喪黒「私の名は喪黒福造、人呼んで笑ゥせぇるすまん」
喪黒「ただのセールスマンじゃございません」
喪黒「私の取り扱う品物は心……人間のココロでございます」
喪黒「この世は老いも若きも男も女も、心の寂しい人ばかり」
喪黒「そんな皆さんの心のスキマをお埋めいたします」
喪黒「いいえ、お金は一銭も頂きません」
喪黒「お客様が満足されたら、それがなによりの報酬でございます」
喪黒「さて、今日のお客様は……」
≪卓野 九太(24) 会社員≫
― 卓球色男 ―
オーッホッホッホッホ……
元スレ
喪黒福造「このラケットで卓球すれば女性にキャーキャーいわれることができます」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1494257158/
―会社―
九太「ふぅ~、今日はなんとか早く帰れそうだな」
九太(帰りに久々に卓球やるぞぉ~!)
同僚「で、今のJリーグの見どころはなんといっても……」
同僚女「ホント、あなたってスポーツに詳しいわね!」
キャーキャーッ!
九太「……」
―卓球場―
カコッ カッ パシッ カコッ パシーンッ
九太「……ふぅ~、いい汗かいた」フキフキ…
中年女「卓野さん、ちょっとよろしい?」
九太「なんですか?」
中年女「こちらの方、卓球初心者らしくて……コーチしてもらってもいいかしら?」
喪黒「ホッホッホ……」
九太「かまいませんよ!」
喪黒「初めまして。わたくし、喪黒福造と申します」
九太「喪黒さんね……どうもよろしくお願いします」
九太「じゃあ、軽くボールを打ち合いましょうか」コツッ
喪黒「ホッ」コツッ
九太「おお、なかなかお上手ですね」カコッ
喪黒「ホッホッ」カコッ
コッ カコッ カコッ コッ カコッ カッ カコッ…
九太「いやー喪黒さん、なかなかスジがいいですよ。フォームは独特ですけど」
喪黒「ありがとうございます」
喪黒「卓野さんこそ、スマッシュがお上手で。全く取れませんでしたよ」
九太「ボクの卓球はガンガン攻めるスタイルですから!」
九太「卓球台に張り付いて、少しでも甘い球が来たらスマッシュ! ……ってなもんです!」
喪黒「さすがですなぁ~」
喪黒「ということは、普段の生活……たとえば恋愛などもガンガン攻めるタイプでいらっしゃるのでは?」
九太「いやぁ~全然そんなことないんですよね」
九太「奥手もいいところで……今までに彼女ができたことすらないんです」
喪黒「それはもったいない。卓野さんほどのお方なら、ステキな彼女ができるでしょうに」
喪黒「どなたか職場に気になってる方などはいらっしゃらないんですか」
九太「実は……いるんです」
九太「ボクと同期の星野球美さんって人が、本当にかわいくて……ボクのタイプなんです」
九太「――で、実は今度同期で、あるスポーツ施設に遊びに行くことになってまして……」
九太「そこでは卓球もできるらしいんですが……」
喪黒「ほぉ、それはまたとないチャンスですな」
喪黒「そこで、卓野さんが卓球で大活躍すれば、球美さんのココロもイチコロですよぉ~」
九太「や、やっぱりそうですかね!?」
九太「遊びでの卓球ですし、全力でやるのはどうかなって気持ちもあったんですが」
九太「ボクの本気ってやつを見せてやりますよ!」
喪黒「ホォ~ッホッホ……成功をお祈りしております」
―スポーツ施設―
同僚「ここはバスケやフットサル、バドミントン、卓球と……色んなスポーツを楽しめる場所なんだ!」
同僚「さ、みんなで汗流して、仕事への英気を養おう!」
同僚女「あたし運動ダメだから、手取り足取り教えてねぇ~」
球美「みんなでスポーツなんて初めてだし……楽しみだね、卓野君!」
九太「う、うん……!」
九太(よぉ~し、みんなの前……特に球美ちゃんの前でいいとこ見せてやるぞぉっ!)
同僚「ダァーンク!」ドカッ
九太「ぐっ……!」
キャーキャーッ!
同僚女「キャ~、すっご~い!」
球美「すっごいジャンプ力! まるで鳥みたい!」
~
同僚「よっ、ほっ、よっ」ポスッポスッポスッ
九太「わわっ!」ポロッ…
キャーキャーッ!
同僚女「リフティングを50回以上続けてるわぁ~!」
球美「スポーツ万能なんだね!」
九太(くそっ、ここまで全然いいとこがない……)
同僚「うっし、次は卓球やろう! 卓野は経験者だったよな? 勝負しようぜ!」
九太「いいよ……勝負しよう!」
パシーンッ パシッ カコッ バシーンッ バチンッ
≪11-0≫ ≪11-0≫ ≪11-0≫
九太(手加減一切なし……スポーツ万能のあいつを完封してやったぞ!)
九太「みんな、どうだった!? すごいだろう!?」クルッ
シーン……
同僚女「まあ、すごい、かな……。ね、ねえ、球美?」
球美「う、うん……」
同僚「ったく、場を白けさせやがって……空気読めよ……」
九太(どうして……!? どうしてこうなったんだ……!?)
九太「ハァ……」トボトボ…
喪黒「おや、卓野さん。こんなところで会うとは奇遇ですなぁ」
九太「喪黒さん!」
喪黒「今日はたしか、同期の方々とスポーツをされる日でしたよね?」
喪黒「いかがでしたか? 目当ての女性にキャーキャーいわれましたか?」
九太「そ、それが……」
―BAR魔の巣―
九太「――ったく、ふざけんなってんですよ!」グビッ
九太「バスケやサッカーの時は、みんなキャーキャーいってたのに」
九太「なんで卓球の時だけ……!」
九太「球美ちゃんに好かれるどころか、みんなに引かれちゃいましたよ!」
喪黒「オリンピックなどでの人気選手の活躍で、卓球のイメージはだいぶ向上しましたが」
喪黒「まだまだ、暗いスポーツ、地味なスポーツ、という偏見を持っている方は多いですからなぁ~」
九太「そうなんですよ!」
九太「普段だってみんな、野球やサッカーの話には食いつくが、卓球の話なんかしやしない!」
九太「あ~あ……卓球をやって女性からキャーキャーいわれてみたい……」
喪黒「でしたら、私がご協力いたしましょうか」
九太「へ?」
喪黒「改めて自己紹介いたしましょう。実は私、こういう者です」スッ
九太「ココロのスキマ……お埋めします……?」
喪黒「卓野さん、これは私からのプレゼントです」スッ
九太「なんですか、このラケット……?」
喪黒「これはプレイする人の魅力を何倍にも引き上げるラケットです」
喪黒「つまり、このラケットで卓球すれば女性にキャーキャーいわれることができます」
喪黒「卓野さん、もう一度同期の方たちと卓球をして下さい」
喪黒「そうすれば、あなたは必ずモテモテになるでしょう」
九太「ホ、ホントですか!?」
喪黒「ただし、ご忠告しておきます」ズイッ
喪黒「このラケットを使うのは、卓球をする時だけ、にして下さい」
九太「わ、分かりました……」
マスター「……」キュッキュッ
―会社―
九太「――頼む!」
九太「こないだは白けさせちゃったからさ、もう一度みんなで卓球しないか!?」
同僚「えぇ~? でもなぁ……」
同僚女「うん……卓野君に本気出されたらこっちがつまらないし……」
球美「いいんじゃない? もう一度みんなで集まるってのも!」
同僚「まぁ……球美ちゃんがそういうなら……」
九太「ありがとう!」
―スポーツ施設―
九太(よし、喪黒さんからもらったラケットを使うぞ……!)ゴソゴソ…
同僚「んじゃ、さっそく始めようぜ!」
同僚「卓野、こないだみたいにみんなを引かせてくれるなよぉ~?」
九太(全力で……勝つ!)
九太「サッ!」
バシィッ!
同僚「また本気かよ……! サーブに変な回転かけやがって……!」
キャーキャーッ!
同僚「え!?」
九太「えいっ!」スバッ
九太「どりゃあ!」パシィッ
九太「てやっ!」バシッ
同僚「ぐっ……!」
同僚(こないだよりコテンパンにされてるのに……なんでだろう)
同僚(全然悪い気がしない……不思議な気分だ)
同僚女「卓野君、かっこいいー!」
球美「ステキ……」ポッ…
九太「よーっし、今度はボクのバックハンドドライブを見せてあげるよ!」キュッ…
ズバァッ!
キャーキャーッ!
九太(ああ……なんていい気分なんだ……! 最高だ……!)
―BAR魔の巣―
マスター「……」キュッキュッ
九太「いやぁ~、最高に気持ちよかったです! ありがとうございました!」
喪黒「ホッホッホ、喜んでいただけてなによりです」
九太「なにもかも、このラケットのおかげですよ!」クルクルッ
喪黒「ですが、もう一度念を押させていただきます」ズイッ
喪黒「くれぐれも卓球する時以外、あのラケットは使わないで下さいねぇ~」
九太「は、はい……」
―会社―
同僚「クレームの電話を収めてきたよ」
同僚女「どうもありがとう~! あの人、本当にしつこくて……」
球美「相手をなだめるのが上手なんだね!」
同僚「ああいう人の対応は、一通り言いたいこと言わせるのがコツなのさ」
キャーキャーッ!
九太「……」
九太(たしかにこないだのボクは、女性からキャーキャーいわれたけど……)
九太(ひとたび卓球台から離れて日常に戻れば、ボクはしがないサラリーマン……)
九太(仕事ぶりも、会話の面白さも、要領の良さも、あいつにはとてもかなわない……)
九太(だけど……今のボクには……)
九太(今のボクにはこのラケットが――)チラッ
喪黒『くれぐれも卓球する時以外、あのラケットは使わないで下さいねぇ~』
九太(もし、このラケットが卓球やってる時以外でも効果があるんだとしたら……)
九太(たとえば……素振りでも効果があるんだとしたら……!)
九太「……」シュッ シュッ
球美「あら、卓野君、ラケットで素振りしてるの? 熱心だね~!」
九太「う、うん……まあね」シュッ
球美「なんてステキな素振りなのかしら! ねえ、もっとやってみせて!」
九太「もちろんいいとも!」シュバッ
球美「ああ……」ウットリ…
九太(やっぱりだ! このラケットは卓球やってる時以外でも効果がある!)
九太「な、なぁ……星野さ……いや球美ちゃん」
球美「なぁに?」
九太「よかったら今度……二人きりでレストランに食事に行かないか?」
球美「うん……卓野く……ううん、九太君……」
球美「私、この間、あなたが卓球やってる姿を見てからずっと……」
九太「ボクもだよ……」
ギュッ…
九太(ああ……夢のようだ……)
九太(このラケットにここまでの効果があるのに黙ってたなんて……喪黒さんも人が悪い!)
―レストラン―
球美「まぁ……素敵なレストラン……。ずいぶん無茶したんじゃない?」
九太「そんなことないよ」
九太(だいぶ無茶したけどな……ま、球美ちゃんがボクのものになるなら安いもんさ)
球美「ところでこのテーブル、海みたいに青くてとてもキレイだわ」
九太「君こそ、その星型のイヤリング、とってもキュートだよ」
球美「あっ、気づいてくれたんだ! どうもありがとう!」
ウェイター「メインディッシュのステーキはまもなくお持ちいたします」
球美「楽しみにしてます!」
九太「……」
九太「ステーキが来る前に、ちょっとトイレ行ってくるよ」ガタッ
球美「うん、分かった」
ジャー…
九太「ふんふ~ん」
九太(今のところなにもかも順調だ……)
九太(食事していいムードになったら、持ってきたこのラケットの力で……ムフフフ……)
喪黒「卓野さん、約束破りましたね」ヌウッ
九太「!?」ギョッ
九太「も、も、ももももも、喪黒さんッ!」
喪黒「卓野さぁん、残念ながら約束を破ったからにはペナルティを払ってもらわなければなりません」
九太「ペナルティ!?」
九太「ま、まさか……二度と卓球ができなくなるなんていうんじゃ……」
九太「そ、それだけはっ!」
喪黒「オ~ッホッホッホ……ご安心下さい、あなたから卓球を取り上げるつもりはありません」
喪黒「むしろその逆です」
九太「ぎゃく……!?」
喪黒「あなたはもう……卓球しかできなぁぁぁい!」
喪黒「ドーン!!!」
九太「ウギャーッ!!!」
あぁぁぁぁぁ……!
……
…………
九太「ごめんごめん!」
球美「あ、九太君、ステーキがもう来てるわよ」
ジュゥゥゥゥ…
球美「網目の焼き目がついて、とってもおいしそうよ!」
九太(網目……そうか、このステーキはネットか)
九太(そういえば、この青いテーブル……よく見ると卓球台にしか見えない)
九太(そうだ! ボクはここで卓球をしてたんだった!)
九太「サァッ!!!」
球美「え!?」ビクッ
球美「ど、どうしたの、いきなり……?」
九太(球美ちゃん……星型のイヤリングをつけてる……星……あっ、そうか!)
九太(これはボール! なんて大きな卓球ボールなんだ! ラージボールより大きいや!)
球美「九太君? トイレから戻ってから、なんだか様子が変よ? 体調悪いの?」
球美「あ、そうだ。お店の人にお水もらってくるわね」ガタッ
九太(ボールが浮き上がった……チャンス!)
九太(いつものように打っちゃダメだ……)
九太(喪黒さんからもらったこのラケットで……)
九太(ボールを叩き潰すつもりで……側面で……思いっきり……ガツーンと……)
九太「スマァァァァァッシュ!!!」
ブオンッ!!!
球美「きゃああああああっ!!!」
ザワザワ…… ドヨドヨ……
ナニガアッタ!? オンナノヒトガタオレテル! キュウキュウシャヨベー! ケイサツモダー! オトコヲトリオサエロー!
ドヨドヨ…… ガヤガヤ……
喪黒「……」
喪黒「点を取るためにスマッシュを打って、女性からキャーキャーいわれるのは喜ばしいことですが」
喪黒「脳天にスマッシュ打って、キャーキャーいわれてしまっては笑い話にもなりませんなぁ」
喪黒「やはりスポーツというのはライバルに勝つためであったり、健康のためにすべきものであって」
喪黒「モテるためにスポーツをするのは不健全、ということなんでしょうかねぇ~」
喪黒「オ~ッホッホッホッホッホ……」
―おわり―