで鳳翔さんが立ち上がった。
 対する夕張は、ぽかんと口を開けて彼女を見ている。

 ん? なんだ? なにか、違和感が……。

「いや、あたしからの説明、まだなんですけど……」

「あ……」

 一瞬、沈黙。


55 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:20:34.77 CWam9kkx0 44/860


「あ、その、ごめんなさい? ち、違うんですよ、夕張さん! ちょっと雰囲気に呑まれちゃったと言いますか、なんていうかその!」

「くっ、ふふっ、あははは! や、いいんですよ、鳳翔さん。面白かったですから、いまの。『夕張さん、行きますよ』って。あはははっ!」

「もう、夕張さん! そんなに笑わないでください!」

「ひひっ、あぁもうだめだ、お腹痛いー!」

「……こういう人なのか?」

「そう! こういう人なの!」

 夕張は眼尻に浮かんだ涙を拭いながら、自慢げに言った。

「かわいいでしょ?」

「かわいいな」

 本心だった。
 まぁ、俺も忘れかけていたのだから、人のことをとやかくは言えないのだけれど。


56 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:21:08.22 CWam9kkx0 45/860


「まぁでも、話を戻すけど、あたしは資材管理担当。ただ泊地が壊滅してから時間は経ってるし、実際に艦娘として動いてるのはあたしたちだけだから、殆どからっけつだよ。駆逐艦がいない以上、遠征にも出られないしね」

「それでも最低限、三人分の蓄えはあるんだろ」

「ないわけではない、くらいに思っといてよ。艦娘はやってるって扱いだけど、実際のところ、艤装をつけて出撃――なんてのは当分やってないからさ」

「近海に深海棲艦は?」

「出るよ。出るけど……」

 言い淀んだ夕張は、助けを求めるように鳳翔さんを見た。視線を受けた彼女は、「なりません」と言う風に首を横に振る。

「……まぁ、そこはおいおいわかると思うよ。あなたが本当になんとかしたいと思っているなら、ね」

 多分に含みがある言葉だった。やはり、彼我の間の見えない壁を、測れない距離を、ひしひしと実感する。
 親切な誰かに全てを手取り足取り教えてもらえるとは微塵も思っていなかった、それは事実。特別な落胆はない。

57 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:21:47.57 CWam9kkx0 46/860


「で、一応これが資材の管理表。推移も含めて記載してあるけど、ここ数か月は殆ど横ばいだから、あんまり見ても仕方ないかもね」

 薄めのファイル一冊分。現時点での資材数は、油、弾、鋼材、ボーキ、それぞれがおおよそ3万前後と言った様子。十分とは到底言えないが、今すぐの枯渇を心配しなければならないほどではないようだ。

「ん。ありがとう、熟読しておく」

「じゃあ、これであたしたちのお仕事は終わりかな。全面的に協力するわけじゃないけど、まぁ、互恵関係といきましょ。
 ほら、鳳翔さん、行きましょう」

 そう声をかけられて、鳳翔さんは先ほどのやり取りを思い出したのか、赤面して「もう!」と声を大きくする。
 二人は背筋をぴんと伸ばして立ち上がった。扉を開けると、まるで二人に後光が差したようにも見えて。


58 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/18 10:22:13.78 CWam9kkx0 47/860


 ……完全に外様だな、こりゃ。
 覚悟は決めていたことだけれど。

 漣は面白くないような顔をして二人の背中を見送っていた。

「不服か」

「そりゃそうですよ。ちょっと排他主義が強すぎやしませんか? 自分が決めた生き様を貫いた結果なら、深海棲艦に殺されたっていいなんてのは、はっきりいって納得できませんね。
 横っ面をひっぱたいたって、腕を引っ掴んだって、生きてるほうがいいに決まってます」

 漣の言うことは尤もで、俺だってそう思う。
 が、それを俺たちが言う権利なんてのは、どこを見渡してもありゃしないのだ。俺たちは所詮、現実を知らないクソヤロウに過ぎない。聡明な漣自身、それをわかっているからこそ、あえて鳳翔さんには突っ込まなかったに違いない。

「あら、奇遇ですね。私も同じく思います」

 開けっ放しの扉のところに、一人の少女が立っていた。
 パジャマ姿で。

 茶髪をなびかせながら、優雅なしぐさで少女は髪の毛をかきあげる。

「軽巡、大井と申します。少しお時間よろしいですか?」


62 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:23:23.24 b1vpIXYx0 48/860


「……軽巡、大井?」

 鸚鵡返しになったことは承知の上で、俺はそれしか言葉が出なかった。
 茶髪の美少女――自らを「大井」と名乗った少女は、パジャマ姿で麦わら帽子だけを被っている。トラックの強い日差しから身を守るためだろうか。顔色があまりすぐれていないように見えるのは影のせいだけではなく、熱さに弱いのかもしれない。

 美少女。そう、美少女だ。
 肌は透けるように白く、嫋やかな笑みを浮かべていて、髪質は柔らか、そのくせ底冷えする瞳を持っている。

 ……?
 いや、違う、か?

「違うな」

「ご主人様、どうかしましたか」

「『ご主人様』」

 くく、と含み笑いを大井は零した。

「とんだ趣味をお持ちですね、提督。いえ、やっぱり私も『ご主人様』とお呼びしたほうが?」


63 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:24:11.38 b1vpIXYx0 49/860


「好きにしろ。今は俺のことなんてどうだっていい。大井、っつったな」

「えぇ。軽巡、大井。……それとも、本名をご所望で?」

「素体の名前を知ったところでどうしろってんだ。話をはぐらかすのはやめろ」

「あのぅ、ご主人様? 話の流れが、漣、全然つかめていないのですが」

「あぁ、気にすんな。どっか行っててもいいくらいだ」

「なんですかその言い方、ひどー」

「本当、酷いですね」

 と、大井がこちらを見ている。

 悪意をことさらにこめたわけではないのだが、今の俺の言葉の矛先は、漣ではなく大井に向けられていた。彼女はそれをつぶさに感じ取ったに違いない。
 『こいつの影響を受けないように』。
 隠された言葉をはっきりと理解しやがって。

「さくっといこう」

 俺は息を吸い込む。

「病院はどうした」


64 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:25:39.22 b1vpIXYx0 50/860


「抜け出してきたに決まってるでしょ? じゃなきゃ、こんなとこまで来られません」

「病院のパジャマのままで、か。よく見つからなかったな」

「一応これでも軍属ですから。身のこなしは人一倍。たとえ艤装を背負ってなくても」

「人格矯正プログラムを徹底するように進言しとくか」

「あなたが真っ先に放り込まれちゃうんじゃないですか」

 ……?
 なんだ。どういうことだ。この違和感はどうしたことだ。
 大井のこの、何もかもを全て見透かしたような眼が、あまりにも居心地が悪い。

 一度深呼吸。落ち着け、熱くなるな、冷静になれ。そうやって自分で言いきかせないと、この不快感を間違った方法で解消させかねない。

 軽巡、大井。こいつのパジャマは病院の普段着だ。俺は嘗て同じものを、日本の病院で見たことがある。
 なぜトラックの病院で同じものがあるのかはわからない。が、大井が軍属であったことを考えれば、泊地の病院は全て系列のようなものだからなのだろう。
 病院を抜け出してきたことは一目瞭然だった。けれど日に照らされている手足は健在で、いささか白すぎるようには見えるが、問題があるとも見えない。


65 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:26:58.19 b1vpIXYx0 51/860


 戦地で手足を失くす人間は少なくない。特に深海棲艦の登場から、艦娘の正式な運用決定までの過渡期では。弾丸も爆薬も効かない化け物相手、海岸線を必死に守り続けた結果の負傷を、俺は嫌というほど知っていた。
 そして反面、俺は艦娘のことをさして知らない。だから病院着ともなれば、怪我の類だろうと思ったのだが、そういうわけでもないらしかった。

 ならば内臓系か。はたまた精神か。
 PTSDなどよくある話だ。

 ともあれ大井、こいつの一筋縄ではいかないっぷりは、恐らく生来のものだろう。後天的に突如として得た物ではないよう感じる。泊地が壊滅し、前提督が死んで、ということはどうやら関係なさそうだ。
 それは勿論彼女に心の傷がないことを意味はしないけれど、大井のことを慮れるほど、今の俺には余裕がない。

 救いを煙草に求めて、いまだ心の清涼剤は漣が持っていることに気が付いた。くそ。


66 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:28:12.98 b1vpIXYx0 52/860


「何をしに来た? 何が目的だ?」

「あら、それをあなたが尋ねますか? こっちとしては、そっくりそのままお返ししたいんですけど」

 いちいち言葉に棘がある。それは俺もである、という自覚がないわけじゃあないが。

「会話を盗み聞きしていたろう。聞いた通りだ。泊地の建て直し、そのためにやってきた」

「おかしいですね。なら、わかるはずでしょう」

 私が盗み聞きしていたのを知っているのなら。
 大井は不敵な笑みを浮かべて、そう続けた。俺は確かにそのとおりだ、と思う。同時にクソ厄介な女が現れたものだ、とも。

 腹の探り合いは得意だが、得意と好きは一致しない。回りくどいのは面倒で、俺は面倒事が嫌いである。漣に言わせれば、面倒事や厄介ごと、総じてトラブルに好かれそうな顔をしているらしいので、最早諦めるしかないのかもしれない。


67 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:30:08.37 b1vpIXYx0 53/860


「ほう、なら、お前は俺たちを手伝ってくれると、そういうわけか?」

「無論ですとも」

 殊勝な言葉とは裏腹ににんまりと猫のように笑う大井の表情は、まるで信用できない。悪意は感じられない。ただ、真意が別のところにあるのは明らかだった。
 とはいえ今は猫の手も借りたい状況であることもまた確か。いくら真意が別のところにあるとは言っても、まさか寝首はかかれまい。大井、こいつの病状がどれだけ重く、そしてどれだけ致命的かはわからないが、艦娘として最低限の素養はあるはずだ。

「……胡散臭いひとです」

 ぼそりと漣が呟いたのを俺は聞き逃さなかった。当然、大井も。

「あなたの喋り方に比べたらどうだってことないでしょ? メイドさん」

「なら、あなたのそれもキャラ付けだとでも?」

「漣、落ち着け。喧嘩を吹っ掛けるな」

「でも、ご主人様。この人は軽巡大井なんですよ」

「……?」

 漣の言った言葉の意味が理解できず、俺は一瞬ぽかんとしてしまう。


68 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:31:08.91 b1vpIXYx0 54/860


「雷巡じゃないんです。軽巡のまま……練度が足りないから。病気のせいですか?
 ご主人様。漣にはどうしても、この人の、この人が描いてるビジョンが、わからないんです」

 軽巡大井。雷巡ではなく。
 座学で学んだのはかなり昔だから、忘却の彼方に霞んでいる。だけど、確かに、そう言えば、そんな艦種もあったような……?

 漣の言わんとしていることの全貌はわからない。以心伝心には程遠い。だが、それでも不安は伝わった。
 そしてそれを見捨てておけるほど、俺は冷たい男ではない。つもりだ。

「あー、大井? 何か申し開きはあるか?」

「ないと言ったらどうなります? 今この場で撃ち殺されるというのなら、そりゃあ身の振り方も考えますが」

「とりあえず情報の相互提供といこうや。互いの立場、目的、知っていること、全て並べて初めて同じ土俵だ」

「まぁ、私は構いませんけどね。一応最古参の一人に数えられますし、あなたたちの望む情報は、恐らく提供できると思いますよ。
 あぁでも、覚悟はしておいてくださいね」


69 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:31:47.04 b1vpIXYx0 55/860


「覚悟?」

「私のことを使うからには、私に使われることも辞さない覚悟を持っているのか、と尋ねています。役に立たないような相手に与したところで、ねぇ?」

 流し目で大井はこちらを見てきた。蔑んでいるわけではない。ないにせよ、こちらを値踏みしているのは明らかだ。
 大井の目的が一体なんであれ、俺たちは俺たちの目的を完遂しなければならない。トラックなどと言う辺境の地で一生を終えるつもりはなかったし、それはきっと漣だって一緒だろう。
 本土に戻るためには任務の遂行は絶対条件で、そもそも任務が果たせなければ、自らの命だって危うい。

「俺たちにできる範囲であれば、手伝うことは吝かじゃあないが」

「吝かじゃあない。ふふ」

 何が面白いのか、大井は口元を押さえた。


70 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:33:09.94 b1vpIXYx0 56/860


「まぁいいでしょう。素体の名前に興味はない? でしたら私は『大井』――球磨型軽巡洋艦四番艦。その御霊を背負った者です。繰り返しの紹介になりますが、そこは許してくださいね。大事な伏線ですので。
 そちらは? 艤装の感じから察するに、特Ⅱ、綾波型?」

「……漣です」

 驚いているのか、あるいは若干引いているのか、漣の言葉は重たい。
 俺もあわせて名前、階級を告げると、大井は満足そうに頷いた。

「なぁるほど」

 意地の悪い笑みが大井の顔面に張り付く。

「お噂はかねがね――『鬼殺し』殿」

「提督ッ!?」

 漣が叫んだのを聞いて、初めて俺は、自らの右手に鉄塊が握られていることを知った。
 腰のホルスターに差しこまれていたリボルバー式の拳銃だった。

 その銃口は真っ直ぐに大井へと向いている。

「撃ちますか? 私を殺しますか?」

「それ以上いらんことを喋るな。指が動いちまいそうだ……!」

「なるほど、聞いた通りです」

 ひとり、正鵠を得たりと頷く大井。

「あなた、戦いに勝って勝負に負けましたね?」

「沈黙は金だぞ、大井ッ!」


71 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:34:08.97 b1vpIXYx0 57/860


 知られて困るという次元ではないのだ。心を鋭く切り裂いてくる悪漢相手に、果たして防衛以外のなにができようか。
 たとえ彼女が有能で有力な協力者足りえたとしても、駄目だ、わかっているのに、体はどうしても反応してしまう。ここで我慢しなければ、俺は金輪際勝負に勝てやしないというところまで来ていると、自覚はあったとしても!

「あ、あの、そのっ、やめてください! なにがどうなってるってんですか!」

 射線上に漣が割り込んでくる。引き金にかかる指はいまだに硬直していたが、頬を伝う汗を感じ取れるくらいには、感覚にも余裕が出てきていた。
 そして大井はようやく意地の悪そうな相貌を崩す。

「わかりました、わかりましたよ。拳銃を収めてください。事情はわかりました。となれば、私も事情を詳らかにできるということです。何も悪いことばかりじゃあありません。違いますか、『ご主人様』」

「……話を続けろ。与太話に付き合う暇はねぇ。余裕もねぇ」

 ようやく拳銃をしまう。それだけのことに随分と体が重い。

72 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:35:47.03 b1vpIXYx0 58/860


「私の目的はただ一つ。行方不明になった姉妹を探してほしいんです」

 あっさりと大井はそう告げた。あまりにもあっさりで、俺も漣も次のやつの言葉を待っていたのだが、どうやら本当にそれだけらしい。
 姉妹を探す。行方不明。わかりやすい話ではあった。ただ、艦娘という特性上、探す範囲を考えれば……。

「それは、球磨型軽巡残りの四人を、ということですか?」

 問うたのは漣。球磨型と言われても、座学で学んだのは遥か昔。忘却の彼方に消え去っている。ここはこいつに話を進めさせるのが得策だろう。
 大井と不穏な雰囲気であるのが心配だが、拳銃を突きつけたばかりの俺が言えた義理はない。そういった意味でも、俺に頭を冷やす時間は必要かもしれない。

「いいえ、違うわ。もともとここに球磨型は二人しかいなかったもの。
 探してほしいのは、妹――いえ、姉、かしら?」

「? どういう意味ですか」

「あぁ、ごめんなさい。はぐらかすつもりはないの。
 探してほしいのは、球磨型の三番艦、北上。ナンバリングでは姉なんだけど、彼女、私の妹なのよ」


73 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:37:12.71 b1vpIXYx0 59/860


「『軽巡大井』ではなく、『あなた』の?」

「そう。深海棲艦の大攻勢を受け、必死に戦っていたわ。彼女は私と違って雷巡になっていたから、激戦地帯で来る日も来る日も雷撃雷撃……そうして、敗北とともにいなくなってしまった。
 沈んだのか、それとも生きてどこかを漂っているのか、はたまたいまだに深海棲艦と戦い続けているのか、それはわからない。探しに行きたいのだけれど、生憎私は体が悪くて、うまくはいかないの」

「体が悪いってのは、そりゃ、なんだ。病院着ってこたぁ入院中の患者だろう。それが軍属で艦娘やってるってのは、不思議な話だが」

 俺はここでようやく口を出せた。
 軍属の間で大病を患ったのなら、こんなところではなく日本に戻ればいい。生まれつきの大病ならそもそも軍属になれないはず。除隊もされずに大井がトラックで艦娘をやれている理由がわからない。


74 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:38:49.91 b1vpIXYx0 60/860


 大井は俺の言葉を受けて大きく頷く。まるでそこに話の焦点があるかのように。

「私は最古参の一人だと言ったでしょう?」

 それが説明だと言わんばかりの大井であったが、果たしてその説明は俺にも、漣にも通じない。言葉は虚しく滑っていくのみ。
 沈黙が数秒流れ、ようやく彼女も事態を察したらしい。えっ、うそ、知らない? と驚いている。

「適合する女子に艤装を模した装備をさせた上で、嘗て存在した軍艦の付喪神を降ろす、そんな技術が一朝一夕で確立するわけないじゃない。当然何百と言った『失敗作』と、最初期の『成功作』が生まれてくる。
 そのうちの一人がこの私。艦娘の最古参、軽巡大井なの」

「最古参っつーのは、そっちの意味でか」

 トラック泊地の最古参と言うことではなく。

「えぇ、そう。で、ここで話は戻るのだけれど、私の体の話。
 なぜ私が最古参なのか。最初の成功例なのか――ふふっ、皮肉なものよね。神様が瑕疵を好むだなんてのは」

 大井は自らの胸へと手をやった。


75 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:40:04.34 b1vpIXYx0 61/860


「私は生まれつき心臓に欠陥を抱えているわ。だからこそ私は『軽巡大井』足りえた。何故なら史実の彼女には、生まれつき機関の不調があったから」

 あぁ、そういうことか。漣が俺の隣で呟いた。俺も合わせて理屈を理解する。
 史実の、日本海軍所有であった軽巡大井について、俺は寡聞にも詳しい情報を知らない。しかし目の前の艦娘大井は言う。軽巡大井には機関部に欠陥があったのだと。
 そして彼女にもまた、機関部である心臓に欠陥があるという。そして先ほどの言葉。「神様が瑕疵を好む」。

 考えてみれば当然の話かもしれない。軍艦を模した艤装を装備してまで、魂を降ろす準備をしているのだから、より嘗ての条件に類似した憑代を神様だって選ぶだろう。

「……随分と史実に詳しいようなのは、だからか?」

「そうね。そうかもしれない。それとも順番が逆なのかも?」

 それは最初からミリオタだったということか?
 ならばもう一つの予想も納得がいく。


76 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:42:05.07 b1vpIXYx0 62/860


「イベントの予測をしたのも、お前だな?」

「その通り。龍驤たちの指針になればと思ってね」

 そう語る大井の表情は誇らしげだった。
 決して善人ではないだろう彼女の、真っ直ぐな笑顔を見て、俺は思わず頬が緩む。

「力を貸してくれないか?」

「力は貸せない」

 即座に。

「こんな細腕借りたって、発砲スチロールも持ち上げられないわよ」

 いたずらめいた言葉だった。

「――けど、この頭脳は貸してあげる。
 私たちは味方ではないわ。代わりに、北上さんを探してもらいます。それで文句はないでしょう?」

「あぁ、これからよろしく頼む」

 俺が手を差し出すと、大井も手を握り返してくる。握力が弱弱しいのは、やはり闘病生活のためだろうか。

「漣も、よろしくお願いしますっ!」

 爛漫な挨拶とともに漣が手を差し出す。


77 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 21:43:15.19 b1vpIXYx0 63/860


「嫌よ」

 そうして、その手は払われた。

「あなたの口からは腐った嘘の匂いがするわ」


79 : 以下、名... - 2018/02/20 22:21:26.85 imbYKIdIO 64/860


漣も大井さんも特に好きだから仲が悪いと辛い…

80 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/20 22:37:30.69 b1vpIXYx0 65/860

>>79
俺も辛い

蛇足的な説明になりますが、本作の艦娘は全員生身の人間です。徴兵によって適性ある人間が集められ、以前の記憶はきちんとあります。当然本名もまた別にあります。
艤装は現代科学の粋を集めて作られていますが、艦艇の御霊を降ろすことによって深海棲艦への特攻を得ています。
そのため、海辺で生活し、伊勢や住吉への参拝を定期的に行わなければ、同期がうまくいかなくなるという設定。
本名ではなく艦の名前で呼ぶことも、憑依を維持するために規則で定められています。

85 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 00:59:12.81 vSRN/AeM0 66/860


 それから三日間、特に何事もなく過ぎた。

 それは決して、俺たちが何もしていないこととは異なっている。だがしかし、俺は寧ろ、何事もないことこそが恐ろしくもあった。
 波風がなければ舟は動かない。無論、頼みの綱は船であって舟ではない。言葉遊びで不安になるなんて愚かしい……わかってはいるのだけれど。

 あれから大井と顔を合わせたわけではないものの、漣は至って普通で、余計にあいつのあのセリフがなんだったのかわからないでいる。
 『腐った嘘』。わざわざ挑発的な言葉を選んだに違いない。そしてまるで意味のないことをするようなやつでは、話した数分の感覚を頼りにするならば、無いような気がした。

「ご主人様ァ? どーしましたー?」

「……いや、なんでもねぇよ。色々な、考え事を」

「まぁた似合わないことしてんですね、乙カレー様です」

 と、少し不思議な発音で喋って、漣は俺の持っていた紙切れを取り上げる。
 龍驤からもらった、周辺の地図だった。


86 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:00:22.90 vSRN/AeM0 67/860


 海岸線、及び港までは徒歩で十五分と少し。軍港は復興の兆しもなく打ち捨てられ、代わりに地元漁師たちの漁港として使われている。まぁ、もともと艦娘には港らしい港も必要ないので、そんなものなのかもしれない。

 整備と修理を行うドックは夕張が管轄しているらしいが、どれほど稼働しているのか、まるでわからない。深海棲艦も近海にはいるだろうに、龍驤一人でそれに対処しているのだろうか。
 夕張は大体ここに詰めているらしい。だからといって用もないのに会いに行っても警戒は解けないだろう。

 ギャルゲーと漣は今の状況をそう評した。言い得て妙だとも思う。俺は別段そちらの知識に明るいわけではないが、今求められていることは、確かに類似している。
 邂逅。コミュニケーション。信頼関係。つまりはそういうことだ。


87 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:00:52.04 vSRN/AeM0 68/860


 協力してくれる艦娘を探さないことには何も始まらないのだが、誰がいるのか、どんな容姿なのか、なにもわからないままでは最初の一歩を踏み出すことすら難しかった。
 それとも鳳翔さんの方針なのだろうか。こちらからではなく、あくまであちらから――艦娘たちからの歩み寄りがあって初めて関係が成立するのだと。

 そんなに余裕があるものか、と楽観的姿勢を切って捨てるのは容易かった。だが、俺たちは既にあちらの姿勢を知ってしまっている。知ってしまった以上、唾棄することなどできやしない。
 辛さを我慢して生きるよりも、幸せの中で死ぬ方がいい。

「……」

「地図とにらめっこしてたって、何かが出てくるわけでもなし。これからの行動指針も考えないとですね」

 いつの間にか漣が俺のそばへと寄ってきていた。桃色の髪の毛から、女子特有の微かに甘いにおいが香ってくる。それは本土においても縁遠いものだったが、まさかこんな遠く離れた地で、中学生と一緒に任務に就くなどとは。

88 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:01:51.60 vSRN/AeM0 69/860


 いやいやと俺は頭を振る。常識だとか、良識だとか、そんなまともに生きるための概念は、全て意味を失くしたのだ。海から異形の怪物が姿を現した時に。

「そうだな」

 と俺は随分動きのなかった腰を上げた。

「お。ついに、ですか。どこ行きます?」

「さぁな。あてどなくぷらぷら散歩だ。こんな土壁の中にずっといちゃあ黴も生える」

「確かに」

 漣は俺の無精髭を見ながら頷いた。うるせぇ。

「準備ぱぱっとしちゃいますね」

 よいしょ。そう掛け声をかけて漣は艤装を背負った。随分と重そうに見えるが、細腕でも簡単に背負えるあたり、案外そうでもないのかもしれない。
 俺がじっと見ていると、漣は少し顔を赤らめて背中を向けてくる。


89 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:02:27.26 vSRN/AeM0 70/860


「炎天下だとめちゃくちゃ熱くなりそうなもんだけどな、艤装の、なんていうんだ? 鉄の部分とか」

「いや、温度変化に強い金属をなるべく使ってて、あとは神様の力も多分にあるっぽいですよ。よくわかんないですけど」

「よくわかんない、ねぇ」

 俺は甚だ疑問に思う。自らの命を預けるのは、やはり長きを共にした信頼できる何かにであって、決して正体不明の「科学とオカルトの相の子」ではない。
 悲しいことに、それはまるで旧時代的な考え方だった。艦娘が俺たちから船を奪ったのだ――そう皮肉交じりに吐き捨てるやつもいる。気持ちはわかる。だが、その思考は年寄りのそれに過ぎない。もっと言ってしまえば老害の。

 艦娘が俺たちから船を奪った。なるほど、確かにそうだとして、しかしそれよりもまず、俺たちから海を奪った存在を忘れてやしないだろうか。

 深海棲艦。

 よくわからないものに、よくわからないものを以てして立ち向かう。

 奇妙な相対性。対称性。世界とは案外そう言うふうにできているのかもしれない。


90 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:03:02.88 vSRN/AeM0 71/860


 漣は小さな手提げかばんへ私物を詰めていく。大した量が入るようにも見えないのに、漣は時折手を止め、悩み、笑みをこぼす。俺の視線など気にもしていない。

「ふんふんふーん」

 ついに鼻歌まで聞こえだして、

「元気だなぁ」

 呟いた――というよりは、零れた、漏れた、に近い。
 最近の女子中学生というのはこんなものなんだろうか。それとも、こんなメンタリティの持ち主を選りすぐって艦娘に仕立て上げているのだろうか。

「ふふんふーん」

 鼻歌は、随分と前に流行っていたという歌謡曲だった。俺が生まれたころ、だったと思う。こいつなどまだ精子にも卵子にもなっているまいに。

「随分とまぁ古い歌を」

「いいじゃないですか。いいんですから」

「いいんじゃねぇの。いいなら」

 日本語とは難しいな、と思えるやり取りだった。


91 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:03:55.01 vSRN/AeM0 72/860


「当て所なくって言ったって、落ち合う場所くらいは決めときましょうよ」

「落ち合う?」

「え? だってそっちのが早いじゃないですか」

 二人いるんだから手分けしたら効率は倍。子供にだってわかる理屈。
 いや、そりゃまぁ確かにそうなんだが。

「お前、上陸して早々武器突きつけられたの覚えてねぇのかよ。身の安全はなにものにも代えがたい。効率主義も時と場合だ」

「へぇ、ご主人様が守ってくださるんで?」

 うふふ、と漣は実に嬉しそうに笑った。あまりの不意打ちに面喰ってしまうが、一度意識して顔を顰めてみる。

「海で戦うのがお前の仕事なら、俺は少なくとも陸では、お前を守らにゃならんだろう」

 格闘技もさわり程度なら習っている。運動神経は悪くないほうだし、そもそも女子中学生と比べるべくもないが。
 漣はこの島において俺の唯一の味方なのだ。仲間と言い換えてもいい。万が一の不慮を考えるに越したことはない。


92 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:05:32.26 vSRN/AeM0 73/860


「ご主人様ではなく、ナイト様と呼んだ方がいいですかね?」

「馬鹿言ってろ」

「もう、冗談ですよ、冗談。つーまんないなー」

「島の海岸線をぐるりと回るぞ。流石に一日では回りきれないだろうから、数日かけて、うまくやろう」

「そうですね。それがいいと、漣も思います」

 探す相手が艦娘ならば、陸よりも海が妥当だろう。海を嫌って陸に揚がったやつらがいないとも限らないが、どのみち今後この島周辺を防衛するのにおいて、海岸線あたりの詳細な地形や状態を確認する必要はあった。
 近海周辺がそもそも安全かどうかを俺は知らない。漁師たちが存在し、まともに生計を立てている以上、漁をできるくらいには平穏なのだろうが……。

 ここは一度壊滅しているのではなかったか。

 復興がなされた。誰によって?
 ――龍驤。夕張。鳳翔さん。ならば島民が三人に好意的である理由もわかる。あるいはそれ以前から、泊地が健在だったころからよい関係を築けていたということなのだろう。


93 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:06:44.92 vSRN/AeM0 74/860


「ん……」

「どうしました?」

「いや、なんでもない」

 わけではないが。
 結論を出すにはまだ早い。島を一回り、でなくとも半周、してからでいい。

「『なんでもない』って言う人は大抵なんでもなくないんですよねー」

 さもありなん。

 漣は少し口を尖らせたが、尖らせた程度に抑えてくれた。
 俺の手が掴まれる。片手を包むには漣の両手が必要だ。ぎゅっと力を籠められ、踵を支点にてこの原理、こっちを思い切り引っ張ってくる。
 一気に立ち上がりながら全身に感じるのは地球の重力。トラック諸島は日本より赤道に近いが、だからといって重力の弱まりを感じるわけでもない。まぁ当たり前である。馬鹿なことを言っている自覚はあった。

 扉を開くときつい直射日光。アスファルトからの輻射熱がないだけまだましなのだろう。木の葉のざわつきが気持ちよさそうだ。

 俺は扉の所にかかっていた麦わら帽子をとって、漣にかぶせてやる。

「んっ」

 こちらを少し窺ったあと、満足そうににんまり笑う漣であった。


94 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:07:38.46 vSRN/AeM0 75/860


 日差しの中に身を躍らせる。ワイシャツが白でよかったと心から思う瞬間。漣がなぜだかやたらに手を繋ごうとしてくるのを、俺は軽くあしらって、大通り沿いに海岸まで行く。

 泊地「跡」まで徒歩二十分。海岸までも同じくらい。メイン・ストリートは露店や出店もあって、それなりに賑わっていた。

「……」
「……」
「……」

 しかし、どうにもこの視線には慣れない。
 外様だから、というだけが理由でもないように思う。聞き及びこそしないまでも、誰もがみな、島の英雄である龍驤たちと俺たちの関係性を認識しているのだろう。
 どんな尾ひれがついているのかまではわからないが……。

「さしずめ、龍驤さんたちを見捨ててた人でなし、そう思われてるんですかね」

「まぁ事実だけどな」

「でも、それは本部の判断であって、漣たちの判断じゃなくないですか」

「一般人には知ったこっちゃねぇよ、そんなこたぁ」

 誰の指示でやったかだなんて、関係がないのだ。もっと言ってしまえば興味すら。

 誰がやったか。何をやったか。
 結局、大事なのはそれだけだ。

 それだけだった。


95 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:08:19.23 vSRN/AeM0 76/860


「……あぢぃ」

 意識して口に出すことによって、何かが、いくらかは、紛れた。気休め程度でも。

「おんぶしましょうか?」

「お前が? 俺を?」

「あ、陸じゃだめですけどね。海なら」

「海に出れば風ももっと涼しい、か? 日差しを遮るものは、ないにしても」

「ですね。じゃ、ちゃっちゃと歩きましょう! ご主人様ッ!」

 漣は俺のケツを叩いてくるが、いや、ちんたら歩いて見えるのは、お前の歩幅に合わせているせいでもあるんだが。
 勿論そんなことを口にだしたりはしない。女が苦手とは言わないまでも、艦娘が実戦投入し始めてからこの方、俺はより一層女との付き合い方がわからなくなった気がした。本当に不可思議な生き物だと思う。


96 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:08:56.79 vSRN/AeM0 77/860


 結果的に、確かに海岸は涼しかった。白い砂浜には人はまばらだ。深海棲艦の現れる以前は、確かダイビングをメインとした観光で、多少なりとも潤っていたという話。それが今や見る影もない。
 砂は粒子が細かいのかよく鳴いた。そしてサンダルと足の隙間にも入り込んでくる。

「この辺は砂浜ですけど、もうちょっと行ったら岩礁があって、その先が港ですね。港って言うか、船の発着場、ってくらいのサイズの」

 地図を広げながら漣が方向を指さす。俺も地図は頭に叩き込んでいたが、ナビをしてくれるならそれに越したことはない。艤装にはGPSもついていて、位置情報の解析は容易という話だから。

「そういえばお前、装備はどうなってるんだ?」

「フリースロットの話ですか?」

「って言うのか? わかんねぇけど」

「もう、ご主人様は不勉強なんですから」


97 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:10:00.73 vSRN/AeM0 78/860


 漣は一度脚を止め、俺の手を取った。そして五本の指の先、それぞれがきちんとくっつく形で、一本ずつ丁寧に合わせていく。
 そういえばID認証もしていなかったのか。本土ではこんなことにも大した手間がかかったもんだが、今はまぁ、どうせ誰も見ちゃいない。漣の行為に及ぶ姿にも一瞬の躊躇も感じ取れなかった。

 中空に指で四角を描くと、その形に極めて二次元的なステイタス画像が現れる。バーチャルタッチパネル。こんな技術にも最早慣れっこになってしまった。
 さらに追加で四角を描き、窓を追加。多重でいくつかの階層を持ったそれらの画面は、互いにリアルタイムで連動しあい、漣の心拍数や体温といった生体情報から、周囲足元への敵影探知まで行ってくれる。
 俺はその中から必要な情報だけを残し、窓を閉じる。そうして残った窓をピンチアウト。見やすく拡大した。

 練度は15。装備は連装砲と4連装魚雷。


98 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:11:07.92 vSRN/AeM0 79/860


「まぁ、普通だな」

「普通じゃないですー」

 あからさまに嫌そうな顔で、漣は舌まで出してみせた。

「や、でも普通だろ。駆逐艦ならしゃーない」

「そういうんじゃないですっ!」

 風船が割れるような叫び声に俺は思わず体を震わせるが、それ以上に漣本人が驚いているようだった。一瞬視線が下、右、左に揺れ、そしてまた右に戻り、俺を見た。

「あはは……」

 困ったような、それでいて媚びたような、不思議な笑いだった。

 俺と漣の付き合いは当然長くない。それでも、たった数日という期間であっても、印象というものは抱く。
 こいつに対して抱いていた印象は「よく笑う」というものだった。よく。頻度として「よく」、好感として「良く」。快活に、溌剌に、トラックまで放逐されても決してくさることなく。


99 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:11:45.26 vSRN/AeM0 80/860


 しかし、今の笑顔はまるで俺が知っている漣ではなかった。そしてその事実を、俺はどう捉えればいいのかわからないでいる。
 新しい一面を知ることができた、と前向きに思うか。
 隠していた一面を知ってしまった、と後ろ向きに思うか。

「駆逐艦に甘んじてたら進歩はないですよ?」

「……ま、そうだな」

 俺は甘んじて漣のはぐらかしに乗っかることにした。

「あ、ご主人様。漣はお腹が空きました」

「中途半端な時間だしなぁ」

「なんですかね、あれっ」

 自分の腹に手を当ててみる。朝食には遅いが、昼食には早い。そんな時間帯。
 漣は離れたところに見える屋台を指さして、俺の返事も待たずに走り出す。だから単独行動は危ないと言うのに……。


100 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:13:21.26 vSRN/AeM0 81/860


 目につく範囲なら問題も起きないだろうと高を括って、俺は滲んだ汗を拭う。人の気配のない海は閑散としている。感傷に浸る余裕はないが、出自のわからない寂しさが胸中を過った。

 波間でばしゃりと何かが跳ねた。魚にしてはあまりにも巨大。それとも誰かが泳いでいるのだろうか。

「ご主人様ッ」

 お待たせしました、と漣が手にしているのは何かのフライ。黒っぽいソースがかかっていて、どうやらフィッシュアンドチップスの紛いもののようだった。
 この暑いさなかに熱いものを食べさせるとは、中々根性の据わったやつである。俺はじっと漣に視線をやっていたが、指についたソースをなめとるのに夢中で、どうやら気づいていないらしい。

「メシウマー!」

「誤用じゃないのか?」

「ご飯がおいしいからメシウマなんですよ。どこに間違いがあるってんですか」

 なるほど。
 素直な解釈だと思った。


101 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:13:56.08 vSRN/AeM0 82/860


 ふと海に視線をやってみれば、もうあの波紋は打ち寄せる波に呑まれて見えなくなっている。
 気のせいだったのだろうか。それとも、深海棲艦の恐怖が色濃く残るこの海で、誰かが楽しく泳いでいたとでも?

「美人でもいましたか」

「は?」

 何言ってんだ、こいつ。

「あの人に見惚れてたのかと思って」

 漣が指し示した先には、確かに人影のようなものが、岩先に座っているように見える。ちょうど岩礁のあたり。
 それにしたって遠すぎた。うすぼんやりとした姿にしか捉えられないが、漣にとってはどうやらそうでもないらしい。艤装の望遠機能のせいか。

 何か細長い、棒よりもすらりとした何かを持っているようだった。釣竿だろう。この日和だ、のんびり棹差すには絶好かもしれない。


102 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/24 01:14:25.45 vSRN/AeM0 83/860


「朝まずめには遅すぎて、夕まずめまではまだだいぶ。釣れるんでしょうか」

 漣はぼんやりと呟く。手で目庇しを作り、目を細めて狙いを定めている。

 一家言あるようにも見えなかった。多分、単なる薀蓄だろう。
 ああいう手合いは魚を釣るのが目的なのではなく、単に手持無沙汰を拗らせて、ぼんやりと時の流れに身を委ねるのが楽しいのだ。やりたいことが溢れている女子中学生には、決してわかるまい。
 俺がそう言うと漣は頬を膨らませて、

「ぶっ飛ばしますよ、ご主人様」

 おお怖い怖い。


106 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/25 20:00:34.20 br/hB/Xr0 84/860


 岩礁は中々に険しかった。砂浜はそうでもなかったが、地形の影響なのか、波も少し荒々しい。岩の削られ方も歪つで、誤って転べば膝やら脛やらを強か打つだろう。もしかしたら鋭い先で切るかもしれない。
 短パンは間違いだったろうか。いや、この日差しの中で長袖なぞ穿いていられない。半袖シャツに短パン、がっしりとフィットしたサンダル。それでいいじゃないか。

 俺の少し先を行く漣は、ぴょんぴょんと至極楽しそうに岩と岩の間を跳んだり跳ねたりしている。脚を滑らせて落ちるだなんてことはまるで思いもしちゃいない。

「ご主人様、カニがいます!」

 そりゃカニもいるだろうさ。

 喫水線にはいくつかの船が見える。漁船だろうか。このあたりで獲れる魚を、俺は知らない。漣もきっと知らないだろう。


107 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/25 20:02:10.57 br/hB/Xr0 85/860


「漣」

「なんですかぁ?」

 イソギンチャクに指をつっこんだりしている漣に声をかけた。漣は目下のところイソギンチャクと戯れるのが楽しいようで、こちらを一瞥すらしない。
 俺はポケットに手を突っ込んで、海風の吹いてくる方を見た。

 その彼方に大事な人を置いてきたような気もするが、最早顔すら覚えていない。

「お前、故郷はどこだ」

「田舎ですよ。近畿と中部の境目くらいの、バスが二時間に一本しかこないみたいな」

「なら自分で適性検査を受けたのか?」

「や、今は学校の入学時、健康診断で一緒にやっちゃうんですよ。おっくれてるー」

「俺が高校を卒業した時には、まだ任意だったからなぁ。そうか、もう悉皆検査になってんのか」

「はい。うちの学年では、多分漣一人だけでしたね。まぁ人数は少なかったんですけどー。それで、なんかすっごい、先生とか、お母さんもお父さんも騒いでて」


108 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/25 20:02:47.40 br/hB/Xr0 86/860


「故郷に錦を飾るつもりか?」

「まさか!」

 ここでようやく漣はこちらを向いた。

「ご主人様。ご主人様は誰かのために命を賭けられますか? 何かのために深海棲艦と戦えますか?」

「……」

 俺は逡巡する。誰かのために。何かのために。大事な存在のために。
 胸を張って「そうだ」と答えられれば、なにより格好いいのかもしれない。人間として優れているのかもしれない。しかし、僅かでも考えたということは、つまりそういうことだった。

「漣は漣のために頑張ってんです。じゃなきゃだめですよ。だめになっちゃいます。と、漣は思うわけです」

「よくわからん」

「もうっ!」

 素直な返答をどうやらお気に召さなかったらしい。ついでにイソギンチャクへの興味も失せたようにも見えて、たん、たん、たん、岩から岩へ飛び移っていく。


109 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/25 20:04:38.58 br/hB/Xr0 87/860


「おい、あんまり先行するな」

「べーっだ」

 まるで子供だった。いや、中学生だから、子供には違いないのだろうが。
 それを直接言えばまた非難轟々がくる。女子中学生だなんて背伸びしたい盛りだという俺の勝手な思い込みも多分にある。

 たん、たん、たん。俺も漣に従って、少しペースを上げた。
 たん、たた、たん、た、た、たん。漣は速度に乗せてもっと先へ行く。

「どこへ向かってんだ」

「えっ?」

 海風にかき消されて、俺たちの声は少し届きづらい。

「どこへ向かってんだ!」

「てきとーですよ、てきとー!」

 漣がただただ前方を指し示す。他の岩よりも大きなそれの上に、先ほどの釣り人がまだのんびりと糸を垂らしている。


110 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/25 20:13:07.41 br/hB/Xr0 88/860


 ざぷん。
 背後で音が聞こえた。

「……ん?」

「何か、落ちました?」

 どうやら俺の空耳ではないらしかった。漣も海の方を向いて、首を傾げている。

「いや、でもなぁ」

 落ちる? 誰が、どこから。
 単なる魚じゃねぇのか。

「ですね、ぇ?」

 同意を掻き消したのは口だった。
 口。口、口、口だ。

 三つの口が海面から突き出ている!

「深海――棲艦ッ!」

 鼓動が早まる。心拍数が上がる。ぞくぞくとした衝撃が背筋を突き抜け脳へと至り、俺に行動を促したのはこれまでの経験。
 空中に四角を描き、バーチャルタッチパネルを顕現。編成――をする必要なんてない!

 ここには漣しかおらず、何より俺にはこいつしかいないのだから!

「漣! 即座に出撃!」

「ほいさっさー! 駆逐艦、漣、出ますよっ!」


111 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/25 20:20:17.43 br/hB/Xr0 89/860


 両手を大きく振りかぶって漣は跳ぶ――着水。その瞬間、水面に朝の烈日が顔を出したかのような輝きが、一瞬だけ迸る。
 鮮烈な光。神様の御霊とやらが喜んでいるのだ。
 また海に出ることができたと。

「敵勢力まで距離は四一! 数は三!」

 さらに情報画面を増やす。海に立てない俺には、せいぜいが漣を通して伝わる情報をまとめ、わかりやすくし、戻してやることしかできない。

 波を切り裂いて漣が発進する。その小さな背中はあっという間にさらに小さくなっていった。同時に視覚共有の画面を起動、得られる情報の拡大に努める。
 航空機を装備していればまた変わるのだが、残念ながら漣は駆逐艦。ないものねだりをしたって仕方がない。俺は意識を集中し、指示に向かった。

「三体とも駆逐イ級と断定! 漣、調子はどうだ!」

「問題ないよ! イ級くらいだったら、らくしょーなんだから!」

「判断はそっちに一任する。好きにやってくれ。ただし、油断はするなよ!」

「ほいさっさー!」


112 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/25 20:23:54.70 br/hB/Xr0 90/860


 加速。
 水上を高速で進む漣の存在を、敵もようやく捕捉したらしかった。深いところから響く咆哮をあげ、漣に向かって砲撃を繰り出しながら突進していく。
 砲弾を掻い潜り、上がった水柱もさらに掻い潜って、漣は大きく弧を描きながら接敵。イ級は完全に漣を追っていて、敵と認識されたのは明らかだった。

 統率のとれた動きは見られない。野良か、あるいははぐれか。どちらにせよ脅威の度合いは低い。

「距離二五! 砲戦用意ッ!」

「わかってますよぅ!」

 腕を一振り。漣の抱えた連装砲が光を帯びて、空中に砲弾を模した光の塊が数個、その姿を現した。
 駆動音が聞こえる。俺はこの音を知っていた。仰角を調節する際の機械仕掛けのそれだ。
 当然この場には大掛かりな大砲、そんなもの存在しない。これは単なる空耳なのだ。そして深海棲艦との戦いに赴く誰もが必ず耳にする空耳なのである。


113 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/25 20:25:02.98 br/hB/Xr0 91/860


 俺は漣の背後に、巨大な鉄の塊を見た。

 海に浮くそれが、イ級に砲塔を向けているのを見た。

 遥か数十年の時を経て、再び敵を打ち倒す歓喜に震えているのを見た。

「ってぇえええええぇ!」

 俺たちの声が同調する。漣が再度腕を振り、抱えた連装砲をイ級の一体に向けた。
 砲弾が衝撃波で海面をへこませながら、爆発的な加速度でイ級を襲う。三発撃ったうち、二発は回避されたが、一発はイ級の尾骶部を大きく抉った。
 致死圏まで至るも絶命にはならない。イ級は苦悶の声をあげ――耳を劈く不快さに俺は思わず顔を顰める。

 苦し紛れのイ級の砲撃。漣は深追いすることなく、冷静に対処。距離をとりながら魚雷を召喚、計四つを指の間に挟んで、狙いを定める。


114 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/25 20:26:39.19 br/hB/Xr0 92/860


「一匹倒しても、残りの二体から反撃を喰らうぞ。そういう位置関係だ」

「敵も馬鹿じゃないってことですねー」

「そうかもな」

「指示は。ご主人様」

「繰り返すぞ。『判断はそっちに一任する』」

「そんなんでいいんですか?」

「頭から押さえつけられるよりはマシだろう? それに、だ」

 俺は通信先にも聞こえるように、手をぱちんと一度打った。

「お手並み拝見、だ」

「へへっ」

 漣は楽しそうに――恐らく――笑った。

「一応ね、これでも成績、優秀だったんですよ。漣って」


115 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/25 20:27:56.49 br/hB/Xr0 93/860


 漣が飛び出すのに合わせてイ級が二匹、手負いを庇うように前に出てくる。一匹は高速度での吶喊、もう一人は間隔を狭めた対艦射撃。漣も砲撃で応戦するが、頭を低くしながら突っ込んでくるイ級には、さほど効いてはいないようだった。

「左!」

「わかってます!」

 砲弾の直撃――いや、隔壁で防いでいる。損傷は軽微。

「前からも来てるぞ!」

「だから! わーかって、ますって!」

 水中が炸裂した。光と熱と風が、本来生まれない場所から。
 指向性を持ったそれらは三回炸裂し、漣に喰らいつこうとしていたイ級の上体を水上から僅かに浮かせる。
 機械と生物と、形容しがたい暗黒の微粒子がそれらを接合している、異形の生物。漣はそれに飛びかかる。

 彼女の指には魚雷が一発だけ残っていた。


116 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/25 20:28:24.51 br/hB/Xr0 94/860


 傷ついたイ級の体の端、千切れたワイヤーなのかコードなのか、それとも生体由来の組織なのか、よくわからないはみ出た「何か」を左手で掴み、そこを支点に体を大きく仰け反らせる。

 魚雷が巨大化した。従来の大きさに戻った、と言うべきか。

「徹底的にっ!」

 そのまま、空いた右手でそれを操って、叩き込む先は口の中。

「やっちまうのねっ!」

 水中とは比べ物にならない爆裂が、漣の体ごとイ級を吹き飛ばした。散り散りになった組織が雨のように海へ降り注ぎ、海の底へと沈んでいく。
 漣は水面を転がりながらも波濤に手をかけ制動をかける。体勢を起こして、右側に砲弾、左手に魚雷。

 残るは手負いを含んで二匹。勝機も随分と見えてきたように思う。

「だめだっ! 何をやってるんだ、逃げてっ!」

 叫びながら、俺の脇を駆け抜けていく人影があった。
 岩を踏み切って海へと降り立つ――降り立つ、ということは。

 艦娘?


117 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/25 20:40:56.56 br/hB/Xr0 95/860


 ショートカットが風になびいて、しかし俺の位置からはその顔は見えず、少女は全速力で漣へと向かっていく。

 爆撃がイ級と、そして漣を襲ったのは、その直後だった。


122 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:03:53.57 tRg8GXZS0 96/860


「漣!?」

 事態の把握よりもまず安否の確認が真っ先に出た。それが軍人としてどうなのか、正直、いくら振り返ってもわからないだろう。
 ウィンドウを開く。被弾――損傷は軽微……と言い難かった。

 索敵画面を見る限りにおいて、イ級は既に爆散している。跡形もない。追撃の心配をしなくていいのは不幸中の幸いだったが、だからと言って状況が好転したとも言い難く、とにかく全てが混迷を極めている。

 残耐久が目盛で表示されてはいるものの、実際の漣の姿は、いまだ黒煙に包まれたままである。残り半分。俺は認証を済ませているから、漣に対して強制帰還を行使はできるけれど、いまだ踏ん切りがつかない。
 俺は知っている。艦娘のことを知らない俺でも、彼女らが決して志半ばで頽れたりしないということを。命を擲ってでも、一秒でも長く海の上にいようとすることを。

 それは果たして彼女たち自身の意志なのか。漣は言った。「横っ面をひっぱたいたって、腕を引っ掴んだって、生きてるほうがいいに決まってます」と。そうだ。その通りだ。
 そして、そう生きられないのが艦娘の性、というものなのだった。

 少なくとも、俺の知っている彼女は、そうだった。


123 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:04:35.25 tRg8GXZS0 97/860


 去来した映像を振り払い、とにかく前を向いた。海風に煽られて黒煙の霧散は早い。
 艤装のところどころを破損し、衣服も破け、裂傷と火傷にまみれた漣の姿がそこにある。

 平気ではない。しかし無事だった。俺はひとまず胸を撫で下ろす。

 同時に俺の頭は事態の把握へと切り替わる。

 いくつか、同時に処理しなければならないことがあったのだ。

「漣ッ! そっちに今、誰かが向かった!」

「え、あ、はい! 見え――ます。見えてます! 一人! 海の上を!」

「もしもし、聞こえてる?」

 通信に混ざりこんできたのは正体不明の第三者。冷静に聞こえるが、それはそう努めているだけだ。押し殺した焦りがにじみ出ている。
 敵ではないと直感が告げている。艦娘。この島の。潰えたトラック泊地の。
 ということはつまり、味方でもない……?


124 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:05:01.74 tRg8GXZS0 98/860


「もしもし! 聞こえてるの!? オーバー!」

「あぁ、すまない。聞こえている。オーバー」

「損害は大丈夫? ボクからそっちは、今見えた」

「悪いが、誰だ? トラック泊地の艦娘か?」

「そうだけど、そうじゃない! 『元』がつく!
 所属は元トラック泊地、航空巡洋艦『最上』! とりあえずはそう呼んで欲しい!」

「最上さん、何が起きたんですか。漣、索敵は切らしていないはずです、でも!」

 そうだ。漣と同じ疑問を俺も持っている。
 深海棲艦の反応は、さっきも、いまも、どこにもない。

「説明はあとにしよう! 提督、でいいのかな? ボクの識別番号を送るよ。漣ちゃんを曳航していくから、ナビをお願い!」


125 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:05:27.93 tRg8GXZS0 99/860


「待て、待て! 一つだけ答えろ! 俺たちは一体誰に狙われている!?」

 嫌な予感がした。確信と呼んでも差し支えないものだった。
 爆撃。誰が。どうやって。深海棲艦? いや、違う。有り得ない。ステルス機能を有した個体は依然見つかっていない。
 ならば。

 ならば。

「きみたちを狙ってるんじゃない! きみたちのことなんて、眼中にないだけなんだ!」

「――あら。予想外……想定外? なんて言うんでしょう。まさか、今更この島に」

 通信に介入。無機質な声。落ち着いているのではない。落ち切っている。
 深く、深く、海の底から立ち上ってきた泡が、ぱちんと弾けたときのような声音だった。到底聞き及んだことのない種類のそれだった。

 風切り音。空耳でなければ、そしてノイズでもないのであれば、これは恐らく、直掩機のそれだ。爆撃機。艦娘の装備。艦娘の。
 イ級を殲滅した存在がこの風切り音であることは限りなく自明。その矛先が次いで漣に向かわない保証は、逆に、どこにもなかった。


126 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:06:09.45 tRg8GXZS0 100/860


「漣! 視覚共有だ! 信号を送れ、早くしろ!」

「あ、あ……」

「固まってないで、逃げるよ!」



「――今更この島に、本土の人間がやってくるなんて」



「最上! お前でいい! 識別番号を、視覚を寄越せ! 誰だそいつは!」

 やばいやばいやばいやばいやばい。
 これは、わかる。誰にだってわかる。
 出会ってはいけない種の存在だ。海と陸のように、薄皮一枚隔てて別世界の住人だ。

 風切り音が大きくなる。距離が、近い。眼と鼻の先? 少なくとも集音装置のすぐそばを周回しているようだった。牽制なのか、もっと剣呑な別の何かなのか。


127 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:06:38.40 tRg8GXZS0 101/860


「……このコは、敵じゃないよ。聞いてない? 龍驤さんから」

「敵? 何を言っているんですか、最上さん。別にそのかたを狙ったわけではありません。ただ……そうですね。少し、思い違いをしていたふしは、あります。私はてっきり、神通の子分かと、そう思っていたものですから」

「だったら一緒に吹っ飛ばしてもいい、ってことにはならないんじゃないかな」

「あれくらいで動けなくなるような情けない人材なら、それまででしょう。なんのために神通に師事しているのかわかったものではありません」

 最上から識別番号が送られてくる。入力、認証。視覚共有を試みる。

「そういう考えは好きじゃないな――赤城さん」


128 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:08:07.95 tRg8GXZS0 102/860


 袴。弓。足袋と雪駄を模した艤装。おっとりした顔にきめ細かい髪の毛はまさに良家の子女といった出で立ちだ。ただ、瞳がどこを向いているのか、全くわからない。
 最上の方を見ている。それでも、視線が交わっていない。その気配すらない。どこを見ているのか、あるいはなにも見ていないのか、微笑みすらもただただ恐ろしかった。

 おかしな話だ。海に救う化け物、深海棲艦。それよりもこんな二十歳くらいの娘が、よほど俺の背筋を震わせるとは。

「上官はおられるのですか? このやりとりを聞いている?」

「聞いてる、と思うよ」

「……聞いている。漣は俺の秘書艦だ。あまり手荒に扱わないでもらいたい」

「なら、こちらの邪魔をしなければいいんですよ。単純な話です」

 澄ました顔で赤城は言う。

「私はトラック泊地所属、航空母艦の赤城です。覚えなくて結構。どうせもう、二度と会うこともないのでしょうし」


129 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:08:38.43 tRg8GXZS0 103/860


「待て、赤城。お前は何を言っている」

「新しく着任した提督などいなかった、ということですよ。いえ、別にね、命までとったりはするつもりなんてないんです。大人しく隠居をしていてくだされば、のんびりと余生を、この島で過ごしてくださればいいんです」

「漣たちには」

 ようやく忘我から戻ったらしかった。漣は、それでも気圧されている感を滲ませつつ、必死に赤城の圧へ抗う。

「任務が、あります。やるべきことが、あるんです。そうです。じゃないと、みんな、みんな死んじゃうから」


130 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:09:08.29 tRg8GXZS0 104/860






「は?」





131 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:09:36.56 tRg8GXZS0 105/860


 声が赤く染まった。奇しくもそれは、彼女が負った色だった。
 偏諱――あるいは、名は体を表す。

 耳を劈く爆撃音が響いた。一発、二発、三発目で、かき消されながらも最上の「赤城さん!」という叫び声が届く。

 砲撃。海水が盛大に打ち上げられ、雨となって降り注いでいくのが見える。

「ちっく、ちくしょう! なんだってんですか!」

 漣の額は大きく割れていた。生え際から血を流し、彼女の右目を潰している。
 海へと吐き捨てたのは唾だろうか。それとも血だろうか。そのまま魚雷を、砲弾を顕現し、赤城へ向ける。

「やめろ! 漣、やめろ! 事を荒立ててどうする!」

「ってったって、ご主人様ッ!」」

 荒立てはじめたのはあっちでしょう! 漣の叫びには正当性があった。俺に、自衛を放棄しろという命令は間違っても下せない。


132 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:10:37.54 tRg8GXZS0 106/860


 爆撃機が漣を襲った。一発一発が肉を抉り身を焦がす、炎の驟雨。苦し紛れに漣が放った武装は、赤城に難なくかわされる。
 最上が溜まらず漣を抱き留め、肩から掬い上げる形で高速移動。戦線離脱を計る。

「最上! 強制帰還だ、何としてでも逃げ出せ!」

「わかった、けど……!」

「強制帰還だっ!」

 視界が動く。海風にたなびく黒髪をかきあげながら、直掩機を散開させ、二人へ向かう赤城の姿がそこにある。
 海を滑る速度よりも風を切る速度の方が圧倒的に早い。背後に放たれた爆撃が二人の退路を断つ。

「みんなはもう死にました」

 断絶。言葉に籠められた意味を解釈すれば、ただひとつ、それだけ。

「みんなは死んでしまったんです」

「でも、まだ生きてるひとだっている!」

「いませんよ」

 赤城はとびきり満面の笑みを作った。

 ひまわり畑のような、笑顔だった。

「ここにいるのは一人残らずみぃんな亡霊です」


133 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:11:36.84 tRg8GXZS0 107/860


 艦娘の、亡霊。

 船の御霊を背負った子女が艦娘だというのなら、その子女さえも死んでしまったとき、艦娘は一体何になるというのだろうか。

「私は深海棲艦を殲滅します。私が殲滅するのです。あなたがたはそれをただ見ているだけでいい。本土もいろいろうるさくて大変なのでしょう? 和睦交渉だの、なんだの。人権派がどうだのと。
 それとも功に逸ってやってきたのですか? 壊滅したトラックを立て直せば、二階級特進が約束されているとでも言われて。そしてまた、私たちの声を無視する。そうでしょう」

 くつくつと赤城は笑った。俺たちを嘲っているのは明らかだった。

 赤城が矢を弓に番えた。

「もう一度言います」

 それを綺麗な姿勢できりりと引いて、

「あなたがたはただ見ているだけでいい」

 放つ。


134 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:12:40.25 tRg8GXZS0 108/860


 弾かれた矢は初速が最高速、そして一瞬で爆撃機の小隊へと変化し、上空に舞い上がっていく。
 空中で一回転。そのまま鼻先を殆ど地面と垂直になる急降下、水面に腹がつくかつかざるかというタイミングで魚雷を切り離し、一斉に起爆させる。

 巨大な水柱が轟々と音を立てて屹立し、漣と最上、そして赤城の間を隔てる一枚の巨大な壁となった。

「指を咥えて黙って見ていろ!」

 轟音に負けないほどの大声で叫んで、水柱が落ち着いた時にはすでに、赤城の姿は水平線の向こうに消え去りかかっている。

 たなびく長髪は、すぐに見えなくなってしまった。


135 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:13:42.39 tRg8GXZS0 109/860


 最上の手を縋りつくように握り締めている漣の姿があった。気丈に振舞おうと口の端をきつく噛み締めているのが、ひどく健気に思う。前線で戦うのは、情けないことに俺たち大の大人ではなくなってしまっているから、最早俺にはかける言葉も見当たらない。
 銃後は銃後で立派な役目であるとはいえ、漣や、なんなら龍驤だっていい。彼女らが化け物と戦っている間、俺だけが安全圏にいるというのが、申し訳なく感じてしまう。

「うぅー……!」

 堪えているのは涙か、それとも別の何かか。言い返せなかったのが口惜しかったという単純なものでは、恐らく、ない。

 責任をとることが上官の仕事だと、嘗て誰かが言った。十全に部下が動ける環境を用意してやることがそうであるとも。
 そのとき俺は果たしてそれが本当なのかわからなくて、そしていまだにわからないでいるようだ。

 ただ、こう言わないとこの場は収まるまい。

「漣、帰投しろ。最上も、悪いが詳しい話を聞かせてもらえるか」


136 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:18:03.89 tRg8GXZS0 110/860


「……ま、そうだよね」

 最上は漣から視線を切って、空を仰いだ。トラックの青空は抜けるような青だ。海とは違った透明感がある。

「漣、大丈夫か。あまり無理しないでいい。ご苦労だった」

「……別に、でも、だけど、……うん」

 嘆息。どうしたものか。

「とりあえずボクたちはそっちに行くよ。それまでに、少しだけ通信で説明したいけど、いい?」

「あぁ、ありがたい」

「龍驤さんたちから現状は聞いてるんでしょ?」

「あと、大井からも、少し」

「大井さん!?」

 素っ頓狂な声をあげる最上。

「あの人、まぁた抜け出して……今度発作が起きたら、いや、まぁ、仕方がない。とりあえず置いておこう」

 こほん、と咳払い。仕切り直しだ。


137 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:19:32.25 tRg8GXZS0 111/860


「赤城さんを知らなかったね? ってことは、誰がいるとか、どんな……うん、そうだね」

 最上は少し躊躇して、言葉を止めた。何かを考えているような、迷っているような。
 言葉を選んでいるのだと遅れて気づいた。

「誰が『どんな感じ』 になっているとかも?」

 誰が。
 どんな感じ。

 思わず不躾な言葉が出そうになるのを、俺は咄嗟に嚥下した。

「聞いていない。もし俺たちの仲間になって欲しいなら、俺たちが、自らの脚で探せ、と。会話をして、親しくなれと。鳳翔さんはそう言っていた」

「あぁ、そうか。やっぱりね。龍驤さんがボクのところに来たときは、そういうことは何も言ってなかったからさ」

「龍驤が、来たのか」

「うん。島の艦娘のところを回ってるみたいだったよ。だから、二人のことをみんな知ってるんじゃないかな」


138 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:21:09.10 tRg8GXZS0 112/860


「龍驤は、その、なんて?」

「別に? 本土から提督が秘書艦連れて、たった二人で来たって。新しく着任するんだって、それだけ伝えて、あとは好きにしなって」

「そうか」

 それはなんとも有り得そうな姿に思えた。
 龍驤だけではない。鳳翔さんも、夕張もそうであるが、彼女らは自主性を何よりも尊重する。奇しくも漣の言った通りの「好き勝手やっている」ということだ。

 そこで漣がだんまりであることに気が付く。バイタルサインは正常。心拍数が高いくらいで出血の影響は見られないし、怪我で会話もできないというわけではなさそうだ。
 赤城とのやりとりであいつが何を思ったのか、感じたのか、想像してみるしかない。俺たちは提督と艦娘であり、提督と艦娘でしかないのだから。急ごしらえの。

「漣、好きなもんはあるか」

 だからこんな言葉しかぱっと出てこないのだった。


139 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:22:25.36 tRg8GXZS0 113/860


「……は?」

「腹が減ったな。朝から食べたのは、あれか、フィッシュアンドチップスの紛いもんみたいなやつだけだもんな」

「……別に、特に、です。漣は好き嫌いないほうですけど、お肉よりはお魚かなぁって」

 反応があっただけでも儲けものだろう。漣の訝る視線が痛い。

「あ、じゃあちょうどいいや。今日は大漁だったんだよ」

「大漁?」

 つい鸚鵡返しになってしまう。

「あ、ご主人様、今見えました。タリホー!」

 お前は空軍所属じゃないだろうに。
 海の向こうに目をやれば、波間にぶんぶんと大きく手を振る漣の桃色が映えていた。隣には漣よりもいくぶんか背の高い、最上の姿がある。

「ボクはのんびりと釣りをするだけで十分だったんだけどねぇ」

 ふと岩礁にいた釣り人へ視線を向ける。
 ……誰もいない。ただ釣竿だけが、倒れていた。
 傍らにあるバケツで魚が跳ねた気がした。


140 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:26:35.96 tRg8GXZS0 114/860


――――――――――――――

 もぐもぐ。

「うまいなこれ。なんて魚だ」

 はふはふ。

「わかんない」

 ごくごく。

「メシウマ! 細かいこと気にしてると禿げますよ、ご主人様」

 色は奇天烈でも味はなかなかによかった。適当に下ろし、適当にフライパンで焼いた魚の切り身と、大して量の無い米。時折鱗が引っかかるのが気に障ったが、すきっ腹には全てがうまい。
 最上が釣ってきた六匹の魚は全てそうして平らげてしまって、随分とまぁいつの間にか馴染んだなぁなんて他人事みたいに、俺は最上へ視線やる。

「?」

 きょとんとしていた。


141 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:27:01.66 tRg8GXZS0 115/860


 龍驤たちの態度、そして赤城の態度を考えれば、恐らく最上こそが少数派なのだろう。穏健派といってもいいのかもしれないが、それは少し、龍驤や赤城に悪いような気もした。
 そして少数派の最上と真っ先に出会えたのは僥倖だった。一手順番が違っていれば、漣が赤城に沈められていたかもしれない。そう考えればなおさらだ。

 すっかりとこの家の住人といった風情で最上は桟敷にごろりと寝転がる。漣も満たされた腹を撫でながら、その隣に転がった。

 それでいいのか、とは言えなかった。

「寛ぎのところ悪いんだが」

 マル秘と判が押された資料を手に、俺は最上へ問いかける。

「赤城、ありゃなんだ。鬼か?」

「鬼じゃないよ。赤城さんは赤城さんさ」

「気が振れたわけではなくて、もとからあんな感じだったと」

「そういうわけでもないけどね。前はあそこまで、殲滅に執拗じゃなかった」


142 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:27:40.92 tRg8GXZS0 116/860


 尋ねながらも、俺は抱いていた疑問の一つが氷解していくのを感じていた。
 近海に深海棲艦は出没しないのだろうかと思っていた。本土においてさえ遠洋漁業は斜陽の一途を辿って久しい。こんな辺境のトラックで、深海棲艦に怯えることなく漁ができるのだろうか、と。
 勿論龍驤たちだってやっていないわけではないのだろうが、恐らく、この泊地周辺の深海棲艦は、軒並み赤城が根絶やしにしているに違いない。

 艦娘の中には親や親戚を深海棲艦に殺された者もいる。多いとまでは言えないが、かといって珍しいわけでもない。赤城のあれも同じ類の感情か。
 そりゃそうだ。くだらない自問自答。この泊地は一度壊滅していて――今も壊滅したままだ。

「俺たちは次なるイベントのためにここに来た」

 真っ直ぐに最上と向き合う。のんべんだらりとするのもいいが、〆る時はきちんとしなければ不見識だ。人と人が接するというのはそういうことだ。
 自らの内に獣が住んでいたとしても、俺はまだ、人でありたいと思う。

 希う。


143 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:29:16.83 tRg8GXZS0 117/860


「イベント、ね」

 最上も俺の雰囲気を察してか、居住まいを直してくれた。漣も、もちろん。

「お前らが上層部を許せないってのは重々承知だ。遺恨はあるだろう。が、それを飲み込んで手を取ってくれねぇか。じゃないと、漣もさっき言ったが……全員死ぬぞ」

 トラック泊地の生き残りも。俺も。漣も。
 当然ここで暮らす人々だって。

 自らの手で決着をつけると貫ける存在が一体どれほどいるだろうか。赤城は決して普遍的ではない。

「最上さん」

 正座をして、その膝に手を衝いて、漣。

「漣もご主人様も、誰かが深海棲艦に殺されるのを、ただよしとはしません。一人より二人。二人より三人。そうじゃないですか。違いますか」

「……こっちにもまだ戦力はいるけどね」

 最上の目が泳いだ。その言葉がどれだけ真実かはわからないものの、どうせ彼女自身が信じていないのではないか。
 生き残った十人やそこらで泊地周辺を防衛し、敵の邀撃を為すなんてのは、用兵や作戦がどうという問題ではない。言ってしまえば奇跡か神業。


144 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:29:46.30 tRg8GXZS0 118/860


「そうしてるうちに赤城は傷つく。他の奴らも、そうだ。
 俺たちの手足になれとは言わん。今まで通りの生活をしていてくれればいい。ただ、状況が逼迫した際に、選択肢は増えたほうがいいだろう」

「ん、まぁ、そうだねぇ」

 細く息を吐き出すと、一瞬だけ視線が合った。

「もともとね、戦いは好きじゃないんだ。ただ適性があっただけで、本当はのんびり……うん、釣りとかをしてるのが性に合ってる。
 久しぶりに誰かとご飯を食べた気がするよ。一人のご飯ってのはおいしくない。おざなりになりがちで、きっと赤城さんも、ほかの皆も、そういう感じなのかなぁ」

 滑らかな動作で手が差し出された。

「そういうのはよくないね。うん。よくないよ、やっぱり」

「……いいのか?」

「自分から誘っといて何言ってるのさ。ボクだってまだ死ぬのは嫌だし、それに、このままじゃだめだってのもわかってるんだ。
 これからよろしく。できることは大してないかもしれないけど、手伝えることがあればなんだってやるよ」


145 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:30:13.71 tRg8GXZS0 119/860


 俺と握手、そして続いて漣とも。
 一瞬だけ漣がびくりと震えたのは、いつぞやの大井との一件を思い出してのことだろうか。

 あの顛末はいまだに俺の中で消化できずにいる。いつかわかるときがくるのか、そしてわかったほうがいいのかも曖昧だった。

「早速で悪いが、いくつか訊きたいことがある」

「赤城さんのこと? それともまだ見ぬ他の生き残りのことかな?」

「後者だ」

 鳳翔さんは自らの足で探せと言い、俺もそれに同意した。その立場を崩すつもりはない。だが、果たして龍驤一派に与しない艦娘なら、どうだろう。そう思ったのだ。
 言動を見るに最上は他の艦娘のことを知ってこそいるが、現状それほど親しいようでもない。口添えをしてもらうというのはあまりにも都合のいい考えだが、今は少しでも情報が欲しい。

 まずは、突破口を見つけなければならない。


146 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:31:07.89 tRg8GXZS0 120/860


「神通、と赤城は言ったな。子分と間違えた、と」

 聞き間違いであるはずもない。はっきりと、あいつはそう言ったのだ。
 神通。そしてその子分。少なくとも二人、艦娘がいるのだ。

 赤城と敵対関係にあるようにも取れる発言だったが、果たして艦娘同士でのいざこざが今更あるのか? 今更だからこそ、という可能性もないわけではないが……。

 どのみち敵を間違えてもらっては困る。
 敵は深海棲艦で、そして、俺たちなのだから。

「どうしました、ご主人様」

「いや、失礼。なんでもねぇよ」

 自嘲気味に浮かんだそれを、口で手を覆って隠すことにした。

「別に居場所まで教えろ、事情を詳らかに話せ、とは勿論言わねぇ。ただの確認だ。『神通』、及びその『子分』がこの島にはいるんだな?」

「神通ってのは、確か」

 漣がこめかみをとんとんやりながら呟く。

「軽巡ですね。大井……さん、と、同じ艦種です。だから子分ってのは、駆逐艦だとは、思います」


147 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:32:44.32 tRg8GXZS0 121/860


「軽巡が戦艦やら空母を『子分』とするのは考えづらいってことか」

「そうですね。年齢的なこともあるっちゃあります。大型艦になるにつれて、素体の年齢層もあがるという話ですから……言葉のニュアンスを加味すれば、って感じかなぁ」

 最上をちらりと見た。正座している彼女の視線は自らの膝元、そしてそこに置かれた手に向けられている。
 俺と視線を合わせたくない、何かを悟られるのが嫌だ、そういうわけでもあるまい。きっと単純に苦しいのだろう。息が、心が。
 それだけの何かが神通とやらにはあるのだ。

「……最上」

 急かすつもりはなかった。が、時間に余裕があるわけではないのもまた事実。
 いっそ深海棲艦が攻めてくれば、なし崩し的に共同戦線を張れるのではないか――そこまで考えて頭を振る。だめだ。少なくとも赤城を見た限りにおいて、だからどうしたと言わんばかりの鬼気迫る様相だったじゃないか。


148 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:36:39.90 tRg8GXZS0 122/860


「うん、ごめんね、ちょっとまって」

 そう言って、すぅはぁすぅはぁ深呼吸。何かを口の中で反復しているようだったが、何を言っているかまでは聞こえない。

「もう大丈夫。言いたいことはまとまった。準備ができて、覚悟も……できた。
 鳳翔さんは艦娘の名前と居場所を教えなかったんだって? 気持ちはわかる。気持ちはわかるんだ。だけどボクは、それは逃げだと思う」

 幸せの中で死ぬのなら、それは不幸せの中で生きるよりも、幸せなことなのかもしれない。
 漣はその言説に否定的だった。どうやら最上もそうであるらしい。

 俺? 俺は……。

「ボクたちには、ボクたち自身を幸せにする義務がある。諦めるのは、逃げるのは、まだ早い。もっと手遅れになってからでもいい。
 このまま――あのまま、何もなければ、あるいはそれでよかったのかもしれないね。いずれ来る終末を、みんな好き勝手やって待っていれば、それでよかったんだ。だけど事情は変わった。
 あなたが」

 と、最上は俺を見た。

「来たから」


149 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:37:44.21 tRg8GXZS0 123/860


「……はっ」

 反応に困って、とりあえず笑い飛ばしてみることとする。
 買い被ってもらっちゃ困る。実際に戦うのは艦娘のお前らじゃねぇか。

「きっと、これが最後の機会なんだ。いや、好機かな。ボクたちが、みんなまとめてどうにかなるための。そう思った。そう思ったんだよ」

「だから漣たちを手伝ってくれると?」

「うん。期待してるんだ。きみたちがみんなを幸せにしてくれるってわけじゃないよ。きみたちが現れて、それをきっかけとして、みんなが幸せになればいい」

「それはつまり、最上さんは、幸せじゃない誰かを知ってるってことですよね」

 漣の指摘。目を瞑った対面の最上の表情は、いまいち茫洋として窺い知れない。
 閉じた瞳の裏で一体誰を想起しているのだろうか。

 龍驤か。夕張か。鳳翔さんか。
 それとも赤城か、神通か、まだ見ぬ他の艦娘か。


150 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:39:29.08 tRg8GXZS0 124/860


「赤城さんは、深海棲艦を殺して回ってる。それは見た通りさ。どこまで殺せば気が済むのかはわからない。本当に根絶やしにするつもりなのかもしれない。
 そして、だから、神通とは相容れないんだ」

「仲間なのに?」

 問うたのは漣。気持ちは俺も同じだった。
 手段と目的が入れ違ってしまっているような、そんな感覚に陥ったから。

「仲間なのに、さ」

 応じる最上はあまり明るくない。いっそ笑い飛ばしてしまえればどれだけ楽か。

「赤城さんは独りだったけど、神通は独りじゃない。漣ちゃんの言った通り、駆逐艦が二人、合計三人で行動してる。
 雪風と響。年齢は、そうだね、漣ちゃんと同じくらいかな。雪風は茶色いショートボブ、響は銀髪の、まぁ目立つとは思うけど。
 その三人もまた、赤城さんと同様に、深海棲艦を倒して回ってるんだ。だから赤城さんとは獲物の横取りしあい。最近は互いに暗黙の縄張りみたいなものを設定したらしいけど、だからどうしたって感じだよね。気にしないときは気にしてる様子もない」


151 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:40:42.29 tRg8GXZS0 125/860


「だから『相容れない』? どうしてですか?」

「赤城さんは簡単さ。あの人は『自分が』、だからね。見たでしょ? 自分がやるんだ、倒すんだ、殲滅するんだ、って。信用してくれてないのか、それとも意固地になってるだけなのかはわからないけど。
 神通は逆。神通の目的はね、雪風と響に経験値を与えることなんだ。一刻も早く二人を強くしなきゃって東奔西走。だからいっつも引き連れて、どんな雑魚でも見逃しはしない」

 なるほど。ならば、ぶつかるのも必然と。

「まぁでも、神通は別に、赤城さんみたく襲ってくるわけじゃあないからね。勿論敵視してくるとは思うけど、もともと落ち着いた、静かなタイプだし、話し合いには応じてくれる……と思う。
 それに神通には休息が必要だ。心も、体も、酷使しすぎてる。仮にきみたちが雪風と響を指揮してくれるっていうなら、負担も軽減されるだろうし」

「そんな切羽詰まってるんですか。何がそこまで、神通さんを」

「襲撃のことが漏れてるからじゃないか」

「それもあるね。けど、多分、なくっても変わらないと思うよ」

 意味深な発言だ。

「死にすぎたからね。赤城さんじゃないけど、みんな、みぃんな……」


152 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:42:39.13 tRg8GXZS0 126/860


 ……。

 あぁ。

 そうか。
 そういうことか。

 なんて単純な話なんだ。

 強くなければならない。
 強く在らねばならない。

 赤城と神通がたどり着いたのは、きっと、そんな……。

 そんな、真理。

「強くなければ生きていけない……」

 優しくなければ生きていく資格がない。

 漣が呟いた――そう、呟いた。誰ともなしに、誰に聞かせるでもなく。
 こいつは言動によらず聡明だから、俺たちに優しさを要求する世界こそが優しくないというダブルスタンダードを理解しているに違いない。
 神通と、そして赤城すらも慮れる懐を持てと言うのは、中学生相手に酷だろうか。事実赤城は漣に「優しく」なかったわけだし。


153 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:43:08.64 tRg8GXZS0 127/860


 思いのほか言葉が強く出た。

「勿論あっちがどう出るかによるが、俺たちを手伝ってくれるなら、そのあたりはいくらでも譲歩する。どうせ戦ってもらうことになるんだ。指揮を任せられないほどに信用してもらえないのなら、そんときゃまた、別の方法を考えるさ。

「ご主人様、格好いいですよっ」

 頬を紅潮させて漣が言った。決して俺に惚れたがためのそれではなかった。興奮しているのかもしれない。

「強くなければ幸せになれないなんてのは、絶対、ぜーったい間違ってるって、漣は思うんですっ!
 強くなくたっていい! 特別じゃなくたっていい! 格好良くなくたっていい! その上で幸せになれないと、だって、じゃあ私たちはどうすりゃいいんですかって話じゃないですか!」

 そういう人が殆どなんだから――漣の言葉の裏にはそういう意味が隠されている。
 確かにそうかもしれなかった。俺たちにはやらねばならないことがある。弱いままで、平凡なままで、泥にまみれたままで、俺たちはそれを為さねばならない。
 成さねばならない。


154 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:44:35.12 tRg8GXZS0 128/860


 最上は小さく頷いた。心地よさそうに目を瞑っている。

「この状況をなんとかしなくちゃいけないとは思っていても、実際、ボクはこの状況が『なんとかならないかなぁ』止まりだった。きみたちに乗ることにするよ。
 他に訊きたいことはあるかい? 知っている限りなら教えるよ。別に龍驤たちに反目するつもりもないけどさ」

「赤城、神通、雪風、響。あとは?」

「生きていれば」

 最上が一旦言葉を切ると、漣の唾を呑みこむ音が、やけに大きく聞こえた気がした。

「霧島。扶桑。伊58。その三人くらいかな、泊地が壊滅してから、ボクが出会ったことのあるのは」

「戦艦、戦艦、潜水艦ですね。戦力的には申し分ないです」

 疎い俺のための説明。生死不明……泊地壊滅後に出会ったとはいえ、その後の足取りを最上も掴めていないということなのだろう。あるいは必要以上に深入りしないようにしていたのか。

155 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:46:09.31 tRg8GXZS0 129/860

いうことなのだろう。あるいは必要以上に深入りしないようにしていたのか。
 現状艦種に戦艦はいない。もしその霧島および扶桑を仲間に加えることができたのならば、ようやく邀撃の二文字に光明が差しこまれる。
 勿論仲間は多いに越したことはなく、駆逐艦だろうが潜水艦だろうが、俺は喜んで出迎えてやるが。

「龍驤さんたちも知らないんですか?」

「さぁ、どうかな。ボクは知らないってだけだから……」

「教えてくれるとは思えないけどな」

 鳳翔さんのあの態度を見ている限りは。

「でもさっき、最上さんは龍驤さんから漣たちのことを聞いたって言ってました。ってことは、少なくとも龍驤さんは、ある程度生存している艦娘の居場所がわかっているってことになりませんか」

「そりゃまぁそうだが」


156 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:47:51.66 tRg8GXZS0 130/860


 あいつらは所謂世話役だ。たとえば赤城と神通がドンパチを始めたら、すぐに割って入れるくらいの情報網はあるだろう。そしてそこに、他の艦娘の居場所が含まれていないと漣は思っていないようだった。
 考えていることは俺も同じ。しかし僅かにスタンスが違う。漣のプラグマティズムは、少し、やはり、「他者もそうするべきである」という認識に立っているようだったから。

 それは危うい認識だ。本人がどう思っているかは、わからないまでも。

「まぁ龍驤はわかると思うよ。一から十までってことはないだろうけど」

 確信的な物言いの最上だった。
 あいつらが艦娘の居場所を突き止められるというのなら、俺たちの話を盗み聞きしていた大井も、見逃されていたということだろうか? そして大井はそれすらもコミで盗み聞きをしていた?
 もしそうだとするのなら、あまりに茶番である。どんな確執があったって、あの性格だ、おかしくはないのだが。


157 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:48:57.11 tRg8GXZS0 131/860


「指揮権を委譲されたから?」

「……! 凄い、よくわかったね」

 単純な推測だった。前提督が死んだのなら、その指揮権はいまだ宙ぶらりんになっている可能性がある。そうでないのなら誰かが引き継いでいるしかない。
 理由はともあれ俺は本土から正式な辞令を受けてやってきている。しかしいまだ龍驤たちへの指揮権を得ていない以上、誰かが指揮権を占有していると考えるのが妥当だろう。

 まぁ、そんなものはお飾りでしかないのだろうが。

「指揮権たって意味がねぇや」

「ご主人様の仁徳のせいですか?」

「は?」

「じょーだんですよ、あはは」

 半分くらい本気の目をしていたが?
 まぁいい。仁徳なんてものはコンクリに固めて海中へ投棄してきた。漣の言い分も間違っちゃいない。

「権力ってのは同じ組織、共同体の中にいるからこそ効果を発揮するもんだ。俺が提督だっつったって、それを担保する何物も、トラックにゃ存在しねぇ」

「あ、パーソンズだね。渋い」

「渋いかぁ?」

「ぱーそんず?」

 漣はちんぷんかんぷんの様子だった。中学生には権力の何たるかはまだ早い。


158 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:49:34.08 tRg8GXZS0 132/860


「さしあたってはボクも他の仲間の居場所を突き止めてみるよ。あんまりのんびりはしてられない、だったよね?」

 立ち上がり、尻をはたきながら最上は言った。

「……いいのか」

「もう、何度も言わせないでよ。やるよ。やるったらやるんだ。ようやく、遅咲きの覚悟ってやつが、ボクにも芽生えてきたみたいだしね」

 最上の言葉はなんとなくわかる。しかし所詮なんとなくどまりである。
 そこまで深入りする必要もないのだと、俺の中で自分が忠告していた。きっと本土ならばその姿勢は正しかったに違いない。体にも、ましてや心にも、傷を持つ人間は増えた。いちいち関わりあっていたら身がもたない。

 だが、ここでは。トラックではどうだ。

 ギャルゲー。奇しくも漣の言葉は妙だった。まさかそんなはずのない単語が、ここに来て関連しだす。

 決してそちら方面に造詣の深い俺ではないが……。


159 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:50:53.43 tRg8GXZS0 133/860


 少し意識して呼吸をし、自らを落ち着かせることにした。慣れないことはすべきではない。今は、まだ。

「最後に訊きたい。霧島と扶桑、伊58の情報だ」

「戦艦二人は大学生、ゴーヤは……高校生だったかな? 受験生だって言ってたから、うん、多分、そうだと思う。どっちかって言うと霧島がタカ派、扶桑がハト派かな。ただどっちも年長者だからね、割り切り方も心得てたよ。
 ゴーヤは……なんて言ったらいいんだろう。面倒くさがりってわけじゃないけど、仕事をてきぱきこなすタイプでもなかった。いっつもハチとかイムヤにせっつかれて、ようやく重い腰をあげてた」

「お前の目から見て、三人は手伝ってくれそうか?」

「霧島は、多分。あの人は真面目で愛国心に篤いから。事情を話せばわかってくれるだろうさ。扶桑は、どうかな。あの人は平和主義者でどんぱちが向いてるタイプじゃない。でも、心残りはあるはず。扶桑がそうしたいと思う限り、そうしてくれると思う」


160 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:51:44.69 tRg8GXZS0 134/860


「伊58……ゴーヤ? といったか。そいつは」

「……さぁ、どうだろうね」

 意識的に視線を逸らされた。あまりいい邂逅ではなかったように見えて、俺は踏み込むか一旦退くか、逡巡する。

「……」

 いや、やめておこう。どのみち三人同時に折衝するのは骨が折れる。まずは戦艦二人に交渉を持ちかけよう。残りはその後だ。
 霧島。扶桑。戦力的にも申し分はない。

「霧島は浜辺で体を鍛えてるのを見たよ。扶桑は漁船の護衛についていることが多いみたいだけど、どこから出航してるのかはわかんない。ま、具体的な場所がわかんないのは霧島の方もだけど。
 龍驤たちならわかると思うけど、それは難しいのかな?」

「どうかな」

 会いに行くことに大した抵抗はない。問題はあちらが会ってくれるかどうかということと、こちらの行動があちらの不利にならないかということだ。
 次回のイベントを乗り越えるという点において、俺たちと龍驤たちは手を取り合えるはずだった。目的は合致している。だからこそ最上も手を貸してくれるわけなのだし。


161 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:52:46.59 tRg8GXZS0 135/860


 だが、艦娘の不幸を彼女たちは望まない。

 そんなのは当然俺たちだってそうだ。殊更に世論を煽る真似は三流雑誌だけで十分だった。だが、彼女たちは不幸にならないためなら死んでもいいとさえ思っている。
 そこだけが相容れない。

 霧島や扶桑が自主的に、最上のように、自らの意志で俺たちに与してくれるのがよかった。龍驤たちも「二人なら自主的にこいつらに賛同するだろう」と判断してくれるのが輪をかけての最良だ。
 艦娘を巡って龍驤たちと対立するのだけは避けたかった。自主性を重んじるとはいえ、俺たちの行いは結局のところ、兵隊を戦地に送り出す血のポンプに等しい。彼女たちがどれだけこちらの勧誘を不問としてくれるのか、判断はいまだつかない。

「不毛なことを考えても不毛ですよ、ご主人様」

 トートロジーとしても忠告としても正しかった。漣は決してぶれることのない、その桃色の姿を凛と立たせている。


162 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:53:29.69 tRg8GXZS0 136/860


「失敗も何も、戦力が揃わなきゃゲームオーバーなんですから。是が非でも霧島さんと扶桑さんは見つけ出さなきゃなんないでしょ、そうでしょう?」

「ま、そうだな。俺たちに選択肢なんてあってないようなものだ」

 トラックの艦娘たちと一緒に生きるか、あるいは一緒に沈むか、それしか選びようのないのだから。
 一蓮托生。それならそれなりの動き方というのもある。

 俺はそれを知っている。

「座りっぱなしも腰に悪いな。痛んできやがる。散歩がてら、二人を探してみよう。龍驤にも話がある」

「え、会いに行くんですか?」

 露骨に顔を顰める漣だった。
 申し訳ないが、今回に限り漣に拒否権はない。言葉ではなく行動で表そうと、俺は伸びをしながら立ち上がる。ぽき、こき、と腰の骨が音を鳴らした。


163 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:54:03.42 tRg8GXZS0 137/860


「指揮権が前提督から龍驤に委譲されたという仮定。それが正しいのなら、龍驤は恐らく所属している艦娘の位置を追跡できるはずだ。となれば、赤城と俺たちの邂逅、最上との接触、ここでこうして会話していること、全て御見通しとなる」

「でもあの人がそんな真似しますかね。束縛したくない、やりたいようにやればいい――そう思っている御仁が、ですよ? ご主人様、漣的には、それはちょーっと納得がいかないです。
 漣の龍驤さん像は、情に篤いが故の放任主義というか、あくまでフェアを気取るんじゃないかって。勝手にしろと言いつつ、嘗ての仲間の居場所を必要もないのに探るだなんてアンフェアな真似、採用するとは思えません」

 ふむ。そういう考え方もある、か。

「理解はできる。知識としても、頭の中にはある。その上で信じられねぇな。実利を捨てて矜持によって生きるのはさぞかし立派だろうが」

「だからそうなんですよ」


164 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:54:38.49 tRg8GXZS0 138/860


 漣は偉ぶるわけでもなく自信ありげに言うでもなく、今日も空が晴れている、それと同じように言葉を紡ぐ。

「立派なひとなんです」

 それは確たる事実だった。疑いの余地はない。

「……早速行くか」

「う、本当に行くんですかぁ」

「当たり前だろうが。最上」

「うん、いいよ。道案内、だよね」

 外様二人だけで歩くよりも、トラックの地理や人々に明るい最上を連れ立つほうが、なにかにつけて安全だ。 
 最上と漣はさっさと立ち上がり、長話で痺れた脚に悶絶していた。
 ふらふらと歩きながら、それでも楽しそうに扉を開け、日差しの中へと走り出していく。歳の近い同性がここにきて現れて、高揚しているのだろう。俺も漣のおもりからの解放感がある。

「おい、あんまり先に行くな。飲み物はいらねぇのかよ」

 仕方がなしに水のペットボトルを三本抱え、俺は二人の後を追う。


165 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:55:07.24 tRg8GXZS0 139/860


「……?」

 部屋の扉の前、そしてその周囲が濡れていた。
 水の沁みは強い日差しと気温である程度蒸発してしまっている。が、どうやら道の先から来たらしい。俺たちがやってきた海の方向を示している。
 海からやってきて、部屋の前で立ち止まり、少しうろうろしていた形跡。

「……跡をつけられていた?」

 そして俺たちが来る前に逃げ出した。
 なぜ。なんのために。……だめだ、心当たりが多すぎる。

「ごーしゅじーんさまー!」

「あぁ、いま行く」

 警戒に一層心を引き締め、俺は戸締りを再度確認して、二人の後を追った。


166 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/27 23:58:02.33 tRg8GXZS0 140/860


―――――――――――――――

 泊地跡は海沿いにあった。ドックが併設されていて、桟橋、倉庫など、おおよそ必要そうな施設も視界の中には捉えられる。
 中身がどれだけ稼働しているのかは判断がつかなかった。艦娘としての任務に就いているやつらがいる以上、最低限度の設備はまだ使えると考えていいはずだ。だが、その最低限度すら、俺には怪しい。

 艤装の整備や燃料の補給など、赤城や神通、その他の艦娘たちはどうしているのだろう。ふと気になった。ドックでのみ受け付けるのであれば、必然、ここでニアミスを起こす可能性は格段に上がる。
 俺たちと、というだけではない。例えば犬猿の仲であるという赤城と神通であったり、最上の知らない艦娘だって。


167 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:00:16.69 j1TEpksy0 141/860


「最上は近寄っていたのか?」

「んーん。ボクは海辺で釣りをするくらいだったからね」

「戦闘に赴くメンツが戻ってくる可能性はあるってことですか? ご主人様としては、それは避けたいと」

 勿論それもあった。だが何より、準備も心構えも、これからの計画も立てていない段階で、対象と出会うことはまずい。有体に言うのならば、俺たちは決して地雷を踏まないように立ち回らなければいけないのだ。

「ただ、夕張さんは言ってましたよ。遠征にも出られないから、資材はからっけつだって。ならここに戻ってくるんじゃなくて、自分たちで調達してるんじゃないですか」

「うん、その可能性は十分にあるね」

「そんな簡単に調達できるもんなのか」

「採掘地点自体は衛星使って調べられるし、そもそも周知だからなぁ。海水からだって抽出できないわけじゃない。海から離れなければ、そもそも神様の加護もある」


168 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:01:16.19 j1TEpksy0 142/860


 そうだった。こいつらの艤装を動かす主の燃料源は、油や電気ではなく、もっと不確かな――それこそ核よりも不確かなものなのだった。
 海の上、もしくはそばに居続ける限り、艦娘は艦娘足りえる。

 勿論酷使するには追加の資源が必要になるだろう。その心配をする必要は、いまのところなさそうだ。
 それは俺たちにとっては幸運なことだった。限りある資源を龍驤たちと奪い合い、その件でまた対立するなんてことはまっぴらごめんだったから。

 ここまでの道程で尾行者の姿を見つけることは叶わなかった。もう場を離れたのだろうか。
 いや、相手の目的がわからない以上、安心するのは早い。

「よぉ、最上。こないだぶりやな」

 目庇しを調節しながら、入り口のガラス戸に背中を預けたまま、龍驤は言う。ガラス戸は枠だけになっていた。それが襲撃の影響であることは想像に難くない。
 臙脂色の服にぽっくりを穿き、ツインテール。龍驤の姿は先日と変わらない制服のままだ。日常的にここに通っているのだろうか。それとも、そもそも居住している? 有り得そうな話だった。ここには寮も付属しているだろうし。


169 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:02:12.25 j1TEpksy0 143/860


「龍驤も、変わらず元気みたいだね」

「まぁな。そりゃな。
 んで、そっちのお二人も、暑い中お疲れさん。諦める気には、なってくれてへんみたいやね」

「諦めてどうにかなるもんでもないだろう」

「なんや、妙に強気やな。仲間ができたからか?」

「どうせ本土に戻ったって居場所なんかねぇことを思い出しただけだ。中にいれてくれねぇか、暑くって堪らん」

「ふぅん。ま、別にええけどね。ただ、エアコンなんかとっくに壊れてるよ」

 まず病院の待合室のような空間があった。弾痕の生々しい痕が残った壁、砕けた鉢から零れた土と枯れた植物、ひん曲がった脚の椅子に砕けた蛍光灯の傘。
 陽光が遮られるだけでも、体感的に随分と楽になった。肌に突き刺さる感覚は、既にない。


170 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:03:01.63 j1TEpksy0 144/860


「ここで勘弁しぃや。あんまり奥まで進むと、崩落の危険もあるんでな」

「泊地は機能していないんですか?」

「なんや、最上から聞いとらんのか。……最上」

「ボクよりも龍驤のが詳しいでしょ。そこは頼むよ」

 龍驤は一瞬伏し目がちに視線をさまよわせた後、一息つく。

「建造施設と開発機構は全損や。夕張曰く、塩水が悪さしとったらしいけど、詳しいことは知らんな。どのみち榊の枝も折れてもうたし、玉串は瓦礫の下に埋まったまんま、御札も九字も破れてもうたから、神祇省の人間呼ばんことにゃ太刀打ちできひん。
 ま、不幸中の幸いは、修理機構が辛うじて残っとることやな。ドックはおじゃんやけど、高速修復溶液の原液と、希釈剤、あとは簡易メンテのキット。自己診断プログラムがインストール済みの端末もなんとか持てて逃げ出せた。大破までなら、なんとかなる」


171 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:03:45.61 j1TEpksy0 145/860


「赤城もそれを使っているのか?」

「……そか。そっかぁ」

 龍驤は脱力気味にパイプ椅子へと腰かけた――ついに脚が折れ、背中から床へと叩きつけられる。
 慌てて最上と漣が駆け寄るが、しかし彼女は他人事のように、煤けた天井をぼんやり眺めている。

「あいつに遭ったかぁ」

「……あぁ、遭った」

「海の上で?」

「はい」

 俺の言葉を引き継ぐように、漣。

「交戦しました。そこで助けてくれたのが、最上さんで」

「あぁ、そーゆー……。どやった?」

「……変わらず」

 応える最上の顔もどこか暗い。


172 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:04:47.15 j1TEpksy0 146/860


「なぁ、おっさん。あいつはそりゃもう愉快なやつやった。健啖家でな、どんぶり飯を三杯喰う女や。酒と肴にも詳しくて、よくあいつと……死んでもうたバカ提督と呑んどった。
 復讐に狂うあいつの顔を見たか? 酷ォ顔をしとったやろ。ウチはな、あいつが望んであんな顔をする人間だとは思っとらんのよ。
 そうさせたんは誰や? どこのどいつがあいつから笑顔を奪った?」

 それは深海棲艦かもしれなかったし、大本営かもしれなかったし、詩人ならば運命の神様とでも答えたかもしれない。だが、きっと龍驤はそのすべてに納得しないだろう。

「弱かったのが悪いと、神通ならきっとそう言うのかもな。強ければ死ぬことはなかったと。けど、ウチはそこまでの傑物やない。
 なぁ、答えてくれんか、おっさん。お嬢ちゃんでもええ。誰かウチに教えてくれや」

「……漣たちは、もう二度と」

 あんな顔を、誰にもさせないために、ここにいる。
 そこまでの覚悟を携えてきたかと問われれば、胸を張って首肯できないのが本音だった。俺がここにいるのは単なる辞令の結果である。大義を両手にやってきたわけでは、決してない。
 そして、今はどうだ。正直、俺は俺のことがよくわからないでいる。


173 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:05:31.93 j1TEpksy0 147/860


 覚悟がなければ大事を成せない? 大事を成す権利がない? 俺はそうは思わない。なぁなぁにやったって成功することはごまんとある。
 だが、龍驤を見て、赤城を見て、俺は常に不快な思いに苛まれ続けてきた。自らの怠惰を責められているようで。

「わかっとる、わかっとるよ。単なるいけずや。本気で聞いとるわけやない。
 あんたらが来た理由は大方予想がついとる。仲間の情報か、あるいは指揮権。違うか」

「……違いません」

 どうしてわかるんですか、と言いたげな漣の口ぶりだった。
 恐らく龍驤は、再興に必要であろう数々の権利や情報について、殆ど掌握しているに違いない。だから俺たちの行動が読め、先手が打て、心が読めるかのような言動ができるのだ。

 俺の推測が正しければ、それはあまりにも辛すぎる現実だった。

 彼女は、嘗て再興に失敗したのだ。


174 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:06:53.82 j1TEpksy0 148/860


 龍驤は倒れた姿勢からようやく立ち上がり、尻やら肘やらの埃を払う。表情に感情は薄い。まだ、赤城のことを想っているのかもしれなかった。

「仲間の居場所は教えん。答えは前と変わらん。そっちで勝手に探しぃ。ウチも、他人のプライベートを覗き見する趣味はないからな、そういうことはしたくないんや」

「指揮権は」

「それもノー、や」

「どうして!」

「勘違いするなよ、お嬢ちゃん。これに関しては、別にウチのいけずやない。あんたらのためを思うて言うとるんやで。
 トラックの艦娘はもうみんなばらばらや。あんたらに今指揮権が渡れば、監督不行き届きってことになるの、わかるか?」

「それがどうしたって言うんですか!」

「漣」

「っ! でも、ご主人様っ」

「龍驤に最後まで喋らせてやれ。……わからないでもない話かもしれん」

「……?」

 念には念を入れ、というか。微に入り細を穿つ、というか。


175 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:07:37.34 j1TEpksy0 149/860


「大本営はあんたらを遣わした。理由は知らん。どうしてあんたらが選ばれたのか、ウチは知らんし、興味もない。だけど、なんとなく、なんとなーく、な、普通に選ばれたわけじゃないと思うとるんよ」

「……漣は、立候補しました」

「……」

 何かを言うべきか迷ったが、その迷いを悟られた時点で、何を言っても意味がないのは明白だった。

「あんたら、まさか自分たちが、ずっと泊地で提督やれると思うとるわけじゃあるまいよね?」

 ……あぁ、そうか。
 やはりか。

「壊滅したと思った泊地が首の皮一つで生き残っていて、そこに着任するなんてのは、どう考えても罰ゲームや。人身御供。生贄。まぁ好きに呼びゃあええけど、うまくいくなんてハナから思われとらん。
 一年? 半年? もしかしたら三か月もすりゃ、新しいやつらが赴任するで。そして根掘り葉掘り粗探しされて、あることないこと……ないことないこと報告されて、ほっぽり出されるのがオチやろ。ならいっそのこと、指揮権なんてないほうが、なーんもかーんも自由にできる」


176 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:08:29.32 j1TEpksy0 150/860


 指揮権はいくつかの階層に別れていて、閲覧できる情報や従うべき指揮の系統が厳密に定められている。俺の直接指揮下にあるのは現状漣だけ。トラック泊地に登録されていないはずだから、龍驤からも独立している。
 相手さえ承諾してくれれば、例えば俺も最上に対する指揮権が得られる。さらに上位には龍驤が位置し、彼女の指示は俺よりも優先となるが。

「そんな」

 漣は衝撃を受けているようだった。立候補してまでトラックに来るという不自然さがゆえに、任を解かれることへの危機感が人一倍強いのも、また彼女なのだろう。
 龍驤の言葉がすべて正しいとは思わなかった。大本営に裏切られ、信頼などまるでしていない目線からの意見は、当然ながら認知の歪みに嵌っている。
 ただし、俺自身はどうなのかと尋ねられれば、限りなく黒に近い灰と答えるだろう。

 あいつらは平然とそういうことをやってのける。


177 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:09:04.48 j1TEpksy0 151/860


「……ごめんなさい、漣、まだちょっと、呑みこめないっていうか。信じられないっていうか。ご主人様も、なんか言ってほしい、ていうか。 
 ……タイムリミットが」

 時間制限。確かにそうだ。後任が来ると仮定したら、俺たちはお払い箱目前。その後の処遇など考えるだけでも背筋が冷える。

「龍驤、この話はもうやめよう。まだ中学生だよ。断定的な口調で話すのは、ボクはあんまり、善くないと思う」

 最上はそういうが、言葉に力はあまりなかった。

「気を紛らわしに歩こうか? ドックはないけど、高速修復溶液の場所があるとこ、教えないと。ね、龍驤、いいでしょ?」

「……そうやな。お嬢ちゃんに罪はない。可愛い顔に傷ついても困る。それくらいは、まぁ教えても、神サマもご照覧くれとるやろ。
 おっさんも来ィや。ぼさっとつったっとらんと」

「……いや、俺は一服、してくる。そっちは漣に任せた」

「ふぅん。そ。お嬢ちゃんはそれでええか」

 無言で漣はこくりと頷いた。そのまま裏口へ向かい、壁の向こうへと消えていく。


178 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:10:40.09 j1TEpksy0 152/860


 煙草は嘘だった。俺の煙草は漣に没収されたままだ。
 だが、俺はどうにもあの空間にいたくなかった。無知な中学生の驚愕も、責任感のみで体を支える古参兵の憎悪も、落伍しかけた優しい少女の傷心も、何一つ見たくなかった。
 それらを守るために俺は船に乗ったのに、いま俺は船を降り、それらの顔から眼を背けている。

 ……吐き気がするな。

 陽光が誘っていた。灼熱に身を焦がせば、少しはこの倦んだ思考もましになってくれるだろうか。
 輻射熱は日本よりもずっと少ない。白い光線が肌を焼く。シャツの袖の白さが眼に痛い。

 汗が流れて目に沁みた。

「――っ!」

 だから俺は襲撃者への反応が遅れる。
 いや、それとも、その瞬間をこそ敵は狙っていたのかもしれない。


179 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:11:15.08 j1TEpksy0 153/860


 死角から突っ込んでくる二つの小柄な人影。片目で距離感が狂う。繰り出した拳は回避され、蹴りもクリーンヒットには到底及ばない。
 勢いのついた、しかし存外軽い回し蹴りが、俺のこめかみを突き抜ける。衝撃。視界が揺らぎ、星が飛んで、前後不覚。空の青と地面の緑、強いコントラスト。

 誰だ。なんだ。やはり尾行されていたのか。なんのために!

 必死に体勢を立て直そうとするも、全く無警戒だった背後、誰もいないはずだったそちらからやってきた冷たさに俺は全身を強張らせた。
 細く、硬く、冷たい何かの先端。俺の背中から少し下、僅かに右、そこへ押し当てられている。

 銃口だ、と判断するのは容易かった。


180 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:11:48.60 j1TEpksy0 154/860






「抵抗すれば撃ちます。嘘を答えても撃ちます」





181 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:12:15.77 j1TEpksy0 155/860


 底冷えのする声。十中八九、はったりではない。こちらが銃を奪うよりも弾丸が身体を食い破るほうが早いだろう。加えて残る二人も相手にするのは、俺には不可能だ。
 せめて抵抗の意は見せまいと、脱力しつつ大人しくホールドアップ。背後にいる人物はそれに満足した素振りすら見せなかった。警戒されているのか、それ以上にこちらの反応を気にする意味もないということなのか。

 前方にいた二人が距離を詰めてくる。

 二人とも低い背丈だった。漣と同じくらいか、もしかしたらそれより下かもしれない。
 茶髪と銀髪。茶色いほうは白いワンピースで、銀色のほうはセーラー服。どちらも艤装を装着している。
 年端に似合わぬ精悍な顔つきだった。特に茶色い方は、歴戦の兵士に酷似していた。直近では赤城を思い出すし、過去を遡れば、現場叩きあげの上官などに近しい。

 対して銀色の方は、怯えがあるのか何なのか、少し遠慮しがちだ。暗く沈んだ表情をしている。


182 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/02/28 00:13:32.89 j1TEpksy0 156/860


 俺はこの二人を知っていた。
 そして論理的帰結によって、背後にいる人物にもあたりがつく。

 雪風、響、そして――神通。
 考えうる限り最悪の遭遇であった。


194 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/03/03 00:07:23.31 KLCOlPwi0 157/860


 痛いくらいに肉へ銃口がめり込む。踏ん張ってなければそのまま押し出されて前へつんのめってしまいそうになるほどだ。
 骨が体の内側で、ごりり、と音を立てる。わざとだとわかるほどに、その力は強い。思わず身を捩じらせてしまう。

 最上――最上め。あいつ、神通はおとなしいから、赤城みたいに襲ってこないだろうなんて、とんでもない嘘をつきやがって!

「聞こえませんでしたか? 抵抗すれば撃ちます。嘘を答えても撃ちます」

「……」

 どうすればいい。俺はどうしたらいい。
 前に二人、後ろに一人の三対一。いや、もしかしたらそれ以上いる可能性だってある。実力行使は不可能だと見ていい。
 今はとにかく向こうの指示通りに動き、様子を見るのが最善。俺はまだ相手の目的もわからないのだから。

 赤城の情報を知りたいのか。それとも純粋に復讐心か。俺たちに協力できるような事柄が、

 ばん。


195 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/03/03 00:07:52.47 KLCOlPwi0 158/860


「――っ!?」

 衝撃が脇腹から全身へと突き抜ける。激痛は一瞬遅れてやってきた。
 体が痺れて息ができない。あまりの痛みに、骨、内臓の状態、なにより命の危機を心配するが、弾丸はそもそも貫通してすらいなかった。あぁそうだ、艦娘の装備は深海棲艦にのみ特攻を持つから、陸の上で俺に撃ったところでたかが知れている、が、それでも。

「ひ、とに、……っ」

 躊躇なく撃つかよこいつは!

「五秒の沈黙でも撃つことにしましょうか」

 脂汗が滲む。痛みで呼吸も覚束ない。眼の端から涙があふれてきて、深呼吸をして調子を整えようとするも、体の中を依然駆け巡る痛みが呼吸を浅く、短いものにしかしない。

「ごーお」

 神通はおもむろに数字を数えはじめた。五秒の沈黙。俺は呼吸と体勢を立て直すので精一杯、思考はまとまらず滅茶苦茶のまま。

「よーん」

「お、れは、本土から、来た」

「さー、……あぁ、やはり、聞いた通りですか。目的は?」


196 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/03/03 00:08:48.06 KLCOlPwi0 159/860


「ふ、復興、だ」

「復興?」

 くふ、と声が頭上から落ちてきた。それが神通、彼女の笑い声だと理解するには、少しの時間を要した。
 倒れ伏した俺の後頭部に再度銃口が押し当てられる。箇所がどこであれ、こいつは容赦なく引き金を引けるだろう。体温が一気に冷めていくが、ようやく頭は晴れつつある。唾液を呑む音を誤魔化そうとする知恵が回るくらいには。

「本当に? それだけですか?」

「あぁ。壊滅したトラック、その後任として、任命された」

「なぜ? どうして今更? あなたにはそれだけの実力があるのですか?」

 そんなことは俺が一番聞きたかった。いや、結局のところは厄介払いなのだろうが、それを一から説明するには時間が足りない。そもそも説明する気など全くないのだが。


197 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/03/03 00:15:59.11 KLCOlPwi0 160/860


「……嫌われてんだよ」

 端的に答える。
 神通はまた「くふ」と笑った。

「なるほど。おんなじですね、私たちと」

 嫌われ者だと神通は自嘲する。理由は明白で、それは大本営が彼女たちを助けてくれなかったからに他ならない。
 どこまで本心からそう思っているのかは定かではなかった。自虐的なブラックジョークなのかもしれなかったし、本土から来た俺に対しての皮肉なのかもしれなかった。もしくはそう思うことでやっとのこと現状に整理をつけている可能性だって。

 同時に、ふと疑問に感じた。なぜこいつらは大本営をそこまで信じきっていたのだろうかと。
 事前になんらかのやりとりがあって、要請があって、しかしそれが裏切られた。そう考えるのが素直だ。なぜ裏切られたかの理由に関しては、解明は俺の仕事ではない。理屈と膏薬はどこにでもつく、という諺もある。
 通信施設の損傷、トラック―本土間での敵の存在、予備兵力の不足、考えればキリがなかった。


198 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/03/03 00:16:44.85 KLCOlPwi0 161/860


「大井さんから話は伺っています。トラックだけではなく、東南アジア諸島が深海棲艦に狙われつつあると。先立ってのイベントですら初撃に過ぎず、だから可及的速やかに泊地を復興しなければいけない。橋頭保とするために」

 ごりり。一層強く、銃口が押し付けられる。

「神通さんっ」

 俺の右に陣取っていた銀髪、響が悲鳴にも似た制止の声を出す。
 神通の動きがぴたりと止まった。こいつ、いま俺を撃とうとしたな。

 深呼吸の音が聞こえた。

「私たちが死にもの狂いで戦って、辛くて辛くて辛くて、苦しくて苦しくて苦しくて、怨嗟の声をどれだけあげても助けになぞ来てくれなかったというのに。
 今更! あなたちは! ここを!」

 強く押し付けられた銃口は、僅かに震えていた。恐怖のためではなく、興奮のために。

「神通さん! それ以上はだめです!」

「敵に渡したくないなんて、寝ぼけたことを言う!」


199 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/03/03 00:18:09.40 KLCOlPwi0 162/860


 返す言葉はない。鬼畜生にも劣る行為をしたのは間違いなく海軍の側だ。恨まれるのも、こんな扱いをされるのも、当然と言えば当然の話。
 その憎悪の海を泳ぎ切って、俺は彼女たちの心の内側へと辿り着かなければならないのだった。

 そんなことができるのか。

 ……するしかない。少なくとも、俺はここで神通に殺されることを望んではいない。

 気持ちを癒すだなどと大風呂敷は広げられない。そこまでの覚悟は抱いてきていないが、サンドバッグになるくらいの覚悟なら、こんな俺にでも十二分にはある。

「それでも、戦わなければ、もっと死人が出る」

「……えぇ、えぇ、そうです。そのとおりです」

 俺の襟首を引っ掴んで、神通は強制的に俺に前を向かせる。そして値踏みするかのように覗き込んできた。

「ただ、私は思うんですよ。強ければ負けないんだ、と。
 死んでしまった人たちの無念を思えば、勿論心が張り裂けそうになりますが、しかし弱かったから死んだのです。苦難を乗り越えるだけの強さがなければ、この世は少しばかり私たちにつらく当たりすぎる。違いますか」


200 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/03/03 00:20:07.99 KLCOlPwi0 163/860


「……軍人の鑑だな」

 自己研鑽があまりにも過ぎる。研いで研いで、折れてしまわないか心配になるくらいに。
 神通の側は心配などして欲しくはないに違いなかろうが。

「自分さえも守れないような人間が、どうして誰かを守れましょうか。無論、誰かを守るために強く在れる者もいることは理解していますが、茨の道でしょう」

「別にお前たちの邪魔はしない。互恵関係と、いかないか」

「断ります」

 にべもない返事だった。もとより答えは用意していたのだろう。

「あなたがたの実力を信じるつもりがないというのが一つ。そして、たとえ信じるとしても、それは今度はこちらの慢心を招きます。最大公約数の孤独のみが、孤高を齎してくれるのです。私には、この二人がいればいい。
 ……しかし、あなたの顔、どこかで……?」

 どきりとした。大井くらいにしか知られていないと思っていたが、果たしてどうだろう。新聞には間違いなく載っている。ニュースにだって出た。数年前の出来事を、今更覚えていないものだと信じたい。

 後頭部から銃口が離された。毛穴が弛緩したのか、一気に汗が噴き出てくる。

「……まさか、そんな」


201 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/03/03 00:21:00.52 KLCOlPwi0 164/860


 神通の声には、今までなかった種類の震えが、確かにあった。
 気づかれてしまったのだと理解するにはそれだけで十分。俺は自らの表情が消えていくのを感じていたし、一瞬のうちに神通との間でぴりりと走る何かの存在にも気づいた。

「『鬼殺し』! なぜ、あなたが!」

 先ほどの詰問と字面こそ似ているが、本質的には全く異なる問いかけだ。そしてその答えはとっくの昔に用意している。

「嫌われてんだ」

 冗談のつもりではなく、はぐらかしが目的だった。より本質的なことを言えば、『俺はお前に明かすつもりはない』という明確な意志表示。

「そんな、そんなはずはありません! だってあなたは英雄で――英雄だった! 『鬼殺し』の異名は誉れだったはずです、それが、こんな僻地にやってくるなんて!」

「マスコミがそうやって俺を囃し立てた。それだけだ」

「謙遜にもほどがあります! だってあなたは!」

 初めて鬼を屠った存在なのに、と神通は、まるで現実が受け入れられないかのように叫んだ。
 まるで癇癪を起した子供のようだ、と俺は思った。


202 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/03/03 00:22:04.71 KLCOlPwi0 165/860


 強くなければ生き残ることなどできやしないと説く彼女の瞳に、俺はどう映っているのだろうか。大井はそれを「戦いに勝って勝負に負けた」と表現した。それはまったく正しい表現だ。俺は間違いなく勝ったし、間違いなく負けた。
 手に入れた様々なものは、最終的には滑り落ちていったのだ。

「あの、雪風。どういう、ことなんだい」

「知らないなら黙ってください。興が殺がれます。まさか、こんな人と、こんなところで出会えるだなんて……!」

 羨望にもにたまなざしを向けてくるのは雪風。その輝いた瞳を直視できず、思わず目を瞑ってしまう。

 いつか見た、彼女の笑顔が焼き付いて離れない。


203 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/03/03 00:23:49.92 KLCOlPwi0 166/860


 数年前の暑い夏の日、俺は数十人、あるいはもっとの犠牲の上に、戦艦棲鬼を打ち倒した。今でこそ艦娘の登用も進み、システム周りや戦術も確立されてはいるが、当時、種別「鬼」へと対抗できた存在は皆無だった。
 人類史に残る偉業だと人々は誉めそやす。特進のみならず紅綬褒賞さえ贈呈される予定だったというのだから驚きだ。

 対峙したのは俺ではなく、彼女だというのに。
 そう。俺は指をさしただけだった。あいつを倒せと――倒してくれと、願っただけだったのに。

「事情はわかりませんが、事態は理解しました。提督、私はあなたを尊敬しております」

 背筋をまっすぐにぴんと伸ばし、神通が敬礼の姿勢を取る。
 歓迎ではないのがともすれば皮肉にすら聞こえる。しかしそこまでの意図はないのだろう、神通の瞳には純粋な意志のみが宿っているから。

「しかし、まこと申し訳ありません。我々は強くありたいと願っています。孤高を貫き、自らを高めるためには、提督の助力は不必要。別行動をとらせていただきたく思います」

 そうして、反転。俺の背後へ。
 砂利を踏みしめる音が、ゆっくりと遠くなっていく。


204 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/03/03 00:24:40.55 KLCOlPwi0 167/860


「見ていてください。私はもう誰も死なせません。
 雪風、響、行きますよ」

「はい」

「……うん」

 二人もまた、背後へと消えていく。

 ……。
 それから何十秒が経っただろうか。十? 二十? 一分は経ったか?
 音は潮騒に紛れてとっくに聞こえなくなっている。さすがに傍にはいないだろうと、俺は大きく息を吐き、立ち上がった。

「……死ぬかと」

 一歩間違えれば脳みそをぶちまけていたかもしれないと思うとぞっとする。神通、あいつもまた赤城とは少し違う意味で、頭がぶちきれている。

 俺は尻が汚れることにも構わず地面に座した。
 さて、どうしたものやら。

 どうすれば、十全に丸く収まるだろうか。


205 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/03/03 00:25:24.91 KLCOlPwi0 168/860


 最上は神通のことを、「雪風と響に経験値を与えることを目的としている」と言っていた。なるほど、言動を鑑みるに、それは多分に正解らしい。

 あの背中は語っていた。過剰な仲間は慢心の源。孤高のみがひとを強くする。
 強くなければ生きていけない。誰も助けることができない。

 それは軍人の本懐ではない。

 死んだ仲間はみな弱かったから死んだのであり、残った仲間を強くするほかに、生存確率を上げる術はない。紛うことなき正論。そして、その正論に行きつくまで――逝き尽くすまで、どれだけの絶望があいつを襲ったことか。斟酌すらおこがましい。
 白羽の矢が立ったのが雪風と響、あの二人。

「いや、違うか」

 あの二人しか最早残されていないと考えるのが自然だ。駆逐艦として、というよりも、神通の心の支えとして。

 赤城は鬼だった。憎悪に灼熱する赤い復讐鬼だった。
 対する神通もまた鬼。彼女も同じく燃えている。その身を焦がす罪悪感と、何より使命感に駆られ、全てを生存の一点突破に懸けて。


207 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/03/03 00:26:07.73 KLCOlPwi0 169/860


 究極的に言ってしまえば、神通と赤城からの信頼は得られなくともよかった。あの二人はその性質上、深海棲艦と戦い続けるだろう。例え俺の指揮下になくとも、その役目さえ果たしてくれるのなら、どの陣営に属しているかは問題ではない。
 ……つまり彼女たちを諦めるということだ。それは見捨てることとは少々趣を異にする。手放すのではなく、適正な距離に。人間関係とは案外そういうもので。

 過去の映像が一瞬だけ去来した。誰のものかわからない叫び声が聞こえる。
 あの時、俺と彼女は、諦めなかった。あぁ、諦めなかったさ。だが、今とは関係がない。何も。そうだ。当たり前だ。過去が現在を縛っていい道理はどこにもない。

「比叡」

 お前ならどうした。あの持ち前の明るさで、太陽のような笑顔で、どんな理不尽な局面だってひっくり返そうとするのか。
 俺はどうしたってお前にはなれそうにもない。


208 : ◆yufVJNsZ3s - 2018/03/03 00:26:42.57 KLCOlPwi0 170/860


 この罪悪感は謝罪がためなのか。であるとするならば、神通もきっと、こんな気持ちであるに違いない。

「……」

 煙草が欲しかった。気を紛らわせる何かが欲しかった。でなければ狂ってしまう。おかしくなってしまう。

「ん」

「お、おう、悪いな……」

 差し出されたソフトボックスから一本取り出す。メビウス、1ミリ、メンソール。鼻に抜けるのは好きではなかったが、この際文句は言っていられない。

「……なにやってんだお前は」

 太陽を背に大井がいた。



続き
【艦これ】漣「ギャルゲー的展開ktkr!」【2】

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