1 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:17:21.86 7wmCwCQ60 1/233

シロガネ山――。

ジョウト地方に位置する巨大な山であり、過酷な環境に加えどの地方よりも桁違いに凶暴な野生のポケモンたちが巣食っていることから、オーキド博士に認められたトレーナーだけが立ち入ることを許されている。

かつては、生ける伝説と呼ばれたトレーナーが修行をし、その力を高めた場所と言われており、そこで修行することはトレーナーにとって一種の名誉とトレーナーたちの間では語り継がれている。

その山頂にて雪が降り注ぐ中、少年と少女が向き合うように立っていた。

ヨウ「……」

リーリエ「……」

ヨウは迷いを湛えた黒い瞳でリーリエを、
リーリエは強い意志と決意で燃えた翠色の瞳でヨウを、それぞれ見据えていた。

お互いの手にはモンスターボールが握られており、今まさにポケモンバトルが始まろうとしていた。

身体を突き刺すような風が吹き荒れる中、奇しくも相反する両者は『その時』がやってくるまでの間、お互いから目を離さないまま、ここに至るまでの出来事を振り返っていた。

全てが始まったのは、半月ほど前のことだった。

元スレ
【ポケモンSM】ヨウ「夢か、約束か」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1507205841/

2 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:18:05.29 7wmCwCQ60 2/233

ヨウ「夢か、約束か」

~約束の章~

3 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:19:14.64 7wmCwCQ60 3/233

――わたしは……トレーナーになって……ヨウさんと旅をしたいな……

――夢と呼べるかわかりませんけど……かあさまのことも、全部片付いたら、してみたいと思ったことです




わたしが困っていると、いつもいてくれた男の子

その人は、スカル団に襲われた時も、エーテル財団に捕まった時も、かあさまとの決着の時も、自分のことのようにそばにいて戦ってくれて……わたしを守ってくれた

強くて優しくて、とっても大きな夢を持っていて、そんなあの人の温かさに触れて、いつのまにか惹かれて……

でも……かあさまの全身に回った毒を治すため、そしてわたしの夢を叶えるため、カントーに行くことになったのですけど、それでも彼に対する想いは日に日に強くなって……

だから、あの人がいない間、全身が引き裂かれるような孤独と戦ってきました

でも、そんな日々とはサヨナラです

だって、これからあの人のいる、アローラに戻るのですから!

そして、彼と交わした夢と約束を一緒に果たすのです!

4 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:19:42.07 7wmCwCQ60 4/233

リーリエ「見てください、かあさま! アローラ地方が見えてきました!」

遠くに見えるアローラの島々を、わたしは嬉々とした表情で指さしました。
そんなわたしの様子を、かあさまは微笑ましげに見つめていました。

ルザミーネ「ふふっ、そんなにはしゃいじゃって……」

わたしは甲板から身を乗り出しながら、アローラの島の一つ――メレメレ島を眺めました。
あの島には、わたしを支えてくださった大切な人達が住んでいます。

ククイ博士、ハラさん、ハウさん

そして、ヨウさん

またみんなと出会える……そして、ヨウさんとの約束を果たせる。

そう思うと、自然にワクワクしてきました。ナッシー・アイランドで、ヨウさんと将来の夢を語り合った、あの時のように。
わたしは、ヨウさんから渡された大事な帽子を抱きしめながら、これから起きることに思いを馳せていました。

ハウ「おかえりー! リーリエ!」

ククイ博士「おかえり! リーリエ!」

バーネット「おかえりなさい、リーリエ」

リーリエ「……ただいま!」

メレメレの乗船場に着くと、さっそくみんなが出迎えてくれました。
特にバーネット博士なんて、帰ってきたわたしの姿を一目見て嬉しかったのか、目元から涙がこぼれています。

5 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:20:09.07 7wmCwCQ60 5/233

ククイ博士「カントーはどうだったかな?」

リーリエ「はい! アローラの島巡りとは違った発見と冒険が多くて……とっても大変でした。けど、それ以上にトレーナーとしてたくさんの大切なコトが学べました」

バーネット「リーリエ……ちょっと、背が伸びたね」

ハウ「なーなー、カントーってどんなところだったー? どんなポケモン捕まえたのー?リーリエが体験したこと、教えてよー!」

ククイ博士「こらこら、そう急かすものじゃないよ。リーリエだって、帰ってきたばかりなんだからな」

リーリエ「ふふっ、わたしも……カントーで見てきたこと、みなさんにお話したいと思ってますから。大丈夫ですよ」

笑みを浮かべながらも、わたしは三人から目線を外して、船着場のあちこちを見渡しました。



ヨウさんは、来ていませんでした。

6 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:20:44.24 7wmCwCQ60 6/233

仕方ないことです。あの人はアローラ地方を代表するチャンピオン。

リーグへの挑戦者の相手をするだけでなく、チャンピオンとして、アローラ地方のことを他の地方へPRしたり、トレーナーの模範となる活動をしなければいけません。
きっと、時間が合わなかっただけです。

それでも、あの人がこのアローラにいる――わたしの手の届くところにいる――それだけで充分です。

ハウ「どうかしたのー? リーリエ」

リーリエ「えっ? いえ、ちょっとぼうっとしちゃって……」

ククイ博士「実は、リリィタウンで君が帰ってきたお祝いをしようと思っているんだけど……どうかな?」

リーリエ「本当ですか? 嬉しいです! ぜひ行かせていただきます」

ククイ博士「それじゃ、さっそくハラさんにおいかぜ吹かせて会いに行こうよ!」

大切な人達に囲まれながら、わたし笑顔で快く了承しました。
わたしがいない間、アローラで何が起きたのか聞きたいですし、カントーではどんなことを体験してきたのか、たくさん話したいですから。

同時に……その笑顔の裏で、わたしは一番会いたかった、あの人がいないことに一抹の寂しさを覚えました。

7 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:21:15.26 7wmCwCQ60 7/233

ハラ「それでは、リーリエが帰ってきたことを祝って――」

「乾杯!」

みなさんが唱和した後、それぞれが掲げたコップの中身を口にしました。モモンの風味が口いっぱいに広がります。

ハラ「リーリエ、よくアローラに戻ってきてくれました。このハラ、感激して筋肉が脈動しますぞ」

リーリエ「アローラの人たちには返しても返しきれない恩があります。その恩を少しでもお返ししたいですし、トレーナーになった今なら、旅立つ前には出来なかった事もきっと出来ます」

ククイ博士「カントーでトレーナーになったってことは、今の手持ちはカントーのポケモンで固めているのかな?」

リーリエ「はい! 今手持ちにいるのはピクシーさんと、キュウコンさんですが……」

ハウ「キュウコンって、たしかアローラに住んでるキュウコンと他の地方のキュウコンってタイプとか覚える技が違うんだよねー」

リーリエ「ええ、わたしは逆に、アローラのキュウコンさんがこおりタイプであることにびっくりしましたけど」

ククイ博士「是非アローラのキュウコンと他地方のキュウコンが使う技を比較してみたいね。今度勝負してみようよ」

バーネット「もうククイ君ったら、こんな時に研究の話は無し、でしょ!」

ククイ博士「おっとっと、そうだね」

「ハッハッハッハッ!」

ハラさんとハウさんのお屋敷で行われている、帰ってきたわたしを歓迎するささやかな宴にみんなの笑い声が響き渡ります。
その笑い声を聞いて、帰るべき場所に帰ってきた安心感が蘇ってきた気がします。


――でも、やっぱりその輪の中にヨウさんはいませんでした。

8 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:21:44.24 7wmCwCQ60 8/233

どうしてヨウさんだけ、ここにいないのでしょうか。
チャンピオンのお仕事が忙しいのもありますけれど、ヨウさんもハウさんたちと一緒にアローラを旅した大事な人です。
あの人も欠けちゃいけないはずなのに……。

思い切って、聞いてみようかな……。

リーリエ「ハラさんは今でも四天王のお仕事を?」

ハラ「うむ、毎日のようにアローラを制するためにやってくる挑戦者の相手をしておりますな。戦うたび、挑戦者をハラハラさせますぞ」

リーリエ「では、チャンピオンのヨウさんは……お元気にしていますか?」

すると、時間が止まったようにみなさんの動きがぴたりと止まりました。
そして笑顔が消えて、苦いものでも飲み込んだように辛そうな表情に変わっていくのが分かりました。まるでその言葉が来て欲しくなかったかのように……。

ハウ「ヨウはねー……今、アローラにいないんだー……」

リーリエ「え……?」

9 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:22:51.03 7wmCwCQ60 9/233

その夜、わたしはどうしてもエーテルパラダイスに帰る気になれなくて、ククイ博士の研究所のロフトを使わせていただきました。

そのままソファベッドに寝転がりながら、さっきハウさんたちから聞いた話を、反芻しました。
アローラを旅立ってからも、博士は掃除をしてくださったようで、ソファベッドもあの時のまま、綺麗な状態を保っていて、程よい寝心地です。

でも――アローラは暖かい気候のはずなのに、とっても肌寒く感じます。

リーリエ「ヨウさん……どうして?」

クッションを抱きしめながら、寂しさをつい言葉に出しました。
ふと、机の上に置いたヨウさんの帽子と、ハウさんから渡されたマスターボールを見ていると、先ほどの、屋敷での出来事を思い出しました。

10 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:23:21.51 7wmCwCQ60 10/233

ハウさんから放たれた言葉は、わたしの頭にアームハンマーを放たれたような衝撃を与えました。

リーリエ『ヨウさんがアローラにいないって、どういうことですか?』ガタガタ

気が付けば、わたしはこわいかおでハウさんに詰め寄っていました。自分でもどうしてここまで、冷静さを失ったかわかりません。

バーネット『落ち着いて、リーリエ。ちゃんと話すから』

バーネット博士にたしなめられて、わたしはもとの席に座りました。それでも、わたしの胸の内側は嵐のように荒れ狂っているのがわかります。

ハラ『彼がアローラを出て行ったのは、今から数ヵ月ほど前のことですな』

ククイ博士『あいつは、自分の夢を叶えるためにチャンピオンをやめたんだ』

リーリエ『ヨウさんの夢……』

ハラ『ヨウはこう言ってましたな』

――僕は僕を受け入れてくれたこのアローラが好きだ。島巡りの時も、みんなが一丸となって応援してくれた。出来ることなら、ずっとここに住みたい。だけど、いつまでもここでチャンピオンの座であぐらかいていたら、僕の夢が遠のいてしまう

――チャンピオンを防衛している時やバトルツリーに行っているとき、アローラだけでなく、色んな地方のトレーナーと戦った。そこでは様々なトレーナーとポケモンたちが僕に多様な戦術を見せてくれた。僕は自分の視野がとても狭いということを理解したよ

――僕は世界中を回ってあらゆるポケモン、そしてトレーナーたちと戦いたい。改めてそう思ったんだ。そのためには、アローラのチャンピオンでいるだけではダメなんだ

ククイ博士『島巡りを終えて、ポケモンリーグのチャンピオンになる……それだけでも普通の人には大変なことなのに、彼はチャンピオンが自分にとって通過点に過ぎないと言い切ったんだ』

ハラ『彼の抱える壮大な夢と、それに向かう力と覚悟が、あの頃の彼には備わっていました。それがこのハラにもひしひしと伝わってきました』

だからヨウさんはチャンピオンを辞退して、アローラを発ったのです。自分の夢を叶えるために。

11 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:24:53.90 7wmCwCQ60 11/233

リーリエ『それじゃあ、今のチャンピオンは誰が……?』

ハウ『おれだよー。本気のじーちゃんにも勝ってー、ヨウにも何度か勝つ手前まで追い詰めたことあるからねー』

ハラ『我々四天王もしまキングたちもハウがチャンピオンになる事へ反対する理由もありませんからな。……ただ、リーグ本部にチャンピオンを変えるための手続きをするのは大変でしたが』

ククイ博士『それでもすごかったぜ! ハウの実力を見るため、カントーからやってきた四天王やジムリーダーに一歩も引かない戦いをしたんだからな』

ハウ『だからー、ヨウが帰ってくるまでの間はーおれがチャンピオンの椅子を守るのー。ヨウがアローラから帰ってきてーおれと戦うまでは誰もチャンピオンにさせないからねー』

リーリエ『……ヨウさんは、どこに行ったのでしょうか?』

ククイ博士『……わからない。あいつは誰にもどこへ行くか言わなかったからね。ヨウのお母さんも旅に出ることは知ってたんだけど、そこんところ心配してるん』

リーリエ『……』

納得できません。

あの人がみんなに黙ってどこかへ旅立つなんて。

それに、わたしとの約束も、どうなるんですか?

カントーにいたとき、寂しくて、心細かったわたしを支えてくれた一番の理由が、あなたと交わした約束だったのに。


ずっとアローラで、待っててくれるはずじゃ、なかったんですか?

ハウ『あのねーリーリエ』

床に視線を向けているわたしに、ハウさんはなにかを差し出してきました。
それは、どんなポケモンも必ず捕まえられるという最高の捕獲性能を持つボール――マスターボールでした。

12 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:25:22.18 7wmCwCQ60 12/233

そのマスターボールには、見覚えがありました。
このボールがいつ、どこで使われたのか、そして、このボールの中には、どんなポケモンさんが入っているのか、今でも覚えています。

リーリエ『それはソルガレオさん……ほしぐもちゃんのボール、ですか?』

ハウ『うんー。ヨウが、「リーリエが帰ってきたら渡して欲しい」って言ってたからー。おれや博士の言うこともきちんと聞いてくれて、いい子だったよー』

リーリエ『……ありがとうございます』

ほしぐもちゃんの入ったボールを受け取りながら、わたしは困惑するしかありませんでした。
なぜヨウさんは、わたしにほしぐもちゃんを託すようなことを……? ほしぐもちゃんは、あなたと一緒に旅することを望んでいたのに。

まるでわたしたちの関係を断ち切るようにも見えたのは、気のせいでしょうか。

リーリエ「ヨウさん……あなたはどこにいるんですか?」

ヨウさんに逢いたい。
逢って、自分の気持ちを全て伝えたい。

あの人の心を、わたしで埋め尽くしたい。

一体いつからでしょうか。ヨウさんに、こんな気持ちを抱いたのは……。

13 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:26:11.63 7wmCwCQ60 13/233

ヨウ『君は……?』

あの人と初めて出会ったのは、リリィタウンの近く――マハロ山道。
エーテルパラダイスからほしぐもちゃんを連れ出して、まだそう月日が経っていない時です。
その頃のわたしは、自分の意志も持てず、臆病な人間で――目の前でほしぐもちゃんがオニスズメさんに襲われても、足がすくんで動けませんでした。

ヨウ『あの子は、君のポケモンかい?』

リーリエ『あの、その……助けて……ください……ほしぐもちゃんを!』

リーリエ『オニスズメさんに襲われ……でも……わたし怖くて……足がすくんじゃって……』

ヨウ『そうか、ちょっと待ってろ』

わたしが弱々しい言葉を言い終えるよりも先に、ヨウさんは吊り橋を走って、揺れて崩れそうな吊り橋をものともせず、すぐにほしぐもちゃんをオニスズメさんから助け出しました。


結局、ほしぐもちゃんの力で橋は崩れてしまったのですが、カプ・コケコさんが助けて頂き、あの人は、かがやく石を授かったのです。

そして、ヨウさんたちはアローラの風習である島巡りを始め、わたしはほしぐもちゃんを元の場所に返すため、一緒に各地を旅しました。

あの頃は本当に楽しかった……。ククイ博士の言葉を借りるのなら、発見、体験、大冒険の毎日で、わたしもほしぐもちゃんも、自分が追われているという立場を時折忘れてる時があったほどです。

……ですが、ヨウさんと出会って最初の間、わたしはヨウさんを財団の人間と疑っていました。

その時のわたしは、かあさまの言いなりになっていたことに加えて、ほしぐもちゃんを守るために見知らぬ人たちに敏感になっていて、周りの人達全員が敵――それどころか、お世話になったククイ博士やバーネット博士でさえ、心の奥底では疑いの目を向けていました。


わたしは、自分の家族も、お世話になった人達のことも、誰も信じることが出来なかったのです。


ですが、そんな凍てついたわたしの心を溶かしてくれたのは、アローラの方々の大らかな人柄や、いっしょに来てくれたククイ博士やハウさん、そしてヨウさんです。

そしてヨウさんは島巡り中にも関わらず、わたしに色んなことを教えてくれました。

14 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:26:38.25 7wmCwCQ60 14/233

バシャバシャッ!!

リーリエ『……』

ヨウ『!』

ヨウ『よぉ、リーリエ』

リーリエ『ヨウさん……。なにをなさっているのですか?』

ヨウ『水切りだよ。こうやって石を投げると……』シュッ!

バシャバシャッバシャッ!

リーリエ『まぁ……』

ヨウ『決まるとかっこいいだろ? リーリエもやってみなよ』

リーリエ『え? でもわたしは……』

ヨウ『まーまーそういうなって。ほしぐもちゃんもリーリエのかっこいいところ、見てみたいだろ?』

コスモッグ『ピュイ!』

リーリエ『はぁ……分かりました。一回だけですよ?』スッ

リーリエ『……えいっ』ブンッ

ポチャン

リーリエ『……』

ヨウ『……』クスッ

15 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:27:11.08 7wmCwCQ60 15/233

ヨウ『リーリエ、そんな石じゃ飛ばないよ。なるべく平べったい石を選ぶんだ』

ヨウ『それで、下から投げるんじゃなくて、手首のスナップを効かせて、握り方もこう』

リーリエ『こ、こうですか?』

ヨウ『そうだよ。それでやってみな』

リーリエ『……えいっ!』ビュン

バシャバシャッ!

リーリエ『あ……』

コスモッグ『ピピュイ!』

ヨウ『おーっ! 結構飛んだじゃんか。初めてにしちゃ飲み込みが早いなぁ』

リーリエ『そ、そうでしょうか?』テレテレ

ヨウ『あぁ、リーリエには石投げの才能があるのかもな』

リーリエ『それは喜べばいいのか……イマイチ分かりませんね』

16 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:27:40.16 7wmCwCQ60 16/233

そして、アーカラ島では……。

ヌイコグマ『クゥー……』パタッ

ヨウ『よく頑張ったね、ニャヒート』

ニャヒート『にゃあ!』

ヨウ『ふぅっ、随分倒したな。最初、仲間を呼ぶのはやっかいと思ってたけど、ポケモンを鍛えるのにはうってつけだね』

リーリエ『……』

ヨウ『ン? どうしたんだ、リーリエ』

リーリエ『ヨウさん……わたし、よくわからないのです』

ヨウ『何が?』

リーリエ『ヨウさんやハウさんがポケモンさんと一緒に戦ってる姿を見てると、未来への扉を開けてるみたいで、素敵だなって思うんです』

リーリエ『けど、ポケモンさんが傷ついていると、つい目を背けたくなる時もあって、さっきもヌイコグマさんがダメージを受けたときも……』

ヨウ『……そういえば、最初に僕とハウが戦った時も、ゼンリョク祭りの時も、そう言ってたね』

リーリエ『……はい』

ヨウ『リーリエは、ポケモンが戦うのを見るより、触れ合っている方が好きかい?』

リーリエ『はい……というより、今まで勝負とは無縁の生活を送っていたから……というのもあるのですが……』

ヨウ『……そっか』

17 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:28:39.54 7wmCwCQ60 17/233

ヨウ『確かに、君のような人から見れば、ポケモン勝負は野蛮なものに見えるかもしれない。時折、目を覆いたくなる光景もあるから、苦手になるのも分かるよ』

ヨウ『でもね、リーリエの言ってたように、トレーナーたちはポケモンと一緒に未来への扉を開けているんだ』

ヨウ『その扉の先にあるモノ……叶えたい夢のためにね』

リーリエ『夢?』

ヨウ『それは人それぞれだよ。例えば、たくさんのポケモンと出会いたい、強いトレーナーと戦いたい、ポケモンを深く知りたい――老若男女、みんな夢を抱いて生きていくんだ』

ヨウ『トレーナーは、自分のポケモンにその夢と誇りを乗せているんだよ』

ヨウ『そして、ポケモンたちは、そんなトレーナーたちの力になりたいのかもしれないね。そのためなら、傷つくことだって厭わない』

ヨウ『だって、ポケモンにとっての夢は、トレーナーの夢と一緒なんだから。僕はそう思うよ』

ヨウ『そして僕も、ひとりの男としてニャヒートたちと夢を追い続けているんだ』

ニャヒート『にゃあ!』

ヨウ『夢もないまま、ただなんとなく生きていく。そんな空っぽの人生なんて、つまらないじゃないか』

リーリエ『……』ポカン

ヨウさんは石投げのような遊びから、トレーナーの在り方まで、色んなことを、わたしに教えてくれました。

もともとポケモンさんが傷つくことが嫌だったわたしは、ヨウさんの話を聞いて考えを改めて……そうしたら自然と、世界が広くなっていったのです。

子供のような無邪気さを見せたかと思えば、わたしと同い年の人とは思えないような大人びた考えと、それを実行できる行動力もあって……不思議な方でした。

だからこそ、わたしは次第にあの人に惹かれたのかも……。

18 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:29:11.48 7wmCwCQ60 18/233

気が付けば、ヨウさんと一緒にいる時間が多くなっていました。

いっしょにブティックで服を見たり、ポケモンセンターのカフェでカントーでのお話を聞いたり、トレーナーの視点でポケモンさんについて教えてくれたり……時には、偶然を装って、待ち伏せなんかもしちゃったり……。

きっと迷惑だったのかもしれないのに、ヨウさんは嫌な顔せず、こんなわたしに付き合ってくれました。

次第に、ほしぐもちゃんだけだったわたしの心は、ヨウさんで彩られていきました。

そして島巡りの最中……。

ウラウラ島で、ヨウさんがアセロラさんの試練を受けた直後、スカル団の方たちが襲ってきたのです。
その際人質として子供たちのヤングースさんが、スカル団のアジトがあるポータウンに連れ去られてしまい、交換条件としてヨウさん一人で来るよう言われてしまったのです。

ハウ『ポケモンを返してほしければ、ヨウ一人でポータウンに来いって、あいつら言っていたよね……』

アセロラ『スカル団の連中はポータウンを根城にしてるの。15番水道にいる着物の人を探せば、力になってくれるかも……』

子供『これ、あげるから……ヤンちゃん、ヤングース……のこと」

ヨウ『ふしぎなアメ……。わかった、必ず助け出すから、僕を信じて待ってて』

ヨウさんは出口へと向かいました。わたしはたまらず、ヨウさんの手首を掴んだのです。

リーリエ『本当に……行くんですか?』

ヨウ『子供に任せられたんだ。ここで放り出すわけにも行かないだろ』

リーリエ『……でも』

このまま行かせたら、ヨウさんが帰ってこない気がして、胸が詰まるような感覚がしました。ヨウさんを失いたくない。

ヨウ『心配してくれているのか。大丈夫、あいつらには慣れているし……なにより、僕をお呼びなんだろ? それなら堂々と行ってやるのが筋さ』

そのままヨウさんの手首がするりとわたしの手から抜けると、わたしたちに背中を向けてエーテルハウスを出て行きました。

ヨウさんの背中を見て、こんな時、何もできない自分が無性に悔しかったことと、ヨウさんに対する憧れと不安さは、今でも覚えています。

19 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:30:07.07 7wmCwCQ60 19/233

残されたわたしはハウさんやエーテルハウスの子供たちをスカル団から守るため、幹部のプルメリさんに連れられて、エーテルパラダイスに帰ることになったのですが、ほしぐもちゃんがかあさまの計画に利用されようとしていました。

その時も、ヨウさんはエーテル財団の職員さんも、スカル団も押しのけてわたしのそばに現れてくれました。

ヨウ『リーリエ、無事かい?』

リーリエ『……! ウソ……です。ヨウさん……が、助けに来てくださるなんて……。あ、ありがとうございます……!』

そしてほしぐもちゃんを取り戻すことはできたのですが――。
かあさまはグズマさんを連れてウルトラホールへ消えていって、ほしぐもちゃんは姿が変わって動かなくなってしまいました。

結局わたしは、守ろうと思って行動しても、ヨウさんやハウさんに守られてばかりでした。

立て続けに起きた辛い出来事に、わたしは気丈に振る舞うフリをしてかあさまのベッドに飛び込んだのですが……。余計悲しみが増して、無力感に苛まれてベッドの中で泣いて……。
気を紛らわせるために屋敷の外へ出ると、そこにはヨウさんがいて、月明かりに照らされるアローラの海を眺めていました。

リーリエ『ヨウさん……』

ヨウ『よぉ、リーリエか。眠れないのかい』

リーリエ『えぇ、まぁ……ヨウさんは?』

ヨウ『同じだよ。たくさん動き回って疲れてるってのにな。きっと夜のテンションって奴の仕業だね』

リーリエ『夜のテンション……?』

ヨウさんの言葉の意味もわからないまま、しばらくわたしとヨウさんは黙って海と月を眺めることにしました。
遠くを見つめるヨウさんの横顔を見ていると、自然に口から言葉と想いが、滑り落ちてきました。

リーリエ『不思議なんです』

ヨウ『ん?』

20 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:31:05.14 7wmCwCQ60 20/233

リーリエ『かあさまはわたしに……ほしぐもちゃんに、あんなヒドイこと、したのに』

リーリエ『かあさまがいなくなって……辛いんです』ツーッ

リーリエ『こんなにも胸が張り裂けそうで、わたし、どうしたらいいのかわからなくって……!』フルフル

ヨウ『……僕に聞かれたって、分からないよ。自分の親がいなくなるっていうの、まだ分からないからさ』

でも、とそこでやっとヨウさんはわたしへ顔を向けました。

ヨウ『ひとつだけ言えるのはさ、失っちまったんなら、取り戻せばいいんじゃないか?』

リーリエ『取り……戻す』

ヨウ『僕は君たちの家庭の事情がよく分からないけど、もし僕が君の立場だったらそうする』

ヨウ『無理矢理にでもウルトラホールから引っ張り出して、自分たちだって生きていることを、伝えてやるのさ』

リーリエ『言い方がちょっと乱暴な気がしますが……』

リーリエ『……そうですよね。諦めなければ、きっと見つかりますよね』

けれど、まだわたしの中で悲しみがくすぶっていて……ひとりぼっちのような気がしてならなくて――だから、ヨウさんにお願いしました。

リーリエ『少しの間だけ……甘えさせてもらって、いいですか?』

ヨウ『……いいよ』

わたしはそっとヨウさんの背中に手を伸ばすと、彼をぎゅっと抱きしめました。

ヨウさんよりわたしの方が背は高いので、抱きしめてもらう形としてはちょっぴり変な感じでしたが、それ以上にヨウさんのぬくもりが、悲しみで濡れていたわたしの心を癒してくれました。

リーリエ『ヨウさん……わたし、頑張ってみせます』

リーリエ『絶対にかあさまもほしぐもちゃんも、取り戻してみせますから……』

リーリエ『だから……そばで見守っててください』

ヨウさんは手を伸ばしてわたしの頭を撫でると、

ヨウ『ああ、頑張れよ』

リーリエ『ふふっ……ヨウさんからいっぱい、パワーもらっちゃいますね……』

困っている時も、悩んでいる時もいつもそばにいて……助けてくれた。
わたしにとってあの人は――かあさまから離れて、ほしぐもちゃんと一緒にあてもなく暗闇の中を彷徨っていたわたしを照らして導いてくれた、太陽のような人です。

ヨウさんがいてくれたから、わたしは頑張ることが出来ました……。

21 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:32:09.50 7wmCwCQ60 21/233

そしてナッシー・アイランドで雨宿りした時には、あの人の夢と憧れ――わたしがカントーへ旅立つきっかけの一つを聞くことができました。

リーリエ『アローラの雨……スカート、少し濡れました……』

リーリエ『……ヨウさん。わたし、雨を見ると思いだすことがあるのです』

ヨウ『なにを思い出したんだ?』

リーリエ『映画の真似をして、雨の中で歌い踊っていたら、驚いたかあさまが傘もささずに飛びだしてきて……そしたらかあさま、笑顔で……いっしょに歌ってくれたのです……』

リーリエ『もちろん、ふたり風邪をひき……一緒に寝ることになったのに、わたし嬉しくて、何度も何度も、かあさま、起こしちゃって……』

ヨウ『……』

リーリエ『なのに……かあさま、ウルトラビーストのコトだけ考えるようになって……ヌルさんや、ほしぐもちゃんを……』

リーリエ『……わたし、正直、わからないのです』

ヨウ『なにが?』

リーリエ『さっきのように、私と一緒に歌を歌ってくれた、優しいかあさまがいることを、今でもはっきり覚えています』

リーリエ『でも、自分のわがままのために、ほしぐもちゃんやヌルさんにひどいことするかあさまもいて……』

リーリエ『だから、なにが正しくてなにがいけないのか、よくわからなくなって――』

リーリエ『ククイ博士やバーネット博士のように、親切にしてくださる方がいることが分かっても、心のどこかで大人は怖くて、誰も信じることが出来なくなって……』

リーリエ『実はヨウさんのことも、最初に会ったときは、エーテル財団の追っ手と疑ってました……』

ヨウ『……』

ヨウ『そうだな、あんな大きな組織から逃げ出したら、「いつか見つかって捕まってしまうかもしれない」っていう恐怖に付きまとわれるからね』

ヨウ『だから、誰だって信用できなくなる気持ちは分からなくもないな。僕が君の立場だったら、同じ考えをしてたかもしれないな』

ヨウ『……でもね、君に優しくしてくれたルザミーネさんを信じるのか、それとも、エーテルパラダイスで見せたあのルザミーネさんを信じるのか、結局何が良くて何が悪いのか、それは君自身が決めることだよ』

ヨウ『難しいことかもしれない。だけど、誰かに判断を委ねていきながら生き続けても、なにも進歩できないよ』

リーリエ『そう、ですよね』

リーリエ『変わることって、難しいですね。こうやって頑張っても、まだ何もできなくて、なにも決められなくて……』

するとヨウさんは、自信を失っているわたしの右肩に、優しく手を添えてくれました。

ヨウ『大丈夫、これから変えていけばいい。少なくとも、君は変わろうと努力しているんだから』

リーリエ『……ヨウさん』

22 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:33:46.75 7wmCwCQ60 22/233

リーリエ『そういえば、聞きそびれていたことがありました』

ヨウ『なんだい』

リーリエ『アーカラ島でわたしが、ポケモンさんが傷つくのを悩んでいたとき、あなたは「トレーナーとポケモンは一緒に夢を追いかけている」とおっしゃってましたね』

ヨウ『そうだっけ?』キョトン

リーリエ『もうっ! ……それで、その時はヨウさんの話に聞き入って、つい忘れていたのですが……』

リーリエ『ヨウさんがガオガエンさんたちと一緒に叶えたい夢って、なんですか?』

ヨウ『僕の夢か?』

ヨウ『僕の夢は、ポケモンマスターになることだよ』

リーリエ『ポケモン……マスターですか?』

ポケモンマスター――ポケモンにおける、ありとあらゆる強さを極めた人に贈られる、至高の称号。

ポケモンリーグを制覇したり、ポケモン図鑑を完成させただけではそう呼ばれることはまずないです。

長いポケモントレーナーの歴史の中でも、未だにポケモンマスターと呼ばれる人はいません。あの『生ける伝説(リビングレジェンド)』と称された最強のトレーナーのレッドさんですら、そう呼ばれたことは一度としてないのだから。

そんな、右も左もわからない子供が見るような夢を、あの人は本気で目指していたのです。

23 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:35:08.77 7wmCwCQ60 23/233

ヨウ『きっかけは……本当に幼い頃、親と一緒に見たカントーのポケモンリーグの実況を見た時だね』

ヨウ『テレビ越しにトレーナーとポケモンたちが繰り広げる丁々発止の攻防の果て……最後にフィールドのど真ん中で、周りの人から祝福されながら新しいチャンピオンが生まれた光景を見た瞬間、僕は決めたんだ』

ヨウ『あれを超える何かになりたいってね』

リーリエ『ああなりたい、ではなくて?』

ヨウ『……』コクン

ヨウ『アローラの島巡りだって、始まりに過ぎないよ』

ヨウ『お楽しみはこれからだ』ニッ

リーリエ『……すごいです』

リーリエ『やりたいことが決まって、それに向かってもう努力しているなんて。やっぱり、すごいです』

リーリエ『わたしはまだ……そういうはっきりした夢は持ってないです』

リーリエ『持ってないですけど……』

リーリエ『わたしは……トレーナーになって……ヨウさんと旅したいな……』

ヨウ『……』

リーリエ『夢と呼べるかわかりません……ですが、かあさまのことも、全部片付いたら、してみたいと思いました』

ヨウ『……いいんじゃないかな。ささやかだけど、やりたいことがあるだけでも』

ヨウ『きっと叶うよ。諦めなきゃね』

リーリエ『はい! 絶対に叶えてみせます!』ニコッ

ヨウさんがポケモンマスターになるところを、そばで見ていたい。

ただヨウさんとずっと一緒にいたい。

あの人に、わたしの全てを知って欲しい。そして、ヨウさんの全てを、わたしは知りたい。

それだけなのに、そんなあいまいな言葉でごまかして、自分の気持ちに正直になれないまま、わたしたちは笛を手に入れて、ポニ島の祭壇へ向かい、全てを終わらせました。

だけど、チャンピオンになって、みなさんに囲まれて笑い合っているヨウさんを見ると――。どうしてだろう? 手の届かない、遠い存在に見えて、切なくなってしまいました。苦しくて苦しくてたまらない。

リーリエ(ヨウさん……)

やっぱりわたしは、あの人のことが好きで好きでたまらないのです。



自分の本当の気持ちに正直になって、そして初めて叶えたい夢が見つかったのは、あの人がアローラのチャンピオンになった後、ヨウさんが……

――ラリオーナッ!!

24 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:39:03.61 7wmCwCQ60 24/233

リーリエ「……!」

ほしぐもちゃんの声?

ソルガレオ「ラリオーーナッ!!」

リーリエ「ほしぐも……ちゃん?」

気が付けば、わたしは奇妙な浮遊感と供に、暖かくて心地よい空間にいました。
そして、わたしの目の前には、ほしぐもちゃんがいました。
きっとわたしは、ヨウさんとの思い出を回想していくうちに、夢の世界に入ってしまったのでしょう。

ソルガレオ「ラリオォ」スリスリ

リーリエ「まぁ……ほしぐもちゃん、お久しぶりです!」ナデナデ

ほしぐもちゃんがわたしとの再会を喜ぶように歩み寄って、身体を摺り寄せてきました。わたしも、ほしぐもちゃんの大きな頭を優しく撫でてあげました。

以前ヨウさんが、ソルガレオははがね・エスパーの二種類のタイプを持っていることをわたしに話してくれました。

エスパーやゴースト、あくといったタイプのポケモンは、人の精神や心に干渉する力を持っていると本で読みました。だから、ほしぐもちゃんも、こうやってわたしの夢に入ってくることも、おかしなことではないハズ。

ソルガレオ「ラリオ……」

リーリエ「ほしぐもちゃんも……ヨウさんがいなくなって、寂しいのね……」

ソルガレオ「ラリオーナ」

リーリエ「ほしぐもちゃん……?」

ほしぐもちゃんが咆哮を上げたかと思うと、わたしの目の前に映像が浮かんできました。まるで、シアタールームでスクリーンを見ているような感じです。

リーリエ「ヨウ、さん……」

その映像に映っていたのは、悲しげな微笑みを浮かべていたヨウさんでした。

25 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 21:39:53.06 7wmCwCQ60 25/233

これは……ほしぐもちゃんから見た、ヨウさんでしょうか?

ヨウ『ごめんな……ソルガレオ。僕はもう、君と一緒にいるわけにはいかないんだ』

ソルガレオ『ラリオーナ!』

カプッ

ヨウ『あ痛たっ!』

ソルガレオ『ガウウ……』ググッ

ヨウ『ソルガレオ……』

ヨウ『僕も君とは別れたくないさ。君は、僕とリーリエの思い出の象徴だ』

ヨウ『だからこそ、僕たちが紡いだ島巡りの思い出を、僕の夢で汚したくない』

ソルガレオ『ラリオ……』

ヨウ『リーリエが戻ってきたら、キミは僕ではなくリーリエの夢を叶えてやりな』

ソルガレオ『ラリオーナ……』

ヨウ『そんな顔するなよ。永遠の別れじゃないんだ。きっとまた会えるさ』ナデナデ

ヨウ『その時まで、サヨナラだ』スッ

シュンッ!

そしてほしぐもちゃんは、マスターボールから放たれた赤い光に包まれたところで、わたしは目を覚ましました。

リーリエ「……」

朝日を浴びて、ぼんやりさせた頭をなんとか覚醒させながらもわたしは夢の中でほしぐもちゃんが見せてくれたヴィジョンを何度も反芻しました。

わたしにはヨウさんの言葉の意味がわからなかった。

疑問の果てにわたしが得た結論は、たった一つ――。

ヨウさんに会いたい。

ヨウさんに会って、どうしてほしぐもちゃんを置いていっちゃったのか、どうしてヨウさんの夢がわたしたちの思い出を汚すことになるのか、聞かなきゃ。

そして、ヨウさんと交わした約束と――わたしの夢を叶えるのです!

ポニ島から始まったわたしとヨウさんだけの旅路は、まだ一歩踏み出したばかりなのだから。

26 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 22:29:03.50 7wmCwCQ60 26/233

目覚めたわたしは、最初にエーテルパラダイスへと戻ることにしました。

理由は二つ……ひとつはビッケさんやにいさまに帰ってきたわたしの顔を見せたかったこと、そしてもうひとつは、ひょっとしたらにいさまならヨウさんのことを何か知ってるかもしれないという――女の勘です。

早速わたしは博士たちに別れを告げて、メレメレ島の連絡船に乗ってエーテルパラダイスに向かいました。

ビッケ「お嬢様、お帰りなさいませ」

船着場に到着すると、早速ビッケさんと、先に戻っていたかあさまが出迎えてくれました。

ルザミーネ「ふふっ、久しぶりに知り合いと会えて楽しかったかしら?」

リーリエ「はい! ハウさんたちといっぱいお話できて……とっても楽しい時間を過ごせました」

リーリエ「……ところで、にいさまは?」

グラジオ「ここだ」

久しぶりに聴くにいさまの声が、中央エレベーターから聞こえてきました。
にいさまはエレベーターから降りると、アローラを出た時と変わらないおかしなポーズとしかめっ面のまま、わたしに近づいてきました。

グラジオ「……よく、戻ってきたな」

リーリエ「……はい!」

顔こそ無愛想そのものでしたけれども、その声色はとても喜びに満ちているものでした。
わたしもにいさまに会えて嬉しいことをアピールするように、にこやかに笑顔で返しました。

28 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 22:30:51.03 7wmCwCQ60 27/233

グラジオ「リーリエ……朗報だ」

わたしとにいさまは、アローラにいた頃の昔話や、カントーに行ってる間、財団で起きたことなどに花を咲かせながら保護区を歩き回っていると、にいさまが切り出してきました。

グラジオ「オマエと母上がカントーに行ってる間……行方不明になっていた父上の居場所が、分かった」

リーリエ「それは本当なのですか?!」

わたしは思わず身を乗り出しました。

とうさま――モーン博士は、わたしが幼い頃に、ウルトラホールの実験中にほしぐもちゃんを残して行方不明になったのです。そしてかあさまが代わりに、ウルトラビーストの研究を始めるようになったのです。

……思えば、この時から全ての歯車が狂ったのかもしれません。

グラジオ「まだ本人と断定したわけじゃないが、黒に近いグレー……という奴だな。間違いなく、その人はモーン博士だ」

リーリエ「とうさまは……どこにいらっしゃるのですか?」

グラジオ「このアローラから遥か北東にある無人島……そらをとぶかライドギアのリザードンを使わない限りたどり着けない群島だ」

リーリエ「無人島……ですか?」

グラジオ「あぁ、無人島と言っても、相当人の手が入っていたがな。最初に見たときは驚いたが……父上はそこの管理人をしているようだ」

リーリエ「管理人? 管理ってなにをしてらっしゃるのですか……?」

フッ、とにいさまは苦い笑顔を浮かべました。

グラジオ「ヨウのポケモン、らしい。なんでも、島巡りの最中、ヨウがリザードンに乗って空を探索している時に偶然見つけたようでな……そこで父上と知り合ったらしい」

グラジオ「そこで父上に頼まれて、無人島をポケモンの楽園にするために、ポケマメやらきのみやら栽培をしたり、温泉を作ったりと……協力してリゾートのように改造したんだとよ」

リーリエ「……ヨウさん」

29 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 22:32:09.80 7wmCwCQ60 28/233

こんな奇妙な偶然、あるのでしょうか。

まさかヨウさんととうさまが仲良くしていたなんて……。もしも、この事実がわたし達の耳に入っていたら――きっと、あの悲劇は起きなかったのかもしれなかったのに。

グラジオ「だが、すぐに解決というわけにもいかないみたいだ。父上はどうやら、記憶を失っているらしい」

リーリエ「記憶を?」

グラジオ「一度、直接会いに行ったんだよ。父上に」

リーリエ「……それで?」

グラジオ「オレのことはおろか、かあさまも、エーテル財団のことも何一つ覚えていなかったんだ。覚えているのは二つ……自分の名前と、ポケモンが好き、ということだけだ」

グラジオ「あくまで父上はオレをヨウの友人、という風に扱ってるみたいだ」

リーリエ「それでも……記憶を失ってたとしても、とうさまが生きてくれただけでも充分です! 記憶がなくなっても、ゆっくり思い出していけばきっと……」

グラジオ「ああ、それに……前のようにいきなりいなくなる、というのも、無さそうだしな」

リーリエ「でも、どうしてにいさまが、父上と会うことができたのですか?」

すると、にいさまの顔が暗くなっていきました。

グラジオ「……ヨウがアローラからいなくなったことは、聞いたか?」

リーリエ「……はい」

グラジオ「ヨウが、旅立つ前にその無人島の場所を教えてくれたんだ。『僕が捕まえたポケモンを頼む。その島にはポケモン好きで色々詳しいおじさんがいるから、きっと仲良くなれる』だとよ」

グラジオ「だから今は、オレ『たち』があいつのポケモンを管理してるのと同時に、父上の記憶を回復させつつ、ポケリゾートのノウハウをここで活かせないか、意見交換をしている」

リーリエ「……でも、ヨウさんには、感謝してもしきれません。かあさまを助けてくださっただけでなく、とうさまも見つけてくださったなんて……」

グラジオ「あぁ、そうだな」

リーリエ「改めてわたし……ヨウさんに会いたいです。会って、みんなが心配してること、それからとうさまを見つけてくれたお礼も言って、それから……」

グラジオ「ずいぶんあいつに、熱心なんだな」

わたしの言葉を、にいさまが呆れたようにも、笑ったように言って遮りました。

30 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 22:34:15.99 7wmCwCQ60 29/233

グラジオ「どうしてヨウに会いたいんだ?」

リーリエ「……わたしは、ヨウさんと約束したんです」

そう言って、わたしはヨウさんの帽子を取り出して抱えました。

リーリエ「わたしがトレーナーになって、アローラに帰ってきたら、お互いに借りた大事なものを返した後、一緒に旅をして、ポケモンマスターを目指そうって」

リーリエ「わたしは……かあさまを治療するだけでなく、ポケモンマスターになろうとするヨウさんにふさわしい人になるためカントーを旅してきました」

リーリエ「正直なことを言えば、どこまで強くなれたかわかりません。ですが、昔のように何もできない自分と決別した今なら、ヨウさんと一緒にポケモンマスターを目指せると思っています」

リーリエ「ポケモンマスターになる上で、あの人はきっと過ちを犯すこともあります。今回がきっとそうです」

リーリエ「あの人は時々……自分の夢を叶えることに熱心になるあまり、周りが見えなくなってしまうこともあって……時には自分自身すら、傷つけてしまう時もあります」

リーリエ「もし夢への道を踏み誤っていたとしたら、かあさまにしてあげたように、わたしがヨウさんを元の道に戻してあげるのです!」

リーリエ「だからわたしは、ヨウさんとの約束を果たすため、そしてヨウさんを助けるために、あの人に会うのです」

グラジオ「……」

31 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/05 22:34:48.35 7wmCwCQ60 30/233

グラジオ「オマエらは本当によく似ているな。口を開けば夢に約束、か」

グラジオ「あいつが戻ってくるまで、待つ気はないのか?」

リーリエ「ありません。できるなら、今すぐにでも逢いたいです」

グラジオ「……」フゥ

グラジオ「あいつは今も、オマエの言う通りポケモンマスターへの道を突き進んでいるだろうな。なりふり構わず、誰にも頼らず」

グラジオ「だからと言って、リーリエの気持ちを無視していい理由にはならん。オマエがそこまで言うなら、とことん2人で話し合うべきだ」

リーリエ「!」

グラジオ「オレはあいつの居場所を知ってはいないが、探す手伝いぐらいはできる。オマエがその気だと言うならな」

リーリエ「にいさま……ありがとうございます!」

グラジオ「フッ、礼ならアイツを連れ戻してから言うんだな。それに、オレもシルヴァディも、まだあいつに勝っていないからな」

リーリエ「でも、どこから探せばいいのでしょうか……手がかりがないので、困りました」

グラジオ「まずはあいつの家から探してみたらどうだ?」

リーリエ「ですが、ククイ博士によると、ヨウさんのおかあさまですらどこへ行ったか知らないらしくて……」

グラジオ「あいつが無計画のまま、遠くへ行くとは思えん。親が知らなくても、何かしら行き先のヒントになるものが家に残されているハズだ」

リーリエ「分かりました。わたし、さっそく行ってみます!」

グラジオ「オレも、別のやり方であいつの行方を追ってみるつもりだ。家で何か見つけたら、すぐに教えてくれ」

リーリエ「はい!」

34 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/06 16:21:34.38 NVCz4dhw0 31/233

ヨウさんがどこへ行ったのか、その手がかりを探すため、わたしはメレメレ島へとんぼ返りすることになりました。

ヨウさんの家は、ハウオリシティのはずれにあるので、船着場から歩いてそう時間はかかりませんでした。

……そういえば、ヨウさんのおかあさまとは、あの人が島巡りを始める頃とゼンリョク祭り、そして島巡りを終えてお祝いのお祭りをした時にお会いしたことがありましたね。

とても明るくて、気さくな方でしたが……わたしのコト、覚えていらっしゃるのでしょうか?

ヨウさんはおかあさまに、わたしのこと、話したことがあるのかな……?

そう考えると、なんだか恥ずかしくなって、家の目の前に立っているというのに、とっても緊張しました。

ここでモジモジしてても仕方ありません! みんなからもらった勇気で、チャイムを押すのです! えいっ!

ピンポーン

「はーい!」

ガチャッ

ママ「どちら様……あら、まあ! リーリエちゃん!」

リーリエ「あ、あの……お久しぶりです」ペコリ

ニャース「ぬにゃあ」

玄関から出てきたのは、あの頃と変わっていない――ヨウさんのおかあさまでした。ヘアバンド替わりにサングラスで茶色の髪を後ろに伸ばしていて、口元に明るい笑みをたたえています。

そばには他の地方でよく見る姿のニャースさんが、ひょこひょことやってきて、わたしに挨拶するように声を上げました。

35 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/06 16:22:24.91 NVCz4dhw0 32/233

ママ「久しぶりね~! ヨウからカントーに行ったって聞いたけど、いつごろ帰ってきたの?」

リーリエ「は、はい、えっと……昨日です」ドキドキ

ママ「あらそう。さぁせっかく来たんだから上がって、上がって!」

リーリエ「お邪魔します……」

おかあさまに連れられる形で、わたしは初めて、ヨウさんの家に上がりました。
……ヨウさんが見せる明るさは、きっとこの人に似たのでしょう。

家に上がって椅子に座らせていただくと、おかあさまは冷えたモーモーミルクを出してきました。

わたしの好きな飲み物……ひょっとしてヨウさんがおかあさまに教えたのかな、なんて思っていると、

ママ「あなたがカフェでよくモーモーミルクを飲んでいるってヨウから聞いたのだけれども……お口に合うかしら?」

リーリエ「あっ、はい! ありがとうございます!」

ママ「うふふ、あの子……島巡りが終わったら、よくあなたの話をしていたの。今でもよく覚えているわ~」

リーリエ「どんな話をなさっていたんですか?」

ママ「そうねぇ……方向音痴で色んな街に着いてはすぐ道に迷ったり、人に頼りっぱなしで振り回す場面が多い子だったって」

リーリエ「……」ガックリ

ヨウさん……そんな風にわたしを見ていたのですね。でも、よく道に迷っていたのは本当ですし、ヨウさんやハプウさんばかり頼っていたのも事実です。ヨウさんがいなければ、かあさまを助けられたかどうかも、分からなかったです。

こうして見ると、本当にわたしは情けない人間です。だからこそ、カントーに行って、トレーナーとして自分を鍛えてきたのですが……。

ママ「でもね、ヨウは口癖のように言ってたわ。それでも、あの子なりに目標を作って頑張ろうとしている、そばで応援してあげたいって」

リーリエ「!」

ママ「ヨウがあんなこと言うの、初めてだったからびっくりしちゃったわ。いつもポケモンのことばかり考えていたから、彼女もきっとポケモンじゃないかってヒヤヒヤしてところよ」

ママ「きっとあなたが、ヨウを変えてくれたのね」

リーリエ「そんな……わたしは何も」

36 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/06 16:23:19.05 NVCz4dhw0 33/233

ヨウさんがわたしを変えてくれたのに。

あの人がいなければ、わたしは、何もできず、かあさまの思惑通り、アローラがウルトラビーストさんに蹂躙されていくのを、自分の無力さに後悔しながら黙って見守っていたのかもしれません。

リーリエ「あの、おかあさま」

ママ「なあに?」

リーリエ「わたし……ヨウさんを探しているのです」

わたしはエーテルパラダイスでにいさまに話したように、ヨウさんのおかあさまに、自分は何のためにカントーへ行ったのか、夢に向かうヨウさんへの想いを明かしました。

リーリエ「もしもヨウさんが自分の夢の所為で苦しんでいるのなら、わたしは助けたい」

リーリエ「わたしは……ヨウさんと一緒に夢を追いたいのです。わたしは、あの人の支えになりたい……」

リーリエ「だからわたしは、ヨウさんを見つけたいのです」

わたしは、ヨウさんから渡された、大切な帽子をテーブルの上に置きました。

ママ「それって、ヨウが被っていた……」

リーリエ「はい……。ヨウさんから借りた……大事な帽子です。いつか立派なトレーナーになってアローラへ帰ってきたとき、わたしが渡したピッピ人形さんと引き換えにこの帽子を返す……それがあの人と交わした約束なのです」

ママ「まぁ、あの人形はあなたのだったのね」

ヨウさんのおかあさまは優しく微笑んでいました。

ママ「……ヨウは幸せ者ね。こんな健気な子が、そばにいてくれるなんて。ママ、ちょっと感動しちゃったわ」

リーリエ「あ、ありがとうございます」

37 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/06 16:24:23.86 NVCz4dhw0 34/233

ママ「でも、ごめんね。わたしもヨウがどこへ行ったか、分からないの。連絡もひとつもよこさないし……」

ママ「子供はいつか旅に出るものだけど、やっぱり子供が無事かどうか、心配しちゃうわよね」

リーリエ「そう、ですね。ヨウさんは一人でなんでも背負おうとする方ですから……」

リーリエ「あの……もしよろしければ、ヨウさんのお部屋、見させて頂けませんか?」

ママ「え?」キョトン

わたしのふいうちに、おかあさまは一瞬びっくりしたようでした。

リーリエ「えっと、ひょっとしたら、なにか手がかりがあると思って……」

ですが、私の言葉を聞いてすぐに笑顔に戻ると、

ママ「ふふっ、探偵さんみたいなことを言うのね。いいわよ、あの部屋がヨウの部屋よ」

と、おかあさまはひとつのドアを指さしました。
茶色のドアには『ヨウ』と書かれた札がピンで止められていて、あのドアの向こうにヨウさんのお部屋があることがひと目で分かります。

初めて入る、ヨウさんのお部屋。他人に見せたことのないプライベートな部分。

リーリエ「失礼……します」

38 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/06 16:25:16.65 NVCz4dhw0 35/233

恐る恐る、わたしは室内に入りました。そこで見たものは――。

広々とした部屋。

青いカーペット。

地球儀とノートパソコンが乗っている机。

テレビのそばに置いてある名前の知らないゲーム機器。

大きいベッド。

ピカチュウさんのぬいぐるみ。

ニャースさんに傷付けられたであろう、メタモンさんのぬいぐるみとポケじゃらし。

わたしが借した、ピッピ人形はありませんでした。

わたしはにいさま以外の男の子の部屋を覗いたことはないけれども、きっと、普通の男の子の部屋って、こういうものなのかもしれない。
そう思わせるほど、ヨウさんの部屋は、目立ったものが無かったのです。

これがヨウさんの部屋……。

ううん、これが全てじゃない。
あの人には、誰にも話していない秘密がある。

ヨウさんが、わたしにしか教えていない秘密が。

39 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 00:33:51.54 aN9NWr+b0 36/233

わたしはまず、最初に目に付いた机に近付くと、その引き出しを開けました。

一段目の引き出しの中にあったのは、ヨウさん手作りのポケモン図鑑のノートでした。

とても年季が入っていて、ぺらぺらとページをめくっていると、カントー地方のポケモンさんのスケッチと一緒に、身長や体重、生態や覚える技に至るまで、1ページ1ページ、びっしりと書き込んでいてびっくりしました。

きっとこれは、トレーナーになる前、ヨウさんがポケモンさんの観察をして、勉強をしていたのでしょう。

その下には『カントーのベッド感触記録』という厳重に鍵がかかった革の手帳を見つけました。

そういえば、ヨウさんは昔、ベッドにとってもこだわりがあると話していました。

きっとこれは、さっきのポケモン観察記録と同じ、様々なベッドの寝心地を確かめた記録帳、といったところでしょう。


これはこれで気になるのですが……今回のコトとは関係ないと思います。

二段目の引き出しを開けてみると、今度は『トレーナーアナライズノート』と書かれたノートを見つけました。

ページをめくってみると、ホウエン地方のチャンピオンを勤めていらしているダイゴさんやわたしが初めてジム戦をしたカントー地方のジムリーダーのカスミさんなど、有名トレーナーについて使用ポケモンの傾向から、戦術、そしてその対策まで事細かく分析していました。

その中で、わたしは2人のトレーナーに注目しました。

40 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 00:34:57.83 aN9NWr+b0 37/233

レッドさんと、グリーンさん。

2人とも、世界に名を馳せる伝説的なトレーナー。ヨウさんもこの2人に注目しているのか、他のトレーナーさん以上に徹底的な分析を行っていました。
特にレッドさん……この人に関しては、顔写真を赤丸で囲みながら、使用ポケモンから経歴に至るまで、びっしりと書き込んでいました

『レッド マサラタウン出身』

『10歳の誕生日にオーキド博士からピカチュウを貰い、マサラタウンから旅に出る』

『大企業シルフカンパニーを占拠していたロケット団を一掃』

『チャンピオングリーンのサンダースにピカチュウをぶつけ、最後は持久力が決め手となり、勝利』

『シロガネ山で長期間の修業中、ジョウト地方出身のトレーナーに敗北。その後、世界各地の大会に参戦する』

『イッシュ地方のホドモエシティで行われたPWTにグリーン以下カントーのジムリーダーと供に参加。各地のトレーナーを退け、レッドが優勝を収め、生ける伝説と讃えられる』

改めて、レッドさんの偉大さが伝わってくると同時に、彼を乗り越えることが、ポケモンマスターへの大きな一歩となるという彼の意志が、ひしひしと伝わってきました。

そこで、あることを思い出しました。
ポニ島には強いトレーナーさんが集まる、バトルツリーという施設があって、そこのバトルレジェンドとして、レッドさんとグリーンさんが呼ばれている……とにいさまから聞きました。

この事をヨウさんが見逃す訳ありません。

41 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 00:36:32.34 aN9NWr+b0 38/233

チャンピオンの座を守る一方でレッドさんとグリーンさんに挑むため、バトルツリーへ戦いに挑んでいるのは間違いありません。

きっと、ヨウさんはレッドさんとグリーンさんと戦って、彼らから強くなるためのコツか何かを聞いて、それを実践するため、アローラを去ったのかもしれません。

リーリエ「バトルツリー、そこに行けばきっと……」

バトルツリーに行けば、ヨウさんに会える手がかりがある。わたしはそう確信しました。これは大きな収穫です。

ノートを引き出しの中へ仕舞って、元の状態に戻すと、不意にクローゼットと思われる折戸が視界に映りました。

リーリエ「……」

あの中にあるもの……そこには、もしかしてヨウさんが言ってた――。
わたしは折戸に手を掛けるとそれを右にスライドさせました。

42 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 00:37:44.23 aN9NWr+b0 39/233

リーリエ「……!」

折戸の向こう側にあったのは、おおよそこの歳の子……ましてやヨウさんのような人はとっくに卒業しているであろう玩具の山でした。

ミニチュアの電車や車。

バスケットボール。

メタグロスさんのフィギュア。

ゲームのソフト。

アートパネル。

ポケモンさんが描かれた、キラキラ光るカードの入ったホルダー。

他にもたくさん……。

そのどれもが、キレイに飾られていました。

間違いありません。
ここがヨウさんにとって、絶対に触れられたくない秘密の場所。

そして、あの人がポケモンマスターになるためのもうひとつの大きな理由。

43 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 00:38:37.75 aN9NWr+b0 40/233

一見すれば、ヨウさんが小さい時、親に買ってもらったおもちゃを大事に取ってある空間かもしれません。
だけど、ここにあるおもちゃ全てが、元々ヨウさんのものではないのです。

全て、ヨウさんがカントーの友達から『勝ち取った』モノ――あの人が背負っているモノの象徴なのです。

それを知ったのは、ヨウさんがチャンピオンになって数週間が過ぎたある日のこと――。

44 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 00:41:38.41 aN9NWr+b0 41/233

わたしは、ウツロイドさんの毒からかあさまを助けるため、治療法がないか、アローラ中を奔走していました。

その日のわたしは、傷や状態異常を自ら治せる、しぜんかいふくの特性やじこさいせいの技を覚えられるポケモンさんから、毒の治療に応用できないかククイ博士にお話を聞いて、そこから得た情報をエーテルパラダイスに持って行こうと研究所を後にした時でした。

帰り道、わたしはリリィタウンに向かっていくヨウさんの姿を見つけました。

ヨウさんはチャンピオンの防衛、わたしはかあさまの治療法を探すので忙しく、殿堂入り後はお互い会うことも無かったのでした。

なので、久しぶりに姿を見てお話がしたくてわたしはヨウさんの後を追いかけました。

ですが、わたしに気付いていないのか……ヨウさんはグングン進んで、メレメレの花園へと足を踏み入れました。

お日様を浴びて、黄金色に輝く花畑の中で、ヨウさんはしばらく進んでいったかと思うと、身をかがめてどこかへと姿を消してしまいました。

わたしは一瞬ためらいました。

メレメレの花園は、凶暴ではありませんが、ポケモンさんが飛び出してくるからです。

島巡りを始めた時も、ほしぐもちゃんがバッグから飛び出して、遠くに行ってしまった時も、わたしは怖くて花園に足を踏み入れられず……結局、わたしを探しに来てくれたヨウさんが、代わりに行ってきてくれました。

45 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 00:42:32.70 aN9NWr+b0 42/233

でも、あの時のようにわたしは弱くありません。ゼンリョクの姿になって、強くなった――。

そう自分を鼓舞して、わたしはスプレーも使わず花畑を突き進んで行きました。ポケモンさんが襲って来るようなコトにならなかったのは幸いでした。

そして、ヨウさんがいなくなったところを調べてみると、まるで花や草に隠れるように、小さな抜け穴らしきものを見つけました。

リーリエ(こ、この中にヨウさんが入っていったの?)

こんな小さな穴、通れる自信が無かったのですが……なんとか通り抜けることに成功しました。

そこは、薄暗い洞窟でした。
ズバッドさんやディグダさんを避けて奥へ進んでいくと、目の前に澄んだ水を湛えた、湖が広がっていて、差し込んでいる陽の光が印象に残っています。

アローラは自然に富んでいる地方で、たくさんの美しい自然の風景もばっちり目に収めて来たつもりなのですが、光と影、そして水が織り成す神秘的な場所を目の当たりにして、「アローラにこんな美しい場所があったなんて」と感動を覚えました。

そしてヨウさんは、その湖を、水着姿でのんびり泳いで――というより、ぷかぷかと水に浮かんでリラックスしていました。

ヨウさんはすぐにわたしの気配を察したのか、わたしのいる方向へ振り向きました。

リーリエ『よ、ヨウさん。お久しぶりです』

ヨウ『リーリエ? どうしてここに?』

リーリエ『その、ヨウさんを見つけて、話しかけようとつい追いかけたらここに来て』

ヨウ『あーなるほどなぁ。いつかはバレると思ったけどね……』

ここは僕が見つけた秘密の場所なんだ、とヨウさんは洞窟を紹介するように片手を広げました。

46 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 00:44:17.23 aN9NWr+b0 43/233

ヨウ『静かでポケモンも少ないし、ゆっくり休めるんだ。どうだ、リーリエも水浴びで涼んでいかないか。気持ちいいぞぉ』

リーリエ『いえ……水着も持ってきていないので――』

バシャッ!

リーリエ『ひゃあ!』

ヨウ『ははは! 水も滴るいい女ってな!』

リーリエ『……』ポタポタ

リーリエ『ヨウさん! お気に入りの服なのに!』プンスカ!

ヨウ『服って汚れてなんぼのもんだろ?』

リーリエ『ひどいです! ひどすぎますっ!』

わたしは怒りのままリュックを投げ捨てると、ヨウさんに逆襲するために、着の身着のまま湖に入り込んで、ヨウさんに突撃しました。

リーリエ『服を台無しにして! 許さないですっ!』バシャッ!

ヨウ『おおっ、ドサイドンに負けない勢いだ!』バシャッ!

そうやって互いに水を掛け合っていると怒りで昂ぶっていた気分が、冷水と疲れでどんどん落ち着いてきて、最後はふざけあうような形になって、収まりました。

ヨウ『……』

リーリエ『……』

ヨウ『……ふっ』

リーリエ『ふふふっ!』

ずぶ濡れになっているわたしたちの姿はなんだか間抜けに見えて、おかしくって揃って大きな笑い声をあげちゃいました。こんなこと、初めてです。

リーリエ『もうっ、ホントにひどいです。ヨウさん』

ヨウ『悪かったよ……僕の服でよければ貸してあげるから、乾くまで着てなよ』

リーリエ『……着替えてるとこ、覗かないでくださいね』

ヨウ『見ないよ』

47 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 00:49:10.62 aN9NWr+b0 44/233

湖から上がると、わたしはヨウさんのリュックからタオルと上着、ズボンを出すと、身体を拭いてそれに着替えました。

ヨウさんがいつも着ている青と白のストライプ模様のシャツに袖を通すと、不思議な香りと暖かさを感じました。

まるでヨウさんに直接肌の上から抱きしめられているような感覚がして――身体の芯から熱くなってきて、落ち着かないです。

わたしは自分の服が乾くのを待ちながら、その場でしゃがみながらヨウさんが湖を泳いでいるのを眺めることにしました。

一度水の中に潜り込んだヨウさんが出てくると、そこであることに気がつきました。

彼の右脇腹……そこに、何かで殴られたような痛々しい痣が残っていたのです。

リーリエ『ヨウさんっ、その痣は?!』

ヨウ『ん? あぁ、これか』

わたしの血相を抱えている様子とは逆に、ヨウさんはそういえばそんなものがあった、というふうに傷跡を眺めました。

リーリエ『なにがあったのですか?』

ヨウ『……みんなには内緒にしてくれないか?』

そう言いながら、ヨウさんは痣の秘密を明かしてくれました。

実はアーカラ島のオハナタウンにある牧場で、ケンタロスやミルタンク、育てているポケモンさんの世話をするお仕事を募集しているのを、ヨウさんはたまたま育て屋にポケモンさんを預けていたところ、その旨が書かれた張り紙が壁に貼られていたのを見たそうです。

ヨウさんはこっそり自分の素性を隠しながら、その仕事に応募したそうです。もちろん、ヨウさんにはポケモンさんに関する知識と経験をたくさん持っていますから、すぐに採用されました。

当初は順調にケンタロスたちのお世話をしていたのですが、しばらく経ったある日、気性が荒いケンタロスが暴れまわって、ひとりの育て屋の職員さんとミルタンクさんが襲われそうになったところ、その人たちを庇って、ヨウさんはケンタロスに撥ねられたのです。

幸い、大きな怪我はせずに済んだのですが、ケンタロスに突かれた箇所がちょうどヨウさんの脇腹で……。

その時に出来た痣だ、とヨウさんは語り終えました。

リーリエ『ヨウさんはチャンピオンなのに、そんな危ないこと、する必要が……』

ヨウ『金さ』

リーリエ『お金……?』

48 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 00:51:05.75 aN9NWr+b0 45/233

ヨウ『そう。ポケモンってのはね、エサやきのみだけじゃない――金もたくさん食べるんだよ。ポケモンを育成させたり、捕獲するためのボールやきずぐすりと言った道具を揃えたり、食べさせるものを買ったり……どれもタダじゃない』

ヨウ『チャンピオンという立場になれば、僕を王者の座から下ろそうと強いトレーナーたちがやってくる。彼らに対抗するためには、様々なポケモンを育てなきゃいけない。僕のパーティーは、もっと大きくなる必要があるんだ』

ヨウ『そのためには、たくさんの金がいるんだよ』

ヨウ『だから、育て屋の手伝いだけじゃない。予定が入っていないときは、スーパーやホテルしおさい、あとはナマコブシ投げでアルバイトをしたり、高い報酬と引き換えに人に言えないような仕事もやったよ』

リーリエ『でも、チャンピオンになれば、きっとポケモンリーグやスポンサーから補助金が……』

ヨウ『育成する身からすれば、大した額じゃないさ。あくまでチャンピオンは地方の代表トレーナー。言い換えれば、都合のいい広告塔みたいなものだよ。一応、それに甘んじることは出来るには出来るけど、それでも金が足りないから育成に大きな時間がかかってしまう。それじゃあ挑戦者には勝てない』

リーリエ『そんな……それならトレーナーさんと戦えば賞金が……』

ヨウ『強くなれば名前が知れ渡る。特に初代アローラ地方のチャンピオンとなればね。僕と戦いたがるトレーナーはいるにはいるけど、外に出て勝負を挑もうとしても僕と目を合わせようとすれば、大半は逃げ出すトレーナーばかりなんだよ。相手にしてくれるのは、ポケモンリーグにやってくるトレーナーたちだけ』

ヨウ『好きに稼ごうにも稼げないって話しさ』

リーリエ『だから、ヨウさんはそんな危ない仕事を掛け持って……傷だらけになるほどの無茶を?』

ヨウ『そうだ』

ヨウ『それに、こんな傷……大したものじゃないさ。ポケモン(あいつら)が勝負で受ける傷や、僕への挑戦者が失うものの程度に比べちゃあ、ね』

リーリエ『挑戦者が失うもの……?』

ヨウ『……夢、だよ』

リーリエ『夢?』

49 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 00:53:54.73 aN9NWr+b0 46/233

ヨウ『島巡りしてたとき、君が、ポケモンが傷つくのを見ていられないって言ったとき……僕は、トレーナーがポケモンと供に夢を賭けて勝負をしていると言ったのを覚えてるか?』

リーリエ『……はい』

ヨウ『僕に挑んでくるトレーナー達は、みんなチャンピオンになるため、さらにその先にある夢を抱えている人がほとんどだ』

ヨウ『ハウやハプウ、グラジオのように僕に勝つことが、夢を叶える上でひとつのプロセスになっている人にとっては、程よい壁になってるだろうね』

ヨウ『だけど……チャンピオンそのものになる人達にとっては、アローラの過酷な試練を終え、四天王という厚い壁を乗り越えて、最後の最後……僕に戦いを挑んでくる』

ヨウ『「ここまで来たら、必ず勝てる」「必ず勝って、チャンピオンになってやる」、そういう想いを抱えて来ている』

ヨウ『そしてチャンピオンである僕は、その人たちの希望と夢を奪っているんだ』

ヨウ『そのまま諦めないで再挑戦出来る人たちはまだいいさ。また別の道がある人も同様にね。だけど、夢が叶う直前で道が閉ざされたことで生まれる悔しさが、時には人の心を折ってしまうこともあるんだよ』

ヨウ『スカル団なんか、まさにそういう人たちの集まりだったじゃないか』

リーリエ『……!』

以前、ウラウラ島で、しまキングのクチナシさんのもとで修行しているプルメリさんと再会したとき、スカル団の団員は試練や大試練を受けても達成できず、そのまま脱落していった人たちで構成されている、という話を聞きました。

プルメリさんもその一人で、グズマさんに至っては、キャプテンになりたくて努力してもついにハラさんに認められなかったそうです。

ヨウ『根気が足りない、心が弱い、折り合いがつけられない、それで言い切ってしまえば楽なものだよ』

ヨウ『だけどね、夢が生きる上でどれだけ大事なものか知っている僕にとっては、そういう人たちの気持ちが痛いほど分かるんだ。どれだけその夢にゼンリョクをかけてきたのか、そしてその夢がぶち壊されたら、人はどうなってしまうか――』

ヨウ『そして、大切なものを取られたらどうなってしまうのかも』

50 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 00:56:19.51 aN9NWr+b0 47/233

ヨウ『勝ってしまった僕に出来ることはただひとつ。夢が潰れてしまった人たちの思いも背負って、これからも勝ち続けるしかないんだ』

ヨウ『だから、自分だけチャンピオンの椅子に座ってのうのうとしていられるほど、俺の目指す夢は軽いものじゃないんだ』

リーリエ『ヨウさん……』

ヨウさんは、まるでわたしではなく、自分に言い聞かせているように言葉を次々と紡いでいる。
そのうちだんだん、声に激しい感情がこもっていきました。

ヨウ『子供の頃にも、似たような経験をしたよ』

ヨウ『七歳くらいの時、ポケモンを戦わせるシミュレーションのゲームが流行っててね、僕の生まれ故郷では、おもちゃを賭けて対戦して、相手のポケモンを全滅させたら賭けたおもちゃを手に入れるルールが、友達たちの間であったんだ』

ヨウ『僕は街の中でも強かったよ。文字通り向かうところ敵なしで、友達は自分のプライドと大切なおもちゃを賭けてして、僕はそれを勝ち取ってきたんだ』

ヨウ『だが、僕は一度負けたことがあってね……。その時、僕の大切なものを取られたことがあったんだ』

ヨウ『なんとか取り返すことは出来たけれども……。その間、僕はそれを取り戻したくて、必死にゲームをやりこんだ』

ヨウ『逆におもちゃが僕の手に渡るとき、あいつらの悔しそうな顔や、無力な自分を呪う表情が、今でも忘れられない』

リーリエ『それなら、おもちゃを返してあげれば……』

ヨウ『ああ、返してやったこともあったさ。だけど、情けをかけて、あいつらに残された、プライドを傷つけたこともあったんだ。きっと僕も、負けた上で返されたら同じような気持ちになっただろうな』

ヨウ『本当の意味で大切なものを取り返すには、僕に勝つしかないんだ』

ヨウ『くくく……いいお笑い種だ。勝負に勝つことでたくさんの夢を踏み潰して、自分の夢の糧にしてきているのに。僕はいつも、負けてしまった人たちのことばかり考えている』

ヨウさんはわたしに背中を向けたまま、身体を震わせると、握っている拳から血が滲んで、湖に溶けているのが見えました。

51 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 00:58:15.84 aN9NWr+b0 48/233

リーリエ『ヨウさん、血が……』フルフル

ヨウ『ポケモンマスターへの道は、決して映画や小説のように輝かしいものじゃない。薄汚れた道だ』

ヨウ『オレ達は周りの期待だけじゃない。踏み潰したトレーナーたちの夢と希望の残骸とポケモンたちの期待を背負って、前へ進んでいくしかないんだ』

ヨウ『だから、今でも友達たちから賭けで手に入れたおもちゃも、自分の部屋のクローゼットに飾ってあるんだ。手入れをするのが日課になるほど、大事にしている。あいつらがどれだけ、あのおもちゃに誇りと想いを乗せてきたか、知ってるからな』

リーリエ『お願い、やめて……』

ヨウ『諦めてしまえば、俺が勝ち取ったもの、背負ってきたもの全てが無駄になってしまう。そんなことになるのはイヤだ』

ヨウ『だから僕は諦めるわけにはいかない。絶対になってやるんだ! 幼い頃から憧れたポケモンマスターに……!』

ヨウ『オレはっ、負けるわけにはいかない。負けられないんだよ! 僕が大切なものを奪ってしまったあいつらのためにも!』

リーリエ『ヨウさんっ!』

52 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 00:59:19.08 aN9NWr+b0 49/233

バシャッ!
ギュウウッ!

自分で自分を傷つけているように見えて、わたしはたまらず湖へ駆け出して、ヨウさんの背中を強く抱きしめました。

ヨウさんの背中は、震えていました。

あのヨウさんが、こんなに震えて。
強くて優しいヨウさんが、こんなに。

リーリエ『お願い……これ以上、自分を傷付けないで』

ヨウ『……』

リーリエ『ヨウさん……あなたは一人じゃありません』

リーリエ『あなたには、ガオガエンさんたちがいます! ハウさんがいます! ククイ博士も、ハラさんも、しまキングの方々もキャプテンの方々もいます!』

リーリエ『そしてわたしもいます!』

リーリエ『だから……ひとりで背負わないでください。そんなことをしたら……いつかあなたは……押しつぶされちゃう……』

ヨウ『そんなこと、ずっと前から分かってるよ』

リーリエ『――ッ!!』

優しくわたしから身体を離したヨウさんが、こっちへ振り返った瞬間、わたしは背筋が凍りつきました。

ヨウさんの表情は、完全に消えていました。昔のわたしを見ているように、空っぽで虚ろげで、疲れきっていて、今にも崩れて消えてしまいそうなほどに、乾ききっていて――。
本当に目の前にいる人が、ヨウさんとは思えない程、変わり果てていました。

ヨウ『でもね……ハウも博士も、アローラのみんなが、僕に期待を寄せてくれているんだ』

ヨウ『そんな人たちに、こんな情けない姿を見せて失望させるわけにはいかな――っ!』

気が付けば、わたしはヨウさんの両頬を掴んで唇を重ねていました。

53 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 01:00:39.15 aN9NWr+b0 50/233

これ以上、壊れかけたヨウさんを見ていられなかった。
自分のぬくもりと想いを分けてあげなきゃ、この人はきっと倒れてしまう……。すると自然に、身体が動いていました。

唇を離して、ヨウさんと視線を合わせると、さっきまでの虚ろげな表情は消えて、目をまん丸にしてびっくりしていました。

リーリエ『なら……みんなに見せなくていいです。だから……あなたが背負っているもの、少しでもいいから、わたしにください……』

ヨウ『……リーリエ』

再びわたしは、ヨウさんに寄り添うと、再び唇を重ね合いました。今度はかあさまに隠れてこっそり見た映画のラブシーンのように、互いを離さないように抱きしめ合って、何度も何度もお互いの名前を呼び合って、激しいキスを繰り返しました。

その時のわたしたちは、ひとつの太陽のようでした。唇だけでなく、心も重ねて、お互いを求めて、埋め合った……。

頭の中がヨウさんに対する欲望で満たされていく中、わたしはこう思ったのです。

ヨウさんは、強くなければいけない人だ、と。

大きな夢を抱えていればいるほど、背負っているものも比例して大きいことを、悟りました。

それだけじゃなくって、ヨウさんは優しいから、負けていってしまった人達の事も考えてしまって……。だから、ヨウさんはずっと、背負っているものに耐え抜いている。ヨウさんの心は、そのせいでボロボロになっているんです。

……かつて、かあさまの操り人形だった、わたし以上に。

ヨウさんと愛し合っていくうちに、ひとつの夢が生まれて、心に秘めました。

わたしは、ヨウさんにとって、必要な全てになりたい。

55 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 10:47:06.85 aN9NWr+b0 51/233

夢のようなひと時を過ごして、ようやく熱が冷めると、ヨウさんは唇も密着していた身体もわたしから離れて、岸に上がってため息をつきました。

ヨウ『どうしてなんだろうな……』

リーリエ『え?』

ヨウ『リーリエが初めてだ』

ヨウ『よりにもよって、君に……』

ヨウ『僕はどうかしてるな……』

リーリエ『どういう……ことですか?』

ヨウ『んー? こんな、キスとか恋とか、したことがないからびっくりしただけだよ』

ヨウ『それにしてもリーリエって、意外と肉食系なんだな』クックックッ

リーリエ『か、からかわないでくださいっ。わたしだって、恥ずかしいんですから!』カアッ

ヨウ『……ありがとう』

リーリエ『……うぇ?』キョトン

ヨウさんは再び湖に入ってわたしに近付くと、今度はヨウさんから、わたしの頬に軽くキスして、優しく抱きしめてくれました。

ヨウ『僕のこと……聞いてくれて。嬉しいよ。ここまで自分のこと、話したのは君が初めてだ』

リーリエ『……』

わたしも、嬉しかった……。ヨウさんがわたしに、他の誰にも見せなかった弱さを見せてくれたことが。

わたしが、ヨウさんの特別になれたことが、嬉しかった。

あの人の心の中にわたしがいて……いつもわたしの手の届く場所に居てくれる。そんな気さえします。

こうしてヨウさんが認めてくれただけで、わたしは、自分の心臓が動いて、生きていることを実感します。

ヨウ『フッ、僕の服も濡れちゃったな』

リーリエ『あ……』

それからわたしたちは、時間があるとき、逢瀬を重ねてほしぐもちゃんと散歩したり、手を握ったり、一緒にマラサダを食べたり、海へ海水浴に行ったり、二人で抱き合ってキスして心の疲れを慰め合ったり……。

ほしぐもちゃんも、わたしたちの仲を応援するように嬉しそうに寄り添ってくれたこともありました。

……わたしにとって、この時がアローラに来て、一番幸せな時間でした。

どんなことも、ふたりで一緒に楽しみたい。
ヨウさんとわたしだけの世界が、たまらなく愛おしかった……。

56 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 10:50:34.77 aN9NWr+b0 52/233

リーリエ「……」

ヨウさん、あなたはまた一人で全部背負って、遠くへ行くつもりですか? わたしを置いて。
一緒に背負ってあげるって、言ったのに。どうしてわたしから離れようとするの?

リーリエ「絶対にあなたを見つけます。絶対に……!」

あの人を放っておくわけにはいかない。なにがなんでも、わたしのもとに取り戻してみせる。
そう心に誓うと供に、わたしの中では、知らず知らずのうちにほの暗い感情が渦巻いていました。

57 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 14:27:42.65 aN9NWr+b0 53/233

ヨウさんのおかあさまにお礼を言って家を出ると、すぐにメレメレ島を後にしてエーテルパラダイスに戻りました。
わたしはさっそくにいさまに、ヨウさんの家で得た手がかりを話しました。

グラジオ「なるほど……バトルレジェンドか。盲点だったな」

リーリエ「はい、ですが、わたしの実力でレジェンドに会えるかどうか……」

グラジオ「無理だな……オレですら、会ったのは一度だけだ」

レジェンドと戦うためには、ツリーにいるトレーナーたちと戦って、最低でも20連勝しなければいけません。

この類の施設にいるトレーナーたちは、チャンピオンですら気を抜けば敗北してしまうほど強い人ばかり……わたしの手持ちで、レッドさんたちに会うのはとても困難です……。トレーナーとして腕の立つにいさまですら、一度しかお会いしていないのですから。

グラジオ「……だが、それはあくまで勝負の世界での話だ。プライベートなら、また違ってくるだろう」

リーリエ「!」

グラジオ「一応、アポイントメントは取ってみるつもりだ。それでレジェンドから返信が来たらそれで良し、ダメだったら別の手段を考えるしかない」

リーリエ「本当ですか?」

グラジオ「喜ぶのはまだ早い。まずは向こうから返事が来るのを祈っているんだな」

にいさまはあくまで素っ気なく言ってきますが、わたしがヨウさんとの約束を果たすために動いてくれるのが嬉しくて、心の中で深く感謝しました。

58 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 14:29:16.10 aN9NWr+b0 54/233

その翌日。

グラジオ「リーリエ、返信が来た」

そう言ってにいさまは、レッドさんとグリーンさんから送られたメッセージについて語ってくれました。

グラジオ「ポニの花園、そこに夕方オレと一緒に来て欲しい、だとよ。今すぐ準備するぞ」

リーリエ「にいさまもですか?」

グラジオ「理由はわからんがな。向こうも何か意図があってオレを呼んだのだろう」

すぐにわたしたちはエーテルパラダイスからポニ島へ船を使って移動すると、まっすぐ海の民の村からポニの花園へと向かいました。
途中、ポニの古道に差し掛かると、ハプウさんの家が見えました。ハプウさんとバンバドロさん、元気にしているかな……なんて思っていると、

バンバドロ「ムヒイウン!」

ハプウ「おお、リーリエではないか!」

畑仕事をしていたハプウさんとバンバドロさんがわたしたちに気付いて、走り寄ってきました。

リーリエ「お久しぶりです。ハプウさん、バンバドロさん」

ハプウ「風の噂でお前がアローラに戻ってきたと聞いたが、本当だったとはな」

ハプウ「帰ってきたリーリエ……お帰リーリエ、じゃな!」

リーリエ「ふふっ、そうですね!」

ハプウ「ところで……お主らはなにやらただならぬ様子じゃが、急ぎの用事でもあるのか?」

リーリエ「……実は」

わたしはハプウさんに事情を説明しました。ヨウさんを探していること、そしてヨウさんの行方を知っているであろうバトルツリーのレジェンドに会いに行く途中であることを、かいつまんで説明しました。

ハプウ「そうか……ヨウを探す手がかりを求め、レジェンドを訪ねに来たのか」

リーリエ「ハプウさんは、なにかヨウさんについてご存知ですか」

ハプウ「いや、わらわもあやつの行方は分からん……。まったく、みなを心配させおって」

ハプウ「だが、リーリエの言った通り、あやつはよくバトルツリーに通ってたな。レジェンドと何度も手合わせしていただけでなく、意見交換をしているのも見かけた。あやつらならヨウがどこへ行ったか、知っている可能性はあるな」

グラジオ「ついでに教えてくれるとありがたいが、ポニの花園はどの方角に行けばあるんだ?」

ハプウ「うむ、ポニの花園は大峡谷への道に入らず、そのまま北東へ進んで行けばポニの広野に出る。そこから今度は海沿いではなく、北に進んでいけば花園にたどり着くじゃろう」

リーリエ「ありがとうございます、ハプウさん!」

ハプウ「いやいや、こっちこそ急いでいるところを引き止めてしまって悪かったな。いずれゆっくり話でもしようぞ。カントーでのお主の活躍、聞きたいしな」

リーリエ「はい!」

59 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 15:22:30.57 aN9NWr+b0 55/233

ハプウさんとバンバドロさんに見送られながら、わたしたちはまずポニの広野に向けて歩き出しました。

グラジオ「リーリエの友達、か」

今までわたしとハプウさんのやりとりを見ていたにいさまが、ふと呟きました。

リーリエ「どうかしましたか?」

グラジオ「フッ……なんでもないさ。さぁ行こう」

ハプウさんが示してくれた道順に進んでいくと、やがてポニの花園に到着しました。

最初、ポニの花園と聞いたときはメレメレの花園のようにたくさんの花が絨毯のように地面に広がっているものと思っていたのですが、その予想を裏切るような光景が広がっていました。

ポニの花園は、地面に花が咲いていない代わりに、頭上に藤の花によく似た花が、巨木の枝からぶら下がるように咲き乱れていて、独特の雰囲気を醸し出しています。

そして、草むらの真ん中でふたりの男の人たちが、わたしたちを待ち受けていました。

???「ボンジュール!」

???「…………」

オレンジ色の髪の方が、軽快にわたしたちに挨拶をしました。一方で赤い帽子を被った人は、無言のままこちらを静かに見据えています。

グラジオ「久しぶり、だな」

???「ああ、君のことは覚えているぜ。あんな自在にタイプを変えられる不思議なポケモン、忘れられるわけないからな」

???「そして、君がリーリエ、だね?」

リーリエ「あ、はじめまして……わたしがリーリエです」

2人の迫力に圧されて、緊張しながらわたしは頭を下げて目の前のトレーナーに挨拶をしました。
そう、この人たちがバトルレジェンド……グリーンさんと、レッドさんです。

60 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 15:29:10.50 aN9NWr+b0 56/233

グリーン「話はグラジオから全部聞いている。ヨウを探しているんだろ?」

リーリエ「はい! そ、それで……ヨウさんとの約束を果たすため、あの人を探しているのです。どこへ行ったか、ご存知ありませんか?」

レッド「…………」

グリーン「……」コクン

レッドさんとグリーンさんは一度、お互いに目を合わせて何かのやりとりをした後、再びわたしの方を見て、

グリーン「知ってるぜ。あいつがどこへ行ったのか」

リーリエ「ほっ、本当ですか?!」

やっと見つけた! やっぱり、レッドさんとグリーンさんたちが、ヨウさんの居場所を知っているのですね!
よかった……これでヨウさんを探しに行ける!

リーリエ「どうぞお願いします! ヨウさんがどこへ行ったか教えてください! わたしは、ヨウさんに会わなきゃいけないのです!」

グリーン「ああ、いいぜ」

ただし、とグリーンさんはわたしの目の前で人差し指を立てました。

グリーン「ここにいるレッドと、戦ってくれたらな」

レッド「…………」

リーリエ「レッドさんと、ですか?」

わたしは戸惑いを隠せませんでした。
いきなり、生ける伝説と呼ばれるトレーナーのレッドさんと戦うなんて。

グラジオ「何故そんな回りくどいことをする?」

グリーン「ま、テストみたいなもんさ。君がどれだけ本気で、ヨウを探したいか、その気持ちの強さを試させてもらうぜ」

グリーン「もちろん、それだけじゃない。ヨウが行った場所は凶暴なポケモンたちが闊歩する危険地帯! 軽々しく人に教えて行かせられるようなところじゃないんだ」

61 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 15:30:13.66 aN9NWr+b0 57/233

グリーン「とは言っても、そっちも急いでいるんだろ? だから、出すポケモンは一匹のみ。ジム戦のようにトレーナーによる道具の使用は無しだ」

リーリエ「……もし、負けてしまったら?」

グリーン「トレーナーは、負けたときのことなんて考えないもんだぜ」

リーリエ「……」

考える余地はありませんでした。
これが、ヨウさんへ続くたったひとつの希望。ここまで来て、それを失うわけにはいきません。

絶対に勝ってみせます!

リーリエ「分かりました。戦います!」

グリーン「おっ、いい目つきになったじゃないか」

レッド「…………!」スッ

グリーン「よーし、どっちも準備はいいか?」

グラジオ「まさか……こんなことになるとはな」

リーリエ「よろしくお願いします!」スッ

レッド「…………!」

62 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 18:48:21.57 aN9NWr+b0 58/233




ポケモントレーナーの レッドが
勝負を しかけてきた!



63 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 18:49:47.18 aN9NWr+b0 59/233

※戦闘の内容や技の構成や覚えている技の数などは適当なので、目をつむっていただくとありがたいです


レッド「…………!」ヒョイッ!

ピカチュウ「ピッカァ!!」ポンッ

レッドさんの出したポケモンは、ピカチュウさん。
マサラタウンから旅立つ際、オーキド博士から渡された最初のポケモンさんで、それからずっとレッドさんのエースとして活躍してきたポケモンさんでもあります。

わたしが全ての想いをぶつけるために出すポケモンさんは、この子しかいません。

リーリエ「お願い! ほしぐもちゃん!」ヒョイッ!

ソルガレオ「ラリオーナッ!」ポンッ

わたしとヨウさんとずっと旅してきたほしぐもちゃんがボールから飛び出して、咆哮を上げました。わたしの気持ちを読み取っているのか、力強さが伝わってきます。

レッド「…………!」

グリーン「あれがアローラに伝わる伝説のポケモンか! 初めて見るが、カントーの伝説のポケモンに負けない迫力だぜっ!」

ピカチュウ「ピッカァ~ッ!」バチバチバチッ

ソルガレオ「ラリオォッ!」

ピカチュウさんもほしぐもちゃんも、お互いの力を感じ取っているのか、闘争心をむきだしにしながらわたしたちの指示を待っています。

64 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 18:51:05.15 aN9NWr+b0 60/233

レッド「……!」

リーリエ「ほしぐもちゃん、コスモパワーです!」

ピカチュウ「ピカッ!」ダッ!

ほしぐもちゃんが宇宙のパワーを浴びて守りを固めるより先にピカチュウさんが動くと、目の前で両手を叩きました。

ピカチュウ「ピカッ!」バチンッ!

ソルガレオ「ラリオッ!?」ビクッ

ねこだましでほしぐもちゃんが怯んだ隙に、素早くレッドさんが指示を飛ばします。

レッド「……!」

ピカチュウ「ピーカッ……ヂュウウッ!!」バチチチッ

ソルガレオ「オオオオッ!?」ビリビリビリッ

リーリエ「ほしぐもちゃん……耐えてっ!」

ピカチュウさんの10まんボルトが降り注ぐ中、ほしぐもちゃんは全身を奮って電流を振り払うと、炎をまとい始めました。

ソルガレオ「ラリオーナ!」ゴウッ!!

リーリエ「ほしぐもちゃん! ニトロチャージです!」

ソルガレオ「ラリオ!」

そのまま炎をまとったまま、ほしぐもちゃんはピカチュウさんへと突っこんでいきます! ニトロチャージはすばやさを上げつつ、相手に攻撃する技。これならピカチュウさんにも――。

レッド「……!」

ピカチュウ「ピッ!」フッ

リーリエ「ピカチュウさんの姿が――」

グラジオ「消えた、だと?」

65 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 18:51:59.80 aN9NWr+b0 61/233

わたしたちが唖然としていると、ほしぐもちゃんの隣にピカチュウさんが現れて、そのまま突進してきました。そのままピカチュウさんの攻撃が横っ腹に直撃したせいで、ほしぐもちゃんは大きく体勢を崩してしまいました。

グラジオ「今のはでんこうせっかの威力じゃないな? しんそくか?」

グリーン「よく見抜けたな。その通りさ」

グラジオ「ほう……攻撃を当てさせる気はないってことか」

レッド「……!」

ピカチュウ「ピカァァッ!」

ピカチュウさんが声を上げると、ほしぐもちゃんの頭上に黒い雲が現れて、かみなりを落としました。

ゴロゴロゴロ
ピカッ!

ソルガレオ「ラリォォッ!」ビリビリビリ!!

リーリエ「ほしぐもちゃんっ!」

身体のところどころに黒煙を立ち上らせながらも、ふらふらとほしぐもちゃんは立ち上がりました。ですが、体力も大きく減ったのが目に見えてわかります。

グラジオ「マズイな……このままじゃ、何もできずに負けちまう」

リーリエ「そんな……」

ここで負けてしまったら、ヨウさんが遠くなってしまう。
だけど……強すぎる。レッドさんのエースだけあって、とんでもない強さを誇っています。

66 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 18:52:57.71 aN9NWr+b0 62/233

レッド「……」

突然、レッドさんがわたしと目を合わせてきました。
帽子の影から見える、鋭い茶色の視線は、わたしの心の奥底まで見透かし、ひとつの問いかけをしているように見えました。

――君の力はそこまでか。こんな攻撃で負けてしまうほど、脆いものなのか?

その時、目が覚めたような感覚になりました。

諦めるなんて選択肢は、今のわたしにはありません。だって、大切な人との約束を果たして、ずっと一緒にいたいから。

そのためだったら、悪魔に魂を売る覚悟でここまで頑張ってきたのです。

だから、負けるわけにはいきません!

リーリエ「……」スッ

グラジオ「あの帽子は……」

わたしはヨウさんの帽子を取り出すと、それを静かに被りました。

カントー地方にいた頃、トレーナーさんとの勝負でこれを被っていると、自然と頭が冴えて、ポケモンさんたちに適切な判断を下せるようになったことが何回かありました。

もちろん、ヨウさんが被っていた以外はただの帽子なのでそういった力はないのですが……わたしにとっては命より大事なお守りです。

どうしたらピカチュウさんを倒せるか、思考を張り巡らせていると、蘇ってきたのは島巡りをしている最中、ポケモンセンターのカフェスペースで、トレーナーに興味を持ちつつあったわたしに、ヨウさんがポケモンさんについて色々教えてくれた時の会話でした。

ヨウ『一番戦いやすいタイプは、「やられる前にやる」っていうタイプだね』

リーリエ『やられる前にやる……ですか?』

ヨウ『ああ。スピードとパワーでものを言わせて、相手の攻撃を通す間もなく体力を削りきる戦法ってところだな』

ヨウ『攻撃は最大の防御を地で行くやり方だ。だけど、弱点もないわけじゃない』

ヨウ『スピードがあるって言うことは、それだけ守りは薄いんだ。それに、攻撃しつつスピードを出していれば、いつかスタミナ切れを起こす』

ヨウ『だから、攻撃に耐え抜けば、いずれ反撃できるチャンスが見つかるってコトさ。そこを突けば、大きなダメージを与えられる。素早いやつっていうのは、案外脆い奴が多いんだ』

リーリエ「……!」

67 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 18:53:53.27 aN9NWr+b0 63/233

ここでわたしはひとつのことを思い出しました。

ピカチュウさんは、あくまで進化前のポケモンさんなので、どうしても種族としての力不足が目立ってしまいます。

でんきだまで火力を補うことは可能ですが、どうしても守りに関しては手薄になってしまいます。

ですから、レッドさんのピカチュウさんは、攻撃を当てられる前にこうやって素早さと火力で押し切ることで守りをカバーしているのでしょう。

レッドさんのエースであることに気を取られていて、すっかり忘れていました。戦っている最中だけでも思い出せたのが幸いでした。

リーリエ「ほしぐもちゃん! もう一度コスモパワーで守りを固めて!」

ソルガレオ「ラリオ!」パァァッ

もうさっきのようにねこだましで、ほしぐもちゃんを止めることは出来ません。
すぐさまほしぐもちゃんは、大空から光を吸収していきます。

レッド「……!」

ピカチュウ「ピカ!」

レッドさんもわたしの意図を読み取ったようで、すぐにピカチュウさんへ指示を送ります。

ピカチュウ「ヂュウウッ!」バチチチッ

ソルガレオ「……!!」

それでも、ピカチュウさんの10まんボルトを浴びながらも、どんどんほしぐもちゃんは星の力を溜めて守りを固めていきます。

リーリエ「その調子です! もっと、もっと! 頑張って!」

レッド「……!」

68 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 18:55:16.94 aN9NWr+b0 64/233

最初は大きなダメージを与えていた10まんボルトも、コスモパワーで守りを固めたおかげで、どんどん攻撃が通らなくなってきました。
次第にピカチュウさんにも、息が切れて来ました。

ピカチュウ「ピッ……ピカッ!」ゼェゼェ

レッド「……!」

ピカチュウ「ピカ……ッ!」グッ

レッドさんから命令を受けた一瞬、動きが鈍くなりました。わたしはそれを見逃しませんでした。

リーリエ「今です! ほしぐもちゃん! しねんのずつきですっ!」

ソルガレオ「ラリオーナ!」ダッ!

ほしぐもちゃんは素早く飛び出すと、一直線にピカチュウさんに向けて頭突きを放つと、そのままピカチュウさんの身体が宙に飛ばされました。

ドカッ!

ピカチュウ「ピカーッ!!」

レッド「……!」

グリーン「おっ……」

グラジオ「攻撃を当てた……!」

リーリエ(このまま一気に押し切りますっ!)

リーリエ「ほしぐもちゃん! メテオドライブ!」

ソルガレオ「ラリオーナッ!!」

ほしぐもちゃんの額に目のような模様が浮かび上がると、空高く飛び上がり、巨大な火の玉で覆われました。
そしてそのまま、一直線にレッドさんのピカチュウさんへ突進します。

レッド「……!」

ピカチュウ「ピーカッ……ヂュウウウウッ!!」

すると、ほしぐもちゃんのメテオドライブに対抗するように、ピカチュウさんも電気が走る青い光の玉に覆われていきます。あれは、ピカチュウさんが使える大技、ボルテッカーです。

そして、ピカチュウさんも跳躍して、落ちてくるほしぐもちゃんと、真っ向からぶつかり合いました。

ソルガレオ「ラリオォォォォッ!」ゴゴゴゴゴ!

ピカチュウ「ピカァァァァァッ!」バチチチチッ!

ドッカァァァン!!

レッド「!」

リーリエ「きゃあ!」

拮抗した二匹の力がぶつかりあった結果、周りを巻き込む大爆発が起こりました。その衝撃波で、花びらが散るだけでなく、わたしもふっとばされてしまいました。

グリーン「うおおっ!?」

グラジオ「どうなったんだ?」

69 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 18:57:22.02 aN9NWr+b0 65/233

リーリエ「……ほしぐもちゃんっ!」

煙が収まると、フィールドにはほしぐもちゃんとピカチュウさんが、力尽きて倒れていました。どちらとも、これ以上動くことはできないでしょう。

ソルガレオ「……」

ピカチュウ「ピ……カ」

リーリエ「これは……引き分けですか?」

レッド「…………」コクン


戦いを終えたわたしとレッドさんは、ひとまずそれぞれポケモンさんを元気にすることにしました。

グリーン「引き分けでも、レッドのピカチュウを倒せる奴はそうそういないぜ。大したやつだ」

リーリエ「あ、ありがとうございます……」

グリーン「どうだ、レッド? これなら教えても問題ないんじゃないか?」

レッド「…………」コクン

ひとまず、合格のようです。
安心したら、力が抜けそうになって、ちょっとよろめいてしまいました。
果たして、ヨウさんはどこへ行ったのでしょうか?

グリーン「あいつは、シロガネ山にいるぜ」

リーリエ「シロガネ山……」

70 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 19:08:59.97 aN9NWr+b0 66/233

シロガネ山は、カントー地方とジョウト地方の境目にある、巨大な山のことです。

他の山々と比べてとても激しい天候と起伏の激しい洞窟の内部に加えて、住んでいるポケモンさんが凶暴ということもあって、オーキド博士などから許可を貰えない限り立ち入ることを禁止されています。

また、レッドさんが昔、修行していた場所として有名で、シロガネ山でポケモンさんを鍛えることはトレーナーにとって大変名誉のある事だと言われています。

グラジオ「やはりな。レジェンドであるオマエらが過酷と口にするほどの場所で、やすやすと行かせられない場所と言ったら、そこしか思いつかない」

リーリエ「どうしてヨウさんはそこへ……?」

グリーン「あー……そりゃな……」

レッド「…………」

と、グリーンさんもレッドさんも、決まり悪そうにわたしから目を逸らしました。

グリーン「ヨウから、もっと強くなるにはどうしたらいいって頼まれてな。バトルツリーで戦う以上に強くなるには、あそこで修行するのが一番だぜって言ったんだ」

レッド「…………」

リーリエ「あなた達が……」

やっぱり、予想通りでした。

グリーン「だからアイツがチャンピオンを辞退して騒ぎになった時、オレたちも一応責任は感じたんだぜ? でも、レジェンドとしての仕事があるからな。アローラから離れようにも離れられなかったんだ。正直、君たちが来てくれてホッとしてる」

グラジオ「オマエたちが責任を負う必要はないさ……結局、アイツがオレたちに相談もなしに出て行ったのが問題だからな」

レッド「…………」

グリーン「とりあえず、君たちはヨウを連れ戻しにシロガネ山へ行くんだろ?」

リーリエ「もちろんです!」

グラジオ「オレも行く流れなのか……?」

グリーン「それなら、オレ達からじーちゃ……オーキド博士に話を付けておくぜ。多分まだ修行してるだろうけど、あいつがシロガネ山から離れていかないうちに、さっさと向かった方がいい」

リーリエ「レッドさん、グリーンさん、わざわざ教えていただきありがとうございます。絶対にヨウさんを連れて戻ります!」

グリーン「気をつけて行ってこい。住んでるポケモンたちも、バカになんねぇ強さだからさ」

グリーン「ああそれと、もしヨウに会ったら、バトルツリーで更に強くなったオレたちが待ってる、って伝えておいてくれよ? あいつと戦うのは、結構楽しみにしてるんだ。俺もレッドも」

レッド「…………!」

リーリエ「はい、必ず伝えますね。それではにいさま、さっそく準備をしにパラダイスまで戻りましょう」

グラジオ「フッ……仕方ない。こうなったら、最後まで付き合ってやるか」

わたしたちはレッドさんとグリーンさんにお礼を言うと、踵を返して、ポニの花園を出て行きました。
ヨウさんは、シロガネ山にいる。
もうひと頑張り、あともうひと頑張りでヨウさんに会える! そう思うと、自然と胸が高鳴ってきました。

71 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/07 19:09:35.76 aN9NWr+b0 67/233

グリーン「なぁお前、あいつと戦ってみてどう思った?」

レッド「…………」ボソボソ

グリーン「ああ、オレも同じものを感じた」

グリーン「戦ってる時のあいつの目――今までああいう目つきでポケモン勝負をしてきたトレーナーは、お前とヨウに続いて3人目だ」

グリーン「そういう奴は、決まって大きな目標と、強い意志と心を持っていやがる」

グリーン「リーリエは……ヨウのために必死で戦おうとしている。あの子にとってヨウは大きな存在なんだろうな」

レッド「…………」ボソボソ

グリーン「そうだな。強い意志と心っていうのは、夢を叶える上で心強いものだが、大切なものが手からこぼれ落ちていくのに気づけないモンだ。オレもお前も、そうだったからな」

レッド「…………」

グリーン「一人で突っ走ったって、夢は叶わない……あいつら、それに気付けるといいな」

73 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 11:37:40.43 cWzemLV+0 68/233

エーテルパラダイスに戻ったわたしたちは、すぐにシロガネ山へ向かうための準備に取り掛かりました。

グリーンさんもおっしゃっていたように、シロガネ山は過酷な環境に加えて、強くて凶暴なポケモンさんがたくさん住んでいる場所。ほしぐもちゃんの力を信用していないわけではないのですが、この子だけでシロガネ山の中を進むのは危険です。

わたしがカントーを旅しているとき、捕まえて育てたポケモンさんの、力も借りなければ……。

にいさまもなんとなく行く流れになっちゃってますが、「どのみちお前を一人で危険な場所に行かせるわけにはいかないだろう」と、ついてくる事になりました。

にいさまが来てくれるのは嬉しいことなのですが……わたしとヨウさんだけの問題に巻き込ませてしまって、ちょっと申し訳ないです。

でも、まさかこんな形で再びカントー地方に戻るなんて思いもしませんでした。

ヨウさんがアローラを出て行ったのが数ヵ月前なら、わたし達が帰ってくるまでの間、偶然わたしたちは一緒の地方にいたのですね……。

その時は、わたしもかあさまのリハビリをしつつトレーナーの修行をしていたので、ヨウさんに気付くことはあり得ないのですが……もしも、ヨウさんがカントーに来ているのを知っていたら、カントーでも一緒にいられたかもしれません。

……いいえ、これからヨウさんと会いに行くのですから、すぐに現実のものにできます!

そういえば、昔、わたしは気持ちに赴くまま行動して、ヨウさんにもみんなにも、船で出て行く直前にアローラから旅立つことを話して驚かせちゃいました。今回はきちんと前もって話をしておかないといけませんね。

ハウ「ええーっ! またカントーに戻っちゃうのー?!」

一度メレメレ島に戻ってみなさんに、これまでの経緯を説明したのですが……やっぱり、ハウさんはショックを受けてます……。
わたしがカントーへ旅立った時も、とっても落ち込んでいたみたいでしたから、こんな反応をなさるのも無理はありません。

74 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 11:38:39.26 cWzemLV+0 69/233

ククイ博士「おいおい、そうびっくりすることじゃないだろう。ヨウを連れて帰るために戻るってことだろ?」

リーリエ「はい!」

ハウ「せっかくリーリエが戻ってきたのにー」

リーリエ「大丈夫ですよ、ハウさん。今度はそう長く居ませんから。それどころか、次に帰ってくるときはヨウさんも一緒ですから、また昔のように戻れます」

ハウ「うー……」

ククイ博士「リーリエ。ヨウのこと、頼んだぜ。あいつはどこか強がって無茶してるところがあるからね……」

ククイ博士「ヨウはトレーナーとして天才的な才能を持っている。でも、だからといってまだ子供だからね、誰かがそばにいてあげなきゃな」

リーリエ「任せてください! ……もうヨウさんを一人になんてさせませんから」

ククイ博士とハウさんに、力強くそう宣言してわたしはリリィタウンを後にしました。

メレメレ島での用事を終えて連絡船で帰る直前でした。

誰かがわたしの名前を呼びました。振り返ると、ハウさんが息を切らしながらこちらへ駆け寄ってきました。

ハウ「よかったーまだ行ってなかったんだねー」ゼーゼー

リーリエ「ハウさん? どうかなさったのですか?」

ハウさんは走ったせいで乱れた息を整えると、いつもののんびりとしたハウさんと思えないほど真摯な眼差しで、口を開きました。

ハウ「リーリエはさー、ヨウのこと、好きー?」

75 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 11:40:54.19 cWzemLV+0 70/233

リーリエ「えっ……」

急にストレートな質問を投げかけてきて、わたしはねこだましを喰らったように一瞬固まりました。

ハウさんの言う通り、わたしはヨウさんのこと、異性として好きです。
……いえ、好きという言葉だけでは表現できないほど、ヨウさんのことが愛おしくてたまらないです。あの人が、私の心の支えになっているのですから。

ですけど、この想いはヨウさん以外の誰にも明かしていません。2人だけの秘密みたいなものです。

その秘密がいきなり暴かれた感じで、あっけにとられてしまいましたが、すぐに冷静さを取り戻すと、わたしははっきり言いました。

リーリエ「……はい。わたし、ヨウさんのことが好きです。友達としてではなく、異性として、あの人のことを愛してます。だから、シロガネ山に行って、あの人を説得してアローラへ連れて帰るのです」

ハウ「……もし、ヨウが帰りたくないって言ったら、どうするのー?」

リーリエ「!」

ハウさんのこの言葉は、つのドリルを直接されたようにわたしの心に突き刺さって抉りました。

ヨウさんが帰りたくないと言ったら――もしシロガネ山でヨウさんと出会って、戻ってくるよう説得しても、彼が夢にこだわって「帰るつもりはない」と言ったら……?
ですが、すぐにその考えは払底しました。

わたしにとって、「ヨウさんが戻ってこない」なんてことは考えません。

そんなこと、あってはならないからです。

76 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 11:43:50.03 cWzemLV+0 71/233

リーリエ「……有り得ません。ヨウさんはそんなこと、言いません」

ハウ「それこそ有り得ないよー! だってヨウはーポケモンマスターになりたいっていう夢があるんだよー。きっと、シロガネ山での修行に集中したいはずだよー。だからーリーリエが帰ろうって聞いても――」

リーリエ「やめて。そんなこと言わないでください!」

ハウ「!」

リーリエ「あの人は、みんなに強い自分を見せて安心させようと誰も知らないところでずっと努力してきている人なんです。それこそ、心が擦り切れて背負っているものに押しつぶされるほどに」

リーリエ「それを分かってあげられるのは、わたしだけなんです。あの人の抱えている悲しみも、辛さも、孤独さも癒してあげられるのはわたしだけ……ハウさんよりずっと、わたしの方がヨウさんのこと、知っているんです」

リーリエ「ヨウさんだって、わたし以外の誰にも、自分の口から弱音を吐いたことだって無かったはずです。あの人はわたし以外に頼れる人がいないんです。あの人がたった一人で遠くに行ってしまえば、きっと背負っているものに押しつぶされちゃう……。だから、わたしが無理矢理にでも連れて帰らなきゃいけないんです」

ハウ「リーリエ、落ち着きなよー!」

ハウさんの制止で、ようやくわたしは我に返りました。

気が付けばヨウさんのことをまくし立ててしまうくらい、わたしにとって、あの人が帰ってこないという未来が、おぞましいと感じていることに改めて気付かされました。

わたしの言葉を聞いていたハウさんはとても辛そうで、今にも泣いてしまいそうな表情でした。

リーリエ「ごめんなさい、ハウさん。わたし、ハウさんを傷つけるつもりで言ったわけでは……」

ハウ「ううん、平気だよー……おれも、ヨウがひょっとしたら帰ってこないかもしれないって不安でこんなこと言っちゃったからー」

ハウ「リーリエはーせっかくヨウを連れ戻そうと頑張っているのにー、嫌なこと言ってごめんねー」

リーリエ「気にしてませんよ。わたしとヨウさんのこと、心配で言ってくれたんですよね? ありがとう、ハウさん」

ハウ「うんー……」

そのままわたしは、嫌なものを引きずるようにエーテルパラダイスへの連絡船に乗って、メレメレ島を後にしました。船尾部へ出ると、ハウさんが手を振ってくれました。

77 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 15:46:43.99 cWzemLV+0 72/233

わたしもハウさんに手を振り返してあげると、ふと、最初にカントーへ旅立つ時の記憶が、脳裏に蘇ってきました。


……ヨウさんに必要な全てになりたい。

わたしはメレメレの花園で見つけた秘密の洞窟で、ヨウさんが背負っているものと悲しみを知って、夢を抱きました。

一緒にいてあげたり、道具をあげたりするだけではダメ。もっと、本当にヨウさんがわたしのことをあらゆる意味で信頼してくれるようになりたい。

そのためには、もっとヨウさんのことを知らなきゃいけないけど、それはあの人のそばにいて学べばいいことです。

だけど、そばにいるために自分自身、学ばなきゃいけないことがたくさんあります。
その頃のわたしは、本で得た知識ばかりで、実践もなければ経験もろくにしていませんでした。

島巡りの最中、わたしはいかに外へ出て色んなものを体験していないのか、思い知らされました。

なにより、トレーナーではない時点で、あの人と対等な立場ではないのですから。

ハラさんからポケモンさんを貰って島巡りをすれば楽かもしれませんが、きっとヨウさん含め周りが手を貸してしまうのがわかります。それでは、わたし自身、ヨウさんたちに甘えて成長出来ません。

自分の夢と現実との板挟みにあって、どうしたいいのか悩みました。

そんな時でした。

わたしはエーテルパラダイスで、毒の治療やポケモンに関する事件が記述されている本を探していると、一冊の本の内容が目に付きました。

78 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 15:48:05.86 cWzemLV+0 73/233

リーリエ『事故でポケモンとの融合……?』

何年も前、カントー地方で、マサキという方がポケモンの転送装置の事故で、誤ってポケモンさんと融合してしまったという事件の記述が掲載されていました。

かあさまはウツロイドさんと融合したことで毒を注入されて、意識を失いました。
ひょっとしたら、この技術を応用すれば、かあさまの体内にある毒を分離できるかもしれない。
同時に、カントー地方に行けば、自分の知らない場所、知らない人達、知らないポケモンさんと出会って大きく成長できる――ヨウさんと、対等になれる。そう感じました。

気が付いたときには、ビッケさんたちにこの事を話して、カントーへ行く準備を終えていました。

時間の都合もあって、わたしがカントーに行くことを直接話したのは、バーネット博士とククイ博士でした。それがハウさんに伝わって、最後にヨウさんに伝わったのです。

旅立つ直前、ククイ博士とハウさん、そしてヨウさんが、わたしの旅立ちを見送ってくれました。

ククイ博士『リーリエ、カントーは遠いからね。時差ボケには気をつけて』

ククイ博士『バーネットのヤツ……さみしいから見送らないってムリしてるけど、許してよ』

ククイ博士『研究所のロフトはずっとリーリエに貸すんだってさ。だから、研究所のロフト……また使っていいんだぜ』

ハウ『聞いてないよー!』

リーリエ『ハウさん、かあさまを治すために……そしてなにより、わたしのためにカントー行きを決めたのです』

リーリエ『アローラを離れるのはもちろんさみしいのですが……わたし……カントー行きに、胸をふくらませているんです……』

リーリエ『素敵なポケモンさんと出会い、トレーナーになり……島巡りのように、あちこちを旅するのです!』

さみしい、と口にした時、わたしはふと、悲しげな笑みを浮かべているヨウさんと目が合いました。

リーリエ『あの……ヨウさん』

お願い、一緒に来て。

そう言いたかった。この人が来てくれたら、カントーでの生活も、きっと楽しいものになる。ヨウさんと一緒にカントーを旅できたら、どれだけ幸せだろう。

だけど、それじゃあダメです。ヨウさんに甘えて、わたしの夢が遠のいてしまいます。それにヨウさんは、チャンピオンとしての勤めがあります。
チャンピオンになったばかりの彼に、こんなことを言うのは余りにも自分勝手です。

79 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 15:57:07.17 cWzemLV+0 74/233

ヨウ『リーリエ、君はアローラを旅して、自分自身の夢を持つことが出来たみたいだな』

リーリエ『はい! わたし、かあさまを治すだけでなく、自分の夢を叶えるためにカントーへ行くのです』

ヨウ『そうか……寂しくなるけど、同時に君が夢を持てたことが嬉しく思うよ』

ヨウ『僕はリーリエの夢がどんなものなのか知らない。だけど、君が抱いた夢は君だけのものだ。誰にも奪えない。だから大事にするんだ』

リーリエ『もちろんです! この夢は、ゼッタイに叶えてみせます』

あなたさえいてくれればそれで叶うのだから。

リーリエ『ヨウさん、ちょっとくたびれていますが……わたしの宝物です』

わたしはリュックから、子供の頃から大事にしていたピッピ人形を、ヨウさんに差し出しました。
だけどヨウさんは笑みを浮かべたまま、首を横に振りました。

ヨウ『君の宝物を、受け取るわけにいかないよ』

リーリエ『えっ?』

するとヨウさんは、自分の帽子を外すと、そのままわたしの頭に被せました。

ヨウ『その帽子は、僕の父さんがアローラで島巡りするとき、お祝いで買ってきてくれた宝物なんだ』

ヨウ『君がアローラに帰ってきたとき、それを返してもらうよ。その代わり、君が僕に渡したピッピ人形を返す。それでどうかな?』

お互いを忘れないために。アローラで作り上げた思い出を忘れないために。

リーリエ『……はい!』

こうして、わたしはヨウさんの帽子を、ヨウさんはわたしのピッピ人形を交換しました。

80 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 15:58:25.54 cWzemLV+0 75/233

リーリエ『ヨウさんも……頑張ってくださいね。あなたは、あなたの夢を叶えるために』

ヨウ『もちろんだ』

そして、わたしはヨウさんに近づいて、ハウさんたちに聞こえないくらい小さな声で言いました。

リーリエ『ヨウさん、お互いの宝物が戻ってきたら……その時は、その……』

心に秘めた想いをいざ口に出そうとすると、すごく勇気がいります。
それでも、頑張って、喉の奥から一気に押し出しました。

リーリエ『その時は、ずっとそばにいてもいいですか……? 今度こそ、ふたりで遠いところを旅したいです』

わたしの言葉を聞いたヨウさんは少し目を瞠らせて、それから穏やかな笑みを浮かべました。

ヨウ『……ああ、いいよ』

リーリエ『本当ですか? 約束ですよ? ゼッタイ破らないでくださいね?』

ヨウ『もちろん。だから、自分で決めたことを諦めるなよ。そうすれば、夢は叶うんだからさ』

本当は抱きしめて、あの時のようにキスしたかった。だけど、それをすれば余計別れが辛くなるから、我慢しました。

リーリエ『こういう時、さよならと言うのですね』

ヨウ『違うだろ、また会うんだから、「またね」って言うものさ』

気取ったように笑いながらわたしの頭を撫でるヨウさんを見て、無性に寂しさがこみ上げてきちゃいました。

リーリエ『じゃあ……またね、ヨウさん、ハウさん、ククイ博士』

ククイ博士『おう! いつでも帰っておいで!』

ハウ『言いたいこと、言ってないのにー。だから、だからっ! 手紙送るからね、すっごい長いやつー!』

ヨウ『リーリエも、夢が叶うといいな。頑張れよ』

リーリエ『はい! みなさん……アローラ!』

そしてわたしは、カントーへ旅立って行きました。

81 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 15:59:06.99 cWzemLV+0 76/233

夢のことは、あえてヨウさんに明かしませんでした。恥ずかしいというのもあるのですけれど……口に出すより、きちんと行動に移すことが大事だと、ヨウさんを見てて学んだからです。

カントーにいる間、わたしは言葉通り、多くのポケモンさんやトレーナーさんと出会いました。

アローラでは経験したことも見たこともないことを体験して……時には一歩踏み出して、ジムにも挑戦しました。

ですが、同時に大きな挫折や、ヨウさんやアローラの思い出が蘇って、心が引き裂かれるような夜を過ごしたこともありました。

それでも、ひとえにわたしを支えてくれたのがヨウさんとの約束でした。

――その時は、ずっとそばにいてもいいですか……? 今度こそ、ふたりで遠いところを旅したいです
――もちろん。だから、自分で決めたことを諦めるなよ。そうすれば、夢は叶うんだからさ

ヨウさんと交わした約束。わたしにとってそれは、あの人の繋がりだけでなく、カントーで旅をする大きな原動力となりました。

この約束と、ヨウさんと繋がっている証であるあの人の帽子、ヨウさんの必要な全てになりたいという夢だけが、わたしを奮い立たせてきたのです。

なのに、どうしてヨウさんは――。

82 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 17:09:53.23 cWzemLV+0 77/233

翌日。

わたしたちはメレメレから出ている大きな船に乗って、ククイ博士とハウ、そして今度はバーネット博士も加わって見送られながら、再びアローラを旅立ちました。

前は自分が強くなるため、そして今度は、強くなった自分をヨウさんへ見せるための旅です!

大型船の個室で、ゆっくり身体を休めたり、にいさまと一緒に船の中にいるトレーナーと勝負して、ポケモンさんのコンディションを整えました。

カントーに着いたのは、アローラから離れて3日が経ってからでした。
あの時と同じように、クチバシティの港に船が到着して、わたしは再びカントーに足を踏み入れました。

グラジオ「ここがカントー……レッドとグリーン出身の地か……」

???「おおーい、リーリエ君!」

穏やかな男性の方の声が聞こえて、顔を向けると初老の男の人が親しげに近づいてきました。

リーリエ「オーキド博士……しばらくぶりです」ペコリ

この方こそ、ポケモン研究の第一人者であるオーキド博士。カントーにいた頃、何度もお世話になりました。

オーキド博士「しばらくぶりじゃのう。こんなに早くカントーに戻ってくるとは……」

オーキド博士「おや、キミは? どうやらポケモントレーナーのようじゃが……」

グラジオ「グラジオだ。お初にお目にかかる」

リーリエ「わたしのにいさまです」

オーキド博士「おお、キミが孫の言っていた、タイプを自在に変化させるポケモンのトレーナーか! 是非そのポケモンについて色々教えてくれるとありがたいのじゃが――」

リーリエ「あの、オーキド博士。わたしたち、シロガネ山に行ったヨウというトレーナーを探していて……」

オーキド博士「む……そうじゃったな。わしとしたことが、うっかりしてしまったわい。さ、車に乗りなさい」

83 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 17:10:42.26 cWzemLV+0 78/233

オーキド博士に促されて、わたしとにいさまは車に乗りました。運転は、オーキド博士がするようです。

オーキド博士「リーリエ君、お母さんの調子はどうかな?」

リーリエ「あっ、はい、すっかり元気になりました! 今はエーテル財団の代表に戻って、順調にお仕事をなさっています」

オーキド博士「そうか……それはよかった。わしもマサキ君も、頑張った甲斐があったものじゃ」

オーキド博士「いつかわしもアローラ地方へ行きたいと思っておるところじゃ。是非、ウルトラビーストについて研究してみたいと考えてのお、あっちにはいとこのナリヤもいるから、久しぶりにお互いの研究成果について話し合いたいと……」

グラジオ「博士……ひとつ聞きたい」

グラジオ「ヨウは今、シロガネ山にいるんだな?」

オーキド博士「……うむ。今のところ、彼が山から降りて来たという報告は無いから、恐らくはのう」

リーリエ「博士は、ヨウさんがカントーに来たことをご存知だったのですか?」

オーキド博士「もちろん。君たちと同じように、孫を通してわしに会いに来たのじゃ。じゃが、まさか君たちの知り合いとは思わなんだ」

グラジオ「昔はともかく、今ならアローラ出身のトレーナーがカントーへ行くこと自体は珍しいことじゃないしな」

オーキド博士「彼は確かに、トレーナーとしての実力も精神も申し分は無かった。シロガネ山は、ちょうど良い修行場になるじゃろう」

オーキド博士「……野暮な質問をするが、キミたちはヨウ君に会って、何をするつもりじゃ?」

リーリエ「わたしは……ヨウさんと約束しているのです」

リーリエ「本当はアローラで再会してから、その約束を果たすつもりだったのですけれども、彼は……自分の夢のため、こっちへ来てシロガネ山で修行してしまって……」

リーリエ「だから、あの人と会って、今度こそ約束を果たすのです。アローラから旅立つ直前、彼と交わした大事な大事な約束ですから」

オーキド博士はしばらく黙って前を見ていると、「ふむ」と小さく呟いてから、言葉を続けました。

オーキド博士「ヨウ君との約束を果たすため、わざわざ危険なシロガネ山を登る覚悟をしてここまで来た……」

オーキド博士「なるほどのう。ひょっとしたらリーリエ君は、ヨウ君の待ち人なのかもしれんな」

84 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 17:11:23.68 cWzemLV+0 79/233

リーリエ「待ち人……?」

オーキド博士「シロガネ山には、奇妙なジンクスがあるのじゃ」

オーキド博士「ポケモンと供にシロガネ山での修行で心も身体も鍛え、山の頂に立つと待ち人が現れるそうじゃ」

オーキド博士「レッド君も修行の果てに山の頂に立つと、なんとジョウトからやってきたトレーナーと出会い、ポケモン勝負をして敗れた後、何かを悟って世界を旅するようになったのじゃ」

オーキド博士「だから、そのトレーナーとレッド君のように、キミたちがヨウ君の「何か」を変える人間なのかもしれんのう」

リーリエ「わたしが……ヨウさんを変える……」

アローラでは、ヨウさんがわたしを変えてくださいました。

今度はわたしが、シロガネ山でヨウさんと出会って、あの人の心を変えるのです。夢にとりつかれている、ヨウさんを、わたしが――。

85 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 17:12:26.30 cWzemLV+0 80/233

その後は、オーキド博士と他愛ない話をしているうちに、わたしは眠くなってしまって、そのまま車に揺られながら、眠りについてしまいました。

グラジオ「おい、起きろ。着いたぞ」

リーリエ「!」

にいさまに肘で突っつかれて目を覚ますと、車は停まっていました。窓の外を見ると、最初に目に付いたのはお城のような立派な建物でした。

リーリエ「ここって……」

グラジオ「セキエイ高原だな」

目の前にある建物は、ポケモンリーグ総本部。現在はアローラにいるレッドさんの代わりに、ドラゴンつかいのワタルさんが、チャンピオンを勤めているそうです。
まだバッジを全部揃えていないわたしは、ここに入る資格は無いのですが……。

オーキド博士「そして、その奥にあるあの山が……」

オーキド博士が指で示したのは、ポケモンリーグの奥。
そこには、上層部が雪で覆われた、荘厳な山がそびえ立っていました。アローラ地方のウラウラ島にある霊峰ラナキラマウンテンとはまた違った、威圧感と神秘さが混じりあった雰囲気を漂わせています。

リーリエ「シロガネ山……」

あそこのてっぺんに、ヨウさんがいる。

徒歩でシロガネ山の麓に入ったわたしたちは、山へ登る人たちのために建設されたポケモンセンターでオーキド博士と別れると、すぐに出発しました。

86 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 18:04:55.30 cWzemLV+0 81/233

モンジャラ「ジャラジャラッ!!」

ニューラ「シャーッ!」

グラジオ「ポリゴンZ! トライアタックだ!」

リーリエ「ピクシーさん! スピードスターで援護してください!」

ポリゴンZ「s@a/★\4&!!」

ピクシー「ピーッ!」

ドカァァン!!

ポリゴンZさんとピクシーさんが力を合わせて、襲いかかってきたニューラさんとモンジャラさんに攻撃をします。

リーリエ「……っ!」

グラジオ「気を抜くな! まだヤツらは倒れちゃいない!」

にいさまの言葉通り、トライアタックとスピードスターで起きた煙から、ニューラさんたちが飛び出して来ました。

ニューラ「ニュラーッ!」ブンッ

ピクシー「ギエピーッ!?」ザクッ!

リーリエ「ピクシーさんっ!」

ニューラさんのメタルクローが、ピクシーさんに命中してしまいました!
フェアリータイプのピクシーさんには、はがねタイプの技はこうかばつぐんです。
ですが――。

リーリエ「ピクシーさん、だいもんじですっ!」

ピクシー「ピーッ!」ゴウッ!

ボウッ!

ニューラ「シャーッ!?」ドサッ

ピクシーさんが放っただいもんじが命中して、ニューラさんが倒れました。
コスモパワーであらかじめ防御を上げておいたおかげで、大したダメージにならなかったのが幸いでした。
一方のにいさまも、ポリゴンZさんのシグナルビームでモンジャラを倒すことが出来たようです。

リーリエ「……確かに、並みのトレーナーが来ていい場所ではないみたい、です」

グラジオ「リーリエ、気を抜いている場合では無さそうだ」

87 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 18:06:01.28 cWzemLV+0 82/233

にいさまに促されて、わたしが前方を向くと、リングマさんとドンファンさんが飛び出してきました。

リングマ「ガァーーッ!」

ドンファン「パオーーム!」

……いえ、周りを見渡せば、様々なポケモンさんが、わたしたちに敵意を込めた視線を向けています。

グラジオ「まともにコイツらの相手をしていたらキリがない。このまま突っ切って洞窟に入るぞ。行けるな?」

リーリエ「……はい!」


わたしたちはなんとか麓に住まうポケモンさんたちの群れから逃げ切って、滑り込むようにシロガネ山洞窟へ入ることができました。

シロガネ山洞窟は予想以上に起伏が激しく、時にはにいさまのルカリオさんが使うロッククライムを使って、上のフロアへと登らなければなりません。

外へ出ると、一面が雪景色に覆われていて、刺すような寒さが全身を凍えさせてきました。そんな中でも、ポケモンさんたちは、容赦なくわたしたちに襲いかかってきて、休む暇もなかったです。

ですが、着実に前へ前へと進んでいる。ヨウさんに近づいてきている……。そう思うと、自然と足が動いてしまうのです。

再び洞窟内に入ってしばらく進み、にいさまは周りにポケモンさんがいないことを確認すると、一息つきました。

グラジオ「……少し、休むか」

リーリエ「いいえ、まだわたし、歩けます!」

グラジオ「休めるときに休んでおけ。オマエ、結構無理してるだろ。ヨウと会う前に倒れたら元も子もないぞ」

リーリエ「……」

でも、と返そうとしましたが、ピクシーさんや他のポケモンさんたちが疲れているのも事実です。にいさまの言う通り、休める時に休まなくっちゃ、ヨウさんに会うこともできないかもしれません。

88 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 18:14:35.03 cWzemLV+0 83/233

ポケモンさんたちに見つからないよう、わたしたちは岩陰に座り込むと、一息ついて休憩しました。

グラジオ「この調子だと、あいつはおそらく……頂上の近くにいるだろうな」

リーリエ「ですね。ヨウさんならきっと、てっぺんで修行していますよ」

グラジオ「昔から変わらず、憎いヤツだ……。こんなところまでわざわざ妹を来させるとはな」

リーリエ「にいさま……あまりヨウさんのこと、悪く言わないであげてください。あの人はただ、夢を叶えたいだけですから。それに、わたしは大変だなんて思ってませんよ?」

グラジオ「……リーリエ」

グラジオ「オレはな、あいつやハウと仲良しごっこをしているわけじゃない。特に財団に用事がなければ、いつも会えば勝負ばかりだ」

グラジオ「知ってるか、リーリエ」

リーリエ「何をですか?」

グラジオ「ある程度腕の立つトレーナー同士がポケモン勝負をすれば、相手のことがポケモンを通して分かっちまうんだ」

グラジオ「オレもハウもヨウも、そうやって勝負しながら、心と心で会話をしているんだ」

グラジオ「だがアイツは、決して自分の本音を見せようとしない。オレたちに多くを見せようとしない」

グラジオ「アイツにとって、オレやハウはどんな存在なんだ? 自分が強くなるための都合のいい相手なのか? それともライバルなのか? それすらハッキリさせようとしない……アイツの考えがオレには分からん……」

リーリエ「……ヨウさんは」

きっとあなたたちと、と続けようとすると、にいさまはわたしを手で制しました。

グラジオ「言わなくていい。それは直接、アイツから聞いてみるさ……。オマエは、ヨウから本音を聞き出せたんだろ?」

リーリエ「……はい」

グラジオ「正直、オマエが羨ましい。少なくともオマエは、ヨウにとって特別な存在なんだろうな。オマエの何がアイツに本音を引き出せたのか……興味があるな」

リーリエ「わたしは何も……でも、ホント、どうしてわたしなんでしょうね。あの人は、不思議な方です」

ヨウさんはどうしてメレメレ島の秘密の洞窟で、わたしにだけ弱みを語ってくれたのでしょうか。それもヨウさんに会えば分かるのでしょうか? それもきっと、にいさまの言っていたようにポケモン勝負で。

そんなことを考えていた時でした――。

ズズンッ!

リーリエ「!」

グラジオ「なんだ!」ガバッ

わたしたちはすぐに身構えて、あちこちを見渡すと、わたしたちが入ってきた道の奥から、巨大な影が近付いてきました。

バンギラス「ギャアアアス!!」

リーリエ「バッ、バンギラスさん?!」

グラジオ「こんな奴までいるとはな……!」ギリッ

89 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 18:16:19.30 cWzemLV+0 84/233

バンギラスさんはいわタイプの中でもトップクラスの凶暴さとパワーを持つポケモンさんで、辺りの地形を変えることは朝飯前で、片腕で山を崩すことさえ出来ると言われています。

グラジオ「リーリエ、オレから離れてろ! ここじゃ二匹並べて戦うには狭すぎる!」

リーリエ「はっ、はいっ!」

にいさまに言われたとおり、わたしはにいさまから戦闘の被害が及ばないところまで下がると、すぐににいさまはボールを構えました。

グラジオ「行けっ! ルカリオ!!」ヒョイッ

ルカリオ「グルゥゥアッ!!」ポンッ

バンギラス「ガオォォッ!!」ブンッ!

ルカリオさんがボールから飛び出すやいなや、出会い頭に尖った岩を次々とルカリオさんに向けて投げつけてきました。

グラジオ「はどうだんで撃ち落とせ!」

ルカリオ「ガウッ!」

すかさずルカリオさんは素早くバンギラスさんのストーンエッジをはどうだんで打ち落とすと、バンギラスさんの懐へと飛び込んでいきました。

グラジオ「インファイトだ!」

ルカリオ「オォォォッ!」ドドドド!!

ルカリオさんのゼンリョクを込めた拳のラッシュが、バンギラスさんを圧していきます。しかし……。

バンギラス「ガアアアッ!」カッ!

グラジオ「――!」

一瞬の閃光と供に、極太のはかいこうせんが、わたしたちに襲い掛かりました。
幸い、わたしもにいさま達も当たらずに済んだのですが、はかいこうせんは天井に命中してしまいました。

ガラガラガラッ!!

リーリエ「きゃあああっ!」

グラジオ「リーリエッ! クッ……!」

なんと、天井が崩れ落ちて、にいさまとわたしは大きな岩の塊を隔てて、離ればなれになってしまったのです。

90 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 18:17:51.19 cWzemLV+0 85/233

グラジオ「リーリエ! 無事か!?」

リーリエ「は、はい! なんとか……」

グラジオ「わかった! 絶対そこから動くな! コイツを倒したあと、すぐにオマエを助けに――うおおっ!」

ズズンッ!
ガラガラガラッ!

リーリエ「にいさま? にいさまっ!」

大きな揺れがしたかと思うと、にいさまの声が聞こえなくなってしまいました。まさか、にいさまの身に何かが起きたのでしょうか?
呼びかけても、返事がありません。

リーリエ「ど、どうしよう……」オロオロ

完全にわたしは、薄暗い洞窟の中に閉じ込められてしまいました。

頭の中が真っ白になって、しばらくそのまま、動けなくなってしまいました。しかも、さっきのバンギラスさんのような、凶暴なポケモンがあちらこちらにいるのは間違いないです。

助けを呼ぼうと、わたしはポケモン図鑑を取り出して連絡機能を使ってみたのですが、磁場の影響からか電波は繋がりませんでした。

遭難。

ソーナノさんでもソーナンスさんでもありません。完全にわたしは、遭難してしまいました。

リーリエ(どうしようどうしようどうしよう……!)ブルブル

91 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 18:18:48.71 cWzemLV+0 86/233

わたしは完全にパニックになって、全身を震わせて身を屈める以外、なにも出来ませんでした。

情けないです。カントーで強くなったはずなのに、いざこうなると、昔のように何もできなくなってしまうなんて……。

ゴルバット「ゴルール!」バサバサッ!!

リーリエ「ひゃあ!」ダッ!

突然暗闇の中からゴルバットさんたちが飛び出してきて、思わずわたしはその場から駆け出しました。

怖い! 怖い! 怖い! たっ、助けて! ヨウさん!

石につまづいては転んで、坂道を登ったり下ったり、ゴルバットさんの群れから逃げるためにハチャメチャに道を走っていると、目の前に光が見えました。

リーリエ「出口……?」

わたしは洞窟の外へと飛び出すと、目の前に大きな一本道が伸びていました。

リーリエ「ここは……?」

キョロキョロと見渡すと、雪に混じって下の景色が見えました。上を見上げても、山肌らしきものも見当たりません。

ということは、ここが頂上――なのでしょうか?

ポンッ!

ソルガレオ「ラリオーナッ!!」

リーリエ「ほしぐも……ちゃん?」

何かを感じ取ったのか、ほしぐもちゃんがボールから飛び出すと、一本道の先に向かって咆哮を上げました。

ソルガレオ「ラリオ!」ダッ!

リーリエ「あっ、ほしぐもちゃん待ってっ!」

92 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 18:19:53.24 cWzemLV+0 87/233

いきなり一本道を走り出したほしぐもちゃんを、わたしは追いかけていきました。何故ほしぐもちゃんは急にボールから飛び出したのでしょうか?

……まさか?

やがて、一本道が終わると、ぴたりとそこでほしぐもちゃんも動きを止めました。
わたしとほしぐもちゃんの目の前には、ポケモン勝負のバトルフィールドを思わせる大きな広場がありました。

そして、その広場の真ん中に、ひとりの人間が立っていました。顔は空が曇って暗くなっているだけでなく、背中を向けているのでどんな人なのか様子を伺えません。

ソルガレオ「ラリオーナ!!」

その人影に向かって、もう一度ほしぐもちゃんは吠え出しました。

「…………」

まるでほしぐもちゃんに呼ばれたかのように、人影は背中を動かして、静かにこちらへ振り返ろうとしました。

わたしは直感で、人影の正体が分かりました。

「リーリエ……ソルガレオ?」

すると、雲から日光が差込み、シロガネ山の頂上を照らし出しました。
同時に、人影の正体も光が暴いてくれました。

93 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 18:21:16.71 cWzemLV+0 88/233

長い後ろ髪。

白と青のボーダーシャツ。

黒のハーフパンツ。

青い靴。

夢への想いを秘めた黒い瞳。

間違いない。アローラで別れた頃とほとんど変わっていない。

リーリエ「ヨウさんっ!!」

ソルガレオ「ラリオーナッ!」

わたしは溢れ出る感情に任せて、なりふり構わずヨウさんに走り寄ると、そのまま抱きつきました。

ヨウさんは見ない間に背が伸びていたようで、わたしの顔が胸元に埋められることが出来ちゃいました。

リーリエ「ヨウさん……。会えた……やっと、会えました……」

ヨウ「…………」

ああ……変わってません。この匂い、この温もり……。

自然と涙が出て、ヨウさんのシャツを濡らしてしまいました。
だけどヨウさんは怒ることもなく、ただ無言でわたしを受け止めていました。

リーリエ「会いたかった……会いたかった、です」

ヨウ「……そうか」

94 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 18:24:29.89 cWzemLV+0 89/233

リーリエ「みんな……心配したんですよ? ハウさんも博士も、あなたのおかあさまも……わたしも、ほしぐもちゃんも……」

ヨウ「……だろうな」

リーリエ「いっぱい、話したいことも、カントーでわたし……」

ヨウ「……」

ヨウさんは抱きしめた腕を離すと、そのままわたしを横切って歩き出してしまいました。

リーリエ「ヨウさん……?」

ヨウ「ついて来なよ。話したいことが山ほどあるんだろ? ここじゃ凍えちまうよ」

言われてみればここはシロガネ山の山頂――雪も降っているし、寒くないわけありません。
そこでわたしは、にいさまの事を思い出しました。

リーリエ「あ、あのっ、実はにいさまがバンギラスさんに襲われて……洞窟が崩れて……」

ヨウ「グラジオが? あいつも来ているのか?」

リーリエ「はい……ヨウさんに会う手伝いをして下さったのです」

ヨウ「バンギラスがどうとか言ってたけど、アイツは今どこにいるんだ?」

リーリエ「それが……その、わたしもゴルバットさんの群れに襲われて……そのまま逃げ回ったらここに……」

ヨウ「……そうか。なら下手に山の中を動き回るわけにはいかないな」

再びヨウさんは歩き出しました。わたしは黙って、その背中を追って行きました。
ふと、ヨウさんの横顔を覗いた時、どこか憂いを帯びているように見えたのは、気のせいでしょうか……?

95 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 19:18:02.54 cWzemLV+0 90/233

ヨウさんに導かれてたどり着いたのは、山頂近くに建てられていた古い山小屋でした。夜になって、ちらほらとムウマさんの群れが見え隠れしましたが、ほしぐもちゃんが唸り声を効かせると、そそくさと退散しました。

リーリエ「この小屋は?」

ヨウ「ここで修行している人たちが使っている小屋だよ」

小屋の中に入ると、中は外と比べてちょっぴり暖かかったです。中はまさに昔のカントーやジョウト式のお家という感じで、長年吹雪にさらされて壁の一部が壊れてしまっているのか、ところどころ板で補修した後が見受けられます。

それでも博士のクラシックヨットのように古き良き味わいがあって、わたしはこういう雰囲気は好きです。

ロトム図鑑「ケテ~! リーリエ、お久しぶりロト~!」

リーリエ「ロトム図鑑さん、お久しぶりです!」

わたしとヨウさんを出迎えてくれたのは、ロトム図鑑さんでした。島巡りを始めた時、ククイ博士がヨウさんに渡した、ポケモンのロトムさんが入った貴重なポケモン図鑑です。

ヨウ「ロトム、至急オーキド博士に連絡してくれ。緊急事態だ」

ロトム図鑑「何事ロ?」

ヨウ「リーリエと一緒に来ていたグラジオがバンギラスに襲われたみたいなんだ。早く博士にこの事を伝えたい」

ロトム図鑑「了解ロト。今ならきっと麓のポケモンセンターに繋げられるロト!」

リーリエ「お願いします、ロトム図鑑さん!」

「通信モード、起動ロト!」という掛け声と供に、ピコピコと音を鳴らして画面に映像が映っていきます。どうかオーキド博士に繋がりますように、とわたしは心の中で祈りました。

ザザザッ!

オーキド博士『……ウ君? ……ヨウ……君か?』

ロトム図鑑さんが映す乱れた映像に、ジリジリとオーキド博士の姿と、ノイズの入り混じった声が聞こえてきました。かろうじて電波が届いているという状態でしょうか。

ヨウ「お久しぶりです、博士」

オーキド博士『ああ、ヨウくん! やはりシロガネ山で修行していたようじゃな! 連絡が途絶えたものだから、心配しておったのじゃ……』

ヨウ「博士、それより緊急の話があるんですが」

オーキド博士『ん……? どうしたのかね?』

ヨウ「リーリエとグラジオの事については知ってます。そのことに関してです」

急いでいるので手短に話します、とヨウさんは冷静にわたしから聞いた話を博士に伝えました。わたしも会話に入って、その時の状況を事細かく説明したのですが……まだ落ち着かなくて、しどろもどろになってしまいました。

96 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 19:19:01.23 cWzemLV+0 91/233

オーキド博士『わかった。すぐに捜索隊を手配しよう。リーリエくんはわしが連絡するまでヨウくんと待機していたまえ』

リーリエ「ありがとうございます、オーキド博士。助かりました!」

オーキド博士『いや、少なくとも君が無事でなによりじゃ』

リーリエ「ヨウさんも見つけられて……後はにいさまが無事だと良いのですが……」

オーキド博士『なあに、孫が太鼓判を押すほどのトレーナーじゃ。きっと無事じゃろう。それではヨウくん、リーリエくんのこと、頼んだぞ』

ヨウ「ああ」

そこで、博士との通信が切れました。

リーリエ「ヨウさん、ロトム図鑑さん、本当にありがとうございます」

ヨウ「いや、礼には及ばないよ」

ロトム図鑑「そうロトよ~。ヨウとリーリエの仲だロ?」

リーリエ「ふふっ、そうですね!」

リーリエ「ヨウさん……」

この半年間、ずっと逢いたくてたまらなかったヨウさんが目の前にいる……夢みたいです。
わたしはヨウさんに近付くと、そっと彼の両手を包み込むように握りました。

リーリエ「わたし、ヨウさんに話したいこと……いっぱいあるんです。ぜんぶ、聞いてくれますか?」

ヨウ「……ああ」

椅子に座ると、わたしは静かにヨウさんにアローラから離れたあとの話をしてあげました。

カントーに着いて、オーキド博士やマサキさんと会ったこと。

かあさまの治療をマサキさんと進める傍らで、オーキド博士からポケモンさんを頂いて、旅に出かけたこと。

初めてトレーナーさんとポケモン勝負をしたこと。

新しいポケモンさんをゲットしたこと。

カントーのポケモンジムに挑戦して、バッジを手に入れたこと。

ヨウさんやアローラが恋しくて、一人で泣いた夜を過ごしたこと。

そして最後に、アローラへ帰ってきて、ヨウさんの行方を知るためにアローラを奔走したことを話して締めくくりました。

97 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 19:52:44.78 cWzemLV+0 92/233

リーリエ「……でも、わたしに黙ってシロガネ山に行くなんて、ひどいです。それに、アローラのみなさん、心配してたんですよ?」

ヨウ「それはお互い様だろ? リーリエだって、僕らに何も相談せずカントーに行ったんだから」

リーリエ「そう、ですね……。えへ、なんだかわたしたちって似た者同士、ですね」

ヨウ「……」

リーリエ「ヨウさんはどうしてシロガネ山に……って、決まってますよね。ポケモンマスターになるため、修行しに来ているんですよね」

ヨウ「ああ」

リーリエ「オーキド博士に認められて、ここで修行させていただけるなんて、やっぱりヨウさんはスゴいです」

リーリエ「わたしはこうしてバッジを集めて頑張っても、にいさまとはぐれたり、ゴルバットさんの群れに怯えたり……結局こうして、ヨウさんに頼ったり、あの頃からなにも成長できてないのかなって……」

ヨウ「そんなことはないさ。なにより、そのバッジは君と君のポケモンの手で勝ち取ったものだろ。少なくとも僕も周りのトレーナーも、リーリエの努力を認めるよ」

リーリエ「本当ですか? 嬉しいです」

リーリエ「……ヨウさん、覚えてますか?」

わたしはリュックから、ヨウさんの帽子を取り出しました。

リーリエ「アローラから旅立つ前に、あなたと交わした約束……」

それぞれの大事なものが手元に戻ったその時、わたしが、ヨウさんのそばにずっと一緒にいて、遠い地方を旅するという約束。

ヨウさんとわたしを結ぶ、とっても強い繋がり。

98 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 19:53:26.66 cWzemLV+0 93/233

ヨウ「……」

リーリエ「本当はアローラで叶えるはずだったのですが……こうして会えたから、約束を破ったこと、許してあげます」

リーリエ「この帽子、あなたにお返しします。ヨウさんも……わたしのピッピ人形さん、持ってますよね」

ヨウ「ああ」

リーリエ「……じゃあ、ヨウさん……」

まるで結婚指輪を交換するみたい、っていうのは色ボケでしょうか?
……なんて考えながら帽子をヨウさんに渡そうとした時でした。

ヨウ「リーリエ、聞いて欲しいことがあるんだ」

リーリエ「え?」

ヨウさんはわたしが勇気を出して一歩踏み出す時にするように、大きく深呼吸して、続けました。



ヨウ「グラジオと一緒にアローラへ帰るんだ。僕は、ここに残る」


その言葉を聞いた瞬間、舞い上がっていたわたしの感情が一気に凍りつきました。

99 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 20:17:37.87 cWzemLV+0 94/233

たっぷり三十秒ほどの間、わたしたちは呼吸をすることも忘れたかのように黙って、向き合っていました。

リーリエ「どう……して?」

ヨウ「リーリエなら……僕のすること、わかるだろ?」

リーリエ「分からないです。ちゃんと……説明してください」

舌がしびれたかのように、うまく回りません。自分でも、あまりに唐突で、どう反応していいのか、分からなくなっているのです。

ヨウ「僕は、自分の夢を叶えるためにここで修行しているんだ。ポケモンマスターになるためには、更に上へ上へ、果てしない高みを目指さなきゃいけない」

ヨウ「ここは君にとって過酷すぎる。それはグラジオの一件でよくわかっているはずだ。そもそも、ここは本来キミが来るべき場所じゃないんだぞ」

ここはわたしのような人が来てはいけない場所――そんなこと、重々承知しています。でも……。

リーリエ「じゃあ……わたしも、ここにいます」

必死に押しつぶされそうな気持ちを堪えて、気丈にヨウさんへ笑いかけながらわたしは言葉を続けました。

ヨウ「……」

リーリエ「わたしもここで、ヨウさんと一緒に修行します。それならいいですよね?」

リーリエ「わたし……カントーのジムバッジをたくさん集めるほどに成長しました。一度アローラに戻ったあと、レッドさんのピカチュウさんとも戦って……その時はあなたが育ててくださったほしぐもちゃんとでしたけれども……それでも引き分けに持ち込めたんです。ヨウさんの足を引っ張るようなことには、なりません」

リーリエ「あ……それに、お料理もできるようになったんですよ? 島巡りをしてた時はわたしにシチューとかジャムを作ってびっくりさせたのに……ほら、カップラーメンばかりでは、健康に悪いです。だから――」

ヨウ「ダメだ」

100 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 20:18:25.13 cWzemLV+0 95/233

ヨウ「アローラへ、帰るんだ」

リーリエ「……どうして?」

リーリエ「どうしてそんな意地悪をするんですか?」

ヨウ「意地悪じゃない」

リーリエ「じゃあ、わたしのこと……嫌いになったんですか?」

ヨウ「そうじゃない。君のことは好きだ。今だって、君に対する想いは変わっちゃいないよ」

リーリエ「好きなら、一緒にいて何が悪いって言うんですか?」

ヨウ「好きだから、思い出を大事にしたいんだ」

101 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 20:19:11.27 cWzemLV+0 96/233

ヨウ「キミがアローラから離れて半年間、僕は自分の夢と現実のギャップに直面したんだ」

ヨウ「ポケモン勝負で勝ち続けること、それは時にポケモンをものとして見做さなければいけない時もある。実質倒れるまで痛め続けなければいけない時もある」

ヨウ「僕は防衛戦やバトルツリーでそれを痛感したんだ」

ヨウ「だから、リーリエに僕がポケモンをモノ扱いして、傷つけあう事をしているところを見て欲しくないし、君にもソルガレオにもそういうことをして欲しくないんだ」

ヨウ「それで僕はソルガレオを君に託したんだ。ソルガレオは、アローラでの君と僕の思い出そのものだから」

ヨウ「でも、僕はポケモンマスターになるという幼い頃からの夢を、叶えたいんだ」

ヨウ「僕のポケモンたちも、そんな僕のためについてきてくれている。あいつらが僕に向けている信頼を裏切りたくない」

ヨウ「だから……僕自身の夢を叶えるまで、君との約束を果たす資格はないと思っている。僕がポケモンマスターになるまでは、リーリエといっしょにいられない」

ヨウさんが話を終えると、再び沈黙が小屋を支配しました。

ヨウさんがわたしを自分の夢を巻き込ませたくないという気持ちは伝わってきました。あの人が、どれだけポケモンマスターになることに命をかけているのかだって、痛いほど知っています。

だからこそ、わたしは強いショックと悲しみを覚えました。



そして、ヨウさんたちのポケモンさんに、強い嫉妬を抱きました。

102 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 20:20:29.79 cWzemLV+0 97/233

リーリエ「わたし……わたし、ずっとヨウさんと一緒に居るために頑張ってきたんです」

リーリエ「カントーにいて、辛い時があってもわたし、あなたの帽子と約束があったから、ここまで強くなれたんですよ?」

――あいつらが僕に向けている信頼を裏切りたくない

――僕がポケモンマスターになるまでは、リーリエといっしょにいられない

リーリエ「ポケモンマスターになろうとするヨウさんと一緒にいるため、今まで頑張ってきた……なのに……」

ヨウさんとたくさん思い出を作りたいのに。
いろんなこと、出来るようになったのに。

あんなに愛してくれたわたしより、ポケモンさんを信じるなんて。

成長したわたしのこと、信じてくれないなんて。

リーリエ「……こんな仕打ち――あんまりです!!」

ガシャンッ!!

わたしはヨウさんを握っていた手を離すと、感情に任せて彼を突き飛ばしてしまいました。

103 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 20:22:07.33 cWzemLV+0 98/233

ソルガレオ「!?」

ロトム図鑑「な、何事ロト!?」

物音で休んでいたロトム図鑑さんとほしぐもちゃんがびっくりして、こちらを見てきました。

わたしはヨウさんに馬乗りになる形で床に転がって、ヨウさんが抵抗しないように、彼の両手首を強く握りました。

リーリエ「ヨウさんがわたしから離れていくなんて絶対にいやです!!」

リーリエ「もう離しません! ゼッタイゼッタイに離しません! ヨウさんがわたしと一緒にいるって言うまで、わたし、ヨウさんから離れませんからっ!!」

リーリエ「わたしはヨウさんのもの! どこかへ行くというのなら、わたしも一緒に連れて行かなきゃ、わたしっ……!」

ハァッ! ハァッ!

わたしに抑えられても、ヨウさんは拒むどころか表情一つ変えませんでした。気が付けば、わたしは嗚咽を漏らして全身をわなわなと震えてさせていました。

アローラの時とはわけが違う……この先ヨウさんと逢える機会が永遠に失われるかもしれない――そう思うと、暗い闇の底へ落ちるような感覚に襲われました。

秘めていた心がむき出しになって、積もりに積もった黒い感情が、わたしを覆っていたのです。

我に返った瞬間、わたしはヨウさんにとんでもないことをしていることに気付いて、すぐに離れました。

リーリエ「ご、ごめんなさい……! わたし、そんなつもりじゃ……」

ヨウ「……わかったよ、リーリエ」

ヨウ「僕も、君との約束を破っちゃったからな。君の言い分は、きちんと聞かなきゃいけない」

ヨウさんは再び立ち上がって、わたしを指さしました。

104 : ◆g/SXBgh1y6 - 2017/10/08 20:23:31.95 cWzemLV+0 99/233

ヨウ「僕とポケモン勝負だ。リーリエが勝ったら、僕は君との約束を守る。だけど僕が勝ったら、僕の夢のために、君は大人しく諦めてアローラへ帰るんだ」

リーリエ「わたしが……ヨウさんと勝負……」

勝てば、ヨウさんと一緒にいられる。
負けてしまえば、ヨウさんがいなくなってしまう。

ダメです……ヨウさんが、アローラから、わたしから離れるなんて。絶対許しません!

あなたは……わたしの太陽……わたしがここにいる理由で、わたしの夢。ヨウさんがいない世界なんて、耐えられない。

わたしは呆然としているほしぐもちゃんをボールに戻すと、ヨウさんと一緒に外へ出て、先ほどの広場へと戻りました。

ロトム図鑑「ろ、ロト~どういうことロ? なんでヨウとリーリエが勝負するロト?」

ヨウ「ロトム、黙って見守っているんだ」

ヨウさんは、6つのボールの中から3つを選ぶと、それをベルトから取り出しました。

ヨウ「使用ポケモンは3匹まで。ポケモンの制限は特になし。それでいいね」

リーリエ「……はい!」

執念に燃えているわたしの胸の内に同調するように、雪は激しく吹き荒れています。

わたしも、自分の手持ちの中から3匹のポケモンを選んで、勝負の準備を進めていきました。

――ひとつだけ言えるのはさ、失っちまったんなら、取り戻せばいいんじゃないか?

必ずヨウさんをもう一度この腕の中に取り戻してみせます!

たとえ、ヨウさんが傷つくようなことがあっても……!

たとえ、ヨウさんの夢が潰れてしまっても……!

一緒に旅をするんです!

わたしは、目の前にいる最愛の人に向けて、一つ目のボールを構えました。


~約束の章 完~


続き
【ポケモンSM】ヨウ「夢か、約束か」【中編】

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