―会社―
男「あ、あの……課長!」
課長「なんだね?」
男「実はたった今、母が倒れて病院に運ばれたと連絡がありまして……」
課長「ああ、君の電話は聞いていたよ。それで?」
男「早退させて頂きたいのですが……」
課長「早退? 君が病院に行ってなんになる?」
男「!」
元スレ
男「母が病気で倒れたんです!」課長「君が病院に行ってなんになる?」
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1527530095/
課長「まさか、自分が行けば母上の病状が回復するとでも?」
課長「そんな安っぽいドラマのような奇跡が起こると、本気で信じてるのか?」
男「しかし、母は私にとってたった一人の家族なんです!」
男「お、お願いします!」
課長「早合点するな。誰も病院に行くな、とはいってないよ」
男「え?」
課長「君の電話から……どういう病気かは推測できた」
課長「君の母上は、そこらの医者では治療できない難病に侵されている」
課長「おそらく日本で治療できるのはほんの数人……私もそのうちの一人だ」
男「え、課長……あなたまさか!?」
課長「ああ、私は医師免許を持っているのだよ」
課長「君だけ行っても意味がない……私も同行させてもらおう!」
男「は……はいっ!」
ブロロロロロ…
男「すみません、運転してもらって」
課長「今の君では事故を起こしかねんからな」
課長「ところで、お母上が君にとってたった一人の家族というのは……?」
男「元々四人家族だったのですが、幼い頃酒乱だった父が妹を連れて家を出ていってしまって」
男「それ以来、俺と母は二人きりで生きてきたんです……」
課長「そうだったのか……ならば、急がねばならんな」グンッ
男「あっ、課長! 信号が赤ですよ、赤!」
課長「君は母親の命がレッドゾーンだというのに、律義に赤信号を守るのかね?」
男「いや、でも……事故ったら! 他の人にも迷惑が……!」
課長「心配いらん」ギュルッ
ギャルルルルルルッ
男「うをおおおおおおおおおおおおお!!?」
男(なんてドライビングテクだ! まったく危なげなく行き交う車をすり抜けた!)
課長「さ、病院まであと少しだ」
―病院―
男「母の容態は!?」
医者「思わしくありません……先程昏睡状態に入りました」
男「そんな……」
課長「患者(クランケ)を診せてもらおうか」
医者「は……? 素人がなにいって――」
課長「私の顔を見忘れたか?」
医者「! あ、あなたは……伝説の……! こちらへどうぞ!」
ピッ ピッ ピッ…
母「…………」
課長「これが患者か……」
医者「重要な臓器にこの見たこともない腫瘍がこびりついており、手の施しようもないのです」
医者「しかし、あなたならば……」
課長「…………」
医者(すごい集中力だ……!)
医者(おそらく今、この人の頭の中ではこの患者をどう治すかの青写真が組み立てられているのだろう)
課長「カチョーン!」
医者「え!?」
課長「……失敬。つい興奮してしまった」コホンッ
課長「この患者、私ならば治せる! オペの準備だ!」
医者「は、はいっ!」
医者「おーい、誰かーっ! 手術道具持ってきてーっ!」
課長「術式を始める」ギラッ
医者(出た……! 超一流の医者にしか使いこなせない“黄金のメス”!)
課長「はぁっ!」スパッ
課長「…………」ズババババババッ
医者(なんという豪快にして繊細なメスさばき……!)
医者(す、すごい……! 瞬く間に腫瘍が取り除かれていく……!)
医者(助かる! この患者は助かるぞ!)
病院の受付――
ザワザワ…
「なんだあいつら……」 「異様な雰囲気だぜ……」 「怖い……」
手下A「“標的”はこの病院で手術を受けているようです」
手下B「しかし、不治の病に侵されてるようで、我々が手を下す必要はあるんですかね?」
手下C「放っておいてもくたばるでしょう」
暗殺者「万が一助かる、ということもある。乗り込むぞ」
手下達「はいっ!!!」
手術室前――
医者(手術完了まであと少し……あの患者は助かったな。ちょっとサボっちゃお)
看護婦「先生、大変です!」バタバタ
医者「なんだ、こっちは大変な手術中だぞ!」
看護婦「あの……見るからに怪しい人達がやってきて、患者を引き渡せって……!」
医者「怪しい人達……!?」
男(ま、まさか……!? 母さんに恨みを持つ連中が刺客を……!?)
暗殺者「今手術中の患者を渡してもらおうか」ザッ
課長「なんだお前ら?」
男「課長、こいつらはおそらく刺客です!」
男「母さんはジャーナリストとして、ある政治家と暴力団の癒着を暴いたことがあるんです」
課長「ああ、あれか。あれはなかなか見事なすっぱ抜きだったな」
男「それを恨みに思ってる連中が、この機会に母さんに引導をと……!」
課長「なるほど……」
男「あんなのを相手にしたら、命がいくつあっても足りません!」
男「課長、逃げて下さい!」
課長「…………」
課長「断る」
暗殺者「なんだと?」
課長「一度面倒を見た患者を見捨てることはできない。大切な部下の肉親ならなおさらだ」
男「課長……!」
暗殺者「標的以外を狙う趣味はないが、邪魔をするなら容赦はしない」
暗殺者「やってしまえ」
手下A「はいっ!」バババッ
課長「…………」コォォ…
課長「カチョーッ!」
バキッ!
手下A「ぐへえっ!」
暗殺者(まさかこいつ……中国拳法の使い手!?)
課長「カチョッ!」
ドカッ!
手下B「ぐぎゃあっ!」
課長「カチョアーッ!」
ズガッ!
手下C「ぎゃふぅっ!」
男(あっという間に三人倒した! 課長がこんなに強かったなんて……!)
暗殺者「なるほど、手下どもでは分が悪いようだ」
暗殺者「私が相手をしよう」ジャキッ
課長「ナイフ使い、か……」サッ
男(俺、完全に蚊帳の外……!)
男(だけど頑張ってくれ、課長! フレッ、フレッ、課長!)
暗殺者「いくぞ!」シュバッ
ギィンッ!
暗殺者「はああああああっ!」シャシャッ
課長「カチョォォォォォッ!」ヒュヒュンッ
キンッ! ガキンッ! キィンッ!
暗殺者「ほう、なかなかのメスさばきだ!」
課長「そちらこそな!」
課長(私にブランクがあるとはいえ、この強さ……!)
課長(こいつ、間違いなく裏社会で一、二を争う使い手……!)
課長「カチョッ!」スパッ
暗殺者「くっ……!」パサッ
課長(長い髪!? いや、衣服の着こなしでうまくごまかしているが、よく見るとこの暗殺者――)
課長(女性!?)
課長(しかもなかなかの美人――)
暗殺者「スキありッ!」シュッ
ザシュッ!
課長「ぐ、は……っ!」ガクッ
男「課長ォォォォォォォォッ!!!」
課長「ぐう……っ!」
暗殺者「一瞬の動揺が明暗を分けたな……」
暗殺者「恨みはないが、トドメを刺させてもらう!」
課長(ここまでか……!)
男「ま、待てっ!」
暗殺者「なんだお前は?」
男「課長の部下だ! 課長をやるなら、まず俺をやれぇぇぇぇぇっ!」
暗殺者「ほう、なかなかの忠誠心……だ……!?」
課長(なんだ? 暗殺者の様子がおかしい……)
暗殺者「お、お兄ちゃん……!?」
男「え……!?」
男「あっ、お前、妹か! ――妹なのか!」
暗殺者「そうだよ! ずっと……会いたかった……」
男「俺もだよ……」
男「捜したのに、全然行方が分からなくて……」
暗殺者「あれからすぐ、お父さんも死んじゃって、私一人ぼっちになっちゃって……」
暗殺者「今の私は暗殺者……お兄ちゃんに会う資格なんて……」
男「暗殺者になろうが、お前はお前だよ!」
暗殺者「お兄ちゃん……!」
課長(泣ける……!)グスッ
暗殺者「……そっか、ってことは“標的”は私のお母さんなのね」
暗殺者「いくら私でも、お兄ちゃんやお母さん、お兄ちゃんの上司は殺せないよ……」
暗殺者「この仕事はキャンセルする。他の刺客が送られないよう、手配もしとくね!」
男「狙われた身でいうのもなんだけど、そんなことして大丈夫なのか?」
暗殺者「うん、今の私って、依頼者が土下座して“仕事して下さい”って頼んでくる身分だし!」
課長(この子の実力を考えれば、それは本当だろう)
課長(仕事を放り出したところで、裏社会での立場が危うくなることはあるまい)
暗殺者「じゃあね、お兄ちゃん……」
男「お前も元気でな……」
暗殺者「さぁ、お前達、いつまで寝てるんだ! とっとと帰るよ!」
手下達「は、はいっ!!!」
バババッ
男「ありがとう……妹」
課長「さて、手術を再開しようか」
男「妹にやられた傷は大丈夫ですか?」
課長「止血はしたし、問題ないよ」
……
課長「術式……完了」
課長「君のお母さんは……助かったよ」
男「本当ですか!」
男「なにからなにまで、課長の世話になってしまって……」
課長「なぁに、部下の母親を難病から救うのは、課長として当然の務めさ」
男「課長って大変なんですね……」
母「……ん」
男「あ、母さん!」
母「私ね……夢の中で、あの子に会ったよ……。私の娘、あなたの妹と……」
男「……妹はどうなってた?」
母「とても優しく、美しく、成長していたよ……」
男「うん、それはきっと夢じゃなかったんだよ……」
課長(ついでにいうと、ものすごく強い)
課長「君の母上はもう大丈夫だろう。後は任せたよ、ドクター」
医者「お任せを!」
課長「私は会社に戻るよ。まだ終業時刻にはなっていないしね」
男「でしたら私も一緒に帰社します!」
課長「帰社? 今、君が会社に行ってなんになる?」
男「!」
課長「君のやるべきことは……大手術を乗り越えた母上のそばにいてあげることだろうが」
課長「それに入院手続きなどもしなければならないだろう」
課長「仕事は私や仲間に任せて……ゆっくりと親孝行してあげなさい」ニコッ
男「課長、ありがとうございます……!」
おわり
課長「…返す言葉もありません」
社長「どうやら君には課長と言う役職はふさわしく無いようだね」
課長「…!」
社長「全く、明日からも頼むよ、部長!」
部長「は、ハイ!!」