<会社>
女上司「またこんな下らないミスをして! 何度いわせるの!」
男「すみません……」
女上司「あなたはただでさえウチの課で影が薄いんだから、もっと仕事頑張らないと!」
女上司「いい!? 自分で勝手に判断して仕事を進めないでちょうだい! 報・連・相はしっかりと!」
男「はい……」
上司「分からないことがあったら、ちゃんと聞きなさい!」
男「でしたら……」
元スレ
女上司「分からないことがあったら聞きなさい!」男「あなたのことをもっと知りたい」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1506961569/
男「あなたのことを……もっと知りたい」
女上司「えっ……」ドキッ
女上司「い、いきなり何をいうの!」
男「だって今課長がおっしゃったじゃないですか」
男「“分からないことがあったら聞け”と」
女上司「それはあくまで仕事の話よ!」
男「しかし、俺は課長のことをほとんど知りません」
男「仕事仲間は互いのことをちゃんと理解し合った方が、仕事の能率も上がると思いますが?」
女上司「屁理屈だけはうまいんだから、もう!」
女上司「なんといわれようと、私のことは教えません!」
男「せめてスリーサイズだけでも」
女上司「ダメ!!!」
女上司「あらもうこんな時間……そろそろ帰ろうかな」
男「じゃあ俺も帰ります」
女上司「あらそう」
女上司「……」スタスタスタ
男「……」スタスタスタ
女上司「なんでついてくるの!」
男「たまたまですよ、たまたま」
女上司「……」スタスタスタ
男「……」スタスタスタ
女上司「……」スタスタスタスタスタ
男「……」スタスタスタスタスタ
女上司「あなたと私は帰る方向が違うでしょ!?」
男「たまには遠回りしようかと思いまして」
女上司「~~~~!」
女上司「――だったら!」
女上司「……」シュタタタタタッ
男「!」シュタタタタタッ
シュタタタタタタタタタタタッ
女上司(ウソ!? 私のスピードについてくる!)シュタタタタタッ
男「これでも足の速さには自信があるんですよ。学校の徒競走ではいつも一位でした」シュタタタタタッ
女上司「……」サッ
男(曲がり角を右に曲がった! 逃がさない!)バッ
シーン…
男「あれ!?」
男「消え……た……」
次の日――
<会社>
女上司「さて……そろそろ帰ろうっと」
男「俺も帰ろうっと」
女上司「またついてくる気?」
男「もちろんです。今日は逃がしませんよ」
男(今日こそ、この人のことを知ってみせる! 分かってみせる!)
女上司「……」シュタタタタタッ
男「……」シュタタタタタッ
女上司「いい加減にしなさい! 家に家族だっているんでしょ!?」シュタタタタタッ
男「いませんよ、一人暮らしです」シュタタタタタッ
男「幼い頃、父に施設に預けられてから、俺は一人きりでした。この通り影も薄いですし」シュタタタタタッ
女上司「そうだったの……だからって追いつかれるわけにはいかないわ!」シュタタタタタッ
男(無駄だ、この先は池! 逃げられるわけがない!)シュタタタタタッ
<池>
シーン…
男「……!?」
男「また消えた……」
男(この大きな池を飛び越えるなんてできるわけないし、泳いでるような水音も聞こえない)
男(いったいどうやって消えたんだ!?)
次の日――
<会社>
男「課長、一緒に帰りましょう!」
女上司「いいけど、いくらやっても無駄よ」
男「いいえ、今日こそついていってみせますよ!」
シュタタタタタタタッ
女上司「足の速さだけは認めてあげるわ!」
男「どうも!」
男(いける! 今日こそついていってみせる!)
女上司「……」ササッ
男(追いつける! もらったァ!)ダッ
ガシッ
男「……!?」
男「これは……課長じゃない!?」
男「ただの人形だ! まるで分身じゃないか……」
男「!」ハッ
男(そうか……やっと分かったぞ! 課長の正体!)
次の日――
<会社>
女上司「ふぅ~、あなたにもいい加減うんざりしてきたわ」
女上司「いい? 今日ついてこれなかったら、私のことは諦めてちょうだい」
男「分かりました」
女上司「男に二言はなしよ」
男「分かってます」
女上司「じゃあ、いきなり飛ばすわよ!」ドヒュッ
男「はいっ!」ドヒュッ
シュタタタタタタッ
女上司「……」シュタッ
男(あの曲がり角を曲がったら、行き止まりのはず!)シュタッ
シーン…
男(消えた……数日前と同じように)
男(だけど、ここで引き返してしまったら課長の思うツボだ……なぜなら)
男「課長、あなたはそこにいますね!」
ベリベリッ
女上司「なぜ……なぜ、分かったの?」
女上司「私がこのシートで壁に擬態してるって……」ペラ…
男「昨夜、課長は俺を撒くために人形を使いました」
男「あれでピンときたんです。これはまるで分身みたいだって」
男「そうすれば、答えは見えました。多分、最初の日は今日と同じくシートで擬態して」
男「池で消えた日は、竹筒かなにかで呼吸しながら、潜水で逃げたんだって」
女上司「……」
男「課長……。あなたは……忍者ですね?」
女上司「あーあ、参ったな。まさか会社の部下に見破られるなんて」
男「ってことは……」
女上司「ふふっ、正解よ」
女上司「私はある忍者一族の末裔なの」
男(答えを出したのはこっちからとはいえ、いざ告白されるとやっぱりビックリするな)
男(まさか、俺の上司が忍者だったなんて……)
女上司「驚いてるみたいね」
女上司「近くに私の自宅があるから、続きはそこで話しましょうか」
<女上司の家>
男「あのー……入り口がありませんけど?」
女上司「ここよ」スッ
グルンッ
男(どんでん返しになってるのか……!)
女上司「さ、入ってちょうだい」
男「お邪魔します」グルンッ
女上司「今、お茶を出すわね」
男「ありがとうございます」
男(このタタミ……すぐひっくり返せるようになってる。いざという時、盾にするためか)
女上司「さ、どうぞ」
男「いただきます」ゴクッ…
男「さっそくですが聞いてもいいですか?」
女上司「いいわよ」
男「なぜ……あんなに忍者だと知られるのを嫌がってたんですか?」
男「やはり、忍たる者、正体を知られてはならないからってことですか?」
女上司「それもあるけど……もう少し深刻な事情があるの」
男「というと?」
女上司「実は私は……命を狙われてるの」
男「え」
女上司「私は“赤忍一族”という忍者一族の末裔なんだけど」
女上司「この赤忍一族には、“白忍一族”という宿敵がいたの」
女上司「この二つの一族は互いに対立し、300年以上ずっと殺し合ってきた」
女上司「忍者なんて過去の遺物になった現代でも……ね」
男「そんな……! だったら警察に……!」
女上司「残念だけど、警察で捕まえられる相手じゃないわ」
男「課長も襲われたことがあるんですか?」
女上司「あるわ。かろうじてかわし続けてるけど、だんだんきつくなってきたわ」
女上司「赤忍一族と白忍一族は、もうお互い生き残りは一人きり」
女上司「しかも……その白忍一族は私よりも実力は上よ」
女上司「これで分かったでしょ? 私はあなたを巻き込みたくなかったの」
男「……」
女上司「明日からはまた、ただの上司と部下の関係に戻ること。これは命令よ、いいわね!」
<会社>
女上司「お電話ありがとうございます」
女上司「この見積り、やっておいて。頼んだわよ!」
女上司「あなた、営業成績伸び悩んでるわね。もっと強気でいかなきゃダメよ!」
男(昨夜あんな深刻な話をしたばかりなのに、今日はもういつも通り仕事してる……)
男(さすがだなぁ……)
男(でも……放っておくわけにはいかない!)
女上司「……」スタスタ
男「……」スタスタ
女上司「どうしてついてくるの? いったわよね? ただの上司と部下の関係に戻れって」
男「だからって直属の上司がピンチだって知ったら、放っておけませんって」
女上司「もし、白忍一族が襲ってきたらどうするのよ!?」
男「だからこそですよ」
男「多分、忍者の戦いって周囲にはバレないようにやるもんなんでしょ?」
男「だったらあっちだって、俺みたいな一般人がいる時に襲ってくるほどバカじゃないでしょう」
女上司「……かもしれないけど」
女上司(でも……そんなに甘い相手じゃない! おそらく今日あたり――)
シュシュシュシュシュッ
女上司「(手裏剣!?)よけてっ!」ババッ
男「うわっ!」ババッ
カカカカカッ
女上司「……来たわね。白忍一族!」
男(出た……! 白い装束を着た……忍者!)
白忍者「ふっふっふ……よくかわしたな。見事だ」
白忍者「三百年以上に渡る“白”と“赤”の悪縁……今日こそ断つ」
女上司「望むところよ!」
白忍者「ゆくぞっ!」シュシュシュッ
カカカッ
白忍者「仕留めたり!」
ボワンッ
白忍者「む……これは身代わりの術! 流石だな!」
女上司「そっちこそ!」
男(ひええ……この平成の世に忍者バトルが勃発してしまった……!)
白忍者「刀で勝負!」チャッ
女上司「受けて立つ!」チャキッ
キィンッ!
ギィンッ! キィンッ! ガキィンッ!
ザシッ!
女上司「ぐっ……!」
男「課長ッ!」
男(まずい……課長のいうとおり、相手の方が強い!)
男(それにこの声……どこかで聞いたことがあるような……)
男(――まさか!?)
キィンッ! ガキィンッ!
女上司「うぐっ……!」ドサッ…
白忍者「恨みはないが、我ら殺し合う宿命にある一族同士! 使命は果たさねばならぬ!」
白忍者「トドメを刺させてもらう!」
女上司(ここまでね……!)
白忍者「せやぁっ!」シュシュシュッ
グサササッ!
男「ぐっ……!」
女上司「ちょっと……何やってるの!? 私の盾になるなんて!」
男「大丈夫……急所は外して受けてますから……」
女上司(すごい……! とんでもない動体視力だわ!)
白忍者「ええい、どけ!」
男「どきません」
白忍者「ならば、貴様ごと――」
男「もうやめて下さい……父さん」
白忍者「!!!」
女上司「あの白忍者……あなたのお父さんですって!?」
白忍者「なにをいう……なにをいうか!」
男「あなたも思い出してくれたようですね」
男「あなたの声……幼い頃、大好きだった父さんと一緒だ」
『すまんな……お前は私と暮らさない方が幸せになれるのだ……』
男「あなたは……赤忍と白忍の血塗られた宿命に、俺を巻き込みたくなかった……」
男「だから、あの日俺を施設に預けた……そうでしょう?」
白忍者「……」
男「俺が忍者の息子だとすると、色んなことに説明がつく」
男「子供の頃から人より足が速かったのも……動体視力が人並み外れてたのも……」
男「会社で影が薄いのも……」
男「あれこれミスしてすぐ課長に怒られるのも……」
男「どれも俺が忍者の息子だったからだ!!!」
女上司「最後は全然関係ないでしょ」
男「てへっ」
白忍者「その通りだ……私はお前を捨てた。戦いなど無縁な世界で平和に生きて欲しかったからな」
白忍者「だが、私自身は赤忍一族との決着をつけねばならぬ!」
白忍者「その女を殺し、私自身も自刃する……これで赤忍と白忍の因縁は清算されるのだ!」
男「そんなことは間違ってる!」
白忍者「!」
男「たしかに二つの一族は殺し合ってきたのかもしれない」
男「きっと俺なんかが立ち入れないような複雑な過去や事情があるんだろう……」
男「だけどそれでも、今はもう先祖のやってきたことに縛られるような時代じゃないだろう!」
男「赤忍と白忍だって、和解できるはずさ!」
男「現に、あなたの血をひく俺は、彼女とうまくやってきたんだから!」
男「頼む、父さん! もうこんなことはやめてくれ!」
白忍者「……」
男(ダメ……か?)
白忍者「大きくなったな……息子よ」
男「え」
白忍者「私は……忍をやめ、隠居しよう。もう二度とお前と会うこともあるまい」
男「父さん……」
白忍者「赤忍一族の女よ」
女上司「はい」
白忍者「父としてお願いする。息子を……お任せします」ペコッ
女上司「はいっ! ビジネスマンとしてバリバリ鍛え上げてみせます!」
男「……!」ゾッ
女上司「ありがとう……」
女上司「あなたは私と……あのお父さんを血塗られた宿命から解放してくれたのよ」
男「いえ……」
男「ところで、課長」
女上司「ん……なに?」
男「俺は……なんで自分がこんなに課長につきまとってたのか今までよく分からなかったけど」
男「今ようやく分かりました」
男「俺……課長のことが好きです!」
女上司「……!」
男「だけど、分からないから聞きます。課長は……俺のことどう思ってますか?」
女上司「……」
女上司「私も……あなたのこと好きよ」
女上司「もちろん上司としてじゃなく、一人の女として……ね」
男「ありがとうございますっ! 課長、大好きです!」
女上司「……もう」
男「もし、子供ができたら、名前には必ず“桃”を使いましょうね! 赤と白ってことで!」
女上司「気が早すぎるわよ!」
<終わり>