喪黒「私の名は喪黒福造。人呼んで『笑ゥせぇるすまん』。
ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。
この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。
さて、今日のお客様は……。
玉城創一郎(48) 実業家
【我が愛しの美(ちゅ)ら島】
ホーッホッホッホ……。」
元スレ
喪黒福造「何なら、私が本物の大自然をお見せしましょうか?」 中年実業家「大自然……か」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1529390523/
休日の釣り堀。多くの市民たちで賑わっている。
その中で、一人の中年の男性がむっつりとした表情で水面を見つめている。水面には魚が泳いでいる。
テロップ「玉城創一郎(48) 『越天楽』グループ経営者」
玉城は水面を見つめながら先週の自分を振り返る。
本社ビルの廊下の真ん中を中を歩く社長。
社員たち「社長、おはようございます!」
玉城「おはよう」
経済誌の記者が玉城にインタビューをしている。
記者「ここまでグループを拡大させることができた秘決というのは、一体何でしょうか?」
玉城「そうですね。やはり、新しいことに積極的にチャレンジする精神なのではないかと思います」
黒塗りの車の中で、玉城と秘書が話をしている。
秘書「社長も晴れて政府の諮問会議の一員になりましたね」 玉城「ああ」
しかし、玉城の表情は浮かない。
社長室。玉城は経済新聞の広告を見ている。広告には玉城名義の著書が宣伝されている。
玉城「ふん。こんな本、全部ゴーストライターが書いてるに決まってるだろ」
場面は釣り堀に戻る。
玉城(何か気分がすっきりしないな……。雲ひとつない晴れだというのに……)
そこへ、釣り堀に一人でいる玉城の姿を喪黒福造が見つける。
喪黒「社長どうです、釣れますか?」
玉城「いや、今日はさっぱりでしてな……。ん?あなたどうして私が社長だと分かるんですか?」
喪黒「実はこの間、『週刊ビジネスマン』でのあなたのインタビュー記事を読みましてな……。雑誌の写真の人物とあなたの顔が見事に一致していたのですよ」「あなた玉城創一郎さんでしょう?」
玉城「ああ、そうだ。私は玉城創一郎だよ。ところで、あなたは一体何者なんです?」
喪黒「私ですか?紹介が遅れました。私はこういうものです」
喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
玉城「ココロのスキマ、お埋めします?」
喪黒「私はセールスマンです。お客様の心にポッカリ空いたスキマをお埋めするのがお仕事です」
玉城「ふぅん……。心のスキマを埋めるセールスマン、ねぇ……」
喪黒「玉城社長はなかなかのやり手のようですな。ここまで大規模な施設を一人で経営しているとは」
玉城「気が付いたらそうなってたんですよ」
喪黒「カプセルホテル、スーパー銭湯、アミューズメント、レストラン……。これらの分野を全て成功させ、その上最近ではカジノへの参入も考えてらっしゃる」
玉城「これまで仕事一筋で生きてきましたからねぇ」
喪黒「ですが……玉城さん。最近では、あなたにも心にスキマがおありのようですなぁ」
玉城「ああ。このところ私もだいぶ疲れが貯まっていてねぇ……」
喪黒「とはいえ、あなたは身体面ではすこぶる健康。むしろ精神的に疲れているのではないでしょうか?」
玉城「たぶんそうでしょうなぁ。今までがむしゃらに突っ走ってきましたから……」
玉城「何をやってもむなしい。心から楽しいとは思えない。毎日がとにかく憂鬱ですよ」
喪黒「それはいけませんなぁ。ゆっくり休んで、心の洗濯でもなさったらどうです?」
玉城「だからこうやって、私は今釣り堀にいるんですよ。今日は日曜だから」
玉城「全く、この魚という生き物はうらやましい。水面をのびのびと泳いでいる」
玉城「こいつらには、仕事や金儲けとかの世知辛いこととは無縁でしょうなぁ」
喪黒「でも、ここの魚たちは釣り堀のコンクリートの中で生きているわけです」「だから彼らは完全に自由じゃありません」
喪黒「魚は大自然の中で生きてこそ本当の自由を味わえるでしょう」
玉城「まあ……。それを言っちゃあ、おしまいですよ」
喪黒「何なら、私が本物の大自然をお見せしましょうか?大海原の中を泳ぐ魚、雄大な森、満天の星空……」
玉城「大自然……か。たまにはいいかもしれませんなぁ」
1週間後。海上に船舶が浮かんでいる。船の中には喪黒と玉城がいる。2人とも半そで姿だ。
喪黒「この船は、例の目的地に行くための特殊なフェリー便です。大自然の宝庫のあの島へ、ね」
玉城「例の目的地……。大自然の宝庫の島……。どうやら、南西諸島辺りまで行きそうだな」
喪黒「なかなか察しが早いようですな」
フェリーは目的の島に到着する。
喪黒「社長、着きましたよ」 玉城「ここは……?」
喪黒「『龍神島』です」 玉城「龍神島……。沖縄県でも南の方にある孤島か」
龍神島。空、海、海岸、森など大自然が目立つ。島の周囲には文明的なものは見当たらない。
テントを張り、キャンプをする玉城と喪黒。海に潜り、豊富な種類の魚やサンゴを目にする玉城と喪黒。
夕方。玉城と喪黒は飯盒でご飯を炊いている。二人は夕食をしながら会話する。
喪黒「あなたの名字からして、沖縄は玉城社長にとってゆかりの地でもあるでしょう」
玉城「ああ。私の祖父はもともと沖縄県の出身なんだ」
喪黒「あなたのおじい様は、戦前に沖縄から本土へ移住してきたのでしょう」
玉城「そうですよ。祖父は大正末期に横浜へ出稼ぎに行き、そのまま住みつきました」
喪黒「そのおかげで、今のあなたがあるのでしょうなぁ」
玉城「私もそう思います」
夜。玉城と喪黒は満点に浮かぶ星空を目にしている。
喪黒「星が綺麗ですなぁ。玉城さん」
玉城「全く、ここまで美しい夜空を目にしたのは生まれて初めてですよ」
喪黒「どうです、玉城さん?リフレッシュできたでしょう?」
玉城「いやぁ、リフレッシュどころか……人生観さえも変わりそうです!」
喪黒「それはよかったですなぁ」
玉城「喪黒さん、これからもこの島を訪れていいでしょうか?」
喪黒「どうぞどうぞ。いくらでも訪れて結構。ですが玉城さん……。約束があります」
喪黒「この龍神島では決して金儲けに関わるようなことをしてはいけません」
喪黒「龍神島は、文明とは一切関係のない大自然の宝庫であるからこそ価値があるのです」
玉城「わ、分かりました。喪黒さん」
龍神島での休暇が終わり、本土へ帰った玉城。
「越天楽」本社ビルの廊下の真ん中を中を歩く玉城に社員たちが挨拶する。
社員たち「社長、おはようございます!」
玉城「おはよう!」
黒塗りの車の中。
秘書「そういえば……社長、以前より元気になったように見えますが」
玉城「はっはっは。この間、私の人生を変えるものと出会ったからな」
秘書「新しい健康食品にでもハマったんですか?」
玉城「それは秘密だよ」
デスクに向かって書類にハンコを押す玉城。著名な政治家と会う玉城。
黒塗りの車の中で、携帯電話で仕事の会話をする玉城。
だが、彼の頭の中にはずっと『龍神島』の光景が浮かび続けている。
本社での会議の最中にも、玉城の頭の中には『龍神島』の光景が浮かんでいる。
玉城(龍神島は最高だ……。何度でも行ってみたいもんだな……)
役員「社長、聞いてますか!!」
玉城「あ、いや……。もう一度よく説明してくれ……」
スナック。「越天楽」グループの管理職たちが酒を飲んでいる。
管理職A「最近、うちの社長、仕事中にボーッとすることが多くなったな」
管理職B「疲れてるのか?」
管理職A「それにしちゃあ、元気がよさそうなんだよな」
管理職C「まさか、女か遊びにでも溺れたのかな?」
イタリア料理店で食事をする玉城。夜、ベッドで横になる玉城。
その間も、彼の頭の中にはずっと『龍神島』の光景が浮かび続けている。
本社ビル。社長室。
玉城「うーん、四六時中、あの島のことが頭の中から離れん!これでは仕事が手につかん!」
玉城「俺はどうすればいいんだ……!」
料亭。他社の社長と会食する玉城。
某社長「ほう、君はその島の虜になってしまったってことか」
玉城「そうなんだよ。ここまで美しい島が日本にあったなんてな」
某社長「でもなぁ、これほど豊かな大自然がありながら、多くの人たちに知られていないってのは惜しいな」
某社長「ホテルか何かでもあればなぁ。もしも俺が君なら、龍神島に何かの施設を造るところだが」
玉城「龍神島に何かの施設を造る……。そうか、その手があったか!」
「越天楽」本社ビル。会議室。玉城が管理職たちに新しい企画を説明している。
玉城「『越天楽』グループは、龍神島に新しい複合施設を建設したい」
玉城「温泉、テーマパーク、宿泊施設を兼ねた一大リゾート地を造る予定だ」
玉城「これはわが社の社運をかけたビッグプロジェクトだ」
玉城「すでに、沖縄県内の政治家たちや財界人とも話をつけてある」
管理職たち(玉城社長、久々に大勝負に打って出たな)
数日後。海上には、龍神島行きの例の特殊なフェリー便が浮かんでいる。
船には、玉城や様々な関係者が乗り込んでいる。
関係者たち「珍しい路線のフェリーがあったもんですな」「どこなんです?その龍神島とかいう場所は?」
玉城「そろそろ着きますよ」
フェリーは龍神島に到着する。
玉城「ここです」
関係者たち「おお、ここが龍神島か……!」「首都圏と違って、空気がうまいな!」
関係者たち「それにしても、こんなに豊かな自然が残っていたとは!」「清々しい気分になってくる!」
関係者たち「この島はいくらでも開発のし甲斐があるな!」「観光客を呼び集めれば、ものすごいドル箱になるぞ!」
玉城「皆さん、この島がすっかり気に入ったようですね」
玉城と関係者の前に、半そで姿をした喪黒が現れる。
玉城「やぁ喪黒さん、あなたキャンプ中ですか?こんなところで奇遇ですなぁ」
喪黒「玉城社長。……あなた約束を破りましたね」
玉城「え?」
喪黒「私は忠告したはずです。龍神島に訪れてもいいが、決して金儲けに関わるようなことをしてはいけない、と」
喪黒「それなのにあなたは、金儲けのために龍神島へ訪れてしまった」「この島を開発してリゾート地にするために……」
玉城「ああ、あれですか……。今更、その話は勘弁してください」
玉城「これは仕事で決まってしまったんですから、しょうがないですよ」
喪黒「仕事で決まってしまったから、しょうがない……ですか」「じゃあ、私も今から例の仕事をやりましょう」
玉城「一体、何のことです……?」
喪黒「約束を破った以上、あなたには罰を受けて貰うしかありません」「私の仕事はこういうことです!!」
喪黒は玉城に右手の人差し指を向ける。
喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」
玉城「ギャアアアアアアアアア!!!」
一連の「ドーン」の行為を経て、いつの間にか喪黒の姿は消えている。
関係者たち「な、何が起きたんだ……?」「何だか頭がクラっとしたぞ……」
玉城「ううう……」
龍神島。上空の空はみるみる曇っていき、雷の音とともに一気に土砂降りが起きる。
玉城と関係者たち「雨だ!!」「天気予報では、沖縄は晴れのはずなのに!!」
雨は激しくなり、辺りに強風が吹き始める。
玉城「急げ!船の中に戻るぞ!」
玉城と関係者たちは船の中へ戻る。
船の中。玉城と関係者たち「はあ、はあ」「全く、とんだアクシデントだ」
その時、船に向けて雷が落ちる。落雷の影響で、勢いよく炎上する船。
玉城と関係者たちは炎の中で悲鳴を上げる。
一同「うわあ!!!助けてくれ!!!」
炎に包まれて激しく燃え続ける船。黒焦げになった船に大きな波が襲い掛かる。
船は波に弄ばされ続けた後、海中へと沈んでいく。
激しい嵐の龍神島。島の森の中に、合羽を着た喪黒が立っている。
喪黒「あらゆる生き物の先祖は海の中で生まれ、大自然の中で進化して今の姿になりました」
喪黒「人間が大自然や海に思いをはせるのは、ある意味、先祖の遺伝がなせる技と言えるでしょう」
喪黒「ですが、大自然は時として、生き物に容赦なく牙をむいてくることもあるのです」
喪黒「人間は自然を克服するために文明を築きましたが、生き物としてはむしろ弱くなっているのかもしれません」
嵐が明け、上空に太陽が浮かぶ。
喪黒「おや、激しい嵐も過ぎ去ったようですねぇ。オーホッホッホッホッホッホッホ……」
―完―