※『とある神父と禁書目録』シリーズ
【関連】
最初から:
ステイル「最大主教ゥゥーーーッ!!!」【1】
1つ前:
インデックス「――――あなたのために、生きて死ぬ」【4】
元スレ
ステイル「まずはその、ふざけた幻想を――――――」
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炎が閃いた。
一瞬だけ走った凄まじい高熱に歯を食いしばり、
慌てて一方通行は演算補助デバイスに手を伸ばそうとする。
「――――――――!」
だが腕が、肩が、首が、重力に負けてカクンと落ちる。
それはすなわち、一方通行の生命線が完全に断ち切られた事を意味していた。
更に言いかえてしまえば。
「これで、形の上では君を戦闘不能に追い込んだ事になる。つまり」
筋肉を動作させる為の電気信号が回線不良を起こし、眼球すら満足に動かせない。
そんな一方通行の視界に、コンクリートをカツンと突く音。
投げ捨てられた前時代的なデザインの杖を支えに、ステイル=マグヌスが凝然と立っていた。
手品というものが得てしてそうであるように、種がわかってみれば何という事は無い。
先刻蜃気楼で消えたと思われたその位置から、ステイルは一歩たりとも動いていないだけであった。
「一応は、僕の勝ちだね。一方通行」
「いやいやいや格好つけてんじゃねえよ!
お前だな、フィアンマに俺を投げ飛ばせって言ったの!!」
ステイルが高らかに、少々収まりの悪い勝利宣言をすると、抗議の声が割り込んだ。
貧相な第一位のボディを安々と払いのけてズンズンと迫る、上条当麻その人である。
「ああうんごめん申し訳ありませんでした許して下さい」
「臆せず謝れるなんて大人になりましたねー、先生はうれし、じゃねーーーっ!!!
誠意が籠ってねーんだよ誠意が! 焼き土下座でもやれやってくれやりやがれ三段活用!!」
「大丈夫かい一方通行?」
「俺の心配が先だろ! 高さ15メートルから投げ出されたんぞ!?」
「すまないね、君のライフラインを遮断してしまって。
こうでもしないとまるで勝ち目がなさそうだったからね…………これを」
猛烈に地団太を踏む上条をきっぱり無視して、
ステイルはポケットから“ある物”を取り出した。
膝を抱えて拗ねようとしていた上条が立ち上がって覗き込むと、
直径10センチ強の円環に超小型の精密機械が取り付けられている。
「俺今日こんな扱いばっかかよ………………ん? これって一方通行の首輪じゃんか」
「普通はチョーカー、と呼称するんだよバカ。
僕の勝利パターンはこれ以外考えようがなかったから、
予め『冥土返し』に頼んで予備をもらっておいたんだバカ」
さる七月十一日の診察時、インデックスを部屋から追い出した直後。
散々お小言をもらった挙句高額の請求書まで叩きつけられて泣きを見たが、
無駄にならなかったことだけが救いだな、とステイルは胸を撫で下ろした。
バカバカうるせえ、という上条の嘆きを右から左にスルーして、
ステイルはゆっくりと、ナメクジが這うような速度で一方通行に歩み寄っていく。
勝利者の余裕を演出したい訳ではない。
いよいよ二肢から全身に伝播し始めた激痛が、意識を朦朧とさせているだけの話だ。
「はぁ、はぁ……………………さあ、これで矛先を収めてくれると嬉しいんだが」
一方通行にも会話の内容自体は聞こえているだろうが、
ステイルは念のため、実物を彼の眼前のアスファルト上に据えて反応を窺う。
しかし不幸な事に、ステイルはまるで気が付いていなかった。
「………………k…………」
余裕たっぷりと言わんばかりに倒れ伏す敗北者に歩み寄る様、
指一本動かせない相手の命綱を眼前に垂らして反応を窺うというその態度。
顔を上げられない一方通行からは二メートル越えの長身である
ステイルの表情など見える筈がない、という点も災いした。
「? 悪い、よく聞こえなかった。何か言ったかい?」
そして極めつけが“勝ち方”だった。
ステイルは、倒れ伏す敗者が上条当麻に対して崇拝にも似た英雄視を向けているという秘密を、
これまた不幸な事に、この世で唯一その事実を知るだろう打ち止めから教授されていなかった。
その結果――――
「nuiehwo殺stasqobxuewkiiiiiiiiiiiiiiiiiiaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!」
背に一対の翼(あくむ)を負った一方通行の脳内で、ステイル=マグヌスは
ヒーローを体よく利用して勝ちを拾い、己を愚弄する、許されざる生ゴミだと認定されてしまった。
「これ………………!? おいステイル、ヤバいぞ!!」
あんぐりと口を開けて束の間呆けた上条を尻目に、
ステイルは再びルーンを爆発させて、反動で一気に十メートル以上距離を開けていた。
こっそり自分と白い悪魔の直線状に『幻想殺し』を挟み込む事も忘れない。
「噂には聞いていたが、これが黒い翼………………」
イギリス清教所属となったアステカの魔術師が十年前、
半死半生へと追い詰められた一方通行が黒翼を示現させた現場を密かに観察していた事は聞き及んでいた。
エツァリの目撃情報には半信半疑だったがなるほど確かに、
これは強いて言えば“こちら側”に属する力だ、とステイルは直感した。
「へ?」
が、事態はステイルの分析など遥かな彼方に置き去りにして、更なる急展開を見せた。
「おいおい、この状況をどうか簡潔に説明してくれませんかねステイルくぅぅん!?」
学園都市最強、『一方通行』は未だ胎動を止めない。
禍々しい漆黒の翼が、ピシと音を立てて罅割れる。
脱皮――――蛹が成虫へと変容する過程を見せつけられているようだった。
「は、はは…………今までが『蛹』だってなら、これから君は何になるんだい?」
――――――ああン? 知らねェよ――――――
鼓膜を通り越して直接脳が声を受け取った。
口調はお馴染みのチンピラ風味だが、受ける印象がまったくの別物だった。
これではまるで。
「――――――使?」
上条当麻が呟くと同時に、黒翼が弾け飛んで世界を黒く染めた。
ステイルは襲い来る一色の黒に思わず目を瞑る。
豪風が満身創痍の身体を軋ませるが、苦痛に耐えかねて洩らした悲鳴は轟音に掻き消された。
「―――――――――――――!」
再び目を開いたとき、そこには。
純白の閃光を全身から迸らせる、超越者の姿。
この世のものならざる力による、絶対的な存在の証明。
背に一対の翼(ひかり)を負う天使が、現世に降臨していた。
「…………め、め、メルヘンティックな翼だね。垣根に対抗したのかい?
そそそそこのプレゼントは、もしかして必要なかったのかな」
常人なら抗うという発想がまず湧かないだろう絶大なエネルギー塊を前に、
生還へ一縷の望みを託してステイルは対話を選択した。
黒翼を出現させた正にその瞬間よりは、自我を取り戻しているようにも見受けられる。
――――さあな、だが一つだけハッキリしてる事があるぜ?――――
問答無用で爆散させられることだけはどうにか避けられたらしい。
これなら、対話を引きのばしさえすれば生きる希望は皆無ではない。
「そ、それは?」
一秒、一瞬でも長く。
そうすればなんとか
――――テメエら二人とも、今からあのお星サマどもの
仲間入り記念パーティーに出席するンだよォォォォォォォ!!!!!!――――――
ならなかった。
「どうして俺までえええええ!?」
「いや、待って、落ち着いて話を聞いてくれ!
そうだ、十秒、あと十秒だけでいいから手を止めろ! 大変な事になる!!」
天蓋に直径など計れる筈もない大円陣が現出した。
ステイルと上条が観測できる世界の一切を、光の翼が白く染める。
――――――『一掃』――――――
天の光は全て星。
疎らに広がっていた雲海は一片残らず消し飛んでいる。
そして夜空を埋め尽くす瞬き一つ一つが、破滅の力となって二人に降りそそいだ。
「 ア ナ タ ♪ 」
目には目を、歯には歯を。
人の身では立ち向かい得ない極大のエネルギーを押し留めるなら。
「――――『神戮』pv vewy」
天使には、天使を。
「――――はああああああっっ!!!!」
水の象徴にして青を司り、月の守護者にして後方を加護する者。
『虚数学区・五行機関』の核を成し、友のために力を振るう優しき者。
「ガブリエル! 風斬!」
上条が歓喜の声を上げるのとほぼ同時に、天からの裁きは同質の力によって相殺された。
その余波だけで大地が抉れ、周辺の建築物の窓ガラスが残らず吹き飛ぶ。
衝撃のみならず、大量の礫から身を守ろうと構える上条とステイル。
「私の仕事、冗談抜きでゴミ掃除しか残ってないワケ?」
その頭上をマッハ4で、フルパワーの『超電磁砲』が駆け抜けた。
一分後。
紙一重のところではあったが、危機は去った。
「美琴…………」
「なんで氷華さんたちは歓迎するのに私の顔見てテンション下げてんのよアンタ!!」
「…………いや、その。惚れた女に助けられるってのは、
男として堪えるものがあるんだよ。でもありがとな、助かったよ美琴」
「え、あ、うん。け、怪我がないならそれでいいのよ!」
「け、けががにゃいにゃらそれでいいのよ!」
「真理いたのかよ!?」
夫の、父親のもとに娘を抱いた妻が駆け寄って、あっという間に一家団欒の空気が形成される。
気まずげに三人を一瞥してから、座り込んだステイルは二人(?)の天使に声を掛けた。
「ありがとう、二人(?)とも。大天使、君のその力は…………」
「一方通行さんが天使の力を使い始めたのを感じて、慌てて飛んで来たんです!
そしたらミーシャさん……あ、ガブリエルさんを私はこう呼んでるんですけど、
ミーシャさんもお店から出てきて、力を分けて欲しいっていうから。こう、パーっと」
「newgo力paw漲るyie!」
「そんな適当な…………! ガブリエルが完全な形で復活したらとんでもないことになるぞ!?」
「継続的な力の供給が行えないので、その点は心配ありません。
私程度の疑似テレズマじゃあ、ミーシャさんの容れ物はとてもじゃないけど満たせないんですよ」
「…………次元が違い過ぎる話だね、まったく。あれでマックスでもなんでもないのか」
抑えがたい畏怖の念を呆れ口調で隠して、
ステイルは『虚数学区』を越える強烈な『界』の圧迫が発生している方向へ、荒い息を逃がした。
「だから言っただろう、『大変な事になる』って」
「ねーえアナタ? いったい何やってるの? どうしてステイルさんは大怪我してるの?
なんでお義兄様に『一掃』なんて使ってるの? ねえアナタ、教えて?」
絶体絶命だった男たちが平和な会話を楽しめているのは、
絶体絶命に追い詰めていた張本人が、いまや崖っぷちに立たされているからだった。
「くっ、クソガ…………ら、打ち止めさン? どうしてここに」
神々しい白翼もこうなっては芝居の小道具としか見えない。
濃口の陰影が落ちた打ち止めの表情は例えるなら、
猫を噛むどころか追い詰めてしまった鼠のそれだった。
一見弱弱しい女性に大天使級の怪物が詰め寄られてしどろもどろになる光景は、
滑稽を通り越してどこか感動的ですらある。
「なぁに、さっき君の視界を霧で奪った時に最大主教に通信しておいただけさ。
『旦那が厨二病をこじらせたようだから、奥方を連れて来てくれ』ってね」
「マグヌス、テメ」
「私を無視してンじゃねェよ」
「すいませンンンンンッッ!!!」
(結婚って怖いなぁ………………)
ああはなりたくない、ステイルはぼんやりと思った。
いや、別にちょっといいなぁとか考えたりはしていない、断じて。
(世にも恐ろしい…………そう例えば、去年のクリスマスミサの時のように
ドス黒く笑う彼女に罵られて詰め寄られて…………ってちがぁぁぁぁう!!!)
ステイルはどちらかといえば、日本の『亭主関白』なる文化に憧れを抱いている方だ。
日本人の知り合いに『亭主関白』を体現する男など皆無なのが不安要素だが。
ステイルがとらぬ狸の皮算用に唸っている間に、一方通行と打ち止めの諍いに変化が。
防戦一方だった亭主が逆ギレを契機に反撃を始めていた。
「…………あーくそ、ったく! キレすぎだろテメエ!!
ンだよ、向こうのどンちゃン騒ぎで弄くられでもしたンですかァ!?」
打ち止めも負けじと応戦しようと語気を強めるが、
鮮烈に輝く翼を目にした瞬間、唇を噛んで俯いた。
「それはインデックスさんの方だって、ミサカは………………。
…………ミサカはアナタのその姿を見ると、やなこと思い出しちゃうのに……」
音量ツマミを最低限にまで絞られた小さな小さな涙声は、
胸倉を掴まれた一方通行の耳にさえ完璧には届かなかった。
「は? おい、なンか言ったか」
「あァ? いいから帰ンぞ、ってミサカはミサカは明日の支度について
すっかり失念してるアナタに蔑みの目を向けてみたり」
「クッソガキが調子に乗ってンじゃ………………
ゴメンナサイ調子に乗ったのは俺ですだから輪っか引っ張ンなァァァァァ!!!!」
天使が頭上にふわふわ浮かべた輪っかを鷲掴みにされて退場していく。
戦闘活劇の幕引きとしてはシュールに過ぎる光景である。
そうして月に照らされた恋人たちは家族や友人への挨拶もなしに、急ぎ足で家路についてしまった。
(今夜中に誤解を解いておかないとな…………)
散々痛めつけられたのは事実だが、非は八割方ステイルの側にある。
あれではいくらなんでも一方通行が不憫であった。
もう少しこう、愛の力で正気を取り戻すみたいな展開を期待していたのだが。
(…………結果オーライ、か)
冷や汗を垂らして明日の主役たちを見送りながら、ステイルは首を回そうとする。
この場にはミサカDNA集団や天使たち以外に、先刻のゴタゴタに紛れるようにもう一人到着していた。
「最大主教、なにも君まで来なくとも良かったのに」
掌が震え出すのを感じながら、シャボン玉を吹くように優しくその名を呼ぶ。
後方二〇メートルほどのビル角に、ステイルの“夢”の篝火は佇んでいた筈だ。
今は亡き第一位からの手荒な激励を無駄にしないためにも、良い機会であった。
そう思ってステイルは、一つの決意を胸にインデックスと向き合おうとして――――
「………………すて…………る」
――――脳みそを混ぜ返されたような激震を感じた。
「最大主教……?」
膝立ちで振り返るとすぐそこに、ステイルの愛しい人がへたり込んでいた。
問題は、その表情だった。
普段は輝かんばかりのかんばせが病的なまでに蒼白に染まっている。
不規則に乱れた呼吸から命が漏れ出してるとさえ錯覚してしまいそうだ。
小刻みに振動する体を己が腕で強く締めて俯く様は、明確な心身の異常を表している。
「っ!!」
「…………あ」
抱きしめた。
躊躇いが無かったと言えば嘘になる。
しかし四日前とは違い、意識的に、小さな四肢を震える腕の内側に閉じ込めた。
その乱れる呼吸を、怯える心を、吐き出す命を、一片も逃がさぬよう強く抱く。
「す、すている…………なにか怖い事があったの?」
それはこちらの台詞だ。
勢い込んで反論しようとして、ステイルは失敗した。
夜だというのに瞳孔が極限まで絞られた彼女の瞳に、言い知れぬ威圧感を感じたからだ。
「私のせいで、震えてるの?」
僅かに冷静さを取り戻すと、上条一家と天使二人まで忽然と消えている。
空気を読んで退散したのだろうか――――いや、三本向こうの電柱の陰で此方を窺っている。
出歯亀どもめ、いや、今はあんなのに構っている場合ではない。
「私の、私の、私のせいで!」
「違うッ!! …………違うんだ。これは…………僕が悪いんだ」
「すているは、何も悪い事なんてしてないよ……!」
「いいや。僕は、罪人だ。『失敗』のツケなんだよ、これは」
今のインデックスは、どう見ても精神的に重篤だった。
狂乱して銀糸を振り乱す彼女を抱く腕に、より一層の力と想いを籠める。
やがて、カチカチと歯を鳴らすインデックスの呼吸が徐々に落ち着いていくのを、
痛いほどに密着した心臓を通して感じたステイルは腕を剥がそうとする。
その時、力なく垂れさがっていたインデックスの腕が驚くほど素早く、男の背中に回された。
「あ…………………ああっ…………!」
しかしそれも束の間、インデックスは我に帰ったように腕をほどくと、
顔を両手で覆って悔恨の念を絞り出すようにすすり泣きはじめてしまった。
(なんなんだ…………?)
もう一度彼女の背中に腕を回しながら、ステイルもまた混乱し始めていた。
著しい内出血の痛みがぶり返し、休息をしきりに促してくる脳を回転させるが。
(どうして、彼女が震えてるんだ? 何が、彼女を怯えさせているんだ?)
わからない。
そう思った瞬間、ステイルの中で二つの怒りが気炎を上げた。
「ごめん」
「謝らないで………すているは、何も悪くないんだってば!」
「それでも、ごめん。君の痛みを解ってあげられなくて」
彼女の心に深く刻まれた未だ見ぬ傷の、その大きさすら把握できていない自分への怒り。
そしてもう一つは――――――――今は、やめておこう。
「君には泣いて欲しくない。君の泣き顔を見るのが僕には辛い。
だから、君にはどうか笑っていて欲しい。いや、僕が君の笑顔をつくって、守り抜きたい」
『失敗者』が失った少女は、消え去って永遠になった。
もう、どこにもいない。
だがステイルの腕の中の女性は、そうではないのだ。
生きている。
生きているから、喜んで、苦しんで、愛を知る事ができる。
ステイルは、いま生きている彼女と共に生きたい。
蒼褪めたインデックスを至近距離で見つめる。
あっという間に二つの顔が去来して重なった。
死に際になお自分と神裂を励まそうとした心優しい顔。
初恋の人の顔。
守ると誓った人の顔。
守れなかった人の顔。
消えない、消えてくれない。
しかし。
(これで、いいんだ)
ステイルは少女たちの魂魄を、この身を焼く悔恨を死ぬまで引き摺って生きていくしかない。
それは疑いようもなく、苦悶にのたうち回りたくなる様な地獄の茨道だ。
だがその地獄に飛び込んででも、ステイルは彼女を愛したい。
愛に翳りなどあったからいったいなんだというのだ。
震えるほどの苦悶なら、抑え込んでしまえ。
愛している事は、真実なのだから。
ステイルは無意識に呟く。
「――――――ス」
「え…………?」
掻き抱いた心臓の温かな鼓動を感じながら、男はゆっくりと眠りに落ちていった。
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「おい、打ち止め」
一方、真っ先に殺人(未遂)現場を去った二人連れ。
天使化を解除した一方通行はなおも打ち止めの為すがままに腕を引かれている。
その首にはステイルが放りだした演算補助装置がちゃっかり装着されていた。
「聞いてンのかクソガキ」
普段小幅な打ち止めの歩調は、その不安定な心情を表出化したように荒くなっていた。
栗色のロングヘアーを夜風に靡かせ、決して振り返らずに女は歩を進める。
「姉貴たちに一声かけなくて良かったのか?」
「……ッ!!」
淡々と、悪びれずに言葉を紡ぐ一方通行の態度に腹を据えかねたのか、
やっと打ち止めが足を止めて回れ右すると、
「誰のせいだとっ、ん」
距離がゼロになった。
「~~~~~~!? ひゃっ、ふぁ、ふぁな、た」
「………………やっとこっち向きやがったな」
「んっ、はぁ…………こん、こんな道端でぇ」
淫猥な水音を口内でたっぷり三十秒は奏でてから、
男は女を解放してその顔を覗き込み、偽悪的に表情を歪めた。
杖は投げ出したのちステイルが持ったままなので、
直立するためには恋人の肢体に身体を預けなければならない。
その状況すらも楽しむように一通り打ち止めに“おいた”してから、静かに口を開く。
「悪かった。“嫌な事を思い出させ”ちまったって訳だ」
「ひぃ…………んっ、ずるいよぉ。お、怒れなくなっちゃった、ってミサカは……」
十年前の極北の地での、彼との“別れ”。
打ち止めは天を舞う男の冗談の様な勇姿を目にして、
またあの喪失感を味わうのだろうか、と頭に血が上ってしまったのだった。
「落ち着いたか」
「だから誰のせいだと……んもぉ! あの辺の建物だってボロボロにしちゃって!
昔と違って誰かが後始末してくれるわけじゃないんだからね、
ってミサカはミサカは“できる”女房らしくダメ夫を叱ってみたり!」
「あの一帯の権利書はもともと、まるごと全部俺のもンだ」
「自分のものだからって好き勝手していい訳じゃ、ってええええええええ!?」
「大天使が万が一暴れて裁判沙汰にでもなったら面倒だろ。
だから先回りして片っ端から買収しといた」
「『ミサカの旦那がトンデモない成金だったんだけど、何か質問ある?』……っと。
へ? 『惚気乙』? ふーんだ、『僻み乙ww』ww」
(まーたネットワークに繋いで碌でもねェ遊びしてンな)
歩みを再開した二人は、必然性がなかったとしても寄り添い合う事を選ぶ。
一方通行は、デバイスを能力使用モードに切り替えようとはしなかった。
「ねえ…………結局、あそこで何をしてたの?」
いつも通りのリスのような雰囲気を取り戻した打ち止めが、声を顰めて恋人の耳元に囁く。
男はまばたきを二度してから、脳裏に赤毛の神父の顔を蘇らせた。
「鏡像みてェな男と衝突して、互いの本当の姿を見つめ直した。
罵声を浴びせて、古傷を抉りあって、一戦交えた。
…………少なくとも、無駄な時間じゃあなかったな」
「そっか………………インデックスさんとステイルさん、幸せになってほしいね」
自分達の明日の事が先決だろうが。
そう言いかけて、去り際に一瞬だけ見たシスターの打ち震える様を思い出した。
「そォだな」
驚いて目を丸くした打ち止めの額を軽く小突く。
一方通行は柄にもなく、天の上にいるかもしれない、いないかもしれない誰かに、
あの優しいシスターが幸福であればいいのに、と祈った。
とある日 上条家
イン「ステイルってさ」
ステ「うん?」
イン「あの新しいルーン文字、論文にまとめて公表とかしないの?」
ステ「…………僕に何の得があるんだい、それ。
自分の手の内を全世界に向けて御開帳とかどんな衆人環視プレイだ」
イン「魔術史に名を残すチャンスなのにー」
ステ「そういう名誉だとか名声やらには興味が無いんでね」ハン
イン「特許なり著作権なりを取れればその後の人生ウハウハ!」
ステ「取れる訳あるか!! どこの企業が欲しがるんだいったい!!
……大体、そんな馬鹿な知的財産がまかり通ったら僕は『必要悪の教会』を追放されてしまう」
イン「え!?」
ステ「驚くほどの事でも……そもそも第零聖堂区『必要悪の教会』は、
日本で言うところの『毒をもって毒を制す』を体現したような集団だ。
“基本的”に魔術の存在をタブー視している十字教勢力の一員が
万が一にも魔術史を塗り替えなどしてしまったら、最悪異端審問にかけられてTHE ENDだね」
イン「そ、そっか…………そういえば『必要悪の教会』って、
限りなく濃いグレーゾーンだったね………………残念なんだよ」
ステ「かつてその一員だった君が何故忘れているのか不思議でならないよ、僕には。
そもそも、僕を有名人に仕立て上げて君は何がしたいんだい」
イン「………………だって」
ステ「?」
イン「……そ、そうなったら…………もうステイル、危ないお仕事しなくて済むかな、って」カァ
ステ「………………へ」
イン「特許とか著作権とか印税の収入で暮らせるようになったら、
魔術師として危険な橋を渡らなくても済むでしょ? だから……」
ステ「………………」
イン「………………」ソワソワ
ステ「…………一つ、はっきりさせておこうか」
イン「は、はひ」
ステ「仮に、仮にだよ。僕の編み出したルーン文字が一般大衆の
生活を一変させるような利便性に満ちた発明で、
それによって僕が一生遊んで暮らせるだけの収入を得られるとしよう」
イン「……うん」
ステ「それでも僕は、君の望みを叶えてやるつもりはない」
イン「な、なんで」
「それじゃあ、君の側にいられなくなる」
イン「」パクパク
ステ「異端審問を潜りぬけようと、追放は免れ得ない。それじゃあ意味がない」
イン「」パクパク
ステ「君が隣にいない人生なんて…………無意味だ」
イン「」パクパク
ステ「…………こ、この話は終わりということでいいかな」←ちょっと恥ずかしくなってきた
イン「…………は、はい、終わりでいいでふ」カァァァ
真理「リア充爆発しろ」ケッ
ステイン「「お前が言う………………」」
「「!?」」
オワリ
とある日 ロンドンのとあるカラオケBOX
~~~~~♪
火織「しょーおーねーんよ神話になーれ!」ドヤッ
ダラダラダラダラダラ(ドラムロール音)
「 9 7 点 ! ! ! 」
~~~~~♪
ステ「I wanna get back where you were
誰もひとりではぁぁぁ生きられなぁぁぁぁい!!」ドヤッ
「 9 7 点 ! ! ! 」
火織「ぐぬぅ」チッ
ステ「むむ」ケッ
五和(五和ですがBOX内の空気が険悪です)タラタラ
建宮(アンタら魔術師辞めてデビューしろよ、なのよな)
オルソラ「お二人ともとてもお上手でいらっしゃいますね。次はどなたでございますか?」
イン「は、はいはい! 次は私の番なんだよ」チラッ
ステ「どうかしたのかい、露骨にチラ見してきて……いやらしい」ハン
イン「べ、別になんでもないんだよ!」
元春「どれ、曲目はなにかにゃー?」
『天使のミラクル』
ステ(? 聞いた事がないな)
元春(古っ!!)
火織(…………この子、イギリス人ですよね?)
~~~~~♪
イン「魔法の杖 ひと振り 赤いバラも 咲いたわ
でもあなたに 恋して もう 魔法がきかない♪」チラッ
ステ「ブッ!!!」ゲホッゲホッ
元春「二十六歳が唄うには辛いものがあるぜい」
火織「それだけインデックスも本気と言う事でしょう」
ステ(外野だからって気楽に構えやがって……!)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
イン「恋に落ちた ミラクル天使 まるで迷い子 ミラクル天使
あなた I Love You あなた あなた I Love You~♪」
ステ「」
イン「…………お、お粗末さまでした」チラッ
ステ「」
火織(この空気をどうしろと)
元春(おいステイル何とかしろよ、ステイルの嫁だろ!)
イン「…………」モジモジ
ステ「くっ………………割り込ませてもらいたいんだが、いいかな?」
ルチア「え、あ、どうぞ……(私のプリキ○ア……)」
ステ「Thanks」ピピピ
イン「…………」ゴクリ
イギリス清教一同「…………」ゴクリ
『Infinite Love(GRANRODEO)』
イン「!!!!!!」ガタッ
イギリス清教一同(((なん…………だと…………?)))
~~~~~♪
この広く深い宇宙を さまよい歩く迷子達
誰もがたった一人を探している そんな無垢な心のdesign
アンジェレネ「」ガタッ
シェリー「お前じゃねえよ座ってろ」
アン「´・ω・`」
アニェーゼ「もういい……! もう……休めっ……!
休めっ……! シスターアンジェレネっ……!」ブワッ
運命という無くせぬ距離は二人繋がる為の絆
きっといつか見つけ出すだろう この想いが
ガタタタタタタッ!!!
元春(いま地面が揺れたぜよ)
火織(ロンドンで地震とは珍しい。あの二人は…………まったく気が付いてませんね)
元春(……処置なしだな、こりゃ)
Shinin' 貴女に逢う為にChasin' 幾千の星達を越えて
今 貴女を呼ぶ声がCallin' たどり着けたら 永遠を誓おう
イン「」ポー
Shinin' 貴女に逢う為にChasin' 奪い取るように抱き締めろ
ずっと 貴女を呼ぶ声がCallin' めぐり逢えたら 未来さえあげよう
イン「」ポー
Shinin' 貴女に逢う為にChasin' 巡り逢う奇跡は消えない
いつも 貴女を呼ぶ声がCallin' 二人の世界は砕けない
イン「」ポー
Shinin' 貴女に逢う為にChasin' 幾千の星達を越えて
今 貴女を呼ぶ声がCallin' たどり着けたら 永遠を誓おう
ステ「…………」ポリポリ
イン「…………」ボーゼン
イギリス清教一同((((((………………)))))))
(((((( 爆 発 し ろ ))))))
ガタガタガタガタッ!!!
地球「くそっ、ついプレート殴っちまった」
オワリ
七月二十日。
その日付に特別な意味を見出す者は、果たしてこの地球上に何人居るのだろう。
百人? 千人? 一万人? 一億人?
どんな高名な統計学者だろうと知り尽くす事は不可能だろう。
ただ一つ、確かな事がある。
七月二十日、とある少年と少女がこの地球上で果たした奇跡的な邂逅。
――おなかいっぱいご飯を食べさせてくれると私は嬉しいな――
――でさー、何だってお前はベランダに干してあった訳?――
それを痛みを伴った経験として想起できる人間は。
――私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?――
――地獄の底から引き摺り上げてやるしかねえよな――
もうこの世に“二人”しかいない、という事だ。
七月二十日 午前八時 第一二学区 とある教会
当麻「はあ!? 夕方の便で発つ!?」
ステ「声を張り上げるな、やかましい」
美琴「ちょ、ちょっと。明日ゆっくりお別れ会やって、明後日出発、の予定だったでしょ?」
イン「うん…………でも、ロンドンから帰還要請が来ちゃったから」
ステ「終戦記念日も近い事だしね」
美琴「あ、なるほど…………」
真理「いんでっくしゅ、ばいばいなの?」ウルウル
イン「ごめんねー、まこと!」ダキッ
当麻「最大主教に命令できる奴なんているのかよ?」
ステ「君の仕事相手である世界各国の首脳を見渡してみろ。
自分の都合で好きな時に好きなように動けるトップなんているか?」
当麻「お前らは現に来たじゃんかよ」
ステ「『外交』の一環としてだ。私情を挟んだのは否めないがね」
イン「だからこそ、もう限界なんだよ。沢山の人に迷惑をかけちゃったから、
少しでも早く帰ってこいって言われたら、拒む事なんてできないの」
美琴「…………ゴメン。私の思いつき、迷惑だったみたいね」
イン「そ、そんなこと!」
ステ「最終的には僕らが『問題なし』と判断したから予定を入れたんだ。
本国も出席をキャンセルしろとまでは言ってきていない、
というかむしろ配慮してくれている節まである。だから君が気にする事はないよ」
当麻「なんつーか…………お前が紳士ぶってると違和感あるっつーか、
理不尽をかんじるっつーか。ちなみに仮に提案したのが俺だったらどうしてた?」
ステ「とりあえず、イノケンティウスの熱いハグを贈らせてもらうよ」ハン
当麻「それが理不尽だっつってんだよ! 美琴と真理には妙に優しい癖に!!」
ステ「自然の摂理だ、受け入れろ。ちなみに仮に僕が、二人に君と同じように当たってたら?」
当麻「ぶん殴って空中で五回転ぐらいさせる」キリッ
ステ「世界はそれをこそ理不尽と呼ぶんだよ! 軽くトラウマだからやめろォ!!」
ギャーギャー ドッカーン! ソゲブ!
美琴「このやりとりも今日で最後かと思うと寂しいわねぇ。ねえインデックス?」
イン「………………」
美琴「…………インデックス!」
イン「へっ!? な、なーにみこと?」
美琴「朝早くから準備してたから疲れてるでしょ? ちょっとその辺ブラブラしてきたら?」
ステ「それはいい。街で知り合った顔もチラホラ見たし挨拶まわりでも兼ねようか」
イン「あ、うん。じゃあ…………また後でね、とうま。みこと」
当麻「…………おう、また後で」
美琴「………………」
ステ「………………」
真理「ままー、しゅているー、どうしたの?」キョトン
ステ「ん、ああ。それでは後ほど」
美琴「十時には正式に受付始めるから、それまでには戻って来なさいねー」
ピョコピョコ スタスタ
ステ「大丈夫かい、最大主教?」
イン「ステイルこそ脚の怪我があるんだから無茶しないでね」アハハ
ステ「…………君がどんな結論を出そうと、僕のなすべき事は、そしてなしたい事は変わらない」
イン「!」
ステ「それだけは、忘れないでくれ」
イン「………………」
移動中…………
絹旗「インデックスさんに超(スーパー)ステイルさんじゃないですか、お久しぶりです」
ステ「かませ犬臭がプンプンするからその呼び方は止めてくれ! ルビを振るな!」
イン「退院おめでとう、さいあい!」
絹旗「ふふふ、私の『窒素装甲』に超常識は通用しませんので。
大したことはありませんでしたよ、あんな魔術師!」
ステ(超常識……常識なのかそうでないのか……?)
黒夜「へっ、目ぇ覚ました直後はブルってた癖によ」
絹旗「ブルってませんー! リベンジに燃えて武者震いしてたんで…………いっ」
布束「Good Heavens,大丈夫かしら?」
理后「くろよる…………?」ゴゴゴゴ
黒夜「ひっ!? ご、ゴメンよ最愛…………」
絹旗「まあまあ理后さん、いつもの事ですから私は気にしてません。
なんだかんだで海鳥に超一番心配してもらいましたしね」フフ
黒夜「………………」プイ
ステ「そちらのレディーは? 新郎と新婦、どちらかの御友人なのでしょうが」
イン「あ、ていとくの会社で見かけた人なんだよ」
布束「え? However,私はあなた達と初対面だと思うのだけれど。
…………いえ、つい最近どこかで、そうお茶の間辺りで見たような」
ステイン「!」ギク
理后「この人たちは新郎新婦に共通の友人なの。
ぬのたばの会社を観光がてら見学してたんだって」
布束「……………………そう。In that case,そういう事にしておきましょうか」
ステイン(ほっ)
布束「あらためましてはじめまして。
私はDM社企画開発部の布束砥信と言うわ。新郎とは昔ちょっと、ね」
イン(前々スレ>>774にこっそり出演してたんだよ!)
絹旗「どういう風な“ちょっと”なのか、布束さん超ちっとも教えてくれないんですよね」ジトー
布束「そうね………………but,あなた達とも“ちょっと”色々あったし……」
絹旗「う」グサ
理后「ぐ」グサ
布束「ふふふ。あまり触れない方がお互いの為でしょう?」
「「「?」」」
ステ「そっちの窒素姉妹は一方通行とはどういう関係だい?」
絹旗「コレと超一括りにしないでください!」
黒夜「ひでぇ」
イン「みことは家族だって言ってたけど?」
絹旗「はっきり口にされるとなんか恥ずかしいですね…………」
黒夜「アイツ自身は兄貴面してくるわけじゃないけどなぁ。そういうのはキモ面の担当だし」
布束「この二人の能力は『一方通行』に由来するものでね。To sum up,妹みたいなものよ」
理后「それで昔ね、むぎのとあくせられーた、
どっちが二人の法定代理人になるかで揉めた事があるの」
ステ「………………それはどっちかというと親の行いで」
イン「………………夫婦が離婚する時に起こる問題じゃないかな」
黒夜「そう、まさにそれ! バカの浜面がその場にたまたま居合わせてさ。
喧嘩する二人を見て考えなしにそんな感じの事を言っちまったんだよ!」ギャハハハ!
絹旗「懐かしいですねー。二人とも五分ぐらい口をパクパクしてたかと思ったら、
鬼の形相で浜面に襲いかかって。なんか合体技とか出してましたし!
あれは私のB級視聴歴を手繰っても他に類を見ない超傑作シーンでした!!」キャハハハ!
布束「Really? それは私もぜひ見たかったわね」
理后「笑い事じゃないよ。それを聞いたらすとーおーだーが
ツンデレを通り越して一気にヤンデレにワープ進化しちゃって大変だったんだから」
イン(わりと本気で見たいワンシーンなんだよ)
ステ(合体技を炸裂させられた夫のその後については触れないんだな)ホロリ
イン「あれ、そういえばりとくは?」
理后「むぎのとふれめあと一緒に、家でお留守番してるよ」
黒夜「私が言うのもなんだけど、本当にあの二人だけで大丈夫かよ」
ステ「……麦野とミスセイヴェルンには、過去に何かあったのかい?」
絹旗「それは…………私の口からは、どうにも。
個人的にはフレメアがやけに裏篤を気に掛けるのが不思議なんですよね。
理后さん、どうしてか知ってますか?」
理后「さあ。しあげは何か知ってるみたいだけど」
黒夜「……………………」
ステ(……どこにでも、一筋縄でいかない問題はある。そういう事なのかな)
移動中…………
ステ「ん? あれは……………………………………」スッ
イン「もとはるだ、日本に来てたんだ」
「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ」
イン「!?」
「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり
それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり
その名は炎、その役は剣」
イン「え、ちょ、あ、そうだ」ピコーン
「顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ! イノケンティウ――――」
Y Y W W
イン「はいはいワロスワロス」
イノケン「ンゴーッ! ンゴ!? ンゴ…………」ズーン
ステ「えええええええええええええええええええ!?
イノケンティウスがショック受けて帰ったぁぁぁーーーーっ!?」ガビーン!
イン「ふぅ……『強制詠唱』が無かったら即死だったんだよ(もとはるが)」
ステ「そんなスラングですらないノタリコン成立するかぁぁぁぁ!!!」
当麻「なにやってんだよ、教会でボヤ出す気か!?」
青ピ「今の巨人さんが暴れてたらボヤじゃ収まらんけどねー。
インデックスちゃんお久しぶりでんなぁ! 今日は青の修道服なん?」キャッホーイ
イン「全身白尽くめじゃあ花嫁さんに対して失礼だもん。
でも、『歩く教会』じゃない修道服なんて生まれて初めてで落ち着かないんだよ」ムズムズ
青ピ「似合うてる似合うてる! 真っ白の清楚な感じもエエけど、
クールビューティーって感じの青も相当にそそるわー!」イヤッフー!
ステ「………………」チッチッチッ
浜面「ハハッ、騒がしい奴らだなー」
元春「いやいや全くだにゃー」
ステ「元を糾せば君のせいだろうが!」
元春「………………?」クルッ
ステ「貴様だシスコン軍曹ぉぉぉぉぉ!!!」
イン「もとはる、久しぶり。まいかは元気?」
元春「おう、大食い最大主教から解放されて日々をゆったりと…………
過ごしてくれないんだよなぁ。もっといちゃつきたいぜい舞夏ぁぁ……」
ステ「彼女は生粋の仕事人間だからね」ハハッ
イン「………………」シラー
元春「お前が言うな」
当麻「お前が言うな」
浜面「お前が言うな」
青ピ「あんさんが言うてもあきまへーん」
ステ「後ろの三人乗っかっただけだろうが!!」
ステ「それにつけても土御門、昨日はよくもやってくれたな」
イン「? 昨日どうかしたんだっけ?」
元春「へ? …………おいステイル、ちょっとツラ貸せ」クイクイ
ステ「なんだい」イライラ
元春「インデックスの様子が、俺の想定とはだいぶ違うんだが」ボソボソ
ステ「何を想定してたんだい君は。本人曰く、昨晩の記憶が飛んでるらしくてね」
元春「…………ふーん、そりゃ残念だぜい。予定通りにいってりゃ今ごろ……」ブツブツ
ステ「だ・か・ら・この上どんなトラップを仕掛けて僕らを弄ぶつもりだったんだ!
余計なお節介ってレベルを気軽に逸脱しすぎだろうが!!」
元春「そんな事言って、実際良い機会になっただろ?
わだかまってたもん、残らず燃やし尽くしたか?」
ステ「…………ちっ。ああそうだよ、僕の心は決まった。もう立ち止まりはしない」
元春「そうか、良い面構えになったな。頑張れよ」
ステ「ぐ…………あ、ありがとう」
元春(何とか丸めこめたぜい)フゥ
当麻「へー。あいつらってただの仕事仲間だと思ってたら、意外と仲良いんだな」
イン「………………」
青ピ「インデックスちゃーん、あかんわ男にまで嫉妬丸出しでガン見してぇー」
イン「…………え? さ、流石に男の人にはJealousyしたりしないんだよ!」アタフタ
浜面「女には剥き出しだって認めたな」
イン「はううっ!!」
青ピ「スーさんとはその後どうなん? ちゃんとやる事やっとりますか自分らぁ?」
イン「ややややや、やる事っていったい何なのかな!?」
浜面「またまた奥さん惚けちゃってー! 決まってんだろ、一緒のベッドに飛び込んでセ」
当麻「言わせねーよ!? オイお前ら、ステイルが死ぬほど睨んでるからその辺にしとけ」
ステ「………………………」ボボボボボボボッ
青ピ&浜面「」
ンギャアアアアアアアアアアッ!! ×2
イン「そっか、青ピがなんでいるのかと思ったららすとおーだーのお姉さんの旦那さんなんだよね。
デルタフォースなんて呼ばれてた三馬鹿もみんなそれぞれ
立派に所帯を持つようになって、おねーさんは嬉しいんだよ」ホロリ
当麻「だからお前同い年だろーが!」
元春(ここでの『お前が言うな』は地雷のかほりがするにゃー)
移動中…………
食蜂「ねぇねぇ雲川さぁん、勿体ぶってないでその超小型キャパシティダウン外してよぉ。
どうせ私の絶対運命決定力にかかればお見通しになっちゃうんだからぁ」ユサユサ
雲川「そのコイントスの裏表を自由自在に操れそうなパワー、
どう考えても人の“そういう”秘密を見破れる類の代物とは思えないんだけど」
食蜂「またまたそうやって話を逸らそうとするぅ。
ねえ親船さん、上司として一言注意してあげてくださいよぉ」
雲川「統括理事長! 御承知の事と思いますがこの女に対外秘の
トップシークレットを盗まれたら取り返しがつかないんだけど。どうかご熟慮を」
親船「………………芹亜さん、私を誰だと思ってるのかしら?
あなたの負担を悪戯に増やすような真似はしないわ」
雲川「…………これは失礼しました。差し出がましい口を聞いたようで」
親船「操祈さん、実を言うと芹亜さんは今……………妊娠二カ月なの」
雲川「統括理事長ぉぉぉぉぉ!!!!!???」
親船「母親になるという実感が湧いたばかりでとても不安定な時期だから、
あまり心身を揺さぶらないよう、でも友人として側に付いて居てくれないかしら?」
食蜂「んまぁ。あらあら、あらあらあらぁ、おめでとぉ!!
く、雲川さん! 困った事があったら何でも言ってねぇ?
そうだ私、長点上機医大にちょっとしたコネがあるのぉ!
例の病院にいる世界一のお医者様はいつでも忙しい身だしぃ、
学園都市で二番目の産婦人科医に雲川さんの専属になってもらうわ!!」ウキウキ
雲川「余計な事をしないで欲しいんだけどっ!!
く、くうっ、もしこんな事が土御門の、いや魔術サイドの誰かの耳にでも入ったら……」
ステ「………………」
イン「………………」
雲川「」
イン「…………えっと、おめでとう? せりあならきっと良いお母さんになれるよ。
私の友達にも今度新しくお母さんになる人がいるんだけど、よかったら紹介しようか?」
親船「まあインデックスさん、お気遣いありがとうございます!
やはり持つべきものはいいお友だちよねえ、芹亜さん?」
雲川「 」
ステ(………………可哀想に。ん、待てよ?
妊娠……『せりあ』……つい最近どこかで聞いたようなワードの羅列だな……)ウーン
雲川「 」
食蜂「雲川芹亜は生まれて初めて心の底から震えあがった……
真実の暴露と決定的な情報流出に……。出産への不安と絶望に涙すら流した。
これも初めてのことだった……雲川はすでに羞恥心を失っていた」
雲川「オイ! 勝手にナレーションを付けないで欲しいんだけど!!
それからとりあえず羞恥心は失いたくないんだけどーーーーーーっっ!!!」
食蜂「私の改竄力にかかればナニだろうと、どうとでもなっちゃうわぁ」
雲川「何を改竄するつもりだぁぁぁ!!!」
ギャーギャー!
ステ「統括理事長、いらしていたのですね」
親船「ええ。この度はお二人にもご助力いただきありがとうございました。
学園都市二三〇万の学生を預かる身として、改めて深く感謝申し上げますわ」ペコリ
イン「お力になれて光栄です、統括理事長。
しかしやはり全ては、かつて『学生』だった彼らの尽力あっての事と思います」ペコリ
親船「ええ、ええ。頼もしい子供たち……いえ、もう立派な大人なのだと、つくづく実感しました」
ステ「…………今日はあちらの二人と、職場の関係で?」
親船「それはもう、一方通行くんは私の警備主任ですから。
常日頃お世話になっている身として当然の事ですよ。
これで披露宴形式だったなら上司として一席、職場での彼の心温まる
エピソードをお集まりの皆さんのお耳に入れようかと思ってましたのに」
イン「あたためられーたの心アクセル話…………? それは興味津津にならざるを得ないかも」
ステ「なんだい一方加熱(アタタメラレータ)って。コンビニ弁当か」
親船「そう、あれは彼が初めて職場に手製のお弁当を持参してきた日の事です。
私や他の警備チームの面々がその包みはどうしたんだと声を掛けると、
彼は努めて不機嫌そうな顔で『クソガキに無理矢理持たされたンだよォ』、と」
ステ(今のはまさか、一方通行のモノマネか…………?)
イン(結構似てたんだよ)
親船「私たちが生あたた…………温かい視線を向けると彼は益々不機嫌になって背を向け、
可愛らしいクマさんのプリントされた包みを解きました。
しかし、その次の瞬間! ……一方通行くんはスケルトンの蓋越しに
垣間見たお弁当の中身に、全身を凍りつかせてしまったの」
イン「い、いったいなにが!?」
親船「……………………………………おでん」
ステ「……………………は?」
親船「何の変哲もない白いプラスチックの直方体を彩る、
こんにゃく、がんもどき、はんぺん、ちくわぶ、ゆでたまご。
それは一切の妥協も容赦も差し挟む余地のない、完全なるおでんでした」
イン「……………………う、うーん…………」
ステ「あー…………それは…………あれじゃないですか。
昨晩の残りものを弁当に詰めこむ主婦の知恵を早くも体得していたとか」
イン「こ、コンビニおでんも捨てがたいんだよ! 一品70円であの味わいは
ジャパニーズ・ジャンクフードの究極形態だと私は思ってるかも!」
ステ「経済観念が身に着いたのは実に結構だが、
ロンドンに帰ってから信徒の前でそんな事を熱く語らないでくれよ」
親船「ところがどっこい、そのおでんは…………」
イン「そのおでんは…………?」ゴクリ
親船「打ち止めさんがお弁当のためだけに原料からこつこつ仕込んだ、
一分の隙もないハンドメイドだったのよ!」
ステイン「な、なんだってーーーー!!??」ΩΩ
親船「一方通行くんが打ち止めさんのそんな健気な努力を無碍にできる筈もありません。
結局彼は周囲の好奇の眼差しを真っ赤になって堪えながら、愛妻弁当を完食したのでした」
イン「うう…………泣けるお話なんだよ」ウルウル
ステ(………………確かに、泣ける。………………別の意味で)ホロリ
親船「こういう挿話をざっと二〇ほど用意していたのだけど……
教会で式を行うと聞いた時はとーっても残念でしたわ」
ステ(一方通行が人前式を選ばなかったのはこれが原因だな、間違いなく)
イン(まあ、二次会に戦場を移されたらチェックメイトなんだけど)
移動中…………
美琴「あ、二人とも。どう、知った顔には会えた?」
ステ「会えたというか、この教会知った顔で埋め尽されてるんだが」
イン「今のところ一人を除いて全員だもんね……あと、そっちの二人も」
初春「どうもー、おはようございます」
結標「あら、五日ぶりねインデックス」
イン「そっか、あわきはもとはるの昔の同僚なんだもんね。一方通行とも……」
結標「そ、奇妙な縁で結ばれてるってわけよ。いま新郎控室に顔出して来たんだけど、
ぷぷっ! 永久保存したくなる阿呆面だったわー。
私たち『グループ』に宛てた招待状は奥さんに無断で出されたみたいね」
ステ「よく考えれば当然の事だね。君ならまだしも、
一方通行が土御門を呼ぶなんておかしいとは思ってたんだ」
イン「かざりも、あくせられーたの友達なの?」
初春「私は昔、花嫁さんの方とちょっとした事で知り合いまして。
美琴さんの妹さんと知ってからはちょくちょく一緒に遊んだ仲なんです」
美琴「初春さんはともかく、結標さんとまで顔馴染みだったなんてね……。
インデックスって意外と顔広いわよね。例の事件でも一緒だったんでしょ?」
ステ「戦場は街のあちこちにばらけていたから、合流したのは最後の一幕だけだがね」
初春「ウチのビルでやった最大主教さんの大食いワンマンショーですねー」ニコニコ
イン「!? ちょ、かざり、それは秘密にって」
美琴「ほーう? それは楽しそうじゃない、是非私も呼んで欲しかったわねー?」
イン「」タラタラタラ
美琴「私ってばステイルくんからもなーんにも教えてもらってないわー」
ステ「…………ほ、報告の義務など負った覚えはないね。
だいたいあの日は戦闘に次ぐ戦闘で半日以上も腹を満たす暇がなかったんだし」タラタラタラ
結標「そっちの神父さん、『今日ばかりは我慢しなくても構わない』
とか言ってむしろ煽ってたわね」
ステ「んがっ!!」
初春「本社の備蓄食料全部使い切っちゃって、
地下シェルターから非常食まで持ち出しましたもんねー」アハハ
美琴「………………」バチバチバチバチ
イン「みみみみみこと、冷静になって欲しいんだよ!
いくら私がイギリス清教の宇宙胃袋(ブラックホール)と呼ばれてたところで
数百人分の食料なんてとてもじゃないけど食べきれないかも!
あの日あのビルには百人ぐらい避難してた人が残ってたから、
私はあくまでその余り物を頂いたのであって」
美琴「(X-1)百人分を全て吸い込んだって事でしょーが
余り物ってレベルじゃねーぞゴルァァァァァァ!!!!!
そんなド派手なスーパーイリュージョンを人様んちで披露してんじゃないわよ!!」
イン「うう……だってだって、ていとくがいくらでも食べていいって言うから!」
美琴「人のせいにしないの!」プンスカ
イン「人じゃないもん冷蔵庫だもん!」プンスカ
美琴「冷蔵庫がひとりでに開いて食事を振る舞うわけないでしょうが!」
「「「「プッ!!!」」」」
美琴「へ?」
ステ「み、美琴…………! すまないが、今のはツボだ…………! プッ!!」ブルブル
イン「の、脳内ていとくが、お腹の中からご飯、出してきたんだよ!
あっ、あははははは! ひーっ、ひーっ!! おなか痛い!!!」バンバンバン!
結標「あの、羽で、くくっ、ど、どうやって料理すんのよぉ!
エプロン付けてるとこ、想像しちゃっ、くっ、くくくくく!!!!」ププププ
初春「メルヘンクッキング(笑)…………!
俺の未元料理(ダーククッキング)にじょ、常識は………………!!」プルプル
美琴(こ、この疎外感はなに…………?)
十分後
イン「あー、落ち着いた。たくさん笑ったらおなか空いたんだよ」フウ
美琴「なにをそんな馬鹿ウケしてんのよアンタら……? とにかく今晩は食事抜きだかんね!」
イン「へっへーんだ、残念でしたー!
私たちの今日のディナーは優雅に機内食と決まっ……て…………」ハッ
初春「この間のお話では美琴さんが妹的ポジションで、
インデックスさんマジ聖母! って感じだった筈なんですけど、おかしいですね」ハテ
結標「挙動不審っぷりの方がもっとおかしい事になってきてるけどね。
あの子の身体チャンスで稲葉に回った時の札幌ドームぐらい揺れてるわよ」
イン「」ガクガクピクピクブルブル
美琴「ちょ、インデックス!? お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんかー!」
冥土帰し「僕を誰だと思ってる?」ジャーンジャーンジャーン
美琴「げえっ、リアルゲ…………ああ先生! どうか、どうかインデックスを!」
ステ「ちょっとしたトラウマが呼び起こされただけだよ…………。
あればかりは、彼女が自分の力で乗り越えるしかないんだ」トオイメ
結標「もう少しシチュエーションが良ければ共感できなくもないんだけどね、その台詞」
初春「『実の親の仇は育ての親だった! この葛藤を如何にして乗り越える!?』みたいな。
それにしてもステイルさん、愛しのシスターさんがあの様子なのに意外に冷淡な反応ですね」
結標(DM社の厨二ネーミングはこの子が汚染源なんじゃ……)
ステ「訪日以来、飛行機と耳にするだけで拒絶反応を起こしてるからもう慣れっこで……。
なにせ『ウルリッ“ヒ! 攻強(こうき”ょう)皇國機甲を呼べ!』ってセリフに
反応して稲葉ジャンプを始めるぐらいだからね、もう僕も諦めてるんだよ」
結標「その謎のシチュエーションについての説明が何より欲しいわよ!!」
初春「む、次回作のインスピレーションがむくむく湧いてきました!
『時は地球(グランドコア)暦300X年、外惑星(サテライト)の住人である
凶星主(ヒドラ)の同化(グランドフォール)で両親を失った主人公ウルリッヒは、
志(クリード)を共にする仲間(バーディ)と「攻強皇国機甲」のパイロットとして』……」メモメモ
結標「長い長い長い!! 無駄なルビ振り過ぎ! あなたいったいどこの世界の住人なの!?」
初春「実を申しますと私、『スク○ニ』への転職を視野に入れていまして」
結標「プリント裏の妄想で大作RPGが作れるなら誰も苦労しないわよっ!!」
治療中…………(美琴たちはどっか行った)
イン「…………はぁ、はぁ…………!」
冥土「気分はどうかな?」
イン「な、なんとか食欲が戻ってきたかも」ゼェゼェ
冥土「君の気分は食欲にしか左右されないのかな?」ヤレヤレ
10032「朝早くから司祭役として詰めておいでですのでお疲れなのではないでしょうか、
とミサカはベテラン看護士としての経験から忠言させていただきます」
ステ「どうもありがとうございました、先生。ミス御坂もありがとう」
冥土「君の方も、昨夜は応急処置で済ませてしまったが具合はどうかね?」
ステ「おかげさまで、すっかり痛みはありませんよ。
一方通行が手加減してくれたというのもあるのでしょうが」
10032「あれがそんな可愛い性格をしているとは思えませんが、とミサカは懐疑の眼差しを向けます」
ステ「…………そちらは?」
エツァリ「ご両人、二か月ぶりですね。とんだ再会になりましたが、任務お疲れさまでした」
ステ「…………誰だい、君は」ジロ
エツ「酷いですねぇ。あなた方が不在の間、誰が代役をこなしたと思ってるんですか」
ステ「……代役、という事は」
イン「声も顔も記憶に無いけど、その抑揚の付け方はエツァリのものだね」
エツ「ああ、そうでした。ステイルさんに扮して以降『海原光貴』に
接触する機会など当然ありませんでしたから、
これが自分の素顔という事になります。お見せするのは初めてでしたかね」
ステ「やはり君も招待されていたのか…………新郎本人は寝耳に水のようだったがね」
エツ「ええ、先ほど土御門さんと一緒に彼を訪ねたんですが、
問答無用でエンジェルフェザー(笑)をお見舞いされて追い出されまして。
せっかくですからショチトルたちの恩人にご挨拶に参ったという訳です」
ステ(よく生きていたな……さすが、腐っても魔導師)
イン「ショチトル、私の代役で大変じゃなかった? 病み上がりなのに…………」
エツ「神裂さんからもお墨付きをいただきましたし、自分の見る限りは立派にこなしていましたよ。
多少の気疲れはあるでしょうが、体調は自分が四六時中傍について管理しましたので」
イン「ほっ…………」
ステ(四六時中…………ねぇ)
冥土「それでは、彼女の身体にその後異常はないんだね?」
エツ「ええ。全てはあなたと最大主教が御力添えくださったおかげです」
冥土「僕は仕事をしただけさ。心のケアは大丈夫なのかな?」
エツ「焦らずにゆっくりやっていきますよ。完全に落ち着いたら、あなたをイギリスに御招待したいのですが。
ショチトルとトチトリがのびのび生きる様を、是非あなたにも見て頂きたい」
冥土「ふむ、楽しみにさせてもらうよ?」
ステ「それはもしかして、特別な催しに招くという意味かな」ニヤニヤ
イン「例えば、今日みたいな?」ニヤニヤ
エツ「………………自分たちの“それ”よりも先に、他の催事が執り行われる可能性大、ですがね」ニヤリ
ステイン「え?」
エツ「ふふふ、ロンドンに帰ってからのお楽しみですよ」
ステ(…………おおよその見当が付いてしまった自分が、幾分悲しい……)
イン「ねえ、くーるびゅーてぃー。他の『妹達』は来てないの?」
10032「誠に遺憾ながら、ミサカたち全員はとてもこの教会に入りきりませんので。
その代わりと言ってはなんなのですが、お姉様の時にやった“アレ”を趣向を変えて再現してみようかと、
とミサカは悪代官面をして極秘事項を打ち明けます」フッフッフ
ステ「ああ、“アレ”か。確か美琴は号泣してたね」
イン「そっか…………あの、それから」
10032「番外個体の事でしょうか」
イン「! う、うん」コクリ
10032「彼女なら、いま………………」
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番外個体「んっ、ひっく…………ひっ、く、う」ギュッ
美鈴「んー、よしよし。我慢しないでいいのよ」ナデナデ
旅掛「……………………ん? 君たちは」
イン「…………ど、どうも」
番外「!!」
ガバッ タッタッタッ
イン「わーすと…………」
美鈴「追い掛けなくても大丈夫。…………と言うより、今は放っておいてあげて」
ステ「申し訳ありません。邪魔をするつもりではなかったのですが」
旅掛「気にする事はない。あの子も心の中ではしっかり区切りを付けているんだよ。
いまの涙は、最後に残ってしまった想いの一欠けらなんだ。…………罪な男だな」
美鈴「……ああそうそう、今日は二人ともありがとう。
あなたたちにリードしてもらえば最高の門出になると思うわ」
イン「ここは結婚式専用の教会だから、あまり形式ばった事はしないつもりだけど。
………………せいいっぱい、二人が幸せになれるよう、頑張ります」ガチガチ
美鈴「ふふ、テレビで親船さんに挨拶してた時はあんなに凛々しかったのに。カワイー!」ダキッ
イン「あ、あわわ!」ワタワタ
旅掛「…………ステイル君、ちょっと二人でいいかな」
ステ「? 構いませんが」
旅掛「一方通行から聞いたよ。拳を交えて語り合ったって?」
ステ「厳密には違いますが、主旨はそうなりますね。しかし貴方はよほど彼に信頼されていると見える。
あの一方通行が昨夜の対話を誰かに打ち明けるとは思ってもみませんでした」
旅掛「信頼、か。それは彼だけが知る事だな。ただ君も知っての通り、
俺は一方通行に一〇〇三一回拳を叩きこんでる。もちろんその度に言葉も交わした。
そういう中で、少しずつあの青年の心を覗いて来たんだ。
…………そしてその俺の目から見て、君と彼は心の在り様がそっくりだ」
ステ「………………慧眼、ですね」
旅掛「なあステイル君。つまらない男の人生訓など、聴いていく気はあるかな」
ステ「是非、拝聴させていただきます」
旅掛「辛い今に堪えられなくなって膝が折れてもいい。ただ、その先に夢を抱え込んでくれ。
一方通行が真の意味で俺の息子になったのは、彼が打ち止めと歩む未来を見据えながら、
俺に殴られ、そして前に向かって倒れ込む事を選択したからだ」
ステ「…………僕は今まで、過去の“誓い”と“罪”に囚われて生きてきました。
いけない事だとはわかっていても、どうしても振り払えなかった。
昔の思い出に振り回されて、未来はおろか現在(いま)にさえ背を向けて」
旅掛「…………一方通行も言っていたんだがね。鏡のようだよ、君たち二人は。
まるで他人だと思えない。だから俺は彼の眼に映った君の像を見て、
今こうして君との対話に臨んだんだ…………もう、君は大丈夫なのかい?」
ステ「はっきりと悟りました。自分はもう、この過去を打ち捨てることはできない。
できるものなら、十二年前のあの日にやっていた。だから僕は、この重荷を引き摺ります。
いつの日か雁字搦めにされて身動きがとれなくなっても、目指したい“夢”があるから」
旅掛「………………そうか、心配する必要はなかったようだな。
君との対話の中で一方通行も、また少し変わったような気がするよ。
では最後に、人生の先輩として少しだけ良い顔をさせてもらおうかな」
ステ「?」
旅掛「君の人生はまだまだこれからだ。もしにっちもさっちもいかない事があったら、
いつでも俺を…………俺達『ミサカ』を頼ってくれ。
地球上のどこだろうと駆け付けて、こう聞かせてもらうからな」
「君たち二人の世界に足りないものは、なーんだ?」
美鈴「男同士の秘密のお話は終わったー?」
イン「………………ふーんだ」
ステ「何を拗ねているんだい、君は」
イン「拗ねてないもん」プイ
スタスタ スタスタ
黄泉川「おや、最大主教とその腰巾着じゃんよ」
イン「…………るいこの上司の、ヨミカワ、さん?」
ステ「い、いきなり辛辣ですね……確かにあの時は茶を濁して悪かったとは思いますが」
黄泉「はっはは、冗談じゃんよ! まあ、警備員本部ぐらいには
情報開示して欲しかったけど、お前達に言ってもしょうのないことじゃん」
ステ「そう言って頂けるとありがたいのですがね」フゥ
芳川「あら愛穂、この子たちと知り合いなの?」
イン「子供扱いはしないで欲しいんだよ…………っていうか、
あくせられーたと理事会ビルで漫才してた人に言われたくないかも」
ステ「あの後結局、上条当麻と雲川女史に飯をたかったらしいですね」
黄泉「桔梗…………どういう事だか後で説明するじゃん」
芳川「私に檻の中なんて厳しい環境は堪えられないわ」
黄泉「あんたの現生活環境は既にブタ箱同然じゃん! っていうか本当に何をやった!?」
旅掛「黄泉川先生、芳川さん。お久しぶりですね」
黄泉「こちらこそ、御無沙汰しております。誠にめでたい日を無事迎えられましたね」
美鈴「お二人はアーくん……一方通行くんの御家族として?」
芳川「ええ。私たちは今日、彼の妹さんたちと一緒に新郎親族席ですわ。
普段は口が裂けてもそんな事認めないんですけど、あの子」フフフ!
美鈴「…………芳川さん」
芳川「はい?」
美鈴「ご無理はなさらないで下さいね」
芳川「!!」
旅掛「俺のもので良ければ、このハンカチを。雫が溢れそうですよ」
芳川「…………申し訳ありません、あなた達の前で、こんな。
ご迷惑なのはわかってます。でも、嬉しいんです。
きょ、今日という日に、こんな女を、あの席に、呼んでくれて」
黄泉「桔梗……」
旅掛「芳川さん。子供たちもそれぞれに、重荷と不安を背負って未来に歩き出すんです。
せめて私たち親は、笑顔で送り出して、見守ってやろうじゃありませんか。
………………『実験』が、本当に決着を迎えるその日まで」
芳川「御坂さん…………ありがとう、ございます」
ステ(……最大主教)
イン(……うん。これ以上ここにいても、お邪魔になっちゃうだけかも)
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外の空気を吸いたいと言って、インデックスは教会の裏庭に出た。
傍らには勿論、この五年間を最も多く共に過ごした大切な男性(ひと)。
「九時三十分。そろそろ戻った方がいいね」
取り留めのない雑談に終始して、ステイルが掲げた懐中時計を合図に屋内に引き返そうとする。
花嫁がくぐり、花婿と共に出ていくだろう教会正面の大扉へと回って――――
「あ………………」
そこに、上条美琴と彼女に抱かれた愛娘――――そして、上条当麻がいた。
四人の男女の時が一斉に止まったように、インデックスには感じられた。
「行っておいで」
呼吸さえ止むような重苦しさの中で、最初に動いたのはステイルだった。
肩をそっと押されて、ようやくインデックスは“ある事実”を悟った。
(あの時……)
三ヶ月ほど前の、ロンドンでの事だった。
土御門がインデックスの提案を組み込んだ作戦を清教派の主だった面々に明かすと、
火織をはじめとして天草式やアニェーゼ部隊までもがリスクが高すぎると反対してきた。
苦笑いした土御門に彼らを説得する妙手があったのか、今となっては解らない。
『僕は賛成だ。要は、僕が彼女を護ればいいんだろう』
最も声高にインデックスの安全を主張する筈の男が、静かに賛同の意を示したからだった。
彼がどうして、庇護すべき対象を危険に晒す可能性のある日本行きに賛成したのか。
(ステイル、あなたは、私の為に)
ステイルは、自分と上条当麻を引き会わせる為にあらゆる苦難を被る事を。
(私が、とうまと向き合うチャンスを作る為だけに)
――――既にあの時、決意していたのだ。
それを悟った時、インデックスは踵を返して彼の無上の愛に甘えたくなってしまった。
この終わりの見えない懊悩が終わる瞬間から逃げ出して、彼の胸に飛び込んでしまいたかった。
「………………うん、行ってくるね」
しかし、逃げる訳にはいかない。
このままではインデックスは彼に、偽りの、贋物の愛しか傾けられない。
それはステイルの誠心を著しく乏しめる行為だ。
だからこそ、どんなに苦しくとも前に進まなければならない。
一歩踏み出す。
T P I M I T S P F T
「これよりこの場は彼らの隠所と化す」
そう唱える声を最後に、ステイルは蝋燭を吹き消すように気配を絶った。
「…………じゃ、あんたも行ってらっしゃい」
インデックスが一人で歩み出すのを見て、美琴が上条の肩をポン、と叩いた。
美琴はくるりと二人に背を向けて、真理に何事か語りかけながら青空を眺める。
インデックスと美琴の視線は、一瞬たりとも交わらなかった。
「とうま」
そしてまた上条当麻も、一歩ずつ、足の裏で大地を噛みしめるように進む。
「インデックス」
己の呼びかけに答えて、羽のように軽やかに名前を呼んでくれた。
一歩。
一歩。
一歩。
やがて二人は、大扉の真正面で出会う。
今にも密着しそうなその距離、十五センチ。
インデックスはかつてよりだいぶ背の伸びた青年を見上げた。
「とうま、聞いてくれる?」
誰かを守るために闘って闘って、その度に傷を刻まれ続けた逞しい肉体。
どんな権力や暴力にも屈さない生き様を体現したかのようなツンツン頭。
時に敵を慈しみ、時に味方さえ喝破して、感情のままにくるくる回る表情。
「なんだ、インデックス」
胸の奥から湧き上がる信念を、何よりも強く、如実に映し出す瞳。
そしてインデックスを、御坂美琴を、星の数ほどいる何処かの誰かを、
ひたすらに苦境から、不幸から、地獄から、引きずり上げてきた右腕。
その全てが、インデックスには無性に愛しかった。
わだかまり続けていた上条当麻への想いを晴らすために来たこの街で、
しかしインデックスはステイル=マグヌスといくつもの昼と夜を越えた。
ぶつける感情を避わさず受け止めてくれるようになった彼に対して、
何度言っても己を守るために無茶を重ねてしまうステイルに対して、日増しに想いは募っていった。
上条への思慕を、このまま行けばすんなり諦められるのではないか。
ステイルの手を初めて握って、握り返してもらったあの日、確かにインデックスはそう思った。
しかし、それは叶わぬ夢(げんそう)だった。
「インデックス=ライブロラム=プロヒビットラムは、上条当麻を愛しています」
ステイルへの恋慕が募れば募るほど、上条当麻への想いも何故か同時に膨らんでいった。
二つの風船は熱情を吹き込まれて際限なく膨れ続ける。
彼女の身体は二人の男性へと勝手に注がれる愛と、罪の意識で、破裂する寸前だった。
「十一年前のこの日、『あなた』に初めて逢ったあの日から、
学園都市で過ごした五年の間も、ロンドンへ“渡って”からの六年も」
インデックスは、あまりに『愛』の広すぎる女だった。
善にも悪にも富める者にも貧しい者にも分け隔てなく愛を与える事のできる、
聖書に説かれるような『無限の愛』の持ち主だった。
だから上条当麻という少年が目の前に現れた時、
その広大な愛をたった一人の男性に向ける事に戸惑い、持て余した。
かくしてインデックスは、御坂美琴との恋の鞘当てに敗れた。
本人も理解していない彼女の本質を、十二年間彼女の為に生き続けてきた男は知っていた。
そして、もう一人。
「ずっとずっと、あなたが好きでした」
今こうしてインデックスが、砕けるさだめの愛を消え入るような声で告げているのは、
皮肉にも彼女の愛の正体を見抜いてしまった恋敵に、背中を押されたからだった。
(みこと)
気を抜けば鎌首をもたげそうになる『ある感情』を必死に殺しながら、
決して長くはない、しかし凝縮された思いの丈を絞り出し終えて、インデックスは呼吸を大きく乱していた。
懺悔にも似た告白の間、上条は瞬きせずにじっと彼女の翠玉と射線を重ねていた。
だが数多の対峙者にその信念をぶつけてきた弾丸は、何時まで経っても銃口から放たれなかった。
「とうま」
最後に、あと一度だけ。
それでこの想いを捨て去ろう。
身震いしながら決意したインデックスは深呼吸を繰り返す。
息を整える間も、上条は一言も発さず、ただ彼女を見つめていた。
「インデックスは、あなたを一人の男性として、あいしています」
全てを告白したインデックスは瞼を下ろす。
そうして、十年越しの愛が真に破れる瞬間を待った。
待って、
待って、
待ち続けて。
「ああ、俺もだ」
目を見開く。
耳がおかしくなったのかと思った。
「お前を一人の女として愛してる、インデックス」
全身に走った、締め付けられるような痛み。
それでインデックスはようやく、自分が上条当麻に抱き締められている事に気が付いた。
日本に渡って、最初の夜だった。
『私はね、みこと。まだ、とうまを――――――未練がましく、愛、してるの』
インデックスが醜い『熱』を告白したその瞬間、美琴は。
『――――――――』
『え…………?』
倒れ込むように、純白の法衣にすらりとした身体を密着させてきた。
第三者がいれば、美琴がインデックスを抱きしめているようにも、その逆にも見えただろう。
インデックスは言葉を失い、そろそろと真横にある美琴の耳元に視線を移す。
『………………あとちょっとで、謝っちゃうところだったわ』
心臓が、大きく跳ねた。
上条当麻を射止めた“女”に同情丸出しの謝罪をぶつけられたら、
インデックスはより一層醜い激情を暴露して、更なる自責の念にかられていたかもしれない。
その事を上条美琴は、あるいはインデックスよりも正確に理解していたのだ。
『そうよね、忘れられる訳なんて無いわよね、あんな無茶苦茶な男。
私だって、当麻以外の男に焦がれてる自分なんて想像できないもん』
それは、同じ男を愛したが故の極めて精緻な共鳴だった。
インデックスは美琴が彼から貰う幸せを自分の喜びとして捉えられたし、
美琴はインデックスが彼に抱くどうしようもない愛惜を自分の悲哀として受け止められた。
『ねえ。あなたは六年前、イギリスに帰る前にちゃんと当麻に告白した?』
『そ、そんな事できるわけないんだよ! だって……』
過去を問うてきた美琴に息せき切って言い返そうとして、
インデックスはその先の言葉を六年間飲み込み続けてきた自分を発見した。
『だって?』
『だっ、て………………』
――だってとうまには、私の事を忘れて幸せになって欲しかったから――
たったこれだけの胸中を、今までインデックスは一人を除いて誰にも晒した事がない。
忘れて欲しいのに、忘れて欲しくなかったから。
忘れたいのに、忘れたくなかったから。
二律背反する命題に苛まれて複雑にねじ曲がった懊悩が心にもない、
否、心の底からの咆哮を導いてしまわないか、恐れていたからだった。
黙りこくったインデックスに、美琴が眦を下げた。
『…………インデックス、提案があるわ。
私には、これ以外にはない、と思える「あなたのやるべき事」が見えた』
『それ、それって、私がとうまを諦める方法、って事?』
美琴は正しい。
それはインデックスにも理解できていた。
この想いは六年前に決着がついていてしかるべきだったものであり、
先延ばしにすればするほど身動きがとれなくなってしまうだろう。
冷徹で残酷な、しかしインデックスの事を心から慮っている提言だ。
それでも『ある感情』が内側で胎動を始めるのを、彼女にはとても止められなかった。
美琴がそっと触れ合っていた体温を押し離す。
『当麻に、告白しなさい』
そして正面から向き合ったインデックスに、心の臓を貫くような雷光を解き放った。
インデックスは再び言葉を失って、だらしなく口を開け閉めするので精一杯だった。
『私の存在も、ステイルの存在も関係なしに。
当麻に、いまあなたが抱えてるこんがらがった心情の“全て”をぶっつけるべきよ』
『玉砕、しろって、こと?』
『………………………………そう、なるのかしらね』
『…………ぁ、っ!!』
そこから先は、よく覚えていない。
酷い暴言を吐き出してしまう前にソファを立って、バスルームに向かったような気がする。
結局その後インデックスと美琴がこの話題を蒸し返す事は、七月十九日まで一度たりともなかった。
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あの時の美琴の、どこか遣る瀬無いような表情を今更ながらに思い出して、
インデックスは自分がどこまでも救いようのない女なのだと悟った。
共鳴の中でも、響いてこない音がある事に気が付かなかった。
己の懊悩にのたうつばかりのインデックスはステイルの決意に続いて、
美琴の、大好きな妹分の厚意を、好意を、見過ごしていた。
「愛してる、インデックス」
インデックスの邪恋も甚だしい告解に、愛する夫がどう応えるのか。
(みことは、最初から、知ってたんだ)
五年間、最も多くを共に過ごした彼女が気付いていない筈がなかったのだ。
「あ、あ………………と、とう、ま」
ずっとずっと魂の根源から求めていた男性(ひと)に、自分はいま抱かれている。
(そっか。今日は、『歩く教会』じゃ、ないんだ)
良く考えれば再び日本の地を踏んでから、当麻に初めて触れてもらった。
二人を隔て続けていた純白の衣を、花嫁の為に今日だけは脱ぎ捨ててきたからだ。
もう、何一つ障害などありはしない。
このまま彼の温かな心の海で溺れてしまいたくなって、インデックスはゆっくりと瞼を下ろした。
『行っておいで』
「――――――――――――――――――――ッッ!!!」
これだ。
これだから、インデックスという女は救われないのだ。
つい先ほど鼓膜の奥に刻み込まれた声を聴いて、
身を委ねていた大海は瞬刻すら待たず、底なし沼へとその姿を変えていた。
肌を火照らせ、同時に湿らせる、恥知らずの微熱だけは変わらぬままに。
しかし、このまま浸っていれば――――
(これ以上、この熱に身を委ねてたら)
美琴は、真理は、彼は、どうなってしまう?
解りきっている事だ。
破滅。
こんなつまらない女が一時の快楽に身を任せようとしたために、
大好きな『家族』を破滅に追いやりかねない。
美琴と真理の輝かしい未来に、永久に拭えない泥を被せてしまう。
当麻が家族を捨てる可能性など億が一にも産むわけにはいかない。
そして、“彼”はおそらく一生――――――
「とうま! 離してッ!!!」
懇願は、絶叫となって広々と晴れ渡る蒼空に抜けていった。
身を捩って、愛する人の拘束を振り払おうとする。
「離して、離してっ、離してえ!!!!」
求めていたものを自ら遠ざける行為が、
抱かれる身体の更に内側の、心臓まで締め付けているようだった。
しかし、今すぐにでもこの爛れた熱を手離さなければ、待っているのは――
「なんでぇ…………?」
それでも。
愛を告げた女性の嘆願が空気を鋭く裂こうとも。
「どうして、離してくれないの、とうまッ!!!」
上条当麻はインデックスを狭い檻に閉じ込めて、放とうとはしなかった。
「『どうして』、か」
「………………え?」
膂力で女が男に敵う筈もない。
インデックスが体力尽きて抵抗を中断した時、上条が頭上で囁いた。
「そりゃ俺の台詞だ、インデックス」
女は腕の中に閉じ込められているため、男の表情を窺い知る事はできない。
「どうしてお前は、俺に離して欲しいんだ?
どうしてお前は六年前、何も言わずに行っちまったんだ?」
「とうま、なにを」
「どうしてお前はいつも、大事な気持ちを胸に溜めこんだまま――――逃げようと、するんだ?」
浸かっていた沼が零下まで冷え込んだ。
肺の奥底から絞り出されたような声が、明らかに糾弾の色を帯びていた。
「――――逃げた? わ、私が?」
「ああそうだ。六年前、突然お前はロンドンへ“行く”なんて言い出した。
俺と美琴は必死で説得したけど、お前は他には何も言わずにただ笑うだけで。
そうやって、学園都市を去っていった。逃げたんだ、お前は」
一度も己に向けられた事のなかった、上条当麻の心底からの憤怒。
インデックスは言い知れぬ恐怖感に身を縮こませる。
すると彼女の反応を感じ取ったのか上条は、遂に両腕の力を抜いてインデックスを解放した。
「俺には、お前を追いかけるって選択肢もあった。でも俺は、美琴を選んだ後だった。
その上ロンドンにはお前の事を一番に考えてくれる奴が二人もいる」
「――――――俺も、逃げたんだ」
「世界で一番守りたい女の子への気持ちに、立ち向かう事を止めて逃げたッ!!」
語気は少しずつ弱まっていき、しかし最後に後悔の念を孕んで爆ぜる。
それでもインデックスは動けなかった。
恐ろしくて彼の顔を見上げられなかった。
「俺はずっと、お前の事で悩んでた。今でさえ、一人の男としてお前を守ってやりたい。
お前は俺を愛してくれてて、俺はお前を愛している」
愛している。
たとえ嘘でも、そう言ってくれて嬉しかった。
たとえ嘘でも、告げさせてはいけない言葉だった。
インデックスが蒼白になりながら面を上げると、彼は自嘲するように微笑んでいた。
「それでも」
「俺は、お前の気持ちにはどうしても応えられない。
家族を、美琴と真理を愛する気持ちは、幻想なんかじゃ決してあり得ない真実だから」
それこそ、インデックスが一番欲しくない言葉だった。
そして、上条当麻に一番告げさせたかった言葉だった。
終わった。
インデックスの初恋は、完膚なきまでに破れた。
これで、良かったのだ。
――――――なのに。
「これが俺が六年前、お前から逃げ出した挙句に、伝えられなかった言葉さ。
なあインデックス。お前の澱は、あれで本当に全てなのか?」
「やめ、て」
それでも上条当麻は内側で鼓動する信念のままに、前進を止めようとはしない。
「もう、終ったの。とうまにはみこととまことがいるから、
もし本当に私を愛してくれているんだとしても、どうにもならないんだよ。
そんな事は、最初から、ずっと昔から解りきってた!!
なのに、とうまもみことも―――――――っ、もう、もういいでしょ!?」
インデックスは、それを死に物狂いで押し留めようとする。
そして――――
「今、口ごもったよな。何を言おうとしたか、教えてくれないか」
「放っておいてよ!! 私は今日ロンドンに帰って、もう二度とこの街には来ない!
もう二度と、あなた達家族の邪魔はしない!! それで、それで良いじゃない!!」
「俺が、俺たちがいつ、お前が邪魔だなんて言った?
俺たちはお前が望むなら、いつだって傍に居てやる」
「――――――――――――ぁ、わ、」
痛切な叫びを包み込むように男が放った一言が、とうとう女の触れてはならない琴線を断ち切った。
「私は、もう………………あなた達の傍になんか居たくないのッ!!!」
やめろ。
「とうまと、みことと、まことが、家族そろって幸せそうに生きてる光景が」
言うな。
「妬ましくて妬ましくて、仕方がないのッッ!!!!!」
それこそインデックスがこの二ヶ月間、闇の中深く深く深く深くに埋めて、
一度たりとも、億尾にも出そうとしなかった、偽らざる本心だった。
「どうしてとうまは、みことを選んだの?」
御坂美琴が、綺麗で、真っ直ぐな、上条当麻に良く似た瞳をしていたからだ。
時に同じ方向を向いて、時に背を預け合って闘える、そんな二人だったからだ。
「どうしてみことは、私からとうまを奪ったの?」
笑わせるな。
上条当麻は、誰のものでもなかっただろう。
「どうしてとうまは、私の気持ちに気が付いてくれなかったの!?」
インデックスには、この『愛』をどう扱っていいか解らなかったからだ。
ライバルを慮るなどという名目で、あらゆる意志表示の手段を自ら放棄したからだ。
「もっと、美琴が嫌な子だったら良かったのに!
思う存分嫉妬して、憎めて、とうまを躊躇いなく奪いにいけるような、
どうしようもない娘だったら良かったのに!!」
どうしようもない女は、どっちだ。
「もっと、あ、あの人が、卑怯な人間だったら良かったのに!
私の隙間に付け込むような、意地悪で、穢くて、卑劣な人だったら!!
強引に、私をめちゃくちゃに壊してくれれば、こんな思いせずに済んだのにいっ!!」
挙句の果てに、世界中のどんな宝石よりも己を大事にしてくれる男性(ひと)まで乏しめる。
「とうまが、みことが、私が、私は…………私はぁっ!!!」
インデックスは心の底に沈めた澱を掬いあげた。
そして心の底の底から、自分という女の救いようのなさに絶望した。
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上条当麻は、妻から何一つ教えられてはいない。
『女同士の秘密』とやらも、先刻美琴が自分の肩を叩いた事も、
全ては上条のあずかり知らぬ流れの中で起こっていた事だった。
それでも、最後の最後にステイルが背中を押しただけでは、
インデックスが一人で歩き出せなかっただろう事は想像がついた。
(お前ってつくづく自分を追い込みたがる女だよな、美琴)
それほどに美琴も、このシスターが大好きだったのだろうと上条は思う。
愛すべき家族。
護りたい、泣かせたくない特別な女の子。
そのインデックスは、いま。
「ごめんなさい、ごめんなさい。こんな事、言うつもりじゃなかったの。本心じゃないのぉっ!」
泣いていた。
絶望に打ち震え、膝をつき、さめざめと昏く冷たい涙を地面にこぼし続けていた。
口内に鉄の味が広がる。
いつの間にか上条は、千切らんばかりに唇を、舌を噛みしめていた。
「違うよ、インデックス。それが、それこそがお前の本音なんだ」
「違う違う違う!! こんなキタナイ、腐った事、私は考えてなんかない!
私はとうまもみこともまことも大好きで……だ、大好きだもん!!」
「お前が俺達家族を大事に思ってくれてる事を、疑ったりなんてしないさ」
「だったら、だったら解ってくれるよね? さっきのは真っ赤なウソなの。
お、思わず、心にもない事言って、私、ごめ、ごめんなさい」
どもりながら、首を横に何度も何度も振り続けるインデックス。
正視を避けたくなるほどに、彼女は憔悴しきっていた。
ベールはとうに脱げ落ち、心なしか色褪せて見える銀髪は乱れている。
見る者が見れば、緊張型の統合失調を発症していると判断するだろう。
前髪が幽鬼の様な表情を浮かべる顔にかかるが、それすらも息を飲むような美貌を演出していた。
(インデックス…………)
一刻も早く、そのかんばせに光輝く笑みを取り戻してやりたい。
逸る気持ちを抑え込みながら上条は、なにが彼女の為になるのかを第一に考える。
どんな相手にも自分勝手な『独善』を叩きつけてきた『上条当麻』らしくないな、と頭の片隅で呟きながら。
「好きな相手だからこそ、妬むんだろ。
誰かを大切に思う事と、嫉妬心を抱く事は、何も矛盾なんかしてない」
それはきっと、相手がインデックスだからなのだろう。
他の誰が、たとえ美琴が相手だろうと、説諭にこれ程慎重になる事はない筈だ。
「お前は………………妬む心がありふれたものだっていう
『当たり前』から目を逸らして、堕落したものだと思いこもうとしてるんだ」
「あ、はは。とうまがそんな難しい言葉を使うなんて、びっくりしたんだよ。
でもね、我らの主は既婚者に対して、恋焦がれることさえ不貞の罪として断じてるの。だから」
「――――だから、自分は罪人だって言いたいのか?」
「…………っ」
インデックスはゴクリと喉を鳴らす事で、たった今吐いた自嘲が自白だと認めてしまった。
頑として自身の奥底に向き合おうとしないインデックスに、認めさせる事に成功した。
理性的な思考力を取り戻したようでいて、彼女は上条の簡単な誘導尋問すら見抜けていなかった。
「その様子だと、自覚が無かったんだな」
「そん、な。私…………?」
上条は涙さえ涸れ果てた女の前に片膝を折って、一つ一つ言葉を選んでは柔らかく放つ。
「もう一回、よーく観察してみろよ。世界で一番鮮明な、お前のアルバムのページを捲ってみろよ。
どんな時に、誰が、どんな顔をして、どんな声で、どんな風にお前のレンズに収まったのか。
その時に、お前は、どんな目をして、何を言って、何を感じたのか。
全部全部思い出して、もう一回、お前が存在を認められなかった感情を見極めろ」
肩にそっと左手を置く。
今度は、背中に腕を回す必要はなかった。
「それでもまだ、お前が自分の心を許せないって言うのなら」
インデックスの虚ろな瞳の前に、上条は右の掌を翳す。
かつて『上条当麻』が、少女を地獄から引きずり上げた右腕。
くすんだエメラルドに、微かに生気の光が帰ってくる。
「そんな幻想は、俺が壊してやるからさ」
一昨年の誕生日に贈られた懐中時計の蓋を開けて、インデックスは驚愕した。
十年間溜めに溜めた想いを目の前の男にぶつけてから、まだ十分しか経っていない。
教会脇の、純白に塗装された木製のベンチに腰を下ろして、
インデックスは学園都市を訪ってからの諸々を滔々と物語り続けていた。
「イギリス清教からのお礼金の話、覚えてる?」
「ああ…………本来受け取っていいようなものじゃなかったんだけどな」
「とうまにとって、私は家族だから。五年前と何も変わらない顔で、そう言ってくれたよね?
それを聞いて私、泣きそうだったんだよ? 気付いてた?」
「………………悪い」
「期待なんてしてないよーだ」
「だから、悪かったって」
「…………今思えば、あの時目の奥からせり上がってきたのは喜びだけじゃなかったんだ。
どう足掻いても、頑張っても、私はとうまの『家族』以上にはなれないんだっていう、悔しさ」
その時は結局、気が付かないふりをしてただ涙粒を殺し、微笑むだけだった。
防衛本能、だったのかもしれない。
「とうまとみことが、玄関先でキスしてるのを見た時、嬉しかった。
二人が幸せそうで、私も幸せだった。これは、嘘なんかじゃないんだよ」
「疑ったりなんかしねえって言ったろ? ……見られてたのかと思うと、恥ずかしいけどな」
「ふふ…………でもね。その時同時に、胸じゃなくて、喉がちょっとだけ痛んだの。
朝ご飯は焼き魚だったから、小骨が刺さったんだろうな、なんて割と本気で思ってた」
泣きたかった、悔しかった、痛かった。
「二人一緒にお仕事に出かけて、まことを私に託してくれた時。
腕に抱いたあの子の重さが、そのまま二人の信頼の大きさみたいに思えて。
まことが無邪気に笑ってくれると、何故だか鼻がツン、ってしたの」
嬉しかった、くすぐったかった、むず痒かった。
「ああそうそう、私があくせられーたの家に泊まった日だけど、
あの露骨すぎる気遣いは流石のとうまでも分かったよね?
…………あの日の夜、とうまとみことは今ごろ何してるんだろうってモヤモヤしてたの。
自分でお膳立てしておいて、勝手に嫉妬なんて変…………そっか、私、あの時にはもう……」
苦しかった、切なかった、妬ましかった。
「一回だけ私の方が遅く帰って、三人におかえりって言ってもらった日があったよね。
るいこやくろこを困らせた私にみことがカンカンになって、ホント大変だったんだよ。
…………ああ、みことは良いお母さんなんだなぁって、ちょっと感動しちゃった」
温かかった、誇らしかった、羨ましかった。
「みこと達と三年前の結婚式の話題で盛り上がった事もあったなぁ。
式より『後』に色々大変な事が起こり過ぎて色褪せちゃってたけど、
あの時の私は、今よりずっと素直に泣けてたのかもしれないね」
楽しかった、懐かしかった、悲しかった。
「とうまの歌を聞いてみことが泣きだしちゃった時なんて…………。
大好きな人の胸で泣けるみことが、羨ましくて、破裂しそうだったの」
微笑ましかった、狂おしかった、張り裂けそうだった。
相反どころではなく、何重にも入り組んだ感情の迷路を解きながら、
インデックスは記憶に伴う情動の全体像を、ゆっくりゆっくり掴んでいく。
上条はその間、何も言わずにただ見守ってくれた。
許された時間が十分を切った頃、ついにインデックスは彼の顔を真正面から見据えた。
「………………わかったよ、とうま。認めるんだよ。
私は上条当麻が、上条美琴が、上条真理が、三人揃った上条家が好き。大好き。
これだけは絶対不変の真実だって、信じて欲しい。
……………………でも、でも、辛いのも一緒なの。
心臓が、いっそ止まっちゃえばいいのにって思えるぐらい、苦しいの、痛いの」
俯瞰し直した自身の醜い熱は、羨望と悋気を足して二で割ったようだった。
上条の言うとおり、己の想像ほど醜く見苦しいものではなかったかもしれない。
慙愧の念が、ほんの少しだけ安らいだのを感じた。
「…………よく、今まで堪えたな」
かぶせ直してもらったベールの上から頭をポン、と優しく叩かれた。
しかしインデックスの心臓を尚も焼けつかせる熱は、
彼女自身の依怙が纏わせたグロテスクな鎧を脱ぎ捨てて、一層燃え上がっていた。
「ううん……気付かないふりをしてただけなんだよ。じっくり向き合って、
“それ”が何なのかに気付いちゃったらどうなるか分からなくて、怖かったの。
大きすぎる感情に振り回されて、私が私じゃなくなっちゃいそうで、だから、私!」
「そんなでっかい気持ちを、見過ごしたりできるもんなのか」
「…………きっと、大きいからこそ、直視するべきじゃなかったの。
人は大事な気持ちほど、心のより内側に閉じ込めるものでしょ?
私にとっては、この思いを誰かに知られちゃう事が、どんな問題より重要で」
「待てよ、インデックス」
「え?」
強い制止の声。
怒りではないが、慈しむものでもない。
上条当麻という男にはまるで似合っていない、冷たく真実を突きつける声。
「…………だったらさ、お前が“我慢しなかった”気持ちってのは、
俺達に向ける嫉妬に較べりゃ、小さいものだって言うのか?」
------------------------------------------------------------------
「我慢、しなかった気持ち…………?
い、言いにくいけど、日本に来てから私はたくさんの隠し事をしたんだよ。
大変な事ほどひた隠しにして、とうまの言うとおり、目を背けたの」
インデックスは冷静だった。
冷静に、沈着に自分の内面と向き合って、感情を整理して。
その上で――――本気で気が付いていないのだな、と上条は思った。
「わからないか? ヒントはお前自身の言葉の中にある」
「え? え?」
「“ある”っていうか、“ない”んだな。
お前の物語には、不自然に欠落した登場人物が、本来なら出てくる筈なんだ」
『まことを“私”に託して』
『“私”があくせられーたの家に泊まった日だけど』
『“私”の方が遅く帰って』
「“お前達”は、いつだって寄り添って日々を越えてきたじゃないか。
どうしてその名前をさっきから呼ぼうとしないんだ?」
本棚に綺麗に収められた無数の感情の中で、ただ一つ行き場を失った熱。
たった今彼女の心で、隠れて燻っている炎の名を、上条当麻は万感の思いを籠めて呟いた。
バトンを、今こそ渡す時だ。
「その懐中時計、ステイルが持ってるのとそっくりだよな」
「………………………すて、いる?」
未知の単語に触れたようにたどたどしく発音した女の頬に、はっきりとした赤みが差す。
この道は間違っていなかったのだと、上条は確信した。
「土御門から聞いたよ。誕生日のお返しに、お前がお揃いのヤツをステイルに贈ったって。
さっきあいつが土御門と兄弟みたいに接してた時のお前の顔、写真に撮っとけばよかったぜ。
ステイルの隣に自分以外の誰かが居るなんて認められない。
――――――そういうおっかない顔してたんだぞ、お前」
それだけでは勿論ない。
理事会ビルで彼女は、ステイルが食蜂に恭しく名を尋ねただけで眉尻を上げてみせた。
青髪や、一方通行、打ち止めたちも嘆息するほどに、
この科学の街のいたる所でインデックスは、ステイルを懸想しては突拍子もない行動に出ている。
そこまで強く狂おしい想いから目を背けてまで、幸せから遠ざかろうとする彼女が上条には許せなかった。
「神様が許してないからって理由で秘めた気持ち。それもでっかいもんだろうさ。
でも、ひとりでに滲み出してくる気持ちの方も、もう一度だけ見つめ直してみろよ」
忍んだ想いと、忍びきれずに発露し続ける想い。
足し引きできるような単純なものでない事はわかる。
「較べてみろよ。重さがなくても、手に持ってみろ。形がなくても、測ってみろよ。
自分の心から目を逸らさずに、その上でお前が出した答えになら、もう俺は何も言わない」
だが、隠しきれずに滲みだすインデックスのステイルに向ける愛が、
そうでないものに劣っているなどとは、上条にはどうしても思えなかった。
「インデックス。お前は自分自身の、ステイルへの愛の大きさを、過小評価してないか?」
そこまで一息に吐き出すと、上条は立ち上がって蒼穹に浮かぶ陽に向かって目を細めた。
これ以上は、いけない。
これ以上の誘導は彼女の意思そのものまで捻じ曲げかねない。
上条はインデックスの、『聖女』という名の衣を剥いで心の深奥を曝け出させた。
しかし『聖女』が『ただの女』として振る舞うのは、自分の前であってはならない。
できるだけの事はやった。
後はインデックスが出す答えを、満身で受け止めてやるだけだ。
(インデックス)
十一年前の七月二十日、自分ではない『偽善使い』が
彼女と出会ったのだと言う事はだいぶ前に知らされていた。
上条自身、あの二人に負けず劣らずの壮絶な葛藤に苦しんだ時期があった。
そしてそれを自分の脚で踏破したからこそ、今があるのだ。
(俺の、大切な)
いま
二度とは戻れない過去の上に積み上げられた、現在が。
「ありがとう、とうま。私の本当の心を、見つけてくれて」
過日の懊悩に思いを馳せていたのは、刹那の間だけだった。
そのあまりにも短すぎる時間で、インデックスは一つの解を見つけたようだった。
「あなたが好き」
「でも今は、すているがもっと好きなの。愛してるの」
「二つの気持ちを、どっちが上で、どっちが下かなんて、較べた事なかった。
『愛』は、天秤にかけちゃいけないものだと思ってた。
…………でも、いつかはそうしなくちゃいけなかったんだね。
それがどんなにすているを、とうまを侮辱するような行為でも、選ばなきゃいけなかったんだね」
「なんにも、急ぐ必要なんてないぜ。ゆっくり、確かめよう。
ステイルのどんなところが好きなんだ? 俺の知らない面もいっぱいあるんだろうな」
「……好きな食べ物を前にしてそわそわしてる顔も、私の膝の上ですやすやお昼寝してる顔も。
それから、子供っぽい負けず嫌いの顔も、大人っぽい頼れる顔も、努力してる顔も、怒った顔も。
私にしか見せてくれない優しくはにかんだ顔も、ぜんぶぜんぶぜんぶ、大好きなの。
あの人の事を、もっと知って、もっと沢山の顔を『記憶』したいの」
「俺よりも?」
「うん、とうまより」
「やっべえ、悔しいな」
「ふっ、ふふ」
「………………やっと、笑ってくれたな」
世界を照らさんばかりの眩い笑みに、そっと上条は手を伸ばした。
太陽とは違って、触れる事ができるあたたかさだった。
その輝きの裏側で何を思い、何を考えたのか、本当のところは上条にはわからない。
ただ一つ、確かな事は――――――
「俺の人生の始まりに在った、俺の好きなインデックスの笑顔だ」
「……………………とうま」
少女の人生という歯車が少年に掬い上げられて初めて廻りはじめたように、
少年の人生は、少女に笑っていてほしい、その一念から始まったのだ。
少年と少女は、互いが互いにとっての永遠の“特別”――――――だった。
「お別れだね。私の人生が始まったこの季節、この街で、終わるんだね」
ものがたり
「ああ。俺たちが二人で描いてきた 幻 想 は、もう終わりだ 」
成長した少年と少女は、望む望まざるに関わらず、大人になった。
男と女になって、互いに相手ではない誰かを“特別”に選んだ。
ならば、次にやるべき事も決まっている。
「インデックス」
「とうま」
「俺の傍にいてくれて、ありがとう」 「私と一緒にいてくれて、ありがとう」
「俺を好きになってくれて、ありがとう」 「私を愛してくれて、ありがとう」
はつこい はつこい
「さようなら、俺の大事な女の子」 「さようなら、私の大切な男の子」
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『人払い』された空間から男が現れるのを視認して、ステイルは術式を解除した。
此方に向かってくる男とは真逆の方向へ、女が駆け出して行く。
(………………あの二人の人生が、心が)
長い交差を遂に終えたのだな、とステイルはぼんやりと思った。
「インデックス……」
「もう、みことってば。なんで…………そんな顔してるかなぁ」
二〇メートルほど先の会話が耳に入る。
インデックスの行く先で、上条美琴が目元を掌で抑えて断続的に嗚咽を漏らしていた。
聖女は腕を伸ばして美琴の頭を下げさせると胸に抱いてあやし始める。
「なんで、みことが泣いちゃってるのかなぁ。普通それって、失恋した私の役目なんだよ」
「だって、だって! あんたが…………インデックスがぁ…………!」
「うん、うん。私の事、心配、してくれてるんだよね?
そんな優しいみことが、おねーちゃんは大好きだからね」
「ママ、なかないでー……?」
美琴の腕に抱かれたままで二人の女性に挟まれる形となった真理が、
母親の泣き声を聞いて不安に駆られたのか、こちらも涙声で母親を慰める。
その様を、母子の繋がりの強さを目の当たりにして、インデックスの瞳まで潤みはじめていた。
「インデックス、真理…………んっ、う、えぐっ」
「ままぁ………………うっ、ええええええええええんん!!!!」
「ああ、もう、泣か、泣かないでよ、ふた…………二人ともぉ…………」
三人の女は身を寄せ合いながらすすり泣いて、青空の下に俄か雨を降らせる。
自分以外の誰かを思いやって流される、優しくあたたかい雨だった。
「レディーを三人も泣かせて。万死に値するね、上条当麻」
女三人寄り添い合っているのでは、抱き締めるために割り込むのも多少憚られる。
それ以前に、あの情景を邪魔するべきではないように思えてきて、
仕方なくステイルは、涙の素をつくった男に対して棘のある声を投げかけた。
「いいんだぜ、一発ぶちかましてくれて」
「…………この上、君への借りを増やしてたまるか」
返す刀に想像していた以上の鬱屈さを見てとって、ステイルは気勢を削がれた。
この男も今日、長年秘めてきた愛に別れを告げたのだと今更ながらに思い出す。
「おそらく彼女は…………そして君も、正しい『失恋』を迎えられたんだろうな」
ステイルは、悟り澄ました穏やかな表情でインデックスだけを見つめて独り言ちた。
友人と義妹の晴れの舞台であることを意にも介せず天を突く頭髪を掻きながら、
上条当麻はそれに対して不貞腐れたように口を尖らせる。
「なんでわかるんだよ」
「忘れたのかい? これでも僕は、なかなかに救いのない失恋の経験者でね。
君たちはあの頃の僕が鏡の向こうに見たような顔はしていない。
なら、少なくとも最悪の形ではないと思うよ。
…………もっとも、現在の僕は既に半ば以上は救われているんだが」
「惚気てんじゃねーよ」
「昨晩僕に何をやらせたのかよーくそのウニ頭を引っ掻き回して思い出してみろ」
果たしてステイルの言に従ったのか、上条がこめかみに指を当てて唸り出す。
しかし僅かの後にその口腔から飛び出たのは、嫌味に対する切り返しではなかった。
「お前、俺があいつに未練を残してたってのは…………知ってたのか?」
肺が石化でもしたのかと思わせる重く硬い声で、上条当麻は躊躇いがちに問うた。
妻子ある身で、遠くに在りてインデックスを想う。
それは彼にとってもまた、息が詰まるような懸想であったのだろう。
「一月前、僕が心情を晒してもお得意の説教を垂れてこなかった時点で、薄々とは。
十年前の君の、彼女に対する執着は相当なものだった。それこそ病的なまでにね。
負けるつもりはないが、それだけは認めてやってもいい。そう思っていた時期もあったからね」
だからこそステイルは、上条当麻と御坂美琴から結婚式の招待状を受け取った三年前のあの日、
日本まで飛んで上条に詰め寄ったのだ。
『どうしてだ。どうしてあの子を選ばなかった?』
実に無意味な問いかけを、必死で、無様に、何度も繰り返しながら。
「…………やっぱりかよ、お前よく我慢できたな。
仮にインデックスが俺に靡いて、俺がそれを受け入れちまったらどうするつもりだったんだよ?」
「起こらなかった『仮に』の話をしてどうなる?」
「二時間前はそれでギャーギャー殴りあったじゃねえか」
「…………推測の域は出ないが、僕には確信がある。美琴もおそらく、同じ事を考えていた筈だ、とね」
上条美琴は、夫の心が十全に自分に向いている訳ではないと知っていたのだろう。
七月二十八日、病院のベッドの上で“生まれて”から五年を、すぐ傍で過ごした少女の存在。
彼女へと上条の心が馳せるのを、時折敏感に感じとっていたのだろう。
その上で美琴は、インデックスの背中も、上条当麻の背中も平等に押した。
出会ってから二月と経っていないというのに、ステイルはそこに上条美琴の“らしさ”を感じて苦笑した。
「………………だから、どうするんだよ」
核心をなかなか切り出さずに一人頷くステイルに、上条が苛立たしげに先を促す。
美琴の性質を考慮に入れればそれほどの難問でもないだろうが、
基本的に絶望的な朴念仁であるこの男に百点満点の解答を求めるのは酷というものだろう。
「決まってるだろ。“奪う”んだよ。君を愛する彼女を、君に愛される彼女を、ね。
必ず僕の方に振り向かせるべく、破滅的な泥沼に嵌まろうと僕は闘いを挑む」
獅子の如く飢えた目つきで、ステイルは上条を睨みつけた。
感情は付随しない。
いざ闘いになれば奪って奪って奪い尽してやるという、剥き出しの野性だけがそこにあった。
「………………美琴も、か」
勿論、実際には闘いになどならなかった。
ステイルの眼光を柳のように受け流した上条の家族への愛は、
この五年でインデックスへのそれを明確に上回っていたのだから。
「美琴も、土俵に乗るか乗らないかはあくまで君たちの心に委ねた上で、
“その時”がくれば彼女から君を奪い返すための、正々堂々の勝負を望んだだろうね」
「………………はぁ。美琴のフェアプレー精神にも困ったもんだ」
呆れて特大の溜め息をつきながら、上条は妻をみやった。
流石に落ち着いたのか、美琴とインデックスは和やかに談笑している。
それはとてもとても美しい情景で、聴衆がいたなら百人中百人が大団円だと拍手するだろう。
「俺は間違いなく、俺に伝えられる全てをあいつに伝えられたって確信してる。
…………だけどな、まだ。インデックスにはまだ何か、“ある”気がするんだ。
心当たりはないか、ステイル?」
――――しかし、どこか飲み込みきれない。
心の奥底まであと一歩、ストンと落ちてこなかった何かがあると、上条当麻はそう言った。
そして、ステイル=マグヌスも。
「……………………おそらく、君の感性は正鵠を射ている。少なくとも僕はそう思う。
そしてそれが正しいとすれば、君の出る幕はもう無い、というわけだね」
「そうだな…………そう、なんだよな」
どうあれ、上条はバトンを“次”に送り終えていた。
ここから先は、受けとった者の――――ステイルの役目だった。
「さて、俺は一方通行のところに行くかな」
何の気なしに言って一つ大きく伸びをし、上条は脇の小口から教会内へと歩き出す。
神父の長身とすれ違おうとしたところで、小さく小さく、しかし力強く、一言。
ヒーロー
「後は頼んだぜ、主人公」
――――な? 脇役なんかより、主人公の方がいいに決まってるだろ――――
世界で二番目に気に食わない男の背中を、ステイルは思わずまじまじと見つめた。
もう地球上のどこにもいない、インデックスを助け、ステイルを殴り、
そして消えていった男の声が聞こえた気がして。
たった十日足らずでその存在を自分達に刻み込んでいった、
世界で一番気に食わない男の幻影(かげ)を見た気がして。
届けるなら、今しかないと思った。
インデックスが、そして神裂と自分が、終ぞ伝えられずにいた言葉。
「ありがとう、『上条当麻』」
――――どーいたしまして。誰もが望む最高なハッピーエンド、期待してるぜ――――
「……………………やれやれ」
随分と都合のいい幻聴を聴いてしまったな、と天を仰ぐ。
十一年前の七月二十日はどんな空模様だったか思い出そうとして、
ステイルはしばらくの間、空を泳ぐ雲の行き先に思いを巡らせた。
教会の一室を新郎控室として宛がわれた一方通行は、
次々に訪れる来客――呼んだ覚えのない元同僚まで何故かいた――に辟易して、
柔らかいソファに腰まで沈めて一息ついていた。
学園都市に申し訳程度に置かれたレベルの教会にこれ程上質な家具がセットされているのは、
元からこの一室が、というより建屋全体が『挙式』のみを使命とした造りだからだ。
「………………なンだ、ピンピンしてンじゃねェかテメエ」
ギ、と蝶番が微かな悲鳴を上げて最後の来訪者を伝えた。
振り返りもせずに、一方通行は開口一番悪態を浴びせる。
「おかげさまでね。朝から大量の鎮痛剤を飲まされて思わず眠りたくなるぐらいハイな気分だよ。
医者は二、三日で完治するとは言ってくれたがね」
悪態には嫌味を。
ステイル=マグヌスの見事なカウンターに満足げに口角を吊り上げて、一方通行は腰を上げた。
「ほォ。さすがは『冥土返し』ってところか」
「僕は人体にそれほど詳しくはないが、『治しやすい壊し方』だったらしくてね。
骨折でもあるまいに、なんと治った後の方が強靭になるというから驚きだ」
「器用なイジメ方だよなぁ、まったく」
癪に障る二ヤケ面を割り込ませてきたのは、本日付で義理の兄になってしまう男、上条当麻だった。
「よう、気分はどうだ、緊張してるか? 進行の手順は頭に入ってるか?」
「君じゃあるまいし」
「三下じゃあるめェし」
「ひどいよお二人さん!? もしかして俺の事嫌い!?」
「ヘラヘラ笑うなぶっ殺すぞ」
「死ね」
「やだ怖いぃぃ! こんなのを義理とはいえ弟にすんの俺!?」
上条のオーバーリアクションを目の当たりにしながら、一方通行は内心で舌を打った。
この男に緊張を解そうなどという気を遣わせる程度には、自分は平常の顔色ではないらしい。
「万が一そこの花婿の頭脳が花嫁の美しさにフリーズを起こしたところで、
進行は僕ら二人に従ってくれれば何の滞りもなく進むんだ。安心したまえ」
「チッ。本職の癖にリハーサルに散々時間かけた奴がよく言うぜ」
ステイルまでもが茶番を引き伸ばそうと口を開いたのを見て、今度は声に出して舌打ち。
「自慢じゃないが司式二人の挙式なんて、寡聞にして存じ上げないものでね。
僕らに言わせれば結婚とは厳粛なる『秘跡』なんだが……まあ、無粋なことかな」
「日本人の信心なンざそンなもンだ。一宗教のトップに形だけの十字教式を
執り行わせるっつうのも、洒落が効いてて俺は嫌いじゃねェがな」
「そう考えると俺ら、もしかしなくても結構とんでもない事してんだよなぁ。
…………あ、髪型崩れてら。ちょっと鏡貸してくれ」
「スカスカの頭蓋を考えもなしにシェイクするからそうなるんだよ」
「うるせえ」
部屋の隅の鏡台に向かう上条と呼吸するように嫌味を放つステイルの間に、
一方通行は比較するように視線を滑らせる。
顔さえ合わせればどつき漫才を繰り広げている二人の男の幼稚な行動は、
昨晩酒を飲み交わした際とまるで変わらない。
「…………やっべ、なかなか決まらねーな」
「いっそ剃髪すればスッキリするんじゃないかい。
風通しがよくなれば頭への血の廻りの悪さも多少なりとも改善する可能性が無きにしも非ず」
「仏門に入ってその煩悩をぶち殺す! ってやかましいわ!!」
言動は変わっていない。
しかし、何かが上条とステイルの間で変化している。
それは二人の関係性が主体となって変化したものではなく、
各々に“何か”を乗り越えた結果の副産物だと一方通行には思えた。
上条とステイルが共通して抱える“何か”があるとすれば、この世に唯一つだけだろう。
(………………インデックス=ライブロラム=プロヒビットラム)
あの男たちはそれぞれに違う形で彼女の幸せを願っている。
上条当麻は願いを託した。
ステイル=マグヌスはそれを願いから望みへと昇華させた。
そしてまた一方通行も、かの純白の聖女が幸福であれば、と祈った。
『家族』以外の者へと斯様な心願を自分に抱かせたインデックスという女性の性質に、
一方通行は途方もない儚さと逞しさを見出し――――同時に、畏怖した。
「昨日は色々とすまなかったね、一方通行」
声を掛けられる。
見れば、珍しく群青色の神父服に身を包んだ長躯がすぐそこにあった。
上条は鏡の前で呻きながら、ツンツンヘアーとの長期戦の様相を呈している。
「まったくだ。今日を最後にその面、俺の前に出すンじゃねェぞ」
「司祭役を降りろとは言わない癖に……それより昨晩は花嫁殿と仲直りできたかい?
何度コールしても出ないから、もしかして何かお取り込み中だったのかな」
「余計な世話焼くな、鬱陶しい。テメエはテメエの女だけ気にしてろ」
辛辣な糾弾に、ステイルは表情を引き締める。
妥協することを知らない信念を、夢を秘めた男の顔だった。
「……………………一方通行。僕は、“引き摺る”と決めたよ」
「そうかい。狡い生き方のできねェ、不器用な神父さンらしい阿呆な答えだ」
期せずして、ステイル=マグヌスは一方通行と同じ道を選んだ。
一方通行も、全身にこびり付いて消えない血の臭いを一生背負っていくと、
地の下で眠る一〇〇三一の躯の前で決意していた。
それは時に目を逸らして逃げ出したくなるような重荷だろう。
だが、それでも歩を止めないと誓った。
一方通行は一人でその荷を背負うわけではないのだから。
「もう一度だけ言わせてくれ。ありがとう、一方通行」
一方通行は今日、更に先へと進むために人生に一つの区切りを引いて、栞を挟む。
「手前勝手にスッキリした面になりやがって。もう一度だけいうぞ、礼を言われる筋合いはねェ」
ステイル=マグヌスがその線を引く日はまだ先の筈だ。
何もかも終わらせた気になど、間違ってもなるな。
言外に、そして研ぎ澄ませた眼光に意図を籠めて、ステイルを見据える。
伝わったのだろうか、ステイルはゆっくりと小さく頷いてから頬を緩めた。
「そうだね。礼を言うなら君がらしくもなく、
君にできる最大限の恩義を感じているらしい最大主教に言うべきか」
「おい! 余計な事言いやがったら今度こそ全身の体液っつう体液逆流させンぞォォ!!」
緩めた結果、口から嫌味が飛び出すのはこの神父のライフワークか何かなのだろうか。
ようやく常より鋭く尖らせたウニ頭のセットを済ませた上条も戻ってくる。
「…………意外と、ステイルって友達作るの上手いよな。インデックスが面白くない顔するわけだよ」
「人を没コミュニケーション呼ばわりするな。絶対に許さない。訴訟も辞さない」
「そこまで!?」
「さあて、そろそろ時間だ」
「裁判の!?」
壁掛け時計に目をやると、時刻は十時半をそろそろ回ろうとしていた。
「漫才はその辺でいいだろォがイノケンブレイカー」
「おい、何だその地方局で燻ってる売れない芸人みたいなコンビ名」
「こいつとバリューセット扱いなんて、僕は死んでも御免被るよ」
心底嫌そうに溜め息を吐いて、ステイルがドアノブに手を掛ける。
「心の準備は万端かい?」
「べ、別にビビってなンかねェンだからな!」
「余裕があんのか本当にテンパってんのか分かりづらいな」
「冷静に分析しないで下さいますかお義兄サマァ」
「…………大丈夫そうだね。そうだ、その白タキシードだけど」
「あァン?」
「絶望的なまでに似合ってないよ」
「うっせええええ!!! 自覚はあるンだよ黙ってろォォォォ!!!!!」
男たちは軽口を叩き合いながら、次々に扉を潜っていく。
先導しながら、ステイルは不良神父らしからぬ慈悲を伴う、よく響く声を発した。
一方通行はこれから昨夜とは真逆に、この男に導かれて一つの『線』を引く。
「さあて、祭壇の前で花嫁を待とうじゃないか――――花婿殿?」
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「打ち止めー? 居ないのー?」
眼に痛くない程度の彩り鮮やかな装飾に溢れた室内。
ノックの音が響いている事に打ち止めは三度目で漸く気が付き、慌てて声を上げた。
「ど、どうぞ!」
「おじゃましまーす、なんだよ」
「おねーちゃん、きれい!」
「アンタはそんなに緊張しいじゃないと思ってたけど、やっぱ今日は格別、って事なのかしらね」
勢いよくドアが開け放たれて、姉と姪、そして姉の親友が晴れやかな顔で現れた。
三人して、泣きはらしたように白目が赤くなっている。
それらには気が付かないふりをしながら、一方で打ち止めは姉の洞察力に目を瞠った。
あるいは、ノックの回数はもっともっと多かったのかもしれなかった。
「流石のミサカも今日ばっかりはちょっと、ね。
………………まあ、一番浮かない顔してるのはお姉様だけど」
「…………っ」
「みこと?」
「ままー?」
口を噤んで唾を飲んだ美琴を、彼女の娘と本日の儀を司る聖職者が揃って覗きこんだ。
真理は今は、インデックスの腕の中で心地よさげにしている。
「みこと、やっぱりさっきの事で何かあるの? 私のせいで」
「それは違う。断言するわ」
インデックスが然程に察しの悪い女性だとは打ち止めも勿論思っていないが、
自分の懊悩に精一杯で、美琴が抱える別ベクトルの煩悶を見逃していたのかもしれない。
その過剰に自己を卑下する態度に違和感を感じた打ち止めが口を開く前に、
美琴はインデックスの偽悪じみた自責を切って捨てていた。
しかし歯切れが良いのはそこまでで、美琴は目を伏せて次なる言葉を丹念に探り始める。
姉の苦しむ姿を見ていられなくなった打ち止めは、彼女の胸中を遠慮なく暴露する道を選んだ。
「お姉様は、苦しいんだよね。あの人を絶対に許しちゃいけないって枷を自分に課してる。
でも、私の幸せの為にあの人を許してあげたいっていう気持ちにも挟まれてる」
この十年、彼女と一方通行が一対一で正対する機会が、まるでなかった訳ではない。
ただその中身を一方通行が打ち止めに語った事は、それこそ一度たりともなかった。
「…………わかっちゃうもんなのね、やっぱ」
「みこと……」
「お姉様。私はもちろん、お姉様にもあの人との結婚を祝福してもらいたいの」
美琴は両目を一度ギュッと、強く瞑ってから瞼を上げた。
やはり姉は、彼を心の奥底から受け入れられてはいなかったのだと、打ち止めは確信を強める。
「許してあげて、お姉様」
「でも、私の心は、アイツの心は、それを望んでなんかいないわ」
美琴の言う通りであった。
一方通行は『赦し』など望んではいない。
美琴が下せるであろう『赦し』は、誰も幸せになどできはしない。
それは打ち止めとて、十二分に承知していた。
「その代わり」
打ち止めは語気を強めて、美琴に反駁すべく一呼吸。
「その代わり、私が一生、許さないから」
美琴のみならず、インデックスまで目を見開いて、驚愕を露わにした。
「らすとおーだー、今のはどういう」
「私が許さない。世界中の全ての人があの人を許してあげたとしても、
私はあの人を、一方通行を“許してあげない”って決めたの」
インデックスは困惑して美琴に顔を向ける。
その美琴はと言えば、鬼気せまる覚悟を示した妹の表情を、悲しげに見つめていた。
「あの人は、お姉様と死んだ『妹達』に許される事を、何より怖がってたから」
一方通行が弱音や弱みを曝け出す事は、打ち止め相手ですら滅多にない。
しかし打ち止めには理解できる。
この世の他の誰にも理解されなかったとしても、打ち止めにだけは理解できる。
彼女の人生は、『彼を知りたい』という些細な関心から、好奇心から始まったのだから。
「…………辛い生き方になるわよ、その道は」
「わかってる。でも、それを上回るぐらいの喜びがこの道の先にあるって信じてるから。
そういう事を望める世界を、お義兄様たちが創ってくれたって知ってるから」
あの人と一緒に笑って生きたい。
死んだ『妹達』に裏切りを罵られようと、
生きている姉妹に恥知らずと謗られようと、その気持ちに蓋などできなかった。
悲しみも喜びも一つのリュックに詰めて、不格好でも二人で背負って、この世界を歩んでいく。
そのための誓いを立てるべく、今日この日、打ち止めはブルーカーペットを進むのだから。
美琴はまたも瞑目し、形の良い口唇から細く長い吐息を洩らした。
再び目を開いたとき、彼女は軽やかに、そして優しく微笑んでいた。
「私が言う事なんて、もうないわね。我が妹ながら良い女だわ。
………………でも、最後に一つだけ、言わせてね」
「なあに、お姉様?」
「すごく綺麗よ、打ち止め。一方通行と、幸せになりなさい」
「――――――っ、うん!」
やっと、本当の意味で認めてもらえた。
一方通行と『妹達』は、御坂美琴の純粋な善意を踏み躙った、あの『実験』の“加害者”だ。
誰が被害者で、誰が加害者なのか。
何が善で、何が悪なのか。
答えは二万通りではきかず、各々の立ち位置次第で目まぐるしく入れ替わるだろう。
だが少なくとも一方通行と打ち止めの認識の中では、自分達が加害者で、美琴が被害者なのだ。
「ありがとう…………お姉様ぁ」
誰よりもあの実験で深く深く傷付いた美琴が、今こうして自分達を祝福してくれた。
待ち望んだ情景に感極まり、瞳に湛えた涙を拭おうとすると、清潔な白布がそっと差し出される。
「お化粧が崩れちゃったら晴れ姿が台無しなんだよ? 気を付けて拭いてね」
インデックスのふわりとした慈しみを皮切りに、張り詰めた空気が抜けた。
「さっきから微妙に空気だったわねアンタ。さすがメインヒロイン(笑)」
「みことたちが割って入る隙間ないくらいギッチギッチに
Sisterってるからタイミング逃しただけかも! さすが隙間潰しの得意な行間ヒロイン(笑)」
「ぎょぎょぎょぎょぎょ魚魚魚、行間ちゃうわ!!!
いとも容易くえげつなく人のトラウマ穿り返すんじゃないわよ!
新必殺技『十倍超電磁砲』の実験台にされたいみたいねえぇぇぇ!!」
(バトル展開の時に使っとけよ、ってミサカはミサカは内心ツッコミ)
「ふふーんだ、私の『歩く教会』に常識は通用しな………………あ、ああ!?
し、しまったんだよ! 今日はギャグ補正以外の装備を忘れてきたかも!」
「っていうかシスタるって何用語? ってミサカはミサカは時間差ツッコミ」
「みさかはみさかはー」
女三人なんとやら、とは言うが四者四様に騒ぎ立つと姦しいどころの話ではない。
新たな形容表現が必要になるのではないか、と打ち止めは朗らかに破顔しながらそう思った。
「じゃあ、そろそろ時間なんだよ。私は先に行ってるね」
壁掛け時計があるにもかかわらず懇ろに、そして愛おしげに、
インデックスが懐中時計をさすりながら言った。
「パ……お父さんももうすぐ来る筈よ。他のみんなは挨拶に来てくれたわよね?」
「………………それが、その。あと一人……」
口籠って目を逸らす。
そんな打ち止めの奇妙な態度に、美琴とインデックスは揃って首を傾げた。
「…………番外個体が、まだ来てないの」
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祭壇に向かって右側に、黄泉川愛穂や芳川桔梗をはじめとした新郎側列席者がずらりと坐している。
同様に左側では、女性比率のやや高い新婦の関係者たちが、興奮気味に何事か捲し立てている。
最前列の御坂美鈴と目が合って、ステイルは軽く会釈をした。
「………………き、緊張してきたかも」
「いつもはもっと広い聖堂で、もっと沢山の会衆を前にしているだろう」
「むう。その落ち着きはらった態度はちょっとイラッとくるなぁ。
二人の大事な門出に責任を持つんだから、もっとこう、気合い入れないと駄目なんだよ!」
「気合いが空回りしても仕方がないだろう。直前の当事者というのはだね、
そこの男の頭髪の色のように頭が真っ白になるものなんだ。
故に司式者には粛々とした態度が求められるものなんだよ、初心者さん?」
花嫁入場まではあと十分ほど猶予がある。
ステイルはポケットからあるものを口許へ運んだ。
「こ、この男……ガチガチの新郎の為に気の利いたセリフの一つも言えねえのか……。
…………と、以前のインデックスなら容赦なく噛みついただろうが…………」
「おい、誰がガチガチだ」
フッ、とインデックスが背を向けてシニカルに笑った。
「ステステ先生。電子タバコ、逆さかも」
「誰がステステだステテコみたいに聞こえるから止めてくれ!
この向きであってるから! 緊張も動揺もしてないから!!」
「テメエら、人の話を」
「YYWW」
「気に入ったのかその『強制詠唱』……」
「対イノケンティウスの他にもメンタルの弱い相手に試す価値ありなんだよ」
「イノケンェ……」
「聞けやァァ!! 誰が愛が哀しくて壊れかけたRadioだゴラァァッ!!!」
Y Y T F T F
「はいはい徳永ファン徳永ファン」
「うるせえェェェェェェ!!!!!」
「効き目が薄いじゃないか、話が違うよ」
「どういう意味だァ!?」
似合わない事この上ない白のタキシードに身を包んで息を荒げる、
件のガチガチ花婿――――一方通行がいつもの調子を取り戻したのを見届けて、
ステイルはインデックスと達成感に満ちたハイタッチを交わした。
全ての準備を整え、父親に手を引かれる花嫁の入場を待つだけとなったこの時間、
一方通行は列席者にニヤニヤ顔でチラ見されるほどに緊張しきりであった。
「クッソ野郎が……テメエの問題を一つ片したからって余裕ぶってンじゃねェぞ……」
「だが、いい余興だっただろう?」
「あくせられーたが肩の力抜いてくれないと、上手くいくものもいかなくなっちゃうもん。
…………でもでも、あなたがそんなに緊張してるなんて思わなかったかも。
こんな時だからこそKoolに格好つけるのがあくせられーたかな、って」
(KじゃなくてCだろ)
「………………悪ィかよ」
ギリリと音がしそうなほどに前時代的なデザインの杖
――今朝ステイルが返却した――を握り締めて、一方通行は吐き捨てた。
よくよく観察してはじめて分かる程度にだが、その耳朶が紅潮している。
ステイルがふと隣のインデックスを見やると、視線が合った。
彼女も一方通行の耳たぶ辺りを盗み見てからクスリと笑う。
それに気が付いた新郎が凶悪に表情を歪ませて口を開こうとする直前、
「ご静粛に」
ステイルが機先を制して声を張り上げた。
列席者が示し合わせたように静まり返る。
十一時ちょうど。
「ベストマン、メイドオブオナー、御二方とも前へどうぞ」
インデックスの、聖堂全体を鎮めるような、それでいて柔らかく反響する声。
同時に左右席の二列目から、上条当麻と上条美琴が歩み出てきた。
上条はステイルの真正面、一方通行の右隣りに陣取った。
大事に抱えこんだケースに、二人の愛の証であるリングが鎮座している。
「頑張れよ、一方通行」
「打ち止めに恥かかせんじゃないわよ」
夫婦がそっと、花婿の肩を叩いて交互に囁いた。
美琴は歯ぎしりする一方通行に上機嫌を隠さず、インデックスの正面まで来てから大扉へ向き直る。
教会備え付けのオルガンが、それなり以上の高級感を醸し出す音色で優美に唄う。
曲目はオーソドックスど真ん中、W.R.ワグナーの『婚礼の合唱』。
慣れた手並みで鍵盤を一音一音、滑らかに、時に跳ねるように弾くのは美琴や打ち止めと同じ顔の女性。
両親から平等に愛を注がれる御坂家の一員である事には間違いないのだろうが、
これまでに相見えた中の誰かであるかどうかは、ステイルには判別しようがなかった。
「新婦入場」
教会一番の大扉が耳障りな音を上げて、少しずつ陽光を聖堂内に招き入れる。
扉が最大限まで両開きになった時、そこには父親――――御坂旅掛に手を引かれた花嫁がいた。
普段は背にかかるほど長い栗色の頭髪を後頭部で結上げ、露わになる筈の項はベールで覆われている。
黄みの強い肌色にアイボリーカラーのドレスが実によく映えていた。
長トレースのマーメイドラインに隠された脚を、擦るようにそっと一歩踏み出す。
途端に、祝福の声と拍手が燦々と降り注いだ。
「おめでとぉ! 私の祝福力が火を噴いちゃうゾ★」
「物騒な真似は止してほしいんだけど」
「小さい御坂さん…………白髪頭には勿体ないですねぇ……!」
「相変わらず変態ねぇ海原は。素直に祝福してあげなさいよ」
「Absolutely,幸せになりなさい」
「あ、う、もう、打ち止め、一方通行ぁ…………」
「いつまで泣いて、んじゃん、桔梗……ああくそ、私まで……」
まったく気の早い連中ばかりだ。
できれば退場時にやってほしい、とステイルは苦笑したが無粋な口は挟まない。
一向に止まない善意の雨を全身に浴びながら、旅掛は打ち止めとブルーカーペットを進み、
やがて愛しい末娘の手を、一〇〇三一の対話を経てこの場に立った男に渡す。
「――――――」 刹那、二人の男の視線が交差した。 「――――――」
かと思えば父親は僅かに目を細めて、一片の未練も露わにせず、自席へと戻っていった。
自然、全ての視線が新郎新婦に集中する事となる。
ステイルも束の間、生涯で一、二を争う輝きを放っているだろう花嫁の晴れ姿を眺めた。
こうして見れば見るほど、上条美琴と同位存在なのだと実感させられる。
しかし彼女は上条美琴ではない。
彼女は二〇〇〇三人の姉妹の誰とも異なる人生を歩んできた、“打ち止め”その人だ。
軽く目を瞑り、隣のシスターに睨まれる前にステイルは式次を進める。
「ここに、開式を宣言します。列席の皆さま、ご起立を」
オルガンの音色がフェードアウトし、インデックスが賛美歌斉唱についての簡単な説明を行う。
典礼聖歌391、「ごらんよ空の鳥」。
口語調の歌詞と十字教色の薄さから、日本の教会結婚式で広く唄われ継がれる一曲である。
新教の賛美歌としての側面がやや強いためステイルたちはいくらか言葉を飲んだが、
確かに特定宗教に染まらない学園都市の住人にも馴染みやすいセレクトではあった。
「…………では皆さま、声と心を合わせて」
インデックスが締めくくり、奏楽の開始に合わせてステイルが腕を振る。
おお、と抑えた歓声が上がったのは、中空に焔色の文字で歌詞が浮かび上がったからだった。
ご覧よ 空の鳥 野の白百合を
蒔きもせず 紡ぎのもせずに 安らかに 生きる
こんなに小さな いのちにでさえ 心を かける父がいる
友よ 友よ 今日も たたえて歌おう
すべての物に 染み通る 天の父の いつくしみを
科学の街の住人達のぎこちない歌声を、広がる波紋のような清廉な音色がまとめ上げる。
ステイルの肩先にすら及ばぬ高さから発せられる至上の聖歌に、誰もが徐々に酔いしれていく。
初めのうちはもごもごと表情筋の収縮運動を繰り返すのみだった一方通行さえ、
いつの間にか瞼を下ろして、囀るようなテナーで打ち止めのソプラノと唱和していた。
「皆さま、ありがとうございました。では御着席ください。
生きとし生ける万物への感謝が、愛しあう二人の先行きを照らさんことを」
斉唱が終わりを告げ、ステイルは極めて略式の『愛の教え』を説く。
本来なら聖書から抜粋した有難い主の教えの朗読が必要だが、
学園都市ではどうやらマイノリティーらしいのでこの形式に落ち着いた。
そしていよいよ、式のメインイベントとして世に認知される『誓いの言葉』の時間が訪れる。
二人の式はどこまでも面白みのないポピュラーな形式に沿っているが、
世にも数奇な運命に絡め取られた男女の節目とは、案外こういうものなのかもしれない。
まずはステイルが新郎に、次にインデックスが新婦に、それぞれに言葉を掛ける手筈となっている。
一方通行の戸籍上の名前を脳裏で反芻しながら、ステイルが厳かに口を開いた、
「新郎――――」
その時。
バアンッ!!!!
「一方通行ぁっ!!!」
閉じられた大扉が勢いよく押し開かれ、呼吸を乱しに乱した番外個体が、前触れもなくその姿を現した。
「……番外個体」
「番外個体っ!?」
新郎と新婦が、ほぼ同時に、しかしトーンのまるで違う声を上げた。
番外個体はおかまいなしに、ずんずんと肩をいからせて祭壇へと歩み寄ってくる。
聖堂にはしばし、トスントスン、とカーペットが吸収しきれなかった足音だけが響いた。
誰も番外個体を止めようとはしない。
女の表情に、ただならぬ気迫と――――ヤケクソ気味の赤みが差していた。
「一方通行、最終信号」
遂に祭壇の前へと辿りついた女が、花婿に挑むような眼光を向けて対峙した。
ステイルもインデックスも、列席者に右ならえ状態で呆けることしかできない。
唖然として、番外個体の一挙一動を見守るだけの彫像と化した彼らの眼前で――――
「…………ん」
「っ、!? な、な、!?!?!?」
女が、男の、唇を、奪った。
凍れる時の呪法やら、ヨーグルトの超能力やら、『THE・世界』やら、
以前インデックスから聞かされた、『こことは異なる世界』に存在するらしい
特殊能力の名前を次々に脳内モニターに投影しながら、ステイルはこめかみを抑えた。
突如として式に乱入し、新婦に捧げられるべき新郎の唇を奪った女――――番外個体の暴挙。
恋愛にありがちなドロドロの三角関係が生み出した悲劇にしてもショッキングに過ぎるが、
事態はこれだけには収まらなかった。
「…………んっ」
「………………て、めえ」
「あ、あばばばばば……番外個体、これってどういう…………!!」
新婦が色をなすのも当然の事である。
打ち止めの顔色は赤くなったり蒼褪めたりビリジアンになったりで実に忙しない。
そんな混乱の極致へ叩き落とされた彼女に、
叩き落とした張本人が男との口づけを終えて次にしたのは、ウエディングドレスの肩口を掴む事だった。
「最終信号」
「…………え? ちょ、ま、さか、そんな」
「ん」
ズギュウウウウウウン。
「「「えええええっええええぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇえ!?」」」
悪夢再び。
ステイルに認識できたのは自らを襲う強烈な目眩と、
会場のそこかしこから上がる黄色い悲鳴だけであった。
インデックスに袖を引かれたステイルが我に帰った時、永遠よりも長い五分が既に経過していた。
遺伝発生上の姉、戸籍上の妹になにをトチ狂ったのか
啄ばむような接吻をし終えた番外個体はモジモジと身をくねらせている。
相変わらず、誰も、一言も発しようとしない。
恋人たちの一世一代の大イベントで大胆極まりないテロ行為をやらかした番外個体に、
憤りを見せる年配者はいないかとごった返す出席者にステイルは目を向けるが、
御坂夫妻も黄泉川愛穂も親船最中も、ちりほども動く気配がない。
当事者たちの真後ろに控える上条夫婦も目を白黒させていて当てにできそうもない。
ちなみに芳川桔梗には誠に遺憾ながらはじめから何も期待していない。
指一本分のアクションでさえ衆目を一斉に集めてしまいそうな空気だったが、
司式者としてこの気まずい沈黙を良しとするわけにもいかないだろう。
ステイルは大きくかぶりを振って、大きく溜め息をつき、これまた大きく息を吸い、
「――――――君ぃぃッッ!!! いったい何の真似なんだ、これは」
「マグヌス」
「ん、な?」
大音声を張り上げながら番外個体に詰め寄ろうとして、一方通行に制止された。
次の瞬間、フリーズ状態が続いていた打ち止めが涙ぐんで番外個体に抱きつく。
「ありが、と……ありが、とぉ……!!」
「やり方っつうもンがあンだろ淫乱娘が……クソッ」
「よ、喜んで、もらえた?」
泣きじゃくる打ち止めと疲れ切った顔の一方通行、おずおずと妹の表情を覗きこむ番外個体。
そこだけ切り取れば美しい光景なのだろうが、
三人だけでほっこりされてもステイル達には何が何やら意味不明である。
空気を読むことにも限界が来たのか、たまらずインデックスが疑問を発した。
「…………そろそろ、説明が欲しいんだよ」
結婚指輪を抱えっぱなしで放置された上条当麻も追従する。
「そうだぞお前ら! 最悪のタイミングで修羅場に入ったのかと思ってワクワ……ビビっただろ!」
二人が声を上げた事で、ようやく場が時の流れに再び身を委ね始める。
良くも悪くも非常事態が日常茶飯事な学園都市クオリティー、
上へ下への大騒ぎとはならなかった事は不幸中の幸いだった。
とは言え、このままなあなあで済ませるつもりはステイルには毛頭なかったが。
「一方通行」
「…………わかってる、説明する。じゃなきゃ収拾がつかねェ」
会衆の耳目を一身に浴びながら白髪頭に手をやった一方通行はしぶしぶ、という態で語り始めた。
専門でない相手に専門知識を伝えられてこそ頭の良い人間だとはよく言ったもので、
一方通行の解説は科学知識に明るくないステイルたちにも明快であるよう、
十二分に噛み砕かれた、それでいて懇切丁寧なものであった。
この男、意外と教師に向いているんじゃないかと脳の一方で考えながら、ステイルは頷く。
「つまりこれは、三年前に美琴を号泣させた『電報』のリメイク版というわけだ」
「だ、誰が号泣したって言うのよ!!」
すかさずメイドオブオナー、上条美琴が抗議するが、
今日この式場に居合わせた者の大半は三年前の挙式にも参列している。
彼らからこぞって微笑ましげな視線を向けられた美琴はたじろいでまごついた。
「だ、だって…………しょうがないじゃない!!
妹達全員からネットワークを通して、『おめでとう』の嵐をもらって、泣かないワケないでしょ!?」
九九七一回の、愛に満ち満ちた『おめでとう』。
そしてインデックスのバースデーに上条夫婦から届けられた、二つの『おめでとう』。
「みこと、誰も悪いなんて言ってないんだよ。現にらすとおーだーだって……ね?」
それらと何ら遜色のない、『妹達』が末妹に浴びせた『おめでとう』。
涙の堤防を100%の確率で決壊させてきた実績を持つ、祝福という名の大雨。
それこそが番外個体から愛する男女への、渾身の結婚祝いだった。
「う、ん。いま、今なら、あのと、あの時のお姉様の、きもぢがわかるよぉ……!
嬉しいよ、嬉じいよ、嬉じくて、死んじゃいそうだって、ミサカはミサカは、ひっく」
花嫁は、妹であり姉である女の胸の中で目を赤くしていた。
声はひくつき、化粧は崩れ、それでも美しく、あたたかい雨に身を打たれて泣いていた。
「いつまでもみっともなくベソ掻いてンじゃねェよ」
手厳しく花嫁を窘める花婿だが、責める声は上がらない。
杖を突いていない左手が目頭を一瞬だけ押さえたのを、誰もが目撃していたからだ。
ご多分に漏れず目撃者の仲間入りを果たした番外個体も満足げに口許を緩めた。
「たださ、二番煎じじゃ感動も半減でしょ? だからこういう超絶サプライズ形式を取ったってワケ!
今回は圧縮した映像データと音声データを一回バラして、
生体電流に乗せて渡してから、後頭葉と側頭葉に直接送りこんでデコードしたの。
おかげで伝達は一瞬で終了、余計なお時間は極力とらせない企業努力でーっす」
『生体電流に乗せた受け渡し』とは即ち、
微量の唾液を媒介とした粘膜接触――――有り体に言わなくとも、キスである。
「…………何をしたのかはわかった」
懐から今すぐにでも電子タバコ、ないしルーンカードを抜きたい欲求に必死で抗いながら、
ステイルは重低音を二メートル越えの長身をフル活用して響かせた。
「それにしたって他にいくらでもタイミングは、やり方はあっただろうッ……!」
ステイルが堪えている、辛うじてやり場を失っていない憤りの根本はそこに尽きる。
ある事情からステイルはこの十年、脳と記憶についての知識はそれなり以上に修学している。
電波を飛ばす、と言えば言い方がアレだが、なにせここは全世界の科学を牛耳る先鋭、学園都市なのだ。
他にどうとでもやりようはあった筈だ。
ないわけがない。
(………………ないよな?)
ましてや打ち止めには脳波リンク技術の代名詞、ミサカネットワークがあるのだ。
直接接触に拘る必要などあるのか。
そしてなにゆえ、ステイルの胃潰瘍を最大速度で促進するであろう、このタイミングなのだ。
「あ、あはは、怖い顔しちゃやーよ神父さん!
そんな熱い視線で睨まれたらミサカ思わず濡れちゃいそう☆」
「あ゛?」
「ゴメンナサイシスターサンナンデモアリマセンヨミサカハセイジュンハデスカラ」
ドスの聞いたドス黒い唸りが、ステイルに負けず劣らずの超低音で番外個体の心臓を鷲掴んだ。
一斉に発生源から半歩引き下がる関係者一同。
神父がおっとり刀で、群青色のベールの上からポンポンとシスターの頭を軽く撫ぜる。
その間に正常な言語機能を取り戻した番外個体が、はにかみながら新郎新婦を振り返った。
「………………だってさ、伝えたかったんだもん。
どんな言葉よりもこの気持ちを伝えられる手段はないのかって、ずっとずっと探してた」
その鮮烈なまでに真っ直ぐな視線は、果たして親譲りか、姉譲りか。
「それで辿りついたのが、コレ。大勢の人に“観測”してもらいたかったんだ。
ミサカのこのふらふらした不確かな気持ちを、“事象”として確定させたかった。
誰かに見られてなきゃ自信が持てないなんて、我ながら情けない話だけど」
番外個体の、ともすると弱気ともとれるらしくない態度。
しかし一方通行と打ち止めは、その裏に隠れている、“覚えのある”信念の正体を即座に悟った。
『言っただろ、見世物だと思ってのンびりしてろ』
『私たちはね、これからやることを誰にも、
それこそ世界中のどんな人にも恥じることが無いって宣言したいの』
「百点満点の解答だなんて自分でも思ってないけどさ、これがミサカの――――私の、精一杯」
「姉さん、義兄さん」
生まれて初めて、『妹』から親愛を籠めてそう呼ばれて、『姉』と『兄』は肩を震わせた。
「結局さ、私は“これ”を言う勇気が欲しくて、自分を追い込んだだけなのかもね」
血と憎悪に塗れた『存在理由』を与えられた筈の少女が、その手で掴み取った表情。
彼女と彼らの始まりの地に降っていた、雪のようにまっさらで、純粋な笑顔。
「二人とも、だいすき。幸せになってね」
気恥ずかしさからか林檎のように染まった頬は、まるでしもやけにでもなったようで。
これから夏を迎える学園都市の片隅で場違いに、しかし程よく、にっこりと融けて弾けた。
――――それで丸く収まるのなら、(主にステイルにとって)どれほど楽であっただろう。
「いい話だ 感動的だね だがオトシマエはつけてくれよ」
「えっ」
「えっ、じゃないだろうが!! この状況と自分の行動をよーく顧みろ!!
挙式真っただ中の新郎新婦の唇を奪ってイイハナシダナーで済むなら三三九度は要らないんだよ!!」
「ステイルステイル、それ十字教式ちゃう。それ神前式なんだよ」
「お、オトシマエってなにさ!? まさか私のカラダが目当てなんじゃ、この性職者!」
「やかましい! ……君、神の御前でもう少し本音をぶっちゃけるなら救いがないわけじゃあないよ。
正直に言ってみたまえ、実はほんのちょっとだけ役得だと思っていただろう?」
番外個体が一方通行に想いを寄せていた事は、あの上条当麻にすら周知の、羞恥の事実である。
下心がなかった訳がないとステイルは踏んで、せめてもの復讐を謀る。
案の定、番外個体は紅潮させていた頬を更に一段と昂らせて、消え入るような声で、
「……………………ご、ゴメンナサイ。
本当は姉さんのぷりぷりした唇の感触を貪りたいって私利私欲も働きました、ハイ」
っておい。
「そっちかああああああああああああああああああああ!!!!!!」
そして始まる阿鼻叫喚地獄。
「あ、あわわわわ、番外個体!?
私にそういう趣味はないのよ、ってミサカはミサカはミサカがミサカでミサカ! ミサカ! 御坂!」
「うォォォい!! クソガキがシステムエラー起こしたぞォ!?」
「ままま、マリアさまが見てる前で /(^o^)\ナンテコッタイ なんだよ!」
「と、とにかく! ダメだ、ダメダメだ! 許されざるよこんなの!! 僕は認めない!」
「ええ!? 折角正直に懺悔したのにぃ!! だったらどうすればいいのさ!」
地団駄を分厚い絨毯に踏み付けながら、ステイルは深呼吸を繰り返す。
息を整えて番外個体を射殺すように睨むと、祭壇に向かって右側の席を顎で指す。
「……だったらそこにいる先生に頼んで、
ロンドンに『冥土返し』特製の胃薬を郵送するよう手配してくれ。それでチャラだ」
「え、いや、そういうのって薬事法で規制されてるんじゃ」
「だーかーらー。そこを何とかなるように君が何本でも骨を折れ、と言ってるんだよ僕は」
「そんなぁ!?」
そこに、列席していた件の名医が鷹揚に笑いながら番外個体に助け船を出す。
「僕は別に、処方することにやぶさかではないんだね?」
「さ、さっすが先生! そこに痺れるぅ、憧れ」
「統括理事会の承認がいるから、君の方で何十本でも骨を折ってくれたまえ。
心配しなくとも、骨折ならいくらでも僕が治してみせるさ。
………………それ以外の面倒事は、僕の関知するところではないけどね?」
助け船は、泥舟以外の何物でもなかったが。
「うわああああああんんんん!!!! 労働基準法が息してないいいぃぃぃぃ!!!
またミサカの残業時間倍プッシュですかそうですか本当にありがとうございました!!」
「いいからさっさと自分の席に戻れッッッ!!!!」
「皆さまご迷惑おかけしましたァァァァァーーーーッッ!!!!」
そのやけっぱちな叫びを切っ掛けに、そこかしこから笑いが噴き出す。
割と本気の涙声で嘆く番外個体と、憤懣やるかたなく吠えたステイル。
彼らとは対照的に、出席者は一様に暢気に腹を抱えて笑っていた。
ステイルがふとインデックスに横目を流すと、彼女はその光景を眩しげに見やっていた。
つられてステイルも、笑いの絶えない科学の街の片隅にもう一度視線を戻す。
子供の未来を真摯に思う大人たちがいる。
「よぉくやった! それでこそ私の娘よ番外個体!」
「一方通行ぁぁぁ!! なんでお前ばっかウチの娘に愛されるんだよぉぉぉ!!!」
「まあまあ、幸せ者ねぇ一方通行くんは」
「心労でまたウチのベッドの世話にならないでくれよ?」
家族とのこれからの為に闘う男たちがいる。
「ハハッ!! 両手に花ってレベルじゃねーぞこの若白髪ァァァァ!!」
「落ち着けって浜面! 気持ちはわかるけど!!」
「カミやん……今日のお前らが言うなスレはここかにゃー」
『闇』の中からその犠牲者を掬い上げようとする者がいる。
「ていとくんにいい土産話ができたわなー。な、初春ちゃん?」
「…………百合も意外と悪くないかもしれませんね」
「初春さんんんん!!!!? あなたまで黒子と同じ修羅道を歩まないでお願いだから!」
自らの過去と、恐れず向き合った者がいる。
「麦野が二次会で上映されるスペシャルビデオを超見たがってましたが……」
「なんつーか、この話を持って帰るだけで腹いっぱいって感じだな」
「ふれめあもきっと喜ぶね」
取り返しのつかない事を取り返そうとする人々がいる。
「さっきからギャーギャー好き勝手言ってるクソ野郎どもォ!!
脳下垂体前葉グチャグチャにしてホルモン分泌停止させてやろうかァァ!!!」
「ぎゃははっ☆第一位サマの『俺って頭良いンだぜ』アピールいただきましたぁ!」
「もー! アナタも番外個体も大概にしなさい、ってミサカはミサカは」
――――今を、強く生きる人間の営みが、確かにそこにある。
ステイルとインデックスがほんの一週間前、
病院の待合室で思いを馳せた脚本と、キャストは何も変わっていない。
だというのにこの落差はなんだろう。
数多の悲劇に吹きさらされた人々の笑顔の、なんと美しいことだろう。
「やれやれ………………ご静粛に、ご静粛に! 式を再開します!」
あの時は、自分達の物語が安っぽい悲劇に思えてならなかった。
この世に生きる誰もが、多かれ少なかれどこかに傷を抱えて生を送っている。
自分達だけが心の内側の問題に囚われてぐずぐずと苦悩し続けるのは、
単なる自己満足に過ぎないのではないか、と。
「…………ご静粛にお願いしますと言っているんだ貴様らーーーーーっ!!!!」
しかし今なら、ステイルは胸を張れる。
自分の懊悩がありふれていようといまいと関係がない。
他者との相対的な尺度に意味などない。
第一位(ぼうぎゃく)という名の目の粗い篩にかけられて、
なお心臓の底に残されたものさえ、見失わなければそれで良い。
「本当なら指輪交換が先だけど…………アクシデントを有効活用してこそプロなんだよ!
番外個体のサプライズの余韻が冷めないうちに、誓いのキス、いってみよー!!」
「どんな理屈だ! それでいいのか最大主教!!」
それは無邪気に笑って無茶苦茶を言いだす彼女への、絶対的な愛おしさ。
(…………そうだ、どんな理屈も、意味を成さない。
これまでもそうだったし、これからも、これだけは)
この心だけは、永遠に不変だ。
「さあさあお二人さん、パーっといってほしいんだよ!」
「おいィ? マグヌスくンよォ、これでいいのかイギリス清教」
「…………済まない、諦めてくれ。では、誓いのキスを」
「あ、あはは、ってミサカはミサカは今さら緊張してきちゃって……」
「打ち止め」
「………………はい」
「俺は、ずっとお前と一緒にいたい」
「う…………うん!」
「お前はどうだ?」
「み、ミサカも、私も。ずっと、ずっと――――ずっと一緒にいてって、お願いしてみる」
「ああ、約束する――――――愛してる、打ち止め」
「――――――」
「――――――」
「ここに二人は、正式に夫婦となりました。どうか皆さま、盛大な拍手を――――」
十七時間後。
イギリス清教の手配したチャーター機で、ステイルとインデックスは雲上の人となっていた。
土御門とエツァリはいない。
彼らには、生き残った『神の右席』の護送という任務がある。
故に現在、この空間は。
「二人っきり…………だね」
「時折やってくる専属CAを除けばね」
「もう、ロマンティックが足りてないなぁステイルは!」
(ティックときたか……)
盗聴器やカメラが(土御門によって)仕掛けられていないかは念入りにチェック済みである。
つまるところ、換言するまでもなく、聖女と守護者の、正真正銘、混じりっ気なしの二人きり。
久方ぶりのムード溢れるシチュエーションに、二人の頤の動きは――――鈍かった。
「……よく、『ちゃーたー機』を用意する予算があったよね」
「……まあ、任務達成の御褒美と思えばいいんじゃないかな。
そういえば君、何でもないようにひこ…………その、空を飛んでるけどだいじょ」
「…………なるべく考えないようにしてるの!」
「あ……すまない」
「うん……」
会話が弾まない。
甘い沈黙、というわけでもない。
だいたいにして、この二人の無言が甘ったるい空気に満ちていた過去など片手の指で足りる程度だ。
背景事情を考慮に入れなければ中学生並みのロマンスしか経験していないステイルとインデックスに、
浜面夫婦のような熟年アベックの醸し出す手触りを再現するなど土台無理な話である。
やがて辛抱の利かなくなったステイルが、豪奢な個室のドアへ目線を走らせた。
「…………ドリンクでも、貰ってくるよ。君は何がいい?」
「え、っと…………それなら、私も一緒に」
二人してぎこちなく立ち上がる。
その時、乱気流にでも飲まれたのか機体が激しく揺れた。
「あ、わわ!」
「おっと」
白衣が平衡を失って、黒衣に抱きとめられる。
それはどこまでも自然な流れだった。
「大丈夫かい?」
「ありがとなんだよ…………あ」
「ん?」
――――ごくごく自然に、ステイルの右腕はインデックスの背に回されていた。
「ハグ…………してくれたね」
「…………そう、だね」
ステイルは空いた左手を顎にやって、束の間瞑目する。
少し長い瞬き程度の時間で瞼が開いたとき、輝度の低い紅玉が一直線にインデックスを捉えた。
「僕が今まで、君をこの腕に抱けなかったのは――――『君』を殺した感触が、残っていたからだ」
「……っ」
ひゅっと息を短く飲む音が、静寂を保つ機内に一際大きく響いた。
インデックスの翠玉が、反射的に瞳孔を絞る。
「君ではない、『君』を、君に重ねていた」
一言一句を、鉈を振り下ろすかのように、ぶつ切りにして吐き出す。
「それは彼女たちを未だ恋い慕っている、なんて生易しい情動じゃあない」
十二年間、思いの丈を溜め込み続けた堤を、少しずつ切っては崩す。
「僕は、彼女らを、君ではない『君たち』の死霊を、背負っている」
一瞬たりとも、真摯な視線が外れる事はなく。
「そしてこれからも、この荷を下ろさずに永久に引き摺って生きていく」
「…………もしも君が、君さえ、そんな僕でも良ければ」
そして遂に、ダムの底に最後に残った、限りなく大きな一滴を、愛する人の心へ注ごうとして――
「――――そう言えば!」
遮られた。
「……なんだい?」
ステイルは急かさない。
インデックスは満面の笑み。
「来月、ステイルの誕生日だね! 今日の式みたいに、いっぱい友達呼んで、パーっとやろ?」
「必要ない」
「………………え? そ、そんなこと言わないで、皆にお祝いしてもらって」
「君がいればいい」
「――――――――あ」
「百人の友人も、億千万の祝福もいらない」
「ん、えぁ? す、すている……?」
「僕の欲しいものは、たったひとつだ。ひとつだけなんだ」
「君さえいれば、他に何もいらない」
コンコン。
ノックの音。
少し遅れて女性の声。
「お客様、よろしいでしょうか?」
「…………ああ、入ってくれ」
言って、ステイルは即座に腕を解く。
「ひゃ、あ」
――――直前に、インデックスを強く掻き抱いてから。
「先ほどは気流の乱れにより大変ご迷惑をお掛けいたしました。お怪我などございませんか?」
「問題ないよ。それだけかい?」
洗練されたCAの所作に無感情に対応しながら、ステイルは窓際のシートに着いた。
インデックスも慌ててその隣――――ではなく、やや距離のある座席を選んで着座する。
「当機は間もなく着陸態勢に入ります。
シートベルトをお締めの上、電子機器の電源をお切りくださいますよう」
「……ん、もう着いたのかい? 心なしか、予定より早い気がするが」
「現地時間で午後六時、フライトスケジュール通りに運航しております」
「…………確かに。失礼、妙な事を口走ったようだ。
行きが“あんな”だったから感覚が麻痺してるのか……?」
機内の時計は到着地の時刻に合わせられている。
間違いなく、予定通りの午後六時。
軽く手を振ってCAを退出させると、指示に従って着陸の準備を済ませる。
「到着のようだね」
「…………うん、そうだね」
沈黙が再び、上空一万メートルを滑空するスイートルームを支配した。
ステイルはこれからチャーター機が飛び込むであろう雲海をただただ観望している。
インデックスはといえば、面を上げて唇を震わせようとしては
力なく項垂れるだけの無為な反復運動を繰り返していた。
「す…………すている、さっきのって、わっ」
鼓膜の奥がキンと鳴った。
機内の気圧が段階的に調整されていく。
ガラスの外の世界が白一色に染まってのち、やがて逢魔が刻を迎えた街並みを映し出した。
落ち着かない浮遊感と、車輪と路面とが擦れる際の微振動。
それらもほどなくしてフェードアウトし、懐かしきロンドンの大地が直ぐ足下にあるのだと報せてくれた。
無事の着陸を告げる機内放送を聞いて、ステイルは荷物をまとめて立ち上がり――――
「行こう」
インデックスの眼前に毅然と佇んで、その大きな掌を差し出した。
「今すぐ答えを出してくれなくてもいい」
「ただ、僕もそう長くは待てない。待ちたくない。我慢がきかなくなる」
「だから、そうだな。その懐中時計」
「その懐中時計を、僕から君に贈ったあの日。それがもうすぐだったね」
「君の『もう一つの誕生日』に、二人きりで話がしたい」
「僕たち二人にとって、とてもとても大事な話を」
「午前零時。聖ジョージの聖域に、来てくれるかな」
黒衣の守護者が優しく笑う。
初恋を殺し、辛酸を舐め尽くし、絶望に心折られ、一度は逃げ出した。
それでも少女を想って闘い続け、女への変わらぬ愛をいま一度確かめた。
もう迷うものか。
差し伸べた手に無窮の決意を宿し、男は笑う。
「…………うん、わかった」
潤んだ鈴の音とともに、その手が握り返される。
羞恥に堪えかねてか、白銀の聖女のかんばせは上がらない。
それでも、重なる体温が途方もなく愛しくて。
恭しく、どんな水晶細工を扱うよりも丁寧に、女の前髪を払いのけて。
――――その額に、口づけを贈った――――
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愛し合う男女は幾多の障害を乗り越えて結ばれ
世はなべて事もなく
めでたしめでたし
HAPPY END
そ
れ
で
は
困
る
ん
だ
よ
それでは私が困るんだ
とは言え、実際のところ憂慮などしてはいないがね
見たまえ、ステイル=マグヌスの悦びに満ちた顔を
自分だけ全てを吐露し終えて、一人身勝手に重荷を下ろしたあの表情を
滑稽なものだ
彼はまだ何も知らない
彼女の頑なに俯いて動かない美貌が、蒼白に染まっている事実も
彼女が己以外に打ち明けた事のない、底なしの絶望の正体も
己が手で『禁書目録』を深淵に突き落とす未来も
――――彼はまだ何も知らない
-----------------第二部 『学園都市編』 完-------------------
⇒ TO BE CONTINUED ……
…… ADVANCE BILLING⇒
彼はまだ、何も知らない。
「僕には、知っておくべきなのに、知ろうとするべきだったのに、知らない事があまりに多すぎる」
「最近になって、とみに痛感するようになったんですよ――――僕はまだ、何も知らないんだ、とね」
故に、真実を欲する。
「答えろ」
「『禁書目録』とは何なんだ?」
愛する人の、涙の理由を変えるため。
「彼女はいったい、“誰”なんだ?」
先を生きた者の声も。
「君の事はよくローラから聞いていたよ」
「………………成程。もう、あなたも子供ではないのね」
共に生きた友の声も。
「私では、あなたたちの力にはなれませんか?」
「いいか。絶対に、死ぬなよ」
どこにもいない筈の誰かの声も。
「私はただ、あの子の幸せそうな姿を、一目見られればそれで良い」
全ては届かず。
「ステイル………………その人、だぁれ?」
「ああそっか、その人もそうなんだ」
「その人も――――――――」
「何故だ」
「どうしてだ?」
「なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでッッッ!!!!」
聖女は絶望に沈む。
――――よかったじゃあないか、ステイル=マグヌス――――
「どうして、こんな…………………っ!」
――――ヒーローになる、チャンスだよ?――――
『あああああぁぁぁぁぁああああぁぁあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!』
「十年ぶりですね、ステイル=マグヌス」
「やはり、君だったのか」
ステイル=マグヌスが最後に越えなければならない壁。
最初に越えなければならなかった壁。
「貴方は、ただ見ているだけでいい」
「ふざけるな。繰り返す気なのか、あんな事を」
またも、立ち塞がった選択肢。
「お解りですか」
「………………そん、な」
「“これら”は全て、貴方が彼女に贈ったものです」
突き付けられる現実。
「貴方が彼女を殺すんですよ、ステイル=マグヌス」
「私が、この子を護りたいと思ってはいけないのですか」
「君が、彼女を護る、だと?」
同じ夢を抱き、同じ天を戴く、隣接面。
「知ったような口を利くなッ!!! 貴方がこの子の何を知っている!?」
「知っているとも。僕は、全てを知った」
直ぐ隣に在る、しかし決して交差しない、平行線。
「いみじくも貴方が先ほど言ったとおりです。人間はいつか死ぬ」
「ならば、人間など辞めるさ」
火花散り、情動がぶつかり合う、臨界点。
「――――貴方が、妬ましかった」
「――――君が、憎かったよ」
ならばきっと、この激突は必然だった。
「知らないのならば、教えてあげましょう」
少年は青年になった。
「“貴方”では、“私”に勝てません」
誓いは夢になった。
「いいさ」
ならば、『失敗者』は。
「“僕”が“君”に勝てないと言うのなら」
『主人公』に、なれるのか。
「まずはその、ふざけた幻想を――――」
Last Chapter
と あ る 神 父 の
■ ■ ■ ■
「私は、私はあなたを、あなたの! あ、あなたのために、生きて――――――」
女の想いの、最後のひとかけらは、言葉にはならなかった。
そして、男はゆっくりと、その耳元に――――
――――たとえ君はすべてを忘れてしまうとしても――――
「 」
――――僕はなにひとつ忘れずに――――
「 」
――――君のために生きて死ぬ――――
「 」
最期の言葉を、囁いた。
「愛してる、『 』」
236 : >>1 ◆weh0ormOQI - 2011/10/22 23:15:11.24 jWsYjZqS0 1582/2388
※画面は開発中のものです。
やだ……サーバーの御機嫌悪すぎ……
というわけで一度はやってみたかった予告編でした
厨二魂ほとばしる最終章は終始このテンションで進行します
一応>>222で読了していただければ普通にハッピーエンドになってるとは思いますけどね
いくつか重要なフラグを立て忘れるとそのままスタッフロールに突入、みたいな
最終章はこれまで馬鹿のひとつ覚えでばら撒いてきた伏線の回収などに
じっくり取りかかりたいので、投下はしばらく先になるかと
それまでは最終決戦前のサブイベント的な小ネタでお茶を濁してまいります
次回は一週間以内になりますかねー
ではまたお会いしましょう
続き
ステイル「まずはその、ふざけた幻想を――――――」【2】