1 : 以下、名... - 2014/11/03 17:45:30.02 vaQlw0BD0 1/829

勇者「人間界の侵略を続ける魔王軍に抗うため一人立ち上がり」

勇者「世界中を旅して魔王軍に征服されていた各国を解放し」

勇者「伝説の武具を揃えた上、この世で唯一光の精霊の加護を得て、遂には魔王を打倒した」

勇者「そんな世界の救世主、この世の伝説となった勇者が俺の親父です」

勇者「そんな偉大すぎる勇者を父に持つ俺が、今、旅立ちの報告をするために国王の元へ謁見に向かっています」

勇者「え? どこに旅立つのかって?」

勇者「勇者と名の付く人間が旅に出るっつったら魔王討伐のために決まってんだろこんちくしょう」


元スレ
勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1415004319/
勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」後編
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1453610014/

2 : 以下、名... - 2014/11/03 17:46:52.23 vaQlw0BD0 2/829

国王「おお、勇者よ。よくぞ参った」

勇者「ははぁ~」

国王「おお、そうかしこまるでない。表をあげい」

勇者「お心遣い痛み入ります。本日は出立のご報告に参りました」

国王「そうか、遂に……あれからもう五年もたつのか」

勇者「月日が経つのは早いものです。私もこの日を待ち望んでいた故、なおさら」

国王「うむ…お主の父親のことは残念であった。しかしその血を継ぐお主がこのように立派に育ち、父の遺志を継ぐ……あやつも草葉の陰で喜んでいるじゃろう」

勇者「もったいなきお言葉……必ずやこの世界に平和を取り戻し、父の無念を晴らしてみせます。それでは、これにて」

国王「勇者よ。町の酒場に寄っていけ。魔王討伐の旅に同行を志願した者達を集めてある。その中からお主の目で選抜し、仲間として連れていくがよかろう。……決して、父の二の舞とならんようにな」

勇者「重ねてのお心遣い、感謝の言葉もございません。ご厚意についてはありがたく頂戴いたします」

 キィ……バタンッ!

勇者(………)

勇者( や っ て ら ん ね い Y O ! ! )

3 : 以下、名... - 2014/11/03 17:48:45.14 vaQlw0BD0 3/829

勇者(まあ簡単に今までの流れを振り返るとね、居たんですわ。何か魔王の上に大魔王ってーのが)

勇者(ほんで大魔王っちゅーのがなんか魔界とか何とかいう世界に居るっちゅーんですわ)

勇者(これに関しては目から鱗だったね。どっからあんなに魔物うじゃうじゃ沸いてくんだって思ってたからね。まさか魔界とはね。もう一個世界があったとはね)

勇者(そこで満足しとけよ!! 世界足んな~い、もう一個世界欲しい~って欲張りすぎるだろ!! 死ね!!)

勇者(まあ俺の親父もね、そう思ったんでしょう。もうぷりぷりしながら魔界に乗り込んでいったんすわ。5年前にね)

勇者(そんで、まあ……帰ってこなかったんすわ)

勇者(…………)

勇者( そ れ で な ん で 後 釜 が 俺 な ん だ よ ! ! )

勇者(おかしいよ! 息子ってだけじゃん! いや、わかるよ!? 何かを俺に期待しちゃうみんなの気持ちはわかるよ!? 理解は出来るよ!?)

勇者(でも俺なんも受け継いでないじゃ~~ん!! 光の精霊の加護とかももらってねーし伝説の武器とかも預かってねーし、それっぽい情報とかも受け継いでねえしぃ!!)

勇者(元々親父は王宮で騎士やっててその騎士隊の中でも随一の剣の使い手だったらしいけど、俺なんも教わってなかったしぃ!?)

勇者(ってか痛いのとか嫌いだから教えよう教えようとする親父とか周りの人から逃げ回ってたじゃん! みんなそれ知ってんじゃん!!)

勇者(なのに親父がどうやら死んだらしいってなってからのプレッシャー何なの!? 次はお前でしょ的プレッシャー! 特に母ちゃん!! 実の親なのに我が子を死地に送るのにスゲー積極的!! なんなの!?)

勇者(魔王討伐用に鍛えるにしてももっと下地が出来てるやつの方がいいじゃ~ん実際そんな奴いっぱい居たじゃ~ん! ってか今酒場に集まってるやつって大抵そんな奴じゃねーの!?)

勇者(なのに俺にだけすげー期待かけてアホのように修業させて……いやー思い出したくない。この5年は地獄だった。みんなの期待が重すぎるのもあって体力的にも精神的にも地獄だった)

勇者(だからまあ、実は俺自身この日を待ち望んでいたってーのはホントだったりする。ようやく俺はこのプレッシャーまみれの国から逃げ出すことが出来るんだ……)

勇者(いや、ホントきつかった……みんななんかやたら俺のこと目で追うから、やることなすこと監視されているようで……)

勇者(おかげでこの年になっても女の子とろくに手を繋いだこともねーYO!!)

勇者(きゃああああああああやってられるかあああああああああああ!!!! やりなおす!! 俺は俺の青春をこれからやり直してやるんだ!!)

勇者(というわけでパーティーは可愛い女の子で固める。ウハウハハーレムパーティーや!)

勇者(魔王討伐? 何も打倒魔王のために動いてるのはこの国だけじゃない。適当に流してりゃそのうち誰かが代わりにやってくれるさ!!)

勇者(………まあ、この5年その誰かは一人も現れてない訳なんだけど)


4 : 以下、名... - 2014/11/03 17:50:03.98 vaQlw0BD0 4/829

―――城下町

武道家「よう。無事王様への挨拶は終わったか?」

勇者「……なんだよお前こんなとこで」

武道家「お前を待っていたのさ。仲間を何人か連れていくよう、王にも言われただろう? 酒場で待っていてもよかったんだが……ぞろぞろと人が固まっている場所は好かんでな。抜け出してきたのさ」

勇者「生憎だったな、お前は連れていかんぞ。俺はウハウハハーレムパーティーで道中面白おかしく過ごすんだ。そこに貴様のような爽やかイケメンが入る余地はない」

武道家「おいおいつれないな。幼少からの古い付き合い…俺たちは所謂幼馴染ってやつだろう?」

勇者「そんな属性は貴様に必要ない。幼馴染が貴様のようないけ好かない男しかいない現実に涙が止まらんよ僕ぁ」

武道家「お前の助けになれるよう、腕を磨いてきたんだがな。残念だ。ま、気が変わったらまたいつでも声をかけてくれ」

5 : 以下、名... - 2014/11/03 17:51:57.57 vaQlw0BD0 5/829

―――酒場

酒場のママ「あらいらっしゃい勇者ちゃん。王様から話は聞いてる?」

勇者「ああ、ここに俺の仲間志願の奴が集まってるんだろ? 何人くらいいるんだ?」

酒場のママ「多いわよ~。え~っと、名簿によれば47人ね。もう奥の部屋ぎゅうぎゅうよ?」

勇者「名簿って顔の肖像ついてる?」

酒場のママ「顔はついてないけど、今の職業とこれまでの経歴は載ってるわよ」

勇者「ちょっと見せてくれ……ふぅ~む、ほんほん。おん? この名前……」

勇者「ちょっとママさん、この子呼んできてくんない?」

酒場のママ「はいは~い」



僧侶「どうか私を魔王討伐の旅に連れて行ってください、勇者様!!」

勇者「僧侶たんキタァァァーーーーーーッッ!!!!!!」

僧侶「ひえっ!?」

勇者(名前見てもしかしてと思ったらビンゴォォォォオオオ!! 普段は教会で修道女やってる僧侶たんだぁぁぁあああ!! はぁぁぁああああん!!!!)

勇者(その麗しい見た目!! 敬虔な修道女ぶり!! 前々からいいないいなと思いつつ遠くから眺めるだけだった僧侶たんがまさかのパーティー志願!!?)

勇者(ふああああああああん心臓の音やばいよおおおおおおおおおお!!!!!!)

僧侶「え、えっと、あの……」

勇者「ご、ごほん。ちなみに僧侶た…僧侶さんはどうしてこの旅に志願を?」

僧侶「は、はい! 魔王が復活し、また魔物たちの活動が活発になったことで、両親を失い、孤児となった子供の数が増えてきています。……私が身を置いている教会でも、多くの孤児となった子供たちを保護し、孤児院へ斡旋してきました……」

僧侶「もう、あんな子供たちの顔を見るのは嫌なんです!! そのためなら私、何でもします!! 命だっていらない!!」

勇者(はああああん天使だよおおおおおおお!!!! 僧侶たあああああああん!!)

僧侶「どうか、私を連れて行ってください!! お願いします、勇者様!!」

勇者(お辞儀した拍子におっぱいが盛り上がったよおおおおおおお!! 何この子完璧じゃあああああん!! 可愛い、優しい、おっぱい大きい、完璧じゃあああああん!!!!)

勇者(何でもするって言った!? 何でもするって言った!!? じゃあお嫁さんに来てくださいいいいぃぃぃぃいいいい!!!!)

僧侶「………うぅ」

勇者(めっちゃキラキラした瞳でこっち見てるぅぅぅううう!!!! 何か最初っから好感度MAXっぽいぃぃいいい!!!!! 伝説の勇者の息子効果ぁぁあああああ!!!!)

勇者(あー、こういう時だけは親父に感謝だわ、マジで)

勇者「こちらこそよろしく、僧侶ちゃん」

僧侶「ちゃ、ちゃん?」

勇者(あ、やっべつい言っちゃったキモイと思われちゃったあああああ!!!?)

勇者「ご、ごめん! 不愉快だったかな!?」

僧侶「い、いえ、少し驚いただけです! これからよろしくお願いしますね、勇者様!」

勇者(はああああああんやっぱ天使ぃぃぃぃいいいいいいい!!!!)

6 : 以下、名... - 2014/11/03 17:53:57.22 vaQlw0BD0 6/829

勇者(パーティーはやっぱ多くて4人だよなあ……宿屋とかも4人部屋とか2人部屋多いし、5人にすると確実に俺だけ1人部屋にはぶられる可能性大)

勇者(かといって6人以上にすると大所帯で色々身動きが取りづらいだろうし、下手すりゃパーティー内で3人・3人のグループに分かれかねん)

勇者(うん、やっぱ4人だな。当初は4人で旅して、もう少し人数がいると感じたらまた仲間を増やす方針でいこう)

勇者「一応確認しとくけど、僧侶ちゃんは水の加護を受けてるよね? 土と風の加護はまあ受けてないにしても、火の加護は受けてるかな?」

僧侶「ご、ごめんなさい。精霊様の加護は、水の精霊様の分しか受けていません」

勇者「いやいや謝らなくていいよ。確認しただけだから。それじゃあ僧侶ちゃんの役割は回復をメインとしたバックアップだね」

勇者「となると、土と風に特化したアタッカーがやっぱ一人は欲しいな」

※精霊の加護
瘴気をまき散らし、世界を汚染する魔物は人間だけでなく、この世界に生きる精霊たちにとっても天敵。精霊は何か生物の体を介在しなければその力を振るえないため、魔物を退治しようという人間には積極的に力を貸してくれる。
土・風・水・火の区分については、その加護の効能によって人間側が勝手に大別したもので、別に精霊が明確にその4種族に区別されるわけではない。

・土の精霊…加護を受けることによって身体能力(主に筋力・膂力)が向上する精霊の総称

・風の精霊…加護を受けることによって身体能力(主に反射・敏捷)が向上する精霊の総称

・水の精霊…加護を受けることによって傷の回復など、補助に特化した呪文を振るえるようになる精霊の総称

・火の精霊…加護を受けることによって敵の殲滅を目的とした攻撃呪文を振るえるようになる精霊の総称

ただし、精霊の加護を受けるためにはその者自身に元々ある程度の能力が求められる。これは、精霊自体の数と、精霊一体が与えられる加護の数が限られているため、精霊が加護を与える対象を慎重に選別しているものと考えられており、またこのことから精霊にも明確な意思が存在しているものと推測されている。(あくまで推測であり、精霊と意思の疎通が出来たという事例は報告されていない)
魔物を倒すためには精霊の加護は必須である。
魔物を多く倒すことで精霊の目にとまり、より多くの加護を得ることが出来る。


僧侶「あのう…勇者様」

勇者「なんだい?」

僧侶「差し出がましいようですが……もし土や風の精霊の加護を受けた『戦士』をお求めならば、奥に居る同行志願者の中に私の友人がおります。よろしければ、彼女もこの旅に同行させてはいただけないでしょうか」

勇者「彼女? ってことは女の子?」

僧侶「はい。しかし、腕は確かです」

勇者「可愛い?」

僧侶「はい?」

勇者「ごめん今のなし」

僧侶「か、可愛いかどうかと言われれば……この国で一番の美貌の持ち主であるともっぱらの評判です」

勇者「決定」

僧侶「ふえ?」

勇者「決定です。僧侶ちゃん、早速連れて来て」

僧侶「は、はい! ありがとうございます!!」

勇者(こちらこそありがとおおおおおおおおおおおお!!!!!!)

7 : 以下、名... - 2014/11/03 17:55:22.60 vaQlw0BD0 7/829

勇者(やばい! 何か順調すぎてやばい!! 美貌、という言い回しをするからにはその子はきっと綺麗系お姉さまなんでしょう!! 可愛い系おっぱい大きい僧侶たんに、綺麗系スレンダー戦士たん(想像)!! じゃああと一人はどうしましょう!? あらやだやっぱり無口系クール子たんかしら!?)

勇者(夢が広がりゅぅぅぅううううううう!!!!)

僧侶「お待たせしましたー!」

勇者(来たぁぁぁぁああああ!!!!)

僧侶「この子が私の友人の戦士です。ほら、ご挨拶して戦士!」

戦士「……戦士だ。よろしく頼む」

勇者「……あ、はい。こちらこそ」

勇者(……あれ? 何かおかしい。目がおかしい。あの子の目僧侶たんみたいに全っ然きらきらしてない。むしろなんか……汚物を見る目?)

勇者(やだ、こわい!! 確かに超美人だけど、女の子と碌に接点持ってない俺にその目はハードル高い!! 萎縮しちゃう!!)

戦士「言っておくが、私は本気で魔王を、ひいては大魔王を倒すためにここに居る……くれぐれもよろしく頼むぞ、勇者殿」

勇者(えーーーなんか釘刺されたーーー!!!! こわーいやばーーい!! 何か勇者『殿』ってのも皮肉っぽーーい!!)

勇者(なんでー!? この人俺のこと何か知ってるのーー!? こわーいやだやばーーい!!)

僧侶「もう、戦士ったら勇者様に対して失礼よ!!」

戦士「気に障ったなら、すまない。だがこれが私の偽らざる気持ちだ。覚えておいてくれ、勇者」

勇者(わーやっぱりもう呼び捨てだー。この子俺に対する好感度ひっくーい。マジで何でかわかんなーい。ヤダーおうち帰りたーい)

僧侶「もう戦士ったら……ごめんなさい勇者様。この子、本当はとってもいい子なんです。ちょっと言動がぶっきらぼうなだけで」

勇者(わーチェンジって言えなーい。僧侶たんのフォローが入っちゃったらもうチェンジって言えなーい。帰りたーい)

戦士「それで…もう出発するのか? それとも、まだ仲間を募るのか?」

僧侶「どうします? 勇者様」

勇者「仲間、ええと、はい、仲間ね! 仲間はね、もう一人は目星ついてるから! ほんじゃ、行こっか!!」

8 : 以下、名... - 2014/11/03 17:56:38.74 vaQlw0BD0 8/829

―――武道家の家

武道家「ハーレムを作るんじゃなかったのか?」

勇者「無理! 無理無理!! あの戦士さんの加入でハードル一気に上がっちった!! これにあと一人クール系美少女加えたりなんかしたら俺捌ける自信がない!!」

武道家「無理やりクール系にせんでもいいだろうが。もっととっつきやすい奴がいくらでもいたろう」

勇者「無理だよ! いざ現実に女の子二人仲間に入れたらプレッシャーすげえよ! これにあと一人女の子入れたりなんかしてみ? 俺会話に混ざれる自信ねえよ!!」

勇者「だからお前も一緒に来い! 何かこう上手いこと男女の間の緩衝材になれ!!」

武道家「やれやれ、純粋に魔王討伐の戦力として声をかけてもらいたかったもんだが…ま、よかろう。お前と共に征くという結果は変わらん」

勇者「……待て、今気づいた。何でお前そんな準備万端なん?」

武道家「それなりに付き合いも長い……お前の行動など読めるさ」

勇者(は、腹立つ!! 言外にどうせお前がハーレムなんて無理ってわかってたよプゲラって言われてる!!)

武道家「というわけで、武道家だ。勇者とはわりとガキの頃からつるんでる……よろしく頼むぜお嬢さんたち」

僧侶「よろしくお願いします!」

戦士「……よろしく」

勇者(何か思ってたのと違ーう!! 何かガチの旅になりそー!! ヤダー怖ーい帰りたーいでも帰っても居場所ないから行くしかなはーい!!)

勇者(ちくしょう! 恨むぞ親父ィ!!)


第一章  旅立ち       完

9 : 1 - 2014/11/03 17:58:17.21 vaQlw0BD0 9/829

というわけで、一度はやってみたかった勇者もの
週一くらい目標でぼちぼち投下していくんで、適当に見てやってください




14 : 以下、名... - 2014/11/08 17:05:37.23 o7HBAeXa0 11/829

勇者(と、いうわけで魔王討伐の旅に出発せざるを得なくなりました。しかも、なんかガチな感じで)

勇者(伝説の勇者の息子ということでちやほやされながらハーレムパーティーできゃっきゃきゃっきゃやっていこうという当初の思惑はどこへやら)

勇者(何かやたらやる気満々でガチで鍛えまくってたアホ武道家と、この旅に真剣そのものの面持ちで臨む女戦士さんがパーティーに加入しました)

勇者(まあ女戦士さんは金色の髪がすらっと伸びてて超綺麗でスタイルは非常にバランスのいい感じで、つまり全体的に超俺の好みなんだけど、如何せん性格に遊びがなさすぎる。ぶっちゃけ超怖い)

僧侶「それではまずは北東にある第一の町を目指すべきでしょうか?」

勇者(僧侶たんだけが癒しだよふもおおおおおん!! きゃわわ!! 僧侶たんきゃわわ!!)

勇者「そだね。しばらくは親父の足跡をたどっていこうと思ってる。その途中で色々親父の話―――親父が魔王を倒すためにどんな準備をしていったのか、情報が得られるかもしれないからね。それでいいかな?」

武道家「異存はない」

戦士「私もだ」

僧侶「私もそれが良いと思います!」

勇者(きゃわわ!!)

勇者「それじゃ、出発しようか」

武道家「もしお前の父親の情報が途中で途切れたら、その時はどうする?」

勇者「そん時はそん時に考えるよ。でもまあ、その心配はないだろ」


勇者「なんせ、俺の親父は各地で語り継がれる『伝説の勇者様』だってんだからな」


15 : 以下、名... - 2014/11/08 17:07:13.49 o7HBAeXa0 12/829

勇者(はい城下町出ましたー。第一の町までは街道が整備されてるのでこれを辿っていけばいいんですがー)

 蛞蝓型魔物があらわれた!
 猪型魔物があらわれた!
 烏型魔物があらわれた!

勇者(はい早速お出ましでーす。5年前親父が魔界に消えて、程なくしてすぐ魔王が復活してー、またガンガン魔物使って侵略範囲を広げていきましたー)

勇者(結果、5年経った今ではこうやって整備された街道進んでもおかまいなしで魔物が襲ってきまーす。町の人とか外出る時は護衛必須。交易滞りまくり)

勇者(マジでこの状態から魔物たちを魔界に追い返すには所謂『勇者』を立てて敵の親玉を狙う電撃作戦しかないんだよね、実際)

勇者(わかっちゃいるけど責任重すぎ!! 頑張れ! 各国から派遣されてるはずの他の勇者たち!! 俺は何かこう、無理のない範囲でぼちぼちやる!!)

勇者(というわけでパーティーを組んでからのこの初戦闘! ビシッと見事な采配で敵を殲滅し、パーティー内での地位を確立するのだ!! 今後いい感じで旅を続けるために!!)

武道家「つあッ!!!!」


 武道家の攻撃! 猪型魔物にダメージ!


勇者(あれあれ? 僕まだ何も指示出してませんよ?)

戦士「はあッ!!!!」


 戦士の攻撃! 蛞蝓型魔物を両断!


勇者(あれあれこっちも!?)

僧侶「皆さん! 怪我をしたらすぐに私が治療しますからね!!」

勇者(僧侶たんすら自分のタイミングでやる気満々だーこれ!)


16 : 以下、名... - 2014/11/08 17:08:58.15 o7HBAeXa0 13/829

勇者(ま、まあ初戦闘だからね。ぶっちゃけ俺もパーティーの実力全然知らんし、指示の出しようないからね。今回は個々の力を見定めさせてもらおう。今後の指示出しのために、このパーティーを率いるリーダーとして!)

武道家「はッ! たぁッ! つぇりゃあ!!」


 武道家の連撃が猪型魔物を怯ませる!


勇者(武道家は拳闘をメインとした体術。蹴りも出さない訳じゃないが、相手との距離を取るためだったり、連撃の締めに繰り出して相手の体勢を崩すためだったり、その頻度は少ない)

勇者(使用している武器は『手甲』。拳から手の甲側を鱗のように節を設けた鋼で覆っている。その範囲は肘まで及び、防御の時は盾としても使える攻防一体の武具だ)

勇者(特に目を引くのは肘から飛び出した槍の穂先のような刃――肘打ちを繰り出せばちょうど相手に突き刺さるような構造となっており、『スピア』と呼ばれている)

 武道家は間断なく拳を繰り出し、猪型魔物を打ちのめす。
 猪型魔物がたまらずたたらを踏み、バランスを崩した瞬間――武道家はその肘で猪型魔物の額を打った。
 つまり――その肘から突き出たスピアが、深々と猪型魔物の額に突き刺さっている。
 武道家は何かに祈るように両目を閉じ、ズブリと魔物の頭から刃を引き抜いた。


 猪型魔物をやっつけた!


勇者(えぐい!!)

勇者(風の精霊の加護を強く受け、敏捷性に特化した武道家は反撃の間も与えない連撃で相手の体力を削ってからスピアを急所に打ち立てて一撃必殺を狙うタイプだ)

勇者(ステータスを表すならこんな感じか)


 武道家【爽やかクソイケメン】

 体力★★★★
 魔力
 筋力★★★
 敏捷★★★★★


勇者(まあ、実は武道家についてはある程度知ってたんだけどね。一緒に修業したこともあったし)


17 : 以下、名... - 2014/11/08 17:10:29.84 o7HBAeXa0 14/829

勇者(戦士は――)

戦士「はあッ!!」


 戦士の攻撃! 烏型魔物を両断!


勇者(両手持ちの大剣か。すげえ、150㎝くらい長さあんのに、すばしっこい烏型魔物に難なくついていってる)


 魔物の援軍!
 烏型魔物Aがあらわれた!
 烏型魔物Bがあらわれた!
 烏型魔物Cがあらわれた!


戦士「はああッ!!!!」

勇者(うおおマジか。マジで小枝みてえに剣振り回してる。どんだけ強い土の加護受けてんだ)

勇者(しかもただ振り回してる訳じゃない。流れるような剣の動きには確かな技が見て取れる。うお、剣の遠心力利用して体の位置入れ替えやがった)


 烏型魔物Aをやっつけた!
 烏型魔物Bをやっつけた!
 烏型魔物Cをやっつけた!


勇者(戦士さんマジで何者だよ…独力で修業してこうはならんだろ……超怖ぇよ…)

勇者(ステータス的にはこんな感じか)


 戦士【なぞびじん、ちょうこわいやばい】

 体力★★★★★
 魔力
 筋力★★★★★★
 敏捷★★★★


18 : 以下、名... - 2014/11/08 17:12:24.39 o7HBAeXa0 15/829

僧侶「戦士、武道家さん、お疲れ様でした! 今回復しますね!」

勇者(戦士も武道家もかすり傷くらいしかないから、ぶっちゃけ回復の必要ないけど、仕方ないよね! 僧侶たん優しいもんね!)

勇者(まあこんな感じで治癒呪文連発して、肝心な時に息切れしないか心配だけど……)

勇者(しょうがないよね! 僧侶たん天使だもんね!!)

勇者(僕にも治癒呪文かけて! 僧侶たんの癒しの魔力感じさせて!! 僧侶たあああああああん!!)

僧侶「……?」クビカシゲー

勇者(まあ、だよね! だって俺今の戦闘見てただけだもんね!! 僧侶たんからしたらぼーっと突っ立ってて何してんのこの人?状態だよね!!)

勇者(……やべえよ。次はマジで名誉挽回せんと…)

勇者「ッ!!」

 瞬間、勇者に電撃走る。
 勇者の目に映ったのは僧侶に忍び寄る蛞蝓型魔物の姿。
 戦士の剣によって両断されてなお、半分の体となっても未だ死なず、僧侶を目標として攻撃態勢に入っている。

勇者「僧侶たんに何さらすつもりじゃオラッ!!」


 勇者の攻撃!
 蛞蝓型魔物をやっつけた!


勇者「油断も隙もねえ……よりによって僧侶たん狙うなんざこのボケが……!」

僧侶「あ、ありがとうございます勇者様」

勇者「大丈夫? 僧侶ちゃん怪我はない? 治癒呪文で回復しても傷跡は残っちゃうからね。女の子なんだから、マジで怪我しないように気を付けないと」 

戦士「………」

僧侶「あ、あの、勇者様……さっき私のこと僧侶たんって…」

勇者「空耳だよ。俺、勇者。勇者そんなこと言わない」

僧侶「そ、そうですよね! 空耳ですよね! ごめんなさい変なこと言っちゃって!!」

勇者(マジ僧侶たん純粋! きゃわわ!!)

勇者(そんな僧侶たんのステータスはこちら!)


 僧侶たん【マジ天使】

 体力★★
 魔力★★★
 筋力★
 敏捷★


19 : 以下、名... - 2014/11/08 17:13:27.85 o7HBAeXa0 16/829

勇者(うむ、これで仲間のステータスはあらかた把握できた)

勇者(次の戦闘でこそこの勇者の智将ぶりを遺憾なく発揮してくれよう)


 兎型魔物があらわれた!
 鼠型魔物Aがあらわれた!
 鼠型魔物Bがあらわれた!
 鼠型魔物Cがあらわれた!


武道家「はあああッ!!!!」ダッ!

戦士「おおおおッ!!!!」ダッ!

勇者「ですよねー」


20 : 以下、名... - 2014/11/08 17:15:26.13 o7HBAeXa0 17/829

勇者(駄目だ! あの二人全然こっちの指示を待つ気がねえ!)

勇者(なんか、もう、いいや……)

 武道家の攻撃!
 兎型魔物をやっつけた!


勇者(基本的に戦闘はあの二人に任せよう。俺は常に僧侶たんの護衛に努める。もうそれでいいっす。問題ないっす)


 戦士の攻撃!
 鼠型魔物Aをやっつけた!
 鼠型魔物Bをやっつけた!


鼠型魔物C「キ…キィッ!!」

戦士「ちっ…一匹討ちもらしたか…だが、逃がさん!!」ダッ!

勇者「ごっつあん!!」ドスッ!

鼠型魔物C「ピギャッ!!」ブシャー

戦士「なっ…!」

勇者(もうこんな感じでいいや……俺は基本的に僧侶たんの護衛をしながら、二人がカバーしきれない分の処理をしていく。戦術的には悪くないし……)

勇者(まあ全然勇者っぽくないけど!! 俺スゲー脇役感だけど!!)

勇者「あ、なんか加護レベル上がった」テレレレッテッテッテー

戦士「………チッ」

勇者「ん?」

戦士「………」スタスタスタ…

勇者「……んん!?」


第二章  初めてのたたかい   完





24 : 以下、名... - 2014/11/12 19:29:55.41 7nqo4Ch10 19/829

勇者(衝撃の戦士さん舌打ち事件から三回ほど戦闘をこなしましたところ)

勇者(このまま順調に行けば予定通り日暮れ前には第一の町に着きそうである)

勇者(であれば、そろそろこの辺で昼食も兼ねた大休憩をとってもよいのではないか)

勇者(というのも、少し街道から外れるが、ここからちょいと西の林道を進んだところに綺麗な川があるのである)

勇者(ぶっちゃけ汗と返り血でスゲー体が気持ち悪いのだ。なに? お前ろくに戦ってねーだろって?)

勇者(甘いな。俺は魔物の死体から尻尾だったり羽だったり牙だったりをはぎ取るという雑用で結構働いてるのだ。何のためかというと報奨金を得るためである)

 ※魔物を倒した証として魔物の体の一部を提示することで国から報奨金を受け取ることが出来る。基本的には該当する国境内の城まで持っていかなければならないが、大きい街には『報奨省』と呼ばれる国の出先機関がある。

勇者(甚だ勇者らしくない雑用であるが武道家も戦士さんもこの辺のことをからっきし知らんので俺がやるしかないのである)

 ※魔物の種類に応じて提示する部位と、それに対する報奨金の額は国ごとに厳格に定められている。

勇者(僧侶たんにはこんな汚れ作業させられないしね!!)

勇者「というわけでみんな、ちょっと提案なんだけど……」

武道家「ん?」

僧侶「?」

戦士「………」

勇者(休憩を提案したところ、あっさり了承されました。やっぱみんな結構不快感感じてたんだろね)

25 : 以下、名... - 2014/11/12 19:30:46.89 7nqo4Ch10 20/829

勇者「うん、この辺なら雑草も少なくていい感じだな。川からもそんなに離れてないし、ここで火を起こして昼食にしよう」

勇者「僧侶ちゃんと戦士さんは先に水浴びに行っていいよ。その間に俺と武道家で火を起こして準備進めとくから」

僧侶「そ、それじゃお言葉に甘えて……行こっ、戦士」

戦士「ああ……」

勇者「さーて、そんじゃお前は焚き木拾いじゃ。キリキリ働けーい」

武道家「了解だ…が、お前は拾わんのか?」

勇者「俺の仕事は木が集まってからじゃぼけーい」

戦士「………」

勇者「あ、あれ? 戦士さん、どうしたの?」

戦士「一応、言っておく」

勇者「わ、わっつ?」

戦士「覗いたら……殺すぞ」

勇者「さ、サー! イエッサー!!」

26 : 以下、名... - 2014/11/12 19:32:05.45 7nqo4Ch10 21/829

僧侶「わあ……!」

 僧侶の口から思わず感嘆の声が漏れる。
 正午にさしかかろうという時間帯。木々の隙間から漏れた光が揺れる水面に照り映えている。
 川の流れは穏やかで、水は澄み、青く染まった水底まで見通せる。
 川の中ほどまで進んでも深さは腰が浸かるほどで、成程勇者の言う通り、体の汚れを落とすには最適なように思えた。

僧侶「ん…しょ」

 僧侶は汚れた衣服を脱ぎ、綺麗にたたむ。
 するりと下着も外し、たたまれた衣服の上に置くと、風に飛ばされないように手のひらサイズの石を重しとした。
 ちゃぽん、と水の中に足を進め、体を馴らすようにぱしゃぱしゃと肩や胸に水をかける。
 肩のあたりで切り揃えられた水色の髪から水滴が滴り落ちる。水滴はそのまま豊満な胸へと落ち、緩やかな曲線を描いて双丘の谷間へと吸い込まれ、ほどよくくびれたウエストを流れ落ちていく。

僧侶「戦士も早くおいでよ! とっても気持ちいいよ!」

戦士「む…うむ…」

 戦士は如何にこの場に同性の僧侶しかいないとはいえ、このような開けた場所で肌を晒すことに非常に抵抗を感じる性格だった。
 念入りに周囲を見回した後、ふぅ、と決意するようにひとつ息を吐き、身に着けている鎧に手をかける。
 鎧の下に身に着けていた肌着は、最前線に立って剣を振るっていただけあって、汗と返り血でぺったりと肌に張り付いていた。
 戦士は僧侶と違い、胸用の下着を身に着けてはいない。鎧との摩擦保護のためにサラシを幾重にか巻いているだけだ。
 肌着を脱ぎ、サラシを解く。
 均整のとれたその美しい肉体が露わになる。
 ふくよかな女性らしさを持つ僧侶の肉体と対照的に、良く引き締まった贅肉の見当たらない肉体。
 胸は僧侶に比べると小ぶりだ。だが、決して小さすぎる訳ではない。戦士の胸はそこでしっかりとその存在を主張している。
 むしろ引き締まった肉体にあることで柔らかさを強調された双丘は、僧侶のそれよりも官能的であるとさえ言えた。
 もじもじと両腕で秘所を隠し、戦士も川の流れにその体を預ける。

戦士「ああ…確かに、気持ちがいいな。これは」

僧侶「ねえ、戦士……」

戦士「なんだ……?」

 僧侶の方を振り向いた戦士は言葉に詰まった。
 眉をひそめた僧侶の顔からは、自身への非難の色がありありと感じとれる。

僧侶「勇者様への態度、あれはあんまりだと思うわ」

戦士「む……」

 言われるだろう、とは思っていた。
 僧侶はかつて一度は魔王を撃退せしめた『伝説の勇者様』に心酔している。

戦士(……ま、それは私も一緒なんだが)

 自身と違うのは、僧侶はその思慕をそのまま『伝説の勇者の息子』にも無条件で寄せていること。
 そこが違う。
 自分は、あの勇者に対してどうしてもそんな感情を抱けない。

戦士(どうしても、私にはあいつがそんな大した男だとは思えないんだ)


27 : 以下、名... - 2014/11/12 19:33:09.67 7nqo4Ch10 22/829

勇者「ぶえーーっくしょい!!!!」

武道家「うわあびっくりした」

勇者「な、なんじゃ? 火も焚いて十分体あっためてるっちゅーのに」

武道家「案外、あの二人がお前の噂でもしてるのかもしれんぞ?」

勇者「いやー、無いね。あったとしても悪口だね。主に戦士さんからの」

武道家「……戦士は何故お前にあんなにきつくあたるのだろうな?」

勇者「あ、やっぱお前から見てもそう見える? ねえ俺なんかしたっけ? マジあんな嫌われる心当たりねーんだけど」

武道家「さてな……俺が合流してからは特にそんな要因は無かったと思うが。余程最悪な初対面でもしたんじゃないのか?」

勇者「ちっげーよむしろ初対面からあの虫を見るような視線を食らってたわ。なんだろ? ひょっとして俺が云々じゃなくてただドSなだけなのか?」

武道家「俺に対する当たりは普通だからそうでもないだろう」

勇者「いや…マジで何で俺だけ…ってか、流石にあの二人もう服脱いで川に浸かってるよな?」

武道家「まあ…多分な。しかし、何故そんなことを?」

勇者「よし、行くか」スクッ

武道家「えー」


28 : 以下、名... - 2014/11/12 19:34:41.16 7nqo4Ch10 23/829

戦士「私は、『伝説の勇者様』を尊敬している」

僧侶「うん」

戦士「だからといって…いいや、だからこそ。その血を引きながら修業を怠っていたあいつを好きにはなれない」

僧侶「修業を…怠っていた?」

戦士「僧侶は知らないか。王宮の中じゃ有名だった。王宮騎士団最強の剣の使い手である『伝説の勇者様』の子として生まれながら、一切の修業を拒否して遊び回っていた放蕩息子、とな」

戦士「『伝説の勇者様』がお戻りにならなかった時から、慌てて修業を開始したらしいが……元々の性根がそんな奴だ。どれだけ修業を積んだとしても、たかが知れている」

僧侶「それで、戦士は勇者様にあんな冷たい態度を?」

戦士「もちろん、それだけじゃないさ。元々好意的に見ていなかったことは認めるが、それでも現在の奴自身を見て評価はしなければならないと、最初はそう思っていた」

戦士「だが……」

僧侶「だが…?」




戦士「ぶっちゃけ、あいつ僧侶のこと見過ぎ」

僧侶「あ、あはは…た、確かに、視線はよく感じます……主に胸に」

戦士「僧侶たんとか本気できもい」

僧侶「や、やっぱり聞き間違いじゃなかったんですね、あれ」

戦士「戦闘で前線に出る気なさ過ぎ。その癖、たまに出てきて私の獲物を横からおいしいとこどりするのが気に食わない」

戦士「女の子は怪我しないように気を付けてとか私を無視して僧侶にだけ言うとか考えられない」

僧侶「あれは流石に私もどうかと思いました……」

戦士「そして何より――」




戦士「―――私のことを、どうやら全く覚えていないっていうのが気に入らない」



29 : 以下、名... - 2014/11/12 19:35:54.79 7nqo4Ch10 24/829

武道家『お前凄いな。あれだけ釘を刺されてなおそんな所業に赴くとは…いや、凄いな、マジで。いやー、マジで』

勇者(―――なんて、ドン引き顔で武道家は言ってやがったが……)

勇者(ち っ げ ー よ ! ! マジで違ぇぇぇよ!!!!)

勇者(アホか!! 俺かてわかっとるわ!! 今の好感度の状況で覗きなんてしてそれが発覚したらもうパーティー解散ですわ!!)

勇者(それにいくら俺でも僧侶たんから蔑みの目で見られたらその時点でHP0なるからね?)

勇者(いや、それ以前に戦士さんに胴体両断されるかもな。マジでそっちの方が可能性高そう)

勇者(いや、俺がね、僧侶たんと戦士さんの後を追ってるのはあくまで万が一の事を考えての事なんです)

勇者(ほら、二人今水浴びしてるじゃん。ってことは服脱ぐじゃん)

勇者(服脱ぐってことは装備外してるってことでね。もし、万が一、そこを魔物に襲われたらやばいわけじゃん)

勇者(急所剥き出しの所を刺されたり噛みつかれたりしたら、下手したら死ぬし、よくても大きな傷跡が残るかもしれない)

勇者(それはなるべく避けたいやん。二人共女の子なんだし……)

勇者(……と、二人の声が聞こえてきたな。この辺りでいいか)


30 : 以下、名... - 2014/11/12 19:37:05.83 7nqo4Ch10 25/829

戦士「……まあ、私のせいでパーティーの空気が悪くなっていることは認める。これからは改めるよ…なるべく」

僧侶「そうしてちょうだい。どうあれ、私たちは勇者様への同行を望み、勇者様はそれに応えてくださった……であるのならば、私たちは勇者様が魔王を打倒できるよう、全力で尽くすべきだわ」

戦士「わかったよ。本当に真面目だな、僧侶は……心配になるくらいだ」

戦士「もしあいつが勇者の立場を利用してセクハラしてきたらすぐに私に言うんだぞ?」

僧侶「もう! いくらなんでもそんなことありませんよ! ……たぶん」

戦士「どうかな? ひょっとしたら奴は今もそこの茂みに隠れてこっちを覗いているかもしれないぞ?」

僧侶「もう、戦士ったらそんなわけ……」クルリ

ヘビ「よう」

僧侶「」

31 : 以下、名... - 2014/11/12 19:38:16.30 7nqo4Ch10 26/829

「きゃあああああああああああああ!!!!」

勇者「ッ!?」

勇者「この声、僧侶ちゃんの、クソ! マジか!! クソ!!」

勇者(やっぱどんだけ揉めようとも俺か武道家、どっちかをすぐ傍に置いておくべきだった!! チクショウ!!)

 勇者は一心不乱に茂みをかき分け、声のした方へ駆ける。
 尖った枝葉が頬を切るが、そんな痛みにかまってはいられない。

勇者「僧侶ッ!! 戦士ッ!!」

 勇者が河原に躍り出る。
 勇者はまず二人の姿を探す。
 居た。川の中で驚いたように立ち上がり、両腕で胸を覆っている。
 素早く二人の体に目を通す。
 上から下。
 目につくのは肌色ばかり。血の赤は見られない。
 強いて言えば二人とも顔を真っ赤にしている。が、それはどうやら紅潮しているだけであるようなので今はどうでもいい。
 まだ二人とも攻撃を受けたわけではない。
 ならば敵はどこか。
 視線を二人の体からその周囲へ。
 水面の揺れに不自然な点はない。河原に自分以外の生物の姿はない。
 二人から一番近い茂みに目を凝らす。
 葉の揺れは生物的なそれではなく、風の流れによるものだ。
 おかしい。敵はどこだ?
 僧侶は何が原因であんな悲鳴を上げた?
 と、そこで勇者の視界の端に奇妙な動きが映る。
 戦士だ。戦士が左手で胸を抑えたまま、右腕を大きく振りかぶっている。
 投げた。何かを投げたのだ。
 勇者がそう理解した時には既に――

ヘビ「ヘイらっしゃい」クビスジカプー

勇者「おんぎゃーーーーーッ!!!!」


32 : 以下、名... - 2014/11/12 19:39:02.77 7nqo4Ch10 27/829



勇者「チガウンスヨ…マジデチガウンスヨ……」ボロ…

戦士「おい、僧侶……本気か? お前は本気でこの勇者に今後ついていけるのか?」

僧侶「う、う~ん……」

武道家「……なにをやっとるんだお前ら」

 この後勇者の必死の弁明と武道家のフォローにより何とかパーティー解散は免れました。


33 : 以下、名... - 2014/11/12 19:40:15.40 7nqo4Ch10 28/829

 夕暮れの中―――

勇者「おー! 見えた、第一の町だ! 何とか日没までに着くことが出来たな!」

僧侶「………」

戦士「………」

勇者(なーーんだよう!!!! なんなんだよう!! やってらんねえよう!! 俺はホントに、ホントに二人のためを思って……!!)ヒソヒソォ!

武道家(……まあ、いいじゃないか。役得もあったろう?)ヒソ…

勇者(何がだよ!! 二人の裸なんて全然覚えてねえよ!! そんな余裕無かったっつの!!)ヒソォ!

勇者(こんなことならもっとじっくり見て網膜に焼き付けてやればよかったよチックショウ!!!!)ヒッソォ!!

武道家(お前、声でか…)

戦士「…ッ!!」ドゴォ!

勇者「ふんもっふ!!!!」ズシャァッ!

武道家「アホ……」

勇者「うぐぐ……そ、僧侶ちゃん、回復して……」プルプルプル…

僧侶「知りません」プイッ

勇者「」ガーン

戦士「勇者殿」

勇者「ひゃ、ひゃい!」

勇者(な、なんだよ! 勇者『殿』ってわざわざ改めて何よッ!?)

戦士「町に着いたら話がある。出来れば夕食前にな」

勇者(あ、終わったコレ。完全に『私、実家に帰らせていただきます』だコレ)


34 : 以下、名... - 2014/11/12 19:41:35.78 7nqo4Ch10 29/829

 日没後、月明かりの下―――
 第一の町から少し離れた草原にて。

勇者「それで、お話とはなんでございましょう…」ビクビク…

戦士「ふむ、しっかり帯剣はしてきたか」

勇者「そりゃ、町の外に出るんだから当然……」

戦士「勇者よ、私は自身が女であると自覚してからこれまで、一度たりとて異性に肌を晒したことはない」

勇者「……………はい?」

戦士「肌を晒すのは伴侶となるべき男性にのみと教育されてきたし、私もそのつもりだった……今日までは」

勇者「えーと、えーと……ん?」

戦士「わかっている。わかってはいるのだ。お前の言い分を信じれば私や僧侶はお前に感謝こそすれ、恨むのは全くの筋違いなのだろう」

勇者「ア、ハイ、ソースネ。マッタクソノトオリダトオモイマス、ボクモ」

戦士「だが、そんな理屈では処理できないわだかまりが私の中にあるのだ。わかるか?」

勇者「ワカンネッス」

戦士「勇者よ、剣を抜け。お前にこれから勝負を申し込む」

勇者「ナニイッテッカゼンゼンワカンネッス」

戦士「何、これはただの憂さ晴らしだ。私の裸を見た代金と思え。これで昼間の件はチャラにしてやる」

勇者「イヤイヤイミワカンネッスマジカンベンッス」

戦士「それに……私は知る必要がある。貴様の剣の腕前を。貴様の勇者としての資質を!!」ダッ!!

勇者「だああああ!!!! ちょっと意味わかんねってもおおおおおおおおおおおお!!!!!!」ガキーン!!


35 : 以下、名... - 2014/11/12 19:42:53.62 7nqo4Ch10 30/829

 勇者の持つ剣は刃の長さ90㎝ほどの、所謂長剣である。
 大上段から振り下ろされた戦士の大剣の一撃をまともに受ければ刀身を粉砕される恐れがある。
 勇者は振り下ろされる大剣の横腹を打ち、剣の流れを逸らすことで最初の一撃をやり過ごす。

戦士「ちぃッ!!」

勇者「いや、ちょ、マジで勘弁!!」

 二撃目、三撃目。次々繰り出される刃を勇者は必死になってひたすら回避する。
 勇者は今日一日戦士の戦い方を観察してきた。
 だから、わかる。
 わかってしまう。

 今の自分ではどう足掻いても剣の腕前で戦士に勝つことはできないことがわかってしまう。

勇者(そんなでっけえ大剣でそのスピードがありえねえっつーの!!)

 通常、長剣が大剣より優れているのは小回りがきくところだ。
 というより、一撃の隙が大きいのが大剣の弱点だという方が正しいだろう。
 それ故、本来初撃をかわした段階で勇者が圧倒的有利になってしかるべきである。
 だが戦士の技量はその常識を覆す。
 150㎝もの刀身をもつ大剣を、まるで小枝のように操り、むしろ勇者よりも小回りを利かせて連撃を繰り出してくる。
 こうなると勇者にはもう打つ手がない。
 リーチも、速度も、重さも、全て劣っている。
 攻勢に転じられるわけもない。ただひたすら防御に集中しなければあっという間に体を上下か左右のどちらかに両断されるだろう。

戦士「ふっ!!」

勇者「んがああああ!!!!」

 戦士が横なぎに振るってきた一撃に刃を合わせ、荷重がかかってきたのを見計らって後ろに飛ぶ。
 からくも着地に成功し、勇者は一時的に戦士との距離を取ることに成功した。

勇者(もうやだもうやだマジでもう一回来たら逃げる町までダッシュで逃げる)

戦士「………貴様、何故私に攻撃してこない」

勇者(出来るかあああああ!!!! こちとら防御すんので手一杯じゃあああああ!!!!)

 と、言うのも悔しいのでせめて強がることにする。

勇者「………女の子に向かって剣は振れないさ」

戦士「……ッ!!」


36 : 以下、名... - 2014/11/12 19:44:01.82 7nqo4Ch10 31/829

戦士「舐めるなッ!!」ガキーン!

勇者(ほんぎゃああああああ油断したあああああああ!!!!!! ヤバイこの体勢ヤバイ!! 耐えられない剣折れちゃう頭かち割られちゃうぅぅぅううううう!!!!)ググググ…!

勇者「う、嘘でぇぇぇす!!!! ホントは防御で精一杯でしたあああああ!!!! ギブアップ!! ギブアァァァァァップゥ!!!!」

戦士「…………」

 戦士は剣を引き、勇者はその場に膝から崩れ落ちる。

勇者(た、たしゅかった……?)

37 : 以下、名... - 2014/11/12 19:45:15.87 7nqo4Ch10 32/829

戦士「防戦一方とはいえ、私の剣を凌ぎきるとはな。ほんの少しだけ認めてやろう、勇者」

戦士「とはいえ、まだまだ未熟極まりない。あの方の息子を名乗るなら、もっと精進するがいい。貴様が私を師と仰ぐなら、稽古をつけてやってもいいぞ?」

戦士「昼間のことは……約束だ、これで忘れてやる。というより、無かったことにしろ。私は誰にも裸を見られていないし、お前も誰の裸も見ていない。いいな?」

戦士「さて、食前にいい運動になった……また明日な、勇者」スタスタスタ…


勇者(…………)


勇者(…………………)




勇者(…………………………)





38 : 以下、名... - 2014/11/12 19:46:35.85 7nqo4Ch10 33/829

 宿屋、男部屋―――――

 ズドドドドドドドド……!!

武道家「ん?」

勇者「どらっしゃあああああああああああああ!!!!!!」ドアガシャーン!!

武道家「遅かったな。こっちはとっくに夕飯を終わらせたぞ」

勇者「なんっじゃあの女ッ!!!! なんっじゃああの女ぁぁぁぁああああああ!!!!!!!」

勇者「きいいいいいいいいい!!!!!! あんな高慢ちきなアバズレこっちから願い下げじゃああああああ!!!!!! 明日の朝一番に三行半突きつけたる!!!! 突きつけたんでええええええええ!!!!!」

武道家「……なんというか、余程こっぴどくやられたと見えるな」

勇者「酒じゃおらあ!! 飲まんとやってられへんわ!!!! お前付き合え!! 酒場行くぞこんにゃろう!!!!」

武道家「やれやれ……ま、付き合ってやるさ。好きなだけ愚痴を吐くがいい」

勇者「あのボケ戦士がぁぁぁああああああ!!!!!! いつか絶対風呂覗いたるからなああああああ!!!!!!」



第三章  テンプレート・ジャーニー   完





44 : 以下、名... - 2014/11/30 17:18:26.26 AszI6XDJ0 35/829

勇者「王宮騎士団んんん?」

武道家「ああ、戦士は元々そこに所属していたのだとさ」

勇者「いやいや、騎士団に女の子が入れるなんて聞いたことねーぞ。なんぼ剣の腕が立とうが門前払いだろ普通」

武道家「つまり特例なわけだ。戦士は幼少の頃からお前の父親に師事していたらしくてな、入団が許されたのはお前の父親の推薦があればこそ、とのことらしい」

武道家「ともすれば世襲や家の繋がり等で入団してくる男共もいる中、純粋な剣の腕だけで入団を認められた。戦士のあのプライドの高さはその辺りから来ているのかもしれんな」

勇者「いやいやマジかよちょっと待てよ。えー? 幻滅だわ。我が親父ながら幻滅だわ」

武道家「んん?」

勇者「いやだって親父に女の子の弟子がいたなんて俺知らねーよ? 何人か弟子っぽい奴ら居たけど、女の子なんて見たことねーもん」

勇者「つまりそれはあれだろ? 他の弟子達とは別に個人的に指導してたってことだろ? 息子の目にも届かないところで個別レッスンしてたっちゅーことだろ?」

勇者「絶対なんかよこしまな気持ち持ってましたわ……ロリコン確定ですわあのクソ親父……」

武道家「お前それ戦士の前で絶対言うなよ……殺されるぞ」

勇者「ところでお前それ全部僧侶ちゃんから聞いた話だよね? 人が必死こいて剣振ってる間に何ちゃっかり仲良くなっとんじゃああああああ!!!!」

武道家「夕食がてらに談笑しただけだ。えーい揺らすな」ガックンガックン


45 : 以下、名... - 2014/11/30 17:19:02.05 AszI6XDJ0 36/829






第四章  バッドステータス・ダンス






46 : 以下、名... - 2014/11/30 17:20:41.59 AszI6XDJ0 37/829

翌朝の朝食後―――

勇者「えー、当面の行動方針を発表します」

武道家「おう」

僧侶「はい!」

戦士「ふん」

勇者「色々と町の人の話を聞いてみると、かつて親父はここから南西にある精霊の祠に向かい、そこを魔物たちから解放したようです」

勇者「みんな知っているとは思うけど一応確認。精霊の祠ってのは精霊の力を活性化させるために昔の人が作った神殿が置いてあるところで、世界各地に点在し、それは今回のように祠になってたり、人の手で建造された塔だったり、その形式は様々です」

武道家「その場所が今は魔物たちに占拠されていて、精霊の力が弱まっている」

勇者「はい武道家くん正解。魔物たちは率先してこの神殿を汚し、自分たちに対抗する力を削ごうとしています。実際、もうかなりの数の神殿が魔物たちの手に落ちている」

僧侶「そこを魔物たちから解放し、精霊様たちの力を取り戻すわけですね!」

戦士「その上、解放に成功すればその地域の精霊たちはおそらく我々に多くの加護を与えてくれる……」

勇者「二人とも大正解。そして土地の精霊の力が強くなれば相対的に魔物たちの力も半減される。そうすれば駆逐も容易になるはずだ。まあその辺りはもう国に任せるけど」

勇者「というわけで……当面は親父の足取りを追いながら、各地の神殿を解放していくことで魔物の駆逐と俺たち自身の強化を図る。そういうやり方で行きたいと思います。いいかな?」

武道家「問題ない」

僧侶「勇者様にお任せします!!」

戦士「異論はない」

勇者「ほいじゃ、そうだな……二時間後を目処に出発しようか」

戦士「今すぐではいかんのか?」

勇者「いや、色々と準備があるからさ」

戦士「そうか……」

勇者(何だコイツすっとれえな感満載の眼差しだよ! オメーが昨日無駄に喧嘩吹っかけてこなけりゃ昨日で準備終わってたかもしんないんだよ!!)

勇者(まあもう面倒くさいから言わないけど! ファック!!)

47 : 以下、名... - 2014/11/30 17:21:51.02 AszI6XDJ0 38/829

第一の町より南西の森深く―――『精霊の祠』前。

勇者「ここかー。何つーか、THE・洞窟って感じだな」

武道家「ここからでは奥まで見通せんな。かなり深いようだ」

戦士「見える範囲では剣を振るのに支障はないくらいの広さはあるが……」

僧侶「元々自然にあった洞窟なんでしょうか?」

勇者「元はそうだったんだろうね。一から穴掘るのなんてすげー大変だし。ただ、奥に神殿が建造されている以上、中はかなり人の手が入っているはずだ」

 勇者は少し洞窟の中に入り、辺りを見回す。

勇者「うん…やっぱり。上の方に、等間隔でランタンがかけてある。火種は……生きてるな。順次火を灯しながら進めば、視界にはそう苦労しなさそうだ」

 そう言いながら勇者は荷物から松明を取り出し、火を灯す。
 まだ日の光が十分入ってくるため視界は良好だが、試しにランタンに松明を近づけた。
 ランタンに火がともるのを確認し、勇者は皆の方を振り返る。

勇者「それじゃ、行ってみよう」

 勇者の言葉を合図に、戦士と武道家が率先して進み、その後に勇者、僧侶と続く。
 僧侶は不思議そうな目で勇者の背中を見つめていた。

僧侶(勇者様……今、どうやって松明に火をつけたんだろう?)


48 : 以下、名... - 2014/11/30 17:23:17.86 AszI6XDJ0 39/829

勇者「一応、今言ったので町で色々聞いて確認できた魔物は全部だ」

 勇者は朝のうちに集めておいた情報をパーティーに伝える。

勇者「結構厄介そうな奴もいるから十分警戒して進んでくれ」

戦士「ふん、無用な心配だ。何が出ても私が後れを取ることなどない」

 その後、洞窟内に住み着いていた魔物から幾度となく襲撃を受けたが、戦士はその言葉のとおり、そのほとんどを一人で切り伏せていった。

勇者「あー……戦士、ちょっと提案があるんだけど」

戦士「なんだ?」

勇者「俺たちはランタンに明かりを灯しながら進んでる。だから、俺達の位置は敵からはモロバレだ。だから、さっきからほとんど奇襲のような形で襲われ続けてる」

勇者「加えて、背後からの強襲を避けるために今まで出てきた魔物は必ず殲滅しながら進んできたけど、外に出ていた魔物が帰って来て…何てことも十分考えられる」

勇者「だから、戦士にはどっちかって言ったら背後の警戒をしてもらいたいんだけど……」

戦士「何故私が? 武道家では駄目なのか?」

勇者「いや、戦士より武道家の方が素早さは高いじゃん? だから不意打ちされた時に武道家の方が対応はしやすいだろ?」

戦士「これまでの戦闘を見てその発言なら、お前の目は節穴としか言えんな勇者」

勇者「いや、でも、万が一のことを考えたらさ……」

戦士「くどい。万に一つだろうが、この私がこの程度の魔物たちに後れを取ることなどあるものか」

 勇者はため息をつき、武道家に目を向ける。
 武道家はやれやれと言わんばかりに肩を諫めた。

勇者「……それじゃ、武道家。頼めるか?」

武道家「了解だ」


49 : 以下、名... - 2014/11/30 17:25:26.19 AszI6XDJ0 40/829

蜥蜴型魔物「キシャァー!!」

戦士「フッ!」

 戦士の振るった剣が岩壁を叩く。
 壁を這い、移動した魔物が大きく口を開いて戦士に飛びかかった。

戦士「くっ!」

 戦士は咄嗟に剣の柄で魔物の顎を跳ね上げ、怯んだところを大きく蹴り飛ばす。
 地面に落ちたところを狙おうとするが魔物は即座に体勢を立て直し、洞窟の壁や天井をまるで重力を無視するかのように這い回った。
 魔物の風体は、言うなれば巨大なトカゲ。体長は二メートル程度。大きな口には鋭い歯がびっしりと並び、四肢に生えた爪を岩に突き立てることで壁や天井を移動することを可能にしている。
 その質量に似つかわしくない俊敏さが戦士を苦しめていた。

勇者「戦士、無理するな! 後ろに流せ! 俺と武道家も応戦する!!」

戦士「くおおッ!」

 戦士は勇者たちの前に立ち塞がり、蜥蜴型魔物を押し留める形で応戦している。
 その位置関係にあり、なおかつ戦士が凄まじい勢いで大剣を振り回すので、勇者も武道家も迂闊に手を出せない状況に陥ってしまっていた。

勇者「戦士!!」

戦士「手出しなど……無用ッ!!!!」

蜥蜴型魔物「ギィッ!!?」

 裂帛の気合いを込めた戦士の一撃が遂に蜥蜴型魔物の体を捉えた。
 背を横に裂かれた魔物はどさりと壁から落ち、地面をのたうち回る。
 しばらくそのまま痙攣していたが―――やがて動かなくなった。

戦士「ふぅ……」

勇者「……」

 結局また一人で何とかしてしまった戦士だが、その姿を見る勇者の顔は苦い。
 深手こそ負っていないものの、鋭い爪や牙に何度も晒されたその体は、至る所に裂傷が出来ている。
 戦士が意地を張らずに勇者や武道家と協力していれば、ここまで傷を負わずとも倒すことが出来たはずだ。

勇者「はあ……僧侶ちゃん。戦士の傷を回復してやって」

僧侶「は、はい……『呪文・回復』」パアァ…

 僧侶の手から暖かな光が溢れ、それが触れた所から戦士の傷が癒されていく。

戦士「ありがとう、僧侶」

僧侶「もう……あまり無茶しちゃ駄目よ。戦士」

戦士「無茶なんかじゃないさ。この程度の敵、一人で何とかしなくては……」

戦士「でなきゃ、私は……いつまでたっても……」

 戦士はその後の言葉を飲み込んだ。
 僧侶も追及はしなかった。
 勇者はその先を推し量ろうとして―――どうせ無駄だとすぐに悟り、やめた。

戦士「ッ!!」

 僧侶の治療を受けていた戦士の目が見開かれる。
 倒したはずの蜥蜴型魔物がその身を引きずり、洞窟の奥へと消えようとしていた。


50 : 以下、名... - 2014/11/30 17:27:48.46 AszI6XDJ0 41/829

戦士「死んだ振りとは……小癪な真似を!!」

 蜥蜴型魔物の後を追い、戦士は駆け出す。

勇者「バ……一人で先行くな!!」

 勇者の制止の声などどこ吹く風で、戦士はどんどん先へ進む。
 ランタンの光が届かない闇の向こうへ、蜥蜴型魔物は今にも消えようとしている。
 それだけは許すわけにはいかない。
 正直、コイツは強力な魔物だった。
 だから、殺せるうちに確実に殺さなくては。
 その姿が完全に闇に溶けるその前に戦士は魔物に追いつき、そして。

蜥蜴型魔物「ギャガァァァァ!!!!」

 その脳天に大剣を深々と突き立てた。
 蜥蜴型魔物はビクビクと大きく体を揺らし、今度こそ絶命した。
 そのことを確認し、戦士は剣を引き抜く。
 奇妙な甘い香りが戦士の鼻を刺激した。
 最初は、噴き出た脳髄の匂いかと思った。
 だが、違った。

戦士「ッッッ!!!? ッ!? !!!!???」

 突如、戦士の膝が落ちる。
 体が重い。全身を異常な倦怠感が包んでいる。
 視点が定まらない。周囲の状況が全く把握できないのは、明かりがここまで届かないから、だけではない。
 眼球が高速で痙攣しているようだ。
 込み上げる吐き気を必死で飲み込む。
 そんな最悪のコンディションにありながら、戦士は意志の力のみで立ち上がり、状況の把握を試みた。
 揺れる視界の中で、いくつもの光が闇の中に輝いているのを捉え、そして―――

勇者「戦士ッ!!」

 ようやく追いついた勇者が手近なランタンに火を灯した。

勇者「―――ッ!!」

僧侶「ヒッ」

 絶句。
 壁に、天井に、びっしりと張り付いた巨大な蛾の群れ。
 それは勇者が今回最も警戒すべき敵として皆に通達していたもの。
 蛾型の魔物。
 その鱗粉は毒をもち、吸った者は激しい意識の混濁に襲われる。
 吸い過ぎれば、命にも関わる危険な毒粉。
 そして最悪なことに―――戦士は既にかなりの量を吸ってしまっているようだった。
 ランタンの光に照らされ、敵襲を感知した蛾が蠢きだす。
 羽を広げ、渦を為した群れは手近にいた戦士に襲い掛かった。

僧侶「戦士ぃッ!!!!」ダッ!

武道家「まずいぞ…!!」ダッ!

勇者「待て!! 二人とも行くな!! 迂闊に近づいたら毒で全滅だぞッ!!」

僧侶「でも、行かなきゃ、戦士が!! それに、毒なら私の治癒呪文で…ッ!!」

勇者「毒の種類もわかっていないのに、君の治癒が確実に通じる保証はあるか!? 何より、君自身が毒に侵された時、治癒呪文をまともに行使できるのか!?」

僧侶「それは…!! でも、でも……!!」

武道家「ならばどうする?」

勇者「俺が行く。俺が行って戦士を助けてくる。二人はここで待機だ。いいな?」

51 : 以下、名... - 2014/11/30 17:29:54.93 AszI6XDJ0 42/829

勇者「戦士ッ!!」

 勇者の声に、戦士の肩がピクリと反応した。

勇者(まだ意識はある!! だが急がなきゃ……!)

戦士「がああああああああああああああああ!!!!」

勇者「ッ!?」

 茫然自失の体で立ち尽くしていた戦士が、突然大剣を振り回し始めた。
 その剣が戦士の体に取りつこうとしていた蛾達を吹き飛ばす。

戦士「お、おおおおおおおおおおお!!!!」

 視界は碌と定まらない。
 戯れに揺らされている板に立っているように、平衡感覚は掴めない。
 息苦しい。体は焼けるような痛みに襲われている。
 臓物ごと吐き出してしまいそうな猛烈な吐き気は耐え難い。
 だが、剣は握れる。
 慣れ親しんだ手のひらの感覚だけは、未だある。
 ならば、ならば。

 剣を振る。二匹の蛾を両断する。
 剣を振る。見当違いに回る刀身は岩壁を叩く。
 剣を振る。左頬に激しい痛み。どうやら転倒して盛大に地面にこすり付けたようだ。

 負けるものか。
 負けるものか。
 負けるものか。

戦士「負けるものかあああああああああああああああ!!!!」

 剣を振る。剣を振る。剣を振る。
 ただ闇雲に剣を振り回す。
 目が見えないのなら、周囲の全てを切り捨てる。


52 : 以下、名... - 2014/11/30 17:31:40.48 AszI6XDJ0 43/829

武道家「凄まじい……蛾の数が目に見えて減っていくぞ」

僧侶「でも戦士は…? 戦士は大丈夫なの…!?」

 戦士の体からは至る所から血が流れている。
 転倒し、自ら負った傷だけではない。
 目が碌に見えない状況では蛾の接近を拒みきることは出来ず、鉤爪のついた足や鋭く伸びたストロー状の口を何度も突き立てられている。
 手のひらから流れ出る血は、誤って壁を叩き続けた衝撃により皮がめくれ始めているからだ。

勇者(大丈夫な訳―――ねえだろうがぁ!!!!)

 勇者は駆け出す。

勇者「戦士ぃぃぃぃいいいいいい!!!!」

戦士「来るなああああああ!!!! お前の、お前の助けなど……ッ!!!!」

勇者「うるせええええええええ!!!! 食らいやがれええええええええ!!!!」

 勇者は指さす。
 対象は戦士。
 体内で練り上げるは『火の精霊』の加護により増幅された魔力。

勇者「『呪文・睡魔』!!!!」

 戦士の体がびくりと跳ねた。
 脱力した体は剣を手放し、その場にどさりと崩れ落ちる。
 それにより、勇者はようやく戦士の傍に走り寄ることが出来た。
 蛾の群れは勇者に襲い来るわけでもなく、ただ周囲をぐるぐると舞っている。
 意図は明白。毒の鱗粉でまずは行動不能に陥れようという魂胆だ。

勇者「舐めんなッ!! 初歩的な呪文なら大抵は習得しとるわッ!!!!」

 勇者は手のひらを突き出す。
 対象は大まかに。目に見えるこの空間を。

勇者「『呪文・烈風』!!!!」

 勇者が掲げた手を中心として巻き起こる風が渦をなす。
 鱗粉は風にまかれ、蛾の群れも風にあおられ岩壁に叩き付けられていく。

勇者「武道家!! 戦士を!!」

武道家「承知!!」

 武道家が戦士を抱え上げる。

勇者「はい撤収ッ!! ダッシュで逃げるよ!! 撤収撤収ぅううううう!!!!」


53 : 以下、名... - 2014/11/30 17:33:51.05 AszI6XDJ0 44/829

 武道家はゆっくりと地面に戦士の体を横たえた。
 僧侶は戦士の体に回復と、とりあえず解毒のための治癒呪文をかけ続けている。
 勇者の姿はない。

勇者『二人はどんどん先行ってほら! 殿は俺が引き受けるから!! ほらダッシュダッシュ!!』

勇者『敵は全て殲滅してきたから可能性は低いと思うけど、帰り道で敵に出くわしても戦おうなんて思うなよ!! 素通り! 素通りが基本ね!!』

 そう言って、勇者は追撃してくる魔物たちに突っ込んでいった。

僧侶「勇者様……大丈夫でしょうか」

武道家「さてな……だが、実はさほど心配していない。奴はやる時はやる男だ」

僧侶「勇者様は……火の精霊の加護を獲得していたのですね」

武道家「ああ。お前たちには披露する機会が無かったがな。これまでの道中で奴が呪文を使ったのは焚き木の火付けぐらいだ」

僧侶「まあ……その力を披露していれば、戦士も勇者様を見直していたでしょうに」

武道家「奴は戦うのが嫌いなんだよ。痛いのが本当に嫌だってな。だから、俺や戦士に任せられるときは全部任せるんだ。まあ、信頼されてるってことで、悪い気はせんが」

 武道家の言葉から僧侶はふと考える。
 戦士も武道家も、自身の力量に対して誇りを持っているから、それが高じて勇者を若干蔑ろにしてしまっているのだと思っていた。
 戦士はそうなのだろう。だが、武道家は違う。
 武道家の場合、自分が好き勝手やっていても勇者ならうまいこと捌いてくれるだろう、という信頼が根底にあるのだ。
 それは共に修業したというこれまでの五年間で培われたものなのだろうか。
 少しその事について話を聞いてみたいと、僧侶は思った。


54 : 以下、名... - 2014/11/30 17:35:54.38 AszI6XDJ0 45/829

勇者「んなあああああああああ!!!!」

 勇者が洞窟から転がり出てきたのはそれから数分後だった。

勇者「疲れたあああああああああ!!!!!! もう一生分働いた!! もうええやろ!! もう後は隠居して可愛い嫁さん貰ってぐーたらしてええやろおおおお!!!!」

僧侶「ゆ、勇者様…?」

武道家「おい、素が出てるぞ勇者」

勇者「……ハッ!! な、なーんつってなーんつって!! そんな風に考えてる人達のためにも、一刻も早く世界を平和にしなきゃね! 僧侶ちゃん!!」

僧侶「は、はあ……あの、勇者様。お体は大丈夫ですか? よろしければ回復をいたしますが……」

勇者(僧侶ちゃんからの癒しの魔力キタコレ!!)

勇者「是非!! 是非お願いするよ!!」

勇者「是非も無し!!」

僧侶「は、はあ、それでは」

僧侶「………え?」

僧侶(勇者様……そんなに傷を負ってない?)

僧侶(いえ……衣服の損傷具合から見て、もっと多くの傷を負っていないとおかしい。これは一体、どういうこと…?)

 まじまじと勇者の体を観察し、僧侶は気づく。
 腕の所の破れた衣服の下。おそらく、魔物の爪が掠めたのだろう。
 切り裂かれた袖。そこから覗く肌。
 傷が少ないのではない。
 ―――傷は既に大半が治療されていたのだ。

僧侶(そんな……まさか……!)

 ぞくり、と僧侶の背が震えた。
 恐る恐る、といった面持ちで僧侶は勇者に問いかける。

僧侶「勇者様はもしかして……水の精霊のご加護を……?」

勇者「んあ? いや、まあ。でもちょっとだけだよ? ホントちょっとだけ」

僧侶「そんな……」

勇者「いやいや、そんなびっくりする程じゃないって。僧侶ちゃんみたいに色んな治癒や補助呪文は使えないし。初歩的な回復呪文をちょっと使えるくらい。しょっぼいしょっぼいよ」

 そう言って、たははと笑う勇者。
 僧侶はそれに対して曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。


55 : 以下、名... - 2014/11/30 17:37:34.97 AszI6XDJ0 46/829



僧侶(水の精霊の加護を得るためには、『僧侶』として過酷な修業を積まなければならない)

僧侶(同様に、火の精霊の加護を得るためには、『魔法使い』としての修業を……)

僧侶(本来、その両立を為し得るのは不可能と言ってもいいほど困難で、だからこそそれを為し得た者は『賢者』と呼ばれ、称えられる……)

僧侶(私には無理だった。私には『僧侶』として水の精霊の加護を獲得するので精一杯だった)

僧侶(そもそも、『賢者』なんて世界にも数えるほどしか……)

僧侶(土の精霊、風の精霊の加護を得るのだって、肉体を極限まで鍛え抜かなければならない……『戦士』や『武道家』となることを目標として……)

僧侶(……『勇者』…)


56 : 以下、名... - 2014/11/30 17:39:40.63 AszI6XDJ0 47/829

武道家「さて、これからどうする? 戦士の容体も僧侶の治癒で落ち着いてはいるが、完治はしていない。やはり、神官クラスの『僧侶』に看てもらう必要があるだろう」

僧侶「ここから町までそう遠くないとは言え、眠っている戦士を運びながらでは時間もかかります。それに、戦闘面でも不安が残ります。戦士を庇いながらでは、とてもいつもの様に戦えるとは思いません」

勇者「あー、その辺は大丈夫。心配いらないよ。これを使う」

 そう言って勇者が二人の目の前に差し出したのは―――

武道家「『翼竜の羽』!? お前、こんなものをどこで…!」

僧侶「過去に足を踏み入れた地になら、その場所をイメージするだけでその場所まで使用者を飛翔させるアイテム……」

僧侶「そもそもの生産量が少ない上、魔物が跋扈するこの時代においては無二の運搬手段として各地の商会や国家が独占しており、市場に流れることは滅多になく、かなりの高値で取引されている翼竜の羽を何故勇者様が!?」

勇者「解説ありがとう。実は出発の時に国王からもらってたんだ。太っ腹なことだよ。ただ、数は三つしかないんだけど」

勇者「じゃあ早速第一の町まで戻るから、二人とももっと寄って寄って。特に僧侶ちゃん。一緒に飛ぶためには体密着させないとだから。だからほら」

武道家「そんな事実は無かろう。使用者と少しでも物理的な接触があればそれも対象と見なし、魔力のフィールドで包んで飛翔する仕組みになっていたはずだ。質量に限界はあったはずだが」

僧侶「勇者様…?」ジィー…

勇者「いや違うよ僧侶ちゃん。俺は確かに王様にそう習ったのよ。困るねーこういうプチドッキリされるの。あと武道家は後でお前覚えとけよホントお前ホントに」


57 : 以下、名... - 2014/11/30 17:41:21.75 AszI6XDJ0 48/829

 翌日―――『精霊の祠』深部。

武道家「せいやッ!!」ドゴム!

僧侶「武道家さん! 回復します!」

勇者「戦士、後方に異常はないか?」

戦士「……ああ」

 戦士はふてくされ気味ではあるが、勇者の言葉に返答する。

勇者(あ~……やっぱし昨日のことが大分応えたとみえる。何とかこの感じなら今後暴走することもなくなるかな)

 勇者はほっと息をつく。
 昨日の危機を経て、勇者がパーティーに打ちだした方針はこうだった。

勇者『これから先も基本的には戦士と武道家が前衛を務めてもらう。これは変わらない』

勇者『でも、今回の様な洞窟探検時などの、予期せぬ出来事が起こりやすい状況では武道家が前衛で様子見。戦士は後方の警戒』

勇者『初見の敵や、今回の蛾のような相手の時は呪文があることで最も対応できる状況の幅が大きい俺が前に出る』

勇者(嫌だけど。ホントはスゲー嫌だけど。でも万が一の事態を避けるためにはこうするのがベストだからしょうがない。マジで嫌だけど)

戦士「……」ブッス~

勇者「……勘違いしてほしくないんだけど」

戦士「……なんだ?」

勇者「対応力に幅があるから俺は色んな敵に有利に立ち回れるってだけで、基本的な殲滅力で言ったら戦士の方が断然上だよ」

戦士「……剣を振るしか能がないからな、私は」

勇者「捻くれて取るなよ。頼りにしてるよ、戦士」

戦士「……ふん」

58 : 以下、名... - 2014/11/30 17:42:57.34 AszI6XDJ0 49/829

武道家「勇者。開けた所に出たぞ。奥に見えるあれが神殿ってやつじゃないか?」

勇者「おお~、多分そうだな。あれ? ってことはこれで終わり? この祠は解放されたってことでいいの?」

僧侶「その割には何も変化がないような……私たちの加護も強くなった気がしませんし……」

戦士「倒し漏れた敵がいるんじゃないか?」

勇者「え~、でも分かれ道も全部潰してきたしな。もうこの洞窟内に魔物はいないはずなんだけど……」

武道家「外に出ていた魔物が中に戻ってきたから、とか?」

勇者「何それ超めんどくせえ……じゃあ帰り道で全部魔物倒せばOKなのかな。さすがに洞窟の奥の方からぽこぽこ新しい魔物が生まれてくるってことはねーだろ」

僧侶「それじゃあ引き返しますか?」

勇者「折角だから神殿掃除していこうか。もしかすると神殿が汚れてるから駄目なのかもしんないし、精霊のご機嫌取りにもなるだろうし」

 そう言って勇者が一歩神殿に向かって踏み出した時だった。

勇者「ん?」

 この祠に祭られている神殿はそれほど大きくはない。精々高さ2m、幅3mといったところだろうか。
 その神殿の裏で、黒い塊がもぞりと動いた気がした。
 遠目に見た時は、ただの影だと思っていた。
 しかし、目を凝らして、一行はそうではないことに気付く。

僧侶「ヒィッ」

 小さく声を漏らしたのは僧侶だった。
 影のように見えたそれは、黒い生き物だった。
 人間には、どうしても生理的嫌悪感を抱く対象というものが存在する。
 何故嫌いなのかはわからない。
 実害を加えられたわけでもない。
 ただ、その姿が、その行動が、動く際に発する音が、どうしようもなく嫌悪感を催すもの。
 本能的な拒絶。
 その生き物の正体は虫だ。
 もちろんただの虫ではない。
 虫としてはあまりに巨大なそれは、見紛うことなく魔物の一種であり、その姿がある虫に酷似していることは恐らくただの偶然でしかない。
 生理的嫌悪感を励起する虫。黒光りするアイツ。
 この世界にも奴は存在する。
 どの世界にも奴は存在する。
 通称、『G』。

G型魔物「キィィィィィィ!!!!」

勇者「おじゃぱあああああああああああああああああああああ!!!!!!」


59 : 以下、名... - 2014/11/30 17:44:46.63 AszI6XDJ0 50/829

 G型魔物がカサカサと動き出す。

 勇者は悲鳴を上げた。

 僧侶は固まったまま動かない。

 武道家ですら及び腰だ。

 戦士は全身を青ざめさせてわなわなと震えている。

武道家「おい、おい勇者、おい」

勇者「なんだよ、おい、なんだよ!?」

武道家「征くがいい。これほど得体のしれない敵もそうはおるまい。最初の相手はお前の仕事だ。お前がそう言ったろう」

勇者「ばっかお前ばっかよく知ってんじゃんあいつのことみんな知ってんじゃん。だからもう様子見する段階じゃないよもう殲滅段階だよほらいけよその自慢のスピアーぶっさしてこいよ!!」

僧侶「あわ、あわわ、はばわわわわ」ブクブクブク…

G型魔物「キィーーーーーーーーーー!!!!」

勇者「て、撤収ぅーーーーッ!!!! 一時撤収ゥウウウウウウウウッ!!!!」

武道家「い、異議なし!!」

僧侶「うえええええええええええええん!!!!」

戦士「………」ザッ

勇者「へっ!? お、おい戦士!?」

 皆がGに背を向けて駆けだす中、戦士だけはその場に踏みとどまり、剣を構えた。

戦士「わ、わた、わたしは、逃げ、逃げ、ないぃ……!!」ガクガクガクブルブルブル

勇者「超震えてんじゃん!! 足がくがくじゃん!! 無理すんな! 何か対策考えるから今は退いとけって!!」

戦士「こここ、このていどで、にげてちゃ、ずっとおいつけない。あの人に、いつまでもおいつけない……!!」

戦士「あの人の後継者になるのは、わた、わたしだ!!」ブルブルブル…!

勇者「………ッ!!」

 その言葉を聞いて、勇者は全てを理解した。
 何故戦士が自分に対して敵意を持っているのか。
 何故事あるごとに張り合うような態度を取ってくるのか。
 何故全てを一人で成し遂げようと、意地を張るのか。

 それはきっと、一人で魔王討伐をやり遂げた、『あの男』の背を追い続けている結果で―――

勇者「……もう…」

 勇者は踏みとどまる。
 反転して、駆け出す。
 見えるのは戦士の背中。
 憧れている人がいるから、その人みたいになりたくて、恐怖に抗って、震えている、女の子の背中。
 その背を横目に、追い抜く。
 もうGはすぐ目の前に迫っている。

勇者「もう――――」

60 : 以下、名... - 2014/11/30 17:45:36.89 AszI6XDJ0 51/829






勇者「もう、超めんどくせえよマジでもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」





 全身全霊の、叫び。


 勇者の剣はG型魔物の額を一撃で貫き、絶命させた。





61 : 以下、名... - 2014/11/30 17:46:44.23 AszI6XDJ0 52/829

 神殿が輝きを放ち始める。
 どうやら今のが最後の敵だったらしい。
 汚れを払われ、神殿が力を取り戻し、精霊の力を活性化させていく。
 光に包まれ、加護の力が強まるのを実感しながら、勇者は茫然と口を開いた。

勇者「マジで…心底どうでもいいよ……誰が親父の後継者だとか、第二の伝説の勇者がどうとか……俺は俺だ…親父は親父だ……」

勇者「名乗りたきゃ好きにしろよ……俺は止めねえよ。むしろ万々歳で応援するよ。俺はそんなもん、マジで拘ってねえから……張り合われても困るんだよ……」

 目の前に迫っていたGが消えたことで、戦士は安堵からその場にぺたりと腰を下ろしていた。
 憔悴した面持ちで、うわ言のような勇者の呟きを聞いていた彼女は―――

戦士「子供の時とおんなじ事を言うんだな……お前は」

 やはり、うわ言のように呟くのだった。



第四章  バッドステータス・ダンス  完




67 : 以下、名... - 2014/12/13 23:30:01.19 xox+vNXM0 54/829






 ――――懐かしい夢をみた。





68 : 以下、名... - 2014/12/13 23:30:53.90 xox+vNXM0 55/829

 それは、まだ十にも満たぬ年齢の時の記憶。

「お前が『あの人』の息子か?」

 そんな風に、突然声をかけてきた奴がいた。

「私の名前は『―――』だ」

 名前は覚えていない。
 あまり興味が無かったから。
 ただ、男のくせに自分のことを『私』なんて呼んで、クソ真面目な奴だと思ったことは覚えている。

「私は、お前なんかには絶対に負けない」

 そんな宣誓を一方的にされた。
 勝つとか負けるとか、そもそも何の勝負かもわからない。
 そんな風に因縁をつけられて、流石に辟易した俺は、そいつに向かって何かを言い返そうとして――――そこで、目を覚ました。

 目が覚めてから、自分が何て言ったのかを思い出そうと少しだけ努力していたが―――すぐにどうでもよくなってやめた。
 夢の中の彼は立派な騎士になれたのだろうか。
 親父は手加減を知らない馬鹿だったから―――などと、寝ぼけた頭で憂いてみた。


69 : 以下、名... - 2014/12/13 23:31:25.88 xox+vNXM0 56/829






第五章  伝説になれなかった男





70 : 以下、名... - 2014/12/13 23:32:23.73 xox+vNXM0 57/829

勇者(さて、あれから三つばかり精霊の祠を解放して、順調に精霊の加護レベルを上げてきた我々ですが)

勇者(次に挑もうとしている祠は随分とまあ、うっそうと茂った森の中にあるという噂です)

勇者(ですんで、今日はこれからここ『第六の町』で入念な聞き込みを行い、出来るだけ情報を集めてから出発しようというのが現在の状況です)

勇者(例のごとく戦士はいいよもうさっさと行こうぜオーラを出してましたが、押し通しました)

勇者(『伝説の勇者』の息子、迷子で全滅! とか洒落ならんからねホント)

勇者(それに、また初回の祠の時みたいな毒出す蛾とか居るかもしれんし……)

勇者(あれ以来苦戦らしい苦戦してないからなー。自信つけるのはいいんだけど、万が一のことを考えての準備はしっかりせんといかんよ、うん)

勇者「というわけで、聞き込みの定番、酒場へとレッツラゴー」


71 : 以下、名... - 2014/12/13 23:33:30.40 xox+vNXM0 58/829

酒場の主人「いらっしゃい。おや、見ねえ顔だな」

勇者「こんちゃ、旅のもんっす。ちょいと一杯飲んでいきたいんだけど、何かオススメはあるかな?」

酒場の主人「そうさな、ここら辺は土地が肥沃な上に水はけもいいからいい麦が取れる。だから、麦酒の味には自信があるぜ」

勇者「いいね、ド定番! そんじゃまず麦酒一杯と、適当になんかつまめるもんをよろしく頼むよ」

酒場の主人「あいよ!」

勇者「結構色んなタイプの人がいるね。これ大体町の人なの?」キョロキョロ

酒場の主人「いや、ほとんどは余所の客だな」

勇者「マジでか。多くない? この町そんなに観光地として有名だっけ?」

酒場の主人「西にでっけえ森があるのは知ってるか? そこが何やら色々と曰くつきらしくてな。国の学者さんとか、結構色んな人が来るんだよ」

勇者「曰く?」

酒場の主人「何でも西の森のどこかに、あの伝説の『エルフ』の住処があるんだとさ」

勇者「眉唾だねぇ……西の森っていや、奥に精霊の祠があるって聞いたけど、おっちゃん詳しい場所知ってたりしない?」

酒場の主人「あん? 何でまた精霊の祠なんぞ……今はもう魔物の住処になってるって話だぞ?」

勇者「そうなんだけどね。そこ行って何とかしないといけないってのが俺の仕事らしいのよ、これが。嫌だけど、スゲー嫌だけど」

酒場の主人「そういや、最近『伝説の勇者』の子供が魔王討伐の旅をしてるって噂を客から聞いたな……んん!? おめえまさか!!」

勇者「あ、はい。一応、息子っす」

72 : 以下、名... - 2014/12/13 23:35:47.75 xox+vNXM0 59/829

酒場の主人「本当かよ!! いやーこりゃたまげた!! それじゃ、これは俺の奢りだよ! ま、グーっとやってくれ!!」ダンッ!

勇者「いやいや! いいよ金は普通に払うよ!!」

酒場の主人「馬鹿言うねい!! あの『伝説の勇者』様の息子さんからお金なんて取れるかよ!!」

勇者「いやいやいや!」

酒場の主人「いやいやいやいや!!」

??「お前が『伝説の勇者』の息子だというのは本当か?」

勇者「ふえ?」

 金髪の男が勇者の背後に立っていた。
 長い金髪を後ろに流し、額にバンダナを巻いている。
 腰には剣を下げており、如何なる故か鞘の隙間からは青白い光が漏れていた。
 バンダナの下で、鋭い目がじっと勇者を見据えている。

勇者「は、はい……一応、そうです……」

 雰囲気に飲まれ、なんだかしどろもどろになって返答する勇者。
 対する男は勇者の返答を受け、大きく口を開けて笑った。

??「はっはっはっは!! 一度会ってみたいとは思っていたが、まさかこんな所で偶然会えるとはな!!」

勇者「いや、はあ…えっと……」

??「ああ、すまんすまん。初めまして。俺の名前は騎士という」

騎士「そうさな…お前が『伝説の勇者の息子』というなら、さしずめ俺は―――」





騎士「――――『伝説になれなかった騎士の息子』ってところかな」





73 : 以下、名... - 2014/12/13 23:36:54.26 xox+vNXM0 60/829




 あるところに、一人の騎士が居た。

 騎士は自分こそが世界で一番強いと思っていたし、事実、騎士は生涯で一度も負けたことが無かった。

 だから、魔王に世界を征服された時、世界を救うのは当然自分であると思い、魔王討伐の旅に出た。

 世界を回り、騎士は更に強くなった。

 でも、魔王を倒したのは騎士ではなかった。

 魔王を倒した男は『伝説の勇者』として世界中で語り継がれ―――

 騎士の名は、『伝説の勇者』の陰に埋もれて消えた。




74 : 以下、名... - 2014/12/13 23:38:02.31 xox+vNXM0 61/829

騎士「マージでやってらんねっつーんだよ、なあ!?」

勇者「わかるわー。マジでお前の言ってることわかるわー」

 一時間後、二人は超意気投合していた。

騎士「親父の無念とかよ~、マジで知らねーっつーんだよ。なーんで息子だからってそんなん押し付けられなきゃいけねーんだよ!!」

勇者「もう超わかる。周りの視線もよー、何か変な期待込めてこっち見てるっていうか、誰も生身の俺を見てくれないっていうかさー」

騎士「『おう騎士の息子!! 元気でやってるか!!』ってうるせーってんだよ『騎士の息子』じゃねーよ名前で呼べよ!!」

勇者「無理やり修業させてこっちがへばると『情けないぞ! それでも伝説の勇者の息子か!!』ってやかましわ!! 誰の息子でもへばるわそんなもん!!」

騎士「『お前はいいよな~、あの人の息子だからって特別扱いされて』ってうるっさいわ死ね!!」

勇者「誰もそんなもん頼んでねえっつーの死ねッ!!!!」

騎士「勇者ッ!!!!」

勇者「騎士ッ!!!!」

 感極まった二人は立ち上がり、お互いの体を抱きしめる。
 二人の間に厚い友情が芽生えた瞬間であった。

勇者「おかげでこの年まで碌に女の子と接点持てずによう……辛いよなぁ俺ら…」シクシク…

騎士「え、いや、それはないわー」

勇者「え?」

騎士「いや、そりゃ修業の合間にちょくちょく…ね?」

勇者「う、裏切者ッ!!!!」

 そんですぐにひびが入った。


75 : 以下、名... - 2014/12/13 23:39:33.86 xox+vNXM0 62/829

騎士「それで、勇者は魔王討伐の旅を始めたばかり、と」

勇者「本当はスンゲー嫌だったけど、あのまま国に残るのもマジで嫌だったからね…だからとりあえず旅に出て、のらりくらりと行くつもりだったんだけど……」

勇者「一緒にパーティー組んだ奴らが皆志高くてね……何か予定外にマジな旅になってんすわ……」

騎士「へえ、パーティー組んでんのか」

勇者「うん。男二人に女二人」

騎士「女が二人! なら勇者お前、女の子とちょめちょめなんてすぐじゃねえか!」

勇者「ぶっちゃけ最初はそのつもりだったけどね。無理っす。もう無理っすわ。ミッションインポッシブル」

騎士「無理ってこたないだろ。いけるってやれるって」

勇者「やれねって。もうね、一人が超コンエーの。超ツンエー超コンエーの。んでもう一人と超仲良いの。手ぇ出せねって」

騎士「そんなにか……」

勇者「やばいよ。お前も見たらわかるよ」

騎士(見たらわかるの? 見た目がなんかもうゴリラなの? 何でこいつそんなゴリ女とパーティー組んでんの?)

勇者「俺のパーティーの話はもういいよ。騎士は一人で旅を?」

騎士「ああ」

勇者「やっぱりお前も魔王討伐のために旅をしてるのか?」

騎士「一応、そうだな」

勇者「一応?」

 そこで騎士は少し言いにくそうな素振りを見せる。
 が、やがて一口酒を含んで唇を濡らし、口を開き始めた。


76 : 以下、名... - 2014/12/13 23:41:05.18 xox+vNXM0 63/829

騎士「まあぶっちゃけるとな、最初、俺は家出したんだ。もうこんな所居られるかと、国を捨てた」

騎士「しばらく自由奔放に旅を続けていたんだが、ある日、噂を聞いた」

騎士「俺の国が、魔王軍に滅ぼされたと」

勇者「ッ!?」

騎士「慌てて国に帰ってみたが、噂は本当だった。本当に国は完膚なきまでに滅ぼされていて、生き残りはゼロだった」

勇者「騎士……」

騎士「何故俺の国が魔王軍に目をつけられたのかは分からん。とにかく、それ以来俺は少しばかり真面目に魔王軍について情報を集めた。そして、俺は驚くべきことを知った」

騎士「俺の国は、たった一人の魔族によって滅ぼされたんだ」

勇者「そんな、馬鹿な…」

騎士「魔王には二人の側近が居る。巨大な虎の顔を持つ圧倒的な戦闘力の化け物、『獣王』。漆黒の鎧に身を包んだ正体不明の魔族、『暗黒騎士』」

騎士「俺の国を滅ぼしたのはその内の一人、魔王の右腕と称される『暗黒騎士』だ。多少知性のある魔族と戦う機会があって、その時に聞き出した情報だから信憑性は高い」

騎士「以来、俺は『暗黒騎士』を仕留めるために修業の旅を続けている。だから、厳密に言えば魔王討伐の旅とはちょっと違うわけだ」

勇者「もしかして、騎士がこの町にいるのは……」

騎士「ああ、目的はお前と同じだ。西の森の精霊の祠を解放するために、この町を拠点としているところさ」

勇者「……なあ、騎士。なら俺達と一緒に行かないか? 一人で挑むより、五人で挑む方が確実だろ?」

騎士「なんだ、心配してくれてんのか? ありがたい話だが、ちょっと悩むな……」

勇者「何でだ? そっちにデメリットはあんまりないだろ?」

騎士「いや、だってゴリラがいるんだろ?」

勇者「ゴリラはいねえよ。どっから出てきたゴリラ」

77 : 以下、名... - 2014/12/13 23:42:23.97 xox+vNXM0 64/829

 翌朝―――

武道家「それで、騎士とやらはまだなのか? 勇者」

勇者「一応ここの宿屋の名前伝えて、朝に来いって言っといたんだけど……」

僧侶「新しい仲間かあ。どんな人でしょう……少し緊張しますねえ」

戦士「ふん、軟弱な男だったらお断りだぞ。勇者」

勇者「まあまあ戦士、そう言わずに……」

武道家「ちなみに、どんな男なんだ?」

勇者「なんつーか、俺みたいな奴?」

戦士「断固お断りだッ!!!!」

武道家「落ち着け戦士ッ!!」

勇者「何これ泣いていい? あと何気に僧侶ちゃんが戦士を諫めようとしないのも地味にくる」

僧侶「いや、それは……あはは」

騎士「おーい! 勇者ー!!」タタタ…

勇者「あ、来た」

騎士「悪い悪い、ちょっと遅れた」

勇者「みんな、紹介するよ。こいつが酒場で出会った騎士だ。騎士、そこに居るのが俺の仲間。武道家、僧侶ちゃん、戦士だ」

武道家「よろしく頼む」

僧侶「よろしくお願いします!」

戦士「ふん……」

騎士「……」

勇者「……騎士? どした?」

騎士「ん~……悪いな、勇者」

勇者「なにが?」




騎士「やっぱこの話ナシな。話にならんわ」




78 : 以下、名... - 2014/12/13 23:44:17.87 xox+vNXM0 65/829

武道家「ッ!?」

僧侶「ッ!?」

戦士「……!!」

勇者「な、何でだよ!! 昨日はオッケーだって…!!」

騎士「昨日は昨日。今日は今日だ。明日は明日の風が吹く」

勇者「うるせえよ!! せめて理由を言え理由を!!」

騎士「え~? やめた方がいいと思うぜ?」

戦士「話にならん、と言ったな……まさかとは思うが、もしやそれは我々の力量のことを言っているのか?」

騎士「あ~……うん、まあ、正解だよお嬢ちゃん」

戦士「……ッ!!」

 騎士の軽薄な態度に戦士の顔色が変わる。

武道家「……どういう意味だ?」

 武道家もまた、苛立ちを隠し切れないまま騎士に問いただした。

騎士「じゃあもうぶっちゃけるけど、勇者、お前のパーティー弱すぎるよ。お前らとパーティー組んでもデメリットしかねえ」




騎士「―――弱者のお守なんて、俺はまっぴらごめんなんだよ」




79 : 以下、名... - 2014/12/13 23:45:30.88 xox+vNXM0 66/829

 その言葉が、感情を押し留めていた堰を切った。
 戦士は背負った剣の柄に手をかける。
 武道家も、露骨な戦闘の構えこそ見せていないが明らかに臨戦態勢だ。
 自身と言うより、仲間を侮辱されたことが耐えかねたのだろう。僧侶でさえ、強い敵愾心を持った目で騎士を睨み付けている。

勇者「おおい君たちぃ!! 謝れ!! 騎士、お前謝れって!!」

騎士「言えって言うからホントのことを言ったまでだぜ?」

戦士「よく言った。ならば、その身で我らの力を試してみろ」

騎士「相手との力量差を感じ取れないってあたりが、もうね……いいよ。わかった。じゃあ、しょうがないから見せてやるよ」

騎士「――――レベルの差、ってやつを」

 言いつつ、騎士は構えない。
 騎士は無防備ともいえる体で、戦士と武道家に相対する。

勇者「ほんとやめなさいって君たち!! ああ、もう……!!」

 間に立つ勇者はオロオロだ。
 騎士がゆるりと手を伸ばし、その指を立てる。
 その指差す先は―――僧侶だ。

騎士「いいか? 俺は今から……その子のおっぱいを揉む!!」


80 : 以下、名... - 2014/12/13 23:46:12.74 xox+vNXM0 67/829





僧侶「……へあ?」


 ――――空気が、止まった。





81 : 以下、名... - 2014/12/13 23:48:10.12 xox+vNXM0 68/829

騎士「それじゃあ、行くぜ?」

 その場の雰囲気などお構いなしに、騎士はその身を低く屈める。

騎士「よーい……ドンッ!!!!」

 土煙だけを残し、騎士の姿が掻き消える。
 一切の小細工なし。正面から僧侶に近づき、その胸に向かって伸ばされた騎士の右手は。

 目標に到達する前にその手首を武道家によって掴み取られていた。

騎士「おお!?」

武道家「大したスピードだが捉えられん程ではない……下らん真似はこれきりにするんだな、騎士とやら」

騎士「今のに追いつけるのか! スピードに自信があるタイプなんだな!! ちょいと見縊ってたぜ!!」

 そう言って騎士は武道家に掴まれた腕を無造作に振り上げた。
 少なくとも、勇者の目にはそう映った。
 そうとしか映らなかった。

 ―――なのに、次の瞬間には武道家の体は宙高く打ち上げられていた。

武道家「な…に…!?」

 武道家本人すら、状況を把握するのに数瞬の時を要した。
 掴まれた腕を、振り上げた。
 騎士が行ったのは本当にそれだけだ。
 魔法ではない。技術でもない。
 単純明快な腕力。
 それだけで、自身の体は浮き上がり、その勢いに腕を掴んでいた指は滑り離れ、宿屋の屋根を見下ろせるような高さまで投げ出されている。

武道家「何ィィィィィーーーーーーッ!!!?」

僧侶「武道家さんッ!!」

 思わず武道家の姿を目で追っていた僧侶の胸が、もにん、と下から押し上げられた。

騎士「おお、すっげ」

 僧侶の背後に回った騎士が、その両手で僧侶の胸を優しく揉み上げている。
 もにんもにんと、騎士の指に押され僧侶の胸が形を変えた。

僧侶「―――ッ!!」

 僧侶が反射的に悲鳴を上げようと息を吸い込むよりも早く。

勇者「てめえ――――何してくれてんだコラァッ!!!!!!」

 勇者が握りしめた拳を騎士の顔目掛けて撃ち込んでいた。


82 : 以下、名... - 2014/12/13 23:49:09.53 xox+vNXM0 69/829



 しかし勇者の拳は空を切る。

 僧侶の背後から掻き消えた騎士が再び姿を現したその先で―――間髪入れず戦士が大剣を振り下ろしていた。

 だがそれすら不発。

 戦士の剣は地面を穿ち、騎士は最初の立ち位置に戻っていた。

 体勢を整えた武道家が着地する。

 勇者、戦士、武道家、僧侶と騎士一人が相対する。



83 : 以下、名... - 2014/12/13 23:50:40.32 xox+vNXM0 70/829

 騎士は勇者たち四人の顔を見回した。

騎士「まだやる気満々なのは……勇者と戦士くらいか」

僧侶「うぅ…」

武道家「くッ…」

勇者「おい騎士、僧侶ちゃんに土下座しろ。そうすりゃさっきの狼藉は不問にしてやる」

戦士「いーや、それくらいじゃ収まらん。貴様は世に生きる全ての女の敵だ。ここで私が成敗してやる」

騎士「どうすりゃ心折れっかな……うーん…」

 騎士は目を閉じ、顎に手を当て、顔を下に向けて思案する素振りを見せた。
 ―――まだ臨戦態勢を解いていない戦士と勇者を目の前にしながら、だ。

戦士「どこまでも―――舐めくさって!!!!」

 大地を思い切り蹴り、戦士が一瞬で騎士に肉薄する。
 そして構えた大剣を振り下ろす、その刹那――――

 騎士はぱちりと目を開き、ぼそりと呟いた。





騎士「プライド高そうだし、剥くか」





84 : 以下、名... - 2014/12/13 23:52:59.80 xox+vNXM0 71/829

 ほんの少し、騎士は自分の体を横にずらした。
 それだけで、戦士の大剣は騎士の体を捉えられずに地面を叩く。
 地面を穿った大剣の刃を上から踏みつけ、騎士は薄く笑った。
 騎士の手には、紙や糸を切る時などに使う、ごくありふれた汎用ナイフが握られていた。
 ナイフが反射する光が揺らめいた。
 戦士は反射的に剣から手を離し、大きく後ろに跳び退る。

騎士「いい反応だ、と褒めたいところだけど」

 騎士はズボンのポケットから鞘を取り出して、ナイフの刃を差し込んだ。

騎士「もう終わってんだよね」

 パチン、と鞘に刃を仕舞う音が響く。
 同時に、戦士の鎧がするりと外れ、ごとりと音を立てて地面に落ちた。

戦士「……は?」

騎士「鎧自体は壊してねえよ。流石に一張羅を台無しにすんのは気が引けたからな。繋ぎの紐を切っただけさ、安心しな」

騎士「―――つっても、その下の服は台無しにしちゃったけど」

 戦士が身に着けていた服が千切れ飛ぶ。

戦士「な…!」

 服だけではない。露わになった下着代わりのさらしもまた、ぱらぱらと足元に落ち始めた。

戦士「ちょ…や……!」

 慌てて戦士はひらひらと千切れ飛ぶ布の欠片に手を伸ばす。
 しかしその手に掴めたのはほんの小さな布きれのみだ。
 これでは体の一部も隠すことが出来ない。
 にやにやとこちらを見て笑う騎士の姿が目に入った。

戦士「やめろ!! 見るなぁ!!」

 羞恥に顔を真っ赤に染めて、生まれたままの姿となった戦士はその場に蹲る。


 その戦士の体に―――いつの間にか傍に来ていた勇者が己のマントを巻き付けていた。


85 : 以下、名... - 2014/12/13 23:54:08.12 xox+vNXM0 72/829

戦士「ゆ…う、しゃ……?」

勇者「見てないよ? 俺何も見てないからね?」アタフタ

騎士「……ざーんねん。あとちょっとで全部見えたのに。ほんと、いい反応してるわ勇者」

勇者「騎士……!!」

 勇者は戦士の傍で立ち上がり、騎士を睨み付けた。

騎士「……まだやる気かよ?」

勇者「………」

 勇者は内心の怒りをかみ殺し、大きく息を吐く。

勇者「……やらねえよ。俺達とお前の実力差はよーく分かった。思い知ったよ」

騎士「そりゃ良かった。じゃあ俺は行くぜ?」

 そう言って騎士は勇者たちに背を向けた。
 そうして歩み始めた直後。
 勇者の隣に蹲っていた戦士が駆けだした。
 地面を穿ち、突き立ったままだった己の剣を引き抜き、騎士に迫る。

戦士「ずああッ!!!!」

 涙に滲んだ瞳で、雄叫びを上げる。
 余りにも悔しかったのだろう。
 この一撃だってどうせ避けられることは分かっている。
 それでも、どうしてもこのまま行かすことは出来なかった。
 そうして、振り下ろされた一撃を。



 騎士は、避けなかった。



86 : 以下、名... - 2014/12/13 23:55:38.74 xox+vNXM0 73/829

 だん、と剣を叩き付ける音がした。

武道家「馬鹿な……」

僧侶「そんな…」

勇者「は…?」

戦士「あ…あ……」

 驚愕の声は四人全員から漏れた。
 信じられない光景が目の前に広がっていたから。
 騎士は、戦士の剣を避けなかった。
 戦士の剣は、背後から騎士の肩口に叩き付けられ。


 ―――――そこで、止まっていた。


騎士「ったく……こうなるから、直接剣のやり取りはしたくなかったんだ」

 ため息交じりに呟いて、騎士は再び勇者たちの方を振り返る。
 その拍子に戦士の大剣は騎士の肩をずるりと滑り落ちて、がらんと力なく地面に転がった。

騎士「……レベルの差が大きすぎると、こうなるんだ。お前らの攻撃力は俺の防御力と比較すると余りにも小さすぎて……俺の防御を貫けない」

 騎士は、非常にばつが悪そうな顔をしていた。
 どうやら戦士の剣については本当に避けられなかったらしい。
 あれだけのことをされてなお剣を取り立ち向かってくるなど、騎士の持つ常識からすれば予想しえぬ事だったようだ。

騎士「その…なんつーか……めげんなよ、お前ら。大丈夫、頑張れ」

騎士「大丈夫だって! まだまだこれから強くなれるって! 明日の可能性は無限大だってじっちゃんも言ってた!」

騎士「勇者! 旅やめんなよ!? お前が旅やめちゃうと俺すっげえ寂しいから!!」

騎士「あーと、えーと……そ、その、今回の西の森の祠、お前たちに譲るよ!! それで少しでも俺に追いついてこい!! な!? な!?」

騎士「…………」

騎士「……んじゃ! 俺行くから! またこの世界のどこかで会おう!! 元気でな、お前ら!!」


87 : 以下、名... - 2014/12/13 23:57:09.81 xox+vNXM0 74/829

 そうして、騎士は去っていった。
 四人はしばらく茫然とその場に留まっていたが、やがて勇者が口を開いた。

勇者「……このまま、ここでこうしてても埒が明かないし、もう一回宿とって部屋に戻ろう。戦士の鎧も修復しなきゃだから、出発は明日に延期。いいか? みんな」

 武道家と僧侶は沈痛な面持ちで頷き、歩き始めた。
 戦士はまだその場から立ち上がらない。

僧侶「戦士……」

 心配した僧侶は戦士に歩み寄り、ようやく立ち上がった戦士の腕を支えた。

勇者「……なあ、武道家~」

 ふらふらと、おぼつかない足取りで宿に戻る戦士を見届けて、勇者は隣に佇む武道家に声をかける。

武道家「……なんだ?」

勇者「今、悔しい?」

武道家「当然だ。己の不甲斐なさに、はらわたが煮えくり返る思いだ」

勇者「俺もなー、意外なことに悔しいんだわ。あんな強い奴がいるんだから、もう魔王はあいつに任せちまえ~っていつもなら小躍りしちゃいそうなのにな」

勇者「……なんか、逆にモチベーション上がった。今まで親父の遺志を継いで魔王を討伐する、とかどうやったってテンション上がんなかったけど」

勇者「少なくとも、あいつを一発ぶん殴れるくらいには強くなってやるぜ、俺は」

武道家「それでは足りんな。いずれ、俺は奴を完膚なきまでに屈服させてやる」

勇者「おほー、流石は『武道家』。野蛮なこって。……戦士は大丈夫かな?」

武道家「それはお前の方が良く分かってるんじゃないか?」

勇者「……そうだな。あの女はこれで折れるようなタマじゃねえわ。よし、そんじゃ俺らも戻るか」

武道家「ああ」

勇者「そんで、すぐロビーに全員集合な」

武道家「あ?」

勇者「この町、麦酒がすげーうめえんだよ。嫌なことは酒飲んでぱーっと騒いで忘れるに限る!! 戦士も僧侶ちゃんも今回ばかりは強制連行じゃい!!!!」

武道家「……なんというか、尊敬するな。お前のそのポジティブさは」

勇者「ネガティブやったらこの五年の修業耐え切れずに自殺しとるわ!! ぎゃっはっは!! いくぞおらーっ!!」

88 : 以下、名... - 2014/12/13 23:59:02.01 xox+vNXM0 75/829

戦士「うあらーー!! なんなんじゃーーッ!! 世の中に居る男はあんなクソばっかかーー!!」アンギャー!

勇者「うわあやべえこの女マジで酒癖わりい」

戦士「ゆうしゃーー!! どうなんだーー!! 答えろおらーー!!」

勇者「あーはいあのですね、あんなんは極めてレアケースだと思いますよホント」

戦士「お前自分とあいつが似てるなんて言ってたなーーー!! じゃあお前もあれかーー!! レアなクソかーー!!!!」

勇者「滅相もない!! ってかくっせえ!! コイツマジで酒くっせえ!!」

戦士「お前、女の子に向かってくさいって、お前……!!」ウルウル…

勇者「泣き出したようっぜ!! 何なんだよお前怒ったり泣いたり一体何上戸なんだよ!!」

戦士「何上戸ってお前www知らねえよwwwwww」ケラケラケラ!

勇者「笑い出したよ!! 何なんだよお前上戸完全制覇か!!」

武道家「すまなかったな、守ってやれなくて……」

僧侶「いえ、あの時武道家さんが立ちはだかってくれて、私…嬉しかったです……」

勇者「うおおおおい!! 何いい雰囲気になってんだそこぉぉぉおおおおお!!!! 殺すぞ武道家ぁぁぁぁああああ!!!!」

戦士「こらおまえまだわたしがはなしてるとちゅうだろこっちむけおい」

89 : 以下、名... - 2014/12/13 23:59:52.21 xox+vNXM0 76/829




 こうして、勇者たち一行は再び立ち上がった。

 初めての完全敗北を経験し、むしろ以前よりも強く結束した勇者一行。

 しかしこの翌日、四人の結束が今度は致命的なまでにバラバラになってしまうことを。

 当然、今の彼らは知る由もないのであった。



第五章  伝説になれなかった男  完






97 : 以下、名... - 2014/12/24 00:07:59.06 agZ8HDU50 78/829

 ―――『第六の町』より西に広がる大森林。

勇者「くあー、最悪だ。雨降ってきやがった」

僧侶「木々が深く生い茂っているおかげでそんなに濡れないのが幸いですねえ」

勇者「そうだね。ただ、太陽が隠れちゃって方角わかりづらくなるのがきっついなあ。武道家、方角ずれてない?」

武道家「ああ、今のところは大丈夫だ。羅針盤に異常がなければ、我々は森をずっと北西の方向に進み続けてる」

戦士「しかし…日が射さんと本当に暗いな。真昼間だというのに、既に日暮れを迎えたような心地だ」

勇者「夜になったら真っ暗だろうし、何とかそれまでには祠に着きたいな……」


98 : 以下、名... - 2014/12/24 00:08:43.59 agZ8HDU50 79/829

 二時間後―――

勇者「ふう~、何とか日が暮れる前に祠にたどり着くことが出来たな。思ったより大変だった……騎士から祠の詳細な場所の情報もらってなかったらやばかったな」

戦士「騎士…か」

僧侶「……」

武道家「ふん、あんな奴に感謝する必要などない。あいつの情報など無くともお前なら祠の場所を探り当てることが出来たさ。だろう? 勇者」

勇者「まあな。そんじゃ、騎士に一泡吹かせるためにも、ブワァーと攻略いってみようか!」

三人「「「おう!!」」」

99 : 以下、名... - 2014/12/24 00:10:07.74 agZ8HDU50 80/829

 洞窟内―――『精霊の祠』攻略戦。

猿型魔物A「グォォォオオオオオオ!!!!」

勇者「『呪文・火炎』!!」ゴォ!

猿型魔物A「ギャオオ!?」ボォォ!

勇者「おっしゃ顔面直撃! その状態じゃ目も見えねえだろ!! 武道家ァ!!」

武道家「承知ッ!! おぉぉぉぉおおおお!!!!」ガガガガガガ!

猿型魔物A「ごっ、ぎゃ、ぎっ!!」

武道家「とどめ!!」

 武道家の装備する手甲――その肘から突き出た刃(スピア)が猿型魔物の喉笛を切り裂く!

猿型魔物A「ギィィ……」ズーン…!

 猿型魔物Aは絶命した!

戦士「はあああああああああ!!!!」ズガガガガガ!

猿型魔物B「グギギ……!!」

 戦士の圧倒的な連撃を前に、猿型魔物Bはまったく手を出せない!

勇者「『呪文・烈風』!!」

 勇者は魔力を練り上げ、猿型魔物Bの左足、その膝辺りを指差した。
 勇者の指から発射された風の塊が猿型魔物Bの足を弾き、バランスを崩させる!

戦士「今だ…その首もらうぞ!!」

 戦士が水平に振った大剣が猿型魔物Bの首にめり込む。
 切り離された首は回転しながら宙を舞い、頭を失った体は力なくその場にくずおれた。

 魔物たちは全滅した!

勇者「おし……皆ダメージは負ってないな?」

武道家「ああ」

戦士「当然だ」

僧侶「皆さんお疲れ様でした!」

勇者(いけるいける。全然やれるよ)

勇者(やっぱ強いよこのパーティー。騎士が異常に強すぎただけだ。何なんだアイツは。チートか)

勇者「よし、この調子でどんどん行こう。ただ、油断だけはしないように!! 特に戦士!!」

戦士「な…! 何故私を強調するのだ!!」

勇者「自分の胸に手を当ててよーく考えてみるんだな暴走突貫娘!!」

戦士「むぐぐ……!!」

武道家(なんというか……)

僧侶(かなり打ち解けましたねえ、二人とも……)

100 : 以下、名... - 2014/12/24 00:11:49.32 agZ8HDU50 81/829

 精霊の祠最深部―――
 精霊の力を増幅させるために拵えられた『神殿』の前に、一匹の魔物が佇んでいた。
 風貌は、先ほど何度か撃退した猿型の魔物に酷似している。
 ただ、目の前にいる魔物はその毛色が違っていた。
 この洞窟に数多現れた猿型の魔物の色は、茶色。
 目の前の魔物の毛色は、黒。
 烏の濡れ羽を思わせるような漆黒だった。

猿型魔物「ヨクモ…我ガ同胞ヲ殺シ尽クシテクレタナ…」

武道家「喋った!?」

勇者「人語を解する程の知能を持つ魔物……まいったな、こいつは」

勇者(……強い…!!)

猿型魔物「我ガ名ハ『魔猿』……我ガ領域ヲ侵ス愚カ者共、報イヲ受ケヨ!!」

勇者「来るぞッ!!」

魔猿「ゴオオオオオオオオオオオ!!!!」

 魔猿が吠える。
 祠全体が震えているかのような威圧感。
 勇者たちは即座に戦闘隊形に移行する。
 戦士と武道家が前に。勇者はその後ろ、僧侶を庇う立ち位置に。
 僧侶は呪文を紡ぐ。
 彼女が最も強く加護を受けている精霊は『水』。
 その魔力は、人の体に働きかけることで様々な機能を向上させる。
 その端的な例が治癒力を向上させる回復系の呪文だ。
 無論、これまでの旅を経てレベルアップしてきた彼女が扱える呪文は、既にそれだけにはとどまらない。

僧侶「『呪文・攻撃強化』!!」

 僧侶の持つ武器――『杖』から溢れた魔力が向かう先は武道家だった。
 青白い光に包まれ、武道家は己の体に力が漲るのを感じる。

武道家「破ッ!!」

 パーティーの中で誰よりも素早く動ける武道家が魔猿に対し先手を打つ。
 僧侶の呪文により強化を受けた武道家の拳が魔猿の顔面に突き刺さった。

魔猿「ギャオオウッ!!!!」

 武道家の拳を受け、後ろによろめいた魔猿だったが、体勢を崩しながらも彼は既に武道家に攻撃を放っていた。

武道家「ぬっ!?」

 魔猿の尻尾が武道家に巻き付いている。
 尻尾に引かれ、連撃を繋ごうとしていた武道家の動きが止まった。
 そして。

魔猿「ゴアアッ!!!!」

武道家「ぬおあッ!!」

 そのまま尻尾を振り回し、武道家の体を投げ飛ばす。
 武道家は洞窟の岩壁に背中から叩き付けられた。
 追撃に移ろうとした魔猿の動きを遮ったのは戦士の大剣。
 眼前に迫った戦士の水平斬りを、魔猿は思い切り後ろにのけぞることでかわす。


101 : 以下、名... - 2014/12/24 00:13:48.53 agZ8HDU50 82/829

戦士「すばしっこいな…!! 流石に猿の親玉か!!」

 水平に振るった剣の勢いを力ずくで斬り返し、今度は大上段から振り下ろす。
 魔猿は地を蹴り、体勢を戦士の方に向き直しながら跳躍。しかし今度はかわしきれず戦士の刃は魔猿の右肩を切り裂いた。

魔猿「オノレ人間風情ガッ!!」

戦士「剣の通りが浅いか……僧侶!! 私にも攻撃強化を!!」

僧侶「ええ、わかってる!! でもその前に……!」

 僧侶の杖から再び魔力が放出され、壁に叩き付けられた武道家の傷を癒す。
 武道家は何事も無かったかのように立ち上がり、拳を揺らしながら歩み始めた。

武道家「恩に着る。さて、魔猿とやら。もうさっきの大道芸は通じんぞ」

魔猿「チィィ!! 貴様ガ一番邪魔ダ、回復使イノ魔術師メッ!!」

 魔猿は戦士を無理やり押しのけ、僧侶に向かって突撃する。

戦士「行かせるかッ!!」

 戦士の一撃が魔猿の背中を裂いたが、魔猿は止まらない。

魔猿「死ネェッ!!」

僧侶「………ッ!!」

 僧侶の眼前に迫った魔猿の爪は、しかし僧侶に届かない。
 振るわれたその腕は、間に割って入った勇者の剣によって止められていた。

勇者「それだけは俺が許さねえんだよ…なぁッ!!!!」

 勇者はそのまま剣で魔猿の腕を切り払う。
 後ろに跳躍し、魔猿は勇者から距離を取った。
 勇者の剣と接触した魔猿の手のひらからは血が滴り落ちている。

勇者「思いっきり切ってやったのに、指の一本も落とせないか……」

 勇者の脳裏に蘇る、騎士の言葉。
 レベルの差が大きければ、通常与えられるべきダメージを、与えきることが出来ない。

勇者「だが、通じないほどじゃない。今回は勝てるさ…勝ってみせる…!」

戦士「当然だ!!」

 魔猿の眼前に迫った戦士が連撃を繰り出す。
 両腕を振るい、その剣を撃ち落としにかかる魔猿。

魔猿「ギェアッ!!!!」

 両腕から血を流しながらも戦士の大剣をさばき切り、魔猿は戦士の腹部に蹴りを入れる。

戦士「ぐッ……!!」

 戦士の体が吹き飛んだ。
 何とか空中で体勢を立て直し、戦士は両足で着地する。

戦士「ごふッ……!!」

 余りの衝撃に込み上げてくる吐き気を戦士は飲み込んだ。
 見れば、蹴りを受けた部分の鎧が歪に凹んでいる。

魔猿「マズハ一匹……!!」

 魔猿が追撃に移らんと戦士に向かって駆け出した。
 その視界が、突如炎の赤に染まる。

勇者「『呪文・火炎』……!!」

魔猿「ゴォ……オノレ……!!」

 顔に纏わりつく炎を振り払うように、魔猿は思い切り首を振り、その手で顔を掻き毟る。

勇者「まだまだ俺程度の魔力じゃそのまま焼き尽くすことなんて出来ないか……けど、かく乱と足止めなら、これで十分!!」

 ずぶり、と魔猿の額に刃が食い込んだ。
 武道家の肘が、魔猿の額に接触している。
 つまりは、そこから伸びた刃が、深々と魔猿の頭を貫いているということだ。

102 : 以下、名... - 2014/12/24 00:16:02.04 agZ8HDU50 83/829

魔猿「オ…ノ、レ……!!」

武道家「……ッ!! コイツ、まだ生きて……!!」

勇者「なんて生命力……!!」

僧侶「武道家さん!! 危ない!!」

武道家「くッ…!!」

 魔猿は左手で武道家の腕を掴み、右腕を振り上げた。
 魔猿の額に突き立ったまま固定されたスピアが武道家の動きを阻害する。

魔猿「死…ネェッ!!!!」

 しかし振り下ろされた魔猿の右腕は空振りした。

魔猿「ガ…?」

 魔猿の腕はその肘から先が無くなっていた。
 何事かと魔猿はぎょろりと眼球を動かし、周りを見渡す。
 頭上で己の腕が回っているのが見えた。
 次に地面を穿つ剣の先に気付いた。
 戦士が、振り上げた魔猿の腕を、一刀両断に切り落としていた。

戦士「ゲッホ……お返しだ、この猿野郎」

 戦士が振り下ろした剣を構え直す。
 その体勢から、次は剣を横なぎに振るうつもりであることが明白に読み取れる。

魔猿「……ッ!!」

武道家「おっと、動くなよ魔猿とやら」

 武道家はスピアを突き立てたまま、空いた方の手で魔猿の首の毛に指を絡め掴み取る。
 そうすることで、魔猿の動きを阻害する。

魔猿「離セ!! オノレコノウジ虫共ガ!! ハナセェェエエエエエ!!!!」

 戦士が剣を振る。
 横なぎに振るわれた、戦士の全身全霊の一撃。
 それは魔猿の防御を易々と貫き、魔猿の体を腰元から上下に両断した。

魔猿「カ…ハ……」

 武道家は魔猿の額からスピアを引き抜く。
 どさりと音を立て、魔猿の上半身は下半身と重なりあって地面に落ちた。

勇者「今度こそ……やったか?」

武道家「だろうな……すまんが僧侶、回復を頼めるか?」

僧侶「あ、はい……ひっ!」

勇者「おま……どうしたその腕ッ!!」

武道家「最後に奴に掴まれた時にな……凄まじい力だった。今回はたまたま圧倒できたが、やはり強敵だったよ、奴は」

 武道家の腕は、魔猿に掴まれたところからぽっきりとへし折られていた。
 まるで関節が一つ増えたように、肘と手首の中間あたりで直角に腕が折れ曲がっている。

勇者「うええ…! お前痛くねーのかよそれ…」

武道家「凄まじく痛いな……実は吐きそうなのを必死で堪えている」

僧侶「す、すぐに治療しますぅ!!」

勇者「戦士、お前は大丈夫なのか? 確かまともに一撃もらってただろ」

戦士「私は鎧の上からだったから、そこまでの損傷は受けていない。回復は後回しで構わん」

勇者「痩せ我慢すんなって。ほれ俺が回復してやるから、近うよれ」

戦士「……お前、昨夜私がちょっとみっともない姿見せたからって調子にのるなよ?」

勇者「ちょっと? あれがちょっとねえ……」

戦士「う、うるさい!! 二度とあんな不覚はとらんからな!!」

103 : 以下、名... - 2014/12/24 00:17:37.58 agZ8HDU50 84/829

勇者「……って、あれ? 神殿復活してなくね?」

僧侶「そういえば、そうですね。加護の高まりを感じられません」

武道家「まだ祠の中に魔物が残っているのか?」

勇者「え~、うそん。ちゃんとしらみつぶしにしてきたのに? ……もしかして最初の時みたいに神殿の後ろにGがいるんじゃ……」

戦士「ひぅ…」ゾワワ…!

僧侶「はわ…」ゾワワン…!

武道家「お前…思い出させるなよ……」

勇者「俺かて思い出したくないわ。君ら知らんだろうけど、俺あの時体液もろかぶりで不快度MAXだったんだかんね。あの後超ぉ~体洗ったわ。皮膚剥げるかと思うくらい洗ったわ」

勇者「実際ちょっと血ィ出たわ」

武道家「もういいわかった。じゃあ今回は俺が見てくるから……ちょっと待ってろ」

武道家「………」

武道家「何もいないな」

戦士「ということは、やはり洞窟内に討ち漏らした魔物がいるということか」

勇者「いや~、それは考えにくいんだけど……ひょっとしてそこの魔猿がまだ生きてんじゃね?」

僧侶「いや、いくらなんでもそんなまさか……」

魔猿「クク…カハハ…」ゴフッ

戦士「……ッ!!」

勇者「いやいや…おいおい、マジかよ……」

武道家「何という生命力だ……」

魔猿「ガハ…貴様ラハモウ終ワリダ…アノ方ガイラッシャッタ…」

勇者「『あの方』?」

魔猿「我ラノ主…我ラ魔獣ノ頂点、獣ノ王……貴様ラ人間如キデハ、ドウ足掻コウトモ……ガハ、クハハ……!」

魔猿「先ニ地獄デ待ッテイルゾ……グハハハ……グフッ」ガクッ

 魔猿の絶命と同時に、神殿が輝きを取り戻す―――
 勇者たちは精霊の祠を解放した!

勇者「無事に精霊の加護を受けることは出来たけど……」

武道家「何とも不気味なことを言い残して逝ったな、この魔猿とやらは」

勇者(『獣の王』……何だっけ、つい最近どこかで聞いたような……)

勇者「なーんか嫌な予感するな。みんな、長居は無用だ。さっさと帰ろうぜ」


104 : 以下、名... - 2014/12/24 00:19:09.18 agZ8HDU50 85/829


 雨が降っている。
 洞窟を抜けたところで、勇者たちは立ち尽くしていた。
 目の前には、一匹の魔物が佇んでいる。

??「『伝説の勇者』の息子とは、貴様だな?」

 流暢に人語を話す魔物だった。
 そして、とても巨大な魔物だった。
 身の丈は三メートルをゆうに超している。勇者は、人語を話すその魔物の顔を―――巨大な虎の顔を茫然と見上げていた。

??「我の名は『獣王』。我自身に貴様との因縁など皆無だが」

 四人の中で、勇者だけが気づいた。
 思い出した。
 第六の町―――その酒場で、騎士が口にしていた言葉。


『魔王には二人の側近が居る。巨大な虎の顔を持つ圧倒的な戦闘力の化け物―――獣王』


勇者「馬鹿な…そんな、まさか…魔王の側近が、何でこんな辺境に……!」

 がたがたと勇者の体が震えだす。

獣王「その首貰い受けるぞ―――『伝説の勇者』の息子よ」

 嘘だと思いたかった。
 聞き間違いであってほしかった。


105 : 以下、名... - 2014/12/24 00:19:50.38 agZ8HDU50 86/829






第六章  ただ____死を避けるために





106 : 以下、名... - 2014/12/24 00:22:47.64 agZ8HDU50 87/829

獣王「さて、まずは…かつての魔王を退けた『伝説の勇者』から受け継ぎしその力を見せてもらおうか」

 獣王はそう言うと両手を広げ、勇者たちを迎え入れるかのような動作をした。

獣王「初撃、我は貴様らの攻撃を防御せん。存分に力を振るうがいい」

戦士「なに…!?」

武道家「随分と見下してくれるな獣王とやら」

獣王「おお、気分を害したならすまないな。しかし許せよ。我を脅かす強敵との仕合など久しくてな。ただ漫然と殺しあうのも勿体無いと思ったのだ」

武道家「ならばお望み通り」

戦士「我らの剣を受けてみろ。後悔するなよ、獣王!!」

勇者「ま、待て二人とも!!」

 勇者の声などお構いなしに、武道家と戦士は駆け出す。
 一瞬で獣王との距離を潰し、先に拳を振るったのは武道家。
 渾身の力を持って振るった拳は、しかし獣王の毛皮をわずかに凹ませることも出来なかった。

獣王「何やらゆっくりと歩み寄って来て何事かと思ったら、指圧によるマッサージをするつもりだったとはな。何故いきなり我を歓待する?」

武道家「な…に…?」

 戦士の振り下ろした大剣は、獣王の肩に衝突して止まった。

獣王「こちらも突然の肩たたきか。これは戸惑うばかりだ。貴様らは我ら魔王軍を倒すために旅を続けているのではなかったのか?」

戦士「馬鹿な…」

 四人の脳裏をよぎったのは、昨日の騎士との仕合の記憶。
 拭い去りたかった、圧倒的な敗北感。

獣王「意図は読めぬが褒美は取らそう。頭を―――撫でてやる」

 直後、獣王の右腕が消えて―――戦士と武道家が洞窟の入り口、その岩壁に叩き付けられた。

勇者「な…あ…?」

戦士「………」

武道家「………」

 衝突により岩壁から剥がれた石の欠片が戦士と武道家の頭に落ちる。
 が、二人とも何の反応も示さない。

勇者「は…が…ぐ…そ、僧侶ちゃん、か、回復を……」

僧侶「は、はいぃ!」

 極度の緊張によるものか、カラカラになって貼りついたようになった喉で、勇者は何とか僧侶に指示を出す。

獣王「くっはははは!! これは面白い!! 何とも秀逸なパフォーマンスよ!!」

獣王「見事な『死んだ振り』だ!! よもや貴様ら、芸で路銀を稼いでおるのか!? かっははは!!」

 獣王は腹を抱えて笑っていた。
 獣王が笑う意味を、勇者は理解できた。
 理解できてしまった。


107 : 以下、名... - 2014/12/24 00:24:28.03 agZ8HDU50 88/829

 つまり獣王の立場からすれば。
 真剣な面持ちをしながら歩み寄って来た二人が突然マッサージを始め。
 気持ちいいと頭を撫でてやったら自ら吹っ飛んで壁に追突し、死んだ振りを始めたのだ。
 ああ、なんて滑稽な。

 そんな所業は―――まさに『道化師(ピエロ)』のそれだ。

獣王「退屈していたという我の意を汲み取って、こんな余興を買って出るとは粋な心意気よ。感服する他ない。さあ、では伝説の勇者の息子よ。貴様は我に何を見せてくれるのだ?」

勇者「う…ぐ…!!」

 勇者は焦燥の中で思考する。
 剣は駄目だ。戦士の一撃ですら通らなかった。
 それより威力の劣る自分の剣が、どうして獣王に通じようか。

勇者「『呪文・火炎』!!」

 一縷の望みをかけて、勇者は獣王に向けて炎を飛ばす。
 だけど、きっと無駄だと、勇者は初めから悟っていた。

獣王「成程、雨でぬれた我が毛皮を乾かすつもりだったか。心遣い、痛み入る」

 やはり勇者の思った通りだった。
 勇者の放った炎は獣王の毛先すらも焦げ付かせることは叶わず、ただ表面の水分を蒸発させただけだった。

獣王「敵に塩を送る……貴様ら人間の言葉でそんな物があったな。人間というものは何とも奇異なことをすると思っていたが、実際にやられてみると成程、これは中々趣深い」

 獣王は一人、見当違いな方向に納得していた。
 僧侶の治癒により、戦士と武道家が意識を取り戻し、戦線に復帰する。
 だが、勇者は。

勇者(絶対に―――勝てない)

 勇者は既にそう確信してしまっていた。
 戦士と武道家の目にはまだ闘志が漲っている。
 戦士と武道家は、自分たちが何をされて吹き飛ばされたのか把握していない。
 その後の獣王の言葉も意識を失っていた故、聞いていない。
 だから、僧侶の呪文で能力を強化すれば或いはと―――そんな希望を、まだ捨ててはいないのだ。

 どうする―――? と全員が己に問いかける。
 どうやって勝つ―――? と勇者以外の三人は思考する。

 勇者だけは違った。
 勇者の思いはたったひとつ。

勇者(どうやって―――生き延びる!?)

 ただそれだけを望み、勇者は頭を回転させる。
 だが、何の結論も出ないままに―――

獣王「さて、余興はこれまででよかろう。いよいよ命を削り、殺しあおうではないか」

 無情にも、獣王はそう宣言した。

獣王「戦時の高揚こそ我が無上の喜び。共に楽しもうぞ、伝説の勇者の息子よ!!」

 それは紛れもなく死刑の宣告。
 恐怖のあまり、勇者は無自覚に唇の端を持ち上げ、笑った。
 そして―――


108 : 以下、名... - 2014/12/24 00:25:04.30 agZ8HDU50 89/829






 戦闘はひとつのまばたきにも満たぬ時間で決着した。





109 : 以下、名... - 2014/12/24 00:26:27.06 agZ8HDU50 90/829

獣王「何だ……何だコレはァッ!!!!」

 響いたのは獣王の激高する声。
 武道家、戦士、僧侶、そして勇者―――四人はそれぞれ、地面に倒れ伏していた。

獣王「弱すぎるッ!! これでは我の渇きを潤すことなど出来ん!! おのれ『暗黒騎士』め、我を謀ったな!!」

獣王「何が『今日ここに現れるのは我でなくては相手が務まらぬ猛者』だ!! この様な羽虫ども、辺境攻めの雑魚どもで十分対応できようが!!」

 怒気を孕んだ獣王の雄叫びは、最上級の気付け薬となった。
 勇者は辛うじて意識を取り戻す。
 勇者は、自分が何をされたのかすら把握できていなかった。
 一瞬、獣王の姿が消えたと思ったら、地面に打ち倒され、目の前が真っ暗になった。
 察するに、獣王は何も特別なことはしていないのだろう。
 ただ近づいて、小手調べのための一撃を放った。
 それだけで、勇者たちは全滅してしまったのだ。
 勇者は獣王に気付かれないように、ゆっくりと顔を巡らす。
 戦士、武道家、僧侶―――三人とも、何とか息をしている。まだ誰も死んでいない。
 小手調べの段階で全滅したのは、不幸中の幸いといえるだろう。下手に初撃を耐え抜いていれば、続く二撃目で命を落としていた可能性が高い。

勇者(あとは、このまま死んだ振りを続けていれば……獣王のあの様子じゃ、俺達を見逃す可能性も……)

 そんな勇者の淡い希望は、しかし即座に打ち砕かれた。

獣王「チッ…彼奴にいいように使われるなどまったく癪に障るが…一応、魔王様の命令でもある……この虫共の首、持って帰らねば」

勇者(な…あ…!?)

 獣王が勇者に向かって歩み始める。

勇者(ど…どうする……!?)

 一歩。さらに一歩。
 獣王の歩みは、今の勇者にとっては殊更ゆっくりに見えた。
 しかし確実に、着実に、獣王は勇者の体に歩み寄ってくる。

勇者(どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする!!!!???)

 ―――どう考えても、結論はひとつしか出なかった。

110 : 以下、名... - 2014/12/24 00:27:15.95 agZ8HDU50 91/829




 勇者は痛む体を引きずり、身を起こす。

 そして―――


勇者「お願いします!! 命だけは!! 命だけは助けてください!!」


 そう叫んで、恥も外聞もなく頭を地面にこすり付けた。





111 : 以下、名... - 2014/12/24 00:28:31.25 agZ8HDU50 92/829

 だがそれでも獣王の足は止まらない。

勇者「お、お願いします!! じゅ、獣王様!! あなたを楽しませるためなら、裸踊りでも、何でもしますから!! だ、だから!!」

 獣王の足は止まらない。

勇者「ひいい! い、嫌だ、やだ…! や、やめる、やめます!! もう魔王討伐の旅なんてしません!! おねがいです、命は、命だけはぁ……!!」

 獣王は遂に勇者の目の前に。
 勇者を見下ろす獣王の眼差しは冷たい。

勇者「は…や…そ、そうだ、こんな屑野郎介錯したら、獣王様の爪が汚れちまいますよ…へ、へへ……」

 ごくり、と勇者は唾をのむ。
 獣王の腕が一瞬、ぶれた。


 そして次の瞬間には勇者の右肩から左の腰まで肉が裂け、血が噴き出していた。


勇者「あぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!」

獣王「囀るな糞虫がッ!!!! 潔くせねば、骨の髄まで苦痛を味わわせてから殺してやるぞ!!」

勇者「ああああひいいいいいいいいいいい!!!! 痛い痛い、嫌だ嫌だ嫌だ!! 痛いのは嫌だ、死ぬのは嫌だあああああああああああああ!!!!!」

 勇者は腰に下げていた袋に手を入れる。
 その中に保管していたあるアイテムを掴み、即座に発動。
 魔力に包まれた勇者の体が、勢いよく空中に飛び出した。
 雨によりその姿は遮られ、勇者の姿はあっという間に獣王から見えなくなる。

獣王「『翼竜の羽』……だと…?」

 獣王は唖然とした声で呟いた。
 そして、倒れている武道家、戦士、僧侶の姿を見回す。

獣王「あの小僧……よりにもよって、仲間を捨てたのか!?」


112 : 以下、名... - 2014/12/24 00:29:45.01 agZ8HDU50 93/829

獣王「いいのか? 殺してしまうぞ? 腹を裂いて腸を啜り、苦悶の表情で首を切り取り晒し者とするぞ?」

獣王「いや、そのためか? 自身が逃げる時間を稼ぐために、それこそが望み通りだと?」

獣王「く、は……はは!! はははははは!!!!」

 怒りを一周して、獣王に込み上げてきたのは笑いだった。
 あんな奴を相手にするために、こんな辺境までやって来て、時間を無駄にした自分が滑稽で仕方がなかった。
 獣王はこの瞬間、『伝説の勇者の息子』に対して一切の興味を失った。
 獣王は倒れ伏す戦士たちを一瞥する。
 止めを刺してやってもいいが、もうこれ以上あんな小虫のために手を煩わせるなどまっぴらごめんだと獣王は思った。

獣王「魔王様には伝説の勇者の息子など、相手にする価値なしと報告しよう。あんな小虫が命をかけて我らに挑んでくるなど……あり得ん」


113 : 以下、名... - 2014/12/24 00:31:19.60 agZ8HDU50 94/829

 そして、獣王は去った。
 あとには、戦士、武道家、僧侶の三人だけが残される。
 しばらくの時が経ち、もぞもぞと起きあがる影があった。
 戦士だ。

戦士「勇者……」

 戦士は起きていた。
 実は戦士は勇者と同じタイミングで目覚め、ずっと窮地を打開する機会を伺っていた。
 そして、獣王が勇者に近づいていき、いよいよ玉砕覚悟で突っ込むしかないかと覚悟を決めた時。
 戦士は、勇者の命乞いを聞いた。

戦士「勇者……!!」

 戦士は最後、勇者の命を守るためにその剣を振るうつもりだった。
 驚くべきことに、結果共に二人で死ぬことになっても悪くはないかと、そんな風に思う自分も確かにいたのだ。

戦士「勇者あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 あとからあとから溢れ出す涙を、雨が洗い流していく。
 怒りなのか、悲しみなのか。
 自身の激情の中身を把握できぬまま、戦士はしばらくそこで叫び続けていた。


114 : 以下、名... - 2014/12/24 00:33:30.53 agZ8HDU50 95/829

 少し時を遡り、勇者が獣王の眼前より飛び去った直後―――――

勇者「『呪文・火炎』」

 勇者の手の中で翼竜の羽が燃え尽きた。
 結果、浮力を失った勇者の体はその勢いのまま下降し、森の中へ突っ込んでいく。

勇者「ぐ、く……!!」

 バキバキと勇者の体が森の枝葉を突き破る。
 最終的に勇者の体は大木の幹に打ちつけられて止まった。

勇者「がはぁッ!!!!」

 その衝撃に、獣王に切り裂かれた傷が広がる。
 ずるりと地面に落ちた勇者は、息も絶え絶えに回復呪文を自らの傷に施した。
 だが、勇者の行使可能な初歩的な回復呪文では、出血を止めることすら叶わなかった。

勇者「はあ……ぎ……!!」

 激痛を訴える体を引きずり、勇者は元来た方向へ引き返していく。

勇者「これで…多分…あいつは……獣王は……やる気を無くして…帰ってくれる、はず……」

 それこそが、単身逃亡を図った勇者の真の狙いだった。

勇者「あの場から……翼竜の羽を使って皆で逃げ出すことは出来た……だけど、それじゃ駄目なんだ……」

勇者「それじゃ…多分、あいつは追ってくる……あいつから逃れるためには、あいつ自身のやる気を完膚なきまでに削いでやらなきゃ…ならなかった……」

 獣王の言動からうかがい知れる彼の性格は、強者を好む武人。
 加えて、自身の実力に裏打ちされた高い自尊心(プライド)を持っている。
 だから、もちろん全てが演技ではないが、勇者は演じた。


 ―――殺す価値もない道化を、演じきったのだ。


勇者「俺を始末するのを諦めた以上、残った三人を始末するのは、ただの憂さ晴らしにしかならない……性格上、獣王はそれはやらないはずだ……」

勇者「だけど、万が一……万が一、『そんなこと』になったら、今度こそ、全員で逃げて……また対策を考えなきゃならない…」

 だから、勇者は戻っている。
 だから、途中で翼竜の羽の効果を断ち切る必要があった。
 たとえその結果が―――今の様に、傷をさらに深くすることになっても。

勇者「急げ……! こんな無茶苦茶やって、間に合わなかったら何の意味もねえんだから……!」

 勇者は駆け出す。
 その足跡に、赤い水溜りを残しながら。


115 : 以下、名... - 2014/12/24 00:35:08.04 agZ8HDU50 96/829

 息を殺し、茂みの中から状況を見守る。
 勇者は三分とかからず、精霊の祠の入口を見通せる場所まで戻って来ていた。
 獣王が何かを喋っているが、雨の音に紛れてよく聞こえない。
 だがこの雨は自分の気配も殺してくれているので、文句は言えない。
 勇者は目を凝らし、獣王の一挙一動に注目する。
 獣王が攻撃に移ろうとする、わずかな前兆も見逃さないように。

勇者「う…」フラリ…

 しかし傷のダメージと多量の出血が勇者を一瞬ふらつかせた。
 再び視線を洞窟入口の方に向けた時には既に―――獣王の姿が消えていた。

勇者「しまっ…!!」

 勇者は慌てて茂みから身を乗り出す。
 変わらず倒れ伏す三人の姿が目に入った。

勇者「よ…よかった……」

 安堵から、勇者は背中から茂みに倒れこむ。
 何とか―――何とか、この最大の窮地を乗り切ることが出来た。
 あとは、なけなしの魔力を振り絞って僧侶を治療し、復活した彼女に全員の傷を癒してもらうだけだ。

勇者(あ…れ…?)

 そう思って体を起こそうとして、勇者は愕然とした。

勇者(体が……動かな……)

 体が動かない、どころじゃなかった。
 視界が、周囲から徐々に黒く塗りつぶされていく。
 目蓋は開いたままなのに、勇者の世界は暗黒に落ちていく。

勇者(いや、ちょ、待……嘘だろ! オイ!!)


 勇者の傷は、はっきり言って致命傷だった。
 それも、獣王に切り裂かれたその時点で、十分に。
 そんな体で、勇者は無理をし過ぎた。
 空中からの落下で傷を広げ、さらにその体を酷使し過ぎた。
 だから―――こうなった。
 こうなるべくして、なったのだ。



勇者(死ぬ…? 死ぬのか俺……?)

勇者(………)

勇者(……)

勇者(…)

勇者()






勇者()





116 : 以下、名... - 2014/12/24 00:35:46.81 agZ8HDU50 97/829








勇者(嫌だ)








117 : 以下、名... - 2014/12/24 00:37:03.55 agZ8HDU50 98/829



勇者(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)


勇者(だから嫌だって言ったんだだから痛いの嫌だって言ったんだ痛いのだけは本当に嫌なんだだって剣で切られると本当に痛いんだ涙が止まらないんだ)


勇者(ああ駄目だ眠くなる俺がいなくなるいやだやだやだやだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ)


勇者(ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ)



勇者(………)


勇者(……)


勇者(…)


勇者()



118 : 以下、名... - 2014/12/24 00:38:25.35 agZ8HDU50 99/829



 茂みに埋もれた勇者の体に影が差す。

 興味深そうに勇者を覗き込む金髪碧眼の少女。

 その少女の長くとがった耳が、ぴょこんと揺れた。




第六章  ただ(仲間の)死を避けるために  完





128 : 以下、名... - 2015/01/12 20:50:43.32 pkf2ayLi0 101/829

勇者「……ん…」

 目を覚ました勇者は、朦朧としたまま、胡乱な目で周囲を見渡した。
 視界に映るのは木造の天井、木造の壁。
 窓から射す日差しが勇者の寝るベッドを白く照らしている。
 どうやらどこかの部屋で寝かされているらしい、と勇者はおぼろげに自身の状況を把握する。

勇者「ここは……俺は、一体…?」

 意識を失うまでの経緯を思い出し、意識が急速に覚醒する。

勇者「そうだ、俺は、獣王にやられて……俺、生きてる!?」

 慌てて勇者はかけられていたシーツを剥がし、自分の体を確認する。
 治療のために脱がせたのか、上半身は裸だった。
 獣王によって切り裂かれた傷が、痕を残しながらも既に完治している。

勇者「治ってる……一体誰が治療してくれたんだ?」

 候補として真っ先に上がるのは勿論、仲間たちが茂みに埋もれた自分を発見し、治療してくれたという可能性だろう。
 だが、それにしては今寝かされている場所に見覚えがなさ過ぎる。
 仲間たちなら、意識を失った自分を運ぶのに最寄りの町を、それも以前宿泊した宿屋を選ぶはずだ。それ以外の部屋をわざわざチョイスする理由がない。
 泊まった宿屋が一杯だった、と無理やり理由をつけることは出来るが、それを否定出来る材料が勇者にはある。
 窓から見える景色だ。見える限りが木々に覆われていて、どうもこの家が町中に立地しているとは思い難い。
 一方向しか確認出来ていないため、反対側の景色は栄えた街並み――というのも考えられなくはないが、室内に伝わる周囲の静寂さからそれもやはり可能性としては低いように思えた。
 少なくとも、前回宿泊した第六の町にはこんな林に隣接した場所はない。
 ならば、とここで勇者は先ほどの疑問に立ち返る。

勇者「一体誰が、俺をここまで運び、治療してくれたんだ?」

 ガチャリ、とドアの開く音。
 ベットが寄せられている壁から対角線の位置に拵えられたドアから、室内を覗き込む影があった。

「あ、目を覚ましたんだね」

 長い金髪をポニーテールで纏めた少女だった。
 シャツの上から薄手のジャケットを羽織り、太ももが大きく露出したショートパンツを着用している。
 動きやすさを追求した服装なのだろうが、それ故布地面積は小さく、少女のスタイルが非常に均整の取れた物であることが容易にうかがい知れた。
 しかし勇者の目を引きつけたのはそこではない。
 勇者の目は少女の――鋭く尖ったその耳の奇抜さに目を奪われていた。

勇者「ま、まさか…」

 存在するとは言われていたが、その目撃談のあまりの少なさから、もはや伝説上の生物と謳われていた種族。

 エルフ。

エルフ少女「ご飯出来てるけど……食べる元気ある?」

 そんな伝説の少女が、屈託なく勇者に笑いかけていた。


129 : 以下、名... - 2015/01/12 20:51:16.14 pkf2ayLi0 102/829





第七章  ディス・コミュニケーション




130 : 以下、名... - 2015/01/12 20:53:01.52 pkf2ayLi0 103/829

勇者(酒場で聞いた話で、ここらへんにエルフの集落があるかもしれないって話だったけど……まさか本当に存在していたなんて……)

エルフ少女「ん~? 難しい顔してどうしたの? もしかして口に合わなかった? おっかしいな~、私たちと人間の味覚ってそんなに違いが無いはずなんだけど」

勇者「あ、いえ、すいません。そんなことはないです。おいしいです、とっても…」

勇者(いや、実際飯はとんでもなく旨い。野菜と肉を煮詰めたスープみたいだけど……なんだろう、味付けが特殊なのかな?)

エルフ少女「そんなかしこまらなくていいって。敬語もいらないよ。そりゃ私の方が大分年上だとは思うけど、精神年齢はそんな変わんないと思うし。だっはっは!」

勇者「は、はあ…わかりまし…いや、わかったよ。え~と、……君のこと、なんて呼べばいいかな?」

エルフ少女「『エルフ少女』だよ。君は?」

勇者「俺は『勇者』だ。よろしく、エルフ少女」

エルフ少女「わかったよ、勇者!」

131 : 以下、名... - 2015/01/12 20:55:00.59 pkf2ayLi0 104/829

勇者「エルフか……まさか本当に存在しているなんて、思いもしなかった」

エルフ少女「まあ、極力人間に接触しないようにってお触れが出てるからね。私たちの村も、人や魔物の目に映らないよう、結界で覆って隠しているし。実際エルフに会ったって人は、そりゃなかなか居ないんじゃないかな?」

勇者「どうしてエルフは人間から身を隠すんだ?」

エルフ少女「元々私たちエルフが、多文化との交流を望まない閉鎖的な種族であるってこともあるけど……何より、エルフが基本的に人間を嫌っちゃってるってのが一番大きいかな」

勇者「な、なんで人間はエルフに嫌われてるんだ? 一体何したんだよ、俺達」

エルフ少女「人間は住処を作るのに、森を切り開いたり川の流れを好き勝手に弄繰り回したりするでしょ? いつか人間は精霊様の住処を悉く奪い尽くすって、長生きのお爺ちゃんお婆ちゃん達は危惧してるんだ」

勇者「あー、それは……成程な~、それはしゃーないわ。嫌われてもしゃーないわ」

エルフ少女「それに、私たちエルフは結界術やアイテム錬成とかの技術が人間より大分優れてて、それを人間は隙あらば盗もうとしているんだってさ。君たちの住む町には大抵魔物が寄り付かないように結界がはってあるでしょ? そのノウハウも元々はエルフが持っていたものだったのさ」

エルフ少女「だから私たちは小さいころから人間には近づくなって教えられる。人間に近づくと、さらわれて、知識も技術も何もかもを絞り尽くされて捨てられるってね」

勇者「……ひとつ、純粋に疑問なんだけど、いいかな?」

エルフ少女「なんだい?」

勇者「どうして俺を助けてくれたんだ? 俺は……正真正銘、典型的な、『人間』なんだけど」

エルフ少女「まあ、実は私はエルフの中では異端でね。人間のことがそんなに嫌いじゃない。むしろ、ある一点に関してはエルフより優れていると尊敬し、好ましく思ってさえいる」

勇者「ある一点?」

エルフ少女「恥ずかしながら……こう見えて私は呑兵衛なのさ」

勇者「は?」

エルフ少女「一度戯れに人里に降りて酒を味わってからすっかり虜になってしまった。酒が肴を、肴が酒を引き立てあう味の相乗効果! エルフは大して食に拘らないからね……人の文化に触れなければ、私は一生あの多幸感を味わうことはなかっただろう」

エルフ少女「つまりは酒を造る『醸造』の技術! それに連なる『食』の文化! その追求に関しては、私は人というものを尊敬せざるを得ない!!」

エルフ少女「ぶっちゃけ、酒をくれればエルフのアイテムのひとつやふたつくれてやってもいいと思っている!!」

勇者「は、はあ……」

勇者(あー…だからスープもあんなに美味しかったのか。『食』ってのにすげえ拘ってんだこの人)

132 : 以下、名... - 2015/01/12 20:56:39.24 pkf2ayLi0 105/829

エルフ少女「とはいえ、いくら私でも誰彼かまわず助けたりはしない。今回は特別だったんだよ、勇者」

勇者「そ、そうなのか? じゃあ、どうして俺を?」

エルフ少女「君が私たちエルフの『恩人』だからさ」

勇者「……いや、意味が分からない。エルフがいることすら今初めて知ったのに、エルフに対して何かしたことなんてないぞ? 俺」

エルフ少女「いいや、大いにあるよ、勇者……君は、あの虎の化け物をこの森から追い払ってくれた」

勇者「……ッ!!」

エルフ少女「あいつはエルフの集落を探しに来ていた。危ない所だったんだよ。私たちの村を隠している結界は、あんな桁外れの化け物の目までは誤魔化せない」

勇者(獣王の事か……? でも、あいつは俺を殺すために来たんじゃ……?)

勇者(いや、ひょっとして俺を殺すことの方が、ついでのことだった…?)

勇者(成果の上がらぬ探索に苛立ちを覚えていたから、あれ程強者との戦闘を楽しみにしていた……?)

勇者(確かにそう考えればあの時の奴の態度にも納得出来るが……いや、でも、それはつまり……)

勇者(獣王はただ漫然とあの場所で俺を待ち伏せていたのではなく―――俺が祠を訪れる日を正確に知っていたってことになる)

勇者(その情報が、奴に伝わっていたっていうことは―――)

エルフ少女「いよいよとなれば」

 勇者の思考は、エルフ少女が言葉をつづけた所で中断された。

エルフ少女「いよいよとなれば、私が奴と戦うつもりだった。こう見えても村一番の術士だからね。だから、奴の動きを追っていたんだけれど、いつの間にか奴は森から姿を消していた」

エルフ少女「そうしたら、奴の匂いが残っていた場所に、君がボロボロになって倒れていた。すぐに判ったよ。君が奴と戦い、追い払ってくれたんだとね」

勇者「……やめてくれよ。買いかぶりだ。俺はただ…」

勇者(負けて、命乞いをしただけだ。処理するのもおぞましい汚物を演じただけだ)

エルフ少女「何を言うんだ。私は治療の時に君の体を見た。あの虎に切り裂かれた傷の他にも大小様々な傷跡が君の体にはあった。特に、『今回の傷と交わるようにあった大きな傷跡』には舌を巻いたよ。君の体は間違いなく歴戦の戦士のそれだ」

勇者「本当に……買いかぶりが過ぎるよ、エルフ少女。俺の傷にかっこいいエピソードなんてひとつもない。馬鹿な親父が調子に乗った。たったそれだけの、クソくだらねえエピソードばっかりだ」

 自虐するようにそう言った後、勇者は大切なことを思い出した。

勇者「そうだ……エルフ少女、祠の前に倒れていたのは俺だけだったのか? 他に人はいなかったのか?」

エルフ少女「私がその場所に行ったときは君以外の人はいなかったよ?」

勇者(ということは、あの三人は自力で町に戻ったってことか……無事に帰り着いていてくれよ……)

133 : 以下、名... - 2015/01/12 20:58:16.61 pkf2ayLi0 106/829

エルフ少女「さてと…それじゃあ私は狩りに行ってくるけど、勇者はこれからどうする?」

勇者「俺は……」

エルフ少女「傷は癒えたとはいえ、まだ体がだるいようだったらここで休んでいてくれていいよ。ただ、注意してほしいことがある」

エルフ少女「この小屋は私が狩りの時に使ってる休憩所みたいなものでね。エルフの里からは大分離れているから、他のエルフがここを訪れることは滅多にないんだけど、それでもたまに友達や家族なんかが様子を見に来ることがあるんだ」

エルフ少女「人間を小屋にいれてるなんて御法度だから、その時は身を隠して姿を現さないこと。といっても、隠れられる場所なんてほとんどないから、最悪これを使って誤魔化してちょうだい」

勇者「……何これ?」

エルフ少女「『変化の杖』。それを持って、精神を集中して、私の姿をイメージしてみて?」

勇者「よくわからんけど、わかった」

勇者「………」

勇者「………」

エルフ少女「もういいよー」

勇者「……? なに? 何の意味があんのこれ?」

エルフ少女「はい、鏡」

勇者「あん? きったねえ自分の顔見たって何の得も……」

勇者「……」

勇者「!!!?」

勇者「んああ!? 何でエルフ少女が鏡に映ってんの!?」

エルフ少女「勇者が私の姿になってるんだよ。つまりそれが変化の杖の効果なのだ」

勇者「す、すげえ…自分じゃ何の感覚もないからわからんけど、周りから見たらそういう風に見えてるのか……催眠魔術の一種なのか?」

エルフ少女「というか、イメージを可視化して着ぐるみみたいに被ってるって感じだね。着ぐるみの中から外見を見ることは出来ないように、勇者自身には自分がどう映っているのか見ることは出来ない。うまくいったか確認するには鏡が必須ってことだね」

勇者「ほえ~……何てアイテムだ……」

エルフ少女「こういうのが作れちゃうから、エルフは人間に狙われちゃうんだねえ」

勇者「ちょっと納得……あ、わかった。エルフ少女、これ使って人里行って酒買ってんだな?」

エルフ少女「えへへ、正解!」

134 : 以下、名... - 2015/01/12 21:00:18.05 pkf2ayLi0 107/829

エルフ少女「じゃあ、行ってくるね」

勇者「なあ……本当にいいのか?」

エルフ少女「ん? 何が?」

勇者「その……俺を一人でここに置いて行っていいのか? しかもこんな大事なアイテムまで預けて…」

勇者「もしかすると、俺はこのアイテムを持ち逃げするかもしれない。それだけならまだしも、人を呼んでここに待ち伏せて、お前を捕まえようとするかもしれないんだぞ?」

エルフ少女「大丈夫。君はそんなことしないよ」

勇者「何で言い切れるんだよ、ちょっと喋ったくらいで」

エルフ少女「私は初めて見たんだ。君ほど多種多様な精霊に好かれている人間を」

エルフ少女「人の身でそれだけ多様な精霊の加護を得るには、並々ならぬ努力が必要だったはずだよ。それこそ、生活の全てを勉学と鍛錬に注がなきゃいけないほどに」

エルフ少女「それを成し遂げた誠実さ、あの虎の化け物に挑む勇気……疑う方が困難な精神性さ」

エルフ少女「勇者……君は『良い奴』だ。それも、私が君を助けた理由のひとつだよ」

勇者「………」

エルフ少女「じゃあ、今度こそ行ってくるね。別に私の帰りを待つ必要はないから、好きに出て行っちゃっていいからね? それじゃ!」バタン!

勇者「………」

勇者「………クソ…!」ギリ…

エルフ少女「あ、そうそう」ヒョイッ

勇者「おわッ!」ビックーン!

エルフ少女「変化の杖、欲しかったらあげるよ? 君が必要だというなら、何か重要な使い道があるんだろうしね。拒む理由なんてないよ。それじゃ!」バタン!

勇者「……は、はは…」

勇者「もう嫌だ…ちくしょう……」

135 : 以下、名... - 2015/01/12 21:01:20.06 pkf2ayLi0 108/829

 三時間後―――森の中。

勇者(結局―――変化の杖を持って出てきちまった)

勇者(エルフ少女が言ってたような重要な使い道なんてない……ただ、魔王軍の目を誤魔化して逃げおおせるためだけ……姑息な目的だ…)

勇者(しんどいよ……誰も彼もが俺を過大評価して…俺は、その度に現実の自分とのギャップに打ちのめされるんだ……)

勇者(今まで周囲に流されるままに、なあなあで旅を続けてきたけれど……)

勇者(もう限界だ…思い出しちまった……)

勇者(痛いのは嫌だ……死ぬのは怖いんだ……)

136 : 以下、名... - 2015/01/12 21:02:49.74 pkf2ayLi0 109/829

 第六の町―――

宿屋の主人「ああ、その三人ならウチに泊っていったよ」

勇者「ほ、本当ですか!?」

宿屋の主人「一人減ってるからおかしいなとは思ってたんだ。なんだ兄ちゃん、お仲間と喧嘩でもしたのかい?」

勇者「色々事情があるんですよ。三人がどこに向かったか心当たりは?」

宿屋の主人「いや、そこまではわからねえな。ただ、行き先については結構揉めてるみたいだったぜ」



勇者(良かった…あいつらの無事は確認できた……)

勇者(この町に留まっていないってことは……まだ魔王討伐の旅を続けるつもりなんだな)

勇者(今から急いで後を追いかければ、もしかしたら次の町で合流できるかもしれないけど……)

勇者(ごめん、みんな……俺はもう心が折れちまったよ……)

勇者(旅の無事を祈ってる……)

137 : 以下、名... - 2015/01/12 21:03:44.42 pkf2ayLi0 110/829

 三日後―――勇者の故郷、『始まりの国』

勇者「帰ってきた…は、いいけど…母さんに何て言い訳しようかな…」

勇者「ちゅーか、四人で出ていったのに一人で帰ってきたら絶対何があったのか聞かれるよな……どうしよ、何て言おう」

勇者「性格が合わなくて喧嘩別れしたことにしようか…他に言いようねーもんな……」

勇者「いや、もういっそありのままに、俺だけ諦めたことをカミングアウトした方がその後の流れまでスムーズにいくんじゃ……」

勇者「……ええい!! なるようになれだ!!」

138 : 以下、名... - 2015/01/12 21:05:30.51 pkf2ayLi0 111/829

 勇者の家―――

勇者「た、ただいまー!」

 ドタドタドタ――――!

「勇者!? 今までどこに行ってたの!? 母さん心配してたのよ!?」

勇者「ごめんごめん―――って、ん?」

勇者(どこに行ってたの、って何かおかしくね? まるで俺が一人行方不明になっていたのを知っていたかのような……)

「武道家さん達がこの間家を訪ねてきたのよ! 勇者がいなくなった、って!!」

勇者「ッ!? 武道家たちが…!?」

勇者(俺を…探してくれてたのか!? 俺が、まだ生きてると信じて…?)

「武道家さんから手紙を預かっているわ」

勇者「み、見せてくれ!!」

139 : 以下、名... - 2015/01/12 21:07:15.03 pkf2ayLi0 112/829

 勇者へ


 戦士からお前が俺達を見捨てて逃げ出した、と聞いた時は耳を疑った。

 俺はどうしても信じることが出来ずに、第六の町に戻った後、町の人間に話を聞いた。

 誰に聞いても、お前が町に戻ってきたと証言する者はいなかった。

 お前を見捨てて先へ進むと主張する戦士を説き伏せ、俺達はこの『始まりの国』まで戻ってきた。

 結果、ここに至るまでお前の目撃証言はゼロ。

 俺は確信した。お前は逃げ出したのではなく、何か意図があって一時的にその場を離れただけだと。

 ただ逃げ出したのであれば、傷の治療のためにどこかの町に飛んでいたはずだからな。

 俺はここでお前が戻ってくるのを待つよう主張したが、戦士はどうしても納得しなかった。

 だが、俺はここに戻ってくる道中で確信した。

 このパーティーは、お前が居なくては成り立たない。

 お前がどれだけ陰で俺達のために色々やってくれていたのかを痛感した。

 戦士もそれを分かっているはずだ。だが、お前が居なくては何もできないということを認めたくなくて、意地になっている。

 僧侶もそれは分かっているはずだが、戦士が行けば僧侶はついていくだろう。

 やむを得ない。俺も彼女たちに同行することにする。

 なるべく旅の行程を遅らせるように仕向ける。待っているぞ、勇者。

 生きていると信じている。


 武道家


140 : 以下、名... - 2015/01/12 21:08:42.04 pkf2ayLi0 113/829

勇者「………」

 勇者は、震えていた。
 手紙から読み取れる、ある一つの真実。


 あの時、戦士は起きていた。

 あの無様な命乞いを彼女はしっかりと聞いていたのだ。


 無論、あの時発した言葉の全てが真実ではない。
 だが、結局自分はその後あの場所に戻ることが出来なかった。
 ならば戦士にとってあの時の自分の姿は真実以外の何物でもないだろう。
 処理するのがためらわれるほどの汚物―――だ。

 待っている。戻って来いと武道家の手紙には書かれている。
 だが。

勇者(……どのツラ下げて戻れっていうんだ…!!)

「手紙にはなんて書いてあったの?」

勇者「……大したことじゃないよ。元気でやってるから心配するなってさ」

「話はあとでゆっくり聞くわ。……疲れたでしょう。お風呂沸かすから、先に入っちゃいなさい」

141 : 以下、名... - 2015/01/12 21:09:59.70 pkf2ayLi0 114/829

 夕食。
 久しぶりに味わう母の手料理。
 エルフ少女の作った食事程美味であるとは言えないが、それでも舌に馴染んだ懐かしい味は、とても美味しく感じられる。

勇者「………」

「………」

 だが、その食卓を囲む空気は重たい。
 母は勇者の近況を問うていたが、勇者は曖昧に誤魔化すばかりではっきりと物を言わなかった。
 母は特に仲間とはぐれた経緯についてしつこく問いただしていたが、やがてそれも収まり、今はかちゃかちゃとスプーンとフォークが食器にぶつかる音だけが食卓に響いている。
 ごくり、と殊更大きく咀嚼したものを飲み下して、勇者はいよいよ口を開いた。

勇者「あのさ、かあさ「それで」

「それで、明日は何時に出るの?」

 意を決したつもりの勇者の発言は、母の厳しい口調によって遮られる。
 勇者は背中に冷たい汗が流れるのを感じたが、何とか口を開いた。

勇者「あ、明日は、出発しない…っていうか、もうやめようと思ってるんだ、旅……」

 しどろもどろになりながらも、最後まで言い切り、勇者はもう一度ごくりと唾をのむ。
 母はじっと勇者の言葉に耳を傾け、ゆっくりと口の中の物を飲み込んでから、かちゃりとフォークを食器に置いた。










「何を言っているの?」






142 : 以下、名... - 2015/01/12 21:11:48.16 pkf2ayLi0 115/829

 ぶわっ、と勇者の顔に汗が噴き出した。

勇者「待ってくれよ母さん、俺がこういう結論に至ったのも、勿論事情があって……」

 勇者を見据える母の目は冷たく、苛烈でさえあった。

「あなたが旅をやめたらこの世界はどうなるの?」

勇者「お、俺がやらなくたって、俺以外にも、魔王討伐の旅をしている奴はいる!」

「あなたがやらなくてはならないの。わかっているの? あなたはあの『伝説の勇者』の息子なのよ?」

勇者「何だよそれ…知らねえよ!! 伝説の勇者の息子だからって『勇者』にならなきゃなんねえってことはねえだろ!!」

「いいえ。伝説の勇者の息子として生まれた以上、『勇者』としての道を歩まなければならない。これは定められたことなの」

勇者「知らねえよ…なんだよそれ……ふざけんなよ……!!」

 勇者は立ち上がり、その場で上半身の服を脱ぎ捨てた。

勇者「見てくれよ母さん!! この傷を!! 魔王に挑むってことはこういうことなんだぞ!? たくさん、たくさん怪我をするんだ!!」

「素晴らしいわ。それこそ世界を守る英雄の証。ひとつひとつの傷があなたの誇りとなるでしょう」

勇者「はは…何言ってんの? 母さん、あんた、息子が死んでもいいっていうの?」

「いいえ、あなたは死なないわ」

勇者「何を根拠に…!」

「だってあなたは、『伝説の勇者』の息子ですもの」

 ふらり、と勇者は眩暈を覚えた。
 たまらず、どさりと椅子に腰を下ろす。

勇者「はは、ふはは……母さん達にとって、伝説の勇者ってのがどんだけお偉いもんなのか知らないけどさ…俺にとっちゃただのクソ親父なんだよ…」

 勇者は傷痕を指差す。
 獣王につけられた傷ではなく、もっと昔からあった大きな傷痕を。

勇者「覚えてるだろ? まだクソ小せえガキだったころの俺に修業とか言って切りつけて……俺死にかけたじゃん。頭おかしいだろ? そんな奴を尊敬しろっての? 無理だろ」

 吐き捨てるように言う勇者を母はじっと見つめている。
 取り乱している勇者に対して、母は一貫して冷静だった。
 冷たく、静かに、勇者を見つめていた。


143 : 以下、名... - 2015/01/12 21:13:14.53 pkf2ayLi0 116/829

「出来るはずなのよ」

勇者「はあ? だから…!!」

「あなたなら世界を救うことが出来るはずなのよ。だってあなたはあの人の息子なんだから」

 勇者は言葉に詰まった。
 何か異様な雰囲気を母の様子から感じ取ったからだ。

「あの人の血を継いだ者ならば、それぐらいのことは当然に出来るはずなの。『伝説の勇者』様の血筋は、それ程に高貴で他に代えがたいもの……」

勇者「は…?」

「それが出来ないということは、つまりはあの人の血が劣化してしまったということ。それはつまり、私の血が混じることであの人の血筋を劣化させてしまったということ。その時は、私は責任を取らなくてはならない」

 勇者は絶句した。
 母の言葉はまともな人間のものであるとは思えなかった。
 息も絶え絶えに、勇者はようやくのことで口を開く。

勇者「せ、責任って…?」

「命をもって贖うわ。もっともそれで償いきれる罪ではないけれど」

 決定的だった。

勇者「ふひ…」

 不意に笑みが込み上げてきた。
 同時に涙も込み上げてきた。

「勇者、あらためて問うわ。あなたは、魔王を倒すことを諦めたの?」

 事ここに至り、ようやく勇者は確信した。
 ああ―――そうなのか、と。



 自分には、『伝説の勇者の息子』であること以外に価値は無いのだと。

 いや、もっとわかりやすく言い換えよう。


 『伝説の勇者の息子』として生きること以外を、俺は求められていないんだ―――――と。




144 : 以下、名... - 2015/01/12 21:13:52.10 pkf2ayLi0 117/829



 勇者は思い出していた。

 どうして忘れていたのだろう。

 幼いころ、まだ五つにも満たぬ時。

 剣を持たされ、父に斬られ、死にかけた。

 その時も、母さんは、この人は。

 一言だって、親父を責めてはいなかったじゃないか。


145 : 以下、名... - 2015/01/12 21:15:14.58 pkf2ayLi0 118/829



勇者「何を言ってるんだよ母さん。ちょっと冗談を言っただけさ」


勇者「見ていてくれよ。僕は必ず魔王を、いやさ、大魔王を打ち倒し、この世界に真の平和をもたらしてみせる」


勇者「出来るよ。どんな困難なことだって成し遂げてみせる。なんせ僕は―――――」


勇者「―――『伝説の勇者』の息子、だからね」



 勇者はそう高らかに宣言する。

 泣きながら。


 ――――笑いながら。




第七章  ディス・コミュニケーション  完






勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」【2】

記事をツイートする 記事をはてブする