1 : 以下、名... - 2018/06/28 01:29:50.85 tw4cR42z0 1/370

勇者「ふんっ!」

魔王「ぐぉ……、がぁ……っ」

勇者「…………」

勇者「終わった……」

勇者「…………」

勇者「……はぁ」

――――

勇者「…………」

勇者「…………」グッグッ

勇者「…………」ボー

勇者「…………」



ガタンッ


元スレ
勇者「休暇?」女神「異世界転生しすぎです、勇者さま」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1530116990/

2 : 以下、名... - 2018/06/28 01:30:46.02 tw4cR42z0 2/370

女神「97回目の魔王討伐、お疲れさまでした。勇者様」

勇者「97……。もうそんなになるのか」

女神「ええ、もうそんなになりました」

勇者「あと、どれくらいだ?」

女神「全部で108ですから、あと11個です。あなたが救わなければならない世界は」

勇者(そう、俺は世界を救わなければならない勇者だ)

勇者(108の世界を、魔の手から救う。歴戦の勇者)

勇者(魔王を倒すために仲間を集めたり、修行をする。そして一つが終わる度に、俺はまた次の世界に肉体を異世界へと転移し、また一から積み上げ始める)

勇者(肉体に限界が来たら今度は転生し、赤ん坊からやり直す)

勇者(幾度となく繰り返された、天性の勇者の才を持ってしまった俺の義務だ)

3 : 以下、名... - 2018/06/28 01:31:12.48 tw4cR42z0 3/370

勇者「そうか、じゃあ次に――」

女神「いえ」

勇者「?」

女神「その前に、勇者様にはやっていただかなければならない、重要なお仕事があります」

勇者「何だ」

女神「それは……」

女神「休暇です」

勇者「キュウカ?」

女神「休暇です」

勇者「新種の植物の名前か?」

女神「いいえ」

勇者「それとも古より伝えられる呪文の名前か何かか?」

女神「いいえ、休暇です。お休みとも言います」

勇者「休暇」

女神「はい。勇者様はこれまでほとんど休みなしで世界を救い続けてきましたので、休養をとるべきと私が判断しました」

勇者「休みなら毎回ここでとってる」

勇者(世界を救って戻ってくる度に、一週間くらいは女神のいるこの場所でゆっくりしている)

勇者「ここはどこの避暑地よりもずっとゆっくりと休めるし、十分さ。十二分と言ってもいい」

女神「なら、次に行っても大丈夫だと?」

勇者「ああ」

女神「あんな死に方をしたのに、ですか?」

女神「自ら首を吊ったあなたが、大丈夫だと言えますか?」

4 : 以下、名... - 2018/06/28 01:31:40.70 tw4cR42z0 4/370

勇者「…………」

勇者(無機質な縄に絞めつけられた感覚が脳裏をよぎる)

女神「勇者さまは転生を繰り返す日々に疲弊し、魔王を倒した次の日に自殺したんです。覚えているでしょう?」

勇者「でも死んだところで、どうせここに戻ってくるんだからいいだろ?」

女神「いいわけありません!」

勇者「!」

女神「今まで、勇者さまの身にどんな不幸があろうと、私が転移するまでその生を全うしていました。そのあなたが、自ら命を断つなんてこと、見過ごせる訳ありません」

勇者「たまたま、ちょっと魔が差しただけだ」

女神「魔が差して自殺する、そんな勇者が世界を救えると思いますか?」

勇者(できる、と思った)

勇者(何回も何回も、同じようなことを繰り返してきたのだ。もう機械のようにやるべきルートをたどって、俺は魔王を倒せる)

女神「できる、と?」

勇者「……!」

女神「では、勇者様。これを」スッ

勇者「この光は……! くっ!」

女神「あなたがさっき魔王を倒した世界の光景です」

女神「見えるでしょう?」

勇者「……なんで」

勇者「魔王が死んだって、みんな喜んでいたのに……」

女神「みな、悲しんでいるのです」

女神「あなたの、死を」

5 : 以下、名... - 2018/06/28 01:32:16.79 tw4cR42z0 5/370

勇者(世界が平和になってから起きることは、基本的に二種類のいずれかだ)

勇者(平和になってからの経過を見る中で、それ以上の驚異が訪れないと確信したところで、また別の世界に飛ばされるか)

勇者(あるいは、それを待たずして勇者としての力を恐れる人々によって糾弾され、吊し上げられて殺されるか)

勇者(どちらにしてもそれ以降で人間が魔族によって滅ぼされることはないのだから、俺にとっては五十歩百歩だ)

勇者「……ああ、思い出したよ。だから、俺は死んだんだんだな」

勇者「魔王がいなくなった世界で、これ以上生きていても意味がないとわかったから」

女神「正確にはわかったではなく、そう思い込んだんです。こんなことになるとは思ってもみなかったでしょうから」

勇者「けど、もう魔王によって人間が滅びることはない。そうだろ?」

女神「それは、そうですが……」

女神「しかし、積み重なった悲しみ、苦しみ、怒り、それらが、勇者様の精神を蝕んでいきました。肉体が死んでも再生できますが、心は、魂はそうもいきません」

勇者「俺にはまだ救わなきゃいけない世界が、人たちがいる」

女神「まだ気づいていないようですね」

勇者「えっ?」

女神「もう勇者さまは何年も、いえ、何十年も笑っていません」

6 : 以下、名... - 2018/06/28 01:32:58.79 tw4cR42z0 6/370

勇者「そんなことはないよ。旅の途中も、魔王を倒した後も、何回も笑ってた」

女神「それは表面だけを取り繕うための作り笑いでしょう? 一体どれだけ長い間、勇者さまのことを見てきたと思っているのですか」

勇者「……ぐうの音も出ないな」

女神「……いえ、勇者様に怒りをぶつけるのは間違っていますね。あなたの心の磨耗に気づけなかった私の責任です」

勇者「いや、俺は――」

女神「だから、あなたには休養をとっていただきます。とある場所で数ヶ月ほど」

勇者「数ヶ月!?」

女神「ええ。でも安心してください。きっと一瞬のように過ぎ去りますから」

勇者「冗談じゃない! そんなことをしているよりも先に、やらなければならないことがあるのに」

勇者(数ヶ月あれば、うまくいけば一つの世界が救えるかもしれない。最短だったら、一ヶ月で救ったこともある)

女神「どんな時でも休養は必要ですよ。ほら、このチラシをご覧になって」

7 : 以下、名... - 2018/06/28 01:33:25.53 tw4cR42z0 7/370

『この世の楽園! 最高のバカンスがあなたを待っています!』

『温泉、遊戯施設などのあらゆるリラクゼーション施設の完備! 一生分の贅沢をあなたに』

勇者「…………」

女神「どうですか? ここならじっくりお休みできると思いますが」

勇者「こんなの、どこにあるんだ?」

女神「そういうものが存在する世界があるのです。そこにあなたを転移させます」

勇者「くだらない。それこそ転生の無駄遣いだ」

女神「必要投資ですよ、勇者さま。それと生まれ直すわけではありませんから、転生ではなく転移です」

勇者「…………」

女神「それでは、勇者さま。良いバカンスを」

勇者「ちょ、ちょっと待て。あまりにも急すぎる」

女神「別にここにいたって、何もありませんから」

勇者「いや、あるだろう。準備とか」

女神「ご心配無用。必要なものは全てあちらにございますから」

勇者「そういうことじゃ――」

女神「転移魔法(フィラー)!」

勇者「女神様っ!?」

8 : 以下、名... - 2018/06/28 01:34:12.71 tw4cR42z0 8/370

女神「大丈夫です。ゆっくり、休んできてください♪」

勇者「こんなことをしている場合じゃないだろ……」

勇者(俺の義務は世界を救うことで、どこかで休むことでも遊ぶことではない)

女神「では……、…………あれ?」

勇者「女神様?」

女神「あれ? 何かおかしいですね?」キョトン

勇者「おかしいって、女神様?」

女神「……あ」

勇者「『あ』って何ですか。まさか……」

女神「え、えへへー」

女神「あっ、でも大丈夫ですよ、勇者様。……たぶん」

勇者「たぶん!?」

ピュウウウゥゥゥゥン…

9 : 以下、名... - 2018/06/28 01:34:41.91 tw4cR42z0 9/370

――

――――

ザァァン…

勇者「ここ、は……」

勇者「……青い」
 
勇者(雲ひとつない紺碧の空だ)
 
勇者(その中にひとつ浮かんでいる太陽が、ひどく眩しい)

勇者「この音は……海?」

少女「あなたは、何をしているの?」

勇者「えっ?」

少女「こんなところで寝てて、風邪はひかないけど変だよ」

勇者「そんなやつに話しかけてくるなんて、君も人のこと言えないんじゃないか?」

少女「言われてみたら……、うん、そうだね。あははっ」

10 : 以下、名... - 2018/06/28 01:35:12.25 tw4cR42z0 10/370

少女「それで、結局質問に答えてもらってないんだけど」

勇者「質問って?」

少女「さっきも聞いたでしょ? 何をしているのかって」

勇者「ああ……、そう言えばそうだったな」

勇者「この世界には、魔力の気とかないんだな」

少女「マリョク?」

勇者「いや、こっちの話」

勇者(魔物から自然と発せられる瘴気のようなもの。それらがここでは一切感じられない)

勇者(この世界には、魔王はいないのだ)

勇者「そうだな……」

勇者(だから、こう言うのが正しいのだろう)

勇者「休暇、かな」

14 : 以下、名... - 2018/06/28 20:00:51.82 tw4cR42z0 11/370

――

――――

祈る。

ただ、祈り続ける。

あの人の悲しみが、どうか終わりへ向かうことを。

あの人の苦しみが、どうか報われることを。

祈る。

ただ、祈り続ける。

すべての悲しみが、どうか終わりへ向かうことを。

すべての苦しみが、どうか報われることを。

祈る。祈る。私は祈る。

この行為に意味はないのかもしれない。

それでも、自分にはそうすることしかできない。

どうか、どうか。

この世界に、救いを。

――――

――

15 : 以下、名... - 2018/06/28 20:01:18.24 tw4cR42z0 12/370

少女「休暇?」

勇者「ああ」

少女「何それ、あなた働いてるの?」

勇者「働いてる、か。そんな風に考えたことはなかったな」

勇者「でも、そういうのではないな。たぶん」

少女「そうよね。あなた、どう見ても大人ではないもの」

勇者「はっ?」

少女「『はっ?』って、私と同い年くらいでしょ?」

勇者「この手の大きさ……、なるほど。確かにそうなのかもしれない」

少女「でも、なら私と同じね」

勇者「同じ?」

少女「ええ。私も今ちょうど夏休みなの。あなたもそうなんでしょ?」

16 : 以下、名... - 2018/06/28 20:01:51.31 tw4cR42z0 13/370

勇者「夏休み……」
 
勇者(記憶の彼方にそんな単語があったような気がする)

勇者(今まで救ってきた世界の中に、ここに似たようなのあっただろうか)

勇者「……あ」

勇者(ふいに脳裏にある光景がよみがえる)

勇者(高い建物がいくつも建ち並び、数えきれないほどの人が歩いている)

勇者(空気はどこか濁っていて、ただ呼吸することすらもままならない、あの世界)

勇者(ああ、覚えている)

勇者「……東京って、知っているか?」

少女「東京? あなた、東京から来たの?」

勇者「知ってるのか?」

少女「いや、知らない訳ないでしょ。日本に住んでて東京って単語聞いたことない人いないと思うよ」

17 : 以下、名... - 2018/06/28 20:02:22.48 tw4cR42z0 14/370

少女「へぇ……。なら、なんでわざわざこんなところに?」

勇者「なんでって?」

少女「だって、ここには何もないのに。ただ、海と山があるだけで、遊園地も動物園も、そういう楽しいものは何もない、退屈な場所なのに」

勇者「動物園、遊園地……。あったような、なかったような……」

勇者(この世界の言葉を口する度に、かつての記憶がよみがえってくる)

勇者(どうしてだろう)

勇者(どこか、懐かしさすら覚えてしまう)

勇者「旅を、しているんだ」

少女「…………はい?」

勇者「旅だよ。いろんなものを見て回るんだ」

少女「その歳で? しかも一人で?」

勇者「普通じゃないのか?」

少女「いやいや、普通じゃないよ」

勇者(この年齢で一人でいるうってつけの理由だと思ったが、ここでは一般的ではないらしい)

18 : 以下、名... - 2018/06/28 20:03:04.16 tw4cR42z0 15/370

少女「へぇ……。その歳で一人旅かぁ。羨ましいな」

勇者「そうか?」

少女「うん、私もできるならしてみたいな」

勇者「してみればいいじゃないか」

少女「そうしたいのは山々なんだけどね……。ほら、世の中物騒だしね。親とかが許してくれないよ。お金もないし」

勇者「おかね……、あっ!?」

少女「わ! び、びっくりした」

勇者「……これは、マズいな」

勇者(そうだ。ここには魔物は存在しないのだった)

勇者(全くと言っていいほどに、魔力を感じないとついさっき思ったばかりじゃないか)

勇者「……となると宿も借りれないし野宿か」

勇者「これじゃバカンスじゃなくて、サバイバルだ」

19 : 以下、名... - 2018/06/28 20:03:33.07 tw4cR42z0 16/370

少女「もしかして、お金ないの?」

勇者「…………」

少女「あなた、バカなの?」

勇者「ぐぅ……」

勇者(ぐうの音も出ないとはこのことだ。いや、ぐぅって言っているが)

勇者「はぁ……」スッ

少女「突然立ち上がって、何をする気?」

勇者「まぁ、いろいろ」

少女「いろいろって?」

勇者「ちょっと、仕事探してくる」

少女「えっ?」

勇者「まぁ、選ばなければ何かしらあるだろ。小遣い稼ぎ程度でも一晩宿をとれるくらいの仕事は」

少女「ちょ、ちょっと、あなた、何言ってるの?」

勇者「短い間だけど世話になったな。じゃあ」

20 : 以下、名... - 2018/06/28 20:04:00.57 tw4cR42z0 17/370

ソレカラドシタ

勇者「ああ、夕日だ……」

勇者「あはは、綺麗だな……」

勇者「海もオレンジ色……、綺麗綺麗……」

勇者「…………」

勇者「野宿かぁ……」

少女「だと思った」

勇者「!」バッ

少女「そんな驚く、普通?」クスクス

勇者「なんだ、笑いに来たのか」

少女「ただ単に気になっただけだよ」

勇者「暇なんだな」

少女「うん、暇だね」

少女「特にすることも、したいこともないから」

21 : 以下、名... - 2018/06/28 20:04:33.55 tw4cR42z0 18/370

少女「で、仕事は見つかったの? プー太郎くん」

勇者「もうわかってるんじゃないか。戦利品はこれだけだ」

少女「何それ? ……アメ?」

勇者「そうだ。見た目が子どもだから、真面目に取り合ってもらえなかったんだ」

少女「それで……アメ」

勇者「『えらいねー』なんて言われて、頭を撫でられたな」

少女「ぷっ……! それは……そうなるでしょっ」

勇者「……パクッ」

少女「なに味?」

勇者「ぶどう。なかなか美味いぞ」

グゥー

勇者「……腹は満たせないが」

22 : 以下、名... - 2018/06/28 20:05:01.75 tw4cR42z0 19/370

少女「ふふっ。……ふふふ、あははっ!」

勇者「そんなに笑うか」

少女「あーおかしい……。だってなんかおじさんみたいなんだもん。話し方とか」

勇者「!」

少女「いや、冗談だけどね。ちょっとそう見えたってだけ」

勇者(この子、結構鋭いな……)

少女「ねぇ」

勇者「ん?」

少女「あなた、私の家に来ない?」

勇者「君の家?」

少女「ええ」

勇者「いいのか?」

少女「大丈夫よ。たぶん、だけど」

勇者「たぶんって……」

23 : 以下、名... - 2018/06/28 20:05:29.03 tw4cR42z0 20/370

勇者「どうして、俺なんかを?」

少女「どうしてって?」

勇者「今さっき会ったばかりの奴に、どうしてここまでしてくれるんだ?」

少女「だって、あなた悪い人ではなさそうだから」

少女「あ、頭は悪そうだけど」

勇者「今のは余計だな」

少女「お金も持たずに旅をしてる人を、頭悪いと言わないでなんて言うのかな?」

勇者「……それを言われると痛いな。って、それだけ?」

少女「それだけだけど?」

24 : 以下、名... - 2018/06/28 20:06:13.10 tw4cR42z0 21/370

――

――――

少女「着いたよ。ここが私が住んでる家」

勇者「……本当に大丈夫か? なんか今になって不安になってきたんだが」

少女「じゃ、ここでちょっと待ってて」

勇者「? わかった」

少女「ただいまー!」

??「あら、おかえりなさい」

勇者「…………」

勇者「…………」

一分後

勇者「…………」

五分後

勇者「…………」

勇者「俺はいつまでここにいればいいんだ?」

少女「ほら、こっち来て」

勇者「?」

少女「上だって。こっち!」

25 : 以下、名... - 2018/06/28 20:06:48.19 tw4cR42z0 22/370

勇者「なんで二階にいるんだ?」

少女「そこの倉庫のところからこっち上がってこれるから。見つからないうちに早く!」

勇者「え、許可とか――」

少女「そんなのとれるわけないでしょ」

勇者「不法侵入だ」

少女「泊まれる場所が必要なんじゃないの?」

勇者(それを言われると弱い)

勇者「……なんてやつだ」

少女「早くこっち! 理由はあとで話すから」

勇者「あ、ああ」

26 : 以下、名... - 2018/06/28 20:07:17.87 tw4cR42z0 23/370

勇者「ここが君の部屋か?」

勇者(随分とサッパリしてるというか、物が少ない)

少女「ええ、毎年来るからもう私専用の部屋ね」

勇者「毎年?」

少女「言ってなかったかな。ここ、私のおばあちゃんの家なの」

勇者「おばあちゃん?」

勇者(話がさっぱり見えない。ここでどうして彼女の祖母の話が出てくるんだ?)

少女「夏休みになるといつも、おばあちゃんの家に遊びに来るの」

勇者「…………」

勇者「……つまり、普段からここに住んでるわけじゃないということか?」

少女「そうだよ?」

勇者「普段は?」

少女「あなたと同じ東京在住の中学生だよ」

勇者「自己紹介で在住なんて、なかなか使うものじゃないぞ」

27 : 以下、名... - 2018/06/28 20:07:52.13 tw4cR42z0 24/370

少女「まぁ、私の話なんてどうでもいいよ。それよりも」

勇者「どうでもいいわけがない。これは完全に不法侵入だ」

少女「住んでる私が入れたんだから、捕まったりしないでしょ」

勇者「そういう問題じゃない。家の中で君の家族に出くわしたらどうするんだ」

少女「来ないよ」

勇者「えっ?」

少女「親は仕事で東京。ここにいるのは私とおばあちゃんだけだし、おばあちゃんも滅多にここには来ないし」

少女「……ともかく! ここにいれば宿には困らないし、おばあちゃんだけには見つからないように! いい?」

勇者「いいって言われても……」

勇者(でも、外はもう日が暮れかけていて、辺りが暗闇に包まれるのも時間の問題だ)

勇者(ただ、それでもわからない。なぜここまで今日会ったばかりの俺に……)

少女「その代わり……」

勇者(だろうな。何か裏があると思っていた)

28 : 以下、名... - 2018/06/28 20:08:18.51 tw4cR42z0 25/370

少女「……ううん、やっぱり内緒!」

勇者「はい?」

少女「内緒って言ったら内緒なの!」

勇者「内緒って、それは……」

少女「女の子の秘密を知りたがる男なんて、嫌われるよ?」

勇者「そこまで言われて知りたがらない人間の方が、よっぽど信用ならないと思うが」

少女「それも……そうだね! あはは!」

勇者「それなら……」

少女「だからって教えるとは限らないけどね」

ゴハンダヨー

少女「あ、おばあちゃんだ。はーい!」

少女「他の人に見られないようにね! わかった?」

勇者「お、おい……」

バタン

勇者「…………」

勇者「…………」グゥー

勇者「……腹、減ったな」

29 : 以下、名... - 2018/06/28 20:08:52.40 tw4cR42z0 26/370

――

――――

魔王の虚ろな目が、俺の顔を睨んだまま止まっていた。

ピチャリ、と音。

それ以外は無音のまま。

勝利のファンファーレなんて流れない。

仲間の歓喜の声も聞こえない。

振り返ったって、魔王の獄炎に焼かれて炭となったモノがあるだけだ。

静寂が包んだ城の広間に、外から微かに歓声が聞こえてくる。きっと魔王が死んだことを知ったのだ。

終わった。

幾年にも及ぶ人間と魔族の戦いが、ようやく終わりを告げた。

平和が訪れたのだ。

もう魔族の者と戦う必要も、いつ殺されるかもわからない夜を過ごすことも、闇を恐れて生きる義務も、今となっては不要の長物だ。

なのに、どうしてだろう。

こんなにも、得たものよりも失ったもののことが頭の中に浮かぶのは。

――――

――

39 : 以下、名... - 2018/06/29 21:55:47.96 nEjYyBBl0 27/370

勇者「……はっ!」

勇者「夢、か」

勇者「もう夜……」

少女「すぅ……すぅ……」

勇者「おっと」

勇者(もう結構遅いのだろうか。グッスリ眠ってる)

勇者(薄いタオルケットのようなものをかけているものの、寝返りを打ったのかズレてしまっていた)

勇者「お腹出してると、風邪引くぞ」サッ

少女「うーん……、むにゃむにゃ……」

勇者「……はぁ」

勇者(成り行きでここにいることになってしまったが、一体どうなっているのだろう)

40 : 以下、名... - 2018/06/29 21:56:20.83 nEjYyBBl0 28/370

勇者(女神様の反応から考えるに、恐らくは俺を転移させる世界を間違えたのだ)

勇者(そしてこっちに来てから女神様とコンタクトする術もない。いつもなら魔法で異空間にいる女神様と話すことができたのに、ここには魔力が満ち足りていないせいで、それも不可能だ)

勇者(つまりは、俺を異世界転移させる張本人に、何かを伝えることすらできないのだ)

勇者「どうしたものか……」

勇者(参った。本当に、どうしようもない)

勇者(このままこの世界で老いて死ぬのを待つだけなのか)

勇者「……あ」

勇者(待てよ、わざわざそんなの待つ必要はない)

勇者(異世界転移する方法は他にもある。魔王と戦い始めた頃は、しょっちゅうやられて女神様の元へと飛ばされたものだ)

勇者(つまり、死ねばいい)

勇者(それが、この世界から即時的に脱出するための唯一の手段)

勇者「……いや、待てよ?」

勇者(現状、女神様とのリンクが切れていることを考えると、死んでも女神様の元へ戻れないかもしれない)

勇者(そのまま本当に死んでしまっては、本末転倒もいいところだ)

グゥー

勇者「……腹減ったな。……あれ?」

勇者(少女の傍らに白い皿があった。その上には――)

勇者「……とうもろこし?」

41 : 以下、名... - 2018/06/29 21:56:50.20 nEjYyBBl0 29/370

勇者「紙が落ちてる。ふむ……」

『眠ってたから、置いておくね。これしか用意できなくてごめん』

勇者(……なんで謝るんだ。こっちはお礼を言いたいくらいなのに)

勇者「…………」ムシャムシャ

勇者「うまい……っ!」

勇者(ただでさえ甘いのに、さらにかかっている塩がとうもろこしの甘みを絶妙に引き立てている!)

勇者(犯罪的だ……、甘すぎる……! 美味すぎる……!)

勇者「……ごちそうさま」

勇者(ついさっきまで死のうと思ってたくせに、目の前に食べるものが現れると途端に忘れるなんて)

勇者(我ながら単純というか、何と言うか……)

少女「むにゃむにゃ……、あっ、寝ちゃってた」

勇者「起こしてしまったな。すまん」

少女「ううん。ちょうどよかったし」

勇者「ちょうどいい?」

少女「外、天気いいでしょ?」

勇者「まぁ、確かにいいが……」

42 : 以下、名... - 2018/06/29 21:57:17.09 nEjYyBBl0 30/370

少女「じゃあ」

勇者「ちょっと待て。そこは窓だぞ。まさか飛び降りるつもりか?」

少女「そうだよ?」

勇者「えっ」

少女「あなたもついてきてね」ピョン

勇者「はぁ!? ……って、そこ倉庫だったか」

少女「焦った?」

勇者「……焦ってない」

少女「じゃあそういうことにしておいてあげるよ」クスクス

勇者「む……」ピョン

勇者(おいおい、相手は中学生だぞ。ムキになってどうする。落ち着け……)

勇者「で、今からどこに行くつもりなんだ?」

少女「ちょっと行ってみたい場所があってね」

勇者「こんな真夜中に?」

少女「こんな真夜中だからだよ」

43 : 以下、名... - 2018/06/29 21:58:50.14 nEjYyBBl0 31/370

――

――――

少女「ふんふんふーん♪」テクテク

勇者「……あのさ」テクテク

少女「うん?」

勇者「とうもろこし、ありがとう」

少女「えっ? あー、あれね。ううん、あれしか持ってこれなかったし」

勇者「いや、空腹だったから、本当に助かった」

少女「助かったのはこっちの方だよ」

勇者「?」

少女「だって、あなたのおかげで、今こうやって外を歩けてるんだもの」

勇者「俺は護衛代わりか」

少女「そう! いくらこの辺が田舎だからって、油断してたら、がおっ! ……ってやられちゃうかもしれないからね」

勇者「危ないって自覚はあったんだな」

少女「当然でしょ。こんな時間に中学生が一人で出歩くなんて……」

勇者「それが、俺に良くしてくれる理由か?」

少女「うーん……。まぁ、それもあるのかな」

勇者「なんだか煮え切らないな」

少女「……今日、晴れててよかった。昨日は曇ってたから……」

勇者「…………」

44 : 以下、名... - 2018/06/29 22:00:11.11 nEjYyBBl0 32/370

勇者(辺りから他の人間の気配はしない。街灯すらないから、そもそも暗闇の中を出歩こうする輩も少ないのだ)

勇者(彼女はああ言っていたけど、この世界はかなり安全な方だ。もしも魔王がいる世界だったら、とっくに魔物に襲われている)

少女「着いたよ」

勇者「着いた?」

少女「うん」

勇者「ただの道にしか見えないが」

少女「うしろ、見てみて」

勇者「うしろって……。わぁ……っ!」

勇者(思わず声が漏れた)

勇者(目の前に広がる、至る所に光が散らばる星の海)

勇者(視界の全てが、星に覆われていた)

少女「綺麗でしょ?」

勇者「ああ……」

勇者(上半分は夜空で、下半分はそれを反射する海面なのだろう。しかし不規則に並ぶ星々の群れのせいで対象性を感じず、夜空を描いた大きな一枚の絵画のように見えるのだ)

勇者(この辺りの人はもう就寝しているのか、近隣の民家の明かりもなく、その暗さがさらに空の弱い光を際立たせる)

少女「よかった、気に入ってもらえたみたいで」

45 : 以下、名... - 2018/06/29 22:00:44.03 nEjYyBBl0 33/370

少女「ここね、明るいうちも綺麗なんだ」

勇者「へぇ……」

少女「ずっと前から、暗くなって、もしも星が出てたら、すごく綺麗なんだろうなって思ってたの」

少女「でも、暗くなったら危ないからって、家から出してもらえないし。一人で歩くのも怖いし」

勇者「そうだろうな」

少女「だから、あなたがいてくれて、本当によかった」ニコッ

勇者「!」

勇者(待て待て待て待て。なぜ今ドキッとしたんだ?)

勇者(相手は中学生だ。一方の俺はもう何百歳なんだ? これじゃロリコンじゃないか)

少女「ほんと、綺麗……」

46 : 以下、名... - 2018/06/29 22:01:44.01 nEjYyBBl0 34/370

勇者(脳内の混乱は彼女の声によってすぐに解けて、頭上に広がる光景に再び心を奪われた)

勇者(ただ俺たちは星空を見つめ続ける)

勇者(二人から漏れ出す音は呼吸だけで、他にある音は夏の虫の声と、遠くから微かに潮風に乗って流れてくる波の音だけ)

勇者(この世界にはもしかして俺と彼女しかいないんじゃないだろうか)

勇者(こんなことを考えるなんて、本当に俺自身も子どもみたいだ)

勇者(……もしかしたら、俺の精神はこの身体に侵食され始めているのかもしれない。だからこんなにも心が揺らいでいるのかもしれない)

少女「ふふっ」

勇者「なんだ?」

少女「ううん、なんでもなーい」

勇者「…………」

勇者「……しだけ」

少女「えっ? 何て言ったの?」

勇者「……いや、何でもない」

少女「えー。そこで止められると気になるよ!」

勇者「さっきのお返しだ」

少女「えー。大人げないなー」

勇者(もう少しだけ)

勇者(もう少しだけなら、いてもいいかもな)

勇者(声に出してしまいそうになった言葉は、心の中だけに留めておくことにした)

47 : 以下、名... - 2018/06/29 22:02:10.59 nEjYyBBl0 35/370

少女「さっきの話だけど」

勇者「さっき?」

少女「あなたを泊める代わりに何をしてもらうかって話」

勇者「ああ、何をすれば良いんだ? 俺にできることなら何でもやるけど」

少女「……今ってさ、夏休みでしょ?」

勇者「そう、だな」

少女「きっとね、楽しいことがいっぱいあると思うの」

勇者「そうか?」

少女「そうだよ! だって中学二年生の夏だよ? 一度しかない夏だよ?」

勇者「わ、わかった、わかったから」

少女「だから……、その……っ!」

勇者「うん」

少女「……私を」

勇者「ん?」

少女「私を、楽しませてくれる……?」

48 : 以下、名... - 2018/06/29 22:02:53.24 nEjYyBBl0 36/370

勇者「君を、楽しませる?」

少女「あ……っ!」カァァッ

少女「べ、別に変な意味じゃなくてね!? そ、その……、そうだ!

少女「面白いこと! 何か面白いものを、ことを、たくさん見せて欲しいの!」

勇者「面白いこと……」

少女「……だってここは、つまらないから」

少女「…………」

勇者「……わかった」

勇者(ひとりでに口がそう動いた)

少女「えっ?」

勇者「君をとびきり楽しませる。死ぬほど面白い目にあわせてやる」

勇者「その見返りとして、夏休みの間は君の家に厄介になる。そういうことだな?」

少女「ほ、本当にいいの?」

勇者「ああ」

勇者「夏休みが終わるとき、最高の夏だったって、君に言わせてみせる」

49 : 以下、名... - 2018/06/29 22:03:19.52 nEjYyBBl0 37/370

少女「……ほんとに?」

勇者「ああ」

少女「じゃあ、もしも楽しくなかったら、怒るよ?」

勇者「ああ」

少女「……わかった。楽しみにしてるね」

勇者「任せとけ」

少女「…………」

勇者「…………」

少女「……じゃあ、帰ろっか?」

59 : 以下、名... - 2018/07/02 21:50:48.59 rm6y2SfE0 38/370

――

――――

グシャリ。

音がした。

音。

皮膚を貫かれ、中で臓器が捻れて千切れる音。

それをかき消すように笑い声が響き渡る。

雄叫びだ。

泣き叫ぶ声だ。

勝利を悦ぶ声と、痛みに叫び散らす声が混ざり合って、耳を手で塞ぎたくなる。

でも、それはできない。

だって、私は祈り続けなければならないから。

この組み合わせた二つの手のひらを、決して離してはならない。

祈る。

来るかもわからない、その日のために。

奇跡でも起こらない限り訪れない、あの日のために。

私は、祈る。

――――

――

60 : 以下、名... - 2018/07/02 21:51:24.07 rm6y2SfE0 39/370

コケコッコー

勇者「ん……。朝……」

少女「すぅー、すぅー……」

勇者「もう六時か……。おい、起きろ。朝だぞ」

少女「うーん……、んー……」

勇者「む、起きないか」

少女「むにゃむにゃ……」

勇者「どうしたものか……」

勇者「!」

勇者「おーい」

少女「うん……」

勇者「もう昼だぞ」

少女「…………」

少女「えっ、うそ! 朝ごはんは!?」ガバッ

61 : 以下、名... - 2018/07/02 21:53:25.27 rm6y2SfE0 40/370

少女「…………」

勇者「嘘だ」

少女「~~~~~~~!」

勇者「まさか朝食で起きるとはな」

少女「ずるい、卑怯!」

勇者「君が勝手に自爆したんだ」

少女「鬼! 人でなし!」

勇者「まだ言うか」

少女「しかも、まだ六時じゃない。せっかく休みだからあともう少し寝ていたかったよ……」

勇者「急にダメ人間みたいなこと言い出すな。昨日言ってたのは嘘だったのか?」

少女「!」

勇者「寝てても起きてても時間は過ぎる。なら、面白いことをした方が有意義じゃないか?」

少女「忘れてなかったんだ」

勇者「忘れるものか。俺の宿がかかってるからな」

少女「でもそう言うってことは、もう何か案があるってこと?」

勇者「……大体は」

少女「ほんとに!? 昨日の今日なのに」

勇者「まぁ、まだ確定じゃないが」

少女「へぇ、そっかぁ……。楽しみ~。じゃあ、もうご飯食べて来ちゃうね! あ、持ってくるのはまたとうもろこしだけど、大丈夫?」

勇者「恩に着る」

62 : 以下、名... - 2018/07/02 21:53:51.85 rm6y2SfE0 41/370

三十分後

少女「いざ、出発!」

勇者「テンション高いな」

少女「でも、暑い……」

勇者「落ちるまでが早すぎる……。その荷物は?」

少女「これ? えー、どうしようかなー。うーん、やっぱり内緒」

勇者「重いものだとちょっと厳しいと思うぞ」

少女「大丈夫! たぶん!」

勇者「たぶんか」

少女「それで、どこに行くの?」

勇者「とりあえず、村の方へ行こう」

63 : 以下、名... - 2018/07/02 21:54:31.11 rm6y2SfE0 42/370

農家「お、坊主!」

勇者「おはようございます」ペコリ

農家「女の子と一緒なんて今日はデートかい? いいねぇ、羨ましいねぇ」

少女「デ、デートなんて……!」

農家「はっはっはっ、楽しそうで何よりだ! 仕事は見つかったか?」

勇者「ははっ、なかなか見つかりませんね。それにちょっと今日は別の用事がありまして」

少女(あれ? なんかキャラ違くない?)

農家「まぁ、デートだもんな! 仕事なんてサボってもいいもんさ!」

農家妻「あら、聞き捨てならないわね」

農家「げっ!」

農家妻「お仕事さぼって一体何をしているのかしらねー」

農家「ち、違う! 誤解だ!」

64 : 以下、名... - 2018/07/02 21:56:27.72 rm6y2SfE0 43/370

勇者「一つ、うかがってもいいですか?」

農家妻「? いいけど?」

勇者「この村には守り神がいて、祀っている祠のようなものがあると聞きました」

農家妻「守り神?」

農家「それって、あれのことじゃねぇか?」

農家妻「あれって……あっ」

勇者「…………」

少女「?」

農家「でもどうしてあんなとこに? もう誰も近づかんし、行ったって面白いものなんてないと思うぞ?」

少女「えー……」

勇者「俺たち二人とも、一ヶ月くらいここでお世話になるので、そういうのがあるなら一度お参りした方がいいかと思いまして」

農家「へぇ。今時珍しいな」

農家妻「そうね。村の人だって行くのは、おじいちゃんやおばあちゃんばかりなのに」

65 : 以下、名... - 2018/07/02 21:57:06.68 rm6y2SfE0 44/370

勇者「まぁ、ちょっとした旅みたいな感じですよ。冒険みたいな」

少女「ぼ、冒険……!」ワクワク

農家「ふむ……。ま、別にいいか。荒らすなんてことしないよな?」

勇者「もちろんです」

農家「ほら、あそこに山があるだろ?」

農家妻「ふもとのあの辺りに祠に繋がってる道があるわね」

農家「でも、あんまり整備されてねぇし危ないから、気をつけろよ?」

農家「あと、そんな奥の方には行かないと思うけど、入り込むと熊とかも出てくるからな。念のために祠よりも奥には行くなよ」

農家妻「そうね。それに暑いから水分補給もしっかりね」

勇者少女「「ありがとうございます」」ペコリ

勇者少女「「あっ……」」

農家妻「ふふっ。仲が良いのね」

農家「ああ、昔のオレたちみたいだ」

農家妻「……そんなことあったかしら?」

農家「あっただろ!?」

66 : 以下、名... - 2018/07/02 21:57:32.72 rm6y2SfE0 45/370

勇者「ついでに塩飴までもらえたな」

少女「けっこーおいしいんらねー」

勇者「もう食べてるし」

少女「でもびっくりしたよ」

勇者「なにがだ?」

少女「だってもう顔見知りみたいになってたし」

勇者「村に着いたら、とりあえず一通り回るのは基本だからな」

少女「えっ、もう村中回ったの?」

勇者「そうだが」

少女「ということは、村中の人と顔見知りになったりも?」

勇者「全員に会えたかはわからないが、大体の人は知ってると思う」

67 : 以下、名... - 2018/07/02 21:58:07.45 rm6y2SfE0 46/370

少女「すごい……、コミュ力の塊だ……」

勇者「そんな大層なものではない」

勇者(それが結局一番手っ取り早かっただけだ)

勇者(まずよそ者としての不信感をなくすために会話は有用だし、情報も手に入る。逆にここを疎かにすると近道どころか、かなり遠回りになってしまうことがほとんどだ)

少女「じゃあ、守り神さまだっけ? その話も昨日聞いたってこと?」

勇者「その通り。今日向かうのもそこだ」

少女「ふーん。それ、面白いの?」

勇者「さあてな。面白いことを神様に祈っている」

少女「その神様に会いに行くのに何言ってるの?」

68 : 以下、名... - 2018/07/02 21:58:48.89 rm6y2SfE0 47/370

森の中

ミーンミーン…

少女「はぁ……はぁ……」

勇者「大丈夫か?」

少女「こんなの、全然、平気だから」

勇者「少し休んだほうがいいんじゃないか?」

少女「平気だってば。あなたは……、ケロッとしてるね」

勇者「まぁ、俺はな……」

勇者(正直、俺はこれくらいなら何ともないが、彼女にとってはかなりの重労働だろう)

勇者「きゅうけ――」

少女「あなた、本当に東京から来たの……?」

勇者「!」ドキッ

少女「東京人にこんなに体力あるなんておかしいよ」

勇者「偏見すぎないか?」

69 : 以下、名... - 2018/07/02 21:59:37.06 rm6y2SfE0 48/370

少女「東京人っていうのはもっとひ弱で体力なくて――」

少女「というか、そんな貧弱そうな見た目でひょいひょい先に進んでくの、本当納得いかない!」

勇者「ひどい言われようだな」

少女「しかもひとり涼しい~顔しちゃって!」

勇者「そんなこと言われても……」

??『……ま』

勇者「……えっ?」

勇者「今の声、君か?」

少女「何のこと?」

勇者「……まさか」ダッ

少女「えっ!? ど、どこに行くの!?」

勇者「そこで待ってろ!」

少女「ちょっと!? 置いてかないでよ!!」

70 : 以下、名... - 2018/07/02 22:00:13.48 rm6y2SfE0 49/370

勇者「はぁ……、はぁ……」

勇者「……申し訳ないことをしてしまったな。あとで謝らないと……」

勇者「でも、今の声は……」

勇者「…………」

??『……さま』

??『……さま? ……すね!?』

勇者「!」

勇者「まさか……、その声……!」

??『勇者さま!!』

勇者「女神様かっ!?」

72 : 以下、名... - 2018/07/03 19:54:07.42 Ssm+TFWF0 50/370

勇者「声だけ聞こえるが、一体どこに……!」

女神『わかりません……。ここが数少ないこの世界に干渉できる場所なのですが、どうしてここがそうなのか……』

勇者「……ん? なんだこれは?」

女神『どうやらそこにある物が、この世界でただ一つ神性を帯び、そして通すことができるようなのです』

勇者「声はここから聞こえてくるが、村の人が言ってた祠ってやつか?」

女神『なるほど。村の人からの信仰を得て、それでこの場所は辛うじて神性を保てているわけですか。納得しました』

勇者「それにしちゃ、寂れているような気もするが。……というか」

女神『はい、なんでしょう?』

勇者「これは一体何なんだ? そろそろ説明してくれてもいいだろう?」

女神『……あはは~』

勇者「笑って誤魔化そうとするな」

女神『ダメですか』

勇者「ダメだ」

73 : 以下、名... - 2018/07/03 19:54:32.76 Ssm+TFWF0 51/370

女神『えー、どこから説明しましょうか……』

勇者「とりあえず、最初の異世界転移は失敗だったってことだな?」

女神『えっ、えっとー……』

女神『……あはは~』

勇者「図星か」

女神『いや~どうでしょうね~……』

勇者「じゃあ最初に言ってたバカンス計画は何だったんだ」

女神『そ、そんなものないに決まってるじゃないですかー』

勇者「俺を騙したのか?」

女神『あっ! 嘘ですよ! 本当はあります!!』

勇者「もう何が本当なのかわからなくなってきたな」

74 : 以下、名... - 2018/07/03 19:55:04.80 Ssm+TFWF0 52/370

勇者「じゃあ次の質問」

女神『あれ、失敗だったことになってませんか?』

勇者「ここはどこだ?」

女神『無視なんて……』

勇者「質問に答えろ」

女神『ひどい……勇者さま……』シクシク

勇者「ああ、失敗だったと思っている」

女神『無視しないでくれたのに悲しいのはどうしてでしょう……?』シクシク

勇者「女神様が失敗したからだ。それでここは?」

女神『ええと……、推測の範疇を出ませんが……』

勇者「それで構わない」

女神『どこかの時空に存在する世界……としか言いようがありませんね。今まで勇者さまが行った世界でも、これから行く予定だった世界でもありません』

勇者「どうしてそんなところに飛んだんだ?」

女神『……わかりません』

勇者「わかりませんってそんな……」

女神『でも、一つだけ確かなことがありますよ』

勇者「?」

75 : 以下、名... - 2018/07/03 19:55:41.71 Ssm+TFWF0 53/370

女神『幸運にも、そこには魔王はいません』

勇者「やはりそうか」

女神『だから、休暇はそこでとれますね!』

勇者「いや、その理屈はおかしい」

女神『そうでしょうか?』

勇者「そうだろう」

女神『何が不満なのですか?』

勇者「まず第一。強制的に休暇を取らされることになったわけだが、そもそも俺に休みなんて必要ない」

女神『それは却下、と何度も言ったと思いますが』

勇者「……第二。ここでは休みになんてならない。快適なバカンスどころか、衣食住にすら困るサバイバルだ」

女神『そうですか? 少なくとも後の二つについては、どうにかなっていると思いますよ』

76 : 以下、名... - 2018/07/03 19:56:05.04 Ssm+TFWF0 54/370

勇者「は?」

女神『心優しい女の子の家に泊まっているんでしょう?』

勇者「なぜそれを」

女神『ここからこの村で起こっていることのおおかたは見ることができますから』ニコリ

女神『……まぁ、見ることしかできないんですけど』

勇者「随分と都合のいい不都合だな」

女神『それはともかく、ちょうどいいことになりました』

勇者「ちょうどいい?」

女神『勇者さまをすぐにこちらに戻すことができないんですよ』

女神『こちらから魔力を送るための道とでも言いましょうか、それが極端に狭いのです』

勇者「つまり、俺を転移させるのに時間がかかると」

女神『およそ一ヶ月ほどです。だからその間、勇者さまはそちらで羽を伸ばすことができますし』

勇者「一ヶ月……」

77 : 以下、名... - 2018/07/03 19:56:35.36 Ssm+TFWF0 55/370

――

――――

少女「…………」テクテク

少女「確かこっちの方に……」

少女「……いないなぁ」

少女「どこ行っちゃったの……?」

ガサガサガサッ!

少女「きゃっ!?」

少女「な、なんだ……。虫か……。びっくりしたぁ……」

少女「あれ?」

少女「…………」キョロキョロ

少女「…………」ボー

少女「……はっ!」

少女「いけないいけない、ボーッとしてた」

少女「…………」キョロキョロ

少女「……ここ、どこ?」

78 : 以下、名... - 2018/07/03 19:57:03.75 Ssm+TFWF0 56/370

勇者「はぁ……」

勇者(本格的にここに一ヶ月いることになってしまった)

勇者(一体どうしたものか)

勇者(さすがにそんなに長い間、彼女の家に厄介になるわけにもいくまい。というか、確実に彼女の祖母に見つかることになるだろう)

勇者「……いやいや」

勇者(つい昨日、彼女に最高の夏休みにしてやると口にしたばかりではないか。そう考えればちょうどいいとも言える)

勇者「ちょうどいい……」

勇者(そういえば女神様もそんなことを言っていた。もしかして俺と彼女との約束を知った上で、あんなことを言ってきたのではないだろうか)

勇者(まぁ、今となってはもうわからないことなのだが)

勇者(あれから女神様はこの世界へ魔力を転送するのに注力するとのことで、この世界とのリンクを切ってしまった)

勇者(俺があれこれ聞き出そうとするのから逃げたといった格好だ)

79 : 以下、名... - 2018/07/03 19:57:29.73 Ssm+TFWF0 57/370

勇者「おや? ここだったよな?」

勇者「……木の配置、石の削れ具合、うん。ここ以外あり得ない」

勇者「おーい!」

勇者「…………」

勇者「はぁ……」

勇者「ここから動くなって言ったのに」

勇者「…………」

勇者(やはり魔の気の類は感じられないから、魔物はいないだろう)

勇者(しかし、野生の動物の類なら話は別だ。この山の中にはいくつもその気配を感じる)

勇者「くっ……!」

勇者(最悪の予感が脳裏をかすめた。もしも奥の方に入り込んで、狂暴な獣などに一人で出会してしまった場合、きっと無事ではすまない)

勇者「探すしか、ないな……」

80 : 以下、名... - 2018/07/03 19:58:29.89 Ssm+TFWF0 58/370

少女「どうしよう。どっちから来たかな……?」

少女「歩きづらいよ……きゃっ!!」ズルッ

少女「いたた……。ちゃんとあそこで待ってればよかった」

ガサッ

少女「えっ?」

ドスッ

少女「……っ」

ドスッ

ドスッ

少女「な、なに……?」

ドスッ

??「がうぅ……」

少女「うそ……っ。く、熊……!?」

83 : 以下、名... - 2018/07/04 22:48:52.95 Idke5ybw0 59/370

「ぐわぉっ!」

少女「いやああああっ!? きゃああああっっ!!」

少女「なんで!? どうしてこんな……!」

「ぐぉっ! ぶおおっ!!」

少女「助けてぇっ!!」

ゴッ

少女「きゃあっ!?」ズワァッ

少女「いたた……。ひぃっ!?」

「ぐぉぉ……」

少女「いや……っ。誰か……!」

バキィッッ!!

「ぶぉんっ!?」

少女「!?」

84 : 以下、名... - 2018/07/04 22:49:18.89 Idke5ybw0 60/370

少女「あ……」

勇者「よかった、間に合った……」

勇者(頭に振り下ろした木の枝は真っ二つに折れているが、熊は依然として倒れる素振りを見せない)

少女「あ、あ……」

勇者「大丈夫か? 早く逃げ――」

少女「後ろっ!!」

バンッ!!

勇者「ぐふっ!?」

勇者(痛烈な衝撃。一瞬の浮遊感を味わった後、地面に叩きつけられる)

少女「大丈夫!?」

勇者「ぐぅ……。ちくしょう……」

85 : 以下、名... - 2018/07/04 22:49:54.60 Idke5ybw0 61/370

勇者「何か火でもあれば、追い返せるのに……」

勇者「……火、そうだ!」

「ぼぉう……」

勇者(俺には魔法が使えるのだった。最下級の炎魔法なら倒すことはできなくとも、引き下がらせることくらいならできるだろう)

勇者「炎魔法(フレイヤ)!!」

勇者(最下級の炎魔法とは言え、拳大ほどの大きさの炎は出るはずだ。それならこいつを驚かせるくらい――)

ポッ

勇者(手のひらから、米粒のような光が現れる)

シュン

勇者(そしてすぐに消えた)

少女「…………」

「…………」

勇者「何てことだ……。マッチよりも弱いなんて」

勇者(魔力がほとんどないことが、ここでも影響出るとは……)

「ぶおおおっ!!」

勇者「まずい、挑発になってしまった!!」

86 : 以下、名... - 2018/07/04 22:50:22.49 Idke5ybw0 62/370

ドスッ、ドスッ

少女「えっ?」

勇者(熊の足は彼女の方へと向いている)

勇者「くそ……!」ダッ

ドンッ

勇者(彼女を抱き抱えるようにして横っ飛びし、背中から着地する)

少女「うわっ!?」

勇者「ケガは?」

少女「私は大丈夫……、ってあなたの方こそ……っ」

勇者「別にこんなの大したことない。それより、さっさと逃げろ」

少女「えっ?」

勇者「あれは俺が引き付ける。その間に君は逃げるんだ」

「ごぉう……」

少女「そんなこと……!」

勇者「早く!」

少女「!」

少女「……っ」

少女「絶対、戻ってきてね……っ」ダッ

勇者「ああ」

87 : 以下、名... - 2018/07/04 22:50:48.80 Idke5ybw0 63/370

タッタッタッ

勇者「さて、と」グッグッ

勇者「この身体でも……、うむ、動けそうだな」ピョンピョン

勇者「さすがに、熊相手にボコボコに叩きのめしてる姿なんて、見せられないからな」

「ぐぉ?」

勇者「さっきの分、倍にして返してやる」

「ぶぉう!!」

――――

バキッ、ボコッ、ズバンッ、ドカーン!

ウォォーーーーン…

――――

勇者「……ふぅ」

88 : 以下、名... - 2018/07/04 22:51:18.55 Idke5ybw0 64/370

勇者「おーい」

少女「あっ!」タッタッタッ

勇者「どうにか逃げ――、うわっ!?」

勇者(彼女は駆け寄ってくると、そのままの勢いで抱きついてきた)

少女「ひどいよ……。あんなところにいきなり置いてけぼりにするなんて……」ギュッ

少女「こわかった……。誰もいなくて、ここ暗くて、本当に、こわかったのに……」

勇者「……すまない」

少女「ひどいよ……、でも」ギュッ

勇者「?」

少女「あなたが無事で、本当によかった……」

勇者(元々、彼女を楽しませるために計画したのに、こんなにも怖がらせてしまった)

勇者(これじゃ、約束を破ったのと同義だ)

勇者(もっと気をつけていれば……)

勇者「もう、こんな目になんか遭わせない」

勇者「もう二度と、こんな怖い思いをさせない。約束する」

少女「……うん。ありがと」

89 : 以下、名... - 2018/07/04 22:51:55.50 Idke5ybw0 65/370

少女「……あ」

勇者「どうした?」

少女「アレって……」

勇者「ん? ……なんだ、アレ?」

少女「これかな? あの人が言ってた、祠って」

勇者(さっき女神様と話した時のに比べて、ずっと大きく立派な祠がそこにはあった)

勇者「そう……らしいな。……あれ? じゃあアレは何だったんだ?」

少女「アレって?」

勇者「これよりも小さいのがあったんだ。さっき」

90 : 以下、名... - 2018/07/04 22:52:40.99 Idke5ybw0 66/370

少女「まぁ、結果オーライなのかな」

勇者「結果オーライ?」

少女「だって二人とも無事だし、ここにもたどり着けたし」

勇者「確かに、言われてみれば……」

少女「きっと、ここの神様が助けてくれたんだよ」

勇者「そう、かもな」

勇者(確かにこの山の中で彼女をすぐに見つけられたのは、運が良かったのが大きい。それだってギリギリだったくらいだし)

少女「ありがとうございました。私たちを助けてくれて」

勇者「……」ペコリ

少女「あなたも、ね?」

勇者「えっ……」

少女「助けてくれて、ありがとね」

勇者「……そんな礼を言われる権利は、俺にはない」

勇者(俺の不注意で彼女を危険に晒してしまったのだ。罵られることはあっても、そんな言葉を受け取っていいわけがない)

91 : 以下、名... - 2018/07/04 22:53:14.45 Idke5ybw0 67/370

少女「……さっきはああ言ったけど」

勇者「?」

少女「ちょっと、楽しかったよ」

勇者「!」

少女「こわかったし、殺されちゃうかもって思ったけど、でも、ちょっと面白かった」

少女「だって今までずっと何もなかったから」

少女「流石にもうごめんだけどね」ニコッ

勇者「…………」

少女「だから、そんなに気に病まなくていいよ。ね?」

勇者「…………」

勇者「ありがとう」

少女「じゃあ、そろそろ下りよ?」

勇者「…………」コクン

95 : 以下、名... - 2018/07/05 22:30:22.08 ScR/6PTI0 68/370

――――

勇者「そう言えば、それ」

少女「それ?」

勇者「熊に襲われてるときもずっと離さなかったけど、結局何なんだ?」

少女「うふふ~。それは下りてからのお楽しみだよ~」

勇者「は、はぁ……」

少女「あ、でもグチャグチャになってないかな……」

勇者「…………」

勇者(改めて、祠の方を見る。いくつか解せない点があって、それが頭の中から離れない)

勇者(ここに来るとき、農家の人が言っていたこと)

農家『あと、そんな奥の方には行かないと思うけど、入り込むと熊とかも出てくるからな。念のために祠よりも奥には行くなよ』

勇者(まだこの辺りは山全体で言えば、まだ最初の方といったところだ。もしもこんなところまで熊が出て来るのなら、あの人も俺たちに行くようには言わなかっただろう)

勇者(しかし現実として、俺たちの前に姿を現した)

勇者(一体、なぜ……?)

96 : 以下、名... - 2018/07/05 22:30:54.17 ScR/6PTI0 69/370

少女「やっと家とか見えてきたね」

勇者「さすがにもうここまでは追ってこないだろう」

少女「ふふっ。……あれ? そういえば傷とかは?」

勇者「!」ギクッ

勇者「な、何の話だ?」

少女「さっき熊に襲われたとき、結構ボロボロだった気がするんだけど……」

勇者「気のせいだ。うん」

少女「そうだったかな……?」

勇者「そうだとも」

少女「怪しいな……」

97 : 以下、名... - 2018/07/05 22:32:40.97 ScR/6PTI0 70/370

勇者「だってさっきから今の間に、自然に傷が塞がるわけないだろう?」

少女「うーん……。ちょっと腕とか見せてよ」

勇者「ほら」

少女「……ないね。綺麗なままだ」

勇者「だろう?」

勇者(実際のところ、傷はあった。だいぶ傷だらけだった)

勇者(そのほとんどを回復魔法で塞いでしまったので、跡形もないが)

勇者(さっきの炎魔法の一件でわかったことがある。それは、この世界では魔法の威力が著しく下がってしまう、ということだ)

勇者(この傷口を治すくらいの魔法をかけても、一瞬痛みが和らいだような気がしたような、本当にわずかな効果しかなかった)

勇者(しかし、実験も兼ねて何千人もの瀕死の人々を完全に回復させてしまうくらいの、究極回復魔法を自分一人に集中させたら、それでようやく俺の擦り傷は回復した)

少女「でも、ちょっと顔色悪いね」

勇者(余計な心配をかけないためにとはいえ、おかげで魔力はスッカラカンだ。もう一人分、少し体力を削って魔力を使用したせいもあって、今にも倒れてしまいそうですらある)

98 : 以下、名... - 2018/07/05 22:33:13.64 ScR/6PTI0 71/370

少女「でも不思議。私の方が傷が多いくらい……あれ?」

少女「おかしいなぁ。この辺り転んで擦りむいてたような気がしてたのに」

勇者「もうボケが始まっているのか?」

少女「私まだ中学生だよ!? 変だなぁ……」

勇者「おそらく焦っていて勘違いしたのだろう。よくある話だ」

少女「うーん……」

グゥゥー

勇者「腹、減ったな……」

少女「あら、もうお昼なんだね。……うふふっ」

勇者「どうした?」

少女「ううん、なんでも!」ニコニコ

勇者(上機嫌なのを誤魔化しきれてないのだが)

少女「あっ、ちょうどいいとこ発見ー!」

勇者「? ああ、ちょうど日陰になってるな。少し休むか」

少女「そうだね!」

99 : 以下、名... - 2018/07/05 22:33:40.91 ScR/6PTI0 72/370

少女「じゃじゃーん!」

勇者「こ、これは……!」

勇者(彼女が自信たっぷりに包みを広げると、可愛らしい弁当箱が姿を見せた)

少女「うふふー。作ってきたんだよー!」

勇者「そんな時間あったか?」

少女「魔法を使ったの!」

勇者「魔法? そんな魔法があるのか! 是非教えて欲しい!」

勇者(これまでいろんな世界を旅してきたが、食糧を生み出すような魔法には、今までお目にかかったことがない)

勇者(しかし、もしも食糧を生み出すような魔法があれば、まさに夢のような魔法だ)

勇者(わざわざ持ち運ぶ労力もいらなくなるし、戦いが始まった後の兵士の士気の継続にもうってつけだ)

100 : 以下、名... - 2018/07/05 22:35:08.61 ScR/6PTI0 73/370

少女「冗談だって。なに本気にしてるのー」

勇者「あ……」

勇者(どうやらからかわれてしまったらしい。よく考えてみればこの世界には魔法がないのだった)

勇者(あまりにも革新的な魔法だっただけに、つい冷静さを欠いてしまった)

少女「魔法とか信じてるの? 子どもだねー」クスクス

少女「そう言えばさっきも何だっけ? フレイヤとか言ってなかった?」クスクス

勇者「む……」

少女「結局何も出てなかったし、一瞬びっくりしたしあきれたよ……」

勇者「よく見れば若干光ってたのだが……」ボソッ

少女「え? 何か言った?」

勇者「いや、何でも――」

グゥゥー

101 : 以下、名... - 2018/07/05 22:36:02.67 ScR/6PTI0 74/370

勇者「…………」

少女「い、今のは……!」

勇者「……何も、聞こえてないぞ」

少女「聞こえてるじゃん! バリバリ聞こえてたよね!?」

グゥゥー

勇者「ぷっ」

少女「もう~~!」ポコポコ

勇者「あはは! ほら、せっかく用意してくれたのだろう?」

少女「むぅ……。なんか納得いかないな」パカッ

勇者「おお……!」

少女「よかった……。そんなに崩れてない」

102 : 以下、名... - 2018/07/05 22:36:28.66 ScR/6PTI0 75/370

勇者少女「「いただきます」」

勇者「めっちゃ美味そうだ……っ」パクッ

少女「…………」ドキドキ

勇者「…………」モグモグ

少女「…………」ドキドキ

勇者「っ!」ビクッ

少女「!」ビクッ

勇者「うまいっ!!」

少女「!」パァァッ

少女「本当!?」

勇者「ああっ!」

少女「そっか、よかったぁ……」ホッ

103 : 以下、名... - 2018/07/05 22:37:08.15 ScR/6PTI0 76/370

少女「ほら、昨日はとうもろこししか用意できなかったから……」

勇者「……もしかして、俺がちゃんとしたものを食べるためにこれを?」

少女「うん」コクン

勇者「ありがとう。本当に嬉しい」

少女「そんなに喜んでもらえたなら、私も昨日準備しておいた甲斐があるよ……あっ」

勇者「昨日?」

少女「うそ! 魔法!!」

勇者「お、おう……」

勇者(そこは知られたくないのか)

104 : 以下、名... - 2018/07/05 22:37:36.20 ScR/6PTI0 77/370

――

――――

少女「いいよ。入ってきて」ヒソヒソ

勇者「ほい」ピョンッ

少女「なんだか自分の家なのにドキドキするね、こういうの。潜入みたいで」

勇者「みたいと言うか、俺に関しては完全にそれなのだが」

少女「あははっ、そうかも」

勇者「……どうした?」

少女「うーん。なんかちょっと、眠い……」バタン

少女「…………」

少女「すぅー、すぅー」

勇者「…………」

勇者「えっ、もう寝たのか?」

少女「すぅー、すぅー」

105 : 以下、名... - 2018/07/05 22:38:17.07 ScR/6PTI0 78/370

勇者「はぁ……。とりあえず、無事に終わってよかったな……」ドサッ

勇者「…………」

勇者「あと、一ヶ月か」

勇者(一日目から、いろいろあり過ぎたな。最後まで保つのか不安だ)

勇者(……でも、何だろう。この感じは)

勇者(少しだけ、全身が軽くなったような気がする)

勇者(ずっと自分の中にのしかかっていた何かが、消えていくような感覚)

勇者「……まさか、本当にこれで休暇になってしまうのか」

勇者「女神様の狙い通りみたいで癪すぎる……」

106 : 以下、名... - 2018/07/05 22:38:57.73 ScR/6PTI0 79/370

ゾワッ

勇者「……!」

??『たす……て……、う……』

??『うっ!』

グシャッ

??『ど……して……、……んじ……たのに……』

勇者「はっ……!」

勇者「…………」

勇者「……なんだ、今の?」

110 : 以下、名... - 2018/07/06 22:21:26.27 n22xCJ490 80/370

ミーンミーン

少女「……ねぇ」

勇者「しっ! 静かに」

少女「…………」

勇者「あと少し……」

勇者「あと三歩……、二歩……」

少女「…………」

勇者「ふんっ!」ブンッ

勇者「よし! オオクワガタだな、これは!」

少女「……ねぇ」

勇者「なんだ?」キラキラ

少女「それ、楽しいの……?」

勇者「え」

111 : 以下、名... - 2018/07/06 22:23:11.19 n22xCJ490 81/370

ミーンミーン

勇者「そうか……。女の子って昆虫採集とか、あまり好きじゃないのか……」ズーン

少女「ご、ごめん! そこまで落ち込むなんて思ってなかった……」

勇者「いや、いいんだ。君の気持ちを考えていなかった自分が悪い」

少女(すごく意気込んでいたもんね……)

勇者『今日のは期待していて欲しい!』

少女(…………)

勇者「すまない、本当に……」ズーン

少女(なんか悪いことしちゃったな……)

112 : 以下、名... - 2018/07/06 22:23:39.18 n22xCJ490 82/370

子供「ああーーっ!! それーーー!!!」

勇者「ん?」

少女「えっ?」

子供「オオクワガタじゃん!! すげーーっ!!」ピョンピョン

勇者「お、君はわかるかい?」

子供「決まってるじゃん!! しかもでけー。こんなの見たことねぇー!!」

勇者「欲しいか?」

子供「えぇっ!? いいの!?」

勇者「ああ。その代わり大事に飼うんだぞ?」

子供「マジかーー! やったぁ!! ありがとう!!!」

113 : 以下、名... - 2018/07/06 22:24:08.48 n22xCJ490 83/370

勇者「あんなに喜んでもらえるとは……」

少女「そんなに捕まらないものなの?」

勇者「この時間帯だと、あんまいないな。クワガタって基本夜行性だし」

少女「へぇ……。よく知ってるね」

勇者「たぶん前に本で読んだんだ」

勇者(あれから一週間が経った)

勇者(七日間イベント尽くし、とはもちろんならず、二、三日に一回俺が何かしら提案するという流れだった)

勇者(それ以外の日は、二人で適当に外をぶらついたり、部屋でカードゲームで遊んだりと、平凡な一日を過ごしている)

勇者「はぁ……まいった」

勇者(見事にネタ切れだ。自分の老いた発想力では、一週間女の子を楽しませることもできないのか)

少女「この後の案って何かある?」

勇者「……いや」

少女「じゃあ、今日は私の番ね」

勇者「君の番?」

114 : 以下、名... - 2018/07/06 22:24:40.14 n22xCJ490 84/370

ザザーン

勇者「海、だな」

少女「うん、海」

勇者「……それで、何をするんだ?」

少女「何もしないよ?」

勇者「はっ?」

勇者(呆気にとられる俺の先を彼女は歩いていき、堤防まで着くと地面を何回か払ってから、そこに腰掛けた)

少女「ほら、隣座ってよ」ポンポン

勇者「あ、ああ……。よっこいせっと」

少女「ふふっ」

勇者「ん?」

少女「いや、おじさん臭いなぁって」

勇者(中身、おじさんどころかおじいさんなのだが)

115 : 以下、名... - 2018/07/06 22:25:07.14 n22xCJ490 85/370

勇者「…………」

少女「…………」

勇者(そして沈黙である)

勇者(なんだ? 一体なぜ何も言わないんだ?)

勇者(俺が何か話すべきなのだろうか。こういう時に気が利くような話なんて思いつかない)

勇者(目の前にはただただ広がる海。ヒントらしきものはそれくらいしかない)

勇者(もしかしたら、やはりさっきので愛想を尽かされて、もうあの家から出て行くように言い渡されるのかもしれない)

少女「さっきは、ごめんね」

勇者「えっ?」

116 : 以下、名... - 2018/07/06 22:25:52.03 n22xCJ490 86/370

勇者「どうして君が謝るんだ?」

少女「私、わがままだったなって」

勇者「わがまま……」

少女「うん、そう」

少女「私ばっかり楽しくなるように、あなたに無理をさせちゃった」

勇者「そんなことない」

少女「そんなことあるよ。だからね、さっきも言ったけど、今度は私の番」

少女「私も、君の……休暇だっけ? それを良いものにできるように頑張るから」

少女「……頑張るって言うのもおかしいかな。あははっ!」

勇者「……別に、頑張らなくたっていい」

少女「そうだよね!」

勇者「いや、そういう意味じゃなくて」

117 : 以下、名... - 2018/07/06 22:26:18.19 n22xCJ490 87/370

勇者「今のままだって、俺は十分……」

少女「十分、なに?」

勇者(今、俺は何と言おうとしたのだろう)

勇者「十分……」

勇者(ああ、思い出した)

勇者(だが……)

勇者「十分、休暇になってる」

少女「えー?」

勇者(違う、こんなのはダメだ。俺が抱いていい感情じゃない)

118 : 以下、名... - 2018/07/06 22:26:47.60 n22xCJ490 88/370

キュー、キュー

少女「あ、カモメだ」

勇者「そうだな」

少女「空を飛んでみたいって、思ったことない?」

勇者「空なら……」

勇者(と言いかけたところで言葉を止める)

勇者「……怖いから嫌だな」

勇者(いくらだって飛んだことがあるなんて、この世界では口にできないのだ)

勇者(もしも、彼女を魔法で空へ連れて行ったら、どんな顔をするだろうか)

勇者(きっと目を丸くして、そして笑うのだろう)

勇者(この世界を明るく照らす太陽のように、煌びやかな笑顔を)

勇者(そうしてやれない現状が、少し歯がゆく感じられた)

119 : 以下、名... - 2018/07/06 22:27:50.94 n22xCJ490 89/370

少女「怖いって、それでも本当に男なの?」

勇者「怖いものは怖い。落ちたときのことを考えるとなおさら」

少女「空を飛べたらって話なのに、落ちた時のことを考えるなんて。やっぱりあなた、変わってる」

勇者「もう聞き飽きたよ」

少女「あははっ!」

勇者(それからはまた他愛もない会話に花を咲かせて、夕日が水平線に沈むのを見た)

勇者(彼女と一緒にいると、時間があっという間に過ぎる)

勇者(ただ、時間が過ぎる)

勇者(何の意味もない時間が、ただ、過ぎる)

勇者(そんな感覚が新鮮で、だから余計に感傷に浸ってしまう)

120 : 以下、名... - 2018/07/06 22:28:17.35 n22xCJ490 90/370

勇者「綺麗だな……」

少女「うん……」

少女「……夕日って綺麗だけど、少し寂しくなるよね」

勇者「寂しく、か……」

少女「なんでだろ……。何か大事な物が消えちゃうみたいな、そんな感じがするの」

勇者「考えたこともなかったな」

少女「風情がないなぁ」

勇者「否定できない」

勇者(こんな風に景色をゆっくりと眺めた記憶がない)

勇者(前にも彼女と星空を眺めた時にも思ったことだ)

121 : 以下、名... - 2018/07/06 22:29:10.05 n22xCJ490 91/370

――

――――

リーンリーン…

少女「すぅ……、すぅ……」

勇者(夜も更けて少女はぐっすりと眠っている)

勇者(眠れずにいたが、手持ち無沙汰だった)

勇者「…………」

勇者「月が、きれいだな……」

勇者「落ち着いて月を見上げることも、忘れていたのか」

勇者「……でも、当然の報いなのかもしれない」

勇者「むしろ……」

??「あの」

勇者「!?」バッ

??「あ、静かに……。あの子が起きちゃうからねぇ」

勇者「あ、あなたは……?」

??「はじめまして。その子の祖母でございます」

125 : 以下、名... - 2018/07/09 20:57:18.37 Xb9WhpyD0 92/370

勇者「あ……っ!」

勇者(しまった……! 彼女の祖母ということは、つまりはこの家の主……)

勇者(見つからないようにと心がけていたつもりだったが、完全に油断していた……!)

勇者(どうする……? このままじゃ不法侵入で逮捕されること間違いなし。なら、逃げるか……?)

勇者(窓は……)チラッ

祖母「あ、別に焦らなくても大丈夫よぉ。気づいてたからねぇ」

勇者「……えっ?」

勇者(気づいていた……!?)

祖母「ここで話すのも何ですし、下に降りてきなさい。お茶でも出すよ」

勇者「…………」

祖母「ふふっ」ニコッ

勇者「……いただきます」

126 : 以下、名... - 2018/07/09 20:57:52.91 Xb9WhpyD0 93/370

祖母「どうぞ」

勇者「ありがとう、ございます……」

祖母「ごめんなさいね。ろくにご飯も用意できなくて」

勇者「いえ……」

祖母「最近ね、あの子がよく笑うようになったのよぉ」

勇者「……?」

祖母「あと、ご飯を食べる時とかには、いろんな話をしてくれるようにもなってくれてねぇ」

祖母「『今日は山に冒険に行った』とか、『村の見たことのない場所へ行ってきた』とか」

勇者「へぇ……」

祖母「その時にね、いつもあんたの話をするのよ?」

勇者「俺の?」

127 : 以下、名... - 2018/07/09 20:58:32.51 Xb9WhpyD0 94/370

祖母「ええ、ええ。本当に楽しそうに」

祖母「ここにいる時のあの子は、いつも退屈そうで……。だから、あんたには一度会ってみたくてねぇ」

勇者「あれ? でも、気づいていたって……」

祖母「何か隠しているなぁ、とは思ってて。てっきり犬か猫でも部屋の中で飼ったりしているのかなぁ、なんて」

勇者「……まさか、人間がいるなんて思いもしなかったでしょうね」

祖母「ええ、ええ。その通りで。一昨日あんたを見つけた時は驚いたわぁ」クスッ

勇者(あ……)

勇者(今の笑い方、微かに彼女に似ていたような気がする。血がつながっているからだろう)

祖母「あの子は、夏休みになるとここに来るんだけども。親はずっと仕事で忙しくて、ごはんも作ってあげられなくて」

勇者「だから、祖母であるあなたに預けていると」

128 : 以下、名... - 2018/07/09 21:00:47.68 Xb9WhpyD0 95/370

祖母「本当はわたしなんかに預けないで、親子一緒の方が良いっていっつも言っているんだけどねぇ。そうもいかないようで……。向こうには向こうの事情があるんでしょうね」

祖母「それでここに来るけどここには何もないから、あの子にとってはちょっと退屈で。しかも毎年のことだから、なおさら……」

勇者「ということはここに、他の俺くらいの年齢の人は……」

祖母「ええ、いないんよ。だからせめてわたしが何かできれば良いのだけど、最近の若い子のことはよくわからんくてのぉ……」

勇者「はぁ……」

祖母「だから、お願いしてもいいかの?」

勇者「えっ?」

祖母「あんたにはあんたなりの、ここにいる事情があるんでしょ?」

勇者「え、ええ。まぁ……」

祖母「なら、あの子と一緒にいてもらえんか? この家にはいてもらって構わないから」ペコリ

勇者「そんな……! 頭を下げないでください!」

勇者「こちらこそ願ってもない話です。……よろしくお願いします」

祖母「本当かい……!」パァッ

勇者「はい」

祖母「ありがとう……。本当にありがとうねぇ……っ」

勇者「だから頭を上げてくださいって!」

129 : 以下、名... - 2018/07/09 21:02:05.65 Xb9WhpyD0 96/370

――

――――

勇者「へぇ……。この辺りに生まれてからずっと住んでるんですか」

祖母「そうそう。それでなぁ……」

バタバタバタバタ!!

少女「ひゃっ!!!」

勇者「あ」

祖母「あら、おはよう」

少女「え、えっとね、おばあちゃん、この人は……!」アセアセ

勇者「あ、いや、それはもう……」

少女「怪しい人じゃないって言うか、いつもの人って言うか……!」

少女「私を、すごく楽しませるためにいる人なの!!」

勇者「」

祖母「…………」

勇者(その言い方は、なんか、その……、誤解を招かないか? 事実だが)

130 : 以下、名... - 2018/07/09 21:02:37.34 Xb9WhpyD0 97/370

祖母「……ふふっ」

少女「あ、あれ?」

少女「そう言えばあなた、なんでそんなお茶まで用意されてくつろいでるの?」

勇者「お茶美味しいです」

祖母「あら、ありがとねぇ」

少女「えっ? あ、あれ? あれれ? 一体どういうことなの??」

祖母「大丈夫よ、わかってるから」

勇者「と、いうことだ」

少女「えっ? え、えええっ!?」

勇者(それから事の顛末を聞いた彼女は、一気に力が抜けたようで床にへたりこんだ)

少女「な、何なの、それ……」

131 : 以下、名... - 2018/07/09 21:03:05.28 Xb9WhpyD0 98/370

祖母「ちょっと先にこの子の部屋に戻っててもらってもいいかい?」

勇者「あ、俺ですか?」

祖母「ええ」

少女「えっ」

祖母「ちょっとお話があるんで」ニッコリ

少女「ひぃっ!?」

祖母「ほら、ちゃんと座りなさいな」

少女「い、いや……っ! 助け……」

祖母「ほら、彼の方ではなくこっちを見なさい」

少女「ちょっと待って……」ウルウル

勇者「…………」

少女「うぅ~」ウルウル

勇者「……頑張れ」

少女「裏切られたぁっ!?」

勇者「失礼します」

132 : 以下、名... - 2018/07/09 21:03:34.12 Xb9WhpyD0 99/370

勇者「ふぅ……」スタスタ

勇者(恐らく説教を食らう羽目になるのだろう。部外者は退散するとしよう)

祖母「せっかくお客さんが来ているのに、とうもろこししか出さないのは、どうなんだい?」

少女「おばあちゃん……、目が、怖いよ……?」

勇者「頑張れよ……」

勇者(改めてエールを送って彼女の部屋に向かった)

勇者「まさかこんなことになるなんてな……」

勇者(状況は好転している。ここに公認でいられるだけじゃなく、食事まで用意してもらえるらしい)

勇者(返せるものがないと断ろうとしたが、子どもが遠慮しないで、と言ってくれた)

勇者(明日の朝からは、まともな食事ができる。そう思うと早く日が昇って欲しいくらいだ)

勇者「また明日、お礼言わないと」

133 : 以下、名... - 2018/07/09 21:04:01.31 Xb9WhpyD0 100/370

勇者(明日はどんな一日になるだろう)

勇者(具体的なイメージは湧かないが、きっといい日が来ると思える)

勇者(どうしてか、この世界は輝いて見えるのだ)

勇者(ずっと昔になくしたはずの光が、ぼんやりと自分の心を照らしているような)

――――

??『……る……い……』

勇者「あ……」

勇者(脳裏に声が現れる)

勇者(まただ)

勇者(覚えている。何もかも鮮明に、覚えている)

勇者(覚えている、覚えている、覚えている、思い出す)

勇者(思い出す、思い出す、思い出したくない、思い出す、思い出す、思い出す)

ザシュッ

134 : 以下、名... - 2018/07/09 21:04:29.72 Xb9WhpyD0 101/370

――

――――

覚えている。

その光景を、覚えている。

「はぁっ……、はぁっ……」

「だ、誰か……助け……っ」

地の底から響いてくるような轟音に、背中を突き飛ばされた。

宙を舞う感覚。

そして衝撃。

「きゃっ!?」

「どうして、こんな……」

「嫌だ……っ、死にたく、死にたくないよぉ……!」

――――

――

137 : 以下、名... - 2018/07/10 22:20:54.02 7gfVP0jr0 102/370

勇者「ぐ……、うぅ……」

勇者「はっ!? ……なんだ、夢か」

少女「大丈夫?」

勇者「あ、起こしてしまったか? すまない」

少女「ううん。今おばあちゃんから解放されたところ」

勇者「なるほど」

少女「どうしたの? うなされてたけど」

勇者「いや、大したことは……」

少女「怖い夢でも見た?」

勇者「!」

138 : 以下、名... - 2018/07/10 22:21:20.09 7gfVP0jr0 103/370

少女「わかりやすいよね、あなたって」

勇者「……まぁ、ただの夢だ」

少女「でも、普通じゃなかったよ。すごく苦しそうだった」

勇者「…………」

勇者(一体、自分はどうなってしまったのだろう)

勇者(俺は勇者だ。魔王から世界を救う勇者。だから、今まで幾多の命を殺めてきた)

勇者(魔物も、人間も)

勇者(罪の意識は、なかったと言えば嘘になる。だが、たくさんの世界を救う旅を続けていくうちに、それもいつしか消えていった)

勇者(命を失うことに対して、何も感じなくなった)

勇者(そのはず、なのに……)

勇者(なのに、どうして今になって……)

139 : 以下、名... - 2018/07/10 22:21:45.79 7gfVP0jr0 104/370

勇者「……大したことは、ない」

少女「あなたがそう言うなら、そうなんだとしか言えないけど」

少女「でも、もしも何か悩んでいるなら相談してね。私じゃ頼りないかもしれないけど」

勇者「そんなことはないさ」

少女「ふふっ。そう言ってくれるなら、いつか、ね?」

勇者「ああ」

勇者(説明したとして、理解を得られるとも思えないが)

140 : 以下、名... - 2018/07/10 22:22:13.62 7gfVP0jr0 105/370

――

――――

リーン、リーン

勇者「ZZZ…」

少女「ん……むにゃむにゃ」

少女「……あれ、まだ夜」

勇者「ZZZ…」

少女「眠ってる。……うふふっ、寝顔は可愛いなぁ」

少女「起きてる時はずっと難しそうな顔をしているのに」

少女「おなかの辺りつついてみよ。ツンツン」

勇者「む? うぅーん……」

少女「ツンツン、ツンツン」

勇者「ぐっ、ぬぅ……」

少女「ふふっ。面白い」

141 : 以下、名... - 2018/07/10 22:22:39.37 7gfVP0jr0 106/370

勇者「……い」

少女「あ、起きちゃったかな……?」

勇者「……さい」

少女「寝言?」

勇者「……んなさい」

勇者「ごめんなさい」

少女「えっ?」

勇者「……な、さい」

勇者「ごめん、なさい」

少女「また、謝ってるんだ……」

勇者「ごめんなさい、ごめんなさい……」

少女「あなたは、誰に謝っているの……?」

少女「誰から許されたくて……?」

142 : 以下、名... - 2018/07/10 22:58:21.92 7gfVP0jr0 107/370

コケコッコー

勇者「ほら、朝だぞ。起きろ」

少女「うーん……。あとちょっと、ちょっとだけ……」

勇者「なんでそんなに眠いんだ。同じ時間寝てるのに」

少女「きっと私はロングスリーパーなんだよ……。人よりいっぱい寝ないとダメな人なの……」

勇者「それ以上寝てるなら、君の分まで朝食を食べるぞ?」

少女「それはひどい!!」ガバッ

勇者「食い意地すごすぎないか?」

少女「だって朝逃したら、次は昼まで待たなきゃいけないじゃない! そんなの、耐えられる気がしない……っ」

勇者「……君から一食抜いたらどうなるのか、少し気になるな」

少女「きっと干からびて死んでるね」

勇者「君は吸血鬼か何かなのか?」

143 : 以下、名... - 2018/07/10 22:58:55.29 7gfVP0jr0 108/370

祖母「あら、おはよう。二人とも早いのねぇ」

勇者「おはようございます」

少女「おばあちゃんおはよー……」

祖母「眠そうねぇ」

少女「そりゃそうだよ……。普段より一時間は早いもん……」

勇者「遅起き過ぎるな」

少女「ま、まだそれでも午前中に起きてるもん!」

勇者「それ、ダメ人間が言うセリフだぞ」

少女「そんなにダメダメ言わないでよ! 本当にダメ人間になっちゃうよ!?」

勇者「……手遅れかもしれないな」

少女「ひどいっ!」ガーン

144 : 以下、名... - 2018/07/10 22:59:32.04 7gfVP0jr0 109/370

勇者「朝……ごはん……! ご飯にお味噌汁に納豆! さらに漬け物の盛り合わせと、これ以上ない朝食だ!」

少女「すごいテンションだね……」

祖母「どこぞの誰かさんが、とうもろこししか用意してなかったからかねぇ……?」

少女「うっ、やぶへび……」

勇者「いただきます……!」

祖母「はい、どうぞ」

少女「いただきまーす」

勇者「…………」パクパク

勇者「…………」モグモグ

勇者「……う」

少女「う?」

勇者「うまい!」

祖母「それならよかったわぁ」

145 : 以下、名... - 2018/07/10 23:00:31.39 7gfVP0jr0 110/370

勇者(そうだ、この味、シンプルさ。やはり日本人なら白飯なしに食事を語れない)

勇者(味噌汁もダシや味噌のバランスが絶妙。空っぽの胃にどんどん吸い込まれていくようだ)

勇者(……? どうして俺はこんなに詳しいんだ?)

勇者(いつかここに近い世界を訪れた時に魅了されたのだろうか?)

勇者(そうとしか考えられないが、どこか違和感がある)

勇者(この感じは、なんだ?)

勇者(この胸を締め付ける感情は、一体……)

勇者「……あれ?」ポロポロ

勇者(頬をなにか熱いものが伝う)

勇者(無意識のうちに、目から涙がこぼれていた)

146 : 以下、名... - 2018/07/10 23:01:02.90 7gfVP0jr0 111/370

少女「き、君! どうしたの!? そんなにおなか空いてたの!? 本当にごめん!」

勇者「い、いや、これは違くて……! な、なんでだ……!?」

祖母「…………」

少女「ごめんね、本当にごめんね!」

勇者「…………」ポロポロ

祖母「ほら、ゆっくりとお食べ。おかわりも用意してあるから」

勇者「ありがとう……ございます……」グッ

勇者「……これ食べたら、また今日もどっか行くか」

少女「えっ。大丈夫なの?」

勇者「大丈夫だって。おばあちゃんが作るごはんが美味しすぎて感動して……」

少女「へんなの……」

祖母「そう言ってもらえて嬉しいわぁ」

147 : 以下、名... - 2018/07/10 23:01:33.06 7gfVP0jr0 112/370

――

――――

少女「もう夜になっちゃったね」

勇者「一日があっという間に終わるな」

少女「うん。今日は農家のお手伝いなんて言って、正直、正気を疑ったけど」

勇者「おい」

少女「でも、すごく楽しかったよ! 普段私たちが食べているものがあんなふうに作ってるなんて、全然知らなかったから」

勇者(今日は例の祠のことを教えてくれた夫婦の元へ手伝いに行った。好奇心旺盛な彼女には、都会では見られないであろう光景こそ、最も興味関心が惹かれると思ったからだ)

勇者(予想は的中。最初は若干乗り気でなかったものの、作業を始めてから夢中になるまで、数分もかからなかった。果てには――)

少女「将来農家になろうかなー」

勇者(こんなことまで口にする始末である)

勇者「毎朝早起きになると思うが」

少女「うっ……。それはちょっと」

勇者「心折れるの早くないか?」

勇者(それに農家にならなくても、あまり大差なさそうだが)

148 : 以下、名... - 2018/07/10 23:02:05.91 7gfVP0jr0 113/370

少女「あー、疲れたー。シャワー浴びてくるー」

勇者「おう」

少女「……一緒に入る?」

勇者「バカなこと言ってないで、さっさと浴びてこい」

少女「むぅ……。動揺しないか」

勇者「じゃあ、本当に一緒に入るか?」

少女「えっ? えっ、えっ、えええええっっ!?!?」

勇者「冗談だよ」クスクス

少女「や、やり返された……っ!」

勇者「もう十年女磨いてから出直してきなさい」

少女「なんで同い年のあなたにそんなこと言われなきゃいけないの……」

勇者(精神年齢的には十人分の寿命くらい違うからだろうな)

149 : 以下、名... - 2018/07/10 23:02:32.18 7gfVP0jr0 114/370

勇者「ふぅ……」

勇者(働いたお礼にと、昼食までごちそうになってしまった。夏の昼にそうめんというのは、反則的だと思う)

勇者「今日の夕飯は何だろ……」

勇者「……って、作ってもらえるのを当たり前みたいに口にしてちゃダメだよな」

祖母「そんなことないよ?」

勇者「うわっ!? き、聞いてましたか……」

祖母「ええ、ええ。昨日も言ったけど、子供がそんな遠慮をするものじゃないからねぇ」

勇者「でも……」

祖母「泣くほど喜んでもらえて、作っているこっちも嬉しいくらいだから」

勇者「あ、はは……。そんなものですかね」

祖母「そんなものそんなもの」

150 : 以下、名... - 2018/07/10 23:02:58.28 7gfVP0jr0 115/370

祖母「あの子は?」

勇者「シャワー浴びてます」

祖母「あら、ほんとねぇ。そう言えば昨日までお風呂とかはどうしてたんだい?」

勇者「広場にある水道使って水浴びを」

祖母「それもあの子に?」

勇者「ははは、よくおわかりで……。汚い、不潔だのさんざん言われて」

祖母「まったくあの子はもう……。ごめんなさいねぇ」

勇者「あっ、いえ! そんなつもりは全然!」

151 : 以下、名... - 2018/07/10 23:03:24.17 7gfVP0jr0 116/370

祖母「ところで、つかぬことを聞くけどね」

勇者「はい?」

祖母「あんた、ここに来たことはないかい?」

勇者「ここ……?」

祖母「うん、この村に。お父さんとか、お爺ちゃんとかでもいいから」

勇者「……いえ、たぶんないと思います」

祖母「そうかい……」

勇者「どうして、そんなことを?」

祖母「いんや、大したことじゃないのよ」

勇者「……?」

勇者(こんな一風変わった世界に来ていたなら、俺が覚えているはずだ。今まで一度だって魔法が存在しない世界に飛ばされたことはなかった)

勇者(……いや、俺の記憶もあてにはならないか。これまで何百年という月日をかけて、何十という世界を回ってきたんだ)

勇者(もしも最初の頃に来た世界だったとしたら、可能性はゼロではないが……)

152 : 以下、名... - 2018/07/10 23:03:50.05 7gfVP0jr0 117/370

勇者「あの――」

ガララー

祖母「おや、もう上がったんかね。あんたもシャワー浴びてきんさいな」

勇者「あ、おばあちゃ……あなたは?」

祖母「ふふっ。おばあちゃんでええよ、ええよ。わたしは二人が帰ってくる前に、もう浴びているから」

勇者「じゃあ、浴びてきます」

祖母「出たらすぐご飯にしてあげるから、楽しみにしといてなぁ?」

勇者「ありがとうございます」ペコリ

157 : 以下、名... - 2018/07/11 22:53:50.40 xaUbRJfj0 118/370

――

――――

勇者「ほら、起きろ。朝だぞ」

勇者(また、何日か過ぎていった)

勇者(劇的な出来事なんてものはもちろん起こるはずもない)

少女「うーん……。おはよー」

勇者(朝起きて、朝食を食べて、外で遊んで、昼食を食べて、また遊びに行って)

勇者(日が沈んだら帰ってきて、夕食を食べて、眠る)

勇者(言葉にしてしまえば、これだけで終わってしまう。魔王を討伐する日々と比べたら、何倍も薄い一日のはずだ)

勇者(なのに、なぜだろう)

勇者(朝が来るのが、待ちきれなくなっている自分がいる)

158 : 以下、名... - 2018/07/11 22:54:18.09 xaUbRJfj0 119/370

――

――――

少女「はぁ……暑い……」

勇者(畳の上に寝転がりながら彼女は愚痴をこぼす。そよ風が縁側に吊るされた風鈴をちりんと揺らした)

少女「クーラーとかないんだもん、ここ」

勇者「結構風抜けが良くて涼しいと思うけどな」

勇者(外は日差しが眩しいくらいにカンカンに照っていて、蝉の声がいくつも重なり合って壮大なオーケストラのように響き渡っている)

勇者(こんなにも、蝉の声とはうるさいものだっただろうか。以前にこの世界に来たときの自分の記憶との間に、若干齟齬があった)

勇者(あ、齟齬と言えば……)

159 : 以下、名... - 2018/07/11 22:54:46.07 xaUbRJfj0 120/370

勇者「なぁ」

少女「なーにー……?」グデン

勇者「君って、携帯とか持っていないのか? 中学生なら結構みんな持っていたと思うけど」

少女「ケータイ……、あ、スマホか。持ってるけどねー。あんまり使わないよ」

勇者「? へぇ、珍しいな」

少女「よく言われるけど、何かとめんどくさいし。ラインとか」

勇者「……? へ、へぇ」

少女「最近音しないし、もう電源切れてるんじゃないかな。スマホ最後に充電したのいつだっけ……」

勇者「スマホ?」

少女「えっ?」

勇者「えっ?」

160 : 以下、名... - 2018/07/11 22:55:13.17 xaUbRJfj0 121/370

勇者「…………」

少女「…………」

勇者「……あの」

少女「はい」

勇者「スマホって、何?」

少女「えっ?」

勇者「えっ?」

少女「それって、何かのギャグ、なのかな?」

勇者「いや、極めて真面目な質問」

少女「あなた、何十年も山に引きこもってたの……?」

勇者「そんなレベル!?」

勇者(もしかして俺が勘違いしているだけで、この世界は俺が以前救った世界とは違うのか?)

少女「ちょっと待ってて」

161 : 以下、名... - 2018/07/11 22:55:42.79 xaUbRJfj0 122/370

少女「ほら、これ。見たことくらいはあるでしょ?」

勇者「…………」

勇者「なんだ、この板?」

少女「あなた本気!? 見たこともないの!?」

勇者「えっ……。てか、携帯の話がどうしてそんな……」

少女「これがケータイでしょ?」

勇者「いや、それはスマホってやつなんじゃ……」

少女「だから、これがスマホでケータイなの! てか、ケータイなんて言葉、使ってる人いないよ」

勇者「ケータイって言ったら、こう、パカッと開いてボタンを押してくやつだと思ってたんだけど」

少女「それ、もうずっと前の話だよ……。ほとんど絶滅危惧種だよ……」

少女「おじさん臭いっていつも言ってるけど、もしかして本当はおじいちゃんなんじゃないの?」

勇者「な……っ」ギクリ

162 : 以下、名... - 2018/07/11 22:59:38.06 xaUbRJfj0 123/370

勇者「そ、それ、どう使うんだ?」

少女「えっ? こう、あ、電源ついた。こんな感じで……」

勇者「触って画面が反応するのか! てか画質がすごい綺麗!?」

少女「え、え、えええ~?」

勇者「すごい……。携帯とあまりサイズが変わらないのに、これは……。技術の進化は恐ろしい……」

少女「反応がおじいちゃんだよ、あなた……」

少女「でもまぁ、男の子だったら、そういう流行とか興味なかったら、知らないのかな。……それでもあり得ないけど」

勇者「ふぅ……」ホッ

勇者(なるほど。時代の流れで認識に齟齬があったのか……。どうりで話がかみ合わないときがあるとは思っていたが……)

勇者(おそらく、俺の知っている世界とここは、数年ほどラグがあるのだろう)

祖母「スイカ切ったわよー」

少女「やったー! スイカだーー!!」ピョンッ

祖母「焦らなくても、スイカはなくならないからねぇ。ほら、あっちの縁側で食べようかぁ」

163 : 以下、名... - 2018/07/11 23:00:18.33 xaUbRJfj0 124/370

少女「ん~~~! おいしい~~~!!」

勇者「甘い、うまい……!」

祖母「よく冷やしといたからねぇ」

少女「暑いのも忘れちゃいそう……」

勇者「ああ、本当に」

勇者(湿度が高く蒸し暑い気候と対照的に、みずみずしいスイカは脳がしびれるほどにたまらない)

勇者(いつも自分が行ってる世界だったら、これだけのために暴動、下手したら戦争が起きそうだ)

164 : 以下、名... - 2018/07/11 23:00:44.89 xaUbRJfj0 125/370

~~~~

兵士「隣国の王は我らからスイカを奪った!」

兵士「許せるか、この暴虐を! 見過ごすことができるか、この理不尽を!!」

兵士「我らが目的はただ一つ! スイカの奪還だ!!」

兵士「「「ウォォオオオオーーー!!!」」」

ナレーション『後にスイカ戦争と呼ばれる戦いの始まりであった』

~~~~

165 : 以下、名... - 2018/07/11 23:01:10.97 xaUbRJfj0 126/370

勇者「……ぷっ」

少女「な、なに? 何か変なことあった?」

勇者「い、いや、なんでも。……ぷっ、くくっ」

少女「一人で笑ってる……。こわ」

166 : 以下、名... - 2018/07/11 23:01:43.98 xaUbRJfj0 127/370

勇者「ごちそうさまでした」

少女「ごちそうさまー」

祖母「お粗末さま」

ミーンミーン

少女「暑いー……」

勇者「暑いなぁ」

祖母「そうねぇ、いい天気だもんねぇ」

ミーンミーン

祖母「そうだ、二人とも海に行ってきたら?」

勇者「海?」

少女「海!」

祖母「ここの海は綺麗だし、人もほとんどいないしねぇ」

少女「そうだよ! 海に行こう! あー、なんで思いつかなかったんだろ!」

勇者「海かぁ……」

勇者(そう言えば夏に海って定番だけど、初めてだな)

170 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/12 20:56:07.39 01f/7AXP0 128/370

――

――――

ミーンミーン

勇者「あ、暑い……」

勇者(水着に着替えるのって、こんなに時間がかかるものだろうか。海水浴なんてイベントはこれまで経験がないから、勝手がわからない)

勇者「暑い……。早く海入りたい……」

少女「この程度で音をあげるなんて、まだまだだね」

勇者「やっと来たのか――」

勇者(思わず声が詰まる)

少女「水着、ど、どう、かな……?」

勇者「え、えーと……」

勇者(上手く言葉にならない。その、何と言うか、露出が……)

171 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/12 20:56:41.62 01f/7AXP0 129/370

少女「やっぱり変かな……」シュン

勇者「そ、そんなことは! ただ、こう、その、だな!」

少女「ふふっ。顔、真っ赤になってるよ?」

勇者「なっ!?」

少女「ふふんー。初めてあなたに勝てた気がするね」

勇者「ぐぅ……」

勇者(な、何なんだ。ちょっと素肌が出ているだとか、その程度の露出なんて今までの冒険で見慣れていたはずだ!」

勇者(何ならこれより際どい格好しているのだって、日常茶飯事だった。なのに……)

勇者「…………」チラッ

少女「?」

勇者「!」バッ

勇者(なぜ直視できなくなっている!?)

少女「ほらほら、もっと見てもいいんだよ?」

勇者「やめなさい、はしたない!」

少女「わ、耳まで真っ赤」

勇者「やめなさい!」

172 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/12 20:57:53.41 01f/7AXP0 130/370

ザブーン

少女「うひゃー、冷たい! きもちいー!!」

勇者「ふぅ……。良い温度だ……」

少女「なんでそんな温泉みたいな感想なの」

勇者「暑いからなぁ……」

少女「あなたの言動のおじさん臭さはどこから来てるのかな」

勇者「じじいにこの日差しはこたえるな」

少女「うわ、すごくおじさん臭い!」

勇者「ほれ、水鉄砲」ピュッ

少女「きゃっ!? 手でそんな威力出る普通!?」

勇者「コツがあるんだ。おら、くらえ」ピュッ、ピュッ

少女「わ、わわっ!? なら……」ブクブク…

勇者「なんだ急に潜って……」

少女「どりゃあっ!!」ザバーン

勇者「うわっ!」

少女「あはははは!」

173 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/12 20:58:19.44 01f/7AXP0 131/370

――

――――

農家「ひぇ……あちぃ……。今年の夏は一段と暑いな……」

農家妻「毎年そんなこと言ってるわよ?」

農家「そうかぁ? ……おっ?」

農家妻「どうしたの?」

農家「あれ」

農家妻「ん? ……あら、あの子たちじゃない」

農家「海水浴かぁ。若いってのはいいよなぁ」

農家妻「そうねぇ」

農家「あ、そうだ。おーい!」

174 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/12 20:58:52.15 01f/7AXP0 132/370

少女「あれ? どこから呼ばれたような……」

勇者「あ。ほら、あっち見てみ」ペコリ

少女「あ! こんにちはー!!」

農家「よー! 今日も暑いねぇ」

勇者「ですねー」

少女「おかげで水が気持ちいいよー」

農家「だろうなぁ……。おじさんも一浴びしていくかな」

農家妻「こら」

農家「じょ、冗談。冗談だって」

農家妻「まったくもう……。でも汗かくし、ちゃんとお水飲むのよ?」

少女「はーい!」

農家妻「うん。よろしい♪」

175 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/12 20:59:18.30 01f/7AXP0 133/370

農家「ほれ。これ食えよ」

少女「すいかだ!」

勇者「いいんですか?」

農家「ああ! 前にいろいろ手伝ってもらったしな!」

農家妻「またいつでも遊びにおいで。お菓子とか用意してあげるから」

勇者少女「「ありがとうございます!」」

勇者少女「「あ……」」

農家「ぷっ!」

農家妻「ふふっ。相変わらず仲良いわね」

勇者「あはは……」

少女「もう……」カァァッ

176 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/12 21:00:08.55 01f/7AXP0 134/370

農家B「おや、坊主。こんなとこで何やってんだ?」

農家C「あら、海水浴なんていいわねぇ」

農家D「ほら、これもよかったら食べてよ!」

勇者「ありがとうございます!」

少女「あわ、あわわわわ……」

――――

ドッサリ

少女「なんかすごい量になっちゃったね……」

勇者「いろんなとこ行ってたもんな、俺たち」

少女「みんな、いい人たちだね! そろそろお昼だし、一回おばあちゃんちに帰って、これも置いてこよっか」

勇者「ああ」

177 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/12 21:00:35.99 01f/7AXP0 135/370

勇者(それから昼食(冷やし中華)を食べて、また午後も海で二人で遊んだ)

勇者(午後もこの村で知り合った人と時々会って、夕方にはまた両手にいっぱいのお恵みを持って帰ることになった)

少女「今日も楽しかったなー」

勇者「それならよかった」

少女「あなたは?」

勇者「もちろん、俺もだよ」

少女「それならよかった」

勇者「真似するなよ」

少女「えへへー」

勇者「まったく……」

少女「あはは……。…………」

少女「…………」

少女「……でも、それも」

勇者「ん? なんか言ったか?」

少女「え? あ、ううん! 何でもないよ!」

勇者「?」

178 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/12 21:01:53.01 01f/7AXP0 136/370

――

――――

「……うして」

「…………」

「どうして、勇者様……っ!?」

「…………」

やめろ……。

グサッ

「きゃあっ!?」

「…………」

「いや……っ、痛い、痛い、痛いぃっ」

やめてくれ……。

「…………」

「どうして、うっ! こんな、こ、とを……っ」

「…………」

ザシュッ

179 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/12 21:02:19.05 01f/7AXP0 137/370

『仕方ないことだ』

わかってる。わかっているんだ……。

『だから正しいことをしたんだ』

ああ、そうだとも……。

『なら、なぜそれを罪と感じる必要がある?』

必要なんかない。俺は正しいんだ……。

ザクッ、グシャッ

「いやぁぁぁあああああっっ!!!!」

やめろ、やめろ、やめろ……っ。

180 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/12 21:02:52.23 01f/7AXP0 138/370

『何一つ忘れていない。全てを覚えている』

ピチャリ…、ピチャリ…

覚えている、覚えている、覚えている。

『その手に伝う、生ぬるい血の感触』

自分を見つめる虚ろな双眸。

『喉を引き絞るように告げられた恨みの言葉』

それに対して、眉一つ動かすことなく、

『彼女の首を刈り取った』

光を失った瞳が、俺を見つめ続けている。

幾多の視線が全身を貫いてくる。

俺が絶った命の群れに、くし刺しにされる。

181 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/12 21:03:38.38 01f/7AXP0 139/370

勇者「う、うう……っ」

勇者「や……ろ……。そん……目で、俺を見……な……」

勇者「仕方……いだろ……。じゃないと……」

少女「……また、うなされてる」

勇者「ううっ、っ……。……はっ!?」

勇者「……ちくしょう」

少女「大丈夫……?」

勇者「ごめん。また起こしちゃったな」

少女「ううん、いいよ」

勇者「はぁ……」

少女「……ねぇ」

勇者「ん?」

少女「ちょっと、外に出ない?」

185 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/13 22:36:53.36 u6yfO1JQ0 140/370

――

――――

少女「この時間になると涼しいねー」

勇者「夜風にやられて風邪ひくなよ?」

少女「わかってるって。そこまで子供じゃないよ、私」

勇者「どうだかね」クスッ

少女「むぅー。あなたはいつもそうやって、人を子供扱いするんだから」

勇者「実際子供じゃないか」

少女「だから、なんで同い年のあなたがそれを言うの」

勇者「……さてね」

少女「何か気になる言い方だよ。そういうの良くないよ」

勇者「それは失礼」クスッ

186 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/13 22:37:22.61 u6yfO1JQ0 141/370

少女「……変なこと言うけどね」

勇者「どうぞ」

少女「最近、よく笑うようになったよね」

勇者「……えっ?」

少女「初めて会ったときよりも表情っていうのかな、それがやわらかくなったような気がする」

勇者「そうかな……。自分じゃ全然わかんないや。……てか、前の俺はどんなだったんだよ」

少女「うーん……。難しいな……」

少女「うーむ、うーむ……」

少女「なんて言うんだろ。いつも何か難しいこと考えてそうな感じ。あと、正直、結構無愛想だったよ?」

勇者「えー……」

勇者(抽象的からの突然の具体的な指摘という落差に、地味にダメージを受ける俺)

少女「あ! あと口調も!」

勇者「口調……?」

少女「うん。今の『えー』とか。最初の方だったら絶対言わなかったもん」

勇者「……言われてみれば、確かに」

187 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/13 22:37:48.90 u6yfO1JQ0 142/370

勇者(自由奔放に生きる彼女に、感化されてきているのだろうか)

勇者(それとも、魔王討伐の連続の中で失われた、人の心が戻ってきたのか)

少女「だからさ、起きてる時はいいんだ。でも……」

勇者「寝ている時、か」

少女「そう。どうして、いつもあなたはうなされているの?」

勇者「…………」

少女「一体、どんな夢を見ているの?」

勇者「…………」

少女「誰から、あなたは許されたいの?」

勇者「…………! そこまで、俺は口走ってたのか……」

少女「うん。ずっと、ごめんなさいって」

188 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/13 22:38:22.69 u6yfO1JQ0 143/370

勇者「そっか……」

少女「…………」

勇者(話してしまってもいい)

勇者(そんなことを思った)

勇者(彼女になら、伝えてもかまわないと)

勇者(話したくない)

勇者(そんなことも思った)

勇者(自分の手が血に塗れていることを知られたくない)

勇者(信じてもらえるわけがない)

勇者(最後にはその結論に至った)

勇者(俺が生きてきた世界は、この世界とは大きくかけ離れている)

189 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/13 22:38:48.67 u6yfO1JQ0 144/370

少女「もしもあなたが嫌なら、もう、聞かないから……」

勇者「…………」

勇者「お、俺は……」

勇者「…………」

少女「…………」

勇者「…………」

勇者「……すまない」

少女「そっか……」

勇者「君のことを信用してないとか、そういうのじゃないんだ……。ただ……」

少女「ううん、いいよ。気にしなくて」

勇者「でも……!」

少女「誰にだって話したくないことはあるもん。だから――」

ガサガサッ

勇者「えっ?」

190 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/13 22:39:20.98 u6yfO1JQ0 145/370

??「キシャー!!」バッ

勇者「危ない!!」

少女「きゃっ!?」

ドンッ!

勇者「くっ」

??「ちっ……。効いてないか……」

少女「な、何あれ……!?」

勇者「魔物か……?」

少女「マモノ……? え……!?」

勇者「君は後ろに下がってろ」

少女「えっ?」

勇者「…………」

少女「う、うん……」

191 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/13 22:39:46.94 u6yfO1JQ0 146/370

魔物「!!」ブンッ

バシィッ!

魔物「なっ!?」

少女「大丈夫!?」

勇者「大したことない」バキッ!

魔物「ブシャアッ!?」

勇者「おい」ガッ

魔物「ギャンッ!?」

勇者「お前はなんだ? どうしてここにいる?」

魔物「くっ、貴様こそ……、あ!」

勇者「?」

魔物「その目……! まさか、貴様は……っ」

魔物「魔王……っ!」

192 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/13 22:40:15.21 u6yfO1JQ0 147/370

勇者「……なぜ、そう呼ぶ」

魔物「忘れられるわけが……。その冷酷な目、血も涙もない貴様のその目を、たとえ肉体が変われど、どうして忘れられよう……!」

魔物「オレの仲間を貴様は、魔王は……」

勇者「……魔王か。なら、なぜお前は生きている? 俺を魔王と呼ぶ魔物がなぜ」

魔物「貴様が、オレをここに飛ばしたんじゃないか……。なのにその直後にまた出会すなんて……」

魔物「ついて、ない……。ぐぅ……っ!」シュウゥン

勇者「ちょっと待て! まだ……!」

少女「き、消えた……?」

勇者(恐ろしく弱い魔物だった。俺たちに襲いかかったのが不思議なくらい)

勇者(魔の気は未だに感じられない。ついさっきまで目の前にいたのに、死んだ瞬間嘘のように消え去ってしまった)

勇者(何なんだ、これは……?)

193 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/13 22:40:48.32 u6yfO1JQ0 148/370

少女「ね、ねぇ……。今の、見たことないような、か、形? だったよね……」

勇者「あ、ああ……。そうだな」

勇者(見覚えはない。魔王の姿だって覚えているかどうか、危ういところがあるくらいなのだから、遭遇したことのある可能性は否定できないが)

勇者(しかし、あれほどまでに弱いのは、理解できない)

勇者(もし俺たちが転移魔法を使った結果、この世界へ転移してきたのなら、それなりに強い魔物のはずだ)

勇者(女神様でもなければ、転移魔法はそれなりに手間のかかる代物。あの程度の有象無象なら、剣を振るえばそれで済む)

勇者(いくらでも現状を招いた可能性は挙げられるが、それでもあの魔物は俺を『魔王』と呼んだ)

勇者(一体、なぜ……?)

少女「あなたは、あれを知ってるの……?」

勇者「…………」

少女「……そう、なんだ」

勇者「…………」

194 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/13 22:41:15.80 u6yfO1JQ0 149/370

少女「ねぇ、もう一つ聞いてもいい?」

勇者「なんだ?」

少女「…………」

少女「……あなたは」

少女「あなたは、何者なの?」

勇者「…………」

少女「さっきのマモノ? も、あなたのことを知ってるみたいだったし……」

勇者「俺は、知らなかった」

少女「でも、知ってる風だったよね」

勇者「……はぁ。タイミングがいいんだか、悪いんだか……」

勇者(あんなところまで見られてしまったんだ。もう、話すしかない)

勇者「…………」

勇者「……俺は、勇者なんだ」

199 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:17:18.43 bruJe3aq0 150/370

Melody Of Memories
https://youtu.be/l2D4axUKURE
BGMによかったら流してください。

200 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:18:00.59 bruJe3aq0 151/370

少女「……ゆう、しゃ?」

勇者「ああ」

少女「勇者って、あの、ゲームとかでよく出てくるような?」

勇者「まぁ、そんなところだ」

少女「へぇ……。そうだったんだ」

勇者「あまり驚かないんだな。ここじゃ御伽噺みたいなものなのに」

勇者(もしかしたら、信じられてないのかもしれない。むしろ、そう考えるのが自然だ)

少女「さっきの見たし」

勇者「あー……そうか」

少女「うん、それにね」

少女「ちょっとそうなんじゃないかなって、思ってたし」

少女「あなたが別の世界から来たんじゃないかって」

勇者「…………」

勇者「…………」

勇者「…………えっ?」

201 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:18:36.32 bruJe3aq0 152/370

勇者「ど、どうして……? 君からしたら、とんだ空想話のはずだ……」

勇者「なのに、どうしてそんな……」

勇者(どうして、そんな簡単に信じられるんだ?)

少女「今にして思えば、だけどね。いっぱいあったよ」

勇者「何が」

少女「ヒントというか、ボロというか」

少女「あなたの言動、最初からどこかおかしかったもん」

少女「まずお金もないのに一人旅なんて、怪しすぎるし」

勇者「む……」

少女「今のご時世にスマホ知らないのもあり得ないし」

勇者「ぐ……」

少女「それにあの時あなた、魔法、使ったんでしょ?」

勇者「……気づいていたのか」

202 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:19:04.90 bruJe3aq0 153/370

少女「わかるよ、流石に。山の中で熊に襲われた時、あなた血だらけになってたのに、その傷もなくなってて」

少女「私の傷もなくなってて」

少女「あ、そう言えば魔法って単語に、すごく反応してたよね」クスッ

勇者「…………」

勇者(彼女の言葉は最初から最後まで、予測の範疇を超えていて、意味を理解するのにひどく時間がかかった)

勇者「そ、そうだとしても、そんなの決定的な理由にはならないじゃないか。ただ単に痛い妄想をしている人間だって考えるのが――」

少女「そうだね。確かにそれだけだったら、私だってそんなこと思いつきもしないよ」

勇者「なら――」

少女「私ね、見てたの」

203 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:19:39.72 bruJe3aq0 154/370

勇者「見てたって……?」

少女「あなたが現れる瞬間を」

勇者「俺が、現れる?」

少女「自分ではわからないのかな」

少女「あなたはあの時、海で初めて会った時、何もないところから突然現れたの」

勇者「は?」

少女「すごくキラキラと光って、気づいたらあなたはそこに倒れてて」

少女「だからね、もしかしたらあなたは、そういう人なんじゃないかって、最初からそう思ってたの」

勇者「…………」

204 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:20:13.62 bruJe3aq0 155/370

勇者「つまり、君は、そんな得体も知れない人間に、話しかけてきたのか?」

少女「そうだよ?」

勇者「どうして……」

少女「前にも言わなかったかな?」

勇者「?」

少女「単純に、つまらなかったからだよ」 

少女「ここは何もなくて、つまらなくて、退屈してて」

少女「そんな時にあなたが現れたの」

勇者(彼女はそうつぶやくように口にしながら、空を見上げる。瞳に星の瞬きが反射して、キラキラと輝く)

少女「予感がしたの。何か面白いことが起こるんだって」

少女「そんな気がして、だから、あなたに話しかけたの」

205 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:20:41.08 bruJe3aq0 156/370

少女「……変かな?」

勇者「…………」

勇者「……ああ、変だ。奇怪だ。理解できない」

勇者「もしも俺が、魔王みたいな悪人だったら、君はどうするつもりだったんだ?」

少女「それは、結果的にあなただったんだから、よかったじゃない」

勇者「…………」

少女「話が少し脱線しちゃったけど、そういうこと。だから、私はあなたの言っていることを信じるよ」

勇者「……そう、か」

少女「だから、聞かせて」

少女「あなたのことを」

勇者「…………そうか」

206 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:21:13.72 bruJe3aq0 157/370

勇者「話す気なんてさらさらなかったから、上手く言葉にできる自信がない」

少女「それでもいいよ。ゆっくり、話してくれれば」

勇者「…………」

勇者「どこから話したものか……」

勇者「俺は、魔王という化け物と戦った」

勇者「一度だけじゃない。何度も、何度も」

勇者「戦いの中で俺はたくさんの命を奪ってきた」

勇者「魔物も、そして、人も」

少女「……えっ? 人……?」

勇者「そう。罪もない人間も、殺した」

少女「さっき、魔王って呼ばれてたの、聞き間違いじゃなかったってこと……?」

勇者「…………」

勇者「……ああ、そうだ」

207 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:21:42.93 bruJe3aq0 158/370

少女「そんなの、信じられないよ……!」

勇者「事実だ」

少女「ねぇ、それじゃわからないよ。最初から話してよ……」

勇者「なら、もう少し前から話そうか。……そうだな」

少女「…………」

勇者「俺は、いろんな世界を飛び回って、いろんな世界の魔王と戦った」

少女「いろんな世界……?」

勇者「君の言う異世界はいくつもあって、そこではどこも魔王と人間の戦争があったんだ」

少女「……まるで、マンガの中のお話だね」

勇者「ここでは空想だとしか思えないだろうけど、本当の話だ」

208 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:22:13.06 bruJe3aq0 159/370

勇者「証拠を見せた方が早いかな」

ポッ

少女「わ、火の玉が!」

シュン

少女「消えちゃった……」

勇者「こんな感じで魔法も使える。この世界だとかなり弱くなってしまうが」

勇者「本当は今の魔法は最高級の炎魔法で、巨大な炎の玉が出てくるはずなのだが、ここでは今のが精一杯だ」

少女「…………」ポカーン

勇者「いくつも、いくつもの世界へ転移して、何回も魔王と戦って、その度に世界を救ってきた」

少女「いくつもって、どれくらい?」

勇者「九十……何回だったっけ?」

少女「九十!?」

209 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:23:07.36 bruJe3aq0 160/370

勇者「そんな驚くか?」

少女「驚くよ! 普通!」

少女「じゃ、じゃあ……九十何回も、魔王と戦ったってこと……?」

勇者「そういうことになるな」

少女「…………」ポカーン

勇者「いろんなところに行ったよ。魔王が龍だったこともあったし、偉大な魔導師だったこともあった」

少女「…………」

勇者「いろんな戦いがあったし、いろんな出会いも、別れもあった」

勇者「ただ、なんだろうな。ずっと同じことを繰り返すうちに、何にも思わなくなったんだ」

少女「どういうこと?」

210 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:24:53.42 bruJe3aq0 161/370

勇者「人との出会いにも、偶然の巡り合わせにも、何をしても、見ても、感じても、少しずつ心が動かされなくなっていった」

勇者「魔王を倒しても『ああ、じゃあ次』みたいに、冒険することは俺にとってただの『作業』になっていた」

少女「作業……」

勇者「果てには、仲間が死んでも、味方が壊滅しても、一つの村が魔物に滅ぼされたのを目にしても、何も感じなくなった」

少女「そんな……!」

勇者「どんなに胸を痛めるような出来事も、何千回、何万回も繰り返すと、無感動になるんだよ」

勇者「人は幸福にも、そして不幸にも鈍感になるんだ」

勇者「きっと、想像できないと思うけどね」

少女「…………」

勇者「そんな中、俺はある世界を訪れた。そこにも魔王がいて、それと戦うことになるわけだが……」

勇者「ただそこは、絶望としか言いようのない、状況だった」

211 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:25:36.96 bruJe3aq0 162/370

少女「何があったの……?」

勇者「その世界にはもうほとんど人間は残っていなかった」

少女「えっ……」

勇者「世界のほとんどは魔物によって牛耳られ、さほど大きくもない国が端っこに残っているだけ」

勇者「滅びるのを待っているだけ、みたいな感じだったよ」

少女「……あなたは、他にもいろんな世界に行ってたって、言ってたよね?」

勇者「ああ」

少女「その中でもそこは酷かったってこと?」

勇者「ああ。状況は過去最悪だったと言ってもいい」

勇者「世界中合わせても、人間が千人もいないんだ。想像できるか?」

少女「……正直、できないよ」

勇者「だろうな」

勇者「それまでの俺の使命は、魔王を倒すことだけだった。そうすれば全て解決した」

勇者「けど、そこではただ魔王を倒しても、また新たな魔王が生まれるだけで、人間が滅びる未来は変わらない」

少女「じゃあ、どうすれば……?」

勇者「世界中の魔物を、根絶やしにするしかなかったんだ」

212 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:26:13.26 bruJe3aq0 163/370

少女「根絶やしって……っ」

勇者「文字通りの意味だよ。魔物を一匹残らず滅ぼすって」

勇者「世界中に魔物は何千万といて、いや、億までいってたかもしれない。一方人間は千にも足りないくらい」

勇者「その状況下で人間という種が生き残るためには、それしか方法がなかった」

少女「で、でも、何千万もいるのに、どうやって?」

勇者「人間がまともに戦ってなんて、とても不可能だ」

勇者「だから、同士討ちをさせた」

少女「同士、討ち……?」

勇者「魔物達が自滅していくように、そんな状況に陥るように」

勇者「さっき、魔王って呼ばれてたろ?」

勇者「俺は、魔物達がそうなるように仕向けるために、」

勇者「俺自身が魔王になった」

213 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:26:53.85 bruJe3aq0 164/370

少女「あなたが、魔王……?」

勇者「そう。その立ち位置になれば、魔物達をコントロールできる」

勇者「そのためには、まず魔王に近づかなければならない。何か魔物達にとっての勲章ともなるようなものが必要だった」

勇者「だから、俺はある成果をあげて、魔王の側近になった」

少女「ある成果……?」

勇者「後は簡単だったよ。魔物達の信頼を勝ち得て、逆に魔王の権威を失墜させた」

少女「ちょっと……っ」

勇者「俺が魔王を殺した時は、他の魔物達は拍手喝采だったな」

少女「ちょ、ちょっと待ってよ! 話が急展開過ぎるよ! 魔王になるためにあなたがあげた成果って何なの!?」

勇者「もっと単純明快さ」

勇者「俺はその最後の国の王と、姫を殺した」

勇者「その首を、魔王に差し出したんだ」

214 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:27:36.95 bruJe3aq0 165/370

――

――――

勇者「…………」スッ

王様「……そうか。ついにこの時が」

勇者「ええ。最初に話した通り」

王様「後のことは、この国のことは頼んだ」

勇者「それは、民次第です。王」

勇者「あなたという精神的支柱を失ったこの国が、希望を見失わずにいられるか」

王様「ああ、わかっている」

勇者「……何か最期に言い残すことは?」

王様「姫を、娘のことを頼んだ。私の宝だからな」

勇者「わかりました」

ザシュッ

215 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:28:08.78 bruJe3aq0 166/370

――

――――

「どうして!? どうして、勇者様……っ!?」

「お父様も、他のみんなも、あなたを信じてたのに……!」

魔物「うるさいぞ、女。魔王様の前だ」

「きゃっ!!」バシンッ

魔王「……ふん」

勇者「…………」

魔王「おい、貴様」

勇者「私のことでしょうか」

魔王「そうだ。国王の首を持ってきたことは褒めてやる」

魔王「もしも貴様が本当に我らの側につくと言うのなら、この場でこの女を殺してみよ」

「ひっ……!?」

勇者「……!」

216 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:29:07.51 bruJe3aq0 167/370

魔物「お言葉ですが、魔王様。この者は私の隷属魔法で操り人形のようなものです」

魔王「わかっておる。だから、やれ」ニヤリ

勇者「…………」

勇者「魔王様の仰せの通りに」スッ

「う、嘘だよね……? 勇者様……」

勇者「魔王様の命令だ」

「いや、やめて……っ! 目を覚まして!」

勇者「…………」

「いや、いやぁ……! ま、まだ、死にたく……っ」

勇者「私をつけ回すようなことをするからです」

勇者「……本当なら、こんなことには」ボソッ

217 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:29:34.65 bruJe3aq0 168/370

「裏切り者っ、あなたは……っ、っ!」

グサッ

「きゃあっ!?」

勇者「…………」

「いや……っ、痛い、痛い、痛いぃっ」

勇者「…………」

「どうして、うっ! こんな、こ、とを……っ」

ザシュッ

ゴロン

勇者「終わりました、魔王様」

218 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:31:02.44 bruJe3aq0 169/370

――

――――

少女「そんな……」

勇者「俺は奴らの罠にかかったフリをして、魔王に近づいた」

勇者「いつでも寝首をかける状況だったが、さっきも言った通り、それじゃ意味がない」

勇者「だから魔王側についたように見せかけて、その裏で魔物達を少しずつ殺し合わせて減らしていった」

勇者「あたかも、それを引き起こしているのが魔王であるかのように」

少女「…………」

勇者「他の魔物からの信頼を失った魔王を殺し、俺が新たな魔王になった」

勇者「魔王になった後も、また裏から対立を煽って同族殺しをさせて、魔物は最早ほとんど世界から姿を消して」

勇者「最後に魔王である俺が、人間の手で討たれることによって、人々は魔物という脅威から救われた」

勇者「そうやって、その世界の人間を救ったんだ」

219 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:32:19.44 bruJe3aq0 170/370

勇者「俺は、正しいことをしたんだ」

勇者「たくさん殺して、でも、それで人間を救ったんだ」

勇者「魔王として、何人も人間も殺した……。それでも、最後には……っ」

勇者「救った、はず、なんだ」

勇者「俺は、俺は……。っ!?」

ギュッ

勇者(突然、彼女は俺を抱きしめた。その手は、微かに震えている)

少女「…………」

勇者「な、何を……っ。離れろよ……」

少女「ううん、離れない……」

少女「だって、あなた泣いてるから」

勇者「えっ?」

勇者(気がつかなかった)

勇者(いくつもの涙が、頬を伝っていた)

220 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:32:45.44 bruJe3aq0 171/370

少女「ごめんね……。こういう時、どうすればいいのか、わからなくて」

勇者「……俺は、たくさんの人間を救ったんだ」

勇者(自然と言葉が口から漏れた)

勇者(何かが決壊しそうなくらいに、感情が次から次へと)

少女「うん」

勇者「でも、そのためにたくさんの人を殺した……」

勇者「人だけじゃない。魔物もだ……」

勇者「なぁ、知ってるか? あいつら、無意味に人間を襲う輩もいたけど、中には人間みたいに普通に、平和に生活してる奴もいたんだ」

勇者「その世界だけじゃない。俺が戦ってきた世界には、そんな魔物だっていっぱいいたのに……」

勇者「それも全部殺してきた……」

少女「うん……」

221 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:33:11.47 bruJe3aq0 172/370

勇者「俺はそれを何も思わなかった」

勇者「ただ、それが自分のすべきことだったから」

少女「うん」

勇者「そう思って生きてきたから」

少女「うん」

勇者(彼女はただ俺の声に頷くばかり)

勇者(けれど、それがありがたくて、不思議と自分の声が震え始めた)

勇者「それ以外の生き方を、知らなかったんだ」

勇者「なのに……、最近になって、よく夢を見るようになった」

少女「うん」

勇者「今まで俺が命を奪ってきた人たちが、魔物が、ずっと俺に言うんだ」

勇者「許さないって」

222 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:33:47.64 bruJe3aq0 173/370

勇者「いくら謝ってもその声は消えなくて、むしろどんどん大きくなって」

勇者「いくつもの殺す瞬間が、何度も何度も目の前に現れる」

少女「うん……っ」

勇者「もう、わからないんだ」

勇者「自分が何のために戦っていたのか。これから、何のために戦えばいいのか」

勇者「そもそも、自分の行為は正しかったのかも」

勇者「わからなくて、わからなくて」

勇者(足に力が入らなくなってきて、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだった)

少女「大丈夫だよ」

勇者「は……?」

少女「だってあなたは、正しいと信じて、戦ってきたんでしょ?」

223 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:34:44.94 bruJe3aq0 174/370

勇者「そう盲信してただけかもしれない」

少女「それでいっぱいの人を助けたんでしょ?」

勇者「でも、そのために――」

少女「でも」

少女「あなたがいなかったら、もっとたくさんの人が死んじゃったり、苦しんだりしてたんじゃないのかな」

勇者「……!」

少女「あなたが守ったものだって、いっぱいあると思うんだけど」

少女「……違ったらごめんね」

勇者「…………」

勇者「なんで君まで泣いてるんだよ……」

少女「あはは……。なんでだろ……」

少女「なんでなのかな。あなたの話を聞いてたら、胸がギュッて締め付けられるみたいで……」

少女「おかしいよね。あなたの苦しみを、私なんかがわかるわけないのに……」

224 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:35:11.83 bruJe3aq0 175/370

少女「うん……」

少女「……前に、似たようなお話を聞いたことがあって」

勇者「お話?」

少女「うん。絵本……だったのかな。よく覚えてないんだけど」

少女「まさにあなたみたいな話で、主人公はみんなを守るために戦って、それで勝って平和が訪れるみたいな話なんだけど」

少女「その後、仲間とか友達とか、自分の味方だった人からこう言われるの」

少女「『悪魔』だって」

少女「主人公が誰よりも強くなっちゃって、それで怖がられて」

少女「それで最後には主人公は殺されちゃうの。それで、おしまい」

勇者「…………」

勇者(エスパーめいた偶然に、驚きで言葉にならなかった。全く同じことを俺は経験したことがある)

勇者(まるで俺の過去が見透かされているような……)

225 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:36:15.11 bruJe3aq0 176/370

少女「すごく自分勝手だって思った。だってその人は、それまで世界を救うために、何もかも犠牲にしてきたのに、最期まで報われなくて」

勇者「……でも、そんなことだってある。苦しみに優劣なんてつけようがない」

少女「それでも……!」ギュッ

勇者(俺を包む力が強くなり、さらに彼女の温度を感じた)

勇者(身体の中を脈打つ鼓動の音まで、聞こえてくる)

少女「その人は、あなたは、普通の人の何倍も苦しんで、何倍も辛い目にあって……!」

勇者(彼女の声はひどく沈痛で、何も知らない人間の言葉だとは思えないほどだった)

勇者(……いや、違うか)

勇者(理解されたいと願うが故の幻想なのかもしれない)

勇者(……けれど、そうだとしても)

226 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:36:42.87 bruJe3aq0 177/370

少女「他の誰にも代わりはいなくて、だから自分がやるしかなくて……」

勇者「…………」

少女「それで死に物狂いで戦ってきたのに、それを批判できる人なんて、この世のどこにもいないよ……」

少女「あなたは、間違ってないよ。間違ってなんか……」

勇者「…………」

○者「……ああ」

少女「?」

○○「星が、綺麗だ……」

少女「えっ? う、うん……」

○○「星空がこんなに美しいことすら、俺は忘れてたんだ」

少女「うん」

○○「ここに来て、いろんなものを見た。いろんなことに心を動かされた。だからなのかな……」

○○(どうして、こんな感情に襲われているのだろう)

○○(彼女の言葉が全てなわけではない。本質的な問題は、何一つ解決してはいない)

○○(なのに、なぜこんなにも、俺は――)

227 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/16 19:37:09.69 bruJe3aq0 178/370

○○「なぁ……。どうしよう……」

少女「なに?」

○○「……泣きそうだ」

少女「いいんじゃないかな、別に。今ならあなたの顔見えないし」

○○「そうか」

少女「そうだよ」

『少年』「……ありがとう」

少女「……うん」

少年(もう、我慢の限界だった)

少年「ひっく……うっ、あぁ……っ」

少年(俺は、泣いた)

少年(まるで子供のように、ただ泣き叫んでいた)

少年(彼女は何も言わずに、ただ俺の身体を強く抱きしめてくれて、あたたかくて安心すると同時に、また涙があふれた)

少年(ただ、泣いていた)

234 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/17 22:40:31.62 yWPLIEVP0 179/370

――

――――

少女「…………」テクテク

少年「…………」トボトボ

少女「…………」テクテク

少年「あの……」

少女「ん?」

少年「いつまで手を繋いでるんでしょう?」

少女「んー、とりあえず家に着くまで?」

少年「完全に俺が子供みたいだからやめて」

少女「目をそんな真っ赤にして、何言ってるの?」

少年「そ、それを言うな……!」

235 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/17 22:41:09.10 yWPLIEVP0 180/370

少年(完全にやらかした。なんでこんな十年ちょっとしか生きてない女の子に……!)

少年「~~~~~~!!」

少年(今になって思い出すと恥ずかしすぎる……! 恥ずかしくて死にたい)

少女「ふふっ。やっぱり変わったよ、あなた」

少年「ああ……、もうなんか自覚症状ある……」

少年「年相応の反応になってしまってる……」

少女「別に悪いことじゃないと思うけどな」

少年「体はこうでも、中身はもう何百歳のじじいだぞ。俺は」

少女「ああ! だからいちいち言動がおっさん臭いんだ!」

少年「今更かよ」

236 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/17 22:41:44.01 yWPLIEVP0 181/370

少女「でも、あんまり私とかと変わらないように見えるよ」

少年「そりゃ見た目子供だからな」

少女「いや、そうじゃなくて……。まぁ、いいや」

少女「あっ、そうだ」

少年「?」

少女「さっきの話でもう一つ、気になったことがあったんだった」

少年「気になったこと?」

少女「あなたは、何か大切なことを忘れてる」

少年「えっ?」

237 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/17 22:42:10.10 yWPLIEVP0 182/370

少女「……ような気がする」

少年「なんだよ、それ……」

少女「ごめんね。私にはあなたのこと、たぶんまだ全然わかってない」

少女「けどね、あなたが……えっと、何百歳? になるまで頑張ることができたのは、何か理由があるからだと思うの」

少年「それは、俺には魔王を倒すという使命が――」

少女「ううん、そうじゃなくて」

238 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/17 22:42:35.80 yWPLIEVP0 183/370

少女「そうじゃなくて、あなたがそうしたいと思うようになった理由だよ」

少年「そうしたい、理由……?」

少女「うん」

少女「だって、普通だったらそんなの耐えられなくて、途中で投げ出しちゃうよ」

少女「でも、あなたはそうしなかった」

少女「それには、何か理由があったんじゃないかな」

少女「逃げ出したくない理由が。そう思うようになったきっかけが」

少年「きっかけ……」

少年「…………」

少年(自分が魔王と戦おうと思った理由……)

少年(そんなものが自分にあっただろうか)

239 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/17 22:43:03.11 yWPLIEVP0 184/370

少女「あなたは、勇者になる前は、何だったの?」

少年「勇者になる前?」

少女「うん。だって生まれた瞬間から、世界を救おうなんて考えてたわけじゃないでしょ?」

少年「……考えたこともなかったな」

少女「その時のことを思い出したら、何かまた違うと思うんだけど」

少年「…………」

少年(思い出そうとしてみる。が……)

少年「覚えてないな」

少女「そっか……」

240 : ◆Rr2eGqX0mVTq - 2018/07/17 22:43:29.08 yWPLIEVP0 185/370

――

――――

どうして、あんな嘘をついたのだろう。

本当のことを言ったって、少しも問題なんてなかったはずなのに。

どうして、あの瞬間、彼があの人の面影と重なったのだろう。

もうどんな顔だったのかさえも、よく覚えていないのに。

どうして、絵本だなんて言ったのだろう。

夢だって言ったとしても、よかったのに。

それを口にしてはいけないような気がした。

私は、その光景を知っている。

どうして?


続き
勇者「休暇?」女神「異世界転生しすぎです、勇者さま」【後編】

記事をツイートする 記事をはてブする