夢魔道士「夢をみたあとで」【前編】
夢魔道士「夢をみたあとで」【中編】
【Ep.11 つきないくらい あふれてる】
「硬い!! なんで今日は弱体化の魔法じゃねえんだ!!」
「そんなこと言われましても! 言われましてもぉ!」
―――ガキッ
―――ゴキンッ
この辺りには、やたらと鎧が落ちていた。
そして、その鎧が意思を持って襲ってくる。
「刃こぼれしちまう!」
「がんばってください勇者様!! 私はサポートしかできませんので!!」
ただの鎧にしても、硬すぎる。
そんなに数はいないが、一体一体が高い防御力を持っているせいで、かなり苦戦していた。
―――ゴキンッ!!
―――ドシャッ
ようやく動かなくなった。
勇者が肩で息をしている。
「ちょっと……休憩……」
へたり込む。
私は、今日はバリアの魔法しか使えない。
防御に事欠かない代わりに、攻撃ができない。
今日というタイミングで言うと、相性が悪い。
「いねえなあ、クリスタル職人……」
一息ついた後、勇者がつぶやいた。
「いませんね……このあたりだって聞いてるんですけどね……」
私たちは、いくつかの集落を回って得られた情報をもとに、クリスタル職人を探していた。
城跡近辺で出会える、といううわさをもとに探すが、一向に見つかる気配がない。
「……ほんとにいるのか?」
「……実際、クリスタルを加工してもらった人には出会えませんでしたもんね……」
そうなのだ。
あいまいな情報はすべて、うわさでしかなかった。
自分は出会った、自分も加工してもらった、という情報は一つもない。
「まあ、この先へ進むためには、ぜひともクリスタルを打ち込んだ剣がほしいからな」
「立ち止まっていられませんね!」
私たちは、職人探しを再開しようと立ち上がった。
こんなところで立ち止まっていられない。
幸い私のバリア魔法のおかげで、けがはない。
疲労にさえ気を付けていれば、敵に後れを取ることはない。
「お前の魔法が剣に纏わりつけば、結構楽になると思うんだが……」
「難しいですね……申し訳ないです……」
【神鳴~る】や【弱くな~る】と同じように、勇者の剣に魔法を纏わせられたら、と思ったが、なぜかあまりうまくいかなかった。
バリア魔法がうまく纏わせられたら、剣がこぼれることもないはずなのに。
硬い敵でも楽に斬り裂けそうなのに。
「できないことは仕方がない。とにかく今はしらみつぶしにここらを探すしかないな」
「はい! できるだけ戦闘を避けつつ、ですね!」
「そうだ」
私たちはそれからもしばらく城跡を歩き回った。
もともと大きな城だったようで、なかなか範囲が広い。
しかし、泣き言は言っていられない。
―――ガキッ!!
「おら! 倒れろ!」
―――ゴキンッ!!
「きりがないな! 畜生!」
勇者が鎧を相手に立ち回る。
一体倒したと思ったら、また次が現れる。
……現れる?
……あの鎧は、どこから湧いて出てきているのだろう?
「おい! 魔法が解けかけてる! バリア頼む!」
「あ! は、はい!」
千年の眠り。
ひとかけらの反骨心。
格子の中の貴族と人質。
迫る業、五行の方舟、仏の座。
時満ち足りて胎児の息吹。
【夢魔法 身護~る】
―――ブゥン―――
薄い魔法の膜が私たちを包む。
敵からの攻撃を跳ね返してくれる。
剣単体に魔法を纏わせるのは難しいが、体全体を覆うのは簡単だ。
だから、けがもない。
回復の魔法は、今日は必要ない。
そのとき、私の視界の隅に、鎧が現れる瞬間が映った。
―――ガチャン!!
それは、その瞬間は、ふいに訪れた。
「あ! 勇者様、新手で……す……」
言いながら、私は目に映ったものをもう一度ゆっくり思い出してみる。
今、どこから出てきた?
どうやって現れた?
「えっと……井戸から……鎧が出てきました……」
言いながら、私はやっぱり信じられなかった。
「はあ? 井戸から新手の鎧? そういうのは井戸の守り神だろ?」
勇者も私の言葉をあまり信じられないようだ。
「ほんとなんです! 井戸から、新しい鎧が出てきたんです!」
でも、私だって信じられない。
ここは城跡の、元中庭だろうか。
井戸が、あまり壊れずに残っていた。
口径も大きい。
―――ゴキン!!
―――ドシャァッ
勇者がまた鎧を倒した。
「ほんとかよ……」
「み、見守りましょう」
勇者は慣れてきたのか、鎧を倒すスピードが速くなってきた。
同時に二体、三体と相手にすることはなくなっていた。
もう、残っている鎧はいない。
私たちは固唾を飲んで井戸を見守る。
見守っている時間は、思いのほか短かった。
―――ガチャン!!
「で、出たー!!」
「飛び出てきたー!!」
「バネでもついてんのかこの井戸!!」
「そもそも複数体の鎧が井戸に格納されていることもおかしいですよ!!」
「なんだかわからんが、しかけがあるぞ、この井戸」
「普通じゃないですね」
「お前、飛び込んでみろ」
「いいいいやですよ! 勇者様お先にどうぞ!!」
鎧に集中するのはやめ、警戒しながら私たちは井戸に近づく。
「とりあえず、覗き込め!! おれが相手してる間に!!」
「いや、ちょっと、怖いです」
「次が出てくる前に! 今なら大丈夫だから!」
「大丈夫の保証はあるんですか!?」
勇者が鎧と格闘している間に、私は恐る恐る井戸を覗き込んでみた。
「ん……わりと普通……ですね」
変なしかけや濃い魔力は感じられない。
いや、魔力の残滓は感じられる。
「結構深い? ……ん?」
奥が明るい。
奥というか底というか。
「横穴がありそうです! もしかしたら奥に続いているのかも!」
私が報告をするのと、勇者が鎧を倒すのが同時だった。
「じゃあ次、鎧が出てきたらすぐに中に入るぞ」
「勇者様が先ですからね!」
「わかったわかった」
「私を受け止めてくださいよ!? 【身護~る】で落下の衝撃を全部跳ね返せる保証はないんですからね!」
「お前なんかどんどん図々しくなってないか?」
私たちは押し合いながら井戸に近づく。
次の鎧の登場を待つ。
いきなり二体とか出てきたら危険だけど、ここまでは結構タイミングよく出てきているから、それを信じるしかない。
―――ガチャン!!
「また来た!」
「そら! 飛び込むぞ!」
私たちは鎧を無視して、井戸に飛び込んだ。
落下の衝撃があるかと思ったが、そうではなかった。
井戸の底には、魔力のクッションがあり、飛び込んだ私たちは減速して着地した。
「お? どういうことだ?」
「私の【風立ち~ぬ】のクッションみたいでしたね」
「このクッションで飛び上がってきたってことか、あの鎧たちは」
「ですね」
「じゃあ、やっぱり、ここが鎧の本拠地?」
「でも、あれは、防衛隊長さんの使っていた鎧人形と同じ感じでしたよ?」
「ということは、親玉がいるな、この奥に」
「よし、次の鎧が来る前にどんどん進むぞ、怖がっているヒマはない」
「はい、いきましょう!」
明かりは必要なかった。
横穴にはいくつもろうそくが立てられていた。
しかも、魔力の込められたろうそくだ。
燃えてもほとんど減らないろうそくだ。
「いいな、これ」
「そんなもんに気を取られてないで、早く行くぞ!!」
「誰だ! 許可なくここに入り込む不届き者は!!」
奥から叫び声が聞こえる。
「ワシの鎧をことごとく壊してくれよって! 相応の対価がなければ謝っても許さん!!」
どうやら人間のようだ。
老人のようだ。
頑固な感じの。
「もしかしたら、ここが職人の工房なのか?」
勇者の言う通り、横穴を抜けた先には、工房のような道具が山のように転がっていた。
整理はされていないようだったが。
奥にいたのは、小さな老婆だった。
「ん? 婆さん?」
「誰が婆さんだ! 人様の家に潜り込んできてなにを失礼な!」
長い髪を振り乱した老婆が、威嚇する。
手にはよくわからない武器を持っている。
この人が、あの鎧を操っていたの?
「失礼、レディー。私は旅の勇者、こちらは連れの魔道士だ」
「あなたはここで一体なにを?」
勇者が口調を改める。
「れ、レディーじゃなんてそんな……」
老婆がもじもじしている。
ちょろい。
「ワシはここで工房をやっているだけのものじゃよ」
「たまーに依頼が来るが、外の鎧兵どもにも勝てないようなのは、お断りしておる」
あ、やっぱりあの鎧兵はこのお婆さんが操っていたんだ。
「す、すごいですね、あんなにたくさんの魔力を」
「なに、ワシの魔力じゃない、あれは」
ん?
どういうこと?
「魔力はな、もらったもんじゃ、全部」
「ワシは仕事の対価に魔力をもらうことにしているんでな」
「で、あんたらは依頼か、それとも迷い込んできただけか」
「い、いら……」
「迷い込んできたなら、倒した鎧の分の魔力だけ置いてさっさと帰れ」
「あんたがけしかけてきたんだろうが!」
さっきからお婆さんが言う「魔力をもらう」ってのは、どういうことだろう?
普通は魔道士から離れると、魔力はすぐに空気中に拡散してしまうと思うのだけれど。
「レディー、おれたちはクリスタルを加工してくれる職人を探しているんだ」
「あなたがそうだというのなら、ぜひ剣にクリスタルを打ち込んでいただきたい」
「レディーじゃなんて、そんな……」
「そういうのはもういいから」
職人はこんなところに住んでいたのか。
それに、お婆さんだったとは。
普通、こういう職人は男性なのが普通だ。
女性で、しかもクリスタルを扱えるというのは、とてもすごいのではないだろうか?
「あの、魔力をもらうって、具体的にはどういう……」
「ああ、そうだ、依頼の話をしよう」
「これがクリスタル、これが剣だ」
「こいつの魔法を剣に纏わせやすくなるよう、剣にクリスタルを打ち込んでほしい」
「で、対価だが、こいつの魔力はなかなかだと思うから、多分払えると思うが……」
「どうすればいい?」
お婆さんは、むう、と考えた後、もごもごとしゃべり始めた。
「この剣では……ちょいと痛みが激しいでな、ほかの剣を使うほうがええ」
「あと、まあ、クリスタルは十分じゃ、よく取ってきたな」
「対価の魔力は、まあ、このおぼこの魔力、三日分って、とこじゃな」
「おぼこってなんですか?」
私は知らない単語に反応した。
なんか、私のことを指す言葉のようだけど。
「男を知らないお嬢ちゃん、という意味じゃよ」
「え? 男の人? 知ってますけど?」
「え? 知ってんの?」
横から勇者が口を挟む。
「ええ、まあ、でも、よく知っている男性って、勇者様くらいですけど。あとお父さんと」
「誤解を生む発言は控えろ!!」
「み、三日分って、どういうことだ? どうやってはかる? そもそもどうやって魔力を受け渡す?」
勇者が話題を逸らす。
なんだか顔が赤い。
「この奥にな、大きな水晶玉がある」
「その中に魔力を込め続ければよい、三日な」
三日……
私がそれをすれば、剣を作ってもらえる。
「よし! やりましょう! 勇者様はそれでクリスタルの剣を得られるんですから!」
「いや、でも、魔力を三日込め続けるって……倒れるんじゃねえか?」
勇者が私の心配をしてくれる。
嬉しい。
だけど、ここは頑張り時だ。
「クリスタルを扱える職人さんに出会えたんですよ? 剣が作ってもらえるんですよ?」
「しかも高額なお金ではなく、私の魔力でできるんですよ?」
「勇者様はその間に次のための情報収集とか、鍛錬とか、しててください」
「私、三日頑張りますから!」
しかし、そう甘くはなかった。
「いや、その間、ぼうやは倒した鎧の残骸を拾って来い」
「バ、ババア……」
その水晶は、私が見た中で一番大きかった。
「ほれ、そこに立って、手のひらを水晶につけるんじゃ」
私は言うとおりにする。
「ここで、三日間魔力を込めたらいいんですね?」
「ああ、手をつけていれば、勝手に吸い取られていくからの」
「あ、そうだ、あれ食べとこ」
私は荷物をごそごそと引っ掻き回し、マカナの実を取り出す。
残りが結構少なくなっているが、ここは使い時だ。
「ほう、そんなものまで持っているのか」
マカナの実を食べ、手を水晶にくっつけると、魔力が吸われる感覚があった。
なんだかちょっと気持ちいい。
「あの、この魔力をどうするんですか?」
私は魔力を吸われている間ヒマなので、お婆さんに話しかけた。
聞きたいことが色々ある。
「水晶から取り出して、ワシの生活に使うんじゃよ」
「ボトルに入れれば水になるし、ろうそくに使えば長持ちする明かりにもなる。」
「ここを守る鎧兵も動かせるし、食料になる小さな獣を取ってくることもできる」
「それにクリスタルの加工にもかかせない、というわけじゃね」
ははあ、便利だ。
この部屋には大きな水晶とお婆さんの作業台みたいなものと、それから数多くの得体の知れないものがあった。
どこか異国のランプみたいなものや武器、防具。
ハーブ、薬瓶、大小さまざまな水晶。
食器に大工道具に、布でできた人形に金属のひも。
散らかっているけれどなんだか心地よい。
そんな空間だった。
これらすべて、クリスタルの加工に使われるのだろうか。
例えばランプに上手に組み込めたら、魔力を込めて光るいつでも使える魔法のランプになるかもしれない。
私は部屋をキョロキョロと興味深く見まわしていた。
「ここ最近、鎧兵に勝てるやつがいなくての」
「ここを訪れる者も少なかったから、ちょうどよかった」
それはいいタイミングだったかもしれない。
魔力が有り余る状態だったら、門前払いだったかもしれない。
「さて、剣じゃが、これなんかどうかの」
お婆さんが取り出したのは幅広の巨大な剣だった。
「んー、ちょっと、勇者様には大きいかもですねー」
「じゃあこれはどうじゃ」
「それって斧じゃないですか?」
「むう、じゃあこれなんか……」
「それホウキですよね?」
「おい、婆さん、これ使ってくれ」
と、そこへ勇者が帰ってきた。
ガチャガチャと鎧を抱えている。
「これ、大きさも重さも、おれにちょうどいいからさ」
鎧兵の使っていた比較的きれいな剣を持ってきたようだ。
抜け目がない。
お婆さんが舌打ちをした気がした。
気のせいよね?
「面白いと思うんじゃがなー、クリスタルホウキで戦う勇者殿」
「面白さは追求しなくていいから!」
「というかさっき、ババアとか言うたじゃろ、ほんとにホウキにするぞ」
「ごめんなさい! もういいかなと思って! 油断しました!」
それからお婆さんは、剣にクリスタルを打ち込む作業に入った。
使う道具すべてに、魔力が込められている感じだ。
私は加工について詳しくないけど、魔力を使えば、すでに打ち終わっている剣にもクリスタルを打ち込めるのかな。
勇者はまた、鎧を拾う作業に戻っていった。
「弟子は取らないんですか?」
私はまたお婆さんに話しかける。
もちろん両手は水晶にぴったりくっつけたままだ。
「弟子なあ、うーむ、のんびり生活していくので十分じゃからなあ」
「だから高額なお金を要求するわけじゃないんですね」
「ああ、金が要ると思っていたか?」
「ええ、まあ」
そのわりに私たちの持つ金目のものなんて、たかが知れていたが。
「貴重じゃないですか? クリスタルを加工する技術って」
「それをもっと普及させれば、助かる人たちが多いと思うんですけど……」
クリスタル自体が希少だが、魔法に相性のいい武器や道具が増えれば、それだけ人間の生活も潤うはずだ。
強い魔道士も増えるに違いない。
まあ……そんな装備品は高いだろうけど。
私たちは、たまたま助けた商人さんがクリスタルをくれて、持っているだけなのだから。
「誰か、過去にお弟子さんはおられないんですか?」
「ていうか、私たちが知らないだけかもしれないんですけど、クリスタルを扱える職人さんって、どのくらいいるんですか?」
私は質問を重ねた。
魔力を吸われている間ヒマだというのもあったが、単純な興味もあった。
「弟子は……まあ昔は何人かおったがの」
「今どうしているかは、知らんなあ」
「どこかでクリスタル加工に精を出しているかもしれんし、どこかで野垂れ死んでいるかもしれんし」
「おぬしらが知らんということは、名を上げたやつはおらんということじゃろうなあ」
お婆さんは手を止め、少し懐かしそうに目を細めた。
しかしそれも一瞬のことで、不思議そうにこちらを見た。
「ときにおぼこよ」
「おぬし、なぜおしゃべりする余裕がある?」
私はその言葉の意味をよく飲み込めなかった。
が、なんだか責められたような気がして、すぐに謝った。
「あ、す、すみません作業の邪魔をして」
「魔力を込めるのに集中しろって話ですよね、あはは」
慌てて水晶に向き直る。
一時も水晶から手を放してはいなかったが、ちゃんと手をつけてますよ、というアピールのためぐっと手に力を込める。
「私が三日間魔力を込めたら、剣を作ってもらえるんですよね」
「私、頑張りますので! これでも魔力には結構自信あるんですよ!」
「おっきな魔法を連続で使った時も、魔力切れにはなりませんでしたし?」
「あ、えっと、三日、って、え、寝ちゃだめなんですかね?」
「さすがに起きたまま三日ってのは、ちょっとやったことないんですけど……」
ちらっと、お婆さんを見る。
お婆さんは妙な顔をして、こちらを眺めていた。
「あ、えーっと、私、うるさいですか?」
基本的にはおしゃべりではないし、人見知りだし、でもじっと黙っているのも性に合わない。
お婆さんにとっては作業の邪魔だったろう。
申し訳ないことをしたかも……
でも、三日って、夜は寝てもいいよね?
え、だめなのかな?
それは教えてほしいな。
「あの……」
そう思っていると、お婆さんが口を開いた。
「言葉通り、しゃべる元気があるというのが、ワシには珍しく映るんじゃよ」
「はあ、元気、ですかね? 私?」
朝はシャキッと! でも、普段はそんな元気はつらつ! ってタイプじゃない。
おどおどと勇者の後ろをついて歩くのが私だ。
「いや、水晶に手をつけたまま、そんなに元気にしゃべるやつは、珍しくてな」
「たいていは魔力が吸われるにつれてへたり込んでな」
「三日なんて言いながら、一日も持ったことはない」
「ちょっとした意地悪のつもりじゃったんじゃが」
それは、つまり、どういうことだろう?
私は、試されたのか?
「え、じゃあ、魔力を込めても剣は作ってもらえないんですか?」
私は水晶から手を離す。
とんだ無駄足?
その声には非難の色を多分に含ませたつもりだった。
魔王を倒したいという気持ちは本気だ。
それをなすのが勇者で、勇者が無事に旅を終えてほしい。
そのためにできることならなんでもしたい。
勇者に協力できることなら、なんだって惜しくない。
だけど、寄り道をしているヒマはない。
「いや、いつもはへたり込むまで魔力をもらって、それで一応依頼を受けておったよ」
「その心意気に免じて、な」
「ただ、魔力を吸われつくした魔道士たちは、意気消沈しておった」
「たかが水晶に魔力を込めるだけだと高をくくっておったからな、大概」
「じゃがおぬしはどうじゃ、涼しい顔をしておる」
「水晶から吸われる魔力なんて、大したことはないと、気にするほどではないと、おしゃべりも余裕じゃ」
「それに少しびっくりしてな」
お婆さんは手を止めたまま、私に相対している。
その姿勢は、誠実だと、そう思った。
私の理解力が足りないだけで、けっして意地悪なだけの人ではないと、そう思った。
「前言撤回じゃ、三日もいらん」
「一日、今日の夕日が沈むまで、そうやって水晶に魔力を吸わせておれ」
「それで、手を打とう」
「約束通り、クリスタルを剣に打ち込んでやる」
あれ、どこが偏屈なんだろう。
やっぱり普通の、優しいお婆さんじゃない。
最初は鎧を壊したことを怒っていたけど、それだけだ。
「は、はあ、ありがとうございます?」
私は戸惑いながら、再び手を水晶にぴったりつけた。
……
ガランガラン、という音が遠くから聞こえてくる。
勇者が律儀に、壊した鎧の回収をしている。
結構遠くで倒した鎧もいたと思うけど……
全部回収するのは大変だろうな。
そう思いながら、私は手の魔力に気を配る。
「あ、そうだ」
どうせ込め続けるなら、魔力のコントロールの練習でもしよう。
私は思いついたことを、目の前の水晶に対して試してみる。
まずは吸われる魔力を細く細くするイメージ。
蚕の糸のように。
背筋を伸ばし、息を吸う。
我慢して我慢して、抵抗する。
魔力を吸われすぎないように抵抗する。
背筋を伸ばし、息を止める。
「……ふぅっ」
難しい。
次は水晶の中に渦を巻くように流すイメージ。
竜巻のように。
背筋を伸ばし、肩を少し傾ける。
流れを一方向へ。
球の中に円を描く。
背筋を伸ばし、肩に力を入れる。
「……あはっ」
楽しい。
お婆さんは剣にクリスタルを打ち込むのに専念しているようだ。
首を回してそちらを見ると、とても集中している表情だった。
だから、私もそれを邪魔しないよう、水晶に向き直る。
今度はどんな風にコントロールしてみようか。
私は色んな魔力の形を想像し、試してみた。
これはいい鍛錬になりそうだ。
思いつくことをほとんど試したので、最後に私は全力を出してみることにした。
手のひらから、徐々に放出する魔力量を増やしていく。
馬が鳴くみたいに、ぶるるん、と私の腕と肩が揺れた。
残念ながら胸は揺れなかった。
「太く……強く……」
手のひらいっぱいから魔力を惜しげなく出す。
水晶をぱんぱんにするつもりで込める。
頭がカーッと熱くなる。
爆発、拡散、収束、放出、その繰り返し。
「―――ぁぁぁああああっ!!」
目をぎゅっとつぶった。
―――ビキィッ
気が付くと、私は、水晶から手を離していた。
「……あれ?」
水晶に大きなひびが入っている。
これ、私が入れてしまったの?
「あ、えっと……」
私は恐る恐る後ろを振り返る。
お婆さんが、この世の終わりみたいな顔して、こっちを見ていた。
……
「すみません」
私はお婆さんと勇者と、両方に謝っていた。
「まさか水晶がいっぱいになる日が来るとは、の」
お婆さんは呆れたような感心したような顔つきだった。
「直るのか?」
勇者は水晶の心配をしている。
まさかこんなことになるとは。
千年の眠り。
ひとすくいの憂鬱。
現象から目を背け、神の理を嗤う。
引き千切れる現実、塗り替えられる虚偽の壁。
時満ち足りて混沌の時流。
【夢魔法 巻き戻~す】
―――ピキッ
―――ピキキィッ
「ふぉぉお、こんなこともできるのか……」
私は、自分のやりすぎを取り戻すため、【巻き戻~す】の夢を見るまで眠り続けた。
幸い、数回のチャレンジで狙い通り夢を見ることができた。
そして、すぐに水晶を、壊れる前の状態に戻してみせた。
「お前、寝る時間短くなってないか?」
「ええ、私もそう思います」
眠りの指輪で眠りに落ちた後、目が覚めるのが異様に早い気がする。
思い通りの夢が見られていなくても、すぐに再チャレンジすることができる。
「これくらいの時間なら、おれ一人で魔物を足止めしながら、場に応じた魔法を待てるな」
戦いの幅が広がるかもしれない。
いずれ、立ったまま寝たりできるかもしれない。
「それは無理だろ」
それは無理か。
「え、えっと、こんな感じで、直りましたんで、許していただけますか……」
「はあ、許すもなにも、ないねえ」
水晶にこんなひびが入ったこと自体初めてらしいから、お婆さんは困ったように笑っていた。
「魔力をこんだけ入れてくれたんだ、ワシも下手な仕事はできないね」
そう言って、また作業を開始していた。
勇者はまた、鎧を拾う作業に戻っていった。
私もそれを手伝おうとしたけれど、お婆さんはここにいろ、と言った。
「もしかしたら、おぬしは歴史に名を遺す、偉大な魔道士かもしれないねえ」
私はそれから、勇者を待ちながら、お婆さんと旅の話をした。
これまで戦ってきた魔物。
出会ってきた人。
それと、魔法をどうやって操り、旅を進めてきたかを。
「魔力切れを起こしたことがないっちゅーのは、不思議なことじゃな」
「不思議なんですか? 普通の魔道士さんって、魔力切れになるのが普通なんですか?」
へとへとになったことも多いけど、魔法が使えなくなった日もあったけど、使い過ぎでだめになったことはなかった。
それは、普通のことだと思っていた。
世の中の魔道士さんたちが、どれくらい魔法を使って魔力切れを起こすのか、知らなかった。
「それに、その指輪、いいクリスタルを使っているようじゃな」
「これですか?」
「おぬしの魔力を上手に使うだけでなく、量の底上げもしているようじゃ」
「……いつか、似たようなことを言われたような気がします」
いつだっけ?
誰に言われたんだっけ?
母の形見が、これほど褒められるものだとは。
旅に出る前は、これがクリスタルだってことさえ知らなかった。
「どれ、剣が打ち終わったら、それもちょっと見ておいてあげよう」
お婆さんはすごく柔らかくなった。
骨の話ではない。物腰の話だ。
水晶からの魔力を放出しているらしい、妙なチューブを使いながら、お婆さんは剣を打つ。
少しずつ剣の形が変わる。
私は鍛冶というものを間近で見たことがあるような気がするが、お婆さんのそれは、私の知っている鍛冶とは違う。
これは魔法の一種だ。
使う道具一つひとつに魔力が使われているし、強い力を必要としていない。
ムキムキの鍛冶屋さんが道具を振り上げる姿とはまるで違う。
「すごい技術があるもんですねえ」
私は感嘆のため息を漏らした。
「おぬしら、鎧も魔力ももうええから、飯を作ってくれんか」
お婆さんは汗を流しながら、私たちに言った。
勇者が次に帰ってきたとき、もう拾わなくていいと言ったのだ。
「飯? まあ、いいけど」
勇者はこちらをちらりと見て言う。
私も異議はない。
「調理場はどこだ?」
お婆さんは工房のさらに奥の扉を指した。
そっちで作れ、ということだろう。
私は魔力をもう込める必要がなくなっていたところだったから、ちょうどいい。
なにかをしている方が、気がまぎれる。
「おぬしらに報いなければな、と思ってな」
お婆さんはにやりと笑った。
調理場にあった干し肉や豆を調味料で味付けし、手早く何品かの料理を作った。
私たちは旅をしながら必要に応じて食事をとるから、こういったことには慣れている。
スピーディ、かつ大胆に。
もっと荒く言ってしまえば、「食えればよい」ということだ。
「あの婆さん、どういう生活してんだろうな」
「どういう、とは?」
「依頼者から魔力をもらうわけだろ? それを生活に役立てるわけだろ?」
「ええ、そういう感じみたいですねえ」
かまどには魔力が出てくる口がついていて、まるで火のように鍋を温めることができた。
これこそ、魔法だ。
煙も出ないし、薪も必要ない。
とても便利だ。
「自分が生活していけるだけの魔力で、十分ってことだ」
「金を要求するわけでもない」
「しかし、クリスタル加工の腕があるなら、もっといい暮らしができるはずじゃないか?」
「なのに、なぜこんな地下でひっそりと暮らしている?」
勇者ははじめよりも、お婆さんのことを認めているようだ。
作業の様子を見て、意識を改めたのだろう。
熟練の技術を持っているのは、数分見ればすぐにわかる。
はじめは怖かったけれど、あれは確かに職人だった。
「ほい、できたぞ」
勇者がお婆さんを呼びに行く。
私はその間に、手早く皿に盛りつける。
できるだけ量が多く見えるように。
できるだけおいしそうに見えるように。
いつか時間ができたら、料理を研究するのもいいかもしれない。
勇者においしい料理をふるまってあげたら、彼はどんな反応をするだろう。
「ん、まあまあだな」かな?
それとも黙って黙々と食べるだろうか。
「悪いが作業は明日いっぱいかかる」
「それまで、飯の準備を頼もう」
「ええかの?」
お婆さんは汗だくで、私たちの作った料理を食べている。
すぐにでも食べ終わって、作業を再開したいようだ。
「ああ、別に構わない」
「たった二日でクリスタルを加工してくれるのなら、長くはない、だろ?」
勇者はこちらを見ながら嬉しそうに言う。
私もうなずく。
もともと三日と言われていたのだから、大したことはない。
「おぬし、魔法は一種類しか使えないのか?」
「え、ええ、そうです」
「その指輪で眠れば、リセットされるということか?」
「はい、夢に見た魔法が、使えるようになるんです」
お婆さんは手を止めずに食べ続けながらも、私の言葉に考え込む。
なにか思うところがあるのだろうか?
それとも、関所の所長さんみたいに、「それでよくここまで来れたな」と思っているのか?
「それが、おぬしの魔力の正体かもしれんな」
「え?」
「指輪がおぬしのブーストなら、おぬしのその体質は、ストッパーじゃ」
「ストッパー?」
「普通魔力には上限がある。どんな魔道士も無限に魔力を有するわけではない」
「じゃが夢によって使える魔法を制限することで、普通ならありえない量の魔力をため込むことができる」
「……のかもしれない、ということじゃ」
「はあ」
体質、か。
確かにこれは私の体質と言えるかもしれない。
そんな人が(夢魔道士、なんて人が)ほかにいないのは知っている。
それは不便だとも思っていたけど、そういう利点もあるのか。
「さ、て」
お婆さんは早くも料理を平らげ、皿を片付け始めた。
もう作業を再開するらしい。
「魔法をうまく纏える剣、それから指輪の調整……と」
「おぼこ、その指輪をちと貸せ」
「あと、なんかほしいものはあるかの?」
え、ほかにも?
「明日までに考えておけ、ほしいものを作ってやろう」
そう言って、お婆さんはまた工房に戻っていった。
片づけはしておけよ、ということらしいが。
「……サービスいいな」
「同感です」
「あの、私考えたんですけど」
「クリスタルに魔力がうまく貯まるのなら、ランプに組み込めば便利かなって」
「昼間灯りを貯めておいて、夜にずっと使えるランプ、みたいな感じで」
私のアイデアは勇者を喜ばせた。
【よく燃え~る】や【神鳴~る】がなくても洞窟で困らない。
「ついでにそのランプが宙に浮いて、おれたちについてきてくれたら最高なんだが」
「あ、それいいですね!」
食事の片づけを済ませた後、私たちは部屋の隅で毛布にくるまって眠ることになった。
こんな地下で、ベッドが人数分あるわけもなく。
毛布があるだけ上等だと思わなければ。
工房からは、まだ作業の音がする。
私たちになにか手伝えることはないだろうか。
かなりお婆さんの厚意に甘えている気がする。
「なにか、お手伝いできること、ないですかね」
「おれもそれを考えている」
「明日、どうしましょう」
「飯だけ作って待っている、ってのもどうかと思うしな……」
「ですよね……」
私たちは相談しながら、いつの間にか眠りについていた。
指輪がなくても、勇者の子守歌がなくても、なぜか穏やかに眠ることができた。
……
「……おはようございます」
「おう、おはよう」
やはり指輪がないと、シャキッと起きられない。
ていうか体中が痛い。
でも、お婆さんに指輪を調整してもらっているのだから、文句は言えない。
「さ、飯の準備をしようぜ」
「はあい」
工房からは、すでに作業の音が響いていた。
「なあ婆さん、おれたちになにかできること、ないかな」
朝食をとりながら、勇者はお婆さんに聞いていた。
「遊んどったらええよ?」
「いや、そういうわけには……」
「鎧ももうほとんど運んでもらったしの、じゃあ、ヒマなら食える魔物でも狩ってきてもらおうか」
「あ、それならやれるぞ」
私たちのやることが決まった。
うまく塩漬けとかにして、お婆さんの食糧を貯めることもできるかもしれない。
いい感じの木の実とかを見つけてきて、ジャムを作ってもいいかもしれない。
……
「いませんね、魔物」
「鎧兵のせいで、近寄らねえんじゃねえか?」
城跡を見回しても、鎧兵以外の魔物がとんと見つからなかった。
ちなみにお婆さんが指示を出してくれたのか、鎧兵はもう襲ってくることはなかった。
そのあたりをうろうろしている。
「木の実も、ありませんね」
「そもそも茂っている木が少ないからな」
このあたりには、食糧になるものが全然なかった。
どうしよう。
「もうちょい遠出するか」
「そうですね」
城跡を出て山の方へ向かうと、様子が変わってきた。
「お、あのあたりの樹々には木の実がありそうじゃないか?」
「あ、ほんとですね」
「お、あのあたりの土にはいい感じの毒ミミズが住んでそうだぞ」
「だから、毒っつってんのになんで食糧だと認識してるんですか!?」
木の根、木の実。
オオコウモリの腹の肉。
川の魚。
食糧探しは、昼まで粘って、なかなかの収穫を見せた。
しかしもっと大きな収穫があった。
「ゆ、勇者様! 魔法が! 魔法が使えます!」
なんと、木の実を取ろうとして試してみた【風立ち~ぬ】が、ちゃんと使えたのだ。
「風立ち~ぬ!!」
―――ビュンッ
―――ぶぉぉぉおおおおお!!
「おいおい、ちゃんと威力があるじゃないか!」
「で、ですよね!?」
「夢は見なかったんだろ?」
「だって、指輪はお婆さんに預けてましたもん!!」
指輪なしで寝たにもかかわらず、過去の魔法が使えた。
威力は絶好調とは言いがたいが、十分だと思える。
それなら、もしかしたら……
「ほ、ほかの魔法も使えるかもしれません!! すぐ試さないと!!」
いろいろと試してみた結果、これまでに使ったことのある魔法はすべて使えた。
威力も十分だった。
「ど、どうしてでしょう?」
私は抑えきれない興奮をなんとか静めながら、自分に起こったこの現象を解明しようとしていた。
指輪で寝なかったことが関係あるのだろうか?
でも、前にも指輪なしで眠ったときは、なにひとつ魔法が使えなかった。
「お前の成長かな、つまり」
「成長してるんですかね? 私」
「それが一番説明がつきやすい、ってだけだけどな」
「やー、嬉しいですね、成長って、ね!」
私のテンションは、いつになく高かった。
勇者も落ち着いて話しているけれど、この現象を喜んでいるのが伝わってきた。
「だけど、問題もあるぞ」
「問題?」
「昨日の婆さんの話だと、お前が一種類しか魔法が使えないのは、お前自身のストッパーだってことだ」
「はあ」
「つまりだ、そのストッパーが外れるってことは、魔力切れを起こす体になったのかもしれないぞ」
「あ、そっか」
それだと意味がない。
強力な魔法がたくさん使えても、すぐに使えなくなるのでは。
「土砂崩れ~る!!」
―――ズズゥウウン!!
「よく燃え~る!!」
―――ゴォォォオオッ!!
「よく冷え~る!!」
―――ピキィンッ!!
「絶好調です!!」
「お、おお、すげえな」
私は嬉しさのあまり無駄に魔法をいっぱい使ってしまったが、魔力が尽きる感じはしなかった。
だけど、そんなにいっぱいの種類、魔法は必要なかった。
【風立ち~ぬ】と【土砂崩れ~る】があれば事足りてしまった。
「そういえば、水を操る魔法はないのか」
「水、ですかあ」
あるにはある。
でも、この旅を始めてからそれを夢に見たことはなかった。
「試してみましょうか」
千年の眠り。
ひとかけらの水飛沫。
青と白のコントラスト。
なびく潮風、怒れる荒神。
時満ち足りて清瀧の刃。
【夢魔法 波立ち~ぬ】
―――ザァッ
波が高くうねる。
水を作り出すことはできないけれど、水を操る魔法だ。
「おお、龍神みたいだな」
「そんな御大層なものではありませんけど……」
―――ザァッ!
「えへへ、魚を捕まえるには便利かもしれませんね」
―――ザァッ!
―――ぴちぴち
―――ザァッ!
―――ぴちぴち
面白いように魚が獲れた。
「おっし、こんだけ獲れればしばらく困らないだろう」
「まだまだ獲れますよー!!」
「バカ、これ以上どうやって保管すんだよ!!」
―――ザァッ!
―――ぴちぴち
「もういいから!!」
「これなら、お婆さんも満足してくれますかね」
「ああ、ちゃんと保管できたら、だが……」
「大丈夫です、塩とか油があったはずですから、保存食ができるはずです」
「んー」
保存食の知識はあまりないけれど、まあ、なんとかなるだろう。
こんなことなら、料理をもっと誰かに習っておけばよかった。
「作れるのは、ジャムと、魚の保存食と、あー、あと木の根っこはどうする?」
「茹でて、塩で練ってみましょうかね」
「オオコウモリは……干し肉にするか」
「ええ、それがベストですよね」
「毒ミミズは……」
「捨ててください、それ」
工房にあった「車のついたかご」は、とっても便利だった。
多くの荷物を運べるし、荷車ほど大げさでもない。
食材を運ぶのには、ちょうどよい大きさだった。
「これ、便利ですね」
がらがら、と音を鳴らして、私たちは集めた食材を運ぶ。
「一台、もらおうか」
「そんな気軽に……」
「じゃあ、材料を集めて作るか」
「それもまた無茶ですよ……」
工房に戻った私たちは、お婆さんのためにまた料理を始めた。
オオコウモリの腹の肉は、網で挟んで外に干した。
木の実は煮込んで煮込んで、砂糖をたっぷり入れて瓶に詰めた。
木の根は塩茹でして練ってみたけど、あんまりおいしくはならなかった。
そして魚は……
「うむ、いい塩加減だ、うまい」
「あ!! ちょっと!! なに一人で先食べてるんですか!!」
「おぬしの指輪な、あれの正体が少しわかったぞ」
食事をとりながら、お婆さんが話してくれた。
「あれには、巨大な魔力が込められている」
「じゃが、それはおぬしの魔力とは別物だ」
「なにか心当たりはあるかの?」
もちろん、それは一つしかない。
私のお母さんの魔力だ。
「じゃろうな、形見じゃという話じゃったから」
「額に当てると眠る、というのも、その魔力のなすしかけじゃ」
「母上殿は、昔からその指輪でおぬしを眠らせてくれていたのではないかの?」
「あ、はい、その通りです」
「母上殿が、ずっとおぬしの旅を見守ってくれていたのじゃろう」
「これからも大切にするがいいぞ」
では、何度も聞こえたあの声は……
「そうだ……お母さんの声だったんだ……」
どうしてそれに思い至らなかったのだろう。
考えてみれば、当たり前のことだったのに。
私の旅を支えてくれた、あの声は、お母さんの声だったんだ。
胸がぎゅっと、熱くなった。
「さて、なにかほかにほしいものはあるかと聞いたが、決まったかの?」
私たちは、思いついた「ランプ」のことを話した。
昼間光を貯めて、夜光る、ランプのアイデアを。
「おお、それはいいアイデアじゃな」
「早速、それも作る作業に入ろう」
お婆さんは快く引き受けてくれた。
「負担じゃないか? というか、サービスが良すぎないか?」
「なんじゃ、サービスがいいと不安か?」
「うますぎる話は、怪しいと思わなけりゃな」
「まあ、旅の勇者ならそれくらい身構えてないと、の」
「ときに勇者殿よ、おぬし、魔法の心得は?」
「ん、ない。全くと言っていいほど、ない」
「じゃろうな、しかし魔法を剣に纏わせたい、とな?」
「ああ、何度がうまくやれてるんだが」
「剣にクリスタルを打ち込むだけでも十分かもしれんが、おぬしがもっと上手なら、さらにうまくいくのにのう」
そう言って、お婆さんはまた考え込む。
なにかいいアイデアがあるのだろうか?
「ま、楽しみにしておれ」
厨房をよく探すと、料理に関する本が何冊か見つかった。
それによると、魚の塩漬けをうまく作るには少々時間がかかるようなので、とりあえず仕込みだけを終わらせる。
ついでに魚のオイル漬けも仕込んでおいた。
たくさん食材を採ってきたつもりだったのに、保存食にしてしまうと、あっという間になくなった。
「なんか、作ってみるとあんまり量ありませんね」
「でもよ、おれたちが出発すれば、あの婆さん一人分だけだぜ?」
「あ、そうか」
「今は居候二人分の食材が余計にかかってるわけだからな」
「誰が食いしん坊ですか!!」
「言ってねえ!!」
……
「これは?」
「勇者殿のための、『魔法の指輪』じゃよ」
お婆さんがくれたその指輪は、私のとよく似ていた。
というか、デザインがそっくりだった。
「え? おれがつけるの? これ」
勇者は私とお婆さんを交互に見る。
なんか照れている。
「ほんの少しだけ、クリスタルが余ったもんでな」
「それをつけておけば、魔力の流れが一層スムーズになる、はずじゃ」
「えへへ、おそろいですねー」
私は嬉しくなってしまった。
魔法の詠唱とともに、手をつないでみたりなんかして。
で、力を合わせてバコーンと強力な魔法で敵をやっつけちゃったりなんかして。
ちょっと素敵!!
ドキドキするかもしれない。
「なあ、そういえばお前、なんで左手に指輪つけてんの?」
「え?」
「右手で魔力コントロールすることが多いだろ? じゃあ指輪も右手の方がいいんじゃないか?」
……そんなこと、考えたこともなかった。
……右手か。やってみてもいいかもしれない。
「おれは、ほれ、左手につけるからよ」
ん?
「これで、指輪どうしくっつけて、いい感じに魔法が剣に伝わったりするんじゃないか?」
ぎゅっ
こ、この勇者は。
私が指輪を右手につけかえるやいなや、左手で握ってきた。
なんてことするんだ!
私は乙女なのに!
乙女なのにィ!!
「ほれ、どうだ?」
しかも、さっきちょっと照れてたのがウソみたいにさわやかに!
ぼくなんにもやましいことありませんよ? みたいな顔つきしやがって!
勇者コノヤロウ!!
照れちゃうじゃないのコノヤロウ!!
「なんて顔してんだ?」
あんたのせいだ!!
結局お婆さんは、日暮れまでに、剣と、ランプと、新しい指輪を作ってくれた。
なんというスピード。
なんというサービス。
はじめのころの偏屈な職人イメージは、もうとっくに霧散した。
「このランプには、日中ある程度魔力を込めておくこと」
「そして太陽のもとに出しておくこと」
「そうすれば、夜好きなだけ光ってくれる」
「ただし、あー、消せないのが弱点じゃが」
消せない!?
「つまり、明かりがつきっぱなしじゃ」
もったいない!!
「じゃから、明かりがいらんときのために、黒いカバーも作っといた」
なんという二度手間!!
「なにからなにまですまないな」
勇者がうやうやしく頭を下げる。
心底嬉しそうだ。
「これで、装備もだいぶ充実した」
確かにそうだ。
龍の鎧やマントを作ってもらったとき以来じゃないかしら。
「おぬしらはやっぱり、魔王城へ最短距離をたどるのかの?」
「ああ、そのつもりだ」
「なら、ここからじゃと北じゃな」
それから、勇者は具体的な進行ルートをお婆さんに教えてもらっていた。
私にはよくわからない地名がポンポン飛び出す。
地図も、もうこの辺になると魔王に結構地形ごと変えられてしまうので、あまり役に立っていない。
「もう一泊していっても構わんぞ?」
「この辺りは、もう集落が減ってきているしの」
お婆さんはそう言ってくれたが、私たちはもう発つことにした。
少しでも早く先に進みたい。
いつまでも甘えるわけにはいかない。
「ありがたいが、もう、行くよ」
魔法のランプで夜も怖くない。
勇者命名、「夜明けのランプ」というらしい。
これは私が持つ担当だ。
「じゃ、世話になった」
「魔王討伐を、楽しみに待っていてくださいね!」
そして、私たちは井戸から飛び出した。
【Ep.12 せいじゃくに ふる たいよう】
―――
――――――
―――――――――
厳かな壁が立ち並ぶ町。
すべてが暗闇に包まれている。
遠くで鐘が鳴っている。
暗い。
黒い。
大きな闇が私たちを包む。
私は息苦しくなって、手を振り回す。
魔法は出ない。
必死で手を振り回す。
そのとき、小さな光が、闇を斬り裂いた。
―――――――――
――――――
―――
「魔法の威力が、弱いです、勇者様」
あれから、何度か眠った。
小さな集落を転々と移動して、私たちは着実に魔王の拠点へと近づいている。
「節約してんだろ、多分」
夢に見ない魔法の威力は、あれから少し弱くなった。
ここらの魔物を一撃で倒すほどの威力ではなくなってしまった。
「ストッパーだって話だっただろ、無駄遣いせず、夢に見た魔法中心に戦えばいい話だ」
「それは……そうですけど……」
私はやっぱり、たくさんの魔法が扱えた方が便利だと思う。
旅の初めのように、一種類だけでなんとかやれていた頃とは違う。
火が効かない魔物も、硬くて魔法が効かない魔物もいる。
うまく立ち回らないと、思わぬ大けがを負ってしまうこともある。
「まあ、使えないことはないんだから、そう気を落とすな」
どの魔法でも使える! と思った時の私の喜びを返してほしい。
結局、あまり成長していない。
あの日は、特別だったのだろうか?
特に危機が迫っていたわけでもないのに?
「それより、今日は、どんな夢を見たんだ?」
「光の魔法?」
「ええ、多分、【ヒノヒカリ】だと思うんですけど」
「教えてもらった魔法なのに、夢に見られたのか?」
「……確証はないですが」
今日は夢魔法が使えないのだろうか?
確かに【ヒノヒカリ】は強力だ。
だけど、あれだけで大丈夫だろうか。
「あと、夢に出てきた町並みは、なんか暗くって陰気でした」
「暗いのと陰気なのはどう違うんだ?」
「同じ意味です」
「おい」
そうだ。
なんだか変な町だった。
鉄壁の岩石要塞を訪れたときも、少し町並みが怖かったが、今日夢に見た町は、少し違った。
「なんだか……暗いっていうか……黒いっていうか……」
「ふうん」
勇者は興味なさそうだ。
どうせ夢の中なんだから、色が違っているだけだろ、とでも思っているのかもしれない。
「まあ、気にしても仕方がない」
「この山沿いに歩いていけば、わりと大きな町に到着するはずだ」
「あとは魔王城までわずか」
「今日はとりあえず、そこまで行くからな」
私たちの旅も、終わりに近づいている。
それなのに、私の魔法はまだ不完全だ。
こんなことでいいのだろうか?
……
「なん、だ、この町?」
勇者が唖然と見上げる。
私も開いた口がふさがらない。
さぞかしマヌケな顔になっていただろう。
「黒い……ですね……全部……」
その町は、すべてが黒かった。
家々も、植物も、人々の服すら、ほとんど黒かった。
まず活気がない。
誰も彼も、大きな声を出さず、静かに密やかに佇んでいる。
「元気ないですね?」
家や服が黒いのはまだわかる。
そういう宗教だったり習慣だったりするのかもしれない。
だけど、植物まで黒いって、どういうこと?
「あんな種類の木、あったっけか」
「見たことないですね。別に植物に詳しいわけじゃないですけど」
「ああ、おれもそうだが」
形は、私たちがよく知っている木だ。
だけど、幹も、枝も、葉も、すべてが黒っぽい。
「なあ、あんた、どうしてこの町は、こんなに黒いんだ?」
勇者が町の人を呼び止めて、尋ねる。
今まで訪れた人たちみんな、同じ疑問を持ったはずだ。
だけど、その人の答えは、私たちの求めるものではなかった。
「あんたら、よそから来たのかい?」
「悪いことは言わねえ、この町に長居しねえほうがいい」
「あと、大鐘楼の鐘が鳴ったら、外へ出ちゃなんねえ」
「いいか、絶対に屋内に入りな」
「屋内なら、安全だから」
「……どういうことでしょう?」
「……わかんねえ」
その人の話は要領を得なかった。
だけど、なんだか危ない町だ、ってことはよくわかった。
「大鐘楼って、言ってましたね」
「あれかな」
町の中心に、大きな塔があった。
鐘は見えないけど、中にあるのだろう。
あれだけの大きな塔の鐘なら、きっと大きいはずだ。
この町のどこにいても、聞こえそうだ。
大鐘楼らしき塔を見上げながら町中を歩くと、妙なものに出くわした。
教会の牧師さんらしき人たちが、家々を回っている。
そして、なにやら詠唱を行い、家の壁を撫でている。
「あれはなにをしてんだ?」
「わ、わかりません」
「魔法か?」
「ええ、そんな感じですけど……」
よく見れば、結構な人数がそこかしこにいる。
そして、同じように家の壁を撫でている。
「なにかのおまじないでしょうか?」
「家の壁を黒くしているのか?」
「うーん……わかりません」
幸い、宿で出てきた食事は普通の色をしていた。
ただ、あまり豪勢なものではなかった。
「すまないね、こんなものしかなくて」
宿のおばちゃんは、町全体の雰囲気から考えると、ずいぶん気さくな方だった。
「いえいえ、十分です」
豪勢ではなかったが、その味は確かだった。
このあたりに出るらしき魔物の肉も、なんだか締まっていて美味だ。
「この町の壁や植物は、どうして黒いんだ?」
勇者がおばちゃんに尋ねる。
「……」
おばちゃんは、ちょっと言い淀んだ後、またよくわからないことを言った。
「この町ではね、夜になると、『闇』が歩き回るのさ」
「それが、この町をどんどん黒く染め上げちまってね」
闇?
夜が来る、ということではなくて?
それが歩き回る?
黒く染め上げる?
「どういうことですか?」
「言葉の通りさね」
「悪いことは言わない、鐘が鳴ったら、宿から出るんじゃないよ」
「あんたら旅の勇者みたいだが、『闇』に挑んでやられてった奴らも少なくない」
「無理に戦おうとしないことだね」
「朝になったらいなくなるから、それまでの我慢さ」
どうやらこの町には、特殊な魔物がいるらしい。
それが「闇」と呼ばれているらしい。
戦っても、勝ち目はないらしい。
そしてそれが徘徊するせいで、この町は黒いらしい。
「……どうする」
「……どうしましょう」
正直言って、寄り道をしているヒマはない。
魔王を倒すのが一番だ。
魔王さえ倒してしまえば、魔物たちも勢いを失うはずだ。
無理にすべての魔物を倒して回る必要はない。
でも……
「この町の、沈んだ雰囲気は、なんだか見て見ぬ振りできません」
「同感だ」
魔物の支配に近い。
この町の沈んだ雰囲気は、その「闇」のせいなのだろう。
だったら、私たちがなんとかしてあげたい。
……
旅の支度のため、食料や消耗品を買い集めた後、私たちはまた宿に戻ってきた。
とっくに日は落ちていたが、まだ大鐘楼の鐘は鳴らない。
「お前の夢に出てきた暗い町ってのは、ここのことであってるよな?」
「ええ、おそらく。雰囲気がよく似ています」
「なら、『闇』とかいう魔物を倒すには光の魔法が一番有効ってことだよな?」
「うーん、【ヒノヒカリ】で倒した描写はなかったんですけどね……」
「しかし、ほかの魔法はあまり使えないだろ?」
「ええ、それはそうですが」
「とにかく、鐘が鳴るのを待とう」
私たちは宿から飛び出す準備をしながら、そのときを待った。
宿の人たちは、厳重に窓やドアを閉めている。
そういえば、あの牧師さんたちがしていたことって……
「もしかしたら、家の壁に防護魔法でもかけていたのかもしれませんね」
「ああ、なるほど」
町の人は「屋内にいろ」「宿から出るな」と言っていた。
つまり、屋内なら「闇」の攻撃を受けないということだろう。
そのための準備だったのかもしれない。
ざわ……
突然、空気が変わった。
「っ!?」
勇者も敏感にその雰囲気を感じ取ったようだ。
そして。
――――――ゴォーーーーン
――――――ゴォーーーーン
重く深い鐘の音が、町中に響いた。
「行くぞっ!」
勇者の後を追い、宿を飛び出す。
「だぁっ! だめだっつってんのに!!」
後ろで宿のおばちゃんが叫んでいる。
私たちが飛び出すことも、予想していたようだ。
無理に追いかけてこない。
「ごめんなさい!! 行ってきます!!」
「バカ!! 死んでも知らないよ!! 命知らず!!」
私は走りながら、後ろに向かって謝る。
「なん、っだ、こりゃあ」
「わぷ!」
後ろを見ていたせいで、私は勇者の背中にぶつかってしまった。
「な、なんですか?」
勇者は棒立ちだ。なにかを見上げている。
私もそちらを見上げる。
「な……」
言葉が出て来ない。
巨大な「闇」が、空を覆っていた。
単なる夜じゃない。
これこそが、町の人が恐れる「闇」なのだろう。
よく見ればどことなく人型に見える。
ただ、その大きさは尋常じゃなかった。
高い高い大鐘楼を、包むほどの大きさだった。
「……黒龍と対峙した時よりも、恐ろしいかもしれない」
「……同感です」
これに比べれば、黒龍は小さなもんだ。
形ある動物だし、ちょっとその辺の魔物より大きいくらいだ。
でもこれは、得体が知れない。
底が知れない。
おぞましい。
どうやらこちらに気づいている様子はない。
大鐘楼を撫でまわし、ゆらゆらとゆれている。
「どうする」
「と、とりあえず、攻撃をしかけてみましょうかね」
私は先手必勝、とばかりに、勇者の前にずいと立ち、詠唱を始めた。
千年の眠り。
ひと握りの命綱。
試験管の中の神、三つ編みの髭。
轟く咆哮と真実を映す空。
時満ち足りて神罰の鎌。
【夢魔法 神鳴~る】
―――カッ!!
―――ビシィッ!!
闇に向かって雷を落とす。
―――カッ!!
―――ビシィッ!!
威力は絶好調とは言い難いが、どうだろうか。
―――カッ!!
―――ビシィッ!!
しかし、闇は悠然と構えている。
なにも気にしていない。
「むむむ、涼しい顔しよって」
「勇者様も一緒にお願いします!」
―――バチバチバチッ
私は勇者の新しい剣に向かって雷を飛ばす。
―――バチンッ!!
うまく纏わりついた。
「おおっ!! これ、前よりずっとコントロールしやすいぞ!!」
勇者も喜んでいる。
「おっしゃ! 行ってくる!」
勇者はそのまま駆け出し、闇の足元へ向かう。
さすがに大きすぎるので、物理的に攻撃をしかけるなら足からになるのは当然だ。
私はその間に、さらに雷を生み出す。
―――バチバチバチッ
雷の槍を作り出し、左手を空に掲げ、大きく息をつく。
勇者の斬り込みに合わせて、投げつけるつもりだ。
普通の槍じゃあすぐそばの地面に落ちる程度しか投げられないが、魔法の槍なら飛ばせる。
「おりゃあ!!」
勇者が闇の足元にたどり着き、斬り込む。
私もそれに合わせて、大きく胸をそらし、槍を投げつけた。
――――――ヒュンッ
町は静寂に包まれた。
「あれ?」
雷の槍が消えた。
勇者の剣が光らなくなった。
悠然と闇は、町を歩き出す。
―――ドシャァッ
勇者が倒れ込む。
やばい。
やばいやばい!!
しかし、私は足がすくんで進めなかった。
勇者が倒れた上を、闇が通り過ぎてゆく。
起き上がろうとしているから、死んではいない。
でも、無事でもなさそうだ。
闇は、全く意に介さないような顔で、ゆっくり歩いてゆく。
虫に刺されたとも思っていない。
「ゆ、勇者様……」
私は、闇が遠ざかるのを待つことしかできなかった。
「勇者様!!」
私が駆け寄ると、勇者は苦しそうに体を起こした。
ケガはしていない。
しかし、ひどく辛そうだ。
「体力を……吸い取られたようだ……」
「あれには近づけない……」
どうしよう。
勇者をこのままにしておけない。
私が回復魔法をかけようとすると、勇者がそれを止めた。
「バカ、そんなのいいから、光の魔法、試してこい!!」
そうだ。
まだ【ヒノヒカリ】を試してなかった。
「行ってきます!!」
私はローブを翻し、闇を追う。
こちらなんて眼中にないだろうが、一撃でも食らわせてやらないと。
私にだって意地がある。
狙うは頭だ。
頭というか、頭っぽいところだ。
天に昇るは神の眼。
濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。
死者は棺に生者は炭に。
果てしなく赫く。
その名を灯せ。
【天候魔法 ヒノヒカリ】
―――カァンッ
空から光の筋がのぞく。
雲をかき分けて。
闇を斬り裂いて。
「はぁっ!!」
―――カァンッ
「おりゃあっ!!」
―――カァンッ
「まだまだっ!!」
―――カァンッ
―――カァンッ
―――カァンッ
―――ゴゴゴゴゴゴゴッ
大地が揺れる。
闇が震えている。
―――ゴゴゴゴゴゴゴッ
「き、効いた!?」
私の喜びもつかの間、闇がこちらを振り向いた。
表情は読めないが、なんだか怒っている気がする。
「っぎゃ!!」
私は一目散に、勇者の元へ駆け寄った。
「ど、どうしましょう怒らせました!」
「や、宿へ……」
「そんな! 撤退ですか!?」
「バカお前、もう一度対策を練り直さないと、犬死……」
「で、でも勇者様をこんなところに置いていくわけには……」
「誰が置いてけっつった!!」
闇に沈むは鬼の眼。
清流を塗り潰し煌々と自戒せよ。
死者はベッドに生者は海に。
果てしなく碧く。
その名を記せ。
【天候魔法 ツキアカリ】
―――フォン
青白い光が、勇者を包む。
「ど、どうですか?」
「ああ、大丈夫、歩ける……」
「逃げましょう、とりあえず!!」
宿に着いた途端、おばちゃんに怒られた。
「ばっかだねえ!! だから言ったじゃないのさ!! 出ていくなって!!」
「ケガは!? ない!? そりゃあ幸運だったね」
「ほら、もうおとなしく寝ときな!!」
面目ない。
勢いよく飛び出したものの、私たちではあの闇を倒せなかった。
【神鳴~る】は全然だめだし、【ヒノヒカリ】ですらちょっと怒らせた程度だった。
「どうやれば倒せる?」
「んん……難しいですね……」
「おれの剣に纏わせてた魔法は、斬り込んだ瞬間闇に吸い込まれた」
「物理的な攻撃は効かないし、魔法は吸い込まれる」
「おれでは到底倒せない」
そんな。
勇者がそんな弱気なことを言うなんて。
「でも、お前の魔法ならわからないぞ」
「光の魔法は、少なくとも雷よりは効いただろ?」
「もっと威力を上げてぶち込めば……」
威力を上げる……
言うのは簡単だが、どうすればいいのか、全然わからない。
「まあ、なんにせよ今日は休んで、明日リベンジだ」
「日中、対策を練ろう」
そう言いながら勇者は、ベッドの毛布にくるまる。
相当体力を消耗したのだろう。
明るく話すが、顔色が悪いままだ。
「もう一度、回復魔法かけておきましょうか?」
「いや、大丈夫、ケガはないから」
「お前も、休め、な」
寝床に入り、命があることに感謝しつつも、反省点を考えた。
まず、マカナの実を食べなかった。
おごりがあったかもしれない。
こんな時に使わないでどうする。
残りが少ないからといって、出し惜しみしていては勝てない。
あと、そうだ、あれの出番では?
私は飛び起き、部屋の隅に置いてあった「夜明けのランプ」から、カバーを外した。
「おわっ! 眩しい! 寝れねえって!」
「あ、ごめんなさい」
これで夜を照らせば、もしかしたら太陽の光が強くなったりしないか?
魔法の威力も上がったりしないか?
そもそも、魔法の威力が足りない。
防衛隊長さんは、夜でももっと強い魔法を使っていた。
私はあのとき、昼間使っただけだ。
結果的に魔物は一掃できたけど、あのときの魔物は大した敵じゃなかった。
「あの威力を、私も出さないと……」
明日、あの魔法ををもっと鍛えないと。
すごい魔法を覚えられたことで、それだけで満足してしまっていた。
まだまだ私は未熟だ。
それを自覚して挑まなければ。
窓の外では、まだざわざわと妙な気配がしていたが、家の中は確かに安全だった。
「あ」
そういえば、家々に防護魔法らしきものをかけていた牧師さん。
あの人にも話が聞きたい。
もしかしたら、その防護魔法が役に立つかもしれない。
明日はやることがたくさんある。
勇者の一行が、一度敗れたくらいで諦めていてはいけない。
よし、やるぞ、とやる気を出して、私は眠りについた。
―――
――――――
―――――――――
空を覆う黒い闇。
浮遊する黒い雲。
閉め切った家々。
真っ黒な壁。
チカチカ、と周りが明るくなる。
空から降る太陽は、少しずつ闇を削り取る。
しかしあと一手足りない。
あの闇を払うには。
その時、私のすぐ横に、新たな光が生まれた。
―――――――――
――――――
―――
「おっはようございます!!」
私の寝起きは最高だ。
「……おはよ」
病み上がりの勇者は元気がない。
「結局、あの後は何事もなく過ぎたようですね」
「……ああ、そうみたいだな」
勇者の体調は万全ではなさそうだが、今日の活動に大きな影響を受けるほどでもなさそうだ。
だけど一応、朝食をとりながら私は今日の相談をした。
「だから、とりあえず私一人で、町を回ったりして準備できると思います」
ほんとは勇者にも一緒についてきてほしい。
難しいことは一緒に考えてほしい。
「……おれも行く」
嬉しい、そう言ってくれて。
だけど、無理はさせたくない。
「あの、動き回るのは私がやるんで、考える部分を手伝ってもらえたら……」
「ああ、わかった」
まずは教会だ。
牧師さん、修道女さん、誰でもいいから、家にかけた魔法について教えてもらわなければ。
「あれは『祈り』です」
「厄災に見舞われないように、という祈りを込めて、家や建物を清めているのです」
牧師さんは、そう説明してくれた。
「私たち、あの闇を倒したいんです。その『祈り』を私たちにもかけてくださいませんか?」
珍しく積極的に人に話しかける。
いつもはまず勇者がやってくれていることだ。
だけど、今日は私が頑張る日だ。
歯が立たなかったことは悔しいけど、今日こそ、リベンジしてやる。
その意気が牧師さんにも伝わったようだ。
「いいでしょう、あまり人にすることはないのですが、やってみましょう」
「ほら、勇者様も」
むにゃむにゃと聞き取れない呪文を唱えて、牧師さんは私たちに魔法をかけてくれた。
「祈り」だなんて言ってたけど、大きく分類すればこれはれっきとした魔法だ。
「これ、夜にやってもらった方がいいんじゃねえか?」
勇者は魔法の効き目を気にしているけど、牧師さんはさらに詳しく説明してくれた。
「この祈りは、毎日欠かさずかけることによって、より強固にしているのです」
「昼と、夜にも教会においでください。またおかけしましょう」
だそうだ。
「家の壁が黒くなるのは、どういう原理なんでしょうか?」
さらに牧師さんに尋ねる。
色んな事を、知っておきたい。
闇を倒すために。
「そもそも、『闇』と呼ばれるあれは、魔王の魔力の一部なのです」
「魔王の!?」
「はい、魔王の分身がこうやって人里に降りてきて、人々の生命エネルギーを吸い取るのです」
「そうやって魔王は、自分の生命をつないでいるのです」
「そして、少しずつ、この町全体を闇に染めようとしているのです」
「『黒』は魔物の色、そして魔王の好む色ですので、ね」
「『黒い』『暗い』『湿っぽい』など、それらすべて魔王が好むものです」
私は魔の森のことを思い出していた。
あそこも、魔王の魔力が流れ込む場所だった。
魔王城により近いここも、似たような環境なのかもしれない。
「我々は可能な限り建物を浄化し、魔物や『闇』が近づけないようにしていますが」
「魔王の力をすべて跳ね返せるほど強力な『祈り』ができているわけではありません」
「ですから、徐々に色が黒くなっていってしまうのです」
「新しい家を、どんな材料で作っても、いずれは黒くなります」
「それは、この町が魔王城に近いという、ただそれだけではじめから決められてしまったことなのです」
「この町に生まれた子どもたちは、『夜』も『暗闇』も、恐怖でしかないのです」
「夜空に輝く星や月も、心から楽しんで眺めることはないのです」
「あそこに魔王城が生まれて、それから、ずっとです……」
「私たちは、ただ小さな抵抗しか、できない……」
牧師さんは優しい口調で話してくれたが、少しずつ苦しそうな口調に変わっていった。
そこには、牧師さんの無念が強く込められていた。
この町に生まれたという、それだけで、はじめから『闇』の恐怖に怯えるのが当たり前だなんて。
この町で家を作っても、どんどん黒く浸食されてしまうのが当たり前だなんて。
わりと平和な町に生まれた私にも、その辛さはよくわかる。
平和な町に生まれたからこそ、その辛さがよくわかるのかもしれない。
こんなこと、終わらせないといけない。
「私たちが、今夜、なんとしても『闇』を倒してみせます」
「今まで失敗していった旅人さんや勇者さんたちのことを、教えてください」
これまでに『闇』に挑んでいった人たちはかなりの数に上るらしい。
優秀な魔道士も、勇者も、武闘家も、宗教家も。
それから、魔王のやり方に反発する魔物の軍勢もいたらしい。
だが、闇を削れたとしても、倒せたものは一人もいないらしい。
わかったことは、「近寄りすぎると生命エネルギーを吸われる」こと。
それから、「魔力も中途半端だと吸われてしまう」こと。
昨日の【神鳴~る】は中途半端だった。
うん、それは反省です。
夢に見ていないのに、とりあえず効くかも、と思って使ったのが間違いだった。
今日は【ヒノヒカリ】に絞って攻撃することを誓った。
次は、町の道具屋や雑貨屋、薬屋を回って、閃光玉を作った。
「闇なら、光が天敵なはずです」
これまでの蓄えを惜しみなく使い、作れる限り作った。
私よりも勇者の方が手先が器用なので、ほとんど任せることになったが……
「これ、黒龍と戦った時にお前が使ってたやつだな」
「ええ、そうです」
「おれは、これを、どうしたらいいんだ?」
「事前に魔力を込めておくので……って、そっか、タイミングが難しいですね」
閃光玉は、私が魔力を込めたあと、数秒で爆発する。
そのタイミングは、私ならはかりやすいが、勇者に投げてもらうとなると……
「勇者様、魔力の込め方を教えます」
「は!? いや、そんな付け焼刃で……」
「大丈夫です、お婆さんにもらった『魔法の指輪』があるじゃないですか!」
閃光玉をたっくさん作ったあと、私は勇者にレクチャーを施した。
指輪を通じて、体の中の魔力を流し込むことを。
そのイメージを。
「でっきねえ!!」
勇者は魔力をほとんど持っていないようだった。
何度やってもうまくできなかった。
昨日、闇に吸い取られたのかとも思ったけど、そもそも素養が全くない。
「……お前の魔法を剣でコントロールするのはできたんだけどな……」
「勇者様に魔力が全くないとなると、困りましたね」
「……面目ない」
「謝らないでください! 打開策を考えましょう」
「ううむ……」
そうこうしているうちにお昼時になったので、食べられるところを探して休憩することにした。
……
「これ食べたら、また教会に行きましょうね」
「牧師さんにもう一度祈りをかけてもらいに、だな」
おいしそうなシチューを出す店があったので、私たちはそこへ飛び込んだ。
龍やコウモリの腹の肉もおいしいけど、やっぱり牛が一番おいしい。
パンも焼きたてでとてもおいしい。
「この町、畑も牧場もろくにないのに、もぐもぐ、どうしてこんなおいしいシチューが作れるんでしょう、もぐもぐ」
「さっき馬車が食材を運んできてたぞ。多分どっかからの流通があるんだろ」
「なるほどお、もぐもぐ、でも、この町の資金はどこから、もぐもぐ、出るんでしょうね」
「魔物を狩ってる一団があるみたいだぜ。この辺りは強い魔物が多いから」
さすが勇者。よく見ている。
闇は倒せなくても、貴重な素材を持つ魔物なら狩れる強さは、この町にあるということか。
なら、闇さえ倒せばきっと、この町にももっと活気が戻ることだろう。
魔物に屈しない強い町だ。
「シチューついてるぞ」
「むいむい」
ぐい、と勇者がナプキンで拭いてくれた。
子どもみたいで恥ずかしい。
……
「閃光玉、ですか」
教会に行くついでに、牧師さんに、勇者の魔力について尋ねてみた。
「それを、はあ、扱えないと」
「魔力が全くない、と。ふうむ」
なんだか馬鹿にされている気がしたのか、勇者はふくれっ面だ。
「その指輪はクリスタルを使っているようですね」
「その指輪自体に、あなたの魔力を貯めておく、というのはいかがでしょうか?」
「!」
そんな手があった。
指輪から閃光玉への魔力の移動なら、勇者でもできるかもしれない。
「やってみます!」
「いいですか、私の魔力は感じますか?」
「ああ、わかる」
「それを指輪から、私の手に移してください」
「んん……」
勇者が目をつぶって手に力を込める。
すこしずつ、魔力がこちらに溢れてくる。
「いいですよ! うまいですよ! その調子!」
「むむむ……」
しばらくのトレーニングで、勇者は魔力のコントロールができるようになった。
もともと剣ではできていたのだから、そう時間はかからなかった。
「しかし、なんだか気持ち悪い感覚だ」
「気持ち悪いって、どういうことですか!?」
「いや、その、目に見えないものを動かす、というのがさ」
「そんなの、今更ですよ」
なんて言いながらも、私は魔法を初めて使った頃のことを思い出していた。
目に見えない魔力の流れが、現実に影響を及ぼす感覚。
確かにはじめは、気持ち悪かった気がする。
「閃光玉を、こう握って、魔力を流し込んで、で、投げつけるんです」
タイミングが重要だ。
爆発するまでの時間は、流し込んだ魔力によって多少左右される。
だけど、黒龍の時のように顔に向かって投げつけなくてもいいのだから、誤差は気にしない。
とにかく自分の手の中で暴発しなければ、なんとかなる。
「これをどんどん投げつけてもらって、周囲を明るく保ってほしいんです」
「夜でも、私の【ヒノヒカリ】が威力を高めるには、周囲に光が必要なんです」
「……なあ」
「思いついたんだけどさ、この閃光玉に【強くな~る】って、かけられないのか?」
「え?」
「椅子の足とか、酒瓶とかにも魔法をかけてただろ?」
「だから、この閃光玉に魔法をかけりゃ、威力が強くなるんじゃねえのか?」
そ、それは盲点だった。
でも、昼間では試せない。
ぶっつけ本番ということになる。
「それいいですね! 出撃直前に、【強くな~る】をかけてみましょう!」
「うまくいくかは知らないけど……」
「いいアイデアですよ! きっとうまくいきますって!」
「なんだか情けねえな、勇者だってのにお前のサポートしかできないなんて」
「私だって足を引っ張りまくってここまで来たんですから、たまには活躍させてくれてもいいでしょう?」
「はっは」
「な、なに笑ってるんですか」
「頼りにしてるぞ、相棒」
それから、私は私で【ヒノヒカリ】の火力を上げる練習に時間を費やした。
勇者は勇者で、町の作りを調べて回っていた。
閃光玉を投げて回ったり、ランプを掲げたり、それをどこでやるのが効率いいのかを調べているらしい。
強化魔法【強くな~る】、それに天候魔法【ヒノヒカリ】
この二つを最大限うまく使って、光を強め、魔法の威力を上げる。
閃光玉と夜明けのランプで、周囲を明るくする。
そのために閃光玉はたくさん作ってある。
夜明けのランプも、目いっぱい魔力を込め、目いっぱい太陽光に当てておいた。
他に、なにかできることは?
「すべての家で明かりをつけてもらうってのは、どうだろう」
「いや、民家を危険にさらすのは、よくないかしら」
……
「【よく燃え~る】でたくさん松明を作っておくってのは?」
「いや、火の灯りと太陽の光は別物よね……」
宿での夕食の後、閃光玉と夜明けのランプに【強くな~る】をしっかりとかけた。
光の強さのみを強化するイメージで。
すると、まだ鐘が鳴るにはずいぶん早いのに、勇者はもう出て行った。
「『闇』が出てからじゃ遅いだろ? すぐに対応できるよう、準備しておくから」
そう言い残して。
できればそばにいてほしかったけど、勇者には勇者の作戦があるのだろう。
私は一人、宿に残った。
宿のおばちゃんは渋い顔をしているけど、諦めたみたいだ。
もう、「出ていくな」と強く止めない。
「……静かね」
外は、不気味なほど静かだった。
ざわ……
きた!
腹の底から怖気がする、いやな感覚だ。
そして、鐘が鳴る。
――――――ゴォーーーーン
――――――ゴォーーーーン
私は、急いでマカナの実を食べ、宿を飛び出した。
「……死ぬんじゃないよ!!」
おばちゃんの声が、背中に刺さった。
「行ってきます!!」
大鐘楼を見上げると、またも空を『闇』が覆っていた。
しかし、昨日と違うのは、空が少し明るいことだ。
「なるほど! さすが勇者様!」
勇者は、大鐘楼にいるらしい。
そこが、すっごく明るい。
夜明けのランプの効果だろう。
これなら、昨日よりもいけるかもしれない。
「よっし!」
天に昇るは神の眼。
濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。
死者は棺に生者は炭に。
果てしなく赫く。
その名を灯せ。
【天候魔法 ヒノヒカリ】
空からのぞく太陽の光。
昨日よりも大きく、強く、激しく!
―――カァン!!
もっともっとだ!!
―――ガガァンッ!!
地響きを起こすほどの!!
―――ガガガガガッ!!
すべてを焼き尽くすほどのぉっ!!
光をっ!!
―――ガァァァァアアアアアアンンンンッ!!
「……はぁっ……はぁっ……はっ……はぁっ……」
息が荒い。
夢中になって魔法を落とした。
太陽を召還した。
闇を斬り裂いた。
「……はっ……はっ……はぁっ……はぁっ……」
海で見えない魔物相手に雷を落としたときのように。
死んだ勇者を時間を巻き戻すことで生き返らせたときのように。
無我夢中で魔力を放った。
昨日のようにおごりはなく、ただ、ただ、全力だった。
しかし、『闇』は、まだそこにいた。
「うそでしょ……」
弱ってはいる。
無駄ではない。
だけど、まだ倒すには足りない。
「……はっ……はっ……」
どうしよう。
どうしようどうしよう。
あと、できることは……
いや、もっともっと打ち続けるか。
まだ魔力は切れていない。
マカナの実でドーピングもしている。
これさえ倒したらぐっすり眠れる。
しかし、闇はゆっくりとこちらを向き、目を光らせた。
「っ!!」
怒っている。
こっちに来る。
やばい。
やばいやばい!!
どうする。
真正面から【ヒノヒカリ】を打ち込むか。
今日も撤退するか。
明らかに『闇』は昨日よりも怒っている。
危険かもしれない。
勇者の一行が、二日連続で宿に逃げ帰るなんて、許されるだろうか。
家の中に逃げ込みさえすれば安全なのだから、逃げてしまいたい。
だけど、「今日こそ倒す」なんて息巻いて、またダメだったら、みんなはどんな顔をするだろう。
無理だって思われてた黒龍だって倒した。
優秀な魔道士の防衛隊長さん、所長さんから、素晴らしい魔法を教えてもらった。
ここで逃げ帰るなんて、許されない!!
「……くそっ!!」
やぶれかぶれで、再度【ヒノヒカリ】を打ち込むため手を前に伸ばそうとしたとき、私の左手が誰かに掴まれた。
「っ!」
「諦めるな」
私の左手を握っていたのは、勇者だった。
いつの間にここに?
大鐘楼にいたのではなかったのか。
「いい魔法だった、確実に効いている」
「もう一回、ほら、いけ!!」
勇者の手から、魔力が伝わってくる。
勇者の左手に握られた、夜明けのランプだ。
その光が、魔力が、直に私に流れ込んでくる。
いける!!
「ぁぁぁぁぁああああっ!!!!」
右手を目いっぱい開く。
大きな大きな魔力の流れを作る。
お婆さんのところの水晶玉を割ってしまったときの、全力の魔力コントロールを思い出しながら。
それらすべて、【ヒノヒカリ】に乗せて。
―――カァンッ!!
そう言えば夢の中で、私のすぐ横に光が生まれたな、と思い出しながら。
―――ガガァアンッ!!
あれは、勇者と、ランプのことを暗示していたのだろう。
―――ガァァァァアアアアアアンンンンッ!!
静寂。
辺りは昼間のように、強い光に包まれた。
私も、勇者も、無言だった。
静寂。
ゆっくりと、夜の闇が降りてくる。
静寂。
また、暗くなった。
しかし、そこにもう『闇』はいなかった。
「油断すんなよ」
勇者がゆっくりと、背中の剣を抜く。
その剣先は、ランプから移したであろう光の魔法を纏っていた。
いつの間にそんなテクニックを身につけたのかしら。
「ほら、地面をよく見ろ」
よく見てみると、地面を這う闇があった。
バラバラになったけど、まだ全滅したわけではないらしい。
「あれを全部片付けるぞ!」
「はいっ!」
私たちはまた二手に分かれた。
だけどもう不安はない。
「逃がさないよっ!!」
―――バシュッ!!
光の魔法を当てると、闇のかけらは煙のように消えていった。
数が多いが、なにも怖くはない。
「朝ですよっ!!」
―――バシュウン!!
気持ちいい。
特に攻撃もしてこないし、間合いを取って魔法を放てばいいだけだ。
「……よし、こんなもんかしら?」
「……おう」
勇者は、悠然と待っていた。
あたりには、もう闇は一つもいない。
「お疲れ」
私の方を、見もしない。
だけど、それは少しだけ拗ねているのだと、私は解釈した。
「勇者様、魔法を剣に移すの、よくできましたね?」
私、教えてないのに。
「……おう」
照れている。
「……これで、闇は倒せましたかね?」
「……おそらく、な」
「明日なにごともなかったかのように復活してたら笑えますね」
「笑えねえな」
魔王の分身という話だったから、また出てくる可能性はある。
なんにせよ、早く魔王を倒してしまうに越したことはない。
「この調子で、魔王もぶっ倒しましょうね」
「おれにも活躍の場を残しておいてくれよ?」
「も、もちろんです!」
やっぱり拗ねている。
だけど、勇者の機転がないと、きっと倒せなかった。
あのとき、私に流れ込んできたのは、ランプの魔力だけではなかった。
それは、きっと……
「勇者様のおかげで、町が守れました」
勇者の、なにかが、私を守った。
それを言葉にするのは恥ずかしくて、難しい。
だけど、茶化してでも、それを伝えておく。
「いやあ、勇者様に手を握られたときは、ドキドキしちゃって大変でしたよう」
「コントロールが乱れそうになったんですからね!」
「乙女の手を、そう気軽に握るもんではありませんよ!」
「ま、そのおかげで、私は助けられたんですけどねっ」
「これからも、私がピンチの際は、隣で手を握ってくれてもいいんですよっ」
うむ。
伝わっただろうか。
私なりの感謝と愛情表現なんだけど。
「……危なっかしいんだよ、お前は」
つん、と勇者はそっぽを向いたままで言った。
「まだ守らなきゃいけない、危なっかしい魔道士様だ」
「ええ、ええ、そうですよっ」
「でも、その魔法におれも守ってもらってるんだよな」
「そう、そのとおりですっ」
「守り守られ、ってことだ」
「お互い補いあってるんですよね、私たち」
「ん」
私は、少し、素直になれた。
勇者も、少し、歩み寄ってくれた。
そして、私たちは寄り添いながら宿屋に帰った。
……
「お帰り! 無事かい!?」
宿に帰ると、おばちゃんが心配顔で出迎えてくれた。
灯りはほとんどつけていなかったが、私たちの帰りを待っていてくれたみたいだ。
「やっつけましたよ! 二人力を合わせて!」
「……明日復活してないことを祈る」
「……そうかい!」
おばちゃんはほっとした顔をして、笑った。
もしかしたら、これまでにこの宿に泊まった旅人が、死んだのかもしれない。
それを見てきたから、あんなにも心配してくれていたのかもしれない。
「……では、疲れたので寝ますっ!」
「……明日の朝飯は遅めにしてくれっ!」
私たちは部屋に駆け込んだ。
結構、疲れていた。
ていうか、無意識のうちに立ったまま寝そうなくらい、疲れていた。
「おい、ランプのカバー!」
「はいっ」
「もう、服とか、着替えとか、めんどくせえっ」
「だめですっ! ちゃんと着替えるまでランプにカバーかけませんよっ」
ぎゃあぎゃあ言いながらも、支度ができるとすぐに眠りに落ちた。
それくらい、私たちは消耗していた。
次の日の明るいうちに私たちは発ったので、「闇」が復活したかどうかはわからない。
だけど、あの感触では、きっともう襲ってこないと思う。
なんにせよ、できるだけ早く魔王を討伐しなければ。
魔王がいることで、苦しんでいる人たちがいる。
その人たちを救うために。
「魔王、倒しておくれよっ!」
おばちゃんの威勢のいい声に見送られて、私たちは先へ進む。
「楽しみに待っていてくださいねっ!」
私たちは、笑顔で手を振り、町を後にした。
【Ep.13 ほろびのじゅもん】
―――
――――――
―――――――――
空に浮かぶ島。
鳥型の魔物にまたがる魔物の軍勢。
飛び交う小型の龍。
それらすべて斬り裂いて、島を一直線に目指す。
雑魚にかまっているヒマはない。
魔力を無駄遣いしているヒマもない。
―――ゴォッ
燃えさかれ。
―――ピキィン
凍てつけ。
私の両手は、すべてを薙ぎ払った。
―――――――――
――――――
―――
目の前に浮かぶ島は、目をこすっても消えなかった。
どうやら夢でも幻でもないらしい。
「……ほんとに浮いてるんですね」
「疑ってたのかよ」
「だって、島が、浮くなんて、うそっぽいじゃないですか」
「うそっぽい、ってお前」
実際に目にしてみると、今でもそれは冗談のように思えてくる。
ついに辿り着いた。
ここが、目指していた魔王城だ。
昨日一泊したのは、魔王城に最も近い、小さな村だった。
魔物に襲われていないのが嘘みたいな村だったが、なんのことはない。
村人みんな、魔物だったのだ。
ほいほい泊まりに来た旅人を、寝込みを襲って殺すのだ。
幸い私たちは不穏な魔力を嗅ぎ取ることができたので、返り討ちにしてやった。
「今まであれで、よく騙せてたよな」
「ね、ダダ漏れでしたよね、殺気」
「おれたちより先に泊まろうとしていた旅人がいるって話だったけど……」
「もう魔王城に着いてるんですかね?」
私たちの前に泊まったという旅人一行は、殺気に感づいて逃げ出したそうだ。
魔物たちの会話から、それが分かった。
「無事だといいけど」
「ここまで来るってことは、やっぱり魔王討伐の人たちですよね」
今まで出会ったことはなかったが、この世界にはたくさんの「勇者」がいる。
そして、魔王討伐の「勇者の一行」が存在している。
「でも、あの程度の村で逃げ出した連中だぞ」
「ちょっとそれ、弱そうですよね?」
昨日の夢は、なんだか魔法がたくさん登場した。
全部使っていい、ってことなのだろうか。
でも、魔王と戦う描写がなかったのが気になる。
「とりあえず、飛んで城を目指しましょうか」
「え、やっぱ飛ぶのか」
「そりゃあそうですよ? あの浮いてる島に、ほかにどうやって辿り着きます?」
「え、いや、そりゃワープとか」
「そんな便利な魔法はありませんっ!」
基本、魔法はおおざっぱででたらめだ。
世の中には魔道士の数だけ魔法のクセや得意不得意がある。
詠唱だって様々だ。
私の使っている夢魔法の詠唱なんて、母と私以外誰も使わない。
ただ、どんな便利な魔法を作り出したとしても、使える人と使えない人がいる。
どんな魔法も、結局は魔道士の腕次第なのだ。
「さ、掴まってくださいね」
「お手柔らかに頼むぜ?」
「そんな弱気でどうします! 勇者様には飛びながら魔物を斬り裂いてもらわなけりゃいけないんですからね!」
脳内で詠唱を行う。
目の前の島に向かって、羽ばたくイメージで。
「風、立ち~ぬ!!」
―――ビュオォォオオッ!!
一直線に、飛び立った。
「うおっ!! はええ!!」
「しっかり!! 剣を構えてくださいよ!!」
「わかってる!!」
侵入者の気配に、見回りの魔物たちが気づいた。
「来ます!!」
「返り討ちにしてやる!!」
私はただひたすら、魔王城めがけて飛び続ける。
魔物を斬るのに風を使ってもいいが、そうすると飛ぶコントロールを失ってしまう。
「だりゃっ!!」
―――ザシュッ
―――ザンッ
でも魔物は、勇者がことごとく打ち倒してくれた。
どれもこれも一撃で。
勇者の剣撃は、恐ろしく速くなっていた。
「なんだ、他愛ないな」
軽口を叩く。
確かに、拍子抜けなところもある。
警備の魔物が、あんな程度なのか?
「これなら、おれたちの前の『勇者様』も、突破できたんじゃねえか?」
「もしかしたら先に魔王を倒しているかも?」
「それは、ないな」
「あったら困ります」
一生懸命旅をしてきて、ほかの勇者にいいところをもっていかれたら堪らない。
いや、もしかしたら旅の始まりはあっちの方が早いのかもしれないけど、それでも……
スリルのある空の旅を終え、私たちは島の端に降り立った。
「今日は、ある程度たくさんの魔法が使える、と見ていいんだな?」
「はい、そうみたいです」
「じゃ、とりあえず、あれ頼む」
「はいっ」
私たちの意思疎通は、完璧だ。
勇者があれ、と言ったら……
「それ、強くな~る!!」
―――ムキムキィ!!
「違うぅぅうっ!!」
「あれ、これじゃなかったですか?」
「剣に!! 弱くなる方!!」
「あ、あー、そっちでしたか」
「上半身マッチョとか、久しぶりだから!! そんな頻繁に『あれ』って呼ぶほど使ってないから!!」
そういえば、硬い魔物がたくさん出るときには【弱くな~る】が重宝していた。
ここなら、硬い扉や罠も破壊できそうだ。
「物理的」に打ち破っていけそうだ。
剣に【弱くな~る】を、私たちの周囲に【身護~る】をかけて、魔王城へと歩き出した。
「入り口、どこだ?」
「馬鹿正直に正面玄関から入る必要もないのでは?」
「いや、まあ、礼儀として」
「礼儀、いります?」
「いらねえか」
―――ドカァァァアアアン!!
勇者の剣が猛威を振るう。
私の魔法で強化されているとはいえ、剣の一振りが城の壁を吹き飛ばすのはすごい光景だ。
「っしゃ!! 行くぞ!!」
「はいっ!!」
魔王の城は、様々な魔物で埋め尽くされていた。
どくろの兵士。死体の兵士。
蜘蛛とサソリの合体したような魔物。
動く石の魔人。
見えない霧のような魔物。
目はうつろで言葉も通じないが、どう見ても「人間」の兵士もいた。
どれもこれも強くて、私たちは疲弊していた。
「どこか、休めるところがほしいな……」
「一度、撤退して策を練り直す手もありますが……」
「でも、今日のお前の夢は、魔法がいっぱい出てきてるんだろ?」
「え、ええ、まあ」
「なら、今日が、魔王を倒すべき日なんだろ?」
「……そうですね、私も、別に撤退に前向きなわけではないですよ?」
「……なら、前進あるのみだ! 行くぞ!」
何度目かの階段を上るとき、妙な音が聞こえてきた。
誰かが戦っている音だ。
「あれ、もしかしてほかの『勇者の一行』では?」
「ああ、そうらしいな」
階段を登り切ると、そこには、魔物と戦っている真っ最中の人たちがいた。
男の人が二人と、女の人が二人。
傷だらけだが、魔物たちとまともにやりあっている。
「助けるか!?」
「いえ、大丈夫そうです」
―――ドシャァッ!!
勝負はついた。
「あれ? 君たちは?」
一人がこちらに気づき、笑顔で話しかけてくる。
どうやらこの人が「勇者」らしい。
「君たちも、魔王に挑みに来たのかい?」
爽やかだ。
「君」だなんて、久しぶりに呼ばれた気がする。
「ええ、先を越されたみたいですけど、ね」
私も笑いかける。
敵同士ではない。
でも、味方同士でもない。
微妙な関係だから、当たり障りなく接するに限る。
「え、あんたら、二人でここまで来たの!?」
大柄な男の人が驚いている。
見るからに格闘系だ。
武器も大きい。
「はあー、それだけ強いってことかな? ん?」
「えへへ、まあ」
愛想笑いを返す。
そういえば、勇者がしゃべらない。
どうしたのだろう?
そっちを見ると、ふてくされたような顔で、そっぽを向いている。
「勇者様? 国は違えど同じ『勇者』として認められた人なんでしょうから、あいさつくらい……」
「いいよ、別に」
「おやおや、そちらの『勇者』さんは、人見知りらしいね」
「僕たちも無理に交流するつもりはないよ、まあ、せいぜい頑張っておくれ」
あちらの勇者さんはどこまでも爽やかだ。
爽やかすぎて、鼻につくくらいだけど。
「勇者様、早く先へ進みましょう?」
「進みましょう?」
どうやら双子らしい、魔道士二人組が急かしている。
よく似ている。顔も、服や持ち物まで。
美人だ。私よりずっと。
それに……ぐぬぬ、ローブの上からでもわかるくらい胸も大きい。
「では、お先に、ね」
勇者さんたち一行は、さっさと先へ進んでしまった。
あの村を逃げ出した、って話だったけれど、別に弱そうでもなかった。
無駄な戦いを避けただけだったのかしら?
「どうしましょう? 後を追いますか?」
「……いいや、ちょっと休憩していこうぜ」
珍しい。
まあ、異論はないけれど。
「魔物が出ないといいですけど」
そう言いながら、私は座れそうな木箱を探す。
「ランプ貸せ」
「あ、はい」
夜明けのランプは、魔王城でも効果を発揮した。
ここはとても薄暗いので、普段の生活が不便ではないかと、私は魔王を心配してしまった。
勇者は、受け取ったランプと、指輪とを使って、魔力を行き来させている。
「闇」を倒したとき以来、彼は魔力のコントロールの練習を怠らない。
自分に足りないものだと感じているのだろう。
魔法は私に任せてくれてもいいのに。
でも、そんなストイックさも、新鮮で素敵だった。
「水、飲みますか?」
「ああ、もらう」
荷物から水筒を取り出す。
本当はゆっくり栄養補給とかもしたいんだけど、魔王城のど真ん中でそれは危険だ。
手早く水分補給だけ済ませ、いつでも出発できるようにしてから、私は気になっていたことを聞いた。
「どうしてさっき、不機嫌だったんですか?」
「っ」
やっぱり不自然だったもの。
いつもなら、私の代わりに率先して相手に話しかけたりしてくれるのに。
無駄にへらへらすることはないが、無駄につっけんどんになることもなかったはず。
「お前が先に話しかけてたから、おれは別にいいかなって」
「そんな! 私が社交的じゃないのは、勇者様知ってるじゃないですか!」
「お前、自分で言うほど人見知りじゃないと思うぞ?」
「そ、それは頑張ってるんですっ! 勇者様への対応は、別ですけど」
「別ってなんだよ」
「人見知りな私もですね、打ち解けた人とは無理なく普通に接することができるんです」
長い旅の中で、勇者のことはたくさん知れた。
私も、彼と話したり一緒にいたりすることが居心地いいと思えるようになった。
それは彼も同じように感じてくれていると、思う、多分。
だけどやっぱり、初めての人と話すのは勇気がいる。
無理をしている。
相手がにこやかに話しかけてきてくれると助かるけど、いつもそうとは限らない。
私はやっぱり、勇者の後をついて歩く従者でいい。
「……」
勇者はまた、むすっとしている。
なにか言いたくないことでもあるのかな?
「まあ、無理に聞きませんけどね」
「……こう……が……やか……だから……」
「え?」
「……向こうの勇者が爽やかでいけ好かない野郎だったから、だよっ!」
ぶ、ぶふーっ!!
も、もしかして、あれですか?
嫉妬しちゃったんですか?
美人二人も連れてましたしね!
鎧もなんかスマートでしたし? 背も高かったし? 肌もすべすべしてそうだったし?
なんてことを言いたくなったけど、ちょっと不躾な気がするので一言だけ言うことにした。
「嫉妬ですか?」
「うるっせえバーカ!!」
「普段人見知りだとか言ってるお前が、ほいほいと話しかけてるのが気に食わなかったんだよ」
「男前にはへらへらすんのか、こいつも、って思って」
「……しょうもないだろ? 笑えよ」
顔が赤い。
いつかの私を見ているようだ。
私も顔が熱くなってきてしまった。
「私、ああいう爽やかすぎる人、苦手なんですよね」
「へらへらしているように見えたのなら、それは勇者様の勘違いですよ」
「あっちがニコニコしてたので、合わせただけです」
「あ、そう」
「ていうか勇者様も、あっちの魔道士さん見てなんか思うところあるんじゃないですか?」
「な、なんかって、なんだよ」
「ローブ着ててもわかるくらい、盛り上がってた胸のあたりとか見て」
「み、見てねえよ」
「本当ですか? あやしー」
「重そうなもんぶら下げてても、戦闘に邪魔なだけだ」
「ほらやっぱ見てるじゃないですかっ!!」
「っ」
お互いけらけらと笑った。
私はやっぱり、あの爽やかすぎるスマートな勇者よりも、こちらの勇者の方が好きだし、
勇者があの一行を引き連れているのを想像してみても、うまくいかない。
「いいんですよ、私たちは私たちで、ね」
「二人だって、立派にここまで来れたんですから」
「胸張りましょう」
私はうまい感じでまとめた。
そろそろ彼らも先へ進んだだろうから、私たちも行こうか、と思い立ち上がる。
「張るほどの胸はないだろ」
「もうっ! なんてこと言うんですか!」
いくつかの階段を上った。
これまでに妙な罠がたくさんあったが、勇者の剣で破壊した。
もしくは凍らせて起動できないようにした。
「魔物は少なくなったな」
「あの人たちがだいぶ倒してくれたみたいですね?」
魔物の死体がいくつも転がっている。
だけど、血も多く流れている。
これはもしかして、彼らの血では?
「あの人たち、無事ですかね」
「……苦戦の跡が見えるな」
いくつか、とどめを刺せていない魔物がいた。
「おいおい、気が抜けてるな」
―――ザシュッ
「ッギョ!!」
勇者が丹念に殺して回る。
本当ならこんな貴重な魔物の死体は、持ち帰って素材として売りたいところだ。
だけど、そんな場合ではない。
「あのサソリっぽいやつのしっぽ、高く売れそうだな」
勇者も同じことを考えていた。
「しかし、これだけ城ん中を荒らす奴がいて、魔王はどうして出て来ない?」
「た、確かにそうですね」
「どこにいるのか知らんが、余裕で待っている神経が、おれにはわからん」
「でも、人間の王様も、城が攻められたからといって出てきませんよね?」
「……そうか、確かに」
岩石要塞の女王様は前線で戦うこともあったみたいだが、普通の王様は椅子でのんびり座っているイメージだ。
そう考えると、城が攻められて出てくるのは……
「じゃあ、優秀な防衛隊長さんみたいなのが、この城にも……」
「しっ!!」
勇者がこちらを制する。
今更気づいた。
禍々しい魔力が、前方から流れてきている。
「なにかいるぞ……」
「……はい」
姿勢を低くし、前方をうかがう。
広間みたいなところの扉が開いている。
そこら中に血が流れている。
「……気を引き締めていくぞ」
「はいっ」
私たちは素早く広間に飛び込んだ。
そこで私たちを待ち受けていたのは、強そうな魔物ではなく、魔王でもなく……
「ぐっ」
「きゃっ」
「勇者の一行」の無残な死体だった。
「え、うそ……」
誰も彼もがれきの中で死んでいる。
ローブごと体を斬り裂かれて仰向けに倒れている魔道士。
うつぶせで倒れている魔道士。
大柄な男の人は、姿が見えないが、斧を持った右腕だけが落ちている。
そして勇者は……
勇者は、広間の真ん中で、大の字になって横たわっていた。
顔色がおかしい。まるで「闇」に飲み込まれたように紫色だった。
「おい! 蘇生できないか!?」
「あ、っはい!!」
すでに死んでいる。
【ツキアカリ】は効かない。ならば。
千年の眠り。
ひとすくいの憂鬱。
現象から目を背け、神の理を嗤う。
引き千切れる現実、塗り替えられる虚偽の壁。
時満ち足りて混沌の時流。
【夢魔法 巻き戻~す】
―――ゴゴゴゴゴゴォッ
城が震える。
この広間全体ではなく、倒れている人に向けて魔法を放つ。
しかし、少しずつしか戻らない。
四人同時に時を戻そうとしているからだろうか。
それともやっぱり、ちゃんと夢に見ていないからだろうか。
そんな私の手を、また勇者が握ってくれた。
心なしか威力が上がる。
それはとても自然な行為で、私は落ち着いて魔法をかけ続けることができた。
「……あれ……おれたち……死んだんじゃ……」
「生きてる……?」
目を覚ました一行は、訳が分からないといった顔だった。
勇者が、ポンと私の頭をなでながら、向こうの勇者に話しかけた。
「こいつが、時を戻す魔法でお前たちを救った」
「別に感謝しろとは言わないが、なににやられたのかだけ教えてくれ」
「ここまで来れるほどのお前たちが、無残にやられる相手ってのを」
「闇の騎士が……来る……」
勇者は震えながらそう言った。
闇の騎士?
この城の魔物のリーダーかなにかだろうか。
「どういう特性でどういう強さだ? どんな攻撃をしかけてくる?」
「わからない……なにも……」
「突然暗闇に包まれたと思ったら、見えない刃に斬り裂かれたの……」
「私も……なにがなんだか……」
「妙な甲冑の音はするけど、どんなに武器を振り回しても当たらねえんだ……」
みんなの話は要領を得なかったが、これまでの魔物とは一線を画す、強い魔物らしい。
この広間で待ち伏せされ殺されたようだ。
私たちがいなかったら、ここで死んだっきりだっただろう。
「また闇か、どう対処する」
「とりあえず、【ヒノヒカリ】ですね」
「この広間を照らし続けられるか?」
「夜明けのランプと連携して、あのシャンデリアあたりに疑似太陽を作ってみましょうか」
「相手は甲冑ってことだから、あれもな」
「はいはい、強くな~」
「だから違うって!」
私たちのお気楽なかけあいを、勇者一行は妙な目で見ていた。
自分たちが死んでたってのに、どうしてそんな前向きなのか、って感じで。
「っ!」
今度は私の反応の方が早かった。
禍々しい魔力が強まった。
「勇者様! 来ます!」
「おう!」
広間が急に暗くなる。
勇者が素早く剣を抜いた。
その剣先は、すでに明るく光っている。
ランプの魔力を自分で移したのだろう。
「弱くな~る!!」
さらに剣先に、相手をゼリーのように斬り裂く魔法をかける。
天に昇るは神の眼。
濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。
死者は棺に生者は炭に。
果てしなく赫く。
その名を灯せ。
【天候魔法 ヒノヒカリ】
―――コォォォォオオオオオオッ
空から降る刃ではなく、球形をイメージする。
広間の真ん中に太陽を作る。
果てしなく眩しく。
不浄なるものを照らしつくせ!
―――コォォォォオオオオオオッ
広間の真ん中に、どす黒い闇を纏った甲冑の騎士がいた。
いつ、どうやって現れたのか、見当がつかない。
見るからに強そうだ。そして、悪そうだ。
「ひっ」
魔道士の一人が震える。
自分たちを殺したものの姿があらわになったのだから、確かに恐れるのも無理はない。
「みなさん、隅に固まってください!」
守りながら戦うのは難しい。
だから、壁を作ってあげることにした。
千年の眠り。
ひとかけらの雪玉。
悪魔に売り渡した聖水と、天使に奪われた殺意。
脳内の亡念と記憶の底の飛沫。
時満ち足りて水面には幻影。
【夢魔法 よく冷え~る】
―――パキィンッ
―――パキィンッ
―――パキィンッ
氷の壁をいくつも作る。
これですぐに攻撃を食らうことはないはずだ。
「ちょっと寒いかもしれませんが、我慢してくださいねっ!」
そうしておいて、私はまた勇者の方へ注意を向ける。
太陽を形作り、氷の壁を作り、勇者の剣に魔法を纏わせる。
昔の自分なら、こんな器用な戦い方はできなかっただろう。
だけど、ここはもう魔王城だ。
弱音なんて吐いていられない。
撤退なんて、ありえない。
この騎士がどんなに強かろうが、ここで倒す!
「おらぁっ!!」
―――ザシュッ
「せいっ!!」
―――ガシュッ
勇者の立ち回りや剣の速度は、恐ろしく速くなった。
でも、闇の騎士も同じく速い。
なかなか致命傷を与えられない。
「……なんて……戦いだ……」
後ろでそうつぶやくのが聞こえた。
もう一人の勇者の声だろう。
私たちはおとなしく殺されてあげない。
別に彼らの復讐のつもりはないが、絶対に倒してやる。
「はぁっ!!」
―――カァンッ
疑似太陽から、光の刃を伸ばす。
闇の騎士を貫いてやる。
「おわっ!! 怖えよ!! おれまで貫くなよ!!」
「私のコントロールを信じてください!!」
―――ガシュッ!!
―――ガラァン!!
ついに、勇者の一振りが右腕を落とした。
「っしゃ! いただき!!」
「油断しちゃだめですっ!!」
「わかってる!!」
―――ドシュッ!!
―――ガラァンラァン!!
「おし、とどめ」
「はいっ」
―――コォォォォオオオオオオッ
―――ズズズゥゥゥウウウン
最後は、騎士の残骸に向かって太陽を落とす。
闇を払うのには太陽の光が一番だ。
これで簡単には蘇ってこないだろう。
再び、広間が暗くなった。
だけど、重苦しい闇は、もうない。
「ふぅっ、こんなもんですかね」
「ああ、お疲れさん」
……
「僕たちは、出直そうと思う」
勇者の傷を癒していると、もう一人の勇者さんが悔しそうにそう言った。
「僕たちはまだまだ力不足だったようだ」
「あんな魔法も、立ち合いも、僕たちにはない」
「ただ運だけで、ここまで来れたのかもしれない」
ある意味潔い。
まあ、一度全滅してしまったのだから、仕方のないことだ。
「君たちの魔王討伐、楽しみにしているよ」
「なあ、そう言えば、どうやってこの島に着いたんだ?」
勇者が聞く。
そうだ。
この島に来るには飛ばなけりゃいけない。
「ああ、それは、龍の背中に乗って」
「りゅっ!?」
「この子が、龍と対話できる魔法を持っているものだから」
「魔法っ!?」
なんと。
そんな魅力的な魔法があるのか。
双子の魔道士の片割れが、気恥ずかしそうにはにかんでいる。
「それは、なかなか魅力的な魔法だな」
「同感です」
「お互い、ないものねだり、ってことだ」
「そういうことです」
帰り道は安全とは言い難いが、龍と対話ができるのなら、無事地上に降りられるだろう。
魔物も罠も、もう残っていないはずだ。
「どうか、ご無事で」
そう言い残して、私たちは先を進む。
この広間の先は、また階段だ。
もう、魔王が待ち構えているかもしれない。
もう、後は振り返らない。
「口だけで偉そうな『勇者』じゃなくてよかったよな」
「はあ」
「傲慢を絵にかいたような勇者もいるって、誰かが言ってたし」
「まあ、そんなのには出会いたくないですね」
階段を登り切ると、また広間があった。
薄暗くてよくわからないが、魔王の気配らしきものはない。
しかし全くの無人という感じでもない。
ランプで照らす。
そこには、何人かの「人間」がいた。
「えっ」
それは明らかに、人間だった。
死体でもない。生きている人間だ。
しかし、誰一人服を身につけていなかった。
「……なんでしょう……あれ……」
「……奴隷だな、胸糞悪い」
勇者はつかつかと近寄る。
危なくないか。
「おい、話せるか?」
みなうつろな目をしている。
そこにいたのは、全員女の人だった。
肌があらわになっているというのに、誰もそんなことを気にしていない。
勇者の問いかけにも、ほとんど反応しない。
「……ひどい……」
私は泣きそうになった。
こんな風に人間を家畜のように扱う魔王が、許せなかった。
「……きっと……魔王を……倒します」
闇に沈むは鬼の眼。
清流を塗り潰し煌々と自戒せよ。
死者はベッドに生者は海に。
果てしなく碧く。
その名を記せ。
【天候魔法 ツキアカリ】
魔王を倒すために魔力を温存したい気持ちもある。
倒した後でいいじゃないか、というのもわかる。
だけど私は、この人たちと同じ女だ。
このままにして、魔王を探しになんていけない。
【ツキアカリ】で心の傷は治せないけれど、少なくとも汚れて疲れ果てた体は、治すことができる。
「……待っていてください、私たちが、きっと魔王を倒しますからね」
「……行くぞ」
すると、部屋を見回した私たちに、一人が声をかけてきた。
「待ってください……」
「話せるのか」
勇者が意外そうに言う。
こんな状態だ、洗脳されていてもおかしくないし、心が壊れていることもあり得る。
だけど……
「魔王は……今大変弱っています……」
「魔王はどこに?」
「屋上に……逃げたようです……」
「ありがとう!」
「あと……その……」
「なんだ、まだなにかあるのか?」
「あの人を……殺してあげてください……」
「は!?」
女の人はそう言って、部屋の隅にある小さな檻を指さした。
中に、なにかがいる。
暗くてよく見えないが、あれは……
「魔物とくっつけられてしまった、哀れな人なんです……」
「っ!?」
近くで見ると、それはむごい姿だった。
かろうじて元人間だということはわかる程度に、原形を留めている。
だが、禍々しく飛び出した突起や肌の色、目の色、纏う魔力。
どう見ても魔物に近い。
どうしてこんなひどいことができるのだろう。
「こ、殺すって、勇者様……」
いくらひどい体とはいえ、殺してしまうのは……
「いや、可哀想だが、殺しはしない」
「で、ですよね」
少し安心した。
魔王を倒しさえすれば、魔法が解けるかもしれない。
この状態から戻す魔法を使える魔道士が、世界のどこかにいるかもしれない。
「許せねえ、な」
勇者も静かに怒りを燃やしているようだ。
魔王を早く倒さなければ。
弱っているというのはどういうことだろうか。
なんにせよチャンスだ。
今、倒す!
いや、殺す!
―――その怒りを―――魔力に―――変えなさい―――
頭の奥で、声がした。
―――最後の―――魔法を――――――あなたに伝えましょう―――
そして、私は気を失った。
―――
――――――
―――――――――
空を雷雲が覆っている。
雨が降りそうだ。
雷が鳴りそうだ。
しかし、降ってくるのは「闇」そのものだった。
それらを避けながら、私は体の中に魔力を巡らせる。
今までにない感覚。
勇者が「魔王」と戦っている。
私は長く苦しい詠唱を終え、魔法を放つ。
光でも、闇でもない「なにか」が、魔王を貫く。
―――――――――
――――――
―――
……
「……おい?」
「っは!!」
驚いた勇者の顔が目の前にあった。
「どうしたお前、立ったまま気を失ってたぞ」
なんと、ついにその技を習得してしまったのか!
じゃなくて!
「今……今、指輪を使わずに、強制的に眠りに落ちたんです!」
「それで、母の声がして、それで、えっと……」
「新しい魔法……じゃなくて最後の魔法を……教えてくれるって言って……」
「最後の魔法? 今までに使ったことのない魔法か?」
「ええ、それが……」
魔導書にも書いていなかった。
直接母から教わったこともなかった。
最後の魔法……
あれは……滅びの魔法?
「それを使えば、魔王は倒せるのか?」
「はい……おそらく……」
「なら、行くしかないな、屋上へ」
勇者は私を気遣いながらも、早く魔王を倒したがっている。
焦っている?
「勇者様? なにか焦っていますか?」
「いや、その、焦っているというか、なんとかいうか……」
「?」
なんだか様子がおかしい。
歯切れも悪い。
魔王に怒っていて、すぐさま倒したい、というのとも、違う気がする。
「お前が、なんか、死にそうな顔してやがるから……」
え?
「お前、やっぱり無理してるんじゃねえか?」
「さっきの気の失い方だって、見ててハラハラしたぞ」
「今だって顔色悪いし、満身創痍だし……」
そんなことない。
私はいつも通り。
そう言いたかったけど、その根拠もないことに気が付いた。
「私……調子悪いんですか?」
「……そう見える」
「早く終わらせて、お前を休ませたい」
「……膨大な魔力が、尽きそうに見える」
そんな風に見えていたのか。
私は、ここまで、少し無理をしていたのかもしれない。
だけど。
「ご心配は無用です、勇者様」
「さ、最終決戦です、気合い入れていきましょう」
ここで引くわけにはいかない。
魔王を倒して、ここにいる人たちも助けて、世の中を平和にする。
やらなきゃいけないことが山ほどある。
弱音なんて吐いていられない。
「よし、上がろう、屋上へ」
屋上へと続く道は、罠があるわけでも鍵がかかっているわけでもなかった。
ただひたすらに長く広い階段だった。
魔王はここを逃げたのか?
それは、どんな心境だろう?
「なんだ、これ?」
階段の途中に零れ落ちるなにかを、勇者が気にした。
ほよほよと漂う黒い綿のようなもの。
「それ、多分、闇の残骸です」
「闇の?」
黒い町で倒した闇と、よく似ている。
やっぱり、あの町で倒した闇は、魔王の一部だ。
「魔王が弱っているというのは、きっとあの町で『闇』を倒したからです」
その予想が確かなら、今が好機だ。
階段に零れ落ちる闇の残骸を倒しながら、私たちは屋上へと急いだ。
魔法の調子は悪くない。
むしろ、今までにないくらい様々な魔法をいい感じに使えている。
だけど、先ほど一瞬気を失った時に見た、あの夢が気になっている。
大きな扉が目の前に現れる。
外に繋がっている扉らしい。
勇者はためらうことなく、それを開け放った。
「……外だ」
明るいはずなのに、そこはまだ暗かった。
だけど風を感じる。
「……こんなに天気、悪かったか?」
空は黒い雲に覆われている。
今にも雷が鳴りそうだ。
広い屋上は、四方を低い石壁で囲ってあった。
「……いた」
屋上の隅。
黒くて大きな「なにか」が、私たちを待っていた。
『待っていたぞ……勇者と……優秀な魔道士……』
腹の底から聞こえるような響く声。
吐き気を催す不快な声。
黒いマントに大きな兜。
ごつごつと隆起した「人ならざるモノ」の姿。
纏う闇の魔力は、今まで対峙してきた何よりも禍々しく強大だった。
これが魔王か。
だけど、その姿は、確かに弱っているように見えた。
『あの町を……闇に染めようと……長らく襲い続けていたものを……』
『まさか闇を払う……者が現れるとは……思ってもいなかった……』
『だが……お前たちの快進撃も……ここで終わりだ……』
『お前たちがいかに強大であろうとも……私の前では塵に等しい……』
『天翔ける龍に抗う……羽虫のようなものだ……』
『さあ……一方的な……殺戮を……始めよう……』
そして、纏う魔力をぎゅっと凝縮し、こちらへ殺意を向けてきた。
しかし勇者も負けじと言い返す。
「おいおい魔王さんよ、ずいぶん辛そうじゃないか?」
「どっしり構えて待っていると思ったら、屋上に逃げ込んで、それで『待っていた』って?」
「おれたちの剣が、魔法が、簡単にやられると思うなっ!!」
「風立ち~ぬ!!」
―――ビュオッ!!
私の風の魔法が、勇者を包む。
魔王を斬り裂く刃ではない。
勇者の動きを加速させるために使う。
「こんな広い場所を戦いの場に用意してくれるなんて、気が利きます、ねっ!」
―――ビュオッ!!
「っせい!!」
―――ビシュンッ!!
光の魔法を乗せた勇者の剣は、魔王を四方から切り刻む。
「闇」のように実体のない相手ではない。
「らぁっ!!」
―――ガシュッ!!
魔王の背後を狙い、隙を見て剣撃を入れる。
―――キィィインッ!!
硬い。
生半可な剣撃でははじかれてしまう。
「ヒノヒカリッ!!」
―――コォォォォオオオオオオッ
暗雲をかき分けて、大きな大きな太陽を召還する。
両手を伸ばし、全力を込めて、最大の太陽を。
目をつぶり、集中する。
頭の奥が、凍るように冷たい。
研ぎ澄ませ!
焼き尽くせ!
これは、すべての闇を払う希望の光だっ!!
―――コォォォォオオオオオオッ
『ぐ……むぅ……』
「いいぞ! 効いてるっ!!」
勇者が叫んでいる。
さらに、私も目を見張ることが行われた。
―――キュウゥゥゥウウウウウウン
空に浮かぶ太陽から、勇者が魔力を吸収したのだ。
「いつの間に……そんな技術を……っ」
「おーらぁっ!!」
―――ザシュッ!!
大きな魔力を受け取ったその剣で、魔王を斬り裂く。
『ぐぅ……ぐ……むむぅ……』
苦しんでいる。
魔王の動きが鈍っている。
でも、決定打に欠ける。
勇者がいくら斬りつけようと、太陽がいくら照らそうと、決定打にならない。
『この……羽虫がぁっ!!』
―――ズァァアッ
纏っていた闇の魔力が拡散する。
勇者と私を包み込もうとする。
「うぐっ」
「んっ」
苦しい。
力を奪われる。
「負け……ないっ」
―――カァァンッ!!
太陽から刃を落とす。
私の周りにも、勇者の周りにも。
「だぁぁっ!!」
闇を斬り裂いた刃を、そのまま魔王へと突き刺す。
―――ガァァアアアンッ!!
空気を振るわせる音とともに、魔王の体が貫かれる。
『ぐぐううううううおおおおおおおおおお……』
効いている。
魔王の動きがさらに鈍くなった。
「あれを……あれを今こそ……」
あのとき、母が教えてくれた魔法。
今まで知りもしなかった、最後の魔法。
今、このときのためだけにある魔法。
千万年の眠り。
永遠の絶望。
割れる空、沈む太陽。
光と闇の渦、鮮明な過去の記憶。
時満ち足りて終わる始まり。
【夢魔法 すべて終わらせ~る】
ぐるん、と世界が回った気がする。
吐き気がする。
体中の魔力が暴れ回っている。
―――ゆっくりと―――落ち着いて―――丁寧に―――
それを、ともすれば薄れそうになる意識の中で、必死に押さえつける。
―――あなたの怒りと―――勇者を守りたい気持ちを―――最大限に生かして―――
世界は無音。
時がゆっくりと流れ、勇者と魔王の動きが遅く見える。
体中の魔力を、一つにまとめ。
―――落ち着いて―――深呼吸して―――
魔王の、その命一つ、それだけを終わらせるための魔法を。
―――後のことは考えず――――――ただ――――――今だけを―――
魔王がこちらに気づく。
大きく手を振り払い、魔王の魔力がこちらを襲う。
私は避けられない。
そんな余裕はない。
間に勇者が走り込む。
剣でその魔力を必死に振り払う。
最後まで、この人は、私を守って戦ってくれている。
―――さあ―――ぶっ倒しちゃいなさいっ!!―――
「はいっ!!」
―――ィィィィイイイイイイイイイン
光とも闇ともわからない、ただただ膨大な魔力の塊。
―――ィィィイイイィイィィィィィイン
刃とも球形ともわからない、ただただ圧倒的な魔力の塊。
―――イイイイイィィィィィィン
最後の力を振り絞って、魔王に放つ。
「ぁぁああああああああああああっっっっっ!!!!」
魔王が動きを止めた。
世界も、動きを止めたように感じた。
「―――っっっ!!」
魔王の体中心に向かって、必死で魔力をぶち込む。
『…………くっ…………』
魔王の体がぶるぶると震え、纏っていた闇の魔力がどんどん収束していく。
こちらに襲いかかる魔力は、もうない。
「っぁぁぁぁあああああああああああっ!!」
目をぎゅっとつぶり、手を目いっぱいに広げ、魔王を破壊する魔力を叩き込む。
ぎゅっ。
そのとき、私の手が、誰かに握られた。
目をつぶったままでも、それが誰かは、当然わかっていた。
あたたかな力が、流れ込んでくる。
私の魔力か、それとも、別のなにかか。
私にはよくわからない。
だけど、私のよく知っているものだ。
私を安心させる、なにかだ。
「ぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!」
静寂。
私はまだ目をつぶったままだ。
これは、夢か。
それとも、現実か。
私の隣で、荒い息遣いが聞こえる。
「はぁっ……はっ……はっ……やった……か?」
ゆっくりと目を開く。
私の指輪は、緑色に光っていた。
すとん。
私は、立っていられなかった。
それほど、体力も魔力も消費してしまったようだ。
「おいおい、大丈夫か?」
勇者は無理に立たせようとしなかった。
隣に優しく座ってくれる。
「……倒した……んですかね?」
「ああ……倒したんだ」
そっか。
これで、終わったんだ。
―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
「っやばい!」
地響き。
まだ戦いは終わってなかったのか?
―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
「落ちるぞ!」
違った。
主を失ったこの城が、この島が、落ちようとしている。
「おい! なんとかならないか!?」
勇者が叫ぶ。
この危機を乗り越えるためにできることは……
できるかどうか、わからないけど、やってみるしかない。
「風立ち~ぬ!」
―――ふわぁっ
「……あれ?」
「か、風立ち~ぬっ!!」
―――ふわぁっ
そよ風しか起きない。
どうして!?
「お前……もしかして魔力を使い切ったんじゃ……」
「そ、そんな!? 今まで魔力切れなんて……」
「でも、初めて使う最後の魔法ってやつを使ったんだろ!?」
「まさか、そのせいで……」
「どうするどうする!? ただここにいただけじゃ、落ちて死んじまう!!」
ゆっくりと島は落下しつつあった。
この島の浮力がどういう仕組みなのかは知らないが、魔力切れの今、どんな魔法を使っても浮かせることなんてできそうにない。
「……勇者様……」
私は混乱していたのかもしれない。
勇者をぎゅっと引き寄せた。
「……最後まで……私を守って戦ってくれて……ありがとうございます……」
「バカ!! なに諦めてんだ!!」
そう言いながらも、勇者は私を抱きしめてくれた。
こんな時にまで、私を守ってくれる。
「世界が……平和に……なったら……私たちのおかげですよね……」
「魔王を倒したら! 凱旋するんだろ!? 報告しに回るんだろ!?
「まだそれをやってないのに、諦めるんじゃねえよ!」
「伝えたい相手がいっぱいいるじゃねえか! お世話になったみんなに!」
世界は揺れている。
だけど私は、勇者の腕に包まれて、この上なく幸せだった。
「勇者様……大好きです……」
「ほんとはこの気持ち……誤魔化してましたけど……」
「やっぱり私は……あなたが……」
もう目は見れなかった。
自分が死ぬとしても、最後に、この人と一緒にいられて、幸せだった。
静かだ。
なにか言ってほしい。
愛の言葉でなくてもいい。
ただ私を安心させてくれる優しい言葉を。
「……ん?」
静か?
勇者の声は聞こえない。
地響きも、聞こえない。
いつの間にか、揺れは収まっていた。
「……あれ、止まりましたね」
「……」
「……」
勇者が駆け出す。
そして、石壁から下を覗き込んで、笑った。
「はっはっは、見てみろ、すごいぞ?」
私も駆け寄って、下を覗き込む。
島の周りの空を、無数の龍が飛んでいた。
「わぁっ」
龍が作り出した空気の渦が、島を支えている。
落下速度がものすごく遅くなっていた。
すごいパワーだ。
よく見ると、龍に乗った一人の魔道士がいるのが分かった。
「あ! あの人!」
「……逃げずに見守っていてくれたみたいだな」
最後は地響きを上げて、島が降り立った。
だけど、その程度の揺れ、大したことない。
こんなにも緩やかに降りられたなんて、信じられない。
「龍さんにも、あの魔道士さんにも、お礼を言わなければなりませんね」
「ああ、よくあんな数の龍を従えられたな」
「もしかして、ものすごい魔法なのでは?」
「侮ってたな」
「で、あー、さっき言ってたことなんだが」
急に勇者が話を蒸し返した。
私は顔がカーッと熱くなるのを感じた。
「とりあえず、王様に報告して、それから、だな」
「え、ほ、報告って、つまり……そういうことですか?」
「バカ、魔王を倒したっていう報告だよ!!」
「あ、ああ、あー、そうですね、ええ、その報告が必要ですね、ええ」
「なんの報告だと思ったんだよ」
「うるさいですね、なんでもありませんよ」
「なに怒ってんだよ」
「怒ってませんよー!!」
遠くに見える龍に乗った魔道士に、私は手を振りながら駆け寄った。
……
彼らに礼を言い、狼煙を上げて人を呼び、城内の人間たちを助け出して……
それから……
私たちは、旅してきた道を戻るように歩き始めた。
たくさんの人に報告をしないといけない。
たくさんの人にお礼を言わなければならない。
だけど、私の魔力が切れてしまったことが、気がかりだ。
「まあ、ゆっくり行こうぜ」
急ぐ必要はない。
魔王が死んだことで、魔物の活動もおとなしくなるはずだ。
「私、残った魔力を、この指輪に込めたいんです」
「どうして?」
「いつか生まれてくる私の娘のために、この指輪を託したいので」
「生まれてくるのが女の子とは限らないぞ?」
「あ、勇者様は男の子がほしいですか?」
「……答えにくい質問をするんじゃねーよ」
「……ふふっ」
ちょっと私、調子に乗りすぎかしら?
でも、旅の大きな目的は終わったのだ。
少しくらい、いいよね?
「それから、魔導書も書き直したいですね」
「お前、ほとんど使ってなかっただろ」
「だって、家で十分読み切りましたからね」
「……で、なにを書き直すって?」
「【ヒノヒカリ】も、【ツキアカリ】も、この魔導書には載ってないんですもん」
「あ、そういうことか」
「あれ便利ですもんね」
「特に光の魔法がなかったら、魔王は倒せなかったものな」
防衛隊長さんには、格別のお礼をしないといけない。
王様から便宜を図ってもらったりできないだろうか。
やりたいことがたくさんある。
会いたい人も、たくさんいる。
「うふふ、楽しみですね、この逆回りの旅」
「お気楽だな」
「いらないですか? お気楽さ」
「いや……」
勇者は少し言いよどむ。
顔が少し赤い。
「今はお前のそのお気楽さ、なんか、安心する」
そう言って、笑う。
それは今まで旅の中で見た中で、いちばん優しい笑顔だった。
【Ep.? ゆめをみたあとで】
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いい目覚めだ。
体は軽いし、気分は爽やかだし、なんだか雄鶏に「おっはよう!」と話しかけたいくらいのいい朝だ。
「おっはよう!」
うちには雄鶏がいないので、代わりに母に言ってみた。
「あらあら、今日はどうしたの、そんなに元気出して」
母は苦笑して、私を見つめていた。
「おうおう、どこの鶏が鳴いているのかと思ったら、うちの娘じゃないか」
父も上機嫌で笑っている。
「いい夢見たの!!」
私はそう叫んで、家を飛び出した。
向かう先は決まっている。
昔っからの幼馴染で、いつも一緒だった、あいつのところへ。
「おれ、いつか勇者として認められたら、魔王を倒しに行く」
「だからその時は、お前の魔法で力を貸してくれよな」
いつもそう言っていた。
その言葉は現実となり、あいつは勇者として旅立つ日を待っていた。
だけど……
私の魔法は、まだまだだった。
威力が弱い。
自在に夢が見られない。
だから、まだ旅立てないでいた。
あいつは私を待ってくれている。
だから、私は、何度も何度も、旅立てる日を夢見ていた。
私の魔法が役に立てるようになる日を待ち焦がれていた。
「おっはよう!」
私の元気いっぱいの笑顔は、彼に届いただろうか。
その笑顔が、なにを意味するのかを、わかってくれるだろうか。
「来たか!!」
その笑顔は、私の思いを十分にわかってくれている証だった。
「見たよ!! 魔王を倒す、夢!!」
私も満面の笑みで、答えた。
ついに、この日が来た。
「よし、そうと決まったら、すぐに出発の報告に行こう」
「うん!」
「でも王様に会うのに、その格好はまずい」
「うん?」
旅立つ支度を済ませて、私たち二人はお城へと向かう。
「両親、心配していなかったか?」
「大丈夫よ、もう、私子どもじゃないんだし」
「そっか」
「それに……お父さんもお母さんも、かつては冒険者だったんだから、その辺は寛容なのよ」
「……だな」
私も両親のように魔王を倒しに行きたいと願った時、二人とも強く止めることはしなかった。
私は母の血を濃く受け継いでいたから、母と同じように魔法が使えたのだ。
その威力をよく知る父も、私の魔法を褒めてくれた。
だからきっと、旅立つことを、許可してくれたんだと思う。
「夢の中でね、私、あんたのこと、『様』をつけて呼んでたわ」
「なんだそれ」
「私も現実よりだいぶおっちょこちょいだったし」
「現実も十分おっちょこちょいだろ」
「前日に見た夢しか、魔法で使えなかったし」
「そんなんでよく魔王を倒せたな」
「そこはまあ、ほら、色々うまくやったのよ」
「なんか急に不安になってきた……」
「ま、まあなんとかなるわよ、うん、きっと」
私は自分を励ますように言った。
かつて母が成し遂げた「世界平和」を、私もきっと実現して見せる。
何度魔王が立ち上がってきても、そのたびに滅ぼしてみせる。
この魔法は、そのためにあるのだ。
「まずは、北の大陸まで一日で行けるくらいじゃないとな」
「魔物たちは私の魔法で一掃してやるからね!!」
「おう、頼りにしてるぞ」
グッ、とこぶしを差し出してくる。
私もこぶしを返す。
その指にはめた、母からもらった指輪が、太陽の光を反射して、きらりと光った。
★おしまい★
909 : HAM ◆HAM.ElLAGo - 2017/11/13 22:33:46 BR1t.xPc 756/756ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございました。
スレがまだちょっと残っているので質問とかあったら答えます。
∧__∧
( ・ω・) ありがとうございました
ハ∨/^ヽ またどこかで
ノ::[三ノ :.、 http://hamham278.blog76.fc2.com/
i)、_;|*く; ノ
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ハ、___|
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