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642 : ◆xedeaV4uNo - 2017/02/27 23:52:24.33 IVX4HgwKo 460/702



 提督と艦娘、艦娘と深海棲艦。
 私たちにはいわば立場があります。どう出会うかは立場によって左右されるんだと思います。

 彼女と実際に出会ったのは戦場の最中でした。
 必然であれ偶然であれ、そんな場で出会ってしまえば何が起きてしまうかは……。
 私たちの間には血が流れるしかなかったのかもしれません。
 たとえ望まずとも。

 だけど、こうも考えてしまうんです。
 もう少しだけ違う出会いかたをして、ほんのちょっとだけ別の言葉をかけていれば。
 私たちには異なる可能性もあったのかもしれません。

 出会いがあれば、もちろん別れもあります。
 別れを決めるのは出会いかたじゃなくて、どう交わったかなんだと思います。
 もし違う交わりかたをしていれば、結末は違ったのかもしれません。
 ……別れが避けられないのだとしても。



643 : ◆xedeaV4uNo - 2017/02/27 23:53:33.74 IVX4HgwKo 461/702



六章 面影の残滓



 二月。日本なら冬の厳しい寒さが続きながらも春の兆しが見受けられる時期だが、赤道に近いトラック泊地では縁のない話だ。
 冷房のやんわり効いた執務室で、提督は秘書艦の夕雲から諸々の報告を受けていた。

「……以上が現在の各種資材の備蓄量になりますね」

「せっかく先代が貯蓄していた修復材をごっそり放出することになるとはな」

 ぼやく調子で言いながら、提督は差し出された報告書を前にため息をつく。
 つい数日前までトラックに寄港していたラバウル行きの輸送船団には燃料や弾薬は元より、食料や真水、衣類などといった品目に加えて、高速修復材が積み込まれていた。
 大部分は本土からの輸送品だが、修復材に限ってはトラック泊地が備蓄していた分もかなりの量が提供されている。

「各島に分散していた分まで回収しましたからね」

 夕雲はなだめるように笑ってから、つけ加える。

「でも向こうの戦況を考えれば仕方ありませんよ。それに先代でも同じようにしていたはずでしょうし」

「……やっぱりラバウルは苦しそうか?」

「夕雲たちトラック艦隊は無事に引き上げられましたが、苦しい状況のままだったのは確かですね。私たちもかなりの被害を受けましたし」

 言われて提督にはとある顔が思い浮んだ。
 ようやく艦娘の名前と顔が一致するようになっていた。

「大井が無事でよかった」

「ええ、もう少し応急処置が遅れていたらどうなっていたのか……」

「大井や鳥海、他も手酷くやられて……しかも、ウチの被害はそれでも軽い方だからな」

 ガダルカナル島の攻略を目指した廻号作戦は、第二段階であるブイン・ショートランドを拠点化するための進出を果たしていた。
 また二段階作戦時にベラ・ラベラ島近海やソロモン海側でそれぞれ生起した海戦では、重巡棲姫や複数のレ級といった多くの深海棲艦を撃沈している。
 しかしながら激しい戦闘により、ソロモン海側では歴戦の艦娘も含んだ少なくない数の喪失艦を出すなど被害もまた大きい。



644 : ◆xedeaV4uNo - 2017/02/27 23:54:17.27 IVX4HgwKo 462/702



「送り出すだけ送り出して、ただ待つしかないのも気を揉むな……先代が前線に出たがった気も分かる」

「提督。夕雲も先代が前線に出るのを嫌がった鳥海さんの気持ちが分かりますよ?」

 釘を差す一言に提督は曖昧に笑い返す。
 ラバウルのみならずブインとショートランドも抑えてはいるが、盤石とはとても呼べない状態だった。
 少なくない艦娘が現地に防衛戦力として留まる中、トラック所属の艦娘たちはトラックへと帰還している。
 ラバウル方面に戦力が集中しすぎていたし、輸送路の中継点であるトラックの守りが疎かになっていると判断されたために。

「ラバウルもせっかく占領したのにブインらともども毎日空爆されて、輸送船団の航路には潜水艦隊が跳梁するようになった。まさに消耗戦だ」

 状況をまとめた提督は、思い立ったように夕雲に聞く。

「あのヲ級改とでもいうような深海棲艦はどんな様子だった?」

「ヲキューさんですか? 不審な点という意味でしたら特には。むしろ積極的に協力していたぐらいですよ」

 夕雲は人差し指を口元に当てると、ほんの少しだけ目を細める。
 そうすると少女らしい見た目の夕雲に、大人の女としての色が立つように提督には見えた。

「何か気がかりでも?」

「いやなに、鳥海は自分で面倒を見ると言ったが、本当のところはどう見えるか他の意見も聞きたかったんだ」

「ああ……そういう。同じ船に乗りかかったからには一蓮托生ですよ。ここだけの話、初めは連れていくのもどうかと思っていましたけど」

 夕雲は悟ったように首を振る。

「でもヲキューさんも自分の居場所を守るためには戦うしかないのでしょう。ですから提督、あの子も夕雲たちとあまり変わりませんよ」

 提督は何か言いたげに口を開いたが、そこからは言葉が続かない。
 やり場がなさそうに提督は夕雲から視線を逸らしていた。



645 : ◆xedeaV4uNo - 2017/02/27 23:54:47.86 IVX4HgwKo 463/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海たちは作戦室を借りて、廻号作戦の反省会を行っていた。
 先日の海戦に参加していた者だけでなく、扶桑と山城に白露型からは時雨や海風も話を聞こうと会に加わっていた。
 海図や航空写真を貼りつけたアクリル板の前で、鳥海が進行役をする。
 まずはヲキューの運用方法や海戦全体での行動の見直しとなり、やがてネ級とツ級の話題へと移っていく。

「ツ級からですが、実際に交戦した球磨さんたちからお話をうかがいたいんですが」

「何度か話が出てるけど防空巡洋艦クマ。摩耶が機銃で身を固めてるなら、あっちは両用砲で弾幕を張ってくる感じクマ」

「砲戦の時は速射でこっちの出足をくじいたり退路を塞ごうとしてきたにゃ。こっちの動きをよく見てたということにゃ」

 球磨と多摩がそれぞれの印象を語ると、球磨が後ろの席に座る北上と大井に振り返る。鳥海もそれを自然と目で追う。
 ちょっと前よりも二人の距離は、さらに近づいたように見える。たぶん気のせいじゃない。
 大井は先の海戦にてネ級の攻撃でかなり危険なところまで追いこまれていたが、なんとか九死に一生を得ていた。
 それが二人には作用しているのかもしれない。身近な存在がそばにいる大切さとして。

「北上たちはどう思ったクマ?」

「うーん、攻めるのは得意だけど攻められるのは苦手なのかも。あたしと大井っちで撃ち合ってた時はそんなに怖くなかったかな」

「二対一というのを差し引いてもそうでしたね。砲撃に専念されると厄介でも、早い内からしっかり狙っていけば、そこまで難しい相手じゃないはずよ」

「となると艦載機でしかける時が問題だよね」

 飛龍が横から言う。
 ツ級については、やはり艦載機への打撃力が大きいのが何よりの特徴になる。
 そして、これは分かったところで簡単に手を打てるような話でもなかった。

「もし敵艦隊にツ級がいたら、最優先で狙っていくしかなさそうですね」

「だね。無傷とはいかないだろうけど、ほっとけばほっとくほど被害が出るなら早いうちに叩いてしまわないと」

 それが艦載機への被害を減らすことになり、総合的には航空戦力の維持にも繋がるはずだった。
 ひとまずの結論が出たと見て、鳥海はネ級の話へと進める。



646 : ◆xedeaV4uNo - 2017/02/27 23:56:13.85 IVX4HgwKo 464/702



「ではネ級のことですけど……」

「強敵にゃ。いくら未知の相手でも、単体であそこまでやられるとは思わなかったにゃ」

「次に会ったらギッタギッタにしてあげましょうかね。そうするだけの理由もあるからねー」

 多摩と北上がすぐに声に出す。
 実際、ネ級の戦闘力は予想以上だった。
 先の海戦における球磨たちの被害は大井と木曾が大破、球磨と多摩、嵐が中破という惨状で、ほとんどがネ級からもたらされている。

「どういう敵なんです? データとかあれこれは拝見しましたけど」

 重巡棲姫と同じく自立した生き物のような二つの主砲に、三十八ノットはあろうかという快速に軽快な運動性能。
 特殊な体液をまとっているためか非常に打たれ強く、身体も強靱で四肢そのものが一種の凶器となっている。
 そういった性質からか接近しての戦闘……それも至近距離での戦闘を好むらしい。現に木曾とはサーベルと素手とで格闘戦を行っている。
 重巡棲姫との戦闘を振り返ると、自分との共通点を見いだしてしまうような気持ちで鳥海はなんとなく嫌だった。

 鳥海はそういった情報を挙げてきた木曾が、反省会が始まってからずっと黙ったままなのに気づいている。
 退屈してるとかではなさそうで、話はちゃんと聞いているようだけど。
 不審には思っても、話を振って聞き出すきっかけを見つけられずにいた。

「獣みたいなやつだったクマ」

「獣のように動くやつにゃ」

「動物っぽい姉さんたちがそれを……いえ、確かにその通りでしたけど」

 球磨、多摩、大井の意見は一致していて、鳥海は獣らしいという印象を強める。
 イ級のように人型と呼べない相手もいるけど、獣のように感じたことはほとんどない。
 そうなるとネ級はやはり異質なのかもしれない。



647 : ◆xedeaV4uNo - 2017/02/27 23:57:06.87 IVX4HgwKo 465/702



「そんなやつだから動きが読みにくいにゃ。いきなり狙う相手を変えたり、魚雷に向かって跳ねて避けようとしてたにゃ」

 多摩はそこで首を傾げ、鳥海は不思議に思った。

「どうしたんです?」

「……ツ級を守ろうという意思はあったような気がするにゃ。多摩と木曾と撃ち合ってたと思ったら、急に離れたところにいた北上たちに向かっていったにゃ」

「なるほどなー。言われてみれば」

 北上も大きく頷く。

「確かにネ級がこなければ、あと一押しでツ級を沈めていたはずだよねえ」

「となるとツ級の危険を察知して矛先を変えた……?」

「でないと説明がつかないにゃ。木曾はどう思うにゃ?」

「え? ああ……うん、たぶんそうじゃないかな」

 話を振られた木曾は驚いたような顔をしてから応じる。
 木曾さんにしてはずいぶんと歯切れが悪くて、これでなんでもないというのは無理がある。

「ちゃんと聞いてたにゃ?」

「聞いてたよ。あのネ級は確かにツ級を守ろうとしてたしツ級もそうだった……けど、それがそんなに特別なことかよ。深海棲艦だって僚艦の支援ぐらいやるだろ」

 どこか突き放すような調子だった。
 鳥海は木曾に訊いていた。

「何か気になることがあるんですね?」



648 : ◆xedeaV4uNo - 2017/02/27 23:57:47.80 IVX4HgwKo 466/702



「……鳥海は何も感じなかったのか?」

「いえ……」

 鳥海は正直に首を横に振った。
 こういう遠回しな言いかたを木曾さんがする時は、一種の決まり事がある。司令官さんの話をする時だけ。
 ……分からないのは、どうしてこのタイミングでそんな話が出てくるのかということ。
 寂しげに肩を落とした木曾だが、すぐに思い切ったように手を挙げた。
 鳥海が促すと木曾はすぐに話し始めた。

「俺が思うに、あのネ級は短期決戦型だ。おそらく高性能と継戦能力が両立できてないんだ」

「そう考える根拠は?」

「まず対空戦闘でどのぐらい弾薬を消費してたかは分からないけど、砲戦の途中で弾切れを起こしていた。一会戦で尽きるってのは、元の搭載量が少ないからだと思う」

「それは確かに早いですね……」

「それから、あの黒い体液だ。あれはたぶんあいつ自身の血だよ。これはヲキューにも訊きたいんだけど、あんたたちの血は装甲みたいに硬くなったりするのか?」

 後ろのほうに座っていたヲキューに視線が集まる中、彼女は否定した。

「ソウイウ話ハ聞イタコトガナイ……モシソウナラ……ネ級ガ特殊ナ個体ダトイウコト」

「そうか……でも俺は確信してるよ。あのネ級は血を流しながら戦ってるんだ。そんなやつが長時間戦えるとは思えないな」

 木曾の話はまだ仮説の域を出ていないが説得力がある。
 一度きりの交戦で断じるには早すぎるが、対策の指針にするには十分だった。



649 : ◆xedeaV4uNo - 2017/02/27 23:58:41.39 IVX4HgwKo 467/702



「つまり持久戦に持ち込んで消耗を待つのが一番、ということですね」

「……ああ。あいつもそれを知ってか知らずか、無理やり突っ込んできて混戦にしようとするんだけどな」

 鳥海の言葉に木曾は肩をすくめて応じる。相変わらず表情は浮かないままで。

「それにあいつはもしかすると……」

 木曾は何事かを言いかけてやめてしまう。
 俯きがちの顔は明らかに何かを隠している。
 しかし鳥海はこの場で追求しなかった。言いたくない以上は、あとで個人的に聞いたほうがいいと考えて。

「あなたからはどう、ヲキュー? ネ級とツ級について」

「……分カラナイ。ツ級トネ級ニハ会ッタコトハナイシ……聞イタコトモナイ」

 一通りの意見が出てしまうと、ネ級についての話はなくなった。
 反省会全体でも、あらかたの意見が出尽くした感があったので、これで打ち切りという流れになっていく。
 鳥海が終了を告げようとしたところで、いきなり木曾が席から立ち上がった。

「待ってくれ、やっぱりみんなに聞いてほしいんだ」

 木曾は居合わせた一同を見回して、そして鳥海を正面に見る形で止まる。
 その顔に焦燥をにじませて。

「あのネ級は……提督かもしれないんだ……」

 まるで助けを乞うかのように弱々しい声で告白した。



654 : ◆xedeaV4uNo - 2017/03/07 00:58:24.41 swBp8reno 468/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 男と女がいた。男は人間で女は艦娘だった。
 二人はどこかの部屋で向かいあって話していたり、何かの紙片をまとめたりしている。
 またある時には別の場所で笑いながら何かを食べていた。
 声は聞こえてくるが、何を話しているのかはあまり分からない。
 それでも男のほうの考えは分かるような気がした。

 二人は港から海を見ていることもあれば、女が洋上で訓練しているのを男が遠くから眺めていることもあった。
 雨が降った日には並んで空を仰いで、夜空に星々が瞬けば祈るように天を見上げる。
 太陽が身を焦がすのなら、月は思いを研ぎ澄ませた。

 女が男に本を渡すと、男は一人になった時にそれを真剣に読んだ。楽しみながら考えて。
 あとになって女と本の内容をしっかり話しあっていた。

 話しあってといえば、海図と駒を前にどう動かすかで盛り上がっていたことがある。
 どちらかといえば女のほうが話したがっていて、男は疲れた顔を隠しながらも満更でもなさそうだった。

 必ずしも二人の間が順調とは限らない。
 意見がぶつかっているらしいこともあれば、男が女の過ちを指摘することもある。
 逆に女が男の落ち度をとがめるたり、二人揃って何かの失敗をしでかすこともあった。
 失敗は時として誰かの命を脅かすこともある。己であったり他者であったり。

 それでも二人は進んでいく。
 手が絡まれば心がふれあい、変化がもたらされていく。
 変化を受け入れれば、少しずつ自らも変わる。それはさらに別の変化を呼び込んだ。
 そうして男と女の間には時間が折り重なっていく。
 積み重なって育まれた想いは、輝いて見えた。

 ある時、男が女に何かを手渡した。
 それは小さくて丸い指輪で、他の艦娘たちも同じ物を渡されている。
 だけど、どうしてだろう。その二人の指輪だけは何かが違う。
 見た目は何も変わらないのに何かが……。

 やがて気づいた。
 これは私の頭の中にいる誰かの記憶なのだと。
 記憶は足跡だ。砕けてもなお色あせない思い出を拾い集めていく。
 私はそうして集めた記憶を夢見ていた――。



656 : ◆xedeaV4uNo - 2017/03/07 00:59:51.52 swBp8reno 469/702



─────────

───────

─────


 頂点に昇った太陽が照りつく中、湿った風が体にぶつかっていく。
 火照った体を冷ましていく感覚を心地よいとネ級は思う。
 つい一時間ほど前まで装甲空母姫の下、複数のレ級たちと条件を変えながら模擬戦を行っていた。
 ネ級には新たに変化が現れていて、金色の光を体から発するようになっていたために。

「モウ体ハ大丈夫ナンデスカ?」

「見テタダロウ? モウイツデモ戦エル」

 身を案じてくるツ級の問いかけに頷く。
 ネ級が目覚めたのは、前回の交戦からおよそ三日が経ってからだった。
 治療用の溶液に満たされたカプセルに入れられていたため、早いうちから傷は治っていたが意識のほうは違う。
 艦娘の攻撃で頭をなかば吹き飛ばされたのは覚えていて、すぐに目覚めなくても無理はないと思えた。
 そのまま二度と目覚めなくても、おかしくないだけの傷を負ったのだから。

「マダ傷モ治ッタバカリナノニ……」

 模擬戦といっても使用するのは実弾だ。装薬量や砲弾の重量を減らし、弾頭も潰れやすいよう手こそ加えられているが、やはり当たれば沈まずとも傷つく。
 光を放つ個体は通常よりも高い性能を有し、さらに赤よりも金の光を放つ個体のほうがより強い。
 どれだけ性能が向上したかを確かめるための模擬戦で、ネ級は単体同士の戦闘ならばレ級が相手でもほとんどは優勢に事を運んでみせている。

 唯一、ネ級が最後まで優勢に立てなかったのが赤い光を放つレ級で、ネ級が意識を持ってすぐに初めて出会ったレ級でもあった。
 純粋に戦いを楽しんでるようなレ級たちの中でも赤いレ級は一際だ。
 その在り様はかえって純粋に思えて、どこかうらやましかった。


657 : ◆xedeaV4uNo - 2017/03/07 01:02:56.24 swBp8reno 470/702



「ソレヨリモ……迷惑ヲカケタ。ツ級ガ助ケテクレナケレバ今頃ハ……」

「迷惑ダナンテ……私コソ……ネ級ガイナケレバ……」

「シカシ……」

 どことなく奇妙な空気になる。
 互いにかばいあうような言いかたになって、ネ級は収まりが悪かった。
 その時、潜っていたネ級の主砲たちが海中から飛び出ると、甘えるように鳴きながら身をすりつけてくる。
 今まで主砲たちは腹を空かせていたので、足元を泳ぐ魚を狙っていた。

「ソウダッタ……オ前タチモヨクヤッテクレタ。怯エサセテ……ゴメン」

 下腹部にあたる場所を掻いてやりながらネ級は言う。
 いつもならしつこく感じるふれあいも、変わらない態度の表れと思えばうれしかった。
 そんなネ級の顔にツ級は手を伸ばしてきた。艤装をつけていない彼女の指はほっそりとしている。

「右目ハ……治ラナカッタンデスネ……」

「ハガセバ……見エルカモ」

 ネ級の顔半分は今や固まった体液が甲殻のように貼りついている。
 頭の傷を隠すように広がるそれは右目にも覆い被さっていて、かさぶたのようにも思えた。

「コレハ戒メナノカモシレナイ……自制ヲ失ッタ愚カナ私ヘノ……」

 ネ級は先の戦いの全てを覚えているわけではないが、強烈な衝動につき動かされるままになっていたのは分かる。
 言うなれば――怒りや憎しみを根にした攻撃衝動に。
 しかし艦娘にそこまでの激情を抱く理由は今もって分からない。
 それだけに、何に起因するかも分からない感情に振り回されるのは恐ろしかった。



658 : ◆xedeaV4uNo - 2017/03/07 01:04:08.03 swBp8reno 471/702



「……知ッテマスカ?」

 いきなりツ級はそんな風に聞いてくる。
 話は変わるけど、とまるで世間話というのをするような気楽さで。

「艦娘ハ金色ノ深海棲艦ヲフラグシップト呼ンデルソウデスヨ」

「赤イノハ?」

「エリート……ダッタヨウナ」

「ソレ……元艦娘ダッタカラ分カルノ?」

「……ソウカモシレマセンネ」

 苦笑いするような響きだが、ツ級の表情は仮面のような外殻に隠されて分からない。
 退却中に告白されたのは覚えている。
 ツ級は艦娘だった。
 ありえるのかは分からないが、少なくとも本人はそう信じている。
 ネ級としても否定できない。
 自分の頭の中にも別の誰かがいる。それは間違いなく、しかも彼女ではなく彼。



659 : ◆xedeaV4uNo - 2017/03/07 01:05:50.59 swBp8reno 472/702



「ドウシテ私ニアンナ話ヲシタ?」

「アナタハ……話ヲ聞イテクレルカラ……私ヲ知ッテホシカッタノカモ」

 ネ級は返答に窮した。
 しかし打ち明けた思いは汲んでやりたいと思う。気軽にできるような内容ではないのだから。

「ネ級ハドウナノ? 私ガソウナラ、ネ級ダッテ……」

「分カラナイ。タダ……私ニモ原形ガアッタハズ。シカシ艦娘デハナイト思ウ」

 ネ級は彼の記憶を夢として見た。
 夢の常で内容はもう思い出せないが、自分が知りえない光景を見ているのは確かだ。
 そして彼が抱いたであろう思いも、おそらくは理解してしまった。

「ダケド……私ハ何モ知リタクナイ。ツ級モコレハ外シタクナイ……同ジコト」

 仮面のようなツ級の外殻にふれると、息を呑むような気配を感じた。
 私たちは向き合えない。己の影には。
 知ってしまったら、きっと自分ではいられなくなるから。
 いずれ向き合わねばならない時が来るかもしれないが、それが今とはどうしても思えない。

「コノ話ハヤメヨウ」

 まるで秘密を共有するように話す。
 もっとも、あの装甲空母姫が何も知らないわけがなかった。
 となれば秘密を共有した気になっていても、現実には掌の上でもてあそばれてるだけなのかもしれない。



660 : ◆xedeaV4uNo - 2017/03/07 01:07:36.28 swBp8reno 473/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ガダルカナル島にて四人の深海棲艦の姫たちと赤い目のレ級たちは、今後の作戦を決めるために一同に会していた。
 青い光で照らされた部屋には円卓があるが空席が二つ。
 港湾棲姫と重巡棲姫がいるはずの場所だ。

「次ノ攻撃目標ハトラック諸島ヲ提案スルワ。準備ガ整ッタラ、スグニデモ総力デネ」

 いわば円卓会議における空母棲姫の第一声がそれだった。
 飛行場姫は口を挟まずにいるつもりだったが、予想してなかった地名に聞き返す。

「トラック? ラバウルヤブインハドウスル? 抑エ込ンデイルトハイエ艦娘タチガ進出シテイルノニ」

「ダカラコソヨ。ラバウルヘノ補給路トシテ、アノ島ハマスマス重要ニナッタ。ソレニ空爆ヲ続ケ潜水艦隊ガイレバ、当面ノ封ジ込メハ簡単ヨ」

「ソレハソウデモ……」

「ソレニ、アノ島ニハ裏切リ者ガイル。アロウコトカ、私タチニ牙ヲムイタ」

 空母棲姫は控えめながらも声に怒りを含んでいた。
 先の戦いでヲ級が艦娘側に加わっていたという報告は飛行場姫の耳にも届いている。
 また、そのヲ級が港湾棲姫の腹心である青い目のヲ級だとも確信していた。

「人間タチハ我々ガスグニハ攻メテコナイト考エテイルデショウシ……何ヨリモ……仇ヲ討タナクテハ。善キ深海棲艦ノタメニ」

 空母棲姫が言っているのは重巡棲姫のことで間違いなさそうだった。
 傍若無人な空母棲姫であっても、重巡棲姫の喪失には思うところがあったらしく意外に思えた。

「彼女ハマサシク深海棲艦ダッタワ。ソノ彼女ヲ討ッタノガ、トラック諸島ヲ根城ニシテル艦娘タチラシイジャナイ」

 日頃なら嘲笑を唇の端に浮かべている空母棲姫だが、今はそれもない。
 それだけに本気で言ってるのだと飛行場姫は悟り、それ以上は何も言わずに引いた。



661 : ◆xedeaV4uNo - 2017/03/07 01:09:20.30 swBp8reno 474/702



「アナタタチハドウ?」

「私ハ賛成ダワ。アノ島ニハ武蔵ガイルモノ」

 戦艦棲姫が静かに笑いながら支持する。

「イツカハ雌雄ヲ決ッシタイ相手……ソノ時ガキタトイウコトヨ」

 空母棲姫にというより、はるか遠くの相手に語りかけているような調子だった。
 好意的に考えれば、すでに先を見据えているということなのかもしれない。
 続いて装甲空母姫とレ級も賛意を示す。

「アノ島ヲ叩ク意義ハ大イニアル。デキルダケノ戦力ヲ用意シヨウ」

「戦エルナラ選リ好ミナンテシナイサ」

「イイ返事。アトハアナタダケダケド、ドウスル? コノ島ニモ守リハ必要ダケド」

 改めて問いかけてきた空母棲姫に飛行場姫は答える。

「……私モ行ク。総力デト言ッタノハ、アナタヨ」

 空母棲姫は驚いたような顔をすると聞き返す。

「ドウイウ心境ノ変化カシラ」

「フン……私ニモ思ウトコロガアル」

 理由は口にしなかったが、空母棲姫はすぐに満足したようにほほ笑んだ。

「ソウ、ナラ決マリネ。一週間以内ニハ進攻ヲ始メマショウ」

 誰も性急すぎるとの声は上げなかった。
 そのあとで装甲空母姫が新たに投入できる戦力についての説明を終えれば会議は済んだ。
 三々五々にそれぞれが散っていく中、装甲空母姫が飛行場姫に話しかけてきた。



662 : ◆xedeaV4uNo - 2017/03/07 01:10:58.23 swBp8reno 475/702



「意外ダナ、君マデ帯同スル気ニナルナンテ」

「言ッタ通リ……アノ島ニハ私モ思ウトコロガアルノヨ」

「≠тжa,,ガイルカラ?」

「今モイルカハ分カラナイ」

 気のなさそうに飛行場姫は応じるが図星だった。
 トラック諸島には港湾棲姫やホッポたちがいる。
 しかし何があれば、深海棲艦が艦娘に協力する気になるのかが分からない。

 ヲ級が自発的に戦うのを選んだのか、それとも戦力として使われるのを強要されているのか。
 どちらにしても、争いを避けるためにガ島を去ったのは飛行場姫も知っている。
 だからこそ理由を知る必要がある。それも自身の目と耳で見聞きして確かめないと納得がいかない。
 事と次第によっては実力行使が必要で、今がそうだと飛行場姫は内心に結論づける。

「……ソレヨリ、アノ二人ハドウナノ?」

「二人? アア……ツ級トネ級」

「ズイブンヤラレタト聞イタケド」

「確カニ。シカシ初陣ダッタニモカカワラズ、向コウニモ十分通ジルノガ分カッテ満足ダヨ」

 飛行場姫は話を変えたかったのもあるが、二人を気にしていたのも確かだ。
 ネ級とツ級――少なくともネ級とは無関係だと言えないのが飛行場姫だった。
 あくまで表面上は無関心を装っていたが。
 それに対して装甲空母姫は意味ありげに笑う。内心などお見通しだとでも言いたそうに。



663 : ◆xedeaV4uNo - 2017/03/07 01:11:59.89 swBp8reno 476/702



「イイデータガ取レタ……ソレダケニ惜シクモアルケド」

「惜シイ?」

「ネ級ノホウハタブン長クナイヨ。体ノ細胞ガ劣化シハジメテル」

 装甲空母姫の口は軽かった。大した話ではないように。

「……ドウイウ意味?」

「詳シイ因果関係ハ分カッテナイ……セッカクノ性能ガ負担ヲカケスギテルノカ……ハジメカラ不具合デモ抱エテタノカ……自覚ガナイノハサイワイトイウノカナ」

「ソウ……」

 彼女はしばし考えを巡らせてから装甲空母姫に申し出た。

「私ニアノ二人ヲクレナイカ」

 その申し出は装甲空母姫にとっても意外だったのか、真顔になって即答はしなかった。

「ドウイウ風ノ吹キ回シ?」

「次ノ戦イニ出向ク以上ハ、使エル護衛ガホシイダケ」

 あくまでも愛想なく飛行場姫は言い、装甲空母姫も吟味しているようだった。
 しかし判断はすぐに下した。

「イイヨ、構ワナイ」

「……アッサリ決メルノネ」

「全テデナイニシテモ、アノ二人カラハ有益ナ情報ハ取レテイル。ナクシタトコロデ私ハモウ困ラナイ」

 食ったような答えに飛行場姫は鼻を鳴らした。
 そこに装甲空母姫はつけ加える。

「君ニ使ワレルノガ楽トモ限ラナイ」

 うっすらと皮肉めいた笑みを見せていた。
 いら立ちを隠せずに飛行場姫は機械仕掛けの右腕を鳴らすが、装甲空母姫はおかしそうに笑うと立ち去っていった。
 一人残された形の飛行場姫はため息をつく。

「ソレニシテモ……因縁トデモ言ウノ……」

 トラック諸島を港湾棲姫が奪われたことから今の事態が始まったように思える。
 ワルサメの死に深海棲艦同士の対立、提督という人間にまつわる出来事と顛末。そして人間や艦娘を素とした深海棲艦。
 だとすれば、決着をつけるにもトラックは相応しいのかもしれない。
 始まった場所であるのなら、終わらせる場所としても。



671 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/03 22:41:36.75 guiKg8tso 477/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 二月十八日。
 トラック泊地では、鳥海が総員起こしの前に目を覚ましていた。
 これは秘書艦を務めていた頃からの習慣なので、これといったな理由があるわけじゃない。
 夜の黒が抜け切らない藍色の空を窓から見ながら、なんの変哲もない朝だと鳥海は思った。

 服を着替えて身だしなみを整えながら、胸元のペンダントを包むように握る。
 司令官さんの指輪を使ったペンダントだけど、今は金属の冷たさしか感じない。

「……本当にあなたなんですか?」

 指輪に声をかけたところで何も答えてくれない。それでも聞かずにはいられなかった。
 ネ級の正体が提督ではないかという話。
 それに対する反応は艦娘の間でもまちまちだったが、多くは半信半疑だった。

 人間が深海棲艦化するのがありえるのか分からないし、それに木曾さん以外にそう感じた者もいない。
 ネ級の話を聞いたり航空写真を何度見ても、ネ級が司令官さんだとは感じなかった。
 だから鳥海はネ級が提督だと思えないが、木曾の話を勘違いだとも思えない。

 あの二人の間には特別な繋がりがあった。
 かつて沈んだ初代の木曾という艦娘を軸にした、司令官さんと今の木曾さんだけにある結びつき。
 それは私と司令官さんにはない別の繋がりで、それが何かを木曾さんに訴えかけたのかもしれない。
 私には分からない何かを。

 鳥海は握っていたペンダントから手を離す。
 熱が伝わっていても、何かを伝え返してくるようなことはない。
 それが悔しかった。
 もし木曾さんの仮定が正しいのだとすれば……それはあんまりだと思う。


672 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/03 22:42:36.14 guiKg8tso 478/702



 六時になって総員起こしのアナウンスを聞くと、七時には姉さんたちと一緒に間宮で朝食を取る。
 そして八時になれば編成割りに従って訓練や哨戒任務に赴いていく。
 これがトラック泊地における朝の流れ。
 この日は大規模な対空戦闘訓練があらかじめ組まれていて、鳥海もそちらに参加するのが決まっていた。

 というのも廻号作戦で機動部隊の艦載機は大打撃を受けて、機体の補充が完了していても平均的な練度は大きく落ちている。
 航空隊の練度を底上げするためにも、できるだけの手を打っておく必要があった。
 やがて昼に差しかかり、午前の訓練を切り上げてちょうど帰投した頃だった。敵艦隊発見を知らせる警報が届いたのは。
 発見したのは哨戒中の彩雲で、泊地からおよそ三百キロほど離れた南南東の海域で発見された。

 深海棲艦は彩雲に気づいていても、威容を見せつけるためなのか無視している。
 あまつさえ、これみよがしに艦載機の発艦を始めた。
 実際に泊地では伝えられた敵の規模に色めき立っていた。
 総数で三百に及ぶ敵艦隊は、まさしく大艦隊という以外に言葉がない。
 以前のMI作戦時にマリアナへ攻撃してきた時よりも、さらに敵の数は多かった。
 さらに四人の姫がいるのも確認され、主力が投じられているのは疑いようもない。

 深海棲艦は菱形の方陣を作るように大きく四つに分かれ、それぞれ姫が中核になっている。
 先陣には戦艦棲姫やレ級、ル級やタ級と高火力の戦艦が固まり、こちらから見た左右には装甲空母姫と飛行場姫が、そして最後尾には複数のヌ級とヲ級を従えた空母棲姫という形だ。
 左右の艦隊は護衛や支援を兼ねているようだけど、編成は意外と違うようだった。
 装甲空母姫が巡洋艦や駆逐艦を多数従えているのに対して、飛行場姫のほうは少数に留まっている。
 その代わりにネ級やツ級がいるのが確認され、こちらは少数精鋭の編成と見込まれた。

 また各姫に共通しているのは、球状艦載機をそのまま巨大化させたような艦と呼んでいいのかも怪しい物体が周囲にいくつも漂っている。
 従来の深海棲艦の倍近い大きさのそれは姫の守護が目的らしく、仮称で護衛要塞と名づけられた。

「相手が三百ってことは戦力比がざっと六対一……うん、苦しくなるね」

「間宮さんとか秋津洲みたいに戦うのが苦手な艦娘もいるんだから、もっときつい数字になるわよ」

 近くにいた島風と天津風がそう話しているのを聞き、そちらへ目を向ける。
 まじめな言葉とは裏腹に、二人には余分な気負いもなさそうだった。
 鳥海は口を挟まずに二人の話を聞く。



673 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/03 22:43:55.32 guiKg8tso 479/702



「まだ前回から一ヶ月も経ってないのに、よくこれだけの戦力を集めてくるよ」

「ラバウルやブインに投入されてる戦力が釘づけにされてる間に、この泊地を陥落させるつもりなんでしょうね」

「そうだとしても急すぎない? 向こうだって大艦隊を動かすのは楽じゃないはずなのに」

「あたしたちをそれだけ高く買ってるんでしょ。ありがた迷惑だけど」

 天津風の言うようにトラック泊地はラバウル方面への重要な補給基地であり、深海棲艦の亡命者であるコーワンたちもいる。
 よりガ島に近い地点まで進出されていてもなお……されているからこそ、この地に痛打を与えるだけの意味があるとも言える。
 投機的すぎる作戦にも思えるけど、他の鎮守府や泊地に援軍を出す余力はないはずだった。

『八艦隊と二航戦は正面を迂回し敵基幹戦力……空母棲姫への攻撃を。残りは先行した扶桑らと合流して敵艦隊の侵攻を食い止めろ』

 提督からの命令が通信越しに伝えられてくる。
 すでにこういった襲撃を想定して、いくつかの作戦案は検討されていた。
 この場合、敵正面に主戦力を投入しつつ、機動力と突破力に優れた第八艦隊と二航戦で敵主力へと側方、可能であれば後方から強襲をかける。
 皮肉な話ではあるけど、襲撃に乗じて司令官さんを失ったことでこれらの案はより仔細に詰められていた。
 想定外なのは、ここまでの著しい戦力差。

 それでも早いうちに発見できたので、迎撃の準備を整える時間はあった。
 基地航空隊がスクランブル発進し、当直に就いていた扶桑型と白露型はすでに先行して湾外に出ている。
 訓練から戻った鳥海たちにも、整備課の人員や妖精たちが燃料の補給や実弾への交換を大わらわで進めていった。

 鳥海は洋上に出ると、改めて第八艦隊と二航戦の面々と合流して敵艦隊を迂回するように右回りに針路を取る。
 他の艦娘たちもいくつかの艦隊に分かれると扶桑たちの元へと向かっていく。
 中でも摩耶は愛宕、ザラ、夕雲型から特に目のいい高波と沖波を連れて、先頭に立って進んでいった。
 真っ先に防空艦として対空砲火を集中させるために。



674 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/03 22:44:58.32 guiKg8tso 480/702



 この頃になると退避した彩雲に代わり、秋島のレーダーサイトから情報が次々に転送されてくる。
 敵機の数は優に千機を超えていて、これだけで基地と機動部隊で運用している航空機を合わせた数以上になってしまう。
 劣勢は火を見るより明らかだった。

「急ぎましょう。第二次攻撃ならまだ防げるはずです」

 鳥海の指示の元、艦隊が三十ノット近くまで速度を上げる。
 両艦隊の中で一番足の遅いローマに合わせた形になるが、本来なら十分に高速と呼べる速度でもこの時はもどかしさばかりが募った。
 向こうからも近づいてきているとはいえ、敵艦隊は遠い。
 二航戦の旗艦を務める飛龍が鳥海の横、声の直接届くところまで進んでくる。

「敵艦隊に突入するなら夕雲たちも連れていって。数は多い方がいいでしょ」

「夕雲さんたちはそちらの護衛です。気持ちはありがたいですけど離れさせるわけにはいきません」

 練度の面では申し分なくても、夕雲さんたちの一人でも欠かすわけにはいかない。
 今の二航戦は飛龍、蒼龍、雲龍の三人に夕雲、巻雲、風雲からなる護衛の六人で構成されている。
 正規空母三人に対する護衛と考えると、駆逐艦の三人は最低限の数でしかなかった。

「成否にかかわらず、この攻撃で全てが片づくとは思えません。だから二航戦の守りも不可欠なんです」

「……ま、確かに空母棲姫一人沈めれば収まる話ってわけじゃなさそうだしね。けど無理はしないでよね、今回の戦いも長丁場になると思うから」

「ええ、お気遣いありがとうございます」

 鳥海が頭を下げると、飛龍は針路上である東の空を見上げる。表情を曇らせながら。
 こんな時に限って、空は澄み切って晴れ渡っている。
 敵機は発見しやすいけど、それはまた敵機がこちらを狙いやすいということでもあった。
 今のところ鳥海たちが発見された様子はなく、基地から発した戦闘機隊が敵と接触したとの知らせもないが、それも時間の問題だった。



675 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/03 22:45:55.46 guiKg8tso 481/702



「ここから艦戦だけでも飛ばします?」

「そうしたいのはやまやまだけど、反復攻撃をしたいしもっと近づきたいね。それに相手の数が数だから母艦をしっかり叩いてやらないと。元をどうにかしないと勝ち目はないよ」

 飛龍の言葉に鳥海も頷く。
 これだけの戦力差がある以上、相手の中核戦力に狙いを絞って叩くしかない。
 ただ相手は姫級が四人もいて、そのいずれも中核と呼べる相手だった。
 鳥海は第八艦隊に帯同する形になっているヲキューへと話を向ける。

「ヲキューはこの戦力をどう見ます?」

「ガ島ノ防衛ニモ残シテイルニシテモ……限リナク総力ニ近イ……ハズ。本気ナノハ……確カ」

 ヲキューは急ごしらえで20.3cm連装砲を二基右腕に備えつけていた。
 対空戦用の措置で、あくまで自衛が目的なのと砲弾を持たせる余裕がないので三式弾しか載せていない。
 そのヲキューも空に目をやっていた。

「飛龍さん、ヲキューも二航戦のほうで見てもらうのはできますか?」

「こっちは構わないけど」

 ヲキューが驚いたように目を大きくする。

「置イテクツモリ……?」

「今回は難しい作戦ですからね。このまま飛龍さんたちと機動部隊として動いたほうがいいかとは」

 ヲキューは首を傾げたが、すぐに口を開く。
 納得してないのは明らかだった。



676 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/03 22:46:51.84 guiKg8tso 482/702



「鳥海ハコノママ……空母棲姫マデタドリ着ケルト思ウ?」

「飛行場姫あたりが立ち塞がってくるはずでしょうね」

 向こうにも電探もあるし制空権もあちらのほうが優勢。
 艦載機なら間隙を突けるかもしれないけど、それでも第八艦隊はそうもいかない。
 空母棲姫の艦隊に着くまでに発見されて、あちらとしては機動部隊への突入を防がなくてはならない。
 となると飛行場姫が針路上に移動してくるはず。少なくとも、どんな手立てであれ妨害は確実にされる。

「……ソレナラ私モ行ク。私ノ艦載機ハ役ニ立ツ……」

「安全は約束できませんよ?」

「ソンナノ……イツダッテ……ドコニイテモ……同ジ……分カリキッタコト」

 どうしても一緒についていくつもりらしい。
 そんなヲキューを見てか、飛龍さんは面白そうに笑う。

「違いないわ。それに案外さ、私たちと一緒にいないほうが安全かもよ? 深海棲艦も空母を優先的に狙うだろうから」

「飛龍さん、そんな不吉なことは……」

「だって分からないじゃん、何が起きるかなんて。魔の五分間なんて話もあるし」

 鳥海の心配をよそに、飛龍はあくまでもおかしそうに笑い飛ばしていた。
 そのまま笑い終わると自然に表情を引き締める。

「ま、それはともかくヲキューがいるかいないかじゃ、そっちも防空面じゃぜんぜん違うよね。本人だって希望してるんだし、いいじゃない」

「ソウ……ソレニ飛行場姫……アノカタナラ私ノ話ヲ聞イテクレルカモ」

 普段はあまり感情を声に乗せないヲキューだったが、この時は少し違うように聞こえる。
 なんというか熱っぽい。
 飛龍とも目が合って、向こうもそう感じたらしいと鳥海は察した。



677 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/03 22:47:33.82 guiKg8tso 483/702



「説得でもするつもりですか?」

「……必要ナラ。鳥海ダッテネ級ニ会エバソウスル……違ウ?」

「それは……そうかもしれませんね」

 鳥海ははっきりとはさせずに濁す。
 確かに話そうとはすると思い、しかし何をぶつけていいのかは分からないまま。
 それでも鳥海は、ネ級に会えば自ずと言葉が出てくると考えていた。
 もどかしく思うのは、何も敵艦隊と距離があるからだけではない。
 心の準備が完全にはできていないんだ。ネ級と……司令官さんかもしれない深海棲艦と向き合うための。
 それでも、と鳥海は思う。

「何も話さなかったら……伝えようとしなかったら、きっと後悔しますよね。ヲキュー、変なことを言ってしまってごめんなさい」

「……変ナコトハ言ッテナカッタ思ウケド」

「まあ、あれこれ悩んじゃうところは鳥海らしい気はするけど」

 よく分からないと言いたそうなヲキューに、飛龍は苦笑いするような調子で鳥海を見ている。
 鳥海は二人から視線を外すと、針路上の空を意識した。
 この空の下にはネ級がいる。
 泊地に迫る深海棲艦を撃退しなくてはならないけど、それとは別に彼女とも接触しなければならない。
 その結果どうなるかは分からないし、出会わなければと悔やんでしまう可能性もある。
 だけど、と鳥海は胸の内で切実に思う。
 会わなくては何も始まらないと。

 ほどなくして基地航空隊の迎撃機と深海棲艦の艦載機が接触して交戦に入ったとの知らせが届いた。
 戦闘が始まったのを知り、鳥海たちは無言になって進んでいく。
 もう接触まで、さほどの時間が残されていないのを肌で感じながら。



682 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/15 20:00:18.96 y2wSRSw9o 484/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 照りつける陽光の下、ネ級はツ級と共に飛行場姫の護衛に就いていた。
 総数で六十近い数からなる艦隊は姫を中心にした輪形陣を形作っていて、直径にして五百メートル四方へと広がっている。
 その中でもネ級とツ級は飛行場姫のすぐ前後に位置していた。
 他の深海棲艦が姫とは遠巻きになっている中、二人はそれぞれ三メートルも離れない位置を保ち続けている。

 飛行場姫の近くにはネ級とツ級しかいなく、装甲空母姫から各姫へ提供された護衛要塞も輪の外縁部に回されていた。
 戦闘が始まればこれだけの密着はかえって危険となるが、まだ最前列にいる戦艦棲姫と機動部隊を擁する空母棲姫の艦隊しかそれぞれ砲火と空襲に晒されていない。
 だから今はまだ静かなものだ。

 つい少し前まで飛行場姫は艦載機を発艦させていた。
 双胴の飛行甲板から飛び立っていたのは、いわば重戦闘爆撃機で他の艦載機とは違う。
 他機種の倍近い大きさをした球状に双発の翼を生やしている。
 本来なら地上運用を前提にした機体だが、大型の艤装かつ高い運用能力を持つ飛行場姫だけが海上での運用を可能にしていた。

 そうして飛び立って行った重爆隊述べ八十機は、第一次攻撃の中での第二波としてトラック泊地への空爆に向かっている。
 空母棲姫らの艦載機と入れ替わる形での攻撃になるはずだった。
 もっとも、こうした連携が取れるのも最初のうちだけだろう。
 以後は彼我の攻撃で足並みが乱れて、各々の判断で行動しなくてはならなくなってくる。

「以前……トイウホド前デハナイケド、私ノソバニハコーワントイウ姫ガイタ」

 急に話しかけられたのに驚き、ネ級は体を後ろへ流すように振り返る。
 飛行場姫は泰然とこちらを見ている。
 主砲たちは近くの姫に緊張でもしているのか、珍しく大人しい。
 そして姫の背中を守る形のツ級は表情こそ分からないが、聞き耳を立てて様子をうかがっているのではないかと思えた。



683 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/15 20:01:17.35 y2wSRSw9o 485/702



「コーワンハ……我々ノ元ヲ去リ、アノ島ニイル」

「トラックニ……?」

 ネ級が聞き返すと飛行場姫は神妙な顔で頷く。

「ソレニ彼女ノ配下タチモ。先日ノ海戦デハ艦娘ノ側ニ立ッテイタトイウ」

「話ニハ聞イテマスガ……」

 重巡棲姫と交戦した艦隊の中に、にわかに信じがたいが艦娘に混じってヲ級がいたという。
 同じ海域にはいたが接触はしていない。
 それが良かったのか悪かったのかは分からなかった。
 どちらにしても、あの日あの時の自分には関係のないことだったかもしれない。ネ級はそうも思う。

「ネ級ハソノコトヲ……ドウ考エル。ナゼ協力シテイルノカ……想像デキル?」

 こんな話を聞いてくるのは不可解だった。不可解といえば私たちを護衛に抜擢した理由も分からない。
 それについては姫はただ一言、気まぐれだと答えていた。
 となれば、これも気まぐれで片付けられる……単に話す気がないだけか。

「分カリマセン……私ハソノコーワンヲ知ラナイ」

 分からないという分かりきった答えを示すと、姫はネ級を見つめていた。
 怒るわけでも落胆するわけでもなさそうな顔を前にして、居心地の悪さを感じる。
 何かを言わせたいようで、しかしそれが何かは想像がつかない。

「タダ……艦娘ニ味方スルナラ……私タチノ敵デハナイノデスカ?」

「ソノ判断ヲシタイ……コーワンタチガ敵ニナッテシマッタノカ……ソレトモ助ケナクテハナラナイノカ」

 コーワンという姫がどんな相手かは分からないが、飛行場姫は簡単に諦める気はなさそうだった。
 おそらく楽な道にはならないと理解した上で。



684 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/15 20:02:15.15 y2wSRSw9o 486/702



「私タチニ何カ……サセタイノデスカ?」

 後ろから声を挟んできたのはツ級だった。飛行場姫は顔を向けずに言う。

「今モ言ッタヨウニ私ハ見極メタイ……モシ連中ノ誰カ出会エタラ接触スル……ダカラ私ヲ守リナサイ」

「姫ガソウ望ムノデアレバ……」

 ツ級の言葉にネ級も小さく頷くと、苦笑いを伴ったように言う。

「私ハ我ヲ忘レルカモシレナイ……」

「ナラバ……コウ覚エナサイ。オ前ノ使命ハ私ヲ守ルコトト。迷ッタ時ハソレヲ基準ニ考エナサイ」

「……妙案デスネ」

 飛行場姫の真意は図りかねる部分もあるが、闇雲ではない目的があるのはいいことだ。
 それに今では飛行場姫は、他の姫よりも私たちを気にかけてくれているように感じる。
 彼女を守るため、というのは確かにさほど悪くない考えかもしれない。

「トコロデ……コノ攻撃ガドウナルカ……オ前ハドウ考エル?」

「……分カリマセン」

 飛行場姫はこちらを直視していた。白い顔は笑わず、かといって怒るでも急かすでもない。
 ただ値踏みされているような気分にはなった。

「言ッテミナサイ、思ウママニ」

「デハ……ソレナリノ被害ハ与エラレルハズ……シカシ、コレデ十分ニ叩ケルカマデハ……」

 促す言葉にネ級は素直に従うと、そのまま根拠とした理由を伝えようとする。



685 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/15 20:02:55.28 y2wSRSw9o 487/702



「被害ヲ防グタメニ備エハシテイルデショウ……資材ヲ分散シテオクダトカ……拠点ノ守リヲ厚クシテオクダトカ」

 ネ級は自分ならそのぐらいはすると考える。
 そして被害を減らすための工夫をしたり策を練ったところで、攻撃から無傷で済むとも思えない。
 綻びというのは必ず生じるものだから。
 それが想定の範囲内に収まるかどうかだが、さすがにそこまでは敵情を想像できない。

「数デハ我々ガ有利……シカシ、ソレデ勝敗ガ決シテクレル相手ナラ初メカラ……コノヨウナ事態ニ直面シテイナカッタハズデス」

 トラック諸島を陥落させれば、おそらくラバウルらの維持はできなくなる。
 そうなれば戦線が下がってガ島への圧力は一気に弱まるだろう。
 いい話だ。それにこの戦力差なら十分に成し遂げられる。

 しかし、その後が分からない。
 一時的に優勢に立てたところで戦局そのものを覆すのは難しいのではないか。
 結局、喉元に食らいつかれているのは深海棲艦のほうなのだから。
 あるいはガ島を放棄してパナマ方面へ交代するという手もある。
 向こうに行ったことはないので、向こうの事情は知らないが。

「シカシ何ヨリモ……艦娘ガイマス。空母棲姫ハトラックヲ攻メ落トスヨリモ……艦娘トノ戦イヲ優先サセルノデハナイデショウカ」

 一度は衝動に身を委ねたネ級だからこそ推し量れる。
 おそらく空母棲姫は艦娘との決着を果たそうとするのではないかと。
 戦力を誇示するような態度もそれをどこか望んでいるからでは。
 逃げ隠れはせずに、この海で全てを。



686 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/15 20:03:40.22 y2wSRSw9o 488/702



「拠点ヲ叩クノモ重要デスガ……最後ハ艦娘トノ戦イデス。艦娘ガ残ル限リ、イカニ被害ヲ与エタトテ……向コウノ巻キ返シハ難シクナイデショウ」

「分カラナイ話デモナイ……我々ハ惹カレテイルノカシラ……」

 姫は何にとは言わなかったが、言おうとしたことは分かる。
 艦娘を無視できない。その執着とも言える感情は見ようによっては、確かに惹かれていると言い換えられるのかもしれない。

 ネ級は体を前へと向け直す。
 視界にあるのは海、空、水平線。
 この海の上には艦娘たちがいる。近いようで遠くかけ離れた存在が。
 だが、そんな艦娘に協力している深海棲艦もいる。
 ……どうだろう。もしコーワンとやらが自発的に艦娘に協力しているのなら、さほどの違いはないのか。

 ネ級は右目のある辺りに手をやる。代わりに触れた甲殻は冷たく、それでいて滑らかな肌触りだった。
 これは艦娘に執着している証、あるいは代償とも言える。
 なぜ、そうなるかは分からない……しかし逆説的に思うこともあった。
 決着を望んでいるのは私もまた同じだ。
 艦娘という未知の相手との。それでいて衝動を呼び覚ます相手と。
 そして、その術は戦うことしかない。
 それ以外を私は知らない。



687 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/15 20:04:54.24 y2wSRSw9o 489/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 白露たちの戦いは敵編隊を迎え撃ったところから始まった。
 迎撃機を突破してきたのは、戦爆連合およそ六百。
 総力として正面方向へ投入された艦娘は三十人余りで、そちらへ襲来したのは三分の一の二百機ほどで、残りは泊地へと飛び去っていた。
 一人頭五、六機の相手と考えれば、そこまで多くないのかもしれない。
 少なくとも白露は、敵機をあまり多くはないと前向きに考えるようにした。

 飛鷹ら軽空母を中心にした輪形陣を組んで矢継ぎ早に対空砲火を打ち上げる中、敵編隊も散開すると全周を埋めるように襲いかかってくる。
 敵機は光に誘われる羽虫のように、対空砲火が盛んな艦娘により集中して攻撃を加えていく。
 白露は難を逃れたが、艦隊の矢面で弾幕を形成していた摩耶を始めとした艦娘が次々と被弾していくのを見聞きした。

 十五分近い空襲が終わった時点での被害は小さくなかった。
 摩耶を始め、十人近い艦娘が中破判定の損傷を受けて火力や速力を損ない、至近弾などでいくらかの損傷を負った艦娘も多い。
 次の空襲が来る前に艦隊を預かっていた球磨が、中破した者に護衛をつけて泊地へと下がるように令する。
 この辺はあらかじめ決められていたことで、手遅れになる前に応急修理を施すためだった。
 早め早めの修理をすることで長く戦える……というわけだけど、それは正面戦力が半減するということでも。

 そして現在。
 戦艦棲姫やレ級を擁した艦隊を迎え撃っていた。
 いくつかの艦隊に分かれて交戦する中、白露は扶桑、山城に取りつこうとする水雷戦隊を阻んでいる。
 その扶桑と山城は少し前まで複数のレ級と撃ち合い、今は白露たちの火力支援に回っていた。

 僚艦を組んでる妹たち――時雨、夕立、春雨、海風も孤立しすぎない程度に散開して、盛んに砲撃を加えている。
 何隻かは砲撃で撃沈したり追い払ってるけど、とにかく数が多い。
 一発撃つごとに少なくとも三倍量の砲撃が返されてくる。
 まともに当たった弾はまだないけど、至近弾だけでも装甲の薄い艤装には堪えてしまう。



688 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/15 20:06:20.77 y2wSRSw9o 490/702



「なんて激しい砲撃……」

 春雨がたじろぐ声を聞いて、白露はすぐに声をかける。

「足を止めちゃダメだよ。向こうの狙いはそんなによくないみたいだから」

「はい、白露姉さん!」

 元気のいい返事を聞きながら、白露も水平線付近の敵へと撃ち返す。
 早々に突撃してきた艦隊に魚雷をばらまいて撃退してからは、何度か突撃しようとしてくるものの距離を保っての砲戦が続いている。
 こっちが駆逐艦ばかりだから、近づくなら砲戦で消耗させてからと考えてるのかも。

「でもこれ、春雨じゃなくてもすごいっぽい!」

「雨は……いつか止むさ」

「砲撃のことを言ってるなら冗談になりませんよ……」

 妹たちのマイペースな声に思わず笑いそうになるけど、その時すぐ後ろに敵弾が落ちた。
 文字通りの冷や水を背中から浴びせられて、白露は濡れねずみになった体を身震いさせる。

「うぅ……帰ったらまずはお風呂に入らないと……」

 乾いた時に髪がごわごわする感触にはいつまで経っても慣れない。
 でも、今日のお風呂は順番待ちになっちゃうかも。
 それはそれでしょうがないけど、帰ったら一番最初にするのはやっぱりお風呂しよう。
 だって無事に帰るんだから。あたしも、妹たちも、みんなも。

「あんたたち、余裕そうね……」

「いいじゃない、山城。頼もしいわ」

 呆れたような声の山城に対し、扶桑は逆に面白がっているように聞こえる。
 この二人、特に扶桑はこの戦線を支える要になっていた。



689 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/15 20:08:41.77 y2wSRSw9o 491/702



「今日はなんだか調子がいいわ……!」

 扶桑の撃ち込んだ主砲が巡洋艦の一隻に直撃すると、一撃で轟沈させる。その余波が敵艦隊をかき乱す。
 確かに今日の扶桑さんはすごい。
 白露が合間に確認できただけでも、他にもレ級を二隻は沈めている。
 今もこうして敵の攻勢を的確に潰してくれていた。

 それでも白露たちは少しずつ押されるように後退していた。
 前衛に当たる艦隊だけが相手でもこちらの何倍もいる。
 相手を多少沈めたところで、それだけじゃ劣勢を覆せそうになかった。
 この戦力差から前線が下がるのは織り込み済みだったけど、計画通りとかでなくて単に押されているだけというのが正しいところ。
 今でこそ優勢でも、それは相手が被害を避けようとしてるからのようにも感じる。
 付け入る隙さえあれば一度ぐらいは押し返しておきたい。
 相手の出端をくじいておけば、この後の戦いも優位に運べるかもしれないし。

「こちらから打って出てみようかしら……」

 白露が思わず扶桑のほうを見ると、それに気づいた扶桑と目が合う。
 どうも同じようなことを考えていたみたい。
 扶桑が頷くと号令するよう片手を挙げた。

「このまま――」

 扶桑の近くに大口径砲弾がいくつも着水する。声をあげた矢先だった。
 明らかに戦艦砲による攻撃。

「姉様!」

「大丈夫よ! それよりも――」

「二時方向に戦艦棲姫を見ゆ――撃った!」



690 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/15 20:09:11.00 y2wSRSw9o 492/702



 時雨がいち早く伝えてくる。
 黒いドレスの女が巨大な双腕を持つ怪物を背中に抱えていた――遠目だと白露にはそう見えた。
 怪物の両肩だか腕には三門の主砲がそれぞれ載っている。
 そして姫の周囲を護衛要塞と名づけられた球体がたゆたうように守っている。そっちの数は三体。

「あれが戦艦棲姫……沈めれば流れを変えられるけど、どうかしら」

 言いながら扶桑はすでに姫のほうを見据えている。

「あの姫は私が相手をします。みんなは周りを……」

「あんな大物、一人でやろうなんてずるいじゃないか」

「そうです、姉様。私もお供します」

 時雨と山城が続くのを聞き、白露は他の妹たちに素早く指示を出す。

「あたしたちは支援に回るよ。他の敵の動きに注意してね」

 ここで見逃す手はない、よね。
 白露は球磨たちへと戦艦棲姫と交戦に入るのを無線に流したが、本当に伝わったかは確認できない。
 深海棲艦、特に姫級の周囲はワルサメを喪ったあの戦い以来、強力なジャミングを発生させているために。
 深入りしすぎて帰って来られない、なんてことにならないようしないと。



695 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/19 09:55:46.98 Syr+xBqoo 493/702



 敵の動きも一気に攻勢に転じた。
 戦艦棲姫と護衛が砲撃しながら扶桑たちへと向かう一方で、それまで撃ち合っていた水雷戦隊も縦陣を組んで突撃隊形に移ってくる。
 扶桑の砲撃で中核の巡洋艦は沈んでいるが、改修型のイ級とロ級がまだ十隻残っていた。
 横から扶桑たちへ近づいて一撃離脱を図ろうとしているらしく、私たちがやるのはあれを阻止すること。

「夕立と海風は左から攻撃を、あたしと春雨は右から。目標は先頭のイ級で、そのあとは自分の判断で!」

 挟み撃ちの格好になるけど、敵は針路を変えようともせずまっすぐ進んでくる。
 こっちが駆逐艦だけなのと数の差があるから、多少の被害は無視して一気に突破するつもりらしい。
 あたしでもそうするかも。こっちの火力だけでは突撃を抑えきれずに突破できるはずだから。
 それでも先頭のイ級を叩ければ後続艦の足並みが乱れる。そこさえうまく叩ければ。

 主砲を両手で把持して、白露らは加速してきたイ級たちに砲撃を浴びせていく。
 互いに高速ですれ違いながら撃ち合い、かなり接近されながらも先頭のイ級に命中弾が出た。
 一度でも当てると行き足が鈍り、たちどころに命中弾が重なっていく。
 めった打ちにされた先頭艦を避けようと後続の二番艦が針路を変えようとするが、すかさずそこに目標を切り替えた白露の主砲弾が命中した。

「白露姉さん、前!」

 春雨の警告を聞く前に、危険を感じた白露の体は転蛇を行っている。
 二隻分の砲撃が白露を狙っていた。
 敵艦隊の最後尾にいた二隻のロ級が隊列から外れて向かってきている。
 足止めだけでなく、こっちも沈めるつもりなのは間違いない。

 砲撃を避けて春雨と一緒になって二隻を迎え撃っている間に、残りの駆逐艦が突破していこうとしてるのを感じる。
 そっちは夕立と海風に任せるしかないけど、二人だけで抑えきれる数でもない。
 今はどうしようもなく、まずは自身を狙ってくる二隻の相手をするしかなかった。
 こっちも春雨の協力があったけど、二隻を撃沈するまでに時間を食ってしまう。



696 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/19 09:56:54.06 Syr+xBqoo 494/702



「抜かれたっぽい、三隻!」

「ごめんなさい! 転進して追います!」

 夕立が怒鳴るように、海風はせっぱ詰まった声で言ってくる。
 こんな状況でなければ言ってあげたいけど、よくやってくれたよ。
 こっちが時間を稼がれてる間に、手負いが混じっているにしても二人は四隻を沈めてるんだから。

「あたしたちも行くよ、春雨」

 白露と春雨も今度は突破していった駆逐艦たちを追って、扶桑たちへと戻っていく。
 追いすがりながら砲撃するけど、今や左右へと散開した三隻の駆逐艦には思うように当たらない。
 その時だった。遠くに見える扶桑から、砲撃の発射炎とはまったく違う強烈な光が生じる。
 すぐに山城の悲鳴が飛び込んできて、いきなりの悲鳴に思わず飛び上がりそうになった。

「姉様!? 姉様!?」

「ダメだ、落ち着いて! 山城!」

 声だけじゃ詳細が分からないけど、かなりまずい状況なのだけは分かる。
 おそらくは艤装から白い煙が天に向かって立ち上り始めているのが、離れたここからでも見えた。
 白露は深呼吸して一拍置く。こっちまで動揺が移ったら収拾がつかなくなってしまう。

「何があったの、時雨!」

「姫の攻撃が扶桑に直撃! 出血がひどいし火も出てる!」

「私が前に……姉様の盾になる!」

「そんなに騒がないで、山城……まだ撃てるわ……!」

 血の気が引いたような扶桑の声が白露の耳に届く。そして戦う意思を示すように砲撃もしてみせた。
 だけど無理をしてるのは明らかだった。
 それにこれは三隻の駆逐艦たちにとって絶好のチャンスでもある。
 なんとしても止めたいのに、砲撃がまるで当たらなくて焦りばかりが募る。
 そんな焦りをあざ笑うように駆逐艦たちは扶桑さんたちに迫っていた。



697 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/19 09:58:40.49 Syr+xBqoo 495/702



 時雨が最後の壁として立ちはだかるけど、いくら時雨でも一人で三隻を相手にしながら守り抜くのは難しい。
 中央のロ級が時雨の砲撃に捕まると、後を追うように放ったこちらの砲撃がやっと命中する。
 体の破片をばらまくように海中へと没していく中、残り二隻となったイ級が時雨の左右を抜けていこうとする。
 すぐさま時雨がこっちから見て左のイ級へと魚雷を投射するのが見え、そのまま振り返りながら砲撃を続けていた。

「みんな、右のイ級に砲撃を集中して!」

 間に合わないかもしれない、と過ぎった悪い考えを振り払うように言っていた。
 それまで当たらなかったのが嘘みたいに、右のイ級に弾着の光が次々と生じる。撃沈まではあっという間だった。
 これで最後の一隻。そっちには時雨の魚雷も砲撃も行ってる。

 ――だけど、最後のイ級には雷撃はおろか時雨の砲撃も当たらなかった。
 虚しく上がる水柱の間を抜けるように横合いから接近したイ級は、扶桑へと雷撃を放って一目散に離脱していく。
 六条の白い航跡がまっすぐと伸びていき。

「避けて、扶桑!」

 時雨が叫ぶのがこだましても、それが無理なのは誰の目にも明らかだった。
 そうして扶桑を狙った魚雷が二つの水柱へと変じる。
 足元から致命の一撃を与えるそれが、本来の機能を発揮したということだった。
 初めて見る光景じゃない。今までだって何度もこうして敵艦を沈めてきたんだから。
 その光景に白露たちは言葉を失う。その場にあって一番最初に立ち直ったのが山城だった。

「姉様はまだ無事よ! 早く――」

 先の言葉は山城への命中弾でかき消された。
 鉄と鉄がぶつかって軋む異音が響いてきて、白露は弾かれたように声を出す。

「時雨、海風! すぐ扶桑さんの消火と後退を! 夕立は三人の護衛! 曳航してでも連れて帰るよ!」

 それぞれが返事をするも春雨だけが違う声を出す。


698 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/19 10:01:08.54 Syr+xBqoo 496/702



「ここからは砲撃よりも回避運動に専念して。一気に近づいて雷撃やっちゃうよ!」

 戦艦棲姫の狙いは激しく損傷した扶桑から、いまだに砲撃を続ける山城に代わっていた。
 周囲を取り巻いていた護衛要塞は二体に減っている。扶桑さんか山城さんのどっちかが沈めたに違いない。
 姫にも扶桑と山城の命中弾による痕跡があるものの、十分な損傷を与えているようには見えない。

 護衛要塞たちは大口を開けると、口内から鈍色の主砲がせり出してくる。
 三連装の砲口が上下に並んで大きさは重巡と同じ、と見て取った白露は要塞の正面から外れるように近づいていく。
 二人に向けての迎撃が始まった。
 海面を叩くばかりで後逸していく弾着を尻目に、白露たちは戦艦棲姫との相対距離を縮めていく。
 あの要塞は浮き砲台に近いんだ。陸上で言えば自走砲に。
 直線上にしか撃てないのを見て、白露は一気に近づこうと決める。
 やっぱり駆逐艦の小回りについてこれてない。

 護衛要塞の攻撃を避けながら戦艦棲姫の横を狙って近づくと、姫の艤装がわななくようにおたけびを挙げる。
 警告するような響きに、それまで山城への砲撃に集中していた戦艦棲姫がようやく白露たちを見る。
 どこか艶然とした顔をしていた姫が白露、そして春雨へと視線を流すと表情を変えた。
 小さな驚きを含ませたような声を発する。

「ワルサメ……?」

「違う! 私はワルサメじゃない!」

「沈メラレル……?」

「私は!」

 噛み合わないやり取りと一緒に、ごとんという音が波風に乗ってきた。
 魚雷発射管の安全装置が解除された音だった。まだ雷撃点には遠いのに。

「私は春雨です!」

 春雨の背負った二基の四連装魚雷発射管から八つの酸素魚雷が投射されていた。
 さすがに雷撃は危ないと考えているのか、戦艦棲姫は射線から離れるように回頭していく。
 あれじゃきっと当たらない。



699 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/19 10:02:37.05 Syr+xBqoo 497/702



「春雨、このまま離脱して!」

「でも……!」

「魚雷を撃ったらあたしたちの仕事はおしまい! 行って!」

 先走ってしまったのを春雨が気にしているのは分かっても、そっちに気を遣ってる余裕はなかった。
 雷撃を避けようとする姫を追う形で転進し、同航するように併走する。
 白露は護衛要塞の向きにも気を払う。
 自分が撃たれるのも離脱に入ったはずの春雨を狙われるのもたまったもんじゃない。

 白露はすぐに雷撃点を修正しようとし、逆にこの状態がいいととっさに考えた。
 新たな雷撃点をなかば直感的に導き出すと、姫の動きを先回りするように急行する。
 狙うのは戦艦棲姫の移動先であり、さらに姫を守るはずの護衛要塞によって白露が一時でも死角になる位置。
 大丈夫、通ってる。今しかない。背中に二段にして積んでいる四連装魚雷発射管、八門分を向ける。

「ここがいっちばんいい射線!」

 魚雷を投射。反動で押し出された体を白露はすぐに立て直す。
 八発の酸素魚雷は空を滑空するように着水し、一度は海底に潜り込んでいく。
 その後、ジャイロコンパスにより針路修正を行いながら浮き上がるのを白露は頭に思い浮かべる。
 予想通りの軌道を描く魚雷はそのまま疾駆すると、宙に浮かぶ護衛要塞の真下をすり抜けて、さらに先にいる飛行場姫に海底から食らいつく。
 それが白露の導き出した一番いい射線だった。

 そうして白露が見たのは想像とは違う光景だった。
 射線上の護衛要塞が勢いよく海底へと落下すると沈み込む。
 狙いは明らかだった。姫の身代わりになろうとしている。
 轟々と立ち上った水柱が、その狙いが達成されたという事実を証明していた。

 投射した魚雷の何本が命中したのか分からないけど、過剰な破壊力を発揮したらしい。
 護衛要塞の水中から飛び出ていた部分が、渦巻くようにあっという間に海中へと引きずり込まれていく。
 白露は雷撃を阻止されて、無意識の内に歯を食いしばっていた。



700 : ◆xedeaV4uNo - 2017/04/19 10:03:06.13 Syr+xBqoo 498/702



「危ナカッタ……トデモ言ッタトコロカシラ」

 戦艦棲姫は目を細めて白露を見る。
 口元には笑みを浮かべているが、嘲っている調子ではなかった。

「……思イ出シタ……アノ時……ワルサメニ会イニ来タ艦娘カ」

「だったら……何?」

 戦艦棲姫はただ白露を見ていた。姫のほうは撃たないが最後に残った護衛要塞が白露へと砲撃を始める。
 砲弾がかすめて体勢を崩しそうになった白露に姫は妖しく笑いかけた。

「……命拾イシタヨウネ」

 その言葉の意味が分からないまま最後の護衛要塞が中空で爆発し、海面へ落ちていく。
 砲撃だと理解して誰がと疑問が生じる間に、戦艦棲姫が遠くを見ていた。おそらく砲撃の来た方角を。
 白露が始めからいなかったかのように姫は独りごちる。

「手傷ヲ負ッテルンダ……ドウシタモノカシラ……本調子ノ武蔵ガヨカッタケド……デモ戦場デハ相手ヲ選ベナイ……ソウデショウ? ソウハ思ワナイ?」

 姫がどこまでも楽しそうに囁く姿に思わずたじろいだ。
 今の砲撃は武蔵が助けに来たものだと察し、同時に戦艦棲姫はその武蔵との邂逅を待ち望んでいたのだと知って。
 他のことが些事と言いたげな様子はひたむきであるようで、どこか歪に思える。
 戦艦棲姫という魔女が今なお何かをつぶやいてるのを、白露は恐れをもって聞いた。



703 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/03 19:52:45.18 xfY61Hj2o 499/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 武蔵は弾着を認めると、胸に詰めていた息を深く吐き出す。
 不思議なものだが手応えを感じていた。
 現に放った砲撃は護衛要塞を撃破している。
 あの要塞の場合、撃沈なのか撃墜になるのかは気になるところだが、障害の一つを排除できたのは間違いない。

「これで白露はひとまず安全だな」

「まだ棲姫が残ってますけど……」

 清霜と一緒に武蔵の護衛に就いている沖波が疑問を差し挟んでくる。
 眼鏡越しの視線に武蔵は笑い返す。

「やつ、戦艦棲姫の狙いはこの武蔵だ。今もこっちを見ている。ここにいる限り、優先的に私を狙ってくるだろうさ」

 自分の言葉を胸中で反芻した武蔵は顔をしかめる。
 戦ったのは一度きりだが、やつが妙な執着を示していたのは忘れていない。

「面倒なやつに目をつけられたものだ。ここで決着をつけてしまいたいが」

「清霜たちもいるし一網打尽にしちゃいましょうよ!」

 気を吐くのは清霜で、今にも肉薄して魚雷を叩き込みに行きそうな気配がある。
 それ自体は頼もしいし、さすがだと褒めてやりたいところだ。

「普通に考えれば単艦は狙い目だな」

 確かにこれは好機だ。
 これだけ手薄な状態で姫と相対する機会など、この先はもうないかもしれない。
 しかし清霜と違い、沖波は慎重な姿勢を崩さなかった。

「でも私たちは扶桑さんたちの撤退支援に来てるんだし……」

「だけど姫の射程内にいるんじゃ撃たれっぱなしになるよ? 安全確保のためにもここは!」

 清霜の言うことはもっともだが、沖波の言い分にも一理ある。
 敵を前にしての意見としては慎重すぎる嫌いもあるが、その敵の動きを大局的には掴み切れていない。
 航空隊は艦隊の上空を守るのが手一杯で、制空権はほとんど握られてしまっている。当然、こちらからの偵察は困難だった。



704 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/03 19:56:45.50 xfY61Hj2o 500/702



 すでに砲戦が始まってから三十分以上が過ぎている。
 両翼の敵艦隊が増援として現れたとしてもおかしくない頃合いではある。
 あるいは退路を抑える形で挟撃してくる危険がないとも言えない。

「……沖波の言う通りだ。敵の動きが不透明だし、何より扶桑たちをこんな場所で失うわけにはいかない」

 戦線を下げる必要がある、というのが艦隊をまとめる球磨たちの考えで武蔵も同感だった。
 このまま前線の維持に固執していては、孤立して各個撃破されかねない。
 それで方々で戦う艦娘たちの後退を助けるのが、武蔵たちが負っていた役割だった。

「戦艦棲姫は私が相手をする。二人は扶桑や白露たちを助けてやってくれ」

「待ってよ、武蔵さん。清霜も沖波姉様も戦えるよ?」

「戦えるからこそだ。私に何かあっても安心して託せる」

 言ってから武蔵は苦笑する。
 これでは遺言のように取られかねんな。

「もちろん、やつに後れを取る気などないぜ。何せ私は武蔵だからな」

 不安を感じさせないように武蔵が笑い飛ばすと、清霜と沖波も顔を見合わせてから武蔵の元を離れていく。
 戦艦棲姫は武蔵が射程内に入っているにもかかわらず、未だに撃ってこない。
 どうやら先制させてくれるようで、以前の交戦で痛みがどうとか言っていたのを思い出す。
 こちらを侮っているのではなく、単純にそういう相手なのだろう。

 しかし、それを差し引いても戦艦棲姫を相手にすれば、こちらもただでは済むまい。
 ここに来るまでの交戦で何度も被弾している。見た目はともかく艤装内の調子はさほどよくない。
 戦艦棲姫も決して無傷ではないが、これから相手をするにはやはり不安が残る状態だった。
 いずれは倒さなくてはならない相手だが、果たして今かかずらわうのは得策だろうか。

 そこまで考えた武蔵は、内なる弱気の虫を意識の外へと追いやる。
 こうして海に出てしまえば相手は選べない。時と場合もだ。
 ならばやってやるまで。上等じゃないか。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず……やらせてもらうぜ、戦艦棲姫」

 遠目に見る戦艦棲姫は笑いながら待ち構えているようだった。



705 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/03 20:00:40.47 xfY61Hj2o 501/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 トラック泊地に襲来した航空隊は述べ五百機あまり。
 戦闘機隊や艦娘を突破してからは、迎撃らしい迎撃を受けることもなく泊地を蹂躙していった。
 二波に渡っての攻撃は時間にすれば十五分ほどでしかないが、爆撃に晒される提督からすれば感覚が引き延ばされたような、もどかしい時間だった。

 秋島に設置されたレーダーサイトは真っ先に標的となり破壊され、夏島にある大小複数の飛行場にも爆弾の雨を降らせた。
 もちろん基地司令部にも空襲は及んだ。
 ただ航空隊は猛威こそ振るったが、泊地が有する全ての機能を不全に陥らせるには力不足だった。
 敵が冷静であれば、攻撃の成果は不十分と判断するはずだ。

 第一次空襲が収束してから、およそ五分。
 司令部に詰める提督は集まってきた被害状況を確認しながら、それぞれに対応のための命令を下していく。
 各飛行場への被害は小さくないが、すでに工兵や妖精たちによって爆撃痕を鉄板で塞ぐなどの応急処置が始まっている。
 人間の航空機も運用できる大型の飛行場は後回しにさせていた。
 今はまず戻ってくる基地航空隊を受け入れできる状態にし、迎撃機を再度空へ上げられるようにするのが急務だった。

 司令部施設や港湾周辺への被害が小さいのは幸いだった。
 攻撃の手こそ及んでいたが、元々これらの施設は堅牢に作られている。
 特に工廠などは設計上なら武蔵の艦砲にも耐えられるよう建設されていた。
 ただ、今回の攻撃はまだ一次空襲に過ぎず、二次三次と攻撃が続けばどれだけ被害が拡大していくのかは予断を許さない。

 対応に追われる提督の前にコーワンが現れたのは、そんな折だ。
 提督は怪訝な顔を向ける。
 泊地にいる深海棲艦たちには避難して身を隠すよう伝えていた。
 実態がどうであれ、提督からすれば彼女たちは守る対象なのだから。

「コーワン、まだ避難していなかったんですか?」

 思わず敬語が出てくるのは、コーワン相手にはそういう話しかたをしていたせいだ。
 それにコーワン本人にはそんな話しかたをさせる雰囲気もある。姫というのが肩書きだけではないかのように。
 コーワンは硬い顔つきで首を横に振る。
 泊地にいる間は穏やかな表情を見せることが増えていたコーワンも、さすがにこの時ばかりは違った。



706 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/03 20:05:03.36 xfY61Hj2o 502/702



「提督……私ノ配下タチモ……戦力ニ加エテホシイ」

 コーワンの言ってることが分かるだけに提督は聞き返す。

「待った、あなたたちは戦うのが嫌で亡命してきたのでは?」

「確カニ我々ハ戦イヲ避ケヨウトヤッテキタ……シカシ……コノママデハ守レナイ……戦況ガ思ワシクナイノハ分カル」

 コーワンは硬さを残したままの顔で憂う。
 難しい決断を迫られて、他には手立てが思い浮かばなかった時にするのと同じ顔だ。

「ココハ我々ヲ受ケ入レテクレタ……ダカラ……」

 守ろうとするなら戦うしかない。
 続くはずの言葉を想像して、それが出てくる前に提督は聞いていた。

「……深海棲艦の何人がそう言ってるんで?」

「……全員」

「全員?」

「私モ同ジ……戦エルノナラ戦ッテイル……」

 今になってコーワンが苦い顔をしている理由が分かった気がする。
 戦うのを部下に押し付ける形になってしまっているせいか。
 コーワンが泊地に現れた時に身につけていた艤装はここにない。
 大本営と交渉した際に研究目的で本土へと回収されていた。
 コーワンとしても戦う意思がないのを示す証明と考えたのか、二つ返事で応じている。
 深海棲艦たちの反乱に備えての措置でもあったのだろうが、事ここに至っては裏目に出てしまっている感が否めない。

「オ願イダ、提督」



707 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/03 20:05:56.97 xfY61Hj2o 503/702



 提督は溜めた息を鼻から深々と出す。体の節々に緊張と疲労が広がっているのを感じる。
 庇護対象として考えない場合でも提督には懸念があった。
 どこまで深海棲艦を当てにしていいのか。
 それは個人的な不安にも近く、不自由な左手に提督は視線を落とす。

 トラック泊地にいる深海棲艦はおよそ二十。
 これを艦娘と合わせれば戦力比は四対一にまで縮まり、六対一よりはずいぶんまともな数字に思えてくる。
 泊地を守り艦娘の被害を抑えようとするならば、答えは自ずと決まる。
 ……これも奇縁か。

「それなら深海棲艦たちは港を守ってほしい」

「……承知シタ」

「よろしく頼む、コーワン」

 提督は頭を下げていた。
 伸るか反るかの話で、どうするも何も受けるしかない。
 上手くいけば劣勢が少し好転し、下手を打てば劣勢がさらに悪くなるだけ。
 選択した結果のリスクと、何もしなかった結果のリスクを天秤にかけるという話。
 そして与えられた可能性には乗るしかない。というのが提督の持論だった。

「ソンナコトハシナイデ……」

 コーワンの制する言葉に提督は顔を上げると、そのまま咳払いをして気を取り直したように言う。

「一時間以内に第二次攻撃隊がやってくるはずだ。そこで少しでも敵機を減らしてほしい」

 艦娘たちとの連携も取ったことがないのに、いきなり増援には出せない。
 そんなことをすれば混乱を招いて逆効果になる恐れもある。
 ならば目の行き届きやすい近くにいてくれたほうがいいという判断だ。

「ヲキュータチデハ防ゲナイト……?」

「攻撃を遅らせたり、敵機動部隊に被害は与えられるはずですよ。だが阻止となると……」

 八艦隊と二航戦の働きには期待していても、二次空襲の阻止そのものは難しいというのが提督の見解だった。
 日没までに最低でも、あと一回は空襲に耐えなければならない。

 こうなってくると提督の懸念は海戦の推移だった。
 この戦いで泊地を守り抜けるかはこの空襲による結果と、艦娘たちに今の海戦でどれほどの被害が生じるか次第だ。
 前線はなるべく維持してほしいと伝えているが、それが不可能なのは分かっている。
 最終的には四人の姫級を撃破するなり、敵の主力に大打撃を与える必要がある。
 しかし、そのための打開策を未だに提督は見出せていなかった。




708 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/03 20:08:38.08 xfY61Hj2o 504/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ネ級と出会ったらどうする?
 鳥海は自身に向けた問いかけに、まずは呼びかけてみようと答えを出していた。
 呼びかけてみて、伝えられるなら自分の気持ちを伝える。
 それが司令官さんに伝えたいことなのか、ネ級に問い質したいことなのかはっきりしなくとも。

 鳥海ら第八艦隊は空母棲姫の機動部隊を目指していたが、その途上で飛行場姫の艦隊に針路上に先回りされていた。
 敵の布陣は広く散開しているだけに迂回は困難と見て、鳥海は飛行場姫へと目標を切り替えた。
 散開しているなら、正面の戦力は薄く突破そのものは難しくないはずという計算もある。
 敵機動部隊への攻撃は後ろに控えるニ航戦に託し、鳥海たちは前衛にいた護衛要塞を撃破してすぐのことだった。

「見えた、飛行場姫だよ。それにネ級たちもいる」

 島風が目ざとく伝えてくる。鳥海も敵の陣容を確認する。
 飛行場姫の前後にはネ級とツ級が付き従い、他にも複数の重巡リ級と駆逐ネ級が周辺を警護していた。
 数で言えば、今のこちらとほぼ同数といったところ。

「飛行場姫にネ級……向こうから来てくれるなんて」

「どうする気、鳥海?」

 高雄に訊かれ、鳥海は自問と同じ答えを返す。

「ネ級に話しかけてみます。反応がなかったり撃たれてしまったら……それまでですが」

 会話は望めないかも。ネ級はすでに艦娘たちと交戦してしまっている。
 それでも、これはネ級に接触する好機だった。もしかすると最初で最後の。
 だから、それまでなんて簡単に見切りをつけてしまいたくない。
 諦めるなら諦めるなりに納得できるだけのことはやらないと。
 そう考えた矢先にヲキューが一人だけで突出していく。



709 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/03 20:12:07.15 xfY61Hj2o 505/702



「待って、ヲキュー! まだ相手の出方が……」

「気ヅイテタ? サッキハ私ヘノ攻撃ガナカッタ……空母ガコンナニ近クニイルノニ」

 言われるまでもなく、鳥海もそれには気づいている。
 護衛要塞はヲキューを攻撃対象とは考えていないようだった。
 だけど飛行場姫たちもそうだという保証はどこにもない。
 もう少し様子を見てからでも、と言おうとした鳥海にヲキューが振り返える。

「私ガ狙ワレタラ……モウ戦ウシカナイトイウコト……」

 普段は表情に感情を出してこなかったヲキューが、この時はほほ笑んでいた。自嘲するような寂しさを漂わせて。
 そんな顔をして。感情を出すなら、もっとちゃんと笑わないと。
 鳥海の内心を呑み込むように、砲撃の発砲炎が飛行場姫から生じた。

「鳥海、反撃するわよ!」

「少しだけ待ってください!」

 すでに砲戦距離に入っているローマを制すると、鳥海はあえて弾着まで待った。
 大気を切り裂く飛翔音を伴った砲弾が、鳥海らの前方に落ちていく。
 果たして飛行場姫たちは撃ってきたけど、ヲキューを狙ってはいなかった。
 この砲撃にもヲキューを鳥海たちと分断しようという気配を感じる。
 となるとヲキューの近くにいては、かえって流れ弾を集めてしまうかもしれない。

「反撃します! 目標は各自、臨機応変に判断してください。ただしネ級には私、飛行場姫にはヲキューが当たりますので、それ以外の相手をお願いします」

 敵艦隊も散開していく。
 あちらも各個撃破という方針なのかもしれないけど、こちらとしてもおあつらえ向き。
 すぐにネ級の未来位置と交わるよう舵を調整する。



710 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/03 20:13:56.46 xfY61Hj2o 506/702



 鳥海はペンダントに触れて深呼吸を一度。
 緊張している。高揚とは違う、不安に近い緊張。
 あのネ級が司令官さんだとは今でも思えない。
 なのに話そうとしている。それが正しいかは分からない。
 それでも私はあなたと話したい。あなたを知ろうと思っている。

「――聞こえますか?」

 暗号化もされていない通信帯域で鳥海は話しかける。
 どう呼べばいいのだろう。迷い、名前を呼ぶのはやめた。

「聞こえますか? 私の声が……私が分かりますか?」

 返事はない。分かってる。このぐらいじゃ何もしてないのと同じ。
 これだけ近いんだから聞こえているのは分かっている。

 ネ級の姿は前回の戦闘から少し変わっているらしい。
 右目のほうが例の黒い体液で隠されているようで、体からは金色の燐光がこぼれている。
 戦うことになれば、ますます強敵になってるのかもしれない。
 さらに鳥海は呼び続ける。ネ級は未だに砲撃の一つもしてこない。
 そしてネ級が応えた。

「私ニ言ッテイルノカ?」

 抑揚に欠けた深海棲艦の声に、鳥海は思わず言葉を詰まらせた。
 ネ級が問いかけを重ねる。

「オ前ハ私ヲ見テイル……ドウシテダ?」

「それは……あなたが司令官さんだったかもしれないから……!」

「司令官……?」



711 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/03 20:16:42.79 xfY61Hj2o 507/702



 苦い気持ちを噛みしめながら鳥海は言い返していた。
 ネ級が司令官さんのはずがない。それなのに私は何かにすがろうとしている。
 希望とも絶望とも言える、不確実な可能性に。

「そうです! 私は司令官さんの秘書艦で、高雄型四番艦の……」

「……馴レ馴レシイナ、艦娘!」

 ネ級が遮ると双頭の主砲が一鳴きして鳥海へと指向する。
 狙われてる。鳥海が反射的に主砲を操作しそうになるが、前方へと構えただけに留める。
 まだ何も伝えられてない。何も割り切れていないのに。

「私ハオ前ナド知ラナイ。私ニ何ヲ思オウト勝手ダ……何ヲ求メルノモ構ワナイガ……」

 ネ級の体から発している金色の光の明滅がはっきりしていく。
 戦闘体勢に入るように姿勢を低く下げると、ネ級の主砲たちが威嚇するように歯を打ち鳴らす。

「私ニオ前ヲ押シ付ケルナ!」

 拒絶の言葉とともに主砲たちが砲撃を放った。
 鳥海もまた転進し変速。回避のために蛇行するような機動を取り始める。
 戦うしかない? こうなるしかなかった?
 疑問に絡み取られながらも、それでもここで沈むわけにはいかないと強く意識する。

「司令官さん……いえ……ネ級!」

 砲弾が近くに落ちて、衝撃が体や艤装を震わせていく。
 ネ級はこちらを見ている。そこにある感情は読み取れないけど、一つだけ分かっているのは向こうは本気ということ。
 戦うしかない。その現実を嫌でも痛感するしかなかった。



714 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/11 01:37:44.47 n+pcqnCFo 508/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ネ級は表面上こそ平静を装っていたが、内心では少なからず動揺していた。
 それは交戦に至った今でも変わっていない。
 初陣と違って強烈な攻撃衝動には駆られていないが、今の状態を思えば逆に衝動に身を委ねられれば楽だったのにと思う。

「ナンナンダ、アノ艦娘……」

 巧みに砲撃を避けた眼鏡の艦娘は、速度を上げると後ろを取ろうと快速を発揮し始める。
 こちらも速度を上げ主砲たちが迎撃を続けるが、砲撃の瞬間を見計らったかのように艦娘は体を横にずらして変針してしまう。
 ことごとく、こちらの予測を外すように。

 距離はやや遠く、近づけば命中精度も上がる。
 当たらないなら当たる距離まで近づけばいいし、それができるのは分かっていた。
 そうしないのは、あの艦娘と間近で接触するのを警戒しているからだ。
 あの艦娘はどうしてだか心を揺さぶってくる。
 そして応射はまだ来ない。代わりに声が飛んでくる。

「もう少し話を聞いてください!」

「今更ダナ!」

 なおも艦娘は語りかけようとしてくる。この期に及んで。
 ともすれば、その声に引き込まれてしまいそうな己をネ級は自覚している。
 艦娘の声は誠実だった。そして、どこか切迫もしている。

 だからこそネ級は畏れを感じていた。
 できてもいない覚悟を求められているような感覚を味わう。
 私の動揺が乗り移ったように主砲たちも困惑しているのを感じる。
 さっきから砲撃がかすりもしないのは、それだけが原因ではないが。



715 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/11 01:39:30.12 n+pcqnCFo 509/702



「教えて! あなたは本当に……司令官さんだったんですか!」

「分カラナイコトヲ!」

「では……あなたはどうして私たちと戦うんですか!」

「バカヲ言ウ……私ハ深海棲艦ダ! 艦娘ト戦ウニハ十分ナ理由ダロウ!」

「私たちに協力してくれる深海棲艦もいます!」

 それは知っている。現に今、飛行場姫がそのヲ級の相手をしている。
 だが、それと私は関係ない。むしろ相手のペースに引きずられてしまっている。
 だから無視する。

「オ前コソ……艦娘ダカラ戦ウノデハ?」

 ……無視すればいいと思うのに、自分からそんなことを言っていた。
 そもそも初めから応じなければよかったのに、それができなかった理由も不可解だ。
 答えなくてはならないと、その時は感じていた。
 今もまたそうなのかもしれない。聞かなければならないと。

「……初めはそうでした。今でもそういう部分はあります」

 律義にも艦娘は答えてきた。
 こちらの攻撃を避けながら反撃はせず、しかし砲口は常にこちらを追っている。

「だけど艦娘だから、そんな立場だからというだけじゃありません」

「ナラバ……ドウシテ」

「私には今も以前も望みがありますから……」

「望ミ……?」

 ネ級は胸中でも、おうむ返しにする。
 よく分からない概念だと思い、それ故に自分に当てはめられない。



716 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/11 01:40:42.48 n+pcqnCFo 510/702



「私の名前は鳥海です」

「チョウカイ……鳥海カ……」

 名乗られた名を口の中で転がす。
 初めて聞くのに、ひどく大切なことのように聞こえる。
 そう感じてしまうのは、この頭のせいだろうか。私に宿るもう一人の影のせいで。
 司令官……それが私の頭にいるのか?

「あなたには何があるんですか、ネ級」

 何もない。
 即答に近い速さで浮かんでしまった答えにネ級は慄然とした。
 知らず歯を噛みしめ、今なおこちらを追いつめようとしながらも手を出さない艦娘に意識を集中する。
 戦うしかない。それ以外にないのに、それ以外を求めてくる。
 あの鳥海は未知だ。
 危険だと思う一方で、興味も引かれてしまう。それはあまり望ましくないのかもしれない。

「あなたの望みは……私たちと争うことなんですか?」

 知らない。
 分かるのは、このままでは私は動けなくなる。
 だから耳を閉ざし鳥海の動きにだけ注目し、主砲たちと意識を通わせるよう努める。
 相手の動きは速い。しかし私ほどではない。故に対抗できる。逃げ回るのをやめ、正面から向かい合う。

 主砲に二秒の間隔を空けて撃たせる。両大腿部の副砲もさらに数秒遅らせて予想した移動先に向けて発砲開始。
 鳥海が左右に動いて回避するが、副砲の射界に飛び込み被弾するのが見えた。

「どうしても戦うしかないんですか!」

「オ前ハ違ウノカ!」



717 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/11 01:42:13.56 n+pcqnCFo 511/702



 聞かれ、叫び、ネ級は今度こそ無視すると決めた。
 副砲での発砲を継続し、主砲たちには逆に射撃間隔よりも照準の補正に集中するよう伝える。
 鳥海は副砲の網から逃れたが、すぐに主砲弾に追い立てられた。
 足が鈍った様子もなく、一発二発当てた程度では大した損傷にならない。

「この……分からず屋!」

 ついに鳥海も撃ってきた。
 しかしネ級の意識は別のところにあった。
 なぜ、こうにも鳥海は私に感情をぶつけようとしてくる?
 そして、私はなぜ耳を傾けようとしている?
 その疑問は前後左右の四方を水柱で包まれたことで阻害された。
 挟叉、というよりも包囲されている。

「次は当てます……!」

 最後の警告だと言わんばかりの声。
 今の言葉に嘘はなさそうだった。
 この精度なら、初めから当てようと思えば当てられたということか。
 鳥海という艦娘は強敵だ。戦闘経験が豊富とは言えないが、それでも分かる。

「面白イ……ヤッテミロ」

 だが望むところだった。そうなれば戦うしかなくなる。
 分からないことを聞かされるよりも分かりやすくていい。
 身を焦がすような攻撃衝動は沸き上がらないが、そんなのはどうでもよかった。これは私の問題だ。
 その時、鳥海へと横殴りに砲撃が浴びせられ、彼女は逃れようと即座に面舵を切って離脱をかける。

「援護スル……」

 抑揚を抑えたツ級の声が割って入り、両腕の両用砲が火を噴く。
 広範囲にばらまくような撃ち方だが鳥海には当たらない。
 ツ級が追撃しようと、弾幕を張りながら鳥海との距離を詰めていく。
 一度は離脱した鳥海もすぐに体勢を立て直すと、視線と主砲をツ級へと向けるのが見えた。
 おそらく、この狙いもかなり正確なはずだ。



718 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/11 01:43:32.96 n+pcqnCFo 512/702



「離レロ、ツ級……オ前デハ鳥海ノ相手ハ無理ダ」

「アレガ鳥海……」

 こちらの声が届いているはずなのに、ツ級はなおも鳥海へと迫っていく。
 ネ級はツ級に急行しながら、主砲たちも砲撃を見舞う。
 命中はしないまま、鳥海はツ級へと狙いを定め、そして撃った。

 危険を察知したのか、ツ級が直前に右へと切り返す。
 しかし鳥海の砲撃は吸い寄せられるようにツ級に集まる。
 ほぼ同時のタイミングで到達した十発の砲撃がネ級の間近に落ちていき、何発かが違わず直撃したようだった。
 ツ級が頭を大きく振る。一弾が頭部に命中したらしいが、仮面のような外殻によって弾かれたらしいのは幸運だった。
 すぐにツ級も撃ち返すが、砲のいくつかは今の攻撃で沈黙したらしい。
 ツ級の前に先回りできたのは、鳥海の次弾が到達する前だった。

「何ヲ……!」

「アイツハ私ニ任セレバイイ」

 ツ級の声を背中に受けながら、ネ級は両腕を盾代わりに掲げる。両腕から粘性のある黒い体液が流れるよう、にじみ出してくる。
 鳥海の放った次弾が降り注ぐ。
 痛みと衝撃、そして熱さが渾然一体の激震となって体を襲う。
 それらは長続きはしないで、感覚の彼方へと押しやられて消えていく。
 ネ級は腕を開いて前屈みになると、単眼を明々と輝かせる。

「オ前ハ……ヤハリ私ノ敵ダ」

 初めからこうなるしかなかった。
 距離を取ったままの鳥海に見返され、ネ級は金色の眼差しを向ける。
 ツ級をやらせるわけにはいかない。
 頭の中で何かがざわついている。この判断は正しくないとでも言うように。
 もう一人の私にとってはそうかもしれないが、私にとってはこれで正しい。
 ……理由を持ち合わせないまま、私は自分にそう言い聞かせた。



722 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/21 19:03:11.34 oF+PZE8ro 513/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ヲキューは飛行場姫と相対していた。
 周囲では艦娘と深海棲艦たちがそれぞれ一騎打ちに近い形で交戦し、こちらも構図としては変わらない。
 他と違うのは私は仮設の主砲を撃たなかったし、飛行場姫も砲撃こそすれど当てようとはしていなかった。

「当テテモ構ワナイノニ……」

「ソチラコソ……ワザト外シテイマスネ……」

 姫が本気で沈めに来ていたら、とうに海の藻屑へと変えられている。
 戦艦相当の大口径砲弾を撃ち込む合間に、飛行場姫が接触してきていた。
 深海棲艦同士の秘匿回線によるもので、傍受を警戒してだろうというのは推測できる。
 堂々と話しても不都合はないが、姫はそう考えていないらしい。

「……ドウシテ艦娘ニ与シテイル? 戦闘ヲ強要サレテルノデハ?」

「誤解ガアリマス……」

 警戒と戸惑いを漂わせた声に、秘匿回線を利用している理由が分かった気がする。
 ヲキューは静止するように大きく減速すると、両手を下げて体を開くような姿勢を取った。
 無抵抗の意思がないと示すために。
 飛行場姫も訝しげな顔をしながらも減速する。

「私モコーワンタチモ……何モ強要ナドサレテイマセン」

「……何モ起キテイナイノ? 質ヲ取ラレタトカモナク?」

「私ガココニイテ……同ジ深海棲艦ト戦ッタノモ……全テハ私ガ決メタコトデス……」

 ヲキューの言葉に飛行場姫は驚きの表情を浮かべる。
 予期していなかった反応らしく、飛行場姫は信じられないといった体で訊く。



723 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/21 19:03:52.19 oF+PZE8ro 514/702



「言ワサレテイル……ワケデモナイヨウネ」

「……ハイ」

「何ガソウサセタ?」

「コーワントホッポ……ソレニ彼女タチヲ慕ウ仲間ヲ守ルタメニ……コレガ最善ト思ッタマデデス」

 ヲキューにとってはごく自然な決断だった。
 説明しながらヲキューは思い出す。
 鳥海がこの決断はつらいものになると言っていたのを。
 そのときは漠然とそうかもしれないと思った程度だった。
 ヲキューも他の深海棲艦も同族意識というのは薄い。少なくともヲキューは少し前まで意識するようなことはなかった。
 しかし目の前に見知った飛行場姫が現れれば、警句の意味も理解してしまう。

「アナタコソ島ヲ離レテ、コンナトコロマデ来タノハ……コーワンタチヲ案ジタカラデスカ?」

「別ニ……コノ戦イガ分水嶺ダト……ソウ感ジタカラ来タダケ」

 素っ気ない返しだが指摘は正しい。
 ヲキューはそう判断すると、つらつらと言う。

「環境ヤ立場ハ変ワリマシタ……シカシ己ニ課シタ役割マデハ……変ワッテイマセン」

 コーワンは私が命を懸けていいと思える相手だった。
 ホッポは守りたいと思え、そして今なら連帯感を持ち合わせた者たちもいる。
 艦娘たちも私たちと向き合おうとしていた。

「私ガ決メタコトデス……誰ニ言ワレタ覚エナド……アリマセン」

 ヲキューの言葉を受け止めた飛行場姫が息を呑む。
 姫はそのまま直視するよう、油断のない眼差しを向けて訊く。

「オ前ハ深海棲艦ガ人間ヤ艦娘タチト……本当ニ生キテイケルト思ッテイルノ?」

「分カラナイ……コーワンナラ、ソウ答エルデショウ。私ニモ分カリマセン……デスガ尽力ハ惜シマナイツモリデス……」



724 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/21 19:04:43.23 oF+PZE8ro 515/702



 気がついてしまえば、私の周りには多くがあふれていた。
 自分よりも価値があると思えるものでいっぱいに。だから。

「思ウダケデハ……何モ分カリマセン……デキルカハ我々次第デモ……深海棲艦ト艦娘ハ同ジデハナイノデス……鏡写シノ……隣人ノ……」

 ヲキューはそこで言葉を詰まらせる。
 切迫した気持ちがあるのに、それが形になって思うように出てこない。
 言いたいことを言葉にするには、まだ語彙が足りなかった。

「……モウ一ツ訊イテオク」

 ヲキューが言葉を探している様を飛行場姫はまじまじと見ていたが、おもむろに切り出す。

「コチラニ戻ルツモリハアル?」

「アリマセン……」

「ソウ……敵同士トイウコト……」

 確認するような姫の呟きにヲキューは頷きかけて、すぐにやめた。代わりに言う。

「ドウカ……退イテハクレマセンカ? アナタトテ……コーワント争ウノハ望ンデイナイハズ」

「……冗談デショ。話ニナラナイ」

 心底呆れたとばかりの声。
 飛行場姫が強い視線と共に、巨大な顎のような艤装に載せた主砲をヲキューへと向ける。
 冷たく硬質な砲口が狙いを定めたのか、ある一点で静止した。
 動けずにたじろぐヲキューをよそに、飛行場姫は一蹴するように言い放っていた。

「提案シテルツモリナラ……自分ガ優位ニ立ツカ……我々ヘノ利ヲ示シテミナサイ」



725 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/21 19:09:06.04 oF+PZE8ro 516/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海がツ級に向けて放った砲撃は間に入ったネ級に阻まれていた。
 ネ級の体に命中の閃光が生じ、黒い飛沫が爆発の中に別の黒色として混じる。
 今度は逆にネ級からの反撃が届き、艤装に砲弾が正面から衝突してのけぞるよう押し返された。
 追い撃ちをかけるようにツ級の連続砲撃が来る。
 広範囲に振りまいたような砲弾が、変則的な之の字を描いて避ける鳥海を追い立てていく。

「あなたたちとは勘が合うみたいですね……!」

 思わず鳥海は口に出す。
 予想通りの動き方をしてくれて簡単に当たってくれるかと思えば、すんでのところで回避して大きな被害に繋がるような当たり方にはならない。
 こちらもそうだし、向こうの二人にとってもそれは同じようだった。
 そのせいで被弾こそ重なっていても互いに余力を残したまま、体力を削り合っているような状態になっている。

 意図してできるような状態じゃない。摩耶や姉さんたちと模擬戦で撃ち合うと、たまにこんな状況に陥いる時がある。
 お互いになんとなく動きが読めてしまったり、機動が噛み合ってしまう場合に。
 だから勘が合うとしか形容できなかった。

「ソンナモノ……合ッテイルワケ……!」

 砲撃と一緒になって言い返したのはツ級のほうだった。
 事前の分析と違い、かなり積極的に攻撃をしかけてきている。
 弾幕を張りながら執拗に距離を詰めようとしてきていて、ずいぶん攻撃的な印象だ。

 ツ級からは攻めようという気迫を感じるけど、それが前に出すぎている。
 攻撃ばかりに気を取られて、どこか単調に思える動き。
 ならば、それに合わせるまで。予想針路上に向けて砲撃しつつ離脱を図る。

 こちらに迫りつつも後逸していく砲撃を横目に、支援に回っていたネ級が砲撃の未来位置へと先回りしていくのを見る。
 同じようにツ級の動きを先回りしているのか、それとも私の動きに合わせているのかは分からない。
 ただ、この砲撃もネ級が肩代わりするように当たっていく。
 怖いのは、やはり彼女のほう。
 さっきからツ級へ直撃しそうな砲撃を何度も防いでいるけど、動きが鈍った様子はまるで見受けられない。



726 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/21 19:10:34.53 oF+PZE8ro 517/702



「本当にツ級を守ろうとして……」

 木曾の指摘を鳥海は忘れていない。
 ――ネ級はツ級を守るよう行動する。
 前回の海戦と異なる点として、今のネ級は自身をコントロールしているらしい。
 ツ級から一定の距離を保ったまま、こちらに合わせて対応を変えてきている。
 いっそがむしゃらに突撃してきてくれるほうが、まだ楽だったのに。

「仕留メル……」

 ツ級がつぶやくのが聞こえてくる。
 仮面のような頭部の奥では敵意を向けているはず。
 ネ級の双頭の主砲もこちらを指向しているのを見る。
 左右に視線を巡らし逃げ道を探す。今回はよくないかもしれないという予感が急速に膨らんでいく。
 せめて、どちらか一方なら。そう考えた矢先だった。
 ツ級の背中に着弾の光が瞬き、体勢を崩すのが見えた。予想外の攻撃にネ級も視線を外して砲撃の手が止まる。

「こちら島風、今から加勢するよ!」

「いいところに来てくれました!」

 二人の深海棲艦の背後から、島風が三基の自立型連装砲を引き連れて高速で近づいてくる。
 見る見る近づいてくる島風が砲撃を浴びせていくと、ネ級たちの動きが乱れた。
 ネ級は私と島風のどちらを狙うかで、ためらったかのように交互に首を巡らし、ツ級も島風へと注意が逸れる。
 それは明確な隙だった。

「そういうことですか……ここで形勢を逆転させてもらいます!」

 この二人の弱点は戦闘経験の少なさでもあるんだ。
 今みたいに突発的な事態に直面すると、動きが硬直して対応が二手も三手も遅れてしまう。



727 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/21 19:15:02.09 oF+PZE8ro 518/702



 もしも私が同じ立場ならツ級を島風に当てる。
 島風と連装砲ちゃんたちを相手にしようとするなら、広範囲により速く砲撃できるツ級のほうが相性がいいはずだから。
 だからこそツ級を今一度狙う。ツ級を無力化して、その上でネ級と……決着をつけなくては。

 島風が注意を引きつけている間に、鳥海もまた四基八門の主砲を一斉射した。
 撃ち出された徹甲弾が放物線を描いてツ級へと飛翔する。
 遅れてネ級が鳥海の砲撃に気づくが、その時には砲弾は間近に迫ってた。

 島風を注視してたツ級も砲撃に気づいて振り返ろうとするが、それは命中の直前でもあった。
 一弾が巨腕じみた右の艤装に当たり、上段の砲塔を基部から抉るように弾き飛ばして空へと舞い上げる。
 別の一弾はツ級の足元に落ちて脚部を傷つけ、さらに別の砲弾が頭部の左側をかすめるように命中すると外殻の一部を削り取っていった。

「ツッ……!」

 ツ級は苦悶の声をあげるも、たたらを踏むようにしながら持ちこたえる。
 破損した外殻からはツ級の素顔が一部だけ露出していた。不健康なまでに白い頬と、赤い左目。
 ツ級が怒りに燃えたかのように睨み返してくるけど、どうしてか引っかかるような違和感を感じる。
 その理由を顧みる間はなく、ネ級からの砲撃が来ていた。

 回避するつもりだったのに向こうの砲撃も正確だった。
 頭を思いっきりはたかれたような衝撃を受けて、視界が一瞬真っ白になる。
 砲撃に煽られて、視界が戻った後でも平衡感覚が狂ってしまったようだった。
 痛いというよりも苦しかった。催した吐き気をこらえながら、鳥海は被害状況を確認しようと努める。

 その間にネ級は滑るように島風とツ級の間へと回り込むと、島風に突進していく。
 双頭の主砲たちは鎌首をもたげるようにしたまま鳥海に睨みを利かせている。
 ネ級が島風へと副砲を撃ち始めた。ツ級に比べれば密度は薄いが、それでもかなりの速射性能だ。
 島風は砲撃を上手く避けるも、後から追従する形の連装砲ちゃんたちはそうもいかなかった。
 一基が副砲の直撃を受けると砲身をひしゃげさせて停止し、別の一基は裏返るようにひっくり返ってしまう。



728 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/21 19:15:52.99 oF+PZE8ro 519/702



 そして島風とツ級は相対距離を詰めつつある。
 島風が接触を避けるように舵を切るが、ネ級もその動きに合わせてくる。まるで衝突を望んでいるかのような動き。
 密着されたらネ級に敵う道理がない。そして島風に引き離せるかは微妙なところに思えた。

「島風!」

「分かってるって!」

 すぐにネ級へと砲撃の目標を変えるも、ツ級からの攻撃も来ていた。
 構わずに一斉射。島風をみすみすやらせる気はない。
 こちらが砲撃を撃ち込むのと入れ代わりに、ツ級の砲撃が投網のように落ちてくる。
 鳥海が反射的に頭を下げて顔を隠すと、引っかき音を何度も響かせながら艤装が次々と叩かれていく。
 高角砲弾をそのまま撃ちこんで来て、それが命中前に破裂したらしい。
 主要部の装甲こそ抜かれなかったものの、装甲のほとんどない甲板部を破片でずたずたにされていた。

 逆に鳥海が放った主砲弾もネ級へと命中していく。
 双頭の主砲が盾代わりになって何発かを防ぐも、一発が主砲たちをすり抜けて背中に当たる。
 背中から突き飛ばされるようにつんのめるも、ネ級の勢いは止まらない。
 もう一撃浴びせようにも、ツ級の砲撃を避けざるをえなかった。
 タイミングを逸する。島風とネ級はもう近い。

 逃げて、と叫びそうになる。
 ネ級は副砲をつるべ撃ちにしていく。
 次々と見舞われる砲撃に島風がよろめき、ついに一弾が命中すると立て続けに命中が重なっていく。
 ネ級はそのまま動きが鈍った島風の背中を取ろうとしていた。

 ツ級の砲撃が来ていても、鳥海は強引に前へ出る。
 深海棲艦に妨害されて、機能を十全に発揮できなくなっていた電探が息を吹き返したのはそんな時だった。
 同時に声が割り込んでくる。

『コノ海域ニイル同胞……並ビニ人間、艦娘、トラック諸島ノ深海棲艦ニ告グ。双方、交戦ヲ中止セヨ……繰リ返ス……』

 おそらくは飛行場姫の声――ジャミングされてないのか、その声は明瞭に通っていた。
 戦闘の停止を呼びかける声に、島風の後ろを取るはずだったネ級がそのまま手出ししないで行き過ぎるのを見る。
 周囲での砲声も少しずつまばらになっていく。



729 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/21 19:16:46.46 oF+PZE8ro 520/702



 ツ級も撃ってこなくなったのを見て、鳥海は島風に近づきながら周囲に視線を巡らして状況の把握に努める。
 周辺の深海棲艦たちの砲撃は途絶え始めていて、鳥海も艦隊に砲撃を中止するよう伝える。
 深海棲艦が手を止めてるのに撃ち続けるのは、墓穴を掘る結果に繋がりそうだと感じていた。
 そうして双方ともに膠着する。

「各艦、被害状況を知らせて」

 鳥海は照準だけはネ級に定めたまま通信を流す。
 ややあって各々が被害状況を伝えてくる。幸いと言うべきで、島風の他には深手を負った者はいない。
 島風も傷つきながらも、連装砲ちゃんを抱えたままネ級から注意を逸らさないようにしていた。

「島風、怪我は……?」

「大丈夫です……他の連装砲ちゃんたちも拾ってあげないと……」

 損傷のほどは中破といったところで、島風本人は健在そうながら額から頬に伝った血が滴り落ちていた。
 ネ級たちへの警戒を解けないまま、鳥海も損傷した連装砲たちの回収に向かう島風を護衛するようについていく。
 その二人をネ級はいつでも攻撃できるように見ていた。

「……本気で撃ったんですね」

 気づけば口にしていた鳥海に、ネ級は驚いたように片目を丸くしたがそれもすぐに消えた。

「何ヲ当タリ前ノコトヲ……」

 当たり前……そう、確かにその通りだった。
 そんなの分かりきってたのに、どうして私は……。
 戦闘が中断したと見たのか、飛行場姫の言葉が変わる。
 姫は鳥海たちのみならず、泊地の提督や他の海域にも通信を流していた。

『スデニ我々ノ戦力ハ理解シテモラッタハズ。艦娘タチハ健闘シテイル……シカシ我々ハ精々三割程度ノ戦力シカ、マダ当テテイナイ……』

 その言葉を裏付けるように、外縁部にいたはずの深海棲艦や護衛要塞たちが水平線上に小さな影法師のように現れていた。

『必要以上ニ血ヲ流ス必要ハナイ……ユエニ要求スル。トラック諸島ヲ放棄セヨ。サスレバ我々ハ諸君ラヲ見逃ソウ』

 有り体に言えば降伏勧告だった。
 信じられない、というのが鳥海が真っ先に思い浮かべた答えだ。
 トラック泊地を放棄できるかという点を除いても、ワルサメと空母棲姫の顛末を知っていれば飛行場姫の言葉を素直に受け取るのは危うい。
 そもそも鳥海たちの一存で決定できるような話でもなかった。
 これは提督が決断しなければならないことだった。



730 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/21 19:17:35.63 oF+PZE8ro 521/702



 しかし、この提案が飛行場姫からもたらされたものというのは無視できない。
 飛行場姫と空母棲姫は違う。
 鳥海はやむなくネ級から視線を外すとヲキューの姿を探し求める。
 いた。二人は対峙している。ただ遠目には飛行場姫はヲキューを主砲で狙っているようにも見えた。
 脅されているのか見かけだけなのか。
 鳥海は艦隊内の無線でヲキューに問う。

「信じていいんですか? ダメならとぼけて」

「……アア」

 ヲキューは信用している。
 仮にこのまま交戦を継続するなら、鳥海たちとしては飛行場姫を一点狙いするしかない。
 その結果として飛行場姫を撃沈できる可能性は高いが、同時に鳥海ら第八艦隊も包囲されて壊滅する。
 改めて全体の状況を把握しているであろう提督から、回答が来るまでさほどの時間はかからなかった。

『貴君の提案は十分検討に値すると判じている。しかし急な提案であり、吟味するための時間をいただきたい』

『イイダロウ……明朝ノ○五○○……返事ハソコマデ待ツ……人間ト艦娘ノ賢明ナ返答ニ期待スル』

 明らかな時間稼ぎだけど飛行場姫は乗ってきた。
 話がとんとん拍子で進んでるけど、これは飛行場姫の独断ではないかという考えが鳥海の頭に過ぎる。
 これはきっと先延ばしでしかない。あの空母棲姫が素直に受け入れるとは考えられない。
 だけど、このまま戦闘を継続しても悲惨な結果しか待ち受けていないのは容易に想像がついた。

「ココマデカ……」

 ネ級がぽつりと漏らす。
 油断と警戒を隠さない様子は未だに臨戦態勢のままだと言えた。
 分かっていたのに。ネ級も私を敵と呼んで、私もまた司令官さんの面影を見出せずにいて。

「あなたは……やっぱりいないんですね……」

 連装砲ちゃんを回収していた島風が、その手を止めて見上げてくるのを感じた。
 ネ級は身構えるようにこちらを見続けている。冷え冷えとした眼差しで。
 程なくしてから提督からの後退命令が届き、それを復唱してからも鳥海の体から緊張感は解けなかった。



731 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/21 19:19:38.95 oF+PZE8ro 522/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 武蔵は朦朧とした意識の中で聞く。自然と肩でするようになってしまった呼吸が苦しい。

「戦闘ヲヤメロト……サテ、ドウシタモノカ」

 戦艦棲姫が誰に向けてか判別のつかない問いかけを口にする。
 姫は手傷を負っていた。体の所々に擦過傷があり、艤装を担う豪腕の獣もその両腕を不自然な形に歪め、曲げている。

 しかし武蔵の負傷はそれ以上で体から血が流れすぎていた。さらしを朱に染め、その色はなおも広がり続けている。
 傷だらけの艤装が風に煽られて、鋼同士が食い合うような耳障りな音が響かせる。
 ひび割れた眼鏡を通して、どこか虚ろになりがちな目で戦艦棲姫を睨みつけようとしていた。
 ……ダメだ、どうにも意識が上手く定まらない。
 そんな武蔵に戦艦棲姫は笑う。

「ハッキリ言ウト……アナタニハ失望シテルノ」

 嘲るような悲しむような、曖昧なほほ笑み。
 誰に向けたものなのか。と武蔵はぼんやりと思案するが、それも意識の混濁に呑まれて明確な形になれない。

「アナタハモット手強イト思ッテイタ……アノ名バカリノ戦艦タチト違ッテ……」

「扶桑たちのことを言ってるのか!」

 姫の言葉に武蔵の意識が少なからず覚醒する。
 仲間への侮辱は許せない。痛みも疲れもこの時ばかりは消え去っていた。
 戦艦棲姫は驚いたように目を見開くが、すぐに元の調子に戻る。

「サア……前ノ海戦デ沈メタ艦娘タチノコトカモ」

「貴様……!」

 秘密を打ち明けるように忍び笑いを漏らす。



732 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/21 19:20:46.75 oF+PZE8ro 523/702



 こいつは、と叫び出しそうになった武蔵だが、代わりに砲声が一面に響く。
 ただし、それは武蔵が放ったのではなく戦艦棲姫でもない。
 二人よりもはるかに小口径の、駆逐艦による砲撃だった。

「武蔵さん、今から助太刀するよ!」

「清霜か……!」

 白露たちと一緒に後退したはずだったが。
 いや、どうして戻ってきたのかよりも、こいつは清霜の手に負えるような相手じゃない。
 次々と撃ち込まれる砲弾が戦艦棲姫に命中し、撃たれた艤装が唸るように喉を鳴らすがすぐに姫がなだめるように制す。

「アラアラ……健気……セッカクノ提案……ゴ破談ニナッテモイイノカシラ……」

 涼しい顔で砲撃を浴びる姫は、砲撃を受けてること自体に気づいていないような調子で話を続ける。

「トニカクネ……コノグライシカ戦エナイナンテ……ガッカリ」

 戦艦棲姫は首を左右に振り、そして相変わらずほほ笑みを顔に貼り付けていた。

「モチロン……アナタガ最初カラ本調子ナラモット……ダカラ……私モ今回ハ見逃ス」

「なんだと……?」

「ダッテ……ソウジャナイ? アナタヲ沈メタラ……今度ハ誰トノ対決ヲ心待チニスレバイイノ? オ姉サンノ大和……ソレトモ妹サンノ信濃カシラ?」

 愉快そうに戦艦棲姫は笑っている。
 こいつは……この場で刺し違えてでも沈めたほうがいいのかもしれない。
 主砲を撃ち込もうとする武蔵だが、艤装が思うように反応しない。視界も端のほうからぼやけはじめていた。

「分カッテイルトハ思ウケド……アナタタチハアノ子ノ提案ニハ応ジラレナイ……コチラモ今ノママノ提案デハ済マサナイデショウシ」



733 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/21 19:21:16.28 oF+PZE8ro 524/702



 それでも見逃すのは……そのほうが戦艦棲姫にも都合がいいからか。
 武蔵はそこで重みに耐えかねるように片膝をついた。顔だけは戦艦棲姫を見上げる。
 清霜も武蔵に並ぶように追いつくと体を支えてくる。その目には涙がたまっているように見えた。

「武蔵さん!?」

「聞コエテイタデショウ……決着ハ預ケテアゲル……」

「そうじゃない! あなたは武蔵さんが怖いから逃げるのよ……!」

 精一杯の声が叫ぶのを聞く。
 やめさせないと。下手に挑発したら清霜の身が危険だ。
 一度はついた膝を立たせる。震えているのは足なのか体全体なのか、もう区別がつかない。
 恐れていた事態にはならなかった。少なくとも今は。

「デハ言ッテオコウカシラ……」

 戦艦棲姫はあくまでも笑っていた。この状況も楽しんでいるように。

「駆逐艦ノオ嬢サン、次モ武蔵ノ側ニイタラ沈メテアゲル……」

 隣で寄り添う清霜が息を呑むのを感じる。
 脅し文句ではあるが、ただの脅しではない。本当にそれをやろうという相手だからだ。

「私ガイル限リ……武蔵ニハ誰モ守ラセテアゲナイ」

 そうか。頭の片隅で思う。私は挑戦状を突きつけられたのだと。
 いや……そうじゃない、逆だ。
 脅威に挑まなくてはならないのは、他でもないこの武蔵のほうだ。



734 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/21 19:22:07.76 oF+PZE8ro 525/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「……言ッタデショウ。要求ヲ通シタクバ優位ニ立テト」

 ヲキューに狙いを定めたままの飛行場姫が、どこか諭すように優しげに言う。
 しかし、それも束の間ですぐになりを潜める。

「黙ッテ退キナサイ……今ダケハ見逃シテアゲル……」

「次ハナイ……ソウイウコトデスカ……?」

 ヲキューの言葉に飛行場姫は何も答えない代わりに主砲の狙いを外す。
 飛行場姫の提案は深海棲艦たちの間にも波紋を呼んでいた。
 反対の急先鋒となると思われていた空母棲姫も、飛行場姫に追従する形で戦闘の停止を命じている。
 もっとも停戦に賛同したわけでなく、直前に二航戦の航空隊による強襲を受けて機動部隊が被害を負ったためだと飛行場姫は見ている。
 あくまで通信からでしか被害状況を把握していないが、予想外の被害を出して混乱しているのは確実だった。
 おそらく空母棲姫としては、追撃を防いで立て直しの時間を稼げるぐらいにしか考えていないだろう。

「……行キナサイ。人間ハ話ヲ受ケタ」

「……分カリマシタ。一ツダケ……教エテクダサイ」

 もしかすると、これがお互いに顔を突き合わす最後の機会になってしまうかもしれない。
 そんな考えを過ぎらせながら、姫は無言で頷く。

「我々ガ去ッタ後……提督ハドウナッタノデスカ……?」

「……知ッテドウスル」

「……艦娘ガズット気ニカケテ……真相ガ分カルナラ……教エテアゲタイ……」

「艦娘ノタメ? 変ワッタワネ、アナタ」

「ソウデスカ……? 私ハ……艦娘モ嫌イデハナク……ムシロ好キデス」

 飛行場姫はヲキューから目を逸らすように視線をさまよわせる。
 伝えるべきか迷い、しかし正直に答える。



735 : ◆xedeaV4uNo - 2017/05/21 19:23:02.12 oF+PZE8ro 526/702



「死ンダワ……私ガコノ手デ殺シタ」

 聞かされたヲキューは目立った反応を見せなかった。
 驚きもせず、微動だにしなかったのではないかとさえ思える状態で。

「ドウシテ……ソノヨウナコトニ?」

「彼ガ望ンダ……利用サレルノヲ防グタメニ」

 そこまで話してから、飛行場姫は提督との最後のやり取りを思い出す。

「ヲキュー……アナタハ最期ニ何カ食ベタイ……ソウ考エタコトハアル?」

「イエ……ヨク分カリマセン」

「私モヨ。ダケド提督ハ誰カノカレートイウ物ヲ食ベタイト言ッテイタ」

「……人間ヤ艦娘ニトッテ……食事ハタダノ栄養摂取デハナイノデ……」

「ヨク分カラナイ話ネ……デモ提督ガ……最期マデ提督デアロウトシテイタノハ確カ……ソシテ誰カニ会イタイトモ言ッテイタ……」

 その時に出た艦娘の名前は思い出せない。ヲキューならそれが誰かは当たりがついてるのかもしれない。
 そして飛行場姫は思う。自分は艦娘にとっては仇になるのだと。
 直接手を下したのは、他の誰でもない己なのだから。

「……伝エナサイ。モシ清算ヲ望ムナラ……私ハイツデモ相手ニナルト」

「分カリマシタ……シカシ……艦娘ハアナタガ想像シテイルヨウナコトハ望マナイト思イマス」

「……ドウシテソウ言エルノ?」

「私ガ……マダココニイルカラデス」

 ヲキューは頭を下げると、踵を返すように背を見せる。
 以前は見慣れていたはずの背中を飛行場姫は黙って見送るだけだった。



740 : ◆xedeaV4uNo - 2017/06/05 22:56:40.14 DJHJuw8xo 527/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海たちが泊地に戻ってきたのは十七時を回ろうかという頃。
 空襲の難を逃れた二隻の出雲型に分乗し、三十ノットの強速に揺られながらの帰還だった。
 普段から荒波に揉まれがちなので船酔いになったりはしないけど、さしもの私たちも疲れ切っている。
 艦内のそこかしこでぐったりしている姿が散見されたとしても無理もなかった。

 泊地の近海ではコーワンの部下たちが警戒航行をしているのが見えた。
 私たちがいない間、彼女たちが泊地を守ってくれていたらしい。

 すぐにドック入りすると艤装の本格的な修理が始まり、負傷の治療にも傷の軽重を問わず高速修復剤が用いられた。
 陽が沈むまで、まだ一時間半近くある。
 せめて日が暮れるまでは安心しきれない。
 いつでも最出撃できるように警戒態勢こそ解けていないものの、深海棲艦の動きも今のところは収まっていた。
 だけど、これで何もかも元通り──とはならなかった。

「どうして姉様が目を覚まさないのよ!」

「ちょっ、落ち着いてくださいってば!」

 山城さんが夕張さんの両肩を掴んで食ってかかる。ただならない剣幕。
 夕張さんはドックでの現場監督をやっていて、今も治療の責任者を務めていた。
 いけない、と思った時には体が動いていた。
 白露さんと時雨さんもそう思ったのか、三人がかりで山城さんを引きはがすように抑える。
 夕張さんは怯えたような顔をしながら、身を守るように体をちぢこめていた。

「おかしいじゃない、治療は済んだんじゃないの!」

 鳥海ら三人がかりで抑えている山城だが、ともすれば制止を振り切ってしまいそうだった。
 扶桑さんの傷は修復剤で癒えているも、意識を失ったまま眠ってしまっている。
 胸が上下しているので息は間違いなくある。
 だけどこのまま眠り続けるんじゃないかと、そんな不安も抱かせる姿だった。



741 : ◆xedeaV4uNo - 2017/06/05 22:58:55.69 DJHJuw8xo 528/702



「姉様にもしものことがあったら――」

「少しは落ち着け。みんなもそう言ってるでしょうが」

 出し抜けに言ったのはローマさんで、いきなり山城さんの額を指で小突く。
 不意打ちに気勢が削がれたのか、山城さんが呆けたような顔をする。私もちょっと驚いた。
 ローマさんがため息混じりに見える調子で続ける。

「私も経験あるけど一日か二日あれば起きてくるわよ。大方、今は長い夢でも見てるんでしょ」

「でも……」

「でも何? 不安になるのは分かるけど、私の知ってる扶桑が見てたら今のあんたを……どうするんだろ?」

 最後のほうは自分でも分かってないようなローマの言葉に、山城の体から力が抜ける。
 山城がどこか憑き物の落ちた顔で周りを見て、それから最後に夕張と顔を合わせた。

「ごめんなさい……八つ当たりしてた……」

「え……ああ! いいんです、私は別にそんな……」

 こちらはまだ、どこかぎこちない笑顔で夕張も答える。
 緊張していた空気が和らいでいくのを感じ、鳥海たちも山城からゆっくり離れた。
 少し張り詰めすぎている部分はあるけど、今はこれでいいのかもしれない。
 鳥海は人知れずため息をつくと、ローマにだけ話しかける。

「ありがとうございます、ローマさん」

「別に……戻って早々、あんなの見せられたら気が滅入るだけだから」

 ローマはぶっきらぼうに答えると、そのままの調子で鳥海に訊く。



742 : ◆xedeaV4uNo - 2017/06/05 23:00:33.79 DJHJuw8xo 529/702



「そっちこそ平気なの?」

「私ですか?」

「ネ級と交戦したんでしょ。島風は怪我させられたんだし、あなたもその……気にかけてたじゃない。色々」

 言葉を探すように言う。ローマのそんな不器用に見える様子に鳥海は吹き出す。

「なんで笑うのよ……」

「いえ、ごめんなさい。でも収穫はありましたよ? ネ級は――ネ級でしかないって分かりましたから」

 今の言い方はちょっと不正確だ。分かったんじゃなくって認められた、が正しい。
 ふーん、とローマはどこか気のない返事をする。

「分かってるでしょうけど、あまり気負いすぎることもないから」

「ええ、お気遣いありがとうございます」

 ちょうどその頃になって提督さんがコーワンと一緒にドックまでやってきた。
 ここまで自分から来たのは、まだ今日の戦闘が終わったという確証がないからでしょう。
 提督さんも疲れているだろうに周りには感じさせないようにしたいのか大股で歩いていた。コーワンは唇を引き絞っているからか硬い顔つきに見える。

「みんな、そのまま聞いてくれ。少し前に空母棲姫が提示された要求を変えてきた」

 空母棲姫はこちらがトラックを放棄するだけでなく、コーワンやホッポら深海棲艦全員の身柄の引き渡しも要求してきていた。
 さらに期限も今日の二十一時までに縮められている。
 要求とはいっても、降伏勧告だったのは前から変わっていない。
 それでも飛行場姫の時はコーワンたちには触れず、不問にしようとしていた節がある。



743 : ◆xedeaV4uNo - 2017/06/05 23:03:24.02 DJHJuw8xo 530/702



「君たちの意見も聞かせてほしい」

「提督こそどのようにお考えでしょうか?」

 夕雲さんが先んじて尋ねる。その場にいる誰もが考えているであろう疑問だった。

「俺としてはここからの撤退はしたくない。ラバウル方面の友軍を見殺しにすることになるからだ」

 元から泊地の放棄を想定しての漸減作戦もあるにはあったけど、各地の戦力がラバウルに進出しブインとショートランドに橋頭堡を築こうとしている今では難しい案だった。
 一時で済むならまだしもトラック泊地を失えば補給路に大きな制限を受け前線への圧力が強まり、戦線を瓦解させかねない。
 ラバウルも潜水艦隊の脅威にさらされて、補給の成否はますます重要になっている。

「しかし、このまま戦い続けて徒にここの戦力を消耗させるのは、もっと愚かだとも思う。だから改めて他の意見も知りたいんだ」

 深海棲艦側の要求を呑むか否か。つまりは戦うべきか退くべきか。
 飛行場姫も言っていたように、昼の戦闘ではまだ深海棲艦も本腰を入れきっていなかった節がある。
 彼女の言葉を信じるなら、まともに当たれば私たちはやがて敵に呑まれてしまう。小さな波は大きな波に呑まれて消えるのと同じように。
 束の間だけ訪れた沈黙は、ありえないだろという摩耶の声によって破られた。

「大体さ、あの空母棲姫を信用するってのがおかしいんだ。あいつが前に何をしたのか覚えてんだろ」

「あいつはワルサメを撃った」

 鳥海は一瞬耳を疑った。今のは白露の声だったが、いつもの朗らかさがまったく感じられなかったからだ。
 明るさを欠いた声が続く。

「そんなやつをどうして信じられるの?」

「戦うしかなかろうよ。口でどう言おうが、やつらは本心では私たちの始末を望んでいる」

「姉様のことは別にしても、コーワンたちを差し出せということですよね? そんなの話にならないわ」

 武蔵さんと山城さんも白露さんに続く。
 三人の表情は一様に硬くて緊張感を伴っていた。その身を投げ打ってもいいとでも言うように。
 とはいえ、言いたいことは分かる。空母棲姫は要求を呑んだところで、それを守るとは思えない。
 すると多摩さんも手を挙げる。

「多摩も同感だけど、撤退そのものは視野に入れといたほうがいいと思うにゃ」

「島風も多摩さんに賛成です。帰ればまた戻ってこられるって言うし……」

 鳥海は考えをまとめようと自然と視線を下げた。
 誰もが戦うのを是としている。それは私だって……。



744 : ◆xedeaV4uNo - 2017/06/05 23:04:23.83 DJHJuw8xo 531/702



「鳥海さんはどうお考えですか?」

 夕雲に訊かれ鳥海は顔を上げた。
 注目が集まっている。こういうのには秘書艦を務めている間に慣れていた。
 だから胸を張る。みんなの意思も明白だから、私も素直に言うだけ。

「退路を確保している上でなら戦うべきだと思います。ここだけでなく、もっと大勢の命も懸かっていますから簡単には引き下がれませんしね」

 けれど、ただ闇雲に戦うだけでも意味がない。いかに相手が強大であったり因縁があったとしても。

「しかし、それで私たちに甚大な被害が生じるようではダメなんです。泊地を守り抜いたとしても、それで今後全ての戦闘が終わるわけじゃないんですから」

 もちろん戦いの風向きは間違いなく変わる。結果が勝ち負けどちらに転んだとしても。
 だけど勝っても負けても、こちらが共倒れになってしまっては意味がない。この先、進むことになろうと押し留まることになろうと。

「提督さんの言葉を拡大解釈するようですが、ここを失うだけなら後から巻き返しもできるはずです。でも私たちが多くの仲間を欠いたり……あるいはコーワンたちを失ったら?」

 ちょっとだけ間を置く。言葉の意味を少しでも考えてもらうために。
 いえ、みんなだって本当は分かっている。たぶん。
 
「思うに、それが私たちの敗北です。積み上げてきた今までとこれからを失うのと同じですから……だから負けないためなら戦うべきだと思っています」

 鳥海はペンダントを握る。
 あなたは生きた。わたしも生きている。生きるというのは可能性に立ち向かうこと……なんだと思う。

「どうやら……聞くまでもなかったか?」

 提督が声を発したのを聞き、鳥海はペンダントから手を離す。
 一同を見渡していき、それぞれの顔に浮かぶ気持ちを確かめていくようだった。
 提督は決然とした声を出す。

「夕張と整備科は修理が済み次第、すぐに夜戦の用意を始めてくれ。向こうは仕かけてくるぞ」

 その言葉を皮切りに、意思確認の場は作戦会議へと変わる。
 今夜の内に起きるはずの夜戦と、その後に来る決戦に向けての最後のすり合わせへと。



745 : ◆xedeaV4uNo - 2017/06/05 23:06:59.18 DJHJuw8xo 532/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「マッタクヨクモヤッテクレタワネ……オ陰デイイ時間稼ギニハナッタケド」

「不満ナノカ感謝シテイルノカ……ハッキリシテモライタイモノダ」

 飛行場姫は空母棲姫に対して露骨に表情を歪める。
 元から虫は合わない。それを隠す気もないまま顔を合わせ続ける。
 深海棲艦はトラック泊地からおよそ四百キロ付近の位置を、四つの艦隊に別れる形で遊弋している。
 その中にあって、四人の姫は一堂に会していた。
 陽が暮れるまでおよそ一時間残っているが日中の攻撃は終わっている。

「感謝ナラシテイルワヨ? 降伏勧告ニシテハ……アノ条件ハ温スギルケド」

 飛行場姫は悪びれた様子も、気分を害した様子もなく応じる。
 別になじる気はない。ただ、やはり合わないというのを再確認するばかりだった。
 空母棲姫率いる機動部隊は飛龍たちの反撃で想定以上の被害を出している。
 飛行場姫が要求を伝え出す少し前の話だった。

「ダカラ……要求ヲ変エタノカ?」

「モット分カリヤスイ降伏勧告ニネ」

 空母棲姫は少し前に人間たちへと要求への返答を早め、コーワンたちも差し出すように通達している。
 どうあってもコーワンたちを始末しないと気が済まないらしい。

「別ニイイジャナイ。長々考エルヨウナ話デハナイモノ……尻尾ヲ巻イテ逃ゲ去ルカ……イサギヨク踏ミ潰サレルカ。ソレダケ」

 そこに戦艦棲姫も話に加わってくる。
 唇が伸びやかな弧を描いていた。今の状況を楽しんでいるらしいが、腹の奥底は分からない。

「アノ艦娘タチナラ継戦ヲ選ブ……キット……間違イナク」

「デショウネ……ソウデナクテハ面白クナイワ」



746 : ◆xedeaV4uNo - 2017/06/05 23:08:24.31 DJHJuw8xo 533/702



 空母棲姫はそこで装甲空母姫と顔を向ける。

「全体ノ被害状況ハドウカシラ?」

「戦闘ニ参加シタ艦隊デハ喪失ガ三割弱……損傷モ含メレバ倍ニナル。全体デハ二割ガナンラカノ被害ヲ受ケテイル」

 空母棲姫は口を閉ざすと真顔になっていた。
 さすがに想定を越えていたらしい。

「コノ戦力差デヨクモヤッテクレルワネ……」

「ブツケタ戦力モコチラハ少ナカッタ……トハイエ、モット積極的ニ我々モ動クベキダッタカナ」

「敵ニ与エタ損害ハ?」

「ハッキリトハ分カラナイ……シカシ割ニ合ッテイナイト思ウヨ」

 飛行場姫は空母棲姫が渋面を作るのを見る。
 しかし、すぐにその表情は消えていた。代わりにいつもの薄い笑いが顔に張りつく。

「今夜……予定通リニ夜戦ヲ行ウ……敵拠点ヘ攻撃ヲ仕カケ、艦娘ドモニモ消耗シテモラウトシテ……」

 夜間にトラック泊地に砲撃を実行するのは最初から決まっていたことだった。
 レ級艦隊を主力とした小規模な打撃艦隊で短時間に火力を集中させて速やかに帰還するというもの。
 レ級たちであれば中途半端な迎撃艦隊なら撃退できるし、大部隊が来るようなら速やかに撤退すればよかった。
 艦娘たちは迎撃の必要に迫られる時点で、休息の時間を奪われ負担を強いられるのだから実行して損はない。
 島の陥落を目指すのは、あくまで昼間の攻撃時という前提だった。

「ガ島マデ戻レソウニナイ子タチモ投入シマショウ」

 飛行場姫はその一言に固まった。
 ガ島まで戻れないというのは、つまり応急修理でもどうにもならずに大きな損傷を負っている艦を指している。
 思わず身を乗り出して空母棲姫へと問い質す。



747 : ◆xedeaV4uNo - 2017/06/05 23:10:00.14 DJHJuw8xo 534/702



「ミスミス死ニニ行カセルノカ」

「手ノ施シヨウガナイナラ有効ニ使ウ……モシ嫌ガッテ逃ゲルヨウナラ9レ#=Cニ片付ケテモラエバイイノダシ」

 9レ#=Cと言われて、赤いレ級を頭に思い浮かべる。
 あれはずいぶん好戦的な個体だ。空母棲姫の指示に嬉々として従ってもおかしくはない。

「怒ッテルノ? アナタト同ジナノニ」

「私ガ同ジ……?」

「アノ提督ヲ死ナセタデショ?」

「コノ話トソレハ関係ナイ……」

「アルワヨ……アナタハ望ミヲ叶エタノデショウ? 私ノ場合ハ死ニ花ヲ咲カセル機会ヲ与エテアゲルノ」

 当たり前のように言われて飛行場姫は唇を噛む。
 私とお前は違う、という声が出てこない。
 違いを説明できなかった。だから嫌いなはずの空母棲姫と自分が変わらないような気持ちを抱いてしまう。

「最期マデ本懐ヲ遂ゲテモラワナイト。アナタノ配下カラモ……」

「断ル。攻メ落トス気ノナイ戦イニ部下ヲ使ワセル気ハナイ」

「……マアイイワ」



748 : ◆xedeaV4uNo - 2017/06/05 23:11:00.57 DJHJuw8xo 535/702



 空母棲姫が改めて装甲空母姫へ話を向ける。

「……アナタオ手製ノ護衛タチモ投入シテ? 夜戦艦隊ノ被害ヲ少シハ肩代ワリデキルデショウシ……陸上攻撃ニモ向イテルハズ」

「護衛要塞カイ? モチロン構ワナイ」

「ヨカッタ、コウイウ時コソ使ワナイト……アレモ問題ノアル同胞ヲ切リ刻ンデ造ッタノヨネ?」

 装甲空母姫が真顔で空母棲姫を見返していた。
 空母棲姫は笑い、戦艦棲姫は話に無関心。私は二人の空母姫を傍観することにした。

「……ナゼ、ソレヲ知ッテイル?」

「秘密ノハズ……カシラ? 逆ニドウシテ気ヅカレナイト思ッテイタノカガ不思議」

「ナルホド……ドウヤラ君ヲ見クビッテイタヨウダ」

「イイノヨ? 評価ナンテ後カラ変ワッテイクモノ」

「ソレデ私ヲドウスル?」

「何モシナイワヨ? アナタハ何モ悪クナイモノ……私好ミデハナイヤリ方デモ……アナタハドッチツカズノ風見鶏デハナイカラ」

 飛行場姫は空母棲姫が視線を向けたのに気づき、眉間に皺を寄せる。
 ああ、なるほど。私だけがここにいるべき理由を本当は持ち合わせていないのかもしれない。
 奇妙な疎外感は話し合いが終わり、自身の艦隊に戻ってからもしばらく消えることはなかった。



753 : ◆xedeaV4uNo - 2017/06/19 22:06:10.46 MY1Kqq2bo 536/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「コンナクソミタイナ作戦立テヤガッテ」

 赤い目のレ級は悪態をつく。
 同種である五人のレ級に露払いとして四人のリ級重巡を擁した艦隊を従えている。
 その後方には十基の護衛要塞と負傷を負っている深海棲艦たちが続く。
 レ級たちや護衛要塞が巡航速力であるのに対し、負傷を負っている艦は無理に速度を上げている状態で、それでも落伍していきそうな者もいる。
 そういう艦は初めから著しい損傷が認められる状態だ。
 総数で三十四に及ぶ艦隊はトラック泊地に夜襲を行うべく、夜の海を進んでいた。

 赤目のレ級はこの夜戦が気に入らなかった。
 作戦の目的には不満がない。泊地を叩くのも艦娘を相手にするのも、彼女からすれば望むところだ。
 トラック泊地の艦娘はかなり手強いとも認識している。
 日中の戦闘では十人いた同種の内、四人が戻ってきていない。今まで、一度の交戦でそれだけのレ級を失った覚えは彼女にはなかった。
 とはいえ、それもまた彼女からすれば問題にはならない。
 裏を返せば、相手に不足がないからだ。

 しかし手負いの寄せ集め艦隊がいるのは気に入らなかった。
 艦種はバラバラで、足並みはまるで揃わない。損傷の度合いもまちまちだが総じて酷い。
 この場での修復ができないと見なされた者だけが集められたと見て間違いない。
 それを裏付ける命令を受けている。
 そして、それこそが赤い目のレ級が最も気にいらない理由だ。
 督戦隊のような役目を押しつけられていた。

 赤い目のレ級は好戦的だ。しかし残虐な個体ではなかった。
 艦娘は一人残らず排除するべきだと思うし、それを邪魔するのなら人間は元より同じ深海棲艦であっても敵でしかない。
 だが彼女が監視し、沈むまで戦わせるよう言われた相手はそのどちらでもない。
 ただの深海棲艦たちだ。
 戦わせるのはいい。だが逃げ道を潰すというのは、まともな考えとは思えなかった。

 レ級には戦力を無為に消耗させるような方針が気に入らなければ、こんな令を下せる姫は底なしのアホなのかもしれないと思う。それも気に入らない。
 そして、こんな状況を招くほど抵抗している艦娘たちもやはり気にいらなかった。



754 : ◆xedeaV4uNo - 2017/06/19 22:08:09.80 MY1Kqq2bo 537/702



「アーアー、チョット聞ケ、オ前ラ」

 レ級は無線で声を流す。
 傍受される可能性は気にしていなかった。

「トックニ気ヅイテルダロウガ……コノ中ニハ深手ヲ負ッテルヤツラガイル。自分ガ一番分カッテルンダロウガ……ソイツラハ助カリヨウガナイ……ダカラココニイル」

 レ級は息継ぎのために間を置く。

「嫌ガッテ逃ゲタラ沈メロッテ言ワレテルガ……コイツハクソダ……デモ艦娘トモ戦ワナクチャナラナイ」

 レ級は深海棲艦の雰囲気が変わりつつあると感じていた。
 以前よりも自分のような個体は減ったと彼女は考えている。身体ではなく気質の話だ。
 戦いに消極的な個体ガ増えた。つまらない連中だとは思うが、それ自体に不満はない。

「アタシラト付キ合ッテ死ヌカ……ヒッソリドコカデ死ヌカ……好キナ方ヲ選ベ。止メナイシ強要モシナイカラ」

 姫がどう言おうと気に食わないことは無視する。好きなように戦うだけ。
 赤い目のレ級はそう考えていた。

「ツイテクルナラツイテコイ。艦娘ハアタシラガ潰ス。遅レテクルヤツハ島ヲ直接叩ケ」

 もっとも艦娘もみすみす島を砲撃させないだろうとレ級は思ったが、それはそれだった。
 結局、隊列から抜け出す深海棲艦はいなかった。
 各々がどう感じているのかは、もう関係ない。
 粛々と進む艦隊の中で、レ級の口元から小さな含み笑いがこぼれる。

「存分ニ戦オウジャナイカ」

 やはり戦ってこその深海棲艦だ。こうでなくてはと、レ級は自身の意を強くした。



755 : ◆xedeaV4uNo - 2017/06/19 22:09:25.12 MY1Kqq2bo 538/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海たちが再出撃したのは二十三時を回ってすぐのことだった。
 トラック泊地では一部復旧させた基地航空隊の彩雲と共に、秋津洲に二式大艇の夜間飛行を敢行させて偵察を行っていた。
 その大艇が発見したのが夜襲を目的としているらしい艦隊だ。対空砲火の迎撃を受けて、避難しながらも発見の一報を送ってきていた。
 夜間なのと迎撃を受けて詳細な敵編成は分かっていなかったが、レ級を含んでいるらしいのと航速に合わせて二群に分かれていること。そして三十隻ほどの規模なのが伝えられていた。

 その知らせを受けて、泊地からも総動員で迎撃に当たっていた。
 敵の射程距離なども勘案して、戦闘は泊地から百キロ圏内を想定している。これなら出雲型で二時間以内に送れるし、戦闘後の回収や修理も速やかにできるというのもあった。

 二隻の出雲型に艦娘たちが乗り込み、鳥海は直掩として出雲型と併走している。
 自分から希望しての護衛で、夜風に当たって気を紛らわせたいという思いもあった。

 肉眼、電探どちらとも敵の姿はまだ確認できない。
 接触までまだ一時間はあると目されていても、互いの針路や航速が変わればズレも生じる。
 向こうも発見されたのは気づいている以上、油断はできなかった。
 海は凪いでいた。湿り気のある空気を吸い込んで、ゆっくりと胸から吐き出す。
 木曾さんから声をかけられたのはそんな時だった。

「半月か。夜戦には悪くない夜だ」

 世間話のような声に鳥海は頷く。
 外側に並んだ木曾は安全確認を済ませてから鳥海へと顔を向ける。

「天気も悪くない」

「そうですね。雨が降らないでくれそうなのもやりやすいですし」

 この近海では夜でも通り雨に見舞われる可能性がある。
 ただでさえ視認性の悪い夜戦を雨天で実行するのは、できれば避けたい展開だった。



756 : ◆xedeaV4uNo - 2017/06/19 22:10:43.05 MY1Kqq2bo 539/702



「……悪いな。俺たち重雷装艦も夜戦に参加できればよかったんだが」

「そういう作戦ですし気になさらずに。明日は今夜の分も働いてもらわないといけませんし」

 明日の戦闘に向けて、泊地ではいくつかの作戦や編成案が出ていた。
 その中で採用された一つに、木曾さんたち三隻の重雷装艦を中心とした艦隊で後背から奇襲を仕かける案がある。
 深海棲艦は機動部隊を後方に配置する場合が多く、それを痛撃しようという目論見だった。

 ただ奇襲といっても無闇に後ろから近づくだけでは察知されてしまうので、相手の索敵圏外より戦闘が始まってから迅速に攻撃をかける形に訂正されている。
 そのこともあって木曾さんたちは今回の夜戦には参加せず、夜戦中も出雲型の護衛につきっきりになるのが決まっていた。
 この迎撃が終わったら独自に秋島まで進出して、翌日まで身を潜めて攻撃の機を窺うことになっている。
 上手くいけば成果は大きい。でも奇襲に成功しても、孤軍で戦い抜かなくてはならない。かなり危険な作戦だった。

「となると、俺らが上手くやれるかが問題か」

「そこはあまり心配してなかったので……」

「そいつは……責任重大だな」

 軽口でも言うような気楽さで木曾さんは応じていた。
 その調子に合わせるようにこちらも言う。

「天津風さんとリベさん……それにヲキューの面倒もよろしくお願いしますね」

「ああ……無事に帰すさ。問題ない」

「帰ってくるのはもちろん木曾さんたちもですよ?」

「まあ最善は尽くすさ。いつも通りにな」



757 : ◆xedeaV4uNo - 2017/06/19 22:11:21.62 MY1Kqq2bo 540/702



 木曾さんたち重雷装艦と行動するのは、第八艦隊から抽出する形で天津風さんとリベッチオさん、ヲキューの三人が選ばれていた。
 この三人は木曾さんたちを護衛して、確実に敵艦隊へと突入させるためにいる。
 ヲキューは艦隊防空を含めて艦載機で多くのことができるので、突入が奇襲から強襲になっても艦隊を幅広く支えられると見込んでの抜擢だった。
 駆逐艦の二人は誰が行くかでちょっと揉めてから、この二人に決まったという経緯がある。

 最初にこの艦隊に志願したのは嵐さんと萩風さんの二人だった。
 それを天津風さんが説得して、リベッチオさんと二人で行くのを認めさせていた。
 私としては本人たちがそう希望するなら送り出してあげるしかない。

 木曾さんはなかなか私から離れていこうとしない。
 分かってる。本当に話したいことは別にあるからだ。

「聞きたいのはネ級のことですよね?」

 話を振ると木曾さんはおもむろに頷いた。

「レ級はいたってことだけど、ネ級のやつも出てきてるのかね……」

「どうでしょう……やっぱり私は何も感じなかったので」

「そっか……なら俺の勘違いだったのかもな」

「それはどうでしょう……でもネ級と実際に相まみえて分かりました。大事なのはネ級が誰かじゃないんです。ネ級はネ級なんですから」

 期待していなかった、といえば嘘になってしまう。
 木曾さんがネ級から司令官さんに通じる何かを感じたなら、私にだって同じことがあるはずだと思っていた。
 でも、現実には何もなかった。

「私たちが本当に気にしなくてはならなかったのはネ級が何者かではなくて、ネ級が何をするかだったんです。初めてネ級が姿を現した時は木曾さんたちを傷つけて……大井さんは沈められたかもしれない。今回だって島風を平然と撃ったんです」

 気づけば両手を握り締めていた。
 私はきっとどこかで期待して……期待することで目を背けようとしていた。



758 : ◆xedeaV4uNo - 2017/06/19 22:12:02.55 MY1Kqq2bo 541/702



「……戦うしかないんです。そうしないとネ級は止められない。それに本当にネ級に司令官さんの一面があるなら……あの人なら望まないはずです。私たちを傷つけようなんて」

 司令官さんは私を……私たち艦娘を大切にしてくれていた。
 もし、それが自分の手で傷つけて壊すようなことになってしまっているのなら……。

「止めるためにも撃ちます。もし、これで苦しむんだとしたら全部が終わってからでいいです」

「……強いな、鳥海は」

「まさか……そんなはずありませんよ」

 私はネ級を司令官さんだとは思っていない。だけど、司令官さんかもしれないと疑っている木曾さんは信用している。
 だから、こうする以外に思いつかない。
 もしも木曾さんが正しいのなら……私は許されざる者なのかもしれない。

「俺は……正直、もう一度ネ級に出くわしたら戦えるか自信がないんだ。もちろんやらなきゃいけないのは分かってるし、本当に目の前にいれば撃てる……とは思う」

 木曾さんは自信がなさそうに言う。そんな彼女が羨ましかった。

「それは木曾さんが優しいからだと思いますよ」

「俺が優しい?」

「はい。木曾さんはネ級を助けようとしてるんじゃないですか?」

「……俺が優しいかはとにかくとして、そういう発想こそ優しいやつからしか出てこないだろうさ」

 木曾さんはなぜか面白そうに笑った。
 その顔には自信が戻っている。

「もしかしたら俺とお前のどっちか……両方とも間違えてるかもしれない。それでもお前は優しいって、俺には断言できる。そういうやつこそ、本当は強いんじゃないか?」





【艦これ】鳥海は空と海の狭間に【六章-後】


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