1 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:04:57.09 45U1MmZF0 1/40


 左胸の少し下がとても痒い。

 自覚したのは三日前、

 虫に噛まれたわけでもない。

 僕はそれを放置していた。

 そして今朝、目が覚めると、

 そこからキノコか何かのように

 小さな女の子が生えていた。

 少女は全裸であったが、

 鎖骨の少し下あたりからしか生えていなかった。

 そのため大事な部分は隠れていた。






元スレ
起きたら胸から女子高生が生えていた。
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1349665497/

4 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:05:44.94 45U1MmZF0 2/40


「生えてきてごめんなさい」

 少女は申し訳なさそう頭を下げた。

 僕は驚いて、少女を観察する。

 黒髪の綺麗な、清純そうな少女だ。

 観念して言ってしまえば、

 僕の初恋の女の子にとても似ていた。

 初恋は小学一年生の時で、

 その子の顔なんてろくに憶えていないのだけど。

 生えてきた女の子は十代ぐらいに見えた。





8 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:06:27.34 45U1MmZF0 3/40


 こういう場合は病院にいくべきだろうか

 それとも救急車を呼ぶべきだろうか

 僕は真剣に悩み、とりあえずシャツを脱いだ。

 少女がシャツの中、もぞもぞと息苦しそうにしていたからだ。

「あの」

「……喋ってる」

「あの、聞こえますか?」

「聞こえてますよ」

 少女は声が届いていると知り、微笑んだ。





12 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:07:11.37 45U1MmZF0 4/40


「突然、占拠してしまってごめんなさい」

「胸上占拠だ。胸上不法占拠だ」

 デモをおこしてやろうかと考える。

 自分の体の上の土地は、一体誰のものなのだろう?

 ふとくだらないことを考える。

 その土地を買った覚えはないが、

 僕のものであるべきだろう。

「君は何なんだ?」

 気になっていたことを尋ねる。





15 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:08:14.32 45U1MmZF0 5/40


「何なんでしょう?」

「あのね」

「私を責められても困りますよ」

 突然、強気で少女は言い出した。

 僕は気が弱い。

 小さな少女が少し語気を強めただけで驚く。

「なんで」

「気付いたらここに生えてたんですから」

「僕は生えられてたんだけど」

「それにですね、考えてみてください」

「考えよう」

「あなたは左胸が少し重くなっただけです」

「……それだけかな?」

 いまいち納得がいかない。

 彼女が生えてきたことによって、

 より多くの損害は生ずる気がする。




20 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:09:02.06 45U1MmZF0 6/40


「私は脚がないせいで、動くこともできません」

「……そうだね」

「私のほうが損害を被っています」

「……そうかな」

「そうです」

 押し切られてしまう。





21 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:09:59.66 45U1MmZF0 7/40


 僕が病院に電話をしようと携帯をとると

 突然少女は慌てだした。

「どこに電話するつもりですかっ?」

「どこって……病院」

 この状況で時報を聞いたり

 出前をとる人間がいるならば教えて欲しい。

「やめてくださいよ」

「何で?」

「私、切除されちゃうじゃないですか」

「ああ、確かに」

「というわけで、一度落ち着いて」

「落ちついた」

「携帯をベッドに投げましょう」

 何故か言いなりになり、

 僕は携帯をベッドに投げた。





25 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:11:32.26 45U1MmZF0 8/40


「まったく……!」

「僕は君の言うとおり、携帯を捨てた」

「まずはそこに座ってください。汚い部屋ですが」

「僕の部屋だ」

 失礼な少女だ。

 体のサイズに見合わず、態度はでかい。

「僕に医療の知識はない」

「そうですか」

「だから、君が悪性の腫瘍でないという確信がない」

「人をがん細胞みたいに言わないでください」

 失礼な、と少女は頬を膨らませた。

「君が悪性の腫瘍でないと言うのならば、だ」

「はい」

「僕に君が何なのか、説明して欲しい」

「説明ですか」

「うん、それに僕が納得すれば」

「すれば?」

「119は諦めよう」





27 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:13:00.14 45U1MmZF0 9/40


 少女は人の胸の上で

 偉そうに腕を組んでしばらく考えていた。

 僕は秋の朝特有の寒さに少し寒さを感じた。

 何しろ、少女を気遣ってシャツを脱いだのだ。

 風邪をひきそうだと本気で心配になってきた頃、

 少女はようやっと口を開いた。

「私はですね」

「うん」

「妖精さんです」

「うん?」

「あなたの心臓から生えてきました」

「うえ、これって心臓まで根付いてるのか」

 引き抜けば心臓に風穴が開くのかもしれない。

 そんなことを想像して、胸に寒気が走った。

「つまり、あなたの心の化身だというわけです」

「心臓と心ねぇ」

 一文字違いではあるが




29 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:13:42.33 45U1MmZF0 10/40


「あなたには懺悔することがあるはず」

「懺悔って……うーん、そんなに大仰なことは」

「私はあなたの心です。自分自身に嘘はつけませんよ!」

「うーん」

 見に覚えがない。

 もちろん、二十年間生きてきた中で

 悪いことの一つや二つはしてきた。

 小さな悪事なら数えられないほどだろう。

 しかし懺悔しろと心に言われるほど、

 大きなことはしていないはずなのだ。





34 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:14:29.61 45U1MmZF0 11/40


 僕が見に覚えがなくて悩んでいると

 少女は少し残念そうに小さく溜息をついた。

 僕が見ていると気付くと、

 すぐに生意気な表情に戻って腕を組む。

「本当に覚えはないなぁ」

「そうですか」

「心さん」

 僕は彼女を心と呼ぶことにした。

「教えてほしいな」

 何しろ、彼は僕の心らしい。

 僕の記憶にないことも知っているはずだ。

 僕が尋ねると、心はふんっと鼻息をはいた。

「私が知るわけないでしょ」

「えぇ……僕自身だってさっき」

「嘘だから」

「嘘かよ」

 心臓やら心やら云々は全て彼女の嘘だった。





39 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:16:08.06 45U1MmZF0 12/40


 彼女の嘘に免じて、僕は電話することにする。

 携帯をとると、途端に心は慌てだした。

「早まらないで! まだ和解はできるはず」

「痛い痛い、地味に痛いよ」

 ぽこぽこと、彼女は胸を叩くのだ。

 両腕を精一杯使って、太鼓か何かのように。

「本当のことを言う気がないなら」

「言います、言いますから!」

 切除だけは勘弁を、と心は両手を合わせた。

 拝まれても、大して迫力がない。




42 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:17:59.95 45U1MmZF0 13/40


 さて、どうしたものか。

 僕が悩んでいると、携帯が鳴った。

 着信だ。

 メールの内容を確認する。

「あああ!!」

「うひぃ、大きな声出さないでください!」

「バイトだった。遅れる!」

 僕は慌ててスラックスを脱いだ。

「うへぁわわわ、ちょっと女の子の前ですよ!」

 心は慌てて両目を塞ぎ、苦情を告げるが、

 どうしろと言うのだろう。

 僕は心の苦情を無視して着替え、

 彼女が隠せるようにワイシャツを着込んだ。

「狭い、暗い、息苦しいです」

「鋏で切られなかっただけでも感謝してほしい」

「喜んで我慢します」

 僕はやむを得ず、少女を胸から生やしたまま、

 外出をすることとなった。





56 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:20:24.02 45U1MmZF0 14/40


 僕のバイトはレストランの店員なのだが

 注文をとる最中は黙っている心は、

 僕が厨房に戻ると同時に愚痴を吐いた。

 暑いだの、苦しいだの、

 胸上不法占拠者にしては図々しい。

 僕はその小さな声がバイト先の先輩に聞こえる度、

 咳払いをして誤魔化した。

 何とか午前中のバイトを終えると、

 土下座をする勢いで店長に謝罪し、

 午前であがることにした。

 原動付き自転車に跨って発進し、

 僕はそこでようやくクレームを告げる。




59 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:21:47.97 45U1MmZF0 15/40


「心さん!」

「うわぁ、なんですか突然」

 どうやら呑気なことに、

 心は眠っていたらしい。

 可愛らしいいびきをかく彼女を起こすのは躊躇われたが

 心を鬼にする。

「バイト中は喋らないでってあれだけ言ったのに」

「あなたには分からないんです」

「何が」

「シャツの中という場所がいかに劣悪な環境なのか」

 だったらそんな場所に生えてくるな、

 と言いそうになる。

 そういえば彼女は生える場所を選べなかったのだ。

 しかしまぁ、僕も生まれる場所は選べなかったわけで

 おあいこだろう。




61 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:23:21.89 45U1MmZF0 16/40


 しかし秋だったから良かったものの、

 これが夏場であったら、

 彼女は失神ものだろう。

 僕はそれから少しだけ汗のケアを熱心に

 行うようになる。

 とりあえず、シーブリーズは購入してから帰ろう。

 と、心に決めた。




62 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:24:14.66 45U1MmZF0 17/40


「ずっと全裸で過ごせってことなのか」

「わー、露出狂ですね」

「君がそうさせようとしてるんだ」

 もしかしたら心はサディストなのかもしれない。

 僕が右往左往する度、

 シャツのしたで体を震わせて笑っていた。

 今だって怒る僕を見て笑っている。

「あのね」

「分かりました。黙ります」

「ん?」

「黙りますから、切除だけは勘弁してくださいね」

 歯を見せて彼女は笑う。

「ほら、今日も上手く行きましたし」

「上手くいったのか?」

「明日も明後日も、私が生えてても大丈夫ですよ」

 自信ありげに彼女は自分の胸を叩いた。

「……」

 不安しかない。




63 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:26:27.22 45U1MmZF0 18/40



 心の自信は、その日の夜に崩れ去る。

 問題は入浴タイムにやってきた。

 僕が服を脱ぎ、風呂場へ向かうと彼女は慌てた。

「ま、まさかまさか」

「残念ながら、入浴タイムだね」

「うわわわ、待ってください!女の子の前ですよ」

 朝と同じようなことを言って彼女は目を覆う。

「そのまま耐えててくれ」

「待って待って、うへわぁあああ」

 僕は小さな少女を胸に引っさげた、

 非常に情けない姿で体を洗った。





68 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:27:40.96 45U1MmZF0 19/40


 髪を洗い、腕を洗い、

 胸元を洗おうとした瞬間、

 ふと疑問に思う。

「あのさ」

「なんですか、終わりましたか?」

「終わってないけど、終わってないけど」

「なんですか」

「君は洗わなくていいの?」

「あ」

 心は驚いて両手をどけた。

 悲鳴をあげるかと思ったが、違った。

 彼女は僕の胸の上に、

 僕の顔を見る方向で生えていて、

 体を捻らない限り、僕の鎖骨から上しか見えない。




70 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:28:32.61 45U1MmZF0 20/40



「洗ってください。カビでも生えたら困ります」

「僕も嫌だなぁ、胸にカビが生えるのは」

 胸から下がないので興奮することもなく

 僕は小さな少女の体をごしごしと洗った。

 ボディソープの泡で髪の毛を洗おうとすると

 心は大激怒した。





76 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:30:09.96 45U1MmZF0 21/40


 退屈だ、と時には心は怒り出した。

 僕は基本的に、バイトのない間は家にいる。

 することもなくゴロゴロしながら、

 時より昼ドラを見て欝になったり、

 ゲームをして酔いに悩まされたりする。

 心にとってそのどちらも面白くはないらしい。

 僕がそんなことをしていると苦情を告げる。

「だったら君は何がしたいんだ?」

「そうですね」

 彼女は顎に手を当てて

 探偵のようにしばらく考えた。

「縄跳び」

「縄跳び!?」

 予想以上に運動的で、

 子供的なことを心が言うので驚いた。

「鬼ごっこも、水泳も、跳び箱も、部活も」

「ちょっと待て、君は僕を学校関係者だと」

「思ってませんよ、願望です、願望」

「無茶ばかり言うな」

「だったらデートでいいです。デート」

「デート?」

「はい、遊園地なら大丈夫ですよね?」

 確かに、少し金を出せば遊園地には行ける。

 しかし、その場合、

 心は外からは見えないのだから、

 僕は男一人で遊園地に来た寂しい人になる。

 僕は必死に心の要望を断った。




78 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:32:23.84 45U1MmZF0 22/40


 ふと、怖いことを思いついた。

「あのさ」

「はい」

「まさかとは思うけど」

「まさかとは思うけど?」

「君は僕に寄生した何かで」

 その時点で突拍子もない話だ。

 心は眉を寄せた。

「放っておくと君は成長して」

「成長して?」

「栄養を吸い取られた僕は縮み」

「……展開が読めました」

「僕と君の立場は入れ替わってしまうのでは」

「あのですね」

「はい」

「小説の読みすぎです」

「そうですか」 

 まあ、冗談のつもりで言ったのだが。





80 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:34:53.62 45U1MmZF0 23/40



 僕は心を抱いて脇役の毎日を送る。



 僕と心は何だかんだ些細な喧嘩をしながらも、

 上手く共同生活を続けることができた。

 気付けば彼女が生えてきてから一月が経っていた。



 僕はカップラーメン前に三分間耐え、

 やっとありつけたそれに舌鼓を打ち、

 ついでに心に餌やりをしておこうと、

 シャツを捲った。

 いつもなら食べ物の匂いにつられて

 元気に口を開けているはずの心が、

 その日は何故か、

 ぐったりとしていた。




87 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:36:45.85 45U1MmZF0 24/40


 体から生える小人の病への対処法など、

 検索をかけてもあるはずがなく、

 僕は彼女が目覚めるまで祈ることしかできない。



 貧乏性が故か、そんな状況でもラーメンを食べ尽くし、

 心の目覚めを待った。

 真っ白だった心の肌が、

 心なしか少し、茶色にくすんでいた。



 その色を見て僕は直感する。

 これは、あれだ。

 植物が枯れる前兆に似ている。

 小学生の頃、

 僕は一人一鉢の植物をすぐに枯らしてしまう

 典型的な世話下手な生徒だった。

 だからその色には見覚えがあった。





92 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:38:03.70 45U1MmZF0 25/40


 心は夕方に目を覚ました。

「ふわぁ……あれ、どうしました?」

 僕の顔はよっぽど酷いものだったのだろう。

 心は驚いたようで、目を丸くした。

 僕は思わず彼女を抱き締めた。

 胸のうえに居たから抱き締め辛かったのだが。

「あ、あの」

「気分、悪いんだよね?」

「……」

「体調、いつから悪いの?」

「……一週間ほど前から、です」

 心は気まずそうに視線を知らしながら

 白状した。

「僕のせいか」

「ど、どうしてそうなるんですか!」

「僕が君の世話を間違えたんだ」

「違います。それに、なんでそんなに悲しむんですか」

 心は顔をほんの少し赤くして、眉を顰めた。

「最初の頃は鋏で切ろうとなんてしてたくせに」

「情が移ったんだ。君のせいだ」

「……」

「……」

「とにかく、あなたのせいじゃないですから」

 心は拗ねたようにそう告げると、

 ふん、と顔を背けた。




98 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:39:48.51 45U1MmZF0 26/40


 僕は多分、

 そのとき心に恋をしていることに気づいた。




99 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:40:20.57 45U1MmZF0 27/40


 いくら食事を与えても、

 いくら水を与えても、

 いくら繊細に扱っても、

 心の衰弱は止まらなかった。

 肌の色は徐々に悪くなり、口数も減った。

「心さん、無事?」

「……無事ですよ」

 黙れといってもきかなかった彼女が、

 いつからか、僕から話しかけない限り

 言葉を発しないようになった。

「生きてる?」

「……生きてますってば」

「僕はどうすればいい?」

「どうするとは?」

「僕は君に何が出来る?」

「何も望んでませんよ」

 心はおかしそうに笑った。

 必死な僕を見て笑ったのかもしれない。

 その笑顔が前より弱々しくて

 僕は切ない気持ちにさせられた。




101 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:41:46.86 45U1MmZF0 28/40


 心は僕の胸を枕代わりに

 眠っていることが多くなった。

 うたた寝のような浅い眠りのようで、

 僕が話しかければ応じる。

 ただ、時々、

 浮かされたような、

 わけの分からないことを喋るようになった。

 うわごとのようで、良くない兆候だ。

「私はね、本当は嫌だったんですよ」

「……」

「引越しだって嘘ついてたんです」

「……心さん」

「嘘ですよ嘘、全部嘘なんです」

「心さん」

「嘘吐いてる私が、ばれてほしいって思ってたんです」

「……心」

「笑えますよね」

 よく分からないことを口走った後、

 彼女はこてりと眠ってしまうのだ。





103 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:43:19.35 45U1MmZF0 29/40


 僕はバイトを休み、家にいることが多くなった。

 心が元気になるまで、

 珍しく静かな彼女を見ていたいと思ったのだ。

 少しでも長く……なんてことを考えたわけじゃない。

 心は僕の胸に両手を広げ、精一杯しがみついている。

 そして寝ている。

 片耳を胸に押し当てるのが彼女の癖だった。

「ああ、分かりました」

 ある日、珍しく心から口を開いた。

「分かったって?」

「私があなたの胸に生えてきた理由」

「へえ、聞かせてよ」

「聞きたいですか?」

「聞きたい」

「きっと、こうするためです」

「こうするって?」

 心はより強く、僕の胸に頭を押し当てる。

「こうやって、あなたの鼓動を聞くためですよ」

「……」

「あなたの生を感じるために、私はここに生えたんです」

 きっとそうに違いない、と

 彼女は寝言のように呟いた。





106 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:44:29.15 45U1MmZF0 30/40


 もっと早く、こうするべきだったのだろう。

 僕は心が眠っている間に、

 一人暮らしをはじめてから一度も開けていない

 ダンボールを開けて探る。

 少し埃をかぶったアルバムが出てきた。

 渋る僕に、母親が無理に持たせたものだ。

 小学校の卒業文集兼アルバムだった。

 幼い頃の自分の写真を見つけ、恥ずかしい気分になる。

 同じクラスに、彼女の顔を見つけた。

 初恋の相手だ。

 似ている、と思ったのは気のせいではなく、

 心とそっくりだった。

 六年生の彼女が成長すれば、

 きっと心のようになるだろう。

「どうして……」

 他に写真はないか、

 アルバムを捲っていると、

 ページの間から何かが落ちた。




107 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:45:37.44 45U1MmZF0 31/40



 寄せ書きだった。

 卒業の日、それぞれが記念に書いたものだ。

 親しかった悪友達の汚い文に混ざって

 控えめな、丸みのある文字を見つける。



 また会おうね。



 短い一文だけだったが、

 その文章を見つけた瞬間、

 断片的にだが、古い記憶を拾うことが出来た。



 確か、彼女は卒業と同時に引っ越したのだ。

 それで同じ地域の中学校にはいけなかった。

 失恋に号泣した記憶がある。

 幸い、卒業文集の後記に連絡先が記されていた。

 僕はなけなしの勇気をかき集めて、

 そこに電話をかけることにした。





114 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:48:21.77 45U1MmZF0 32/40


 全てを終えた僕は、

 心が起きるのを待つ。

 彼女の肌はすっかりくすみ、灰色だ。

 体も心なしか細くなっている。

 元々細かったのに、細くなって、

 生えてきた当初はエリンギのようだと思ったのに、

 今ではシメジのようだと思ってしまう。

 彼女がゆったりとした仕草で目を開ける。

 僕は心と向き合った。

「心」

「……ぁあ、おはよう」

「起きたばかりで悪いけど、話がある」

「なんですか?」

「どうして嘘を吐いてるんだ?」

「嘘?」

「どうして、何も知らないようなふりを?」

「……何の話…か」

 心は目を伏せて頭に手をやる。

 同じだ。仕草も、表情も、彼女と。

 どうして今まで気付かなかったのか、

 不思議に思った。





117 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:49:49.18 45U1MmZF0 33/40


「僕が悪い」

「……」

「ごめん、だって、元気そうだったから」

「……」

「まさか」

 心はふと微笑んだ。

「卒業後に君が死ぬだなんて、思わなかった」

「あなたは何も悪くないです」

 か細い声で、笑ったまま、心は言った。

「でも、少し傷つきました」

「ごめん」

「私のこと、憶えてなかったんですから」

「懺悔とか言われても、分からないよ、普通」

 後悔していることはないか?と聞かれていれば、

 思い出したかもしれない。

「病気、だったんです」

「親御さんから、聞いた。末期だったって」

「私の希望で、転校ってことにしてもらいました」

「どうして?」

「どうしてって、みんなの悲しむ顔なんて」

「どうして僕の前に、こんな形で現れたの?」

「察してくださいよ。相変わらず、鈍いですね」

 少し怒ったふりをして、心は胸を叩いた。

 か細い腕が逆に折れそうで、心配になる。




119 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:50:29.05 45U1MmZF0 34/40



「あなたの近くに居たかったんです」

 どんな形であろうとも。と、

 心は付け足してから照れくさそうに笑った。

 なんだか僕も照れくさくなって、

 こんな状況で、

 こんな状態で、

 大切なことを笑って言う彼女が愛しくて

 泣いてしまった。





127 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:52:14.76 45U1MmZF0 35/40


「まあ、半分嘘なんですけど」

「嘘かよ」

 このタイミングでぶっちゃけるとは、

 やはり彼女は、

 僕の初恋の相手でもあり、

 あの生意気な心でもあった。

 できれば雰囲気ぶっこわしな嘘は、

 墓場まで持っていってほしかった。

「私、若くして死んだんですよね」

「知ってる」

「だからですね、神様的なものにですね」

「神様的?」

「同情されたんです」





133 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:54:16.67 45U1MmZF0 36/40


「好きな男に気づかれもせず」

「うん」

「好きな男はにぶちんで」

「……うん」

「私のけなげな思いに気づきもしない」

「……申し訳ない」

 心は僕が謝罪するのを見て、笑った。

「復讐してやろう」

「うん?」

 物騒なささやきだ。

 彼女が死に際に聞いたその声は、

 多分神様のものではなくて

 悪魔的なもののささやきに違いない。

 



137 : Z級 - 2012/10/08(月) 12:57:00.15 45U1MmZF0 37/40


「びっくりしました」

「何に?」

「あなたは見かけによらず、結構読書家でしたから」

「失礼な」

 暗に馬鹿っぽいと言われているような気がした。

「私がこのまま大きくなれば」

「まさか……」

「あなたは栄養を吸い取られて、」

「君は栄養を吸い取って」

「関係は逆転してしまうわけです!!」

「うわぁ」

 怖いと思ったけど、

 女子高生の胸に生える生活というのも、

 悪くはないかもしれない、なんて、

 僕は思った。

 反省した。




144 : Z級 - 2012/10/08(月) 13:02:32.83 45U1MmZF0 38/40


「私にそんな気はないので安心してください」

「安心した」

「……彼岸花って知ってますか?」

「赤いやつだよね」

「アバウトですね」

 赤くて、ばさばさしている花のはずだ。

「あれ、根っこが本体なんですよ」

「そうなんだー」

 豆知識がひとつ増える。

「だからですね、仮に私が枯れたとしても」

「うん」

「きっと、多分、根っこが残ってます」

 心臓に直結した部分は残っているのか、

 僕はしばらくレントゲンはとれないな、と

 覚悟する。

「あなたが私を忘れたら」

「うん」

「また生えてきて、今度こそ乗っ取ってやりますから」

 本気で実行しそうで怖い。

「忘れないでいてくださいね」

「うん、約束する」

「約束してください」

 心は満足げに笑い、

 ふてぶてしく腕を組んだ。




148 : Z級 - 2012/10/08(月) 13:04:07.45 45U1MmZF0 39/40




 僕の胸に生えた不思議な小人は、

 その日一杯、くだらない話や思い出話をして、

 一生懸命笑って、

 翌日になると、綺麗サッパリ消えていた。

 凹凸のなくなった胸を撫でながら、

 僕は初めて、喪失感を味わった。

 胸の女子高生は消えてしまったけど、

 僕はこれからも、

 心を抱いて生きていく。




152 : Z級 - 2012/10/08(月) 13:05:47.99 45U1MmZF0 40/40


以上です。
つたない文章でしたが、お付き合いしてくださった方、

どもどもありがとです。
レスうれしかったです。

ではまた、
ご縁があればよろしくお願いしますね。



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