<村>
村娘「旅人さん、この村特産のブドウ酒です。どうぞ」トクトク…
旅人「ありがとう」ゴクッ
旅人「……うまい」
村娘「お口にあったみたいでよかった」
旅人「この村はいい村だね。のどかだし、平和で、酒もうまいときてる」
村娘「ありがとうございます」
旅人「だけど――」
元スレ
村人「ジャスラックが攻めてきたぞぉぉぉぉぉ!!!」村娘「音楽を聴きつけたんだわ!」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1511454607/
旅人「この村では定期的に、村人全員が歌って踊る≪音楽祭≫をやると聞いてたんだけど」
旅人「まるでやる気配がないね。どうしてだい?」
村娘「!」
旅人「この村の音楽祭は素晴らしいものだった、と色んな場所で聞いて楽しみにしてたんだ」
旅人「なのに、どうしてやらなくなってしまったんだ?」
村娘「……」
旅人「なにか事情でも?」
村娘「そ、それは……」
村長「それにはワシがお答えしよう」
村長「実はしばらく前から、この村の近くに魔物がすみついてしまったんじゃ」
旅人「魔物が?」
村長「その魔物は音楽祭が行われると、すかさず音楽を聴きつけて、村にやってくる」
村長「そして、金品を強奪するんじゃ」
村娘「何度も被害にあって……いつしか音楽祭もやらなくなってしまったの」
旅人「そういうことだったのか……」
旅人(音楽を聴いたらやってきて金品を強奪する魔物なんて聞いたことないぞ)
旅人「だけど、その魔物がずっとこの近くにいるとは限らないでしょう?」
村長「うむ、まあたしかに」
旅人「この村の音楽祭の素晴らしさは、他の土地にも伝わるほどのものだった」
旅人「つまりそれだけ、この村の人にとってもかけがえのないものだったはずだ」
旅人「それをたかが魔物を恐れて封印してしまっていいんですか?」
村長「むう……しかし……」
村娘「村長、やりましょうよ!」
村娘「あの魔物だって、私たちが大人しくなったからきっとどこかに行っちゃったわよ!」
村長「うむ……そうじゃな」
村長「久しぶりに≪音楽祭≫を開くとするか!」
村長「久しぶりの音楽祭じゃ! みんな歌って踊って演奏してくれい!」
ドンチャンドンチャン♪ ドンチャンドンチャン♪
ワァァァ… ワァァァ…
ピ~ヒャラ~♪
ドンドコドン♪ ドンドコドコドン♪
旅人(う~ん、素晴らしい)
旅人(俺は王宮の楽団の演奏を聴いたこともあるが、この村の音楽はそれ以上だ!)
村娘「どう?」
旅人「最高だよ。今までに味わった音楽で、この村の音楽は一番だ」
旅人「さっきの君の歌も大変素晴らしかった」
村娘「ありがとう!」
村娘「あなたは歌わないの?」
旅人「俺は聴く方専門でね」
村娘「ふふっ、シャイなんだ」
旅人「うーん、シャイっていうか……」
ズシン… ズシン…
旅人「ん? なんだこの地響きは……」
村娘「あ、ああ……」ガタガタ…
旅人「どうした?」
村娘「この足音は……まさか……!」
タタタタタッ
村人「大変だぁぁぁ!」
村人「ジャスラックが攻めてきたぞぉぉぉ!!!」
ザワザワ… ドヨドヨ…
旅人「ジャスラック?」
村娘「魔物の名前よ!」
村娘「この村の音楽を聴きつけたんだわ!」
ズシン…!
ジャスラック「ジャハハハハハ……!」
ジャスラック「聴こえたぞ、聴こえたぞぉ~? この村から音楽がなぁ~!」
旅人「こいつが……ジャスラックか!」
旅人(でかい! それになんて醜悪な姿だ……!)
旅人(まるであくなき欲望というものを、そのまま具現化したかのような……!)
ジャスラック「ワシはこの世の音楽の支配者、ジャスラック!」
ジャスラック「つまり、全ての音楽はワシの所有物!」
ジャスラック「つまり、音楽を奏でた者はワシに金を払う義務があるのだぁ~!」
旅人「なにいってるんだこいつ……」
村娘「ジャスラックはこの理屈で、音楽を奏でた人からお金を巻き上げるのよ!」
旅人「なんて欲深く、なんて恐ろしい魔物だ……!」
旅人(しかし、金で済むなら、問答無用で襲ってくる魔物よりはまだマシなのかもしれない)
旅人「ちなみに……いったいいくらぐらいだ?」
ジャスラック「10万ゴールドだ」
旅人「10万!? バカな、高すぎる! 村の財産を根こそぎ奪う気か!」
ジャスラック「この世の音楽は全てワシのものなんだから当然の対価だ!」
村人「ふざけんな! 音楽はみんなのものだ!」
ジャスラック「黙れ! この盗っ人!」
バキッ!
村人「げぼっ!」
ジャスラック「さあ、とっとと払え! 払わねば力ずくで村を滅ぼすぞ!」
旅人(こいつを呼び寄せてしまった責任は俺にある……!)
旅人「俺に任せろ!」
村娘「旅人さん!?」
旅人「ジャスラック、お前は俺が倒す!」ジャキッ
ジャスラック「ほう……貴様、剣士か?」
旅人「その通り、旅をしながらお前のような魔物を倒すことを生業としている部分もある」
旅人「いくぞ!」
ジャスラック「ジャハハハハッ! 来るがいい!」
旅人「はあっ!」シュバッ
ギィンッ!
旅人「!?」
ジャスラック「ジャハハ……この程度では傷もつかんなぁ~」
旅人「効かない……!?」
ジャスラック「ワシが剣の手本を見せてやろう」
旅人「なにっ!」
ジャスラック「ワシの腕はこの通り、剣にも変化するのだ!」グニュルグニュル
旅人「……!」
ジャスラック「喰らえ……“超・裂く剣”!」
ザシュッ!
旅人「ぐはぁぁぁっ……!」ドサッ…
村娘「旅人さぁん!」
ジャスラック「さぁ……金をよこせ!」
村長「うむむ……わ、分かった」
村長「村じゅうからかき集めた金じゃ。持っていけ」ジャラッ…
ジャスラック「ジャハハハ、それでいいんだ」
ジャスラック「今日のところは引き上げてやろう」
ジャスラック「ああ、そうだ。そろそろ金品を巻き上げるのも飽きてきた」
ジャスラック「次、音楽祭をやったら村の若い女を一人いただく! 当然の対価だ!」
ジャスラック「ジャッハッハッハッハ……!」
<村娘の家>
旅人「う……ん」ムクッ
村娘「あ、よかった! 目を覚ました!」
村長「ふう……見た目ほど傷が深くなくてよかったわい」
旅人「う……」ズキッ
旅人「あれがジャスラックか……今まで出会った魔物の中でもっとも強かった……」
旅人「“音楽の支配者”を自称するだけのことはある」
旅人「あいつはいったい何者なんだ……!」
村長「うむ……」
村長「あやつの正体は諸説あるが、かつては人間だったともいわれておる」
旅人「人間!?」
村長「自分の作った曲を盗作され、その時の悔しさ哀しさで魔物になってしまったらしい」
旅人「……」
村長「しかし、魔物とはいっても元々は音楽を悪用する悪漢に罰を与え、音楽の世界を守る」
村長「優しく正義感にあふれる魔物だったそうじゃ」
村長「ところが、皆から慕われるうちにどんどん増長し……」
旅人「音楽の支配者を名乗るようになったわけですか」
旅人「うぬぼれた英雄が、人々に害をなす暴君となる……よくある話だ」
村長「これで分かったじゃろう」
村長「ヤツがいる限り、ワシらは音楽祭を開けんのじゃ」
旅人「……」
旅人「音楽祭などと大それたことをせず、小さな演奏会くらいの規模では?」
村娘「それがダメなのよ」
村娘「昔は鼻歌を唄ってた人が金品を請求されたこともあったみたい」
村娘「ヤツは耳がよすぎるのよ……もうこの村では音楽を奏でることはできない……」
旅人「耳がいい?」ピクッ
旅人「――あの」
村長「なんじゃ?」
旅人「もう一度……もう一度だけ、音楽祭を開いて頂けないでしょうか?」
村長「なにをいっとる! さっき10万ゴールド奪われたばかりなんじゃぞ!」
村長「しかも、今度は若い女をもらうと……!」
旅人「俺に策があるんです。絶対いけます!」
村長「しかしじゃな……」
旅人「このままだと、永遠に音楽祭を開けませんよ! それでいいんですか!?」
村長「……!」
村娘「村長さん!」
村長「分かった……もう一度だけやってみよう!」
ドンチャンドンチャン♪ ドンチャンドンチャン♪
ワァァァ… ワァァァ…
ピ~ヒャラ~♪
ドンドコドン♪ ドンドコドコドン♪
村長「旅人さんを信じて再び祭りを始めたが、もし倒せなければこの村は終わりじゃ……」
村娘「旅人さん……」
ズシン… ズシン…
ジャスラック「ジャッハッハ……また性懲りもなく音楽を鳴らしたな、貴様ら!?」
村長「うう……」
ジャスラック「さっきの約束通り、女はもらっていくぞ!」キョロキョロ
女「ひ、ひい……」
ジャスラック「おおっ、いい怯え具合だ! 金髪というのもワシ好み! こいつでいいか!」ガシッ
女「きゃああああっ!」
ジャスラック「ジャッハッハッハッハ……」
ズシン… ズシン… ズシン…
村長「ここまでは全て作戦通りじゃが、果たして上手くいくんじゃろうか……」
村娘「旅人さん……」
<ジャスラックの住処>
ジャスラック「ジャハハハハ……これはなかなかいい戦利品だわい」
女「ひいいっ……」
ジャスラック「ワシが最も好む音楽を教えてやろう」
ジャスラック「それはな、女の悲鳴や断末魔なのだ! 今から貴様にはたっぷりと――」
女「おい、誰が女だって?」
ジャスラック「!?」
女「お前どうやら――」
バサッ
旅人「耳はいいが、目はよくないようだな」
ジャスラック「カツラ!? 貴様……さっきの剣士か!」
旅人「パッドも取っておくか」ボトボトッ
ジャスラック「貴様、女のフリをしてたのか!」
旅人「長く旅をしてると、色んな技能が身につくもんさ。たとえば女装とかな」
ジャスラック「ふん……わざとワシにさらわれたのはいいが、どうするつもりだ?」
ジャスラック「貴様の剣では、ワシは倒せぬとついさっき証明されたばかりのはず!」
旅人「ああ、まず無理だろうな」
ジャスラック「まさか……みんなの前では使えない必殺技、なんてものがあるのか?」
旅人「その通りだ」
ジャスラック「ジャハハハハハッ! 面白い、やってみせい!」
ジャスラック「そして貴様を始末したら、ワシを騙したあの村は滅ぼしてやる!」
旅人「じゃあ遠慮なく」コホンッ
ジャスラック(ん? なんで心なしかちょっと嬉しそうなんだ?)
旅人「こういう機会でもなきゃ、俺は歌うこともできないからな」
ジャスラック「え?」
旅人「精一杯歌います!」
旅人「た"ひ"は"た"の"し"い"な"ぁ"~~~~~♪」
旅人「い"ろ"ん"な"ひ"と"に"て"あ"え"る"し"~~~~~♪」
旅人「い"ろ"ん"な"も"の"を"た"へ"ら"れ"る"か"ら"~~~~~♪」
ボ エ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ !
ホ ゲ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ !
ド ゲ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ !
ジャスラック「!?」
ジャスラック「ぐあぁぁぁぁぁっ……!」
ボ エ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ !
ジャスラック「なんだこの歌……いや、こんなのを歌と認めてたまるか! 歌詞も歌唱力もひどすぎる!」
ホ ゲ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ !
ジャスラック「耳が、鼓膜が腐る……!」
ド ゲ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ !
ジャスラック「やめてぐれぇぇぇ……!」
ジャスラック「どうしてこうなった……!」
ジャスラック「ワシはただ……音楽を守りたかった……だけ、なのに……」
ジャスラック「しかし……ワシは……音楽ある限り、完全には滅びぬ……」
ジャスラック「いつか必ずよみがえって……やる……」
ボシュゥゥゥゥゥ…
旅人「音楽を守ろうというお前の志は立派だったかもしれない」
旅人「しかし、どんな志も過剰になって押しつけるようになってしまえば、ただの毒に過ぎない……」
タッタッタ…
村娘「終わったのね!」
旅人「ああ……終わったよ」
旅人「さっきの10万ゴールドも取り返しておきました」
村長「おお……ありがとう、ありがとう。これで村は救われた」
村娘「じゃあみんな、今度こそ≪音楽祭≫を楽しみましょう!」
オーッ!!!
<村>
ドンチャンドンチャン♪ ドンチャンドンチャン♪
ワーワー… ワーワー…
村娘「はい、ブドウ酒!」トクトク…
旅人「ありがとう」
村娘「ところでさっき、ジャスラックの住処からものすごい音が聞こえてきたのよね」
村娘「怪物の雄叫びというか、悪魔の絶叫というか、とにかく恐ろしい音だったわ」
村娘「ジャスラックの声かと思ったけど、それとは明らかに違ってたし……」
村娘「あれはいったいなんだったのかしら?」
旅人「さぁ……なんだったんだろうね」
<終わり>
この物語はフィクションです
実在の某団体とは一切関係ありません