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【ガルパン】西「四号対空戦車?」【1】
【ガルパン】西「四号対空戦車?」【2】
【ガルパン】西「四号対空戦車?」【3】
【翌日 早朝】
ビーッ ビーッ ビーッ ビーッ
ヴェニフーキ「ん……」
早朝というよりは夜だ。外はまだ真っ暗。
昨晩は念のため早めに寝たけど、それでも眠たくて頭が機能しない。
こんな状態ではいらぬ失言をしてしまいそうだ。
もう少し寝させてくれという欲求を必死に抑えてベッドから起き上がる。
さっさとヴェニフーキに"変身"して何かしら眠気覚ましでもしないと頭が使い物にならん。
コンコン
ガチャ
オレンジペコ「お早うございます。ヴェニフーキ様」
オレンジペコ「…まだお休み中ですよね?」
お出かけの準備をしていると"目覚まし係"がやってきた。
そういえばあの事件以来私はまだペコに謝罪をしていない。
一刻も早く謝罪して仲直りしたいのだが、いかんせん今はヴェニフーキだ。
もういっそのことペコにだけは正体を明かそうかな?
…いや、やめとこ。
オレンジペコ「ヴェニフーキ様、おはようございます。お目覚めの紅茶お持ちしましたー」
朝早くに後輩を起こして目覚まし時計のように扱うなんて聖グロもなかなか酷だ。
ここは先輩が率先して後輩を起こしに行くべきだろうに。少なくとも知波単学園ではそうだった。
喇叭の音と共に皆が起床して、乾布摩擦に体操をして一日が始まるのが知波単流だ。
…まぁ今は聖グロにいるので郷に入れば郷に従えとなるわけだが。
恐る恐るベッドに近づくペコがなんだか可愛いので、このまましばらく様子を見ることにした。
このまま「バァーッ!」と脅かしてやりたいという欲求を必死に抑えながら。
だけど不審物を扱うかの如く慎重に近づくペコを見るに、自分はそれだけ恐れられているのだなと痛感する。
私ってそんなに怖いのかなぁ…。
オレンジペコ「ヴェニフーキ様? …おはようございます??」
オレンジペコ「あ、あの。朝ですよ…?」オロオロ
オレンジペコ「…」
オレンジペコ「ヴェニフーキ様、意外に寝坊助さんなのかな…?」ボソッ
オレンジペコ「ふふっ。普段はクールですけど、意外な一面もあるんですね」
オレンジペコ「ちょっと可愛いかも」クスッ
ペコのやつ何やら悟りだした。
私がクールだと? それは断じてない。
やくざな人間よろしく一日中しかめっ面して、頭は漬物石みたいに硬い頑固者なだけだ。
可愛いは合ってる。
オレンジペコ「あれっ!? ヴェニフーキ様がいない!?」
ヴェニフーキ「私ならここですよ」
オレンジペコ「ひぃっ!?」
ヴェニフーキ「おはようございます」
オレンジペコ「おひゃpzsflivc…あわわ…!」ビクビク
ヴェニフーキ「落ち着いてください。そこまで怯えられるとこっちもショックです」
オレンジペコ「あ、あごご、ごめんなさい…!」
またペコが小動物のように怯える。
あの時の光景を思い出して心が抉られる。
やるんじゃなかった…。
今思い返してもあの時の私は屑だ。もちろん今でも屑だが。
わざわざ私のために報告に来てくれたのに。
本当にごめんなさい…
ヴェニフーキ「起こしに来てくれてありがとう。ペコ」ナデナデ
オレンジペコ「あっ…ど、どういたしまして…///」
今は西絹代じゃないから謝罪をすることが出来ない。
だからせめて、こんな私のために朝早く起きてくれた事だけでも労わさせて欲しい。
意外にもペコは私に頭を撫でられることを嫌がらなかった。
どうやら撫でられるのが好きみたいだ。頬を赤らめ目を細めている。
そんな嬉しいような恥ずかしいような顔をするペコが可愛いので、このまま暫く撫でていよう。
しかしこの子はまたどうしてこんなにも愛くるしいのか。
あまりの可愛さでこのまま額にキスをしようかと思ったほどだ。ダージリンがいるからしないけどね。
次ダージリンに会ったら思い切り頭を撫でてキスもしよう。喜んでくれると良いな。
オレンジペコ「あ、そうだ。紅茶をお持ちしましたよ」
ヴェニフーキ「ありがとう。一緒にいかがですか?」
オレンジペコ「えっ、良いのですか?」
ヴェニフーキ「ええ。ペコも早起きなので目覚ましが必要でしょうから」
オレンジペコ「えへへ。ありがとうございます…あれ?」
ヴェニフーキ「ん?」
オレンジペコ「今日はいつもと髪型が違うんですか?」
ヴェニフーキ「ああ。そういえば髪を巻く暇がなかったので。今日はこれで」
オレンジペコ「ふふっ。ストレートヘアなヴェニフーキ様も似合ってます」
ヴェニフーキ「ありがとう」
朝一番のティータイム(アーリー・ティーだったかな?)をペコと一緒に堪能した。
よくよく考えれば入院中にダージリンと一緒にティータイムをしたことは何度かあったけれど、ペコと一緒に紅茶を啜ることは今回が初めてだ。
少女のように愛くるしく笑う彼女はずっと眺めていても飽きが来ない。…あまりジロジロ見ると怪しまれるから程々にだけど。
ヴェニフーキでなければペコを弄ってその反応を肴に紅茶を味わえたのになぁ。
少し残念。
ヴェニフーキ「さて、そろそろ行きましょうか」
オレンジペコ「あっ、私は他の方を起こしてきます」
ヴェニフーキ「他の人?」
オレンジペコ「はい。ルフナ様やルクリリ様もまだお休み中ですので」
ヴェニフーキ「そうですか。長々と付き合わせてしまって申し訳ない」
オレンジペコ「あ、いえいえ大丈夫ですよ。私も楽しかったですから」ニコッ
グェェェェッ!!!
ヴェニフーキ「…今のは?」
オレンジペコ「あはは。ローズヒップさんですね…」
ヴェニフーキ「…」
何やら首根っこを掴まれた鶏のような悲鳴が聞こえたぞ?
ペコ曰くローズヒップさんの所業らしいが、知波単の目覚ましより強力ではないか。
オレンジペコ「ああやって一人ひとりにヒップドロップを叩き込んで起こされているようです…」
ヴェニフーキ「なるほど。ペコもやってみては如何でしょう?」
オレンジペコ「流石にそれは…」ハハ...
私としてはあれくらいが丁度いいのではと思う。
なにしろ一人では起きることが出来ず、後輩に起こしてもらう寝坊助な先輩なのだ。
先輩は起きることが出来て後輩は鬱憤を発散できる。実に合理的だろう。
それが嫌なら自分で起きればいい。私のように。
バタン!!
オレンジペコ「きゃっ!?」
ローズヒップ「ヴェニフーキ様~~!! 朝ですのよ~~~!!!」
ローズヒップ「………おや? もうお目覚めですのね」
ヴェニフーキ「おはようございます。ローズヒップ」
ローズヒップ「おっはようございますですのー!」ペコリ
ヴェニフーキ「あなたも早起きでお疲れでしょうから紅茶でもいかが?」
ローズヒップ「ありがとうございますっ!」
ローズヒップ「ゴクゴク…ぷっは~~~! んまいっ!!」
ローズヒップ 「ご馳走様です! では皆様を起こしに行って参りますのー!!」ピュー
ヴェニフーキ「…」
オレンジペコ「…」
麦酒を呷る殿方のような飲みっぷりだった。
あまりに良い飲みっぷりだったので思わず見惚れてしまったが、これは聖グロ的にはお淑やかではなさそうだ。
一応先輩として注意すべきなのだろうけど、一方で彼女の豪快な飲みっぷりをもっと見てみたいという悪魔の囁きも確かに聞こえる。
未成年なので麦酒はだめだが、清涼飲料の広告宣伝で起用したらきっと売れるに違いない。
ヴェニフーキ「彼女は朝日よりも輝いていますね」
オレンジペコ「あはは…」
ヴェニフーキ「でも、さすがに寝込みを襲われるのは勘弁願いたいので、早起きを心掛けます」
オレンジペコ「ね、寝込み…/////」
ヴェニフーキ「なにしろ無抵抗ですからね。弄ばれては困ります」
オレンジペコ「はぅ…//////」ドキドキ
ヴェニフーキ「ん、どうされました?顔が赤いようですが?」
オレンジペコ「あ…い、いえ! 何でもありませんっ!」アセアセ
この子はまたいらん想像(妄想?)をして一人で顔を赤らめている。
やはりハレンチペコの名は伊達ではないな。
…もっともこういう反応をするのを見越した上でそう言ったわけだが。
しかしローズヒップさんは知波単の皆よりも元気っ子かもしれない。
彼女はどうして聖グロを選んだのかな? いつか聞いてみよう。
ヴェニフーキ「ところで、アッサム様は?」
オレンジペコ「まだお休みです。一番最後に起こしに行くので」
ヴェニフーキ「そうですか。せっかくなので起こしに行きましょう」
オレンジペコ「えっ? ですがまだ時間が…」
ヴェニフーキ「こんな言葉があります。"早起きは三文の徳"」
オレンジペコ「た、確かにそうですよね…?」
ヴェニフーキ「隊長ならば部下たちの先頭に立って然るべきです」
まったくなんてやつだ。
部下を早く起こしておいて自分はまだ夢の中だなんて。
少しだけ頭にきたので"やつ"を叩き起こしに行くことにした。
アッサムさんの部屋へ向かう道中で、どうやって起こすか色々考えてみた。
個人的に鼻の下に山葵を塗ってやるのをオススメする。
これなら大半の人間が飛び起きるだろう。
【アッサムの部屋】
オレンジペコ「きっとまだお休み中ですよ…?」
ヴェニフーキ「他の方が早く起きているのですから、アッサム様も同様に起こして差し上げましょう」
オレンジペコ「で、ですが怒られちゃいますよ…」
ヴェニフーキ「なら私が」
オレンジペコ「えっ…?」
ガチャ
キィィ...
アッサム「」
ヴェニフーキ「おはようございます。アッサム様」
アッサム「…はぅ……」zzz
ヴェニフーキ「…」
寝息を立てている。まだ夢の中にいるようだ。
ローズヒップさんのヒップドロップを3発ほど食らわせた方が良さそうだが、あいにく彼女は彼女で忙しい。
なので私が起こそう。
ダージリンによると、イギリス人は恋と戦争において手段を選ばないそうだ。
私はアッサムさんに恋した覚えはないのでこれは戦争だ。手段は選ばない。
彼女のやたら広い額にデコピンをしようとしたその瞬間だった…
アッサム「………ダージリン……」
アッサム「……ごめんなさい……私のせいで…………」
この女は一体なんの夢を見ている!?
私は起こすことも忘れて彼女の言葉の意味を探り出した。
なぜ謝る?
なぜ"私のせい"なんだ?
あんたは一体何を知っているんだ………
【廊下】
ガチャ
オレンジペコ「あっ…」
ヴェニフーキ「…」
オレンジペコ「あの…ヴェニフーキ様」
ヴェニフーキ「…ん、呼びました?」
オレンジペコ「? …あの、アッサム様は?」
ヴェニフーキ「どうやら、相当疲れているようです。起きませんでした」
オレンジペコ「そうですか…」
ヴェニフーキ「仕方がないのでローズヒップに任せましょう」
微睡みの中で彼女が言ったあの言葉が何を意味するのか気になって起こすなんてどうでも良かった。
アッサムさんは一体………。
【学園艦を出て試合会場へ】
アッサム「…」ウツラウツラ
ヴェニフーキ「アッサム様」
アッサム「! ん…呼びました?」
ヴェニフーキ「間もなく会場へ到着します」
アッサム「わかりました」
ヴェニフーキ「何やらお疲れのようですが?」
アッサム「…ええ。少し夜更かしをしてしまいまして」
ヴェニフーキ「そうですか。通りで起こしても起きなかったはずです」
アッサム「あのまま起こしてくれたら良かったのに…」ジトッ
ヴェニフーキ「はい?」
アッサム「ローズヒップ」
ヴェニフーキ「…」
どうやら、アッサムさんもその後ローズヒップさんの"目覚まし"を受けたようだ。
だがそんなことは今はどうでもいい。
聞くとしたら今しかない。
ヴェニフーキ「それで、私が起こしに行った時ですが」
アッサム「ええ」
ヴェニフーキ「何かあったのでしょうか?」
アッサム「何か、と言うと…?」
ヴェニフーキ「ダージリン様に謝罪をしておられたようですが?」
アッサム「っ!」
ヴェニフーキ「一体何があったのでしょう?」
アッサム「…」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「………そうですね。あなたにも話した方が良いかもしれません」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「聖グロリアーナの隊長、ダージリンは退学されました」
ヴェニフーキ「…退学?」
アッサム「ええ。…"不純交遊"が原因で」
ヴェニフーキ「…」
ここまでは知っている。OG会の"捏造"だ。
普通に"退学"として扱えばいいものを(勿論それでも私は許さないが)、連中はさらに"不順交遊"などと有りもしない情報をばら撒いてダージリンの尊厳を踏み躙った。
許さない…!
ヴェニフーキ「不純交遊…ですか」
アッサム「ええ…」
ヴェニフーキ「…それを知る者はどれくらい?」
アッサム「聖グロの幹部クラスの人間と、あとはあなただけ」
少しだけ安心した。本当に少しだが。
もしもこれが『全聖グロ生徒です』などと言われたら、聖グロにダージリンの居場所はもはや無い…。
ヴェニフーキ「それで、幹部クラスの皆様は何と?」
アッサム「その話を聞いたとき、ショックで皆頭が真っ白でしたわ。もちろん私も」
ヴェニフーキ「でしょうね。私も頭の中が真っ白になりそうです。髪の毛は既に真っ白ですが」
アッサム「そのジョーク、笑えませんわよ…」
嘘だ。
真っ白になるどころか顔は真っ青になるし、視界は真っ赤になっていた。
頭のなかで様々な色の絵の具をビタビタと叩きつけるように"あの場面"が再生され、心が壊れてしまいそうだった。
言葉では言い表し難いあの狂乱は制御できず、精神安定剤を打たれてようやく灰色になったくらいだ。
私の気持は誰にもわからない…。
アッサム「ですが、ヴェニフーキ」
ヴェニフーキ「?」
アッサム「そんな噂話、信じてはいけません」
ヴェニフーキ「…と、申しますと?」
アッサム「ダージリンは"不純交遊"をするような者ではありません」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「彼女は常に自分を高めるために努力を惜しまない聖グロの誇り」
ヴェニフーキ「私もそう思っております」
アッサム「ならば彼女についての風説が虚偽のものだとわかるはず」
アッサム「こう見えて私はダージリンと競い合った一人ですから」
アッサム「彼女が何を見ているか、何処へ進むか、多少は理解しているつもりです」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「それに、ダージリンが会いに行ったのは殿方のところではありません」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「ええ。彼女は戦友のお見舞いをしただけ」
ヴェニフーキ「戦友?」
アッサム「ええ」
アッサム「今大会の第一戦目でお相手した知波単学園の隊長、西絹代さんです」
ヴェニフーキ「知波単学園の西絹代…一体どんな方なのでしょう」
我ながら白々しい質問をする。
西絹代というのは何も考えずなりふり構わず突っ込んで勝手に痛い思いをする間抜けだ。
そのくせ助平で捻くれ者で、挙句の果てに身分を偽ってあなたのすぐ隣りにいる"変態"だ。
アッサム「彼女は戦車道において大きな意味を持つ人でしてよ」
ヴェニフーキ「なっ…」
アッサム「かつて、一切の戦術性の無い、突撃一辺倒だった知波単学園に大幅な改革をもたらし」
アッサム「そして、私たち聖グロが手も足も出ないほどにまで成長させた"軍神"です」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「彼女は簡単には変えられないものを変えた。だから強くなった」
アッサム「きっと血の滲むような努力をなされていたのでしょう。…ダージリンのように」
あまりに突拍子もない事を言う。思わず声が出てしまった。
私が戦車道界において大きな意味を持つ? 軍神?? 馬鹿も休み休み言ってくれ。
単に運が良かっただけだ。賽子の目が2回連続で6が出たようなもの。
アッサム「"ここでしか咲けない花がある"」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「先の大洗廃校騒ぎのとき、大洗の五十鈴さんがそんなことを口にしてたそうです」
アッサム「仲間の大切な場所を守るため。そんな凛たる一輪の花…」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「絹代さんもまた、仲間の大切な場所を守るために咲き続ける一輪の花なのです」
アッサム「仲間のため、自分のために戦い続け…」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「そして、それは傲慢で臆病だった私に戦う術と場を与えてくれた、かつてのダージリンと同じ………」
ヴェニフーキ「………」
アッサム「だからダージリンは、絹代さんに
ヴェニフーキ「もう結構です」
アッサム「えっ…?」
ヴェニフーキ「その西絹代という人物は大体わかりました」
ヴェニフーキ「そして、彼女がダージリン様を誑かした」
アッサム「違うっ!!」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「…ヴェニフーキ。いくらあなたとは言え、"彼女"を侮辱するのは許しませんよ…?」
ヴェニフーキ「彼女とは?」
アッサム「絹代さんです」
ヴェニフーキ「なぜそこまでその女に」
アッサム「口を慎みなさいヴェニフーキ」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「あなたにはわからないかもしれないけれど」
アッサム「彼女もまた、ダージリンと同じく、命をかけて学校や仲間、そして戦車道を守った一人です」
ヴェニフーキ「初耳ですね。どこでそんな話を?」
アッサム「こう見えて、他校の情報収集には余念がありませんのよ?」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「大会が始まる前に、知波単学園は成績不振であるが故に、戦車道の廃止を通告されたそうです」
アッサム「…しかし、大会で成果をあげることを条件に廃止の撤回を要求し、その結果、知波単学園の戦車道は生き残った…」
アッサム「繰り返しになりますが、彼女もまた、自分や仲間たちの戦車道を守り抜いた一人なのです…!」
…余計なことを。
これは私一人だけの問題だったのに。
誰にも知られたくなかったのに…。
アッサム「彼女のことは卒業なさった先輩方も高く評価しておられました」
アッサム「中には彼女の思想を戦車道にも反映させてはどうかと提言なさる方までいるほど」
ヴェニフーキ「OG会の皆様ですね?」
アッサム「ええ」
ヴェニフーキ「そんなOG会は、何故ダージリン様の退学に異を唱えなかったのでしょう?」
アッサム「わからない…」
ヴェニフーキ「もし私がOGの一人だとして、ダージリン様の功績を知る者であれば、いきなり退学などさせず、情状酌量を検討しますが?」
アッサム「ええ…」
アッサム「だから、私はダージリンを追放した者が誰なのか、知りたいのです」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「この件はあまりに不可解な事が多すぎる」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「そして、ダージリンは今…」
ヴェニフーキ「今?」
アッサム「積み重ねてきたものを全部失ってしまった…」
アッサム「だから…彼女が自暴自棄に陥っていないか心配なのです…」
ヴェニフーキ「連絡は?」
アッサム「電話は通じず、ご自宅にも伺ったけれど、会うことは出来ませんでした…」
ヴェニフーキ「…」
なるほど。そういうことだったのか。
どうやら、アッサムさんは敵ではなさそうだ。少しだけ安心した。
だが、そうなると内通者は他にいるわけで、また別の人を疑わないといけない…。
今までは"アッサムさん"という明確な対象がいたが、今度は"聖グロの誰か"になる。
アッサム「この話はくれぐれも内密にお願いしますの」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「ヴェニフーキ?」
ヴェニフーキ「この話は誰に?」
アッサム「あなただけです」
ヴェニフーキ「何故、転校したばかりの私に?」
アッサム「あなたを次期隊長として見ているからです」
ヴェニフーキ「次期隊長…ですか」
アッサム「ええ。あなたの判断力、洞察力はとても大きな戦力でしてよ」
アッサム「だから、我々なき後の聖グロを支えて欲しいのです」
…なるほど。私の実力を高く買ってくれたわけか。
ならば遠慮なくその"権限"を使わせていただこう。
【決勝戦当日 試合会場 広場】
ヴェニフーキ「観客席は?」
アッサム「他の者が準備してますわ」
ヴェニフーキ「では私も手伝いを」
オレンジペコ「あっ、こちらはもう終わりましたよ」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「ご苦労様です。ペコ」
ヴェニフーキ「アッサム様」
アッサム「何ですか?」
ヴェニフーキ「大洗の皆さんは私達と同様に早起きでしょう」
アッサム「ええ…?」
ヴェニフーキ「その上、見物人である我々と違い、これから実際に試合に臨む」
アッサム「そうですけれど、それが何か?」
ヴェニフーキ「なにか温かい飲み物でもご用意出来たらと思いまして」
アッサム「ああ。それもそうですわね」
オレンジペコ「ふふっ。ヴェニフーキ様は意外に優しいのですね」
意外とは失礼な。
お世話になっている大洗の皆さんに少しでも恩を返したいだけだ。
それに仮に大洗でなくても、これから戦う人たちに敬意を示すのは当然だろう。
オレンジペコ「でも、そんな優しいヴェニフーキ様が好きです」ニコッ
ヴェニフーキ「ありがとう」
屈託のない笑顔で言ってくれる。
これが男の子だったら一発で落ちてしまうのではないだろうか。
そんなウブなことを考えていたら、大洗女子のあんこうチームの皆さんが来た。
朝早くの現地入りだったので案の定皆さん眠そうだ。
秋山さんに至っては奥歯まで見えそうなくらいの大あくびをされる。
アッサム「ふふっ。随分大きなあくびですこと」
優花里「ほぇ?」ポケー
アッサム「御機嫌よう。大洗の皆さん」
オレンジペコ「お早うございます」ペコリ
沙織「お早うございます。その……セイロンさんでしたっけ?」
アッサム「っぐ…! ですからアッサムですってば!」グヌヌ
沙織「ほぇ?! ご、ごめんなさい!!」ワタワタ
オレンジペコ「どういうわけか色んな方に間違えられるんですよね…」アハハ
アッサム「笑い声じゃありませんのよ!」
私もこの前間違えた。その節は失礼しました。
だが存在感の薄いあなたにも非がある。
薄い存在感とは裏腹にやたら主張的なそのデコにアッサムと書いてはどうだろうか。
みほ「あれ? そういえばダージリンさんは?」
沙織「ホントだ。ダージリンさんがいない?」
アッサム「ああ…」
オレンジペコ「あ…あの…」
みほ「?」
ヴェニフーキ「ダージリン様は現在、静養中でございます」
優花里「えっ? そうなのですか!?」
みほ「静養中…何かあったのですか?」
アッサム「ええ。…ちょっと体調を崩されて」
オレンジペコ「何しろここ最近は忙しかったですからね…」
みほ「そうなんですか?」
このことはあくまで聖グロの内の話だ。
彼女たちに本当のことを伝える必要はないだろう。
今は決勝戦にだけ集中してほしい。
華「あの、初めてお会いする方…ですよね?」
ヴェニフーキ「ご挨拶が遅れました」
ヴェニフーキ「聖グロリアーナ隊長車・砲手の"ヴェニフーキ"と申します」
ヴェニフーキ「どうぞ、お見知りおきを」
華「ヴェニフーキさんですね。私、大洗女子の隊長車の砲手を務める五十鈴華です。宜しくお願い致します」フカブカ
五十鈴さん、あなたのご活躍もよく存じております。
我々との戦いでは無人機を全て撃破され、サンダース戦においてはあのB-29を撃墜し、その後エース車輌、フラッグ車と立て続けに撃破した名砲手。
間違いなく高校戦車道の三大砲手の一人だろう。
そして、今回の試合もやはりあなたの腕にかかっている。
どうかお願いします。五十鈴さん。大洗のために。戦車道のために…!
沙織「あれ?隊長車の砲手って確かアッサムさんじゃ?」
麻子「ダージリンさんが休養中だから配置が変わったのだろう」
沙織「麻子起きてたの?」
麻子「寝ながら聞いてた」
オレンジペコ「器用ですね」クスッ
アッサム「先述の事情により、今は私がグロリアーナの車長と隊長を兼任していますのよ」
アッサム「それ故、空いた砲手席にはこのヴェニフーキに座ってもらった次第です」
ヴェニフーキ「…」
悲しい人事異動だ。
ダージリン無き今はアッサムさんがかつてダージリンが務めた隊長と車長を担当している。
その結果アッサムさんは砲手席から車長席へと移動した。
空いた砲手席には私がいる。
本来なら存在しないはずの私が…。
優花里「ヴェニフーキ殿はエキシビション戦や大学選抜戦ではお会いしなかったですよね?」
アッサム「ええ。転校生でしてよ。これまでイギリスで留学しておりましたの」
ヴェニフーキ「丁度この大会の準決勝が終わる頃こちらへ転校しました。今後はこちらでお世話になります」
華「まぁ。帰国子女ですのね!」
申し訳ない。それらの設定はすべて"嘘っぱち"だ。
イギリスへ留学していなければ英語も全くわからない。
そして聖グロに長々と居座るつもりもない。
事情が事情とは言え、大洗の皆さんにまで嘘を吐き続けなきゃいけないから胸が痛い。
アッサム「ところで大洗の皆様、朝早くのご活動でしょうから、気付けとしてお目覚めのコーヒーでも如何でしょう?」フフッ
オレンジペコ「お食事も用意してありますよ」
華「お食事?! ありがとうございます!」ガタッ
エミ「わっ?!」ビクッ
麻子「おぉ…有り難い…」スピー
優花里「あはは。冷泉殿ったら寝ながら喋ってますよ」
オレンジペコ「き、器用ですね…」ハハ...
沙織「へぇ。聖グロもコーヒーとか飲むんだぁ」
アッサム「どういうわけか、コーヒー嫌いのダージリンが唯一飲む銘柄ですの」
優花里「それは物凄く美味しいんでしょうね!」キラキラ
『COFFEE SHIRATORI』
紅茶ばかり飲むダージリンがどういうわけかたまに飲むというコーヒーの銘柄だ。
この間ダージリンに淹れてもらったけど、苦い。
私はコーヒーの味がどういうものかはわからない。
だが、このコーヒーがどういうものかはわかる。
西呉王子グローナ学園の"キリマンジァロ"こと白鳥霧さんの想いが詰まった1杯。
彼女もまたダージリンに憧れる人物の一人だ。
制服から髪型、口調、常にティーカップを持っているところまでダージリンを真似ている。
私もかつて、知波単として西グロと手合わせしたことがある。
そしてわかったのは、彼女はただのダージリンの"パチモン"ではないということだ。
彼女もまた優れた指揮官の一人なんだ。
………ん
ヴェニフーキ「西住さん」
みほ「は、はい?」
ヴェニフーキ「先日の試合で、戦車が再起不能になったとお聞きしましたが?」
オレンジペコ「無人機が落ちて壊れちゃったんですよね…」
みほ「はい。うちの会長のお陰で代替車輌を手配することが出来ました」
オレンジペコ「良かったぁ…!」ホッ
ヴェニフーキ「間に合って良かったです」
沙織「ふふふ。すっごい戦車ですからね!きっと見たら驚きますよ!」
オレンジペコ「ええ!とても楽しみです!」ワクワクペコペコ
もちろん知っている。
私も実際に製造現場に訪れて完成品を見て唖然した一人だ。
超重戦車と呼ばれる規格外の巨大戦車"E-100"に、最高クラスの高射砲を2門搭載した対空戦車だという。
対空戦等はもちろん、黒森峰のキングタイガーをも超える威力の主砲は、対戦車戦闘においても一切の不足はない。
相手によってはこの1輌だけで勝ててしまうのではないか、というくらい強力すぎる戦車なのだ。
実際のところ我々知波単学園の戦車でこの戦車を撃破できるかと言われると自信が無い…。
大洗は本当に"最強の戦車"を引っ張り出したのだ。
決勝戦に間に合って安心した。
しかし、今回の会場の地形を鑑みると、超重戦車特有の巨体と機動力の乏しさが仇となりそうだ。
地図を見てわかるように、市街地が大半を占めるこの会場では出会い頭の戦闘も想定されるため、素早く相手の死角へ回り込める戦車に利がある。
西住さんたちには申し訳ないが、その対空戦車はこの会場では猛威を振るうことは出来ない。
ある一箇所を除いて。
それを西住さんに伝えないと…。
ヴェニフーキ「西住さん」
みほ「え、はい?」
ヴェニフーキ「…」
みほ「あ…えっと、ヴェニフーキさん…??」
ヴェニフーキ「試合まで時間があります。差し支えなければお話を」
みほ「はい?」
沙織「ヴェニフーキさんに口説かれてるのみぽりんっ?!」
ヴェニフーキ「…」
外野が騒がしい。
私が西住さんを口説く? そんな畏れ多いことはしない。
…そう思っていたら同じあんこうチームの方より見事な蹴りが入った。
ダージリンによくツネられていた私としては、短く悲鳴をあげる彼女に同情します。
ヴェニフーキ「場所を変えましょう」
ここではゆっくり話せそうにない。もう少し静かな場所に行こう。
先ほど派手に蹴りを入れられた方が心配そうにこちらを見ている。
なるべく早く言伝を済ませなければ。
「みぽりんに取られちゃった…」
心配しないで下さい。
話が済んだらすぐに西住さんはお返しするので。
【試合会場 離れ】
みほ「あの…お話って…?」
ヴェニフーキ「そうですね。ここでなら」
試合会場から少し離れてしまったが、ここでなら誰かに盗み聞きされることもないだろう。
ヴェニフーキ「この試合、あなたは99%負ける」
みほ「………それをわざわざ言うために私をここへ呼んだのですか?」
西住さんは誰が見てもわかるほど嫌悪に満ちた目で私を睨みつける。
これまで私が何度も見た夢に出てくる西住さんの目だ。
私(西絹代)ではなく架空の人物(ヴェニフーキ)に向けられたものだと必死に自分を説得する。
そうでないと本当に心が壊れてしまう。
ヴェニフーキ「この会場の中に1箇所だけ、黒森峰を一方的に葬れる場所があります」
彼女に試合会場の地図を渡してそう言い放った。すると今度は驚愕した。
無理もない。『99%負ける』と言ったと思えば今度は『完勝します』と言うのだ。
私が彼女なら相手の人格を疑うだろう。
そして、その1%の場所を教えないのだからなお意地悪な話だ。
…だけど、教えないのには理由がある。
この1%は西住さんたちに見つけてほしいからだ。
そうでないと私の功績となってしまう。
この情報を得た上で、それを信じるか、信じた上でどこに腰を下ろすか。
それは西住さんやその仲間たちと決めてほしい。
私はあくまで"誰にでも言えること"を言い放っただけなんだ。
その後、西住さんと別れた。
彼女は最後まで地図を食い入るように見つめていた。
私も聖グロの見物席へ戻ろう。
【試合会場 応援席】
アッサム「どこへ行っていたのですかヴェニフーキ?」
ヴェニフーキ「少し会場を散策しておりました」
アッサム「そう。もう間もなく試合が始まりますわよ」
オレンジペコ「ヴェニフーキ様、紅茶いかがですか?」
ヴェニフーキ「ありがとう」
アッサム「さて…どうなるでしょうね」
ヴェニフーキ「…」
きっと見つけてくれる。1%の完勝を………。
オレンジペコ「アッサム様、大洗女子は勝てるのでしょうか…」
アッサム「厳しいわね………」
オレンジペコ「そんな…!」
アッサム「大洗の戦車が8輌に対し、黒森峰は20輌」
アッサム「単純に数で劣るのはもとより、黒森峰の戦車のスペックは全国でもトップクラス」
アッサム「その上、黒森峰は無人機を3機投入する…」
アッサム「勝率は限りなく0%に近いですわね………」
オレンジペコ「っ…」
ヴェニフーキ「…」
確かに厳しいだろうな。この1%の場所を見つけない限りは。
しかし、それでも西住さんたちはきっと、その1%見つけてくれるはず。
私が見つけられたのだから…!
アッサム「…どうやら、二手に分かれて防衛ラインを構築するようね」
オレンジペコ「橋が2つあるので、両方守らないと挟み撃ちになっちゃいますよね」
アッサム「しかし、西住さんたちの戦車はどこへ向かっているのでしょう」
ヴェニフーキ「…」
オレンジペコ「公園でしょうか? 他の皆さんとは随分離れた場所ですね」
アッサム「何やら白い建物に入ったみたいね…?」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「ヴェニフーキ? どこへ行くのです?」
ヴェニフーキ「急用を思い出したので。私はこれで失礼します」
オレンジペコ「えっ、まだ試合の途中ですよ?」
ヴェニフーキ「申し訳ありません。どうしても外せない予定でして」
アッサム「そう…。仕方ないですわね」
ヴェニフーキ「もしも、大洗女子が勝利したら、西住さんへ"おめでとうございます"とお伝え下さい」
オレンジペコ「はぁ…。わかりました」
ヴェニフーキ「それでは、お先に失礼します」
アッサム「………」
皮肉として受け取ったのだろうか。
アッサムさんもペコも呆れた顔をしている。
だが、西住さんたちは見事に1%を探し当てた。
この時点で勝利は確定している。
本当に、お見事でした西住さん…!
あなたはいつも最後には"正解"を見つけてくれる。
あなたが奔走した道の先はいつも明るい。
だから私もあなたのように走ろうと身体を奮い立たせることが出来るんだ。
そして、しばらくしてから大洗の勝利を告げるアナウンスが場内に鳴り響く。
優勝おめでとうございます。
プルルル プルルル
ダージリン「はい」
ヴェニフーキ「…私です」
ダージリン「絹代さん? 試合はどうしたの?」
ヴェニフーキ「ええ。たった今試合が終わりましたよ。大洗の完勝です」
ダージリン「完勝? ということはみほさん達はあの場所を?」
ヴェニフーキ「そうですね。やはり西住さんたちは凄いです」
ダージリン「さすが西住さんね。お見事ですの」
ヴェニフーキ「それで、今からそっちに行ってもいいですか?」
ダージリン「今から? 別にいいけれど…」
ヴェニフーキ「ありがとうございます。すぐに向かいますね」
ダージリン「ところで、そっちは上手くいってるの?」
ヴェニフーキ「ん? こちらですか?」
ダージリン「ええ」
ヴェニフーキ「残念ながら、振り出しに戻ってしまいました」
ダージリン「という事はアッサムは無関係なのね。…良かった」
ヴェニフーキ「アッサムさんだと思っていたのですが…」
ダージリン「でもアッサムじゃないとすれば、別にいるのね…」
ヴェニフーキ「…ええ。ご心配なく。必ず突き止めますので」
ダージリン「ありがと。でも、くれぐれも無理しないでね?」
ダージリン「あなたが私のために頑張ってくれるのは本当に嬉しいわ。その気持だけでも満足よ」
ヴェニフーキ「はは。あなたが納得しても、私の腹の虫が収まらないでしょうね」
ダージリン「そう………」
ヴェニフーキ「ええ。続きはそっちへ行ってからにしましょう」
ヴェニフーキ「ダージリン」
大洗女子は今頃優勝の喜びを噛み締めているだろうか。
それとも、あの黒森峰にあっけなく勝利して唖然としているだろうか。
いずれにせよ、大洗は様々な困難を乗り越えてまた栄光を手にした。
この試合の結果が無人機の廃止に繋がるかどうかはわからない。
けれど、西住さんたちは無人機を持たないながらも無人機を保有する強豪校に勝ち続け優勝した。
この事実は同じ立場にある学校の希望の光となった。
大洗女子が無事に優勝して一安心したので、私は私の仕事に集中できる。
なにしろ怪しいと思っていたアッサムさんが"白"だったのだ。
そうなれば内通者は他にいるわけで、そいつを探し出さないといけない…。
ただ、今日は早起きで試合会場まで出向いたから疲れた。
今は何よりもダージリンに会いたい。
【ダージリンの部屋】
ヴェニフーキ「ただいま」
ダージリン「…あなたの部屋じゃないと何度言ったらわかるのかしら」
ヴェニフーキ「あはは。今ではここが私の帰る場所ですね」
ダージリン「全くもう…」
ヴェニフーキ「ダージリンが私の病室に訪れるように、私もここへ来たくなるんですよね」
ダージリン「あら。それはベッドの寝心地が良いからかしら?」
ヴェニフーキ「そうですね。あとはダージリンが作るおやつやご飯が食べられるからです」
ツネッ
ヴェニフーキ「痛っ…!」
ダージリン「人を便利屋みたいに扱わないで頂戴」
ヴェニフーキ「あはは」
ダージリン「それで、ヴェニフーキさん?」
ヴェニフーキ「…」
ダージリン「…なによ」
ヴェニフーキ「…」
ダージリン「…はいはい」
ダージリン「絹代さん」
西 / ヴェニフーキ「なんでしょう?」
ここ最近は色々ありすぎてヴェニフーキという名前が少しずつ嫌になってきた。
そもそもダージリンから貰った"ベニフウキ"じゃなく、アールグレイさんが勝手に作ったものだしね。
なによりダージリンと二人きりの時は名前で呼んでほしい。
ダージリン「やれやれ。…で、教えて下さるかしら?」
西「アッサムさんの件ですか?」
ダージリン「…そっちもだけど、決勝戦のこと」
西「あぁ。さっき電話で話した通り、大洗女子が優勝しましたよ」
ダージリン「そうじゃないわ」
西「ん?」
ダージリン「あなたがみほさんにアドバイスしたこと」
西「ああ…」
ダージリン「どうしてあの"場所"だと思ったの?」
西「それはですね」
ダージリン「ええ」
西「カンですよ」
ダージリン「………本気で怒るわよ?」
西「今まで見たことないくらい怒ってますね。ダージリン」
ダージリン「いくらあなたでもみほさん達にふざけた真似をするのなら許さないわよ?」
西「あはは。…まぁ、西住さんたちが使う戦車を見て、次に試合会場の地図を見ました」
ダージリン「…」
西「そして、"もし大洗が西側なら、ここしか無いだろう"」
西「…そう私の感覚が教えてくれたんですよ」
ダージリン「…なるほど」
西「あの場所だったら2つある橋のいずれも見渡せる。まさに"司令塔"だったんです」
西「それだけでなく、視界も開けているので無人機を叩くにも申し分ない」
ダージリン「そうね。無人機さえ殲滅すれば、あとは塔の上から指示を送ることに専念できそうね」
西「更に指示を送るだけでなく、塔の上から橋を攻撃できます」
ダージリン「…!」
西「そして、西住さん達は実際にそれを遂行して、黒森峰のフラッグ車を撃破して"完勝"しました」
ダージリン「待ちなさい。あの塔から橋まではかなりの距離があるわ」
西「ええ。1,500~2,500mほどでしょうか。狙うにしてもちょっと遠いですね」
ダージリン「ならどうして…」
西「従来の戦車ないし対空戦車だったら"司令塔"としての使用がせいぜいでしょう」
西「しかし、西住さんたちが乗っていた"E-100対空戦車"という、黒森峰のマウスに匹敵する戦車は、それ以上が可能だったのです」
ダージリン「そんなに凄い戦車をみほさんたちは…」
西「ええ。あれだけ離れていても黒森峰のティーガーを撃破できる強力な高射砲を搭載しています」
西「それを鑑みると、大洗女子は決勝戦より前からとんでもない成果を挙げていたのです」
ダージリン「でも、それほど強力な戦車ならこの高射砲塔でなくても、他の味方車輌と行動を共にしても同様の成果を挙げられるでしょう?」
西「私も最初はそう思ったのですが、いかんせん巨大な戦車なので、無人機の格好の的になってしまうんですよ」
西「車体は大きいし、重たいので逃げるのが遅れてしまいます」
ダージリン「確かに…。発見したら真っ先に攻撃するでしょうね」
西「ええ。しかもそのE-100対空戦車はフラッグ車です。文字通り"切り札"なのです」
西「だから、無人機からの発見を少しでも遅らせ、見つかった時に応戦できることも考えて、最前線から離れた場所にある高射砲塔だろうと思ったんですよ」
ダージリン「…」
西「まぁ、黒森峰が無人機を積極的に使わなかったのは嬉しい誤算でしたけどね。あはは」
ダージリン「…おやりになるわね」
西「あはは恐縮です。…でも」
西「ダージリンも同じようなことを考えたのでしょう?」
ダージリン「ええ…一応は」
西「ですから、凄いのは私だけではありませんよ」
ダージリン「…そうかしら」
西「はい」
西「…ダージリンの考えが私にわかるように、私の考えもまたダージリンにはお見通しですよ」
ダージリン「…そうね」
西「ええ…」
ダージリン「…」
西「…」
ダージリン「…今日は大人しいのね」
西「ん」
ダージリン「いつもは」
西「誘ってるんですか?」
ダージリン「助平」
西「お互い様です。あはは」
ダージリン「…スカートの中に手を入れる人に言われたくない」
西「スカートじゃなく下着ですね」
ダージリン「…ふん………」
西「…痛かったら言ってくださいね」
ダージリン「ジロジロ顔を見ないでよ…」
西「…すごいぬるぬるしてます」
ダージリン「…あなたもね………」
西「あはは……………」
ダージリン「……………」
プルルル プルルル
せっかく二人っきりでのんびりしていたのに。
またアールグレイさんか。
この人は私とダージリンが一緒にいるタイミングを見計らって電話してないか?
…癒やしの時間を邪魔されたのでまた意地悪してやる。
ピッ
西(アッサム真似)「はい。聖グロリアーナ女学院、アッサムです」
ダージリン「ンぐっ!?」プルプル
アールグレイ『えっ? アッサム?』
西(アッサム真似)「なっ! そ、その声はもしかしてアールグレイ様?!」
アールグレイ『あ…ええ。そうよ』
西(アッサム真似)「あ、あ、あの…一体どんな御用でしょう!?」
ダージリン「っ…フッ…」プルプル
アールグレイ『ふふ…。ごめんなさい、お友達にかけたつもりが間違えてしまったみたい』
西(アッサム真似)「そ、そうですの…?」
アールグレイ『ええ。お騒がせして申し訳ないわね。それでは』
ツー ツー ツー
ダージリン「っく…ぁふっ…な、なにしてるのよ…あはははっ!」プルプル
西「なんだか素直に出たいと思わなかったので、代わりにアッサム様…アッサムさんに出てもらいました。あははは」
ダージリン「くふふふっ。やめて頂戴。わっ、私を、あはは、笑い死にさせるつもりなの?」フフフッ
西「あはは」
プルルル プルルル
西「…また来ましたね。アールグレイさん」
ダージリン「こっ、今度はどうするの…?!」
西「うーん」
ピッ
西(オレンジペコ真似)「はい。オレンジペコです」
アールグレイ『あれ…?!』
ダージリン「ッグゥゥ!!」プルプル
西(オレンジペコ真似)「あの…どちら様でしょう…?」
アールグレイ『そ、その声はペコちゃん?』
西(オレンジペコ真似)「は、はい…そうですけども…」
アールグレイ『おかしいわね…確かに番号合ってるはずなのに…』
ダージリン「ッ~~~!!」プルプル
ダージリンは必死に声を抑えて大爆笑しておられる。
本当に笑い上戸なんですね。私の分まで笑顔でいて欲しい。
…あ、とうとう耐えきれずに頭から布団かぶりだした。
西(オレンジペコ真似)「あの…どちら様でしょうか…」
アールグレイ『あ、ごめんなさい。アールグレイですわ』
西(オレンジペコ真似)「えっ!? ハ、ハイグレっ!!?」
ダージリン「~~!!」ジタバタ
アールグレイ『ち、違うわよ! ハイグレじゃなくアールグレイ!』
西「この人今どこにいるのか知りませんけど、よく大きな声でハイグレなどと叫べますよね」ボソッ
ダージリン「~~~~~!!」ジタバタ
ダージリンにだけ聞こえるようにボヤいてみた。
布団の中からダージリンの悶える声が聞こえる。
お淑やかなお嬢様で通してるダージリンが『ン゛オ゛ォォォォォォ!!!』なんて声を発するなど誰が想像出来ただろう。
西(オレンジペコ真似)「ふえっ!? アールグレイ様!? し、失礼しましたぁ!!」アセアセ
アールグレイ『良いわ…許してあげます』
西(オレンジペコ真似)「それで、ご用件の方は…」
アールグレイ『ああ、ごめんなさいね…ちょっと通話先を間違えてしまったみたいで…』
西(オレンジペコ真似)「そうですか…」
アールグレイ『ええ…それでは、また』
ツー ツー ツー
バサッ
ダージリン「ハァハァ……き、絹代さん…くっ…ふふっ…先輩をか、からかうのは程々になさい…」
西「そういうダージリンだって乗り気だったじゃないですか」
ダージリン「ふふ…ち、違うわよ…ふっ…ふぅ…あなたの真似が…くふっ…面白かっただけよ…」
西「はいはい。そういうことにしておきますね」
ダージリン「むぅ…」
プルルル プルルル
西「…しつこいですな」
ダージリン「ハフゥ……そろそろちゃんと出た方が良いわよ」
西「碌なことじゃないとわかって出るのは苦ですよ」
ダージリン「そう言わないの」
ピッ
西「はい」
アールグレイ『も、もしもし?!』
西「アールグレイさん? どうしたんですかそんなに慌てて?」
ダージリン「っくふ…」プルプル
アールグレイ『い、いえ…コホン なんでもないわ』
西「そ、そうですか?」
アールグレイ『ええ。気にしなくていいわよ』
西「は、はぁ…それで何の用でしょうかハイグレ…いやアールグレイさん」
ダージリン「ップグフ あっははははっ!! やめてぇ…わ、わたしもう無理あはっあっはっはあはっははははっ!!!」
アールグレイ『貴様かぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
おお。
あの貴婦人っぽいアールグレイさんもギャグ漫画みたいな反応するんだなぁ。
なかなか面白いものを見る(聞く)事ができて私は満足ですよ。
西「いやーすみません。なんか少しイタズラしたくなっちゃいまして」
アールグレイ『少しどころじゃないわよ! こっちは本当に焦ったんだからねっ!!』
西「ハイグレにですか?」
アールグレイ『ハイグレって言わないで頂戴!!』
西「あの、周りの人に聞こえますよ…その、ハイグレって」
アールグレイ『あ゛っ! …コホン! と、とにかく!』
西「ええ」
アールグレイ『何か進展はあったのかしら?』
西「いえ。むしろ振り出しに戻った感じです」
アールグレイ『…つまり、アッサムじゃなかったと?』
西「ええ」
アールグレイ『そう。手がかりは無くなってしまったけれど、彼女が共犯者じゃなくて安心したわ』
西「どちらにせよ内通者は炙り出すつもりですよ」
西「"アッサムさんじゃなかった。そうですね。おしまい。" …では腹の虫が許してくれませんので」
アールグレイ『…そうであって欲しいわね』
ダージリン「…」
西「それで、ちょっと相談があるんですよね」
アールグレイ『相談?』
西「ええ。明日は日曜日なので、またお茶会でもいかがと思いまして」
アールグレイ『あら。あなたから誘ってくれるの?』
西「行くのが面倒なので迎えに来てください」
アールグレイ『なっ、こいつときたら…!』ワナワナ
西「冗談ですよ。私がお伺いしますよ」
ダージリン「…」
西「で、場所はどうしましょう?」
アールグレイ『…そうね。そっちにいるならまた私が迎えに行きますわ』
西「良いのですか?」
アールグレイ『ええ。その方が早いでしょうし』
西「助かります」
アールグレイ『…本当にそう思ってるのかしら』
西「だいぶ人格は壊れましたけど、恩を仇で返すような真似だけはしたくないと今でも思ってますよ」
アールグレイ『なら良いけれど…。それでは明日ね』
西「はい」
ピッ
ダージリン「随分勝手に話を進めてくれるわね…」
西「ええ。非難轟々なのは覚悟の上ですが、ダージリンにも関わる話ですので」
ダージリン「そう…」
西「………ハァ…」
ダージリン「なによ」
西「何でもないです…」
ダージリン「…こっちおいで」
西「ありがと…」
何をしてるんだろうな私は…。
ダージリンの為だと言い聞かせてあれこれやってるのに、全然成果に直結しない。
ダージリンが聖グロから去ってもう何日目だ?
このままじゃ本当にダージリンが戻れなくなってしまう。
なのに私はまた甘えてばかり…。
ダージリン「髪は誰にやってもらったの?」
西「…アールグレイさん」
ダージリン「そう…。根本が少し黒いわよ」
西「また染めないといけないかな…」
ダージリン「ええ。でもあまり何度も染めると髪の毛傷んじゃうわね…」
西「こればかりは仕方ないですよ」
ダージリン「あなたの黒髪、気に入ってたのに…」
西「…ごめん」
ダージリン「…。最初あなたが"ヴェニフーキ"の格好で来たときは驚いたわ」
西「はは…。私も驚かれる覚悟はしてましたよ」
ダージリン「なにせ髪の毛は銀色で、眼は真っ赤。死神でもやって来たかと思ったくらいですもの」
西「でも、ダージリンはすぐ私だってわかってくれたじゃないですか」
ダージリン「それはまぁ…」
西「だから、他の人が気付くのも時間の問題でしょうね…」
ダージリン「どうかしら」
西「…ん?」
ダージリン「昔のあなたを知ってる人が今のその姿見たら別人だと思うわよ」
西「どうしてです?」
ダージリン「髪や瞳の色が違うのはともかく、目つきも雰囲気もぜんぜん違うのだから」
西「…」
ダージリン「かつてのあなたを知る人ならまず気付かないわ、今の落ち着き払ったあなたのことは」
西「そんなに落ち着いてます…?」
ダージリン「不気味なくらいにね。やたらうるさかった頃のあなたが嘘みたい」
西「そうですか…」
ダージリン「ええ。とても22輌持ってきたお馬鹿さんとは思えないわ」
西「その話で例えますか…」
ダージリン「ええ。何しろあの時のあなた、数もちゃんと数えられないほどでしたもの」
西「むぅ…」
ダージリン「だから…そんなあなたを変えちゃうほど、」
ダージリン「ショックだったのね………」
西「私が豹変するほどショックだったのですから、当事者のダージリンはそれ以上だと思います」
ダージリン「ええ…。しばらくは頭が真っ白で抜け殻のような気分だった…」
ダージリン「でも、あなたが来て、私の分まで苦しんでると知って、それ以上には至らなかった」
西「面白いですよね。当事者よりも第三者が発狂して壊れるなんて」
ダージリン「やめて。壊れるなんて言わないで」
西「…ごめん」
ダージリン「私だってショックなんだから…」
西「そうですね…いくらなんでもあんな出来事が起きては」
ダージリン「違うわ」
西「えっ?」
ダージリン「あなたが笑わなくなったこと…」
西「…」
ダージリン「ハッハッハ! って高らかに笑ってたあなたが、今じゃ乾いた笑いしかしない…」
西「そうですか?」
ダージリン「あの日からあなたが笑うところを見てない…」
ダージリン「ずっとそばにいるのに一度も………」
西「…」
ダージリン「昔はなんの根拠もないのに自身に満ち溢れて生き生きとしてたのに、今では悲しい目をしてる…」
ダージリン「まるで、抜け殻みたい………」
西「あんな酷いことをされたら誰だって悲しいですよ」
ダージリン「そうね…」
西「だから、私はこの問題が解決するまで笑う気にはなれないですね」
ダージリン「そんな…」
西「あ、でも心配ないですよ。ちゃんと解決しますので」
ダージリン「………」
西「今はダージリンだけが癒やしです」
ダージリン「今だけなの?」
西「あはは。これからもです」
ダージリン「もう…」
入院中という短い期間ではあるが、ダージリンは私の為に親身になってくれた。
ダージリンがいるという生活が当たり前になった。
私にとってダージリンは無くてはならない存在だった。
そんな中で起きた事件だから。
OGによるダージリンの"私刑"は、心を破すには十分だった。
【翌日 とある飲食店】
アールグレイ「ごきげんよう絹代さん」
西「お世話になっております」
アールグレイ「本当にお世話してるわ。まさか電話先であんな声真似するなんて」ヤレヤレ
西「ははは。アールグレイさんもダージリンと同じでリアクションが面白いのでついつい」
アールグレイ「…あなた、ロクな死に方しないわよ?」
西「覚悟は出来てます」
アールグレイ「…本題に入るわね。"相談"というのは?」
西「ダージリンもかなり回復してくれました」
アールグレイ「ええ」
西「ただ、このまま自宅待機ではさすがに色々宜しくないので、別の学校に一時的に転籍してみてはと思いまして」
アールグレイ「…確かに。あなたの言う通りね」
西「ダージリンには内緒ですけどね」
アールグレイ「転校先の候補はあるのかしら?」
西「ええ」
西「西呉王子グローナ学園です」
アールグレイ「…」
西「聖グロに近い環境の学校で何処が良いかなと、色々考えておりまして」
西「制服や紅茶を嗜むところ、お嬢様学校なところが聖グロと酷似していたわけです」
西「まぁ聖グロと酷似しているというより聖グロの真似したと言うべきでしょうけど」
アールグレイ「言い方は悪いけれど、西呉王子グローナ学園は聖グロの模造品みたいな学校でしてよ」
アールグレイ「そんなところに、"本物"を転校させるなんて、あなた何を考えているの?」
西「ダージリンを転校させると同時に、西グロから」
西「"ブラックプリンス"を借りる」
アールグレイ「!」
西「…前にお話した通り、ここ最近の聖グロはやたら他校と親善試合をしています」
西「アッサムさん曰く、ダージリンが抜けた穴を何とか補いたいと、実戦に近い練習を重ねて戦力の底上げを図っているわけです」
アールグレイ「なるほど。確かにアッサムらしい理にかなった考えね」
西「それで、親善試合を通じて感じたのは、戦力だけでなく戦車、もとい火力面においても"切り札"となりうる強力なものが欲しいと思いました」
西「実際のところ、プラウダや黒森峰の戦車は装甲が厚いので、既存の戦車ではかなり厳しいです」
アールグレイ「聖グロの戦車事情を憂いて下さるなんて嬉しいわね」
西「あはは。そこで目安として、"ティーガー"を撃破できる車両の導入をしてみてはと思った次第です」
西「で、ティーガーを破壊できる英国戦車といえば、ブラックプリンスなんですよね」
アールグレイ「あなた、ブラックプリンスがどんな戦車か知ってるの?」
西「オードソックス 17ポンポン砲でしたっけ?」
アールグレイ「…"オードナンス 17ポンド砲"よ」
西「あ、それですね。…とにかくティーガーを撃破できる強力な砲を搭載した、チャーチル歩兵戦車の兄貴分みたいなヤツです」
西「巷では17ポンド砲は米英など西側がティーガーを撃破できる数少ない砲として扱われていたそうですね」
アールグレイ「よく知ってるわね」
西「…一応、他校が所有する戦車の性能については頭に叩き込んであるつもりです」
アールグレイ「すっかり忘れていたけど、あなたも"あの時"は必死だったものね」
西「ええ。 "今も"ですけど」
アールグレイ「それで、ダージリンを転校させるのと、ブラックプリンスを借りる…全く話が噛み合わないのけれど?」
西「西グロにブラックプリンスがありまして」
アールグレイ「あったとして、そんな主力級の戦車をどうやって借りると?」
西「まぁ…これはあまり大きな声では言いたくないのですが…」
アールグレイ「何かしら?」
西「西グロの隊長、キリマンジァロさん、ダージリンの大ファンでして」
アールグレイ「…そう」
西「ええ。"ダージリン様ファンクラブ"のプラチナ会員なんだそうです」
アールグレイ「………は?」
西「ちなみに私はブラック会員ですけどね。プラチナより上の」
アールグレイ「…このやり取りの中で最もどうでもいい情報ね。ソレ」
西「…」
アールグレイ「…で、その"プラチナ会員"さんへの"ダージリン特典"の引き換えに、ブラックプリンスを借りると?」
西「おっしゃる通りです」
西「正直、プラチナ会員"ごとき"にダージリンを渡すのは嫌ですけどね」
アールグレイ「そうみたいね。苦虫を100匹ほど噛み潰した顔をしているわ」
西「あはは…」
西「あと、ブラックプリンスを導入する理由はもう1つあるんですよね」
アールグレイ「…」
西「まぁ、アールグレイさんもOGなので想像はつくと思いますが」
アールグレイ「新しい戦車の導入でOG会をあえて"刺激"すると?」
西「ええ。保守的なOG会に許可なく新しい戦車を導入するとなれば、さすがに黙ってはいないでしょう」
西「そしてOG会が動く前に、内部の人間がOG会へ戦車導入という情報を送る」
西「だからそういった方面から探してみようと思ったのです」
アールグレイ「…」
西「どうでしょう?」
王子<西グロ>のところへ女王<ダージリン>が行く。
女王<聖グロ>のところへ王子<ブラックプリンス>が来る。
こうやって考えるとなんだか面白いな。
…もっともダージリンは一時的に転校するだけだ。それだけは勘違いなさるなよ、キリマンジァロさん?
もしもダージリンに手なんか出したら日には、マレー沖海戦の如くその学園艦を沈めるから覚悟しろ。
アールグレイ「………悪くないわね」
西「…」
アールグレイ「わかりました。西グロとダージリンには私から話をつけておきます」
アールグレイ「あなたは聖グロにその話をつけて下さいな」
西「かしこまりでございます」
アールグレイ「…それにしても、あなたからそんな作戦が出てくるとは思わなかったわ」
西「私もですよ。以前だったらまずこんな捻くれたことは思い付かない」
アールグレイ「…」
自分でも信じられない。
こんなにもスラスラと作戦が浮かび上がるだなんて、かつて突撃ばかりしていた私からは想像もできない。
あまりに頭が冴えていて気持ちが悪い。それも人を騙すためにやっているのでなおさらだ。
だから、これはダージリンを助ける為だと必死に自分を説得する。
だけど…
西「だけど、私は屑野郎だなって………」
アールグレイ「えっ?」
西「ダージリンを助けるためにまたダージリンを"利用"してる」
アールグレイ「…」
西「ダージリンだって行きたい学校を選ぶ権利はあるのに、私の"作戦"のために振り回されてる…」
アールグレイ「…」
西「結局、私のやってることはダージリンを強制退学させたやつらと同じなんですよ………」
アールグレイ「…もう一度言うわよ」
西「?」
アールグレイ「"イギリスはすべての戦いに敗れるであろう、最後の一戦を除いては。"」
西「…」
アールグレイ「"ダージリンが聖グロに復学した"。その結果さえあれば後はどうとでもなる」
西「…」
アールグレイ「今はやるしかないのよ」
西「そうですね…」
【聖グロ 紅茶の園】
アッサム「…新しい戦車が欲しい?」
ヴェニフーキ「ええ。理由は前に説明した通りです」
オレンジペコ「火力についてはその通りですが、戦車の導入は…」
ヴェニフーキ「皆さんが懸念されるように、いきなり導入というのは様々な観点から難しいでしょう」
アッサム「ええ…」
ヴェニフーキ「なので、まずは戦車を"借りる"ところから始め、実用性があるかどうかを判断」
ヴェニフーキ「そして試験運用の結果、あらためて導入するか否かを決める」
ヴェニフーキ「…といった流れはいかがでしょう?」
アッサム「…しかし、借りるといえどアテはありますの?」
オレンジペコ「さすがにティーガーとかT-34では聖グロの校風に合わない気が…」
ヴェニフーキ「ブラックプリンス歩兵戦車なんていかがでしょう」
アッサム「!?」
オレンジペコ「ブラックプリンス!?」
すごい食いつきだ。聖グロにとっても喉から手が出る戦車なのだろう。
実際かっこいいしな。ブラックプリンスという名前が。
…名前以外にもチャーチル譲りの装甲や、強力な戦車砲を持つため文字通り聖グロの"切り札"となりうるだろう。
もちろん英国戦車は他にも強力なものが存在するが、それは私がやることじゃない。
アッサム「それで、貸し出しをして下さるお相手は…?」
ヴェニフーキ「西呉王子グローナ学園です」
オレンジペコ「うっ…」
ヴェニフーキ「先日、お話する機会があったので聞いてみました」
アッサム「…先方からは何と?」
ヴェニフーキ「"ぜひとも使ってくださいまし" と」
アッサム「そ、そう…」
オレンジペコ「…」
ヴェニフーキ「これが聖グロの戦力増強の第一歩になることに私は期待しています」
アッサム「…確かに」
ヴェニフーキ「それで」
アッサム「?」
ヴェニフーキ「ブラックプリンスが届いたら、是非とも私がその車長をやりたいのですが」
アッサム「えっ、チャーチルの砲手はどうするのです?」
ヴェニフーキ「申し訳ないのですが、ブラックプリンスをお借りする間、他の方にお願い出来ないでしょうか」
ヴェニフーキ「いずれにせよ借りて試運転するだけで、ブラックプリンスの導入が確定したわけではありません」
ヴェニフーキ「駄目なら駄目でその時はまたチャーチルの砲手をさせて頂きます」
ヴェニフーキ「それに、一度乗ってみたかったのです。ブラックプリンス」
アッサム「…」
オレンジペコ「…」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「わかりました」
ヴェニフーキ「ご理解、感謝致します」
アッサム「遅かれ早かれ、戦車の導入や配置の変更は訪れるものですからね」
アッサム「…ただし!」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「ブラックプリンスの乗員は私の方で決定します。異存はありませんね?」
ヴェニフーキ「構いません」
アッサム「わかりました。ブラックプリンスの借り入れ、許可致します」
ヴェニフーキ「ありがとうございます」
アッサム「…」
オレンジペコ「…」
こうして、無事にブラックプリンスの導入の許可が降りた。
選んだ理由は言うまでもなく、西グロのキリマンジァロさんが相手(=ダージリンのファンだから)という理由で、スムーズに話が進むからだ。
戦力としては同じ17ポンド砲を搭載する"センチュリオン"の方が勝るが、私が知る限り、センチュリオンに乗っているのは島田愛里寿さんただ一人。
つまり島田流の人間を相手にするわけで、そこへ交渉に行くとなれば余計な勘ぐりをされてかえって話がややこしくなる。
何よりあのニコニコしながら殺気を放つ家元様とは、なるべくかかわらないようにしたい。
触らぬ神に祟りなしってやつだ。
アッサム「それとヴェニフーキ。先日、あなたと話がしたいという方より連絡がありました」
ヴェニフーキ「どちら様でしょう?」
アッサム「西住流家元です」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「あなたの功績を評価しており、是非とのことです」
オレンジペコ「西住流ってことは…西住みほさんのお母様ですよね?」
アッサム「ええ。まさかそのような方からお声がかかるとは思いませんでした」
オレンジペコ「す、すごいです! ヴェニフーキ様!」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「ですから、面会のスケジュールを教えて下さい」
ヴェニフーキ「わかりました」
ニコニコしながら殺気放つ家元様じゃなく、顰めっ面しながら殺気放つ家元様が近づいてきた。
よりによってこんな時に…。
【聖グロ 応接室】
アッサムさんが返答をしてから数時間後に家元様が聖グロにやってきた。
あの方も家元や理事長としてのスケジュールで逼迫されているはずなのに、どうして…。
ヴェニフーキ「初めまして。ヴェニフーキと申します」
しほ「…」
ヴェニフーキ「…」
しほ「そういうこと、だったのですね」
ヴェニフーキ「…」
しほ「場所を移しましょう」
ヴェニフーキ「かしこまりました」
こうなることはわかっていた。
どうせ子供の悪戯なんて大人にはすぐバレると。
家元様は私の顔を見て即座に私の正体を見破った。
事情を察して下さったのか、この場で『あなた西絹代でしょう?』と公言しなかったことに感謝したい。
【洋上 船】
しほ「先の決勝戦で、何故あのような結果になったのか娘に聞いたところ、ある人物から情報を得た」
しほ「そして、その情報をもとに作戦を立てた結果、黒森峰に完勝」
ヴェニフーキ「…」
しほ「その情報提供者がヴェニフーキという聖グロの人物」
ヴェニフーキ「…」
しほ「そのような方には心当たりが無かったので、来てみたのですが」
しほ「その正体があなただったとは…」
ヴェニフーキ「…」
しほ「先のあなたの功績を鑑みればこれらが納得出来る反面、何故あなたが姿を変えて聖グロにいるのか…」
しほ「一体、どういうつもりなのかしら?」
ヴェニフーキ「申し訳ありませんが、お答えするわけにはいきません」
しほ「…」
西「…」
しほ「…そう。ならば質問を変えます」
しほ「あなたは何故、みほに手を貸したの?」
ヴェニフーキ「西住さん…みほさんには色々お世話になってきました」
ヴェニフーキ「そして、その恩を返したいという思いで僭越ながらお力添えをさせて頂いた次第です」
しほ「私の娘は、あなたにそこまでさせるほどの大恩を?」
ヴェニフーキ「ええ。私にとって大きすぎるくらいです」
しほ「…」
ヴェニフーキ「そしてもう一つ」
ヴェニフーキ「みほさんたち大洗女子学園は、私たち高校戦車道を嗜む者にとって希望の光です」
ヴェニフーキ「…しかし、どういうわけかその光を閉ざそうとする輩がいるのです」
ヴェニフーキ「二度の廃校の危機を乗り越えてもまた、別の形で大洗を襲う」
ヴェニフーキ「…言わずもがな"無人機"のことです」
しほ「…」
ヴェニフーキ「我々は無人機により大きな戦力を得ることが出来ました。これは事実です」
ヴェニフーキ「しかし、それに甘んじることは、もはや戦車道でも何でもない」
しほ「…」
ヴェニフーキ「戦車道を狂わせた無人機という"改悪"を是正させる」
ヴェニフーキ「そのためには無人機を所有しない学校が、無人機を持つ強豪校を叩き落とさなければなりません」
ヴェニフーキ「"お前たちが何をしようと無駄だ。私達は何度でも立ち上がる"という意思表示をするために」
しほ「…」
ヴェニフーキ「私はそんな大洗の皆さんの努力を、何かしら支援できないかと奔走しただけ」
しほ「そう」
しほ「…ありがとう」
ヴェニフーキ「えっ…?」
しほ「あの決勝戦の後、戦車道連盟にもう一度、無人機の撤回を申し出ました」
しほ「残念ながら、文科省は首を縦には振らなかったけれど」
しほ「それでも先日の決勝戦の結果は大きな武器となる」
ヴェニフーキ「!」
しほ「このまま交渉を続け、必ずや邪道を叩き潰すつもりです」
しほ「故にあなたの陰ながらの支援は、戦車道において大きな意味をもたらしてくれた」
しほ「それに…」
しほ「いつも娘を助けてくれてありがとう」
ヴェニフーキ「…はは。どういたしまして」
しほ「ふふ。今度は私があなたに大きな借りを作ってしまった」
ヴェニフーキ「…とんでもない」
しほ「だから、私はあなたの力になりたい」
ヴェニフーキ「…!」
しほ「それを加味した上で、もう一度、教えて下さるかしら」
しほ「あなたがヴェニフーキと名乗るようになった理由を」
ヴェニフーキ「…」
しほ「…」
ヴェニフーキ「………フゥ」
ヴェニフーキ「実は…」
私は家元様に全てを話した。
ダージリンがOG会に潜む反・聖グロ派によって政治利用され、潰されたこと
それを知って修羅のごとく怒り狂い、精神が崩壊し、廃人寸前にまで追い込まれたこと
後にOG会と接触し、内通者と犯人を洗い出すために名前も髪も瞳も変えたこと
ダージリンをもう一度聖グロに復学させたいこと
ヴェニフーキ「………以上です」
しほ「…」
ヴェニフーキ「これが出過ぎた行為だというのは重々承知しております」
ヴェニフーキ「ですが、それでも私はダージリンを助けたいのです」
ヴェニフーキ「ダージリンのためなら命を差し出したって良い。私はどうなっても良い」
しほ「そう…」
ギュッ
ヴェニフーキ「…!」
しほ「本当に、頑張ったのね…絹代さん」ナデナデ
ヴェニフーキ「なっ…!」
しほ「知らなかった…」
ヴェニフーキ「べ、別にこれは私が勝手に…!」
しほ「でも、あなたは本当に一生懸命にやってる…」
ヴェニフーキ「ヴェニフーキと呼んでください。誰かに聞かれたら…!」
しほ「安心して。この船には私の身内しかいないわ」
ヴェニフーキ「…」チラッ
菊代「…」フカブカ
しほ「それに…あなたの名前は"絹代"でしょう?」
ヴェニフーキ「そ、そうですが…」
しほ「ならば私はそう呼ばせていただくわ」
しほ「あなたが絹代さんで無くなってしまわないように」
ヴェニフーキ「ッ…!」
しほ「今のあなたは姿も身分も名前も偽って生きている」
しほ「それが長く続くと、本当の自分まで失ってしまう」
しほ「だから、そうならないように」
ヴェニフーキ「………」
しほ「困ったことがあったら、と言っても今がまさにその時ですけど」
しほ「もしも、どうにもならないと思ったら、その時は教えてくれるかしら?」
しほ「娘への恩返しも兼ねて、可能な限り協力させて頂きます」
ヴェニフーキ「いえ、そのお気持だけでも…!」
しほ「ふふっ。あなたが良くても私の気持ちが許さない」
ヴェニフーキ「…」
しほ「それとも、あなたにとって私は頼りない存在かしら?」
ヴェニフーキ「い、いえ…」
しほ「ならば、困った時は大人を頼りなさい」
ヴェニフーキ「………」
西住様との話はそこで終わった…。
【翌日 聖グロ・練習場】
アールグレイさんより『ダージリンの転校が完了した』という連絡が入ってから然程待つことなくブラックプリンスはやってきた。
(…よほど嬉しかったのか、転校からブラックプリンスの貸出まで即日行われた)
"スーパーチャーチル"の異名を持つそれは『オードナンス QF 17ポンド砲』という大変強力な野戦砲を搭載しており、当時の米英において"ティーガーを撃破可能な数少ない砲"だ。
私が知る限り、この17ポンド砲を搭載した戦車は、ブラックプリンスを除き、サンダースのシャーマン・ファイアフライ、愛里寿さんの乗るセンチュリオンがある。
アッサムさんに聞いたところ、その他の英国産戦車にも搭載されているとのことだ。
…あまり強力な戦車を次々に導入されても知波単として相見える時に辛いが。
なお、もう一つ交渉として、西グロの学園艦はダージリンが在籍する間、港に停泊するようにお願いした。
理由は2つある。
1つはダージリンに会えるように。
もう1つはダージリンに何かあった時、すぐ逃げられるように。
…後者は無いと信じたい。
アッサム「では、あなたたち。よろしくお願いしますわね」
「はいマム」
「了解です。アッサム隊長」
「かしこまりました」
「…」コクリ
アッサム「ヴェニフーキ。こちらがあなたと行動を共にする仲間です」
ヴェニフーキ「ヴェニフーキです。よろしくお願いします」
ブラックプリンスが来た日、私と戦車に乗るメンバーと顔合わせをした。
『ランサム』さんと名乗る方が操縦手を。
3年生の『グリーン』さんは装填手をしてくれるそうだ。紅茶よりコーヒーが好きらしい。
背の高いので年上だと思ったら一つ年下の『フレミング』さん、彼女は通信手をやってくれる。
そして無口な『モーム』さんという方が砲手。
私は久しぶりに戦車長をやる。
ヴェニフーキ「皆様の名前は紅茶に因んだものでしょうか?」
フレミング「いえ、私たちは紅茶とは違うものを付けています」
ヴェニフーキ「そうですか」
モーム「…」
ランサム「それぞれイギリスの作家から取っていまして」
ランサム「私ランサムは児童文学作家の"アーサー・ランサム"」
ランサム「モームさんは"サマセット・モーム"」
ランサム「フレミングさんは冒険小説家の"イアン・フレミング"」
ランサム「そしてグリーン部長は"グレアム・グリーン"」
ヴェニフーキ「部長?」
ランサム「あ、その…」
ヴェニフーキ「?」
グリーン「実を言うと、私達は小説部という部活動に加入しておりまして」
グリーン「僭越ながら私がその部長をしております」
グリーン「私達の名前の由来が作家からというのもここからですね」
ヴェニフーキ「そうですか」
アッサム「そういうわけですので、仲良くしてあげてください」
ヴェニフーキ「わかりました」
小説か。
学校で夏目漱石や芥川龍之介を読んだくらいかな。
ここ最近は本なんて読んでいる暇もなかったし、無事に一連の活動を終えることが出来たら何か読んでみようかな。
いや、いっその事私が小説を書いてみようかな。
『紅茶好きには助平が多い』
みたいなタイトルで。
紅茶ばかり飲んでる女の子を、あの手この手で口説くという話はどうだろう。
うむ。なかなか面白そうだな。
ケイ「ハーイ。アッシー久しぶりね!」
ブラックプリンスが来ると同時にサンダース御一行も聖グロに来た。
プラウダ高校に続いてまた親善試合をするわけだ。
試験運用としては丁度いいが、日程を詰めすぎじゃなかろうか?
アッサム「そ、その呼び名はちょっと…」
オレンジペコ「あはは…まるでアシスタントみたいですね」
ケイ「おっ、ペコタローも元気かい?」
オレンジペコ「なっ、ペコ太郎って言わないでください…!」
ケイ「あははっ! 元気元気。良いねぇ~」
人のことを言えたものではないが、ケイさんもまた色んなあだ名を付けたがる人のようだ。
ただ、まさか彼女から"ペコタロー"なんてあだ名が出てくるとは思わなかった。
思うことは皆同じなのだろうか?
そしてアッサムさんにつけられた"アッシー"というあだ名は本質を突いている。
オレンジペコ「私のことをペコ太郎って言って良いのは絹代様だけです」
ケイ「おぉ?」
ヴェニフーキ「…」
オレンジペコ「なので他にするか、オレンジペコと呼んでほしいです」
ケイ「んー、そっかぁ。じゃぁどうしようかなぁ…」
オレンジペコ「むぅ…」
アリサ「…年下は辛いよね、色々イジられるから」
オレンジペコ「ええ…」
申し訳ない。可愛いからついついいじりたくなるんだ。
特にペコに至っては顔を真っ赤にする"むっつり屋"なのでなおのこと。
…しかしやけに食い下がったな? そんなにペコ太郎というあだ名が気に入ったのだろか。
何にせよ許可を頂けたことだし、これからは遠慮なくそう呼ばせてもらおう。西絹代の時に。
「Hello. 初めて見る顔だな」
ヴェニフーキ「初めまして。先日転校したヴェニフーキと申します」
ナオミ「そうか。私はサンダース副隊長のナオミだ。よろしく」
ヴェニフーキ「こちらこそ。宜しくお願い致します」
サンダースにはサンダースでまた怖い人がいる。
シャーマン・ファイアフライの砲手・ナオミさんだ。
寡黙な方ではあるが、華さんやノンナさんと並ぶ射撃の名手であり、サンダースには珍しい"職人気質"を感じさせる方だ。
その鋭い観察眼と洞察力で私の正体が見抜かれてしまわないか心配だ…。
ナオミ「…奇遇だな」
ヴェニフーキ「奇遇?」
ナオミ「17ポンド」
ヴェニフーキ「…ああ。ナオミさんのファイアフライも17ポンド砲でしたね」
ナオミ「使い心地はどうかな?」
ヴェニフーキ「気難しいですね。砲撃音も噴煙もかなり目立ちます」
ヴェニフーキ「砲弾も大きいので装填に時間がかかります」
ヴェニフーキ「しかし、それらの対価に見合った仕事をしてくれる」
ヴェニフーキ「…このような長所短所が明確なものは、使ってて安心できますね」
ナオミ「違いない」
『いっつもチーム別で戦ってるから、たまにはくじ引きでチーム決めましょう!』
というケイさんの提案で、今回は"くじ引き"でチームを決めた。
つまり聖グロもサンダースもごちゃ混ぜの状態だ。
その結果、こうやってナオミさんと私が17ポンド砲を同じ方角に向けて並んでいる。
ヴェニフーキ「ただ、撃つのは私ではなく、モームさんですけどね」
モーム「…」
ナオミ「おや? アンタは撃たないのかい?」
ヴェニフーキ「ええ。車長ですので」
ナオミ「…そうか」
…露骨に残念そうな顔をされた。
それもそのはず。こんなやり取りの後に『あ、私は撃ちませんよ?』となれば誰でもガクッ!となるだろう。
ナオミさんには申し訳ないことをした。
アッサム『17ポンド砲さん、そちらに行きましたわよ。用意はよろしくて?』
ヴェニフーキ「こちらはいつでも」
アッサム『あっ…あなたも17ポンド砲でしたわね…』
ナオミ『オーケイ。アンタの言う17ポンド砲は私だろう? 準備はとっくに出来てる』
くじ引きの結果というものは理不尽で、アッサムさんも味方だ。
17ポンド砲2門で聖グロの隊長もいるという、あまりに偏った編成である。
アッサムさんは別の地点で待機しており、敵車両が接近したら攻撃をする。
そうすると敵さんはアッサムさん達を側面から叩くために迂回をする。
私たち17ポンド砲は丘の上から見下ろし、迂回車輌の横っ面を殴る形で待ち構える。
ナオミさん曰く、動き回るよりじっと獲物を待つ方が性に合うとのことだ。
ヴェニフーキ「目標、マチルダ歩兵戦車」
ヴェニフーキ「撃て」
ズガァァァァァァン!!
ナオミ『おやおや元気がないな? 随分手前で落ちてしまったぞ』
ヴェニフーキ「案の定、気難しい砲ですね」
モーム「…」
もちろん事前に射撃練習はしたが、何しろ砲手のモームさんを始め、他の搭乗員は戦車道履修者ではなく、"数合わせ"として動員された人たちだ。
こと遠距離射撃は一朝一夕で身につくようなものではない。ましてや17ポンド砲という癖のある大砲ならば尚の事。
そんなことを考えていると似たような砲撃音が右隣から聞こえた。ナオミさんが撃ったのだ。
ヴェニフーキ「お見事です」
ナオミ『少しズレたか…』
ヴェニフーキ「えっ?」
ナオミ『砲塔側面を狙ったつもりが下にブレた』
彼女の砲撃は見事にマチルダ歩兵戦車の車体側面を射抜いた。
しかし、ナオミさんはこの結果には満足していないようだ。
曰く砲塔を狙ったが若干逸れたようで、狙った場所に行かなかったようだ。
狙撃の名手であるナオミさんですらこのような結果となるのだから、17ポンド砲が如何に扱いづらい代物かよくわかる。
そうしている間にガコンとこちらの装填が完了した。
装填が終わったなら終わったで声をかけるべきだが、装填手であるグリーンさんは無言だった。
というより、他の搭乗員からも会話が無い。小説部だからなのか?
ヴェニフーキ「グリーン様」
グリーン「何でしょう?」
ヴェニフーキ「装填が完了したら『装填完了』とお声掛け頂けますか?」
グリーン「失礼。以後そのようにします」
ヴェニフーキ「お願いします」
その後もモームさんが2発撃ったが、少しずつ標的には近づいてはいるものの、命中弾は無い。
だが、意外にも彼女は焦ることも苛立つこともなく、淡々と砲手としての役目を全うする。
ナオミさんやノンナさんのような砲手向きなタイプであることは確かだ。
…全く発言をしないので、考えがわからないのが残念だが。
ナオミ『チッ…』
対してあちらからは無線越しにナオミさんの苛立ちが伝わてくる。
こちらの事情を考慮してくれているので、表立って苦言を呈することはないが、こうも"無鉄砲"だと職人気質の彼女としては黙っていられないのだろう。
クチャクチャとガムを噛む音が聞こえるが、これではガムじゃなく苦虫を噛み潰しているみたいだ。
…そうだな。
ヴェニフーキ「モームさん、私に代わってください」
モーム「…」コクリ
ヴェニフーキ「車長はグリーン様、お願いします」
グリーン「了解」
結局こうなった。
私が砲手、装填手にモームさん、そして車長にグリーンさんといった変更だ。
モーム「装填、完了」
なるほど。モームさんはこんな声をしているのか。
ヴェニフーキ「目標。M4シャーマン」
カチッ
ズガァァァァァァン
ズガァァァァァァン
距離にして650mだろうか。
砲塔を狙ったつもりなのにえらく外れてしまった。
だが、何とか車体側面の下の方をぶち抜いて走行不能にすることが出来た。
これでナオミさんの機嫌も少しは良くなるだろう。
ナオミ『………チッ』
…そんなことはなかった。
今度は一体どうしたと言うのだ?
ナオミ『Hey ガンナー、腕を上げたな。私のオンナを寝取るなんていい度胸だ』
ヴェニフーキ「…」
寝取るだなんて言って下さるな。私はダージリン一筋だ。
…もう一度撃破したM4シャーマンを見ると、砲塔側面にもう1つ被弾痕がある。
私が当てたのは履帯や転輪の隙間から見える車体下部の側面だ。
なので砲塔のそれはナオミさんによるもの。
要するにあのM4シャーマンはカンカンと立て続けに被弾したわけだ。
で、私の方が若干早かったためにナオミさんの獲物を横取りするという結果になったと…。
ヴェニフーキ「申し訳ありません。ナオミさんのものとは知りませんでした」
ナオミ『おや、今度はヴェニーの番かい?』
ヴェニフーキ「ええ。キューポラから眺めていたら何だか私も撃ちたくなったものでして」
ナオミ『…面白い』
その後も丘の上からの狙撃は続いた。
言わずもがな私はナオミさんには遠く及ばないが、当たる時は当たってくれた。
凄いのはナオミさんで、これだけ癖のある砲にもかかわらず、自分の手足のように使いこなし、ポンポンと的を射抜く。
それは文字通り職人技といえよう。
ナオミ『やったぞヴェニー。砲塔ど真ん中だ』
ナオミ『ホイールを飛ばした。トドメはヴェニーが刺しな』
ナオミ『焦るなヴェニー。もう少しで当たる。よーく的を絞るんだ…!』
…などなど、サンダース生らしくだんだん陽気になっていくのがこちらにも伝わってくる。
私は彼女からの指導に相槌を打ちながら17ポンド砲を放つ。
さすがにナオミさんのように上手くは行かないが、それでも以前よりは命中率が上がった。
そのやり取りはまるで師匠と弟子のようだ。
これは憶測だが、ナオミさんは自分と同じ砲を扱う者が現れて嬉しかったのかもしれない。
大量の戦車を保有するサンダースだが、その中で17ポンド砲を扱うのは彼女ひとりだけ。
母体となる戦車は同じでも、搭載する砲が違えば弾も違うし、扱い方も大きく異なってくる。
その上モームさんが散々苦労したように、癖のある17ポンド砲で遠距離を狙うのはかなり難しい。
そういった事情ゆえに、他のサンダースの人たちとは根本的に運用思想が違ってくる。
知波単の隊長として様々な戦車砲を撃つ機会に恵まれていた私は、辛うじて成果を挙げれたが、そうでないならば相当の訓練を要するだろう。
そういう意味でサンダースにおける一匹狼だった彼女は、ようやく仲間を見つけたのかもしれない…。
【試合後】
ケイ「やっぱナオミがそっちにいると手強いねー!」
アッサム「む。私たちはお役に立てなかったとでも?」
ケイ「あはは。そんなわけないじゃん!」
アッサム「そのように聞こえましたわ」ムスッ
ケイ「あははっ! 怒らない怒らない。アッシーの巧みな誘導があってこそ、ナオミの狙撃が活かせたんだから!」
アッサム「…そうですの?」
ケイ「ええ。しまった! ってなった時には遅かったよ。ナオミにハート奪われちゃった!」アハハッ
ナオミ「隊長、アンタのハート奪ったのは私じゃないぞ」
ケイ「あれそうだっけ? でもあの音はナオミのだったよ?」
ナオミ「ヴェニーも17ポンド砲だ」
ケイ「ヴェニー?」
ナオミ「そうだろ? ブラザー」
ヴェニフーキ「ええ。僭越ながら、ケイさんの砲塔は私が頂きました」
ケイ「お、初めましてかな?」
ヴェニフーキ「ご挨拶が遅れました。ヴェニフーキです。普段はブラックプリンスの車長ですが、今日は砲手を努めておりました」
ケイ「ほほう! 新しい人かぁ!」
アッサム「期待の新人でしてよ」フフッ
ナオミ「ちなみにアリサは私とヴェニーで仕留めた」
アリサ「あ、アンタ達寄ってたかって蜂の巣にするなんてアタシに何か恨みでもあるの!?」ガクガク
ケイ「おー、アリサにもとうとうモテ期が来たかー!」HAHAHA
アリサ「こんなモテ期嬉しくありませんっ!!」
ケイ「それに、ウチのナオミにもようやく仲間が出来たわけだね!」
ナオミ「ああ。同じチームでないのが残念だ」
ヴェニフーキ「次お会いする時はナオミさんの胸を借りるつもりで挑もうと思います」
ケイ「ナオミので良いの? あんまりおっきくないよ?」アハハハ
ナオミ「サイズじゃない。形だ」
アハハハハハッ
ナオミ「まぁ、私の後継はアリサに任せるよ」
アリサ「うぇぇっ!?」
ケイ「ちょっとナオミ! アリサは私の跡継ぎをしてもらうんだからねー!」
ナオミ「隊長の跡継ぎをしながら私の跡継ぎもすれば良いだろう」
アリサ「そっ、そんな二つもいっぺんに出来るわけないじゃない!!」
ケイ「んー、じゃぁ私の跡継ぎだねー」
ナオミ「おやおや、アリサは罪な女だ。また私と隊長との三角関係を作りたがってる」
アリサ「笑えないわよそんなジョーク!!」
どうやらサンダースでも後継者争い(ただし争うのは引き継がせる側)が起きているようだ。
どこの学校でも次世代への引き継ぎには苦労しているのだろう…。
私はまだ2年生だが、今のうちに後継者育成をしっかりしておいた方が良いかもしれない。
頑張れよ、福田。
にしても、もしケイさんの言う通りなら、アリサさんが次期サンダース隊長となるわけだ。
元々彼女はナオミさんと共に副隊長を務める人物だけに、サンダース内での評価は高いはず。
しかし、対するナオミさんもまた、シャーマン・ファイアフライを次の人へ託したいので、その候補としてアリサさんを選んでいるようだ。
アリサさんはじっと獲物を待つタイプではなさそうだけど。
ふむ…
ヴェニフーキ「アリサさん」
アリサ「ひぃっ!? な、なによぉ…」オロオロ
ヴェニフーキ「戦車をボーイフレンドだと思って見てください」
アリサ「ぼ、ボーイフレンドぉ?!」
ヴェニフーキ「確か、ペプシでしたっけ?」
ナオミ「タカシだな」
ケイ「タカシだね」
アリサ「どーやったらそんな間違いすんのよっ!!」
アリサさんに"タカシ"という彼氏(?)がいることは割と有名な話だ。
というのも、大洗女子のウサギさんチームを筆頭に、恋愛話が好きな女子の間で話題となっている。
当の本人がアリサさんのことをどう想っているのかはわからないが、まま頑張ってほしい。
ヴェニフーキ「M4シャーマンの主砲が彼の普段の"アレ"」
アリサ「へっ?」
ヴェニフーキ「こっちのファイアフライの主砲は、アリサさんの裸を見た時の彼の"アレ"」
アリサ「なっ!!//////」
ヴェニフーキ「どっちが魅力的ですか?」
ナオミ「ふむ」
ケイ「わーお! ヴェニーったら大胆!」
アッサム「べべべヴェニフーキ、そそそういうのはッ…!!///////」プシュー
オレンジペコ「はぁぅぅ………///////」カァァァ
………どうやら私もサンダースに毒されたようだ。今までに無いくらい下品なやり取りだ。
私にもダージリンにも"アレ"は無いのでそのへんの事情はよくわからん。
しかし、アリサさんの反応からすると、やっぱりそういうものらしい…。
そしてペコはともかくアッサムさんが額まで真っ赤にしているのが意外だった。
プシューという音を立てて煙が出ている。額で目玉焼きが作れそうだ。
ナオミ「HAHAHA! ナイスな例えだヴェニー。こっちまで"おったっち"まいそうだ」
ケイ「ちょっと! 大きけりゃ良いってもんじゃないんだからねっ!」
ナオミ「おや? "経験者は語る"かな?」
ケイ「私はまだヴァージンよっ!!」
アッサム「っぅぅぅ………////////」プシュー
アメリカン・ジョークと言うものなのか知らんが、私達はなんちゅー会話しとるんだ。
…まぁ、トラブルも無く過ごせて安心した。
私もブラックプリンス(というより17ポンド砲)の扱いに慣れてきたし、自分とは最も遠くて無縁な存在だったナオミさんとも交流を深めることが出来た。
ただ、プラウダ高校の時と同じように、出来ることならヴェニフーキとしてではなく、西絹代として関わりたかった…。それだけが心残りだ。
【同日夜 ヴェニフーキの部屋】
ヴェニフーキ「お疲れ様です。私です」
アールグレイ『お疲れ様。ヴェニフーキ』
ヴェニフーキ「今日はサンダースと親善試合を行いました」
アールグレイ『そう。どうだった?』
ヴェニフーキ「ええ。ナオミさんという方、サンダースの名手なのですが、直々のご指導を頂いてなかなか勉強になりました」
アールグレイ『それは良かったわね』
ヴェニフーキ「本当に狙撃手という言葉が似合うように、遠方の動く戦車を次々に射抜きます」
ヴェニフーキ「私もあのように上手く行けばと思うのですが、17ポンド砲は扱いが難しいですね」
アールグレイ『仕方ないわ。威力を取るか、軽さを取るかのトレードオフですもの』
今日は本当に有意義な一日を過ごすことができた。
こういう機会でもなければまず関わることがないナオミさんと仲良くなれた。
もっともっと17ポンド砲について色々教えて頂きたいくらいだ。
ようやく聖グロの環境にも慣れてきて、少しずつこちらの生活が楽しくなってきた。
知波単学園には及ばないけど、住めば都というものだろう。
それだけにダージリン………あっ!!
アールグレイ『…思い出したようね』
ヴェニフーキ「私としたことが………」
アールグレイ『あなた…学園生活を楽しむことが目的で聖グロに来てるわけじゃないのよ?』ハァ...
ヴェニフーキ「不覚です」
アールグレイ『あの子が聞いたら激怒するわよ』
ヴェニフーキ「そうですね。ツネられるだけじゃ済まなさそうです」
アールグレイ『私がダージリンだったら…そうね…身ぐるみ剥がして火あぶりにしちゃうわね』
ヴェニフーキ「助平」
アールグレイ『うるさいわよ。…それで、何か変わったことは無かったかしら?』
ヴェニフーキ「そうですね…。特に変わったことはないと思います」
アールグレイ『そう…』
ヴェニフーキ「ただ、ブラックプリンスの乗員としてご一緒させていただいた方々」
ヴェニフーキ「小説部の皆さんですが、その中に砲手をやっていt
アールグレイ『待ちなさい』
ヴェニフーキ「えっ…?」
アールグレイ『今、小説部と言った?』
ヴェニフーキ「はい」
アールグレイ『………』
ヴェニフーキ「それが何か?」
アールグレイ『ここからの会話、イエスなら"はい"、ノーなら"ええ"と答えなさい。それ以外は答えるな』
ヴェニフーキ「えっ…」
アールグレイ『聞こえた?』
ヴェニフーキ「はい」
小説部と言った直後にアールグレイさんの声色が変わった。
一体どういうことだ?
嫌な予感がするので、そのまま彼女の指示に従うことにした。
アールグレイ『その小説部の人たちは、あなた自身のことやダージリンに関する質問をしてきた?』
ヴェニフーキ「ええ」
アールグレイ「…」
アールグレイ『小説部の部長さんはいた?』
ヴェニフーキ「はい」
アールグレイ『その人のニックネームは"グリーン"?』
ヴェニフーキ「はい」
アールグレイ『………』
アールグレイ『今日着た服を調べなさい。すぐに!』
ヴェニフーキ「!」
私は彼女に指示されるまま今日着ていた服をくまなく調べた。
まず制服は何も無かった。
だが………
ジャケットには盗聴器がついていた
ヴェニフーキ「………」
アールグレイ『どうかしたの?』
ヴェニフーキ「………"汚れて"ますね…?」
アールグレイ『…あらあら。今日の汚れは今日のうちに綺麗にしなさい』
ヴェニフーキ「そうですね。クリーニングに出さなければ」
アールグレイ『汚れたままの服を着るのは淑女としてあるまじき行為よ?』
ヴェニフーキ「はい。まだ間に合うでしょうから、クリーニングの手続きをしてきます」
アールグレイ『わかりました。ではまた後で』
会話を聞かれていると知ったので、言葉を濁してアールグレイさんにそれを伝える。
そして言いつけ通り、"汚れた"服をクリーニングに出した。
…しかし、聖グロは怪しいと思ったら身内にもこんなことをするのか。プライバシーも何もあったもんじゃない。
服を預けた後にアールグレイさんへ電話をかけ直した。
ヴェニフーキ「お待たせしました。なんとか汚れが落ちてくれました」
アールグレイ『ええ。良かった。…それで、わかってるわね?』
ヴェニフーキ「はい…」
アールグレイ「これからは今まで以上に警戒なさい」
ヴェニフーキ「…っ」
アールグレイ『厄介なことになったわね…』
ヴェニフーキ「その部長、グリーンさんというのは…」
アールグレイ『GI6よ』
ヴェニフーキ「…やっぱり」
― 正式名称は"聖グロリアーナ女学院・情報処理学部第6課"
― 我が校の"情報処理学部"の一つよ
前にダージリンに教えてもらったことがある。
地図作成、プログラミング、数学、暗号の作成及び解読…。"情報処理"学部だけに、情報に関する分野に特化した学部で、あらゆる情報について学ぶ学課(学科)らしい。
GI6はそのうちの1つだが、戦車道メンバーに協力して他校へ偵察も行っており、試合で有利となりうる情報を提供しているらしい。…いつぞや病院の周辺でコソコソやってたのもこいつらか。
そしてそんな連中が動き出すということは、私はもうただの生徒としては見られていないということだ。
OG会なのか、その内通者なのかはわからないが、私の行動を不審に思ったが故に連中を差し向けたということになる。
アールグレイさんによると、GI6を動かす権限を持つのは、部長であるグリーンさんか、それよりも上の者。つまり学部のトップ以上となる。
情報処理学部のトップはアッサムさん…。
先日のやり取りを聞いて、彼女が"内通者"じゃないと思っていた。ダージリンの退学に関して『あなたを次期隊長として見ている』と事情を話してくれた。
そんな彼女がもしもGI6に私の身辺調査を指示したとしたら………。
アールグレイ『GI6があなたに近づいた事が何を意味するかは、わかってるわよね?』
ヴェニフーキ「ええ。どうやら、私は信用に値しないようです」
アールグレイ『…本当に、気をつけなさい』
ヴェニフーキ「ええ」
アールグレイ『他のメンバーは?』
ヴェニフーキ「ん?」
アールグレイ『ブラックプリンス』
ヴェニフーキ「ああ…。グリーンさんの他にはランサムさん、フレミングさん、モームさん…といった方々ですね」
アールグレイ『…』
ヴェニフーキ「もしかして…」
アールグレイ『全員、GI6の人間よ』
ヴェニフーキ「…」
諜報活動をするために潜入したら、相手の諜報部員にマークされた。
まるでスパイ映画のような展開だ。
ヴェニフーキ「…しかし、気をつけろと言っても私は何をどうすれば?」
アールグレイ『急に行動を変えてはかえって不自然よ。まずは普段通りに振る舞いなさい』
ヴェニフーキ「わかりました」
アールグレイ『あと、なるべく身元が判明しそうな発言は控えること』
アールグレイ『そして私を含め、誰かとコンタクトをとる前に、盗聴・盗撮が無いか確認すること』
アールグレイ『常に首謀者の手の中にいると思いなさい』
ヴェニフーキ「…。わかりました。…しかし」
アールグレイ『ん?』
ヴェニフーキ「アッサムさんはシロだったと思っていたんですけどね…」
アールグレイ『…』
ヴェニフーキ「決勝戦が始まる前、彼女は私にダージリンの事について打ち明けた」
ヴェニフーキ「もしもアッサムさんが"クロ"だとしたら、そんな真似はしないはず」
― ダージリンは"不純交遊"をするような者ではありません
― …
― 彼女は常に自分を高めるために努力を惜しまない聖グロの誇り
― 私もそう思っております
― ならば彼女についての風説が虚偽のものだとわかるはず
あの時、アッサムさんは確かにそう言った。そしてそのやり取りで、彼女が反・聖グロ派の内通者ではないと判断した。
何故なら"奴ら"はダージリンを葬る上で成績不振だの不純交遊だの、ありもしない噂をばら撒いてダージリンの評価を徹底的に落とした。
もしもアッサムさんが奴らと共謀しているなら、ダージリンを擁護なんてせず、『ダージリンには失望しました。聖グロの恥です』とでも言っただろう。
そんなアッサムさんが何故………
アールグレイ『…』
ヴェニフーキ「それとも、あえて私に胸中を打ち明ける"フリ"をして、私がどう出るかを伺っていたのでしょうか…」
アールグレイ『…わからないわね』
ヴェニフーキ「ええ。私もわからなくなってきました」
アールグレイ『そういう意味じゃない』
ヴェニフーキ「…えっ」
アールグレイ『仮に。 アッサムがGI6に調査を依頼したとすれば、色んな見方ができる』
ヴェニフーキ「色んな見方?」
アールグレイ『ええ。あなたが思ってるように、アッサムはあなたの正体を探りに来た』
ヴェニフーキ「そうですね。ヴェニフーキと偽って情報収集しているわけですから」
アールグレイ『その"正体"というのがポイントよ』
ヴェニフーキ「…?」
アールグレイ『これはアッサムの"立ち位置"次第で全く真逆の意味を持つことになるの』
ヴェニフーキ「…それはどういうことでしょう?」
アールグレイ『もしもアッサムが反・聖グロ派の内通者だとしたら、あなたを邪魔者として排除することを目的に動かした』
ヴェニフーキ「ええ。そうでしょう」
アールグレイ『そして、もう一つ、彼女がOG会の"内通者でない"場合』
アールグレイ『あなたを"内通者"だと疑って動かした』
ヴェニフーキ「っ!」
アールグレイ『そもそも、今このやり取りを客観的に見てみなさい?』
ヴェニフーキ「このやり取り?」
アールグレイ『そうよ』
ヴェニフーキ「私が、アールグレイさんと電話ですか?」
アールグレイ『そう』
ヴェニフーキ「…?」
アールグレイ『突然やってきた転校生が、聖グロのOGと頻繁に電話でやり取りをする』
ヴェニフーキ「あっ…!」
アールグレイ『共謀者でない方のアッサムがそれを不審に思うのはごく自然だと思わないかしら?』
ヴェニフーキ「確かに…」
アールグレイ『…だから、"まだわからない"の。アッサムがGI6を動かしたというだけでは』
ヴェニフーキ「…」
アールグレイ『私達がアッサムを白か黒か疑うように、アッサムもまたあなたを白か黒か疑っているのかもしれない』
"GI6を動かした"
アッサムさんが内通者で、私を排除しようとし始めたとばかり思っていた。
しかし、彼女が内通者じゃない場合、アールグレイさんの言う通り、私を"内通者"だと疑ってGI6に調査を依頼したという見方も出来る。
アッサムさんの目的はまだわからないが、厄介なことになったという点だけは間違いないだろう…。
アールグレイ『どちらかに絞りなさい』
ヴェニフーキ「ん?」
アールグレイ『これからの行動』
ヴェニフーキ「…?」
アールグレイ『アッサムが内通者か、そうでないか、どちらかに絞って行動を取るのよ』
ヴェニフーキ「!」
アールグレイ『アッサムに疑われていることに変わりはない。ならばアッサムがどういう目的でGI6を動かしたのかを探りなさい』
ヴェニフーキ「…GI6やアッサムさんが相手なのに随分簡単に言ってくれますね」
アールグレイ『難しく考えるとややこしくなるのなら、単純に考えれば良いのよ?』
アールグレイ『アッサムが白か黒か。前提をどちらか一つに絞って行動すれば、何かしら変化が見られる』
アールグレイ『読みがハズレなら何も起きない』
アールグレイ『アタリなら必ず"攻撃"をする』
ヴェニフーキ「!」
アールグレイ『それだけのことよ』
アールグレイ『どっちに絞るかは、あなたのやりやすい方を選びなさいな』
ヴェニフーキ「…」
・アッサムさんが共謀者だった場合
私が聖グロに肯定的な言動をすれば、連中は私を排除しようとする。あの時のダージリンのように。
・アッサムさんが共謀者でない場合
私が反体制を仄めかせば、アッサムさんがそれを断固阻止しようと動く。
だから、アッサムさんを白黒どちらか一つに絞って行動を誘発しろという。
アールグレイ『どちらに転がるにしろ、あなたの本当の正体が見破られた時点でお終いなのには変わりないわ』
ヴェニフーキ「…厄介事だけが増えたわけですね」
アールグレイ『気をしっかり持ちなさい。これはピンチであると同時にチャンスでもあるのだから』
ヴェニフーキ「これのどこがチャンスなんですか…」
アールグレイ『何か行動するには絶対"理由"があるのよ』
アールグレイ『それら理由を突き詰めれば、全てがわかる』
ヴェニフーキ「…」
アールグレイ『親切にもあちらから行動を起こしてくれた。このチャンスを逃しちゃダメよ?』
ヴェニフーキ「…」
アールグレイ『聞いてる?』
ヴェニフーキ「…アールグレイさん」
アールグレイ『何かしら?』
ヴェニフーキ「…実は楽しんでません?」
アールグレイ『………少しだけ、ね?』
ヴェニフーキ「今度会ったら覚えてろ」
アールグレイ『なっ、何よ! ちゃんと協力してるじゃない!』
ヴェニフーキ「こっちは命がけなんですよ?」
アールグレイ『わかってるわよ。私だってこっち最優先でやってますもの』
アールグレイ『相手が手強いから久々にやり甲斐を感じてるだけ』
ヴェニフーキ「本当ですかねぇ…」
アールグレイ『本当よ』
ヴェニフーキ「何しろ大学生ですからね。私が心身すり減らしている間に合コンでもやってるんじゃないかと」
アールグレイ『そんな事するわけないでしょう…』
ヴェニフーキ「しないんですか?」
アールグレイ『しないわよ。大学は勉強するところなの。そういったのは大学の外でやること』
ヴェニフーキ「誘われたりしないんですか?」
アールグレイ『なに…?』
ヴェニフーキ「合コン」
アールグレイ『…お声はかかるけど、殿方たちの下心がミエミエだからお断りしているのよ』
ヴェニフーキ「実際は?」
アールグレイ『………これ以上言うと電話越しにパンチするわよ! とにかくあなたは警戒を強めなさい! いいねッ!!』
ガチャン!!!
…図星か。
並外れた洞察力持ってるのに、どうしていい男を探す力は弱いんだろうか。
性格に問題があるからなのかな。
何にせよ、こうなったからには今まで以上に神経を張り詰めないといけない。
アッサムさんが白か黒か絞る…どっちを選べばいいかなんて最初からわかってるよ。
【翌日 聖グロ 練習場】
ヴェニフーキ「よく狙って」
ヴェニフーキ「焦らず照準線を合わせて」
カチッ
ズガァァァァァァン!!
ヴェニフーキ「お見事。命中です」
モーム「…」
ヴェニフーキ「命中率が上がってます。その調子」
モーム「…」
変に警戒しては逆に怪しまれるというのだ。ならば普段通りにすれば良い。
…ということで私はブラックプリンスの砲手となるモームさんに射撃の指導をしている。
彼女は終始無口ではあるが、やはり砲手には向いているようで、どんどん知識を吸収して射撃の精度を向上させている。
小説部も良いかもしれないが、戦車道でもその実力を開花させることが出来そうなので、本格的に始めてみたら良いのにと思う。
グリーン「彼女は口数は少ないですが、腕は確かですよ」
ヴェニフーキ「そうですね。先日のナオミさんやノンナさんとよく似ています」
グリーン「読書は得意なので、インプットは得意ですが、なにしろ人とコミュニケーションをとるのが苦手な人が多いのでアウトプットがなかなか…」
ヴェニフーキ「会話もある種の慣れ…でしょうか」
グリーン「慣れ?」
ヴェニフーキ「かくいう私も意思疎通が苦手でして」
グリーン「そうなんですか」
ヴェニフーキ「私はこんなですから、最初はオレンジペコやローズヒップだけでなく、アッサム様にまで怖がられていました」
グリーン「…」
ヴェニフーキ「ですが、私という人物を理解して下さったのか、徐々に打ち解けてくださいました。とてもありがたい事です…」
グリーン「そうなんですね」
ヴェニフーキ「いきなりそうしろというのは難しいですが、少しずつ積み重ねていけばいずれ成果は出る。と私は思っています」
グリーン「なるほど…」ガコン
ズガァァァァァァン!!!!
ヴェニフーキ「命中です」
こうやって戦車道に関してやっている分には問題ない気がする。
モームさんも無口だが、根は悪い人ではなさそうだし、グリーンさんもまた然り。
彼女たちがGI6でなければ
西絹代として接することができれば
きっと仲良くなれたのに…。
アッサム「ブラックプリンスの乗り心地はいかがですの?」
ヴェニフーキ「順調です。モームさんも少しずつ命中するようになりました」
モーム「…」
フレミング「私もまだ言伝くらいしかできませんが、通信手が何なのかわかってきました」
ランサム「アクセルをベタ踏みしても自転車程度の速度しか出ないので、操縦はわりと楽でした」
グリーン「装填は…思ったより腰に来ますね。ははは」
ヴェニフーキ「…という具合に皆さん戦車を楽しんでおられます」
アッサム「そのようですね。ブラックプリンスが実用化確実に我が校の戦力は向上します」
ヴェニフーキ「ええ。モームさんや皆さんの腕次第です」
アッサム「あなたもですよ。ヴェニフーキ」
ヴェニフーキ「私は本でも読みながら過ごしましょう」
アッサム「ふふっ。一体どんな本を読むのかしら?」
ヴェニフーキ「"パワハラ上司の潰し方"、"職場いじめ対策マニュアル"など」
アッサム「」
GI6「…」
アッサム「………ヴェニフーキ。…その、今度ゆっくり腹を割ってお話しましょう?」
ヴェニフーキ「冗談です」
アッサム「あっ、あなたの冗談は冗談に聞こえませんのよ! もっと笑えるジョークを考えなさい!」
ヴェニフーキ「そうですね。また面白いのを考えておきます」
アッサム「全くもう…」
グリーン「………」
なにしろ、盗聴器をつけられたわけだからなぁ。
いじめとかパワハラといったレベルを超えている。
"ストーカー対策"というべきだろう。
アッサムさんがどちら側の人間かは知らないが、助平なのは確かだ。
…聖グロには助平しかいないのかな?
アッサム「そうそう。もう一つあなたに伝えて置かなければなりません」
ヴェニフーキ「何でしょう」
アッサム「明日から、またお客様がいらっしゃいます」
ヴェニフーキ「親善試合ですか?」
アッサム「ええ。連日のお招きとなりますが、私達にとってはまたとない実践的な練習でしてよ」
ヴェニフーキ「お相手は?」
アッサム「知波単学園ですの」
とうとう来てしまった。
"西絹代"は聖グロへ短期留学していると伝えてある。
つまり、ここには西絹代がいないとおかしい。
しかし、その女はここには存在しない。そもそもこの世に存在しない。
私は今は"ヴェニフーキ"として何もかも偽って生きているから。
そもそも、知波単学園はつい先日、私がまだ西絹代だった時にお相手したはずだ。
ダージリンを失ったと知る前に…。
何故アッサムさんは………
もしかして私の正体に気付いたのか!?
アッサム「あの時はダージリンが脱退されてから間もなかった」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「まだあなたが来る前ですし、私も隊長になったばかりでチーム統率も取れておらず、あっさりと破れてしまった」
アッサム「…しかし、私もようやくチームをまとめられるようになって来ました。それに今はあなたもいます」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「だから…」
ヴェニフーキ「…」
ヴェニフーキ「知波単学園は、強いですよ?」
アッサム「心得てますわ。だからこそお相手願いたいのです」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「大会の時にその強さを改めて実感しました」
アッサム「そして同時に…」
アッサム「チームを変えるのは今からでも決して遅くはない」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「…彼女から教わりました」
確かに私は"突撃だけ"の知波単学園を変えることができた。
だからこそ、あの時ダージリンに勝つことができた。
全国大会で優勝した大洗をも破る豪腕のダージリンに………
もちろんチームを変えるのは簡単じゃなかった。
伝統である突撃を禁ずると発した瞬間には仲間たちから"裏切り者!"と言わんばかりに非難轟々だった。
それでも戦車道を失うまいと私は死に物狂いだった。
ダージリンは命をかけて聖グロリアーナ女学院を守った。
だから最強の大洗にも勝てる。
私は命をかけて知波単学園を変えた。
だからダージリンに勝てた。
アッサムさん、あなたにそれが出来るの?
チームや仲間を守るために死ぬ覚悟はあるの?
ヴェニフーキ「なるほど。チームを変えると」
アッサム「ええ」
ヴェニフーキ「面白い。練習試合などと言わず全力でお相手しましょう」
アッサム「随分張り切っているのね」
ヴェニフーキ「ええ」
ヴェニフーキ「何しろ、ダージリン様を打ち負かした相手ですので」
アッサム「…そう、ですわね」
ヴェニフーキ「あの時の屈辱を晴らせるよう、当日まで練習しましょう」
アッサム「そうですね。明日までまだ時間はありますから今のうちに」
ヴェニフーキ「…明日?」
アッサム「ええ」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「?」
【vs 知波単学園】
アッサム「ようこそ。聖グロリアーナ女学院へ」
玉田「本日はお招き感謝いたしますセイロンさん!」
アッサム「っぐ…ですから私はアッサムだと…!」ワナワナ
玉田「あっ、し、失礼しましたっ!!」アセアセ
オレンジペコ「あはは…本当によく間違えられるんですよね…」
アッサム「わ、笑い事ではありませんのよ!」
もうセイロンで良いじゃないかと思うくらい尽く間違えられる。
私のカンが当たればあと3回は間違えられるだろう。
私は今アッサムさんやペコと並んで知波単の皆を出迎えている。
正体がバレてしまう危険もあるが、それを懸念してこそこそしている方がかえって不自然でもある。
それに、久々に会う仲間たちの顔を見ておきたかったというのもあるんだ。
『久しぶりだなお前たち! 元気にしてたか?』と言いたくなるのを必死にこらえ、"お客様"をお迎えする時のようにしかめっ面で仲間たちを迎える。
…知波単学園で思い出したが、ダージリンの退学を知ったあの日に私はペコに牙を剥いた。
だから本来なら知波単学園、もとい西絹代には二度と会いたくないと思ってもおかしくはない。
しかしペコはこうやって私やアッサムさんの横に並んで知波単の皆を出迎えている…。
細見「あれ、アッサム殿、我々の隊長は?」
玉田「そういえば、見当たりませんな…?」
アッサム・ペコ「えっ?」
細見「確か、西殿がこちらに留学をされたとのことですが…」
オレンジペコ「…」
アッサム「いいえ、そのような連絡は来ておりませんが?」
細見・玉田「えっ!?」
アッサム「???」
ヴェニフーキ「もしかして、『聖グロ』ではなく『西グロ』では?」
細見「西グロ…?」
ヴェニフーキ「西呉王子グローナ学園、略して"西グロ"」
ヴェニフーキ「名前だけでなく校風もよく似た学校ですので、時たま我が校と間違えられます」
アッサム「確かに…」
細見「なるほど。そうかもしれません」
幸い西グロは聖グロの"模造品"と言って良いほど、名前も校風も制服もソックリだからこういった時に誤魔化しがきく。
もっともそんな模造品に"本物"であるダージリンを放り込んだことについては、今でも申し訳ないと思っているけれど。
とりあえず何とか煙に巻くことができたので良しとしよう。
徹夜で言い訳を考えた甲斐があった。
だがお前たち、もう少し人を疑うことを覚えた方がいいぞ。
何でもかんでもホイホイ信じ込みおって…。
そしてアッサムさんの反応を見るに、私はまだバレてはいないようだ。
細見「しかし隊長殿、留学なんかして大丈夫なのでしょうか…」
玉田「確かに。今更ではありますが不安であります」
オレンジペコ「あはは。絹代様は英語が苦手と申していたので、苦労なさっているかもしれませんね」
細見「いえ…それが………」
オレンジペコ「?」
細見「英語どころか数学も赤点ギリギリですし、世界史も"間一髪だった"と申しておりまして…」ハァ...
玉田「隊長殿は戦車道に関しては超一流を誇る"軍神"なのですが、勉強に関しては"からっきし"なのであります。困ったものです…」ハァ...
福田「まさに弁慶の泣き所であります…」ハァ...
オレンジペコ「あはは…」
アッサム「確かに、熱心に勉強をされるような方では無さそうですわね…」
玉田「戦車道への情熱を少しでも勉強に向けて下されば…」
細見「隊長が赤点ギリギリでは示しがつきませぬ…」
ヴェニフーキ「…」
き、貴様ら…!
本人不在と思って本人のいる前で適当なこと抜かしおって…!
ここ最近の試験ではしっかり平均点以上取ってるんだからなっ! 嘘じゃないぞ!!
戦車道の練習の傍ら寝ずに必死こいて試験勉強もやってたんだからなぁぁ!!!
お前たちこそ試験の結果はどうなんだと問い詰めたいほどだ。
特に玉田!! お前が英語7点取ったことは知ってるんだぞ!
…まぁ英語が壊滅的なのは玉田に限った話ではないが。
とにかく! 人前でデマこいたことは絶対に許さんからな!!
私が帰ったら覚えとけっ!!!
アッサム「本日の練習試合に関し、皆様にお願い事がございます」
玉田「何でしょう?」
アッサム「聖グロは現在新たな体制を構築している次第です」
アッサム「ですので、練習試合などと仰らず、知波単学園の全てをぶつけて下さい」
玉田・細見「!!」
アッサム「私達はかつてあなた達に大敗を喫した」
アッサム「なので、ここで手加減をされてはお互い何も得るものがありません」
アッサム「どうか、皆さんの持つ最高の戦術をもって全力でお相手頂きたい」
玉田「…」
細見「…」
玉田「元よりそのつもりです!」
アッサム「!」
玉田「練習試合とはありますが、せっかくこのような場を用意して頂いたのです」
玉田「それ故、手を抜くような真似をするのは無礼と心得ております」
玉田「我々知波単はいつでも全力で挑む者です!」
アッサム「ありがとうございます」
ヴェニフーキ「…」
成長したな。お前たち
ヴェニフーキ「良い心構えです」
玉田「ええ! 知波単ですk
ヴェニフーキ「では、負けたら知波単学園は解散し、我が校の一部になってもらいます」
玉田「なっ!!?」
細見「どういうことですかッ!」
オレンジペコ「ヴェニフーキ様…?」
アッサム「冗談が過ぎますわよヴェニフーキ…!」
ヴェニフーキ「…というくらいの覚悟で挑んで下さい」
玉田「…」
細見「…」
ヴェニフーキ「我々も、"負けたら廃校"というくらいの覚悟で挑みましょう」
ヴェニフーキ「全力で挑むとは、それくらいの覚悟があって初めて成せるもの」
玉田「…」
ヴェニフーキ「隊長はご不在なので、どうでも良いと思っているかもしれません」
ヴェニフーキ「…しかし、あなた方が我々の前に立つ以上」
ヴェニフーキ「それが知波単学園の顔」
ヴェニフーキ「あなた方の恥は知波単の恥」
ヴェニフーキ「我々は本気でお相手致しますので、隊長の顔に泥を塗ることないよう死ぬ気で頑張って下さい」
アッサム「ヴェニフーキっ!!」
ヴェニフーキ「…」
玉田「…」
細見「…」
ヴェニフーキ「それでは皆様、試合を楽しみにしております」
ヴェニフーキ「努々、知波単の名を汚されることなきよう」
姿形を偽っているとはいえ、仲間たちにかつてこれほどまでに冷淡な言葉を投げかけたことがあっただろうか…。
「わ、我々はどんなことがあろうと絶対に逃げたりしないのでありますっ!!!」
ヴェニフーキ「…」
福田「あ、あなたが何を言いたいのかはよく存じ上げません」
福田「しかしっ! わっ、我々は知波単学園の戦車乗りとして、いかなる相手にも臆すこととなく立ち向かうのでありますっ!!!」
ヴェニフーキ「足が震えていますよおチビさん」
福田「む、武者震いでありますっ!!!」
ヴェニフーキ「…」
細見「福田の言う通り! 我々はたとえ戦い方が変わろうと、勝負に真正面から挑む姿勢は未来永劫変わりませぬ!」
玉田「我われ知波単に通れぬ道など存在しません! どんな道でもこじ開けて見せましょう!!」
ヴェニフーキ「………」
福田「…」
玉田「…」
細見「…」
ヴェニフーキ「わかりました」
ヴェニフーキ「全力で掛かって来い」
この日が来るのをどれだけ待ち望んでいただろう。
私が消えた後の知波単学園がどうなってしまうのか、不安で仕方がなかった。
玉田と細見に副隊長を任せ、それぞれに異なる役割を与えたので、恐らくどこかで対立が発生するだろうと思っていた。
しかし、そんな私の予想に反して、今も対立・分解することなく、両名がこうやって肩を並べて私の前に現れた。
それだけで私は満足だ。
なぜなら、知波単学園の新しい基盤は出来上がったから。
あとは経験を積んで少しずつ、力をつけて行けば良い。
この日が来るのをずっと待っていた…
私がいなくても生き続ける知波単をずっと待っていた…
アッサム「………ヴェニフーキ」
ヴェニフーキ「何でしょう」
アッサム「お客様には丁寧に接しろとあれ程言ったはずですが?」
ヴェニフーキ「私は最大級のおもてなしをしております」
アッサム「どこがですか! あれでは相手を馬鹿にしているだけですっ!!」
ヴェニフーキ「あなたこそ彼女たちを馬鹿にしている」
アッサム「何ですって!?」
ヴェニフーキ「彼女らは隊長不在であるにも関わらず、その意志を汲み取り、ここに覚悟を決めた」
ヴェニフーキ「それに対し"お客様"な接待は失礼だと思いませんか?」
アッサム「なっ…!」
ヴェニフーキ「私だったら騎士道精神を軽視されたと、以後そのチームとは関わることはないでしょう」
アッサム「っ…!!」
ヴェニフーキ「あなたこそ、彼女たちを相手に"全力になる覚悟"はお有りで?」
アッサム「そ、それは…」
ヴェニフーキ「負けたら全てを失う。そんな場所に立たされた時、すべてを背負う覚悟はありますか?」
アッサム「…」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「無かったら、私はここには居ませんわ…!」
ヴェニフーキ「その言葉、嘘偽りではありませんね?」
アッサム「もちろんですの」
本当に久しぶりだ。
いや、もしかしたら初めてかもしれない。
こんなにも"純粋に"勝負を楽しみたいと思ったことは。
一切の妥協を許さず、一切の不正をすることなく
本当の意味で勝負をしたいと思ったことは。
大会を終え、入院生活で鈍った感覚が戻ってくるような気がする。
長らく使われず錆びて動かなくなってしまった機械に注油するような、
人を騙すことだけを考え腐敗した心に新鮮な風が入ってくるような感覚だ。
すべてを懸けて我々に挑む皆に勝ちたいという想いが体中に
自分を偽り人を騙すことだけを考えてた私が…!
ヴェニフーキ「私たちの会話は聞いていたかと思います」
ヴェニフーキ「全力を出し尽くすつもりなので、皆さんも死ぬ気で戦って下さい」
モーム「…」
フレミング「…」
ランサム「…」
グリーン「…ヴェニフーキさん」
ヴェニフーキ「何でしょう」
グリーン「あなたは一体何を企んでいるのです?」
ヴェニフーキ「企む?」
グリーン「あなたからは何かその、野心のようなものを感じます」
ヴェニフーキ「野心、ですか」
グリーン「ええ」
ヴェニフーキ「…強いて言えば」
ヴェニフーキ「聖グロを変える。それだけです」
グリーン「どういう意味ですか?」
ヴェニフーキ「ダージリン様のいない今の聖グロは弱体化した」
ヴェニフーキ「強豪校と言われたかつての姿はもうない」
グリーン「それは隊長が交代して間もないからでは?」
ヴェニフーキ「それもあるかもしれません。…が」
グリーン「?」
ヴェニフーキ「そもそもアッサム様は隊長を担うようなタイプではない」
グリーン「そ、それはどういう…!」
ヴェニフーキ「アッサム様もアッサム様なりに努力なされているのはわかります」
ヴェニフーキ「しかし、隊長にしては考えが保守的」
グリーン「…保守的?」
ヴェニフーキ「行動が慎重、という意味で」
ヴェニフーキ「まるで批判やチームの分解を恐れるように」
グリーン「…」
ヴェニフーキ「他の全てのメンバーが『右だ!』という中で、『左だ!』と言うのが隊長です」
ヴェニフーキ「たとえ批判が殺到しようとも」
グリーン「………」
ヴェニフーキ「さて、試合が始まります」
それは無口なモームさんが通信手や隊長に不向きな一方で、砲手としての才能を光らせるのと同じ、"相性"の問題だ。
アッサムさんはかつて砲手として、また、持ち前のデータ解析を武器に、隊長であるダージリンに助言する『参謀』として、その優れた能力を最大限に発揮しておられた。
しかし、ダージリンを失い、自身が隊長としてチームの先頭に立ったとき、あなたの保守的な考えが行動を鈍らせた。
『負けたら全てを失う。そんな場所に立たされた時、すべてを背負う覚悟はありますか?』
ダージリンだったら紅茶を片手に「当然ですの」と優雅に即答した。
しかしあなたにはそれが出来なかった。
道を切り開くためには時として仲間と意見が対立し、批判や罵声を受けることもある。
それでも隊長は仲間を勝利へ導くために並々ならぬ覚悟をして前に進まなければならない。
グリーンさん、そしてGI6の皆さん。
この話を聞いてあなた達はアッサムさんに何と報告する?
結論から言うと、この激闘は聖グロの"辛勝"だった。
アッサムさんを先頭、私が殿をつとめる聖グロの隊列を、玉田や細見はあの時と同じ戦術で迎え撃った。
岩陰や草むら、偽装網を利用し戦車を隠蔽し、互いに死角を補う形で配置させ
敵戦車が接近しても撃たず、中腹まで通過させる。
配置場所によっては敵との距離は50m未満にもなる。
そして、攻撃開始の合図と共に四方八方から敵に集中砲火を浴びせる。
私がかつて聖グロに勝利し大洗女子に僅差で負けたあの戦術だ。
しかし驚いたのは、玉田と細見はこの戦術を更に改良し、より効率的かつ確実なものと昇華させた。
九五式軽戦車および九七式中戦車からなる玉田隊による連続攻撃により、弾数で敵を撹乱する。
その間に四式中戦車、五式中戦車、五式砲戦車からなる細見隊は目標を定め、確実に狙い撃ち、これを撃破する。
こうすることで、決定打にはならずとも足止めになる攻撃に気を取られた聖グロの歩兵戦車を別の場所から叩ける。
威力は低いが、機動力・装填速度の早さから手数で勝負をする玉田
逆にスピードは劣るもが、火力で確実に敵を仕留める細見
戦車の性能をしっかり理解した上での的確な役割分担だ。
もちろん聖グロも指をくわえてやられていくのを静観するわけはない。
しかし反撃はするが、攻撃をしてくるのが弾数で勝負をしかける玉田らの部隊で、"本命"に意識が向かなかった。
そのため、反撃し、少しずつ相手の数を減らすものの、同時にそれは自らの居場所を教える行為となり、細見らの戦車によって確実にこちらの主力が撃破され、常にこちらが不利な状態が続く。
そしてようやくこの構造に気づいた頃には守りの要である歩兵戦車は壊滅し、残るは私とローズヒップのクルセイダー部隊だけとなってしまった。
ローズヒップ『ヴェニフーキ様ぁぁぁ助けて下さいましぃ!!』
ヴェニフーキ「ローズヒップ。一旦下がって。体制を立て直しましょう」
ローズヒップ『は、はいですの!』
いつも以上に発狂するローズヒップを一旦下げて、体制を立て直す。
一旦下がると敵も砲撃をやめる。そして会場は再び静かになる。
私はローズヒップ隊の高い機動力を活かし、包囲網の中を爆走させるよう指示した。
当然ながらそれに対し撃つのは玉田隊の戦車。
ローズヒップ『ヴェニフーキ様! 何とかしないと私たち蜂の巣になってしまいますの!!』
ヴェニフーキ「落ち着いて。あなたはいつものように敵地で暴れ回って下さい」
ヴェニフーキ「その間に私が敵の主力を叩きます」
ローズヒップ『わ、わかりましたでございますのっ!!』
私はローズヒップたちが暴れまわっている間に、戦車部隊がどこにいるかを特定し、攻撃をした。
ある程度距離は離れているが、1,500m離れた場所からティーガーの正面を貫通できるブラックプリンスなら問題はなかった。
幸い相手は戦車を固定砲台として運用しているため、的を絞りやすかった。
結果として、私は細見率いる主力戦車を壊滅させ、残る玉田部隊の戦車がこちらに釘付けになったらローズヒップにそれを叩かせた。
即席ではあるが玉田・細身の戦術をクルセイダー部隊とブラックプリンスで応用したのが功を奏した。
【試合が終わって】
ヴェニフーキ「皆さんの覚悟、確かに受け取りました。素晴らしい戦いを感謝いたします」
玉田「恐縮です。しかし、西隊長殿には及びませぬが故にまだまだ修行が足りないようですな」
ヴェニフーキ「あとは場数でしょうね。このまま何度か試行錯誤を繰り返していくうちに、攻防一体の高精度な要塞が出来上がります」
ヴェニフーキ「そして、我々もその防衛網を突破できるよう更なる研究を重ねていく次第です」
アッサム「今回は辛うじて勝つことができましたが、あの時と同じ戦術をまた味わうことになるとは思いませんでした」
玉田「あはは。さすがに同じ手は何度も通じませんな」
細見「次はもっと奇天烈な作戦を構想しましょうぞ」
オレンジペコ「この作戦は確か、絹代様が考えられたものですよね?」
玉田「ええ。隊長殿が先の大会で大なる戦果を挙げたものです」
アッサム「突撃だけの知波単を変えた戦術ということで、巷ではかなり話題になってましたわ」
玉田「あはは…。かなり揉めましたけどね」
アッサム「そうでしょうね。あなた方から突撃を取り上げようものなら非難轟々ですもの」
アッサム「隊長…絹代さんの奮闘っぷりが脳裏に浮かびますわ」
ヴェニフーキ「…」
玉田「ただ…」
アッサム「はい?」
玉田「実を言うと、あの時の戦術だけでは問題点があったので、今回はそこを少し変えてみたのです」
オレンジペコ「えっ、そうなんですか?!」
ヴェニフーキ「連射が効く九七式中戦車と九五式軽戦車で弾幕を張り、相手を錯乱」
ヴェニフーキ「四式中戦車や五式中戦車で獲物を確実に仕留める」
ヴェニフーキ「…そういった作戦ですよね?」
玉田・細見「っ!!」
細見「よくご存知で…!」
ヴェニフーキ「後ろから味方が蜂の巣にあっているのを見ている間に何となく仕組みがわかりました」
オレンジペコ「…助けて欲しかったです」
ヴェニフーキ「助けてたら恐らく私も包囲網に嵌り、間違いなく"完敗"でした」
オレンジペコ「な、なるほど…」
ヴェニフーキ「最後尾にいたからこそ戦術に気付くことが出来、その対策を講じることが出来たのです」
アッサム「なるほど…素晴らしい作戦ですわね。我が校も参考にしましょう」
ヴェニフーキ「いずれにせよ、久々に試合を楽しむことができました」
ヴェニフーキ「知波単学園の皆様には心より御礼申し上げます」
ヴェニフーキ「そして、次の全国大会では是非ともお手合わせ願いたい」
玉田「こちらこそ、宜しくお願い致します!!」
細見「本日はありがとうございました」
知波単一同「「「「ありがとうございました!!!」」」
決して知波単だからという理由で持ち上げているわけではない。この奇襲作戦は本当に本当に強力なのだ。
相手の居場所がわからず、立ち往生している間に確実に数を減らされ、一度その包囲網に嵌ったら突破はおろか退却するのも困難。
だから私はあの時、"突撃"に取って代わる新たな戦術としてこれを採用した。
絶対に負けられない戦いで勝つために、私の全てをつぎ込んで生まれた戦術。
そして、その戦術を知っているからこそ、ただの模倣ではなく、問題を可視化・改善してより高度なものへと昇華させた細見や玉田に私は勝つことが出来た。
【同日夜 ヴェニフーキの部屋】
ヴェニフーキ「こんばんは。ヴェニフーキです」
アールグレイ『お疲れ様ヴェニフーキ。ちゃんと部屋と服を"綺麗に"しているかしら?』
ヴェニフーキ「ええ。掃除しておきました。"汚れ"はもうありません」
あの日から私は部屋に入ってまず最初に服や鞄そして部屋に細工が施されていないかチェックするようになった。
今のところ特に盗聴器や監視カメラの類は見つからないが、忘れた頃に仕掛けてくる可能性もあるので油断は一切できない。
部屋と服が"綺麗"だとわかったら、次は"報告"をする。
何だかんだ言って、アールグレイさんと電話する機会もだんだん増えてきたな。他校の卒業生なので本来ならまず関わらないであろう存在なのに。
ただ本音を言うと、私はアールグレイさんよりもダージリンと電話したい。
その日の出来事を話し、『おやすみ。愛してる』と言って電話を切って一日を終えたい。
まぁ、そのダージリンを復学させるために、やむを得ず仕方なくアールグレイさんに電話してるわけだ。
…アールグレイさんにそれを言うとまたへそを曲げるから黙っておこう。
アールグレイ『結構。それで、進展の方はどうかしら?』
ヴェニフーキ「ひとまずアッサムさんが"白"だとして、GI6の皆さん相手に反体制を仄めかす言動を投げかけてみました」
アールグレイ『あら。白を選んだのね。それはどうしてかしら?』
ヴェニフーキ「これには幾つか理由があるのですが」
ヴェニフーキ「まず、仮にアッサムさんが"内通者"だとしたら、そういった言動をとることで、自分や反・聖グロ派と"価値観が一致する"と判断するでしょう?」
アールグレイ『ええ』
ヴェニフーキ「それは反・聖グロ派と共謀するアッサムさんにとって、"敵だらけの聖グロに味方が出来た"ということになります」
ヴェニフーキ「それで内通者と仲良くなっておけば、より核心に近づけると思ったのですよ」
アールグレイ『なるほど。随分冒険したわね』
ヴェニフーキ「そうですね。…そしてもう一つなんですが」
アールグレイ『ええ』
ヴェニフーキ「今度は逆にアッサムさんが"内通者でない"場合、同じ発言をすれば猛反発なさるでしょう」
アールグレイ『そうね。アッサムもまた内通者を探してあなたを疑っている可能性があるのだから』
ヴェニフーキ「ええ。…しかし、アッサムさんはOG会のように、生徒をいきなり強制退学させるような鬼畜ではないし、鬼畜だとしても反体制派と無関係ならそれを実行出来る権限も無い」
アールグレイ『確かにね』
ヴェニフーキ「だから、最初は厳重注意や更生といった形に持っていくはずです。アッサムさんは奴らとは違う」
アールグレイ『そうね。たとえ裏切り者がいたとしても、アッサムならまずは必死に説得するでしょうね』
ヴェニフーキ「そういった事から"内通者のアッサムさん"より、"内通者でないアッサムさん"を敵に回した方が失うものが少なく、得られるものも多いと思った次第です」
ヴェニフーキ「…あとは単純にアッサムさんはそんな外道な真似をする蛮勇は無いと」
アールグレイ『…なるほど。あなたにしてはよく考えたわね』
ヴェニフーキ「やってる事がやってる事なので、嫌でも頭を使うんです。下衆の勘繰りというやつでしょうか。」
アールグレイ『そうね…』
ヴェニフーキ「…あ、そうだ」
アールグレイ『ん?』
ヴェニフーキ「もう一つ、アッサムさんに関して、気になるものを見つけたんですよ」
アールグレイ『アッサムの気になるもの?』
ヴェニフーキ「ええ」
ヴェニフーキ「アッサムさんの"弱点"ですね」
アールグレイ『………弱点?』
ヴェニフーキ「前にダージリンに教えてもらったんですけど、ダージリンはアッサムさんと勝負して、アッサムさんの弱点を突いて勝ったとのことでして」
アールグレイ『ええ。そうね』
ヴェニフーキ「そのアッサムさんの敗因とも言える弱点なんですが、おそらく」
ヴェニフーキ「"キューポラから顔を出さない"」
アールグレイ『キューポラから…?』
ヴェニフーキ「言い方を悪くすると、"戦車内に閉じ籠もっている"といったところでしょうね」
アールグレイ『…なぜ、そう思ったのかしら?』
ヴェニフーキ「私はブラックプリンスに乗りながらも隊長車、つまりアッサムさんを監視していました」
ヴェニフーキ「それでわかったんですが、彼女はいくら安全圏にいたとしても、絶対にキューポラから顔を出さないんですよ」
アールグレイ『そう…』
ヴェニフーキ「確かに、キューポラ内にいても潜望鏡(ペリスコープ)や味方からの無線連絡で戦況を確認出来るかもしれません」
ヴェニフーキ「けれども、潜望鏡は視界が限定されるし、無線連絡は勘違いによる伝達ミスもあります。どうやっても自分で確認したものよりは劣る」
アールグレイ『なかなか面白い推理ね?』
ヴェニフーキ「あはは。普通の車長だったらまだ良いんですよ」
ヴェニフーキ「けれどもアッサムさんは隊長として全車輌に指示を出さないといけない立場なので、情報は多いに越したことはない」
ヴェニフーキ「ともなれば、それこそキューポラの上に立つくらいの覚悟でないと」
ヴェニフーキ「…そこからアッサムさんの隊長としての行動力、決断力すなわち覚悟の弱さが垣間見えました」
アールグレイ『なるほど』
ヴェニフーキ「実際、私がヴェニフーキとして聖グロに来て、すぐに行われた紅白戦でもその傾向にありました」
― 相手のフラッグ車であるチャーチル歩兵戦車の背後に回り込み、至近弾を浴びせて走行不能にしてやった。
ヴェニフーキ「あの時の奇襲攻撃は結構な距離があったのですが、上手く行きましたよ」
アールグレイ『そう』
ヴェニフーキ「で、ダージリンはその弱点を見抜いたからダージリンはあの時アッサムさんに勝った」
ヴェニフーキ「…アタリですかね?」
― アッサムさんの"隙間"とは一体?
― それは教えない
― む…
― あの時は私にとっての"突破口"だったけれど
― 今はそれが聖グロの"弱点"の一つですもの
― えっ、ということは…?
― 今もなおアッサムはあの弱点を克服できてない
内通者だと目星をつけていたアッサムさんを監視した。
そして私はアッサムさんの弱点を見つけてしまった。
…この弱点を突いたから、あの時ダージリンはアッサムさんに勝てたのだろう。
そして、ダージリンの言う通り、このアッサムさんの弱点が聖グロの弱点の一つとなり、ダージリンのいない今の聖グロにとって致命的なものとなってしまった。
アールグレイ『………正解よ。あなたの言う通り』
ヴェニフーキ「やっぱり」
アールグレイ『あの子は…アッサムは接近戦にめっぽう弱い』
アールグレイ『だから、あらゆるデータや情報、そして精密射撃を武器に中・遠距離戦に持ち込み、その弱点を補おうとした』
ヴェニフーキ「となれば、それを打ち破るためにダージリンは接近戦を仕掛けたのですね?」
アールグレイ『ええ』
アールグレイ『聖グロらしからぬ見事な"突撃"だったわ』
ヴェニフーキ「!?」
アールグレイ『ふふっ。ダージリンね、全速力でアッサムに突撃したのよ?』
ヴェニフーキ「そうなんですか!?」
アールグレイ『地形や距離を武器に仕掛けてくると読んでたアッサムにとって、その無鉄砲とも言える真正面からの突撃は完全な不意打ちとなった』
アールグレイ『そしてアッサムが混乱してる間に背後に回り込み、装甲の薄い背後を撃って撃破した』
ヴェニフーキ「………」
アールグレイ『あの上品なダージリンが突撃するなんて、あなた信じられる?』フフッ
ヴェニフーキ「にわかには信じがたいです…。でも、その常識破りな発想があったからダージリンは隊長に選ばれたんだなと今改めて思います」
アールグレイ『ええ。あの子の柔軟な発想と、思い切った行動力、仲間の為にすべてを背負う覚悟こそ隊長に求められる要素なの』
ヴェニフーキ「確かに。…アッサムさんはどちらかというと、それを支える参謀的な立ち位置ですね」
アールグレイ『そうね。行動力・決断力に長けたダージリン、頭脳派のアッサム。いいコンビよ』
ヴェニフーキ「まさにその通りですな」
アールグレイ『もちろんアッサムも優れた戦車乗りだけど、高飛車な態度とは裏腹に臆病で繊細な子なの』
ヴェニフーキ「砲手に向いていますが、一歩先に立つ隊長や車長には不向きなタイプですね」
アールグレイ『ええ。だからあの子はあらゆる不安を払拭するために、あらゆる情報やデータを頼るようになった…』
ヴェニフーキ「となれば、今の隊長としての責務は相当な重荷になっているでしょうね」
アールグレイ『ええ。だからこそ、ダージリンの復学が必要なの。アッサムが潰れる前に』
アールグレイ『アッサムまでリタイアしたら聖グロは強豪校どころか中堅校ですらなくなってしまう…!』
ヴェニフーキ「しかし、私にもそんな優れた参謀がいてくれたらもっと楽にお仕事出来るんですけどねぇ」
アールグレイ『…なによ。私の助言じゃ不満っていうの?』
ヴェニフーキ「だってアールグレイさん、いつも何かを仄めかすような物言いしかしないじゃないですか…」
アールグレイ『良いじゃない。自分の頭で考えるのって大事よ?』
ヴェニフーキ「"察してよ"じゃ男は気付きませんよ?」
アールグレイ『どうしてそこで男の話が出てくるのよ!!』
ヴェニフーキ「いやぁ…だってアールグレイさん…その…うん…」
アールグレイ『な、何よ! ハッキリ言って頂戴!』
ヴェニフーキ「自分の頭で考えるのって大事ですよ?」
アールグレイ『………』
ヴェニフーキ「あはは。まぁ生きてればきっと良いことありますよ…?」
アールグレイ『………うるさいわよ。 あ、そうそう』
ヴェニフーキ「はい?」
アールグレイ『明日、お茶でもしませんこと?』
ヴェニフーキ「私にはもう恋人がいるんですけど?」
アールグレイ『…違うわよ。渡したいものがあるの』
ヴェニフーキ「一体何を下さるんですか?」
アールグレイ『それは会ってからのお楽しみ』フフッ
ヴェニフーキ「…わかりました。それでは明日お会いしましょう」
アールグレイ『ええ。お休みなさい』
【翌日 とあるカフェ】
ヴェニフーキ「おはようございます。アールグレイ様」
アールグレイ「おはようヴェニフーキ。服や持ち物は綺麗かしら?」
ヴェニフーキ「ええ。お出かけ前にしっかりチェックしましたよ」
アールグレイ「そう。なら問題ないわね。…"絹代さん"」
西 / ヴェニフーキ「ふぅ…。またこのカフェに来るとは思わなかったですよ」
アールグレイ「あなたがあの時私を誘ってくれた思い出の場所ですもの」
西「嫌な事件でしたね」
アールグレイ「意地悪を言わないで下さいな。ここに来たら嫌でも自分の"役目"を実感できるはずよ」
西「そうですね。あの時のことを思い出してまた涙が出そうです」
そう。このカフェはアールグレイさんと"悲しいお茶会"をした場所…。
ダージリンが強制退学されたと知って、藁をもつかむ思いでアールグレイさんを頼り、ここで真相を知って私は項垂れた。
精神安定剤を服用しても抑えきれなかった悲しみは今思い出してもやっぱり悲しい。
その後また精神安定剤を呷ってダージリンの自宅へ行き、薬の副作用でボロボロのヘロヘロになってダージリンに縋り付いた…。
アールグレイ「思い出話はここまでにして、早速本題に入るわね」
コトッ
西「ん? 何ですかこれ?」
アールグレイ「あなたに渡す物よ」
西「それはわかりますが、これらは一体何の道具ですか?」
アールグレイさんは鞄から紙袋を取り出し、その中身をテーブルの上に並べた。
いずれも手のひらに収まるほどの小さな機械だ。
うち一つは、一昔前の折りたためない携帯電話のような形をした機械。
正面にはランプやメーターがついている。何かを測定する機械だろうか?
アールグレイ「まずこれは"探知機"よ」
西「ほうほう。映画やアニメで時たま見かけますが、探知機ってこんな形をしてるんですなぁ」
アールグレイ「探知機にも様々な形状のものがあるけれど、常備するとなればこういった形の方が怪しまれないでしょう?」
西「確かにそうですね」
アールグレイ「それで使い方だけど、まず電源を入れたら半径5m以内に不審なものがある場合、ランプが点灯して反応する」
アールグレイ「そして、先端のアンテナを怪しい場所に近づけることでメーターが動く」
アールグレイ「不審物との距離が近ければ近いほど振れ幅が大きくなるから、設置場所の特定が出来るわ」
西「…つまりこれで盗聴器が無いか確認しろと仰るわけですね?」
アールグレイ「その通りよ。目視だけではどうしても見落ちしてしまうけど、探知機があれば確実に検出できる」
西「部屋に戻って使って反応したら嫌ですよね…」
アールグレイ「その時はその時よ」
西「…でも、前に仕掛けられた盗聴器は外観は金属じゃなかった気がします。金属探知機じゃ反応しないのでは?」
アールグレイ「心配は要らないわ。これは金属探知機じゃなく"電波探知器"なの」
西「探すのは金属ではなく電波なんですか?」
アールグレイ「ええ。さすがに金属じゃ範囲が広すぎるわ。時計とか鞄のバックルとかにも反応してしまうもの」
西「確かに…」
アールグレイ「盗聴器には集音したものを別の端末で再生するため、電波を発信する装置が組み込まれている」
アールグレイ「だから、探す対象を電波に絞った方が確実よ」
西「なるほどです」
アールグレイ「百聞は一見にしかずね。試しに使ってみましょうか」
西「…助平」
アールグレイ「お黙りなさい」
私の同意も得ずにアールグレイさんは私の体に探知機をかざして舐めるように調べ始めた。
体を弄られているようで嫌な気分になる。
ダージリン以外の人に体を触られたり裸を見られたりするのは御免だ。虫酸が走る。
それはたとえ私に協力してくれるアールグレイさんであっても…。
そう思っていたら探知機が反応した。
西「っ!!?」
アールグレイ「慌てないで反応した場所をよく確認しなさいな」
西「?」
ゴソゴソ
西「あ…」
アールグレイ「今反応したのは盗聴器じゃなく、あなたの携帯電話ね」フフッ
西「…驚かせてくれますね」
アールグレイ「驚かないための探知機よ」
西「…」
アールグレイ「これで探知機の使い方はご理解いただけたわね?」
西「ええ。…しかしですね」
アールグレイ「ん?」
西「盗聴器に限らず、電波を飛ばす機械も結構身の回りにあるかと思います。テレビとかラジオとか…」
西「なのでいくら探知機があったとしても、そういった盗聴器以外のものに反応したら肝心の盗聴器が見つからないのでは?」
アールグレイ「なかなかいい質問ね」
西「ありがとうございます」
アールグレイ「実を言うと、盗聴が目的の盗聴器には電波…つまり特定の周波数が無いのよ」
西「え…それじゃ特定のしようが無いじゃないですか」
アールグレイ「慌てないで頂戴。特定の周波数は無いけれど、盗聴器としてよく使われるのは300MHzから300GHzまでの極超短波よ」
西「極超短波…?」
アールグレイ「UHF帯とも呼ばれるアマチュア無線とかに使われる周波数だけど、他にも地上波放送や携帯電話、更には軍事用の航空無線などにも利用されるわ」
西「…なんか逆に範囲広くなってませんか?」
アールグレイ「ええ。その極超短波の中でも盗聴に利用されやすいのが、398.605MHz、399.455MHz、399.030MHzの3つの周波数」
西「398…何でしたっけ?」
アールグレイ「周波数までは覚えなくて良いわよ。こちらで調整しておくから」ポチピチ
アールグレイ「それで、要は今言った3つの極超短波が盗聴器に使われやすいから、それ以外の周波数は切り捨てでこの3つの周波数の探知に特化する」
西「なぜ盗聴器にはこの3つがよく使われるのです?」
アールグレイ「盗聴器とて工業製品だから周波数帯域が同じになってしまうのと、専用の受信機とセットで使うから、周波数を変えると受信機の設定も変えないといけないからよ」
西「なるほどなるほど」
アールグレイ「故にこの3つの周波数に特化すれば、テレビとか携帯電話といった余計なものに反応せず、盗聴器のみにピンポイントでヒットする」
西「…なるほど。周波数や電波はサッパリですが、この探知機が盗聴器探しの専門家だということはわかりました」
アールグレイ「ええ。それだけ理解してくれれば問題ないわ」
アールグレイ「…そしてもう一つは、ボイスレコーダー」
西「ふむふむ。ミカン社の音楽プレーヤーみたいな形ですな。確かワイポッドでしたっけ?」
アールグレイ「全然違うわよ。…まあ、これは情報を得るというより、証拠を残すのが目的というのはわかるよね?」
西「ええ。裁判とかで音声記録とかがあると有利になるということくらいなら知ってます」
アールグレイ「そう。場合によっては相手が重要な"証言"をするかもしれないから、そういう時のために持っておいて」
西「はい」
アールグレイ「使い方は録音ボタンを押せば録音が開始され、もう一度押すと録音がストップされる」
アールグレイ「録音したら矢印で録音開始時刻を選んで再生ボタンを押すと、その時間に録音した内容が再生されるわ」
西「どれくらい録音できるんです?」
アールグレイ「最大200時間分は録音できるわ。…ただし、バッテリーの関係で連続使用は20時間だから注意して頂戴」
西「思ったよりも長いですね」
アールグレイ「ええ。…でも録音ボタンを入れたまま放置して、いざ使おうって時にバッテリー切れで使えないなんてポカはしないでね?」
西「…そうですね」
アールグレイ「一応、充電器もついているから、常にバッテリー残量は満タンにしておくのよ?」
西「かしこまりでございます」
アールグレイ「そして、最後がこれよ」
コトッ
西「…これって部屋のコンセントに差し込んで、穴を3つに増やすやつですよね?」
アールグレイ「ええ。パソコンや携帯電話の充電器とかで何かとコンセントって使うのよねぇ」フフッ
西「…そんなものを貰ってどうしろと?」
アールグレイ「普通はそう思うでしょうね。でもこれはコンセントのタップじゃないのよ?」
西「違うんですか?」
アールグレイ「ええ」
アールグレイ「盗聴器よ」
西「!!」
アールグレイ「今思えばもっと早くに渡すべきだったかもしれないわね」
西「………私にGI6よろしく盗聴をしろと…?」
アールグレイ「あなたが嫌悪するのは無理もないでしょうけど、情報を得るためには時として非常識な手段を講じなければならない時もある」
西「…」
アールグレイ「こんな言葉があるわ。"イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばない"」
西「私は生まれも育ちも日本ですけどね」
アールグレイ「愛するダージリンと、その仇敵と戦うために、あなたも覚悟を決めなければならない時が来たのよ」
西「………」
アールグレイ「この盗聴器はGI6のようなそんじょそこらの素人が使うようなものとは全然違う」
西「どう違うんです?」
アールグレイ「警察庁警備局公安課のシギント技術を使用している」
西「…警察庁っていわゆるお巡りさんの"頂点"ですよね?」
アールグレイ「ええ。順を追って説明するわね」
アールグレイ「まず警察庁の下には内部部局という府省庁内の本体部分を構成する組織がある」
アールグレイ「その局の一つが『警備局』で、東京都を管轄する"警視庁警備部"、東京都を除く"道府県警察警備部"、そして"警視庁公安部"の3つを管轄する組織よ」
西「ほうほう…?」
アールグレイ「この警察庁警備局の下に『公安警察』という警備警察の一部門がある」
西「…ふむ?」
アールグレイ「殺人や強盗といった民間人の犯罪を取り締まる"刑事警察"と違って、公安警察は日本の治安維持を目的とした組織」
アールグレイ「…公安警察というのは、警察庁や都道府県警察の公安部門の俗称だけれども、この組織は言ってみれば…」
西「?」
アールグレイ「日本国最大の"諜報機関"よ」
西「なっ!?」
アールグレイ「主に日本の治安維持を目的とした組織で、国家体制を脅かす事案…つまり政治犯やテロリストといった政府組織を対象とする犯罪や反社会的活動を取り締まっている」
アールグレイ「国外では旧共産圏や国際的なテロリズム、国内においては、共産党や極左暴力集団、セクト(新宗教団体)、右翼団体、大手メディア、自衛隊などを対象に捜査・情報収集を行っている」
西「…」
アールグレイ「時にはそれらの団体にスパイを送り込んで、情報収集だけでなく組織の崩壊までやってのけるわ」
西「…」
アールグレイ「そんな公安警察のシギント(通信、電磁波、信号などの傍受。そのうち盗聴はコミント)技術を応用したのがこれよ」
西「………」
日本にも諜報機関が存在するのがわかった。
そして、この盗聴器がそのノウハウを凝縮したスゴイものだというのもわかった。
………ただ一つ、わからないことがある。
アールグレイさん、あなたは一体何者なんだ。
アールグレイ「…言葉も出なくなったわね」フフッ
西「ええ。日本の警察が凄いとか、この盗聴器が凄いものだとか色々ありますが」
西「それを私に差し出すあなたが一体何者なのか………」
アールグレイ「ふふっ。それは秘密」
西「無茶苦茶気になりますが、触らぬ貧乏神に祟りなしと言いますし、そういう事にしておきます」
アールグレイ「貧乏神ってどういうことよ触らぬ神に祟りなしでしょう…」
西「関わると消されそうなので貧乏神で合ってますよ」
アールグレイ「失礼ね。…そうそう、この盗聴器だけれど」
西「はい?」
アールグレイ「知りたいことを入手したら速やかに回収すること」
西「知りたいこと…アッサムさんの白黒についてですよね」
アールグレイ「そう。何しろ日本国の最重要機密の塊ですもの」フフッ
西「そ、そんなものを私に押し付けないで下さい!」
アールグレイ「ふふっ」
西「ふふっ じゃない!!」
アールグレイ「過信はしないけど、少なくともGI6程度じゃ見つけられないわ」
西「いや、そういう問題じゃなくて…!」
アールグレイ「あと、これが受信端末。盗聴器の音声はここで記録される」
アールグレイ「そしてこっちがレシーバー。柔らかいシリコン素材を使っているから耳栓のように耳の中に入れておけばOKよ」
西「話を聞けェェェェェ!!!」
…というわけで電波探知器、ボイスレコーダー、そして盗聴セットを"一方的に"押し付けられた。
探知器やボイスレコーダーはともかく、日本の"諜報機関"が使うような盗聴器を渡すアールグレイさんの意図や正体はわからないが、それとは別にわかったことがある。
アールグレイさん、本気だ。
アールグレイ「さて、いい時間ね。そろそろお開きにしましょうか」
西「色々衝撃的で思考停止状態なんですが…。今回は詳しく説明して下さらないんですか…?」
アールグレイ「それくらいで良いのよ。何もかも知ったところで良い事なんて無いもの」
西「…」
アールグレイ「そんなことより。あなたの事だからこの後ダージリンの家に行くんでしょう?」
西「ええ、そのつもりですけど?」
アールグレイ「あれこれ考えてたらあの子も不審がるわよ?」フフッ
西「…そうですね。きったないアールグレイさんより、綺麗なダージリンの事をもっと知ろうと思います」シレッ
アールグレイ「なっ、こいつときたら! 面と向かっても失礼なこと言う!」
西「あはは。色々吹っ切れて感覚が麻痺しているだけですよ」
アールグレイ「その油断してる時が一番危ないのよ?」
西「ぐ…」
アールグレイ「…まあ良いわ。私もここまで協力しているのだから、しっかり"成果"を出して下さいな」
西「ええ…!」
アールグレイ「それではまたね絹代さん。じゃあの」
怪しいお茶会は終わった。
私は渡された道具を鞄にしまい、ダージリンの家へ向かった。
距離はそこそこあったが、ウラヌス…愛車に跨がればあっという間だった。
【ダージリンの部屋】
西「ただいま。ダージリン」
ダージリン「おかえりなさい。絹代さん」
西「やっぱり、ここは落ち着きますね」
ダージリン「そう?」
西「ええ。何度も足を運びたくなります。…というよりここに住みたいです」
ダージリン「そこまで言ってくれると嬉しいわね」
西「あはは。ダージリンがいる場所が私のいる場所ですので」
ダージリン「ふふっ」
きったないアールグレイさんを見たあとだからダージリンがいつもよりも可愛らしく見える。
…もちろん普段のダージリンも物凄~く可愛いけれどね。
もう余計な事を考えずにダージリンのことだけ考えて生きたいくらい可愛い。
西「大好きです。ダージリン」
ダージリン「ど、どうしたの急に?!」
西「何もありませんよ? ただ胸中の想いを言葉にしただけです。ダージリンが死ぬほど好きだって」
ダージリン「そうなの…?」
西「ええ」
ダージリン「えへへ。ありがと。私も絹代さんが大好きよ」ポッ
西「あはは。両想いですね」
ダージリン「ええ」
西「キスしても良いですか?」
ダージリン「もう。いつも聞かずにするくせに…」
西「何となく許可が欲しくなりまして」
ダージリン「…良いわよ」
西「ありがとうございます」
ダージリン「…んっ………」
西「!」
ダージリン「…」レロ...
西「っぐ…!」
口の中にダージリンの舌が押し込まれる…
暖かくて柔らかくてぬるぬるしたダージリンのものが。
私の口内をまさぐるように這いずり回り、奥の方へとねじ込まれる。
ダージリン「…」
西「オゴッ...グボ...ゴボッ.....」
普通の生活を送っていればまず出ないようなえづき声が漏れる。
身体が異物を吐き出そうとしても、出ていくどころかどんどん奥へ入ろうとする。
息が出来なくなって苦しい。
そのままベッドに押し倒され、仰向けになった私を押さえ込むようにダージリンが重なる。
ダージリンの手は私の弱い部分を執拗に触る。どこを触れば気持ち良いのか知ってる。
息ができない苦しさより今まで経験したことがない快感が勝り、意識が朦朧とする。
そして………
【バスルーム】
西「…」
ダージリン「…」
西「………」
ダージリン「………その…」
西「…ん」
ダージリン「………ごめんなさい」
西「…べ、別に良いですよ。…それよりもダージリンの部屋汚しちゃって申し訳ないです…」
ダージリン「部屋は使用人が掃除してくれるから問題ないわ…それよりも」
西「…」
ダージリン「もう大丈夫? …気持ち悪くない?」
西「ええ…。お腹の中にあったもの全部出しきったからスッキリですよ…あはは………」
ダージリン「…やりすぎちゃったわね………まさかあなたが吐いちゃうなんて思わなかったもの………」
こうやって二人仲良く風呂で体を洗ってるのは"終わった"からじゃない。
…あんまり人に言いたくはないけど………"最中"に派手に嘔吐した。
不幸にも仰向けになった状態で嘔吐したので、服やベッド、顔から上半身まで吐瀉物まみれになってしまい、意識が途切れそうになりつつもダージリンに介抱されながらバスルームまで運ばれて現在に至る。
喉の奥をグイッとやれば誰だってオエッとなるけど、まさかそれで汚物をぶちまけるとは思わなかった。
ダージリンは予想外というけど、私だってこんな事になるなんて思わなかったよ…。
ダージリン「…あなたのえづき声聞いてたら止まらなくなったの………」
西「私も。ダージリンに押さえつけられて触られてる時に、最後までお願い…って思ってました」
ダージリン「………まだ"途中"でしょう?」
西「…ええ」
ダージリン「…ここで…する…?」
西「あはは。ここなら吐いてもすぐ流せますもんね」
ダージリン「………ばか」
西「………実を言うと、あの時、妊娠するんじゃないかって思っちゃいました……」
ダージリン「なっ…!」カァァ
西「……それくらい…まぁ……良かったです………」
ダージリン「…出てきたのがお腹の食べ物じゃなく、赤ちゃんだったら良いのにね」
西「あはは。ヌッコロ大魔王みたいですねそれ」
中途半端で終わったので、そのまま湯船に浸かりながらまたお互い愛し合った。
ここならば先程のような事をしてもベッドや服を汚す心配もない。自由に出来る。
そう思っていたら今度は逆上せて鼻血を垂れ流したままヨロヨロフラフラと再びダージリンに介抱されて脱衣所へ。
つくづく学習しないなぁ私も…。
西「」
ダージリン「……大丈夫…?」パタパタ
西「あ…あはは…は…」クラクラ
ダージリン「心配になってきたわ。向こうでも無茶してないか…」
西「だ、大丈夫です…あははは…だ、だーじりんのおっぱいが4つに見えます…あははははは…」
ダージリン「おバカなこと言わないの」
西「きゅぅ…」
ダージリン「そんな声出してもだめ。ほら、お水飲んで」
西「………飲ませて」
ダージリン「自分で飲みなさい」
西「…手に力入らないです…飲ませて下さい」
ダージリン「もう。しょうがない子ね…」
西「あはは…口移しがいいです」
ダージリン「ばか」
…手に力が入らないわけじゃない。
ただ、ダージリンに甘えたかっただけ。
会う前は平然としていられる(もちろん寂しい)けど、こうやって一緒にいるとやっぱりダージリンが恋しくて恋しくて…あはは…。
一緒にいられる時間は限られてるから、甘えられる時に思いっきり甘えたいんだ…。
~~~~~
ピピピッ ピピピッ
西「………んぅ……」
ダージリン「おはよう絹代さん。ほら、起きて」
西「ん~…あと5分…と7時間………」モゾモゾ スピー
ダージリン「………」
ダージリン「起きなさい、ヴェニフーキ」
西「!!!!」バサッ
西 / ヴェニフーキ「…申し訳ありませんダージリン…さ…ま……?」
ダージリン「」クスクス
西「」
西「だぁぁぁぁぁぁぁぁじりぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!!!」
ダージリン「きゃぁ、襲われちゃう」ウフフッ
西「び、びっくりしたじゃないですかぁ!」
ダージリン「なかなか起きない絹代さんが悪いのよ?」
西「だからってこんな心臓に悪い起こし方はあんまりですぞっ!」
ダージリン「…懐かしいわねぇ」
西「何がですっ!」
ダージリン「あなたが入院してた頃、私がこんな風に叩き起こされたことを思い出して…ね?」
西「あぁ…確かにありましたね。…って、あの時の仕返しですか?」
ダージリン「あの時は本当に焦ったのよ?」
西(ダージリン真似)「ふぇぇっ?! きっ絹代さん!? 絹代さん来てるのっ?!」
西(ダージリン真似)「ちょっとペコ!! 何で起こしてくれ…な……???」
ダージリン「」ムカッ
西「あはは。あの時のダージリンの慌てようと来たら傑作でしたよ」
ダージリン「」ツネッ
西「痛い! 痛いって!!」
ダージリン「こういうおバカなところは昔と全然変わらないんだからっ!」
西「あはは………あれ? 今日って日曜日では?」
ダージリン「そうよ?」
西「ならば何も早起きしなくたって良いじゃないですか…」
ダージリン「だめよ。休日だからってダラダラ過ごすのは良くないわ」
西「ちぇー。日曜日はゆっくりゴロゴロしてたいです」
ダージリン「あら、それじゃあ朝ごはんいらないのね? 残念ねぇ、せっかく作ったのに」
西「食べますっ!!」ガタッ
ダージリン「なら早く着替えなさい」
~~~
西「うまうま」モグモグ
ダージリン「ふふ。気に入ってもらえて良かったわ」
西「気に入るも何も、お店出せるレベルですよ」モグモグ
ダージリン「それはちょっと大袈裟よ」
西「そんなことないです。すごく美味しいです。おかわり」
ダージリン「はいはい。…って本当によく食べるわね…」
西「だって美味しいですもん。ダージリンの手料理」
ダージリン「それは嬉しいけど、だからって3杯は食べ過ぎよ…」
西「普段満足に食べれないから、今のうちに溜めておくんですよ」
ダージリン「まるで冬眠中の熊みたいね…」
~~~
西「っぷはー! 食べた食べた!」マンプク
ダージリン「あなたと過ごしたら食費がかかりそうだわ…」
西「あはは。食べた分だけ還元しますよ」
ダージリン「そうであって欲しいわね」
まるで新婚さんのようなやりとりだ。
もし大人になってダージリンと二人で暮らすようになったら、毎日ダージリンの手料理が食べたいなぁ。
もちろん私が作ったりもするけどね。たまには。
ピリリリリ ピリリリリ
ダージリン「ほら電話、鳴ってるわよ」
西「誰だろう…って、一人しかいないけど」
ダージリン「アールグレイ様?」
西「ええ。あの助平先輩ですね」
ダージリン「こら! 失礼なこと言わないの」
西「事実ですよ」ピッ
アールグレイ『おはよう。ヴェニフーキ』
西「おはようございます。R18グレーゾーン様」
ダージリン「ちょっと!」
アールグレイ『…朝っぱらからケンカ売ってるのかしら?』
西「あはは。何となくそんな気がしたので」
アールグレイ『意味がわからないわよ』
西「Rが無いのでR18がグレーゾーンなんです。おかげでダージリンと激しくイチャイチャしたくても出来ない」グヌヌ...
ダージリン「ちょ、ちょっと何言ってるのよっ!////」
アールグレイ『…何の話かは知らないけど、今度会ったら覚えておきなさい』
西「ところで用件は何でしょうか?」
アールグレイ『またこいつと来たら…さらっと流すじゃないの…』
西「あはは」
アールグレイ『それで本題だけど、この間渡した"アレ"、仕掛けるなら今がチャンスよ』
西「どうしてです?」
アールグレイ『休日だから生徒が少ないのと、3年生が課外活動に出て艦外にいるからよ』
西「なるほど」
アールグレイ『ちなみにあなた達2年生徒は来週よ』
西「え」
アールグレイ『知らなかったの?』
西「課外活動の"か"の字も知りませんけど…」
アールグレイ『あらそう』
西「…一体何をするんです? 課外活動って」
アールグレイ『いわゆる職業体験ね。希望した業種の企業を訪問して実際にそこで仕事をするの』
西「お給料出るんですか?」
アールグレイ『出ないわよ?』
西「…要はタダ働きですね………」ゲッソリ
アールグレイ『良いことじゃない。こういう経験って滅多に無いのよ』
西「確かにそうですけど、労働の対価がないのは何とも…」
アールグレイ『いい? 職業体験を通じて仕事にやり甲斐や情熱を見出すことは、社会人として大事なの』
アールグレイ『百聞は一見に如かずとも言うわね。説明会で話を聞くよりも実際に現地で汗水流した方がより多くのことを学べるもの』
アールグレイ『そうすればいざ社会人となったときに慌てなくても済むわ』
アールグレイ『だいたい今の若い子は将来の夢がどうのこうの言うけど、実際に働くと理想と現実のギャップに………』
西「ちなみにダージリンはどこに訪問したんです?」
ダージリン「えっ、私?」
西「ええ」
ダージリン「私は…お菓子を作る会社へ行ったわね」
西「…」
ダージリン「な、何よ…!」
西「いや、一流企業でバリバリ働く"きゃりあうーまん"的な印象だったので、ちょっと予想外でして」
ダージリン「そうなの?」
西「ええ」
ダージリン「子供に喜ばれるようなお仕事がしたいと思っていたのよ」
西「ダージリン…かわいいなぁ…」ナデナデ ホクホク
ダージリン「…ふふっ」テレテレ
アールグレイ『こら話を聞けっ!!』
西「わっ! アールグレイさんまだいたのですか?!」
アールグレイ『失礼ね! ずっといるわよ!』
西「なんかその…色々ごめんなさい。アールグレイさんの話よりもダージリンの将来の夢の方が聞いてて楽しかったので」
アールグレイ『…言ってくれるわね………。とにかく、3年生がいない今日はチャンスだから、ゴロゴロしてないでささっと用事を済ませちゃいなさい』
西「はい。わかりましたであります」
アールグレイ『そうそう。今ダージリンと一緒にいるよね?』
西「…そうですけど?」
アールグレイ『だったら、学生手帳を借りておいて』
西「学生手帳? どうしてですか?」
アールグレイ『万が一の為よ』
西「?」
アールグレイ『それじゃぁ、向こうに着いたらまた連絡してくださいな。…あと、あまりダージリンに迷惑かけちゃ駄目よ?』
西「…了解しました」ポリポリ
ダージリン「アールグレイ様、何と仰ってたの?」
西「今から聖グロ行って一仕事してこいとのことです」
ダージリン「そう…」
西「それで、ダージリンの学生手帳を貸して頂きたいのですが」ポリポリ
ダージリン「えっ? 学生手帳?」
西「ええ。アールグレイさんが持って来いと言うので」
ダージリン「…わかったわ。無くさないでね?」
西「ありがとうございます。すぐ戻ってきますよ」ポリポリ
ダージリン「…」
西「…っと、流石にこの格好じゃまずいな。制服に着替えないと」
ダージリン「…」
西「ん? どうしたんですか?」ポリポリ
ダージリン「痒いの?」
西「えっ?」
ダージリン「首、痒いの? さっきから何度も掻いているけれど…?」
西「?」
ダージリン「…ちょっと待ってて。お薬持ってくるから」
確かに。なんか首筋が痒い。
蚊にでも刺されたのかな?
ダージリン「…」ヌリヌリ
西「…」
ダージリン「これで良いわ。もう掻き毟ったら駄目よ。余計に酷くなっちゃうから」ヌリヌリ
西「ありがとうございます。…そうですね、極力掻き毟らないよう気をつけます」
ダージリン「それで、学校まではバイクで行くの?」
西「ええ。ウラヌスがあればあっという間に到着しますので」
ダージリン「寒くない?」
西「そういえばもうすぐ秋も終わりますね…」
ダージリン「ええ。走ってるともっと寒くなるでしょうから、私のコート使う?」
西「本当はダージリンに包まれたいのですが、コートだと身動きが取りにくいのですよ」
ダージリン「でも制服だけだと寒いわよ?」
西「一応、こういうのを持ってるので大丈夫です」
そう言って私は愛用のライダースーツをお披露目した。
防寒着というわけではないが、そこそこ厚みがあるので多少は暖かくなるだろう。ツナギになっているので制服の上からでも気軽に着脱できる。
手は革のグローブを装着するし、顔はフルフェイスのヘルメットを被るので問題ない。
ダージリン「…」
西「どうしました?」
ダージリン「真っ黒のライダースーツ(※)にフルフェイスヘルメットだと何だか怪しい人みたいね…」
西「…そう言われてみれば」
こんな格好でコンビニや銀行なんかに入ったら通報されかねない。
しかし厚手のライダースーツは万が一の時に身体を守ってくれるし、フルフェイスヘルメットは言うまでもない。
防寒着というよりは安全着としての意味合いのほうが強い。
…ただ、ダージリンの言う通り、全身真っ黒はちょっと良くないかもしれない。また気が向いたら新しいのを探してみるか。
※ ライダースーツ参考:https://rakkami.com/illust/detail/3542
ダージリン「…あっ、待って。まだヘルメット被らないで」
西「ん? どうしてでs」
チュッ
ダージリン「…忘れ物よ」
西「あはは。危うく忘れるところでした」
ダージリン「もう。…気をつけてね?」
西「ええ。終わったら連絡しますよ」
そうして私はダージリンの家を後にした。
ダージリンから離れれば離れるほど風が冷たくなっていく気がした。
~~~
ヴェニフーキ / 西「…さて」
さすがにウラヌスは西絹代のものなので、乗ったまま聖グロの学園艦に入るわけにはいかない。
そのため少し離れた場所にあった有料駐車場に置いて、ついでにそこで聖グロ生の格好になる。
ライダースーツやヘルメットは駐車場にあるロッカーに押し込んでおいた。
ここから先は学園艦まで徒歩で移動する。若干距離はあるけど仕方あるまい。
…っと、その前にちゃんとヴェニフーキになってるかトイレで確認しておかないと。
【聖グロ学生寮 ヴェニフーキの部屋】
それじゃさっそく盗聴器を仕掛けるぞ! …と行きたいところだけど、その前にまずは自分の部屋に向かった。
やっぱり気になるのだ。盗聴器が仕掛けられていないかどうかが。
部屋に入り、アールグレイさんから貰った探知機の電源を入れ、部屋の中を歩き回る。
一応、半径5m以内に"不審物"があれば反応するとのことだけど、念のためにね。
ベッドや洗面所、トイレなどを一通り探してみたが、何の反応もなかった。
…本当に大丈夫だよな? 探知機の故障とかだったら嫌だよ?
盗聴器が無いことを確認したら、言われた通りアールグレイさんに連絡する。
ヴェニフーキ「お疲れ様です。ヴェニフーキです」
アールグレイ『お疲れ様。お部屋は綺麗にしてあるかしら?』
ヴェニフーキ「ええ。問題ありません」
アールグレイ『結構。それで、もう用事は済ませたのかしら?』
ヴェニフーキ「いいえ。これからやろうと思います。ただ、」
アールグレイ『ただ?』
ヴェニフーキ「何処に置けば良いかと考えあぐねていたところでして」
アールグレイ『…』
ヴェニフーキ「アッサム様のお部屋、あるいは隊長室のどちらかにしよう。とは思っていたのですが」
ヴェニフーキ「彼女がGI6と連絡を取るとしたらどちらでしょう?」
アールグレイ『そう…。隊長室の方が良いかもしれないわね』
ヴェニフーキ「何故?」
アールグレイ『GI6が戦車道関係者とやり取りする場合は、ほぼ必ずと言って良いほど隊長室で行われているからよ』
ヴェニフーキ「そうですか」
アールグレイ『実際に私が隊長だった頃、他校の情報収集などでGI6に協力してもらう時はそのやり取りを隊長室で行ってたし、』
アールグレイ『ダージリンに隊長を引き継がせた時もそうするよう伝えたわ』
ヴェニフーキ「なるほど。わかりました」
アールグレイ『…そうそう。隊長室は"鍵"が無いと入れないわよ?』
ヴェニフーキ「その鍵は何処に?」
アールグレイ『アッサムの鞄の中』
ヴェニフーキ「…」
アールグレイ『学生手帳に内蔵されたICチップで認証する電子ロック式だけど、隊長室は歴代隊長のみが持つ他の生徒のとは異なるICチップが必要なの』
ヴェニフーキ「だからダージリンの生徒手帳を持って来いってことですね?」
アールグレイ『ええ。まずはそれで試してみて頂戴』
ヴェニフーキ「了解です」
私は(主にアッサムさんの説教を受ける時に入る)隊長室へと向かった。
そして、アールグレイさんの指示通り、ダージリンの学生手帳を扉の前にある認証装置にかざした。
ピッ
ピーピーピー
ガチャガチャ
…。
開かないぞ?
ヴェニフーキ「…駄目でした。認証出来ません」
アールグレイ『…そう。ダージリンが抜けた後に認証パターンを変更したのね。…用心深いあの子らしいわ』
ヴェニフーキ「では、この生徒手帳では扉は開かないと?」
アールグレイ『ええ。それどころか履歴が残って不審な痕跡を残してしまった』
ヴェニフーキ「…笑えませんね」
アールグレイ『こうなっては仕方ないわ。情報処理学部の校舎へ向かって頂戴』
ヴェニフーキ「何故です? 情報処理学部はGI6の巣窟では?」
アールグレイ『そこにあるコンピューターを使って一時的に隊長室の電子ロックを解除するのと、認証の履歴を消去する』
ヴェニフーキ「…なるほど。難しそうですね」
アールグレイ『でも現時点ではこれしか方法は無いわ』
ヴェニフーキ「わかりました。まず情報処理学部の校舎へ向かいます」
アールグレイ『ええ。着いたらまた連絡して頂戴』
【聖グロ 情報処理学部 校舎】
ヴェニフーキ「到着しました」
アールグレイ『了解。入り口付近にある装置に学生手帳の最初のページをかざせばドアが開くわよ』
ヴェニフーキ「了解」
私は指示されるままに生徒手帳を開いた。
ここで油断したらすべてがパーになるのだから緊張感を持たねば。
なんだか首がまた痒くなってきた。
ピッ
ウィーン
ヴェニフーキ「開きましたね」
アールグレイ『オッケーね。そのまま中へ入りなさい』
ヴェニフーキ「退学者のICチップでも使えるんですね」
アールグレイ『当たり前じゃない。ダージリンの退学は本来ならあり得ないイレギュラーな退学ですもの』
ヴェニフーキ「…」
アールグレイ『正式な退学なら今あなたが手に持ってる手帳はとっくに返却されてるわ』
ヴェニフーキ「なるほど。…それで何処へ向かえばいいのでしょう?」
アールグレイ『まず2階にあるコンピュータールームへ向かって』
アールグレイ『恐らく中に生徒や用務員がいるでしょうけど、見つかって良い事は何もないわ。極力見つからないように』
ヴェニフーキ「わかりました」
【情報処理学部 コンピュータールーム】
中に生徒はいたが、なんとか勘付かれることなくコンピュータールームまでたどり着いた。
ヴェニフーキ「…広いですね」
アールグレイ『ここではIT関連の試験を行うこともあるから、大勢の生徒が収容出来るようになっているのよ』
ヴェニフーキ「なるほど。会社のオフィスにいるような気分です」
アールグレイ『…話を戻すわ。まず入ってすぐの場所にある教員用コンピューターの電源を入れて』
ヴェニフーキ「わかりました」
ポチッ
ヴェニフーキ「起動しました」
アールグレイ『そうしたらデスクトップに管理課というアイコンが有るはず。それを開いて』
ヴェニフーキ「了解です。…ん、暗証番号…」
アールグレイ『少し待って頂戴』
電話の向こうからカタカタとキーボードを叩く音が聞こえる…。
ヴェニフーキ「勝手に矢印が動いた…?」
アールグレイ『落ち着きなさい。私がパソコンに侵入したのよ』
ヴェニフーキ「侵入、ですか…」
アールグレイ『いわゆる"クラッキング"よ。ネットワークを通じてそっちのパソコンにアクセスしたわ』
ヴェニフーキ「それで暗証番号が判るのですか?」
アールグレイ『わからないから"侵入"してるのよ』
ヴェニフーキ「…」
よくわからないけど、時たまニュースで見かけるサイバー攻撃とか、個人情報漏えいの類の犯人みたいなことをやっているのだろうか?
よくわからないから、ここはアールグレイさんに任せておこう。
アールグレイ『おまたせ。暗証番号がわかったわ。 *************************** よ』
ヴェニフーキ「入力します。…認証に成功しました。色んなアイコンが出てきました」
アールグレイ『ええ。そのままセキュリティ部門というアイコンをクリック』
ヴェニフーキ「はい。…っと、また暗証番号を入れろと出ました」
アールグレイ『…わかった。少し待ってて』
こうして、フォルダをクリック、暗証番号の解析・入力を3回ほど繰り返しているうちに、セキュリティに関するページへたどり着いた。
アールグレイさんの指示に従って、校舎全体のセキュリティをメンテナンスモード、つまり認証機能をオフにした。
随分大げさなことをするなぁと思ったが、隊長室だけをOFFにする方が逆に不自然だとアールグレイさんは言う。
…なるほど。
ヴェニフーキ「しかし校舎全体のセキュ
アールグレイ『早く隊長室へ向かって!!!』
ヴェニフーキ「了解…!」
やっぱり校舎全体のセキュリティをOFFにするのは色々不味いみたいだ。
私は急いで隊長室へ向かった。
幸い日曜日ということもあり、部活動に参加する生徒や熱心に勉強をする生徒の以外はいないので、誰かに見られることなく隊長室までたどり着けた。
…そして、アールグレイさんの言う通り、"指紋一つ残さず"隊長室のコンセントに盗聴器を差し込んだ。
これで最初の課題は終わった。
しかし、セキュリティをOFFにした状態なので一息つく間もなく再びコンピュータールームへ戻ってセキュリティを復旧させ、私のログイン履歴を消去した。
仕事を終えて痕跡を消した後に私の部屋に戻り、念の為もう一回探知機で部屋を探って異常がないと知り、ようやく一息つくことが出来た。
帰るまでが遠足というけど、本当に早く帰りたい。ダージリンの元へ。
【ヴェニフーキの部屋】
ヴェニフーキ「…ふぅ………」
アールグレイ『お疲れ様。上手く行ったわね』
ヴェニフーキ「ええ。やってることはかなりグレーですね。アールグレイ様だけに」
アールグレイ『…私は"グレー"じゃなく"グレイ"よ』
ヴェニフーキ「あとは獲物がを待つだけですが…それにしても」
アールグレイ『ん?』
ヴェニフーキ「不気味なくらいアッサリと事が進みましたね…?」
アールグレイ『…いくら敵の腹中とは言え、ここは学校よ? 軍の基地みたいな重要施設ならともかく』
ヴェニフーキ「GI6関係者か、そうでなくても生徒と遭遇するのではと、かなり肝を冷やしていましたが」
アールグレイ『ずっと平然としてたじゃない…』
ヴェニフーキ「?」
アールグレイ『無事に済んだから良いけど、あなたはもっと緊張感を持ったほうが良いわ』
ヴェニフーキ「これでも最大級に緊張していましたけど?」
アールグレイ『どこが緊張してたと言うのかしらね。ほとんど動じなかったじゃない』
ヴェニフーキ「そうですか?」
アールグレイ『あなたのその"無関心"ともいえる冷静さの方が不気味よ』
ヴェニフーキ「………」
普段と変わらないだと…?
馬鹿を言わないでほしい。こっちは本ッ当にヒヤヒヤしていたんだぞ?
なにしろ私のミス一つでダージリンが戻れなくなるんだから………
…まぁ、そんなことより
ヴェニフーキ「ふふっ」
アールグレイ『なによ…』
ヴェニフーキ「生徒手帳のダージリンの写真、可愛いなぁ…って。この頃はまだあの髪型じゃなかったんですね」
アールグレイ『…ええ。入りたての頃はギブソンタックじゃなかったわよ?』
ヴェニフーキ「今のダージリンも勿論可愛いけれど」
ヴェニフーキ「この入学したばかりの頃にありがちな、どこか不安そうな表情といい、ついこの間まで中学生だった幼さを残した顔といい」
ヴェニフーキ「どうしてダージリンはこんなにも可愛いのでしょうか?」
アールグレイ『…私に聞かれても困るわよ』
ヴェニフーキ「アールグレイさんも入学当初はこんな感じだったんですか?」
アールグレイ『ええ。一応はね』
ヴェニフーキ「…」
アールグレイ『な、何よ…?』
ヴェニフーキ「アールグレイさんにもそんな時期があったなんて…と」
アールグレイ『私だって人間ですもの。緊張の一つや二つくらいするわよ』
ヴェニフーキ「そうなんですか?」
アールグレイ『そうよ』
ヴェニフーキ「…それで、やることが終わったので、私は帰っても良いですか?」
アールグレイ『ええ、良いわよ。お疲れ様』
ヴェニフーキ「はい。お疲れ様でした」
やることを終えた以上もうここに居残る必要はない。
早くダージリンのもとへ帰ろう。
今からならお昼頃には到着するから、またダージリンの手作りのごはんが食べられる。
何を作ってくれるかな。楽しみだ。
ダージリンの事で頭を一杯にしながら、何事もなかったかのように聖グロを後にしようとした
「あれ。ヴェニフーキさん?」
ヴェニフーキ「…ルクリリさん?」
ルクリリ「やっぱりヴェニフーキさんだ。珍しいね。休みの日に学校に来るなんて」
ヴェニフーキ「ええ。色々調べ物をしておりまして」
ルクリリ「調べ物?」
ヴェニフーキ「戦車に関することを」
ルクリリ「…なるほどね。来年になったら私達が最上級生だもんねぇ」
ヴェニフーキ「次期隊長が誰かはわかりませんが、足を引っ張らないようにはしておこうと」
ルクリリ「ヴェニフーキさんが次期隊長じゃない?」
ヴェニフーキ「私が?」
ルクリリ「ええ。アッサム様も認めるほど活躍しているし、負け続きだった知波単学園相手に勝てたのもヴェニフーキさんのお陰じゃない」
ヴェニフーキ「…」
ルクリリ「…まぁ、そうなったら練習厳しくなりそうだけどね」アハハ
ヴェニフーキ「もしも、私が隊長になるならば」
ルクリリ「うん」
ヴェニフーキ「聖グロに革命を起こしたいですね」
ルクリリ「革命…?」
ヴェニフーキ「ええ。…それでは私はこれで」
そう言い残してルクリリさんと別れた。
私は学園艦を後にする。
ちなみに聖グロの学園艦はしばらくの間、艦全体のメンテナンスのために港へ停泊したままになっている。
…と言っても街一ほどはある巨大な船なので、港からある程度離れた場所でプカプカ浮いているだけだが。
なので、港へ向かうには学園艦と港を行き来する定期便のフェリーに乗らなければならない。
これが学園艦の面倒なところだ。素直に陸に学校を作っておけば良いものを…。
そんな裕福な学校だけに学園艦のサイズも他と比較して巨大なので点検や修理にも時間がかかるらしい。
私としては気軽にダージリンに会いに行けるので、このまま当分停泊してほしいと思っている。
そんなことを考えながらウラヌスを駐車したパーキングエリアにたどり着き、ライダースーツやヘルメットを身に着けてエンジンをふかす。
…ガソリンが減ってきたな。どこかで給油しなくちゃ。
【ガソリンスタンド】
ヴェニフーキ「満タンでお願いします」
スタッフ「かしこまりました。満タン入りまーす!」
メンテナンスといえば、このウラヌスも結構走ってるので近いうちにメンテナンスをしてやらねばならん。
自分の愛車なので自分でメンテナンスしたいけれど、メンテナンスツールは知波単だし、聖グロでガチャガチャするわけにもいかない。
今回はバイク屋さんでお願いするしかないか…。
そんなことを考えながら給油を待っていると、車がもう一輌スタンドに入ってきた。
あのマークは…黒森峰女学園?
「満タンで」
「かしこまりました」
あの銀髪の人は確か黒森峰の副隊長。その隣りにいるのは西住さんのお姉さん…。何でまたこんなところに?
…幸いこちらはフルフェイスヘルメットにライダースーツなので正体がバレることはない。
どれ、少し様子を見てみるか。
エリカ「あの…隊長…」
まほ「なんだ?」
エリカ「やっぱりあの話は…」
まほ「何度も言わせないでくれ。…それにもう私は隊長ではない」
エリカ「でっ、ですが…!」
まほ「ここから先はお前が隊長として黒森峰を引っ張るんだ。そんな弱気な顔してどうする」
エリカ「で、ですが、私には隊長のようには…!」
まほ「それでもだ」
エリカ「っ…!」
まほ「…手洗いに行ってくる」
エリカ「………」
どうやら世代交代で一悶着してるようだ。
もうそろそろ三年生は引退して自分の跡継ぎを決める時期だしね。
以前、サンダースとご一緒した時も、後継者であるアリサさんがナオミさんのファイアフライを乗るかどうかといったやり取りがあった。
あれは一悶着というほどではなかったけれど、やはり次世代への引き継ぎには何かしらの課題が待ち受けている。
そう考えると、早い時期から隊長に選ばれた私は恵まれている方なのだ。
それで、黒森峰は副隊長だった彼女が隊長になるのだろう。
次の大会では彼女と手合わせするかもしれない。
…しかし、副隊長の様子が何だかおかしいな?
エリカ「………これもそれも…」
エリカ「全部、あの女のせいだ…!」
エリカ「あいつが……あの女が…余計な真似しなければ私達が勝ったのに………!」
エリカ「許さない………」
彼女たちがここにいるのは"偶然"ではなさそうだ。
黒森峰の車が来た方角を考えると、給油を終えた車はこのまま聖グロの学園艦が停泊している港へと向かうだろう。
…なるほど。次の親善試合の相手は、あなた達か。
そして、
どうやらこの副隊長さんは"誰かさん"を相当恨んでいるようだ。
ふーん。
エリカ「………そこのあんた、なに盗み聞きしてるのよ」
ヴェニフーキ「…」
おいおい…こっちにまで八つ当たりしてきたぞ…。
確かに中身はあなたが憎む女だが、外からじゃ誰か全くわからんはず。
なのに親の仇と言わんばかりにギロッと私を睨んできた…。
エリカ「あなたよ。全身真っ黒の」
ヴェニフーキ「…」
エリカ「聞こえなかったかしら。随分耳が遠いのねぇ?」
ヴェニフーキ「…」
エリカ「それとも、喋れない人なのかしら、あなた?」
…さすがに腹が立ってきたぞ。
どう育てば初対面の姿もわからぬ人間にここまで攻撃的になれるのか。
ヴェニフーキ「…随分"ガラ"が悪いんですね?」
エリカ「はぁ?」
ヴェニフーキ「それが"隊長"だなんて。人に恵まれないのですね。あなたの学校」
エリカ「なッ!!」
売り言葉に対して買い言葉をぶつけてやった。
がるるるる。今にも噛み付いてきそうな勢いだ。
人のことを言えた玉じゃないけど、さすがに私はこの人ほど誰かれ構わず牙を向いたりはしない。
ところで黒森峰女学園といえば、以前の全国大会では一矢も報いえぬまま"全車玉砕"でこてんぱんに打ちのめされたっけ。
辻さん曰く、"優れた技量と敢闘精神でもって、西住まほを包囲して追い詰めながらも、最後の最後で無念の燃料切れで殲滅された"とのことだけど、それは怪しい………。
そして、黒森峰の隊長であり、西住さんのお姉さんでもある西住まほさんは、私達との対戦時だけでなく、大洗戦、後の大学選抜チーム戦でも恐るべき手腕を発揮した実力の持ち主だ。
そこには西住様のご子女だけあって、戦車乗りとしての偽り無き実力や威圧感など、西住流を色濃く受け継いでおられる。
本当の意味で"達人"と呼ぶにふさわしい、我々戦車乗りの憧れだ。
…しかし今私の目の前にいるこの女は、西住まほさんが持つようなものはまるで感じられない。
それどころか、本当に戦車道をやっている人なのかと疑いたくなるほどだ。
エリカ「アンタに何がわかる!」
ヴェニフーキ「何もわかりませんが、"何も無い"というのだけはわかりますね」
エリカ「………フン! アンタがどこの馬の骨かは知らないけれど、黒森峰を敵に回さないほうが良いわよ?」
ヴェニフーキ「…」
エリカ「さもなくば…」
ヴェニフーキ「…」
エリカ「あなた、きっと後悔するわ…!」
ヴェニフーキ「確かに後悔しています。これが黒森峰の次期隊長だと知って」
エリカ「ッ!! き、貴様ァ!!!」
まほ「やめろエリカ!!」
エリカ「隊長っ!?」
まほ「何をしてるんだお前は!!」
エリカ「…っ!!」
まほ「…申し訳ありません。うちの者が迷惑をおかけしました………」
そう言って深々と頭を下げる。
あの戦車乗りとして"最強"を誇る西住まほさんが小さく見えてしまうほどに…。
彼女の実力や実績は幼少期からの並々ならぬ積み重ねの上に存在するものだ。
私やダージリンはおろか、それよりもずっとずっとたくさんの努力を重ねて…。
それが、私の目の前でガラガラと崩れていく音が聞こえたような気がした。
頭を下げたのはまほさんの方だが、彼女以上に私はそれを屈辱に思った。
同じく死に物狂いで積み重ねてきた人間として、積み重ねてきたものを崩されたのを目の当たりにした人間として………。
ヴェニフーキ「お気になさらず」
ヴェニフーキ「…それより、聖グロリアーナ女学院へ向かっていたのでしょうか?」
まほ「…ええ。近いうちに親善試合を行うのでその下見にと」
ヴェニフーキ「そうだったのですね」
ヴェニフーキ「親善試合、楽しみです」
まほ「えっ…?」
ここまで言っておいて姿を見せないのは失礼に当たる。
私はヘルメットを脱いで、改めて挨拶することにした。
エリカ「ッ!!!!」
まほ「あなたは…」
ヴェニフーキ「こんにちは。西住まほさん、黒森峰の副隊長さん」
ヴェニフーキ「聖グロのヴェニフーキと申します」
まほ「そうか…あなたがみほの言ってたヴェニフーキか」
エリカ「…あんた………!!」
副隊長さんは露骨に怒りの表情を見せた。
そうだ。
あなたが憎んでる女だ。
ヴェニフーキ「こうやって対面するのは初めてですね」
まほ「そうだな。…あの時の助言は敵ながら見事だった」
ヴェニフーキ「恐縮です」
まほ「…一つ、教えてくれないか」
ヴェニフーキ「何でしょう」
まほ「何故、"あそこ"だと思った?」
ヴェニフーキ「戦車乗りしての私の本能が、あの一点だけをずっと叫び続けてました」
まほ「そうか…」
エリカ「あんなのインチキよ! 適当な事を言って…!」
まほ「インチキであの一点を見出だせるわけがない!」
エリカ「っ…!」
ヴェニフーキ「…」
まほ「全体の地形、砲撃地点と着弾地点の高低差、戦車の性能、砲手の技量、我々の進行ルート…」
まほ「戦車道における知識やセンス、ありとあらゆるノウハウが無ければあのようなことは決して出来ない!」
ヴェニフーキ「お褒め頂き感謝致します」
聖グロに完勝したこと
大洗女子を相手にギリギリまで粘れたこと
それらも知波単のために命をかけて積み重ねた努力の賜物であることは確かだ。
だけど、本当に本当に、その積み重ねの成果を出したのは、大洗女子と黒森峰が戦った決勝戦のあの一発だったのかもしれない…。
あの一発を放つ為のあの場所には、私の戦車道の全てが詰まっていた。
そして西住みほさんは私の戦車道を受け取ってくれた。
みほさんのおかげで、私の戦車道が報われた………!
ヴェニフーキ「あなた達や大洗の皆さんには申し訳ないことをしたと思っています」
ヴェニフーキ「…ですが、私はどうしても無人機という"邪道"を潰したかった」
まほ「!」
ヴェニフーキ「そのため、"持たざる"大洗に勝って頂く必要があった」
ヴェニフーキ「…それがあの助言をした理由です」
まほ「なるほど…。あの時、一度の砲撃で試合が終わるとは夢にも思わなかった」
ヴェニフーキ「…」
まほ「そして、それがみほのものではなく、第三者の助言によるものと知って」
まほ「今までにない屈辱を味わった」
ヴェニフーキ「…」
エリカ「………」
まほ「………だが、同時に、」
まほ「私は高校生最後の戦いを、無人機戦闘というイレギュラーではなく、戦車乗りとして終えることが出来た…」
まほ「私は、邪道に染まることなく卒業できる………」
ヴェニフーキ「無人機が出ようと戦艦が出ようと、あなたが邪道に染まることは無いと存じます」
まほ「そうだろうか…」
ヴェニフーキ「踏んだ場数、積み重ねてきた物の重みが違う」
ヴェニフーキ「それが簡単にへし折れるようなものではない」
ヴェニフーキ「そして、その重みの違いが…」
ヴェニフーキ「隣りにいらっしゃる方に"重荷"となって降り掛かっている」
エリカ「なっ…!」
まほ「………」
エリカ「黙って聞いていれば好き勝手言いやがって!!!」
まほ「落ち着けエリカ!!」
エリカ「このまま言われっ放しで落ち着いていられるものですかっ!!」
まほ「戦車乗りなら戦車で方を付けろ!」
エリカ「っ…!」
ヴェニフーキ「ときに、西住さんは試合には参加されるのですか?」
まほ「…いや。私は見学だけだ。此処から先は隣にいるエリカに全てを託す」
エリカ「…」
ヴェニフーキ「そうですか。…楽しみですね。エリカさん」
エリカ「………いい気にならないで頂戴。涼しい顔をしていられるのも今のうちよ」
ヴェニフーキ「…」
エリカ「あなたは口は達者のようだけど、試合でもそうなるとは思わないことね…」
エリカ「あなたみたいな邪道、叩き潰してあげるわ」
ヴェニフーキ「無様な戦い方をして、黒森峰や西住流を汚さないことです」
エリカ「何ですって!!」
ヴェニフーキ「聖グロはあなたにとって"甘っちょろい"かもしれません」
ヴェニフーキ「…ですが、私はそこまで甘くはない」
エリカ「…」
ヴェニフーキ「試合、楽しみにしています」
それだけ言って給油が終わったウラヌスに跨り、その場を去った。
僭越ながら全力で挑ませていただきます。
あの時は"大洗を通して"だったけど、今度は私が直々に………。
私はこの女を許さない。
血の滲むような思いで敵と自分と戦い続けたまほさんの影に隠れ、その威厳を借りて"王者"を語るこの女を。
そして、仲間を助けたが故に黒森峰を去ることになったみほさんを口撃したこの女を。
………覚悟しろ。
あなたのような"邪道"は叩き潰してやる…………………。
~~~~~~~~~
【ダージリンの家】
ヴェニフーキ「………」
ダージリン「……絹代さん…?」
ヴェニフーキ「ん…?」
ダージリン「どうしたの? 怖い顔をして」
ヴェニフーキ「いえ…、今度の親善試合で黒森峰と戦うことになって」
ダージリン「黒森峰ですって!?」
ヴェニフーキ「ええ?」
ダージリン「あの黒森峰と親善試合をするなんて…」
ヴェニフーキ「?」
ダージリン「黒森峰って、他校とは滅多に練習試合をしないのよ?」
ヴェニフーキ「そうなんですか?」
ダージリン「少なくとも…私がいる間に黒森峰と練習試合を行ったことは一度も無かったわね」
ダージリン「強いて言うなら、過去に継続高校と試合した事くらいかしら…」
ヴェニフーキ「私もそれくらいしか知らないです」
ダージリン「そんな黒森峰と練習試合するなんて…」
ダージリン「…私も参加したかった………」
ヴェニフーキ「………」
そう。
黒森峰と本当に戦うべきなのは、私のような部外者じゃなくダージリンだ。
でも、ダージリンは聖グロの敷居を跨ぐことが許されない…。
だからダージリンの無念を晴らすべく、私がダージリンの代わりに黒森峰と戦う…。
ダージリン「それに…」
ヴェニフーキ「?」
ダージリン「あなたはまだ、"絹代さん"じゃない…」
ヴェニフーキ「………」
ダージリン「また…何か悩んでるの…?」
ヴェニフーキ「…いえ。次の黒森峰と戦うために色々考えておりまして…」
ヴェニフーキ「相手が相手だけに、全力の全力で挑まないと。…って」
ダージリン「そう…。でも無茶はしないでね? あなたはただでさえ…
ヴェニフーキ「あはは。わかってます」
ダージリン「…」
ヴェニフーキ「…でも、それでも私は黒森峰に勝たないといけないんです」
ヴェニフーキ「新しく隊長になろうとする"あの女"に勝たないと………」
ダージリン「新しい隊長…副隊長の逸見さんのこと?」
ヴェニフーキ「そうですね。確かそんなような名前の人です」
ダージリン「彼女と何かあったの?」
ヴェニフーキ「あの人は私のことを相当憎んでおられるようです。…まぁそれは私も同じですけどね」
ダージリン「そうなの…?」
ヴェニフーキ「だから試合で、戦車道で、その決着をつけようと思う次第です」
ヴェニフーキ「"邪道は叩き潰してやる"…と」
ダージリン「…あなたが」
ヴェニフーキ「ん?」
ダージリン「優しいあなたがそんなにも誰かを憎むなんて信じられないわ………」
ヴェニフーキ「…」
確かに。私がここまで誰かを憎むことなんて今までにあっただろうか…
ダージリンを退学にさせた反・聖グロ派や、それに加担する輩ならともかく、同じ高校生で同じ戦車道をする人を相手に…。
今まで生きてて何度もカチンと来たことはあったけど、今回のような深く根付いたような怒りはまず芽生えなかった。
この感情は"悪口を言われたから頭にきた"というような安っぽいものじゃなく、私の中に眠る、何かを根本的に否定されたような腹の底から湧いてくる怒りだった。
ヴェニフーキ「何と言いますかか…それは…」
ダージリン「?」
ヴェニフーキ「ダージリンを葬った連中に対する怒りと質が似てますね」
ダージリン「っ!!」
ヴェニフーキ「人が血の滲むような思いをして積み重ねて来た物を、歴史を、誇りを、鼻歌歌いながら崩していくような」
ヴェニフーキ「…そんな輩に対する怒り…ですかね。あの副隊長に抱いたモノは」
ダージリン「意地悪されたから、とかではなくて…?」
ヴェニフーキ「仮にそうだったら"イヤな人だなぁ…"で終わります。一晩寝たら忘れるでしょう」
ダージリン「…」
ヴェニフーキ「…でも、あの人、あの女は違ったんです」
ヴェニフーキ「それが私の中でどうしても許せなかった」
ダージリン「そう…」
ヴェニフーキ「だから、試合で私の戦車道の全てをぶつけてやるつもりです」
ダージリン「あなたの怒りはわかるわ。…でも、」
ヴェニフーキ「ん?」
ダージリン「それであなたが壊れたり、誤った道を進むのだけは許さないわよ…?」
ヴェニフーキ「…」
ダージリン「…」
ヴェニフーキ「戦車道の怒りは戦車道で晴らすだけです」
ダージリン「ええ、そうであって欲しいわ」
ヴェニフーキ「それに…」
ヴェニフーキ「私の腹の中にあるこの感情が必ずしも正しいとは言い切れないですし」
ダージリン「どういうこと?」
ヴェニフーキ「確かに、私は今あの人に並々ならぬ憎悪を抱いております」
ヴェニフーキ「様々な苦労や努力を積み重ねて来た人たちの威厳を借りて他人を見下すあの副隊長を」
ダージリン「…」
ヴェニフーキ「…でも、その考えが私の"カン違い"である可能性もまた否定できません」
ヴェニフーキ「だから、私の見たもの感じたものが正しいか否かを知るために、」
ヴェニフーキ「そして、どちらに転ぶにせよ"外道"にならぬよう、戦車道のツケは戦車道で払おうと思うのです」
ダージリン「………ふふっ」
ヴェニフーキ「…ん?」
ダージリン「やっぱり、あなたは優しい人ね」
ヴェニフーキ「優しいのか甘っちょろいのか自分でもよくわからないです」
ダージリン「…良いのよ。そんな優しいあなたが好きだから」
ヴェニフーキ「………」
西「私も…、こんな私を受け入れてくれるダージリンが、好きです…」
ダージリン「ふふ…。………」
西「…ん……」
西「何か、私に言いたいことがあるのでしょう?」
ダージリン「えっ?!」
西「私の気のせい…じゃない気がするんですけど、」
西「何かダージリンを見てると、何かを言おうか迷ってるような顔をしてるように見えるんですよね」
ダージリン「…」
西「私の勘違いだったらすみません」
ダージリン「やっぱり…」
西「ん?」
ダージリン「あなたの前で隠し事は出来ないわね」
西「………」
ダージリン「…………ええ…」
西「…」
ダージリン「…」
西「っ! ダージリン………!!?」
ダージリン「……大事な話があるの……」
西「………え……………」
ダージリン「……あのね……」
西「………まさか……」
「…ごめんなさい…絹代さん………」
頭の中が真っ白になった
西「…嘘………嘘………嘘だ………………」
ダージリン「ち、違うの! そういう話じゃない!」
西「……っ…ぅぅっ………………………」
ダージリン「な、泣かないで…! 私の話を聞いて! 私はあなた以外の人を愛したりなんかしないわ!!」
西「………っぅ………本当に………?」
ダージリン「当たり前じゃない………」
西「…じゃぁ……なんで……どうして…"ごめんなさい"…って………」
ダージリン「だって………」
西「……ダージリンだって泣いてるじゃないですか………」
ダージリン「…だって…だって…あなたが…そんなこと言うんだもん…………」
西「…あんな言われ方したら誰だって……」
ダージリン「……ごめんなさい………」
西「またごめんなさいって言う…」
ダージリン「………それしか言えないわよ…………」
ダージリンが"ごめんなさい"なんて言うから、他に好きな人が出来たんだと思いっきり勘違いした。
そんなの、想像するだけで涙が止まらない…。
西「…ズビッ…………で……本当の事は何ですか…?」
ダージリン「……もう…もう、良いのよ……今はあなたの方が大事だもの……」
西「……ありがと………」
ダージリン「……ちょっと…もたれ掛からないでよ…」
西「さっきので力抜けて入んないです…」
ダージリン「…私にしがみつく力はあるくせに」
西「…それとこれとは別です」
ダージリン「もう………」
もうだめだ。今日はもう何もする気が起きない。
このままダージリンに抱きついて過ごそう………。
ダージリン「甘えん坊さん」
西「…何とでも言ってください。意地でも離れませんから」
ダージリン「ふふ」
~~~~~
続き
【ガルパン】西「四号対空戦車?」【5】