あやめ速報-SSまとめ-

【まほ編】


私の好物はカレーという事になっている。


そう言ってしまうと語弊があるかも知れない。

嫌いではないし、食べれば美味しいとも思う。

要するに、人並みには好きなのだ。

だが、実は好物と呼べるほどの執着は無い。


こんな事になった原因は、黒森峰女学園戦車道チームの隊長として雑誌のインタビューに答えていた時の事。

それまでの質問と同じ調子で、不思議な質問をされた。


曰く、好きな食べ物を教えて下さい。

質問の真意を図りかねた。

少なくとも戦車道に関連のある質問とは思えなかったからだ。

だからつい、何故そんな事を訊くんですかと、質問を返してしまった。

記者は、訊き返されるとは思っていなかったらしく、少し戸惑ってから、読者が知りたがっていますからと答えた。

戦車道の記事の読者が、本当にそんなことを知りたがるだろうか。

釈然としなかったが、元より答えを拒むつもりがあった訳ではないので、暫し考えた。


私の好物は何だろう。

記者が言うのだから、知りたがっている読者も居るのだろう。

仮にそれが嘘だったとすれば尚更、それは嘘をついてでも私から答えを引き出す価値がある質問という事になる。

そんな質問に、特に無いですと答えるのは如何にも据わりが悪いように思えた。

黒森峰どころか西住流のイメージにも関わるかも知れない。

そう思い、頭を捻った。


特に、これといった好物は無いのだが。

何か言わなければと考え、苦し紛れに捻り出した答えがカレーだった。

好きな食べ物というよりも、美味しい食べ物だ。

だからあの時、私の好物は焼肉やラーメンになる可能性も十分あった。

たまたま選ばれた美味しい食べ物がカレーだったというだけの事。


その後、インタビュー記事は恙無く雑誌に掲載された。

そして、西住まほの好物というどうでも良さそうな情報は、私の予想に反して瞬く間に世に広まる事になる。

記事を読んだ友人達から声を掛けられる事もあったが、その大多数の感想が、カレーが好きなんて意外だね、というようなものだった。

思い返せば、これまで雑誌の取材を受けた事は何度かあったが、カレーの話が最も周囲からの反響が大きかった。

あの時の記者の言った通り、それだけ私の好物に興味がある読者が居たという事なのだろう。

この出来事がどのような余波を生むものか全く想像がつかず、少し怖くなったりもしたが、これによってあの記事を読む人が増えるのは有難い事だとも思った。

そもそもあれは、戦車道についてのインタビュー記事なのだ。

意外にもお母様からのお叱りは無く、あなたはそんなにカレーが好きだったかしらと言われるだけに留まった。

否定も肯定もしようが無いので、ええ、まあ、はいと答えておいた。


それから暫くの後、学園艦の寄港日に久し振りに実家に帰ると、夕飯の食卓にはカレーが並べられた。

私の好物とされたものを用意してくれたのだと気が付き嬉しくなったが、お母様を騙しているようでもあり、少しだけ罪悪感を覚えた。

その晩、私はお母様に本当の事を話した。

これこれこんな経緯でカレーと答えました、と。


こんな事を気に病み、懺悔する様に話す娘が滑稽に見えたのかも知れない。

お母様は笑って私の話を聞いてくれた。


カレーの話に留まらず、その晩はお母様と色々な話が出来た。

思えば、お母様と雑談に興じるなど、初めての事かも知れない。

私にとってカレーは、この出来事の切欠になった食べ物なのだ。


だから、私の好物はカレーという事になっている。


【まほ編終了】

【ダージリン編】


へえ、まほさんの好きな食べ物にはそんな理由があったのね。

確かに、カレーという感じではないものね。

ふふ、失礼。


ああ、お茶のお代わりが要る時は言って頂戴ね。


そうね、まほさん風に言うなら、私の好きな食べ物は紅茶ではない、という事になるのかしら。

紅茶が嫌いという意味ではないわよ。

好きな飲み物は紅茶。

好きな食べ物は、さて。


そもそも、明確にこれだと言える好物を持っている人は、あまり多くないんじゃないかと思うわ。


現代の日本には多種多様な食べ物が溢れ返っている。

時代も季節も地域も、国境さえも関係なくあらゆる食べ物が、この日本で味わえる。

だからこそ、全ての食べ物に対する有り難みが薄れている。


色々な食べ物が身近にあるからこそ、ひとつひとつの食べ物に飽きるのも早くなってしまう。

その中から好きな食べ物を選び出すのはなかなか難しい事。

そういえば、学園艦の母港が横浜にあるお陰で私にも定期的に中華ブームが来るけれど、それを好物とは呼ばないわね。

所謂マイブームを好物と呼べる人も居るけれど、私はもっと長期的な方が好物と呼ぶに相応しい気がするの。


話を戻すけれど、好きな食べ物はミートパイよ。

何の含みも無く好きなの。

美味しいわよ、ミートパイ。

特に、この学園艦にあるベーカリーのものが最高。

まほさんはもしかして、好物が無い事がコンプレックスなのかしら。

確かに、好きな食べ物というのは個性になるものね。

でも、だからこそ、好きな食べ物が無いというのも立派な個性になる。


だからそんな事を気に病む必要は無いと思うけれど、好物探しで色々な食べ物を試してみるのも面白いかも知れないわね。

生きることは考えること、なんて。


美味しいお店を教えてあげる。

これから食べに行きましょうか、ミートパイ。

【ダージリン編終了】

【オレンジペコ編】


本日、黒森峰の西住まほ様がこの学園艦を訪れました。


元々は、戦車道の合同演習の予定を擦り合わせる為の会談でしたが、それが済んだ後も、話好きのダージリン様があれやこれやと雑談を開始。

ご迷惑でないかとハラハラしましたが、西住様は機嫌を損ねる風でもなく雑談に応じて下さいました。


そして話題は、好きな食べ物について。

西住様は、実はこれといった好きな食べ物が無いことを少しだけ気に病んでいて、その話を訥々と話して下さいました。

ダージリン様はその話がお気に召したようで、最終的にはご自分の好物を紹介するという結論に至りました。


素敵な案だと思います。

だけど、ダージリン様はご存じありません。


ご自分の好物が、控え目に言って美味しくない事を。

ダージリン様の好物は、この学園艦にあるベーカリーで扱っているミートパイ。

それが実は、まあ大変な味で。

元々あそこの店主は洋菓子を得意にしているらしく、甘いパンは非常に好評なのです。

私もあの店のホットクロスパンが大好きですし。

でも流石に、ミートパイまで甘いのは、ちょっとなあ。


だけど、ダージリン様はあのミートパイを食べる時、とてもご機嫌になるんです。

畏れ多くて言えません。

それに、本人にとっては美味しいのだから、わざわざ指摘して興を削ぐ事もないのです。

好物を食べている人に向かって、貴女の好物は不味いですよとは言えません。


しかし、しかしです。

今日、このままでは、あのミートパイが西住様の口に入ってしまいます。

それは何としてでも妨害しなくては。

オロオロしていると、アッサム様が心配無いから一緒に行ってらっしゃい、とだけ仰いました。


どういう意図かは分かりませんでしたが、言われるまま、私もご一緒する事に。

ベーカリーに到着すると、店先に路上駐車してあるクルセイダーが見えました。

入れ違いに店を出てきたローズヒップとルクリリ様に何事かと尋ねます。


あらご機嫌よう、ミートパイは売り切れでございましたわと、それだけ言って二人は帰っていきました。

何故その事を知っているのかと考えてみて、合点が行きました。


アッサム様は先に手を打っていたのです。

恐らくはクルセイダーの中に、買い占められたミートパイが詰まっているのだと思います。

それは後日、隊員みんなで食べるしかありませんね。

今日の所は売り切れです。


ダージリン様と西住様は残念そうでしたが、仕方ありません。

ここは、代わりのものをお勧めしましょう。


このお店のホットクロスパン、とっても美味しいんですよ。


【オレンジペコ編終了】