関連
【ガルパン】西「四号対空戦車?」【1】
【ガルパン】西「四号対空戦車?」【2】
◆2 "ヴェニフーキ"
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【とある日 聖グロリアーナ女学院】
「これが聖グロリアーナ女学院…」
夏の暑さが落ち着いてきた頃、私は聖グロリアーナ女学院に転校することになった。
「今までは留学をされていた…と」
「はい。父の仕事の都合で、中学卒業後はイギリスのインターナショナル・スクールに通っておりました」
「それでしたら我が校の校風にも馴染みやすいと思います」
「ええ。英語は苦手ですけど、どうか宜しくお願いいたします」
「こちらこそ。よろしく」
諸々の手続きを経て、私は晴れて聖グロリアーナ女学院の生徒となった。
校舎のデザイン、学校の雰囲気、生徒の口調、何をとっても"お嬢様"な学校だった。
私はお嬢様でも何でもないけれど、果たして馴染めるのだろうか。
「初めまして。ヴェニフーキと申します」
「ヴェニフーキ? 聞き慣れない名前ですわね」
「一体どのような紅茶の品種なのでしょう」
聖グロリアーナの生徒は、幹部クラスや将来を期待された優等生に紅茶に因んだニックネームを与えられる。
ダージリン、アッサム、ルクリリ、オレンジペコ、ローズヒップ………
ただ、私は最初から"ヴェニフーキ"というニックネームを頂いた。
過去の経験がそのまま評価され、聖グロリアーナOGから直々に名前を授かった。
「あの、ヴェニフーキ…さん?」
ヴェニフーキ「何でしょう?」
「その、目の下にクマが出来ておりますわよ?」
ヴェニフーキ「…」
「お体が優れないのでしたら無理をなさらずに」
ヴェニフーキ「大丈夫です。ありがとう」
「…」
「何だかヴェニフーキさんって無愛想ですわね…」
「顔色悪そうだし目つきも悪いし…」
「留学先で何かあったのかしら?」
「問題を起こさなければ良いけど…」
【聖グロ 練習場】
「あなたが新しく転校された方ですね?」
ヴェニフーキ「初めまして。ヴェニフーキと申します」
アッサム「私はアッサム。聖グロリアーナの隊長を務めています」
オレンジペコ「同じく、隊長車の装填手を担当しているオレンジペコです。どうかよろしくお願いします」ペコリ
ヴェニフーキ「宜しくお願い致します」
必修科目は戦車道を履修した。
戦車道が行われる練習場へ行ったら隊長と装填手がやってきた。
本来ならこちらから出向くべきだったが、ご丁寧に先に来て色々案内して下さった。
どうやらOG会からの紹介ということもあって、手厚く饗してくれるようだ。
ローズヒップ「いっきますのよぉー!!」
戦車道へ参加したら、いきなり紅白戦を行うことになった
私は過去に戦車道をやっていたということもあってか、クルセイダー巡航戦車の車長に選ばれた。
同じクルセイダー乗りには一年生のローズヒップさんがいて、その配下にジャスミン、クランベリー、バニラという名の3人の部下がいる。
ローズヒップさんの掛け声とともにクルセイダー隊が猛スピードで走り出す。
この手のスピードのある戦車は乗っていて悪い気はしない。
かつての学校では似たような戦車に乗っていたし、行進間射撃も得意だったからだ。
『勝者 紅組!!』
そして試合は私達が勝った。
相手のフラッグ車であるチャーチル歩兵戦車の背後に回り込み、至近弾を浴びせて走行不能にしてやった。
クルセイダーと違いチャーチルは重装甲ではあるが、その分機動性に劣る。
接近して回り込むことは難しくはなかった。
この結果に隊長は相当驚いたらしい。
アッサム「…まさか私達が白旗をあげるとは」
ヴェニフーキ「偶然です。勝負は時の運とも言うものですから」
アッサム「ですが運も実力の内と言います。あなたの強さを改めて実感しましたわ」
オレンジペコ「あの、ヴェニフーキ様」
ヴェニフーキ「何でしょう」
オレンジペコ「留学先は相当な強豪校だったりします?」
ヴェニフーキ「かつてはベスト4に入るほどの実力はありました」
オレンジペコ「わぁすごい…!」
アッサム「それは頼もしい。あなたの活躍、期待してますわよヴェニフーキ」
ヴェニフーキ「身に余るお言葉です」
戦車乗りとしての評価は概ね良好のようだ。
なにしろ聖グロは強豪校だから力不足では困る。
ヴェニフーキ「…今日も異常はありませんでした」
『そう。さすがに何日も時間はかけられないわね』
ヴェニフーキ「ええ。私としても早く解決したいです」
『そうね…。向こうから出てこないのなら、こちらからアクションを起こしてみたらどうかしら』
ヴェニフーキ「アクション?」
『ええ。揺さぶってみるの』
ヴェニフーキ「…揺さぶる?」
『ええ。それでボロが出るように誘導して』
ヴェニフーキ「私ならまだしも、相手はアッサム様です」
ヴェニフーキ「そう簡単にボロを出すとは思えない」
『そうなのよね』
『ここは"ブランデー入りの紅茶"をやってみてはどうかしら』
ヴェニフーキ「私もアッサム様も未成年なのですが、未成年飲酒でもしろと?」
ヴェニフーキ「というか、あなたもまだ10代ですよね」
『ふふっ。あくまで"ブランデー入りの紅茶"は比喩よ』
ヴェニフーキ「良かった。てっきり呑んだくれにでもなったのかと」
『…失礼ね。お酒はあなたが無事に帰ってきた時にいただくわ』
ヴェニフーキ「私が帰ってきても未成年なら許しませんよ?」
『ふふ。手厳しい』
ヴェニフーキ「…それで、その作戦というのは?」
『それはね…』
私は単なる転校生じゃない。
私が聖グロに来た目的は…
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【知波単学園 練習試合】
西「お久しぶりであります! ペコ太郎! アッサムさん!」
アッサム「ごきげんよう。絹代さん」
オレンジペコ「ですからそのペコ太郎というのはやめてくださいと…」
西「あはは。結構気に入ってますよこの呼び方!」
オレンジペコ「絹代様が気に入っていても私がダメというのだからダメなのです」
西「ええー…」
オレンジペコ「えーもびーもありません」
アッサム「ふふっ。無事に退院できて良かったです」
西「おかげさまで健康体です。この通り逆立ちも出来ますぞ! よっと!」
アッサム「ちょっ! スカートですのよ!?」ワタワタ
西「あはは。冗談ですよ」
オレンジペコ「元気なのは相変わらずですね」アハハ
退院して知波単学園に戻ってから数日後、聖グロから練習試合の申し込みがあった。
新たな戦車を迎え、編成を変えた我がチームがどれほど成果を出せるか知りたかった。
あと、久しぶりにダージリンにも会いたかった。
だから二つ返事で承諾した。
西「…あれ? ダージリンは?」
オレンジペコ「あっ…」
西「?」
アッサム「ダージリンは…その、休養中でして…」
西「えっ!?」
オレンジペコ「日頃の疲れが出て、体調を崩しちゃったみたいで…」
西「そ、そうなんですか…」シュン
西「でしたら、せめてお見舞いでも!」
アッサム「そ、それはなりません!」
西「え? どうしてですか!?」
アッサム「あなたも御存知の通り、ダージリンはプライドが高いのです」
アッサム「…だから弱ってる姿を見られることは、ダージリンにとって好ましくありません」
オレンジペコ「絹代様のお気持ちはわかりますが、私達も面会は控えておりますので…」
西「そうなんですか………」
ダージリンのことを聞いたとき、明らかに様子が変だった。
まるで、何かを隠しているような…。
結局、その隠し事が何なのか判明することなく、モヤモヤした状態で練習試合は行われた。
試合は我々知波単学園があっけなく勝利した。
私達が強くなったのか、ダージリン不在の聖グロが弱くなったのか。
何もわからなかった。何も得られなかった。
寂しい練習試合だった…。
【試合後 西の病室にて】
西「これだけあると一度じゃ持っていけないなぁ…」ガサゴソ
西「食べ物は一旦冷蔵庫に入れて、先に衣類とかを持って帰るか」
西「うおっ、なんだこれ!? 重たいぞ?!」グヌヌ
私は退院してからも病院には何度か足を運んでいた。
順調に回復しているか、異常がないか検査をするからだ。
それと入院中にお見舞いに来て下さった方々に頂いた品が相当な量なので、一度に全部持って行けず何度も往復しなければならん。
皆が手伝うと言ってくれたが、私事を仲間たちに手伝わせるのも申し訳ないから一人でやることにしたのだ。
オレンジペコ「あっ…」
西「ん?」
オレンジペコ「こ、こんにちは…絹代様」
西「おおペコ太郎! 先程の練習試合はありがとうございました」
オレンジペコ「その、こちらこそ…」ペコリ
西「あはは。お見舞いにも来て下さってありがとうございます」
オレンジペコ「いえいえ、どう致しまして」
西「ですが、御存知の通り、もう体はピンピンの健康体ですよ!」ピョンピョン
オレンジペコ「そ、そうですよね!」
西「うむ。これでいつでも戦車で突撃出来ますぞっ!」ハッハッハ
オレンジペコ「えへへ…」
なんだかペコ太郎の様子がおかしいな…。
というより、練習試合の時から聖グロの雰囲気がおかしい。
ダージリンもいなかったし、聖グロの皆さんもどこかよそよそしい。
何かあったのだろうか?
西「おや…顔色が優れませんな? 何かお困りごとですかな?」
オレンジペコ「い、いえ…。そういうわけでは…」
西「差し支えなければ私に悩みをお聞かせください」
オレンジペコ「………」
西「あ、でも言い辛い事でしたら、私でなくてもダージリンや他の先輩とかでも大丈夫です!」
西「溜め込んでいると心身に良くありません。…まぁ私が言えたことではありませんが」ハハハ
オレンジペコ「そう…ですよね…?」
西「ええ。無理は禁物です」
オレンジペコ「………」
西「…?」
オレンジペコ「………」
西「………」
オレンジペコ「………」
オレンジペコ「………………フゥ…」
しばらく無言の時間が続いて、決心したのかペコ太郎はようやく口を開いた。
そして、次の言葉が
私の逆鱗に触れた
「ダージリン様は聖グロリアーナ女学院を退学されました」
ぱりん
頭のなかで何かが割れる音がした。
西「………は?」
オレンジペコ「あの、ですから…ダージリン様は退学を…」
西「はは。ペコ太郎も冗談を言うようになったんですね?」
オレンジペコ「いえ…冗談ではなくて…」
西「…」
オレンジペコ「…あ…あの…」
西「………で、どういうこと?」
オレンジペコ「ひっ!?」
西「教えてくれますか?」
オレンジペコ「…い…嫌ぁぁ……!!!」
この子は知らないかもしれないが。
ダージリンは退学したんじゃない。退学させられたんだ。
聖グロ一優秀なダージリンが理由もなく自ら退学を選ぶはずもない。
アイツらによって無理やり追放された。
考えれば考えるほど体の底からどす黒いものが溢れてくる。
西「………」
オレンジペコ「ち、ちがう…わたし………」
西「…やっぱりいいです。帰ってください」
オレンジペコ「…で…も……」
西「帰って…」
オレンジペコ「…ぁ……ごめん…なさい……」
西「ごめんね、ペコ?」
オレンジペコ「………」
最低なことをした。
あろうことか、報告に来てくれたペコに怒りを向けてしまった。
そして「帰れ」と追い払ってしまった。
…でも、そうしなかったら彼女に暴言を吐き散らしていたかもしれない。
胸ぐらをつかんで怒鳴り散らしたかもしれない。
壁際にあった花瓶を彼女めがけて投げてたかもしれない。
本当に取り返しのつかない事をしてしまったかもしれない。
本当に…
西「………そが」
「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁああああ!!!!」
犯人はわかってる!!
あいつらだ! あいつらがダージリンを葬った!!
何の苦労も知らない腑抜けな連中が! 誰よりも苦労して誰よりも頑張ったダージリンを突き落とした!!!
― 彼女もまた、聖グロの隊長としての"宿命"を背負っているの
― ええ。ダージリンもOG会に縛られているわ…
― 貴族たちの"機嫌"を損ねてしまった
― OG会の采配一つで隊長どころか学園からも追放することも出来るから
何がOG会だ!!!
他人の旨い汁啜ってブクブク肥え太った阿婆擦れの掃き溜めじゃないか!!
生まれてこの方何一つ苦労せず老いぼれてった阿婆擦れ共が苦労しか知らないダージリンに手をかけやがってッ!!
視界が赤くなっていく。
OG会がダージリンに接近する姿が脳裏に浮かぶ
退学を宣告されて青ざめるダージリンの顔が脳裏に浮かぶ
積み重ねてきたものを破壊されたダージリンの絶望感が頭から離れない!!
「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああァァァァァァァぁぁぁぁあぁああぁぁぁああああァァァァァァあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああガがかカかがぁかがガぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!」
「ちょっと!なにやってるの!!誰か来て!!誰かぁぁ!!!」
「とにかく押さえろ!! 早くロープをもってこい!!」
どれだけ暴れてもゴボゴボと怒りが溢れてくる
どれだけ叫んでもダージリンの青褪めた顔が頭から離れない
どうしてダージリンが。ダージリンだけがこんな目にあわないといけないのだ
どんだけ叫んでも怒りが収まらない。
頭から必死に追い出そうとしても次から次へとその光景が捩じ込まれて記憶が蘇る。
頭がおかしくなりそうだ。
「クソったれがぁぁぁぁぁぁアァァァァァぁぁぁぁああああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあああぁァァァァァァぁぁああああ!!!!!!!」
「舌を噛んじまうぞ! 口に布を詰め込め!!」
「とにかくベッドへ! 早く縛り付けろ!!」
「こらっ! 暴れるな!!!」
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西「………グ…ムグゥ…」
「…落ち着いたかしら?」
西「グゥ…ムグゥゥ…」
「ああ、ハイハイ。今取ってあげるわよ」スッ
西「ハァハァ………落ち着くわけないでしょう……というよりこれ解いて欲しいんですが」
「出来れば解きたくないんだよね。また暴れそうだから」
西「………」
「何しろあなた相当発狂してたから」
西「………」
「顔は真っ赤にして涙と鼻水でグチャグチャ。暴れ回ったせいで部屋は荒れ放題…」
西「………」
「最初見た時、悪霊に取り憑かれたのかと思ったほどよ?」
「あまりの奇行だったから、先生方が精神病棟へ移すべきかって話し合ってるわ」
西「………」
「何か嫌なことでもあったの?」
西「…嫌なこと過ぎて何もかもブチ壊したくなる気分ですね」
西「こんなに頭に来たのは生まれて初めてですよ」
「それ、他の先生に言わない方がいいわよ。間違いなく精神病棟へ送られるわ」
西「…」
駆けつけた医師たちに押さえつけられ、そのまま束縛されて精神安定剤を打たれ、現在に至る。
どうやら精神科のお世話になるほど狂ってたらしい。
私は言葉通り怒りで我を忘れて暴れていた。
ダージリンが受けた仕打ちが、怒りが、苦痛が…私の脳に鮮明に映った。
当事者でもない私ですらここまで腸が煮えくり返る思いをするのだから、ダージリンは………。
しばらくして、精神科医が来てカウセリングを受けた。
原因を聞かれたのでありのままに答えた。
そうしたらもうしばらく入院しろという。冗談じゃない。
ダージリンが今も苦しんでいるのに、のんびり布団になんか入ってられるはずがない。
薬だけ貰えばあとは何とかすると言って入院だけは回避した。
『はい』
西「お久しぶりです。西です」
『あら、お久しぶり。お元気でした?』
西「ええ。数人に押さえつけられるほど元気ですよ」
『…それはそれは元気そうで何よりですわね』フフ..
カウンセリングを終えたあと、電話をかけた。
入院中にお世話になった人で、ダージリンの事をよく知っている人だ。
あいにくダージリンの連絡先は知らないし、ペコにはさっき酷いことをしてしまった。
そうなると頼れるのはこの人しかいない。
西「それで、用件なのですが」
『ん? 何かしら?』
西「またアールグレイさんと一緒にお茶をしたいなぁ。と思いまして」
アールグレイ『あらあら。絹代さんから誘ってくれるなんて嬉しいわ』
アールグレイ『…でも、ごめんなさい。今は忙しくてしばらく予定を開けられそうにないの…』
西「そうですか。残念です」
西「一緒にダージリンのお話でもしようかと思いましたのに」
アールグレイ『………』
「首を横には振らせないぞ?」と言わんばかりにアールグレイさんにそう告げる。
このとき私は相当歪んだ顔をしていたに違いない。
ペコが小動物のように怯え上がるくらいに。
アールグレイ『…そうね。また時間がある時にでも』
西「それでは困るんですよ」
アールグレイ『あら、どうしてかしら?』
西「ちょっと急いでいるものでして」
アールグレイ『急いでる?』
西「ええ。あなたならご存知のはずです」
西「聖グロリアーナから退学者が出たことを」
アールグレイ『………』
西「………」
アールグレイ『それ、どこで聞いたの?』
西「直接お会いしてお話をしたいです」
アールグレイ『…わかりました。予定を空けましょう』
『退学者』と口にするや否や、アールグレイさんの雰囲気が変わった。
『なんでお前がそれを知ってるんだ?』と言わんばかりに。
彼女もまたダージリンの退学について何か知っているのだろう。
…いや、知らないはずがない。
なぜなら彼女はダージリンの育て親みたいなものだから。
【数日後 とあるカフェにて】
西「お久しぶりです。アールグレイさん」
アールグレイ「ええ。無事退院できて良かったわ。少し痩せたかしら?」
西「そうかもしれませんね。これもアールグレイさん始め、聖グロの皆様のおかげです」
アールグレイ「ふふっ。お上手ね」
アールグレイ「…でも」
アールグレイ「入院してた頃とはずいぶん雰囲気が変わったわね?」
西「どうしたものか、ここ最近頭に血が上りやすくなったみたいで。カルシウム不足でしょうか。ははは」
アールグレイ「それはそれは。お互い健康でいたいものね」
西「…さて、本題に入りたいのですが」
アールグレイ「その前に」
西「ん?」
アールグレイ「あなたがどこまで知ってるか、教えて下さらないかしら?」
西「ダージリンが、強制退学された。というところまで知っています」
アールグレイ「それは誰から?」
西「オレンジペコさんからです」
アールグレイ「………」
西「………」
少しの間沈黙が続いた。
アールグレイさんは言おうか言うまいか迷っているのだろう。
ダージリンのことはペコから聞いた。
練習試合の時は何も言わず語らずだったのに、あの時病院までやって来た。
そして私に打ち明けた。
本来なら身内の事であり、部外者である私に言うべきことではないはずなのに。
私がダージリンと親密な関係だったからだろうか。
それとも、これが意味することは………
アールグレイ「腸が煮えくり返る思いだったわ」
西「…!」
アールグレイ「OG会は私が手塩にかけて育てた後輩を切り捨てた」
アールグレイ「あろうことか根も葉もない噂をでっち上げて」
西「奇遇ですね。私も生きたまま腹を割かれ、内臓を引きずり出される気分でしたよ」
アールグレイ「そうね…まさにそんな感じ」
考えが整理される前にアールグレイさんが口を開く。
相当憤怒されたようだ。今まで見たことないくらい鋭い目をしている。
もっともそれは私も同じだろうけど。
知らない人が見たらこのまま殴り合いでも始めるんじゃないかと勘違いするほど、私達は殺気立っていたに違いない。
小洒落たカフェにはあまりにも似つかわしくない。
西「彼女から話を聞いた次の瞬間には、その時その場の光景がぶわっと浮かび上がって」
西「他のことを考えて気を紛らわそうにも、ゴボゴボと怒りが溢れるばかりで」
西「だんだん視界が真っ赤になっていって」
西「気がついたら病院のベッドに縛られて、精神安定剤を打たれていました」
アールグレイ「そう…」
西「こんな私のような破落戸であれば切られるのはわかります」
西「しかし、何故、あなたも認める聖グロ一の優等生は切られたのですかね?」
アールグレイ「………その目、私に向けないでくれるかしら?」
西「えっ…?」
アールグレイ「私はあなたが考える"悪者"ではないことはご存知でしょう?」
西「? 失礼」
アールグレイ「牙は最後まで仕舞っておきなさい」
悪者…ダージリンを葬ったOG会のことだ。
アールグレイさんもまたOGの一人だが、連中とは別だと言いたいのだろう。
牙を向けたつもりなど一切無かったが、アールグレイさんに窘められた。
…私はそんなにも怖い顔をしているのか?
そういえばあの時、ペコにも怯えられた。
まるで暴漢にでも襲われたかのような顔をしていた。
顔に出ていたのかもしれない…。
アールグレイ「ところで、精神安定剤がどうとか言ってたわね?」
西「ええ。それが何か?」
アールグレイ「もしも持っているのなら、今のうちに飲んだほうが良いわよ」
西「?」
アールグレイ「間違いなく、あなた発狂するわ」
西「!」
"あなた発狂するわ"
それは私を発狂させるには十分すぎるくらいの事実が待っていることを意味する…。
その言葉だけで既に発狂しそうなくらいだ。
言われるがままに精神科医から貰った薬を呷る。
しばらくすると薬が効いて気分が落ち着いてきた。
…というより、全ての事がもうどうでも良くなった。
あれほど怒り狂ったダージリンのことも、数錠の薬で興味を失ってしまう。
悲しいことだなぁとは思ったけれど、薬のせいで悲しくはならなかった。
アールグレイ「…そろそろ効いて来たかしら?」
西「ええ。先程までの苛立ちが嘘みたいです。薬って怖いですよね」
アールグレイ「…怒ってたからじゃなかったのね」
西「えっ?」
アールグレイ「何でもないわ。…薬を飲むのも程々にね?」
西「…話の続きをお願いします」
アールグレイ「…」
アールグレイ「それで、ダージリンの退学理由だけれども」
アールグレイ「"素行不良"よ」
西「素行不良? あのダージリンが?」
アールグレイ「そう」
西「あはは。まるでダージリンには当てはまりませんね」
アールグレイ「当然よ。あくまで"取って付けた"理由ですから」
西「つまり、退学の理由はこじつけで、他にあるということでしょうか?」
アールグレイ「ええ」
アールグレイ「ダージリンはOG会を敵に回し続けた」
アールグレイ「その結果、OG会による根回しでダージリンは学園を強制追放された」
西「あなたは確か前に、ダージリンが"貴族の機嫌を損ねてしまった"と言いましたね?」
アールグレイ「ええ」
西「私が知る限り、『クロムウェル』という戦車を導入したことしか思い当たる節がありません」
西「それはOG会にとって、そこまで不快な出来事なのでしょうか?」
アールグレイ「確かにOG会の意に反する戦車の導入は、反感を買う結果となった」
アールグレイ「でも、それは些細なことで、今回の原因にはならないわ」
西「では何故?」
アールグレイ「OG会がダージリンを追放するための根拠は2つ」
西「…」
アールグレイ「一つは成績不振による隊長としての"信頼の喪失"」
アールグレイ「もう一つは頻繁に他校の生徒の元へ足を運ぶという"不純交遊"」
アールグレイ「この2つが聖グロの生徒として"不適切"と判断され、ダージリンは退学をさせられた」
西「…なるほど」
西「それってつまり、ダージリンが退学したのは」
西「私が原因ってことですよね」
アールグレイ「…」
西「成績不振…今行われている大会の初戦で、私が聖グロを打ち負かしたことでしょう。手も足も出ないほどに」
西「不純交遊、これは私の病室にダージリンが何度も寝泊まりしたことですね」
アールグレイ「そうね…」
西「結果として…それらが…私が…ダージリンを破滅に追い込んだ」
アールグレイ「…」
西「私が…ダージリンを………………」
俯いたら涙が出た。薬が効いているはずなのに。
だけどそれを拭おうとも思わなかった。
薬のせいでもうそんな気力も湧かない。
私がダージリンを潰した。
ダージリンは常に私を助けてくれたのに、私はダージリンを助けるどころか地獄へ突き落とした。
どれだけ泣こうが嘆こうが、ダージリンはもう聖グロにはいない。私のせいで。
それでも私は泣くことしか出来なかった。
薬で怒りは抑えられても、涙だけは止めてくれなかった。
泣いて全部帳消しに出来れば良いのに、私が懺悔すれば全部許してくれたら良いのに。
そして、アールグレイさんが、
冗談よ。全部ウソ。ダージリンは退学なんてしてないわ。
って言ってくれるのをずっと待ってた。
でも、とうとう何も言わなかった…。
アールグレイ「薬、効かなかったわね…」
西「………」
アールグレイ「…」スッ
西「………」
アールグレイ「ダージリンの現住所よ」
アールグレイ「もしもあなたに思うことがあるのなら、直接会って打ち明けなさい」
西「どうして…」
アールグレイ「その方があなたも彼女も多少は納得できるでしょう」
西「どうして…私を責めないのです………」
アールグレイ「…」
西「あなたが…大切に育てた人を葬ったのは…私なのに………」
アールグレイ「葬ったのはあなたじゃない。OG会よ」
西「その原因をつくたのは私です……」
西「もし私が逆の立場だったら…掴みかかって喉笛を噛み千切ってた…」
西「なのに……」
アールグレイ「私を人殺しにするつもりかしら?」
西「………」
アールグレイ「あなたなら分かるでしょうけど、今のダージリンは全てを失ってしまったわ」
アールグレイ「だから、」
アールグレイ「"ダージリンが困った時は、どうか助けてやって下さい"」
西「……………私で…いいの……?」
アールグレイ「ええ。もうあなたしかいない」
悲しいお茶会は終わった。
泣き腫らした目で紙に書かれた住所を確認し、そこへ向かった。
距離はそこそこあったが、ウラヌス…愛車に跨がればあっという間だった。
たどり着いたのはそこそこ大きな屋敷だった。
何も考えず、呼び鈴を鳴らすと女性が出てきた。格好からして家政婦だろうか。
私の顔を見て不審な顔をするので、挨拶と自己紹介をして、ダージリンに会いに来たという旨を伝えた。
しかしダージリンは面会を拒絶しているとのことだ。
ここにいるのかと尋ねたら、はいと答えたので、西が来たとお伝え下さいと言う。
しばらくすると、家政婦が戻ってきた。そして面会は出来ないと拒否される。
なので、ダージリンに会うまで帰らないと言ったら家政婦さんも観念したようで、ダージリンの部屋まで案内してくれた。
【ダージリンの部屋】
西「お久しぶりです。絹代です」
西「ダージリン、いますか? 開けますよ?」
扉の向こうからの返事はない。
家政婦によると帰省して以降、ずっと閉じ籠もっているとのことだ。
となれば10日近くこの状態ということになる。
嫌な予感がしたので、扉の向こうからの答えを待たずに扉をこじ開けた。
ダージリンの部屋は聖グロのような英国風の絢爛豪華なものを想像していたが違った。
床に絨毯が敷いてあって、机があって、ベッドがあって、本棚があって…。
おそらく普通の女の子の部屋だろうと思うくらいにはシンプルだった。
それだけに"淑女"に憧れ聖グロに来たダージリンのことを想うと胸が痛い。
ダージリン「………」
西「ダージリン……」
ダージリン「来ないで」
西「っ…」
ダージリン「何で来たの…」
西「ダージリンが退学したと聞いたので、居ても立ってもいられなくて…あはは」
ダージリン「………」
西「その、大丈夫ですか?」
ダージリン「余計なお世話よ………」
西「あはは…」
部屋には寝間着姿(ネグリジェと言うらしい)のダージリンがいた。
髪はボサボサで、光を失った目の下には隈ができている。
あまりのショックで満足に眠ることも出来なかったのだろう。
かつての凛々しいダージリンの面影は無く、別人かと思うくらい変わり果ててしまった。
無理もない。今まで積み重ねてきたものを一気に崩されたのだ。
そんな酷い仕打ちを受けてなお平静を保てる人間などまずいない。
ダージリン「それに…私はもう"ダージリン"じゃない………」
西「それでは何と呼べばいいですか?」
ダージリン「呼ばなくていい。…さっさと出ていって」
西「…」
ダージリン「私はもう、あなたの思ってるような私じゃない」
ダージリン「…だから、私のことは放っといて」
ダージリンの視線は鋭利で、返ってくる言葉は冷たい。
入院中に一緒に過ごしたあの時間が嘘のように…。
あの時馬鹿な私に付き合ってくれた優しいダージリンは、今では"早く出ていけ"と目が語る。
いや、"お前のせいで私は全てを失ったのに、いけしゃあしゃあと来やがって"と言っているのかもしれない。
私のせいでダージリンは退学させられたのだから…。
ただ、不謹慎極まりないけど…まずは安心した。
何故ならダージリンは生きていたから。
あれだけ酷い仕打ちを受けたのだ。世を儚んで生命を絶つことだって十分考えられる。
もしもそんな事があったら………
西「ダージリンに生きて会えて良かったです」
ダージリン「何よそれ。意味がわからない…」
西「でも、あり得ない話でもない」
ダージリン「楽に死ねたら良いわね。いっそのこと」
西「ダージリンが死ぬなら、私も死のうと思います」
ダージリン「…好きにすれば?」
西「ええ」
ダージリン「………」
冗談を言ったつもりは一切ない。
もしも扉を開けて、ダージリンが"もういない"とわかったら、私も後を追いかけるつもりだった。
ダージリンのいない世界に未練なんかない。
ダージリン「で、何の用?」
西「ダージリンに謝罪しに来ました」
ダージリン「…謝罪?」
西「私のせいでダージリンがこんな事になってしまったから」
ダージリン「入院してただけでしょ…」
西「それが"不純交遊"とみなされたと」
ダージリン「アールグレイ様ね。…余計なことを」
西「アールグレイさんもあなたの事を心配していました」
ダージリン「…」
ダージリン「………別に」
西「ん?」
ダージリン「別に、あなたは何も悪くない。…だから気にしなくて良い」
西「何故です?」
ダージリン「…いくら聖グロだからって、不純交遊があっても一度で退学は無い」
西「聖グロの校則はわかりません。しかしアールグレイさんはそのように…」
ダージリン「仮にそんなことがあっても、まず注意か停学」
西「…」
ダージリン「実際それで停学になった子を何人か見てきた」
ダージリン「…中には退学した子もいるけど」
ダージリン「だからといって即退学はあり得ない」
西「なら、成績優秀で聖グロの隊長を務めるダージリンなら尚更なはずです」
ダージリン「…」
西「…」
ダージリン「OG会の"私刑"よ」
西「…私刑?」
ダージリン「OG会は私を退学させたかったから退学させた。それだけ」
ダージリン「理由なんてどうでも良い」
西「…」
ダージリン「あの人達は私が気に食わなかった。だから、成績不振だの不純交遊だのと、理由を作った」
ダージリン「そして、強制的に追い出した」
西「…」
ダージリン「満足した?」
西「…」
ダージリン「私から話すことはもう無い。だからもう帰って」
西「…」
ダージリン「私のことなんてもう忘れて」
西「薬が効いてて助かりましたよ」
ダージリン「はぁ?」
…実を言うと、ダージリンのところへ行く前に、また精神安定剤を飲んだ。
そのおかげで、こうやってダージリンと"普通に"会話をすることが出来る。
でなければ変わり果てたダージリンを見て、冷たい眼差しと鋭利な言葉で串刺しになって、私はまた発狂した。
それ以前に、ここまで来ることが出来たか怪しい
西「薬がなかったら、この部屋が滅茶苦茶になるほど暴れ回ってたでしょうな」
ダージリン「発狂するなら他所でやって。迷惑だから」
西「聖グロの私刑に比べりゃ穏やかな方ですよ」
ダージリン「…」
西「虚偽の風説をばら撒いて」
西「意義を申し立てる間もなく退学・追放」
西「まるで恐怖政治ですね。あははは」
ダージリン「…酔ってるの?」
西「お酒じゃなく薬ですね。おかげでこうやって減らず口が叩けるんですよ。あはははは」
ダージリン「あっそう」
西「あはは。ペコからダージリンのことを聞いた直後」
西「まるで、自分がダージリンになったみたいに、頭の中でその光景が鮮明に再現されて」
西「頭がおかしくなるほど頭にきて」
西「気づいたらベッドに縛られてました。ははは」
ダージリン「………」
西「それで精神安定剤を処方されました。…今日はまだ2度目ですけど。あはは」
ダージリン「やめて」
西「ん?」
ダージリン「そんな薬飲まないで」
ダージリン「そして私のことなんてさっさと忘れて」
ダージリン「無関係なあなたにまで気遣われるのが一番迷惑」
西「…」
ダージリン「これは私だけのことだからあなたは関係ない」
ダージリン「二度と私と関わろうなんて思わないで」
西「………」
ダージリン「私はもう聖グロの人間じゃない」
ダージリン「だからもうあなたと会うことも無い」
ダージリン「あなたは自分や仲間のことだけ考えていれば良い」
ダージリン「そうすればすぐに忘れられる」
西「あははは。無理ですよ無理」
ダージリン「…あんた、私を怒らせたいの?」
今までダージリンを怒らせたことなんて何度もあった。
デコピンされたり、引っ叩かれたり、ツネられたり。
土手っ腹に鉄拳を食らったこともあった。
だけど、今のダージリンは本当に怒った顔をしている。
いや、怒った顔というより、嫌悪や憎悪といったもので満たされた顔だ。
このまま何か言い続けたら手に持った花瓶を私めがけて投げつけるだろう。
当たったら痛いだろうな。きっと血が止まらなくなるだろう。
だけど、それでダージリンの鬱憤が少しでも晴れるのなら、私は構わない。
私はそのまま話を続けた。
ダージリン「早く出て行け…!」
西「私が病院で押さえつけられた日から、アールグレイさんと会った今日まで」
西「ダージリンを苦しめた輩に対する怒りと、ダージリンの受けた苦痛が自分のモノとして同時に襲いかかってきて」
ダージリン「聞こえなかったの? 早く出て行けって」
西「頭の中すっちゃかめっちゃかになって、おかしくなりそうだったから」
西「結局薬を絶つことも、ダージリンを忘れることも出来ませんでした。あはははは」
ダージリン「………な、なによそれ…馬鹿じゃないの!?」
西「目を閉じればダージリンの苦痛が明瞭に再現されて、私が処刑されてるみたいに苦しくて」
西「薬を飲んで抑えようにも、数時間後には効き目が切れる」
西「そうするとまた…あはははは」
ダージリン「やめて」
西「寝て紛らわそうにも、夢の中にまで出て来るせいで思うように眠れなくて」
西「医者や看護婦、他の患者がOG会に見えてきて…」
西「しまいには薬の副作用なのか体が震えだして」
西「ダージリン助けるつもりだったのに逆にダージリンを苦しめてたと知ったら」
西「とうとう薬が効かなくなってしまったんですよね。あはははは」
西「そしたらだんだん生きてるのが辛くなって」
ダージリン「やめて……」
西「早く死ななくっちゃって」
西「最低な人間をこの世から消せるって思ったんです」
西「だけどダージリンが苦しんでるのに私はまた逃げて」
西「最期まで屑だから。わたしは」
西「屑らしく見窄らしく死んで、それで償おうと」
ダージリン「…もう…やめて………」
西「あの時、ダージリンと一緒に食べたパイを切った包丁を探したのですが」
西「何処にも無かったんです」
西「きっと医者が撤去したんですね。私がパイにならないようにって」
西「ダージリンがくれたティーセットも割れたら破片が凶器になるから」
西「ダージリンと作ってたチャーチルのプラモデルも工具やランナーで目を突いてしまうって」
ダージリン「…やめてってば………」
西「死のうと思って使おうとしたものなんですが」
西「プラモデルも、ミートパイも、ティーセットも」
西「みんな、ダージリンと一緒に過ごした思い出だったんですよね」
西「…だけど、」
西「みんな取られちゃいました。あははははは」
ダージリン「………ッ…」
だけどもう涙も出なかった。
アールグレイさんの前であれだけ泣いたせいで。
そんな私の代わりにダージリンが涙を流す。私のせいで。
謝りに来たのに、謝るどころか余計にダージリンを困らせてる。
私はどれだけ迷惑な存在なんだろう。
ダージリン「何よ…あなたまで不幸になっちゃったじゃない……」
西「ダージリンを不幸にした私のせいなので自業自得です」
西「私がいなければ、ダージリンがこんな目に合うこともなかった」
ダージリン「…私が…あなたの所に入り浸り過ぎたからよ……!」
西「私が入院しなければ…そうなることもなかった…」
ダージリン「違うッ!! どうしてわからないのよ!!!」
西「ははは…。わからずやです…さ、最低な人間…ですよね……あは、あはははは…」
ダージリン「あなた…手が震えてるわよ…?」
西「薬…切れちゃったみたいです…あはは…ははは……」
西「さ、最近…すぐ切れるようになったんですよね…あはははは」
ダージリン「いっ、一体どれだけ飲んでるのよ…!」
西「…ウラヌスに乗ってる時…運転中にダージリンのこと…考えたら…」
西「私が…ダージリンを…葬ったって…」
西「絶対……死にたくなるから………飲んで……あははは……」
フラッ
バタッ
ダージリン「っ!!」
西「…ぅぅ………」
ダージリン「ちょっと、しっかりしなさい!!」
西「…あはは…だいじょ…ぶ……ちょっと目眩がする…だけ……あははははは」
ダージリン「そんなわけないじゃない! 立てなくなるなんて異常よ!!」
西「…あはは……」ブルブル
ダージリン「と、とにかく、ベッドに入ってなさい!」
西「あははは………ダージリン…」
ダージリン「お医者様呼んでくるから待って!」
西「…ダージリン……」
ダージリン「いい? 絶対に大人しくしてるのよ?!」
西「……ダージリン……………」
ダージリン「な、なに?!」
西「………ふるえ……とまるまでで…いい………」
ダージリン「えっ…?」
西「…ごめん…なんでもない……………」
ダージリン「………」
ダージリン「…わかったわよ。お言葉に甘えてここ居させて頂くわ。…だから…」
ダージリン「だから……泣かないで…お願い………」
西「……ありがと…………」ツー
ダージリン「………ばか…」
悲しくて、寂しくて、情けなくて…
薬の効果が切れるにつれて色んなものが頭の中に入り込もうとする。
ダージリンが退学になったこと
その退学の原因が自分にあること
私のせいでダージリンが苦しんだこと
ダージリンの冷たい視線を浴びたこと
体は震えるし頭は殴られたようにガンガンする。
もう出ないと思ってたのにまた涙は止まらなくなるし…。
~~~
西「…わたし…最低だ………」
ダージリン「どうして?」
西「…ダージリンに謝って…助けるために来たのに…」
西「また…ダージリン困らせちゃった………」
ダージリン「…大丈夫よ。あなたのお陰で私も幾分か気が楽になったから」
西「そんなんじゃ…駄目だよ…」
ダージリン「えっ?」
西「ずっと頑張ったのに…退学になったら…」
西「何のために今まで頑張って来たのかわかんない……」
ダージリン「!!!」
西「……皆に火の粉が降りかかるの嫌だから…全部一人で背負ったのに…」
西「OG会の仕打ちも…全部耐えてきたのに…」
西「ずっと…嫌なこと我慢して…頑張ってきたのに………………」ツー
ダージリン「なんで……」
ダージリン「なんであなたが知ってるのよ………!」
西「………」
ダージリン「…アッサムにも…ペコにも言ってない…誰も知らないはずなのに………」
西「わかるよ…ダージリンのことだもん…」
西「そうじゃなきゃ…こんな薬飲まない………」
ダージリン「………ばか…」
戦車道を廃止にするという宣告を受けてから、私は結果を残すために死に物狂いだった。
だから、私の戦車道は今もまだ続いている。
…でも、同じように、血の滲むような努力をして隊長まで上り詰めたダージリンは
何もかも失った。
それが許せなかった。
誰も知らないところで、誰よりも苦労を重ねたダージリンが、誰よりも酷い仕打ちを受けた。
安全面に考慮された戦車道で人が死ぬことはまずない。
だけど…
隊長を降格させられ
ありもしない噂をばら撒かれ
そして抗議する時間も与えられず学園から追放され
聖グロリアーナ女学院の隊長としてのダージリンは"抹殺"された。
その事実はどれだけ発狂しても泣き叫んでも、もう私の頭から消えそうにない。
西「…ごめん…ダージリン…」
ダージリン「……別に良いわよ」
西「…」
ダージリン「他の学校を探せばいいだけのこと…」
西「…」
ダージリン「学校が駄目なら就職すればいい」
ダージリン「アルバイトとかならきっと何処かが雇ってくださるはず」
ダージリン「あわよくば誰かのところに嫁ぐって道もあるかもしれないわね」
西「…っ……」
ダージリン「だから、あなたが心配することなんて何もないわよ」
西「………」ツー
ダージリン「…どうして泣くのよ」
西「…そうなると……ダージリンとはお別れなんだなぁ…って………」
ダージリン「大袈裟ね。今生の別れじゃあるまい」フキフキ
~~~
西「…ハァ……」
ダージリン「…落ち着いた?」
西「…多少は………ごめん……」
ダージリン「そう…。飲み物でも持ってくるわ」
西「ダージリンは大丈夫なの…?」
ダージリン「ええ。…完璧ってわけじゃないけれど」
ダージリン「でも、あなたのお陰でだいぶ楽になった」
ダージリン「ありがとう。絹代さん」
西「…そっか……」
ダージリン「すぐ戻ってくるから首吊ったり舌噛んだりしないでよ?」
西「………」
ダージリン「約束破ったら地獄の果てまで追いかけ回すわよ?」
西「…」
ダージリン「それが嫌なら大人しく待ってなさい」
西「…ダージリンがいるなら……地獄でも良いかな…って…あは、あははははは」
ダージリン「馬鹿なこと言わないで頂戴!!」
西「…ごめん。ダージリン………………」
ダージリン「………!」
その約束、きっと守れない。
あんなにズタズタにされた上に、今ダージリンがいなくなったら…。
ダージリン「…あなたが馬鹿なことを事を考えるならば、私も手段は選ばないわ」
西「…!」
ダージリン「ほら、手。後ろに回しなさい」
西「…」
ダージリン「…悪く思わないで頂戴。あなたが死んだら困るの」
西「…」
ダージリン「こうでもしないと心配なのよ…」
西「………」
また手足を縛られた。窓から飛び降りないようにと。
口には布を詰められ、その上からテープを貼られた。舌を噛み千切るからって。
だから返事をすることも出来ない。病院のときと同じ。
西「…」ツー...
ダージリン「ほら、泣かないの」フキフキ
西「…」
ダージリン「私が戻ってくるまで、大人しくしてるのよ?」
西「…」
ダージリン「安心して。私にそういう趣味は無いわ。戻ったらちゃんと解いてあげる」
西「………」
そう言い残して、ダージリンは部屋を出た。
部屋の外では家政婦の喜ぶ声が聞こえる。
なにしろ何日も部屋に引きこもっていた人が部屋から出て来たのだから。
あんな残酷な仕打ちを受けたのに、それでも復帰できるダージリンはすごい。
それに比べて私は…
西「…っ! っぐぅぅ!!」
薬が切れてくるにつれて、また頭の中に様々なものが押し掛けて来た。
様々な光景が頭の隙間に押し込まれ流し込まれ、グチャグチャと汚物をかき混ぜるように、次から次へとフラッシュバックして襲い掛かってくる。
これ以上入り込む隙間なんてないのに、僅かな隙間をこじ開けようと生々しい記憶が蘇る。
副作用のせいで体は震えるし、頭もガンガンする。
腸が煮えくり返って
辛くて
悲しくて
寂しくて
そして………
ガチャ
ダージリン「お待たせ。絹代さん」
コトッ
ダージリン「…絹代さん?」
西「………」
ダージリン「…?」
西「………」
ダージリン「絹代さん!!?」ガタッ
西「…ムグ……」
ダージリン「…ビックリさせないでよ………」
西「……ッグゥゥ…」
ダージリン「大丈夫? 今解くから動かないで」
シュルシュル
パサッ
西「…ハァ……ハァ……」
ダージリン「ほら、飲み物持ってきたら」
西「…ありがと……」
西「……っぅぅ…」ズキズキ
ダージリン「大丈夫…?」
西「…だ、大丈夫……薬が切れるといつもこうなるから…あははは………」
ダージリン「お医者様呼ばなくても平気?」
西「あはは…しばらくすれば…収まり…」
ダージリン「そうなの…?」
西「…うん……」
ダージリン「…もうあの薬は飲んじゃ駄目よ?」
西「………」
ダージリン「聞こえた?」
西「…善処…します」
ダージリン「善処じゃだめ。絶対」
西「…頑張る」
ダージリン「もう…」
西「…」
私だってこんな苦い薬、好きで飲んでいるわけじゃない。
こんな不味いものよりダージリンが淹れる紅茶が飲みたい。
入院中に何度もダージリンが淹れてくれた優しい味の紅茶は今でも忘れない。
それが叶わなくなったから、飲まなきゃいけなくなった…。
ダージリン「そっち行ってもいい?」
西「!! …だ…だめ!」
ダージリン「どうして?」
西「来ちゃだめ…」
ダージリン「理由は?」
西「だめ…だから……」
ダージリン「何か隠してるの?」
西「違う…」
ダージリン「なら良いじゃない」
ダージリン「寒いから私もベッドに入りたいのよ」
西「だ、だめ…」
ダージリン「だからどうして」
西「だめ…だから……」
ダージリン「私の部屋で私のベッドなのよ? あなたがどうこういう権限は無いわよ」
西「副作用…薬の…」
ダージリン「だったら尚更よ。…体、寒いんでしょう?」
西「違う…」
ダージリン「じゃぁ何よ…?」
西「さっきまで…抑えてたものが色々頭にめり込んで来て…」
ダージリン「ええ」
西「その………」
西「………」
ダージリン「また歯切れが悪い…。ハッキリ言って頂戴」
西「…頭のなかに……ダージリンが…その…一杯になって…」
ダージリン「!」
西「えっと………」
ダージリン「…」
「………優しく…抱きしめて欲しいなぁ…って………」
ダージリン「…」
西「…」
ダージリン「………」
西「…ごめん………」
ダージリン「…」
西「…薬の…副作用だから…気にしないで………」
ダージリン「………」
ダージリン「…良いわよ」
西「…え…あっ……!」
ダージリン「入るから。もっと奥へ行って頂戴」
西「だ…だめ………」
ダージリン「なに?」
西「また…ダージリンを不幸にする……」
ダージリン「何を今さら」
西「でも…」
ダージリン「…こんなに震えちゃってるじゃない」
西「!!!!」
生まれて初めて家族以外の人に抱きしめられた。
真っ黒になったコーヒーにミルクが注がれていくように、汚いものが浄化されていく錯覚がした。
頭に隙間さえあれば容赦なくねじ込まれた辛いもの、悲しいもの、苦しいもの
そういったものから解放されていく気がした…
ダージリンの腕の中は優しくて、暖かくて、安心できる
そんな場所だった…
西「…こわかった」
ダージリン「ん?」
西「ダージリンに…あんな冷たい目で………」
ダージリン「…ごめんなさい」
西「…うん……」
ダージリン「でも…」
西「…?」
ダージリン「あの時、絹代さんがあのまま帰っちゃったら…」
西「うん…」
ダージリン「もう未練なかった」
それはきっと私も同じだと思う。
あの時は薬の効果が残っていたから平気だったけど、あのまま帰って薬が切れたら。
私はきっとこの世にはいなかったと思う。
そう考えると最悪の事態を回避することができたのかもしれない。
ダージリンの腕の中で少しだけ安堵した。
………だけど、
ダージリン「ふふっ。温かいわね絹代さん」
西「…あの、ダージリン…?」
ダージリン「なぁに、絹代さん?」
西「わたし…ガマンするから…」
ダージリン「ダメ。そうやって自分を追い詰めるのだから」
西「違う…」
ダージリン「じゃぁ何?」
西「その…少しの間…我慢するから…」
ダージリン「ええ?」
西「………お風呂…入ろ?」
ダージリン「………」
西「………」
ダージリン「………」
西「………ごめん」
色々張り詰めたものが解けたら、今度は別のものが気になりだした…。
【バスルーム】
シャァァァァァァ
ダージリン「………」ゴシゴシ
西「………」
ダージリン「………」ガシャガシャ
西「…あの…ダージリン…?」
ダージリン「………何」ガシガシ
西「…怒ってる?」
ダージリン「別に」ワシャワシャ
西「怒ってる…」
ダージリン「どうせ私は不潔な女よ…」
西「その…誰だって何日も風呂に入らなければ不潔になります…」
ダージリン「ええ。なにしろ"抱いて"って言われた相手に」
ダージリン「"汚いから風呂入れ"なんて言われたのだから」
西「ごめん…」シュン
ダージリン「…」
西「その…私は不衛生なダージリンも悪くないって思う…けど………?」
ダージリン「不衛生って言わないでッ!!」
西「ご、ごめん…」
西「でも…やっぱり、ダージリンは綺麗な方が良いかなぁ…って」
ダージリン「そうね。きっと何処かに"綺麗なダージリン"がいるから探したらいかが?」
西「むぅ…」
ダージリン「………でも、感謝しているわよ」
西「えっ?」
ダージリン「あなたのお陰でお風呂に入るくらいは元気になれたのだから」
西「!」
ダージリン「…ありがと」
西「お礼を言わなきゃいけないのは私の方です」
ダージリン「どうして?」
そう。
本当にお礼を言わなきゃいけないのは私の方。
大洗戦のとき、入院してからの日々、そして今。
私はずっとダージリンに助けられて生きてきた。
もしもあの時ダージリンがいなかったらと思うと…。
ダージリン「………そう」
西「…」
ダージリン「なぜ私がそうしたか、今ならわかるでしょう?」
西「ええ。やっと謎が解けましたよ」
西「ダージリンも私と同じだったんですね」
ダージリン「不思議だった。悩みなんてまるで無さそうなあなたが、まさか私に近い存在だったなんて」
西「私も同じ考えです」
ダージリン「そう?」
西「ええ。全然正反対な性格なのに、同じ立場で同じ考えだったなんて」
ダージリン「そうね…」
たまたま一緒にいる時間が長かったからそう思えただけで、私ではなく他校の隊長でも同じなのかもしれない。
一隊長として、自分や仲間の道を守るために命をかけて闘った。
隊長であるが故に孤独だった。
もちろん私もダージリンも『仲間』がいないわけではない。
しかし、『隊長』という立場は同じ『隊長』でないと理解できない。
常に先頭に立たされるプレッシャー
降りかかる火の粉から仲間を守る責任
隊長となったその日から、隊長としての苦悩を抱えて生きてきた。
誰にも相談できず、誰にも理解されない隊長にしかわからない苦悩を抱えて。
そんな孤独な二人があのとき出会った。
ダージリン「…というか何であなたまでお風呂にいるのよ」
西「…それ、今さら言いますか」
ダージリン「すけべ」
西「どうせダージリンのことで頭が一杯になって切なくなるドスケベ女ですよ私は」
ダージリン「…」
西「ダージリンに抱かれた時に体が"準備"出来ちゃったぐらいですし」
ダージリン「ち、ちょっと…!」
西「何なら今ここで自慰でもすれば良いですか?」
ダージリン「やめなさい!」
入院中はダージリンのお誘いに戸惑っていた私なのに、今は何も考えずにそのまま一緒に風呂に入った。
浴槽でカミソリを使って腕を切ってしまわないか
シャワーのホースで首を吊らないか
ダージリンが私のことを心配するように、私もダージリンのことが心配で仕方なかった。
チャプ...
ダージリン「ほら、お馬鹿なこと言ってないでもっと奥へ行って頂戴。私が入れないわ」ギュッ
西「…どうして私にしがみつくんです?」
ダージリン「……その方が温かいからよ」
西「湯船に浸かれば温まりますよ?」
ダージリン「…心がってこと」
西「………」
ダージリン「…どこ見てるのよ助平」
西「む…」
湯船に浸かりながらダージリンに抱きしめられた。
ダージリンの言う通り、身体だけでなく、心まで温まっていく…。
あれ以来ずっと灰色だった世界に、少しずつ色が戻っていくような気がした。
ずっとこのままでいたい。何も考えずに………。
ダージリン「…それにしても」
西「…ん?」
ダージリン「変わったわね…あなた」
西「変わった?」
ダージリン「垢抜けたというか…落ち着いたというか…何と言えばいいのかしら」
西「落ち着いた? 発狂しまくって情緒不安定な薬物中毒者なのに?」
ダージリン「そんなこと言わないで頂戴。…その、幼さが無くなったというか…上手く説明できないけれど…あっ!」
西「?」
ダージリン「そう! 眼力よ!」
西「がんりき…?」
ダージリン「今のあなたの目つき、昔に比べかなり鋭くなったわ」
西「…そうですか?」
ダージリン「誰かに言われなかった?」
西「…確かに。色んな人に言われましたね」
ダージリン「そうでしょう」
西「看護婦さんには"悪霊に取り憑かれた"なんて言われるし、」
西「アールグレイさんには"私に牙を向くな"と怒られ」
西「ペコ太郎に至っては、小動物みたいに怯えられて」
西「あと、先ほど家政婦さんにもかなり警戒されましたよ」
ダージリン「最初のは違うと思うけど…」
西「けれど、尽く怯えられたり警戒されたりしました」
西「ただ目を合わせただけなのに…」
ダージリン「でしょうね。昔のあなたを知る人ならその"眼力"に皆驚くわよ」
西「私、そんなに怖いです?」
ダージリン「別に?」
西「…本当?」
ダージリン「ええ。普通の絹代さんよ」
ダージリン「私はあなたを知っているからね」
西「…そう言ってくれるのはダージリンだけです」シンミリ
ダージリン「けれども、事情を知らない人はあなたの目を見たら驚くでしょうね」
西「…」ブクブク
ダージリン「ショック?」
西「そりゃぁショックですよ。色んな人に怯えられたのですから…」
ダージリン「間抜け面するよりも貫禄が出て隊長らしくなったと思えば良いのよ」
西「以前は間抜け面だったんですか…?」
ダージリン「物の例えよ。…あとは」
西「?」
ダージリン「…少し、色っぽくなった?」
西「え…」
ダージリン「子供っぽさが抜けて、少しだけ"大人の女性"って雰囲気がするのよ」
西「…大人の女性?」
ダージリン「独りでバーでお酒を飲んでる人のような?」
西「また小難しいことを仰りますね…」
ダージリン「だって本当ですもの。私が知る限り、今のあなたが同年代の中で一番大人びた顔をしているわよ」
西「それって単純にやつれて老けただけなんじゃ…」
ダージリン「そうなのかしら…」
あの時は本当に頭がどうかなってしまうんじゃないかというくらい怒りが爆発した。
その後遺症なのだろうか、顔や目に"それ"が出るようになったのかもしれない。
ダージリンは"眼力"だの"垢抜けた"だの"大人っぽくなった"と言うが、要はやつれて人相が悪くなっただけだろう。
知波単の皆やお世話になった人たちにはどんな顔して会いに行けばいいのだろうか。
玉田や細見はともかく、福田に泣かれないか心配だ…。
ダージリン「…ところであなた学校は?」
西「えっ?」
ダージリン「今日は平日なのよ?」
西「あっ!」
ダージリン「ハァ…」
西「ダージリンの事で頭いっぱいで学校どころじゃなかったので…」
ダージリン「それはどうも。でもこんな格言を知っている?」
西「知らないです」
ダージリン「まだ何も言ってないわよ。…"日々、私たちが過ごしている日常は、実は奇跡の連続なのかもしれない"」
西「やっぱり知らないです」
ダージリン「あなたが当たり前のように学校に通えるのは、別の人にとっては奇跡のようなもの」
西「…」
ダージリン「その"当たり前"は大切になさい」
西「はい…」
今までダージリンから聞いた、どんな格言や名言よりも心に重くのしかかる。
私にとっての何気ない日常は、ダージリンにとってもはや奇跡になってしまったから…。
西「そういうダージリンは大丈夫なのですか?」
ダージリン「ええ、おかげ様で。私の分まで悲しんで発狂してくれた人がいますもの」
ダージリン「いや、私以上かもしれないわね…」
西「…」
ダージリン「どちらにせよ驚いたわ。私が思ってた事抱えてた事を全部をあなたが言うのだから…」
西「あはは。自分でも不思議です。こうまでもダージリンの思いが頭に浮かぶなんて」
ダージリン「…」
西「?」
ダージリン「それなら、今私が何考えてるか、わかるかしら?」
西「………"ラーメン食べたい"とか?」
ダージリン「そんなわけないでしょ…」ハァ...
西「じゃぁ…"カレーが食べたい"とか?」
ダージリン「食べ物以外の候補はないのかしら…」
西「だってカレーもラーメンも食べたいですし」
ダージリン「それはあなたの考えでしょう」
西「あ、そうですね」
ダージリン「まったくもう」
西「まぁ、明日から頑張りますよ」
ダージリン「そう…」
西「ダージリンこそ、ゲーム廃人になったり、匿名掲示板でドヤ顔で格言を投稿したりしないで下さいよ?」
西「特にダージリンの場合、すぐに特定されそうd 熱ッ!」
ダージリン「余計なお世話よ」
西「ドライヤーこっち向けないで…」
ダージリン「髪の毛。乾かすでしょう?」
西「乾かすにしてもそんなに密着させません」
ダージリンが元気になるにつれて、私も少しずつ回復していくような気がした。
ダージリン「ふぅ。さっぱりした」
西「さすがに10日ちかく風呂に入らなければそうなりますよね」
ダージリン「ええ。お風呂に入る気力すら無かったわね…」
西「………きったない」
ツネッ
西「痛っ!」
ダージリン「私の気持ちがわかるのなら想像つくでしょう」
西「…まぁ」
私は精神科の先生方にお世話になったお陰で、食事もとれたし風呂にも入れた。
しかし、そうでなければきっとダージリンのように虚無感に支配されて何もすることが出来なかったはず。
【再び ダージリンの部屋】
チュン チュン...
ダージリン「頭が痛くなるほど眩しいわね」
西「そういえば今日は晴れてましたね」
ダージリン「外にいたのに気付かなかったの?」
西「ええ。薬のおかげで視界は灰色だったので」
ダージリン「…副作用、大丈夫なの?」
西「気づいたら手の震えが無くなってますね」
ダージリン「そう。良かった…」
西「ご心配おかけしました」
ダージリン「…もうあの薬は飲んじゃ駄目よ?」
西「善処します」
ダージリン「だから善処じゃなく絶対」
西「ダージリンがちゃんと生活してくれるなら、薬でも何でも断ちますよ」
ダージリン「わかりましたわ…」ハァ...
実を言うと、まだ寒気がするし頭痛もする。薬物依存はそう簡単には消えてはくれない。
でも、これ以上ダージリンに迷惑をかけたくないから強がりを言った。
しばらくは苦しいだろうけど、ダージリンが元に戻ってくれるなら私はきっと耐えられる。
ダージリン「」ファァ..
西「お、ダージリンがあくびしてる」
ダージリン「…いけないかしら?」
西「なんだか珍しいなぁって」
ダージリン「私だって人間ですもの。あくびの一つくらいするわよ」
西「そうですよね。あくびもするし鼻もほじr <ツネッ!!> 痛っ!」
ダージリン「前言撤回するわ。あなたは昔のまま変わらずおバカよ」
西「むぅ…」
ダージリン「…ほら、こっちおいで」
西「お邪魔します」モゾモゾ
ダージリン「はいはい。甘えん坊さん」
西「…」クンクン
ダージリン「…くさくないわよ」ギロッ
西「ええ。石鹸の香りがします。きったないダージリンじゃ無くなって一安心です」クンクン
ダージリン「きったないって言わないで頂戴」
西「はーい」
ダージリン「…全く」
西「…」クンクン
ダージリン「で、どうしていつまでも匂い嗅いでるのよ…」
西「あはは。ダージリンの匂いが好きだからです」フスーフスー
ダージリン「もう…」キュッ
西「鼻づままないで下さい。窒息します」
ダージリン「口で呼吸できるでしょう」
西「む…」
ベッドの中にダージリンと私が向かい合って寝転がっている。
本来は一人用のベッドなので、そこそこ詰めているわけだ。
だからダージリンとの距離が近い。
ちょっと手を伸ばせばダージリンの顔に触れる。
でも、それでも遠く感じた…
ダージリン「………なに?」
西「いや、」
ダージリン「…?」
西「…もっとそっちに行っていいですか?」
ダージリン「どうぞ…?」
さっきより、ダージリンとの距離は近くなった。
だけど、あまり変わらない。
ダージリン「何よさっきから…」
西「あはは。…何でもないです」
ダージリン「…」
西「…」グイッ
ダージリン「ちょっ…!」
ダージリンの肩を掴んで、こちらへ引き寄せた。
ダージリンの顔がまさに"目と鼻の先"にある。
呼吸が顔に当たるくらい近い
ダージリン「…なに………」
西「………」
ここまでやってもダージリンは私を拒否しなかった。
ダージリンが遠ざかることはないけど、結局近づくことはなかった。
でも、もっと近づかないと、もう近づけないような気がした。
だから…
…
…
良いよね? ダージリン。
ダージリン「!!!」
西「…」
この日、私とダージリンは繋がった。
格下を相手に優越感に浸るダージリンの顔
ドヤ顔で格言を語るダージリンの顔
馬鹿やった私を引っ叩く時のダージリンの顔
誰も信じられず、拒絶するときのダージリンの顔
悲しくて涙を流すダージリンの顔
いろんなダージリンの顔を私は見てきた。
中には私だけしか知らない顔もあって、私も知らない顔もあるかもしれない。
だけど、今のダージリンの顔は・・・・
ダージリン「………ばか…」
私が心の底から愛するダージリンの顔でした。
西「ごめんなさい。好きです」
ダージリン「………なんで謝るのよ」
西「その、好きになっちゃった…から」
ダージリン「…ばか」
西「もう一回、してもいいですか?」
ダージリン「…」
ダージリンの返答を待たずにもう一度した。
ダージリンはぎゅっと目を瞑るが、私を突き飛ばしたりすることはなかった。
でも、すればするほど寂しくなるから、唇がふやけるんじゃないかってくらい、何度も何度もした。
西「ダージリンは…私の事どう思ってます…?」
ダージリン「………私で良いの?」
西「ん?」
ダージリン「本当に良いの…? 私なんかで…」
西「ダージリンじゃなきゃ嫌です」
ダージリン「ありがと…絹代さん…」
~~~~
ダージリン「…久しぶりにぐっすり眠れそうね」
西「今寝たら昼夜逆転しますよ」
ダージリン「いいのよ。細かいことは気にしない」
ダージリン「それに、あなたも寝不足でしょう?」
西「私は別に」
ダージリン「ウソおっしゃい。目の下に隈が出来てるわ」
西「…」
ダージリン「私が言えたことじゃないけど、寝不足はお肌の敵よ」
西「まぁ、眠れない日々が続いたわけですからね」
ダージリン「そうでしょうけど…」
西「なのでお言葉に甘えてぐっすり寝ます。ダージリン抱き枕にして」
ダージリン「はいはい。おやすみ絹代さん」
西「んっ…!」
ダージリン「ふふっ」
西「…おやすみなさい。ダージリン」
こうして私は、抱いて抱かれて眠りについた。
ベッドのシーツも私達が入浴中に家政婦さんたちが取り替えてくれたおかげでフカフカになっている。
本当に久しぶりに安らかに眠ることができた。きっとダージリンも同じだろう。
…ダージリンにキスされたので顔が熱い。
西「…ぅ…ん」
西「…ここどこ……?」
ギュッ
西「…ん?」
ダージリン「…フスー…フスー…」zzz
西「っ?! …あ、あ…そっか…」
ダージリン「………んぅ…?」ネボケー
よほど疲弊していたのだろう。私もダージリンも翌日の朝まで眠りこけた。
中途半端な時間に目が冷めて昼夜逆転するよりかは良いが、時計を見て一瞬戸惑った。
あれだけ苦しかったものも1日ぐっすり寝るだけで幾分回復するのだから何とも複雑な気分だった。
…まぁ"ぐっすり寝る"という行為自体が難しいんだけどね。
西「おはようございます。ダージリン」
ダージリン「…んぅ…お早うございますのぉ…」ネボケー
西「はは。相変わらずですね」
ダージリン「かわず…何を買うの…?」ポケー
西「いえ、相変わらずですよ」
ダージリン「そう…まだ明るいわね…??」
西「ええ。朝の8時です」
ダージリン「そう…」
西「…」
ダージリン「…」
ダージリン「8時ですって?!」ガバッ
西「わっ!」
このやり取りは入院中に何度もやったなぁ。
つい最近の出来事なのに懐かしく感じてしまう。
西「改めてお早うございますダージリン」
ダージリン「…ん…おはよう絹代さん」
さっそくおはようのチューをする。
あはは。まるで新婚さんの気分だ。
このままダージリンに抱きついたまま過ごしたかったけど、お腹が鳴り出したので朝ごはんを食べることにした。
朝食は家政婦さんが用意してくれたようで、トーストやハムエッグといった物が出てきた。
そういえばダージリンのご家族は見かけないけど、どうしているのだろう?
朝食後はダージリンを後ろに乗せてウラヌスでドライブに出かけた。
騒がしい都会を離れて
小鳥のさえずりが聞こえる山道を走って
浜風が気持ちいい海沿いの道を通過して…
どこまでもどこまでもダージリンと一緒に走り続けた。
~~
途中で駄菓子屋を見つけたので、ダージリンにベーゴマのやり方を伝授した。
ラムネを飲んだことがないと言うので一緒に飲んだ。
酸っぱそうにカリカリ梅を食べるダージリンの顔が微笑ましかった。
~~
またしばらく走っていると大きな公園があったので一休みした。
休日だから子供がお父さんとキャッチボールやってたり、老夫婦が仲良く歩いていた。
私も髪の毛が白くなってもダージリンと一緒に歩けたらいいなと思った。
~~
休憩してまたバイクを走らせると今度は警察官が交通整理をしていた。
どうやらアイドルのイベントがあるらしい。大勢の人が集まっている。
遠くからアイドルの歌声が聞こえる。何処かで聞いたことがあるような声だったけど思い出せない。
ダージリンが「この声、ノンナに似てるわね」と言うけど、声は似てるような気もするが、ノンナさんはあんなキャピキャピしてないはず。
そんな感じで一日中ダージリンと走り回った。
私もダージリンも、一度は歩みを止めたけど、今はこうして再び前に進もうとしている。
【夕方 ダージリンの家】
そして再びダージリンの家へ。
今日はあちこち走り回っていたからもうクタクタだ。
だけど、ダージリンは久しぶりに外の空気を吸うことが出来たと満足そうだった。
駄菓子屋で一緒に飲んだラムネも気に入ってくれたらしい。
かくいう私も久々にウラヌスに乗ることが出来て満足だ。
現実逃避かもしれないけど、いつまでも悩みで押し潰されるくらいならこうやって何もかも忘れて走り回ったほうが精神的にも良い。
それに今後もダージリンと一緒に走り回って色んな場所へ出かけたい。
そうだ! ウラヌスにサイドカーをつけてみたらどうかな!
ピリリリリ
ピリリリリ
西「…ん?」
ダージリン「電話、鳴ってるわよ」
西「誰だろ……アールグレイさん?」
ダージリン「アールグレイ様?」
ピッ
西「…はい。西です」
アールグレイ『御機嫌よう絹代さん。それで、どうだったかしら?』
西「何がです?」
アールグレイ『何がって、ダージリンの事よ。ご自宅へ向かったのでしょう?』
西「…」
電話の相手は後輩の身を案じる先輩だった。
アールグレイさんがいなければ、ダージリンの家は知らなかったし、私もダージリンも回復しなかっただろう。
そういう意味ではこの人にも感謝している。
ただ…
二人っきりの時間を邪魔されたような気がして、どことなく素直に回答するのが癪だった。
少し前まではそんな邪な考えには至らなかったのになぁ…。
西「ダージリン、丸坊主になってました」
アールグレイ『は?! え、ちょっと!?』
西「話を聞いたのですが…悲しみや苦痛を紛らわすため、新興宗教へ出家するそうです…」
西「残念です………」
アールグレイ『えええええっ?!』
西「つい先程まで"唯一神M-Yが私を呪縛から解放する"だの、"人は皆宇宙から来て、太陽が出たら食べるのパクパク"だの何だのと、説法を延々と聞かされておりました」
西「それはそれは、邪念のないとても晴れやかな表情をなさってました…」
アールグレイ『そんな…ウソでしょ………』
西「今はダージリンではなく、茶封輪と戒名なさったので、私はそのように呼んでます。」
西「そうですよね。茶封輪」
ダージリン「ちょっと! 何バカなこと言ってるのよ!!」
アールグレイ『あっ! 今ダージリンの声がしたわ! 本当の様子はどうなのよっ?!』
西「私の脇腹をツネる程度には回復したみたいです。…痛い離して」
アールグレイ『そう…良かった……?』
話によるとアールグレイさんも何度かダージリンの家に訪問したらしい。
だが、心を閉ざしたダージリンに断られたらしい。
だから私にお願いしたと。
あなたにお願いなどされなくても、私は飛んで行くつもりだ。
仮に拒絶されようものなら扉を叩き割って入るつもりだったのだから。
…実際に扉をこじ開けちゃったから修理代を請求されそうだけど。きっと高いだろうなぁ…。
アールグレイ『ありがとう。絹代さん』
西「私は礼を言われるような事は何一つしていませんけど」
西「意趣遺恨を持たれるならともかく」
アールグレイ『そんなに自分を責めないで頂戴。本当に感謝しているのだから』
西「…」
アールグレイ『それで、また時間がある時にお茶でもしませんこと?』
西「二人っきりで、ですか?」
アールグレイ『ええ』
西「…」チラッ
ダージリン「…」
西「お気持ちはありがたいですが、ダージリン以外の人と二人きりになりたいとは思いません」
アールグレイ『あらあら。振られちゃったわ』フフッ
西「…」
アールグレイ『昨日はあなたの方から誘ってくれたのにねー』ウフフッ
西「あの時はダージリンの話を聞くことで頭がいっぱいでした」
西「なので、ダージリンの事がわかるならば、道に落ちてる犬の糞にでも話しかけますよ」
アールグレイ『なっ、犬の落とし物と同列に扱わないで頂戴!』
西「物の例えですよ」
アールグレイ『…ゴホン。それなら、ダージリンも呼んで3人でお話しましょう?』
西「…」チラッ
ダージリン「私は別に構わないわよ?」
西「許可が降りたので、それなら」
アールグレイ『ふふ。わかったわ。…ところで、』
西「?」
アールグレイ『あなた達、どこまでできてるの?』
西「………は?」
何か真剣な話でもするのかと思えば、そんな事を聞きたいのかこの助平は。
なんだか私達の関係を探られているような気がしてえらく不愉快だった。
横にいるダージリンに『どうやらあなたの先輩も助平のようです』と言おうとしたほどに。
とりあえず、また捻くれてやった。
西「私の大切な物を差し上げました」
アールグレイ『えええっ!? もうそんな関係なのっ!!?』
西「はい。ダージリンも大切にしてくれるそうです…ふふっ」
ダージリン「?」
アールグレイ『そ、そう…ふふ、ふっ? ま、まぁ…あまり度を超えないようにね?!』
西「ええ」
西「駄菓子屋のオジサンからもらったベーゴマ、気に入ってくれたようです」
アールグレイ『………は?』
そういって私はポケットに入ってた(駄菓子屋のオジサンから貰った)ベーゴマをダージリンに手渡す。
ダージリンは ??? って表情をしているが気にしない。
今はこの助平先輩を成敗するのが先だ。
西「ところで、慌てふためいているようですが、何を想像されたのですか?」
アールグレイ『な、何でもないわよッ!!!』
西「そうですか…助平ですね」ハァ...
アールグレイ『うるさいっ!!!』
ダージリン「あなた一体何を話してるのよ!?」
西「なんか、"どこまでヤったの?"とか聞いてくるんですよこの猛獣先輩…」
ダージリン「えぇ…」
アールグレイ『ち、違うわよ!!』
西「まぁ冗談はこの辺にします。…実際のところ、どこかの誰かさんに"不純交遊"って言われる程度ですね」
アールグレイ『ほう…』
ダージリン「ちょっと!!」
西「解釈は人それぞれですけど」シレッ
アールグレイ『ふふ。仲が良いのね。妬けちゃうわ』フフッ
西「そうですね。その嫉妬ぷりからすると三十路はもうすぐそこまで来ていますね」
アールグレイ『まだ十代よっ!!!』
西「その耳年増と助平っぷりとは30後半くらいですよ」
ダージリン「…あなた、仮にも私の先輩と話してるのよ…?」
西「私の純潔が気になって夜も眠れない助平な人なので、貞操の危機を感じたから少し距離を置いてるだけです」
アールグレイ『こっ、こいつときたら…言ってくれるじゃない…』ワナワナ
西「よく歯切れが悪いと怒られるので、ハッキリ物事を言うようにします」
ダージリン「あなた…目つきだけでなく、性格もかなりキツくなったわね…」
西「否定はしません」
確かにダージリンの言うとおりだ。
会話を振り返ってみても相当生意気な事を言っているとわかる。
私は色んなものを壊されちゃったんだな………。
アールグレイ『とにかく。話が成立したので、私もそちらへ向かうわね?』
西「こちらに?」
アールグレイ『ええ。何か不都合だったかしら』
西「これからダージリンと一緒に寝るつもりだったので」
アールグレイ『なっ…!』
西「冗談ですよ。本当ですけど」
ダージリン「また泊まっていくの?」
西「駄目でした?」
ダージリン「別に良いけど」
アールグレイ『…とにかくそっち行くわよ?』
西「ダージリン、助平な先輩がこっちに来ます。今のうちに隠れて」
ダージリン「へっ?」
アールグレイ『ちょっと、誤解招くことを言わないで』
西「…アールグレイさんがこの家に来たいそうです」
ダージリン「へっ、ウチに!?」
西「なんでも、元気になった後輩の姿を見たいそうで」
ダージリン「まぁ…良いですわよ」
西「まぁ…良いですわよ」
ダージリン「…真似しないで頂戴」
アールグレイ『ふふ。かしこまりました』
コンコン
ダージリン「はい」
家政婦『お嬢様、お客様です。アールグレイさんという方です』
西「…」
窓から外を見ると玄関にアールグレイさんがいる。
どうやら家の近くで電話していたみたいだ。
大方「NO!」と言っても来たに違いない。…やれやれ。
アールグレイ『あなたと同じで心配だったのよ』フフッ
西「…」
西(ダージリン真似)「新手の宗教勧誘よ。水ぶっかけて追い返してやって」
ダージリン「ちょっと! …あ、良いわよ。お部屋まで案内して頂戴」
家政婦「か、かしこまりました…??」
西「お待ちしておりました。アールグレイさん」ジトッ
アールグレイ「意地悪を言わないで下さるかしら」
ダージリン「…」
アールグレイ「ふふっ。元気になって安心したわ。ダージリン」
ダージリン「ええ…。色々とご迷惑をおかけして申し訳ありません」
アールグレイ「とんでもない。あなたは本当に強くなった…」
西「…」
アールグレイ「あなたもよ。絹代さん」
西「私はただ発狂して薬飲んでダージリンに泣きついただけです」
アールグレイ「またそうやって自分を悪く言う」
西「事実ですから」
結果的にダージリンは元気になったから良かった。
だが、振り返ってみると、勝手に発狂して、勝手に薬漬けになって、勝手にボロボロになっただけだ。
そして謝罪すると言っておきながらやったことはダージリンに泣きついただけ。
ダージリンの強い精神力によって持ち直しただけ。私は何一つしていない。
むしろ、またダージリンに助けられた。
恩を返したいと思いながら恩は溜まっていく一方だ…。
アールグレイ「こんな格言があるわ。"人々に精神的援助を与う人間こそ人類の最大の恩人なり"」
ダージリン「インドの哲学者、ヴィヴェカーナンダですわね」
西「…」
アールグレイ「あなたはダージリンを支えてくれた。それはとても大きなこと」
アールグレイ「あなたが誰よりもダージリンの苦痛を理解しているならば、元気になったということが、どれほどの事かわかるはず」
西「確かに、ダージリンが元気になってくれたお陰で、私も少しだけ気が楽になったような気がします」
ダージリン「…」
アールグレイ「良かったわ。…ところで、二人とも食事はもうとったのかしら?」
ダージリン「いえ、何しろつい先程まで…」
アールグレイ「でしたらご一緒しませんこと?」
ダージリン「そうですわね」
西「…」
アールグレイ「当然、絹代さんもよ」フフッ
西「お気持ちは有り難いのですが、何しろ手持ちが…」
アールグレイ「何を言うかと思ったらそんなこと。私が奢りますわ」
ダージリン「あら。太っ腹ですわねアールグレイ様」
アールグレイ「なにしろ後輩を助けてくれたのですから」フフッ
西「感謝致します」
【料亭】
私はダージリンとアールグレイさんと食事をすることになった。
聖グロなので英国料理を振る舞って下さるだろうと思ったら、料亭に連れて行ってくれた。
こういう機会でも無ければまず行かない(行けない)ような…。
アールグレイ「ふふ。絹代さんは洋食より和食の方が好きそうだったからね」
西「お心遣い感謝いたします」
ダージリン「でも大丈夫ですの? こう見えて絹代さん大食らいですのよ?」
アールグレイ「気にしなくて大丈夫。あなたも遠慮せず食べなさいな」フフッ
ダージリン「ありがとうございます」
さすが高級料亭だけあって一品一品高級感がある。それ以外に感想が出てこない。
アールグレイさん達は普段からこんな高級料理ばかり食べておられるのだろうか。
同じ人間なのにこうも差があるとはつくづく不公平だ。
…まぁ、そんな高級料理に舌鼓を打つ私も同じ穴の狢だが。
西「お二人は普段からこういったお店に行かれるんです?」
アールグレイ「流石に毎日はないけれど、特別な日にはね?」フフッ
ダージリン「毎日こんな物を食べてたら普段の食事に満足出来なくなってしまうわ」
西「ごもっともです」
アールグレイ「そういう絹代さんは普段はどんな食事を? やっぱり和食メインかしら?」
西「そうですね。銀舎利に味噌汁、あとは漬物があったりですね」
西「たまに焼き魚や煮物が出ることもあります」
アールグレイ「…」
ダージリン「…」
西「あ、あれ…?」
アールグレイ「いえ…その、なかなか節制的と思いまして…ねぇ?」
ダージリン「私に振らないで下さいまし…」
西「?」
どういうわけか私の食事情について話すと皆呆然とする。
最近は和食というものがそんなに珍しいものなのだろうか?
その後もアールグレイさんやダージリンと雑談に華を咲かせた。
思い返せばダージリンを知ったのがエキシビジョンマッチ戦。あの時は敵として。
その後、大洗女子の制服を着て大学選抜チームと戦った時もご一緒したなぁ。
ダージリン「そうね。あなたは投入車輌を間違えて持ってきた」クスッ
西「ははは。全校で22輌なのに、私のところで22輌だと心得違いをしておりました」
アールグレイ「ふふっ。1校あたり22輌だとしたらどれだけ大規模な試合になるかしらね」
西「100輌を超える戦車戦…どうなるんでしょう」
ダージリン「…」
西「今でも、夢に出るんですよね。あの時の試合が」
ダージリン「もう終わったことよ」
西「…そうだと良いですね」
ダージリン「?」
アールグレイ「そういえば、聞いた話だけれど」
西「?」
アールグレイ「先の試合で大洗の隊長車輌が使えなくなったそうね?」
西「ええ…」
ダージリン「あの試合は私達も観戦していたのでよく存じてますわ」
アールグレイ「それで、代わりの戦車を用意するために大洗の生徒会長さんが大慌てでドイツへ飛んだそうよ」
西「ドイツ?」
ダージリン「…随分急な話ですわね」
アールグレイ「どう思う?」
ダージリン「ドイツに行って戦車が貰える"アテ"でもありますの?」
アールグレイ「恐らく無いでしょうね」
西「あの試合の帰りにダージリンや後輩さんとその話をしていたんですよ」
西「仮に"戦車を借りれたとしても大きな利点はない"…と」
アールグレイ「確かに。無人機を保有していないので、地上で無人機と戦車を相手にしないといけない」
西「ええ。それに次の相手はプラウダか黒森峰」
ダージリン「黒森峰よ」
西「ん?」
ダージリン「準決勝は黒森峰が勝ったわよ」
西「そうですか。尚更厳しいですね」
アールグレイ「黒森峰は戦車が強力なのは元より、戦術も指揮官も優れている」
アールグレイ「非常に厳しい戦いになるわね…」
ダージリン「その上"無人機"なんて厄介者までいますしね…」
西「ええ。だから戦車にしろ対空戦車にしろ、"それだけ"では利点ではないと思いました」
西「相手が最強のチームである以上、大洗女子も最強の戦車を引っ張ってこなければと」
アールグレイ「その最強の戦車というのは?」
西「一輌で対地・対空戦闘が出来る戦車です」
ダージリン「そんなものあるわけないじゃない」
西「だから、生徒会長…角谷さんでしたっけ。大洗の会長さんはドイツへ飛んだのでしょう」
西「前代未聞の戦車を作るために」
アールグレイ・ダージリン「!」
既存の戦車ではもはや太刀打ちできない。
だから新しい戦車を開発する。
しかし当然ながら、そのためにはいろんな障壁がある。
レギュレーションをクリアすることはもちろん、開発にかかる費用や時間。
戦車だってタダではない。無人機どころか普通の戦車ですら満足に導入できない大洗にとっては非常に厳しい話だ。
誰が見ても無謀と言えることを大洗はやっている。
だが、大洗は常にその無謀を何度も乗り超えてきた。
戦車道の規模としては無名校・弱小校レベルかもしれないが、大洗には強豪校にすらない無限の可能性を秘めている。
…だから、大洗の動向は特に気になるのだ。
西「すみません。ちょっと席を外します」
西「………ということなので、もしも大洗女子学園から連絡がありましたら、その時はお願いします」
西「はい。こちらの学校からも許可は出ていますので、その点についてはご心配ありません」
西「ただ、私や知波単学園の名前は一切出さないでください。怒られてしまうので。あはは」
西「あくまでこれは角谷会長さんを始めとする大洗女子の敢闘の賜物ですので」
西「ええ。それではよろしくお願いします。児玉さん」
これが大きなお世話であるのは重々承知だ。
だが、大洗女子は我々戦車道をする者にとって、もはや無くてはならない存在だ。
私も一度、戦車道廃止の危機を体験したし、決して対岸の火事ではない。
そしてなにより隊長の西住さんには色んなことを教えてもらった。
このまま何も恩を返さずでは私の沽券に関わる。
~
西「すみません。おまたせしました」
ダージリン「…随分長かったわね」
西「あはは。良い物を食べたせいか臓器が驚いたのでしょう」
ダージリン「なっ…」
アールグレイ「ふふっ。良かったわね」
西「ええ。とっても良かったですよ」
アールグレイ「…あら。どうかしました?」
西「こんな諺を知ってますか」
ダージリン「へ?」
西「"壁に耳あり障子に目あり"」
アールグレイ「…おやりになるわね」
ダージリン「???」
この助平が。
電話のやり取りを盗み聞きしてたのは知ってるんだからな。
アールグレイ「さて、そろそろ頃合いね」
西・ダジ「ご馳走様でした」
アールグレイ「ふふっ、楽しかったわ。またいつかこうして集まりたいわね」
ダージリン「ええ。今日はありがとうございました」
西「同じくありがとうございました」
アールグレイ「どう致しまして」フフッ
ダージリンも元気になったし、私も幾分体調が良くなってきた。
腹も満たされて、心も満たされたからだろう。
そのせいで帰りの車の中ではうたた寝をしてしまった。
完全に油断してた。
【????????】
西「………ん……」
アールグレイ「おはよう。絹代さん」
西「あ…寝てしまったんですね…私…」
アールグレイ「ええ。あまりに気持ちよさそうに寝ていたから、そっとしておきましたわ」フフッ
西「恐縮です。…あれ? ダージリンは?」
アールグレイ「ちゃんとご自宅まで送迎したわ」フフッ
西「そうなんですか。…ところでここは?」
アールグレイ「ふふっ」
アールグレイ「ちょっと遠くまで来ちゃったみたい」
西「っ!!!」
しまった
問題が解決して弛緩しきった隙を突かれた。
彼女は運転席じゃない、私の横に座っている。
周りは暗くてよく見えないが、人気の少ない森の中みたいだ。
これが意味することは…
西「くそっ!!!」
アールグレイ「…心配しないで下さいな。取って食うつもりはありません」
西「ならどうしてこんな真似を…!」
アールグレイ「またその目を向けるのね。傷つくわ…」
西「こういう真似をされた以上、ごく普通の反応かと思いますが?」
アールグレイ「さすがにあの場では話せない事だし、あなたが"二人っきりは嫌"と言うものだから」
アールグレイ「少々強引な手を使わざるを得なかった」
西「…」
アールグレイ「ふふっ。ごめんなさいね」
西「…それで?」
アールグレイ「ん?」
西「"強引な手"を使ってまで何かお話したいことがあるのでは?」
アールグレイ「理解が早くて助かるわ」
西「こっちは何一つ理解してませんが?」
アールグレイ「慌てないで。今から説明するから」
アールグレイ「あなたのお陰でダージリンは元気になった」
西「…」
アールグレイ「この事については本当に感謝しています」
西「その感謝がこういう形で示されるとは驚きを禁じ得ませんね」
西「聖グロには恩を仇で返すという伝統もあるのですか?」
アールグレイ「意地悪を言わないで下さいな」
西「…」
アールグレイ「確かに、ダージリンは回復したけれど」
アールグレイ「まだ問題は解決していないの」
西「…なに?」
アールグレイ「あなたもご存知のように、ダージリンはOG会の圧力によって強制退学となった」
西「…」
アールグレイ「これはどういうことなのか、わかるかしら?」
西「今後もOG会の機嫌一つでダージリンのような犠牲者が出そうですね」
アールグレイ「その通りよ。残念なことに」
西「…」
正直なところ、ダージリン以外の聖グロ生に興味はない。
もっというとダージリンのいない聖グロに何の魅力も価値もない。
ただ、卒業生に媚びてないと学園生活が危うくなるのは息苦しいだろうなぁ。
…と、"対岸の火事"を見ている気分だった。
アールグレイ「あなたも聖グロにおける"OG会の影響"がどれほどかは知っているはず」
西「我儘な女の機嫌一つで生徒の人生を崩壊させる事が出来るそうで。怖ろしい学校です」
アールグレイ「ええ。まさにあなたの言う通り」
西「…」
アールグレイ「あなたも分かると思うけど、それはあってはならないことなの」
西「でしょうね。理由もこじ付けな"私刑"でしかない」
西「そして、そんな私刑でダージリンは絶望のどん底に叩き落された」
アールグレイ「ええ」
アールグレイ「…ただ、誤解の無いように言うと」
アールグレイ「これはほんの"一部の人間"による犯行なの」
西「外部の人間にとってはその一部が全部ですけどね」
アールグレイ「そうね…」
アールグレイ「でも、何千人と存在するOGのうちの、ほんの一握りにも満たない一部の人間によるものだった」
西「一部の人間だけでこれほどの権限を持てるなんて驚きです」
アールグレイ「毎年何百人という生徒が卒業しているから、OG会もかなりの規模になるわね」
アールグレイ「ダージリンのように学問や戦車道を一生懸命頑張って来られた方もいる」
アールグレイ「聖グロリアーナを心の底から愛してやまず、常に後輩のことを想う先輩もいる」
アールグレイ「…しかし、中には"例外"がいて」
アールグレイ「どういうわけか、その例外は聖グロリアーナを攻撃する」
西「…」
アールグレイ「その"反・聖グロ"は、学園で最も優秀であるダージリンを追放し、聖グロの弱体化・衰退化を謀った」
アールグレイ「…それが私の見解よ」
西「つまり、ダージリンは、その一部の反体制派によって政治的に利用されたと?」
アールグレイ「ええ」
アールグレイ「その一部の暴走と腐敗をこのまま見過ごせば、OG会はもちろん、聖グロは間違いなく崩壊する…!」
西「………」
奴らにとって成績不振や不純交遊なんてのは端からどうでも良かったのだ。
連中は聖グロ憎しのためにダージリンを利用した。
そのためにこれらの理由をでっち上げ、ダージリンを地獄のどん底に叩き落とした。
ますます殺意が湧く。
アールグレイ「それと、もう一つ」
西「…」
アールグレイ「反体制派による今回の件は、内部の人間がいないと実行できない」
西「OG会へ情報提供を行う"内通者"が聖グロにいると?」
アールグレイ「私はそう見ているわ」
これは在校生と卒業生の間で起きた事件だ。
当然ながら、先輩であるOG会と何かしらの繋がりを持つ後輩だっているだろう。
そして、その生徒の中に反・聖グロ活動の片棒を担っている輩がいる…と。
問題はそれが誰なのか。
聖グロを崩壊させたいと思う者
ダージリンを追放させたいと思う者
この両者の利害が一致したとき悲劇は起きた。
では、前者はともかく、後者であるダージリンを消して得をする聖グロ生は…
西「アッサムさん…?」
アールグレイ「…私も最初、あの子が関係していると思った」
西「…」
アールグレイ「でも、そう結論を出すにはまだ早いの」
西「何故?」
アールグレイ「彼女のことを知っているから」
― アッサムは"天才"だと思っていた。けれど違った
― 名家のご令嬢を装う裏では常に多くの人からの期待という重圧に苦しんできた
― 彼女もまた私と同じ、努力家だったの…
アールグレイ「アッサムは聖グロにおける"もう一人のダージリン"よ」
西「…」
アールグレイ「だから、アッサムが本当に反体制派と共謀してるとは考えにくい」
アールグレイ「一方で、永遠のライバルだったダージリンを突き落とし、自身が隊長になることを望んだが故の共謀という見方も出来る」
アールグレイ「…いずれにせよ、それらを裏付ける証拠がない以上、結論は出せない」
西「………」
西「それで、部外者の私に事の真相を突き止めろと?」
アールグレイ「恐ろしいほど鋭いわね…」
西「自分でも驚いています」
西「ダージリンなら考えそうなことが頭に思い浮かぶんですよ」
西「"私が追放された本当の理由を知りたい"」
西「"私を追放した者、そしてその者と繋がりのある人物が誰なのか知りたい"」
西「"私はもう一度聖グロに帰りたい…"」
西「目を閉じれば、ダージリンの思考が私の思考となってそこに浮かび上がる…」
アールグレイ「………」
西「"だから、絹代さん…お願い"」
西「…って」
アールグレイ「………」
アールグレイ「あなたが"賢すぎる"おかげで説明の大半が省けたわ」
西「それはどうも。でも"説明"をしたところで私にどうしろと?」
西「確かにダージリンと私の心は同じですから、そういった"イタズラ"は思いつくでしょう」
西「でもダージリンと私は違う。所詮私は部外者です」
西「聖グロの事なんて何一つ知らない"余所者"」
アールグレイ「ええ」
アールグレイ「だから、あなたに聖グロリアーナ女学院の生徒になってもらうの」
西「は?」
アールグレイ「あなたには"転校生"として聖グロに入ってもらう」
西「ちょっと待って下さい」
随分簡単に話を進めてくれるが、気は確かなのかこの人?
まず転校一つにしろ面倒な手続きがある。
それに私は腐っても知波単学園の隊長だ。
そんな私が聖グロに転校したら?
私が命をかけて守った知波単の戦車道は?
転校後の私はどうすればいい?
それにアッサムさんだって馬鹿じゃない。
私がコソコソと悪巧みをすれば即座に見抜かれるはず。
アールグレイ「心配しないで頂戴。あなたの学校の学長さんとは交渉済みよ」
西「…学長は何と?」
アールグレイ「"うちの西で良ければ是非!"とね」
西「…」
アールグレイ「ふふ。学長さんを責めないで。聖グロは滅多に他校へオファーをしないから大変名誉なことなのよ」
西「…そうですか」
アールグレイ「だから学長さんも短期留学の話を聞いてとても喜んで下さった」
西「短期留学?」
アールグレイ「ええ。表面上は知波単側には短期留学、聖グロ側には転校でそれぞれ話を進めた」
西「表面上ということは、実際は?」
アールグレイ「架空の人物として諜報活動をしてもらう」
西「はぁ?!」
アールグレイ「あなたはダージリンだけでなく、アッサムやペコちゃん、その他の聖グロ生や他校の生徒とも面識がある」
アールグレイ「そんな人物を転校させたらパニックになるのは火を見るよりも明らかでしょう?」
西「…ええ」
アールグレイ「それは事を進める上で大きな障壁となる」
アールグレイ「だから、素性を隠して頂くわけ」
西「…」
アールグレイ「素性を隠した上で内部に潜り込んで、真相を突き止める」
アールグレイ「内通者が誰なのか特定し、その者の口を割らせ、首謀者を特定する」
アールグレイ「そして、ダージリン退学は反体制派による聖グロの破壊工作だとして、退学を撤回…!!」
アールグレイ「いかがかしら?」
西「私の立場は一切お構い無しなんですね」
アールグレイ「正直、これ以上ない強引な手段だと思っているわ。ごめんなさいね?」
西「…」
アールグレイ「…でもね、もうこれしかないの、」
西「私はやるとは一言も言ってませ
アールグレイ「ダージリンを助ける方法は」
西「っ…!」
アールグレイ「………」
西「………それで」
アールグレイ「ん?」
西「返事はいつまでに?」
アールグレイ「そうね。遅くて明日までに欲しいわ」
西「…」
不満や疑問は残るが、私は少しの時間をもらうことにした。
だが、私は『はい』と返答するだろう。
…嫌な女だ。『ダージリン』を出せば私が断れないことを知って言っている。
だけど、
私は心の何処かでこの日が来るのをずっと待っていたのかもしれない。
アールグレイ「…さて、今日はここまでね。どちらへお送りすれば良いかしら?」
西「ちょっと待って下さい」ピッピッ
西「もしもし、絹代です。…今からそっちに行ってもいいですか?」
西「…ありがとう、すぐ行きます。…また後でね、ダージリン」ピッ
西「ダージリンの家までおn…何ですかその顔」イラッ
アールグレイ「ふふっ。仲良しさんね~って」ニコニコ
西「…助平」ボソッ
アールグレイ「あ、そんなこと言うと送ってあげないわよ?」
西「ハイハイスミマセンデシタ」シレッ
アールグレイ「…あの子も多分"初めて"だから優しくしてあげてね?」
西「そうですね。ダージリンに伝えておきます」
アールグレイ「ちょっと!」
西「あ、伝えるで思い出しました」
アールグレイ「ん?」
西「この件はダージリンにはもうお伝えしたのですか?」
アールグレイ「………そうね。お願いできるかしら?」
西「…かしこまりでございます」
【ダージリンの部屋】
西「ただいま、ダージリン」
ダージリン「"お邪魔します"でしょう」
西「あ、そうでしたね。お邪魔しますただいま」
ダージリン「まったく…。それで?」
西「はい?」
ダージリン「アールグレイ様と何をしていたの?」
西「…」
ダージリン「絹代さん……?」
西「聖グロに転校することになりました」
ダージリン「えっ?!」
西「実は…」
ダージリンにアールグレイさんとの"密会"の内容について話した。
聖グロOG会の中に反乱分子がいること。
その反乱分子が聖グロ弱体化のためにダージリンを強制退学させたこと。
その犯人を特定するために、私が選ばれたこと。
そして、ダージリンにはもう一度聖グロへ戻ってもらうこと。
ダージリン「………私が、もう一度聖グロに…」
西「ええ」
ダージリン「………」
西「ひょっとしたら、もう聖グロに未練は無いかもしれません」
西「でも、聖グロがダージリンを失うことこそが、反・聖グロ派の狙いなんだそうです」
ダージリン「…」
西「だから連中の正体を暴き、ダージリンを復学させ」
西「"何一つ成功しなかった。それどころか大きな痛手を負った"という結果にする」
西「それが、奴らに対する私達の"報復"です」
ダージリン「………ふふっ」
西「ん?」
ダージリン「なかなか…面白い話ね…!」
西「ええ。ようやく腹の中に溜まった恨みを晴らせますよ」
西「私も恨みを晴らせてダージリンも泣き寝入りせずに済む。ビンビンな関係です」
ダージリン「それを言うならWin-Winの関係よ」
西「あ、それですね」
ダージリン「…でも」
西「ん?」
ダージリン「あなたにまた無理させてしまうのね………」
西「…」
ダージリン「私のことなのに、無関係のあなたがまた心をすり減らしてボロボロになってしまう………」
西「ご心配なく」
ダージリン「えっ…」
西「これは私自身の復讐でもあるんですから」
ダージリン「絹代さんの?」
西「私もダージリンと同じように連中に心身をボロボロにされたので、この恨みを何としてでも晴らしたいと腹の虫が収まらないんですよ」
西「たとえダージリンが諦めても私は諦めきれない」
西「そして、ようやくその報復手段を見つけた」
西「このチャンスを待っていた」
ダージリン「………あなたに甘えてもいいの?」
西「もちろんです」
ダージリン「ありがと…」
西「でも………」
ギュッ
ダージリン「きゃっ!?」
西「今はそういったことを事を考えたい気分じゃないです」
ダージリン「そ、そう…」
西「………あはは。今日もいい匂いですね」クンクン
ダージリン「…変態」
西「変態で良いので、このままダージリンの匂い嗅いでいても良いですか?」クンクン
ダージリン「…くすぐったいわよ……っ…あっ…ぁぁぁ………!」
あの日以来、精神安定剤の服用を止めたとはいえ、後遺症はまだ残ってるし、そのせいで薬に手を伸ばそうとする。
でも私は確かに約束した。ダージリンが元気になるなら私も薬を断つと。
だから、もう薬は飲まない。
薬を充満させる代わりに、心も身体もダージリンで満たしている。
ダージリンには変態と言われるが、薬物依存に比べたら…。
そしてダージリンもまた私を受け入れてくれるし、私を求めてくれる。
ダージリンも私も互いの身体の"味"を知っている。
心も身体も繋がっている。
もう"初めまして"じゃない。
【週明け 知波単学園】
西「先日、聖グロリアーナ女学院のOGよりお話を伺いました」
西「その方のお話は事実なのでしょうか?」
学長「うん、そうだね。…今まで話すことが出来ず申し訳ない」
学長「なにしろ、聖グロOGのアールグレイさん曰く、"聖グロへサプライズがしたい"と言うのでね…」
サプライズ…つまり私が"聖グロ生A"として諜報活動するということだ。
そのことは例え当事者であっても知り得てはならないのだろう…。
西「ちなみにそのサプライズの内容は…?」
学長「曰く秘密なんだそうだ。ちょっと気になるなぁ。あはは」
西「そうでありますか…」
学長「先方さんによると、あとは君の返事だけという状態だそうだ」
西「そうなんですね」
学長「…しかし、まさか聖グロからオファーが来る日が来るなんてねぇ」
西「…」
学長さんは嬉しそうにそうつぶやいた。
戦車道の強豪校として知られる聖グロだが、それ以外でもお嬢様学校としてブランド力のある名門校だ。
確かに女子学生のあこがれでもあり、学校としても聖グロからのお誘いが来るのは喜ばしい事なのだろう。
だが、聖グロの汚い面を知った今ではお嬢様学校になんの魅力も見出だせない。
そして、私のやることといえばそんな汚い学校の更に汚い部分をほじくり出すということだ。
ダージリンが関わってなければ丁重にお断りしていた。
それに…
西「…ただ、心残りがあります」
学長「うん。戦車道のことだよね」
西「…ええ」
学長「そうだよね。君が"命をかけて"守ってくれた戦車道だ」
学長「私も責任を持って守ることにしたよ」
西「…と、申しますと?」
学長「お待たせしました。どうぞ、お入り下さい」
西「?」
「失礼します」
西「あなたは…」
蝶野「初めまして。蝶野亜美です」
西「!」
学長「蝶野さんはね、戦車教導隊所属の自衛官でもあり、日本戦車道プロリーグ強化委員でもある方だ」
西「ええ。よく存じております…!」
蝶野「西さんのご不在の間、特別顧問として戦車道履修生の練習のサポートをさせて頂きます」
西「そうなのですね。どうか宜しくお願い致します」フカブカ
まさかまさか蝶野さんが来てくださるとは。学長のコネなのだろうか。
現役の戦車乗りであり、プロリーグ強化委員による直々の指導だ。不満などあるはずがない。
…強いて言えば、私が蝶野さんの講習に参加出来ないことくらいかな。
【知波単学園 練習場】
細見「あっ西殿!!」
玉田「おお隊長殿っ!! おかえりなさいでありますっ!!」
ワーーーー!!!
オカエリナサイマセッ!!
ワイワイ ガヤガヤ
イエスイエス!!!
西「みんな久しぶり。ちゃんと元気だったかい?」
細見「もちろんですとも! …おや…西殿? 少し雰囲気が変わられたような…?」
西「あははは。会う人みんなに言われるよ」
玉田「それもそのはずです。前よりも"すまぁと"になられましたな!」
福田「ええ! とても魅力的でありますっ!!」
ワイワイ
ガヤガヤ
西「あはは。ありがとう………ん? あれは??」
蝶野「私の愛車よ!」
西「愛車…」
福田「随分立派な愛車であります」
私達が普段乗ってる戦車の横に、明らかに異色を放つ戦車がある。
自衛隊が使う『10式戦車』なのだが、蝶野さん曰く愛車らしい。
仮にも最新戦車なのだが私物化していいのかな…?
蝶野「…乗ってみたい?」
西「えっ?」
蝶野「10式、乗ってみたい?」ニヤッ
西「えぇ…まぁ…」
蝶野「おっけーい!!」グッ
ということで日本国陸上自衛隊の切り札とも言える10式戦車に私は乗った。
…良いのだろうか。
C4Iという車輌間での情報共有機能
44口径120粍という強力な火砲
走行中の射撃も実現可能とする緩衝装置と自動追尾機能
私達が乗る大日本帝国の戦車の孫娘はとても優秀な子になってくれました。
これを公式戦で使えたらなぁと思う時がたまにある…。
蝶野「今から発進させるから、向こうの的を狙って撃ってみて」
西「え…私がですか?」
蝶野「ええ」ニコッ
聖グロの核心に迫る前に、日本国防の核心に迫っているような気がする。
後ほど機密漏洩罪とかで裁かれやしないか心配だ。
そんな事を考えてる間に蝶野さんは戦車を発進させる。
速い。明らかに速い。戦車というより車に乗ってる気分だ。
そしてジグザグに動いたり凄いスピードで後退したりと、大きな戦車ながら優れた機動性を見せつけてくれた。
…おっと、撃てと言われたな。
それではお言葉に甘えて撃ってみよう
ズガーンという小気味いい音と同時に発射された砲弾は数百メートル先の的を撃ち抜いた。
自動装填装置が付いているとのことで、素早い砲撃が行えるのは魅力的だ。
続いてもう1発。同じように的を貫く。
以前は寝ても覚めても突撃ばかりしていた。
なので射撃は常に動いた状態で行っており、止まって撃つ時のほうが少ないくらいだ。
それ故この手の行進間射撃は知波単の最も得意とする分野となってしまった。
これくらいは福田にとっても朝飯前だろう。
蝶野「いかがかしら?」
西「速度といい、装填速度といい、さすが最新技術を使った戦車だけあります」
蝶野「射管装置もついてるから走っても的を狙いやすかったでしょ!」
西「え」
蝶野「ん?」
西「そんなのもあるんですか?」
蝶野「あれ? 言わなかったっけ?」
西「ええ。初耳です」
西「それにあったとしてもこういうハイテクな機械はちょっと…」
蝶野「」
西「…」
蝶野「…それじゃ今の射撃は?」
西「? 従来通りのやり方ですけど…?」
蝶野「………ぐ、グッジョブベリーナイスよ…!」
なんでか知らんが唖然とする蝶野さん。
私は何か不味い事でもしでかしたのだろうか…?
行進間射撃なら皆やっているし、戦車が変わったところでやり方が変わるとも思えまいし…。
まぁ蝶野さんがいれば皆もより充実した練習が出来るだろう。
だから私がいなくても、みんなは戦車道をしっかり楽しんでくれる。
仲間たちの戦車道に関しては心配はない。
………そして、もう一つ、
西(みほ真似)「あっ、やっと出てくれた…もしもし…!」
杏『いま何時だと思ってるのさ…っていうかどちらさん』
大型イ号車の導入は見送ろう。
オイ車が無くても問題ないが、大洗女子が無くなるのは大問題だ。
その製造費を彼女たちの作る戦車のために回せば問題は全て解決する。
西(みほ真似)「ドイツではなく日本の企業に依頼してみてはいかがでしょう?」
杏『………は?』
紹介したのは我らが知波単の戦車製造を請け負ってくれる"お得意様"だ。
中小規模ながら高い技術力を誇り、我が国のものづくり産業を支える企業たちである。
ここならきっと大洗の要望に答えることが出来る。
不 知 火重工
筑 波 製鋼所
単 技研
四 万 騎金属
千 歳 設計
皆は気付いてくれたよね?
杏『西住ちゃんさ、言うのは誰にでも出来る。んだけど実行するのはまた別の話よ?』
杏『悪いけどさ、これは無
西(みほ真似)「可能性がある限り進まないとダメなんです!!」
杏『…』
西(みほ真似)「会長は一生懸命になって車体を確保しました。これは大きすぎる一歩なんです!」
西(みほ真似)「そしてこの一歩を足掛かりに、とにかく私達はひたすら走るしかないんです!」
西(みほ真似)「走るのを止めたらそれこそ全部おしまいなんです! 血を吐くような想いをしてこなしてきた事も全部無駄になってしまうんです…!」
西(みほ真似)「だから…!!」
だから…決勝戦、勝ち抜いてください。
私は電話の相手…角谷さんへ伝えた。
ただ、角谷さん達がどういったものを作りたいのかまではわからない。
話によると、車体は確保できたとのことで、これだけでも十分すぎるくらいの大戦果だ。
だから残る砲とそれを包む砲塔の設計図。それもとにかく詳細なものを用意するよう伝えた。
あとは職人たちがそれをもとに素敵な戦車を作ってくれる。
そして、大洗を守りたいという角谷さんの血の滲むような努力が実を結ぶ…!
これで、"西絹代"としてやっておくべきことは全部やった。
だからこれで
これで、もう思い残すことはない。
~~~~~~~
~~~
~
【あの夜をもういちど】
西「もしも、もしもですよ? 私が聖グロの生徒だとしたら、どの様な名前を頂けるのだろうかと思っただけです」
ダージリン「そうね。紅茶に因んで」
ダージリン「"茶番"なんてどうかしら?」
西「………」
ダージリン「冗談よ。そんな顔しないでちょうだい」クスクス
西「何でか知りませんが妙にグサッと来ました…」
ダージリン「そんな大げさなこと言わないで頂戴」
西「衝撃的すぎたので明日から"聖グロリアーナの茶番"と名乗ります」
ダージリン「悪かったわ。許して頂戴」フフッ
西「ダージリンのばか」プクー
ダージリン「はいはい」
西「む」
ダージリン「そうね。あなただったら―――」
ダージリン「ベニフウキなんていかがかしら?」
西「ベニフウキ?」
ダージリン「漢字で書くと"紅富貴"。アッサムに近い日本の品種よ」
西「なるほど」
ダージリン「聖グロに来た時にそう名乗っても良いのよ?」フフッ
西「えっ、本当ですか?!」パァァ
ダージリン「ええ。私が許可するわ」
西「いやっほ~い!! わたくしはベニフウキでございすわよぉ~!!」オホホホッホホホ
ダージリン「落ち着きなさい絹代さん」
西「………」
ダージリン「…なによ?」
西「………」ジー
ダージリン「…落ち着きなさいベニフウキ」
西「はいですわー!」
ダージリン「まるでローズヒップね」ヤレヤレ
西「あははっ♪」
~~~~~~~~~~~
~~~~~~~
~~~
「心の準備は整いました。アールグレイ"様"」
「ありがとう」
【そして現在 聖グロリアーナ女学院 甲板】
…様
「…」
「ヴェニフーキ様?」
ヴェニフーキ「ん…私ですか?」
ローズヒップ「いつまでもこんな所にいてはお風邪を引かれますの」
ヴェニフーキ「…」
ヴェニフーキ「そうですね。戻りましょう」
ローズヒップ「ささ、お乗りくださいまし!」
そして、私は聖グロリアーナに"転校"した
ダージリンとOGから授かったニックネームを名乗って。
"ヴェニフーキ"
ダージリンから授かったのは"ベニフウキ"だが、これでは名前を調べればすぐ足がつくというので改変した。
ゼラの戦いの勝利を知らせるガイウス・ユリウス・カエサルの言葉 "Veni, vidi, vici"(=来た、見た、勝った)からとった"Veni"。
そして、『愚か者』という意味の "hookie" を合わせてVeni Hookie、つまりヴェニフーキだ。
私は横文字が苦手なので、こういった細工は出来ない。この捻くれた造語はアールグレイさんによるもの。
直訳すると"愚か者が来た"となるわけで、これから厄介者となる私にはピッタリな名前とのこと。
その通りだ。
もちろん今までの格好ではすぐわかるので、アールグレイさんの手によって私は姿も変えた。
髪は白銀色に染め上げウェーブを掛け、瞳はレンズを入れて赤くした。…なんだか携帯電話のゲームにでも出てきそうだ。
アールグレイさんは『よく似合ってるわよ。ゴシックっぽくて』というが、なんだか秋葉原とかにいそうなコスプレした人みたいで、私はあまり好きじゃない。
それに毎朝髪の毛をクルクル巻くのは面倒だ。ヘアアイロンというやつを使うのだが、それでよく首筋を火傷する。
そう愚痴っていたらアールグレイさんに『もう少し女の子らしくしなさい』とお小言を言われる。
まあでも、これで多少は誤魔化せるかな…?
ルクリリ「何か考え事でもされてたんです?」
ヴェニフーキ「ええ。色々と」
ルクリリ「そうなんですかぁ。…まぁ、大丈夫ですよ」
ヴェニフーキ「ん?」
ルクリリ「すぐ慣れますのから」
ヴェニフーキ「…」
ルクリリ「最初は不安かもしれないけど、皆良い人ですから大丈夫ですよ」
ローズヒップ「ルクリリ様の仰るとおりですの。お作法もお茶の子さいさいでございますのよ!」
ヴェニフーキ「そうですね」
ルクリリ「まぁ…ローズヒップはもう少しお作法を学んだほうが良いかなぁ…」
練習試合、エキシビションマッチ、大学選抜チーム戦、入院中。
聖グロの幹部たちにはお世話になり、僅かながら交流があった。
しかし、ここからはより聖グロの深部へ潜ることになる。
知波単学園の西絹代としてではなく、聖グロリアーナ女学院のヴェニフーキとして。
【ヴェニフーキの部屋】
ヴェニフーキ「ええ。今のところ問題はありません。楽しくやってます」
アールグレイ『そう。良かったわ。少しでもおかしな事があったら教えてね?』
ヴェニフーキ「そのつもりです。ダージリンの方は?」
アールグレイ『元気にやってるわ』
ヴェニフーキ「そうですか。良かったです」
アールグレイ『早くダージリンが帰れると良いわね』
ヴェニフーキ「言わずもがな。そのために面倒事を引き受けてるので」
アールグレイ『ふふっ。それでは引き続き頼むわね。ヴェニフーキ』
ヴェニフーキ「はい。おやすみなさい。アールグレイ様」
ここに来てからは毎日欠かさずアールグレイさんと連絡を取っている。
…といっても今はまだこれと言った"異変"はないため、他愛のない世間話ばかりだけど。
あとは聖グロの校風や伝統、校則にルール・マナー、生徒の詳細など、私が聖グロに溶け込むための情報を貰ったりしていた。
【翌日 チャーチル歩兵戦車 砲手席】
アッサム「全車前進」
先日の紅白戦の成績が評価されたことにより、隊長車、つまりアッサムさんやペコがいるチャーチル歩兵戦車に乗ることになった。
ダージリンに代わりアッサムさんが車長に、装填手はペコ。そして空席となった砲手を私にやれというのだ。
他の生徒だったら『大出世だ!』と喜ぶ話なのだが、私にとっては面識がある二人に最も近い場所にいることになる。
…参ったな。
オレンジペコ「ヴェニフーキ様、紅茶はいかがですか?」
ヴェニフーキ「今は結構です。ありがとう」
アッサム「…珍しいですわね。紅茶を飲まないなんて」
ヴェニフーキ「紅茶を片手に照準を合わせる技術は私にはありません」
アッサム「そうですの? 私は普通に紅茶飲みながら砲手やってたけれど」
ヴェニフーキ「私がアッサム様の域に達するには、まだまだ時間がかかります」
アッサム「まあ良いでしょう。飲みたい時に飲むのが一番ですものね」
オレンジペコ「紅茶が欲しくなったら言ってくださいね」
ヴェニフーキ「ありがとう」
照準を合わせる、砲塔を動かす、撃つ
砲手なら誰もがやるこれら一連の動作に加え、私は2人に気取られること無く振る舞わないといけない。
もうずっと、気を張りつめたままだ。
『T-34発見しました。どうしますか?』
アッサム「おそらくそれは囮」
アッサム「ひとまず引っかかった"フリ"をしてギリギリまで接近なさい」
『了解しました!』
しかも練習試合ということで、プラウダ高校をお招きしているというのだ。
アッサムさん曰く、しばらくは各高校と試合を重ね、より実戦に近い高度な練習を行っていくとのこと。
間違った策ではないが、私にとってはこれほど厄介なことはない。
なにしろ、聖グロはもちろん、外部の生徒にだって正体がバレては困るから。
ヴェニフーキ「T34、3輌発見。撃ちますか?」
アッサム「行けそう?」
ヴェニフーキ「ええ」
ヴェニフーキ「私の砲撃を合図に一斉射撃を」
アッサム「わかりました。全車輌、隊長車に続き砲撃開始」
カチッ
ズガァァァァァァァァン!!
ズドーン!
バシューン!
ポシュッ! ポシュッ!
アッサム「お見事ですわ」
オレンジペコ「凄いです!あの距離で…!」
ヴェニフーキ「装填を」
オレンジペコ「は、はいっ!」
ガコン
オレンジペコ「装填完了です!」
ヴェニフーキ「…目標、T34」
カチッ ズガァァァァァァァァン!!!
シュパッ
ヴェニフーキ「…」
アッサム「これで3輌すべてを白旗ね」
『T34、3輌撃破を確認です!』
『こちらも確認出来ました。ですが、まだ敵の主力は見当たりません』
アッサム「了解。引き続き索敵なさい」
ヴェニフーキ「…」
オレンジペコ「ヴェニフーキ様?」
ヴェニフーキ「妙ですね」
アッサム「妙?」
ヴェニフーキ「我々はあえてプラウダの罠に引っかかった」
ヴェニフーキ「なのに、何も起きない」
オレンジペコ「…そう言われてみれば」
アッサム「油断は出来ません。何せ向こうは私達を簡単に倒せる火力を有していますもの」
ヴェニフーキ「…」
ズガァァァァァァン!!!!
パシュッ!
アッサム「ッ!!」
『北北西から砲煙確認!!』
『申し訳ありません! ルクリリ車やられました!!』
ヴェニフーキ「音からして大きいやつですね」
今は音からしてIS-2。撃ったのは恐らくノンナさんだろう。
この距離では装甲は抜けない。対して向こうの122ミリ砲はこちらの戦車を破壊できる。
何しろ、IS-2は"豹戦車に真正面から撃ってエンジンや後部装甲まで貫ける戦車"だから。
…すごい誇張だ。
ヴェニフーキ「ここで立ち往生しては数を減らされるだけです」
アッサム「確かに。格好の的ですわね」
ヴェニフーキ「幸いIS-2は砲弾重量が重たいこともあり、連続射撃は困難でしょう」
ヴェニフーキ「今のうちにクルセイダー部隊を先頭に進撃を」
アッサム「そうですわね。ローズヒップ!」
ローズヒップ『はいっ! ただ今使用中でございますの!』
アッサム「」ガクッ
オレンジペコ「あはは…」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「…いいですかローズヒップ。無線はお手洗いではありませんの。使用も未使用もありませんのよ…」ハァ...
ローズヒップ「これは失礼しましたでございますの!」
アッサム「そんなことよりローズヒップ! 先程の砲撃音がする方向へ僚車を連れて進みなさい!」
アッサム「そして相手を撹乱するのです。砲弾が早いかあなたが早いかの勝負です!」
ローズヒップ『わっかりましたわぁー!』ブロロロロロロッ
ヴェニフーキ「元気ですね」
オレンジペコ「元気です…」
アッサム「元気だけが取り柄なのよあの子は…」ヤレヤレ
良い事じゃないか。何を始めるにせよ元気がなければ続かない。
前々から思っていたが、ローズヒップさんは知波単学園の価値観と合致する。
そのせいかかつての仲間たちを見ているようで微笑ましい。
今抱える問題が解決したら彼女には是非とも知波単学園にも遊びに来てほしい。
ローズヒップ『アッサム様ぁ! IS-2発見ですわ!!』
アッサム「良くやりましたローズヒップ。そのまま撹乱してあげなさい」
ローズヒップ『かしこまりでございますの! バニラ! クランベリー! いっきますのよぉぉぉ!!』
ヴェニフーキ「こちらもIS-2を確認」
オレンジペコ「車体は正面を向いていますが、クルセイダーに注意が行っているようで、こちらにはまだ気付いていないようです」
アッサム「しかし、はあの正面装甲を貫くのは不可能ね…」
ヴェニフーキ「引き続き、気を散らしてもらいましょう」
ヴェニフーキ「その隙に私が」
アッサム「わかりました」
アッサム「ローズヒップ、こちらもIS-2を確認しました。射撃できる場所まで移動するので、あなたはそのまま挑発を続けて下さい」
ローズヒップ『了解ですわよぉー!!』
ヴェニフーキ「…」
アッサム「ここから攻撃するつもりですの?」
ヴェニフーキ「ええ」
オレンジペコ「で、でもIS-2の正面装甲は…」
ズガァァァァァァァァァン!!!
シュパッ
アッサム「IS-2が…戦闘不能に…?!」
オレンジペコ「す、すごいです! あのIS-2がっ!」パァァッ
ヴェニフーキ「まだ試合は終わっていません」
オレンジペコ「あっ、ご、ごめんなさい」アセアセ
アッサム「…どういうことですの?」
ヴェニフーキ「何がです?」
アッサム「IS-2の正面は100mm。私の計算が正しければ、この距離からそれを撃ち抜くのは不可能なはず」
オレンジペコ「確かに…。一体どういう…?」
ヴェニフーキ「仰る通り、IS-2の正面は簡単には抜けません」
ヴェニフーキ「なので、正面ではなく、"上面"を狙ってみた次第です」
アッサム「い、いや上面って…。この角度からでは…」
ヴェニフーキ「砲塔防盾の下の方を狙い、そのまま反射させる」
アッサム「っ!」
ヴェニフーキ「狙った跳弾がうまく車体上面へ滑り込んでくれました」
アッサム「なるほど、"ショット・トラップ"ね…!」
オレンジペコ「すごい…!」
『あいたーっ! すみませんっ! 敢闘及びませんでしたー!!』
そういえばエキシビジョンマッチ戦の時は、無線の不調で指示を履き違えて突撃し、ノンナさんに撃破されたなぁ…。
まさかこんな形であの時の無念(?)を晴らせるとは思わなかった。
【試合終了後 紅茶の園】
IS-2は倒せたものの、プラウダの戦車軍団を前に勝利には至らなかった。
足は早いが力の弱い巡航戦車、守りは固いが足の遅い歩兵戦車。
いずれも一長一短な戦車だが、"火力"を見るといずれも心許ない。
そして今回の試合では特に火力不足が顕著となった。
かつてドイツもソ連のT-34に遭遇して全く刃が立たなかったという時期があったそうだが、今回の聖グロの試合はまさにその時のドイツだった。
巧みな戦術だけではどうしても限界は来てしまうのだ…。
そして、プラウダ高校でこの結果ならば、黒森峰や大洗女子を相手にした時…。
カチューシャ「まさかウチのノンナがやられちゃうとはねー」ズズ
アッサム「私も驚きました。あのような奇天烈な方法で戦車を狙うなんて」
ノンナ「えっ?」
カチューシャ「ふぇ?」
アッサム「ん?」
カチューシャ「あなたが狙ったんじゃないの?!」
アッサム「いいえ。私は今回は車長です。撃ったのはうちのヴェニフーキ」
カチューシャ「ヴェニフーキ? 聞いたことがないわね。新しく入った子?」
アッサム「ヴェニフーキ」
…アッサムさんめ。
正体がバレぬようプラウダの面々とはあえて離れた場所にいたのに余計なことを。
ヴェニフーキ「…お呼びでしょうか?」
アッサム「彼女が新しく入ったヴェニフーキですわ」
カチューシャ「あなた、うちのノンナを倒すなんてなかなかやるじゃない」
ヴェニフーキ「身に余るお言葉です」
ノンナ「あなたが…」
ヴェニフーキ「ん…」
そう、プラウダ高校にはノンナさんがいる。
この方の観察力・洞察力は計り知れない。
安っぽい変装なんぞ瞬く間に見抜かれてしまうのではないか。
早くもピンチだ。
ノンナ「Здравствуйте」
ヴェニフーキ「こんにちは」
英語がわからんのにロシア語なんてわかるはずがない。
ノンナさんが何と仰ったのかわからんので、ひとまず挨拶で返した。
先日は西絹代がお世話になりました。
"水飴"の件はプラウダ高校に良い結果をもたらしたようですね。
ノンナ「聖グロリアーナの砲手といえば、アッサムさんが有名ですが、あなたもまた射撃の名手なのですね」
ヴェニフーキ「お褒め頂き光栄です。アッサム様が有名かどうかは存じかねますが、いつでも追い抜けるよう鍛錬を積み重ねております」
カチューシャ「あなた言われてるわよ」
アッサム「おんのれヴェニフーキ…」ワナワナ
ノンナ「転校されたとのことですが、以前の学校でも砲手を?」
ヴェニフーキ「特に役割は固定されてはおりませんでした。砲手の時もあれば車長の時も」
ノンナ「ふふ。私も同じです。親しいものを感じますね」ニコッ
ヴェニフーキ「同じ境遇の方がいらっしゃって嬉しいです」
カチューシャ「そうよねぇ。ダージリンが倒れちゃうんだから」
ヴェニフーキ「…」
ノンナ「カチューシャ」
カチューシャ「だってそーじゃない。隊長が倒れたら誰が部下を指示するのよ?」
ノンナ「その為にアッサムさんがいらっしゃるのですよ」
カチューシャ「ダージリンもバカね。風邪なんか引くなんて。おヘソでも出して寝てたのかしら。あっははははっ!」
ヴェニフーキ「………何?」
ノンナ「っ!!」
カチューシャ「な、何よ!?」
アッサム「!? やめなさいヴェニフーキ!!」
ヴェニフーキ「…」
カチューシャ「ひっ!!?」
ノンナ「Пожалуйста, укрывает ее!!」
クラーラ「Да!」
カチューシャ「く…クラーラ…!?」
ノンナ「申し訳ありませんヴェニフーキさん…彼女には私の方から伝えておきますので、どうか…!」
ヴェニフーキ「………いえ。私の方こそ取り乱してしまい、申し訳ありません」
アッサム「ヴェニフーキ。下がりなさい」
ヴェニフーキ「………」
【聖グロ学園艦 ベンチ】
ヴェニフーキ「…」
………やってしまった。
少しおちょくられただけなのに、あの時の光景がそのままフラッシュバックしてしまった。
ダージリンを地獄に叩き落とした連中と重なってしまった。
くそ…。
私のせいでせっかくの交流試合も台無しだ。
「ここにいたのね…」
ヴェニフーキ「!」
カチューシャ「…」
ノンナ「…」
クラーラ「…」
先ほどのお三方がやってきた。
ヴェニフーキ「…カチューシャさん」
カチューシャ「…」
ノンナ「カチューシャ、」
カチューシャ「わかってるわよ! …その…ヴェニフーキ」
ヴェニフーキ「はい」
カチューシャ「さっきは悪かったわ………ごめんなさい」ペコリ
ヴェニフーキ「いえ。私の方こそ無礼を働き、大変申し訳ありません」
ノンナ「私の方からもお詫び致します」フカブカ
クラーラ「…」フカブカ
ヴェニフーキ「頭を上げてください。皆様に非はありません」
カチューシャ「あなたはここに来てまだ日が浅いのに、ずいぶんダージリンを大事にしてるのね」
ヴェニフーキ「ダージリン様だけではありません。聖グロの皆様は私のって家族のような存在です」
ノンナ「…」
カチューシャ「私だって家族を侮辱されたら怒るわ」
ヴェニフーキ「…」
カチューシャ「なんだかあなた、ノンナに似てるわね」
ヴェニフーキ「えっ?」
カチューシャ「無口で殆ど表情変えないところや、裏で色々考えているところとか」
カチューシャ「あ、あとは砲手やってるところもね!」
ヴェニフーキ「ノンナさんと比べたら私など…」
カチューシャ「似てるわよ。すっごく」
ヴェニフーキ「…」
ノンナ「…」
私はノンナさんのような立派な人じゃない。
聖グロのことなんてこれっぽっちも考えていないし、腹の中には汚いものが詰まってる。
そして、それがバレないように必死に感情を殺してるだけ…。
カチューシャ「うちのノンナはね! 何でも言うこと聞いてくれるんだから!」
カチューシャ「肩車するし、お腹が空いたらボルシチ作ってくれるのよ!」
ヴェニフーキ「ふふ。とても素敵な方です」
ノンナ「…」
カチューシャ「そうよ! ノンナは凄いのよ! ね? ノンナ!」
ノンナ「はい。とっても凄いです」
ヴェニフーキ「ノンナさんの凄さ、伝わってきます」
ほとんど表情を変えないノンナさんだが、どことなく嬉しそうなのが伝わってくる。
カチューシャさんに評価されて喜ぶノンナさん。
そんなカチューシャさんを称賛すると、やはりノンナさんは嬉しそうにする。
本当に大切にされているというのが部外者である私にも伝わってくる。
私も。ダージリンが何かお願いして来たらきっと断れないだろうな。
お腹が空いたと言うならご飯は作るし、出かけるときはお弁当も作ろう。肩車は…出来るかな。あはは。
そうだ。もし今度会う機会があったら寝るときに子守唄を歌ってあげよう。
カチューシャ「もちろん隣りにいるクラーラも、部下のニーナやアリーナもちょっとオッチョコチョイだけど大事なんだからねっ!」
クラーラ「Я люблю тебя обратно」
」
ノンナ「то же」
カチューシャ「ちょっと! 日本語で話しなさいよ!!」
クラーラ「かちゅしゃさま、もずく」
カチューシャ「もずくって何よっ!!」
ノンナ「クラーラは日本語が堪能なんです」
カチューシャ「嘘つくなっ!!」
ヴェニフーキ「ふふ」
プラウダ高校は時たま黒い噂を聞くが、こうやって見ると隊長もその側近もまるで家族(親子?)のようで微笑ましい。
彼女たちのやり取りをいつまでも眺めていたくなるほどに。
そして母校を離れていることもあって、そんな光景を羨ましく思う…。
カチューシャ「そうだヴェニーシャ!」
ヴェニフーキ「…ヴェニーシャ?」
ノンナ「カチューシャは親しみ持った方は名前の後に"シャ"を入れて呼ぶのですよ」
ヴェニフーキ「なるほど、ヴェニーシャ。悪くないです」
そういえば私も昔カチューシャさんに"キヌーシャ"と呼ばれていたっけ。
このヴェニフーキも気に入って下さったようで嬉しい。
…ただ、"ヴェニーシャ"というとまた別の名前みたいだから呼ばれても気付かないかもしれない。
カチューシャ「でしょー? カチューシャ様のネーミングセンスは世界一よっ!」フンス!
ヴェニフーキ「そうですね。折角ですのでアッサム様や後輩のオレンジペコにも何か愛称をつけて頂けると喜びます」
カチューシャ「ペコーシャは良いとして、アッサーシャ…いやアーシャにすべきかしら…迷うわね…」
ノンナ「ふふっ」
クラーラ「прекрасный」ホノボノ
"オバサム"とでも呼んでやって下さいと言おうと思ったが黙っておいた。
ダージリン曰く、アッサムさんはそういった"年"の話に敏感らしい。
カチューシャ「…って、そうじゃなくて!…ほらっ!」
ヴェニフーキ「ん?」
カチューシャ「連絡先、交換しましょう!」ニッ
ヴェニフーキ「良いのですか?」
カチューシャ「あったりまえじゃない!」
ヴェニフーキ「ありがとうございます。喜んで」
こうして私はヴェニフーキとしてプラウダの皆さんと連絡先を交換した。
一応今日が"初めまして"だけれど、ここまで親交を深めることができて嬉しい。
ただ、出来るなら西絹代として仲良くなりたかったなぁ。
カチューシャ「そうだヴェニーシャ!」
ヴェニフーキ「はい?」
カチューシャ「これあげる!」
ヴェニフーキ「これは…」
カチューシャ「"水飴"よっ!」ニシシ
プラウダ高校に革命をもたらした日本の甘味料こと"水飴"
まさかこんな形で帰ってくるとは…。
あれからも気に入って頂いているようで何よりです。
ヴェニフーキ「"水飴"…ですか」
カチューシャ「そうよ! "水飴"って凄いのよ!」
クラーラ「патока очень вкусный」ニコニコ
カチューシャ「納豆じゃない"水飴"よクラーラ!」
クラーラ「патока」
カチューシャ「だぁからぁ!」
ノンナ「патокаはロシア語で"水飴"という意味です」
カチューシャ「へ…? し、知ってるわよそんなの!」
ロシア語はよくわからないけど、クラーラさんに納豆を食べさせたらどんな反応するだろうか。
少し見てみたい気がする。
と言うより、日本に遊びに来た外国人には、まず納豆と梅干しを食べさせたい。
…嫌がらせかな?
カチューシャ「これを食べると脳が活性化されてウチのノンナみたいに凄くなれるのよ」
ヴェニフーキ「なるほど…」
カチューシャ「た・だ・し! 食べ過ぎると逆効果なのと、あと栄養分が偏ってもダメ」
カチューシャ「そして長時間の稼働もダメだから疲れたらすぐ寝なさい。8時までに寝ればギリギリセーフよっ!」ニシシ
ヴェニフーキ「かしこまりました。素敵なプレゼントと情報をありがとうございます」フカブカ
少し前まで眠れない日が続いていた上に薬物依存だった。
ここ最近もこういった事をしているため、気が休まることなんて無い。
とても健康な生活とは言えたもんじゃないな…。
だから私も"水飴"を食べて気分を落ち着かせた方がいいかもしれないね。
本当に素敵なプレゼント感謝いたします。
その後、何事もなくプラウダの皆さんとは別れた。
不思議なことにノンナさんに身元を特定されることは無かった。
いや、見抜いていたけど私に配慮してあえてあの場で言及しなかったのかもしれない。
いずれにせよ、プラウダの皆さんを騙しているので申し訳ない。
ただ、雨降って地固まるというべきだろうか。
一悶着の後は以前よりもプラウダ高校の皆さんと良好なな関係を築く事ができて、とても有意義な時間を過ごせた。
また今後も良好な関係を築いていけたらと思う。
夕日は沈み空は少しずつ暗くなっていく。
この時間に吹く風は涼しくて気持ちがいい。
気分が良いのでもう少し夜風にあたっていよう。
「ヴェニフーキ様」
ヴェニフーキ「…」
「あの…ヴェニフーキ様…」
ヴェニフーキ「ん…何でしょう?」
「そ、その…アッサム様がお呼びです…」オロオロ
ヴェニフーキ「アッサム様が?」
「はい…お話があると…」
ヴェニフーキ「…」
「あ、あの…」オロオロ
ヴェニフーキ「わかりました。すぐ行きます」
安らぎの時間は聖グロ生の問いかけによって終わりを告げた。
アッサムさんが呼んでいるというが、大方先程の失態ついてだろう…。
一人きりの時間を邪魔されたのは不快だが、私に非があるのでアッサムさんにも謝っておかなくては…。
【聖グロ 隊長室】
『どうぞ』
アッサムさんが待つ隊長室の扉を叩く。ここへ来るのは初めてだ。
隊長室は絨毯、机、椅子、壁画、どれをとっても一級品に見えてで、まさにお嬢様学校らしい空間だった。
"見えて"というのは、私が一級品を知らないからそう見えるだけだ。ひょっとしたら紛いモンかもしれない。
どちらにせよ学生畜生がこんな場所でふんぞり返っていると思うと何だか無性に腹が立つ。
しかし鬱憤をどこで晴らせば良いのかわからないので、とりあえず目の前にいるアッサムさんをギロッと一睨みしてやった。
アッサム「うっ…そ、そんな顔したってダメですわよ…!」
ヴェニフーキ「…先程の件は私のミスです。申し訳ありませんでした」
アッサム「えっ? ええ…コホン! プラウダの方々も今回はお客様としていらっしゃったのです。誠心誠意応対するよう心掛けて下さい」
ヴェニフーキ「肝に銘じます」
アッサム「…それにしても、意外ですわね」
ヴェニフーキ「意外?」
アッサム「転校して間もないあなたが、ダージリンにあのような感情を持っていたとは」
ヴェニフーキ「ダージリン様は今はいませんが、かつて聖グロの隊長をしておられた方」
ヴェニフーキ「それ故、ダージリン様を侮辱するのは聖グロを侮辱するも同然」
アッサム「カチューシャさんも悪意があって言ったわけではありませんわ」
ヴェニフーキ「その点については感情的になり過ぎたと猛省しております」
アッサム「…でも。ダージリンが聞いたらきっと喜ぶでしょうね」
ヴェニフーキ「そうだと良いのですが」
アッサム「ええ。ただ…」
ヴェニフーキ「?」
アッサム「…いいえ、何でもありません」
ヴェニフーキ「気になります」
アッサム「またいつかお話しましょう」
ヴェニフーキ「…」
アッサム「それともう一つ、明日は何か予定はありますの?」
ヴェニフーキ「いえ、特には」
アッサム「でしたら決勝戦を見に行きません?」
そう言えばそんな時期だった。
アッサムさんやペコの側にいるとバレないか冷や冷やしているので、出来れば一分一秒でも離れていたい。
だけどその一方で、大洗と黒森峰が戦う決勝戦も気になる。
下手に断ってもかえって不審がられるだろうし、ここは素直に参加しよう。
ヴェニフーキ「是非とも」
アッサム「ふふっ。楽しみですね。決勝戦」
ヴェニフーキ「ええ」
アッサム「ちなみに現地には5時集合です」
ヴェニフーキ「5時?」
アッサム「ええ。特等席が埋まってしまわぬよう、一足先に会場へ向かいます」
ヴェニフーキ「わかりました」
わざわざ早起きしなくても、普通に観客席で見れば良いのに。
5時集合ということは…遅くとも4時には起きていないといけない。
…起きれるかな。
アッサム「ご心配なく。どなたかに起こしに行うようお願いしておきます」
ヴェニフーキ「それは頼もしい限りです」
それはもっとまずい。寝る時は髪をおろすしレンズも外す。
髪の色以外はほぼ西絹代になってしまうのだ。
なので部屋に誰かが来る前に起きて"変装"していなければならない。
寝坊が原因で正体がバレた!! などとなっては笑うに笑えんので、何としてでも4時より早くに起きる必要がある。
…まったくこの女は尽く余計なことをしてくれる。しかも善意でやってるからタチが悪い!
続き
【ガルパン】西「四号対空戦車?」【4】