1 : 以下、5... - 2018/06/28(木) 23:45:51.63 kYzBCVhV0 1/22

無人の場所を転々とする放浪人ちゃん「……落ち着きなさい。危害は加えないよ。大丈夫だから」

放浪人ちゃん「足を怪我しているのかい? ちょっと見せてみなさい。ああ、無理に動いたら駄目だよ」

放浪人ちゃん「困ったな。見たところ、足だけでなく体のあちこちが悪いようだが」

放浪人ちゃん「しばらくまともなご飯を食べていないんじゃないか? 骨と皮だけしかないように見えるよ」

放浪人ちゃん「……せめて怪我の手当てをさせてくれないか? 駄目かい? どうしたものかな」

放浪人ちゃん「まあ、君の気持もわかる。得体のしれない人間に気安く肌を触れさせるのは怖いだろう」

放浪人ちゃん「ましてや、こんな何もないところに来る人間なんてな。こんなところにくるだなんて、脛に傷があるか死に場所を求めているくらいしかない」

放浪人ちゃん「まあ、私はそのどちらでもないがね」

元スレ
無人の場所を転々とする放浪人ちゃん「おや、こんなところに子供がいるとは」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1530197151/

2 : 以下、5... - 2018/06/28(木) 23:47:38.20 kYzBCVhV0 2/22

放浪人ちゃん「……私はあちこちを旅していてね。放浪人と言う奴さ」

放浪人ちゃん「小さいころから、いろいろな場所へ行ったな。最初はやむを得ず、場所を追われてだったが、今では自発的に放浪している」

放浪人ちゃん「一所に留まるというのがどうにも気性に合わない。生得的か、環境から得た性質かはわからないが」

放浪人ちゃん「それで、そうだな。なにを話せばいいのだろうか。どうにも人と会話をするのが久しぶりなもので、勝手が掴めない」

放浪人ちゃん「……そんなに睨まなくてもいい。ほれ、携帯食品をやろう。数食分だ。確か、それは胃に優しいぞ」

放浪人ちゃん「心配せずとも君を害するものではない。ほれ、私も一つそれを食べよう」

放浪人ちゃん「おいしくもないがね。腹は膨れるし、栄養もそこそこある。そんなものだろう」

放浪人ちゃん「……よほどお腹が減っているのかな。そんなに慌てて食べたら健康に良くない」

3 : 以下、5... - 2018/06/28(木) 23:49:24.93 kYzBCVhV0 3/22

放浪人ちゃん「……どれ、そろそろ怪我を見せてくれるようになったかい? 駄目か」

放浪人ちゃん「君の警戒心はもっともだ。知人ですら信用がならないのだから、知らない人間などもってのほかさ」

放浪人ちゃん「……文字はわかるかい? 私の言葉も? まあ、分かると仮定しようか。わからなかったら捨てておけばいい」

放浪人ちゃん「……簡単に怪我の治療についてやり方を書いておいた。道具も君の近くに置いておこう」

放浪人ちゃん「これで義務は果たしたとしよう。寝覚めの悪くなることもない。ついでに小話を書いておいたよ。各国に伝わる趣味の悪いジョークさ。気に入ってくれるといい」

放浪人ちゃん「では、私は別のところにいるよ。ここら辺にはまだ滞在するつもりでいるから、また気が向いたら君の顔を見に来るよ」

4 : 以下、5... - 2018/06/28(木) 23:52:07.59 kYzBCVhV0 4/22

放浪人ちゃん「おはよう。おや、ちゃんと怪我の手当てはできたようだね。一人で偉いことだ」

放浪人ちゃん「今日も携帯食品をやろう。ほれ、美味しくないが、腹はふくれるさ」

放浪人ちゃん「食を人生の楽しみにする人間も多いだろうが、私にはその気がないようだ。味覚が死んでいるのかもしれない」

放浪人ちゃん「足の調子はどうだい? うん、まだ強く動かせないでいるようだね。しばらく安静にしているといい。ここなら雨風もしのげるだろう」

放浪人ちゃん「ああ、でもご飯がそれだとうまく取れないか。水は足を引きずればとれなくもないが、子供がそんなでいたら碌に成長できないな」

放浪人ちゃん「ふむ。こういうのも何かの縁だ。私が朝昼晩とその携帯食品をよこしに来てやろう」

放浪人ちゃん「……最初よりは警戒心がほどけたのかな? こわばっていた顔が少し可愛らしく見える」

5 : 以下、5... - 2018/06/28(木) 23:53:45.91 kYzBCVhV0 5/22

放浪人ちゃん「君は女の子かい? それとも男の子かい? 私はこう見えて女だ……なぜそんなに驚く」

放浪人ちゃん「ときどき同性に言い寄られることがあるよ。そんなに私は美男子に見えるかね」

放浪人ちゃん「喋り方? 女らしい言葉は好きじゃなくてね。まあ、どうでもいいさ」

放浪人ちゃん「……そうそう。昨日上げたジョーク集はどうだった? 読んでくれたかい?」

放浪人ちゃん「面白くなかった? それは残念だね。趣味が悪い分、珠玉のものを選定したつもりだったが、まあいいさ」

6 : 以下、5... - 2018/06/28(木) 23:55:06.44 kYzBCVhV0 6/22

放浪人ちゃん「少しはしゃべってくれるようになったじゃないか。私一人で喋るのも虚しいから、いいことだ」

放浪人ちゃん「というか君は女の子だよね? 身なりが酷いから断言できないが、合ってそうだ」

放浪人ちゃん「捨てられたのかい? 別に話したくなければいい。無理には聞かない」

放浪人ちゃん「代わりに私の話をしようか。そうだな……私には家族がいない。赤ん坊のころからいなかった」

放浪人ちゃん「私を拾ってくれる人間の元を転々としてきた。いい人間もいれば、悪い人間もいた。私はそのどっちにもうんざりして、いつの日かそこから飛び出したんだ」

7 : 以下、5... - 2018/06/28(木) 23:57:20.05 kYzBCVhV0 7/22

放浪人ちゃん「人間に差などないと私は考える。悪い人間だろうが、良い人間だろうが、どちらもどちらなりに生きている。私はどちらにも共感できない」

放浪人ちゃん「というより、共感する前にどこか別のところへ行った。どちらに与するということが、酷く面倒なことに思えたからだ」

放浪人ちゃん「……ちんぷんかんぷんと言った様子だな。まあ、私は人の群れに溶け込めない人間で、だから放浪しているのさ」

放浪人ちゃん「こんなに話したのだって久しぶりだ。君もそんなのにいつまでも付き合っていると疲れるだろう。私はまたどこかへ行ってよう」

放浪人ちゃん「……ははは。寂しそうな顔じゃないか。全く、やはり子供だな」

放浪人ちゃん「……どれ、またジョーク集を書こうか。面白くないと言われてしまったから、今度はもっと面白いのを書いてあげよう。きっと気に入るさ」

放浪人ちゃん「……では、昼と夜の分の携帯食料をあげよう。ありがたく食べなくてもいいからな」

8 : 以下、5... - 2018/06/29(金) 00:00:53.54 qjwFeaMR0 8/22

放浪人ちゃん「……おはよう。よく眠れたかい。この時期はまだ暖かいから大丈夫だろうが」

放浪人ちゃん「怪我も寒くなるまでに治るといいね。どうだい、ああ、まあ少しは良くなってるかな」

放浪人ちゃん「ほら、おなじみの携帯食品だ。どうかな? 飽きてきたかい? ははは、そうだろうな」

放浪人ちゃん「食は人間の根本のようだ。私はそうではないから、共感はできないけどね」

放浪人ちゃん「ああ、そうそう。怪我に当ててるものもそろそろ替えないといけない。不衛生は怪我の悪化の一番の原因さ」

放浪人ちゃん「どうする? 私がしてもいいかな? 君も初めてにしてはうまいが、まだ不格好で効果的でないやり方をしている」

放浪人ちゃん「……いいのかい? 自分で提案しておいてなんだが、私も信用されたものだ。OK。責任をもってやろう」

放浪人ちゃん「……細い脚だ。不健康極まりない体。いつまでもここにいたら死んでしまうかもしれないね」

9 : 以下、5... - 2018/06/29(金) 00:02:53.53 qjwFeaMR0 9/22

放浪人ちゃん「帰るところはないのかい? なんだったら、送ってあげてもいいけど」

放浪人ちゃん「……家族はいない? 元から? それはどうかな。君の着ている服の生地、元は良いもののようだ」

放浪人ちゃん「君もここで数年も過ごしているわけではあるまい。連れられて放置されたか、どこかから逃げ出してきたか、詳細は知らないが」

放浪人ちゃん「事情を話せば、街のどこかでは君を引き取ってくれるところもあるんじゃないかな」

放浪人ちゃん「……酷く怯えているようだね。すまなかった。少し馴れ馴れしい距離で話してしまったようだ」

放浪人ちゃん「……これでよし。どうだい? 綺麗なものだろう。圧迫するところを間違えてはいけないよ」

放浪人ちゃん「ところで、どうだったかな。昨日渡したジョーク集は。笑えるものはあったかい?」

放浪人ちゃん「……一つもない? そんなはずはないだろう。あのパン屋の話とか、権力者を皮肉った話とか、いろいろ……」

放浪人ちゃん「……OK。ではまた書いておくとしよう。なあに、ストックはたくさんある。面白い話もたくさんある。きっと君の気に入るジョークもあるはずだ」

放浪人ちゃん「必死になんてなってないよ。全く。ほら、携帯食品だ。味気ないだろうが、我慢してくれよ」

10 : 以下、5... - 2018/06/29(金) 00:05:18.44 qjwFeaMR0 10/22

放浪人ちゃん「おはよう。今日も元気にお話ししようか」

放浪人ちゃん「怪我の具合はどうだい? そうかい。そりゃよかった。なら、また替えようかね」

放浪人ちゃん「今日はキノコを持ってきた。ちゃんと食べられるものだ。こういうものは判別つきにくいが、なに、実証済みさ」

放浪人ちゃん「怪我の回復には精神の状態も大きく関わってくる。美味しいものを食べた方がいいんじゃないかという、私の気遣いというわけだね」

放浪人ちゃん「ほら、これなんか、多分おいしいぞ。食べてみなさい。少し独特な味だったが……なんで吐き出すんだい?」

放浪人ちゃん「毒? 入ってないよ。しばらく前に食べた私が言うんだから間違いない」

放浪人ちゃん「不味い? これ不味いのかい? ふーん、不味いのか、これ……じゃあ、これなんかどうだろう? クセもないと思うが……また吐き出すのか」

放浪人ちゃん「……不味くはないと思うが。まあ、それなら、無理に食べることはない。まだ少し、あるんだけどな」

放浪人ちゃん「……」

放浪人ちゃん「……そう言えば、昨日のジョーク集とかどうだい? 結構自信あるものをそろえたつもりだけど……駄目かい」

11 : 以下、5... - 2018/06/29(金) 00:07:40.38 qjwFeaMR0 11/22

放浪人ちゃん「……」

放浪人ちゃん「……むくれてなんかないよ」

放浪人ちゃん「何で笑うんだい。こんなので笑われても嬉しくないよ」

放浪人ちゃん「やれやれ……」

放浪人ちゃん「……どうしたんだい、何か言いたそうな顔をして」

放浪人ちゃん「うん? 話があるなら、聞いてあげるが」

放浪人ちゃん「ここを出るかって? そりゃ、いつかは出るよ。なんせ、私は放浪人だから」

放浪人ちゃん「そうだね、君の怪我が治ったら出ていこうかな。その時ついでに君をどこか遠くへ置いてあげてもいいんだけど」

放浪人ちゃん「うん?」

放浪人ちゃん「……私に? ついていきたい?」

12 : 以下、5... - 2018/06/29(金) 00:09:55.13 qjwFeaMR0 12/22

放浪人ちゃん「……あまり、感心しないね。人をそう簡単に信じすぎない方がいい」

放浪人ちゃん「行く先がない。まあ、人は皆、それぞれ事情を持ちながら、生きていくものさ」

放浪人ちゃん「悪いんだけどね。私は、誰か個人に肩入れするのが苦手なんだ。これは私の性質の問題だ」

放浪人ちゃん「……そう泣きそうな顔をされると、私も胸が痛むよ」

放浪人ちゃん「でも、私はこれまで少なくない不幸な人間を見てきた。ここで君を引き取るようなら、私は今までの自分を否定することになる」

放浪人ちゃん「……君の怪我の治るまではいるよ。それじゃあ、今日の分の携帯食料だ」

放浪人ちゃん「……投げないでくれ。飢えるのは君なんだから。ほら」

放浪人ちゃん「……じゃあね」

13 : 以下、5... - 2018/06/29(金) 00:11:48.30 qjwFeaMR0 13/22

放浪人ちゃん「……あ、ジョーク集を渡しそびれた」

放浪人ちゃん「……少し、関わりすぎたかな。やれやれ」

放浪人ちゃん「……」

放浪人ちゃん「中途半端にでも関わろうとするのは、それを求めていることになるのだろうか」

14 : 以下、5... - 2018/06/29(金) 00:17:03.98 qjwFeaMR0 14/22

放浪人ちゃん「……気が重い。気が重いが、あの子が飢えるのも忍びない」

放浪人ちゃん「今日も行くとするか……うん?」

放浪人ちゃん「……やけに、騒がしいな。なんだ……怒鳴り声?」

放浪人ちゃん「……嫌な、感じだな」

15 : 以下、5... - 2018/06/29(金) 00:19:18.19 qjwFeaMR0 15/22

放浪人ちゃん「……そこのお前。その子に何をしている?」

放浪人ちゃん「私? 誰でもいいだろう。お前こそ、怯える子供の腕を掴んで、誘拐でもする気かい?」

放浪人ちゃん「親? それは……本当かい? ……本当のようだな」

放浪人ちゃん「……その子、ここで随分と飢えて暮らしていたようだ。どういう事情で君はこの子をここに置いていたんだい?」

放浪人ちゃん「……躾? それは、なんというか……」

放浪人ちゃん「お前馬鹿じゃないのか? 死んだらどうする?」

放浪人ちゃん「……他所の家庭だろうが何だろうが、ここで干渉しないのは人道にもとりそうだ。私には関係のない事とはいえね」

16 : 以下、5... - 2018/06/29(金) 00:21:14.64 qjwFeaMR0 16/22

放浪人ちゃん「……おい! 乱暴をするな!」

放浪人ちゃん「……君も泣くな……私の胸がざわざわするじゃないか」

放浪人ちゃん「……私かい? 私はその子の、なんだろうな。まあなんでもいいから、早くその手を放せ」

放浪人ちゃん「……拳銃ね。そんなものをいつも懐に入れてるのかい? 随分と乱暴な人間だ」

放浪人ちゃん「……まあ」

放浪人ちゃん「……私も、人のことは、言えないがね!」

放浪人ちゃん「……っち!」

放浪人ちゃん「……私にかまうな! 逃げろ!」

放浪人ちゃん「ぐっ!」

17 : 以下、5... - 2018/06/29(金) 00:24:16.83 qjwFeaMR0 17/22

放浪人ちゃん「……! 待て! この!」

放浪人ちゃん「くそ、足が……歩けないほどではないが」

放浪人ちゃん「まずいな……奴も怪我を負っているから、早くは走れないだろうが」

放浪人ちゃん「くそ……早く追わないと」

18 : 以下、5... - 2018/06/29(金) 00:26:12.10 qjwFeaMR0 18/22

放浪人ちゃん「はぁ……はぁ……」

放浪人ちゃん「……奴の血が良い目印になってるな」

放浪人ちゃん「……うまく逃げおおせているといいが」

放浪人ちゃん「ぐ……はぁ……はぁ……」

放浪人ちゃん「……!」

放浪人ちゃん「今のは、あの子の悲鳴……か。確か、あの辺には崖があったはず」

放浪人ちゃん「……」

19 : 以下、5... - 2018/06/29(金) 00:28:36.45 qjwFeaMR0 19/22

放浪人ちゃん「何をにやついている」

放浪人ちゃん「……あの子はどこだ」

放浪人ちゃん「……崖の下」

放浪人ちゃん「……落としたのか?」

放浪人ちゃん「……そうかい」

放浪人ちゃん「……その両手を挙げてるのはなんだ?」

放浪人ちゃん「降参のつもりか。ふうん」

放浪人ちゃん「死ねよ」

20 : 以下、5... - 2018/06/29(金) 00:31:29.60 qjwFeaMR0 20/22

放浪人ちゃん「……おい! 大丈夫か?」

放浪人ちゃん「……酷い怪我だが、辛うじて生きてるな」

放浪人ちゃん「……しっかりしろ。意識はあるか? 今手当てをして、上に運んでやるからな」

放浪人ちゃん「……君は気にしなくていい。いや、言っておくべきか。君はもう彼とは会えないよ。嬉しいかい?」

放浪人ちゃん「……そうかい。それは良かった」

放浪人ちゃん「そうだね、私が、殺したんだ」

放浪人ちゃん「……正直言うと、とても嫌な気分だ」

放浪人ちゃん「今まで拳銃を牽制用にしか使ったことがなかったから」

放浪人ちゃん「こういうことのないよう、私は生きていたから。だから、今は酷く戸惑っているよ」

放浪人ちゃん「……まあ、私の選んだことだ。君が気に病むことではない」

21 : 以下、5... - 2018/06/29(金) 00:33:54.08 qjwFeaMR0 21/22

放浪人ちゃん「……よし。あとは、君をおぶって上に行くだけだ。奴も車とかでここにきているだろうから、それを使って街の病院に急ごう」

放浪人ちゃん「……いっ……ぐっ」

放浪人ちゃん「……な、なんでもない。はは、君は実に軽いな。街に出たら、何か美味しいものを食わせてやろう」

放浪人ちゃん「……」

放浪人ちゃん「……君は死なないよ」

放浪人ちゃん「……だって、まだ私のジョークで笑ってないじゃないか。それまでは、絶対に死なせないよ」

放浪人ちゃん「……そうだよ、君は生きるんだ」

放浪人ちゃん「……私と一緒に行こう。ここまで来てしまったら、しょうがない。昨日は冷たいこと言って、悪かったね」

放浪人ちゃん「……大丈夫。もうすぐの、辛抱だ」

放浪人ちゃん「……なんとかなるさ」

22 : 以下、5... - 2018/06/29(金) 00:34:31.44 qjwFeaMR0 22/22

モヤモヤしていた心がすっきりした
もう寝ます

記事をツイートする 記事をはてブする