<オタクの家>
男とオタクは対戦ゲームをしていた。
男(よしっ、ここで必殺技だ!)
オタク(ふふふ……甘いよ)
男「あっ、やべっ!」
ズガッ! ドガーンッ!
男「くそぉ~、また負けた! やっぱりオタクは強いなぁ~」
オタク「いやいや君が筋がいいよ。教えがいがある」
男「そ、そうかぁ……?」
男「よぉし、じゃあもう一回!」
オタク「ふふふ、いいよ」
元スレ
男「敵校の偵察に来た強豪校のフリしようぜ!」オタク「いいね!」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1329482504/
男(オタクと知り合ったのは、一週間くらい前だ)
男(ゲーセンの筺体に座っていた俺に、アイツが話しかけてきた)
オタク『ボク、このゲームやりたいんだけど、ど、どいてくれないかなぁ?』
男『ああ、ゴメン……』
男(こんなきっかけでなぜか知り合ってしまった)
男(そして色んなゲームを教えてもらうようになった……)
男(俺がいうのもなんだが、妙なヤツだよな)
男(いったい何者なんだろうか)
男「ああ~っ、ダメだ。また負けた!」
オタク「ふふふ、さすがにまだ君には負けられないよ」
男「ここらで気分転換するかな」
オタク「じゃあネットでもやらないかい?」
オタク「君はこういう方面にはとことん疎そうだしね」
男「ネットくらい知ってるけど……まぁ詳しくはないな」
オタク「ふふふ、じゃあ色々面白いページを見て回ろうじゃないか」
男「ギャハハハハハッ!」
オタク「フヒヒヒヒヒッ!」
二人はネット中の中二病行動を集めたサイトを閲覧していた。
男「いやぁ~世の中色んな奴がいるもんだなぁ」
オタク「ふふふ、まったくだね」
男「──って見ろよ、これはすごいぞ」
オタク「どれどれ?」
男「帰宅部なのにバスケの強豪校のフリして県大会の会場に行って」
男「人が通りがかった時、いかにも偵察してますって会話をするんだとよ!」
オタク「これはすごいね!」
男「バカバカしいけど、面白そうではあるな」
オタク「たしかにね。周りから注目を浴びちゃったりして」
男「なぁ……」
男「俺たちもやってみないか?」
オタク「え?」
男「敵校の偵察に来た強豪校のフリしようぜ!」
オタク「いいね!」
男「たしかウチの高校、サッカー部が強かったはず」
男「で、今度ウチの近くにある競技場で県大会の準決勝……だったかをやるから」
男「そこに乗り込もうぜ!」
男「俺、ジャージは二着持ってるし」
オタク「いいねいいね!」
男「あのMF、いい動きだな……とかいってみたりして!」
オタク「いいねぇ~!」
男「ポジションはどうする?」
オタク「じゃあボクはDFにするよ」
男「じゃあ俺はエースFWって設定でいくぜ!」
オタク「なんだかワクワクしてきたよ」
男「俺も俺も!」
オタク「フヒヒヒヒッ!」
男「ギャハハハハッ!」
こうして、二人は強豪サッカー部になった。
当日──
<県大会予選会場>
男「よぉ」
オタク「ジャージは持ってきてくれたかい?」
男「もうすぐ試合開始だから、とっとと着替えようぜ」
男「ほれ、お前の分のジャージ」
オタク「ありがとう」
男「いいか、これを着たら俺たちはもう男でもオタクでもない」
男「強豪サッカー部のエースFWと鉄壁DFなんだ」
オタク「分かってるよ」
男「これが終わったら、ゲーセンでも行こうぜ」
オタク「そうだね」
男とオタクはジャージに着替えた。
男「さてと、会場に乗り込むか」
オタク「うん」
中はなかなかの客入りだった。
男「けっこう人がいるなぁ」
オタク「うん、県大会だからって甘く見てたよ」
オタク「選手の家族はもちろん、コアなサッカーファンも来てるんだろうね」
男「まぁ、俺たちみたいなのは俺たちしかいないだろうけどな」
オタク「そりゃそうさ」
二人は観客席最上段の目立つ場所に陣取った。
フィールドの中にいる両校の選手がちっぽけに見えた。
男「やべぇ……なんだかホントに強豪校になった気分だぜ」
オタク「ボクもなんだかサッカーが上手くなった気がするよ」
オタク「今のボクなら、ワールドカップにも出られそうだよ」
男「俺もだよ」
まもなく試合が始まった。
試合が始まったと同時に、二人もそれっぽい会話をする。
オタク「へぇ……」
オタク「どちらもいい陣形だね」
オタク「まるで要塞だよ」
男「だがつけいるスキはある」
男「俺の目から見れば、砂上の楼閣も同然だ」
オタク「頼もしいね」
オタク「まだ、お互いに様子を探り合ってるってところだね……」
男「だが今ボールを持った10番……おそらく仕掛けるぞ!」
男「行ったっ!」
オタク「なかなかいいドリブルだね」
男「どうだ……あの10番、一対一で止められるか?」
オタク「まったく問題ないよ」
オタク「彼には一本のシュートも打たせないと約束するよ」
男「期待してるぜ」
試合が動く。片方の高校が一点を決めた。
男「ほう、なかなかいいシュートじゃないか」
男「高校サッカーじゃなかなか見られないレベルだぞ」
オタク「たしかにね」
オタク「だが、ボクはアシストをしたあの8番に注目したい」
男「ほう」
オタク「彼のポゼッションはなかなかのものだ」
オタク「あまり自由にしすぎると、危険かもしれないね」
男「さすがだな」
男(もうすぐ前半終了か……)
男(中二病中二病とバカにはしていたが……)
男(やってみると、なかなか楽しいなコレ……)
男(オタクの奴もノリノリだし……)
男(だが、さっきからこっちをチラチラ見てくる奴がいるのが気になるんだよな……)
男(マジで強豪校だと思われて、サインとかねだられたらどうしよ……)
男(ま、んなことあるわけねーか)
得点は1-0のまま、ハーフタイムとなった。
男「このまま終わると思うか?」
オタク「いや、終わらないと思うよ」
オタク「おそらく後半は点の取り合いになるだろうね」
男「お前はそう読むか……」
オタク「もっともどちらが上がってきたとしても……」
男「俺らの勝利に変わりはないがな」
サッカー談議に花を咲かせる二人。
すると、ジャージを着た集団が二人に近づいてきた。
男(なんだ、こいつら……?)
男(俺らと同じジャージを着てるぞ……?)
男(やべえ、まさかこいつら本物のサッカー部!?)
男(俺たちみたいな遊びじゃなく、ちゃんと偵察に来てたのか!)
男(まずいな、どう言い訳したものか……)
副キャプテン「キャプテン、こんなところにいたのか!」
部員A「やっと戻ってきてくれるんだな!」
部員B「キャプテンがいれば百人力です!」
男(え……? え……?)
オタク「………」
男(ま、まさかオタクって……)
副キャプテン「もう県大会決勝だってのに、ここ一週間部に顔出さず……」
副キャプテン「みんな心配してたんだぞ!」
部員A「超高校級プレイヤーといわれるお前がいなければ」
部員A「俺たちの全国制覇は難しいだろう」
部員B「でも、これでもう大丈夫です!」
部員B「今試合をやってるどちらかと全国の切符を争います」
部員B「一緒に観戦しましょう!」ガシッ
男「──って俺かよ!?」
副キャプテン「お前以外のだれがいるんだよ」
副キャプテン「もっと近くで観た方がいい。早く行こうぜ」
部員A「この人は友人か?」
部員A「二人とも早く来いよ」
部員B「さあ、キャプテン!」
部員B「行きましょう!」
男「知らない……」
男「お前らのことなんか知らないっ!」
ダッ!
オタク「え、あの……どういうこと?」
副キャプテン「君は?」
オタク「彼の友人のオタクってものだよ」
オタク「まったく状況が分からないから、少し教えてもらいたいんだけど」
副キャプテン「一週間くらい前になるか……」
副キャプテン「練習中、キャプテンが接触で強く頭を打ったんだ」
副キャプテン「で、その時はキャプテンは“大丈夫”っていってたんだけど……」
副キャプテン「次の日から練習に来なくなっちまって……」
副キャプテン「とはいえ、キャプテンあってのチームだったから」
副キャプテン「俺らも秘密特訓でもやってるんだと思って、静観していたんだが……」
オタク「つまり、こういうことかい?」
オタク「頭を打った彼は、サッカー及びサッカー部のことを忘れてしまったと」
副キャプテン「そういうことになるな……」
オタク「ここ一週間、彼は秘密特訓なんかしてなかったよ」
オタク「なぜならボクとゲームばかりやってたからね」
オタク「今日ここに来たのも、試合観戦というより遊びだしね」
副キャプテン「なんてこった……!」
オタク「でも、どうしようもないよね」
オタク「彼は君らを拒絶してしまったし」
オタク「記憶喪失って、そう簡単に治るもんじゃないし」
オタク「放っておくしかないんじゃない?」
副キャプテン「県大会なら、キャプテン無しでもおそらく勝てる……」
副キャプテン「だが、全国大会はあいつ無しじゃとてもじゃないが……」
部員A「副キャプテン、しっかりしろ!」
部員A「今はあいつを信じよう! 俺たちは俺たちで全力を尽くすんだ!」
部員B「そうですよ!」
部員B「きっと記憶を取り戻してくれますよ!」
副キャプテン「そうだな……」
オタク「じゃあ、そろそろボクも行くよ」
オタク「元々ボク、サッカーに興味ないしね」スタスタ
オタク(やれやれ、まさか彼が強豪サッカー部のキャプテンだったなんてね)
オタク(強豪校のフリしようっていったのも)
オタク(心の奥底に残っていたサッカーの記憶のせいなのかな?)
オタク(ま、ボクにとってはゲーム友達に過ぎないわけだが)
オタク(多分いつものゲーセンに行ってるだろう)
オタク(ボクも行くか)
<ゲームセンター>
オタクの予想通り、男はUFOキャッチャーをやっていた。
男「くそぉ~またダメか」
オタク「UFOキャッチャーは掴もうとしちゃダメだよ」
オタク「引っかけるようにしないとね」
男「おぉ、オタク!」
男「さっきは悪かったな~こっちが誘ったのに逃げちまって」
オタク「いいよ、別に」
オタク「急にあんな大勢で詰め寄られたら、パニックになるのが当たり前さ」
男「だよな」
二人はしばらくゲームを楽しんだ。
オタク「どうでもいいことだけど」
オタク「さっきの彼らは君のことを本当に心配してたよ」
オタク「君がいないと大会で勝てないともいってた」
男「ホントにどうでもいいな」
男「だって俺、あいつらのことなんてまったく分からないんだぜ?」
男「家にもユニフォームとかボールとかあったけど、なんも思い出せない」
男「つまり、俺にとってサッカーってのはそんなもんだったってことだ」
男「今はゲームやってる方が楽しいしな」
男「さ、もう一勝負といこうぜ」
オタク「………」
男「どうした? もう一勝負……」
オタク「やっぱりこれは違う」ガタッ
オタク「ちょっと待っててくれ」
男「おい、ちょっと……」
オタクはゲームセンターの外に行ってしまった。
男(いったいどうしたんだ……?)
20分後、オタクが大きな袋を抱えて帰ってきた。
男「どうしたんだ?」
男「スイカでも買ってきたのか?」
オタク「違うよ」
オタク「ボクが買ってきたのは、これさ」
オタク「ふふふ……」
オタクは袋の中からサッカーボールを取り出した。
男「!?」
オタク「今からサッカーをしよう!」
男「や、やだよ……サッカーなんて」
男「もっとゲームやろうぜ」
オタク「悪いね、このボール買ったらボクお金なくなっちゃった」
男「でもサッカーなんて……」
男「だいたいオタク。お前、サッカーなんてできるのかよ!」
オタク「体育で少しやったくらいだね。まったくできないよ」
男「だったらなんで──」
オタク「君だって、この間までゲームなんてまったくできなかったじゃないか」
男「!」
男「でも、俺はサッカーなんかやりたくないんだよ!」
男「今の目標は対戦ゲームでお前に一勝することだからな」
男「人の嫌がることをやらせちゃいけないってのは、常識だろ!?」
オタク「君が本当に嫌がっているのなら、ボクだって強制しないさ」
オタク「ボクだってサッカーよりゲームが好きだしね」
オタク「でも、君はあくまで記憶をなくしているだけだ」
オタク「覚えていない、とやりたくない、は全然違うよ」
オタク「ボクだってそうだ」
オタク「例えば買ったゲームがつまらなければ」
オタク「きっともうそのゲームはやらない。売ってしまうだろう」
オタク「だが、データが消えただけなら話は別だ」
オタク「ボクはデータを復元するため手を尽くすだろうし」
オタク「たとえ復元できなくても、最初からやり直すにちがいない」
男「………」
オタク「君には義務がある」
オタク「本当にサッカーがつまらないかを知る義務がっ!」
男「……分かったよ」
男「たしか向こうに広場があったはず」
男「そこで軽くサッカーやろうぜ」
男「ただし、もしつまらなかったら、すぐゲームに戻ろう」
オタク「うん、いいよ」
男「よし、じゃあいこう」
<広場>
オタク「よーし、じゃあまずボクがボールを持つ」
男「分かった」
オタク「勝負っ!」ドタドタッ
オタクがヘタクソなドリブルで、男に迫る。
ある程度運動をしている人間なら、楽勝で奪える拙さである。
男「ほいっ」スパッ
オタク「く、くそぉっ!」
男「じゃあ、次は俺だな」
オタク「すぐ奪い取ってやる!」ドタドタッ
それから10分間、オタクは男のボールに触れることすらできなかった。
いくらサッカーについて忘れてしまったとはいえ、
男にはこれまでの練習で培った反射神経や肉体が備わっている。
運動という言葉と最も遠いところにいたオタクがどうこうできる相手ではなかった。
オタク「ゼェー、ハァー、ゼェー、ハァー」
男「そろそろ攻守交代してやろうか?」
オタク「バカにするなっ!」
オタク「ボクは君とゲームをやる時、接待プレイなんかしたことはない」
オタク「手加減なんかしたら、絶対に許さない!」
男「……分かったよ」
さらに10分が経った。
オタクの体力は限界に達していた。
オタク「ゼヒューッ、ヒューッ、ヒューッ」
男「お、おい……もういいだろ?」
男「呼吸音おかしくなってるしさ」
男「少なくともお前は楽しそうには見えないぜ」
男「無理しないで、ゲームやろうぜ。なっ」
オタク「黙れ……」
オタク「うおおおおっ!」ドタドタッ
男(な、なんて気迫だ……!)
オタクにはパワーもなければ、スピードもない。
スタミナもないし、テクニックも備わっていない。
サッカーをやる上で必要なものをまるで持たない人間だった。
ただし、気迫だけはあった。
オタク「うわあああっ!」ドタドタッ
男「くっ!」
オタクが最後の力を振り絞って伸ばした足が、男のボールを蹴り飛ばした。
男「あっ!」
オタク(や、やった……!)ドサッ
男「………」
オタク「ど、どう、だい……? サッカー、楽し、かった、かい?」ゼヒュッ ゼヒュッ
男「ああ」
男「まだ完全に思い出せたわけじゃないけど……」
男「なんつうか、お前の必死な姿を見ていたら……」
男「サッカーをやってる自分を少しだけ呼び起こすことができたよ」
オタク「ふふふっ、じゃあ鉄は熱いうちに打て、だ」ゼヒュッ ゼヒュッ
オタク「仲間たちのもとに戻るんだ」
男「分かった」
男「ありがとう……オタク!」
オタク「必ず全国制覇(ゲームクリア)してくれよ」
男「ああ!」
それから──
男はオタクとのサッカーをきっかけに仲間と合流し、記憶を完全に取り戻した。
ただし、一週間余り練習をサボっていたのは事実である。
遅れを取り戻すため、男は練習で精一杯になってしまい、
もはやオタクと遊ぶ機会はなくなってしまった。
やがて、全国高校サッカー選手権大会で男の学校が優勝した。
ニュースでそれを知ったオタクは心から喜んだ。
オタク(優勝おめでとう……)
オタク(君はきっと、これからスターダムを駆け上がることだろう)
オタク(もう二度と会うことはないかもしれないけど)
オタク(ゲームをやったことや)
オタク(一緒に強豪校のフリして会場に乗り込んだことは)
オタク(絶対に忘れないよ……)
数年が経った──
サッカー日本代表はみごとワールドカップ出場を決めていた。
そのメンバーの中には、男の姿もあった。
記者「おめでとうございます!」
男「ありがとうございます!」
記者「今のお気持ちはどうですか?」
男「いやぁ~やはり嬉しいですね」
男「応援して下さるファンの皆さまに応えるもできて、嬉しいです」
男「しかし、またここで気を引き締めて」
男「ワールドカップ本戦に臨みたいですね」
記者「そうですかぁ~」
記者「出場の喜びを、今誰に伝えたいですか?」
男「そうですねぇ……」
男「やはり自分をここまで育ててくれた両親と……」
男「ゲームとフットサルが趣味の友人に伝えたいですね」
記者「ご友人、ですか?」
男「えぇ」
男「もしあいつがいなかったら、今俺はここにいなかったかもしれません」
記者「そうですかぁ~」
記者「どうもありがとうございました、男選手でしたっ!」
男「どもっ」
<会社>
ゲームとフットサルが趣味の友人は携帯電話でそれを見ていた。
彼はサラリーマンとなっており、ただいま絶賛残業中であった。
オタク(……やれやれ)
オタク(まさか、あんなところで指名されるとは……)
オタク(まぁでも、嬉しいけどね)
オタク(今度また彼と飲みに行くか……お祝いもしてやりたいし)
課長「コラッ、試合は終わったんだから仕事に集中しろっ!」
オタク「はい、すいません」
オタク(出場が決まった時、一番でかい声で騒いだのは課長じゃんか……)
オタク(ま、とにかく、ワールドカップ出場おめでとう!)
おわり