死神「核? よく分からんが全滅した」
死神「ふー、魂狩るの大変だった……」
死神「全人類いっぺんにだもんな。勘弁してくれよ」
死神「人間狩り終わったし、生き物全滅だし、やることなくなっちゃったな」
死神「……これで僕もニートか」
死神「……はぁ」
死神「……あー、見渡す限りの焼け野原」
死神「よ、っと。建物の残骸で歩きづらい……」
死神「ここもついこの間まで人間であふれ返ってたのになぁ」
死神「さっぱりして、気持ちいい」
死神「しっかし、やることないなぁ」
死神「どっかに生き残ってる奴居ないかなー」
辺りを見回す死神。
死神「……居ないよなー、やっぱり」
死神「……はぁ」
死神「……おお、死骸だらけ」
死神「邪魔だなぁ」テクテク グシャグシャ
死神「真っ赤。トマトみたい」テクテク グシュグシュ
死神「トマトー、トマト―♪」グシャグシャ グシュグシュ
死神「……飽きた」
死神「蟻一匹居ないもんなー」グシュグシュ
死神「虫けら一匹くらい生き残ってないかな」グシャグシャ
死神「狩る楽しみが皆無なんてつまんない」
死神「何か他に面白い遊び無いかなあ」
きょろきょろと死骸の山を見渡す死神。
死神「あ」
折り重なった死骸から比較的状態の綺麗な少女の死体を引っ張り出す。
死神「こいつで良いや」
少女の死体をずりずり引きずりながら当てどもなく死神。
死神「お。あれで良いや」
半壊した家の戸を開ける死神。
家の中は煤けて滅茶苦茶、窓ガラスもほぼ割れている。
死神「きったない場所だな。まあいいや」
死神、少女の死体を椅子に座らせる。
ぐたっと椅子に凭れる少女。
死神「……うん、これで良し」
少女「……」
死神「え? 何するのかって?」
少女「……」
死神「おままごと」
少女「……」
死神「僕、お父さん。君、お母さん」
少女「……」
死神「ちょっと待ってて。子供探してくるから」
少女「……」
死神「はいはい、いってきまーす」
死神「……我ながら虚しい遊び考えたなぁ。ま、どうせ暇だし良いか」
死神「子供子供ー」
死骸をグシャグシャ踏みつけながら進む死神。
死神「お、これなんかどうだ?」
死骸の山から引きずり出した子供、肉がずる剥けで下半身はほぼ骨状態。
死神「却下。いらね」ポイッ
弧を描き飛んでいく子供の死体。
ぐちゃっと生々しい音を立てて荒れ地に落ちる。
死神「他に良い死体ないかなー」
死神「……これはどうだろ?」
五、六歳くらいだろうか?
状態の良い男の子の死体があった。
死神「これにしよーっと……あれ?」
しかし男の子の死体はその母親らしき死体が強く抱きしめている。
大方、死ぬ時に我が子を庇ったのだろう。母親は黒く焼け焦げている。
死神「うざったいなぁ。ほら、離せ、ほら」
無理矢理母子を引きはがす死神。
死神「よーし。良いモン拾ったなぁ」
子供をぶら下げ上機嫌で帰路につく死神。
黒焦げの母親は子を抱き抱えたポーズのまま固まっている。
死神「ふんふーん♪」
死神「ただいまー」
少女「……」
死神「子供見つけて来たよ。ほら!」
ぶらんと逆さ吊りになった子供の死体を少女の死体の前に突きつける死神。
死神「新婚生活。ラブラブで、あったかな家庭。そういう設定で行こう?」
少女「……」
死神「さて、この子の名前何にしよっか?」
少女「……」
死神「……」
少女「……」
死神「何とか言えよ生ゴミ」
死神「……飽きた」
子供の死体をガラスの割れた窓からぽいっと放る。
少女「……」
死神「だって喋らないもん」
少女「……」
死神「お前も捨てようか?」
少女「……」
死神「……面倒くさい」
死神、半分焼けたベッドの上にどさりと横たわる。
死神「あー、何もかんも面倒くさい。暇だ、暇すぎる」
少女「……」
死神「何とか言えよ」
少女「……」
死神「あー、死にたいな」
少女「……」
死神「知ってた? 死神って死ねないんだよ?」
少女「……」
死神「こんな死骸だらけの世界で永遠に独りぼっちだよ」
少女「……」
死神「あーあ、くそつまらない」
少女「……」
死神「死にたいなぁ」
少女「……」
窓から地球の惨状を眺める死神。
死神「良い眺めだなぁ。何にもなくて綺麗」
少女「……」
死神「……暇だなぁ」
少女「……」
死神「地球終わったなぁ。もう生き物なんて永遠に現れないんだろーなー」
死神「暇だなぁ……」
少女「……」
死神「……はぁ」
死神「自分で作った物で全滅とか、人間っておかしな生き物」
少女「……」
死神「狂ってるよなぁ。そう思わない?」
少女「……」
死神「ああ、君も人間だったね」
少女「……」
死神「……何か面白いことしてよ」
少女「……」
死神「駄目だこいつ死んでるから」
少女「……」
死神「ふあぁ……あくびしか出てこない……」
少女「……」
死神「こいつが生き返れば少しは楽しくなるのに。君、結構美人だし」
少女「……」
死神「……生まれてこの方死んだの狩ってきたけど、生き返って欲しいって思ったの初めて」
少女「……」
死神「……どう? 生き返ってみたい?」
少女「……」
死神「返事しろよ」
少女「……」
死神「僕は死神だからね。仮に君が『生き返りたい』って言っても無理だけどね」
少女「……」
死神「ふふふ。悔しいだろー」
少女「……」
死神「……」
少女「……」
死神「……悔しいだろー」
少女「……」
死神「……」
割れた窓から吹きすさぶ風が、ボロ布と化したカーテンを揺らす。
死神「毒の風が吹いてる」
少女「……」
死神「ウジも死滅してるから君も腐らないよ。良かったね」
少女「……」
死神「外の死骸の山もそのまんま」
少女「……」
死神「ふふっ。地球の時間は止まったまんま」
少女「……」
死神「永遠に、全てがそのまま」
少女「……」
死神「これが君たち人間の望んだ世界?」
少女「……」
死神「日が落ちてきたね」
少女「……」
死神「地球が滅茶苦茶になっても宇宙は全部いつも通り」
少女「……」
死神「所詮、地球なんてそんなモンだよ。全宇宙から見ればちっぽけな物」
少女「……」
死神「……僕らも、ね」
少女「……」
死神「じゃあ散歩してくる。暇だし」
少女「……」
死神「いってきます。留守番よろしく」
少女「……」
死神「……あ、ドア壊れて外れちゃった」
少女「……」
死神「直そうかな?」
少女「……」
死神「……やっぱ止め。面倒だし」
少女「……」
死神「じゃ、行ってくるよ」
死神「……とは言ったものの行く場所なんてないよなぁ」
てくてく
死神「お。死体の山」
死体をわざと踏んで歩く死神。
死神「ぐにゅぐにゅ。ぐにゅぐにゅ」
死神「……お。車がある」
死神「死体もある。男女二人」
死神「カップルかな? ヒューヒュー、お熱いねぇ」
死神「ま、死に際はマジで熱かったんだろうけど」
死神「……ぷふっ」
死神「でも、愛し合う者同士側で死ねて本望だったんじゃないの?」
男女「……」
死神「良いねぇ。僕もそういうの憧れるよぉ、ちょっとはね」
男女「……」
死神「駄目だこいつら喋らねぇ」
男女「……」
死神「じゃ、末永くお幸せにねー。そこに座って、永遠に」
すたすた…
死神「さて、次はどこに行くかな……」
ぽつ…っ
死神「あ。雨だ」
ぽつぽつ、ざあああ……
死神「本格的に降って来ちゃった。しかも何か黒いし」
死神「どっか雨宿りできるとこ無いのかなぁ……」
死神「……あ、さっきの車」
元来た道を引き返す死神。
死神「雨だなんてついてないなぁ……まぁ、何事も無いまま暇よりいっか……」
とりあえず車まで戻った死神。後部座席のドアを開けようとするが、壊れているのか中々開かない。
仕方ないので割れた窓から身体を滑り込ませる。
死神「……っと。お邪魔しまーす」
男女「……」
死神「いやぁ、急に雨降って来ちゃって。嫌になりますねぇ」
男女「……」
死神「……いつになったら止むのやら」
男女「……」
死神「まあ、何も急ぐ用事なんてないからどうでも良いんですけどね」
男女「……」
死神「だから何とか言えって。つまんないだろ」
男女「……」
死神「止みませんねー」
男女「……」
死神「……あ。良く見たら手ぇしっかり握りあってやんの」
男女「……」
死神「ラブラブだねぇ」
男女「……」
死神「うちにも居るんですよ。可愛い恋人。ま、さっき拾って来たばっかなんですけどね」
男女「……」
死神「……死体に向かって何やってんだろ、馬鹿みたい」
男女「……」
死神「……本当、馬鹿みたい」
死神「……止まないな」
男女「……」
死神「しっかし黒くて不気味な雨だなぁ」
男女「……」
死神「……止むまで一眠りしよう」
男女「……」
死神「んじゃ、お休み」
男女「……」
死神「……」
…
……
………
死神「中々止みませんねぇ」
男女「……」
死神「……降り始めてから一週間? 二週間?」
男女「……」
死神「もうどうでも良いや」
男女「……」
死神「……あの少女、どうなってんだろ」
男女「……」
死神「……もう、どうでも、良いや」
死神「……雨、ようやく止んできたな」
男女「……」
死神「長い間お世話になりました」
男女「……」
死神「……んじゃ、帰るか」
死神、車の外に出る。
死神「うぅ……寒い」
空を見上げるが日は見えず、辺りは暗闇に包まれている。
死神「昼なのか夜なのか分からんな。……まあ、どうでも良いや」
死神「……帰ろう」
死神「さーむいな、さーむいなー」
変な節を付けて寒い寒いと連呼する死神。
ぐちゃぐちゃと死体を踏みつけながら。
死神「……雪、降ってきた」
死神「今度は黒くない。ちゃんと白い」
死神「……でも灰も混じってる」
死神「ま、どうでも良いや……」
死神「早く帰ろ。……あいつ待ってるし」
死神「ただいまー」
少女「……」
死神「おかえりも言えないの?」
少女「……」
少女は椅子から落ちて目を見開いたまま埃と灰にまみれていた。
死神「あーあ……」
少女「……」
少女に積もった埃と灰を払う死神。
死神「かちかちに凍ってる。そんなに寒かった?」
少女「……」
死神「まあいいや。……よっと」
少女を椅子に座り直させる死神。
死神「これで良し」
死神「……寒いなぁ」
少女「……」
死神「さて、暇だし寝よう」
少女「……」
死神「……一緒に寝る?」
少女「……」
死神「抱き枕的な意味でだよ。ほら、こっち来な?」
少女「……」
死神「……仕方ないなぁ」
死神、少女を引きずるとベッドに放り出す。
ぐたりと横になる少女。
死神「こうやって目を閉じさせて、と……」
無理矢理気味に瞼を閉じさせる死神。
死神「……んじゃ、おやすみ」
少女「……」
死神「うー、抱くと冷たい。当たり前っちゃあ当たり前だけど」
少女「……」
死神「……まあどうでも良いか」
少女「……」
死神「……冷たいけど、何となく安心する」
少女「……」
死神「……何言ってんだろ僕。死神らしくない」
少女「……」
死神「……寝よう」
死神「……朝、かな?」
少女「……」
死神「暗くて良く分からない」
少女「……」
死神「……ふふ、まだ寝てる」
少女「……」
死神「おーい、起きろー」
少女「……」
死神「起きろー……」
少女「……」
死神「……起きろよ」
死神「おー、一面の銀世界」
少女「……」
死神「……綺麗なモンだなぁ」
少女「……」
死神「見る?」
少女「……」
死神、散乱するガラスを足で払いのけながら椅子を窓際に用意する。
そうして少女を引きずり、椅子に座らせる。しかし、ぐにゃりと横を向く少女の死体。
死神「首が座らないなぁ……仕方ないことだけど」
閉じさせた目をこじ開け、死神は満足げに言う。
死神「ほら、綺麗でしょ?」
少女「……」
死神「そっか。喜んで貰えて嬉しいよ」
少女「……」
死神「……」
少女「……」
死神「……外の死骸もあの雪の下か」
少女「……」
死神「僕が居なかったら今頃君もそうだったんだよ? 感謝しな」
少女「……」
死神「それとも、そっちの方が良かった?」
少女「……」
死神「……みんなと一緒に雪の下で眠っていた方が良かった?」
少女「……」
死神「……」
死神「……雪、まだちょっとだけど降ってるね」
少女「……」
死神「このまま降り続いたらいつかこの家も埋もれちゃったりして」
少女「……」
死神「それでもずっと一緒だよ。君は……」
少女「……」
死神「……。……君は、僕の見付けた暇潰し道具なんだから」
少女「……」
死神「寒くない?」
少女「……」
死神「ちょっと待ってて」
死神、少女の亡骸に毛布をかけてやる。
死神「これでちょっとはあったかいでしょ?」
少女「……」
死神「だよね。分かんないよね、もう」
少女「……」
死神「……綺麗だね、雪」
少女「……」
死神「……綺麗すぎて、どうかなりそうだ」
少女「……」
死神「死体に向かって話しかけてる時点でもうどうかしてるか。あははは……はは……」
少女「……」
死神「……寒い」
死神「街の残骸も、車も人も、全部雪の下」
少女「……」
死神「でも僕らは二人っきりでこうしてる」
少女「……」
死神「二人っきりだ」
少女「……」
死神「他には何もない」
少女「……」
死神「寂しい?」
少女「……」
死神「……僕は寂しい」
少女「……」
死神「死神なのにね。らしくないよなぁ」
少女「……」
死神「……」
死神「男と女で二人きり……」
少女「……」
死神「アダムとイヴみたい」
少女「……」
死神「ここは楽園でも何でも無いけどね」
少女「……」
死神「むしろ地獄か。あははは……」
少女「……」
死神「……死神と人間じゃあ子は作れない。ましてや君は死んでいる」
少女「……」
死神「もう人類はこれでおしまい。何もかも、おしまい」
少女「……」
死神「……子供は無理でも草の一つくらい生えればいいのに。ねえ?」
少女「……」
死神「無理、か……」
死神「ねえ、君は神様を信じる? 『死神』じゃなくって『神様』」
少女「……」
死神「実は僕、見たこと無いんだ。神様。居るのかどうかも分からない」
少女「……」
死神「おかしな話でしょう? ははは……」
少女「……」
死神「……居るなら今頃、この地球を見てどう思ってんだろ」
少女「……」
死神「一つくらい奇跡を起こしてくれれば良いのに」
少女「……」
死神「……。……神様」
死神「……散歩してくる」
少女「……」
死神「……君も来る?」
少女「……」
死神「……行こうか」
死神、少女を背負う。死神の背にぐにゃっと身体を預ける少女。
死神「よいしょっと。結構軽いね君」
少女「……」
死神「細身で小柄なヤツを選んどいて良かった」
雪を踏み、あてもなく進む死神と少女。
死神「外に出るのは久々でしょう?」
少女「……」
死神「……綺麗な雪に足跡つけるの、楽しい」
少女「……」
死神「……ふふ。丁度良い退屈しのぎだ」
さく、さく、と雪を踏み続ける死神。
少女「……」
死神「……何も無い」
少女「……」
死神「悲しいね」
少女「……」
死神「寂しいね」
少女「……」
死神「つらいね」
少女「……」
死神「虚しいね」
少女「……」
死神「……」
そうして死神はまた無言で雪を踏む。行くあても無く、雪を踏む。
死神「……もうそろそろ休憩しよう」
雪の上に優しく少女を横たえる死神。
そして自分もその横に横たわる。
死神「……このまま雪に埋もれるのも良いのかも知れない」
少女「……」
死神「……冷たい」
少女「……」
死神「……もう春は、来ないだろうね。夏も、秋も」
少女「……」
死神「人間は季節も殺した。死神にも殺せなかった物を」
少女「……」
死神「……すごいね、君ら人間は」
少女「……」
死神「……」
死神「……」
少女「……」
いつまでこうして居たのだろうか。日も見えないので時間も分からない。声も、音も、何も聞こえない。
死神「……帰ろうか」
少女「……」
死神「ここに居ても、何も無い」
少女「……」
死神「……それは帰っても同じか。はは……」
少女「……」
死神「……どこに行っても、何も無い」
死神は心の奥底で期待していたのかも知れない。外に行けば、何か残っているんじゃないかと。誰かに会えるのではないかと。
そんな、馬鹿馬鹿しい期待を。
冷えた少女の身体をまた背負う死神。少女は相変わらずだらりと身を委ねるのみだった。
死神「……」
少女「……」
前を見ても白い雪しか見えない。行きにつけた足跡も、雪に覆われ消えている。
きっと、今つけている足跡もすぐに跡形無く消えるだろう。
死神「……寒くないか?」
少女「……」
死神「寒いも暑いも分からんか。僕は寒いよ。……すごく、寒い」
少女「……」
死神「……」
無言に戻ればまた、雪を踏む音しか聞こえなくなる。何でも良いから話そうと口を開くが、言葉は出てこない。
……雪だけが、静かに舞っていた。
死神「……家、見えてきたよ」
少女「……」
死神「まあ、元は僕らの家じゃ無いんだけどね」
少女「……」
死神「この家の元住人も雪の下だろうな……」
少女「……」
死神「……冷たいだろうな。雪の下は。ここよりずっと」
少女「……」
死神「……さて、帰ろう」
少女「……」
死神「……」
少女「……」
死神「……帰ろう。僕らの家に」
壊れたドアを軋ませて家に入る死神と少女。
無言で少女を椅子に座らせる死神。
死神「……疲れたな」
少女「……」
死神「……寒かったな」
少女「……」
死神「ここも充分寒いけどな……」
少女「……」
死神「……寒い」
少女「……」
また少女に毛布をかけてやる死神。
死神「今、何時くらいなんだろうな」
少女「……」
死神「分からんな。……何も、分からない」
ふいに強い風が吹いた。
ぼろ布のようなカーテンがはたはたと派手な音を立てて揺れる。
ふと空を見る死神。
死神「あ」
雲と塵芥で厚く覆われた空から、ほんの一筋だけ細い日の光が差しているのに気付く。
死神「おい、見てみなよ。日が差してる」
少女「……」
死神「……久しぶりに太陽見るなぁ。ほんのちょっとだけど」
少女「……」
死神「見ろ、日に照らされて雪が銀色に光ってる」
少女「……」
死神「日の光ってこんなに綺麗だったんだなぁ……あはははは……」
少女「……」
死神「……ははは」
ぼんやりと日の光を眺める死神。
少女は少し首を傾け、ぼんやりと目を見開いたまま。
どこまでも、どこまでも静かだった。
死神「……」
少女「……」
死神「……」
少女「……」
死神「……綺麗、だね」
少女「……」
死神「……。……ああ、そうだね」
しかし、その日の光もしばらくすると雲と塵芥で徐々に覆い隠されていく。
死神「ああ……」
少女「……」
死神「……消えてく」
少女「……」
死神「……」
少女「……」
死神「……消えちゃった」
少女「……」
また暗くなった空を茫然と見上げる死神。
少女の首がくたりと揺れて下を向いた。
死神「ちょっとだけ、だったなぁ……」
少女「……」
死神「……君も悲しい?」
少女「……」
死神「……そうか」
少女「……」
死神「……カーテン、閉めようか」
少女「……」
ぼろぼろで穴だらけのカーテンを閉める死神。
部屋の中にはカーテンがはためく微かな音しか聞こえない。
死神「……」
死神「君は……」
少女「……」
死神「……君は生きてる時、どんな暮らししてたの?」
少女「……」
死神「……家族は居た?」
少女「……」
死神「……友達は居た?」
少女「……」
死神「彼氏は……居そうだね。君は可愛いから」
少女「……」
死神「……うん、可愛いよ」
少女「……」
死神「照れもしてくれない。……死体はやっぱりつまんないな」
少女「……」
死神「……。……ごめん」
動かない少女の頭を優しく撫でる死神。
少女はやはり動かぬまま。
死神「……」
それでも死神は撫で続ける。延々と撫で続ける。
暇だから? 他にすることも無いから? ……それは、死神自身にも分からない。
それからどれだけの時間が経ったのだろうか。
相変わらず日は差さず、ウジすら死滅した地球。少女の身体は拾った時のまま何も変わらない。
その傍らに居る暇を持て余した死神も何も変わる事無くそこに居た。
死神「……随分経ったな」
少女「……」
死神「……ずっと一緒だな、僕ら」
少女「……」
死神「……何も変わらないな」
少女「……」
死神「……何も」
窓から広がる雪の風景も見飽きた。
死ねない死神も、そろそろ退屈で死にそうだった。
ただ、少女に話しかける以外する事は無い。
死神「……今日も静かだな」
少女「……」
死神「……明日も、明後日もそうだろうな」
少女「……」
死神「……永遠に、このまま何だろうな」
死神「……このままでも、良いのかもしれない」
少女「……」
死神「最近はそう思うことにしたんだよ」
少女「……」
死神「どうせ生き物なんて蘇らない」
少女「……」
死神「君と僕と、二人きり」
少女「……」
死神「永遠に、二人きり」
少女「……」
死神「……それで良いんだ。それで……」
少女「……」
しかし、そんなある日……――
死神「……何か臭うな」
少女「……」
死神「まさか……」
少女「……」
死神「ウジも細菌も死に絶えていた筈なのに……」
少女「……」
死神「……君、腐ってきてるのか? そうなのか?」
少女の服の袖からぽたりとウジに似た虫が床に落ちる。
死神「……」
少女「……」
死神「……」
死神「生物が……命が復活した……?」
少女「……」
死神「まさか。全滅した筈なのに……」
少女「……」
死神「……っ」
生き物の復活。狩る対象の復活。
待ち望んでいた事の筈だった。しかし……。
死神「……くそっ」
少女の身体が、今まで大切にしてきた身体が虫に蝕まれ、これから腐り果てていくであろう事実に堪えられなかった。
死神は少女に湧いた虫たちを摘まんでは床に叩き付け、足で踏みにじった。潰れた死骸から小さな魂が抜けて薄く光りながらふわふわ舞う。
死神「ちきしょう……っ」
小さな魂を錆びた鎌で狩る。
いくつも、いくつも……。
何匹分狩っただろうか。小さな魂を狩り終えた死神は少女越しにまだ溶けぬ雪に覆われた大地を見つめた。
少女に話しかけるわけでもなく、ただただ無言で見つめ続けた。
こんな寒さ、しかも核の風が吹いているというのに何て生命力だ、こいつらは。
丸々と太ったウジのような虫たちと反比例するように、少女の形は日に日に崩れていく。
鼻が曲がりそうな臭いも日増しに強くなっていた。それでも死神は少女の傍に居た。
死神「……増えたな、虫」
少女「……」
死神「相変わらず寒いのにな」
少女「……」
死神「虫ってのはしぶといな」
少女「……」
死神「お陰で死神としてやる事は出来たが、だけど……」
少女「……」
死神「……正直、お前が腐っていくのを見るのがつらい」
少女「……」
死神「あんなに可愛かった顔も、もう……こんなに……」
少女「……」
死神「……すまなかった。やっぱり君も雪の下で眠らせておくべきだったのかもしれない」
少女「……」
死神「……僕を恨んでいるか?」
少女「……」
死神「……僕を、憎んでいるか?」
少女「……」
死神「何とか言ってくれよ……」
…
……
死神「……あっという間に成虫になったな」
少女「……」
死神「僕と君の家なのに我が物顔でぶんぶん飛び回りやがって。
……蠅か、これ。何か変な形だな。奇形? 新種? ……どうでも良い、か」
少女「……」
死神「うざったいからいっそ全部狩ってやろうか」
少女「……」
死神「……そうだね。せっかく君が蘇らせた生物だもんね」
少女「……」
死神「……もう、諦めたよ。君が腐っていくのは仕方無い。……仕方無いんだ」
少女「……」
死神「……君は、嫌か?」
少女「……」
死神「……。……ちょっとで良いから答えてよ」
死神「君は、どんどん形が崩れていくね」
少女「……」
死神「もうぐちゃぐちゃだ」
少女「……」
死神「……いや、それでも離れないよ。離れたくない」
少女「……」
死神「君は……君はね、僕の暇潰し道具だから」
少女「……」
死神「……やっぱり訂正。暇潰し道具なんかじゃない。僕は、君の事が……好きになっちまったみたいなんだ」
少女「……」
死神「一緒に居続けたせいで愛着わいちゃってさ……おかしいだろう?
死神のくせに人間に恋なんて。しかもとっくに魂の抜けたただの死体に。はは……笑ってくれよ」
少女「……」
死神「……笑ってくれよ」
少女「……」
死神「……君は、僕のことどう思ってる?」
少女「……」
死神「醜い姿だろう? きっと生きている時君と出会っていたら、君は悲鳴を上げて逃げ出していただろう。その場で失神しちゃってたのかもしれない」
少女「……」
死神「……そんな僕のことをどう思ってる?」
少女「……」
死神「こんな僕でも、好きで居てくれる?」
今までぴくりとも動かなかった少女が、こくりと頷いた。
……かの様に見えたがそんな事、有り得る筈が無い。
腐り果てた首が、ごろりと鈍い音を立てて床に転がり落ちただけだった。
死神「……っ!」
落ちた頭に走り寄る死神。
ぐちゅぐちゅになった目玉はぼんやりと死神を見つめている。
少女の頭を両手の平で包み込むように拾い上げ、そっと抱き締める死神。
首の捥げた少女の身体はただただ座ってそんな死神を見下ろすような体勢で固まっていた。
死神「……ごめんな。ごめんな……」
捥げた頭を優しく撫でながら死神は呟く。
その瞳から滴が落ちる。いくつも、いくつも……。
死神「……何だ、これは」
己の目から溢れる水を不思議そうに手に取る死神。
死神「これが、人間の流す『涙』という物か……」
少女「……」
死神「……こんな陳腐な物を、僕が?」
少女「……」
死神「止まらない……何でだ……?」
少女「……」
死神「何で……どうして……」
少女「……」
ふと、死神は捥げた少女の首筋から何かが小さな何かが生えているのに気付く。
死神「……これは?」
少女「……」
死神「植物の、芽……?」
少女「……」
死神「ははは……君の身体からは色々な物が生まれるな」
少女「……」
死神「……こんな死の世界で、死神も退屈で死にそうになるような世界で、色んな物を生んでくれた」
少女「……」
死神「……ありがとう」
少女「……」
少女が、一瞬微笑んだように見えた。
きっと、ただの見間違えだろう。それでも……――
死神は少女の頭を胸に抱き、壊れたドアをくぐって外へ出た。
白い息をふわりと吐きながら雪原と化した街の残骸の上を歩く。
さく、さく。
雪を踏む音が心地良い。
――どこまでも、どこまでも続く白い世界を二人で歩く。
死神「どこまで行こうか」
少女「……」
死神「少し、遠出してみよう」
少女「……」
死神「静かだな……」
少女「……」
死神「……今に始まった事じゃないか」
少女「……」
死神「……」
ぽつりと呟くように少女の頭に話しかけると、また死神は歩き出す。
行き先などどこにも無い筈なのに、その足取りに迷いは無かった。
まるで、何かを探すかのようにその足をずんずんと進めていく……。
どれ程歩いただろうか。
ふと光を感じ、死神は立ち止まる。
見上げれば、重く空を覆っていた雲と粉塵の隙間から日が差していた。
幾筋もの光が冷たい大地を照らす。
死神「……見ろ、また日が差した」
少女の頭を光の方に向ける死神。
少女「……」
死神「……またすぐ消えるかもなぁ」
少女「……」
死神「それでも……」
少女「……」
死神「……」
そうして静かに少女の頭を撫でた死神。
腐り切って、毛髪も抜け始めた頭。微かに頭蓋骨も覗いている。
しかしそんな事、些細な問題であるかのように死神は優しく頭を撫でる。
また歩き始める死神。
あの光に向かって、雪を踏みしめる。
少女「……」
死神「……そうだね。綺麗だな」
少女「……」
ふと振り向く死神。
長く続く足跡も差した日の光に照らされている。
死神「随分遠くまで来たなぁ……」
少女「……」
死神「……遠くへ行こう。ずっと遠くへ」
少女「……」
死神「良いでしょう?」
少女「……」
死神「……行こう」
死神はただひたすら歩く。
日の光は絶えず、雲の切れ間は徐々に開けていく。
死神「晴れて来たねぇ……」
少女「……」
死神「何か気分も晴れてきた」
少女「……」
死神「こんな気分、久々」
少女「……」
死神「どんどん晴れると良いなぁ」
少女「……」
死神「ねぇ?」
少女「……」
死神「……そうだな。このまま晴れれば良いのになぁ」
死神「だいぶ歩いたなぁ……休憩、休憩っと」
日が差す下に、腰を下ろす死神。
死神「あったかい」
少女「……」
死神「ほんわかするなぁ……幸せだ……」
少女「……」
死神「……あ。またあの蠅モドキが寄って来てる。しっしっ、どっか行け!」
少女「……」
死神「ああ、うざったい。せっかく休憩してるのに」
少女「……」
死神「この場で魂狩り取ってやろうか」
少女「……」
死神「……。……はあ、もう良いや。旅の道連れは多い方が良い。
こんな雪だけの世界だ。どうせならプラス思考でいこう。……良いだろう?」
少女「……」
死神「よいしょっと……」
死神が立ち上がり歩き始めると蠅モドキも耳障りな羽音を立ててついて来る。
死神「うるさいなぁ……。……まあ、静まり返ってるよりマシか」
少女「……」
死神「プラス思考、プラス思考」
少女「……」
死神「え? どこに行くのかって?」
少女「……」
死神「……さぁね。僕にも分からない」
少女「……」
死神「でも、歩き続けていたらどこかに辿り着けるような気がする」
少女「……」
死神「……そう。どこかに」
歩く度、蠅モドキはどこからともなくやって来ては増えていった。蠅モドキに集られて腐った少女の頭は真っ黒だ。
死神が何度払いのけても飛びのいてはまた寄って来る。こんな雪しかない場所で良く生きていられるな、こいつら。
寒さに強く、まだ残っているであろう放射能にも屈しない新種なのかもしれない。この少女の頭に生えた草の芽のように。
そう心の中で独りごちながら死神は歩む。どこまでも、どこまでも……。
あの家を出てから何度日が昇り、何度月が沈んだだろうか。それすら忘れてしまう程の日にちが経っていた。
日の光は消えるどころか日を追う毎に強くなり、気付けば雪原もぬかるんだ荒地に変わっていた。
少女の頭も虫に蝕まれほぼ骨と化している。それでも死神は少女の頭をその腕から離そうとはしなかった。
強くなりゆく日差しを浴びた草の芽は死神の腕の中、ぐんぐんと成長した。
少女の眼孔からは伸びた草の根が覗き、その茎は空へ空へと背を伸ばす。青々とした葉は沢山の日光を集めようと広がっていく。
死神は時折、溶けた雪で出来た水たまりから水を掬い上げて草と少女の骨に掛けてやった。
そうしてまた大切な宝物のように抱きかかえると歩き出す。延々と、歩き続ける。
――柔らかな土に覆われた場所に行き着いた。
何も存在しない、ただただ暖かな日の光が辺りを包んでいる場所に。
死神「……随分遠くまで来たね」
少女「……」
死神「……ああ。僕ももう疲れたよ」
少女「……」
死神「君は、だいぶ変ったね。いつの間にか、草もこんなに成長してる」
少女「……」
死神「……ここにしようか」
少女「……」
死神「土も柔らかいし、きっとその草も根を張り易いだろう」
少女「……」
死神「……それに、ここはとても暖かい」
少女「……」
死神「だから……ね?」
少女「……」
そう言うと死神はその場に座り込み、横にそっと少女の髑髏を置いた。
数匹舞う蠅モドキの羽音と時折通る風の音以外何も聞こえない。
二人はただ黙って頭上に昇る太陽を見つめる。嫌な沈黙では無かった。
どれだけ経っただろうか。日がゆっくりと落ち始めた。
遠くに見える壊れた街は夕陽を浴びて炎に包まれたあの日のように紅色に燃えている。
死神「……」
少女「……」
死神「……綺麗、だなぁ」
少女「……」
死神「……。……そう、だね」
少女「……」
死神「……」
少女「……」
日が完全に落ちきり、月が代わりに辺りをぼんやりと照らし出す。辺りに灯りも無いので星が無数の宝石の粒のように闇夜にはっきりと浮かび上がる。
死神「……星が美しい」
少女「……」
死神「君もそう思うだろう?」
少女「……」
死神「ちょっと前までは街の灯りで良く見えなかったからね」
少女「……」
死神「……日が落ちて、少し寒くなったなぁ」
少女「……」
死神「……君は寒くない?」
少女「……」
死神「……そっか」
少女から生えた草の葉をそっと撫でながら死神は言う。
死神「……元気に育ってくれよ」
少女「……」
死神「死神が生き物の成長を願うなんてらしくないなぁ……馬鹿みたいだ」
少女「……」
死神「それでも……それでも僕は……」
少女「……」
死神「……枯れたりするなよ。枯れたら、許さないからな」
少女「……」
――それからというもの、死神は水を汲んで来ては少女の草にやり続けた。
そうしてまた少女の横に座り込こんで昇っては落ちてゆく太陽と月をぼんやりと眺め、物言わぬ少女と語り合う日々を重ねた。死神にとってそれは不思議な程穏やかな営みだった。
幾日、幾週、幾月も経ったある日、少女に根付いた草に小さな蕾が生える。それを見た死神は小さく微笑むと指先で、つんっと蕾を優しくつついた。
死神「……蕾」
少女「……」
死神「早く花になると良いな」
少女「……」
死神「綺麗な花、咲かせてくれよ」
少女「……」
死神「……楽しみにして待ってるからね」
少女「……」
死神「ずっと、ずっと待っているから」
…
……
………
死神「……あ」
少女「……」
死神「花が、開き始めた」
少女「……」
死神「赤くて、綺麗」
少女「……」
死神「……良く頑張ったね」
今ではすっかり草に覆われた少女の頭蓋骨を撫でる死神。
少女「……」
死神「……ありがとう」
少女「……」
死神「嬉しいよ、すごく。……他にも蕾、生えてきたね」
少女「……」
死神「いっぱい、いっぱい咲かせてね。……それだけが、僕の楽しみだから」
少女「……」
死神「……水、汲みに行ってくる。すぐ戻るよ。待ってて」
少女「……」
死神「いってきます」
少女「……」
死神「……」
死神「ただいま」
少女「……」
死神「水、今あげるね」
少女「……」
死神「美味しい?」
少女「……」
死神「どんどん成長していくね、花」
少女「……」
死神「他の蕾もこれからまた咲き誇るんだろうね」
少女「……」
死神「すごく、楽しみ」
死神「……何か子育てみたい。我が子の成長を見守る親って多分、こんな気分なんだと思う。死神の僕には良く分からないけど」
少女「……」
死神「僕がお父さん。君、お母さん。で、この花が子供」
少女「……」
死神「おままごと、おままごと」
少女「……」
死神「……虚しくなんか無いよ」
少女「……」
死神「むしろこんな満ち足りた気分、存在してから初めて」
死神「……花、いっぱい咲いたね」
少女「……」
死神「綺麗だよ。この世で一番綺麗」
少女「……」
死神「……僕、すごく幸せな気分だ」
少女「……」
死神「君は幸せ?」
少女「……」
日増しに赤い花は増え、少女の髑髏は根と葉に覆われ今やその姿を見る事は叶わない。
それでも死神は楽しそうに少女に話しかける。蕾が花開く度、少女と共に笑う。
死神「ほら、また水を汲んで来たよ」
少女「……」
死神「冷たい? 美味しい?」
少女「……」
死神「……今日も良く晴れてる」
少女「……」
死神「……夜になったらまた星が見えるよ」
少女「……」
死神「はは、どんどん大きくなっていく。最初はあんな小さな芽だったのに」
少女「……」
死神「……。……『神様』は、居るのかもね」
少女「……」
死神「……」
――しかし、そんな幸せもしばらくしか続かなかった。
時が経ち、赤い花弁も一枚ずつ落ちて葉も萎れていく。
死神「……枯れてきたね」
少女「……」
死神「茶色くて、カサカサ……」
少女「……」
死神「水も毎日あげてたのに」
少女「……」
死神「……寿命、だね」
少女「……」
死神「生きてるんだもんね。仕方無いよ……」
少女「……」
死神「……仕方、無いんだよ」
やがて枯れた亡骸からふわりと魂が抜けた。
淡く光るそれをじっと見据える死神。
死神「良く生きてくれたね」
死神「花、綺麗だったよ。すごく綺麗だった」
死神「……生まれて来てくれてありがとう」
死神「さよなら」
――別れを告げると、死神は鎌を振るった。
この魂が出来るだけ痛い思いをしないように、優しく腕を撓らせて。
……こんな魂の狩り方、存在してから初めての事だった。
狩られた魂はすぅ、と青天の空へ吸い込まれるように消えて行った。
死神「……行っちゃったね」
少女「……」
死神「魂は、どこへ行くんだろう……」
少女「……」
死神「実は僕、何にも知らないんだ。死んだら魂が抜けて、それを狩る事でこの世から解き放つ。解き放たれた魂が何処へ行くかなんて、知らない」
少女「……」
死神「……僕が知っているのは、ただ狩る事だけ」
少女「……」
死神「はは。おかしな話でしょう?」
少女「……」
死神「……君は、何処に居るの?」
少女「……」
魂が消えた空をぼんやりと眺める死神。
その様はまるで魂が抜けたかのようだった。
少女「……」
どれ程そうして居ただろうか。ふと死神は枯れた亡骸の方を向く。
まるで聞こえない筈の少女の声に振り向くように。
死神「……どうしたの?」
少女「……」
死神「これは……種?」
少女「……」
死神「あの子はただ死んだだけじゃ無かったんだ」
少女「……」
死神「……こうして、僕らに残してくれたんだ。新しい命を」
少女「……」
死神「あはははは……」
死神はとっくに風化して消えた少女の髑髏と笑い合う。
ずっとずっと、笑い合い続ける。
死神「ほら、集めてみたらこんなに沢山あったよ」
少女「……」
死神「はは、すごいなぁ。……大切に育てた甲斐があった」
少女「……」
死神「蒔こう」
少女「……」
死神「ねぇ、一緒に蒔こうよ」
少女「……」
死神「……うん。一緒にだよ」
少女「……」
死神「……ね?」
少女「……」
死神「えーと……こうやって、埋めて、土をかぶせれば良いの……かな?」
少女「……」
死神「僕は死神だからねぇ。こういうのは良く分からないよ」
少女「……」
死神「……君は、生きてる時土いじりとかした事ある?」
少女「……」
死神「……そっか」
少女「……」
死神「こうやって……こう?」
少女「……」
死神「……芽が出なかったらどうしよう」
少女「……」
死神「……。……大丈夫、だよね。だって僕らの子が残した種だもん」
少女「……」
死神「……」
死神「……」
少女「……」
死神「植えてから三日目、かぁ……」
少女「……」
死神「……中々生えて来ないねぇ」
少女「……」
死神「あはは……そんなにすぐには生えないか」
少女「……」
死神「……」
少女「……」
死神「……生えると良いね」
少女「……」
死神「うん……そうだね」
死神「……あ!」
少女「……」
死神「ほら、見て! 見てよ!」
少女「……」
死神「芽が生えて来た!」
少女「……」
死神「ほら、あっちにも、こっちにも!」
少女「……」
死神「良かったぁ……。……ふふ、こんなにちっちゃい」
少女「……」
死神「ねえ、見てよ。……ねぇ」
少女「……」
死神「……」
少女「……」
死神「……見てよ。ねぇ……」
死神「……」
死神「……」
死神「……ね? 可愛い芽でしょう?」
少女の身体はもうどこにも無い。
それでも死神は少女に話しかける。
まるで、そこに少女の身体が有るかの様に話し続ける。
死神「育つと良いね」
少女「……」
死神「また花が咲くと良いね」
少女「……」
死神「ここら一帯、全部を花畑にするんだ」
少女「……」
死神「……ここだけじゃ無い。地球上、全てを」
少女「……」
死神「……素敵でしょう?」
少女「……」
死神「水汲んで来たよ」
少女「……」
死神「……これだけの数になると水をやるのも骨が折れるなぁ」
少女「……」
死神「それでもやらなきゃ」
少女「……」
死神「そうでしょう?」
少女「……」
死神「……うん。分かってるよ」
少女「……」
死神「葉が生い茂ってきた」
少女「……」
死神「……一面が緑色」
少女「……」
死神「ちょっとは元の地球に戻った……のかな?」
少女「……」
死神「……だよね。まだまだ、だよね」
少女「……」
死神「……」
少女「……」
死神「よーし、まだまだ頑張るかー」
少女「……」
死神「死神がこんな事言うのもおかしいんだけどね」
少女「……」
死神「……でも、頑張る」
少女「……」
死神「……一緒に頑張ろうね?」
少女「……」
死神「……ありがとう」
草の芽たちはぐんぐん成長した。
茎を伸ばし、葉を広げ、蕾をつけて花開く。
辺りは立ちこめる花の香で包まれた。
死神「甘い匂いがするね」
少女「……」
死神「日も暖かいし、良い気持ち……」
少女「……」
死神「……この花たちが枯れても、また種が出来る。数え切れない程の種が」
少女「……」
死神「植えるのも、育てるのも一層大変だろうね。……ちょっと気が滅入る」
少女「……」
死神「……でも、嬉しい」
少女「……」
死神「こんど種が出来たら、向こうの方まで植えに行こう?」
少女「……」
死神「ほら、あの、街の残骸の方」
少女「……」
死神「あそこ殺風景だし、丁度良いよ。土の状態はここより悪いけど、きっと育ってくれる」
少女「……」
死神「あー、楽しみだなぁ」
少女「……」
死神「街も、地球も、全部この花で埋め尽くそう」
少女「……」
死神「花にあふれた世界で二人仲良く暮らすんだ」
少女「……」
死神「二人で……ずっと……」
死神「……あれ?」
少女「……」
死神「何だろ、あの虫」
少女「……」
死神「……蠅モドキとは違うみたいだ」
少女「……」
死神「花に集まってる。蜜吸ってんのかなー?」
少女「……」
死神「……また新種、かな」
少女「……」
死神「どんどん増えていくねぇ」
少女「……」
死神「……はは」
死神「……あれが死んだら狩りに行かなきゃ」
少女「……」
死神「だって、それが僕の仕事、存在意義だもん」
少女「……」
死神「……こうしていると、それすら忘れそうになる」
少女「……」
死神「変なの。こんなの、初めて」
少女「……」
死神「あはは、本当に変なの」
少女「……」
死神「……。……変なの」
死神「『死』なんて誰が作ったんだろう」
少女「……」
死神「え? 僕じゃ無いよ?」
少女「……」
死神「意外だった?」
少女「……」
死神「……そうでもないか」
少女「……」
死神「……作ったのは『神様』なのかな」
少女「……」
死神「『神様』、か……」
死神「……幾つか枯れてきたね」
少女「……」
死神「……狩らなきゃ」
少女「……」
死神は鎌を持つと抜け出た魂に向けてふわんと振るう。
時は夕刻。夕日の中解き放たれた幾つもの魂が光っては消えていく。
少女「……」
死神「……寂しいね」
少女「……」
死神「前までは魂を狩っても何にも感じていなかったのに」
少女「……」
死神「……僕はやっぱり、おかしくなっちゃってるみたいだ」
少女「……」
死神「他にも、遠くで虫が沢山死んでる」
少女「……」
死神「……。……狩らなくちゃ、ね」
少女「……」
死神「死んだものをこの世に留めといちゃいけないんだ。……良く分からないけど、そういう決まりなんだ」
少女「……」
死神「……君はそこに居て?」
少女「……」
死神「狩ってるとこ、あんまり見られたくない」
少女「……」
死神「……今はそういう気分なんだ」
少女「……」
死神「……いってきます」
今まで、狩る事に何の疑問も持っていなかった。
何の感情も持っていなかった。むしろ、快感すら感じていた。
なのに、どうしてだろう。
命が途切れていく。
魂がこの世から消えていく。
寂しかった。
悲しかった。
虚しかった。
僕は、僕は死神なのに。
魂を狩るために存在しているのに。
どうして鎌を振るう腕がこんなに重く感ぜられるんだろう。
どうして? ねぇ、『神様』……――
死神「……ただいま」
少女「……」
死神「いや、大丈夫。大丈夫だよ……」
少女「……」
死神「……。……そうだね、種採ろうか」
少女「……」
死神「もう真夜中だ。日が昇ったらにしよう?」
少女「……」
死神「……もう寝よう。眠りたい」
少女「……」
死神「……。……今日も、良い月だ」
少女「……」
死神「……眠ろう」
死神「……朝、か」
少女「……」
死神「おはよう」
少女「……」
死神「……うん。おはよう」
少女「……」
死神「さて、と。種を採ろうか」
少女「……」
死神「……日が高く昇ったら、あの街に行こう。街の残骸に」
少女「……」
死神「壊れた建物を緑で隠そう?」
少女「……」
死神「……ふう、これで全部かな」
少女「……」
死神「……太陽がもうあんなところに」
少女「……」
死神「あの街にもちゃんと根付くと良いね」
少女「……」
死神「……大丈夫、大丈夫」
少女「……」
死神「……さぁ、行こうか」
死神が歩く度花の香が舞い、戯れている虫が少し飛び退く。
しかし、花の種を蒔いた場所を離れればそこは静まり返った世界。
死神は歩き続ける。この世界を、少しでも変える為に。
――あの花の種は街の残骸の中でも根付いた。
粉々に割れたコンクリートの間、芽吹いて葉を茂らす。
日々成長していく草花を満足げに眺めながら過ごす死神と、少女。
死神「……綺麗だなぁ」
少女「……」
死神「この間までここも死の世界だったのに」
少女「……」
死神「僕たちでやったんだよ? ……自分でも信じられないくらい」
少女「……」
死神「次はどこにしようか?」
少女「……」
死神「どこにこの種を蒔こう?」
少女「……」
死神「……うん。楽しみだね」
死神は花の種を手に少女と歩き続ける。
荒地に、焼け焦げた街に、未だ凍った土地にも蒔いた。
どこでも芽は伸び、花開く。
――それはまさに奇跡だった。
死神「『神様』は、本当に居るのかもしれない」
少女「……」
死神「……きっとそうだよ」
少女「……」
死神「さぁ……また歩き始めよう」
少女「……」
死神「不思議と全然疲れないんだ。……今ならどこまででも歩ける気がする」
少女「……」
死神「行こうよ……ね?」
少女「……」
種を蒔き続ける旅は何百年と続いた。
気付けば周りは命にあふれかえり、様々な種類の生物が生まれていた。
死神「……賑やかな星になったね」
少女「……」
死神「一度は死んだ筈なのに、命はすごいなぁ」
少女「……」
死神「……あれが死んだらまた狩りに行かなきゃ」
少女「……」
死神「生まれて、死んで、新しい命を残す。当然の摂理なんだから」
少女「……」
死神「そうしてまた命は増えていくんだ。だから……それで良いんだよ」
少女「……」
そう言うと死神は空を泳ぐ鳥と魚の合いの子のような生き物の群れを眺める。
夕闇の中、帰路に着く群れの影は遠のいていく。死神は少しの微笑をたたえながらいつまでもその後姿を見守り続けていた。
――何千、何億もの時が流れた。
数え切れない程の命が死に、数え切れない程の命が生まれた。
……そうして、花の種を植える旅も終わりを告げる事となる。
死神「ここは……最初に種を植えた場所?」
少女「……」
死神「そっか、戻って来ちゃったんだ。いつの間にそんなに歩いたんだろう? ……随分と変わったなぁ。あんな大木あったっけ?」
少女「……」
死神「……でも、あの赤い花もちゃんと咲き誇ってる」
少女「……」
死神「……。……帰って来たんだ」
少女「……」
死神「ここまで来たら、種なんて植えなくても命はきっと勝手に育って行くよ」
少女「……」
死神「……僕らは役目を終えたんだ」
少女「……」
死神「……休もうか」
少女「……」
死神「さすがに、少し疲れた」
少女「……」
死神は草原に腰を下ろす。
相変わらずここは甘い花の香に包まれ、明るい太陽が柔く照っていた。
花に戯れる虫と、駆ける小さな獣たち。
穏やかな表情で居ない筈の少女の身体を抱き寄せる死神。
死神「君も疲れただろう?」
少女「……」
死神「ここで永遠に命の巡りを見守りながら……ゆっくりと休もう」
少女「……」
死神「……これから何千、何億年したらまた君ら人間みたいな生物が現れるかも知れないね」
少女「……」
死神「その時、そいつらはどうするだろう」
少女「……」
死神「……この星を、どうするんだろう」
少女「……」
死神「……」
少女「 」
死神「……え」
少女「 」
死神「……。うん……うん、そうだね」
少女「……」
死神「……」
――何億、何十億年。永遠と呼べる程の時が過ぎた。
生きては死に、新しい生命を増やし、生き残る為時間をかけて姿形を変えていく。
その過程である者は速く走る脚を手にし、ある者は鋭い牙を手にし、ある者は知能をつけた。
死神と少女は二人、花畑に腰かけ進化していく生物たちを見守り続ける。
……どこまでも、どこまでも穏やかな日々だった。
「行ってきまーす」
「またあの花畑に行くのかい?」
「うん。だってとっても綺麗なんだもん」
「そう……。
……行っても良いけど、むやみやたらに荒らすような事は絶対にしちゃいけないよ」
「別にそんな事しないよ。でも、どうして?」
「――あの花畑には、『神様』が居るからね」
―おわり―