先輩「あぁ? んなもんそこらへんのカップ麺でも食ってろよ」
後輩「もう無くなっちゃいましたよ。全部」
先輩「はぁああ? 何個か残ってただろ。イケル麺だかなんだか言うやつが」
後輩「今日のお昼の時点で残り一個でしたよ」
先輩「そうだっけ? まあ、そうなったら最後の一個食った奴がどうにかするのが筋だわな」
後輩「それ、先輩です」
先輩「……お前にもやっただろ」
後輩「一口だけですけど」
元スレ
後輩「ちょっと先輩!晩御飯どうするんですか!」
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1318157072/
先輩「……あ、明日は作るから。今日はなんか頼むよ。今日はどうもダルい」
後輩「あー、またそんなこと言って」
先輩「いや、本当だって」
後輩「約束ですよ! じゃあ、ほら、指きりしましょ」
先輩「えー、ガキじゃねーんだから」
後輩「何言ってるんですか! ほら指きりげんまん! 嘘ついたら針千本のーます!」
先輩「おい、パソコンやらせろ」
後輩「嫌です。今私がやってるでしょ」
先輩「どうせエロサイトでも見てんだろ」
後輩「まさか、先輩じゃあるまいし」
先輩「誰がそのパソコン初期設定してやったと思ってんだ」
後輩「ガッツリ共同作業でした。っていうか先輩横から文句言うだけだったじゃないですか」
先輩「チッ、もういい。寝るから消せよ。眩しいんだよ」
後輩「布団にでも潜ってりゃいいじゃないですか。あと目隠しとか」
先輩「……お前私のこと嫌いだろ」
後輩「そんなことないですよ? むしろ好きです。大昔のアラン・ドロンの次くらいに」
先輩「お前たまに真顔でわけのわからん嘘つくよな……」
後輩「せんぱぁ~い」
先輩「なんだよ、気持悪い声出すなよ」
後輩「あのぉ、ひとつぅ、お願いがあるんですけどぉ」
先輩「倫理学か? それとも社会心理学? あるいは法学概論とか?」
後輩「……なんだ、わかってるんじゃないですか」
先輩「お前がまともに後輩してるのは過去問とレジュメねだる時だけだからな」
後輩「まあまあ、後輩への過去問引継ぎは先輩の義務ですよ。公共政策論のノートあります?」
先輩「あー、あれレジュメ配んねーもんな。まあ、どっかにあんだろ。勝手に探せよ」
後輩「あざーっす!」
先輩「まあ、私は落としたけどな。カタキを討ってくれ」
後輩「……そのノート、役に立つんですか?」
後輩「ううぅう……ぎぼぢわるい……」
先輩「吐くなよ。おい、吐くなよ。何度でも言うぞ、吐くなよ」
後輩「いやぁ、大分やばいっす……うっ!」
先輩「うっ!?」
後輩「……まだまだぁ」
先輩「はぁ……なんでいっつも吐くまで飲むんだよ」
後輩「先輩が止めてくれないから……」
先輩「止めたよ何度も! そっからジョッキ2杯行った馬鹿はどこのどいつだ!」
後輩「いやぁ~、覚えてないですぅ」
先輩「まったくこのアル中女が……よし、これからは厳しくいくからな。今度は力ずくでも止めるぞ。お前のためだ」
後輩「せんぱいこわ~い……うっ」ダバー
先輩「……あー、もうっ、アホッ!」
後輩「日本をインドに!!」
先輩「……は?」
後輩「ノリ悪いなぁ」
先輩「な、なんの話だ?」
後輩「……もういいです。まあとにかく、カレーを作ります!」
先輩「おー、頑張れ」
後輩「で、カレーってどうやって作るんですか!」
先輩「……知らないのか?」
後輩「はい」
先輩「じゃあなんで作ろうと思ったんだよ……」
後輩「いやなんか急に大学生ならカレーだろ! という強迫観念に襲われまして」
先輩「わけわかんねーなお前は……」
テレビ「ワーワー」
先輩「あれ、このタレントって謹慎中じゃねーのか?」
後輩「もう解禁なんじゃないんですか?」
先輩「そもそも何やったんだっけ? 喧嘩か?」
後輩「覚せい剤とかじゃありませんでした?」
先輩「ヤクザとつるんでバクチ打ってたって気もしてきたぞ」
後輩「素人の人妻と不倫した、とかどうですか?」
先輩「提案されてもなぁ。……気になるな。おいちょっとネットで調べろ」
後輩「……あー、謹慎中なのって別の人ですね。多分」
先輩「……なんだよそりゃあ」
後輩「あー」
後輩「ねむいー」
後輩「ねむいよー」
先輩「……」
後輩「なぁあああー……」
先輩「寝ろよ!」
後輩「いやだって、今日起きたの十二時まわってたし、今寝たら確実にこの二日で起きてる時間より寝てる時間の方が長いことに」
先輩「別にいいだろ。ハムスターだって一日12時間寝るんだ」
後輩「げっ歯類と同じにしないで下さい!」
先輩「まあお前はハムスターよりはカピバラよりだけどな」
後輩「どういう意味ですか!」
後輩「先輩って足ほっそいですよねー」
先輩「うん。知ってる」
後輩「わぁー予想外」
先輩「そりゃ毎日お前の足とケツ見せられてたら、自分に自信も持てるってなもんだ」
後輩「なっ! 失礼な! 先輩こそ逆に言えば貧乳のくせに!」
先輩「はっ。チチなんかどうせ脂肪の塊だろーが。腹についてるのか胸についてるのかの違いだけで」
後輩「うわぁ、開き直ってるぅ」
先輩「んなもんでわーわー騒ぐ男のほうがおかしいんだよ」
後輩「……先輩、なんか過去にトラウマでも?」
先輩「なっ、ね、ねーよ! なんだよトラウマって!」
後輩「先輩、くわしくは聞きませんから……」
先輩「こらっ! なんだその哀れみを込めた目は! なんにもねーつってるだろ!」
後輩「先輩、ドイツ語教えてください。わけわかんないです」
先輩「無理」
後輩「いや、先輩第二言語ドイ語でしょ」
先輩「無理無理」
後輩「……あ、もう忘れたんですね、全部」
先輩「なにおう。こう見えても私は語学を落としたことはないんだぞ」
後輩「へー。じゃあ教えてくださいよ」
先輩「よぉーし。やー、いっひりーべでぃっひ」
後輩「ほうほう」
先輩「り、りーぷと、じーべん、どぅるひっ! えーっと……ツヴァイ!」
後輩「……いや、もういいです」
先輩「お前夏休みどうすんだ? 帰省すんのか?」
後輩「んー、めんどくさいなぁ。いや、盆くらい帰って来いとは言われてますけどね」
先輩「盆だけ帰るってもだりーな。それぐらいならいっそ来学期まで帰るだろ」
後輩「まあ、多分こっちでダラダラします」
先輩「そうか。じゃあ私もこっちにいるかな」
後輩「えー、せっかく一人でのびのびできると思ったのにぃ」
先輩「お前一人じゃ生活できねーだろ」
後輩「先輩の面倒見なくちゃいけないよりマシです。っていうかまるっきりこっちの言葉です」
先輩「なんだとー」
後輩「じゃあ、今日の晩御飯お願いしますね」
先輩「よーし、私に任せるなら晩飯はこのキャラメルだ。これと水で腹を膨らませよう」
後輩「……なんでインスタントカレーを無視するんですか」
先輩「じゃあ飯炊けよ。私が寝てる間に」
後輩「……やっぱり先輩一人じゃほっとけないです」
後輩「でぇ~、そのバイト先の人がすっごいカッコいいんですよぉ~」
先輩「……この間のコンビニ店員はどうした?」
後輩「いやぁ、なんかもうどうでもよくなっちゃいました」
先輩「本人のあずかり知らない所で勝手に惚れられて勝手に振られてちゃたまんねーなー」
後輩「別に惚れたとは言ってませんけどね」
先輩「それにしてもお前とっかえひっかえやれどこのどいつがカッコいい、あいつがカッコいい言ってるけど
一人もモノにしてきたことねーな?」
後輩「えー? まあなんていうか、見てるだけで満足しちゃうんですよねー。相手も私のことなんか知らないだろうし。
それに付き合いたいとかは……うーん……
まあ、思わないこともないですけど、わざわざ自分で動こうとは思いませんね」
先輩「んなこと言ってたら一生彼氏なんかできっこねーぞ」
後輩「先輩にだけは言われたくないです」
先輩「はぁ? どういう意味だよ!」
後輩「そのまんまですよ。……っていうか、先輩好きな人とかいないんですか?」
先輩「好きな人ぉ? いねーなぁ」
後輩「芸能人じゃ阿部寛が好きなんですよね。まさかあのレベルを求めてないですよね」
先輩「んなわけねーだろ。私だって現実くらいわかってるつもりだぞ。
そうでなくてもロクな男がいねーもんはしょうがねーだろ」
後輩「まー、先輩美人ですもんねー、そうそう釣り合う男の人なんていませんよねー」
先輩「……どんだけ棒読みだよ」
後輩「せんぱーい。ここ空いてますか?」
先輩「ん、おう。なんだ三人か?」
後輩「これ、いつも言ってる先輩」
男1「こんちわー」
男2「先輩って、廣田さんと相部屋の?」
先輩「これ言うな。なんだお前ら? 廣田の知り合いか?」
男2「藤原です。こっちが柳」
男1「サークルが一緒なんですよ」
先輩「ふーん、まあ座れや」
男1「あっ、じゃあとりあえずカバンだけ」
男2「俺らメシ買って来ますんでー」
後輩「私はお弁当だから、いってらっしゃーい」
後輩「しかし先輩相変わらずいっつも一人でご飯食べてますね」
先輩「うるせー」
男1「廣田の先輩、美人だったなぁ……」
男2「まあ、確かに美人だったけど、あの格好はどうなんだ?」
男1「すげぇダサかったなぁ……」
男2「なんか田舎のヤンキーみたい感じだよな。金髪だし」
男1「つっかけだし」
男2「いくら寮が近いつってもなぁ」
男1「ああいうの残念美人っていうんだろうな」
男2「でも残念美人って言葉は、もっとエロい身体のイメージだな。こう、色々もてあましてる的な」
男1「いや、全然分からん」
男2「どっちかっつーと廣田さんの方が近いよな」
男1「廣田、残念美人か?」
男2「美人は美人だろ」
男1「……ほっほー」
男2「なんだよその反応」
後輩「いだだだだだ無理無理無理無理」
先輩「お前どんだけ身体固いんだよ」
後輩「昔っからなんですよぉ。高校の体育テストでも長座体前屈マイナスでした」
先輩「いや、それは多分なんかの間違いだと……まあ、運動神経悪そうだもんなぁ、お前」
後輩「むぅ、そんなに言うなら、交代してください!」
先輩「別にいいけど、お前の助けはいらんぞ」グニャー
後輩「な゛ッ!!!」
先輩「まあ、これくらいはヨユーよ(ドヤァ」ガバァー
後輩「うわぁ、キモッ! え、なんかやってたんですか?」
先輩「こう見えても小学校の頃はバレエ少女だったからな」
後輩「へー! バレエ!? 凄い! 信じられない! 信じたくない!」
先輩「……喧嘩売ってんのか?」
後輩「んーんーんんーんーんんー」
先輩「おいどうした。苦しそうだな」
後輩「は?」
先輩「いや、あんなにうめき声をあげて……腹でも痛いのか」
後輩「なっ! 失礼な! 人の鼻歌をうめき声呼ばわりですか!?」
先輩「鼻歌ぁ? うそつけ。死にかけの牛にしかきこえねぇぞ」
後輩「なお悪くなってるじゃないですか!」
先輩「つーか何の曲だよそれ」
後輩「春よこい」
先輩「……」
ガタガタガタッ
後輩「うおわわわわわわわわわ!」
後輩「地震ですよ地震ですよ先輩地震ですよ!!!」ガシッ
先輩「知ってるよ……大騒ぎしすぎだ。あと離れろ。暑苦しい」
後輩「今のはでかいですよ! 震度5はあるかと!」ヒシッ
先輩「いや、私の勘では……2か3だな。ってか離れろっつーの!」
後輩「そんなことないですよ! テレビテレビ!!」
後輩「……」
後輩「あれっ」
先輩「な、3だろ」
後輩「あんなに揺れたのに!?」
先輩「この寮のボロさをわかってないな、お前は」
後輩「……ほんとに震度5がきたら潰れるんじゃないんですか、ここ」
先輩「……多分な」
男2「あれ、なんでこの人いるの?」
先輩「あぁ? この人ってなんだよ」
男2「あ、ごめんなさい」
後輩「先輩、去年落としたんですよね、58点かなんかで」
男1「えー、この授業楽勝だって聞いたから取ったんですけど」
先輩「楽勝だよ実際。私の知り合いで落とした奴いないもん」
後輩「……あの、なんでビミョーに誇らしそうなんですか?」
男1「あっ、じゃあ過去問とかあります?」
先輩「さぁー、探したらあるだろうけど、まさかタダとか言わねーよな」
後輩「柳君、私が先輩から奪ってくるから大丈夫だよ」
先輩「こら、勝手なマネすんなよ。私の貴重な昼飯を邪魔すんな。ここから何食分稼げるかの勝負なのに」
男2「……なんか怖い人だな」
後輩「まだまだ、こんなの猫被ってるよ。本性はもっとこう、蛇に近い」
先輩「聞こえてんだよ」
後輩「……せんぱーい」
先輩「……あー?」
後輩「ちょぉおー暇っすー」
先輩「へぇ、お前と意見が合うとは珍しいな」
後輩「なんかお話してー」
先輩「昔々あるところにおじいさんとおばあさんがいました。二人はとても仲がよく、同じ日に大往生を遂げました。おわり」
後輩「……ひどすぎる」
先輩「お前こそ、なんか暇つぶし考えろよ」
後輩「……ゴリラ」
先輩「いやそれ普通はリンゴとセットだろ……ラクダ」
後輩「ダライ・ラマ」
先輩「……マッコウクジラ」
後輩「らんら、らんら、るーんるーん。あー、んがついちゃったー」
先輩「……なんだそりゃ」
男2「先輩と廣田さんって声似てますよねー」
後輩「はぁ?」
先輩「そうかぁ?」
男1「あー、言われてみれば」
男2「口調が違いますけど、そこ直したら聞き分けつきませんよ」
先輩「そんなことはねーだろ」
後輩「そうそう、そんなことはねーだろぉ」
男1「おー。これ電話でこっそり入れ替わっても気づきませんよ」
先輩「マジかよ。よぉーし、じゃあ今度こいつにかかってきた電話に勝手に出てやろう」
後輩「ちょ、やめてくださいよ、そんなこと」
先輩「そんでもってここではとても口に出しては言えないあんなことやこんなことを……」
後輩「こら! もし本当にやったらこっちもやりますよ!」
先輩「冗談だよ」
後輩「先輩の場合、なんか冗談に聞こえないんですよ!」
ゴォオオオオオ
後輩「た、たらいまぁ……」
先輩「おお、大丈夫……じゃなさそうだな」
後輩「死ぬかと思いましたぁ……台風今何処ですか?」
先輩「もうすぐ上陸するぞ。直撃コースだ」
後輩「ひぃい。と、とりあえずお風呂入ってきますぅ…」
ギシギシギシ
後輩「……なんか、この寮ヤバイ音してませんか」
先輩「こんなもんだろ」
ミシミシミシ
後輩「か、風で揺れてますよ!」
先輩「そうだなぁ」
後輩「大丈夫なんですかここ……」
先輩「さあ……」
後輩「さあって……」
後輩「でも、台風が来た時って、なんかわくわくしませんでした?」
先輩「相変わらずガキっぽいなぁお前は」
後輩「子供の頃の話ですよ!」
先輩「まあやっぱり、普段と違うからな。非日常ってのは楽しいもんだ」
後輩「学校が休みになりますしね!」
先輩「……大学になるとあんまりうれしくないけどな」
後輩「……どうせ補講ですもんね」
パッ
後輩「うぎゃぁあああああああああ!」
後輩「せ、先輩! どこですか! せんぱぁあああああい!! あっ、いた!」ガシッ
先輩「うるせーな。停電しただけだろ」
後輩「うわあああああああああん! 暗いの怖いよぉおおおおおお!」ヒシッ
先輩「……お前、それ演技だろ」
後輩「あっ、バレました?」
先輩「おうおう兄ちゃん、金出しなー」
男1「はっ、な、なんすか?」
先輩「オラ、ジャンプしてみろよ。ポケットにも小銭入ってんだろ」
男2「こえー、カツアゲだぁ」
後輩「えー、要するに先輩の今月の食費が大ピンチということです」
先輩「このままじゃあ、こいつなんかに金を借りることになる。オラ、金だよ金」
男1「いや、普通に廣田に借りればいいじゃないですか」
男2「俺ら関係ないっすよ」
男1「部外者っすよ」
先輩「なに言ってやがる。こう見えても私こいつに結構奢ってるんだぞ。酒とか酒とかビールとか」
後輩「いや、私その分ちゃんとお返ししてますから。ギョーザとかチャーハンとかラーメンとか」
先輩「サークルメンバーの責任は連帯責任だろぉ?」
後輩「あっ、聞いてない」
男1「いやぁ、うちはそんなおカタイところじゃないんでぇー」
先輩「固かろうが柔らかかろうが関係ねーんだよ。こいつがお前らを連れて来た時点でもう変えられない運命なんだよこれは」
男1「そんな無茶な……」
男2「……大変だな、廣田さん。あの人と四六時中一緒って」
後輩「あ、分かる?」
先輩「なんだお前らその目は。なに若干かわいそうなひとを見るような目で見てんだコラ。同情するなら金をくれじゃねーんだよオイ」
後輩「先輩、猥談でもしましょうか」
先輩「藪から棒どころかミサイルが出てきたレベルの振りだな」
後輩「……い、いきなりそっち系の下ネタですか?」
先輩「……」ピキピキ
後輩「……ごめんなさい」
先輩「実際なんなんだよいきなり」
後輩「いや、今日柳君達が女同士の猥談ってエグいんでしょ、とか言ってまして。よしここは一つ男の馬鹿な夢をかなえてやろうかと」
先輩「意味わかんねー」
後輩「そういうわけで、さあっ」
先輩「……いや、さあっ、って言われても」
後輩「ここは年上の先輩がリードしなきゃダメですよ!」
先輩「よし、寝ろ」
後輩「えー」
先輩「そういう話なら、ベッドの中でたっぷり教えてやるよ……」
後輩「……ベッドありませんけど」
男1「キャッキャッ」
男2「ウフフ」
後輩「キャッキャッ」
男2「ウフフ」
先輩「おうおう、てめーら楽しげになに相談してやがる」
後輩「あっ、先輩。サークル旅行の計画です」
先輩「……」スッ
男1「すげー、俺無言で真顔で中指立てられたの初めてだ」
先輩「死ね」スッ
男2「死ねって言われながら両手クロスで中指立てられたのも初体験です」
後輩「なんですか? 先輩行きたいんですか?」
先輩「だぁれが行くかよ。お前らみたいな馴れ合いサークルの旅行なんざ」
男1「いや、今から入ってもらうってのも全然アリですよ。メンバーは多い方がいいし」
先輩「やーだねー。っていうかそもそもお前らどういう活動してんだよ」
男1「グッ……!」
男2「オゥフッ……!}
後輩「ミギャァッ……!」
先輩「……おう、思ったよりもクリティか」
男1「い、一応英語系の……」
先輩「おら、目ぇ見て話せや」
男2「実際、校内でダラダラしてあとたまに飲み会行ってるだけだよな」
後輩「サークルと言えるかどうか非常に微妙なとこです」
先輩「やっぱりな……」
男1&2「じゃー、また」
後輩「またね」
先輩「……なあ」
後輩「なんですか?」
先輩「ヤリサーじゃねぇだろうな」
後輩「なっ、そんなわけないじゃないですか!!」
先輩「誰ともやってねぇんだな?」
後輩「やってませんよ! いくら先輩とはいえ怒りますよ!」
先輩「……じゃあ、いいんだ」
後輩「まったく!」
先輩「そう怒るなよ。今日の晩飯私が作るからさ」
後輩「ぷんぷん!」
先輩「……やっぱ、ヤメだ」
チャプチャプ
後輩「細っ」
先輩「知ってる」
後輩「白っ」
先輩「知ってる」
後輩「すっべすべ」
先輩「……知ってる」
後輩「薄っ」
先輩「どこがだコラ」
後輩「じ、上下」
先輩「……テメー、沈めんぞ」
後輩「い、いやぁ、よく見たら下はそんなに薄くは……」
先輩「……本気で絞めるぞコラ」
後輩「っていうか当たり前ですけど……髪は金髪でもそっちは黒いんですね」
先輩「……んなとこ染めるほど馬鹿に見えんのか? 私が。っつーか、よく見んな! 気色悪い!」
後輩「いやぁ、こうやって一緒にお風呂に入りでもしないと先輩の全裸なんか拝めませんからねぇ」
先輩「拝まんでいい!」
後輩「あー、照れてるー」
先輩「……」
先輩「沈め!」バシャッ
後輩「がばっ!? ごぼば! ばぼばがばっ!」バシャバシャ
後輩「がぼばばっ……! ぶはぁ! 殺す気か!!」バッシャーン
先輩「馬鹿は死んでも治らないって言うだろ」
後輩「じゃあ尚更殺す意味ないでしょ! もーう許さん! おかえしだー!」バシャッ
先輩「あっ! こら! やめがごぼばっ!」バシャバシャ
後輩「ちょっと、狭いですったら」
先輩「いいじゃねーか。寒いんだよー」
後輩「自分の布団があるでしょ。一人で寝なさい!」
先輩「これもかけたらもっとあったかいだろー」
後輩「ちょっと、あんまりくっつかないでくださいよ」
先輩「あったけー」
後輩「まったくもう……先輩?」
先輩「スー…」
後輩「早っ」
後輩「……」
後輩「ま、確かにあったかいか……」
後輩「……おやすみなさい」
先輩「うん、おやすみ」
後輩「わっ!」
先輩「はっはっはー、寝たと思った?」
後輩「おとなしく寝てくださいよ……」
後輩「ひぃいいいいいい」チラッ
先輩「……」
後輩「ひゃぁあああああ。きゃぁあああああああ」チラッ
先輩「……」ボリボリ
後輩「こらっ! 後輩が悲痛な叫び声をあげてるんだから、お尻掻いてないで振り向くぐらいしたらどうですか!」
先輩「ああ、悪い。F級ホラー映画でもやってるのかと思った。どうしたんだ? ゾンビでも出たか?」
後輩「れぽぉおおおとがぁああああ、おわらないんですぅうううううう」
先輩「そうか。よし、わかった。わかったわかった。うん、わかった」
後輩「たすけてくださぁいいいいいいい」
先輩「どう助けろって言うんだよ」
後輩「代わりに……」
先輩「はいボツ」
後輩「……ご飯」
先輩「……チッ」
後輩「やったー!」
後輩「あ゛~……」
先輩「お、38度6分。大台乗ったな。この分だと39度あるぞ」
後輩「死ぬぅぅ~……」
先輩「死なねーよ。ちょっと風邪ひいたくらいで大げさな。……医者行くか?」
後輩「ん~……いや、出かけるのもしんどいです」
先輩「そうか? じゃ、この薬箱らしきものに入っていたわけのわからん風邪薬っぽいなにかでも飲むか?」
後輩「……大丈夫なんですか? それ」
先輩「使用期限が……去年の8月か。そろそろいい具合に熟成して飲み頃だな」
後輩「……やめときます」
先輩「しょうがねーなー。買ってきてやるよ、クスリ……なんか他にいるもんあるか?」
後輩「果物と、ゼリーとアイスと……快気祝い用にいい肉とビール。あ、やっぱワイン。赤。いややっぱりロゼ」
先輩「調子乗んなコラ。ま、その分なら大丈夫そうだな……けど、帰ってくるまでちゃんと寝てろよ。ほら、冷えタオルも乗せとけ」
後輩「先輩……優しい」
先輩「……バーカ、さっさと治ってもらわねーと私にうつされんだろーが。バーカバーカ」
後輩「ふふ……」
後輩「不味いですねーこのサラダ。芯しか入ってませんよ」モグモグ
先輩「死ぬ」
後輩「え、そ、そこまで不味くはないかと……」
先輩「どうせ私なんてこの世に必要ない存在なんだ……」
後輩「ちょっと、どうしたんですか?」
先輩「誕生日だというのにだれも祝ってくれるわけでもなく、プレゼントをくれるわけでもなく……」
後輩「……いや、あの、誕生日なんて聞いたこともないんですけど。今日なんですか」
先輩「ああ、今日が誕生日だと自分でアピールする女のなんと醜いことよ……だが、それが真実……」
後輩「えーっと、じゃあ、おめでとうございます」パチパチ
先輩「……終わりか?」
後輩「ダメですか?」
先輩「もっとこう、生まれてきてくれてありがとう御座います! とか、今日を国民の休日にしましょう! とかあんだろ」
後輩「特に後者はないっすねー」
先輩「あと、ごめんなさい! すぐプレゼント買ってきますから! 何がいいですか? 予算10万までOKです! とかよ」
後輩「いやぁ、もう何もかもないっすねー」
先輩「……チッ、もういいよ」
後輩「いや、あの……本当におめでとうとは思ってますよ?」
先輩「あーあ、下手な慰めはいらねーよ」
後輩「と、言うわけで、先輩があんまりスネるもんだから、一日遅れでパーティーです」
男1&2「お誕生日おめでとうございます!」
先輩「おうおう者ども今日はよく来てくれた。さ、さ、ゆるりと楽しむがよい」
男1「よぉーし飲むぞぉー」
男2「……ケーキにビールは流石にどうかと思うんだけど」
後輩「えーでは、プレゼントタイムです!」
男2「早ッ」
先輩「ほっほっほ、下々の者にこんな気遣いをさせて悪いのう。だが、せっかくの気持、受け取っておこうかのう」
後輩「皆で色々話し合った結果……これです!」
男1&2「ワーワー」
先輩「ほっほっほ、なにかのう。楽しみじゃのう。開けるぞよ。どらどら……」
肩叩き券
先輩「……わりゃぁああああああ!」ガシャーン
3人「ひぃいいいいいいい!」
先輩「コロス! 絶対コロス! 皆殺しだぁああああああ!」
後輩「……ごめんなさいですってば」
先輩「……」
後輩「ホントに時間がなかったんですよぉ」
先輩「……」
後輩「まあ、あの激怒の状態で食べ物の乗ってる机はちゃぶ台返ししなかったあたりさすがというか……」
先輩「……」
後輩「……あの、これ」
先輩「……あ?」
後輩「前、先輩が欲しがってたCDです。その……あとで渡すっていう作戦で……」
先輩「……それ、もう自分で買ったよ」
後輩「えっ……」
先輩「まったく……何もかもが段取りわりぃんだよ」
後輩「……ごめんなさい」
先輩「……ふう」
先輩「まあ、いいって。私だっていきなり誕生日だなんて言って悪かった。暴れたりして大人気なかったな。
他にも色々……まあ、それなりに反省してるよ。こうやって、祝ってくれるだけでも嬉しいから。……ありがとうな」
後輩「せ、せんぱぁい……」ポロポロ
先輩「こ、こら、泣きながら抱きつくな!」
後輩「だいすきですぅうう~」
先輩「や、やめろ! 気持悪いんだよ! こら! 放せ!」
後輩「どひぃいいいいいいい」
先輩「……」
後輩「のぉおぁああああああああ。どぇええええええええ」
先輩「うるっせぇんだよ!」ブンッ
後輩「痛い! ちょっと先輩! 悲痛な叫びをあげている後輩に箱ティッシュ投げつけるってどういうことですか!」
先輩「レポートぐらい黙ってやれ!」
後輩「だってもうカツカツなんですよぉおおおお」
先輩「だからちょっとは計画的にやれと……あ? なんだよお前この授業諦めるって言ってたじゃねーか」
後輩「ええ、多分出席足りないです」
先輩「じゃあ、なんでレポート書いてるんだよ!」
後輩「え、いや、なんとなく……せっかく資料集めたし……ちょろっと書き始めたし……ひょっとしたら単位あるかも……」
先輩「その分の時間が無駄だろうが! 他にもあんだろレポートとかテストとか!」
後輩「まあ、そーなんですけどぉ、私って一旦やるって決めたら、もうやらなくてもよくなっても、やらないと気持悪いんで……」
先輩「はぁ? なんだそりゃ。損な性格だなそりゃぁ」
後輩「真面目って言って欲しいなぁ」
ガラッ
先輩「ただい…? おいなんでこんな暗……」
シーン
先輩「……ああ、あいつサークル旅行か」
先輩(まったく、自分ばっかり遊びやがって)
先輩「飯めんどくせーなー」
ティッティロティッティロティッティロティーン
先輩(あ? メール?)
後輩《先輩! ご馳走です!!》
先輩「……あのヤロー、カニ食ってやがんのか」
先輩「こちらときたら……」
ワカメラーメン
先輩「……《死ね》っと」
先輩「あー」
先輩「……寒」
テレビ「おおロミオ! どうしてあなたはロミオなの!」
テレビ「そう、私はロミオ……私はモンタギュー……これは変えられない運命……!」
テレビ「ああ! なんて恐ろしい運命!」
先輩「……」ボケー
テレビ「……だがしかしロミオとは世を忍ぶ仮の姿! 私の本当の名前はアルセーヌ・ルパン! 秘宝アイヌの涙を狙っていたのだ!」
テレビ「なにぃっ! キサマ謀ったな! このジュリエットを愚弄するとは、許さん! 肉団子にしてくれる!」
テレビ「はははは! そうこなくてはな!」
先輩「……なんだこりゃ」
先輩「ひどすぎる……」ボリボリ
先輩「……」
先輩「何故このひどさを直子と共有できない……! なんて恐ろしい運命……!」
先輩「……早く帰ってこないかな」
テレビ「ふはははは! さらばだ明智君! また会おう!」
後輩「先輩、ただいま帰りました!!」
先輩「おー、思ったより早かったカニ。外は寒いカニ。さあおこたに入るカニ」
後輩「……先輩、そんなにカニのこと妬んでるんですか?」
先輩「私は同じ八本足でもクモが笹船だとしたら、カニはノアの箱舟だというくらいに好きなんだ」
後輩「いや、全然伝わってこないんですけど」
先輩「お前今日からご飯を一粒ずつ数えて食え。そして一口ごとに私だけカニさまを食べてごめんなさいと言え」
後輩「まったく、そんなこと言ってるとお土産あげませんよ」
先輩「はっ。土産ごときで懐柔される私と思ったか。さあ早く出せ。さあ一刻も早く」
後輩「ふっふっふ、単純ですねぇ。はいっ! これです!」
先輩「なんだこりゃ? やたらでかいし、重いし……開けるぞ」
先輩「……」
でっかいカニの爪の置物
ガッ ブンッ ブンッ
後輩「ちょっ! あぶな! 振り回さないで下さいそんなもん!」
先輩「死ね! やっぱり死ね!」
後輩「た、高かったんですよそれ! いやぁー! 殺されるぅー!」
後輩「あー、頭いたー……飲みすぎたぁ……」
後輩「あ、先輩だ。おーいせんぱ……」
男3「ペチャクチャペチャクチャ」
先輩「ははは、馬鹿じゃねーのかそいつ」
男3「ナンダカンダナンダカンダ」
先輩「ひでーなそりゃー」
二人(笑)
後輩「……」
後輩「……誰だろう?」
後輩「楽しそうだな……」
後輩「むむむ……」
後輩「なんだこの気持ちは……」
後輩「……二日酔いかな?」
後輩「先輩、今日誰と話してたんですか?」
先輩「あ? なんの話だよ」
後輩「ほら、お昼ごはんの時、食堂で」
先輩「昼飯ん時……?」
後輩「……」ゴゴゴゴゴゴゴゴ
先輩「お、おい。なんだその殺気は。一体どうしたんだ」
後輩「……なんか、知らない男の人と……」
先輩「あー?……あー。はいはい。そういや今日はあれと飯食ったんだっけか。忘れてた」
後輩「誰なんですか?」
先輩「ゼミの奴だよ。名前忘れたけど。今度の発表で組んでるから、その打ち合わせだよ。奢るっつーからさ。
なんだ見てたのか? 声かけりゃあお前の分も奢らせたのに」
後輩「ふーん……」
先輩「なんだよその態度」
後輩「別にぃ……」
先輩「……変な奴だな」
後輩「えーっと、だからですねぇ、柳君が先輩のことが好きで、林さんが柳君のことが好きで、高田君が林さんのことが好きっていう状況です」
先輩「待て、誰だハヤシとかタカタって」
後輩「サークルの人です。それで、林さんが会ったこともない先輩に敵対してて、一方高田君が面識もない先輩の味方です。
あと私と藤原君が中立です」
先輩「なんなんだよそれは……」
後輩「要するに三重の片思いが生み出したサークル内抗争です」
先輩「勝手に人のことをややっこしい人間関係に巻き込んでんじゃねぇよ!」
後輩「別に私が巻き込んだわけじゃ……というか、おかげでなんか変な雰囲気なんですよぉ。うちのサークル」
先輩「知るかよそんなもん! 私はカンケーねーだろ!」
後輩「いやぁ、柳君、先輩に紹介する前は林さんとそこそこいい感じで、皆付き合ってると思ってたんですけど
そうでもなかったみたいで。でも林さんはそのつもりだったみたいで、先輩が寝取ったみたいに思ってるみたいで」
先輩「いやだから知らねーっつーの! 誰が寝取るかあんな男!」
後輩「それで林さんが一度会わせろとか言ってるんですよ。会ったら先輩のこと刺しかねない勢いで」
先輩「はぁ? なんだよそれ」
後輩「多分寮のこと知ってるから、下手すりゃ待ち伏せされますよ」
先輩「冗談じゃねぇーよぉー……」
女「……」
男1「……」
男4「……」
後輩「えーっと……」
男2「せっかく先輩来てくれたんだし、ここは皆お互い自分の考え言っちゃおう……よ?」
女「……抜け抜けとよく来れたもんね」
男1「……先輩に失礼なこと言うなよ」
女「ハァ? そもそもこの女のせいじゃん。なんかややこしくなったの」
先輩「……こっちの台詞だっつーの……」ボソッ
男1「それはお前、勝手すぎるだろ」
女「だって、実際そうじゃん」
男2「いきなり不穏な空気ですなぁ……」
後輩「嫌な予感しかしないよ……」
女「だから、この女が全部の原因でしょ。それは間違いないじゃん」
男1「先輩は関係ねーよ。お前が勝手に感情的になってるだけだろ」
女「ハァ!? アンタ、よくその口で言えんねそれ?」
男1「何がだよ。言っとくけど、俺も関係ねーよ。別に俺が誰を好きでも勝手だろ」
女「勝手に好きとか嫌いとか知らないけど、それで周りを振り回さないでって言ってんの!」
男1「振り回してんのはそっちだろうがよ!」
女「ナニ!? その言い方ぁ!?」
男2「ま、まあまあ二人とも、冷静に冷静に」
男4「……あの、なんか俺ここに居辛いんすけど」
後輩「……頑張って」
女「とにかく、もう柳君に会わないでもらえます?」
男1「だからさ、なんでお前がそんなこと言うわけ? 関係ないって言ってんだろさっきから」
女「関係なくないの!」
男1「関係ねーよ! なんでお前はいつもそんな勝手なんだ! 先輩に謝れよ!」
女「そっちこそ謝ってよ!」
男1「先輩、謝ることないっすよ! こいつちょっと今頭いっちゃってますから!」
女「いっちゃってるぅ!? 本気で喧嘩売ってんのぉ!?」
男1「お前落ち着いて自分の発言考えてみろよ!」
男2「どうーどうーどうー。両者クールに行きましょ。クールに。ね?」
女&男1「お前は引っ込んでろ!!」
男2「うーゴメンナサイー……」
男4「……あの、っていうかなんで俺が林さんのこと好きってバレてんの?」
後輩「いや、それは見れば……」
皆「ワーワーギャーギャー」
先輩「……おいコラ」
後輩「せ、先輩?」
先輩「さっきから傍から見てりゃぁ、ギャーギャーギャーギャーピーチクパーチク何わけわかんねぇこと言ってんだ?
青春喧嘩ごっこなら、私抜きで自分らだけでやれや」
女「はぁ? 青春喧嘩ごっこぉ? なにそれぇ? なにキレてんですかぁ?」
先輩「とりあえずテメーは人を逆恨みする前に、そのからっぽの頭ん中どうにかしろや。
自分が他人にどう思われてるのかぐらいちったぁ察しろ。空気を読め」
女「なっ、なっ……」プルプル
先輩「それからえーっと、高、高……高島?」
男4「……高田です」
先輩「ああもう、誰でもいいんだよ。お前こんな女のどこに惚れてんだ? 理解できねー。
さっさと見切りつけて新しいの見つけろ。つーか女見る目ねーんだよお前」
男4「……初対面で、随分な言いかたっすね」
先輩「それから、柳。お前もお前で人の気持ちは考えろ。お前一人の問題じゃねーんだ。
あと、私はお前にこれっぽっちも興味がないから諦めろ」
男1「……えっ」
先輩「以上。……もう帰るぞ私は」
後輩「あっ、ちょっと先輩! 待ってください! じゃ、じゃあ、あとはよろしく!
柳君はざんねん! っていや、うん、なんていうか……ごめん!」ダッ
女「な、なんなのよあの女ー! ムッカつく! ムカつくムカつく!」シュッポーシュッポー
男4「ちょっとひどいよねぇ……」
男1「……」ウルウル
男2「……やっぱり怖い人だな」
後輩「……先輩?」
先輩「……あ?」
後輩「ヘコんでます?」
先輩「……なんで私が」
後輩「いやー、だって、先輩別にあんな憎まれ役になる気じゃなかったんでしょ」
先輩「……」
後輩「みんなと、ちゃんとした穏やかな人間関係作りたかったんじゃないですか? わざわざ全員で話し合いとか提案して」
先輩「……んなわけねーだろ」
後輩「……なんか、先輩が友達少ないのも納得です」
先輩「……喧嘩売ってんのか?」
後輩「不器用なんですよね。色々と」
先輩「殴るぞ。本気で」
後輩「でも、私はちゃんと先輩のことよくわかってますから。そこらへんは安心してください」
先輩「……」
後輩「先輩が、本当は優しい人で、みんなと仲良くしたいだけってのは、よく知ってますから」
先輩「……」
ゴッ
後輩「いったーい! ちょっと! 今私いい話してたんですけど!?」
先輩「警告はした」
後輩「前言撤回! やっぱり単なる鬼です先輩は! 悪魔!」
先輩「……つーかよぉ」
後輩「悪魔の言葉は聞きません! 立ち去れ! 立ち去れ!」
先輩「お前、なんか前一度私が男と飯食ってるの見てキレてたけどさぁ」
後輩「……そんなことありましたっけ?」
先輩「柳が私のこと好きってのは別によかったのか?」
後輩「……ちょっと意味わかんないんですけど」
先輩「いや……別にいいんなら、いいんだけど」
後輩「まあ、柳君は知ってる人だし……」
先輩「……あ、そう」
男2「いやぁー、一時はどうなることかと思ったけど、先輩を共通の敵にして、なんか仲良くなっちゃったね、あの3人。柳は泣いてたけど」
後輩「これでいいのかなぁー……」
男2「いいんじゃない? ま、どっちと付き合うかでまたモメそうだけど」
男2「……しかしまあ、羨ましいねぇー。三人とも、なんだかんだで青春真っ只中だねぇー」
後輩「あれが青春?」
男2「三角関係、いや四角関係の片思い、あれが青春じゃなくてなんなんだよ」
後輩「それもそっかあ」
男2「……ま、かく言う俺も一応その末席を汚してはいるかなぁー」
後輩「……えっ?」
男2「いやぁ、まあ、なんつーか、一言でいうなら、あれだよ。あれ」
後輩「どれ?」
男2「えー……好きです。付き合ってください」
後輩「……はぇ?」
男2「えーっと、言葉まんまです。そのまま受け取ってください」
後輩「ほぇぇえええ?」
後輩「せんぱーい……」
先輩「なんだよそのダルい声。寝ぼけてんのか?」
後輩「私……藤原君に告られちゃいました」
先輩「はぁっ!? マジかよ?」
後輩「マジマジです」
先輩「ふーん……え、で?」
後輩「で、って何がですか?」
先輩「いやだから、返事だよ。付き合うのか?」
後輩「いや……ごめんなさいしました」
先輩「えっ? なんで? お前確か藤原のことカッコいいーとか言ってたじゃねーか」
後輩「いや、顔はカッコいいと思いますよ。でも、なんていうか、なんとなく……」
先輩「なんとなくじゃ理由になんねーだろ!」
後輩「いやだって、そういう風に返事したから……」
先輩「はぁあ? ひどくね? それは」
後輩「んー、なんていうかですねぇ、告白されたとき、藤原君とそういう関係になってデートしたりキスしたりとかが
一切合切これっぽっちも想像できなかったんですよね。だから、断りました。それだけです。いやマジで」
先輩「……よくわかんねーな。これからのことだろそれは」
後輩「えー、それでこれからもお友達でいましょーとかなんとか言ってぇ、別れてからそりゃ無理だろなぁーって思って
そう考えたらマズッたかなぁとか思えてきて、ビール買ってきてテキトーに飲んで、風呂も入らず布団に入って至る現在、です」
先輩「……お前、ちゃんと考えたのか? その場のノリとか、返事考えるのが面倒くさいとかで断ったんじゃねーだろうな?
そんなんじゃ、相手にも失礼だし、お前にとってもよくないぞ」
後輩「そんなことありませんよ……あ、やば、面倒くさいから、とは言ったかも」
先輩「……ひでぇ」
後輩「だって……本音なんですもん。友達としてはいい人だけど、付き合うのは……」
先輩「お前のサークルん中じゃ、割とまともな奴だったのに、可愛そうに」
後輩「……先輩は、私がOKした方がよかったんですか?」
先輩「……いや、そういうわけじゃねーけど」
後輩「……でも、あー、なんだろなー、この気持ちは。変な感じだなー」
先輩「……やっぱり、後悔してるんじゃないのか? そんな風にテキトーに断ったこと」
後輩「後悔じゃ……ないです。でも……藤原君、こんな返事されるとは思ってなかった、とか言ってて。
断られるにしても、もうちょっとくらいはこっちのこと気遣ってくれると思ってたとかなんとかほざき倒しまして。
あ、なんだ、私のこと分かってなかったんだなーって、思って。私のことそんないい人だと思っててバカだなーって。
うーん、やっぱりこいつ、私のこと好きだなんて言っといて、私じゃない誰かのことが好きなんだなーとか
こいつが見てるのはどの私なのかなー、本当の私も見て欲しいなーとか、そんな感じで」
先輩「……」
後輩「っていうか、私って普段みんなにどんな感じなの? とか」
後輩「むしろ、本当の私って? みたいな」
後輩「とかなんとか言っといて、結局私単にヤな女? とか」
後輩「そういうわけで……色々もやもやです」
先輩「……」
後輩「なんか……フッたのにフられた気分です」
先輩「最悪じゃねーか」
後輩「いやぁー、プラマイゼロでしょ」
先輩「最悪だよ」
後輩「……」
先輩「……」
後輩「あの……もうちょっと、くっついてもいいですか?」
先輩「……ああ」
後輩「ついでに、撫でてください」
先輩「……」ナデナデ
先輩「……もういいか?」
後輩「……泣いてないです」
先輩「いや、それは知らん」
後輩「……やっぱり泣きます」
先輩「いやだから知らんっての」
後輩「……私は……先輩が私のことを見てくれてたら、それでいいです」
先輩「……」
後輩「……寝ます」
先輩「ああ」
後輩「ほっほーう、これが噂のリクルートスーツですか」
先輩「社会と会社という名前の牢獄に投獄された囚人の囚人服だよ」
後輩「うわぁ、先輩がこんなの着るのヤダなぁ……なんか」
先輩「しょうがねーだろ」
後輩「しかし……髪が黒い先輩がこんなに違和感があるとは」
先輩「いやだからしょうがねーんだっつーの」
後輩「うーん、先輩がこれから就活とは……イメージが……」
先輩「……しょうがねーんだよ」
後輩「現実は厳しいですねぇ」
先輩「本当に厳しいのはこれからだよ」
後輩「……なんか、変な感じに寂しい」
先輩「……そうだな」
先輩「なんだよその袋」
後輩「えっへっへ、いいもの買ってきましたよ!」
先輩「……おっ、カニじゃねーか」
後輩「年末ですしね! ここはちょっと張り込みました!」
先輩「たまにはお前も気が効くな。よし、鍋しようぜ鍋」
後輩「その前に……」スッ
先輩「……なんだよその手は」
後輩「お金、半分出してください」
先輩「……前言撤回」
先輩「……なあ」
後輩「なんですか」
先輩「鍋、ちっちゃくね?」
後輩「まあ、一人鍋用の鍋ですから」
先輩「思いっきりはみ出してるじゃねーか」
後輩「鍋、この間割れちゃいましたもんね。っていうか割りましたからね、先輩が」
先輩「これじゃ火も通らねーぞ」
後輩「仕方ない、切りましょうか」
先輩「味が流れちまうだろーが」
後輩「仕方ないでしょ」
ギシギシ
後輩「せんぱーい! 硬くてきれませーん!」
先輩「そんななまくら包丁使って、のこぎりみたいな切り方してちゃあ、無理だろ」
後輩「じゃあ、どうすりゃいいんですか!」
先輩「えー、だから……こうやって包丁をあてて、刃の背の部分をなんかで叩けばいいんだ」
後輩「なんか叩くものありましたっけ……」
先輩「うーん……」
ガサゴソ
先輩「お、ハンマーがあったぞ」
後輩「……なんでそんなものが」
先輩「うってつけじゃねーか、さあ、これで一思いにやれ!」
後輩「よーし、行きますよ……おらぁあああああああああ!」
ガツンッ!
後輩「あっ! ほら先輩、切れましたよ!」
先輩「……そこまで力入れなくてもいいだろ」
後輩「先輩先輩、み……三宅君と、は……は某さんがですね」
先輩「あのな、物語を始めるときはまず登場人物の紹介からはじめよう。な?」
後輩「うちのゼミの人です。で、それでですね今日三宅君と、はなんとかさんが……」
先輩「……ゼミ員の名前ぐらい覚えようぜ」
後輩「ゼミでいきなり結婚宣言しまして! 既に婚姻届も出したとかでして!」
先輩「へー」
後輩「……うっすい反応ですね」
先輩「だって知らないもんそいつらのこと。心底どうでもいいんだけど」
後輩「前々から同棲しててデキ婚だそうでして! もう大騒ぎですよ!」
先輩「ふーん」
後輩「……あの、もうちょっとなんかないですか?」
先輩「ない」
先輩「……お前さ」
先輩「もし私が誰かと同棲しだしたらどうする?」
後輩「はえ?」
先輩「いやだからさ、私がここから退寮して、どっかの男の家に転がり込んだらどうする?」
後輩「……ほえ?」
先輩「……なんだその反応」
後輩「え、ちょっと待ってください。整理しますので……」
先輩「そんなに複雑なこと言ったか……?」
後輩「えーっとえーっと……はぁあああああああああああ!? なんすかそれー!?」ガッ
先輩「お、おおおいおいおい、ちょちょちょちょっと待て!」ガクガクガク
後輩「誰と!? どこの馬の骨野郎の家に!?」ガクガクガク
先輩「まままてまてままて! そそんなわけねねねーだろろ! ももももしもの話だだだろうががが!」ガクガクガク
後輩「本当ですか! 本当なんですね!! そんな男はいないんですね!!!」ガクガクガク
先輩「いいいいねーよよよ! いねねねーからゆゆ揺さぶるるるるのをやややめろろろぉおお!!」ガクガクガク
後輩「……ごめんなさい」
先輩「あ、あたまがくらくらする……お前、なんだよその反応?」
後輩「い、いや、自分でもなんか良くわかんないです……」
先輩「意味わかんねーな……」
後輩「……先輩、本当に私をおいて出てったりしないですよね?」
先輩「しねーよ。何回言わせるんだよ。つーか、なんでそんなに過剰反応するんだよ」
後輩「……私一人じゃ生きられませんよぉ」
先輩「……お前な」
後輩「……」
後輩「……もし、そんなことになったら」
後輩「……先輩を刺してでも監禁してでも止め」
先輩「い、いやいやいやいや!」
後輩「じ、冗談ですよ!?」
ガラッ
後輩「あ、先輩。おかえりなさい」
先輩「……」
後輩「どうしたんですか? なんか、随分疲れてるみたいですけど」
先輩「……いや、別に」
後輩「今日の面接どうでした?」
先輩「……」
後輩「えっと、ご飯は?」
先輩「……食べる」
後輩「じゃあ、すぐなんか作りますね」
後輩「……」モグモグ
先輩「……」モグモグ
後輩(こんなに落ち込んでる先輩って……初めて見たな)
先輩「……今日、グループ面接の時に高校の知り合いに会った」
後輩「えっ、偶然にですか。凄いですねそれは」
先輩「……そいつ、高校卒業するときに、ミュージシャンになるとか言ってたんだよな」
後輩「……へぇ」
先輩「大学行って、バンド組んで、ちっちゃいライブハウスでライブやって、インディーズでCD出して、
大学卒業するころには絶対メジャーデビューする、とか言っててさ」
後輩「……」
先輩「まあ、要するに馬鹿なんだけどな」
先輩「でも……そいつが今日、バッチリスーツ着てよ『御社の経営理念に共感してー』とか言ってんだぜ」
先輩「もう笑うしかねぇだろ」
後輩「先輩……」
先輩「なんかもう、気抜けちゃって……」
後輩「……その人、先輩のどういう人だったんですか?」
先輩「……」
後輩「……付き合ってたんですか?」
先輩「……いや」
後輩「そうですか……」
先輩「あのヤロー、高校ん時『俺やっぱり巨乳がいいわー』とか言いやがったんだぞ、私に向かって」
後輩「……どういう状況ですかそれ」
先輩「ボッコボコにしてやった」
後輩「……よく分かりませんけど、それが先輩のトラウマの原因ですか」
先輩「あ? なんだよトラウマって」
後輩「いや、忘れてるんならいいです」
先輩「なんだよ、気になるだろ」
後輩「気にしないで下さいいい子だから」
先輩「なんだそりゃ」
先輩「はァー……」
後輩「今日はもう寝ましょうよ。疲れてますよ先輩」
先輩「……お前さぁ、子供の頃の夢ってなんかあったか?」
後輩「私ですか? そうだなぁ……お花屋さんだったかな?」
先輩「はっ、似合わねーなー。どこの花の子るんるんだよ」
後輩「は、花の子るんるんて……そういう先輩は?」
先輩「私か……私は……」
後輩「ほれ、私に言わせたんだから」
先輩「……ば、バレリーナになりたかった」
後輩「えっ」
先輩「えっ、ってなんだよ」
後輩「……」
先輩「……」
後輩「……」
先輩「う、ウッソー……」
後輩「……かわいー」
先輩「う、うるせー!」
後輩「私はまたてっきりティラノサウルスになりたい、とかじゃないかと」
先輩「意味が全然わかんねーよ……」
先輩「……ま、ティラノサウルスになった方がマシだったかな」
後輩「……は?」
先輩「結局私は、21年生きてきて、何になれたんだか」
後輩「……」
先輩「多分そのうち何かになるんだろうと思っていたけど……何にもなれてねーよ」
後輩「……先輩」
先輩「このままずーっと、おんなじだろうな。私は……死ぬまで」
後輩「先輩」
先輩「……いや」
先輩「大丈夫だよ、ちょっと疲れてるだけだから」
後輩「……私の先輩はもっとカッコいいです」
先輩「……あ?」
後輩「もっと、カッコつけで、いじわるで、服がダサくて、そのわりには実際カッコいいです」
先輩「……」
後輩「そんな、私の憧れの先輩です」
後輩「……私は先輩に会えてよかった」
後輩「先輩は、私の先輩になってくれたじゃないですか」
後輩「それだけで……十分です」
先輩「お前……」
後輩「もう、寝ましょう」
先輩「……ああ、そうだな」
後輩「おやすみなさい。先輩」
先輩「おやすみ。……直子」
後輩「スー……スー……」
先輩「……」
後輩「むー……にゃむ……ぐぷー……」
先輩「……私も、お前に会えてよかったよ」
先輩「……ありがとう」
後輩「にゃむ……むー……」
後輩「イヤース!」
先輩「イヤース!」
後輩「おめでとう先輩!」
先輩「おめでとう私!」
後輩「いやー案外早く内定出てよかったですねぇ」
先輩「これでもうスーツからおさらばだ! 卒業までずっとジャージでいるぞ私は!」
後輩「えー、やだー、ださーい」
先輩「そして来年スーツのお前を笑ってやる」
後輩「いやー、卒業してるっしょー先輩はー」
先輩「はっはっはー、それもそうだな!」
後輩「ははははは!」
先輩「……卒業できてなかったらどうしよう」
後輩「うっ……、だ、大丈夫ですよ。多分」
先輩「……せっかくのお祝いが寮で缶ビールによっちゃんイカだしよ」
後輩「き、急に決まったんだから仕方ないじゃないですか。今度また改めてお祝いしましょう」
先輩「あー、色々しんどかったなぁー」
後輩「ほんと、お疲れ様です」
先輩「来年は我が身だぞ。わかってんのか」
後輩「えっ、ええ、ま、まあ」
先輩「つーか今から始まってんだぞ。セミナー行っただけで就活した気になってんなよ。もうお前の同級生は自己分析やってんぞ」
後輩「うっ、ぐっ……」
先輩「まあ、本番はまだまだだよ」
後輩「そ、そうですよね。うん。先輩はこれから遊べるんだから。旅行とか行きましょうよ。卒業旅行」
先輩「卒業旅行かぁー。いいなぁ。どこ行く? どこがいいカニ?」
後輩「……時期的にカニは無理かと」
先輩「伊勢とかどうウシアカフク? 北海道とかもありウニジンギスカン。いや、ここは宮崎も捨てがたいトリマンゴー」
後輩「……先輩、そんなに食いしん坊キャラじゃないでしょ」
先輩「よぉーし、ここはどーんと海外だな。ヨーロッパとか」
後輩「いいですねぇ。あ、私モンサンミッシェルに行きたいです。名物のでっかいオムレツが食べたい」
先輩「ドイツのノイシュヴァンシュタイン城とか、スイスのアルプスとか。あっ、それよりパリだパリ! エッフェル塔! 凱旋門! ルーヴル美術館!」
後輩「シャンゼリゼ大通り! ノートルダム大聖堂! オペラ座! いっすねー! 行きましょうよ行きましょうよ!」
先輩「……んな金がどこにあるっていうんだよこのトンキチがぁああああ!! 行けて熱海ぐれぇええええだろぉおおおおお!!」
後輩「え、えー。なんつー理不尽なキレ方……あー、じゃ、お金貸しましょうか?」
先輩「はぁー? お前なんかに借りても、鎌倉までだろうがよ。どっかのネズミ王国ですら怪しいぞ」
後輩「……いや、私マジですけど」
先輩「どうマジなんだよ」
後輩「先輩と、ヨーロッパ各国めぐりツアー」
先輩「……いやいやいや。面白くないから、そういう冗談」
後輩「一度っきりなんですから。卒業旅行なんて。ここでお金は惜しまないですよ」
先輩「……何言ってんの? お前」
後輩「まあ、親の金ですけど……それでも、出世払い、っていう約束でなら、多分」
先輩「……お前、まさか、実家、金持ち?」
後輩「……えへ」
先輩「マジかよぉー……」
後輩「別に隠してたわけじゃないんですけどね」
先輩「なんでこんなボロい寮で、ビンボー学生生活なんかしてるんだ?」
後輩「そういう教育方針なんです。出す所では出してくれるけど、出さない所は絶対出さない」
先輩「ふーん……」
後輩「だから! 行きましょう! ヨーロッパ! 思い出作りましょう! 卒業旅行なら多分出してもらえます!」
先輩「……嫌だね」
後輩「なっ、なんでですか?」
先輩「後輩に金借りて、しかもそいつの親の金で、海外なんか行けるわけねーだろ。そこまで落ちぶれてねーよ」
後輩「そ、そんなこと言わないで下さいよ! 親の金って言っても私も返すつもりだし、先輩からだって返してもらうんですから!」
先輩「借りること自体がありえねーんだよ。そんなもんは」
後輩「そんな、そんな……」
先輩「身分相応ってもんがあるだろ。まあ、国内でも私は十分……」
後輩「そんなぁああ……」ポロポロ
先輩「うわっ! ちょ、なんで泣くんだよ!」
後輩「私本気にしたのにぃ! 初めての海外旅行、先輩と一緒にパリに行けると思ったのにぃ!」
先輩「い、いや、色々飛躍しすぎだろ」
後輩「先輩と一緒にパリジェンヌになれると思ったのにぃ!」
先輩「そ、そりゃ無理だろ。日本人は日本人……」
後輩「やだぁああああああ! ヨーロッパ行くぅううううううう!」
先輩「うるせぇ! わがまま言うな!」
後輩「やだやだやだ! 絶対行く!」
先輩「うるせぇっつってんだよ!!」
ゴッ
先輩「あっ……わ、わりぃ。殴る気は……」
後輩「うっ……うっ……先輩のアホー!!!」ダッ
先輩「あっ! こら! どこ行くんだよ! 待て!」
男2「こんな時間に呼び出されて、何かと思えば先輩と喧嘩したって……」
後輩「うっ……うっ……ごめん……」
男2「ちょっと期待したのになぁ」
後輩「……え?」
男2「いやいやこっちの話。……で? なんでそんなことになったの? あんなに仲良かったのに」
後輩「……卒業旅行、どこ行くかで、パリに行くって言ってたのに、先輩が私にお金借りるのはいやだって……」
男2「うーん、イマイチよく話が見えないんだけど」
後輩「だから、私がお父さんにお金借りて、それで先輩にも貸して、ヨーロッパ行こうって言ったら、先輩が嫌だって……」
男2「……はぁーん。なんとなーく分かったよ」
後輩「それで私が絶対行くっていったら、先輩怒り出して……」
男2「なるほどねぇー……あの人そういうの嫌いそうだもんなぁ」
後輩「なんで……? 私は、先輩と一緒に思い出作りたいだけなのに……」
男2「んー、まあ、俺は先輩の気持ち分かるよ。そりゃあ、誰だって後輩が親から借りてきた金をさらに借りて旅行とか、気が進まないよ」
後輩「……そうかなぁ」
男2「普通の人はそうなの」
後輩「私、普通じゃないの?」
男2「ま、先輩も普通じゃないけど、普通じゃないのにも色々あるんだよ」
後輩「……」
男2「……ヨーロッパとか、そんな無理しなくてもいいんじゃないかな」
後輩「……」
男2「先輩との思い出作りたいんだろ? それなら、別にどこに行ったって作れるはずだよ。……あの先輩となら」
後輩「……」
男2「旅なんて、どこに行くかより誰と行くかが大事なんだから。大事な人となら、どこに行っても楽しいし
嫌いな奴なら、それこそアメリカでもフランスでも絶対楽しくないだろ」
後輩「それは……多分」
男2「そうやって、結局お金がなくて近場にしか行けませんでした、っていうのも大事な思い出になるんじゃないかな」
後輩「そう、かな……」
男2「まあ、もう一度先輩とよく話し合ってみなよ」
後輩「……うん。ありがとう、無理に呼び出して、話聞いてもらって。なんか楽になった」
男2「なぁーに。別に大したことしてないって」
後輩「帰って、お互いに納得いくまで先輩と話し合ってみる……じゃあ、またね」
男2「ああ、また」
男2「やれやれ……」
男2「まったく妬けるねぇ……」
男2「……」
男2「……ま、いっか」
後輩「うぉおおおお! 先輩! ヒコーキ! 飛行機がいます!」
先輩「そりゃ空港なんだから当たり前だろ……」
後輩「私飛行機初めてなんですよねー! 楽しみです!」
後輩「おおおお、先輩先輩、スッチーがなんかやってますよ」
先輩「非常時の対応だろ。よく見とけよ、特にお前は。つかスッチーて、案外古いなお前は」
ポーン
後輩「お、お、い、いよいよ離陸ですか! えと、シートベルトはこれでいいんですよね?」
先輩「……頼むから静かにしてくれ」
ギュィイイイイイイン
後輩「は、はやいっ!!! 押し付けられるぅううううう!!」
先輩「……」
後輩「ぉおおおおおお! 飛びました! 先輩飛びました! 浮かびましたよ先輩!!!」
先輩「……誰か席代わってくれぇ……」
後輩「ああああああ! 先輩! 陸が見えましたよ! ほら! 島が! 山が! 海青っ!」
先輩「はいはい島島」
後輩「町ですよ! 町も見えました! わー、おもちゃみたい!」
先輩「はいはい町町」
後輩「ついに着陸ですね! ドキドキします!」
先輩「はいはいドキドキドキドキ」
ギュイイイイン ドッ ゴォオオオオオオ
後輩「ひぃいいいいいいいい!」
先輩「……うるせー」
後輩「ちゃ、着陸成功ですか?」
先輩「当たり前だろ」
後輩「わー!」パチパチ
先輩「いい加減にしろ!」ゴッ
後輩「痛! なにするんですか!」
先輩「こっちの方が恥ずかしいんだよ!」
後輩「先輩ー! なんか戦闘機みたいなのがいますよ!?」
先輩「自衛隊か米軍だろ」
後輩「あっ! 飛びました! はえー! うるせー!」
先輩「お前の方がうるせーよ!」
後輩「あっ、ほらほら『めんそーれ』って書いてますよ! いらっしゃいって意味ですよね! 先輩撮って撮って!」
先輩「おい、まだここから乗り継ぎなんだぞ。あんまりはしゃぎすぎると後で疲れるぞ」
後輩「先輩先輩! ちんすこう売ってますよ! 買いましょう!」
先輩「帰りにしろ! なんで今買うんだよ」
後輩「いや、途中のお菓子に……」
先輩「土産もんだよそれは! 持って来たじゃがりこでも食ってろ!」
後輩「あっ! 見えました! 島ですよ島! 平べったい!! 珊瑚が!! 珊瑚礁が!!!」
先輩「お前スタミナあるなぁ」
後輩「わーちっちぇー、先輩これ飛行機行き過ぎちゃうんじゃないですか!?」
先輩「んなわけねーだろ……」
後輩「ぎゃぁああああ! 着陸だぁあああああ!!」
後輩「あっ! 先輩シーサーシーサー! 貝で出来てますよ!」
先輩「そりゃシーサーぐらいいるって沖縄なんだから……」
後輩「あははは、これちょっと先輩に似てますよ!」
先輩「……」ゴッ
後輩「いでっ! ちょっと! 文句があるなら口で言ってください!」
後輩「案外そんなベラボーに暑くもないんですねー」
先輩「そうだなぁ。気温自体は東京とかわんねーしな」
後輩「流石に日差しは相当強いみたいですけど……」
カッ
先輩「……暑っ」
後輩「な、なんですかこの太陽は!」
先輩「暑い暑い暑い! むしろ痛い! 日差しが痛い!」
後輩「ぎゃぁあああ! 焼けるぅううう!」
先輩「お、おい! 日焼け止め出せ! こんなもんまともにいたら1時間で漁師色だぞ!」
後輩「まさか南国の太陽がこれほどのものとは……」
先輩「正直ナメてたなぁ……」
先輩「おい、次どこを曲がるんだよ」
後輩「……え、えーっとですねぇ。次の次の道を右だと思うんですけど」
先輩「思うんですけどって、しっかりしろよ。ナビ役なんだぞお前は」
後輩「そろそろ四つ角のはずなんですけど……あれっ、今どこだ?」
先輩「なっ、ちょっと待て! 現在地わかってねーのか?」
後輩「ま、まってください。あっ、ほらそこの四つ角……じゃないですね。なんでY字路なんだ?」
先輩「……まさか、本気で今どこかわかんねーのか?」
後輩「だ、だって! ずーっと同じようなサトウキビ畑ばっかりでどの道がどれやら……」
先輩「つ、使えねーなお前は……地図ぐるぐる回しやがって……」
後輩「なっ! 先輩だってわかってないんでしょ!」
先輩「やっぱナビ付を借りりゃよかったなぁ」
後輩「先輩がケチるから……」
後輩「や、やっと着いた……」
先輩「何が空港から車で15分だよ。1時間ぐらいかかったじゃねーか」
後輩「まあ、相当迷ってましたからねぇ……」
先輩「あー、なんかもう疲れた……」
後輩「おー、結構いい部屋じゃないですか」
先輩「よっこいしょ、っと……」モフッ
後輩「なんか年寄り臭いなぁ。ベッドに飛び込むときはもっと元気じゃないと。よいしょっ、と」マフッ
先輩「……お前も随分大人しくなったじゃねーか」
後輩「いや、流石にちょっと疲れまして……」
先輩「だから言っただろ。まぁ、来るだけで一苦労だもんなぁ……」
後輩「これじゃイマイチリゾート気分が盛り上がりませんなぁ……あ、そうだ、海が見えるはずだけど」
ガラッ
後輩「おっ……おおおおおおお」
後輩「先輩! 先輩! ちょっとちょっと!」
先輩「なんだようるせーな」
後輩「ほら! 海! 海です!」
先輩「あー? そりゃ海ぐらい……おお」
後輩「……綺麗ですね」
先輩「……青いな」
後輩「凄い色ですね……」
先輩「南の海なんだなぁ」
後輩「また、私達とんでもないとこに来ちゃいましたね」
先輩「……」
ボクガウマレター コノシマノーソラーヲー
先輩「おい、うまいぞこれ」モグモグ
ボクーハドーレクライーシッテイルダロー
後輩「いやぁ~リゾートホテルのバイキングでオリオンビールに泡盛にワインとかたまりませんねぇ」
カガヤクーホシモー ナガレルクモーモー
先輩「お前は飲んでばっかだな」ガツガツ
ナマーエヲキカーレテモワカラーナイー
後輩「いやいやちゃんと食べてますよぉ。沖縄生ライブつきとかもうサイコーです」
デモーダレヨリーダレヨリモシッテイルー
先輩「ライブは別にいらんけどな私は」バクバク
カナシイトキモー ウレシイトキモー ナンドモミアゲテーイターコノソラヲー ハイッ!
後輩「イーヤァーサァーサァー!!」
先輩「満喫してんなぁ……」
後輩「なにやってんですか! 先輩も次は一緒に言ってくださいよ!」
先輩「え、えー」
後輩「えーじゃない!!」
後輩「……先輩、まだ起きてます?」
先輩「……ん」
後輩「なんか……広くて落ち着きませんね」
先輩「いや、それほど広さは寮と変わらんと思うけど……」
後輩「……」
後輩「……なんか、変な感じ」
先輩「何がだ?」
後輩「こうやって、いつもと同じように先輩と同じ部屋で寝てるのに、東京から1500キロも離れてる所にいるなんて」
後輩「不思議な感覚です」
先輩「……そうだな」
後輩「……」
後輩「……明日も、晴れるといいですね」
先輩「……ああ」
後輩「いやぁー見事に晴れましたね」
先輩「暑いわ!」
後輩「熱中症にならないようにしないと……」
先輩「焼けるわ!」
後輩「さあ、今日は忙しいですよ!」
-東平安名岬-
先輩「うぉおおああああああああ!!」
後輩「どぉああああああああああ!!」
先輩「青っ!!」
後輩「青っ!!!」
先輩「おい! 灯台登るぞ灯台!」
後輩「人力車いますよ! 人力車!」
先輩「よっしゃ! 乗るぞ! 乗れ乗れ! 走らせろ!」
後輩「わー! 鬼畜ー!」
-車中-
後輩「いやぁああああ、綺麗でしたねぇええええええ!!」
先輩「すげぇーな! 絵葉書そのまんまだったじゃねーか!」
後輩「絵葉書より綺麗でしたよぉお!」
先輩「ところで……飯は?」
後輩「店らしきものは……ありませんね……」
-新城海岸-
先輩「おい、このカニのから揚げうめーぞ」バリバリ
後輩「このたこ焼きもなかなか」モグモグ
先輩「うろうろしてないで真っ直ぐきときゃよかったな」ボリボリ
後輩「先輩が海の家の食事なんかきっとマズイって言うから……」モギモギ
「はい跳んで~」
後輩「とうっ!」
先輩「うりゃっ!」パシャッ
「はいもう一枚! 跳んで~」
後輩「はっ!」
先輩「にゃっ!」パシャッ
「もっと笑わなきゃ! はいもう一回!」
後輩「イヤスッ!」
先輩「にゃにゃっ!」パシャッ
後輩「いやぁー、いい写真を撮ってもらいましたねー」
先輩「……恥ずかしかったぞ、あれ」
後輩「旅の恥はかき捨てですよ! それより! シュノーケリングですよ!」
先輩「お前泳げんのか?」
後輩「こう見えても小学校時代は南三小の全魚人って呼ばれてましたからね!」
先輩「……全魚人?」
後輩「せせせせんぱい! 魚が! 魚ががぼがぼ!」チャプチャプ
先輩「……」チャプチャプ
後輩「しょっぱっ! せんぱっ! 魚がばおばぼっぁ!」チャプチャプ
先輩「むおー」チャプチャプ
後輩「あうおあうあおうあおあうあ!!」チャプチャプ
-車中-
後輩「いやもう、ベラボーでしたね!」
先輩「あんなに魚いるもんなんだな」
後輩「ニモが! ニモがこっちにガン飛ばしてました!」
先輩「つーかお前、シュノーケリング中に無理やり喋んなよ」
後輩「あの感動を声にだせいでか!」
先輩「何語だそれ」
-西平安名岬-
後輩「南国の夕日はまったりしてますねー」
先輩「あー……そうだな……」コックリ
後輩「っていうか、もう夕方って時間でもないですけど。やっぱり相当日の入りが遅いんですね」
先輩「うん……」コックリコックリ
後輩「……先輩?」
先輩「スー……」ピトッ
後輩「ありゃ」
先輩「スー……」
後輩「……珍しくはしゃいで、疲れたみたいですね」ツンツン
後輩「……」
後輩「……かわいいなぁ」プニプニ
先輩「ん゛ー……」
-ホテル-
後輩「あー疲れたぁ」
先輩「もー無理だぁ……お前に合わせてつい飲みすぎた……」
後輩「うはぁ、もうこんな時間か」
先輩「もう風呂いいやぁ。明日入ろう……」
後輩「……」
後輩「あの、先輩」
先輩「なんだよ。もう寝るぞ私は」
後輩「もうちょっと付き合ってくれませんか」
先輩「あ? なにをだよ」
後輩「深夜のお散歩」
先輩「はぁ? やなこった」
後輩「近くのビーチまで行ってみましょうよ」
先輩「なんでだよ。絶対にヤだね」
後輩「……」
後輩「……だって」
後輩「明日帰っちゃうんだし」
先輩「……そりゃそうだけど」
後輩「それに……昨日曇ってたから星、見てないですし。宮古島来て星見ないとか」
先輩「……」
後輩「すぐそこじゃないですか」
先輩「……」
先輩「……じゃあ、行くか」
後輩「すみません」
先輩「……謝ることじゃねーよ」
後輩「しっかし暗いですね」
先輩「この懐中電灯の電池が切れたらどうする?」
後輩「こ、怖いこと言わないで下さい」
先輩「ヤシガニふんずけてもわかんねーぞ」
後輩「……えーっと、ここはもうビーチですか?」
先輩「ぽいな。ほら、海あるぞ」
後輩「よっこらしょっと」
先輩「お前もこの二日で随分年寄り臭くなったな」
後輩「いいんですよ! 地べたに座るときは!」
先輩「なんだその理論」
後輩「……」
先輩「……」
後輩「静かですね」
先輩「……」カチッ
後輩「あっ、なんで灯り消すんですか」
先輩「星見るんなら邪魔だろ」
後輩「そうですけど。先輩の顔も見えませんよ」
先輩「……」
後輩「……先輩?」
先輩「……」
後輩「先輩、そこにいるんですよね」
先輩「……」
後輩「ちょっ、先輩!? 先輩!!」
先輩「なんだようるせーな」
後輩「なんで黙るんですか!」
先輩「いやぁ、予想通りのリアクションをありがとう」
後輩「まったくもう……あっ」
先輩「なんだよ」
後輩「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
先輩「おいどうした?」
後輩「先輩、顔何処ですか」サワサワ
先輩「あ? なにやってんだ。ほらここが顔……わっ! なにすんだ! 放せ!」
後輩「いいからいいから。目隠し外すのと同時に空見てください」
先輩「あー?」
後輩「行きますよー」
後輩「はいっ!」パッ
先輩「……」
後輩「どぉおおおおおうですかこの星空!! 目が慣れて来たらこれですよ!」
先輩「……いや、さっきから見てるし」
後輩「はぁあああ!? だったらもっと感動しなさいよ!」
先輩「……」
先輩「……言葉も出ねーんだよ」
後輩「え? なんて?」
先輩「なんでもねーよ」
後輩「あれさそり座ですよね! こっちがいて座! すごい! 星座が全部わかる!」
先輩「おい。あのもやもやしてるの何か分かるか」
後輩「え? 雲じゃないんですか?」
先輩「多分天の川だろ」
後輩「あっ、天の川ぁあ!? 実在したんですか!?」
先輩「いや、実在はするだろ」
後輩「すげーすげー!」
後輩「あああああ! 流れ星! 見ました!? 見ました!?」
先輩「見たよ。はしゃぎすぎだろ」
後輩「だって、流星群の日でもなんでもないのに!」
先輩「……ちなみに、あの動いてるの何か分かるか?」
後輩「え? どれ?」
先輩「あれだよあれ」
後輩「えー……あっ、見えました。飛行機じゃないんですか?」
先輩「はずれ」
後輩「えっ、じゃ、UFOですか!?」
先輩「んなわけねーだろ……多分、人工衛星だ」
後輩「……人工衛星?」
先輩「そう」
後輩「……見えるんですか、そんなもん」
先輩「見えてるだろ」
後輩「ひぇええ……」
後輩「っていうか、なんかミョーに詳しいですね」
先輩「え、い、いや、一般常識だろ、これぐらい」
後輩「さすが、ガイドブックと星の本で勉強してただけのことはありますね」
先輩「……なんで知ってんだよ」
後輩「へっへー。部屋で見つけてました」
先輩「……このっ!」バサッ
後輩「うわっ! ちょっ!」
先輩「砂まみれになっちまえ!」バサッ
後輩「こら! やめなさい! ええいお返しだ!」バサッ
先輩「なにを! やるかー!」バサバサ
後輩「こいつ! こいつ!」バッサバッサ
先輩「ペっペっ! 口に入った! ヤロー! 許さねぇ!」バサバサバッサ
後輩「……はぁー」
先輩「お、観念したか」
後輩「……」
後輩「……明日、帰っちゃうんですよねぇ」
先輩「……まだ明日一日あるだろ」
後輩「いやぁ……」
後輩「なんか、こうやって先輩とじゃれあえるのも、あと僅かかと思うと」
先輩「……」
後輩「……」
先輩「……来年の3月だろ。まだまだだって」
後輩「来年の夏にはもう一緒に旅行にも行けないんですねぇ」
先輩「……」
後輩「……ずっと、このままでいれたらいいのに」
先輩「……」
後輩「ずっと学生のままでいれたらいいのに……」
先輩「……学生は皆そう思ってるよ」
後輩「世の中世知辛いですねぇ」
先輩「……そうだな」
後輩「……」
後輩「あの、先輩」
先輩「ん?」
後輩「抱きしめてもいいですか」
先輩「え……ダメ」
後輩「な、なんでですか!!」
先輩「い、いや、なんとなく」
後輩「そんな理由じゃダメです! 抱きしめます! 抱きしめさせてくれなかった今から海に走って入水します!」
先輩「な、なんだよそりゃ。……まあ、別にいいけど」
後輩「じゃあ、遠慮なく」
後輩「……」ギュッ
先輩「……」
後輩「……ほっそ」
先輩「……知ってる」
後輩「……あったか」
先輩「それは……お前もだ」
後輩「南の島でこの体温はいりませんね」
先輩「……自分からやっといて……」
ザー…… ザー……
後輩「夜の波の音って怖いですね」
先輩「……そうだな」
後輩「……」
先輩「……」
後輩「……うっ」
先輩「ん?」
後輩「……ううう」
先輩「泣いてんのか?」
後輩「ううううー……」
先輩「……」ポンポン
後輩「せんぱい……」
先輩「……」ナデナデ
後輩「……うーうー」
先輩「……確かに、不思議な感覚だな」
後輩「うー……う?」
先輩「なんで私は今、宮古島でお前なんかと抱き合ってるんだ?」
後輩「うー……うううー」
先輩「どこでどう因果がめぐり合ってこうなったんだか……」
後輩「うう」
先輩「……どっかでなにかが間違ってたら、こうはなってなかったんだろうな」
後輩「うー……」
先輩「……不思議だな、人生って」
後輩「……そうですね」
先輩「……いきなり泣きやむなよ」
後輩「……先輩」
先輩「あ?」
後輩「……また、一緒に来れますよね。旅行」
先輩「……」
先輩「当たり前だろ」
後輩「……はい」
先輩「そろそろ帰ろうか?」
後輩「そうですね。いくらなんでももう寝ないと」
後輩「あー、一気に眠くなってきたー」
先輩「……」
先輩「……ずっと一緒だよ。お前と私は」
後輩「え? なんか言いましたかー?」
先輩「いいや?」
後輩「?」
-飛行機内-
先輩「ほら、お前の好きなスッチーがなんかやってるぞ」
後輩「いや別に好きってわけじゃ……それに来る時に見ましたもんね。知ってますよーだ」
先輩「もう飛行機慣れ気取りかよ」
後輩「慣れましたもーん」
ガタガタガタガタガタッ
後輩「ぎゃわわわわわわわ!!」
アナウンス「えー、現在気流の関係で少々揺れておりますが、飛行の安全に影響は全くありませんので……」
後輩「落ちるぅううう!」
先輩「うるせーな。落ちねーよ」
後輩「死ぬぅううううううう!!」
先輩「死なねーよ。パイロットを信じろよ」
後輩「助けてぇえええええええええええええ!!!」ヒシッ
先輩「……誰か席代わってくれぇ……」
後輩「先輩、今日って何の日か知ってますか?」
先輩「クリスマス」
後輩「あれ、意外。先輩なら某国の陰謀によって洗脳された国民が経済を回すことに加担させられる忌まわしき日、とか言うと思ったのに」
先輩「そういう過剰反応こそみっともないと気付いたんだ」
後輩「予定は?」
先輩「無いッ」
後輩「男らしいですねー」
先輩「お前相手に見栄を張っても意味ないからな。どうせ同じ立場だし」
後輩「なっ、失礼な。予定ぐらいありますよ!」
先輩「へー、どんな?」
後輩「明石屋サンタを見ながらシャンパンをこう、くいっと」
先輩「……概ね予想通りだな」
先輩「つーかシャンパンなんか買ってんのか?」
後輩「正確には今から買ってきます。ついでにケーキとチキンも買ってきますよ」
先輩「なんだよ、パーティーでもする気か?」
後輩「そりゃあ、もちろん」
先輩「なんでお前と二人でクリスマスパーティーなんかしなきゃいけないんだよ……」
後輩「……あれ、なんで『二人』なんです? 柳君とか藤原君も呼ぶつもりですけど」
先輩「えっ。……いや、別に」
後輩「あ、ひょっとして先輩、私と二人っきりでパーティーしたかったんですか?」
先輩「はぁ? ん、んなわけねーだろ」
後輩「そうですねぇー、いいですよ。二人きりでやりましょうか、パーティー」
先輩「い、いやいや、別に呼んだらいいだろあいつら」
後輩「いや、やっぱり二人きりにしましょう」
先輩「ま、まあ別にいいけど……なんだよそのこだわりは?」
後輩「だって……先輩がこの寮にいる最後のクリスマスだから」
先輩「……そうだけど」
後輩「だから……二人きりがいいです。この、部屋で」
先輩「柳とかとも、一応最後だろ」
後輩「……柳君を呼びたいんですか?」ギロッ
先輩「い、いやいや。別にそんなことねーよ。そう睨むなって」
後輩「……まあ、とにかく」
後輩「ケーキ、買ってきますから」
先輩「あ、ああ。行って来い」
後輩「もちろんお金、半分出してくださいよ」
先輩「……」
先輩「なんか、最近あいつ時々怖いよな……」
男2「うぃー」
男1「うぇー」
男2「メリークリスマースカップル死ね」
男1「クリスマースメリーリア充爆発しろ」
男2「まさか大学生活3回目のクリスマスまで全部お前と一緒とは……」
男1「いや、去年までは廣田とか林とかいたからむしろ悪くなってる」
男2「……はぁー」
男1「……はぁー」
男1「ま、フラレ男どうし楽しくやろうぜ」
男2「一緒にすんなよ。お前は二回も振られてんだろ。俺は一回だ」
男1「い、いや林には別に振られては……」
男2「『ごめん。冷静になって考えてみたんだけど、やっぱ、無いわ』って言われたんだろ?」
男1「う゛っ……」
男2「……林さんと高田の野郎、今頃ヤリまくってるんだろうなぁ」
男1「多分なぁ。なにしろ性なる夜だからな……」
男2「……」
男1「……」
男2「うぉおおおおおお! 飲むぞぉおおおおおおおおおお!!」
男1「ちくしょおぉおおおおお! 飲むぞぉおおおおおおお!!」
男2「……ま、あれよ、お互い惚れた相手が悪いわな」
男1「うあー? どういうことー?」
男2「最近気付いたよ……あの二人の間に分け入ることなんて、無理無理」
男1「あー、そうだなー」
男2「……とにかく、あの二人の仲のよさっていうか、絆はほんと羨ましいぐらいだ」
男1「……確かになぁ」
男2「俺も誰かと絆結びてー」
男1「……なんかもう、俺もお前でいいような気がしてきた」
男2「いやぁ、俺にも選ぶ権利あるからぁ」
男1「うわー、また振られたよ」
男2「残念だな。まあ、飲め飲め」
男1「おうおう、とっとっと」
後輩「イヤース!」
先輩「イヤース!」
後輩「卒業おめでとうございます先輩!」
先輩「卒業おめでとう私!」
後輩「いやぁー、ついにこの日が来てしまいましたねぇ」
先輩「なんか信じられねーなー、明日からもうここで寝ることもないとかな」
後輩「……そうですね」
先輩「おっと、湿っぽいのはまだまだだぞ」
後輩「そうですね! 飲みましょう! パーッと! 朝まで!」
先輩「寝るなよぉー? あと吐くなよぉー?」
後輩「吐きます! 吐くまで飲みます! むしろ吐いても飲みます!!」
先輩「や、やめろぉ!」
後輩「はぁー、れんあい、におつすくあいっすねー」
先輩「ろれつ回ってねぇぞ。何言ってんのか全然わかんねぇよ」
後輩「なんろぉ、まだまだぁ。よってまへんよぉー。これあらしゅとこうを300キロでばくそーできあうよ」
先輩「寮の前の道を3キロでウォーキングも無理だろ今の状態じゃ」
後輩「あ゛ー、ねむいー」
先輩「……もう3時過ぎてるぞ。寝るか?」
後輩「なぁーに、なんのそのこれしきぃー。あけぼのでもこにしきでもどーんとこいやー」
先輩「本当に大丈夫かお前……」
後輩「……」
後輩「……だって、寝ると明日になっちゃうんだもん」
先輩「日付の上ではとっくになってるけどな」
後輩「……先輩が出て行く日になっちゃうんだもん」
先輩「……」
後輩「……なんとかなりませんか」
先輩「……ならねーな」
後輩「……うっ」
先輩「……」
後輩「ううう……」
先輩「……」
後輩「……先輩、肩、抱いてください」
先輩「こうか?」
後輩「もっと、ぎゅって」
先輩「……」ギュッ
後輩「先輩……う、うううー」
先輩「泣くなよ」
後輩「……無理」
先輩「……そうか。じゃ、泣け」
後輩「……うっ、うわぁあああああん!」
先輩「う、うるせーな……」
後輩「うあああああああああ!!」
後輩「スー……スー……う、ううん……」
先輩「寝たか……」
先輩「……」
先輩「キツイなぁ」
先輩「絶対来る日だとはわかっていたけど」
先輩「……キツイな」
先輩「あんなこと言っといて、気持よさそうに寝やがって……」スリスリ
先輩「……ほっぺた、柔らかいなこいつ」プニプニ
後輩「……うん……あ、先輩?」
先輩「あ、わり。起こしちまったか?」
後輩「今、何時ですか?」
先輩「まだ4時過ぎだよ」
後輩「そうですか……よかった」
先輩「何が?」
後輩「いや、せっかく先輩と一緒にいられるのに、長く寝ちゃったら勿体無いと思って」
先輩「……」
後輩「いやー、案外あっという間でしたねー、3年間」
先輩「……そうだな」
後輩「最初、こんな怖そうな人と3年も一緒にいなきゃいけないのかと思ったら、本当に憂鬱でしたけど」
先輩「私、怖そうか?」
後輩「金髪だったし。っていうか今でも怖いです」
先輩「嘘つけ」
後輩「色々ありましたねー。……沖縄も、楽しかったです」
先輩「パリじゃなくて残念だったな」
後輩「もういいですそれは……うん、でも、いつかは一緒に行きたいです。パリ」
先輩「そうだな……いつか、な」
後輩「自分のお金で」
先輩「当たり前だ」
後輩「はー……先輩、ホントに明日出て行くんですか?」
先輩「ホントに今日、出て行くよ」
後輩「……なんとかなりませんかね」
先輩「だからなんともなんねーっつーの」
後輩「……私、明日からどうやって生きていけばいいんですか。一人で」
先輩「大丈夫だよ」
後輩「……ずっと、先輩に頼って生きてきたのに」
先輩「……大丈夫」
後輩「大丈夫じゃないです」
先輩「……別に、永遠の別れでもあるまいし。ちょくちょくまた会えるだろ」
後輩「……そうかな?」
先輩「信用しろよ」
後輩「……はい」
先輩「頑張れよ? 色々と」
後輩「……はい」
後輩「……あの、先輩、最後に、一つだけお願い、いいですか?」
先輩「……別に最後じゃねーけど、なんだよ」
後輩「目、瞑ってください」
先輩「あ? なんでだよ」
後輩「いいから」
先輩「……こうか?」
後輩「……」スッ
先輩「なにする気……んっ!?」
先輩「……酒くさ」
後輩「あんまり驚かないんですね」
先輩「……いやぁ、まあ、5ミリくらいは予想してたからな」
後輩「……私、レズとかそんなんじゃないですよ」
先輩「……」
後輩「そんなんじゃないです」
先輩「説得力ねーな」
後輩「……だって、このままじゃ私達、単なる先輩と後輩じゃないですか」
先輩「……どういう意味だよ」
後輩「そんな、どこにでもある、ありきたりな関係じゃ、嫌なんです」
先輩「……じゃあ、やっぱレズじゃん」
後輩「違います! 違うんです、なんていうか、その……」
先輩「……」
後輩「上手く口じゃ言えないんですけど、もっとこう……」
後輩「他の人って、結局他人じゃないですか。一期一会とか言って、せっかく出会っても、またねとか言ってあっさり別れて。
そりゃ、それが普通だし、悪いこととは思わないけど……でも、私は……私は先輩ともっとこう、別れを散々惜しみたいんです」
先輩「……これ以上か?」
後輩「惜しみたいって言うか……ちょっと違うな……うーん、別れたとしても繋がってる何かが欲しいんです」
先輩「……」
後輩「それも、離れてても心は隣にーとかそういうんじゃなくて……手繰り寄せれば、いつでも近くにいけるような。
実際に触れられて、話が出来て、一緒に歩けるような、そんな感じの何かが欲しいんです」
先輩「それは、普通に別れた後も付き合いが続いてるだけ、じゃないのか?」
後輩「でもそれは、普通の、そこら辺の先輩と後輩でもあることじゃないですか。
私はもっと……もっと、特別な何かが欲しいんです。他の先輩後輩が持ってないような、何か。
それは……恋愛でも、別にいいとは思いますけど……いや、やっぱりちょっと違う気がするんです」
先輩「……」
後輩「わかっては、もらえないと思いますけど……」
先輩「……」
先輩「……私はもう、お前と特別な関係になってると思ってるけど?」
後輩「えっ?」
先輩「私はお前が別にレズでもなんでもいいよ。実際どうかは知らないけど、お前はお前だ」
後輩「……いや、だから違うと」
先輩「そんな風に思えるってことは、もう普通の先輩と後輩なんかじゃないだろ?」
後輩「……先輩」
先輩「こういうのじゃ、ダメか?」
後輩「……わかんないです」
先輩「いいってことにしとけ」
後輩「……はい」
先輩「大丈夫、いつでも会えるって」
後輩「……そうかな」
先輩「それに、私はお前と、けっこう、わりと、そこそこいい思い出作れたよ」
先輩「会えないときは、この思い出を食いつぶしてりゃ、ちったぁガマンできるだろ」
後輩「……」
先輩「だから……大丈夫だよ。お前一人でも」
後輩「せんぱい……」
先輩「……いや、一人じゃないよ。この世界のどっかには、ちゃんと私がいるんだから」
後輩「う、うううううー」ポロポロ
先輩「私とお前は……いつも一緒だ」
先輩「だから、もう泣くなよ」
後輩「やっぱり大好きですぅうううう!」ガバッ
先輩「うぐぉっ! い、痛い。そ、そんなに抱きしめんな」ギシギシ
後輩「せんぱぁあああああああああああああい!」
先輩「く、くるしっ……! し、死ぬっ……!」ミシミシ
後輩「もう放さなぁああああああいい!」
先輩「は、はなせぇ……」ポキポキ
後輩「ふー」
後輩「先輩の荷物が無くなると部屋が広いなー」
後輩「まあ、それでも狭いけど」
後輩「……先輩の、痕跡が」
後輩「無いな」
後輩「……ほんとに行っちゃったんだな」
後輩「……」
後輩「……ぐすっ」
後輩「おっと、いけないいけない」
後輩「先輩に泣くなって言われたんだ」
後輩「これから就活も正念場なんだから、気合入れないと!」
後輩「……先輩」
後輩「……私、頑張ります」
後輩「だから」
後輩「……また、晩御飯でも、一緒に食べましょうね」
235 : 以下、名... - 2011/10/10(月) 03:06:02.68 hGFhns7U0 137/256
これで一旦終わりです。gdgdで失礼しました。
実はまだ続くのですが、明日同じようなスレタイでやりたいと思います。
残ってたらここでやりますが。
277 : 以下、名... - 2011/10/10(月) 11:01:16.81 hGFhns7U0 138/256
おー、残ってる。ありがてぇ。
申し訳ありませんが、再開は昼過ぎになります。
291 : 以下、名... - 2011/10/10(月) 12:36:48.97 hGFhns7U0 139/256
ありがてぇ。ありがてぇ。
というわけで再開します。ゆっくり目に行きますがさるったら携帯に移行。
尚、これより先は可能性のあるパラレルワールドの一つ、程度にお考え下さい。
2年後
同僚1「えー、島井さん彼氏いないんですカー!?」
先輩「あははは」
同僚2「信じらんなーい! こんなに美人なのにイー!」
先輩「あははは」
上司「あー、じゃあ俺立候補しちゃおっかなー!?」
先輩「あははは」
同僚3「あー、不倫だぁー! 奥さんに言っちゃうゾー!」
先輩「あははは」
一同(笑)
先輩「はぁー……」
先輩「疲れたぁ……」
先輩「なにが飲みニケーションだよコラ」
先輩「しんどいなぁ……会社」
先輩「あれ、メール来てる……直子かぁ。やべぇ、昼に来てたのか……」
後輩《先輩! 今度の土曜あいてますか!? 久しぶりに会いたいです! カニでも食べに行きましょうよ!》
先輩「えーっと、今度の土曜……あー、ダメだ」
先輩《すまん。合コンの数合わせにされててどうしても抜けれないんだ。また今度な》
先輩「っと……」
先輩「……あ、そういやこれで直子の誘い、5回連続で断ってんのか……」
先輩「っていうかもう……5ヶ月以上会ってねぇのか? つーか去年以来? え、マジ?」
先輩「うーん……」
先輩「よくねーな……」
先輩「……」
先輩《再来週! 再来週空けとくから!》
先輩「……あー」
先輩「しんどい」
先輩「……大学に戻りてー」
先輩「寮でダラダラしてーなー……」
先輩「……やばい、泣きそうだ」
先輩「……直子ぉ」
先輩「会いてー
先輩「うぉおお、けっこういいトコ住んでんなー」
後輩「やっぱり、女の一人暮らしじゃ防犯面も重要ですからねー」
先輩「しかし……久しぶりに会ったのに、なんで家飲みなんだよ?」
後輩「先輩にうちを見せたかったので」
先輩「なんだそりゃ」
後輩「……本当に久しぶりですね」
先輩「……そうだな」
後輩「先輩、髪長いほうが似合ってたのに」
先輩「そうか? 会社じゃわりと好評なんだけど」
後輩「……ッ」ピクッ
先輩「……?」
後輩「……もう金髪にはしないんですか?」
先輩「いや、流石に社会人だし……」
後輩「それもそうか……」
先輩「しかしまあ、お前ももうすぐ社会人2年生か。どうだ、会社には慣れたか?」
後輩「……お父さんみたいなこと言いますね」
先輩「そりゃあ、私はお前の先輩だからな」
後輩「ふふふ……そうですねぇ、やっぱ、つらいですね」
先輩「だろ?」
後輩「最近なんか、学生時代に帰りたいーしか言ってませんよ」
先輩「お前もかよ」
後輩「先輩もですか?」
先輩「……まぁなぁ」
後輩「へぇー……意外」
先輩「そうか?」
後輩「先輩なら、どこに行っても何がおきても大丈夫な神経をお持ちだと思ってましたから」
先輩「……褒めてんの? 馬鹿にしてんの?」
後輩「両方です」
先輩「このヤロー」
後輩「……それに、先輩、会社の人と仲良さそうじゃないですか」
先輩「はぁ? なんでだよ」
後輩「だって、いっつも飲み会とか合コンとか……」
先輩「……あー、わりぃ。そこは本当に悪いと思ってる」
後輩「……別に、怒ってはいませんけど」
先輩「お前も、会社の付き合いの面倒くささがそろそろ分かる頃だろ? 許してくれ」
後輩「だから、怒ってませんってば」
先輩「……なら、いいけど」
後輩「……雨降ってきましたね」
先輩「あ、ほんとだ。傘貸してくれ」
後輩「いいですよ」
後輩「……」
先輩「お前さー……彼氏とかは?」
後輩「……」ギロッ
先輩「そ、そんな目で睨むなよ。こえーよ」
後輩「……先輩は?」
先輩「あ? いるわけねーだろ」
後輩「……合コンとか行ってるのに?」
先輩「付き合いで行ってるだけだよ。途中で帰るもん私」
後輩「……嘘だ」
先輩「あ? なんて?」
後輩「先輩みたいな美人が、そんなわけない」
先輩「そんなわけないって言われてもなぁ」
後輩「……本当に?」
先輩「本当だって」
後輩「本当の本当に?」
先輩「……しつけーな。私の言う事が信じられないのか?」
後輩「そんなことは……ないですけど」
先輩「じゃあ、もうこの話は無しな。私から振っといてなんだけど」
後輩「……」
先輩「どうしたんだ? なんか変だぞお前」
後輩「……そんなことないです」
先輩「……」
先輩「……ん、なんだこりゃ? ベルト付の手錠? 手枷?」
後輩「……あっ」
先輩「おいおい、どうしたんだよこれ。なんに使うんだよ。ベルトがベッドに繋がってるけど」
後輩「……いや、別に」
先輩「さてはお前……これで緊縛プレイか監禁プレイでもやってんじゃねーだろーな」
後輩「……はぁ?」ギロッ
先輩「なんだよ。お前あんなこと言っといて、そんな相手がいるのか」
後輩「……違います」
先輩「いやでもなぁ、流石に引くなぁ。手錠はなぁ。自分の後輩がそんな趣味だとは……」
後輩「 違 う っ て 言 っ て ん だ ろ ! ! 」
先輩「わっ!」ビクッ
後輩「あっ……ご、ごめんなさい。大声出して……」
先輩「じ、冗談に決まってんだろ。なにをそんなにキレてんだよ」
後輩「ごめんなさい……な、なんか最近、変にイライラしてて、自分でも変なんです」
先輩「……疲れてんじゃねーのか? 今まで新しい環境に必死だったろうけど、そろそろ落ち着いてきた頃だろ。
中途半端に肩の力抜けたら、ほっとした瞬間、がたがたっていっちまうからな」
後輩「そうなんです……かね」
先輩「力抜くなら抜くで、思いっきり抜けよ。確かにお前なんか疲れてるよ。目の下にクマできてるし
それにちょっと痩せたか? ちゃんと飯食って、ちゃんと寝てるか?」
後輩「……最近ちょっと食欲なくて、あんまり眠れないです」
先輩「そりゃあダメだ。なんといっても身体が一番だぞ。仕事も忙しいだろうけど、休む時はちゃんと休めよ」
後輩「はい……先輩、なんか大人になりましたね」
先輩「当たり前だろ。お前の先輩なんだからな」
先輩「ん、これ宮古島行った時の写真か」
後輩「……」
先輩「わざわざ飾ってんのかよ」
後輩「……大切な、思い出ですから」
先輩「あの時は恥ずかしかったけど、こうやって見るといい写真だな」
後輩「先輩の貧乳ビキニが眩しいですねー。ジャンプしてるのに揺れる気配もないって言う」
先輩「ぶん殴るぞ」
後輩「どうぞ」
先輩「……」グッ
後輩「……やっぱりダメ」
先輩「……いい顔してんな。二人とも」
後輩「……はい」
先輩「楽しかったな。あの頃は」
後輩「……はい」
先輩「……ああ、もうこんな時間か。終電間に合うかな……そろそろ帰るわ」
後輩「あ、そうですか……泊まっていけばいいのに」
先輩「そうしたいけど、明日も仕事だからな……」
後輩「……見送ります」
先輩「じゃあ、またな。今日はご馳走様。今度は……いつになるかなぁ。ま、早いうちにこんどはどっか行こうな」
後輩「……先輩」
先輩「ん、なに?」
後輩「今からじゃ終電ギリですよ。やっぱり泊まっていって下さい」
先輩「うーん……ごめん」
後輩「……ねぇ先輩」
先輩「……なんだよ。終電ギリなんだろ」
後輩「……一緒に暮らしませんか」
先輩「……はぁ?」
後輩「ここでなら、二人でも十分のびのび暮らせますし。家賃も……」
先輩「いや、ここの家賃半月分で私のアパート2か月分にもならんぞ、多分」
後輩「先輩は今の所の分だけでいいですから」
先輩「……いや、それは」
後輩「……私達、なんなんですか?」
先輩「は? 何?」
後輩「……先輩が大学卒業してから、どういう関係なんですか、私達は」
先輩「……」
後輩「なんか、お互い会社の付き合いばっかりとか休日出勤とかで、ご飯にも行けず……」
先輩「……社会人っちゃ、そんなもんだろ。学生時代の先輩後輩なんて……」
後輩「もっと、特別な関係じゃなかったんですか? 私達は」
先輩「……っ!」
先輩「……そうだったな」
後輩「なのに、なんか……最近変です」
先輩「いや、だからほんとごめんって。これからはもっと……」
後輩「違います! ……なんか、私が、変なんです」
先輩「……」
後輩「……変なんですよ、本当に」
先輩「……疲れてるんだよ。今日はもうゆっくりした方がいい」
後輩「……先輩、これで最後です」
先輩「……」
後輩「私と一緒に暮らしてください。……そうでなくても、せめて泊まっていってください」
先輩「……」
先輩「……ごめん。明日どうしても休めないんだ」
後輩「……」
先輩「また、今度な」
後輩「……」
-エレベーター内-
先輩「……なんか、様子がおかしかったな」
先輩「一緒にか……住めたらいいけどな」
ティッティロティッティロティッティロティーン
先輩「ん? 直子か?」
後輩《忘れ物してますよ。取りに来てください》
先輩「忘れ物? なんだろう……」
先輩「持って来てくれりゃいいのに」
ガチャ
先輩「おい、忘れものってなんだよ」
後輩「こっちです」
先輩「別に忘れたものなんてねーぞ」
後輩「……ここです。ベッドの横」
先輩「あー? なんだよ一体……」
後輩「……」
先輩「おい、忘れ物ってなんなんだよ。何にもねーぞ」
後輩「……先輩、ちょっと、手出してくれませんか?」
先輩「あ? こうか?」
後輩「……ありがとうございます」
カチャリ
先輩「……さっきの手錠か。やめろよ」
後輩「……」
先輩「おいこら、これじゃ電信柱に繋がれた犬じゃねーか」
後輩「……」
先輩「なんの冗談だ? やめろ。動けないだろ。外せ」
後輩「……」
先輩「おい、どうしたんだ? いい加減にしろ」
後輩「……外しません」
先輩「……おい」
後輩「……」
先輩「怒るぞ」
後輩「ごめんなさい」
先輩「いいか。外せ。いますぐ、外せ」
後輩「……ごめんなさい」
先輩「こっち見ろや」
後輩「……」
先輩「……外せっつってんだよ」
後輩「……」
先輩「聞いてんのかコラァ!?」ガタッ
後輩「……暴れないで下さい。食い込んで痛いですよ」
先輩「おい。おい。な、ほんと。こういうの全然おもしろくねーから。馬鹿なガキじゃねーんだから。
こんなふうにふざけてもぜんっぜんおもしろくねーから。いい加減にしとけ」
後輩「……先輩は」
先輩「……おい、これが許されんの、今のうちだぞ。本気で」
後輩「……もう、帰れません」
先輩「警察呼ぶぞ」
後輩「呼んでみたらいいじゃないですか。……どうやって?」
先輩「……なあ直子。お前が本気で怒ってるのはわかった。確かに私も悪かった。
会社の付き合いとか仕事ばっかりで、お前のことほったらかしといて。でもな、こういう怒り方はよくないぞ。
私だってもうガキじゃねーんだから、自分で自分のこと悪いって思ってるよ。
だから、もうやめろ。こんな馬鹿なこと……」
後輩「聞こえませんでしたか?」
先輩「……な、なんだよ」
後輩「先輩は、もう帰れません」
先輩「……ふざけんな」
後輩「……もう、諦めてください」
先輩「……っ ざ け ん な コ ラ ァ !」
後輩「ッ!」ビクッ
先輩「こっちが甘いツラしてたら付け上がりやがってよぉ! 帰れませんだぁ?
脳ミソイカれたんじゃねーのか!? いくらお前と私の仲だからってこんなおふざけが許されるとでも思ってんのか!?
冗談じゃねぇ! 今すぐ外せ! じゃねーとぶっ殺すぞ! もう、本気で……」
バシィッ
先輩「つぅッ……!」
後輩「……自分の立場、わきまえてください」
先輩「直子、お前……」
後輩「……」
先輩「自分が何やってんのかわかってんのか……」
後輩「ええ。とてもよく」
先輩「……放せぇ!」ガッ
後輩「……」
ドスゥッ
先輩「げはッ……! げほっ! げほっ! や、やめろ……」
後輩「大人しくしてください」
先輩「……ふ、ふざけんな、この……」
ゴガッ
先輩「うぐっ……!」
後輩「黙れ」
先輩「な、直子ぉ……」
後輩「……」
先輩「ど、どうしちまったんだよ……」
後輩「……はい、お水のペットボトル置いときますね。とりあえず一晩なら一本で良いですよね」
先輩「……ッ」キッ
後輩「ごめんなさい。こんなことしたくないんですけど、今手錠外したら、先輩逃げるでしょ?
しばらく、大人しく繋がれていてください。……先輩のためです」
先輩「……やめろ。もう、ほんとに、こんなこと……」
後輩「……」
先輩「……今なら、今ならなんとかなるから……後戻りできるから……やめるんだ……直子……」
後輩「……もう、戻れませんよ」
先輩「直子……」
後輩「はい。おトイレはこのバケツにしてくださいね。中にオムツの中身を入れてますから。ああ、ちゃんとフタはしてください」
先輩「なおこぉ……」
後輩「……じゃ、私もそろそろ寝ますので。この部屋は先輩の部屋にしますから、私は別の部屋で。
あ、大声出しても無駄ですよ。最近のマンションの防音は凄いんですから……私も、先輩に酷いことはしたくないんで」
先輩「……」
後輩「そうです。そんな風に大人しくしていれば、痛いことしません。……じゃ、おやすみなさい」
先輩「……痛って」
先輩「……あのヤロー、本気で蹴りやがった」
先輩「……」
先輩「……なんで」
先輩「……なんでこんなことになっちまったんだよ……」
先輩「……なんで……」
後輩「おはようございます。先輩。よく眠れましたか?」
先輩「……」キッ
後輩「……反抗的な目ですねぇ。捕まえられた野生の虎みたいですよ」
後輩「ま、別にそれぐらいで怒りません」
先輩「……おい、一晩寝て目ぇ醒めただろ。帰せ」
後輩「……朝ごはん持ってきますね」
後輩「食べないんですか?」
先輩「……」
後輩「意味ないですよ、そんなことしても」
先輩「……帰せ」
後輩「諦めて下さいと言ったでしょ?」
先輩「……ふざけんな」
後輩「もう聞き飽きましたよ。それは」
先輩「……」
後輩「あ、先輩の会社に電話しときましたよ。とりあえず風邪で休むって言っときましたから」
先輩「……」
後輩「私、先輩の声真似には自信あるんですよ。会社の人、全く疑ってませんでした」
先輩「……」
後輩「ま、そのうち会社は辞めてもらうことになると思いますけど……そこは、私が上手くやりますからね。心配しないで下さい」
先輩「……うっ」ポロポロ
後輩「……」
先輩「もう、やめろよぉ……こんなこと……」ポロポロ
後輩「……」
先輩「……うちに帰せよぉ……」ポロポロ
後輩「ダメです」
先輩「……なんでだよぉ……今なら、今なら……友達の家に泊まったってことにしとくからさぁ……
警察にも言わねーよぉ……だから……」
後輩「もう、間に合いませんよ」
先輩「……」
後輩「もう、戻る場所なんてないんですよ。私には」ニヤァ
先輩「……」
後輩「もう、何もかも手遅れなんです。もう」
先輩「……ばっ」
後輩「先輩も、覚悟きめてください」
先輩「バカヤロぉおぉおおおおお!!」
後輩「……うるさいなぁ、朝から」
先輩「てめぇの言いなりになんかならねぇからな! もうゆるさねぇぞ! 殺してやる! 絶対に警察に突き出してやる!!」
後輩「……そうそう、それでこそ先輩ですよ。でも、これじゃ手錠は外せませんね」
先輩「殺すからな。絶対」
後輩「ま、そのうち大人しくなりますよ……そのうち、ね」
後輩「先輩、なんか臭いですよ」
先輩「……う、うう……」
後輩「あっ、もう四日もお風呂入ってませんもんね」
先輩「……死ね……」
後輩「おトイレもこんなのだし……ごめんなさい。気がつきませんでした。お風呂入りましょう」
先輩「……」
後輩「じゃあ、手錠外しますよ」
カチャリ
先輩「……ふっ!」ガバッ
後輩「キャッ」
後輩「……いけませんねぇ、そういうことは」
後輩「自分の身が危ないですよ?」
先輩「うっ……!?」
バチバチバチッ
先輩「すっ、スタンガン……ッ!?」
後輩「いくらなんでもこれは使いたくないんですよ。……痛いですよ? これ」
先輩「くっ……!」
後輩「ほら、大人しくお風呂入ってください」
後輩「着替えは私のでいいですよね。じゃあ、待ってますから」
先輩「……」
先輩「あー……」
先輩「……気持いいのがむかつくな」
先輩「……これからどうなるんだろう」
先輩「……うっ……」
先輩「だめだ……泣いちゃ……」
先輩「負けちゃだめだ……」
後輩「……ほら、手出してください」
先輩「……」
後輩「やっぱり、手錠なんか付けてたらだめですね……血が出てるじゃないですか。痛そう……」
先輩「……いちっ」
後輩「ちゃんと消毒しないと……結構暴れましたか?」
先輩「……当たり前だろ」
後輩「……もう手錠はやめましょうか」
先輩「えっ……」
後輩「もう1週間もこれですもんね……まあ、いいでしょう」
先輩「……」
後輩「はい、手当て終わりましたよ。じゃあ、もう手錠はつけなくても良いです」
先輩「……」
後輩「テレビとか本も見て良いです。CDもご自由に。好きにくつろいでください」
後輩「ただし、この部屋からは出しません」
後輩「窓も扉も私が鍵をかけますからね。……もちろん、私をどうかしようたって、無駄ですよ」バチバチッ
後輩「じゃ、私は仕事ですので」
先輩「……せ、せめて、トイレぐらいは普通に使わせてくれよ……」
後輩「……トイレは廊下に出ないといけませんから……ちょっと難しいですね。
まあ、確かにバケツはあんまりですか。おまるか……携帯トイレでも買ってきましょう」
先輩「……うっ……うっ……うう……ひどい、ひどいよ……」ポロポロ
後輩「……」
後輩「……私が家にいる間は、別に良いです」
後輩「……じゃ、なるべく早く帰ってきますから」
先輩「あー……」
先輩「清々したー……」
先輩(手錠が外れて……なんて快適なんだ……)
先輩(……私は)
先輩(手錠を外してもらって、少しでもあいつに感謝してしまった)
先輩「……外して『もらって』?」
先輩(……まずい)
先輩(まずすぎる)
先輩「おーいっ!」
先輩「誰かぁ!」
先輩「聞こえないのか!」
先輩「助けてくれ! 監禁されてるんだ!」
先輩「おーい!」
先輩「……ダメか」
先輩「壁は防音壁、窓には防音サッシに強化ガラスか? 雨戸まで閉めて……」
先輩「どうなってんだよこの窓の鍵は……絶対に開かねーぞこれは……」
先輩「くっそ……くそったれがぁ……」
先輩「おおおおいい! 誰かぁあああ! 助けてくれよぉおおお!」ドンドンドン
先輩「……そうだ、もっと壁を叩けばいくらなんでも隣に聞こえるはずだ」
先輩「……よし」
後輩「先輩」
先輩「ひっ!」
後輩「何やってるんですか」バチバチバチッ
先輩「……か、帰ってたのか」
後輩「どうも、胸騒ぎがしまして」
先輩「……」
後輩「気持はわからなくもないですが……これはちょっとお仕置きが必要ですかね?」バチバチッ
先輩「や、やめろっ!」
後輩「……先輩、自分で手錠をつけてください」
先輩「な、なに?」
後輩「ほら、ベッドの手錠ですよ。こんなんじゃ、あんまり先輩を自由に出来ませんね」
先輩「……」
後輩「ほら、早く」バチバチバチッ
先輩「く、くそっ……」
カチャリ
後輩「しばらく反省しててください」
先輩「くっ……」
後輩「まあ、お仕置きと言いながらこれだけというのも……そうですね。
あ、心配しないで下さい。痛いことはしないですから。……まだ」
先輩「……」
先輩(チャンスだ。チャンスを待つんだ……)
先輩(絶対ここから脱出してやる……!)
先輩「……おい」
後輩「……なんですか?」
先輩「……飯を食わせろ。こんなやり方って……ないだろ」
後輩「へぇ、意外と早かったですね、弱音が出るの」
先輩「ふざけんな……もう三日も水以外なにも食ってないんだぞ」
後輩「まあ、お仕置きですからね」
先輩「……う、うう……」
後輩「言ってるじゃないですか。逃げようとしてごめんなさいって謝れば、いくらでもご飯作ります。
それに手錠も外してあげますよ」
先輩「……くそっ……」
後輩「……下手な意地張らないで下さい。私も困ってるんです。ここは、大人しくした方が、先輩のためです」
先輩「……死ねよ、本気で……に、逃げようとしてごめんなさい」
後輩「……もうしません」
先輩「も、もうしません……」
後輩「はい、よく言えました。嘘じゃないですね? じゃあ、すぐご飯作りますからね。手錠は出来てから外しますよ」
先輩「……地獄に落ちろ……」
後輩「はい。沢山食べてくださいね。まあ、お腹がからっぽで、急に食べたら身体に毒ですから、まずはおかゆを少しずつ」
先輩「……」ズッ
先輩「……はぁっ」
先輩(う、美味い……)
先輩(こんなに美味いものは生まれて初めて食ったぞ……)
後輩「どうですか? 美味しいですか?」
先輩「……ふんっ」
後輩「……先輩も、あんなことしなかったら、こんな辛い目しなくて済むんですよ」
先輩「……」
後輩「今夜はご馳走にしましょう。そうだ、カニがいいですね。今の時期なら冷凍しかないでしょうけど……」
先輩「……カニ……」
後輩「楽しみにしててくださいね。あ、手錠はもうつけなくていいですよ」
先輩「……」
先輩「やばい」
先輩「やばい」
先輩「やばい……」
先輩「私は、あいつに手懐けられているのか?」
先輩「……しっかりしろ! 島井みなみ!」
先輩「今の状況わかってんのか!?」
先輩「……くそっ!」
後輩「……」
後輩「……よかった……先輩が折れてくれて……」
後輩「……あのまま先輩が何も食べてくれなかったら……」
後輩「……うう」
後輩「あああああああああああ……」
後輩「……ごめんなさい」
後輩「ごめんなさいいぃ……」
先輩(窓を開けるのは無理だ……あの鍵は壊せない……)
先輩(かといって、室内の扉を壊すのも無理だ……)
後輩「先輩?」
先輩(となると、やはり壁を叩いて助けを呼ぶしかない……)
後輩「先輩? 聞いてますか?」
先輩「……うっ」ビクッ
後輩「今日から、トイレ、普通に使って良いですよ」
先輩「えっ……」
後輩「これまであんな携帯トイレなんかにさせて本当にごめんなさい。今日、廊下の扉にも鍵をつけたので」
先輩「……」
先輩(なにをがちゃがちゃやってんのかと思えば……)
後輩「廊下の扉はトイレの以外は開かないようにしておきます。もちろんトイレの中に窓とかはありませんよ」
先輩「……」
後輩「下手なことは考えないで下さい……私も、つらいですから」
先輩(……少しずつ、人間らしい生活に戻っていく……)
先輩(これがあいつの作戦か)
先輩(……絶対に、乗ってたまるか)
後輩「先輩。家に居て暇でしょ。なんか欲しいものはないですか? 買ってきますよ。
あ、残念ながらパソコンはダメですよ。もちろん。……あ、でもネットに繋がらないのならいいのかな?」
先輩「……」
後輩「でも、それじゃあんまり意味ないですよね」
先輩「……」
後輩「暇つぶしならゲームがいいですかね。PS3かなんか買ってきますか。一緒にやりましょう」
先輩「……」
後輩「でもwiiの方が一緒にやれるのは多いかな? どっちがいいですか?」
先輩「……」
先輩(こいつは、なんのためにこんなことをしているんだ)
先輩(私に何をするでもなし、身代金の要求なんかも……してないだろうな)
先輩(……理解できない)
後輩「あー、あと先輩、今日で正式に会社は辞めてもらいましたから」
先輩「……」ピクッ
後輩「むしろ3ヶ月近くも欠勤してるのに、よく今までクビならなかったですね。私の声真似もなかなかのもんだ」
先輩(もう、仕事なんてどうでもいい……)
後輩「えー、で、先輩のお母さんからも電話がありまして」
先輩「……何?」
後輩「先輩今、自分探しの旅に出てることになってますから。
なんか案外あっさりしてましたよ。どういう親子関係なんです?」
先輩「……」
後輩「なるべく心配かけないように、ちょくちょく連絡しておきます」
先輩「……そりゃ、ご丁寧なことで」
後輩「じゃあ、ご飯作りますね」
先輩(やはり、こいつが出勤している間にやるしかない)
先輩(隣も勤め人なら辛いが……賭けるしかないな)
ドッドッドッ ドンドンドン ドッドッドッ
先輩「おーい!」
ドッドッドッ ドンドンドン ドッドッドッ
先輩「誰かいないか!」
ドッドッドッ ドンドンドン ドッドッドッ
先輩「聞こえたら返事してくれ!」
ドッドッドッ ドンドンドン ドッドッドッ
ドッドッドッ ドンドンドン ドッドッドッ
ドッドッドッ ドンドンドン ドッドッドッ
先輩「だめだ……留守らしいな」
先輩「次は反対側もやってみるか……」
ドッドッドッ ドンドンドン ドッドッドッ
ドッドッドッ ドンドンドン ドッドッドッ
ドッドッドッ ドンドンドン ドッドッドッ
先輩「SOSのモールス信号ってこれでいいんだよな……」
先輩「おーい! 助けてくれー!」
先輩「隣で監禁されてるんだよー!」
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
先輩「駄目かぁ……」
先輩「時間を変えて続けるしかないか……」
先輩(駄目だ……朝も昼も夕方もまったく反応がない)
先輩(やっぱり直子と同じような生活パターンで出勤してるのか)
先輩(休みの日には一人になれないし……)
後輩「あ、先輩、醤油とって下さい」
先輩「……」スッ
後輩「ありがとうございます」
先輩(……この生活が馴染んできたのが悔しい)
先輩(早くなんとかしないと、本気で慣れてしまう……自分が監禁されていることに)
先輩(どうすればいいんだ?)
後輩「……先輩、ちょっとお話があるんですけど」
先輩「……?」
後輩「確か先輩、約束しましたよね、もう逃げ出そうとしたりなんかしないって」
先輩「……」ビクッ
後輩「……よくないですね、壁をどんどんどんどん叩いちゃ」
先輩「……な、なんのことだよ」
後輩「しらばっくれないほうが良いですよ」
先輩「……」
後輩「監視カメラぐらい、仕掛けます」
先輩「……なっ……!?」
後輩「……これはお仕置きが必要ですねぇ……」バチバチバチッ
カチャ カチャ カチャ
先輩「な、なんだよこれ……」
後輩「動けないでしょ。拘束具? 拘束着? っていうんですか。今は色んなものが手に入るんですねぇー」
先輩「ぐっ……」
後輩「いいでしょこれ。指開かせて無理矢理固定できるんですよ」
先輩「な、なにをする気だ……?」
後輩「……そろそろ、先輩にも身体で分かっていただこうかと」スッ
後輩「なにしろ、口で言っても理解してもらえないようなので」
先輩「……は、針?」
後輩「……拷問の定番といえば、爪の間に針、ですよね」
先輩「なっ!?」グッ
後輩「こんなこと、したくなかったんですけどね」
先輩「やっ、やめろ!!」
後輩「残念ですよ」
先輩「わ、悪かった! 私が悪かった! もう、逃げ出そうとか、助けを呼ぶとかしないから!」
後輩「……言葉じゃもう信じられないんです」
先輩「やめろ! や、やめてくれ……」
後輩「……力抜いた方が、多分まだマシですよ」スッ
後輩「……い、行きますよ」プルプル
先輩「やめろ……頼むから……」
後輩「うっ……ううううう!」グッ
ブツリッ ググッ
先輩「う、うぁああああ!」
後輩「はぁっ……はあっ……」
先輩「うううっ!」
後輩「はっ……はあっ……や、やっぱり、つ、爪はやめておきましょうか」
先輩「う、……あ?」
後輩「それでも、指先をこれだけ刺さってたら十分痛いでしょ……」
先輩「あっ、あああ……」
後輩「抜きますよ……」
ズブッ
先輩「うっ! ……いちぃいいい」ポタポタ
後輩「はぁっ……はぁっ……先輩、もうあんなことしないって約束してください」
先輩「……」
後輩「お願いです。お願いですから、約束してください……私、もう嫌です……」ポロポロ
先輩「……」
後輩「約束してくれないと……本当に爪に、刺します」
先輩「……や、約束する。もう、逃げ出そうとしたりしないから……」
後輩「あ、ありがとうございます。じゃあ、指きりげんまん……」
先輩「……」
後輩「……もう、嘘はつかないで下さい。今度嘘をついたら……もう二度とこんなことできないようにしますから」
先輩「……」
後輩「ほ、包帯巻きますね。けっこう血が出てますから……」
先輩「い、いちちち……」
後輩「……ご、ごめんなさい」
先輩「……謝るくらいなら、はじめからすんなよ、こんなこと……」
後輩「……拘束具も、外してあげます。手錠も……もういいです」
先輩「いってー……」
後輩「……ごめんなさい」
先輩「……」
後輩「……私はもう寝ますから……」
先輩「……」
後輩「……先輩、一応言っておきます」
後輩「壁なんか叩いたって無駄ですよ」
先輩「……」
後輩「この部屋の両隣も、上の部屋も、下の部屋も……全部私が借りてますから」
先輩「……!?」
後輩「知ってるでしょ……うちは、お金持ちなんです。最近どばっと臨時収入がありましてね。
先輩の声も、壁を叩く音も、誰にも聞こえません」
先輩「……お、お前っ……」
後輩「……おやすみなさい」
先輩「……」ペタン
先輩「……あいつは」
先輩「本当におかしくなっちまったのか……」
先輩「……どうして」
先輩「……どうして……」
先輩「……あ」
先輩(宮古島の写真……まだ飾ってたのか……)
先輩(今まで見ようともしなかったけど……)
先輩「……」
先輩「この頃は……」
先輩「こんなに楽しかったのに……」
先輩「……」
先輩「あんなに、楽しかったのに……」
先輩「……うう」
先輩「……うううー」ポロポロ
先輩「うぁああああん……」
先輩「なんでだよぉ……」
後輩「……」ゴクゴク
後輩「全部」
後輩「計画通り」グビグビ
後輩「……全部」
後輩「……決めてたこと」
後輩「……」ゴクゴク
後輩「最悪だ」
後輩「最悪だ……」グビグビ
後輩「……レポートじゃないんだから」
後輩「止めれば、良かったんだよ」
後輩「……途中で、止められたんだよ」
後輩「うっ……おええぇっ」ビチャビチャ
後輩「はぁっ……はぁっ……」
後輩「先輩……ごめんなさい……」
先輩(……眠れない)
先輩「なんか飲むか……」
先輩(私用の冷蔵庫や電子レンジまで用意して……至れり尽くせりだよな。そこらのホテルなんかよりよっぽど)
先輩(……この部屋から出られさえすればな)
先輩「ホットミルクでも作るか……」
ガチャ
先輩「ん?」
後輩「……」
先輩「……」
先輩(なんだ、こんな夜中に……な、なにもしてないぞ、私は……)
先輩「……なんだよ?」
後輩「……」ボスッ
先輩(……そのベッドで、お前は私に拷問したんだぞ、わかってんのか?)
後輩「……先輩、こっち来てください」
先輩「……ッ?」ビクッ
後輩「……大丈夫です、何もしませんよ」
先輩「……」
後輩「嫌なら……別に良いですけど」
先輩(なんか、様子がおかしいな……)
先輩「……」
後輩「……」
先輩「……」
後輩「……私のこと、恨んでますか?」
先輩「……当たり前だろ」
後輩「そうですよね……ごめんなさい」
先輩「謝るぐらいなら、はじめからするな。謝るくらいなら、ここから出せ。そうじゃなかったら、謝るな。
私にお前を、心の底から憎ませろ」
後輩「……ごめんなさい」
先輩「……」
後輩「……先輩、もっと、くっついていいですか?」
先輩「……あ?」
後輩「先輩……」
ギュッ
先輩「……」
後輩「……細くて、あったかい」
後輩「先輩」
後輩「先輩……」
後輩「先輩、好きです」
先輩「……」
後輩「……好きなんですよ……」
先輩「……」
後輩「先輩……」スッ
先輩「……んっ、んん……」
後輩「んうっ……んん……」
先輩「……んぐぅ……ぷはっ」
先輩「……息できねーだろ」
後輩「先輩……ん」
先輩(やわらかい……)
後輩「んじゅぅ……んんん……」
先輩(口の中で、舌がうねうねして気持悪い……)
先輩(でも……なんか頭の真ん中が……ぼーっとする)
先輩(……ああ、なんかもう……)
先輩(どうでもよくなってきた……)
後輩「先輩……」
後輩「……私達、もっと早くこうしていればよかったですね」
先輩「……」
後輩「そうしたら、こんなことにはきっとならなかったんじゃないかと……」
先輩「……」
後輩「……どこで、間違えたんでしょう、私は」
先輩「……」
後輩「……私は、先輩が欲しい」
後輩「どこの誰にも、会社にも仕事なんかにも、先輩を取られたくないって……」
後輩「ただそれだけだったはずなのに……」
先輩「……」
後輩「……私は、先輩を自分のものに出来たら、どんなに楽しいかと思ってました」
後輩「でも、でも……こんなの……楽しくないです……全然……」
先輩「……」
後輩「帰りたい……」
後輩「学生時代に帰りたい……」
先輩「……」
先輩「……私もだよ」
後輩「……」
後輩「私達、もっと早く、こうなれていればよかったのに……」
先輩(そう)
先輩(何もかも、もう遅すぎる)
先輩(……遅すぎたんだ)
先輩「ご馳走様」
後輩「デザートにリンゴでも切りましょうか」
先輩「うん」
先輩「……」
先輩(もう、一年か)
先輩(私がいなくても、季節も、世間もちゃんと回って行くんだな)
先輩(お母さんやお父さんは私のこと、本当に知らないんだろうか……)
先輩(本当に、自分探しの旅だなんて信じてるのか?)
先輩(……どういう風に娘のことを見てるんだか)
後輩「先輩、はい、切れましたよ」
先輩「ああ、ありがとう」
先輩(最初のうちは逃げようと頑張ったが……その度にこいつに『お仕置き』されて……それから……)
先輩(……もう、疲れた)
先輩(もう、何も考えたくない)
後輩「うわっ、すっぱ」
先輩「安モン買うからだよ」
後輩「今月厳しいんですよ~」
先輩(……もう、一生、このままでも……)
後輩「はぁー、落ち着いちゃう前に、洗い物しちゃお」
先輩「……私がやろうか?」
後輩「いやぁ、いいですよ。私の仕事ですからね」
先輩「……」
先輩「……ん?」
先輩「……ナイフ?」
先輩「そうか、あいつリンゴ剥いたまま……」スッ
先輩「これは……」ドクンッ
先輩「……チャンスかもしれない」ドクンッ
先輩(……今なら)ドクンッ
先輩(あいつをやれる……)ドクンッ
先輩(ここから、出れる……ッ!)ドクンッ
先輩(不思議だ……さっきまで、完全にあきらめていたのに)ドクンッ
先輩(今は……違う)ドクンッ
先輩「なんだ……この気持ちは」ドクンッ
先輩「……」
先輩「……嫌な、気持ちだ」
先輩「……でも」
先輩「……今しかない」
ジャージャーカチャカチャ
後輩「んーんー……んーんんー」
先輩(相変わらず音痴だな)
先輩(こっち、向くなよ……ッ!)
先輩「……ふっ!」
後輩「ああ、そういえば先輩、この間言ってた……」
先輩「死ねっ!」ブンッ
後輩「きゃぁああああ!」ガタンッ
先輩「くそっ! 待てっ!」
後輩「せ、先輩!」
先輩「お前なんか、お前なんかぁあああああ!」ブンッ
後輩「……先輩のアホーーーーー!」
バチィッ!!
先輩「あがぁああっ!」
後輩「はぁっ……はぁっ……」
先輩「あっ、がっ……!」
後輩「はぁっ……はぁっ……」
先輩「か、あ、が……!」
後輩「先輩……」
後輩「……先輩……」
後輩「……どうして」
後輩「……もう、終わりですか。私達は」
先輩「あっ、なっ、お……こっ……」
後輩「……嫌ですよ。こんなのは」
後輩「……約束を破る人には……」
後輩「……お仕置きです」
カチャ カチャ カチャ
後輩「またこの拘束具を使わなきゃいけないなんて……」
後輩「がっかりですね」
先輩「……」
後輩「ほら、指広げてください。無駄な抵抗はやめて」
先輩「……今度こそ、爪に針か?」
後輩「……いえ」
ゴトッ
先輩「……? おい、なんだよ、それは……」
後輩「見て分かりませんか? 出刃包丁とトンカチです」
先輩「……何をする気だ」
後輩「……約束も守れないような、そんな指、切っちゃいましょう」
先輩「……なっ」
後輩「カニの足と、同じようなもんでしょ? 切れますよ」
先輩「……お、まえ……!」
先輩「嫌だ! やめろ! やめてくれ! 悪かった! 私が悪かった!」
後輩「……決めてたことですから」
先輩「どうかしてたんだ! 二度とあんなことしないから!」
後輩「……包丁を小指の間接にあてて」
先輩「ずっと! ずっとここにいるから! 一生一緒にいるから! やめてくれ!」
後輩「……刃の背を、トンカチで、叩く、と」
先輩「なおこぉ……ゆるして……ゆるしてくれよぉ……」
後輩「先輩……」ポロポロ
先輩「直子ぉ……」
後輩「……後で、私のことを、殺して良いですから」ポロポロ
先輩「なおこ……」
後輩「憎しみもうらみも痛みも、全部私に返して良いですから」ポロポロ
先輩「や、めろ……」
後輩「これはやらなきゃいけないんですよぉおおおお!」
ブンッ
ガンッ
ばつんっ
先輩「ッ……ッ!!!!」
後輩「……ううううッ!」
先輩「ぁ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ! ! ! 」
後輩「ほ、ほんとに切れちゃった……」
後輩「うっ……ううっ……おえええっ……」
先輩「ああ……ああ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
後輩「せ、先輩……」
先輩「ひぃ、ひぃ……ああああああ゛あ゛あ゛あ゛!」
後輩「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
先輩「あー、あー、あー……」
後輩「血を、血を止めなきゃ……血を止めなきゃ……血を……」
先輩「うううう……い゛い゛た゛あ゛い゛い゛い゛い゛! 触るなぁああああ!!」
後輩「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……でも血を止めないと……」
先輩「はぁーっ……はぁーっ……なおこぉ……なおこぉ……いだいよぉ……」
後輩「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
先輩「なおこぉおおお……なあああぉおおおこぉおおおおおお!!」
後輩「先輩……先輩……ごめんなさい……ごめんなざいいぃいいい……」
先輩「ひぃー、ひぃー……」
後輩「はぁ……はぁ……せ、先輩、病院行きましょう」
先輩「ひぃ……あ? そ、そんなことしたら……うっ、うぅ」
後輩「いいから、いいから行きましょう……くそっ、外れろ! 外れろ!」カチャカチャ
先輩「ううう、ゆらすなぁあああ」
後輩「は、外れましたよ。さあ、早く、タオルはそのまま押さえて、私の車に……」
先輩「いたいよぉ……いたいよぉ……なおこぉ……」
後輩「大丈夫です。大丈夫ですから。大丈夫ですから……」
先輩「うう……ううう……なおこぉ……」
後輩「その、カニを食べようとしていて、包丁で切ろうとしたんですけど、手が滑ったみたいで……」
医師「ほう、カニをね……それで、切れた指は?」
後輩「えっ……?」
医師「切れた指があれば縫合できるかもしれません」
後輩「あっ、えっ、あっ……と、取ってきます! すぐ持ってきます! わ、私慌てて、その、あの……」
医師「落ち着いてください。指はビニール袋に入れて、氷を入れた袋に……」
後輩「すぐに、すぐ戻ってきます! すぐ戻ってきますから!」ダッ
医師「あっ! ちょっと!」
医師「……大丈夫かな」
看護婦「先生、準備整いました」
医師「よし、とりあえず止血して、感染症予防処置を……」
後輩「指! 指ぃ! 先輩の指ぃ!」バタバタ
後輩「どこ!? どこにあるの!?」バタバタ
後輩「無い……無い……無いっ!」ガタガタ
後輩「何で無いの!? どこに……」ガタガタ
後輩「おちつけーおちつけーおちつけー、先輩を押さえて、縛って、包丁をあてて、トンカチを……」
後輩「ト……ン……カ……チ……を……」
後輩「あああああああああああああ!!!」
後輩「ごめんなさいぃいいいい!!!」
後輩「どこぉおお!? どこに行ったの!? 先輩の指ぃいいいい!」バサバサ
後輩「先輩の……先輩の……」
後輩「私が切った……」
後輩「先輩の……指ぃいいいい!!!」
先輩「うう……」
医師「大丈夫ですか? もう血は止まりましたからね」
先輩「……」
医師「今、あなたのお友達が切れた指を捜しに行ってくれていますよ。ちゃんとくっつきますからね」
先輩「……」
医師「……えー、それで何故こんな怪我を? なにをしていたんですか?」
先輩「……えっ?」
医師「工場で勤務されている方が指を切断する事故というのは、割と良くあるんですが、女性の方が自宅でとは……」
先輩「……えっと」
先輩「その、カニを……」
医師「カニ?」
先輩「カニを、鍋に入れようと思って、力任せに切っていたら、指まで包丁の下に入って……」
医師「……ふむ」
先輩「その、それだけ、です」
医師「……なるほど、分かりました。……それにしても、ちょっと遅いですね。お友達は」
後輩「……無いよ……」ポロポロ
後輩「……無いよぉ……」ポロポロ
後輩「……先輩の指……」ポロポロ
後輩「……うぁあああああん……」
先輩「……」
先輩「……なんで、私は……」
私は監禁されている。大学の後輩に、もう、1年と半年も。
指は結局くっつかなかった。直子が指を捜すのに手間取って、しかも冷やさずに病院まで持ってきたかららしい。
「先輩、晩御飯どうしましょうか」
「あー、なんでもいいよ。カップ麺でいいんじゃねーの」
「駄目ですよそんなんじゃ」
退院した私を迎えに来た直子は、マンションの部屋に戻るなり、私に包丁を渡した。これで私を殺せ、と言って。
もちろん、私にそんなことは出来なかった。
「それに、もうカップ麺残ってませんよ。先輩お昼に食べたでしょ?」
「そうだっけ? お前も食っただろ」
「私はちゃんと自分の分作りましたよー、お昼」
私は知っている。
夜毎、一人浴びるように酒を飲んでは、狂ったように懺悔の言葉を叫ぶ直子のことを。
「っていうか、たまには先輩がご飯作ってくださいよ」
「えー、やだよ面倒くさい」
私の腕に抱かれ、必死に現実逃避をするように、嬌声と呻き声を交互に繰り返す直子のことを。
何故直子が私の指を切らなければならなかったのか、直子がなにを考えていたのか、それはわからない。
ただ、もう部屋の窓にも扉にも、鍵はかけられていない。それどころか、玄関の扉だって、自由に開ける事が出来る。
もちろん、手錠や拘束具で繋がれる事も、ない。
だけど、私は、相変わらず監禁されている。
私は……私の心も、身体も、全て直子に壊されてしまった。
私はもう外の世界では生きられない。この、下界から断絶されたマンションの一室でしか、私は生きられない。
「ほら、冷蔵庫にあった野菜やなんかででっちあげましたよ」
「おー、すげーじゃん」
「ただ、味はどうかな……」
「……うん、まあ、個性的でいいんじゃねーの」
「……そりゃ光栄です」
こんな会話は、単なる憧れだ。芝居だ。私が、直子が、ずっと憧れていた会話だ。
――私達は、かつてはこんな会話を、なんの気負いも無く、なんの演技も無くこなしていたはずだ。
あの、オンボロの学生寮に、いた頃は。
「そんなに言うなら、今度は先輩が作ってくださいよ」
「えー、めんどくせーな。キャラメル食って水で腹膨らませとけよ」
「……いやいやいや」
私達の未来に待っていることなど、分かっている。
どんな形にせよ、それは早いか遅いかだけで、いつか必ずやってくる。
「あー、なんか大学が懐かしいですねー」
「……そうだな」
私達は、後ろを向いたまま、破滅へと歩いている。
決して、前を見ようとせずに、ただ、あの美しかった過去だけを見ている。
それしか、私達が生きていく道が、ないから。絶対にそこには戻れないというのに。
そう、私達はもう、何処にも戻れない。何処にたどり着くことも出来ない。
私達はもう、何もかもが手遅れだ。
ただ、いつまで歩いていられるのか。どこに、破滅への落とし穴があるのか。
それだけだ。
ピンポーン
先輩「……」ビクッ
インターフォン「宅配便でーす」
後輩「はーい」
後輩「えーっと、一応奥にいてくださいね」
先輩「分かってるよ」
ピンポーン
後輩「はいはい、ちょっと待って」
ガチャ
後輩「ご苦労様で……」
刑事「失礼」ズズイッ
後輩「なっ……!?」
刑事「騙すような手を使って申し訳ない。廣田直子さんですね。我々は警察の者です」
後輩「け、警察……」
刑事「何故来たかわかりますね。この部屋に捜索令状が出ています。ほら、これよく読んで」
後輩「捜索令状……」
刑事「逮捕監禁及び傷害の容疑です。あなたが人を監禁しているということで。
傷害については医師から通報が……いえ、それよりも中を調べさせてもらいます」
後輩「……ッ! 先輩! 逃げて!」ダッ
刑事「! 取り押さえろ!」
後輩「うぅうっ! 先輩! 先輩!」
刑事「さっさと調べろ! 中にいるはずだ!」
ドタドタドタ
先輩「直子、どうし……」
警官「いたぞ!」
先輩「ひっ!?」
警官「大丈夫ですか!?」
警官「さあ、こっちに!」
先輩「な、なんだよお前ら! おい! 直子! 直子! どうしたんだ!」
後輩「先輩!」
刑事「よし! 廣田直子、逮捕監禁の現行犯で逮捕する!」
先輩「直子! やめろ! おいコラジジイ! なにやってやがんだ! 直子を放せよコラァア!」
警官「大分錯乱してるぞ!」
警官「落ち着いてください!」
先輩「放せ! なんだお前ら! 直子! 待て! 直子をどこに連れて行く気だ!」
刑事「なにをやってるんだ! はやく保護しろ!」
先輩「直子! 直子ぉおおおお!」
後輩「せんぱぁあああああい!!」
「みなみ! よかった……本当に良かった!」
「だから俺は言ったんだ! 突然自分探しの旅だなんておかしいって!」
「ゆ、指が……ああ、なんてこと……」
「1年半も監禁されていただなんて……とにかく、命だけは無事でよかった」
「あなた! みなみの指が切られているんですよ! それをよくも無事だなんて!」
「何を言っているんだ! 殺されていてもおかしくない状況だったんだぞ!」
先輩(……ああ)
先輩(うるさい……)
先輩(なんてうるさいんだ……)
「大丈夫だからね、みなみ。これから、いくらでも人生やり直せるから……」
「とにかく、まずはゆっくりうちで休め。辛かっただろう。本当に辛かっただろうな……」
先輩(……うるさい……うるさい……)
「じゃあ、最初の1週間、手錠でつながれてたんだね?」「絶対に許せないわ。死刑よ! そんな女は……」「ふんふん、なるほど」
「弁護士に相談を……」「島井さん! 監禁されてたって本当?」「みなみ、何でも好きなもの食べていいからね」
「お前と相部屋だった女なのか。だから俺は寮なんかより一人で暮らした方がいいと……」「そいつイカレてるんじゃないの?」
「みなみん! ニュース見てびっくりしたよぉ~」「で、君には他に何もしなかったの?」「おい、外の記者どもをおっぱらえ!」
「……を一年六ヶ月にわたり監禁していた容疑で25歳の女を逮捕……」「先輩! ニュースで……まさか廣田が……」
「これからどうすんの?」「じゃ、これにサインして」「うーん、もちろん気の毒だとは思っているけど、やっぱり再入社は……」
「へぇー、ちゃんと皮膚で覆われるんだね」「痛かった?」「何されたの?」「……なんでそんなかばうようなことを言うのかね」
「手錠かけられたって?」「逃げ出せなかったの?」「なんでそんなことを……」「廣田さんがそんなことをするなんて……信じられない……」
「大学の後輩だったんだって?」「あんまりそういうことは言わないでもらいたいねぇ、こちらとしては」「辛かったろうねぇ……」
「なんでそんなことになったんだ?」「廣田容疑者は一貫して黙秘を……」「そういうのをストックホルム症候群とだね……」
「逃げようと思えば逃げられたんでしょ」「かわいそう……」「大丈夫で良かったね」「指不便じゃない?」
先輩(うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい……)
先輩(帰りたい……帰りたいよ……)
先輩(もう……いやだ……)
刑事「だからぁ、どうしてこういうことをしたんだ。動機だよ、聞いたことあんだろ。動機」
後輩「……」
刑事「けっ、延々と黙秘権の行使ってか。小娘が味な真似をなぁ」
刑事「……警察を舐めてんじゃねぇぞこらぁ!!」バァン!
後輩「……」
刑事「ちっ……耳が聞こえねぇのかてめぇは。……それとも、自分が仕出かしたことがわかってねぇのか」
後輩「……」
刑事「……お前の監禁していた女だがよぉ」
後輩「……」ピクッ
刑事「ビルから飛び降りたんだぞ」
後輩「……っ!? なっ……ど、どういうことですか!?」ガタンッ
刑事「そのまんまだよ。ビルからぴょーん、ひゅー、ぐちゃーで、今も意識不明だ」
後輩「そんな……そんな……」
刑事「……お前が殺したようなもんだな」
後輩「先輩……先輩……せん……ぱい……」
「……など極めて入念な計画による犯行というべきである。また、被告人は監禁されている部屋よりの脱出を試みるという被害者として
当然の行為に対して『お仕置き』と称し、指に縫い針を刺したり、手錠を用いて拘束し食事を与えないなどの著しい虐待行為を行い
挙句に左手小指を第二間接より切断するという残虐な傷害行為に及んでいるが、これは、被害者の反抗心を抑圧し脱出
救出への望みを絶とうという極めて身勝手な動機によってなされたものであり、被告人本人が行為の際に心苦しいとの
罪悪感に苛まれていたとはいえ、むしろその罪悪感によって行為を中止しなかった点においても、強い非難に値する。
このように被告人の刑事責任は重大なものであると言わざるを得ない。
他方、犯行当時、被告人が父親の人脈により就職した勤務先において孤立し、人間関係などに悩みながらも相談する相手も無く
大学時代の先輩である被告人にも、図らずとは言え度々食事等の誘いを断られ、ここに父親の死去という事情も重なって
鬱状態に近いほど精神的に追い詰められた状況にあったこと、ある時期以降は室内の鍵を全て撤去し被害者が出て行こうと思えば出て行ける状況に
あったのに、被害者は自らの意思で留まっていたこと、被害者の小指を切断した際に犯行の発覚の恐れをも省みず
自ら被害者を病院に搬送したこと、また実際にこのことが事件発覚の端緒となったこと、さらに被害者より寛大な処分を求める嘆願書が
繰り返し提出され、被害者が自殺未遂を図った際の遺書にも同趣旨の記載があるなど、被告人に酌むべき事情が存在する。
また、被告人は被害者の監禁中において、度々多量の飲酒をし前後不覚になりながら、被害者への謝罪や後悔の言葉を繰り返しており、
警察官による取調べや公判廷においても、落涙しながら必死に被害者への謝罪の言葉を述べ、さらには、既に被害者へ被害弁償金として
500万円を支払い、被害者への償いに生涯を奉げる旨の供述をするなど、心からの真摯な反省悔悟が窺える。これらの点に加えて被告人は25歳と若く、前科もないものであり……」
病室のテレビが、ある裁判の判決を伝えている。
あんなことをして、刑はこんなものなのか。裁判のことは良く分からない。
女が女を監禁していたということで、ほんの少しだけ、世間の好奇の目が私達に集中した。
だがどうせ、皆、明日起きれば私達のことなんか忘れている。世間にとって私達にはその程度の価値しかない。
それでも、逮捕直後に連行されていく直子の姿をテレビで見たときは、頭の真ん中でめまいがした。
――直子は悪人じゃない。
ただ、間違えただけだ。
悪人なんて、この世にはいない。
皆、どこかで間違えるだけだ。
ただ、一度間違えたら、もう間違える前には絶対に戻れないのも、この世だ。
それでも人は間違える。
直子は、ただ間違えただけだ。
めまいは、ずっと続いている。
私はもう二度とまともに歩けないらしい。
あのめまいにやられて、飛び降りたことは、後悔していない。
――私は帰りたかった。あの、薄暗いマンションの一室に。
あの、カビの臭いがする、寮の相部屋に。
私は、ただ帰りたかった。帰れると、思った。
結局帰れは、しなかったけれど。
これから、どうしよう。
直子は私から、なにもかもを奪ってしまった。
あの美しかった過去すらも、私にはもう残っていない。
私にはもう、帰れる場所も、帰りたいと願う場所すらも無くなってしまった。
だというのに、私は生きていかなければならない。
「……キツイな」
テレビはもうとっくに何の関係もない次のニュースに移っている。
この責任は、全部、直子にとらせる。
あいつが出所するその日に、一番に迎えに行ってやる。
そして、今度は私が、あいつの全てを手に入れてやる。
私の人生を、全部あいつに背負わせてやる。あいつの人生を、全部私のものにしてやる。
泣こうが喚こうが、ずっと、一緒にいてやるんだ。
きっと苦しいだろうな。あいつも、私も。
だがまあ、あいつのしたことの代償としたら、妥当な所だろう。
無いはずの左手の小指が、ずきりと痛い。
「……あ、そうだ」
「パリ、行ってねー」
よし、とりあえず当面の生きる目的が出来た。
それまで、どうしよう。
どうにかするか。
どうにかなるだろ。
たぶん。
524 : 以下、名... - 2011/10/10(月) 18:04:26.44 hGFhns7U0 226/256
これで終わりです。
保守してくれた人ありがてぇ。そしてごめんなさい。いやマジで。
546 : 以下、名... - 2011/10/10(月) 18:10:21.88 hGFhns7U0 227/256
というわけでもう一つのパラレルワールドです。こっちは短いですけど。
時間軸は>>312の次からです。
後輩「なのに、なんか……最近変です」
先輩「いや、だからほんとごめんって。これからはもっと……」
後輩「違います! ……なんか、私が、変なんです」
先輩「……」
後輩「……変なんですよ、本当に」
先輩「……疲れてるんだよ。今日はもうゆっくりした方がいい」
後輩「……先輩、これで最後です」
先輩「……」
後輩「私と一緒に暮らしてください。……そうでなくても、せめて泊まっていってください。話したいこともあるし……」
先輩「……」
先輩「そこまで言うなら、泊まっていってもいいけど……」
後輩「本当ですか!?」
先輩「まあ、明日ここから直接会社行ってもいいからな。ちょっと早起きになるけど」
後輩「あ、ありがとうございます!」
先輩「いや、お礼を言われる筋合いもないけど……」
後輩「ほら、まだまだありますよ。ガンガン飲みましょう」
先輩「いや、私はもういいよ。つーかお前ももう止めとけ。また吐くぞ」
後輩「いやいや、学生時代の私とは違うんですから、余裕です。さ、さ、まあお一つ」
先輩「不安だ……」
後輩「かんぱーい!」
先輩「しかもなんでそんなにテンション高いんだよ……」
後輩「うぇっ……うぅぅ……」
先輩「ほら、言わんこっちゃない」
後輩「お、おかっしいなぁ……うぐっ!」
先輩「こら! せめてトイレで吐け!」
後輩「ぞ、ぞうじまず……」ダッ
ウボエー ビチャビチャ
先輩「なんにも変わってねぇなぁ……」
先輩「なんか、ちょっとほっとしたな。……いや、ダメだけど」
後輩「あ゛ー……」
先輩「どこが余裕なんだよ」
後輩「いやはや、面目ないぃ……」
先輩「いい加減、酒の飲み方ぐらい覚えろ」
後輩「ごめんなさいぃ……」
先輩「……」
先輩「……どうかしたか?」
後輩「え?」
先輩「なんかあったんだろ?」
後輩「……」
先輩「私のこと、あんなに引き止めたり、無茶に酒飲んだり……」
後輩「……」
先輩「話してみろよ。そのために私を泊めたんだろ」
後輩「……」
後輩「……お父さんが、死にました」
先輩「えっ……」
後輩「2ヶ月ほど前に」
先輩「……そうか、知らなかった」
後輩「言ってませんから」
先輩「なんか……すまん。知らないで、お前の誘い断ってて」
後輩「……先輩が謝る必要は」
先輩「ちょっと、お前のことほったらかしにし過ぎたな」
後輩「……」
後輩「……私、今の会社、お父さんのコネで入ったんです」
先輩「えっ……そうなのか」
後輩「はい」
先輩「……」
後輩「だからかどうか知らないですけど、入社した時から正直、職場で浮き浮きなんですよ、私」
先輩「……そうか」
後輩「先輩の人も、同期の人も、どうも……なんか、合わなくって」
先輩「まあ、会社の人間関係がややこしいのは、よくあることだよ」
後輩「それでお父さんが死んで、ますますなんか……居場所が……」
先輩「……」
後輩「誰かに相談できればいいんですけどね。友達もこれといって出来ないし……」
先輩「……すまん」
後輩「あっ……その、先輩を責める気じゃ」
先輩「わかってるよ」
後輩「……」
後輩「……先輩、キツイです。正直」
先輩「……そういう時期なんだよ」
後輩「そのうち、なんとかなるんですかね」
先輩「なるさ」
後輩「……」
先輩「まあ、今は……」
先輩「泣いとけ。私がいるうちに」
後輩「先輩……せんぱぁい……」
先輩「ほれ、どーんと飛び込んで来い」
後輩「せんぱぁああああああああい!!」ガバッ
先輩「よしよし、寂しかっただろうな」
後輩「うわぁああああああああん!!」
後輩「うーうー」
先輩「よーしよし。ほら、スルメ食えよ」ナデナデ
後輩「うー……いらない……」
先輩「……これからは、いつでも電話してこいよ。それに、なるべく休みの日も空けるようにするから」
後輩「……」
後輩「……一緒に」
先輩「それは……」
後輩「私、本気ですよ」
先輩「……」
後輩「私は……先輩が欲しい」
先輩「直子……」
後輩「どこかの誰かにも、先輩の会社にも仕事にも、先輩を取られたくない」
後輩「先輩は……私だけの先輩でいて欲しい」
後輩「……最近は、こんなことばかり考えてます」
先輩「……そっか」
後輩「変ですよね」
先輩「……ああ」
後輩「もちろん、そんなこと無理だってこと分かってますよ」
後輩「誰かに……っていうのはともかく、仕事や会社に取られたくないって言うのはいくらなんでも」
先輩「うん。それは間違いない」
後輩「でも……それでも、私は、先輩が欲しい」
後輩「この気持だけはどうしても止められないんです」
先輩「……」
後輩「私は……怖い」
先輩「怖い?」
後輩「この気持ちが、どこに向かっているのかということを考えると、とても怖い」
後輩「この気持ちが止められなくなったら、どうなってしまうのかが……とても怖いんです」
先輩「……まあ、普通じゃないもんな」
後輩「……そうですね。普通じゃないです」
先輩「でもまあ今更じゃねーの? 正直大学時代からそういう感じだったし……」
後輩「……」
先輩「ほら、私が卒業した日……あ、あれな。ちゅ、チューしたじゃん」
後輩「……あー」
先輩「うん。まあ、正直忘れてたけどな、色々と。いや、大変なんだよ、私も」
先輩「まあ、そういう意味じゃたしかに普通じゃないかもしれんが……」
後輩「……ぷっ」
先輩「あ? なんだよその笑いは」
後輩「い、いえいえ。別になんでもないです」
先輩「なんでもないことねーだろ。『ふふっ』ならともかく『ぷっ』ってなんだよ」
後輩「なんでもないですったら」
先輩「嘘つけ! 吐け! いやさっき吐いてたけど、もう一度!」ガバッ
後輩「ちょっ、なにするんですか!」
先輩「おらおらどういうことだよ。何がおかしいんだぁ?」コチョコチョ
後輩「キャハハハ! ちょっ、こらっ! くすぐったい! ギャハハハハハ! やめてやめて!」ジタバタ
先輩「やめねぇーなぁー。言うまでやめねぇーぞぉー。ゴーモンだぁー」コチョコチョ
後輩「ごめんなさいごめんなさい! 言いますから! 言いますからギャハハハハハ!」バタバタ
先輩「おうおう、どういうことだよ。なんで人を笑ったんだぁ? 動機だよ動機」
後輩「い、いえ、その……」
先輩「白状しろよぉ」
後輩「人と、自分の考えてることが、微妙にずれてる時ってなんであんなにおかしいんでしょうね」
先輩「はぁ? どういう意味だ?」
後輩「いや、真顔で勘違いしてる人ってなんであんなに滑稽なのかと」
先輩「……」
ゴッ
後輩「痛い! ちょっとなにするんですか!」
先輩「なんだかよくわかんねーがお前私のこと馬鹿にしてるだろ!」
後輩「ち、違いますよ!」
先輩「嘘つけ! このヤロウ! お仕置きだ!」コチョコチョ
後輩「ギャハハハハ! ちょっ、やめてやめて! ええい、おかえしだー!」バタバタ
先輩「よぉーしかかってきやがれ!」
後輩「はー……」
先輩「……午前2時かぁ」
後輩「……二人あわせて50歳近いのがやることじゃないですよぉ。くすぐりあいは……」
先輩「あわせなくていいだろ……」
後輩「……」
後輩「……ぐすっ」ポロ
後輩「……ううううっ」ポロポロ
先輩「……変わってねーなぁ。泣き出すタイミングの意味不明さが」
後輩「だって……」
後輩「またこんなふうに先輩と遊べるなんて……」
後輩「夢みたいです……」
先輩「そ、そこまで言うか?」
後輩「ほんとに……学生時代以来です……こんな楽しいの……」
後輩「……幸せです」
先輩「そうか……」
先輩「……」
先輩「……一つ確認するけど」
後輩「……なんでしょう」
先輩「結局お前はレズなの?」
後輩「……」
後輩「……情緒ってものを知りませんね、先輩は?」
先輩「じ、情緒ってなんだよ」
後輩「そうですね……」
後輩「うーん……」
後輩「……」
後輩「まあ、レズでもいいです」
先輩「なんだよいいですって……」
後輩「……この気持ちを何かの言葉で正当化できるっていうんなら、レズでもなんでもいいです」
先輩「……直子」
後輩「だから……いや、だからでもないですけど、一緒に暮らしませんか」
先輩「……」
後輩「私は、安心したいんです。先輩がどこかに行ってしまっても、帰ってくる場所が、ここだっていう安心が」
先輩「……」
後輩「……そんな安心が、欲しいんです」
先輩「……」
後輩「……あ、やっぱりレズってのは撤回でもいいですか」
先輩「なんで?」
後輩「いやだって、その方が先輩も安心して同棲してくれるかと……」
先輩「そういうことなら、もう遅いだろ」
後輩「えー……」
先輩「……」
先輩「……まあ、別にいいんだけどさ」
後輩「え、どれがですか?」
先輩「……一緒に暮らすっていうの」
後輩「……ま、まじすか」
先輩「うん」
後輩「……お」
後輩「おー……」
先輩「なんかムカつくな……もうちょい喜べよ」
後輩「い、いや、こんなあっさり返事がもらえるとは思ってなくて」
先輩「まあ、学生時代は3年一緒に暮らしてたんだからな」
後輩「……そうですね」
先輩「今の中途半端な関係も良くないし……えーっと、じゃあ、次の土曜……いや日曜に荷物とかこっちにやるから」
後輩「え、え、い、いくらなんでも急すぎませんか」
先輩「決まった以上ちんたらしててもダメだろ」
先輩「ええっと、あっちの大家さんに言って、こっちの管理人に挨拶して、あと隣近所に……あれ、忙しいぞこれは」
後輩「はぁー……」
先輩「なんだよ、ため息なんかついて。お前の念願だったんだろ」
後輩「……」
後輩「……なんか、ほっとして」
先輩「ほっと? どういうことだよ」
後輩「……いや、こっちの話です」
先輩「?」
後輩「……いや、ほんとにうまくいくとは思ってなかったので。なんか気が抜けて……幸せだなぁーって」
先輩「そりゃ良かった」
後輩「はぁー……」
先輩「あ、で、もう一つ確認」
後輩「なんですか?」
先輩「やっぱり……せ、セッ○スとかすんの?」
後輩「え? ……えっ? ……えええええええええええええええええええええええええ!?」
先輩「夜中だぞ。大声出すなよ。いやだって、お前レズなんだろ?」
後輩「い、いや、いやいやいや、まままままだそんなことはとてもとてもとてとても考えられられられられ……」
先輩「……落ち着けよ」
後輩「えーっと、えーっと……そ、その、保留で……」
先輩「……まあ、いいけど」
後輩「せ、先輩って案外……でもないか。ノーコン速球派ですよね」
先輩「……速球派はともかく、ノーコンってなんだよ」
私は同棲している。大学時代の、女の先輩と。
女同士でルームシェアというのは、よくあるのかも知れないけど、私達は、たぶん、ちょっと違う。
「不燃物の日っていつでしたっけ?」
「……自分で見ろよ。ゴミ捨て日の表」
「えーっと、今月の……二十日ですね」
そう、私達は『そういう』関係だ。いや、ゴミはカンケーない。
まあ私も先輩もはじめっから『そういう』嗜好で、というわけじゃないと思う。
……いや? どうなんだろう? ……まあ、いいか。
とにかく、私は幸せだ。
本当に。
先輩とこんな関係になれて、本当に、良かった。
「不燃物って、何捨てるんだ?」
「……まあ、ちょっと。別に気にしないで下さい」
「……?」
あの時、先輩が私のマンションに泊まってくれなかったら、どうなっていたんだろう。
あの時、私が先輩に自分の思いを伝える事が出来なかったら、どうなっていたんだろう。
そんなことを考えると、ぞっとする。
カチャリ
もし、そうだったなら、きっと、私はこれらを使っていた。
バチバチッ
この、見るもおぞましい道具を。
私の、先輩の、全てを壊してしまう、この道具を。
「なんだ今の音ー? 電気がはじけるみたいな音したけど、大丈夫かー?」
「大丈夫でーす。気にしないでくださーい」
本当に、危ない所だった。
私は、この部屋の上下左右の部屋を借り切るところまで、行ってしまっていた。
こんな道具を、こっそりと手に入れるところまで、行ってしまっていた。
私がちょっと思い立てば、全てが実行できる所まで、行ってしまっていた。
私がちょっと間違えれば、何もかもが、終わっていた。
「おい、不燃物なんかより……はやくこっち来いよ」
「はいはい。焦らない焦らない」
今から考えれば、何故あそこまで思いつめていたのか、理解できない。
今から考えれば、本当にぞっとする。
良かった。
「あっ……先輩……せんぱいっ……」
本当に、良かった。
私は、どうやら間違えずにすんだ。
「本当に……良かった……」
「……おいおい、お前のこと、そんなこと言うような淫乱女に育てた覚えはないぞ」
「え? な、何が? い、淫乱?」
「……え、いや。今のタイミングだとさっきのがよかった、っていう意味にしか」
「……へ?」
「そんないつもと変わったところいじってねぇけどなぁ、みたいな」
「……あ。なっ! せ、先輩のアホーーーーー!」バシバシ
「い、痛い痛い! やめろ!」
こんな日々は、どこかで一歩踏み外せば、決して存在しなかったはずだ。
本当の意味で先輩と一緒になんか、いられなかったはずだ。
それだけに、私は、今の日々があまりにも愛おしい。
これからどうなるのかは分からない。
正直、不安なことの方が多い。
それでも……先輩なら、私が間違えそうになったら、きっと教えてくれるに違いない。
先輩となら、私はきっと、間違えなくてすむ。
私はそう信じている。
「……なぁ、今度有休も使ってさ、旅行行かないか? 貯金もそこそこできたことだし」
「旅行? いいですねぇー。どこ行きます?」
「……パリ」
「あっ……はい!」
私は、先輩と一緒なら、どこにだって行ける。
そう、思う。
609 : 以下、名... - 2011/10/10(月) 19:27:57.53 hGFhns7U0 250/256
以上、今度こそ終わりです。長々とお付き合いありがとう御座いました。
630 : 以下、名... - 2011/10/10(月) 19:40:03.40 hGFhns7U0 251/256
正直、ネムルバカを読んだあまりの衝撃に浮かんだのを形にしたものなので、次回作の予定はありません
っていうか>>2で死ぬほどビビりました。いやマジで。
まだスレがあまってるので、せっかくなので日常パートで没ったのをいくつか投下します。
後輩「先輩、なに読んでるんですか?」
先輩「……主婦向けのマンガ雑誌」
後輩「お、面白いですか? それ」
先輩「凄いぞこれ。ぱらぱらっとめくってみるだろ。目が全く引っかからないでそのまま全部めくり終えられるぞ」
後輩「要するに読むものがまるで無いと」
先輩「スープだと思って飲んだら、白湯だった、みたいな感覚」
後輩「……なんでそんなもん買ってきたんですか」
先輩「いやぁ、なんかふらっと本屋行ったら無性に無駄遣いがしたくなってさぁ」
後輩「そんなアソビが出来るほどのお金もってないでしょ……いや、そんな言うほどの金額でもないけど」
先輩「それにしてもこの毒にも薬にもならないけど、ちょこっと毒にはなりそうな気もする感じはひどすぎる……」
後輩「ほんとに無駄遣いですね……」
後輩「せんぱいってぇ、Sですかぁ? Mですかぁ?」
先輩「はぁ? いきなり何言ってんだお前」
後輩「ええー、いいじゃないですかぁ。お互いのこともっとよく知りましょうよぉ」
先輩「まったくもうこの酔っ払いが……」
後輩「でぇ、どっちですかあ?」
先輩「……ドM」
後輩「ぶーーーっ!」
先輩「うわっ! きったねぇ! アホっ!」
ゴッ
後輩「へでっ! なっ、なっ、なななななっ……」
後輩「なんすかそれぇええええ!」
先輩「いや、なんすかって言われても……」
後輩「嘘つけぇええええ! んなわけないでしょぉおおお!」
後輩「先輩がドMぅううう!? 私が単位全取りするぐらいありえないですよぉおおお!?」
先輩「……いや、いいのか、その例えは」
後輩「うっそだぁ! うそはいけませんよぉ!」
先輩「そうだな。うん。嘘だ。私がいじめられて喜ぶわけねーだろ。それこそお前が飛び級で2年で卒業くらいありえねーよ」
後輩「はぁああああああ?」
先輩「いやぁ、お前が無様に慌てふためく姿を見るのは楽しいなぁ、と。期待通りの反応をありがとう。堪能した」
後輩「……ひどい」
先輩「そういうお前はどうなんだよ」
後輩「私ですかぁ? ……へっへっへ、こう見えて、私結構Sですよぉ」
先輩「自分でS宣言する奴は本当のSじゃないってのが私の持論だ」
後輩「いやいや、先輩のこと一度泣かせてみたいと思ってますもんねぇ。縛ったりとか、えーっと、縛ったりとかして」
先輩「……えらいイメージが貧困だなオイ」
後輩「えとえとそれから、ムチとローソク! なんかこう、ボンデージ着て! 女王様とお呼び! みたいな!」
先輩「……やっぱダメだお前」
後輩「先輩、提案です! えっちは一週間に一回にしましょう!」
先輩「おう。おっけ」
後輩「……」
後輩「は?」
先輩「いや、は? て。だから、了解」
後輩「な、なにいってんすか! もっとこう、残念がりなさいよ! いやーそんなのガマンできないー! みたいな!」
先輩「……なに言ってんだ、お前」
後輩「いやですね、私達も10年後には今とは同じでいられないと思うんですよね、お互い年取るし」
先輩「まあ、そうだろうな」
後輩「となると、セッ○スレスの問題も出てくると思うんですよ!」
先輩「……ほー」
後輩「そのために、週一回は必ずやるってのを決めておいたらいいんじゃないかと! 今から習慣にしとけばいいんじゃないかと!」
先輩「なんだそりゃ……」
先輩「……じゃ、ま、その習慣を始める前に、十分堪能しておくか」ガサガサ
後輩「え、ちょっ、あのっ、キャ~~~~……えへ」
641 : 以下、名... - 2011/10/10(月) 19:47:02.97 hGFhns7U0 256/256
あれ、もうない
おわり