夢魔道士「夢をみたあとで」【前編】
【Ep.8 まのもり とまどい】
大きな森を抜ける。
それがこの先に進むための最短ルートだった。
しかし、私は気が進まない。
なぜなら、その森は「魔の森」と呼ばれ、近隣のものは決して近づかないところだからだ。
「ねえ勇者様、どうして『魔の森』だなんて呼ばれているんでしょうね」
「強い魔物が出るからだろ」
「じゃあどうして、周りの人たちはここのことを口にすると怯えるのでしょう」
「魔物が怖いからだろ?」
「それだけでしょうか……」
私はやっぱり嫌な予感がしていた。
確かにここの魔物は強い。
集団で襲ってくるし、しつこい。
千年の眠り。
ひとかけらの罅割れ。
衝動と焦燥、本能の震動。
空を仰ぎ、地を這う羽虫。
時満ち足りて大地の深呼吸。
【夢魔法 土砂崩れ~る】
―――ズズゥン!!
「ガッ!!」
しかし、足元を崩す魔法であっけなく土に埋まっていく。
「よし! 上出来だ!!」
―――ザシュッ!!
―――ビシャァッ!!
勇者が埋まった魔物を斬り裂いていく。
それは見事な連携だった。
魔物の体液が飛び散る。
―――ザシュッ!!
―――ザシュッ!!
「はっは!! おれの剣の前ではその皮膚も無力だな!! はっはっは!!」
魔の森に出るのは、羽のある大きなカエルだった。
粘着質の液体を飛ばしてくるし、意外と素早いし、皮膚はぬめぬめで打撃は効きそうにない。
しかし、あっけなくやられていく。
「ガッ……」
大きなガマグチからびちゃびちゃと涎を垂らして死んでいく。
「うえ、気持ちわりっ」
勇者が体液を避けながら斬り裂いて回る。
こんなものだろうか。
魔の森なんて恐れられているのに。
「まあ、それだけおれたちも強くなったってことだ」
勇者はパンを頬張りながら、気楽そうに言った。
しばらく魔物が出なかったので、木陰で休憩をしている。
「お前のスランプも抜けた」
「夢に見る魔法も多彩になった」
「装備も充実してきた」
「まあ、普通の冒険者ならここでつまずくのかもしれないが、おれたちには大したことない森だったってことだろ」
私もパンを口にしながら、頷く。
確かに私たちは強くなった。
たくさんの魔物を倒してきた。
だけど……本当に?
「心配しすぎなんだよ」
ぽんぽん、と私の頭をはたいて、勇者は立ち上がった。
「ほれ、今日中に半分は進まねえと、抜けられねえぞ、この森」
「まだ今日は奥まで進むからな」
それも心配の種だった。
森の最深部まで進まないと、二日で抜けられないのだ。
しかし近隣の村の人たちは、誰も最深部がどうなっているのかを知らなかった。
「恐ろしい魔物でもいるんでしょうか」
「……ま、いるだろうな、なにかが」
「なにかって……」
「まだおれたちの知らないような、なにかだ」
土塊の魔人、ぬるぬるのガマグチ、大鷲など、今まであまり見なかった魔物が多い。
しかし魔人とガマグチは【土砂崩れ~る】で足元から崩せば倒せたし、大鷲は急滑降してきたところを斬り裂けた。
これらの親玉が、奥にいるのだろうか。
村人が知らない「なにか」が住んでいるのだろうか。
ざわざわと、気配がする。
常に周りに魔物がいる気配がする。
気持ちが悪い。
「あれ? 明るいな、あっち」
前方が明るい。
え、まさか、森を抜ける?
「やけに早いな、二日かかるんじゃなかったのか」
私も驚いた。
まさか、私たちは歩くスピードもずっと速くなっているのだろうか。
「……拍子抜けの森だったなあ」
勇者がつぶやく。
私も同感だ。
まだ周りを取り巻く魔物の気配は消えない。
気持ち悪い粘着質の視線のような気配は消えない。
しかしそれも思い過ごしだったのだろうか。
心配しすぎなのだろうか。
まあ、なにはともあれ。
「よっしゃ!! 抜けたぞ!!」
勇者のかけ声に合わせて、森を抜けた。
気持ちの良い空が広がっている。
私たちは無事、森の入り口に戻っていた。
「は!? 入り口!?」
「え? え? ここ入ってきたとこですよね!?」
「なんで!? え? 入り口そっくりの出口!?」
「いやいやいや、あの木見覚えがありますよ!?」
「どこで!? どこで間違えた!? おれ!? お前!?」
「私は勇者様にずっとついて歩いてたじゃないですか!?」
訳が分からなかった。
私たちはずっと森の最深部目指して、進んでいたはずだ。
引き返すこともなかった。
方向感覚も狂っていなかったはずだ。
「……化かされたか……」
「畜生!! もう一回行くぞ!!」
「え、行くんですか!?」
「おれたちはこんなところで迷っている場合じゃない!」
ずんずんと進む勇者。
私はそれに従うしかない。
「もー、無謀じゃないですかあ」
私たちの方向感覚がおかしいのでなければ、きっとこれには理由がある。
私は通ってきた道を覚えるために、思いついたことを試してみることにした。
「なんだそれ」
「えへへ、目印です」
私は通った道の脇に、土で作った「人形」を残すことにした。
「今日はせっかくの土の魔法ですからね、こうやって有効利用しようかと」
「なるほどな、効率が悪い気もするが、まあ目印は必要だな」
ぽつぽつと人形を残しながら、先を急ぐ。
もう休憩している余裕はない。
魔物と全部戦う気もない。
この妙な「魔の森」を抜けられなければ、先へと進めないのだから。
余計なことに気を取られず、とにかく先へ。
「おい、ナメクジの人形の完成度が下がってきてるぞ」
「ウサギです!!」
……
「……なんでだ……」
ナメクジの、もとい、ウサギの人形の前で勇者が膝をつく。
これで何度目だろうか。
私たちの行く道の先に、私が作ったはずの人形が姿を現す。
「おれたち、まっすぐ進んだはずだよな?」
「そのはずです」
「方向も合ってるよな?」
「問題ありません」
「じゃあなんでお前のナメクジが前に現れるんだよ!?」
「ウサギですよ!!」
魔物の力だろうか。
なんにせよ、この森には人を迷わせる魔法がかかっているようだ。
「そういやあ、しばらく魔物が出ないな」
それも怪しい。
最初はあんなに魔物が襲ってきていたのに、今は姿を現さない。
「進むべきか、否か」
「……なんにせよ対策が必要ですよね」
「対策か……」
野営の準備をしながら、私は人形の出来をよく見てみた。
「……確かに……私の作ったものの気がする」
私たちが迷う理由として考えられることは大きく分けて二つ。
私たち自身に魔法をかけるか、道に魔法をかけるかだ。
人形がコピーではなく確かに私の作ったものならば、魔法は私たち自身にかけられていると考えられる。
私が作ったものではないとしたら、道に、もしくはこの森全体に魔法がかかっているということだ。
「今度はなにか特徴をつけて人形を作ってみるってのはどうだ?」
「だから、わかりやすくウサギにしたんですけどねえ」
「触角を3本とか4本にしてみるってのは?」
「触角ってなんですか!? 耳ですよ耳!!」
妙な気配は消えない。
でも魔物は見えない。
「確かにここは……魔の森ですね……」
土で作った高い壁の中で、私たちは眠った。
―――
――――――
―――――――――
ふわりと空に浮く感覚。
足元が崩れていく。
―――だめよ――――――その魔法では―――
誰かの声がする。
魔物たちが土に埋もれていく。
難なく魔物を蹴散らしていける。
しかし、あたりを見回すと、どちらから来たのかさえ分からなくなってしまった。
――――――真実に―――正しい道に―――目を―――向けるのよ―――
――――――道という言葉にすら―――とらわれては―――いけない―――
なんだか聞いたことのあるような声で、諭される。
―――――――――
――――――
―――
高い土壁の中で、私は目を覚ました。
どうやら魔物は襲ってこなかったようだ。
ただ、すごい圧迫感である。
よくこんなところで寝れたな。
「おはよう」
勇者が起きだしてきた。
私と同じように、土壁の圧迫感に少し気圧されているようだった。
「あ、そうか、昨日、この中で寝たんだった……」
きょろきょろと見回す。
当然出口などはない。
「……今日の夢はなんだった?」
幸いにも、見た夢がまた土の魔法だったので、再び土壁を崩して外に出ることができた。
そうじゃなかったらどうしていただろう。
もう一度土の魔法の夢を見るまで繰り返し寝ただろうか。
「ああ、素晴らしき開放感」
伸びをする。
と、勇者が深刻そうな声でこちらに話しかけてきた。
「……おい、あれ見ろ」
「なんですか? ぎゃっ!!」
右の道にも、左の道にも、私の作った人形があった。
「お前のナメクジが増えている」
「ええ、ええ、もうナメクジでいいですよ、この際ね」
「私たち、どっちから来ましたっけ」
「多分こっちだ」
「でも、そっちにも人形があるんですよね」
「ああ、どちらかが偽物だ」
「でも、どっちも偽物って可能性も」
「む?」
「そもそもこんなに近くに作りましたっけ?」
私たちは人形を見つめながら朝食をとった。
立往生だ。
打開策を考えつくまではこの場所を動けない。
「どう見ても私の作品ですね……」
「作品とか言うな、そんな高尚な物じゃない」
「ちょっと! 私がなんと呼ぼうと勝手じゃないですか!?」
「すべての芸術家に謝れ」
「それちょっと言い過ぎでは!?」
あまり議論は進まなかった。
チリン……
かすかな鈴の音がした。
私ははっとして、そちらを向く。
勇者も同じタイミングで鋭い目線を送った。
「もし、お困りかな?」
妙な男がこちらへ向かって歩いてきた。
私は宗教のことはよくわからないが、彼は修行僧というたぐいの人に見えた。
つまり、教会ではなく寺院にいる人?
そんな人がなぜこんな森の奥に?
「この森の魔法、あんたか?」
勇者が疑問を投げかける。
初対面で失礼かとも思ったが、確かに怪しい。
この妙な森で私たちの元にやってきて、「なにか困っているか」と聞くなんて。
私たちが困っているのが分かっている前提の質問ではないか。
それに長い布で頭全体を覆っている。
目が隠れている。
それも非常に怪しい(私個人の感想)。
「はて、魔法、魔法……」
「この森の不思議さを、魔法と例えるのなら、確かに魔法かもしれぬ」
「だが私の魔法ではないな、残念ながら」
なんだか妙なことをむにゃむにゃ言っている。
「目に映るもの、それを見たまま信じているから、迷うのだ」
「私のように、目を閉じれば迷わない」
「だが、まあ、私のこれは生まれつき。真似しろと言っても難しいだろう」
なんと、目の見えない人だったのか。
なのにふらつきもせず、私たちの方へ歩いてきたのは、どういう原理?
「目を閉じて歩くなんて、無理ですよね?」
私は小声で勇者に尋ねる。
「3歩でコケるだろうな」
勇者も小声で答える。
「ははは、試しに目を閉じてジャンプでもしてみるがよい」
目を閉じてジャンプを?
そんな技が必要になることがあるの?
とりあえず目を閉じてみる。
そしてそっとジャンプを……?
「え、ちょっと! 怖い! 跳べませんよこれ!」
跳び上がれない。
怖い。
「ははは、律儀に試してくれるとは、素直で優しいお嬢さんのようだ」
修行僧さんが笑っている。
「……で、これがどういう意味を持つんだ?」
勇者が困惑している。
目を閉じて歩けというのでもない。
そんなの無理だろ、ってことが証明されただけだった。
「目に見える道だけが道ではない」
「進むべき道は、見えないところにある」
「そういうことも、あるんじゃないか、という話だ」
むう。よけいわかりにくくなった。
「なあ、あんた、よければ道案内してくれたりは……」
「私はここに住んで長いが、まだ修行を終えていない。この森を出られない」
つれない返事だった。
こんなところで修行だなんて、よっぽど自分に厳しい人なのだろう。
「道は自分で切り開くがよい」
そう言って笑った。
確かにヒントはもらった。
後は自分で考えなければ。
「ありがとうございます、ヒントをいただいて」
私は笑ってそう言った。
勇者が怪訝な顔でこちらを見る。
私はおかしなことを言ったかしら?
「勇者様、例えば魔王城で道に迷ったとき、敵の魔物に道を聞きますか?」
「ご丁寧に魔王のいるところまで道標がありますか?」
「自分たちで打開していかないと、この先に進む資格は、ないってことですよ」
「ヒントがもらえただけでも大サービス、ってことでしょ」
私は勇者に持論をぶつける。
万が一修行僧さんが魔王の手先だったとしても、その可能性も含めて自分たちで切り開いていかなければならない。
「む、なかなか芯の通った、肝の座ったお嬢さんじゃないか」
修行僧さんが感心して私の方を見る。
いや、見えてはいないのだろうけど、こちらに顔を向けた。
私の声に反応したのだろう。
聴覚……
この森を抜けるのに、なにか関係あるだろうか。
「じゃあ坊さんよ、一つ教えてくれよ」
勇者が尋ねる。
なおもヒントをほしがるとは、なかなか図太い。
勇者とはこういう態度であるべきだろうか?
んー。
私には決められない。
「この森の『不思議さ』は、なにが原因なんだ?」
「原因か……それを知ってどうする」
「原因がわかれば、叩く。そうすれば迷わない」
確かに。
例えば森の奥にいる魔物の親玉が原因だとしたら、そいつを倒せばこの現象は解消される。
この修行僧さんが原因だとしたら、ここでぶっ倒せば解消される。
おっと、思想が過激になっている。
「それこそが、あんたがたの旅の目的ではないかね」
なんだか妙なことを言われた。
「魔力に流れがあるのは分かるかね? 空気中に滞在する魔力のことだが」
その質問に、勇者はこちらを見た。
自分ではよくわからん、てな顔だ。
私は、まあ、一応わかるので頷いた。
「それが留まる場所も、薄い場所もあるのも、知っているかね」
また勇者はこちらを見る。
私は一応頷く。
魔物が出る洞窟なんかは、魔力が濃い。
まあ、気のせいで片づけられる程度の微差だが。
「ここは、魔王城から流れてくる邪悪な魔力が留まりやすい場所になっておる」
それを聞いてはっとする。
そういえば、常に妙な気配があった。
それは姿を消す魔物のせいかと思っていたが、そもそも魔王の魔力の断片だったのか。
ずっと魔王の魔力に包まれて、私たちは森を進んできたのか。
「だから、原因があるとしたら、それは魔王の邪悪な魔力だ」
では、ここでそれを解消することはできない。
そして、魔王の討伐自体が私たちの旅の目的である、というのも、修行僧さんの言ったとおりだ。
「んー、つまり、八方塞がりか」
勇者が情けない声を出す。
魔力をあまり感じられないからか、不思議さが際立って感じられるのだろう。
しかし、私は魔力についての知識はそれなりにあるので、少し目の前が明るくなったように感じられた。
この辺りは、剣士と魔道士の意識の違いだろう。
「ご武運を祈る」
そう言い残して、修行僧さんはすたすたと道を歩いて行ってしまった。
私の作品(高尚な! ウサギの!)にもぶつからず、とてもスムーズに。
「さて、どうする」
勇者はこちらをうかがう。
私に進路の決定権がゆだねられるのは、なんだか嬉しいしくすぐったかった。
「とりあえず、魔王の魔力が原因ということが分かったので、色々試してみましょう」
「試すって、例えば?」
「例えば、こういうことです!」
私はがさがさと草むらに突進した。
「道」にこだわらなければ、道が開けるかもしれない。
道なき道を進む。
おお、なんか格好いいじゃないか。
「おい! 待てって!」
勇者が慌てて後をついてきた。
……
私たちは歩きにくい草むらを、ずんずん進んだ。
背の高い植物が多い。
倒木も多い。
ツタや枝で視界も悪い。
さらに、妙な動物がごそごそと足元を這っている。
「おい、ほんとにこれが正解なのか?」
勇者が剣で色んな邪魔なものを払いながら聞いてくる。
「わかりませんよ、でも、試してなかったでしょう?」
私も拾った長めの枝をぶんぶん振り回しながら進む。
道でないところには魔王の魔力が効いていない可能性がある。
とにかく試してみなくては。
しかし、そんな私たちの試みは、無残にも打ち砕かれた。
「嘘だろ……」
またも目の前に、私のウサギ人形が現れた。
もう、不思議を通り越して気持ち悪い。
何度も私たちの目の前に現れる人形は、もはや道標としての目的を果たさず、私たちを惑わす道具でしかなかった。
こうも私の人形が不気味に見えるとは思わなかった。
「もともと不気味な形状をしているぞ」
うるさいな!!
「とにかく、この方法は得策ではなかった、と」
次の策を考えないと。
私は勇者のために、この状況を打開できる頭脳を披露しないと。
そういえば……
「あ、そういえば、私、夢の中で誰かの声を聞いたんですよね」
「誰かって、誰だ?」
「それが、なんかもやがかかっているみたいで、よくわからないんですよね」
なにか、ヒントをくれた気がする。
どんなヒントだったっけ?
「その魔法ではだめだ、とか、正しい道に目を向けろ、とかなんとか」
そう、その魔法ではだめだと言われた気がする。
その魔法とは、【土砂崩れ~る】のことだろうか?
これがないと、今日土壁から脱出できなかったはずなのだが、ほかの魔法が必要ということ?
「ほかの魔法って、つまり、もう一回寝直すってことか?」
「それにしても、正しい魔法がなんなのか見当がつかないのに寝ても仕方ないような……」
二人でうんうん考えた。
この状況を打開できそうな魔法。
もしかしたら、まだ使ったことがない魔法かもしれない。
もしかしたら、私がまだ使えない魔法かもしれない。
でも、今まで使った魔法のうち、この森を抜けるために使えそうなのは……
「あ!! 【よく燃え~る】はどうでしょうか!!」
「却下だ!!」
「ど、どうしてですか!!」
「おれたちまで焼け死ぬだろうが!! それにあの坊さんも燃やすつもりか!!」
「あ、そういえばあれがあるじゃねえか、ほれ、あの」
「えーと、【風立ち~ぬ】だっけか」
自分で言ってから勇者は、露骨にいやそうな顔をした。
「空から、森を越える、っての、うん、どうかな」
もごもごとつぶやく。
あまり空の旅はお好きではないようだ。
でも、そのアイデアは行けそうな気がした。
「それ、いいかもしれません」
「あ、でも、ほかの案も……」
「では、その夢が見られるまで、寝ます!! おやすみなさい!!」
勇者の言葉も聞かず、私は指輪を額にかざした。
―――――――――
――――――
―――
「きた!! きましたよ!! 風の魔法!!」
何度目かのトライで、私は狙い通り【風立ち~ぬ】の魔法を夢に見ることができた。
荷物を背負い、出発の準備をする。
「う……やっぱりやるのか」
勇者はまだいやそうな顔をしている。
荷物を背負うスピードも、心なしか遅い気がする。
でも、これで魔の森の上を通って、先へ進めるかもしれない。
「何事も試してみないと!! ほら、行きますよ!!」
私は脳内詠唱を始める。
勇者と手をつなぎ、風を生む。
「風、立ち~ぬ!!」
……
「うわぁ! 上空はなんだか空気がきれいですね!!」
私は、森の中がいかに邪悪な魔力でいっぱいだったかを思い知った。
森の中ってのは、普通空気がきれいなものだが、ここに来るとそれが汚れていたことを知った。
「そうか? おれにはわからん、よくわからん、違いが」
早口で勇者が言う。
足元に気を取られて、焦っている。
怖がっている。
空の旅が慣れないのだろう。
私も、慣れてないけど。
「どっちですか? あっちですか?」
「バカ!! そっちは来た方向だろうが!! 山見てわかるだろ?」
「え、じゃあ、こっち?」
「森を越えるっつってんだろ!! そっち行ったら戻るだろ!!」
ぎゃあぎゃあ言いながら、ようやく地面に降り立った時は、心地よい疲労感で満たされていた。
勇者はへたり込んでいた。
「……」
「どうしました?」
「……」
「酔ったんですか?」
「……」
「吐きますか?」
「……」
「飲み込みますか?」
「うるさいよ」
空の旅ってのは早くて便利だけど、あまり得策ではない。
今回みたいに魔の森を抜けるのには役立ったし、湖を越えたこともあるけれど、まだまだコントロールが難しい。
自分たちにもダメージが少なからずあるし、魔力の消費も大きいし。
なにより、まだ私は自在に夢を見られない。
「さ、先へ進みましょ♪」
私たちは歩いて次の村を目指す。
「もうちょっと休んでから……」
「もう! 情けないですね!」
これくらいが、私たちにはちょうどいい。
【Ep.9 けんそうに ふる たいよう】
その城壁は、今まで見た中で、一番大きかった。
そして、一番怖かった。
「なんか、入っちゃだめな雰囲気ムンムンじゃないですか?」
「……そんなことないさ」
「あ、そんなこと言って、勇者様もちょっと怖気づいてるじゃないですか」
「そんなことない」
「ほら、甲冑着た門番さんが、こっち威嚇してますよ」
「お、お前先行け」
「なんでですか、いやですよ」
ガシャン!
ガシャン!
甲冑の門番が行く手を阻む。
「旅の勇者だ、王にお会いしたい」
勇者が緊張しながら門番に言う。
特に用もないが、これだけ大きな城だ。
きっと有益な情報や、旅の助けになることがあるはずだ。
しかし、門番はなにも言わない。
反応がない。
「あの、薬草や食料が少し足りないんです」
「ここで少し補給させていただけたら嬉しいんですけども」
私も合いの手を入れてみたが、反応がない。
なにか入城のための暗号でもあるのだろうか。
大きな槍と斧を交差させて、門番さんは黙って私たちの行く手を阻んでいる。
その時、橋の向こうの門から、声が聞こえてきた。
「あんたら、この城になんの用だい!?」
それは威嚇ではなく、私たちに尋ねる言葉だった。
ただ少々距離があるので、大声になってしまうのは仕方ないことなのだろう。
「旅の勇者です!! この城の王にお会いしたい!!」
勇者も負けじと叫ぶ。
長い橋の向こうの誰かに聞こえるように。
「勇者か!! 勇者!! そりゃあいい!!」
「じゃあ、その門番を倒してみろ!! バラバラにするか、堀に落とせばお前たちの勝ちだ!!」
堀に?
確かに橋がかかっている堀が周囲にある。
でもこんな深いところに落としたら、門番さん、死んじゃうんじゃ?
私は、そっと堀の方を覗いてみた。
「……勇者様、なんか、魔物がいます」
「あん?」
「お堀を元気に泳ぐ、なんか狂暴そうな魔物がいます」
「げげ」
「数え切れないくらい」
「げげげ」
「こいつらを倒したら、城に入れてくれるのか!?」
勇者がまた叫ぶ。
「ああ!! 手加減すんなよ!! お前たちが堀に落ちたら死ぬぞ!!」
門からまた声がする。
言葉は荒いが、女性の声のように聞こえる。
いったい誰だろう?
「よし、じゃあ、やるか。まだやれるだろう?」
勇者が私の頭に手を乗せる。
この城の付近の魔物はとても強かったが、私たちはまだ戦える元気がある。
「はい!! ちゃちゃっと無力化しましょう!!」
「おっしゃ!!」
千年の眠り。
ひとかけらの恐怖。
罵倒と罵声、削られる精神。
張りつめた糸の千切れる音。
時満ち足りて崩れ落ちる背骨。
【夢魔法 弱くな~る】
私は【弱くな~る】の魔法を、勇者の剣に向かって放った。
ぶうん、と剣が淡く光り、私の魔力を纏う。
「どんなに鎧が固くっても、こいつの魔力よりは弱いだろう!?」
―――ガシュッ!!
一閃!!
勇者の剣が、鎧を裂く!!
「おりゃ!! もういっちょ!!」
―――ガシュッ!!
―――ガランガラン!!
門番さんたちの鎧が崩れ落ちた。
そして、中の体が露わに……
ならなかった。
中は空洞だった。
「あれ?」
「なんだこいつら? がらんどうじゃないか」
「魔物か?」
勇者はガンガンと、転がる鎧を蹴っ飛ばしている。
一瞬で勝負はついたようだが、相手が何者かよくわからないうちに終わってしまった。
私も、ポカンとしている。
「おぉっ!! やるじゃないか!!」
「OKOK、渡ってきな!! 門を開けてやるよ!!」
そう声がした。
私たちは空洞の鎧に戸惑いながらも、橋を進んだ。
「あれ、魔物でしょうかね?」
「ううん、そんな気もするが、普通に城を守っているのは、おかしい気がする」
「ここがそもそも、魔物の城であるとか?」
「……その想定はしてなかったな」
門に近づくと、上の除き窓から女性の顔が出ているのに気が付いた。
「あっはっは、勇者ってのは伊達じゃないみたいだね!!」
「試すような真似をして悪かった!!」
「すぐ開けっから、ちょっと待ちな!!」
そういうと、顔がすっと引っ込んだ。
そして、ギギギ、と音を立てて門が開いた。
「引き返すなら、今のうちだが」
「もう開いちゃいましたから、観念しましょ」
門の向こうには、広い石畳と、町並みが見えた。
「ようこそ勇者様、我らが城へ」
「ここは女王が統治する要塞、と、その城下町さ」
門番(?)の女性が招き入れながら言う。
門の横には、先ほど倒した甲冑の門番と同じ格好をした人たちが、ずらりと並んでいた。
だけど、微動だにしない。
もしかしたら、この人たちも、空洞かもしれない。
「あー、門番さんよ、聞きたいことが色々とあるんだが」
「悪いね、あたしは下っ端なもんで、大したことは言えねえ」
下っ端と言いつつも、しっかり武装をしているし、女性とはいえすごく引き締まった筋肉をしている。
私が戦ったら、すぐにのされてしまいそうだ。
「案内はそいつらがするから」
門番の女性が顎をしゃくった先には、赤い帽子と青い帽子の、なんだか道化みたいな二人組がいた。
「ようこそ、我らが城へ」
赤い帽子の男が言う。
「ようこそ、我らが城へ」
青い帽子の男が言う。
ていうか、おんなじこと言うならハモりなさいよ。
なんで分けて言うのよ。
「城下町でお買い物ですか?」
「それともお食事ですか?」
観光か!!
旅の勇者だって言ったでしょ!!
「王にお会いしたい」
「旅に有益な情報、食料、それから旅の用意を調達したい」
「可能なら何日か滞在したい」
勇者が簡潔に言う。
後ろを見ると、門番の女性がまた門を閉めていた。
そういえば、橋の向こうの二人は、あのままにしておいていいんだろうか?
「二人」とカウントするのかどうかも、怪しいんだけれど。
「では、どうぞこちらへ」
「まず女王にお会いしていただきましょう」
道化の二人は、すたすたと道をまっすぐ進んでいく。
着いて来いということらしい。
私はちょっと一休みしてお茶してからでもいいかなーなんて思っていたが、もう、すぐにお城に向かうみたいだ。
……お城、だいぶ向こうに見えるけど。
「遠いですね」
「遠いな」
「これ全部囲ってる城壁があるってことですよね」
「今まで見た中で、一番でかい城だ」
「同感です」
道はまっすぐだったが、かなりの距離を歩く必要があった。
城下町はとても栄えていて、絶えず人の声が聞こえていた。
私は、店先に出ている果物や可愛らしいアクセサリーや、服やお茶やご飯のにおいを我慢するのに苦労した。
「おい、よだれ」
「おい、まっすぐ歩け」
「おい、そんなもん買う金がどこにあるんだ」
「おい!! 前向いて歩けって!! 幼児か!!」
私は、町並みを見ながらあることに気が付いていた。
「勇者様、この町、石ばかりです」
「ああ、おれもそこが気になっていた」
店も、家も、道も、みな石でできていたのだ。
木造の建築物が、ほとんどない。
緑はそこかしこにあるものの、なんだか堅苦しい印象を受けた。
「それは、また女王からお話があるでしょう」
「この町は、難攻不落の岩石要塞でございますから」
道化さんたちが言った。
岩石要塞。
確かにそんな印象だ。
……
「お前たちは下がってよい」
女王の間には、きらびやかな装飾があるかと思っていたが、ここもなんだか堅苦しかった。
勇者とともに通された間で、私たちは女王様の話を聞くことができた。
「長旅、ご苦労様でした」
「この町で、ゆっくりと休むといいでしょう」
「いきなり試すような真似をして申し訳ありませんでしたが、この城のしきたりでしてね」
そう話す女王様は、椅子にふんぞり返って統治するというよりも、戦の前線で今すぐにでも戦えそうな格好をしていた。
顔はにこやかだが、鋭さと厳しさも持ち合わせている。
私には、あの表情は真似できそうにない。
「ここらの魔物はとても強いから、このような格好をしているのです」
「私がここから一歩も出ず、指示だけ出すような横着者だったら、この城はここまで発展しなかったでしょうね」
「ここはとにかく『守り』に特化した城でね」
「だから、どこもかしこも石でできていたでしょう」
なるほど。
敵からの攻撃を防ぐため、町も城も石が中心ということなのね。
では、あの門番の二人は?
あれはなんだったのだろう。
「私が女王だからかねえ」
「城の警備に入ろうという者は、これまた女性が多くてね」
「だから、足りない力を補うため、魔法での防御に長けた者を、防衛隊長に置いているのです」
その防衛隊長さんも、女性だそうだ。
魔法での防御、というのと、先ほどの門番さんと、どうつながっているのだろうか。
あれは魔法人形だったのか?
勇者がこの付近の魔物のことや、西の大陸への移動のこと、魔王城の情報などを女王様から聞き出している間、私は少しヒマになった。
いつも情報を整理するのは、勇者がやってくれていた。
私の頭では、あまり整理ができないからだ。
そのせいで勇者に迷惑をかけてしまったことも多々あった。
だけど、私は私のできることを頑張るしかない。
ヒマなので見回してみると、女王の間の壁に大きな槍がかかっているのを見つけた。
装飾も見事だが、使い込まれた様子からすると、女王様はこれを振り回して戦うこともあるようだ。
武器を使いこなす女性というのも、とても格好がいい。
私はこん棒くらいしか振り回せないから、ちょっと憧れる。
「今日はもう休みますか? それとも、城を案内でもさせましょうか」
「どうする?」
勇者が私を振り向いて聞く。
「わ、私、あの門番さんのことをもっと知りたいです」
あれがもし魔法で動いていたのなら、とてつもない魔法だ。
しかも、あの女性の門番さんが防衛隊長ということではないだろう。
ならば、城の中から操作していた人がいるのだろう。
それを、私は知りたいと思った。
「よろしい、では我が城の防衛隊長を紹介することにしよう」
女王様はパチンと指を鳴らした。
それは女性には珍しいしぐさで、これまた格好いいなと感じてしまった。
そそくさと、道化の二人組がまた現れた。
「隊長殿は、訓練場にいらっしゃいます」
「部下の指導をしておられる時間です」
入り組んだ廊下を歩きながら、道化さんが説明してくれる。
ここもすべて石でできている。
少し暗くて怖いが、ちょっとやそっとの火では落とせそうにない城だ。
私たちが来たことはすでに伝わっているらしく、廊下をすれ違う人たちに、にこやかに会釈されることが多かった。
「やっぱり勇者の一行というのは、好意的に受け入れてもらっているんでしょうか」
「まあ、とんでもなく強いとは思われているだろうな」
「悪意はあまり向けられませんね」
「勇者を目の敵にするような城なら、そもそも門で追い返されているだろうな」
「あ、そうか」
……
「たぁっ!!」
「はっ!!」
訓練場には、戦士たちの威勢のいい声が響いていた。
「いやぁっ!!」
「うぁぁっ!!」
誰も彼も、武器を振り回し、立ち回り、恐ろしいスピードで動いている。
ひゅんっと風を切る音が心地よい。
そこにいたのは、全員女性だった。
「ああ、あなたが勇者様ですね」
いち早くこちらに気付いた女性が、訓練を止めた。
あの人が「防衛隊長」さんだろうか。
背が高くてとても格好いい。
長い金髪と鎧が、アンバランスなようでいて均衡が保たれている。
「ようこそ、我らが城へ」
「見学でしょうか?」
みんな興味深そうにこちらを見ている。
これだけの視線が集まると、ちょっと怖い。
「お招きありがとう」
「こいつがね、ちょっと魔法に興味があるっていうものだから」
「門のところで動いていた、あのがらんどうの鎧の戦士は、誰が動かしていたのかな、と」
勇者はさすがに、私の興味を正確に汲み取っていてくれていた。
私の代わりに、すべて聞いてくれた。
「ああ、あれですか」
隊長さんは微笑んで、こちらに話しかけてくれた。
「あれは私の遠隔魔法で動いている、鎧人形です」
「あ、あの、何体くらいいるんですか?」
「ちょうど百です。でも、毎日百体動かしているわけじゃないけれど」
「ひゃ、ひゃく!?」
驚いた。
もしかしてそこら中に配置されているのだろうか。
門の向こうの二体を倒しても、百体が集まって来ればきっと勝てなかっただろう。
私のそのリアクションがおかしかったのか、みな笑った。
「あなたは魔道士? 勇者様の一行なのだから、あなたにも立派な魔法があるのだと思いますが」
「あ、はい、夢魔道士です」
「夢魔道士?」
「えっと、夢に見た魔法が使えて、えっと、たとえば今日は弱体化の魔法なんですけど」
「へえ、世の中には珍しい魔道士さんもいるのですね」
「この方の魔法を勇者様の剣に纏わせておられました」
「鎧人形がいとも簡単に斬り裂かれました」
「そう、まるでゼリーのように」
「ゼリーのように!」
道化さんたちが報告している。
掛け合いがなんだかおかしい。
「へえ、あの鎧を斬り裂いた、と」
隊長さんも感心している。
「よし、せっかくだから、ちょっと魔法を見せてくれませんか」
「あなたに素質があるなら、私から伝授できるものもきっとあるだろうから」
いつの間にか、訓練場に鎧人形が入ってきていた。
いったいどこから来たのだろう?
「この鎧人形を相手に、立ち回りを見せてもらえませんか」
「ここで鍛錬している者たちは、まだまだ新入りなもんだから」
まあ、人間に斬りかかるよりは鎧人形の方がためらわずに済む。
「橋のところでやった感じでいいですかね?」
「ああ、それでいこう」
勇者がガチャリと剣を抜く。
「弱くな~る!!」
ぶうん、と魔力を放出。
勇者の剣に向かって放つ。
淡い光が訓練場の暗い室内を照らし出す。
「さ、いつでもどうぞ」
くいくい、と勇者が手招きする。
門のところであっさり二体倒したものだから、余裕の表情だ。
「さあ、お手並み拝見といきましょう」
隊長さんがにやりと笑うと、鎧人形が襲い掛かってきた。
とんでもないスピードで。
―――ガキィン!!
「どわっ!! なんだこのスピード!!」
―――キィン!!
鎧人形の持つ斧が、床に打ち付けられる。
「速い速い速い!! 門番の比じゃねえぞこれ!!」
―――ガキィン!!
とは言いつつも、勇者は身軽に斧を避け続ける。
口ではふざけていても、目は鋭く鎧人形を見つめたままだ。
あの黒龍と戦った時から、勇者は「回避」に意識を集めるのを怠らなかった。
「門のところの鎧人形は、私の目が届きませんからね」
「だけど、目の前で操れば、これくらいのスピードは出せるんですよ」
「はっ!!」
―――ガシュッ!!
勝負は一瞬でついた。
門の時と同じく、勇者の剣が鎧を切り裂いた。
今回は中に人がいないこともわかっていたから、ためらいなく真っ二つにしていた。
これが人間だったら、こんなに踏み込んで斬れないだろう。
その鮮やかな一閃に、私の体はぶるっと震えた。
残念ながら胸は揺れなかった。
「ほぉぉ、お見事」
パチパチパチ、と周りから拍手が起こった。
「妙な魔法ですね」
「こんな細身の剣で、鎧人形を真っ二つにするとは」
私の攻撃魔法は、勇者の剣を痛めつけてしまう。
だけど、【弱くな~る】は剣への負担が少ない。
ここ数日の旅で、私たちはそれに気付いたのだ。
そして、この魔法剣は楽に戦うのにもってこいだということが分かっていた。
「わ、私は立ち回りが下手です」
「勇者様にご迷惑ばかりかけています」
「だけど、場に合った魔法で、勇者様の戦いを楽に進められるように、サポートします」
ぎゅっとローブの端を握る。
私の魔法は、隊長さんを失望させなかっただろうか。
勇者の一行のわりに、しょぼいな、なんて思われなかっただろうか。
「素晴らしい魔道士と勇者に拍手!!」
隊長さんの号令に、大きな拍手が起こった。
私はびっくりして、隊長さんを見つめてしまった。
「わ、私の魔法、期待外れではなかったですか」
「そんなことありません」
「で、でも、火とか氷とかでバーン! の方がよかったんじゃないか、って不安で」
「いやいや、これは十分驚異の魔法です」
その証拠に、と隊長さんは周りの女戦士たちを見回して言った。
「この勇者様たちがこの城を攻めてきたと考えてみろ」
「鎧人形も、石の城も、いとも簡単に斬り裂かれていただろう」
「そう、それこそ……」
道化さんたちがババッと前に出てきて嬉しそうに言った。
「ゼリーのように!!」
「ゼリーのように!!」
「そう、ゼリーのように、だ」
私たちは、好意的に受け入れてもらえたようだ。
みんな、にこやかに話しかけてくれるようになった。
そこには、「こいつらが敵でなくてよかった」という安心感も、少しあったに違いない。
「勇者様、このお嬢さん、ちょっと借りますね」
隊長さんは私を訓練場から連れ出し、城の中の広場に案内してくれた。
「勇者様、もしまだ元気があれば、この子たちに立ち回りを教えてやってほしいのです」
「この城の基本は、盾での防御なのですが、あなたみたいにうまく回避できれば、それに越したことはないですから」
勇者は快く引き受け、訓練場に残った。
女戦士たちのきゃいきゃい言う雰囲気が、ちょっと気になったけど。
広場で私たちは、魔法について熱く語りあった。
「私は内なる魔力を練るよりも、空気中から生成する方が性に合っているようでね」
「あ、私はどちらかというと、自分の魔力を指輪で増幅して練り上げるタイプですかね」
「ほう、その指輪は?」
「母の形見です。眠りの指輪といって、私がこれで眠ると必ず夢を見るんです」
「なるほど、それで昨日はあの、弱体化の夢を見たと」
「ええ、そういうことです」
「前に【弱くな~る】を使った時は、魔物相手じゃなくて酒場の酔っ払い相手だったんですよ」
「酒場の酔っ払い……ね。絡まれたのですか」
「ええ、そうなんです。だから椅子の足を壊して転げさせたり、酒瓶の硬度を弱めて割ったりしました」
「なんと! そんなことまでできるのですか……」
隊長さんは私の言葉に驚いていた。
酒瓶や椅子の足に限定して魔力をコントロールすることは、かなりの鍛錬がいるはずだ、と。
それから柔軟なイメージ力、剣に纏わりつかせるコントロールも、褒めてくれた。
「やはり、勇者の一行ともなると、素晴らしい魔道士が帯同しているものですね」
「少し侮っていました、申し訳ない」
隊長さんは、きらめく金髪を揺らして、深々とお辞儀した。
女性としても、戦士としても、とても素敵だと思った。
それにしても、私はそれほどの魔道士なのだろうか?
まだまだ未熟だと思うし、くぐった修羅場なんかは隊長さんの方が多いだろうに。
「それはきっと、指輪の効力が大きいでしょうね」
「指輪の?」
「そう、夢を見るという制限がブーストになり、あなたの実力以上のことが可能になっているのでしょう」
「じゃあ……私の実力は夢を見なかった時の魔法程度ってことですか?」
「どうかな、指輪は魔力を増幅させるといわれるけれど、あなたに素質がなければ、指輪は応えてくれないはずですよ」
それから私たちは、魔法を披露しあった。
鉄の盾を弱体化させると、私が軽く触れただけでぐにゃりと曲がった。
許可を得て隊長さんを「日光に弱く」してみると、とたんに隊長さんはぐらりと倒れ込んだ。
すぐに日陰に避難させたけど。
「あーいかん、くらくらする、鍛錬が足りんな、あー」
「すみません、お水どうぞ、10分くらいで元に戻りますからね」
隊長さんの遠隔操作は、鎧人形に限らなかった。
剣に意思を持たせたように、あり得ない動きで宙を舞わせたり、木のつたに私を捕縛させたりした。
ぎゅっと縛られると、ちょっと妙な気分になった。
「あうっ」
「ふふふ、カラダを封じれば妙な魔法も出せないでしょう」
隊長さん、すごいイキイキしてた。
鎧人形の扱い方も詳しく教えてくれた。。
対象の物体と同じ大きさ、同じ形に魔力を練り上げ、ぴったり重ねる。
隅々まで意思を通わせる。
自分の意識とシンクロさせる。
そして、簡単な指示を与える、らしい。
「百体に、ずっとそんなことをしているんですか?」
「いえ、普段は休ませてあります」
「じゃあ、いざというときには……」
「ええ、百体みんな、出撃しますよ」
すごい。
それはとてつもない魔力量と、コントロール技能だと思う。
門番の二体よりも、勇者が訓練場で戦った鎧人形の方が早くて強かったけど、あれは……
「ええ、もちろん自分の目の前で動かせば、細かいこともできますし、手で操ればもっと、ね」
あれよりももっと早くなるのか……
もし私の使える魔法がもっと使い勝手の悪いものだったら、勝てていただろうか。
たとえば【風立ち~ぬ】とか【神鳴~る】だったら、効果がなかったかもしれない。
「もし門番を無理に倒して侵入しようとする輩がいれば、私に連絡が入ります」
「あ、あのずらっと並んだ鎧人形さんたちが……」
「そう、私の操作で暴れ回ります」
わあ、それは怖い。
無理に入らなくて、ほんとによかった。
「あれ? あの鎧人形は、もし倒すとしたら、どうすればいいんでしょうか?」
今回は弱体化魔法が相性よく、勇者の剣で斬り裂くことができたけど、魔法でも倒せるのだろうか。
もし魔法が効かないなら、訓練場の腕試し以前に、私たちは城にすら入れなかったかもしれない。
「元の形をイメージしているのでね、形が大きく変わってしまったら魔力が霧散してしまうのです」
「形が?」
「ええ、ちょっとへこんだり、兜が落ちたりするくらいなら大丈夫ですが、真っ二つにされるとさすがに復活させられません」
「あ、すみません……」
「いやいや、勇者の一行の実力がはっきりわかったのです、あれくらいなんとも」
操作系の魔法を教えてもらえたら、すごく旅の助けになると思った。
だけど、これは一般的に普及している魔法ではなく、隊長さん独自の魔力のコントロールだった。
私が「夢を見て現実にする」という魔法の使い方をしているのと同じようなものだ。
だから私にはとても扱えない。
「もし明日時間があれば、あなたの助けになるような秘伝の魔法をお教えしましょう」
「え!? ほんとですか!?」
「ええ、勇者様の旅の補助をするのは、人類の務め」
そして、隊長さんは意味深な笑みを寄越した。
……
訓練場に戻ると、勇者が汗をかきながら女戦士たちに体さばきを教えていた。
「肩の開きが早い!! 目線だけ向けて、ぐっとこらえろ!!」
「踏み込みが弱い!! もう一歩前だ!!」
「体重は両足に均等にかけろ!! 片方に体重を預けてるとそっちからの攻撃に対応できねえって!!」
「そう!! それだ!! もっと早くできるぞ!!」
訓練場はすごい熱気でいっぱいだった。
誰もが勇者の言葉を聞いて発奮している。
勇者もすごく指導に熱が入っているし、指示がうまくいくととても嬉しそうにしている。
「なかなか熱血ですね、あなたの勇者様は」
隊長さんが私にだけ聞こえる声でつぶやいた。
「勇者様、初対面の人たちに指導する言葉遣いじゃなかったと思うんですけど」
指導が一区切りしたころを見計らって、一応くぎを刺しておく。
「お、おお、そうか。すまん、こいつにいつも言ってるみたいな感じでやっちまった」
はは、と無邪気に笑う勇者。
でも、それを不快に思っている人は一人もいないみたいだ。
勇者の周りを取り囲む女戦士たちは、みなさわやかな笑顔だった。
「いやあ、しかしさすがのメンバーだ。飲み込みの早いこと早いこと」
勇者はすごく嬉しそうに言った。
「どこかのおっちょこちょいのどんくさい魔道士様とは一味違う」
そう言ってこちらをにやにやと見つめる。
私はほっぺたがぷーっと膨らむのを感じた。
「おやおや、勇者様は女性の扱いは不得手と見える」
「でっしょお!? いっつもあの人、私の扱い悪いんですよ!! この間も……」
私の愚痴を隊長さんは笑って聞いてくれる。
勇者も女戦士さんたちも笑って聞いている。
とても素敵だ。
とても素敵な空間だった。
ここでしばらく暮らしたい。
そう思えるほどだった。
夕食を城の食堂でいただいた後、隊長さんが手配してくれていた町の宿に泊まった。
「好きなだけ滞在してくれていいし、必要なものがあれば言ってくださいね」
なにからなにまでお世話になっている。
申し訳ないと思う一方、それを恩返しするには、なにより魔王討伐が一番だと実感した。
「わー、ベッド広いですよー」
「あんまバタバタすんなよ」
「えへへー」
「ゴロゴロもすんなよ」
私たちは、これからのことを話しあった。
泊めてもらえる恩もあるから、ここのためになることをしようと。
たとえば今日みたいな、立ち回りを教えたり、魔法の交流をしたり。
自分たちのためにもなるし、城にも還元できることを。
「隊長さん、魔力のコントロールがすごく上手でしたから、【強くな~る】とか使いこなせそうですけどねえ」
「ああ、それを戦士たちに使えば、攻め込まれた時にも役立ちそうだな」
「門の耐久力を上げてカチンコチンにしてしまうというのもいいですね」
「ああ、あれな、物体にも使えるのか」
「できるはずですよ?」
それから、町に出て日持ちのする食料や、旅の道具を調達しないとな、と話しあった。
薬草や調味料、それからテントのための丈夫な布やロープも傷んでいたので新しいのがほしいところだ。
「ま、明日一日使って、整えようぜ」
そう言って勇者はベッドに潜り込んだ。
私も、今日の疲れをとるべく布団をかぶった。
―――
――――――
―――――――――
真っ黒な石垣。
どこもかしこも、石、石、石。
空から魔物が舞い降りてくる。
大きな口を開けて。
私はすっと手をかざす。
―――ゴォォッ
燃え盛る火炎が、魔物を包み込む。
しかし、火が収まると魔物は傷一つなくそこに佇んでいた。
大きな口を開けて。
勇者の姿はない。
斬り裂いてもらえたら心強いのに。
―――ゴォォッ
やはり、魔物は口を開けて平気そうな顔をしている。
―――――――――
――――――
―――
ガタガタッ
「ひゃっ! 何事ですか!?」
強い揺れに身を起こした。
勇者が揺らしたのかと思ったけど、勇者は隣のベッドの中にちゃんといた。
じゃあ今の揺れは?
「魔物の襲撃らしい。 急いで出るぞ!」
勇者はいつにもなくすっきり目が覚めているようで、ちゃっちゃと鎧を身に着けると剣を背負った。
私も急いでローブとマントを着込み、勇者とともに宿を飛び出した。
空は赤く染まっていた。
そこかしこで火が上がっている。
しかし、石ばかりで燃えることはないはずなのに?
「これはきっと、防衛軍の起こした火だ」
「どうしてわかります?」
「この城を攻めようとするやつが、火を使うとは思えない」
「あー、なるほどお」
町の人は誰もいなかった。
民家に閉じこもっているのだろう。
女戦士さんたちが戸締りをチェックしながら走り回っている。
「さすが防衛に特化した町だな」
「誘導がとても速かったんでしょうね」
「しかし、魔物はどこから入ったんだ?」
「空じゃないでしょうか」
「空か……それは確かに防ぎにくい」
「だけど、中に入られても町を守れるような作りになっていますね」
「想定済み、というわけだな」
私たちは走りながら、この町の作りに感心していた。
石ばかりというのもそうだが、道に無駄なものがほとんどない。
これはとても戦いやすい。
また、建物の屋根も平坦なところが多い。
きっと走り回りやすく作ってあるのだろう。
さらには広場が多い。
普段は催しごとがあったり、商店が立ち並んだりするのだろう。
魔物が入り込んでも囲んで捕らえたり倒したりしやすい作りになっている。
「こりゃあ、防御力が高そうないい町だ」
「同感です」
女戦士さんたちは火を掲げ、盾や剣を持ち、魔物の残党を探し回っている。
鎧人形たちも、等間隔に配置され、次々と魔物たちを狩るべく動いている。
「せっかくお招きいただいたんだ、町の防衛に一役買おうぜ」
「了解です!」
私たちは一番近くの広場に飛び込んだ。
広場の中心には、見た覚えのある魔物がいた。
ぬめり気のある体、小さな羽、大きな口。
「あ! あいつら、魔の森にいたやつらじゃないか?」
「ほんとですね、リベンジですね?」
「おれたち負けてないだろ!」
「魔物目線で言ってみたんですよ!」
「じゃあおれたちやられるじゃねえか!!」
「やられませんよ!!」
ぎゃあぎゃあ言いながら、私たちは魔物たちの前に躍り出た。
今日の夢は火だった。
【よく燃え~る】の出番だ。
だけど、ちょっと夢の内容が気になっている。
「さっき夢見たか? なんの夢だった!?」
「火です!」
「じゃあ個人戦だな! 死ぬなよ!!」
「お互い様です!!」
千年の眠り。
ひとかけらの紅玉。
天秤にかけるは火薬、壁に隠すはガマ油。
空駆ける龍尾と舌の上の血溜まり。
時満ち足りて黒炭の棺。
【夢魔法 よく燃え~る】
―――ゴォォッ
まず右手、それから左手。
二つの火球を作って、間合いを取る。
魔物は、戦士たちからこちらに目線を移した。
「ガァァァアアア……」
涎をびちゃびちゃと垂らしながら、口を大きく開いている。
「はっ!!」
私はその口めがけて、火球を思いっきり放り込んだ。
―――ボシュッ!!
「!?」
火球が掻き消えた。
魔物は平気な顔をしている。
「ガァアア……」
もっと来い、と言っているようだ。
もしかしたら、火が効かないのかもしれない。
これはまずい。
今私は、【よく燃え~る】しか使えない。
―――ザシュッ
後ろでは勇者が軽快に魔物を斬り裂いている音がする。
―――ザシュッ!!
魔物の断末魔らしきものも聞こえる。
「ゆ……」
勇者様、こっちのも斬っちゃってください。
そう言おうとして躊躇った。
だめだ、こんなところで勇者に全部片付けてもらっては、だめだ。
私だって勇者の一行なんだ。
隊長さんにも魔法を褒めてもらったじゃないか。
なんとか私の魔法で打開できるように、考えなければ。
「ええい、一個効かなかったからって、諦めるんじゃないわよ、私!」
まず炎が効かないのか、魔法が効かないのか、それを確かめなければ。
私は女戦士さんが持ってきていたらしき松明を一つ拾い上げ、魔物の方に投げてみた。
「ガッ」
魔物は嫌がって避けた。
火は怖いらしい。
ということは……
「円、円、円のイメージ……」
私は魔力を火球にするのではなく、大きな輪を作るようにイメージしてみた。
「はっ!!」
―――ゴォォォォォォオオオオオオッ
魔物を取り巻くように火の円で包み込む。
「ガァァアアッ!!」
うふふ、嫌がってる。
成功ね!
しかし、それでもだめだった。
がぱっと開けた大きな口で、火を食べ始めたのだ。
火を、というか私の魔力を食べているようだ。
「ガッガッガッ……」
魔物は笑っているようだ。
私の魔法が通用しない。
悔しい。
「じゃあ次の手よっ!!」
でも諦めない。
柔軟に考え、上手にコントロールし、勇者の一行らしく立派に戦ってやるんだから!!
「……よく……燃え~……るっ!!」
魔力を練る。
丁寧に座標を決め、はじめは小さく、徐々に大きく。
そして、弾けさせる。
「だぁっ!!」
―――ゴォッ!!
―――バチィン!!
魔物は体内から燃え上がり、砕け散った。
「やた! うまくいった!」
ぴくぴく、と動いている部分もあるが、大半を吹き飛ばすことができた。
これでは生きていられまい。
私は少しほっとして、胸をなでおろした。
「い、今のは?」
近くにいた女戦士さんが怯えながら聞く。
「魔法が効かないっぽかったので、直接魔力を体内に送り込んだんです」
「魔力を消化する器官があったとしても、そうじゃない部分がきっとあるはずですから」
あの魔物は口から魔力を取り込んでいた。
だから、人間の消化器官みたいな感じで、魔力を消化する器官があると思ったのだ。
つまり、人間と同じように「消化器官じゃない内臓部分」も、きっとあるはず。
そこを狙ってみたのだ。
「そんなことが……」
女戦士さんは心底驚いたような顔をしていた。
普段魔法を使わない人たちからしたら、想像がつかないのかもしれない。
私は町中を駆けずり回りながら、苦戦している鎧人形や女戦士さんたちを助けていった。
鎧人形は槍や剣で攻撃している。これは効くはずで、問題ない。
女戦士さんたちは、剣か、もしくは毒草で戦っていた。これもある程度効果がありそうだった。
走り回っている間、誰の死体も見かけなかったが、一つ気になるものがあった。
倒れている鎧人形だ。
どう見ても「大きく形を崩された」感じはしないのに、ピクリとも動かない、それ。
もしかして隊長さんが遠隔操作を解いたのか、とも思ったが、決まって傍には戦ったであろうガマグチの魔物がいた。
だいたい女戦士さんにとどめを刺されていたが。
「戦っているガマグチがいれば、なあ」
その場を見たい。
そうすれば、対処法が見えてくるかもしれない。
「やあ、すみませんね、手伝っていただいて」
のんきな声が響いた。
防衛隊長さんだ。
「あれ、こんな前線に出てくるんですね」
「言ったでしょう? 私の鎧人形は……」
隊長さんが手刀を振ると、ものすごいスピードで鎧人形たちが隊列を組んだ。
こんなに、どこに隠れていたのか。
「手で操れば強くなる、と」
ビュンッ
鎧人形たちが、町中を駆け抜けた。
「あ、あの、隊長さん、ちょっと気になることが」
「なんでしょう?」
「ここに来るまでに、倒れている鎧人形を数体見ました」
「ええ、やられていましたね」
「妙じゃないですか?」
「なにがです?」
「鎧、崩されていませんでしたよ?」
「ふうむ」
「あの、私は今炎の魔法が使えるんですが、単純に火球にして放つと、飲み込まれるんです」
「ほう、火を食べるということですか?」
「いえ、火を、というよりも、魔力を。現に松明の火は怖がりましたから」
「なるほど、となると……」
私の言いたいことが伝わるだろうか?
同じ魔道士として(隊長さんは戦士っぽいけど)、考えることは近いだろうか?
「私の鎧人形は、相性が良くないかもしれませんね」
「魔力を吸い取るように食べるのであれば、簡単に無力化されてしまいます」
「となれば……」
「一体だけ残して、帰還させましょう」
やっぱり!
隊長さんはきっと私と同じことを考えている。
「どうして一体残すんです?」
私は一応聞いてみる。
考え方が一緒なら、私はとても嬉しくなるだろう。
「そりゃあもちろん、どうやって魔力を食べるか見てみたいからですよ」
その答えは、私の期待通りのものだった。
「あなたの火球を食べたときは、どんな様子でしたか?」
「えっとですね、ボシュッと音がして、火が掻き消えました」
「口の中に入る前に?」
「いえ、口に放ったのも悪かったんですが、大きな口に包まれて、消えました」
「吸収は……」
「基本全部口からです、そのための大きな口でしょう」
「そのあとは……」
「体の膨張は、ほとんど見られませんでした。身体能力が上がった感じもしませんでした」
「なるほど」
私は、隊長さんが私の言いたいことをしっかりと聞いてくれることに、本当に嬉しくなった。
魔道士として、勇者のサポートとして。
魔道士として、城と町の警護として。
どこを見てなにを考えるかの基準が、これほど一致するとは。
私たちは鎧人形一人を連れ、まだ大きな音の響いている広場へと進んだ。
私たちの会話を、一人の女戦士さんが聞いていたが、妙な表情をしていた。
会ったばかりの者同士が、以心伝心であることが、理解できないのだろう。
広場。
真ん中にガマグチがいる。
取り囲む女戦士さん、鎧人形。
「下がれ!!」
隊長さんは、全員を下がらせた。
それから、そこにいた鎧人形たちはそのまま広場を出て行った。
「ようし、色々と試してみましょう」
そういう隊長さんは、これまたイキイキとして見えた。
「まずは私の火球から行ってみましょうか」
「ええ、やってみてください」
「よく燃え~る!!」
私は勢いよく火球を練り上げた。
同時に二つ。
今回は試しだ。だから最初と同じことをもう一度やってみる。
後ろで隊長さんが「……やはり妙な魔法名だ」とつぶやいていたのが聞こえたけど、無視する。
―――ゴォッ
―――ボシュッ
やはり大きな口で吸収されてしまう。
もう一球は、あえて外してみる。
「はっ」
―――ゴォッ
―――ボシュッ
側面から体を狙ったが、意外と素早い身のこなしで、食いつかれてしまった。
「……なるほど、そういう風に食うのですか」
隊長さんが観察している。
「では、あなたの魔法では倒せないのですか?」
「いえ、それは……」
私たちは、ガマグチから目を離さず、話を進める。
私はさっきガマグチを倒した方法を説明した。
「なるほど、やはりあなたは魔力のコントロールに長けているようですね」
褒められた。
勇者にはコントロールが甘いってさんざん言われるけど、少しは成長しているということかしらね。
隊長さんのリップサービスでないといいのだけれど。
「では次は私が」
そう言って隊長さんは、ずい、と前へ出た。
鎧人形が間合いを詰める。
気のせいかもしれないが、魔物は少し嬉しそうな表情になった。
ビュンッ
鎧人形の剣がうなる。
ビュンッ
ガキィン!!
ガマグチは相変わらず「らしくない」身のこなしで、それを避ける。
―――ギュゴッ!!
妙な音が響いた。
そして、鎧人形が崩れ落ちた。
ガラァ……ン……
「素早い」
隊長さんがつぶやく。
今、あの魔物は「鎧のわずかな隙間から」魔力を吸い取ったのだ。
かなりの早業、かつ恐ろしい能力だった。
魔の森では、そんな様子なかったのに。
「あの一瞬のスキをついて魔力を吸い取るわけか」
さて、次にやるべきことは……
「さて、まだ火球を作り出す魔力は残っていますか?」
ですよね、そうこなくっちゃ。
「はっ!!」
私は火球を生み出しては投げつける。
「はっ!! はっ!!」
そのたびにボシュッと音がし、ガマグチに飲み込まれる。
「まだまだ!!」
―――ゴォッ!
―――ゴォッ!
―――ゴォッ!
「ううむ、特に外見、能力に変化なし、ですね」
だめか。
こういう「○○を吸収する」タイプの魔物は、吸収しすぎて自滅することがよくある。
だけど、今回はだめみたいだ。
また、「吸収して体を大きくするタイプ」「吸収して強くなるタイプ」もいるが、そうでもないらしい。
「よし、こんなもんでしょう」
隊長さんのOKが出た。
もう倒してしまっていいかしら。
「最後は、私に任せてください」
隊長さんは、前に出てきて、ぶつぶつと詠唱を行った。
「天候魔法……ヒノヒカリ……」
そう言って手を頭上に掲げる。
すると、夜なのに、空から一筋の明るい光が伸びた。
「はぁっ!!!!」
隊長さんの手の動きに合わせて、その光の刃は魔物を焼き尽くした。
それこそ、「吸収するヒマもないくらい」早く鮮やかな一撃だった。
「……すごい」
隊長さんは、まだこんな切り札を残していたのか。
一国の防衛を預かる立場の人としては、当然なのかもしれない。
それにしても、すごい。
「この魔法、便利だから覚えてみる気はありませんか?」
「え?」
「明日、これを教えてあげようと思っていたんです」
この魔法を、私が使う?
それはとても素敵な提案だ。
だけど、夢も見ずにこの魔法がうまく使えるのだろうか。
「明日を楽しみにしていてください」
そう言い残して、隊長さんは他の場所へ行ってしまった。
戦士さんたちが戦っているところの加勢に行ったのだろう。
私のいる広場では、すでに倒した魔物の解体が始まっている。
もう、危ない場面はほとんど切り抜けたのだろう。
私も、もっと力になれたらよかったのに。
少し、物足りない気がした。
私たちは町の防衛に役立っただろうか?
私たちなんかいなくても、この町は安全だった。
勇者の一行として、それは少し情けない気持ちだった。
「いよう、無事だったな」
後ろからぶっきらぼうで優しい声がした。
「魔物、どれくらい倒せましたか?」
「ん? おれか? 数えてないな」
「そうですか……」
「ほれ、あらかた倒し終わったらしい。おれたちも一応行くぞ」
「行くって、どこへ?」
「隊長様のいる広場だよ」
伝令が飛び交っている。
隊長さんから指示があるのだろう。
私たちも、みんなが向かっている広場へ行くことにした。
「ああ、ご苦労だったな、みんな」
隊長さんが前に立ち、ねぎらいの言葉をかけている。
女戦士さんたちはきれいに隊列を組んでいる。
よく見ると、男の人も結構いるようだ。
今まで気づかなかった。
私たちは、ちょっと離れたところに目立たないように立っていた。
「戦果報告!」
次々と魔物の討伐数が報告されていく。
私たちの倒した分も計算されているのだろうか。
少しでも防衛に役立てていたのならいいんだけれど。
「よろしい! 素晴らしい活躍だった!」
「防衛軍以外での怪我人ゼロ!」
「死者ゼロ!」
「よくやった!」
「普段の鍛錬の賜物だ! 今後もこのような不測の事態に備え鍛錬を怠らないように!」
隊長さんの言葉が続く。
厳しそうでもあるけれど、そう称える姿は、きっと普段から慕われているんだろうなあと思わせた。
「あ、そういえば、ですね」
私は、先ほど隊長さんが魔法を教えてくれるという話を勇者にした。
「それ、夢にうまく見れるのか?」
「いや、それはどうなんでしょう」
「明日、聞いてみないとわかりませんねえ」
「まあ、戦闘の幅が広がることはいいことだ」
勇者は私の魔法を信頼してくれている。
さっきだって、一人前の戦闘員として私を送り出してくれた。
そして、「無事だったか」と声をかけてくれた。
だから、私は勇者のために、できることはなんでもやりたい。
さっきの隊長さんのすごい魔法も、身につけたい。
「すっごいんですよ、太陽が魔物を焼き尽くす感じで」
「太陽出てないじゃねえか」
「違うんですよ、なんかこう、太陽を召還するみたいで」
「ああ、そういや一瞬明るくなったなあ」
「それですそれです!」
「全員回れ、右!!」
私たちの会話は、隊長さんの言葉で途切れた。
戦士さんたちが、みなこちらを向いていた。
「我らが城のために、町のために、ともに戦ってくれた勇者様と、魔道士様に、礼!!」
その合図で、みんな一斉に、敬礼をした。
私たちは、ぽかんと立ち尽くすだけだった。
「ああ、いや、大したことはしてないので……」
勇者も、そう返すので精いっぱいだった。
「あんなふうに感謝されたことって、そういやなかったな」
「ですね」
黒龍を倒した時も、酒場の人たちは感謝してくれたけど、こうやって公の人が隊列を組んでお礼を言ってくれるっていうのは、珍しい。
そのあと、町を一通り見回って、私たちは宿に戻った。
少し目が冴えて眠れそうになかったので、もう一度指輪を使うことにした。
眠るまでの少しだけの時間、私は考え事をしていた。
魔の森はここからそう遠くないはずなのに、隊長さんがあのガマグチのことを知らない感じだったのが、なんだか引っかかっていた。
あの「天候魔法」というものが、とても魅力的で、だけど私に扱えるか、不安だった。
それからそれから……
明日は買い物をして、魔法を教えてもらって、それから……
私は眠りに落ちていった。
……
次の日、町はなんだか浮ついた様子だった。
商店街に活気はあるものの、なんだかわざとらしい。
昨日魔物の襲撃があったから、緊張しているのかしら?
「おい、早くついてこい」
勇者が急かす。
時間はまだたっぷりあるんだから、買い物くらいゆっくりすればいいのに。
「待ってくださいよー」
私は買い込んだ食料や荷物を抱えながら、よたよたと勇者の後を追った。
「ねえ、勇者様、気づいていますか?」
買い物の途中、木陰で休憩しながら私は勇者に尋ねてみた。
この町の違和感に気づいているか、聞きたかったのだ。
「……妙によそよそしい気がする」
「ですよね!」
やっぱり勇者も同じことを考えていた。
「昨日よりも視線を感じるし、なんか少し感じ悪い、っつーか」
「で、ですよね!」
視線か。
そういえばそんな気もする。
私も同じように気づいていたふりをした。
「今日も城に行ってみて、そこで聞いてみるか、この違和感の正体」
「どうせ、あれだろ、魔法教えてもらう約束してるんだろ」
「そのついでにおれも一緒に行くよ」
そうだった。
隊長さんに教えてもらうんだった。あのすごい魔法を。
確か【ヒノヒカリ】って言ってた。
てことは、太陽光を操る魔法?
でも、日の出ていない真夜中にあれだけの威力を発揮するとなると……
もしかしたらものすごい旅の助けになるかもしれない。
勇者の私への評価がハネ上がるかもしれない。
勇者に気づかれないよう、こっそり笑みを浮かべた。
「おい、変な顔してないで、行くぞ」
気づかれていた。
……
「妙な違和感……ですか」
隊長さんに魔法のことを聞く前に、勇者は今日感じた違和感について隊長さんに聞いていた。
「よそ者は珍しいのかもしれないが、昨日よりも露骨に見られるような気がして、な」
隊長さんは少し考えて、言った。
「それについては……ちょっと確証がありませんが、後でお伝えしようと思います」
「後で?」
「そう、このお嬢さんに魔法を伝授してから、ね」
そして私の方を見てにやりと笑った。
「あ、でも、私の方はそんなに急いでもらわなくても……」
「いえ、急いだ方がいいのかもしれません」
「?」
「いえ、こちらの話です。早速始めましょう」
まあ、教えてもらえるのなら逆らうこともない。
私と隊長さんは、昨日と同じ、城の中の広場へ向かった。
勇者は勇者で、昨日と同じく稽古をつけるのだと言って訓練場へ向かった。
「あの方は勇者だというのに、偉そうなところがなくて好感が持てますね」
「そうですか? 結構偉そうな口調だと思うんですけど」
「それはあなたとの信頼関係が築けているからですよ」
「そうかなあ……」
「訪れた城の戦士に稽古をつけるというのは、なかなかできない芸当ですよ」
「私が過去に見たことのある勇者は、『もてなされて当然』『敬意を払われて当然』みたいな傲慢を絵にかいたような馬鹿者でした」
「はあ……そんな人もいるんですねえ」
「それと比べれば、可愛いと思いませんか?」
「……まあ、『嫌な人』でないことは確かですね」
そうか。他の勇者、か。
考えたことはなかったけれど、他にも王様に認められて旅をしている人たちがいるんだ。
旅の中で出会うこともあるかもしれない。
私よりも優秀な魔法使いを連れている勇者を見たら、ちょっと嫉妬してしまうかもしれない。
「さて、お喋りはこれくらいにして、昨日の魔法をお教えしましょう」
そう言って隊長さんは、昨日の魔法【ヒノヒカリ】について説明をしてくれた。
やっぱり太陽光を召還するような魔法だった。
鍛えれば真夜中でも使用可能らしい。
私がそこまでの威力を発揮できるかは不明だけど。
詠唱方法と、魔力の練り方も教わった。
隊長さんは、さすが一国の防衛隊長だけあって、指導の仕方も抜群にうまかった。
「思えばこの『詠唱』というものも、面白いと思いませんか?」
「面白い? ですか?」
「誰に語りかけているんでしょうね。自分ですか? それとも神?」
「さ、さあ……」
考えたこともなかった。
いつも学んだとおりの言葉を並べていただけだった。
母も、ただただ「この通り詠唱しなさい」としか言わなかった。
「魔法をつかさどる神様がいるとしたら、それは『魔王』だという気がしませんか?」
「……え?」
なんだかいやな言葉を聞いた気がする。
「魔法なんてものはね、魔王がこの世にあらわれるまで、存在しなかったはずなんですよ」
「そうなんですか?」
「『魔法』や『魔力』という名前自体、魔王や魔物を連想させるでしょう」
「た、確かに……」
「魔法が使える我々は、魔物の末裔だという気がしてならないんです」
「そんな……」
そんな怖い話をここで聞くとは。
でも、あり得るかもしれない。
「とはいえ、人類は長い間かけて独自の魔法や魔力の有効活用法を見出してきたのです」
「たとえ私たちに魔王の血が流れていたとしても、それが魔王を滅ぼすとすれば、正真正銘の人類の勝利だと思いませんか?」
そう言って隊長さんは笑った。
「私は勇者の剣ではなく、魔道士の魔法が魔王を倒すと信じているのです」
「ですから、私の伝えた魔法が魔王討伐に役立つなら、こんなに嬉しいことはありません」
私は期待されている。
勇者のサポートという形ではなく、魔王討伐の大きな一撃として、私の魔法が期待されている。
「き、きっと、私が魔法で倒します!」
その時、ズズンと地響きのようなものが聞こえた。
「!!」
広場に緊張が走る。
近くの戦士さんたちが隊長さんに駆け寄る。
「なんの音だ! どこからだ!」
「おそらく町の方です!」
「あ! あちらから煙が!」
町の方を見ると、騒ぎが聞こえてくる。
煙が立ち上っている場所もあるようだ。
なにが起こっている!?
私にできることは?
見張り台に向かうと、町の方を見張っていた戦士さんが報告してくれた。
「大通り商店街にて騒ぎが起こっています!」
「具体的な敵の姿は確認できませんが、魔物のようです!」
「住民が苦しんでいます! 倒れている人数はおよそ10!」
姿は確認できず?
住民が苦しんでいる?
もしかして。
「私に任せろ」
私が過去の魔物を思い出して対処法を思い出そうとしている間に、隊長さんが見張り台に上っていた。
「あなたも、早く」
隊長さんがこちらを見て手招きしている。
「先ほどの魔法の試し運転のチャンスです、急いで」
そうか。
あのときみたいな【神鳴~る】は夢に見ていないから使えないが、【ヒノヒカリ】なら。
「は、はいっ!!」
私はローブの裾をまくりあげて見張り台によじ登った。
隊長さんと肩を並べて魔法を撃つ。
それは光栄なことであり、緊張することでもあった。
「さあ、いきますよ」
「はいっ!!」
先ほど教えてもらった詠唱をつぶやく。
早く、でも正確に。
天に昇るは神の眼。
濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。
死者は棺に生者は炭に。
果てしなく赫く。
その名を灯せ。
【天候魔法 ヒノヒカリ】
そして手を高く掲げた。
―――カッ!!
空が裂かれ、光の刃が伸びる。
でも、住民を攻撃してはいけない。
町の方へ目を凝らす。
逃げ惑う住民。
纏わりつく、姿を消す魔物たち。
魔法で照らされ、おぼろげながら魔物の姿が見える。
あのときは無我夢中で海に向かって魔法を撃った。
だけど今は、多くの人の中に魔法を撃ちこまないといけない。
正確なコントロールと速さ。
住民を苦しませないため、一撃で魔物を焼き尽くす威力。
すべてを満たさなければいけない。
「はぁぁっ!!」
目を見開いたまま、指先を町へ向けた。
―――カァンッ!!
光の筋が魔物を貫く。
―――カァンッ!!
目を走らせ、魔物を捉える。
―――カァンッ!!
乾いた音が、光の刃に遅れて届く。
無意識に私は、10本の指をピアノでも弾くように広げていた。
「はあああぁっ!!」
光に飲まれた魔物たちは、どろどろと醜い姿を晒して倒れていた。
住民たちは驚き戸惑いながらも、自分たちの足元に転がる異形の者がもう動かないことに安堵しているようだった。
勇者は結局訓練場から出て来なかったのだろうか?
町の魔物はおそらくすべて倒したと思うが、安心するのは早い。
私は町の方へ目を凝らし、倒し損ねた魔物がいないか確かめていた。
ふと気づくと、隊長さんが私の方を見て目を見開いていた。
「?」
どうしたんですか、と聞こうとして、やめた。
隊長さんはただ驚いているんじゃない。
私に対する色んな感情が渦巻いていて、それを整理するのが難しい、そんな表情に思えたからだ。
例えば、そう、「恐れ」だとか「疑い」だとか。
そんな感情だ。
……
「作戦室」と札のかかった部屋で、私と勇者は隊長さんと顔を合わせていた。
結局勇者たちは稽古に夢中で、外の様子に気づかなかったそうだ。
まあ、大丈夫だったけど、私としてはちょっと不満だ。
町の一大事には駆けつけないと。
それが勇者たる振る舞いじゃないかしら?
でも思っていても言わなかった。
勇者がそわそわしているので、それで十分。
「さて、先ほど勇者様から聞かれていた『違和感』についてお話ししましょう」
隊長さんはそう切り出した。
「確かにこの町はよそ者に敏感です」
「ただ、ちゃんと門から入ってきた以上、それは私の許しを得ているということなので、町の者も不審がりません」
「では今日と昨日でなにが違ったのか」
「昨日好意的だった町の者が、今日になってよそよそしくなったとしたら、なにが原因だったのか?」
そこで、少し言葉を切った。
私たちの反応を待っている。
私は考えながら、昨日のことを思い出していた。
「夜中に魔物が襲ってきた?」
「そう、その通りです」
「でも、それは偶然で……」
「おそらくそうでしょう。私もそう考えていました」
ただ……と、言いにくそうに、隊長さんは続けた。
「魔物が襲ってきたのは、実に2年ぶりのことなのです」
「!?」
それは予想外だった。
あんなに「防御」に徹している町や城の姿を見ていたから、無意識に考えていたのかもしれない。
「ここはよく魔物に襲われるところなのだ」と。
「確かにここは難攻不落の岩石要塞。防御に徹する町です」
「しかしそれを知っている他国や魔物がたびたび襲ってくることはなかったのです」
「『攻めようとも思わない』という意味で、堅い守りの町だったのです」
「それが……」
その先は私もわかる。
そんな堅い守りの町が、魔物に襲われた。
「勇者が訪れた日に」魔物に襲われた。
それは確かに、住民にとって気持ちのいい出来事ではなかっただろう。
「あ、だから……」
だから、隊長さんはあのガマグチを初めて見たような態度だったのだろう。
わざわざ魔の森に入らなければ、出くわすこともないだろうから。
あのガマグチはたびたびこの町を襲っていたと、そう勝手に勘違いしていたのだ。
「あなたに対して、よくないうわさを流す者もいました」
隊長さんがこちらを見て言った。
「魔物に魔力を食わせ、魔物は喜んでいた、と」
「火は怖がるくせにあなたの火の魔法は食べていましたからね」
「私の鎧人形に相性のいいタイプの魔物であったことからも、『勇者の一行が魔物を迎え入れた』と考えたのでしょう」
そんな!
そう叫びたかったが、知らない者から見たらそう映ったのかもしれない。
「さらに二日連続で魔物が現れた」
「こんなことは、私が防衛隊長に就いてから一度もなかったことです」
「こうなってはもう言い訳は難しいでしょう」
「もちろん私はあなた方が魔物をおびき寄せたとは考えていません」
「あなた方の戦いを間近で見ていますし、人柄もこの二日で知れました」
「しかし、町の者はそうは考えてくれないかもしれない」
隊長さんは辛そうな表情でうつむいた。
私たちがおびき寄せたわけではなくても、魔物たちが勝手に私たちに寄ってきたのだとしても。
私たちは早急に立ち去らなくてはならないだろう。
「おれが稽古をつけていて戦闘に加わらなかったことも、悪く取られてしまうかもしれない」
「そうですね、この城の戦力をわざと割いた、とも取れなくない」
「私が昨日隊長さんに、鎧人形の倒し方を聞いたことも……」
「それに合わせて相性のいい魔物を呼ぶためだった、とも考えられる」
「私たちのふるまい、取りようによっては最悪ですね」
「この要塞を崩すための布石を打ってきたようにも見えてしまう……か」
3人とも、暗い表情でうつむいた。
もちろん私たちにそんな考えはない。
隊長さんも私たちを信頼してくれている。
でも、ここまで積み上げた悪い印象を納得して解消してもらうのは、難しいだろう。
「すぐ発とう、荷物をまとめろ」
「……はい」
私は宿に戻ればすぐにでも発てる。
勇者も、大した荷物があるわけではない。
買い物も済ませてある。
「申し訳ありません、こんなことになって……」
「いえ、隊長さんが謝る必要はありません!」
「世話になった。恩を仇で返す様なことになって申し訳ない」
隊長さんに付き添われて、私たちは女王にあいさつを済ませた。
女王は少し驚いて別れを惜しんでくれたが、やはり昨日よりも少しよそよそしいように感じた。
隊長さんが付き添ってくれているのは、私たちにとっては心強いが、周りから見たら「見張られている」ように見えるかもしれない。
なにごとも取り方ひとつで大きく変わるものだ。
私たちは憂鬱な気分で城を後にした。
「おれたちは疫病神なのかもしれんな」
「勇者様がそんな弱気なことを言わないでください」
門のところで、隊長さんは耳飾りを片方外して渡してくれた。
「これを」
「なんですか?」
「この先、大陸と大陸のつなぎ目に位置する『関所』があります」
そう言って隊長さんは平野の向こうを指し示した。
「そこの長をやっているのは私の兄でしてね。これを渡せばよくしてくれるでしょう」
「そんなことまで……本当に、ありがとうございます」
隊長さんには計り知れない恩がある。
魔法の伝授、町での取り計らい、そして疑わしい私たちをかばってくれた。
「関所を越えれば、魔王城までわずかです」
「城の近くは、とても強力な魔物がうじゃうじゃいます」
「重々気を付けて旅をお続けください」
「あなたの【ヒノヒカリ】……見事でした」
「あんな短時間であれだけものにするとは……本当に……」
隊長さんは心なしか涙ぐんでいるようだった。
私も目頭が熱くなる。
そこへ、たくさんの黄色い声が飛び込んできた。
「勇者様! け、稽古をつけていただいて、ありがとうございましたぁっ!!」
「また来てくださいっ!!」
「剣の腕、磨いておきますっ!!」
女戦士さんたちが、門からたくさん飛び出してきた。
むむ、頬を赤らめている人もいるぞ。
勇者はそれを少し恥ずかしそうに見つめ、
「ああ」
とだけ返した。
……
「いーいですね、勇者様はおモテになって」
「王様に認められた勇者様は女の子の視線を独り占めなんですねー」
私は毒づいた。
「あのお城にお姫様でもいたら、それも勇者様にくらっときちゃうんですかねー」
自分でもわかってる。
これは嫉妬だ。
醜い嫉妬心だ。
それも勇者のお供としての魔道士の力量とかそういうんではなくて、単なる……
「なんだ、やきもちか」
キーッ!!
見抜かれとる!!
「バカなこと言ってないで、今日中に関所に着くぞ」
「はいはい、どうせ私はバカですよーっ」
私は恥ずかしさを隠すように、駆け出した。
関所を目指して。
【Ep.10 いざよいの つきに であう】
「え、衛生兵ーっ!! 衛生兵はいないかーっ!!」
勇者が関所の門をぶち壊れそうなほどの勢いで叩いている。
「誰か!! 回復魔法が使える人は、誰かいないか!!」
ドンドンドン!!
あはは、そんなに焦った声出さなくてもいいのに。
勇者たるもの、いつだって落ち着いて行動しなきゃ。
私は薄れる意識の中でそう思った。
……
「はぁっ!!」
びくん、と体が跳ねて、私は目を覚ました。
心臓がどっくんどっくんと脈打っている。
「あ……私……あれ?」
昨日……私たちは夜になって関所に着いて……あれ?
どうなったんだっけ?
そばに勇者がいてくれた。
相変わらずあきれたような顔で、私を見下ろしていた。
「この関所の所長さんに、礼言っとけよ」
そう言って、ほっとしたような表情を浮かべた。
「ったく、無茶しやがるんだから……」
背を向けてスタスタと向こうへ行ってしまった。
そういえば、ここはどこだろう?
しばらくして、関所の所員だという男の人が部屋を訪れた。
私はベッドに横になったまま、その人の話を聞いた。
「昨夜は、ボロボロのあなたを勇者様が引きずってこられて、いやあ、びっくりしましたよ」
「幸いうちの所長がいてくれましたから、あなたの傷は癒えましたが……」
「意識が戻らなかったものでね、勇者様がつきっきりで看病を」
そうだったんだ。
また、勇者に迷惑をかけてしまった。
お礼を言っておかなくては。
でも、それよりも先に……
「あ、あの、所長さんにお礼を言わせてください!!」
回復魔法の使えない魔道士の私の代わりに、私を癒してくれた人がいる。
真っ先にその方にお礼を言わなければ。
「ええ、ええ、今呼んできますので」
所員さんはバタバタと部屋から出て行った。
あわただしい人だ。
ここの所長さんは、岩石要塞の防衛隊長さんと兄妹だって言ってたけど、どんな人なんだろう。
隊長さんみたいに背が高いのかな?
金髪かしら?
男前かしら?
隊長さんと同じように、魔法が得意なのだろうか。
「いよお、嬢ちゃん、気がついたかい」
戸口から金髪の大男が入ってきた。
「く、熊!?」
「熊じゃねえよ人間だよ」
「し、失礼いたしました」
いくらなんでも初対面の人に向かって「熊!」は失礼が過ぎる。
私はまだ寝ぼけているのかしら?
「勇者殿が血相変えて大変だったんだから、昨日は」
「今日はゆっくり休みな、寝床はあるからよ」
「いえ、そんな、ご兄妹にそろってお世話になるわけには……」
確かに兄妹だけあって、背の高さ、金髪はそっくりかもしれない。
でも体格や厳つい顔は……似ていない……ような気もする。
「ん、うちの妹を知ってんのかい」
「は、はい、防衛隊長さんには大変お世話に……」
私は忘れないうちに、と、隊長さんから預かっていた耳飾りを所長さんに渡した。
ちりん、ときれいな音がして、それはごつい手に握られた。
「おう、こりゃあ珍しいこともあるもんだ」
「『左の耳飾り』とはなあ」
所長さんは変なことを言った。
「左の耳飾り」だって?
あれを見て左だってわかるのもすごいけど、それがどうしたというのだろう?
「あ、あの、それを渡してくれと頼まれたのですけれど、どういう意味だったんでしょう?」
「ああ、これはな……」
所長さんによると、左の耳飾りを託した冒険者は、関所で丁重にもてなせ、という意味らしい。
ちなみに右の耳飾りを託された場合は、関所で止めろ、ということらしい。
「この先は魔物も強力だし、地形もおかしなことになっているところが多い」
「ただの無法者だけじゃなく、この先に進めなさそうな冒険者にも、右を渡してるみたいだ」
ははあ……なるほど?
つまり私たちは?
「この先を進む力があるうえ、妹のお眼鏡にかなった冒険者、ってことだな」
「で、目指すはやっぱり魔王城かい?」
「ええ、私たちの旅の目的は、魔王討伐ですから」
私はきっぱりと言い切った。
徐々にそれが現実に近づいてきている。
私の魔法も、勇者の剣撃も、魔王に届きそうな気がしている。
だから、少し自分の言葉に自信が持てた。
しかしそんな私の自信を、所長さんが砕いた。
「回復魔法がねえのに、か」
所長さんの目つきが鋭くなった。
「そ、それは……」
回復魔法がないわけじゃない。
回復手段がないわけじゃない。
ただ、私の魔法は夢に左右されるし、回復薬は軽度の傷にしか効かないし。
私は言葉に詰まった。
改めて指摘されると、初歩的過ぎて恥ずかしくなる大問題だ。
「珍しいぜ、左の耳飾りをもらったやつも、ろくな回復魔法なしでここまで来たやつも」
所長さんの言葉が刺さる。
豪快で優しそうな大男、という印象は吹き飛んだ。
やはり重要な関所を任されているだけあって、様々な人生を見てきたのだろう。
冷静で、冷酷だ。
私みたいな小娘にも容赦がない。
「妹は見込んだようだが、おれとしてはこの先へ進むことに賛成できねえな」
「悪いことは言わねえからここで引き返せ」
「ちゃんとした回復魔法を身につけてから、もう一度来るんだな」
私はなにも言い返せなかった。
「おいおい所長さんよ、うちの魔道士をいじめないでやってくれないか」
突然会話に割り込んできた声があった。
戸口に、いつの間にか勇者が立っていた。
「そいつは確かに自在に回復魔法が使えないが、おれが信頼を置いている優秀な魔道士だ」
「回復できないのに優秀だってのかい?」
「おれがマヌケなケガをしなけりゃあ、回復魔法も不要だろう?」
「この嬢ちゃんはケガをしていたが?」
「そりゃあこいつがマヌケだからだ」
ん?
なんか私をかばう発言のはずが、いつの間にか悪口にすり替わっている気がする。
「こいつは岩石要塞の防衛隊長様の魔法も一日でマスターしちまったんだ」
「それを優秀と言わずして、なんだ?」
「まあおれは実際の威力を見ていないが、あの人の様子からして、ちゃんと使えていたはずだ」
「な? そうだろ?」
そう言って私の方を見る。
私はこくこくと頷く。
隊長さんは確かに、私の魔法を褒めてくれた。
あれは社交辞令ではなかったはずだ。
所長さんが、呆然とした顔でもごもごとつぶやいている。
「あの魔法を? 一日で? 覚えた? 使った?」みたいなことだったように思う。
「なあ、あんたさえ良ければ、あの魔法も、こいつに教えてやってくれないか」
「なんだったかな、【ツキアカリ】とか言ったか」
「あれがこいつに使えるなら、こいつの実力も認めてもらえるだろう?」
「おれたちも回復魔法が手に入るなら、万々歳だ」
勇者が無謀な取引を仕掛けている。
こちらの一方的なお願いなのに、あちら側の利益でもあるかのように言っている。
ずるくないですか、それ。
「妹の魔法を使った、というのは本当か」
所長さんが私に聞く。
私は頷く。
「じゃあ、今それを見せてくれるか、証明として」
私たちは外に出て、手近な魔物を探した。
回復魔法のおかげで体調は万全だ。
【ヒノヒカリ】の威力は十分に発揮できると思うけれど、少し緊張する。
防衛隊長さんのお兄さんに見られているなんて。
まるでテストのようだ。
勇者に初めて魔法を見せた日を思い出す。
「お、あいつにしよう」
岩場から鳥と蛇が合体したような魔物が現れた。
特段脅威にはなりそうもないサイズだ。
「おれたちは見てるから、さ、頑張れ」
勇者は後ろで腕を組んでいる。
所長さんは品定めをするように私を見ている。
「うう……頑張ります」
私は魔物に相対する。
所長さんに認められるよう、ちゃんとできるところを見せなければ。
「行きますっ!!」
天に昇るは神の眼。
濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。
死者は棺に生者は炭に。
果てしなく赫く。
その名を灯せ。
【天候魔法 ヒノヒカリ】
―――カァン!!
強い光が当たりを包む。
決して目を逸らさず。
光の刃を魔物に向かって振り下ろす。
「はぁっっ!!!」
―――カァン!!
「ど、どうでしょうか」
私はおずおずと後ろを振り向いた。
勇者と所長さんの顔色を窺うために。
「わ、わりとうまくできたかなー、と思うんですけど、あの、その」
二人とも無言だ。
「あ、もちろん隊長さんには懇切丁寧に教えていただいて、その、ほんと教え上手で」
「私なんかに秘蔵の魔法を惜しげもなく教えてくれて、ほんとお世話になったっていうか」
「あの、ほんと素敵な女性で、背も高くて格好良くって、さ、さすが一国の防衛隊長さんだなあって感じで」
無言がつらい。
かつてこれまで私が一人で場をつなぐことがあっただろうか。
口下手で人見知りの私が会話を盛り上げて場をつなぐということが。
無言がつらい。
「よし、関所に戻るぞ、嬢ちゃん」
所長さんが背を向け、関所の方へ戻っていく。
「とっととおれの【ツキアカリ】マスターしちまえ」
「そんでとっとと魔王、ぶっ倒してくれよな」
歩きながら、そんな言葉をかけてくれた。
え?
ということは?
「合格、だってよ」
勇者がにやりと笑った。
嬉しそうだ。
そっか、よかった。
私の魔法は二人を納得させられるだけの威力はあったわけだ。
私たちはさっきまで魔物がいた「黒い穴」を後にして、関所へと戻った。
「いいか、この魔法はあくまで人間の治癒力と、月の力を借りて傷を治す魔法だ」
「万能じゃない」
「首が飛んだり心臓が止まったりした体は、治せない」
「しかも自身の治癒力に依存するわけだから、大きな傷を治せばそれだけ生命力を使うことになる」
「つまり、使いすぎると寿命が縮まる」
所長さんが教えてくれた魔法は、防衛隊長さんの魔法と表裏一体のようだった。
【ヒノヒカリ】と【ツキアカリ】
攻撃魔法と回復魔法。
太陽を召還する魔法と、月に依存する魔法。
どちらも魅力的で、どちらも教えてもらえるなんて、素晴らしい。
なんて幸せなんだろう。
「教えてもらっといてなんだが、おれたちは早目に発とうと思う」
勇者が言い出す。
「つい最近な、あんたの妹さんの町に滞在したんだが」
「二日連続で魔物の襲撃を受けてな」
「珍しいことだってんで、早めに発ったんだ」
「もしかしたらおれたちのせいかもしれねえ、と」
「そうだとしたら居心地悪いだろ」
「もしここも襲撃されるようなことがあったら厄介だ、だから……」
言い淀む。
私たちに自覚はなにもない。
だけど、ここが今日魔物に襲撃されでもしたら、私たちのせいであることは確実だ。
もしそうなったら、私はどう受け止めたらいいんだろう。
「あんたたち、魔の森抜けてきたか?」
所長さんが苦笑しながら言う。
「ああ、確かに、そこから来たが」
「だったら、魔物の体液を多少なりとも被っているんじゃねえか」
「……確かに……そんなこともあったが……」
「魔の森のやつらの中には、自分たちの体液を敵にマーキングする種類の魔物がいる」
「個別で動かず隊を組むタイプ、不意打ちをするタイプ」
「あんたたちが魔の森で倒した魔物の中に、そういうタイプがいたんだろうな」
思い当たる節が山ほどある。
あの魔物たちは珍しく隊を組んで襲ってきたし、町を襲ってきたときもそうだった。
これまで、あの規模で一斉に襲ってくることは、少なかったように思う。
「あー、あのべちゃっとしたグロいやつ、あれか」
勇者も顔をしかめている。
「これ、使いな」
所長さんが差し出したのは、なんだか妙な匂いのする石鹸だった。
「そのマーキング、落とせると思うぜ、これなら」
私たちはお言葉に甘えて、シャワーを浴びさせてもらった。
なんだか変わった匂いだったが、不快ではない。
全身くまなく石鹸で洗い、汚れを落とす。
「あー、気持ちいい」
生き返る気分だ。
しかし、それにしても。
防衛隊長さんが知らなかったことを、魔の森から遠い関所の所長さんが知っていたのは不思議だ。
「んー、なんか、妙だ」
勇者がくんくんと自分の体を嗅いでいる。
普段自分の匂いなんて気にしてなさそうだったのに、今日は珍しい。
「そうですか? 珍しいけど、別に変な匂いでは……」
「んー、でもなあ、なんか気になる匂い……」
くんくん。
「ぎゃー!! 乙女の匂いを嗅がないでくださいよ!!」
所長さんが戻ってくる。
「匂いが気になるか?」
「まあ、魔物の鼻をごまかすためのものだからな」
「単純にいい匂い、ってわけじゃねえのは勘弁してくれ」
そう言いながらパンと水をくれた。
ここは宿屋は兼ねていないから、単純に所長さんのサービスなのだろう。
ありがたい。
「防衛隊長さんは、魔物の襲撃を不思議がっていましたけど……」
私は先ほど思いついたことを話してみた。
防衛隊長さんは知らなかった魔物の体液のことを、なぜ所長さんが知っているのか。
「ああ、あいつは城にこもりっきりだからな」
「だからたまには外に出ろって言うんだが」
「おれはここの所長だが、見聞を広げるためによく動き回るんだよ」
「他国の珍しい道具とか調味料とかも好きだしな」
この石鹸もよそで仕入れたものだ、と言って笑った。
「この関所の先は、魔物の質がかなり違う」
「ある程度傾向を知り対策を練ってかからないと、痛い目を見るぞ」
所長さんが私たちにアドバイスをくれる。
魔物の体液マーキングを落としたから、魔物の襲撃はないのだろう。
しかしそれだけでは安心できない魔物たちが待ち構えているようだ。
「あ」
「どうした?」
あれ、ということは……
「あの岩石要塞が襲われたのって、結局やっぱり私たちのせいってことですよね」
「お前今更か」
……
所長さんからは、ほかにも色々と有益な情報が聞けた。
関所を抜けた先には、クリスタルを扱える職人がいるそうだ。
ようやく、いつかもらったクリスタルを加工してもらえるかもしれない。
旅が苦しい時の対価としてしか使ってこなかったクリスタルが、武器や防具として生まれ変わるかもしれない。
「ま、すげえ偏屈だってうわさだから、気をつけなよ」
所長さんは眉をひそめて言う。
あまりいいうわさを聞いていないらしい。
……
回復魔法と情報と、さらには石鹸のお礼も言って、私たちは関所を後にした。
「魔王討伐のあとの凱旋を、楽しみにしてるぜ」
所長さんは笑って送り出してくれた。
「任せてください!」
私は元気よく手を振った。
勇者も笑顔で振り返った。
「気持ちのいい兄妹だよな」
勇者がつぶやいた。
「兄妹、羨ましいですか?」
「なぜそんなことを聞く?」
「あ、勇者様、なんかきょうだいがいなさそうな感じがしたので……」
「まあ、いないけど」
私にもいない。
きょうだいって、どんな感じだろう?
「しっかし、月の魔法に太陽の魔法とはな」
「ね、対になってますよね、素敵」
「それを両方もらったお前も、すげえな」
「すげえですね、私」
「大事にしようぜ、特に、回復の魔法」
「ええ、頑張ります」
「これからは特に、自分の身を守ることを優先しろよ」
「はい! 私が気を失ってしまってたりしたら、共倒れますもんね」
大事にしろよ、とは言わない。
大事にしようぜ、と勇者は言う。
私と同じ目線で言ってくれる。
それがなんだかすっごく嬉しくて、私はスキップでも踏みそうになった。
「もう二度と、おれの盾になろうだなんて考えないこと」
「おれがお前の盾になるから、だからそのあとでちゃんと回復してくれよ」
「でも……やっぱり勇者様がピンチだと思うと、身体が勝手に動いてしまうかもしれません」
「馬鹿、それで大変なことになったじゃねえか」
「それは……そうですけど」
「ほれ、約束」
そう言って勇者は、こぶしを突き出してきた。
「こういうときは、小指を絡ませるのでは?」
「いいじゃねえか、なんでも」
「はいはい、できるだけ出しゃばらないようにします、よ!」
私もゴツン、とこぶしを返した。
「あ、そういえばあのイヤリングはどうなるんだろうか」
「ん、確かに」
お兄さんが妹に返しに行くんだろうか。
それは想像すると、なんだかおかしくて、私は口元が緩んでしまった。
「似合わねえな、熊みたいなのに」
「ね、可愛いですよね」
「熊さんがトコトコお城にイヤリングを返しに行きます」
「ぶふっ!!」
私たちはくだらないことを話しながら、道を進む。
道中は、平和だった。
続き
夢魔道士「夢をみたあとで」【後編】