勇者「遊び人と大罪の勇者達」
勇者「遊び人と大罪の勇者達」【#2】
勇者「遊び人と大罪の勇者達」【#3】

499 : 以下、名... - 2017/12/31 12:15:35.56 Hga49WgN0 456/829

『不老不死』

身の丈に合わぬものを、手に入れようとしてはいけない。

言われるほどには理不尽でない、因果応報の成り立つこの世界では。

与えた分だけ返ってくることがあるように。

奪った分だけ、奪われる。

【第6章 強欲の街『欲望に伸びる腕輪』】

神は二つの事を禁じられた。

自殺をすること。

不死を望むこと。

500 : 以下、名... - 2017/12/31 12:20:22.77 Hga49WgN0 457/829

遊び人「……ここは、どこ?」

蘇生されたばかりの遊び人は痛そうに頭を抑えながら尋ねた。

勇者「教会だよ。『庭の宝の村』という場所の」

遊び人「……ごめん、色々有りすぎて、頭がごちゃごちゃしちゃってさ」

遊び人「憤怒と傲慢の勇者と一緒にいて。それからお姫様が裏切って。そして、あいつが現れて……」

勇者「無理するな。宿屋に行ってゆっくり休もう」

遊び人「何言ってるの。ゆっくりしてる場合じゃないでしょ。今すぐにでも」

勇者「もう終わったんだ。落ち着ける場所で、頭を整理しよう」

遊び人「勇者はそうやって、いつもいつも問題を先延ばしにして……」

遊び人は怒りを込めた口調で言いながら、頭痛を堪えながら勇者を見上げた。

遊び人「……勇者!!」

勇者の顔色は、不健康に青白くなっていた。

身体は傷だらけで、頬も痩せこけ、目に隈ができていた。

勇者「俺達は敗北したんだ。逃げ切れたのは俺達だけだ」

勇者「やつらの魔物から逃げるのもぎりぎりだったよ。いつもならかすり傷程度で棺桶送りだったけど、自分の中に眠る精霊に保護しなくていいと願ったんだ。付近の教会に敵が配置されていたかもしれなかったから」

勇者「おかげさまで、この有様だけど、逃げ切ることができた。ろくに呪文の力を貸してくれないくせに、こういう願いばっかり聞き届けてくれるんだから」

勇者「とにかく、遊び人も無事蘇生できて……よか……」

勇者は言い切らぬ内に、地面に倒れ込んだ。

遊び人「勇者!!」

遊び人は勇者のそばに寄った。

勇者の呼吸は浅く、早かった。

勇者「……ここまでの輸送料、500Gな」

遊び人「馬鹿なこと言ってないの。肩を貸して。宿屋まで連れて行くから」

遊び人は勇者の身体を支えた。

勇者「…………」

勇者「……ごめん」

遊び人「何を謝ってるのよ」

勇者「……弱くて、ごめん」

遊び人は言い返そうとするも、胸に何かが詰まり、口をつぐんでしまった。

口を開くと、涙が溢れてしまうと思った。

501 : 以下、名... - 2017/12/31 12:21:03.60 Hga49WgN0 458/829

お互いの弱さを補う合う、なんていうのは、強い部分を1つは持っている2人組だけの特権で。

弱いだけの2人にとっての助け合いとは、ただ交代に傷つくということだけだった。

502 : 以下、名... - 2017/12/31 12:26:12.79 Hga49WgN0 459/829

~宿屋~

ろくに身体も拭かぬまま、ベッドに倒れ込み、2人は身体を休めた。

幾らか時間が経った頃、遊び人が喋りだした。

遊び人「勇者、起きてる?」

勇者「…………」

遊び人「なんだか、疲れてるのに眠れないね」

遊び人「ほんと、なんなんだろうね。よくわかんないね」

遊び人「生きるって、なんなのかなぁ」

遊び人「私の一族が寿命を望んだばっかりに、多くの人の命が失われてしまった」

遊び人「私という人間が一人生まれなかったら、失われずに済んだ命を数えてみたら、けっこう多そうだった」

503 : 以下、名... - 2017/12/31 12:26:42.09 Hga49WgN0 460/829

遊び人「このまま寝ちゃってさ。次起きたら全部解決してるといいな」

遊び人「例えば、私が勇者にこんなお願いをするの。眠っている私を殺して、起きるべき時になるまで棺桶の中で死なせててって」

遊び人「ある時、目覚めたら、勇者が全部を解決してくれてるの」

勇者「俺が何も解決しないまま、100年経っちゃったらどうするんだよ」

遊び人「死んでる間に年を取っちゃうなら私も死んでるだろうけど」

遊び人「もしも、今の年齢のまま目覚めたとしたら」

遊び人「勇者のいない世界で一人目覚めても、独りぼっちで苦しいだけだな」

遊び人「生きてても、死んでても、苦しいね」

遊び人「はは。ごめんね、暗いね。夜に考え事をしてもよくないね。もう寝るね」

勇者「…………」

504 : 以下、名... - 2017/12/31 12:27:16.48 Hga49WgN0 461/829

勇者「……ふわーあ」

遊び人「おはよう」

勇者「おはよう。えっと、今は……」

勇者がベッドから起き上がると、もう昼下がりの時間になっていた。

勇者「やべっ、俺どれだけ寝てたんだ……イテテテ!!」

勇者は全身に痛みを感じた。

遊び人「疲労が溜まってるんだから無理しないで。日付確認して驚いたよ。何日間不眠不休で移動してたのよ」

勇者「逃げるのに必死で……。それより、早く残りの大罪の装備を入手しないと……イテテテ!!」

遊び人「そこの人、動かない!」

起き上がろうとする勇者に遊び人は注意をした。

遊び人「昨日私に言ったことを思い出してよ。落ち着いて、まずは、体力つけないといけないでしょ」

遊び人「ご飯用意するから待っててね。といっても、店主に貰ってくるだけだけどね」

遊び人は部屋を出て、階下に降りていった。

505 : 以下、名... - 2017/12/31 12:32:05.15 Hga49WgN0 462/829

勇者は窓の外を見た。

偶然たどり着いた土地だったが、身なりの良い住民が多く、風情のある景観だった。

冒険者なのだろうか、小金持ちそうな商人や、屈強な戦士も多く歩いていた。

勇者「みんな、立派に生きてるな」

勇者「精霊の加護がなかったら」

勇者「一体、俺には何が残るんだろうか」

独り言をつぶやいていると、ドアが開いた。

遊び人「おまたせ。味には期待しないほうがいいかな。でも残さず食べてよね」

しなびたパンと、食用の野草という、質素な食事だった。

自分が寝ている間に、遊び人も同じ物を食べていたのだろう。



思い返せば、この子にまともな食事をさせてあげたことがどれだけあっただろう。

まだ暴食の村に着く前の頃も、金銭的な余裕などなく、いつも安い宿屋の安い部屋で、2人でしなびた食事を摂っていた。

それでも遊び人が食事中に楽しそうに話をするものだから、陰鬱な気持ちにはならなかったのだが。

506 : 以下、名... - 2017/12/31 12:36:05.78 Hga49WgN0 463/829

憤怒の王子から多額のお金を貰ったお陰で手持ちは多いものの。

道具を買ったり、装備を買い替えたりするのにお金が必要になるかもしれない。

遊び人の蘇生なんて特に多額の費用がかかる。

赤い糸の制約がなくなった今、無駄なことはしていられない。

今までは、遊び人の赤い糸の呪文によって、嫉妬の勇者の認知・移動に関してコントロールを行うことができていた。

嫉妬の“認識不可の領域”を操り、巧妙に大罪の装備の探索に遠回りをさせ、嫉妬の周囲の部下ごと非合理的な移動を繰り返させた。

赤い糸が焼き切られた今、嫉妬は制限なく大罪の装備を探すことができるようになった。

以前よりも遥かに短い時間で、残りの大罪の装備のある場所にたどり着くだろう。

遊び人こそ、呪力に対する感性は最高峰の逸材であり、大罪の装備から溢れ出る呪力を感じ、且つ装備の影響によって急激な変化を遂げた街や村の噂を分析し、短い期間で大罪の装備の居場所を特定することができていた。

居場所の特定に関しては先んじている今のうちに、一刻でも早く装備の場所に立ち寄りたかった。

何もかもが、切羽詰まっている。

507 : 以下、名... - 2017/12/31 12:41:57.83 Hga49WgN0 464/829

~翌朝~

遊び人「変わった村だね。1件1件の建物の裏に小さな果樹園みたいなのがある。昔読んだ本に書いてあったけど、庭って呼ぶんだって」

勇者「へぇー。いい眺めだな」

遊び人「さて。今日は情報収集がてら、2人で小さなクエストでもこなしましょうかね」

勇者「でも、そんなことしてる場合じゃ……」

遊び人「勇者だって全快じゃないでしょ。身体を慣らさないと」

勇者「……そうだな」

遊び人「勇者はどれを選ぶの?」

勇者「……古い地図の更新の手伝いかな。洞窟マップ造りとか」

遊び人「そう。私は薬草摘みに行ってくるね」

勇者「わかった」

2人は別々に受付に行った。

遊び人は薬草詰みのクエストを受注した。

勇者「…………」

勇者は大型キメラ討伐のクエストを受注した。

508 : 以下、名... - 2017/12/31 12:43:30.85 Hga49WgN0 465/829

「あなた、作業を中断して。今すぐ医療所へ向かってちょうだい」

遊び人「えっ、私ですか?」

村人からの報せを受けて、遊び人は指定された場所へと向かった。




「おい、あんたがこいつの仲間か!?」

遊び人「勇者!!」

身体が傷だらけになった勇者がベッドに横たわっていた。

「ろくに戦力にならねえくせに上級クエストに挑むんじゃねえ。たまにいるんだよな。集団クエストに参加しておこぼれに預かろうとするやつが」

「気絶してるだけだから、あとはあんたが面倒を見てくれや」

クエスト参加者達は文句を吐くと去っていった。

遊び人は倒れている勇者を見る。

治癒呪文が施された痕跡はあるが、対峙した魔物が特殊な毒でも持っていたのか、治癒に時間がかかっているようだった。

遊び人「どうしてキメラ狩りなんかに挑んだのよ」

勇者の体内に宿っている精霊は、小さく光り続けている。

遊び人「こんなに傷を負ってたら、いつもならすぐに肉体保護の棺桶が現れるのに」

遊び人「精霊様。勇者は、あなたに何を願って戦ったんですか」

遊び人は治療にかかった料金を支払い、勇者を担ぐと、宿屋へと戻った。

509 : 以下、名... - 2017/12/31 12:44:00.56 Hga49WgN0 466/829

勇者「……はっ。ここは。教会……?」

遊び人「おはよう。宿屋だよ」

勇者「あれ、俺、たしか……イデデデ!!」

遊び人「動かないで。今日こそは絶対安静だからね」

勇者「遊び人、ごめん。俺は……」

遊び人「病人は黙って寝るのが仕事だよ」

遊び人の強めの言葉に勇者は口を閉じた。

遊び人「ちょっと外に行ってくるね。昨日のクエストの続きがあるから」

そういうと、勇者を残して出ていった。

510 : 以下、名... - 2017/12/31 12:45:47.52 Hga49WgN0 467/829

勇者「……はぁー。死んでしまいたい」

勇者は、惨めな思いを抱えた。

恥ずかしくて、情けなかった。

戦闘から逃げ続けてきた弱い自分を克服したい、という思いが今更になって芽生えて。

いざ強敵に挑んだら、惨敗してしまった。

勇者「当たり前だよ」

勇者「今までみんなが毎日コツコツと積み重ねてきたものを、数日間の覚悟で越せたら苦労しないよ」

勇者「覚醒なんていうものは、積み重ねてきたものの特権で」

勇者「逃げ続けてきた俺の中には、そもそも力なんて眠っていないんだ」

勇者「精霊の加護を取り除いたら。俺は、空っぽなんだ」

暴食、色欲、傲慢、憤怒、四人の最強の勇者が勝てなかった嫉妬の勇者を相手にしているというのに。

勇者でもなんでもない、普通の人間が挑んでいたクエストさえ攻略できない自分は。

大切な者を守ることなんて、到底できやしないだろう。

勇者「俺こそ、なんで生きてるんだろうな」

劣等感に打ちひしがれながらも、勇者はいつしか眠りについていた。

511 : 以下、名... - 2017/12/31 12:48:06.60 Hga49WgN0 468/829

物音が聞こえ、目を覚ました

窓の外を見ると夜になっているのがわかった。

音の正体を探ろうと首を動かすと、小さなあかりだけを灯して遊び人が机の上で何か作業をしていることに気づいた。

遊び人「…………」

大きな木箱に入った無数の小枝からきのみを剥がし、丁寧に皮を剥き、色ごとに分類をしていた。

道具屋が依頼をかけている小さなクエストを、黙々とこなしていた。



作業に集中している彼女の横顔を見る。

小さな灯りのなかで、地味で、退屈な作業に一所懸命に集中している。

普段ろくでもないことで言い争っているせいか、あまり意識はしてこなかったが。

綺麗な顔立ちだった。

加えて、呪文に関する知識も、歴史や自然に対する知識も深い。

どうして彼女は自分なんかと一緒にいるんだろう。

彼女は遊び人で、自分は精霊の加護がついているからだろうか。

世界には、自分より頼れる冒険者など、星の数ほどいるというのに。

512 : 以下、名... - 2017/12/31 12:49:57.23 Hga49WgN0 469/829

遊び人「勇者、起きた?」

視線を感じたのか遊び人は作業をとめて、勇者のもとまで寄ってきた。

勇者はとっさに目を瞑り、そら寝をした。

遊び人「あれ、気のせいか。ここんとこ無理してたもんね」

遊び人「具合はどうかな」

ふと、冷たい手の感触が額にあてられた。

遊び人「どれどれ」

遊び人「うん、熱はなさそう」

ほっとしたような声が聞こえた。



とっさに寝たふりをしてしまった勇者は、緊張しながら目を瞑り続けていたが。

遊び人はベッドの脇から動く気配がなかった。

目を瞑っていても、強い視線を感じ、焦りで不自然に動いてしまいそうだった。





しばらくすると、遊び人は再び言葉をかけてきた。

遊び人「ねえ、勇者」

遊び人「がんばらなくても、いいからね」

やわらかい声色だった。

遊び人「私にだけは正直に伝えてね」

遊び人「駄目なものは駄目、無理なものは無理、ってさ」

遊び人は、んふふ、と笑うと、椅子に戻って作業の続きをした。

513 : 以下、名... - 2017/12/31 12:50:33.11 Hga49WgN0 470/829

せめて。

役立たずだと、失望してくれたら。

諦めたよと、ため息をついてくれたら。

やさしさに、ここまで胸が張り裂けそうにはならなかったのに。

514 : 以下、名... - 2017/12/31 15:09:06.34 Hga49WgN0 471/829

~翌朝~

遊び人「それじゃあ、行きましょうか」

2人は村を出て、移動の翼を取り出した。

遊び人「魔王消滅の噂の時期に急激に変化した都があるの。それに、大罪の装備独特の魔力の気配を感じる」

遊び人「もっと準備を整えてから行きたいところだけど、やつらに先を越されないように急ぎましょ」

翼に念を込め、2人は飛び立った。

515 : 以下、名... - 2017/12/31 15:09:40.44 Hga49WgN0 472/829

遊び人「……あれ」

目的地付近に降り立った時、遊び人は不思議そうな顔をした。

勇者「どうした?場所を間違えたか?」

遊び人「ううん。装備の気配は確かに強くなってるし、間違いはないんだろうけど」

遊び人「この場所、見覚えがある気がして……」

勇者「里を出た後に訪れたのか?」

遊び人「里を出てからもあちこちまわったけど、ここら辺りには近づかなかったな。強い魔物も多い地域だし」

勇者「じゃあ小さい頃とか?」

遊び人「生まれてからずっと里育ちだよ。里の結界から出ると寿命の放出が凄かったんだもの。今でこそ遊び人に強制転職されたおかげで大分ましになってるけど」

勇者「とにかく入ってみるか」

516 : 以下、名... - 2017/12/31 15:13:22.33 Hga49WgN0 473/829

勇者「すいません、ここの名前は……」

案内人「ここは強欲の都だぁああああああ!!!」

遊び人「どのような都市で……」

案内人「勇者が都長を務める欲望に塗れた都さぁああああ!!!!」

案内人「案内料200Gいただこうかぁああああああ!!!」

遊び人「馬鹿言うんじゃないわよ!払うわけないでしょ!!」

案内人「盗っ人だぁああ!!!情報の盗っ人が現れたぁああああああ!!!誰かお金を取り返してくれぇえええ!!!」

遊び人「ちょ、ちょっと!!わかったわよ!!払うわよ!!」

遊び人は200G手渡した。

案内人「へっへっ、毎度あり」

道具屋「いつもうるさいんだよ案内人。騒音料300G払いなさい」

案内人「そっちこそいつも陰気に商売しやがって!!静音料400G払いやがれ!!」

道具屋「なんだと。侮辱料で500G払って……」

遊び人達はにげだした!

517 : 以下、名... - 2017/12/31 15:17:31.16 Hga49WgN0 474/829

勇者「いきなりとんでもない目に遭ったな。払う必要あったのか?」

遊び人「多分なかったと思う……。でも、大罪の装備の影響で、この国のルールがどれだけ非常識なものになってるかもよくわかんないし」

遊び人「強欲の都。案内人という職業の者にとっては良い商売のできる場所ね。なにせ、町の中で冒険者と一番最初にコンタクトを取れる職業だもの。最初にぼったくりできるわけよ」

勇者「まあ実際、貴重な情報は手に入った」

勇者「この都の長が勇者だと言っていた。おそらく、その勇者が持っている大罪の装備の影響で、この都は強欲な発展を遂げたんだ」

勇者「それにしても、どうやって強欲の勇者様とお近づきになろうか」

遊び人「堂々といけばいいじゃない。もう、奪ったり盗みに行くんじゃないんだから」

勇者「……それもそうか」



今までの冒険は、遊び人が7つの大罪の装備を身につけることを第一に考えていた。

他に大罪の装備を所持している勇者達がどんな人間性であるかもわからず、黙って盗めるのであればそれが一番であった。

里を滅ぼした男が嫉妬の装備に選ばれており、勇者達を殺してきた現状を見れば、もうこれは彼女達だけの問題ではなくなったといえる。

強欲の装備を持つ勇者と出来る限り情報を共有し、嫉妬を打ち倒すのが最善策に思われた。

遊び人「でも、大丈夫かな」

勇者「何が」

遊び人「強欲に選ばれた人よ」

遊び人「それこそ、大罪の装備を望むような人格かもしれない」

勇者「…………」

大丈夫だよ、なんて気軽に言えなかった。

なんとかなるよ、なんて励ませなかった。

全てを覆せるだけの力がなかったから。

全然大丈夫じゃなくて、なんともならなかった今があるのだ。

実力の無い今は、それでも黙って進むしか無い。

518 : 以下、名... - 2017/12/31 15:26:31.03 Hga49WgN0 475/829

遊び人「あの、すいません」

遊び人は荘厳な建物の入口に立っている兵士に尋ねた。

兵士「何だ」

遊び人「都長に謁見したいのですが」

兵士「他所の国の遣いのものか?」

遊び人「はい。私は傲慢の街の遣いのものです」

勇者「私は憤怒の城下町の遣いのものです」

兵士「悪いが、遠国のことはあまり詳しくないんだ。用件はなんだ」

遊び人「強欲の装備の件についてお話したいと伝えてくだされば」

兵士「なんだそれは。まあいい。ついてこい」

519 : 以下、名... - 2017/12/31 15:27:02.77 Hga49WgN0 476/829

兵士「伝言を頼んでおいた。しばらく待っててくれ」

建物の中に入ったあと、小さな部屋で待たされた。

遊び人「王国とはまた雰囲気が違うね。さっき通ったエントランスの材質も大理石だった。この危険な地域で栄えてるだけあるね」

勇者「ただ品物の物価が高いのは困りものだけどな。ここの周囲に街が少ないから、冒険者は嫌でも買うしかないんだろうけど」

兵士「田舎者かお前らは。そんなみすぼらしい装備でここまで来る冒険者なんて滅多にいないぞ」

遊び人「遣いの者に失礼なこと言ってくれるわね」

兵士「はは。悪い悪い。俺も元冒険者で、田舎から出てきたんだよ。それ、皮のドレスだろ。懐かしくなっちまった」

520 : 以下、名... - 2017/12/31 15:28:14.95 Hga49WgN0 477/829

勇者「あなたもどうしてこんな地までやってきたんだ?」

兵士「貧しい村で育ってな。まずは裕福な隣町に行こうって決意をして。隣町で働いてから、さらに裕福な街があることを知って。気づいたら、パーティ組んで、冒険に出ていたんだよ」

勇者「そうだったのか。パーティメンバーは解散したのか?」

兵士「いいや」

兵士は憂いを帯びた顔で答えた。

兵士「全員魔物にやられて死んじまった。俺だけ逃げ延びたんだ」

勇者「わ、わるい……」

兵士「もうずっと前のことだ。あんたが気にすることじゃない」

兵士「あんたらも装備を買い替えな。値段は高いが、優れた材質の装備がこの都にはたくさんある」

兵士「金より、命の方が大切だろ?忘れちゃ駄目だぜ」

その時ドアが開いた。

兵士2「お二人方、私についてきてください。都長直々にお話しされたいとのことだ」

勇者「わかりました。ではまた」

兵士「はっ」

かしこまって敬礼をする兵士を後にし、二人は部屋を出た。

521 : 以下、名... - 2017/12/31 15:40:20.95 Hga49WgN0 478/829

強欲「率直に言わせてもらう。お前らは傲慢の街の使者でも、憤怒の城下町の使者でもないな?そう名乗り出たと聞いたが」

遊び人「はい」

強欲「お前たちは何者だ?何故大罪の装備について知っている」

遊び人「事情があって、世界に散らばった大罪の装備を集めています」

遊び人「しかし、現在は、傲慢の街の勇者と憤怒の城下町の勇者は、嫉妬の王国の勇者に捕縛されました。装備を奪われ、おそらく、殺されているでしょう」

強欲「そしてお前らは憤怒の街から無事逃げ出したと」

強欲の勇者はにやりと笑っていった。

勇者「どうしてそれを……」

強欲は、束になった羊皮紙をめくった。

強欲「そこの女性は、憤怒の勇者の嫁候補に立候補したみたいじゃないか」

遊び人「はい。正直に申し上げますと、それは憤怒の装備を手に入れるためでした。しかし、殺害へは無関与であり、全ては嫉妬の王国の……」

強欲「どうでもいい。それより、湯水の国の姫君とは話したか」

遊び人「えっ、はい。どうして」

強欲「俺達の都と湯水の国の繋がりは深いからな。貿易による繋がり、というだけだが」

遊び人「ではあれは、本物の姫君だったのですか?」

強欲「そうだ。自ら名乗るなど愚かなことだが、遠国だからと高をくくっていたのだろう」

強欲「湯水の国の姫君はある日を境に姿を消した。国の警護は厳重である上、姫君自身が音色を操る最高峰の術士であった。身代金の要求もなく、誘拐であるとは考えにくかった」

強欲「姫君自身の望みで、王国を出られたのだろう」

遊び人「一体、何を望んで」

強欲「さあな。だが、1つ言えるのは」

強欲「嫉妬の首飾りを持つ勇者は、心に闇を持つ者を手懐ける魅力を持っているということだ」

強欲「奴には2人の強力な従者がいる。どちらも女で、そのうちの一人が姫君というわけだ」

強欲「魔王の四天王といい、悪い奴らは強力な部下を揃えるのが趣味の1つなのだろう」

522 : 以下、名... - 2017/12/31 15:46:32.25 Hga49WgN0 479/829

強欲「憤怒の城下町が侵略されたように、俺達の都にも奴らの手が確実に延びている」

強欲「嫉妬の首飾りは、7つの大罪の装備の中で頂点に君臨する。このままのんびり待っていれば、俺も殺されかねない」

強欲「あいつらに関する情報をできるだけ教えてくれ」

遊び人「……勇者、怪しいよ」

勇者「どうした?」

遊び人「この人知りすぎている。大罪の装備が7つあることも、嫉妬の装備が首飾りであることも、普通は知らないはずだよ?」

勇者「だとしたら、こいつは嫉妬の王国と繋がって……」

強欲「おいおい、よしてくれ。手の内を隠している時間はないだろう」

強欲は呆れた顔をした。

強欲「まあ、お前の言う通り、確かに嫉妬の王国との繋がりはある」

遊び人「やっぱり!!」

強欲「扉の前で聞き耳立てるくらいなら、入って来たらどうですか。嫉妬の王国の元研究者さん」

強欲「それとも、孫娘のことが心配でしょうがない、錬金術師のお爺ちゃんと言ったほうがいいかな」

扉が開いた。

錬金「……急に呼び出すから何かと思ったぞ、馬鹿勇者め」

強欲「彼女たちが行方をくらましてうろたえていただろう。見つかってよかったじゃないか」

遊び人「うそ……あなたが……」

錬金「初めて会ったのは赤子の時じゃったな。里の中で、短い時間だったが」

錬金「里が滅ぼされたと聞いた時は、絶望したものだった。立派に生きていてくれて、嬉しいぞ」

遊び人「お父さんの、お父さんですか?」

錬金「お爺ちゃんで構わんよ、孫娘よ」

遊び人は、ワッと泣き出し、老人に抱きついた。

老人もやさしく彼女を抱きしめた。

里を出てから、初めて会えた親族だった。

523 : 以下、名... - 2017/12/31 15:50:26.69 Hga49WgN0 480/829

都の周辺に辿りついたとき、遊び人は不思議と懐かしさを感じていた。

それは、遊び人のお父さんがこの辺りの風景を描いた絵や、薬草辞典の本などを里に置いていたからなのだろう。

勇者は奇跡的な再会を、ただ感動しながら眺めていた。

それに気づいた錬金は、表情を変えて睨んできた。

錬金「愚か者!!」

錬金が手をかざすと、勇者の身体が吹き飛ばされた。

羊皮紙の書類が舞い散った。

勇者「グボォ!!」

遊び人「お爺ちゃん!!」

強欲「部屋の中でやめてくれ……」

錬金「なんたる脆弱!!なんたる浅学!!」

錬金は遊び人から離れ、壁に叩きつけられた勇者の元に詰め寄ってきた。

524 : 以下、名... - 2017/12/31 15:57:43.47 Hga49WgN0 481/829

錬金「この子を危険な目に遭わせおって!!精霊の加護がついているからと安心していたが、勇者ですらないそうではないか!!」

錬金「お前たちの旅路の噂を集めていたぞ!!棺桶を引きずる遊び人のオナゴの噂がどれだけ世界に散らばってると思ってる!!嫉妬の王国に対抗するために集めていた情報だったが、それらの噂が全てわしの孫娘のことだったとはな!」

遊び人「どうして私がお父さんの子だってわかったんですか」

錬金「嫉妬の王国の魔物の中には、わしらの国のスパイの魔物もおる。鳥系の魔物が多いんじゃが、何匹かの羽毛に”集声石”を隠している」

錬金術師は石を取り出し、念を込めた。

石から遊び人の声が響いた。

『リコルダーティ・スケルツォ・ベルスーズ』

『主を失いし旋律の怨嗟よ』

『大罪の仇讎曲を奏で給え』

勇者「これは、遊び人が憤怒の街で唱えようとした呪文……」

錬金「呪文の詠唱は個人によってやり方にアレンジが加わる。禁術ともなると無口詠唱で唱えるのは難しい。そこで、有口詠唱をするとなると、精霊への敬意の示し方に使用者の癖が見られるようになる」

錬金「『大罪の』という枕詞を付けたな。あの里の十八番とも言える言葉じゃ。ノーマルの人間ならまずつけることもないことばで、つけても効力を発揮しない」

錬金「この術自体は、遥か昔に魔王討伐を果たした勇者一行の術士が創造したと言われているものじゃ。こちらノーマル側の一部の人間しか知らぬもので、賢者の里で知っているものもそうはいまい」

錬金「わしの息子が持ち帰った本に書いてあったのだろう」

錬金「私達と通じている嫉妬の王国の研究者も言っていた。大罪の賢者は消滅し、ノーマルは殺されるか王国に拉致されていたと。そして、わしの息子の亡骸を見たところ、強制転職の痕跡があったとも」

錬金「もしかしたらと思っていたよ……。本当に、生きていてよかった……」

遊び人「お爺ちゃん……」

『……死ね私』

遊び人「……………」

勇者「あっ、これは石を投げて口でキャッチした時のイデデデ!!足、足痛い!!」

525 : 以下、名... - 2017/12/31 22:58:17.49 Hga49WgN0 482/829

強欲「不思議な縁があるものだ。おかげで話は早く済んだ」

強欲「俺の持つ『強欲の腕輪』を近々やつは奪いに来る。この都でやつの息の根をとめる」

強欲は懐から、黄金色の鮮やかなブレスレットを取り出した。

遊び人「それが、強欲の腕輪……」

強欲「悲しいことに、俺の存在は勿論、この大罪の装備は既に感知されている。つい先日にその痕跡を見つけた」

強欲「感知呪文対策はしていたし、今まではそれで防げていたんだがな」

勇者「それはきっと遊び人が、赤い糸の呪文で嫉妬をコントロールしていたおかげだ。大罪の装備を認知不可の領域に持ってこれていたんだ。けれど今は、呪文を破られてしまって……」

錬金「……愚かなことをするわい。敵との絆を作るなんて、どこでアダになるかわからんぞ」

錬金は頭を抱えた。

強欲「次に嬉しい報せだが、やつがこの都に侵入してくる日も大方把握できている。嫉妬の王国に我々の味方がいるからな」

勇者「二重スパイの可能性はないか?」

勇者は手を顎に乗せ、鋭い眼光で指摘した。

遊び人「何か酔ってるよ……」

強欲「強欲の都で長をしている俺だ。信頼等という尺度は持たない代わりに、利害関係は熟知しているつもりだ」

強欲「それに、わが都きっての優秀な占い師もいる。緻密に準備して、返り討ちにしてやるさ」

遊び人「二つの大国の全面戦争になるのかしら」

強欲「そうはならない。俺だけをターゲットにした暗殺だ」

強欲「この戦いは詰まるところ、大罪の装備を奪った者が勝ちなのだ」

526 : 以下、名... - 2017/12/31 23:06:49.41 Hga49WgN0 483/829

遊び人「でも、気になることがあるの。あなたの強さも知らずに失礼なことを言ってしまうけど」

遊び人「奴には絶対に勝てないわ。大罪の装備の中で、嫉妬は頂点に君臨すると言ってもいい」

遊び人「私たちは嫉妬の首飾りの力を見たの。そして、どうしてあいつが精霊を集めて体内に複数宿しているのかの理由もわかった」

遊び人「嫉妬の首飾りはね『一度起きた妬ましい状況を発生させない』装備なの」

遊び人「あいつは一度被害に遭った攻撃に対して、無効化する力を持っているの」



2人は憤怒の勇者に起こった出来事を忘れない。

憤怒の兜を被った彼が、目で捕らえられぬほどの速度で嫉妬に飛び出して行ったものの。

首飾りから冷気のようなものが吹き出し、憤怒を包み込み我に返させた。

遊び人「捕縛の結界の中を自由に出歩くことができたのも、一度その結界内に入ったことがあるからに違いないわ」

遊び人「あいつは一度受けた攻撃に対して免疫を持つの。だからこそ、一度目の攻撃は効いても、二度目は絶対に効かない」

遊び人「精霊を複数体内に宿しているのもきっとそのためよ。精霊殺しの陣、魔剣、大罪の力、今では精霊の加護を打ち砕く手段が複数存在する。それらを克服するためには、当然その方法で一度は破壊されなくちゃならないんだもの」

遊び人「あいつの体内にはまだ6体の精霊がいるの。その腕輪の力で一体分倒したところで……」

強欲「だからこそ、知恵を絞るのだ。さっきも言っただろう、この戦いは大罪の装備を奪った者が勝ちだ。奴の嫉妬の首飾りさえ奪うことができればいいのだ」

強欲「あいつに関する情報を、詳しく教えてくれ」

527 : 以下、名... - 2017/12/31 23:19:25.01 Hga49WgN0 484/829

勇者「こういうの苦手だからお願いしたい」

遊び人「はいよ」

強欲「筆記具も使ってくれ。地形や絵を書きながら説明してくれると助かる」

遊び人は机の上に置いてあった羊皮紙と筆記具を手に取り、語りだした。

遊び人「どこから話し出せばいいかな」

強欲「大罪の装備にまつわる全ての街の記憶についてだ。何か手がかりを掴めるかもしれない」

遊び人「わかった。まずは、暴食の村についてから。ええっと、私は教会で目覚めたところからしか……」

錬金「また死んでいたのか!!お前はわしの孫を常に棺桶に閉じ込めていたのか!!」

勇者「ひっ……」

強欲「構わん、続けてくれ」

528 : 以下、名... - 2017/12/31 23:29:45.25 Hga49WgN0 485/829

暴食の村、色欲の谷について、(恥ずかしい記憶はそれとなく濁しながら)遊び人は一通り記憶を語り終えた。

遊び人「それじゃあ、続いては、憤怒の街での出来事について」

強欲「嫉妬が現れた場所だな。一番詳しく聞きたいところだ」

遊び人「もう知ってるみたいだけど、私たちはまずお嫁さんの候補としての演説会に出場したの。それから……」




遊び人「お姫様との戦闘が終わったかと思った時、私の赤い糸が電撃で焼き切られたの。それであいつは街に侵入してきた」

遊び人「物体感知に傲慢の盾がひっかかったって言ってた。多分、あいつは赤い糸の呪文に以前から気づいていたのよ。赤い糸の呪文は見抜かれた瞬間に効力が切れるものなの」

遊び人「私と会話しているうちに、傲慢の勇者の爆発呪文があいつに直撃したわ。煙がなくなると、傲慢は嫉妬に剣で刺しぬかれていた」

遊び人「最後は教会の内部に入った嫉妬を憤怒が倒して、ガラスが激しく割れた音がした。奴の精霊が砕けた音ね」

遊び人「勝利に喜んだのも束の間。教会から嫉妬が出てきて、やつの体内に精霊が6体いるのがみえた」

遊び人「兜を被った憤怒が再び襲いかかったけれど、あっけなくやられたの。傲慢の盾も使う間もなく一瞬で奪われてしまったわ」

遊び人「それから、私たちは、移動の翼で逃げ出して……」

錬金「もうよい。よく話してくれた」

529 : 以下、名... - 2017/12/31 23:36:42.59 Hga49WgN0 486/829

強欲「…………」

強欲は顎に手をあて、深く考え込んでいるように見えた。

遊び人「今の話を聞いて何かわかった?」

強欲「話を聞いてもわからぬことは多いが。手が語ってくれたことはある」

遊び人「手?」

遊び人は自分が描いた数々の図を見た。

その中でも嫉妬との戦闘シーンを記した図を見ると、嫉妬の移動にある特徴が見られた。

遊び人「……全然気づかなかった」

勇者「嫉妬の行動範囲が、ほとんど教会付近だ」

強欲「どういう訳かわからんが、教会の中に入ろうとしているように見える。傲慢の爆発が起きてから憤怒と戦うまで」

勇者「捕縛の結界があるからじゃないか?」

強欲「やつにとって教会にいることは何か意味があるのかもしれない、力を引き出すとか、弱点を防ぐとか」

強欲「爆発が最初に起きたと言ったな。嫉妬は確かに死んだのか?」

遊び人「煙がたっていたからなんとも」

強欲「妙だな。嫉妬の首飾りは無効化する装備なのだろう。だとしたら、爆発そのものを防ぐのではないのか」

遊び人「爆発が効かない身体になるのか、爆発そのものを抑えるのかは私達にもわからないわ」

強欲「もしかしたら、直撃していたかもしれんな」

強欲「なにせ、通常呪文で倒されたところですぐそばの教会ですぐに復活できるのだ。嫉妬のパーティメンバーは他にはいないと聞いている。」

強欲「首飾りの乱用をしたくないのかもしれない。大罪の装備の使用は術者の寿命を食らう」

強欲「自分が浴びる全ての呪文を無効化なんかしていたら、それだけで寿命が大方持って行かれてしまうだろう。奴は麻痺や石化などの状態異常に関する呪文だけに首飾りの能力を使用するのではないだろうか。もちろん、一度でも精霊の加護の破壊を遂げた攻撃に対しても、全て無効化しているのだろう」

530 : 以下、名... - 2018/01/01 00:02:50.30 OQIpRnKs0 487/829

遊び人「さっきも言ったけど、あいつの体内にはまだ6つ精霊が宿っているの。そして、憤怒の兜による攻撃はもう無力化されている」

遊び人「嫉妬の首飾りを除いたら、残る大罪の装備は5つよ。それら全てを使用しても奴の精霊を全ては破壊できない」

遊び人「加えて、精霊のストックもあるって言ってたわ。また体内に補充しているかもしれない……」

錬金「それは難しいじゃろう。可能な限り体内に詰め込んだ結果が、今の数のはずじゃ。賢者の石の発明を試みたわしだからわかる」

錬金「半年に1体ほどのスペースじゃろうて。それでも困ったことじゃがな」

強欲「だからこその、捕縛なのだ。奴の身動きを一度封じ、首飾りさえ奪えれば良い」

遊び人「状態異常の呪文は全て無効化の対象にしているに違いないわ。眠り、麻痺、混乱、そういった意思をコントロールする呪文はきっと効かない」

遊び人「魔法陣による呪縛も無効化の対象にしていたのだから、きっと呪文の捕縛も出来ないわよ」

強欲「大方の攻撃は無意味だろう。だが、奴の装備はこの世の全てを支配する能力を持っているわけではない。勝機は探せばいくらでもある」

強欲「俺は強欲な男なのでな。ここで人生を終わらせるつもりはないんだ」

531 : 以下、名... - 2018/01/01 00:09:27.13 OQIpRnKs0 488/829

強欲「さて、今までの旅の状況はわかった。だが、1つ気になることがある。勇者といったか」

勇者「な、なんだよ」

強欲「お前の職業が勇者ではないとしたら。一体、何なのだ?」





勇者「何だろ」遊び人「なんなんだろうね」

強欲「はぁあ!?」

強欲「お前、自分の職業もわからずにずっと冒険してきていたのか!?」

勇者「ずっと昔、旅の仲間と冒険してた時に転職神殿を訪れたことがあったけど、わからないって言われたんだ。イレギュラーな存在だって言われて」

勇者「でも何の能力も発現しないし。自分の適性もよくわからないし。戦術に優れたわけでもないし、呪文もほとんど使えないし」

勇者「困っちゃうよね……はは……」

錬金「こやつ……」

錬金「転職神殿が近くにある!一流の占い師がおるからそこで鑑定してもらえ!!」

錬金「無職だったら何かしらの職業についてこい!!」

勇者「ひっ!!」

遊び人「い、行きましょ!勇者!」

532 : 以下、名... - 2018/01/01 00:18:02.51 OQIpRnKs0 489/829

~転職神殿~

勇者「けっこうな人だかりだな」

遊び人「各地から集まっているそうよ。世界にある転職神殿の中でも最も優秀な神官、術士、占い師が集まっているからって」

勇者「それにしても多いよ。みんな自分の職業に満足していないのかな」

遊び人「キャリアアップをしたいんじゃない?」

勇者「賢者とか一流の職業を目指すのかな」

遊び人「だとしたら遊び人になるのかしらね」

534 : 以下、名... - 2018/01/01 12:58:44.66 OQIpRnKs0 490/829

勇者「色んなコーナーがあるな」

遊び人「転職相談をしている場所もあるわ。ちょっと覗いてみましょ」



武道家「今まで武道家をしていたんですけど、どう考えても、剣や槍を持った方が強いということに気づきまして……。もう辞めたいです……。毎朝起きた時から憂鬱で……新卒のときを思い出しては、若気の至りで長武器を持とうとしなかったことに後悔していて……」



僧侶「わたし、生まれつき魔力の器が小さくて。すぐ尽きてしまうんです。だから結局、呪文じゃなくてやくそうを使って仲間を回復してるんです。これだったらもう僧侶やめたほうがいいなって」



盗賊「犯罪じゃないですか。僕らの職業って。まずいなって、ふと気づいたんです」




勇者「人の悩みはそれぞれだな」

遊び人「みんな深刻な表情ね」

536 : 以下、名... - 2018/01/01 13:11:26.45 OQIpRnKs0 491/829

遊び人「あっちでは面接をしてるね。こちらも覗いてみましょ」



面接官「自己紹介をお願いします」

踊り子「私は踊り子と申します。故郷で飲食店を中心に働いていました。食べるという目的で集まった人達を、演技によって一層食事の時間を楽しんでもらうことに、やりがいを感じていました」

面接官「なるほど、素敵な経験ですね。それでは、僧侶への志望動機をお願いします」

踊り子「はい。私が僧侶への転職を志望する理由は、人々のために祈り、より多くの人達への救いに貢献したいと考えたからです。回復手段や補助手段が一層多いことに僧侶への魅力を感じています」

面接官「そうですか。でも、踊り子のままでも味方に回復呪文をかけることはできるんじゃないですか?魔法封じの呪文をかけられても踊りであれば使用することもできます」

踊り子「はい。確かに踊りで回復することはできます。しかし、僧侶のように身体の傷を完全に癒やすほどの力もなく、また、瀕死の者を救う呪文などは使用できません。また、踊りを封じる敵もいるため、その場合は回復手段が失われてしまいます」

踊り子「私は、踊り子という職業を否定するつもりはなく、僧侶を経験してこの踊り子という職業を別の視点で振り返ってみたいと考えています。踊れる僧侶、が私の目指す姿です」

面接官「……わかりました。合否の結果は後日お知らせします。採用、不採用に関わらず1ヶ月以内に連絡致します。本日はありがとうございました。。お気をつけてお帰り下さい」

踊り子「はい。ありがとうございました。失礼します」

537 : 以下、名... - 2018/01/01 13:26:03.81 OQIpRnKs0 492/829

遊び人「面接官が満足げな顔してるわ」

勇者「合格したんだろうな」

遊び人「面接の模擬練習もできるみたい。ねーねー、私達もやってみようよ」

勇者「ええー、嫌だよ。ここで見てるからやってこいよ」

遊び人「つれないなぁー。じゃあ行ってくるね」

勇者「志望職種は何にするんだよ」

遊び人「遊び人に決まってるでしょ」





面接官「まずは自己紹介をお願いします」

遊び人「エントリーシートに書いてありますのでそちらを御覧ください」

面接官「失礼しました。それでは、あなたが直近で打ち込んだことを教えてください」

遊び人「はい、私はギャンブルにお金を注ぎ込みました。汗水たらして仲間が魔物を倒して稼いだお金を浪費して、自分の趣味に投資していました。リターンはかえってこず、野宿する羽目に何度もあいました」

面接官「わかりました……。では、あなたを物に例えるとなんですか?」

遊び人「私を物に例えると、やくそうです」

面接官「なぜ?」

遊び人「噛めば噛むほど、味がでるからです」

面接官「それはスルメのことでは?」

遊び人「やくそうだと言ったでしょう!どうしていきなりスルメがでてくるんですか!話聞いてくださいよ―」

面接官「…………」

面接官「最後に何か質問はございますか」

遊び人「はい。食事補助付きクエストの昼食代の支給に関して、昼食を取らずに私的に利用することは可能でしょうか」

面接官「あくまで労働者の方が昼食を摂取することを目的とした支給ですので、適切な使い方をして頂きたいというのが我々の気持ちでして……。他に質問はございますでしょうか」

遊び人「着替えの時間は勤務時間に含まれますでしょうか」

面接官「それに関しては……」

遊び人「また、入社三年目で退職した場合、退職金はどのくらい出るでしょうか」




遊び人「やった!!合格間違い無しだって!!ここ近年で最高得点だって言われた!!」

勇者「お前の右に出る遊び人はそんなにいないと思う」

遊び人「えへへ」

538 : 以下、名... - 2018/01/01 14:34:29.72 OQIpRnKs0 493/829

勇者「意外とやってみたら俺も行けたりして」

遊び人「おっ、やる気でてきたかな?」

勇者「でもこういうの苦手だしさ」

遊び人「やめとく?」

勇者「子供じゃないんだ。たまにはリーダーらしいところ見せてやろうかな」

遊び人「おお!」

勇者「ここで見ててくれ」



面接官「はーいつぎー。自己紹介してー」

勇者「し、しつれいじまず!!」カクカック


遊び人「(めっちゃあがってるじゃん……)」


面接官「希望する職業は何?」

勇者「はい、私は」

面接官「っていうかさ、レベルも20にも達していないのに転職できないよ」

勇者「(うっ、これ圧迫面接だ……)」

面接官「まあいいや、あなたのことを聞かせてよ。あなたをものにたとえるとなんですか」

勇者「わ、わたしは潤滑油です!!」

面接官「何故?」

勇者「なぜなら、人と人との間をぬるぬる、ぬちゃぬちゃ、効率よくぬちゃぬちゃ、することが得意だからでしゅ!!」


遊び人「(噛んだ……)」


面接官「私にはそうは見えないけどなぁ」

勇者「ど、どのように見えましゅか?」

面接官「見る限り、武道の心もない。神に対する信仰心もない。精霊に対する敬意も勿論見えない」

面接官「その割には中途半端に善意の心も持ち合わせている。盗みの心もないし、詐欺の心も無い」

面接官「戦士にも、武道家にも、魔法使いにも、僧侶にも適性がない。農夫、道具屋、盗っ人、商人も難しいだろうな」

面接官「最後になんか質問ある?」

勇者「……いいえ、ありません」

面接官「採用の通知については1ヶ月以内にお知らせ致します」

539 : 以下、名... - 2018/01/01 14:35:06.81 OQIpRnKs0 494/829

遊び人「あっ、勇者が肩を落としてこちらに歩いてくる……」

主婦A「最近の若い人たちは、やりたいことばかり口にして、すぐにやめちゃうっていうからねえ……」

主婦B「石の上にも3年って言う言葉もあるのにね」

勇者「うっうっ……乗せてくれる石もねぇんだよぉ……」ポロポロ…

勇者「職業選択の自由はどごにあるんだお……」

遊び人「勇者!泣かないで!一旦世間から逃げましょ!」

勇者「うう……」

勇者「今度こそ頑張ろうと思っでだのにぃ……」

遊び人「勇者は何もわるくないよ!!世間、政治、経済、社会がわるいのよ!!」

勇者「ビェええエン!!!」シクシク…

遊び人「ううう泣かないでぇ…」



勇者たちはにげだした!

540 : 以下、名... - 2018/01/01 17:23:08.31 OQIpRnKs0 495/829

勇者「俺なんか無職がお似合いなんだ……」

遊び人「元気を出して」

勇者「このまま都に帰るの嫌だなぁ」

遊び人「あれ、勇者。あそこにあるのって」

勇者「占い師がいるみたいだな。俺は占いなんて信じねーぞ」

遊び人「でも凄い人気みたいだよ。そういえばお爺ちゃんも、この都には優れた占い師がいるから会いにいけって言ってたじゃない」

勇者「本当に占いなんてあたるのかよ」

遊び人「私は占い好きなんだけどな。ねっ、ちょっと行ってみましょ」

勇者「ええー……」トボトボ…

541 : 以下、名... - 2018/01/01 17:25:42.70 OQIpRnKs0 496/829

勇者「やっと順番まわってきた」

遊び人「よろしくおねがいします」

占い師「あらあら、よろしくね」

遊び人「この人が職業のことで悩みを抱えているんです。相談に乗って頂けませんか?」

勇者「遊び人、ちょっと待てって。占って貰う前に、本物の実力持った占い師なのか証明して貰わないと。例えば、今俺たちが持っている所持金の額を当ててもらうとかさ」

遊び人「何言ってるのよ!」

占い師「申し訳ないけど、それは出来ないわ」

勇者「ほらな」

占い師「額はわからないけれど。最近まともな食事を摂っていないようね。肌に表れているわ。冒険者の身なりをしている割には、装備も安価なもの。あなた達のお金の使い方は特殊なようね」

勇者「…………」

占い師「私は目の前の人の生い立ちもわからなければ、水晶玉の中に未来を見る力もない」

占い師「その代わりに、人を見る勘にかけては長けていると自負しているわ。占いって、本来そういうものだとも思ってるの」

占い師「ほら、あそこで面接を受けている人をみてみなさい」



女盗賊「僧侶への転職を希望するわ!!僧侶ならみんな安心して近寄ってくるし、盗み放題、騙し放題に違いないんだもの!!人を騙すにはまず見た目からよ!!」



占い師「彼女の未来は明るいと思う?暗いと思う?」

勇者「暗いだろ。神の遣いを偽って人を騙したことがばれたら、殺されかねないぞ」

占い師「ほら、あなたにも未来が見えた」

占い師「自然の成り行きに未来は通じる。今自分の瞳に映る光景を適切に判断することは、未来予知と一緒よ」

占い師「それはパーティメンバーのリーダーこそ、最も数多く、そして責任を抱えてやっていることでもあるわ」

占い師「かつて偉大な勇者様もこうおっしゃっていたわ。自分の仕事はただ二つの指令を与えることだけだったと。すなわち、『たたかう』か『にげる』か」

占い師「私に任せれば、あなたに関する”自然の成り行き”を見通すことができる。あなたにとって最善な選択を、今この瞬間の状況からきっと判断してみせるわ」

占い師「どうする?『たたかう』か『にげる』か、選んでごらんなさい」

勇者「……こんな長蛇の列に並んで、今更帰るわけないだろ。俺を診てほしい」

占い師「ふふ、そう言うと思っていたわ」

542 : 以下、名... - 2018/01/01 18:03:44.48 OQIpRnKs0 497/829

占い師「……それで、あなた自身は、かつての勇者様のようになりたいと強く願っていると」

勇者「はい、そうです」

占い師「……わかりました。診断結果が出ました」

占い師「あなたにふさわしい職業は……」

勇者「…………」





占い師「案内人です」

勇者「はっ!?」

遊び人「案内人って……」

占い師「村や街の入口付近で立っている住民のことです。『ここは○○の村だよ!』というセリフパターンが多いですね」

遊び人「適性があるとは、どういうことでしょうか?」

占い師「あなた達が出会った案内人の中には、個性がある者もいたでしょう」

遊び人「確かに、暴食の村の案内人は食べ物を食べていたし、色欲の谷の案内人は変な椅子に乗ってたかな……。傲慢の街については自慢気に語られて、憤怒の城下町ではいきなり怒ってきたし。強欲の都の案内人からはお金をふんだくられちゃったよ」

占い師「その街がどういう街かを示すのに、彼らは素晴らしい仕事をしていたと言えるでしょう」

占い師「周囲の環境を自分に反映させるという能力において、彼らは人より極めて優れているのです。そして、あなたも」

占い師「今すぐ、案内人の募集をかけている場所に行きなさい。仕事を始めたその日から、あなたは頭角を現すでしょう。もしかしたら、世界中の案内人の誰よりも、その才能を発揮するかもしれません」

勇者「ちょっとまってくれ。意味わかんねーよ。そもそも、そんなことに得意な自覚なんて持ったことねーよ」

占い師「自分は根無し草だと、蔑んでいた過去はありませんか?」

勇者「…………」

占い師「欠けていることと、長けていることは表裏一体です。どこにでも馴染めるのは、どこにでも定着できなかったからです」

占い師「あなたは心に柔らかい壁を張っている。人々はそれを突き破ろうとはしないけれど、寄り掛かるにはちょうどいいと感じます。あなたが案内人として住み着いた場所は、人々の交流を盛んにさせ、やがて大きな発展を遂げるでしょう。自分がもう不要になったと感じたあなたは、他の村にまた移動することを繰り返すのでしょう」

占い師「世界中の町村があなたを求めることになりますよ」

勇者「勇者の適性は……」

占い師「そのことについて全く言及しないのは、あなたを傷つけたくないからですよ」

勇者「……わかったよ。ありがとうよ。もう帰るわ」

遊び人「勇者……」

543 : 以下、名... - 2018/01/01 18:12:56.17 OQIpRnKs0 498/829

勇者「1つ聞きたいんだけど。あんたが占い師になったのは、自分で自分が占い師として大成する未来が見えたからなのか?」

占い師「違いますよ。占い師として、世界中に共通している定説が1つあるのです。それは、占い師は自身の未来は見通せないということです」

占い師「同情を引くわけではありませんが、占い師は、自身が悲惨な人生を送っている人がとても多いのです。手に入れられなかった経験、認められなかった経験、結ばれなかった経験が、常人とは比較にならないほど深く刻まれていたりするのです」

占い師「どうして占い師は自分のことを占えないのか。それは、都合の良い予防線なんかではないのです」

占い師「とても自身を、直視することなんて出来ないからなのです。優れた占い師は、無数の他者への占いを通して、自身を見ることを望んでいるのです」

占い師「他者は自身の鑑であり、自身は他者の鑑である。そういう意味で、人を映す水晶玉を覗くことは、理にかなっている行為なのかもしれませんね」

占い師「それでは、良き未来を選択することを願っています」

544 : 以下、名... - 2018/01/01 21:07:05.22 OQIpRnKs0 499/829

勇者「職業差別なんかいけないっていう価値観は、当たり前のように持ってるけどさ」

勇者「自分が案内人として、村の入口に1日中立ち続けるのが最もふさわしい人生だって言われたら、どうすりゃいいかわかんねーよ」

勇者「それどころか、魔物から逃げに逃げてきたせいで、まだ転職できるレベルでも無いらしいんじゃんか」

勇者「転職できないし、適性あるのは案内人だけ。俺って、何なんだろうな」

遊び人「適性が1つでもあることは凄いことだと思うよ。案内人としては世界で最も優秀な存在になれるかもしれないって言われてたじゃない」

勇者「いいよな遊び人は。昔から賢者の一族きってのエリートだったんだから。他人事だよな」

遊び人「私はそんなつもりで言ったんじゃ……」

勇者「もう罵られてもいいからあの2人に報告にいくよ。僕は一流の案内人になれそうですってさ」

勇者は子供のように露骨に不貞腐れて先に歩いていった。



遊び人は呆れたりはしなかった。

これが憤怒の街を訪れる前であったら、遊び人もつられて不機嫌になっていたのかもしれないが。

人は自分の弱さや臆病さを、怒りで押し隠す不器用な生き物であると、今までの冒険を通して学んでいた。

545 : 以下、名... - 2018/01/01 21:07:34.40 OQIpRnKs0 500/829

能力を否定されることほど、男性にとってつらいことはない。

やさしい心を持っている勇者は普段、表ではなんでもなさそうにヘラヘラ笑っていても。

夜の布団の中では、ちゃんと一人で傷ついている。

遊び人「他人事じゃないよ」

遊び人「この職業になって、何もかもできなくなってから見えてきたことも、ちゃんとあるんだよ」

遊び人「何もできないというあなたが、それでも何かは成し遂げようと頑張ってくれてる姿、ちゃんと見ているつもりだよ」

遊び人は不貞腐れた子供のもとへ、走っていった。

546 : 以下、名... - 2018/01/01 22:16:30.96 OQIpRnKs0 501/829

~夜 宮殿内~

強欲「またせたな。ここのところやることがあまりに多くてな。もちろん嫉妬の王国に関する仕事だが」

強欲「さきほど占い師と話をしていた。そういえばお前らも昼間、彼女にあったそうだな。不機嫌にさせたようで申し訳ないと言っていたよ」

勇者「別に……」

強欲「嫉妬との戦闘の日に関して、情報の更新があったそうだ。今日から一月ほど経った頃になるそうだ。その日が嫉妬にとって最も暗殺をしやすい日にあたるとのことだ」

遊び人「なにそれ。だったらその日が訪れる前に、こちらから仕掛ければいいじゃない」

強欲「占いによって未来は変わらない。占い師によれば、それが俺達にとって最も防衛しやすい日でもあるそうだ」

勇者「占いさまさまだな。どうせどちらが勝つかの予言はできないって言うんだろう」

不機嫌そうに言った勇者に、錬金が睨みつけて返答した。

錬金「彼女にできるのは今を把握することだけじゃ。スタート地点に双子の子供が並んでいるのを見ることはできても、どちらが先にゴールするかは予測できまい」

錬金「わしらが今成すべきことは、不確定要素の多い未来に対し、勝利の可能性をできるだけ積み上げることじゃ」

547 : 以下、名... - 2018/01/01 22:17:33.69 OQIpRnKs0 502/829

錬金「と、いうことで、案内人の貴様」

勇者「案内人じゃねーよ。仕事についてないから無職だよ」

錬金「徹底的に鍛えてやる。精霊の加護を持つ貴様は必ず戦闘の要になる」

勇者「なんだよそれ。急に言われても」

強欲「錬金、孫娘に関わることだからといって感情的になるな。勇者、これはお互いにとって全く悪い話しじゃない」

強欲「もしもお前らが根無し草なら、俺達の都の住人になれ。無謀な冒険もここで終わりだ」

勇者「何言ってるんだよ!そしたら遊び人は……」

強欲「大罪の装備については俺もこの爺さんから話を聞いている」

強欲「7つの大罪の装備を揃えたら、遊び人、あなたに70年分ほどの寿命を吸わせよう。そのあとは全ての装備を俺に預けてもらう。俺は大罪の装備の力を利用して、世界を統一する」

強欲「俺の父親は魔物に、母親は人間によって殺された。俺はくだらない争いの起きるこの世界を調停する鍵が欲しいんだ」

強欲「俺らの仲間になってくれ、勇者、遊び人」

548 : 以下、名... - 2018/01/01 22:36:27.79 OQIpRnKs0 503/829

~宮殿裏 寮~

寮母「今日からここがあなた方のお家です。男子寮は手前の建物、女子寮は奥の建物になります」

勇者「うわ、外観からして綺麗だな」

遊び人「本当に泊まっていいのかな……」

寮母「宮殿に勤務する職員の宿舎として使われているの。門限は無いけれど、あまり夜まで遊ばないようにね。私たちはそこの事務所の中にいるから、用があったらいつでも声をかけてね」

遊び人「ついに、私達にもこんな平穏な寝床が……」

寮母「それと、男子寮は女子禁制、女子寮は男子禁制ですので。デートは街中のレストランにでも行ってくださいな」

遊び人「だって勇者」

勇者「な、なんだよそのフリ」

549 : 以下、名... - 2018/01/01 22:49:21.78 OQIpRnKs0 504/829

~部屋~

勇者「ふぅー、なんてふかふかなベッドなんだ。寮母さんのご飯も、温かくて美味しかったし」

勇者「宿屋に泊まる時はいつも最安値の場所だったからな。飯もろくなものなかったし」

勇者「俺なんかと冒険させたせいで、遊び人には苦労をかけたなぁ」

勇者「はぁー」

勇者「部屋に一人きりって、変な感じがするな」

勇者「女の子と相部屋なんて、落ち着かないしで、最初はすげぇ困ってたのにな」

勇者「女風呂を覗くのは望んでも、混浴で女性を直視はできないのと一緒だって言ったらドン引きされたんだったな」

勇者「変なところでズボラだったり、変なところで几帳面だったりで、文句の言い合いや我慢のし合いで正直ストレスが溜まることも多かったけど」

勇者「もうそれにも、けっこう慣れてきた頃だったんだけどな」

勇者「さて、明日も早いし寝るか」

550 : 以下、名... - 2018/01/01 23:01:09.03 OQIpRnKs0 505/829

~早朝 前~

ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!

勇者「う、うわ!!何の音だ!!」

勇者「机の上からだ!!」

真っ暗な部屋の中を手探りで進みながら、勇者は震える石を手に握った。

勇者「昨日錬金から貰った目覚まし石か!ギュッと握ったら止まるんだったな……。うへー、すげぇ振動」

勇者がしばらく石を握ると、振動は落ち着いた。

勇者「でも、どうしてこんな時間に。まだ日も登ってないし。うう、寒い」

勇者「あの神経質そうな爺さんが時間の設定を間違えるだろうか。ただの嫌がらせをするような人でもあるまいし」

勇者「……もしかして」

勇者「もう出社の時間ってこと?」

551 : 以下、名... - 2018/01/02 00:00:43.23 do1GsOP20 506/829

~宮殿 地下室~

錬金「待っておったぞ」

勇者「どうしてこんなに早いんだよ。もっと遅くでいいじゃんか」

錬金「馬鹿言うな。時間がないことへの自覚が足らんのか。夜も遅くまで付き合ってもらうぞ」

勇者「修行って何するんだよ。憤怒の勇者も、傲慢の勇者も勝てなかった相手に、俺が一ヶ月訓練したからって何になるんだよ」

錬金「……どこから叩き直せば良いのか」

勇者「こんな寝ぼけた状態で。まともに修行できるかよ。もっと、短時間で、集中的に、効率的に鍛錬してさ……」

錬金「その思考回路の結果が、今のお前じゃろう」

勇者「…………」

錬金「お前が届かないと言っている者達も、決して才能や効率的な努力だけでのしあがって来たわけではない。無駄な時間も、無意味な時間も、常人よりはるかに多く積み重ねてきたはずじゃ」

錬金「その点では嫉妬の者も、勇者に選ばれるだけの素質があったのじゃ。妬みや嫉みを、自分の力に変えてきたのじゃ」

552 : 以下、名... - 2018/01/02 00:02:12.02 do1GsOP20 507/829

錬金「だが、確かに貴様の言う通り、ちまちまと魔物を倒しても大した進歩はない。そこでだ」

錬金「強欲の都には、嫉妬の王国に引けを取らぬ技術の粋が集められておる。まだ未公表のものも多いが、貴様を確実に強くさせてくれる研究の成果物もある」

錬金「その部屋に入って、兜を身に着けろ」

勇者は大きな牢獄のような部屋に入り、特殊な形をした兜をかぶった。



勇者「あれ!!どういうことだ!!」

勇者「闘技場の真ん中にいる!!」

錬金「その兜には、強欲の勇者の電流が蓄積されておる。今のお前は洗脳されている状態じゃ」

錬金「装着者の脳内に保管されている戦闘の記憶を呼び出すこともできれば、こちらから戦闘データの転送を行うこともできる」

錬金「安心しろ。精霊の加護がなくとも死にはせんし、負けても経験値は手に入る。それも、通常に戦うよりも短時間でな」

錬金「まずは、その過去をやり直してみろ」



勇者はいつの間にか剣を握っていた。

そして、足元には使い捨ての魔法銃と移動の翼が散らばっていた。

勇者「見覚えがあるぞ」

勇者「だとしたら、対戦相手は……」

傲慢「…………」

夜中の闘技場に、傲慢の勇者があらわれた!

553 : 以下、名... - 2018/01/02 00:04:11.30 do1GsOP20 508/829

勇者「ぶはぁっっ!!!!」

勇者「痛ぃいい!!!だ、たずげで!!!ごろざれるぅうう!!!」

汗だくになった勇者は、兜を外すと同時に床に転がり落ちた。

錬金は呆れた顔を向けた。

錬金「傷1つついてないわい。情けない。もう60回は負けてるぞ。まだ昼にもなっておらんというのに」

錬金「対戦相手のデータは、貴様の記憶と、既に兜に蓄積されている強者のデータの混合物じゃ。当然、オリジナルには遥かに劣る戦闘力のはずじゃぞ」

錬金「さあ、また兜をつけろ。今日中にそやつを攻略する勢いで戦うんじゃ」

勇者「ちょっと、ちょっとまってくれよ」

錬金「一月後に嫉妬を前にして同じセリフを吐くつもりか?『ちょっとまってくれ
、俺がお前より強くなるまで。あと100年ほど』」

錬金「笑わせるわ。さあ、戦って、勝つんじゃ」

勇者は錬金に、何度もそうされたように無理やり兜を被らされた。



結局、勇者は一日中、”精霊の加護の無い状態で殺される体験””を繰り返し、一度も脳内の傲慢に勝てないまま帰路についたのだった。

555 : 以下、名... - 2018/01/02 12:47:59.98 do1GsOP20 509/829

遊び人「寮母さん、こんにちは」

寮母「遊び人ちゃん、こんにちは」

遊び人「勇者は今部屋にいますか?」

寮母「下駄箱に靴があるか見てごらんなさい。女性は入り口まで入っても大丈夫だから」

遊び人「わかりました」

遊び人「……えーっと、ここかな」

遊び人「あれ、カラだ。今日も外出してるみたい」

寮母「忙しいみたいね。遊び人ちゃんはこれから何か用事あるの?」

遊び人「はい、宮殿の方に呼ばれていて。色んな施設を見学させて貰えるみたいです」

寮母「あら、よかったわね。いってらっしゃい」

遊び人「はい!いってきます!」

556 : 以下、名... - 2018/01/02 12:49:08.01 do1GsOP20 510/829

勇者「う、うぇ、うぇええ……」

勇者「オェエエエエ!!!」ビチャビチャビチャ!!

錬金「精霊の加護に依存してきた報いじゃ。全ての冒険者は死と隣り合わせの覚悟で戦ってきたんじゃ。嫉妬と戦う貴様にもその覚悟を身に着けてもらわねばならん」

錬金「じゃが、精神の前に、やはり身体面の能力が低すぎるみたいじゃ。肉体を鍛えれば精神も鍛えられよう」

錬金「午後からは別室で肉体の鍛錬じゃ。昼の間に吐瀉物を掃除しておけ。わしゃ飯を食ってくる」

そう言うと錬金は去っていった。

勇者「…………」

勇者「……くそ、ちくしょう」

勇者「死んじまえ。ぶっ殺してやる」

遊び人と冒険していた頃には無かったような、負の感情を勇者は抱えた。

勇者「あれが、遊び人のお爺ちゃんって、本当なのかよ。嘘ついてんじゃねーのか」

勇者「亡くなった奥さんを蘇らせようと賢者の石の創造に狂っていたって聞いたことがあるけど」

勇者「叶わなかった夢の腹いせに、弱い冒険者を虐め抜いている腐れジジィじゃねーか」

勇者は掃除用具を手に取り、悪態をつきながら掃除を始めた。

557 : 以下、名... - 2018/01/02 13:04:25.28 do1GsOP20 511/829

勇者「ウグァ……!!アアアア!!」

勇者は小さい結界内に閉じ込められ、腹ばいになって呻いていた。

錬金「話で聞いた憤怒の城下町の教会に張られていた結界と同じものを用意した。術士の人数が多いほど力が増すものじゃ。わし一人分の力しかないんじゃからさっさと抜け出せ」

勇者「無理だこんなの……指一本動かすので精一杯だ……」

錬金「口は立派に動いてるじゃないか」

勇者「……なんか、ヒントとか」

錬金「はぁ?」

勇者「ヒントをくれ……相殺できる呪文とか、特技とか……」

錬金「…………」

錬金「お前はそんなことを、わしの孫娘の前でも言ってきたのか」

勇者「……えっ」

錬金「答えをやろう。自殺すればよい。教会に転送されて、あんたは晴れて自由の身じゃ」

錬金「そしたらもう明日から来なくても良い」



錬金はそう言うと、勇者を置いて部屋から出ていった。

558 : 以下、名... - 2018/01/02 13:54:12.58 do1GsOP20 512/829

~夜~

錬金「……とっくに逃げていると思っていたが」

錬金「この都まで生き延びてきただけのことはあるようじゃ」

勇者「…………」

勇者は気絶をしていた。

結界によって、身体中を床に押し付けられ、かなりのダメージが蓄積されているにも関わらず。

錬金「精霊の加護が出現していないということは、精霊が少しでもこやつを信用しているという証じゃろう」

錬金は呪文を唱えると、結界がガラガラと音を立てて崩れていった。

気絶している勇者に、錬金は気付けの呪文をかけた。

勇者「うう……」

錬金「ほれ、起きろ。今日の訓練は終わりじゃ。早めに返してやる」

錬金「明日は武器と防具の選定じゃ。遅刻するでないぞ」

身体中が激痛に侵されていた勇者は、長い時間をかけて寮までたどり着いた。

身体を洗う気力もわかず、そのままベッドに倒れ込んだ。

気絶しながらも耐え抜いた、という達成感など微塵もなく。

理不尽な痛みに耐え続けている自分に、惨めさと悔しさで涙が出そうだった。

559 : 以下、名... - 2018/01/02 14:00:38.71 do1GsOP20 513/829

兵士「久しぶりだな」

遊び人「この前案内してくれた兵士さん!」

兵士「元気でやってるか?」

遊び人「はい!色々宮殿の中も見学させてもらいました!」

勇者「…………」

兵士「勇者さん、大丈夫か?」

勇者「ええ、あ、ああ」

遊び人「勇者は最近1日中訓練してるみたいで、疲れてるんだ」

兵士「なるほどな。俺もこの都で働き始めた頃は大変だったよ。鬼隊長直属のチームに所属しちまってな。丸太担がされたり、焼けた地面の上を素足で走らされたり、訳のわからん地獄の特訓を受けたもんだよ」

兵士「まあじきに慣れるさ。今日は俺と散歩するだけだから、身体を休めるといいさ」

勇者「……ああ」

560 : 以下、名... - 2018/01/02 14:55:15.93 do1GsOP20 514/829

遊び人「こんな上質のローブ買って貰っちゃってよかったのかしら。道具も一通り揃えてもらったし。おいしいごはんまで奢ってもらっちゃって」

兵士「強欲の勇者様が、あんた達の望みは何でも叶えてあげるようにとおっしゃっていた。勇者様の特別な客人に、俺も失礼したな。身なりがあまりにボロボロなんで同じ田舎者出身かと思っちまったよ」

遊び人「あはは、気にしなくていいよ。私が無駄遣いをよくしたもので、装備を買うお金もなくってさ」

兵士「はは、なんつー冗談だ」

勇者「…………」

遊び人「勇者、どうしたの、浮かない顔して」

勇者「……明日からまた訓練が始まる」

兵士「お互い大変だな。宮殿内も最近バタバタしててよ、俺もろくに遊ぶ時間もねぇ」

兵士「まあ自分のペースでやるこったな。そんじゃあ、俺は宮殿に戻ることにするわ」

遊び人「私も宮殿に呼び出されてるの。上級術士の人が里の呪文について詳しく聞きたいんだって。私も都の開発した呪文に興味があるから話だけでも伺いたいなって」

勇者「……そっか」

遊び人「じゃあね、勇者。今日はゆっくり休んでね」

勇者「ああ」

遊び人「それと、この皮のドレス。捨てずに大事に取っておくからね!」

兵士と遊び人は笑顔で勇者に手を振った。



勇者「あの笑顔を守れる可能性が増えるなら」

勇者「それと引き換えに俺が憂鬱になることは、仕方のないことなのかもな」

勇者は重い足取りで寮に帰った。

561 : 以下、名... - 2018/01/02 15:06:25.23 do1GsOP20 515/829

勇者「…………」

勇者「わっ!!」

勇者「酷い夢見たな……てか、今何時だ!?」

勇者は慌てて布団から飛び出し、外を見た。

街中はまだ真っ暗だった。

勇者「はぁー、よかった。寝坊したかと思った……。二度寝するか」

勇者「…………」

勇者「……神経が張り詰めて、ろくに熟睡もできないよな」

勇者「嫌だぁな。半日後にはまたあの地獄の訓練場にいるんだよな」





~早朝~

ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!

勇者「……時間か」

勇者は石を握りしめ、音をとめた。

勇者「こんな石に無理やり叩き起こされて。ぼこぼこにされるとわかっている場所に自ら足を運びに行く」

勇者「俺が今客人として迎えられてるのも、優遇をきかされているのも、精霊の加護を持つ者として立派に働くことを期待されているからなんだ」

勇者「はぁー、逃げ出しちゃいたいなぁ。みんなの期待を裏切って、案内人として自分のペースで生きていくのもいいかもなぁ」

勇者「ずっと昔にそうやって、仲間を裏切ったように」

勇者「…………」

勇者「はぁー。行くか」

562 : 以下、名... - 2018/01/02 15:27:46.63 do1GsOP20 516/829

勇者「……今日は何をやるんだよ」

錬金「陣の真ん中に立て」

地下室の中には、錬金と勇者の他に、術士が6名、円をつくるように立っていた。

地面には六芒星の陣が描かれていた。

錬金「いつもとやることは変わらん。兜を被って、脳内の敵と戦闘をするんじゃ」

錬金「今日は強欲の勇者のデータを転送しておる。最も蓄積の多いデータじゃ。記憶の中の傲慢の勇者とは比較にならない強さじゃろうて」

錬金「今日は中断は無しじゃ。戦闘に負けた瞬間から、また別の場所から戦闘を再開するようになっておる。途中で兜ははずせん」

錬金「では、検討を祈ろう」

勇者「ちょっと待てよ!!こいつらは何なんだよ!!この地面に書かれた魔法陣は一体!!」

勇者が喚くも、身体を硬直させられ、兜を無理やり被らされた。

訳のわからぬまま、勇者は痛覚の感じる世界で強欲の勇者との戦闘を開始させられた。

半日で殺された回数は、数百回に及んだ。

563 : 以下、名... - 2018/01/02 15:37:42.20 do1GsOP20 517/829

~真夜中~

遊び人「どうしたの?」

公園にあるベンチに座っている勇者に、遊び人が心配そうに話しかけた。

遊び人「ここ数日少しも会えなかったから、心配して寮に行ったんだよ」

遊び人「寮母さんに聞いたらまだ帰ってないって聞いたから。お爺ちゃんのところに聞きにいったんだけど、まともに取り合ってくれなくて。心配して探しに来たんだよ」

勇者「…………」

遊び人「何かあったの?」

勇者「…………」

勇者「……しにたい」ポロポロ…

遊び人「つらいことがあったの?話せる?」

勇者「大丈夫……。大丈夫だから」

遊び人「大丈夫じゃないよ」

勇者「扉が……」

遊び人「扉?」

勇者「朝起きて、心を無にしたつもりで、外に出ようとするんだけど」

勇者「扉に手をかけた瞬間、身体が凄く重たくなって」

勇者「それでも、あの地下室に向かうしかなくて……」

勇者「逃げたいって思った壁は、一生立ちはだかり続けてくるものなんだって思い知らされてさ……」

遊び人「…………」

勇者「俺、また逃げ出しちゃうのかな……」

勇者は手に顔を埋めて言った。

564 : 以下、名... - 2018/01/02 15:47:39.30 do1GsOP20 518/829

遊び人「そっか」

勇者「…………」

遊び人「よっこいしょっと」

遊び人はうなだれている勇者の隣に座った。

遊び人「助けてって、私に言ってくれればよかったのに」

勇者「…………」

遊び人「言っても何も変わらないことを言うことと、何も言わないことは全然違うことだと思うよ」

遊び人「まあ、私も自分の中にしまいこんじゃうタイプだから偉そうには言えないけどさ」


遊び人の独り言を、勇者は黙って聞いていた。

自分の弱さにほとほと嫌気がさしていた。

こんなことなら、まっすぐ寮に帰るんだった。

尋ねてきた遊び人に、何でもない顔をして、冗談の1つでも言えればよかったのに。

強くあることを願いながら。

弱いままだった。





遊び人「ねえ、勇者」

遊び人「そばにおいで」

遊び人はぽんぽんと、自分の膝の横を叩いた。

遊び人「そばにおいで。やさしくしてあげる」

565 : 以下、名... - 2018/01/02 16:19:08.68 do1GsOP20 519/829

勇者「…………」

勇者「お邪魔します」

遊び人「ふふ、いらっしゃい」

元々開いてない距離を、勇者は腰を動かして移動した。

勇者は遊び人の肩にもたれかかった。

遊び人「……私達が出会ってから、どれくらいになるんだろうね」

遊び人「二人きりで冒険している癖に。二人とも、心の底では意地でもお互いに縋ろうとはしなかった気がするな」

遊び人「私達、頑張らなかったもんね。どこかでは、諦めちゃっていた気もするものね」

遊び人「ねえ、勇者」

遊び人「私は私のせいで、もう誰かが傷つくところを見るのは嫌なんだ」

遊び人「もしも勇者が今苦しんでいるならさ。また、逃げ出したって……」

勇者「頼みがあるんだ」

勇者は遊び人の言葉を遮った。

遊び人「頼み?」

勇者は遊び人の肩から離れ、言った。

勇者「戦ってって、励まして欲しい。勝てって、応援して欲しい」

勇者「この時を逃したら。俺は一生変われないままだと思うから」

勇者「俺、強くなりたいんだ」

戦わなくてもいいと言ってくれた人のために、勇者は戦う。

566 : 以下、名... - 2018/01/02 16:46:07.03 do1GsOP20 520/829

ピキ…ピキピキ…

勇者「ウォラアアアア!!!!!!」

錬金「ほほお」

ガラガラ、という音とともに、結界は崩れ落ちた。

錬金「短期間でよくここまで強くなったものじゃ」

勇者「…………」

錬金「なんだ、その目は」

勇者「騙していたな」

錬金「何を」

勇者「6人の術士が囲っていた魔法陣。あれの正体が何かわかったんだよ」

勇者「俺に”枕詞”を付与させただろ!”大罪”という名前のな!!」



錬金「……前にも言わなかったか。時間がないと」

錬金「幼少の頃よりさぼってきたお前と、鍛錬を続けてきた勇者達。その差をどうやれば埋められると思う」

錬金「時間の差は、時間で埋めるしかあるまいて」

錬金「この世には強制転職呪文と呼ばれるものがある。それを少し改良した呪術を創造したのじゃよ」

錬金「お前の身体を変化させた。寿命と引き換えに、身体能力を増幅させるようにな」

錬金「大罪の賢者の一族が、寿命の漏れと引き換えに、呪力を手に入れたのと同じじゃ」

勇者「人の命をなんだと……」

錬金「内緒にでもしなければまともに戦ってくれないと思ったからの。安心せい。こんなまがい物の呪い、一月もすれば勝手に解けるわい。お前はノーマルのままじゃ。大罪の賢者に比べれば足元にも及ぶまい」

錬金「元に戻してほしければ、今すぐにでも戻してやるが」

勇者「……このままでいい」

錬金「そういうと思ったぞ」

勇者「あんたたちの手の平で転がされてばっかりだ」

錬金は誤魔化すように笑った。

錬金「じゃが、確かに心も身体も多少は強くなったようだ。今日はもう帰って良い。明日からの訓練はまた難易度をあげるからの」

錬金はそう言い残すと、帰っていった。



勇者はというと。

勇者「……えっ。うそ!」

勇者「あれ!ちょっと褒められた!?」

普段滅法厳しい実力者から、認められることの喜びを知った。

567 : 以下、名... - 2018/01/02 18:14:03.24 do1GsOP20 521/829

遊び人「おばちゃん、ごめんください」

寮母「あら、どうしたの」

遊び人「勇者に届け物があるんですけど」

寮母「なにそれ、大きな荷物だけど」

遊び人「剣なんです。特注品でつくってもらったのが完成して」

寮母「普通の荷物だったら私が預かるんだけどねぇ」

遊び人「じゃあ勇者が帰るまで待ってよっかな」

寮母「あの子の帰り最近とても遅いわよ」

遊び人「そうらしいですね……」

寮母「よかったら、勇者くんの部屋にそれ置いてきて貰えるかしら?」

遊び人「いいんですか?」

寮母「今日はお部屋の点検で生活術士の方が入るって伝えてあるから、見られてもいいように片付けてるはずだもの。それに、ずっと一緒に冒険してきた仲間なんでしょう。合鍵渡しておくから」

寮母「私は街中にちょっと買い物に行ってくるから。鍵はそこの机の引き出しの中にでもしまっておいてちょうだい」

遊び人「わかりました」

568 : 以下、名... - 2018/01/02 18:16:04.44 do1GsOP20 522/829

遊び人「ということで」

コンコン

遊び人「おじゃましまーす」

遊び人「本当だ。勇者にしてはけっこう片付いてる。今の私の部屋よりよっぽどマシだな」

遊び人「勇者は誰よりも早く起きて、誰よりも遅く帰って、この部屋で睡眠を取っていたんだね」

遊び人「ずっと一緒に泊まってたのに。今こうして、当たり前のように別室で暮らしてるのって、なんだか不思議な感覚だな」

遊び人「…………」

遊び人「剣を置いて、出るとしますかね」

遊び人「どうしようかな。部屋の真ん中に置いとけばいいのかな。万が一盗っ人とか入ってきちゃったら大変だな」

遊び人「洋服棚の中とかにしまっておいたほうがいいのかな」

パカ

遊び人「……あの野郎」

遊び人「色欲の谷で着せられそうになったバニースーツがかけてある。まだ諦めていなかったのか」

遊び人「昔洞窟の中にいたときも気持ち悪かったもんなー。身も心もニギニギされたくなったらバニースーツを着ろとかなんとか」

遊び人「この服装がそんなにいいかね」

遊び人「…………」

遊び人「…………」チラッ チラッ

遊び人「部屋には姿見もあるんだ」

遊び人「ちょ、ちょっとだけ」

569 : 以下、名... - 2018/01/02 18:27:00.53 do1GsOP20 523/829

遊び人「あっ」

勇者「…………」バサリ

勇者は道具袋を落とした。

遊び人「……えっと」

遊び人「剣、完成したんだって」

勇者「…………」

遊び人「そこに置いておいたから」

遊び人「では、これにて失礼」

勇者「ちょっと!!」

遊び人「なに?」

勇者「なんでバニーガールの格好してるの!?」

遊び人「うるさいな!!遊び人がバニースーツ着て何が悪いのよ!!」

勇者「ついに目覚めたのか!!やったぁああああ!!勝利の日が訪れた!!!!」

遊び人「ちょ、見るな!!観覧料500G!!10秒につき発生します!!」

勇者「払う払う!!1000秒は見る!!」

遊び人「やだ!!脱ぐ!!もう脱ぐ!!」

勇者「ええっ、脱ぐの!?500Gでぇえええ!!?脱ぐの!!?」

遊び人「脱がないわよ馬鹿!!!」

勇者「じゃあバニースーツ!!」

遊び人「嫌よ!!脱ぐわよ!!」

勇者「脱ぐの!!!?」

遊び人「もう!!!私のバカヤロー!!!!!」

570 : 以下、名... - 2018/01/02 18:52:07.75 do1GsOP20 524/829

遊び人はバニースーツの上から、元着ていた服装を身に着けた。

勇者「それはそれでそそるな……」

遊び人「自分の部屋に戻ったらちゃんと着替えるからね!!」

勇者「厳しい修行の良いご褒美が貰えたな今日は」

遊び人「ご褒美じゃないから!!観覧料5000G、慰謝料1万G、剣運び代1000G、払ってもらうからね!!私は今や強欲な女なんだからね!!」

勇者「いやいいよそういうの。強欲の腕輪の影響を受けてバニースーツ着ちゃったみたいな言い訳。誰もいない部屋でバニースーツ着るのなんて100%色欲だよ。お兄ちゃんは嬉しいよ」

遊び人「よりによってなんで今日に限って早いのよ……」

勇者「師匠も忙しいみたいだからな。本来俺の修行に付き合ってくれてるのがおかしいくらいなんだよ」

遊び人「師匠?」

勇者「あー、えーっと、遊び人のお爺ちゃんのこと」

遊び人「無理やりそう呼ばされてるの?」

勇者「ち、違うって!好きで呼んでるの!!本人は嫌がるけどさ」

遊び人「なにそれ。男心ってよくわかんないわね」

勇者「俺は女心がわかるけどな」

遊び人「はぁ?」

勇者「うさみみも付けてみたくなったらいつでも言ってくれ」

遊び人のこうげき!

勇者「ぐぼぉ……」

遊び人「まだまだ修行が足りないみたいね!!また鍛えてらっしゃい!!お邪魔しました!!」

571 : 以下、名... - 2018/01/02 19:15:05.14 do1GsOP20 525/829

錬金「……よし」

錬金「100点じゃ。今日はもう帰って良い」

勇者「やったー!!遊んでくるー!!」

錬金「馬鹿、子供か」

勇者「今日もありがとうございました!!」

勇者は錬金に一礼すると、部屋を出ていった。

部屋には筆記用具と、紙束が残されていた。

錬金「……頭の回転は鈍いが、記憶力は悪くないようじゃのう」

錬金「この数日間でよく全ての職業の特徴を覚えたわい。あの兜の世界で直接身体に叩き込んだおかげでもあるんじゃろうが」

勇者、音術士をはじめ、賢者、踊り子、呪術師等の特技と呪文、及び大型モンスターの特徴を全て頭に叩き込んだのだった。

錬金「勇者。お前がどう考えようと、精霊が宿っていることは、蘇りの効力を抜きにしても素晴らしいことなのじゃ」

錬金「精霊からの絶大な信頼を得て、無口詠唱を唱えられる魔王でさえ、その体内に精霊を宿すことはついぞ叶わなかったのじゃ」

錬金「精霊はこう考えたのじゃ。魔王であれ、勇者であれ、強きものは守るに値する」

錬金「だが、精霊を守ってくれるのは、勇者というものだけであると」

錬金「精霊が加護を与えるものは、精霊を守護する者だけなのじゃ」

錬金「守れるほどに、強くなるんじゃぞ」

572 : 以下、名... - 2018/01/02 20:06:41.61 do1GsOP20 526/829

勇者「遊び人とご飯食べに行くの、久しぶりだな」

勇者「最近全然会ってなかったから、妙に緊張しちゃうよな」

まだ夕日の残る都の中を、勇者は軽い足取りで歩いていた。

勇者「この数週間、本当にえぐかったな」

勇者「嘔吐なんて当たり前で。血も吐くわ、ストレスで顔面にぶつぶつができるわ」

勇者「師匠と実戦した時は骨もバキバキに折れたし。その後回復させられてまたすぐ戦闘で」

勇者「でも、それらに耐えて強くなろうと思い続けられたのは、全部遊び人のおかげなんだ」

勇者「自分に絶望して孤独に彷徨っていた時に、あの子だけは精霊の加護を抜きにして俺のことを見てくれて」

勇者「戦わなくてもいいって言ってくれたのは、あの子だけだった」

勇者「俺は、恵まれてるんだな。強くなる理由が先にあって、強くなろうと努力した」

勇者「普通は、強くなってはじめて、自分を慕ってくれる人が現れるものなのに。だからこそみんな、守るべき人がいない状態から強くなるのが世の常なのに」

勇者「俺は幸いにも、弱い時からあの子がいてくれた。にもかかわらず、強くなろうとさえしなかった」

勇者「負けたらどうなるか、目を反らし続けていた」



戦って、勝たなくちゃいけない日は訪れる。

その時負けたらどうなるかは明確で。

手に入れたかったものを手に入れられなくなるか。

失いたくなかったものを失ってしまう。



勇者「今は思う。あの子を守れるようになった強い自分の物語というものを見てみたいって」

勇者「隣にいてくれる女の子にふさわしい人になりたくて、男は強くなるんだ」

勇者「嫉妬を、必ず倒そう」

573 : 以下、名... - 2018/01/02 23:27:24.12 do1GsOP20 527/829

目覚ましの音は、いつも嫌いだった。

母親のぬくもりから引き剥がされ、冷たい世界に放り出される気がした。

お母さん。

自分を産んでくれた女性をそう呼んでいられたのは、いつまでだったろうか。

世界から無価値であると突きつけられながら、無理やり引きずり出されるようになったのはいつからだったろうか。

朝日も。鳥の鳴き声も。川のせせらぎも。

心地よいまどろみから自分を引き剥がすものは全て憎らしく思えた。

戦いたくない。

全てのことから逃げることを許して欲しい。

それが、許されないのだとしたら。

せめて、こんな風に。

やさしく手を握って、起こしてくれたら。

574 : 以下、名... - 2018/01/02 23:27:56.48 do1GsOP20 528/829

勇者「……お母さん?」

遊び人「ごめん、起こしちゃった」

真っ暗闇の部屋の中でも、ベッドのそばにいるのが遊び人だとわかった。

遊び人はもぞもぞと、掛け布団の位置を直すような動作をしていた。

勇者「俺、いつの間に」

遊び人「疲労が溜まってたんだね。帰り道からふらふらしだして、部屋まで連れてきたんだよ」

遊び人「修行、一段落したんだってね。おつかれさま。勇者も、緊張が解けて気が抜けちゃったのかもね」

勇者「……そっか」

575 : 以下、名... - 2018/01/02 23:30:46.33 do1GsOP20 529/829

遊び人「大変だったんだね」

勇者「…………」

勇者「うん、大変だった」

勇者「冒険譚を昔に読んでてさ。強い敵に勝てなかった勇者が、修行をして再び強くなる場面とかがあって、憧れも抱いてたりしたんだけど」

勇者「強くなるって、ただただつらい日々の連続だった。地味だし、面倒くさいし、泣きたいし、吐きそうになるしで、修行なんてのはやりたくないことの寄せ集めだった」

勇者「自分ひとりの野望のために生きている人には、強くなるための行為なんて絶対できないよ。だから正義はいつも悪を倒せるんだ」

少なくとも物語の中では、と勇者はぼそっと付け足した。

勇者「誰よりも頑張っていたつもりだったけど。修行場所に向かう途中、朝の暗闇の中で鍛錬をしている戦士や武道家を見かけた。修行場所から帰る途中、夜の暗闇の中で呪文の練習をしている魔法使いや僧侶を見かけた」

勇者「今守りたい誰かがいるのかもしれないし、そうでないのかもしれない。いずれにせよ、今の自分を変えるために日々を注いでいる人は、何かを壊したくて強さを欲しているんじゃなくて、何かを築きたくて強さを欲しているように見えた」

勇者「今強い人達って、人生のどこかで強くなろうとした人達だってわかったんだ」

勇者「遊び人も、俺の見えないところで頑張ってきたんだろ。これまでの冒険でも、この都に来てからの数週間の間にも」

勇者「聞かせてほしい。遊び人がした、努力の話」

遊び人「……うん」

遊び人「その代わり、勇者がしてきた努力の話も教えてね」

苦しいその時に、独りぼっちだったとしても。

それを乗り越えた後で、同じように乗り越えてきた人が、耳を傾けてくれる日はやがて来る。

576 : 以下、名... - 2018/01/02 23:44:45.38 do1GsOP20 530/829

~宮殿 地下~

強欲「戦いの日が近づいてきた。君たちも今日からはここに泊まれ」

宮殿の地下室にて、強欲は告げた。

勇者が修行を受けていた部屋の他にも、無数の部屋が存在していた。

強欲「封印の壺もここに保管していた。宮殿の最深部だ」

勇者「逃げる時どうするんだよ」

強欲「逃げるという選択肢は基本的にはない。奴らが同じ轍を踏むとは思えん。移動の翼や、精霊の加護による転送の対策を間違いなく講じてくるだろう。可能な限りの防衛策は当然施すつもりではあるが」

強欲「だからこそ、その裏をかいた戦略を立ててきた。作戦を遂行できれば問題はない」

勇者「……覚悟を決めるしかないか」

錬金「猶予はないんじゃ。封印の壺にもヒビがはいってきてるじゃろ」

遊び人「うん。表面が割れてきてる」

錬金「装備の魔力にたえきれなくなっておるんじゃ。割れたら最後、物体感知に容易にひっかかるぞ。人間の感知よりもずっと容易で、広範囲の距離で特定されるぞ」

錬金「逃げるのも、疲れたじゃろうて。勝って終わりにしようぞ」

577 : 以下、名... - 2018/01/03 00:56:03.27 Ru5fbabL0 531/829

【TIPS】

禁術が禁術足るのは、下記3つの要因のいずれかに当てはまることによる。

・殺戮性の高さ <例:総魔力放出呪文>
・影響力の強さ <例:音讎の呪文>
・術者へのペナルティ <例:強制転職呪文>

使ってはいけない、と言われるようになったのは。

それらが使われた過去において、数多くの不幸が生み出されたからである。

580 : 以下、名... - 2018/01/03 12:53:29.47 Ru5fbabL0 532/829

お姫様「……ギャッ!!!」

強欲の都の敷地外で、お姫様はよろめいた。

研究員「何をしている。勇者感知は成功したのか」

お姫様「いたた……電流を流されたみたい……」

研究員「逆感知されたんだ。場所を変えるぞ」

「もう遅い」

移動の翼の羽根がぱらぱらと頭上から落ちてきた。

複数の術士がお姫様達を囲み込んだ。

上級術士「いきなり親玉の左腕が現れて光栄だぞ」

お姫様「誰が左腕よ!!右腕よ!!」

上級術士「そこの女は音を操る術士だ。白衣の男の結界には時縮化の呪文を唱えよ。後ろに魔物も複数体いるようだから気をつけろ」

術士達は詠唱を唱えると、耳の周りがシャボン玉のようなもので覆われた。

シャボン玉はどれも、統一された緑色に染まっていた。

お姫様「暗号術よ。あいつら同士の会話は通じるけれど、こちらからは解読もできないし音を伝えることもできないわ。緑色なんて、一番調節が難しい色なのに」

研究員「仕方ない。おい、魔物、出番だ」

研究員は牛型の魔物に命令をした。

研究員「すてみだ。行け」

魔物「ぐぉおお!!!」

牛型の魔物が突進するのを、術士達は躱した。

研究員は無口詠唱で、火炎の呪文を唱えた。

魔物「グモォオオオオオオオオ!!!」

魔物に火がつくと同時に爆風が起こり、胃袋の中から無数の鉄製の玉が飛び出した。

581 : 以下、名... - 2018/01/03 12:54:54.23 Ru5fbabL0 533/829

強欲「奴らが来たようだ。都の東側の入口から侵入してきたらしい」

遊び人「逆感知できる人なんて、旅に出てから初めてあったかも」

強欲「待ち構えてさえいれば、上級の術士なら誰でも出来る。随分舐めた真似をしてくれる。俺達も嫉妬の勇者の感知は何度も試みているが、対象は奴の所持物だ。逆感知の恐れもなく、感知の範囲も広いからな」

強欲「トラップで強力な呪いをかけられた装備を感知させられた時は、少々痛い目を見るが」

勇者「敵はどれくらいの人数で来ているんだ」

強欲「確認できたのは東門の数名だけだ。各方角から同時に侵入している可能性が高い」

強欲「都の中に既に何名かは侵入していたのだろう。外部にいるものを中から招き入れるのは容易だからな」

強欲「既に都中に警報は発令している。あとは宮殿に繋がる経路を、奴らが突破できるか否かだ」

582 : 以下、名... - 2018/01/03 13:29:45.33 Ru5fbabL0 534/829

お姫様「肉体強化、呪文反射、爆風緩和。奴らも戦闘が始まる前から、可能な限りの補助呪文をかけているわね」

研究員「西側からの連絡が途絶えた。侵入に失敗したみたいだ」

お姫様「使えないわね。そういえば、あの女はどこから侵入する予定か聞いてるかしら」

研究員「あの女?」

お姫様「もう1人の側近よ!根暗のくせに嫉妬様に妙に気に入られててムカツク奴……」

研究員「あの方は、嫉妬様と共に行動している」

お姫様「はぁ!?」

研究員「嫉妬様も、強欲の勇者を私達が打ち倒せるとは思っていない。最期の戦いには自らが出るとのお考えだ」

研究員「入り口を壊すのが私達の役目。最期の場まで伴うのがあの女性の役目。役目が分かれているんだ」

お姫様「……なによ。なによそれ。嫉妬様は、そんなこと……」

お姫様「あの女……許せない……ムカツク……」ギリリリリ…

お姫様「私の……私の居場所を……!!」

583 : 以下、名... - 2018/01/03 13:31:27.30 Ru5fbabL0 535/829

上級術士「見つけたぞ!!」

上級術士「巨大な結界を張って閉じ込めるんだ!!」

命令が他の術士に伝達され、詠唱を唱え始めた。



お姫様は立ち上がり、広けた空間に向かって歩んだ。

お姫様「私一人で充分だってこと、嫉妬様にもわかってもらわないと」

お姫様から独特の魔力の気配が広がった。

研究員「待て!!何を考えてる!!」

お姫様「この一月で私がどれだけ成長したか、みんなに聴かせてあげるのよ」

研究員「禁術を発動するつもりか!!味方もろとも破滅するぞ!!」

お姫様「『リコルダーティ』」

研究員「くそっ!!自分にかける羽目になるとはよ!!」

研究員は悪態を尽き、自分の周囲に結界を張り始めた。

お姫様「『スケルツォ』」

お姫様「『ベルスーズ』」

お姫様「『主を失いし旋律の怨嗟よ』」

お姫様「『仇讎曲を奏で給え』」

お姫様「『Morte』」

お姫様「『Tremolo』」




お姫様「『Sonate』」

584 : 以下、名... - 2018/01/03 15:31:21.25 Ru5fbabL0 536/829











――――トン


一滴の、静かな音が広がった。








585 : 以下、名... - 2018/01/03 15:32:21.94 Ru5fbabL0 537/829

研究員「……(うっ)」

研究員「(一体、何が……)」

簡易に張られた結界の中で、研究員は精一杯耳を抑えて身構えていた。


目を上げると、術士達が生気を失ったように、倒れているのが見えた。

お姫様は、ただ立ち尽くしていた。

その手に持つ鋭利な装備には血が滴っていた。

研究員「おい、どうなっている!そんな装備で倒したのか!?」

研究員「ちゃんと術は発動し……」

『グモォオオオオオオオオ!!!』

研究員「ひぃ!なんだ!」

研究員の耳の内側から、魔物の鳴き声が響いた。

『や、やめてくれ!!息子だけは!!』
『お前らはそれでも人間か!!!』

研究員「これは……」

『使えない研究者め……』
『もうここには来なくていい』

研究員「お、俺が、過去に聞いた……」

『……ごめんなさい。あなたとは……』

研究員「やめろ……やめてくれ!!」

過去に聞いた悲しい言葉の記憶が、激流のように研究員の脳内に鳴り響いた。


『嫌vぬあ;んbにあえb:ゔぁ憎ゔぁ;んれんぶpな』 『弱:k-0い3j5死m:ゔぁvりあ@bんじょいえk疎v;あvbギs』 『去gbbsんdvjsj;bjぬ;sb主;んfb;svkzんbおいっvbん;jsぬgjs;:gm』 『呪jvん;あんふいゔぉ@あ恨vんmfなあううrjvbんrんゔぁ;』『讐にvにあうえh8えjvまお;んゔあえrhb』







『産むんじゃなかった』

586 : 以下、名... - 2018/01/03 15:32:54.60 Ru5fbabL0 538/829

扉が開く音がした。

お姫様「……久しぶりね」

遊び人「あなたは!!!」

お姫様「この前は、エグい呪文を使おうとしてくれたじゃないの」

遊び人「さっきの魔力の気配……やはり、音讎の呪文を使ったのね!!」

587 : 以下、名... - 2018/01/03 15:33:34.53 Ru5fbabL0 539/829

TIPS

『音讎の呪文』

過去に聞いたことのある、忘れたい全ての音を一斉に呼び起こす呪文。

全ての音の再生が終わるまで呪文は解けない。

特徴として、対処が極めて困難なことがあげられる。

呪文の音が耳の鼓膜に届けば発動するため、手で耳を抑える程度の対処はもちろん、魔法反射や簡易結界でも防ぎ切ることができない。

完全な結界や、空間の空気を抜き取る呪文等、発動に時間がかかる対処呪文しか存在しない。

状態異常に分類されるため、精霊の加護がある者は自殺すれば解除される。

588 : 以下、名... - 2018/01/03 15:34:44.03 Ru5fbabL0 540/829

遊び人「音讎(おんしゅう)の呪文。私もまだ幼い頃に唱えてしまって、泣き続けたことがあるってお父さんから聞いたことがある」

遊び人「これが禁術とされるようになったのは。一度でも戦争に参加したことのある成人がかかった場合、必ずと言っていいほど自殺を試みるからなのよ」

遊び人「あなたが、ここまで来れたのも不思議なくらいに、感情ごと呼び起こす呪文なのに……」

お姫様「…………」

遊び人「まさか、あなた!!自分の耳を!!」

お姫様の両耳から、血が流れ出していた。

お姫様は不気味な笑みを浮かべながら、詠唱を始めた。

お姫様「『リコルダーティ・スケルツォ・ベルスーズ』」

590 : 以下、名... - 2018/01/04 01:54:50.26 JNFXVCVn0 541/829

強欲「……ふぅ」

強欲「まずは、一名捕らえたな」

強欲の勇者は、一瞬で完全な結界を出現させた。

お姫様は中に閉じ込められ、彫像のように動きを止められていた。

遊び人「こんな完全な結界をたった一瞬で!!一体どうやって……」

強欲「俺の実力が1だとしたら、こいつの力が99だ」

強欲は自分の腕をひらひらと振った。

腕輪が黄金色に輝いていた。

強欲「通常攻撃も、魔法攻撃も、道具の使用も、この腕輪は自分の望んだ威力にまで瞬時に引っ張り上げる能力がある」

錬金「油断するな。足音が聞こえる。おそらく時間差で味方を送り込んだのじゃろう」

錬金「なんとしてでも防げ。世界の命運がわしらにかかっている」

足音は大きくなり、白衣を来た男たちが次々と現れた。

591 : 以下、名... - 2018/01/04 02:15:44.82 JNFXVCVn0 542/829

錬金「はぁ…はぁ…」

錬金「これで、最後かの……」

迷路のように広がっている地下を移動しながら、勇者達は敵と対峙した。

しかし、あくまで戦闘の前線に立ったのは、錬金を始めとした宮殿に仕える術士達であった。




今回の戦いにおける最大の目的は、嫉妬の勇者の捕縛。

作戦の根幹に関わる教会への転送に関して ”絶対に勇者、遊び人、強欲の三人が死んではいけない” 理由があった。

強欲「……信号が入った。地上にある教会は、完全に結界を張られたそうだ。敵側の援軍の力はやはり教会の攻略に注ぎ込まれていたらしい」

強欲「だが、我らの大罪の装備に打ち克つことができるのは、同じ大罪の装備を所持している嫉妬の勇者しかいない」

強欲「奴は必ず自らここに来る。我らの側にある『暴食の鎧』『色欲の鞭』『強欲の腕輪』この3つの装備を全て使用しても、奴の体内に宿っている6つの精霊は倒しきれない。そして一度精霊を破壊した武器は嫉妬の首飾りによって攻略化される」

強欲「奴は死ぬことを恐れないはずだ。大罪の装備以外による攻撃で絶命しても、やつが転送されるのは、既に奴の手中に落ちた教会だと考えるはずだ」

強欲「なんとしてでも、先手で奴を絶命させ……」





嫉妬「誰を、どうすると言ったか」

無様に寝転がる研究者を蹴り飛ばしながら、嫉妬の勇者が現れた。

592 : 以下、名... - 2018/01/04 02:16:23.18 JNFXVCVn0 543/829

強欲「やっと来てくれたか。待ちわびたぞ」

嫉妬「教会を基地にしなくてよかったのか。何度でも蘇りが効いたぞ。貴様のかつてのパーティメンバーは四天王との戦いで全員死んだと聞いている」

強欲「俺を倒せるのはお前くらいしかいない。そして、お前に倒される時は、俺が精霊ごと殺される時だ。ならば、奥深くで休んでいるのがよいだろう」

嫉妬「なるほど、光栄だ」

嫉妬「といいたいところだが。あまりに無様な状況だ。他の者ではやはり、大罪の装備には手も足も出まいか」

593 : 以下、名... - 2018/01/04 02:17:09.38 JNFXVCVn0 544/829

嫉妬「それにしても、お前は本当に結界の中が好きだな」

嫉妬は結界に足を歩み入れた。

首飾りが鈍く輝いていた。

嫉妬「禁術を唱えて東の部隊を味方もろとも不能にさせたそうじゃないか」

嫉妬はお姫様を掴み、結界の外へと引きずり出した。

強欲「平気で完全結界の中に……。既に首飾りで攻略化(とりこみ)済みというわけか」

594 : 以下、名... - 2018/01/04 02:18:14.09 JNFXVCVn0 545/829

嫉妬「まずは、話の聞ける状態にせねば」

嫉妬が回復呪文を唱えようとすると、錬金が即座に動いた。

錬金「奴に動く隙きを与えるな!!」

錬金の命令と同時に、術士は詠唱を始めた。

誰よりも早く、錬金は呪文を発動した。

錬金「『魔壁剥がし』!!」

嫉妬「ほほう。人間に唱えられるものがいるとは」

錬金の杖からは緑色の蔓(つる)のようなものが伸びた。

しかし、枯れ葉の色に変色し朽ちてしまった。

錬金「これも攻略化しておったか……呪文中断!!」

術士達は詠唱を中断した。

錬金「奴は魔反射をかけておる。生半可な魔力では全て返り討ちにされるぞ」

錬金「後は任せたぞい、大将」

強欲「ああ。下がっていろ。生半可でない呪文で魔壁ごと吹き飛ばしてやる」



他の術士は後ろに下がり、強欲と嫉妬が対峙した。

嫉妬「強欲。身の丈に合わぬ願いを叶えようとする醜き心に選ばれた勇者よ!」

強欲「嫉妬。叶わぬ願いを手に入れた者を引きずり落とす醜き心に選ばれた勇者よ!」

嫉妬「拭い去る!!」

強欲「奪い取る!!」

2人は同時に呪文を唱えた。

597 : 以下、名... - 2018/01/08 14:46:44.06 cSlOzYY80 546/829

TIPS

『嫉妬の首飾り』

・攻略化…一度持ち主を破滅に陥らせたことのある呪文・特技・装備・道具等の情報を取り込む

・無効化…一度攻略化したことのある呪文・特技・装備・道具等の効力を消し去る。無効化の度に寿命を消費する。

通常攻撃は無効化の対象外である。
<例>色欲の鞭によって嫉妬の首飾りの所有者が倒され、攻略化した場合。
復活後、再び色欲の鞭によって攻撃された時に無効化を行うと、それは付与効果のないただの鞭の攻撃となる。

598 : 以下、名... - 2018/01/08 14:47:40.73 cSlOzYY80 547/829

戦闘する2人を、遊び人は注意深く観察していた。

遊び人「大罪の装備の使用には寿命を消費する。それは嫉妬の首飾りにも当然あてはまること。だから、呪文の無効化に首飾りを多用するのは避けたいはずよ」

遊び人「マハンシャさえ唱えておけば、嫉妬は大概の呪文を防ぐことができる。そして、魔壁剥がしなどの特殊呪文だけを無効化すれば、実質全ての呪文を防げるといってもいい」

強欲「『雷槍で穿て、ペルクナス』!!」

強欲の右腕から7つの電気の槍が飛び出した。

嫉妬「無駄だ」

嫉妬の首飾りが鈍く輝いた。

強欲「勇者の呪文は当然攻略化済みというわけか。自分で自分に攻撃した時はさぞ痛かったろう」

嫉妬「残念なことに、この世の大概の呪文は攻略化済みだ」

遊び人「……やはりそう。強欲の腕輪、という装備を攻略化していなくとも。雷撃の呪文を過去に攻略化済みであったら、無効化されてしまうんだわ」

599 : 以下、名... - 2018/01/08 14:48:32.22 cSlOzYY80 548/829

嫉妬「勝利のためならあらゆる手段を試みる強欲な勇者よ。その大胆さとは裏腹に、計画性、緻密性、慎重性をそなえた人物だという話をよく聞く」

嫉妬「我々のことや大罪の装備についてもこそこそと嗅ぎ回っていたようだが。その腕輪で精霊ごと倒したところで、俺は復活する。俺の体内には複数の精霊が宿っているのでな。そこの小娘から話を聞いたであろう」

嫉妬は遊び人を横目で見て言った。

嫉妬「俺を倒せる方法でも思いついたのなら、聞かせてほしいものだ」

嫉妬は右腕に大きな力を貯めた。

嫉妬「その前に、貴様が死ななければな!!」

嫉妬は雷撃呪文を、無口詠唱で唱えた。

強欲は相殺化しようと、雷撃の呪文を唱え返した。

しかし、強欲の放った雷撃は消滅してしまった。

強欲「ぐぉおおおおお!!!」

嫉妬「寿命さえ惜しまねば、いくらでも呪文を消すこともできるのでな」

600 : 以下、名... - 2018/01/08 14:57:59.46 cSlOzYY80 549/829

遊び人「やはり、呪文同士の戦いでは勝ち目がないわね」

勇者「でも、憤怒は兜を装備して奴を倒したじゃないか」

遊び人「それは、嫉妬の首飾りにも攻略できない対象があるからよ」




強欲「……貴様の呪文の特徴は掴んだ」

強欲「あとは、俺の得意なこれだけで行くとしよう」

強欲は呪文の詠唱の構えを解き、通常攻撃の構えを取った。

強欲「行くぞ!!」

強欲は腕輪の力を全て、剣技に注ぎ込んだ。

嫉妬「ぐっ!!!」

剣を振るあまりの速度に、風を切る音が轟いた。

一度宙を切った風の音が、分裂したかのように幾重にも重なって響いた。

強欲「この腕輪は一太刀の振るいで幾百かの攻撃を加える!!」

強欲「通常攻撃に関しては、首飾りの力を存分に発揮できないようだな!」

嫉妬「大罪の腕輪め……」

嫉妬は呪文を繰り出しながら、強欲と戦闘をしていた。

本来であれば、通常攻撃だけでは呪文と剣技の組み合わせに勝てるはずもないのだが。

強欲の腕輪の力により、あまりあるほど剣技の強さで圧倒していた。

強欲「終わりだ!!!」

強欲が剣は、防御呪文の障壁を突き抜け、嫉妬の胸に突き刺さった。

嫉妬「……がぁっ……」



バリイイィイイインン!!!

精霊が砕ける音が響いた。

601 : 以下、名... - 2018/01/08 15:04:58.78 cSlOzYY80 550/829

~決戦前日~

錬金「強欲の勇者。そして勇者と遊び人。お前らは戦闘当日、絶対に死んではならん」

錬金「この地下内に、もう一つの教会を創った。ここじゃ」

宮殿地下の迷路のような道を歩き、異質な空間があるのを勇者と遊び人は目撃した。

神官「…………」

遊び人「神官様がいる」

強欲「普段は他の場所にいた神官だ。勇者復活の使命を帯びている。試しに一度自殺を試みたが、確かにここで復活をした」

強欲「地上に通常の教会が1つ。ここに新たな教会が1つ。戦闘で死んだ位置から、最も近い位置の教会で復活することになる」

勇者「一体、何のために……」

錬金「ここで、わしの長年の研究の出番じゃ」

錬金はそういうと、他の部屋の案内をした。

そこでは、見たこともない材質の塊を囲んで、多くの術士が作業に取り掛かっていた。

錬金「賢者の石の失敗作じゃ」

遊び人「賢者の石……」

錬金「硬度が極めて高く、魔法を跳ね返す性質をそなえておる。他にも様々な魔物の繊維を合成させておる」

錬金「この材質で出来た武器で切りつけたら攻略化されるかもわからんが。ただの空間として設置した場合に無効化はできまい」

錬金「この物質で出来た檻を作る。戦闘で死んだ奴を、この教会に転送させる。復活は神官の目の前。ここにあらかじめ檻を作成しておき、閉じ込めるというわけじゃ」

錬金「加えて、真上の部屋に、雨水を大量に保管しておる。やつがこの檻に入ったタイミングで、水を流し衰弱させる」

錬金「自然に存在しているものを、嫉妬の首飾りは攻略化できないはずじゃ。もしもあらゆるものを消滅させたりすることができるのであれば、傲慢や憤怒と戦闘している時に、空気を消滅させて窒息させて戦闘不能にでもしてたはずじゃな」

錬金「なんとしてでも奴を一度殺害する。そしてこの檻の中に出現させ、窒息させる。奴が衰弱している間に槍でも伸ばして首飾りを奪えば良い」





――――――――



602 : 以下、名... - 2018/01/08 15:08:53.18 cSlOzYY80 551/829

強欲は、剣を嫉妬に突き刺したままであった。

嫉妬からは血が流れ出し、意識が遠のいているようにみえた。

強欲「朽ちてくれ」

嫉妬が教会へ転送される瞬間を待った。

檻の中に閉じ込め、水を流し、窒息させ、気絶したところで首飾りを奪う。

首飾りさえなくなれば、強欲の腕輪の力を以て、精霊ごと何度でも殺害をすることができる。

強欲「はやく、飛べ!!」

その時だった。

強欲「ぐぁっ!!!」

バコン!という音が一瞬聞こえたかと思うと、嫉妬に突き刺していた剣が弾け飛んだ。

強欲「木の音!!肉体保護の棺桶が出現したのだな!!」

しかし、音が聞こえたのは一瞬で、棺桶は目視する間もなく消滅したようだった。

遊び人「おかしいわ!!教会への転送がされるはずじゃ……」

混乱している一同の前で、一人の人物が口を開いた。



嫉妬「おお、私よ。死んでしまうとは情けない」

傷が完全に癒えた状態で、嫉妬の勇者が復活していた。

603 : 以下、名... - 2018/01/08 15:21:46.33 cSlOzYY80 552/829

遊び人「どういうことよ!!絶命したはずよ!!なのに神官の元への転送もなく、そのまま復活をするなんて……」

嫉妬「ちゃんと神官の元で、俺は蘇ったさ」

嫉妬はにんまりと笑みを浮かべていた。

錬金「…………なるほどの」

錬金は何かを察したようだった。

錬金「勇者であることを捨てたか」

嫉妬「捨ててはいないさ。転職はしたがな」

嫉妬「俺の今の職業は、神官様だ」

604 : 以下、名... - 2018/01/08 15:24:53.45 cSlOzYY80 553/829

嫉妬「俺は元々、今の俺が支配している王国の奴隷だった」

嫉妬「精霊が宿った俺は被験体にされ、様々な実験をさせられた」

嫉妬「俺が神官もろとも雷撃を落として自殺を試みた時に、不思議な現象が起きた」

嫉妬「一度目に落ちた雷は、俺と神官に直撃した。だが、俺はその場で蘇った」

嫉妬「二度目に落とした雷は、俺に直撃し、研究者が用意していた別の教会で俺は復活した」

嫉妬「一度目の雷で、何故俺だけ復活したのか。それは、タイムラグがあったからだ」

嫉妬「神官は、精霊からその職業を全うする能力を託されている。自分の身が滅びつつある時でさえ、気絶している時でさえ、勇者の蘇生を果たす。いうならば、神官の身体を通して、精霊の力が勇者を蘇生させていたわけだ」

嫉妬「自分自身が神官になった場合。死亡した時点で最も近い位置にいる神官は、俺自身であるため、他の神官の元へ送還されることはない。精霊の加護を宿している俺を、神官である俺自身が蘇生することになる」

嫉妬「かつて、魔王が神官を魔王城に置き、勇者の精霊の加護による逃亡を阻止しようとしたことがあった。これは失敗した。神官は自分のいる領域を、人間の領域であると認識できなかったからだ」

嫉妬「俺は俺自身の中に復活する。当然、人間の領域であると認識できる。魔王城の中であろうがな」

嫉妬「研究者共はこのタイムラグを何かに活かせないかと悩んだ末、答えを見つけられないままだった。しかし俺は、最も有効な活用方法を考えついた」

嫉妬「精霊の加護による、教会への転送の省略。これによって、結界の張られた教会に転送されるようなこともない。お前らもそのような作戦を立てていたのだろう」

錬金は焦りの表情を浮かべていた。

嫉妬「だが。この仕組の真価は別のところにある」

嫉妬「精霊殺しの陣による死亡の可能性の排斥だ」

嫉妬「俺の中に宿っている精霊が魂から飛び出すのは、俺が死亡した時だ。そこが精霊殺しの陣が敷かれているエリアであれば、俺の精霊は飛び出した瞬間に破壊される」

嫉妬「俺自身が神官であるため、精霊は転送する必要もなく、俺の魂から飛び出す過程も省かれる」

嫉妬「精霊殺しの陣によって俺は死ぬことはなくなったのだ」

605 : 以下、名... - 2018/01/08 15:33:06.51 cSlOzYY80 554/829

遊び人「でも、神官は精霊に託された者のみがまっとうできる職業なんでしょ。通常の転職神殿でも、神官への転職はできないわ。そもそも、勇者という職業の者は転職自体許されていないはず!どうして……」

嫉妬「それはお前が一番よくご存知のはずだろう」

遊び人「……まさか」

遊び人「……強制転職呪文」

嫉妬「グリモワールと書かれた書物を見させて貰った。お前の父親は実に素晴らしい術を記載してくれていた」

錬金「あの馬鹿息子……」

錬金はショックを受けたような顔をした。

嫉妬「呪文の才能を持った術士が、真に対象者の転職を願った時にのみ使える禁術だ。『大罪の賢者』という、本来転職不可能な職業から『遊び人』に変えられたのも、この呪文の力だ。対価として、極めし職業1つ分のスキルの放棄という大きな代償がつくだけはある」

嫉妬「使用出来る器のあるものがいなかったのでな。自分自身で使用させてもらった。勇者という職業から、神官という職業へな」

遊び人「雷撃の呪文を使っていたはず……。勇者という職業を放棄したのではないの?」

嫉妬「悲しいことに、俺はまだ勇者という職業を極めていない。俺だけではない。古代の勇者は自身の力だけで魔王を葬った。大罪の装備等に頼らなければ四天王さえ倒せない今の世界の勇者に、勇者という職業を極めたといえるものはおらんだろう」

嫉妬「職業の格によって、極めの水準は大きく異る。例えば、遊び人という職業は極めるのに容易い。最低限度のレベルを積んで賢者に転職するのが通常だが。遊び人を限界まで極めれば、強制転職呪文で大罪の賢者になることも可能だ」

嫉妬「強制転職呪文は等価交換ではない。誇り高き職業のスキルを放棄して卑しい職業へ転職することもできれば、卑しい職業のスキルを放棄して誇り高き職業に転職することも可能だ」

嫉妬「俺も1つの職業を既に極めていたので、放棄させてもらった!!」

突如、嫉妬は怒りに歪んだ表情をして叫んだ。

嫉妬「奴隷という、忌まわしい職業をな!!!」

606 : 以下、名... - 2018/01/08 15:34:37.31 cSlOzYY80 555/829

嫉妬は、再び淡々と語りだした。

嫉妬「嫉妬という感情は、敗者の感情だ」

嫉妬「この首飾りも、本来であれば最弱なものだ。一度、敗北をした相手にしか効力を発揮しない」

嫉妬「俺はそれを、自身の才覚で全て乗り越えたのだ」

嫉妬「どうする。強欲の腕輪の力はもう発揮しないぞ」

嫉妬「残りの大罪の装備で、時間稼ぎでもするか?」

607 : 以下、名... - 2018/01/08 15:37:40.19 cSlOzYY80 556/829

嫉妬は、右腕に雷の力を蓄え始めた。

強欲「『マハンシャ』!!」

嫉妬「たいていの呪文は攻略化済みだといったはずだ」

首飾りが光ると、魔法障壁は粉々に散ってしまった。

強欲「くそっ!!」

強欲は通常攻撃を繰り出そうと、瞬時に飛び出した。

嫉妬「剣で雷を斬れるものか」

嫉妬は雷の呪文を放った。

強欲は腕輪に念じた。

だが、いつものような黄金色の輝き放つことはなかった。

強欲「ぐぁあああああ!!!!」

608 : 以下、名... - 2018/01/08 15:41:13.36 cSlOzYY80 557/829

強欲「はぁ……はぁ……」

強欲の身体は、燃焼と再生を繰り返していた。

嫉妬「無口詠唱で回復呪文を唱え続けたか。素晴らしい集中力だ」

嫉妬「よかったな。回復呪文は攻略化の対象外だ。俺を敗北に至らしめるにあたって、敵の回復は間接的な要因にすぎないとの認識らしい」

嫉妬「さて、そろそろこいつにも働いてもらわねば」

隅で倒れていたお姫様に、嫉妬は回復呪文をかけた。

お姫様の体の傷が癒え、耳からの出血も止まった。

お姫様「……嫉妬様」

嫉妬「耳は聞こえるな。大罪の装備を後ろで隠れているやつらが守っている。奪ってこい。強欲は俺が相手をする」

お姫様「……かしこまりました」

お姫様は急激な回復に伴う副作用でよろけながらも、勇者達を見据えた。

609 : 以下、名... - 2018/01/08 15:42:34.55 cSlOzYY80 558/829

強欲は叫んだ。

強欲「逃げろ!!例の場所で落ち合うぞ!!」

にげる。

作戦が完全に失敗にしたとわかった時に、発する命令だった。

ただがむしゃらに逃げ出して。あらかじめ定めていた『誓いの書簡の村』で落ち合うという、それだけの命令だった。

勇者「……やるしかないのか」

お姫様「あんたみたいな雑魚、一瞬で葬ってやるわよ」

目の前の女の子はぼろぼろになりながら立っているものの。

傲慢と憤怒の2人を相手に戦っていた、嫉妬の王国最強の術士である。

遊び人「勇者、どうするの」

遊び人は足を震わせながら尋ねた。

勇者「どうするって、逃げるしか無いだろ」

勇者「俺が道を切り開く。その間に、地上に逃げろ」

勇者「地上に出た瞬間、移動の翼で逃げるんだ。嫉妬が強欲と戦闘している今、空から雷で撃たれる恐れもない」

勇者「さあ!」

勇者と遊び人は、同時に駆け出した。

610 : 以下、名... - 2018/01/08 15:48:35.95 cSlOzYY80 559/829

お姫様「待ちなさい!!」

ふらふらになりながらも、お姫様は笛を口に咥えた。

勇者は、瞬時に飛び出し、一瞬でお姫様との間合いを詰めた。

お姫様「なっ!!」

勇者「うぁああああ!!!」

勇者はお姫様を蹴り飛ばした。

お姫様「うぅ……おぇえ!!!」

お姫様「う、うそ……」

吹き飛んだお姫様が他の楽器を取り出すも、勇者に一瞬で間合いを詰められた。

お姫様「なんて速度……」

勇者はお姫様の楽器を吹き飛ばし、再び蹴りを加えた。

吐瀉物の音が響いた。

611 : 以下、名... - 2018/01/08 15:50:20.43 cSlOzYY80 560/829

お姫様「く……くそ……雑魚だったはずなのに……おえぇえええ……」

お姫様「……女の子に……暴力振るうなんて……」

勇者「剣を心臓に刺すよりはマシだろ」

お姫様「……舐めやがって。殺さなかったこと、後悔させてやるわ!!」

お姫様は、簡易的な呪文を詠唱した。

しかし、それ以上に早く勇者は距離を詰め、腕を斬りつけた。

お姫様「いやぁあああああああ!!!」

612 : 以下、名... - 2018/01/08 15:51:23.75 cSlOzYY80 561/829

お姫様「いだい……うぐっ……どういうことよ……」

勇者「ずるをしたんだよ。大罪の賢者の力に近づこうと、寿命を肉体強化にまわす呪いをかけてもらったんだ」

勇者「今の俺は、大罪の無職といったところだけどな」

遊び人が出口を駆け上がっていくのを、勇者は見届けた。

自嘲的に言いながらも、勇者はこの場を制したことに達成感を覚えていた。

勇者「少しだけ、強くなったんだ」

今強い人達は、人生のどこかで強くなろうとした人達。

勇者も、強くなった。

他者との戦いに、勝てるほどまでに。

勇者「殺さなければ、後悔するんだったな」

勇者は剣を大げさに構え、突進をした。

お姫様「ひっ……」

お姫様は怯んだ。

勇者「うぉらあああ!!!!!!」

勇者は横を素通りすると、遊び人の後に続いていった。

お姫様「……へっ?」

勇者「殺せるわけないだろ」

勇者「女の子に救って貰った人生なんだから」

勇者達はにげだした!

613 : 以下、名... - 2018/01/08 15:56:30.00 cSlOzYY80 562/829

勇者は宮殿の1Fに出た。

勇者「酷い……」

味方の術士が血を流しながら、横たわっている惨状を目の当たりにした。

勇者「遊び人!!どこにいる!!」

宮殿には複数の出口がある。

勇者は迷いながらも、正面玄関に向かい、空の真下へと出た。

空を見上げるが、遊び人の姿はなかった。

勇者「もう逃げ出せたのか。他の出口からでたのかもしれない」

勇者「よかった」

勇者は安堵した。

自分も誓いの書簡の村に飛び立とうと、移動の翼を取り出そうとした。

勇者「……なんだ、この感覚」

気だるさが、どっと勇者を襲った。

嫌な予感がし、勇者は辺りを見回した。

614 : 以下、名... - 2018/01/08 15:58:16.34 cSlOzYY80 563/829

前方の広場に、人影が見えた。

髪の長い女性が1人立っており。

その傍らでは。

勇者「遊び人!!」

ぼろぼろになった遊び人が横たわっていた。



勇者「……許さない。嫉妬の仲間か!!」

勇者は剣を構え、遠く離れた女性に向かって叫んだ。

勇者「お前は一体……」

「そんな遠くから話しかけないで、もっとこっちに寄っておくれよ。この子みたいに、雷で撃ち落としたりやしないからさ」

勇者は、背筋が凍る思いがした。

「これでも威力を弱めてあげたんだ。その証拠に棺桶が出現していないだろ」

長い黒髪を持つ女性は、淡々と勇者に話しかける、

「精霊の加護なんてものに頼っているから、命に危機感を持たないんだよ。あんなもの、無い方がマシだと思わない?」

「ねえ、勇者」

勇者「嘘だ……」

倒れていた遊び人は、痛みに耐えながら勇者に尋ねた。

遊び人「……勇者。こいつを、知ってるの……?」

「知ってるも何も」

ショックを受けている勇者に変わって、美しい女性は代わりに答えた。

怠惰「同じ故郷出身の、元パーティメンバーよ」

怠惰の勇者が現れた!

615 : 以下、名... - 2018/01/08 16:00:48.09 cSlOzYY80 564/829

勇者「ど、どうして……」

勇者「ち、違うんだ……俺は、あの時……!!」

勇者は混乱している!

怠惰「久しぶりの再会で、いきなり言い訳だなんて。相変わらず、情けない男だね」

勇者「なんで……死んだと思っていた……」

怠惰「死んだと思ってた、って。遠回りな言い方をするんだね」

怠惰「勇者は、私達を殺そうとしたんじゃない」

遊び人「なによそれ……」

勇者は怯えた目で遊び人を見た。

勇者「やめろ、違うんだ……」

怠惰「こいつはね」

勇者「やめろって!!!」

叫ぶ勇者を見て、怠惰は笑みを浮かべた。

怠惰「ははーん。この女の子には聞かれたくないってことかしら。確かに、精霊の加護だけが唯一の存在価値であるあんたに、その取り柄を根本から否定するような話だもんね」

勇者「やめてくれ!!!!!!」

勇者は錯乱した!!

616 : 以下、名... - 2018/01/08 16:02:46.20 cSlOzYY80 565/829

勇者「うぁあああああああああああ!!!!!!!!!」

勇者は怠惰に向かって、すてみで突進をした。

怠惰「相変わらず、考えることから逃げてばっかりね」

怠惰「あなたが見捨てたこの命を、これが救ってくれたのよ」

“怠惰の足枷が鈍く光った。”

勇者「…………がぁっ……」



勇者の攻撃力が極限まで下がった。

勇者の防御力が極限まで下がった。

勇者の素早さが極限まで下がった。

勇者の魔力が0になった。

勇者の反応力が極限まで下がった。

勇者の集中力が極限まで下がった。

勇者の判断力が極限まで下がった。

勇者の決断力が極限まで下がった。

勇者の生きる意志が極限まで下がった。

勇者は力が抜け足元から崩れ落ちた。

勇者は廃人になった。

勇者「……………………ぁ………」


勇者は虚ろな目をして、四肢をだらりと投げ出していた。

口は薄く開き、端からよだれが垂れていた。

遊び人「勇者っ!!!」

617 : 以下、名... - 2018/01/08 16:03:50.07 cSlOzYY80 566/829

怠惰「さて、と」

怠惰は、腰に2本携えている剣のうち、1本を取り出した。

怠惰「貴重な素材を殺すなとはあの方から言われているけど。あなた達は転送を利用して逃げ回るのが得意みたいだからね」

怠惰「私の仕事は、大罪の賢者の生き残り、あなたを連れて帰ることだもの。こいつの精霊の捕縛は二の次よ」

怠惰の勇者は、紫色に輝く剣を両手で持ち、横たわる勇者の横で高く持ち上げた。

遊び人「紫色に輝く剣……」

遊び人「せ、精霊殺しの魔剣!!」

怠惰「さよなら」

遊び人「やめて!!!」

怠惰の勇者は、魔剣を深々と勇者の身体に突き刺した。



ガラスの砕ける大きな音が響き渡った。

618 : 以下、名... - 2018/01/08 16:04:41.43 cSlOzYY80 567/829

遊び人「あ……あぁ……」

遊び人「ゆ、勇者……」

遊び人「精霊の光が……見えないよ……」

わなわなと震える遊び人を見て、怠惰の勇者は苦笑していた。

怠惰「やだ。そんな悲しい顔しなくてもいいのよ。魔剣は精霊だけを斬りつけることのできる剣。刃は人間には触れられないのよ」

怠惰は剣を引き抜き、鞘に収めた。

勇者の胸部の装備に穴は空いておらず、出血の様子も見られなかった。

怠惰「それよりもね。そいつは、死んで誰かが悲しむような、ろくなやつでもないのよ」

怠惰「よかったじゃない。これで、自動的にパーティメンバーも解除されるわ。もう二度とこいつと一緒に冒険しなくても済むのよ」

619 : 以下、名... - 2018/01/08 16:08:18.32 cSlOzYY80 568/829

怠惰「どうやらあっちも終わったみたいね」

嫉妬の勇者が、強欲の勇者を引きずって表に出てきた。

怠惰「楽勝でしたか?」

嫉妬「こいつの仲間の老人が、強制転職呪文をかけてきた。奴が大元の開発者だったみたいだ。危うく遊び人にされるところだった」

怠惰「ふふふ。遊び人になったあなたは見てみたかったかも。防げたのですか?」

嫉妬「禁術はマハンシャでは防げない。嫉妬の首飾りで攻略化したこともない。だから、姫様に身代わりになってもらったよ」

怠惰「お姫様も可哀想に。酷い王子様に使い捨てにされて」

嫉妬「遊び人から音術士に戻るのは、時間はかかるが簡単だ。転職に必要な最低限度の経験を積むのに時間はかかるがな」

嫉妬「お前の方は、首尾良くいったようだな」

怠惰「ええ。しかし、大罪の賢者の脱走の可能性があるため、勇者の精霊の加護は破壊致しました。申し訳ございません」

嫉妬「俺もこいつらとの鬼ごっこには飽きていたところだ。これで大罪の装備はすべて揃った。あとは時間をかけて我々の計画を進めれば良い」

怠惰「ついにこの日が訪れましたね」

嫉妬「ああ。どれほど待ちわびたことか」

怠惰「この女はあなた様に差し上げます」

怠惰の勇者は遊び人を見下ろしていった。

怠惰「そして、この勇者は、私が責任をもって、故郷に連れ戻します」

嫉妬「なるほど、あの地か。任せよう」

620 : 以下、名... - 2018/01/08 16:15:55.60 cSlOzYY80 569/829

嫉妬は狂喜に満ちた表情を浮かべていた。

嫉妬「俺の持つ嫉妬の首飾り。お前の持つ怠惰の足枷」

嫉妬「この前の侵略で奪った憤怒の兜。傲慢の盾」

嫉妬「先程こいつから奪った強欲の腕輪」

嫉妬は足元に投げ出した強欲の勇者を見下ろした。

嫉妬「そして」

嫉妬は遊び人から道具袋を奪い取った。

嫉妬「封印の壺の中に閉じ込められている、暴食の鎧、色欲の鞭」

嫉妬「大罪の7つ装備。ついに、すべてを手に入れた」

嫉妬「ただの寿命の延長なんぞで、俺は満足しない」

嫉妬「永遠に、この世界の支配者となるのだ」



嫉妬は、都の支配者足る強欲の頭を掴み、電流を流した。

都の結界は解かれ、外で待機していた魔物の侵入を許した。

研究者達も嫉妬の元に集まり、手配を整えた。

遊び人は、嫉妬の王国へ連れて行かれ。

勇者は、怠惰の勇者とともに故郷へと連れて行かれた。









パーティは、解散した。







621 : 以下、名... - 2018/01/08 16:18:35.40 cSlOzYY80 570/829

【強欲の勇者の思い出】

錬金「……久しぶりだな、若造。わしの研究室に勝手に入ってくるなと言ったのを忘れたか」

若き青年に、堅物そうな男性は言った。

強欲「研究が進んでいるか尋ねに来たんだ。世界一の錬金術師に」

錬金「ふん、くだらん。錬金術師など今この世界にいるものか。賢者の石でさえ創造できん癖に。死者の復活に取り組むなど、狂気の沙汰だと思わんか」

錬金「金と酒と女に溺れた凡人の方がよっぽど健全じゃ。」

強欲「あんたの口からそんな言葉が出るとは」

錬金「これでも昔はヤンチャで優秀な研究者での。地位も名誉も欲した。贅沢な暮らしもな。あの頃は健全じゃった」

強欲「でも、今のあんたは研究を続けている。亡くなった奥方を蘇らせるために」

錬金「人の傷心の理由に興味があるだけなら帰ってくれ。魔王討伐の旅の途中ではなかったか」

強欲「パーティが全滅したんだ。他の者は、みな死んでしまった」

622 : 以下、名... - 2018/01/08 16:21:48.67 cSlOzYY80 571/829

錬金は驚いた顔をした。

錬金「なんと……。精霊の加護はどうした」

強欲「精霊殺しの陣の上で戦ったんだ。魔王城の中で、四天王の一体を相手に」

錬金「そやつは、一体どんな」

強欲「再生を司る四天王だった」

錬金「再生?」

強欲「魔族は人間とは比較にならないほどの体力を有している。そのせいか、回復呪文の効果は薄い。人間が生き延びることを優先しているとしたら、魔族は破壊することを優先とした戦闘能力を有している」

強欲「奴は、膨大な体力を持ちながらも、自身の体力を全快させることのできる巨大な魔物だった。人間の場合に生じる回復呪文に伴う副作用も、一切抜きでな」


強欲「奴の攻撃パターンは二つ。祈りを捧げた後の全体攻撃。そして、祈りを捧げた後の完全回復」

強欲「祈りの時間は長く、行動速度だけは劣っていたといえる。祈りを捧げている間に俺達は攻撃を加え、やつが祈りを終えそうになったら遠くへ離れて防御の結界を張る。そして再び祈りを唱えたところを攻撃する」

強欲「奴は俺らを見くびっていたと思う。攻撃の回数こそ多いものの、回復の回数は非常に少なかった。俺らがコツコツとやつに貯めていたダメージは、本当に些細なものだったのだろう」

強欲「奴の回復が再生だとして、攻撃は腐敗だった」

強欲「放射線状に伸びる腐敗の光は、強力な防御結界さえも溶かした。部屋が広大で逃げ切ることなど出来ずに、攻撃される度に防御の結界で防いだ。」

強欲「行動を繰り返す度に俺らは体力や魔力をすり減らしていった」

623 : 以下、名... - 2018/01/08 16:25:43.30 cSlOzYY80 572/829

強欲「戦士が、身体の一部を溶かされた。僧侶が回復呪文を唱えても、再生したそばから腐敗してしまう。禁術級の状態異常だ」

強欲「勝ち目がないと思った俺達は、逃げ出そうとした。しかし、いつの間にか入り口が消滅していた。おそらく、奴の細胞が壁として埋め込まれていたんだ。俺達が入る時は腐敗した状態で地面に溶けていて、回復の祈りとともに壁として再生したんだ」

強欲「魔法使いが爆発呪文を唱えてそこら中の壁に穴を開けようとしたが、材質は極めて頑丈で、削る程度だった。奴の身体で構成されていた入り口の壁が一番脆いと考え、必死で探した」

強欲「だが、結界を張れる僧侶の魔力が尽きてしまった。奴が腐敗の光で攻撃してきた時に、僧侶が俺らの前で仁王立ちした。光は彼女だけに注ぎ込まれた」

強欲「美しかった彼女は一瞬で腐敗した。灰色の、ドロドロの液体になって地面に解けた。しかし、肉体保護の棺桶が出現し、彼女だった物質はその中に保管された」

強欲「奴が再び祈りを捧げている間に、入り口らしき箇所を見つけた。魔法使いは爆発呪文を一心に打ち込んだ。奴の細胞の壁が大きく削れたが、奴は二度目の攻撃を繰り出してきた」

強欲「次は戦士が仁王立ちをした。逞しかった身体が一瞬で腐れ落ちた。彼にも肉体保護の棺桶が出現し、ドロドロの液体を包み込んだ」

強欲「魔法使いが再度爆発呪文を唱えると、人が一人分やっと通れるくらいの穴が空いた。すると、魔法使いが俺を強引に引っ張った。彼女は仁王立ちをして俺をかばった」

強欲「後ろで彼女の溶ける音を聞きながら、穴を通って入り口から出た。精霊殺しの陣の及んでいない範囲に無事に戻った」

624 : 以下、名... - 2018/01/08 16:28:00.51 cSlOzYY80 573/829

強欲「俺はそこで1つの大きな疑問とぶつかった」

強欲「精霊は勇者である俺の魂の中に宿っており、パーティメンバーの魂と俺の魂を常につなぎとめている」

強欲「パーティメンバーが死んだ場合には肉体保護の棺桶を召喚させる。そして、パーティメンバー全員が全滅した際に、勇者の魂から飛び出して、メンバーを神官の元まで運ぶ」

強欲「俺が死んだ場合、精霊は俺の魂から飛び出す。しかし、精霊殺しの陣が敷かれているエリア内に仲間がいる。そうなると、精霊は彼らを助けないのではないかと」

強欲「一度国に戻り、兵士を引き連れて棺桶を取り戻しに行こうと決めた」

強欲「だが、仲間4人で登ってきた魔王城を、一人で脱出するだけの体力も魔力も俺には残っていなかった。上級の魔物に囲まれた時に、俺は仕方なく自殺をした。精霊殺しの陣のある部屋に連れ戻されたら終わりだと思ったからだ」

強欲「教会で目覚めた。あたりを見回しても、仲間の姿は見えなかった。同時に、自分の右腕に見覚えのない腕輪が巻かれているのを確認した」

強欲「見たこともないほどに強力な装備を得た俺は、上級の術士を引き連れて再度魔王城に侵入した。今までの苦労が何だったのかと思うくらいに、四天王の部屋に容易にたどり着いた」

強欲「奴が一度目の攻撃のための祈りを始めた時に、俺は奴の体力を半分削った。防御の結界で一度目の攻撃をやり過ごすと、奴は回復のための祈りを唱え始めた。俺はその間に奴を絶命させた」

強欲「部屋の隅に、異臭を放つ棺桶が3つ転がされていた。俺はそれを精霊殺しの陣の外まで引っ張り出した」

強欲「途中で出くわした魔物は全滅させていたから、術士には元来た道を通って帰ってもらった。俺はその場で自殺を試みて、仲間とともに教会へ転送され、蘇生されることを試みた」

強欲「再び教会で目覚めたものの、俺はまたしても一人だった。棺桶に入っていた仲間は転送されていなかった」

625 : 以下、名... - 2018/01/08 16:35:16.90 cSlOzYY80 574/829

強欲「俺は今の状況を整理した。そして、精霊がどのように行動したのか、1つの想像に行き着いた」

強欲「最初の戦闘で俺が自殺した時。精霊は俺の魂から飛び出した。まずは俺の棺桶を掴んだだろう。そして、仲間の元へ向かおうとしたはずだ」

強欲「そこで、精霊殺しの陣の敷かれている部屋に入ろうとした。自分を焼き切るような魔力を感じ、その部屋に入ることを恐れた」

強欲「しかし、精霊は勇者が魔王を倒すことを補助しなければならない使命を帯びている。当然勇者の仲間の救済も含まれている。しかし、救済しようとすれば、自身が消滅し、勇者の保護ができなくなってしまう」

強欲「世界の均衡を保つための勇者補助、という精霊の使命において、棺桶の教会への持ち運びは義務となっている。そのため、精霊個人の独断で、棺桶の転送を保留するという行動に出れなかったのであろう」

強欲「矛盾を解消しようとした精霊は、強引な手段に出た。俺と仲間の、パーティメンバーの契を解消したんだ」

強欲「精霊は勇者である俺だけを教会へ運び、義務を果たした」

626 : 以下、名... - 2018/01/08 16:36:33.06 cSlOzYY80 575/829

錬金「……そうか」

錬金「お前が手にした腕輪は、大罪の装備に違いないじゃろう。おそらく、強欲の腕輪と呼ばれるものじゃ」

錬金「強欲だから、選ばれたのではない。強欲になるから、選ばれたのじゃ」

錬金「改めて問おう。お前の望みはなんだ」

強欲「…………」

強欲「金でも何でも、欲しいものはすべてかき集めてやる。この街ももっと発展させて、世界中から優秀な人材が集まるような都にしてみせる」

強欲「だから。俺が持って帰った3つの棺桶の中に眠る、腐敗した泥を再生してほしい。あの世に行った魂をこの世に呼び戻す研究を続けて欲しい」



今まで手にしてきた現実で価値あるものが、全て虚構だと知った。

金は命より軽い。

命のためならば、人は全てを差し出し、奪う。

命を手に入れようとする時に最も。

人は強欲に忠実となる。



強欲「俺の仲間を、生き返らせてくれ」



強欲の勇者達 ~fin~

632 : 以下、名... - 2018/03/17 20:22:10.65 uzWLd5/40 576/829

『努力』

好きな仕事。好きな家。好きな場所。好きな食べ物。好きな服。

運が良ければ、好きな人も。

努力によって手に入れられる価値あるものは多い。

努力といって具体的には、勉強をしたり、身体を鍛えたり、価値あるものを提供することなどが挙げられる。

労苦に耐えてでもほしいものがあるならば、努力は必要だといえる。

労苦に耐えてまでほしいものがないならば、努力は必要ない。

多くの人間は、楽園を望む、

楽園とは、努力をせずにあらゆるものが手に入る場所のことである。

楽園を手に入れるには、皮肉なことに、対価として人生一生分の努力を要する。

楽になるために、苦労を伴うのであれば、人は楽などいらないと言ってしまう。

怠惰に生きるためならば、人は手段を選ばない。

頭を働かせずに済むために、いくらでも知恵を絞る。

身体を動かさずに済むために、いくらでも口を動かす。

身体を鍛えるのも。

知識を身に付けるのも。

めんどうくさい。

めんどうくさいという、ただそれだけの理由で、全て億劫になってしまう。

周囲の信頼を失って、居場所を失ってでも、剣を振るったり、活字を読み込むことなんて、ごめんなのだ。

横たわり、何もせずに過ごした時間を全て鍛錬に費やしていれば。

愛する人が燃えることも、憎き相手が嘲笑うことも、防げたかもしれないというのに。

後悔するとわかっていながら、動かない。

自分を磨かず生きてきた青年は、本音に気付いた。

【第6章 怠惰の監獄 『努力の足枷』】

世界を救うくらいなら、二度寝した方がマシだ。

633 : 以下、名... - 2018/03/17 20:23:57.48 uzWLd5/40 577/829

嫉妬「くそが!!!」

嫉妬の王国の地下牢で、嫉妬は怒りに呻いた。

嫉妬の足元には割れた壺の破片が散らばっていた。

嫉妬「本物の封印の壺はどこにある!!あの遊び人を電流の拷問にかけたが、在り処を知らなかった!!妙な仕込みをしていやがった!!」

怠惰「勇者も同様です……」




勇者「……ざまーみろ。見つかりやしないさ」

634 : 以下、名... - 2018/03/17 20:26:29.90 uzWLd5/40 578/829

強欲の都での決戦前日。

強欲は、都にいる上級の術士を全員集めた。

封印の壺と全く同じ見た目の壺を複製しており、たった1つの本物と偽物を混ぜてランダムに彼らに渡した。

彼らは、各々の思う場所へ飛び立ち、壺をひと目のつかないところに隠して、完全な結界を施した。

嫉妬に敗北した場合の対策であった。

もしも嫉妬に敗北した場合、壺を隠した上級術士達は都から逃げるように言い渡されていた。敵の拷問にかけられて、自分の隠した壺の在り処を吐かないようにするためである。

本物の封印の壺がどういうものであるかわからない以上、嫉妬の勇者が壺の場所を感知することはできない。

大罪の装備と違い、封印の壺は独特の魔力を放たないため、感知は極めて困難なのだ。

だが、安堵していられる時間は長くはない。

勇者「封印の壺はヒビが入っていた。大罪の装備の魔力に耐えきれずに、やがて割れてしまう。そしたら奴らに感知される可能性が極めて高まる」

勇者「その前に、なんとかしないと……」

そうはいっても。

懐かしの故郷で。

囚人服を着せられ、牢獄の中に閉じ込められている勇者にとって、状況は、絶望的であった。

635 : 以下、名... - 2018/03/17 20:29:55.51 uzWLd5/40 579/829

勇者「ううううぐぁああああああああああ!!!!」

勇者は檻に捨て身でとっしんした!!

檻に1のダメージを与えた。

勇者「ぐぅえええっ!!!??」

勇者「いってぇええええええ!!!!!!」

勇者は大きなダメージを負った。

勇者「うぁああああああああ!!!!」

勇者は檻に捨て身でとっしんした!!

檻に1のダメージを与えた。

勇者「うぐぁ……」

「さっきからうるさいなぁ。やめるか、そのまま死ぬかどっちかにしてくれよ」

隣の牢獄からの苦情には耳を傾けず、勇者は檻を睨みつけた。

636 : 以下、名... - 2018/03/17 20:47:09.75 uzWLd5/40 580/829

怠惰の監獄と呼ばれるようになった勇者の故郷は、特殊な事情で捕まった者達が投獄されている。

盗みや殺しなどの罪を犯したものではなく、王族、貴族、研究者、政治犯など、人質や重要な情報を知る人物が投獄されている。

屈強な戦士や、上級術士等もいるが。

「諦めなよ。ここから脱出できた人は未だ一人もいないって話だよ」

勇者「…………」

「檻自体が特殊な素材で出来てるんだ。物理攻撃が効かないのはもちろん、呪文も全て反射されてしまう」

「なによりも、この地には呪いがかけられているんだ。向かいの囚人達を見てご覧よ」

勇者は反対側の牢獄を見た。

ぐったりとうなだれている、白髪の男性がいた。

「あれでも名のある賢者だったんだ。嫉妬の勇者からの協力の要請を断ったらしい。かつての英雄達も、ここに来たら廃人さ」

「僕たちももうじきああなるさ」

この地に連れてこられてから、身体に気怠さが重くのしかかっているのを感じていた。

勇者は気づいた。

怠惰の勇者が支配するこの地は、怠惰の装備によって無気力化されているのだと。

脱出を試みようと檻にダメージの蓄積を続けていた者も、一週間も経てば無気力になり、動かなくなってしまうのだった。

「楽観的に考えようよ。僕らは働かなくて済むんだ。かつてのここの住人は、嫉妬の王国の奴隷にされてるって話だよ。それに比べたら……」

勇者「えっ……」

勇者が息を飲んだ時に、足音が近づいてきた。

637 : 以下、名... - 2018/03/17 21:06:54.92 uzWLd5/40 581/829

怠惰「仲良くおしゃべりだなんて。もうあの遊び人のことは見捨てたのかしら」

勇者「怠惰……」

怠惰「勇者。故郷に帰ってきた感想はどうかしら?」

勇者「どういうことだよ!!どうして嫉妬の勇者の仲間になってるんだ!!それに、故郷のみんなが奴隷になってるって……」

怠惰「最後の最後に事情を知ってあれこれ言うなんて。まるで、魔王討伐前までは冷たい対応だったのに、魔王討伐後に勇者を英雄扱いする国民みたいね」

怠惰は呪文を唱えながら檻に触れると、鍵が開いた。

怠惰「さあ、これで逃げられるわよ」

勇者「えっ」

怠惰「あの時、私達を見捨てた時みたいにね」

怠惰は勇者を蹴り飛ばした。

638 : 以下、名... - 2018/03/17 21:08:32.60 uzWLd5/40 582/829

勇者「がぁっ……」

怠惰「よくも、ぬくぬくと生き延びていてくれたわね」

怠惰は勇者を殴りつけた。

怠惰「過去を全部捨てて、やり直そうとでもしたわけ?」

怠惰は勇者を殴りつけた。

怠惰「失われた者達は、決して戻らないというのに」

怠惰は勇者を殴りつけた。

怠惰「今を救って、過去を塗りつぶそうとするんじゃないわよ」

勇者「ごぼっ…………」




勇者は視界がぼやけていった。

薄れゆく意識の中。

このまま自分は、死すべき人間なのかもしれないと、思ってしまったのだった。

641 : 以下、名... - 2018/03/21 15:02:12.84 sWHyAgRB0 583/829

【怠惰の勇者の思い出】

怠惰「どんまいどんまい」

剣士「そう肩を落とすなって」

勇者「そう言われても……。俺も2人のいる選抜クラスに入りたかったよ」

剣士「気持ちはわかるが、勇者だってろくに鍛錬してなかったじゃないか」

怠惰「ちょっと剣士!!試験前に勇者はちゃんと体力づくりしてたって!!勉強が足りなかっただけよ!!」

勇者「あの、全然フォローになってないんだけど……」

剣士「いずれにせよ幼馴染は幼馴染だ。年齢は違えどな。これからも休日には遊び相手になってやるさ」

勇者「べつにいいし…」

怠惰「拗ねちゃって。やっぱり年下のお子様はかわいいなぁ」

勇者「まーたそうやって!!」

642 : 以下、名... - 2018/03/21 15:08:47.10 sWHyAgRB0 584/829

~数年後 試練の谷~

鳥の魔物は羽根の中に魔力の渦を溜め始めた。

大気が震えた。

怠惰「『フルゴラ!!』」

怠惰が呪文を唱えると、空から雷撃が降り注いだ。

しかし、虹色の鳥獣はびくともしていないようだった。

怠惰「何度やっても電撃が効かないわ……。何よ、こんな化物出るなんて、試験官は一言も説明してなかったのに……」

剣士「珍種が谷に迷い込んだんだ。俺がひきつけている間に、怠惰は勇者を連れて逃げろ!!」

剣士は気絶寸前で呻いている勇者を見て言った。

怠惰は勇者を背負った。

勇者「ぐぼ……」

勇者の口から出た血が怠惰の肩についた。

怠惰「本当に、剣士だけを置いていくなんて……」

剣士「はやくしろ!!!」

鳥の魔物は羽根を広げた。

溜め込んだ風の魔力が、剣士に向かって飛び出した。

怠惰「剣士!!!!」



怠惰が叫んだ時。

空から青白い光が注いだ。

青白い光は気絶している勇者と怠惰を包み込んだ。

怠惰「な、なによこれは!!」

鳥の魔物が放った風の呪文は、剣士の身体を貫いた。

その瞬間、棺桶が出現し、剣士の身体を保管した。

643 : 以下、名... - 2018/03/21 15:12:24.78 sWHyAgRB0 585/829

教会で3人は目覚めた。

夜になると、怠惰は一人で長老の屋敷に赴いた。

長老の言葉に怠惰は驚いた。

怠惰「間違えた?」

長老「そうとしか考えられん」

長老「精霊はお主に取り付くはずじゃった。幼き頃から雷の呪文を操りし、勇者の資質を持って生まれた者。その者の強い心の動きに呼応して精霊は現れた」

長老「ただしその時に背中に勇者を背負っていた。精霊は誤ってあやつに取り付いてしまったのじゃろう。ろくに鍛錬もせず、呪文も使えぬあいつに、勇者の資質があるとは思えん」

怠惰「だったら、もう私に精霊の加護が取り付くことは……」

長老「ないじゃろう。お主は精霊の加護のない勇者となり、あやつは勇者でないのに精霊の加護を持つ者となったのじゃ」

長老「急遽だが、旅立ちの時は来た。本来であれば、お主と、剣士と、優秀な術士をつけて冒険させる予定じゃったが」

長老「勇者を連れて行け。戦闘の役には立てずとも、精霊の加護はあるだけで役立つ」

長老「なんせ、殺されても死なないからの」

644 : 以下、名... - 2018/03/21 15:15:52.99 sWHyAgRB0 586/829

~旅の途中~

今日も帰り道は険悪ムードだった。

剣士「お前がそんなんだから、せっかく仲間になってくれたあの魔法使いも見切りをつけて出ていったんだ!!」

勇者「そんなこと言われたって……」

剣士「なんで戦おうとしないんだ!!」

勇者「できることはやってるよ!!俺の実力なんて最初から百も承知だったじはずじゃないか」

剣士「お前があの時!!」

怠惰「もううるさいよ……。宿に戻って休もう。クエストは無事完了したんだから」


お金だけはたくさんあった。

剣士も怠惰も戦闘能力にはかなり秀でており、キメラ狩りなどの上級クエストもクリアすることができた。

しかし、いつしか、良質の宿屋に泊まるときも、3人分の個室を取ることが増えていった。



勇者「くそ!!馬鹿が!!」

勇者「どうして俺が冒険なんかでなくちゃいけねーんだよ!!」

勇者「もう起きたくない。一生寝てたい。何も背負いたくない。何も考えたくない」

勇者「できねーよ。もう逃げさせてくれよ。努力したくねーよ」

645 : 以下、名... - 2018/03/21 15:16:56.77 sWHyAgRB0 587/829

勇者こそ、最初は喜んでいた。

親しく、憧れの幼馴染の2人と、一緒に冒険ができると。

しかし、2人には才能があったし。

今まで積み重ねてきたものの差もあまりにも多すぎた。

勇者「努力が足りないっていうけど。才能があったら、俺だって努力していたさ」

勇者「センスがないんだよ。自分でもわかるんだ」

勇者「剣術の訓練なんてそう。パターンの記憶しかできない。これからどんなに頑張っても、100万通りある戦い方の、千通りの戦い方を暗記して終わってしまうだけだ」

勇者「剣士なんて身体の中に無限の戦い方の記憶が埋め込まれてるみたいだ」

勇者「呪文だって怠惰みたいに使いこなせない。呪文書に向き合っても、理論をまるで理解できない。感覚で唱えられる天才型でも決して無い」

勇者「はあ、嫌だな。寝たくないな。明日起きたくないな」

勇者「幼馴染とか、性格がどうとか関係ない」

勇者「人間関係って、実力で決まってしまうんだ」

勇者「レベルがあがったら遊び人にでも転職しようかな。そしたら戦えなくても許してくれるかな」

勇者「それとも、俺が、冗談言ったり、変な踊りを踊っても、あの2人は白い目で見てくるだけかな」

勇者「昔みたいに、もう笑い合ったりできないのかな」

646 : 以下、名... - 2018/03/21 15:19:23.40 sWHyAgRB0 588/829

~幻の巣~

剣士「また、あの時と同じか……」

町を壊滅に陥れた魔物の討伐に来ていた。

それは、巨大な虹色の鳥の魔物だった。

剣士「成長しているのは人間だけではないってことか」

怠惰「剣士、無謀な攻撃はしないでよ。頂上まで着くのにこれだけの日を要したのよ。ここではあいつの魔力で移動の翼が効力を失うんだから。これで教会に転送されたら、こいつはまた卵を持って他のエリアへ……」

剣士「わかってる」

剣士「勇者、俺と怠惰がやつを引き付ける。その間にお前はたまごを奪うんだ」

勇者「…………」

剣士「どうした、できないのか?」

勇者「……やるよ」

647 : 以下、名... - 2018/03/21 15:32:15.42 sWHyAgRB0 589/829

剣士と怠惰が魔物の注意をひきつけている間。

魔物の巣に勇者は駆け寄った。

勇者「これが……大賢者の言ってた……」

虹色の小さなたまごを掴んだ。



勇者が駆け戻ってこようとしたとき、鳥の魔物は振り返った。

そして、たまごを抱える勇者を見て、雄叫びをあげた。

剣士「まずい、気づかれた!!」

魔物は毛を逆立て、勇者に向かって駆けてきた。

怠惰「勇者!!はやく自殺してよ!!たまごの所有権は今私達にあるわ!!」

勇者「い、いきなり言われても困るよ!!」

両腕でたまごを抱えながら、勇者はパニックに陥った。

魔物が足を伸ばし、勇者の首を引き裂こうとした。

勇者「うわぁ!!」

勇者は身体をのけぞらし、思わず手を顔の前に出した。



勇者の腕は引き裂かれた。

勇者の両手から大量の血が溢れ出した。

卵は地面に落下し、割れてしまった。

怠惰「卵が!!!」

勇者「……うぐぁあああ!!!」

勇者「いだい!!!いだい!!!!か、回復!!はやく!!!」

怠惰はショックのあまり呆然としていた。

魔物さえ、割れた卵を見つめながら、動きを止めてしまった。

648 : 以下、名... - 2018/03/21 15:36:48.94 sWHyAgRB0 590/829

剣士「おい、この無能」

剣士は痛みに呻いてる勇者の胸ぐらを掴んだ。

剣士「これで、1つの町の命が無駄になったぞ」

剣士「お前には精霊の加護しかないのか。お前自身の価値はどこにあるんだ。お前は何のために生きてるんだ」

剣士「どうして俺達と一緒にいられる。平気で歩いてこれたんだ。飯を食って、寝てこれたもんだ。俺らがどんな思いを抱えてきたかなんて、お前は一生知ることはないんだろう」

剣士「お前なんか、仲間にするんじゃなかった」



剣士は怒りにまかせて言葉を吐くと、割れた卵を見つめたままの魔物の背後に忍び寄っていった。

勇者は霞んだ景色を、ただ不思議な気持ちで見ていた。

迷惑をかけないように、行動してこなかったことで今まで怒鳴られていたのに。

いざ、役に立ちたいと思って動いてみたら、また失望された。

両手から血を流しても心配などされないくらいに、自分はこのパーティで無価値な存在となってしまった。

勇者「…………」

憎しみがわいた。

幼い頃より誰よりも早く起きて剣術の訓練をしていた剣士。

幼い頃より誰よりも遅くまで呪文集を読み込んでいた怠惰。

そして、今ある時間を過ごしたいように過ごしてきた勇者。

自業自得の報いを受けただけに過ぎないのに。

勇者は、世界に、2人に憎しみを抱えた。

勇者「……滅べ。滅んでしまえ」

勇者「自分を認めてくれない、こんな世界……」

勇者「魔王に滅ぼされてしまえ……」

勇者はつぶやいた。

649 : 以下、名... - 2018/03/21 15:45:30.40 sWHyAgRB0 591/829

魔物は身体を起こすと、目を閉じた。

虹色の羽毛が真っ赤に色を変えた。

魔物は振り返り、剣士に向かって羽根を向けた。

剣士「まずい……」

剣士が防御の姿勢を取るよりも早く、飛び出した羽根が剣士の身体に刺さった。

バサバサと音を立てながら、無数の羽根が剣士の全身に刺さっていく。

身体中からどばどばと血が溢れ出した。

剣士「……ガ……ゴ……ギギ……」

目をまわしながら剣士は崩れ落ちた。



異変は明らかだった。

怠惰「……どういうことよ」

怠惰「ねえ、なによ。どうして棺桶が出現しないのよ!!」

怠惰「精霊の加護を防ぐ通常攻撃なんて理論上ありえないわ!!どういうことなのよ!!」

怠惰「……まさか」

怠惰は、勇者を見た。

勇者はもがれた両手を突き出し、朦朧としながらうすら笑いを浮かべていた。

怠惰「あんた……まさか!!」

怠惰「パーティを解除したのね!!」

650 : 以下、名... - 2018/03/21 15:46:38.16 sWHyAgRB0 592/829

バサバサという音が再び響き、怠惰は鳥の魔物を振り返った。

羽根の色は虹色に戻っていたものの、魔力を蓄え、次の攻撃準備にうつろうとしていた。

怠惰「こ、ころされる……」

怠惰「し、しぬ……」

怠惰の全身に汗が吹き出た。

足が震えてまともに立てなくなった。

怠惰「う、うそでしょ……し、しにたくない……」

怠惰「勇者、ちょっと、冗談でしょ……」

怠惰は震えながら勇者に近づいた。

両手から血を流していた勇者は、出血多量で死亡した。

棺桶が即座に勇者を保管し、精霊が出現し、教会へと転送した。

塔の頂上には、剣士の死体と、伝説級の鳥の魔物と、怠惰だけが残された。

怠惰「……はは、見捨てられた。し、死ねってことなのね……」

怠惰「やだ……。死にたくない……」

怠惰「だ、誰か助けて……」



怠惰が恐怖で震えていると、鳥の魔物は気が変わったのか、魔力を溜めるのをやめた。

そして、剣士の亡骸に近づいた。

くちばしを伸ばし、死体を貪りはじめた。

液体の飛び散る音が響いた。

怠惰はよろけ、転びながら、今まできた道を急いで引き返していった。

653 : 以下、名... - 2018/03/24 08:10:25.70 TCmnjeZu0 593/829

~翌日~

「おーい、生きてるぅ?」

勇者「……うぐ……」

「ここからじゃ見えないけど、ひっどい音が聞こえてきたよ。なんか、昔仲間を見捨てて逃げたそうじゃないか。殺されないだけましだよ。毎日拷問攻めにされたっておかしくない」

勇者「……俺を殺せない理由があるんだと思う。あいつらの求めてるものについて、俺が何か知ってるかもしれないと思ってるんだ」

「でも、もう拷問にかけられたんだろ?吐かずに耐えたっていうのかい?」

勇者「俺自身でさえ大した情報ではないと思っていることが、奴らにとっては大きな価値を持つことがある。電撃流しの拷問はそういう繊細な情報の引き出しには不向きなんだ」

「ふーん」

勇者「それより、この数日間で俺以外に投獄されたやつを知らないか。職業は遊び人で、女の子なんだけど」

「私のこと?」

勇者「……そういう冗談はいい。とにかく、何か知ってることがあったら何でも教えてくれ」

「今夜のご飯は肉が出るよ。楽しみでしょ」

勇者「そういう冗談は良い」

「自分では大したことないって思ってることでも、誰かにとっては大事な情報かもしれないってさっき自分で言ってたじゃん」

勇者「俺が言いたいのは」

「カリカリしないでよ。ここは怠惰の監獄だよ?焦ってどうするのさ」

勇者「その焦りも消えてしまったらどうするんだよ」

「その時は今の意識さえ消えてしまってるんだ。怠惰に生きていけばいい」

勇者「ふざけた理屈だ。そんなの、死んだらどうせ無になるから、死んでも構わないって言ってるようなものじゃんか」

「死んでもかまわないけどなぁ」

勇者「口だけだ。いざ死に直面したら」

「うぐっ!!!!」

勇者「な、なんだよ」

「うぐっ……おぇええ……」

勇者「布の音……衣類を首に巻き付けてるのか!?」

「……こ……に……」

勇者「お、おい!!誰か!!誰か!!」

「こんやは……おにく……」

勇者「…………」

「本当に死ねばいいって思った?嫌だよ、生きたいから生きてるんだもの。死にたくないから生きてるなんて言ってる奴らはみんな嘘つきさ。おやすみ」


654 : 以下、名... - 2018/03/24 08:11:56.02 TCmnjeZu0 594/829

~翌日~

ガン!ガン!

「……うるさいなぁ。また檻を破ろうとしてるの?」

勇者「……救いにいかなくちゃいけない人がいるんだ」

「遊び人の女の子を探してるって言ってたね。恋人なの?」

勇者「そんなんじゃない」

「それじゃあ片想い?」

勇者「…………」

「あっ、ちょっとイラッとしてる」

勇者「パーティメンバーだよ。もう、今は違うかもしれないけど……」

「なにそれ」

勇者「俺の中に宿っている精霊を破壊されたんだ。パーティメンバーは精霊の力を授かったものが、仲間として認識することで結成される。その精霊がいなくなってしまえば、もう効力は無いんだ」

「えっ、職業勇者だったの!?」

勇者「違う。精霊が宿っただけの無能だよ。だからここに閉じ込められてる」

「本当の職業は何なの?」

勇者「無職だと思う。でも、案内人に向いてるって言われたことはある」

「なにそれ、面白いんだけど。珍しいじゃん」

勇者「ありがとよ。ところで、あんたとおしゃべりしている暇はないんだ」

「いくら体当りしても無駄だよ」

勇者「今の俺は身体能力を強化されているんだ。その代わり寿命を消費しやすい体質になっているけど。1ヶ月もきれたら効果が消えてしまうらしい。まあ、あんたには何のことだかさっぱりだろうけど……」

「人そのものに枕詞をつけたんだね。『大罪の』って。怖いことする人もいるもんだよね。大罪の一族でさえその枕詞は中々つけないものなんだよ。超優秀な賢者ならともかく」

勇者「大罪の一族を知ってるのか!?」

「…………」

勇者「知ってるんだな?」

「…………」

勇者「えっ?なんでいきなり黙った?」

「些細な情報に驚くと相手は喜んでもっと大きな情報を教えてくれる。大きな情報に興味がそそられないふりをすると相手はムキになってもっと細かい情報を教えてくれる」

勇者「……ふ、ふーん。大罪の一族か、どうでもよさそうな話だな」

「じゃあ話さなーい」

勇者「絶対言うと思った!!」

「絶対言うと思ったって絶対言うと思ってたからもう話さない」

勇者「絶対言うと思ったって絶対言うと思ってたからもう話さないって絶対言うと思っ」

「絶対言うと思ったって絶対」

655 : 以下、名... - 2018/03/24 08:12:45.14 TCmnjeZu0 595/829

~翌日~

勇者「いいこと考えた」

「どうぞ」

勇者「死んだふりをすればいい。そしたら死体だと思って引きずり出してくれる。食事が来たときにでも試そう」

「今まで誰も試みなかったと思う?」

勇者「どうなったんだ?」

「死体には魔弾が撃ち込まれるんだ。死んだふりをしている生者じゃないか確かめるために。ここの食事は魔力を奪う素材が使われているから、防御呪文も唱えることはできないよ」

勇者「抜かり無いな」

「そういえば体当たりばかりで、呪文を使おうとはしなかったね。普通みんな呪文から試そうとするもんだよ」

勇者「ろくに使えないんだよ。精霊の信頼が一般人よりも全然無いんだ」

「精霊の加護がついてたのに?変なの」

勇者「あんたはどんなのが使えるんだ」

「ドラゴンになる呪文とか」

勇者「えっ!?」

「使えたら楽しいだろうなあって妄想する呪文」

勇者「はいはい」

「想像は魔法だよ。実際に目の前に現れるか現れないかの違いだけだ」

勇者「かなり大きく違うと思うんだけど」

「こんな独房の中で発狂せずにいるのに必要なのは、頭の中の世界をひろげることだよ」

勇者「あんたはいつからここにいるんだ」

「いつからだと思う?」

勇者「俺と同じくらいからじゃないのか?」

「そういうことを想像するだけでもいい訓練になると思わない?」

勇者「何の訓練だよ。妄想か?」

「呪文の訓練だよ」

勇者「えっ?」

「頭の中に強く思ったものだけが、目の前に現れるんだよ。だから、現実を大切にしたければしたいほど、想像することをやめちゃ駄目だ」

勇者「そっか……。たしかに、そうかも。俺も自分の願いを浮かべて……」

「肉肉肉肉肉」

勇者「せっかくいい話だったのに」

その夜の食事は質素なスープだった。

656 : 以下、名... - 2018/03/24 08:14:01.10 TCmnjeZu0 596/829

~翌日~

「貴族が貴族である所以は、努力をしなくていい人間であるからだよ。つまり、働かないっていうのは偉いってことなんだ」

勇者「遊び人が聞いたら泣いて喜びそうな言葉だな」

「奴隷が何を強いられているかといえば、労働の二文字に尽きるよ。奴隷が反乱を起こしたのは、命を賭けてでも、働くことを辞めようとしたからだよ。それこそ、命がけの労働から逃げるためにも」

勇者「嫉妬の勇者は元奴隷だって言ってた」

「同情するかい?」

勇者「俺の育ったこの地域は、奴隷制度なんてものとは無縁だったから。正直、あんまり想像できないよ。それに労働はまた別問題だろ。今の時代王様だって忙しそうに働いているさ。職業あるものみな労働者さ」

「だとしたら職業無きあんたは最も偉大な存在だ」

勇者「はいはい」

「誰だって労働なんてしたくないのさ。労働せずに色々なものを手に入れられるならそれがいいに決まってる」

勇者「俺も努力は嫌いだった」

「努力と労働はまた別だよ。最低限を求めるのが労働で、最大限を求めるのが努力なんだから」

勇者「正反対だな」

「働いてる人々がみんな最大限の幸福を追求しているように見えるかと尋ねられたら、そんなことはなさそうに見えるだろう?頑張って何かを入れることより、頑張らないことの方が楽なんだもの」

勇者「頑張らない方が楽なのは当たり前だろう?」

「好きな人と結婚して、子供を産んで、幸せな家庭を持つ可能性をあげるくらいなら、訓練もせずに怠けていた方がましだ、ってことの何が当たり前なのさ。ありふれた怠惰というのは、実に非常識なことなんだよ」

勇者「なんで俺は頑張れなかったんだろう」

「人が今までやってきたことを繰り返すのは、生き残る確率が高いからに違いないからじゃないかな。昨日と同じ道を通れば、新たな危険に遭遇せずに済むからね。変化に適応できない生物から死ぬというのに、皮肉な話だよ」

勇者「平穏に生き伸びることだけを考えて怠惰に過ごしていたら死にたくなる人生を送ってしまったわけか」

「人生皮肉だらけだね」

657 : 以下、名... - 2018/03/24 08:26:10.11 TCmnjeZu0 597/829

~翌日~

「精霊が失われたとわかった時どんな気持ちだった?」

勇者「自分が失われたような感触だった」

「それは精霊への愛情?」

勇者「違う。精霊の加護がなくなったことによって、自分の唯一の取り柄がなくなってしまったという絶望」

勇者「それは、今まで隣にいてくれた人が、離れていくかもしれないという恐怖でもあった」

「離れると思う?あんたの大事な遊び人さんとやらは」

勇者「……あの子は多分、そういう子じゃない。俺と冒険を始める理由に精霊の存在はあったかもしれないけど。精霊がいなくなったからって、人を見捨てるような子じゃない」

「だとしたら、離れていくのは君自身からだね。精霊のいいない素の自分に失望されるのが怖くて、距離を置かれる前に距離を置こうとする未来が見えるよ」

勇者「…………」

「だから今までの人生努力していた方がよかったのに」

勇者「みんなが口にするセリフだろそれ」

「才能によって人望を得た人は『自分から才能が失われたら何も残らない』という負の側面に目を向ける。努力によって人望を得た人はそうは思わない。才能は手に入れる過程がなかったから一瞬で失うことを想像しやすいけど、努力は積み上げた過程があるだけ失った自分を想像しにくい」

「努力によって培ったものを失った自分なんて、所詮過去の自分に過ぎないからね」

勇者「あんたは今までの人生努力してきたのか」

「もちろんさ。毎日寝てても飯が運ばれてくる生活を追い求めてきたさ」

勇者「夢がかなったというわけか」

「肉肉肉肉肉」

勇者「今夜叶うといいな」

658 : 以下、名... - 2018/03/24 08:59:06.96 TCmnjeZu0 598/829

~翌日~

勇者「…………」

「…………」

勇者「…………」

「……何考えてたの?」

勇者「何も」

「嘘ばっかり。真面目なこと考えてたんでしょ」

勇者「精霊って何なんだろって考えてた」

「ふーん。で、何だったの?」

勇者「信頼そのものだった」

「信頼?」

勇者「人間の信頼を具現化したものだった。って、精霊を目視したことはないけどさ」

勇者「精霊が人を信頼するんじゃなくて、人に宿る信頼度こそが精霊の力足り得るんだって」

「よくわかんないな」

勇者「実力の高い人は精霊の力をより借りられるようになって、呪文の威力が増すだろ。最たるものが無口詠唱だ。そして、無口詠唱を唱えられる代表的な存在が魔王だった」

勇者「でも、精霊は魔王に宿ったことはかつて一度もない。精霊が力を貸すのはいつも人間だった」

「それは世界の力の均衡を保つためじゃないの?」

勇者「遊び人から聞いたことがある。精霊は、精霊を守ってくれる唯一の存在が人間であると信じていたと」

勇者「俺は、俺に奇跡的に宿りついてくれた精霊を、守ってあげられなかった。精霊は最初から俺に失望していたし、最後の瞬間まで思った通りの出来損ないだった」

勇者「一度でいいからさ。信頼されてみたかった。信頼されるような自分になるべきだった」

勇者「変わりたくても、変われなかった」

勇者「多くの人間は、努力する人間が好きだ。それは多くの人間が、変わりたくても変われないからだよ」

勇者「頑張っても変われないんじゃなくて。変わりたいのに頑張れない」

勇者「頑張ったら、変われるというのに……」

「……一度でも頑張ったことあるの?」

勇者「最近、少し頑張ってた。でも、間に合わなかった」

勇者「三つ子の魂は百までっていう通り、俺の性根が腐っていることはきっと死ぬまで変わらない」

勇者「けれど。後悔の日々の積み重ねの先に、自分の中に新しい魂が宿ることもあると思うんだ。ひねくれていた頃の自分では決して信じられないようなほどの、希望や善意に満ちた自分がさ」

勇者「戦わなくていいと言ってくれた人のために、戦おうって思ったんだ」

勇者「俺だけじゃない。今まで散っていった数多くの勇者の願いはきっと一緒だったに違いない」

勇者「好きな人が、遊んでいられる世界をつくろう」

「…………」

勇者「遊び人という職業を生むために、賢者という強き職業が存在しているのかもしれない」

659 : 以下、名... - 2018/03/24 09:51:08.54 TCmnjeZu0 599/829

~翌日 深夜~

コンコン

勇者「なに?」

「あっ、起きてた」

勇者「眠れないからな。あんたと同じだ」

「へへっ。あのさ、暇だから昔の話でもまたしてよ」

勇者「どんな?」

「将来の夢とか」

勇者「冒険譚を自分で書くのが夢だった」

「へー!意外」

勇者「俺も世界各地の異変を自分の目で見て。冒険譚を自分で書いて。故郷のやつらから尊敬の眼差しを集めようなんて妄想して」

勇者「認められること、見られることばかり考えて、誰のことも見てあげようとはしなかった。そのせいで、今や監獄となった故郷で、こうして閉じ込められることになった」

勇者「悔いだらけだな。自分には才能もないって努力もしないで。故郷のやつらが今の俺を見たらどうおもうかな。駄目なままだって思うかな」

勇者「こんなところに閉じ込められたら、怠惰の呪いがなくても過去を思い出して廃人になりそうだよ」

「…………」

「今まで馬鹿なことしちゃったね」

勇者「本当だよ」

「まして、才能なんてものに縋ろうとするなんてさ」

「才能って、誰もができないことを自分だけはできることを言うでしょ」

「努力って、過去の自分ができなかったことを今の自分ができるようにすることを言うでしょ」

「努力しておけば、とにかく間違いは起きなかったのにね。他人よりいくらスピードが遅くてもさ。昨日の自分より今日の自分が遅いってことは絶対ありえないんだから」

「一歩も進まなくても他人により秀でるのが才能だとしたら、昨日の自分より一歩秀でることが努力なんじゃない?なんだか、そっちの方が幸せを感じて生きられそうじゃない?」

「だからさ」

「今から、また変わればいいじゃん」

勇者「でも、どうやって……」

「こうやって」





ガチャリ。





660 : 以下、名... - 2018/03/24 10:33:32.52 TCmnjeZu0 600/829

勇者「……えっ」

勇者が格子に手を触れると、扉箇所が開いた。

今夜は曇りなのか、月明かりも差しておらず、いつも話していた相手の顔をろくに判別できなかった。

勇者は驚きを抑えつつ、小声で尋ねた。

勇者「鍵を盗んだのか?」

「持ってた」

勇者「持ってた?」

「看守だから」

勇者「はっ?あれ、いつも食事を運んできた看守は……」

「役目が細かく分かれててさ。死んでるかもしれない人に魔弾を打ち込んで生存確認なんかをするのが僕の役目なんだ」

勇者「隣の部屋の囚人かと思ってた……」

「隣の部屋は今空き部屋だよ。労働者を強いられている奴隷という意味では、囚われていることに変わりはないんだけどね。みんなと違って故郷にいられるだけましかも」

「今まで騙しててごめんね。本音を聞きたかったんだ。もうちょっと聞きたかったけど、看守は一定期間ごとに交代されるんだ。怠惰の装備とやらの影響で看守自身が働かなくなってしまうからね」

看守は勇者の手を引くと、監獄の外へ連れ出した。

665 : >>661.5 - 2018/03/25 01:08:59.23 jymK58TD0 601/829

久しぶりに外の空気を吸い込んだ。暗闇で景色は見えなかったが、懐かしい匂いがした。

「これ、持って。役に立つもの詰め込んであるから」

看守は道具袋を渡した。

「ここから先はついて行けない。特定の奴隷を感知する魔法陣が敷いてあるって聞いたことがあるから。囚人はついていないから大丈夫だよ。監獄の中で廃人になるか、自殺してしまうかのどちらかしか普通ありえないから」

「勇者一人で行くんだ。僕はまたすぐに監獄に戻らないといけない。一定時間ごとに備え付けの魔法石に触れないと、労働をさぼっていると思われて他の監視人が来てしまうから」

勇者「待って。待ってくれよ。あんたは一体……」

「勇者と同じ劣等生の元学生だよ。クラスは別だったけど、君のことはよく聞いてた。落ちこぼれなのに旅に出ることになったのもね。嫉妬や冷やかしの対象として非難されることも多かったけど、僕にとっては羨望だった」

「僕もやがて旅に出た。強くなって、仲間も得て、色々な知識に触れた。でも、最後には挫折して故郷に逃げてきた。それは仕方のないことだった」

「僕は世界を救うどころか、一緒にいてくれた人達さえも救えなかった。そして思ったんだ」

「世界を救いたい人が世界を救うんじゃなくて、隣にいる人を守ろうとする人が、ついでに世界も救うんだと」

662 : 以下、名... - 2018/03/24 10:36:44.42 TCmnjeZu0 602/829

「勇者、無理しないでね。でも、頑張るんだよ」

「戦い続けなければいけない、なんてことはない。勝ち目のない相手と戦って、負けて死んじゃったらどうするの」

「逃げ続けてもいい、なんてことはない。守るべきものを守れなくて、生きがいを失っちゃったらどうするの」

「選択肢は2つあったんだ。戦い続けるか、逃げ続けるか、じゃなくて。今日は戦って、明日は逃げて、を繰り返してもよかったんだ」

「でも、とりあえず今は逃げなきゃだね。そして戦って、守りたい女の子を守りなよ」

「ついでに、故郷のみんなも救ってね」

暗闇の中、ほんのりと笑みが見えた。

「勇者、おかえり」

「そして、さよなら」

看守は手を振ると、元来た道を戻っていった。





涙がとまらなかった。

勇者「……なんだよ。なんだよそれ」

勇者「だって、こんなことしたら」

勇者「あんた、殺されるだろ……」

故郷を後にし。

勇者はにげだした。






変わろうとしているあなたの、目指している姿をこそ、あなたらしいと言ってあげるの。

怠惰の勇者達 ~fin~

667 : 以下、名... - 2018/03/27 00:12:37.13 e+epmtSx0 603/829

お姫様「なんであの女はこの国に来ないわけ?やることなんて山程あるってのに」

研究者「怠惰の監獄の地にいるんだ。あの装備を持ってこの王国に来られると衰退しかねないからな」

お姫様「ふん、いい気味よ。嫉妬様とはろくに会えないでしょうからね」

研究者「用がある時は嫉妬様が赴いている」

お姫様「はっ!?なによそれ!!」

研究者「嫉妬様の味方になった唯一の勇者だ。貴重な存在だ」

お姫様「ろくに働いてもいないくせに!!なのに嫉妬様の寵愛を受けてる……。他の勇者みたいに精霊の加護を剥がされてしまえばいいのに」

お姫様「ムカムカしてきた……腹いせに罵倒してくる」

バタン!


研究者「はぁー、これだからお嬢様は」

668 : 以下、名... - 2018/03/27 00:14:55.98 e+epmtSx0 604/829

お姫様「やっほー。無能な彼氏と引き剥がされた気分はどう?毎日寂しい思いしちゃってる?」

遊び人「…………」

お姫様「あんた、大罪の賢者の生き残りだったんだってね」

遊び人は目を閉じていた。

凄まじい魔力の気配とともに、遊び人は口を開いた。

遊び人「『渺茫たる海原に住まいし大蛇よ』」

お姫様「ひっ!!?」

遊び人「『その渇きを潤すため、汝の住処である水をすべて飲み干し……』」

遊び人「『ヒュ――――!!』」

遊び人は口笛を吹いた。

呪文は不発に終わった。

お姫様「……は、はは!そうよ!!あんた、全然唱えられないくらいに遊び人の職業の縛りが強いそうじゃない!!」

お姫様「あんたの閉じ込められているこの部屋は特殊な素材で出来ていて、物理も呪文も全て跳ね返すの。元々は研究者が特別な魔物を封じ込めるために創った部屋でさ。食事もお気づきの通り、魔力を奪う素材が入れられている」

お姫様「でも、関係ないのよね。寿命を消費して呪文を発動できるのだから。それにあなたの力なら、こんな部屋吹き飛ばせるに違いないんだもの。」

お姫様「その残り少ない寿命を使えなくてよかったじゃない。ここでモルモットとして、余生を愉しむことね」

遊び人「…………」

お姫様「ねえ、聞いてるの?」

遊び人「『かさ』」

遊び人が詠唱を終えると、一瞬植物の香りがした。

しかし、遊び人の頭の中は虹色に輝く星を触りたい衝動でいっぱいになった。

瞬く間に植物の気配は消えてしまった。

お姫様「……いつまでもやってなさい。絶望するまで」

お姫様「あなたが脱出したところで、あの勇者はあなたともう会いたくないでしょうけどね」

お姫様「精霊の加護があるから今まで同情心で付き添ってくれたかもしれないけど。命がけとなったら、他人のために命を投げ出そうなんて思うような奴には見えないわよ」

お姫様「そもそも、あの怠惰の監獄から抜け出すことはできないわ。どんなに腕力と知力があっても破壊できない檻がそなえられてあるんだもの。加えて怠惰の装備の呪い。きっともう廃人になってるわよ」

お姫様「二人とも監獄がお似合いだわ。一生もがいてなさい。オホホホホ!!」

お姫様は高笑いしながら去っていった。




遊び人「……そうね。監獄が私達にはお似合いね」

遊び人「世界に居場所のなかった私達」

遊び人「この旅のきっかけも、牢獄の中だったんだもの」

669 : 以下、名... - 2018/03/27 00:35:59.67 e+epmtSx0 605/829

【過去の章 『殺人勇者と泥棒遊者』】



遊び人「……許してくれませんか?ただ働きしますので」

村長「駄目じゃ!貴様は立派な大罪人じゃ」

遊び人「村の物だと知らなかったんです」

村長「畑から食料を盗んで何が知らなかったじゃ!!」

遊び人「一般常識に疎くて……」

村長「食い物どろぼうめ!!それにしてもぎょうさん食いよったわ!!人間の皮を被った魔物じゃないのか!!」

村長「まぁいい。おい、そこの日雇い。この女のことをちゃんと見張っておけよ」

「はい……えっと」





遊び人「あっ」

勇者「あっ」

670 : 以下、名... - 2018/03/27 00:37:33.19 e+epmtSx0 606/829

~1月ほど前 カジノ~

勇者「お、俺はさわってなんかいない!!信じてくれよ!!」

僧侶「絶対触ったわ!!どさくさに紛れて私のお尻揉んだのよ!!」

「最低……」

「テーブル周りに人が集まってたもんね……」

「冒険者の格好をしてるくせに、一人でカジノに来て怪しいわ」

勇者「ち、違うんだって……本当に……」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!!大人しく捕まるか大金でも差し出せや!!」

「そうよそうよ!!」

勇者「……なんだよそれ」

勇者はポケットに手を入れた。

小型の毒針を掴んだ。

自分の首に突き刺そうと考えた、その時だった。

遊び人「見てました!!!!」

671 : 以下、名... - 2018/03/27 00:38:25.17 e+epmtSx0 607/829

ザワザワ……

遊び人「私、この人のこと見てました!!触っていませんでした!!!」

「なんだって?」

遊び人「私、喉が乾いて、バニーガールさんに飲み物を貰おうとしてたんです」

遊び人「そしたら、さっきから何度も何度もバニーガールさんにしつこく話しかけている男がいて気になったんです」

遊び人「話の内容を聞くに、食事に誘っているようでした。でも結果は全滅。この人は、まったくつれないバニーガールさんに落ち込んでフラフラになっていました」

遊び人「このテーブルでダブルアップが続いて観客が押し寄せた時に、この人も波に飲まれていました。それでそこの僧侶さんのところに流されたんです」

遊び人「でも、手は自分の顔のところにありました。なぜなら、両手で涙を拭っていたからです」

遊び人「他に犯人はいるのかもしれませんが、その人は無実です!!」

672 : 以下、名... - 2018/03/27 00:39:48.68 e+epmtSx0 608/829

勇者「今日は……ありがとうございました……」

遊び人「いえいえ」

勇者「酒場でパーティメンバーを探そうと、片っ端から声をかけても誰も味方になってくれなくて……気分転換に普段行かないカジノなんかに来て。気持ちを切り替えてバニーガールさんに話しかけるも、気味悪そうに拒絶されて……」

勇者「僕の味方になってくれる人がまだこの世界に……」

遊び人「(さっきから全然人の目見ないなこの人)」

勇者「ほ、ほんとうに助かりました……」

遊び人「いえいえ。どういたしまして」

勇者「……あ、あの」

勇者「よ、よかったら……」

遊び人「はい?」

勇者「…………いえ」

勇者「ありがとうございました。お気をつけて……」

トボトボ……

673 : 以下、名... - 2018/03/27 00:56:04.94 e+epmtSx0 609/829

遊び人「うわぁ……悲壮感めっちゃ背中からにじみ出てるよ」

遊び人「大丈夫かなあの人。自殺とかしないかな」

遊び人「えーっと、こんな時外界の人になんて言葉をかければよいのか……」

遊び人はカジノの外に出た。

外はすっかり暗くなっていた。

少し離れたところをとぼとぼと歩く勇者の背中に向けて叫んだ



遊び人「あ、あの!」

勇者「…………」

遊び人「世界に女の子は星の数ほどいますから!!」

遊び人「4つ5つ星が消えたところで、夜空は明るいですから!!」

勇者「…………」

勇者「上、見上げてみ」

遊び人が夜空を見上げると、くもりがかっており、星は見えなかった。

月だけが輝くだけだった。

勇者「無数に輝く星が1つも振り向いてくれないのは、絶望ってもんさ」

勇者「星の数ほどいる女の子はこう思うさ。星の数ほどいる男から、どうしてこんな奴を選ばなくちゃいけないんだって」

勇者「ちなみに、さっきの、嘘だから。パーティメンバーを探してたって」

遊び人「……じゃあ一体」

勇者「俺と、心中してくれる相手を探していたんだよ」

勇者はポケットから毒針を取り出した。

遊び人「ちょっと!!駄目よ!!」

勇者「安心しろよ。一人で死ぬから。隣町にある教会まで歩くのがしんどいだけだ」

勇者は毒針を自分の首に突き刺した。

一瞬にして勇者の身体は消え去った。

遊び人「…………消えた」

遊び人「……わからないことだらけだけど」

遊び人「なんか、消えて清々した!!」

676 : 以下、名... - 2018/04/05 00:25:21.81 Z7HvKCQr0 610/829

~小さな村の牢屋にて~

勇者「なんで畑の食べ物なんて盗んだんだ」

遊び人「わたし、冒険に疎くて。地面に食料が実ってる地域にたどり着いたと思ったんです」

勇者「あるのかそんなこと。というか仲間はいないのか」

遊び人「……いません」

勇者「そうか。金はあるのか?金を出せば許して貰えるかもしれない」

遊び人「お金がないから食べ物に困ってたんですよ」

勇者「カジノに行くくらいに余裕あったんだろ」

遊び人「カジノに行ったからですよ」

勇者「…………」

勇者「生活費を全てギャンブルに注ぎ込んだのか?」

遊び人「恥ずかしながら……」

677 : 以下、名... - 2018/04/05 00:29:11.20 Z7HvKCQr0 611/829

遊び人「困りました……」

勇者「俺はこの前あんたの世話になったからな。なんとかして助けてやりたいが、いかんせん俺も金に困ってるんだ」

遊び人「今は何をされてるんですか?」

勇者「この村で短期間の労働だ」

遊び人「囚人の監視ですか?」

勇者「ちがうよ。家畜見張りだよ。ついでにあんたの見張りも頼まれてるだけだ」

遊び人「えっ」

勇者「餌やりの時間だから行ってくる。ほら、これはあんたの分だ」

遊び人「今や私は家畜同然ですか」

678 : 以下、名... - 2018/04/05 00:40:59.42 Z7HvKCQr0 612/829

ゴゴゴゴゴ……

勇者「うわわわ!!なんか凄い魔力の波動が!!」

勇者「あの女の牢屋から気配が!!」

タッタッタ…

勇者「何をしている!?」

遊び人「…………」

勇者「……どうして逆立ちしてるんだ」

遊び人「脱獄しようと思って……」

勇者「なるほど。それで逆立ちしたわけか」

遊び人「はい」

勇者「なんでだよ!!」

遊び人「なんか呪文を唱えようとすると遊んでしまうみたいで」

勇者「なんだそりゃ」

遊び人「地に足をつけて生きられない呪いなんです」

勇者「手はついてるけどな」

遊び人「脱獄には逆転の発想が必要ですから。逆立ちだけに」

勇者「…………」

遊び人「ところで、腕が限界なのでもう降りていいですか?」

勇者「好きにしてくれ」

679 : 以下、名... - 2018/04/05 00:47:39.67 Z7HvKCQr0 613/829

遊び人「あれ、教えてくださいよ」

勇者「なんだよ」

遊び人「私の前から一瞬で消えたじゃないですか。魔力の気配を一切出さずに。あんな特技が外界にはあるんだなって」

勇者「なんだよ外界って」

遊び人「あれができれば私もこの牢屋から脱獄できます」

勇者「やり方は簡単だ。毒針を自分の首に突き刺すだけだ」

遊び人「死にますよね?」

勇者「うん。死ぬ」

遊び人「でもあなたは生きている」

勇者「完全には死んでないからな」

遊び人「なんですかそれ。ゾンビみたいですね」

勇者「アンデット系男子」

遊び人「ちょっとかっこよく聞こえます」

680 : 以下、名... - 2018/04/05 00:57:36.00 Z7HvKCQr0 614/829

勇者「ギャンブル系女子に仲間はいないのか」

遊び人「その響きはかわいくないですね。ちなみに酒場に行って仲間の募集を探しに行ったりはしましたよ」

勇者「どうだった」

遊び人「お酒が苦手だということが判明しました」

勇者「それは残念だったな。ところで仲間の募集についてはどうだ」

遊び人「ろくに戦闘のできない遊び人を仲間にいれたがるのはろくでもない男ばかりに見えました」

勇者「そうだろうな」

遊び人「自分がろくにならないと見合った禄は与えられないというわけです」

勇者「一理ある」

遊び人「あなたはどうでした?行ったことあるんでしょ?」

勇者「ろくに戦闘をしようとしない勇者を仲間にいれたがらないのはまともな冒険者に見えました」

遊び人「えっ、ろくに戦闘をしようとしないんですか」

勇者「だって戦うのってしんどいから。ああでもないこうでもないと言い訳を並べて戦闘から逃げ続けてきた」

遊び人「世界平和は勇者ではなくあなたのような人が生み出すのかもしれませんね」

勇者「そうだな。勇者なんてろくでもない職業だ」

遊び人「でしたら遊び人はろくでもある職業ですね」

勇者「ああでもないしこうでもないけどろくではある職業」

681 : 以下、名... - 2018/04/05 01:07:24.85 Z7HvKCQr0 615/829

遊び人「そこで何をしてるんですか?」

勇者「鳥の数を数えてる。仕事のうちの1つだ」

遊び人「誰の役に立つんです?」

勇者「これをすることで俺にお金が手渡されて俺が助かる」

遊び人「もっといい人助けがあるんですが」

勇者「どんな」

遊び人「逃してくれませんか?」

勇者「俺の仕事がなくなっちまう」

遊び人「この前助けてあげたでしょ!!」

勇者「そんな悪く無いじゃん、この環境」

遊び人「この牢屋に入れられてもみてよ」

勇者「俺が立ってる場所もあんたが座ってる場所も大して変わりないだろ。むしろ俺は勤務中は立ちっぱなしだから疲れるんだ」

遊び人「いいところに気が付きました。そう、あなたは労働という檻の中に閉じ込められているのです。そこで1ついいことを教えてさしあげましょう。実はこの檻の内側だと思われている私の寝ている場所こそが世界で唯一の外であり、この檻の外側だと思われている世界全てが檻の中なのです。さあ、檻をあけてください。そして入れ替わりましょう。外の世界は目と鼻の先ですよ」

勇者「シラフなのに飛んだ発言をするのはやめてくれ」

遊び人「それを言うなら逆立ちもしていないのに逆転の発想はやめてくれ、でしょ。私お酒飲めないんですから」

勇者「ただの天然か」

遊び人「天然ってなんですか?」

勇者「そういうとこだよ」

682 : 以下、名... - 2018/04/05 01:20:57.50 Z7HvKCQr0 616/829

勇者「俺もあんたも金がないだろ。ここでなら飯は食える」

遊び人「家畜の餌食べさせられてるんですよ」

勇者「俺だって同じもん支給されてるぞ」

遊び人「えっ!?そうなんですか!?あははは!!」

遊び人「ごめんなさい、今ちょっと笑いそうになっちゃいました」

勇者「思いっきり笑ってたな」

遊び人「私をここに閉じ込めている理由は何なのでしょう。こんな小さな村だから、私以外に囚人もいないみたいです。もしかして、私自身も家畜とみなされていて、食べられるまでここで飼育される運命なのでしょうか……あわわわ……」

勇者「さあな。俺だってこの村に来たばかりでろくに情報を教えてもらっちゃいないんだ」

遊び人「あなたも最後には村人の餌にされてしまうかもしれませんよ?」

勇者「それは困る」

遊び人「一緒に逃げましょうよ。さぁ、ここの鍵をあけてみましょう。大丈夫、私がついているから。やらずに後悔するより、やって後悔するほうがいい」

勇者「励ます風にしたらやると思ったら大間違いだぞ」

遊び人「やって後悔するより、やらずに後悔するより、他人にやらせて後悔させる方が良い」

勇者「うわ、最低なこと言ったよ。うまいこと責任俺に背負わせて逃げ出すつもりだよ」

遊び人「家畜として、社畜の隣で生涯を終えるとは思いませんでした」

勇者「誰が社畜だ」

684 : 以下、名... - 2018/04/08 17:13:26.70 D6bjl4o10 617/829

ガヤガヤ…

勇者「なんだか外が騒がしいな」

遊び人「お祭りでもやるんでしょうか」

勇者「だとしたら何か生贄を捧げる儀式でもする可能性があるな」

遊び人「ちょっと!怖いこと言わないでください!」

勇者「ふわふわの綿毛に囲まれながら、甘いクリームをお口いっぱいに頬張るのだ」

遊び人「怖いことを言うなって言ったんです。かわいいことを言えなんて言ってません」



バタバタ…

村人「おーい、日雇い!村長さんがお呼びだで!!」

勇者「俺は日雇いじゃない!!期間契約の労働者だ!!」プルプル…

遊び人「怒ることではないでしょう」

村人「そこの女も連れて来いとのことだ」

遊び人「えっ……あの、許してくれるんですか?」

村人「詳しいことは村長さんに聞きな。早く行くべ」

勇者「そうだ。早く行くぞ、7番」

遊び人「……この男ぉ……」

685 : 以下、名... - 2018/04/08 17:20:36.68 D6bjl4o10 618/829

広場を通り過ぎると、一人の青年を村中の人が囲っていた。

勇者「あれは誰ですか?」

村人「吟遊詩人だ。昔この村から冒険に出て、今日ついに帰ってきたんだ」

遊び人「昔から有望な少年だったんですか?」

村人「罪人は口を慎むんだな」

遊び人「…………」

勇者「昔から有望な少年だったんですか?」

村人「そうだとも。呪文を使える者なんてほぼ皆無のこの村で、あの子だけは呪術を使用できたのさ。すっかり大きくなっちまって」

勇者「へえー、そうなんですね」

遊び人「(私の代わりに質問してくれた……気を遣ってくれたのかな)」

遊び人「あの、ありが……」

勇者「へっへーん!労働者の俺は罪人のあんたと違って、質問に答えて貰えるべさ!」ニヤニヤ

遊び人「…………」

686 : 以下、名... - 2018/04/08 18:09:03.97 D6bjl4o10 619/829

村人「連れて参りました」

村長「うむ。下がってよろしいい」

村人「はっ」

ガチャリ…

村長「……さて。いきなり本題に入ろうかの」

勇者「そうですね。私の賃金の支給に関して」

村長「この村では毎年、大蛇の魔物に生贄を捧げておる」

遊び人「えっ……」

村長「その表情、理解が早くて助かるわい」

村長「今年はあんたが生贄になるんじゃ。村娘からこれ以上犠牲者は出せん」

遊び人「はいわかりました、と素直に言えるわけないでしょう。にげだしますよ」

村長「あの道具を置いてか?」

村長は鉄製の箱の中に入れられている道具袋と壺を指さした。

村長「あんな材質の壺、触れたこともない。貴重なものなのじゃろう?壺の中は見えないくせに、手を入れても何も入っておらんかった。何か特殊な用途のものに違いない」

村長「そこでじゃ。生贄を要求する魔物を無事討伐できたら、持ち物ごとお主を無罪放免にしてやろう」

遊び人「私の職業は遊び人です。戦闘なんて出来ません。近くの王国から兵士でも要請すればいいでしょう」

村長「……ふぉっふぉ」

村長「近くにあった王国は既になくなったのじゃよ」

遊び人「大蛇に滅ぼされたのですか」

村長「より肥沃な土地を求めて国民ごと大移動しただけじゃ。あの王国があった頃は魔物も手を出してこんかった」

村長「王国という脅威が去ってから、魔物はこの村から生贄を要求してくるようになったのじゃ」

687 : 以下、名... - 2018/04/08 18:10:44.48 D6bjl4o10 620/829

遊び人「その生贄に私がなれというのですか」

遊び人「定期的に生贄を要求するような魔物なら、知能が高く、言語もある程度理解できるのでしょう」

遊び人「私は正直に、よその場所から来た冒険者だって伝えます。それでも魔物は認めてくれるのでしょうか」

村長「怒りをかってもいいんじゃよ。わしらも命がけじゃ」

遊び人「えっ?」

村長「ここの地域一帯に魔法を使えるようなものはろくにおらん。神から見捨てられたようなこの土地で、ほそぼそと生きることを望むだけの我らに、精霊は力を貸そうとはしてこなかった」

村長「しかし、ついに今日、一矢報いる可能性が帰ってきたのじゃ」

遊び人「さっきの吟遊詩人……」

勇者「一人の魔法使いに頼って、大蛇を倒そうというのですか?」

村長「そのとおりじゃ」

688 : 以下、名... - 2018/04/08 18:12:35.00 D6bjl4o10 621/829

遊び人「危険だわ!!近くに国がないのなら、強力な冒険者が来るのを待ったほうが……」

村長「こんな土地に強き冒険者など来ないわい。それに、他の国に強さを借りるという発想はもちろんしたわい」

村長「力だけでは勝てんのは百も承知じゃ。力と智をあわせてこそ強大な力となりうる」

勇者「智とは何のことですか?」

村長「村1番の賢き者を、税金でMBA取得のためよその都の留学に行かせたのだ。数年前のことじゃがな」

遊び人「えむびーえー?」

勇者「それで帰ってきたのがあの吟遊詩人?」

村長「いや、わしじゃ」

勇者「お前かよ!」

689 : 以下、名... - 2018/04/08 18:13:13.50 D6bjl4o10 622/829

村長「魔法こそてんで駄目じゃが、学識の方はお手の物じゃわい」

村長「特技としてSWOT分析を修得しておる」

遊び人「すうぉっとぶんせき?」

村長「たとえば、そこの雇い人」

勇者「はい」

村長「あんたを主軸に、大蛇と戦うことを想定した場合はこうなるじゃろう」

カキカキ…

勇者「どれどれ?」

・強み…弱みの数の多さ。

・弱み…身体弱そう。おつむ弱そう。根暗そう。貧乏そう。女子苦手そう。挙動不審。

・機会…この時期は花粉が少なく、花粉への炎症持ちでも大丈夫。

・脅威…わし

勇者「強みが強みじゃねーしなこれ!てか弱み多すぎだろ!!」

690 : 以下、名... - 2018/04/08 18:30:38.30 D6bjl4o10 623/829

~牢屋~

遊び人「説明を一通り聞いてまたここに逆戻りです……」

勇者「仕事の期間延びた!やったった!こんな楽な仕事今までなかったし!!」

遊び人「はぁー」

勇者「気を落とすなって。なんとかなるって」

遊び人「なんとかなるのはなんとかしようとしてきた人だけですよ」

勇者「堅いこと言うなよ」

遊び人「あの、お願いですからあれのやり方教えてくれませんか」

勇者「あれってなんだよ」

遊び人「私の前から消えた奴ですって」

勇者「……無理だよ」

遊び人「あんな転移の方法なんて見たことないです。呪力の気配もないし、特技でも聞いたこともないし」

遊び人「自殺の行動を取ったあとに蘇るなんて、まるで冒険譚に読んだような……」

遊び人「…………えっ。うそ」

遊び人「あなた、もしかして……」

勇者「もう消灯の時間だ。また明日な、7番」

遊び人「ちょっと!!!」

トコトコトコ…

691 : 以下、名... - 2018/04/08 19:04:58.36 D6bjl4o10 624/829

~翌日~

遊び人「あなた、勇者なんでしょう!!!」

勇者「…………」

勇者「朝の第一声で昨日のテンションを引きずって来るなよ。いい感じで途切れたのに」

遊び人「パーティを結成することで発生する精霊の加護。それによる教会への転移があの瞬間移動の正体だったのですね」

遊び人「お願いです!私を仲間にしてください!!」

勇者「精霊の加護目当てか?」

遊び人「……否定できません」

勇者「それとも、身体目当てか?」

遊び人「否定します。精霊の加護目当てです」

勇者「……やだよ」

遊び人「どうして!!」

遊び人「あなたにどんな信念があるか知りませんが。人の命がかかってるんですよ!!」

勇者「確かに俺を冤罪から救ってくれた恩人ではあるが……」

遊び人「大蛇を倒せなかったら、村娘が毎年攫われて……」

勇者「はっ?」

勇者「自分を牢屋に入れてる村の心配している場合かよ。あんたの生き死にがかかってるんだぜ」

遊び人「……たしかに、そうですね」

遊び人「では、助けてくれるんでしょうか」

勇者「わかったよ。パーティの結成も解除も簡単だ。俺があんたをパーティと認めて、あんたも俺をパーティと認めてくれれば結成できる」

勇者「おそらく俺が前回訪れた小さな町の教会で復活する。そこで復活して、それでパーティを解除して、俺もあんたも晴れて自由の身だ」

遊び人「……駄目です」

勇者「何がだよ。例の大切な壺か?諦めろって」

遊び人「それもありますが……村を裏切るなんて」

勇者「ちょ、ちょっと。お前それ本気で言ってんの?」

遊び人「私の里は滅んだんです。だから、この村が大蛇によって苦しめられているのを放っておくことなんて」

勇者「じゃあどうするんだよ。戦うのか?俺は嫌だぞ」

遊び人「勇者なのに戦わないのですか?」

勇者「勇者じゃねーよ。ふざけんな」

遊び人「な、何なんですかじゃあ」

勇者「俺は、人殺しだ」

勇者は家畜の餌やりに向かうと、その日は中々戻っては来なかった。

692 : 以下、名... - 2018/04/08 19:07:33.32 D6bjl4o10 625/829

~翌日~

遊び人「私は、寿命泥棒ですから」

勇者「朝からなんなんだよ」

遊び人「時間が無いんです。だから、本音で話し合わないといけないんです」

勇者「戦闘準備を整えているらしいな。あと数日で出発だとか」

遊び人「寿命ですよ」

勇者「寿命?」

遊び人「私の寿命には、限りがあるんです。それも、人よりとても短く」

遊び人「あなたが自分を殺人者だと言った一言には、きっと過去の深い意味が込められているのでしょう。それを掘り起こされたくなければ、私は掘り起こしません」

遊び人「私が寿命泥棒だと言った一言には、過去の深い意味が込められています。それを掘り起こしたくはありませんが、今あなたに伝えるべき内容だと確信しています」

勇者「俺の協力を得るためか?」

遊び人「はい」

勇者「俺があんたに同情して何でも協力してやると言ったら、どうするつもりなんだ?」

遊び人「魔物に大人しく食べられます」

勇者「それで?」

遊び人「死んだらすぐ教会に転移して逃げ出せます」

勇者「俺があらかじめ死んでいた場合は、口の中に入ったあんたが急に消えることになる。俺が生きていた場合は、口の中に入っていたあんたが棺桶にかわり、大蛇の口に広がることになる」

勇者「食べさせたと錯覚させることは困難だぞ。それに、生贄ってのが食べることを意味するのかわからないじゃんか。もっと残酷な趣味のことを意味してるかもしんないんだぞ」

遊び人「…………」

勇者「まあ後のことはお前の好きにすればいい。過去のことについて話したいならどうぞ話してくれ。一日中暇だからな」

遊び人「……感謝します」

693 : 以下、名... - 2018/04/08 19:09:09.98 D6bjl4o10 626/829




……

…………

………………



勇者「……なんだよ大罪の一族って。冒険譚に出てくるような話だったぞ。里が装備に吸い込まれたって。信じろっていうのかよ」

遊び人「信じなくてもいいから同情してください。この長い時間話したことが仮に全て嘘であったとしても、こんな嘘をつくくらいに追い詰められているんだと」

勇者「その7つの装備は人間の欲望を満たすことができ、さらに7つ集めれば吸い込まれた者達の寿命を吸収することができるんだったな?」

勇者「あんた、あと10年くらいしか生きられないんだろう?だったらさ、おばあちゃんになれるくらいまで寿命貰っちゃいなよ」

勇者「あんたに生きてほしいと思ってる人は、あの世にも、この世にも、たくさんいると思うぜ」

遊び人「……味方になってくれるんですか?」

勇者「割り切った関係でいいならな。あんたは精霊の加護を利用する。俺はあんたに一切手を貸さない」

遊び人「ありがとうございます!!!!」

694 : 以下、名... - 2018/04/08 19:15:02.26 D6bjl4o10 627/829

勇者「ギャンブルで生活費なくして、俺以下の存在に出会えたと見下せていたのにな」

遊び人「酷いこと言いますね」

勇者「それは俺が酷い奴だからだよ。俺は俺が最低だって知ってるから、他人のことを最低だと言っても許されるんだ」

遊び人「あなたが最低なら、他人の人は最低にはならないでしょう。最低とは言わない方が敵も増やしませんよ」

勇者「理屈っぽいやつだな。これだからエリートは」

遊び人「別にエリートなんかじゃ……」

勇者「学習しない人、成長しない人は、世界中から疎まれる」

勇者「駄目なままでは、ダメですか、と聞きたいよ」

勇者「毎朝起きた時、いつも憂鬱だった」

勇者「毎朝眠いのは、毎晩寝る前に、明日を迎えたくなくて、寝なくちゃいけないのに夜更かしをしてしまったからだ」

勇者「不器用で弱い俺にとって、冒険は自己嫌悪と劣等感を味わう日々の連続に過ぎ無かったよ」

695 : 以下、名... - 2018/04/08 19:16:39.06 D6bjl4o10 628/829

勇者「もしも明日世界が滅びるとしたら」

遊び人「えっ?」

勇者「よく周囲の大人から言い聞かされてた。嫌いだったなこの言葉」

勇者「どうする?明日しんじゃうって聞いたら」

遊び人「えーっと」

遊び人「移動の翼を体中につけて、どこまで飛べるか実験してみたいです」

勇者「純粋で良いな」

遊び人「あなたは?」

勇者「バニーガー」

勇者「植物でも眺めて過ごすかな」

遊び人「純粋で悪いこと言いかけましたね」

696 : 以下、名... - 2018/04/08 21:23:07.80 D6bjl4o10 629/829

勇者「ちょっと前はさ、1つの明確な答えがあったんだ」

遊び人「世界が滅ぶ前日に何をしたいんですか?」

勇者「世界が滅ぶことを願う」

勇者「笑えるだろ。実話だ。俺はさ、精霊の加護を授かって、仲間と一緒に魔王討伐の冒険に出ててさ」

勇者「それでもその旅があまりにもつらくてさ。自分を否定する毎日が続いて。いっそ世界が滅ぼされてしまえなんて願ってた」

勇者「俺は精霊の加護こそ与えられているが、勇者じゃないんだよ」

勇者「戦いなんて大っ嫌いだ。争うのがいやとかじゃなくて、戦闘センスがなさすぎる」

勇者「精霊の信頼もないから魔法も1つも使えない。というか、自分が何の職業かもわからないくらいに特徴がない」

勇者「だからさ。間違っても、俺のことは勇者様なんて呼ばないでくれ」

勇者「もうあの頃のように、期待されて、それを裏切る日々には戻りたくないんだ……」

697 : 以下、名... - 2018/04/08 21:25:00.34 D6bjl4o10 630/829

勇者「精霊の加護を目当てに、俺の仲間になりたいと言ってくれるやつはいたさ。結成しては、数日で解散して、みたいな日も実はあったんだ」

勇者「圧倒的な実力不足だった。他人より努力しても、剣術の腕は並に劣っていた」

勇者「呪文だってそう。世界が滅べと願う男に、精霊が信頼してくれるわけもない。頭を垂れてお願いしても何の呪文も使えず、命に数Gの価値しかない」

勇者「性格だってそう。魔王を倒そうという意識もない」

勇者「一番最初の仲間とは、冒険が進むに連れて段々険悪な雰囲気になった。『俺を棺桶に閉じ込めたままお前らで冒険してろ!!魔王を倒したら復活させてくれ!!』なんて言ったこともあった。殴られたけどな」

勇者「勇者でもないのに勇者の使命を与えられた。天職じゃなかったんだ。精霊の加護を与えられたばかりに無理やり故郷を追い出されて冒険に出された」

勇者「そんな俺と旅してると、強い志のもと冒険している仲間じゃ、ぎくしゃくしちまうよな。巨大な魔物を倒してるのをだまって後ろで見てるだけ。魔物を倒したあと長く歩く無言の時間がきつかった」

勇者「俺じゃなければよかったのに。俺じゃなくて、然るべきものがちゃんと精霊の加護を受け取っていたら……」

勇者「俺は毎日早起きしてまで世界を救いたくなかったんだ」

698 : 以下、名... - 2018/04/08 21:27:10.52 D6bjl4o10 631/829

勇者「誰かと群れるのが嫌になって。独りで冒険を始めた」

勇者「いろんな場所にたどり着いてさ。のんきな街もあれば、殺気だった村もあって」

勇者「道具屋が冒険者にクレームつけられて土下座させられてたり、宿屋で変な客が暴れてたり、酒場で食い逃げした冒険者をぼこぼこにしたって話しを聞いたり」

勇者「ある屋敷の令嬢を慕っていた青年が、失恋の悲しみで無理心中したり。新呪文の開発のプレッシャーに押しつぶされた術士が自殺したり」

勇者「魔物と人間の殺し合いだけが苦しみじゃないこの世界で。みんな、どうして生きてるんだろうな。何のために頑張ってるんだろうな」

勇者「ただ生きるのって、どうしてこんなに大変なのかな」

勇者「何のために生きてるんだろう」

遊び人「…………」

遊び人「生きることは、つらいよね」

勇者「あんたみたいなやつでもそういうこと言うんだな」

遊び人「こっちのセリフですよ」

遊び人「私の一族なんて寿命も短いしさ。生きることを考えなければならないという焦燥感がある一方、そんなことを考える暇も無駄っていう諦観もあってさ」

遊び人「何のために生きてるかわからないけど」

遊び人「何のために生きてるかわからないのに生きてることが、生きる価値の裏付けにもならないかな」

遊び人「人間には何か成すべき一事があって、それを成すために生きている。って考えると楽だけどさ」

遊び人「私が思うのはさ。生きることの意味は、生まれる前や、まして死んだ後にできるものではなくて」

遊び人「今、生きているこの時間、この私の中にあるものなんだと思う」

遊び人「お母さんはね。ずっといたい人とずっといるために生きてるんだって言ってた」

遊び人「もう、死んじゃったんだけどね」

遊び人「でも、故人を偲ぶ時間も、苦しみそのものだけど、生きている大切な理由の1つに違いないよね」

遊び人「つらくても、生きるんだよ。大切な人との時間を重ね続けていくために」

勇者「…………」

勇者「俺には、そんな相手は……」

ガチャリ


699 : 以下、名... - 2018/04/08 21:40:53.91 D6bjl4o10 632/829

~出発の日~

村長「今までご苦労じゃったの。ほれ、賃金じゃ」

勇者「…………」

村長「なんじゃ、不満かの?」

勇者「いいえ……」

勇者「あ、あの」

村長「なんじゃ」

勇者「今夜、あの吟遊詩人と、遊び人は本当に2人で大蛇の討伐に行くんですか」

村長「お主には関係のないことじゃろう」

700 : 以下、名... - 2018/04/08 21:44:58.51 D6bjl4o10 633/829

~牢屋~

遊び人「どうされたんですか?」

勇者「逃げるぞ。俺のパーティになれ。心中してどっかの教会に行くんだ」

遊び人「大蛇を倒しにいかなければなりません。私がオトリになって呼び寄せる必要があるんですから」

勇者「あの吟遊詩人が倒せると信じているのか?」

遊び人「信じていませんよ。話したこともありませんし」

勇者「じゃあどうして!」

遊び人「言ったでしょう。好きな人と時間を重ねるために生きてるんだって」

勇者「だから、あんたが生き延びて、あんたの心の中に生き続ける故人のためにも……」

遊び人「生きることはつらいって、言ったじゃないですか……」

勇者「なんだよ。なんで泣いてるんだよ。俺に偉そうに励ましてたじゃないかよ」

遊び人「他者が生きることを願うのは簡単です。でも、自分が生きることを自身で肯定するのは、私には難しいことなんです」

勇者「世界が滅ぶことを願って、自分が生き延びることだけを考えてる俺より、あんたの方がよっぽど生きる価値があるだろ」

遊び人「私のせいであれだけの命が奪われてしまったのだから。せめて、私の命をもって……」

勇者「なんだよなんだよ。自暴自棄かよ。というか、大人しく生贄になるつもりじゃないだろうな」

遊び人「出てってください……」

勇者「どういうことだよ!!今更自己否定かよ!!」

遊び人「黙ってくださいよ!世界なんて滅べばいいと思ってたのなら、私の命1つくらいどうだっていいでしょう!!」

勇者「この数日間話してたことに何の意味があったんだよ!!」

遊び人「意味なんてありません!!」

勇者「っ…………!」

勇者「そうかよ!!あー、そうかよ!!」

勇者「独りで死んでろ!!」

701 : 以下、名... - 2018/04/08 22:05:35.09 D6bjl4o10 634/829

~荒野~

ズカズカ!!

勇者「…………」イライラ

勇者「知るかよ。世界なんか知るかよ」

勇者「幼馴染を捨てたんだ。親友を見殺しにしたんだ。そんな俺が、今更他人を救おうだなんて、罪滅ぼしに過ぎないだろ」

勇者「独りで冒険している時間があまりにも長過ぎた。自分について孤独に考える時間があまりにも多すぎた。そのせいで、こんなにも偽善者になっちまった」

勇者「……あー!!!」

勇者「パーティを組むくらいならいいだろ!!!」

勇者「大蛇には畑の飯でも食わせときゃいいんだよ!!」




~牢屋~

勇者「おい!!どこにいる!!」

村人「何だお前。出てったんじゃなかったのか」

勇者「あの遊び人はどこへ!!」

村人「もう洞窟へ向かっただろ」

勇者「くそ!!」

村人「ちょ、ちょっと待つべ!!!何するつもりだぁ!!!」

ザワザワ…

村人2「どうしたべ!?」

村人「こいつ取り押さえるだ!!!」

勇者「ふざけんな!!やめろよ!!」

村人「早く牢屋へ入れるべさ!!」

勇者「くっそ!!なんだこいつ!!力つえぇ!!!」

村人2「冒険者の癖に貧弱だべさ!!」

勇者「うわ、やめろ!!離せ!!!」

村人「道具も取り上げろ!!」

勇者「やめろおおおお!!!!」

702 : 以下、名... - 2018/04/08 22:25:57.20 D6bjl4o10 635/829

前~

遊び人「ここね」

吟遊詩人「…………」

遊び人「道中に魔物が一体も出なかったですね。あなたが楽しそうに大きな音で演奏して歩いていたにも関わらず。気持ちを落ち着けたいとかなんとか言ってましたけど」

吟遊詩人「…………」

遊び人「幸運だと思いますか?」

吟遊詩人「…………」

遊び人「私、こう見えても呪文の達人で。呪文の解析には自信があるんです」

遊び人「魔除けの呪文を使っていたでしょう」

吟遊詩人「だ、だから何だと言うんだ」

遊び人「あなたが村を出てから数年間の間、同じように冒険していたんじゃありませんか?」

遊び人「あなた、ろくに魔物と戦ったことがないでしょう?」

吟遊詩人は怯えと怒りの混じった表情で遊び人を睨みつけた。

吟遊詩人「お、お前みたいな女に命懸けの冒険の恐怖がわかるか……!!」

遊び人「やっぱり。今夜は私を見殺しにして、大蛇に差し出すつもりだったんでしょう。これから私にかけるのは眠りの呪文ですか、それとも麻痺の呪文ですか?」

吟遊詩人「お前……ま、マハンシャが使えるのか?」

遊び人「内緒です。でもあなたに何かをされるのは癪なので、かけようなんて思わないでくださいね」

703 : 以下、名... - 2018/04/08 22:29:53.33 D6bjl4o10 636/829

遊び人「仕方ないことですよ。人を見捨てることは、絶対に許されることではなくて、しかし逃れられない選択です」

遊び人「その十字架を背負って生きてください。あなたが悪人であればのんきに生きられます。その代りに他者の恨みによって殺されるでしょう。あなたが善人であれば、自身の罪悪感によって自分を殺して生きるでしょう」

遊び人「きっと、この洞窟の前に立って、同じ選択をした人は多くいたに違いありません。魔王城の前に立って、同じ選択をした冒険者もたくさんいたに違いません」

遊び人「職業についている人はかわいそうですね。戦士は戦わなければならない。盗賊は盗まなければならない。魔法使いは魔物を焼かなければならない。僧侶の仕事でさえ、傷つく仲間を癒す前に、傷つく仲間を一度は後ろから見なければならないんですから」

遊び人「逃げることは仕方がないことです。ただ、逃げた相応の報いが訪れるだけです」

吟遊詩人「し、死を前に何を悟ったふりをしている!!黙って進め!!」

遊び人「黙りません。でも進んであげますよ。あなたの魔除けの呪文もあると便利ですしね」



遊び人は、遊ばず祈った。



戦わなかった戦士に、祝福を。

欺いた武道家に、祝福を。

祈りを捨てた僧侶に、祝福を。

毒を放ちし魔法使いに、祝福を。

逃げ出した勇者に、祝福を。

遊び人「逃げ出したくて、逃げ出した人なんていなかったんだよね」

そう言いつつも、遊び人は洞窟の中に入った。

704 : 以下、名... - 2018/04/08 22:43:11.12 D6bjl4o10 637/829

大蛇「……来たか。待ちくたびれたぞ。不快な音をさっきから出しおって。女の匂いがしたから出てきてやったが」

吟遊詩人「ほ、本当にいた……」

大蛇「奇跡にすがりついていたか。しかし、私は伝説ではなく確かにここにいる」

巨大な牙を剥き出しにしながら大蛇は語りかけてきた。

大蛇「今夜の生贄はお前か」

遊び人「はい」

大蛇「今夜余に喰い殺される気分はどうだ」

遊び人「可哀想です」

大蛇「かわいそう?」

遊び人は考えた。

大蛇の目的は、娯楽だと。

死に怯える村娘と、村娘を殺された怒りに震える村人。

それを味わうことを愉しんでいる。

しかし、遊び人が死んでも悲しむ人もいなければ。

遊び人自身、一人ぼっちのこの世界で、死んでしまいたい気持ちが沸いていた。

ただ、大人しく、村娘のふりをして死ぬつもりでいた。

大蛇「ふふ……いつまで強情を張っていられるか楽しみだ」

大蛇「おい、そこの男。わしを殺すことを目的に来たのだろ?」

吟遊詩人「そ、そんな!滅相もない!この娘を無事送り届けるために……」

大蛇「毎年女は独りでここに来ていた。わしがこの周囲の魔物に手を出さぬよう指示をしていたのでな」

大蛇「見栄を張ってきたんじゃろう。お前みたいな臆病者のクズは吐き気がするんじゃよ。男はまずくて食えんが、どれ、余興に遊んでやろう」



大蛇があらわれた!

705 : 以下、名... - 2018/04/08 22:50:23.65 D6bjl4o10 638/829

吟遊詩人「う、うわあ!!」

吟遊詩人はにげだした!

しかし、まわりこまれてしまった!

大蛇「遅いわ」

大蛇は巨大な尾で吟遊詩人を叩きつけた。

吟遊詩人「ぎやぁ!!!!」

倒れた吟遊詩人の身体に、激しく何度も振り下ろされる、

吟遊詩人「ギッ!!」

吟遊詩人「ゴッ!!」

吟遊詩人「グェッ!!」

村で囲まれていた時の落ち着いた吟遊詩人の姿とは対象的に。

両目があらぬ方向を向き、血と一緒に奇妙な声を上げていた。

遊び人「……う、うわ、わ……」

大蛇「トドメはまだ刺さんぞ」

大蛇は尾を吟遊詩人に巻きつけると、きつくしばりあげた。



ポキポキポキポキ。


吟遊詩人「……グェエエエエエ!!!!!!」

どばどばどば、と、吐瀉物を吐き出した。

遊び人「ひっ、わ、あ……」

遊び人はにげだした!

大蛇「ふっはっは!!やっと恐怖を実感したか!!」

しかし、まわりこまれてしまった!!

706 : 以下、名... - 2018/04/08 23:09:52.18 D6bjl4o10 639/829

遊び人「う、うぅ、うっ……」ポロポロポロ…

大蛇「足が震えているではないか。さっきの落ち着いた態度はどうした」

遊び人「あぅ、あ……」

遊び人「ゆ、許して……」

大蛇「何を許せと?」

大蛇は尾を緩めた。

吟遊詩人は地面に倒れ込んだ。

吟遊詩人「……クヒュ―。クヒュ―」

遊び人「い、生贄は1人だから……」

大蛇「ほおっ!?」

大蛇は感情を剥き出しにして嬉しそうな表情をした。

遊び人「い、生贄は毎年ひとりって決まってて……」

遊び人「も、もうその人、死んじゃうから……」

遊び人「だ、だから……」

大蛇「……いいや」

遊び人「えっ」

大蛇「まだ、死んではおらん」

遊び人「えっ……」

吟遊詩人「クヒュー。クヒュー」

大蛇「選べ」

遊び人「え、選ぶって……」

大蛇「わしがこいつを殺すか。それともこいつを殺さないか」

遊び人「……た、愉しみたいだけでしょ」

遊び人「わ、わたしがその人を、こ、こ、殺してって言葉を言わせたいだけなんでしょ……」

大蛇「それだけではないぞ。お前ら2人を見逃す選択肢もある。その代わり、村を壊滅させに向かうがな」

遊び人「た、愉しんでるだけじゃない……」

大蛇「早く決めろ。こいつが死ぬ。その前にお前を締め殺すぞ」

大蛇は遊び人に詰め寄った。

708 : 以下、名... - 2018/04/08 23:11:43.76 D6bjl4o10 640/829

遊び人「あ、う、あ……」

大蛇は尾を遊び人の身体に巻き付けた。

汚物の臭いが遊び人の鼻腔をついた。

遊び人「ひ、ひっ、ひっ……」

遊び人「う、ああ、や、やめ……ご、ごべんなざい……」

遊び人「ゆ、ゆるじでくだざい……」

大蛇「言うべきことを言えば考えてやらんこともない」

遊び人「う、うっ……おぇ……」

遊び人「いぎだい……」

遊び人「じにだくない……」

大蛇「ふはは!そうではないだろう!」

遊び人「そ、そいつを……」

大蛇「そいつを?」

遊び人「こ、こ、こ……」

遊び人「こ、こ……」

遊び人「殺して……」

大蛇「ふははは!!!」

大蛇が狂喜に満ちた顔をした。

大蛇は牙を吟遊詩人に突き刺した。

大蛇「おっと、もう既に死んでおるようじゃ!!」

大蛇「結局は人間の子よ!!一晩かけてお前を……」

遊び人「殺して……勇者様!!」



勇者のこうげき!

709 : 以下、名... - 2018/04/08 23:55:42.48 D6bjl4o10 641/829

大蛇に1のダメージ。

驚いた大蛇はとぐろをほどき、洞窟の隅へと逃げた。

勇者「勇者様って呼ぶなって言っただろ」

遊び人「う、うう……」

勇者「ほら、死ぬのは怖いだろ」

遊び人「う、うん……」

勇者「人を見殺しにするのもつらいだろ」

遊び人「うん……」

勇者「とかいって。俺は死ぬこともないし、自ら人を見殺しにしたからさ。絶対ろくな死に方しないんだけどな。お前には話したくもない過去だけど」

勇者「そこの蛇も言ってるだろ。所詮は人間だって。善悪とか、そういうものを超越した感情が、人間にはあるんだよ」

勇者「俺がお前を助けに来たことは、あの村を見捨てることを意味するんだから」

大蛇「なんだ貴様……この俺様を倒そうというのか……」

勇者「既に勝負はついている」

大蛇「……なに?」

勇者「致死性の毒針を打ち込んだ。残念だったな」

大蛇「…………」

遊び人「…………」

遊び人「大蛇に毒って効くのかな?」

勇者「…………」

大蛇のこうげき!

710 : 以下、名... - 2018/04/08 23:57:13.76 D6bjl4o10 642/829

大蛇は尾をふりかざした!

勇者は必要以上に距離をとって避けた。

勇者「うぉわ!?」

大蛇「愚弄しおって……!!」

大蛇は遊び人めがけて尾を伸ばした。

大蛇「今すぐ絞め殺してくれるわ!!あの男はあとでなぶり殺してくれる!!」

勇者「遊び人!!」

遊び人「な、なに!?」

勇者「俺の、仲間になってくれ!」

遊び人「えっ」

勇者「ここまで来るのも大変だったんだ。武器もないまま牢屋に入れられたもんだからさ。物凄い痛みに耐えて牢屋に頭打ちつけたり、首を爪で引っ掻いたりして、激痛に耐えて自殺して。まあ俺はすぐ転送されやすいんだけどさ」

勇者「隣町の教会で目覚めて、移動の翼を盗んで、こっそり村に飛んで。この洞窟への地図の入った道具袋も一緒に回収して。急いでここまで駆けてきたんだ」

勇者「はやく仲間になれ!!」

遊び人「私が生贄にならないと、あの村は!!」

勇者「死にたいのかよ!」

遊び人「生きたいよ!」

勇者「そうだろ!」

遊び人「誰にも迷惑をかけずに、生きたいんだよ!」

勇者「諦めろ!!」

遊び人「わ、私は大勢の人間を犠牲にさせた大罪人なの!!」

勇者「俺に関係あるのかよ」

遊び人「無いよ。あなたとは数日間一緒に話しをしただけよ」

勇者「救うよ」

遊び人「勇者だから?」

勇者「俺は、人殺しだから」

遊び人「私は、寿命泥棒だから」

勇者「知るかよ。滅んじまえばいいだろこんな世界」

遊び人「だったら私一人なんて」

勇者「自分を許してくれた人を、世界と天秤にかけられるかよ!!

711 : 以下、名... - 2018/04/09 00:00:14.78 4y9IhOFv0 643/829

勇者「戦わなくていいなんて、女の子から言われたことなかったんだ!!」

勇者「精霊の加護目当てで集まってきたくせに。精霊の加護に見合った力を周囲は期待してきた!!」

勇者「俺は、精霊の加護の存在に苦しめられていたんじゃない!!勇者の素質をもたないことに、俺自身の力を否定されることに苦しんでいたんだ!!」

勇者「何度でも言うよ。俺は勇者様なんかじゃないよ。勇気の欠片もなくて、強くなくて、世界が大嫌いな男なんだ」

勇者「自分が歩き出すことで花を踏み潰したっていいって思ってるほどだ。その花だって、周りの土の養分を吸い取って生きているって言い訳をしてな」

勇者「あんたみたいにやさしい人が、幸せになれない世界なんて否定しちまえよ!!」

遊び人「…………あなたのこと、大嫌いだな」

遊び人「好きの裏返しとかじゃなくて、ただただ大嫌い……」

勇者「俺はあんた以上に俺のことが嫌いだよ。生きるけどな」

大蛇の尾が遊び人の全身を巻き付けた。

遊び人「強み!!」

遊び人「それでもやさしいところ!!」

遊び人の身体は大蛇の尾によって潰された。

大蛇「ぐぉつ!?」

強烈な締め付けを跳ね返すほどの棺桶が出現した。

勇者「中の死体には絶対触れさせないほどの防御力を誇るんだ。外面は剣で表面をなぞっただけで傷がつくただの木箱なんだけどな」

712 : 以下、名... - 2018/04/09 00:08:59.34 4y9IhOFv0 644/829

大蛇「妙な術を……」

勇者「遊び人はそこでゆっくり寝てな。あとは俺に任せろ」

大蛇「小僧!!本気で俺様を怒らせたな!!」

勇者「小僧って呼ぶのやめてくれないか」

大蛇「今から死ぬ者に呼び名などないわ!!」

勇者「勇者様って呼べって言ってんだよ!!」

勇者は大蛇に飛びかかった。

大蛇は勇者に体当りすると、勇者は無残に吹き飛んだ。

勇者の身体は出現した棺桶に保管された。

二つの棺桶は教会に転送された。

~教会~

勇者「やべやべやべやべ」

勇者「強すぎワロタ」

神官「…………」

勇者「すいません!遊び人を蘇らせてください!」

神官:1,900G頂きますがよろしいでしょうか。

勇者「はい。1,900……はぁ!?」

勇者「遊び人だろ!?今呪文も使えない状態だってのにそんな金額すんのかよ!!」

神官:1,900G頂きますがよろしいでしょうか。

勇者「は、はらうよ!わかったよ!!俺のここ数日の労働代が……」

勇者はさきほど村から取り戻した道具袋からお金を取り出した。





遊び人「ぷはぁ!!」

遊び人「はぁ…!はぁ…!」

勇者「気分はどうだ?」

遊び人「えっと……いつの間にか寝てたみたい……」

勇者「死の恐怖を和らいでくれるのは精霊の加護の恩恵の1つだ。よし、今すぐ村に戻るぞ」

遊び人「えっ?」

713 : 以下、名... - 2018/04/09 00:31:37.02 4y9IhOFv0 645/829

村長「何をしておる!」

勇者「あっ、見つかった」

勇者と遊び人は村長の屋敷に忍び込み、檻の鍵を見つけ、封印の壺を回収した。

村長「何をしておるのだ!!」

勇者「にげだしました」

村長「逃げた?お、おい、そこの女は……」

遊び人「にげだしちゃいました」

勇者「大蛇がこの村を壊滅させに今からやってきます」

勇者と遊び人は村長の脇を通り抜けて村の広場に出た。


勇者「号外!!号外!!」

勇者「生贄がにげだしました!!今に大蛇が襲ってきます!!」

遊び人「わたしがにげだしました!!」

勇者「これから村人で新たな地を求めた大移動です!!」

勇者「ここに、少しおすそ分けしておきますね」

勇者は教会のある町から盗んだ大量の移動の翼を村の広場にばらまいた。

言葉の意味を理解しはじめた村人が、血相を変えて駆け寄ってきた。


勇者「よし、にげるぞ」

遊び人「にげちゃいましょうよ」

2人は移動の翼をつかった。

混乱に陥る村の夜空をあがっていった。

勇者「勇者失格だな」

遊び人「ええ。確かに、冒険譚では見たことないです。村人を見捨てる冒険者の物語」

714 : 以下、名... - 2018/04/09 00:34:11.18 4y9IhOFv0 646/829

遠くの村に降り立ち、あてもなく2人は草原を歩いていた。

勇者「勇む心を持たぬ勇者」

遊び人「遊ぶ余裕も猶予もない遊者もここにいます」

勇者「やっと開き直ってくれたか」

遊び人「はい。世界に心を開きなおりました」

勇者「たとえ世界からぼろくそに言われようが。信頼を失い続けようが。それでも生き続けるんだよ」

遊び人「私たちには、私達しか知らない私達がいるはずだから?」

勇者「ろくでもない自分の正体を、自分だけが知っているってだけだ。精霊の加護を持ちながら、魔王や魔物なんか見向きもしない」

勇者「俺は、したいこともないし、がんばりたくもない」

遊び人「それならなおさら私と冒険しましょう」

勇者「精霊の加護目当てだろ?」

遊び人「自由に考えて良し」

勇者「俺は戦えないよ?」

遊び人「逃げるのも良し」

勇者「いつも昼過ぎに起きるよ?」

遊び人「早起きして稽古しなくても良し!!」

勇者「俺は……」

遊び人「世界を救わなくても良し」

遊び人「村長の願いを聞き届けなくても良し!!魔物に襲われている村を素通りしても良し!!」

遊び人「世界に散らばった装備を盗んで集めるだけの簡単なお仕事です!!」

勇者「おいおい。さっきとは打って変わったな」

遊び人「死の恐怖を前にして、生きることに執着がわいてしまいました。善悪の比ではありませんでしたよ」

勇者「精霊の加護があると生に執着が沸かないみたいな言い方だな」

遊び人「そんなことありませんよ。私には生きるためにあなたが必要なんです」

勇者「俺の精霊の加護がだろ?」

遊び人「自由に考えて良し」

勇者「さっきも聞いた。まあいいか」

遊び人「いつか、冒険譚に載るといいですね」

勇者「何が」

遊び人「村を見捨てて。魔王も討伐しようとせず。寿命を手に入れようとする冒険者の物語」

勇者「人殺しと、寿命泥棒か」



運命の人とは、きまって不思議な出会い方をする。

10人にも20人にも心を求めて近づいては、拒絶されて気力もなくなった頃に。

下心もないまま会話をいつの間にかしている、やさしくてかわいい女の子。

無数の星が振り向いてくれない人に限って。

遊び人「あはは!お互い、大罪人ね!!」

月だけが振り向いてくれる運命なのかもしれない。

715 : 以下、名... - 2018/04/09 00:46:08.50 4y9IhOFv0 647/829

遊び人「一つだけお願いが」

勇者「どうぞ」

遊び人「バニーガールの格好じゃなくてもいいですか?」

勇者「自由に考えて悪し。着てください」

遊び人「明日世界が滅ぶなら考えてあげる」

勇者「明日滅ぶかなぁ」

遊び人「いいよ別に。明日、世界が滅ぶからなんなの。好きなもの食べて、本読んで、寝てやりましょうよ。それこそ、明日世界が滅びるとわかった時にやりたいことなんじゃない?」

勇者「いつでも出来ることだろそれ」

遊び人「当たり前だよ。いつでも出来ることは、世界が滅ぶ前にもできるってことだもの」

勇者「なんかウキウキしてないか?さっきまで足が震えてたのに」

遊び人「してるよ。私、生きてるんだって。怖かったのに、怖くなくなったって。ほら、今も」

勇者「おわっ!いつの間に!」

魔物の群れが現れた!

遊び人「記念すべき第一戦!私達の冒険の始まりだね!!

勇者「はぁー。誰にも自慢できない冒険譚になるぞこれ」




勇者  たたかう
    まほう
    どうぐ
    にげる▼



勇者たちはにげだした!




殺人勇者と泥棒遊者 ~fin~




続き
勇者「遊び人と大罪の勇者達」【#5】(完)


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