春の夕暮れ、真っ赤に染まる公園の自販機前で私たちは対峙した。
(今日こそ……今日言わないでいつ言うの……今でしょ! いや、そうじゃなくて)
これは何度目の告白だろうかと考える。いつも肝心なところで理不尽なアクシデントが起きるのだ。この男の持つ不幸体質のせいかと思うと腹立たしい。それはアンタの不幸じゃない、私の不幸だ! と主張したくなる。
「何だ? 話って」
タイムセールが、とスーパーの方向ばかり気にしている視線を磁力でこちらに向けられたらいいのにと願い、そんな能力も打ち消されてしまうのだろうなとすぐに思い直す。
(あああああ、だからそんなこと考えてる場合じゃなくて!!)
「おい、御坂? 時間まずいし話なら後でもいいか?」
「よくない! まっ……私は、ずっと――」
――アンタのことが好きでした?
過去形とか以前に何か違う気がする。
――私のものになれ?
どこかの女王様みたいだ却下。
「ずっと……」
私の立ち位置は何だ。こいつの後を追いかけて、隣に立って、時には叱咤激励して、走り続けるこのバカを支えたかった。
「ずっと……」
ゆるく空を掴む右手に目が行く。私の告白も消してしまうのだろうか。
(そんなことはさせない。この想いは幻想なんかじゃないんだから……!)
息を吸い込む。
「ずっと、ずっと…………アンタを応援してたんだから!!!」
元スレ
▽【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-40冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1379543420/
(………………ちっっっっがーーーーーう!! 応援て! そりゃ応援はしてたけど! するけど! 違う! それは告白の言葉じゃない!!!)
これでは伝わらないと項垂れてから見上げたウニ頭は間の抜けた顔を晒した後に、ポンと手を打って鞄から四角いものを取り出した。
(色紙……?)
不思議に思う私の前でさらさらとペンを走らせて、出来上がったのは
「はい、それ」
まさか御坂にバレてると思わなかったぜ、そういやお前よく読んでるよな、と一人納得するウニ頭。
少し崩れた漢字の並ぶ色紙を見る私。
「えっと……これは……」
「え? 違う? 応援ってもしかして手伝ってくれる方?」
何かが食い違っている。
「とりあえず、うち来るか?」
しかしそんなことはどうでもよかった。
先にスーパーに、と慌てる学ランの背を見る目元が火照っている。
折れるほど抱きしめた胸元の色紙には、こう書かれていた。
――今仁武礼甲
――いつも応援ありがとうございます
そして夕飯をご馳走になりつつベタ塗りを手伝った私の頭の中で、コンビニで読む少年漫画の作家の名前が結び付いたのは常盤台の寮へ帰り眠りに落ちようとした頃だった。
「あーーーー!! え!? まさかアイツが!?」
「ぉお姉様……何ですの……」
「お前たち今何時だと思ってる!!」
~月刊少年上条君1【その恋は、少年漫画化されてゆく。】~
「ねえ、漫画家ってもっとお手伝いがいるもんなんじゃないの?」
「いるぞ?」
白いシスターはとある高校教師の家に遊びに行っているらしい。最近は友達も増えたとか。良いことだ。
「インデックスはあんま手伝ってくれないんだけど、どこそこの何とかって建物を描いてくれって頼んだら凄いスケッチ描いてくれるぞ」
そして写真と見紛うスケッチを周りの絵と合わせて削っていくらしい。勿体無いが仕事というのはそういうものだろう。
「あとはトーン担当と効果担当がたまに来る」
「へえ~?」
ちなみにそれは男か女かどっちよ、と気軽に訊こうとしてタイミングを逃す。
「お前会ったことあるだろ。夏休みの最後の日に俺と一緒にいた青い頭の」
「あー……」
そういえばやたら青い頭を見たような気がする。私は視線を落とす。現実味のあるような無いようなバトルが繰り広げられているのだが、登場人物に既視感が拭えない。
「ところでこのキャラってモデルいたりするの?」
指差したのは主人公。大喰らいでお人好しで主な攻撃技は拳と噛みつきの牧師。口癖は『咬み殺す』……いや、これは既視感じゃないわ。
「この口癖はタイムリーに問題あるでしょ」
「懐かしネタだな」
「有名過ぎて突っ込む気も失せるわよ」
口癖はさておき全体像はというと、
「俺とインデックスを足して二で割った」
「なんで足したのよ」
「俺だけだと凡庸すぎて主人公には向かないって言われたんだ……はは」
凡庸でも人助けくらいするさ、と遠い目をする家主に私は訊ねる。
「他にもモデルとかいたりするの?」
「うーん……やっぱしそのままってのは無いけど、足したり割ったり引いたりしながらなら結構いるかな」
減る割合の方が多い気がするのだが、この男の周辺人物を考えると妥当なところかもしれない。
「……私もいたりする?」
「……」
沈黙が落ちる。私には分かる。これは後ろめたいことがある時の沈黙だ。
「正直に答えなさい」
「正直に答えるから! 電撃はやめてくださいまし!」
「なによ、アンタには当たんないでしょうが」
「お前はうちの家電に恨みでもあんのか!」
私より少し大きな右手が伸びて私の左手を掴む。
「怒るなよ……?」
「ば、場合によるわ!」
常盤台のお嬢様の手を握るなんてアンタにはもったいない僥倖なのよ、なんて言葉は今更こいつには通じないだろう。誰とでも軽々と手を握るんだからこの――
「……こいつ」
指差した先に描かれているのは主人公のライバルキャラ。作中でも人気の高いイケメンキャラだ。
そう。男だ。
「……こいつ?」
「そう、こいつ」
あのシスターが男性キャラに混ぜられている時点で薄々予想はしていたが。
「お前ってよく俺のこと助けてくれるし、かっこいいってイメージ強くて」
それは悪い気はしない言葉だけど複雑だ。そしてあのシスターも主人公に組み込まれている事を踏まえ、浮かび上がる疑問がある。
このヒロイン。
「ヒロインにもモデルっているわけ?」
この質問には先ほど以上に目が泳いでいる。脂汗と顔色がやばい。
「いや、そいつは、えっと……その、……な?」
「なにが『な?』なのよ」
この漫画のヒロインはただの悲劇のお姫様ではない。元々は悪の帝国側で好き勝手やらかしていた世間知らずのお姫様が作中のイベントを経て主人公とニアミスしつつ別の冒険路線を進んでいる。ある意味ではもう一人の主人公だ。
「そいつもたまに原稿手伝ってくれるんだけど……モデルにされてるとか知ったら嫌がるだろうし……」
「へえ……ちなみに私も知ってる人?」
レム睡眠時か痙攣かという速度で目が泳いでいる。というより溺れている。
「ああ、うん……知ってる……な」
「よく来るの?」
こいつ目線でヒロインって誰だ。それなりによく会っているはずの私やインデックスじゃない女の子――
「最近は来る回数も減ったかな。学校行くようになったみたいだし」
「なった? その子、不登校だったの?」
「色々と事情が複雑なやつでな……」
いじめにでもあっていたのだろうか?
「本当その辺の事情は俺も詳しく聞けないんだよ。立ち入ったことになるし……」
「アンタにしては随分気を使ってるわね」
「難しいやつだからな……下手に訊いて地雷に触るとな……」
お姫様扱いというよりは、かなり本気で危惧しているようだ。いったいどんな繊細な人間だ。
「扱いに困ることが多過ぎて、俺は心の中ではあいつを雪国豆腐と呼んでいる」
(……雪国、豆腐!???)
雪国といえば昔ながらの色白美人が多いと聞く。そんな女子いたかと私は全力で記憶を掘り返した。
(雪国……つまり色白で、豆腐も白………………待って、そこ待って、白いってことと豆腐ってことしか分からないけど、一人思い当たるやつがいる)
ピンポーン。
チャイムが鳴る。
「インデックスが帰って来たのかな」
はいはーい、と返事をしつつウニ頭が腰を上げる。
――予想以上に豆腐でした
いつぞや妹達の一人に聞いた言葉が思い出される。
「あ、お前か」
「誰だと思ったンだよ。これ、あのシスターに」
「インデックスが出てるからさ。茶くらい出そうか」
「別にイイ」
私は立ち上がり、玄関へ向かった。来訪者と目が合う。
「雪国豆腐!!!!」
「……斬新な喧嘩の売り方だなァ、オリジナル」
地雷に触れると本当に怖いんだよ、と後で何度もウニ頭が呟いていた。
~月刊少年上条君2【新(ニュー)ヒロインをよろしくね♪】~
「うーん、うーん、うー……」
夏の蝉のようにひっきりなしに呻いているのは、この部屋の家主だ。良いネタが浮かばないとかで私が来た時から唸っている。
(二人きりなのはいいんだけど……)
私と入れ替わりにシスターが一方通行と一緒に出て行った。欠食児童の攻撃を見かねた第一位が奢ると言い出したからだ。しかも初めてではないらしい。
(化け物も丸くなるのねえ……)
思うところはあるものの現状に不満はない。部屋に残った二人の仲を邪魔するのは原稿と締切と再来月のネームだ。邪魔すると同時に今の私たちを結びつけているものでもある。
(このまま時が止まればいいのに――)
「ただいまー! 腹八分なんだよ!」
「オイ、さっき満腹って言ったばっかだろ」
「帰る間に消化された分なんだよ」
「燃費わりィ……」
願いとは虚しいものである。
「つーか、まだ新キャラで悩ンでンのかよ」
缶コーヒーを開けながら一方通行が訊ねる。こいつもこいつでシスターの暴食をとやかく言えないんじゃないか。いつ見てもコーヒーを飲んでいる。
「その辺にいる奴でも適当にモデルにして作りゃイイじゃねェか」
「そうだよ、とうま! 私なんてどう?」
既に物語に骨の髄まで組み込まれている二人が言うのを私も苦笑いで聞いていたが、助け舟くらいは出そうと思う。
「そこの二人は置いとくにしても、モデルなんてそれこそ沢山いそうなものじゃない」
「微妙に作風に合わないといいますか……この街のやつらキャラ濃過ぎるんだよ…」
どっかに正統派の王子様みたいな軟派キャラいねえかな、と呟くのを聞いて携帯を操作するやつが一人。
「爽やか胡散臭い軟派キャラなら一人心当たりがあるぞ」
まさかのヒロイン様から王子様の紹介である。
(ちょ、エンパイア・リリィ姫直々の王子様推薦……! アンタにはちゃんと主人公っていう相手が……いや、こいつとあのバカがくっつくのは阻止したいからいいのか! って、イヤイヤイヤイヤ違うでしょ! こいつらはホモじゃないんだから現実にくっつくわけじゃないし漫画の中くらい別に…………やっぱり嫌ぁぁぁぁああ!!)
シスターが突ついてくる。
「短髪、どうしたの? 石みたいな無表情だけど」
「……女には冷静にならなきゃいけない時があるのよ」
ピンポーン。
「来たか。さすが早ェな」
どうやら先ほど携帯で呼び出していた相手らしい。一方通行が玄関まで迎えに行く。どうでもいいけど、ここの家主はアンタじゃない。
「あの……ここって上条さんのお宅ですよね」
「オマエら知り合いか?」
聞き覚えのある声に硬直する私、興味津々という顔のインデックス、ぽんと右手で左の掌を打つ家主。
「そっか。こいつがいたな」
来訪者と目が合う。
「あ、えーと……お久しぶりです、御坂さん」
「……お久しぶり、海原さん」
後日、開いたノートに新キャラのプロットが書きっぱなしになっているのを見た。
イケメンキャラであるガンレールに心酔している爽やか一途なホモの王子様というのは世界観を壊さないのか心配になった。
~月刊少年上条君3【女には、戦わねばならない、時がある。】~
ドアを開けると女の子の声がした。
「それで、なんで御坂美琴様はこのワタクシめに電撃を撃ってきたのでせうか」
「しかも『この変態ー!!』なんて掛け声付きでなー」
いつもより心なしかみすぼらしく見えるウニ頭の部屋で、飛んだ家具類を整えているのは土御門舞夏。私もよく知る家政学校の生徒だ。全く理解していない家主と全て理解しているメイドに挟まれて現在、私は絶賛反省中である。
「それで、うちの学校でやる演劇なんだけどなー」
兄経由でこいつが漫画家だと知って演劇台本の相談中だったらしい。
(そりゃ早とちりした私が悪いけど……あんな声聴こえたらそりゃ誤解するでしょ……)
手早く言ってしまうと二股男とその毒牙にかかったメイドの修羅場シーンだった。私は悪くないと言いたいけれど、一部の家電がお陀仏してしまったのは私のせいなので弁解はしない。
「この言い回しはどうなんだー、上条」
「え、変かな」
(……あ、嫌な予感がする)
「実際やってみるかー、御坂ー」
蝸牛よりは少し早いくらいの速度で後ずさっていたことを後悔する。もっと全力で逃げればよかった。
「御坂は一日メイドやったことあるし、いけるだろー」
言外にメイド役やるんだからしっかりやれとプレッシャーをかけてくるメイド見習い怖い。この子のメイドに対するこだわりは何なのか分からないが本気なのは身にしみて理解している。
「お、おかえりなさいませ! ご主人様!」
~三十分経過~
「我が天使、その花の顔(かんばせ)に触れるお許しを」
「わ、わ、私のような者にわっ、若様が、か、」
「御坂はなんで上条が恋人役だとズタボロになるんだろーなー。機械に喋らせた方がマシな発声だぞー」
「そんなに上条さんが恋人役なのは嫌ですか……」
(できるかあああああああああ!!!)
通常のシーンは何とかなっていると思うのだがラブシーンは確かに自分でも酷い出来だと思う。というかジゴロ台詞をこの唐変木が話すのは違和感を突き抜けてぞわぞわする。
「もう一人メイド役が欲しいなー」
「俺、一人二役しようか?」
「いやー……」
ピンポーン。ガチャ。
「うちのクソガキがシスターとどっか遊びに行ったらしィンだがオマエどこ行ったか知らねェ?」
鴨だ。
メイド見習いと家主の目が光った。
「よう。上がれよ。あの二人ならすぐ帰って来るって。コーヒー飲むか? まあ、そこに座って」
家主に丸め込まれて鴨がコーヒーに口を付けたところで用件を切り出す。
「なあ、協力してほしいことがあるんだけど……」
「……何」
さすがに怪しんでいるが今すぐ逃げようというほどではないらしい。
「俺ら今、台本の推敲しててさ」
「台本?」
演劇というものに馴染みが無いのか私より察しが悪い。
「難しいことじゃないんだ。ちょっとこの台詞読んでくれたらいいだけ」
人の良さそうな顔で紙束を手渡すウニ頭。案外、詐欺師の才能はありそうだ。
渡された台本に目を通して電極を切り替えようとした左手を幻想殺しが取り押さえる。
「放せ……ッ! こンなもン読めるかッッ」
「やればできるって! お前飲み込み早いだろ?」
「飲み込むもンは選ばせろッッ!!」
「慣れないこともやってみるんだろ?」
「その経験値はいらねェ!!!!」
能力抜きの腕力勝負でどちらに軍杯が上がるかなど火を見るよりも明らかだった。抵抗も虚しく、現在、家主の右手にしっかり掴まれた第一位の超能力者が項垂れて台本を読んでいる。
「声が小さいぞー」
「ォ、お帰りなさいませ、ご主人サマ」
「もっと敬意を込めてー」
「……お帰りなさいませ」
「そんなあからさまに主人から目を背けるメイドがあるかー。ちゃんと上条を見るんだぞー」
たっぷり恨みの籠った視線が至近距離で向けられるが家主は笑顔だ。
(抵抗できないと分かると強気ね……)
いいザマと思ったのも一瞬。あの距離は少し羨ましい。
(本人は災難と思ってるだろうけど)
同情したり羨んだりする間にもプロのメイド見習い――矛盾しそうだが真実だ――の指導は続いている。
「それなー、主人に食われてからのメイドBの態度にはいいんだけどなー。初期メイドとしては不合格だなー」
「…………オマエらいったいどンな劇やってンだよ……」
「全部読むか?」
家主の笑顔が眩しいのと反比例して通りすがりのメイドBは死に体である。夏至の太陽と赤道に連れて来られた南極ペンギンというところか。
「読まねェ……」
舞夏がぱらぱらと台本を捲っている。
「今のいい感じにやつれた声なら、このシーンなんていけそうだなー」
「何もイイこたねェよ……」
そして指定された箇所を読んで青ざめる顔と、既に突き抜けたやる気満々の顔が向き合った。
(相手のリアクションが大きいと悪ノリしちゃうやつの典型ね)
「いいかげん始めようぜ、超能力者。俺だってこんな二股男の役、好きでやってるんじゃないんだから」
「嘘つけ!! オマエぜってェ楽しンでンだろォが!!!」
そしてどれだけ抵抗しようと活路は無い。
見てるだけも飽きたのでキッチンでお茶でも淹れることにする。断じて男に嫉妬したわけではない。本当に。嫉妬なんかしてないんだからね! ……何度も言うと嘘のように聞こえるが本当に嫉妬なんかしていない。
「お前は俺のものなんだよ。今夜はこのベッドからは出られないものと思いなさい」
「ォ……おやめくださいご主人様」
本気で嫌がっているのがよく分かる声である。羨ましいを通り越して可哀想になってきた。同じく給仕のためについてきた舞夏がキッチンから指示を飛ばす。
「もうちょっと大きい声でなー」
「よいではないか、よいではないかー」
「やめてくださいッ!! ご主人様ァ……ッ!!」
バターン!!
「この変態ー!!!ってミサカはミサカはモーニングスター!!!!」
キッチンの横を矢のように小さな影が通り過ぎて行った。そのまま勢いを殺さずにコンビニ袋を提げた腕を振る。
いい音が鳴った。
缶ジュース数本のフルスイングを顔面にくらって悶絶する家主。鼻息荒く仁王立ちする幼女。幼女に助けられた第一位の超能力者。重ねて正義の鉄槌を下そうとする修道女。
姉妹というのは似なくていいところが似るものだなと初めて思ったかもしれない。
「あなた! だいじょうぶ? ってミサカはミサカはあなたの貞操を心配してみたり!」
「テイ……!? 違うッ! そォいうンじゃなくて――」
「とーうーまー!!」
「隠さなくていいのよってミサカはミサカは上条に乱暴されそうになってたあなたを慰めてみたり」
「いたたたたたたたたたたたたっ インデックス! 誤解だ! あれは演技で!」
「打ち止め! オマエら誤解してる! 上条は何も」
「演技で拘束する必要はあるのかな、とうま。私の目を見て、やましいことは何一つ無かったって本当に言えるのかな?」
「あなた、カミジョウをかばう必要ないのよってミサカはミサカは察してみる」
「打ち止めェ……」
「ふ、不幸だあああああああああああああああああああああ!!!!」
シスターに噛み付かれて叫ぶウニ頭と、幼女に慰められて半泣きのモヤシ。台本以上の修羅場が出来上がっていた。
翌日、プロットの書かれているノートに【潜入調査、ガンレール(女装)とリリィの二人がメイド姿で再会】と走り書きがあって漫画家ってしぶといなと思った。
~月刊少年上条君4【メイド&メイド】~
簡単なアンケートにご協力ください。
Q.休日に二つ年上の男性に買い物に誘われました。これってデートですか?(学園都市・14歳女性)
「そんなことあるわけないって分かってたわよう……」
デパートの一角、やたらフリルや安全ピンの多い服ばかりが並ぶ店にいる。隣のウニ頭は真剣な目で服を見ている。
「これ、リリィに似合うかな……」
知るか。
手にとった黒いゴスロリ服を脳内で一方通行に着せてみる。違和感? そんなものは二次元と三次元の隙間に落ちた。アンタの漫画なんだから着せたきゃ着せればいいじゃない。そういえばシスターも安全ピンだらけの服を着てたけど、まさかアンタの趣味なわけ?
一見どこにでもいそうな高校生はそうして矯めつ眇めつゴスロリ服を眺めていたかと思えば、今度は隣のコーナーにあるセーラー服もどきを手に取った。こんな店、ひとりで入ったら不審者だ。私がついてるだけで店員のお姉さんたちは好意的に解釈してくれるのよね。ダシに使われてることなんて知ってる。
「常盤台ってブレザーだよな」
「……急に何よ」
「御坂」
真剣な目がこちらを見ている。そういう顔してれば、ちょっとはかっこいいとか思ったりなんてしてないんだか――
「ちょっとセーラー服着てみてくれねえ?」
そんで写真撮らせて、と携帯電話片手に頼んでくる。さっきまで微笑ましいものを見る目だった店員のお姉さんたちの視線の温度が下がった。あ、これ絶対、いかがわしい用途だと思われてる。実際のところ、そんな予想は一ミリもできなくて清々しいくらい資料だけのためだってのが逆に哀しい。
「却下」
断ると粘るでもなく「そっか、じゃあ仕方ないな」と試着室へ向かった。着るのか。そのセーラー服を男子高校生が着るのか。
もう止める気力も無かった。
* * *
色んな意味でギリギリだったセーラー服姿の写真を私が撮影して店を出た。もうあの店行けない。そしてあのバカはセーラー服をなぜか購入していた。同居人のシスターにでも着せる気だろうか。あのシスターはあれで職業意識だけは高そうだから、そうそうあの修道服を脱ぐとは思えないのだけど。
「さっきはアンタの買い物に付き合ったんだから、今度は私に付き合ってよね」
男子高校生withセーラー服という絵面に比べれば女子中学生がぬいぐるみ持ってるのくらい可愛いものだろう。ゲコ太のコーナーへ一直線だ。もう遠慮なんてない。
「オマエ本当にそれ欲しいってンだな?」
「そうだよー、可愛いじゃない、この真っ黒つぶらなお目目とか真っ黒つややかなロングヘアーとか」
「可愛いっつったな。それ枕元に置いて一人で寝れンのかよ」
「寝れるよん。親御さん、ミサカを舐めてるな」
「二人ともそのくらいにって、ミサカはミサカは大人げない二人を宥めてみる」
ぬいぐるみコーナーの横から聞き覚えのある騒がしい声がした。運悪く、そこを通り過ぎようとしたところで目が合う。
「あ、お姉様! ってミサカはミサカは予期せぬ出会いに感謝してみる」
人形売り場に真っ白な髪の少年と、それとは正反対の真っ黒な髪の日本人形ケースを持った高校生くらいの年の少女と、小学生ほどの少女がいた。現実逃避をしてみても仕方がない。要するに一方通行と番外個体と打ち止めがいた。
喜色満面のチビッ子と裏腹に大きい方の二人はゲッという顔を隠さなかった。癪だが私もあの二人と似たような表情をしているんだろう。隣でウニ頭が気安く話しかける。
「よお、お前らも買い物か?」
「店に買い物以外に何しに来ンだよ」
「うふふふふ、セレブの回答ありがとう財布落とせ」
店に買い物以外に何をしに来るのかは私にも分からない。せいぜいウインドウショッピングくらいか。
「お姉様ーってミサカはミサカは協力を求めてみる」
「何よ」
幼い姿の少女が駆け寄ってくる。自分が十歳の頃そっくりだけど、十歳の頃の自分を隣に置いてみても見分けがつくだろう。姿形は似ていても言動は同じところを探す方が難しい。
「あの人がゲコ太以外のぬいぐるみにしろって言うのよゲコ太差別ってミサカはミサカは訴えてみる」
いや、一つだけ同じところがあったか。
「オイそこの白髪頭ゲコ太の何が悪いってのよ」
「部屋が蛙だらけになってンだよキメェ」
「ゲコ太ディスってんのかゴルァ」
ぬいぐるみ売り場の横で一触即発の状況を破ったのはやはりこの男だった。
「なあ、一方通行」
やれ! このゲコ太差別をぶち殺せ!
私は内心でこれまでにないほどウニ頭を応援した。
「なンだよ」
「……ちょっといいか」
しかし右手を一方通行の肩にのせ、真剣な顔で切り出したのは――
「お前、セーラー服着てみてくれねえ?」
「はァ……?」
さっきの店の紙鞄を左手で掲げ持つバカと、ポカンと固まっている白頭、笑うタイミングを逃して同じく固まっている番外個体、最初に動いたのは打ち止めだった。
「こ、んの、女の敵ぃぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!!!!!」
「ぇグきょっ」
レベル3でも全力を出せばスタンガン程度の攻撃はできる。世界を救った英雄というのは幼女の拙い凶刃にこそ敗れるべきなのだろう。とかまあ、そんな歴史小説にありそうな展開は放っておいて、膝から崩れたウニ頭を尻目に白頭と幼女が言い争っている。
「女の敵って何だよ」
「カミジョウはミサカの新婚計画という乙女の夢そのものにあなたのセーラー服なんてバグを差し込んでくれたのってミサカはミサカは、そりゃ似合うとは思うけどって、でもそうじゃなくてミサカはミサカはあなたがアブノーマルに引きずり込まれてしまうとミサカの将来計画に支障が出る恐れを考慮してっ、やっぱりカミジョウ殺るべきってミサカはミサカはミサカはミサカは」
「分かっ……いや分かンねェけど、とりあえず落ち着け」
一方通行は横でウニ頭をつついていた番外個体に打ち止めを預けた。ゲコ太を連れてきてもいいけど緑色以外でな、という微妙な指示とともに。レアカラーゲコ太が来ることを私は確信した。
「オイ、生きてるか?」
床に落ちていた手が上がる。
「うちのクソガキが悪かったな」
「じゃあセーラー服」
「着ねェ」
さすがは世界を渡り歩いたヒーローと言うべきか驚異的な回復力で蘇ったウニ頭が周りを見回して、奥に目を止めた。
「お、フィギュアがある」
「……小せェ人形か?」
クソガキの詫びに何か買うか、と一方通行が持ちかけると小市民の性か遠慮しつつ最終的にヒーローは貧乏に負けたようだ。
「こういうのあると便利なんだよなー」
「漫画描くのにか?」
一方通行もこのバカの漫画の手伝いをすることがあるらしいので用途の推測に迷うことは無かったらしい。
「そうそう。正中線引いてデッサン用に……腕は邪魔だな。折るか」
「折る……? 人形の腕を、折る……?」
途端に顔色を変えて一方通行があのバカの両肩を掴んだ。カランコロンと杖が転がる。
「オマエは、オマエは世界を救ったヒーローだろォッッ! 腕を折るとか、そンな――」
「ちょっ、一方通行!?」
突然どうしたと目を丸くする私たちの後ろから「あぁ……」と気の抜けた声がする。振り返ると三色ゲコ太を抱えた打ち止めだった。
「お姉様、気にしないで。ちょっとトラウマワードにアタっちゃっただけだからってミサカはミサカはフォローしてみる」
その赤黄紫のゲコ太の在庫がまだあるかの方が問題だ。
* * *
結局、一方通行は強制終了され番外個体に運ばれ帰った。財布から勝手にブラックカードが抜き出されてゲコ太が支払われていたが日常茶飯事だろう。
ダッシュでゲコ太コーナーに向かったがレアカラーゲコ太はもう無かった。
床に手をついて項垂れる私の肩にポンと温かい手が置かれる。
「そう凹むなよ、御坂。この後って用事とかあるか?」
「何よぉ……締切は終わったんでしょ? まだ何かあるわけ?」
ああ、ゲコ太、レアカラーゲコ太、さっき妹に土下座してでも譲ってもらうべきだったか……限定品だから再入荷できるか分からないとか……ネットオークションも学園都市外からだと運び込むの面倒だし……そもそも出品されてるか分からないし……ああゲコ太……
「インデックスが外泊なの忘れて飯作りすぎちゃってさ。良かったら食べに来てくれねえ?」
ゲコ…………え?
「家に!?」
「えっ……お、おう。そうだけど、二人だけが嫌なら他のやつも――」
「そっ、そんな小さいことを気にする美琴様じゃないわ! ほら、決まりよ! さっさと帰りましょ!」
家に! こいつの家に二人きり! 原稿でもなくごはん! それってお家デートってやつよね! シスターはそんなの毎日だって? 前提条件が違うわ! シスターはデートじゃないけど私はデートなの! 同居してる件については後日改めて尋常に話し合いの場を設けたい。
お誘いの時から嫌な予感しかしなかった日だけど、それなりに幸福に幕は下ろされた。
A.デートだと思えば誰が何と言おうとデートなのです!(学園都市・14歳女性)
蛇足として、その数日後に偶然あのバカと一緒にいる時に一方通行から電話がかかってきた。
『オイ、三下ァ! なンで俺にセーラー服送ってきた!!! 黄泉川がすげェ目で見てたンですけど! ってか打ち止めがオマエの殺害予告を――』
背後からバチバチと聞き覚えのある音がした。
「お姉様どいて、そいつ殺せないってミサカはミサカは往年の名台詞を引用してみる」
~月刊少年上条君5【それぞれに琴線がある。】~
俺の名は浜面仕上。またの名を世紀末帝王HAMADURAというが、それは忘れてくれていい。学園都市でレベル0をしている。こういうと何かの仕事のようだが、要は何の能力も開花しなかった落ちこぼれだ。一時はそのことでグレてヤンチャしたこともあったが、今は可愛い彼女と落ち着いた暮らしを模索している。
「はまづらぁぁああ! ジュース一つにどんだけ時間かかってんのよ!」
今その麗しの彼女はここにいないわけだが。
「浜面は所詮浜面なんですから、言ったって無駄ですよ、麦野」
鬼のような同僚のドリンクバー係を務めることを余儀なくされている俺に誰か滝壺を恵んでくれ。今すぐに。
マイスイートラヴァー滝壺はバイトを始めたらしい。そんなことしなくても俺が養ってやるよと言いたいのだがまだまだ大きなことは言えない身の上だ。何のバイトなのか訊いてみても菩薩のような笑みと沈黙が返ってきて詳しいことは聞けなかった。別の部屋を借りたらしいんだが、いかがわしいバイトじゃないよな……
「そういえば滝壺、この前、浮気症の男子高校生と修羅場ってた」
「マジで!?」
「すごいイイ笑顔だったけど」
麦野の情報に疑惑は深まるばかりだ。俺は滝壺に問い質すべきなんだろうか。でも俺の稼ぎが少ないからだって言われたら俺は――いや何をしてでも滝壺を幸せにしてみせる! 俺はやれる!
「滝壺さん、バイトなんてしなくても超お金持ってるはずなんですけどねえ」
絹旗の呟きは俺には聴こえなかった。
絹旗と麦野は女子会だとかで俺を置いて第三学区へ向かった。俺はひとり気侭に帰宅しているところだ。
俺たちがいたのとは別のファミレスの、道路に面した大きな窓から見慣れた顔が覗く。
(お、滝壺……と、………………大将だと……ッ)
意外な組み合わせだ。まさか麦野の言っていた浮気性の男子高校生というのは大将のことか。確かに師匠とお呼びしたいほどにはモテていらっしゃったが、知り合いの女に手を出すとは思いたくない。
「いらっしゃいませー」
何食わぬ顔でファミレスへ入る。二人の座る席が視界の端に映る席を確保して聞き耳を立てた。
「次は変身モノにしてみようかと思うの」
(コスプレ!?)
思わぬ滝壺の提案に俺の脳内ではコスプレ姿の滝壺が回り始める。バニーは最高だがナースもいい。滝壺のコスプレなんて三ヶ月分の給料をはたいてもいい。しかし、そこで俺は予想もしない言葉を聞くことになる。
「いつもどおりですね」
大将は表情一つ変えずにそう言い放ち、手元に視線を落とした。何かノートのようなものをぺらりと捲っている。
(滝壺のコスプレが……いつもどおり、だと……!?)
その後も耳を疑うような会話が続く。
「猫耳とかどう思う?」
(最高です!)
「気持ち悪いです」
(なん……だと……)
「バニーガールとかどう?」
(女神! 女神はここにいた! 俺は死んでもいい! いや、僕は死にましぇぇぇえええん! あなたとぅ生きるからぁぁぁぁ!!)
「新種の化け物ですか?」
(大将ォォォォオオオ表出ろやァァァァアアアアア!!!!!)
こみ上げる怒りを抑えようと奮闘している間に滝壺と大将は店から出ていたようだ。よく憶えていないが、足が向くままにふらふらと歩いていたらいつのまにかアジトであるマンションの一室へと着いていた。ガチャガチャと手が震えて鍵を差し込むにも一苦労したが、ドアを開けると滝壺が出迎えてくれた。
「おかえり、はまづら」
麦野たちはまだ帰ってきていない。
「滝壺おおぉぉ」
俺は思わず華奢な体に抱きついた。
「どうしたの……?」
「滝壺! 俺は、俺だったら、お前がバニーガール着たらすっげー喜ぶぞ!!!!」
誰よりも滝壺を愛しているのは俺なんだ。大将が相手でも絶対に負けない。世界の果てまで逃げることになっても、必ず滝壺を守り抜いて二人で生きる!!
「…………」
「……滝壺?」
「はまづら……」
俺は体を離し、改めて愛おしい顔を見た。何よりも尊い唇から返事が下される。
「はまづら、死んで」
* * *
「あ、滝壺さん、こんにちは」
「上条、早いね」
「今日はどこも半ドンですよ」
道端でウニ頭が年上らしきピンクのジャージの女性に声をかけた。少しぼんやりした会話が続く。
「この前これ助かりました」
墨汁が返される。ああ、同業者かと私は納得した。今日はコンビニで漫画でも読もうかとしていたらウニ頭が野良犬ならぬ野良ウータンに追いかけられてるのを見かけて助けたところだ。何をどうしたらオラウータンに追いかけられるんだろう。私も追跡してきた動物園の飼育員のお兄さんも首を傾げていたが、このバカからすると「どうせ上条さんは不幸の塊ですよ……」の一言で済むらしい。
ピンクのジャージのお姉さんとはすぐに別れた。並んで帰路を歩きながら取り留めなく会話は続く。
「あの人、同じ雑誌で連載してんだ」
「へえ、何て人?」
「ペンネームより、これ言った方が分かりやすいんじゃねえかな……」
何かよほど特徴でもあるのだろうか。
「どの話にもアルマジロが出てくる人」
「……………………ああ」
思い当たった。某FF風ファンタジーにも現代風ミステリーにも不条理ギャグにも、何を描いても必ずどこかにアルマジロが出てくる作家がいる。今連載しているものは戦隊モノなのに変身後の姿がアルマジロだ。
「担当の編集さんがすっげえアルマジロ推しなんだけど、俺はもう付いていけねえな。この前もアルマジロのバリエーションだとか言って猫耳だのバニーだの何のキメラだよって案ばっか出してて、滝壺さんも編集に毒されてるし……」
漫画家って大変なんだなぁ。
「ところで助けてくれたお礼にスーパーのアイスくらいなら奢るぞ、御坂」
「……どうせ一番安いのなんでしょ」
頬が緩むのを抑えられずに一歩前に出て私は答えた。
~月刊少年上条君6【スピンオフ】~
学園都市には学生でも使える貸金庫がある。主な用途は研究データの保管だ。学生といえど、学園都市では数億を動かす研究を主導していることもあり、貸金庫は学生の生活に必要不可欠なものとなっている。
私も学校の研究に使うデータを貸金庫の一つに入れている。今日貸金庫に出向いたのはそのためだ。数人で行う研究ともなればデータの保管には尚のこと気を使う。データの入っているチップのケースを取り出し、その奥にも何か入っていることに気付いた。
金庫の病的に白い光の中、取り出されたものは赤い包み紙の箱だった。
「うわぁ……忘れてた」
二月に買ったチョコレートだ。寮の部屋に置いていると黒子に見つかると思って金庫に入れて、バレンタイン当日に取り出したはいいが結局渡せずに捨てるのも開けるのも悔しくて何となく金庫に戻してしまったのだ。箱をひっくり返す。
「賞味期限、今月までか」
もう金庫に寝かせておく意味は無い。チョコレートはチョコレートとして、何の意味も付加せずに食べることにしよう。
「バレンタインは散々だったなぁ」
金庫の中には私しかいないこともあり、独り言が大きく響く。しかし本当に散々なバレンタインだった。あれは血のバレンタインとか世界惨劇デーとかいう名称が付きそうな日だった。そして、一歩でも間違えれば世界滅亡の危機という一日を乗り越え、二月十五日もあのバカは走り回っていた。
「今日はチョコが半額なんだ! インデックスの腹にもずっしりきそうな感じのチョコを!!」
二月十四日の惨劇をくぐり抜け、辛うじて手元に残ったチョコレートは当然ながらシスターのお気に召さなかったらしい。
もう七月だ。明日には夏祭りも控えている。今なら、チョコレートを渡しても愛の告白だなんて思われないだろう。渡してみようか。賞味期限が近いから食べるの手伝ってって言って。あのシスターのいないところで。
そんな考え事をしてぼんやり歩いていたからだろうか。普段なら電磁センサーで気付くはずの接近に気付かず、曲がり角で盛大に人とぶつかった。
「わっ」
「えっ」
包みを開けてみたところだったチョコレートがばらばらとアスファルトに落ちた。
「す、すみません! ……って御坂? わりぃ、それ……」
すぐには返事が出来なかった。散らばったチョコレートを呆然と見る。たかだか数千円のチョコレートだ。何の痛手もない。お菓子が散らばっただけだ。すぐに清掃ロボットが跡形もなくしてくれる。
(私の想いもそのうちこうやって砕けて押し流されて消えていくのかな……)
ネガティブな考えになっているところにウニ頭が覗き込んで様子を伺う。
「御坂? 悪い。大事なもんだったか?」
「……違うの。何でもない」
「何でもないって感じじゃねえだろ。俺にできることあったら何か言ってくれよ」
高そうだから弁償とかすぐには無理だけど、と眉根を寄せて申し出る姿に自然と笑みが零れた。
「じゃあ、食べて」
「えっ……」
ウニ頭が地面のチョコレートひとつひとつと私の顔を見比べる。
「……落ちたのをって意味じゃないわよ」
手元に残った一つを差し出すと明からさまにホッとした顔になった。笑顔で地面に落ちたものを食えって言うほど鬼じゃないわよ。失礼しちゃうわね。
「最後の一個貰っていいのか」
「いいから食べなさい」
「いただきます」
二月に買ったチョコレートは無事に上条当麻の胃袋に収まった。
「賞味期限が今月だったのよ」
「今月中は美味しく食べれるって意味じゃねえか。これだからブルジョワは……」
的外れなことをぶつぶつ言っているウニ頭を促してその場を離れる。立ち止まったままでは清掃ロボットの邪魔になるからだ。
このところは二人で並んで歩くことに違和感も無くなってきた。これを順調と言うべきか、意識されていないと嘆くべきかは分からない。
「明日、夏祭りだよな」
「そうね」
「写真撮りにいくんだけど御坂は行く予定あるか?」
誰か浴衣撮らせてくれるやついねえかな。ウニ頭は漫画のことを考えているのか上の空で話している。
「アンタの漫画ってファンタジーじゃない。夏祭りとか浴衣とか何に使うのよ」
「和風要素は入れた方がいいって編集さんがですね。いや、和風とかは抜きにしても祭りの時の神社は建築物モデルとして撮影しといた方がいいんだよ。浴衣はついでに撮れたら助かるくらいの感じで」
「ふうん……良いわよ、浴衣くらい」
「本当か! 助かる、御坂!」
ありがとなーと間抜け顔で笑うウニ頭に一つ条件をつけてみた。
「浴衣、撮らせてあげるから、アンタは一人で来なさいよ」
夏祭りの日、いつものアクシデントはどうしたのかと不思議に思うほど無事に集合できた。なんとあのバカが時間どおりに集合場所として指定した店の軒先に来たのだ。いっそ天変地異の前触れだろう。
「明日世界が終わるなら楽しむしかないわね」
「……さすがの上条さんでもそこまで言われるほどではないのでございますが」
金魚すくいや射的といった昔ながらのものが学園都市ならではに能力制限付きだったりゲーム自体のハードルを上げたりと工夫されている。露店も見た目どおりの材木作りではなさそうだ。りんご飴を齧りながら、横顔をゲコ太のお面で隠す。人混みの中で黒子たちとすれ違った。どうかバレませんようにと信じていもしない神様に祈ってみたけど、神様はにわか信者にも優しかったようだ。
露店の続く通りから一本離れ、山の小高い方へと歩く。人の波が途切れて疎らになったところで一息ついた。
「写真、いいか」
浴衣の裾を整えて、何枚か撮影する。そのまま赤い提灯の浮かぶ境内を撮影し出したウニ頭を何の気なしに眺めていた。もうすぐ花火が夜空に咲く。夏の大輪は一秒たりとて同じ場所に留まらない。本当は何だってそういうものなんだろう。止まっているように思えているものは進んでいたり腐っていったりしているのだろう。私の想いも、このまま胸の中にしまい込んでいれば温められすぎて腐っていくのだ。
私の寄りかかっていた木の傍にウニ頭が戻って来る。
「花火もうそろそろ上がるな」
すぐにドンという音とともに夜空が彩られた。カメラを中空に向けて連射している横顔に私は告げた。
「……好き」
花火の音に紛れて聴こえていないだろうと思っていたのに返事はあった。
「俺も」
聞き間違えかと思った。疑ったまま見つめる私を振り返って、私のヒーローは言葉を重ねた。
「俺も好きだぞ、花火」
……。
「そうよね!!! どうせそんなことだろうと思ってたわよおおおおおおおおお!!!!! うわあああああああああああああんんんん!!!!!!」
「どうした!? 御坂! 落ち着け!!! ふげァあああああああああああ!!!!」
バチバチと境内の片隅にも火花が散った。近くの木陰から「おお、リア充が爆発してるぜよ」とか「たーまやー」とか聴こえる。うるさい!! リア充じゃないわよ、放っとけ!! 爆発するのはリア充だけにしろ!!!!
地上の花火の悲喜交々をよそに、上空の黒いキャンバスでは大輪の花が未だ盛りの夏を祝福していた。
この空の下にある全てのリア充よ、爆発しろ!!!
~月刊少年上条君7【この気持ちが恋じゃないなら、きっと世界に恋はない。】~
919 : 今仁武礼甲 ◆wapTtVzPxk - 2015/03/24 02:40:33.38 +3eP5jmBo 21/21以上です
読んでくれた人はありがとう
季節感どこ行ったって感じでスマン
リア充マジで爆発しやんかなー