男「えっ……」
後輩「どこかでお会いしたことありましたか?」
男「中学の時に同じ部活でしたけど……」
後輩「ということは、陸上部の方ですか?」
男「そうですけど……。僕のこと覚えてない?」
後輩「はい。先輩のことなんて知りません」
男「……」
元スレ
男「ずっと前から好きでした!」 後輩「……誰?」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1477304804/
後輩「人違いではないですか?」
男「そんなことあるわけない! 後輩さんが忘れているだけだよ!」
後輩「でも、二足歩行している豚なんて忘れることなんてないと思うんですけど」
男「うん。間違いない」
後輩「なにがですか?」
男「絶対、人違いじゃないよ。そんな目で僕を罵ってくれるのは、後輩さんだけだもん」
後輩「先輩って物好きな人ですね。自分を罵倒する人に恋してるなんて」
男「だって、可愛いんだもん」
後輩「顔ですか」
男「やっぱり世の中、見た目こそすべて、見た目こそ正義だよ」
後輩「その価値観はわからなくもないですが、顔の造形だけで好意を寄せられても……」
男「もちろん身体も好きだよ? 陸上部の時、その豊満な胸を揺らしながら走っている後輩さんを見て、なんどトイレに駆け込んだことか」
後輩「ごめんなさい。そもそも先輩に好意を寄せられること自体が生理的に無理でした」
男「……あのさ」
後輩「なんですか?」
男「僕のこと、どうして先輩って呼んでるの? 僕が誰なのかわからないのに」
後輩「……」
男「本当はわかってるんじゃないの。覚えていないふりをして、僕のことを虐めてやろうっていう魂胆なんでしょ?」
後輩「……」
男「ありがとうございます! 最高に興奮してます!」
後輩「こちらこそ、ありがとうございます。おかげで、通報する踏んぎりがつきました」
後輩「ネクタイですよ。うちの学校は学年ごとにネクタイの色が異なるじゃないですか」
男「そうだった……」
後輩「残念でしたね」
男「うん。後輩ちゃんに虐められているわけじゃないんだね……」
後輩「学校中から虐めてもらえるように、これまでの会話を流布しましょうか?」
男「俺は後輩さんに虐めてもらいたいんだ!」
後輩「お断りします」
男「ど、どうして……!」
後輩「むしろ、どうして理由を訊ねるのか不思議です」
男「……突き放して、俺の絶望した顔を見たいパターン?」
後輩「警察に通報して、先輩の顔を一生拝見したくないパターンです」
男「これだけ昔みたいに喋っていたら、俺のこと思い出してこない?」
後輩「これまでの会話は、先輩のことを想起させるためのものだったんですか」
男「うん。陸上部の時とかこんな会話ばっかりしてたよ」
後輩「なるほど。もしかしたら、あんまりにも気持ちが悪いから、先輩のことを記憶から抹消したのかもしれませんね」
男「それで、記憶はサルページされたの?」
後輩「いいえ。今日のことも忘却したいと思うようになりました」
男「……わかった。今日は引き下がるよ」
後輩「……告白してきた割には簡単に諦めるのですね」
男「いいや、俺は諦めない! あの頃のことを思い出してもらう!」
後輩「……そうですか」
男「明日もチャレンジするからね!」
後輩「……明日、会えるといいですね」
男「後輩ちゃんが世界のどこにいても、僕が必ず、逢いに行くから」
後輩「刑務所の中で、無様にもがいていてください」
男「さあ、帰ろう。途中まで送るよ」
後輩「途中まで?」
男「大丈夫。ちゃんと距離はとるよ」
後輩「やめてください。本当に通報しますよ」
男「えー。でも、一緒に帰りたいし……」
後輩「私をストーキングしているだけで、一緒に帰宅していることにはならないでしょう」
男「くっ……。じゃあ、どうしたらいいんだ……」
後輩「距離をあけずに私の家まで送ってくれればいいんです。彼氏なのですから」
男「……かれし? カレシ? 彼氏?」
男「かれしいいいいいいいいいいい!?」
後輩「なんで驚いているんですか。先輩が告白したのでしょう?」
男「え、でも!」
後輩「私は『覚えていない』とは言いましたが、『交際しない』とお断りしていません」
男「だけど、『生理的に無理』って……」
後輩「そういう風に言葉責めされるのが好きなんでしょう?」
男「はい! 大好物です!」
男「遂に俺の気持ちが届いたんだね……!」
後輩「唾棄すべき醜悪な欲望でしたけどね」
男「ありがとう、ありがとう……」ポロポロ
後輩「なんで、泣いてるんですか?」
男「だって、ようやく両想いになれて……」
後輩「いえ、先輩の一方通行の恋のままですよ」
男「えっ」
男「どういうこと!?」
後輩「最近、私の周囲では恋愛がブームでして。毎日のように主張されるんです。誰々が好きだと」
男「まあ、女子トークの王道だもんね」
後輩「ええ。女子らしく牽制しあうんです。『お前、あの男に手出すんじゃねえぞ』、と」
男「う、うん?」
後輩「休み時間に私の胸を盗撮しているような男と交際するわけないのに、どうして脅迫するような行動をするんでしょう。そんなことに精を出すなら、豊胸手術の費用を稼げばいいのに。まあ、まな板にレーズンがのっているような胸を豊胸するには莫大な費用が掛かると思いますが」
男(やばい、この目はマジなやつだ……!)
後輩「私は、先輩と交際することで醜い駆け引きから解放されることを目論んでいるんです」
男「うーん」
後輩「言っておきますけど、先輩に拒否権はありません。先輩が告白したのですから」
男「拒否なんてしないよ。後輩ちゃんと付き合えるなら、どんな形でもいい」
後輩「……変な人」
男「変態って罵られるほうが嬉しいかな!」
男「確認しておきたいんだけどさ。僕のことを好きになる可能性はある?」
後輩「限りなくゼロに近いですけどね」
男「そっか……。うん。可能性があるなら、頑張れる!」
後輩「……先輩が私からに愛想を尽かす可能性の方が高かったりして」
男「サッカーの試合で残り1分で5点差を逆転するくらいの確率であるかもね」
後輩「……なんですか、それ?」
男「可能性はあるけど、実際には起こりえないってことだよ」
翌日 朝
男「おはよう」
後輩「……なにしてるんですか?」
男「迎えに来たんだよ。昨日の別れ際に約束したじゃない」
後輩「確かに私の家の前で待ち合わせをする約束をしましたね」
男「だから約束通り……」
後輩「いま先輩がいるのは、家の居間ですよね?」
男「あはは。そのダジャレ面白いね」
後輩「私のお気に入りのマグカップで、先輩がコーヒーを飲んでいる光景はおぞましいですけどね」
男「いや、後輩さんのお母さんが中に入れって言うもんだから」
後輩「あの人は……!」
男「優しいお母さんだね。後輩さんそっくり」
後輩「それで母はどこに? 姿が見えませんが」
男「あとはお若い二人で楽しんで、だって」
後輩「私の周りにはまともな人はいないんでしょうか」
後輩「お待たせしました」
男「早いね」
後輩「なにがですか?」
男「準備するのがさ。僕の妹なんて1時間くらい掛かるんだ」
後輩「朝の支度にそこまで時間をかける必要ありますか?」
男「そうだよね。ドーラ一味なら40秒で支度するのにね」
後輩「先輩って、妹さんがいらっしゃったんですか」
男「あれ、知らない? 後輩さんと同じ学年だけど」
後輩「……確かに先輩と同じ苗字の方がいますが、先輩の妹さんではないと思います」
男「いやいや。俺の苗字は珍しいから、そうそう同じ苗字の人はいないって」
後輩「では、先輩は養子とか?」
男「なんでよ。僕の家族は全員血が繋がってるからね」
後輩「あんなに可愛らしい人が、先輩の妹なんて到底信じられません」
男「可愛いかなあ? ただ、化粧で誤魔化してるだけだと思うけど」
後輩「豚の癖に、人間の容姿に難癖つけるなんて生意気ですよ」
男「ごちそうさまです!」
後輩「はあ……」
男「……妹が言うんだ。後輩さんみたいになりたいって」
後輩「わたしみたいに?」
男「うん。後輩さんみたいに、クールで美しくて芯の強い女性になりたいらしいよ」
後輩「……それは間違った認識ですね」
男「ごめんね。人の表面だけを見て評価するような奴だから。その裏にある大事なものに目を向けられないんだ」
後輩「まるで、先輩がわたしの内面を把握しているような発言ですね」
男「そういうつもりはなかったんだけどな」
後輩「……私の外見が好きなんでしょう?」
男「そうだよ。僕は後輩ちゃんの外見が好き。これ以上ないくらい愛してる」
後輩「なら、誤解を生むような発言は控えてください……」
男「わかった。気をつけるよ」
後輩「さあ、行きましょう。このままだと本当に遅刻します」
男「うわっ! もうこんな時間なの!?」
後輩「そうですよ、だから……」
男「ほら、俺の自転車で先に行って!」
後輩「……先輩はどうするんですか?」
男「俺は歩いていくよ。別に遅刻してもいいし」
後輩「そんな惰弱な考えは認めません」
男「いや、でも……」
後輩「私の彼氏なのでしょう」
男「うー。わかったよ。走っていくよ」
後輩「豚の走る姿なんて見たくありません」
男「じゃあ、どうしろと……」
後輩「……私のネズミになりなさい」
男「……ああ、そういうこと」
学校 休み時間 3年教室
男友「今日も遅かったな。いっそ、毎日遅刻すればいいのに」
男「うるせー」
男友「まあ、今日はしょうがねえか。失恋した翌日だもんな」
男「いや、付き合うことになったけど」
男友「う、嘘だろ!? あんな綺麗な子がお前のこと好きになるわけがねえ!」
男「俺のこと好きじゃないとか言ってたけどな」
男友「……はあ!?」
男友「意味わかんねえんだけど」
男「俺は後輩さんが好き、後輩さんは俺のこと嫌いではない。だから、付き合う。おわかり?」
男友「あの子は好きでもない変態と付き合うってことか?」
男「お互いに好きだと伝えてないと付き合っちゃいけないのか?」
男友「当たり前だろ!?」
男「お前、高3にもなって、ピュアなこと言ってんじゃねえよ。中学生かよ。そんなんだから、童貞なんだよ」
男友「ど、ど、ど、童貞ちゃうし! って、まさかお前……!」
男「なに? 付き合って初日にヤッたのかって? 馬鹿じゃねえの、お前。結婚するまで体を重ねるわけねえだろ」
男友「てめえもピュアじゃねえかよ。だから童貞なんだよ、お前」
男友「でも、良かったな。どんな形であれ付き合うことができて。中学生からずっと好きだったんだろ?」
男「まあ、そうだな。3年くらい片思いしてることになるな」
男友「もっと早くに告白すればよかったのに」
男「仕方ねえだろ。中学卒業してから会うことがなかったんだから」
男友「在学中に告白すればよかっただろ」
男「卒業式の日にしようしたんだけどな。当日に後輩さんが休んでしまってな。当時の俺は携帯を持ってなかったから、後輩さんとの連絡手段もなくて、もう会うこともないと思ったもんだ」
男友「部活一緒だったんだろ? OBとして顔出すとか方法はあったんじゃねえの」
男「俺が引退してすぐに、彼女は部活をやめた」
男友「OH……」
男友「それで高校で再会するなんて、運命的だな」
男「まあな。でも、驚いたよ。後輩さんがうちの高校に来るなんて。彼女、違う高校にいくために勉強してたから」
男友「中一の時から? どんだけ、レベルの高い高校にいくつもりだったんだよ」
男「東高だよ」
男友「マジで!? 県一の進学校じゃん!」
男「しかも、妹の話じゃ、余裕で入れたんじゃないかって」
男友「凄いな。でもなんで、そんな秀才がうちみたいな中堅高にきたんだ?」
男「たぶん……」
男友「俺と会うために、なんてのは無しだぜ」
男「馬鹿。そこまでうぬぼれてねえよ。俺じゃなくて……」
「なんの話してるのー?」
男「こいつがいるからじゃねえの?」
男友「ああ、なるほどな」
後輩姉「んー?」
後輩姉「ねえねえ、なんの話してたの? わたしも混ぜてよー」
男友「お前の妹の話だよ」
後輩姉「妹ちゃんの?」
男友「男と付き合うことになったんだってさ」
後輩姉「そ、そうなの!?」
男「ああ、うん。昨日、告白してな……」
後輩姉「知らなかった……」
男友「おいおい。お前ら姉妹だろ」
後輩姉「妹ちゃんは、あんまり自分のこと話してくれないから……」
男友「そ、そうなのか……」
男「……」
後輩姉「あの妹ちゃんが男くんと付き合うなんて……」
男友「まあ、安心しろよ。こいつ、お前の妹にぞっこんだから」
後輩姉「そうなの?」
男「……うん」
後輩姉「だよね。そうじゃなきゃ付き合うわけないよね」
男友「……妹はそうでもないらしいけどな」ボソッ
後輩姉「えっ?」
男「なんでもない。こっちの話」
教師「おーい、席につけ」
後輩姉「じゃあ、また後でね!」
男友「俺も席戻るわ」
男「待て」グイッ
男友「なんだよ!」
男「……あいつに余計なこと話すな」
男友「お、おう……」
昼休み 1年教室前
妹「お兄ちゃん?」
男「おー」
妹「……あのさ、ちょっといい?」
男「えっ、いや、用事があるんだけど……」
妹「いいから、こっち来て!」グイッ
妹「後輩さんと一緒に登校してきたらしいじゃない。それも二人乗りで」
男「なんで知ってんだよ?」
妹「うっそ、マジなの……」
男「もう噂になってるのか?」
妹「なってるよ! おかげであたし、休み時間になるたびに質問されるんだからね! お兄さんは、後輩さんとどういう関係なの、って」
男「うっわ……。後輩さんも質問責めされてるのかな……」
妹「いや、後輩さんに、『ご想像におまかせします』って微笑まれたら、それ以上追及できないからね……」
男「美人って得だよな……」
妹「……どうせ、あたしは美人じゃありませんよ」
妹「つーか、あたしの心配してよ。お兄ちゃんのせいで、大変な目に遭ったんだから……」
男「いや、彼氏たるもの、彼女の心配をするのは当然のことだろう」
妹「……えっ、付き合ってんの?」
男「付き合ってもないのに、二人乗りで学校にくるかよ」
妹「あたしはてっきり嫌がる後輩さんを無理やり荷台に乗せたのかと……」
男「お前、まさかそうやって周りに説明したんじゃないだろうな?」
妹「……てへっ」
男「てへっ、じゃねえよ」
男「なんてことしてくれたんだよ……」
男「なんてことしてくれたんだよ……」
妹「だって、お兄ちゃんが後輩さんと付き合うなんて想像できないしー」
男「開き直ってんじゃねえ」
妹「というか、お兄ちゃんの妄想でしょ? うん。そうに決まってる」
男「違うから。俺と後輩さんは相思相愛のラブラブだから」
後輩「名誉棄損で訴えますよ」
後輩「来るのが遅いから、なにをしてるのかと思えば……」
男「ごめん。妹に捕まっちゃってさ。こいつ、いまだに兄離れできなくてね」
妹「や、やめてよ!」ベシッ
男「痛! 叩くなよ!」
妹「後輩さんに変なこと言うからでしょ!」
男「事実だろうが! ホラー映画見た後とか僕のベッドに潜りこんでくるくせに」
妹「あーあーあー! 聞こえなーい! なに言ってるかわからないー!」
後輩「……」
後輩「随分と兄妹仲がよろしいんですね」
妹「違うんですよ! 兄の虚言癖が炸裂しただけです!」
後輩「なるほど。では、すべて先輩の妄想で、事実ではないと?」
妹「そうです! その通りです!」
後輩「そうでしたか……。ご苦労なさっているんですね……」
男「ええ……。信じちゃうの?」
後輩「私と相思相愛などという、虚偽の関係性を流布しようとしていたじゃないですか。その時点で信用はありません」
妹「やっぱり……! ほら、妄想だったんじゃん! お兄ちゃんと後輩さんが付き合うわけないよ!」
後輩「あ、いえ、お兄さんとはお付き合いさせていただいております」
妹「えっ」
男「ねえ、そろそろ行かないと、飯抜きになっちゃうよ」
後輩「そうですね。行きましょうか」
男「また後でな」
後輩「失礼します」
妹「 」ポカーン
校舎裏
男「よし。ここにしよう」
後輩「先輩はいつもこんな人気がないで食べているんですか?」
男「まさか! 普段は教室で食べてるよ」
後輩「では、どうしてここを選んだんです?」
男「恥ずかしいかなって」
後輩「……わたしと食事することが恥ずかしいと?」
男「ち、違うよ! 俺はむしろ光栄というか、幸せというか……」
後輩「なら、明日からは私の教室で食べましょう」
男「いいの……?」
後輩「言いましたよね? 私は愛欲と嫉妬が渦巻く恋愛の駆け引きから解放されたいと。その為には周囲に先輩と交際していることを見せつける必要があるんです」
男「……わかった。明日からはそうしよう」
男「……」モグモグ
後輩「先輩って、いつもおにぎりだけなんですか?」
男「うん。おにぎりなら簡単に作れるしね」
後輩「足りるんですか? 男子高校生に、おにぎり2つは少ないと思います」
男「確かに足りないけどさ、おにぎりを3つも4つも食べたら飽きちゃうし」
後輩「具を変えたりすればいいじゃないですか」
男「えー。面倒くさい」
後輩「はあ……。明日から、お弁当作ってきてあげますよ」
男「いいよ。大変でしょ?」
後輩「冷凍食品を温めるだけですから、そんなに手間はかかりませんよ」
男「でも……」
後輩「これから毎日、私を送迎することになるんですから、その対価として考えてください」
男「……ありがとう」
放課後 校門前
後輩「……」
男「ご、ごめん!」
後輩「……いま、何時だと思ってるんですか?」
男「えっと……、6時です……」
後輩「なにしていたんですか?」
男「その、担任に雑務を押しつけられちゃって、こんな時間に……」
後輩「……そうですか。それは災難でしたね」
男「あ、うん。それはもう……」
後輩「では、行きましょうか」
男「えっ!?」
後輩「なんですか? まだ、頼まれている用事でもあるんですか?」
男「そうじゃなくて、怒ってないの……? てっきり罵られると思ってたんだけど……」
後輩「も、もちろん怒ってます! でも、罵ったりしたら、先輩へのご褒美になってしまうから……」
男「……放置プレイってやつ?」
後輩「そうです! よくわかりませんが、たぶんそれです!」
男「さすが、後輩さん! 僕が興奮するツボをわかってる!」
後輩「ああ、もう! どんなことをしても先輩は悦んでしまうんですね! これではお仕置きになりません!」
後輩「私は本当にお仕置きのつもりだったんです。だから、その……」
男「いいよ。わかってるから」
後輩「……」
男「あの放置プレイは本当に興奮したよ。ありがとう」ナデナデ
後輩「……私に気安く触らないでください」
男「ごめん。お仕置きされたくて、ついね」
後輩「お仕置きされたいなんて、本当に変態さんですね」
男「うん。だから、もう少し撫でるね」ナデナデ
後輩「……後で盛大に罵ってあげますよ」
男「そうだ。連絡先交換しようよ」
後輩「調子に乗らないでください。先輩の電話番号を登録するなんて、絶対に嫌です」
男「でもさ、今回みたいに待ち合わせに遅れたりするときとか必要だと思うんだ」
後輩「人との約束を踏みにじる前提で提案してくる、その根性」
男「……」
後輩「まず、遅刻しない努力をするべきではないですかね」
男「……」
後輩「……黙ってないで、なんとか言ったらどうです」
男「あ、ごめん。頭を撫でられながら罵ってくる後輩さんに興奮しちゃって」
後輩「離してください!」
男「ああ、至福の時間だった……」
後輩「良かったですね。冥途の土産ができて」
男「うん。いまなら、俺は世界一幸せな男として三途の川を渡ることができる」
後輩「そうですか。なら、もっと長生きしてもらわないといけませんね。幸せな気分であの世に行くなんて認めませんよ」
男「でも、後輩さんと付き合っている限り、僕は幸せだからなあ……」
後輩「だから、長生きしてもらうんです。私が天寿を全うした後、先輩はひとり絶望した生活を送り、地獄に落ちるのです」
男「そんなの耐えられないって!」
後輩「あら。お仕置きされたいのでしょう?」
男「そんな何十年もかけた大掛かりなお仕置きなんて望んでないよ……」
後輩「そろそろ行きましょうか。私、駅前のショッピングモールに用事があるんです」
男「なにか買い物?」
後輩「はい。マグカップを買いに行こうかと」
男「マグカップ?」
後輩「ええ。私のお気に入りのマグカップが豚に舐められてしまったので」
ショッピングモール 雑貨屋
男「ねえ、これって後輩さんのお気に入りのマグカップと同じやつじゃない?」
後輩「いりません。そのマグカップを見るたび、朝の光景がフラッシュバックしそうなので」
男「……ごめん。知らなかったとはいえ、後輩さんが大切にしているものをダメにしてしまって」
後輩「いいですよ。母が私のマグカップに淹れて、先輩に出したんでしょうから」
男「新しく買うマグカップの代金は、僕に支払わせてくれないかな?」
後輩「お断りします。ここで支払うことを許されないほうが、罪悪感が残るでしょう?」
後輩「……先輩?」
男「お会計終わったの?」
後輩「すみません。レジが混んでいて、時間がかかってしまいました」
男「いいよ。大した時間じゃないし」
後輩「先輩はなに見ていたんですか?」
男「腕時計見てたんだ。いま使っているやつの調子がイマイチだからさ」
後輩「そうなんですか。でも、こんな高価なものを買うんですか?」
男「まさか! これはただ見てるだけ。欲しいけど、さすがに手は出せないよ」
男「そうだ。心理テストしてもいい?」
後輩「嫌です」
男「そんな即答で拒否しなくても……」
後輩「私は通俗心理学など信じませんので」
男「お願い! 一回でいいから!」
後輩「……仕方ないですね」
男「ありがとう! じゃあ、質問するね。後輩さんにとって腕時計とはどういう存在?」
後輩「なくてはならないもの、です」
男「!」
後輩「先輩と違って、私は時間に厳しいので、常に身につけていないと不安になってしまうんです。先輩と違って」
男「!!」
後輩「意中の男性に告白された少女漫画のヒロインみたいな顔をしないでくれますか。気持ち悪いです」
後輩「それで、テストの結果はどうなんですか?」
男「聞かないほうがいいと思う……」
後輩「自分からしておいて、それはないでしょう」
男「だけど……」
後輩「もういいです。携帯で調べます」
男「やめておいたほうがいいって!」
後輩「どうせ、卑猥なことなんでしょう?」
男「違うよ! そういう内容じゃない!」
後輩「なら、調べてもいいでしょう?」
男「うっ……」
後輩「先輩がなんと言おうが調べますからね」
男「……僕は止めたからね」
・
・
・
後輩「な、なんですかこれは!?」
男「だから言ったのに……」
後輩「こんなの嘘です! 事実無根です! 私はこんなこと思ってません!」
男「わかってるって。大丈夫だよ」
後輩「嘘です! 顔がにやついています!」
男「ごめんごめん。もともと、こういう顔なんだよ」
後輩「そうですか。なら、顔のつくりを変えましょうね」バシッ
男「痛い! ごちそうさまです!」
後輩「おかわりならたくさんありますよ」
男「もうお腹一杯です!」
男「ふぅ……。次はどうしようか? 何時まででも付き合うよ。僕は後輩さんを守る騎士だからね」
後輩「なんで叩かれたのに、すっきりした顔をしているんですかね……。この後はどこにも寄りませんよ」
男「もう帰るの?」
後輩「当初の予定では映画を観るつもりだったのですが、誰かさんが私を校門の前に2時間も放置したおかげで、その時間はないようです」
男「ご、ごめん……」
後輩「先生に頼まれた正当な用事ですし、今回は見逃してあげます。また今度行きましょう」
男「ちなみになんの映画を観る予定だったの?」
後輩「言いたくありません」
男「えー。後輩さんがどんな映画が好きなのか後学のためにも知っておきたいし、観る前に予習しておきたいんだけどなあ……」
後輩「……ホラー映画です」
男「へ……?」
後輩「……」
男「……そ、そういうことか!」
後輩「どういうことですかね?」
男「うん! 絶対、観に行こう! なんなら、そのあと俺の家に泊まっていってよ!」
後輩「なにを勘違いしているのか知りませんが、卑猥な妄想をやめないと警察に突きだしますよ」
男「他に用事ないならさ、あそこのカフェで奢らせてくれないかな?」
後輩「先輩には、マグカップの件以外にも詫びてほしいことがありすぎるので、コーヒー一杯くらいでは割に合いません」
男「僕、そんなに後輩さんに迷惑かけたかな……」
後輩「自覚ないとは、さすが豚。神経が図太いですね」
後輩「今日は帰りましょう。20時までには帰宅したいので」
男「まだ1時間くらい余裕あるけど……」
後輩「でも、カフェでコーヒーを飲むには時間が足りません」
男「コーヒー一杯なんて、あっという間に飲み終わるよ。ここから後輩さんの家まで、二人乗りをすれば10分くらいで着くし、コーヒー飲んでから帰ろう?」
後輩「二人乗りなんてしませんよ。道路交通法違反です」
男「でも、朝はしたじゃない」
後輩「ネズミが馬となって牽引した馬車に、私は乗っただけです。法律違反にはなりません」
男「そんな無茶苦茶な……」
後輩「よく言いますよ。『シンデレラ、私が無事にお城まで送り届けます』なんて、三文芝居をしていたくせに」
帰り道
後輩「寒いですね」
男「そうだね。4月になって暖かくなったけど、さすがに夜になると寒いね」
後輩「男子っていいですよね。脚を晒さないで済むんですから。なんか不平等な気がします」
男「でもさ、男がスカート穿いている姿なんて気持ち悪くない?」
後輩「女子がズボンを穿けばいいじゃないですか」
男「そんなもったいないよ! 他のボンレスハムみたいな脚の女はともかく、後輩さんの美脚を見ることができないなんて、人類にとって重大な損失だよ!」
後輩「いまの発言を学校に告発すれば、私はズボンを穿くことを認めてもらえると思います。退学してもお元気で」
男「でも、後輩さんの生脚を、性欲を持てあましている猿どもに見せるのも嫌だな……」
後輩「先輩もその猿の一人にカウントされているんですよね?」
男「いや、僕は豚だからね」
後輩「どうしたら、自分が豚であると勝ち誇ることができるんですか……」
男「他の男とは違うってことさ」
後輩「まあ、雄豚の性欲は底なしらしいですけどね」
男「えっ」
後輩「先輩は、誰よりも変態ですもんね。確かに他の男性とは違いますね」
男「はあ……」
後輩「男子高校生なんて、木の股を見て発情するような動物ですし、自分が変態であるからといって、落ちこむことはありませんよ」
男「それで落ちこんでるわけじゃないんだけどね……」
後輩「なら、他の男性たちとの違いが表現できなかったことが原因ですか?」
男「……うん」
後輩「はあ……。回りくどい表現で例えるのが悪いんです。率直に言えばいいでしょう? 自分は彼氏だと」
男「……自信ないんだ」
後輩「えっ……?」
男「背も低いし、顔も特別整っているわけじゃない。後輩さんのように優しくもない」
後輩「……」
男「そんな僕が、後輩さんの彼氏を名乗っていいのかわからないんだ……」
後輩「正直言って、先輩と交際していることを周囲に自慢しようとは思いません」
男「だよね……」
後輩「しかし、貴方は私の彼氏なのです」
後輩「愚かで低俗な人ではありますが、私が傍に居ることを許した唯一の人間。その時点で他の男性たちとは違います。だから……」
後輩「……もっと自信を持ってください。先輩は特別な地位にいるのですから」
男「後輩さん……」
後輩「さん付けで呼ぶのもやめてください。私より年上なんですから」
男「いいの……? 呼び捨てで呼ばれるのは嫌なんでしょう?」
後輩「……特別に許可します。これで他人との違いが明確になって、先輩も少しは周囲との違いを実感できるでしょう?」
男「……ありがとう、後輩」
後輩「……先輩に、そう呼ばれると気持ち悪いです。先輩の制服に吐いてもいいですか?」ギュ
男「うん。ウエルカムだよ」ナデナデ
後輩「……本当に変な人」ギュウ
後輩「……先輩。お聞きしたいことがあります」
男「なにかな?」
後輩「……中学のころから私に想いを寄せていたんですよね?」
男「うん。後輩が陸上部に入部したその日から好きだったよ」
後輩「……っ!」
男「どうしたの?」
後輩「え、えっと……」
男「……」
後輩「先輩のせいでなにを聞きたかったのか忘れてしまったじゃないですか!」
男「んーと、とりあえず、落ち着こう?」ナデナデ
後輩「やめてください! 先輩に撫でられると、余計に心が乱れます!」
男「まあ、思い出したら聞いてよ。先は長いんだしさ」
後輩「それはどうですかね!」
男「でも、後輩さんが天に召されるまで、僕は傍にいてもいいんでしょう?」
後輩「……さっきは嫌だって言ったくせに」
男「僕を残して逝こうとするからだよ。僕を置いていかないでよ」
後輩「ダメです。これはお仕置きなんです。私がいなくなった後は、先輩は孤独な生活を送らねばなりません」
後輩「……それに先輩だって、私を置いていったじゃないですか」
男「えっ?」
後輩「なんでもないです。とにかく、このお仕置きの内容は変えませんからね」
男「そろそろ行こうか」
後輩「……私の体調は回復していないのですが」ギュウ
男「少し歩いたほうが、気分もよくなるよ。それに、時間も遅いし」
後輩「もうこんな時間なんですか!?」
男「また、ネズミになろうか?」
後輩「だ、大丈夫です! 今日はこの辺でお別れしましょう!」
男「えっ、でも……」
後輩「そうだ。帰る前にこれを渡しておきます」
男「……マグカップ?」
後輩「先輩が舐めまわしたものと同じものです。これを見て罪悪感に苛まれてください。ちなみに、私は今日購入したものを使いますので、お揃いにはなりませんから」
男「ありがとう。大事にするよ」
後輩「ええ。家宝にしてください」
後輩「帰りに車に轢かれないように気をつけてくださいね」
男「大丈夫だよ。それじゃあ、また明日ね」
後輩「はい。お疲れ様でした!」タッタッタ
・
・
・
男「後輩―!」
後輩「はい?」
男「愛してるぞー!」
後輩「!」
・
・
・
男「あれ? どうして引き返してきたの?」
後輩「先輩が変なことを言うから、気持ち悪くなってしまったんですよ! 責任とってください!」ギュウ
男「わかったわかった。落ち着くまで、こうしてようね」ナデナデ
88 : ◆TMTTBwd/ok - 2016/10/30 23:28:48.63 SOOUGP0r0 62/529これで第一部は終了です。
第二部は来週末には開始します。
男 自宅
男「ただいま」
妹「おかえりー。今日も遅かったね」
男「お前と違って、俺は後輩とのデートで忙しいんでな」
妹「それ、ストーカーの思考だよ? 女性をつけまわしてるだけなのに、楽しくデートしていると思いこむなんてさ」
男「俺たち、もう一カ月も付き合ってるんだけど」
妹「一方的に想っているだけなのに交際していると妄想する。うん。完全にストーカーだね」
男「いい加減にしろよ。もし、俺がストーカーだとしたら、毎日一緒に登校するわけねえだろ」
妹「どうせ、後輩さんの弱み握って脅しているでしょ」
男「お前なあ……」
妹「あたしが一緒に登校してあげるし、放課後も遊んであげるから、後輩さんにつきまとうのはやめてよ」
男「なにが悲しくて、妹とカップルみたいな真似をしなきゃならんのだ」
妹「じゃあ聞くけど、後輩さんに好きって言われたの?」
男「それは……」
妹「ほらね。言われてないんでしょ? なんなら、会話もないんでしょ?」
男「会話はあるから!」
妹「でも、好意を示されたことはない、と」
男「……」
男「こ、言葉ではないだけで……」
妹「行動で示された?」
男「そう! そうなんだよ。いやー、照れ屋だからな、後輩は」
妹「うちの教室でお弁当を食べている姿を見るかぎり、後輩さんがお兄ちゃんに惚れている様子はないんだけど」
男「なんでだよ。どう見ても」
妹「どう見ても、お兄ちゃんが後輩さんに罵倒されているようにしか見えないんだけど」
男「お前って、本当に見る目ないな。そんなんだから、変な男にしかモテないんだよ、お前」
男「あれはご褒美みたいなものだから」
妹「はあ……?」
男「あんな目で見つめられながら罵られるなんて、最高に興奮するだろ」
妹「……お兄ちゃんって、Mだったの? ずっと、Sだと思ってたんだけど」
男「自分で言うのもアレだけど、俺はSだな」
妹「なのに罵られて興奮するの?」
男「ああ。あの目で罵られるとな」
妹「……よくわかんない」
男「子供のお前にはまだ早いよ」
男「とにかく、俺と後輩は健全な交際だから安心しろ」
妹「別に心配してないし……」
男「そうか。なら、もう口出すな」
妹「……っ!」
男「いちいちうるせえんだよ、お前は」
妹「……か」
男「あ?」
妹「お兄ちゃんの馬鹿!」ベチン
男「○△□×……!!?」
翌日 朝
男「おはよう!」
後輩「……本当に先輩は時間にルーズですね。時計が読めないほど低能なのですか?」
男「え、えっと……。いつも通りの時間に来たんだけど……」
後輩「そのいつもの時間が遅いのです。私は余裕をもって登校したいんですから、もっと早くに来てください」
男「いまの時間でも充分余裕あるけどね……」
後輩「朝の予鈴と同時に教室に入っている現状なのに、余裕があると?」
男「……それは後輩がゆっくり遠回りしながら登校するからだろう」
後輩「問題ありますか? 私、朝に散歩するのが日課なのです」
男「なにも登校するときにしなくても……」
後輩「では、夜に散歩することにします。夜空を見上げながら歩くなんて、ロマンチックですしね」
男「だ、ダメだよ! 夜道を一人で歩くなんて、変質者に襲われたらどうするのさ!」
後輩「昨日、駅前のショッピングモールから無事に一人で帰宅できたので大丈夫でしょう」
男「あ……」
後輩「21時過ぎでしたので辺りは真っ暗でしたが、私は悠然と歩いて帰宅しました。たった一人で」
男「……ごめんね」
後輩「なんで謝罪するんですか? 私は怒ってなんていませんよ。私を置いていけるほど、先輩は偉くなったのですから。むしろ誇らしいくらいです」
後輩「一人で歩いたほうが周囲の景色を楽しめますね」
男「……」
後輩「豚と散歩していると、なにをするのかわからないので気をつかわねばなりませんからね」
男「本当にごめん……」
後輩「やめてください。私が一人になれる時間を作ってくれたことを感謝したいくらいなのです。ここ一が月ほど豚のお世話で疲弊していた中で、久しぶりにゆっくりできて英気を養うことができたわけですから」
男「そっか……」
後輩「だから、今日からまた豚の飼育に頑張れますからね」
男「……うん。今日は一緒に帰ろうね」ナデナデ
後輩「……もう逃げないように首輪でもしましょうかね」ギュウ
後輩「……先輩」
男「んー?」
後輩「頬が少し腫れてますけど、どうしたんですか?」
男「まあ、ちょっとね」
後輩「どうしようもない豚ですね。人間の言語を教えなければならないのですか? 私は先輩の頬が腫れている理由を聞いているのですが」
男「……妹に叩かれてさ」
後輩「なんてこと……」
男「妹は責めないで! 僕が言いすぎたのが原因だから……」
後輩「責める? 慰めるの間違いでしょう?」
男「……ん?」
後輩「どうせ、先輩が覗きや盗撮のような変態行為を働いたのでしょう?」
男「えー……」
後輩「違うのですか?」
男「当然でしょ!」
後輩「まあ、いくら先輩でもそんなことをするはずがありませんよね」
男「そうだよー。実の妹の裸を見てもなにも楽しくないし。むしろ気持ち悪いよ」
後輩「……」ベシッ
男「痛い! どうして叩く……」
後輩「うるさいですよ。豚くせに」
男「な、なんで……」
後輩「本当に躾がなっていませんね」
男(なんで目がマジなんだ……!?)
後輩「そうでした。先輩は叩かれて興奮してしまう変態でした。これでは躾にはならないですね」
男「あ、あの……」
後輩「先輩、これを見てください」ビラッ
男「なにしてんの!?」
後輩「これで、もう私以外の女性には性的興奮は感じないでしょう?」
男「もともと感じないよ!」
後輩「いいえ。先輩は妹だからしないと言いました。つまり、妹さんでなければ、変態行為をする危険性があります。飼い主として、私以外の女性に興味がなくなるように躾なくてはなりません」
男「だからって、こんな道の真ん中でスカートを捲ることないだろう!?」
後輩「これもお仕置きでもあるのです。彼女が道端でスカートをたくし上げパンティーを晒す。彼氏にとっては屈辱的でしょう?」
男「……」
後輩「しかし、先輩にはこれもご褒美になってしまったようですが」
男「……後輩」
後輩「なんですか? 私が見ている先輩の体の部位を言わせて辱めたいのですか?」
男「それ以上ふざけたこと言ったら、怒るぞ」
後輩「……っ! お、怒ればいいじゃないですか! 私は別に怖くないですよ!」
男「そうか。なら、もう……」クルッ
後輩「わ、私は負けません!」ギュウ
後輩「どうですか!? これで先輩は私に攻撃できませんよ!」
後輩「さあ、降伏してください!」
男「いや、後輩を力づくで振りほどくことできるんだけど」
後輩「逃がしませんよ! 絶対に離さないですから! たとえ、先輩が暴力によって引き剥がそうとしても、私は屈服しません!」
男「……」ナデナデ
後輩「な、なんと無慈悲な攻撃なのでしょう! 私の力が抜けていきます!」
男「離して?」ナデナデ
後輩「い、嫌です! 絶対に逃がしません!」
男「逃げないよ」
後輩「でも……」
男「もう怒ってないから。大丈夫だから」
後輩「……」フッ
男「あんなことしちゃダメだからね?」
後輩「だって……」
男「ダメだよ」
後輩「……二度としません」
男「はい。よくできました」ナデナデ
男「さあ、行こう。遅刻しちゃうよ」
後輩「……」キュ
男「どうした?」
後輩「……シャーペンを貸してください」
男「いいけど……」
後輩「あとで必ずお返しします」
男「……わかった。必ず会いに行くよ」
休み時間 1年生 教室
妹「後輩さん?」
後輩「……なんでしょう?」
妹「元気なさそうだなって思って……」
後輩「すみません。少し考えごとをしていて……」
妹「悩みでもあるの!? あるならなんでも言って! 力になれるかわからないけど……、でも聞いてあげることはできるから!」ガシッ
後輩「い、妹さん、痛いです……」
妹「急に腕を掴んだりしてごめんね……」
後輩「大丈夫ですよ。私を想ってくれてのことでしょうし。それに妹さんのような可憐な女性を至近距離で見つめることができて眼福でした」
妹「や、やめてよ。からかわないでよ……」
後輩「私は正直な気持ちを伝えたまでです」
妹「うぅ……」
後輩「恥じらう妹さんも素敵ですね」ニコッ
妹「!」
後輩「どうしたのですか?」
妹「後輩さんが笑ってる……」
後輩「そんなに私が笑うことが珍しいですか?」
妹「ご、ごめん……」
後輩「いいんです。確かに私は無愛想で感情表現に乏しいですから」
妹「で、でもね、そんなところも素敵なんだよ! クールな感じでさ!」
後輩「……兄妹揃って同じことを言うのですね」
妹「お兄ちゃんも言ってたの?」
後輩「まったく同じ言い回しというわけではありませんけどね」
妹「……ちなみにどんな台詞だったの?」
後輩「確か……」
男『俺は、クールな君のほうが好きだけどね』
後輩「っ!」カァァ
妹「どうしたの?」
後輩「な、なんでもありません!」
妹「それって、最近の話?」
後輩「いえ。中学生の頃です……」
妹「ということは陸上部の時に言われたの?」
後輩「……はい」
妹「あいつがなにを言ったのか予想がついたよ。それに、その発言を聞いて後輩さんがどんな行動をしたのかも」
後輩「な……!」
妹「不本意だけど、あいつの妹だからね。発言や行動の予想はつくよ。そして、相手がどうするのかもね」
後輩「ち、違うのです! あの時の私はどうかしていて……」
妹「後輩さんは悪くないよ。女の子として当然の行動だよ。セクハラ発言されたら誰だってビンタするよ」
後輩「だからちが……えっ、ビンタ?」
妹「お兄ちゃんに胸のことを言われて、ビンタしたんでしょ?」
妹「あの愚兄、もう許さないんだから」
後輩「あの……」
妹「後輩さん!」
後輩「は、はい!」
妹「不快な思いをさせてごめんね」
後輩「いえ、不快というよりも、先輩の言葉のおかげで私は……」
妹「大丈夫、大丈夫だから」ギュ
後輩「妹さん……?」
妹「あいつに脅されているんだよね? あいつに従わなきゃいけないんだよね?」
後輩「えっと……」
妹「でも、安心して。あたしが後輩さんを守るから」ギュウ
後輩「あ、ありがとうございます……?」
昼休み 3年生教室
男友「今日もあの子とランチか?」
男「そうだけど。なに、羨ましいの?」
男友「そりゃ、あんな美人な子と食事してみたいさ」
男「変わってやんねえぞ」
男友「いいよ。いくら美人でも、罵られながら食事なんてしたくない」
男友「お前もよく我慢してるよな。あんな風に罵られたら、俺ならその場で別れる」
男「そりゃ、他の女が相手ならぶっ飛ばしてるよ」
男友「あの子だと違うのか」
男「ああ。あの目で必死に罵ってくる後輩は愛おしいね」
男友「目?」
男「ごめんごめん。お前、童貞だもんな。女の子と目を合わせることなんてできないよな」
男友「まあ、彼女と長く付き合いたいなら、もう少し会うのを控えるこったな」
男「なんで?」
男友「会う回数が多いカップルは別れる危険性が高いらしいぞ」
???「……」
男「俺たちはラブラブだから別れねーよ」
???「片方だけのラブでは、ラブラブとは言えないんじゃないですかね」
男「なに言ってんの? 俺もラブなんだけど」
後輩「そうです。先輩が一方的に愛情表現しているだけです」
男「こ、後輩……!」
後輩「どうして、周囲を勘違いさせるようなこと言動をとるのですか?」
後輩「先輩方の会話は嘘にまみれています」
男「そ、そんなこと……!」
男友「諦めろ。彼女がそう言ってんだから、間違いねえよ」
男「貴様……!」
男友「睨むなよ。まあ、これで反省して、自分の発言には気をつけるんだな」
後輩「素晴らしいですね。先輩も友先輩を見習ってください」
男友「いや、俺を見習っても……」
後輩「自分でおっしゃったではありませんか。発言に気をつける、と」
男友「それは男に言ったんだよ」
後輩「そうでしたか。では、私からアドバイスです。今後は豚らしくブヒブヒ鳴いていることですね」
男(や、やばい……)
男友「ぶ、豚らしく……?」
後輩「ええ。信憑性のない都市伝説を、あたかもそれが正確な統計であるような発言をして周囲を混乱させるような輩に人間の言語を使う資格はありません」
後輩「そもそも、二足歩行をしているだけの豚が、人類とコミュニケーションを取ろうとすること自体、大きな間違いですが」
男友「 」
男(め、目がマジなやつだ……)
後輩「友先輩のような、異性と交際することなく人生を終える豚が羨ましいです。だって、会う相手がいないのですから、悲痛な別れを経験することは絶対にありませんもの」
男友「……」
後輩「友先輩のお気持ちはお察しします。先輩に飼い主が現れて悔しいのでしょう? ですが、言葉巧みに先輩を混乱させ、私から遠ざけようとしても無駄です。先輩は私の所有物です。私という名の
檻から逃れることはできません」
男友「…」
後輩「友先輩は虚言を吐く前に、飼育してくれる人を探したほうがいいのでは? まあ、誰も相手にしないとは思いますけど」
男友「 」
男友「……」ボーゼン
男「そ、そのへんでやめておいたほうが……」
後輩「そうですね。豚を諭したところで、無意味ですもんね」
男「あれは諭してたと言えるの……?」
後輩「ええ。私が罵倒するのは先輩だけですから」
男「そういえば、どうして後輩はここに?」
後輩「シャーペンを返しに来たのです」
男「午後の授業はどうするの?」
後輩「鞄の中を探してみたら、奥のほうにありました。だから、もう大丈夫です」
男「そうなんだ。でも、わざわざうちの教室に来なくても……」
後輩「人を待たせておいて、その言い草ですか。偉くなったものですね」
男友「いや、君が来たのは昼休みになって3分も経ってな……」
後輩「豚は鳴いていればいいと教えたでしょう」
男友「……ブヒィ」
男友「ふぅ……」
後輩姉「やっほー」
男友「おう。購買行ってたのか?」
後輩姉「うん。今日も大漁だよー!」
男友「そうか。良かったな」
後輩姉「なんか、スッキリした顔してるね?」
男友「ああ。新境地を開拓してな」
後輩姉「新境地?」
男友「お子ちゃまなお前にはまだ早いよ」
後輩姉「……わかった。香水変えたんでしょ? なんか匂いがいつもと違うもん」クンクン
男友「ええい、離れろ。この短時間で四発とか、姉妹で俺を殺す気か」
後輩姉「妹ちゃんが来てたの?」
男友「ついさっき男と出て行ったんだよ。廊下ですれ違わなかったか?」
後輩姉「……ううん。きっと、わたしを避けて移動したんだと思う」
男友「なんでお前を避ける必要があるの?」
後輩姉「わからない?」
男友「まったくわからん」
後輩姉「だから、友くんは童貞なんだよ。もう少し女の子の心の機微に聡くなったほうがいいよ」
校舎裏
男「今日はここで食べるの?」
後輩「……教室はやめておいたほうがいいかと」
男「どうしてそう思うの?」
後輩「妹さんが、その……私が先輩に脅されて交際していると思いこんでいるようなのです」
男「そういえば、そんなこと言ってたなあ……」
後輩「だから、誤解が解けるまでは、なるべく妹さんの前では会わないほうがいいと思います」
男「そうだね。あいつに邪魔されんのも癪だしね」
男「ごちそうさま。今日も美味しかったよ」
後輩「お粗末様です。……それで先輩、お話があるのですが」
男「うん?」
後輩「妹さんの件はどうしましょうか?」
男「ほっとけばいいんじゃない」
後輩「そんな無責任な」
男「だって、あいつが僕たちの交際をどう思ってようが、なんの支障もないしね。あんな馬鹿は無視しとけばいいよ」
後輩「私の義妹を馬鹿呼ばわりとはいい度胸してますね」
後輩「妹さんにはちゃんと説明して理解してもらいましょう」
男「昨日の様子だと、そう簡単に納得するとは思えないけどね」
後輩「それは仕方ないですよ」
男「どうして?」
後輩「……妹さんが、私たちの交際を認められない理由なんて一つしかないでしょう?」
男「気付いてたの?」
後輩「ええ。先輩と違って、私は人の心の機微に鋭いので」
男「後輩が気付いてたとは意外だった……」
後輩「……先輩も妹さんの想いに気付いていたのですね」
男「まー、あれだけ露骨だとね」
後輩「それで先輩はどうするつもりなのですか……?」
男「さっきも言ったけど、放置だよ。あいつの気持ちはわからなくもないけど、だからって気を遣おうなんて思わない」
後輩「いいえ。だからこそ、妹さんに認めてもらわねばならないのです」
男「拘るね」
後輩「……妹さんの気持ちは痛いほど理解できますから」
男「ん? どうして後輩が理解できるの?」
後輩「……それを貴方が聞きますか?」
男「へっ?」
後輩「私はあの光景を一生忘れませんよ」
男「ごめん。なんの話なのか、さっぱりわからないんだけど……」
後輩「先輩が浮気者であるというお話です」
男「なに言ってるのさ! 僕は後輩一筋だよ!」
後輩「高校生からですよね?」
男「違うよ! 初めて会ったその時からだよ!」
後輩「……っ! だ、騙されませんよ! 私はこの目で見たのです!」
男「なにを見たっていうのさ?」
後輩「そ、それは……」
・
・
・
???『男くん大好き!』ギュウ
男『……』
・
・
・
後輩「……」グスッ
男「どうしたの!?」
後輩「先輩のばかぁ……」
男「お、落ち着いて」ナデナ
???「そこまでだ」グイッ
男「!」
妹「後輩さんを泣かした挙句、頭を撫でるなんて、この変態どうしてくれよう……!」
妹「こんな人気のないところに後輩さんを連れ込んで、ナニするつもりだったんだ!」
後輩「妹さん……」
妹「ごめんね。あたしが目を離したりしなければ、こんなことにならなかったのに……。やい、変態! どうやって後輩さんを、授業の終了と同時に教室から連れ去ったんだ!」
後輩「や、やめてください!」
男「離せ!」
妹「嫌よ! どうせまた、後輩さんに触れるつもりでしょう!?」
男「文句あんの?」
妹「あるよ! 後輩さんが嫌がってるじゃん!」
後輩「妹さん、落ち着いてください……」
妹「大丈夫。ここはあたしに任せて」
後輩「でも……」
妹「ねっ?」
後輩「……」
妹「これ以上、あんたの好きにはさせないんだから」
男「お前は悪と戦う正義のヒロインかよ」
妹「そう。後輩さんをスト―カーから守るために戦うの」
男「そうか。遂に自重することを覚えたのか。お兄ちゃんは嬉しいよ」
妹「はあ!?」
男「ストーカーって、お前のことだろ?」
妹「こいつ……!」
男「とっとと失せろ。お前にはなにもできやしない」
妹「できるもん! お前を二度と後輩さんに近づけないようにしてやるんだから!」
後輩「!」
男「やれるもんならやってみろ」
妹「あっそ。なら、やってやるわよ!」
後輩「ダ、ダメです!」ギュウ
妹「ななななにしてんの!?」
後輩「先輩が逃げないように拘束しているのです!」
妹「えっ? えっ?」
男「妹が暴走しているだけで、僕は逃げるつもりないんだけどな」
後輩「嘘です! 妹さんが私たちを別れさせようと行動するように誘導しました!」
男「あれは売り言葉に買い言葉というかさ」
後輩「私は騙されません! 騙されないのです!」ギュウウウ
妹「 」ポカーン
男「僕って、そんなに信用ないかな?」
後輩「これまでのご自分の行動を振り返ってみればいいでしょう!?」
男「後輩への忠誠を尽くしていたと思うんだけどなあ」
後輩「どこがですか! 私は常に先輩が離れていくのか……」
男「なに?」
後輩「そ、その……私という飼い主から離れてしまったら、先輩が生きていけないんじゃないかと心配だったんです!」
男「心配してくれてたんだ。ありがとう」
後輩「お礼なんていりません! 私から離れないと誓ってください!」
男「僕は後輩の傍から離れないよ」
後輩「いつまでですか!? 高校卒業するまでですか!?」
男「僕の心臓が動かなくなるまでだよ」
後輩「ダメです!」
男「えー」
後輩「どうして先輩は独りよがりなのですか!」
後輩「先輩の心臓が動かなくなるまで、私の傍にいる? それでは、私が先輩の最後を見届けなくてはいけません!」
後輩「その後、私はどうしたらいいのですか!? 先輩がいない世界をどう生きていけばいいのです!?」
後輩「私を……」
後輩「もう私を一人にしないでください……」
男「ごめんごめん。僕一人で後輩のいない世界を生きていくお仕置きが課せられているんだったね」ナデナデ
後輩「そうです。それまでは私から離れてはならないのです」ギュウウウウウ
男「うん。絶対に離れないよ」
後輩「……信用できません。豚は三歩歩けば忘れてしまいますから」
男「それは鶏だよね」
後輩「と、とにかくです! 先輩には私の所有物だという印をつけることにします!」
男「印?」
後輩「……」チュウウウ
男「!」
後輩「ふぅ……」
男「ななななにしてんの!?」
後輩「首筋に印をつけたのです。これで先輩は鏡を見るたびに、私の所有物であるということを思い出すのです」
男「そんなことしなくても忘れないよ!」
後輩「これはお仕置きでもあるのです。先輩は首筋にあるキースマークを露見しながら授業に出席する。屈辱でしょう?」
男「……なるほど」
後輩「私に虐められて幸せですか?」
男「これ以上ない幸せだね」
後輩「そうでしょうとも。先輩は私に虐められて快感を得る変態さんですからね!」
男「ということだから、僕たちの邪魔をするなよ」
後輩「えっ?」
妹「 」
後輩「――――!」カァァァ
後輩「こ、これは違うのです!」
男「なにも違わないよ。間違っているのは、僕が後輩のストーカー、っていう妹の認識だよ」
男「それとも僕はストーカーなの?」
後輩「それは……」
男「おい愚妹。わかったなら、とっとと消えろ」
妹「……」
後輩「そんな言いかたするなんて、あんまりです!」
男「ここまで厳しく言わないと、こいつはわからないからね」
後輩「それは仕方ないでしょう!? 好きな人に恋人ができたなんて、到底認められるものではありません!」
男「どのみち叶わないことだったんだから、諦めるのは容易なはずだ」
後輩「そうだとしても、妹さんの想いを踏みにじるような真似はしないでください!」
男「じゃあ、妹の想いを受けとめてあげるの?」
後輩「なんで私が……」
男「……やっぱり勘違いしてたのか」
後輩「えっ?」
後輩「どういうことなのですか……?」
男「おい、妹。一回だけチャンスやるよ。今回、ヘタレたら、もう二度とチャンスはやらん」
妹「……」
男「ほーらね。こいつには度胸がないから、なにもできないよ」
男「いくら純粋な想いを持っていても、言葉で伝えられないなら無意味なんだよ」
男「行こう。これ以上、ここにいても無駄だから」
妹「……って」
男「ん?」
妹「待ってよ!」
男「どうしたヘタレ」
妹「私の想いを伝えるわよ! 別にあんたに指図されたからじゃないんだからね!」
後輩「!」
男「そうか頑張れよ、ヘタレ」
後輩「ちょっと……」
妹「あたしは……」
後輩「そ、そうだ……!」
妹「ずっと前から……」
後輩「先輩!」ベチン
男「痛い!」
妹「後輩さんのことが好きでした!」
後輩「せ、先輩は渡しま……えっ? 私?」
後輩「あ、あれ……? 妹さんが好きなのは先輩なんじゃ……」
妹「違うよ! 誰がこんな変態野郎のこと好きになるのさ! あたしは中学の頃から、後輩さん一筋だよ!」
後輩「えっ……」
男「あー、耳が痛い……。やっぱり、勘違いしてたんだね」
男「兄妹間に恋愛感情が発生するわけないじゃん。千葉県民じゃあるまいし」
男「さ、盛大に振ってあげて」
後輩「いや、でも……」
男「そのほうが諦めもつくからさ」
後輩「妹さん、ごめんなさい……」
妹「ううん。こちらこそごめん。気持ち悪かったよね」
後輩「正直、戸惑いましたけど、嬉しかったです」
妹「ありがとう。その言葉だけで生きていけるよ」
後輩「そんな大袈裟な」
妹「大袈裟なんかじゃないよ。好きな人の言葉には、それぐらいの力があるんだよ」
後輩「……確かにそうですね」
妹「これからもお話してくれる?」
後輩「もちろんです! たくさんお話しましょう!」
妹「良かった……! これからもよろしくね!」
後輩「はい! こちらこそです!」ニコッ
妹「……」
後輩「妹さん?」
妹「あ、ごめん。なんでもないよ」
妹「ちょっと、お兄ちゃん借りていいかな?」
後輩「……」チラッ
男「ん?」
妹「大丈夫! こんな男に指一本触れたりしないから!」
後輩「べ、別にいくら触ってもらっても構いませんよ!」
男「本当にいいの?」
後輩「いいったらいいのです!」ベシッ
妹「ごちそうさまです!」
後輩「妹さんにはやってません!」
妹「お兄ちゃん、チャンスくれてありがと」
男「まあ、お前にしては頑張ったんじゃねえの」
妹「……あと、後輩さんの笑顔を引き出してくれて本当にありがとう」
男「……」
妹「もう昨日みたいに早く帰ってこなくていいからね。後輩さんとの時間を大切にしてあげて」
男「……なんの話かさっぱりわかんねえな」
妹「じゃあ、先に教室で待ってるねー!」
後輩「すぐ行きますね!」
妹「お兄ちゃんにはなにもしてないから安心してねー!」
後輩「そ、そんなこと気にしてません!」
妹「あはは。じゃあねー!」
後輩「……先輩たちがずいぶんと長くお話していたので、待ちくたびれてしまいました」ギュ
男「うん。お疲れ様」ナデナデ
後輩「それにしても、とんでもない勘違いをしてしまいました」
男「うん。びっくりしたよ」
後輩「仲がよろしかったので、つい……」
男「兄妹なんて、どこもこんなもんだよ」
後輩「……姉妹だと少し違うのですよ」
男「……」
男「後輩……」
後輩「あの話は忘れてください」
男「えっ?」
後輩「先輩が浮気者だというお話です」
男「ああ、あれか……。もう僕の疑いは晴れたってことでいいのかな?」
後輩「いいえ。晴れるどころか、真っ暗闇の真っ黒です。ですが、過去は変えられません。これから先輩を調教して、私だけを見るようにすればいい話ですから」
後輩「……それにもう、あの時のことは思い出したくもないのです」
男 中学3年生 後輩 中学1年生
昼休み
???『部活終わったら体育館裏に来て』
後輩『なんで私が……』
???『いいの? 男くんも来るのに』
後輩『先輩が……?』
???『待ってるからね』ニヤァ
部活終了後 体育館裏
後輩⦅先輩、もう来てるのかな……⦆
男『なんだよ。こんなところに呼び出して』
後輩『あ、せんぱ……』
???『男くん、大好き!』ギュウ
男『……お、おい!』
後輩『っ!』ダッ
後輩姉『男くんは、わたしのものだからね』ニヤァ
放課後 校門前
妹「遅い!」
男「はあ……?」
妹「ねえ、後輩さん。こんな時間にルーズ、いや、人生そのものがルーズな男なんか捨てちゃいなよ!」
後輩「え、えっと……」
妹「そんで、あたしと百合百合しよう!」
男「うるせえぞ! ガチレズが!」
男「なんでお前がここにいんだよ」
妹「帰ろうとしたら、後輩さんが校門前で一人佇んでるから心配になって」
男「一緒に待ってたわけか」
妹「そうそう。抱きついてほっぺにキスしたりしてね」
男「人の彼女になにしてんの!?」
妹「あたしたち友達だもん。そんなの挨拶みたいなもんだよ」
男「お前はアメリカ人かよ」
男「部活はどうしたんだよ」
妹「今日はOFFだよ。他の部活が体育館使うんだってさ」
後輩「えっ!?」
妹「どうしたの?」
後輩「あ、いえ……なんでもありません……」
妹「ならいいけど……」
男「……」
男「部活ないなら、さっさと帰れ」
妹「えー。もう少し、後輩さんと一緒にいたいよー。今日はあたしもついて行っていいでしょ?」
男「ダメだ」
妹「そこをなんとか! 一生のお願い!」
後輩「先輩、いいじゃないですか。今日は妹さんも一緒に……」
男「……」グイッ
後輩「先輩……?」
男「悪いが、放課後は後輩を独占させてもらう」
男「それに後輩との時間を大切にしろ、とか昼休みに言ってたよな? 舌の根も乾かないうちになに言ってんだよ」
妹「……わかった。今日はもう帰るよ」
妹「後輩さん、また明日ね……」
後輩「妹さん……」
妹「大丈夫。寂しいけど我慢する。だから、明日は覚悟しておいてね。我慢した分を発散するから」
男「おい!」
後輩「全力で受けとめさせていただきます!」
男「後輩もなに言ってんの!?」
後輩「落ち着いてください。先ほど妹さんがおっしゃったように、友人同士のスキンシップをするだけです」
男「いや、絶対違うって!」
後輩「では、どんなことをすると言うのです?」
男「それは……」
妹「どうせ、エッチな妄想したんでしょ?」
男「……ああ、そうだよ」
後輩「はあ……。先輩はどうしようもない変態さんですね」
妹「本当だよ。あたしはただ、後輩さんを体育倉庫で抱くだけだっての!」
後輩「どうして、わざわざ体育倉庫に行くのですか? 移動する必要はないと思いますが」
妹「あ、後輩さんはそっち系なの? わかった。教室でたくさんイこう!」
後輩「教室で行く?」
男「……おい。いい加減にしねえと、学校に通えないようにするぞ」
妹「ごめんごめん。冗談だよ」
男「お前が言うと、冗談に聞こえねえんだよ。ガチレズ女」
後輩「あの、よくわからないのですが……?」
男「後輩はわからなくていいの」
後輩「……」
妹「大丈夫。そのうち、あたしが手取り足取り教えてあげるから」
男「お前なあ!」
妹「だって、お兄ちゃんに任せてたら、一生知らないで終わりそうじゃん?」
男「余計なお世話だ!」
後輩「……」
移動中
男「あ、あの……」
後輩「なんですか?」
男「どうして怒ってらっしゃる……?」
後輩「なぜ、そんなことを聞くのですか?」
男「なぜって……」
後輩「私がどんなことに憤りを感じているのかなんて、貴方は知らなくてもいいのです」
男「……それが理由か」
男「さっきの話は違うんだよ」
後輩「さっき? ああ、貴方と妹さんが二人の世界に入っていた時ですか」
男「……そんなつもりはなかったんだけどな」
後輩「そうなのですか? まるでカップルのようでしたけど」
男「ごめん……」
後輩「なぜ謝罪するのです? 私にもっと惨めな思いをさせたいのですか?」
後輩「残念ですが、貴方の思い通りにはなりませんよ。貴方の行動で私の感情が揺れ動くことはありませんから」
男「そ、それって、どういうこと……?」
後輩「今後、貴方には無感情で接するということです」
男「……別れるわけではないんだね。良かった」
後輩「頭大丈夫ですか? この状況でよく安堵できますね」
男「だって、後輩から別れを切り出されるかと思ったんだもん……」
後輩「本当に頭大丈夫ですか? 私が貴方から離れるわけないでしょう?」
男「……」
後輩「……」
男「そうだね。そんなことあるわけないよね」
後輩「先ほどの発言を訂正します。貴方のにやけ顔を見ると非常に不愉快です」
後輩「はあ……。貴方に構っていると疲れます」
男「……ねえ、貴方って呼ぶのやめて」
後輩「辞めてほしいのなら、誠意を見せてください」
男「さっきはごめ……」
後輩「謝罪はやめてくださいね。貴方のような豚に謝罪されても、なにも響きませんから」
男「じゃあ、どうしろと……」
後輩「私を満足させればいいのです」ギュ
男「ああ、そういうことね」ナデナデ
後輩「ここまでヒントを出さないとわからないなんて、先輩は彼氏失格です」スリスリ
後輩「ふぅ……」
男「満足した?」
後輩「あの程度で私を満足させられるとでも?」
男「マジか……。30分も撫でてたんだけどな……」
後輩「量より質です。時間ではないのです」
男「具体的には、なにが足りないの?」
後輩「気持ちです。もっと感情をこめなさい」
男「かなり愛情をこめたつもりなんだけど……」
後輩「つもり、でしょう? 私に伝わっていないのですから無意味です」
男「難しいなあ」
後輩「……私のような天邪鬼の相手は大変ですか?」
男「ええ。大変愛おしく感じます」
後輩「……馬鹿。先輩はどうしようもない馬鹿です」
男「そんなに僕って馬鹿かなあ……」
後輩「はい。あまりに馬鹿すぎて、心配で目が離せませんよ」
帰り道
後輩「今日も映画を観ることができませんでしたね」
男「……そりゃあ、1時間も道端でイチャイチャしていれば間に合わないよね」
後輩「なにか?」
男「なんでもありません!」
後輩「……まあ、いいでしょう。そんなことよりも、このままでは公開終了になってしまいますよ。なにか手を打たないといけません」
男「まあ、最悪の場合はBDを借りるなりして、観ればいいんじゃない?」
後輩「BDを借りたとしても、観る場所がありません」
男「僕の家でいいじゃん」
後輩「論外です。先輩の家に入ったが最後、私は二度と自宅に帰ることはないでしょう」
男「なんでよ!?」
後輩「病状が悪化していくのに、退院するような人はいないってことですよ」
男「そんなに観たいならさ、明日行こうよ。土曜日だし、ちょうどいいじゃん」
後輩「……貴方は本当に自分勝手な人ですね。私の都合は無視ですか?」
男「予定あるの?」
後輩「先輩と違って、私は忙しいのです」
男「なら、日曜日とか」
後輩「無理です」
男「マジかよ……」ガックシ
後輩「なんで、そんなに落ち込んでいるのですか。これまでだって、休日にあったことはないでしょう?」
男「……どうしても今週末は会いたかったんだもん」
後輩「会いたいのなら、どうして約束を取り付けなかったのですか」
男「後輩も、明日は予定を空けてくれていると思って……」
後輩「私はエスパーではないのです。ちゃんと、言葉で伝えてくれないとわかりませんよ」
男「なんでだろう。確かに正論なんだけど、後輩が言うと、説得力がまるでない」
後輩「そもそも、なぜ明日会いたいのですか?」
男「わかんないか……。まあ、そりゃそうだよね……」
後輩「ウジウジしてないで、ハッキリ言ってくださいよ」
男「……」スッ
後輩「なんですか、これ?」
男「付き合って一ヵ月記念のプレゼントだよ」
男「本当は明日デートしたときに渡すつもりだったんだけどね。念のため、持ってきておいて良かった」
後輩「記念日を覚えていたのですね……」
男「うん。僕にとっては特別な日だからね」
後輩「……私にとっても忘れられない日ですけどね」
男「なら、どうして他に予定を入れちゃうのさ……」
後輩「私の寿命が尽きるまで一緒にいるのですよ? 一カ月経過したくらいでお祝いしてどうするのですか」
後輩「だいたい、交際記念日を祝うというのは、別れずにすんだことを祝うということですよ。私と先輩は離れることがないのですから、祝う必要がありません」
男「いや、付きあえたことを感謝するというかさ……」
後輩「確かに、偶発的に交際したカップルなら、出会えたことに感謝してもいいかもしれません。ですが、先輩は私の男になる運命でしたからね。交際して当然。むしろ遅すぎたくらいかと」
男「……あ、愛情を確かめ合ったりするカップルも多いみたいだよ」
後輩「変なカップルですね。日常の中で相手への愛情を忘れてしまうくらいなら別れてしまえばいいのに」
男「……」
後輩「世の中には脆弱な関係性のカップルが多いのですね。可哀想に」
男「なんで、今日はそんなに強気なのさ……」
後輩「私は常に強気ですけどね。でも、いつもよりも強気なのだとすれば、それは先輩のおかげです」
男「僕……?」
後輩「ええ。妹さんの前で、私から離れないと誓ってくれたので」
男「ずるいよ。自分だけ安心するなんて」
後輩「先輩、開けてもいいですか?」
男「……ねえ、僕の話聞いてる?」
後輩「ああ、話していたのですか? ただ、ブヒブヒ鳴いているのかと」
男「はあ……。開けていいよ。たいしたものじゃないけど」
後輩「これは……」
男「後輩の趣味には合わないかもしれないけど……」
後輩「……なるほど、そういうことですか」
男「えっ……?」
後輩「どうでしょう。似合ってますか?」
男「う、うん。とっても似合ってるよ……」
後輩「ありがとうございます。ずっと肌身離さず身につけますね」
男「あのさ、なにが『そういうこと」なの?」
後輩「ブレスレットをプレゼントする意味を御存じですか?」
男「……ごめん、わからない」
後輩「『貴方を独占したい』という意味があるそうですよ」
男「なっ……!」
後輩「ありがとうございます。また、私だけ安心させてもらいました」
後輩「先輩はなんと強欲なのでしょう」
男「悪かったね……」
後輩「まったくです。これ以上、先輩に独占されてしまっては、まともに日常生活が送れません」
男「そんなに!?」
後輩「ええ。既に授業に集中できなくなるなど、支障が出始めているのです。これ以上は本当に危険です。私が私でなくなってしまいます」
後輩「……ですが、こんな素敵なブレスレットを頂いたわけですし、ほんの少しくらい独占させてあげましょう」
後輩「どうぞ、私を思う存分抱きしめてください」
男「だ、ダメだよ!」
後輩「なぜですか? 独占したいのでしょう?」
男「肉体的にじゃなくて、精神的にだよ!?」
後輩「これ以上、私の心に入り込む余地などありませんよ。残されているのは肉体だけです」
男「で、でも……」
後輩「そうやって躊躇していると、他の男性に私の身体を奪われてしまうかもしれませんよ?」
男「後輩がそんなことしないって信じてるもん!」
後輩「馬鹿ですね。確かに、誰も、私の心を侵すことはできないでしょう。ですが、力任せに私を肉体を犯すことは誰にだって可能なのですよ」
男「!」
後輩「他の男性によって滅茶苦茶にされてもいいのですか?」
男「ダメ! 絶対ダメ!」ギュウ
後輩「ええ。そうならないように、私を守ってくださいね」ナデナデ
後輩「ここまで言わないと、抱きしめることができないなんて、先輩は本当に根性なしですね」
男「ご主人様を抱きしめるなんて、畏れ多くて」
後輩「そんな軽口を叩いていると、引き剥がしますよ」
男「……後輩のこと、大切にしたいんだ」
後輩「わかってないですね。他の人に滅茶苦茶にされるくらいなら、先輩にされたほうがマシなのですよ」
男「そんなこと言っていいの? 後で後悔しない?」
後輩「私を後悔させないように頑張ってください」
後輩「はい。終わりです」
男「えー。もう終わりなの?」
後輩「これだけ抱きしめても、まだ物足りないとは……。本当に先輩は強欲です」
男「うん。もうそれでいいからさ、あと少しだけ抱きしめさせて」
後輩「ダメです。あと一秒でも抱きしめられたら、私の自我が崩壊してしまいます」
男「いいじゃん。たまに崩壊してるんだし」ギュ
後輩「ど、どういう意味ですか!?」バッ
男「まあ、いいか。安心できたし」
後輩「私の質問に答えてください!」
男「後輩はいつも可愛いけど、物凄く可愛くなる瞬間があるよね、って話」
後輩「絶対に違いますよね!?」
男「それよりさ、こんな時間だけど大丈夫? 門限に間に合う?」
後輩「……今日は大丈夫なのです」
男「あ、そうか。今日はいいのか……」
男「じゃあ、どこかでご飯でも食べる?」
後輩「私はいいですけど、先輩は平気なのですか?」
男「うん。僕には門限ないしね」
後輩「そうですか。では行きましょう」スッ
男「えっ……?」
後輩「抱きしめさせてあげることはできませんが、手を繋ぐくらいならいいでしょう。それとも、手では不服ですか?」
男「ううん。手を繋げるだけでも充分だよ」ギュ
後輩「……先輩」
男「なに?」
後輩「私が必ず幸せにしてあげますからね」
・
・
・
???(……誰だ、あの子と手を繋いで歩いている奴は)
???(俺の宝物を汚しやがって。許さねえ、絶対許さねえぞ)
???(ぶっ殺してやる……!)
休み時間 3年生教室
後輩姉「さっきから、熱心になに読んでるの?」
男友「お、お前には関係ないだろ!」
後輩姉「わたしだけ、仲間外れなんて酷いよ……」
男「いや、俺を仲間にいれんなよ。前の席に座ってるってだけだろ」
後輩姉「男くんは関係ないの?」
男「ああ。教室でエロ本読むような奴なんて知らないね」
男友「読んでねえし!」
後輩姉「友くん、溜まってるんだね……」
男友「だから、違うっての!」
男友「お前らって奴は……!」
男「友は変態だからね。勘違いしても仕方ないね」
後輩姉「だね! ド変態だもんね!」
男友「はあ……。俺はただ、これを読んでるだけだよ」
後輩姉「……バイト情報誌?」
男「なにお前、バイトすんの?」
男友「悪いかよ!?」
男「悪くはないけど、お前のコミュ力じゃ、バイト先の女の子と親密になるなんて無理だと思うぞ」
男友「べ、別にそんなこと考えてねえし!」
後輩姉「どんなバイトがいいとか希望はあるの?」
男友「コンビニがいいかな」
男「やめとけ。お前、客が女だったら、まともに接客できないだろ」
男友「で、できるし!」
男「じゃあ、姉を客だと思って接客してみろよ」
男友「いらっしゃいませ。温めますか?」
後輩姉「普通にできるじゃん」
男友「だろ? 男は俺を馬鹿にしすぎ」
男「ちゃんと、目を合わせて話せ」
男友「……いらしゃいましゅ。あたためらすか……?」
男「はい。不合格」
放課後 帰り道
後輩「友先輩がバイトですか」
男「実際にやるのかわかんないけどね。まだ、バイト先も決まってないし」
後輩「少なくとも、コンビニで働くのは避けたほうがいいでしょう」
男「だよね。あいつには忠告したんだよ。お前には接客業は向いてない、って」
後輩「その通りです。友先輩に接客された人は非常に不快な思いをされるでしょうから。もし、私が客で、友先輩にお釣りを手渡しされたら、触れられたところを除菌しますよ。それどころか、友先輩
が触った可能性があるその店の商品なんて、購入しようとも思いませんね」
男「あれ、僕が考えていた理由と全然違う……」
男「それにしても、なんで友は、突然バイトする気になったんだろう? 今まで、バイトには興味なさそうだったのに」
後輩「3年生のこの時期にバイトを始めるわけですから、よほどの事情があるのでしょう」
男「親がリストラになったとか?」
後輩「それも考えられる要因ではありますね。ただ、親御さんが無職になったというのであれば、もっとお金を稼げるバイトを選ぶのではないでしょうか?」
男「あー。それもそうか」
後輩「私の推理では、女性関係かと」
男「あいつなら美人局に騙されてもおかしくないか……」
後輩「そうではなく、好きな人ができた、あるいは物好きな女性とお付き合いを始めたのでは?」
男「と、友に限ってそんなことあるわけないよ!」
後輩「美人局に騙されている確率のほうが低いと思いますよ」
後輩「おそらく友先輩は、想いを寄せている女性にプレゼントを贈るために、お金を稼ごうとしているのですよ」
男「そうかなあ……?」
後輩「ええ。間違いありませんよ」
男「どうしてそう思うの?」
後輩「私も同じ理由でバイトをしていたからです。ただ、私の場合は、友先輩と違って、相手から一方的に想いを寄せられているわけですが」
男「へっ……?」
後輩「本当は別れ間際に渡すつもりだったのですが、まあいいでしょう」」
後輩「どうぞ、受け取ってください。たいしたものではありませんけど」
男「これは……?」
後輩「プレゼントですよ。綺麗にラッピングされた箱を見ても、これがなんなのか悟ることができないほどの馬鹿なのですか?」
男「いや、それくらいはわかるけど……今日って、何かの記念日だっけ?」
後輩「交際記念日でも、誕生日でもありません」
男「……ごめん。どうして、プレゼントを貰えるのかわからないや」
後輩「なぜですか? 特別な日にプレゼントを贈るのは当然のことでしょう」
男「でも、記念日じゃないって……」
後輩「ええ。ですが、今日が特別な日であることに違いないでしょう? 私が隣にいるのですから」
男「……それもそうだね」
後輩「納得していただけましたか?」
男「……うん。後輩の言う通りだよ。ありがたく、頂戴いたします」
後輩「なんですか、急に畏まって」
男「ちゃんとしたほうがいいかなって。……じゃあ、早速、開けさせてもらうね」
男「こ、この時計は……!」
後輩「以前、先輩が見ていたものですよ」
男「こ、こんな高価な物をどうやって買ったのさ!?」
後輩「バイトしたのです。この二か月間、土日を全て捧げました」
男「なんで、そこまで……」
後輩「先輩には非常に価値のあるものをもらっていますから、そのお礼です」
男「僕がいうのもなんだけど、そのブレスレットは安物だよ!?」
後輩「そういうことではありません」
後輩「いいから、受け取ってください。私の二か月間を無駄にしたいのですか?」
男「……ありがとう」
後輩「面倒な人ですね。素直に受け取ればいいのに」
男「どうかな……?」
後輩「とてもいいと思いますよ。その時計が」
男「……この時計が似合う男になります」
後輩「ええ。精進してください」
後輩「さて、先輩。時計を贈る意味をご存知ですか?」
男「……それもわからない」
後輩「まったく。本当に先輩は無知ですね。いいですか。時計を贈るというのは……」
後輩「『貴方の時間を束縛したい』という意味があるそうですよ」
男「なっ……」カァァ
後輩「まあ、私の場合は、『束縛したい』という願望ではなく、『束縛します』と宣告しているわけですけど」
後輩「そういうことですので、今週の土曜日からは、休日も私と共に過ごしていただきます」
男「いいんですか!?」
後輩「ええ。今まではバイトの為に会うことを控えていただけですから」
男「つ、遂にこの時がきたのか……! 任せて! 僕が完璧にエスコートするよ!」
後輩「結構です。先輩にエスコートされる筋合いはありません」
男「そんなこと言わないでさ、今回は僕に任せてよ!」
後輩「……わかりました。先輩にお任せします」
男「ありがと! さあ、これから忙しくなるぞー!」
後輩「あの……」
男「どうしたの? どこか行きたいところでもある?」
後輩「いえ、私はどこでも構いません。……そうではなく、たかが休日に会うだけなのですから、もう少し力を抜いてはどうかと。先輩は変に空回りするので」
男「大丈夫だって! 最高のデートにするからさ!」
後輩「……本当に大丈夫なのでしょうか」
翌日 朝
男「おはよう! 爽やかな朝だね!」
後輩「すみません。待たせてしまって」
男「大丈夫だよ! 今来たところだから!」
後輩「……朝からうっとおしいテンションですね」
男「徹夜明けだからね! ナチュラル・ハイってやつだよ!」
後輩「今日は小テストでもあるのですか?」
男「小テストよりも重要な提出物があってね。それを書いてたんだ」
後輩「進路調査票ですか?」
男「ふふふ。土曜日のデートプランだよ!」
後輩「……」
男「後で感想を教えてね!」
後輩「歯を食いしばりなさい」
男「えっ」
後輩「この豚が!」バチン
男「○△□×……!!?」
後輩「言いましたよね。力を抜け、と。これで身体を壊したりしたら、どうするのですか」
男「だ、大丈夫だよ! 授業中に寝ればいいわけで……」
後輩「いいえ。貴方は学校を休み、自宅のベッドで眠るのです」
男「そこまでする必要ないって!」
後輩「その言葉、そっくりそのままお返しします」
男「後輩を一人で学校になんて行かせられないよ!」
後輩「私は幼稚園児ですか。一人で学校にくらい行けますよ」
男「だけど……」
後輩「今日無理をして、土曜日に会えなくなってもいいのですか?」
男「……わかったよ」
男「あのさ、学校行く前にデートプランの感想を教えてくれないかな?」
後輩「後で読んで、明日お伝えしますから」
男「後輩の感想が気になって眠れない……」
後輩「……わかりました。その代わり、ちゃんと寝るのですよ?」
男「うん! ありがと!」
後輩「まったく。世話のかかる人です」
男「えへへ。だって、後輩がどんな反応するか楽しみなんだもん!」
後輩「はいはい。いま読みますから待っててください」
男「どうかな?」
後輩「……」
男「後輩?」
後輩「……」ビリビリ
男「な、なにしてんの!?」
後輩「先輩のご期待に沿って、デートプランが書かれた紙を引き裂いてあげたのです」
男「いくらなんでも、これは酷いよ!」
後輩「すみません。引き裂いてほしくて、こんなふざけたものを書いてきたのかと思ったので」
男「なにが気に入らなかったのさ!?」
後輩「まず朝の集合が駅前というのが気に入りません。駅前まで一人で行けと?」
男「だって、後輩はバスでしょ? 僕は自転車で行くし……」
後輩「私の家に自転車を停めて、一緒にバスで移動すればいいでしょう。それ以外の選択肢なんて存在しませんよ」
後輩「電車で水族館に向かうことになっていますが、何をしに行くのですか?」
男「そりゃあ、観覧ですけど……」
後輩「魚は見るものではなく食べるものです」
男「それ言ったら、水族館なんていらないよね……」
後輩「会話の続かないカップルからは需要があるので、存在してもいいんじゃないですか」
後輩「昼食のお店のチョイスにもセンスのなさが現れています」
男「そのお店はピザが美味しいって話題なんだよ? 後輩、ピザ好きでしょ?」
後輩「ええ。このお店のことは私も承知しています。いつか、一人で行ってみたいと思っています」
男「なんで僕とは行ってくれないのさ!」
後輩「貴方はブヒブヒ鳴きながら、私の料理を食べていればいいのです」
男「……」
男「さ、最後のタワーの展望台から夜景を眺めるのは譲れないからね!」
後輩「そうですか。では、私を一人にするということですね」
男「これもダメなの……」
後輩「当然です。私には夜景を眺める余裕なんてありません」
後輩「先輩だって、他に見なくてはならないものがあると思いますよ」
男「……確かに」
後輩「私を想ってデートプランを立ててくれたのは、充分伝わりました。ですが、先輩は大きな勘違いをしています。私を喜ばせたいのなら、どこかへ出掛ける必要なんてないのです」
後輩「私は、どんなものでも美味しいと感じるでしょうし、ありふれた景色だって綺麗に見えることでしょう」
後輩「先輩と一緒なら、ですが」
男「……僕も後輩が傍にいてくれるなら、そうかもしれない」
後輩「そうでしょうとも。先輩は私に夢中ですからね」
男「デートプランを練り直してくるね」
後輩「ちゃんと睡眠をとって、すっきりした状態で考えてくださいね」
男「うん。そうするよ」
後輩「では、そろそろ学校へ行くので、歯を食いしばりなさい」
男「えっ?」
後輩「この豚が!」ギュウウウ
男「い、痛い! 締めすぎだよ!」
後輩「他に言うことがあるでしょう?」ギュウウウウウウ
男「……一人にさせて、ごめん」
後輩「誠意が足りません」ギュウウウウウウウウ
男「大好きだよ」ナデナデ
後輩「あと20分、この状態を維持したら、許してあげましょう」ギュウウウウウウウウウウウ
土曜日 朝 男宅
妹「おはよう」
男「おう。今日は試合か?」
妹「うん。東高と練習試合。……お兄ちゃんはデートだよね?」
男「ああ。愛しの後輩とな」
妹「頑張ってね。あたしが後輩さんの義妹になれるように」
男「……そうだな。そうなれるように頑張るさ」
妹「頼むよー。あたしの娘と後輩さんの娘が恋人になって、そこで遂にあたしたちのDNAが混じりあうという、壮大な計画の成功の鍵はお兄ちゃんが握ってるんだからさ」
男「任せろ。そんな計画、握り潰してやる」
妹「ってかさ、その服で行くつもりなの?」
男「なにか問題ある?」
妹「地味すぎ。デートに行く服装とは思えない」
男「でも、これは後輩のコーディネートなんだけどな。昨日、選んでもらったんだ」
妹「そうなの? うーん。あたしなら、もう少し明るい色を選ぶけどなあ……」
男「なんでも、俺は凝った服装をする必要がないそうだ。無難な服でいい、と」
妹「……ああ、そういうこと。最近、後輩さんがよくデレるようになったね」
男「遠回しすぎて、理解するのに時間がかかるけどな」
男「そろそろ部活に行ったほうがいいんじゃねえの?」
妹「うーん。今日は休んじゃおうかなあ……」
男「……デートの邪魔をしたら、さすがにキレるぞ」
妹「違うよ。そうじゃなくて、純粋に部活に行きたくないんだ」
男「まあ、どうせ試合に出れないだろうし、チームに何も影響はないだろうが、顔は出しておいた方がいいと思うぞ」
妹「1年でレギュラー張ってるんですけど」
男「なら、なおさら行けよ。レギュラーがサボっていいのかよ」
妹「そうなんだけどさあ、なんか副部長が変なんだよね。あたしにやけに優しいというか……」
男「1年でレギュラーのお前に気を遣ってくれてんだろ。いい先輩じゃねえか」
妹「だからってさ、事あるごとに抱きついてきて、キスしようとする? なんか気持ち悪いんだよね……」
男「それ、お前が後輩によくやってることじゃん」
妹「お兄ちゃんから副部長に言ってくれない? 妹に変なことしないでくれ、って」
男「なんで俺が……。そもそも、バスケ部の副部長なんて知らねえし」
妹「いや、副部長とは中学から一緒でしょ? 話したことあるはずだよ。副部長にお兄ちゃんのこと訊かれたことあるし」
男「どんなやつ?」
妹「長身で……」
男「悪いな。身長の高い女なんて興味がないから、覚えてないわ」
妹「どんだけ身長にコンプレックス感じてんのよ……」
妹「まあ、もう少し我慢してみるよ」
男「そうそう。どうせ、そいつはもうじき引退なんだし、それまで辛抱しとけ。せっかく、一年でレギュラー入りしたんだ。頑張れよ」
妹「うん。ありがと。じゃあ、行ってくる」
男「なにかあったら、顧問に相談してみろ」
妹「うーん。今日、ナニかあるのは、お兄ちゃんの方じゃないかな。あ、うまくいかなかったら、あたしが相談に乗ってあげるからね!」
男「余計なお世話だ!」
後輩宅前
男「ど、どうしたの!?」
後輩「これからデートです。先輩もそのつもりで来たのではないのですか?」
男「そういうことではなくて! その服装のこと言ってるの!」
後輩「……似合っていませんか?」
男「似合ってるよ! そりゃあもう、その服は後輩の為にデザインされたんじゃないかって思うくらい似合っているけど!」
後輩「大袈裟ですね。でも、そんな風に褒めてもらえると嬉しいです。ありがとうございます」ニコッ
男「あ、うん……」カァァァ
後輩「では、行きましょう。バスに乗り遅れてしまいますよ」
男「……って、笑顔に騙されないから! なんで中学の制服を着てるのか説明してよ!」
後輩「似合っているのであれば、問題ないでしょう?」
男「大有りだから! 問題しかないから!」
後輩「では、問題点を具体的に挙げてください」
男「周りに中学生とデートしてる変態とか思われちゃうじゃん! 僕は変態だけど、ロリコンじゃないから!」
後輩「変態であることを大声で公言してしまうような人は、周囲にどう思われようが気にすることありませんよ」
後輩「先輩がなにを言おうと、私はこの格好でデートに臨みます」
男「わかった。でも、せめて、理由を教えて?」
後輩「私がそうしたいからです」
男「そう思った理由を訊いてるんだけど」
後輩「……」
男「はぐらかさないで、ちゃんと教えて」
後輩「……中学生の頃に……先輩と……ので……してみたいんです」
男「聞こえない」
後輩「中学生の頃に先輩と制服デートすることに憧れていたのに、することができなかったので、今日してみたいんです!」
男「えっ」
後輩「先輩のばかぁ……」グスッ
男「……」
後輩「もうやだぁ……」
男「ごめんな」
後輩「……先輩なんて知らないもん」
男「頭撫でてやるから」
後輩「やだ。ぎゅーしてくれないと許さない」
男「はいよ」ギュウ
後輩「なでなでは?」
男「わかったよ。甘えん坊さん」ナデナデ
男「……なんか懐かしいな」
後輩「なにが……?」
男「出会ったばかりの頃は、よくこうやって後輩が甘えてきたよな。さすがに抱きしめたことはなかったけど」
後輩「……」
男「今みたいになったのは確か―――」
後輩「刑務所に送られたくなければ、今すぐ離しなさい」
後輩「……」
男「こ、後輩……」
後輩「先輩がなにを言おうと、私はこの格好で臨みます」
男「えっ?」
後輩「先輩がなにを言おうと、私はこの格好で臨みます」
男「……わかった。じゃあ、行こう」
後輩「バスの時間に間に合うといいのですが……」
男「時間が巻き戻ったわけじゃないからね。どうだろうね」
駅前
男「……本当にここでいいの?」
後輩「くどいですよ。私はここに行きたいのです」
男「後輩がいいなら、いいんだけどさ……」
後輩「さあ、参りましょう!」
男(……初デートで漫画喫茶に行くのは、何か間違っている気がする)
漫画喫茶
男「ごめん。待たせちゃったね」
後輩「大丈夫ですよ」
男「マットタイプの部屋しか空いてなかったけど平気?」
後輩「そのつもりでしたから問題ありません」
男「そ、そうなんだ。じゃあ、ブランケット持ってくるね」
後輩「ブランケット?」
男「いや、ほら……スカートが……」
後輩「だからなんですか? 先輩が見なければいいだけですよね?」
男「そうだけども……」
後輩「まあ、先輩の座る位置から、私の下着が見えることはないと思いますけど」
後輩「ふむ。なかなかの品揃えですね」
男「まあ、漫画喫茶だからね」
後輩「先輩はなにから読みますか?」
男「僕はそうだなあ……これにしようかな」
後輩「……却下です」
男「なんでよ!?」
後輩「こんなライトノベル原作の青春ラブコメ漫画など、読む価値はありません」
男「なんでそんなこと言うのさ! 後輩だって、読めばきっとハマるって!」
後輩「読みません! 水泳部を覗く為に陸上部に入部するような変態が主人公の作品なんて、ろくでもないに決まってます!」
男「……うん?」
後輩「そんな変態に想いを寄せる女の子が何人もいるなんて、リアリティがなさすぎます」
男「……あのさ、後輩って、この作品を読んだことあるの?」
後輩「な、なにを言って……」
男「だって、ライトノベルが原作って知ってるし、主人公が陸上部に所属していた理由を把握してるからさ」
後輩「それは……」
男「……」
後輩「……い、一般常識なのです!」
男「いくらなんでも無理があるよ」
男「そうか。後輩はこの作品を読んだことあるのか」
後輩「一巻だけです! それも、冒頭の数ページだけです!」
男「いつ読んだの?」
後輩「い、いつだっていいでしょう!?」
男「後輩が中学一年生の……そうだな、5月くらいかな」
後輩「……すみません。中学時代の記憶は非常に曖昧なのです。先輩のことを憶えていないくらいですから」
男「ああ、そういえばそんな設定あったね」
後輩「設定とはなんですか!?」
男「まあ、いいや。いろいろ納得できたし」
後輩「私は納得していませんよ!」
男「中学生の頃に僕と何がしたかったんだっけ?」
後輩「さあ、漫画を選びましょう。時間がもったいないです」
男「そうだね! 月……おっと、後輩はどれにする?」ニヤニヤ
後輩「……個室に入ったら、その緩みきった顔を引き締めてあげますよ」
個室
後輩「意外と広いのですね」
男「まあ、こんなもんじゃないかな。マットタイプだし」
後輩「そういうものなのですね」
男「あれ? 座らないの?」
後輩「私に、誰が座ったのかわからない座椅子を利用しろと?」
男「……まさか、寝るの?」
後輩「はあ……。本当に先輩は変態さんですね。こんな個室で寝転ぶわけがないでしょう? はしたない」
男「じゃあ、どうするの?」
後輩「こうするのですよ」スッ
男「……っ!」
後輩「ふう。さすが私専用の座椅子。落ち着きます」
男「僕が落ち着かないよ!」
後輩「いまどきの座椅子は人間の言葉を話すのですね。凄いです」
男「これはキツイって!」
後輩「えー?」フリフリ
男「!」
後輩「苦しそうな顔をしないでください。まるで、私が重いみたいじゃないですか」フリフリ
男「わかった。わかったから、お尻を動かすのやめて……」
後輩「座椅子でどう動こうが私の自由です」フリフリ
男「くぅぅ……」
後輩「先輩は、私を硬い物の上に座らせたりしないですよね?」ニコッ
男「……ごめんなさい。さっきは調子に乗りました。もう許してください」
後輩「先輩が私より優位に立とうなど、千年早いのです」
男「その通りです……」
後輩「さあ、漫画を読みましょう」
男「……えっと、体勢はこのままなの?」
後輩「そうですけど、なにか?」
男「ドキドキして仕方ないんだけど……」
後輩「そうみたいですね。先輩の心臓の鼓動を感じますよ」
男「もうちょっと離れない?」
後輩「はあ……。なら、これでどうですか」ギュウ
男「後輩……」
後輩「先輩だけがドキドキしているわけではないのですよ」
後輩「私だって恥ずかしいです。でも、それでも……」
後輩「先輩と密着していたい、先輩の体温を感じていたいのです」ギュウウウウ
男「……わがまま言ってごめん」ナデナデ
後輩「まったくです。私にここまで言わせるなんて、本当にダメな彼氏です」
後輩「さてと、どれから読みますかね」クルッ
男「……後輩」
後輩「はい? なんでしょう?」
男「大好き」ギュ
後輩「あら、甘えん坊さんですね」
男「そういうのは嫌?」
後輩「安心してください。後ろから抱きしめられて嫌な女の子はいませんから」ポンポン
後輩「そろそろ時間ですね」
男「うん……」ゲッソリ
後輩「……私、そんなに重かったですか?」
男「そうじゃなくて、その……我慢疲れというか……」
後輩「なにを我慢していたのです?」
男「……生理現象」
後輩「なるほど。我慢してあの大きさなのですね。先輩はずいぶんとご立派なものをお持ちのようです」
男「えっ」
後輩「アレが標準なんて暴力的すぎます。私には受け止められそうにありません」
男「……」ズーン
後輩「そんな顔をするのはやめてください。折角のデートなのですから」
男「……うん。こんな楽しい日に暗い顔なんてしてちゃダメだよね!」
後輩「そうですよ。はちきれんばかりに膨張した男根を私に押しつけたくらいで、落ちこむことはないのです」
男「やめてよ!!」
男「後輩の意地悪!」
後輩「先輩が怒る理由がわかりません。貴方はセクハラをした加害者ですよ」
男「後輩があんなことしたからでしょ!?」
後輩「面白いことをいいますね。私は座椅子に座っただけです」
男「僕は座椅子じゃない!」」
後輩「いいえ。貴方は私専用の座椅子であり」
後輩「抱き枕でもあり」ギュウ
後輩「私の彼氏なのです」
男「……っ!」カァァ
後輩「異論はありますか?」
男「な、ないです……」
公園
男「ふぅ……。ご馳走様でした」
後輩「はい。お粗末様です」
男「いつも本当にありがとう」
後輩「いいのです。豚に餌をあげるのは、飼い主として当然のことですから」
男「むー」
後輩「なんで不服そうなのですか。罵られるのがお好きなのでしょう」
男「今日は違う言葉が訊きたいの!」
後輩「年下の彼女に甘えるなんて、男として恥ずかしくないのですか?」
男「中学校の制服を着ている彼女とデートしている方がよっぽど恥ずかしいよ」
男「どうしても言ってくれないの……?」
後輩「どうしても訊きたいのですか?」
男「はい! 訊きたいです!」
後輩「そうですか。まあ、言いませんけれど」
男「そ、そんなあ……」シュン
後輩「……っ」ギュ
男「僕が期待しているのは、こういうことじゃないんだけど……」
後輩「……捨てられた子犬みたいな表情をした先輩が悪いのです。そんな顔を見たら、抱きしめたくなってしまいますよ」
後輩「さて、満足しましたか?」
男「抱きしめてもらって嬉しかったけど、言葉も訊きたいなあ……」
後輩「もう少し、我慢してください」
男「後で言ってくれるの?」
後輩「ええ。その代わり、ちゃんとお礼をしてくださいね」
???
男「……ほ、本当にここに行くの?」
後輩「なんなのですか。今日は水を差すことばかり言って」
男「だって……」
後輩「さっきは、『いいよ。欲しいものがあるなら、買いに行こうよ』とおっしゃっていましたよね?」
男「だって、まさか下着を買いに行くとは思わないでしょ!?」
後輩「何を購入しようが、私の自由です」
男「そうだけど、今じゃなくてもいいよね!?」
後輩「いいえ。今日でなくてはなりません」
男「なんで!? 急いで購入する必要ないよね!?」
後輩「実は……もう下着がないのです」
男「……はい?」
後輩「その……バストが大きくなってしまって、いま着けているブラジャーしか、サイズに合うものがないのです……」
男「な、なんだと……?」
後輩「でも、先輩がそこまで言うのなら仕方ありませんね。明日は、ブラジャーを着けずに学校に登校することにします」
男「買おう! 後輩の胸にジャストフィットするブラジャーを買っちゃおう!」
後輩「どれにしましょうか」
男「……」
後輩「先輩は、フロントホックとスタンダードなホック、どちらがいいですか?」
男「……どっちでもいいんじゃない?」
後輩「なんですか、その非協力的な態度は」
男「どれがいいかなんてわからないし……」
後輩「自分がブラジャーを着けるならどちらがやりやすいのか、という視点で考えてくれればいいです」
男「着ける機会なんてないよ!」
後輩「それはそうですが……」
男「あ、自分が外すなら、って考えればいいのか。それならフロントがいいかな。ホックを外したら直ぐに胸が見えるし」
後輩「貴方には外す機会も訪れませんよ」
後輩「スタンダードなタイプにします」
男「……僕の意見を聞く必要なかったじゃないか」
後輩「あれは意見というより、妄想でしょう」
男「実用的な答えだと思うけどなあ……」
後輩「だから、貴方には外す機会は訪れませんよ」
男「むー」
後輩「むくれてもダメですよ。さて、色はどれに……」
男「白! 絶対に白!」
後輩「そうですか。わかりました」
男「理由は訊かないの?」
後輩「色付きだと透けてしまうから、でしょう?」
男「……ご明察。さすがだね」
後輩「あまり嬉しくないですけどね」
後輩「では、お会計してきます」
男「一着で足りるの?」
後輩「はい。あと、三着ほどありますから」
男「!?」
後輩「あの話を信じるなんて、先輩って純粋ですね」
男「騙すなんて酷いよ!」
後輩「そうでもしないと、先輩はついてきてくれないですし」
男「なんで、僕がついていく必要があるのさ!?」
後輩「貴方ならわかるでしょう」
男「……そりゃあ、わかるけどね」
男「でも、本当に僕は心配したんだからね!」
後輩「まあ、ブラジャーがないとしても、さらしを巻けばいい話ですから」
男「いや、それはダメだよ!」
後輩「なぜですか?」
男「後輩の豊満な胸が押しつぶされてしまうじゃないか!」
後輩「黙りなさい」
男「今のは冗談として」
後輩「冗談には聞こえませんでしたが」
男「さらしなんか巻いたら汗疹ができたりしちゃうじゃん」
後輩「正しく巻けば、そんなことにはなりませんよ」
男「巻いたことあるの!?」
後輩「中学1年生の頃に巻いていました」
男「な、なんで?」
後輩「『この作品面白いから読んでみてよ。特にメインヒロインが可愛いんだ。ロリっ子で、しかも貧乳なんだよ! 最高だよね!』と、私に話しかけてきた、陸上部の先輩がいましてね」
男「……」
後輩「中学一年生にして、Dカップにまで成長していた私への嫌味かと思いましたよ」
男「ま、待った! そんなことないはずだよ!」
後輩「理由を伺いましょう」
男「だって、後輩が走るたびに大きく胸が揺れてたもん! これは間違いないよ! オカズにしたことあるもん!」
後輩「『やっぱり三次元は巨乳だよね!』と、その日たまたまさらしを巻いていなかった私の胸を見つめながら話しかけてきた陸上部の先輩がいましてね」
男「……」
後輩「誰かさんの為に胸を小さく見せようと努力している私への嫌味かと思いましたよ」
後輩「先輩はあの頃から筋金入りの変態さんでしたね」
男「……悪かったね」
後輩「いえ、別に悪くはないでしょう。むしろ、感謝していますよ」
男「僕が変態だったことに?」
後輩「先輩が変態になってくれたことに、です」
男「……何の話かわかんないや」
後輩「お待たせしました」
男「おかえり。次は雑貨屋だっけ?」
後輩「はい。香水を買おうかと」
男「香水かあ。僕も一緒に買おうかな」
後輩「私は選びませんからね」
男「えっ……」
後輩「はあ……わかりました。私が選んであげますよ」
男「いいの!?」
後輩「そうしないと、先輩が川に飛び込みそうなんですもん」
男「大袈裟だなあ……。そんなことしないよ」
後輩「私が選ばないと宣告した時の先輩の表情の方が、よっぽど大袈裟でしたけどね」
雑貨屋
男「ねえねえ、お揃いにしない?」
後輩「香水がお揃いのカップルなんて気持ち悪いです」
男「……」
後輩「だから、その表情が……」
男「……ねえダメ?」
後輩「だ、ダメです……」
男「どうしても……?」
後輩「もう! 母性本能をくすぐるような顔をするのはやめてくださいよ! 思わず屈してしまいそうになるでしょう!?」
後輩「そもそも、先輩の香水は既に決めているのです!」
男「そうなの?」
後輩「これです」
男「……これ、いま使ってる香水と一緒なんだけど」
後輩「そうですよ。貴方は変える必要がないのです」
男「いやでも……」
後輩「私から安らぎを奪いたいのですか?」
男「……もっと、ストレートに言ってくれればいいのに」
男「わかった。これにする」
後輩「それがいいでしょう」
男「後輩はどれにするの?」
後輩「妹さんからオススメされた物にしようかと」
男「……あいつから?」
後輩「なんでも、百合の香りがするらしいのです」
男「そんなものは捨ててしまえ」
・
・
・
同時刻 体育館
妹「!」ビクッ
部長「どうしたの?」
妹「な、なんでもないです……」
部長「ならいいけど。試合中によそ見しちゃダメだよ」
妹「はい……」
妹(いま感じた殺気はなんだったんだろう……?)
審判「チャージドタイムアウト」
副部長「あー、疲れた」ギュウ
妹「あ、あの……」
副部長「ねえ、後で抱かせてくんない?」
部長「いま、抱きしめてるじゃん」
副部長「ばーか。そういう意味じゃねえよ」
部長「あはは。だよねー」
妹(……いま、20点差で負けてるんだよね?)
顧問「おい! 話を聞かんか!」
副部長「ちっ……」
部長「はーい」
顧問「まったく……。お前たち、西高なんかに20点差もつけられて恥ずかしくないのか!? 特に妹! お前は何回やられれば気が済むんだ!」
妹「すみません……」
副部長「妹のしょげてる顔、マジ最高なんだけど……」
部長「副部長って本当にドSだねー」
顧問「話を聞けーーーーー!」
「ブー」
顧問「ちっ、もう時間か……」
部長「さて、行きますか」
顧問「おい、このままで終わるなよ! 最低でも10点差以内にするんだ! この点差で負けたりしたら罰走だからな!」
部長「あら、ずいぶん弱気だこと。勝たなくていいのかねー」
妹「でも、この点差だと、逆転は難しいんじゃ……」
部長「いや、むしろちょうどいいんじゃないかな」
妹「へ……?」
部長「試合が終わればわかるよ」
帰り道
男「はぁ……」
後輩「……なにかご不満でも?」
男「ち、違うよ! そうじゃなくて、もうお別れなんだな、って寂しくなっちゃって……」
後輩「先輩は本当にお馬鹿さんですね」
男「なんでよ!? 好きな人と離れるのは辛いじゃん!」
後輩「私、まだ帰りませんよ」
男「へっ……?」
後輩「これくらいで解放するわけないでしょう」
後輩「私についてきてください」
男「どこに行くの?」
後輩「一つくらいは、先輩の希望を汲んであげますよ」
男「……もしかして、夜景を見に行くの?」
後輩「そんなところです」
男「いいの? 行きたくないって言ってたのに……」
後輩「タワーに行きたくないのです。あんな大勢のカップルがいる場所になんて近付きたくありません」
男「……確かに。デートの最後は二人っきりで過ごしたいよね」
後輩「むしろ、最初から最後までそうしたいですね」
後輩「今から行く場所は私たち二人だけで夜空を眺めるには最適なスポットですよ」
男「そっか。じゃあ、たくさんイチャイチャしようね!」
後輩「ええ。そのつもりです」
男「!?」
後輩「さあ、行きますよ」
中学校
後輩「着きましたよ」
男「……ここのどこが夜景スポットなのさ?」
後輩「私は夜景スポットに行くなんて一言も言ってません。二人で夜空を眺めるなら最適、とは言いましたが」
男「それにしたって、この場所は適してないでしょ」
後輩「いいじゃないですか。ここは私たちの母校なのですから」
男「……中学時代のことは忘れたんだよね?」
後輩「そういう設定になっていますね」
男「設定って自分で言っちゃったよ……」
校庭
男「あれ? 屋上に上るんじゃないの?」
後輩「違いますよ。ここで夜空を眺めるのです」
男「ここで……?」
後輩「ええ。とっても素敵な景色を見ることができますよ」
男「そうかなあ……?」
後輩「……」
男「い、いや、後輩と二人なら、そりゃあもう最高の景色だけどね!」
後輩「……まあ、期待はしていませんでしたからいいですけどね。どうせ、先輩からすれば、なんということない出来事だったのでしょうから」
後輩「私はここである男性と二人で寄り添いながら夜空を眺めたことがあるのです。それは、とても美しい景色でした。その時の出来事は、私の胸に深く刻まれています」
男「それって、いつの話……?」
後輩「私が陸上部に入部した初日の夜のことです。その日、私は陸上部の活動が終わった後、体育倉庫の影に隠れて泣いていました」
後輩「下校時刻を過ぎて一時間ほどが経った頃、ある陸上部の先輩が私の横に座り、なぜ泣いているのかと訊ねてきました」
後輩「……その問いに、私はその人を突き飛ばすことによって返答しました。最低ですよね。心配してくれた人を暴力によって遠ざけようとしたのですから」
後輩「それでもその人は、私から離れようとしません。何度も私が泣いている理由を訊ね、しまいには私の髪をそっと撫でてきました」
後輩「普通であれば、恐怖を感じて逃げ出すところです。しかし、あの時の私はどうかしていたのでしょう。その人の問いに答えることにしました。誰からも愛されるような姉と比較をされることがどうしようもなく辛いこと、姉と違い何の才能もない私には生きている価値なんてないのではないかと思い悩んでいること、私が抱えていたことを全て吐き出しました」
後輩「すると……先輩は……」
後輩「『俺は、クールな君のほうが好きだけどね』と微笑みかけてくれたのです」
男「あ……」
後輩「やっと思い出しましたか。この唐変木」
後輩「先輩は本当にどうしようもない人です」
男「なんというか、その……人間、思い出したくないことってあるじゃない」
後輩「私と初めて会話を交わした時のことを思い出したくもないと?」
男「い、いや……あの時、僕がとった行動や言動って、すごく恥ずかしいから」
後輩「まあ、確かに常人には真似できないでしょうね」
男「だから、出来れば忘れて欲しいなあ……」
後輩「忘れられるわけないでしょう。私は、先輩のあの言葉のおかげで、物心ついたときから感じていた劣等感から解放されたのです。そして、なにより」
後輩「生まれて初めて人を好きになれたのですから」
男「……後輩はその時から僕のことが好きだったの?」
後輩「そうですよ?」
男「う、嘘だ! だって、それからしばらく僕と目を合わせようとしなかったし、いくら話しかけても俯いて会話すらしてくれなかったじゃないか!」
後輩「当時の私は誰に対してもそういう対応しかできませんでしたから。まして、初恋の男性となれば、もっと酷くなるでしょうね」
男「だとしても、好きなんだったら、せめて会話くらいしてくれても良かったじゃないか! 僕がどれだけ悩んだのか分かってる!?」
後輩「わかっているつもりです。だから、感謝もしています。もし先輩が今のキャラクターを演じてくれなければ、私は先輩と会話をさえできなかったはずです」
男「……なんの話?」
後輩「気弱な私が少しでも話しやすいように、先輩が変態を演じてくれたという、とても美しいお話ですよ」
男「……」
後輩「さて、そろそろ本題にはいりましょう」
後輩「ここに来たのは、先輩を解放する為です。私の為に、自分を偽り、道化を演じてくれている先輩を解放したいのです」
男「後輩……」
後輩「私はもう、あの頃のような常に他人の顔色を窺い、人とまともに会話もできないような女ではないのです。周りからどんな評価を受けても、先輩の傍にいられるのならそれでいいのです」
後輩「大好きです、先輩。本当は勝ち気で口が悪い貴方を、心の底から愛しています」
男「演技してるって気付いてたのか」
後輩「中学時代は、他の陸上部の方や同級生の人たちへの態度が演技で、私だけに素を見せてくれているとうぬぼれていましたけど、高校で再会した時に私に対して演技しているのだなと気付きました」
男「どこでわかったんだ?」
後輩「再会してしばらく、一人称が『僕』と『俺』で定まっていませんでしたから。それでわかったのです。先輩が無理をして演じてくれていると」
男「……久しぶりだったからな。確かに、何度か間違えた気がする」
後輩「まったく。鍛錬が足りませんよ」
男「だな。後輩と再会した場合を想定して、練習しておくべきだった」
後輩「その通りです。私なんて、受験が終わってから、毎日あのライトノベルを読み込んで復習しておきましたよ」
男「さすが、後輩。用意周到だな」
後輩「ええ。貴方の理想に少しでも近づきたかったですから」
男「後輩も無理しなくていいんだぞ?」
後輩「いえ、私の場合、もはやこの口調が癖になっているので、演技しているというほどではないのです」
男「口調じゃなくてさ、性格の方だよ。だって本当は……」
後輩「それこそ私は無理をしてません。これが素の私です。まあ、先輩に罵声を浴びせていたのは辛かったので今後はできませんが、でもそれ以外の部分はありのままの私です」
男「……」
後輩「さあ、夜空を眺めましょう。二人寄り添って、美しい星空を鑑賞しましょう」
男「ん。じゃあ、俺は座椅子になるよ」
後輩「では、お言葉に甘えて」スッ
男「……」ギュー
後輩「あら、夜空を眺めるのではないのですか?」
男「……あのさ、これだけははっきりさせておきたいことがあるんだけど」
後輩「なんでしょう?」
男「俺は、甘えん坊な後輩もす……」
後輩「な、な、な、なにを言おうとしているのですか!」
男「まだ、話の途中なんだけど」
後輩「だ、だって、先輩が変なことを言おうとするから……」
男「そうか? 普通のことだけど」
後輩「私にとっては普通じゃないのです!」
男「あ、そう。まあ、とにかく最後まで聞いてよ」
後輩「無理、無理です! そんな話は聞けませんよ!」
男「大丈夫だって。死にはしないから」
後輩「いいえ! このままだと、私の心臓がオーバーヒートして緊急停止してしまいます!」
男「仕方ないなあ」ナデナデ
後輩「やめてください! 殺す気ですか!?」
男「殺す気って、お前……落ち着かせようと、頭を撫でてるだけだぞ?」ナデナデ
後輩「落ちつくわけないでしょう!? むしろ、頭部を鈍器で殴りつけているようなものです!」
男「へー」ナデナデ
後輩「も、もうだめ……」
男「どうした?」
後輩「ちからがはいらない……」
男「……鈍器で殴りつけてるって喩えは間違ってなかったのか」
後輩「せんぱいのばかあ……」
男「ごめんごめん。調子に乗りすぎた」
後輩「どうしてくれるんですか。しばらく、動けないじゃないですかあ……」
男「いいじゃん。しばらく、この体勢のまま密着していられるし」
後輩「いいけど、だめなの……」
男「どっちだよ」
後輩「この体勢だとせんぱいの顔が見えないから、だめ。でも、密着してるのは、いいの」
男「……なるほど」
後輩「……」ギュー
男「こっち向いたけど、結局、顔を見てねえじゃねえか」
後輩「……だって、はずかしいんだもん」
男「まあ、それだけ顔が真っ赤じゃなあ」
後輩「わかってるなら、いわないでよ……」
男「意地悪な俺は嫌いか?」
後輩「……だいすき」ギュウウウウ
男「俺も、甘えん坊な後輩が大好きだよ」ナデナデ
男「そろそろ帰るか」
後輩「……」ギュウウウウウ
男「でも、もういい時間だぞ?」
後輩「……」ニコッ
男「へっ?」
後輩「……」チュウウウ
男「!!?」
後輩「もっと、イチャイチャしよう?」
男「す、少しだけな……」
・
・
・
同時刻 ファミレス
部長「いやー、美味しかったねえ」
妹「すみません。奢ってもらって……」
部長「いいよいいよ。お互いに、今日はあんまり早く帰るのもアレだろうしさ」
妹「まあ、確かに……」
部長「それに、今日は妹ちゃんも頑張ったし、これはご褒美だよ」
妹「あたしなんてなにも……」
部長「なに言ってるのさ。西高に逆転勝ちできたのは、妹ちゃんがDFを頑張ってくれたからだよ。いくら点を決めても、DFがザルなら追いつくこともできなかっただろうし」
妹「そうかもしれませんけど。でも、今日のMVPは部長ですよ。ラスト10分であれだけ得点を奪うなんて凄すぎます」
部長「そうかな? たいしたことないと思うけどなあ」
妹「だって、部長がマッチアップしていたのは、西高のキャプテンですよ? あの人、選抜に選ばれていますよね?」
部長「選抜って言ってもたかが地区選抜じゃん」
妹「そりゃ、県選抜の部長と比較したら実力は劣ると思いますけど……」
部長「まあ、今日の彼女は良かったとは思うよ」
妹「ですよね。第3ピリオドまで、部長を抑えこんでましたもん」
部長「本当にしつこいDFだったよ」
妹「……すみません」
部長「いいの。抑えこまれたように見せたのは事実だし」
妹「見せた……?」
部長「いやー。開始から凄い気合が入っててさ、うるさいのなんの。しかも、点が入るたびにドヤ顔してくるんだよ? 20点差がついた時なんて、あいつ絶頂を迎えてたんじゃないかな」
部長「だからこそ、試合が終わった瞬間の、あの女の顔が最高に笑えたんだけどね」
妹「え、えっと……」
部長「もう少し、希望を持たせてやりたかったんだけどね。あの馬鹿顧問がうるさいから、ラスト20秒で逆転することにしたよ。本当は、ブザービーターで終わらせるつもりだったのに」
妹「……まさか、わざと相手にリードさせたんですか?」
部長「あれ、気付かなかったの? 私が、あんなヘタクソにあれだけやられるわけないじゃん。手を抜いてあげてたんだよ」
妹「どうしてそんなことを……」
部長「だってあの子、私に勝とうと必死だったし。夢くらい見させてあげてもいいじゃない? 実際、幸せだったと思うよ。中学からの宿敵である私をあれだけ打ちのめしたわけだから」
部長「さすがにあれだけ挑発的な顔をされると、頭にきたけどね、でも、よかったよ。あの顔が見れたんだから。全てに絶望して、生きる希望を失った、あの醜い顔。写真撮っておけばよかった」
後輩姉(部長)「本当、幸せの絶頂からどん底に落ちる人間って、見ていて楽しいよね」
月曜日 昼休み 3年生教室
後輩姉「やっほー」ギュウ
男「……重い。太ったんじゃねえの、お前?」
後輩姉「酷いこと言うね。ベスト体重を維持してますよーだ」
男「ああ、そう。興味ないけど」
後輩姉「そんなこと言って、本当は私に抱きつかれて興奮している癖に」
男「鉄板のような固い胸を押しつけられても嬉しくねえよ」
男「で、なんの用?」
後輩姉「んーとね」
男「早く言えよ。忙しいんだよ」
後輩姉「もう急かさないでよ。大丈夫だって。あの子はどこにも行かないから」
男「……誰の話かわかんねえな」
後輩姉「私と違って、胸がマシュマロのように柔らかい子の話」
後輩姉「なんで、隠そうとするかな。そんなに私に邪魔されるのが怖いの?」
男「……いいから本題に入れよ」
後輩姉「わかったから、そんなに怖い顔しないでよ。あのさ、来週に球技大会あるじゃない? どの種目に出るのか教えてほしいんだ」
男「そんな下らないことで、俺を引き止めたのか?」
後輩姉「私にとっては重要なの。もし、決めてないのなら、バスケに出ない?」
男「悪いな。バスケ以外の種目って決めてるんだ」
後輩姉「なんで、そんなこと言うの? バスケは面白いよ?」
男「ああ、高身長の奴は楽しいだろうな」
後輩姉「ねー。バスケやろうよー」
男「だいたい、なんで俺にバスケをやってほしいわけ? 間違いなく、俺は戦力にはならねえぞ」
後輩姉「君がサッカーを選んだりしたら、校庭でやることになるでしょ? 私はバスケに出るから、君には体育館にいてほしいの」
男「……そういうことか」
後輩姉「ご理解いただけたようでなによりです」
男「じゃあ、俺はサッカーにするわ」
後輩姉「……ねえ、そこまで私をあの子に会わせたくないの?」
男「別に。ただ、玉入れなんかに興味はねえって話だよ」
後輩姉「ふーん。まあいけどさ。私たちは姉妹だからね。男くんが頑張っても、それは無駄な努力だよ」
男「……じゃあな」スタスタ
後輩姉「……君たちが私をいくら避けても、私から逃げられるわけないのに。本当に馬鹿だなあ」ニヤァ
1年生 教室
男「悪い。待たせた……」
後輩「先輩、大変です!」ギュウ
男「どうした?」
後輩「私の最愛の人が約束の時間を過ぎても現れなかったのです!」ギュウウウウ
男「時間を守れない男とか最低だな」ナデナデ
後輩「まったくです。時計までプレゼントしたというのに、私を一人にするなんて最低ですよね」スリスリ
後輩「そういえば、来週から球技大会でしたね」
男「後輩はどれに出るんだ?」
後輩「私はですね……」
妹「あたしと一緒にバスケだよねー!」ギュー
男「ちっ……めんどくせえのが来やがった」
妹「ねえ、後輩さん。バスケやろうよー」
後輩「えっと……私が入っても邪魔になるだけですし……」
妹「大丈夫だって。後輩さん、小学生の頃はミニバスをやってたんでしょう?」
後輩「ですが、その……」
男「後輩、言っていいんだぞ。お前なんかと同じ種目なんてお断りだ、って」
後輩「どうして、そういうことを言うのですか。妹さんに失礼ですよ!」
男「むしろ、後輩が妹に甘すぎるんだよ」
妹「だって、あたしたちは友達以上の関係だもん!」
男「まーた、馬鹿なこと言ってるよ……」
後輩「でも、妹さんが言っていることは、あながち間違っていませんよね」
男「なっ……!」
妹「つ、遂にあたしの想いが実ったんだ! ほら、見なさいよ! 後輩さんも認めたじゃない!」
男「そんな馬鹿な……」
妹「あたしたちは特別な関係なのよ!」
後輩「その通りです。妹さんは、私の義妹になる人ですからね」
妹「えっ」
男「ほら、後輩も認めただろ。お前なんて眼中にないって」
妹「……」
後輩「そんなこと言ってませんよ!」
男「いやー。そういう意味だと思うけどなあ」
後輩「違います! 私は妹さんを家族だと言っているのです!」
妹「…」
男「家族なんて大袈裟な。親戚になるってだけでしょ」
後輩「いいえ。確かに血の繋がりはありません。しかし、私と妹さんなら本当の姉妹のような関係になれるのです! そうですよね、妹さん!」
妹「 」
後輩「い、妹さん……?」
男「しばらく、そっとしておいてあげな」
男「で、球技大会の話だけど、俺はサッカーにするつもりけど、後輩はどうする?」
後輩「私はソフトボールにします。そうすれば、先輩の試合が見れますし、空き時間も一緒にいることができますから」
男「そ、そうか……」
後輩「その反応はなんですか? 先輩だって、同じことを考えていたのではないのですか?」
男「そうなんだけども……なんつーか、そこまではっきりと言われると照れるというか……」
後輩「これくらいで照れていては、このさき生きていけませんよ」
後輩「そうと決まれば、今日から特訓ですね」
男「……特訓? なんの?」
後輩「決まっているでしょう? 球技大会に向けてサッカーの特訓をするのです」
男「なんでだよ……。たかが球技大会だぞ? あんなの適当にやっていればいいんだよ」
後輩「私が応援するというのに、適当にプレーするというのですね?」
男「いや、そういうわけじゃないけど……」
後輩「想像してみてください。先輩は残り数分というところで先制点を決めました」
男「……」
後輩「先輩は喜びを爆発させ、応援席にいる最愛の女性の元へ走り出します」
男「……」
後輩「すると、その女性は駆け寄る先輩に抱きつき……」ギュ
後輩「『先輩、素敵です!』と、頬にキスをするのです」チュ
男「さあ、今すぐ特訓を始めようぜ」
後輩「ダメです。放課後からです」ギュウ
男「特訓しよう、と言いだしたのは後輩だぞ」
後輩「言いました。ですが、今はダメです。先輩が素直に特訓する気になっていれば、今からでもよかったのですが」ギュウウ
男「なんだよ、それ……。球技大会で俺に活躍してほしいのなら、ここは快く応じるべきだろう」
後輩「昼休みも後5分だというのに、何を言っているのですか?」ギュウウウ
男「たかが5分、されど5分。短い時間でも集中して練習をすれば、高い効果が得られるはず」
後輩「何を言っているのですか……。ご褒美に目が眩んで、衝動的に練習をしたいという欲求が高まっているだけでしょう」ギュウウウウ
男「そんなこと……あるけど! 確かにそうだけど! でも……」
後輩「5分間くらい、私に抱きしめられていてくださいよ」ギュウウウウウウウウウウ
男「……だから、『今』はダメなのか」
後輩「私が一度抱きついたら、直ぐに離れないことくらい知ってるでしょう?」ギュウウウウウウウウウウウウウウウ
放課後 3年生教室
後輩姉「話は聞かせてもらった!」
男「……なにが?」
後輩姉「ふふふ。さあ、なんでしょう?」
男「じゃあな。俺、用事あるから」
後輩姉「用事? ああ、うちの妹とサッカーの特訓するんだっけね」
男「……なんで知っている」
後輩姉「君たちと違って、私は友達がたくさんいるからねー」
男「……まあいい。俺はサッカー、後輩はソフトボールに出場する。お前の思惑通りにはいかねえよ」
後輩姉「『出場する』って、正式に決まってないでしょう? 君たちが勝手に言っているだけ。こういうのはね、クラスで話し合いをして決めるものなんだよ」
男「そうだけど、個人の希望は尊重されるものだろ」
後輩姉「君は純粋だねえ……」クスッ
後輩姉「知ってる? あのクラスにはね、バスケ部が4人いるの。君の妹も含めて、あの子達は総体予選の登録選手になってる。1年生なのに、上級生を差し置いて登録選手になるなんてたいしたものだよね」
男「何が言いたい?」
後輩姉「問題です。バスケは5人でやらなくてはなりません。彼女たちは4人。さあ、残り1枠を誰が希望するでしょうか?」
後輩姉「誰も希望するわけないよね。足手まといになるのは明白なんだから。折角の球技大会で恥をかきたくないはず」
後輩姉「そんな残り1枠に、バスケ部の4人が誰かを推薦したら、どうなるだろうね」
後輩姉「きっと、周囲は何も文句を言わず、同調すると思う。推薦された人物が他の競技を希望したとしても、それは無視される。誰だって、自分が損したくないからね」
後輩姉「個人の意思なんてものは、集団によって簡単に踏み潰すことができるんだよ」
後輩姉「はい。話は終わりだよ。じゃあ、行ってらっしゃい。残り僅かな恋人関係を楽しんできてね」
男「……そうはさせねえぞ」
後輩姉「そういえば、あのクラスは6限目のLHRで球技大会について話し合うとか言ってたなあ。だから、もう……」
後輩姉「終わってるんじゃない?」ニヤァ
続き
男「ずっと前から好きでした!」 後輩「……誰?」【後編】