※『とある神父と禁書目録』シリーズ

【関連】
最初から:
ステイル「最大主教ゥゥーーーッ!!!」【1】
1つ前:
インデックス「――――あなたのために、生きて死ぬ」【3】

704 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:30:17.95 yka2i8xk0 1214/2388



「くそ、フィアンマめ。応答しない」


起き上がれる程度には回復したステイルが、悪態をついて護符を神父服の内ポケットに戻す。

再び発生した一〇〇を越える魔力反応。

しかし驚愕に目を剥く暇もなく反応は次々に消失、解っているのは第二位の参戦と――――


「『第三の腕』だ、先ほどより出力が増してるかもしれない……!」

「ダメ!」


続けて携帯端末を操作しようとすると、縋りつく腕がその動作を制止した。

統括理事会から通知された結標の番号をプッシュし終えるまで、あと数字二つだった。


「向こうの状況が上手く探知できないんだ。垣根からも返信が無い、直接行かなければ」

「行くなら私だけでいい! 『強制詠唱』があるんだから、私の方が役に立つよ!」

「僕がそんな愚行を本気で許すと思ってるのか!?
 君は現状、『右方』にとっての最大の脅威だ! 即刻命を狙われる!!」

「お、落ち着いて二人とも!」


互いに互いの身を慮って衝突する男女を、風斬が仲裁した。

基本がおっとりした彼女だけに、間に身を滑り込ませて縮まるのでいっぱいいっぱいである。

しかしこの場合は、その無害な草食動物のような姿勢が功を奏した。


「ひょうか…………」

「……申し訳ない、頭に血が上ってたみたいだ」


705 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:31:22.01 yka2i8xk0 1215/2388



瞳を潤ませた親友の、命の恩人の表情にステイルとインデックスがボルテージを下げた。

二人の主張は結局、レールのように平行線を形作ったままだった。

止まない頭痛のせいもあって額を抱えこんだステイルが、暫くしておずおずと口を開く。


「…………ミズ風斬」

「は、はい! なんですか?」


真剣な眼差しで見つめられた風斬の頬が紅潮する。

インデックスがガチガチと歯を鳴らしたが、緊急事態につき最低限のアピールに留まった。

ジェラシーの発露に気付いてはいたが、ステイルはお構いなしで論を進める。


「図々しいお願いだとは思うんだが。
 第一〇学区の墓地で行われている戦闘に、加勢してもらえないか?」

「ステイル!」

「先刻の貴女はそれこそ、天使級の存在感を有していた。貴女の実力ならば」

「ご、ごめんなさい。私も出来るならそうしたいんですけど」


風斬がますます身体を小さくして頭を下げた。

ステイルが怪訝そうな顔で更に追究しようとすると、

今度はインデックスが厳しい目つきで二人の隙間に割って入った。


「りこうの能力で皆を助けるのと引き換えに、ひょうかは辛い目に遭ってるんだよ!
 いくらステイルでもそんな酷い事させるっていうなら」


706 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:32:48.60 yka2i8xk0 1216/2388



「待ってくれ。ミセス浜面の『能力剥奪』はとっくに行使を終了しているはずだ。
 力場の干渉はもう元に戻っているだろう?」

「え? そういえば……でも、駄目です。ほら」


風斬が手近にあった湯呑をとって握り締める。

んぐぐ、と可愛らしい唸り声を上げて、拝むように両手を掲げた。

しかし何も起こらない。


「いや、ほらと言われても。それがどうしたと?」

「いつもならちょっと力を籠めればこのぐらい、粉々なんですけど」


ステイルは英国紳士らしく、『大丈夫かこの子』という面を寸でのところで皮の下に隠した。

考えてもみれば彼女に関して、インデックスからは友人だという以上の情報をまるで得ていない。

AIM拡散力場に関する能力者らしいので、それらしく話を合わせていただけである。

本人が語らない限りは、ずけずけと立ち入って良い事情とは思えなかったからだ。


「………………そ、そうか。それは不思議だね…………………………貴女が」

「いったい何が起きてるんでしょう? ゾンビさんに咬まれた痕がなんだか疼くし……」

「大変! るいこ、救急セット貸して欲しいんだよ!」

「ベ、別に出血とかしてるわけじゃ、ん、あ」

「どうかし、な!?」


突如として蹲った風斬が件の傷痕を起点に強く光を放ち始めた。

ステイルが咄嗟にルーンを翳し、インデックスが心配顔で駆け寄った矢先。




「ん、こ、これってまさか…………ダメ、離れてくださいっ!!!!!!」





707 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:34:15.34 yka2i8xk0 1217/2388


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全ての役者が上がりきり、決戦の舞台と化した学園都市唯一の墓地。

最強の『神の右席』と対峙した垣根帝督は、麦野沈利と並び立って情報を交換していた。


「おでましになるとは思わなかったにゃーん、『ていとうこくん』」

「次にその名前で呼んだらミロのヴィーナスみたいに腕もぎ取るぞコラ!
 俺だってな、テメエをはじめ他の超能力者が何人くたばったって知った事じゃねえんだよ。
 …………ただ、青頭と花頭が、助けに行ってやれってうるせえから」

「おえ、気持ち悪っ」

「それ結構傷付くんだからな! キモイよりグサッとくるんだからな!
 ちゃんと他に理由もあるんだよ、おい魔術師!
 てめえか、ウチの製品をかっぱらって好き勝手やってくれたのは」


崩れた緊張感をニヒルな笑みで必死に繕う。

だが瞳の奥の炎は、激怒という油を注がれて轟と燃え盛っていた。



「こちとら社員の生活背負ってんだ。全くもってふざけたネガキャンしてくれたな、クソが」



垣根帝督の闘う理由は、“そこ”に集約されていると言って過言ではない。


「ああ!? オマエが手を回してたんじゃねえのか第二位ィ!!」

「ありゃ夏の商戦で目玉として売り出す予定だった防弾チョッキだ。
 一か月前に研究施設からサンプルが盗まれたって報告があってよ、
 どこの命知らずな産業スパイかと思ってたら、魔術師とは予想外だったぜ」

「ふざけんな、魔術師野郎にあんな高度な化学処理ができるわけあるか。
 オマエが裏で手を貸したんじゃなきゃ」

「確かにな、それは俺も気になってた所だ。魔術師、てめえ…………いったい何者だ?」


708 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:35:40.92 yka2i8xk0 1218/2388



次第に二人の会話は、敵に向けるより余程熾烈な殺意を帯びていく。

当然だ、と垣根は冷笑した。

一度殺し合った者同士、そう安々と共同戦線など張れるものか。


「その男が何者なのか、興味深い議題だがな。やってる場合ではないぞ、能力者ども」


第三者の冷えた声色。

慣れない新ボディに果てしないムカツキを喚起する類の人種。


「どうした、何故『腕』を振り下ろさない、若造?
 今の漫談の間に叩きこめば、晴れて俺様との一騎討ちだったのにな」


その上矛先は自分を素通りと来ている。

社員に慕われる寛大な会長像を実践しようと常に心がけている垣根とはいえ、

流石に一言物申さねば気が済まなかった。


「てめえこそ誰だよ、あっちの薄汚え野郎の仲間か?」

「貴様らの敵ではない。今はそれで十分だ」


男が二人、同時に鼻を鳴らして二重奏と洒落こむ。

ともあれ必要最低限の情報は取得した。

だが垣根も麦野も味方らしい魔術師も、誰一人攻勢に出ようとしない。


709 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:36:37.94 yka2i8xk0 1219/2388



「第四位」

「序列で呼ぶんじゃないわよ」

「どうしろってんだ…………なあ、お前もなのか?」

「……っ、そうよ。文句ある?」


やはりそうか、垣根は心中で呟いた。

自分と麦野が敵を前にして剣呑なお喋りを中断しないのには共通した理由がある。


(拭えねえ)


イメージが湧く。

直感できてしまう。

あの『腕』に挑みかかった瞬間、前衛的な冷蔵庫ボディに逆戻り。

どころか、今度こそ脳味噌ごと塵になるかもしれない。

ただでさえ急ごしらえのボディと『自分だけの現実』が

上手く噛み合っていないのに加えて、十年前第一位に敗れた時以上の、隔絶した彼我の戦力差。

だが、それでも。


「やるっきゃねえな。こんな貧弱なモヤシに舐められたら、超能力者の名が廃るぜ」

「…………! くっそが、当てつけてんじゃねえぞ!!」


愉快なモニュメントを空に飾って沈黙するのみの相手に、惧れを成して手を拱いている。

自嘲気味に放った現状確認は第四位の心根をも大きく抉ったようだ。


710 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:38:26.15 yka2i8xk0 1220/2388



気位の高い人格破綻者らしく、まずは麦野が先陣を切った。


「おう、やっちまえ。骨が残ってたら屑籠に放りこんどいてやるから安心しな」

「発射角度変えたくなるからやめろぉ!!」


激励と呼ぶには暴力的なエールが、『原子崩し』の出力を上方修正する。

からかい混じりに罵りながら垣根もその実、あらゆる角度から援護できるように翼をはためかせる。


カッ!!!


『右方』へ一直線に射出された光の奔流。

迎撃のために『第三の腕』が――――――動かない。

動いたのは、否、“動かされた”のは。






「んだ、と」






麦野がみっともなく呻いたが、彼女が醜態を晒さなければ垣根がそうしていただろう。

光の軌跡が魔術師の手前で、ものの見事にひん曲がった。

歪曲という言い方は正確ではない。

あれは。

711 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:39:29.38 yka2i8xk0 1221/2388














「反、射?」






微かに肌を濡らす慣れ親しんだ“力”と、脳を焦がすいつかの屈辱。

“正体不明”のエネルギーが、手袋を被せるように『腕』を包みこんでいた。





712 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:40:37.79 yka2i8xk0 1222/2388



白翼が躍り込み、反射された『原子崩し』を麦野に直撃する前に容易く掻き消す。

垣根の脳内で、第一位の憎たらしい顔が像を結んだ。

今の現象は、ベクトル操作――――


(いや、違うな)


沸騰しかけた脳漿を瞬時に冷やして、学園都市第二位の頭脳が超高速演算を開始する。


《進入角に対する反射角は?》

《反射前と反射後の熱量の変化を観測》

《被膜の発生位置、皮膚から五九ミリメートル》


経過報告。

何一つ、十年前の『一方通行』と一致しない。


(ならば、この現象をどう説明する?)


《類似するパターンを検索》

《該当、一件》


結論。



AIMバースト
《幻想猛獣》


713 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:42:18.14 yka2i8xk0 1223/2388



暗部の一員として、学園都市内で発生した事件は概ね把握している垣根である。

木山、とかいう研究者が主犯となったその事件は垣根の印象にも強く残っていた。

なにせ、事件の経緯が経緯である。


(アホくせえ感傷に浸ってる場合か。だが俺の能力は問題なく使用可能だし、
 第一アレにはバカでかい演算機(のうみそ)が――――まさか、あの『腕』か?
 …………わからねえ事ばかりだが、これ以上考えても仕方がねえな)


HOWもWHYも理解不能だが“WHATDUNIT”を解明できたなら他の些末な要素に興味は無い。

詰る所、何万人、何十万人のAIM拡散力場を“束ねた”結果が眼前のコレ。

『右方のフィアンマ』の右肩から顕れている赤い『腕』に凝集する力。

その片鱗は、肉眼でさえ視認可能なまでに膨れ上がってきていた。


「くく」


押し殺した笑いに乗って、抑えがたい衝動が、激情が発露する。

命を二度まで救われておいて礼の一つも述べない第四位が眉を顰める。


「くくくくくっ」


よりにもよってあの男の模倣で自分を仕留めよう、などとは。

矢先、ねじ曲げられた通常物理法則を感知。


714 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:44:21.61 yka2i8xk0 1224/2388




「っはは、ははははは!」


『右方のフィアンマ』が指一本動かさずに、火炎を、電撃を、水流を、爆風を巻き起こした。

                  ケルビム
対する垣根は凄絶に哄笑して、智天使の如く舞い上がってこれを迎え撃つ。

今度ははっきりとわかった。

魔術などという理解不能のオカルトではない。

      かがく
これは、『超能力』だ。







「やってみろやコラ。そんな猿真似のお遊戯じゃあ、俺は絶望させられねえよ」








715 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:47:30.25 yka2i8xk0 1225/2388


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人質をとったのは死者の大群を召喚する為の時間稼ぎだった。

そしてそれすらも、徐に輪郭を変えていく『聖なる右』の発動を隠す目晦ましでしかなかった。

魔術師が抱えていた『右方』の特殊霊装を、遠目に目撃したフィアンマは確信した。

道中で儀式を行わなずにこの霊園まで遥々這いずったのも、

発動までの“一〇分”を一〇〇%、不動で不可侵の領域とする為だったのだろう。

更に『右方』は、未だ切り札を隠し持っている節がある――――――自分と同じように。


「さてどうしたものか、これは」

「ん…………え、と、あなたは?」


冷や汗を垂らしながらフィアンマは、フレメアに掛けられた催眠魔術を解いていた。

目元を幾度も擦って上半身を起こした女性に、悪戯にかかずらっている余裕はない。


「二本の脚で立てるなら、何も聞かずにこの場を離れろ」

「え、え? 麦野、さん?」

「お前が居るとあの女も戦闘に集中できん。下手を打てば死ぬ」

「え…………」


業炎が『未元物質』を透過した太陽光線と激突して鎮火され、

かと思えば次の瞬間には紫電が瞬いて消える。

圧縮された空気とぶつかった白翼が、混入された不可視のベクトルに弾かれる。

垣根の体勢が崩れ――――


716 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:48:42.78 yka2i8xk0 1226/2388



「おらあっ!!」


そこを狙って襲いかかる水塊を、横合いから乱入した『原子崩し』が蒸散せしめた。


「借り一つ、返したわよ」

「ツケはまだまだあるぜ」


世界のまるで違う超能力大戦の間隙を縫って、麦野は果敢に闘っている。

しかし無謀だ、長くは持たないだろう。


「理解できたか? ならさっさと行け」

「わ、わかった! あの、その前に大体少しだけ、麦野さんに伝えたい事が」

「…………手短にしてくれよ」


流れ弾に注意を払いつつフィアンマは顔を背けた。

フレメアはミッドナイトブルーの小洒落た帽子を被り直し、

その下の相貌を憂慮と葛藤の綯い交ぜになった色に塗り替える。


717 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:50:04.91 yka2i8xk0 1227/2388



「ありがとう………………麦野さぁん!!」


辺り一面に漂う血と肉の臭いにそぐわぬ、朗らかな声が響き渡った。

二〇メートル先の戦地で麦野が大きく肩を揺らす。

女は振り返らず、天使と死をパートナーに狂った舞踏に興じ続ける。

その背中に、心臓の揺れと共鳴した、絞り出された叫び。









「お願い、死なないで! 言いたい事が沢山あるから、生きて!!」









瞬間、麦野の戦闘機動が目に見えて鋭く研ぎ澄まされた。

そうしてフレメア=セイヴェルンは涙を浮かべながら、亡き姉フレンダの墓前を後にした。


718 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:51:21.84 yka2i8xk0 1228/2388



「………………いつかの金髪に似てたな、あの女」

「アンタには関係ないわよ」

「余力があるじゃないか、お前達」


フィアンマが加わった戦線は激化の一途を辿る。

『聖なる右』――――もはやそう呼称して良いかも定かではない『腕』が、

一つの生命体のように蠢いては超能力を乱射してくる。


「おっ、と、畜生め! 魔術師には、能力は使えねえんじゃねえのかよ!
 さっき神父とインデックスが言ってたわよね!」


眩く光る空。

降り注ぐ雷撃と粒子砲が相殺する。

麦野の疑問は誰に宛てるともなく発された。


「俺様は科学については碌に知らん。よってわからん。以上」


微動だにしない魔術師本体とは裏腹に活発な『腕』。

人間で言えば中指にあたる部位に焔が灯る。


「『硫黄の雨は大地を焼く』――――俺様の炎も存分に味わっていけ」


フィアンマが呼び起した五〇近い火の矢が一点集中。

二つの猛火が正面衝突して小規模の爆発が無数に発生する。

突き抜けた硫黄の雨粒が『腕』を灰燼に帰そうと迫るが、反射膜に防がれた。


719 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:52:42.09 yka2i8xk0 1229/2388



「コイツ…………能力者に“なった”のか、まさか?
 しっかし魔術まで跳ね返すのかよ、反則だろうがそんなもん。
 クソッたれの第一位にそんな事ができるなんざ初耳だ」


三対の天鱗が垣根の意思のままに荒れ狂った。

回折した殺人光線が四方八方を跳ねて敵を破滅せんとする。

しかし、やはりその全てが美しいまでに整然と来た道を戻った。


「ちっ、反射膜の構成を追い切れねえ!」


垂直に上昇して回避した垣根が何事か吐き捨てる。

優雅に蒼穹を舞う天使を地べたから見上げながら、フィアンマは間合いを離す。

積極的な攻撃は――――――来ない。

思索を巡らせる。


(最初から、この男の取った行動は何もかもがおかしかった)


他の三人の『神の右席』は当初から定められた目標、超能力者狩りを実行していた。

だというのに『右方』はといえば上条当麻への牽制目的で幼子を追い回し、

フィアンマとステイルらに敗れた後は時間稼ぎに終始している。

一切合財が『神の右席』の目的と噛み合わないのだ、それでは。

だがもしも全てが、眼前の悪趣味なオブジェを生み出す為の下地だったとしたら?


「『右方のフィアンマ』、これが貴様の求めたものか?」


今はこの街に居ない『幻想殺し』と何処かに存在する『科学の力場』を手中に収め、

鬱陶しく『座』に干渉を施してきた先代を始末し、

『聖なる右』を彼の理想の形に昇華させようとしているのでは?


720 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:54:47.71 yka2i8xk0 1230/2388



それは当に十年前、フィアンマが三次大戦を引き起こしてまで成し遂げようとした目的だった。

                       まじゅつ        かがく
違いは唯一つ、補強に用いた理論が『禁書目録』なのか『AIM拡散力場』なのか、それだけ。


「科学と魔術の交差。これが貴様の目指すものなんだな」


ならば目的の先にある願いはどうなのか。

やはり、別物なのだろうか?

それとも――――




「邪魔なんだ、境目が」




濁りきった底なし沼から沸いたと錯誤しかねない音吐。

生存が不思議なほどの負傷には違いない。




「全ての、境界線を、消し去ってやる」




生と死の境目を流離う男の台詞ではないな、とフィアンマは笑う。

ぼんやりと、この魔術師が死を賭してでも為したい“何か”が、


「成程。漸く貴様の本音が聞けた気がするよ」


――――“WHYDUNIT”が見えてきた。


721 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:56:32.60 yka2i8xk0 1231/2388



「麦野沈利。それから……『ていとうこくん』だったか」

「か・き・ね・て・い・と・く・だ!! 解った上でやってんだろゴラァ!」

「キンタマ小せえなぁ童貞メルヘン野郎。で、何よ?
 こっちはいつ『腕』がズガン! って来るのか気が気じゃないんだけど」

「その点はひとまず、心配しなくてもいい。
 おそらく、『第三の腕』は時間が来るまでは振り下ろされないだろう」


と言うより、可能ならとうの昔にやっている筈だ。

フィアンマの察する所、魔術師が待っている

“何か”が『腕』の行使によって崩れ去ってしまうのだ。

ならば策は二つ。

一つ、押しに押して『右方のフィアンマ』を追い詰め、『腕』を使わせてしまう。

堅実ではあるが、こちらの手を選べば――――


「誰が童貞だ腐れた膜ブチ抜くぞ売女ァァッ!!!」

「上等だ粗末なブツ綺麗サッパリ去勢して、あ、ゴメーン! 本体は冷蔵庫の方だったわねーん」



(確実に一人は死ぬ、な)


敵が受動気味であるのを良い事に足を止めて、

節約したエネルギーを口に回す超能力者たちを一歩引いて眺める。

嘗ての、十年前の『右方のフィアンマ』ならばどうしただろうか。

本懐を遂げるべく迷いなく屍の山を築いた、あの愚か者ならば。

しかしこの瞬間、此処に立っているのは『ただのフィアンマ』だ。


722 : 神の右席編15 - 2011/08/29 21:57:56.35 yka2i8xk0 1232/2388



ヒートアップの止まらない二人を冷ややかに窘める事すらせず、

フィアンマは勝利への第一歩を火花弾ける熱視線の狭間に割り込ませる。


「お前達。一度でいい、俺様を奴の懐へと飛び込ませろ」

「…………勝算があんのね?」


いち早く反応したのは麦野沈利だ。

目が合う。

互いの瞳の内に『信頼』の二文字は欠片もありはしない。

在るのは経験に裏打ちされた、己の力に対する自恃のみ。


「おいおい『原子崩し』、こんな馬の骨に賭ける気か?」

「言っとくけど命はチップに替えられないわよ。生きて帰るって約束したからね」


『信用』とは即ち、相手をどこまで疑うかだ、と言い換えてもいい。

垣根を半ば無視する形で麦野は、フィアンマの博打に乗った。


「ギャンブルで賭けていいのは自分の命までだ。
 さて垣根帝督、お前はこの尻馬に如何ばかり乗る?」

「………………ま、いいぜ」


フィアンマの顔つきに並々ならぬ自負を見た垣根も、肩を竦めて大張りに乗った。

魔術師一人、そこらにばら撒かれた屍の仲間入りをしようと痛手にもならない、といったところか。


「『壁』の向こう側まで見事、鉄砲玉を配達してやる。帰り道はナビしねえから勝手に死ね」

743 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:18:08.78 xTT7JjrH0 1233/2388



五歩後退したフィアンマの盾となる位置に、第二位と第四位が仁王立ちする。

垣根は前触れも相談も無しに翼を大きく広げて、


「おらよッ!」


ズガガガガアアアアンッ!!!!


「……麦野、三分持たせろ。その間に『逆算』する」


『右方のフィアンマ』に対して数十万に及ぶベクトルを、流星さながらの速度で叩きつけた。

無論『反射』が音も無く働くが、帰還ポイントの解り切ったピッチャー返しなど回避は易い。


「繋ぎだぁ? この麦野様につまんないワンポイントリリーフさせようってワケ?
 …………失敗したら夏季商戦で潰すからね、垣根」

「くく、あのシスターにも出来たんだろうが。だったらこの俺に出来ない道理はねえ」


憤慨は口調に染みさせるに留めた麦野は、フィアンマ同様に下がった垣根に向けてニヤリとした。

良い顔をするじゃないか、と垣根も破顔する。

それ以上の言葉は交わされず、『原子崩し』は敗北必死のマウンドに一人立ち塞がった。

格下の女に守られる屈辱も意外に悪くない、などと考えている自分を垣根は発見した。


(第一位のパチモンごときを破るのに、第四位と協力か。ヤツが聞いたら何て)




『あくせられーたは、そんなあなたを決して哂ったりしない』



                   ブルペン入り
「………………はは。さあて、逆演算開始だ」


744 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:19:23.23 xTT7JjrH0 1234/2388



《『腕』が無意識に受け入れているベクトルを抽出開始》


呆れたことに、というより呆れるほかない、というべきか。

『第三の腕』の反射に関する並列演算処理能力は、

少なくとも垣根の知る時点での本家『一方通行』を数段上回っていた。


《サンプル数――二八四六六三、統計数値は》

(んなことやってる場合か、カットだカット)


だからといって、魔術師が操る超能力が学園都市最強を凌駕する事などあり得るのか。


《処理開始》

(ありねえよ、んな事)


現に麦野は、此方の意図を悟ったらしい魔術師の猛攻を断崖の淵で凌いでいる。

時に地べたを這い、時に長髪を振り乱し、時に敵前で背を見せる。

プライドも糞もあったものではない闘いぶりと泥塗れの容姿は、実に眩しく輝いているではないか。


「どうしたどうしたああっ! “超能力者風情”に手こずってんじゃねえよビチグソ!」


(下品なアマだ、絶対嫁には欲しくねえ)

《15%――――20%――――25%》


垣根は苦笑するが、後ろからも同様の意味を含む声が耳に入ってきて顔を露骨に顰める。


「っ、と」


その時、麦野が雨と血と、死者の執念染み込む大地に足を取られた。


745 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:20:53.83 xTT7JjrH0 1235/2388



『原子崩し』の射出がコンマ五秒遅れる。

大小、寒熱、可視不可視、ありとあらゆる科学の咆哮が麦野に届こうとしている。



『お願い、死なないで!』



不意に垣根の瞼裏に、先刻この場を去った外人女の面と声音がぶつかって消えた。

時が凍る。


《55%――――60%――――6“エラー”》

「上を見ろ、麦」


逆算シークエンス中断。

間に合わない?

いや、間に合わせ





ゾオッ


「『ペクスヂャルヴァの深紅石』――――集中を切るな、垣根帝督」


垣根の頬を、身の毛のよだつエネルギー体が掠めた。

今日の自分は感傷に囚われ過ぎている。

思った時には垣根を除く戦場の全てが元の血腥さを取り戻していた。


「足りねえぞ、それで私を殺せるとでも思ってんのか!!」


746 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:21:58.19 xTT7JjrH0 1236/2388



麦野は何事も無かったかのように蛮声を上げて殺劇を演じている。

被弾した墓石がそこかしこに散らばって、死者の嘆きを立ち昇らせているかのようだ。


「恥じる必要はないぞ。麦野沈利も今でこそあの調子だが、
 つい半刻前までは見るに堪えない醜態だった」

「!! 精神感応系能力っ…………!」

「なに?」


失念していた。

膨らみ続ける『腕』が超能力の塊だと言うのなら、

物理的破壊を伴わない攻撃など幾らでも行使可能である。

隣の魔術師がどこ吹く風、というムカつく面なのが良い証拠だ。


(心理定規がそんな事いってたな、そういや)

《再開。55%――――60%――――65%》


タネさえ割れてしまえば何ほどの事も無い。

垣根が素粒子を捻じ曲げて生み出せる三千世界の中には、

あの悪趣味な心理定規(おんな)専用の法則もある。


《80%――――85%――――90%――――95%》


後は、フィアンマ次第だ。



《100%》




747 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:22:57.28 xTT7JjrH0 1237/2388



「死ぬ準備はいいな」


息も絶え絶えの麦野を襞かげに庇い、プライドをかなぐり捨てた二人の男が並び立った。


「最高のウイニングショットを頼むぞ、クローザー」


ポタリ、赤い魔術師の袖口から紅い小雨が降る。


「口の減らねえボールだ、精々しっかりキャッチャーミットに収まってこいや」


瀕死の共闘者への気遣いを微塵も見せず、垣根が白翼を巨大化させる。

全長、三十メートルには及ぶだろう『未元物質』が、世界の法則を塗り替えていく。

反射の絶峯を突き抜ける『あり得ないベクトル』に、フィアンマ自身が組み込まれ、




「行けっ、魔術師ィ!!!」




奔った。

迎え撃つ『右方のフィアンマ』から、トーチカ数十台分の機銃掃射。

並走する数千の『この世界とは異なる法則』が援護する。


ズギャギャギャギャギャギャギャギャギャンッ!!!!!!!!


「擬音にするとどうなるんだ、これは? 奇怪な歓迎クラッカーだな」

「余裕こいてねえで前見ろタコ!!」

「む」


748 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:25:06.84 xTT7JjrH0 1238/2388



フィアンマの駆ける車線の辿りつく先に、稲妻迸る検問所。

弾丸に何を用いたのかは窺えないが、直撃を喰らっては目も当てられない。

フィアンマは疾走を緩めずに身を低く屈めると、後ろに向けて囁くように唄った。


「任せようか、麦野沈利」


その直後に追走していた麦野が、前方で砲口を構える戦術兵器を認めて獰猛に吠える。


「『超電磁砲』だぁ? 相手にとって不足……するに決まってんだろうが!」



ドオオオオオオオンッ!!!!

カッ!!!



フィアンマの頭上を、『原子崩し』が尾を引きながらスレスレで通過する。

無茶をする野郎だ、と垣根は後方から直掩行動を重ねながら鳥肌を立てた。

閃光と雷光が轟、と音を立てて大気に割れ目を入れる。

夥しい土煙が上がり、フィアンマが激突の衝撃にも躊躇う事なく内部に突入した。

麦野は急ブレーキを踏んでから後方に飛び跳ね、臨界点に達したのか膝を折って呼吸を荒げている。

次に二人の前に魔術師が姿を現すのは、何らかの決着がついてからだ。


「ど…………だ……かき、ね?」


ジェット機のエンジン音より喧しい静寂が、束の間流れた。


「待て…………接触、やりやがった!」


感じた、察知できた。


749 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:26:50.49 xTT7JjrH0 1239/2388













                            ヒュン








                             ドン













750 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:28:40.37 xTT7JjrH0 1240/2388



『存在し得ないベクトル』そのものとなった男が、反射の壁を突き抜け――――?


「…………んだ、今のは」


絶対不可侵の防御壁をフィアンマが通過した、垣根がそう感知したと同時。


「惜しかった――――わけでもないな」


“何か”が、亜音速で、“いまだ『腕』が健在”している方角から、垣根と麦野の中間を、飛び抜けた。


「頼みの綱のロートルなら、俺様に指一本、爪の先端すら触れられずに」


高飛車な声色は、上から能力者たちを小馬鹿にしていた『ただのフィアンマ』のそれではない。


「あのザマだ」


前方から、地の底より生を謳歌するもの全てを祟る声。

『聖なる右』は煌めきを虹色に転じて、視界に入れるのも畏れ多い神々しさを醸し始めていた。

直視しかねた垣根と麦野は、狼のように徐に首だけで振り返る。


「次は貴様らが“ああ”なるんだ、哀れな虫けらども」






毒々しく咲いた赤い大輪が、広い広い花壇の上で生死の何たるかを誇示していた。





751 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:30:28.44 xTT7JjrH0 1241/2388



「がっ」


吹き飛んだ。

麦野沈利が、ボロ雑巾のように宙を舞って、墓石に引っかかって止まった。

攻撃の直前、本能的にだろうか掲げられた片腕が失せている。

断面が鈍く太陽光を照り返した、義手だ。

麦野はどうやらしぶとく生きながらえたようだが、戦線離脱は火を見るより明らかだった。


「それが、能力の『完成』か?」


戦場に独り立つ恐怖などより、純粋な疑問が上回った。


“動いていない”。


垣根は『第三の腕』とやらが振り下ろされる当にその瞬間を、

フィアンマの時も麦野の時もまるで視認できていない。


「貴様ごときが理解する必要は全く、毛の一筋ほどもない。
 鶏を捌くのに斬馬刀を用いてやるんだ、感謝しろ」

「“振らないで”使えるんだな、その腕?」


淡々と、無感動に言葉を垂れ流しては只管に真実を問う垣根。

重苦しく嘲笑って、晴れゆく土埃から姿を見せた『右方のフィアンマ』。

西部劇の銃士よろしく、死地で一対一、誇りを賭けた撃ち合いの末に残った二人の超人。

血しぶきに煙る大気を舞台効果に、魔術師と能力者は決闘の荒野に立ち尽くしていた。


752 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:32:06.62 xTT7JjrH0 1242/2388



「“完成”? “使う”? 貴様に何が解ると言うのだ。
 『腕』はもはや科学や魔術など超越した、遥かな世界に昇った」

「…………そうかい。いよいよ俺一人じゃ限界らしいな」


しかし、ガンマンの片割れが突如銃口を下ろしてしまう。

男の美学など持ち合わせない魔術師は、鷹揚に頷いて死を宣告した。


「潔し。喜べ、贄として捧げられる至運を」

「ダアホ」

「…………なに?」


勝利演説を口汚く妨害されて、『右方のフィアンマ』の貌が酷く歪む。

対照的に、垣根帝督は笑いながら雄々しく哮った。

下げられた筈の銃は、容赦なく敵手の命を奪おうと魔弾の籠った口を開けていた。


「誰が諦めたなんて言った?」


垣根帝督の後ろには、指先をすり抜けて消えた一万の命がある。

そして前には、まとめて面倒を見ると己が内で定めてしまった六千の命があるのだ。

超能力者、『未元物質』としての名など惜しがっている場合ではない。

仮に勝ち目がゼロだったところで、不退転の決意は微動だにしないだろう。

ましてや――――



「その通りだ、勝手に終わらせないでくれよ」



勝算は、ゼロなどではないのだから。




753 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:34:19.33 xTT7JjrH0 1243/2388


---------------------------------------------------------------------


「使用枚数はマックス、五〇万枚」


湿度が急激に低下した、そう『右方のフィアンマ』は敏感に察した。

粘った水気さえ帯び始めていた濁った風が、腐った土が、原初の炎によって浄化されていく。

これほどの炎の使い手など『フィアンマ』が肉塊と成り果てた今、学園都市には一人しか残っていない。


「『魔女狩りの王』、意味は『必ず殺す』だ。覚えなくとも構わないよ」


垣根の存在など無かったかのように、無防備に背を向けて反転した視界の遼遠。

ステイル=マグヌス。

魔力尽き果てた筈の男が、一衣帯水、寄り添う銀髪碧眼の修道女に支えられて其処に居た。

大地が融け、大気が焼け、空の大海に黒と白の斑模様を克明に描き出す。

蒼に滲む黒煙の源は、重油の塊を連想させる焔の魔人。

凡俗の魔術師が千人束になろうと及ばないであろう、世界法則を歪めかねない強大無比な煉炎。


「ゴミが、何をしにきた?」

「名乗ってないから仕方がないがね、少し礼を失してやいないかい君。
 見た目の感じじゃ僕の方が年上だと思うよ、後輩魔術師クン」

「――――――――さっさと死ね」


だが、不毛。

射殺すように眼光を投げる、ただそれだけで偉大なる熱壁、『魔女狩りの王』は呆気なく四散した。

一瞬開けた射線の先に在る魔術師の、シスターの闘志は萎えていない。

間髪いれずに魔人がリブートして、獣さながらに敵対者を蒸発させかねない怪腕を振るう。


754 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:38:01.61 xTT7JjrH0 1244/2388



「無駄だ、『禁書目録』。貴様らの行為などもはや何事でもない。
 貴様に科学と魔術を越えた、この『腕』の解析など不可能だと知れ」


“何もしない”。

その行動とも呼べぬ行動唯一つで、ステイルの奥義は虚しく破れては出力を降下させていく。

『腕』の余りの威力に、術式本体から逆走した破壊が都市中に散らばったカードまで届いた。

イノケンティウスは徐々に徐々に命の素であるルーンを削られていくが、

主らの守護という至上目的だけは違えまいと立ち往生する。

意外な相性の良さが、『魔女狩りの王』と『腕』の間に成り立っていた。


「そうかな? 私は諦めないよ。1%でも希望があるなら、私は祈る」

「無力なる塵芥の祈りが、なんだと言うのだ? 見よ」


背後から鋭い殺気を伴って、『未元物質』の巻き起こした烈風が迫る。

見る必要性すら『右方』は感じなかった。

“振り下ろされない”『腕』が弱者の足掻きを無に帰す。

隙をついたつもりなのだろうか、『魔女狩りの王』が熱波を振り撒いて挟撃を仕掛けるが、


「余裕でございって面しやがって。死にくされや、胸糞ワリィ」

「どうも威力が使用枚数に見合わないね。厄介だな、『虚数学区』ってのは」


魔人の突撃は完全に、一分の曇りも無く、容易く弾かれた。

教皇級の『魔術』ですら、最高峰の『超能力』ですら、もはや今の己に通じはしない。

圧倒、完全、絶対、最強、無敵。



しかしそんな世俗的な付加価値など、男の求める世界ではない。




755 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:42:30.10 xTT7JjrH0 1245/2388




「物思いに耽ってる暇なんてないわよ、あなたの相手は学園都市オールスターなんだから」



今度は別の女の芝居がかった声。

同時に異様な量の白煙が朦々と立ち込めて、墓地をあっという間にホワイトアウトさせた。

己を取り囲みつつあった下衆どもは愚か、直近の自分の肉体さえ朧に映る。


「どう? 煙幕弾って単純なだけにどうしようも」


テレポーター、『座標移動』。

ロンドンからの邪魔者を戦場に招き入れたのもこの女の仕業らしい。

手品の出来栄えに得意になったマジシャンの鼻を明かすべく、『右方』は“何もしない”。

雲散霧消、消えていた赤毛の超能力者が顔を引き攣らせて慌ただしくテレポートした。



ガアアアンッ!!



「昔殺しかけた女に泣きつかれたと思ったら、これかよ」



まだ居るのか。

無色透明の長柄物を打ち払って、『右方のフィアンマ』はうんざりした。

節操無く群がってくる蟻がこれほどまでに煩わしいとは思わなかった。

更にもう一人、記憶に新しい姿が満身創痍で呻く『原子崩し』の側にしゃがみ込んでいる。


「麦野さん、じっとしてて」

「なん、で、戻ってきた、フレメア! 黒夜、アンタまで」

「うっせェ!!!」


黒夜海鳥。

      ボンバーランス
レベル4、『窒素爆槍』にして男が事の手始めに一蹴した能力者、絹旗最愛の戸籍上の妹である。


756 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:44:13.03 xTT7JjrH0 1246/2388



「私のはらわたが煮えくり返ってンのがそこからじゃ見えねェのか?
 浜面も理后さンもあンたも、私と最愛を除け者にして、勝手に死にかけて。
 私はいい、でも最愛はな、そのせいでくたばるところだったンだぞ!
 嫁にいけねえ身体になあ、半歩間違ったらなってたンだぞ!!」


家族を傷つけられた痛み、仲間に頼りにされなかった疎外感。

麦野を黙らせた獅子吼そのままに、怒りに任せて掃射される『第一位の攻撃性』。


「下らん」


魔術師にとっては何もかもが取るに足らない瑣事だ。

『窒素爆槍』は他でもない『一方通行』によって弾き返され、行使者自身を襲う。

見えない獲物がどう防がれたか解せない黒夜は違和感を感じつつも動けない。

彼女が自らの能力に踏み潰されて泉下の住人の仲間入りを果たす目前――――



ブオオオオオオオオオオオオンッッッッ!!!!!!!



「お前らには掴み損ねた青春を謳歌して欲しかったんだけどな。
 こうなった以上は俺らの責任だ、ごめんな」



蒸気の排出される爆発音と共に、四度目の乱入者。

微かに残された煙幕を吹き飛ばす暴風、跳ねあげられる大量の泥土。

漆黒のアイアンホースが、棒立ちの黒夜の身体を攫って駈け抜けた。

抱えられたズタ袋が年齢の割には小さな肢体を暴れさせる。


「懐かしいだろー、黒夜? ドラゴンライダーの後継機、HsSSV-09こと『バハムートラグーン』だ!」

「サラマンダーよりはやーい、って何言わせンだおら! 下ろせェ!!」


757 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:45:31.56 xTT7JjrH0 1247/2388



「浜面、アンタまで」

「ちなみに理后は病院で絹旗の側に付いてるぜ。…………なあ麦野。
 勝って皆で、『アイテム』全員でフレンダの墓参りするんだ、そうだろ?」

「ったく、後でてめェら私と最愛にも土下座すンだぞ!」

「…………バッカだねぇアンタら、揃いも揃って」

「ハハッ、残念ながら社長に似ちまって、な。もう一人、訪ねる相手も居る事だし」


浜面仕上がフレメアと目を一瞬合わせてから、白い歯を見せた。

麦野沈利が瞑目し、からりとした溜め息をマーブルがかった青空に逃がす。

その表情を垣間見てしまった『右方』は、思わず奥歯をギリと噛みしめた。


「日本の羽虫どもは殊勝だな。そちらから死に場所を求めて遥々やって来るのだから」


限度を知らぬ度重なる邪魔立てに、苛立ちを通り越して感動すらこみ上げてくる。

右方には科学に与した魔術師と『禁書目録』。

その背後に死にかけの『原子崩し』と、虫けらの中でも飛びぬけて無力なシビリアン。

左方に位置するはモンスターバイクに跨る脳味噌の軽そうな男と、担がれてがなる女。

後ろで密かに様子を窺っているらしい『座標移動』を頭数に入れる事も忘れない。


「この状況でまだイキがってられるとは大した肝だぜ、魔術師野郎」


そして真正面に陣取ったのは第二位、垣根帝督。

『右方』が“何もせず”とも矮小な命を摘みとれる事実を、この男こそ未だ理解してないらしい。


「……………………もういい、沢山だ」


758 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:46:45.93 xTT7JjrH0 1248/2388



多勢を如何に揃えた所で無駄だと言うのに。

塵が積もった所で、しょせん本物の大山の前では吹けば飛ぶ虚構に過ぎない。

一思いに、カスどもを纏めて神の御許へ旅立たせてやろう。

決断し、『腕』を――――




「…………?」




虚脱感。

“動かさない”のではない、“動かない”。


「こ、これは…………」


薄まった。

その表現が最も適切だろう。

『腕』から供給される、『Equ.DarkMatter』は勿論、『一方通行』さえ超克した絶対守護領域が。

科学と言う名の絵の具が、抜けていく、色褪せていく。

何が起こっているというのか。


「知らない筈は無いだろう、こんなに科学に詳しくていらっしゃるんだからね」


『魔女狩りの王』でフレメア達を守護しつつ、ステイルがインデックスを伴ってにじり寄る。

何故だ、この男もまた、死を恐れていないのか。


759 : 神の右席編16 - 2011/09/04 22:48:08.32 xTT7JjrH0 1249/2388









             ゴールキーパー
「この街には――――『守護神』って名前の神様がいるのさ」










762 : >>1 ◆weh0ormOQI - 2011/09/05 21:22:41.81 mjk+E3/d0 1250/2388



「大丈夫ですか? …………ええっと」

「風斬さんだよ、初春」

「わ、わかってますよ! 別に名前忘れてたとかじゃないんですよ佐天さん!」

「ほら初春さん、集中して! もうちょっとですからね、風斬さん」

「は、はあ…………ご迷惑おかけします」

「御自分が療養中の身だと言うのに、わたくしを足代わりに使ってまで人助けとは。
 いやはやまったく、お姉さまらしいお話ですの」


第一〇学区、警備員第二二活動支部――――その跡地。

十年前のあの日の再現、『0930』のリバイバル上映の為に“とあるシステム”が起動したこの場所で、

戦地の友人たちを援護すべく四人の女性が耀く大樹を取り囲んでいた。


「バグデータ削除、AからEサット領域にかけて進行中……初春さん、そっちはどう?」


光の大樹――――風斬氷華の体中に刻まれた痛々しい傷口に触れながら、

『電撃使い』上条美琴が魔術師の謀略によって流し込まれたウイルスコードと格闘していた。

右手で風斬の身体を構成するAIM拡散力場のソースコードを走査しながら、

左に握った端末で“もう一人のハッカー”と情報共有を行う。


「うわぁ…………高位能力の演算時ディレクトリってこんな風になってるんですねぇ……」


彼女こそが知る人ぞ知る科学の街の『守護神』、初春飾利。

無駄口を叩きながら美琴に提示された端末を覗きこみ、

凄まじい速度で某林檎社製ブックをベースにした自作マシンを、手足のように操っていく。

垣根を送り出してのち居ても経ってもられなくなった彼女に、


『第一〇学区に行ってみたら? そこでなら初春さんの能力が生かせるかもしれないわ』


それとなく助言をくれたのは上司であり…………いや、上司である『心理定規』だった。


763 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:23:44.12 mjk+E3/d0 1251/2388



『…………社長はどうするんですか?』

『待つわ。私にできる事は、少なくともこのビルの外には無さそうだから。
 ………………正直に言うと、あなたがちょっとだけ羨ましいかな』


本社ビルを解放して逃げ惑う民衆の避難所とした『心理定規』は、

青髪ピアスを従えて統括理事会との連携の下、忙しなく動き回っている筈だ。

彼女も己の能力を駆使して、適材適所、難民の心労を和らげるのに一役買っている。


「いいですこと、お姉様! 事が済んだらすぐに病院に戻って頂きますの!」


初春が女同士の何とも言えずほろ苦い対話を回想していると、キンキン声が響いた。

二十三という年齢の割には、多分に場末の酒場ママ的要素を内包した叫び。


「えー。あの女王サマと病室一緒なんて、アンタが私の立場でも御免でしょ? 
 大した怪我じゃないし真理ちゃんだけ連れて帰させてよ、ねえ黒子ぉ」

「な・り・ま・せ・ん! 上条さんに言いつけますわよ!!」


美琴にお説教を垂れている声の主は初春の十年来の戦友、白井黒子だ。

今でこそ民間企業と公務員で進む道を違えたが、共に胸に誓った正義の志は健在だった。


「まあまあ。だったら白井さんが食蜂さんと一緒の病室になって
 くんずほぐれつすれば万事解決じゃないですかね」

「おお、流石は初春! 美琴さんが助かって第五位さんも満足、
 ちょっと御無沙汰してる入院患者さん達にもいいネタの提供に」

「下ネタはやめてくださいな! お姉様からもこの淑女らしからぬお嬢さん方に何か一言」

「美琴さん全然聞いてませんよ、具体的には『な・り・ま・せ・ん』の辺りから」

「んきーーーーっっ!!!」


764 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:24:46.33 mjk+E3/d0 1252/2388



正義を為すべく奔走した日々(笑)をしみじみ思い出しつつ懐かしいやり取りに興じる。

すると横合いの強烈な発光源からこの上無く申し訳なさそうな腰の低い声。


「あ、あの…………ごめんなさい、私なんかを助けるために、そんな…………」


都市伝説『虚数学区・五行機関』の正体にしてイギリス清教最大主教の親友、

風斬氷華が意に反して身動きの取れない体で、それでもしとしとと濡れた瞳を向けてきた。


「あなたが逃げて、って言わなかったら全員このガレキの山みたいになってたんですよ?
 風斬さんは十分私たちを助けてくれたじゃないですか。今度はこっちの番です!」


肉体、精神の両面から憔悴する彼女を励ましたのは、こちらも初春の十年来の親友、佐天涙子。

防護服を装着して周囲を警戒する佐天は、能力者としては確かに『無』という冠を戴いている。

しかし初春たちが彼女の数字に表れない強さに救われた経験は、一再に留まらない。

今だってその何気ない一言が、己の力を悪用されて自責する風斬の支えになっている筈だ。


「インデックスとステイルは、もう行っちゃったのね」


その佐天に対して、作業に没頭していると思われた美琴が目を細めて語りかけた。

話の中身は、初春も一か月前に出会っている十字教からの客人についてらしい。


「直前まで『君は行くな』だの『私が行く』だので喧嘩してましたけど。
 最終的にはお互いにお互いを護ればいい、でケリついたみたいでしたよ」

「そう…………ねえ、佐天さん」

「はい?」

「本当にありがとう」


765 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:26:46.63 mjk+E3/d0 1253/2388



と思うと突然、画面に映し出される処理スピードが緩んだ。

考えてみれば美琴は、この場に到着して以来どこか佐天にぎこちなく接していた。

風斬や白井と一寸顔を見合わせた初春は示し合わせたように息を殺す。

瓦礫集積場と化してしまった元支部に落としていた視線を上げた美琴は、

あくまでバグ排除へは手を抜かずに佐天へ涙交じりの感謝を告げた。


「ありがとう、真理を護ってくれて、ありが、とう」

「み、美琴さん?」


上条夫妻が紡いだ絆の結晶である上条真理は、白井が鉄装と連れだって“あの”病院へ移送した。

外傷は一切ないが、今ごろは美琴の頼れる妹達によっていのち溢れる笑顔をも取り戻しているだろう。

だからと言って、止めどない感謝と後悔が美琴の胸中から涸れる事は無い。


「あなたが、真理を助けるために頑張ってくれたのに、私は目の前の敵を倒す事ばかり考えて。
 あの子の身に危機が迫ってる可能性を、頭から追い払ってた! こんなんじゃ私、母親しっか」

「ストップ! 今回の事は、不可抗力以外の何物でもないですよ。
 まこちゃんの件も勿論、私の事だって謝ってもらう必要なんてないです。
 美琴さんにお礼言われるぐらいに成長できたのかな、って今後の自信にも繋がりますし!」


向日葵の大輪が、初夏の強い日差しに向かって溌溂と咲き誇った。

自分達が少女だった夏はもう遠いが、彼女の笑顔だけは変わらないな、と初春は思った。

美琴も同じ感慨を抱いたのだろうか、クスリと泣き笑いで応える。


「………………ああもう、みっともないなあ、年上なのに。
 これだからインデックスに妹扱いされるのかしら…………」

「ほうほう、興味深い話ですねえ、美琴さんがインデックスの妹とな」

「あっ、いや、その! 今のナシ!! 忘れてちょうだい!」


766 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:27:57.07 mjk+E3/d0 1254/2388



「『みことがお姉ちゃんって呼んでくれた』って、この間インデックスが喜んでましたよ」

「風斬さんんんん!!!?」

「お姉様のお姉様!? そんなお姉様属性の持ち主だったとは……侮ってましたの!」

「アンタが乗っかって来ると話がややこしくなんのよ! 帰れ!」

「ネットでも絶賛話題沸騰中ですよ!
 『学園都市の某第三位とイギリス清教の美人最大主教、禁断の姉妹愛!?』
 みたいな感じで。ま、私が仕事中に書き込んだんですけどねー」

「!?」

「流石は初春、やはり天才か…………ちゃんとパンツ穿いてるかい?」

「穿いてますよ佐天さん。そろそろセクハラで訴えていいですよね?」 

「え」

「友情って素晴らしいとつくづく痛感するわコンニャロー!!」


微笑ましい先輩後輩の会話をBGMに手を休める事なくプロセスは進み――――


「えへへ、一度言ってみたかったんですよね」


初春ははにかみながら、青春時代の大半を共に過ごした仲間たちに胸を張った。

白井が、佐天が、美琴が、破顔して頷きを返してくれた。

軽快にボード上を踊り回っていた指が、最後にエンターキーを弾くように叩いた。


「逆算、終わります」


767 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:29:50.94 mjk+E3/d0 1255/2388


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科学と魔術は、果たして相容れるのか。



思い起こせばそれは三月の『ロンドン事変』からこっち、

粘度の高い蜘蛛の糸のように自分達に絡みついていたキーワードであった。


(彼ら『第三世界』が敗れたのは、土御門が皮肉った通り……まさしく『半端者』だったからだ)


ゼンマイの切れたブリキ細工が動作を停止していると言うのに、

攻撃を仕掛けるでもなくステイルは思索を巡らせていた。

『右方のフィアンマ』の真の目的――超能力者狩りという

尤もらしい名分に隠された、その裏側について。


(『半端者』は、科学を取り入れたとは名ばかり。
 三流魔術師に毛が生えた程度のテロリスト止まり…………しかし、この男は)


『虚数学区』を掌握するべく、風斬氷華を探し出す為の壮大なオリジナル術式を練り上げた。

手に入れたAIM拡散力場から、膨大な科学知識を引き出して自らの『腕』と融合させた。

聞くところによれば、『虚数学区』の完成には『幻想殺し』が不可欠だと言う未確定情報もある。

遠くアメリカの地を踏んでいる上条当麻を、娘を餌に誘き出す算段だったのか。


(全てが、あの『腕』を昇華させる材料だった)


全ての線が、一か所に集約して一つの複雑怪奇な幾何学模様を生み出した。

そこまでは理解が追いついた。

しかし。


(――――どうやって?)


768 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:31:17.71 mjk+E3/d0 1256/2388



“HOWDUNIT”。

ステイルが理解しかねるのはその点に尽きる。

どのような帆布に如何様な画材を重ねれば、魔術と科学が混合した絵画など描けるのか。


(魔術師、能力者…………待てよ、土御門は確か)


土御門元春は元来、日本の陰陽道の名門の出である。

その稀代の天才陰陽博士は、学園都市へ潜り込む際に能力開発を受けた結果として、

辛うじて薬の一滴に足る程度の“能力”と引き換えに甚大なリスクを被る事となった。

だが彼が負ったハンデはあくまで、“能力者”として“魔術”を行使した場合に限定される。


(ならば、逆は)


“魔術師”が“能力”を行使するケースでは何ら問題が無い。

土御門の『肉体再生』とは次元が違い過ぎるため即座に考えが及ばなかったが、

目の前の『腕』が振るう超能力の暴虐とて問題の性質は同等、かつ平等だ。


(いや、大体にして前提条件からどうなんだ?)


何故“能力者”には“魔術”が使えないのか。

宗教防壁なくして魔術知識と言う名の毒には抗えないから?

脳回路を開発された結果としての、拒絶反応?

通り一遍の知見ならステイルも有している。

しかしそれは、“誰か”が意図的に設計した、恣意的な理論ではないのか。


(“能力”という異能のフレームワークを定めて、科学と魔術を切り離したのは――――)



769 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:33:02.40 mjk+E3/d0 1257/2388



「だんまり決め込んでねえで、なんとか言いな。殺すにしても悲鳴が上がらなきゃ興醒めだぜ」


ステイルの止め処ない思案を中断したのは、並んで『右方』の正面で対峙した垣根だった。

威勢の良い言葉と裏腹の慎重な姿勢は、体表面を圧迫してくる危機感と無関係ではないだろう。

勝利した、と確信しきれないままに初春たちの援護射撃の成果を見届けようと、

ステイルも長身を垣根の隣に滑り込ませて問答を行う。

『腕』は本来の紅い輝きを放つ事で、“ただの”『聖なる右』に回帰した事実を知らしめていた。


「虎の子だった『虚数学区』は、この街の『守護神』が解放した。
 君の目的が何かは知らないが、既に失われた手段に固執してどうなる?
 投降しろ、命だけは僕と最大主教の名に賭けて保証しよう」

「なにヌルくせえ事ぬかしてやがる。この場で八つ裂き、それで終いだろうが」

「ていとく、お願い。一度だけでいいからチャンスをちょうだい?」

「……………………ちっ」


インデックスの上目遣いに、ここ数年で角が温泉豆腐なみにとれた垣根が折れた。

半歩下がって、踏み出したステイルとインデックスを顎で促す。

結標が、浜面が、黒夜が、フレメアが、麦野が、固唾を飲んで最後の和平交渉を見守った。

戦闘が始まってから何度目だろうか、俯いて表情を隠す魔術師に二人が迫る。

口を開いて厳粛な勧告文を叩きつけたのはインデックスだった。

死者の楽園が、俄かに裁きの庭と化した事をその場の誰もが実感した。


「『右方のフィアンマ』、イギリス清教最大主教として警告します。
 ただちに矛を収めてのち、当教会に身柄を預けなさい。さすれば」



ドクン



「無用。つまらんお喋りに時間を浪費したな」


770 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:34:30.12 mjk+E3/d0 1258/2388



「地獄に落ちろ――――いや、この手で落としてやる」



清廉な声を遮る低い嘲りが聞こえた瞬間、最初に動いたのは結標だった。

フレメアらの近くまで密かに移動していた彼女がテレポートを発動して二人を逃がそうとする。

僅かに遅れて、浜面が“とある方向”に機首を向けてアクセルを思い切り回した。

垣根が間髪入れずに巨大な白翼を展開して殺気を放つ。

最後は互いに互いを庇って縺れ合ったステイルとインデックス。


「着想は悪くなかったがな、今度こそこの言葉を贈ろう」


そんな下々の懸命の抵抗は、いとも容易く『神の如き者』が引き裂く。


「惜しかったな」



ドクン ドクン



「貴様らはこの『腕』を、俺様を、何も理解してなどいない」


天を突く塔のような五指が燦然と輝く七色の脈動を打った。



ドクン ドクン ドクン



巨人の『腕』が蠢いて、逃げ惑う小人を喰らい尽そうと――――“振り下ろされた”


771 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:36:17.47 mjk+E3/d0 1259/2388











   A T T W N
「『そして誰もいなくなった』」










そして世界が姿を変え










772 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:37:36.78 mjk+E3/d0 1260/2388


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終わった。

数多の障害を乗り越える必要はあったが、遂に成し遂げた。

寧ろ、不滅の偉業を歴史に刻むならば試練は付き物だ、という考え方もできる。

聖書の文脈に入り込んだような高揚感を覚えて、『右方のフィアンマ』は軽く絶頂に達した。

『腕』の役目は攻撃などではない。


「これで、これでいい」


変革である。

能力者どもは『虚数学区』さえ剥ぎ取れば『腕』を崩せると踏んだらしいが、

あんなものは一時的に己と“科学”を、“超能力”を繋いだ仮初の砂橋に過ぎない。

AIM拡散力場を探知するほどの術式を創造して尚辿りつけなかった“科学”の深奥を、

ほんの一時垣間見ることが可能になればそれで良かった。

ヒューズ=カザキリを不死者に襲わせて強引に結んだラインを、

すんなりと切断された事には確かに驚かされた。

しかし『右方』が求めたのは無尽蔵に湧き上がる科学のエナジーではなく、あくまで知識なのだ。

いわば、辞書。

翻訳困難な言語解読を的確に補助する、外注のソフト。

顔を突き合わせていた作業の供を突如として取り上げられてしまったならばどうすれば良いか。


「ふ、はは」


単純明快だ、思い出してしまえば良い。


773 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:39:08.18 mjk+E3/d0 1261/2388



チラと流し読みしただけの辞書を脳裏に再現して『腕』を再構築するのは容易ではなかった。

時間にして一分は掛かった筈である。

『禁書目録』が降伏を促していなければ、敗者は自分だったかもしれない。

敵によってかけられた情けが決定的な勝因に結び付いた事は忸怩たる思いである。

だが勝利に至るまでの過程に焦がれていて、この先の覇道は歩めない。


「此処まで、来たんだ」


残るピースは『幻想殺し』のみとなったが、愚劣な先達の二の轍は踏むまい。

自分は、あの右腕の、いや上条当麻の本質に到達――否、“教示”されている。

変えて見せる。

己が手で、世界から『線』を消し去ってやる。

あんなものがあるから世界は変われないのだ。

手始めに、巨大な『円線』に囲まれて“科学”と銘打たれた、この学園都市を変革する。

橋頭保は既に、この墓地に集った能力者たちの骨肉で築かれている。

彼らは『腕』の一振りで飛び越えたのだ。


「俺は、壊してやった」


生と死の、狭間に介在する境界『線』を。


774 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:40:20.67 mjk+E3/d0 1262/2388









「だというのに」


筈だった。


「なぜ」


疎らに散って臥す死体たち――――本当に、死んでいるのか?――――の遥か後方。

巨大なマシンに跨った無能力者が死に物狂いで目指した方向。

浜面、というらしい男が派手に全壊したバイクと並ぶように転がる、その後ろ。

とうに意識の外に追いやった敗者の肉体が目に痛い血華を咲かせていた地点。


「なぜ、なぜだ」


微かに傾いてきた太陽を背負う影一つ。





「なぜ貴様が立ち上がっている、『フィアンマ』ぁぁっ!!!!」






775 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:41:43.55 mjk+E3/d0 1263/2388



「悪いね、時間稼ぎは十八番なんだよ」


横合いから、修道服を身の内に閉じ込めた神父の声――――生きている。


「ちょっと遅かったかもだね、ヒーロー?」


生きている、生きている?

考えれば、無能力者のマシンが破壊されている時点でおかしい。

自分の追求した『腕』の能力ではあんな結果は起こり得ない。

まるで、“ただの”『聖なる右』に薙ぎ払われたかのようではないか。



「境界線を消す。それが、お前の求めていた『腕』の本質らしいな」



見抜かれていた。

歯を砕かんばかりに強く強く噛みしめて沸き立つ屈辱を堪える。








だが。


「それが、どうした?」


この男は、どうやら自分を“理解”してしまっているようだ。

だが、それがどうしたというのだ?

死にかけの魔術師が一人、不屈の精神で立ち向かってきたから、いったい何になる?


776 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:43:09.45 mjk+E3/d0 1264/2388



『腕』を“振る”。




「俺様と貴様の間にある、『敵味方』の境界を消した」




『腕』はどんな能力だろうと、パワーだろうと破れない。

文字通り、『敵』など地球上のどこにもいないのだ。

『ただのフィアンマ』はもはや、自分に敵意すら抱く事ができな――――


「そんな事は知っている。俺はもう、お前を倒す必要“は”ない」

「――――なに?」

「お前の『腕』は、なかなかに無敵だ。それは認めてやる。だがな、もうそんな事は関係が無い」

「なにを、なにをなにをなにを!!」


本当は、解っていた。

『ただのフィアンマ』が自分を理解しているように自分もたった今、この男を理解してしまった。

震えるほどに情動を突き動かすのは、能力の正体を悟られた故の絶望ではない。

“座を通して”流れ込んでくる、憐れみの情。


「能力者たちの足掻きは単なる時間稼ぎ兼、目晦まし。本命は此方――――」


止めろ。


「ほらね、祈りは届いた」


そんな目で見るな。


「これで、僕らの勝ちだ」


777 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:44:24.07 mjk+E3/d0 1265/2388



だが、如何に殺意を籠めて睨み返そうと彼らの意志は揺るがない。

初めからそうだった。

己よりも弱い誰かを守るため――――その姿勢は一貫していた。

そんな下らない、安っぽい、子供じみた正義を為すヒーロー相手だから、

悪役の自分は敗れるさだめだとでも言うのか?


「待たせたな、ジャスト“一〇分”だ」


その手に、天使を模ったローマ正教秘蔵の霊装。

『ただのフィアンマ』が天を仰いでふてぶてしく唄うと。











――――同時にその右肩から、三本目の『腕』が顕れた。












778 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:45:49.96 mjk+E3/d0 1266/2388



「お前の欲しかったものは、喩え俺を殺したところでもう手に入らない」


ピシリ、と肩の上から罅割れの様な音が走った。

きわどいバランスを保持し続けていた『腕』の、

土台に注がれる天上の力が半ば以上失われていた。

『フィアンマ』の手に握られている儀式霊装――名を『カシノ山の燃剣』。

三年前、聖ピエトロの地下聖堂で手に入れた、『神上』へと至る道。

あれがあの男の手に渡るチャンスがあったとすれば、ただの一度きりだ。




『お前達。一度でいい、俺様を奴の懐へと飛び込ませろ』




「消したかった『線』は、消えはしない」


思考の先で導き出された答えが、どうでも良いものに思えてならなかった。

圧し掛かるように、諭すように、囁くような『フィアンマ』の声が脳髄まで響く。

二人が接続している『右方』の席を通して、互いの願いが、過去が交差する。

惨めな失敗者。

『右方』は最後に立ちはだかった前任者に対して、それ以上の感慨を抱いた事は無かった。


「お前に世界は変えられない」

「よせ」


それだけは認められない。

盗人の真似事までして、稚い娘と無能力者を執拗に追い回して、人質まで取った。

全部が全部、己の自尊心を著しく捻じ曲げる愚行だとは理解していた。

それでも、果たしたい願いが、夢があったからここまで闘えたというのに。


779 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:47:21.95 mjk+E3/d0 1267/2388



「俺は、常に大局を見据えて動いた、その筈だ。
 それに対して貴様らが犯したミスを数え連ねてやろうか?
 根底にあるのは大事の前では疎かになって然るべき小事――――ちっぽけな命だ!
 何回、俺を殺すチャンスをみすみすふいにしたと思っている?
 貴様らは眼前の石ころに拘るばかりで至上目的を幾度となく違えている」


『腕』を維持する魔力以外の何かが、プツリと切れた気がした。


「……………なのに、どうして! どうして貴様らが勝者になどなっているッ!?」


右方に顕現する『聖なる右』がゆっくりと、音も無く輪郭を失っていく。

たった一度の行使にも、能力者たちの前で無防備を晒さなければならないほどの、

極めて慎重な地脈や天球配置との関係性を箍めるバランス計算を要したのだ。

基層部分を構成する『第三の腕』は『虚数学区』から修得した科学知識とは違い、

必要不可欠なエッセンス――――いわばソフトに対するハードだ。

マシンに200%のスペックを発揮させる為には尋常でない量の電力が欠かせない。

そのエネルギーを横から掠め取られる危険性があったが故に、この先達は殺しておかねばならなかった。

だからこそ確りと、念入りに、懐に飛び込んでくるのを待って至近距離で、『振らない腕』を浴びせた。


「何故、貴様は生きている!?」


解せないのはそこだった。

万が一『腕』の威力を僅かでも減衰させられる防御術式を『フィアンマ』が開発していたとして、

それほど強靭な魔術の発動を自分が察知できないわけがないのだ。

しかしあの男は、生きながらえて儀式を成功させてしまった。

一度目の対峙とはまるで性質が異なる。

『フィアンマ』は、正規の手順を踏んで、『右方』の座をとうとう完全奪取したのである。

780 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:49:00.39 mjk+E3/d0 1268/2388



「ふむ…………長々とした説法を説くのは嫌いではないが。一言だけ贈らせてもらおう」


疑念には答えず『フィアンマ』は一歩、半死半生の躰で大地に跡を刻んだ。


「ちっぽけだからこそ、守るんだ」


消えゆく『腕』を振っての最後の一撃は、呆気なく『腕』に掻き消される。

必然だ、自分はもはや『神の右席』を追い落とされたのだから。


「まあこれは、俺様とてこの十年でようやく学んだ事なんだがな。
 勝ち負けなど勝手に拘っていろ。そんな事は別の誰かが決めてくれる」


脇腹から、ドロドロとした醜い赤が噴き出す。


「変わらない世界があれば、変われない人間もいる。それは間違いない」


『聖なる右』は『神の右席』が誇る特殊な“魔術”だ。

『右方』が求めた、“科学でも魔術でもない”『腕』とは違う。


「だがな。誰か一人でも人間が変われば、それは世界が変わったという事と同義だ」


『虚数学区』から引き出した知識で、脳回路の開発を終えてしまった今の自分には致命傷となる。

仮にこれから『フィアンマ』を破って儀式霊装を奪取しても、もはや儀式(まじゅつ)は行えない。


「身体一つ、知識一つ、願い一つ。それだけで世界は変えられると、お前はまだ知らない」


頭の片隅で廻っていたのはそのような理論ではなかった。

間近に迫ってくる『フィアンマ』を呆然と見やって、彼の言葉の意味する所を反芻する。

その右肩から、いつの間にか『第三の腕』は姿を消していた。


781 : 神の右席編17 - 2011/09/05 21:50:17.93 mjk+E3/d0 1269/2388






「だから」





代わりに生身の右拳が、弓を引き絞るように肉体を軋ませながら振りかぶられる。





     ゆめ
「お前の幻想は、一度ここで終わるべきだ、『右方のフィアンマ』」






顔面に向けて容赦なく叩きこまれた鉄槌が、優しく差し伸べられた手のように思えてならなかった。








792 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:10:02.37 D2dxTa3t0 1270/2388



彼は、アフリカ大陸はベナン共和国に生を受けた、どこにでもいる少年だった。

周囲の人々と変わらない浅黒い肌、石炭の様な黒髪。

開発途上国では珍しくもない、行き届かない教育、幼いままに駆り出される労働。

生活が苦しいなりに家族と支え合い、友人と馬鹿をやり、恋人と愛し合った。

何の変哲もない人生に疑問を感じた事も無かった。

それでもあえて何か余人との差異を挙げるとするなら。


『来なさい、■■■■。次はお前の番だ』


生まれついた民族の特異性だったのだろうか。


『父さん、これはいったい』


ベナンをはじめ西アフリカで広く信仰されるブードゥー教の死霊崇拝は、

世に言うネクロマンシーと誤解されがちであるが実態は違う。

死は彼らにとって神聖なものであり、悪霊を憑依させる祭事は決して黒魔術ではない。


『この娘“だったもの”で間違いないな』

『え?』


しかしどこの世界にも異端は存在するものだ。

目指すべきものを吐き違えた、唾棄すべき隠された文化。




『それが今日から、お前の愛すべき 屍 だ』




“正常”だった少年は、吐き気を催す“異常”に接触し、そして

793 : ?????? - 2011/09/06 21:10:53.45 D2dxTa3t0 1271/2388











もういいだろう












794 : ?????? - 2011/09/06 21:11:31.86 D2dxTa3t0 1272/2388





それなりに興味深い悲劇ではあるが




知ったところでどうなるものでもない




私は他の観劇に忙しい身なのでね




幕の降りた舞台にばかり、かかずらっているわけにもいかないんだよ





795 : ?????? - 2011/09/06 21:12:08.09 D2dxTa3t0 1273/2388














たとえそれが、嘗て監修した脚本だろうとね














796 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:13:19.37 D2dxTa3t0 1274/2388

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「全くお前達ときたら。揃いも揃って死にたがりばかりなのか?
 『貴様らの助けなど借りずとも俺一人で十分だ』。
 …………教本通りのツンツンぶりだと自賛していたんだが」

「セル戦の超ベジ○タみたいで良かったと思うんだよ! その後の展開まで含めて」


何度目の正直だろうか、遂に完全に意識を失った『右方のフィアンマ』を

念入りに魔術で拘束しながら、ステイル=マグヌスは長々嫌味(?)を浴びせられていた。

嘆息しながらアンティークの懐中時計を取り出して時刻を確認する。

昨年の誕生日にインデックスから贈られたステイルの宝物は、

戦闘開始からおよそ四時間が経過していると教えてくれた。


「あのな、僕らだって考えなしに大挙して押しかけた訳じゃない。
 第一、“一〇分”を稼いだのは君の為だろうが」

「そーそー。ジャガイモみたいに転がってるアンタの身体を誰が庇ってやったと思ってんだよ」


寝そべってインデックスから二度目の応急手当を受けているフィアンマに苛立たしげに反論すると、

黄土で汚れたブリーチカラーをガシガシ掻きながら浜面仕上も追随してきた。

通信用の護符を介して通達された――強引に聞き出したとも言う――最終作戦の遂行。

最重要人物が密かに取り行っていた儀式を邪魔させない為に浜面は最後の瞬間、

咄嗟に『腕』とフィアンマを結ぶ直線上に巨大なモンスターバイクを躍り込ませていた。


「む。お前は…………今年の淀の坂は例年にもまして激戦だったな」

「春の天皇賞に出走とかしてねーから! 何その遠回しな『馬面』呼ばわり!?」

「どうどう、これでも感謝しているんだ。
 照れ隠しという事でどうか一つ、許してやってはくれないかどうどう」

「だったら接頭辞と接尾辞に余計な一言採用してんじゃねええええ!!!」


797 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:15:10.92 D2dxTa3t0 1275/2388



タチの悪いボケに捕まってしまった浜面に心中で合掌しながら、

『右方』の確保を終えたステイルは首を一回転させて固くなった筋肉を解した。

回った視界に激戦を闘い抜いた能力者たちの姿が次々に映る。


「…………姉さんが、助けてくれたのかな」


北欧人の女性が、清潔な布で麦野沈利の患部を覆いながら呟いていた。

彼女のそれと頑として交わろうとしない麦野の視線は、粉々になった墓石に向いている。

本来の役目からは程遠く、二人の命を救う防波堤として機能してしまったのだろう。

どことなく近寄りがたい雰囲気で、事実黒夜も浜面も声すら掛けていない。


「アンタなら兎も角、私を助けたりするわけないでしょ、フレメア」


消え入るようにそう絞り出した麦野の表情は、ステイルの位置からは窺い知れなかった。

だが、治療の手を休めようとはしないフレメア=セイヴェルンには明白らしい。


「そうなのかにゃあ」

「そうに決まってるにゃーん」

「麦野さんが言うなら大体、納得した」

「あっさり納得するんかい」


どうにも見ていて旋毛の辺りがむず痒くなるやり取りである。

年に数回しか会わない従姉妹と夕食を共に囲んだような遣る瀬無さというか。


「もしくは、十年ぶりに再会した生き別れの姉妹とか」


世迷言を吐きながら、ステイルは更に首を回した。


798 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:15:49.30 D2dxTa3t0 1276/2388



「おい、浜面!」


携帯電話を片手に黒夜海鳥が弾むように駆け寄ってきた。

彼女も『バハムートラグーン』なる巨大バイクを盾にしたおかげか比較的軽傷である。


「理后さんから電話だ。最愛のやつ、目ぇ覚ましたってよ!」

「本当か!?」


フィアンマとの果てしないボケツッコミ戦争に終止符を打ち、

浜面は黒夜の端末を受け取ってにへらと鼻の下を伸ばした。

何度も頷いて時折笑い声まで上げている会話の相手は夫人と見て間違いないだろう。

わかりやすくテンションを変えた愛妻家に苦笑しながら、

ステイルはどこか憮然としている黒夜に向き直った。


「ミス黒夜だったね、少しお小言を垂れさせて貰うよ。
 僕らの役目は時間稼ぎだったと前もって口をすっぱくしたつもりだったんだが」

「あぁ? だから良いタイミングで割りこんで、注意を引きつけてやっただろ」

「薄々感づいていたとは思うが、敵はどうやら『一方通行』を模倣していたらしい。
 浜面が居なければ君は君自身の能力を跳ね返されて死んでいたんだよ。
 そもそも相手の能力が未知数だから、ヘタな攻撃は仕掛けないという取り決めだった筈だ」

「アーアーキコエナーイ。アンタ私の兄貴かよ、浜面と一方通行で間に合ってるっつーの」

「………………むぅー」


打てば響く鹿おどしを相手にしている気分だ、とステイルがある意味感心していると唸り声。

真後ろで浜面に放っておかれたフィアンマの構ってちゃんボイス――――ではない。

例によって女の子とごくごく自然によろしくやり始めたステイルを指弾する女の嫉妬である。


799 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:17:37.63 D2dxTa3t0 1277/2388



毒気を抜かれてステイルとの口喧嘩を中断した黒夜が、

ちょっとばかり怯えたように首をすくめてジェラシーシスターに歩み寄る。


「…………あー、シスターさん? 心配しなくても、私一応彼氏持ちだから」


そして、自覚も無く急降下爆撃を開始した。


「!?」

「!?」

「!?」

「よっしゃあああ!! どんなサイズのハチの巣にされてえか各自申告しろおらぁ!!!」


上から順にインデックス、ステイル、フィアンマの失礼極まりないリアクションを受けて

腹に溜めこんだ爆薬に火を付けようとすると、横からこれまた驚愕を隠そうともしない兄貴分が、


「り、理后、今の聞こえたか! 今夜は赤飯…………いや待て。
 その前にどこの馬の骨が相手なんだ!? 
 お前の事だからどうせとんでもないロクデナシ捕まえてんだろ!
 お兄ちゃんはそんなの許しませんよおおおおお!!!」


などと錯乱状態でのたまっては地面を転がり始めた。

もう一人の妹分、絹旗最愛でなくとも声を大にしたくなる光景である。


「誰がお兄ちゃんだよキメエな。心配しなくてもロクデナシ揃いのスキルアウトじゃあねえよ。
 お前もしっかりばっちり知ってる顔だっつーの」

「んだとおおおおおおっ!!!?? まさか、まさかとは思うがアクセラレー」

「だァァァァァれがあンな貧弱マリッジブルーモヤシとだって!?
 言っちゃいけねえ事ってのがこの世にはあるンだよキモ面ァァーーーーーッッ!!!」


800 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:19:59.47 D2dxTa3t0 1278/2388



黒夜の雄叫びを合図に始まった小戦争から目を逸らして、ステイルはもう一度顔をぐるりと回した。

ほぼ無傷でこの戦乱を切り抜けた結標は、いつの間にか影も形も失せている。

『上』に報告に行ったのだろうとステイルは当たりを付けたが、

せめて重傷者を病院に運ぶぐらいはして欲しかった、と短く嘆息する。

とは言え、たらたらした不満を余所へ当てつければそれで済んだ少年時代はとっくに終えている。

…………手近に『幻想殺し』でもあれば話は別なのだが。


「垣根」

「…………なんだ、神父か」


残るは、罰当たりにも適当な墓碑に腰掛けているホストじみた風体の男一人だ。

垣根帝督は時々首や膝の関節をコキャリと鳴らしながら、慣れないボディの感触を確かめていた。

寛いだ様子の男に、まずは一つ質問を投げかける。


「その身体は?」


第二二支部で連絡を受けた際はそれどころではなかったが、腑に落ちない点ではあった。


「本来はこの戦争に参加する予定なんてなかったからよ。
 未完成の試験体を無理くり急速調整した不完全の塊みたいなもんだ。
 もってあと二時間ってところだろうな……ま、久々の生身を満喫したらさっさと帰るぜ」


口調は軽やかだが、それなりに思う所があるのだろう。

なにせ十年ぶりの肉体なのだ。

新大陸を発見したコロンブスさながらの眼差しで空を仰ぎながら、

垣根は未踏未知の大地でも踏むかのように、湿った土を踵で慎重に慎重に抉っていた。

そっとしておくべきかと気遣ったステイルが黙って背を向けると、

ガスライターに火の灯る実に心地の良い音が耳朶を打った。


「桁違いすぎて、なんつーか対抗心も湧かなかったぜ、実際」


801 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:23:48.51 D2dxTa3t0 1279/2388



独白かとも思えた台詞を幾度か咀嚼して再び一八〇度振り返ると、

マイルドセブンを咥えて明後日の方角に向ける垣根の後ろ姿。

「煙草買ってこい」とでも夫に頼まれた主婦が、

テキトーに買い物袋に放りこみそうな銘柄だ、とステイルは思った。


「君は魔術を見るのは初めてだったかい?」


言いながら、ステイルも今日一日で新たに獲得した経験を振り返った。

十年前の三次大戦とその直前期、ステイルは直接『神の右席』と対峙したわけではない。

イギリス清教内でいち早くその情報を掴んだのは自分だったが、

実際に死闘を繰り広げたのは土御門や神裂に天草式、そして上条当麻らである。

となれば、ステイルの魔術師人生でピラミッドの頂点を成す魔とは――――


「今日君が目にした“アレ”はこちらの世界でも疑いようなく一頂点だった。
 あんなのが世に蔓延っていたら僕程度の魔術師に出る幕などなくなってしまうよ」

「“一”頂点ねぇ。まるで、同列以上が存在する様な言い草だな」

「…………少なくとも僕は二度、身震いするような『可能性』を目の当たりにしてるんでね」


世界には十字教の尺度を一足飛びに越えて、『ホルス』なる領域を目指した者がいた。

ステイルは嘗て『彼』と、そうとは知らぬまま一度だけ対面している。

『右方のフィアンマ』は果たして、『ホルス』に到達していたのだろうか?

あるいは斯様な力を手に入れて尚、彼はまだ『オシリス』の住人だったのか?


(あまりにも雲の上、天上の物語だな)


凡百の魔術師に過ぎないステイルには、とてもではないが解せる事象ではない。


(………………だが)

802 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:25:24.94 D2dxTa3t0 1280/2388



物思いに耽りながら垣根に意識を戻すと、彼もまた黄昏ていた。

途切れ途切れに噴き出す白煙の不揃いな動きが、その心情を顕著に物語っている。

しかし垣根はステイルの洞察など露知らず、唇の端を鋭く吊り上げて強がった。


「…………考えたってしょうのねえことだな。
 今俺がいる戦場の主役は科学でも魔術でもなく、資本っていう魔物なんだからよ」


ファンタジー世界の絵空事にかまけてばかりもいられない。

そう言うわりにはもう一つパッとしない顔で煙草をふかす垣根を

羨ましげに見つめながら、ステイルは核心を無遠慮に突いた。


「君は間違いなく人間を見ているさ、垣根帝督」

「は?」


あんぐりと口を開けてシガレットを取り落とした所を見ると、図星らしかった。

おそらく、重ね合わせてしまったのだろう、とステイルは思った。

地の底から『死者』を蘇らせて手足の如く使役した魔術師と、

電子の海に沈められた『脳』を生き返らせている今の自分を。


「心配しないで、ていとく」


ステイルの隣に愛しい人の鼓動が寄り添って言葉を継いだ。

フィアンマに一通りの治療を施し終えたインデックスが儚げに微笑む。

その表情にステイルは微妙な、しかし決定的な違和感を覚えた。


803 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:26:43.37 D2dxTa3t0 1281/2388



「…………軽々しい事は言えないけど。でも、一つだけ確かなのは」



『ようやく八十%、一万六千“人”に接触した』



一か月前、彼の『家』で交わしたやり取りの中の、ほんの一小節。

インデックスが引用したのは、あの日垣根が洩らした些細な数詞の選択だった。


「あなたの救うべき命を、あなたが迷いなく『人間』って言いきった事。私は忘れてないよ」

「………………心底シスターだな、お前」


心の底から忌々しそうに顔を歪ませて煙草を一際強くふかすと、

垣根は完全に背中を二人に晒してヒラヒラと手を振る。

先ほどまで燦々と白翼がはためいていたそこは、羽がある時より寧ろ一回り大きく見えた。


「どう、いたしまして」


彼を見つめるインデックスの物憂げな瞳にこそ、ステイルは違和感を強めたが、


「最大主教、君は大丈夫か?」

「私? 私は怪我なんてしてないってば! 
 あんまり蔑ろにされると『歩く教会』がそろそろ枕元に立つかも」

「おお、こわいこわい」

「真面目に聞いて! さっきだってステイルは私を庇って……」


終ぞ、その素顔までは暴けなかった。


804 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:28:12.19 D2dxTa3t0 1282/2388



どうにも、歯に肉片でも挟まった気分である。

こんな時にこそ一服して気分を平静へと落ち着けたいものだが、

生憎と彼の愛する天国行きチケットは、より愛しい女性の憂慮によって取り上げられていた。

そうなってくると、ステイルが胸の曇天を紛らす為の行動は自然と限られてくるのであった。


「フィアンマ。君は彼の目的について思い当たる節があるようだったね」

「それを聞いて何になる?」

「情状酌量というものが“一応”、英国清教の宗教裁判では認められている」


即ち、お仕事。

特筆してそうだという自覚は無いのだが、インデックスをはじめロンドンの同僚たち曰く、

どうやら自分にはワーカーホリックの気があるらしかった。

暇になったから取り敢えず仕事しとくか。

声には出さずに上体だけ起こしているフィアンマに向き合って事情聴取を開始すると、


「はぁぁぁぁ……………………」


左肘の辺りからこれ見よがしな溜め息をながーく、吐き出された。


(いや、別に僕は何も悪くないよな…………?)


「やれやれ…………俺様は十年前、奴と同じく『聖なる右』を
 完全なる姿へと進化させて、世界の『悪意』を討とうとした」

「はーぁ…………とうまから、聞いた事があるんだよ」


805 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:29:03.52 D2dxTa3t0 1283/2388



ステイルも、後から経緯に関する裏付け捜査を行っておおよそは把握している。

聞いた当時は耳掃除を怠って垢でも溜まり過ぎたのかと綿棒を探し回ったものだ。

耳の方に異常が生じたと考えても無理のない、

なかなかに馬鹿げた目的だと呆れた記憶が鮮明に残っている。


「そうか。ここからは、ある程度推測が入り混じることになるが」

「構わない、言うだけ言ってみてくれ」


一呼吸、小さな間を置く。




「奴の『腕』が有した力とは、『境界線』を消去する能力だ」




「『境界』…………科学と、魔術…………?」


インデックスが眉間を抑えながら呪文を唱えるようにキーワードを口にした。

科学と魔術、第三世界、能力者と魔術師。

察するに彼女も、ステイルと同じロジックを手繰っているようだった。


「辿った過程は俺様にもほぼ理解不能だ。
 だが、科学と魔術が交差した結果の力、そういう捉え方は悪くないかもな」

「じゃああの人は、科学と魔術の垣根…………あ、ていとくの事じゃないよ。
 …………コホン! それを取り払おうとしたのかな?」


突拍子もない話ではある。

しかし、人と人、国と国、科学と魔術。

『線』で二つに隔てられた世界などそれこそ無数に存在する。

そして『線』の上では、ぶつかり合う欲望が遥かな昔から何万リットルもの血を流してきた。

脳裏を金髪の女狐の胡散臭い顔が過ぎる。


807 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:30:49.42 D2dxTa3t0 1284/2388



「それが概念と概念の境目だったとしても、可能だったのだろうな。
 『右方のフィアンマ』が最後に振るった『腕』は、
 お前達全員の『生』と『死』の境界を破壊せんとするものだった、と俺様は見ている」

「……そ、それが成功してたら、どうなってたのかな?」

「生者が黄泉路を行くか…………“死者が帰ってくる”のか?
 あるいは更に想像を絶する事態となるのか、それだけは全くもって計り知れんな」


結果としてはフィアンマが『神の右席』に復帰する事で、

ただの――ただの、とは馬鹿げた言い草だが―――『第三の腕』が行使されただけであった。

自分とインデックスは、寸前で『魔女狩りの王』を壁にして事なきを得ている。

まったくもってイノケンティウス先生に頭の上がらない一日だった。


「結局、明確な答えにはなっていないね。
 十年前、世界を救おうとした君は、『座』の接続で奴の中身を覗いた。
 彼も、『右方のフィアンマ』も、また君のように」

「さあ、知らんな」

「………………僕もつくづく、不幸な男だ。
 君みたいなスカポンタンの相手を真面目くさって引き受けなければならないんだからね。
 散々話を引っ張っておいてそれか!」

「俺様と奴は別の人間なんだ、当然だろう」


それは、そうだ。

たとえ他人の人生を誕生から逝去までつぶさに映像として見せつけられたところで

感じ得るのは『共感』までであって、決してその誰かに取って変われる訳ではない。

しかしステイルには、フィアンマが全てを悟った上で口を噤んでいるように思えてならなかった。


「奴が何故、あれほどまでに豊富な科学知識を持っていたのかについては?」


疑念を宿した視線を感じたのか、フィアンマが一瞬沈黙する。

が、すぐに首を軽く振るとステイルを鼻で笑いとばす始末である。

こちらの要請に応じるつもりはないという意志を表示した、雄弁な無言だった。

808 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:32:18.00 D2dxTa3t0 1285/2388



「ふん……後日、改めて尋問させてもらおうか。
 どのみち君は、数日はベッドの上に磔だろうからね」

「そう急がなくとも、俺様の店に遊びに来ればいいだろう?
 今回の件は借りになってしまったからな、選りすぐりのメイドに歓待させてやってもいいぞ」

「…………君の『城』か。考えてみればそっちにも用がある」

「おや、思いの外乗り気だな。この男やはり奉仕させる方が好みらしいぞ、最大主教?」

「んがっ!! こ、これは違うんだ最大主教!!
 あくまで仕事上の都合であって、っていうかやはりって何だ貴様ァァッ!!!」

「八か月ほど前にロンドン店の無料招待券を送ったではないか。
 土御門から、お前が是非行きたいと駄々をこねている、と聞いて二枚も恵んでやったんだぞ」

「土御門ォォォォーーーーーーーーッッッ!!!!!」


流石は安心と安定のアベレージヒッター土御門だった。

久々にその名を絶叫してちょっぴりほっとした自分を焼き尽くしたい。

赤髪を掻き毟りながらステイルは、おそるおそるインデックスの表情を窺った。

以前この話題で揉めた時には二週間ほど口を聞いてもらえなかったのだ、恐ろしくもなる。

しかし。


「…………あ、え、ごめんね。何の話だったっけ?」


男たちは束の間、素で言葉を失った。

フィアンマが珍しく慌てたように咳払いを一つ入れ、


「『右方のフィアンマ』について、俺様から言う事はもはや何も無い。
 そういう話だ、後はバチカンにでも問い合わせてくれ」


バッサリと話題を打ち切る。

明らかに精神的変調をきたしているインデックスを彼なりに案じたのかもしれない。

809 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:34:21.88 D2dxTa3t0 1286/2388



だがステイルにとっては到底見過ごすことのできない事態である。

いったい彼女はいつから――“どの話題が出た時点”から様変わりした?


「最大主教」

「お、怒らないでよステイルったら! ちょっと喉が渇いて、ボーッとしてただけかも」

「…………気付いてないのかい?」

「え?」



いったい何故、インデックスはその双眸に溢れそうなほどの雫をたたえている?



「ひゃ……す、す、すて」

「いいから」


自然に右腕が彼女の後頭部に伸びた。

ステイルとインデックスには五〇センチ近い身長差がある。

互いに直立して抱き寄せれば、女の頭は必然的に男の胸より少し下に来る。

左腕をだらりと遊ばせながら、己の内側に閉じ込めた頭髪を右手でふわりと撫でる。


「水分が、勿体ない。喉が渇いたんだろう?」


世界中の誰が聞こうと中身が透けて見えるだろう建前。

ステイルは彼女の泣き顔など見たくはない。

しかしそれ以上に、彼女の息を呑むほどに美しいくしゃくしゃ顔を

間違っても他の男に、いや世界中の誰にも見せたくはないという、

利己的な独占欲が働いた事をステイルははっきりと自覚した。


810 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:35:19.47 D2dxTa3t0 1287/2388



「あ………………うん」


相も変わらず、ステイルは愛しい人の背に腕を回す事ができない。

その掌を染める醜い赤が、彼女の真っ白な身体にうつってしまわないか恐れているからだ。

ただでさえ既に今日、一度彼女を抱きしめてしまっている。

五年間、いや“十二年間”自制し続けてきたダムの決壊だけは何としても――――








「一つだけ付け加えるなら、これは単なる勘なんだが…………」

「ひゃああああっ!?」

「ままま、まだ居たのか!?」


横から声が掛かって慌てて身を離す。

学園都市に来てから何回繰り返した行為なのか、数えるのも阿呆らしくなってきた。


「当たり前田のクラッカー。見ろ、この重傷を。
 貴様らが微動だにせず抱擁を交わしているというのに
 自力で動けない俺様をどうして居ないものとして扱えるんだ。
 結界でも張ったか、ステイル=マグヌス? 世に言う桃色時空(ラブラブゾーン)だな」

「いちいち言い回しのセンスが無駄に古いんだよ!! 
 確かに今のは僕らの方に非があったけれども!
 …………で、なんだ? 余程重要な情報なんだろうな?」

「いや、別に? 目の前に交尾中の鬱陶しい蚊が二匹居たから蚊取り線香を付けただけだ」

「蚊が交尾なんてするわけあるかぁぁっ!!!!」

「ステイル、そこじゃないよ」


811 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:36:21.96 D2dxTa3t0 1288/2388



活火山のように声を荒げるステイルとやんわり宥めるインデックス。

一年前に聖ジョージ大聖堂で面会した時と変わらぬ日常通りの二人に戻ると、

フィアンマは怒れるステイルを無視して穏やかに語り始めた。


「世界がどう、などと自分をも誤魔化していたようだが、そんな大層な野望ではなかった」


その表情に、沸き立っていたステイルも思わず気勢を削がれる。

インデックスも真剣な顔で聞き入っていた。

『右方のフィアンマ』。

唐突な独白は、死んだように眠る青年についてだった。


「奴の目的は、夢は。もっと“ちっぽけ”なものだった。
 にも拘わらず奴は焦点をあまりにも遠くに置き過ぎた。
 そこから意図的に目を逸らして、ないものとして扱った。
 故に、敗れたのではないだろうか」


推測で吐けるような人格考察ではない。

やはりフィアンマは、かの魔術師の奥の奥まで目撃したとしか考えられない。

だがそれを口に出す事は何故だかステイルには躊躇われた。

二人の『フィアンマ』にしか理解できない心の問題、なのかもしれなかった。



「何となく、そう思うよ」



それきり、フィアンマは目を瞑って一切の言葉を紡ぐ事を止めた。


812 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:37:26.61 D2dxTa3t0 1289/2388



「………………はぁ。兎に角、『前方』と『右方』の身柄はこちらで預からせてもらうよ」

「納得いかないわね」


完全黙秘体勢に入ったフィアンマに軽く嘆息すると、ヒュンと空を裂いたような物音。

結標淡希が帰還して、突如としてステイルの発言に異議を申し立ててきたのだ。

赤毛のツインテールが彼女の肩や呼吸とシンクロして上下している。


「『上』に確認してきたんじゃないのか、ミス結標? 最初からそういう約定だったんだよ。
 イギリス清教は戦力と情報を提供する代価として、敵魔術師の身柄を要求する。
 其方のトップとの間でとうの昔に合意は成されている」

「支払いに滞りありよ。前提が果たされてなければ無効よね、そんな合意」

「僕らでは戦力として不足だったと? 
 申し訳ないね、これでもロンドンではそこそこの腕利きと自負していたんだが」

「ステイルは、すごくすごく頑張ってた。その…………カッコよかった、よ」

「ありがとう。だが、君が居てくれるからこそ僕は闘えるんだ」

「もう…………すているってばぁ」

(軍用懐中電灯で思いっきり目潰ししてやりたい………………っ!!!)


結標が押し殺すように何事か呟いた気がするが、ステイルにはわりとどうでもよかった。

彼女の可憐な微笑の前では、他の万象は彼にとって厠に吐き出された痰滓同然である。


「スーッ、ハーッ……私がクレーム付けたいのは情報の方よ、じょ・う・ほ・う!!
 『左方のテッラ』だったっけ? 何よあのエリマキトカゲ!
 こっちサイドの情報は蓮根みたいに綺麗サッパリ筒抜けで
 与えられたデータはまるで使いものになんなかったわよ!!」

「その辺りは僕の領域じゃないんでね、文句はコチラへどうぞ」


お得意の皮肉気な嘲笑を浮かべるとステイルは、ある番号に繋いだ端末を差し出す。

一層口を尖らせようとした結標はそれを引っ手繰ると、気色ばんで耳に押し付けた。


813 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:39:01.54 D2dxTa3t0 1290/2388



「霧が丘の結標よ、アンタが情報戦の責任者? ちょっと一言、言わせてもら」

『やっほーあわきん、久しぶりだにゃー。元気にショタコンやってるかい?』

「………………………………やっぱもういい、返すわ」


すこぶる耳にしたくない類の声であったらしい。

意気消沈した結標は携帯電話を突き返すと、肩を落として思いっきり項垂れた。


「それは重畳。君たちがどういう考え方かは存じ上げないが、
 イギリス清教は助ける義理も無いのに協力してやった、善意の第三者なんだよ。
 相応の見返りを貰ってしかるべきじゃないか、と愚考する次第だ」

「んだと? 調子乗ってんじゃねえぞ」

「人をへこましといて、更に喧嘩売ろうっての? 良い根性してるわ」


慇懃無礼な語り口調が能力者たちの顔面を逆さに撫でる。

さすがに人格に難ありと満天下に知られる高位能力者どもである、実に短気だ。


「そうだね、さしあたってまずは…………」


黒夜と結標の威嚇を流して、小馬鹿にしたように肩を竦めたステイル。

そのうちに神父の視線が傍らの修道女と打ち当たる。

二人が同時にニッコリとニタリ、異なる擬音を伴って、しかし一様に朗らかな笑みを浮かべた。



ぎゅるるるるるるる。



「お腹いっぱい、ごはんを食べさせてくれると嬉しいな!」


「腹がくちくなるまで、ご馳走して貰えると嬉しいね」



814 : 「右方のフィアンマ」 - 2011/09/06 21:40:45.99 D2dxTa3t0 1291/2388



大食いシスターの腹の虫が盛大に半鐘を鳴らして危機的状況を告げた。

唖然として口をぽっかり開けた科学の街の住人たちのうち、

最初に再起動して意外な行動に出たのは――――――垣根帝督だった。


「ぷっ………………くくく、はははははは!!!
 クソッたれな事ほざいたらぶっ殺してやろうと思ったが、こいつは参った!
 だったらウチのビルに来な。たらふく、胃が破裂するまで食わせてやるからよ」


麦野が、フレメアが、浜面が、苦笑いして後に続いた。

陰気な墓地に温かな声音がゆっくりと広がり、さざめいていく。


「あーあ、なんていうか気が抜けたわ」

「私も大体、お腹が空いてきたなあ」

「DM社の飯ねえ。未元ご飯(マターライス)とか出ないよな?」

「お望みとあらば。俺の『未元物質』に」


「「「「「「常識は通用しねえ」」」」」」


「………………チクショウ」


もう一丁、どっと笑いが巻き起こる。

超能力者も、大能力者も、無能力者も、魔術師も、程度の差はあれど皆相好を崩している。

こうして激動の「0715」は、科学も魔術も、『線』の有無も関係ない――――


「やれやれだな、まったく。俺様も招待するんだぞ」

「フィアンマは先に病院に行くの!」

「君に死なれると後始末が面倒なんだ。聴取をしっかり終えてからくたばってくれよ」


――――少々物騒、かつ多々賑やかな喧騒の中で、静かに終わりを迎えたのであった。


828 : 天使編① - 2011/09/07 20:53:25.58 k/UA3l4t0 1292/2388




七月十九日 午後六時 第四学区 路上



ステ「…………以上が、事の顛末だ」スタ スタ

当麻「………………」スタスタ

一方「ま、俺にとっちゃどうでもいい事だけどよ」コツ コツ

ステ「おや、意外な反応だね。同様に除け者にされたミス黒夜は大層ご立腹だったが」

一方「あいつは微妙に厨二病抜けきってねえからなァ。
   気心の知れた仲間に頼りにされなかったのが悔しいだけだろ」

ステ「ふむ」

当麻「それ以上に、一方通行は家族が無傷だってのが大きいんだろうな。
   妹達は一人も戦場には出てないし、黄泉川先生もこのあいだの芳川さんだって」

一方「言ってろ三下が。てめえの方こそどうなンだよ?
   嫁も娘も最前線で危険に晒されてたって話だろうが。
   おまけにオリジナルは一時入院する程の大怪我ときてやがる。
   この秘密主義者に思うところがあって然るべきじゃねェか」

ステ「………………」



当麻「みんな無事だったんだ、それで良しとしようぜ。美琴の負った傷は……本人の責任だ。
   なにせ自分から危険に向かってったんだからな。アイツ自身の口から出た言葉さ」

ステ「ふん。僕は偽善者でもマゾヒストでもないんでね。
   君の方から何もないのなら、僕からも特段、言う事はないよ」



当麻「……俺は」

ステ「言いたい事があるなら言えって意味だよ、わかってるのか?
   ちなみに、もし逆の立場だったら僕は君を許さないがね」

上条「!」


829 : 天使編① - 2011/09/07 20:54:45.40 k/UA3l4t0 1293/2388



ステ「十年前、『追跡封じ』を追っていた最中の会話を覚えているかい?
   『どうして君は彼女の側にいない? 君が彼女の笑顔を曇らせるのなら八つ裂きだ』。
   かつてのこの言葉に照らし合わせれば、僕の言わんとする所は明白だろう」

当麻「…………俺は守りたいものの傍から遠ざけられて、一人安全な異国に隔離された。
   何が起こっていたのかも知らされず、帰ってきたら全てが終わってた。
   俺がそれに怒りを感じてたとして、だったらなんだってんだ?」

ステ「決まっているだろう」

当麻「わかんねぇよ」

ステ「こういう事だ」

当麻「!」

一方「…………へえ」




ステ「――――――すまなかった」




当麻「お、おい!」

ステ「御夫人と御息女を見舞った脅威は、作戦の一翼を担った僕にも責任がある。
   彼女らの身の安全を万全なものと出来なかった事、深くお詫び申し上げます」

当麻「やめろ、こんな往来で! …………いや、これって」

一方「気付いてなかったのか、オマエ。
   さっきから周りには猫の子一匹いやしねェってのによ」

ステ「話の機密性に問題がなければ、『人払い』など無しで詫びたかったんだが。
   上条理事、いや上条当麻さん。謝罪は、受け取って頂けますか」

当麻「………………」

一方「応えてやれよ、上条」


830 : 天使編① - 2011/09/07 20:56:10.68 k/UA3l4t0 1294/2388



当麻「とりあえず頭を上げてくれ、ステイル」

ステ「望みとあらば」

当麻「正直に言うぜ。俺は、そう簡単にお前達を許せそうにない。
   雲川先輩も、親船さんも、お前も――――インデックスも」

ステ「…………そうか、当然だろうね。
   彼女だけでも許してやって欲しいなんてのは、虫が良すぎるか」

当麻「話は最後まで聞けよ」

ステ「なに?」



当麻「五年前の事、覚えてるか?」

ステ「五年前、か。彼女がロンドンに“渡って”きた」

当麻「インデックスがイギリスに“帰る”なんて言い出した時、俺は最初止めたんだ。
   『図書館』とか、そういう事情をすっ飛ばしてでもあいつには俺の側に居て欲しかった」

ステ「…………それは残酷だな」

当麻「でも、結局は引き止めきれなかった。どうしてだか、喋った事は無かったよな?」

ステ「ああ、初耳だね」

当麻「ずっと昔から考えてたんだ。俺はインデックスを守りたい。
   絶対に、他の誰にも渡したくない役目だった。それは間違いない」

ステ「………………」

当麻「でも、もし。仮に万が一、俺がインデックスの全てを託せる相手がいるのなら」



「それはこの世でお前一人だけだろうなって、そう思ったんだ」



当麻「だからありがとうな、ステイル。俺の大切な人を守ってくれて」


831 : 天使編① - 2011/09/07 20:59:27.92 k/UA3l4t0 1295/2388



一方「くくくく。だとよ、マグヌスくン」

当麻「そういう感謝の気持ちが同居してるのも、やっぱり事実なんだ。
   だからそれで貸し借り無し、って事にしようぜ。お前、そういうの気にするだろ」

ステ「…………まったく受ける謂れのない感謝を貰ったところで、
   僕個人としては何一つチャラになってないと思うんだが。
   僕が彼女を守る事はあらゆる意味で自然、かつ必然だ」

当麻「俺の気持ちの問題だってわかってるだろ? 真理の事も、インデックスに礼言わなきゃな。
   しっかし鳥肌もんの光景だったぜ、ステイルの謝罪会見。サイコホラーの方がまだマシだ」

ステ「僕ももうガキじゃあないってことだよ。望む望まざるに関わらず、ね」

当麻「…………だな。気がつきゃ俺も二十代半ば、立派な社会人だ」



ステ「君はどこに出しても恥ずかしい素人理事だろう」ハン

当麻「いつも通りのステイルくんのようで、なんだろう、すんげえ複雑だ」ハァ

一方「言い分は極めて正確に的を射てるけどな」

当麻「お前もいつも通り辛辣すぎんだろ! 温厚な上条さんでも流石にキレますよ!?
   アメリカでだってちゃんと仕事してきたんだからな!
   ホワイトハウスに入ったんだぞ、ホワイトハウス!!」

ステ「君に何ができるっていうんだ? 最大主教の母国語である英語すらまともに操れない君に」

当麻「そういう時の為に通訳さんってのがいるんだろうが」

一方「所詮は三下だ、細部はまるっきり通訳任せだろうぜ。
   雲川もコイツにつける秘書の人選には苦労してるからなァ」

当麻「ぐ」グサ

ステ「それじゃガキのつかいも良い所じゃないか。
   君の存在価値はいったい那辺に置き忘れてきたんだい?」

当麻「ぐぐ」グサグサ

一方「元からあるのかも怪しいな、ぶっちゃけ。
   ああ待て、『四次大戦の英雄』っつう広告塔として使えンだったな」


832 : 天使編① - 2011/09/07 21:00:21.37 k/UA3l4t0 1296/2388



当麻「ふ、ふ、」

ステ一方「「不幸だァ」」

当麻「………………」




「I'm unhappyyyyyyyy!!!!!」ダッ




チクショオオオオオオオオオ!!

ドタドタドタ



一方「精一杯の抵抗は見せてったな」コツ コツ

ステ「どうでもいいよ。それより道はわかってるのかい、アイツ」スタスタ

一方「いや、教えてねェ。あいつは目出度く迷子だろうな…………なあ神父」

ステ「ん?」

一方「これで、戦争も一区切り付いたのか」


833 : 天使編① - 2011/09/07 21:01:49.01 k/UA3l4t0 1297/2388



ステ「…………おそらくは、ね。学園都市とイギリス清教の間で友好条約が結ばれ、
   さらに先の一件の鎮静に最大主教自らが秘密裏に関わった、
   という噂がネット上で“まことしやかに”囁かれている」

一方「いけしゃあしゃあと。いかにも土御門のクソ野郎が好きそうな手口だ」

ステ「清教内にはまだまだ科学との交友に否定的な強硬派もいてね。
   あまり表立った援助をしてしまうと内の敵を活性化させかねないんだ。
   僕らは人畜無害な聖人(かくへいき)という切り札も抱えてはいるんだが
   同様の理由でリタイアしてもらった。…………他にも理由はあるがね」

一方「ともかく、だ。一年以上続いた『第三世界』の散発的なテロもこれで」

ステ「『神の右席』の目的は、やや依頼主のそれからは逸脱していたようだったけどね。
   どうあれアレらが使い捨ての駒に過ぎなかった、という可能性は低いだろう。
   今後の調査で詳細も明かされるだろうが、僕の職掌ではない」

一方「…………そうか」

ステ「君ほどの能力者でも、やはり戦争なんてのはゴメンかい?」

一方「無い方が良いに決まってンだろうが、ンなもン。一般論でな」

ステ「…………一方通行。実は、どうしても聞きたい事がある」

一方「あ? 今しなきゃなンねェのかよ、それ」

ステ「ああ、できれば余人を交えたくは」





当麻「おお、いたいた! あぶねえあぶねえ」


834 : 天使編① - 2011/09/07 21:02:58.83 k/UA3l4t0 1298/2388



ステ「………………貴様は相ッッッ変わらずだな、上条当麻」

一方「今ごろ気付いてンのかよ」

当麻「いやー、二〇〇メートルぐらい走ったところでやっと気付いたよ。
   そういえば俺、店の場所知らねえ!! ってな!
   はっはっは…………アレ、どうかしたのかステイル?」

ステ「別に。さっさと行こう」スタスタ

当麻「えーっと、一方通行さん?」

一方「どうでもいいらしいぜ、興醒めの三下」コツコツ

当麻「そんな二つ名持ってねえよ! え、ちょっと、ホントに俺なんかしたの!?」




同時刻 第四学区 レストラン『虚数学区』




イン「はいみこと、まこと。スプーンにフォークにナイフにお箸に」

美琴「ま、待ちなさいよ。そんな世話焼かなくてもいいってば」

真理「いっぱーい!」キャッキャッ

イン「うう…………でもでも、みことに無理させて傷口でも開いたら、
   とうまに合わせる顔がますます無くなっちゃうんだよ」

打止「お姉様、内臓に損傷があったって聞いたけど大丈夫?」

美琴「あの先生の腕前はアンタだってよーく知ってるでしょ。みんな大袈裟すぎるのよ」

打止「まあ、確かにそうだけど、ってミサカはミサカは内心の不安を押し殺してみたり」


835 : 天使編① - 2011/09/07 21:04:24.86 k/UA3l4t0 1299/2388



美琴「アンタにそんな顔されたら本末転倒じゃない。
   明日は………………めでたい日、なんだからさ」

イン「そうそう、主役はらすとおーだーなんだよ?
   女同士なんだから遠慮なくじゃんじゃんやって欲しいかも!」ガツガツガツガツ

美琴「だったらアンタちょっとは慎みなさい」

イン「今日は無礼講だって言ったのはみことかも!」バクバク

真理「ぶれいこー?」パクリ

美琴「最低限の淑やかさを保ちなさいっつってんの! ほらもう、口の周り!!」ゴシゴシ

打止「む……お姉様、インデックスさんの相手ばっかしてないで!
   お姉様はミサカのお姉様なんだからね!!」

イン「私はそのみことのさらにお姉さん、シスターオブシスターなんだよ」フフン

美琴「誰が上手い事を言えと」

打止「むむむ、それなら!」

イン「それなら? どうするのかなぁ?」ニヤニヤ



打止「………………インデックスお姉様ぁ」



イン「はうううっっっ!!!?」モンゼツ

打止「お姉様のお姉様なんだからこう呼ぶのが自然かも、
   ってミサカはミサカは大姉様の真似をしてみたり」

イン「Please once more say at any cost!! For God's sake!!!」バンバン!

打止「大姉様ぁ」ネコナデゴエ

イン「FUUUUUU!!!!!」

美琴(なにやってんだか)シラー


836 : 天使編① - 2011/09/07 21:06:16.37 k/UA3l4t0 1300/2388



風斬「お待たせしました、イカスミスパゲッティのお客様」

真理「あ、りょうりのおねーちゃん! ごはんおいしーよ」

風斬「ありがとう、沢山食べてってね」

美琴「風斬さん、言ってくれれば運んだのに」

風斬「そ、そんな。お客様にウエイターをしていただくなんて」アセアセ

美琴「今日は無理言って貸し切らせてもらったんですから。
   御迷惑おかけしたお詫びだと思ってここは一つ、ね?」

風斬「でも、他のお客様の手前…………」

美琴「他の客ったって、アレですよ?」クイ



婚后「ほーっほっほっほ! わたくしを婚后航空の婚后光子と知ってますの!?」グビグビ

白井「はー? 知るわけありませんの、そんなちっぽけな企業の取締役ごとき」ヘベレケ

佐天「あは、あはははははは!!! ほらほら鉄装先生もういっぱーい!!」ベロンベロン

鉄装「な、なんで私はここに呼ばれたんだろう…………?」オドオド



心理定規「“あっち”で大丈夫かしらね、あの人は」チョビチョビ

麦野「フレメアももう、酒の飲める歳なのねぇ……。
   私も危機感持たないと行き遅れるわこりゃ」シミジミ

フレメア「麦野さんいくつだっムガ!!」

麦野「それ以上聞いたら姉貴と同じ末路辿らせるわよ」

フレ「」コクコク

心理(洒落になってないわね……むしろ、洒落で済むぐらいの仲だって事かしら?
   なんか腑に落ちないわね、この二人の単位距離)


837 : 天使編① - 2011/09/07 21:07:56.87 k/UA3l4t0 1301/2388



真理「しずりんこわい」

美琴(婚后さんなんて本当にどこから嗅ぎ付けてここに来たのかしら)

風斬「あ、あはは…………」

美琴「主役(はなよめ)そっちのけのあんな連中ばっかりなんだから、
   風斬さんも遠慮しないで一緒に楽しみましょうよ」

風斬「いいのかなぁ……?」

美琴「インデックスの友達なんだから、良いに決まってますって。それに」

風斬「それに?」

美琴「私たちだって、もう友達ですよね?」ニッコリ

風斬「う」ドキ

美琴「…………ダメ、ですか?」ウワメヅカイ

風斬「だだだ、駄目じゃありませんよ!? 
   今日から私と上条さん、じゃなかった、美琴はお友達です!」

美琴「ふふ、氷華さんみたいな人が当麻とインデックスと共通の友人だなんて嬉しい」ニコ

風斬「」マッカ



イン「さすがはフラグ夫婦の片翼、性別なんて小さき事なんだよ」ゴクゴク

打止「それ、インデックスさんにだけは言われたくないと思うなぁ」

イン「………………へ、なんで?」


838 : 天使編① - 2011/09/07 21:09:27.63 k/UA3l4t0 1302/2388



風斬「と、とりあえず作れるだけのお料理は作ってきちゃいま……きちゃうね」イソイソ

美琴「プロの料理人に対してさすがにその領域までは踏み込めないわよねー。
   出来たら呼んでくださいね、あっちの呑んだくれども動員しますから」

風斬「(それはそれで不安なんだけど……)ではお客様、失礼します」ペコリ


パタパタ


イン「ひょうかもしっかり落とされちゃったなあ」

美琴「落とす? そういえば空飛べるんだっけあの人」

打止「空を舞ってるのはお姉様の思考回路じゃないかな…………ん?」


ドォン!


イン「い、一升瓶?」

麦野「よう、インデックス、第三位。それから……第一位の嫁だっけ? まあ飲みなさいよ」ツツツ

美琴「あら、麦野さんじゃない。飲み過ぎて浜面さんに怒られないようにね」ドウモ グイッ

真理「しずりんだ!」

麦野「その呼び方止めなさい」

イン「二人とも知り合いだったの?」



美琴「…………あー、まあ、その。同じ超能力者の誼で」

麦野「…………えー、ほら、あれだ。浜面ん家で時々お茶するから、その縁で」

イン「? まるでⅣ勇者とピサ○が一緒のパーティで旅してるみたいなぎこちなさなんだよ」

美琴「それはどっちかっていうと私と一方通行だけどね」

麦野「あの辺の心情的なしこりさえ除けばPS版は名リメイクよね」

打止「私がロ○リーポジション? ってミサカはミサカは悲劇のヒロインぶってみたり!」


839 : 天使編① - 2011/09/07 21:11:05.15 k/UA3l4t0 1303/2388



心理「………………あなた達、何の話してるの?」

フレ「んあー、大体、名作と言ったらⅤに決まってるんだにゃあ」

麦野「いやⅢだろJK。そんなところまでフレンダにそっくりね…………。
   アイツはスーファミ時代のス○ウェア&エニ○クス信奉者だったわ」



美琴「そっちの二人は本格的に誰だかわからないんだけど……」

打止「みんなインデックスさんが呼んだの?」

イン「しずりとフレメアは結婚前夜祭をやるっていったら二つ返事で来たんだよ」

美琴「アンタ酒飲みたかっただけでしょ」

麦野「だってさ、ズルくない? 『アイテム』で招待状貰ってないの私だけなのよ?」

打止「ご、ごめんなさい」

フレ「ハブられたんですか(笑)」

麦野「ふーれめあぁ?」

フレ「結局大体、『フレ/メア』だけは勘弁してほしいって訳よ!」

麦野「ぐっ、のヤロ……!」グサグサ

心理(ああなるほど。トラウマを抉る方向でチクチクやってるのね、結構性格悪いわこの子)

フレ「さっきのお返しだにゃあ」

麦野「冗談で紛らわされて、アイツも浮かばれないわね」ハァ

フレ「遠慮せずに言いたい事は言う、って決めたでしょ?」

心理(お互いの傷に触れようとお構いなしの単位距離。
   これってなんて呼ぶのが相応しいのかしらね、ふふ)


840 : 天使編① - 2011/09/07 21:12:29.60 k/UA3l4t0 1304/2388



美琴「その件についてはしょうがないわよねぇ。
   浜面夫婦は新郎の友人で、絹旗さんと黒夜さんは家族だもん」

打止「あの人はメトロノーム並みに首振って否定してたけどね」

麦野「それ映像で残してたりしてない?」

打止「ふふふ、抜かりはありませんぜ親分。
   あの人のちょっと恥ずかしい姿だけをピックアップして
   編集したスペシャルビデオを二次会で公開予定だったり!」

フレ「一方通行の? あーん、何それ見たかったなあ」

麦野「ちっ、せっかく第一位の痴態を観賞できるチャンスだったのに。
   この店カラオケ用のモニターとかないの? ……ないなぁ」

イン「それでもみことなら……みことなら、きっとなんとかしてくれる……!」

美琴「なにこのまったく嬉しくない絶大な信頼感」

真理「zzz」オネム

心理「ツッコミ不在って場のコントロールが大変ね。男衆の方に偏りすぎてるのかしら」チビチビ



打止「えーっと、それであなたは?」

心理「私は“向こう”の会場に上司が居るから、何かあった時の為に待機してるだけよ」

イン(なんか奥さんみたい)

美琴「それでも主賓に向けて一言あるべきでしょうに」

心理「…………確かにそうね」


841 : 天使編① - 2011/09/07 21:14:20.59 k/UA3l4t0 1305/2388



ペコリ


心理「申し遅れました。私、DM社(株)の代表取締役を務めております、
   メジャー定規という者です。この度はご結婚おめでとうございます」

打止「は、はぁ(メジャーって定規の事だよね……定規定規?)」

心理「お子様がお生まれになった際には是非、当社に御一報を下さいませ。
   DMが自信を持ってお薦めするおもちゃで情操教育の手助けをさせていただきたく」

打止「え、ちょ」

心理「こちらのカタログをどうぞお持ち帰りください。ちなみにこの夏の目玉商品は
   『暗闇の五月(バーニング・ダーク・フレイム・オブ・メイ)チョッキ』
   となっておりますのでどうぞよしなに」ペラペラ

美琴「名前長っ! 読み仮名酷っ!! それ絶対おもちゃじゃないわよね!」

イン「その思春期特有のネーミング、対象年齢十五歳ぐらいだと思うんだけど」

麦野「どっかで聞いた事あるような……っつーかあの冷蔵庫野郎、結局アレを売り出すの!?」

フレ「情操形成に大体、何の貢献もしそうにないし」

打止「結局ミサカは祝福してもらったのか、それとも押し売りされただけなのか」

心理「さあね、それは歴史が決める事よ」フッ

打止(………………意味がわからない)



イン「こういうときステイルなら、バシッと良いのを一発を入れてくれるんだよ」

美琴「一方通行でもいいんだけど、どっちにしろ偉大な存在だって痛感させられたわね」

打止(本人たちが聞いたら涙流すだろうなぁ…………血の)


842 : 天使編① - 2011/09/07 21:15:54.89 k/UA3l4t0 1306/2388



心理「ほら、あなたたちも明日のヒロインに一言申し上げなさいな」

麦野「ん、ああ…………第一位とは知らない仲じゃないんだけどさ、アンタとは初めてね」

打止「そういえばそっちの外人さん、昔顔を見た事があるような、
   ってミサカはミサカは頭を捻ってみたり」

フレ「へ? 私は全然覚えてないよ」

打止「気のせいかな…………」



麦野「とにかく。血腥い人生なんざ綺麗サッパリおさらばして、幸せにやんなさいよ」

打止「ど、どうもありがとうございます」ペコ

フレ「よくわかんないけど結婚おめでとう! 私も彼氏欲しいなぁ」

麦野「…………もし男ができたら、『アイテム』の誰でもいいから紹介すんのよ」

フレ「あはは。真っ先に麦野さんに電話するから、大体心配しないでいいよ」

麦野「………………フン」ソッポムク



美琴(良くわかんないけど、複雑そうね麦野さん)コソコソ

イン(基本サバサバしてるしずりには珍しいかも)ボソボソ



打止「ありがとう。ミサカは必ず幸せになります、って宣言してみたり」テレテレ


843 : 天使編① - 2011/09/07 21:18:09.58 k/UA3l4t0 1307/2388



風斬「上条さーん、お料理が出来ましたよー」チューボーカラデスヨ!

美琴「待ってました。ほら、そっちの酔っぱらいども!」

イン「るいこー、くろこー、手伝って欲しいんだよ。それから…………うっ」



白井「お姉様とお姉様のお姉様のお呼びですの!?
   お姉様パラダイスへの入場を許可されてもう、
   もう黒子は…………お姉様ヘブゥゥン!」ビクンビクン

佐天「ひゃひゃひゃ、白井さんってばお姉様がゲシュタルト崩壊してるよ!」ゲラゲラ

鉄装「あ、はい、えっと、何をすればいいんでしょう、うぷ」

美琴「ご、ごめんなさい、鉄装先生は無理しないで座っててください」

鉄装「申し訳ありません……………私っていつもこう、肝心な時に役立たずで」イジイジ

美琴「ああもう! 黒子、佐天さん!! 厨房に行って氷華さんを手伝ってきなさい!」

白井「了解ですの! アンチスキルですの!!」ヒュン

佐天「もはははは、イミフだよ白井さーん」タッタッタッ

美琴「…………はあ、それから」



婚后「あら御坂さん、お久しぶりですわー。いつぞやのテストパイロットの方も」ポワポワ

イン「ぅぅぅぅぅ」ビクビクビク

美琴「い、インデックス? 重度の本態性振戦みたいな震え方してるわよ」

打止「まるで某大作RPGの奥義の名前みたいだけど
   大変な目に遭ってる方もたくさんいる怖い病気なんだよ、
   って豆は豆はミサカ知識を披露してみたり」フラフラ

鉄装(突っ込んどくべきなのかな……)


844 : 天使編① - 2011/09/07 21:19:32.66 k/UA3l4t0 1308/2388



美琴「こ、婚后さん。久しぶりで積もる話もあるけど
   インデックスがこの調子だから、また後にしましょうね」スタスタ

イン「」ガクガクブルブル

婚后「あらあら、残念ですわね」オホホノホ

美琴「ほら、歩ける? テーブルに座って大人しくしてたほうが」

イン「あ、あの人から離れさえすれば収まると思うんだよ。
   私だってひょうかのお手伝いしたいかも」ブルブル

打止「じゃあ私も!」

美琴「主賓は座ってふんぞり返ってなさい」

打止「ちぇー、つまみ食いしたかったのに」

美琴「だと思ったわよ……」



厨房



イン「………………」キラキラ

美琴「………………わぁお」

風斬「あ、インデックス、上条さ……み、美琴」テレ

美琴「す、凄い…………コレ全部、さっき別れてから今までの間に、しかも一人で?」


845 : 天使編① - 2011/09/07 21:20:44.35 k/UA3l4t0 1309/2388



佐天「いやーすごいですよね風斬さん! 思わず酔いが醒めちゃいましたよ!」

白井「中華・トルコ・フランス・イタリア・インド・そしてもちろん日本。
   王侯貴族によって研鑽された歴史ある宮廷料理から、民間に広く親しまれる郷土料理まで。
   この白井黒子、名門常盤台の卒業生として多少は食への造詣に
   自信があったのですが…………感服いたしましたの、風斬さん!」

風斬「そ、そこまで仰々しいものじゃあないですよ」

美琴「いやほんと、これは綾乱のメイドも真っ青よ。氷華さん、どこで修業したんですか?」

白井「さぞ高名な料理家のお弟子さんとお見受けしましたの!」

風斬「あー、えー、その………………か、神様みたいな人……人? で、ですかね」アハハ

佐天「そりゃま、弟子にとっては師匠ってそういう存在ですよね」

イン(ひょうかの先生……?)ハテ

美琴「ま、別に誰でもいっか。それより黒子、佐天さん、テーブルまで運びましょ」


ヤイノヤイノデスノ

ツマミグイシナイノサテンサン!

タハー バレマシタ?


風斬「………………ふふ」

イン「ひょうか、身体の方は問題ない?」

風斬「心配しないで。だって私は――――『天使』なんだよ?」

イン「………………」

風斬「あれ、インデックス?」


846 : 天使編① - 2011/09/07 21:22:14.80 k/UA3l4t0 1310/2388



イン「今のはひょうかだから許せるけど、仮にみことのドヤ顔で
   発言されてたらと思うと引っぱたきたくなる事請け合いかも」

風斬「ええぇぇぇ!? わ、私そんなにアレな事言ってた?」

美琴「ちょっと聞こえてンわよバカシスターァァァ!!」

イン「ほらほらお皿落としちゃうよみことぉ(苦笑)」

美琴「んぬっ、おっ、おっとと! あ、後で覚えてなさい!!
   っていうか誰よ満漢全席なんて頼んだヤツーーーーっっ!!!」フラ フラ

イン(メニューに載ってる時点でどうなんだろう、それ)


オマールエビトアワビノフリカッセデスノー

トムヤムクンイッチョウ!

チョットアンタラショウジキニハクジョウナサイ!


風斬「いい人だね、みんな」

イン「みことの昔からの友達で、これからはひょうかの友達なんだよ? 当然の事かも」フフン

風斬「インデックスの友達だからいい人、って見方もできるよね」フフ

イン「…………ひょうかも言うようになったんだよ」カァ



配膳中…………



美琴「そういえば初春さんは?」

佐天「そりゃあもう、中の人も花粉撒き散らすぐらい来たがってたんですけどね」

白井「上司に仕事をしこたま押しつけられたとかで
   会社に缶詰らしいですわ。ザマアミロ、ですの」ケケケ

美琴(上司って、麦野さんと一緒のテーブルに座ってたあの人の事よね)


847 : 天使編① - 2011/09/07 21:23:52.56 k/UA3l4t0 1311/2388



佐天「初春といえば、この間の事件では久々に四人揃って動きましたよね」

白井「昔から色々無茶な事に首を突っ込んでは来ましたが、先日の件は次元がまるで違いましたの」

佐天「統括理事会の指揮下で一位と六位を除く超能力者が揃い踏み、だもんね。
   当事者じゃなかったら、聞いただけでワクワクするシチュエーションなんだけどなぁ」

美琴「理事会は私をあてにするつもりはなかったみたいよ? 
   生き残れたのはひとえに運が味方してくれたから。
   そう思えるぐらいの怪物が敵じゃあ……大事をとっても仕方がないのかもしれないけど」

佐天「納得してない、って顔ですね」

白井「そう気を揉まなくとも、単純に強さを基準とした選抜でない事は
   第一位様が同様に戦力外とされている点から明白だと思いますが」

美琴「いや、実はね。第一位……一方通行が戦力から外された理由は、何となくわかってるの」

佐天「そ、そうなんですか?」



美琴「アイツはここ一月ばかり、目に見えて情緒不安定だったわ。
   確かにアイツは私が“一万人”束になろうが敵わないほどに“能力は”強い。
   でも心身の不均衡と、打ち止め(だいじなひと)っていう弱点を同時に突かれたら?
   ある意味一方通行は、現在学園都市で最も弱い超能力者だった、ともとれるの」

白井「なるほど、それでいて『第一位』のネームバリューは健在ですものね。
   警戒心の強い魚を呼び込むため、釣り針から外す餌としては正に最適。
   メンタルに不安のある第一位さんを戦場から遠ざけることもできて、一石二鳥ですの」

佐天「は、はぁー…………そんな深い意味があったんですか」

美琴「そこにくると、私や当麻が戦線から外されて
   何も知らされなかった理由ってのが、どうにもわからないのよ」

佐天「旦那さん、アメリカに行ってたんですって?」

美琴「うん。公式会談の翌日から急に(例の“アレ”で)飛ばされて、昨日帰ってきたわ。
   私も突然常盤台で講演会の予定を入れられて、変だとは思ったの」


848 : 天使編① - 2011/09/07 21:25:31.82 k/UA3l4t0 1312/2388



白井「…………お姉様、これは黒子の当て推量なのですが」

美琴「なにか思い当たる事があるの?」

白井「理事会が戦力として数えた方々は、ある種の覚悟を持った方だったと思いますの。
   かつて学園都市に隠されていた『闇』に深く身を沈めた経験ある御仁。
   少なくともわたくしが共闘した結標さんと浜面さんはそうでした。
   そしてわたくしは、彼らの“覚悟”を止められなかった」

佐天「覚悟っていうのは…………」

美琴「“殺す覚悟”、ね」

佐天「……!」

白井「彼らの覚悟や決意、そういった『暗さ』を目の当たりにして。
   その後でお姉様にお会いした時、わたくしは、途轍もない『眩しさ』を感じました。
   トンネルから出るとしばらく視界が白く染まるアレですわね。
   ちょっと潜っただけのわたくしがそうなのですから、
   トンネルの中の住人さんたちは尚更だったのではないでしょうか?」

美琴「………………そんな」



美琴(私は胸を張れるような、明るい場所だけを歩いてきた女じゃあ……)

佐天「美琴さん自身がどう思ってたとしても、やっぱりあなたは眩しい人だと思いますよ」

美琴「! さ、佐天さんほどじゃないと思うけど」ゴニョゴニョ

佐天「やだもー、お世辞はいいですって! まあそれはさておき。
   ステイルやインデックスも、多分統括理事会の人も、
   上条一家には危ない目に遭って欲しくなかったんじゃないですかね?」

美琴「あの二人、というかインデックスがそういう考えに至るのは納得できるけどさ。
   学園都市の上層部にまで配慮してもらうようないわれはないわ」


849 : 天使編① - 2011/09/07 21:27:39.83 k/UA3l4t0 1313/2388



佐天「そこで白井さんのあてずっぽうですよ!」

白井「当て『推量』ですの! 悪意ありありの間違え方はやめてくださいまし!」



佐天「学園都市にとって『上条当麻』と『御坂美琴』の
   名前が持つ意味は、二人が考える以上のものなんです。
   かたや世界に名を轟かせた『ヒーロー』で、かたや科学の最前線に立ち続ける『ヒロイン』。
   誰もが二人の乗った気球を尊敬と、羨望と、ちょっぴりの嫉妬を籠めて見上げてます。
   上で実際にどんな強い風が吹いてても、下から見る人たちには関係の無い事です。
   陳腐な言葉を選ばせてもらえば――――希望そのものなんですよ、二人は。
   だからこそ親船さんは、あまり多くの荷物を背負わせたくなかったんじゃないでしょうか」



白井「むむ、やりますわね佐天さん。私も概ね同意見ですの、お姉様」

美琴「…………ふふ。まあ、結局はあてずっぽうの空想よね」

白井「その言い方とタイミングだとわたくしがテキトーに妄想をぶちまけた、
   みたいに聞こえるので勘弁してほしいですの」ハァ

佐天「そこに麦野さんがいるんだから、聞いてみたらどうです?」

美琴「事実がどうであれ、絶対答えてくれないわよ。素直じゃないもんあの人」ヤレヤレ

白井「…………ブーメランはお得意ですか、お姉様?」

美琴「普通に、投げればちゃんと返ってくる程度には出来るけど」キョトン

白井「それはよござんした」

美琴「?」

佐天「ははは。さ、言ってるうちにこれでラストですよ」ヨッコイセ

美琴(…………はぁ、私も誰かに諭されてるばかりじゃ駄目だわ)



(あの子の背中、もう一度押してあげないとね)




857 : >>1 ◆weh0ormOQI - 2011/09/09 20:14:53.01 FRgvonin0 1314/2388




第四学区 とあるビルの前



ステ「このビルかい?」

一方「三階だ、そっちの階段登れ」


タン タン  コツ コツ  タン タン


当麻「一階も同じ看板かかってたぞ?」

一方「店舗が三・四・五階、下は厨房やら倉庫やら、上は事務所だな」

当麻「学園都市第一位プロデュースの店だもんなぁ、そんぐらいは普通か」

一方「オレァ出資しただけだぞ……いや、出資させられたっつうンだよなありゃ」ゴニョゴニョ

ステ「? 何にせよスケールの大きい話で羨ましい事だ。
   おや、ここからミス風斬のレストランが見えるね」

当麻「打ち止めたちは今ごろ楽しんでるだろうな……“独身最後の夜”を、さ」

一方「ちっ、頼ンでもねェのにお節介野郎が。で、どっちの演出なンだ?」

ステ「ん?」

当麻「え?」

一方「は?」




「「「…………」」」





858 : 天使編② - 2011/09/09 20:15:35.91 FRgvonin0 1315/2388



ステ「…………まずは、各々の認識を突き合わせようか」

一方「テメエがこの店に連れてけってメール寄こしたンだろうが、三下」

当麻「い、いやいや! お前がちょっとブルーな夜を酒で紛らわしたいからってメールで」

一方「誰がコバルトへと消える真夜中のマリッジブルーだァァァ!?」

当麻「そこが琴線なのかよ!? お前のツボがよくわかんねーよ!」

ステ「僕も状況はこいつと同じだ。まあどのみち、君たちには「0715事件」について
   僕の口から説明するつもりだったからね。渡りに船だ、と思って来たんだ」

当麻「だいたいお前の店なんだから、本人の企画だって思うのはごく自然な事だろ」

一方「くそがッ! じゃあ誰だ、こンな舐めた真似しやがるのは……!」



ステ「第一候補:土御門」

当麻「納得した」

一方「すンげえ納得した」

ステ(土御門ブランドの説得力ときたら他の追随を許さないな……)

当麻「どうする、帰るか?」

一方「はン、ふざけンな。ここまでコケにされておめおめと帰れるかよ」

当麻(俺ら何かバカにされたっけ?)ボソ

ステ(メールの“マリッジブルーな夜”のくだりだろう。完全に図星だったと見える)ボソ

当麻(ああ、そういう…………)ウンウン


859 : 天使編② - 2011/09/09 20:17:15.53 FRgvonin0 1316/2388



一方「誰が相手だろうと知った事か、人を謀ったオトシマエ付けさせてやらァ!!」

ステ(イヤな予感がプンプンだ。しかもこういう時に限って
   外れた試しがないんだよなこの手の第六感は…………ん? この看板)




                      『居酒屋 神の力』




ステ「帰る」

当麻「おい、どうしたお前まで!?」

ステ「黙れ鳥頭! この店名を見て何とも思わないのなら
   『四次大戦の英雄』なんて肩書は今すぐ捨てろ!!」

当麻「ああ、別にアックアが店主務めてるとかじゃないぜ? 
   ただもうちっとアレなのが居るけどさ」

ステ「覚えてた上で僕を連れてきたという事は…………!
   まさか何が起こるか承知の上で罠にかけたんじゃないだろうなぁ!?」

当麻「いやそんな事はねえけど」

一方「モタモタしてンじゃねえよ三下ども、行くぞ」

ステ「待て、せめて心の準備をさせてk」


ガラッ


ステ「聞けええっ! くそ、落ち着けステイル=マグヌス!
   魔術師だろうが超能力者だろうが、この期に及んで何が出てきたところで」

860 : 天使編② - 2011/09/09 20:18:28.10 FRgvonin0 1317/2388
















ガブリエル「nciwe歓迎mapkzisお久effop」イェーイ




ステ「予想飛び越えすぎて天界まで行ったァァーーーーッッッ!!!??」




当麻「よう久しぶり。店に来るのは初めてだな、楽しみにしてるぜ」ヒダリデポンポン

一方「おい大天使、この件の首謀者はどこにいやがンだ?」

ガブ「nogwq照euqwoimzuwaf客yeg和室bcils」




ステ「馴染むなぁぁぁ!!! 僕を置いてきぼりにしないでくれ頼むからああああ!!!!」


861 : 天使編② - 2011/09/09 20:19:43.52 FRgvonin0 1318/2388



五分後


ステ「とにかく、説明をしてくれ。この…………えっと、レディーはまさか……」

ガブ「giuwgexo淑女uoafveh嬉bozsoia」

一方「“これ”見てレディーなンつう台詞が出るたァマグヌスくンのフェミっぷりも本物だな」

当麻「ステイルってそんな紳士キャラだったっけ? 
   インデックス以外の女には容赦なかったと思うけどな。アニェーゼ部隊とかオリアナとか」

ステ「彼女らは敵だっただろう。…………ここ数年で前最大主教にみっちりしこまれてね。
   曲がりなりにも女性の姿をとっているのなら、相応の扱いをさせていただくよ」

当麻「ま、コイツは大天使ガブリエルだから性別なんて有って無きが如し、だけどな」

ステ「またあっさりと暴露してくれたな……薄々そうだとは思ってたけど。
   天使を直接見るのはミス風斬以外では初めてだが…………なんていうか」

当麻「テレズマだっけ、アレが空っぽになってるらしいんだよ。
   だから今のガブリエルは普通の人間と変わらず食う寝る働くの生活してるんだ」

ステ「んなアホな。いやしかし一ヶ月彼女の存在を感知できなかったのは事実だしな……」ブツブツ



当麻「こいつは三次大戦が終わってしばらくした後、
   風斬の前にひょっこり現れたらしくてさ」

一方「その後いろいろあって料理の道に進ンだ二人を俺が金銭的に支援しましたァ、以上」チャンチャン

ステ「『いろいろ』の部分に何があったのかを聞きたいんだよ!
   君にいったいどんな義理があったっていうんだ一方通行!!」

一方「強いて言えば、殺し合った仲?」

ガブ「iucgre激闘adng氷華igire三人仲良h」

ステ「ああもうダメだ、胃が痛くなってきた。
   ついでにいろいろどうでも良くなってきた。料理の腕は確かなのかい?」

一方「この世とは異なる世界の料理とかは出ねえから安心しろ。
   つうかそうじゃなかったら店なンざ開けねえだろ」

ステ「もっと根本的に納得できない部分が山盛りなんだが……もういいや、どうでも」トオイメ

当麻(ステイルが投げた…………)


862 : 天使編② - 2011/09/09 20:20:29.05 FRgvonin0 1319/2388



当麻「で、パーティ会場はどこだ?」

一方「上の和室でもうおっぱじめてるらしいぜ」

ステ「なにサラッと天使言語理解してるんだ!?」

当麻「落ち着けよ、まずは一杯やって気を静めようぜ」

ステ「だったら今すぐこの店から帰らせてくれ! それが一番の鎮静剤だ!!」



居酒屋『神の力』 四階 和室前



一方「さあて、この襖の向こうに居る筈だぜ」

当麻「中から『ど根性ガエル』の主題歌が聞こえてくんだけど」

ステ「誰がいるのか早速一人確定したな…………」

一方「大人しく出てきやがれ、土御門ォォッ!!!」



モイチドガラッ








??「よく来たな、一方通行」


863 : 天使編② - 2011/09/09 20:21:24.59 FRgvonin0 1320/2388



??「この俺の事を、忘れたとは言わせねえぜ」


??「なにせ俺はテメエを史上最も窮地に追い込み、そして“殺された”男なんだからなぁ」


??「もうわかったな? 株式会社DMの公式マスコットとは世を忍ぶ仮の姿」


??「その正体は泣く子も笑わせるDMホールディングスの会長にして」


??「『常識の通用しない』でお馴染み」









1324649432-863







「『未元物質』こと、垣根帝督だッ!!!」




864 : 天使編② - 2011/09/09 20:22:16.27 FRgvonin0 1321/2388



垣根「久しぶりだな、第一位ィィィ!!!!」

当麻「…………」

ステ「………………」

一方「……………………?」

垣根「!?」



垣根「おいおいおい待て待て待て!」バサッ バサッ

一方「うるせえ冷蔵庫だな、なンだよ」

垣根「今の『?』は、どういう了見だコラ!!」バサバサバサ

一方「そのまンまだよ。お前誰だ? どっかでお会いしましたっけェ?」

垣根「はああああああああ!?」バサササササアッ!

一方「鬱陶しいからそのキショイ羽引っ込めろ。風圧でニューヨークが大迷惑被ンだろ」

垣根「どんなバタフライ現象だぁぁぁ!!」

当麻「一方通行、知り合いか?」

一方「オレのアドレス帳に『空飛ぶ産業廃棄物』フォルダなンざねェよ」

ステ「僕のにはあるがね」

垣根「神父テメエ俺のプライベートアドレスそんな扱いにしてやがったのか!?」

ステ「他にどう分類しろっていうんだ」

垣根「どうとでもやりようあるだろが!」


865 : 天使編② - 2011/09/09 20:23:31.02 FRgvonin0 1322/2388



一方「で? 結局誰なンだよ」

垣根「肩書と本名に能力名まで付けて声高に叫んでやっただろうが!!」

一方「DM社の会長さンだァ? 冷蔵庫の癖にICチップ焦げついてンじゃねえのかこのポンコツ」

当麻「今更だけどさ、DM(Delight Measure)とDark Matterって掛けてあんのかな?」

垣根「ほんとに今更だなっていうか解説されると何か恥ずかしいから止めてぇぇっ!!!?」



小萌「自分のシンボルを大事な物にさりげなく混ぜ込むという行為は心理学上
   『大事なあの人にわかって欲しいけどあからさまだとちょっと恥ずかしい』
   的な複雑な乙女の自己顕示欲を象徴するのですよー」

当麻「小萌先生!?」

ステ「…………いたのか」

小萌「ひどいですね二人とも!」

ステ「すまない、素で気が付かなかった」

小萌「うう、やっぱりステイルちゃんはインデックスちゃん
   一筋ですから他の女の子など目に入らないのでしょうか?」ショボーン

当麻(女…………の子…………?)



小萌「し、しかし決定的なアドバンテージを奪われようとも決着がついた訳ではないのです!
   これから先生が持つ大人の女特有の魅力で少しでも存在感をアピールして」

ステ「いや、単純に身長差の問題だろう。物理的に考えて」

小萌「ますます救いようがなくなってるのですよ!?」


866 : 天使編② - 2011/09/09 20:24:36.75 FRgvonin0 1323/2388



姫神「……………………私も。いる」

ステ「ぬわあああっ!?」

当麻「ひ、姫神いたのか! それに、そっちは吹寄じゃんか」

吹寄「失礼な男ね、上条。成長がまったく見られないわ」

当麻「密かに気にしてる事をズバリ突いてくんなよなお前! でもどうしてこの店に?」

吹寄「私が社会人野球でピッチャーやってるのは知ってるでしょ?
   次の大会に向けて英気を養うって名目で、社長が友人同伴可の酒席を設けてくれたのよ。
   …………肝心の社長は不在で、何故か会長がギャーギャー騒いでるけど」

ステ「垣根の事情を知ってるのかい?」

吹寄「どちら様? このアンポンタンの御友人?
   だったら人付き合いを考え直す事をお勧めするわね」

当麻「おい」

ステ「おっと失礼、僕はイギリスから来たステイル=マグヌスといいます。
   そこのスカポンタンとは単なる腐れ縁ですのでご心配なく」

当麻「おいってば」

吹寄「そう、それは一安心だわ。申し遅れたけど、DM社野球部の吹寄制理です。
   そういえば先生や秋沙からあなたの話を聞いた事があったわ」

ステ「素性を信用してもらえたようで何より。それで先ほどの質問なんだが」



当麻「いくらなんでもひどくね…………?」イジイジ

姫神「元気出して。上条くん。私なんて悲鳴を上げられたっきり触れてもらえてないから」


867 : 天使編② - 2011/09/09 20:25:56.21 FRgvonin0 1324/2388



吹寄「あの人野球好きでよく練習を見学しに来るのよ。
   配球論やら変化球論やらで話が弾むうちに、ポロッと口が滑ったらしくて」

ステ「馬鹿か、あの男は…………」

吹寄「それからというもの社長命令で、会長が外出する場合には大抵付き合わされるわ」

ステ(ああ成程、お目付役なのかこの人)チラリ



ギャーギャーギャー



一方「いい加減にしねえと羽毟りとンぞクソメルヘン!」

垣根「テメエやっぱ俺の事覚えてんじゃねえか!」

当麻「さっき“殺された”とか物騒な言葉が聞こえたんですが……」

垣根「ん? ああ、お前が噂の『幻想殺し』か。文字どおりの意味さ。
   俺はコイツに生命活動を止めるほどの重傷を負わされて、戸籍上死亡してんだ。
   殺しても殺したりねえ相手だ、このクソ第一位サマはよぉ!」

ステ「和解してるわけじゃあなさそうだね」

垣根「当たり前だろうが。どこのモノ好きが自分をブッ殺してくれた野郎と仲良くすんだ」

一方「………………花飾りの女はテメエを許してるみたいだけどな」

垣根「はっ、だから俺も過ぎた事は水に流せってか?
   ふざけんじゃねえよ。アイツはアイツ、俺は俺だ」

一方「あァそうかいそうかい、じゃあやろうってンだな?
   いつでもイイぜ、今からでもかかって来なァ!
   一つだけ言っとくが、また打ち止めや妹達に手ェ出したら」


868 : 天使編② - 2011/09/09 20:27:20.32 FRgvonin0 1325/2388



垣根「………………問題はそこなんだよなぁ」

一方「ただじゃすまさ、ってアレ?」



垣根「ぶっちゃけた話、彼我の戦力差って十年前から開く一方なんだよな。
   残念なことに勝ちのビジョンがまるで見えてこねえし、大体俺はこの身体だ」

一方「ん、あ、あァ…………そうかもな」ヒョウシヌケ

当麻「じゃあアンタ、もう一方通行と闘うつもりはないのか?」

垣根「諦めちゃいねえよ。ただ全ては肉体を完璧に取り戻して、それからだ。
   だからこの場では殺さずにおいてやるよ、感謝しろ第一位?」ククク

一方「…………テメエなンざ、俺にとっちゃどうでもいい存在なンだよ。
   そっちこそ今スクラップにされない幸運に土下座して涙流せ」

垣根「せいぜい嫁との腐れ甘い新婚生活を楽しんで腑抜けろよ。
   いつ俺に殺されても悔いなくオネンネできるようにな」

一方「ケッ、いちいち台詞が浅いンだよ小悪党が」



姫神(この会話がもしツンデレ同士の愛情の裏返しに見えてしまったら。
   あなたもめでたく腐った女子の仲間入り。私は。違う)

当麻「姫神、いま何か言ったか?」

姫神「別に。なにも」

ステ「それで、結局この茶番の目的はなんだったんだい?」


869 : 天使編② - 2011/09/09 20:28:48.97 FRgvonin0 1326/2388



垣根「雲川とか言うアマに、『幻想殺し』と第一位への
   事後報告を押し付けられたんだよ。良い御身分だぜまったく」

ステ「…………一部始終の説明なら、道中で僕が済ませてしまったんだが」

垣根「はぁ? な、なに余計なことしてくれてんだテメエ!!」

一方「くく、くきゃきゃ!! 自分の仕事が無くなった事も知らずに
   『よく来たな、一方通行』とか気取ってたのかよ?
   カカカ、ホントおめでたいメルヘン脳してやがンな垣根くゥン!!」

垣根「ああああ!? やっぱ気が変わった、今すぐにぶっ殺してやr」





??「そぉぉぉこぉぉぉまぁぁぁでぇぇぇだぁぁぁぁ!!!!」





垣根「邪魔すんじゃねえよ熱血アホ! 今は俺とコイツの問題で」

??「喧嘩は止せ! 警備員として見過ごしてはおけんな、喰らえ正義の鉄槌!!」

垣根「!? オイ馬鹿止めろおおおおお!!!
   テメエの鉄槌は洒落にならねえっていうか喧嘩売ったのはあっち、あ、ちょ」



削板「真・ばぁぁぁくねぇぇつ!! ゴォォォォォッドすごいパーンチ!」

垣根「ごっ、があああああああああああああ!!!??」


870 : 天使編② - 2011/09/09 20:30:16.19 FRgvonin0 1327/2388




バガン!! ヒューーーー チュドーン



一方「おー、飛ンだ飛ンだ。壁に大穴空いちまった」ククク

当麻「轟! と音を立ててノーバウンドで13kmは飛んだなぁ」

ステ(なぜ距離までわかる…………?)

削板「お前ら来てたのか!! 水くせえな、一声掛けてくれればいいのによ!」

ステ「いやまあ、君の存在は部屋に入る前からその暑苦しいオーラでハッキリしてたんだが」

一方「お前がずっと一人でマイク握って熱唱してたからタイミング見失ったンだよ」



削板「おお、第一位じゃないか!! 結婚おめでとう!!!」

一方「今日初めて祝われた気がするンですけどォ…………ま、ありがとよ」

当麻「あ、どうもお久しぶりです。この間は美琴が世話になったみたいで」

ステ(年上に敬語を使っている上条当麻には異常なほど違和感があるな……。
   っていうかこの男、かなりの重傷だった筈じゃ…………)

削板「よう上条! お前の嫁さんはイイ女だな!! まあ俺の程じゃあないが!!!」

当麻「へ? 削板さんって結婚してたっけ?」

削板「おっといけねえ。今のは言い間違いだから気にするな、ははは!!」

ステ「そんな豪快な言い間違いがあってたまるか! 誤魔化す気ないだろ!?」

削板「むむむ、大した洞察根性力だなお前。実はな……ベビーが出来たんだ!」

一方「出来婚かよ、イメージに合わねェな」

当麻「へえ、それはおめでとう! で、相手は?」

ステ(今耳にした謎のパワーはツッコミどころじゃあ……僕が間違ってるのか…………?)モンモン


871 : 天使編② - 2011/09/09 20:31:07.97 FRgvonin0 1328/2388



削板「はは、それは時が来るまで秘密だ!!
   上条家には招待状を送るから、首を洗って待っててくれ!」

当麻「いや首は洗いませんよ!?」

ステ「あまり自信はないが……もしかして、『首を長く』の間違いだろうか」

削板「おお、芹亜以外に理解してもらえたのは初めてだぞ!
   だけど悪いな、俺の運命の相手はアイツ一人と決まってるんだ!」

ステ「意味不明な上に悪寒のする勘違いは止めろっ!!」

一方(…………『せりあ』?)ハテ

当麻(………………どっかで聞いたような……いや、まさかな)ハハハ



削板「では役者も揃ったところで『0715事件』について説明しよう!」ババーン!

当麻「冷蔵庫が一台、空の彼方に消えたまんまだけどな」

一方「理事会の総括と見解には確かに興味があるがよ。
   よりにもよってお前の口から語られたらこンがらがるに決まってるぜ」

ステ「っていうか、向こうにバリバリの一般人もいるんだが」

削板「その点についてはモーマンタイ!
   俺の仕事はこの書類の収められたディスクを渡す事だけだからな!」ホイ

ステ「じゃあ何のために呼びつけたんだ…………郵送で十分だろうがこんな小さなディスク」

当麻「いや、機密保持の観点からするとあまり望ましくはないぜ」

ステ(上条当麻に正論で諭された……死にたい)ズーン

当麻「すげー失礼な事考えてるってだいたいわかるからな!?」


872 : 天使編② - 2011/09/09 20:32:11.75 FRgvonin0 1329/2388



削板「以上! 俺の用件は終わりだ」

当麻「すげーあっさり!」

一方「仕方ねェ、後は当初の予定通り酒でも飲むかァ。おいメニュー寄こせ」



ステ(ふう…………取り越し苦労、だったかな。僕自身にこれといった被害はないし)ゴソゴソ



当麻「………………一方通行」コソコソ



ステ(煙草、は彼女に取り上げられてるんだった)ズーン



一方「………………おう、始めるか」コソコソ



ステ「僕も飲むか…………おいそこの二人、何やってるんだい?」

当麻「なあステイル」

ステ「?」

当麻「お前、インデックスのどういうところに惚れたんだ?」

ステ「…………………………頭に蛆でもわいたかい、上条当麻」シラー


873 : 天使編② - 2011/09/09 20:33:15.37 FRgvonin0 1330/2388



一方「ああ、そういう反応だとは当然読めてたぜ」

ステ「なに?」

当麻「ステイルステイル、ちょっとこの電話受けてくれ」クイクイ

ステ「………………なんなんだいったい、誰から」

当麻「インデックス」

ステ「もしもし? どうしたんだい最大主教」ニッコリ

当麻(チョロイ)



イン『すているー。私もね、すているから見た私の事聞きたいんだよー、へへー』

ステ「!? よ、酔っているのか最大主教!!」

削板「どうしたどうした、何が起こったんだ」

ステ「それは僕の台詞だ!」

一方「さーて、神父くンはシスターさンの頼みを無碍に断るンですかねェ?」ニヤニヤ

当麻「そろそろ状況が掴めてきたんじゃないのか、ステイル?」ニヤニヤ

ステ「」プルプルプル



「き、貴様らぁぁぁぁっっ!!! まさか向こうの女どもとグルかっ!?」




874 : 天使編② - 2011/09/09 20:34:03.27 FRgvonin0 1331/2388



時間を少し遡って レストラン『虚数学区』


ドンチャンドンチャン


打止「そーいうわけでー、ミサカはー、あの人と
   ラブラブちゅっちゅな毎日を今までもこれからも送るわけでー」ベロンベロン

フレ「もげろ!」←彼氏なし

佐天「このリア充!」←恋愛の暇なし

鉄装「爆発しろ!」←行かず後家正規軍



美琴「あっちは楽しそうねー」←既婚

イン「私は楽しくて美味しくて嬉しくて美味で至れり尽くせりなんだよ」←男持ち

美琴「いや別にアンタをVIP待遇した覚えはないんだけど」ショウチュウチビチビ

イン「私も別段もてなされてる意識はないかも。これが自然体なんだよ」モグモグモグモグ

美琴「余計にタチ悪いわ!」



イン「うーむむ、さすがにお腹が膨れてきたかも。わしも年かのう」

美琴「とってつけたように『わし』とか言ってんじゃないわよ。
   それより佐天さんや麦野さんから聞いたんだけどさ」

イン「?」モグモグ

美琴「死線を乗り越えてより仲が深まったらしいじゃない」ニヤニヤ

イン「!」ピタリ

美琴「当麻の件さえ片付けば、もう問題なんて無いんじゃない?
   んー、このシャーベットおいし、安定のいちごおでん味ね」

イン「それは…………」


875 : 天使編② - 2011/09/09 20:36:38.52 FRgvonin0 1332/2388



美琴「……確かに一朝一夕ってわけにはいかないけどさ。
   このままで終わって良いわけがないでしょ?
   ただ、日本に来て最初の、『あの夜』に言った事に一つだけ付け加えておくわよ。
   ――――たとえインデックスが相手でも、私は当麻だけは譲らない」

イン「っ、当たり前だよそんなの! とうまのお嫁さんはみことなんだから!」



美琴「そうやって、歯切れ良く聞こえる言葉で済ませようとする」

イン「え?」

美琴「…………あなたは憎い恋敵である筈の私を指して、妹だって言ってくれた。
   微笑んでくれた。真理とも仲良くしてくれた。それで私がどれほど救われてるかわかる?
   星の数ほどいるだろう女の子たちから『上条当麻』を奪っちゃった私が、
   どれだけあなたに感謝して…………ときに謝りたくなってるか、わかる?」

イン「み、みこと、それは」

美琴「あなたに対する、とんでもない侮辱よね。それはわかってるつもりよ。
   でもインデックスっていう私の頼れる姉貴分は、
   多分それでもギリギリのところで抑えて、怒らないんでしょうね」

イン「………………」

美琴「ほら、やっぱりね。今だって私に遠慮して我慢してる。ねえインデックス」

イン「…………なに?」

美琴「あなたが幸せになっちゃいけないなんて事が、あるわけがない」

イン「!」



「私の幸せを心からの笑顔で祝福してくれた、あなたの幸せを私も見てみたい」


「その為にはどうするべきか。私の考えは、『あの日』言った通りよ」


「全てはあなたの心次第だけど、これだけは覚えておいて」


876 : 天使編② - 2011/09/09 20:37:37.74 FRgvonin0 1333/2388








「みこ、と?」







「あなたみたいな家族を持てて、私は“幸せ”者よ――――大好きなお姉ちゃん」









877 : 天使編② - 2011/09/09 20:38:52.99 FRgvonin0 1334/2388





「…………っあーーーーっ!!! 酒の勢いに任せないと、やっぱ無理!
 顔が超熱くなってきた! 水、水ください氷華さん! もしくは酒!!」




バタバタ ワーワー




「あ、あはは…………ほんと、もう…………似た者家族なんだよ」グス




『インデックスという慈愛深く、優しい娘を持てた事は、私の誇りだ』




(とうや。とうまの選んだお嫁さんは、間違いなく世界一の“当たり”だったんだよ)





878 : 天使編② - 2011/09/09 20:40:01.27 FRgvonin0 1335/2388














美琴「さーさお集まりの寂しい独身女性の皆さん!」ドオオン



イン「あれ、みこと…………?」



麦野「ああん!? とうとう真正面から喧嘩の押し売りか第三位ぃぃ!?」

美琴「いやいや落ち着いて。実は今日この場には打ち止めと私以外に、
   もう一人決まったお相手のいる羨ましい女がいまーす!!」



イン「!?」



心理「それってもちろん?」ニヤリ

美琴「そう! そこで澄ました顔してる童顔ボインシスター、
   インデックス=ライブロロロラライくぁwせdrftgyふじこlp」オロロロ


879 : 天使編② - 2011/09/09 20:41:48.11 FRgvonin0 1336/2388



白井「お姉様の貴重な嘔吐シーンですのおおおお!! 
   ビデオを持ってきた甲斐がありましたの! ジャッジメントですの!」

佐天「ぶひゃひゃひゃ! いつまで中学生のつもりなの白井さーん!」ゲラゲラ

美琴「うぷ、おぷ…………相思相愛の男がいながら彼氏イナイ歴を
   更新し続けるこのシスターの態度、皆さんもご存じですね!」

イン「いや、別に私とステイルはそんな」



風斬「またまたインデックスったら、こんな写真まで送ってきておいてそんな♪」



イン「ひょうかぁぁぁぁぁぁぁ!!!? そ、それはもとはるが私の誕生日に撮った…………!」

婚后「あら、とっても親密そうに抱き合ってますわね」

イン「ちが、違うんだよ! ステイルは私の肩に手を置いてるだけで」

鉄装「どっからどう見ても恋人同士の抱擁ですぅー!」

イン「いや、だから」

フレ「これで付き合ってないなんてほざくなら大体、一生結婚なんてできないって訳よ!」

イン「人の話を」



佐天「そーだそーだ! い、要らないんなら私に寄こせー!」


イン「………………ッッ!!」プチッ



880 : 天使編② - 2011/09/09 20:42:40.88 FRgvonin0 1337/2388












「 そ れ は ダ メ ッ ッ ッ ! ! ! ! 」












881 : 天使編② - 2011/09/09 20:44:07.76 FRgvonin0 1338/2388



佐天「お、おぉ…………」ポカン

イン「ダメダメ絶対ダメッ!! フーッ、フーッ……………………アレ?」



                  シーーーーーーーーーーーーン



イン「……………………………………ああああああああああああああっ!?
   ちちちがっ、これは違うんだよ!! ノーカウント、ノーカンノーカン!!」

麦野「さぁインデックスちゃーん? まずは飲みねい、そして洗いざらいブチまけな」ガシッ

イン「げえっ、しずり!」

美琴「と、いうわけでこれからイギリス清教最大主教による
   『第一回チキチキ! 酔わせて聞き出せ! 本気と書いてマジと読むお惚気大会』
   を満を持して開催しまーーーーーっす!!!!」

イン「前門の『超電磁砲』、後門の『原子崩し』!? ひょ、ひょうか、助け」

風斬「やっぱりインデックスのお友達は素敵な人ばっかりだね(微笑)」

イン「ひょうかの笑顔が黒いんだよおおおおっ!?
   もしかして独り身なの地味に気にしてる!?
   そんなひょうか見たくなかったかもおおおお!!」


「のーめ、のーめ!」

「はーけ、はーけ!!」

「ばくはつ、ばくはつ!!!」


打止「いやぁ、これは詰みなんじゃないのかなー、
   ってミサカはミサカは降参を促してみたり」ニヤニヤ

イン「……………………あ……あ、あ、」


882 : 天使編② - 2011/09/09 20:44:46.66 FRgvonin0 1339/2388











「I'm unfortunaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaate!!!!!!!!!!!!」











883 : 天使編② - 2011/09/09 20:46:24.48 FRgvonin0 1340/2388




現在 居酒屋『神の力』



イン『あのねーすているー、私ねーこれから「おのろけ大会」するんだけどー、
   一人じゃ恥ずかしいんだよー。だからすているもそっちで一緒に「のろけ」て?
   すているは私のお願い、聞いてくれるよね?』

ステ「あ、ああ、君の願いなら僕は…………ハッ!!!」

美琴『オッケーオッケーお電話変わりましたー。と、いうわけで状況は理解した?』

ステ「上条美琴、貴様ぁぁぁ…………っっ!!」ブルブル

美琴『いざ始まったら通話は一応切ってあげるから安心なさい』

ステ「何の慰めにもなってないわああああああっ!!!!」

小萌「ステイルちゃんの弱点をこの上なく正確に残虐に抉ってますねー」

姫神「なんだか。そら恐ろしいものがある」

吹寄「どことなく、記憶に残ってる手口だわ…………」

ステ(ま、まさかこれは…………ッ!)



垣根「作戦名『馬を射んと欲すればまず将を射よ』が見事にハマったな。
   さすがは元『グループ』の頭脳が授けた策だけあるぜ」ヒョッコリ

ステ「やっぱりかあああああああああ!!!!!!」

削板「せっかくだから思いの丈をあの夕陽に向けてぶちまけようぜ!!
   女が根性見せたんだ、男はその三倍の根性で立ち向かわなきゃなあ!!」

ステ「と、とりあえず今は夜だ!」

一方「キレがイマイチだなァ、やっぱ酒が入ンねえと。おい大天使!」


884 : 天使編② - 2011/09/09 20:47:08.85 FRgvonin0 1341/2388



ガブ「mreg大量huvmo酒sopsjrepwktkojgszoj」ゴトゴトゴト

ステ「くそ、くそ、くそおおおおおっ!!!」



当麻「じゃあステイル、観念していってみるか」ポンポン

ステ「ま、まさか首謀者は貴様なのか…………?」

当麻「あいつが選んだ相手の本音、一度くらいガチで聞いてみたいだろ」



ステ「……………………ちっ。美琴、通話を切るよ」

美琴『ん、素直になったわね』

ステ「彼女にはいつか直接言葉にしたい。
   それに…………今から響く絶叫は、絶対に聞かせたくない」

美琴『へ? ちょ、どうい』プツッ



ステ「日本に来てからは口に出すまいと努めていたから、本家の前では初めてかな」

当麻「?」

ステ「これを生涯最後にしたいものだね………………すうっ」

一方「…………おい、全員耳ふさ」


885 : 天使編② - 2011/09/09 20:48:19.18 FRgvonin0 1342/2388












「不幸だああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!!!!」












897 : 天使編③ - 2011/09/11 20:23:39.59 S9t1RThW0 1343/2388



なかまができました。


ともだちができました。


かぞくができました。


すきなひとができました。











それでもかれのあたまから、“ころして”しまったひとのかおは。





いつまでもいつまでも、きえませんでした。



898 : 天使編③ - 2011/09/11 20:25:00.28 S9t1RThW0 1344/2388


-----------------------------------------------------------------------

目の前に置かれたグラスを両手で持って煽る。

一杯目をチビチビやっているだけで、

私の頭は十六世紀のロンドンさながらの濃霧に覆われはじめた。


「うぉっ、こいつ一口目から赤くなり始めたわよ。酔いつぶれたりしないワケ、第三位?」

「あー大丈夫、その子酒癖悪いけど簡単には潰れないから」


しずりとみことが失礼な事を言っている気がするが、

いま現在私の脳みそは耳が取得した情報を上手く処理できていない。


「それでー? 何から話せばいいのかなー?」

「そうね、差し支えなければ第一印象からいきましょうか」

「…………りょーかーい」


脳どころか全身を支配していた羞恥心は、

酒精に追い立てられたのか綺麗サッパリ消え失せていた。

代わりにひょっこり頭を出してきたのは――――

すているの、私以外には滅多に向けられない柔らかな笑顔。

そして、名状しがたい高揚感だった。


「初めて会った瞬間はね、背が高い割には幼い顔だなぁって思ったんだよ」


899 : 天使編③ - 2011/09/11 20:26:11.18 S9t1RThW0 1345/2388



思い起こせば十一年前。

いや、そろそろ十二年前になろうとしてるんだ。

『私』の最初の記憶は頭上で電球の光を遮る、赤髪の魔術師の苦悶に満ちた貌だった。


「出会って最初の一年間は苦手だったの。
 …………ううん違う、き………………嫌い、だった」


当然といえば当然だ。

悪気なく聞いてくるみことやしずりには口が裂けても言えないが、

自分の命を狙ってくる――少なくとも当時の私はそう信じて疑わなかった――

“魔術師”に、いったいどうやって好感など抱けというのか。

しかし今、たった三文字の言葉を絞り出した私の心は千々に乱れていた。


「あー…………どうにも、悪い事聞いちゃったみたいね」

「そんなことないよ、みこと」


嫌な思い出に向きあう事も、時には必要だ。

今にしてあの頃を回想すれば、私を延々と追跡しては

適度なタイミングで襲撃する彼やかおりの胸中は察するに余りある。

それにすているを否定した舌に残るほとばしるような苦みは、

現在の私がどれほど彼を好ましく思っているかを教えてくれる格好の試験紙だった。


900 : 天使編③ - 2011/09/11 20:26:53.04 S9t1RThW0 1346/2388



「じゃあ、好きになった切っ掛けは?」

「ぶっきらぼうだけど、すているは私をいつでも守ってくれてた。
 その事に、もっと早くに気が付いておくべきだったその事実に、
 漸く真正面からぶつかって…………ちょっとずつちょっとずつ、好きになったの」


キャー! と甲高い奇声があちらこちらから上がる。

そんなにおかしなことを言ったのだろうか、私は。


「ぶっきらぼうってのはちょっと想像がつかないんだけど」

「私とあの人のリスタートは、仕事仲間から始まったから。
 魔術の絡んだ事件解決に一緒に駆り出されて、事務的な話をちょっと。
 時々は他の友達も交えてごはん食べたけど、そういうのが二年ぐらい続いたなぁ」

「それって大体照れ隠しだったりするの?」

「うーん、どうだろ。その、いろいろ複雑な事情があって」

「まずいわね、どんどん空気が重くなるわ……」


みことがボソボソと呟いたけど、私にはよく聴こえなかった。

隣のひょうかやくろこと話してたと思ったら、ポンと手を叩いて笑みを取り戻した。


「よし! 前置きはここまでにして本題に入りましょうか。
 んー、どっちからにしようかな…………」

「どっち?」


選択肢を用意しているのだろうか。

首を傾げてみことの顔を下から覗き込むと、凛とした綺麗な顔がちょっとだけ赤くなった。


「あぅ…………い、インデックスにはステイルの嫌いな所ってある?」


901 : 天使編③ - 2011/09/11 20:28:39.27 S9t1RThW0 1347/2388


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「あるわけないだろう、そんなもの」

「やっぱそうか、そうだよなぁ」


予定調和の微笑が部屋全体に広がった。

上条当麻が僕に宛てた最初の質問は、『彼女の気に入らない点』だった。

ヤツの予想通りの答えを返してやった後、一呼吸置いた僕はフン、と鼻を鳴らした。


「…………と言いたいところだけど」

「「「「「!?」」」」」

「おい、なんだその失礼極まりないリアクションは。
 僕が彼女の言う事なら何でもホイホイ従うイエスマンにでも見えるのか?」

「見えるぜ」

「ステイルちゃんのイメージそのままなのです」

「正直。インデックス至上主義だとしか思えない」

「あのね、彼女はああ見えて一宗教を束ねる最高権力者なんだ。
 権力者に付和雷同するだけの側近など、得てして害悪にしかならない」


ましてや彼女ほどの若さともなれば、直言できる者がストッパーをこなさなければならない。

筆頭の護衛官に任命されてからというもの、

僕は彼女に対して相応に厳しくあろうと心掛けてきた。

大体、先代の頃からズケズケとした物言いで不本意ながら名が売れていたのだ。


902 : 天使編③ - 2011/09/11 20:29:42.00 S9t1RThW0 1348/2388



「じゃあ、遠慮なく語ってもらおうじゃねえか」

「その前に、酒をくれ」

「おっ、良い根性だ!! お酌させてもらうぞ」

「どうも」


根性はおそらく関係ない。

素面でペラペラ喋れるか、こんな憤死ものの馬鹿話。

蒼く透き通った美しい意匠のグラスを手にとって、軽く半分は一気に飲んだ。


「ぷはぁっ。まあ、大抵の面は良く見えてしまうのは事実だよ。
 頻繁に浴びせるお小言も『最大主教』というフレームを捉えたものであって、
 『彼女自身』の一挙手一投足は、僕にとって主の言葉以上の価値を持つものだ」


二口目で杯をすっかり乾かす。

いつの間にか隣に来ていた秋沙が、二杯目を注いでくれた。

目礼して、またグラスに口を付ける。


「まず最初は…………あの大食、かな」

「ああ………………」


共感のため息は上条当麻からだけではなく、何重かになって聞こえてきた。


903 : 天使編③ - 2011/09/11 20:31:38.22 S9t1RThW0 1349/2388



「イギリス清教の財政逼迫に貢献してるンだよなァ?」

「……まあそれを抜きにしても、ね。ただ、彼女が非常な健啖家であること自体は構わないんだ。
 フォークを握っている彼女はとても幸せそうで、見てる僕まで心があたたかくなってくる」

「き、気持ちはわかるのです。清々しい食べっぷりですからねー」

「もう少し、英国淑女らしく優雅に振る舞って欲しいけどね。
 料理が美味であればあるほど彼女はテーブルマナーを見失いがちになる。
 これも最近は神裂や美琴の指導でだいぶマシになってきたとは思う」


一息入れて、グラスを軽くあおる。


「…………しかし、しかしだッ!!
 食料を恵んでくれた相手に無条件で懐く、あの癖はどうにかならないのか!?」


数人が一斉に顔を逸らした。

そんなにも鬼の形相をしているのだろうか、僕は。


「彼女も修羅場を潜っているんだ、普段はしっかり警戒心を持って行動している。
 しかし食べ物で釣られた瞬間、条件反射のように涎を垂らすのは幼児の行いだッ!!
 ほいほい付いていくんじゃない! 子犬の様な瞳をするな!
 誰彼構わず安心しきった笑顔を晒すな!! それは、僕の……僕のッ!!!」


ドンッ!! とテーブルが揺れた。

無意識のうちに杯を叩きつけていたらしい。

幸い中身は既に空だったので、定まらない視界で右腕を伸ばして三杯目を要求した。


「それから、彼女は少々軽率だ!
 魔術界でも右に出る者のない明晰な記憶力と解析力を有しておきながら、
 出した結論に対する行動の粗忽さ故に危機に陥った事が何度もある!
 有り体に言えば、自信過剰なんだ彼女は!!」


誰かが精神的にも肉体的にも“ヒキ”ながら酒を注いできたが関係ない。

今度は一気飲みした。


904 : 天使編③ - 2011/09/11 20:33:05.21 S9t1RThW0 1350/2388



「…………ねえ秋沙。あの人、文句をぶちぶち垂れてるわりには」

「うん。結局。インデックスが心配で心配でしょうがない。って言ってるようなもの」


女性二人の話し声、だが内容はよく聞き取れない。


「だが一番気に入らないのは……………………溜め込む事、かな」

「『溜め込む』………………何となく、わかるな」


声で判断できないほどに酩酊してきたが、今のが上条当麻である事だけはわかった。

この場で僕の次、あるいは僕と同等に彼女を知悉しているのはこの男をおいて他にあり得ない。


「彼女は事が深刻であればあるほど、相手が親密であればあるほど、
 相手が彼女を心配すればするほど、自らの胸に悩みを仕舞いこんでしまう」


彼女がようやく相談してくれるのは、ある程度自分の中でその問題を消化してからだ。

誰かの心の負担になりたくない、と言えば聞こえはいいが換言すれば、

彼女の根本には――――他者への無自覚な不信が在住している。


「食い物に釣られて無条件で、とかいう話と矛盾してねえか?」

「最後の一線の直前で、彼女は無意識にブレーキをかけている。
 僕の知る限り、そのブレーキを完全に取り払うことに成功した人間はこの世に居ない」


彼女からの絶対の信頼感を、僕は勝ちとれていない。

畢竟、この苛立ちの原因はそこなのだろうな、と自己分析した。

いつかの上条刀夜のように半ば強引に線を踏み越えるという手もある。

だが、あと一歩が臆病者の僕にとっては途方もなく遠いのだった。


905 : 天使編③ - 2011/09/11 20:34:19.03 S9t1RThW0 1351/2388


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「キザで、短気で、フラグメイカー(感染患者)で、ヘタレ神父で、ちょっぴり鈍感で、それから」

「あ、あのー。インデックスさーん?」

「なに?」

「なんでもありません!!」


ギロリと睨みつけると、声の主――るいこだった――が顔を引き攣らせて下がった。


「ふーん? まだまだいっぱいあるんだよ、煙草で、ロン毛で、赤くて黒くて」

「もはや悪口ですらねえよ」

「でも、やっぱり、一番嫌なのは………………ッ!」

「嫌なのは…………?」


皆が一様に息を呑んだ。

私はスゥと深呼吸して最も腹に据えかねる点をぶちまけてやった。





「私を、命懸けで守っちゃうところ!」





「………………は? アンタ、さっき守ってもらって好きになったって」

「限度ってものがあるの!!」


906 : 天使編③ - 2011/09/11 20:35:21.54 S9t1RThW0 1352/2388



視界に霧ではなく、雨が降りてきて滲んだ。

七月十五日の、彼の数々の無謀を思い返すだけで胸が締め付けられる。


「だ、だって! わた、私の為に、簡単に命を投げ出しちゃうんだもん!!
 ばかばかばか、ホンットにばか!! すているのそういうとこ大嫌い!!!
 自分の命を大事にできない人が誰かを守ろうなんてお笑いなんだよ!」

「さ、さっきから言おうと思ってたけど、ちょっと落ち着きなさい?」


ふわりと身が包まれる。

私より十センチ以上背の高い、みことのスタイルのいい身体に抱かれると、

安心感より先にドキドキが湧きあがってきて困る。

あ、いや、私は百合の園に興味なんてないんだよ!

私が好きなのは――――



「………………でも、そんなとこが好きなんだもん」



みことの胸に顔を埋めながら囁くと、

くろこのいた筈の方向から粘性の液体が噴き出たような音。

ひょうかがチョコフォンデュでも始めたのだろうか。


「ねえみことぉ、私、おかしいのかな? 嫌いな所が好きだなんて、変だよね?」


愛する食べ物のビジョンと匂いを思い浮かべてなお、

すているの話題から離れられないとは我ながら重症だな、と思った。


907 : 天使編③ - 2011/09/11 20:36:11.22 S9t1RThW0 1353/2388



「や、やば、ちょっとクラっときたわ。この魔性の聖女め…………」

「第三位、アンタそういう趣味があったわけ?」

「違わい! えと、そうね、何て言ったらいいのかしら」


うろたえ始めたみことを、しずりがニヤニヤしながらからかう。

冷静さをどこかに落としてきてしまったらしい

彼女に代わって口を挟んできたのは、めじゃーはーとだった。


「ちっとも変な事じゃあないわ。
 『可愛さ余って憎さ百倍』、日本にはこういう言葉があるの。
 その逆が起きたってちーっとも、不思議でもなんでもないわ」

「…………『憎さ余って可愛さ百倍』?
 ものすごく奇妙な言い回しだけど…………しっくりくるんだよ。
 そっかあ、私『嫌い』の百倍も、すているが『好き』なんだぁ、へへー」


にへらと頬が緩むのを止められない。

天にも昇る気分とはこの事か。


「ま、丸めこまれてますね……」

「お酒入るとこの子、可愛さ50%増しになるわね」

「笑い上戸になって男前度が200%増し増しのお姉様から見たら羨ましいお話ですわね?」

「やかましい!! オッホンエッヘン!」


908 : 天使編③ - 2011/09/11 20:37:16.16 S9t1RThW0 1354/2388



永田町の老人の様なわざとらしい咳ばらいが一つ二つ。

気を取り直したみことが私の身体を離し、高らかに宣言した。


「ではここからがガールズトークの本番!」

「この場で『ガール』って歳の女性はおねむ中のまこちゃんだけですけど」

「シャラップ! それではステイル=マグヌスくんのどこが好きなのか、
 インデックスちゃんに根掘り葉掘り聞いてみましょおー!!」


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「僕から見た、彼女の美点か」

「もっとストレートに『好きな所』でいいじゃねえか!!」

「鼓膜が割れそうになるから大声は止めてくれ。ただでさえフラフラしてきてるんだ」


削板の剛速球を見送った僕は、何杯目か数えるのもあほらしくなってきた酒杯を一旦下ろした。

脳裏に、彼女の可憐な笑顔を浮かべて一時の至福に浸る。

彼女の無数に存在する魅力を、こんな矮小なグラスに吐き出しきれるわけもなかった。


「ベタな、いやベターな選択で容姿から言及しようか」

(上手い事言う程度には脳みそ働くのな)


上条当麻が生温かい視線を向けてきたが、無視だ無視。


「まずは、指かな」

「これはこれは。いきなり。マニアックなところを攻めてきた」


909 : 天使編③ - 2011/09/11 20:38:22.54 S9t1RThW0 1355/2388



「幼い頃から何万冊もの本の頁を捲ってきた彼女の指は、
 貴重な古書を傷つけないよう繊細な作業をいとも容易くこなし、
 それでいて自身も触れれば折れてしまいそうなほど華奢だ」

「手を握った事はあるのですか?」

「ある。その、この学園都市に来てから何度か…………」

「感触。そして感想をどうぞ」


やけに女性陣がぐいぐい押してくるな。


「思ったより力強かった。軽く握るとそれ以上の力で、
 自らの存在を主張するように握り返してくれる。
 とても…………とても嬉しかった。彼女の命と意志を、どんな方法よりも間近に感じられて」


しかし先日の事件からどうも態度がおかしい。

あれから手も握らせてくれない。

あ、いや、別に彼女の白磁の肌に思う様触れたいとかそういう即物的な欲望に飢えてる訳じゃあ


「胸はどうだ? いやはや顔に似合わずかなりのもんだよなぁ、あのシスター」

「…………っ」


垣根の下卑た質問に、僕は思わず唾を呑みこんだ。


「会長、今日の一挙一動は社長に仔細報告する事になってますから」

「えっ」


910 : 天使編③ - 2011/09/11 20:39:50.08 S9t1RThW0 1356/2388



ミズ吹寄の冷えきった視線が男衆全体を貫いてなければ、

危うくボロを出して阿鼻叫喚の地獄に叩き落とされるところだった。

肩を竦めてアメリカナイズなジェスチャーをとると、なるたけ自然に聞こえるよう嘆息する。


「やれやれ。確かに欧州女性の平均値よりも彼女の水準は上だね。
 僕も男だからそりゃ大きいに越した事はないが、これといった拘りもないよ」

「かーっ、優等生の答えだな。つまンねェつまンねェ」

「黙れロリコン」

「そうか今日の愉快なオブジェ立候補者はテメエかァ!
 満票で当選させてやるから死亡前演説始めろやァァァ!!」


一方通行に向けて話題を逸らす事で何とか凌ぐ。

便利な第一位の矛先は手近な『幻想殺し』を引っ掴んで防いだ。


「うおおおおおいいいい!? ステイルくん、止めてえええ!?」

「三下、テメエもコイツに与するってンなら容赦はしねえ」

「気を確かに持て、あと俺のいのちをだいじにしてくれ一方通行!
 …………いやでも、ぶっちゃけお前と打ち止めを語る際には
 避けて通れない重要なファクターなんじゃねえかな。
 実際お前らっていくつ歳離れてっギャアアアアアアアッ!!!!!」

「あースッキリした、飲み直すかァ」


夏の夜空を『幻想殺し』が転じた流れ星が彩る。

これっぽっちも幻想的な光景ではなかったな。

さて、何の話をしてたんだっけ?


911 : 天使編③ - 2011/09/11 20:41:04.97 S9t1RThW0 1357/2388



「uibi外面urla終noiuw内面euwph何処好?rnjuabi」

「内面か…………それこそ、一晩では語り尽くせそうにないね。
 なるべく絞って絞って、百個ぐらいにしておこうか」

「お前がシスターにイカレてんのはよく解ったから勘弁してくれ!
 っていうか今あの人外と話通じてなかったか!?」

「ん? ああすまないね、生中一つ」

「はーいただいま、じゃねぇぇーーーーっ!!!
 俺の腹の中はビールキンキンに冷やす場所じゃねえんだよコラ!!」


バサバサうるさい直方体だな。

これから僕が思う存分彼女を褒めちぎるお待ちかねのターンだというのに。


「何をおいても、まずは彼女の『愛』に言及しない訳にはいかないね。
 目に付いた病身を片の端から慈しみ、そして癒す。
 無償の、そして無限の『愛』だと僕は思ってる。それは上辺だけのものでは決してない。
 イギリス清教のトップという立場を良く鑑み、時に利用し、
 しかし縛られずにいつでも誰かを助けようとしている」


良いか悪いかは、別にして。

喉の奥で留めた言葉がどうであれ、そんな彼女が僕には愛おしい。


「最大主教の人となりがビシビシ伝わってくるわ……。
 でもその言い方だと、敬愛する女神様を讃える宣教師って感じね。
 もっとこう、女の子として可愛いなって思う部分は無いの?」


912 : 天使編③ - 2011/09/11 20:43:29.93 S9t1RThW0 1358/2388



「………………本人にこれを言うと実演してくれるんだろうが、拗ねた顔かな。
 僕はよく覚えのない理不尽なジェラシーを浴びては嘆いているんだが、
 その時の子供っぽい、頬に桃を詰めたリスのような表情ときたら!」

「実年齢より随分幼く見えるのは。間違いない」

「いやだがね。ああ見えて意外と、学者肌とでも言うんだろうか。
 あの頭脳だから当然だが自説には自信があるからなかなか曲げようとしない。
 得意げな顔をする彼女と理知的な議論を交わすのは、普段とのギャップもあって楽しいよ。
 …………ごく稀に激しい論戦のすえ論破に成功すると、
 顔を真っ赤にしてゴニョゴニョ言いだすんだが、そこもまた…………いい」

「わ、わお。先生ってばステイルちゃんはてっきり
 M寄りなんじゃないかと思ってましたが、Sっ気もたっぷりですねー」

「SとM? ………………ああ、sadistとmasochistの事を、日本ではそういうんだったね。
 僕らは特筆してそう生々しいやり取りをするわけじゃあないんだけど……。
 ただそうだな、彼女は時折、思い出したように年上のお姉さんぶってくるんだ。
 そのくせ、くく、ちょっとからかってやるとすぐに余裕の態度を崩してあたふたし始める」

「…………ぉう、マジだなこりゃ。コイツ真性だぜ」

「? まあいいや。たった今お姉さんぶるとは言ったが、
 自然体でそれを為す際の彼女からは母性を感じるんだ。
 散歩に出ては近所の子供たちと遊んでるし、真理……上条家の長女を
 抱いている時の彼女は優しくて、しかし生命力に満ちてて、聖女マルタのような……」

「丸太のような一本芯の通った女か! そりゃあさぞかし気概があるだろうな!!」

「いやいやいや彼女の法衣に隠れたほっそりとした脚線美はだね」


流れる流れる。

彼女を語る言葉が僕の泉から涸れる事など永劫あり得ないと錯覚しそうだった。

時間の感覚さえ失って滔々と、時に熱烈に言の葉を紡いでいると突如横槍を入れられた。

僕が世界で二番目に気に食わない、彼女の愛する男の声だった。


913 : 天使編③ - 2011/09/11 20:44:16.63 S9t1RThW0 1359/2388



「そっか。お前の本心、よーく聞かせてもらったぜ、ステイル」

「なんだ、生きてたのかい上条当麻」

「なんか不思議と生きてた」


極寒の北極海からあっさり生還するような男だ。

今更驚いたりはしないがね。


「そんだけ語れるなら、もう問題ない――――いや、逃げ場はないと思うけどな」


ああ、君に諭されると死にたくなるが、もはや言い逃れはできそうにない。

それ以前に、もう自分の心が声高く叫んでいるのだ。


「言葉に出すってのも、案外馬鹿にできねェもンだ」


まったくその通りだ。

ステイル=マグヌスはインデックス=ライブロラム=プロヒビットラムを愛している。

世界などという木偶の坊の球体よりずっとずっと、遥かに大事に想っている。

現在(いま)僕の隣に居てくれる彼女に恋焦がれている。





ならば残る問題は、唯一つだ。






914 : 天使編③ - 2011/09/11 20:45:57.45 S9t1RThW0 1360/2388


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「しゅているくんと言ったらあの特徴的な赤髪よねー。
 染めてるんでしょアレ? うっぷおっぷ、ちょっとトイレ」

「魔術の為にね。『火』と『赤』ってすごいわかりやすい符丁でしょ?
 地毛は金髪らしいけど、一度も見た事ないなぁ……新鮮でいいかも」

「後はあの二メートル越えの長身! さすがは外人だよねぇあっはっは!!
 ねえねえインデックス、ぶっちゃけステイルってさ、モテる?」


いよいよ酒乱の気を帯びてきたみことやるいこと、

すているの外見についてあーだこーだ言い合う。

一時テンションだだ下がりだったるいこが目をキラキラさせながら問い掛けてくるが、

私はその瞳の奥に油断のできない不可視光が潜んでいるのを感じた。

ある意味当然だろう、だってるいこも――――――


「…………本人にはまっっっっったく自覚ないけど、アレでもルーン魔術っていう
 由緒ある魔術体系の中で年表に名前が載るぐらいの偉業は成し遂げてるんだよ。
 ミドルスクールとかの女の子が遊び半分で作る魔術結社予備軍の中には、
 実質ただのステイルファンクラブだってあるくらいだもん」

「…………そんなレベルだとはさすがに思わなかったよ……はぁ」


二人揃って溜め息をつく。

そう、実はそうなのだ。

ロンドンに帰れば、ライバルなどそれこそ星の数ほどいる。

件の結社予備軍とは彼と仕事をしてる最中に出くわした経験もあるのだけど、

呆れて鼻で笑うすているとは裏腹の、女の子たちの熱視線が私には忘れられない。


915 : 天使編③ - 2011/09/11 20:46:47.64 S9t1RThW0 1361/2388



「さ、本格的に惚気てもらいましょーか! やっぱり男の甲斐性は外身よりも中身よね!」


スッキリした顔で戻ってきたみことが一升瓶をブンブン振り回しながら半ば叫ぶように言った。

背景と化して此方をウキウキ顔で窺ってくるその他大勢も「オー!」と囃し立ててくる。

ああ頭にネクタイなんて巻いちゃってひょうか、アナタだけは私の味方でいて欲しかったんだよ。

そんな感傷は、酒の悪魔が齎す昂りがあっという間に吹っ飛ばしちゃったけど。


「んー、そうだなぁ………………。
 私が言うのもアレなんだけど、ステイルって、一途だよね」

「少なくとも一途に愛されてる女の台詞じゃないわね」

「ぐぬぅ。わ、私を大事に思ってくれてる事は痛いほど伝わってくるの。
 ただ、あそこまで他の女の子に興味ナシみたいな姿勢だと、
 私にも義務感だけで接してるんじゃないかって不安になったりもして……。
 い、今はそんな事ないよ? 私たちは…………お互いに男と女だって意識してるもん」

「ほほう? で、その男女はどこまで進んでるワケ?
 ベッドインぐらいはとっくに済ませてんだろうなぁ、ギャハハ!」

「ぶふううううっ!? そそそそそ、そんな!
 た、確かに一緒のベッドで寝た事はあるけど、服は一度も脱いでな」

「着エロですかァァーーーーーッ!? くうっ、羨ましい!!
 私も黄泉川先生みたいに素敵な旦那さんが欲しいですぅ!!!」

「違うもん違うもん違うもん!! キスだってまだしてないもん!
 手を繋いだのだって一か月前が初めてだもん!!!」



「「「「えっ」」」」



勢いに任せて甘酸っぱい青春(?)の一ページを暴露すると、場の空気が死んだ。

具体的に言うと「え、マジ? こいつら中学生かよ?」みたいな。


916 : 天使編③ - 2011/09/11 20:48:09.87 S9t1RThW0 1362/2388



「…………い、インデックスとステイルさんって今いくつだったっけ?」


凍った時間を解凍すべく果敢に立ち上がったのは、

健気な学園都市の人工天使風斬氷華ちゃん(年齢不詳)だった。


「私が二十六歳で、ステイルはもうすぐ二十五になるんだよ」

「二十代半ばのいい大人が、大体十年遅れた恋愛してるとかないわー。
 結局、これもきっと魔術師の仕業ってわけだにゃあ!!」

「ほ、ほっといて欲しいんだよ! 私たちはこれで満足してるかも!」

「本当ですのー?」

「ウソなんてつかな…………あ、でも私の方が年上のお姉さんなのに
 時々口煩いガンコ親父みたいな態度とられるのは納得いかないなぁ」

「そういう意味じゃありませんの」

「そっか、一歳差とはいえ何気に姐さん女房なのよね。
 じゃあ年下として見たステイルくんにじゅうよんさいはどうよ?」


フレメアとくろこが茶々を入れてきたけど、みことの質問で流れが変わった。

少し考えた私は、コップの中身を飲み干してからポツリと切り出した。


「……あんまり年下だって意識した事はないかも。ほら、外見年齢だと完全に逆だから。
 それにすているは子供の頃から背が高くて大人びてたから、
 昔から本物の大人に交じって色んな経験を積んで来てて、精神的にも成熟してる。
 仕事面ではいわゆる『できる男』ってやつで、ものすごく頼りがいがあるの」

「ベタ褒めですわね……なんだか悔しくなってきましたわ。
 しかし殿方は常に少年の心を残しているものと、取引先の社長からお伺いした事があります。
 ステイルさんにそういう子供っぽさはないのですか?」


917 : 天使編③ - 2011/09/11 20:49:26.78 S9t1RThW0 1363/2388



あくまで公私の『公』の部分を語っただけであって、

『私』に関するステイルとのエピソードだって勿論たっぷりある。


「よく魔術談義とかするんだけど、九割九分すているは私に黙らされるんだよ。
 『まあ、君の記憶力にかかれば当然の結果だね』みたいな澄まし顔の裏に、
 ありありと悔しさが滲んでるのがもうおかしいったらないんだよ!
 あはは、いっつも同じセリフで負け惜しみ言ってるなんて事、
 それこそ私の記憶力にかかれば一目瞭然かも! ふふん!!」

「男ってそういうところが子供じみてるわよねー」

「あと、寝てる時はいつも眉間に寄せてる皺が消えて、ちょっと幼く見えるの。
 でもでもそこを除くと、やっぱり成熟……むしろ老成してるんだよ。
 よーく考えると、そういうギャップがいいな、って思っちゃってるのかも。
 完璧でちょっと冷たい『公』の顔と、感情的で時々ヘタれる『私』の顔。
 裏表を余すことなく、安心して私にさらしてくれるから……………………」






そこで、言葉に、詰まった。

胸に重しが圧し掛かってきたような心地がした。


「どうかした?」


すているは、私を信頼してくれている。

散歩コースの木陰で、親子連れで賑わう公園で、聖堂の長椅子で。

“プロ”の魔術師である彼が、私の膝上で無防備に見せる寝顔がいい証拠だ。


「ちょ、ちょっと、そのは…………吐き気が」


なら、私は?


918 : 天使編③ - 2011/09/11 20:50:54.83 S9t1RThW0 1364/2388



彼に打ち明けるべき、彼と一緒に解決すべき悩みを、

『電話相手』に吐き出している私の行いは、彼の信頼に背いているのではないか?


「大丈夫かよ、トイレ行く?」

「…………あ、おさまってきたかも。心配かけてゴメンね、しずり」

「心配なんざしてねえ!」

「ちょっと麦野さんツンデレは私の芸風なんだから横取りしないでよ!!」

「自覚があったとしたら相当あざといぞテメエ! ファン減るわよ!」


落ち着け、インデックス。

彼の事を思い浮かべれば、いくらでも言葉は湧いてくる。


「えっと、続き続き。す、ステイルはとーっても努力家なの。
 周りからは天才魔術師だって持て囃されてるけど、
 ステイル本人は自分は凡才だって言い張って譲らないんだよ。
 魔術っていうのは才能の無い人の為の技術だから、
 積み重ねる事でどこまででも行けるんだって、ちょっとだけ自慢げに笑ってた。
 あの時のステイルの表情を思い出すと、この人に惹かれて良かった、って思えるの」

「仕事ができて頼りがいあって、真摯な努力家だけど適度に隙があってダメ押しに奥さん一筋。
 …………あーもう、理想の男性像すぎて腹立つ! 憎いよこのこのぉ!」

「絶対あげないからね、るいこ。それからそれから…………」


必死に表情を取り繕って“おのろけ”する私の頭の中で

いくつかの言葉がぐるぐるぐるぐる、止まることなく延々と回り続けていた。



どうしよう。

どうすればいいんだろう。

お願いだから教えて、■■■■■■?


919 : 天使編③ - 2011/09/11 20:52:28.47 S9t1RThW0 1365/2388


-----------------------------------------------------------------


「………………ン? っつ、あったまいてェなクソ野郎が」


瞼の上から月明りが染みて、一方通行は目を覚ました。

語尾にお気に入りの悪態をくっつけたのは無意識だった。

いつの間にやらコンクリートに上に寝かされていた五体は、すっかり冷えてしまっている。

なぜこのような場所で飲み会後のリーマンの如く寝そべっているのか、まるで記憶になかった。


「……起きたか。店の階段下だ、ドンチャン騒ぎが過ぎて女性陣に追い出されたらしい」


ふらついた長身の赤髪――――ステイル=マグヌスが一方通行にいらえを返した。

この男も同じ憂き目に合って店外に転がされていたらしい。

すぐ脇に落ちていた杖を引き寄せながら、一方通行はもう片方の手でチョーカーをまさぐった。


「そういえば、酔い醒ましにも使えるんだったね。どれ、僕も…………」

「魔術ってのも大概、便利な代物だな。アルコール分解酵素の活性化までできンのか」

「『水』のルーンに『収穫』と『豊穣』を組み合わせて酒に見立て、
 『空白』と『氷』でアルコールを取り除く。それだけだよ」

「こじつけくせえ……」

「魔術とは得てしてそういうものさ」


言いながらステイルは、懐から取り出したルーンを仕舞わずにじっと見つめていた。

辺りに人気はまるでない。

二人を照らしていた月の光でさえ、薄い雲の陰に隠れてしまっていた。


「なあ、一方通行」

「あン?」


920 : 天使編③ - 2011/09/11 20:53:14.33 S9t1RThW0 1366/2388













「君は、人殺しか?」













921 : 天使編③ - 2011/09/11 20:54:47.78 S9t1RThW0 1367/2388



「ああそうだ。間違いなく、俺は人殺しだ」


答えは、ごく自然な間だけを置いて返った。


「そうか、奇遇だね。実は僕もなんだよ。
 十二になるかならないかという時分に初めて人を殺して以来、数千人は殺してきた。
 この間の三月なんて、半日で四千人は殺した。所謂、大量虐殺だ」


対するステイルも平常通りの調子である。

常と変わらぬ二人の男を尻目に、会話の内容だけが異常な臭気を醸し出していた。


「それで? 全身血塗れだから自分にはインデックスを
 抱きしめる資格がねえだとか、思春期くせえ言い訳ほざきてェのか? 下らねえ」


一方通行は、魔術師の自分語りを受けて機械的に嘲笑を選択した。

大方そんなところだろう、とはかねがね思っていた。

ステイル=マグヌスという男の性質と己への態度だけで、材料は十二分だった。

彼にとってここまでの流れは、科学最高峰の頭脳が導いた

設計図をなぞるだけの簡単なペーパーテストだった。


「まさか、そんなわけないだろう。僕はね、とうの昔に決めてしまってるんだよ。
 あの子の、彼女の為なら誰でも殺す。何でも焼く。骨になろうと焼き尽す、ってね」

「………………だったら、何が言いてェンだよ」


僅かに一方通行は眉を顰める。

前提条件に誤りがあったのか、設計図はあっさりと役立たずの紙切れと化した。

想定外の答えに、低い声に初めて疑念の色が混じる。


922 : 天使編③ - 2011/09/11 20:57:04.77 S9t1RThW0 1368/2388



「何千人と殺してきた中で、どうしても忘れられない『死』が、二つだけあるんだ。
 君には、そういう『死』の記憶はないのかな」


二人を包む闇よりなお濃い静寂。

沈黙は是を意味していた。


「なあ、一方通行」


口火を切った呼びかけの焼き直し。

超能力者は動かない。








                       モルモット
「君の愛する女性は、君が使い捨てた実験動物と、実によく似た顔をしてるね」











923 : 天使編③ - 2011/09/11 20:58:05.64 S9t1RThW0 1369/2388


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闇の中で対峙する最強の超能力者が、いまどんな顔をしているのか。

ステイルには、それがまるでわからなかった。

確実なのは、世の女性が羨む最高級陶磁器のような白い肌が、

憤怒の赤には染まっていない事だけである。


「君が今、最も触れられたくない点を不躾に抉った事は後で幾重にも謝罪する」


一方通行は七月十五日、神奈川の御坂本家を訪っている。


「だが、僕もそうなんだよ」


かつて殺した『妹達』の墓参り以外に、目的などあり得ない。


「僕の海馬にこびり付いて消えてくれない」


愛する人を生涯守るという誓いは、“生きている”家族の前では済ませているのだから。


「“たった二度”の『殺人の記憶』は」


ステイルには想像もできない決意を秘めて、彼の地を踏んだに違いない。


「僕がいま現在愛している『彼女』と」


愛する人とまったく同じ顔をした、“殺した”家族の前に、一方通行は何故立つ事ができたのか。


「まったく同じ顔をしてるんだ」


ステイルには、それがまるでわからなかった。

924 : 天使編③ - 2011/09/11 20:59:22.00 S9t1RThW0 1370/2388



『だから、そういう隙間が見れて嬉しい、と言ってるんだ』

『ふふ、別に今からでも一杯、いいですよ?』


土御門や神裂たち『必要悪の教会』と、真の意味で同志となった。


『だからありがとうな、ステイル。俺の大切な人を守ってくれて』


上条当麻は、認めたくはないが戦友だ。


『なに言ってんのよ、アンタ達だって私の家族よ』


御坂美琴は、家族だと言ってくれた。


『お願い、死なないで。私は、あなたが生きててくれればもう』


インデックスという女性を、いまなお愛している。






それでも、ステイル=マグヌスの脳裏から。


――――お別れだね。すている、かおり――――


――――安心して眠るといい。君はたとえ全てを忘れてしまうとしても――――




925 : 天使編③ - 2011/09/11 21:00:32.06 S9t1RThW0 1371/2388



「なあ。教えてくれないか、一方通行」





「マグヌス、テメエ」





「かつてその手で殺した相手と」


「同じ姿」


「同じ声」

         ひと
「同じ顔をした女性を」





「――――――――――――」





「いったいどうやったら、なんの翳りもなく愛せると言うんだ?」






926 : 天使編③ - 2011/09/11 21:01:52.25 S9t1RThW0 1372/2388








それでも、ステイル=マグヌスの脳裏から。







かつて“殺した”少女の貌は。















いつまでもいつまでも、消える事はなかった。








938 : VIPに... - 2011/09/16 21:25:33.77 SQi/WzOn0 1373/2388



上条当麻は揺れる世界に対してどうにか身体を垂直に保とうと四苦八苦しながら、

薄暗く陰気な非常階段を一段、また一段と覚束ない足取りで昇っていた。


(このメール………………)


無限ループ状態にハマったステイルの惚気話を聞くうち

眠りこけてしまったらしい上条を覚醒させたのは、

胸ポケットに収納した携帯電話の強烈なバイブレータだった。

差出人不明の手紙に眉を顰めながらも目を通した上条は、

爆睡するその他大勢を起こさないようにそっと和室を抜け出て現在に至る。


(ステイルと一方通行は帰ったんだっけな……? 思い出せねえや。
 だいたい、酔い潰れた上にいびきをかく冷蔵庫ってどんなメルヘン世界の工場出荷物だよ)


益体も無い事を考えながら急な階段を昇り抜けると、屋上へ通じるドア。

鍵のかかっていないそれを徐に押し開くと、日本の夏特有のねっとりした夜気が肌に纏わりついてきた。




「久しぶりだな、上条当麻」




屋上の手すりに、男が一人寄りかかっていた。


「やっぱりか。お前でもメールなんて打つんだな」


939 : 天使編③ - 2011/09/16 21:26:51.51 SQi/WzOn0 1374/2388



上条は端末をパカリと開くと、階段を昇りながら繰り返し眺めた画面を男に向けた。


「『世界を見渡せる場所で、五分だけ待つ』。
 …………相変わらず、微妙にロマンチストだな」

「正直、辿りつけない可能性と五分五分だと推理してたんだがな」

「ちぇっ、どいつもこいつも上条さんをバカにしやがって」


機嫌を損ねたように携帯を閉じる。

しかし上条はすぐに微笑を浮かべて男に問い掛けた。


                           せかい
「ビルの五階っていう“高所”から見下ろした学園都市は、」


手紙の文面をもじった言葉遊びを一旦区切る。

十年前にした説教――上条自身に説教などという高尚な意識はないが――の『確認』だった。






「どういう風に映った、フィアンマ?」






940 : 天使編③ - 2011/09/16 21:27:38.61 SQi/WzOn0 1375/2388



男――――フィアンマは上条に向けていた身体を一回転させて、

夜に融ける科学の街を眺めながら、悪戯を成功させた子供のようにほくそ笑んだ。


「見通しだけはいいのだが、下に降りないとマーケティングもできなくて困る」


それこそ、フィアンマが十年をかけて上条の言葉を実践し続けた成果だった。



――お前、「世界中」なんていうものを、本当にくまなく見て回った事なんてあるのか?――



「この場所では高すぎて、彼らの笑顔がよく見えん」



――そこでどれだけの人が笑っているのか、見たことはあるのか?――



上条の言葉を胸に、地べたを歩み続けた何よりの証だった。


「はは、そっか。それはよかった。ヴェントも日本に来てるんだって?」

「今は病院のベッドの上だ。見舞いに行ってやれば顔を赤くして恥ず……喜ぶだろうよ」

「ひでえ奴だな、お前」



十年ぶりの再会を果たした独善者と偽善者は、向かい合って閑やかに笑った。




941 : 天使編③ - 2011/09/16 21:31:26.29 SQi/WzOn0 1376/2388


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月光が半透明の雲間から抜けて漏れだしてくる。

闇夜に哭く楕円はどちらの男の代弁者なのだろうか。

ステイルは束の間、日本に来て最初の夜もこんな月が上っていたな、と思い耽った。


『殺した? お前が、インデックスを?』


上条当麻の、訳が解らないと言わんばかりの顔が思い起こされる。


『いかにも。僕は、僕が守ると誓った少女を、その手で二度までも殺したんだ』

『違う。お前は「記憶を消した」んだ、「殺して」なんかいない』

『君の“前”の「上条当麻」がもう戻ってこないように、
 僕の目の前で消えていった「あの子たち」も永遠に帰っては来ない。
 もう、世界中どこを探しても、いない。「死」と、何が違うって言うんだ?』


ステイルは、密かに期待を寄せていた。


『魔術という大枠に囚われて、少し考えれば解る脳科学の初歩を二年も見落とし続け、
 みすみす彼女を死なせ……いや、この手で、直接、灯を、躙って…………消した。
 そして度重なる失敗に「次」が恐ろしくなって、「敵」に回るなどという逃げに走った。
 そんな男に彼女を愛する資格など無いと、僕の中の誰かがこの十年、ずっとそう囁いてくるんだよ』


この男なら、見苦しく煩悶する己を、あの喧しい大喝で論駁してくれるのではないかと。






『――――――そうか。悪い、ステイル。俺“には”無理だ』


しかし、なぜか。

上条当麻は目を伏せて、力なく首を横に振るのみだった。


942 : 天使編③ - 2011/09/16 21:34:27.69 SQi/WzOn0 1377/2388



彼は直後、同様の苦しみを抱えている男がこの街に居る、と告げてきた。

その男の名を上条は決して語ろうとはしなかったが、

ある事情で『超能力者』の戦闘能力からパーソナルデータに至るまで

収集していたステイルが『男』の正体を悟るのに、そう時間はかからなかった。


「“殺した”ってのは、どういう意味だ」


意識が、現在に戻ってくる。

一方通行は、少なくとも現時点では怒り狂っているわけではなさそうだった。

ステイルは赤の他人が踏み込んではいけない彼の聖域を、土足で、無造作に荒らした。

一方通行の性格を鑑みた最悪のケースでは、血を見る可能性まで想定していた。

そしてそうなった場合のステイルの勝率は、雀が同情して泣き出す程度の数値である。

だがその危険を冒してでも、ステイルは長年の懊悩の解を彼に求めたかった。


「悪い。事前説明がどう考えても不十分だったね」


それから暫くステイルは、ピエロが愚かに踊る喜劇の、語り部に徹した。



あるところに一人の少年がいた。

少年は過酷な運命を背負った少女に恋をした。

しかし少女は呆気なく死んでしまった。

他でもない少年が、その手で殺したからだった。

少女は一年ごとに“殺され”て新しい『少女』に生まれ変わらないと、

本当に死んでしまう呪いに掛かっていたからだった。


943 : 天使編③ - 2011/09/16 21:36:11.50 SQi/WzOn0 1378/2388



少年は今度こそ、『少女』を守ると決意した。

決意して、力を求めた。

様々な代償を払い続けて、天才と世に呼ばれるようになった。



しかし一年後、またも『少女』は呆気なく死んでしまった。

少年の力はそれでも呪いを越えられなかった。

そして心折れた少年は、新しく生まれた『ヒロイン』を追い回す『道化』となった。




「更に一年後、『ヒロイン』は『道化』が思いつきもしなかった
 方法で『ヒーロー』に救われてめでたしめでたし。
 『ヒーロー』と『ヒロイン』のスピン・オフもあるんだが……
 いや、どう考えても『道化』の方がスピン・オフだね、これは」

「『ヒロイン』もなかなかのピエロだとは思うがな。
 なにせ、『ヒーロー』を他の女に掻っ攫われてやがる」


的を射た指摘に、ステイルは顎を撫でて唸った。

三文芝居に付き合わされた観客の感想としては、驚くほど的を射ている。

やけに投げやりな態度が、いかにも気楽な第三者という風情だ。


「ま、それは彼女の問題であって、今はあまり関係が無いけどね」


雲間を抜け出た月明りに映し出された、一方通行の顔を眺める。

ステイルも良く知るやる気なさげで眠そうな面だった。

ただ、重そうな瞼の奥の眼。

鷲のように研ぎ澄まされた眼光だけが鮮烈な“赤”を宿して、ステイルの忌々しい記憶を抉った。


944 : 天使編③ - 2011/09/16 21:39:04.71 SQi/WzOn0 1379/2388



「お前が殺したのは、“少女”と『少女』の二人ってわけだ」


ここからが本題だ。

『道化』の物語は、困った事に“めでたしめでたし”の後もしつこく続くのである。

『ヒーロー』を射止め損ねた『ヒロイン』は、やがて『道化』との間に愛を育んでいく。

しかし二人の前に、シェークスピアも真っ青の心理的障壁がこれでもかと立ち塞がった。

『道化』にとって最も乗り越え難い絶壁とはすなわち、

かつて殺した『少女たち』の残像が、いつまでも瞼裏に焼き付いて消えない事だった。


「この事は、シスターには?」

「『僕は「君」を昔殺してしまったから謝りたいんだ』、とか? 冗談じゃない。
 彼女に迷惑であるとかそれ以前に、そもそも彼女にはどうしようもない問題だ。
 僕が殺したのは『あの子たち』であって、彼女ではないんだから」


たとえばそれで彼女が、この哀れなピエロを赦してくれたとする。

あるいは糾弾してくれたとする。

どちらが望みなのか、ステイル自身にすら杳として知れない。

いや、おそらくどちらでもないのだ。

数多の弱者を救済してきた聖女の手は、ステイルには決して届かないのだろう。


「だったらアレだな。死者の霊魂とやらを呼び出して、
 『殺してちゃってゴメンナサァイ』とでも土下座しろよ。
 そういうのは“そっち”の得意分野だろォが」


945 : 天使編③ - 2011/09/16 21:40:05.23 SQi/WzOn0 1380/2388



背筋を冷たいものが走り抜けた。

一方通行の口から“死者への謝罪”などというワードが飛び出すとは、

まかり間違ってもあり得ない事だとステイルは思っていた。


「『あの子たち』には埋葬されるべき肉体も無ければ、此岸に戻ってくる魂も無い」


喉の震えを必死で押し殺しながら、一方通行が適当にふった『オカルト話』を否定した。

しかし次の瞬間、ステイルは大きく肩を跳ねさせざるを得なくなる。


「俺にはわかるぜ、そいつらの行き先」

「な、にを言ってるんだい、君は?」


今夜は驚かされてばかりだ。

科学の申し子が非科学的な与太話を土台に、更に乱暴な推論を積み上げるなど。

この先一生お目にかかれない光景かもしれなかった。


「お前の後ろだよ。そいつらはな、お前の背中にとり憑いてやがンだ」

「――――――――ッ!!」


上下の歯が勢いよく噛み合って、飛び出しかけた叫喚を寸でのところで食い止めた。

肺腑を鈍器で直接狙い澄ましたような衝撃が、ステイルの全身を揺らした。


946 : 天使編③ - 2011/09/16 21:41:12.44 SQi/WzOn0 1381/2388



「よくお涙頂戴の三文劇で言うじゃねえか、『心の中で生き続ける』とかなンとかよ。
 強ち馬鹿にもできねェと思うぜ? お前の背中を見なきゃ、
 俺にはその『女ども』を知る機会すらなかったンだからよ。
 だから、そうだな。でけェ鏡の前に立って、自分の肩の辺りに呼び掛けて、
 みっともなく謝っちまえ。それで少しは、気がラクになるかもな」


理は、まるでない。

だが言わんとするところを一切理解できないわけでもない。

これはステイルの心の、内側の問題なのだから。


「…………そりゃ、そうか。悪い」


しかしステイルは、俯いて首を振った。

一方通行のいやに親身な態度が底気味悪いと誰かが囁いてきたが、それどころではなかった。

口腔の内で、堤防が決壊しかかっている。

一度堰が切られればもう後には戻れない。


「こんな洒落の利かねェレトリックでどうにかなるほど
 ラクな問題じゃあねえよな。あーあー、どうするかねェ」


そしてやはり、一方通行の軽い口調が蟻の一穴となって、その堰は崩壊した。


「どうにかしようがあってたまるか、という心持ちだよ。
 ああいや、だったら相談なんてするな、という非難は御尤もだ。
 だがね、君なら少しはわかってくれるだろう?」


947 : 天使編③ - 2011/09/16 21:42:32.48 SQi/WzOn0 1382/2388



要するに、ステイルは恐ろしかったのだ。

一方通行の返答を待たずに、整理されていない感情が次々と溢れ出る。


「これは理屈じゃないんだ。本能なんだよ。
 僕の魂に刻みついた『あの子たち』の死に際が、
 彼女を抱きしめようとする度にこの腕を震わせて、思い留まらせる」


自分の懊悩は、上条当麻にも、浜面仕上にも、そしてインデックスにも解放できなかった。

これでもし、自分とよく似たこの男にも無理だったら。

取り返しのつかないことを取り戻そうともがく、目の前の罪人の手にすらあまったら。

ステイル=マグヌスは一生、この懊悩を抱えて歩まなければならない。

根拠のない確信に足が動かなくなって、あと一歩のところで踏み止まってしまった。

しかしもう止まれない。

ステイルは溢れ出た感情という名の濁流に足下を掬われ、

望む望まざるにかかわらず流されていくのみの流木と化した。



「一方で、理屈に頼ってる自分もいる」



――禁書目録があるから――


――最大主教になったのだから――



「そんな言い訳を殊更並べ立てなければ」




948 : 天使編③ - 2011/09/16 21:43:46.78 SQi/WzOn0 1383/2388





――――殺してしまった、償いだから――――




「彼女を守れなくなっていた自分が、途方もなく醜く思えてしょうがない!」



恋した『少女たち』と愛する『彼女』が別人であることは、とうに割り切った。

ステイルは間違いなく、自分に追い立てられ、上条当麻に救われ、

今この世界で“生”を勝ちとったインデックスその人を愛している。



「どれだけ大事にしても、薄っぺらで、継ぎ接ぎで、その場凌ぎの」



しかしステイルは、『少女たち』の死に顔を通してしか『彼女』を見られない。

それは、許されざる不実ではないか。

誰も責めてこない過日の罪の意識に怯えて、インデックスを抱きしめてやれない。

そんな臆病な自分の心が、愛が、ステイルには。






「穢らわしい贋物に思えて、しょうがないんだよッ!!!!」







949 : 天使編③ - 2011/09/16 21:45:58.29 SQi/WzOn0 1384/2388


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この神父が自分を選んだ理由はよくわかる。

間違ってはいない、必要な事だと自分さえ騙して人を殺した。

その“人間”と同じ顔をした女を愛して、血反吐を吐くような思いを幾度もした。

果てなき闘いの末にやっとの思いで掴んだ平穏。

しかしその中で、己が裡の最悪の記憶が、最後の敵として立ち塞がる。

残酷なまでにステイルと一方通行のカルマは似通っていた。

そして一方通行は七月十五日、この懊悩に対する結論を、物言わぬ『妹達』の前で既に出していた。


(俺にはどうも、ヒーローみてェな垢ぬけた救いの言葉は掛けられそうにねえ)


ステイルが帰結まで同じ道程を辿るのかは、彼次第だ。

とにかくここまでは引き出せた、一方通行はそう思った。



「穢らわしい贋物に思えて、しょうがないんだよッ!!!!」



激情に任せた咆哮は、一方通行からみれば支離滅裂で穴だらけだ。

論理の穴をつつき、膿を掻き出し、縫合するだけの余地は十分にある。

しかしそれだけでは通用しないだろう。

舌先三寸だけではこの男の懊悩の中枢までは至れない。

ならば強引に、乱暴に、非論理的に、言葉の槌を叩きつける事も必要だ。


950 : 天使編③ - 2011/09/16 21:47:06.28 SQi/WzOn0 1385/2388




「簡単じゃねェか、今お前が自分で言っただろ」



一先ずは、孔を広げてやる事だ。

理性的な思考力を一時的に鈍らせているとはいえ、

基本的にステイルという人間が理詰めで動くのはここまでのやり取りで明白だ。

インデックスが絡めばまた別なのだろうが、今は関わりの無い事である。



「贋物だろうと本当なンだろ?」



彼の様な人間が自分の発言に潜む論理的矛盾を突きつけられれば、

必然的に自己を顧みざるを得ない。



「大事だってことはよ」



そして人間は、自らの過ちに気が付いた瞬間最も弱くなる。

一方通行自身が、身を持って体験した事だった。

そうなれば、後は思うがままに心理誘導が可能になる。

激情という名のハンマーの出番は、それからだ。



「それがどンだけ薄っぺらで、汚くて、重さのないものだとお前が思ってようと」




951 : 天使編③ - 2011/09/16 21:48:38.52 SQi/WzOn0 1386/2388





そうするつもりだったのに。




「失いたくねェってのは、本当だろうが!!」



『ああそォだ!! 守りてェンだ! 失いたくねェンだ!!
 そんな事を想像したくもねェンだ!! あのたった一つの幻想を守り抜くためなら――』




脳の指令を完全に無視して、いつかの、心底からの吐露が、気が付けば再現されていた。





「贋物だろうが本物だろうが関係なンざあるか!!!
 それだけは誤魔化しちゃならねェ、紛れもない真実だろうがッ!!!!」





思いの外、一方通行という男は感傷に満ちた人格だったらしい。

やってしまったものは仕方がない。

予定されたコースはもはや遥か遠くの稜線に霞んでいる。

だったらこのまま、最後まで突っ走るまでだ。


952 : 天使編③ - 2011/09/16 21:50:49.20 SQi/WzOn0 1387/2388



「だったらどうしろっていうんだ!! 腕の震えはおさまってくれないんだよ!
 この掌に染み付いた二人の血が、彼女を穢してしまわないか恐ろしいんだ!!
 『あの子たち』の表情は、永遠に消えず、振り払う事もできない!!」


「震えるなら抑えつけろ! 汚れたなら拭え! 振り払えねェなら引き摺れッ!!
 みっともなく足掻いてもがいて、それでいいだろうが!
 もう一度『道化』に戻って後悔してェのかよ、テメエは!
 もう一度アイツを、悲劇の『ヒロイン』に仕立て上げてェのかよッ!!」


「それだけはさせない! 僕が、僕の全存在を懸けてでも、許すものか!」


「――――――笑わせンじゃねえよッッ!!!
 テメエが、今ここで這いつくばることしかできねェテメエが、
 全身全霊なンざ張ったところで結果は見えてンだよ…………!
 失敗だ!! 断言してやってもいい! 
 今のままじゃあ、テメエはまた惨めな失敗を繰り返すッ!!」


「――――――――――――ァァッ!!!!!」


泥沼の底で組み合うような、ドロドロとした負の感情のぶつかり合い。

それでいて身を焦がすような、赤々と盛る生(なま)の情動のせめぎ合い。

真剣同士の鍔迫り合いの最中、ついにステイルが体勢を崩し、口を噤んだ。


「ここまで言われてその腕がまだふざけた事ぬかすようなら、もう降りちまえ」


一方通行は他でもない『実験』の頃の己を回想し、酷薄にステイルを見下した。

膝から崩れ、アスファルトに拳を叩きつけて、言葉を失って項垂れている惨めな男。

ステイルは、再び『失敗者』となる自分を想像してしまったのだろう。


953 : 天使編③ - 2011/09/16 21:51:45.67 SQi/WzOn0 1388/2388







失望を隠さず、一方通行は最後通牒を叩きつけた。








「他に誰かアイツを託せる男を捜して、『道化』ですらねえ『観客』に成り下がれッッ!!!」








そして、心折れた男は――――――――――――








954 : 天使編③ - 2011/09/16 21:52:38.49 SQi/WzOn0 1389/2388






























「 嫌 だ ッ ッ ッ ! ! ! ! 」





――――――――絶対に譲れない一線に、火を灯して導火線とした。




955 : 天使編③ - 2011/09/16 21:53:44.99 SQi/WzOn0 1390/2388


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ステイルの体内で、何かが爆ぜた。

凄まじい勢いで広がった炎は、あっという間に脳髄まで飛び火した。



「“他の男”だと、ふざけるなッ!」



仮定にすぎないはずの“男”の存在が、

十年前の上条当麻など比べ物にならないほどステイルの心臓を滾らせる。

“男”が、自分を差し置いてインデックスを幸せに、笑顔にする――――?



「彼女が幸せならそれでいい、なんて綺麗事で我慢できるか!!」



哮る爆音に、他でもないステイル自身が驚愕して目を見開いた。

瞬刻ののち振り仰いで、超能力者の顔を見据える。

一方通行は深く瞑目して、ステイルの雄叫びに聞き入っているかのようだった。



「彼女を幸せに“したい”!」



――――そうだったのか。

ステイル=マグヌスはもう、十二年前無力に頽れた少年ではない。

インデックスさえ幸福なら、そんな背伸びをしていた子供ではもうない。

青臭くとも欲望に対して忠実に、そして誠実に向き合える、気高く渇いた男へと生長したのだ。

男の望みは、“夢”は、ただ一つ。


956 : 天使編③ - 2011/09/16 21:54:17.46 SQi/WzOn0 1391/2388

















「彼女と一緒に、幸せになりたいッ!!!!」


















957 : 天使編③ - 2011/09/16 21:55:42.58 SQi/WzOn0 1392/2388





「じゃあ、それが答えだろ」




『少女』たちの声なき声が鼓膜の奥に残って自分を苛み続けようと変わらない真実。

ステイルはこの世の全ての理不尽から、無慈悲から、暴虐から、インデックスの笑顔を守りたい。

どんな艱難辛苦がこの身に降りかかろうと関係ない。

彼女には幸せでいて欲しい。

ここまでは、十二年前の“誓い”と何も変わらない。


「僕は、僕は」

「“大人じみた”、いかにも賢そうな、誰も傷つかない答えなンて探すな。
 言ってみろよ、さらけ出せよ。テメエの欲を、欲しいもンを、口に出してみろよ」


少年が立てた“誓い”と、男の抱く“夢”の相違点は、たった一つ。








「彼女を、僕の手で、幸せにしたい」








――――それが、答えだった。


967 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:28:58.37 wAKGpq7A0 1393/2388



「彼女を、僕の手で、幸せに、したい」


一言一句を、噛み砕くようにゆっくりと根源に刻みつけていく。

暫く呆けてから、ステイルは漸くその事実を受け入れて全身の力を抜いた。


「こンな大サービスは一回こっきりだ。
 二度目があったら問答無用で輪切りにしてやる。
 精々無様にのた打て、ステイル=マグヌス。俺から見えない場所でな」


血の臭いがする笑みを浮かべながら、苦しめ、と一方通行は手を差し伸べた。

やはり目の前の悪魔は、何の救いも与えてはくれなかった。

それでもステイルは。


「ありがとう、一方通行」


その手をとって、精一杯の気持ちを掌に籠めた。


「礼を言われる筋合いはねェ」


同じ絶望を知る男たちの、血塗れの含み笑いが交差――――




968 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:30:37.23 wAKGpq7A0 1394/2388

















しようとした瞬間。


「なァァァァにいい話で終わらせようとしてンだ?」

「え?」


片方の形相が、鬼も裸足で逃げ出す鬼神のそれへと変貌した。


969 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:31:09.24 wAKGpq7A0 1395/2388



触れた手に、腕の細さからは信じられない握力が加わった。

そう思うが早いか、ステイルは轟音を上げて店のシャッターに突っ込んでいた。


「がはっ…………!?」

「取り敢えず立ち直るまでは我慢してやったンだぜ?
 まったく丸くなったもンだ、学園都市第一位のバケモノがよォ」


なんだかんだでやっっっっぱり怒っていたらしい。

まあ、当然と言えば当然の結果であった。

結婚前夜の鬱屈としたオトコゴコロを、最悪の形で掻き回したのだから。

問答無用で開幕ブチコロされなかっただけ僥倖だった、

という楽観はもはやステイルの脳裏からは吹き飛んでいたが。


「シスターの顔を立てて半殺しで済ませてやるつもりじゃあいるが、
 保証はこれっぽっちもしてやれねえ」


ついでにもう一つ合点がいった。

何故一方通行がここまで辛抱強く、ステイルの愚痴に付き合ったのか。

それは彼が、自分ではなくインデックスに、ひとかたならぬ恩義を感じているからだった。

それにしても生存率は果たして如何ほどだろうか。

危うく脳震盪を起こすところだった頭でシミュレートしてみる。


970 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:31:58.60 wAKGpq7A0 1396/2388



「さあて、半スクラップの時間だァァ!!! 神様にお祈りは済ませたかァ!?」


(……………………駄目かもわからんね、これは)











「マァァァァァァァグヌゥゥスくゥゥゥゥゥンンンンン!!!!」











雀の“鳴き”声ではなく“泣き”声が聞こえた気がして、ステイルは大きく溜め息をついた。



971 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:33:02.09 wAKGpq7A0 1397/2388


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月が灰雲に隠れては現れるのを何回見送ったのだろうか。

上条たちがひとしきり互いの近況を報告し合っていると、フィアンマがふと呟いた。


「静かな夜だな」


上条は小洒落たレストランの立ち並ぶ街並みに目を落とした。

確かに夜の十時ともなると、歓楽街からは外れる第四学区は静かなものだった。


「ああ、完全下校時刻もとっくに過ぎたしな」

「…………ふむ、そうか、静かか。なら良かった」


何かを確認するような響きに、上条の第六感が疼いた。

しかしフィアンマはニヤケ面で上条の疑問を封殺し、話題を切り替える。


「何でもないさ。それより今度、俺様の城に来るといい。
 お前なら一回だけタダで飲み食いさせてやろう」

「…………その感謝を示してるようでいて妙な上から目線、
 人間がそう簡単には変わらないんだって実感させられるぜ」

「人間は変わらない、か」

「最近懐かしい顔に会う機会が多いんだけどさ、どいつもこいつも俺は成長が無い、
 って決めつけるんだぜ? 失礼しちゃうよな」



間。




972 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:34:00.72 wAKGpq7A0 1398/2388



「………………俺様は、変われたのだろうか」

「シリアスな話題にシフトしたように見せかけて答えにくい質問スルーしてんじゃねえよ!!」

「ばれたか。コメントしづらいアレだという自覚はあったんだな」

「ああチクショウ! 変わりまくりだよ! お前相当お茶目なキャラに方向転換してるよ!!」


呵々大笑するフィアンマに、上条はげんなりと頭を垂れて鉄柵に体重を預けた。

土御門から彼の事情は断片的に聞かされていたが、ここまでのキャラ崩壊をどう予想しろというのか。

『ベツレヘムの星』での死闘を経て世界を見つめ直してくれたのだという感動を、

賠償請求つきで返してもらいたい気分だった。


「俺様も不本意ながらその他大勢の有象無象どもに賛成だ。
 上条当麻、お前は十年前とまるで変わっていない」

「…………一応、褒め言葉として受け取っとくよ。
 それで? 世間話するためだけに呼んだ訳じゃあないんだろ?」

「ああ。ステイル=マグヌスから聞いていると思うが」


フィアンマがどこからともなく、手品のように古びた彫像を取り出した。

右手に剣を、左手に秤を携えた天使の偶像。

特筆して芸術性に満ちているわけでもない骨董品。

しかしそこに上条は、深い歴史の闇の一端を垣間見た気がした。


「これが」

「そうだ。これこそが『右方のフィアンマ』を産むための霊装、
 『カシノ山の燃剣』だ。これを、お前の右手で破壊してもらいたい」


973 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:34:41.42 wAKGpq7A0 1399/2388



上条は、十年前の騒乱で自分を幾度となく窮地に追いやった

『神の右席』の系譜については詳しくない。

土御門あたりからもしかしたら説明を受けているかもしれないが、

上条の記憶媒体に余剰データを詰めこんでおくだけの余裕など、今も昔も皆無であった。


「他の三つの行方についてはイギリス清教が尋問で吐かせる手筈になっている。
 それらの事も、そしてバチカンの地下深くに眠る儀式場についても、お前の力を借りたい」


学園都市統括理事会の一員としては、慎重に検討しなければならない依頼である。

歴史の裏側に隠れていたとはいえ、三次大戦や「0715事件」の引き金を引いた

『神の右席』という極彩色が、斑に塗り分けられた世界に与える影響は計り知れない。





「ああ、任せとけ」





しかし、答えなど決まりきっている。

上条当麻は、己が信念に従ってひたすら愚直に突き進む。

およそ十秒ほど、沈黙が場を支配した。


「どうした?」

「………………いや、わかってはいた。前もって予測は付いていたのだ。
 お前はややもすれば、二つ返事でこの仕事を引き受けてくれるのではないかとな」


974 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:35:43.49 wAKGpq7A0 1400/2388



嘆息しながら苦笑するフィアンマの態度に、上条は頬を掻いた。

憎しみの連鎖を止める手助けができるのなら、

上条当麻は世界中どこへでも、当然の如く飛ぶ。

家族や親しい友人はおろか、各国の首脳にさえ周知の事実だった。


「いずれローマ正教は正式外交の一環としてお前達一家を招待するだろう。
 歓待の準備を今から整えておくから、楽しみにしていてくれ」

「美琴と真理まで? なんか悪いな」

「…………悪い気がするのはこちらだ。
 ただでさえ俺様は、十年前の借りを返していないというのに」

「いいよ、貸し借りなんて。ステイルの奴もその辺拘ってたけどさ」


上条は右手を、その心の在り様を映し出したように真っ直ぐ差し出した。

フィアンマもまた右手の霊装を前に掲げる。


キン。


ローマの闇の象徴が、小さな破砕音を伴って瞬く間に風化し、夜空に溶けていく。


「俺は、俺がやりたいと思った事を全力でやるだけだ」


空になったフィアンマの右手は、しっかりと上条当麻の右手と交わっていた。

フィアンマは嘗て己の野望を砕いた『幻想殺し』の力強さに目を細め、フッと笑うと――


975 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:36:38.14 wAKGpq7A0 1401/2388



「そうか。つまり俺様は、お前に借りたものを悉く踏み倒して、
 その上なんの気兼ねもなくお前に新たな頼みができる訳だ」


――――実に“イイ笑顔”を浮かべた。


「へ?」

「いやなに、お前と違って貸し借りを気にする男に借りを作ってしまってな。
 巨額の返済を迫られているから、今この場で返せる分は返しておこうと思うんだ」

「? ? ふぃ、フィアンマさん? どことなーく嫌な予感がするのですが」


別段目立った動きを見せるでもない相手に気押されて、

というか得体の知れない危機感を感じて、握手を解いた上条はじりじりと後ずさった。

長年培った『不幸センサー』が、ツンツン頭を殊更尖らせる形でエマージェンシーを告げている。


「そう身構えるな……おい、その辺りは手すりが老朽化していて危険だ、止まれ」


ふいにフィアンマが素の表情に戻って親切にも忠言をくれた。

考え過ぎか。

ホッとして足を止めるとおかしな事に気が付いた。


「っ、と。ワリィ助かった………………ってちょっと待て!
 どうしてお前がこのビルの劣化状況なんて知ってるんだ!?」

「ふふふ、良い勘だな上条当麻。――――だがもう手遅れだ」


ああやっぱ、こいつ悪役がお似合いだわ。

蘇ったフィアンマの“イイ笑顔”を目の当たりにして、上条は現実逃避気味にそんな事を考えた。


976 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:37:31.78 wAKGpq7A0 1402/2388


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ステイル=マグヌスはイギリス清教最大主教の護衛である。

それは『必要悪の教会』所属の魔術師として果たすべき義務であると同時に、

一人の男として守るべき意地でもあった。

故にステイルは凡そ考え得るあらゆる敵手との交戦を視野に入れて、

その全てからインデックスを守り通さなければならない。

研鑽に研鑽を重ね、古今東西の魔術から使えそうな要素や記号を習得する傍ら、

ステイルは『仮想敵』を置いてのシミュレートを怠らなかった。

『仮想敵』とは――本命は別にいるが――つまり

心を許すべからざる英国清教の隣人、学園都市の象徴。

現在は十五にまでその席次を増やした『超能力者』たちである。

もちろん今回のトップ会談で双方の信頼関係は盤石のものとなり

今後ステイルが彼らレベル5と死を賭して争う可能性はほぼゼロとなったし、

あくまでこのシミュレートは戦術兵器に匹敵する強敵にどこまで

己の力が通じるのかを確かめるための仮想演武の域を出ない。

実際に役に立つ時がくるなど、“ある日”より以前のステイルが聞けば鼻で笑い飛ばすだろう。





「はぁ……………………ごふっ、はぁ。コイツは効くね…………」

「意外と丈夫じゃねェか、ヤニ神父。
 安全圏に閉じ籠るだけがテメエの能だと踏ンでたンだがよ」


己の最大の苦悩を学園都市最凶の悪魔に打ち明けると決めた、その日以前だったなら。


977 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:38:14.71 wAKGpq7A0 1403/2388



「東洋の『風水』にヒントを得てね。人間の身体にも方位はある。
 とすれば、僕は世界で一番小さな『陣地』を自分の身体に築く事ができる」


天草式の協力を得て全身の八か所に刻んだ、防御を意味する『yr』のタトゥー。

その他にも正道で積み上げたルーン魔術の強化から奇手奇策の類まで、

この十年でステイルの手札は溢れんばかりに蓄積されている。


「そりゃあ大層な努力だ、ご苦労さン。で?
 そこまでやって、俺に対する勝率は何%なンでしたっけェ?」

「台詞回しが絶妙に小物臭いよ」

「うっせェほっとけ」


結論から言おう。

美琴や麦野の耳にまかり間違って入れば目も当てられない事態を招きかねないが、

ステイルは第三位までの超能力者になら七割超の確率で勝利をおさめる自信がある。

一日以上の準備期間を設けて築いた自陣の中でなら、という条件を満たす必要はあったが。

しかしその上の位階の、一段といわず数段飛ばしの、怪物を越えた怪物が相手となると――


「――――2%ってところかな。悪い数字じゃあないだろう?」

「クッ、ハハ! ヒャハハハハハハハハハッッ! 
 ああ、悪くないぜお前ェ。真顔でそンな寝言が言えンだからよ」


一方通行の嘲笑、というか爆笑も尤もであった。


978 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:39:13.90 wAKGpq7A0 1404/2388



シミュレーションもクソもあったものではない。

最初に手を握られた時点で右腕は『毒手』の餌食となり、

投げ飛ばされた際に一瞬左脚にも触れられた。

激突のダメージは自動防御術式で軽減したものの、

戦闘開始時点でステイルは既に立ち上がれなくなっていたのだから。


「またあの医者の世話になるのか…………明日の式には間に合うかな」

「心配しねェでもシスターの方がいりゃクソガキも満足だろ。
 それよりよ、後学のために『2%』の中身を聞いときてェんだが」


地に伏した被害者と地に伏させた加害者の会話としては暢気なものであった。

からかいや嗜虐心からではなく、一方通行は真剣に己の敗北因子を潰そうとしている。

陽が昇れば永遠を誓う事になる、愛する女性を悲しませないためだろう。

ステイルをノーバウンドで跳ね飛ばした際の激怒は喉元を過ぎて忘れてしまったらしい。

熱しやすく冷めやすい、鉛のような男だった。


「君の『反射』、いや『ベクトル操作』には四通りの突破口がある」

「………………ほォ」


一つ、能力そのものを無効化する。

一つ、『操作』を逆に利用する。

一つ、『操作』対象を見極める。

一つ、圧倒的な、異質な、異次元の力でごり押しする。


979 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:40:06.43 wAKGpq7A0 1405/2388



「…………………………ほンの少しブルっちまったぜ。いくらなンでも詳しすぎンだろテメエ」

「君の元同僚は現在僕の同僚なんでね」

「シスコン軍曹と皮被りストーカーかッ…………!」

「加えてミス結標と」

「『グループ』全員に売られてンじゃねえか俺ェェェ!?」

「ついでに上条当麻と君の恋人からも情報をもらったよ」

「揃い踏みにも程があンだろロイヤルストレートフラッシュかァァァァァァァ!!!」


ステイルにとっては親近感たっぷりの絶叫が深夜の学園都市に木霊する。

一方通行の呼吸が落ち着くのを澄まし顔で待って神父はニヒルに笑った。

いくら気取ったところで無様な大の字姿に変わりはないのだが。


「どう考えても僕に三番は実行不可能だから、これはまず除外しよう。
 同様に二番、これも難しそうだ。僕はベクトルがどうのという話にはとんと疎いからね。
 さあ、残るは二択だ。一の最たる例である『キャパシティ・ダウン』とやらは
 僕みたいな公務員には少々敷居が高いし、君が対策を取ってない筈がない。
 四は荒唐無稽というか、おいそれと出来るなら苦労はしない。いやはや困ったものだ」

「うだうだ言ってねェで結論から先ず述べてくださァい。
 論文の考査してるわけじゃねェンだぞ? それとも降参すンのか?」

「イギリス清教の沽券に関わりかねないので、
 ある程度の戦果を上げてから和平交渉に入りたいものだね。
 っていうか降参したら許してくれるのかい、君?」

「朝のニュースに『意識不明の重体で病院に~』テロップが出るくらいで勘弁してやンよ」

「そんなテロップが出た時点で君は犯罪者だよ。それでいいのか花婿…………つっ!!」


調子に乗ってお喋りが過ぎたようだ。

ステイルの負傷部位は血管がズタズタにされ、激しい内出血で蒼く膨れ始めていた。


980 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:42:18.29 wAKGpq7A0 1406/2388



一方通行は静かにステイルを見下ろしている。

ああ言ってはいたが、ここで命乞いをすれば救急車ぐらいは呼んでくれるだろう。

此方を見下ろす――――いや見下している眼差しの奥の憐憫から、ステイルは感得した。

つまりステイルは一方通行に、敵として認識されていないのだ。


「…………しょうがない。『プランI(アイ)』でいこう」

「あァ? あンのかよ、ンなもン」


我慢がならない、というほどの事ではなかった。

ただここで膝を屈したら、インデックスを護るための智慧も力も意志も

自分には無いと、この超能力者に宣言するようなものではないか。

付き合わされる一方通行には悪いが、これはこの上なく幼稚な――


「いいぜ、来な」

「悪いね」


――――男のプライドの問題だった。





  I
「起爆!」


左の掌で配置したステルス化ルーンを、小規模に爆発させる。

その反動を利用して飛び起きたステイルは、生き残った右脚一本で跳躍して手近な壁に背中を預けた。

杖を捨てた一方通行が高速で距離を詰め終わる前に、


981 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:43:22.19 wAKGpq7A0 1407/2388



“予め無数に配置しておいた”ルーンのうち、背の白壁にセットした一枚に魔力を籠めた。


 T I A F I M T  I H T S O T A A I H T R O T C
「我が陣には炎、 その形は矢、 その役は封印!」


連鎖起動した数百枚のルーンが火の雨を敵の頭上に降らせる。

急所は一切狙わず、右腕と左脚を標的に定めているのはちょっとしたご愛敬である。


「ちっ、何時の間に…………!?」


ステイルは千枚程度のルーンならばステルス処理を施した上で、

隣にいる人物にも悟られぬよう配置可能な小細工(マジック)を習得している。

上条当麻を含めた三人で店に入る直前、雑談に耽るふりをしながら仕掛けておいた物だった。


(一方通行は、初見の魔術を完全には反射できない!)


故に、一度足を止めて解析に時間を割いている筈だ。

炎の壁を遮二無二突っ切る事はできない。

その間にステイルも、次のレベルへと戦術を進める。


「んっ!?」


そんな暇はなかった。

もう一度ロケット方式で飛び跳ね、カードを“配置していない”座標まで逃げる。

なぜわざわざ、溜めこんでおいた武器の存在しない方向へ逃げてしまったのか。


「………………馬鹿、な。魔術まで!?」


982 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:44:14.66 wAKGpq7A0 1408/2388



一方通行を貫こうとした火矢が一本残らず元の軌道を辿って、カードを直撃したからだ。

この現象が意味するところとはすなわち。


「ああいや、初見からの看破が無理っつうのは間違っちゃいねェぜ。
 ただよ、俺は二回、テメエの『人払い』を間近で見せてもらったじゃねェか。
 その根源が比較的一般にも知られるルーン文字に起因するっていうなら、
 普遍性を抽出して法則に結び付けることは、“不可能じゃねえ”」


ステイルは絶句した。

想像を完膚なきまでに絶していた。

たった二度見せただけの非戦闘用魔術から見てもいない

実戦用魔術の解析までされるとは、正に『魔道図書館』に匹敵する神業である。


「とは言え、全く解読不可能のルーンが何文字かあったから手こずったぜ。
 あれがなきゃカウンター直撃でトドメまで刺せてたンだがよ…………。
 だが、ここまでくりゃテメエの次の手も大体読める。
 大方俺が無意識に受け入れるベクトルのうち、
 酸素を利用した人体破壊でも狙ってたンだろ?」


手の内は見切られきっている。

空気中の酸素濃度を変える、などの策では容易くベクトル操作に防がれる。

そこでステイルは『火』のルーンの逆位置を付与した、

生命力を減衰させる酸素を生み出して一方通行に浴びせるつもりだった。

勿論異常を察知される可能性は十分にあったが、

いくら一方通行とて魔力と結合した酸素を正常にデバッグするには時間がかかる。

その間好気呼吸が満足に行えなければ、彼の数少ない弱点である体力の乏しさを突ける。


983 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:45:36.51 wAKGpq7A0 1409/2388



しかし、現実は。


(これが学園都市第一位、一方通行………………っ!)


支えを失った身体は、ごつごつしたコンクリートに吸い込まれるほかない。

頬を擦りむき、芋虫のような姿態でステイルは這いつくばった。


「潔く諦めちまえよ。プランIの『I』ってのはよ、『Impossible』の『I』だろォ?」

「く…………」


『一流の悪党』を自負することはとうに止めたらしいが、

やはりこの悪役面には敗北寸前の敵をネチネチ追い詰める姿がよく映える。

その『やられる寸前の雑魚敵』が自分でさえなければ

ステイルも素直に感嘆の声を上げられたのだが、それどころではなかった。





「く………………くく、ふふふふ」


微かな笑い声が炎の息吹を断ち切られた魔術師の陣地に響く。


「自分の不甲斐なさに自嘲……ってわけでもなさそうだな」


ステイルは戦術の段階を、絶対に進めたくなかったレベルまで進めると決心した。



黒衣の神父は愉快そうに、しかし同時に不愉快そうに、そして不敵に笑っていた。




984 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:46:40.10 wAKGpq7A0 1410/2388



次の瞬間、その姿が大気に滲んで溶けた。

気温の局地的な変化による光の異常屈折、いわゆる蜃気楼。

同時に、ステイルが先ほどから移動に使用しているものより、やや大きな爆発音。

もうと立ち込める白煙が一方通行の視界を著しく奪った。


「…………『氷』で冷やした空気を急激に温めれば、そりゃ霧になるわな」


『氷』のルーンは確か十一番目だったか。

一方通行は瞬時に眼前の事象を把握し、上方に向かって身構えた。


「手品ならもう少し上手くやンな」


ステイルの長身が消える直前と全く同質の大気の揺らぎを、

通常物理法則を支配するこの男が察知できない筈はない。

目晦ましにステイルが降らせた霧雨の外側、角度85.2、

距離14.6メートルの座標に蜃気楼が発生している。


「――――あ――――あっ!!」


正にその位置から雄叫び。

何故かノイズが混じったかのように途切れ途切れで聞き取りにくいが、

最後の特攻をかけるべくステイルが急降下爆撃してきたとしか考えられない。


「ったく、熱くなりやがって。マジで二、三週間入院生活になンぞアホが!」


腕と足を血液逆流させた男のものとは思えぬ台詞を吐きながら、

一方通行は両膝に力を籠めてステイルを迎え撃つべく跳躍する。


985 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:48:27.51 wAKGpq7A0 1411/2388



ブオオオオオオオオンンッッ!!!!


気流操作で宙を舞った一方通行。

副次物の爆風で濃霧を払う。

次いで、密かに信奉しているヒーローよろしく右拳を思い切り振りかぶった。




「歯ァくいしばれ魔術師ッ! 俺の最強はちっとどころじゃなく――――――!?」




そこでようやく、一方通行は異変に気が付いた。




「ざぁんねん。正解は『Ⅰ番』の『I』」




“下から”嫌みったらしいニコチン野郎の楽しくて仕方がない、という声が昇って来た。

そして上の蜃気楼からは。


「ぬわああああああああっっっ!!?」

「ンなあああああああああっっ!!!!?? あ、ヤベ、」




「――――プラス、『Imagine Breaker』の『I』だよ」



他でもない、我らがヒーローが情けない悲鳴を上げて急降下してきた。


986 : 天使編⑤ - 2011/09/18 22:50:05.16 wAKGpq7A0 1412/2388



天から舞い降りた――――というか降って来た男が

救いを求めるように開いた“右手”が、一方通行の白い頭髪に触れた。

ただそれだけで、途端に“異能”の頂点、『一方通行』が消滅する。

飛行石を持ってなければ落下型ヒロインでも勿論ない。

ヒーローの全体重を掛けられ、一方通行は派手な音を立てて大転倒した。


「かふっ、げほげほっ!! さ、三下ァァァァ!? どけ、降りろォ!!
 テメエ、なにいい年こいてシータごっこなンざやってンだあああ!!」


折り重なる形で倒れた男を払いのけようと必死でもがくが、無駄な努力だった。

伊達に十年『妹達』にもやし野郎と呼ばれ続けてはいない。

一方通行の誤算は、ステイルが『インデックスを守る』という仮想の下で闘う時、

どこまでだろうと残虐にも――――卑劣にもなれる事であった。


「ふぃ、フィアンマの野郎…………! 『安心しろ、手加減はする』とか言っといて!
 っていうか『第三の腕』に手加減とかできるわけねえだろおおおお!!!」

「ぐだぐだ言ってねェで離れろォ!!」





「もう遅いよ」





刹那、焔の矢が一方通行の首筋を――――チョーカーを掠めた。







続き
ステイル「まずはその、ふざけた幻想を――――――」【1】


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