――僕のヒーローが女の子になってしまった
友「イッツァミラクル! ハッハー!」
男「……」
友「どうしたよアニマル、びっくりしすぎて口もきけなくなったか!?」
男「……」
友「見ろよなんだこれ、ほっせー腕、白い脚!
もしかしなくてもこれ、かなーり美少女なんじゃねえのおったまげ!」
男「スカート捲るのよしなよ」
友「なんだ照れちゃってんの? ほれほーれ」
男「パンチラやめて」
男「このテンション、本当にカールなんだね」
友「おう、俺だぜ? 疑ってたのか馬鹿野郎」
男「だって、全然面影が残ってないから」
友「確かに朝起きたら髪がわっさーって。わっさーって」
男「性別だけじゃなくて見た目も変わって、髪が伸びたのか」
友「ウザいからボーズにしちまおうかな!」
男「いいと思うよ」
友「冗談! 雑な対応は勘弁だぜ親友!」
男「一体どうしてこんなことに?」
友「昨日らんま全巻一気読みしたのが不味かったんかなー」
男「そんな馬鹿な」
友「まあ原因はどうでもいいんよ」
男「これからどうするかだね」
友「ポニテかツインテで迷うよな!」
男「え?」
友「ん?」
男「なんの話?」
友「髪型」
男「カールの関心はそこ?」
友「せっかく女になったんだからいろいろ試さなきゃ損だろうが!」
男「そんなふうに考えるのはカールだけだよ多分」
友「ちなみにナニはもう試した」
男「要らない情報ありがとう」
友「めっさ気持ちいがった!」
男「そっか」
男「いやそうじゃなくてさ。病院行くとか」
友「行った」
男「医者はなんて?」
友「ようわからんて」
男「そんな」
友「ヤブだから殴ってやったぜベイビー」
男「ひどい」
男「治るの?」
友「さあ?」
男「さあ、って……」
友「突然なったんだし、突然戻るんじゃねーの?」
男「自分のことだろ?」
友「おう!」
男「おうじゃなくて……」
友「だって現実味なさすぎなんだもんよー。
お前自分が朝女に変わってたとか言われてもはい分かりましたってなるかフツー?」
男「ならないね」
友「だろ? だったらさっさと行こうぜ親友! 空手空手!」タッタッタ!
男「あ……」
男「……」
<空手道場>
友「うぃーす。練習に来たぜー」
師範「……誰だ?」
男「押忍、師範」
師範「おうアニマル。まさかとは思うが彼女か?」
男「いえ」
友「将来世界に飛ぶ教え子の顔を見忘れちまったのかよ、そりゃねえぜオジキ」
師範「オジキ? 嬢ちゃんは誰なんだよ」
男「カールです」
友「チョリーッス!」
師範「……は?」
・
・
・
友「――っつーわけっス!」
師範「女に、なった、ねえ……」
友「お、何? うらやましいのかオジキ。
ダメだかんね! 女になっていーのは俺だけ!」
男「このテンションです。確かにカールかと」
師範「……だぁな。アニマルの目は信用できるし」
友「疑ってたのかよ! 大人なら一発で呑み込みやがれバーカ!」
師範「……ウザいところもカールか」
師範「っておいおいおい、じゃあ明日からどうすんだよ。
今日で夏休みも終わりだろうが」
友「あ、やっべ! 宿題終わってねえや!」
男「そこじゃないでしょ」
師範「学校行ったら騒ぎになるぞ」
友「俺は構わんぜよ?」
師範「おおごとだ。最悪空手の練習もできなくなるかもな」
友「マジ!? それだけは勘弁!」
師範「病院とかには行ったのか?」
友「行った。でも身体触られただけでなんも分かんないでやんのあのエロジジイ」
師範「とりあえず医者を丸めこめ。適当に診断書出させて病欠扱いにしてもらうんだ」
友「なるへそ。そうすりゃ穏便に空手の練習も続けられるって算段だな?
宿題もやんなくていいじゃん! やりぃ!」
師範「そういうことだ」
男「あなたたち空手のことしか考えてないんですか」
師範「っと練習時間が近いぞ。なんだかよくわかんねえが、参加するならさっさと着がえてこい」
<更衣室>
友「~♪」スルスル
男「ちょっと」
友「なんじゃらほい?」
男「いきなり脱ぎ始めないでよ」
友「しかたねーじゃん、更衣室はここいっこっきゃねーんだし」
男「僕外出るから、先に着がえてよ」
友「つってももう練習時間始まるぜ? 照れてないでおめーも着がえろよ」
男「……」
男「……」ヌギヌギ
友「アニマルこっち見てみ」
男「なにさ、急いでるんだから――」
友「結構でかくね?」モミモミ
男「」
友「やわっこいし、いいおっぱいだと思うわけよ」
男「」
友「お前も触ってみる? 一揉み五百円でいいべよ?」ホレ
「わああああああ!?」
師範「なんだあ?」
師範「よし、全員そろったな。準備体操始めるぞー」
「「押忍!」」
友「機嫌直せよアニマル」
男「……」
友「お前だって生おっぱい見れて良かったじゃん」
男「……」
友「仕方ねえなー。この後タダで触らせたげるからよ」
男「……別にいい」
友「遠慮すんなって」ニヤニヤ
師範「そこ! 無駄口叩くな!」
友「うーす」
師範「よーし次、対人練習! 公式試合の形式で三分だ!」
「「押忍!」」
師範「二人組作れー!」
「君、見ない顔だね。新入りかい?」
友「ん? ああ、まあ……そんなところっス」
「よかったら俺の相手してくれないかな?」
友「いっスよ」
「ふふ、ありがとう」
男「……」
師範「では各々、初め!」
「君可愛いねえ」
友「どもっス」
「練習終わったら一緒にご飯食べに行かない?」
友「……」
「奢るからさ」
友「オケっスよ」
「ホントかい、サンキュ!」
友「ただし」
「?」
友「俺からいっこでも取れたらの話だかんね?」ニタァ
「へ?」
――ズダンッ!
「ぎゃひぃ!」ドサァ!
友「ヒャッフー! 俺に勝とうなんざ三百年早いぜ!」
「おいおい、見たか今のすげえ踏み込み……」
「あのキザ男が女子相手に有効一つとれないなんて……」
「何者だあの娘……」
師範「……」
師範「よし、練習やめ! 今日はここまで。解散!」
・
・
・
友「いやあ、練習後のコーラとスナックはやめらんねえなー」ムシャムシャ
師範「こらあ! 道場でつまんでんじゃねえ!」
友「うーす」
男「女の子になっても、つまむのはやっぱりソレなんだね」
友「おう! それにつけてもおやつはカール、ってな!」
師範「もう道場閉めるぞ。帰った帰った」
友「アニマル、先玄関行ってるわ」タッタッタ
男「うん」
師範「ふう」
男「……」
師範「……いやあ、なんというか……
いまいち信じられなかったが、やっぱりあいつはカールなんだな。
組手の動きがまるっきり一緒だ」
男「そうですね」
師範「良かったなアニマル」
男「……」
師範「あの野郎、女になっても相変わらずだわ。
強いし、バカ能天気だ」
男「はい」
師範「でもよ、明日からの学校は一人だろ。大丈夫か?」
男「問題ありませんよ。もう子供じゃありませんし」
師範「……だといいんだがな。
いつまでもあいつの背中に隠れてんじゃねえぞ?
前出て戦わんきゃ勝てるもんも勝てねえからな?」
男「……はい」
<外>
友「オジキと何話してた?」
男「別に」
友「別に」キリ!
友「――じゃねーよ! 相変わらずスカしてんな!」
男「性格だからね」
友「はっ、キザなこって」
男「……」
男「……戻れると思う?」
友「ん? ああ、このチョージョーゲンショーか。
まあ、適当にしてれば戻るんじゃね?」
男「本当にそう思ってる?」
友「さあ?」
男「……。そういえばその服女物だけどどうしたのさ」
友「妹に借りた」
男「そう」
友「ところでロハで胸もませる話だけどよー」
男「もういいって」
友「遠慮するなよー」
男「そういう気にならない」
友「がーん。ちょっとショック」
男「……じゃあ、また明日」
友「おう、じゃな!」
<翌日.備津布高校.1-A教室>
「なあ、聞いたか。夏休み明け初っ端からカールの奴病気で入院だってよ!」
「なんで? 事故?」
「だから病気って言ってんじゃん」
男「……」カキカキ
「あいつが病気? ありえねー」
「どうせ変な物でも食って腹壊したんだろ。食いしん坊だし」
「はは、言えたそれ」
「いや、宿題サボるための壮大な言い訳じゃね?」
男「……」カキカキ
「まあ、ってことはあれだな」
「ウチのクラスのガリ勉野郎アニマルくんはとうとう完全ぼっちかー」
「カールっきゃ友達いねーもんな」
男「……」
男「……」カキカキ
「……休み時間にも勉強勉強。アイツ、何が楽しくて生きてるんだろうな」
「俺もそれ前から疑問」
「笑わねーしな」
「空手部だってよ」
「あいつが? うっそぉ」
男「……」カキカキ
男「……」ポキ!
男「……」カチカチカチ……
男「……」……カキカキ
――ひとりでいると落ちつく
男「……」カキカキ
――誰も干渉してこない静寂世界
男「……」カキカキ
――誰にも気を使わなくていい
男「……」カキカキ
――誰とも関わらなくていい
男「……」カキカキ
――ひとりでいると、落ちつくんだ
男(ひとりでいると落ちつ――)
『空手やろうぜ、アニマル!』
男「……」ポキ!
<数年前.小学校.校舎裏>
「こいつ、アニマルっていうんだぜ」
「アニマル?」
「どーぶつみたいにむひょうじょうで何考えてるかわかんねーから」
「ふーん……」
幼男「……」
幼男「用がないなら帰っていいかな?」
「けっ、スカしてやんの」
「かっちょいー!」ケケケ
幼男「……」
「お前、親がリコンしたんだってな」
幼男「っ……」
「名字が変わったんだってな」
幼男「……そうだよ。それが?」
「お前、ちょっとどっかからポテチ万引きしてこいよ」
幼男「なんで僕が」
「いいから盗ってこい」
幼男「そんなに欲しいなら自分で持ってくればいい」
「いいから早く行けってんだよ!」ドン!
幼男「っ……」ヨロ
?「あーあーあー。マイクテスト、マイクテスト」
男「?」
「あん?」
?「本日は晴天なーり、真っ青なーり」
「……え。あいつは」
?「うん! 元気ビンビンだぜっ!」
「カールだ! 逃げろ!」ダッ
?「おせえよバーカ!」ダッ
――ドゴ! バキ! ガス!
・
・
・
幼男「……助けてくれなんて言ってないよ」
?「まあな。でもほっとけねーし」
幼男「……」
?「お前あれだろ? アニマルって奴だよな?」
幼男「そう呼ばれてるね」
?「そっかそっか。じゃあ、これは助けた奴全員に言うことにしてるだけで無理やりってわけじゃないんだけどよ」
幼男「?」
?「俺と一緒に空手やろうぜ!」
幼男「カラテ?」
幼友「そいでもってさ、俺と友達になろーぜ。な!」
<現在.放課後.備津布高校.武道場入口>
――ザワザワ
男「?」
「なんだあの娘」
「かわいいけどあんな女子いた? 空手部?」
「さあ……」
男「??」
「ヤベーぜ。あの娘、さっきからサンドバッグ打ってるけど、ヤベー」
「ヤベー、じゃわかんねーよ馬鹿」
「いやだからヤベーんだって。俺にはわかるぜ、ちょっと格闘技かじってたからな。ありゃヤベー」
「相当上手いってことか。初めからそう言えよ」
男(まさか……)
友「ヒャッフー! それそれそれ!」ボコボコボコ!
男「カール……」
友「おう、アニマル! やっと来たか!」
男「なんでここにいるのさ」
友「そりゃーおめー、暇だからに決まってるじゃんか」
男「暇……って」
友「ゲームも飽きたし昼間は道場開いてねえし。暇つぶしの方法がありゃしねえからよ」
男「バレたら……」
友「大丈夫だって。誰もこんなビショージョがカール様だなんておもわねーだろ」
男「でも」
「もしかして君は……カール君じゃないかい?」
友「へ?」
長髪「ごめん、違ったかな?」
男「部長」
友「……誰がカールだかバールだかだって?」
長髪「さっきからサンドバッグ叩いてる君を見てたんだ。
そしたらなんだかうちの部一年のカール君とだぶっちゃって。
違ったらごめんだけど」
友「チガイマスケド」
長髪「いや。やっぱりカール君だ。雰囲気がそっくりだもの」
友「違うっつってんだろ!」
長髪「なんでそんなかわいいことになってるんだい?」
友「話聞けよポンコツ耳!」
・
・
・
長髪「――なるほどね。朝起きたら、か」
男「信じるんですか?」
長髪「信じるよ。自分の直感をね」
友「直感ねえ……」
長髪「僕の直感はちょっとすごいよ」
友「あーそースか」
長髪「ふふ、僕にそんな態度とってもいいのかな?」
友「ってーと?」
長髪「この武道場空手部エリアは僕の管轄下にある。
僕の機嫌を損ねると練習……いや、暇つぶしさせてあげないよ」
友「ウルトラサーセンした」
長髪「素直でよろしい」
男「あの、部長、くれぐれも他の人には……」
長髪「ああ、黙っとくよ。設備のない他校から練習に来たってことにしよう」
友「ウルトラサンキュっス」
長髪「なかなか美人さんになったからね。歓迎こそされても疎まれることはないだろう」
友「やっぱ美人っスか」
男「どっちかっていうとかわいい系だけどね」
友「うれしいこと言ってくれるじゃないの」
男「……本当にうれしい?」
友「悪い気はしねえやな」
男「……そう」
友「?」
長髪「……ふむ」
――ザワザワ
長髪「おっと、他の部員たちも集まってきたね。
みんなに紹介して、そろそろ練習を始めようか」
男「押忍」
友「うぃーす」
<数日後.???>
?「――はい。はい。そうですか……」
?「なんと申し上げればいいか分かりませんね」
?「……ええ。確かに伺いました。わざわざ知らせて頂いてありがとうございます。また電話します」
――プツ
?「……ふう」
?「……カールが、女の子に、ですか」
?「にわかには信じられませんが」
?「……信じられないときは?」
?「確かめに行く。ですね」
<放課後.備津布高校.武道場>
友「あ! 今の突き、胸だった! 胸に当たった!」
男「違う。首元狙った」
友「へっへっへ。恥ずかしがってんじゃねえぜアニマル。さっさと吐いて楽になろうぜ。
このおっぱおに触りたかったんだろ?」
男「違う」
友「素直になれって」
男「違う」
長髪「あーはいはい、練習の邪魔になるから後でやってね」
長髪(……しかし、凄いな。カール君は女の体になって性能が落ちてるだろうに。
男子部員とやりあってかつ圧倒している。
やっぱりそのセンスがずば抜けているということか?)
「あの娘鬼強いな。どこの高校なんだよ」
「鳳凰学院とか?」
「設備整ったブランド校がなんでうちに練習にくるのよ」
「そうよねえ」
「ミステリアスで強くてかわいいって最高じゃんスか」
「まあな。でも」
「ああ」
友「ヒャッフー!」
「「あの言動はどこかで覚えがある……」」
?「失礼しますッ!」
友「ん?」
――ザワ
?「押忍! 自分は、鳳凰学院の女子一年生であります!
本日はご一緒に練習させていただきに参りました!」
「鳳凰学院……?」
「っていったら、あの超強豪校の……」
男「あ……」
友「あいつは……」
女「よろしくお願いしますッ!」
友「デビル……」
<再び数年前.空手道場>
幼男「さんどばっぐ?」
幼友「こいつをこうやって殴るんよ」ポコ
幼男「……」
幼友「今のはコテ調べだぜ? そんな変な目で見るんじゃねえやい」
幼男「……ごめん」
幼友「ちょっと下がって見てな」
幼男「え。うん」
幼友「――」スー
幼友「――」ハー
幼友「…………」
幼男「……?」
幼友「はッ!」バスン!
幼男「……!」
幼友「ふんッ! せいッ!」ビシ バスン!
幼男「……わあ!」
幼友「やッ! はッ! ほッ!」ガス パシ! ピシ!
――その時はまだ見る目はなかったけれど
幼友「シッ!」ビシィ!
――それでもその美しさは分かった
幼友「ちぇぇぇぇいや!」ゲシィ!
――その雄々しさは理解した
幼男「っ……」
――それらはとても
幼男「っ……!」
――とても……
?「そのていどでとくい顔ですか?」
幼友「む、デビル」
幼女「動かない的相手の練習のこうかなんてたかが知れてますよ」
幼友「……あいかわらず、ムカツクこと言ってくれんじゃんよ」
幼女「くやしかったらかかってきなさい。またのしてさしあげますよ」
幼友「いつも泣かされてる奴が何言ってんだか!」
幼女「いざ勝負です!」
幼男「え、ええっと……」
幼友「アニマルはそこで俺のカッコイーとこ目に焼き付けとけよ!」
幼女「はいつくばるみじめなすがたのまちがいです!」
幼友「うらあああ!」ズダン!
幼女「はあああ!」タン!
――とても……
<現在.武道場>
ハアッ! セイヤッ! エーイッ!
女(……)ジトー
友「『ポンコツ校の練習風景なんてこの程度ですか』」ヌッ
女「……」チラ
友「とかなんとか思っちゃってるんじゃないですかー? ねえ鳳凰のデビルさあん?」
女「カールですか」
友「お? もっと驚くと思ったんだけどな。驚けよ」
女「聞きました。女になってしまったんですってね」
友「誰から?」
女「……」
友「チッ、かーちゃん……いや妹のほうか。余計なことしてくれんじゃないの」
女「カワイーですね」
友「そりゃドーモ」
女「……今日はあなたに用があってきました」
友「へえ?」
女「公式試合形式。で」
友「……」
女「わたしと勝負なさい」
友「……ケッ」
・
・
・
「練習試合! 赤、備津布高校一年女子! 青、鳳凰学院一年女子!」
友「クソ懐かしいなあ、おい」
女「ええ、非常に懐かしいです」
友「覚えてるか、俺に泣かされたあの日々を」
女「……」
友「鳳凰学院だか包茎学院だか知らねえが、ぶっ飛ばしてやるよ!」
女「……クス」
「始め!」
友「先手必勝ッ!」
――ズダンッ!
友(中段もらい!)ビュッ!
――ッパシィ!
女「……」フン!
友「!?」
長髪「あの突きを捌いた……?」
男「……」
友(ンなのただの……)
女「マグレ」
友「っ!」
女「そう思いますか?」
友「ったりめーだ!」
女「なら試してみなさい。何度でも」
友「言われずとも!」シュッ!
・
・
・
長髪「……あれから何分?」
男「……ゆうに十五分は。時間、完全に過ぎてますね」
長髪「でも当たらないね」
男「ええ。一発も」
友「ゼイ……ハァ……」
女「……まあこんなところですか」
友「てめー待ちばっかの卑怯な手口使ってんじゃねえぞ……!
そんなの防げて当然じゃねえか!」
女「そう思いたいなら思っておけばいいですよ」クル
友「おい!」
女「飽きました。もう帰ります。ありがとうございました」
友「待てこら!」
友「待てっつってんだろうが!」
女「……」スタスタ
長髪「彼女、君たちの知り合い?」
男「ええ。一緒の道場の。でも高校は別で、鳳凰学院に行きました」
長髪「そっか。強いね」
男「表面は丁寧な言葉で整えています。
でもその中身はずいぶんとキツいもので。
だから彼女は、デビルです」
長髪「なるほど」
<帰路>
友「あ゛ー! めっさ気にくわねー! スナックがウルトラ不味いぜ!」ムシャムシャ
男「……デビル、道場にいたころとは違ったね」
友「フォルムがちょっとスリムになっただけでイキってんじゃねーぞっての!」ガツガツ
男「……。カールはさ、一カ月後の全国予選出るよね?」
友「もち! 部活からは無理だから道場の方から出る!
んで、デビルを潰す!」
男「応援してるよ」
友「んな気の入ってない声援いらねーっての!」
男「本気で応援してるさ。だってカールは僕のヒーローだからね」
友「……ヒーローねえ」
男「ああ、そうさ。ヒーローは最後に絶対勝つんだ」
友「……」
男「でも残念だね。男子の部には出れないから、あのタイガーとは戦えない」
友「鳳凰のタイガーな」
男「中学の頃、カールふっ飛ばされたもんね」
友「……まあ、仕方ねえよ。女になっちまった以上、まず女子の部で頂上取る!
んで男に戻ったら、男子の部でも頂上取る!」
男「いいね」
友「どっちにしろ上に向かってるかんね」
男「向上心があるのはいいことだよ」
友「つーわけで、今回タイガーはおめーに譲るわ」
男「……僕には無理だよ」
友「はあ? 向上心がどうこう言ってた奴がそれでどーするのよ」
男「でも、実際僕は弱いしね」
友「闘争心がないの間違いだろっての」
男「……」
友「ったく」
男「……あのさあ」
友「何さあ?」
男「カールは高校卒業したらどうする?」
友「世界行く!」
男「世界?」
友「世界行って、空手でてっぺんもいでくる!」
男「……」
男「いいね、それ……」
友「にひひ、いいだろー」
男「……」
友「おめーはどうするんだよ」
男「僕は、就職かな」
友「マジ? そんなんより一緒に世界行こうぜ!」
男「いいね、世界」
友「だろ? ねえ一緒にさー、行こうぜなあ」
男「……最近さ。苦しくてたまらないことがあるんだ」
友「へ?」
男「どんどんさ、周りの景色が迫ってくるんだ。
そして僕を狭い狭い檻の中に閉じ込めるんだ」
友「……?」
男「疲れるよ。生きてるのが」
友「……よくわかんねーんスけど」
男「カールはいいよね。なんか自由だ」
友「はーん? 俺だっていろいろ悩みますぅ!」
男「母さんはそろそろ限界だと思うんだよね」
友「おいおい今度はなんだよ」
男「ずっと一人で僕を育ててきてさ」
友「……」
男「今度は僕は母さんを支えなきゃいけない。
だから。
カールは一人で世界に行ってほしい」
友「……」
男「……もう分かれ道だ。じゃあここで」
友「待てよ」
男「……」
友「よくわかんねーけど、おめー逃げんのか? それでいいのかよ?」
男「……それじゃ」ツカツカ
友「……」
友「チッ!」
<鳳凰学院>
眼鏡「そうか。備津布高に」
女「押忍! 勝手な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした!」
眼鏡「いや、いい。君が動くのはそれなりの理由があるからだってことは知ってるよ」
女「押忍! 恐縮です!」
眼鏡「……あまりかしこまらなくていいよ。私だって鳳凰学院の一選手にすぎない」
女「いえ、わたしは先輩を尊敬してますので!」
眼鏡「恥ずかしいことを真顔で言うね君は」
女「恐縮です!」
眼鏡「褒めてないよ」
眼鏡「で。なぜ備津布高に?」
女「気になる選手がいましたので!」
眼鏡「強いのか?」
女「はい!」
眼鏡「そうか。じゃあ次の大会では当たるな」
女「はい!」
眼鏡「精進しなさい」
女「押忍!」
眼鏡「それにしても備津布高か」
女「どうかなさいましたか」
眼鏡「あ、いや。あそこには知った顔がいるものでね」
女「ご友人ですか?」
眼鏡「いや。親類だ」
・
・
・
<一カ月後.全国予選大会>
「――以上をもちまして、開会式を終了します」
友「かー! だぁりかったあ。
なんで開会式なんてもんが必要なんだろうかね。
『始めます、以上!』だけでいいっつーのに」
友「えーと、鳳凰学院の一年女子、デビルは……っと」パラパラ
友「おうおういたいた。奴と当たるのは、えーと」
友「二回戦か。はえーな」
友「よーし、体調万全・家内安全!」
友「すっきりきっちりあいつをぶちのめすぞー!」
友「……っと」
男「あ……」
友「……」
男「……」
友「……そっちの組み合わせどうだったよ?」
男「全然ダメ。三回戦でタイガーと当たる」
友「やっぱりぶっ飛ばしちまえよ、あんな眼鏡」
男「できないの分かってるくせに」
友「やる前から諦めんなよ」
男「無理だって」
友「……そ。じゃあ俺一回戦始まっから」
男「うん、頑張って」
・
・
・
「やめ! 赤、○○道場女子の勝ち!」
友「はい一回戦突破突破」ヨユーッス
女「まあ当然ですね」
友「……んだよ見てたのかよ趣味わりー」
女「次の対戦相手の試合をチェックするのは当たり前のことですよ? 馬鹿なんですか?」
友「そういうこせこせしたやり方が気持ち悪いっつってんだよ!」
女「話になりませんね」ハァ
友「次の試合ハンカチ用意しとけ。泣かせてやるから」
女「一応持って来てはありますよ。あなたのために」
友「ハッ、死んじまえバーローが」
「やめ! 青、備津布高校一年男子の勝ち!」
男「……ふう」
師範「お疲れ、アニマル」
男「あ。押忍、師範」
師範「まずは一回戦突破おめでとうだ。相手、それなりだったな」
男「ええ」
師範「次、女子の二回戦始まるぞ」
男「カールとデビルですか」
師範「見に行ってやりな」
男「押忍」
師範「そして。どんな結果になっても、それを受け入れろ。いいな?」
男「……。押忍」
<廊下>
友「~♪」ツカツカ
男「カール!」
友「ん。アニマル」
男「いけそう?」
友「余裕余裕」
男「そっか」
友「おう」
男「……うん、分かった。信じてるよ、ヒーロー」
友「そのヒーローってのやめねえ?」
男「……え?」
友「そういうの、なんか卑怯だろうがよ」
男「卑怯?」
友「ヒーローは便利屋でも召使いでもねえの。
自分が楽するための隠れ場所や言い訳に使うなと俺は言いたい」
男「……」
友「たまには自分で前出ろよ。前出てガチケンカしてみろよ」
男「……」
友「いいか。ヒーローなんてこの世には存在しない」
男「……」
友「弱虫の妄想だ」
男「っ……」
友「そんじゃ行くぜ」
「赤、鳳凰学院一年女子! 青、○○道場女子!」
女「今回は手加減しませんからね」
友「言ってろ。今度こそきっちりぶっ飛ばしてやるかんよ」
「――始め!」
――ジャッ!
女(――この日を……)
女(この日を待っていた)
女(この試合を、心から待ち望んでいた)
女(カール、あなたは強い)
女(わたしでは本来、それこそ三百年かかっても倒せない相手だった)
女(恵まれた体格。才能。センス。追いつける要素などなにもない)
女(せめて、わたしも男だったら。いつもそう思ってた)
女(せめて、スタートラインが一緒だったら、と)
女「……それが今! こんな形で現実になっている!」
女「わたしが!」シュッ!
友「くっ!」
女「わたしがどんな気持ちでいたか!」ビュッ!
友「うっ!」
女「あなたに分かりますか!」ヒュッ!
友「がっ!」ガス!
「赤、上段突き有効!」
友(こいつ……)
女(わたしは努力した!)
女(あなたの二倍、五倍、十倍努力した!)
女(天与の才に胡坐をかいていたあなたに)
女「勝ち目はない!」
――ガスッ!
「赤、中段突き有効!」
友「くっ!」
友「ハァ……ハァ……」
女「……」ジリジリ
友「この……!」
女「覚えてますか? わたしの本来の得意戦型は待ちカウンターです」
友「……」
女「あなたの得意戦型は速攻でしたね」
友「っ……」
女「どうです? 攻めてるのはわたしですよ?」
友「試合中に、喋ってんじゃねえよ!」シュッ!
女「ふッ!」ピシィ!
友(やべ! 流され――)
女「――言ったでしょうに」
女「カウンターはわたしの! 十八番ッ!」
――ゲシィッ!
「やめ! 赤の勝ち!」
女「フン」
友「あ、が……っ」
女「惨めですね」
友「く……っ!」
女「ほら、ハンカチですよ」ポイ
友「男の身体だったら……」パサ
女「勝っていたでしょうね。ええそうでしょう」
友「……」
女「ですが、今は女同士。条件は対等」
友「っ……」
女「あなたは同じ土俵の上で戦って負けたんですよ」
友「ぐ……ぐぐぐぐ!」
女「言い訳するくらいなら空手なんてやめてしまいなさい。その方がはるかに楽です。
それでは、わたしは先に進みますよ。さようなら」
友「ち……ちっくしょうッ!」ドン!
友「くそ……くそっ!」
男「……」
師範「……」
男「……行きます」
師範「ああ。次は三回戦のタイガーだな。精一杯やってこい」
男「……押忍」
「第三回戦! 赤、鳳凰学院二年男子! 青、備津布高校一年男子!」
眼鏡「よろしく」
男「……こちらこそ」
「始め!」
眼鏡「セイヤァッ!」シュシュッ!
男「うっ……」バックステップ
眼鏡「ふむ。当たり前だが確かに距離をあければ容易に避けられるな」
男「……」
眼鏡「だが、逃げるにも限界はある」ダンッ!
男「く!」キュッ!
・
・
・
「赤、上段突き有効!」
眼鏡「オッシャア!」
男(このままだとポイント差がひらきすぎて終了だ)
眼鏡「……」ジリジリ
男(開始一分も経ってないのに……やっぱり強い)
眼鏡「ふっ!」シュッ
男(まだ試合らしい形になってるだけでもマシなほうか)バックステップ
男「……」
友『ち……ちっくしょうッ!』
友『くそ……くそっ!』
男(……)
「赤、中段突き、有効!」
男(あと一つでも有効取られれば負けだ)
眼鏡「……」スッ
男(まあ、僕にしてはよく粘ったよ)
眼鏡「シッ!」ズダン!
男(この大会終わったら、部活やめてバイトでもしようかな)
男(たかだか高校生の稼ぎでも、きっと少しは母さんの助けになるだろう)
男(……)
男(もう、諦めてもいいよね)
男(だって……)
――だってもうヒーローなんて存在しないのだから
幼友『ふんばれアニマル!』
男「!」
幼友『男は、ド根性だぜ!』
男「カール……」
幼友『ぶっ飛ばせ!』
『僕――』
『僕、カールみたいになりたいんだ!』
男「……ッ!」カッ!
眼鏡「!」
男「ジャッ!」ビッ!
眼鏡(ここで、上段回し蹴りだと!?)
――ギュオウッ!
眼鏡(非常識かつ非合理! だが速い!)
眼鏡「くっ!」バックステップ
――タン!
眼鏡「!?」
男「――シッ!」ビュン!
眼鏡(追撃……後ろ回し蹴り! だが想定内、捌ける!)
――カク!
眼鏡(曲が――ッ!?)
――スパアァァン!
「あ……青、中段蹴り、技あり!」
――ザワ
「……今、見たか?」
「あ、ああ……後ろ回し蹴りの軌道が……」
眼鏡「……」
――ビーッ!
「時間切れ! 赤、鳳凰学院二年男子の勝ち!」
男「……ハァ、フゥ」
眼鏡「……」
・
・
・
<廊下>
男「……」ツカツカ
眼鏡「君!」
男「はい?」
眼鏡「さきほどの試合ではどうも。余計な自己紹介は要らないかな?」
男「あ……はい、お相手いただきありがとうございました」
眼鏡「備津布高校の生徒だったね?」
男「ええ」
眼鏡「最後の足技、非常に素晴らしかったよ」
男「それはどうも」
眼鏡「ひとつ聞いてもいいだろうか。失礼なことになるかもしれないが」
男「かまいませんよ」
眼鏡「あの後ろ回しは……マグレじゃないか?」
男「ええ」
眼鏡「……あっさり認めるんだね」
男「事実ですから」
眼鏡「潔い人は好きだ」
眼鏡「だが、そうか……いやすまないね。本当に失礼なことを聞いたよ。
それでは私はこれで」クル
男「……」
眼鏡「……」ツカツカ
男「――あの!」
眼鏡「ん。なんだね?」
男「こちらも失礼なことを、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
眼鏡「ちょうどそれで貸し借りゼロになるな。なんでも聞いてくれ」
男「では……あなたみたいに強くなるには、どうしたらいいですか」
眼鏡「……」
男「すみません。こんな質問、厳しい鍛錬を積んできたあなたには失礼だと理解してます。
あなたがその地位にいるのは並大抵の努力でなせる技ではないでしょうから」
眼鏡「……」
男「ですが。僕には必要な情報なんです」
眼鏡「……」
男「どうか、よろしくお願いします」ペコリ
眼鏡「……君はなぜそれを聞く?」
男「……それは言えません」
眼鏡「……」
男「お願いします。ぜひ」
眼鏡「……君の高校に」
男「え?」
眼鏡「ドラゴンと呼ばれる男がいる。探せ」
男「……はい!」
「――これで、本日の大会の日程を全て終了いたします」
「お疲れー」
「やっぱ今回も組手は個人も団体も鳳凰学院が上位占めだったな」
「たりめーだ。あいつら全国でも通用する化け物校だぜ?」
「俺らとは次元が違うんだよなー」
「全くだ」
男「……」
男「こんなところで座り込んでたんだ。カール」
友「……」
男「もう、みんな帰ったよ」
友「……」
男「……」
友「……」
男「……先行くよ」スク
友「……」
男「ちゃんと帰りなよ?」ツカツカ……
友「……」
友「……」グス
・
・
・
<数日後.備津布高校.武道場.役員引き継ぎ式>
長髪「みんな、いままでありがとう
これからは次期部長を中心に一丸となって頑張っていってくれ」
「先輩方、今までありがとうございました!」
「受験、頑張ってくださいね!」
男「……」
<廊下>
長髪「……」ツカツカ
男「前部長」
長髪「ん? アニマル君じゃないか。もしかして見送りに来てくれたのかい?」
男「……ドラゴン」
長髪「……!」ピク
男「やはり、あなたでしたか」
長髪「どこでそれを?」
男「僕が小学生の頃、中学の部で活躍していた選手だったそうですから。
ちょっと調べればすぐに分かりました」
長髪「……」
男「中学生ながら、大人も顔負けの組手をしていたそうですね」
長髪「昔のことだよ。今の僕は先の大会でベスト8にも残らないありさまだ」
男「……」
長髪「アニマル君。人には触れてはいけない過去というものがある。
もし遊び半分で嗅ぎまわったのなら――」
男「違います」
長髪「……?」
男「お願いします」ガバ
長髪(土下座?)
男「どうか。僕を鍛えてください」
長髪「何を言っているのか分からないな。土下座なんてやめてくれないかい?」
男「僕を怪物にしてください」
長髪「怪物?」
男「お願いします」
長髪「……」
男「どうか!」
長髪「一つ聞いていいかな?」
男「どうぞ」
長髪「それは一体何のためなんだい? 名誉欲でも出たかな?」
男「違います」
長髪「では?」
男「ヒーローです」
長髪「……?」
男「ヒーローの立つ舞台には、怪物が必要なんです」
――それから一ヶ月。秋
<ゲームセンター>
友「……」ガチャガチャ!
友「……」タン! カチャ!
「ねえ君、ちょっといいか?」
友「……なんスか?」カチャカチャ!
「朝からずっといるけど、学校とかはいいの?」
友「まーね」
「そっか。じゃさ、俺とちょっと茶でも飲みいかね?」
友「……」
「奢るからさ」
友「オケっスよ」
「お、やりぃ!」
友「ただし」
「え?」
友「俺と対戦して、いっこでも取れたらの話だかんね?」
・
・
・
<You lose!
「くっ!」
友「俺に勝とうなんて三百年早いんだよ」
「この……もう一回!」
友「いいけど、何回やっても同じよ?
さっきから同じパターンの繰り返しで、カールちゃんそろそろ飽きてきちゃってんの」
「いいからもう一回だこのアマ!」
友「うぃーす」
<空手道場>
師範「……」ペラ……
師範「……」ペラ……
友「どもーす」
師範「……カールか」
友「何読んでんの?」プハー
師範「タバコはやめとけ。鈍る」
友「空手通信か。なんかおもろい記事でもあったん?」
師範「ほいよ」ポイ
友「ん」パシ
友「なになに、秋季空手新人大会、備津布高男子が健闘?」
友「……アニマル?」
師範「準優勝だとさ」
友「……」
師範「女子の部の優勝はデビルだな」
友「……」
師範「お前も出ればよかったのに」
友「……」
師範「確かにデビルには負けるかもしれないが」
友「っせーな……俺はもう空手は捨てたんだ。
空手よりも強い格闘技なんて山ほどあるんだしよ」
師範「そうだな」
友「……チッ」
師範「……まあなんだ」
友「……」
師範「やっぱりタバコはやめとけ。
あと、練習に来たわけじゃないなら帰れ。邪魔だ」
友「ふん」クル スタスタ
師範「……」
友「……」
友「……どーせ」
友「どーせよ、女の身体で鍛錬したところでたかが知れてんだよ」
友「やっても無駄なことをやるなんて馬鹿げてんだろ」
友「そうだろうが、なあ」
猫「ニャーン?」
友「チッ」プハー
<備津布高校.武道場>
「最近あの娘来ないね」
「どうしたんだろうな」
「空手やめちゃったのかな」
男「……」
「やめ! 今日の練習はここまで! 解散!」
長髪「やあお疲れ」
男「どうも」
長髪「それじゃあ早速だけど特別メニュー始めようか」
男「お願いします」
長髪「そういえばこないだはおめでとう、準優勝」
男「せっかくご指導いただいたのに、優勝できずに申し訳ありません」
長髪「そんなことはない。すべては順調だよ」
男「……」
長髪「はは、そんな顔しない。じゃあまずは走り込みからだ」
男「押忍!」
<鳳凰学院>
女「セイヤァッ!」バス!
眼鏡「頑張ってるね」
女「! 先輩、押忍!」サッ
眼鏡「この間の大会は優勝おめでとう」
女「ありがとうございます!」
眼鏡「全力は出せたかな?」
女「押忍!」
眼鏡「そうか良かった……でも」
女「?」
眼鏡「前戦った備津布高の娘はいなかったね」
女「……なんの話でしょう」
眼鏡「分からないふりはいい。君はずいぶんあの子に執心していたようだからよく覚えてるよ」
女「……」
眼鏡「残念かい?」
女「いいえ」
眼鏡「断言するね」
女「あれは既に敗北者です。こだわるに値しません」
眼鏡「……」
女「……昔は、彼女もひとかどの選手だったのですが」
眼鏡「そうか」
女「ええ」
眼鏡「……うん、邪魔したね。それじゃあ練習を再開してくれ。私も戻る」
女「押忍! 失礼します!」
長髪「ほら、ペース落ちてる! 上げて上げて!」
男「ハァ、ハァ……」タッタッタッタ
長髪「はい、最後ダッシュ!」
男「っ――!」ダッ
・
・
・
長髪「はーい、ゆっくりペースダウンして、息整えてー」
男「ゼィ……ゼィ……」
長髪「はい、止まらない、そのまま次に移るよー」
男「押忍……!」
男「……」
男「……ハァ」ギュッ
友「……」カチャ! タンッ!
友「――よっと」バシ!
――KO! You win!
友「ほい」
――KO! You win!
友「それ」
――KO! You win!
友「……」
友「……ハァ」ギシ
<夜道>
男「フッ……フッ……」タッタッタ……
男「あ……」ザッ
男「……」
男「……カール」
友「……」
友「……んだよ」
男「……久しぶりだね」
友「だな」
男「……」
友「ランニングか? ご苦労なこって」
男「ああ……カールは帰るとこ?」
友「……ん。ゲーセンにも飽きた」
男「そっか……」
友「んじゃ」クル
男「……」
男「カール」
友「……」スタスタ
男「待ってる」
友「……」
友「……」スタスタ
男「僕は怪物になるよ。カール」
友「……?」
男「僕には才能がない。それは知ってる。僕ではてっぺんは取れない」
友「……」
男「でも関係ない。道理を覆す」
友「……」
男「ヒーローを取り戻すためには怪物が必要だから」
友「……お前、まだヒーローがどうとか言ってるのかよ」
男「……」
男「……待ってる」
――タッタッタッタ
友「……」
友「……待てよ」
男「……」タッタッタ
友「おい、待てよ!」
男「……」タッタッタ……
友「待てっつってんだろが!」ダッ
――タッタッタッタッタ
友「ハァ……!」
――タッタッタッタッタ
友「ゼィ、ハァ……」
――タッタッタッタッタ
友(速い)
――タッタッタッタッタ
友(追いつけない)
――タッタッタッタッタ
友(追いつけない!)
友(――畜生)
友(畜生、畜生畜生!)
友(俺はなんで……)
――ガッ!
友「ぐっ!」
ドサァ!
友「……っつぅ」
友「……」ムクリ
友「俺は……」
「ん? お、あいつだよあいつ」
友「……?」
「誰?」
「ほら、前言ったろ。ゲーセンのクソムカツク女。あいつだよ」
「へぇ……けっこう可愛い顔してんじゃん」
「なあお前」
友「……なんだよ」
「いやあ、この間はどーも」
友「失せろよ、俺は今機嫌がわりいんだよ……!」
「そんなつれないこと言うなよぉ、ゲーセンで対戦した仲じゃねえか」
友「……」
「今さあ、ダチと一緒に飲み歩いてんだけどよ、お前も一緒にどーよ?」
友「失せろっつってんだろうが!」
「チッ……おい!」
「へへへ……」
友「……男二人がかりじゃねえと女もいいなりにできねえかよ」
「そんなことはいいから、俺たちと夜の対戦しようぜぇ……?」
友「うぜえなクソが!」シュッ!
バキッ!
「いって!」
友「……っつ」ズキ!
友(手首が……)
「こいつ……! 女のくせに男に刃向かってんじゃねえぞ!」
「さっさとそこらに連れ込んでヤっちまおうぜ」
友「くっ!」ダッ
「逃げるな!」
――タッタッタ
友(くそ、七面倒くさいなこんちくしょう!)
「待てやこら!」
友「ゼィ、ハァ……」
友(さっき走ったせいで体力が……)
友(男だったときなら、こんくらい……)
『女のくせに男に刃向かってんじゃねえぞ!』
友(……うるせえ、好きで女になったわけじゃねえんだよこっちは!)
<橋>
友「くっ……はぁ……」
「もう逃げられねえぞ」
「へへ……」
友(あー……こりゃウルトラやべえな。どうする俺)
「俺が先な」
「あ? 俺が先だぜ」
友(どうするよ……ヤられるなんてこの上なく勘弁だぜ)
「は? なんでだよ。先唾付けたのは俺だぜ」
「俺お前に三万貸してんだけど」
友(……仕方ねえ。腹括るか)
友「おいてめーら」ヨイショ
「あ? ……って、ああ!?」
「お前……!」
友「女のケツ追いかけまわすのはいいけどよ、あんまりしつこいと嫌われるぜ」ジャリ
「バッ……そんなところに立ったら……!」
「飛びこむ気かよ!」
友「いいか、覚えとけよ」
「止めろ!」
友「死んだらお前らのせいだかんな!」ピョン!
――――ッドボォォォン!
――ゴボ……ゴボゴボッ……
『……』
『……カール』
『待ってる』
――……ブクブク
・
・
・
<数刻後.空手道場前>
ガラガラ……
師範「ふぅ……最近の夜はけっこう冷え込むようになったな」
師範「帰ったらビールでも――」
師範「!」
師範「……」
友「……」
師範「……カール」
友「……」ポタ ポタ……
師範「……なんでそんなずぶぬれなんだ?」
友「……」
師範「……おい」
友「ふ……はは、は……」
師範「……?」
友「思い出したぜ。ああ、思い出したともさ」
師範「カール?」
友「あいつも、川に飛び込んだんだ……もう六年くらい前だっけか……」
師範「なんの話だ?」
友「なんでそんなことしたんだって、聞いたんだ。あいつ、そんな真似する馬鹿じゃねーかんよ」
師範「……」
友「そしたら、あいつ――」
『母さんが泣くんだ……』
友「――ってよ、そう言ったんだ……」
師範「……」
友「あとはボロボロ泣くだけでよ……」
師範「……!」
友「俺、その時初めてあいつが泣くところを見たんだ」
師範「……」
友「つらかったんだろうなあ……
親が離婚してさ、かーちゃんが苦しんでるのをどうにもできないって現実が」
師範「……」
友「……」
師範「……カール?」
友「……俺」
友「今度はあいつが笑うとこが見たい」
・
・
・
友「ゼィ、ゼィ……」
師範「遅いぞ、もっとペース上げろぉ!」
友「ヒィ、ヒィ……」
師範「おらどうした、気合入れろ!」
友「お、押忍っ!!」
師範「その意気だ! いいか、走っていく先にアニマルがいるんだからな、それを忘れるな!」
友「……!」
師範「返事!」
友「押忍ッ! っらあぁぁッ!」ダッ
『これはマジで一生のお願いだ、オジキ』
『俺、これからアニマルを追いかけなきゃならねえ』
『でもあいつ、かなり高いところに昇っちまってるからよ、並大抵の努力じゃ無理なんだ』
『だから、頼む』
『俺を飛び方を教えてくれ!』
友「――ッ!」ドサ!
師範「寝るな! そこに布団はねえだろうが!」
友「ご、五分だけ……」
師範「いいから起きろ!」グイ!
友「うぐぅ……」
師範「寝てる間にアニマルはどんどん先に行っちまうぞ」
友「それは、困る……」
師範「だったらせめて歩けオラ」
友「うぃー、す……」ムクリ
師範「――はい19。20。21」
友「ふんっ……ふんっ」
師範「遅え遅え! ちゃんとカウントについてこいや!」
友「つっても、女の細腕じゃ、ろくに、腕立て、なんか」ヨイショ
師範「男はド根性だ!」
友「今は、女、だけど、な」ヨイショ
師範「つべこべいうなクソ弟子! さっさと終わらせろ!」
友「おう、上等だクソ師匠が……!」
<備津布高校.武道場>
長髪「上段、ついで中段」
男「ハッ! セイッ!」バス! ビシ!
長髪「中、上、フェイント、前蹴り」
男「シッ! ハッ! フ、ハッ!」ドドッ! ドスン!
長髪「ラスト、後ろ回し」
男「――ん゛!」グルン!
――ドゴゥッ!
長髪「よし、対サンドバッグはここまで。次は対人戦だ」
男「押忍!」
長髪「じゃあ、僕は防御に徹するからそれに一発入れてみてくれ」
男「……」
長髪「ん?」
男「あ、いえ。自分、まだ一発も先輩から有効打を取れた記憶がないので」
長髪「はは。そりゃ僕だってもともとはそれなりの選手だったしね」
男「……聞いては失礼かもしれませんが。先輩の挫折の原因は膝……ですか?」
長髪「……。ああ、その通りだ」
男「新聞の記事には、その後の選手生命に影響を与える程の怪我、とありました。
中学の全国大会のときですね」
長髪「ああ……その通り、懐かしいな」
男「蹴り技をブロックされたとき、ですかね?」
長髪「僕はもともとは蹴りが得意だった。蹴技の鬼とかドラゴンとか、そんな恥ずかしい名前で呼ばれてたよ」
男「でも、準決勝の相手に負けた」
長髪「相手も強くてね」
男「知り合いですか?」
長髪「弟だよ」
男「……!」
長髪「僕たちの家はちょっと名の知れたところでね。
兄弟そろって全国へ行ったんだ」
男「……」
長髪「試合ではお互い全力を尽くすことを約束した。
でも、僕は最後の一瞬、ためらってしまった。迷いが生じたんだ」
男「迷い?」
長髪「それは伏せておくよ」
男「……」
長髪「……とにかくその躊躇がよくなかった。
鈍った蹴りは、弟の正確なブロックによってダメージを自分に返してしまった。
オーバートレーニングでガタがきてたのもあったんだろうけれど」
男「そして……」
長髪「ああ。ドラゴンはそこで死んだ」
男「……」
長髪「昔のことさ」
男「……不快なことを思い出させてごめんなさい」
長髪「大丈夫だよ、僕は。むしろそれで一番負担を背負ったのはあいつだ……」
男「え?」
長髪「……」
男「……?」
長髪「練習を、再開しよう」
男「……押忍!」
<空手道場>
友「ふッ! はッ!」バッ! シュバッ!
友「シッ――セイヤアァァッ!」ビシイッ!
友「……」シーン……
友「フシュウゥゥ……」スッ
友「――ハァ」ヨロ
師範「型百本お疲れ」
友「……うぃーす」
師範「よし、休憩だ」
友「……」ゴクゴク……
友「プハー」
友「……なあ、オジキ」
師範「どうした?」
友「俺がオジキに土下座かましてからもう三週間な訳だけどよ」
師範「そうだな」
友「毎日毎日走り込み・筋トレ・空手型」
師範「おう」
友「……」
師範「ん?」
友「俺ぁいつになったら組手させてもらえるんだよッ!
これじゃいつまでたっても勘が取り戻せねえじゃん!」
師範「何かと思えば……はっ、馬鹿が」
友「ンだと!?」
師範「お前は俺に指導を頼んだ。だな?」
友「お、おう」
師範「だったら、つべこべ言わずに指示にしたがっときゃいいんだよ」
友「つまりオジキは俺を勝たせたくねえってことか」
師範「…………」
友「…………」
師範「……ハァ」
友「ん?」
師範「ふッ!」バシュッ!
友「うおっ!?」
――パシィッッ!!
友「……!?」
友(あれ、俺……?)
師範「ん。よく俺の突きを捌いたな。鍛錬の効果はちゃんと出てるみたいでよかったよかった」
友「え、俺……え?」
師範「ランニングと筋トレは怠けてる間についた無駄な物を落とすため。
そして型はお前の弱点の克服のためだよ」
友「……?」
師範「お前はコテコテの速攻型だ。自分が攻めてるうちはいい。
だが、もし防御に回らなきゃならなくなるとがくんと鈍る」
友「……つまり」
師範「そう、防御の甘さ克服のトレーニングだったわけだ」
友「……」
師範「あともう五十本こなせ。そしたらもう一度休憩のち、組手に入る」
友「!」
師範「分かったら返事!」
友「押忍!」
今回短いけどここで一区切り
次回最終回。ちょっと遅くなるかも
では
友「ああ、懐かしいぜ。このピリピリした感じ」スッ
師範「そうか」スッ
友「オジキが相手なら不足はねえな」
師範「は。てめえにゃもったいないくらいだろうが」
友「ちげえねえ」クス
師範「……」
友「……」
師範「……はッ!」ジャッ!
友「ふッ!」パシィ!
ズダン! バシ! パシィ!
『僕、カールみたいになりたいんだ!』
友(……は、俺ぁ何を思い出してんだろうな)
『……待ってる』
友(……)
『僕は怪物になるよ、カール』
友(……ごめんな)
『待ってる』
友(そして、ありがとうよ! アニマル!)
――ズダンッッ!!
男「え?」
長髪「ん? どうかした」
男「あ……いえ。ちょっと誰かに呼ばれたような気が」
長髪「誰に?」
男「誰でしょうね」
長髪「……」
男「でも多分、今一番会いたい誰かだと思います」
長髪「そうか……」
男「……」
長髪「会えるといいね」
男「会えますよ」
長髪「そうか。そうだね、ふふ。
……じゃあ、再開しようか」
男「ええ」スッ
・
・
・
長髪「ペースそのまま、いいよいいよ!」
男「はあ、はあ……っ」
・
・
・
師範「ほれ49、50、51」
友「ふっ、ふっ、ほっ……」
・
・
・
長髪「さあ、もう一発来い!」
男「セイッ!」
・
・
・
師範「防いでみろオラァ!」
友「ふんぬッ!」
・
・
・
長髪「もっと速く!」 / 師範「もっと強くだ!」
男「ハァ、ハァ……」 / 友「ゼィ、ゼィ……」
男「――おおおおおおッ!」 / 友「――まだまだァッ!」
『俺が教えてやんよ! 一緒に空手やろうぜ!』
『……うん!』
――また、夏がやってくる
・
・
・
「――――以上をもちまして開会式を終了します」
――ザワザワ……
男「……」
長髪「緊張してるのかい?」
男「いいえ」
長髪「そうか」
男「……」
長髪「彼なら来るよ」
男「……!」
長髪「僕の直感がね。彼が帰ってくるって」
男「そう、ですか」
長髪「僕の直感はちょっとすごいよ」
男「……練習場でアップを始めようと思います」
長髪「うん、僕も後から行くから」
男「はい」
男「……」ツカツカ
「おや、アニマルじゃありませんか」
男「……デビル」
女「お久しぶりですね」
男「そうだね。何ヶ月ぶりだろう」
女「聞いてますよ。ずいぶん腕を上げたとか」
男「……」
女「でも所詮は付け焼刃です。あなたに才能はありません。
今日の大会は楽しみにしてますが、あまり調子に乗ってると――」
男「デビル」
女「……?」
男「今日、ヒーローが帰ってくる」
女「はい?」
男「それだけ。それじゃあ」ツカツカ
女「……」
師範「ったく、今日に限って遅刻するなんてなんてざまだよカール!」
友「はは、ヒーローは遅れてやってくる、ってな」
師範「どういう理屈だそりゃ」
友「一回戦の相手は?」
師範「ああ、いっちゃあなんだが大したことない相手だ」
友「そうか」
師範「デビルとは決勝で当たる。おあつらえ向きにな」
友「ん。よし」
師範「ちなみにアニマルは決勝でタイガーだ」
友「……」
師範「こりゃどうなるかな」
友「さてな」クス
師範「まあなにはともあれ一回戦だ」
友「うっし!」
「やめ! 赤、備津布高校二年男子の勝ち!」
男「……」
長髪「お疲れ。まずは順当な勝利だね」
男「どうも」
長髪「この調子なら決勝までは行けるかな」
男「勝ちますよ」
長髪「ん?」
男「必ず優勝します。でないと僕は怪物にもなれないし、ならばヒーローは本当の意味で帰ってこない」
長髪「……」
男「……」
長髪「ちょっと練習場まで来てくれ」
男「……?」
<練習場>
長髪「……」
男「あの……?」
長髪「構えて」
男「え?」
長髪「僕は君に頼まれて、君のコーチをさせてもらってきた」
男「……はい」
長髪「君はそれによく答えてくれたし、実際君は強くなった」
男「……」
長髪「でも、僕は最後の確認をしなければならない。それが僕の仕事の締めくくりだ」
男「つまり?」
長髪「僕から一本を取ってみせろ」
男「!」
長髪「僕からの最後の指導だ。いいね」スッ
男「……」
男「押忍!」スッ
――……ズダンッ!!
「やめ! 赤、○○道場女子の勝ち!」
友「よし……!」
師範「これで三回戦突破だな」
友「楽勝だぜ!」
師範「馬鹿言え、まだまだどうなるかわかんねえぞ」
友「勝つさ」
師範「大した自信だ」
友「まあな」
師範「……そうだな。お前の才能は俺が保証するよ。この大会の参加者の中で一番飛びぬけてるさ」
友「へへ、オジキが俺を褒めるなんて珍しいじゃんか」
師範「……さて、このままいけば、お前はとりあえずデビルの奴のところまでいけるだろうな」
友「ああ」
師範「だが、俺はお前の師匠としてそう簡単にそこへ到達させるわけにはいかねえ」
友「あ?」
師範「練習場に来い。最後のテストだ。俺が本気で相手してやるよ」
友「!」
師範「まあ、受けるも受けないもお前の自由――」
友「行く。ヒーローは逃げない」
師範「……それでいい。ああそうだ、お前は俺の最高の弟子だよ」ニカッ
・
・
・
長髪「じゃあ、いっておいで。応援してるよ」
男「はい」スタスタ
長髪「……会えるといいね! ヒーローに!」
男「はい……!」
長髪(……ありがとう、アニマル君)
「男子決勝戦! 赤、鳳凰学院三年男子! 青、備津布高校二年男子!」
眼鏡「久しぶりだね」
男「ええ」
眼鏡「君はずいぶんと成長したようだ。向かい合っているだけで分かるよ」
男「……」
眼鏡「……良い試合にしよう」スッ
男「はい」スッ
「始め!」
『勝たなければお前が生きている意味はない』
『勝って初めて生きている価値がある』
『妥協はするな。堕落に沈むな』
『お前はあの兄のようにはなるな』
『お前は勝つために生きているのだから』
眼鏡(そうだ。私は勝つためだけに生きている)
眼鏡(それが私の責務で、宿命だ)
眼鏡(勝たねばならない。自分のため、生きるため)
眼鏡(そして兄の為に!)
眼鏡「うらァッ!」シュッ!
男「っ!」ガッ
「赤、上段突き有効!」
男(まずい、開始十五秒ですでに二ポイントも先取されてしまった……)
眼鏡「……」ジリ……
男「……」グッ
眼鏡「……勝負に底なしの恐怖を覚えたことはあるかい?」
男「……?」
眼鏡「負けることがそれすなわち自らの存在意義にかかわる状況に置かれたことは?」
男「……」
眼鏡「ないだろう。そんなものは時代錯誤だ」
男「……」
眼鏡「だが、世の中にはそういう人間もいるのだよ」
眼鏡「ふッ!」ビッ!
男「……っ!」パシ!
眼鏡(いい捌きだ)
男「はッ!」ジャッ!
――バスッ!
眼鏡「っ……!」
「青、中段突き有効!」
眼鏡(何……?)
男「あなたは……空手の――勝負の恐さを知っているのですね」
眼鏡「……」
男「僕はそういう生き方をしてきませんでした。あなたの気持ちは分かりません。
ですが」
眼鏡「……?」
男「僕だって失う怖さは知っています」
眼鏡「む……」
男「そして、どうしても取り戻したいものもある!」キュッ!
眼鏡「!」
男「僕は待っていた!」ビュッ
ゲシィッ!
――シーン……
眼鏡「……」
男「……」
眼鏡「笑わせるな」
男「く……っ!」グラ
「赤! 中段突き有効!」
男「がっ……ごほ……!」
眼鏡「待っているものがあろうとなかろうと負けるときは負ける。
敗北とは……そういうものだッ!」
男「ぐ……」
眼鏡「君の想いも強いのかもしれない。だがそれでも、私が勝たせてもらう」ジリ
男「……」
眼鏡「悪く思うな!」ダンッ!
男(負けるときは負ける。もっともだ)
男(そんなこと、ヒーローを失ったときにもう知っていた)
男(だが、それでも)
男「それでも!」
――パンッ!
眼鏡「ッ!?」
男(踏み込んできた足を払って突撃を鈍らせる!)
眼鏡「……シッ!」ビュッ!
男(それでも突きは来る。だが距離が足りない。それを――蹴りで潰す!)ジャッ!
眼鏡「ぐぅッ!」パシ!
「すげえ、タイガーの奴あの体勢で蹴りを受け止めたぜ!」
眼鏡「この……」
男「まだまだァッ!」ジャッ!!
「蹴り足を下ろさずにもう一撃!?」
――ビシッ!
眼鏡「……っ」ヨロ
男(駄目だ、有効打にはもう一歩足りない……)
男「……い、けッ!」ズォッ!
――ダン!
眼鏡(後ろ回しか……!)
男「はあああああああッ!」
眼鏡(来るか?)
――カク!
眼鏡(見切った! 反撃で……勝てる!)
「ふんばれアニマル!」
男(……!)
男「――ん゛!」
――ギュン!
眼鏡「バ――ッ!?」
パカアァァァァァンッ!
眼鏡「……がッ」ドサァ!
「青、上段蹴り一本!」
「今……」
「ああ、見た……蹴りの軌道が、二回折れた……」
男「ハァ、ハァ……」
「青の勝ちッ!!」
長髪「……怪物、か」
――ザワザワ……
男「カールッ!!」
「「!」」
――シーン
男「この先で、待ってる!!」
師範「……」
友「……へへ」
師範「うらやましい青春だよ、お前ら」
友「じゃあ俺、行ってくる」
師範「カール!」
友「……?」
師範「……アニマルによろしく」
友「おう!」
「女子決勝戦! 赤、鳳凰学院二年女子! 青、○○道場女子!」
女「徹底的に潰したはずなんですが。しぶといですね」
友「へへへ。ヒーローは二度羽ばたくんだよ」
女「ヒーロー。くだらない」
友「言ってろ」
「始め!」
女「すぐに、終わらせます!」ダン!
ギュオゥッ!
友「ふッ!」ジャッ!
女「!」
――ガスッ!
「青、上段突き有効!」
女「……」
女「わたしの突きが……潰された?」
友「ふ……今までとはちょいとちがうんでそこんとこよろしく」
女「……く」
友「ほら、行くぜ!」キュッ!
ダン! シュッ! ビシ! ピシィッ!
「赤、中段突き有効!」
「青、上段突き有効!」
「赤、上段突き有効」
「青、中段蹴り技あり!」
「赤――」
・
・
・
師範(いい感じに拮抗してるか)
師範(才能だけでいえばカールの方が圧倒的だ)
師範(だが、デビルは本気で努力を重ねた年数が違う。きっと場数も踏んでるだろう)
師範「俺にもどう転ぶかわからんな」
師範「……さて、どうなる?」
女「はぁ、ふぅ、ふっ……」
友「ぜい、はぁ……」
女「……いつの間にこんな。あの時は」
友「ああ、一ポイントも取れなかったな」
女「ならなんで――」
友「お前には、感謝してる」
女「……?」
友「お前は、俺にもっと高く飛べるってことを教えてくれたからな」
女「……」
友「うん。いい試合にしようぜ」
女「調子に乗らないでください」グッ
女「――フウゥゥゥゥゥ……」スッ
友「……カウンター待ちか」
女「……今、ポイントはわたしの方が上です。
そして時間切れも近い。
つまりあなたはわたしが待ち構えていようが攻めざるを得ない」
友「だな」
女「来なさい。決着をつけましょう」
友「……」トントン
友「ふ……」グッ
友「……そう言えばだ」ジリ
女「……なんです?」ジリ
友「矛盾コンビなんて呼ばれてたな、俺たち」
女「……」
友「何でも貫く速攻の俺と、鉄壁カウンターのお前」
女「昔のことですね」
友「昔のことか。それが今、俺には何より重要だけどな」
女「そうですか」
友「今、ここで、矛盾の謎に決着がつくな」
女「興味ありません。……時間が近いですよ」
友「おう!」
幼女『今日も練習の相手してください!』
幼友『えー、俺アニマルにいろいろ教えてやんないと』
幼女『じゃ、じゃあ、その後で相手してくださいね!』
幼友『そんならいいぜ。負けても泣くなよ?』
幼女『それはこっちのせりふです!』
幼友「は! じゃあ、後でな!」
幼女「分かりました! 絶対ですよ!?」
幼女「……約束ですからね!」
女(……)
友「デビル!」
女「……?」
友「愛してるぜ!」
女「……」
――ズダンッッ!!
<医務室>
眼鏡「……」フゥ……
「怪我は大丈夫かい?」
眼鏡「! 兄さん……」
長髪「……久しぶりだね、タイガー」
眼鏡「……お久しぶりです。あの、元気でしたか? その、父に勘当されてから」
長髪「うん、元気だった」
眼鏡「そう、ですか」
長髪「……うん」
眼鏡「あの……」
長髪「悪かった」
眼鏡「え?」
長髪「君にはつらい思いをさせたと思うよ。ごめん」
眼鏡「……」
長髪「僕は君との試合で選手生命を終わらせてしまった。
君はそのことで自分を責めたんじゃないかな」
眼鏡「……」
長髪「僕にかかっていた両親の期待も君に全部のしかかってしまった。
僕が迷ったばかりに」
眼鏡「……迷った?」
長髪「僕は、いつも僕と比較されて父に怒鳴られる君がかわいそうで仕方なかった。
僕に負ければまたつらい思いをするだろう、そう思ってしまった。
いや、傲慢だと分かっているけれど」
眼鏡「……」
長髪「そして、勝ち続けることに苦痛を感じてもいた。そんな弱さで君を結果的に苦しませてしまった。
謝っても許されるもんじゃない」
眼鏡「……」
眼鏡「私は、苦痛に感じたことなどありません」
長髪「……」
眼鏡「兄さんがなんと言おうと、兄さんの膝を壊してしまったのは私です。
私の責任なんです。
謝罪すべきは、私の方だ」
長髪「……」
眼鏡「兄さん、私は……」
長髪「彼、強かったろ?」
眼鏡「え?」
長髪「彼ね、僕から一本取ったんだ」
眼鏡「……」
長髪「自慢の生徒だ。僕に教える楽しさを教えてくれたよ」
眼鏡「……はい」
長髪「そして、僕に勝った君も、僕の自慢の弟だ」
眼鏡「っ……!」
長髪「行こう。そろそろ彼らの決着もつく頃だよ」
眼鏡「……」
眼鏡「はい……!」
・
・
・
友「――」
友「……ううん」
友「……!」ハッ!
友「俺は……!」ガバ
医師「おや、目を覚まされましたか」
友「し、試合は!? 決着は!?」
医師「起きたなら、表彰式が待ってますよ」
友「?」
医師「優勝トロフィーをもらってきなさい」ニコ
友「……」ダッ
医師「あ、ちょっと! 会場はそっちじゃ――!」
女「……」
師範「よう」
女「師範……」
師範「久しぶりだなデビル。いい試合だったぜ」
女「ありがとう、ございます」
師範「お疲れ様」
女「……はい」
師範「たまには道場に顔出せよ。ときどきは顔が見たい」
女「……はい」
師範「それからだな――」
『愛してるぜ』
女「あの」
師範「ん?」
女「少し、一人になりたいです」
師範「……ああ。しっかり泣いてこい」
女「……」
女「……」グス
<練習場>
――シーン……
男「……」
――……タッタッタッタ
男「……」
「ハァ、ハァ……」タッタッタ……
男「……」
「アニマル!」ザッ!
男「……」
友「オッス! 待たせたな!」
男「遅いよ」
『俺と一緒に空手やろうぜ!』
友「へへ、これでもかっとばしてきたんだぜ?」
男「そっか」
『僕もカールみたいになりたいんだ』
友「会えてうれしい。けど、もう言葉は要らねえな」
男「うん」
『男はド根性だぜ!』
友「……」スッ
男「……」スッ
『よーしかかってこいよアニマル。俺があいてしてやんよ』
『……うん。行くよカール』
男「かかってこい、ヒーロー。僕が――怪物が相手してやる」
友「おう、行くぜアニマル!」
――タンッ!
男「シッ!」シュッ!
友「はッ!」パシ!
ガッ! ビシ! バスン! パシイ!
友「くっ!」
男「セイッ!」
――ゲシィッ!
友「がふッ――!」ドサァ!
友「ゼィ、ゼィ……」
男「……」
友「こ、の……」
男「……」
友(く、やっぱり女の身体じゃきついか)
男「……」ジリ
友(は……足がグラグラだぜ)ムクリ
男「ギブアップする?」
友「……冗談。ヒーローは最後に絶対勝つんだろ?」
男「……そうだね」
友(とは言ったものの……くそこりゃピンチだぜ)
友「……」ジリ……
男「……」ジリ……
友(ああちくしょう、打たれた節々が痛む……)
男「……」
友(ふんばれクソヒーロー、男はド根性だろ……!?)
『カール、大丈夫?』
友(ったりめーだろアニマル。要らん心配すんな)
『でも足はふらふらだよ?』
友(武者震いさ)
『無理しないで。僕が助けになるよ』
友(そりゃありがてえ。頼りにしてんよ相棒)
『身体なら大丈夫。ほら』
友「え?」
「……あ」
「……」
『……行ける?』
「……」
『頑張れ、ヒーロー』
「……おう!」
男「カール……」
「久しぶりだなアニマル」
男「……うん。懐かしいよその声」
「遅くなったが、ヒーロー見参、だ」
男「うん」
「行くぜ相棒!」
男「うん……!」
男「おかえり、ヒーロー!」
――ズダンッ!!
・
・
・
――時は流れて。また夏がやってくる
「全国空手道大会男子決勝戦!」
「赤、備津布高校三年男子! 青、同じく備津布高校三年男子!」
男「……ふふ」
友「……へへ」
「始め!」
――僕のヒーローが帰ってきた
title:男「友達が女になった」
~了~
240 : 捨て酉 ◆eSc5K.ccZc - 2011/10/15 21:40:23.03 25y7Us2Fo 203/207ここまで読んでくれてありがとうございました
投下に付き合ってもらえてうれしいです
さて、このSSは>>74でも気付かれている通り、松本大洋の「ピンポン」をオマージュしたものです
(真似しすぎて悪質なパクリになってしまった可能性もありますが)
そちらの方は空手じゃなくて卓球ですが、このSSが楽しめたのならお薦めします
なにしろプロがやってるだけあって、頑張ったのに悔しいですがこのSSの万倍は良くできていて面白いです
漫画とそれを原作にした実写映画がありますが、どちらもお薦めです。ぜひ探してみてください
なんだかピンポンの宣伝ぽくなってしまいましたが、それではこれにて失礼
またいつか
246 : VIPに... - 2011/10/15 23:08:40.56 5nXTSJYAO 204/207(*ノ∀・*)ゞ ヒーロー見参!
ピンポンの映画は面白かったよ
247 : VIPに... - 2011/10/15 23:50:01.52 25y7Us2Fo 205/207終わったのにしゃしゃり出てきてごめんなさい
>>246
話としてもまとまっていて借りればそんなにお金もかからないので、全く知らない人は映画の方から入るのがいいですよね
漫画の方は五巻あって、新品は(もう売ってないところも多いですが)一冊八百円くらい
絵もちょっと癖があるので人を選ぶと思います
248 : VIPに... - 2011/10/16 00:53:31.38 i89MhVBro 206/207>>247
これの場合は元ネタがあるからそちらもどうぞ、と情報をくれるのはアリだと思うよ
名前だけは知ってても内容を知らない人は多いと思うし
こういったきっかけで見たら実は面白かったというのもあるしねw
249 : VIPに... - 2011/10/16 01:00:57.93 KSumsskUo 207/207>>248
なるほど、どうもです