関連
右京「呪怨?」修正版<<第1話>>
右京「呪怨?」修正版<<第2話>>

111 : 以下、名... - 2018/03/14 06:34:11.74 VKN7a1Ov0 108/293



<<第3話 俊雄>>


2013年3月―――


その日、右京の指名により

新しく特命係に配属された甲斐亨は恋人の悦子からある相談事を受けていた。


「介護士の友達と連絡が付かない?」


「そうなのよ!
彼女の職場にも連絡したらもう三日も無断欠勤して
むしろこっちが行方を知りたいくらいだって言われたのよ…」


悦子は親友の仁科理佳と連絡がないことに不安を抱いていた。

こんな物騒な世の中だ。何かの事件に巻き込まれたのではないか?

そんな不安から彼女は恋人の甲斐享ことカイトに相談をしていた。

カイトも恋人の頼みならばとその頼みを快く了承した。


「…というわけでこれから悦子の友達を探しに行きますんで。」


翌日、さっそく悦子の友人である仁科理佳を探すべく

一応上司に当たる右京に断りを入れてカイトは調査に赴くことにした。

112 : 以下、名... - 2018/03/14 06:34:59.79 VKN7a1Ov0 109/293



「なるほど、それでどういう状況で行方不明になったのか詳細は聞きましたか?」


「その介護士の仁科理佳さんはホームヘルパーやっているそうで、
同僚の人が言うには彼女は担当の家に向かった直後に連絡が付かなくなったそうです。」


「状況から察するに恐らく訪問先の家で何かあった可能性が高いですね。
カイトくん、そのお宅には連絡をしたのですか?」


「それが…彼女の職場の人が
訪問先の住人、担当の家は徳永さんっていうんですが
そこに連絡してみたんですけど徳永さんが言うには『何も知らない』の一点張りで…」


「少々気になりますね。僕も一緒に行きます。
とりあえずその御友人の訪問先に行ってみましょう。その訪問先はわかりますか?」


コートを取り出してカイトと共に出かける用意を始める右京。

そんなカイトから理佳の訪問先の住所を告げられた。

訪問先の住所とは東京都練馬区寿町4-8-5。

それを聞いて右京はすぐに特命係の部屋を飛び出すようにして出て行った。

そんな右京を駆け足で追うカイト。

何でいきなり急ぐのかと疑問に思うカイトに

かつてあの家で起きた不可解な事件はまだ終わっていないことを確信した右京。

こうして二人は旧佐伯家に向かった。

113 : 以下、名... - 2018/03/14 06:35:33.97 VKN7a1Ov0 110/293



「やはりこの家でしたか…」


「杉下さんから聞いたけどまさか仁科さんの訪問先が…あの旧佐伯家だなんて…」


車から降りてかつての佐伯家にたどり着いた右京とカイト。

カイトもまた道中で佐伯家の事件を知り

かつて惨殺事件が起きたこの家を頬から冷や汗を垂らしながら眺めていた。


「ごめんくださ~い。警察です。誰かいませんか~?」


玄関からの呼びかけに誰も応じない。

かつてなら家の住人がすぐさま対応に出たものだが…

既に事態は最悪の展開が起きているのではないか?

かつて亀山薫が、神戸尊が右京の立ち入りを禁じた旧佐伯家。

だが彼らはこうも言っていた。

今は無理でもいつの日か必ず解決出来るはずだと…

もしかしたら今がその時なのかもしれない。

彼らの言葉に確信を持った右京は相棒のカイトの制止も構わず無断で家の中へ入った。

114 : 以下、名... - 2018/03/14 06:37:14.95 VKN7a1Ov0 111/293



「それにしても気味の悪い家だな。しかもこの荒れ様は何なんだよ…」


カイトがぼやいたが家の中はゴミ屋敷の状態と化していた。

理佳の職場で問合わせて確認したがこの家の住人は三人。

この家の世帯主である徳永勝也、妻の和美。

それと勝也の母でもあり理佳が訪問介護を行っていた幸枝だ。

そこで右京は玄関前に置いてある靴を確認した。靴は全部で四足ある。

ひとつは男物、恐らくこの家の主である勝也のものとみて間違いない。

残り三足は女物。ひとつはデザインからして老人向けのモノだ。幸枝が履いている靴だ。

もうひとつはそれよりもデザインが若いが落ち着いた履物であることから妻の和美のモノ。

それでは最後に残った靴。これは明らかに若者向けのデザイン。

それにこの家の住人は三人なのに四つめがあることは…

つまりこの靴の持ち主は行方不明となっている仁科理佳の履物である可能性が高い。

やはり理佳がこの家にいるのは間違いないようだ。


「とりあえず1階を中心に探したいと思います。」


「何で1階なんですか?」


「仁科理佳さんは幸枝さんの訪問介護を行っていた。
介護を受けるとなると足腰の不自由なご老人だということは容易に想像できます。
そんな体の不自由な人を二階に住まわせると思いますか?」


右京の説明に納得するカイト。こうして二人は一階を中心に探し出した。

リビングや台所、それにトイレや風呂場などやはり人の気配はない。

そこで最後に残った奥の部屋を覗いてみるとそこには一人用の布団が敷かれていた。

察するにここは幸枝の部屋らしい。

その布団には誰かが包まっているように見えた。そこで布団を取ってみると…


115 : 以下、名... - 2018/03/14 06:38:38.56 VKN7a1Ov0 112/293



「ひぃっ!死んでる!?」


なんとそこには寝間着姿の老婆が酷い形相で亡くなっていた。

死体からの異臭が漂っており死後数日は経過していることは間違いない。

だがそうなると仁科理佳は何処へ行ったのか?


「うわぁぁぁぁ!?」


突然カイトの悲鳴が響いた。

すぐにカイトの方を振り向くとなんとカイトの足元に若い女性が倒れていた。

この家の住人にしては年若い。どうやら彼女こそ右京たちが探していた仁科理佳のようだ。


「…」


だが発見された理佳は放心状態でまともに話せる状態でもなく

右京たちが何度呼びかけても応じなかった。

これでは埓が明かない。

仕方なく彼女を近隣の病院に運び二人は警視庁本部にこの事態を連絡。

それから一時間後、この現場に応援が駆けつけた。

116 : 以下、名... - 2018/03/14 06:39:20.46 VKN7a1Ov0 113/293



「ここが現場か…待てよ?確かここって…」


「以前旦那が奥さん殺した家ですよ。それで子供も未だに見つかってないとか…」


「その後もこの家の入居者は立て続けに行方不明になってるという曰く付きの家だ。」


「まったく…よくもまあこんな家に住みたがるモンだ、それで仏の身元は?」


「徳永幸枝、この家の住人です。
ただ数年前から高齢の所為で痴呆症が酷いようで
週に何度かホームヘルパーが訪問しに来る事になってるそうですよ。」


「それで死因は?」


「心臓麻痺ですな。まあ仏さんも高齢でしたし死因は大して問題ではないのですが…」


通報を受け駆けつけた伊丹たち捜査一課が現場検証を行っていた。

現場状況は既に米沢たち鑑識が把握しており

この部屋で死亡したとみられる幸枝の死因も心臓麻痺であるなら事件性はないはずだ。

だがいくつか気になる点もある。

それはやはり幸枝の死に顔だ。

あれほど恐怖に引きつった死に顔はどうやったあんな風になるのか疑問だ。

さらにもうひとつ、この家の残り二人の住人。勝也と和美と連絡が取れない状況だ。

この不可解な事態を唯一把握している仁科理佳も病院に担ぎ込まれて話せる状態ではない。

117 : 以下、名... - 2018/03/14 06:42:01.31 VKN7a1Ov0 114/293



「ショック死でショック状態…お後がよろしいようで…すみません。不謹慎でしたな。」


「くだらねえダジャレ言ってる場合か!クソ、こうなると厄介だな。」


事故死なら遺族に連絡しなければならないのだがそれが出来ないのでは話にならない。

だがここでもうひとつ考えられる可能性もある。

もしかしたらこれは事故と見せかけた他殺ではないのか?

状況から判断してヘルパーが数日もこの部屋で死体と共に過ごしていた。

さらに遺族は未だ連絡が付かない状況。

ひょっとしたら介護に疲れた遺族が幸枝を放置してみすみす死なせたのではないか?

そう判断できなくもない状況ではないかと伊丹なりに推理してみせるが…


「伊丹さん、その推理はまだ飛躍しすぎではありませんか?
介護疲れで事故死に見せかけた殺人を行うのならもっと自然な方法がありますよ。
ですが今回の状況はあまりにも不自然です。
ここは息子夫婦にもなんらかの事態に巻き込まれていると考えるべきだと思いますよ。」


「また出たよ…相変わらず神出鬼没ですなぁ警部殿!」


「やっぱり特命係が絡んでたんだ。」


「まったくお宅らの行くところ死体の山じゃないんですか?」


「皮肉は結構、ところで芹沢さん。
息子の勝也さんの携帯番号がわかるなら家の中に掛けてもらえますか。」


捜一トリオからの皮肉を交わしながら芹沢に勝也の携帯に掛けるよう指示を促す右京。

だが何度掛けても勝也は連絡に出やしない。

そんな中、右京は耳を澄ませながらある音を探っていた。

1階にそれらしい音がなく2階へと移動しながら探りを入れていた。

118 : 以下、名... - 2018/03/14 06:42:46.18 VKN7a1Ov0 115/293



((トゥルルルルル))  ((トゥルルルルル))


するとどうだろうか。

二階から微かだが携帯のコール音が聞こえてきた。

その音を辿るとある部屋へと行き着いた。

それはかつてあの佐伯伽耶子と小林俊介が惨殺された死体が置かれていた部屋だ。

さらにこの部屋、奇妙なことに奥にある押入れの襖がテープで巻きつけられていた。

まるでこの襖から出られないように

幾重にも貼られたガムテープを取り押入れを開けるが何もない。

だがコール音はこの上から鳴り響いているのがハッキリと聞こえてくる。

そこで伊丹がまず押入れから通じるこの家の屋根裏を開けてみた。


「ひぃぃっ!?」


そこで伊丹は驚くべきものを発見する。

気になった右京もあとから続いてそれを見つけるのだがなんとそこにあったのは

勝也とそれに和美が死体となって発見された。

これにより捜査一課は事件性があると判断、さっそく捜査を行うが…


「とりあえず怨恨の線から調べる。旦那の職場に行くぞ!」


伊丹たち捜査一課はまず怨恨から調べる事になり事件現場を後にする。

残った右京とカイトは引き続き現場を捜索するが…

119 : 以下、名... - 2018/03/14 06:43:24.66 VKN7a1Ov0 116/293



「つまり彼らが亡くなったのは四日前という訳ですか?」


「ええ、間違いありませんな。
屋根裏で見つかった息子夫婦の死体は
大まかな検死の結果からして死後四日以上は経過していると思います。」


「待ってください。それっておかしくないですか?」


「そうですね。息子さん夫婦が既に四日以上前に死亡しているとなると、
仁科さんの職場の方が
この家に連絡した時に一体誰が電話に出たのかという事になるわけですが…」


まさか死人が電話に出たはずがない。

つまりそれはこの家に仁科理佳や徳永一家以外にも誰かがいたということだ。

さらにもうひとつ気になる点があった。それはこの家に置かれている固定電話。

それには留守番メッセージが残されていた。


『もしもーし!仁美です。誰かいませんか?もしもーし、和美さんいませんか?
母さんの具合どうなんでしょうか?心配しているのでとりあえず一度連絡をください。』


連絡してきたのは仁美という女性だ。

調べてみるとこの徳永一家にはもう一人家族が存在していた。

死んだ勝也の妹で名前は徳永仁美。

気になった右京は先ほど発見された勝也の死体が手にしていた携帯電話を調べた。

すると仁美からの三日以前から着歴がいくつも入っていた。

だが不思議なことにその着信はそれ以降無い。

ひょっとして連絡が取れたのか?いや、それはありえない。

何故なら勝也たちは三日前に亡くなった。

つまりそれ以降連絡したところで当然繋がるわけがない。

まさか…仁美は勝也たちの身に何か起きていたことを知っていたのではないか…?

120 : 以下、名... - 2018/03/14 06:43:53.19 VKN7a1Ov0 117/293



「あれ?何だこれ?」


「どうしましたか?」

「いや…写真を見つけたんですけど…
かなりボロボロで…けどこれって…親子の写真ですよね…?」


それはもう何年も放置されたままだった一枚の写真。

中年の男とそれに写真が破れたせいで顔が見えないままになっている母親らしき女性。

その二人の中央に位置する小学校低学年くらいの年齢の少年。

これはどう見ても徳永家のモノではない。

何故なら写っている男は死んだ勝也とは明らかに別人な強面の顔をしている。

それを見て右京はこの男の名を告げた。


「この男、佐伯剛雄ですね。」


それを聞いてカイトは思わずゾッとした。

何故ならこの写真はかつてこの家で惨殺事件を起こした佐伯家の人々を写したものだ。

まさかこんな写真がまだ残っているとは誰も思わなかったはずだろう。

とにかくこれでいくつかのことが判明した。そろそろ病院に運んだ理佳も目を覚ますはず。

そこで右京たちも米沢にこの場を任せて理佳への聞き込みに向かった。

121 : 以下、名... - 2018/03/14 06:45:01.43 VKN7a1Ov0 118/293



「仁科理佳さんですね、もうお身体は大丈夫ですか?」


「はい。おかげさまで…」

「亨から連絡もらって
すぐに病院に来たけど理佳、あれからすぐに意識が回復して良かったわ。」


「悦子こそ…仕事大丈夫なの?」


「親友が大変な時に呑気に仕事してられないでしょ!」


右京たちが理佳の搬送された病院に駆けつけると

そこでは既にカイトの恋人にして理佳の友人でもある悦子がお見舞いに来ていた。

親友だけあってわざわざ職場を早退してまで駆けつけた悦子。

だが駆けつけた理由はそれだけではなかった。


「理佳…きっと失恋したばっかで気落ちしてたんだよ…だから…」


「ちょっとやめてよ悦子。他の人たちが聞いてるんだよ。」


どうやら理佳だが少し前に恋人と別れてしまったらしい。

これに関しては特に事件とは無関係だなと決め付けるカイト。

それはともかく理佳に徳永家で何が起きたか聞かなければならなかった。

122 : 以下、名... - 2018/03/14 06:45:28.15 VKN7a1Ov0 119/293



「さっそくですがお話聞かせてもらえますか?」


「ハイ…わかりました。
三日前、私はホームヘルパーとして徳永さんの家に派遣されました。
そこは何故かゴミが散らかって荒れ放題で…
鍵が掛かってなかったので家の中に入ったんですけど
そしたら…幸枝さんが倒れていて…その時はまだ生きていたんです。
それから私は幸枝さんの介護をしたり
散らかった部屋を片付けたりして、2階の部屋も掃除しようとしたら…
変な鳴き声が聞こえてきたんです!」


「その鳴き声とは?」


「猫の鳴き声でした。
『ミャー』って声が聞こえて…それで2階の部屋の押し入れを開けたんです。
中に黒い猫を見つけて…私…その猫を抱こうとしたんです…そしたら…そしたら…」


「その猫の居た場所に急に男の子が現れたんです!
私ビックリして…センターからもそんな連絡を受けてなかったものだから…
それでその子の名前が確か…」


少年は―――俊雄。そう名乗った。

その後、俊雄を連れて幸枝のところへ戻るところまでは覚えていた。

それから先のことを理佳は何も覚えていなかった。

微かに覚えているとすれば枕元で幸枝がブツブツと何かを呟いた後、

彼女の影から何か得体の知れないモノが出てきたような気がしただけ。

しかし今の話を聞いて右京は改めて理佳にあることを確認した。

それは先ほど徳永家で見つけた一枚の写真を理佳に見せた。


123 : 以下、名... - 2018/03/14 06:46:01.78 VKN7a1Ov0 120/293



「理佳さんが見つけた少年はこの子でしたか?」


「そうです。間違いなくこの子です。この子が俊雄くんです。」


写真に写っている男の子が先ほど会った俊雄だけ確認した理佳。

だがそれは本来ならありえないことだ。


「それはあり得ません。」


「な…何故ですか?」


「この写真に写っている少年の名前は佐伯俊雄、
5年前父親である佐伯剛雄が起こした殺人事件以来行方不明になっています。
それにこの写真が撮られたのも5年前、
既に5年も月日が流れているのに俊雄くんが
成長せずにこの姿のままというのは少々辻褄が合わないと思いませんか。」


「それじゃあ…私が見たのは…イヤァァァァァッ!?」


右京から告げられた事実を知らされ思わず悲鳴を上げる理佳。

無理もない。まさか自分が接した少年が5年前行方不明になったままの少年で

さらに言えばその姿が当時と同じであるなど普通では考えられない。

そんな得体の知れない場所で三日間過ごしていたなど普通なら恐怖で怯えて当然だ。

とりあえず動揺する理佳を悦子に託して右京たちは次なる人物に会いに行く。

その相手は徳永仁美。今となっては徳永家最後の生き残りだ。

124 : 以下、名... - 2018/03/14 06:46:27.80 VKN7a1Ov0 121/293



「…どちらさまですか…?」


「あの…徳永仁美さんですよね?警察の者なんですけど…」


さっそく仁美のマンションを訪ねたが何故か彼女は来客者が来たというのに

シーツに顔を包み玄関越しから見える

部屋の窓には新聞紙を敷くという奇妙な行動を取っていた。

この奇妙な行動は何なのか?だがそれよりもまずは事件についてだ。


「先ほど連絡したんですけどご家族の方が亡くなられました。
それでこんな時になんですがご遺族であるあなたにもお話をと思い伺ったんですけど…」


明らかに異常な行動を見せる仁美に聞き込みを行おうとするカイト。

そんな時、玄関に貼られていた新聞紙が

剥がれそうになりどうにも邪魔だと思ったカイトがそれを取ってしまった。

125 : 以下、名... - 2018/03/14 06:46:55.02 VKN7a1Ov0 122/293



「やめてぇぇぇぇぇ!絶対に窓を開けないで!あいつが…あいつが来る!?」


突然仁美が血相を変えてカイトの行動を妨げた。これにはさすがに驚く右京とカイト。

そんな仁美だがすぐさま新聞紙を元の状態に戻してなんとか落ち着きを取り戻した。


「取り乱して…ごめんなさい…」


「いえ…こちらこそすいません。
ところで会社の方に問い合わせたらもう三日近く無断欠勤してると聞いたんですけど…」


「…そんな事より…お話って何ですか?」


「既にご存知だと思われますがあなたのお母さまと兄夫婦が亡くなられました。
最後の着信があなたの番号でしたので何かご存じならばお伺いしたいのですが…」


仁美は暫く沈黙をした後何かに怯えながら話を始めた。それは今から四日前に遡る。


「四日前の事でした。私はいつものように兄の家に行ったら…
和美さんはいなくてお母さんだけしか見当たらなくて…
それで私は和美さんの代わりにお母さんのお夕飯を作ってたら…
お兄ちゃんが現れて…和美さんはどうしたのか聞いたら買い物に行っただとか…
都合が悪いとか言って…それから突然変な事を言い始めたんです…」


「確か…『俺はあの女に騙されていた』とか『俺の子じゃない』とか…
普段ならやらない親指の爪を噛みながらブツブツとそう呟いたんです。
それで私はすぐに追い出されてしまったんです…
その事が気になった私は翌日家に電話してみたんです、けど誰も出なくて…
次に兄の携帯にも掛けみたんですけどそしたら…変な声が聞こえたんです…」


「変な声?」


「そうです…確か…」


『ア゛…アアアア…ア゛アアアアア…』


それはどこからともなく聞こえてきた不気味な呻き声。

明らかに人の声であることにちがいはない。

だがこの部屋には右京とカイト、それに仁美の三人しかいない。

誰もこんな不気味な呻き声など発していないのだが…?

126 : 以下、名... - 2018/03/14 06:47:23.18 VKN7a1Ov0 123/293



「こんな声が…え?嘘…何で聞こえてくるのよ…イヤァァァァァァ!?」


「ちょっと仁美さん!落ち着いて!」


この部屋に漂う不気味な存在に思わず恐怖し発狂してしまう仁美。

その様子を見て右京は2年前に佐伯家関連の事件で発狂した鈴木響子を思い出した。

今の仁美はあの時の響子とまったく同じだ。

恐らく同様の事態が仁美にも起こりつつあると思って間違いない。

それから仁美は右京たちが居るにも関わらずベッドの中へと潜り込んでしまった。


「もうずっとよ…あの日から変な女が…」


「あいつは私を殺しに来るのよ。きっとそうだわ。」


「だから兄や母が殺されたのも…あいつの…あの女が………」


怯えながら話していた仁美の声が急に途絶えた。

どうかしたのだろうかとベッドの中を覗こうとした時だ。

127 : 以下、名... - 2018/03/14 06:47:55.51 VKN7a1Ov0 124/293



「 「ギャァァァァァァァァッ!?」 」


ベッドのシーツ越しから突然仁美の叫び声が響いた。

一体何が起きたのか急いで駆け寄ろうとした。

すぐさまシーツから仁美の腕が出てきて助けを求めるかのように訴えていた。

その手を掴んだ右京とカイトは仁美をベッドから引きずり出そうとするのだが…


「何だよ…この力…どうなってんだ…!?」


だが大の男が二人掛りだというのに仁美はベッドから連れ出すことが出来ない。

それどころかこのままだと

自分たちもベッドの中に飲み込まれるのではないかと不安が過ぎった。

こうなれば…

右京はすぐにシーツを掴み取りその正体を確かめようとした。だが…


「あ…あぁ…」


そこには泣きながら怯える仁美だけしかいなかった。

他には誰もいやしない。それでは先ほどベッドの中で仁美を襲ったのは何だったのか?

まさか仁美の悪戯?いや、それはありえない。

先ほど自分たちを引っ張ろうとした力は非力な女性が出せるようなモノではない。

だが何か不可解な現象が起きていたことだけは確かだ。それは一体何だったのか?

128 : 以下、名... - 2018/03/14 06:48:24.45 VKN7a1Ov0 125/293



「とりあえずこの部屋を出ましょう。
どうにもこの部屋はあなたに悪影響を与えているようですよ。」


こうして仁美はカイトに連れられて部屋を出て警察の保護下に置かれることになった。

それから部屋を出て行くのだが去り際、

右京はこの部屋で目に見えない得体の知れない存在に向かってあることを告げた。


「聞こえますか。あなた方の正体は見当がついています。
五年前から続くこの事件の因縁を今度こそ断ち切らせてもらいますよ。」


何かに向かってまるで宣戦布告かのように告げた右京はそのまま部屋の扉を閉めた。

だがそれと同時に先ほど貼り直した新聞紙が破れ落ち、

そこから不気味な目が見開いた。

それはまるで右京たち特命係を

新たな標的として見定めたかのように彼らを睨みつけていた。

129 : 以下、名... - 2018/03/14 06:48:50.06 VKN7a1Ov0 126/293



「固定電話の指紋の検出ですか?」


「ええ、仁科さんの勤めていた介護施設の方が
徳永家に連絡した際必ず連絡に出た人間がいるはずです。
その指紋の採取は出来たのでしょうか?」


「一応出来たのですが…
前科者のいない正体不明の指紋が検出されただけですね。
この指紋の主が誰なのかが問題ですが…」


「でしたらこのノートを使ってください。」


警視庁へと戻った右京たちは

さっそく鑑識課の部署にいる米沢に固定電話を調べてもらうためにあるモノを渡した。

右京が取り出したノートはかつて佐伯剛雄が起こした事件の際に、

右京が佐伯家から持ち出した佐伯伽椰子の日記だ。

このノートは2年前に北田家を訪れた際にあの家のポストに何故か放置されていた。

そのことを不審に思った右京はあれから密かにこのノートを所持していた。

とりあえずこのノートを受け取った米沢はすぐにノートの指紋と一致するのか調べた。

だが右京たちが事件の捜査を行っている一方で

この警視庁内では得体の知れない存在が不穏な動きを見せていた。

130 : 以下、名... - 2018/03/14 06:50:52.11 VKN7a1Ov0 127/293



「どうだ。この新しく作った歴代刑事部長の写真立ては!見事なモノだろう!」


「まったくもってその通りですなぁ!ほら、お前たちも早く感想を言え!」


同時刻、伊丹、三浦、芹沢、の捜査一課三人は内村の部屋へと呼び出されていた。

ちなみに要件というのは単なる自慢話だ。

内村はこの部屋に新しく置かれた歴代刑事部長の写真立てを並べて自慢していた。

そう嬉々に自慢する内村を冷ややかな目で見つめる伊丹たち。

そんな彼らの感想は以下のものだ。


「ハ…ハァ…えぇ…見事ですよ…」(棒読み)

(大至急来いと呼び出されて来てみりゃ自慢話かよ…)(本音)


「まさに圧巻ですなぁ…」(棒読み)

(こりゃ税金の無駄遣いだ…)(本音)


「いやー、凄いなぁ…」(棒読み)

(デコに肉とか書いて落書きしてやりたい…)(本音)


事件で忙しいという時によくも呼び立ててくれたなと内心呆れている様子。

だが実はこれは建前。呼び出した本題は徳永家で起きた事件についてだ。

131 : 以下、名... - 2018/03/14 06:51:28.83 VKN7a1Ov0 128/293



「うむ、いずれこの中に私の写真もデカデカと立てる予定だからな!
フフフ、将来は警視総監となる私だ!歴代の先輩方よりももっと派手に…
おっと、まだ自慢をしてやりたいところだがお前らを呼んだのはそれだけではない。」


「例の徳永家の事件だが何か進展はあったのか?」


「現在我々は被害者たちへの怨恨の線で調べています。ですが…」


「被害者全員がショック死ですので犯人を特定出来る物証が中々発見出来なくて…」


「あの家…
以前にも事件があったり転居してきた人間が失踪したりと曰くつきですからね…
もしかしたら犯人は幽霊じゃないかと…」


捜査一課は他殺の線で動いているがやはり決め手となる証拠がないのが現状だ。

仮に容疑者を特定できたとしても

死因がショック死では殺人で起訴することも危ぶまれる状況。

おまけに芹沢に至ってはもういっそのこと幽霊の仕業にしてしまおうと嘆く有様だ。


「馬鹿者!犯人を見つけるのがお前たちの仕事だろ!
いいか、マスコミの馬鹿どもが
この事件を幽霊だのオカルトの仕業だなんぞと騒ぎ始めている!
我々警察がそのような戯言を真に受けてみろ!警察の威信丸潰れだぞ!!」


「内村部長の仰る通りだ。
いいか絶対に犯人を挙げるんだぞ!
人間の犯人をだぞ。間違っても幽霊の犯人なんぞを挙げるな!」


三人は理不尽だとも思う命令を聞き部屋から出て行った。

だが内村部長はこの時、一瞬だが奇妙モノを目撃してしまった。


132 : 以下、名... - 2018/03/14 06:52:10.55 VKN7a1Ov0 129/293



「おい…」


「ハッ!何でしょうか?」


「あいつらがこの部屋を出て行く時白い肌をした小学生くらいの子供がいなかったか?」


「ハハハ、何を仰いますか。ここは警視庁ですよ。子供なんていませんよ。」


「あぁ…そうだな…」


この時、誰も予想していなかった。

佐伯家に出向いた者たちがあの忌まわしき呪いを警視庁内にも降り撒いていた事に…

そしてこれが後に大惨事を招くとも知らず…

133 : 以下、名... - 2018/03/14 06:52:45.48 VKN7a1Ov0 130/293



××××××××××××


「へえ、これが佐伯俊雄くんの描いた絵ですか。」


鑑識から戻ってきた直後、カイトは右京が保管していた俊雄の描いた絵を眺めていた。

一見、普通の子供が描いたと思われる何の変哲もない絵だ。

だがカイトはこの絵にある違和感を抱いていた。


「この絵なんですけど…
子供って正直な部分があるじゃないですか。
それで思ったんですけどなんか親の残虐性を表しているように思えるんですよね。
まぁ俺の気の所為かもしれませんけど。」


親の残虐性。これはカイトのプライベートが含まれているが彼の家族関係…

いや、正確に言えば警察庁次長の父親とはかなり不仲だ。

そんなカイトの視点からこの絵を見ると

やはりこの家族が仲のいい関係だったとはどうにも信じ難かった。

その一方で右京は旧佐伯家の見取り図を何度も見直していた。

134 : 以下、名... - 2018/03/14 06:53:27.21 VKN7a1Ov0 131/293



「それで杉下さんは…まだあの家の見取り図と睨めっこですか?」


「ええ、何故徳永夫妻は二階の屋根裏にいたのか?
僕には何かヒントがあるように思えてならないのですが…」


「俺が見た感じだとあの夫婦の遺体は…何かに逃げてたって感じがするんですよね。
ほらあの2階の屋根裏に続く襖にガムテープが貼られてたじゃないですか。
あれって自分たちで閉じ籠ってたんじゃないですかね?」


「それとも…或いは…何かを閉じ込めようとしたのかも…」


「何かって?」


「理佳さんの言葉を思い出してください。
彼女はあの襖で黒猫と少年を目撃したと言っていました。
もしもそれが本当なら勝也さんが閉じ込めようとしてたのは…」


「その少年と黒猫…けど俺たちが行った時そんなのがいた痕跡すらなかったですよ。」


「それを仁科さんが解いてしまったとしたら…どうでしょうか。」


「まさか杉下さんはその黒猫と少年が
徳永一家を皆殺しにしたとでも言う気ですか?
そんなことありえないでしょ!?」


確かにそんな馬鹿げた考えなどありえない。

だがこれまで二度に渡りあの家に関わってきた右京も

そんなありえないことがありえてしまうという奇妙極まりない現象を何度も目撃していた。

もしかしたら本当に

あの家には人ではない何かが蠢いているでのはないかと思わず勘ぐりたくなるほどだ。

135 : 以下、名... - 2018/03/14 06:54:26.85 VKN7a1Ov0 132/293



「よ、暇か?」


「暇じゃないですよ。見りゃわかるでしょ。」


「いや暇だろ…そんな子供の絵とにらめっこしてんだからよ。」


捜査に行き詰まっているところに角田課長が現れた。

マイペースに自らのマイカップにインスタントのコーヒーを注いでいたが

コーヒーを飲んでいる角田にちょうどいい機会だと思った右京はあることを尋ねてみた。


「角田課長、聞きたいことがあります。
五年前に逮捕された佐伯剛雄についてですが
あの時は俊雄くんの安否を気にするあまり彼の人物像を推し量ることが出来ませんでした。
課長は彼について何かご存じな事はありませんか?」


「佐伯剛雄か、ヤツは結婚する前までは結構無茶な事ばかりする男だったよ。
それが…たぶん結婚して子供が生まれてからかな。ヤツは麻薬関連からは手を引いたんだ。
それなのに…佐伯剛雄は殺しを行う直前になり再び麻薬に手を出した。
現にヤツを逮捕した際に薬物検査したらしっかり反応が出たんだぞ。」


右京は五年前の佐伯剛雄が逮捕された時のことを思い出していた。

あの時は偶然にも角田が剛雄は城南金融で麻薬関連に手を染めていたから令状を取れた。

だが今にして思えば何故剛雄は麻薬に手を染めたのか?

今の話だと剛雄は結婚して子供が生まれたことで一度足を洗おうとした。

そんな剛雄がもう一度道を踏み外す出来事があったとすれば…


136 : 以下、名... - 2018/03/14 06:54:55.19 VKN7a1Ov0 133/293



「なるほど、つまり俊雄くんの出生の秘密が
彼の…いえ佐伯家に関わった人たちの全てを狂わせてしまったのですね。」


「まあ…当時警部殿の推理を聞いて俺も思ったがさ…
自分が汗水流して働いてたのに実は他人の子供を育てていましたなんて知ったら…
そりゃ麻薬に手を出したくもなるわな。
そういう面じゃ男として個人的に奴さんへ同情出来なくもないんだけどさ。」


剛雄はしあわせな結婚生活を歩むことで一度は更生したかに思えた。

だが実際に妻の伽耶子が愛していたのは小林俊介であり

自分が大切に育てていた息子はその小林の子供だった。

角田の言うように剛雄の目線から考えれば同情の余地はあったのかもしれない。


「それであの家でもヤツが使用していた麻薬の品を押収したわけだよ。
そういえばあの家で捜査した所轄の刑事たちが続々と退職やら失踪したりしたな。」


相次ぐ刑事の退職に失踪。

まさかそこまで事態が深刻になっているとは予想外だった。

右京は角田から当時あの家に踏み込んだ所轄の刑事に話を聞くべく急いで向かった

137 : 以下、名... - 2018/03/14 06:59:30.72 VKN7a1Ov0 134/293



「あれ?杉下さんと甲斐さんじゃないですか。」


「おや、理佳さん。もうお仕事に復帰したのですか?」


「ハイ、家で寝込んでるより外で働いてる方が気が休まるので。
ところで今日は何の御用ですか?事件の事ならまだ思い出せないんですけど…」


翌日、右京たちはとある人物に聞き込みを行うべく介護施設へと訪ねていた。

そこには既に職場復帰を果たした仁科理佳の姿もあった。

だが二人が会いに来たのは理佳ではない。

それは五年前、あの佐伯家で捜査を行った所轄の刑事で名前は吉川。

吉川は既に警察を辞めてこの施設へ入居していた。

138 : 以下、名... - 2018/03/14 07:00:00.88 VKN7a1Ov0 135/293



「吉川さん?それならこの人がそうですけど。」


「え!この人が!?」


「おやおや…」


なんと目の前で理佳が車椅子を引いている老人こそ右京たちの目的の人物である吉川だ。

吉川は五年前までは所轄署の刑事を勤めていた。それが今ではどうだろうか?

わずか五年で吉川は酷くやつれ果てていた。

まだ70歳にすら達していないのにもう90歳は超えている老人に思えてならなかった。


「いないいない…バァ~!」


さらに困ったことに吉川は痴呆症まで発していた。

この場に子供なんていないのにまるで小さな子供をあやすような仕草を行っている。

その様子を見てカイトはこれではまともな話が出来ないと諦めるしかなかった。


139 : 以下、名... - 2018/03/14 07:00:29.20 VKN7a1Ov0 136/293



「ダメだこりゃ、全然話にならない。」


「失礼ですが吉川さんはずっとこの状態なのですか?」


「ハイ、けどこれでも落ち着いている方なんですよ。
ここに入居した当時は
いつも何かに怯えていたらしくて表に出ようともせずに部屋に籠りっきりで…
奥さんもいらっしゃるんですけど匙を投げたというか…それでウチに入居してるんです。」


「いないいない…バァ~!」


「ひとつお聞きしたいのですが…吉川さんの身内に幼いお子様はいますか?」


「いえ…私が知る限りじゃいないと思いますけどそれが何か?」


「先ほどから吉川さんを見ていると
まるで子供をあやしているように思えましてね。
もしかして身内にお子様でもいるのかと思ったのですがねぇ…」


子供…それを聞いて理佳はふと思い出したことがあった。

それはあの三日前に起きた忌まわしい出来事…

幸枝が死ぬ直前のことだ。

140 : 以下、名... - 2018/03/14 07:00:57.01 VKN7a1Ov0 137/293



「影が動いたんです…」


「影?」


「私の影です…
影が不気味な形に変化して髪の長い女になって…それが幸枝さんを襲ったんです!」


影が変化して幸枝を襲った?

いくらなんでもそんな非科学的な…

だが話はそれだけではなかった。


「その後私はショックで気絶して…気絶する前に私の事を見ていたんです…」


「そう…あの俊雄っていう男の子が…」


「髪の長い女…それに俊雄と名乗る少年…」


「うぅ…イヤだ…気持ち悪い…ウゲェ…」


幸枝死亡時のことを思い出し吐き気を催してしまった理佳。

結局、吉川への聞き込みは思ったほどうまくもいかず

さらに言うなら理佳が思い出したことすら事件性があるのかも疑わしい。

ハッキリ言えば収穫はゼロに等しいものだ。

だが右京たちはこの時まだ知らなかった。

同時刻、警視庁内では世にも恐ろしいことが起きていた…

141 : 以下、名... - 2018/03/14 07:02:08.39 VKN7a1Ov0 138/293



「よ、暇…な訳ないよな。」


「これはこれは角田課長が直々にこちらにいらっしゃるとは、どういったご用件で?」


「ちょっとこの事件についてな、ところでお前さんは何してんだい?」


とある事件で米沢のいる鑑識に頼みに来た角田課長。

そんな米沢だがある古びたノートを読んでいた。

それは先ほど右京から借り受けた佐伯伽椰子の日記だ。


「うわっ!何じゃこの内容は?」


「どうもこの日記の主である佐伯伽椰子なる女性は、
ストーカーの気があったらしく
小林俊介なる人物を必要以上にストーキングしていたらしいですな。
そしてその事柄を全てその日記に記入していたようです。」


「女のストーカーねぇ。
男なら理解出来るが女のストーカーってのは俺にはどうにも理解出来んわな…」


「同感ですな。しかしこの日記で一番不気味なページがあるのですが…ここです。」


日記をペラペラと捲り米沢はあるページに指を指す。

そのページはまるで黒魔術のような目を催して描いたページ。

恐らく伽椰子は自分の目を描いたのであろう。

米沢は好奇心から角田課長にそのページを見せた。


「これなんてオカルトマニアに見せたらたまらないですな。
不謹慎ながら私が警察官でなければネットに公開したいところですよ!」


「コラコラ、警察官が何を言ってんだか…しかし俺にもよく見せてくれねーか。」


「ハハハ、好奇心には忠実ですな。ではご一緒に!」


戯れからもう一度そのページを読み込もうとしたその時だ。


『ア゛…アアアア…ア゛アアアアア…』


何処からともなく奇怪な声が発せられた。

気づけば二人の姿はどこにもなかった。

142 : 以下、名... - 2018/03/14 07:02:35.50 VKN7a1Ov0 139/293



「フフフ、やはりこの位置に私の写真を貼ってだな…」


「ええ、そうですな!あれ?写真が何かおかしくないですか?」


同じ頃、内村は歴代刑事部長の写真立てにそろそろ自分のモノも飾ろうと画策していた。

そんな時、いつものようにお世辞を捲し立てていた中園がある変化に気づいた。

その写真立てが歴代刑事部長ではなく髪の長い奇妙な女のモノにすり替わっていたからだ。

だが奇妙な現象はそれだけではない。

突如、その写真から大量の髪の毛が溢れ出た。


「な…何なんだこれは!?」


「誰か来てくれー!!」


溢れ出た髪の毛が内村と中園の身体に縛り付けられた。

その髪は彼らの全身を覆い…


『ア゛…アアアア…ア゛アアアアア…』


それから数分後…


「あれ?今さっき刑事部長の部屋から声がしたんだけど?」


気になった芹沢が部屋を確かめに来たがそこには誰の姿も無かった…

143 : 以下、名... - 2018/03/14 07:04:54.09 VKN7a1Ov0 140/293



「おい、さっきはどうしたんだ?」


「さっき部長の部屋に行ったんですけど誰もいなかったんですよ。
おっかしいよな。絶対声がしたはずなのに…」


「それよりも事件だがどうする。怨恨の線は薄いんじゃないか?」


「ああ…被害者家族に殺すほど恨みのあった人間はいないしおまけにアリバイまである…
だからといって金銭を盗まれた訳でもないから物取りの犯行って訳でもねえ。
まったく三人も死んだのに捜査線上に犯人が一人も浮かび上がらないってのも珍しいな。」


「ここはひとつ、杉下警部に聞いてみるってのはどうですかね?
何かのヒントになるかもしれませんよ。」


「コラ芹沢…いつも言うが捜査一課としてプライドを…」


「だが芹沢の言う通りだ。このまま何の進展も無いままという方が不味いだろ。」


「しょうがねえな…ここは恥を忍んで…」


一方、捜査一課の伊丹たちもこの状況で手詰まりの有様。

この状況を打開しようと恥を忍んでも特命係の右京に手掛かりを得ようと考えていた。

そこへとある男が伊丹たちの前に現れた。それはこの捜査一課に在籍してはいるのだが…


144 : 以下、名... - 2018/03/14 07:05:20.81 VKN7a1Ov0 141/293



「お~い!みなさん!大発見!大発見ですよ~!」


「あれ?陣川さんどうしたんですか?」


陣川公平、この捜査一課に所属する経理担当だ。

経理としては優秀だが本人は刑事を目指しているのだが

当人は思い込みの激しい性格のため過去に何度か誤認逮捕を犯した経験があった。

そのせいで一時は特命係に左遷される事態にまで至った。

こうした経緯から伊丹たちからはトラブルメーカーとして敬遠されていた。


「またどっかの一般人を指名手配犯と間違えて誤認逮捕しましたか?」


「ムッ!そういう意地悪な事を言う人たちには教えてあげられないな!」


「じゃあ結構です。それじゃ行くか。」


「ああ、油売ってる暇は無いしな。」


「ちょ…ちょっと待ってください!しょうがないなぁ…教えちゃおうかな!」


「おい…芹沢…お前聞いてやれ…」


「えっ!俺が!?しょうがないな…え~と陣川さんは何を発見したんですか?」


どうせまたろくでもないことだろうと面倒くさそうに対応する芹沢。

だが陣川は今回に限っては妙に自信満々な態度を取っていた。

その理由がこれだ。

145 : 以下、名... - 2018/03/14 07:13:17.39 VKN7a1Ov0 142/293



「フフフ!
実は例の徳永家の事件について
気になる情報を持っている参考人の女性を連れて来ました!!」


「なんだと!?」


「そんな人間がいたのか!」


「その人何処に?何て名前なんですか?」


「何処って…すぐそこの部屋の前にお連れしてますよ。」


「よっしゃ!さっそく聞き込みだ!」


「これで事件が進展するぞ!」


「もしかしたら今回は俺たちだけで解決出来ちゃいますねぇ♪」


思わぬところから事件を進展させる情報提供者が現れた。

こうなればもう特命係の手など借りる必要もない。

そう期待しながら伊丹たちはその女性が待つ部屋へと駆け込んだ。

しかし彼らは最後まで陣川の話を聞くべきであった。何故ならその女性の名前は…


「まったく…みんな話も聞かずに行くんだから…
そちらの参考人の女性は佐伯伽椰子さんという名前ですよ!」


『ア゛…アアアア…ア゛アアアアア…』


「いやぁこんな事言うのもアレなんですけど初対面でちょっと美人かなと思ったり
もしかしたら伽椰子さんが僕の運命の人なんじゃないかと思ったり…あれ?誰もいない?」


それから伊丹たちのあとに続いて陣川も部屋へと入ったが…

そこには陣川以外誰もいなかった。

伽椰子も…それに先ほど急いでこの部屋へと入った伊丹、三浦、芹沢、三人の姿も…

こうして特命係が不在の間でこの警視庁内部の至る箇所で恐ろしいことが起きていた。

だがこの怨念は留まるところを知らない。

やがては警視庁だけでなくとある場所にまで及んでいた。

146 : 以下、名... - 2018/03/14 07:13:52.60 VKN7a1Ov0 143/293



「仏説摩訶般若波羅蜜多心経…」


「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子…」


東京拘置所、この独房にある一室に一人の老人が収監されていた。

5年前、サルウィン国への不正な物資横領の罪で逮捕された瀬戸内米蔵だ。

彼は己を戒めるためのお経を唱えていた時だ。廊下から奇妙な気配を感じた。


『あ゛…あぁぁぁ…』


後ろを振り向くとそこには因縁ある者たちがいた。

その先頭にいたのは兼高公一。

彼はサルウィン国での物資横流しに気づいて真相を探ろうとしたが…

瀬戸内の協力者によって殺害され無念の死を遂げた。


「なるほど、俺を殺しに来たわけか。」


別に驚きはしなかった。いつかはこうなると思っていた。

だがもう一人、彼の後ろから現れた人物は瀬戸内にしても意外だった。


『あ゛…あぁぁぁ…』


もう一人はなんと瀬戸内と深い交友もあり

さらに2009年の警視庁篭城事件の直後に亡くなった小野田官房長。

何故彼が自分の元へ現れたのかは察しが付いていた。

恐らく本田篤人釈放の際に協力を行ったがその際に死人が出てしまったことだ。

小野田はこの件について過去の贖罪からか犠牲者を一人も出したくはなかった。

そのことを瀬戸内に託したはずなのに…


「これも因果応報ってヤツか。構わねえ、やってくれ。」


これも自業自得だ。そう観念した瀬戸内は亡者と化した二人に大人しく襲われた。

どうかこれで憎しみの連鎖を断ち切ってほしい。そう切に願ってその身を犠牲にした。

147 : 以下、名... - 2018/03/14 07:14:29.13 VKN7a1Ov0 144/293



その後、一通りの捜査を終えた右京たちが警視庁へと戻ってきた。


「カイトくん、気になりませんか?」


「気になるって何がですか?」


「ここは警視庁。東京都の治安の要とも言える場所ですよ。
それなのに僕たちは先ほどから誰とも遭遇していない。
門番にいるはずの制服警官すらいないのはどう考えてもおかしいじゃありませんか。」


右京の指摘するようにこの警視庁は普段から多くの人間が出入りしている。

それが今日に限ってはまるで無人の空家といった状態と化しているのは確かに奇妙だ。

まさか特命係には内緒で避難訓練でも行っているわけでもないだろうし

とにかくここにいても仕方がない。

右京は米沢からあの日記を返却してもらうために鑑識の部署へ

カイトは一旦特命係の部屋へと戻った。


148 : 以下、名... - 2018/03/14 07:14:56.33 VKN7a1Ov0 145/293



「ここも誰もいないのか。」


特命係の部屋に戻る際に通らなければならない角田課長率いる組対5課の部署。

いつもなら誰かしらいるこの部署も全員が不在だ。

まあ別に珍しいことじゃない。

普段は特命係にやってきてのほほんとコーヒーを飲んでいる角田課長だが

あれでもヤクザ相手に立ち回る強者だ。

大捕物の際も暇な特命係まで総動員させて犯人逮捕にあたるほどだが…

それでもここまで人気の無さはどうにも不気味でならない。

そう思いつつ特命係の部屋に戻ると隅っこで何か物音が聞こえてきた。

カイトが恐る恐る覗いてみるとそこには…


「あの…陣川さん?こんなとこで何してんですか?」


「オォッ甲斐くん!よかったぁ~ようやく人に会えた!」


「それよりも何でこんなに人がいないんですか?」


「知らないよぉ!気付いたらみんないなくなってたんだよ!?」


陣川の説明にまさかと驚くカイト。

だが陣川すら知らないうちに警視庁の職員全員が謎の失踪を遂げた?

いくらなんでもこんな馬鹿げた事態はありえない。

そう思っていた時だ。


『あ…あぁ…』


そこへ角田課長と大木、小松と組対5課の面子が戻ってきた。

どうやら何もなかったようだ。カイトと陣川は思わずホッとしたが…

戻ってきた彼らの肌は生気の抜けたまるで抜け殻のように化していた。

149 : 以下、名... - 2018/03/14 07:15:28.73 VKN7a1Ov0 146/293



「やはりここも誰もいませんか。」


一方、右京は米山に鑑識の結果を聞きにきていたがこちらも無人であった。

米沢の机にあるのは右京が依頼した調査結果の報告書。

その調査を行う際に右京が貸した伽椰子の日記のみだ。

ちなみに米沢が記した報告書には例の固定電話から伽椰子の指紋が検出された。

だがそうなると既に死亡している伽耶子が

どうして徳永家の電話に指紋を残せたのかという疑問が生じる。

そこへ右京の携帯に着信が入った。

アドレスを確かめてみるとこの状況においてなんとも意外な人物からの連絡だった。


「もしもし、神戸くんですか。お久しぶりですね。約一年ぶりでしょうか?」


『お言葉ですが…挨拶は省きます。杉下さん…今すぐ警視庁から逃げてください!』


「それは…どういうことなのですか?」


それは警告だった。右京自身も一瞬これが冗談かと疑おうとした。

何故ならここは警視庁。東京都の安全を守る要ともいえる場所だ。

そんな警視庁で警察官が逃げなければならない事態などあるはずがない。

だが神戸の口ぶりからしてとてもではないが冗談とは思えなかった。

そのことを聞いて一旦この部屋を出ようとした時だ。

右京はとんでもない光景を目の当たりにした。廊下からある集団がゆっくりと歩いてきた。

それは右京が知る彼らだった。

150 : 以下、名... - 2018/03/14 07:16:35.89 VKN7a1Ov0 147/293



『あ゛…あぁぁ…』


伊丹、三浦、芹沢、そして米沢、内村、中園、大河内…

右京の知る警察官たちが亡者と化した姿となってこの警視庁内を闊歩していた。

それはつまり…彼らは死者と化した…

彼らは生命などない操られるままに動く糸人形にしか過ぎない。

まさかの事態にさすがの右京の頬に一筋の冷や汗を垂らし動揺を顕にしていた。

そんな右京に神戸は携帯越しで再度警告を呼びかけた。

151 : 以下、名... - 2018/03/14 07:17:02.90 VKN7a1Ov0 148/293







『警視庁は佐伯伽椰子によって呪われてしまいました!すぐに逃げてください!?』





152 : 以下、名... - 2018/03/14 09:23:12.51 VKN7a1Ov0 149/293



「あの…角田課長?その…大丈夫ですか?」


「か…甲斐くん…その人たち…おかしくないか…」


一方その頃、カイトと陣川の二人にも危険が迫っていた。

亡者と化した角田たちの魔の手が彼らに迫りつつあったからだ。

未だこの状況を把握しきれていないカイトと陣川は

既に角田たちが亡者と化したことに気づいていない。


「課長…やめてください…苦しい…」


そんなカイトたちに襲い掛かり首を絞めて窒息させようとする角田たち。

その力はとてもじゃないが尋常ではなく

またこの状況に未だわけもわからないカイトと陣川は成す術もない。

まさに絶体絶命のピンチに追い込まれるのだが…

153 : 以下、名... - 2018/03/14 09:23:38.51 VKN7a1Ov0 150/293



「カイトくん!大丈夫でしたか?おや…陣川くん…キミまでいるとは…」


そこへ彼らを押しのけて右京が颯爽と助けに現れた。

まさに地獄に仏とはこのことだ。

窮地を脱したカイトと陣川は合流した右京と共に

再び起き上がろうとする角田たちから離れるべく急いでこの場を出て行った。


「杉下さん!これはどういう事なんですか!?」


「簡単に説明すると特命係が本当に警視庁の陸の孤島になってしまったようです。」


右京の返答に思わず首を傾げる二人。

確かに特命係は警視庁の陸の孤島と呼ばれる左遷部署だ。

それが不幸というべきか幸いというのか孤立した部署のおかげで被害を受けずに済んだ。

現在、警視庁内でこの事態に対処できるまともな部署はこの特命係しかいない。

だが警視庁の全職員がこんな状態では右京たちに出来ることなど何もない。

今はこの警視庁の建物を脱出するしかない。だが脱出時は顔見知りの面子が混じっていた。


154 : 以下、名... - 2018/03/14 09:24:09.50 VKN7a1Ov0 151/293



『あ゛…あああ…』


「嘘だろ…サイバー犯罪対策課の岩月さんと小田切さんまで…」


かつてビリー・ヘンリーの事件で関わったサイバー犯罪対策課の岩月彬と小田切亜紀。

佐伯家との事件に何の関わりもない彼らすら亡者と化していた。

既にこの警視庁内は佐伯伽耶子の使役する亡者によって溢れかえっていた。

顔見知りの人たちの変貌に驚きつつも右京たちはなんとか地下の駐車場へとたどり着いた。

だがそこで彼らは最悪な光景を目撃した。


『あ゛…あああ…』


『あ゛あああ…』


駐車場に止まる黒塗りの公用の高級車。

それは警察関係者でも幹部クラスの人間でないと乗車出来ない車だ。

その車から二人の男たちが姿を現した。

なんとその男たちはこの警察組織の上層部に位置する者たちだ。

155 : 以下、名... - 2018/03/14 09:25:51.51 VKN7a1Ov0 152/293



「田丸総監…それに金子長官が…」


警視庁警視総監である田丸寿三郎、それに警察庁長官である金子文郎。

共に警視庁、それに警察庁のトップである二名。

その二人までもが既に亡者と化した姿で右京たちの前に立ちはだかった。


「そんな…警察の幹部が何でこんなことに…」


警察組織のトップが変わり果てた姿を見てさすがにショックを受けるカイトと陣川。

そういえばと右京もまた今日は警視庁で定例会議があったことを思い出した。

その会議には警察庁からは金子長官とあと一人加わっていたはずだ。

そう思っていた時だ。


『あ゛ああああ…』


この二人の奥からもう一人亡者が姿を現した。

その亡者を見てカイトは思わず駆け寄ろうとした。何故ならその亡者とは彼の父親だ。


「なんなんだよクソ親父が!アンタこんなとこで何をしてんだよ!?」


そこにいたのはカイトの父親にして警察庁次長の甲斐峯秋。

いくら親子関係が不仲でも実の父親が亡者となって変わり果てた姿は

息子のカイトにはショックでしかなかった。

だがこれで警視庁と警察庁のトップが亡者と化したのなら警察組織は崩壊したも同然だ。

まさに万事休すといった状況。

押し寄せる亡者たちを前にして抗うことも出来ず彼らと同じ末路を辿るのかと思った時だ。

156 : 以下、名... - 2018/03/14 09:26:26.65 VKN7a1Ov0 153/293



((ブロロロロロロンッ!))


この駐車場に一台の車が猛スピードで駆けつけてきた。

それは黒のGT-Rだ。突然現れたこの車のドアが開きドライバーが姿を現した。


「杉下さん!早く乗ってください!」


そのドライバーは警察庁に異動した神戸尊だ。

まるでこの事態を予想していたかのように駆けつけてくれた神戸は

すぐに右京たち三人を車に同乗させてこの場を後にした。


「親父…チクショウ…何でこんな事に…」


後部席で未だに変わり果てた父親の姿にショックを隠せずにいるカイト。

そんなカイトを陣川が励ましながら右京は神戸に現時点における正確な情報を尋ねた。


「神戸くん、先ほどは助かりました。どうもありがとう。」


「本当はもっと早く駆けつけたかったんですけど…
警察庁へ異動になってしまったので
旧佐伯家で起きた事件を今日の報道で知ったばかりだから…」


「既に伊丹さんたちもヤラれてしまいました。そちらの警察庁はどうですか?」


「駄目ですね。こっちも警視庁と同じで酷い有様ですよ…」


神戸が語るには既に警察庁も職員の大半が亡者と化していたらしい。

その事実を知らされてカイトと陣川は愕然とした。

何故なら警視庁、それに警察庁はこの東京を犯罪の魔の手から守る要の砦だ。

その砦が亡者たちの手に堕ちたとなればこの東京の治安は誰が守るというのか?

157 : 以下、名... - 2018/03/14 09:27:11.10 VKN7a1Ov0 154/293



「そんな…警視庁と警察庁が壊滅の被害を受けたらこの東京はお終いですよ…」


「陣川さんの言う通りだ。犯罪者たちによる無法地帯になってしまうじゃないですか!?」


「いや、その心配はないよ。」


「それってどういう意味ですか?」


カイトの疑問に答えるように神戸は車に搭載されているカーTVやラジオを付けた。

だがどれもまともに機能してはいない。

ノイズが乱れてまともに配信などされていない状況だ。

それどころかまともに車を走らせているのは神戸の運転している車のみで、

他の車はガードレールにぶつけていたりあるいは無人のまま放置されていたりと、

まるで右京たち以外の東京都民はみんないなくなってしまったかのようであった。


「実は杉下さんたちと合流する前に鈴木響子さんと信之くんの消息を探ったんです。
響子さんは精神病院を抜け出し行方不明で、
信之くんはとりあえず保護者の親戚の方に携帯番号を聞き出したんですけど通じなくて…」


2年前に旧佐伯家の周囲で起きた事件の関係者である鈴木信之の安否を確認するために

神戸から渡された彼の携帯に連絡を試みる右京。

可能ならすぐにでも信之を助けなければならない。

だが聞こえてくるのはコール音だけで中々連絡に出てくれない。

ひょっとして信之も既に亡者と化してしまったのか?

そんな不安が過ぎるが…

158 : 以下、名... - 2018/03/14 09:27:37.01 VKN7a1Ov0 155/293



『あ…あぁ…』


すると連絡が繋がったようで携帯越しから怯えた少年の声が聞こえてきた。

恐らくこの携帯の主である信之からだ。

右京はすぐに彼の安否を尋ねて可能なら助けに行くと告げようとした時だ。


『助けてッ!!』


携帯越しから信之の助けを訴える叫び声が響いた。

その声を聞いて右京はすぐに状況を問い質そうとした。


『あの女の人が…襲ってきた…』


『それも一人なんかじゃない!たくさん…あぁ…そんな…』


『どうして…僕は見逃してくれるって言ってくれたのに…』


『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』


その悲鳴と同時に信之との連絡は途絶えた。状況から察するにもう手遅れだ。

今から信之の元へ向かったところで同じ目に遭うのが目に見えていた。

そんな助けを求める信之を救えなかったことに自身の至らなさを感じる右京。

だが今は後悔している場合ではない。一刻も早くこの事態を対処しなければならない。

そう決意を改めた矢先に神戸が走らせている車が向かっている方角に気づいた。

この車はまっすぐ練馬区を目指していた。


159 : 以下、名... - 2018/03/14 09:28:05.06 VKN7a1Ov0 156/293



「神戸くんまさかこの車の行き先はあの家ですか?」


「ええ、旧佐伯家です。あれから二年が経ちました。今こそあの家に行くべき時です。」


二年前、神戸は右京に時が来るまであの家に立ち入るなと警告を促した。

そしてあれから二年が経過した。だが何故それが今なのか?

さらに言えばどうして神戸は

まるでこうなることを予め知っていたかのような行動を取っているのか?

右京にとって未だに気になることばかりだが今はそんなことも言ってはいられない。

神戸の言うようにこの事態の元凶である佐伯家に向かわなければならないのは事実だ。

そんな矢先、後方から猛スピードで近づいてくる車が見えた。

赤いサイレンを鳴らしているのは警察のパトカーだ。それに乗っているのは…

160 : 以下、名... - 2018/03/14 09:28:49.37 VKN7a1Ov0 157/293



「嘘だろ…あれは…伊丹さんたちだ…」


後部席に乗っていたカイトがいち早く気づいたが亡者と化した伊丹たちが後をつけていた。

伊丹たちを乗せたパトカーは神戸のGT-Rに対して真後ろから追突させてきた。


((ドンッ!)) ((ドンッ!))


その衝突音に揺れる車内。既に両車両とも時速100キロ近くで走行している。

カイトや陣川が何度も伊丹たちに呼びかけているが

操られている伊丹たちにそんな聞く耳などない。

このままでは両車揃って衝突事故を起こすのは時間の問題。そしてついに…


「 「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」 」


パトカーの無理な体当たりで両車は揃って横転。

幸いにも全員かすり傷の軽傷で済んだが

運転席にいた神戸だけはどうやら足が引っかかり身動きを取れずにいた。


161 : 以下、名... - 2018/03/14 09:29:15.78 VKN7a1Ov0 158/293



「は…早く車から行ってください…ここまで来ればあの家は目と鼻の先ですよ…」


「しかし神戸くん…キミを置いては…」


身動きの取れない神戸を案じる右京たち三人。

こんな状態の神戸を放置して行けば亡者と化した伊丹たちの格好の餌食だ。


「いえ…僕は後から行きます…杉下さんたちは一足先に旧佐伯家に向かってください!」


「けど…こんなとこに置いていけないですよ!」


「いいから早く行くんだ!急がないと手遅れになるぞ!?」


カイトや陣川は神戸を置いていくことに抵抗を感じていた。

だが神戸の言うように

この異常事態の原因である佐伯家に一刻も早く向かわなくてはならない。

そのため右京は非情の決断を下すしかなかった。


「わかりました。絶対に来てくださいよ。」


「そんな…杉下さん…それだと神戸さんが…!?」


「出来るだけ僕たちに注意を促すように移動しましょう。
そうすれば彼らも神戸くんではなく僕たちを標的にするはずです。」


身動きの取れない神戸の代わりに自分たちが囮になって行動することでその目を逸らす。

今の右京たちに出来る選択肢はそれしかなかった。

そんな右京の意見を受けて了承した

カイトと陣川は派手な行動で伊丹たちの目を逸らしながら移動を開始。

こうして右京たち三人は佐伯家を目指して走り去っていった。

162 : 以下、名... - 2018/03/14 09:29:43.38 VKN7a1Ov0 159/293



「杉下さん…行ってくれたか…」


これで自分の役目は終わった。

そう思いながら神戸は未だ身動きがとれない自らの足元に視線を向けた。

実は神戸の足は車に挟まってなどいなかった。だが身動きが取れないのは確かだ。

それなのにどうしてこんな嘘をついたのか?

その理由は未だに神戸の足を掴んで離さないある存在が原因だ。


『ア゛…アアアア…』


運転席の真下から憎しみに満ちた目で神戸を睨みつけるこの亡者。

それは城戸充。かつての冤罪事件で神戸は彼が自殺を遂げたことを悔いていた。

いくら事件の真相が暴かれても神戸が無実の人間を冤罪に貶めたことに変わりはない。

そんな城戸の憎しみは死後も晴れることなくこうして神戸自身にまとわりついていた。

163 : 以下、名... - 2018/03/14 09:30:39.94 VKN7a1Ov0 160/293



「まさかこんな形で再会するなんて…これも因果応報ってヤツかな…」


かつて神戸は自らに助けを求めた城戸に対して裁判で不利な証言を行った。

あの圧倒的に不利な状況で自分が唯一信じた人間に裏切られた。

それは死後も怨念と化すには十分な理由なのかもしれない。そして神戸自身も悟った。

これは自分が受け入れるべき罪なのだと…

そう覚悟を決めた時、

先程までノイズ混じりで付けっぱなしだったラジオからある音声が流れた。


『………』


それは神戸がまだ会ったことないが特命係と関係ある人物の訃報。

その訃報を聞いて改めて思い知らされた。

やはりあの家に関わった者は誰であれ呪われる運命にある。

この連鎖を断ち切るには…


「杉下さん…この未来を絶対に変えてください…」


すべてをかつての相棒である杉下右京たちに託して神戸はそっと自らの目を閉じた。


『ア゛アアアアア…』


亡者と化した城戸の呻き声と同時に運転席にいた神戸の姿は忽然と消えた。

それと同時に先ほどラジオから伝わった訃報が再度流れた。


『本日未明、サルウィン国で
ボランティア活動を行っていた日本人の亀山薫さんが死体となって発見されました。
死因については現在調査中で…』


………

……


164 : 以下、名... - 2018/03/14 09:31:06.83 VKN7a1Ov0 161/293



××××××××××××


「どうなってんだ…これ…?」


それがここまでファイルを読み続けた冠城の感想だ。

まさかの展開にさすがの冠城も思わず目を背けたくなるようなものばかりだ。

伊丹たちが死んでさらにかつて杉下右京の相棒だった神戸やそれに亀山までもが死んだ?

馬鹿な…有り得るはずがない…

何故ならこれは今から五年前の事件だ。

もし彼らがこの事件で死亡したというなら

それ以降に警視庁に入った自分は彼らと知り合うことなど不可能だ。


「オイ…どうなってんだ…?こんなことありえないだろ!?」


「そんな僕に怒鳴らないでくださいよ!
これはファイルに書いてあることを読み綴っているだけなんですからね!?」


思わず隣にいる青木に八つ当たりするかのように怒鳴り散らしてしまったが

青木の言うように自分たちはこのファイルに記載されていることを読んでいるだけだ。

それにしてもこれは…

あまりにも衝撃的な内容に理解することが追いつけない。

こんな悪霊に警察組織が全滅させられたなどまるで海外のB級ホラー映画でもありえない。

165 : 以下、名... - 2018/03/14 09:31:32.47 VKN7a1Ov0 162/293



「どうします。読むのやめますか?」


そんなに不快に思うのなら読むのをやめたらいいのかと青木に尋ねられた。

青木の言うようにこれ以上ファイルを読む必要などないのも事実だ。

冠城が法務省から出向してさらに警視庁へ入庁してから既に二年近くが経過した。

その間に多少なりとも親しくなった人間が

次々と殺されていくこのファイルを読むのは不快に思うのは確かだ。

だが…それでも…


「いや、乗りかかった船だ。最後まで読んでおきたい。次へ進めてくれ。」


「はいはい、わかりましたよ。けど今度は突っかからないでくださいよ。」


青木に指示を促し冠城は最後までファイルを読み続けた。

自分自身どうしてファイルを読み続けようと思ったのか正直よくわからなかった。

まともに考えればこのファイルに記述されている内容は

すべて非科学的なものばかりで実際に起こりえた事実であるはずがない。

それでも冠城はどうしてもこの事件の真相を知りたかった。

それは好奇心もあるがそれ以上に何かの意志が駆り立てた。

その正体が何であるのかはわからないが…

166 : 以下、名... - 2018/03/14 10:24:59.10 VKN7a1Ov0 163/293



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


神戸と別れた右京たちは亡者の群れからの追跡を交わしようやく佐伯家にたどり着いた。

周りを見渡しても人気はまったくない。

どうやら先ほどの警視庁と同じく既にこの周囲の人たちもやられているのだろう。

だが今はこの元凶となった佐伯家だ。

未だに警察が貼った立ち入り禁止の表示をくぐり抜けて三人は家の中へと入った。


「やはり誰もいませんね…」


先に家の中へと入ったカイトが言うようにやはり家の中はもぬけの殻。

相変わらず不気味な雰囲気を漂わせさらに無人であるため電気もついておらず

家の中はほぼ真っ暗闇な状態だ。

それから三人はリビングへと入った。するとそこに一人の女性が倒れていた。

すぐに駆けつけてみると倒れているのはなんと仁科理佳だった。

167 : 以下、名... - 2018/03/14 10:25:29.28 VKN7a1Ov0 164/293



「理佳さん大丈夫ですか!」


「う…うぅ…ん…」


カイトが介抱するが幸いにも理佳は気を失っていただけで命に別状はなかった。

とにかく自分たち以外に生き残りがいて助かった。

そう安堵しながら何故理佳がこの家にいるのかその事情を尋ねた。


「あれ?私どうしてこんなところに…」


「それは俺たちが聞きたいですよ。何で理佳さんはここにいるんですか?」


「あなたたちと別れた後に
この家の事が気になって来てみたんですけど…それから…何で倒れたんだろ?」


どうにも理佳は気を失う前の記憶がかなり曖昧になっているようだ。

それ以外は特に異常はない。そう思っていたのだが右京は理佳の手元に注目した。


「失礼ですが何かお持ちのようですね。」


「あ、本当だ。けどこれって…」


理佳が持っていたのは一枚の紙切れだ。

一見何の変哲もない紙切れだ。だがそれはよく見ると…

その紙には以下の内容が記されていた。

168 : 以下、名... - 2018/03/14 10:25:54.39 VKN7a1Ov0 165/293



―尋ね人―


警視庁特命係:杉下右京警部


 同所属:甲斐亨巡査部長

169 : 以下、名... - 2018/03/14 10:28:47.72 VKN7a1Ov0 166/293


それは尋ね人の手配書だ。

特命係の右京とカイトの二人に関するもの。そんな内容が記載されていた。

これだけでもかなり気味の悪い展開だがそれだけではない。

いい加減明かりを点けたらなんとこのリビングの至るところにこの手配書が貼られていた。

それはまるでもうお前たちには逃げ場などないと暗示しているかのようだ。


「おやおや、これは手の込んだ真似をしますね…」


「これってどういう事なんですか…」


「恐らく警告でしょう。我々に逃げ場は無いとそう伝えたいようですね。」


「クソッ!隠れてないで出て来いよ!」


こんな悪質な嫌がらせに思わず苛立つカイト。

今まで特命係の活動を通してどんな凶悪犯だろうと捕まえてきた。

だが今回に限ってはこれまでの犯人のような目に見えない存在だから厄介だ。

そんな苛立つカイトを尻目に右京は全員に二階へ行くように指示を促した。

こうして全員は二階の徳永夫妻の遺体が置かれていた天井に通じる部屋へと入った。

170 : 以下、名... - 2018/03/14 10:29:23.58 VKN7a1Ov0 167/293



「さて、それではこの事件の真相を僕なりに推理してみました。
いくつか超常現象的な面も含まれますがそこは予め了承してください。」


「さっき車の中で
この事件の犯人は佐伯伽椰子だって言いましたけどアレって本当なんですか?」


「そんな…でも伽耶子さんは5年前に亡くなっているって…」


右京とカイトの話に思わず遮るように意見する陣川。

ここまでの道中で佐伯家に関する説明を受けた陣川にしても

佐伯伽耶子がこの一連の騒動を引き起こしたなど信じられるはずもなかった。


「佐伯伽耶子はこの家で非業の死を遂げた人物です。
この世の全ての人間を呪わずにはいられない。
だからこそ彼女は死んでもなお人を…いえ…この世を恨み続け…
このような恐慌に及んだのでしょう。」


“恨み” “怨念” 

そんな人間の負の感情が伽耶子の力を増大させていると考えている右京。

それは伽耶子の生い立ちを理解していれば納得のいく答えだ。

伽耶子の生涯は決して報われたものではなかった。

愛しい人と結ばれることも出来ず、愛してもいない男との結婚。

さらにはその男に惨殺された。

そんな彼女ならこの世を滅ぼすほどの怨念を宿すなど造作もないのだろう。


「そんな悪霊みたいなのが犯人じゃ居場所なんて特定出来ないじゃないですか!?」


「いえ、居場所なら特定は出来ます。
ところで話は変わりますが…
仁科さん、あなた先日恋人に別れ話を持ちかけられたそうですね。」


「え…えぇ…けどそれが何か?今のこの事態と関係があるんですか!?」


伽耶子についての言及からいきなり自分の恋愛事情に尋ねられて思わず動揺する理佳。

こんな非常事態に何をふざけたことを聞くのかと苛立ってしまう。

カイトと陣川も理佳と同様に

そんな理佳の恋愛事がこの事態とどう結びつくのか理解できずにいた。

そんな時だった。

171 : 以下、名... - 2018/03/14 10:29:56.43 VKN7a1Ov0 168/293



「うわっ!」


「痛っ!?」


一階からなにやら男たちの声が聞こえてきた。

もしや自分たち以外にも誰かこの家に入ってきた者がいるのか?

それはひょっとして伊丹たちのような伽耶子に使役された亡者では?

そう警戒したカイトたちはすぐに下に降りて侵入者の様子を見に行くことにした。

こうして二人は一階に駆け下りて部屋には右京と理佳の二人だけが取り残された。

そんな二人を見送った後に理佳の前で右京の推理は続けた。

172 : 以下、名... - 2018/03/14 10:30:43.77 VKN7a1Ov0 169/293



「さて、思わぬ邪魔が入りましたが僕の推理を続けましょうか。
理佳さん、僕はこう思っています。
屋根裏で死亡した徳永勝也さんは誰かに操られていたのではないかと。」


「操られていたってどういう事ですか?」


「いえ、操られていたというよりも正確にはとり憑かれていたと言うべきでしょうね。
何故ならいくら悪霊でも成人男性や女性を2階に持ち上げるのは困難でしょう。
ですが…勝也さんが自分から入ったとなれば話は別です。
それならば何の問題もありませんからね。」


「そんな…馬鹿げている…証拠はあるんですか?」


「勝也さんは亡くなる前日に妹の仁美さんと会っていたそうです。
彼女の証言によると彼は亡くなる前に、
『俺はあの女に騙されていた』『あいつは俺の子じゃない』と言っていたそうです。
しかしこの言葉はどれも勝也さんに当てはまらない。
何故ならば徳永夫妻にお子さんはいません。」


それは理佳も既に把握している徳永家の家族構成。

この家に子供など存在しない。

つまり仁美が聞いた勝也の独り言は明らかに言動が不一致している。

だが右京はかつてこの家において一人だけその言葉に当てはまる人物を知っていた。

173 : 以下、名... - 2018/03/14 10:31:19.81 VKN7a1Ov0 170/293



「この言葉に当てはまる人物は佐伯剛雄、五年前この家で妻を惨殺した男です。
彼は精子欠乏症で息子の俊雄くんが自分の子ではないと疑っていました。
つまり彼にならこの『俺はあの女に騙されていた』『あいつは俺の子じゃない』
という言葉が見事に当てはまるんですよ。」


「つまり杉下さんは何が言いたいんですか…」


「徳永勝也は死ぬ直前、佐伯剛雄にとり憑かれていた。僕はそう考えています。」


その推理を聞いて理佳は思わず呆れてしまった。

幽霊に取り憑かれたなんて到底警察官の言葉とは思えない。

だがこの状況だ。普段なら真に受けないだろうがそれならば納得がいかなくもなかった。


「仮に勝也さんがとり憑かれていたとしてそれがどうしたというんですか!
勝也さんが亡くなった今じゃとり憑かれていたなんて無意味な追求ですよ!?」


「いいえ、無意味などではありませんよ。大事なのはここからなのですから…
ところで理佳さん、あなたは三日もこの呪われた家に居てよく助かりましたね。
警視庁なんて既に亡者の巣と化していますよ。
佐伯伽椰子にはあなたを殺す機会がいくらでもあったはず、
それなのにあなたは未だに生かされている。それは何故でしょうか。」


「そんなのわかりませんよ!偶然じゃないんですか!?」


いきなり自分のことについて追求されてしまい狼狽え出した理佳。

何故そんなことを聞くのか?それには理由があった。

その理由とは理佳とそれにかつてこの家の住人だった伽耶子の共通点だ。


174 : 以下、名... - 2018/03/14 10:31:52.13 VKN7a1Ov0 171/293



「それは…あなたは恋人に別れ話を切り出されたように佐伯伽椰子自身も…
かつて想い人であった小林俊介という男性を愛していました。
しかし自身の家庭の都合で彼と離れ離れになる事になり…本来なら好きでもない男性と
結婚する羽目になった…だからこそあなたは…」


「佐伯伽椰子に取り憑かれてしまったのではありませんか。」


ありえない…そんな推理など馬鹿げている…

それがここまで右京の推理を聞いた理佳の感想だ。

何故自分が伽耶子に取り憑かれなければならない?

失恋したから?それも伽椰子と同じく?そんな人間など世間にごまんと存在する。

その中でどうして自分だけが伽椰子にとり憑かれるのかまったく理解できなかった。


「あなたが介護センターで担当している吉川さん、彼の行動がヒントになりました。
僕たちが会いに行った時、彼はずっと『いないいない…バァ~!』と
まるで子供をあやしている真似事をしていましたね。」


「確かにそうでしょうね、しかし彼には見えていたとしたらどうでしょうか。
実はあの場にもう一人いて…それが子供で…さらにその子供が…
佐伯俊雄くんだとしたらどうでしょうか。」


「そんなのあり得る訳が…」


「いいえ、十分にありえます。
あなたが俊雄くんの母親である佐伯伽椰子に憑りつかれていたとしたら
俊雄くんがあなたの周りに居た事が充分納得がいきます。
俊雄くんは父親である佐伯剛雄に虐待されていました。そんな彼の唯一の味方が恐らく…
母親である佐伯伽椰子だった。
そんな頼れる母親の霊に憑かれたあなたの周りに俊雄くんが居た。
少々非現実的ですがそう考えれば納得できなくもないんですよ。」


「あなたが佐伯伽椰子にとり憑かれているなら話は簡単なのですよ。
徳永夫妻が屋根裏で死んだ後に佐伯伽椰子に憑りつかれたあなたがこの押し入れの
ガムテープを貼ればいい。至って単純な事だったのですよ。」


「アハハハハハハ!
杉下さんって本当面白い方ですね!私が…憑かれたとか…
そんな…馬鹿げた事…真顔で言うんだもの…」


「それではもうひとつ言っておきましょうか。この僕たちの尋ね人の手配書…
幽霊がこんな物作りますかね。
あなたが作ったのではありませんか?
いえ…正確に言えば佐伯伽椰子によって作らされたのでしょうが…」


「アハッ!アハハ…アハハ…ハハ………」


理佳は右京の推理を聞き馬鹿笑いするがその笑いがピタリと止む。

その代わりにある声が聴こえてきた。

あの悍ましい声が…

175 : 以下、名... - 2018/03/14 10:32:21.18 VKN7a1Ov0 172/293



『あ゛…あ゛あああああ…』


それは一瞬の出来事だった。

笑い声が止むと理佳は先程まで普通だった顔色が見る見る青白く染まっていき

街中を彷徨いている亡者と同じ姿と化した。

やはり右京の推理通りだった。この家で三日も居て何もなかったはずがない。

既に理佳も伽耶子の呪いにより取り憑かれていたようだ。


『あ゛…あ゛あああああ…』


そんな亡者と化した理佳は右京に襲いかかろうと詰め寄ってきた。

だがここでやられるわけにはいかない。

すぐさま右京は豹変した理佳をこの部屋に閉じ込めた。

閉じ込めた後もドンッ!ドンッ!とドアを叩きつけた。

その間に右京は先ほど一階に降りたカイトたちと合流すべく廊下を駆け下りた。

176 : 以下、名... - 2018/03/14 10:33:03.34 VKN7a1Ov0 173/293



その頃、一階に降りたカイトと陣川は…


「さっきの声は誰だったんだ?」


「まったくあっちもこっちもおかしな事態が続いてこの家は一体どうなっているんだ?」


薄暗い家の中を手探りで移動していた。

先ほど二階に上がる際、電気を消してしまったのがいけなかった。

あれを消さなければこんな薄暗い家の中を移動する羽目にならずに済んだのにと

ぼやきながらも先ほど声がしたリビングの方へと訪れていた。


「痛たた…急にこの人と頭ぶつけちゃって…あなた大丈夫でしたか?」


「えぇ…大丈夫っすよ…すいませんねぇ頭ぶつけて…」


この二人、部屋が薄暗いせいか顔はハッキリと見えないが成人男性らしく

一人はガッシリとした体型で

もう一人は少々なよっとした頼りなさそうな感じのまるで正反対な二人組だ。

177 : 以下、名... - 2018/03/14 10:33:29.63 VKN7a1Ov0 174/293



「とにかく無事な人たちがいてよかった。もう大丈夫ですよ。俺たち警察ですから!」


「え?警察?俺も警察だよ!」


「お言葉ですが…僕も警察官です。」


カイトが見つけた男たちは二人組のようでお互い初対面らしい。

おまけに身分は二人とも自分と同じく警察官だと告げた。

警察官にしてはどうにも違和感があるのだが…

それはともかくどうしてこの家に入ってきたのかカイトは二人にその事情を尋ねた。


「けどあなたたち徳永さんの家に上り込んで何をしてたんですか?」


「徳永さん?何言ってんだ?ここは佐伯さんの家だろ?」


「ちょっと待ってください!ここは北田さんのお宅ですよ?」


「 「 「え?」 」 」


徳永?佐伯?北田?

カイトとその二人が同時に告げたこの家の家主の名は明らかに異なるものだ。

現在この家は徳永一家のものだ。それは間違いない。

だが二人は確かにこの家の家主は佐伯であり北田だとそう告げた。

その二つの名はカイトも把握している。それはかつてこの家に住んでいた家主の名だ。

178 : 以下、名... - 2018/03/14 10:33:57.51 VKN7a1Ov0 175/293



「佐伯と北田って確か…昔この家で事件に合った家族の名字じゃ…」


「お言葉ですが…佐伯って確か…夫が妻を惨殺した家庭の事じゃ…」


「待ってくれ…アンタら何でそれを知ってんだ?俺たちはその捜査に来たってのに…」


この三人の会話を傍から見ていた陣川も違和感を抱いた。彼らの言動は明らかに不一致だ。

現在の状況を踏まえた上で

この三人の誰が正しい発言をしているのかといえばそれは勿論カイトだ。

だが他の二人もまったくおかしな発言をしていないというわけでもない。

この家に来るまでの道中で陣川も佐伯家に関する一連の事件を聞かされたが

佐伯と北田はかつてこの家の家主だった。

だがどうして昔の家主の名前を告げたのかそれが疑問だ。


179 : 以下、名... - 2018/03/14 10:34:46.17 VKN7a1Ov0 176/293



「とりあえず落ち着いてください。
アンタたちはこの家に何の用があって来たか教えてもらえますか。」


「俺は…その…
ここの主人の佐伯剛雄が殺人を犯した可能性があるから令状取って捜査しに来たんだよ!
俺は1階を探してたんだがそしたらリビングで『ミャー』っていう猫の鳴き声がして…
行ってみたらこの人とぶつかったんだ。」


「あなた…一体何年前の話をしてるんですか?それ3年も前の話でしょう!
ちなみに僕はこの家に住む北田夫妻にお話を聞きに来たんですけど…
そうだ…台所で旦那さんの死体を見つけたんですよ!
けどその後…奥さんにフライパンで殴られて…それでもなんとか立ち上がって
奥さんが向かった居間に行こうとしたらこの人とぶつかったんです。」


やはりこの二人どうにも奇妙だ。

まるで当時この家で起きた出来事をたった今起きたかのように語っている。

だがそんなことはありえない。

佐伯一家の惨殺事件は今から5年前に起きたもので北田家の失踪も既に2年前の出来事だ。


「なんだかアンタたちの話どっかおかしいんだけど…」


「そう言われても…佐伯家の事件は杉下さんから聞いた話だから…」


「おいアンタ!右京さんと面識があるのか!?」


「当然ですよ。なんせ僕は杉下さんの相棒ですからね。」


「何言ってんだ!右京さんの相棒は俺に決まってんだろ!」


「いや…杉下さんの相棒は俺だから!」


なんとこの二人、杉下右京と関わりがあり自分こそが右京の相棒だと言ってのけた。

そんな二人に堪らず自分こそが右京の相棒だとカイトまで言い張る始末。

だがそのやり取りを見ていた陣川はこの二人に何か見覚えが有るように思えた。

こうなれば最後の手段を行うしかない。それは彼らの身分を提示してもらうことだ。

それならばと納得したようで

二人は胸元のポケットから警察手帳を提示して自らの身分を明かしてみせた

180 : 以下、名... - 2018/03/14 10:35:12.10 VKN7a1Ov0 177/293



「警視庁特命係の甲斐亨!」


「警視庁特命係の神戸尊です!」


「警視庁特命係の亀山薫だ!」


「 「 「………」 」 」


「 「 「何ぃっ!?」 」 」


薄暗かな部屋に明かりが点けられて三人はようやく対面を果たすことができた。

そこには杉下右京の相棒にしてかつて特命係に在籍していた刑事たち三人が対面していた。

だがこれはここまでの展開からして決してありえない出会いだ。

何故ならこの二人は既に命を落とした。それなのにどうしてこの場にいるのか?


「亀山さんにソンくん!?ていうかソンくん生きてたんだね…よかった!!」


「ちょっと陣川さん!
急に抱きつかないでくださいよ…ていうか生きてたってどういう意味ですか?」


「亀山さんって確かサルウィンに旅立ったていう人ですよね。どうしてあなたがここに?」


「おいおい、待ってくれ!
特命係って俺と右京さんしかいないんだぞ!何でアンタらが特命係なんだよ!?」


さらに言うならこの二人の言動はやはり奇妙なものだ。

まさに当時のことばかりしか語ろうとしていない。しかしこれはどういうことなのか?

何故歴代の特命係がこの場に集まったのか?その理由は何なのか?

181 : 以下、名... - 2018/03/14 10:35:39.81 VKN7a1Ov0 178/293



「なるほど、そういう事でしたか。これで長年の謎がようやく解けました。」


そんな三人の背後から現れたのは右京だ。

先ほどこの部屋の明かりを点けて二人の正体を確かめた右京はある結論にたどりついた。

右京はその結論を実証すべく二人にあるものを提示させた。

亀山にはパスポートを、神戸には期限切れの免許証をそれぞれ提示するように指示した。

それから亀山と神戸が出したパスポートと免許証を見て右京はある確信に至った。


「やはり僕の思った通りです、それでは説明しましょう。
亀山くん、神戸くん、キミたちはこの時代に…
過去の世界からこの未来にタイムスリップしてしまったようですね。」


いきなりのタイムスリップ発言にさすがにこの場にいる全員がまさかと驚くばかり。

だがタイムスリップなどそんな証拠がどこにあるのか?

そこで右京はその証拠を提示すべく

先ほど亀山と神戸から提示されたパスポートと免許証で説明してみせた。

182 : 以下、名... - 2018/03/14 10:44:54.61 VKN7a1Ov0 179/293



「まずこの亀山くんのパスポートを見てください。
入国スタンプが押されるところに何も無い…真っ新な状態じゃないですか。」


「あ、そうか。
もしここにいる亀山さんがこの時代の亀山さんなら
サルウィンの入国スタンプが押されているはずですからね!」


さすがにパスポートのような重要物は簡単には誤魔化せる代物ではない。

そのパスポートにサルウィン国への入国した痕跡がないというのは明らかに不自然だ。

さらにもうひとつは神戸の免許証もそうだ。

既にパンチ穴が空いて失効されて2年も経過した免許証など所持する必要はない。

以上が右京の推理する亀山と神戸が過去の時代から現れた証拠だ。


「…それじゃあ…右京さん…あなたは…」


「僕たちの知っている杉下さんではなくて…」


「僕はキミたちの知る杉下右京ではなく未来の杉下右京ということになりますね。」


「いや…それにしても右京さんや陣川さんは全然変わんないから実感ないですね…
しかし…この二人が俺の後任なら…
俺は2013年にはもう特命を辞めちゃっている訳なんですね…」


「僕も…2013年には警察を辞めているか
もしくは部署を異動になっていると…そういう解釈になるんでしょうか?」


「ええ、二人とも特命係を去って今はこちらのカイトくんとやっています。」


「あの…その…こんな形で先輩方にお会いするとは思いませんでした…」


「俺も…まさか未来にタイムスリップして後輩に会う事になるとは思わなかったよ…」


「なんというか貴重な体験ですね…」


こんな異常事態でまさかの歴代特命係の邂逅を果たした右京たち。

本来なら感慨深いことなのかもしれない。

だがどうしてそれぞれ時代の異なる者たちがこうして集まることになったのか?

183 : 以下、名... - 2018/03/14 10:45:22.37 VKN7a1Ov0 180/293



「恐らくこの現象は…この家が原因でしょう。
この家に溜めこまれた呪いの力が増大してしまい時空が歪められた。
その結果、過去の世界から亀山くんと神戸くんがやって来てしまったのだと思われます。」


「ここが未来の世界…
教えてください右京さん!一体未来で何が起こったというんですか!?」


そんな亀山の疑問に答えるべく右京はこのリビングにあるベランダを指した。

そこには呻き声を上げながらこの家に迫ろうとする伊丹たち亡者の姿があった。

184 : 以下、名... - 2018/03/14 10:45:55.08 VKN7a1Ov0 181/293



『あ゛…ああああ…』


変わり果てた同僚の姿を見てさすがにショックを受ける亀山と神戸。

まさか自分たちが辿る未来がこんな絶望的な結末を迎えることになるなんてありえない。

だがどんなに認めたくなくてもこれは紛れもなく現実だ。


「僕たちが気付いた時には…この世界はこんな地獄に…」


「俺たち以外の人間はもう…無事じゃないでしょうね…」


「何なんだよこれは…」


「一体何でこんな事に…」


「佐伯伽椰子…さらにその息子である俊雄くんの仕業に間違いないでしょうね。
思えば事の発端は彼らに合ったのですから。
佐伯伽椰子は夫の剛雄の手により無残な死に方をした。
その恨みを晴らすために剛雄を殺害したもののそれだけでは恨みは収まらず、
佐伯家に関わる者を次々と殺害していった。
この家で事件が起こる度に
警察関係者、報道、更には興味本位でこの家に肝試し気分で訪れる者たちが現れる。
佐伯伽椰子はそうした人々を次々と呪い、その呪われた人々がさらに呪いを増やし…
それが広まってこのような事態にまで発展してしまったのでしょう。」


発端となった5年前の事件。

あれから5年の歳月が経ち、その間にも呪いの力は増していった。

伽耶子の呪いにより殺された人たちの行き場のない怨念はこの呪いの家の糧となり

それが呪いの力を増大させていた。

この事態はそんな人間の負の力が交じり合うことにより起きた現象だと右京は語る。

185 : 以下、名... - 2018/03/14 10:46:22.75 VKN7a1Ov0 182/293



「なんてこった…それじゃあ美和子やたまきさん…
それに官房長までこんな風になっているって事ですか!?」


「お言葉ですが…官房長は既に亡くなっています。
2010年に刺されてしまい…だから今回の件とは関係ないと思いますよ。」


「官房長が亡くなってる!?マジかよ…」


神戸から小野田官房長の死を知らされてまさかと驚く亀山。

そんな亀山の反応を見て何故5年前に亀山が小野田の死を予言してみせたのかがわかった。

だが今はこの事態をどう対処すべきかだ。

いくら特命係の面子が集まろうとこの現状を打破する解決策がなくては意味がない。


「けど…何で亀山さんたちだけ過去からタイムスリップしたんですか…?」


「そういえばそうだね。何か理由があるんですか?」


「理由と言われてもなぁ…」


「特に何も思い当たる節が…」


こんなタイムスリップを引き起こす現象に何の覚えもないという亀山と神戸。

だがそこで神戸はあることに気づいた。それは自分がずっと手に握り締めていたモノ。

北田洋の遺体を発見する直前に拾った佐伯俊雄が描いた絵だ。

そんな神戸を見て亀山もまたあることに気づいた。

それは誤って持ってきてしまった伽耶子の日記だ。

186 : 以下、名... - 2018/03/14 10:46:50.28 VKN7a1Ov0 183/293



「なるほど、そういうことですか。
キミたちがこの未来の世界にタイムスリップした原因は
この家に纏るその二つのモノを持っていたからですね。」


思えば5年前、右京がこの家を調べ出した理由は俊雄の絵とそれに伽耶子の日記だ。

もしもこの事態が伽耶子の呪いによって引き起こされたのなら

これらのモノはこの一連の事件を解き明かすための鍵となる。

右京は亀山と神戸から絵と日記を受け取るとそれをリビングにあるテーブルに並べた。


「そんなモンを一体どうする気ですか?」

「僕の考えが正しければこの二つの品はこの家の呪いの集合体。
謂わばこの家の呪いの象徴とも言えます。
そして佐伯伽椰子と同じくもう一人この呪いを生み出す元凶である…そう…」


右京が推理を語っている時だった。

ギシギシとこのリビングのソファを揺らす音が聞こえてきた。

今、この場にいる人間は誰も座ってなどいないはずだ。

気になった全員がふとソファの方へと視線を向けるとそこには一人の少年がいた。

年齢は恐らく9歳くらいで生気が通っていない青白い肌にほぼ全裸に近い男の子だ。

187 : 以下、名... - 2018/03/14 10:47:22.26 VKN7a1Ov0 184/293



「まさか…この子供は…」


この少年にカイトは見覚えがあった。

それは徳永一家の遺体を発見した時に出てきたかつての佐伯一家の写真。

その中に写っていたあの少年に明らかに酷似していた。

それは5年前に行方不明になって以来、

これまでずっと捜索が行われてきたものの未だ行方不明になっていた佐伯家の一人息子。

それが5年前と変わらない風貌でこの場に現れた。


「やはり…この家で二つの品が揃えばキミが現れると思っていましたよ。
母親の佐伯伽椰子と共に幾多の人間を呪い続け…
そしてこの大惨事を引き起こしたもう一人の張本人、佐伯俊雄くん。」


この5年間、母の伽耶子と共にこの家に関わるすべての人間を呪殺してきた佐伯俊雄。

それがこの呪われた日記と絵を提示したことによりようやく姿を見せた。


『ミャァァァァ…』


そんな右京たちを前にしてまるで猫の鳴き声かのように叫び出す俊雄。

まるで正気を感じさせない俊雄に右京たちは一体どのような行動に出るのか…?

188 : 以下、名... - 2018/03/14 10:47:48.78 VKN7a1Ov0 185/293



―――

――――

――――――


そこは薄暗い場所…


「ハァ…ハァ…」


中年の男がいた。その男はとても苛立っている。

血に染まった刃物を握り締め

ガリッ!ガリッ!と自分の爪を噛みながら血まみれ姿のままストレスを和らげている。


「あぁ…やめて…お願い…」


もう一人…女もいた。男に対して何度も命乞いをしている。

女はもう限界だった。

身体の至る箇所を男が持っている刃物で切り裂かれた激痛により

思うように動くことが出来ずこの場から逃れることは困難だ。

それでも男は憎たらしげに女を睨みつけながら恨み言を吐き出した。


189 : 以下、名... - 2018/03/14 10:48:25.79 VKN7a1Ov0 186/293



「お前は俺を裏切った!あの子は俺の子じゃなかったんだ!」


「ちがう…ちがうの!?」


「黙れぇぇぇぇ!!」


かつて男は目の前にいるこの女を誰よりも愛していた。

だが女は自分の好意を無碍にして他の男を愛してしまった。

それだけではない。

この女はその男との間に生まれた子供を自分の息子と長年に渡って偽り続けた。

それはこれまで注いできた深い愛情がとてつもない憎しみと化した最悪の光景だ。

そして男の怒りは頂点に達した。男は持っていた刃物を振り降ろし、女を殺そうとした。

190 : 以下、名... - 2018/03/14 10:48:58.23 VKN7a1Ov0 187/293



「待ちなさい!!」


だが間一髪で男の凶行は遮られた。

何故ならこの家に5人の刑事たちが姿を現した。それは警視庁特命係だ。


「どうやら間に合ったようですね。」


「佐伯剛雄確保!オラ、大人しくしろ!」


「杉下さん、女性の方も大丈夫ですよ。怪我はしているけど軽症です。」


「俊雄くんも保護しました。もう大丈夫です!」


特命係の行動は迅速だった。

右京と亀山が凶行に及ぼうとした剛雄を押さえつけて拘束。

神戸が傷ついた伽耶子を庇い、それに二階で怯えていた俊雄をカイトと陣川が保護。

こうして佐伯剛雄の凶行は未然に防がれた。

191 : 以下、名... - 2018/03/14 10:49:30.91 VKN7a1Ov0 188/293



「アンタら一体何者なんだ!?」


「申し遅れました。我々は警視庁特命係です。」


「こうして直接会うのは二度目だな!佐伯剛雄!」


「二度目だと?俺はお前らなんかとは会ったこともないぞ…?」


この状況をちっとも理解できず狼狽える剛雄。

特に剛雄が奇妙に思うのは

自分を取り押さえている刑事たちと以前にも会ったような素振りを見せていることだ。

自分の記憶が正しければこんな刑事たちなど一度として会ったことはない。

それなのにどうしてと疑問に思った。

だがそんなことよりも今はこの状況をどうにかしなければならなかった。


「いくら警察だからって令状も無しで勝手に他人の家に上がっていいのか!?」


「うっせえ!自分の女房殺そうとしたくせに令状だとか一丁前な事言ってんじゃねえ!」


「それに令状なんか無くても
この状況下ならあなたを緊急逮捕できますのでどうぞご安心ください。」


確かにいくら捜査権限のない特命係でも

殺人が行われる寸前の現場に立ち合わせたら緊急逮捕は認められる。

だがそれでも剛雄にとっては疑問だった。

何故家の中での犯行をこの刑事たちは嗅ぎつけたのか?

剛雄は右京たちに何故この事態に駆けつける事が出来たのか問い質そうとしたが…

192 : 以下、名... - 2018/03/14 10:50:31.07 VKN7a1Ov0 189/293



「あなたが疑問を持つのはもっともでしょうが
それはあなたが気にするべき問題ではありません。
それよりも佐伯剛雄さん。あなたが妻である伽椰子さんを殺そうとした理由は…
この伽椰子さんの日記を読んだから…そうですね。」


「そうだ、その日記に書かれていた小林って男が俊雄の本当の父親なんだろ!」


右京から伽耶子を殺害しようとした動機を問われながら剛雄は白状した。

確かに犯行動機は伽耶子の日記を読んだせいだ。

日記に書かれていたように俊雄の父親が自分でないことに絶望して犯行に及ぼうとした。

そんな剛雄に亀山や神戸はそれなら離婚でもすればいいと主張する。

だが剛雄には離婚に踏み切れない理由があった。

右京はそんな剛雄の顔をジッと見てある事を指摘する。


「眼球の充血具合、
それに目の周りの隈や顔色、剛雄さん。あなた間違いなく麻薬常用者ですね。」


「そういえば角田課長が佐伯剛雄を
麻薬の容疑で令状取ってましたけどまさか本当に麻薬をやってたなんて…」


「そして伽椰子さん…あなたもその麻薬のお零れを授かっていましたね!」


「奥さんの伽椰子さんまで!?」


「そうです。麻薬を所持しているヤクザ、暴力団の家庭なら
その家族や身内まで麻薬常用者になるケースが多いですからね。
妻である伽椰子さんも麻薬常用者であってもおかしくないと思いませんか。」


まさか夫婦揃って麻薬に手を出していたとは…

堪らずカイトがこの狂った夫婦に対して怒鳴り声を上げた。


193 : 以下、名... - 2018/03/14 10:51:19.52 VKN7a1Ov0 190/293



「両親が揃って…麻薬常用者って…アンタら何考えてんだよ!」


「俺だって子供が生まれてからは麻薬とは縁を切ろうとしたさ…
けど俊雄が俺の子じゃないとわかったら…目の前が真っ暗になって…
もう何を信じたらいいかわからなく…だから麻薬に手を出したんだ!」


剛雄の苦悩の叫びは保護された俊雄の耳に入った。

その様子を見てカイトと陣川は子供になんてことを言うのかと剛雄を咎めた。

だが伽耶子に復讐を果たせなかった剛雄には悔やむことしか出来なかった。

そんな剛雄を見かねた右京はあることを告げた。

それは五年前に言えなかったもうひとつの真実についてだ。

194 : 以下、名... - 2018/03/14 10:51:51.75 VKN7a1Ov0 191/293



「剛雄さん、実はあの時…いえ…失礼しました。
この時間軸のあなたに言うのは初めてでしたか。とにかくお伝えしたい事があります。
あなたは恐らくこの日記に書かれている伽椰子さんの想い人である小林俊介の名前。
俊介の『俊』が俊雄の『俊』に使われていた事を知り伽椰子さんや俊雄くんに虐待した。
そうですね?」


「ああそうだ!
それに俺は医者を問い質したら精子欠乏症だと言われて…
俺の身体じゃ子供が生まれるはずなんてないんだよ!?」


「ふざけんな!血の繋がりがないからって女房と子供を殺していい理由にはならねえよ!」


「亀山くんの言う通りですよ。
そのせいであなたは危うく実の息子を殺すところだったのですからね。」


それはまさかの事実だった。

右京にそう告げられて剛雄はすぐさま息子の俊雄を凝視した。

伽耶子の日記を読んで以来、俊雄を実の子と信じることが出来ずにいた。

それがまさか実の子だと告げられ困惑した。だがこれはどういうことなのか?

195 : 以下、名... - 2018/03/14 10:53:52.49 VKN7a1Ov0 192/293



「右京さん…佐伯剛雄は精子欠乏症だって病院の先生が言ってたはずじゃ…?」


「確かに彼は精子欠乏症なのは間違いありません。
それでも俊雄くんが佐伯剛雄の息子なのは確かです。その証拠がこちらです。」


それから右京は伽耶子の日記を取り出してあるページを開いた。

それは平成10年9月10日の日付に記されたある文章についてだ。


「このページにはこう記されていました。
『こうして私の初恋は成就することもなく終わりを告げた。』
初恋、つまり伽耶子さんにとって小林俊介は初恋の相手だった。
ですがここで気になるのは初恋の相手である小林さんにと結ばれたかどうかです。
失礼ですが日記を読む限りでは伽耶子さんが小林さんと結ばれたような描写は無い。
さらに指摘するなら伽耶子さんが小林さんと再会したのはつい最近です。
このことからわかるように伽耶子さんが小林さんと付き合っていたというのは
第三者である僕の視点からしてありえないことだと断言できます。」


右京の指摘にそれまで絶望に陥っていた剛雄にわずかばかりの希望が降り注いだ。

だがそれとは反対にショックを受ける伽椰子、そんな右京の推理はさらに続いた。


「僕は俊雄くんが生まれた産婦人科の病院を尋ねました。
そこで伽椰子さんの担当をした医師から話を聞いたのですが
俊雄くんはとても低い確率で生まれたあなたの実の息子と診断されました。
もし僕が言っている事が間違っているというのならDNA検査でもなされてはどうですか。
それで間違いなくあなたの子であると判明しますよ。」


「じゃあ…俊雄は本当に俺の…」


「それにもうひとつ証拠があります。それは名前です。
俊雄くんの『雄』の字、
恐らくこの字はあなたの『剛雄』という名の『雄』から取られたものではないのでしょう。
伽椰子さんもその事を承知で名前を付けたのではないかと思われます。」


よかった。本当によかった。

剛雄は心の底から右京に告げられた真実を喜んだ。

やはり俊雄は実の子だった。これほど嬉しく思ったのは俊雄が生まれて以来だ。

それと同時にこれまで俊雄に抱いていた憎しみが嘘のように晴れた。

これで以前と同じように俊雄を愛することができる。そう思っていた。だが…

196 : 以下、名... - 2018/03/14 10:54:21.29 VKN7a1Ov0 193/293



「そうよ…俊雄は紛れもなく…あなたの子よ…」


これまで一連の流れを傍観していた伽耶子はまるで何かを諦めたかのようにそう告げた。

その言葉を聞いてようやく剛雄はこれまでの疑いを晴らせて安堵した。

だがそんな剛雄とは違い伽椰子の表情は曇っていく。その理由は…


「私は…本当は…小林くんとの子供が欲しかった…
アンタなんかこれっぽっちも愛しちゃいない…俊雄もただ生んだだけ…
せめて子供に好きな人の名前を入れておきたかった…けど私にはそれすら許さなかった…」


かつて伽耶子は大学で出会った小林俊介を心から愛していた。

だが彼は自分とはちがう他の女と結ばれてしまった。

それから伽耶子はなにやらブツブツと唱えるように呟き出すと

その矛先を息子の俊雄へと向けた。


「俊雄…何故あなたはこんな男の子供として生まれてきたの?
私はこんなにも小林くんを愛しているのに何であなたはこの男の子供として生まれたの?
あの女は…真奈美は…小林くんの子をちゃんと産めるのに…何で私は…
私は…私だって…小林くんの子供が欲しかったのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!?」


そんな伽耶子の豹変ぶりにこの場にいる全員が恐怖した。そして察することが出来た。

伽耶子にとって俊雄とは小林俊介の代用品。

かつて伽耶子は小林俊介に恋焦がれた時期があった。

それは他人にしてみれば青春時代にのみ許された淡い初恋だった。

だが伽耶子にとってはちがう。彼女は今でも小林を愛している。

だから息子に小林の名前を一文字与えて愛を注いだ。

それは母親としての純粋な愛情ではない。

未だに恋焦がれる片思いの相手を想ってこその行い。

それはまさに狂気と呼べるものだ。

197 : 以下、名... - 2018/03/14 10:55:19.94 VKN7a1Ov0 194/293



「いい加減にしなさいッ!!」


そんな伽耶子を右京が一括した。

その声にさすがの伽耶子も思わずビクッと怯えてしまう。


「あなたは俊雄くんの母親でしょう。
そんなあなたが子供の存在を否定してどうするというのですか!
そして剛雄さん。
あなたは血の繋がりを疑い妻である伽椰子さんと実の子の俊雄くんを殺そうとした!
これが……こんな事が……実の親のやる事ですか!?」


「大人として…いえ…親として恥を知りなさい!!」


その言葉に剛雄と伽耶子は何も反論することが出来ず打ちのめされた。

最早自分たちに親の資格などない。

父親の剛雄は麻薬に手を出し殺人未遂を犯した。

伽耶子も同様に麻薬に手を出し、さらには俊雄をかつての想い人と重ねていた。


「既にあなた方は良い大人です。恋や快楽に夢を見る時間は終わっているんですよ。」


最後に告げられた右京の言葉に二人はようやく悪夢から覚めることができた。

思えば最初は誰もが純粋に人を愛したかっただけだった。

だがその愛を向けられた相手が自分を愛してはくれなかった。唯それだけの話だ。

それから暫くして通報を受けて駆け付けた警察が到着した。

その通報を受けて駆け付けた刑事たちとは…

198 : 以下、名... - 2018/03/14 10:55:45.19 VKN7a1Ov0 195/293



「通報があって駆け付けてみれば…」


「まさかお前らだったとは…しかももう俺たちの出番殆ど無いじゃねーか…」


「亀山先輩、これはどうなっているんすか?」


「ご苦労様、事件は終わってるからな。
犯人はこの佐伯剛雄だ。殺人未遂、麻薬所持でしょっ引いてくれよ。」


現れたのは伊丹たち捜査一課の面子だ。

伊丹に手錠を掛けられた剛雄はそのままパトカーに乗せられていく。

それに捜査一課の他にも駆けつけてくれた人間がいた。それは組対5課の角田たちだ。


「警部殿、まだ麻薬がこの家にあるんだな。」


「ええ、妻である伽椰子さんへの殺人未遂、息子である俊雄くんへの児童虐待、
さらには麻薬所持、とりあえずこれで立件出来るはずですよ。
ちなみに麻薬の方は2階の屋根裏にあると思われますので急いで確認お願いします。」


右京に促されて角田もまた迅速に捜査を進めた。

元々剛雄はその筋の人間だった。これで大元のヤクザを一網打尽に検挙出来る。

こうして捜査は順調に行われていった。

199 : 以下、名... - 2018/03/14 10:56:56.20 VKN7a1Ov0 196/293



「それにしても相変わらず行動が早いというか…
やる事がもう犯人連行する事しか残ってないじゃんかよ。
俺たちにも少しは活躍させろよ亀ちゃん!」


「いやぁ、それ程でもないんですけどね!
でもいいじゃないですか。手柄はそっちに渡してるんですから!」


「匿名係の亀山ぁ!
捜査一課を顎でこき使いやがって…
窓際部署は大人しくしてろっていつも言ってるだろ!」


「誰が匿名係だ!?漢字間違えてんぞバカ野郎!!」


「殺人未遂じゃなぁ!大した手柄にもならねえんだよ!」


「先輩、そんな不謹慎な発言は駄目ですよ。」


「そうだぞ、こうして子供の命が助かったんだ。幸いだと思えよ。」


「まあ…たまには亀でも役に立ったってわけか…」


「うっせー!バーカ!」


亀山と捜査一課のメンバーがいつものやり取りを行っていた時だ。

剛雄に続いてもう一人パトカーに連行されていく人物がいた。

それは剛雄と同じく麻薬中毒の疑いが見られる伽椰子だ。

刑事たちに見送られながらパトカーに乗せられていく伽椰子。

そんな伽椰子だがひとつだけ気掛かりなことがあった。

200 : 以下、名... - 2018/03/14 10:58:16.44 VKN7a1Ov0 197/293



「刑事さん、俊雄はどうなるんですか?」


やはり気になるのは俊雄だ。

夫婦揃って警察に逮捕されたとなると母としては一人息子の安否が気掛かりだった。


「先ほど近所の方があの子を預かってくれましたよ。」


「こんな親が逮捕された光景なんて子供に見せるわけにはいきませんからね。
とりあえずはこの近所に住む鷲尾さんが俊雄くんを預かってくれてますよ。
けど当分会えませんからそのつもりでいてください。」


「あぁ…ご主人が財務省の役人の…
確かあそこの子と俊雄が昔から仲良かったわね。
娘さんはこの前に死んじゃったみたいだけど…」


右京と亀山の説明にとりあえずは安堵する伽耶子。

だが麻薬中毒の疑いが出た以上は暫くの間は俊雄との対面は許されないだろう。

さらにいえば親戚縁者もろくにいないので最悪の場合、俊雄は児童養護施設に送られる。


「もうあの子の事なんてどうでも…」


既に伽椰子には希望はなかった

たとえ命が助かったとしても愛する小林俊介は自分とは違う他の女と家庭を持ち、

さらにはその女との間に子供まで出来た。

だが自分は…望んでない男と結婚し子供を生み…さらには危うく殺されそうになり…

そんな苦しい現実を避けるために夫が所持する麻薬のお零れにありつく始末。

すべてを失った伽椰子に生きる望みは残っていなかった。

201 : 以下、名... - 2018/03/14 10:58:52.27 VKN7a1Ov0 198/293



「果たしてそうでしょうか。それではこの絵を見てください。」


右京が見せたのは俊雄が描いた家族の絵だ。

その絵は真ん中に居る俊雄とそれに父親の剛雄と母親の自分が描かれている。

だがその絵に描かれている自分たちは明らかに怖さを感じさせた。

それはこの絵の描き手である俊雄が自分たちを恐怖の対象としているということ。

だからこんな絵を描いたのではないかと伽耶子は疑った。


「確かにこの絵に描かれているように
俊雄くんはあなた方に悪意を抱いているのかもしれない。
ですがこの絵には他に誰も描かれていません。
俊雄くんにはあなたたち両親しか頼れる人がいないんですよ。」


「そうですよ!アンタにはまだ俊雄くんがいるんだ!血の通った実の息子が!
アンタ母親なんだぞ!ちゃんと立ち直って…俊雄くんと一緒に人生やり直すんだよ!」


まだ自分には家族が居る。

そう励まされながら伽耶子はこの場にいない自分の息子に対して涙を流した。


「う…うぅ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」


今更悔やんでも仕方がない。

もしかしたら俊雄にはもう二度と許してもらえないかもしれない。

それでもあの子には自分たちしかいない。

こんな情けないかもしれないがそれでも自分は俊雄にとっては大事な母親だ。

だからこそ思った。たとえ何年掛かってでも俊雄を迎えに行こう。

パトカーに連行されながら伽耶子は心の中でそう誓ってみせた。

202 : 以下、名... - 2018/03/14 10:59:21.56 VKN7a1Ov0 199/293



「それではあとはお任せします。我々はこの家でまだやる事があるので失礼します。」


「じゃあな、ヘマすんじゃねえぞ。」


「うるせえ!後は調書取って送検するだけだ。ヘマしたくても出来ねえっての!」


そう減らず口を叩きながら右京と亀山は再び佐伯家へと入って行った。

事件も速やかに解決したのでもうこの場所に用はない。

伊丹たちも本庁に戻ろうとしたその時だ。一台の車がこの現場に駆けつけた。

見るとその車からは二人の男たちが現れた。

車から降りてきた二人の男たちにその場にいた誰もが驚きを隠せなかった。

203 : 以下、名... - 2018/03/14 10:59:50.86 VKN7a1Ov0 200/293



「失礼、事件だと聞いてやって来たのですが…」


「へ?け…警部殿!?」


「あれ?何かもう犯人逮捕されちゃってるみたいなんですけど…」


「か…亀山!?」


「どうやらそのようでしたね、僕たちの出る幕は無いようですよ。」


「伊丹くん、たまには自分たちで犯人逮捕できるなんてスゴいねぇ♪
キミもやれば出来る子だったんだねぇ…ていうかお前口開けてポカーンとしてんだ?
バカみてえだぞ!それより右京さん、これからどうしますか?」


「そうですねぇ。もう夜になりますのでこの後は花の里にでも行きましょうか。」


「了解っす!じゃあな伊丹~♪」


事件が早期解決したと聞くと右京と亀山はさっさとその場から立ち去ってしまった。

残った伊丹たちはというと…


「な…なぁ…今あいつら…家の中に入って行ったよな…」


「間違いないッスよ…俺ちゃんと見ましたから…」


「それなら何で…車に乗って別方向から現れたんだ…?」


「これってもしかして…ドッペルゲンガー?」


何が何やらわけがわからず呆然としていた。とにかくこれで事件は終わった。

そんなわけで未だ困惑しながらも伊丹たちもさっさとこの現場から離れていった。

その一部始終を先ほどこの家に入った右京と亀山は静かに見届けていた。

204 : 以下、名... - 2018/03/14 11:00:16.25 VKN7a1Ov0 201/293



「どうやら鉢合わせしないで済んだようですね。」


「いやぁ、危なかったですね。
あと一歩遅かったら過去の俺たちと鉢合わせしてたかもしれませんでしたから。」


先ほど現れた自分たちと鉢合わせすることもなくホッと一安心する二人。

そんな右京たちのところへカイト、それに神戸と陣川が合流してくれた。

三人はこの近所にある鷲尾家に俊雄を預けた後にある場所に行っていた。

それは不動産屋だ。


「頼んでおいた事はやってもらえましたか?」


「バッチリです。
先ほど不動産屋の鈴木達也さんを訪ねて
この物件には関わらないようにと念を押しておきましたから。
警察の捜査が入っておまけに麻薬まで所持していたと因縁めいた事言っておきましたから
これで佐伯家がこの家を手放しても誰もこの家を購入しようとは思いませんよ。」


「それじゃあ俺たちがこの時代でやるべき事は終わったわけですね。」


「そうですね。これでキミの未来は変わりますよ。佐伯俊雄くん。」


右京に名指しされた佐伯俊雄。

先ほど鷲尾家に保護されたはずの俊雄が

この家の階段に座りながらたった今この家で起きた全ての出来事を見届けていた。

一体この家で何が起きているのか?それはすべてこの目の前にいる俊雄の力によるものだ。

205 : 以下、名... - 2018/03/14 11:00:51.03 VKN7a1Ov0 202/293



「まさか…亡者の俊雄くんに頼んで僕たちを過去の…
まだ犯行が行われていない世界に送ってもらうなんて…通常じゃありえない方法ですよ。」


「あの家で時空が歪むほど呪いが満ち溢れていた状態だったからこそ出来た方法ですよ。
正直僕も成功するとは思ってもみませんでしたがね…
さて、俊雄くん。キミの人生はこれで再び生を受けられます。
ですからどうか…あの地獄の世界を…救ってくれませんか。」


右京たち特命係は俊雄の力を使ってこの過去の世界へとやってきた。

その理由は唯一つ、あの地獄に成り果てた未来を修正するためだ。

そして一連の出来事を知って俊雄も改めて思い知らされた。

これまで俊雄は生きながら亡者と成り果て母の傀儡として生きてきた。

だが過去にやってきたことで母が自分を小林俊介の代用品であることを知って失望した。

自分は母から本当に愛されたわけではない。それは歪んだ愛情を否定された瞬間だった。


「確かに俊雄くんにとっては知りたくもない事実だったかもしれません。
それでもこの世界での伽椰子さんは実の息子であるキミのために変わろうとしている。
どうでしょうか。もう一度、生命ある未来を歩んではみませんか。」


「頼む!この通りだ!」


「キミもこの世界で僕たちと一緒に生きて行こう。」


「そうだ!あんな真っ暗闇な世界…何も無いんだぞ!」


右京たちは俊雄に対して懸命に訴えた。今ならもう一度やり直せることができる。

今度こそもう一度親子として歩んでいけるはずだ。

その瞬間、ある不可思議な現象が起きた。この場にいる全員が眩い光に包まれたからだ。

206 : 以下、名... - 2018/03/14 11:01:19.31 VKN7a1Ov0 203/293



「どうやら…それぞれの元の時代に戻る時が来たようですね。」


「お別れ…ですね。」


「そうみたいッスね…といってもまたすぐに俺たちの世界の右京さんとは会えるけど…」


「そうですね。ところで亀山くんに神戸くん、僕はキミたちにお願いがあります。」


別れ際、右京は亀山と神戸にあることを頼んだ。


「元の時代に戻ったら
ここでの出来事を出来れば誰にも明かさず誰もこの家に入るなと警告してもらえますか。」


「誰にも…ですか?それって俺たちの時代の右京さんにもですか?」


「お言葉ですが何故その様な回りくどい真似するんですか?
過去の自分に知らせればスムーズに事が運ぶんじゃないのでしょうか?」


「僕の性格からして…理由を話せば否応なくこの家に関わってしまうでしょうね。
そうなれば悪戯に被害が増えるだけですよ…
ならば必要最低限の情報だけを教えた方が良いと思いませんか。」


右京の返答に二人も思わず納得した。

あのような絶望に染まった未来を見せつけられたら右京の頼みを断ることは出来ない。

だがこの時の右京は彼らに対して申し訳ない思いを募らせていた。

もしもこの頼みを彼らが了解してくれたとしても待っているのは最悪の末路だ。

何故なら亀山は佐伯家の事件で伽耶子の遺体損失の責任を取らされて退職に追い込まれ

さらに神戸もまた亡者たちの手に掛かり…

右京にとってもこれは苦渋の決断だった。

それでも彼らにしか頼めなかった。何故なら彼らは杉下右京の頼れる相棒だからだ。

207 : 以下、名... - 2018/03/14 11:01:47.44 VKN7a1Ov0 204/293



「二人とも、頼みましたよ。必ず成功させてください。」


「ウッス!わかりました!」


「ええ、任せてください。」


二人は右京の頼みを返事ひとつで了解してくれた。

それと同時に眩い光が反射して全員の視界を遮らせた。

だがその直前に彼らは目撃した。

生気を取り戻した俊雄が黒い猫と共に光の先へ旅立つ姿を…

208 : 以下、名... - 2018/03/14 11:03:22.54 VKN7a1Ov0 205/293



<<2008年>>


「う…うぅ…ここはどこだ?」


ふと亀山薫は目を覚ました。そこは先ほどまで居た佐伯家だ。

だが先ほどとはちがって家の中に違和感を抱いた。それもかなり不気味なものだ。

その違和感でようやく気づいた。ここは元の世界で自分は還ってきた。

そしてすぐに自分が置かれている状況が理解できた。

先ほどの出来事は決して夢ではない。あれはこれから現実に起きる出来事だと…


「おや、亀山くん。どうしましたか。」


そんな時、家の玄関が開き右京が中に入ろうとした。

まずい。右京がこの家に入れば呪われる。

そう思った亀山は咄嗟に右京たちを連れてこの家から立ち去った。

今はどうにも出来ない。時が来るまで待たなければ…

209 : 以下、名... - 2018/03/14 11:03:51.15 VKN7a1Ov0 206/293



<<2011年>>


気づけば神戸尊はフラフラと住宅街を歩いていた。

先ほど北田良美に頭を殴られた痛みがまた響いて意識が朦朧としていた。

何で自分はこんな住宅街を歩いているのかと疑問に思った時、ある家のリビングを覗いた。

するとそこにいたのは…


「いやぁ、美味しいですねぇ。」


呑気にお茶を啜っているのはなんと自分自身だった。

それを見て先ほどまで朦朧としていた意識がクリアになった。

自分は過去の世界に戻ってこれた。だが家の中にいるのは自分だけだ。

肝心の右京はどこにいるのかとすぐに探した。

すると玄関のポストで何かを発見した右京が家の中に入ろうとしていた。


「待ってください!」


すぐさま神戸は右京を引き止めて車に乗り込み北田家を去っていった。

心残りがあるとすればまだこの時代にいる自分のことだが…

しかしその自分にこれから過去に行ってもらわなければならない。

正直、痛い目に合うのは嫌だがこれも運命だと思って諦めるしかなかった。

210 : 以下、名... - 2018/03/14 11:04:20.42 VKN7a1Ov0 207/293



<<2013年>>


ここは警視庁にある特命係の部署。

そこには右京、カイト、それに陣川の三人が居た。


「どうやらここは特命係の部屋ですね。」


「俺たち…戻れたんですか…?」


「でも…隣の組対5課は誰もいないみたいですけど…」


自分たち以外誰もいないこの状況にふと三人にある不安が過ぎった。

もしかして失敗したのか?

結局あの地獄の世界に逆戻りしたのかと不安に駆られていると誰かが部屋に入っていた。

それは角田課長だ。


「あの…角田課長?」


カイトは恐る恐る角田課長を尋ねてみた。

先ほどみたく亡者として襲って来るのではないかと疑っているからだ。

211 : 以下、名... - 2018/03/14 11:04:48.48 VKN7a1Ov0 208/293



「よ、暇か?」


「あの…角田課長ですよね?」


「何言ってんだお前?俺が他に誰に見えるってんだよ。」


角田は部屋に入るなり置いてあるコーヒーポッドを使用してマイカップに注いでいた。

いつものような手馴れた動作だ。


「さっきまでウチ会議しててさ。
明日は朝から…城南金融の摘発だよ。おかげで今夜は泊まり込みだ…」


それからぞろぞろと大木や小松など組対5課の捜査員たちが現れた。

どうやら他の部屋で会議を行っていたみたいだ。

その様子を見てカイトはようやくひと安心した。


「これってつまり…
事件は無事解決したって事ですかね?やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「ああ!世界は救われたんだ!!」


カイトと陣川は大声でこの生還を喜んだ。

こうして世界は元通りになった。あの禍々しい亡者は消え去り悪夢は終わった。

そう、すべては終わった。


<第三話 完>

212 : 以下、名... - 2018/03/14 11:05:26.54 VKN7a1Ov0 209/293



××××××××××××


「………これで終わりか?」


「そうですよ。見ての通りファイルはこのページで終わっています。」


以上のファイルを読み終え、冠城と青木は呆気に取られていた。

ちなみにファイルを読み終えた二人の感想は以下のものだ。


「何だ…これは…?」


正直に言ってそれ以上の感想は他になかった。つまりこの話を要約するとこうだ。

特命係が得体の知れない存在からこの世界を救ったということになる。

馬鹿げている。そんなことがあるわけがない。これはきっと誰かの悪戯に決まっている。


「それでもうひとつの伊丹さんたち捜査一課が記録したファイルですが…
このファイルが作成されたのは今から十年前の2008年。
それで何が起きたかというと佐伯家で夫の剛雄が妻の伽耶子を殺そうと殺人未遂が発生。
駆けつけた警察官によって犯人は現行犯逮捕。
同時に家から麻薬を押収して同じく麻薬を使用していた妻と一緒に逮捕されたようです。」


青木の説明によりある程度の納得は出来た。

本来、佐伯家で起きた事件は伊丹たちが作成したファイルに記されたものだ。

ちなみにこの事件はニュースや新聞で多少は取り上げられたが

すぐに忘れられる程度に済まされた小さな事件だ。

もうひとつの特命係が記録したファイルのような大事件ではない。

だから本来佐伯家で起きた事件が冠城の記憶にないのはわかった。

それに一連のファイルにあった

亀山の退職理由や鈴木達也の失踪届が出されなかった理由も納得した。

もし世界が修正されたのならその時点で最初から何もなかったということになる。

だから亀山が失態を犯したという事実も存在しない。

それに鈴木達也の失踪届も出されていない。それでも冠城は今ひとつ納得していなかった。

213 : 以下、名... - 2018/03/14 11:05:54.15 VKN7a1Ov0 210/293



「あ、まだ納得してないって顔をしていますね。
それなら確実な証拠を見せてあげますよ。
最後の2013年に起きた事件の日付に注目してください。」


青木が指摘したのは2013年に徳永家で起きた事件の日付だ。

その日付だが2013年3月13日と記されてある。

この日付に何の意味があるのか?冠城にはその意味がわからなかった。


「実はこの日、とある事件が発生していました。それがこの事件です。」


青木はある事件のファイルを上げた。それは今から7年前に起きた強盗殺人事件。

犯人は大場三郎。

ファイルによるとこの日、大場の女からの通報で伊丹たち捜査一課は逮捕しに向かった。

だが通報をされたことを察した大場はそぐさま逃走。

自暴自棄になった大場はかつての恩師瀬田江美子の家に向かい

そこで瀬田江美子とそれに教え子の鷲尾隼人なる少年を人質にした。

だがその道中で二人は大場から逃亡、

さらに隼人は逃亡する際に川に溺れて大場もバイクに跳ねられて死亡するといった顛末だ。

それでこの事件が特命係とどう関係するのか?

214 : 以下、名... - 2018/03/14 11:06:23.70 VKN7a1Ov0 211/293



「この事件、鷲尾隼人少年を助けたのがなんと特命係なんですよ。」


青木がその後の詳細を説明してくれたが

右京とカイトはどういうわけか瀬田江美子の自宅の異変に気づき捜索を開始。

そこで瀕死だった鷲尾隼人に救命措置を施して少年はどうにか一命を取り留めた。

それで青木が何を言いたいのかというとこういうことだ。


「もし佐伯家で呪われた事件が発生していたら
特命係の杉下さんとダークナイトは鷲尾隼人の命を救っている暇はなかったはずです。
つまりどう考えても正しいのは伊丹さんたちのファイルなんですよ。
もうひとつのこのオカルトじみた出鱈目なファイルは
誰かが誤って作成した性質の悪い悪戯に決まっていますよ。」


以上がこのファイルを読んだ青木の見解だ。

それを告げると同時に青木はこの悪戯と思しきファイルを消去した。

青木も今回の件でもしかしたら右京を追い込む復讐に繋がるのではないかと期待していた。

だがこんな悪戯みたいな出まかせではどうやっても復讐に利用出来る代物ではない。

とんだ時間の無駄だったと思い、未だ考え込む冠城を置いてさっさと帰宅していった。

それでも一人残された冠城はどうにも納得が出来なかった。

青木が消し忘れたPCのモニターを覗きながら意味深に考え込んでいた。


続き
右京「呪怨?」修正版<<最終話>>

記事をツイートする 記事をはてブする