男「いたたたたた……!」ズキズキ…
男(一流商社マンともあろう者が、虫歯になってしまうとは、不覚!)
男(しかも、この虫歯……)
虫歯「ムッシー!」
男(鳴きやがる! ホントに虫みたいだ! 無視できない!)
男(放っておいて仕事に支障が出ても困るし、歯医者に行くしかあるまい)
元スレ
男「虫歯になってしまった……」虫歯「ムッシー!」女歯科医「ヒヒヒ……いらっしゃい」
http://viper.2ch.sc/test/read.cgi/news4vip/1503329517/
≪歯科医院≫
受付嬢「いらっしゃいませ」
男「虫歯の治療に来たんですが……」
虫歯「ムッシー!」
受付嬢「保険証をお出し下さい」
男「どうぞ」スッ
受付嬢「あら……この保険証、ほとんど使った形跡がありませんね」
男(当然だ! 病院行く暇があるなら仕事する、が私のスタイルだからな)
「どうぞ~」
男「お、早いな。早いというのはいいことだ!」
男「遅いスピードでいい仕事をする、というのは誰でも出来る」
男「しかし、それでは社会では通用しない」
男「社会で通用するのは――“速いスピードでいい仕事ができる人間”だけだからだ!」
ガチャッ…
男「失礼しま――」
女歯科医「ヒヒヒ……いらっしゃい」
男「お、女ァ!?」
女歯科医「あら、なにか文句あるのぉ?」
男「大アリだ!」
男「いいか、よく聞け! 私がこの世で最も嫌いなのは女なんだ!」
男「奴らときたら、すぐ産休を取り、寿退社だのしやがって!」
男「挙げ句、なんの罪もないサラリーマンに痴漢冤罪をふっかけようとしやがる!」
男「女如きに私の歯の治療など……させてたまるものかァッ!」
女歯科医「なかなかイキのいい患者ねえ」
女歯科医「だけど、あたしの腕前も見ずに決めつけるのはどうかと思うわよぉ?」
男「む……たしかに」
男「いいだろう……見せてもらおう、貴様の腕前を!」
虫歯「ムッシー!」
青年「こんにちは」
女歯科医「いらっしゃい。ご用件は?」
青年「実は親知らずが、横に生えてしまって……」
女歯科医「ヒッヒッヒ、どれどれ……ワオ! マッヨーコ!」
女歯科医「これは抜くしかないわねえ。今すぐ抜いちゃいましょか」
青年「お願いします……」
男(完全に真横に生えている……どうするつもりだ!?)
男(昔、私が違う歯医者で親知らずを抜いた時は、バキバキに砕かれたものだが……)
女歯科医「親知らずちゃん」
親知らず「…………!」
男(親知らずに話しかけた!?)
女歯科医「あなたは親を知らない……だからグレて横に生えちゃったんでしょ?」
親知らず「……ウン」
男(この女! 親知らずとコミュニケーションを!?)
男(……出来るッ!)
女歯科医「だったら……あたしが母親になったげる!」
親知らず「ホント!?」
女歯科医「ホントよう」
親知らず「ヤッター!」ピョーンッ
男「親知らずがひとりでに抜けた……!」
青年「ありがとうございました!」
女歯科医「お大事に~」
女歯科医「ヒッヒッヒ、どぉう?」
男「やるな……」
男「いいだろう、治療してもらお――」
マッチョ「ちょっと待ったァ!!!」ミシッ
マッチョ「ぐへへへ……俺が先に治療してもらうぜ」
女歯科医「いいわよぉ」
女歯科医「ただし、あたしは痛いわよ?」ニタァ…
マッチョ「へっ、あいにく俺は痛みってもんに人一倍強くてね」
マッチョ「他人に痛みを味わわせたことは多々あれど、痛みを味わったことなんてねぇのさ!」ミシッ
男(なんてヤツだ……! これは凄まじい治療になりそうだ!)
女歯科医「痛かったら、右手上げてね~」
マッチョ「誰が上げるかよ!」ミシッ
キュイィィィィィィィィン
マッチョ「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」ババババババッ
男(マッチョが秒間10回ぐらい手を上げてる)
キュイィィィィィィィィィィィィン
マッチョ「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」バババババババババッ
キュイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
マッチョ「おぐぉがぎえぇあぁぁぁあぁぁぁあぁぁっ!!!」バババババババババババババババッ
女歯科医「…………」
男(無視してる! なんて冷酷なんだ……!)
マッチョ「い、痛かったよぉ……」
女歯科医「ついでに顎関節症も治してあげたわぁ」
女歯科医「これでもう、顎がミシミシいわないはずよ」
マッチョ「ありがとうございます!」
女歯科医「あんたも少しは人の痛みが分かる男になりなさいよ」
マッチョ「それはもう!」
男(そうか……このためにわざと激痛を味わわせたのか!)
男(この女、やはり出来るッ!)
女歯科医「じゃ、あんたの治療いきましょか」
男「お願いします」
女歯科医「そのシートに座って」
男「はい」
女歯科医「髪型は?」
男「全体を短くカットして下さい」
男「……って、床屋じゃないんだから」
どっ!!!
女歯科医「どうもありがとう。みんな帰っていいわよぉ~」
ワイワイ… ガヤガヤ…
オツカレッシター! アザース! シツレイシマース! サヨウナラー!
男(このためだけにオーディエンスを雇ってたのか……! なんて女だ!)
女歯科医「じゃ、まずは全体を見させてもらうわねえ」
男「あーん」
女歯科医「ふむふむ……」
女歯科医「右奥歯S-105、右犬歯PP-531、上の前歯A-60、左奥歯SSS-35、下の前歯Z-105……」
男「あの……なんの数字ですかそれ?」
女歯科医「気にしないでぇ。テキトーにいってるだけ」
男「そうすか」
女歯科医「じゃ、うがいしてちょーだい」
男「分かりました」
チョロチョロ…
男「…………」ゴクッ
男「う、うまい……!」
男「この水……なんて濃厚な! それでいて透き通った滑らかな舌触り!」
男「水が舌や歯に触れるたび、極上の快感が私を迎えてくれる!」
男「まさに透明で液状な宝石箱! この世にこんなうまい水が存在したとはぁぁ……ッ!」
女歯科医「でも、うがいしなきゃダメよ」
男「はい」クチュクチュペッ
女歯科医「ヒッヒッヒ、では虫歯を拝見……」
虫歯「ムッシー!」
女歯科医「おおっ、こりゃすごいわねえ。鳴いてるじゃない」
男「でしょう?」ドヤッ
女歯科医「こりゃ並みのドリルじゃ歯が立たないわねえ……ってわけで――」
女歯科医「このドリルを使いましょ」ズリュリュッ
男(デカイ! まるで道路工事用のドリルじゃないか!)
男「それに今、口からドリルを出さなかったか!?」
女歯科医「ヒッヒッヒ、あたしの歯周ポケットは四次元に通じてるのよ」
男「へぇ~」
男「で、そのドリルで何をするつもりだ?」
女歯科医「あんたの虫歯を削るのよ」
男「なに!?」
虫歯「ムシ!?」
男「ちょ、ちょっと待ってくれ! 削るのか!?」
女歯科医「そうよぉ~」
男「なぜだ!? 親知らずみたいに、話し合えば分かり合えるかもしれないのにッ!」
女歯科医「無理よぉ~、あたしの経験上虫歯は……削るしかない」
男「…………!」
虫歯「ムシ…」ガタガタ
男(怯えてる……! 当然だ、あんなドリルを見せられたら……!)
女歯科医「じゃ、始めましょか」ギュルルルルルルッ
男(いいのか……?)
男(本当にいいのか……?)
男(怯えてる虫歯を、この女に売るようなマネをしていいのか!?)
男(――ダメだ!)
男(虫歯といえど、こいつは私の一部! 守らなければならないッ!)
女歯科医「さ、口開けて」
男「断る」
女歯科医「!」
男「私は虫歯を守るために……戦う!」
女歯科医「交渉決裂ね」
女歯科医「ヒィ~ッヒッヒ、い、く、わ、よぉ~!」ギュルルルルルルッ
男「うわっ――」
ズガァンッ!
巨大ドリルはコンクリートの壁を易々とえぐり取っていた。
男(なんて威力だ……!)
男(もし喰らえば、一瞬にして私の虫歯は削り取られてしまうだろう!)
虫歯「ムッシ…」
男「心配するな……。私にも武器はある!」
女歯科医「もらったァ!」ギュルルルルルルッ
男「なんの! 商社マンカバン!」ババッ
女歯科医「ヒ!?」
男のビジネスバッグが、巨大ドリルを食い止めていた。
女歯科医「つ、貫けない……!?」ギュルルル…
男「私のカバンには重要書類、担当メーカーの商材の資料、ノートパソコン」
男「急な出張に対応できるよう愛用のヒゲ剃りと、さまざまな道具が詰まってる!」
男「たとえ、銃弾でも防いでみせるさ……」
男「商社マンのカバンを舐めるなよ……!」
女歯科医「やるぅ……!」
女歯科医「だったら、歯周ポケットから新しい道具を出すまでよん」ズリュリュッ
男(何を出すつもりだ!?)
女歯科医「歯クソに反応する赤い液体!」バッ
ベチャッ
男「しまっ……! 目をやられた!」ゴシゴシ…
女歯科医(このスキに後ろに回り込んで……)ササッ
女歯科医(もらったぁぁぁぁぁっ!!!)
虫歯「ムシロ!」
男「後ろか!」
女歯科医(虫歯のおかげで気づいたわねぇ、でももう遅い!)
男「“名刺ミサイル”!!!」シュバァッ
女歯科医「“歯石キャノン”!!!」ズドンッ
互いの最終兵器――
一流の職人によって作られた極限まで鋭く研磨された名刺と、
女歯科医が患者から削り取った歯石を集めて生み出した砲弾が、激突する!!!
勝負の結末は――
ピシピシ…
女歯科医(歯石にヒビが……!?)
ピシピシピシ…
パキィィィィィンッ!!!
女歯科医「あ……ああああああああああっ!!!」
――歯石が、砕け散った。
女歯科医「ヒヒヒ……あたしの負けね」
女歯科医「だけど、なぜこうも完敗しちゃったのかしら……」
男「私は“商社マン”で君は“歯医者”……勝者と敗者」
男「最初からこの勝負の結末は決まっていたのだよ」
女歯科医「なるほど、ね……」
完全決着。
男「ひとつだけ聞かせてくれ」
男「君の虫歯に対する憎しみは尋常ではなかった……なぜ、そうまで虫歯を憎む?」
女歯科医「ヒヒッ、妹のためよ……」
男「妹?」
女歯科医「あたしが10歳、妹が7歳の頃……」
妹『お姉ちゃん、歯が痛い! 歯が痛いよぉ!』
姉『あらぁ~、きっと虫歯ねえ』
妹『わたし、こんなに痛い虫歯を許せない! お姉ちゃん……根絶して!』
姉『ヒヒヒ、分かった。お姉ちゃんがこの世の虫歯を根絶するからね!』
妹『うん、約束だからね!』
男「妹さんとの約束だったのか……」
女歯科医「あたしは虫歯と闘い続けなきゃならないのよぅ! 妹のために!」
受付嬢「お姉ちゃん、もうやめて!」ババッ
女歯科医「!」
受付嬢「もういいの! お姉ちゃん!」
受付嬢「わたしのために生きないで……もっと自分のために生きて……」
女歯科医「……そうねえ。そうしよっかな」
女歯科医「なら、そろそろ結婚相手でもさがそっかな?」
男「…………!」
男「だ、だったら――」
男「結婚を前提に……お付き合いしてくれないか?」
女歯科医「えっ……」
男「私は……これまで女が嫌いだった。大嫌いだった」
男「なぜなら、女は男に守られてるくせに権利だけは主張する連中……そう思ってたからだ」
男「だが、あなたを見ていたら、そんな自分の考えは間違いだったと気づかされた」
男「あなたの歯医者としての腕前は、男にも負けてないし、自立している女性だ」
女歯科医「ヒヒヒ、照れるわねえ」
男「それに、あなたの生き急ぐような生き方が、どこか他人と思えなくてね……」
男「私も今まで、少し働きすぎていたのかもしれない」
男「これからは二人で支え合って、もう少しゆったりと生きてみないか?」
女歯科医「……はい」
受付嬢「お姉ちゃん、おめでとう!」
親知らず「オヤッオヤッ」
女歯科医「あら、祝福してくれるの? ヒヒヒ、ありがとぉ~」
虫歯「ムッシー!」シュゥゥ…
男(虫歯が……健康な歯に戻っていく!? なぜ!?)
男(そうか……虫歯は働きすぎる私を心配して、痛みという形で危険信号を出してくれてたんだ!)
男(ありがとう……虫歯ッ!)
半年後――
パチパチパチパチパチ…
受付嬢「お姉ちゃん、ウエディングドレス似合ってるよー!」
マッチョ「二人ともイカしてるぜ!」
青年「おめでとうございます!」
親知らず「オッヤーッ!」
男「……キレイだよ」
女歯科医「ヒヒヒ……ありがと」
女歯科医「あなたこそ……とてもかっこいいわ」
男「ありがとう。私は君を必ず幸せにするよ」
司会「それでは、新郎新婦によるケーキ入刀です!」
女歯科医「じゃ、このドリルで派手にやりましょか」ズリュリュッ
男「ああ、盛大に穴を開けよう!」
ギュルルルルルルルルルッ!!!
― 完 ―