1 : ◆8F4j1XSZNk - 2015/11/13 22:47:10.97 KkRPY6Ap0 1/1313・書き溜めはある程度ありますが、完結には至っていないので、今日ある程度投下した分以降はゆっくりと更新します。
・更新は不定期です。超亀更新です。
・世界観は異世界です。転生ものではありません。
・有名な怪物や妖怪の名前が登場することがありますが、本SS内での設定が多いですので注意が必要です。
・レスへの返信はある程度まとめて行います。ですが誤字指摘などへは早急に対応します。
・地の文、効果音等が一切ない、完全な台本形式ですので状況がわかりにくい所が出るかもしれません。その際には遠慮なく質問してください。
それではよろしくお願いします。
元スレ
狐神「お主はお人好しじゃのう」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1447422430/
狐神「おぬしはお人好しじゃのう」 其ノ貮
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1474192815/
《狐》
お祓い師(この長い階段の先に土地神信仰のための社があるらしい)
お祓い師(とうの昔に信仰の途絶えた神の社らしいが……。こんな山奥だ、野党に取られていない宝具の少しでも残っているだろう)
お祓い師(……さてここか。宝具の他にも売り飛ばせそうな物があればいいんだがな)
???「待たれよ、おぬし何者じゃ」
お祓い師「なっ……!」
お祓い師(社に人がいる!?)
お祓い師(……いや……)
お祓い師「貴様、物の怪の類か。それならば成敗するぞ」
???「ふうむ、物の怪とはわしも落ちたものじゃのう。しかしまあ、信仰を無くした神は物の怪とさして変らぬか」
お祓い師「まて、いま自分のことを神と言ったか?」
???「そうじゃ、わしはこの社に祀られておった狐神じゃ。信じられんか?」
お祓い師「にわかに信じられんな。俺の知っている神というものはもっと人々に慕われているものだが」
お祓い師「こんな山奥に一人でいる神があるか」
???→狐神「わしへの信仰が無くなってはや百年余り。もうわしの元へ訪れる人間などおらんよ」
狐神「腹は減り、喉は渇き、排泄もする。半日動けば睡魔に襲われ、不養生がたたって体調も崩す」
狐神「神とはおぬしらの思っているほど完璧なものではない」
お祓い師「……何を馬鹿げたことを。獣の耳と尾の生えた人などいるか。そういった奴らをまとめて物の怪と呼ぶんだろう」
狐神「ふむ、あくまで信じぬというか。神の力でも見せれば信じるかの」
お祓い師「ふん、妖術を使うつもりか」
狐神「一緒にするでない」
お祓い師「まあ、どうしてもというならば見てやらんこともない。ただし少しでも不審な真似をすれば即座に祓うぞ」
狐神「うむ、よかろう」
狐神「さて、ここで一つ頼み事があるのじゃがいいかの」
狐神「信仰を無くしたわしは供物がないと神の力を使えぬ。なにか食べ物をくれんかの」
お祓い師「断る」
狐神「なぜじゃ!」
お祓い師「俺にとって利益がないからだ」
お祓い師「まあ、宝具の一つでもくれるならば考えてやる」
狐神「わしの社に宝具などないわ」
お祓い師「そうか、じゃあな。俺は帰る」
狐神「……おぬし見たところお祓い師のようじゃが、わしを祓わずに帰ってよいのか」
お祓い師「俺は金にならないことはしない。お祓いも依頼でなければ自分の身に危険が及ばない限りしない」
狐神「意地汚い男じゃのお……」
お祓い師「お前は俺に手出しをする様子もないし帰ることにする」
狐神「わしが言うのもなんじゃが、詰めが甘く無いかの……」
狐神「……で、おぬし。見たところこの辺りの人間ではないが、旅のお祓い師かの」
お祓い師「そうだ。しばらくは麓の町に滞在するつもりだがな」
狐神「そうか」
お祓い師「それがどうかしたか」
狐神「神は信仰に縛られる存在じゃ。わしを信じるものがいない今、わしが行動できる範囲はせいぜいこの社のある山の中だけじゃ」
狐神「幸いにこの山は自然豊かで食料には困らぬが、話す相手がいないというのは辛いものじゃ」
狐神「もしよければ暇な時に話し相手になってくれんかの」
お祓い師「何を馬鹿なことを」
お祓い師「俺は金を稼ぎに来ているんだ。そんな暇なんて無い」
狐神「ま、暇な時でいいんじゃ」
お祓い師「……知らんな。俺は帰るぞ」
狐神「…………」
*
お祓い師(結局この町ではろくな仕事の依頼はなかった)
お祓い師(御札の数枚が売れた程度で大した収益にはならなかった)
お祓い師(宿賃なんかを差し引けば赤字もいいところだ)
町人「た、大変だー!」
お祓い師「どうかしたか。物の怪でも出たのか」
町人「い、いや。町の近くの山が火事になったみたいなんだ」
お祓い師「山火事、だと……」
お祓い師「まて、あの山は……!」
お祓い師(あの狐神と名乗った女のいた山じゃないか)
町人「ここの所空気が乾燥していたせいだろう。町の火消したちが町まで燃え広がらないように頑張っているみたいだが……」
お祓い師「町に火がこないように食い止めるしかできないのか。山の社はどうなる」
町人「社……?なんのことだかわからないが、もう火事はあの規模だ。鎮火するのは一苦労だろうな」
お祓い師「…………」
お祓い師(あいつの話を信じるならば、あいつはあの山から出ることはできない……)
お祓い師「……ああくそっ!」
町人「お、お祓い師さん!?どこへ行くつもりで!?」
*
お祓い師(俺は何を馬鹿なことをしているんだ)
お祓い師(ただ、少しとはいえ言葉を交わした仲だ。蒸し焼きで死なれては寝覚めが悪い)
お祓い師(……到着したが、すでにここにも火の手が回っているな)
お祓い師「おい、物の怪!いるなら返事をしろ!」
狐神「お、おぬしは……」
お祓い師(まだ無事だったか……)
お祓い師「何をしている!この山には川もあったはずだ。そこで火が収まるのを待つ手もあっただろう!」
狐神「そ、そうはいかなかったのじゃ……。いまのわしをこの世に繋ぎ止めているのはこの社じゃ。この社が燃え尽きてしまえばわしの命も絶えてしまう」
狐神「人とは比べ物にならないほど永く生きたわしじゃが……。やはり一人で死ぬのは寂しいと思っておった……」
狐神「しかしおぬしが来たからもう平気じゃ。社はもう駄目じゃがここ一帯に炎が広がるまではまだ時間がある……」
狐神「どうか最期ぐらいは看取ってくれんかの」
お祓い師「や、社に火が……!」
狐神「少しずつじゃが意識が遠のいてゆく……」
お祓い師「ま、待て!このまま死なれては寝覚めが悪いどころの話ではない!」
狐神「そうは言ってももう手遅れじゃ……。昔ならばここの本尊以外にも小さなほこらが町にあったりしたものじゃが、今はそんなものは残っていない」
狐神「もう他に“依り代”のないわしは消えるしかないのじゃ……」
お祓い師「くそっ……!」
お祓い師(……待てよ。依り代、か……)
お祓い師(…………)
お祓い師(なんというか、自分でも嫌になるほどのお人好しだな)
お祓い師「……だが、やるしかない」
狐神「……お、おぬし何をしておる!既に社は燃えておるぞ!」
お祓い師「くっ……!本尊はこの中だよな!?」
狐神「や、やめんか!火傷するぞ!」
お祓い師「うるせえ少し黙ってろ!」
狐神「むぅっ……!?」
お祓い師「よ、よし!まだ中は燃えきってなかった」
お祓い師「……ふむ、よし……」
狐神「おぬし、まさか……」
お祓い師「少し痛いが我慢しろよ。血が必要なんだ」
狐神「痛っ……!って、待ておぬしよ!自分のしていることが分かっておるのか!?」
お祓い師「分かっているに決まっているだろ。俺を依り代として契約をし直すんだよ」
狐神「お、おぬし、わしが神だと信じておらんかったろうに!」
お祓い師「ガタガタうるさいぞ!本尊が燃え尽きる前に儀式を終わらせないとまずいだろう」
狐神「……う、うむ」
お祓い師「お前の血で契約印を書く。普通は身体のどこに書くもんなんだ」
狐神「ば、場所は問題にならぬ」
お祓い師「じゃあ書きやすいから腕に書く」
お祓い師「……よし。あとは何をすればいい」
狐神「依り代となるものの一部をわしに捧げる必要がある。今回はおぬしの血がよいじゃろうな」
お祓い師「わかった、血だな。……くっ……!」
お祓い師「これでいいだろ。飲めよ」
狐神「……では頂くとするの」
狐神「(ペロペロ)」
お祓い師(……くすぐったい)
狐神「(じゅるじゅる)」
お祓い師「啜るな!」
狐神「すまんすまん」
お祓い師「……で、契約はできたのか?特に変わった様子はないんだが……」
狐神「…………」
狐神「……うむ、成功じゃ。意識がはっきりと戻ってきたのう」
狐神「さて、それでは急いで山を降りるとするかの。だいぶ火の手が回ってきたからのう」
お祓い師「なに当然のように背中に乗ってんだ」
狐神「足をくじいてしまっての」
お祓い師「火傷以外平気そうなんだが……」
狐神「堅いことを言いなさんな若造よ。ほれ急がんかい」
お祓い師「急に偉そうだな。やっぱり捨てていくか」
狐神「お願いじゃ勘弁しておくれ」
お祓い師「……あとでちゃんと対価を要求するからな!」
狐神「最悪身体で返すわい」
お祓い師「そういうのは求めてねえよ!」
*
お祓い師「それで、なんでお前が俺の馬に跨っているんだ……?」
狐神「当たり前じゃろう。わしは依り代から遠く離れられぬ。おぬしについて行かざるをえないのじゃ」
狐神「ほれ、手綱を持てい。目的の町まで出発じゃ」
お祓い師「あまり態度がでかいと蹴り落とすからな」
狐神「それは勘弁しておくれ」
狐神「なに、わしもおぬしの仕事の役にはたつぞ。わしは力衰えたとはいえ神じゃ。物の怪を探知することぐらいはできる」
お祓い師「精々口だけじゃないことを祈っているぞ」
狐神「くくっ、おまかせあれじゃ」
お祓い師「ところで先日助けてやったことに対する報酬がまだだが……?」
狐神「ふむ、そうじゃったな」
狐神「……やはりこのカラダが目当てなんじゃろう?」
お祓い師「そんなこと望んでねえっ!」
狐神「なんと、この成熟したカラダに欲情しないとは……!もしやおぬし、幼児性愛者か、もしくは同性愛者かの……!?」
お祓い師「馬から払い落とすぞ」
狐神「冗談じゃ」
お祓い師「……いずれ借りは返してもらうぞ」
狐神「わかっておる」
狐神「わかっておる」
狐神「……ちなみにわしは経験豊富じゃからな。大抵の戯れには対応できるからの、安心せい」
お祓い師「か、ね、で、か、え、せ!」
狐神「一々リアクションの大きいやつじゃの。ほれ、そろそろ出発しようぞ」
お祓い師「……はああ、妙な連れが出来ちまった……」
お祓い師「頼むから人前で耳と尻尾は出してくれるなよ。耳は頭巾、尻尾は袴の中だ」
お祓い師「これが守れないなら俺の立場上、置いていかざるを得なくなるからな」
狐神「心得ておる」
お祓い師「最悪、俺の名誉のためにお前を人前で滅却することになる」
狐神「それは本当に困るからやめておくれ」
お祓い師「そうならないように気をつけるんだな」
お祓い師「……さて行くか」
狐神「……うむ」
狐神「のう、おぬしよ」
お祓い師「なんだよ」
狐神「わしゃあ、おぬしには本当に感謝しておる」
お祓い師「何だ急に改まって」
狐神「会ったばかりの、しかも人ならざるわしを助けてくれたことじゃ」
狐神「それだけでなく、こうして同伴することも許してくれた」
狐神「正直わしにはこの恩をどう返せばよいのかわからぬ……」
狐神「わしは何百年もの間、あの小さな山の中で一人で暮らしていた」
狐神「供物を持って訪れる人々に、わしが持つ力の限りを持って手を差し伸べた」
狐神「しかしそれは、わしの力による、するべきことの決まった作業のようなものじゃった」
狐神「こうやって逆に人に助けてもらった時にどうすることが最善なのか、わしにはさっぱりわからないのじゃ」
お祓い師「…………」
お祓い師「だから金でいいって言ってんだろ」
狐神「じゃ、じゃが……!」
お祓い師「俺は金が何よりも好きだ。金が無いと何も出来ないのがこのご時世だからな」
お祓い師「それなのにこの職は右肩下がりの低迷期。金をもらえることが何よりも嬉しいんだよ」
お祓い師「……それに、その方が分かりやすくてお前も気が楽だろ」
狐神「…………」
狐神「おぬしはお人好しじゃのう」
お祓い師「うるせえ、それは自覚してる」
お祓い師「見逃したことはあっても、人外を助けた挙句、一緒に旅に出るなんて経験は初めてだ」
狐神「……ふふっ、ではこの貴重な機会をうんと堪能するがよい」
お祓い師「せいぜいそうさせてもらうぜ」
狐神「うむ、ではこれからよろしく頼むの」
お祓い師「……ああ、よろしくな」
23 : ◆8F4j1XSZNk - 2015/11/13 23:41:41.67 KkRPY6Ap0 21/1313ここまでが導入章です。
こうやってだらだらと登場人物が会話しているのが大半です。
戦闘シーンは存在しますが、台本形式の特徴上あまりかっこよく表現できないので(技量不足)、案外あっさり終わることが多いです。
では今後はゆっくり更新となりますので、上がっていたらたまに目を通してみてください。
《狼》
狐神「しかし乗馬というのも長時間だと疲れるの」
お祓い師「まあこれに関しては慣れるしか無いな」
狐神「それに変なところが刺激されるの」
お祓い師「知らんな」
狐神「ノリが悪いのう」
お祓い師「お前の戯言に一々付き合っていたら疲れちまうからな」
狐神「つまらん奴じゃ。それよりおぬし、荷馬車でも買わんかの。そのほうがわしも楽じゃ
お祓い師「お祓い師やっていく上で荷馬車なんかいるか。商人じゃないんだぞ」
狐神「退魔道具で大掛かりなものとかないんか」
お祓い師「俺はそんな大層なものに頼らなくても、大抵の相手ならどうにかなる。これでもお祓い師の名家の血筋だからな」
狐神「おぬしが名家の血筋とは笑わせてくれるの」
お祓い師「うるせえ!……まあ、過去の話だけどな」
お祓い師「お前らみたいな神への信仰が廃るのと同じように、魔の者、物の怪の存在も年々減ってきている」
お祓い師「祖父の代では商売繁盛、お医者様と並んでお祓い師様なんて呼ばれてたらしいが……。今では仕事を探すほうが大変だ」
狐神「……ふむ」
狐神「……ややっ!あれは何じゃ!?」
お祓い師「ん、ああ、あれは蒸気機関車だ」
狐神「じょ、じょうききかんしゃ、とな……?」
お祓い師「石炭を燃やした熱で水蒸気を発生させて、その力で車輪を動かしているんだと。俺は技師じゃないから詳しい仕組みは知らないけどな」
お祓い師「まあ、まだお前が町に出歩いてこれていたような時代にはなかったものだな」
お祓い師「俺の生まれ故郷もある、はるか遠くの西の地で発明されたものだ」
狐神「お、おお、なんと……。斯様に大きなものが、轟々と音を立てて移動していくさまは圧巻じゃのお……」
お祓い師「ははっ、世代の差を感じるか?」
狐神「なっ、失礼なやつじゃな!そこまで歳は変わらんわ!」
お祓い師「ほう、じゃあ歳を言ってみろよ」
狐神「……言えぬ」
お祓い師「だろ?」
狐神「女性に歳を聞くのは関心せんぞ」
お祓い師「あー、はいはい」
狐神「ぐぬぬ……」
狐神「……しかし、これでわかった気がするのう」
お祓い師「なにが」
狐神「わしら神への信仰が寂れてきた理由じゃ」
狐神「昨日泊まった宿にあった……らんぷ、と言ったか」
狐神「百年も前は蝋燭ですら高級品で、庶民は囲炉裏にくべた薪の明かりだけが部屋の中を照らしている光景が普通であった」
狐神「火というのは人間にとって手放せない道具じゃ」
狐神「昔の人々は少しでもその灯りが強くなるようにと祈ったりしたものじゃ」
狐神「……神というのは祈られることで産まれるのじゃ」
狐神「『少しでも明るく』、『少しでも暖かく』、そういう願いを叶えるために火の神が産まれていった」
狐神「しかしあのらんぷというもの、焚き火とは比べ物にならないほど明るく、そして長く輝いておった。あれは祈祷の産物ではなく人の知の産物じゃ」
狐神「人々は気づいたんじゃな。神に頼らずとも己の工夫次第でなんとでもなるということに」
狐神「必要とされなくなった神は消え行くのみじゃ。……わしのようにな」
狐神「時代は動き、神の力がなくとも人は己の知力を以ってして生きていけるようになった。つまりはそういうことじゃろうな」
お祓い師「……なるほどな」
狐神「そしてこの事はおぬしの悩みの種にもつながってくる話じゃ」
お祓い師「と、言うと?」
狐神「物の怪や魔の者というのは人々の恐怖の表れじゃ。恐れられるからこそあ奴らは存在している」
狐神「人々はその正体の分からぬものを恐れ、そしてそれを物の怪のせいにすのじゃ」
狐神「具体的な原因を作ることで安心しようとするのじゃな」
お祓い師「俺たちお祓い師が物の怪を祓うことで、更なる安心を得る、ということか」
狐神「しかしそんなこともいずれは終わる。人の知が未知なる恐怖を少しずつ消していくからじゃ」
狐神「そうして必要とされなくなったわしら神々や、物の怪の者たちは消えてゆくのじゃ」
お祓い師「……時代に必要とされなくなった、か」
狐神「まるで時代遅れの道具のようじゃろう」
お祓い師「…………」
狐神「わしらの中で一番長生きするのはおそらく、生と死に関して祀られた奴らじゃろうな」
狐神「生と死という漠然とした概念への恐怖は、それこそ神にすがって紛らわすしかないものじゃからな」
狐神「まあその生と死という概念を、わしら神々も知り得ぬというのが全くもって滑稽なことじゃがのう」
お祓い師「…………」
お祓い師「……仮に」
狐神「んむ?」
お祓い師「仮にお前が時代遅れの道具だとしよう」
お祓い師「そうなると、それは俺も同じことだ。時代遅れの道具を祓う道具なんて需要が無くなるわけだ」
狐神「…………」
狐神「かっかっか、それもそうじゃのう。お祓い師などとっとと廃業にして、わしと二人で商いでも始めたほうがよいと思うぞ」
お祓い師「ま、それもそうかもな」
狐神「じゃろう?」
お祓い師「でもそれはまだ先の話だ」
お祓い師「まだしばらくは、俺という人間がこの世界にどれほど必要とされているのか確かめたい」
狐神「……ま、それも一興じゃの」
お祓い師「俺が拠点を構えている街が見えてきた。耳と尻尾は隠しておけよ」
狐神「わかっておる。他のお祓い師に退治されては敵わんからの」
*
狐神「ほおお、これはまた大きな街じゃ」
狐神「おや、あの透明な障子はなんじゃ」
お祓い師「障子ってなあ……。あれは硝子窓だ。ランプの火の周りを覆っていたのも同じ硝子ってものだ」
狐神「ほおお、綺麗なもんじゃのう」
狐神「おお、じょうききかんしゃが建物の中に入っていくぞ」
お祓い師「あれが蒸気機関車の駅だな。あそこまで大きなものが東の地にも建つようになったのもここ数年のことだ」
お祓い師「俺が生まれた頃には、まだこっちの地方には線路も来ていなかったみたいだからな」
狐神「ううむ、そして漂う美味しそうな香り。飯時が楽しみじゃ」
お祓い師「仕事探しが先だがな」
狐神「むう、それならば急ぐのじゃ」
狐神「そういえば、仕事探しとはどのようにするのだ」
狐神「まさか一軒一軒訪ねて、家主が何かに憑かれていないか調べてまわるわけでもあるまい」
お祓い師「ここまで大きな規模の街になるとそりゃあ無理だな。大きな街でその手のことで困った人は役所に依頼を出すことになっている」
お祓い師「俺たちお祓い師は役所を経由して仕事を請け負う仕組みなっているんだ」
狐神「ではこれから役所を目指すのじゃな」
お祓い師「そのつもりだが一つ頼み事をしていいか」
狐神「なんじゃ」
お祓い師「役所に着くまでの間、物の怪の気配があればその場所を覚えておいてもらいたい。そうした方が仕事も効率よく片付く」
狐神「そんなのお安い御用じゃ。なんなら既にちらほらと気配を感じ取っておるぞ。おぬしらのように力を持った人間、という可能性も捨てきれぬが」
狐神「おぬしにはわからんのかの」
お祓い師「対峙した相手が力を使えばその大きさぐらいはわかるが、流石に遠くにいる相手を探知することは難しい」
お祓い師「よほど力が大きな奴なら別だが」
狐神「ふむ……」
狐神「数を減らしたとはいえ、あやつらはおぬしらの思っている以上の数が人間社会に溶け込んでおる」
狐神「わしのような絶世の美女に巡りあう確率よりも遥かに高い確率で奴らとすれ違っておるかもしれんの」
お祓い師「…………」
お祓い師「引き続き頼むぞ」
狐神「これ、少しは反応するところじゃ」
お祓い師「だから言っただろ。お前の戯言に一々反応している暇はないって」
狐神「酷いのう」
お祓い師「酷くない」
お祓い師「……そうだな。役所に行く前に寄るところがあるな」
狐神「飯処かの!?」
お祓い師「それは後でだと言っただろう。まずはお前の服を買いに行く」
狐神「ふむ、服とな?」
お祓い師「お前のいま着ているもの、それはこっちの地方の古い着物だろう」
狐神「昔はこういう格好が普通じゃったがのお。確かに周りとはだいぶ雰囲気が違ってしまっているの」
お祓い師「俺みたいな異国のお祓い師とお前みたいな格好の組み合わせでは悪目立ちしすぎる」
お祓い師「これから別の地域に行っても違和感なく過ごせるような服を買っておきたい。幸いお前の髪や瞳の色は東の人間らしくない」
お祓い師「俺たち西の人間の衣服を着ても違和感はないだろう」
狐神「わしに服を買ってくれるのかの」
お祓い師「働き次第で発生するお前の取り分から引く」
狐神「おごりでは」
お祓い師「ない」
狐神「固い男じゃ」
お祓い師「なんとでも言え」
狐神「おなごに物をおごれぬようでは好かれぬぞ、おぬし」
お祓い師「それはで結構。金で繋ぎ止めなきゃいけないような奴はこっちから願い下げだ」
狐神「つくづくつまらん男じゃな」
お祓い師「接客が大事な商売やってるわけじゃないからな。実力さえあればいいのさ」
狐神「年老いてから、女を落とすすべを学んでおけばよかったと、後悔するおぬしの顔が浮かぶわい」
*
お祓い師「さて、どれがいいか」
狐神「こういうのは店員に選んでもらうのがよいのではないのか?」
お祓い師「お前、取っ替え引っ替え服を持ってくる店員を前にその耳と尻尾を隠し通せるか?」
狐神「む、それもそうじゃの。頭巾をかぶったままというのも不審がられよう」
お祓い師「おとなしく俺たちで選んだほうがいい」
狐神「とはいえずっと山の中の生活じゃったからの。流行りも廃りもわからぬ」
お祓い師「それは俺も同じだな。お洒落に気をつけたことなんてないからな」
お祓い師「こういう時はここの見本の一式を着れば問題ない」
狐神「ま、確かにその方法が無難かの」
狐神「では試着してくるでの。試着室の外に立っておいておくれ」
お祓い師「はいはい」
狐神「……のぞくでないぞ」
お祓い師「覗かねえよ」
狐神「つまらんやつじゃのう」
お祓い師「いいから早く着替えてくれ……」
お祓い師(……ちょっと覗きたい)
狐神「おぬしよ、着方がわからないのじゃがよいか」
お祓い師「半裸のまま身体を出すな馬鹿!」
狐神「お、少しは欲情したかの?」
お祓い師「耳が出てる耳が」
狐神「おっと失礼」
お祓い師「はあ……。それで、何がわからないって?」
狐神「うむ、この前の所を留める方法がのう……。紐のようなものが見当たらないのじゃが……」
お祓い師「ああ、それはこの、ボタンっていうのをだな……」
狐神「おお、なるほど。便利なものじゃな」
狐神「……ふむ、どうじゃ。着こなせておるじゃろう!」
狐神「この、ろんぐすかあと、というものは袴以上にすーすーしてまだ少し慣れんがのう」
狐神「あとこの、ぶうつ、少し蒸れそうじゃ」
狐神「……どうした、黙りおって」
お祓い師「……いや、想像以上に似合っていてな」
狐神「…………」
お祓い師「な、なんだよ」
狐神「ほほう、おぬし。もしやわしに惚れたかの」
お祓い師「馬鹿を言え。それよりほら、頭巾の代わりにこれをかぶれ」
狐神「む、なんじゃこれは」
お祓い師「キャスケットって種類の帽子だ。この深く被れるタイプなら耳も隠しやすいだろう」
狐神「どんな感じなのかの」
お祓い師「ほら、これの前に立ってみろ」
狐神「おお、こんなに大きな鏡があるのかえ」
狐神「……ほう、悪くないではないか。西のおなごの服など全く知らんが、良いものが良いという感性は時や場所が変われど不変じゃ」
狐神「この姿はなかなか良いと思うのじゃが?」
お祓い師「だから似合っているって言っただろ」
狐神「ふふっ、ありがとうの」
お祓い師「…………」
お祓い師「ほら行くぞ」
狐神「む、いまおぬし照れおったな」
お祓い師「うるさい行くぞ!」
狐神「かっかっか、待つのじゃ待つのじゃ」
お祓い師「あと何度も言うがおごりじゃないからな!」
狐神「ほんとうに金にがめつい奴じゃのお……」
*
狐神「予定では役所に向かうという話じゃったが、ここはただの集合住居に見えるのお」
お祓い師「服だけじゃなくて食材なんかも買ったからな。一度部屋に荷物を置いて行こうと思ってな」
狐神「と、なるとここがおぬしの拠点かの」
お祓い師「ああ。ここの二階の奥の部屋だ」
狐神「……ふむ、日当たりの悪い部屋じゃの」
お祓い師「お前は日当たりの良い外で寝てもらってもいいんだぞ?」
狐神「冗談じゃ」
狐神「それよりも、ちゃんと寝具が二つあるとはどういうことかの」
お祓い師「これ備え付けの家具だからな。この建物は短期で宿場のように使うこともできるし、長期で貸し部屋として使うこともできるところなんだ」
お祓い師「だから家具は一式はじめから用意されてる」
狐神「なるほどのう。二人で同じ布団に入るのかと思ってわしゃあ少しドキドキだったんじゃがの」
お祓い師「真顔でドキドキとか言うなよ。せめて少しは感情込めろよ」
狐神「わ、わし、ドキドキしておる……のじゃ……」
お祓い師「わざとらしいのもいらねえ」
狐神「注文が多いのう」
お祓い師「お前のせいだってことをわかって欲しい」
狐神「怒るでない怒るでない」
狐神「さて、話は変わるがの。やはり二人で行動するには馬一頭だけでは不便ではなかったかの」
お祓い師「……実はそれは俺も思ったよ。二人になれば単純に考えても荷物が倍になる」
お祓い師「お前の言うとおり荷馬車の購入も視野に入れたほうがいいのかもしれないな」
狐神「おお、移動中のわしの寝床が確保できるわけじゃな」
お祓い師「寝た瞬間投げ落とす」
狐神「それは勘弁しておくれ」
お祓い師「まあ、その辺りはまた後日検討するとして。今日は役所に仕事探しに行くぞ」
狐神「む、今晩の飯代稼ぎじゃの」
お祓い師「そこまでカツカツしたサバイバル生活はしてない。貯金ぐらいは少しばかりある」
狐神「ならば今晩は超豪華な夕食と洒落込もうでは」
お祓い師「そこまでの余裕はない!」
狐神「むう、よいではないか。新人歓迎会という体でな」
お祓い師「……お前のおかげで仕事をこなせたら、その後ならいいぞ」
狐神「ほほう、俄然燃えてきたのう」
お祓い師「じゃあ役所に向かうぞ」
狐神「うむ了解じゃ」
*
受付「いま入っている依頼としては、このようなものがございます」
お祓い師「見せてくれ」
お祓い師「……狼、か」
受付「ええ、ここ最近狼による被害が多発しているとのことでして」
お祓い師「それだったら猟師の領分じゃないのか。俺たちはあくまで物の怪を祓うのが仕事だ」
受付「それが何やら人の姿に化けたという情報が入っていまして」
お祓い師「……狼男、ということか?」
受付「私自身が直接見たわけではありませんのでなんとも言えないのですが……」
受付「その狼を撃退したという方がいらっしゃるそうなので、そちらで詳しく話を聞けると思いますよ」
お祓い師「それはどちらの方で?」
受付「東の商店街で道具屋を営んでいるという男性です。まだ商店街の店仕舞いには早い時間ですから、いまから訪ねてみるといいと思いますよ」
お祓い師「なるほどな、情報提供感謝する」
受付「いえ、我々もこの騒ぎが早く落ち着くことを願っています」
*
狐神「なるほど、狼かの」
お祓い師「なにか気づいたことでもあるのか?」
狐神「なに、この街についてから時折じゃが獣臭さを感じておってな。言われてみれば狼のものじゃ」
お祓い師「自分の臭いって落ちはないよな」
狐神「失礼じゃな!わしはそんなに臭くないわい!」
お祓い師「そうか?自分の臭いって案外気づかないものだぞ」
狐神「む……。わし、臭うかのう……?」
お祓い師「冗談だけどな」
狐神「おぬし……。もぐぞ」
お祓い師「それは勘弁してくれ」
狐神「……まあよいわ。して、東の商店街とはどの辺かの」
お祓い師「それならもうすぐ着くぞ」
狐神「おお、言われてみれば美味しそうな臭いが近づいてくるのう」
お祓い師「まだ食べに行かないからな」
狐神「わ、わかっておるわ」
お祓い師(一々反応が可愛いなこいつ。相当年上だけどさ)
お祓い師「……件の狼、ランクはD1か……」
狐神「らんく?でぃーわん?」
お祓い師「あー、危険度というか、強さというか」
お祓い師「それが上からA、B、C、Dって割り振られているんだ。更に各ランクが上から1、2、3に分けられている」
お祓い師「狼男自体はランクがもっと高いことが多いんだが、今回は怪我人等の実害が出ていないからD程度なんだろうな」
狐神「なるほど。その中ではわしはどの程度かの?」
お祓い師「ロクに力も使えないお前はD3に決まっているだろう」
狐神「な、なんじゃとっ!」
お祓い師「事実として今のお前は少し鼻が利くだけで、ただの人間とさして変らないだろう。特に武に長けているわけでもなさそうだしな」
狐神「ま、まあ、たしかにのう……」
お祓い師「ちなみにこのランクっていうのは人間にも適用される」
狐神「ふむ、おぬしはいくつなのかの」
お祓い師「俺か。俺はB2だな」
狐神「なんと、かなり高い方ではないのか」
お祓い師「まあ自分で言うのも何だが、実力はある方だ。……それでもまだまだなんだがな」
狐神「ふむ?」
お祓い師「AからDという枠組みで測れない強大な力を持つ者に対して、Sという特別なランク付けがされる」
狐神「えす、とな?」
お祓い師「上には上がいるっていうかな。まあ異形の怪物にも、俺たち人間にも、俺たちの物差しじゃ測れないような奴らがいるってことさ」
お祓い師「ま、そんなクラスのバケモノ、俺がこの眼で直接見たのは一人しかいないんだけどな」
狐神「わしの最盛期のでも、そこまで恐れられるような力は出せる気がしないのう……」
お祓い師「その域に達する奴なんてそうそういないからな」
狐神「じゃろうな」
お祓い師「さて、そろそろのはずだが、道具屋はどこだろうな」
狐神「道具屋らしきものが向こうに見えるぞ」
お祓い師「ん、どこだ……?」
狐神「ほれ、あそこじゃ。まあ人間の目にはちと遠いかの」
お祓い師「ん~……?あ、あれか……?」
狐神「どうじゃ、神の力を使わなくともこの通りよ」
お祓い師「なるほどな、感心感心」
狐神「もう少し関心したふうに言えんのか」
お祓い師「さあな」
狐神「……一度おぬしとは一対一で話さねばならぬようじゃな」
お祓い師「今も一対一で話してるぞ」
狐神「揚げ足取るでないわっ!」
お祓い師「悪かったって。今晩は少し豪勢にしてやるから」
狐神「許そう」
お祓い師(簡単すぎる)
お祓い師「さ、聞き込みするぞ」
狐神「む、そうじゃな」
お祓い師「あー、誰かいるかー?」
道具屋の男「店主は俺だが、なんか用か」
お祓い師「いや、最近噂になっている狼について聞きたいことがあってな」
道具屋の男「あんちゃん、役所の人間か?」
お祓い師「いや、自分は物の怪祓いを仕事にしている者で。今回は役所からの依頼で来ているんだが」
道具屋の男「おお、そういうことかい。で、あの狼のことを聞きたいんだって?」
お祓い師「ああ、具体的にどんな姿だったとか、話せることなら何でも話してもらいたい」
道具屋の男「あー、あいつら夜道に群れで襲ってきてな。まあ襲った相手が悪かったな」
道具屋の男「ちょうど晩飯から声って来るところだったんだが、俺の退魔道具を見せてやったらビビって逃げちまったよ」
お祓い師「退魔道具を置いているのか」
道具屋の男「おう、うちは品揃えがウリだからな。ありとあらゆる種類の道具が置いてあると思ってもらっていいぞ」
お祓い師「なるほど……。それで、その狼が人の姿になった所を見たりは?」
道具屋の男「人の姿……?なんのことだそれは」
お祓い師「ああ、いや。見ていないんだったら大丈夫だ」
道具屋の男「お、もう聞くことは終わりか?」
お祓い師「そうだな……。できれば他にも狼を目撃したっていう人を知っていたら、紹介してもらいたいんだが」
道具屋の男「あー、それなら、この道を行った先で駄菓子屋をやってる婆さんなかも襲われてたな」
お祓い師「なるほど、情報提供たすかった」
道具屋の男「なに、次来る時は何か買ってってくれよな」
お祓い師「そうだな、必要な物があれば次来た時に買おう」
狐神「……ふうむ」
*
駄菓子屋の老婆「ああ、あの狼のことかい」
お祓い師「やはり目撃しているのか」
駄菓子屋の老婆「そりゃあ二度もね」
お祓い師「二回も、か」
駄菓子屋の老婆「ああそうさ。一回目はあぶないところだったんだけど、道具屋に助けてもらってどうにかね」
お祓い師「道具屋というのは向こうの……?」
駄菓子屋の老婆「知っておったかい。そうだよ、あそこの旦那さんが何やらおふだみたいのをかざして追い払ってくれたんじゃ」
狐神「退治した、というわけではないのかの?」
駄菓子屋の老婆「いえいえ。おふだを見せたら一目散に逃げていったよ。おふだを怖がっているんじゃないかねえ」
お祓い師「なるほど……。それで二度目というのは?」
駄菓子屋の老婆「二回目は襲われこそしなかったが、そりゃあ恐ろしい物を見たよ」
お祓い師「恐ろしい物、というのは……?」
駄菓子屋の老婆「あれは満月の夜。裏路地のことなんじゃが、大男がみるみるうちに狼に変わっていくのを見てな」
駄菓子屋の老婆「その狼は二足でしっかりと立っていたんじゃが、あんたの身の丈よりも大きくてねえ……」
お祓い師(やはり狼男か……!)
お祓い師「その大男の顔なんかは見えなかったか?」
駄菓子屋の老婆「いやあ、流石に暗闇だったもんで顔まではね」
お祓い師「そうか……。いや、貴重な情報、ありがたい」
駄菓子屋の老婆「お祓い師さんのお役に立てたなら嬉しいよ」
駄菓子屋の老婆「いまお茶とお菓子を出すからちょっと待っておいてくれ」
お祓い師「そ、そこまでしてもらう訳には……」
狐神「ではありがたく」
お祓い師「っておい」
狐神「こういう時は素直にお言葉に甘えるものじゃぞ」
お祓い師「単純にお前が菓子を食べたいだけだろうが」
狐神「違うわい」
お祓い師「よだれが垂れてる」
狐神「(じゅるっ)」
狐神「……違うわい」
お祓い師「頑なだなお前」
駄菓子屋の老婆「はい、待たせたねえ」
お祓い師「あ、なんかすいませんね……」
お祓い師「あともうひとつ聞きたいことがあって。他に狼を目撃したという人を知っていたりしたら教えてもらいたいんだが……」
駄菓子屋の老婆「ふむ、他にかい」
駄菓子屋の老婆「ああ、そういえばねえ……」
*
お祓い師「……さて、今日の聞きこみはこんなもので終わりにするか」
狐神「……歩きまわったせいでヘトへトじゃあ……」
お祓い師「そうだな……。部屋に帰る前に晩飯にするか」
狐神「おおやっとか!」
お祓い師「今晩は特別、お前の好きなものでいいぞ」
狐神「気前がいいのう!それじゃあわしは肉が良いぞ!」
お祓い師「そうか。じゃあ最近噂の牛鍋とやらに行ってみるか」
狐神「牛鍋とな!?最近は牛を食うのかの!?」
お祓い師「ああ、まだ東では珍しいんだってな。牛肉の美味さは一度食ったら忘れられないぜ?」
狐神「なんと……!はよう!はよう行こうぞ!」
お祓い師「わかったから走るな」
狐神「ええい、これが待てるか!はたしてどんな味がするのかのう……!」
お祓い師「飯の話だけは元気だな……」
お祓い師「さて、近くの牛鍋屋は……。一度通りかかったことがあるあそこか」
狐神「む、そっちかの」
お祓い師「ああ、前々から気になっていたところがあってな」
お祓い師「牛鍋なんてのは高価だから、一人では中々入ろうとは思わないから入らずじまいだったが」
お祓い師「ま、これがいい機会だな」
狐神「わしとの出会いの記念、ということかの?」
お祓い師「やかましい奴が増えたからな。この先参ってしまわないように今のうちに体力をつけておくのさ」
狐神「なんじゃあそれは」
お祓い師「さて、なんだろうな」
お祓い師「……お、あそこだな」
狐神「おおっ……!香ばしい匂いが漂ってくるぞ……」
お祓い師「それじゃあ入るか」
牛鍋屋店員「いっらしゃいませ。二名様ですか?」
お祓い師「ああ」
牛鍋屋店員「奥の席へどうぞ」
狐神「おおー、店中に漂う良い香り」
狐神「酒の匂いもしおるのう」
牛鍋屋店員「お席はこちらになります」
お祓い師「端の席か……、運がいいな」
狐神「端が好きなのかの?」
お祓い師「周りを人に囲まれているというのはあまり好きじゃないんだ」
牛鍋屋店員「こちらがお品書きになります」
お祓い師「ああ、ありがとう……」
お祓い師「…………」
お祓い師「げえっ……」
お祓い師(想像以上に高いな……)
狐神「どうしたのじゃ?」
お祓い師「……いいか、よく聞けよ」
お祓い師「調子に乗って頼むなよ」
狐神「……ほほう?」
お祓い師「これは真面目にだ」
お祓い師「手持ちがあまりないからな。最悪お前を担保にして俺は帰る」
狐神「……払える量で頼むとしよう」
*
お祓い師「……おお、こりゃあ美味いな」
お祓い師「流行るわけだ。これなら西の故郷に逆進出しそうだな」
お祓い師「…………」
お祓い師「おい、さっきから黙ってどうした」
狐神「…………」
狐神「う」
お祓い師「う?」
狐神「美味すぎるんじゃあーーーーっ!!」
お祓い師「声がでかい!」
狐神「なっ、なんじゃあこれは!?」
狐神「この触感!溢れる肉汁の旨み!どれを取っても未知、そして極上じゃあ!!」
狐神「追加で頼んでも良いかのっ!?」
お祓い師「ま、待て!流石にそこまでの余裕はないとあれほど……!」
狐神「店の者っ!」
お祓い師「待ていっ!」
狐神「いたっ……!な、何をするっ!」
お祓い師「そこまでの余裕はないって言ってんだろ……。牛鍋は高級なんだぞ」
狐神「そ、そうか……」
お祓い師「うまい飯が食いたかったら、早いところ仕事の成果を出すぞ」
狐神「それも、そうじゃな」
お祓い師「今日の聞きこみのまとめとしては、目標の変身前の姿は大男であるってことと、おふだを避けているってことだな」
お祓い師「もう少し身体的特徴なんかがわかれば良かったんだが」
狐神「あとは、その大男が狼に変わったのは満月の夜ということじゃったな」
お祓い師「ああ。それは西の地方の伝承と同じだ」
お祓い師「狼男は満月を見て変身する、ってな」
狐神「ということはそやつは西からはるばるやって来た可能性もある、ということじゃな」
お祓い師「そうだな……。どうやら狼男の伝承自体は、こちらの地方ではまだあまり浸透していないらしいからな」
お祓い師「こっちの地方で生まれたとは考えにくい。お前の言うとおり西から来たと考えるのが妥当だろうな」
狐神「じゃろ?」
狐神「じゃが……」
お祓い師「目的がわからない、か」
狐神「うむ。わざわざ西からやって来た事自体もそうじゃが、それでいて一つも実害が出ていないというのがのう……」
お祓い師「俺もそこが気になっていた。どうもこの一件は不自然だ」
お祓い師「結局それらしい気配は見つけられなかったのか?」
狐神「ううむ。狼の臭い自体は裏路地の方から、まるで隠れるような道筋で感じられたが、近くに潜んでいる気配はなかったの」
狐神「あとは……」
狐神「狼とはまた少し違った臭いがしたのう……」
お祓い師「ん?」
狐神「いや、こっちの話じゃ」
お祓い師「そうか?」
狐神「うむ」
狐神「…………」
*
狐神「部屋まで戻ってきたが、何やら物足りんと思っておった理由がわかった」
狐神「酒を飲んでおらんかったの」
お祓い師「牛鍋代で精一杯だったんだよ……!」
狐神「わしは酒がないと寝られないんじゃが」
お祓い師「嘘をつくなよ。山にいた時はどうしていたんだ」
狐神「山の幸で果実酒を少々」
お祓い師「ほんとかよ……」
狐神「おーさーけー!」
お祓い師「うるせえ、灯り消すぞ」
狐神「ふん、ふて寝じゃふて寝」
お祓い師(寝れるんじゃねえか)
お祓い師「って待て。そっちのベッドは俺のだ。枕が高くないと寝られないんだよ」
狐神「知らぬー」
お祓い師「おい待て待て」
狐神「やんっ」
お祓い師「やん、じゃない」
狐神「わしは襲われてしまうのかのう?」
お祓い師「襲うか馬鹿が。いいからどけ」
狐神「つまらん奴じゃ」
お祓い師「つまらなくて結構だ」
狐神「…………」
お祓い師「…………」
狐神「…………」
お祓い師「…………」
狐神「…………すぅ」
お祓い師(寝やがったこいつ……!)
お祓い師「…………」
お祓い師「……あのな、帽子ぐらい取れよ」
お祓い師「はあ……。あっちで寝るか……」
お祓い師「俺も今日は疲れたからな……」
*
狐神「で、けっきょく三日間聞き込みを続けても進展は無し、じゃの」
狐神「やはり道具屋のおふだが効くという話以外はとくに聞けんかったからのう」
お祓い師「……そうでもないかもしれん」
狐神「と言うと?」
お祓い師「昨日の聞き込みで得られた証言の中で『初めは犬かと思ったがよく見ると狼でだった』」
お祓い師「『四足で駆ける狼に早々と追いつかれてしまったが、前もって買っていたおふだのおかげで助かった』っていっていた人がいたよな?」
狐神「それが何じゃというのか」
お祓い師「駄菓子屋のばあさんの証言を思い出せよ」
お祓い師「あのばあさんは『俺の身の丈よりも大きく』、そして『二足でしっかりと立っていた』って言ってただろ?」
お祓い師「ほかの連中が遭遇した狼と、ばあさんが二度目に見たって言う巨大な狼は別物なんじゃねえかって思ってな」
狐神「あの駄菓子屋の老婆が嘘を付いている可能性は」
お祓い師「無いわけじゃないが、取りあえずは信じる方針でいく」
お祓い師「何よりあの話が本当なら今日が狼男を探すチャンスだ」
狐神「……なるほど、今宵は満月。あの老婆が狼男を見たというのも満月の夜であったか」
お祓い師「今晩が勝負だ。お前の力にかかっているからな」
狐神「ふむ、お任せあれじゃ。臭いの痕跡から大体の目星はつけてあるでの」
狐神「今宵はその近辺を中心に探るとしよう」
お祓い師「今後お前を雇用し続けるかの試験だと思えよ」
狐神「ほ、本気でやらねばならぬな……」
お祓い師「当然だ。あまりひとつの案件ばかりに時間を費やすわけにもいかないからな」
狐神「ま、まあ大船に乗ったつもりでおるがよい!」
お祓い師「……不安だな」
狐神「うるさいわい!」
お祓い師「まあ日が落ちるまでは少し時間があるな」
お祓い師「……あのばあさんの駄菓子屋で菓子でも買って時間をつぶすか?」
狐神「それが良い!よいと思うぞっ!」
*
狐神「ん~っ!美味いんじゃあ!」
お祓い師「東の菓子ではこの羊羹というのが一番好みだ。ゼリーとはまた違った食感でクセになる」
狐神「ゼリーとはなんじゃ?」
お祓い師「あー……、なんというか、こう。プルプルとしたものなんだけどな……」
お祓い師「甘いにこごりというか」
狐神「甘いにこごり、とな……」
お祓い師「こればっかりは実際に食べないと伝わらんと思うな」
狐神「食べてみたいんじゃが」
お祓い師「あー、この辺りじゃ見かけたことがないな」
お祓い師「もう少し西に行かないと無いかもしれん」
狐神「おぬしの話を聞いておると西へ行きたくなるのう」
お祓い師「まあ、いずれ行く機会もあるんじゃないか。俺だってずっとここにいるわけじゃないからな」
狐神「む……?そうなのか?」
お祓い師「まあな」
狐神「先日はなにゆえ狼男が東へ来たのか、という話をしたが。おぬしはどうなんじゃ?」
狐神「西の国の名門の生まれなんじゃろう?何をしにこんな東の辺境まで来たんじゃ」
お祓い師「……あー、なんというか。……両親を探している、って感じだな」
狐神「両親を?」
お祓い師「ああ。うちの親父は家の名に恥じない、実力のある退魔師だった」
お祓い師「退魔師ってのは、こっちの地方で言うお祓い師や陰陽師と同じようなものだと思ってくれ」
お祓い師「親父はランクSという領域にまで到達した数少ない退魔師の一人だ」
お祓い師「俺の生まれの王国では名を知らぬ人はいないような退魔師で、俺なんかじゃ到底及ばない領域だった」
お祓い師「そんな親父がある日突然姿を消した。俺の机に極東の皇国に向かうことだけを書いた手紙を置いてな」
狐神「理由は告げず、か」
お祓い師「……ああ。ただあの親父だ。何か考えての行動だったんだろう」
お祓い師「必然的に俺が当主となったんだが、俺はそんなことよりもあの親父の向かった先のことが気になった」
お祓い師「ずっと背中を追ってきた親父の、次の目標ってのがなんなのかってな」
お祓い師「そして遂に五年前、仲の良かった従兄弟に屋敷を譲って俺は旅に出た」
お祓い師「極東、ということしか分かっていなかったからな。まあ、探せども探せども親父は見つからずに今になった」
狐神「なるほどのう……」
お祓い師「いい加減親離れしろって思ったか?」
狐神「いいや、そんなことは思わん」
狐神「お父上、見つかるといいの」
お祓い師「まあ気長に探すさ。俺の修行の旅でもあるからな」
お祓い師「ただひとつ後悔していることといえば、屋敷はタダで譲らずに売って金にすれば良かった」
狐神「そうすればここまで金に汚い男にはならんかったじゃろうな」
お祓い師「生活が裕福すぎて世の中ってのを分かってなかったんだよ」
狐神「それを知れただけでも旅に出てよかったんじゃないかのう?」
お祓い師「……ああ、ごもっともだ」
狐神「……さて、そうこう言っている内に日が傾いてきたの。そろそろ満月が顔を出す」
狐神「……ので、おぬしに頼みがある」
お祓い師「あ?何だよ」
狐神「わしに饅頭を買っておくれ」
お祓い師「断る!いま羊羹を食べたばっかりだろうが」
狐神「違うんじゃい!『供物』として寄越せということじゃ!」
お祓い師「供物……?」
狐神「そうじゃ!わしら神は人からの信仰で力を得る。供物とはその一つの形」
狐神「おぬしから供物を貰えれば、ほんの少しの間力が使える。元の力には遠く及ばんが、目標を見つけるのに大いに役立つはずじゃ」
お祓い師「……なるほどな。ただひとつ聞いていいか」
狐神「なんじゃ」
お祓い師「その供物ってのは、さっきの羊羹で代用はできなかったのか?」
狐神「…………」
お祓い師「……オイ」
狐神「なんのことじゃろーなー?」
お祓い師「食い意地張ってんじゃねえぞ!このクソ狐!!」
*
???「ハァッ……。ハァッ……」
???「……この間みたいなヘマはしない……」
???「……そろそろ、か……」
狐神「窓の外から失礼するぞ」
???「なっ……!?」
狐神「ふむ、おぬしで間違いないようじゃな」
???「あ、あんたは?」
狐神「なに、怪しい物ではない。ちとこの部屋に入れてもらってもいいかの」
???「そ、それはできない……!」
狐神「なぜじゃ?」
???「い、いいから今すぐいなくなってくれ!」
狐神「それはできぬ」
???「ぐっ……!まずいっ……!」
???「うっ……!」
???「ぐおおおおっ……!!」
お祓い師「くっ……!お前は後ろに下がっていろ!」
???「グオオオオオオォォォォッ!!」
お祓い師「くっ……!」
お祓い師(この感じは、同等かそれ以上のものだ……)
お祓い師(依頼書は書き直しだな……!こいつのランクは少なくともB2、いやB1は堅いか……!)
お祓い師「……お前が巷を騒がせていた狼男で間違いないな?」
???→狼男「…………」
狼男「だったらどうする……」
お祓い師「当然だが、退治させてもらう」
狼男「…………」
狐神「これこれ、待たんかい」
お祓い師「あっコラ!危ないから出てくるなって……!」
狐神「心配せぬとも、あやつはわしらに危害を加えん」
お祓い師「なに?」
狐神「あやつからは殺気が感じられん」
お祓い師「ま、まあ確かに……」
お祓い師「だが……」
狐神「まあ見ておれ」
狐神「自己紹介が遅れたの。わしらは物の怪の退治を生業にしている者じゃ」
狼男「物の怪退治を……」
お祓い師(いや、お前がそれを名乗るには早くないか)
狐神「こっちの精気の薄い男がお祓い師、そしてわしが狐神じゃ」
お祓い師「おい」
狼男「……あんたも人外なのか?」
狐神「まあ人為らざる者、としてはおぬしと同じじゃな」
狐神「見たところ、おぬしはここ最近頻発している狼の事件とは無関係じゃな?」
お祓い師「なに……?」
狼男「ああ、そうだ。俺は人を襲ったりはしていない」
狐神「ま、じゃろうな」
お祓い師「おい、そう簡単に信じていいのか」
狐神「なに、わしにはすでに犯人の目星はついておる」
お祓い師「は?」
狐神「じゃからそやつが犯人じゃないとわかる」
お祓い師「……それは確信があるのか?」
狐神「うむ」
お祓い師「……そういうことは、早く言えっ!」
狐神「いたっ!いんじゃぁ……!」
お祓い師「……で、それじゃあこの目の前の狼男はなんなんだ」
狐神「それを今から聞くんじゃ」
狐神「のう、おぬし。おぬしはなにゆえ、西の地から遥々極東のこの地へ来たんじゃ?」
狼男「……それは」
狼男「逃げて、来たんだ」
狐神「逃げて、とは」
狼男「信じてもらえないと思うけど、俺はもともと人間だったんだ」
狐神「ふむ……」
お祓い師「……続けてくれ」
狼男「ああ」
狼男「……俺は西の王国の、小さな山間の村に住んでいた」
狼男「村人の数もそう多くなくてね。まあ全員知り合い、みたいなものだったよ」
狼男「特に面白いことは起きないけど、まあ特に困ったことも起きない。そんな日々が続いていたんだ」
狼男「だけどある日、村人の一人が狼にやられた。見つかった時には引き裂かれて、見るも無残な姿だったよ」
狼男「それから間もなく、二人目が襲われた。こっちは命に別状は無くてね」
狼男「ただその二人目は体力に自信があって、プライドも高かった」
狼男「だからその人は、ただの狼じゃなくて狼男にやられたって嘘をついた」
狼男「狼男相手に多少怪我を負ったのは仕方がないってね」
狼男「その話を村人は信じた。そしてその日を境に狼男探しが始まった」
狼男「どこの神官かしらないけど、胡散臭い男を連れて来てね。誰が狼男か調べさせたんだけど」
狼男「まああんなのはデタラメでさ。自分が狼男にされないように、みんなはその神官に袖の下を握らせたのさ」
狐神「腐っておるのう……」
お祓い師「まあ世の中そんなことだらけさ」
狼男「で、結局何も出さなかった俺が狼男扱いさ。もちろん俺は否定した」
狼男「そこで満月の夜まで待つことになった。狼男は満月の夜にはその姿を隠すことは出来ないと言い伝えられているからね」
狼男「もちろん快諾したさ。俺は狼男なんかじゃなかったんだから」
狼男「……でも満月の夜。あろうことか、俺の姿はこの狼男の姿になった」
狼男「予め雇われていた退魔師から命からがら逃げてね」
狼男「狼男の伝承が浸透していない皇国までこうしてやって来た、というわけだ」
狼男「まあ来たら来たで、全く別件の狼の話題で街は騒がしいし、うっかり満月の夜に変身を老婆に見られちゃうしで散々だったけどさ」
狐神「なるほどのう。それは全くもってついてなかったの」
お祓い師「おいおい信じるのか?こんな突拍子もない話を」
狐神「あり得なくはないからのう」
狐神「こちらの地方では人の言葉、噂は大きな力を持っていると言われておっての」
狐神「その考えにのっとれば、村人たちがおぬしを狼男じゃと強く思い込んだために、お主は本当に狼男になってしまったということも考えられる」
狼男「そ、そんなことが……」
狐神「ま、現におぬしの身に起きたわけじゃしの」
狼男「た、たしかに……」
狐神「わしだって元をたどれば、老いた山の狐に人々の信仰心から力が宿ったものじゃからな」
狐神「で、おぬしはこやつをどうする?」
お祓い師「…………」
お祓い師「お前、ふだん飯はどうしてる」
狼男「そ、そこら辺の店で外食だが……」
お祓い師「人を喰ったりは?」
狼男「できるわけないだろう……!元々人間なんだぞ……」
お祓い師「……わかった。お前のことは見なかったことにする」
狼男「い、いいのか!?」
お祓い師「俺だってむやみやたらと殺生したいわけじゃない。金になるなら話は別だが……」
狐神「こやつは特に問題がはないが……。退治せん代わりに、一つ手伝って貰うこととするかの」
狼男「手伝い……?」
狐神「うむ、今回の狼事件の真犯人をとっ捕まえるのに一役買ってもらいたいんじゃ」
お祓い師「はあ……?」
狼男「は、はあ……」
*
お祓い師「ここは、道具屋……?」
お祓い師「おい、犯人ってまさか……」
狐神「そういうことじゃ」
狐神「お、そろそろ来るようじゃ」
お祓い師「……!妖力を感じる……!」
お祓い師「……来たか!」
狼?『グルルルルル……ッ』
お祓い師(…………)
お祓い師(……なんだ、この違和感は……)
狐神「……今じゃ!狼男よ!」
狼男「グルオオオッッ!!!」
狼?『キャインッ!?』
???「うわああっ!?」
狐神「うむうむ、やはりか」
???「お前たちはっ……!」
???「くそっ!!」
お祓い師「は、早い……!」
狐神「追うのじゃっ!」
狼男「逃がすかっ……!」
お祓い師「あ、あいつはもっと早いな……」
狐神「当然じゃ。逃げている者も、あやつも、そしてわしも“獣”じゃ」
狐神「おぬしら人間よりはずっと早く走れるわい」
お祓い師「お前も?」
狐神「当たり前じゃ。山で数百年と生きたわしが、体力でおぬしに劣るわけがなかろう」
狐神「……まあ、いま逃げた“獣”は、わしらの中では一際のろまな事で有名じゃがのう」
狼男「捕まえた」
???「は、離せ~っ!」
狐神「ふむ、ようやく出たな元凶め」
狼男「あ、さっきの狼の方はどこへ……」
狐神「あれは幻術じゃ」
狼男「幻術、だと……?」
狐神「そうじゃ。そしてそやつが元凶じゃ」
???→道具屋の男「くっ……!」
お祓い師「……ああ、なるほどな。やっとわかった」
お祓い師「おい、“元の姿”に戻らないと、祓うぞ……?」
道具屋の男「ひぃっ……!戻る!戻るからやめろっ!」
道具屋の男『解っ!』
狼男「……た、狸になった」
狐神「狼騒動の犯人は化け狸ということじゃ」
道具屋の男→化け狸「ぐぐっ……」
狐神「得意の幻術で街の人々に狼を見せ、そこに自分が駆けつけてニセのおふだで祓ったふりをする」
狐神「そうして自分のおふだが狼に有効であると言い人々に売りさばいていた、といったところじゃろうな」
お祓い師「……ん?俺が初対面でこいつの気配を感じ取れなかったのはなぜだ」
狐神「人間への変化とは大して力を使うような技ではない。それでも僅かに妖力は滲みでるが、それを隠すための道具屋ということなんじゃろうな」
狐神「おふだは偽物じゃったが、店に並べてある道具の中には実際に力を宿しているものもあった」
狐神「そういった力に囲まれることで、自らの微量な妖力を感じさせないようにしていたんじゃろうな」
狐神「变化を解いている間は力を使わねば察知されることもなかろうしな」
化け狸「ぐぐぐっ……」
お祓い師「全部図星、って顔だな」
お祓い師「……ま、観念して祓われろ」
化け狸「おっ、お助けをっ!」
お祓い師「……と言いたいところだが。まあ、それは勘弁してやろう」
狐神「……ふむ」
お祓い師「人を騙したとはいえ、人には危害を加えないような方法だったからな」
お祓い師「まあ祓うほどでもないだろう」
お祓い師「……そこでお前に提案がある」
狐神「…………」
化け狸「て、提案とは」
お祓い師「俺だって仕事でお前を追っていたからな。このまま見逃しては大赤字だ」
お祓い師「そこで、だ」
お祓い師「俺は今回の仕事を諦める代わりにその分の報酬をお前に払ってもらう。どうせ今回の件で儲けた金があるだろう」
化け狸「そ、それだけでいいんですか……?」
お祓い師「あとは、この街は出て別の場所で真っ当に商売しろ。変幻の術は一流みたいだからな。まあ、上手くやれるだろ」
化け狸「あ、ありがとうございますっ!」
お祓い師「礼はいいから早く金を寄越せ」
化け狸「はっ、はいっ!今すぐっ!」
狼男「…………」
狐神「…………」
狐神「……くすっ」
お祓い師「あ?なんだよ」
狐神「いや別に」
狐神「やはりおぬしは面白いのう」
お祓い師「はあ……?」
狐神「ま、とりあえず一件落着ということじゃな」
お祓い師「ま、まあ、そうだな……」
お祓い師(面白い、ってのはどういうことなんだよ……)
お祓い師(……今回特に活躍していない俺を冷やかしているのか……?)
狼男「…………」
狼男「あの、いいですか」
お祓い師「あ?」
お祓い師(敬語……?)
狼男「──折り入ってお願いしたいことがあります」
*
狐神「で、あれから二週間で街を出ることになったわけじゃが」
お祓い師「この辺りでも親父の行方に関する情報は手に入らなかったからな」
お祓い師「そろそろ拠点は移し時だと思っていた」
狐神「ま、次の移動は快適に行けそうで何よりじゃが」
お祓い師「……まあな……」
狐神「この通り、幌付きの荷馬車を買ったからのう!」
お祓い師「……痛い出費だったんだぞ……」
狐神「まあまあ、“同行者も増えた”わけじゃし、馬だけではどうにもならなかったじゃろう」
狼男「な、なんか申し訳ないです」
お祓い師「……いや、ついて来てもいいって言ったのは俺だからな」
狐神「ふむ。こやつの同行の申し出を受けたこともそうじゃが、あの化け狸を見逃したことも意外じゃったのう」
お祓い師「……別に、それが適切な判断だと思ったからだ」
狐神「くすくすっ、どうかのう」
お祓い師「チッ!お前と会ってから人外に対する認識が少し変わっただけだ!」
狐神「うむうむ」
お祓い師「そのニヤニヤをやめろ!」
狼男「……旦那、なんか大変ですね」
お祓い師「……その敬語やめてくれよ。歳は大して変らないだろ」
狼男「いえいえ。こんな自分に同行許可を出してくださったんですから、これは当然の態度です」
お祓い師「そ、そういうものか?」
狼男「ええ、道中の馬の手綱もお任せください」
お祓い師「……じゃ、じゃあ頼む」
お祓い師(使用人のいる家で育ったんだから、むしろこの感じが慣れているはずなんだがな)
お祓い師「……なんだかな」
狐神「しかしやはり意外じゃったのう」
お祓い師「何がだよ」
狐神「じゃから、あの狼男に同行許可を出した事がじゃ」
狐神「おぬしの同業者に見つかったら面倒なことにならんのか」
お祓い師「十中八九、面倒事になる気がするが……」
お祓い師「まああいつは人の姿の時には全く気を発していない」
お祓い師「それに、こっちの地方には式神という文化があるらしいじゃねえか。最悪ばれた時にはそうやって言い訳するさ」
狐神「なるほど、式神、かの……」
狐神「それにしても、おぬしは相変わらずのお人好しじゃの」
お祓い師「うるせえ」
狐神「ククッ、照れるでない」
お祓い師「あ?」
狐神「……で、次の目的地はどこなんじゃ」
お祓い師「あー、少し南下するつもりだ」
お祓い師「最近、強力な物の怪の被害がかなり出ているらしいからな。聞きつけて親父が来ているかもしれない」
狐神「……ふむ」
狐神「して、そこの特産品は何かのう……!」
お祓い師「言うと思ったよ」
狼男「狐の姐さんは食べ物に目が無いですね」
狐神「当然じゃ!食べることこそが生きているということじゃ」
狼男「それは同意ですね」
お祓い師「お前もか」
狼男「あ、姐さん。一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか」
狐神「ん、なんじゃ?」
狼男「あの夜、どうやって俺の場所を探しだすことが出来たんですか。まさか気配を察知できるまで虱潰しに……」
狐神「ああ、そのことかの」
お祓い師「そういえばそのことは俺も詳しくは聞いてなかったな」
お祓い師「お前の能力っていうのはなんなんだ」
狐神「では説明しておくかの」
狐神「わしの能力は、わしがわざわざあんな山奥に祀られておったことに関係しておる」
狐神「その昔、あの麓の村から隣の村に行くには、険しい峠を越えていかねばならなかった」
狐神「しかしその道の険しさ、森の深さから遭難する者が後を絶えなかった」
狐神「そこでわしは、無事に旅人が峠を越えられるようにとあの社に祀られたのじゃ」
狐神「わしの力は『目的地にたどり着かせる力』じゃ。あの晩は、わしらの探す狼男の場所を目的地と設定して力を使ったのじゃ」
お祓い師「目的地にたどり着かせる力……?」
お祓い師「じゃあ俺の親父の場所にも行けるってことか!?」
狐神「……それができたら良いのじゃが、この通りわしの力は衰えに衰えておる」
狐神「おぬしに供物をもらっても、その効果の範囲はたかが知れている」
狐神「じゃからあの晩もある程度の調査の後に目星をつけた場所で力を使ったのじゃ」
狐神「とてもじゃないが、この広い世界のどこにいるのかわからぬ人物を探しだすことは不可能じゃ」
お祓い師「そ、そうか……」
狐神「力になれなくてすまんの……」
お祓い師「……いや、いいさ。今まで通りゆっくり旅をしながら探すさ」
お祓い師「同行者もいて退屈しないしな」
狐神「……おぬし……」
狼男「旦那……」
お祓い師「……ああ、今のはナシだ。同行者なんて鬱陶しいだけだ」
お祓い師「特にお前はな!」
狐神「ふっふー、おぬしの本音はよーくわかったからの。ホレ、退屈しないようにわしと語らい合おうではないか」
お祓い師「うるせえ!急に調子にのるな!」
狐神「それともなんじゃ?わしに甘えたいのか?」
狐神「それならほれ、わしの膝枕で寝るとよい」
お祓い師「調、子、に、の、る、な」
狐神「いたっ!?」
お祓い師「ったく……」
狼男「賑やかで楽しいじゃないですか」
お祓い師「場所交代するか?」
狼男「遠慮しておきますよ」
お祓い師「おい」
お祓い師「……はあ……」
お祓い師「ほんとに退屈しない旅になりそうだ……」
《現状のランク》
※潜在能力ではなく、その時点で判明している実力
B1 狼男
B2 お祓い師
B3
C1
C2
C3
D1
D2
D3 狐神 化け狸
175 : ◆8F4j1XSZNk - 2015/12/12 22:54:35.77 /Ef9P6re0 113/1313以上で《狼》編は終了です。
以降もこうやって一章ずつ何かを解決したりしなかったりしながら進んでいきます。その度にランキングが埋まっていく感じですね。
次回《河童》編は今回よりは短めです。
《河童》
お祓い師「この面子で旅をはじめてはや一ヶ月」
お祓い師「地図通りならそろそろ人里が見えてもいい頃なんだが……」
狼男「川を目印に進んできましたが、もしかしたら川の流れそのものが変わっているのかもしれませんね」
狼男「この地図自体古いように見えますし」
お祓い師「それはあり得るな……」
お祓い師「それにここ数日大雨が続いていた。増水で普段は水がない所が河川のように見えている可能性もある」
狐神「その大雨のせいでここ数日は随分と過ごしにくかったのう」
お祓い師「幌馬車の中にずっといた奴が何を言っているんだ……」
狐神「いかに幌馬車といえども、あれほどの大雨は防げぬわ。中が雨漏れでびしゃびしゃで寝にくかったのは事実であろう」
お祓い師「まあ、そりゃな」
狼男「人里につけばちゃんとした所で寝れるでしょう。それまでの辛抱ですよ」
お祓い師「だな」
狐神「……ふむ、どうやらその人里、近いようじゃぞ」
お祓い師「お、そうか?」
狐神「かすかににおいが漂ってきておる」
狼男「もう一雨来る前になんとか着きたいですね」
*
お祓い師「で、村に着いたはいいが……」
狐神「なにやら不穏な空気じゃの」
狼男「ですね」
お祓い師「まあその辺の聞きこみは宿屋を取ってからにする。馬をとめることができる場所があるといいんだが」
狼男「見たところ宿屋らしき所は見当たらないですね。もう少し馬車を進めてみましょう」
狼男「しかしなんですかねこの空気。恐怖というか、警戒というか。そんな感情が村の人々の顔から伺えます」
お祓い師「この村の周辺に人間に害をなす物の怪が出たのかもしれんな」
狼男「西の出身ですから、こっちの物の怪、ってどんな種類がいるのか想像もつかないです」
お祓い師「俺も五年目だけど、まだまだ知らない奴らばかりだ」
お祓い師「東では文化の特徴上、神も物の怪も多種多様に生まれるようだからな」
狐神「ま、何が起きたかは村の人々に聞けばわかるじゃろう。それよりも宿屋はあの辺りで良いのではないかの」
お祓い師「お、馬屋もあるみたいだな。あそこにするか」
狼男「了解です」
狼男「どうどう……」
狼男「……よし、じゃあ行きますか」
お祓い師「っておい、狐神。帽子を被れ帽子を」
狐神「おっとすまぬすまぬ」
お祓い師「頼むから騒ぎの中心にだけはならないでくれよ……」
狐神「わかっておる。わしとて面倒事は嫌いじゃ」
お祓い師「だったらもう少し自覚を持って行動してくれ……」
狐神「まあ田舎なら人外に寛容な場所も多い。そこまで気を張らずとも平気じゃろう」
お祓い師「だが、いまこの村の状況。もしこれが人外のせいだったらそうもいかんだろう」
狐神「……わかったわい、この村では大人しくしておる」
お祓い師「この村で“も”、だろ?」
狐神「さてな」
お祓い師「てめえ……」
狼男「ま、まあまあ……。とりあえず部屋が空いてるか聞いてみましょう」
狼男「……ごめんくださーい」
宿屋の女将「あ、お客さんは何名様で」
お祓い師「三人だ。裏手の馬屋は使わせてもらっているが構わないか」
宿屋の女将「それは構わないよ。それじゃあ二部屋でいいかな」
お祓い師(出費は増えるばかりだな……。が、仕方がないか)
お祓い師「それで構わない」
宿屋の女将「お客さんは何のようでこんな小さな村に。旅の途中かい?」
お祓い師「いや、一応お祓いを生業にしている者でね。物の怪退治の仕事を探して回っているところだ」
宿屋の女将「お、お祓いだって!?」
お祓い師「あ、ああ……」
宿屋の女将「だったら大歓迎だよ!そうだね、宿賃はタダでいいよ!」
狼男「タ、タダですか……?」
宿屋の女将「ああ、そうさ」
宿屋の女将「その代わりに、ここ最近村の周辺で被害が出ている一件の解決に協力して欲しい」
お祓い師「物の怪関連か?」
宿屋の女将「ああ。なに心配なさんな。報酬は別途で村のお金から出るようになっているからね」
狐神「役所、みたいなところで交付されるわけではないのかの」
お祓い師「小規模な村だと、ああいった公の機関の施設がない場合も多いからな。そういう時は個人契約が普通だ」
お祓い師「よしわかった。詳細の方を聞いてもいいか」
宿屋の女将「詳しくは村長の方に聞いてもらいたいんだけど……」
宿屋の女将「まあ何が出ているかっていうと、河童さ」
狐神「ほう、河童とな……」
宿屋の女将「ま、とりあえずは荷物を部屋において、それから村長のところを訪ねておくれよ」
宿屋の女将「一人一部屋にしたいところなんだけど、あいにく空きが二部屋しか無くてね。そこは勘弁してもらいたい」
お祓い師「いや、タダで二部屋も用意してもらえるだけありがたい」
宿屋の女将「そうかい。はいよ、これが部屋の鍵ね」
お祓い師「じゃあ部屋に荷物を置いたら、改めて村長のいる場所を聞きに来る」
宿屋の女将「まあ部屋で少し休んでからにするといいさ。旅で少しは疲れているだろう」
狐神「うむ、そうじゃな」
狼男「ではお言葉に甘えて……」
*
お祓い師「で、部屋分けだが」
お祓い師「俺と狼男が同室、お前は一人でいいな」
狼男「まあ、それが妥当なんですが……」
狐神「ま、待て待ておぬしよ。わしを一人にするのかの?」
お祓い師「まあそういうことだな」
狐神「おぬしも聞いておったじゃろう。この村はいま、物の怪の被害を受けておる」
狐神「何の戦闘能力もないわしが一人で襲われたらどうするんじゃ」
お祓い師「何度も言っているが部屋は男女分けたほうがいいだろう」
狐神「今までも同室で寝てたのに何を今更……」
狼男「じゃ、じゃあ俺が一人で、お二人が同室というのは」
お祓い師「待て待て勝手に……」
狐神「ま、それが妥当じゃな」
お祓い師「おい、俺の意志は?」
狼男「ま、まあまあ」
狐神「うむ、問題なかろう」
お祓い師「……ああああっ……!何なんだよお前らは……!」
お祓い師(一人部屋で久々に静かにしていたかったんだが……)
狐神「というわけでまた同室じゃな。よろしく頼むぞおぬしよ」
お祓い師「はあ……、平穏がほしい……」
*
お祓い師「女将の話によると村長の家はこの先のようだが……」
狼男「着く前に軽く聞いておきたいんですが、河童ってどんな物の怪なんですか?」
狐神「なんじゃ、おぬし知らんのか」
狼男「どうにもその辺には疎くて……」
お祓い師「俺ですら詳しくは知らないからしょうがねえんじゃないか」
狐神「なるほどのう、では軽く説明するかの」
狐神「河童とは極東では一般的な物の怪でな」
狐神「人のような四肢があるが、あやつらは基本的に水中に潜んでおる」
狐神「体じゅうが緑色の鱗で覆われておって、指の間には水かきがあり、鳥のようなくちばしを持ち、頭の上には皿のようなものがある」
狐神「というのが一般的な外見じゃ」
狐神「好物はきゅうりと言われておるが、人や馬を水中に引きずり込んで、尻の穴から肝を取って食うとも言われておる」
狼男「し、尻の穴から……」
狐神「人と共存している個体もいると聞くが、今回はどうやら違うようじゃな」
狼男「なるほど」
お祓い師「……まあ何はともあれ、まずは村長に話を聞かないとな」
狼男「女将さんの言っていた村長さん宅はあれですかね」
狐神「それっぽいのう」
お祓い師「よし、じゃあ行くか」
お祓い師「……あー、村長の家はここであっているか」
川辺の村の村長「あ、あなた方は……?」
狼男「宿屋の女将さんから河童退治のお話を聞いて来たものです」
川辺の村の村長「おお……、こんな田舎の村にお祓い師様が……!」
川辺の村の村長「どうぞどうぞ、お上がり下さいませ。いまお茶を出させますので」
狐神「えらい歓迎されおるのう」
お祓い師「それだけ困ってるってことだろうな」
狼男「ぜひとも解決したいですね」
狐神「うむ」
*
お祓い師「河童、について詳しく聞かせてもらいたい。場所とか、被害の様子、あとは個体数なんかもできれば知りたい」
川辺の村の村長「場所はこの村を出て東に少し行ったところで道と合流する川の岸周辺であります」
川辺の村の村長「近くを通った者が時おり、女子供関係なく水中に引きずり込まれることが多発しまして……」
川辺の村の村長「河童の噂を聞いたのか、行商人なども立ち寄ってくれなくなってしまい、村はご覧のとおりの寂れようであります……」
お祓い師「この村には祓いの心得がある人間はいないのか」
川辺の村の村長「いることにはいますが、相手の数が数で……」
川辺の村の村長「聞くところには、四十はいたとか……」
狐神「四十、じゃと……!?」
お祓い師「……どうした?」
狐神「……な、何かの間違いでは……?」
川辺の村の村長「いえ、証言者は複数おりますので……」
お祓い師「……?」
お祓い師「まあ、いい」
お祓い師「河童退治の依頼、受けよう」
川辺の村の村長「ほ、本当でありますか……!」
お祓い師「河童を取り逃がしてしまった時のことも考えて、村人にはいかなる川辺にも近づかないように言っておいてくれ」
川辺の村の村長「え、ええ、そうさせていただきます……!」
*
狐神「…………」
お祓い師「……どうした。たしかに四十という数は多いが、そこまで驚くほどのことなのか」
狐神「……おかしいではないか……」
お祓い師「おかしい、だと?」
狐神「うむ……」
狼男「……!お二人とも……!」
お祓い師「……お出ましか」
狐神「……!」
河童A「なんだ貴様らは」
河童B「……村に依頼されたお祓い師か。茶色の髪をした男からは奴ら特有の嫌な気配がする」
河童B「そっちのでかい男は人間か……?いや、だが微かに獣の臭いがする……」
河童C「そして、その後ろの女は……。ほう、神か……!貴様ら式神の関係か」
お祓い師「残念ながら式神の契約などはしていない。訳ありの同行だ」
お祓い師「あとはお前たちの予想通り、村に頼まれてお前たちを退治しに来た」
河童A「この数を相手にか……?」
お祓い師「問題ない」
河童B「なめられたものだな」
狐神「ま、待っておくれ……!」
お祓い師「どうした」
狐神「お、おぬしら一体どういうことじゃ……!」
狐神「なぜ同じ物の怪がここまで沢山おるのじゃ……!」
狐神「物の怪とは人の恐怖の具現……、それがここまで大量に現れるということは一体どういうことじゃ……!」
河童A「狐の姉さん、あんた何か勘違いしているな」
狐神「なんじゃと……!?」
河童A「俺たちは、河童というれっきとした“一つの種”だ。ここの全員が人の心から生み出されたものじゃない」
お祓い師「種、だと……?それだと狐神から聞いた話とは大分違ってくるが」
河童A「正確には、元をたどれば人の心が創りだしたモノだったんだろう」
河童A「しかし今の我らはその子孫であり、種族の末裔だ」
狐神「あ、あり得ん……!物の怪が種族となる、じゃと……!?」
狐神「それでは、わしら神や、おぬしら物の怪の存在の定義が……!」
河童B「やっぱりあんた勘違いしているな」
河童B「あんたが言いたいのはこういうことだろう」
河童B「『人の恐怖心から産まれるはずの物の怪が、その力なく、種として繁殖していけるはずがない』ってな」
河童B「それが大きな勘違いだ。まず、物の怪には人の恐怖心から産まれた者と、元来から種族として存在するものの二種類がいる」
河童B「そして、たとえ前者であっても一つの種族として繁栄し得る」
河童B「確かに人の恐怖心は俺たち人外を産み出し、そして俺たちの大きな力の源になる」
河童B「しかし、そんなモノがなくても俺たちは消えたりはしない」
狐神「なん、じゃと……」
お祓い師「…………」
河童B「要は、俺たち人外は“心”が存在の源だ」
河童B「この世で一番自分にとって大事な心は何だ。──それは自分自身の心だ」
河童B「食欲、性欲、睡眠欲……、生きたいという欲求は自分自身のためにある。これは他人に任せるものではない」
河童B「あんた、見たところかなり力が衰えているようだが、それはあんた自身のせいだ」
狐神「……!」
河童B「一度大きくなった“器”は、決してそこから小さくなることはない。つまりは力が衰えるというのは、その中身が減っているというこになる」
河童B「最近は人々の信仰というのも減り、神々の数が減少していると聞くが、そんなことはあんたら自身でどうにかすれば解決することなのだ」
河童B「そう、簡単だ。あんたら自身が生きようと思えばいい。それだけで力は満たされる」
河童C「しかし貴様ら神というのは情けない」
河童C「人に頼られなくなった瞬間、自分たちの存在意義がわからなくなってしまうのだ」
河童C「その点、俺たち物の怪とは良く出来ている。人間に恐れられなくなったら、再び恐怖に陥れてやればいい」
河童C「仮に人間に完全に忘れられようとも、俺たちは人間の心とやらに擦り寄って生きてきたわけではない」
河童C「その時は自分たちの意志で生きていくだけだ」
河童C「これが近年、神々が物の怪よりも遥かに速く衰退していっている理由だ」
狐神「な…………」
河童C「信仰というものに頼り、自分の意志を持たぬ空っぽの存在」
河童C「それがお前たち神というものだ」
狐神「や……、やめておくれ……」
河童A「存在意義を他人に委ねるなど、それは生きているというのか」
狐神「やめておくれっ……!」
河童B「本当にお前は生きているのか?お前は誰だ?なぜここにいる?」
狐神「っ……」
お祓い師「狐神……」
河童A「己の存在を疑い、絶望したか。本当に神とは情けのないものだ」
河童A「まあ、神とはその特性上、どうしようもないほどに“手遅れ”であることが殆どだがな……」
お祓い師「……おい」
河童A「なんだ人間よ」
お祓い師「いまお前たちは、自身の意志さえしっかりとしていれば、その器に力は満たせるということを言ったな」
河童A「それが?」
お祓い師「村人を襲ったのはなぜだ。お前たちはそんなことをしなくても生きていけるんだろう」
河童A「なんだ、そんなことか」
河童A「簡単だ、これは報復だ」
お祓い師「報復……?」
河童A「そうだ。少し前の話だが、俺たちの仲間がとある人間に大量に虐殺された」
河童A「俺たちはその報復をしているに過ぎない」
お祓い師「その人間というのはどうなった」
河童A「知らんな。少なくとも俺たちはあの日以降姿を見ていない」
お祓い師「なぜその人間ではなく、関係のない村人たちを襲っている」
河童A「それは貴様らと同じだ」
お祓い師「……どういうことだ」
河童A「貴様らは村の依頼で俺たち河童を祓いに来たのだろう?そこに俺たち個人の区別はあるか?」
河童A「そうではないよな。村人を襲った河童という集団そのものを祓いに来たのだ」
河童A「俺たちも同じように、俺たちの仲間を殺した人間という集団を殺しているに過ぎない」
お祓い師「……そうか」
河童A「理にかなっているだろう?」
お祓い師「ああ、特に反論はない」
お祓い師(これは話し合いで解決することではない、か……)
お祓い師「おい、狼男」
狼男「なんでしょうか、旦那」
お祓い師「お前は満月じゃなくても変身できるよな」
狼男「……ええ、満月の夜には変身への強制力があるというだけですから」
お祓い師「だよな。じゃあやるぞ」
狼男「……旦那の命令なら」
お祓い師「いくぞ……!」
お祓い師『滅却!』
河童B「……!炎か……!」
河童B「どうやら俺たちとは相性が悪かったようだな人間」
お祓い師「それはどうかな?」
お祓い師「──燃えろっ!!」
河童B「こ、この威力は……!?避けられんっ……!!」
河童B「ぐあああああああっ!!!」
河童C「貴様っ……!」
河童D「我々が相手だ!!」
狼男「旦那の手を煩わせるまでもない……!」
狼男「ハァァッ!!」
河童C「な……!」
河童D「に、二体一気に貫かれ……」
河童A「……やはり、強いか」
河童A「ここは引くとしよう」
お祓い師(川の中に……!)
狼男「逃がすか……!」
お祓い師「いや待てっ!不用心に川によるな!」
河童A「シャァァッ!!」
狼男「なっ……!?」
狼男(力も速度も、さっきまでの奴らとは段違い……!)
お祓い師「あいつらは川に住む物の怪……。川の中にいればその恩恵を受けて力が増すんだろう……!」
お祓い師「それがまだ何十体といるんだ。油断をするなよ……」
狼男「……了解です」
河童E「シャァァァッ!」
狼男「くっ……!」
お祓い師「どいてろ!」
お祓い師『滅却!!』
河童E「おおっと……!」
お祓い師「チッ!川の中に……!」
河童E「ここは俺たちの本陣だ。少なくともお前たちに攻めの手はない」
お祓い師「川から引きずり出す他はないか……」
狼男「……任せて下さい。俺がなんとかしてみせます」
狼男「オオオッ!」
河童E「馬鹿め、自ら川へ来たか!」
河童D「袋叩きにしてやる!」
狼男「グッ……!」
狼男「オオオオオオッ!!!」
河童D「なっ、馬鹿なっ!川の中の俺たちに対してそれほどの力を……!」
河童E「だ、だが残念だったな……!やはり川に守られた俺たちの身体を貫く事は出来んようだ」
河童E「せいぜいこうやって川辺に殴り飛ばすのが限界……」
お祓い師「…………」
河童E「……あ」
お祓い師『……滅却』
河童D・河童E「「ぐあああああああっ!!!」」
河童F「き、貴様ァ~!」
河童G「死ねぇっ!!」
狼男「……!」
河童F「がっ……!」
河童G「は、離せっ……!」
お祓い師「よし、そのまま陸地へ投げろ!」
狼男「フンッ!」
お祓い師『滅却!!』
河童F・河童G「「────!!」」
お祓い師(……まあおそらくは、文字に起こしたら馬鹿みたいな光景なんだろうな)
お祓い師(あいつが投げて、俺が燃やす。流れ作業のように、淡々とな)
お祓い師「……どうした。終わりか」
河童A「……ふん、やるな」
狼男「次はお前だ」
狼男「ハァッ!!」
河童A「シャァッ!!」
狼男「……!」
狼男(やはりこいつは他の個体より頭抜けて力が強い……!)
お祓い師(力だけではなく頭も切れる……)
狼男(なんにせよ、なんとか陸地に誘き出さないと分が悪い……!)
河童A「ほらほらどうした。ぼうっとしているならば貴様の肝を抜き取ってやるぞ」
お祓い師(あの余裕から察するに、あいつはまだなにか隠している)
お祓い師(挑発に乗って誘い込まれては向こうの思う壺だ……)
お祓い師「狼男、一旦離れろ!俺がそいつに炎を浴びせてやる!」
狼男「川の中のこいつに炎はおそらく効果がありません!」
狼男(それよりは……!)
河童A「では、こちらからいかせてもらおうか……!」
狼男「……!」
狼男(今だっ……!)
狼男「オオオッ!」
河童A「何っ……!?」
河童A「くっ……!突進の勢いを利用して投げた、か……!」
狼男(陸地に投げた隙に間一髪入れずに追撃する!)
狼男「オオオオッ!」
河童A「まずいっ……!」
河童A「────“なんて言うとでも思ったか”」
狼男「……!?」
河童A「まずは狼よ、貴様から死ねェッ!!」
狼男(な、なぜ陸地でもこれ程の力が……!?)
お祓い師『滅却!!!』
河童A「……!」
河童A「おっと、危ないではないか……。危うく燃えるところだった」
狼男(助かった……)
狼男(しかし、こいつの力の法則がわからない……。川の中だけで力が増すわけではないのか……?)
河童A「ぼうっとするなよ狼」
狼男「くっ……!」
河童A「我々はまだまだ控えが残っている」
河童A「行け」
河童H「覚悟するんだな……」
河童I「ブチ殺す!!」
狼男「くそっ……!」
お祓い師「おい狼男!一旦ここまで下がってこい!」
狼男「は、はいっ……!」
河童H「……!」
河童I「チッ……」
お祓い師「…………」
狼男「と、止まった……?」
お祓い師「……よし、やはりな……」
河童A「…………」
河童A「ほう気がついたか、人間」
お祓い師「……ああ」
狼男「旦那……?」
お祓い師「お前たちの力は河川の場所自体に影響されるのとは違う……」
お祓い師「いや、半分はそれであっているのか」
狼男「……と言いますと?」
お祓い師「正確には、今ある河川がお前たちに力を与えるわけではないということだろう」
河童A「……その通りだ」
お祓い師「おそらくはお前たちは、長く住み着いた川の場所からこそ力を得ることが出来る」
お祓い師「そもそも、そういった自然結界は一朝一夕で為るものではない。何十年、何百年と何らかの影響を受けることで発生する」
お祓い師「つまり、大昔からずっと河童が住み着いていた場所こそが自然結界と化す」
お祓い師「言い換えるなら、あいつらがいま立っている場所はその昔は川だったということだ」
お祓い師「おそらく、来る途中にあった水門が出来たせいで流れが変わったんだろうな」
お祓い師「今現在、水が流れているかどうかは問題では無いということだろうな」
狼男「な、なるほど」
河童A「……完璧だ、人間」
河童A「この辺りの川の流れがこうなったのは、人間が水門を作った数年前からのこと……」
河童A「だがそんなものによって川の流れが変えられようとも、我々一族にとっての力の流れはそう簡単には変わらん」
河童A「数百年もの間我々の先祖が住み続けた場所こそが我らの力の源となるのだ……!」
お祓い師「まあつまりは、俺たちは陸上でも安心して立ち回れないってことだ。どこがあいつらの本陣かわからないんだからな……」
狼男「では、どうすれば……」
お祓い師「…………」
お祓い師「……俺に案がある、耳を貸せ」
狼男「……そ、それはあまりにも……!」
お祓い師「リスクはあるがやるしかねえ」
狼男「……わ、わかりました」
河童A「ふん、相談は終わりか」
お祓い師「相談している間も襲ってこないってことは、とりあえずここは安全地帯ってことでいいんだよな」
河童A「…………」
お祓い師「狐神もそこを動くなよ!おそらくそこも安全だ!」
狐神「う、うむ……」
お祓い師「ま、俺たちはその安全地帯を出るわけだが」
お祓い師「行くぞ!」
狼男「はい!」
河童A「……!自分たちから川の中に飛び込んだ、だと……!?」
河童H「ど、どうする……!」
河童A「……向こうにも策があるようだが、川の中では我々が有利であることには変わらん!」
河童A「奴らがなにかやらかす前に追いついて仕留めるぞ!」
お祓い師「やばいやばい追いつかれる……!」
お祓い師「狼男は先にいけっ……!」
狼男「わかってます!」
河童I「待て人間ッ!!」
お祓い師『……め、滅却!』
河童H「そんなもの、潜れば当たらん!」
お祓い師(くそっ、泳ぎで河童に勝てるけがないからな……!)
お祓い師(急いでくれ狼男……!)
河童I「はははっ、もう追いつくぞ!」
お祓い師「ああああっ!まだかっ!?」
狼男「旦那ァ!準備完了です!!」
お祓い師「よし!」
河童I「な、なんだァ……?」
河童A(狼の方が先に陸地に……?)
河童A(……あそこにあるのは、まさか……!)
河童A「マズイっ……!!」
狼男「水門、開けますよ!」
河童A「お前たち今すぐ戻れっ!!」
狼男「遅い!」
お祓い師「よーし、やっちまえ!!」
*
お祓い師「い、生きてる……」
お祓い師(幼少期によく川に泳ぎに行ってた経験がここで活きるとは……)
お祓い師(いかに河童といえど、目の前で水門が開けば逃げることはできなかったか……)
お祓い師(そして、運よくこの場所にきてくれたか……)
お祓い師(……いや、違うな。これは狐神のお陰か?)
お祓い師「なあ、皇国には『河童の川流れ』ということわざがあるそうだが……」
お祓い師「まさに今のお前たちみたいな感じか」
お祓い師「……いや、意味としてはそういうことじゃないんだったか……」
河童A「……貴様、何がしたい」
河童A「水門を開け、その勢いで我々を下流まで流して来ただけ」
河童A「それに乗じて逃げるならまだわかるが、貴様も一緒にこうして流れてきている」
お祓い師「…………」
河童A「今だって浅瀬とはいえ川の中にいる」
河童A「貴様の劣勢には変わりない」
お祓い師「……川の中、ね」
お祓い師「……“それはどうかな”」
河童A「何……!?」
河童I「こ、これは……!」
河童A「……水の中に、花……!?」
河童A「……ま、まさか!」
お祓い師「そう、ここはここ数日の豪雨で増水した場所だ」
河童A「……!」
お祓い師「来る時は、道という道が水没してて大変だったんだぜ?」
お祓い師「こういう形で助けられるとは思わなかったけどな」
お祓い師「なあ、お前たちは長い年月をかけて住み着いた場所でこそ力を発揮するんだろ?」
河童A「くっ……!」
お祓い師「ご自慢の先祖代々の力の加護のないお前たちは、俺の相手にはならねえぞ」
河童A「お前たち、一旦逃げろォ!!」
お祓い師「……逃さねえ。まとめて焼かれろ」
*
河童A「負けた、か……。見事な実力だった……」
お祓い師(……さすがに辛かったがな)
河童A「しかし人間とは恐ろしい……」
河童A「貴様らは、己の意志のみを持って力を身に付けてゆく者が少なくない……」
河童A「中には大妖怪にも勝る力を、修練と己の意志のみを以って宿している武人もいるというからな……」
河童A「……しかし、お前は何か……」
お祓い師「…………」
河童A「……いや、よそうか……」
河童A「……では、願わくは閻魔の元で……」
河童A「…………」
お祓い師「…………」
狼男「……終わりましたね」
お祓い師「ああ……」
狼男「さすが旦那、名家のお祓い師というのは伊達ではないですね」
お祓い師(ばかいえ、お前のほうがよっぽど強かっただろうが……)
狐神「…………」
お祓い師「…………」
お祓い師「おい」
狐神「……なんじゃ」
お祓い師「さっきの河童に言われたことを気にしているのか」
狐神「……そう、じゃな」
狐神「あやつの言っていることは正しいのじゃろう。わしら人外は“心”を糧に生きる者」
狐神「たかが人間風情に忘れ去られた程度で、満足に力も振るえなくなったわしの心の弱さよ」
狐神「わしはわし自身の意志で生きようとしていなかったんじゃな」
狐神「あやつらの言うとおり、それは生きていないのと同じことじゃ……」
狐神「わしは一体、何者なんじゃろうな……」
お祓い師「…………」
お祓い師「……はぁーっ、そんなくだらないことで一々悩むな」
狐神「くだら……、ないじゃと……?」
狐神「おぬしにはわからんじゃろうな!わしは数百もの年月を、人に頼られ、人に感謝されることを喜びに生きてきた!」
狐神「それがいつのまにやら忘れられ、生きがいを無くしてしまった……!」
狐神「この事がどんなに……!」
お祓い師「だから自分が何者か、なんて悩みはくだらないって言ってんだよ。思春期の俺かよ」
お祓い師「そんな悩み、俺たち人間でも抱くことはあるさ。でも結局結論なんか出ない」
お祓い師「結局言えることは、俺は俺で、お前はお前だってことだだ。その存在意義なんて一々考えねえよ」
狐神「じゃが、わしら神は、おぬしら人間とは違う……!」
お祓い師「違わねえよ。飯食って、会話して、寝て……。これができれば同じなんだよ」
お祓い師「こんなこと思えるようになったのは、お前らと出会ってからだけどな……」
狐神「…………」
狼男「…………」
お祓い師「それにお前自身に生きる意志がないだと?そんな訳があるか」
お祓い師「人の飯まで横から取っていくような食欲魔が何を言う」
狐神「なっ……!そ、そんなことはいま関係なかろう!」
お祓い師「関係なくないんだな、これが」
お祓い師「生きるってのは自分の欲求を満たすってことだ。お前みたいな食欲魔が生きていないなんて冗談が過ぎる」
お祓い師「人の飯取って『これは自分の意志じゃありません』って、言い訳にしては苦しすぎるぞ」
狐神「そ、それは……」
狐神「……なんかそれっぽいことを言って、言いくるめられた気がするのう」
お祓い師「その場しのぎに適当なこと言っただけだからな」
狐神「おぬしなあ……!」
狐神「……まあ、少しは気が楽になたかのう……」
お祓い師「……それでいいんだよ」
狐神「……うむ、そうか」
狐神(……じゃが、それでもまだわしは……)
お祓い師「……あと、お前」
狐神「うむ?」
お祓い師「さっき力を使っただろ?」
狐神「……さて」
お祓い師「あんなに綺麗に狙った場所、増水して沈んだ河原に着くかってんだよ」
お祓い師「少し顔色が悪い。供物とやら無しで力を使うのは、今のお前には辛いんだろう。無理をするな」
狐神「……うむ、そうじゃな……。心配してくれてありがとうのう」
お祓い師「ああ……」
お祓い師「…………」
お祓い師(……最期に河童が言っていた『手遅れ』とはどういう意味だ)
お祓い師(そして死に様に俺に何かを言いかけた。あれは一体何だったんだ……)
*
狼男「それでは村の方に戻りますか」
お祓い師「そうするか」
狐神「……うむ」
???「ちょっと待ちな」
お祓い師「……誰だ」
???「そうだな、一応名乗ろうか」
???→辻斬り「俺の名は辻斬りだ。覚えてもらわなくても結構だが……」
辻斬り「ククッ、おたくらなかなか面白い雰囲気をしているねえ」
辻斬り「……ちょっと斬らせちゃもらえないかな」
お祓い師「はいそうですか、と首を縦に振るとでも思うのか」
辻斬り「まあ、おたくらの意志は関係ない。俺は面白そうだから斬る、それだけさ」
お祓い師「……狂人め」
辻斬り「なんとでも言えばいいさ」
お祓い師「…………」
お祓い師「……おい、一ついいか」
辻斬り「なんだ」
お祓い師「以前に河童を殺ったのは、お前か?」
辻斬り「……ああ、そんなこともあったねえ」
お祓い師「それは、なぜだ」
辻斬り「面白そうだったから、だ。まあ、結果は大して面白くもなかったけどね」
お祓い師「それだけの理由でか?」
辻斬り「おたくらの行動原理は知らんが、俺にとってはそれが全てさ」
辻斬り「それに人外などいくら死のうと人間様にとってはどうでもいいかとだろう?」
狐神「な……」
辻斬り「……楽しいか、楽しくないか」
辻斬り「人間の一生など短い。その間をなるべく楽しく生きようとしているに過ぎない」
お祓い師「…………」
お祓い師(……滲み出ているこの気配。……こいつは格が違う相手だ)
お祓い師(何とかして逃げないとやられる……)
狼男「(俺が引きつけておきますので、その隙に何とか逃げてください)」
お祓い師「(お前はどうするつもりだ)」
狼男「(西から遥々逃げてきた身ですよ。逃げるのは得意です)」
お祓い師「(だが……!)」
辻斬り「……いくぞ」
狼男「下がっててください!」
お祓い師「くっ……!」
辻斬り「ふっ!」
狼男「グオオオッ!!」
辻斬り「なるほど、良い力を持っていねえ……!」
狼男(こいつっ……!強い……!)
辻斬り「──ああ斬り甲斐がある!」
狼男「グッ!?」
辻斬り「……よく避けた」
狼男「ゼェ……、ハァ……」
狼男(まずい……。ここまで実力に開きがあるとは……)
狼男(河童とやり合った直後でいつもよりも力が出ていないのも実感できる……)
狼男(隙を見て撤退しないとやられる……!)
辻斬り「では、これはどうかな!」
狼男「っ……!」
狼男「グオオッ!!」
お祓い師「狼男っ!」
狼男「す、すいません……。力及ばずです……」
お祓い師「喋るな、傷に障るぞ」
辻斬り「まあこんなものか」
辻斬り「さて、次はそこの女にする。微かにだが人外の気配がするからね」
お祓い師「ま、待て!」
辻斬り「いくぞ」
お祓い師「やめろっ!!」
辻斬り「邪魔をするなよ……!」
お祓い師「ぐあっ!」
辻斬り「……人間には興味が無いんだよ」
お祓い師「ぐ……」
辻斬り「さあ行くぞ女ァ!」
辻斬り「せあっ!」
狐神「……!」
狐神「くっ……!」
辻斬り「ほう……?」
お祓い師「なっ……!」
辻斬り「避けた、か……」
お祓い師(どういうことだ……!?)
狐神「あ、当たり前じゃ……!わしは獣。おぬしら人の子の動きなど止まって見えるわい……!」
狐神「……おぬしの刀は、わしには届かん……」
辻斬り「ほお、面白いっ……!」
辻斬り「ハッ!ぜああっ!」
狐神「くっ……!」
狐神(こやつ……!)
狐神「はあ……、はあ……」
辻斬り「これをも避けるか、面白い……」
辻斬り「だが、少し違和感があるな。見てから避けたというよりは、前もって知っていたかのような……」
狐神「…………」
狐神(もう見破られたか……)
お祓い師(……そうか!狐神は『目的地に導く力』を使って、“自身が助かるための場所”へ斬撃の直前に移動しているのか……!)
辻斬り「ふん、どんな力を使っているのかわからないが面白い」
辻斬り「そこの男、少しでも介入する素振りを見せたら本気でこの女を斬る」
辻斬り「俺はもう少し楽しみたいから手出しをするなよ」
お祓い師「てめえっ……!」
辻斬り「いくぞっ!」
辻斬り「ぜああっ!」
狐神「くうっ……!」
辻斬り「ククッ、まだまだ行くぞ」
辻斬り「せあっ!」
狐神「っ……!」
狐神「はあっ……、はあっ……!」
辻斬り「……ううむ」
辻斬り「おたくの能力は面白いが、どうも力が弱々しいね。ここまで力のない人外も久々に見た」
狐神(元々力が全快していない身で連続使用すればこうなるのも道理じゃ……)
狐神(早う……、早う“見え”ぬかこのポンコツめ……!)
辻斬り「面白いだけに残念だ。能力も体力も底をつきかけているようだか、そろそろ終いだ」
狐神「…………!!」
狐神(やっと“見えた”っ……!)
狐神「狼男よっ!わしら二人を抱いて谷底へ飛び降りるんじゃ!!」
お祓い師「なっ……!」
狼男「……!」
狼男「オオオオオオッ!!」
辻斬り「なに……!?」
辻斬り「…………」
辻斬り「走っても追いつけない、か……」
辻斬り「仕方がない、又の機会に殺すとしようか……。人外だけは、殺さなくちゃならないからな……」
*
狐神「はあっ……、はあっ……。すまぬな、怪我を負っている中無理をさせてしまって」
狼男「問題、無いです……。何とか助かりましたから……」
狐神「最後の最後に『わしら三人が助かる道筋』が見えていなかったらやられていたのう……」
お祓い師「お前、あんなに無理して力を使って……」
狐神「あの状況では仕方がなかろう」
狐神「あやつから逃げるための道筋が中々見えなくてな。力不足じゃな……」
狐神「やはり未だに、わしは自分自身を信じきれていいないのかも知れぬ……」
お祓い師「…………」
お祓い師「……まあ、今回は力のおかげで助かった」
お祓い師「あいつが追ってこないとも限らない。早く村の方へ戻ろう」
狼男「その方がいいですね」
狐神「……うむ……」
狐神「なあおぬしよ」
お祓い師「なんだよ」
狐神「……おぬしにとってわしとは何者じゃ。おぬしにとってもわしは“ただの神”なのかの……」
お祓い師「…………」
お祓い師「…………」
お祓い師「……お前が何かと言うならば……。まあ、やかましい同行者ってところだな」
お祓い師「それ以上でもそれ以下でもねえよ。俺にとっちゃお前は神サマなんかじゃないさ」
狐神「あ……」
狐神「……ふふっ、おぬしはぶっきらぼうなようで、本当にお人好しじゃな」
お祓い師「あ?そういうのじゃねえよ」
狐神「ありがとうの。少しは楽になった」
お祓い師「……チッ、早く戻るって言ってんだろ。行くぞ」
狐神「うむ、わかっておる」
*
川辺の村の村長「で、では河童は退治していただけた、ということでありますか……!」
お祓い師「ああ、予定通り報酬を支払ってもらう」
川辺の村の村長「ええ、ええ、こちらにありますとも」
お祓い師「……確かに頂戴した」
川辺の村の村長「今日はもう日が暮れます。宿で一晩休まれてから村を発つと良いでしょう」
狼男「そうさせてもらいます」
狼男「ところで姐さんは好物とかありますか」
狐神「わ、わしか?……ううむ、美味いものなら何でも好むが、特に油揚げが好きじゃの」
狼男「あぶらあげ、ですか……」
狼男「村長さんお聞きしたいのですが、この村で美味しいあぶらあげを出していただけるお店はありますか?」
川辺の村の村長「油揚げ、ですか。それなら坂を下ったところの角の豆腐屋で出している油揚げが絶品でありますよ」
川辺の村の村長「店内で鍋として召し上がることが出来ますので、ぜひ行かれてはいかがかと」
狼男「そうですか、ありがとうございます」
狼男「今晩は依頼達成の祝賀会としてそこで食事をしましょう」
お祓い師「だな」
狐神「……気を使わせてしまっているようですまんの」
狼男「いえいえ。姐さんは元気がいいほうが似合ってますから」
お祓い師「まあ確かにこいつなら、飯をあげればすぐに元気になるな」
狐神「どういう意味じゃ」
お祓い師「そのままの意味だ」
狐神「おぬし、わしのことを単純馬鹿とでも思っておるじゃろう……?」
お祓い師「間違いないな」
狼男「ま、まあまあ……」
狐神「おぬしっ!そこになおれいっ!!」
お祓い師「おやおや、お嬢さんは飯をやらんでも元気なようですねえ。今晩は疲れたしこのまま帰って寝るか」
狐神「それだけは勘弁じゃっ!!」
*
お祓い師「清酒をたらふく飲んで酔いつぶれやがって……」
狼男「勢い良かった割には弱かったですね」
狐神「むにゃ……」
狼男「重かったら自分が背負いますよ」
お祓い師「ばか、聞かれてたら殺されてるぞ」
お祓い師「それに平気だ。宿はすぐそこだろ」
狼男「いやあ、役得だなって思って。背中にそのたわわなものが当たっているじゃないですか」
お祓い師「……お前はもう少し真面目なやつだと思っていたんだが」
狼男「男児たるもの女体には正直に反応すべきです」
お祓い師「あのなあ……」
狼男「実際のところは」
お祓い師「……役得だ」
狼男「でしょう?」
お祓い師「まあな」
狐神「すやすや……」
狼男「さて、着きましたね」
お祓い師「俺の部屋は奥だったな」
狼男「明日の出発はいつにしますか」
お祓い師「まあこいつが起き次第だろ。朝食をどこかでとってから出発する」
お祓い師「そういえば怪我の具合はどうなんだ。あの時は深くはないと言っていたが」
狼男「この体になってから怪我の治りは異様に早くて、もうほとんど塞がってますね」
お祓い師「そうか、まあ無理だけはするなよ」
狼男「わかってます。ではまた明日」
お祓い師「おう、ゆっくり休め」
お祓い師(……で、こいつを寝かせてやんねえとな)
狐神「……すうすう……」
お祓い師「よっと……」
お祓い師「こいつの帽子を取る係みたいになってんな」
お祓い師「たっく、よっぽど歳上のくせにガキみたいなことで悩みやがって。よくこんな奴が数百年も生きてこられたもんだな」
お祓い師「…………」
お祓い師(……こいつは俺が死んだ後もまた数百年と生きていくんだろう)
お祓い師(ただしそのためには俺の身体に刻んだ依り代の印を他に移すか、こいつ自身が自力で力を得られるようになるしか無い)
お祓い師(どちらにせよ別れは早く訪れる。俺がこいつの依り代としていられるだけの力がある内にどうにかしなきゃならない)
お祓い師(そうしないとお前は、俺と一緒に死ぬことになってしまうぞ)
お祓い師(お前はそんなことを望んでいないはずだ。神にとって、あと五十年程度の寿命というのはあまりに短すぎるだろう)
お祓い師(お前は早く俺の手元から離れなければならないんだ)
お祓い師「それまでは俺も死なないようにする」
お祓い師「……だからお前はそれまでに自分を見つけられるようになってくれ」
お祓い師「…………」
お祓い師(……馬鹿みてえだな。もう寝るか)
狐神「……待って……」
お祓い師「……お前、起きて……」
お祓い師「……いや、寝ぼけているだけか……」
狐神「……待っておくれ……。一人にしないでおくれ……」
狐神「……村のみなよ、昔のようにわしを頼ってくれぬのか……」
狐神「……わしの名を呼んでおくれ……」
狐神「……のう、みなよ……」
お祓い師「…………」
お祓い師「はあ……、おい狐神」
お祓い師「少なくともお前が力を取り戻すまでは一緒にいるし、名前だっていくらだって呼んでやる」
お祓い師「だから俺や狼男がいる間だけでも安心して寝ろよ。朝起きたら急にいなくなっていたなんてことは絶対にない」
お祓い師「黙って出て行かれる辛さは、俺にはわかるからな……」
*
狼男「旦那は寝不足気味ですか」
お祓い師「ああ、ちょっと寝付きが悪くてな」
狐神「わしは酒を入れ始めた頃からの記憶が無い……」
狐神「頭がガンガンしよる……。二日酔いじゃあ……」
お祓い師「大して強くないのに調子に乗って飲むからだ」
狐神「わしが弱いんではない。おぬしらが強すぎるんじゃ……!」
お祓い師「まあ確かに、皇国人は酒に弱いと聞いたことがあるな」
狼男「二日酔いに効くという漢方を女将さんからもらってきましたよ」
狐神「い、いただこう……」
お祓い師「ったく、その調子じゃ馬車なんか乗れないな」
狼男「出発を遅らせるしか無いでしょうね」
狐神「す、すまぬ……」
お祓い師「……まあいい」
お祓い師「ゆっくりと行こう。時間はまだあるさ」
狐神「む……?」
お祓い師「なんでもねえよ」
狐神「……?」
狼男「あ、そういえば次はどこに向かうんですか」
お祓い師「ああ、もう少し南下するが、地図でいうこの辺で西の方に行く」
狼男「……と、いうと目的地はここですか。何か有名な場所なんですか」
お祓い師「ああ」
お祓い師「──皇国一に西の移民が多い街、『西人街』だ」
A2 辻斬り
A3
B1 狼男
B2 お祓い師
B3
C1
C2
C3 河童
D1
D2 狐神
D3 化け狸
※1 狐神が微弱ながら供物なしに力を使えるようになったため1ランク上昇。
297 : ◆8F4j1XSZNk - 2016/01/18 22:56:47.76 7c49IOOh0 194/1313以上で《河童》編は終了です。
狐神はメンタル弱めのおねえさんです。有能な時は有能ですが、無能な時はとことん無能です。
次章は《魔女》編です。更新が少し遅れるかもしれません。遅れないかもしれません。
更新が滞っていても、一定数レスが溜まったら返すことはします。
それではまた。
続き
狐神「お主はお人好しじゃのう」【2】