利根「提督よ、お主なかなか暇そうじゃの?」 金剛「…………」#1
利根「提督よ、お主なかなか暇そうじゃの?」 金剛「…………」#2
利根「提督よ、お主なかなか暇そうじゃの?」 金剛「…………」#3
155 : 妖怪艦娘吊るし ◆I5l/cvh.9A - 2015/12/22 14:49:07.53 G0gfHGYMo 359/671前スレ922からルート分岐します。
状況としましては瑞鶴と響が提督の艦娘として皆と紹介し、金剛さんはまだ提督室の隣でひっそりとお菓子を作っている辺りです。ついでにヲ級の意外な料理の才能が芽生えてきた辺りでもあります。
投下していきますね。
利根「…………」コックリコックリ
提督(ん? ──ふむ。もうそんな時間か)チラ
飛龍「……提督、利根さんをどうしますか?」ヒソ
提督「寝かせてやろう。何年もこのくらいの時間には寝ていたんだ。眠くなるのも仕方が無い」ヒソ
飛龍「分かりました。毛布を取ってきますね」ヒソ
提督「いや、ベッドで寝かせてやろう。このままでは寝ても疲れる」ヒソ
飛龍「……………………」
提督「……すまんな」ポン
飛龍「いえ……大丈夫、で──あっ」
利根「…………」ゴンッ
利根「むがっ……!?」パチッ
提督「む。起きてしまったか」
利根「す、すまぬ! 寝てしまっておった! むぐぐ……ど、どこまでやっていたのか……!」
提督「利根、今日はもう寝てしまえ」
利根「いや、出来る所までやるぞ。提督も忙しいじゃろ」
提督「ならばこう言おう。その状態でどれだけの事が出来る。ミスは限りなく減らせるか?」
利根「む……む、むぅ……」
提督「いつもならばこのくらいの暗さになっていると寝ていただろう。無理はするな」
利根「むう……むむむむむ……」
提督「……珍しく聞き分けが悪いな」
利根「……我輩が頑張れば、その分だけお主が楽になるからじゃ」
飛龍(ああ、だから頑張っているんですね)
提督「体調を崩してしまえばその分だけ負担が掛かるぞ。それに、この調子ならば時間はまだある。心配するな」
利根「……………………」
提督「まだ理由が必要か?」
利根「…………むぐぅ……。分かった……。この一枚を最後にするのじゃ……」スッ
提督「そうしておけ」
利根「提督は眠くないのかの?」カキ
提督「少しだけだ。寝ようと思えば寝られる程度といった所か」ペラ
飛龍「提督も無茶はしないで下さいね?」カリカリ
提督「ああ。飛龍、お前もな」ペラ
利根「……よし、終わりじゃ。飛龍、ここまで進めておいたぞ」スッ
飛龍「ふむ……分かりました。ゆっくり休んで下さいね?」
利根「すまぬ。後は頼む……」トコトコ
利根「おやすみじゃー……」モゾモゾ
飛龍(あれ……。当然のように提督のベッドへ入りましたね……)チラ
提督「…………」ペラ
飛龍(提督も気にしていない様子ですし……それがもう当たり前なんですかね……?)
飛龍「……良いなぁ」ボソッ
提督「……………………」
提督「利根、すまんが自分の部屋で寝てくれるか」
利根「ぬ?」
提督「時と場を弁えろと言っているんだ」
利根「む、そうじゃった。すまぬ」モゾモゾ
利根「では、また明日じゃ提督、飛龍よ」
提督「ああ、良い夢を」
飛龍「おやすみなさい」
ガチャ──パタン
飛龍(利根さんって、本当に提督と一緒に居るのが当たり前になってるんだなぁ……)
提督「飛龍」
飛龍「? 何ですか?」
提督「さっきの事だが、一応釘を刺しておく。誰にも言わないでくれ。私の注意不足だ」
飛龍「え、は、はい……」
飛龍(注意不足……? どういう事ですかね……?)
提督(……この書類に集中していて、利根がベッドに入るのを何とも思わなかったとは。私も島暮らしで色々と鈍ったという事か……)
飛龍「…………」カリ
提督「…………」サラサラ
飛龍「……あの、提督」
提督「どうした」サラサラ
飛龍「……………………」
提督「……む?」
飛龍「……だ、誰にも言いません。だから……教えてくれますか? 利根さんの事をどう思っているのかを」
提督「気になるか」サラサラ
飛龍「はい……」
提督「そうだな。近くに居て当たり前の存在にはなっている。流石に三年近く片時も離れる事がなかったらそうなるだろう」サラサラ
飛龍「……そこに恋愛感情はありますか?」
提督「恋愛感情……。難しいな。それに関しては何とも言えん。少なくとも、さっきの利根の行動を見て何とも思わなかった点を考えると普通ではないと言えるが」
飛龍「…………」
提督「……飛龍、お前も今日は寝てしまった方が良い」
飛龍「え……?」
提督「そんな状態では仕事に手が付かないだろう。後の事は私に任せて──」
飛龍「…………」ジワ
提督(ああ……やってしまった……。今の飛龍に今の言葉はマズかった……。飛龍にとっては今の時間が特に大切だというのに……)
飛龍「……ごめんなさい。確かに、このままではお仕事になりませんね……」フイッ
提督(そんな急いで顔を隠しても、もう涙が見えてしまっているのは分かっているだろうに……)
飛龍「後の事……お願いします……」スッ
提督「──待て、飛龍」
飛龍「…………はい」
提督「振り向かなくて良い。そのままの状態で立っていろ」スッ
飛龍「……………………」
提督「悪かった……。そんな気持ちにさせてしまったのは私のせいだ」ポン
飛龍「…………っ」
提督「私が寝るまでの間はこの部屋で好きにして良い」ナデナデ
飛龍「……何でも、ですか?」
提督「ある程度までだがな」
飛龍「では……隣に、居させて下さい……」
提督「ああ」スッ
飛龍「…………」スッ
提督「…………」
飛龍「…………」
提督「…………」サラサラ
飛龍「…………」
提督「…………」サラサラ
飛龍「……お茶、淹れてきますね」スッ
提督「……ああ」
提督(どうしてやれば良いものか……)
…………………………………………。
飛龍「…………」カリカリ
提督(結局、仕事をするという形で落ち着いたか。顔付きも多少は良くなっている。──とは言っても、もう終わってしまうのだが)サラサラ
飛龍「……提督、こちらは終わりましたよ」スッ
提督「ああ。こっちももう終わる。──いや、終わった」スッ
飛龍「お疲れ様です。纏めておきますね」スッ
提督「……ああ」
飛龍「……大丈夫ですよ。そんなに気にしないで下さい。ちょっとだけ私の弱い部分が出ちゃっただけですって。朝になれば、またいつもの私に戻りますよ」
提督「……………………」
飛龍「もう……真面目なんだから」スッ
提督「…………」
飛龍「……頭、撫でてくれますか? それで今回の事は水に流せますから」
提督「……こんな事で良いのか」ナデナデ
飛龍「これだから、ですよ。小さい子以外に提督が頭を撫でるなんて事、ほとんど無いじゃないですか。……私にとって、こうやって頭を撫でてくれるのは凄く嬉しい事なんですよ?」
提督「……そうか」ナデナデ
飛龍「そうなんですっ。…………はぁー……やっぱ良いなぁこれ」
提督「…………」ナデナデ
飛龍「……うん、ありがとうございました」スッ
提督「もう良いのか?」
飛龍「ええ! もう元気一杯ですよ!」
提督「……………………」
飛龍「?」
提督「……すまんな。気を遣わせてしまって」
飛龍「あちゃ……バレましたか」
提督「なんだかんだでお前は私の事をよく理解しているからな。私が何を思っているのかなど、お前はお見通しなのだろう?」
飛龍「全部が全部って訳じゃありませんけどね。表情とか声とか、そういう小さな変化に気付くだけです」
提督「私はポーカーフェイスだと思っていたのだが」
飛龍「ええ。でも、完璧じゃあないですよ? ほとんど感覚に近いですけど、ちょっとだけ違うっていうのは分かります」
提督「……特訓でもして完璧に近付けるべきだろうか」
飛龍「だったら私も特訓をして、もっと分かるようにするだけです」
提督「お前へ負担を掛けたく無いのだが……」
飛龍「ちっとも分からない方が負担になっちゃいます」
提督「……そうか。ならばこのままの方が良いな」
飛龍「逆に、私のやっている事が提督の迷惑になっていないかって思うくらいです。ほら、隠しているのに今何を思っているのかを知られちゃうなんて良くない事もあるじゃないですか」
提督「私は気にしていないからその点は心配するな。例外などお前一人だけだからな。飛龍が黙っていてくれるのならば知られていないとほぼ同義だ」
飛龍「……えへへ」
提督「なぜ笑った……」
飛龍「いえ、ただなんとなく嬉しく思っただけですよ」
提督「……そうか」
飛龍「そうなんです。でも、提督も辛い時は私達を頼っても良いんですよ?」
提督「限りなく善処するよう考える努力をしておく」
飛龍「もうそれ、やらないって言っているようなものじゃないですか……。メッ、ですよ」
提督「だがな……」
飛龍「むしろ、私達はそれで心配する事もあるんですからね? 少しくらいは吐き出しちゃって下さい」
提督「むう……」
飛龍「考えてくれるだけでも良いですから、ね? ──さて、そろそろお休みにならないといけませんね。もう後少しもすればマルフタマルマルです」
提督「ああ。良い夢を見ろよ、飛龍」
飛龍「私はバッチリですよ! 提督も良い夢を見て下さいね」
提督「私は夢をほとんど見ないから、それは難しいだろう」
飛龍「もう……。──おやすみなさい、提督」
提督「おやすみだ」
ガチャ──パタン
提督(……今度、何か甘い物でも渡しておくか。本当、苦労を掛けさせてしまうな……)
……………………
…………
……
金剛「…………」
金剛(流石に少し暇になってきまシタ。……そういう時はベッドで横になるのが一番デス)ギシッ
金剛「んー……♪」コロン
金剛(なぜかは分かりまセンが、このベッド、とても気分が良くなる時があるデス。何か特別な何かがあるのデスかね?)
金剛(誰かに護られているというか……そんな不思議な気分デス)
コツッ──コツッ──コツッ──
金剛(! テートクですか?)ガバッ
カチャッ……ガチャ──パタン
提督「元気にしているか」
金剛「イエス。コンディションはグッドデース」
提督「そうか、良かった。……すまんな」
金剛「何がデ──」
金剛(ああ……間宮が言っていた『私をここへ押し込んだと思っている』の事デスか)
金剛「問題ナッシング。これからはテートクの艦娘として頑張れるデス!」
提督「…………」ポン
金剛「?」
提督「ありがとうな、金剛」ナデナデ
金剛「────────」
金剛「──はい。ありがとうございます、テートク」ニコ
提督「…………」ピタッ
金剛「? どうしたデスか?」
提督「…………」
飛龍(──私達を頼っても良いんですよ?)
金剛「…………?」
提督「……いや、少し思い出してしまっただけだ」スッ
金剛「……辛いデスか?」
提督「それなりにはな……。だが、いずれこの痛みも和らぐだろう。新しい思い出と記憶によって痛みは悲しみだけとなり、やがて寂しい気持ちへとなってくれる」
金剛「前へ進んでいるならば、変わりマスからね」
提督「ああ。前へ進んでいる証拠だ」
金剛「どうか、忘れないであげて下サイね?」
提督「勿論だ。──話は変わるが、明日は金剛を正式にこの鎮守府の艦娘とする予定だ。その上の話だが、初めは多少の手を抜くという事を頼む」
金剛「着たばかりなのに強いのはストレンジだからデスか?」
提督「そういう事だ。いくら戦艦だからとは言っても、私達が向かう海域は錬度が足りない艦娘によるゴリ押しは出来ないような所だからな」
金剛「了解デース。フォローできるようなミスを少しするように心掛けマス」
提督「それと……初めはあまり良い空気が流れないと思う。その事は覚えておいてくれ」
金剛「……覚悟はしていマス」
提督「どうしても辛かったら言うんだぞ?」
金剛「イエス。その時はテートクを頼りにするデス」ニコ
提督「では、もう一日だけ我慢していてくれ。後で瑞鶴と響が来るはずだから、少しは寂しくなくなるだろう」スッ
金剛「あ、待って下サイ」ヒョイ
提督「うん?」
金剛「今回はクッキーを焼いてみまシタ。ティータイムの時にお茶菓子として皆と食べて下サイ」スッ
提督「……悪いな。ありがとう」スッ
金剛「今の私はこのくらいしか出来まセン。少しでも皆さんの、そしてテートクのお役に立ちたいデス」
提督「充分だよ」ポンポン
金剛「他にも何か出来る事があったら言って下サイね?」
提督「ああ。──では、私は戻る」
金剛「行ってらっしゃいませ」
ガチャ──パタン
金剛「……明日、デスか。大丈夫……きっと、大丈夫デスよね」
…………………………………………。
提督「──本日の任務は以上だ。加えて、この鎮守府に新しくやってきた艦娘を紹介する。……入ってきてくれ」
比叡「ッ──!!」
榛名「────────」
霧島「…………」
金剛「英国で生まれた、帰国子女の金剛デース! よろし……」
全員「……………………」
金剛「…………く……」
金剛(……やっぱり、混乱しているようデス。どうしまショウか……)
長門(やはりこうなるか……)
比叡「……司令、一つよろしいですか」
提督「……許可する」
比叡「嫌な予感はしていましたけど、これは一体どういう事ですか?」
提督「見ての通りだ」
比叡「また……私は一緒に出撃しなければならないんですか……!」
提督「……行く行くはそうするつもりだ」
比叡「っ!!」グッ
霧島「比叡!?」
パァンッ──!
提督「…………」
比叡「…………!」ギリッ
金剛「ひ、比叡……?」
比叡「!」ハッ
比叡「……すみません」
提督「予想はしていた。グーでなかっただけ良かったと思っている」ポン
比叡「…………」
提督「お前がどれだけ金剛の事を慕っているのかは分かっているつもりだ。……この後、執務室へ来るように。利根と飛龍は午後から執務に入ってくれ」
利根「わ、分かった」
飛龍「……はい」
比叡「……………………」
提督「良いな、比叡?」
比叡「……分かりました」
提督「よろしい。──榛名と霧島は金剛にこの鎮守府の案内を頼んで良いか?」
榛名・霧島「は、はい!」
提督「頼む。……色々と話しても構わん」
榛名「提督……」
提督「以上だ。朝礼は終わりとする」ツカツカ
比叡「…………」トコトコ
金剛「……テートク」
提督「なんだ?」
金剛「どうか……お手柔らかにお願いしマス」
提督「勿論だ」ツカツカ
金剛「…………」
榛名「……あの」
金剛「……ハイ」
霧島「これから、この鎮守府の案内をしますね。……それと一緒に、なぜ比叡があんな行動を取ったかの説明もします」
金剛「分かりまシタ。お願いするデス、榛名、霧島」
榛名「お任せ下さいね。……金剛、お姉様」
金剛(……これは、予想以上に受け入れられるのが難しいかもしれまセンね)
金剛(無理もないのは分かりマスが……少し、辛いものがあるデス……)
…………………………………………。
ガチャ──パタン
提督「さて比叡」
比叡「……はい。どんな罰も受けます」
提督「そうか。ならばソファに座れ」
比叡「はい」スッ
提督「さて……お前には話さなければならない事がある」スッ
比叡「…………?」
提督「憶えているかは分からないが、あの金剛や瑞鶴、響は一度会っている」
比叡「会ってる……?」
提督「憶えていなかったか。私と利根が居た島──そこに居た三人があの三人だ」
比叡「……そうですか。──って、あの三人は別の鎮守府の艦娘じゃありませんでした?」
提督「そうだ。三人の希望もあってこの鎮守府に籍を入れる事となった」
比叡「……………………」
提督「私はあの三人を放っておく事が出来ない。共に支え合って暮らしてきた事もある。だから私は受け入れたんだ」
比叡「……もう『前の』お姉様達を、忘れるという事ですか?」
提督「いいや、忘れんよ。……むしろ、細かい部分まで思い出しているくらいだ」
比叡「ならばなぜ……!? 司令はどうして三人を受け入れようと思ったんですか!?」
提督「……三人に頼まれたから──というのもあるが、言われた事もあるからだ」
比叡「何をですか……?」
提督「もし自分達が沈んだ立場だったら……立ち止まらず、忘れずに前に進んで欲しい」
比叡「────────」
提督「私に付き従ってくれていた三人だったら、確かにそう言うだろうと思ったよ。いつまでも過去に囚われていて身動きが取れなくなっている姿を見せたら悲しまれそうだ」
比叡「…………」
提督「お前はどう思う、比叡」
比叡「……私は…………」
提督「……………………」
比叡「…………いえ。私も、お姉様達に囚われないようにしなくちゃいけないかもしれませんね」
比叡「そもそも、私たち艦娘はいつも死と隣り合わせなんです。どれだけ錬度を積み重ねても、圧倒的な暴力の前では沈むのも当たり前です。……どうしてでしょうかね。いつの間にか、心の底では沈まないって思っていました」
比叡「いえ、何があっても、司令ならば沈ませないって思ってしまってました」
提督「…………」
比叡「……でも、私達がやっているのは戦争です。むしろ、お姉様達が沈むまで誰一人として欠ける事が無かったのが奇跡だったんです」
比叡「沈ませているのだから沈む事もある。総司令部からの伝達でも毎月に何人も何十人も沈んでいるってあったのに……本当、沈むのなんて当たり前の事だったんですよ」
比叡「それが……たまたまお姉様達だっただけの話なのに……」ジワ
提督「……比叡」
比叡「!」ゴシゴシ
比叡「──引っ叩いてごめんなさい、司令。私は、もう大丈夫です! 改めて罰を与えて下さい」
提督「…………」スッ
比叡「? どうかしましたか、しれ──」ポン
提督「……今まで耐えてくれてありがとう、比叡」ナデナデ
比叡「ぇ────」
提督「…………」ナデナデ
比叡「…………」ジワ
提督「…………」ナデナデ
比叡「ぅ、ぁぁ……」ポロポロ
比叡「酷い……酷いですよぉ……! 司令は厳しくしていれば良いんです……! 優しくするのは、金剛お姉様にだけで良いんですよ……!」ポロポロ
比叡「なんでいつもみたいに吊るそうとしないんですか……! なんでいつもみたいに、罰を与えようって……言わないんですかぁ……。なんで……なんで……?」ポロポロ
提督「今のお前に罰を与えるほど鬼ではないつもりだ」ナデナデ
比叡「うあぁぁ……ぁああぁぁぁ……」ポロポロ
…………………………………………。
比叡「…………」
提督「落ち着いたか?」
比叡「……司令に泣き顔見られました」
提督「まあ、そういう事もあるだろう」
比叡「なんだかすっごく恥ずかしいです……」
提督「そうか」
比叡「……司令もなんだかんだで寂しそうな雰囲気だった癖に、いつもの調子に戻ってますし」
提督「宥めていた側だからな」
比叡「……もー」フイッ
提督「…………」
比叡「…………」チラ
提督「お前も、受け入れてくれるか?」
比叡「……時間が掛かりますよ」
提督「いくらでも掛けて良い。前に向かってくれるのならば。私も前に進む」
比叡「…………はい。私、頑張ります!」
提督「ああ、頼んだぞ」
比叡「少しずつ、ですけどね」
提督「金剛も分かってくれるだろう。悪い子ではない」
比叡「そうですよね! なんたって『金剛お姉様』には違いないのですから!」
提督(……言っている意味はなんとなく分かるのだが、艦娘と人間の感性の違いだろうか)
比叡「どうかしましたか、司令?」
提督「いや、特に。──では、戻って良いぞ比叡」
比叡「はいっ! 今回はお話が出来るように頑張ります!」
提督「ああ」
提督(……私も、しっかりと心の整理をしなければな)
…………………………………………。
提督(……さて、二人が来る前に少しは仕事を進めておくか)スッ
コンコンコン──
提督「む? 入れ」
ガチャ──パタン
飛龍「失礼します」
提督「どうした飛龍。執務は午後からだぞ」
飛龍「では、どうして書類が広がっているんですかね?」
提督「多めに時間を取っていたからな。比叡が退室すれば執務もする」
飛龍「そうするだろうと思って来たんですよ、提督」
提督「なるほどな。……利根はどうした?」
飛龍「……えーっと…………」
提督「内緒で来たという事か」
飛龍「……はい」シュン
提督「……まあ、理由は察している。口裏は合わせておくから、利根が来ても少し前に来たばかりと言っておけ」
飛龍「──はい!」スッ
提督「しかし、お前も不思議な子だよ」サラサラ
飛龍「何がですか?」カリカリ
提督「色々な意味で、だ」サラサラ
飛龍「もう……なんですかそれ」カリカリ
提督「だから、色々な意味でだ」サラサラ
飛龍「むー……」カリカリ
提督「ところで飛龍、わらび餅をどう思う?」サラサラ
飛龍「唐突ですね。透明でぷにぷにしているという話は聞いた事がありますけど、実際には見た事が無いのでなんとも……」カリカリ
提督「そうか。やはり、間宮に聞いた方が良いな」サラサラ
飛龍「気になるんですか?」カリカリ
提督「少しな。砂糖を使わない物もあると耳にしてな」サラサラ
飛龍「へぇー……。という事は、提督も食べられる可能性があるって事ですか」カリカリ
提督「そうなるな」サラサラ
飛龍「……私も少し気になってきました」カリカリ
提督「そうか。それは良かった」サラサラ
飛龍「ん? んんん?」
飛龍(どういう意味だろ?)
提督(少し考えれば気付くだろうが、仕事に集中させて有耶無耶にさせておこう)
提督「ほら、無駄話は終わりだ。執務に集中するぞ」サラサラ
飛龍「えーっと……はい」
飛龍(保管している資材は……っと──)
……………………
…………
……
171 : 妖怪艦娘吊るし ◆I5l/cvh.9A - 2015/12/22 15:02:12.45 G0gfHGYMo 375/671今回はここまでです。また一週間後くらいに来ますね。
見ての通りのルートを通ります。また、共通の部分は必要に応じて同じく投下しますので「あー、こんな話もあったな」という程度でお願いします。
173 : 以下、名... - 2015/12/22 18:11:17.12 6IDCvMaX0 376/671あれ?
てか、なんで無人島生活してたんだっけ?普通に帰ってきたけど大本営とか関係ないんだよな?
174 : 妖怪艦娘吊るし ◆I5l/cvh.9A - 2015/12/22 19:06:37.05 G0gfHGYMo 377/671>>173
この飛龍ルートで詳細が分かるようにする予定ですのでお待ち下され。利根さんのルートでは提督も利根さんも執着はしていないので軽くしか触れていないのです。
175 : 以下、名... - 2015/12/22 19:22:55.83 QG7GTEhMo 378/671乙です
1が飛龍ルートって書いてるからよくわからなくなったのだが利根シナリオのトゥルーエンドかifエンドに向かってるんでいいんだよね?
176 : 妖怪艦娘吊るし ◆I5l/cvh.9A - 2015/12/22 19:31:21.38 G0gfHGYMo 379/671>>175
その認識で問題無いです。そのどっちかに向かっていきます。
混乱させてしまってごめんよ。
飛龍「うーん……」トコトコ
加賀「あら、そんなに唸ってどうかしたのかしら、飛龍?」
飛龍「あ、加賀さん。……実はですね、今日はなんだか嫌な予感がしたんですよ」
加賀「嫌な予感?」
飛龍「ええ。一昨日から今日までが加賀さんと私の航空哨戒じゃないですか。それで違和感が……」
加賀「違和感……? 特に異常だとは思わなかったのだけれど」
飛龍「気にする程ではないかもしれませんが、少し敵の数が増えているような気がしませんか? ほとんど感覚なんですけれど」
加賀「……気にするほど多くなったかしら。でも、言われてみれば多くなっている気もするわね」
飛龍「ですよね? 今までもこういう事はありましたけど、増えている割に対空射撃も大人しい気がしますし、撃墜されている数も記録を見ると減っているんです」
加賀「確かに対空射撃も大人しいかもしれないわ。被撃墜数も少なくなっているのは私も気が付いています。だけど、それは提督が戻ってきた事によるものかと思ったのだけれど……」
飛龍「やっぱり加賀さんもそう思っていますか。……提督に報告してきます。杞憂かもしれませんが、一考するのも悪くないと思いますから」スッ
加賀「そうね。私も一緒に報告するわ」スッ
飛龍「ありがとうございます」トコトコ
加賀「でも、よく気が付いたわね? 私は全く気にしていなかったわ」スタスタ
飛龍「私も書類の数字に注目しなければ気付かなかったと思います。なんだか最近、艦載機の消耗が少ないなって思ってから哨戒して感じたくらいですから」
加賀「なるほどね。私も秘書艦になるよう提案してみようかしら」
飛龍「えっと……たぶん却下されますよ?」
加賀「冗談よ」
飛龍「そ、そうですか……」スッ
コンコンコン──
提督「入れ」
ガチャ──パタン
提督「む? どうした。今は昼の休憩中だろう」
飛龍「提督、報告をしに来ました」
加賀「些細な事かもしれないけれど、耳に入れておいた方が良いと思ったの」
提督「なるほど。何があった?」
飛龍「最近、艦載機の消耗が少ないですよね。哨戒時の被撃墜数が減っています」
提督「ああ、そうだな」
加賀「けれど、ほんの僅かですが深海棲艦の数は増えているように感じます。今までこういう事は何度もあったから異常だとは思わなかったけれど、流石に被撃墜数が減っているというのは少しおかしいわ」
提督「……ふむ」
飛龍「私達の杞憂かもしれませんが、提督はどう思われますか?」
提督「……………………」
提督「……そうだな。確認しておいて損は無いだろう」スッ
加賀「確認、ですか?」
提督「そうだ。あの二人の所へ行くぞ」
…………………………………………。
空母棲姫「……これで良いのかしら」
間宮「はい。本当に覚えが早いですね……。もう教える切り方が無くなりました」
ヲ級「こっちも、出来たよ!」
伊良湖「では味見を…………うん! 良い仕上げですよ」
ヲ級「やった!」
提督「──すまないが、邪魔をするぞ」
間宮「あら? 提督さんに……加賀さんと飛龍さん?」
空母棲姫「どうかなされましたか?」
ヲ級「お腹、減ったの?」
提督「いや、そういう訳ではない。空母棲姫とヲ級に頼みたい事があって来たんだ」
空母棲姫「珍しいですね。何があったのですか」
提督「艦載機を飛ばして索敵をして欲しいのだが、頼めるか? 沖合いで少し気になる事があってな。確か、深海棲艦の使う艦載機はどれも人類の技術を上回っているのだろう?」
空母棲姫「……可能な事は可能ですが、それは良くないのでは。私達に兵装を与えるという事と同じです」
提督「何か問題があるか?」
空母棲姫「私達は深海棲艦です。いくらなんでもそこまで許可を与えるのは、目の前の敵に刃物を渡して殺しても構わないと言っているのと変わりません」
提督「常人ならばそう思うかもしれんが、私はお前達の事を信用している。絶対にそんな事をしない、とな」
空母棲姫「……皆もこの方を説得して下さい。流石にそれは行き過ぎだと」
飛龍「……提督は頑固ですからねー。それに、私も悪くはないと思います」
間宮「この機に久し振りに飛ばすのも良いかもしれませんよ」
伊良湖「これだけ一生懸命に料理を作る方に悪い方は居ないですもの!」
加賀「そうね。それに、私もなんだかんだで貴女達の事を信用しているわ。この鎮守府をどうにかしようと考えているのならば、いくらでもチャンスはあったはずよ。食事に劇物を混ぜるとかね。あと、貴女達の料理からも味だけではない温かい何かを感じました」
空母棲姫「……………………」
提督「そういう事だ。どうしても嫌だと言うのであれば無理強いはしないが、ダメか?」
ヲ級「ダメなの、姫?」
空母棲姫「この子まで……。はぁ……どうしてこうなるのでしょうか……」
提督「日頃の行いのおかげだな」
空母棲姫「まったく理解し難いです……」
提督「諦めろ。他の場所では知らんが、この鎮守府ではそういうものだ」
空母棲姫「……本当、馬鹿ばっかりなんですから」
飛龍(あ、なんだか嬉しそう)
提督「決まりだな。出来れば今すぐに索敵をして貰いたいのだが、手は空いているか?」
間宮「はい。丁度さっき一区切り出来たところですので大丈夫ですよ」
提督「そうか。ならば着替えを待つ。その間に工廠へ向かっても大丈夫なルートを確保、並びに工廠の妖精達に事情を説明しておこう」
ヲ級「はーい!」
…………………………………………。
開発妖精(……本当に深海棲艦だよねぇ)
建造妖精(ホント……なんでこの深海棲艦は提督さんと仲良しなのー……?)
提督「──さて、どうだ?」
空母棲姫「…………居ますね。非常に嫌な奴が」
ヲ級「レ級……!」
飛龍・加賀「────!!」
空母棲姫「しかも、何やら勢力を蓄えているようです。……正直、相手にしたくない量ですね。数え切れませんが、百や二百なんて数字ではありません」
ヲ級「こんなに、集めて、どうするんだろ……?」
提督「……まさかとは思うが、この鎮守府を狙っているのかもしれんな」
空母棲姫「その可能性は大いにありますね。何せ、貴方や私達はあのレ級と因縁がありますから」
加賀「……提督、どうするの?」
提督「決まっている。先手を取って潰すまでだ」
飛龍「でも……どうやってですか?」
提督「簡単な事だ。総司令部に報告して複数の鎮守府と連携した大規模殲滅作戦を展開すれば良い」
加賀「なるほど。数には数を、ですね」
提督「そういう事だ。今すぐにでも連絡を入れよう。空母棲姫、ヲ級、助かった」
ヲ級「えへー」ニパッ
空母棲姫「……ありがとう、ございます。少しでも時間を稼げれるよう、撹乱させる為の情報を流しておきます」
提督「頼んだ」
提督(まだぎこちないが、礼を言うようになったか。少しは素直になったな)
空母棲姫「──では、索敵機は作戦展開中の艦娘に撃墜されて貰います」
提督「ああ」
開発妖精「えっ!? 捨てちゃうの!?」
建造妖精「思ったよりも資材を使ったから勿体無いような……」
空母棲姫「戻っていく所を見られるのは非常に危ういわ。深海棲艦に近付く時は周辺の索敵から帰ってきたという風に出来るけれど、万が一でも鎮守府に入っていくのを見られたら大問題よ」
開発妖精「……あれ? じゃあ、どうやってここから見付からないように発艦できたの?」
提督「今日の航空哨戒は加賀と飛龍。そして、目視での哨戒は比叡だ。低空で飛ばし、なおかつ事情を知っているからこそ見付からないように出来た事だ。演習も遠征も出ていないしな」
建造妖精「ほえー……」
提督「さて、見付からない内に戻っておこう。開発妖精、建造妖精、邪魔をしたな」
開発妖精「えーと……うん」
提督「どうした?」
建造妖精「深海棲艦とも、仲良くなれるんだなーって思って……」
提督「この二人が特殊なだけだ。他の深海棲艦ならば、まずこうならないだろう」
空母棲姫「ですね。間違いなく攻撃をしてくるでしょう」
開発妖精・建造妖精(深海棲艦にも色々居るんだなぁ……)
……………………
…………
……
利根「提督よ、書類の処理が終わったぞ!」
提督「そうか。今日もご苦労だった利根、飛龍」スッ
飛龍「教えた事もしっかりとこなせるようになっていますし、処理速度も充分ですよ」
利根「本当か!? 頑張った甲斐があったのじゃ!」
飛龍(……ええ。寂しいですけど、もう利根さん一人でも秘書として務められそうですね)
飛龍「ですので、明日からはもう利根さん一人でも大丈夫だと思います」
利根「む? 何を言っておるのじゃ?」
提督「その件についてだが、まだ飛龍は執務をこなしてくれ」
飛龍「え?」
提督「執務もそうだが、他にも色々と教える事があるだろう?」
飛龍「それは……あるにはありますけれど、必須とうい訳ではありませんし……」
提督「あと、今回の件でもう少し飛龍には書類に目を通して貰いたいと思った。この二点だ」
利根「む? むむ? 何かあったのかの?」
提督「飛龍が小さな違和感に気付いてくれたおかげで、遠洋で力を蓄えていた深海棲艦の群れを発見できたんだ」
利根「なんと! 大手柄ではないか!」
飛龍「い、いえいえ。そんな……」
提督「いや、利根の言う通りだ。あのまま放っておけば大事になっていたのは間違いないだろう」
飛龍「う……。な、なんだか、恥ずかしいですね……」
提督「くくっ。褒められて恥ずかしがる事はないだろう」
利根(む?)
提督「まあ、そういう事だ。飛龍、利根のサポートを頼んだぞ」
飛龍「……はいっ!!」
利根(ふむ……ふむふむ……)
利根「さて、では我輩はそろそろ部屋に戻るとするかのう」スッ
提督「む? 珍しいな。いつもは時間ギリギリまで居るというのに」
利根「そういう気分の日もあるものじゃ。──では、おやすみじゃ二人とも」フリフリ
提督「ああ。良い夢を見ろよ」
飛龍「おやすみなさい」
ガチャ──パタン
飛龍「……本当に珍しいですね。いつもは私と一緒に退室するのに」
提督「利根も一人になりたい日がある、か……まあ、嘘だろうがな」
飛龍「え?」
提督「変な気を遣ったように感じた。何か思う事があったのかもしれん」
飛龍「……何があったのでしょうかね」
提督「そればっかりは私にも分からん。流石に心の内の詳細までは読む事は出来ないからな」
飛龍「うーん……」
提督「考えても分からない事だ。真実は利根にしか分からん。ところで飛龍。飛龍はどうする」
飛龍「え? どうする……とは」
提督「何か雑談でもするか? それとも仕事の終わりに一杯でもやるか?」
飛龍「ああ、なるほど。……んー、そうですねぇ…………どうしましょうか」
提督「なんだ、部屋に戻りたいのか?」
飛龍「そ、そういう意味じゃないです! ……久々に提督とお酒が良いなとは思いましたけど、許してくれるかなって思っただけでして」
提督「構わんぞ。今日は早く終わったからな。明日に影響が出ない範囲であれば私も付き合おう」
飛龍「え、ホントに?」
提督「ああ。近々、大規模な作戦が始まるしな」
飛龍「やった! じゃあ、とっておきのお酒を持ってきますね!」
提督「嬉しそうだな」
飛龍「それは勿論! だって、提督とお酒なんて何年振りか分かりません!」
提督「それもそうだな。もう三年以上か」
飛龍「そうですよ。もうホントに久し振りなんだから!」
コンコンコン──
飛龍「あら?」
提督「こんな時間に珍しいな。──入れ」
ガチャ──パタン
瑞鶴「やっほー提督さん」
響「遊びに来たよ」
金剛「失礼しマス」
ヲ級「こんばんはー♪」
空母棲姫「お邪魔します」
提督「遊びに来たというのも気になったが、この面子が揃ったのも気になるな」
飛龍「本当に凄く珍しい面子ですね」
響「私はいつものように部屋から抜け出して外で海を眺めていたよ」
瑞鶴「そこに、なんだか眠れなくて外を歩いてた私と会って」
金剛「ナイトの鎮守府を歩いていた私が二人を見つけまシテ」
空母棲姫「久し振りに海へ出たいと、せがんだこの子に手を引かれた所で鉢合わせしました」
ヲ級「したの!」
飛龍「……凄い偶然ですねぇ」
響「金剛さんと瑞鶴さんはともかく、私と空母棲姫さん達はいつか会ってただろうね」
提督「二人はどうして今日に限って外に出たんだ?」
瑞鶴「だって……今この鎮守府の空気って凄く重いし」
金剛「私も気を遣われているのが居た堪れなくなりまシテ……」
空母棲姫「食事中も静かなようでしたし、貴方の『金剛』がそれだけ影響を与える立ち位置に居たというのがよく分かります」
飛龍「ああ、なるほど……」
瑞鶴「? 何か大きな事情でもあるの?」
飛龍「えーっと……それはですね……」チラ
提督「……私は金剛と婚約していたからな」
瑞鶴「……え!?」
響「そうなの?」
提督「ああ。そうだ」
金剛「デモ……私、テートクがリングを指に付けている所を見た事が無いデス。……私や瑞鶴のように仮では無いのデスよね?」
提督「結局、渡せずに居たからな」スッ
瑞鶴(指輪を入れる箱……。まだ保管してたって事は、つまりそういう事よね?)
提督「だが、いい加減に決別するべきだろう。今度、海で眠っている三人の所へ花と一緒に供えるか」
瑞鶴(……と思ったけど、大丈夫そうね。ちゃんと気持ちの整理、出来たのかしら)
響「その時は私も付いていって良いかな」
提督「ん? 構わないが、どうしたんだ」
響「ちゃんと挨拶しておきたいからね。これから司令官のお世話になります──って」
瑞鶴「あ、それ私も行きたい。提督さん、良い?」
提督「ああ。飛龍と金剛はどうする?」
飛龍「勿論行きますよ。そろそろ行きたいなって思っていましたから」
金剛「……そうデスね。私も行くデス。紅茶とスコーンを用意して、三人がティータイム出来るようにしマス」
提督「きっと三人も喜ぶだろう。日程が決まったら伝えよう」
ヲ級「私も、作りたい!」
空母棲姫「貴女は黙っていなさい」ポン
ヲ級「? どうして?」
瑞鶴「えーっと……」
響「…………」
提督「すまないヲ級。また今度作ってきてくれないか? 近い内に今ここに居る者達でお茶会を開こう」
ヲ級「あ、お菓子、作ってきてるよ!」パッ
飛龍「あら、自分で作ったんですか?」
ヲ級「うん!」ニパッ
飛龍「頑張っていますね」ナデナデ
ヲ級「えへー♪」
飛龍「提督、さっき言っていたお茶会、今やってみるのは如何ですか?」
提督「ふむ。構わんぞ」
金剛「それでは紅茶を淹れてくるデース!」
瑞鶴「金剛さんの紅茶とかすっごく久し振りよね」
響「うん。本当に久し振りだ。司令官、長門さんも呼びたいのだけど良いかな?」
提督「寝ていなかったら構わん」
響「そっか。じゃあ呼んで来るね」タタッ
提督「心配無いとは思うが、誰にも見付からないようにな」
響「勿論だよ。──じゃあ、行ってくるね」
ガチャ──パタン
提督「……飛龍、良かったのか?」ボソッ
飛龍「はい。お酌はまた今度という事で」ボソッ
瑞鶴「ん? 何か言った?」
提督「すまん。独り言だ」
瑞鶴「独り言? もう……皆が居るのに独り言って……」
提督「そういう事もあるさ。平和だからな」
瑞鶴「ん、そういう事にしておいてあげるわ」
…………………………………………。
長門「……こんな時間に茶の会とは随分とのんびりしているな」
提督「たまたまだ。こんな事は滅多に無い」
長門「むしろ『お茶会』は何かの隠語で実際は緊急作戦会議か何かかと疑ったくらいだ。……本当に言葉そのものだとは思いもしなかった」
響「ああ、だからやけに張り詰めた雰囲気だったんだね」
空母棲姫「何をそんなに身構えているのやら。そんなに私達が脅威に見えるか」
長門「可能性として考えるのは許してくれないだろうか。私はお前たち二人の事を良くは知らないんだ。……艦娘と深海棲艦が一緒の席に着いているという事も違和感ばかりだ」
空母棲姫「それが普通だな。そうやって認識してくれていると、私も本来は敵だというのを忘れずに済む」
提督「そのまま忘れてしまっても良いだろうに。少なくとも、今この場に居る全員は敵だと思っていない」
空母棲姫「だが……あまりに馴れ馴れしくするのは艦娘達の為にならないのでは」
提督「そうでもない。極論を言ってしまえば、艦娘と深海棲艦の違いは我々人類に危害を加えてきたかどうかの差でしかない。逆に艦娘が人間を襲い、深海棲艦が人間の味方をしていれば立場は逆転している。危害を加えてくるのならば敵。協力するのであれば仲間。お前たち二人が例外だというのは皆も分かってくれるだろう」
空母棲姫「確かに貴方の艦娘であればそうなりそうですが……」
提督「全ては認識次第だ。敵という認識ならば敵。味方という認識ならば味方。お前たち二人は今、味方という認識に置かれているという事だ。行動でな。そもそもの話、お前たち二人は私達に危害を加えてきたか? 逆に協力をしてくれただろう」
ヲ級「お魚、とか?」
提督「ああ。あれは本当に助かった。あのままでは飢え死にするのは間違いなかった」ナデ
ヲ級「えへー」ホッコリ
空母棲姫「……………………」
提督「まだ納得できないか?」
空母棲姫「…………はぁ……まったく、どうしてそんな風に割り切れるのかしら……」
提督「変わり者だとは常々言われている」
響「違いないね。ここにも変わった艦娘しか居ないし」
瑞鶴「待って。まさかそれって私も含まれてる?」
響「にゃぁにゃぁ」
瑞鶴「ッ!?」ビクンッ
五人「?」
瑞鶴「そ、そそそうねぇ……? 確かに変わり者ばっかりよねぇ?」
飛龍「? ──あ、金剛さん。そろそろお湯が沸く頃ですよ」
金剛「了解デース。淹れてくるネ」スッ
飛龍「ありがとうございます。──ところでヲ級ちゃん、お菓子は何を作ってきたんですか?」
ヲ級「ワッフル! 間宮さん、伊良湖さん、褒めてくれた!」スッ
空母棲姫「もうベタ褒めでした。甘い方も甘くない方も、初めて作ったとは思えないと言っていたわ」
長門「! ……確かに、良い香りだ」
瑞鶴「……ん? もしかして長門さんって甘い物が好きだったの?」
響「そうなんだ?」
長門「む……いや、そのだな……。…………嫌い、ではない……」
提督「そうか」
長門「……なんだ。悪いか? 悪いのか?」ジッ
提督「味の好みなど個人差が激しいものだ。好みで人を左右するようなものでもないだろう。食の好みに口を挟むような者はここには居らんよ」
長門「……そ、そうか。うむ。そうだな。味覚で人は決まらない」
提督「ああ。だから、これからは間宮と伊良湖が甘味を振舞った時も遠慮なく口にして良いぞ」
長門「~~~~~~っ!」
提督「恥ずかしがる事でもない。どうせ向こうでは口にしたくても出来なかったのだろう? ここならば誰も気にせん。むしろ、間宮も伊良湖も手を付けない事から甘い物が嫌いなのかと思っていると言っていた」
長門「……変ではないのか?」
提督「どこが変になるんだ。さっきも言ったように好みなど個人で大きく違う。堂々としていれば何もおかしく思われん。むしろ変に気にしていると周囲もおかしな目で見るぞ」
長門「なるほど……ふむ……」
提督(……長門も頑固な子か。……いや、プライドが高いのか? 自分の好きな物を抑えつけても仕方が無いだろうに)
金剛「お待たせしまシタ」
ヲ級「紅茶、初めて……!」キラキラ
金剛「紅茶は良いものデース。きっとお二人も気に入ってくれマス」スッ
ヲ級「♪」ワクワク
提督「さて、全員に行き渡ったようだ。頂こう。──ヲ級、少ない包みの方が甘くない方か?」
ヲ級「うん!」
提督「うむ。分かった」スッ
響「じゃあ私達はこっちだね」スッ
長門「…………」スッ
空母棲姫(素直に甘い方を手に取りましたね)スッ
飛龍「私も甘くない方を頂きますね」ヒョイ
提督「ふむ、珍しいな」
飛龍「たまには良いかなって思いまして」
提督「そうか。──では、私も頂こう」モグ
ヲ級「どうっ?」ワクワク
提督「ふむ……バターの味がとても良い。これは紅茶とよく合う」ズズッ
金剛「甘い方もとっても美味しいデース!」
瑞鶴「これが初めてなんて、とても思えないわね……」
響「才能かもね」
ヲ級「えへー」ニコニコ
長門「…………」モグモグ
長門(……非常に美味い。甘さもくどくなくて、すっきりとしている)
ヲ級「ね、ね、どうっ?」
長門「ぅ……む…………美味い、ぞ」フイッ
ヲ級「♪」ニコニコ
長門「…………調子が狂ってしまう」ハァ
空母棲姫「素直になってしまえ。我慢は良くないぞ」
提督「そうだ。頑固であれば頑固である程この現状に頭を痛めるぞ」
長門「全くもってそうだな……。こんな無邪気な顔を見せられたら、今まで警戒していたのは何だったのかと思ってしまう……」
ヲ級「?」パクパク
長門「ああほら、欠片が口の端に付いているぞ」スッ
ヲ級「! ありがと!」ニパ
長門(……本当に、敵とは思えないな)
空母棲姫「……私も、もう少し認識を改めなければな」
長門「ん?」
空母棲姫「…………」フイッ
長門(……本当、私たち艦娘も深海棲艦も……なぜ戦っているのだろうな。二人に訊いてみたいとは思うが──)チラ
金剛「今度スコーンも焼いてみまセンか?」
ヲ級「すこーん?」
響「英国のお菓子だよ。紅茶と一緒に食べると凄く美味しいんだ」
金剛「テートク、今度また隣の部屋をお借りしても良いデスか?」
提督「構わんぞ。その時は私に鍵を取りに来るようにな」
瑞鶴「あ、私も見てみたい」
ヲ級「楽しみ! ね、姫?」
空母棲姫「そうだな。新しい料理を覚えるのは楽しい」
飛龍(素直になってきてるなぁ)ニコニコ
空母棲姫「……なんだ、その母親が子供に向けていそうな目は」
飛龍「いえいえ。素直が一番、って思っただけですよ」
空母棲姫「……ふん」
長門(……この空気を壊したくない。機会があったときにでもするか)
……………………
…………
……
提督「──では、朝礼を行おう。まずは連絡事項からだ。皆も知っての通り、現在は深海棲艦が沖で力を蓄えている。が、総司令部からの伝達により我々の鎮守府は周辺海域の警邏に当たる事となった」
利根「警邏……? なぜじゃ。多くの深海棲艦がおったのじゃろう?」
提督「確かに多くの深海棲艦は居たが、索敵により三つの鎮守府の戦力を合わせれば充分に殲滅出来るであろう数だそうだ。また、我々の鎮守府よりも近くにある鎮守府が作戦に入り、私達は裏方をせよとの事だ。他の敵が作戦域に入ってこれないよう見回るのも重要な仕事なので、警邏と言っても厳重に警戒する事。良いな」
全員「ハイッ!」
提督「今回の遠征は警備任務と海上護衛任務の二つを行う。今回は先程言った中規模作戦の関係上、従来のモノとは異なり重巡の子達も出て貰う。だが、今まで出したことは無いので慣れない点もあるだろう。よって旗艦は慣れている者に任せる」
提督「警備任務は龍田を旗艦とし、熊野、暁、響、雷、電の六人で行う。海上護衛任務は天龍を旗艦とし、那智、羽黒、夕立、時雨、春雨の六人だ。天龍、龍田、頼むぞ」
天龍「おう! 俺に任せとけって!」
龍田「は~い。任せてね~」
提督「その他の者は自分の仕事がある場合はそれに従事する事。演習は中規模作戦を展開している間は控える。いつ何が起きるか分からないので、いつでも出撃できるよう心構えはしておいてくれ。──以上だ。何か質問はあるか? ……………………無いようだな。朝礼は終わりだ。各自、持ち場に就け」
全員「ハイッ!」
…………………………………………。
提督「──さて、私達は私達の仕事をするとしよう。いつもより書類が多いから心しておくように」
利根「うむ、了承したぞ」
飛龍「はい。……とは言っても、多くなってもこのくらいなんですね」
提督「増えた書類の数だけは大した事はないが、一番面倒なのが資材の確認だ。帳簿と実際の数字が合っているかどうかを確認する作業は面倒極まりない」
飛龍「ぅえ……。あの資材を全部確認するんですか……?」
提督「そうだ。帳簿と違っていて、物資支援する際に足りませんでした……となったら大問題だろう?」
飛龍「ああ、なるほど……。前の大規模作戦の時に確認していたのはそういう事だったんですね」
提督「まあな。整理はするようにしているから多少はマシだが、それでも確認だけで多くの時間は掛かる」
利根「ふむ……ふむふむ」
飛龍「? どうかしたんですか?」
利根「なに。思うてみれば資材を数えた事が無かったからのう。提督よ、その確認作業を我輩に任せてくれぬか?」
提督「速い数え方を知っているのか言ってみろ」
利根「縦横奥で掛け算すれば良いのじゃろう? それが出来ぬ場合は地道に数える。これでどうじゃ?」
提督「ほう。成長していっているな。正解だ」
利根「ふふん。我輩とて少しずつじゃが育つぞ。──では、我輩は向かうとしよう。帳簿を借りてゆくぞ」スッ
提督「頼んだ」
ガチャ
利根「…………」チラ
飛龍「?」
利根「…………」グッ
パタン
飛龍「……利根さん、なんでサムズアップしたんですかね」
提督「まったく……」
飛龍「え……? 提督は今ので分かったんですか?」
提督「なんとなくはな。大方、私と飛龍を二人きりにさせようという所だろう」
飛龍「……………………え? なんでですか……?」
提督「そこまでは分からん。……一体何を考えているんだろうな。ここ最近の利根は何を考えているのか分からん事が多々ある」
提督(あの島では伴侶になりたいとまで言っていたが、それだとしたらなぜ……?)
提督「……考えていても分からんな。私達は私達の仕事へ入るとしよう」
飛龍「はい。では、お茶を淹れてきますね」スッ
提督「頼む」
提督「…………」ジッ
提督(……ふむ。今回の中規模作戦は慢心しないように全力で掛かるようにせよ、か。あのレ級を相手にするのだから、流石の総司令部も警戒するよう指示を出すか)
提督(こっちの報告すべき内容は……ふむ。この辺りは利根が資材を確認し終えてからか。では、まずはこの書類から手を付けるとしよう)
提督「…………」サラサラ
提督(……しかし、利根は何を考えているんだろうか。あいつの事ならばほとんどの事が分かるつもりで居たが、まだ分からない事もあるものだな)サラサラ
提督(いや、利根も変わってきているから分からない事が出てきたという方か? ……なぜ利根は私と飛龍を二人きりにさせたか、を解明すれば分かるだろうか)サラサラ
提督(利根自身の成長速度は充分。という事は初めに約束した『秘書艦として不充分でありながら上達が見込めない場合は降りて貰う』は当て嵌まらない。それとも、別に好きな男が出来たか?)
提督(……それこそ有り得んか。この鎮守府には私以外の男性は居ない。加えて、利根はいつも私と居て他の男性と接する機会など無かったはずだ)
提督(……分からんな。利根に何があったんだ?)
飛龍「──あれ? 提督、どうしたんですか? 何か書類で悩む事でもありました?」トコトコ
提督「む、いかん。手が止まっていたか」サラサラ
飛龍「提督が考え事で仕事の手が止まるなんて珍しいですね。何があったんですか?」
提督「まあ、少しな……」
飛龍(たぶん、利根さんの事なんだろうなぁ。私も利根さんが何を考えて二人っきりにしてくれたのか分からないし……)
飛龍「では、気分転換にお茶をどうぞ」スッ
提督「ありがた…………飛龍、これは」
飛龍「えっと……はい。見ての通りです。今日は日本茶ではありませんよ」
提督「……私は紅茶にはうるさいぞ」ズズッ
飛龍「お、お手柔らかにお願いします……!」
提督「…………」
飛龍「…………」ドキドキ
提督「……煎茶と紅茶は淹れ方が違うのは知っているか?」
飛龍「え……嘘……」
提督「飲んでみれば分かる」
飛龍「…………」コクコク
飛龍「…………………………………………」
提督「どうだ?」
飛龍「……美味しくないです」
提督「次からはほうじ茶と同じように沸騰直後の熱湯を使い、二分くらい待ってみろ。それだけで大きく変わる」
飛龍「ごめんなさい……」
提督「……………………。しかし……紅茶か」
飛龍「淹れるのは、ダメ……でしたか?」
提督「ダメという訳ではない。日本茶だろうと紅茶だろうと淹れる茶に制限を付ける気は無いぞ。……何の理由があって紅茶にしようと思ったんだ?」
飛龍「その……そろそろ紅茶が飲みたくなるんじゃないかなって思って……」
提督「…………」
飛龍「…………」ビクビク
提督「……飛龍、こっちへ来なさい」
飛龍「は、はい……!」ビクッ
飛龍(どうしよう……怒らせちゃったかな……)ビクビク
提督「…………」スッ
飛龍(うぅ……立ったって事は、絶対に何かあるよね……。やっぱり、紅茶を淹れるべきじゃ──)
提督「…………」ギュゥ
飛龍「──ぇう……?」
提督「…………」
飛龍「あ、あああの、提督……!? な、なんで抱き締めッ……!?」ドキドキ
提督「すまん……少し、このままにさせてくれ……」
飛龍「あ、ぅ…………はい……」
提督「……………………」
飛龍(…………ああ、そっか──)
飛龍(──そうだよね……提督は気丈に振舞っていただけだったんだ……)ソッ
飛龍(婚約までした想い人を失って辛くないはずなんてない……。あの島にずっと居た理由は、ただ総司令部の人に命じられていたからなんかじゃなかったんだ……)
飛龍(嫌な言い方になっちゃうけど、金剛さんの事を傷から記憶に昇華させる為でもあった。……だから、今回みたいな不意打ちの紅茶で色々と思い出したのかな)
飛龍(……ごめんなさい、提督)
提督「……すまなかった」スッ
飛龍「あ……はい……」
提督「……それと、飛龍にはお仕置きをせねばならんな」
飛龍「えっ……!? う……はい……」ビクッ
提督「これからは紅茶も淹れられるよう、しばらくの間は私を相手に紅茶の練習をしてくれ」
飛龍「────え?」
提督「どうした、聴こえなかったか?」
飛龍「い、いえいえ!! ちょっと意外だと思っただけです!」
提督「そうか。では、良いか?」
飛龍「はい! 喜んでお受けしますね!」
提督(……こういう事か、利根。お前という奴は……まったく……。お前は、本当にそれで良いのか──?)
…………………………………………。
飛龍「──それでは、おやすみなさい提督」
利根「おやすみじゃー」
提督「二人も良い夢を見るようにな」
──パタン
利根「さて、我輩たちもゆっくりと寝るとするかのう。飛龍、おやすみじゃ」
飛龍「はい。おやすみなさい」
利根「~♪」トコトコ
飛龍(……うーん。やっぱり利根さんが何を考えているのか分からないなぁ。かと言って訊く事なんて出来ないし……)トコトコ
飛龍(……提督の身体、大きかったなぁ。包み込まれたって言葉がそのまま当て嵌まっちゃった)トコトコ
飛龍「…………えへ」
加賀「あら飛龍。執務はもう終わったの?」
飛龍「ひゃぁ!? あ、か、加賀さん……!」
加賀「……どうかしたの? それとも、そんなに私が怖かったのかしら」
飛龍「ああいえ、すみません……。少し考え事をしていたもので……」
加賀「そう。──ところで飛龍、これに付き合ってくれないかしら」クイッ
飛龍「? ……あ、もしかして良い銘柄でも手に入ったんですか?」
加賀「ええ。前にも飲んだ常きげんよ。この間は頂いたから、今度は私がお返しね」
飛龍「なるほど、あのお酒ですか。美味しかったですもんね。──あ、でも明日も執務があるので、程々で許して貰えますか?」
加賀「勿論よ。さあ、行きましょうか」
飛龍「はいっ!」
加賀(……あら? この香り……)
…………………………………………。
飛龍「──さて、今日はどんな味が好みですか?」
加賀「今日は私が用意するわ。誘ったのは私だもの」
飛龍「分かりました。では、日向燗でお願いします」
加賀「ええ、少し待っていて頂戴ね」スッ
飛龍「あ、そうだ。なんなら提督も呼んじゃいます? 嗜む程度であれば乗ってくれるかもしれませんよ」
加賀「……いえ、今日は止めておきましょう」
飛龍(あれ……加賀さんなら二つ返事するかと思ったんですけど……)
飛龍「……もしかして、何かありました?」
加賀「出来れば提督の前で話したくない内容なの。……少し、昔を思い出してしまって」
飛龍「昔、ですか」
加賀「ええ。──はい、日向燗よ」スッ
飛龍「ありがとうございます。頂きますね」スッ
加賀「んっ……。やはり良いわね。私にはこのお酒にこの温かさが一番合うわ」
飛龍「私も程々が良いと思います。──うん、美味しい!」
加賀「程々が良いと言いながら、熱燗が一番好きな癖に」
飛龍「味の移り変わりを楽しむのもお酒ですよ」
加賀「答えになっていないわよ。でも、その気持ちは分かるわ。私もたまに熱いのを飲みたくなるもの」
飛龍「お酒は嗜むものですからね」
加賀「ええ」クイッ
飛龍「……………………」チビチビ
加賀「…………」
飛龍「…………………………………………」
加賀「……………………」
飛龍「昔の話、でしたよね」コトッ
加賀「……ええ」チラ
飛龍「大丈夫ですよ。ここは誰も使っていない部屋です。誰かが来るなんて事はまずありません」
加賀「……そうよね。来ないわよね」
飛龍「?」
加賀「なんでもないわ。……飛龍、貴女は提督が居なくなった時の事を覚えているかしら」
飛龍「……それは勿論」
加賀「……本当、前にも言ったけれど、提督が壊れていると気付かなかった事がおかしかったわ」
飛龍「前にも言ったじゃないですか……それは仕方が無いですよ」
加賀「それでも、よ」チビ
飛龍「……あの時の提督が何をしていたのかを知っているのは、まだ私達だけですよね」
加賀「そのはずよ。貴女が情報を漏らしていなかったらの話だけれど」
飛龍「誰にも言えませんよ。……言える訳ありません」
加賀「……そうよね……ごめんなさい」
飛龍「あ、い、いえ。こちらこそすみません……」
加賀「…………あんなに優しい顔をしながら利根の首を絞めていた提督は、もう二度と見たくないわね」
飛龍「はい……。しかも、利根さんも喜んだ顔をしていたので……その、少し怖かったです」
加賀「私達が引き剥がさなかったら、もしかしたら利根は死んでいたかもしれないわね」
飛龍「本当……あの時のお二人ほど怖いモノを見た事が無いです」
加賀「……私なら、あの状態の提督に迫られたら動けないでしょうね」
飛龍「私なんて腰が抜けちゃいそうです」
加賀「……でも、少し興味があるわ」
飛龍「えっと……加賀さん?」
加賀「冗談よ」
飛龍「本当ですか……?」
加賀「……九割ほどは」
飛龍「一割は本音なんですね……」
加賀「そう言う飛龍はどうなのかしら」
飛龍「興味が全く無いと言うのは嘘になりますけれど、私は優しい方が好きです」
加賀「優しくされ続けていると、時には刺激を求めるらしいわよ」
飛龍「そ、そうなんですか……?」
加賀「だから私達は安心して出撃が出来るのではなくて? 普段は提督に優しくされて、戦闘になれば生きるか死ぬかの戦いをして刺激を得る。その死線を潜り抜けた時なんて悦びで一杯になる人ばかりでしょう?」
飛龍「そう言われたらそうですけど……。それだったら私は今のまま優しくしてくれる方が良いです。刺激は深海棲艦との戦いだけって事で」
加賀「……本当は、私達のこの感覚もズレているのよね」
飛龍「……そうですよね。絶対に沈まないという前提ですからね」
加賀「そんな事、あるはずが無いというのに……」
飛龍「……………………」
加賀「…………」
加賀「……私達に見付かった後の事も忘れるに忘れられないわ」
飛龍「……提督が総司令部へ打った信号の事ですよね。……総司令部もまさか、あんな催促をされるとは思わなかったでしょうね」
加賀「なんて打っていたのかを提督の口から聞いただけだから、もしかしたら違うかもしれないわよ」
飛龍「うわ……そういう事言っちゃいます? 提督だから本当にありそう……」
加賀「……ただ、大まかには本当でしょうね。一先ず言える事は、提督は自分が流刑になるように報告した……ね」
飛龍「普通、そんな人なんて居ませんよね。……それでも戻って『提督』として働ける辺り、そこまで人手が不足しているのでしょうか」
加賀「そうとしか思えないわ。でなければ、下田鎮守府の提督は変わっているはずだもの」
飛龍「あ、あはは……。私、あそこの艦娘にだけはなりたくなりです……」
加賀「私もよ。道具として扱われるのは遠慮しておきたいわ」
飛龍「……そう思えば、私達はまだ幸運だったのかもしれませんね」
加賀「提督の代わりを勤めていた人の事かしら。……そうね。腕はまだまだ未熟だったけれど、ちゃんと私達の声を聞いてくれたもの」クイッ
加賀「…………」
飛龍「はい、ぬる燗ですよ」スッ
加賀「……いつの間に用意していたの?」
飛龍「ひっそりと、です」
加賀「……ありがたいわ」スッ
飛龍「いえいえ」
加賀「話は変わるのだけれど、最近の提督はどう?」
飛龍「どう、と言われましても……普通ですよ。前とほとんど変わりありません」
加賀「私にはそう見えないわね」クイッ
飛龍「え?」
加賀「貴女と何かあったのではなくて、飛龍?」
飛龍「えっ?」ビクッ
加賀「…………」ジッ
飛龍「…………」ビクビク
加賀「ほら、言ってみなさい」
飛龍「うぅ……なんで分かるんですか……」
加賀「一体、貴女とどれだけ長い間を過ごしてきていると思っているの? 四年以上よ。貴女が今日、提督室から出てきた時の微妙な変化くらい分かるわ」
飛龍「あ、あはは…………えーっと、ですね」
加賀「…………」
飛龍「……辛そうに、抱き締められました」
加賀「…………? 辛そうに?」
飛龍「提督も、まだ心の整理が出来ていないんだと思います。気丈に振舞っているだけで、まだ金剛さん達の事が忘れられていないんでしょうね」
加賀「……そうなのね」チビ
加賀「それで、秘書艦の貴女はどうするのかしら?」
飛龍「私はサポート役ですよ」
加賀「最近は貴女がメインとなっている事くらい分かるわ。直に利根は普通の子と同じになるでしょうね」
飛龍「まだ分かりませんって」
加賀「だったら、もしそうなったらどうするのかしら」
飛龍「もし、ですか……。そうですね……………………提督に任せるかもしれません」
加賀「受身なのね」
飛龍「ゆっくりで良いんです。今は提督が自然と癒される事が大事ですから」
加賀「……そう言いながら、どこかで攻めそうな気がするわ」
飛龍「さて、それはどうでしょうかね。それも事の成り行き次第です」
加賀「そう。……まあ、貴女なら提督の傍に居ても納得できるわ」
飛龍「え?」
加賀「あら、意外だったかしら。こう見えても私は貴女の事を買っているのよ? ……むしろ、なんて言われると思ったのかしら」
飛龍「……少しお小言が来るかと思いました」
加賀「正直ね。でも安心なさい。私では難しいくらい分かっているわ」
飛龍「そうでしょうか」
加賀「そうよ。私だったら、紅茶を淹れるなんて事できないもの」
飛龍「……気付いてたんですか」
加賀「案外、分かるものなのよ。紅茶も香りを楽しむものでしょう?
飛龍「…………」
加賀「……私だったら、腫れ物を扱うように紅茶へは手を出さないわ。例え、提督が望んでいると分かっていても気付いていない振りをするでしょうね」
加賀「だから飛龍。提督の事、お願いするわ」スッ
飛龍「あれ、今日はもう良いんですか?」
加賀「程々にと言ったのは貴女よ」スタスタ
飛龍「えっと……残ったお酒はどうするんですか?」
加賀「提督と一緒に飲みなさい。あの方の事だから、帰ってきてから一滴も飲んでいないのでしょう?」
飛龍「ええっと……」
加賀「貴女はここで待っていると良いわ。……それに、きっと提督もそれを望んでいるはずよ」
ガチャ──パタン
飛龍「加賀さん……。────あ」
飛龍「そっか……利根さんも、加賀さんと同じで……」
飛龍「…………私なんかで、本当に良いのかな……」
…………………………………………。
コンコンコン──。
提督「入るぞ」
飛龍「は、はいっ!」ビクッ
ガチャ──パタン
提督「どうした飛龍。こんな夜中に話があると……酒?」
飛龍「あ、えっと……さっきまで加賀さんと嗜んでいたものでして……」
提督「……飛龍が呼んでいると聞いてやってきたのだが、状況が掴めん。どういう事だ?」
飛龍「加賀さんが提督を呼んでくると……。加賀さん、提督にはなんて言ってましたか……?」
提督「飛龍から大事な話がある──とだけだ。それ以上の事は自分の口からは出せないとも言っていたかな」
飛龍「うぅ……そういう所はイジワルするんですね加賀さん……」
提督「ふむ。大事な話というのは無いのか」
飛龍「はい……。提督と一緒にこのお酒を飲みなさいと言ったくらいです……」
提督「常きげん……? 聞いた事の無い酒だな」
飛龍「加賀さんの好きなお酒ですよ。なんでも、石川県の地酒だそうでして、ほんの少し辛口なお酒です」
提督「ふむ……」
飛龍「……提督、飲んでみます?」
提督「少し悩んでいる。あともう一押し欲しい所なのだが」
飛龍「あともう一押しって……。それって飲みたいって事じゃないですか」
提督「……………………」
飛龍「…………? 提督? どうしました?」
提督「……………………」
飛龍(……あ、もしかして)
飛龍「一緒に、飲みます?」
提督「ああ。一緒に飲もうか。対面に座るぞ」スッ
飛龍「もう……。あと一押しってそういう意味でしたか」
提督「基本的に酒は誘われた時のみにしているのでな」
飛龍「……初めて知りました。辛口のお酒がお好きですから結構飲んでいるのかと思っていましたよ。──あ、温かさはどれくらいが良いですか?」
提督「熱燗で頼む」
飛龍「はい。少し待っていて下さいね」
提督「……しかし、酒か。もう何年も口にしていないな」
飛龍「ずっとあの島で暮らしていましたからね。ここに戻ってきても忙しそうにしていて、それ所ではありませんでしたし」
提督「なるほど。だから酒の誘いが無かったのか。帰ってきたら酒の一杯や二杯はあるやもしれんと思っていたから不思議に思っていたぞ」
飛龍「忙しい所にお酒の話を持っていったら叱られちゃいそうですからね。最近は利根さんの教育だーって感じですから誘いづらいんだと思いますよ」
提督「そのおかげで色々と集中できて助かっていたよ」
飛龍「皆さん、良い方ですからね。提督の教育の賜物ですよ。──はい、熱燗です」スッ
提督「ありがたい。私の教育もあるだろうが、何よりもお前達が良い子だからだ」クイッ
提督「! ふむ。すっきり切れるな。この濃い辛さも美味いものだ。加賀が好くのも分かる」
飛龍「お気に召したようで良かったです。このお酒は特に燗で飲むのが良いお酒らしいですよ」
提督「ああ。これは飲むだけで燗が良いと分かる。そこまで酒に詳しくなくても分かる程だ。ほら、飛龍も飲んだらどうだ」
飛龍「私はさっき飲んで──あっ」
提督「うん?」
飛龍「……飲みたいのは山々なのですが、あともう一押し欲しい所ですね」
提督「なるほど。ならば飛龍、私と酒に付き合ってくれ」
飛龍「はい、喜んで!」
提督「ほら、器を持て」スッ
飛龍「ありがとうございます。──ふぅ……やっぱり、お酒はこういう辛いのを熱燗で頂くのが一番です」ホゥ
提督「もう一つ辛くしてみるか? 飛びきり燗でな」
飛龍「流石にそこまで辛くするのは……。私では無理でした……」
提督「冗談だ」
飛龍「もう……」
提督「くくっ」
飛龍「えへへ」
提督「……さて飛龍。肴は何かな?」
飛龍「……………………」
提督「む?」
飛龍「な、何も考えていませんでした……」ションボリ
提督「そうか。ならば、お前が知りたそうにしている話でもしてみようか」
飛龍「私が知りたそうに、ですか?」
提督「酒の席で話すようなものではないが、酒のせいで口が滑ったと言い訳が出来る」クイッ
飛龍「ふふっ、どうぞ滑って下さいな。どんなお話ですか?」チビチビ
提督「私があの島へ行く原因となった時の話だ」
飛龍「……なるほど、そのお話ですか。確かに深い部分までは話してくれませんでしたね」
提督「元凶は知っての通り、金剛、瑞鶴、響を失った事だ。だが、その後の事はあまり知っていないだろう?」
飛龍「……はい」
提督「あの時の私は、三人を失った事で正常な判断が下せなくなっていたのは知っての通りだ。その状態で取った行動が、利根にやってしまったアレだな」
飛龍「例の首を絞めていたアレ……ですね」
提督「ああ。なぜあんな事をしたか、なのだが……私を慕ってくれるお前達が、どうして誰かに殺されなければならないのか──と考えたからだ」
飛龍「えっと……それがどうしてアレになるんですか?」
提督「誰かに殺されてしまうのならば、私が殺せば良い。……それが理由だ」
飛龍「…………」
提督「ハッキリ言ってくれて構わない。明らかに異常だった」
飛龍「……そうなってしまうのも無理はありません。だって、提督は大事な子を三人も失ってしまったんです。しかも……」
提督「…………」
飛龍「…………」
提督「……アレを見たのは、飛龍と加賀だけだったか?」
飛龍「……はい。他の子達には教えていません」
提督「ありがたい。他の子達を余計に不安にさせなかった事と、それでも私を慕ってくれて、ありがとう」
飛龍「誰だって、おかしくなってしまいますよ。ああなってしまうのは仕方の無い事だったんです」
提督「……飛龍」
飛龍「?」
提督「隣に来て貰っても良いか?」
飛龍「勿論です」スッ
提督「……怖くないのか?」
飛龍「あの時の提督でしたら少し怖いですけど、今は全然です」
提督「……そうか。嬉しい事だ」
飛龍「……提督。一つだけ、失礼な事を聞いても良いですか?」
提督「酒のせいで滑ってしまうのも無理はないだろう」
飛龍「くすっ……。……今も、苦しいですか?」
提督「そうだな……。苦しい事には変わりない。だが、この苦しみはいつか時間が忘れさせてくれるだろう。苦しみは時間によって昇華され、記憶になるだろう」
飛龍「……後ろ、失礼しますね」スッ
提督「ああ……」
飛龍「…………」ギュゥ
提督「抱き付いてきてどうした?」
飛龍「少しくらいでしたら、こうする事で和らぐかな……と」
提督「そうか……」
飛龍「はい……」
提督「……温かいな」
飛龍「お酒で火照っていますから」
提督「なるほど。ならば、もう少し火照らせてみようか」
飛龍「……これ以上のお酒は、めっ──ですよ? 明日のお仕事に響いちゃいます」
提督「その点は安心しろ。──飛龍、後ろを向かせてくれ」
飛龍「え? は、はい」ソッ
提督「…………」クルッ
飛龍「…………?」
提督「お前だけズルい」ギュ
飛龍「ひゃっ」ビクッ
提督「…………」ポンポン
飛龍「あ、あの……真正面は……その……」
提督「嫌か?」
飛龍「……イヂワル」ギュゥ
提督「……温かいな」
飛龍「……私は顔が熱いです」
提督「飲みすぎたか?」
飛龍「バカ……」
提督「飛龍が望むならば、今日はここで一緒に寝てしまいたいな」
飛龍「!」
飛龍(それって、もしかして……)
提督「…………」
飛龍「…………」
提督「……………………」
飛龍「……………………うん」コクリ
提督「では、徳利の中身は全て飲んでしまうか。燗冷めさせるのも勿体無い」
飛龍「は、はい。……お隣、失礼しますね」スッ
提督「さっきまで抱き合っていたのに、隣に座るくらい遠慮しなくても良いんじゃないか?」
飛龍「お、お酒が悪いのっ。ほろ酔いになってきたんですっ」
提督「くくっ、そうか。──ん? っとと、そんなに入れていなかったんだな。これで全部か」スッ
飛龍「ええ。ほら、嗜む程度に留めておくべきだろうと思いましたし……ね?」
提督「ふむ……。半分ずつ飲むか」
飛龍「えっ!」
提督「器は一つだが、交互に飲めば問題無いだろう?」
飛龍「そ、そうよね! こ、交互に飲めば……うん!」
提督「初心な奴め。ひとり二航戦サンドとやらを人前でやったとは思えんくらいだな」
飛龍「……イヂワル」ソソッ
提督「ん? 肩を寄せてどうした」
飛龍「……サンド程じゃないけど、肩くらいならあったまるかなーって」
提督「…………」ナデナデ
飛龍「ん……」
提督「心も温まる」
飛龍「えへへ、良かった」
提督「先に頂くぞ」クイッ
飛龍「では、残りを私が」コクコク
提督(……私が口を付けた所で)
飛龍「んっ……ふぅ……」チラ
提督「…………」ワシャワシャ
飛龍「あ、あああ! 髪が乱れるじゃないですか! 私、ただでさえ癖っ毛なのに!」
提督「まったく……」スッ
飛龍(…………? 照れ隠し、なのかな)
提督「明かり、落とすぞ」
飛龍「!」ピクン
パチン──
飛龍「…………」ドキドキ
提督「…………」モゾモゾ
飛龍「…………っ」ドキドキドキ
提督「……どうした。ほら、入ってこい」
飛龍「は、はいっ!」モゾ
提督「……手は出さないから安心しろ」
飛龍「……え?」
提督「ん?」
飛龍「え、あれ……?」
提督「……………………」
飛龍「…………あー……」
飛龍(早とちりしちゃった……。うぅ……さっきまで良い雰囲気だったのに……)
提督「……飛龍」モゾ
飛龍「…………? ひゃっ──!」
提督「すまんが、今日はこれで我慢してくれ」ギュゥ
飛龍「は、はい……!」ドキドキ
提督「もう少し……もう少しだけ、待っていて欲しい」
飛龍「……はい」ソッ
飛龍「いつまでも、待っていますからね。ゆっくりで構いませんので、いつかは……」
提督「ああ……。いつかは、お前を真正面から見れるように……」
飛龍「そう思ってくれるだけでも、私は嬉しいです──」
……………………
…………
……
利根「…………」カリカリ
飛龍「提督、この要請書の事なんですけど──」
提督「……ふむ。またこんなにも資材を要求するか。流石にレ級相手では──」
飛龍「やっぱりそうですよね……。どうしてもあの戦力を相手ですと──」
利根「…………」チラ
利根(うむ。うむうむ。二人の距離はしっかりと縮んできておる。このまま順調にいけば、必ず二人はくっ付くじゃろうな。……まあ正直、傍から見ている立場からすれば、さっさと将来を誓い合えば良かろうにと思うがのう)ズズッ
利根(……ふむ。紅茶もまた一段と腕を上げておる。元から日本茶を淹れるのが上手かったから、紅茶に慣れるのも早いものじゃのう)カリカリ
利根(まあ……少しばかり心が寂しいがの)カリ
利根(……なんじゃろうなぁ。あの物の無かった島の方が心が豊かじゃったかもしれぬ。……いや、これは考えるべきでない事じゃな。二人に失礼じゃ)カリ
利根(すぐに慣れると良いのじゃがなぁ……)
ポン──
利根「む?」クルッ
提督「どうした、利根」
飛龍「お疲れですか?」
利根「む? むむ? 何がじゃ?」
提督「さっきから声を掛けても心ここに在らずだったぞ。悩み事があるのならば言ってくれ。私も心配になる」
飛龍「それと、無理もダメですよ?」
利根「────────」
提督「……何をそんなキョトンとしているんだ。疲れているのを無理しているんだったらベッドに放り投げて寝かし付けるまで見張るぞ」
利根「…………」
飛龍(あれ……? なんだかすっごい柔らかい微笑みを向けられているような……?)
利根「言葉に甘えてしまっても良いかのう」
提督「無理をしていたのか。まったくお前ときたら……」ヒョイ
利根「ぉおわっ?」
提督「言っただろう。ベッドに放り投げて寝かし付けると」スタスタ
利根「な、なぬ!? 本当に投げるのか!?」ビクッ
提督「流石に投げるなんて事はしないがな」ソッ
提督(……お前には色々と無理をさせてしまってすまない。そして、ありがとう)ヒソ
利根(!! ……我輩は、その言葉だけでも充分じゃよ。提督よ、飛龍を大事にしてやってくれるかの?)ヒソ
提督(言われずとも、だ)ポンポン
利根「むう……我輩は子供か? そんな頭をポンポンされねば寝れぬという訳ではないぞ」
提督「ほう、ならば止めておこうか」
利根「まったく……提督はダメじゃな。女心が分かっておらぬ。ほれ、さっさと仕事をせぬか。飛龍が待っておろうに」
利根(飛龍が嫉妬しておるぞ。早く愛でてやらねばならんじゃろ?)ヒソ
提督(お前という奴は……。後で何か奢ってやる)ヒソ
提督「良い夢を見るんだぞ」スッ
利根「ならばカーテンはちゃんと閉めてくれぬか」
利根「…………」コクリ
飛龍「!」
提督「分かった」
シャッ──
利根「ついでに耳栓も借りるぞー」
提督「ああ」
飛龍(今の利根さんの合図って、つまり……)
利根(さて、これでまた二人の距離が縮まれば良いのじゃがのう──)
提督「……さてと飛龍」
飛龍「? どうしました?」
提督「私達も少し休憩しよう。隣に座って貰って良いか?」スッ
飛龍「え? はい」スッ
提督「良い子だ」ナデナデ
飛龍「! もう、提督ったら。私は子供じゃありませんよ?」
提督「ふむ、ならばやめておこうか」スッ
飛龍「……ごめんなさい。今だけ子供にさせて下さい」
提督「珍しく我侭だな」ナデナデ
飛龍「その……」
提督「ん?」
飛龍「…………えっと、そうですね……なんだか、羨ましくって……」
提督「……何か取ってつけたような理由だが、甘えてみるか?」
飛龍「甘える……」
提督「ああ。飛龍はなかなか甘えようとしてこないからな。今回はどう甘えても構わんぞ」
飛龍「ど、どんな甘え方でも良いんですか?」
提督「流石に限度はあるがな。──さあ、どんな甘え方をしてくる?」
飛龍「じゃあ……膝枕が良いなぁ」
提督「膝枕?」
飛龍「えっと……ダメでしたか?」
提督「いや、そんな事で良いのかと思ってな。──ほら、いつでもこい」
飛龍「あれ?」
提督「うん?」
飛龍「あ、いえ。なんでもありません。……失礼しますね」ソッ
提督(……私の知っている膝枕と飛龍の知っている膝枕は何か違いでもあるのだろうか)
飛龍「…………」
飛龍(本当は提督に膝枕をしたかったけど、これもこれで良いなぁ……。なんだろう。安心する……)スリ
提督「…………」ナデナデ
飛龍「あ、それ気持ち良いかも……」
提督「ふむ、そうか」ナデナデ
飛龍「♪」ニコニコ
飛龍「提督、実はですね、さっきの膝枕って言ったのは私がしたいなーって意味だったんですよ」
提督「む、そうだったのか?」
提督(……いや待て。それは飛龍が甘えさせる側になっていないだろうか)
飛龍「でも……提督の膝枕も凄く良いです。なぜかは分かりませんが、温かい気持ちになってホッとします」
提督「分からないでもない。心を許している相手に身体を預けるというのは、私もなぜか心地良く感じるよ」
飛龍「あ、提督も分かりますか。──本当、人って不思議ですよね。こうしてただ膝枕をして貰っているだけなのに、すっごく嬉しい気持ちになるなんて」
提督「私で嬉しく思ってくれてありがたい」
飛龍「それは勿論、そう思って当然ですよ。盲目になっていますからね」
提督「…………」
飛龍「おまけに聞く耳も持たなくなってて」
提督「…………」
飛龍「更には──…………?」
提督「……………………」
飛龍「……提督、どうかしましたか?」
提督「……いや、なんでもない」
飛龍「なんでもないって事はないでしょう? 提督、凄く辛そうな顔をしていますよ」スッ
提督「大丈夫だ。ほら、横になっていて良いんだぞ」
飛龍「……提督、見れば分かるんですよ?」
提督「…………」
飛龍「今の提督は、なんだかヒビの入ったガラスみたいに壊れてしまいそうです」
提督「……………………」
飛龍「…………」シュン
飛龍「……ごめんなさい」
飛龍(私では、話せない内容だったんだろうな……)
提督「お前が悪い訳じゃないんだ。……すまない」
飛龍「…………」
提督「……同じだったから、つい……な」
飛龍「同じ……?」
提督「昔、金剛と話した内容と、な。お前はどこか金剛と似ている所があるのかもしれん」
飛龍「そうなんですか?」
提督「少しだけだがな」
飛龍「……私も、金剛さんみたいになれたら良いんですけどね」
提督「私は、飛龍は飛龍のままが良いと思う」
飛龍「え?」
提督「金剛のようになっても、それは金剛の代わりにしかならん。私は飛龍を真っ直ぐ見れるようになりたい」
提督「……この間にも言ったが、もう少しだけ待ってくれ。ちゃんと、お前を真正面から見れるようになるから、な?」
飛龍「──はいっ」
提督「さて、貴重な休憩時間なんだ。存分にゆっくりと休もう」
飛龍「はい! ……じゃあ膝枕、良いですか?」
提督「する方か?」
飛龍「いえ、される方で。……あんまりにも心地良かったものでして」コテッ
提督「くくっ。頭も撫でてやろう」スッ
飛龍「えへへー」
飛龍(私を私のままで、か。……うん。私も、その方が嬉しいな。ありがとうございます、提督)
飛龍(そしてこの時間をくれた利根さんも、ありがとうございます──)
……………………
…………
……
コンコンコン──。
提督「入れ」
ガチャ──パタン
飛龍「飛龍です。ただいま夕刻の哨戒から戻ってきました」ピシッ
提督「哨戒内容と現場の報告をしろ」
飛龍「はい。──敵影は見当たらず。また、これといって変わったモノなどもありませんでした。他の艦娘たちも至って真面目に取り組んでいるようです」
提督「何も問題無いな。ご苦労だった」
飛龍「いえいえ。……ところで提督、手に持っているそれはどうしたんですか?」
提督「これか。これは、片割れのペンダントだ」
飛龍「片割れ、ですか?」
提督「ああ。このペンダントは本来、二つで一つとなる物なんだ。よく見れば分かるが、錨が欠けた物に見えるだろう?」
飛龍「言われてみれば確かに……」
提督「時に飛龍。お前は右と左、どっちが好きだ?」
飛龍「と、唐突ですね……。正直に言ってどちらも変わりは無いんですけど……強いて言うなら左ですかね?」
提督「そうか。ならば左を渡そう」スッ
飛龍「ん? んん? すみません……話の先が見えないのですが……」ソッ
提督「右側は私が。左側は飛龍が。それで意味は分かるか?」
飛龍「────────」
提督「……気に入らなかったのならば言ってくれ。センスにはあまり自信が無いんだ」
飛龍「い、いえ! そういう訳じゃなくて……! あの……なんて言えば良いんでしょうか……」
提督「正直に言ってくれ」
飛龍「いえ……あの…………なんだか、顔がニヤけてしまいそうになって……」
提督「そういう事か。ニヤけてしまっても良いんだぞ」
飛龍「…………」トコトコ
提督「む? 後ろに回ってどうした」
飛龍「……照れているのを隠す為、かな?」ギュッ
提督「なるほどな」
飛龍「えへへー……♪」
提督「喜んでくれたようで何よりだ」
飛龍「そりゃあ嬉しいですって。なんだか、特別な気分になるでしょ?」
提督「そうだな。よく分かるよ」
飛龍「……あ」ソッ
提督「うん? 離れてどうした」
飛龍「一つ気になったんですけど、これって提督にとっては二回目ですか?」
提督「……そうだな。飛龍の物とはデザインが違うが、渡している。その片割れは引き出しの奥に仕舞ってある」
飛龍「……着けているのを見た事が無いような」
提督「渡した当日に逝かれてしまったら、な。誰も知らないはずだ」
飛龍「……そういう事だったんですね」
提督「ああ」
飛龍「提督」
提督「なんだ?」
飛龍「私のも、金剛さんのも、大事にして下さいね?」
提督「勿論だ。……むしろ、お前こそ沈むなよ?」
飛龍「誰が沈んでやるもんですか。まだまだ提督としたい事があるんですから、この先八十年くらいは元気で居るつもりですよ」
提督「百までか。良いな。私も百まで生きよう」
飛龍「…………」
提督「…………」
飛龍「……何言っているんですかね、私達」クス
提督「さてな。たまには良いだろう」ニヤ
飛龍「……それにしても利根さん、あまり来なくなりましたね」
提督「あいつなりに気を遣っているんだろう。利根も私の艦娘の一人だからな」
提督「──まあ、あまり気を遣わない者……いや、そうなっても仕方の無い者は居るが」チラ
飛龍「?」
コンコンコン──。
提督「入れ」
ガチャ──パタン
ヲ級「遊びに、来たよ!」ブンブン
空母棲姫「……すみません。どうしても行きたいと言っていまして……」
飛龍(なるほど。存在を秘密にしている二人ならそうなりますよね)
提督「という事は、また何か作れるようになったのか?」
ヲ級「うん! 今日は、おせんべい、作ってみた!」パッ
提督「煎餅か。珍しいな」
空母棲姫「小麦粉を少し余らせてしまったので、それに胡麻を混ぜて練り、油で揚げてみました」
提督「ふむ。では、四人で食べるとするか。飛龍、すまないがお茶の準備を頼んでも良いか?」
飛龍「分かりました。ほうじ茶で良いですか?」
提督「ああ。それで頼む。少し冷めてしまっているだろうが、湯はあったよな?」
飛龍「はい、ありますよ。少し待っていて下さいね」トコトコ
ヲ級「お茶ー♪ おせんべー♪」ニコニコ
空母棲姫「本当、この子ったら……。ごめんなさいね……」
提督「気にしなくて良い。ヲ級の性格からして、人と触れ合いたいのだろう」
空母棲姫「……確かにそんな風に見えます。ですが……」
提督「私は困ってはいないから安心してくれ」ナデナデ
ヲ級「えへー」ニパッ
空母棲姫「……………………」
提督「溜め息を吐かなくなったな」
空母棲姫「いい加減、慣れました。溜め息を吐きそうになる事はもはや日常茶飯事なので」
ヲ級「!」ピクン
飛龍「──お待たせしました。お茶を持ってきましたよ」トコトコ
ヲ級「飛龍のお茶、私、好き!」
飛龍「ありがとうございます。私も美味しそうに飲んでくれるのは嬉しいですよ」コトッ
ヲ級「熱い?」
飛龍「熱いですよー。だから、気を付けて飲んで下さいね」ナデナデ
ヲ級「はーい!」
提督「……ふむ」
空母棲姫「? この子を見てどうかしたのですか?」
提督「なに。そろそろ皆の前に出しても良いだろうかと思ってな」
飛龍「あ、確かにそろそろ良いかもしれませんね」
ヲ級「!! もう、隠れなくても、良いのっ?」ワクワク
提督「ああ。明日の日が暮れた頃、皆の前に紹介する。それからは鎮守府内を自由に歩き回って良いぞ」
ヲ級「やった!」
空母棲姫「…………」
提督「どうした。まだ不安か?」
空母棲姫「少しだけ……」
提督「安心しておけ。この鎮守府に居る子達ならば分かってくれる」
空母棲姫「…………反論できなくて嬉しいのやらなんとやら……」
提督「良い事だ。──さて、そろそろお茶会といこうか。飛龍も座ってくれ」
飛龍「はい」スッ
ヲ級「! 今日は、提督さんと、すっごく近いね?」
飛龍「あっ」
提督「良いものだぞ」
空母棲姫「……もしかして、お邪魔でしたか?」
提督「さてな。一つ言える事は、このお茶会を楽しもうという事くらいだ」
空母棲姫「もう……。そんな曖昧な返事を……」
飛龍「…………」チラ
提督「お前はここに居てくれよ?」
飛龍「ぅ……少し、恥ずかしいです……」
提督「今日ばかりは私の我侭だ。近くに居てくれ」
飛龍「もー……」
提督「くくっ」
提督(……まあ、こういうのも悪くはない。全ての物事は、止まる事無く流れていくのだから──)
提督「幸せにしてやるぞ、飛龍」
飛龍「……提督も幸せにしますからね!」
提督「ああ、楽しみにしているよ──」
──── 利根「提督よ、お主なかなか暇そうじゃの?」 金剛「…………」 IF End────
了
254 : 妖怪艦娘吊るし ◆I5l/cvh.9A - 2016/01/31 20:31:32.95 K0+3EKFxo 420/671飛龍ルートはここまでです。本当に穏やかに終わっていく締め方でした。こんな平和的に終わる長編物語を書いたのってどれくらい振りだろ……。
さて、次の投下からこの物語のトゥルーのルートを書いていきます。
たぶん皆さん気付いていると思うのですが、利根さんのルートと飛龍のルートのどちらもが提督と利根の問題があやふやのまま終わっています。これを直接的に解決するのがトゥルーです。
また一週間以内くらいにくると思いますので、もう少々この物語とお付き合い下さいませ。
続き
利根「提督よ、お主なかなか暇そうじゃの?」 金剛「…………」#5