利根「提督よ、お主なかなか暇そうじゃの?」 金剛「…………」#1
利根「提督よ、お主なかなか暇そうじゃの?」 金剛「…………」#2
前任提督「──それでは、私達は新天地の豊橋へ向かいます」
提督「ああ。向こうでも頑張っていってくれ。……しかし、本当に何も支援しなくて良かったのか? ここに備蓄されている資材をある程度持って行っても構わないのだぞ?」
前任提督「お気遣いありがとうございます。ですが、それには及びません。簡単に計画を立てていて、向こうで用意されている資材で充分と判断できました」
提督「ふむ、そうか。ならば、困った事があったらいつでも私へ連絡を入れてくれ。出来る限り協力しよう」
前任提督「ありがとうございます。──それでは中将殿、お元気で」ピシッ
提督「ああ。中佐もな。──全員、敬礼!」ピシッ
全員「!」ピシッ
提督(……………………行ったか。これで漸く私も動く事が出来るな)
提督「さて、このまま朝礼を開始する」
全員「!」
提督「皆が知っている通り、私は長年の孤島暮らしで現在の皆の事をよく分かっていない。昨日まで渾然と話はしていたが、これから一週間は全員と順番に交流していこうと思っている。鎮守府としての仕事はそれからだ」
提督「本日は初日という事もあるので加賀、飛龍、北上、夕立、時雨、の五人で様子を見る。なお、教育をしなければならない長門は常に私の傍に居るように。問題が無さそうであれば順次増やしていく予定だ。なお、その時間は夕食後に行うものとする。──何か質問はあるか?」
赤城「提督、良いでしょうか」スッ
提督「許可する。どうした?」
赤城「交流する艦娘の選定についてですが、何か意図があるのでしょうか? ほぼ常に近くに居る姉妹艦を固めた方が話しやすいかと思うのですが」
提督「長門を除いた五人は、私と利根が孤島で暮らしていた時に何度か様子を見てきてくれた子達だ。その時に発生した問題もあり、今回の交流はその解決も含まれている」
赤城「それは他の子達には話せない事ですか?」
提督「まだ話すべきではない内容だ。だが、いずれ全員に話す事になる。今は堪えてくれ」
赤城「分かりました。──以上です。ありがとうございます」
提督「他に質問のある者は居るか?」
蒼龍・飛龍「はい。あります」スッ
蒼龍・飛龍「!」
提督「僅かに早かった蒼龍から話を聞こう。どうした?」
蒼龍「えっと、交流する時間は夕食後と言ってたけど、それ以前は提督とお話するのはダメなの?」
提督「いや、構わない。だが、明るい内は出撃や遠征、演習以外の仕事を片付ける予定だ。仕事の邪魔をしないのならば提督室へ来ても構わんぞ」
蒼龍「はい! 分かりました!」
提督「うむ。──飛龍はどうした?」
飛龍「提督としての仕事をする際、暫定的でも秘書を用意した方が良いと思っています。それはどうする予定ですか?」
提督「ふむ……一応、利根が起きたら利根にするつもりだ。そういう約束をしているのでな。それまでの間は……そうだな、その質問をした飛龍に任せよう」
飛龍「!!」
加賀・川内「っ!?」
川内「はい! はいはい!! 異議あり!!」
提督「……どうした、川内」
川内「秘書になりたいって人は他にも居ると思う! だから、希望者の中から一人選ぶって方式が良いと私は思うんだけど!!」
提督「一理あるが、それは時間が掛かってしまう。出来ればすぐにでも仕事を始めたいくらいだ」
川内「じゃ、じゃあ二人を秘書にするっていうのは? ほら、一人よりも二人、二人よりも三人でやる方が早く終わるよ?」
提督「秘書は二人にする必要がないものだ」
川内「う……そうだけど……。────!! 日替わりとかどう!?」
提督「前日の仕事をどこまでやったか、というのを伝えなければならん。却下だ」
川内「うぅ……」
提督「何よりも、真っ先に気付いて質問をしたのは飛龍だ。本人も以前に秘書の経験をしている。その二点を評価しての判断だ。納得できるか、川内?」
川内「…………はい……諦めます……」
加賀「……………………」
提督「……他に質問のある者は居るか? ……………………居ないようだな。それでは、飛龍を除いて各自自由行動して良し。解散」
蒼龍(やるじゃん、飛龍。これを機に一線でも越えちゃいなよ)ニヤニヤ
飛龍(……蒼龍が今何を思ってるのか、言葉に出されなくても分かるなぁ)
……………………
…………
……
提督「さて飛龍。少しの間だろうが、頼む」
飛龍「は、はい!」ピシッ
提督「そんなに緊張しなくて良い。以前にもやっただろう?」
飛龍(…………以前……。確か、金剛さん達が沈んでしまった後の事でしたよね……)
提督「……すまん、失言だった」
飛龍「い、いえ! 私は大丈夫ですよ!」
提督「そうか……。それと、実は頼み事があるんだ」
飛龍「頼み事、ですか?」
提督「ああ。少し利根の様子を見てくる。容態が安定しているとはいえ、やはり心配だ。仕事を始める前に見ておきたい」
飛龍「そういう事ですね。分かりました」
飛龍(……そういえば、提督は利根さんの事をどう思ってるのかな。もしかして、向こうでもう恋人の関係に……?)
飛龍「…………」チクチク
飛龍「提督、私も付いて行きます」
提督「うん? どうしてだ」
飛龍「提督が時間を忘れないようにする為です。提督は変に優し過ぎる所がありますから、ブレーキ役は必要です」
提督「……そうか。頼む」
飛龍「……まあ、そう言うのは建前で、本音は利根さんとの関係が気になるんですよね。勿論、私も利根さんの容態が気になりますけれど」
提督「不器用に真っ直ぐだな、飛龍は」ポン
飛龍「……そういうのは嫌いですか?」
提督「そんな訳あるか。──さて、行くのならばすぐに行こう。夕方までには仕事を終わらせておきたい」ガチャ
飛龍「はい!」
飛龍(……まあ、そうよね。期待は少ししていたけれど、やっぱり『好き』とは言われないか)
飛龍「──よし、頑張ります!」
提督(……飛龍の望んでいる言葉を掛けてやった方が良いのだろうか。…………いや、それは飛龍を傷つけるだけか)
提督(苦しいだろうな、飛龍……)
──パタン
…………………………………………。
利根「……………………」
飛龍「…………」
提督「……利根はまだ眠ったままなのか?」
救護妖精「そうだねぇ。まだ一回も起きてないよ」
飛龍「えっと、それって本当に大丈夫なんですか? もう何日も眠ったままですよね?」
救護妖精「大丈夫だよ。あたしを信じな。流石に運ばれた当時の状態がずっと続けばヤバいけど、今はそこそこ健康だよ」
提督「起きない原因は分かっているのか?」
救護妖精「外部からのショックに加えて精神的なストレスが大きいと見てる。怪我はもう治ってるから、利根の中で心の整理が出来たら起きるんじゃないかな」
提督(心の中で、か……)
救護妖精「まー、そうだねぇ。何か話し掛けてやったら少しは効果があるかもしれないよ」
提督「こんな状態でもなのか?」
救護妖精「精神的なものが原因だろうから、効果はあるかもね。案外、提督が命令すれば起きたりしてね」
飛龍「意識不明でもそんな事があるんですか……?」
救護妖精「あるよ。というか、利根の場合は正確に言うと半昏睡っていう状態だから、充分に起きる可能性があるね。強い痛みとか与えたら何らかの反応を示す状態だよ」
提督「ふむ……試してみるか。──利根、起きろ」
利根「……………………」
飛龍「……反応しませんね」
提督「そうだな……」
救護妖精「まあ、そんな都合良くいくものでもないさ。根気良く続けていたら、その内目を覚ますだろうね」
提督「ふむ。ならば、これから毎日何回か声を掛け続けてみるか」
救護妖精「そうしてやんな。……利根も、疲れてるんだろうね」チラ
提督「なぜ私の顔も見る」
救護妖精「そういう意味だからさ。──飛龍、提督の事をちゃんと見てやんなよ。提督は顔を見るだけじゃ分かりにくいから、細かい所も見てあげてね」
飛龍「はい! 仮ですが秘書にもなりましたので、無理をしそうだったら止めますね」
救護妖精「うんうん。良い事だよ」
提督「……………………」ナデ
利根「……………………」
飛龍「……さて、提督。そろそろお仕事に戻りましょうか」
提督「そうだな。そうしよう」スッ
提督「では救護妖精、利根の事を頼んだ」
救護妖精「あいよ。じゃあ、頑張ってねー」フリフリ
ガチャ──パタン
救護妖精「……なんだろうね。やっぱり、どことなく吹っ切れてるような顔になってた。それとも、他にやらなきゃならない事でも出来たのかねぇ?」
…………………………………………。
飛龍「…………」カリカリ
提督「…………」サラサラ
飛龍「…………」チラ
提督「…………」サラサラ
飛龍(……やっぱり、提督はしっかりしてるなぁ。流石に前よりは書類を処理するスピードが落ちてるけど、ちゃんと迷わずに書いているみたいね)
提督「…………」ズズッ
飛龍(あ、お茶注いだ方が良いかな)スッ
提督「ん、すまな──……」
飛龍「…………? どうかしましたか、提督?」コポコポ
提督「いや、訂正する。ありがとう、飛龍」
飛龍「────!」
飛龍「い、いえ! このぐらいどうって事ありませんよ!」
提督「……なぜそんなに動揺しているんだ」
飛龍「いやー……なんと言いますかね? 何気ない事でもお礼を言われるのって、嬉しいんだなぁって思ったんです」
提督「……そうか」
飛龍「はい、そうです」ニコニコ
飛龍(……ああ、良いなぁこの空気。適度に緊張していて、それでもどことなく柔らかくて優しい雰囲気がする)カリカリ
提督「…………」サラサラ
飛龍(ああ……本当、秘書の事について質問して良かったぁ……)カリカリ
提督「……ところで飛龍」サラサラ
飛龍「? どうかしましたか?」
提督「お前の茶碗に茶が入っていないようだが、良いのか?」サラサラ
飛龍「え? ──あ、本当。入れておかなくちゃ」スッ
飛龍「気遣ってくれてありがとう、提督」コポコポ
提督「そんなお礼を言うほどの事でもなかろう」サラサラ
飛龍「いえいえ。私が言いたいって思ったんですよ」
提督「ふむ、そうか」サラサラ
飛龍「はい、そうなんですっ」カリカリ
提督「前から思っていたが、お前も不思議な奴だな」サラサラ
飛龍「飼い主に似るって言いますからね」カリカリ
提督「私はお前たちを飼っているとは思っていないのだが……」サラサラ
飛龍「比喩ですよ、比喩」カリカリ
提督「……そうか」サラサラ
飛龍「…………♪」カリカリ
飛龍(ああ……この時間が、ずーっと続けば良いのになぁ……)
…………………………………………。
夕立「提督さん! これで全員集まったっぽい!」
提督「そうだな。では、早速話をしようか」
加賀「その前に、長門さんが居ますけど良いのかしら」
長門「……なんだ? 私に知られるとマズい事でもしているのか?」
提督「今回の事は長門にも関係している事だ。むしろ居てくれた方が良い」
北上「関係してる……? どういう事なのさ、提督?」
提督「そうせっかちになるな。ちゃんと説明する。──長門を除いた全員は共通点が分かると思うが、お前達はあの島での秘密を知っているだろう。その事について改めて話しておこう」
長門(……秘密?)
提督「これは長門も知っている通り、あの島では金剛、瑞鶴、響の三人が居た。そして三人からの要望もあり、この鎮守府の艦娘となるように理由が必要だ。理由は海域から拾ってきたというもので問題ないだろう。私が提督業を真面目にやっていた時期でもよく耳にしていた事から、怪しまれる事は無いはずだ」
飛龍「ですが、それでも一応分けて就役させた方が良いですね。特に金剛さんと瑞鶴さんは分けるべきだと思います」
提督「ふむ。やはり現状でも瑞鶴はあまり見掛けない艦娘か」
飛龍「はい。南方海域などの危険な海域くらいでしか確認されていません。例外として、総司令部から通達された大規模作戦の時も報告に上がっています」
時雨「実は提督があの島に行ってから、僕たちも見掛けたのは一回だけだったりするんだ」
提督「ふむ……。では、金剛と瑞鶴の就役はずらしておこう。どちらが先かは本人達と相談だな」
長門(なるほど。秘密とは他の鎮守府に居た艦娘を内密に就役させるという目的の事か。……いや、この男は何を考えているのか読めない所がある。わざわざ呼び出す程だ。他にも何かあるだろう)
提督「さて、前置きはここまでにしておこう。本題に入る」
長門(む。きたか)
提督「──今から、この六隻で五人を迎えに行くぞ」
長門「何……?」
北上「えっ」
時雨「……本気なの、提督?」
加賀「もう夜が深いのよ。それを承知の上?」
夕立「ナイトメアパーティでもするの?」
飛龍「……提督?」
提督「それぞれ反論はあると思う。だが、少しだけ考えて欲しい。引継ぎや中佐の異動の関係で、何日放置している。あの島に食料となるものは自生していたものの、やはり心配だ。……いや、そろそろ危ない可能性もある」
加賀「ですが、ヲ──……あの子も居た事を考えると、食料の問題は無いのでは?」
提督「調理する方法が無い。そして、私は『そのまま食べないように』と教えてきた。その教えを忠実に守っている可能性は非常に高い」
加賀「せめて明日の朝にするという事は出来ないの?」
提督「明るい内は間違いなく誰かにバレる。出撃もさせないと言った事から、いきなり出撃させるのも無理がある。──お前達はどう判断する」
夕立「んー……私は提督さんの意見に賛成かな。早めに助けてあげたいっぽい」
時雨「僕は…………難しいけれど反対かな。やっぱりリスクが大き過ぎると思うんだ」
飛龍「判断が難しいなぁ……。うーん……保留です」
北上「私は賛成かなー。提督が何も考え無しに言ってるとは思わないからねー」
加賀「私もどちらかと言うと反対ね。確かに判断が難しいけれど……」
飛龍(……あれ? なんか物凄く嫌な予感が……)
提督「ふむ。綺麗に意見が分かれたな。──客人の長門には悪いが、お前はどう思う」
長門「私は貴様の行動を見ている。居て居ないものと思え」
長門(だが、その作戦を決行しようものならば私は見限るがな)
提督「なるほど。尤もだ。──という訳で飛龍、全ての決定権はお前に任されたようだ」
飛龍「う……。やっぱりこうなるんですね……」
提督「さて、秘書艦代行飛龍。お前はこの状況にどういう判断を下す? 飛龍の意見で全てが変わるだろう」
飛龍「あの……提督? そんなに島での出来事を根に持っているんですか……? 私にこんな重要な判断を任せるだなんて……」
提督「そういう訳でもない。意見というものは重要なものだ」
飛龍「うぅ……。今日の提督は私を困らせます……」
提督「時間は十分だけ与える。その時間の間に答えを出すように」
飛龍「じゅ、十分だけですか!?」
提督「そうだ。何か問題があるか?」
飛龍「そ、そんな……滅茶苦茶ですよ……!? どうしてこんな──!」
飛龍(……え? 滅茶苦茶……?)
長門(む? あんなに慌てていたのにも関わらず、なぜ急に大人しくなった?)
飛龍(……そうよね。おかしい。よく考えてみれば、絶対におかしい。いくら提督にとって思い入れのある姿の三人といえど、こんな強攻策を通そうとするなんて異常です)
飛龍(それに、言葉の端々に違和感がありました。何か……的を得ていないというか……別の事を話しているような──)ハッ
飛龍(別の事……そうですよ! 提督は別の事を話しているんですよ! 私の意見で『全てが変わる』だなんて、そんなまどろっこしい言い方なんてするはずがありません!)
飛龍(時間が十分だけというのも、すぐに気付けるはずのものだから短いだけ。意見が重要と言ったのも、日々提督が言っていた事。その意見を全て無視しているという事は──)
提督「……ふむ」ニヤ
飛龍「! ……やっぱりですか」
提督「気付いたか」
飛龍「気付きました。ええ、気付きましたよ……。もうっ……」ハァ
長門「…………?」
加賀「……まさか」
飛龍「どうしてこんな試すような事を言ったんですか、提督。意地悪にも程がありますよ? 最初から作戦をやるつもりなんてありませんでしたね? そもそも食料の問題だったら哨戒を理由に届けたら良いだけなんですから、今すぐに行く理由なんて無いですし」
提督「なに。久々の私の相手で勘が鈍っているのではないかと思っただけだ。そうなると、色々と問題が起きそうな気がしてな。それに、朝にも言っただろう? 交流していく、と」
飛龍「うわ……そこからもう答えを出していたんですか……?」
提督「正直に言うと、それは夜になってから思いついたものだ。過去の言葉など状況次第でいくらでも変えねばならん」
加賀「不覚です……。何かおかしいとは思いましたが、まさかそんな意図があっただなんて……。話の焦点は『作戦内容』ではなく『提督を止める事』でしたか……」
提督「個人的には加賀が言い当てると思ったが、どうやら中佐の相手に慣れてしまったようだな」
北上「えーっと……じゃあ、さっきの作戦の意味って……遊びって事?」
提督「遊びと同時にお前達の『今』を見る為でもある。以前ならば、全員が気付きそうなものだっただろう?」
時雨「間違った事を言った時はちゃんと止めるようにって言われていたのに……ごめん。忘れてたみたいだ」
夕立「ぽい……」
提督「三年近くも離れていたんだ。忘れていてもおかしくない。だが、思い出せただろう?」
北上「そうだねぇ……。これからも提督のイタズラに引っ掛からないようにするよー」
長門(……やり方はアレだが、これも意見を言わせる為……か? 確かにこの子達は意識して意見を言うようにはなるか……)
提督「さて、見事に見抜いた飛龍には何かしらの褒美でもやろうか」
加賀「!!!」
飛龍「え? ……え!?」
夕立「うー……良いなー良いなー!」
時雨「次はご褒美を貰えるようにしよっか、夕立」
夕立「……頑張るっぽい!」
北上「まったく……三年もサボってたはずなのに全然変わらないねぇ提督は」
提督「そうでもない。私とて変わっている所は変わっている」
北上「ふーん? どこが変わったのか、あたしには分かんないけどね」
提督「それを見つけるのも楽しみの一つだろう。存分に悩むと良い。──さて飛龍。お前は何を希望するんだ?」
飛龍「あ、え……」
加賀「…………」ジッ
飛龍(加賀さんの無言の圧力が怖いっ!!)ビクン
提督「加賀、そう睨むな」
加賀「……ごめんなさいね」フイッ
北上「ちなみにだけどさ提督。ご褒美って何でも良いの?」
提督「ある程度までだ。内容にもよるが、せいぜい普段では出来ない事を許可するくらいだろう」
時雨「例えばどんなの?」
提督「そうだな……。ふむ、間宮と伊良湖の甘味を三人前ほど味わっても良い……とかか?」
夕立「何その贅沢!? そんなの良いの!?」ガタッ
提督「それくらい大事な事だった。……言っておくが、今回の意見の事を他の子には言うんじゃないぞ?」
北上「提携してご褒美を貰い合うのはダメって事かー」
提督「そういう事だ。お前達ならばしないとは思うが、念の為にな」
加賀「……それで、飛龍はどうするのかしら?」ジッ
提督(……色々な意味で機嫌が悪そうだな)
飛龍「ごめんなさい。後に取っておきます……」
長門(無難だな。……それにしても、この鎮守府の子達は提督と如何に親密に接するかで苦労していそうだ)
提督「そうか。いつでも言ってこい。──さて、一応先に計画を言っておこう。時が来たら今居るこの六隻で五人を迎えに行く。実際に出撃し、その帰りに回収だ」
長門「その三人は分かったが、残りの二人は誰なんだ?」
提督「前にも言ったかもしれんが、向こうで説明をする。今ここで言うよりもずっと良いはずだ」
長門「なんだか怪しいな……」
提督「そう思ってくれて構わん。お前の前でだけ見てくれを良くしても意味が無い」
長門「本当に食えない奴だな、貴様は……」ハァ
加賀「大丈夫よ。すぐに慣れるわ」
長門「むしろ、慣れなければやっていけそうにないのだが……」
飛龍「アハハ……間違ってはいないですね……」
長門(……さて、この五人の反応を見る限りでは信頼出来るであろう人物だが、他の艦娘はどういう反応をするかが気になるな)
……………………
…………
……
利根「……………………」
提督「……ふむ。今日も起きず、か」
救護妖精「そうだねぇ……。流石のあたしもちょっと心配になってきたよ」
飛龍「よっぽど辛かったんですかね……」
提督「かもな……。色々と辛い思いをさせてしまったのは確かだ」
救護妖精(……医者の立場的に何か気の利いた事でも言えば良いんだろうけど、あたしはそういうのが苦手だからねぇ……。さて、どうしようかな……)
提督「救護妖精、昏睡──いや、半昏睡状態の者にしてやれる事は他に無いか?」
救護妖精「ん? んー……………………あ」
飛龍「あるんですか?」
救護妖精「そうだね、ちょっとやってみると良い事があるかも」
提督「どういったものだ?」
救護妖精「ボディタッチとかしてみるのとかどうかな。頬とか頭とか撫でてみたりとかさ」
飛龍「痛みに反応するのなら、そういったものにも反応を示すかもしれない──というものですか?」
救護妖精「そんな所だよ。意味があるかは分からないけどさ、やらないよりは良いと思うよ」
提督「なるほど」ポンポン
飛龍(頭をポンポン……向こうでもやっていたんですかね?)
救護妖精「それっていつもやってた事なのかい」
提督「いや、あまりやった事がない」
救護妖精「なるべくなら、今までずっとやってきた事とか気に入られてるような事をした方が良いんじゃないかな。身体が覚えてて、反応するかもしんないしね」
提督「ふむ……。ならば少しやりたい事があるんだが」
救護妖精「んー? 何をやりたいんだい」
提督「私の背中に圧し掛からせたり、足の間に座らせたりしたい。良いか?」
飛龍(え、何ですかその羨ましい体勢は)
救護妖精「んー……。足の間に座らせる方なら良いよ。ただ、変に腕とか弄らないようにね。たぶん大丈夫だろうけど抜けたりしたら良くないから」
提督「分かった。──よっと」グッ
飛龍(あ……まるで抱っこされてるみたい。…………良いなぁ。良いなぁ……)ジー
救護妖精(その体位なら、点滴スピードはこんくらいか)クイッ
提督「……ふむ。起きるだろうか」クシクシ
飛龍「……あの、提督。どういう状況になれば、そんな体勢で髪を梳くなんて事になるんですか?」
救護妖精「セッ○スでもしてんじゃないかねぇ?」
飛龍「ぶっ!?」
提督「冗談でもそんな事を言うな……。加賀辺りが耳にしたら深海棲艦すら射殺しかねん目で問い詰めてくる……」
飛龍「……じゃあ、どうしたらそうなるんですか?」
提督「……………………」
飛龍「あの……何か言って下さい提督……。それとも本当に──」
提督「違うから、そんな物欲しそうな目で見るんじゃない……」
飛龍「…………」ジー
提督「…………」
飛龍「…………」ジー
救護妖精「……これは、はぐらかすなんて事が出来そうにないねぇ。もう素直に言っちゃえば、提督?」
提督「……はあ……分かった。だが、絶対に誰にも言うなよ?」
飛龍「約束します」
提督「…………向こうでドラム缶の風呂に入った際、こうして背中を預けると安心できると言われたんだ。いつもは背中に圧し掛かられていたが、それが出来ないならばこっち……という形だ」
飛龍「お風呂……」ヂー
提督(……非常に嫌な予感がする)
飛龍(……………………)
利根「ん……」
三人「!」
利根「ん……んん……?」
提督「起きたのか、利根?」
利根「お、おぉ……? 提督? それに飛龍と救護妖精……? ──ああ、なるほどのう。ここは本土か」
救護妖精「おー……本当に起きたねぇ」
飛龍「本当にって……」
救護妖精「いや、起きる可能性も勿論あったよ。ただ、一発で起きるのは予想外だったというかなんというか……」
利根「……頭がふらつく」
提督「救護妖精、頼む」スッ
利根「ぁ……」
提督「…………」ピタッ
救護妖精「……あー、うん。もう少しそのままにしてあげたらどうかな? そんな母親から離れそうになった小さい子供みたいな声を出されたら、気の済むまでそうさせた方が良いんじゃないかね」
救護妖精「だけど、気分が悪くなったらちゃんと横にさせるけどね」
利根「既に気分が少し悪いぞ……」
救護妖精「じゃあ横にさせよっか。提督、ほらどいたどいた」
提督「そうだな」スッ
利根「あ、ちょっ! う、嘘じゃ! 嘘じゃからもうちょっと──!」
提督「ダメだ」ポフッ
救護妖精「身体は大事にしな」
提督「代わりにこうしておくから、これで我慢しろ」ソッ
利根「ぬ……。額に手を置かれると、何やら看病されているような気持ちになるのう」
提督「嫌か?」
利根「心地良いからもっと頼む」
提督「お前らしいな」ナデナデ
利根「……思ったよりも良いのう、これ」
提督「そうか」ナデナデ
飛龍(……良いなぁ)ヂー
飛龍(…………胸がチクチクしますね。やだな……私、嫉妬してる……)チクチク
救護妖精「まあ、それもこれくらいにしておきな。利根、これから検査だよ。何日も寝たきりだったんだ。あと、筋肉や関節も固まって身体が痛いはずだから軽くストレッチさせるよ」
利根「むぅ……」
提督「また見舞いとして来る。──夜ならば良いか?」
救護妖精「明日にしな。今日一日は安静だよ」
提督「だそうだ。また明日だ、利根」
利根「むぅー……」
飛龍「まあ……早く元気になったら提督の傍に居放題ですよ、利根さん」
利根「! ならば早く元気になるぞ!」
提督「……単純な奴め」
飛龍「……………………」
飛龍(利根さんが起きたという事は、私の臨時秘書も終わりですね……)
飛龍(良くて三日──いえ、下手をすれば今日が最後になりかねませんから、思いっきり秘書として頑張りましょうか。……早く終わらせたら、その分だけ提督と自由に居られるのかな)
…………………………………………。
飛龍「…………」カリカリカリカリカリ
提督「……さっきから思っていたが、今日は一段と張り切っているな」サラサラ
飛龍「はい。ちょっと、やりたい事がありまして」カリカリカリカリカリ
提督「ほう。珍しいな」サラサラ
飛龍「…………」カリカリカリカリカリ
提督(ふむ……。相当集中している。何をやりたいのかは分からないが、私もそれなりに急いで片付けておこうか)スッ
提督「…………」パラパラパラ
飛龍「…………」カリカリカリカリカリ
提督「…………」スッ──サラサラサラサラ
提督(……書く事が少ないな。出撃も遠征もしていないから当たり前だが、それでもこの報告書やら何やらを書かなければならないのは面倒だ)サラサラサラサラ
飛龍「…………」カリカリカリカリカリ
提督(しかし、茶にも手を付けないとは……よっぽどやりたい事なのか。そうだったら一言相談をして休みを貰えば良かっただろうに……。真面目だな)サラサラサラ
提督(む……終わってしまった。簡単な書類はこっちに集中していたのか。…………飛龍の分を貰ってしまおう)ソッ
飛龍「…………」カリカリカリカリカリ
飛龍(さて次の……って、あれ? なんか物凄い少なくなってるような……)カリカリ
飛龍「…………」チラ
提督「…………」サラサラサラ
飛龍(……あ。やっぱりそうでしたか。……ダメだなぁ。周りの事もちゃんと見ないといけないのに。──っとと、提督のお茶を注いでおかなきゃ)ソッ
提督「む。すま……助かる」ズズッ
飛龍「いえ、これも秘書としてのお仕事ですっ」カリカリカリ
提督「……………………」サラサラサラサラサラ
飛龍「……………………」カリカリカリカリカリ
提督(……ふむ、終わりか。ならばそこの最後の一枚を貰うか)スッ
飛龍(さて、そろそろ終わりますから次のを──)スッ──ピトッ
提督「む?」
飛龍「え? ──あ」
提督「先に手を付けたのは私だから、これは……ん?」
飛龍「ぁ……う、ぁ……」ドキドキ
提督(ああ……)
提督「……すまん」スッ
飛龍「い、いえ! 私こそ気付かなくてすみません!」ビクン
飛龍(あー……もう……。提督と触れる事なんて滅多にないから、つい頭の中が真っ白になっちゃった……)ドキドキ
飛龍(……手、温かかったなぁ。提督はなんて思ったんだろ)チラ
提督「…………」サラサラ
飛龍(……読み取れないや。昔っからこれだから、嫌に思ってるのかどうなのかが分からないんですよね)カリカリ
飛龍(っとと、書類が全部終わりましたね)スッ
提督「こっちも終わる所だ。──いや、もう終わった」スッ
飛龍「はい。お疲れ様です」
飛龍(もう当たり前になっていますけど、提督は見ていないようでちゃんと見ててくれているんですよね。……そういうのが嬉しくて、好きになっちゃったんだっけな。──あー、でも……終わったのは良いんだけど、どうしようかぁ。さっきまでは『終わらせたら目一杯、提督と二人きりの時間を過ごそう』って思ってたのに……)
飛龍(……とりあえず、書類を纏めておこう)スッ
提督「さて、後の書類の纏めは私がやっておこう。飛龍は好きにしていて良いぞ」スッ
飛龍「……え? 好きに?」
提督「やりたい事があるのだろう? 蒼龍との約束か、それとも別の何かがあるのかは分からんが、お前はこれから自由時間だ」ゴソゴソ
飛龍「あー……なるほど。そういう事ですか」
飛龍(鋭いのか鈍いのか……いえ、たぶん自分の事をあまり勘定に入れないんでしょうね)
飛龍「他に秘書としての仕事は無いんですか?」
提督「無いから安心しておけ」
飛龍「そっか。なら安心かな。……提督、私のやりたい事はですね? 提督と二人の時間を過ごしたい……ですよ」
提督「……そういう事か」
飛龍「そういう事です。早くお仕事を終わらせたら、その分だけ提督と二人で一緒に過ごせますよね?」
提督「こんな駄目な上に傷物の男の何が良いのか分からんな」
飛龍「傷物って……本来は女性に対して使う言葉じゃないですか、それ……? というか、傷物だとかなんだとか関係ありませんよ。提督だから良いんです。そもそもの話、提督はしっかりとしているじゃないですか」
提督「幻想かもしれんぞ。そう見えるだけだというのも充分に有り得る」
飛龍「でも、私の目からはそう見えます」
提督「盲目はいかんぞ」
飛龍「もう……。ああ言えばこう言いますね。どうすれば信用してくれますか?」
提督「……何も言わんぞ?」
飛龍「むむ。言ってくれたらそれをしたのに……」
提督「本当に何でもやりかねないから言わないんだ……」ハァ
飛龍「流石に限度はありますけどね?」
提督「仮にこの場で服を脱げと言ったとしてもやりかねん。どこまで許容するかが分からない相手に条件を突き付けるのは怖くて堪らんよ」
飛龍「……なんというか、割と変態的な事を言う割りにやらしさが無いですね?」
提督「あくまで例えだからではないか? ……まあこの話は置いておこう。昨日の褒美でも使うか?」
飛龍「それは……ううん……難しいですね。…………そうだ。ちょっとズルいですけど、確認して良いですか?」
提督「……なんとなく察しは付くが、言ってみろ」
飛龍「もし……もしですけど、私にキスとその続きを下さい、って言ったら……どうします?」
提督「……どっちが変態的な事を言っているんだか」
飛龍「ほら、目の前の人に影響されちゃってますしね?」ニヤ
提督「困った奴だ……。──その時の飛龍に依る。無条件でイエスとは言わん」
飛龍「……ふーん」
提督「どうした」
飛龍「いえいえ、なんでもありませんよ♪ ──あ、ご褒美はまだ取っておきますので」
飛龍(無条件では──という事は、条件さえ満たしていれば良いって事ですよね? ……よしっ! 頑張ろう!)グッ
提督「……言っておくが」
飛龍「? なんですか?」
提督「お前の目指している道中は茨の道だぞ」
飛龍「そんなの、ずっと前から知っていますよ」
金剛『──────────────、────!』
飛龍「ずーっと前に……一度諦めた身ですから、よく分かっています。勿論、今は更に厳しいって事も……」
提督(……金剛の事、か)
飛龍「……あ、あはは。すみません。しんみりとさせちゃいました」
提督「……構わん。私もいずれ乗り越えなければならん事だ。でなければ、アイツに怒られてしまいそうだからな」
飛龍「あー……確かに怒りそうですね……」
提督「怒ると加賀以上に怖かった」
飛龍「ビンタも飛んできますからね。──じゃあ、提督」ソッ
提督「……頬に手を添えてどうする気だ? 飛龍も私にビンタをするのか?」
飛龍「違いますって! ……こうするだけですよ」クイッ
──ちぅ
提督「────────」
飛龍「……今は頬だけです。いつかは茨を渡りきって、きっと提督の心を掴んでみせます。だって……私は提督のあの笑顔が好きですから」
提督「……好き者め」
飛龍「お返しをくれても良いんですよ?」
提督「その時が来たらだ。……本当、不器用に真っ直ぐだよ、お前は」
飛龍「じゃあ、頭を……いえ、頬を撫でて下さい。不器用な私は、真っ直ぐ言うしかありませんからね?」
提督「……………………」
提督「いや、頭だけだ」ポンポン
飛龍「むむむ……。まあ、一歩前進という事で」ニコニコ
飛龍(悩んでくれたのも事実ですしね)ニコニコ
飛龍「ついでに抱き締めても良いですか?」
提督「調子には乗らさんぞ」ペシッ
飛龍「あー……やっぱりダメですか」
提督「許したら際限が無さそうだからな」
飛龍「言えてますね。──じゃあ提督、一緒にお茶でも飲みませんか? 今あるやつなんで少し温いかもしれませんけれど」
提督「そうだな、頂こう。少しくらい温くても飛龍の淹れる茶は美味い」
飛龍「そうでしょそうでしょ? これでも頑張ったんですからね!」
提督(……本当、苦労を掛けてしまっているな……私は)
飛龍「~♪」
提督(……この楽しそうにしてくれている顔の裏で、どれだけの苦悩があったのか。……いや、考えないでおこう。むしろ、それだけ私の事を想ってくれてありがたいと思うべきだ)
提督「良い子だよ、本当……」ボソリ
飛龍「え?」
提督「いや、なんでもない。独り言だ」
提督(さて……これからどうなるか……)
…………………………………………。
コンコンコン──
提督「入れ」
ガチャ──パタン
利根「提督よ!! 救護妖精から許可を貰ったぞ!」
提督「……たった一日でここまで元気になったか」
飛龍「凄いですね、本当に……」
利根「フフフ。何せ今の我輩には目的があるからのう。地獄の底からでも這い戻ってこれる自信があるぞ」
飛龍「…………」
飛龍(……本当に短い間でしたけど、少しでも提督の秘書になれて嬉しかったです。約束のようですし、これからは利根さんに任せましょう……)スッ
提督「待て飛龍。どこへ行く」
飛龍「え……? だって、秘書は利根さんですよね? 提督は秘書を二人取らないと言っていたじゃないですか」
提督「……飛龍、今の利根を見ろ」
利根「む?」
飛龍「えっと……?」
提督「利根、この書類の見分け方は分かるか?」ペラ
利根「……分からぬ」
提督「では、何を書けば良いか答えてみろ」
利根「…………分からぬ」
提督「処理した書類はどうすれば良い?」
利根「むがー!! 分かる訳がなかろう!? 我輩は何も知らぬのじゃぞぉ!?」
提督「こういう事だ。何も知らない利根に教える必要がある。私一人では教える事に集中して、今日中にこの書類の山を終わらせる事が出来ないだろう」
飛龍「……えっと、つまり……私はまだここに残って秘書のお手伝いをすれば良いんですか?」
提督「そういう事だ。利根の教育は飛龍に任せる」
飛龍「────────」
提督「返事はどうした、飛龍」
飛龍「──やったっ! これでまだ近くに居られる!!」グッ
利根「お、おぉ……? それは心の中に留めておくべき言葉ではないか……?」
飛龍「私の気持ちは既に提督も知っていますので、問題ありません!」
利根「むむ、なんと……! 飛龍は提督の事を好いておったのか」
飛龍「勿論です! 秘書になれた時なんて、顔がニヤけないように必死だったんですよ?」
提督「……テンションが高いのは良いが、あまりうるさくするようならば……吊るすぞ?」
利根・飛龍「ご、ごめんなさい……」ビクッ
提督「よろしい。──では飛龍、改めて言い渡す。利根が秘書としてやっていけるよう教育を頼む。……酷かもしれんが、私からの願いと思って堪えてくれ」
飛龍「はいっ! 飛龍、承りました!!」ピシッ
提督「すまんな……」
飛龍「いえ、昨日で終わりだとばかり思っていましたので、まだ続けられると思うと嬉しいです! ──では利根さん、まず書類の説明からしますね」スッ
利根「お願いじゃ。我輩の我侭で迷惑を掛けてしまった……すまぬ」
飛龍「いえいえ。──それでですね、この書類なんですけれど、全て左上のここに書類の種類がありますので────」
利根「ふむ。ふむふむ……」
…………………………………………。
提督「──なんとか夕食までには終わりそうだな。調子はどうだ、利根」サラサラ
利根「覚える事自体はそこまで無いが……適切な判断を下せるかどうかが心配になる……」カキカキ
飛龍「最初はそんなものです。私も初めはおっかなびっくりしながらやったんですよ? ──はい、お二人ともお茶です」スッ
提督「ありがたい」ズズッ
利根「ありがたいのう。……のう飛龍、我輩も茶の淹れ方を覚えたいぞ」ズズッ
飛龍「後でです。今は書類の処理を覚えちゃって下さい。焦っても仕方が無いですよ?」
提督「…………」チラ
飛龍「……言いたい事は分かりますけれど、言葉に出さない分キツイですね」
提督「ならば言葉にしようか」
飛龍「ごめんなさい……遠慮しておきます……」カリカリ
利根「……うーむ。飛龍、ここはこれで良いのかの?」スッ
飛龍「どれですか? ──ふむふむ。大丈夫ですよ。この調子で腕を付けていきましょう」
利根「おお、本当か! 少しずつじゃが自信が付いてきたぞ!」カキカキ
提督「利根、突然だが一つ問題を出そう」サラサラ
利根「うむ? どうしたんじゃ?」カキカキ
提督「一番危険なミスを犯すのは、どういう状況だと思う? 無論、日常の範囲内でだ」サラサラ
利根「うむ……? むぅ……寝不足、かの?」カキ
提督「いいや違う。それはだな、物事に慣れ始めた時だ」サラサラ
提督「初めは慎重に行動するが、段々とミスが少なくなってきて慣れてきた所で確認不足をしてしまう。その結果、とんでもないミスを起こしかねない事になる。これは乗り物の運転でよく聞く話で、死人も出るくらいだぞ。……そうだな、今回だと数字の桁を一つ間違えているとかだな」サラサラ
利根「? ────!!」
利根「……今後も今回のようにならぬよう、慢心せず注意して書類を片付けてゆくようにする」カキカキ
提督「よろしい」サラサラ
飛龍「まだまだこれからですよ、利根さん」カリカリ
利根「むむぅ……」カキカキ
…………………………………………。
加賀(……さて、暗くなり始めましたね。今の内に食料をあの島へ届けましょうか)スッ
艦戦妖精「いってくるなのー」フリフリ
加賀「いってらっしゃい。気を付けてね。──あと、絶対に誰にも言っちゃダメよ?」
艦戦妖精「はーい。──準備完了なのー!」
加賀「発艦」パヒュンッ
加賀(……さて、カモフラージュに本当の哨戒機も出しておきましょうか)スッ
赤城「──あら、加賀さん?」
加賀「! 赤城さん、こんな所でどうしたの?」パヒュンッ
赤城「それはこちらの台詞ですよ。こんな時間に艦載機を発艦させてどうしたのですか?」
加賀「提督からの指示です。妖精も訓練をすれば夜目が利くようになるのか試したいとの事よ」
赤城「なるほど。そうすれば私たち空母も夜間に攻撃が出来る可能性があるという訳ですね?」
加賀「ええ。ついでに哨戒にもなりますから、こうして私が試験的にやってみているの」
加賀(そういう話にしておくようにとは言われましたが……赤城さんに嘘を吐くのは少し辛いですね。……ごめんなさい、赤城さん)
赤城「加賀さん」
加賀「?」
赤城「分かっていますよ。何か言えない事情があるんですよね?」
加賀「なっ……」
赤城「私と加賀さんはどれだけ一緒に居たと思っているんですか? 嘘を吐いている事くらいは分かりますよ」
加賀「そ、それは……その……」
赤城「でも、珍しいですね? 加賀さんが私に嘘を吐くなんて。提督絡みの事かしら」
加賀「……ええ。間違っていないわ」
赤城「やっぱりね。ちょっと嫉妬しちゃいそうです。私よりも提督の方が大事なんだなーって」
加賀「あ、あの……私はどちらも大事だと──」
赤城「分かっていますって♪ 困り顔の加賀さんを見たかっただけですよ」
加賀「……赤城さんも、なんだか提督のようにイタズラ好きになっているような気がします」フイッ
赤城「提督に教えて頂きましたからね。加賀さんはこうすれば困るぞーって」
加賀「なんて事を教えているんですか、あの人は……」ハァ
加賀「……赤城さん。本当は極秘の任務中なの。だから、誰にも言わないで頂けるかしら」
赤城「はい、勿論ですよ。提督が何を考えているのか私では考え付かない事も多々ありますが、悪い事ではないはずですからね。──頑張って下さいね、加賀さん」
加賀「ありがとうございます」フリフリ
加賀「…………」
加賀「後で提督に問い詰めておきましょうか。……提督や赤城さんになら、弄られるのも嫌いではないけれど……一応ね」フイッ
……………………
…………
……
提督「──さて、本日より通常の仕事へと戻る。全員が大きく変わっていないようで安心したよ。──まずは出撃組から通達する」
提督「今回の出撃は加賀を旗艦と置いた飛龍、北上、夕立、時雨、そして長門の六隻で行うものとする。……この鎮守府では初の出撃となるが、長門も問題は無いな?」
長門「任せておけ。必ずや戦果を持って帰ろう」
赤城(代理の提督の時はあれだけ反発していた長門さんが、こんなに素直になるなんて……。やはり、提督は惹かれるような何かがあるのでしょうか)
提督「良い返事だ。海域は鎮守府周辺の海域だ。ただし、正面ではなく手付かずである南側となる。強力な深海棲艦が出没するらしく、航路を確保するよう本部から通達が来た。また、黄と赤のオーラを纏った戦艦や空母が確認されているとの事だ。油断はするなよ」
六人「はいっ!」
提督「作戦については朝礼が終わり次第言い渡す。続いて遠征組みは──」
…………………………………………。
飛龍「──加賀さん、周囲に敵影はありません。比較的平和のようです」
加賀「了解したわ。ご苦労様、飛龍」
長門「……しかし、不思議だな。飛龍は秘書艦ではなかったか? なぜ出撃をしているんだ」
飛龍「たまにありますよ。その点につきましては秘書艦も例外ではありません。少ないのは確かですけど、今回みたいな場合ですと他に人員も割けませんしね」
長門「ふむ……そういうものなのか」
北上「むしろそれが普通だと思ってたんだけど、長門さんの方は違ったの?」
長門「私の方では秘書は秘書として専属だった。戦闘に駆り出されるような事も無かったはずだ」
夕立「んー……ちょっとよく分からないんだけど、そんなに違うっぽい?」
時雨「結構違うんじゃないかな。まず、秘書艦の負担は提督のやり方よりもずっと軽いのは確かだよ。だけど、実際の現場の状況を理解するのは難しいと思う。やっぱり、自分の目で見て感じないと問題点とかは見えてこない時もあるしね。どっちが良いか一概には言えないけれど、性質自体は異なると思うよ」
夕立「ふーん……?」
時雨「……まあ、やり方はひとそれぞれって事だよ」
加賀「! 肉眼でも島が確認できたわ」
五人「!」
長門「あの島に三人が……。元気なのか?」
加賀「ええ。不自由はあれど、問題無く暮らしているそうよ。物資として毛布なんかも持っていたそうですし、食料も島に自生している物で食べられる物を選んでいると言っていたわ」
長門「ありがたい事だ……」ホッ
加賀「再度言いますけれど、長門さんは私の指示があるまで攻撃はなさらないようにして下さいね」
長門「ん? それは構わないのだが、なぜ今になってもう一度言うんだ?」
加賀「一応よ。これから何が起こるか、誰にも分からないもの」
長門「…………? そうか」
加賀(……そう。あの二人の姿を見て、この人が何をするのか分からないもの)
飛龍(どうなるでしょうかね……。何も起こらないのが一番なんですけど……)
…………………………………………。
瑞鶴「! あ、見てあれ」スッ
金剛「あれは……艦娘デスね」
響「もしかして迎えに来てくれたのかな」
ヲ級「島の暮らし、おしまい?」
瑞鶴「うん。そうなるわよ。これからはちゃんとした場所で住めるわね!」
ヲ級「楽しみ……!」ワクワク
空母棲姫「……………………」
響「空母棲姫さん、どうしたの?」
空母棲姫「……いや、どう見ても一隻、見慣れない顔が居るからな」
金剛「ワーオ……目が良いデスね……」
空母棲姫「……嫌な予感がするから、私とヲ級は隠れておこう」
響「どうしてだい? 提督ならちゃんと分かってる人達を向かわせると思うけど」
空母棲姫「念の為だ。無害だと判断すれば私達から出る」
瑞鶴「ヲ級も嫌な予感とかするの?」
ヲ級「んー……。ちょっとだけ?」
瑞鶴「うーん……そっかぁ……」
金剛「では、一応そのようにしておきまショウか。デスガ、もし何かトラブルが起こりそうでしたら守りマスよ」
空母棲姫「……艦娘に守られる深海棲艦、か」
響「普通ではちょっと考えられないね。でも、私達は二人が他の深海棲艦とは違うって分かってるよ。心境も、そして立場もね」
空母棲姫「……すまん」
響「良いって事さ。──さて、見慣れない顔って誰なんだろうね?」
瑞鶴「……提督さんの理解者とか?」
金剛「あの好かれようを考えると、ほぼ全員が理解者なのではないかと思いマスが、どうなのでショウか」
瑞鶴「んー……まあ、会ったら分かるわね。私達は出迎えましょうか」
響「うん。──じゃあ、行ってくるね」フリフリ
ヲ級「いってらっしゃい!」ブンブン
…………………………………………。
金剛「──え?」
瑞鶴「あれ……? えっと、長門さん? どうしてここに居るの?」
響「……久し振りだね」
長門「…………」
金剛「ええと……どうしたデスか?」
金剛(もしかして……あの時の事で怒っているのデスか……?)
加賀(……どうしたのかしら。話を聞く限りではとても喜ぶはずです。……まさか、あの二人が居るのに勘付いた?)
長門「……本当に、お前達なのか」
響「……そうだよ。司令官から──元司令官から轟沈命令を出された私達だよ」
長門「っ……!」ガバッ
瑞鶴「わ、わわっ!?」ギュー
金剛「ど、どうしたのデスかいきなり?」ギュー
響「……ちょっと痛いかも」ギュー
長門「良かった……! 本当に良かった……!! お前達の事が本当に気がかりだったんだ……! 生きてくれていて、本当に……良かった……」ギュゥ
金剛「……ハイ。私達は、提督に拾われたデス。これからもちゃんと、生きていくデス」
長門「ああ……! おまけに、あの場所に居た時よりもずっと元気そうだ。丁寧に扱ってくれていたのがよく分かる」ソッ
響「ところで、長門さんはどうして提督の艦隊に居るの? ……まさかとは思うけど」
長門「いや、そういう訳ではない。私があの愚か者の神経を逆撫でして教育送りとなっただけだ。その先であの人間から話を聞いて、ここへ来させて貰った」
響「なるほどね。確かに長門さんだったら行動に出そうだ。──一緒に私達と提督の所に行っちゃう?」
長門「……そうだな。それも良い。正式に異動が出来るか調べてみよう。……出来れば、あの愚か者を提督の座から引き摺り下ろしたいのだがな」
金剛「どこかで耳にしましたケド、提督になるには特殊な何かが必要らしいデス。きっと、それがあるのではないでショウか」
長門「ふん。あんな愚か者にそんなものがあるとは思いにくいがな」
加賀「……そろそろ再開に花を咲かせるのは良いかしら」
長門「む。すまない。つい嬉しくて……」
加賀「構わないわ。そうなるのも無理はないでしょうからね。──長門さん、これから貴女にはとある二人と会って貰いたいの」
飛龍(……ついにきましたね。どうなるか予測が付きません……)
加賀「そこで、艤装を一旦下ろして欲しいの。私達は面識があるのでともかく、初対面の貴女が兵器を持ったまま会話をするのは怖がらせてしまうかもしれません」
長門「……ふむ。確かにそうだな。相手が艦娘でもない限り、そういうのは良くないだろう。少し待ってくれ」ガキン
長門「──よし。これで良いだろう」ガシャッ
加賀「ありがとうございます。──金剛さん、二人はどこに?」
金剛「向こうで待っているデス。呼んでくるネー」スッ
響「……………………」
長門「どうした、響?」
響「いや、なんでもないよ」
響(ただちょっとだけ嫌な予感がしただけさ)フイッ
長門「?」
金剛「連れてきたデース」スタスタ
ヲ級「ひさしぶりっ」ブンブン
空母棲姫「……………………」
長門「────深海棲艦!?」サッ
長門(しま……っ! 艤装は……!!)ダッ
加賀「長門さん、命令です。攻撃の意志を静めなさい」ガシッ
長門「馬鹿を言うな!! 敵を目の前にして何を言っているんだ貴様は!!」
瑞鶴(あちゃぁ……やっぱりというかなんというか……)
加賀「言ったはずです、私の指示があるまで攻撃をしないようにと。私はこの場において指示を出すつもりは毛頭ありません」
長門「黙れッ!! くそっ……! こうなるのであれば艤装を下ろすんじゃなかった……!!」ググッ
夕立(うわぁ……長門さん、凄い剣幕っぽい……)
金剛「……あのー、長門。確かにこの二人は深海棲艦デスが、スペシャルな事情があるデス」
長門「…………ッ。……なんだ、お前たち全員は深海棲艦と手を組んだと言うのか」ジッ
瑞鶴「いや、手を組んだというか成り行きでこうなったというか……。単純にこの二人とは中将さん達と一緒に暮らした仲なのよ」
長門「……意味が分からん。どうして深海棲艦と暮らそうと思ったんだ」
響「二人とは艦載機を全て失った状態で会ったんだ。傷付いてたのを見た提督が修理をして、そこから一緒に暮らし始めたね」
長門「何をやっているんだ、あの人間は……」
響「二人が居てくれたおかげで助かった事もあるよ。何も無い島だから食糧問題もあったんだけど、海に潜ってくれて魚とか貝とか海草とか一杯採ってきてくれたりもしたんだ」
ヲ級「提督の料理、すっごく、美味しい! だから、頑張って、採った」キラキラ
長門「…………なんだこの無邪気な笑顔は……本当に深海棲艦とは思えん……」
加賀「落ち着いてくれたかしら」
長門「……話は聞こう。そこから判断する」
空母棲姫(……どうしてここに居る艦娘達は、こうも簡単に敵を理解しようとするのかしら)
加賀「助かります。……ですが、気持ちは分からないでもないわ。私も初めは提督の気が振れたのかと思ったもの」スッ
北上「まあー……やっぱそう思うよねぇ」
夕立「時雨もそう思ったっぽい?」
時雨「……秘密にしておくね」
夕立「えー……」
飛龍「では、説明は空母棲姫さんにお任せしましょうか」
空母棲姫「待て。なぜ私なんだ」
瑞鶴「まあ……自分の事は本人が一番知ってるからでしょ?」
空母棲姫「いや……どう考えても私の口から出る情報は信用ならないだろう。この艦娘からすれば、私の言う言葉の何が嘘なのか分かる訳がない。あの島で暮らしていた三人の誰かが説明した方が信憑性もある」
加賀「なるほど。確かに一理あります」
長門「……意外と常識があるな」
瑞鶴「なんか長門さんが物凄い失礼な事言ってる……」
空母棲姫「構わん。私達は本来敵同士だ。このくらいが一番良い。……むしろ、お前たちがおかしいという事を忘れるな」
響「信頼というものは、その人の行動で得られるものだよ。私にとって空母棲姫さんとヲ級は信頼できる。あの島で一緒に生活をして思ったよ」
長門(……あの愚か者を信頼しなかった響が信頼する深海棲艦、か)ジッ
空母棲姫「……ならば、そこの艦娘が信頼できる者を選んで話を聞けば良い。その方が納得しやすいだろう」
長門「なるほど。──では瑞鶴、頼む」
瑞鶴「ちょっ!? どうして私なのよ!? 私、説明とか苦手なんだけど!!」
長門「だからこそだ。嘘も吐けないだろうし、嘘を言ったとしても説明下手ならばすぐに分かる。何よりも、思った事や見た事をそのまま言ってくれたら良い」
瑞鶴「もー……。というか、そもそも何をどう説明したら良いのよ……」
長門「では聞こう。その深海棲艦の二人は信用できるのか?」
瑞鶴「ん、うん。食料では本当に助かったし、攻撃する気だったら島でさっさとやったら良かったしね。私は信用してるわよ」
長門「だが、その空母棲姫が大破しているのはどういう理由だ? 私には鹵獲したようにしか見えん」
瑞鶴「あー……それなんだけど、別の深海棲艦から攻撃を受けたのよ。実際に私たちも空爆されたし……」
長門「それはなぜだ」
瑞鶴「中将さんや私達と一緒に暮らしていたからって話よ。レ級がそれを見て二人を裏切り者って認識したみたい。……というか、たぶん利根さんもレ級に撃たれたからだろうし。あ、利根さんは中将さんの艦娘よ。もしかしたら会ったかもしれないけど」
長門「ああ。秘書艦として四苦八苦しているのを見ていたから分かる。……そうか。負傷したのはレ級から砲撃を受けたからか」
瑞鶴「……えっと、利根さんってもう動けるようになったの? だいぶ酷かったと思うんだけど……」
長門「今は元気に秘書としての勉強をしているぞ。仕事が終わる度に疲れ切った顔をしている」
瑞鶴「そっか。良かったぁ……」ホッ
長門(……今の所、嘘や誤魔化しはしていないように見える。ならば、本当に信用出来る相手なのか……?)
瑞鶴「えーっと、他に言った方が良いのってある?」
長門「……いや、充分だ。一応信用しよう。だが、信頼はせんぞ」
空母棲姫「構わん」
飛龍「ふー……。なんとか纏まりもついたようですし、連れて帰りましょうか」
加賀「そうね。陽も傾いてきましたし、丁度良いでしょう」
飛龍「日没後までの哨戒は利根さんがやる事になっていますので、かなり近くまで帰ってもバレません。金剛さん達には別の場所から上陸してもらい、そこで一先ず待機。その後で提督が迎えに来てくれる手筈になっています」
金剛「オーケーデース」
瑞鶴「今夜はベッドで寝られるのかしら……」
響「どうだろね。提督がどういうやり方でで私達を在籍させるのかによると思う」
飛龍「その辺りは提督がしっかりと説明してくれるはずです。私達で説明するよりも分かりやすいはずです。ただ、簡単に言うと他の子達と同じように海から拾ってくるという形にするそうですよ」
長門「……三人は分かるのだが、どうして深海棲艦も一緒なんだ」
空母棲姫「……あの人間の言う事が本当ならば、私達は恩人だそうだ」
瑞鶴「あー、そういえば確かにそんな事を言ってたわね」
長門「恩人……? どういう事だ」
空母棲姫「分からん……。何か悩んでいた時に私の言葉を聞いて勝手に悩みを解決したようだが、それの事について言っているのかもしれん……」
長門「……あの人はつくづく変な人間だな」ハァ
空母棲姫「全くだ……」ハァ
時雨(なんだか……この口調の空母棲姫さんは長門さんや提督に似ていて、素の時は加賀さんっぽく見えるかな……)
北上「まー、長門さんは納得できたのかな。出来ればちゃっちゃと連れて帰ってあげたいんだけど」
長門「……今は計画の通りに動くが、後で問い詰める。この状態ならば後でどうとでも出来るだろう」
加賀「では帰りましょう。きっと提督も待っているはずよ」
…………………………………………。
間宮「伊良湖ちゃーん。そっちの準備も終わりそう?」
伊良湖「あとほんの少しですよー。味付けもバッチリです!」
間宮「はーい。もうすぐしたら皆が来るから、私は食器類の再確認をしておきますね」
伊良湖「分かりましたー。って、あれ?」
提督「邪魔するぞ」スッ
間宮「あら、提督? どうかなされたのですか?」
伊良湖「お腹が空いちゃいました? もう少しですので待ってて下さいねー?」
提督「いや、そういう訳ではない。二人に話があるんだ」
間宮「お話ですか? なんでしょう」
提督「この鎮守府での食事の全ては二人に任せてあるだろう。だが、これだけの所帯だ。人手が不足しているのではないかと思っている」
間宮「んー……。確かにあと一人か二人は居て下さると楽になりますけれど、いきなりどうしたのですか?」
提督「なに。少々巡り合わせがあってな。今のところ料理の事はほぼ無知だが、作る事に興味を持ち始めた子が二人居る」
伊良湖「その子達をここで働かせたい、というお話ですか?」
提督「そうだ。お願いしたい」
間宮「んー……?」
伊良湖「? 間宮さん、どうしたのですか?」
間宮「いえ、提督が直々にお願いをしにくるという所で何か引っ掛かって……。特別な事情でもあるのでしょうか」
提督「……絶対に外へ漏らさないと誓ってくれるだろうか。今回はそれほどシビアな話なんだ」
伊良湖「私は構いませんが、そんなに重要なのですか?」
提督「ああ。外部に情報が流れると誇張も比喩も無しに鎮守府が崩壊するという可能性がある」
間宮「…………えっと、お料理をするお方ですよね? なぜそんなに重要なお話になるんですか……?」
提督「本来ならば許されない事だからだ」
間宮「どこかの国のお姫様でも雇わせるんですか?」
提督「字面では強ち間違っていないが、もっと深刻だ」
伊良湖「ええぇ……」
間宮「……危険や障害はありますか?」
提督「私が見る限りでは無いと言える。……先に言っておくが、私が孤島暮らしをしていたとき共に暮らしていた者なんだ。──念の為だが、利根の事ではないぞ」
間宮「では、提督が信頼をしているお方という事でよろしいですか?」
提督「ああ。私はあの二人の事を信頼できると思っている」
間宮「ならば、私は信頼も信用もします。提督がそう仰るのでしたら問題無いはずです」
伊良湖「私も同じ意見ですよー」
提督「ありがたい。──おそらく今夜、顔を合わせる事となるだろう。世間的には問題のある子達だから、日付が変わった時に二人の部屋に足を運ぶ」
間宮「はい。お待ちしていますね」
伊良湖「はーい」
提督「最終確認をしておくが、その二人を知ったからには戻れないと思ってくれ。もしその二人が外にバレた場合、この鎮守府に直接関わっている者全てが処刑されてもおかしくはない。──それでも良いか?」
伊良湖「しょ、処刑……」
間宮「大丈夫ですよ。提督がやろうとしている事ですから、きっと上手くやってくれます」
伊良湖「こ、怖いですけど……がんばります!」
提督「……何を頑張るのかは分からないが、頼む」
間宮・伊良湖「はいっ」
…………………………………………。
金剛「……夜になってからもう随分と時間が過ぎまシタね」
瑞鶴「そうねぇ。たしか、日付が変わった後くらいに迎えが来るんだっけ?」
金剛「そのはずデース。…………でも、今の時間が分からないネ……。今は何時なのデスかね」
響「たぶん……そろそろ零時を回った頃じゃないかな。本当にたぶんだけど」
ヲ級「…………」ソワソワ
金剛「どうかしまシタか?」
ヲ級「本当に、大丈夫なのか、ドキドキしてる」ソワソワ
空母棲姫「まあ……そう思うのも無理はないだろう。私とて本当に問題が無いのか心配しているくらいだ」
金剛「提督ならばノープロブレムだと私は思うデス」
空母棲姫「ほう。どうしてそう考えた?」
金剛「やっぱり、あのアイレットで一緒に暮らしたからデス。……今だから言える事デスが、私の欲しかったものを提督は私に下さいまシタ」
金剛「言っていないので知らないと思いマスが、私は瑞鶴や響が来る前に提督に優しくされて泣いているデス」
瑞鶴「……え? 金剛さんが?」
響「それは……なんというか、よっぽどだね」
空母棲姫「……私もあまり想像がつかない」
ヲ級「人前で、泣きそうに、ない」
金剛「勿論、二人の前では泣いていまセン。瑞鶴と響と一緒に使っていたルームに逃げて泣きまシタ。──あ、これは誰にも言ってはいけまセンよ? 私のシークレットですからネ?}」
瑞鶴「……それにしても、本当に意外ねぇ。あの鎮守府に居た時は泣くとかどうとかって全く思わなかったわ」
金剛「あの時は……心がどこか死んでいたのかもしれまセン」
響「……………………」
金剛「毎日、提督の言われるがままに出撃をシテ……執務をこなシテ……食事はただの栄養補給のようで……初めこそは褒めて貰いたかったデスが、いつの間にかやらなければならない事や指示された事を必死になって動いていただけだったような気がしマス」
瑞鶴「……そうだったわよね。確かに、あの頃の金剛さんは一番酷使させられてたように思うわ」
響「でも、これからはたぶん、そうならないと思う。提督が私達をどう扱うかによると思うけど、悪くはしないと私は思う」
ヲ級「あの人、優しい」ニパッ
金剛「イエス。だから……普通の艦娘として生きていけるのならば、私はそれ以上は何も望みまセン」
瑞鶴「……ちょっと大袈裟な気もするけれど、今までが今までだったから、そう思っても仕方が無いのかもしれないわね」
空母棲姫「……………………」キョロ
響「? 空母棲姫さん、どうしたんだい?」
空母棲姫「……いや、ふと思った事があるだけだ。特に何かがあった訳ではない」
瑞鶴「ふぅん? 何を思ったの?」
空母棲姫「……よくよく考えてみれば、お前達は捨てられた艦娘という訳だ」
響「そうなるね」
空母棲姫「そして、私とヲ級は深海棲艦の群れからはぐれ、そして過去の仲間からは敵と見做されて捨てられた深海棲艦だ」
瑞鶴「えっと……うん、そうなるわよね」
空母棲姫「そしてこの誰も来ないような沿岸……どことなく野良猫か何かと同じような気がして、な……」
金剛「オーゥ……そう言われてみれば……」
瑞鶴(あ、そう言えば野良艦娘で──)
響「! 誰か来たよ」
四人「!!」
提督「──さて、この辺のはずだが」
金剛「……提督デスか?」
提督「む、そっちか。今行く」
間宮「あ、あれ……? 今の声って……」
瑞鶴(え? 誰か連れて来ているの?)
提督「何日か振りだな。大丈夫か?」
響「あの島で鍛えられたからね。問題なく暮らせたよ」
提督「そうか。良かった」
空母棲姫(……間宮と伊良湖? どうしてこんな場所に)
間宮「っ……!?」ビクッ
伊良湖「え……え、え……? し、深海棲艦……?」ビクン
提督「間宮、伊良湖。夕方に言っていた二人というのは、この深海棲艦の事だ」
伊良湖「ど、どどどどういう事ですか……!?」ビクビク
提督「簡単に説明するならば、深海棲艦から敵と見做された深海棲艦……そして、孤島で私と利根、金剛に瑞鶴、響の食材を調達してくれたりもしている」
伊良湖「だ、大丈夫……なのですか……?」ビクビク
提督「大丈夫だからそんなに怯えなくても良い。現に金剛達と一緒に居るだろう?」
間宮「……提督」
提督「どうした」
間宮「提督は……このお二人を信頼しているんですよね?」
提督「ああ。空母棲姫はなんだかんだで常識がある。理由も無く危害を加えてきたりはせんよ。ヲ級に至っては普通に接している分には人畜無害だ」
空母棲姫「単純に貴方の常識が無さ過ぎるだけなのではないかしら」
提督「……このように、割と痛い所も突いてくる」
空母棲姫「特に、少し強引過ぎると思うのだけれど」ジッ
提督「否定はしない」
伊良湖(あれ……本当に普通の会話ですね……?)
間宮「……このお二人は本当に深海棲艦なんですか?」
空母棲姫「本物だ。……艦載機があれば証明も出来ただろうが、生憎と全て撃墜されている」
提督「今になって思えば、そうであったからこそ対等に話し合えたのかもしれん」
空母棲姫「違いありませんね。私も艦載機が残っていれば戦おうとしたでしょうし」
間宮(……提督にだけ口調が変わっているような気がしますけれど、向こうで何かあったんでしょうか)ジー
ヲ級「姫はね」チョンチョン
間宮「は、はい?」ビクッ
ヲ級「提督を、信頼してる。だから、素のくちょ──むぐっ」
空母棲姫「余計な事は言わないの……!!」ググッ
ヲ級「むぐー……」
伊良湖(あ……なんだか可愛いかも……)
間宮(……深海棲艦も艦娘も、同じなのかもしれませんね)
提督「……という訳だ。この二人に居場所を与えたい。料理を教えてやってくれないか」
間宮「私は大丈夫ですよ。伊良湖ちゃんは?」
伊良湖「私も問題ありません。むしろ、後輩が出来たのかと思うと可愛がりそうです!」
空母棲姫「……私も可愛がるのか? ビジュアル的に無理があるだろう」
伊良湖「あ、あはは……たぶん貴女には普通に接するかもしれません」
空母棲姫「そうしてくれるとありがたい」
提督「では、頼んだぞ二人共」
間宮・伊良湖「はいっ!」
金剛「そちらのお話は纏まったようデスけれど、私達はどうすれば良いデスか?」
提督「こちらで部屋を用意する。私の隣の部屋に監禁のような扱いになってしまうが……許してくれ。隣の部屋は防音仕様となっているが、一応音には気を付けておいてくれるか」
瑞鶴「大丈夫よ。海から拾ってくるっていうのが前提だもん。それに、ちゃんとしたベッドで寝られるのなら今の所は充分よ」
響「正式に入籍できるのを待っているよ」
金剛「……でも、どうして防音仕様なのデスか?」
提督「色々と防音の方が良い事もあるんだ」
瑞鶴「ふぅん? そっか」
間宮「……えっと、提督? 正式に入籍ってどういう意味なんですか?」
提督「三人は別の鎮守府の艦娘だ。……しかし、事情があって捨てられる事となってしまった。そこで私と会ったんだ」
伊良湖「艦娘を捨てる……なんでそんな……」
提督「理解し難い事だ。考えなくて良い。──この三人の事だが、誰にも言わないようにしてくれ。頼む」
間宮「ええ、勿論ですよ。捨てられて良い命なんてありませんから」
伊良湖「そうですそうです! 後でお夜食を持ってきますからね?」
金剛「ありがとうございマス!」
瑞鶴「ありがとね!」
響「スパスィーバ」
提督「では、鎮守府へ案内する。巡回のルートは外して進むが、一応話さないようにしてくれるか」
全員「はい!」
瑞鶴「……あ、提督さん」トトッ
提督「どうした」
瑞鶴「ちょっとこっちに来てくれるかしら」チョイチョイ
提督「物陰……? なんだ?」スッ
瑞鶴「よし……ここなら見えないわね」チラ
提督「…………?」
瑞鶴「──野良艦娘です、にゃぁにゃぁ」コテッ
提督「……………………」
瑞鶴「…………」
提督「…………………………………………」
瑞鶴「……………………」
提督「……どう反応すれば良い」
瑞鶴「……ごめん。こうすれば良いんじゃないかって聞いたから……」
提督「……ちゃんと拾うから、な?」
瑞鶴「ありがと……」
……………………
…………
……
提督「──本日から皆と仲間になる子が居る。……挨拶をしてくれ」
瑞鶴「は、はい! ──翔鶴型航空母艦二番艦、妹の瑞鶴です! よ、よろしくお願いします……」ペコッ
響「響だよ。これからよろしく」
翔鶴(ぁ……えっと……)オロオロ
暁・雷・電「…………」
瑞鶴(うぅ……やっぱり凄く難しい顔されてる……)
響「……司令官、私達はあまり歓迎されていないみたいだけど……私達は『二人目』なのかな?」
瑞鶴(ちょっと響ちゃん!? いきなり何を言ってるのよぉ!?)
全員「っ……」
提督(ふむ……。何となく読めたぞ)
提督「……そうだ。瑞鶴と響……両者共にこの鎮守府では『二人目』となる」
響「一人目は、ここに居ないの?」
提督「居ない。……二人とも、私の判断ミスによって沈ませてしまった」
響「……そっか」
提督「ああ……」
全員「……………………」
瑞鶴(ど……どうするのよこれ……。最悪の空気ってレベルじゃないわよ……?)
響「今度は」
提督「…………」
響「今度は、大丈夫?」
提督「……約束する。今度は、必ず沈ませない」
響「ん。だったら良いよ。──司令官、作戦指示を。私は司令官の為に動きたい」
響『…………、…………。………………………………』
提督「ありがとう……。──瑞鶴も、構わないか?」
瑞鶴「え、私? ……えっと、うん。大丈夫、だけど……」
提督「……そうか」
瑞鶴「あ、いや、うん! 大丈夫! 私は幸運の空母だもん。沈んだりなんかしないわ!」
加賀「あら、そうなのね。だったら……沈まないようにみっちりと指導してあげるわ」
瑞鶴「え……! え、えっと……それは……」
加賀「何か問題があって?」
瑞鶴「…………お、お手柔らかにお願いします……」ビクビク
翔鶴「あのぅ……加賀さん」
加賀「何かしら」
翔鶴「……どうか、優しくお願い致します」ペコッ
加賀「大丈夫よ。その辺りの加減はちゃんとするわ。……それに」チラ
瑞鶴「?」
加賀「きっとこの子は伸びるわ。そんな気がするの」
提督「……ふむ」
提督(加賀も分かってくれているようだな。そうすれば、多少の実力の大きさも目を瞑れるか)
提督「加賀が言うのならば期待が出来る。私からも期待しているぞ」
瑞鶴「う……。が、頑張る……!」
響「私も頑張るよ」
提督「ああ。頼むよ」ナデナデ
響「ん……」
雷(あ、なんだかもう堕ちてる)
……………………
…………
……
金剛「…………」ボー
金剛「……普通の部屋デスよね。ケド……ベッド以外は何も無いデスね……」
金剛(それにしても……どうして防音にしているのでショウか? 色々と都合が良いと仰っていましたケド……)
金剛「…………」キョロ
金剛(……うーん。やっぱり何に使っていたのかが分からないデス……。窓を近くで見ればまた何か分かるかもしれまセンが、外から見てバレるのも良くありまセンし……)
金剛「……やっぱり、寝ておいた方が良いのでショウかね? ──あ、確か後でテートクが娯楽品を持ってきてくれると言っていまシタっけ」ギシッ
金剛「ちょっとだけ、楽しみデス……」コロン
コツッ──コツッ──コツッ──
金剛「?」クルッ
金剛(今の……ノックですか? テートクでショウか)
カチャッ……ガチャ──パタン
間宮「こんにちは、金剛さん」
金剛「えっと、こんにちは……デス」
間宮「お暇しているかと思いまして、勝手ながら色々な物を持って来ました。──よいしょ」ゴトッ
金剛「? これは……?」
間宮「ガスコンロと小型電気オーブン、後は紅茶の葉っぱに卵や小麦粉、砂糖などもありますよ」
金剛「え……えぇ? ど、どうしたのデスか、これは……?」
間宮「提督からのお願いがありまして、これらを金剛さんの所へ持っていって欲しいとの事です」
金剛「えっと、あの……良いのですか?」
間宮「ええ、勿論ですよ。むしろ提督は、この程度の事しか出来ないーって言っていましたからね」
金剛「……………………」
間宮「……ごめんなさい。お気に召さなかったですか?」
金剛「そ、そんな事はありまセン! とっても嬉しいデス! …………デスけど、気を遣わせてしまったような気がして……」
間宮(……提督から軽く説明はして頂きましたけれど、本当にご自分の事を蔑ろにしてします傾向がありますね)
間宮「金剛さん」
金剛「ハイ……」
間宮「これは秘密ですよ? ──提督は、金剛さんをここへ押し込んでしまったと思っていて、申し訳ないって本当に思っているんです」
金剛「……え? な、なぜデスか? テートクは何も悪くないデスよ?」
間宮「それと、金剛さんと二人きりで話したい事があるのかもしれません」
金剛「私と……?」
間宮「そこは私の憶測ですけれどね。でも、そうでなければここに一人で残すなんて事をしないと思うんです。何か考えがあるはずです」
金剛「何か考えが……。デスが、どうしてテートクではなく間宮がここへ来たのデスか?」
間宮「今、提督は本部から纏められた指示書の確認と対応に追われています。何でも、提督が帰ってきたという事で急遽資料や指示書なんかを作りあげて送られてきたそうですよ。もう凄い量でした」
金剛「……やっぱり、テートクという立場は忙しいのデスね」
間宮「本当ですよね。私だったら、やれと言われてもやりたくないです」
間宮「まあ、そういう事もあって、提督が金剛さんを暇させないようにと紅茶とお菓子作りの材料を持って行って欲しいと仰っていました」
金剛「……とても嬉しいのデスが、匂いでバレたりしまセンか?」
間宮「大丈夫ですよ。潮風でだいぶ薄れますし、もし匂いに気付いても食堂が近くにあるので私や伊良湖ちゃんが何かを作っているとしか思われません」
金剛「…………えっと」
間宮「?」
金剛「ありがとうございマス」ペコッ
間宮「いえいえ。私はこのくらいしか出来ませんから。──あ、それと、暇を作ったらここへ来るとも仰っていましたので、さっきの私がやったような小さなノックがありましたら提督だと思ってて下さいね」
金剛「……ハイ!」
間宮「良い笑顔です。──さて、私は空母棲姫さんとヲ級ちゃんに料理を教えてきますので、これで失礼させて頂きますね」スッ
金剛「色々とありがとうございまシタ」ペコッ
間宮「どういたしまして。──それでは、また後日に会いましょう」
ガチャ──パタン
金剛「…………テートクが私の為にこれを……」
金剛「……よし。お礼にテートクが食べられるお菓子を作りまショウ。確か、砂糖がお嫌いと言っていまシタから、ノンシュガーのお菓子が良いデスね」
金剛「材料は豊富にありマスから何でも作れます。……パイにビスケット、スコーンも良いデスね」
金剛「久し振りなのでしっかりと出来るかは分かりませんが、頑張るデス……!」グッ
……………………
…………
……
利根「……のう、提督。これは何の冗談じゃ?」
飛龍「これまた凄い量ですね……。通常業務の書類に加えてダンボール三つ分ですか……」
提督「総司令部の嫌がらせか何かだと思ってしまうよ」
飛龍「まあ……提督が居ない間の作戦の資料がほとんどのようですから、読むだけでしたら一週間もあればいけるのでは?」
提督「……面倒だ」
飛龍「諦めて読みましょう、ね?」
提督「…………面倒だ」スッ
飛龍(そうは言っても、ちゃんと読むんですよね。──さて、私はお茶の用意をしますか)トコトコ
提督「利根。お前はいつものように書類の整理を頼む。私も並行してやるが、今日は時間が掛かると思え」
利根「…………」
利根(……我輩が頑張れば、提督はその分だけ楽になるはずよの)
提督「どうした、利根」
利根「ん、なに。ただ単にいつも以上の働きをしようと心に決めておったのじゃ」
提督「そうか。無理はするなよ」サラサラ
利根「うむ。倒れてしまってはお主から何を言われるか分かったものではないからのう」カキカキ
提督「寝ている横で小言を言い続けてやろう」
利根「小言に我輩の身体を気にしている姿が容易に想像できるぞ」カキカキ
提督「そうだな。まず間違いなくそうなる」サラサラ
利根「提督は優しいからのう」カキカキ
提督「さて、早速寝言が聴こえてきたな」
利根「寝言なのじゃから素直に受け取ってくれても良いのじゃぞ?」カキカキ
提督「叩き起こしてやろうか」サラサラ
利根「し、仕事中じゃから後での」カキカキ
提督「後なら良いのか」
利根「イヂメるでないぞー……」カキカキ
飛龍(……仲、良いなぁ)
…………………………………………。
金剛(……さて、そろそろ焼き上がる時間デス。オーブンから取り出しまショウ)スッ
金剛「ふむ……ふむふむ。見た目はグッドです。後は味の方デスが……」
金剛「…………」モグモグ
金剛「……甘味が無くて、私の口には合わないデス。メープルシロップを掛ければ美味しいと思いマスが……」
金剛「うーん……。テートクは美味しいと言って下さるでショウか……」
コツッ──コツッ──コツッ──
金剛(! テートクですかね?)ソワソワ
カチャッ……ガチャ──パタン
提督「調子はどうだ、金剛」
金剛「私は元気デス。テートクは……なんだか雰囲気が少し暗いデスね? 何かあったのデスか?」
提督「まあ……ちょっとした総司令部からの面倒事だ。段ボール箱三つ分の書類をいきなりドカンと送られてきた」
金剛「み、三つ……。大人の人でもスッポリ入れそうなアレですよね……?」
提督「そうだ」
金剛「……お疲れ様デス」ペコッ
提督「長年サボっていたツケだろう。──ところで、何か作っていたのか? スコーンを焼いているような匂いがするが」
金剛「!! 分かるのデスか?」
提督「多少はな」
提督(『金剛』がよく作っていたからな……)
金剛「ぁ……」
提督「ん? どうした」
金剛「い、いえ……」
金剛(…………きっと、テートクの『金剛』も同じようにスコーンを作っていたのデスね……。失敗しまシタ……)
提督(……ああ……この子はたぶん『金剛』の事を考えているんだな。さて……どうしようか……)
金剛「……………………」
提督「…………」
金剛「…………」
提督「…………」ポン
金剛「…………?」
提督「……ありがとう」ナデナデ
金剛「……ごめんなさいデス」
提督「どうして謝る?」
金剛「私は、気を遣わせてしまっていマス……。本当でしタラ、テートクが喜べるようにするべきなのに……」
提督「その気持ちだけで充分だ」ナデナデ
金剛「でも──」
提督「充分だよ、金剛。そう思ってくれるだけで、私は嬉しい」ナデナデ
金剛「……ハイ」
提督「なあ金剛。そのスコーン、一つ貰っても良いか?」
金剛「え──。勿論デスけど……」
提督「けど?」
金剛「…………いえ、ぜひ召し上がって下サイ! とっても久し振りデスが、上手く出来まシタ!」
提督「ああ、頂く」ヒョイッ
金剛「…………」ドキドキ
提督「…………」モグ
金剛「……お口に合いマスか?」ドキドキ
提督「……うむ。良いな、これは。美味い」
金剛「リアリー!? やったデース!」
提督「金剛、確かに防音になっているとは言ったが、少し声を抑えてくれ」
金剛「あぅ……ソーリィ……」シュン
提督「だが……」
金剛「…………?」
提督「やっぱり、お前はそうやって明るい方が似合っている。正式にこの鎮守府に籍を置く事になった時は、素を出してくれ」
金剛「──ハイッ」
提督「うむ。良い返事だ」
提督(私としても、暗い金剛を見るのは辛いからな……)
…………………………………………。
ヲ級「出来た!」
伊良湖「は、初めてにしては早いですね……。しかも、味付けも良いです」
間宮「包丁などは流石に不慣れが目立ちますけれど、一ヶ月か二ヶ月くらいもすれば教えなくても良くなりそうね……」
ヲ級「えへー」ニパッ
空母棲姫「まさか、この子にこんな才能があるとは思わなかった……」
間宮「空母棲姫さんも充分に凄いですよ。包丁の扱いなんて本当に初めてなのかと思ってしまうくらいです」
空母棲姫「……なぜかは知らないが、包丁を昔どこかで使っていたような気がするんだ」
間宮「そうなのですか?」
空母棲姫「ああ。必死になって覚えたような……そんな記憶だ」
伊良湖「不思議な事もあるんですねー……」
間宮「ええ。もしかしたら前世の記憶かも? なんてね」
空母棲姫(……そういう事ですか。この二人は、深海棲艦は元々艦娘だったというのを知らないのですね。……混乱や同情を招きかねませんし、ここは黙っていましょうか)
間宮「それにしても、教えながらなのにいつもと同じ時間に出来上がるなんてビックリしました。これでしたら、すぐに戦力になりますね」
ヲ級「戦力? 私と、姫、戦うの?」
空母棲姫「この場合は役に立つという意味だ。私達はもう戦わなくて良いのだから、戦闘の事は忘れてしまえ」
ヲ級「はーい!」
伊良湖「空母棲姫さんは盛り付けが頭一つ抜けていて、ヲ級ちゃんは調理が良い感じになりそうですね」
間宮「ええ。お二人のこれからが楽しみです」
空母棲姫「……………………」
間宮「? どうかしましたか?」
空母棲姫「……いや、お前達は私達の事が怖くないのだろうかと思っただけだ。こうして深海棲艦に料理を教えるなど異常なこと極まりないだろう?」
伊良湖「あー……えっと……」
間宮「うーん……」
空母棲姫「……すまん。変な事を言ってしまった」
伊良湖「い、いえいえ! そんな事ないですよ!?」
間宮「……私は、お二人の事を怖くは思っていませんね」
ヲ級「提督と、一緒!」
間宮「いえ、提督はきっと本当に怖く思っていないだけです。……私は、正直に言うと料理を教えるまでは怖く思っていました」
空母棲姫「……過去形か」
間宮「はい。料理を覚えて貰っていく内に、そんな気持ちは無くなりました。だって、お二人とも凄く一生懸命になって覚えようとしてくれているんですから」
空母棲姫「そんな理由でか……?」
間宮「はい。物事に対して一生懸命になれる人に悪い人は居ません」
空母棲姫「その言葉をあの方が聞いたら反論されそうだな」
間宮「……確かにですね。悪い事に一生懸命になる者も居るぞーって言いそうです」
ヲ級「姫、提督の事、よく、知ってるね?」
空母棲姫「特殊な方ではあるが、なんだかんだで分かりやすいからな」
伊良湖「ほえぇ……」
間宮「あらあら」
空母棲姫「……なんだ?」
間宮「いえいえ、何でもありませんよー。──それよりも、あと少しで艦娘の皆さんが来ますけれど、一緒に配膳しますか?」
空母棲姫「それはまだ早い。もし目の前に立つとしても、私達の料理が良くなければ信用もされにくい」
空母棲姫「やるのならば私達の料理を気に入って貰ってからだ。……どうせあの方と同じように特異な艦娘ばかりだとは思うが、騒ぎになる要素は限りなく排除しておきたい」
間宮「はい。分かりました。それでは、明日に使おうと思っている材料の灰汁抜きのやり方を教えておきますので、艦娘の皆さんの食事が終わるまでの間はそれをお願いしますね」
ヲ級「はーい!」
空母棲姫「ああ、分かった」
間宮(……さてさて、提督を理解するのが早いように思いますけれど、それは信頼しているからなのか……それとも……?)
間宮(どっちでしょうかねー?)ニコニコ
……………………
…………
……
利根「…………」コックリコックリ
提督(ん? ──ふむ。もうそんな時間か)チラ
飛龍「……提督、利根さんをどうしますか?」ヒソ
提督「寝かせてやろう。何年もこのくらいの時間には寝ていたんだ。眠くなるのも仕方が無い」ヒソ
飛龍「分かりました。毛布を取ってきますね」ヒソ
提督「いや、ベッドで寝かせてやろう。このままでは寝ても疲れる」ヒソ
飛龍「……………………」
提督「……すまんな」ポン
飛龍「いえ……大丈夫、で──あっ」
利根「…………」ゴンッ
利根「むがっ……!?」パチッ
提督「む。起きてしまったか」
利根「す、すまぬ! 寝てしまっておった! むぐぐ……ど、どこまでやっていたのか……!」
提督「利根、今日はもう寝てしまえ」
利根「いや、出来る所までやるぞ。提督も忙しいじゃろ」
提督「ならばこう言おう。その状態でどれだけの事が出来る。ミスは限りなく減らせるか?」
利根「む……む、むぅ……」
提督「いつもならばこのくらいの暗さになっていると寝ていただろう。無理はするな」
利根「むう……むむむむむ……」
提督「……珍しく聞き分けが悪いな」
利根「……我輩が頑張れば、その分だけお主が楽になるからじゃ」
飛龍(ああ、だから頑張っているんですね)
提督「体調を崩してしまえばその分だけ負担が掛かるぞ。それに、この調子ならば時間はまだある。心配するな」
利根「……………………」
提督「まだ理由が必要か?」
利根「…………むぐぅ……。分かった……。この一枚を最後にするのじゃ……」スッ
提督「そうしておけ」
利根「提督は眠くないのかの?」カキ
提督「少しだけだ。寝ようと思えば寝られる程度といった所か」ペラ
飛龍「提督も無茶はしないで下さいね?」カリカリ
提督「ああ。飛龍、お前もな」ペラ
利根「……よし、終わりじゃ。飛龍、ここまで進めておいたぞ」スッ
飛龍「ふむ……分かりました。ゆっくり休んで下さいね?」
利根「すまぬ。後は頼む……」トコトコ
利根「おやすみじゃー……」モゾモゾ
飛龍(あれ……。当然のように提督のベッドへ入りましたね……)チラ
提督「…………」ペラ
飛龍(提督も気にしていない様子ですし……それがもう当たり前なんですかね……?)
飛龍「……良いなぁ」ボソッ
提督「……………………」
提督「利根、すまんが自分の部屋で寝てくれるか」
利根「ぬ?」
提督「時と場を弁えろと言っているんだ」
利根「む、そうじゃった。すまぬ」モゾモゾ
利根「では、また明日じゃ提督、飛龍よ」
提督「ああ、良い夢を」
飛龍「おやすみなさい」
ガチャ──パタン
飛龍(利根さんって、本当に提督と一緒に居るのが当たり前になってるんだなぁ……)
提督「飛龍」
飛龍「? 何ですか?」
提督「さっきの事だが、一応釘を刺しておく。誰にも言わないでくれ。私の注意不足だ」
飛龍「え、は、はい……」
飛龍(注意不足……? どういう事ですかね……?)
提督(……この書類に集中していて、利根がベッドに入るのを何とも思わなかったとは。私も島暮らしで色々と鈍ったという事か……)
……………………
…………
……
金剛「…………」
金剛(流石に少し暇になってきまシタ。……そういう時はベッドで横になるのが一番デス)ギシッ
金剛「んー……♪」コロン
金剛(なぜかは分かりまセンが、このベッド、とても気分が良くなる時があるデス。何か特別な何かがあるのデスかね?)
金剛(誰かに護られているというか……そんな不思議な気分デス)
コツッ──コツッ──コツッ──
金剛(! テートクですか?)ガバッ
カチャッ……ガチャ──パタン
提督「元気にしているか」
金剛「イエス。コンディションはグッドデース」
提督「そうか、良かった。……すまんな」
金剛「何がデ──」
金剛(ああ……間宮が言っていた『私をここへ押し込んだと思っている』の事デスか)
金剛「問題ナッシング。これからはテートクの艦娘として頑張れるデス!」
提督「…………」ポン
金剛「?」
提督「ありがとうな、金剛」ナデナデ
金剛「────────」
金剛「──はい。ありがとうございます、テートク」ニコ
提督「…………」ピタッ
金剛「? どうしたデスか?」
提督「……いや、なんでもない」スッ
金剛「…………?」
提督「話は変わるが、明日は金剛を正式にこの鎮守府の艦娘とする予定だ。その上の話だが、初めは多少の手を抜くという事を頼む」
金剛「着たばかりなのに強いのはストレンジだからデスか?」
提督「そういう事だ。いくら戦艦だからとは言っても、私達が向かう海域は錬度が足りない艦娘によるゴリ押しは出来ないような所だからな」
金剛「了解デース。フォローできるようなミスを少しするように心掛けマス」
提督「それと……初めはあまり良い空気が流れないと思う。その事は覚えておいてくれ」
金剛「……覚悟はしていマス」
提督「どうしても辛かったら言うんだぞ?」
金剛「イエス。その時はテートクを頼りにするデス」ニコ
提督「では、もう一日だけ我慢していてくれ。後で瑞鶴と響が来るはずだから、少しは寂しくなくなるだろう」スッ
金剛「あ、待って下サイ」ヒョイ
提督「うん?」
金剛「今回はクッキーを焼いてみまシタ。ティータイムの時にお茶菓子として皆と食べて下サイ」スッ
提督「……悪いな。ありがとう」スッ
金剛「今の私はこのくらいしか出来まセン。少しでも皆さんの、そしてテートクのお役に立ちたいデス」
提督「充分だよ」ポンポン
金剛「他にも何か出来る事があったら言って下サイね?」
提督「ああ。──では、私は戻る」
金剛「行ってらっしゃいませ」
ガチャ──パタン
金剛「……明日、デスか。大丈夫……きっと、大丈夫デスよね」
…………………………………………。
提督「──本日の任務は以上だ。加えて、この鎮守府に新しくやってきた艦娘を紹介する。……入ってきてくれ」
比叡「ッ──!!」
榛名「────────」
霧島「…………」
金剛「英国で生まれた、帰国子女の金剛デース! よろし……」
全員「……………………」
金剛「…………く……」
金剛(……やっぱり、混乱しているようデス。どうしまショウか……)
長門(やはりこうなるか……)
比叡「……司令、一つよろしいですか」
提督「……許可する」
比叡「嫌な予感はしていましたけど、これは一体どういう事ですか?」
提督「見ての通りだ」
比叡「また……私は一緒に出撃しなければならないんですか……!」
提督「……行く行くはそうするつもりだ」
比叡「っ!!」グッ
霧島「比叡!?」
パァンッ──!
提督「…………」
比叡「…………!」ギリッ
金剛「ひ、比叡……?」
比叡「!」ハッ
比叡「……すみません」
提督「予想はしていた。グーでなかっただけ良かったと思っている」ポン
比叡「…………」
提督「お前がどれだけ金剛の事を慕っているのかは分かっているつもりだ。……この後、執務室へ来るように。利根と飛龍は午後から執務に入ってくれ」
利根「わ、分かった」
飛龍「……はい」
比叡「……………………」
提督「良いな、比叡?」
比叡「……分かりました」
提督「よろしい。──榛名と霧島は金剛にこの鎮守府の案内を頼んで良いか?」
榛名・霧島「は、はい!」
提督「頼む。……色々と話しても構わん」
榛名「提督……」
提督「以上だ。朝礼は終わりとする」ツカツカ
比叡「…………」トコトコ
金剛「……テートク」
提督「なんだ?」
金剛「どうか……お手柔らかにお願いしマス」
提督「勿論だ」ツカツカ
金剛「…………」
榛名「……あの」
金剛「……ハイ」
霧島「これから、この鎮守府の案内をしますね。……それと一緒に、なぜ比叡があんな行動を取ったかの説明もします」
金剛「分かりまシタ。お願いするデス、榛名、霧島」
榛名「お任せ下さいね。……金剛、お姉様」
金剛(……これは、予想以上に受け入れられるのが難しいかもしれまセンね)
金剛(無理もないのは分かりマスが……少し、辛いものがあるデス……)
…………………………………………。
ガチャ──パタン
提督「さて比叡」
比叡「……はい。どんな罰も受けます」
提督「そうか。ならばソファに座れ」
比叡「はい」スッ
提督「さて……お前には話さなければならない事がある」スッ
比叡「…………?」
提督「憶えているかは分からないが、あの金剛や瑞鶴、響は一度会っている」
比叡「会ってる……?」
提督「憶えていなかったか。私と利根が居た島──そこに居た三人があの三人だ」
比叡「……そうですか。──って、あの三人は別の鎮守府の艦娘じゃありませんでした?」
提督「そうだ。三人の希望もあってこの鎮守府に籍を入れる事となった」
比叡「……………………」
提督「私はあの三人を放っておく事が出来ない。共に支え合って暮らしてきた事もある。だから私は受け入れたんだ」
比叡「……もう『前の』お姉様達を、忘れるという事ですか?」
提督「いいや、忘れんよ。……むしろ、細かい部分まで思い出しているくらいだ」
比叡「ならばなぜ……!? 司令はどうして三人を受け入れようと思ったんですか!?」
提督「……三人に頼まれたから──というのもあるが、言われた事もあるからだ」
比叡「何をですか……?」
提督「もし自分達が沈んだ立場だったら……立ち止まらず、忘れずに前に進んで欲しい」
比叡「────────」
提督「私に付き従ってくれていた三人だったら、確かにそう言うだろうと思ったよ。いつまでも過去に囚われていて身動きが取れなくなっている姿を見せたら悲しまれそうだ」
比叡「…………」
提督「お前はどう思う、比叡」
比叡「……私は…………」
提督「……………………」
比叡「…………いえ。私も、お姉様達に囚われないようにしなくちゃいけないかもしれませんね」
比叡「そもそも、私たち艦娘はいつも死と隣り合わせなんです。どれだけ錬度を積み重ねても、圧倒的な暴力の前では沈むのも当たり前です。……どうしてでしょうかね。いつの間にか、心の底では沈まないって思っていました」
比叡「いえ、何があっても、司令ならば沈ませないって思ってしまってました」
提督「…………」
比叡「……でも、私達がやっているのは戦争です。むしろ、お姉様達が沈むまで誰一人として欠ける事が無かったのが奇跡だったんです」
比叡「沈ませているのだから沈む事もある。総司令部からの伝達でも毎月に何人も何十人も沈んでいるってあったのに……本当、沈むのなんて当たり前の事だったんですよ」
比叡「それが……たまたまお姉様達だっただけの話なのに……」ジワ
提督「……比叡」
比叡「!」ゴシゴシ
比叡「──引っ叩いてごめんなさい、司令。私は、もう大丈夫です! 改めて罰を与えて下さい」
提督「…………」スッ
比叡「? どうかしましたか、しれ──」ポン
提督「……今まで耐えてくれてありがとう、比叡」ナデナデ
比叡「ぇ────」
提督「…………」ナデナデ
比叡「…………」ジワ
提督「…………」ナデナデ
比叡「ぅ、ぁぁ……」ポロポロ
比叡「酷い……酷いですよぉ……! 司令は厳しくしていれば良いんです……! 優しくするのは、金剛お姉様にだけで良いんですよ……!」ポロポロ
比叡「なんでいつもみたいに吊るそうとしないんですか……! なんでいつもみたいに、罰を与えようって……言わないんですかぁ……。なんで……なんで……?」ポロポロ
提督「今のお前に罰を与えるほど鬼ではないつもりだ」ナデナデ
比叡「うあぁぁ……ぁああぁぁぁ……」ポロポロ
…………………………………………。
比叡「…………」
提督「落ち着いたか?」
比叡「……司令に泣き顔見られました」
提督「まあ、そういう事もあるだろう」
比叡「なんだかすっごく恥ずかしいです……」
提督「そうか」
比叡「……司令もなんだかんだで寂しそうな雰囲気だった癖に、いつもの調子に戻ってますし」
提督「宥めていた側だからな」
比叡「……もー」フイッ
提督「…………」
比叡「…………」チラ
提督「お前も、受け入れてくれるか?」
比叡「……時間が掛かりますよ」
提督「いくらでも掛けて良い。前に向かってくれるのならば」
比叡「…………はい。私、頑張ります!」
提督「ああ、頼んだぞ」
比叡「少しずつ、ですけどね」
提督「金剛も分かってくれるだろう。悪い子ではない」
比叡「そうですよね! なんたって『金剛お姉様』には違いないのですから!」
提督(……言っている意味はなんとなく分かるのだが、艦娘と人間の感性の違いだろうか)
比叡「どうかしましたか、司令?」
提督「いや、特に。──では、戻って良いぞ比叡」
比叡「はいっ! 今回はお話が出来るように頑張ります!」
提督「ああ」
提督(……私も、しっかりと心の整理をしなければな)
……………………
…………
……
利根「提督よ、書類の処理が終わったぞ!」
提督「そうか。今日もご苦労だった利根、飛龍」スッ
飛龍「教えた事もしっかりとこなせるようになっていますし、処理速度も充分ですよ」
利根「本当か!? 頑張った甲斐があったのじゃ!」
飛龍(……ええ。寂しいですけど、もう利根さん一人でも秘書として務められそうですね)
飛龍「ですので、明日からはもう利根さん一人でも大丈夫だと思います」
利根「む? 何を言っておるのじゃ?」
提督「……ああ。確かにそうだな」
利根「む? むむ?」
飛龍「利根さん、私がここに居るのは利根さんのサポートでしたよね?」
利根「……そういえばそうじゃったの。という事は……」
提督「そういう事だ。利根、明日からは私と二人で書類を全て終わらせるぞ」
利根「……………………。のう、飛龍よ。飛龍はそれで良いのか?」
飛龍「良いも悪いもありません。これは決まっていた事です。提督の秘書は一人だけ……。私はあくまで利根さんの教育をしていたに過ぎません」
利根「……提督」
提督「規則を変えるつもりは無いぞ」
利根「むう……」
飛龍「提督、利根さん……ありがとうございました」ニコッ
利根「…………」
提督「今まで良く利根を教育、サポートをしてくれたよ飛龍」
飛龍「いえいえ。私も楽しんでいましたから」
提督「……そうか」
飛龍「はい」
利根「……………………」
飛龍「それではお二人とも、私は先に失礼しますね」スッ
提督「ああ。ゆっくり休んでくれ」
利根「……おやすみじゃ」
飛龍「はい、おやすみなさいませ」
ガチャ──パタン
利根「……のう、提督よ」
提督「どうした」
利根「飛龍は、これで良かったのかのう」
提督「どちらかと言うと、良くなかっただろうな」
利根「やはりか……」
提督「だが、これからも飛龍はあまり変わらないかもしれん」
利根「そうなのかの?」
提督「執務の時間は確かに無くなったが、私と接する機会などいくらでもあるからな」
利根「なるほどのう。その機会の時を狙うという訳じゃな」
提督「そういう事だ」
コンコンコン──
利根「む?」
提督「こんな時間に珍しいな。──入れ」
ガチャ──パタン
瑞鶴「やっほー提督さん」
響「遊びに来たよ」
金剛「失礼しマス」
ヲ級「こんばんはー♪」
空母棲姫「お邪魔します」
利根「おお? 珍しいのう」
提督「遊びに来たというのも気になったが、この面子が揃ったのも気になるな」
響「私はいつものように部屋から抜け出して外で海を眺めていたよ」
瑞鶴「そこに、なんだか眠れなくて外を歩いてた私と会って」
金剛「ナイトの鎮守府を歩いていた私が二人を見つけまシテ」
空母棲姫「久し振りに海へ出たいと、せがんだこの子に手を引かれた所で鉢合わせしました」
ヲ級「したの!」
利根「……凄い偶然じゃのう」
響「金剛さんと瑞鶴さんはともかく、私と空母棲姫さん達はいつか会ってただろうね」
利根「二人はどうして今日に限って外に出たのじゃ?」
瑞鶴「だって……今この鎮守府の空気って凄く重いし」
金剛「私も気を遣われているのが居た堪れなくなりまシテ……」
空母棲姫「食事中も静かなようでしたし、貴方の『金剛』がそれだけ影響を与える立ち位置に居たというのがよく分かります」
利根「婚約もしておったからのう……」
瑞鶴「……え!?」
響「そうなの?」
提督「ああ。そうだ」
金剛「デモ……私、テートクがリングを指に付けている所を見た事が無いデス。……私や瑞鶴のように仮では無いのデスよね?」
提督「結局、渡せずに居たからな」スッ
瑞鶴(指輪を入れる箱……。まだ保管してたって事は、つまりそういう事よね?)
提督「だが、いい加減に決別するべきだろう。今度、海で眠っている三人の所へ花と一緒に供えるか」
瑞鶴(……と思ったけど、大丈夫そうね。ちゃんと気持ちの整理、出来たのかしら)
響「その時は私も付いていって良いかな」
提督「ん? 構わないが、どうしたんだ」
響「ちゃんと挨拶しておきたいからね。これから司令官のお世話になります──って」
瑞鶴「あ、それ私も行きたい。提督さん、良い?」
提督「ああ。金剛はどうする?」
金剛「……そうデスね。私も行くデス。紅茶とスコーンを用意して、三人がティータイム出来るようにしマス」
提督「きっと三人も喜ぶだろう。日程が決まったら伝えよう」
ヲ級「私も、作りたい!」
空母棲姫「貴女は黙っていなさい」ポン
ヲ級「? どうして?」
瑞鶴「えーっと……」
響「…………」
提督「すまないヲ級。また今度作ってきてくれないか? 近い内に今ここに居る者達でお茶会を開こう」
ヲ級「あ、お菓子、作ってきてるよ!」パッ
利根「おお? では今から茶の時間かの?」
提督「ふむ。たまにか良いか」
金剛「それでは紅茶を淹れてくるデース!」
瑞鶴「金剛さんの紅茶とかすっごく久し振りよね」
響「うん。本当に久し振りだ。司令官、長門さんも呼びたいのだけど良いかな?」
提督「寝ていなかったら構わん」
響「そっか。じゃあ呼んで来るね」タタッ
提督「心配無いとは思うが、誰にも見付からないようにな」
響「勿論だよ。──じゃあ、行ってくるね」
ガチャ──パタン
…………………………………………。
長門「……こんな時間に茶の会とは随分とのんびりしているな」
提督「たまたまだ。こんな事は滅多に無い」
長門「むしろ『お茶会』は何かの隠語で実際は緊急作戦会議か何かかと疑ったくらいだ。……本当に言葉そのものだとは思いもしなかった」
響「ああ、だからやけに張り詰めた雰囲気だったんだね」
空母棲姫「何をそんなに身構えているのやら。そんなに私達が脅威に見えるか」
長門「可能性として考えるのは許してくれないだろうか。私はお前たち二人の事を良くは知らないんだ。……艦娘と深海棲艦が一緒の席に着いているという事も違和感ばかりだ」
空母棲姫「そうであってくれ。いい加減、信じ過ぎるこの人間や艦娘達に溜め息を吐きたくない」
提督「単純にお前が頑固なだけという可能性は考えないのか?」
空母棲姫「む……」
提督「極論を言ってしまえば、艦娘と深海棲艦の違いは我々人類に危害を加えてきたかどうかの差でしかない。逆に艦娘が人間を襲い、深海棲艦が人間の味方をしていれば立場は逆転している。危害を加えてくるのならば敵。協力するのであれば仲間。それだけだ」
空母棲姫「確かにそうですが……」
提督「例えば今のこの世情で艦娘が人間を襲えば、その艦娘はいかなる手段を使ってでも排除されるだろう」
空母棲姫「……………………」
提督「全ては認識次第だ。敵という認識ならば敵。味方という認識ならば味方。お前たち二人は味方という認識に置かれているという事だ。行動でな。そもそもの話、お前たち二人は私達に危害を加えてきたか? 逆に協力をしてくれただろう」
ヲ級「お魚、とか?」
提督「ああ。あれは本当に助かった。あのままでは飢え死にするのは間違いなかった」ナデ
ヲ級「えへー」ホッコリ
空母棲姫「……………………」
利根「つまり我輩たち艦娘も深海棲艦も在り方が違うだけで、人間から見て違うのは姿だけというものなのじゃな」
提督「そういう事だ。まだ納得できないか?」
空母棲姫「…………はぁ……まったく、どうしてそんな風に割り切れるのかしら……」
提督「変わり者だとは常々言われている」
響「違いないね。ここにも変わった艦娘しか居ないし」
瑞鶴「待って。まさかそれって私も含まれてる?」
響「にゃぁにゃぁ」
瑞鶴「ッ!?」ビクンッ
五人「?」
瑞鶴「そ、そそそうねぇ……? 確かに変わり者ばっかりよねぇ?」
金剛「…………? えっと、とりあえず私は紅茶を淹れてきマース」スッ
利根「ぬ、金剛よ。ついでで悪いのじゃが我輩に紅茶の淹れ方を教えてくれぬか? 日本茶は飛龍に教えて貰ったのじゃが、紅茶の淹れ方も知りたいのじゃ」スッ
金剛「勿論デース! 一緒に淹れまショウ!」
利根「うむ! ありがたいぞ!」
瑞鶴「……へぇ。利根さんって紅茶にも興味あったんだ」
提督「最近は色々な事に手を出している。勉強熱心だよ。──ところでヲ級、お茶菓子は何を持ってきたんだ?」
ヲ級「ワッフル! 間宮さん、伊良湖さん、褒めてくれた!」スッ
空母棲姫「もうベタ褒めでした。甘い方も甘くない方も、初めて作ったとは思えないと言っていたわ」
長門「! ……確かに、良い香りだ」
瑞鶴「……ん? もしかして長門さんって甘い物が好きだったの?」
響「そうなんだ?」
長門「む……いや、そのだな……。…………嫌い、ではない……」
提督「そうか」
長門「……なんだ。悪いか? 悪いのか?」ジッ
提督「味の好みなど個人差が激しいものだ。好みで人を左右するようなものでもないだろう。食の好みに口を挟むような者はここには居らんよ」
長門「……そ、そうか。うむ。そうだな。味覚で人は決まらない」
提督「ああ。だから、これからは間宮と伊良湖が甘味を振舞った時も遠慮なく口にして良いぞ」
長門「~~~~~~っ!」
提督「恥ずかしがる事でもない。どうせ向こうでは口にしたくても出来なかったのだろう? ここならば誰も気にせん。むしろ、間宮も伊良湖も手を付けない事から甘い物が嫌いなのかと思っていると言っていた」
長門「……変ではないのか?」
提督「どこが変になるんだ。さっきも言ったように好みなど個人で大きく違う。堂々としていれば何もおかしく思われん。むしろ変に気にしていると周囲もおかしな目で見るぞ」
長門「なるほど……ふむ……」
提督(……長門も頑固な子か。……いや、プライドが高いのか? 自分の好きな物を抑えつけても仕方が無いだろうに)
…………………………………………。
利根「待たせてしまったのう。紅茶が出来たのじゃ!」
金剛「お待たせしまシタ」
ヲ級「紅茶、始めて……!」キラキラ
金剛「紅茶は良いものデース。きっとお二人も気に入ってくれマス」スッ
利根「……ふむ? 金剛よ、最後に淹れた紅茶を提督に出すのは何か意味があるのかのう?」
金剛「良い所に気が付きまシタね利根。茶葉はティーポットに入っている間も抽出されていマス。最後の一滴はゴールデンドロップと呼ばれていて、一番濃い茶液の一滴が入ると味が引き締まるのデス」
利根「ほー。そんな意味があるんじゃのう……」
瑞鶴「へぇ……」
響「同じティーポットの紅茶なのに、そんな違いがあるなんて初めて知ったよ」
ヲ級「♪」ワクワク
提督「さて、全員に行き渡ったようだ。頂こう。──ヲ級、少ない包みの方が甘くない方か?」
ヲ級「うん!」
提督「うむ。分かった」スッ
響「じゃあ私達はこっちだね」スッ
長門「…………」スッ
空母棲姫(素直に甘い方を手に取りましたね)スッ
利根「我輩も甘くない方を食べてみるかのう」ヒョイ
提督「ほう、珍しいな」
利根「そういう気分の日もあるのじゃ」パク
利根「! ふむ。ふむふむ」モグモグ
ヲ級「どうっ?」ワクワク
利根「これもこれで一興があるのう」ズズッ
金剛「甘い方もとっても美味しいデース!」
瑞鶴「これが初めてなんて、とても思えないわね……」
響「才能かもね」
長門「…………」モグモグ
長門(……非常に美味い。甘さもくどくなくて、すっきりとしている)
ヲ級「ね、ね、どうっ?」
長門「ぅ……む…………美味い、ぞ」フイッ
ヲ級「♪」ニコニコ
長門「…………調子が狂ってしまう」ハァ
空母棲姫「その気持ちはよく分かるぞ……」
提督「頑固であれば頑固である程この現状に頭を痛めるぞ」
長門「全くもってそうだな……。こんな無邪気な顔を見せられたら、今まで警戒していたのは何だったのかと思ってしまう……」
ヲ級「?」パクパク
長門「ああほら、欠片が口の端に付いているぞ」スッ
ヲ級「! ありがと!」ニパ
長門(……本当に、敵とは思えないな)
空母棲姫「……私も認識を改めるようにする」
長門「ん?」
空母棲姫「…………」フイッ
長門(……本当、私たち艦娘も深海棲艦も……なぜ戦っているのだろうな。二人に訊いてみたいとは思うが──)チラ
金剛「今度一緒にスコーンも焼いてみまセンか?」
ヲ級「すこーん?」
響「英国のお菓子だよ。紅茶と一緒に食べると凄く美味しいんだ」
利根「我輩も作りたいぞー!」
金剛「テートク、今度また隣の部屋をお借りしても良いデスか?」
提督「構わんぞ。その時は私に鍵を取りに来るようにな」
瑞鶴「あ、私も見てみたい」
ヲ級「楽しみ! ね、姫?」
空母棲姫「……新しい料理を覚えるのは楽しみだな」
利根「おお、少し素直になったぞ」
空母棲姫「くっ……! からかうのならば、お前のにだけトマトのように赤くなるまで唐辛子を入れてやろう……!」
利根「す、すまぬ……。激辛は嫌じゃ……」
空母棲姫「ふん」
長門(……この空気を壊したくない。機会があったときにでもするか)
…………………………………………。
レ級「──あー、あー。えっとぉー! お前ら聴こえてるー!? これから作戦を開始しまーす! 聴いてなかったら殺すから注意しようねぇ!」
レ級「んじゃあ陽動部隊は今すぐにでも突っ込もうかぁ。テキトーに殴ってたら良いよテキトーにね。あ、でも逃げる時は東に逃げる事! これ大事だから頭無くなっても絶対守ろっか! 打撃部隊は命令するまでここで待機。オッケー? はい陽動部隊は突貫して突貫!」
ザアアアアアアアァァァァァァ…………────。
レ級「うぅーん楽しみだ。誰がどのくらい死ぬかなぁ? 出来れば私が蝙蝠クンをぶっ殺したいけど。ま、そう簡単にアイツは死なないし、残ってくれるよね」
レ級「さあ無意味に殺して殺される戦いを始めよっかぁ!! ギャハハハハハァ──!!!」
…………………………………………。
ドンドンドンッ──ガチャッ!
大淀「提督! 大変で──っ!?」
空母棲姫「なッ!?」
ヲ級「!!」ビクンッ
大淀「深海棲艦!? な、なんでここに!?」
長門(……これは面倒な事になるぞ)
提督「大淀」
大淀「っ!」ピシッ
提督「何があった。先にそれを言え」
大淀「え……? あ、えっと……?」チラ
空母棲姫「…………」フイッ
ヲ級「…………」ヂー
大淀「……ここらの地域の鎮守府が深海棲艦から襲撃を受けたという情報が総司令部より入りました」
金剛「え──」
響「…………」
瑞鶴「ちょっ、それって本当なの?」
大淀「はい。ほとんどの鎮守府は哨戒が役立ち致命的な被害は出ていないようですが……下田鎮守府は爆発音と共に無線が途切れてしまったらしく、安否は不明のようです」
金剛「────────」
提督「全員を叩き起こせ。迎撃──いや、防衛だ」スッ
利根「周辺の鎮守府に支援を送るのではないのか?」スッ
提督「組織的に動いているのにも関わらずこの鎮守府だけ襲撃されていない事を考えると、ここに何か用があるはずだ。大淀、電信室で鎮守府内全域に緊急出撃命令を出せ。全員、兵装を確認した上で外へ出すんだ。そして周辺の灯台を全て使い、海へ向けて照らせ。この夜の中ではまともに戦えん」
大淀「畏まりました。……そこの深海棲艦の事、後で教えて下さいね」タッ
提督「お前達も自分の兵装を取りに行け。私はここで空母棲姫とヲ級に話す事がある」
長門「……その命令には従えん。危惧している事がある」
提督「そうか。利根、金剛、瑞鶴、響、お前達は先に行け。後で長門も向かわせる」
利根「分かったぞ!」
瑞鶴「うん、行ってくるわね!」
金剛「…………分かりまシタ」
響「思う所はあるだろうけど、長門さんも早く来てね」
──バタン
提督「さて長門、手短に済ませたい。話せ」
長門「私はこの襲撃がそこの二人が手引きしたものではないかという可能性も拭えないと考えている」
空母棲姫(……まあ、そうなるわね)
長門「可能性が低いのは分かっている。だが、この場に貴方を一人にして殺されでもしたら指揮系統を一気に失ってしまう。万が一の事も考えて私を残しておくべきだ」
提督「やはりな。だが、その心配は要らん。この二人は私を襲えない理由がある」
長門「理由?」
提督「前にも話した通り、この二人は深海棲艦から敵と認識されている。空母棲姫に至っては沈められる寸前だった。その二人が今ここで私を殺したらどうなる。海は一面に敵。陸も海から遠く離れてしまうと死んでしまう艦娘と同様、深海棲艦も死んでしまうだろう。何よりも兵装が無くて戦う事が出来ん」
長門「……別の可能性は、まだ一つある。貴様が深海棲艦側に立ったという可能性だ」スッ
提督「やはりそうなるか」
長門「その深海棲艦が人と共存を望んでいる? どんな奇跡だそれは。今まで人間を、艦娘を殺してきた奴らが共存を望むなどと馬鹿げた事があるか! それに、貴様自身もイレギュラーな要因を含み過ぎている。深海棲艦と和解しているというのもそうだが、他所の鎮守府の艦娘を手玉に取っている事も怪しい限りだ!」
長門(……カマを掛けてみたが、さあどうなる)
大淀『緊急事態発生! 緊急事態発生! 深海棲艦が母港を襲撃してきます!! 全艦娘は兵装を整えた上、即刻外へ出て整列をして下さい!! 繰り返します──』
空母棲姫「…………」スッ
提督「待て、空母棲姫。手を出すな」
空母棲姫「このままでは貴方の身が危険です。兵装が無いとはいえ、生身で艦娘と戦う貴方をただ見るだけなんて出来ません」
提督「前提からして間違っている。私は戦う気など毛頭無い。下がれ」
空母棲姫「……分かりました」スッ
長門「つくづく分からん人間だ」
長門(信用させる為の罠か、それとも私の危惧している事が空振ってくれたのか……。後者ならば良いのだが……)
提督「よく言われる」
長門「……そうだな。お前はそういう人間だった」
提督(だいぶ時間を取ってしまった。そろそろ話を終わらせなければならんが、長引くようであれば実力行使も視野に入れておくか)
提督「さて長門。お前はここでのんびりとしているが、船着場で集まっている艦娘をどう思っている」
長門「どういう意味だ」
提督「分からんのか。こうしている間にも深海棲艦はここへ来ている。そこに指示を出す者が居なかったらどうなるか、と訊いているんだ」
長門「……………………」
提督「仮に私が深海棲艦の手先になっていたとしても、私を殺したからといって何が変わる? お前が艦隊の指揮作戦を取れるのならば私を殺すのも一手だが、お前にそれが出来るのか?」
長門「……………………」
提督「ハッキリと言おう。今この場で利敵行為をしているのはお前だ。──時間はもう無いぞ。さあ、どうする長門」
長門「!」
長門(……初めて敵意を向けてきた。今ここで敵意を出してくるのは、深海棲艦へ寝返ったならばタイミングがおかしい。この方の言う通り、放っておけば艦娘は全滅しかねない。敵であれば、ここは時間稼ぎをしてくるか、もっと前から敵意を見せてくるはず)
長門「…………」
提督「…………」
ヲ級「…………」ハラハラ
空母棲姫(…………)
長門「……すまない。私の杞憂だったようだ。後で罰を受けさせてくれ」
提督「ああ、後でな。──では長門。お前は金剛達と同じ場所で待機しておけ」
長門「了解した。……頼むぞ。貴方は私の新しい提督になってくれなければならんのだからな」タッ
ヲ級「……怖かった」ホッ
提督「味方と仲間割れだけは勘弁願いたいから助かったよ」
空母棲姫「…………」
提督「さて、二人には話さなければならない事がある。二人は出来れば隣の部屋で大人しくしていてくれないだろうか。勿論、危険だと判断したら外へ逃げてくれ。これが鍵だ」スッ
空母棲姫「……逃げた先に貴方の艦娘が居たらどうしましょうか」スッ
提督「……そうだな。私の予備の軍服を預けておく。それを見せれば攻撃しないようにと指示しておこう」カチャ
空母棲姫「ありがとうございます」スッ
提督「それとだな……」
空母棲姫「? 何かしら。珍しく歯切れが悪いようだけれど」
提督「……かつての同胞を私達が沈めるのに抵抗はあるか?」
空母棲姫「ありません。私達はただそこに居るだけです。なんとなくの目的が同じなだけであって、特に意識をして集まっているという事はありません」
ヲ級「うんうん」コクコク
提督「目的か」
空母棲姫「ええ。艦娘を沈める──という目的です。今となっては、どうでも良い事ですけれど」
ヲ級「そんな事よりも、皆と居る方が、楽しい!」
提督「そうか。安心したよ。──では、いってくる」スッ
空母棲姫「いってらっしゃいませ」
ヲ級「負けないで!」ブンブン
空母棲姫「……………………」
空母棲姫「……ヲ級」
ヲ級「?」
空母棲姫「いざとなったら工廠へ行くぞ。場所は憶えているか」
ヲ級「? うん、憶えてるよ。どうしたの?」
空母棲姫「……あの長門の言ったように、私のも杞憂であれば良いのだが」
ヲ級「? ??」
空母棲姫「一先ず移動するぞ。ついてきなさい」
ヲ級「うん!」
空母棲姫(もしもの時は……そうですね、私が盾になる事も考えておきましょうか。この子はすぐに皆とも溶け込めるでしょうけれど、私は……)
空母棲姫(そうするのが、きっと一番良いはずです)
…………………………………………。
レ級「アハハハハァッ!! 艦載機が敵味方問わずにドンドン墜ちてるよぉ! こんなに見栄えの悪い花火大会は初めてだねぇ!!」
レ級「……うんうん。ま、当たり前だけど戦況は今の所こっちが有利って所かぁ。数の暴力って素晴らしいよねぇホント。おまけにゴミムシ共の艦載機は夜だと性能を発揮できない。そりゃあこっちの方が有利になるってもんさッ。なんか一部の艦載機だけ動きが良いように感じるけど、まあそれの数は少ないから良っかぁ!」
レ級「……………………」
レ級「だが……奴等も馬鹿ではないらしい。指揮官が優秀といった所か。わざと隙を作らせているというのに進軍してこないとは……。ここまで統率の取れている艦娘を相手にするのは面倒だ」
レ級「さあ、早く攻めてこい。殲滅する為にかかってくると良い。……その時が貴様らの最後だ」
…………………………………………。
大淀「!! 提督、緊急連絡が入りました。周辺に設置してあった灯台の一つが敵の砲撃により破壊されたとの事です」
提督「やはり長くは保たないか。戦線より下がった艦娘に照明弾を撃たせるとしよう。本当は吊光投弾が良いのだが、制空権が劣勢の状況では使えん」
大淀「はい、そうしましょう。撤退した中で射撃精度が一番高い五十鈴さんと名取さんに任せてよろしいですか?」
提督「いや、天龍と龍田に任せよう。早々に撤退してしまって悔しがっているはずだ。二人ならば射撃精度も充分にあるし、連携も取りやすいだろう」
大淀「分かりました。──妖精さん、船着場で待機している天龍さんと龍田さんに指示書を送ってもらって良いですか?」スッ
妖精「はーい。分かったなのー」テテテ
提督「……しかし、戦局が動かんな」
大淀「そうですね……。ですが、あの突いて下さいと言わんばかりの隙を提督は罠だと仰いましたけど、どういう事なのですか?」
提督「これだけ大規模な作戦を展開している奴が、こんなミスをする訳がない。仮にミスをしていたとしても、ここまで気付かないとなると不自然だ。何を考えているのかは分からんが、もしかしたら潜水艦部隊が待ち構えているかもしれんぞ」
提督「あの隙を狙うという前提ならば相当な数の艦娘を動員せねばならん。本当に待ち構えているとしたら、こちらの戦力が半分以上沈んでしまう事になる。そんな事を私はさせたくない。ついでにその時はこちらの敗北が決定される」
大淀「なるほど……。確かにそうなってしまうと背筋が凍ってしまいます。──それともう一つ、気になった事があるのですが」
提督「何かあったか」
大淀「……交戦している敵なのですが、何かおかしくありませんか?」
提督「おかしい?」
大淀「はい。確かに私達は提督の手で育てられた実力のある軍集団です。ですが、それを考慮しても少し上手くいき過ぎているような気がして……」
提督「……………………」
大淀「提督、これは私の杞憂なのでしょうか」
提督「……いや、大淀の言う通りだ。確かにこれは少しおかしい。下田鎮守府は悪名を聞くとはいえ、随時補給の出来る鎮守府での戦闘で早々に陥落する程だ。他の鎮守府も抑えるので手一杯。なのに、どうしてこの鎮守府だけ反攻できそうな状況になっている」
大淀「……提督、これはあまり考えたくないのですが」
提督「悪い予感は的中するものだ、大淀。……今戦っている深海棲艦の大群は陽動と考えて良いだろう。その遥か後ろに本丸が控えているかもしれん。あの隙はもしかすると、それが本当の目的かもな」
大淀「という事は、わざと戦線を後退させていって艦娘を引き寄せ、鎮守府の守りが手薄になった所を叩いてくる可能性があると」
提督「そうだ。もし奴らが退いていった場合、その方向とは逆から奇襲が来るはずだ」
大淀「ただ、そうとしてもやっぱりおかしい部分があります。それだけの物量があるのであれば、どうして一気に攻め込まないのでしょうか。その方が確実にこの鎮守府を落とせるはずです」
提督「……………………」
大淀「……提督、何か知っているのではありませんか? ……例えば、提督のお部屋に居たあの深か……二人の事とか」
提督「……間違いなく関係しているだろう。だが、敵としてではないはずだ」
大淀「どういう意味ですか?」
提督「あの二人は深海棲艦から攻撃を受けた過去がある。恐らくだが敵はあの二人を狙ってこんな手段を取ってきているのだろう。一気に攻めてしまえば陸へ逃げられてしまう。だからこうして、勝てるかもしれないという錯覚をさせているのだろうな」
大淀「……それが本当だとしても、どうしてこの場所を突き止められたのでしょうか」
提督「以前、空母棲姫から聞いた話がある。装備の質で言えば深海棲艦が圧倒的な優位に立っていると。こちらのレーダーも最新を使っているとはいえ、誤検出も反応しないというのもあって精度が悪い。艦載機もそうだ。だとすれば、こちらの索敵範囲外から位置を知られていてもおかしくない。追跡された可能性は大いにある」
大淀「…………」
提督「残念ながら装備の差は事実だ。それは、戦っている皆も薄々ながら気付いているだろう」
大淀「……提督、失礼な事を聞いても良いでしょうか」
提督「構わん」
大淀「……提督は、どうしてあの深海棲艦を受け入れたのですか?」
提督「端的に言うならば命の恩人だからだ。あの二人が居なければ、私も利根も餓死していた。それと、大事な事を気付かせてもくれている」
大淀「大事な事、ですか?」
提督「金剛に瑞鶴、響の事だ。……私が沈ませてしまった方の、な」
大淀「……………………」
提督「あの二人が居るからこそ、私はこうして帰ってきた。あの二人が居なかったら、私は死ぬまであの島で暮らしていただろう」
大淀「そうでしたか……。もしかして、提督の軍服を預けている相手というのは、その二人の事ですか?」
提督「そうだ」
大淀「……信用しているのですね」
提督「それだけあの二人には助けられた。共に生活もして、信用に足る者だと思えたよ」
大淀「…………」
提督「……………………」
大淀「……深海棲艦って、何なのでしょうか」
提督「さあ、な……」
…………………………………………。
レ級「はぁー……。ここまで誘いに乗ってこないのは感心しちゃうねぇ。お姉さん、ちょっとだけショックだ。ちょっとだけね」
レ級「さって、では次の手に移るとしよっか! ──おーい、そこのお前」
リ級「?」
レ級「そう、お前。作戦は変更。さっさと灯台壊したら好き勝手突っ込んで良いって陽動部隊に伝えて。今すぐ! ここに居る本部隊の連中がテキトーな所で援軍に入るから、後は逃げる時には東へ逃げろっていうのももう一回言っちゃって!」
リ級「…………」コクリ
レ級「んでもって本部隊のキミ達ー! 突っ込んだら私の護衛とか援護とか何も要らないから、絶対にくっついて回らないように! もしそんな事したら容赦無く水底へ直行させるから注意しようねぇ!」
レ級「そんじゃ、合図したら突っ込もっかぁ!」
…………………………………………。
大淀「!! 提督、今の報告……」
提督「……このタイミングで積極的に攻撃をしてくるとはどういう事だ?」
大淀「痺れを切らしたのでしょうか……」
提督「分からん。だが、何かの策がある事には違いない。あの二人を追ってきたのであれば強攻策を取るとは考えにくい」
大淀「そうですよね……。どうなさいますか? 流石に今以上の戦力を投入されると厳しいと思いますが」
提督「そうだな……。引き撃ちの指示を出して──……ん?」
大淀「え? これってどういう……?」
提督「……現状の敵戦力であれば迎撃が可能? 殲滅する事も視野に入れられる?」
大淀「私の聴き間違いではないようですね……。何があったのでしょうか……」
提督「分からん……。敵が痺れを切らしたかのような動きで向かってくるのを迎撃しているようだが……。これではいつもの統率の取れていない深海棲艦と同じだ。明らかにおかしい」
大淀「こちらの被害も大きくなっているようですが、それよりも敵の消耗の方が激しいと……。提督、どうしましょうか」
提督「……………………」
提督「大破した者は変わらず撤退だ。そして、撤退した者は母港にて高速修復材を出し惜しみせず使用。休憩を挟んで疲れが取れ次第、再度出撃をして前線の支援と戦闘だ」
大淀「無理をしようとしている方には?」
提督「後で吊るすから覚悟しろと伝えておけ」
大淀「ふふっ。やっぱり提督は提督ですね。──私もその作戦で問題無いと思います」
提督「そうか。ではそう伝えてくれ」
大淀「分かりました。──全艦娘に告げます。作戦内容に修正を加えます。撤退した者は母港にて高速修復材を出し惜しみせず使用の許可を与えます。休憩を取って疲れが取れ次第、再度出撃。前線への支援と戦闘をして下さい。なお、大破した者は変わらず撤退する事を必ず意識して下さい」
大淀「そして提督からの個人的な伝言です。命令に背いたり無理無茶無謀をする者は後で吊るす、との事ですのでお気を付け下さい」
大淀「……なぜかは分かりませんが、最後の伝言を伝え終えたら全員の気が引き締まったかのような気がしました」
提督「よっぽど吊るされたくないようだ」
大淀「そうみたいですね」ニコッ
提督「……さて、何が起きるか分からん。私達も考えられる限りの対策を練るぞ」
大淀「はい!」
…………………………………………。
提督「──現状の再確認をするぞ。艦娘は全員、この湾から出ない事を前提とした行動を取る。兵装や資材等は出し惜しみせずに使い尽くす気で使う許可を与える。援軍が来た際は前に出過ぎない事と危険を感じたら即時撤退を必ず実行する事」
大淀「艦娘は錬度が低い子達や軽空母や正規空母、潜水艦の方々に加え、明石さんや私は母港にて後方支援に徹する事。また、天龍さんと龍田さんは例外的に母港付近にて照明弾を使った後方支援を担当。撤退して修理を終えた艦娘は、疲れが大きく残っている状態では再出撃させずに疲労を抜く事」
提督「防衛線は敵一隻すら通さないように広範囲に展開。また、この激戦の中で潜水艦は敵味方共に運用が非常に難しいと言える事から、対潜哨戒は最後方の安全域にて行う事とする。航空戦に関しては艦上戦闘機を主に使って制空権の奪取に勤める事。夜目が利き辛いので、同士討ちや衝突には充分に注意。──そして、私の傍には常に最低一人の艦娘を置いておく事」チラ
利根「我輩の事じゃな?」
大淀「はい。私は基本的に事務仕事ばかりをしていて不安ですので、利根さんがお願いしますね」
利根「うむ! 我輩に任せると良いぞ! 提督は我輩が護りきってみせよう!」
提督「利根には母港のいかなる場所での兵装使用許可を与える。万が一、敵が侵入してきた際は頼むぞ」
利根「うむ。我輩も最近は戦線に向かっておらなんだからの。大破撤退が以前よりも多くて心苦しかったのじゃ」
大淀「利根さんは所謂、最終防衛線です。提督をしっかりと護って下さいね?」
利根「任せておれ! 我輩は提督の剣となり盾となろうぞ!」
提督(……大淀から『護衛は最低でも一人付ける事』を絶対に譲れないと言われたが、本当に必要だろうか。ここに敵が来るという事は、前線が崩壊して敵が雪崩れ込むという事なのだが)
利根「念の為じゃ。保険は掛けておくものなのじゃろう?」
提督「……流石に私の考えている事が分かるようになっているか」
利根「当たり前じゃ。いったい何年もの間を傍らで暮らしてきたと思うておる」
提督「そうだな。ならば、次に私が言う事も分かっているな?」
利根「む? ……気を張り詰めておけ、かの?」
提督「いいや。──剣となって盾となるのは仕方が無い事だが、無理だけは絶対にしてくれるなよ」
利根「……くくっ、勿論じゃ。提督の嫌う行動など分かっておる。我輩は沈まぬし死なぬ。それに、我輩の回復力を知っておろう?」
提督「だから無理をするなと言っているんだ。過信と慢心は死を生むぞ」コツッ
利根「むう……分かったのじゃ」
大淀(……これで相思相愛ではないという話なのですから不思議ですよねぇ)
…………………………………………。
提督「…………」
大淀「…………」
利根「?」
提督「……順調だな」
大淀「ええ、順調に殲滅が終わりそうですね……」
利根「……順調なのに、どうしてそんなに難しい顔をしているのじゃ?」
提督「恐ろしく順調なのが逆に怪しいという事だ。相手の思惑通りになっているとしか思えん」
大淀「はい。ですが……何を考えて今の状況にしているのかも見当すらつきません。予想していた通り、敵の援軍は後方で控えていました。ですけれど……その援軍のタイミングもおかしいです」
利根「ぬ?」
提督「簡単に言えば、援軍を有効活用していないという事だ。初めは何を考えているのか予測しにくい不気味さがあったというのに、援軍が来てからは単純かつ愚かに物量で攻め落とそうとしか感じられん」
利根「……それは妙じゃのう。戦闘に乗じて侵入でもしてくる気かの?」
提督「その可能性は充分にある。故に侵入されないよう全面に展開させている」
利根「……では、その薄く広がった所を一点突破してくるとか、かの」
大淀「後方待機の方々が居ます。一点突破してこようものならば最前線は後ろの味方と合流して迎撃に出るようにしています」
利根「そこで我輩達の目を盗んで入り込んでくるのかのう……」
提督「その可能性も考えて潜水艦の四人は母港で待機させている。問題なのは、敵にそういった事が一切無くてただ我武者羅に突っ込んできているだけという点だ」スッ
利根「……うーむ。訳が分からんのう……。何がしたいのじゃ、深海棲艦は。──ここからも戦火が見えるのう。敵のものであっても、嫌なものじゃ」スッ
大淀「本当、不気味ですよね……」
提督「警戒はするに越した事はない。他にも考えられる可能性を……──ッ!?」ゾクッ
レ級「…………」ニィ
提督「逃げろ!! 走れ!! 眼下に敵だ!!」グイッ
大淀「え──!?」
利根「なんじゃと!?」
レ級「アッハハハハハァッ!!」
ドォン──ッ!!
…………………………………………。
金剛「──え?」
榛名「金剛お姉様! 敵を前にして余所見──……は……」
霧島「全門斉射ぁー!!」ドォンッ
比叡「……この付近の敵の殲滅を確認しました。金剛お姉様、榛名、どうし……ま……?」
霧島「? どうかしたのですか? 鎮守府の方を……見……」
榛名「鎮守府が……」
比叡「な……なんで……!? なんで鎮守府が燃えてるんですか!? 司令は敵を通さないようにって何重も防衛線を張っていたのに!!」
金剛「っ──!!」ザァッ
榛名「あっ……! わ、私も行きます!」ザァッ
比叡「どうして……どうして……!!」ザァッ
霧島「くっ……。付近の艦娘に告げます!! 敵との戦闘が終わり次第、鎮守府へ全速で戻って下さい!!」
霧島「……何がどうなっているんですか、これは」ザァッ
金剛「テートク……テートク……!」
榛名「は、はや……!」
榛名(活動停止して浮き舟になった深海棲艦の群れで動き辛いはずですのに、どうして着任して間も無い金剛お姉様が榛名達よりも速く動けるのですか……? ──この身のこなしは明らかに熟練されています。少なくとも、一年や二年の経験とは思えません)
榛名「っ……! 残骸が邪魔で……!」ザゥッ
榛名「────…………」
比叡「わっとと……! 危な……? …………榛名、どうしたの?」
榛名「……いえ。金剛お姉様が、とても速いと思いまして」
比叡「…………」
榛名「まるで数々の戦場を乗り越えてきた古強者みたいに、こんな動きにくい場所を物ともせず進んで行きました」
比叡「……………………」
榛名「今回、一緒に戦っている時に何度も感じました。……あの金剛お姉様は、もう居ないはずの『金剛お姉様』に匹敵する錬度を持っているって」
比叡「……行くわよ。鎮守府が燃えてるんだから、急いで救援に行かないと」ザァ
榛名「…………はい」ザァ
比叡(……隠し通すのは難しそうですよ、司令。どうするんですか……?)
…………………………………………。
レ級「……あー、火力調整は面倒臭いねぇ。ついつい派手にやっちゃった。生きてるかなぁ? 生きててくれよぉ?」キョロキョロ
レ級「おっ! 居た居た発見発見!」グイッ
提督「…………」
レ級「もしもーし。生きてるかーい? ……よしよし。返事は無いけど息はしてるしてる! 良かった良かった」
利根「ゲホッ、ゴホッ!」ガラッ
大淀「う、うぅ……」ヨロッ
レ級「うん? この人間と一緒に居た艦娘かなぁ?」
利根「!! 提督!」ダッ
レ級「おっとぉ! それ以上は近付かないようにねぇ!」ジャキッ
大淀「っ……!」
利根「ひ、人質か!? 卑怯じゃぞ!!」
レ級「なんとでも言えば良いんじゃないの? どんな手を使ってでも勝ちは勝ちなんだからさぁ?」
利根「くぅ……!」
瑞鶴「──何が起きたの!?」ザッ
加賀「…………っ!」ギリッ
飛龍「これ、は……?」
蒼龍「ひどい……」
赤城「深海棲艦……!?」グッ
翔鶴「赤城さん待って下さい! 提督が!!」
赤城「…………!」
レ級「うぅーん。良い感じに集まってきた。……だけど、もうちょっとだけ待っていようねぇ! 出来ればこの鎮守府のメンバー全員が来て、この人間の目が覚めるくらいまでさぁ!」
加賀「──何が目的ですか」
レ級「そいつも待った! 二回も三回も説明するのとか面倒だしさ、全員が集まったら言うよ。ブチ切れて一周回って冷静になってるようだし、従わなかったらどうなるか分かるよねぇ?」ジャキン
加賀「……そうね。今すぐ皆を呼び戻すわ」パヒュッ
レ級「おっ! この暗い夜に躊躇無く艦載機を発艦! という事は、お前が艦娘でも夜目の利く空母って事かな!?」
加賀「目聡いわね。どこで見ていたのかは知りませんが、合っていますよ。──で、私達はさっさと艤装を外せば良いのかしら」
レ級「話の早い艦娘だねぇ。お姉さん感激しちゃいそう。……まあ、武装解除は基本中の基本だし、さっさと外しちゃってね」
飛龍「……加賀さん」チラッ
加賀「……全員、艤装を外して。これは命令よ」
全員「……………………」
ガチャッ──ガチャガチャッ
レ級(……ほう。命令一つで全員が即座に行動をすると。よっぽどこの人間が大事なようだ。──だからこそ利用価値がある)
加賀「望み通りにしたわ。出来れば、私のお願いも聞いて欲しいくらいね」
レ級「そうだねぇ。お姉さん、今すっごく機嫌が良いから聞いちゃいそう」
加賀「提督を解放してくれるかしら」
レ級「そりゃ無理だ! 残念だけど」
加賀「そう」
レ級「まあそう焦らない焦らない。状況次第じゃ、ちゃーんと返してあげるからさ」
瑞鶴「……こんな事をしているんだから信用なんて出来そうにないわね」ジッ
レ級「そんな睨まなくても良いじゃん? 私はある目的の為に来ただけ。それさえ終わったら大人しく帰るって約束しちゃうよ」
瑞鶴「……………………」
レ級「良い感じに怒りと憎しみが篭もってるねぇ。ぶるっちゃいそう。──まあ、気長に待とうねー。全員が集まったら話を進めるから」
空母棲姫(……………………)
ヲ級(……姫)コソッ
空母棲姫(……工廠へ行くわよ。大回りをして、見付からないようにひっそりと)ヒソッ
ヲ級「…………」コクン
…………………………………………。
加賀「……これで全員よ」
レ級「へぇ。思ったより少ないもんだね。六、七十隻くらいかな? 百隻近く居るんじゃないかなーと思ってたんだけど」
提督「……なんだこの状況は」
金剛「────! テートク!」
レ級「おっ! 丁度良いねぇ! 起こす手間が省けたよ! ……で、これが何か分かる?」ジャキッ
提督「……なるほど。私は人質という訳か」
レ級「アハハハハァ! 理解が早いねぇ! まさしくその通り! 大正解! ご褒美に君達が気になってる侵入経路を教えちゃおう!」
提督「……………………」
レ級「別にさ、深海棲艦って海の上じゃないとダメって事はないんだよねー。そこは艦娘と同じ! だから陸を突っ切っただけだよん」
提督「……そういう事か。この暗い中、よくそんな事が出来たものだ」
レ級「海岸線がギリギリ見えるくらいの位置ならやろうと思えば出来るって。ちょーっと時間が掛かったけどね」
提督「それで、何が目的だ。多くの同族を犠牲にし、人質を取るくらいだ。それなりの理由があるんだろう」
レ級「あ、もう本題に入っちゃう? お姉さんとしては嬉しい限りだよ」
レ級「んでも、まあ薄々気付いてるんじゃない? ここで匿ってる深海棲艦……安っぽい言い方だけど、そいつには消えてもらわなきゃいけない」
川内「はぁ……? 深海棲艦を匿ってる?」
那智「意味が分からんぞ。どうして私達が敵を匿わなければならない」
レ級「いやいや! これが居るんだよ! そうだよねぇ……テイトクさん?」
提督「……ああ。居る」
神通「…………!」
羽黒「そ、そんな……! ど、どうしてですか司令官さん!? て、敵ですよね!?」
提督「もう少し後になってから知らせるつもりだった。すまない。……その深海棲艦だが、私達の敵ではない。その二人のおかげで私は提督として復帰できた。そして命の恩人でもある」
レ級「まあ、そういう事! んでもって私がその二人を消しに来たって訳。人間や艦娘と仲良く暮らしてる同族なんて見過ごせる訳ないじゃない? しかもそいつらは楽しそうにしているときた。情報を漏らす可能性もあるし、こっちにとっては邪魔者以外の何者でもない。そいつらを殺したら大人しく帰るから、ちゃっちゃと出してくれないかな?」
響「……理由は分かったけど、まだ分からない事があるかな」
レ級「あらら。説明不足だったかな?」
響「そうだね。君が目的を達成した後の説明が足りない」
レ級「……んー?」
響「仮に匿ってる深海棲艦を沈めたとするよ。そうなったら君は大人しく帰るって言った。──けど、司令官をどうする気だい。生きて帰る為には司令官を人質にし続けなければならない。どこまで司令官を連れて行くつもりなの?」
レ級「ああ、そういう事か。ちょーっと沖に出てもらうだけかな? 受取人として二人くらいまでならついてきて良いけど、なんだったら泳いで帰って貰おうか?」
響「……戦艦が二人でも良いって事だね?」
レ級「全然良いよぉ。もうオールオッケー。それくらいじゃあ私も沈まないだろうし、こっちとしても沈めるのは難しいから丁度良い感じなんじゃない?」
響「そっか」
響(……でも、司令官はこの交渉を受けそうにない気がする)チラ
提督「……………………」
響(司令官は、味方を見捨てたりしない人のはずだから。……どうするんだい、司令官)
レ級「ま、お前達にとって敵である深海棲艦を二人差し出すだけでテイトクさんの命を拾えるんだ。悪くない話だと思うけど」
全員「……………………」
レ級「んー? 分からないかな? 深海棲艦も倒せる。テイトクさんも助けられる。お前達にとってはメリットしかない。ほら、テイトクさんの指示なんか待たないでさっさと匿っている深海棲艦を出しちゃいなって」
提督「下らん」
レ級「……あ?」
提督「下らんと言ったんだ。多くの鎮守府にこれだけの被害を出したお前を、私が逃がすとでも思ったか?」
レ級「んー? じゃあ、この状況をどうするのかなぁ? お前はこうして私に拘束されている訳だけど」ジャキン
提督「簡単な事だ。──全員に言い渡す。私ごとこのレ級を撃ち抜け。必ず沈めろ」
金剛・瑞鶴「なっ──!?」
響「!!」
レ級「……ほう」
瑞鶴「馬鹿言わないでよ!! どうしてそんな命令が出来るの!? 自分ごと撃てって……そんなの出来る訳がないじゃないのよ!!」
全員「……………………」
瑞鶴「私達はそんな事、絶対に出来ない!! 提督さんを殺すなんて選択、する訳がないじゃない!!」
飛龍「……そうですよね」スッ
加賀「ここで殺しておかなければ、いけませんね」スッ
瑞鶴「────────────え?」
長門「何……?」
ガチャ……ガキンッ──ジャキッ
瑞鶴「え……え……?」キョロキョロ
ゴソ……ガチッカコン──
響(これは……予想外だ)
瑞鶴「う、嘘……でしょ……?」
長門「馬鹿な……お前達は自分達の提督を殺せるだと……?」
利根「……仕方が無いからの。……まあ、予想はしておったぞ」ジャキッ
瑞鶴「利根さんまで……!? ど、どうしてよ!? どうして皆そんな命令が聞けるのよ!?」
利根「……簡単じゃ。今回の戦い、あのレ級は非常に脅威であった。ここで倒しておかなければ後でどうなるか分からぬ」
瑞鶴「だからってそんな!!」
加賀「……もし逃がしてしまえば、今回みたいに多くの鎮守府が危険に晒されるわ。……必要な犠牲、ですよね……提督」
提督「そういう事だ。……すまないが、この母港で匿っている空母棲姫とヲ級の二人は逃がしてやってくれ。可能ならば面倒も見てやって欲しいが、無理だったら構わん。後は静かに暮らして人に脅威を与えないだろう。私の軍服を持っているから分かるはずだ」
提督「それと二人に伝えてくれ。すまなかった、と」
金剛「……………………」ガチャン
加賀「分かりました。──ソナーと爆雷を持っている子は、レ級が海の中へ逃げた時に追って確実に撃破する事。……第一手は、私がやります」
利根「譲らぬぞ。提督の介錯は我輩のものじゃ。そもそも、艦載機と砲撃では攻撃の速度が違うじゃろ」
加賀「……そうね。お願いするわ」
レ級「よく訓練された艦娘だ。まさか、自らの手で主を殺す事が出来るまで教育しているとはな」
金剛「…………」スッ
レ級「──だが、そうでない者も居るようだな?」ニヤァ
金剛「…………」ジャキッ
榛名「金剛お姉様!? ど、どうしたのですか!?」
霧島「どうして……」
比叡「……………………」
提督(こうなるか……)
金剛「……ソーリィ。私は、テートクを失いたくありまセン。……どうしてもテートクをキルしたいのでしタラ、私をキルしてからにして下サイ」
レ級「アハハハハハァ!! やっぱり新人クンは教育が完全じゃないみたいだ!」
加賀「厄介な……」ギリッ
提督「……金剛、自分が何をしようとしているのか分かっているのか?」
金剛「……ごめんなサイ。残されるのは、もう嫌なんデス。──でも、一緒に逝くのは……悪くないかもしれまセン」
提督「っ──そう、か……。仕方が無い事、だな……」
レ級「あ、そうなんだぁ……。艦娘同士の殺し合いが見れると思ったんだけど、残念だなぁ」
加賀「提督……」
提督「……………………」
レ級「まあ、どうするのかなテイトクさん? このまま私に殺されるも良し。あの二人を出して安寧を得る。あ、別の方法でも良いよ! 私としては面白かったらなんでも良いやぁ!」
提督(あの二人を取るか、金剛を取るか……。出来れば第三の選択肢があれば良いのだが、この状況では……)
提督(…………ん?)
空母棲姫「…………」ググッ
提督(屋上から空母棲姫が弓を?)
空母棲姫「…………」ジッ
提督(……なるほど、賭けに出たか。──やれ)コクリ
空母棲姫「…………」コクン
レ級「──あん?」
パヒュッ──!!
ドズンッ──!
レ級「があぁッッ!!? 目を……!?」
提督「金剛!!」ドンッ
金剛「! ハイッ!!」ジャキン
レ級「────!」フラッ
金剛「全砲門──ファイアー!!」
ドォン──ッ!!
提督「残っている弾薬を全て使い切るまで撃て! そこまですれば流石の奴もくたばるはずだ!!」
金剛「ハイッ!」
ドォン──! ドンドォン──!!
空母棲姫「……やりました」
ヲ級「姫、かっこよかった!」キラキラ
空母棲姫「一番の功績者は、私の頼みを聞いてくれた妖精達だ。ありがたかった」
艦爆妖精「馬鹿言ってんじゃねぇ。あれはお前さんの技術があってこそだ。誇りに思いな」
艦攻妖精「我々は艦娘用の弓と矢を貸し与えただけ……。デストロイ出来るかどうかまでの関与は不可能です」
艦戦妖精「最初はビックリしたけど、提督さんの匂いがついた服を羽織ってたから味方だと思ったのー」
空母棲姫「……まったく。あの方の鎮守府は妖精までもがお人好しですか」
艦爆妖精「そんな嬉しそうに言っても褒め言葉にしか聞こえないぜ?」
空母棲姫「……その頬を抓られたいのかしら」スッ
艦爆妖精「おっと! 俺は用事を思い出した! またな!」サッ
艦攻妖精「私も鎮守府の再建準備の道具を手入れするとしよう」
艦戦妖精「またなのー」
空母棲姫「逃げ足の速い……」
ヲ級「姫! 私達も、皆のとこ、行こ?」
空母棲姫「……まあ、もうバレているでしょうしね。怖がらせないように注意だけはするわよ」
ヲ級「うん!」
…………………………………………。
金剛「……全弾、撃ち終わりまシタ」
提督「よくやった。──だが、後で説教だ。自分から殺されにいこうとするのは何事だ」
金剛「テートク、それは人の事を言えないデスよ?」
提督「お前の場合は完全に巻き添えを貰いにいこうとしただけだろう。拾える命は大事にしろ」
金剛「ぅー……。納得できないデース……」
提督「……あと、礼を言わなければならないな。二人とも、顔を出しても良いぞ」
空母棲姫「はい」スッ
ヲ級「うん!」ヒョコッ
電「く、空母棲姫……なのです……」ビクビク
雷「もう一人はヲ級だけど……あれ絶対に改装されたヲ級よね……」ビクビク
暁「レ、レレディなら、怖がったりしないわ……!」ビクビクビク
響(ああ……やっぱり何も知らなかったら怖いんだね……)
グラッ……
ヲ級「わっ、と」
ズゥン──……
提督「……ボロボロだな。柱が倒れるとは」
ヲ級「ご、ごめんなさい……」オロオロ
提督「いや、どうせ鎮守府を建て直すまでには倒れていただろう。むしろ、今倒れたからこそ怪我人が出なかったかもしれん。気にするな」
ヲ級「ほっ……」
雷「……なんだか今までのイメージと全然違うわ」
電「とっても普通なのです……」
空母棲姫「その深海棲艦の上に倒れてくれたら良かったのだがな。あと数センチ違えば……」
提督「……後始末が大変そうだ」
空母棲姫「それもそうですね」
暁(……あれ? この空母棲姫ってどっちが素の口調なのかしら……?)
提督「さて、一先ずだが私はレ級の後始末をしよう。各員は入渠後、安全な区画で疲れを取ってくれ。金剛への説教は陽が昇ってからだ」
全員「はいっ!」
利根「では、我輩も提督の手伝いをするとしようかのう」
提督「そうか。手伝ってくれるとありがたい」
レ級「……………………」
ガギッ──!!
提督「!!」
レ級「……やっぱりさ、やるもんじゃないね。慣れない事は」
利根「な、なんじゃぁ!? 柱に手を突っ込んだぞ!?」
金剛「あんな状態でも動きマスか……!」
ブンッ──ズゥンンッ!!
提督「鉄筋コンクリートだぞ……! 化け物か……!!」
レ級「これだから面倒なんだ。こいつらみたいな奴は……」
空母棲姫「っ!」パヒュッ
レ級「────」パシンッ
空母棲姫(やはり、見えていたら対処されますか! ならば……)ダッ
ヲ級「姫!」タッ
空母棲姫(私が囮になって、倒してもら──)チラ
ドォン!
金剛「く、っぅ……! テートクは……無事ですね」
空母棲姫「────な……」
空母棲姫(狙いを、あの方へ変えた……?)
提督「!! 金剛、退けッ! 私も下がる!」ザッ
利根「!」タッ
レ級「外したか」カコン
利根「何をしておるんじゃ!! 最前列! 撃たぬかぁ!!」ドンッ
加賀「っ!」グッ
長門「くっ……」ガチンッ
レ級「…………」
金剛「!!」
利根「金剛よ、どけぇえええ!!!」ドン
ドォン!!
利根「かはっ……く、ぅ……!!」
提督「利根……! ──総員、鎮守府はもう気にするな!! 味方への誤射をしないようにするだけで構わん! レ級へ集中砲火せよ!! 被弾した者は必ず下がれ!! そして絶対に奴へ近付くな!!」
レ級「…………」ダンッ
提督「!!」
金剛「な……! こっちへ……!?」
長門「撃てぇええええ!!! 提督たちへ近付けさせるなぁ!!」ドォンッ
レ級「カハッ……! ち……!」チャコンッ
比叡「なっ! くっ……!」
瑞鶴「!!」サッ
バァンッ!
比叡「!? 瑞鶴さん!?」
瑞鶴「いったた……。良し……被弾は私だけ、ね。──ケホッ」
比叡「な……何やっているんですか!? あんな滅茶苦茶な庇い方なん──」
瑞鶴「そんな事は良いから撃ちなさい!! なんの為に庇ったと思っているのよ!!」
比叡「────!! は、はい!」ドンッ
ガァンッ!!
レ級「ガッ……! だが……少し、遅かったな」
飛龍「…………! ダメです……! これ以上は三人を巻き込んでしまいます!」ギリッ
加賀(ここまで来ると、流石に私では……)
レ級「────ッ!」グン
提督(ぐっ……! その柱は流石に……!!)
利根「あああぁぁァアぁぁアああアアアッッ──!!!」バッ
提督「な──!? やめろ利根!!」
ゴシャッ──!!
金剛「ひっ……!」
レ級「…………これを止めるか」
利根「ハハ……ハ……。お主、も……そんな身体で、よく、動くのう……?」ググッ
響「っ……!」ダッ
暁「響!?」
レ級「!!」グッ
利根「させぬ!!」グッ
レ級(! ……逃げられん)
響「…………っ!」ザッ
レ級「──……そう、か」
響「────」ガッ
利根「なるほど……口、の中か」
レ級(これが、人間と艦娘、そしてアイツらの)
響「──堕ちろ」
レ級(可能性か──)
ダァンッ──……!
レ級「────……………………」
ドチャッ……
雷「…………!! う、ぇ……!」
提督「……見ない方が良い。いや、見るな」
バサッ……
提督(…………流石にほぼ全員が顔を逸らしたな)スッ
提督「……動ける者は、動けない者を運んで入渠と補給を済ませておけ。……今度こそ終わった」
提督(……やはり、動ける者は少ないか。いや、吐き気を堪えるだけで精一杯なのも無理はない。いくら艦娘といえど、こんなモノへの耐性などあるはずがないのだから……)
響「…………」ペタン
利根「提督よ……服、汚れてしまうぞ」フラッ
提督「野晒しにするよりはマシだ。……金剛、動けるか」
金剛「なんと、か……」
提督「無理は承知している。……すまないが、利根をドッグへ運んでくれるか。最優先で利根を修復させてやってくれ。救護妖精も呼ぶ。異常が無いか確認して貰う」
金剛「ハイ。……利根、肩を貸して下サイ」スッ
利根「すまぬの……。はー……死ぬかと思うたぞ……」ヨロッ
提督「…………」ポン
利根「?」
提督「…………」ワシャワシャ
利根「……髪がボサボサになってしまうではないか」
提督「……待っているぞ」
利根「うむ……待っておれ。すぐに向かうからの」
フラ……フラ……
提督「……響」
響「……………………」
提督「響?」
響「……司令官」
提督「どうした」
響「……落ち着かせて。いつもみたいに、足の間に」
提督「……ああ」スッ
響「…………」フラ
提督(……いつもと言いつつ、向かい合わせなんだな)ソッ
響「……司令官の匂いだ」ギュゥ
提督「…………」ナデナデ
救護妖精「──派手にやったね」
提督「! 近くに居たのか」
救護妖精「あんだけドンパチしてりゃねぇ。……あー、こりゃ確かに見ない方が良いね。何人も吐く訳だよ」ピラッ
提督「そうだな。心の傷になりかねん」ナデナデ
響「…………」スリ
救護妖精「で、あたしはどっちをすれば良いんだい? 死体処理? 傷の手当て?」
提督「後者だ。ドッグで利根を最優先に、その次は入渠前の者を診てくれ」
救護妖精「あいよ」
救護妖精(……流石に内部から撃たれたら人間と同じようになるみたいだね。理論上そうなるのは知ってたけど、実物を見るのは初めてだよ)
救護妖精(──まあ、もう私には関係の無い事だね)スッ
ヲ級「うわ……」トコトコ
空母棲姫「……終わりましたね」スタスタ
提督「ああ。あの時、お前が機転を利かしてくれて助かった。ありがとう」
空母棲姫「上手くいって良かったです」
提督「懐かしいか?」
空母棲姫「? 何がでしょうか」
提督「弓を──いや、加賀の弓を握るのが」
空母棲姫「……気付いていたのね」
提督「あまりにも似ているからな。加賀もそう思っているだろう」
空母棲姫「まあ、純粋という訳ではありませんが。……私も、この子のように混ざってはいます」
ヲ級「?」
提督「混ざる、か……。なるほどな」
空母棲姫「そんな話よりも、私も何か手伝いたいわ」
提督「そうか。ならば、ヲ級と一緒にドッグへ行って応急処置をしてやっていってくれ」
ヲ級「はーい!」
空母棲姫「……まだ早いのではなくて?」
提督「誰の艦娘たちだと思っている?」
空母棲姫「はぁ……。それもそうでした……。問題が無さそうで怖いです」
提督「良い事だ」
空母棲姫「まったく……」
ヲ級「姫、今日は、よく、笑うね」
空母棲姫「……後で頬を抓るわよ」
ヲ級「可愛いのに……」
空母棲姫「…………」
提督「変わったな」
空母棲姫「……そうね。本当、色々と変わったわ」
空母棲姫(誰かさんのおかげで、ね)
……………………
…………
……
響「──どうしても?」
提督「すまん。後で迎えに行くから、今は皆の所へ行ってくれないか」
響「……約束だよ」
提督「約束だ」
響「分かった。……なるべく早くね」タタッ
提督「ああ」
救護妖精(あー……こりゃ、あの惨状を間近で見てトラウマ背負っちゃったかねぇ……)
提督「さて、こんな真夜中に二人で話とは珍しいな。どうした」
救護妖精「皆のチェックの報告だよ。誰もが聞ける場所で話す事じゃないでしょ?」
提督「…………そうだな。報告を頼む」
救護妖精(察しちゃったかね、これは……)
救護妖精「んじゃ、まず一件目。金剛と瑞鶴は深い傷だったから、少しの間は肉体的に負担の掛かる事はさせてあげないようにしてあげてね。レ級は流石の火力というかなんというか。ありゃ本当に脅威だよ」
提督「なるほど、分かった。二人には鎮守府復旧の間、裏方をお願いして貰おう」
救護妖精「ん。そんで二件目。入渠を終わらせた子は全員、健康だよ。疲労とトラウマは除くけどね」
提督「……響のメンタルケアは私にしか出来そうにないな」
救護妖精「だね。他の子はあたしと提督が時間を掛けてゆっくりとすれば良いけど、知っての通りあの子は心に少し根強く傷を負ってる。響が一番落ち着く事をすると良いさね。あと、しばらくの間は戦いから遠ざけておいてあげてね」
提督「ああ、そうしよう。──では、本題に入ろうか」
救護妖精「……………………」
提督「…………」
救護妖精「……単刀直入に言うと、身体の何もかもがおかしくなってた。艤装も、骨も、筋肉も、神経も、内臓も……心の方もね。治そうと……いや、直そうとするくらいならば新しく作り直した方が良いくらいに」
提督「────────」
救護妖精「一応だけど本人には言ってないよ。とりあえず絶対安静だって指示を出してる」
提督「……あの鉄筋コンクリートを受け止めたのがマズかったか」
救護妖精「原因の一つがそれだね。骨の状態を見てみると、原因は受け止めた事とその後の無理な力を入れた事の二つ。骨が砕けたくらいだったらまだマシだよ。その後で大きな負担の掛かる力の使い方をしたから余計に酷くなった。よく言われている事だけど、バイクで転んで鎖骨を折っちゃった時、バイクを起こした事で入院が三ヶ月伸びたっていうのと同じさ」
提督「治そうとしたらどれくらいの時間が掛かるか分かるか?」
救護妖精「最低で一年。いくら艦娘でも、人間だったら文句無しで死んでるくらいの重体なんだよ。今のあの子は満身創痍の状態。……正直さ、なんで生きてるのかよく分からないんだよね」
提督「……そうか」
救護妖精「執念か何かなのかねぇ……。身体に特別なにかある訳でもないようだし、それくらいしか思い付かないよ。まあ、生きている以上は良い方に向かうだろうね」
救護妖精(身体の内部からくる痛みの数々を耐えられたら、だけど……)
提督「……後遺症は出てくるのか?」
救護妖精「出ない方がおかしいと思うよ。もう艦娘として戦って貰うのは諦めた方が良いかもね」
提督「……………………」
救護妖精「……利根が荒れそうだったら、しっかりと受け止めてあげなよ?」
提督「いや、それは無い」
救護妖精「ん?」
提督「あいつならば……そうだな、まずよく分かっていない顔をする。そんな訳があるのか、とな。その後、時間が経ってからソレを感じて落ち込むだろう」
救護妖精(……ふぅん。確かに言われてみればそうなりそうだね)
救護妖精「ま、利根のケアも提督に任せるよ」
提督「ああ。──他に話してくれる事はあるか?」
救護妖精「いや、今ので全部だよ」
提督「そうか。ならば聞きたい。利根はもう寝てしまったか?」
救護妖精「ん。鎮静剤を打ったら寝たよ」
提督「確か金剛と瑞鶴も救護室で寝ているはずだが、ベッドは空いているか?」
救護妖精「うん? ……ああ、響辺りでも寝かせるのかね。空いてるよ」
提督「助かる。──では、後ほど救護室に向かう」
救護妖精「あいよ」
…………………………………………。
提督(……さて、第六駆逐隊たちはここの部屋へ割り振ったはずだ。……他の子たちは、もう寝てしまっただろうか)スッ
コツッコツッ──
ガチャッ──
提督(む、早い)
響「!」ギュゥ
提督「っとと。待たせたな」
響「ん……」スリ
提督「夜遅くにすまない。……しかし、全員起きていたんだな」
暁・雷・電「…………」コクコク
提督(三人がしがみ付き合っているのを見るに、ああやって安心しようとしているのだろうか)
川内「まあ……あんなのを見た後じゃ中々ね……」グッタリ
神通「姉さん、提督の前ですよ」
川内「ごめん提督……今夜だけはこのままで居させて……」
提督「構わん。楽にしておけ」
川内「ありがと……」
那珂「川内ちゃんは、ああいうのがダメだからねー……」サスサス
川内「むしろ普通にしている二人がおかしいと思うんだけど……。背中、ありがと……」
神通「そうでもありませんよ。私も少し、気分が良くありません……」
那珂「那珂ちゃんは川内ちゃんと暁ちゃん達のこの状態を見たら、なんかねー」サスサス
川内「うぅ……姉の威厳が……」
提督「どうしても抱え切れなくなったら、いつでも私の所へ来い。頭くらいならば撫でてやれる」
川内「ごめん……今お願い……」
提督「そうか」スタスタ
響「…………」トコトコ
提督「しかし、思ったよりも繊細なんだな」ナデナデ
川内「これが普通だってば……。第六駆逐隊の四人も、他の子達もそうじゃん……」
響「…………」ギュゥ
川内「……あー。ねえ提督、抱き付いて良い……?」ウトウト
神通「あら……」
那珂(わー、大胆……)
提督「いきなりどうした……」ナデナデ
川内「んー……第六駆逐隊の子達みたいにー、人肌を感じたら落ち着くのかなーって……」ウトウト
提督「……………………」
提督「……撫でるだけで我慢してくれ」ナデナデ
川内「えー! なんでー!!」ガバッ
那珂「川内ちゃん元気じゃん!?」
川内「……あれ?」キョトン
神通「あ、あはは……」
提督「…………」
川内「……んー…………でも、気分があんまり良くない……なぁ。割とマシになったけどさ」
響「川内さんも私の気持ちが分かるみたいだね」
川内「いやー、たぶん響ちゃんまではいってないとは思うけど……。──あ、そうだ! 今日は皆で一緒に寝ない? こう、一つの布団で寄ってさぁ!」
暁・雷・電「…………!」コクコク
川内「よっし! じゃあ床に布団引こう布団! しばらくはこのままで良いかもしれないね!」
提督(……人肌は落ち着かせる、か。響も、川内のようにいつもの調子に戻ってくれると嬉しいのだが)
提督「では、私たちはそろそろ向かう。何かあったら救護室へ来てくれ」
神通「はい。響ちゃんをよろしくお願いします」
那珂「元気になってねー?」
暁「……響」
響「ん」
暁「…………響はよくやってくれたわ。響が居なかったら、どうなってたか分からない……。だから、えっと……司令官を、皆を守ってくれて、ありがとう」
響「……うん。そう言ってくれると嬉しいよ。大丈夫。不死鳥は今、休んでいるだけだから」ギュゥ
響「少しの間だけ……。だがら、すぐに戻ってくるよ」
暁「分かったわ。……私達も、響には負けないから」
響「うん、勝負だよ」
提督「……朝も近付いている。集合は昼からだが、寝過ごさないようにしておくように」
神通「はい、分かりました。提督、響ちゃん、おやすみなさいませ」
…………………………………………。
響「ヤダ」
金剛・瑞鶴「……………………」
救護妖精(あー……言うと思ったよ)
提督「なぜだ……」
響「司令官も一緒に寝てくれないとヤダ」
提督「しかしだな……」
響「…………」ヂー
提督(これは困った……)
瑞鶴「……まあ、分からないでもないけどさ」
金剛「分かるのデスか」
瑞鶴「なんか落ち着くしね。お父さんみたいで」
金剛「では、響にとってはダッドよりもダディという感覚なのでショウかね?」
瑞鶴「ごめん金剛さん、その例え分かんない」
金剛「んー……日本語で言うならば『父さん』と『パパ』の違いみたいなものデス」
瑞鶴「あー、なるほど。なんとなく分かったわ。父親に甘えるみたいなものなのね」
響「むしろ、どうしてダメなんだい?」
提督「風紀の問題が一番だ。あの島ならばともかく、ここは大勢の目がある鎮守府だ。風紀の乱れは指揮の乱れにも繋がりかねん。なんでもかんでも規制するという訳ではないが、自由過ぎるのも問題があるだろう?」
響「…………」
提督「そう落ち込んでくれるな。寝るまでは膝の上でも脚の間でも構わん。それで手を打ってくれないか」
響「……膝の上が良い」
提督「分かった」ギシッ
響「ん、しょ……」チョコン
提督「…………」
金剛・瑞鶴(……向かい合って?)
響「……座りにくい」
提督「それはそうだ。ソファに背もたれがあるのは当然だろう? 私と同じ向きに座れば楽だぞ」
響「じゃあ、後ろから抱いてくれる?」モゾ
提督「どうしてそうなる……暁たちから何か変な知識でも貰ったのか?」
響「違うよ。ただ単純に、司令官の体温を感じたいんだ」
提督「……そうか」
響「うん。そうだよ。司令官は柔らかい温かさがある。抱き締められると、凄く落ち着くんだ。……なんて言えば良いのかな。守ってくれてる? そんな感じだよ」
提督「……………………」
救護妖精「まあ、それくらいなら良いんじゃないの? 治療と思いなって」
金剛・瑞鶴「?」
瑞鶴(なんだろ。何か違和感が……)
金剛(『それくらいなら』って、どういう意味が含まれているのデスかね……?)
提督「…………」チラ
金剛「?」
提督「…………」フイッ
金剛「…………?」
提督「分かった。響にとって落ち着くのならばやろう」
金剛(あ……)
響「うん、お願い司令官」
提督「ほれ」ソッ
響「……うん。これは良いものだ」ホゥ
提督「そうか」
金剛(なんとなくデスが分かったような気がしマス。きっと、テートクは本当の『金剛』の事を……)
金剛「……………………」ズキッ
金剛(? 傷が痛んだのでショウか)ソッ
救護妖精「ん? どうしたんだい金剛」
金剛「あ、いえ。少しデスが胸が痛みまシテ」
救護妖精「傷口でも開いたのかねぇ……ちょっと診察するから奥に来な」トコトコ
金剛「ありがとうございマス」スッ
瑞鶴「無理はしないでよ、金剛さん」
金剛「イエス。何かおかしいと思ったらすぐに伝えるデス。無論、瑞鶴も同じデスよね?」
瑞鶴「うん。私も変な我慢なんてする気は無いわ」
響「二人とも、身体は大事にしてね」
金剛「響もしっかりと休んで下サイね?」
響「勿論だよ。──ところで司令官。今日は一緒に寝てくれるかい?」
提督「寝るまで傍に居てやるから、それで勘弁してくれ……」
響「……うん」
提督「私も今夜はここで寝る予定だ。このソファで寝ているから安心しろ」ナデナデ
響「……ソファだと疲れが取れないよ。だから一緒に寝よう」
提督「そういう訳にもいかん。こればかりは譲らんぞ」
響「……分かった。諦める……」シュン
提督(……心が痛むな、これは)
…………………………………………。
金剛「すぅ……」
瑞鶴「くー……くー……」
響「すー……」
利根「…………」モゾッ
利根(……寒い……痛い…………)ボー
フラフラ……
利根「…………」
提督「…………」
利根「…………」ギシッ
提督(──む?)
利根(あったかい……)ソッ
利根「…………くー……」
提督(……まったく。寝惚けてここへ来たのか。そのままだと風邪を引いてしまうだろうに……。よっと……膝枕だが我慢してくれよ)モゾッ
利根「ん……………………くー……」
提督(…………利根……)
提督「……………………」ギュゥ
……………………
…………
……
提督「……………………」
利根「くー……くー……」
響「すー……」
提督(結局、響も来てしまった……。肩に寄り添うだけで良いとは言っていたが、この状態で寝ても疲れるだけだぞ)
ガチャ──パタン
提督(む)
救護妖精「……………………」
提督「…………」
救護妖精「……どうしてそうなってるんだい?」
提督「分からん」
救護妖精「はぁ……。提督もらしくないねぇ。何があったのさ?」
提督「……ん?」
救護妖精「提督だったら利根をベッドに戻していそうじゃないか。身体に悪いからーってさ」
提督「……言われてみればそうだな。絶対安静という指示を出すくらいだ。身体に障りそうな、こんな体勢をなぜ……」
救護妖精「…………」
救護妖精(これは……提督も重症なのかね……?)
救護妖精「……提督」
提督「どうした」
救護妖精「診察を受けな。これは医者としての命令だよ」
提督「……そんなに深刻か」
救護妖精「そうだねぇ。放っておけば深刻な問題になるかもね」
提督「分かった。昼過ぎに時間を空けておく。その時に──」
救護妖精「今すぐだよ。事は急を要する。まだ誰も起きていないんだから仕事には一番支障が出ないはずでしょ?」
提督「今すぐか……。二人を起こさないようにしなければな」ソッ
響「すー……」
利根「……くー…………」
救護妖精「見事な手際だね。──じゃあ、隣の部屋で診察するよ」トコトコ
提督「ああ」ツカツカ
利根「……………………」
ガチャ──パタン
救護妖精「さてと……。提督、まずはアタシの質問に正直に答えてね」
提督「診察じゃなかったのか?」
救護妖精「診察っていうよりもカウンセリングだよ。──単刀直入に言うと、提督は精神が弱っている可能性が高い」
提督「私が? まさか」
救護妖精「昨日の夜、利根があの三人のようになるんじゃないかって思わなかったかい」
提督「……ああ。確かに思った」
救護妖精「そして、利根がベッドから抜け出して提督の寝ているソファに来た時、提督は起きなかったかい?」
提督「起きたな」
救護妖精「妙な不安とかあったんじゃない?」
提督「……否定しない」
救護妖精(……踏み込むのはここまでかねぇ)
救護妖精「不安に感じたら周りに頼っても良いんだよ。提督って立場は誰にも頼る事が許されないなんて事はない。提督だって一人の人間なんだからね」
提督「……だが、示しが付かなくないか?」
救護妖精「私の知っている限りじゃ提督は艦娘から心底信用されている。それに、どっかの誰かさんとそっくりでお人好しだからねぇ。弱い部分を見せても逆に嬉しく思うんじゃないかね。頼ってくれたーってさ」
提督「…………」
救護妖精「まあ、そういう事さね。悩みがあったら何でも言ってきな。──深海棲艦の二人もそうだけど、隣で寝ている新人三人の事もね」
提督「なんの事だ?」
救護妖精「過去の行いから、私は視ると分かるんだよねぇ。あの三人が訳有りだっていうのが」
提督「……なるほど。お前も訳有りという事か」
救護妖精「そういう事さね。ただ、こんな事を言ったのは提督が初めてだよ。バレたら大問題だかんね」
提督「ならばなぜ言った?」
救護妖精「私だけが一方的に秘密を知っているのはフェアじゃないからねぇ。あと、提督の事を信頼しているからだよ」
提督「…………」
救護妖精「あの三人の事に関しては私の方からも手を回しておくから安心しておきな。不審に思う子は居るはずだかんね」
提督「……そうか」
救護妖精「あと、勿論だけど私の事も秘密にしてね」
提督「お前が黙っていてくれる限り、私も秘密にしておこう」
救護妖精「オッケー。──じゃあ、後で誰かに頼ってきな。提督は艦娘だけじゃなくてアタシにとっても大切なんだよ」
提督「……そうだな。のんびりとやるとしよう」
救護妖精「そうさね。こういうのは気長にのんびりやるのが一番さ」
…………………………………………。
提督「──では内容を簡潔に繰り返す。戦艦・正規空母は瓦礫の撤去。重巡・軽巡・軽空母は再利用可能な物資の判別と整理。駆逐・潜水艦は掃除と入渠の終わっていない者や入渠では治らない傷を負っている者への応急手当だ。なお、これらとは別の指示を与えられている者はその指示に従うように」
提督「また、鎮守府の砲撃を受けた壁は非常に崩れやすく危険だ。装甲の薄い者は特に近付くな。以上だ。判断に困った事があれば私へ訊きに来い。私は臨時司令部室で事務作業をしている」
全員「はい!!」
提督「では、休憩の際は放送で知らせる。無論、無理はしないようにし、少しでも異常を感じた場合はすぐに救護班から手当てを受けろ。──この場の事は任せたぞ、加賀、大淀。大まかな処理の優先順位は渡した紙面通りだ。後は状況に応じて指示を変えてくれ」
加賀「分かりました。こちらはお任せ下さい」
大淀「提督もご無理はなさらないで下さいね」
提督「ああ」スタスタ
加賀「──さて、大淀さん。初期の指示は駆逐艦、潜水艦の子達の管理をお願いしても良いかしら。私はそれ以外の方々に指示を出します」
大淀「はい、分かりました。──朝潮型の皆さんは、まず用意されているテントを組み立てて下さい。陽炎型の皆さんはドックで入渠待ちの方々と入渠では治りそうにない方を判別し、後者の方を設置したテントで応急処置をお願いします。それ以外の駆逐艦、潜水艦の方は、瓦礫の無い工廠方面と食堂方面から掃除をお願いします」
加賀「戦艦・空母の方はこの転がっている鉄筋コンクリートから撤去をお願いします。その後の指示は後を追って説明します。重巡・軽巡の方は辺りに補給用として設置した弾薬や燃料を、軽空母の方は艦載機やその他資材を工廠へ運んで下さい」
加賀「以上です。何か質問や分からない点はありますか?」
全員「ありません!」
加賀「良い返事です。それでは、作業に移って下さい」
長門「──さて、まずはあのレ級が振り回していたこの柱からだな」
比叡「こんなもの……どうやって振り回していたんでしょうか……」
飛龍「実は普通に持てるとか? よっこい……しょっ──!」グッ
蒼龍「……どうなの、飛龍?」
飛龍「む……無理……!」プルプル
蒼龍「だよねー……。動きすらしないのが普通よねー……」
長門「まったく、本当にアレは化け物だな」
榛名「……これを受け止めた利根さんも凄いと思います」
長門「肩と腕で受け止めていたな。……恐らく、肉が潰れて骨が砕けただろう。身体の表面ではなく内部も含めた全体に激痛が走ったに違いない」
蒼龍「や、やだやだやだ! そんな痛そうな事言わないでよぉ!」
長門「む……すまない」
赤城「さあ、お喋りはここまでにして運びましょう。私たちが動かなければ他の方々も動き辛いはずです」
長門「そうだな。では、私は根元を持とう」グッ
霧島「では、ご一緒しますね」ガッ
飛龍・蒼龍「…………」グッ
赤城「翔鶴さんはこちらをお願いします」グッ
翔鶴「はい。畏まりました」ソッ
榛名「私達も準備はオーケーです」ソッ
比叡「では、いきますよー! それー!!」グッ
ググッ……!
長門「む、ぅ……! これは……相当キツいな……!!」フラ
ドズン……
霧島「……いっその事、バラバラに壊してしまうのも手かもしれませんね」
長門「そうだが、今は工廠も忙しいだろう。道具を借りられれば良いのだが……」
赤城「困りましたね……」
ヲ級「──ね!」ヒョコッ
比叡「うひゃぁ!?」ビクン
長門「む……貴様か。どうした?」
ヲ級「私達も、手伝う!」
蒼龍「達って事は」キョロ
空母棲姫「……これだな」トコトコ
飛龍「え、あ……はい。かなり重いので、気を付けて下さいね」
空母棲姫「ああ」グイッ
ヲ級「えーい!」グイッ
長門「なっ……!」
赤城「…………!!」
翔鶴「たった二人で……」
霧島「なんて事……」
比叡「ひえー……」
榛名「…………」パチクリ
飛龍・蒼龍「…………」ポカーン
空母棲姫「案外いけるな。これをどこへ運べば良い?」
長門「あ、ああ……。工廠の横に廃材置き場がある。その隣に置いてくれ」
空母棲姫「あの場所か。分かった」スッ
ヲ級「行ってきます!」
長門「……酷く負けた気分だ」
霧島「ず、頭脳ならば負けませんよ……!」
比叡(……頭脳……頭…………頭突き?)
霧島「……比叡お姉様、何か失礼な事を考えていませんか?」ジッ
比叡「そ、そんな事ないわよ!?」ドキッ
霧島「…………そういう事にしておきましょうか」
比叡(ほっ……)
飛龍「……………………」ヂー
蒼龍「? 飛龍、空母棲姫さん達がどうかしたの?」
飛龍「えーっと……提督の軍服と帽子、まだ着けてるんだなーって思って」フイッ
蒼龍「じゃないと敵と間違えられちゃうかもしれないじゃない」
飛龍「……まあ、そうだよね。うん、そう……」
蒼龍(あ、これ絶対に嫉妬してる)
飛龍「…………」チラッ
蒼龍「もー、可愛いなぁ飛龍めぇ!」ギュー
飛龍「わっわわっ!? い、いきなりどうしたのよ?」
蒼龍「いやいや、なんかこう、ね?」ナデナデ
飛龍「もう……」
長門「遊んでいるとあの方に吊るされるぞ」
飛龍・蒼龍「ご、ごめんなさい!」ピシッ
長門「うむ。──では、あの崩れて山となってた瓦礫を片付けるとしようか」
長門(……ここの鎮守府は、こんな状況でも温かいのだな。……調べた鎮守府異動の件……本当にやってみても良いかもしれないな。出来れば、希望者をこちらへ全員異動させたい)
長門(…………あの愚か者がくたばっているのであれば、その異動も楽に行えるのだが……どうなっているのやら)
…………………………………………。
ヲ級「ね、ね、姫」
空母棲姫「どうしたのかしら」
ヲ級「私達、どうして、見られてるの?」
睦月・如月・初霜「…………」ジー
望月・弥生「!」ビクッ
空母棲姫「……そうなるのも無理はないわ。そっとしてあげなさ──」
ヲ級「え?」ブンブン
空母棲姫「……どうして手を振っているのかしら」
ヲ級「なんとなく?」ブンブン
空母棲姫「止めてあげなさい……困っているでしょう」
ヲ級「はーい……」スッ
空母棲姫「……仲良くなったら、いくらでも手を振って良いから。今は少しだけ我慢しておきなさい? きっと、いつか仲良くなれると思うわ」ナデ
ヲ級「うん!」ニパッ
初霜「……なんだか、普通ですね」ヒソ
睦月「本当……怖くないのです。むしろ……」ヒソ
弥生「方や無邪気で、方や丸くなった加賀さん、です……」ヒソ
如月「じゃあ、手を振ってみましょうかしら」フリフリ
ヲ級「!」ブンブンブン
望月「うわ……めっちゃ手ぇ振ってる……」
初霜「喜んでる……のかしら?」
睦月「あ、空母棲姫さんがヲ級ちゃんと何か話していますよ」
空母棲姫「…………」スッ
ヲ級「!」ピシッ
弥生「敬礼……なんで?」
望月「さあ……」
初霜「ただの挨拶かもしれない……のかしら……?」
如月「そうだったら、如月たちも……ちゃーんとお返事をしなくちゃいけないわね」ピシッ
四人「……………………」
四人「…………」ピシッ
弥生「……行きましたね」
初霜「本当に普通なのね……」
睦月「……こんな事を言うのは変かもしれませんが……睦月、空母棲姫さんやヲ級ちゃんと仲良くなれそうと思っちゃったのです」
望月「仲良く、ねぇ……」
弥生「…………」
如月「まぁまぁ。仲良くなれそうだったら良い事よ? ねっ?」
初霜「……それもそうですよね。今度、何か話してみるわ」
睦月「初霜ちゃんが行くのならば、私も行くのですよ!」
如月「私も、何か話題を探しておきましょうっと」
望月「……あたしは、もうちょっと様子を見るわ」
弥生「弥生も、です」
暁「こらー! そこ、サボらないの!」ガンッ
響「あ」
五人「は、はーい!」タタッ
暁「まったく。困っちゃうわ──って、あぁーっ!? なんで集めたゴミが引っくり返ってるの!?」
響「暁がさっき箒を当てたからだよ」サッサッ
暁「そ、そんなぁ!?」
雷「もう。暁ったら」サッサッ
電「で、でも、今日は風が弱いから飛んでいってはいないのです」
響「うん。それが幸いだね」
暁「うぅ……」
響「さ、今度は向こうだよ」トコトコ
暁「……うん」
響「? どうしたんだい。さっきの事はそんなに気にしなくても良いんじゃないかな」
暁「違うわよ。……響、あなた司令官と一緒じゃなくても平気なの?」
響「ん。大丈夫だよ。怖いのは夜だけさ。暗い中で赤色を見るのも……だけど。明るかったり一人じゃなかったら大丈夫さ」
暁「そっか……」
響「それに、今は皆が居るから何も問題無いさ」
雷「あら、もーっと私を頼っても良いのよ!」
響「その時はお願いするよ」
電「あ、あの! 私もお手伝いするのです!」
響「うん。ありがとう電」
暁「もう! 私が一番お姉さんなのよ! 頼るのなら私に頼りなさい!」
響「暁がいっぱいいっぱいになりそうだから、それは止めておくね」
暁「どうしてよーッ!!?」
響「冗談さ。お願いね、暁」
暁「ふん! まあ、レディはこのくらいの事で怒ったりはしないわ。懐は大きく、よ」
響「じゃあ、お姉さんの暁、次はどこを掃除する?」
暁「あっちよ! まだ誰も手を付けていないもの!」
響「了解した。さ、行こうか」
雷「はーい! 行っきますよー!」
電「なのです!」
響(……うん、やっぱり姉妹だ。こうしていると、とても落ち着く。……向こうではまともに話した事が無かったから、かな。今まで姉妹だけど姉妹じゃない感覚だったけど、今はとても……とても嬉しくて、姉妹だって感じる)
響(ここに来て、本当に良かった)ニコッ
…………………………………………。
提督「…………」サラサラ
利根「…………」カリカリ
金剛「…………」サラサラ
瑞鶴「…………」カキカキ
提督「……さて、一先ず早急に送る資料は今日中に作成できそうだ。これから電話口から報告をせねばならん。その間は引き続き今やっている仕事を頼む」スッ
利根「分かったのじゃ」カリカリ
金剛「了解デース」サラサラ
瑞鶴「……提督さん、お仕事すっごく早い」カキカキ
提督「これも慣れだ。それよりも、三人とも無理はしてくれるなよ? 疲れたりしたら休んでも構わないからな。特に利根。お前は本来安静にしておかなければならんのだからな」
利根「うむ。少しでも体調が悪いと感じれば、すぐに提督と救護妖精に伝えるぞ」
提督「ああ。──では、少しの間ここを頼む」
ガチャ──パタン
瑞鶴「……なんだろ。提督さん、なんかちょっと変わった気がする。なんだか急に心配性になったような……」
利根「うむ。良い事じゃ」カリカリ
金剛「…………?」サラ
瑞鶴「え? どういう事?」
利根「あれが提督の素じゃよ。言葉は悪いが案外、臆病なのじゃ」カリカリ
瑞鶴「臆病……? あの提督さんが?」
金剛「全くそうは見えまセン……」サラ
利根「単純に隠しておるだけじゃ。他人にのみじゃが、多少は無理をしても良い所でも引く。どうしても無茶をせねばならぬ時でも必ず逃げの道を作らせる」カリ
瑞鶴「でも、あのレ級の時なんて無理無茶無謀な事をしてたじゃない」
利根「あれは自分にだけであろう?」
金剛「……確かに」サラ
利根「どこか壊れてしまったんじゃろうなぁ……。自分の事は蔑ろにしがちではあるが、他人の事になると途端に安全策しか取らぬ」カリ
瑞鶴「……そう言われてみるとそうよね」
金剛「なんだか……寂しいデス」サラサラ
利根「あればっかりは許してやってくれぬか。過去にあった事があった事じゃ。そうなってしまってもおかしくない」カキ
瑞鶴「まあ……そうよね……」カキ
金剛「…………」ジー
利根「! ──ん? どうしたのじゃ金剛?」カリカリ
金剛「腕を伸ばして貰っても良いデスか?」
利根「……むぅ。どうしてじゃ?」カリカリ
金剛「利根も無理をする所はテートクと変わらないデス」
瑞鶴「え?」
利根「……むむぅ」
金剛「ホラ、テートクのインストラクション、デスよ?」ソッ
利根「……仕方が無いのう」スッ
瑞鶴(あ、そっか……身体、痛いんだよね……)
トコトコ──
利根「それにしても……ここの簡易ベッドはやけに柔らかいよの」ギシッ
金剛「きっと、利根の為に用意したのだと思うネ」ナデナデ
利根「ぬ? どうして頭を撫でるのじゃ?」
金剛「なんとなく、デス」ナデナデ
利根「…………」
金剛「…………」ナデナデ
利根(──ああ……そういう事かの? 我輩が少しでも落ち着けるようにと、こうしてくれておるのか……)
金剛「…………」ナデナデ
利根(提督がよく頭を撫でる姿を見ておるから、それに倣って……といった所じゃろう)
利根「ありがたいぞ」ニコ
金剛「いえいえ」ナデナデ
瑞鶴(……私も頑張らなきゃ)カキカキカキ
…………………………………………。
コンコンコン──
金剛「! ハイ、どうぞ」
ガチャ──パタン
提督「今戻った」
金剛「おかえりなさいデース」
瑞鶴「提督さん、おかえりなさい」
金剛(……あれ?)
提督「……ん? 利根は寝てしまったのか?」
金剛「イエス。少し無理をしようとしていまシタ」
提督「なるほどな。後で説教だ。すま──……いや、ありがとう、二人とも」
瑞鶴「気付いてくれたのも、横になるように促したのも金剛さんよ。……ごめんね、提督さん」
提督「……なぜ謝ったのかは分からんが、こういうモノは誰もが気付けるという訳ではない。そう思ってくれるだけで充分だ」
瑞鶴「あ」
提督「ん?」
瑞鶴(……そうだった。あの人の常識とここの常識は違うんだった。……やだなぁ、染み付いちゃってる)
提督「…………」ポン
瑞鶴「?」
提督「少しずつで構わない」
瑞鶴「……うん!」
金剛「……ところでテートク。何か良くない事でもありまシタか?」
提督「…………」
瑞鶴「……提督さん?」
提督「……無かったといえば嘘になる」
金剛「…………伺ってもよろしいデスか?」
提督「……………………」
瑞鶴「えっと……もしかして私達に関係する事?」
提督「ああ……」
金剛(……なんとなくデスが、予想が付きマスね)
瑞鶴「提督さん、私……知りたい」
提督「……………………」
金剛「…………」
提督「……長門が居る時に話そう」
金剛「分かりました……」
瑞鶴(それって……そういう事よね)
コンコンコン──。
提督「入れ」
ガチャ──パタン
金剛・瑞鶴「!」
長門「提督、質問があってやって来た」
提督「どうした?」
長門「空母棲姫とヲ級の二人が手伝ってくれたおかげで、瓦礫の撤去はそろそろ終わりそうだ。戦艦と空母は次、何をすれば良いだろうか?」
提督「そうか。明石、建造妖精、開発妖精が鎮守府の建て直しをするはずだ。その際に必要な資材の運搬や手伝いをしてくれるか」
長門「ああ、分かった。……それと、もう一つ質問したい事が出来た」
提督「なんだ」
長門「……二人の様子がおかしいが、何かあったのか?」
金剛・瑞鶴「……………………」
提督「……そうだな。丁度良い。長門、今夜みんなが寝静まった後、救護室へ足を運んでくれ。そこで話す事がある」
長門「了解した。……まさかとは思うが、その時にいつぞやに言っていた吊るすという罰を与えるのか?」
提督「それは現状が落ち着いてからだ。楽しみにしておけ。下田鎮守府の事で話がある」
長門「……なるほど、その話か。二人にはもう話したのか?」
提督「いや、まだだ。三人が揃っている時に話そうと決めた所だ」
金剛・瑞鶴「…………」
提督「……以上だ。戻って良し」
長門「はっ」ピシッ
ガチャ──パタン
瑞鶴「……あの、提督さん」
提督「どうした?」
瑞鶴「……大丈夫、よね?」
提督「……それについては夜に話そう。この場では誰が聞いているか分からん」
瑞鶴「うん……ごめんなさい……」
提督「…………」ナデナデ
瑞鶴「……えへ」ニコ
金剛(……少し無理して笑っているのが分かるネ)
提督(これだと、話すのが少し怖いな……。だが、隠すのも為にはならない、か……)
…………………………………………。
提督(……さて、時刻は二十時……そろそろ来る頃だろうか)
利根「くー……」
提督「……………………」ナデナデ
コンコンコン──ガチャ──パタン
長門「失礼する」
提督「来たか。……すまんが、少しの間だけ待っていてくれるか。それと、利根は寝ているからソファの方へ行こう」スッ
長門「了解した。しかし、何かあったのか?」
提督「見ての通り、金剛と瑞鶴、響がまだ来ていない。三人とも、今は姉妹艦と一緒だろう」
長門「なるほど。姉妹の交流という事か」
提督「私が言うのも変だが、堅苦しい言い方だな。ただ単なるお喋りでも良いだろうに」
長門「……私のキャラではない。むしろ『お喋り』という単語は悪い意味にしか聞こえん」
提督「難儀な性格だ。だが、それもここで長く暮らすと認識が変わるだろう」
長門「ほう?」
提督「下田鎮守府の事は多少耳にしていたが、今回は少し詳しく調べさせて貰った。率直に言うと、あれは独裁であり監獄だな」
長門「そうだな。否定のしようがない。だが、突き詰めると私達は消耗品にしか過ぎん。そうなる鎮守府も在るには在るだろう」
提督「違いない。しかし、消耗品と言ってしまえば私も艦娘と変わらんよ」
長門「……うん? どういう意味なんだ?」
提督「所詮、人も消耗品でしかないという事だ。艦娘の提督になる為には特別な何かが必要だというのは分かっているが、この国に蔓延っている鎮守府の数を考えれば極端に珍しい訳でもない。今は人手が足りないらしく、こんな私でもまた提督としてやれているが……前はもっと多くの提督が居たぞ」
長門「……なるほど。総司令部という観点から言えば、提督という存在もまた駒の一つにしか過ぎないのか」
提督「そういう事だ。死んでしまえば補充すれば良い話だからな。もっと大きく言ってしまえば、総司令部もこの国という枠組みの中では駒の一つでしかない。壊滅すれば新しく作り上げられる。そうなると形在るモノは全て消耗品だ」
長門「悔しいが反論のしようが無い。結局の所、どう意識するかで何もかも違って見えるという事か」
提督「頭がよく回るようで助かる。つまりはそういう事だ。──そして、私に付き従ってくれる艦娘に自分が消耗品だと思って暮らしている艦娘は居るように見えるか?」
長門「見えない。本当に普通だ。今を生き、明日を目指し、戦いという使命を除けば自由に暮らしている」
提督「私としては鎮守府の外にも目を向けて欲しいのだが、どうしてか全員が興味を持とうとしなくて困っているくらいだ」
長門「それはもう、そういうものだと諦めておく方が良いと思うぞ。私たち艦娘にとって、提督と鎮守府が全てだ」
提督「例外は目の前に居るようだが?」
長門「……意地の悪い人だ。貴方も提督であり、ここは鎮守府。それで良いだろう?」
提督「くっくっ。そうだな」
長門「……………………」
提督「どうした」
長門「いや……そういう笑い方もするのだなと思ってな」
提督「……似合わないとかは言うな」
長門「では、この言葉は呑み込んでおこう」
提督「そうしてくれると助かる。──さて、来たようだぞ」
…………コンコンコン──ガチャ──パタン
金剛「ソーリィ。遅くなってしまいまシタ」
瑞鶴「ごめんね。金剛さんと同じで話し込んじゃった」
響「イズヴィニーチェ……」トトト
響「…………」ギュゥ
提督「構わん。今はまだそういう時であってもおかしくない。むしろ、姉妹と話していて楽しかったかどうかを聞きたいくらいだ」
響「楽しいよ。本当、時間を忘れてしまいそうになるくらいにね」
金剛・瑞鶴「……………………」
提督「金剛、瑞鶴、どうした?」
瑞鶴「あの、さ……怒らない……?」
提督「何の事かは分からんが、言ってみろ。怒るかどうかなど聞く前からは分からんよ」
瑞鶴「えっと……心配してくれる翔鶴姉ぇと何気ない話とかしているのは、楽しいって思ったと同時に……ちょっと辛かったかも」
金剛「私もデス……」
響「…………?」
提督(……そういえば、長門はさっき『姉妹の交流』と言っていたな。という事は、向こうでは姉妹の交流をするのは珍しかったのか? その珍しい中にあったのが金剛と瑞鶴だったのかもしれん)
提督「そうか……」
四人「……………………」
金剛「……テートク……下田鎮守府はどうなりまシタか?」
瑞鶴「なんとなくは想像できるけど……それでも知りたいの」
提督「……………………」
四人「…………」
提督「……結論から言おう。下田鎮守府は壊滅した」
金剛「やっぱり……ですか」
提督「下田の提督は即死だったそうだ。敵の砲撃は司令部室に直撃したらしい。提督が居ない状態でも錬度の高い彼女たちは奮闘し、生き残った艦娘は数多く居たとの事だ」
瑞鶴「全員が沈まなかっただけマシなのかしら……」
金剛・長門「…………」
響「……金剛さん、長門さん」チラ
長門「今はどれくらい残っているんだ?」
提督「ゼロだ」
瑞鶴「────え?」
長門「……そう、か」
金剛(やっぱり、デスか……)
瑞鶴「え……? どういう、事? だって、さっき生き残った艦娘は一杯居るって……」
提督「提督の居ない艦娘だぞ。どうなるかは予想が付くだろう」
瑞鶴「……解体?」
提督「そうだ。全員、解体された」
瑞鶴「それって……もう、私たちと会えないって事?」
提督「そうなる。解体をした艦娘と会ったという話は聞いた事が無い。艦娘時代の記憶を失っているのか、それとも機密保持の為に監禁されているのか、それとも処理されてしまったのかは分からない。ただ言える事は、会う事は絶望的だという事だ」
瑞鶴「ちょ……処理って……」
提督「……あくまでも可能性だが、そういう事だ。同じ人間が何人も居る事はおかしい話だからな」
瑞鶴「…………」
長門「酷かもしれんが、諦めておく方が良いかもしれん」
金剛「……ハイ」
瑞鶴「……………………」
響「……話の延長になるんだけど、長門さんの扱いはどうなるの? 確か、教育の為にここに居させているんだよね」
提督「それに関してだが、長門は私が引き取る事となった。報告書を読む限りでは何も問題なく運用できていると判断されたらしく、解体か引き取りかを選べと言われたのでな」
長門「では、正式に貴方の艦娘となる訳か」
提督「そういう事だ。これからもよろしくだ、長門」
長門「ああ……。こちらこそよろしくだ」
提督「そして……金剛、瑞鶴」
金剛「……ハイ」
瑞鶴「…………」
提督「明日は自由にして良い。せめて、それで心を落ち着かせてくれ」
金剛・瑞鶴「…………」コクン
提督「……以上だ。では、これからは自由時間とする」
金剛「…………テートク」
提督「……どうした」
金剛「……今夜だけは、我侭を言っても構いまセンか」
提督「どんな我侭だ?」
金剛「傍に……傍に、居て下サイ。テートクは消えないと……安心させて下サイ……」
提督「……隣に座っておけ」
金剛「ありがとうございマス……」ソッ
響「……………………」
響(……金剛さん、本当に悲しんでるみたいだ。元司令官の事が好きなのは思い込んでいるだけだって思ってたけど……まさか、本当にあんな人が好きだったのかな)
響(そういう私も、前はあの人の事を……)
響「…………」
瑞鶴「……私は翔鶴姉ぇの所に行ってくる」スッ
提督「ああ。救護妖精には私が許可したと言っておく」
瑞鶴「ありがと、提督さん……」トボトボ
ガチャ──パタン
長門「……瑞鶴の気持ちも分からんでもないな。交流が深かったとは言えないが、私も陸奥や酒匂たちが少し気になっていたくらいだ」
響「…………」
提督「どうした、響」
響「ん、なんでもないよ。少し海を見てきても良いかい?」
提督「構わんが、私もついていった方が良いか?」
響「いや、今日は一人が良い。気遣ってくれてありがとう、司令官」スッ
響「……………………」トコトコ
ガチャ──パタン
長門「……大丈夫なのだろうか、響は」
提督「判断が難しいな……。少し無理にでも一緒になった方が良かったかもしれんが……」
金剛「……テートク、私は少し心配デス」
提督「今は自分の事だけを考えて良いんだぞ、金剛。──長門、すまんが響の様子を見てきてやってくれないか」
長門「ああ、分かった」スッ
利根「──いや、それは我輩に任せてくれぬか」トコトコ
提督「む、起こしてしまったか」
利根「少し前に自然と起きたのじゃ。寝ておくと少しマシになったのう」
提督「そうか。……しかし、お前こそ自分の身体を大事にしておかなければならんだろう。許可は出さんぞ」
利根「すまぬが行かせてくれ。響の問題は、恐らく我輩でないと解決できぬぞ」
提督「響の問題? それはこの間のレ級の事ではなくか?」
利根「そうじゃ。じゃが、もし我輩だけでは無理じゃと思うたら……その時は提督を呼ぶぞ」
提督「……………………」ジッ
利根「……………………」
提督「……ああ。頼んだぞ、利根」
利根「うむ! 任された!」
提督「だが、身体に大きな負担は掛けない事。これだけは約束してくれ」
利根「分かっておる。我輩も早く元気になりたいからのう。──ああそうじゃ、金剛よ」ヂー
金剛「ハ、ハイ」
利根「……今夜だけじゃからな。じっくり堪能しておくと良い。普段ならば押し退けてやるからの」
金剛「──ハイ」
利根「うむ! では、行ってくるぞ!」ガチャ
パタン──
金剛「……利根にしか解決できない問題とは何でショウか」
提督「それは分からん。ただ言える事は、私は利根を信じるという事だ」
長門「信頼しているのだな」
提督「当然だ。こんなにも私の事を信用し、信頼し、尽くそうとしてくれる子達を信頼するなと言う方が難しい」
長門「だが、そうだと言って無条件に信頼するのか?」
提督「無論違う。いつもの利根であれば私は止めていただろう」
長門「ほう」
提督「あの目は何かを確信している目だった。私の気付いていない響の何かを、利根は感じ取っているのだろう」
金剛「何かを……」
金剛(……何を感じたのでショウか。私には、急に響が落ち込んだようにしか見えなかったデス……。一体、何があったのデスか……?)
金剛「……………………」
提督「…………」ポン
金剛「?」
提督「利根に任せておけ。さっきも言ったが、今は自分の事を一番大事にして良いんだ」
金剛「……ハイ」ソッ
提督(む? 肩へ寄り掛かってきた?)
金剛(ごめんなサイ利根……そして、ありがとうございマス。今夜だけ……この夜だけデスから、許して下サイ……)
提督(……こういう時、あいつはこうしろと言うんだろうな)ナデナデ
金剛「!」
金剛(──ああ……あのアイレットでテートクに抱き締められて……頭を撫でて下さった時の事を思い出しマス……)
金剛(温かくて、優しくて、落ち着けて……私が『テートク』に望んでいたモノ……)ジワ
金剛(今夜だけ……お二人のご好意に甘えてしまいまショウ……)
…………………………………………。
響「…………」
響(私は……おかしいのかな。なんだかんだで好きだと思っていた、あの人……。それは、私が無知だったからってものだった。けど、その人が死んだっていうのに悲しんでない……。むしろ、そうなって当然の事を今までやってきたんだからとさえ思ってる)
響(あの人だけじゃない。あまり会話とかもした事がなかった皆も沈んだか解体されたっていうのに、私は大して辛いって思ってない。ほとんど他人だったから……。なのに、長門さんは瑞鶴さんの気持ちが分からない事もないって言ってた。私には……正直それが分からなかった)
響「私は……冷たいのかな」
利根「それはどうかのう」トコトコ
響「! ……利根さん、動いて良いの?」
利根「あまり良くないらしいが、どうしても響が気になってのう」
響「……………………」
利根「外には出なかったのじゃな」
響「……夜の外は、怖いから……思い出しそうになるから」
利根「それも当然じゃろうな。あれは響には強過ぎる刺激じゃ」
響「……利根さん。利根さんは、どうして私を見に来たの?」
利根「うん?」
響「だって、利根さんって本当は絶対安静なんでしょ? それなのにどうして私を?」
利根「……まあ、なんとなく何を悩んでいるかが予想できたからのう」
響「予想?」
利根「うむ。大方、自分は心が冷たいとか思うておるんじゃないか、とな」
響「!!」
利根「やっぱりのう」
響「…………なんで分かったの?」
利根「まあ、似ておるからの。我輩と響は」
響「……あの島で確か言ってたね」
利根「うむ。どことなく似ているとな。──それで、過去の味方をどうとも思っておらん事じゃが、実は我輩もそうなのじゃよ」
響「……………………」
利根「あ、信用しておらぬな?」
響「そりゃね。どうでも良いって思ってるのなら、私を追い駆けたりしないよ」
利根「うむ、そうじゃ。ならば、どうして追い駆けたか考えてみぬか?}」
響「…………私の事を、どうでも良いって思ってないから?」
利根「正解じゃ。我輩はお主の事を放っておけぬからここへ来た。そして、そうならば更に疑問が生まれるじゃろう」
響「どうして放っておけないか──だよね」
利根「うむ。どうしてじゃと思う?」
響「…………………………………………」
響「…………」フルフル
利根「ぬ、分からぬか」
響「分からない。どうしてなんだい?」
利根「簡単じゃ。我輩は響を有象無象の一人と思うておらん」
響「…………?」
利根「簡単な話、我輩は深く接した者以外には淡白なのじゃよ。この鎮守府には数十人の艦娘が暮らし、助け合い、笑い会っておる。が、それだけの数ともなれば不仲も起きるじゃろう。そもそもとしてほとんど会話せん者も居る。我輩にとってその会話をあまりせぬ相手は、極端な話どうなろうと気に留めないのじゃ」
利根「例えばこの鎮守府には潜水艦が何人か在籍しておるが、我輩と任務や役割が噛み合わず話した事など無い。もしかすると向こうは我輩の事を覚えておらぬ可能性もある。なんせ少ない潜水艦ではなく、数ある重巡の中の一人じゃからな。覚えておらんでも無理はない」
利根「そこでもし潜水艦の誰かが任務中に沈んでしまったとしよう。じゃが、我輩にとってはその者との思い出も無ければ会話すら無いのじゃ。多少思う所はあっても、悲しむかと言われたら首を傾げる。例え我輩が涙を流したとしても、三日もすれば元の生活に戻っておるじゃろう」
響「……なるほどね。私とはあの島で一緒に支え合ってきた。色々と話した事もある。だから放っておけない、か」
利根「そうじゃ。可能性の話じゃが、別の鎮守府では響という名前の駆逐艦が沈んでいるかもしれぬ。もしくは解体されているかもしれぬ。じゃが、それを我輩が聞いた所で何も思わぬぞ。別の鎮守府の話じゃからな。我輩と何も関わっておらぬ相手の話を聞いても、同情こそはすれど悲しむ事などせんよ。要はどれだけ意味のある共通の時間を積み重ねてきたか、じゃ」
利根「そこで質問じゃ。ありえぬ話じゃが、もし提督が金剛や瑞鶴を解体すると言ったら響はどう思うかの?」
響「嫌な気分になる。それと同時に抗議するね」
利根「そうじゃろう? それはあの島で共に暮らしてきているからではないか? 色々と思い出があるからじゃろう?」
響「……うん。たぶんそうかもしれない」
利根「うむ。では更に質問じゃ。そんな響は、本当に心の冷たい艦娘かの?」
響「……………………」
利根「…………」
響「……でも、姉妹艦だよ」
利根「うん?」
響「下田鎮守府では暁たち姉妹艦も居た。部屋も違ったし、話した事もほとんど無かった。けど、姉妹艦だ。それでも私は少し嫌な気分になりはしても、辛いって思わなかった。これは心が冷たいんじゃないの?」
利根「そうかのう。少しでも嫌な気分になったのならば普通じゃと我輩は思うぞ。というよりも、それは長門と何が違うのじゃ? 長門はああいうキャラじゃから少しでも弱い所を見せると印象的じゃろう。それでも、長門の感じた『思う所』と響の思うた『嫌な気分』に大きな差は無いと思うぞ?」
響「じゃあ元司令官の事はどうなの。私はあんな人でも好きだって思ってた。今の司令官に優しくしてもらって、普通の艦娘として接して貰っているから異常だったって思えるけど、かつては好きって思っていた人が死んでも何とも思わないのは──」
利根「どうしてそんなに『自分は冷たい』と決め付けたいのじゃ?」
響「──え?」
利根「我輩にはそういう風に見えるぞ? 自分は冷たい艦娘じゃーって決め付けようとアレコレ言っているようにしか聞こえぬ」
響「……………………」
利根「何か理由はあるのじゃと思うが、そんなに自分を卑下せんでも良かろう?」
響(……言われてみると、どうして私はこんなに自分を責めてるんだろ)
利根「その顔を見るに、気付いていなかったようじゃな。……原因が何かは分からぬが、ゆっくり自分と向き合ってみると良いかもしれぬぞ」
響「……うん。そうしてみる」
利根「うむうむ。さて、それでは響はこれからどうするのかの?」
響「司令官の傍で寝たい」
利根「ハハハハッ! なるほどそうきたか! うむ、それも良いじゃろうな!」
響「じゃあ、今日も利根さんと一緒だね」
利根「あー……それじゃが、今夜は我輩一人じゃ。今夜だけじゃが我輩の席は金剛に譲っておるからのう」
響「……へぇ」
響(前々から思ってたけど、利根さんって色々と強いね。私だったら嫉妬しそうだ)
響(……嫉妬?)
利根「それでは、戻るとしようかのう。悩みは少しくらい晴れたかの?」スッ
響「うん。スパスィーバ」スッ
響(ああ……そっか。私、司令官の事が──)
響(──いや、これは口にしないでおこう。ひっそり……うん、ひっそりと想うだけで良い)チラ
利根「~♪」トコトコ
響(それだけは許してね、利根さん)
…………………………………………。
ガチャ──パタン
金剛「!」ビクッ
利根「戻ったぞー」トコトコ
響「ただいま」トコトコ
提督「おかえり」
金剛「…………」スッ
利根「む? どうしたのじゃ金剛? さっきのままでも良いのじゃぞ?」
金剛「えっと……それは、その……」
利根「言うたではないか。今夜だけじゃ、と。我輩の事を考えてくれるのは嬉しいが、今はお主が一人でも立てるようになるべきじゃろ」
金剛「…………」ジー
利根「?」
金剛「……ありがとうございマス」ソッ
利根「うむ!」
提督(……なんだかんだで利根も成長しているものだ)ナデナデ
利根(うむうむ。提督もしっかり頭を撫でておる。今はそうするのが良いじゃろう)
コンコンコン──ガチャ──パタン
響「お疲れ様、救護妖精さん」
救護妖精「うんありがと。……ん? あれ、瑞鶴はどしたの?」
提督「今頃は翔鶴の所に居るはずだ。少し事情があってな、今日と明日はこの部屋に居ないかもしれん」
救護妖精「あー……なんとなく察しがついたよ。まあ、仕方ないかねぇ。明日になったら翔鶴の居る部屋に行ってみるよ」
提督「助かる」
救護妖精「そんじゃ利根と金剛、寝る前の検査するから隣の部屋へ来てくれるかい」
利根「うむ、良い結果が出ると良いのう」
救護妖精「どういう結果が出るのか想像するまでもないね」
利根「む。我輩とて早く良くなるよう身体は労わっておるのじゃぞ?」
救護妖精「だったら執務なんて投げ捨てて大人しく寝ていな」
利根「むむ。むむむむ……困ったぞ。反論が出来ぬ」
救護妖精「まったく……」
救護妖精(……ま、命があるだけ良かったってものかね。いつかは治るんだから)
救護妖精「さっさと治してそこら辺を走り回れるようにしなよ」
利根「うむ!」
金剛「ハイ」
…………………………………………。
提督「──ふむ。あの騒動で本部に連絡する事は粗方終わったな」サラサラ
利根「後は鎮守府の再建と金剛と響のケアだけじゃな」カリカリ
提督「お前の身体の全快を忘れるな」サラサラ
利根「忘れておらぬよ。じゃが、こればっかりはどうしようもないじゃろう?」カリカリ
提督「執務をこなさずにベッドの上で大人しくしていれば、もっと早く治るだろ」サラサラ
利根「残念ながらそれは出来ぬ相談じゃな。ずっとベッドの上では精神的に辛くて治るのが遅くなりそうではないか?」カリカリ
提督「なるほど、そう返すか」スッ
利根「ほれ、こっちも終わったぞ」スッ
提督「だいぶ早くなったな。日付が変わる前に終わるのは珍しい」
利根「ふふん。我輩も成長しておるという事じゃ。ほれ、文字を書くスピードも上がって字も綺麗になったじゃろ?」
提督「そうだな。初めの頃と比較したいくらいだ」
利根「それも良いのう。我輩がどれだけ成長したのかが分かるぞ」ゴソゴソ
提督「別の方も成長しているようだ」
利根「そうじゃろうそうじゃろう? 頑張ったのじゃ!」ゴソゴソ
提督「初めは書類の見分け方すら分からなかったお前が、今じゃしっかりとした秘書だ。嬉しいものだ」
利根「見分け方どころか書く事すら酷いものではなかったか」パラパラ
利根「ほれ、これが当時のじゃ。小さな子供が書いたかのような字じゃなぁ」スッ
提督「今でなら汚い字と言えるな」
利根「うむ。……自分で言うのもアレじゃが、よくまあここまで綺麗になったものじゃ」
提督「字をあまり書かないから汚かったのであって、綺麗な字を書く素質はあったという事か」
利根「そうだと良いのう」
提督「利根は違うと思うのか」
利根「単純に我輩は他の人の綺麗だと思うた字をちょこっと真似ただけじゃからな」
提督「そうか。だが、それでも字が上手くなる者とならない者で違いは生まれるんじゃないか?」
利根「ふーむ……そういう事にしておくかのう。──それよりも、金剛と響がそろそろ来る頃じゃな」
提督「ああ。今日は珍しく仕事の話をしなくても良い時間になるぞ」
利根「本当に珍しいのう。こんなのは初めてではないか?」
提督「初めてではないが、滅多に無い事だ。お前も今日はゆっくりとティータイムを楽しむと良い」
利根「ティータイムか。似合わぬのう」
提督「どうした。そんなにティータイムが嫌いか?」
利根「そんな事は微塵にも思っておらぬぞ。──さて、金剛が準備しやすいように我輩は準備の準備をしておこうかのう」スッ
提督「ふむ?」
提督(……珍しく利根の言っている意味がいまいち分からなかったな。ティータイムが似合わない……? …………まあ、そこまで深く考えなくても良いか)
コンコンコン──
提督「入れ」
ガチャ──パタン
響「こんばんは、司令官、利根さん」トコトコ
響「…………」ソッ
金剛「お疲れ様デス」
利根「うむー! 来たかー! 金剛よー、準備の準備はやっておいたぞー」
金剛「分かりまシター。……あれ? 今日の執務は終わったのデスか?」スッ
提督「ああ、ついさっきな」
金剛「利根も成長していっているのデスね」スタスタ
利根「そうじゃ。我輩も少しずつじゃが育ってきておるようじゃぞ」
響(……利根さんも変わってきてるんだね)スッ
提督「ん? 今日はくっついていなくて良いのか、響」
響「うん。ある程度は大丈夫になってきてるからね。これからは少しずつ慣れて行こうと思うよ」
提督「そうか。偉いな」ナデナデ
響「ん……」
コンコンコン──
提督「む? 入れ」
ガチャ──パタン
瑞鶴「やっほー提督さん、みんな」
提督「瑞鶴か。珍しいな」
瑞鶴「うん、最近は来てなかったからね。なんだか来たくなっちゃったの」
提督「そうか。──今、利根と金剛がティータイムの用意をしている。一緒に楽しむか」
瑞鶴「うん!」
響「……瑞鶴さん」
瑞鶴「? どうしたの、響ちゃん?」
響「瑞鶴さんは、もう大丈夫なの? あの鎮守府の事」
瑞鶴「あー……んー……。大丈夫って言ったら大丈夫だけど、思い出したらやっぱりちょっと……って所はあるかしらね。だけど、それくらいかしら」
響「……強いね」
瑞鶴「そういうんじゃないって。たぶん、私はちょっとドライなだけよ」
提督「ドライの割にはここへ来てくれたようだが?」
瑞鶴「……うーん。じゃあ、なんて言うのかしら」
提督「さてな。ドライではないとだけ私が保証しておこう」
瑞鶴「そっか。うん、そうしておくわ」
瑞鶴(なんというか、ホント優しいわよねー。……でも、言葉だけでも嬉しいな)
利根「──金剛よ。気になったのじゃが、どうして湯は沸騰しきらねばならんのじゃ?」
金剛「それはデスね、紅茶は少しでも温度が低いと美味しく抽出が出来ないのデス。五度違うだけで味がかなり変わってくるデース」
利根「ふむふむ、なるほどのう」
提督(今度はお茶か。……本当、色々な事を覚えようと頑張っているな)
…………………………………………。
瑞鶴「じゃあ、また明日ね。お茶とかお菓子とか美味しかったわ」
響「おやすみ、司令官」
金剛「グッナイ、テートク、利根」
提督「ああ。また明日も頼む」
利根「良い夢を見るのじゃぞー」
ガチャ──パタン
提督「さて、私達もそろそろ寝るとしようか」
利根「うむ、そうしようかのう」
提督「もうすっかりとここで寝るのが当たり前になったな」
利根「何年もずっと一緒に寝ておったからのう。もはやこうでなければ熟睡できぬようになったぞ」
提督「もう三年になるからな」
利根「じゃのう。随分と長いようで短いものじゃ」
提督「時間の流れなんてそんなものだ。存外に時間というものは速く流れていく」
利根「本当じゃ。我輩も随分と物事を覚えてしもうた」
提督「そうだな。そこでだ利根。お前が頑張ってきているのを私は良く知っている。希望するなら何かを与えようかと思う」
利根「なぬ? それは本当か?」
提督「ああ。何か欲しい物はあるか?」
利根「欲しいモノ……のう。あるにはあるが……」
提督「そうか。ならば言ってみろ。問題が無ければ取り寄せるぞ」
利根「ふーむ……じゃが、のう……」
提督「歯切れが悪いな。そんなに難しい物なのか?」
利根「難しいと言えば難しい。いや、とびきりに難しいやもしれぬ」
提督「ふむ。まあ、言ってみろ」
利根「……うむ。そうじゃのう。ダメ元で言ってみるかの」チラ
提督「ん? 私の手を見てどうした?」
利根「…………すぅ……はぁー……」
利根「……提督よ、お主なかなか暇そうじゃの?」
提督「……む?」
利根「えーっとじゃな。……ほれ、左手の薬指じゃ。暇そうにしておるではないか」
提督「……なるほど、そういう事か」
利根「そういう事じゃ。……のう? とびきりに難しかろう?」
提督「そうでもないな」
利根「そうじゃろう? …………む? 今なんと言った?」
提督「そうでもないと言ったが?」
利根「……いや、我輩が言うのもアレじゃが、良いのか? 我輩じゃぞ?」
提督「何が言いたいのかは分からんが、お前だから良い。一緒に風呂やベッドに入っているのはなぜだと思っていた」
利根「……なんと。なんとなんと」
提督「意外だったか?」
利根「かなりの。……しかし、思うてみれば当たり前のようにしておった風呂や就寝も、普通では一緒にせぬな」
提督「今頃になって気付いたか。よっぽどあの島で常識が失われていたらしい」
利根「みたいじゃな……。それと……少し気になった事があるぞ」
提督「なんだ?」
利根「……夫婦になったとして、何か変わるのかのう?」
提督「……………………」
利根「……………………」
提督「……変わりそうにないな」
利根「じゃな……」
提督「強いて言うならば、加賀辺りが酷く落ち込みそうだというくらいか」
利根「想像に容易いのう……」
提督「それと、私とお前の指に指輪が嵌められるという事だろう」
利根「指輪……」チラ
提督「どうした」
利根「いや……改めて指輪と言うと、なんだか少し気恥ずかしくなっての」
提督「ほう。ならば指輪は要らんか?」
利根「いぢわる者め。欲しくない訳がなかろう」
提督「クックッ。そうだな。欲しくない訳がない。──だったら、本部へ送る申請書を書いておこう」スッ
利根「のう、指輪は種類などあるのか?」チラ
提督「いや、一種類しかない」サラサラ
利根「なんじゃ……。選択肢など無いのじゃな」
提督「今は深海棲艦と戦争中なんだ。指輪に金属を回してくれるだけありがたいものだろう」サラサラ
利根「それもそうじゃな。最近、めっきり深海棲艦と戦うどころか普通に話しておるから麻痺しておった」
提督「……戦う事になった時に影響を出すなよ?」
利根「その点は弁えておる。安心するが良いぞ」
提督「そうか。ならば良し」サラサラ
利根「あ、そうじゃ! 我輩、結婚したら二人でピクニックに行きたいぞ!」
提督「ピクニック? 遠くへは行けんぞ」サラサラ
利根「鎮守府の目の前に山というか丘があるじゃろう? そこではダメか?」
提督「……まあ、そこならば大丈夫か」サラサラ
利根「やったぞ! 決まりじゃな!」
提督「随分と慎ましい新婚旅行だな」サラサラ
利根「我輩にとっては充分な旅行じゃぞ。何せ、陸で鎮守府以外の場所に行く事なぞほぼ無いからの」
提督「それもそうだな。──よし、後は本部へ送るだけだ」
利根「なんだか少しドキドキしてきたのじゃ……!」
提督「初心な奴め。散々お互いに裸も見ているだろうに」
利根「それとこれとは別なのじゃー。結婚じゃぞ、結婚」
提督「そうだな。──さて、朝に送る書類へ組み込む為にもさっさと寝るぞ」スッ
利根「うむ! 分かったのじゃ!」タタタ
利根「何をしておる提督よ、早く来ぬかー」ポンポン
提督「そんなにベッドを叩かんでも良いだろう。すぐに行く」スタスタ
利根「ふふん。楽しみじゃからなー」
提督「結婚書類を出す事に興奮して寝れなくなる姿が目に浮かぶ」ギシッ
利根「……本当にそうなりそうじゃ。じゃが、この高鳴る気分を止める事なぞ難しいぞ」モゾモゾ
提督「すぐに寝られるように頭を撫でてやるから寝ろ」ナデナデ
利根「どうせなら抱き締めてくれぬか」
提督「注文の多い嫁だ」ソッ
利根「少しだけじゃから許してくれぬか」ギュゥ
提督「このくらいならば注文がある方が嬉しいものだ」
利根「……夢みたいじゃなぁ」
提督「夢はこれから見るものだ。──さて、良い夢を見ろよ、利根」
利根「うむ! おやすみじゃ、提督よ」
提督「ああ、おやすみだ、利根──」
──── 利根「提督よ、お主なかなか暇そうじゃの?」 金剛「…………」 Normal End────
了
147 : 妖怪艦娘吊るし ◆I5l/cvh.9A - 2015/12/14 19:38:32.91 LwV9gPUqo 358/671以上で三つのエンディングの内のノーマルエンドが終わりです。残りのトゥルーとIFも後日に投下していくのでお楽しみ下さいませ。
なんとか一つのルートは今年中に終わった。後二つのルートや。頑張る。
続き
利根「提督よ、お主なかなか暇そうじゃの?」 金剛「…………」#4