男「夏も終わって、涼しくなってきたなぁ……ん?」
セミ「ジジッ…ジジッ…」
男「死にかけのセミ、か」
男「哀れなもんだな……こないだまでうるさく鳴いてたのに」
男「だけど、俺みたいにだらだらと生きるより、よっぽど有意義だったのかもしれないな」
セミ「ま、待ってくれ……」ジジッ
男「!?」
元スレ
セミ「死にゆくオレの願いを聞いてくれ……」ジジッ 男「何をしろってんだ?」
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男「セミが……セミがしゃべった!?」
セミ「おい、お前……」
男「なんだよ!?」
セミ「死にゆくオレの願いを……聞いてくれ……」ジジッ
男「えええ……!?」
セミ「た、頼む……!」
男「い、いいけどさぁ……何をしろってんだ?」
セミ「み、水を……水をくれ……」
男「わ、分かった!」
男「ちょうどよかった! あそこに池が――」
セミ「イヤ……だ……。池の水はイヤだ……。衛生面に不安がある……」
セミ「ミネラルウォーターが……飲みたい……」
男「はぁ? お前、ワガママいうなよ! ここらへんコンビニもスーパーもねえぞ!」
セミ「ああ……なんて冷たい人間なんだ……。やはりこの世で一番怖いのは人間……」
男「ええい、分かった! 分かったよ! 買ってきてやる!」タタタッ
セミ「急いで……くれ……」
男「ハァ、ハァ……ほれ、買ってきたぞ」
セミ「……」ゴクゴク
セミ「ありがとう……」
男「これでもう満足して死ねるだろ? じゃあな」
セミ「……ま、待ってくれ……」ジジッ
男「なんだよ? お礼になんかくれるってのか?」
セミ「ステーキ……」
男「ステーキ?」
セミ「ステーキを食いたい……」
男「ステーキだとぉ~? セミのくせに! てか、セミってステーキ食うのか?」
セミ「た、頼む……! 最期に……ステーキを……」ジジッ
男「分かった、分かったよ! 連れてってやるよ! ステーキハウスに!」
セミ「チェーン店は……ダメ……。個人でやってる店がいい……」
男(いちいち注文が多いセミだ!)
―ステーキハウス―
セミ「モグモグ…」
男(セミのくせにナイフとフォークを使いこなしてやがる)
男「どうだ? うまいか?」
セミ「ああ、うまい」
店主「そうでしょう、そうでしょう! うちのステーキは安くて絶品ですから!」
男「ええ、1000円いかずにこの大きさのステーキなんて、なかなかありませんよ」
セミ「だが――」
男「?」
セミ「オレの目の前にいるこの男なら、同じ値段でもっとうまいステーキを作れる!」
男「え、同じ値段でステーキを!?」
男「ちょっと待て! 俺は多少は自炊するけど素人だぞ!? できるわけが――」
セミ「た、頼む……」
男「!」
セミ「死ぬ前の最期の頼みだ……あの店主との料理勝負に……勝ってくれ……!」
セミ「それを見届けなければ……死んでも死にきれん……!」ジジッ
男「……!」
男「分かった、やってやる!」
男「おっさん、ステーキ勝負だ!」
店主「いいだろう! 受けて立つ!」
男(それから勝負までの一週間、俺は死に物狂いでもっと安くてうまい牛肉を探し)
男(一流シェフに土下座して、ステーキの焼き方を猛特訓した!)
男(知り合いの女の子に味見してもらったりもした!)
男「どう?」
女「うん、おいしい! デリシャース!」
男(そして――)
男「付け焼刃とはいえ、特訓の成果を見せてやる!」ジュゥゥゥゥ…
店主(ほう……この小僧、かなり特訓してきたな!)ジュゥゥゥゥゥ…
男「さあ、食ってくれ! 俺のステーキを!」サッ
審査員A「これを素人が作ったというのか!? 信じられん!」モグモグ…
審査員B「噛むごとに とろける肉汁 いとうまし」
審査員C「なんとジューシィな味……! ジューシー、ジューサー、ジューシェスト!」
男 98点 ― 97点 店主
バン!
店主「……!」
店主「フッ……俺の負けだ」
男「いや……マグレですよ。それにあなた、相手が素人だからって本気じゃなかったでしょう?」
店主「言い訳するつもりはねえ……負けは負けさ」
男「ふぅ~、人間やればできるもんだな……。ステーキ焼く特訓で手がマメだらけだ」
男「さ、これで満足だろ?」
セミ「う、うぐぐぐ……! うぐぉぉぉ……!」ジジッ…
男「ど、どうした!?」
セミ「死ぬ前に……頼みがある……」
男「なんだ!? まだあるのか!?」
セミ「一度でいいから……エベレストの頂上からの景色が見たい……」
男「エベレストぉ!?」
男「ちょっと待て!」
男「さっきの料理勝負は相手の油断もあって、なんとか勝てたが」
男「エベレストは油断なんかしねえ! 俺みたいなヘタレが登れるわけが……!」
セミ「た、頼むぅ……」ジジジ…
男「……!」
男「分かった! お前にエベレストの頂上からの景色を見せてやる!」
登山家「ほう、私に弟子入りしたいと?」
男「はい、あなたは何度もエベレストを登っていると聞きました」
男「俺もまた、なんとしてもエベレストを踏破せねばならないのです!」
登山家「その眼差し……気に入った! 弟子にしてやろう!」
登山家「ただし、エベレストは死の山……いかな熟練者でも死ぬ可能性がある」
登山家「その覚悟はできているんだろうな?」
男「もちろんです! 死ぬことなんて怖くない……怖いのは友に悔いを残すことだけ!」
女「ねえ、エベレスト登山するって本当!?」
男「ああ、本当だ」
女「無茶よ! あなた運動部にすら入ってないのに……死んじゃうわ!」
男「ああ、死ぬかもしれないな」
女「なのにどうして!? どうして、そんなことするの!?」
男「そこに山があるから……かな」
女「!」
男「じゃ、行ってくる!」
―エベレスト―
男「さぁ、登るぞ」
セミ「うむ」
ザッザッザッ…
男(寒い……それに空気が薄くなってきた……。これがエベレスト……世界一の山……)
男(あちこちに遭難者の遺体が……俺もこうなっちまうのかな)
男(いや……必ず登りきってみせる!)
男(セミに“エベレストの頂上からの景色”を見せるためにも!)
ザッザッザッザッザッ…
ビュオォォォォ……!
男「くっ、ブリザードだ!」
セミ「耐えろ、耐えるんだ!」
男「分かってる! こういう時は無理に動かず、じっとしてるに限る!」
ドドドドド……!
男「雪崩だぁっ!」
セミ「逃げろ! 巻き込まれたら終わりだぞ!」
男「ああ……ただし走ると高山病だ! 高山病にならないよう逃げないと!」
―頂上―
男「や、やった……!」
男「俺はエベレストを登りきったんだ!」
セミ「よくやったな」
男(空気が薄くて頭がろくに働いていないが……やっぱり感動するなぁ)
男「これで満足だろ? さ、下山しよう」
セミ「う、うぐぐぅ……」ジジッ
男「お、おいどうした!? しっかりしろ! まさかとうとう寿命か!?」
セミ「もう一つ……願いを聞いてくれないか……」
男「まだあるのかよ!?」
セミ「ああ……もう一つだけ、頼みを聞いてくれ……」
男「なんだよ、今度はまさか宇宙に行けなんていうんじゃ――」
セミ「東大生になったお前の姿を……見たい……」ジジッ
男「!?」
男「東大生だと!?」
セミ「ああ……東大生になったお前を見なければ、悔いが残ってしまう……」
男「無理だよ……俺、今までちゃんと勉強したことなんてなかったし。学校の成績もひどいし」
セミ「まぁ、無理にとはいわんがな」
セミ「しかし……無念だ……」
セミ「願いを叶えることなく……俺は死を迎えることになるのか……」ジジッ
男「……!」
男「待てよ! お前の願い、叶えてやる!」
男「なってやるよ……東大生に!」
女「お帰り! エベレストから戻ったのね!」
女「疲れてるでしょうから、ゆっくり休んでちょうだい」
男「いや、休んでいるヒマはない」
男「そういやお前、勉強できたよな? 俺に勉強を教えてくれ!」
女「いいけど……いきなりどうして?」
男「俺は東大を目指すからだ!」
女「なんで!?」
男「死にゆく友のために……俺は東大に入学しなければならないんだ!」
女「えええええ!?」
男「うおおおおおおおおおっ!」カリカリカリカリカリ
男「う……」ウト…
男(眠い……だが、この程度! エベレストで感じた眠気に比べたら!)
女「ちょっとぉ、勉強のしすぎで手に血マメができて、マグマみたいになってるじゃない!」
男「このくらい……どうってことないさ……」
男「たとえ、両手が使えなくなっても、俺は東大に合格してみせる!」
―東大―
試験官「では、始めて下さい」
試験官「……む!?」
男「……」カリカリ…
試験官(あの受験生、両手が折れているから、口でペンをくわえて解答している!)
試験官(フフフ……まるでかつての私を見ているようだ)
男「……!」
男「やったーっ! 合格できたぞ! しばらくはリハビリ生活だけど!」
セミ「見事だ……」
男「これでもう、お前も心おきなくあの世に旅立てるだろ?」
セミ「いや……待ってくれ……」ジジッ
男「まだあるの!?」
セミ「お前に……恋人ができるところが見たい……」ジジッ
男「恋人……!?」
セミ「頼む……! それを見なきゃ、オレは……!」
男「分かったよ……見せてやるとも!」
女「なに? こんなところに呼び出して」
男「今までずっと、ありがとうな」
男「俺のステーキ食べてくれたり、登山しようとする俺を止めてくれたり、勉強教えてくれたり……」
女「そんなことで呼んだの? 別にいいって」
男「いや……本当にいいたいことはまだある」
女「!」ドキッ
男「俺はずっと君に対して、ある気持ちを持っていたんだが、それを打ち明けることができなかった」
男「だけどある友の後押しによって、やっとそれを打ち明ける勇気ができた……!」
男「俺は君のことが好きだ! 付き合って下さい!」
女「うん……こっちこそよろしく!」
セミ「フ……見せつけてくれる……」
――――――
――――
――
―病院―
患者「おかげで調子がよくなりました! ありがとうございました……!」
男「お大事に」
男「……」
セミ「今日も大勢の患者を救ったようだな」
男「ああ、あれから俺は東大を出て医者になり、あいつと結婚し、名医と呼ばれるようになった」
男「なにもかもお前のおかげだよ」
セミ「オレはお前の力を引き出すきっかけになったに過ぎんさ……」
セミ「――うっ!」ズキン…
男「セミ、どうした!?」
セミ「どうやら、今度という今度こそ……お迎えがきたようだ……」ジジッ
男「そんなこといって、まだなにか願いがあるんだろう? いつものパターンじゃないか」
セミ「いや……もうない……」
セミ「立派になったお前を見ることができた……オレはもうこの世に未練はないのさ……」
男「……!」
男「だったら……今度は俺が自分で願いを叶えてやる!」
セミ「……?」
男「今の俺なら、お前を助けられる!」
男「みんな、このセミを手術室に運んでくれ! オペを行う!」
医者A「はいっ!」
医者B「分かりました!」
セミ「……」
―手術室―
男(セミを手術するなんて、はじめてだが……)
男(ミネラルウォーターを買った時のスピード、ステーキ作りで手に入れた器用さ)
男(エベレストを踏破した体力、東大に入った頭脳、告白した時の勇気)
男(全てを駆使して、この手術に挑む!)
男(俺は必ずセミを助ける! 俺ならやれる!)
男「――メス!」サッ
――
――――
セミ「やれやれ、まさか本当に助かってしまうとは……名医にも程がある」
男「あと20年は生きることを保証するよ」
セミ「そんなに長生きしてもしょうがないがな」
男「そういうなって。生きてれば、なにかいいことあるかもしれないんだから」
男「ところで、俺はある時期、お前がいったいなんて種類のセミなのか調べまくったことがある」
男「しかし、いくら調べても、どんな学者に聞いても、お前が何ゼミかは分からなかった」
男「だが、俺はようやくお前の正体が分かったよ」
セミ「……!」
男「お前は人間に“真剣になることの大切さ”を教えるセミだったんだ」
セミ「ご名答」
セミ「そこまで分かってるなら、もうオレの名前も分かっているな?」
男「ああ、お前の名は――」
男「真剣ゼミ……!」
おわり