ぼく「待って下さいよ哀川さん。せめて一つくらい荷物を……」
哀川潤「なに腑抜けた事言ってんだ。男の子だろ、頑張れよ。あと、あたしの事を苗字で呼ぶんじゃねぇ。苗字で呼んでいいのは敵だけだ」
ぼく「分かってますよ、あいk……潤さん……」
ぼく達は請負人の仕事で、東京都にまで来ていた。
もう何年かぶりとなる東京だ。
そもそも、東京なんてヒューストンに行く飛行機に乗るために一度来たきりである。
人生の殆どをアメリカと関西で過ごしてきた男だからなぁ、ぼく。
元スレ
哀川潤「へえ、学園都市か…」
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1266675404/
閑話休題。
東京と言っても、しかしここは治外法権。
完全に外国と言ったほうが良いだろう。
なぜなら、今僕達が居る学園都市は、高さ五メートル以上の塀に囲まれ、出入り自体を極端に制限された都市だからだ。
しかもここの科学技術は“外”の30年は先を行っていると来ている。
玖渚なんかに言わせれば
玖渚「うにー、僕様ちゃん達があと2年本気を出してたら、あそこの技術が世界基準になってたかもねー」
らしいが、あの《仲間》でさえ二年もかかる境地だと考えると、どうもゾっとしない。
さて、そんなけったいな場所になぜ哀川さんと来ているかというと、今回も案の定、寝ているうちに哀川さんに攫われていて、起きたら東名高速道路を爆走していた。というシンプルな答えにたどり着く。
まぁ、今回は女装させられていなかっただけましだ。
でもさぁ……
ぼく「なんで、スーツなんですか?」
崩子「でも戯言遣いのお兄ちゃん。それ、すごく似合っていますよ」
ぼく「あー、なんだ。うん。ありがとう」
なんで崩子ちゃんまで居るんだよ。
哀川「そりゃぁ、あの部屋に崩子だけ一人にするのも可哀想だろ」
ぼく「はぁ、お気遣いありがとうございます。あと当たり前のように人の心を読むのは止めてください」
哀川「はん、そう言うなよ。いーたんの思ってることなんてあたしにゃ明日の天気を読むより容易いんだ。むしろ勝手に聞こえてくると言った方が正しいんだから、仕方が無いだろ」
ぼく「仕方が無いって、さすがにそりゃぁ無いでしょうよ。それよか、明日の天気を読むのだって簡単じゃないでしょうに」
哀川「ん? 明日の天気はくもりのち雨だけど?」
ぼく「…………」
いや、哀川さんが言うと洒落じゃなく当たりそうだからなぁ。しかも百発百中100%で。
それにしたって、スーツってのは案外寒い。
上にコートも着てないというなら尚更だ。
ぼく「で、なんでこんなところに連れてこられたのか。そろそろ理由を聞かせてくれてもいいんじゃないですか? 潤さん」
あと、ぼくがスーツに着替えさせられている理由も。
哀川「何、一姫の時と同じさ。仕事をちょっと、いーたんに手伝って貰おうと思ってな」
ぼく「……請負人の仕事なんて、哀川さんの手伝いになれるような事は、ぼくには何一つ無いと思いますけどね」
あの時だって、ぼくは何も知らずに右往左往して、状況を引っ掻き回していただけだ。
哀川さん一人なら、多少乱暴な事になっても、もっとスマートに解決できていたのではないかと、ぼくは今でも思う。
哀川「何、今回あたしがお願いしたいのはターゲットの監視だよ。あたしはちょっと手が放せない様字があるから、その間だけ手伝ってくれればいい」
ぼく「まぁその程度なら構いませんが、ぼくには潤さんと違って尾行スキルやら開錠術はありませんよ? 何です? 監視カメラでも一日中見ていればいいんですか?」
哀川「あー、いらねぇいらねぇ。そもそも監視カメラだなんてコソコソしたもんあたしは嫌いだっての。いーたんは正々堂々真正面から、ターゲットを見ててくれるだけでいいんだ」
ぼく「はぁ……」
哀川「いーたんには、中学校の教師をしてもらう」
この時ぼくはまだ、これから起こる事態の重要性を、全くといい程理解していなかった。
突然連れて来られて理解しろというのも無理な話だとは思うが、無知とは免罪符ではなく、あくまで罪だ。
そのことを当然ぼくは理解していたし、実感してもいた。
ようするに、覚悟が足りていなかった。ただそれだけだろう。
これは覚悟の物語だ。
ヤマも無ければイミも無いし、そんな物語にオチなんかあるはずも無い。
歓喜もなく激怒もなく怨嗟もなく賞賛もなく希望もなく絶望もなく妄想もなく夢想もなく愛情もなく愛憎もない。
一人の少年が覚悟と供に闇を駆け、一つの幻想を打ち砕く物語。
これは、その側面から見た一部分に過ぎない。
幻想は、覚悟によって壊される。
だからぼくは――
イナズマシニカル
超電磁砲と戯言遣い
超、能力が欲しいと思った事は多々ありますが。
超能力が欲しいと思った事は一度もありません。
0
スプーンを曲げるなら超能力を使え。
火が欲しいなら超能力を使え。
明かりが無ければ超能力を使え。
人を殺したければ超能力を使え。
問題を解決したいなら、頭を使え。
1
ぼく「と、言うわけで。今日からぼくが皆さんの担任です。よろしく」
崩子「闇口崩子と言います。ざれごt……先生とは義理の兄妹です。どうぞよろしくお願いします」
どうしてこうなった……
ぼくは頭を抱え込みたい衝動を必死でこらえ、教室を隅から隅までずずずぃっと、見渡す。
確かにこれならターゲットを正々堂々正面から監視できるけれど……
大丈夫か? ぼく、当然のように教員免許なんて持ってないぞ。
ぼく「ええと、それじゃあ崩子ちゃんは……」
佐天「はい先生! 初春の横が空いてます!」
初春「ちょ、佐天さん!」
元気よく手を上げた少女は……まぁいい。
こういう元気の良い娘はどこの学校には一人はいるものだろう。
いや、学校なんてまともに言ってたのは小学校までだけれど。
しかし何だ?
元気っ娘(仮称)に初春と呼ばれた少女を見て、ぼくはしばし絶句する事になる。
頭に花が咲いている。
いや、おそらく髪飾りなんだろうけど、イミテーションなんだろうけれど。
それでもあの量の花を髪飾りにするって、そもそも校則的にはどうなんだろう。
ま、いいけどね。
それもこれも全部戯言だ。
どうせ数週間。あるいは数日で終わる教師職である。
いちいち生徒の事を気にかける事も無い。
ぼくはいつも通り、何も考えず、何も感じず、言われた通りにしていればいい。
ぼく「それじゃあ、崩子ちゃん。えぇっと……」
初春「初春です。初春飾利」
ぼく「初春さんの隣の席でいいかな」
崩子「お兄ちゃんの言う事に異論なんてありません」
ぼく「あー、うん。それじゃあ飾利ちゃん。崩子ちゃんの事よろしく」
初春「はい! 任せてください!」
佐天「おー、初春張り切ってるねぇ、さすがは《風紀委員》」
初春「やめてくださいよぉ、佐天さん。あ、闇口さん、よろしくお願いしますね」
崩子「……崩子でいいです」
初春「あ、じゃぁ私の事も飾利でいいですよ」
佐天「なにぃ!? 私ですら苗字で呼んでいるのにぃ!?」
初春「まぁ佐天さんとはずっと苗字で呼び合ってましたからね」
崩子「……佐天、さん」
佐天「あっ! それじゃあ私の事も涙子でいいよ。よろしくね、崩子ちゃん」
崩子「よろしくなのです。涙子さん」
なんというか、案外溶け込めてるなぁ、崩子ちゃん。
崩子ちゃんも学校に通うと言い出した時はどうしようかと思ったが、これなら特に心配は無さそうだな。
剣呑剣呑。
ぼく「それじゃあ出席をとります。 朝倉、井上、――」
消化するように朝のHRをこなし、ぼくはそのまま一時限目の教鞭をとる。
教科は数学。
いや、苦手ではないけれど。むしろ下手に歴史とか任されるよりはいいけれど。
記憶力の壊滅的なぼくに、歴史なんかやらせたら、クラス中の生徒が姫ちゃんみたいになってしまう。
まぁ、そう考えると妥当ではあるんだけれどさ、数学って受験とかにおいては結構ネックになってくる部分じゃないのか?
いいんだろうか、ぼくがそんな重要な教科を受け持って。
そう考えながらも機械的に教科書を読み上げ、過去にかかわってきた教員の見よう見まねで授業を進める。
うわぁ、心視先生の事思い出しちゃったよ。
さすがにあの人は参考にならないよなぁ……
講義の途中で暇だとかいいだして学生に一発ギャグやらせるような先生だぜ?
参考になってたまるか。
しかし、案外皆きちんとぼくの話を聞いてくれる。
勝手な推測だが……というか、ぼくの勝手な偏見だが、このくらいの中学生ってもっと反抗的だと、反骨的だと思っていた。
いや、確かに寝ている生徒もちらほらいるけど、騒がれて面倒な事になるよりは何倍もマシだ。
ぼく「さて、連立方程式についてはこんな感じかな。何か質問はある?」
佐天「はいはい!」
ぼく「はい、じゃぁえっと……佐天さん」
もちろん出席簿を見ての指名だ。
ぼくが人の名前を覚えているはずが無い。
佐天「先生は彼女っているんですか!」
うわぁ、こんな質問って本当にあるんだ。
でも普通、そういうのって男子生徒が女教師にするもんじゃないのか?
ぼく「いないよ。居た事もない」
佐天「ほうほう、それは意外ですねぇ。先生格好良いのに」
ぼく「あまり大人をからかうものじゃないよ、涙子ちゃん。それじゃ、他に質問が無いなら授業を続けるよ」
なんて言ったけれど。ぼくだってまだまだ子供だ。
まぁ中学生からしてみれば大学生だって大人なんだろうけど。
ん? ちょっと待てよ。
教員免許を持っているという設定なら19歳というのはマズいんじゃないか?
危ない危ない。早速ボロを出すところだった。
そうだな、大学を卒業して、23歳くらいという設定にしておいたほうがいいな。
なんて、束の間の教師ごっこなんかを若干楽しみつつ、その日の授業は終わった。
佐天「さて、学校も終わった事だし、行こうか初春」
初春「え? 何処にですか?」
佐天「決まってるじゃない、崩子ちゃんの歓迎会」
崩子「私の、ですか?」
初春「あっ! いいですね! それなら白井さん達も呼びましょうよ!」
佐天「賛成! ね、いいよね? 崩子ちゃん」
崩子「えっと、いいですか? お兄ちゃん」
ぼく「ん? いいんじゃないかな。僕としては異論はないよ。この後もなんだか会議があるみたいだし。それに――」
ぼくは崩子ちゃんの耳元に、囁くように言う。
ぼく「ぼくが居ない間は、崩子ちゃんがターゲットを監視していて欲しい。いいかな?」
崩子「はい、任せてください。戯言遣いのお兄ちゃん」
ぼく「それじゃあ涙子ちゃん、飾利ちゃん。崩子ちゃんの事を頼んだよ」
佐天「まっかせてください! それじゃ、いこっか」
崩子「はい。それではお兄ちゃん。息災と、友愛と、再開を」
こうして、崩子ちゃん達は年相応の女子中学生のように、楽しそうにお喋りをしながら教室を出て行った。
2
さて、ここからは語り部不在。
めくるめくガールズトークを楽しんでもらうとしよう。
ぼくだって、たまには休んでも、いいだろ?
初春「と、言うわけで。こちらが今日転校してきた闇口崩子ちゃんです」
崩子「どうもはじめまして。闇口崩子です」
黒子「はじめまして、常盤台中学一年、白井黒子ですの。そしてこちらが常盤台中学が誇る最強無敵の電撃姫、学園都市に七人しかいないレベル5の第三位、御坂美琴お姉さまですのっ!」
美琴「またアンタはそういう大袈裟な紹介を……御坂美琴です。よろしくね、闇口さん」
崩子「よろしくおねがいします。それと、私の事はどうか名前で呼んでください。苗字は、少し苦手です」
美琴「そう? じゃあ遠慮なくそうさせて貰うわね、崩子さん」
崩子「はい、美琴姉さま」
美琴「姉さまって、崩子さんまでそんな……」
崩子「……? 何かおかしかったですか?」
黒子「もしや! 崩子さん、貴女もお姉さまの事を狙っていますのね! 負けませんわよ!」
美琴「いや、違うっつーの。ごめんね、崩子ちゃん。変な奴で」
崩子「いえ、知り合いにもっと変な人がいますので」
美琴「そ、そう……ところで、崩子ちゃんは何処の学区から来たの?」
崩子「学区……ですか? 前に居たのは京都ですけど……」
初春「京都! 素敵です! 雅な香りに洗練された古都の空気! 京美人って感じですね!」
佐天「へぇ、じゃあ崩子ちゃんは外から来た人なんだ。どう? 学園都市は」
崩子「綺麗な場所です。こっちで住むことになったアパートも、お兄ちゃんと住んでいたアパートとは比べ物にならないので、少し戸惑いました」
美琴「へぇ、前はどんな所に住んでいたの?」
崩子「四畳間に裸電球。風呂なしトイレ共同の骨董アパートです」
美琴「…………」
初春「…………」
佐天「あ、あはは。さすがに冗談だよね?」
黒子「そ、そうですわよね、現代社会においてそんなアパート存在するわけありませんものね!」
崩子「今は諸事情により倒壊し、家無しです」
佐天「」
黒子「」
美琴「そ、それじゃあそろそろ行きましょうか!」
黒子「そうですわね! ではまずセブンスミストにでも!」
佐天「さ、賛成! 私丁度ジャケットが見たかったんですよー あはははは」
初春「ささ、崩子さん。こっちです!」
崩子「……?」
佐天「はぁ…… 買った買った! いやぁ、丁度セールがやっててよかったですね」
美琴「そうねぇ、でも崩子ちゃんは本当に何も買わなくて良かったの?」
初春「もしかしてつまらなかったですか?」
崩子「いえ、こういった経験は初めてだったので、新鮮で楽しかったです。それに、私にはお兄ちゃんが買ってくれたこの制服があるので、それで十分です」
黒子「お兄様……ですの?」
佐天「そうそう! 今日新しくやってきた先生が、崩子ちゃんのお兄さんなんですよ!」
美琴「へぇ、じゃあお兄さんのお仕事にあわせて転校してきたって感じなんだ」
崩子「はい。そんな所です」
佐天「それにしても格好良かったよね? 初春」
初春「んー、そうですね。ダイゴ先生よりも若そうに見えましたし」
崩子「お兄ちゃんは格好いいです。私の、大事な人です」
黒子「はぁ、ブラコンですのね」
美琴「お兄さんって、どんな人なの?」
崩子「嘘つきで、いい加減で、ウジウジしてて、優柔不断なドMです」
美琴「さ、最低じゃない……」
崩子「でも、人が傷つくのより、自分が傷つくのを選ぶ、優しい人です。誤解されがちだけど、それでも私は、お兄ちゃんのいい所をたくさん知っています」
初春「はう……なんだか聞いてくこっちが恥ずかしいです……」
黒子「完全に惚気ですのね」
美琴「……なんだか、アイツみたい」
佐天「アイツ?」
美琴「えっ? あっ、いや、何でもないの! あははははは!」
美琴「それじゃあこれからどうする? まだ何か見に行く?」
初春「あっ! ゲームセンターなんていいんじゃないですか!?」
黒子「初春。私達はいまから《風紀委員》の会議ですのよ」
初春「あっ……そうでした」
崩子「《風紀委員》?」
黒子「学園都市の治安維持を目的とした学生の集まりですの。私と初春はそこに所属していますのよ」
初春「それじゃあすいません崩子さん。私達は用事があるので、これで」
黒子「ごきげんよう、崩子さん」
カランカラン
佐天「じゃあどうします? 御坂さん」
美琴「そうねぇ……崩子ちゃんは何処か行きたいところある?」
崩子「いえ、まず何があるかもわかりませんので」
美琴「そっかぁ、そうねぇ……」
佐天「あ、それならあそこなんてどうです? 食べてばっかになっちゃいますけど」
美琴「あ、いいわねぇ。そうしましょうか」
崩子「あそこ?」
佐天「それは、着いてからの お・楽・し・み!」
美琴「どう? 美味しい?」
崩子「はい、美味しいです」
佐天「ここのクレープはこのあたりじゃ結構有名なんだ、第七学区の名物!」
美琴「そういえば佐天さんと初めて会ったのもここだったわねぇ」
佐天「あ、あの時は……えへへ、今思い出すとなんだか恥ずかしいです」
崩子「お二人は、ここで?」
佐天「そ、初春の紹介でね。いやぁ、あの時はビックリしたよ、急に銀行強盗が逃げてきて」
強盗「動くな!」
美琴「そうそう、こんな風に小学生を人質に……って、えぇ!?」
強盗「動くんじゃねぇぞ! 動いたらこのガキを殺す!」
佐天「嘘……でしょ?」
美琴「っ! 超電磁砲で……駄目、人質も巻き込んじゃう」
佐天「そんな! それじゃあ大人しく《風紀委員》か《警備員》が来るのを待つしか……」
美琴「そうね……」
崩子「あの男をどうにかすれば良いのですか?」
美琴「そうだけど……それが出来れば苦労は――って崩子ちゃん!」
強盗「ああ? なんだてめぇ、動いたらこのガキの命はねぇっていっただろ?」
崩子「素人もいい所ですね、そんな風に刃物を持ったら、自分を刺しますよ?」
強盗「てめぇ、何言って…… ――がっ!?」
崩子「こうやって武器を奪われたら、どうするつもりだったんですか?」
強盗「て、てめぇ、何モンだ!」
崩子「元・プロのプレイヤーですよ。素人さん」
強盗「ごふっ! が……」
佐天「すごい……」
美琴「一撃で大の男をノシちゃった……」
崩子「はぁ、未だに刃物を持つと手が震えます。萌太の事は、どうやら忘れられそうにありませんね、こいつも殺しそびれましたし」
シュンッ!
ジャッジメント
黒子「《風紀委員》ですの!……って、あれ?」
崩子「…………」
黒子「公園で刃物を持って暴れている人物って、崩子さんでしたの?」
美琴「違う違う! 崩子さんがその男をやっつけたのよ!」
黒子「まぁ!? お手柄ですわね、崩子さん。でも今度からはこういう危ないことは《風紀委員》に任せてくださいまし」
崩子「気をつけます」
黒子「それにしても、刃物を持った男に一人で立ち向かうとは、なかなか勇気がおありですのね」
崩子「素人だったので」
黒子「は?」
佐天「すごかったんですよ! 崩子ちゃんったらびゅーんって走っていったと思ったら、目にも留まらぬ速度で男の刃物を奪い取り、ばこーん! って一撃で倒しちゃったんですから!」
美琴「確かに凄かったわよね、何か格闘技とかやってるの?」
崩子「いえ……すいません。私はそろそろお家に帰らないといけませんので」
美琴「ああ、もうそんな時間かぁ。なんだかごめんね、こんな事になっちゃって」
崩子「いえ……」
佐天「それじゃ、また明日学校でね!」
崩子「はい。それでは皆様、息災と、友愛と、再会を」
第二章
0
虫を殺すなら、踏み潰せばいい。
人を殺すなら、ナイフで刺せばいい。
幻想を殺すなら、どうしたらいい?
1
超能力。
この学園都市に於いて絶対の基準であり、力の象徴とも言えるそれについて考えてみよう。
超能力と言っても種類は様々だ。
あるいは《瞬間移動》。
あるいは《発火能力》。
あるいは《念動力》。
あるいは《透視能力》。
あるいは《精神感応》。
パーソナルリアリティ
こういった能力を発揮するために重要なキーワードとなるのが、《自分だけの現実》らしい。
ガス室に閉じ込めた猫を殺すかどうかの思考実験。
それが超能力を使うための鍵となるらしいけれど、なんとも眉唾な話だ。
きちんとした法則の上に成り立つ能力らしいけれど、ぼくからしてみれば、それはただの幻想にしか思えない。
たとえば鴉の濡れ羽島に招かれた天才達もぼくからしたら十分ファンタジーだったし、理解の域を超えていた。
ならば彼女らの人を超えた才能は、超能力と言えるのだろうか?
ならば、この学園都市が行っている『開発』は、天才を作ろうとしていた、かの『堕落三昧』の研究と、似たような物なのだろうか。
人を、喰ったような。
人を、冒涜するような。
そんな『狂った論理』の中に、彼女達は、いるのだろうか。
それとも――
ぼく「戯言だよ」
僕は自らの思考を打ち切り、現実へと帰還した。
いや、いくら現実逃避をしたくなる状況だからって、いきなりこの都市の根本を否定するような思考をしている場合じゃない。
ぼく「迷った」
と、ぼくは自分が置かれた状況を簡潔に口にしてみる。
いくらここが最先端の科学技術で溢れかえる学園都市と言っても、そう呟くだけで家に帰してもらえるわけではない。
ぼく「困ったな、これならあの先生の申し出を断るんじゃなかった」
大地先生だったか、後醍醐先生だったか、確かそんな名前の先生が案内ついでに家まで送ってくれると言ってくれたのだが、その申し出をぼくは丁重にお断りしていた。
「あの……どうかしました?」
ぼく「え?」
「あー、いえ。なんか困ってそうだったから」
そう言って声をかけてきたのは、ツンツン頭の高校生くらいの少年だった。
どうやらぼくは、自分が思っていた以上に挙動不審だったらしい。
ぼく「あー、ちょっと道に迷っちゃって」
「そうですか、俺の分かる範囲なら道案内しますけど……」
まさに渡りに船、である。
少年の話に乗らない手は無い。
ぼく「それじゃあお願いできるかな。えっと、一応住所はここ」
少年「ああ、ここなら分かりますよ。案内します。そうだ、俺は上条当麻って言います。お兄さんは?」
ぼく「ぼくは他人に名前を名乗ったことが一度しかないのを誇りに思っていてね。まぁ今は教師をやっているし、先生とでも何とでも、好きなように呼んでくれて構わないよ」
上条「は、はぁ……そんじゃまぁ、こっちです」
ぼくは上条少年に促されるまま、その後をついていく。
よどみなく進んでいく所を見ると、どうやらこのあたりには詳しいらしい。
ぼく「君は……当麻くんは学園都市に来て長いのかな?」
上条「ええまぁ、かれこれ幼稚園くらいの頃からいるみたいっす」
ぼく「みたい?」
上条「あー、いや。あ、そろそろですよ」
なんだかはぐらかされたような形になったが、どうやら目的地にたどり着いたようだし、それ以上の追求は止めておくことにした。
誰にだって、触れて欲しくない部分というのは多々存在するものだ。
ぼく「ありがとう。助かったよ」
上条「いえいえ、それじゃ俺はこれで……」
美琴「ちょっとアンタ!」
上条「げっ! ビリビリ!」
美琴「だから私には御坂美琴って名前があるって言ってんでしょうが!」
少女が叫んだ。
次瞬、ビリビリと呼ばれた女の子の髪先から、紫電を撒き散らす雷光の槍が当麻くんへと伸びる。
直撃。
しかし、右手を突き出した当麻くんには焦げ目一つ見当たらない。
おそらくこの子も能力者なんだろう。
上条「くそっ! 不幸だぁ! それじゃあぁ、えーっと、先生。俺はこれで!」
美琴「あっ! 待ちなさい!」
何だったんだ、一体……
まぁ、いいけどさ。
とりあえず今日は慣れない教師の真似事をして疲れた。
早めに風呂に入って(なんとこのアパートは風呂とトイレがあるどころか、キッチンまで存在する!)抱き枕を抱いて寝よう。
ぼくはそう心に決め、長い階段を上り始めた。
2
崩子「おかえりなさい。お兄ちゃん」
ぼく「ただいま。崩子ちゃん」
崩子「もう少し待っていて下さいお兄ちゃん。もうすぐ晩御飯ですので」
ぼく「へぇ、崩子ちゃんって料理できたんだね」
崩子「コンロすらないあのアパートが以上だったんです。きちんと環境があれば、これくらいお茶の子済々です」
そうか、お茶の子さいさいなのか。その漢字が合ってるかは、分からないけれど。
あれって、語源は何なんだろうな。
ぼく「それにしても、哀川さんは本当にどこか行っちゃったなぁ。あれっきり連絡一つつかないってのは、どうなんだろうね」
崩子「潤さんには潤さんの考えがあるのでしょう。あの人を心配するのがどれだけ無意味なことか、お兄ちゃんは分かっていたと思いますが」
ああ、分かってる。
身に染みて、知っている。
あの人は――哀川さんは。
あの人類最強は、いつだってどこかで勝手に事件を終わらせて、謎解きの後にもったいぶって現れるのだ。
今回もきっと、全て終わった後に、いつものようにちょっと不機嫌そうな顔で現れるのだ。
崩子「出来ましたよ、お兄ちゃん」
ぼく「うん、ありがとう。崩子ちゃん」
崩子「お礼なんていりません。私は、お兄ちゃんの奴隷なんですから」
ぼく「それ、学校とかでは絶対に言わないでね……」
そんなこんなで夕食を終え、入浴を済ませる。
そろそろ寝ようと、布団に潜る。
不幸なことにこの部屋は3LDKという恐ろしく豪華な(骨董アパートにしてみればどこだって豪華だが)部屋だったので、崩子ちゃんは別の部屋だ。
それにしても……
ぼく「眠れない」
物が多すぎるのだ。
最近流行の家具つき物件という奴なのだろうか。
タンスやテーブル。TVや冷蔵庫、果てにはパソコンまでおいてある。
物を持たない主義のぼくとしては、なんだか落ち着かないのも当然だろう。
ぼく「散歩にでも行くか」
そう決め、財布と鍵だけを持って、ジャケットを羽織ると外に出た。
あ、いや。傘も持っていこう。
今日は夜になってから雨が降り出した。
哀川さんの、予想通りに。
冬の雨は、あまり肌寒さを感じさせない。
確かに気温としては寒いのだが、風が無い所為だろうか。
ぼくは降りしきる雨の中、たった一人で夜の街を歩く。
学生の街というだけあって、日が出ていた内は賑わっていた通りも、人の気配すらしない。
ふと、一本の路地に目が行った。
何の変哲も無い、ビルとビルの谷間にある小道。
何故か、そこに行かなきゃ行けないような、気がする。
何だろう。
嫌な感じだ。
胸の奥が、ぞわぞわするような。
胸の中で、ざわざわするような。
違和感。
そこだけ、世界から切り取られたような、違和感。
まるで吸い込まれるように。
まるで引き寄せられるように。
僕の足は自然と路地へと向かう。
そして、そこでは初春飾利が死んでいた。
ぼくの生徒。
頭に大きな花飾りをつけた少女。
素直で、正義感の強い、女の子。
血。
血だまり。
綺麗に切り裂かれた腹からは内臓がはみ出ていて。
肌は血を全て雨に洗い流されたかのように真っ白で。
なんだか驚いたような顔には一欠けらの精気も無い。
「よお」
と、声をかけられた。
軽薄な、少年のような声。
「まっさか、こんな所で会うなんてな、欠陥製品」
ぼくは、この声を知っている。
ぼく「零崎――人識」
その死体の向こうに、少年のような小柄な体躯の男が、いた。
零崎「かはは、ったく。傑作だぜ、この塀で囲まれた街なら絶対にお前には会わないだろうと思ってやってきたのに、気付けば引き寄せられるように遭遇している。これを傑作以外のなんて言うんだろうな、戯言遣い」
ぼく「戯言だろ」
と、ぼくは笑わなかった。
零崎「傑作だぁな」
と、零崎は笑った。
3
零崎人識。
殺し名七名の序列三位《零崎一賊》の鬼子にして最後の生き残り。
呼吸をするように人を殺し、人を殺すように呼吸をする、生まれついての殺人鬼。
ぼくはそんな人でなしを人間失格と呼び。
そんな人でなしはぼくを欠陥製品と呼んだ。
殺して解して並べて揃えて晒すのが得意の、可愛い顔した殺人鬼。
そんな彼はぼくの映し鏡で、
そんなぼくは彼の覗いた水面の向こう側。
ともかく彼と、ぼくは久しぶりに、再開した。
ぼく「連続殺人犯?」
零崎「そ、俺はそいつを追っている」
ぼく「へぇ、その殺人犯ってのは、きみの事じゃないのかい?」
零崎「かはは、お前の話じゃあの赤いのもこの街にいるんだろ? そんなのが居る場所で人を殺せるほど、俺は命が惜しくない訳じゃない」
ぼく「ふぅん。じゃあ飾利ちゃんを殺したのもきみじゃないんだ」
零崎「へえ、飾利って言うんだ、あの娘」
ぼく「ああ、ぼくの生徒だよ」
零崎「かははは、欠陥製品のお前が中学校の教師をしているだなんて、それこそ傑作な話だよな」
ぼく「戯言な話だろ」
零崎「ちがいねぇ」
そう言って、かははと笑う零崎。
ぼく達は今、アパートに戻ってきていた。
飾利ちゃんの死体はあそこに放置したままだ。
多少現場検証というか、死体漁りの真似事をしたけれど、厄介ごとは御免だったので、そのまま帰ってきた。
ぼく「結局、寝られなかったな」
あれから空が白み始めるまで、ぼくと零崎は下らない話をしていた。
たとえば超能力の問題だったり、最近のジャンプで一番面白いのは何かという話題だったり、教師とはどうあるべきかという議題だったり、人はどうして死ぬのかと言う命題だったり。
下らない話を終えて、気付けば朝だった。
崩子「おはようございます。お兄ちゃん」
ぼく「おはよう、崩子ちゃん」
崩子「ところで、そこの男は何者ですか?」
零崎「おいおいもう忘れちまったのかよ。この前一度会ったじゃねえか」
崩子「分かっていて聞いているのです」
そう言って、崩子ちゃんは不機嫌そうに頬を膨らます。
そして「朝ごはんの準備をします」と、台所へと歩いていった。
ぼく「それで、結局零崎。お前はこれからどうするんだ?」
零崎「んあ、そうだな。俺は俺の用事に戻るとするさ。そう時間が残ってるわけでも無いからな」
ぼく「そっか、それじゃ」
零崎「ああ、じゃあな」
そう軽く挨拶を交わし、零崎は部屋を出て行った。
ぼく「あ、崩子ちゃん。零崎の奴なら出て行ったから、朝ごはんは二人分でいいよ!」
崩子「そんなもの、最初から二人分しか作っていません」
ん? 崩子ちゃんは朝ごはんを食べない派だったっけ?
まぁいいや。今日は学校もあるし、きちんと食べてもらえばいいだけだ。
程なくして、トーストとハムエッグにコーヒーが食卓へ並んだ。
ぼく「いただきます」
崩子「いただきます」
ぼく「ところで、崩子ちゃんは学園都市で起きてる連続通り魔事件って、知ってる?」
崩子「はい。昨日飾利さんから教えていただきました。何でも、学生にかぎらず教員までを無差別にナイフで一突きにしているそうです。能力を使った痕跡が無いことから、無能力者の不良集団、俗に《スキルアウト》と言う人たちの犯行だと思われているそうです」
ぼく「ふうん、飾利ちゃんにねぇ」
飾利ちゃんも、まさか崩子ちゃんに忠告したその日に、その連続通り魔に殺されるとは、思っていなかったろうに。
ぼく「ごちそうさま」
崩子「おそまつさまです」
ぼく「それじゃあ、ぼくは先に学校に行くね。骨董アパートとは違うんだから、戸締りを忘れないように」
崩子「らじゃりました。お兄ちゃん。いってらっしゃいませ」
ぼく「うん、いってきます。崩子ちゃん」
今日は、傘は必要無さそうだ。
からりと晴れた、快晴だった。
今日は迷うことも無く、学校に到着する。
やはり教員が出勤する時間では、朝練をする生徒くらいしか、まだ登校していないようだ。
ダイゴ「お早うございます……」
ぼく「おはようございます」
ダイゴ「あの、先生。少しお話が……」
ぼく「はい、何でしょうか」
ダイゴ「実は今朝、初春さんが死体で見つかったと、連絡がありまして」
ぼく「…………」
知っている情報なので、特に驚くようなことは無い。
それでも、一応最後までダイゴ先生の話を聞くことにする。
ダイゴ「それで、どうやら連続通り魔の仕業だそうで……今朝は緊急朝礼を開いて、注意を呼びかけた後に生徒達を帰宅させる事になりましたので、先生には生徒達の心のケアをお願いします」
ぼく「はい、分かりました」
ダイゴ「あまり、驚かないんですね」
ぼく「いえ、驚いていますけれど、ただ急な事だったんで……」
ダイゴ「そう……ですね、確かに、あんな優しい子がこんな殺され方をするなんて……」
そう言って、ダイゴ先生は目頭を押さえ始めてしまった。
この人は、優しい人なのだろう。他人の死を、素直に悼める、真人間なのだろう。
ぼくのような、欠陥製品とは違って。
でも、だけれど、ダイゴ先生。貴方は一つ勘違いをしている。
優しいことは、決して殺されない理由にはなりえない。
逆に言えば、どんなものだって殺される理由になりえる。
優しいから殺す。
嬉しいから殺す。
楽しいから殺す。
厳しいから殺す。
哀しいから殺す。
好きだから殺す。
嫌いだから殺す。
ぼくは、そんな殺人鬼を知っている。
そんな、現実を体験している。
眼鏡を外して俯く先生を眺め、そんなことを、ぼくは思った。
ぼく「と言うわけで、今日は緊急下校に決まった。一人では絶対帰らないように、必ず同じ寮の人と帰る様に」
ぼくの言葉に、教室全体が暗い空気のまま、ずるずると動き始める。
重苦しい空気から逃れるように席を立つ生徒達の中、二つだけ、動かない席がある。
崩子ちゃんの席と、
涙子ちゃんの席。
ぼく「涙子ちゃん。危ないから、友達と一緒に、早く家に帰るんだ」
佐天「いません……」
ぼく「え?」
佐天「私に初春以上の友達なんていません!」
ぼく「涙子……ちゃん」
佐天「なんで、何でですか!? 何で初春がっ ころっ 殺されてぇっ!」
佐天「私が、私が変わりに死ねばよかったのに……」
佐天「優しくて! 正義感が強くて! 風紀委員の初春より! 無能力者の私が死ねばよかったのに――」
ぱしぃん、と、肉を打つ音が響いた。
気付けば、崩子ちゃんが涙子ちゃんに、張り手を食らわせていた。
崩れ落ちるように、床に尻餅をつく涙子ちゃんを、崩子ちゃんは冷たい目で見下ろしていた。
崩子「死ねばいいとか、そんな簡単に言うものではありません」
佐天「崩子……ちゃん」
崩子「貴女は卑怯です」
佐天「卑怯……」
崩子「姑息です」
佐天「…………」
崩子「お兄ちゃんと同じ、大馬鹿者です」
崩子「何で、すぐに自分を貶めようとするんですか? 昨日転校してきた私に、真っ先に声をかけてくれたのは、涙子さんではありませんでしたか? そんな優しい人が死んだほうがいいだなんて、言わないでください」
崩子「私の友達を、悪く言わないで」
佐天「うっ……うぅ……」
ぼくはその光景を、ただ見つめている事しか出来なかった。
なんだか、ぼくにも言われているような気がしていたからではない。
そこに、違和感のようなものを感じ取ったからだ。
それが何かは分からないけれど、でも、ただ感じることは、出来た。
ぼく「さ、涙子ちゃん。今日はぼくが送っていくから」
崩子「それならば私達のお家に来てもらいましょう。今涙子さんを一人にするのは、得策では無い気がします」
ぼく「そうする?」
涙子ちゃんはこくりと頷き、立ち上がった。
ぼくはそれを支えるようにして、学校の駐車場へと歩く。
教員用駐車場。
真っ赤なコブラ。
哀川さんに預かったスポーツカーの後部座席に涙子ちゃんを乗せ、ぼくは運転席に座る。
当然のように、助手席は崩子ちゃんだ。
エンジンをかけ、アクセルを回す。
これからまだ会議があったらしいが、生徒を送ると言ったら簡単に早退許可が出た。
きっと、ぼくのような新参など、居ても居なくても変わらないからだろう。
駐車場を出ると、京都のような自動車に厳しい車道ではなく、広々とした空間が広がっていた。
きっと、自動車を利用する人口が少ないのもあるんだろうけれど、そんな中をこのスポーツカーで走るのは、正直かなり目立つ。
競うように煽って来るバイクなんかも居るが、ぼくは無視してスポーツカーにあるまじき安全運転を心がける。
いや、スポーツカーが安全運転をしてはいけない訳じゃないんだろうけれど、なんとなく。
ゆっくりと地下駐車場へとコブラを止め、一人で歩けるようになった涙子ちゃんを連れてエレベーターに乗った。
目的の階まで到達したぼく達は、部屋のドアに手をかけ、
ぼく「おっと、鍵は崩子ちゃんが持ってたよね。開けてくれる?」
崩子「はい、お兄ちゃん」
崩子ちゃんが鍵を差込み、扉を開錠する。
ぼくは崩子ちゃんに続いて部屋に這入り、涙子ちゃんが続く。
崩子「涙子さんはそこに座っててください。いま、ココアを作りますので」
そう言って、崩子ちゃんが台所に消える。
なんだかわずか数日で女房役が板についてきたなぁ。
うん、崩子ちゃんは良いお嫁さんになりそうだ。
ぼく「おちついたかい? 涙子ちゃん」
佐天「……はい、ありがとうございます」
ぼく「いや、教師として当然のことをしたまでさ」
白々しい台詞が、乾いた部屋の中に響いた。
ぼくは続ける。
ぼく「飾利ちゃんとは、仲、よかったんだ」
佐天「はい……親友、でした」
ぼく「親友……か、なんだかむず痒い響きだね、ぼくには友達らしい友達なんて、居ないからさ」
佐天「私は、友達みたいな人は、結構居ると思います。でも、本当に心の底から信頼できる、親友と言えるような人は、初春だけでした」
佐天「なのに……なんで私は……」
そう言って、再び涙子ちゃんは俯いてしまう。
どうすればいいんだろう。
こんな時、どんな言葉をかけていいか、僕には分からない。
崩子「はい、涙子さん。お兄ちゃん。ココアです」
ぼく「ありがとう、崩子ちゃん」
佐天「ありがとう……」
崩子「いえいえ、友達として当然のことをしたまでです」
佐天「あの、崩子ちゃん。昨日みたいな体術、私にも教えて!」
ぼく「昨日……?」
佐天「はい、昨日人質をとった強盗を、崩子ちゃんが素手で倒したんです」
へえ、崩子ちゃんがそんなことを……
ん? あれ? やっぱり何か違和感が……
崩子「覚えて、どうするつもりなんですか?」
佐天「私、復讐がしたいんです。初春をあんな目にあわせた犯人に」
崩子「そんな理由なら、教える事はできません」
佐天「でもっ!」
崩子「でも、あくまで自分の身を守るためなら、私は友達のために協力は惜しみません」
崩子「約束してください。人を傷つけるために、決してその力を使わないと」
佐天「うん。約束する」
そんなこんなで、しばらく話しているうちに、涙子ちゃんは眠ってしまった。
きっと緊張の糸が切れてしまったんだろう。
ぼくは涙子ちゃんを空いているベッドに寝かすと、崩子ちゃんの申し出により晩御飯の食材を調達するため、部屋を出た。
崩子「こうして二人でお出かけするのは、本当にひさしぶりですね、お兄ちゃん」
ぼく「ん? そうだっけ?」
崩子「お兄ちゃんの記憶力に期待した私が馬鹿でした」
ぼく「こらこら、あんまり自分を馬鹿なんて言うもんじゃないよ」
崩子「お兄ちゃんに言われたくないです」
上条「あれ? 先生じゃないっすか」
そう言って声をかけてきたのは、昨日の……えっと、当麻くんだったかな。
上条「そっちの女の人は彼女さんっすか?」
ぼく「この子が彼女に見えるなら、ぼくはきみに医者を紹介しなくちゃいけないな……妹だよ。ぼくの妹」
上条「妹っ!? はぁ、それにしても似てないですね」
ぼく「まぁ、血が繋がってないからね」
上条「複雑なご家庭なんですね」
崩子「行きましょうお兄ちゃん。今日は特売らしいので、早く行かないと売り切れてしまいます」
上条「あ、先生もスーパーに行くんですか? 俺も今行こうと思ってたところなんですよ。よかったら案内します」
ぼく「それじゃあお願いするよ、いいよね、崩子ちゃん」
崩子「お兄ちゃんがそう言うなら、私には異論はありません」
そういう崩子ちゃんはどこか不機嫌そうだ。
と言っても、いつもどこか不機嫌そうなのが崩子ちゃんなんだけれど。
上条「ここです、セブンスマート。それじゃ、俺は卵を買わないといけないんでこれで」
そう言って、当麻くんは狼のような目で店内へと駆けていった。
主婦並みの生活力である。
ぼく「それじゃ、行こうか」
崩子「はい、お兄ちゃん。今日は涙子さんも居るので、おなべにしましょう」
ぼく「いいね、そうしようか」
そんなこんなで、楽しい買い物を終え、ぼくたちは家路についていた。
黒子「《風紀委員》ですの、柵川中学に赴任してきた先生ですのね? 少々お話を聞かせてくださいます?」
崩子「白井さん。どうしたんですか?」
黒子「あら、崩子さんではありませんの。それじゃあお兄様と言うのは……」
崩子「はい、こちらがお兄ちゃんです」
ぼく「えっと、どうも」
黒子「はじめまして、白井黒子ですの。それでは、少し、連続通り魔について、お話をしていただけます?」
ぼく「と言っても、ぼくが赴任してきたのは昨日だからね、飾利ちゃんの人となりなんて、分からないよ」
黒子「それについては、私のほうが良く知っていますの。それよりも、昨日の夜十一時頃、貴方は何処で何をしていられまして?」
ぼく「その時間なら、丁度風呂に入ってる時だったかな」
黒子「では、十二時ごろには?」
ぼく「眠れなくてね、少し散歩をしていた」
黒子「そうですの……では、そのときに不審な人物など見ませんでしたか?」
ぼく「……いいや、誰にも会わなかったし、何も見なかった」
黒子「では、この人物に心当たりは?」
ぼく「…………」
おいおい零崎。お前写真撮られてるぞ。
黒子ちゃんが差し出した写真には、ものの見事に、雑踏の中を歩く零崎の姿があった。
黒子「この街のIDにも登録されていない不審人物ですの。こんなに目立つ格好をしているのに、全く足取りがつかめていませんの」
ぼく「……いや、この人も、知らない」
黒子「そうですの、残念ですわ」
ぼく「話は、それだけかな」
黒子「ええ、お引止めしてすいませんでしたの」
ぼく「いや、かまわないよ。それじゃあね、黒子ちゃん」
黒子「ええ、先生――それに、崩子さん」
崩子「はい。さようなら、白井さん」
こうして世界は崩壊を始める。
ぼく達の幻想は、簡単に壊れ始める。
あの少年の、右手を使うまでも無く。
第三章
0
私はありとあらゆる記憶を覚えているんだよ!
へぇ、それは天井のシミを数えるのに便利そうだね。
1
佐天涙子が失踪した。
文字通り、煙のように、消え去った。
何の痕跡も残さず、何の証拠も残さず、綺麗さっぱり。
昨日ぼく達は3人で鍋をつつき、遅くなってきたので涙子ちゃんを家まで送った。
そして、次の日である。
ぼくは《アンチスキル》の詰め所に呼ばれ、事情聴取を受けていた。
当然だろう、昨日最後に彼女を見たのは、ぼくなのだから。
黄泉川「それで、佐天涙子を送ったあんたは、そのまま車で家まで帰った……そうじゃん?」
ぼく「ええ、その通りですよ黄泉川さん。それ以上も、それ以下も無い」
黄泉川「落ち込んでいる生徒を一人にするのを躊躇ったのは人として正しいけど、教師としては軽率じゃん」
ぼく「ええ、返す言葉もありませんよ。確かに軽率でした」
黄泉川「まぁ、終わったことは仕方ないじゃん。佐天涙子の身柄はこちらで全力で捜査するじゃん。あんたは、もう帰ってもいい」
ぼく「そうさせてもらいますよ、黄泉川さん。それでは」
黄泉川「それと、あんたには自宅謹慎が言い渡されてるじゃん。絶対に、一人で佐天涙子を探そうとは思わないことじゃん」
ぼく「…………」
ハナから、そんな気はさらさら無い。
ぼくは無言のまま取調室を出ると、コブラを停めてある駐車場へと向かった。
哀川「よお」
と、駐車場で、まさにそのコブラにもたれかかって、哀川さんが、居た。
ぼく「どうも、お久しぶりですね」
哀川「どうやらターゲットを見失ったみたいだな」
ぼく「…………」
そう、ぼくが。ぼく達が監視していたターゲットとは、佐天涙子。
今日失踪した、少女だった。
哀川「ま、学校以外まで監視しろとは言ってなかったからな。しょうがないと言えばしょうがないが……なんか言う事はあるか?」
ぼく「言い訳のしようもありませんよ、これは完全にぼくの責任で、ぼくの失策です。あそこであの事に気付いていれば、こんな事には成らなかった」
ぼく「初春飾利を殺した犯人は。この連続通り魔事件の犯人は――佐天涙子ですね?」
哀川「ご名答。いつ気付いた?」
ぼく「さっきもさっき。今哀川さんを見た瞬間ですよ。そもそもおかしいんです。ぼくとかかわった人間が、失踪で済むわけ、あるはずがない。佐天涙子も本当は死んでいてしかるべきなんです。という事は、彼女が犯人以外、ありえない。」
哀川「あいかわらずいーたんは自虐的だなぁ。あと、私の事を苗字で呼ぶな」
ぼく「……すいません、潤さん」
哀川「んーんー? なんだいーたん。もしかしてへこんでる?」
ぼく「そんな訳無いでしょう。なんでぼくがへこむ理由があるんですか」
哀川「どうせ初春が死んだのも、佐天が殺したのも、お前の責任だと思ってるんだろ? んなわけねぇのになぁ、いーたんってば、かーわいー」
ぼく「哀川さんには、分からないでしょうよ」
哀川「はん! んなこと分かってたまるかよ。で、犯人に気付いた本当の理由は何よ?」
ぼく「だからさっき言った通りですよ。それ以上も――」
哀川「――以下も無い。ってか? ふざけんなよ。あたしだって、怒る時は怒るぜ」
ぼく「……本当に些細な事です。あの時、涙子ちゃんが教室で騒いだ時、あの子は飾利ちゃんの事を『死んだ』と言った。『殺された』じゃなくて、『死んだ』と。それは、殺したのが自分だからという、何よりの証拠でしょう。それと、その後のとってつけたような『復讐』という単語も気になりました。こっちは『自分が犯人ではない』と主張するようなわざとらしさがあった。それにこの失踪を踏まえて、そう思っただけです」
哀川「30点」
ぼく「辛口ですね」
哀川「牽強付会にもほどがあるぜ、いーたん。完全にお前の印象じゃん」
ぼく「だからただそう思っただけですって、哀川さんに犯人の名を告げたのも、ちょっとした確認くらいのつもりでしたから」
哀川「ま、そんな事はどうでもいいけどよ。お前昨日、零崎人識に会ったな?」
ぼく「哀川さんは本当に何でも知ってますね」
哀川「なんでも知ってるさ、知ってることはな」
ぼく「確かに会いましたよ。ただ、今回は一人も殺してないそうです。なんでもヤボ用とかで」
哀川「ヤボ用ねぇ。いーたん、それ本当に信じてるのか?」
ぼく「信じてるも何も、疑う理由がありませんから」
哀川「かはは、お前らしいぜ、欠陥製品」
と、哀川さんは零崎の声で言った。
本当、この人の声帯模写やら錠空け技術は、超能力者並だよな。
哀川「超能力つっても、所詮人類のやってることだ。この人類最強の請負人が、真似できないはずが無いだろ」
ぼく「確かにそうですね、でも、人の心を読むのは止めてください」
哀川「ん? 明日は雪が降るぞ?」
ぼく「面倒くさいからって会話をはしょりすぎです」
これではただの会話ができない人だ。
哀川「ほら、それじゃあ行くぞ」
ぼく「行くって、どこに?」
哀川「イ・イ・ト・コ・ロ」
……ゾクリとした。
いや、哀川さんの色気にやられたわけではなく、単純に生物としての危機本能と言うか。
生命の危機に瀕しているかのような、感覚を得た。それだけだ。
ブロン、と、コブラにエンジンがかかる。
って、あれ? 鍵はぼくが持ってたはずじゃ……
哀川「このくらい、針金一つで始動できるに決まってんだろ? あたしをあんまり嘗めるなよ」
ぼく「…………」
言葉も無い。
世界広しといえど、そんな事できるのはアンタくらいだ。
ぼくらはそのまま無言で、学園都市の公道を走る。
もちろん哀川さんは煽って来るバイクを容赦なく追い抜き、抜き去っていく。
いや、一般道でこの速度は駄目だろ。
法的な意味ではなく、物理的な意味で。
哀川「ほら、着いたぞ」
ぼく「ここは……」
哀川「佐天が隠れている倉庫だよ」
ぼく「涙子ちゃんを攫ったの、哀川さんだったんですか?」
哀川「ちげぇよ、たまたまさっき、見つけただけさ。そんじゃま、あたしはちょっと用事があるから、煮るなり焼くなり手篭めにするなり、いーたんの好きにすればいい」
ぼく「ちょ! 哀川さん! 哀川さーん!」
言うなり、哀川さんはコブラに乗ってどこかに行ってしまった。
車乗ってっちゃったら、ぼくはどうやって帰れって言うんだよ。
ぼく「ま、暇つぶしにはなるかな」
呟き、倉庫の重い鉄扉を引き開ける。
さび付いていると言う事はなく、重さの割りにすんなり開いた。
と、そこに、何か焦げ臭い匂いが漂ってきたのを、感じた。
焼肉で誰にも取られず最後まで網の上にあったホルモンのような、
バーベキューで焼けすぎてしまった、ウィンナーのような。
と、暗闇に慣れてきた視界が、それを、捕らえた。
真っ黒に炭化した、人間大の、何か。
いや、誤魔化すのはやめよう。
それは紛れも無く死体だった。
人間の、死体。
佐天涙子の、死体である。
2
ぼく「な、涙子……ちゃん」
ふらりと、ソレに近づく。
ぼくを格好いいと言ってくれた少女。
崩子ちゃんを、真っ先に迎え入れてくれた、少女。
元気で明るい、人殺し。
佐天涙子が、死んでいた。
「ん? お兄さん、それの知り合い?」
声。
積まれたコンテナの上から降る、声。
ぼく「きみは……」
美琴「私は御坂美琴。この学園都市に七人しかいないレベル5の第三位。『超電磁砲』の、御坂美琴」
ぼく「これは、君が?」
美琴「そ、もう用済みだからね」
ぼく「……君が、黒幕だったのか」
美琴「人聞きの悪いこと言うわね。私は切欠をあげただけ。ちょっと耳元で囁いたら、邪魔な奴らを皆殺してくれたわ」
ゾっとする笑顔で、美琴ちゃんは笑う。
それは、人を殺す目だ。
人殺しの、目だ。
ぼく「何で、こんな事」
美琴「アイツのまわりでキャーキャー煩かったからよ。アイツの周りに居るのは、私だけでいい」
美琴「こいつも馬鹿よね、アイツの事が好きなんて私に相談するから、こんな風に利用されるのよ」
はぁ……
なんだ。
そんな理由か。
よくある嫉妬ゆえの殺人。
妬み、執心するがゆえの、殺人。
なんて、くだらない。
ぼく「戯言なんだよ」
美琴「ん? 何か言った?」
ぼく「くだらないって言ったんだよ。美琴ちゃん。くだらなすぎて、欠伸も出ない」
美琴「なん……ですってぇ……」
ぼく「煩かったから。そんな理由で人を殺すなんて、そんな普通な事をして楽しいかい? 人なんて殺しても、世界は何も変わらないよ? 人なんて、腐るほどいる。誰かは誰かの代替品でしかないし、何かは何かの埋め合わせでしかない。たとえば今ここでぼくを殺してみなよ。それでも世界は何も変わらない」
ぼくはそのことを、あの人類最悪との戦いで知った。
起こることは、必ず起こる。
誰かがやらなければ、他の誰かがやる。
『ジェイルオルタナティブ』と、
『バックノズル』
世界は何も変わらない。
世界は何処へも動かない。
終わらなければ、始まりすらしない。
でも、人は変わる。
人が死ねば、かかわった人は必ず変わる。
代替はいる。
辻褄も合う。
けれど、その人にとっては、その人しか居ない。
それが、ぼくがあの人類最悪と戦って、学んだこと。
美琴「ざっけんなよ……私の事を何も知らないくせに、調子のいい事ばっかり言ってんじゃねぇ!」
ぼく「知らないよ、知らないさ。でもね、美琴ちゃん。知らないからこそ、こうやって言える事もある。分かることもある。本当は哀しいんだろ? 美琴ちゃん」
美琴「ああ、哀しいよ。虚しいよ。でもなぁ、こうするしかなかったの! アイツはちっとも私を見てくれない! だから!」
ぼく「話は終わりかい? それならぼくはもう帰るよ。実は自宅謹慎を言いつけられてね、こんなところをあの女教師に見つかったら、ぼくまで変な語尾にさせられちまう」
美琴「このままあんたを帰すと思った?」
ぼく「いいや、全然」
美琴「あっそ、それじゃあ、さっさと丸コゲになって、死んじゃいなさい!」
いつぞや見た、電撃の槍。
何ボルトあるかなんて、何アンペアあるかなんて、そこからは想像もつかないけれど。
それでも、ぼくはそこから動かなかった。
動く必要が無かった。
視界の隅に、ツンツンに尖った髪の毛が映り、電撃の槍が爆散した。
美琴「アン……た……」
上条「ふぃー、危なかった。見えてるんならちゃんと避けてくださいよ先生」
ぼく「いや、あんなもの避けるなんて無理だっつーの。さすがのぼくも電気より早くは動けない」
当麻くんの後ろで、ぼくは呟くように言う。
いや、哀川さんなら普通に避けそうだけれど。
上条「そりゃぁこっちの台詞だぜ、ビリビリ。お前だったんだな、姫神を殺したのも、吹寄を殺したのも、小萌先生を殺したのも、妹を殺したのも、全部――!」
美琴「……あーあ、何でバレちゃったんだろ。やっぱりコイツに殺させたのが失敗だったかなぁ」
ぼく「いいや、違うと思うよ。多分、あの人を敵に回したのが、間違いだったんだ」
美琴「あの人?」
ぼく「見てるんでしょう? さっさと出てきて、終わらせましょうよ、哀川さん!」
美琴「…………」
上条「…………」
ぼく「…………」
あれ?
ぼく「あー、ごめん。勘違いみたい」
美琴「……私を嘗めてるの? いいわ、学園都市第三位の実力、見せてあげる」
上条「あのー、先生? ビリビリの奴、一気にヤル気マンマンになってるんですが」
ぼく「うん。なんと言うか、悪かった。ごめん。謝るよ」
美琴「死にさらせええええええええ!!!」
閃光。
とてつもない圧の電撃が、ぼくと上条くんに迫る。
しかしそれも、上条くんが手を伸ばすだけで掻き消えてしまう。
上条「きかねぇってのが分かんねぇのか!」
美琴「そうね、やっぱり効かないか、じゃあ、こんなのはどう?」
美琴ちゃんが言ったと同時だった。
周りのコンクリートが破裂し、熱されたそれが礫となってぼく達を襲う。
上条「がっ――!」
地面に叩き付けられ、酩酊感を味わっているぼくをよそに、上条くんはそれでも立ち上がる。
上条「ざけんなよ……この程度で俺の怒りが収まると思ってるなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!」
美琴「ひっ……」
覇気。
そう称するのがふさわしいような当麻くんの叫びに、おもわず美琴ちゃんがたじろぐ。
しかし、美琴ちゃんは続けて雷撃の槍を放った。
それが、彼女の失策。
怯え、すぐに勝負を決めようとする、弱さ。
大技は、失敗した時のリスクが高いことを、知っていたろうに。
雷撃と同時に走り出していた当麻くんの右手が槍に触れ、跡形も無く霧散する。
次の手を打とうとするが、もう遅い。
得意の雷撃を放つ間もなく、当麻くんの右手が、美琴ちゃんの頬に、突き刺さっていた。
3
上条「先生、どうもすみませんでした。俺たちの問題に巻き込んじまって」
ぼく「きみが気にする事はないよ、むしろぼくの方が勝手に首を突っ込んだようなものだし」
美琴ちゃんを連れたアンチスキルの護送車が去っていくのを見送り、ぼくは口を開く。
ぼく「哀川さんに依頼をしたのは、君だったんだね、上条当麻くん」
上条「ええ、そうです」
ぼく「そして、涙子ちゃんを疑っていた。でも確信が持てなかったから、請負人に証拠を見つけるための監視を頼んだんだね」
上条「はい……」
崩子「そして、まんまと騙されたわけですね」
ぼく「そう、まんまと……って崩子ちゃん?」
崩子「どうもお久しぶりです。戯言遣いのお兄ちゃん」
ぼく「ん? あー、なるほどね。久しぶり。崩子ちゃん」
上条「妹さんですか?」
ぼく「ああ、血の繋がっていないね」
上条「はぁ……」
ぼく「ま、そんなわけで、依頼は無事終了って事で、いいかな」
上条「はい。有難うございます……」
ぼく「礼ならぼくじゃなくて、哀川さんに言うべきかな。ま、居ないけどさ」
そんなわけで、学園都市を舞台にした物語は終わった。
結局ぼくらは初めからあった物語のゲストに過ぎなかったわけだけれど、それでも、誰かの物語を進める、手助けは、出来たと思う。
ま、戯言だけどね。
エピローグ
0
始めまして、さようなら。
1
雪の中、幌を閉めたコブラが高速道路を爆走していた。
ぼく「結局、終わってみればつまらない依頼でしたね」
哀川「依頼につまらないもクソもねぇよ。あたしは請負人だ。請け負ったら、解決する。それだけさ」
ぼく「その割には、楽しんでましたよね」
哀川「はん、さすがいーたんだ。気付いてたか」
ぼく「いえ、本当に最後の最後、事件が終わった直後にですよ」
哀川「それでもすげえよ。ご褒美にチューしてやろうか」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ぼく「遠慮しておきますよ。それよりもなぜ、崩子ちゃんに変装していたんですか?」
哀川「はは、アレは変装じゃねえよ。精神感応能力者に頼んで、あたしの外見が崩子に見えるよう細工していただけさ」
ぼく「だから、当麻くんには哀川さんがそのまま見えていたんですね」
哀川「ま、奴には異能の力は通用しないからな。いーたんにバレるんじゃないかと、ヒヤヒヤしたぜ」
ぼく「で、何でそんなことをしたんです?」
哀川「そりゃ、崩子に御坂美琴を監視してもらうためだよ。コソコソするのは性に合わないって、言ったろ?」
ぼく「はぁ、まあ納得はできませんが理解は出来ましたよ」
これが、あの違和感の正体。
おかしいと思ったのだ。
崩子ちゃんが強盗を倒したり、友達云々で怒るだなんて。
ぼく「で、零崎の奴はなんで佐天涙子を追っていたんです?」
哀川「ああ、あれは嘘だ」
ぼく「え?」
哀川「だから言っただろ、あいつの言う事を信用するのかって」
ぼく「……でも、何でそんな嘘を」
哀川「照れ隠しだよ。あいつ、愛しい妹のために、義体師を探しに来てたんだと」
ぼく「あいつ、妹なんていたんですか」
哀川「ああ、そいつのために殺しを止めちゃうような、いっとう大事な妹がな。なんでも、義手を作った罪口のヤロウが死んじまって、メンテナンスしてくれる奴を探しに来たんだとさ。だから出世払いで《冥土返し》とかいう医者を紹介してやった」
ぼく「はぁ……」
そんなキャラだっけか?あいつ。
哀川「話しついでにゲロっちまうけどさ、何で佐天が初春を殺したか、教えてやろうか?」
ぼく「当麻くんの事を、飾利ちゃんも好きだったからじゃ、ないんですか?」
哀川「ちげーよ。全然違う。見当はずれもいい所だ」
ぼく「じゃあ、何なんですか」
哀川「なんでもよ、佐天ももう人なんて殺したくなかったらしいんだがな、そこに、お前が現れただろ。他人のコンプレックスを刺激しちまう、欠点だらけのお前がさ。それにセットで、そんなお兄ちゃんが上条みたいな奴だと力説する可愛い妹。つい、惚れちまったんだと。で、そのお前を暗いだの怖いだの、まぁ正常な反応として言っちまった初春を、カッとなって殺しちまったのさ」
ぼく「…………」
なんて、くだらない。
なんて、戯言だ。
人の感情は、何処までも刹那的で、暴力的だ。
まるでイナズマのように駆け抜け、致命的な痺れを残して去っていく。
哀川さんは、その痺れをまるで介する事無く、いつも通りシニカルに笑って、一刀両断した。
この人にとって、人は、人間は、もっと強くて、素晴らしいものなんだろう。
それでも、人は貴女が思っているほど、強くないんですよ。
ああ、もう疲れた。
あんまり、慣れない事は、するもんじゃない。
寝よう。
寝て起きたら、見慣れた京都の町並みが広がっているのを期待して。
ばいばい。さようなら。おやすみなさい。
《BiriBiri Cynicism is the END》
あとがき
超能力と言うのは、誰もが一度は憧れるものですが、あったところで生活が変化するとは思えません。
スプーンを曲げたければペンチを使えばいいし、火が欲しいならライターを使えばいいし、明かりが欲しければライトを点ければいいし、人が殺したければ、ナイフを使えばいいんですから。
ようするに人を超えた能力を持っていても、普通の人間と、考えることは何も変わらないのではないでしょうか。
いや、そもそも欲しいと思ったものがすぐに出てくる現代科学のほうが、十分『超』能力なのかもしれません。
本SS『イナズマシニカル 超電磁砲と戯言遣い』は、超能力をもった少年少女達が、普通の人のように悩み、普通の人のように壊れていく物語です。
超能力者が普通の人と変わらないなら、あなたのすぐ傍に居る人も、超能力者かもしれません。なんて。
このSSを書くに至って、多くのレスを頂きました。この保守がなければ、このSSは完成していませんでした。
そして何より、この話を書く切欠をくださった>>1さんにも、最大の感謝を込めて。
皆様、本当にありがとうございました。
277 : 以下、名... - 2010/02/21(日) 18:40:36.84 ii0FnBEe0 100/101
乙!
本物の崩子は出てきてないってことでいいのかい?
286 : 以下、名... - 2010/02/21(日) 18:48:06.54 tKZvxsZv0 101/101
>>277
最初のスーツうんぬん言ってるのと、最後のお久しぶりですって言ってるのは本物。
崩子ちゃん感覚からしたら三日間会ってなかったので、「久しぶり」なわけです。
あと、前に一度「妹」と紹介したのに、上条さんが聞きなおしたのは、哀川さんを「妹」だとおもってたから。
そのあたり俺の描写力不足です。精進します。