12月24日の夜――
私は一人息子と二人きりで、ささやかなクリスマスパーティーを行った。
まだ幼い息子は、布団に入るとすぐ眠りについた。
靴下のある枕元にはプレゼントのミニカーを置いておいた。
あの子の希望とは違うが、きっと朝になったら大喜びしてくれることだろう。
元スレ
サンタ「ワシと子作りしろ!」人妻「やめて下さい! 私には夫がいるんです!」
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ふと、外に出てみる。
空は静寂に包まれており、吐く息が白い。
心なしか、星がいつもより多めに見えるような気がする。
サンタクロースはこんな寒い中、世界中を駆け巡ってるんだろうな。
いい年した大人らしくもない感慨にふけってしまう。
その時だった。
シャンシャン、というベルの音とともに、夜空に光輝くソリが現れた。
目を凝らすと、ソリの上には赤い服を身につけ白いヒゲをたくわえたサンタクロースが乗っており、
赤鼻のトナカイがソリを引いている。
「サンタクロースはどんな姿?」と問われたら、誰もが想像するであろうあの人物が、
夜空に光の筋を描いている。
それはそれは幻想的な光景だった。
光り輝くソリはそのまま私の前に降り立った。
疑いようがない。本物だ。
街中にいるコスプレなどではなく、目の前にいるサンタは本物だ。
サンタがどんな表情をしてるのか、顔の半分以上がヒゲに覆われてるので窺い知ることはできない。
寒さを感じなくなっていた。
サンタクロースの存在がそうさせているのだろうか。
押し寄せる感動と困惑でフリーズ状態になってる私に、サンタは開口一番こういった。
「ワシと子作りしろ!」
意味が分からなかった。
サンタクロースの使命は子供達にプレゼントを配ることのはず。
なのに、いきなり何をいっているのだ?
「あの……冗談ですよね?」
「ワシは本気じゃよ」
「あなたの仕事は子供達にプレゼントを配ることでしょ?」
「正確には親からプレゼントをもらえないような子供じゃがの。
ちなみにワシの担当分はもう配り終えた。一年に一度の大仕事じゃ。
重労働じゃが、やりがいがあったよ」
「じゃあ、なんでこんなことするの? うちの子にはプレゼントはもう渡したわよ」
これには答えず、サンタは私に歩を進めてきた。
私の中の感動と困惑は、一気に恐怖に塗りつぶされた。
「大声出しますよ」
「出してもかまわんよ。どうせ無駄じゃがの」
「なんですって?」
「サンタクロースがなぜ、たやすく家に忍び込めるか分かるか?
それはワシらには特殊な能力があるからじゃよ。人から存在を認識されない、というな。
これはサンタだけでなく、近くにいるものにも発揮される。
いってみればワシらは人から認識されないバリアを張ってるようなもんじゃ。
今おぬしはそのバリアの中にいるようなもんじゃから、おぬしがいくら叫んでも無駄なんじゃ」
説得力がありすぎて、ウソをいってるとは思えない。
今、私がサンタを認識できているのは、きっと範囲の指定やオン・オフも自由自在だからなのだろう。
私は助けを呼ぶのを諦めた。
夫の姿が思い浮かぶ。
平凡な容姿で決して頼りがいがあるとはいえない性格だが、私は彼を愛している。
裏切ることはできない。
「やめて下さい! 私には……夫がいるんです!」
「こんなめでたい日にも仕事を優先して、妻と子を放っておくような夫じゃろ?
普段も無口でおとなしく、夜の営みにもまるで積極的でないと聞く。
そんな奴のことは考えなくていい」
そこまで調べているとは、私は愕然とした。
サンタがさらに私に近づく。
「断言してもよい。今世界中で、もっともおぬしを愛してるのはワシじゃよ」
話し合いが通じる相手じゃない。
私はサンタに背を向け、逃げようとした。
しかし、後ろにはすでに赤鼻のトナカイがいた。
でかい。
筋骨隆々で、まるで土佐犬とバッファローをミックスさせたようなその巨体は、
私に「サンタからは逃げられない」と絶望させるに十分だった。
世界中にプレゼントを配るのだから、これぐらいの体格じゃないと務まらないだろうな、
だなんてのんきなことを考えたりもした。
もはやサンタは間近に迫っていた。
「や、やめて! 近寄らないで!」
サンタは聞く耳を持たない。
こうなればせめて一矢報いてやろうと、私はサンタのヒゲをわしづかみにして、引っぱった。
「やめろっ! ヒゲを引っぱるのだけはやめてくれっ!」
先ほどまでの余裕がウソのように、声を荒げるサンタ。
私は驚いて手を止める。
声が思ったよりずっと若いし、口調も変わった。焦りで素が出てしまったようだ。
私はこの声を聞いて、抵抗をやめた。
全てをサンタクロースに委ねることにした。
サンタクロースの体が私に覆いかぶさってくる。
今年のクリスマス、この街に雪は降らなかったが、私の体の中には雪が降った。
気がつくと、私は布団の中にいた。
隣には夫がすでに帰ってきていて、すやすやと寝息を立てている。
昨日の出来事はいったいなんだったのか。
誰かに話したところで、百人中百人が「夢でも見たんだろう」というであろう。
しかし、サンタとのまぐわいの記憶は生々しく残っている。
あれは夢ではない……。
息子はプレゼントのミニカーに大喜びした。
「やったーっ! ミニカーだっ! やったーっ!」
「よかったわね」と私が声をかける。
夫は無言で微笑んでいる。
「でも、本当は違うもの頼んでたんだけどな」
少しだけ残念がる息子に、私はこう答えた。
「もしかしたら、それも叶えられるかもしれないわよ」
年が明けてしばらくして医者に行くと、私のお腹には子供が宿っていた。
一発で決めてくれるとは、さすがサンタだ。
私がこのことを告げると、息子は大いに喜んだ。
「サンタさんってすごいや! 弟か妹が欲しいってぼくの願いまで叶えてくれたんだ!」
その通り、お腹の子を授けてくれたのはサンタさんなのだ。
夫はやはり、無言で微笑んでいた。
「驚いたよ、二人目ができるなんて」
「私も……驚いたわ」
「え?」
「まさか自分の夫の正体が、サンタクロースだったなんてね」
「気づいてたのか!」
あの晩、付けヒゲを引っぱられた時と同じ声で、私の愛する夫は大声を上げた。
― END ―