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【艦これ】鳥海は空と海の狭間に【一章】
【艦これ】鳥海は空と海の狭間に【二章】
【艦これ】鳥海は空と海の狭間に【三章】

407 : ◆xedeaV4uNo - 2016/10/21 23:03:20.66 yG49Z7ec0 293/702



 好奇心、猫を殺す。
 ことわざと呼ぶらしい。ことわざとは喩えらしい。
 喩えとは別の言い回しだそうだ。
 そう説明された時に、私は思った。
 艦娘は変わっていると。転じて言えば、彼女たちに影響を与えた人間を変わっていると感じたとも言える。
 思ったことなら直接言ってしまえばいい。もし言えないのなら、その気持ちは秘めておくべきだ。
 それを遠回しにでも伝える試みというのが、私にはよく分からなかった。

 今はどうだろうか。
 理解できたとは言いきれない。
 しかし、そういうものが生み出された理由もおぼろ気に分かるような気がする。
 必要と感情が反発した時、その折り合いをどうしてもつける必要があったのではないだろうか。
 感情とは声だ。内から沸き上がる声は種火だ。何かがきっかけで燃え広がる。

 好奇心、猫を殺す。
 これは人間の場合だ。
 私の好奇心は、人間を殺した。
 そう、深海棲艦の好奇心は人間を殺す。
 私の興味は、ある男を終わらせた。

 命は脆い。それは深海棲艦とてなんら変わらない。
 燃え広がれば、やがて灰になって燃え尽きるだろう。
 私は、我々は屍の上に立っている。折り重なるそれを犠牲や礎と呼ばれることがある。
 本当にそう呼んでいいのか、今になっても私には分からないままだった。



408 : ◆xedeaV4uNo - 2016/10/21 23:04:20.68 yG49Z7ec0 294/702



四章 深海棲艦


 空は高く、青の色が突き抜けるように広がっている。
 刺すような日差しが照りつけてきていた。目をすがめると、すぐ近くは海岸になっている。
 本当にここがガダルカナル島かは分からないが、南方の島の一つなのは間違いないようだった。
 提督は港湾棲姫と白い姫らしき少女に案内されて、ガ島の地を踏みしめていた。
 濃密な緑が多いせいか、トラックよりも蒸し暑い空気は湿ったように重くて体に貼りついてくるようだった。
 重苦しさを感じてしまうのは、自分の命を握る港湾棲姫の動向が読めないためか。
 あるいは、まだこの島には怨念が滞留してるように考えてしまうせいで。

「俺を外に出してもよかったのか?」

「何カ……デキルノ?」

 それはその通りだった。
 現在地が分かったところで、提督にはガ島から脱出する手立てがなかった。
 それを承知した上で港湾棲姫も屋外に連れ出したのだろう。

 白い少女が港湾棲姫のかぎ爪めいた手を握りながら提督を見ている。
 少女は奇異の視線、というよりは好奇の眼差しを向けてくる。
 居心地の悪さは感じないが、提督としてはどう受け止めていいのか困るところだった。
 ワルサメと話した内容を提督は思い出す。あの時、出てきた名前は。

「ホッポ?」

 白い少女は驚いたのか、港湾棲姫を壁にするように後ろに隠れてしまう。隠れきれていないが。
 この反応からすると、彼女がホッポで間違いないと提督は確信する。
 人見知りなのかもしれないが、この状況で怖がらないといけないのは俺じゃないのか。
 提督はいくらかの困惑を抱えたまま港湾棲姫を見ると、読めない表情を寄こす。



409 : ◆xedeaV4uNo - 2016/10/21 23:06:46.30 yG49Z7ec0 295/702



「ホッポヲ知ッテイルノカ?」

「ワルサメから聞いていた」

 正直に答える。するとホッポが顔を出す。
 丸い瞳がこちらの顔を覗き込むように見つめてくる。

「ワルサメ……元気?」

 ……なんだ、これは。どう答えるのか試されてるのか?
 ホッポは提督を直視している。港湾棲姫までもがまじまじと見つめてくる。
 提督は固唾を飲んだ。

「しばらくは一緒にいた。でも今は遠くに行ってしまったんだ」

 元気かどうかは提督には答えられなかった。
 港湾棲姫が聞いてくる。

「ワルサメニ何カシタノ?」

「話を聞いて話をしただけで悪いようにはしてない」

 ワルサメのことをどこまで知っているんだ。提督は考える。
 深海棲艦――あの時いた空母棲姫がワルサメを攻撃したことは、どう扱われているのか分からない。
 その事実はもみ消されて、艦娘たちの攻撃で沈んだことになっている可能性も高い。
 だとすれば恨んでくる理由は十分にある。
 しかし港湾棲姫はそういった負の感情を見せることなく言う。

「提督ヲ連レテキタノハ、ソノ話ガシタカッタカラ」


410 : ◆xedeaV4uNo - 2016/10/21 23:07:53.13 yG49Z7ec0 296/702



 どういうことだ。
 そのために俺をさらってきたのか。危険を冒してまで?
 提督はぼやくように呟く。

「……最初から招待状でも出せばいいものを」

 あながち嘘でもない。
 ワルサメから聞いていた話の限りでは、港湾棲姫となら接触してみてもいいと思っていた。
 それがこんな形で実現するとは、提督も考えてもいなかった。

「俺も港湾棲姫とは接触してみたかったが……」

「コーワン?」

 ホッポが疑問を浮かべるように口を挟んでくる。

「人間ヤ艦娘ハ私ヲソウ呼ブノ」

 ホッポの疑問に港湾棲姫はしっかり答える。
 ワルサメから聞いた港湾棲姫の名は文字化けした名前を無理やり呼んでるようなもので、人の身には発声できそうになければ頭も理解を拒もうとしてしまう。

「コーワン……コーワン! カワイイ!」

「エ……」

「コーワンコーワン、コーワンワン!」

 鼻息荒くホッポは盛り上がっている。
 どうやら何かの琴線に触れたらしく、港湾棲姫もその勢いにたじろいでいる。
 そのまま提督に助けを求めるような視線まで向けてくる。



411 : ◆xedeaV4uNo - 2016/10/21 23:08:27.88 yG49Z7ec0 297/702



「あー……ワルサメの話を聞きたいんだな?」

 上手くは言えないが調子が狂う。
 初めからあったかも疑わしい毒気と一緒に、提督は気が抜ける。
 ワルサメという深海棲艦を知っていたからこそ、そうも感じられるのかもしれない。

「ソレニ……艦娘ヲ束ネル提督トイウ存在ニモ興味ガアル」

 港湾棲姫はホッポの手を引きながら歩き出す。最初に来た建物の方向に向かって。

「部屋ニ案内シヨウ」

 大人しく従う以外の選択はなかった。
 外に出た時と同様に港湾棲姫が前に立って歩くが、その時とは違って今度はホッポが話しかけてくる。

「テートハテートクデイイノ?」

「ああ、提督は提督だからな」

 見上げてくる視線に提督は頷く。どういう受け答えだ、とも思わなくもなかった。
 ホッポははしゃいだ様子で聞いてくる。

「テートクハ、ゼロ持ッテル!?」

「ゼロ?」

「ブーンッテ、オ空ヲ飛ブノ!」

 手を広げたりばたつかせる手ぶりを交えて、ホッポはゼロが何かを提督に伝えようとしてくる。
 零戦のことか。今はどこも機種転換が済んでるから、運用しているところは残ってないかもしれない。



412 : ◆xedeaV4uNo - 2016/10/21 23:09:07.54 yG49Z7ec0 298/702



「ごめん、今は持ってないんだ」

 ホッポは残念そうにしょげる。
 正直に受け止めていい反応かが提督には分からない。
 無邪気さの陰で鹵獲して研究したいという意図があるんじゃ?

「速クテカッコイイノニ!」

 ……邪推しすぎなんだろうか。

「この子も姫なのか?」

 こちらを窺っていた港湾棲姫に聞く。

「見テノ通リ」

 肯定、ということか?
 どうにも捉えどころのない連中だと提督は思う。
 捕虜につけ込ませないためには、これが正解なのかもしれないが。

 港湾棲姫が誘導する形で三人はいくつかある建造物の一つに入る。
 大きさは違うが、どれも作り自体は変わらないように提督には見えた。
 太陽の下では黒い外壁の建物はさほど不気味さはなく、むしろ同じような建物がいくつもあるのは一つ一つの没個性を感じてしまう。

 建物の内外ではホッポと同じか、それよりも背の小さい小鬼たちが何かを運んだり衛兵のようなことをしている。時折、金切り声が聞こえて驚くこともあった。
 と号作戦の終盤に襲撃をしかけてきたのと同類のようで、どうもこの小鬼たちが艦娘でいう妖精と同じ存在らしい。
 深海棲艦なのに地上に拠点があるのは、これが一因なのだろうか。
 単にいくら深海棲艦と言えど、海底に何かを建造するのは楽じゃないのかもしれないが。
 ここまで踏み込んだ話は聞いても答えてはくれないだろう。


413 : ◆xedeaV4uNo - 2016/10/21 23:10:03.87 yG49Z7ec0 299/702



 あれこれ考えている内に通された部屋は小さな個室だった。粗悪な牢屋ではない。
 ただ内装を見ると、提督は首を傾げざるを得なかった。
 机と寝袋が置かれている。
 まず机は黒檀でできてるかのように重厚な作りで、細部にまで凝った装飾が掘られている。
 一方で寝袋は量販店にでも行けば容易に手に入りそうなもので、黄の蛍光色で存在を主張していた。
 この場所という条件を無視しても、高価であろう机とかたやありふれた寝袋という組み合わせは調和が取れていない。
 そんな提督の気分を察したように港湾棲姫が説明する。

「コレハカツテノ略奪品」

 姫が言うにはまだ深海棲艦が認知されてない頃、あるいは人類が独力で対処できると信じていた頃には船舶が当たり前のように航行していた。
 その頃に襲撃した艦船から、使えそうな物や興味を引く物があれば奪取していたという。

「コウイウ物ヲ欲シガル者ハイナクテ……変ワリ種ト言ワレタ……」

 表情が読めないと思っていた港湾棲姫だが、この時ばかりは気落ちしているように提督には見えた。

「……そう、しょげることもないだろ」

 提督は港湾棲姫を慰めるような自身に向けて苦笑した。

「俺は別に嫌いじゃない。こういう組み合わせも」

 机の上には文具など何も置かれていなかった。
 そういう発想が初めからないのか、自殺防止のための処置かは判断がつかない。

 「ヲ」と入り口から奇妙な声が聞こえた。
 提督は入口を振り返る。肌が自然と粟だち、首筋を無意識にさすっていた。
 青い目をしたヲ級。それから提督のまだ知らない姫級らしき女がいた。
 白づくめで港湾棲姫やホッポに似た雰囲気があるが、右腕は黒い義手のようになっている。
 姫は値踏みするように提督を上から下まで見ていく。
 しかし、すぐに興味を失ったように視線を外すと、港湾棲姫に向かって話しかける。

「目ヲ覚マシタンダ。危険ヲ冒シタ価値ハアリソウ?」

「ソレハコレカラ」



414 : ◆xedeaV4uNo - 2016/10/21 23:10:42.59 yG49Z7ec0 300/702



 新手の姫は提督をもう一度見た。こいつは慎重で油断がなさそうだ。
 それにあのヲ級。提督はトラック泊地で襲われ、首筋に注射を打たれたのを思い出していた。
 今まで普通にしていたし、体に異常はなさそうだが……。

「アノ時ハ……眠ッテモラッタ」

 ヲ級はその場で頭を少しだけ前に傾ぐ。
 謝罪のつもりなのかと提督は一瞬頭を過ぎる。

「アノ島カラココマデ遠イ……」

「眠る?」

 ヲ級が小さく頷く。

「ホトンド死ンデイタトモ。次ハモウ……同ジコトハデキナイ」

 どういうことだと疑問に感じていると、白い姫が言う。

「仮死状態ニスル薬ガアル。ソウデモシナケレバ飲食モデキナイ航海ニ人間ハ耐エラレナイダロウ」

 そんな薬をどうやって発明して効果を試したのかは知らないほうがよさそうだった。

「モットモ二度ハ使エナイ。今度コソ体ガ拒否反応ヲ起コシテ持タナイ」

「アナフィラキシーショックみたいなものか……」

「ソレニシテモ我々ヲ怖ガラナイノネ、人間」

 姫の言葉にヲ級も同意する。

「確保シタ時ハ……モット動揺シテタ」

「じたばたしてもどうにもならないと分かればな」

 それに、もしも艦娘たちが自分の最期を知る機会が会った時に、みっともないと思われるのは悔しく思えた。
 こんな状況で張るような見栄でもないだろうに。


415 : ◆xedeaV4uNo - 2016/10/21 23:11:41.14 yG49Z7ec0 301/702



「揃ッタ所デ……ワルサメノ話ヲシマショウカ」

 港湾棲姫は厳かに言った。
 人外の視線を集めて、提督はトラック泊地でのワルサメの話をする。断れる立場でもないが、話す内容は慎重に選んだ。
 ワルサメが白露たちとどう過ごして、どんな顔をしていたのか。夕立のために何をしようとしたのか。
 何を考え、何を思ったのかは分からない。ただ。

「ワルサメは戦うのには向いてなかったと思う」

 提督の言葉に港湾棲姫は満足したように頷く。
 ホッポは途中で驚いたような声を出したり俯いてしまったりと感情の表現が多かった。
 ヲ級と白い姫に関しては、表情らしい表情が出なかったように感じる。
 港湾棲姫は言う。その目はとても穏やかに提督には見えた。

「提督。アナタガワルサメヲ沈メサセタノ?」

 あくまでも港湾棲姫は穏やかだった。
 ただ返答いかんによっては、という物騒な気配も感じる。
 深海棲艦にとってワルサメの顛末がどうなっているのか提督には分からない。
 分からないから拉致されたのかと、提督は今更ながら実感する。

「白露は本気でワルサメを助けようとしていた。それが適わなかったのは……残念だ」

「質問ニ答エテナイヨウネ」

 白い姫が口を挟むと、黒い右手をこれ見よがしに胸の前に上げる。
 威嚇のつもりなのだろう。

「アナタガ言ッタノハ艦娘ノコトヨ。聞イテイルノハ、アナタガワルサメヲ沈メサセタカドウカ」



416 : ◆xedeaV4uNo - 2016/10/21 23:12:12.29 yG49Z7ec0 302/702



 こちらも二度目はなさそうだった。
 いっそ適当に答えたりはぐらかせば終わるかもしれない。そう考えた提督だったが、すぐに声が出なかった。
 代わりに艦娘たちを思い出して、胸が締め付けられたように感じる。
 もし自分が死んだら彼女たちは悲しんでくれるのだろうか。泣いてくれるのだろうか。
 鳥海は、と提督の頭を秘書艦の顔が過ぎって思う。
 嫌だと。悲しませるのも泣かせるのも。
 そう考えた瞬間、提督の腹の内から声が出る。

「俺も助けたかった。ワルサメはもっと生きなくちゃ……生きていていい子だった」

 港湾棲姫だけを見据えて言う。他の姫やヲ級の反応は目に入らなかった。
 生きていいとか悪いとかはないと思う。それでもワルサメはもっと生きてよかったはずだ。
 たとえ今が春雨だとしても、それとこれは別だ。

「だけど、俺の判断があいつは……だから間接的に沈めたのは俺かもしれない」

 言わなくてもいいことだったのかもしれない。
 それでも提督は言わずにはいられなかった。自棄になったわけでも諦めたわけでもなく、みじめっぽく捉えているように思えた自身の考えに反発して。
 港湾棲姫は提督の目を見つめて、一言伝えた。

「食事ヲ用意サセル」

 白い姫は港湾棲姫を横目に見たが何も言わなかった。
 ホッポは安心したように息を吐き、ヲ級はよく分からなかった。
 首の皮が繋がったのを理解しつつも実感はできないまま提督は聞いていた。

「俺をどうしたいんだ?」

「言ッタハズ。提督ニ興味ガアルト」

 港湾棲姫は告げる。
 こうして提督の軟禁生活が始まった。



423 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/03 09:45:49.34 Jdf/oAML0 303/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 青い目のヲ級は提督に向かって言う。

「人間ハ不便ダ」

「どうしてそう思うんだ?」

「火ヲ使ワナクテハ食事モデキズ、水モ濾過シテ真水ニ代エル必要ガアル」

 ヲ級は提督の監視役だった。もっとも陸生への適応の問題で定期的に海中に戻りたがる。
 提督としては外出の口実にもなるので、その度にヲ級の目が届く範囲、海岸沿いには連れ立って足を運ぶようになった。
 今は集めた枯れ枝でたき火を行い、ヲ級が捕ってきた魚を簡単に捌いて串を通してから火にかけている。
 提督はいい具合に焼けた魚をヲ級に差し出す。

「焼き魚は嫌いか?」

「コレハコレデ乙……」

 ヲ級は焼き魚を人間の口のほうで食べ出す。
 食う寝るところに住むところ。という縁起のいい言葉があるが、ガ島では食べる場所があっても食べる物は保証されていなかった。
 提督に用意された食事は生魚で、その魚はアジの親戚のような面構えをしていた。
 提督が最初にしなければならなかったのは、このままでは食べられないという説明だ。
 ワルサメが料理を知らない時点で想像がついていたが、深海棲艦にとっての食事は栄養の経口摂取以上の意味合いはないらしい。
 そのくせ人型の深海棲艦には歯を磨く習慣はあったのだから、提督としては奇妙だとしか言い様がなかった。

 結局、港湾棲姫たちに衛生面の問題で生魚を食べるのは危険だと理解してもらい、代わりに火を起こす許可を取り付けて今に至る。
 実際にはさらにヲ級に鱗を落としたり血抜きの説明もして、それからようやく食べる目処がつくという有様だ。
 それでも提督は不満を漏らさないし、不満とも考えていなかった。
 深海棲艦しかいないガ島で、しかも虜囚の身であっても食事を取れるのは十分に恵まれてると思えたから。
 この島で過去に起きたことを考えれば、十分に恵まれている。



424 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/03 09:48:13.59 Jdf/oAML0 304/702



 提督は頭の片隅でそんなことを思いながら、ヲ級に渡したのとは別の焼けた魚を口に運ぶ。
 味付けもなく骨っぽくって身の少ない魚だったが、やはり文句は言わない。
 ただ今後もこんな魚を食べ続けて、最後の晩餐がこれかもしれないと考えると気は滅入りそうになる。
 気を紛らわせるようにヲ級を見ていると、気になることがあった。
 提督の視線に気づきヲ級は魚を頬張りながら見返す。

「頭のそれはどうなってるんだ?」

 ヲ級は感情に乏しい顔で叩くように頭の上に触れる。
 そこには深海魚と帽子を足したような別の頭があり、側部からは白い触手が布のように垂れ下がっていた。

「……クッツイテル」

 白い触手が頭の上で波に漂う海藻のように揺れ出した。
 喜んでいるのか、どうやら前向きな反応らしい。
 帽子のような頭にも意思があるようだが、ヲ級としての主導権は少女が握っているらしかった。

 意識を取り戻してから五日が過ぎて、少しずつ提督にも分かってきたことがある。
 海岸沿いにいると他の深海棲艦を見かけることがあり、比較的穏やかな気質の者が多いようだった。
 ホッポが絡むと顕著なようで、海岸でホッポがイ級やロ級たちと戯れていて、港湾棲姫がそれを遠望しているのを見かけたことが何度かある。

「今日モ……イイ天気ダ」

 そんなことを言い出すヲ級も穏やかな性格と言えるのだろう。
 何を考えているのかはよく分からないが、どうも色々と考えているらしい。
 ヲ級が言うには、海上に出てくるのは港湾棲姫の麾下にいる深海棲艦で、空母棲姫などの影響が強い深海棲艦は海底にいたがるという。
 そのためか今はまだ空母棲姫本人や、それに近いという深海棲艦には出くわしていなかった。

 意外だったが、先の攻勢がどうなったかヲ級が教えてくれた。
 マリアナに展開していた空母棲姫を始めとした深海棲艦の主力は、MI作戦を実行するはずだった艦娘たちが帰還したために撤退したらしい。
 襲撃されたマリアナの被害は小さくないはずだが、MI組は無事のはずだった。
 つまりは鳥海も無事ということで……提督は感傷的になるのを自覚して考えるのを一度やめた。
 まだ、ここで弱みに繋がることを見せてはならないと。



425 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/03 09:49:28.59 Jdf/oAML0 305/702



 ヲ級の監視の下で何食わぬ顔で魚を食べていると、いつの間にかホッポと白い姫が近づいてきていた。
 ホッポの近くには港湾棲姫か、この白い姫のどちらかが必ず近くにいる。
 保護者のような感覚なのかもしれないと提督は思う。

「コンニチハ!」

 ホッポが挨拶をしてくるので提督も返す。
 白い姫は何も言わなければ応じてこない。警戒感を持っているのは当然だと思い、提督は特に気にしない。

「名前……提督ハ言エナイ。ソレモ不便」

 ヲ級が脈絡もなく声に出す。
 深海棲艦の名前を文字にしようとすると、言語体系がまったく違うのか発声そのものができないからか言葉にならない。
 ワルサメとホッポは例外らしかった。

「代わりに名前でもつければいいのか?」

「……嫌」

 じゃあ、どうしてそんなことをいきなり言い出すんだ。
 提督はこの掴み所のなさから霰や早霜を思い起こす。

「ヲキュー」

 ホッポがヲ級の手を引っ張りながら言う。
 どうもホッポは覚えた言葉を使いたがるようだ。
 提督にはホッポが何歳かは分からないが見た目相応の反応だと思えた。
 その一方で話したことを吸収するように覚えていく辺り、利発な子だとも思えた。
 人間の言葉を覚えていくのを、港湾棲姫や白い姫がどう考えているのかはさておき。

「ヲキューハヲッチャン? ヲッサン?」

「……ドチラモ嫌ナ気ガシマス。ナゼカ」

 それはそうだろう。理由を伝えるのには苦労しそうだったので、提督は黙っていたが。



426 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/03 09:50:36.20 Jdf/oAML0 306/702



 すると今度はホッポが白い姫の手を引く。

「名前! ナンテ呼ブノ?」

 白い姫はホッポの髪を撫で返す傍ら、提督には射抜くような視線を向けてくる。
 未確認の姫である彼女には仮称の名もないし、深海棲艦としの名も提督には理解できない。
 今までは名前を呼ばない形で誤魔化してきていた。

「ソモソモ私ハドウシテヲ級?」

「由来があって日本……俺がいた国にはいろは歌という古い歌があって、深海棲艦の呼称はそこから取ってるんだ」

 提督は三様の視線を受けながら話す。
 ホッポとヲ級は歌ってなんだろうと思ってそうだが、そのまま提督はいろは歌をそらんじてみせる。
 九九と同じで暗記して以来、そう簡単には忘れられそうになかった。

「ドウイウモノナノ?」

「決められた文字数で言葉を繋いで意味のある文にしてるんだ。しかもこれは全部違う仮名……音で表わしてるんだ」

「フーン」

 ホッポは分かってるのか分かってないのか。
 ヲ級の質問が続く。

「ソノ歌トヤラカラ我々ノ名ヲ?」

「そう。そこからさらに艦種ごとに分けてな。駆逐艦ならイとロ、空母ならヌとヲ」

 他にも新種が発見された時のために空きも存在する。
 例えば軽巡クラスならツ級。重巡ならネ級というように。
 レ級なんて例外もあるが……そういえばここにもレ級はいるのだろうか。幸いというべきか、未だに出くわしてないが。



427 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/03 09:51:13.11 Jdf/oAML0 307/702



 ホッポが改めて聞いてくる。

「デモ、コーワンハ違ウヨネ?」

「姫たちは艦種や特徴からつけてるんだ。実際に姫っていうのは他の深海棲艦とは少し違うんじゃないか?」

 提督の言葉に深海棲艦たちは答えない。言葉に詰まるような沈黙に彼女たちも答えを持ち合わせていないのかもしれないと提督は考えた。

「それはともかくワルサメも最初は駆逐棲姫という名前で呼んでた」

 もっともトラックでは途中から誰もそう呼ばなくなっていたが。

「そこの姫は港湾棲姫みたいに特徴か印象で名前をつけられるじゃないかな」

 それがどんな呼称になるのかは提督にも分からない。
 そもそも特徴もよく分からないし、それは聞くに聞けない内容だった。
 戦闘能力に直結するような話を嬉々として語るタイプには見えない。

「――サシズメ飛行場姫カ」

 白い姫は自ら言う。

「私ハ航空機ノ運用ニ長ケテイル。モチロン水上戦闘ニモ自負ハアルガ」

「……いいのか、そんな話をして」

「アイツヤソコノナドト呼バレルヨリハイイ」

 提督は納得すると同時に威圧もされた。



428 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/03 09:51:55.84 Jdf/oAML0 308/702



「以後は気をつける、飛行場姫」

 提督が確認の意も込めて謝ると飛行場姫からの視線はいくらか和らいだような気がした。
 特徴について話すということは、飛行場姫からすれば提督は問題にならない相手と考えているのかもしれない。
 現実問題として提督にガ島から脱出する算段はない。
 いくら知られたところで何も影響はないと考えているのかもしれなかった。

 提督は奇妙に感じた。
 現状を楽観視こそしていないが、そこまで悲観もしていない自身に気づいて。
 予想外の平穏だった。
 深海棲艦の拠点である以上、もっと口では言い表せないような目に遭ってもおかしくない。
 それが浜で魚を焼きながら姫を含んだ深海棲艦と雑談に興じている。
 違和感を抱きながらも、それを受け入れ始めているのを提督は実感している。
 そして考えてしまう。
 この連中とならばと、戦う以外の可能性を模索してみたくなる。

 しかし全ての深海棲艦がこうでないのは提督も承知していた。
 だからこそ受け入れつつある一方で、染まってはいけないとも強く思う。
 完全に気を許してはならない。この和やかな空気を壊したくないと考えてしまうとしても。


429 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/03 09:53:02.89 Jdf/oAML0 309/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 その遭遇は突然だった。
 港湾棲姫たちと出会ってから二週間が過ぎたその日、提督は寝袋に入って寝付き始めていた。
 部屋の外でいくつもの声が重なって聞こえるのに提督は気づく。
 いぶかしんでいると、部屋に声の主であろう一人が入ってくる。

「本当ニ人間ガイル」

 提督の姿を認めると、驚きとも軽蔑とも、喜びとも取れる声を出したのは空母棲姫だった。
 ワルサメを巡って生起したトラック諸島沖海戦を思い出して、提督は自然に跳ね起きると警戒する。
 あの時、通信とはいえ交渉のやり取りをしたのを覚えているのだろうか。
 悠々と歩き近づく姿は姫を気取っているようだった。いや、実際に姫なのか。
 空母棲姫のすぐ後ろから港湾棲姫が現れると、その肩を掴んで引き止める。

「余計ナ真似ハ困ル」

「アラ、余計ナンテ心外ネ。私ハタダ噂ノ真相ヲ確カメニキタダケ」

 空母棲姫は笑いながら肩に置かれた手を払うが、両者の間には無言の重圧があった。
 提督は居合わせているだけで息が詰まりそうになり、冷たい汗が吹き出してくる。
 この二人は仲が悪い。それもおそらくは致命的なまでに。
 さらに別の二人が部屋に入ってくる。飛行場姫と提督がまた知らない姫だった。

 知らない姫は一糸纏わない姿に見えるが、正確にはボディスーツのような物を着ているようだ。局所などが見えないということは。
 肉付きのいい体をしていて、妖艶な気配を振りまいている。
 人間を歯牙にもかけていないのか提督の視線には無頓着だった。
 提督も生理的な反応は示すが劣情は抱かなかった。むしろ本能的な危険を感じ取る。
 飛行場姫ともう一人が現れたことで、港湾棲姫たちの間にあった緊張感が薄らぐ。

「前ノ戦イデ妙ニ積極的ダッタノハコノタメ?」

 空母棲姫は顔で提督を指す。小ばかにしたような顔だった。



430 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/03 09:54:23.90 Jdf/oAML0 310/702



「ダトスレバ……ドウダト?」

「イエネ、アナタニモ深海棲艦トシテノ自覚ガアッテウレシイノヨ」

 もう一度空母棲姫が提督を見て、そこで提督は自分の正体に気づいてるのを察した。

「アレハ艦娘ドモノ司令官デショウ? 人間一人デモ利用価値ノアル人間ダワ。立場デアレ情報デアレ」

 知らない姫も口を挟んでくる。

「体モ貴重ダ。五体満足ノ人間ハ珍シイ。捨テルトコロガナイ」

「私ハソッチニ興味ナイケド、アナタガサラッタ人間ハ有用ナノヨ」

 提督の話を提督がいないかのごとく進めていく。
 彼女たちからすれば提督は人間か提督という単位の物に過ぎないのだろう。
 分かりやすくていい。気を許さなくていいことなのだから。
 ……しかし港湾棲姫や飛行場姫にとってもそうなのだろうか?

「コノ男ノ管理権ハ私ニアル。干渉ハヤメテモラオウカ」

 港湾棲姫から機械的な言葉が出る。
 二週間程度の接点しかないが、これが表層的な態度なのは提督にも分かった。
 それは裏を返せば、他の姫たちにも分かるということだ。
 膠着しそうな空気を破ったのは飛行場姫だった。

「込ミ入ッタ話ハ他デヤルベキデハ? ソノ人間ニハ耳ガアレバ目モアル」

「一理アルナ」

 飛行場姫に真っ先に賛意を示したのは見知らぬ姫だった。



431 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/03 09:55:47.35 Jdf/oAML0 311/702



「気ニスルコトガアルノ?」

 あざ笑う調子の空母棲姫だったが、他の三人に反対してまでとは思わなかったようで従っていた。
 四人は部屋から出て行く。
 出て行く間際、港湾棲姫が何か言いたそうな顔で振り返ってきたが何も言わなかった。
 あるいは提督にそう見えただけで、何かを言う気はなかったのかもしれない。

 事なきを得たが、提督を取り巻く状況は提督が考えていたよりもずっとよくないようだった。
 提督は自身の生殺与奪を握られたままなのを痛感する。
 なんとかしなくては。残された時間はそう多くないはず。
 空母棲姫が提督の存在を確認した以上、今後は監視の目がもっと強化されるはずだった。
 仮初めとはいえ保証されていた自由がどうなるかも分からない。

「俺にできること、俺にしかできないこと……」

 前者はまだしも後者はないかもしれない。それでも何かしなくては。
 しかし今夜はもう動きようがない。
 もどかしい気持ちを抱えながら、提督は再び寝袋に入る。全ては明日からだと自身に言い聞かせるようにして無理にでも眠りにつく。
 自然と見上げる天井には青白い照明が揺れている。
 水底から太陽を見上げると、このように見えるのかもしれない。
 ……深海棲艦は太陽が恋しいのだろうか。



437 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/11 23:07:51.07 gOxlhrGr0 312/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 明けて翌日。提督は朝一番に港湾棲姫の来訪を受けた。
 普段とは違いホッポもヲ級もいない。
 用があるのは空母棲姫たちとの接触があったからだろうと容易に想像できた。

「提督、私ト来テモラウ」

 告げられた声には提督の予想を裏付けるような硬さがあった。
 そうして提督が連れて来られたのはトンネルのような奥行きのある空間で、木箱や船舶の備品らしき物が集積されては不規則に置かれている。
 無機物の山は海に浮かぶ島々のように点々と奥へと繋がっていた。その先は夜の海のように見えなくなっている。

「ゴミ捨て場か?」

「君ノ目ニハソウ見エテモ、ココハ倉庫ヨ」

 過去に戦利品として略奪したという人間の物が保管されている、と港湾棲姫は提督に説明した。
 提督は手近な塊を見る。
 浸水、火災、あるいは砲雷撃による直接的な被害を受けたのか損傷が著しい物も少なくない。
 港湾棲姫は倉庫と言ったが、やはり半分はゴミと呼んでも文句は言われなさそうだった。

「俺にこれをどうしろと?」

「ココニアル物ノ用途ヲ教エテホシイ」

 提督は小さな声で呻く。
 迷いはしたものの、このぐらいなら構わないかと考えると説明を始める。
 用途が分かったところで利用できるかは、また別の問題でもあった。
 見つかったのは本であったりCDロムであったり、錨や無線機にデッキブラシ。他にも提督にも用途の分からない機械の部品など様々だ。
 港湾棲姫は提督の話を聞いている内に言い出す。

「以前ハ食料ヲ見ツケタコトモアル」

 過去には何度か缶詰などを発見したと港湾棲姫は言う。
 どんな種類の缶詰を見つけたのかは定かではなかったが、味は深海棲艦の間でも好き嫌いが分かれたらしい。
 他にも酒類が見つかったこともあり、ほとんどの深海棲艦は興味を示していないようだったが重巡棲姫だけは何故か違ったようだ。
 今では酒が見つかった場合は独占的に重巡棲姫が確保しているらしかった。
 もっとも、こういった略奪品自体が今は手に入らないとも。
 現在では海上航路は封鎖されているし、日本を中心に復活した航路は艦娘たちによって制海権が維持されている。



438 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/11 23:08:36.76 gOxlhrGr0 313/702



「教えるのはいいんだが、この量は一日や二日じゃ無理だ」

 一山を崩しきらない内に提督は言う。体感時間ではあるがニ、三時間かけても進捗は氷山の一角も崩せていない。

「コウイウ協力ヲ今後モ頼ミタイカラ」

 港湾棲姫はほほ笑むような顔をする。
 初めて見せる表情に提督は内心で驚いた。

「提督。コレカラモ我々ト人類……否、艦娘トノ戦イハ続クト思ウ」

 空母棲姫は悲嘆に暮れているように見えた。
 そう見えてしまうのは感情移入しているから、になってしまうのだろうか。

「我々ニモ人類ノ知識ヲ持ツ者ガイテモイイハズ。協力シテモライタイ。提督ガ我々ニモ必要ダト証明シタイ」

「……行く行くは深海棲艦のために働けって?」

 港湾棲姫を見返すと、彼女は頷き返してくる。

「私ハデキル限リ提督モ守リタイ。シカシ君自身ガ深海棲艦ニ有益ダト証明スレバ、誰モ手出シハデキナクナル」

「それがたとえ空母棲姫であっても?」

「深海棲艦ノタメニ。ソレガ彼女ノオ題目ダカラ」

 穏やかに思える港湾棲姫だが、空母棲姫に対してはトゲがあるようだ。
 ……これでも我慢しているのかもしれない。
 ワルサメの真相を知りたがったというのは、端から空母棲姫に疑いを持ってるということなのだろうから。
 だが、今この時に気にすべきはそこじゃない。



439 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/11 23:09:42.12 gOxlhrGr0 314/702



「艦娘と戦うために力を貸してほしいわけか」

「生キルタメナラ、他ニ手ハナイデショウ?」

 そして港湾棲姫はできうる限りの助力を約束してくる。
 叶うかは別として、この姫はその約束のために力を尽くしてくれそうだと思わせる魅力がある。
 ここで許される最大限の譲歩。きっとこれはそういう提案に違いない。だが。

「それなら断る」

「ドウシテ?」

「それをやったら俺はもう提督じゃ、司令官さんじゃいられなくなる」

 思い出す顔、声、優しさ、温かさ。そして痛み。
 大丈夫、何も忘れちゃいない。

「提督ハモウ……ココデハ提督ジャナイ。艦娘モココニハイナイ」

 だから折れてもいい。いない相手に筋を通す必要もない。
 港湾棲姫が言いたいのはそういうことなのだろう。
 ……本気でそう考えてるとは思いたくないが。

「ホッポは大事か?」

 提督の言葉に港湾棲姫は戸惑ったように頷く。

「当タリ前」

「俺にだってそういう相手がいる」

 港湾棲姫は押し黙った。共通項だと気づいたらしい。
 提督を説得できないと察したのか、港湾棲姫は別のことを言う。

「私タチハ似タ者同士?」

「どうだかね……でも会えたことはよかったと思ってるよ」

「……提督ヲココニ連レテコナイホウガ、ヨカッタノカモシレナイ」

「だから招待状を出せと言ったんだ」

 そうすれば、もう少しまともな出会い方と別れ方もできただろうに。

「提督……ワルサメノ話ヲモウ一度聞カセテ」

「それなら喜んで」

「デキレバ提督タチトドウ過ゴシタノカ、モット詳シク」

 暗い話よりも明るい話を。
 港湾棲姫がそう考えているかは定かではないが、提督としてはそう受け止めようと決めた。



440 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/11 23:10:11.33 gOxlhrGr0 315/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 翌日になると平常通りというべきか、ヲ級が監視役に戻っていた。
 ただ変化も起きている。
 屋外に出ると洋上から深海棲艦たちが遠巻きに見ている。
 いつもと様子が違うように思えるのは、粘っこい視線のように感じるせいだ。
 青空に白い雲という好天に反した気配だった。

「アレハ>An■■■ノ配下ダ」

「相変わらず何を言ってるか分からないが空母棲姫か。どうりで雰囲気が違うわけだ」

 深海棲艦を白と黒で表現するなら、今見える連中は黒に思えた。

「港湾の配下なら、もっと気ままに波間に漂っていて自然な感じがするな」

 あちらは警戒心を剥き出しにしていて余裕もなさそうだった。
 その警戒心が提督に対してなのか、空母棲姫に対してかは分からない。
 いずれにせよ提督の動向を監視しているのは間違いなかった。

「手でも振ろうか?」

「……ヤメテハ。向コウハ人間ナンテナントモ思ッテナイ」

 提督は素直にヲ級の忠告に従って、砂浜に腰を下ろす。
 するとヲ級は空母棲姫の名を苦々しげに漏らす。
 ヲ級はあまり感情を表に出してこないだけに、珍しい反応だと提督は思った。



441 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/11 23:10:45.57 gOxlhrGr0 316/702



「空母棲姫が苦手なのか」

「信用ナラナイ」

 はっきりと嫌悪感を露わにする。
 いよいよ珍しいと思いながら提督はヲ級を見上げて聞いていた。

「空母棲姫の何が気に食わないんだ?」

「アレハ……我々ノタメト言イナガラ、自分ノコトシカ考エテイナイ。独善的……」

 ヲ級の目の奥に青い光が灯ったように見えた。

「私タチハ駒同然……イヤ、駒ナラマダイイ。実際ハ捨テ石……平気デ見捨テル」

 自分や他の姫を見る目やワルサメにしでかしたことを考えれば、十分にありえそうな話だと思った。
 もしかしたら、このヲ級自身も過去にそういう目に遭ったのかもしれない。
 でなければ、ここまでは言えないのではないか。

「命を預けるには足りないってことか?」

「アソコニイル連中ノ気ガ知レナイ……ソレハ確カ」

 そう告げた時には、ヲ級は感情を抑えるのに成功したようだった。
 提督は内心の引っ掛かりを意識しながら聞く。

「港湾棲姫になら命を賭けられるのか?」

「ソウカモシレナイ……アノ方ヤホッポタチヲ見テイルト、長ク生キテホシイト思エル。ドウシテカ提督ナラ分カル?」

「分かるとも言えるし、分からないとも言えるな」

 曖昧な言い回しに提督は苦笑いする。



442 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/11 23:11:42.76 gOxlhrGr0 317/702



「自分より大事に思えるものがあって、そのためにならなんでもしたくなる気持ちは分かる。どうしてヲ級がそう思うのかまでは分からないな」

「ソウカ……難シイ……」

 ヲ級は無表情のまま首を横に倒すように傾げる。
 そのままの姿勢で彼女は提督に聞く。

「私ハ恨マレテイル……カナ?」

「誰に?」

「艦娘」

 提督が返答に窮していると、ヲ級は首を元の位置に戻して話し始める。

「今マデ……考エタコトナカッタ。提督ヲ連レテキタ……艦娘カラ奪ッテ。大切ナ物ヲ奪ウナラ……許セナイ」

 だから恨まれている、か。
 ヲ級の口調は淡々としているが、目に見えない葛藤があるのかもしれない。
 少なくとも帽子状の深海魚もどきの触手はしおれたようになっていた。
 どうだろうと考える提督に思い浮かぶのは鳥海で、彼女ならばと想像を巡らせる。

「謝れば許してくれるかもしれないぞ」

 冗談でも気休めでもなかった。
 鳥海ならそれで許すかも……そう考えてしまうのは美化しすぎかもしれない。
 それでも、と考える。何かを恨むよりも許すほうが彼女には似合う。

「本当ニ?」

「心から誠意を込めれば」

 ヲ級はあさっての方向を見る。
 吟味しているのだろう。提督はそれ以上、このことについて言えることはないと思った。
 ため息一つ吐いて、透けるような空の青と少し前よりも膨らんだような雲を見上げる。



443 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/11 23:12:17.91 gOxlhrGr0 318/702



「俺からも一つ聞いていいか?」

「ドウゾ」

「トラック諸島を攻略した時に、深海棲艦たちが港湾を逃がす時間稼ぎでもするように足止めをしてきた。あれはそういう命令でも出てたのか?」

 戦闘詳報を作成していた時になって気づいたことで、それまでの深海棲艦とは明らかに異なる動きを示していた。
 その理由は知っておいたほうがいい。
 港湾棲姫に対する判断として。

「私ハソノ時……別働隊トシテ動イテイタ。シカシ、アノ方……コーワンハソンナ命令ハ出サナイ」

「なら、あれは深海棲艦たちが自発的にやったのか?」

「私ガソノ場ニイレバ同ジヨウニシテイタ。勝チ目ガナク逃ガスタメナラ、コーワンガ望ンデイナクトモ」

「自己犠牲、か?」

「ソウイウ考エハ分カラナイ。シカシ私ハコーワンヲ優先スル」

 当然だとばかりにヲ級は言う。
 無自覚の献身か、徹底した合理的判断か。あるいは姫という存在に対する彼女たちの有り様とも呼べる可能性も。
 提督は内心の答えを保留して、思い浮んだままに言う。

「あの時の他の深海棲艦もそんな風に考えるなら、お前たちは仲間だったんだな」

「仲間……?」

「同じ目的や動機を持ち合わせて、そのために行動できるんだろ。それが何人もいるなら仲間じゃないのか?」

「ソウカ……私タチハ仲間ダッタノカ。考エタコトモナカッタ……」

 ヲ級はうなだれ、呟きが提督にも聞こえてきた。

「見ル目ガ変ワリソウ……」

 見る目が変わってきたのは提督も同じだった。
 意識の変化には気づいていたが、どう向き合うのかまでは決めかねていた。



444 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/11 23:13:05.25 gOxlhrGr0 319/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 日が暮れた頃、飛行場姫が提督を訪ねてきた。
 提督は読んでいた洋書を閉じる。先日、港湾棲姫と見つけた物だった。
 欧州の伝承をまとめた入門本のような内容だった。
 英文で書かれていて全文を正確に読めるわけではないが、大まかな筋は分かる。暇つぶしにもってこいだった。

「珍しいな、ここに来るなんて」

 珍しいどころか、飛行場姫と一対一で向き合うのは初めてだった。
 いつもはホッポなりヲ級がどちらかの近くにいる。

「誘イヲ断ッタソウネ」

 開口一番、飛行場姫は言う。
 港湾棲姫との話を指してるのは分かったが、どういう意図で言い出したのかまでは声音や表情からは読み取れない。

「説得にでも来たのか?」

「私ハ彼女ホド、オ前ヲ評価シテイナイ」

 にべもなく言い捨てる飛行場姫に、提督は愛想笑いを返した。
 そんな提督に飛行場姫は独白のように言う。

「遅カレ早カレ、コウナルノハ分カッテイタ。アノ二人ノ対立ハ決定的ダッタ」

 あの二人、港湾棲姫と空母棲姫を指してるのは明白だった。

「俺が呼び水になってしまったのか?」

「ウヌボレルナ、人間」

 飛行場姫は鼻で笑う。のだが、思ったほど嫌らしさを感じないのは何故だろうか。
 この姫が表裏のない直情型に思えてしまうからなのか、提督にも判断はつかなかった。



445 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/11 23:13:58.52 gOxlhrGr0 320/702



「彼女ノ行動ガモタラシタ結果デ、提督ガ我々ニ与エル影響ハ微々タルモノニスギナイ」

「なるほど、それは気が楽だ」

「……シカシ、ソノ点デ提督ヲ少シ哀レニ思ウ」

「俺が可哀想?」

 そんな風に言われるのは心外だった。

「ソウダロウ? 巻キ込マレルダケ巻キ込マレテ、自分ノ最期モ選ベナイ」

「……そんなことはないだろう」

 飛行場姫に反発していたが、あとの言葉は続かなかった。
 しばらく両者の間に言葉はなかったが、やがて提督が聞く。

「もし対立が悪化したら港湾棲姫はどうなる?」

「……ワルサメト同ジコトニナルカモシレナイ」

 飛行場姫の声には怒気が含まれていた。
 深海棲艦内ではワルサメは艦娘によって沈められたことになっている。
 つまりは謀殺だ。

「ダガ、ミスミスソウサセルツモリモナイ」

 飛行場姫は黒い右手を震わせる。
 深海棲艦内のパワーバランスは分からない。
 このまま見て見ぬ振りをする手もある。
 そうすれば勝手に内側から自滅、どちらも消耗するのは確実。



446 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/11 23:15:31.55 gOxlhrGr0 321/702



 ……それを提督は嫌だと感じてしまう。
 ストックホルム症候群を疑った。
 深海棲艦を言葉の通じない敵として見なすのが難しくなって、今や肩入れしようとしている。

「港湾棲姫の庇護を失ったら俺は何をされるんだ?」

「……私ニモ分カラナイ。シカシ提督モ想像ハシテイルダロウシ、ソレヨリ酷クナラナイノハ望ム」

 楽に死ねますように、と言ってくれてるのだと提督は解釈して笑い声を上げた。
 飛行場姫が不審な顔をするのも気にならない。

「俺のやることは影響がないと言ったな?」

「確カニ」

 正直に受け止めてしまえば、それは結果を恐れずに行動できるということだ。
 変わらないなら、変えられないからこそ好きにすればいい。
 そして飛行場姫の言うことはきっと正しい。
 どう動こうと自分の身に起きる結果は変わらない。同じ予感を提督もまた抱いていたのだから。

「なら聞いてくれないか?」

 提督は自身の腹案を話す。思いついたのは最近のことだった。
 いぶかしげに聞いていた飛行場姫だが、その表情は次第に険しくなっていく。
 最後まで話を聞いた彼女の口から出たのは一言。

「正気?」

「ああ、提督らしい考えだとは思わないか?」

 飛行場姫はそれには答えない。



447 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/11 23:16:01.82 gOxlhrGr0 322/702



「誰カニモウ話シタノカシラ?」

「いや、飛行場姫が最初だ」

 思いついてから時間が経ってないというのもある。
 それ以上に、この話は誰よりも先に飛行場姫に聞かせたほうがいいとも思った。

「ドウシテ最初ニ? 私ニソンナ話ヲシタ理由ハ?」

 飛行場姫は緊張した顔のまま戸惑っていた。
 提督は偽りなく答える。

「飛行場姫が一番俺に対して肩入れしてないと思ったからだ」

「私ハ……コウワンモホッポモ守ルワヨ」

「一番の理由はそれだ。二人に不都合なことなら止めてくれる」

 だから、ある意味で提督は安心していた。
 自分にできそうなことをやるだけやってみればいいだけの話。

「アアモウ……言ウダケ言ッテミナサイ。話ス自由グライアルデショ」

 飛行場姫は戸惑いを隠せずに眉根を下げた顔をしていた。
 この姫は意外といいやつなのかもしれない。提督は遅まきながらそう思った。



448 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/11 23:17:36.32 gOxlhrGr0 323/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 一晩経って、それで揺らぐ程度のことなら話す価値もない。
 提督は呼べ出す形になった面前に向かい合いながら考える。
 港湾棲姫、飛行場姫、ホッポ、ヲ級。
 四者四様の視線を浴び、それぞれの思惑を斟酌する。
 結局のところ、提督は提督にできることをしようとするしかない。
 それがどこであろうと。

 一息、提督は深呼吸する。
 言ってしまえば、もうなかったことにはできない。
 一笑に付されて終わるかもしれなければ、埋めようのない隔たりが存在すると証明するだけかもしれない。
 それでも提督は言う。
 彼は言う。彼女たちが決める。全てはそれだけだ。

「艦娘たちに亡命しないか?」

 言葉の意味が分かるだろうかと、ふと提督は思った。
 しかし言ってしまった以上はもう止まれない。
 今一度、賽は投げられた。



452 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/15 00:15:07.83 Z6leLO1l0 324/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 提督が目を覚ますと、白の二種軍装が用意されていた。
 拉致された当初になくなっていたと思っていたが、ヲ級が見様見真似で洗濯してみたという。
 洗剤もないし洗い方そのものが分からなかったのか、生地は不自然な硬さになっているし磯臭いのは気にしないことにした。
 それにヲ級の行動にはちょっとした驚きと、奇妙な感謝の気持ちのほうが強い。

 着替えてから一人で海岸まで歩いた。
 靴を脱いで裾も上げて海に少しだけ入ると、海水で口をゆすいでから指で歯を磨く。
 深海棲艦たちが沖合から見ている。ヲ級は関わるなと言ったが、もっと近づいてくればいいのに。

 提督は即席の釣り竿を海に投げる。
 餌はない。今更何かを食べても仕方ないし、今日ぐらい殺生から離れてもいいと思えた。
 途中で何度か雨に降られて、その度に近くの木陰で雨宿りをする。
 肌に当たる雨は生温かい。草いきれは濃すぎる。
 そうして陽が沈み始めるまで、提督は一人で釣り竿を垂らし続けた。深海棲艦たちは雨が降ってもそこに居続けた。

 部屋に戻った提督は、読みかけの本を消化し始める。
 最後になるかもしれない日の過ごし方としては悪くないのかもしれない。
 しばらくすると飛行場姫がやってきた。

「無事ニ抜ケタワ」

 それだけで意味を承知した提督は本を閉じる。
 全てがうまくいくかは分からないが、達成感が心中に広がっていく。
 できることは全てやれたと思えた。

「よかった。あとはうまくいくのを信じるしかないな」

 穏やかに笑う提督にを見て、飛行場姫は疑問を挟む。

「一緒ニ行カナクテヨカッタノ? ココカラ逃ゲル最初デ最後ノ機会ダッタノニ」

「港湾棲姫が俺を置き去りにするなんて、空母棲姫たちもすぐには考えない」



453 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/15 00:16:14.33 Z6leLO1l0 325/702



 港湾棲姫たちはもうここにはいない。
 ヲ級やホッポだけでなく、港湾棲姫を支持する深海棲艦たちも。
 二十人余りの大所帯になった彼女たちは、外洋での訓練を名目にガ島を離れてトラック諸島へと針路を取っている。
 人間や艦娘たちに保護を求めるために。
 飛行場姫が言ったのはガ島の哨戒圏を抜けたという意味だ。

「渡す物は渡してあるし、日中はずっと監視の目につく場所にいた」

 提督は左の薬指に視線を移す。今はもう何もはめていない。
 そこにあった指輪は港湾棲姫に伝言と一緒に預けていた。
 提督は頭を一振りすると、思い浮びそうになった顔を振り払う。無駄な抵抗だった。

「……後はもうなるようにしかならない。空母棲姫だか、あのもう一人の姫」

「装甲空母、ト呼ンダトコロカシラ」

「その装甲空母姫だかがいつ来るかって話だ。すぐこの後かもしれないし、明日か明後日かもしれない。もう早いか遅いだけなんだ」

「……ヤハリ分カラナイワ。留マッテ確実ナ死ヲ待ツヨリ、アガイタ結果トシテ死ヲ迎エルホウガ自然ニ思エル」

 それは、と言いかけて提督は口を噤む。
 理由は説明できるし言葉も形になってる。それでも提督は質問という形で返していた。

「飛行場姫こそ、どうして港湾たちと行かなかったんだ?」

「私ハ人間モ艦娘モ信ジテイナイ。デモ彼女モ止メラレナイ。ソレダケ」

「それだけ? 違うんじゃないのか」

「……マサカ怖ジ気ヅイタカラ、トデモ言ウツモリ?」

 飛行場姫はふくれたような顔をする。
 いつもの威圧と違うのは……もう俺に腹を立てても仕方ないと思っているからかもしれない。



454 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/15 00:17:00.11 Z6leLO1l0 326/702



「……これは賭けだったんだ。空母棲姫たちが港湾たちを阻止する可能性はあった」

「ソレハソウネ。提督ハ捨テ置イテモ困ラナイノダカラ」

「手厳しいが、その通りだ。意図に気づいたら俺を無視して港湾たちを追撃するかもしれない。だから飛行場姫は残ったんじゃないか?」

 いざという時に実力行使で足止めをするために。
 飛行場姫が港湾棲姫と同等の戦闘能力を有しているとすれば、それは絶対に無視できない相手となる。

「……ドウアレ、ソレハ起キナカッタ話ヨ」

 飛行場姫は濁すように話を断ち切った。それは認めてるのと同じだ。

「デモ今ノデ分カッタワ。提督ハ少シデモ目ヲ逸ラスタメニ残ッタ。ソコマデスル必要ハアッタノ?」

「この島に連れてこられた時点で、俺の命運は決まってたんだよ」

 運命の有無はさておいて、そうとしか言えなかった。
 港湾たちの逃亡が成功するかは、初動の段階で空母棲姫たちがどう動くかによる。
 空母棲姫たちの興味は提督――というより港湾棲姫が提督を気にかけている、という事実に向いているはずだった。
 今回の話はそれを逆手に取ったというだけ。
 港湾棲姫たちの中に提督がいれば目的は看破されて成功率は大きく下がり、いなければ逆に上がるというだけの話。

 提督としては空母棲姫たちの目を欺き襲撃を避けて、数日に渡る航海に耐えるという道筋を見出せなかった。
 ひとたび動きを察知されれば追撃隊が編成されるだろうし、空母棲姫ら自体が出向いてくる可能性もある。
 そして爆撃だろうが砲撃だろうが、至近弾だけで人間の体など紙のようにたやすく引き裂かれる。
 どうせ助からない命ならと提督はガ島に留まることにし、これは初めから決めていた。

「オ前ニヒトマズ感謝シテオコウ」

 飛行場姫はいくらか柔らかい表情になっていて、提督は死刑を宣告されたような気分だった。



455 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/15 00:18:36.81 Z6leLO1l0 327/702



「感謝される謂われはないよ」

 姫から目を逸らし、また視線を合わせる。
 こうして話ができる相手が近くにいるだけ幸運なのかもしれない。

「考えてみろ。俺からすれば、どっちに転んだって得をするんだ」

 港湾棲姫たちがガ島を離れた時点で、深海棲艦の戦力は減っている。
 脅威を減らせるなら艦娘たちの提督として、やるべきことはやったと言える。

「ドコマデガ本心カシラ」

 提督は答えなかった。
 結局、港湾棲姫たち深海棲艦にも彼は入れ込んでいる。
 愚かしいとどこかで思う一方、艦娘たちと港湾棲姫たちの戦いを望んでいないという気持ちは本物だった。

「一つだけ頼まれてほしい」

「言ッテミナサイ」

「港湾の庇護を失った以上、空母棲姫や装甲空母姫は間違いなく俺に何かしてくる」

 飛行場姫は何も言わないが、そこに否定が入る余地はない。

「俺は『尋問』に対する正規の訓練なんか受けてないから、口を割らせるのはそう難しくない。だから……」

 言葉を形にするのに少しだけためらう。
 しかし他に頼める相手はもういない。

「だから言いたくないことを言い出す前に俺を殺してほしい」

 飛行場姫は腕を組む。考えるようなそぶりに思案顔で言う。



456 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/15 00:19:44.00 Z6leLO1l0 328/702



「ソンナニ死ニタイナラ自分デ舌ヲ噛ンダラ。ソレデ死ネルハズヨネ」

「できるならそうする……でも怖いんだ。それに死にたくない」

 飛行場姫は眉をひそめる。

「矛盾シテイルワヨ、提督。死ニタクナイノニ殺サレタイノ?」

「そうでもないんだ。矛盾はしてない……俺には死を選ぶ覚悟がないんだ。自分で自分を、というのはダメなんだ」

 飛行場姫はしばし沈黙する。
 眉をひそめたまま飛行場姫は提督に問う。

「ソレハ……御国ノタメトイウモノ?」

「……間接的にはそうかもしれないが、そこまで夢想家じゃない。もっと直接的な理由だよ」

「艦娘ノタメ?」

 提督が頷くと飛行場姫は組んだ腕を解く。

「勝手ナ話ネ」

「承知してる。その上で頼んでるんだ」

「コノ私ニソンナコトヲサセヨウナンテ」

「言ったろう、覚悟がないんだ。誰かに殺されるのなら諦めもつくし割り切りもできる。だけど……」

「モウイイワ」

 飛行場姫は話を打ち切ると、いらだたしげに鼻を鳴らすように笑う。
 呆れとも怒りとも取れるが。



457 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/15 00:20:19.01 Z6leLO1l0 329/702



「合図ハ?」

 提督はとっさに言葉の意味が掴めない。
 飛行場姫が申し出を受け入れたと気づいて、提督は深く頭を下げる。
 一方の飛行場姫は提督から視線を逸らした。

「カレーが食べたい」

「カレー? 食ベ物?」

「ああ。世界が今日で終わるとしたら最後の晩餐は何がいいって質問があってな。一種の冗談なんだが」

 飛行場姫はまた難しそうに眉をひそめる。

「晩餐ッテ食事ノコト? 最後ニ何ヲ食ベタイカナンテ、ヨク分カラナイ悩ミ」

「分かる日が来るかもしれないさ」

「ソウカシラ……マアイイワ。提督ガソウ言ッタ時ガ、ソノ時トイウワケネ」

 提督は頷きカレーの味を思い出す。
 急に腹が空いてきて苦笑いをするしかなかった。

「そうそう、艦娘たちはみんなカレーが得意でな。味もばらばらなんだけど、どれも好きだ。ひどい目に遭ったこともあるけど……」

 比叡の作ったイカ墨カレーと、その翌日に食べさせられた磯風のカレーは……今となっては笑い話だ。
 とんでもなく場違いな場所に来てしまった。我が身の不幸を少しだけ呪いたくなる。

「誰ノカレーヲ食ベタイトカアルノ?」

 ……なんで、そんなことを聞くんだ。ぶちまけてしまいたい衝動を腹の内に留める。
 勝手に喉が鳴ってしまうので歯を食いしばった。ずっと考えるのを避けようとしてきたのに。
 俯く。顔を上げていたくないし何も見たくなかった。何も聞きたくもない。



458 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/15 00:20:56.27 Z6leLO1l0 330/702



「……会いたい」

「誰ニ?」

「鳥海にだよ!」

 抑えられなかった。
 今すぐにでも鳥海に会いたい。会って話がしたい。
 彼女の声が聞きたかった。司令官さんと呼んでくれる、あの優しい声を聞かせてほしい。
 でも知っている。ここに鳥海はいない。これが俺の現実だ。
 そして現実はいつだって待ってくれない。
 戦って、抗って、そうやって進んでいくしかないんだ。
 良いことも悪いことも待ってはくれない。

「……諦メナサイ」

 飛行場姫が立ち去ろうとする気配を感じて提督は顔を上げる。
 最期まで俺は俺であり続けたい。

「飛行場姫」

「今度ハ何?」

 うっとうしげな声。その背中に向かって提督は言う。
 少しぼやけた視界を気にかけるのはやめた。
 準備はとうにできているんだから。

「カレーが食べたい」

 飛行場姫は立ち止まる。
 聞き耳を立てるように、横顔が見えない程度だが顔が提督のほうを向く。
 もう一度言う。何度だって言ってやる。

「カレーが食べたい」

 飛行場姫はゆっくり振り返った。その目は冷たい輝きを放っている。



464 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:10:38.97 A+5EMiDc0 331/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 黎明時の静やかな海を、トラックへ向かう深海棲艦の一団が航行している。
 港湾棲姫たちでホッポや青い目のヲ級を初め複数のイ級やロ級、他にもチ級やル級など複数の艦種を含んだ総勢二十二名に及ぶ艦隊だった。
 輪形陣の中心には港湾棲姫がいて、彼女は寝息を立てるホッポを肩車している。
 港湾棲姫はからすれば軽いが、確かに体にかかる重みは彼女にある感情を喚起させる。
 港湾棲姫は思い返す。悔恨に導かれて。


─────────

───────

─────


 艦娘に亡命する。つまりは和解を目指す。
 港湾棲姫は提督の提案に心が揺らいでいた。
 というのも港湾棲姫たちを取り巻く環境を打破するアイデアに思えたからだ。
 心が揺らぐのは、そこに正当性を見出したからに他ならない。

 一方で提督の提案を受け入れるのも警戒した。
 この話は提督に――虜囚の立場に有利に働く話だからだ。
 提督に気を許してきているのと、この話に乗るのかはまったく別だった。

 港湾棲姫にとって意外なことに、飛行場姫が提督の話に食いついて質問を重ねていた。
 頭ごなしに否定はせずに疑問と疑惑を埋めていく。
 トラック諸島までどうやって向かうのか、空母棲姫たちを出し抜けるのか。艦娘たちとどうやって接触し、敵意がないと示すのか。
 提督はそれらの問いに答えを用意して、自身はガ島に留まるつもりだとも言う。
 どうして、そこまでする?
 理由は分からないが提案への警戒感は薄らいだ。
 提督は港湾棲姫たちを利用して、逃亡を図ろうとしているわけではない。

「艦娘タチハ……我々ハ受ケ入レル?」

 それまで黙っていたヲ級の発した問いは、一番の疑問であり問題だった。
 大前提への問いに提督は力強く頷いた。

「大丈夫だ」

 何を根拠にそこまで言いきれるのか。
 疑問への解を、納得するだけの材料を見出せずに、港湾棲姫はその時その場での返事を保留した。



465 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:12:27.05 A+5EMiDc0 332/702



─────────

───────

─────


 港湾棲姫はホッポが身じろぎするのを感じて我に返った。
 ホッポは寝起きの声を出して目を開ける。

「……コーワン?」

「ココニ……イルヨ」

 今ではすっかりこっちの呼び方が定着している。
 港湾棲姫としては、ホッポが喜んでいるのならと進んで正す気はなかった。
 何より気に入り始めている。ホッポが言ったようなかわいらしい名前かはともかく、据わりのいい響きだとは思っている。

「マダカカリソウ?」

「アト二日ハ……」

 すでにガ島を発ってから一昼夜は過ぎている。
 その間、二十ノット近い速度で航行を続けていて、ガ島からはだいぶ離れたが道半ば。

「降リルヨ? コーワンモ休マナイト」

「私ハマダ平気……」

 港湾棲姫はホッポを離さない。
 過剰に急ぐ必要はないが、もう少しだけ空母棲姫に備えて距離を稼いでおきたかった。
 逃亡しているからこそ休息が必要になってくる。
 疲弊したまま艦娘と接触する気はなかった。
 もしもの場合、艦娘と交戦しなくてはならない。

 提督は和解できると太鼓判を押したが、港湾棲姫はそこまで楽観視していなかった。
 艦娘が抱いた怒りや悲しみという負の感情を、提督は過小評価しているのではないか。そのように懸念していた。
 そうではないと願い、提督の言う通りであってほしい。
 でなければ道を閉ざされてしまう。

「コーワン、怖イノ?」

 港湾棲姫の心中を察したような言葉だった。

「怖クナイ……怖ガッテモ……イケナイ」

 今や一団の存亡を預かっている。
 それを苦とは思わない港湾棲姫だが、緊張感や警戒心は消せなかった。



466 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:20:33.12 A+5EMiDc0 333/702


─────────

───────

─────


 考えをまとめきれないまま港湾棲姫は提督との話に再び臨んでいた。
 港湾棲姫の心の揺らぎは迷いに変じている。
 彼女は内心で提督の提案を是として受け入れ始めていて、だからこそ行動するか迷っていた。

「提督ニ都合ノイイ提案ダ」

 反対、というよりは確認のために出てきた言葉だった。
 提督はそれを否定せず認める。

「そうとも。しかし港湾たちにも悪くない提案だ」

「ドウシテ、ソウ言エル?」

「艦娘となら和解できるが空母棲姫とじゃ無理だろう。港湾が港湾である限り」

「私ガ私デアル……何ヲ言ッテイル?」

「君はワルサメと同じだ」

 提督は断じる。そのまま提督のペースに巻き込まれるように港湾棲姫は質問されていた。

「正直に言ってくれ。戦うのは好きか?」

「……必要ガアレバスルダケ」

 正直とは逆に遠まわしな答えに提督は笑う。そのまま彼は続ける。

「人間や艦娘が憎いのか?」

「ッ……モウ分カラナイ」

「だろうな。トラックを占領してから分かったことだが、君は現地住民に手出しをしないようにしていた」

 港湾棲姫は何も答えなかったが、それは事実だった。
 島内の奥に引っ込んでいれば関与しようとしなかったし、配下にも無視するよう伝えていた。



467 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:23:37.22 A+5EMiDc0 334/702



「どうして人間を無視したかは知らない。港湾が優しいからか、単に人間にさして興味がなかったからかもしれないし」

「初メカラ……ソウダッタワケジャナイ」

 人間を無視したのはホッポとワルサメの影響が大きい。

「生マレタ時カラ人間ニ腹ガ立ッテイタ……ダケド、ホッポヤワルサメト出会ッテカラ私ノ何カガ変ワッテシマッタ」

 行き場のない憤りも悲嘆も恨みつらみも、気がつけば薄らいでしまっていた。
 そればかりはきっと提督にも理解できないだろうと港湾棲姫は思う。

「だが空母棲姫はそんな深海棲艦を認めないんじゃないのか?」

 その指摘は正しい。
 空母棲姫たちはある意味で純粋だった。少なくとも港湾棲姫はそう考えている。
 持って生まれた感情や衝動に忠実であり、それこそが不可侵で正統な深海棲艦らしさと考えていた。
 だからこそ港湾棲姫とは相容れない。変化してしまった彼女とは。

「港湾はホッポが大事だと言ったな?」

「確カニ言ッタ」

「この先、艦娘とも同じ深海棲艦とも戦うしかない道は修羅道だ。ホッポに残したいのは、そんな道か?」

 修羅道の意味を港湾は知らなかったが、何を言いたいのは想像がつく。
 そして同時にそれは彼女の痛い部分を的確に突いていた。

「そうでなくともニ方面作戦は避けないと」

「窮地ダト……言イタイノ?」

「好ましい状況とは、とてもじゃないが思えないな」

 言われずとも分かっている。だからこそ提督の出した亡命という案に港湾棲姫は惹かれた。

「港湾、お前は今後も艦娘との戦いが続くと言ったな」

 確かに言った。提督を味方に引き込むために言ったが、認識としては誤っていない。
 すでに数えで二年は続いていて、今なお収束どころか激化の一途を辿ろうとしている戦争。
 始めてしまったのは深海棲艦。終わらせるのは……誰かも分からない。

「だったら終わらせてみないか?」

 本気の視線が港湾棲姫を見ていた。



468 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:24:27.73 A+5EMiDc0 335/702


─────────

───────

─────


 ホッポは港湾棲姫から降りた。
 彼女たっての希望で、そうなると港湾棲姫も無理強いはできない。
 もっとも肩車が終わっても、二人は手を繋いで併走する。
 ホッポの足元は水面から反発するように浮いていた。
 そうなる理由は二人の姫にも分からない。ただ自然にできてしまうことだった。

「ホッポハチョッピリ怖イヨ……デモ提督ハコーワンミタイダッタ」

 港湾棲姫は複雑な気持ちだった。
 彼女自身も提督に同じようなことを言っているが、いざ別の相手からそう聞かされると違和感になってしまう。
 私と彼は似ていない。そんな思いを抱きながらも口外はしなかった。

「ソレニ、ソレニネ? 怖イケド楽シミナノ。ワルサメノオ友達ガイルンダヨネ。会ッテミタイ!」

 目を輝かせてホッポは言う。
 それは今まさに昇り始めた太陽と同じ輝きだった。
 港湾棲姫は目をすがめ、しかしそんなホッポを愛おしく思う。
 ホッポが握る手に力を入れる。

「……ガンバロ、コーワン」

 励まそうとしてくれてるのだと港湾棲姫はそこで気づいた。
 港湾棲姫は意を新たにする。
 何があっても戦うしかないと。
 望みは分かっているのだから、あとは立ち向かうだけ。
 そうでもしなければ……報いられないと。



469 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:25:34.17 A+5EMiDc0 336/702



 その日、港湾棲姫たちは交代で休息を取った。
 睡眠と食事を済ませて活力を取り戻した彼女たちは、翌々日の午前にはトラック泊地の哨戒圏にまで進出した。
 しばらくして哨戒機に発見された一団は白旗を振り出す。
 提督から教えられたことで、交戦の意思なしを示す合図だと言われた。

「徹底抗戦……トデモ誤解サレナケレバイイノデスガ」

 青い目のヲ級が淡々と呟く。
 その点に関しては提督を信用するしかないと港湾棲姫は思った。
 頭上に張り付く哨戒機をそのままに、港湾棲姫は泊地への通信を試みる。
 和睦のための話し合いを求める旨を伝え、港湾棲姫たちはやや速度を落として泊地へ向かい続けた。

 提督から注意として、いくつかのことが挙げられている。
 哨戒機を攻撃してはならないし、こちらから艦載機を挙げるのも原則として控えたほうがいいと言われていた。
 不要な刺激を避け、交戦の意思がないのを証明するためでもある。

 ただ航空機の編隊が来るようなら、海底で身を潜めてやり過ごすようにも言われている。
 その場合、話し合いの余地もなく決裂したと言えてしまう。
 幸いというべきか、数時間が経っても交代の哨戒機しか飛来しなかった。

 昼を過ぎてから、港湾棲姫たちは針路上に黒い影がいくつもあるのを認めた。
 それが艦娘たちだと確信し、彼女はさらに近づいたところで配下に停止を命じる。

 港湾棲姫は懐を探り、提督に託された物を確認した。
 艦娘に渡してほしいと頼まれたのは指輪だ。
 誰に渡してもいいとは言われているが、できるならという条件で相手を指定されている。
 指輪の持つ意味を港湾棲姫は知らなくとも、それが提督とその誰かにとって大事な物なのは分かっていた。


470 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:26:05.55 A+5EMiDc0 337/702



 もしかしたら威嚇の砲撃ぐらいあるかもしれない。
 そう考えていたが、何も起きないまま艦娘たちが近づいてくる。
 港湾棲姫は増速し一人だけ突出した形になる。
 すぐにヲ級も後に続いて追ってきた。

「ホッポヲオ願イ」

「オ断リ……シマス。私モ行クベキデショウ……提督ヲ襲ッタ者トシテ」

 港湾棲姫はヲ級に反対されて驚いた。
 今まで彼女は無理難題でも従ってくれていたからだ。
 一抹の不安を感じる一方で、今まで尽くしてくれた彼女の意思は尊重すべきだと港湾棲姫は考えた。

「最後ニ提督カラ言ワレマシタ。今コノ時ニ艦娘トドウ向キ合ワネバナラナイカ……ココハ我々ニトッテ通過点ダソウデス」

「ソウ……」

 艦娘たちからも何人かが突出して近づいてくるのを港湾棲姫は認める。
 その中心にいる艦娘には覚えがあった。
 トラックでの海戦でしつこく追撃してきた艦娘だ。
 名前も知っていた。提督から聞かされていたからだ。
 港湾棲姫は思い返す。彼女の名はと――。



471 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:37:48.15 A+5EMiDc0 338/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 鳥海はトラック泊地の艦隊を預かって、白旗を掲げる保護を求める港湾棲姫たちへの接触を図ろうとしていた。
 内訳は第八艦隊として編成された一団で、顔触れは変わらず鳥海に高雄、島風、天津風、長波。ローマにリベッチオとなる。
 加えて他には愛宕、摩耶と扶桑型の二人に残りのイタリアの艦娘たち、球磨型の五人に嵐と萩風という面々だ。
 また後方にはニ航戦を中核とした機動部隊も待機していた。

「どういうつもりなんだろうなあ、深海棲艦のやつら」

「それを見極めるのが私たちの役目よ、摩耶」

 摩耶の疑問に高雄が答えていたが、鳥海も同じ疑問を抱いていた。
 もしも司令官さんがいたら積極的に応じようとしていたのだろうけど……。
 思案する鳥海に島風が話しかけてくる。

「鳥海さん、大丈夫? 前の戦闘から一ヶ月ぐらい空いちゃってるけど」

「ええ、心配ありません。それに今回は本当に戦闘になるか分かりませんし」

「あ、そっか。そうだよね」

 島風は安心したように言うと離れていく。
 もしかすると鳥海が本当に戦えるのか、探りを入れられたのかもしれない。
 深海棲艦に怒りをぶつけられれば楽なのかもしれないけど、空いた時間はそういった衝動を静めてくれていた。
 撃つのにためらいはないけど、そこに余計な感傷を差し挟む気はない。
 接触までは少し時間があるのも手伝って、気が緩みすぎない程度にそこかしこで会話が生じていた。
 球磨が鳥海に話かけてくる。

「新任さんもいきなり難題で大変クマ」

 トラック泊地には先だって新任の提督が着任していた。
 新任といっても、鳥海を初め少なくない艦娘にとって必ずしも初対面という相手ではない。
 元は輸送艦出雲の艦長としてと号作戦にも参加していて、出雲に乗艦していた艦娘たちならば面識があった。
 司令官さんが元艦長とモヒカン頭の軍医さんの二人を、提督として推挙したという話を聞いていたけれど。
 その一人が巡り巡ってトラック泊地に着任したのは、奇縁を感じるような話なのかもしれない。

「のっけから深海棲艦が助けてくれー、だもんね。不思議な話だよ」

 北上が球磨の話に乗っかってきて、鳥海も頷いた。



472 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:39:40.81 A+5EMiDc0 339/702



「正直、ワルサメのことがなければ信じられなかったと思います」

「うんうん、それはあるよねえ。まー、あたしはワルサメってよく知らないんだけどさ。もったいなかったのかもね」

 もっと接点を持っておけば、ということなのかと鳥海は解釈した。
 北上と話しているためか、大井も会話に自然と入ってくる。

「でもワルサメを信じたのと、今回の件を同一視するのは早計じゃないです?」

「確かにその通りクマ。港湾棲姫とは交戦経験もあるクマ」

「だからこそ向こうも真剣とは言えるかもしれませんね」

 鳥海は答えつつ考える。
 港湾棲姫の狙いや本心がどこにあるのか見極める必要があるにしても、不安はさほど感じない。
 ワルサメという子は港湾棲姫という深海棲艦を信じていたから。
 それを早計と大井さんは言ってるとしても。
 大井がそういえば、と鳥海に聞く。

「新任提督といえば秘書艦を辞退してよかったの? あなた、結構こだわってたはずでしょ」

「それは司令官さんの秘書艦として、ですね。提督さんには提督さんの秘書艦が別にいるはずですから」

「そういうものかしら……ううん、確かにその通りかも」

 大井は北上のほうを見ながら何度も頷く。
 曖昧な笑顔で首を傾げる北上を尻目に、鳥海と球磨は力なく笑う。
 新任が着任してからの引き継ぎで、鳥海は秘書艦を辞退したいと伝えていた。
 表向きの理由としては、第八艦隊が継続するのなら旗艦として専念したいため。
 また前任との仕事に慣れすぎているために、新任のやり方には合わせない可能性があるから、ということにした。



473 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:48:52.94 A+5EMiDc0 340/702



 もちろん秘書艦を継続するのが、新任の判断であり命令ならば謹んで受けるつもりだった。
 現に今でもしばしば助言を求められる。
 それでも率直に言えば、秘書艦であるのは望んでいなかった。
 ……私は他の誰でもない司令官さんの秘書艦ですから。
 結局、新任は鳥海の要求を承認し、秘書艦の席は今なお空席のままになっている。

「北上さんが秘書艦になってもいいんですよ」

「あたし? うーん、あんま興味ないかな。大井っちなら秘書艦にも向いてると思うんだけどねー」

「北上さんの秘書艦なら喜んで!」

「や、あたしって提督じゃないから」

「この二人が秘書艦になったら泊地が傾いてしまうクマ」

 冗談を言う球磨に、軽い調子で北上が口答えする。
 和やかな雰囲気を保ったまま、艦娘たちは深海棲艦たちを電探の範囲内に収めた。
 砲戦距離に入ったが砲撃は行わない。
 艦娘たちは硬くなりすぎず、しかし緊張感を伴って進んだ。
 すぐに肉眼で目標を捉えると、鳥海は艦隊全体で共有している回線に声を吹き込む。

「島風、敵潜は?」

「ソナーには感なし。あそこにいるだけだよ」

「となると報告通り、数は二十二。初めて見る姫もいるし、戦うなら港湾棲姫が難敵だけど……」

「まずは相手の話を聞いて、でしょう?」

 補足する高雄に鳥海は頷く。



474 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:50:57.70 A+5EMiDc0 341/702



「まず私が先行して接触してみます」

 摩耶がすぐに反応する。

「だったら、あたしも行く。一人だけってのはさすがに危険だろ」

 摩耶のこういうところは頼もしかった。
 高雄もそれを認めると自らも志願するが、すぐに鳥海に反対された。

「姉さんはダメです。もしもの時に指揮を執ってもらわないと」

「そういうこった。高雄姉さんは大人しくしてなって」

「ならば私も行きましょう」

 名乗り出たのは扶桑だった。

「万が一を考えたら、戦艦の打撃力が必要じゃないかしら」

 鳥海は即座にもっともだと思った。

「お願いしてもいいですか? 心強いです」

「それなら姉様だけでなく私も!」

 すかさず山城が声を上げるので、鳥海も頷き返す。

「では、これで四人。みなさんはここで待機を。北上さんたちは甲標的を念のため展開しておいてください」

 それから鳥海は泊地と後方の機動部隊に向けて、港湾棲姫たちに接触すると伝える。
 あとは伸るか反るか。



475 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:52:10.13 A+5EMiDc0 342/702



「もしも私たちが撃つか撃たれるかしたら戦闘を始めてください」

「……そうはならないのを願うわ」

 心配そうに高雄が見送る中、四人は深海棲艦たちに近づいていく。
 程なくして深海側からも港湾棲姫と青い目をしたヲ級の二人が近づいてくる。
 双方は五メートルほどの距離を開けて相対すると、鳥海が口火を切る。

「あなたたちの要求を聞かせて」

 答えたのは港湾棲姫で、両のかぎ爪を開いてみせる。
 小細工もなく無防備だと証明したいらしいと解釈した。

「先ニモ伝エタ通リ、我々ニ交戦ノ意思ハナイ……保護ヲ受ケタイ」

「つまり亡命したい……ということ?」

「ソウ……ソシテコレハ……君タチノ提督ガ提案シタコトデモアル」

 予想外の名前が出てきて、鳥海は固まったように止まる。
 他の三人も動揺したが、立ち直るのは鳥海よりも早かった。
 扶桑が鳥海に代わって訊く。

「提督が? 一体どういうこと?」

「提督ハ我々ノ元ニイタ……」

「……いた?」

「提督ハ我々ヲ逃ガスタメニ残ッタ……」

 扶桑たちは不可解に思う。話しの繋がりが見えてこないためだ。



476 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:53:15.59 A+5EMiDc0 343/702



「初めから詳しく説明して。あなたたちに何があって、提督に何が起きているのかを」

 港湾棲姫は言われた通りに説明する。
 提督を拉致して拠点まで連れ去ったこととその理由。
 姫たちと提督がどう過ごしたかを話し、また彼女たちが空母棲姫と対立していることを。
 そして激突を避けるために提督の案に従って、艦娘たちに保護を求めていると。

「あいつはまだ生きてるのか!」

 摩耶が怒鳴るような調子で言う。
 港湾棲姫はそれに対して重々しく首を横に振る。

「最期ハ看取ッテイナイ……デモ彼ヲ守ルモノハモウナイ」

「だったら、どうして提督を連れて来なかった!」

「提督ガ……ソウ望ンダカラ」

 え、と気勢を削がれた声を出す摩耶に、港湾棲姫もまた俯き気味に言う。

「自分ガイテハ我々ノ逃亡ハ難シイト……アノ男ハ我々ヲ生カソウトシテクレタ」

「なんで……あんたら、深海棲艦だろ!? どうしてあいつがお前たちを助けるんだよ!」

 摩耶の悲痛な叫びが刺さる。
 港湾棲姫は唇を噛み、そして鳥海は顔を上げて疑問を投げかけた。

「数日前までなら司令官さんは生きていたの?」

「……エエ。提督ナラ確カニ生キテイタ」

「そんなのって……」

 鳥海は崩れ落ちそうになる。
 一ヶ月はあった。それが提督が消えてから今日に至るまでの期間。
 助け出すには十分すぎる時間があった。
 それなのに何も手を打てずに塞ぎ込んで……残された時間を無為にしていたなんて。



477 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:53:47.79 A+5EMiDc0 344/702



「やめなさい、自分のせいだなんて考えるのは」

 山城だった。冷たいと取れる言葉を彼女は言い放つ。

「私たちは深海棲艦の動向を把握できていなかったのよ。拠点だってどこかも分からないのだから……誰にも助けられなかったの。あなたがどれだけ提督を想っていたとしても」

 冷徹に聞こえる声とは真逆に、山城は労るような眼差しを鳥海に向けている。
 鳥海は感謝した。山城の言葉は胸に痛くとも、不器用な優しさがある。
 そこで港湾棲姫に見つめられているのに気づいた。
 視線が絡むと港湾棲姫は口を開く。

「アナタガ……鳥海デショウ?」

「どうして私の名前を?」

「提督カラ……コレヲ渡シテホシイト」

 港湾棲姫は右腕を背中に回してから、改めてかぎ爪を開く。
 その上に小さな指輪が乗っているのを見て、鳥海は慌てて飛び出ると手を伸ばしていた。
 奪うように取り上げると、指輪を両手で守るように抱きしめ距離を取る。

「なんでこれを!」

「提督ガ……ドウシテモ君二渡シテホシイト」

「司令官さんが?」

「ソレカラ……『アリガトウ』ト」

 鳥海は体を縮めるように震えると、歯噛みして俯く。
 そんな彼女の感情に反応して、艤装が独りでに動き正面に展開すると主砲が港湾棲姫へと指向する。

「これは司令官さんの形見で! 今のは遺言ってことでしょ!」

 鳥海が港湾棲姫を睨む。その重圧に押されるように港湾棲姫が息を呑んだ。
 両者の間では緊迫感が急速に膨れあがっていた。



478 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:55:15.98 A+5EMiDc0 345/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 飛行場姫は考える。ここで提督の願いを聞き入れるかどうか。
 死を望むなら与えるだけの義理はある。彼女はそう考えていた。
 港湾棲姫たちに別の道を示したのは事実で、それは飛行場姫にはできなかったことだ。
 まだ結果は分からずとも、このまま留まり続けて訪れる結果より期待が持てる。
 だから望みを叶えてやっても――。

「……急グコトハナイデショ」

 気がつけば飛行場姫はそう言っていた。
 心の無意識が先延ばしを選んだかのように。

「それは困る!」

 提督が言い返す。
 飛行場姫は理解していない。提督がどれほどの意をもって頼んだのかを。
 深海棲艦の中でも特に強力な個体であるが故に、彼女は身に降りかかる死の気配に疎かった。
 飛行場姫の予想に反して時間はもうなかった。
 物々しい気配が近づいてくるのに気づき、彼女は部屋の入り口を睨む。
 空母棲姫と装甲空母姫が二人のル級を伴って入ってきた。

「アラ、イタノ」

 どこか挑発するような空母棲姫の言葉を無視して、飛行場姫は装甲空母姫に聞く。

「コレハドウイウツモリ?」

「羊ノ収穫時カナト」



479 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:56:10.90 A+5EMiDc0 346/702



「勝手ハヤメタホウガイインジャナイ」

「何故カシラ」

 険のある声は空母棲姫だ。
 二人の姫が自分を無視して話を進めようとしているのが気に入らなかった。

「≠тжa,,ガイナイナラ、誰モ提督ヲ守ラナイ。モシカシテ、アナタハ邪魔ヲスルノ?」

「マサカ」

 飛行場姫は提督を一瞥する。その時はとうに来ていたのだと彼女も理解した。

「私ハ彼女ジャナイ」

「ナラ構ワナイワネ」

 飛行場姫が道を譲るように脇へどくと、装甲空母姫が胸をなでおろしたように言う。

「助カル。私タチト違ッテ、ソッチノ二人ハ地上ニ慣レテナインダ」

 装甲空母の指した二人はル級のことで、すでに息が上がり始めている。
 進み出たル級たちは慎重に提督の両肩を掴むと立ち上がらせた。抵抗はない。

 飛行場姫は思う。人間は不思議だと。
 人間はあまりに脆い。
 だが、この脆い人間が深海棲艦を強く突き動かしもする。
 不思議な生き物だ。その考えを胸に飛行場姫は提督に聞く。



480 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:57:18.04 A+5EMiDc0 347/702



「……ソンナニ食ベタイ?」

「ああ、心残りだよ」

 提督が引き立てられて連れて行かれようとしている。
 背中が見えた。白い軍服。死に装束。
 そんなつもりはないのだろう。
 しかし――白に赤は映える。
 提督の体を貫いてから、飛行場姫はそう思う。

 機械仕掛けの右腕は背中から胸へと抜けて、間の筋肉や胸骨、そして心臓を外へと掻き出していた。
 こふっと息を吐き出した提督の口から血の塊がこぼれる。
 抉り取ったものを手放して腕を引き抜くと、提督の体が膝から前に崩れて倒れる。
 反った背中が顔を飛行場姫へと向けさせた。
 光を失っていく目は飛行場姫を見ているはずだが、本当は何を見ているのかもう分からない。

 飛行場姫は考える。
 望みは確かに果たした。これは提督が望んだ結果だと。
 しかしとも彼女は考える。
 提督の本当の望みは違ったのだろうと。
 誰も彼を知らない場所で、誰にも死に様を知られることがないまま消える。
 飛行場姫は胸の痛みを自覚した。



481 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:58:05.94 A+5EMiDc0 348/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 痛みは一瞬だったが息苦しさは長かった。
 提督は自分の身に何が起きたのか、正確には理解できていない。
 ただ見上げた先の飛行場姫が約束を守ってくれたのだけは分かった。
 言葉の代わりに、喉には何かが詰まっていて息苦しい。
 感謝したかったのかもしれないが、もう思い浮かんでこなかった。
 だが、それもすぐに苦にならなくなる。自分が見ているものも分からなくなる。
 世界が色を失っていく中、なぜか昔を思い出していた。

 幼少期……八だか九だか十の頃。
 父親に言われた。俺は実の子ではないと。
 そんな気はしてた、と返した。意地を張って。
 本当の両親は父の知り合いらしかった。

 十四の時、本当の両親に会いたくないかと父に聞かれた。
 父はあなただと答えた。その時の父の顔は……もう思い出せない。
 その一年後、父が死んだ。大往生だ。
 まだ深海棲艦との戦争が始める前。たぶん父は幸せだった。

 その後、父と同じように海軍士官を志した。
 高官だった父のコネはあったのだと思う。
 さほど優秀な成績を残せなかった自分が兵学校に入学できて卒業までして、海軍に食い扶持を得られたのは。

 それから何年かして戦争が始まった。
 深海棲艦との一方的な戦い。
 同期も後輩も先輩もみんな死んだ。
 そして、なぜか提督に抜擢された。艦娘という怪しい存在の指揮官として。
 今ならあの妖精が一枚噛んでいたのではないかと思えるが、その時に知る由もない。



482 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:58:39.74 A+5EMiDc0 349/702



 初めて組んだのは生意気な駆逐艦だった。
 ただ、あの遠慮のなさは決して嫌いじゃない。でも生意気だ。
 その内、世界水準を自称する軽巡が増えて、他にもいっとう真面目な駆逐艦たちとめんどくさがりの駆逐艦がやってくる。

 全てが手探りだった。
 戦い、傷つき、その度に何かに気づいていく。
 艦娘は兵器であるが、同時に生きていた。
 苦しみ怯え、痛がって悲しむ。時には悩む。
 そして安らいで笑い、喜んで望みを語り、時に驚く。
 彼女たちにどう向き合うのか。本気で向き合うしかなかった。

 実働部隊の指揮官としては、俺には多少の適正があったらしい。
 やがて艦娘たちは増えていく。
 カニをこよなく愛する子、やたらおどおどしているけど優しい子。
 熊だか猫だか分からない軽巡姉妹。その中には心から頼りにするやつも出てきた。

 そして迎えた決戦。
 俺たちは勝って、一人を失った。
 それからも多くのことが起きていく。
 空いていた傷が塞がってきた頃、大切だった者と再開して――そして彼女とも出会った。

 ああ……最期に思い出せてよかった。
 ありがとう、俺は生きていた。
 ささやかな望み。
 この先も彼女と――鳥海と――



483 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 13:59:23.36 A+5EMiDc0 350/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 今にも暴発してしまいそうな鳥海は港湾棲姫に向けた主砲を下ろそうとはしない。
 一方の港湾棲姫はそれを甘んじて受けようというのか、微動だにしなかった。

「鳥海」

 静止するような摩耶の声にも鳥海は視線を向けない。
 分かっている。こんなことしたって、もうどうにもならないのは。
 撃って破局させれば気が済むという話でもない。
 それでも収まりのつかない気持ちがある。

「待ッテ……ホシイ」

 港湾棲姫に付き従っていたヲ級が両者の間に割って入る。
 鳥海の向ける砲口の前に立ったヲ級は手を広げながら言う。

「撃ツナラ私ニシテホシイ」

 それには港湾棲姫が驚きの声を上げる。

「何ヲ言ウ!」

「……イイノデス。艦娘ヨ、アノ男ヲサラッタノハ私ダ」

「そう……」

 鳥海は短く答えながら、ヲ級を観察する。
 ヲ級は無表情で思惑がどこにあるのか鳥海にもよく分からない。



484 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 14:00:20.23 A+5EMiDc0 351/702



「ドウシテモ許セナイナラ私デ手討チニシテホシイ。コーワンヤホッポタチハドウカ許シテ」

「……手打ち?」

「提督ガ最後ニ教エテクレタ。コウイウ時、人間ハ手討チニスルト言ウノダト」

 言葉の意味を考えて鳥海は小声で呟く。

「……人が悪いですよ、司令官さん」

 こうなるのを知ってか知らずか。
 ありがとう、の言葉と重なって何を求めているのか分かってしまった。
 気づいてしまった以上、叶えてあげたかった。それが最後に遺されたことならば。

「そうですね。どこかで終わりにしないと」

 鳥海の言葉にヲ級は顔を強張らせて目を見開く。
 一方の鳥海は息を吐いて肩から余計な力を抜いた。
 指輪は左手に収め、右手は自由にさせておく。
 艤装の静かな唸りをそのままに鳥海の体が前へと飛び出る。
 数歩分の距離を刹那の間に詰めると、右手が電光石火の速さでヲ級の頬を張った。
 その音に遠巻きに見ていた島風ら何人が思わず目を閉じる。港湾棲姫もホッポも反射的に目を閉じていた。
 ヲ級は呆けた顔で鳥海を見つめていた。

「希望通り、手打ちにしました」

 鳥海の言葉にヲ級は手を頬にやる。
 ややあってヲ級はとがめるような声を出していた。

「手打チトハ、コウイウコトデハナイハズ!」

「手で打ったじゃないですか……まだ叩かれ足りないんですか?」

「ソウジャナイ……ソウジャナクッテ……」

 尻すぼみになっていく声に、鳥海は小さな声で謝った。



485 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 14:01:12.99 A+5EMiDc0 352/702



「ごめんなさい。悪乗りしてしまいましたね……手打ちには和解という意味があるんですよ。古い意味で手討ちなら、確かに殺すという意味も持ち合わせていますが」

 鳥海はため息をつく。
 司令官さんは最期まで戦ってくれたんですね……それを台無しになんてできない。

「あなたたちを許せと言ってたんですよ、司令官さんは」

「ソンナノ……ダメ」

 ヲ級は駄々をこねるように首を振る。
 鳥海は眼を細め、声のトーンを意図して下げる。

「あなたはそんなに私に沈めてほしいの?」

「ダッテ……私ナラ許セナイノニ……」

「……私はあなたたちを知りません。でも司令官さんはあなたたちを助けたかった……あの人自身の命よりも優先して」

 白露さんがワルサメを守ろうとしたように、司令官さんもまた港湾棲姫やこのヲ級を守ろうとした。
 だったらどうするかなんて決まってる。

「私、鳥海はあの人の秘書艦です。ならばその想いを汲むのは当然じゃないですか」

 ヲ級はうなだれる。鳥海からそれ以上何も言うことはなかった。
 それから港湾棲姫を見る。緊張も警戒も解けていない顔が見返してくる。

「わだかまりが完全に消えたとは思わないでください……それでも、あなたたちの要求を聞き入れます」

「……感謝スル」

「まだ、それには早いですよ。どうなるか分からないんですから」

「ソレデモ……信ジテクレタ」

「それも含めて、これからのあなたたち次第では?」



486 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 14:01:54.07 A+5EMiDc0 353/702



 機会は作られた。
 でも私たちはまだスタートラインに立ったばかり。
 お互いのことは行動で示していくしかないと思えた。

「扶桑さん、提督さんに連絡してください。投降してきた深海棲艦を受け入れる準備をしてほしいと」

「ええ」

 本当なら鳥海は自分で連絡をするつもりだった。
 しかし緊張しきっていたのは彼女も同じで、気が張り詰めていたせいか一気に疲労感に襲われていた。
 そんな鳥海に山城が言う。

「鳥海。あなたは正しい判断をしたと思うわ」

「……そうだと思いたいです」

「姫は私と姉様で様子を見るわ。あなたは……少し楽にしてなさい」

 山城の視線は鳥海が受け取った指輪にも向いていた。
 泊地からの正式な命令となったことで、他の艦娘たちも深海棲艦を警戒しながらも誘導を始める。

「……ゴメンナサイ」

 ヲ級が見ていた。戸惑いを隠せず、それでも声を振り絞るようにもう一度謝ってくる。
 鳥海はどう答えていいのか分からず、首を横に振った。

「……やめましょう。私だって、あなたたちに何もしてこなかったわけじゃないんですから」



487 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 14:02:21.99 A+5EMiDc0 354/702



 人数の多寡で語る話じゃないのは理解している。
 それでも多寡で語ってしまえば、私のほうが多くを奪ってきている。
 まだ気持ちを整理できていないのは確かで、だけどこの子を恨むよりも他にやったほうがいいことがあると思えた。
 それが何かはまだ全然分からないけど……。
 鳥海は左手で握り締めていた指輪を両手で包み直す。そうしていないとなくしそうな気がして。

「よくがんばったな」

 摩耶がすぐ近くまで来る。鳥海はできる限りの笑顔を返した。

「分かってたから……白旗振ってたでしょ。あれだって受け入れてほしいってことじゃない」

 言いながらも鳥海は自分が見栄を張っているのだと思った。
 怒りも恨みもぶつけるのが筋違いだと思えて、それで分かったようなことを言ってるだけで。悲しい気持ちは残ったままで。

「摩耶、ごめん……」

 危ないとは分かっていても、航行中の摩耶に正面から体を寄せる。
 これも分かってる。摩耶なら速度を同期させてくれるって。互いの艤装の速度が微速にまで落とされる。
 今度はちゃんと甘えることにした。
 摩耶の体に収まるように頭を胸に押しつける。
 何も言わず摩耶は頭と背中に手を回すと、浅く抱き返してくれた。
 髪に触れる感触を気にしていれば、余計なことも考えずに済む。
 私は……声を押し殺す。
 小さな指輪が、今度こそ司令官さんをなくしたという現実を教えてくれた。



488 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 14:03:08.17 A+5EMiDc0 355/702



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 装甲空母姫は提督の亡骸を、彼女の占有空間へと運んでいた。
 そのあとに続くのは飛行場姫で、装甲空母姫に請われて足を運んでいた。
 空母棲姫は提督が死亡した時点で、彼への関心を失いル級たちと海底へと戻っている。

「ココハ……コンナ場所ガアッタノカ」

 飛行場姫の眼前にあるのは、言わば研究プラントだ。
 横倒しに並んだカプセルがいくつも入り口から奥へと連なっている。
 電力やその他よく分からないものを供給しているであろうケーブルが容器の上下から伸びていて、内部には液体が詰まっていた。
 そのいずれにも様々な艦種の深海棲艦が入っている。
 眠っているのか死んでいるのか飛行場姫には分からないが、ある言葉が自然と浮かんできた。

「保育器?」

「当タラズトモ遠カラズ。ココニ同ジ姫デ入レタノハ君ガ初メテ」

「ナゼ私ヲ?」

「誰カニ……知ッテホシカッタノカモシレナイ」

「コノ場所ヲ?」

 こんな薄気味悪い場所。そう内心で飛行場姫は付け加えていた。
 装甲空母姫は答える前に、提督の体を空いていたカプセルに入れる。

「何ヲシテイル?」

「誰カサンガ殺シテシマッタカラ、腐敗ダケハ抑エナイト」

「ソウデハナクテ、提督デ何ヲスルツモリダト」



489 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 14:03:51.94 A+5EMiDc0 356/702



 装甲空母姫は片眉だけを吊り上げて笑う。

「代償ヲ支払ッテモラウ。人間ノ体ニ」

 飛行場姫は得も言われぬ不快感を覚えた。

「死ンダ人間ダ。安ラカニ眠ラセテヤッテハ」

「ソウハイカナイ。コノママデハ我々ハタカガ非力ナ人間ニ、戦力ノ一角ヲ崩サレタコトニナル」

 装甲空母姫は冷ややかな目でカプセルを見下ろす。提督の死体を。

「コノグライノ代償ヲ受ケ取ッテモ割ニ合ウマイ。改造モデキレバイイケド……」

 飛行場姫は思った。いっそ提督が入れられた容器も壊してしまおうかと。それはまったく難しいことではない。
 衝動じみた行動を取る前に、飛行場姫は別の容器を見て驚いた。
 その中に浮かんでいるのは深海棲艦ではない。

「艦娘……?」

「ソウ、ソレハパナマデ交戦シタアメリカノ艦娘ダ。私ノ艦載機ヲイクツモ落トシタ……代償ダ。他ニモ色々ナトコロカラ回収デキテネ、コノ数ヶ月ハ戦闘ガ多クテヨカッタ」

 装甲空母姫は愉快そうに笑うが、すぐにその笑い声を消す。
 あとに残ったのは真摯な顔だった。

「知ッテホシイノハ……深海棲艦ガ直面シテルコト。我々ハ窮地ニ追イ込マレテイル。ソレト気ヅイテイナイダケデ」

 飛行場姫は息を呑んだ。知らずに自分が踏み入れているのは危険な場所ではないかと思って。

「ゴク少数デモ、生マレナガラニ不完全ナ個体トイウノハイタ。ソウイッタ個体ヲ用イテ色々試シタヨ。改造シテ巨大化サセテ実験兵器ヲ載セタリ、艤装ニ転用シタ例モアル。成功モ失敗モ様々デ」

「知ッテル。ソレトコレガドウ繋ガルノ!」

「セッカチダナ、君ハ」

 こんな話なんか聞いていたくないだけ、飛行場姫は内心で言い返す。
 一方で姫である以上、知っておかなければいけない話だとも考えていた。



490 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 14:04:40.34 A+5EMiDc0 357/702



「今デハ……深海棲艦ノ出生率ガ下ガッテイル。シカシ不完全ナ個体ノ発生率ハ反比例シテ上昇シテイル」

 飛行場姫は不審に思う。
 正確なデータとして把握しているわけではないが、それだけの変化ならもっと認知されている問題だと思えたからだ。
 その疑問をよそに装甲空母姫は話を続けた。

「モチロン今ガ過渡期トイウ可能性モアル。我々ノヨウナ姫ヤ9レ#=Cノヨウナ強靱ナ個体ガ生マレルタメノ」

「……デモ、ソウハ思ッテイナイ?」

「淘汰ニシテハ劣化ノ激シイ個体ガ多スギル。西海岸ナド酷イモノヨ。発祥ノ地ナノニ……ダカラコソカナ?」

 含み笑いをする装甲空母姫に、飛行場姫は胡乱げな眼差しを向ける。

「……信ジラレナイワ。ソレダッタラ、モット早ク気ヅクジャナイ」

「足リナイ者同士デ掛ケ合ワセテ、表面的ニハスグ分カラナイカラカナ。幸イ、我々ニモ小鬼ノ作リ出シタ修復材ガアル」

 聞かなければよかった、と飛行場姫は少なからず思った。
 装甲空母姫は完全な一体を用意するために複数の個体を切り刻んでは修復、欠けの生じた個体は対空砲台などへと改造していると言う。

「総数ハコレデ変ワラナイ。戦エナイ個体ニモ働キ場所ガアル」

 何か問題が、と問われているようで飛行場姫は絶句するしかなかった。
 おかしいと感じながら、どこがどうおかしいのかを指摘できない。
 浮かぶ理由が観念的になってしまい、それは不適切だと思えてしまう。

「ソウマデシテ……ドウシタイノ?」

「怖イカラ」

 装甲空母姫は真顔だった。その目は海のように茫洋としている。



491 : ◆xedeaV4uNo - 2016/11/23 14:05:32.76 A+5EMiDc0 358/702



「私ハ怖イ。遠カラズ我々ハ滅ンデシマウノデハナイカト。外ノ理由モ内ノ理由モ絶対ニ嫌」

「ダカラトイッテ……」

 このやり方が本当に最適解なのか。そうではないと思う。
 しかし代案を出せるほど飛行場姫は冷静ではなかった。

「艦娘ヤ人間ガドウ絡ムノ」

「アア、ソレハ簡単ナ話デ足リナイ部分ハ外カラ補エバイイ。閉ジタ輪ノ中デ行ウヨリ健全デショ?」

 なんでもないことのように言われて、飛行場姫はきびすを返す。
 装甲空母姫の行為は、深海棲艦の未来を見据えての行動かもしれない。
 それ故に止められないと思う。しかし間違えてると、どこかで感じてしまう。
 展示された標本のような同族や艦娘を見ると、飛行場姫は強烈な嫌悪感が生じてくるのを抑えられない。
 あそこにあるのは等しくモノで、一様に死にくるまれていた。
 無機質な冷たさの中から明るい未来が生まれるという展望が、飛行場姫にはどうしても想像できない。

 飛行場姫の足は自然と外へと向かい、そのまま夜の海へと飛び込んだ。
 海水に当たれば、少しは淀んだ気持ちが晴れるかもしれないと期待して。
 実際に効果はあった。
 覚めた頭でどうでもできないと判断する。何も止められないし変えられない。

 飛行場姫は水面に仰向けに浮かび上がると、星空を見上げる。
 提督を憐れに思った。
 艦娘を想い死を賭したであろうに、その死後に艦娘と戦うために利用されるとは。

「コンナハズデハナカッタ……ソウハ思ワナイ?」

 飛行場姫は思う。この世界は残酷なのかもしれないと。
 そして、それに一役買ってるのは彼女自身と言えるとも。
 飛行場姫はうんざりしながら、流されるままに体を波に任せた。





 五章に続く。




【艦これ】鳥海は空と海の狭間に【五章】


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