利根「提督よ、お主なかなか暇そうじゃの?」 金剛「…………」#1
長門「失礼する!!」バンッ
大佐「……ノックぐらい出来ないのかお前は」
長門「話を耳にしたぞ! 貴様は一体何がしたいんだ!!」
大佐「チッ……面倒な奴に……」
長門「答えて貰うぞ……! あの三人に轟沈命令を出したそうじゃないか……!!」ギリッ
大佐「それがどうしたんだ。俺は面倒が嫌いなのを知ってるだろ」
長門「ふざけるな!! 貴様は艦娘をなんだと思っている!?」
大佐「兵器だろ。何を当たり前の事を言っているんだ……」
長門「ならば、なぜその質の高い兵器を捨てようと考えた!」
大佐「単純に把握が面倒だからだよ。見分けなんて付かないだろ。……ああ、艦娘のお前らなら見分けが付くのかもしれんが、人間には無理だ」
長門「それならばバッヂでもなんでも使えば良かったのではないか!? わざわざ……轟沈処分にする理由が分からん! 解体して装備は近代化改修に回しても良い! 総司令部に届けて戦力の足りない鎮守府に送るというのも──!!」
大佐「なぜ艦娘をバッヂで一々確認せねばならんのだ。それと、解体も手続きが面倒なんだよ。解体をする為には総司令部の都合もあるから随時受け付けている訳じゃない。理由も必要だ。ただ単に被って把握が面倒だからという理由なんて書いてみろ。大目玉を食らうのは俺だぞ」
大佐「その点、轟沈は楽だ。艦娘の代えなどいくらでも居る。轟沈しても報告書の端に名前を入れるだけで良い。それならば轟沈させる方が良い」
大佐「あと、艦娘がそう簡単に別の提督の言う事を聞く訳がないだろ。昔、俺も戦力が乏しかった時に高レベルの艦娘が総司令部から送られてきた事はあった。だが、俺の言う事など聞きやしなくて作戦どころじゃなかったぞ。お前も俺以外の提督から命令されて動くか?」
長門「……少し抵抗はあるが、貴様よりも遥かに良い提督ならば聞くぞ」
大佐「チッ……!」
長門「毎度毎度、貴様は考えが足りていない。だから、これだけの戦力を有しておきながら結果も残せず万年大佐だと、なぜ分からない」
大佐「……あ? お前、誰にそんな口を利いているのか分かっているのか?」
長門「無論、目の前に居る私の外道な提督だ。今回の件で心底呆れた。──そうだな。私にも轟沈命令を出すか?」
大佐「…………」
長門「別に大した痛手でもなかろう? すぐに別の私がお前の下で、私と同じく最高錬度となるだろう。……だが、これだけは断言しておく。どの私も貴様に心を開かん。貴様がそうである限りな」
大佐「生意気な奴め……」
長門「当然だ。私がこの鎮守府に居る理由も、貴様が上司だからではない。ここに居る艦娘の皆が心配なだけだ。早く失脚して欲しいものだな」
大佐「……………………」
長門「話す事は全て話した。私は戻る」
大佐「……不敬罪だ」
長門「ん?」
大佐「お前は提督である俺に不敬を働いた。それは罪となるのは知っているだろ」
長門「ああ知っている。だが、貴様を敬えと言われても無理な話だ」
大佐「お前は総司令部で懲罰を受けてもらう。出てくるまでに俺への敬い方を覚えておけ」
長門「ああ。貴様も艦娘の扱い方を覚えておくんだな」
大佐「減らず口を……!」
長門「ふん」
大佐(……いつか必ず、その高いプライドを圧し折ってやる)
……………………
…………
……
提督「…………」
利根「…………」
響「本当に良く眠ってるね。もう何時間もこのままだ」
瑞鶴「……大丈夫かしら。本当にピクリとも動かないわよね」
金剛「ええ……。二人共、寝返りすら打たずに──」
金剛「……ホワッツ?」
瑞鶴「? どうしたの、金剛さん?」
金剛「……私の記憶違いでなければ、二人は寝返りを打っていまセンよね?」
響「うん。一回もしていないよ」
金剛「良くありまセン。ウェイクさせてしまうかもしれまセンが、体勢を変えさせまショウ」スッ
瑞鶴「えっと……どういう事?」
金剛「寝返りはとても大事デス。血の巡りを良くしたり、身体の歪みを直そうとしたりする重要な動きデス」グイッ
響「……もし寝返りを打たなかったらどうなるの?」
金剛「肩こりや腰の痛み、挙句には自律神経にもアブノーマルが現れる事があるそうデス」グイッ
瑞鶴「そうなんだ……って、詳しいわね?」
金剛「えっと、私も寝返りを打たなくなってしまった事がありまシテ……」
響「……司令官に仕えていた時だね?」
金剛「イエス。妹達が教えてくれるまで気付きまセンでシタ。それで、霧島が寝返りの事について調べてくれたのデス」
瑞鶴「それで知ったのね。……でも、どうして寝返りって打たなくなるのかしら。必要な動きなんでしょ?」
金剛「原因は色々あるらしいのデスが、ストレスも関係しているらしいデスよ」
瑞鶴「……なるほどね。あの頃の金剛さんや、中将さんと利根さんに当て嵌まるわ」
金剛「私なんて、二人に比べれば些細な問題デス。……二人は壊れた心で治ろうと、自殺願望を無理矢理抑えていたのデスから」
響「私にとっては、どっちもどっちだと思うけど」
金剛「そんな事はありまセン。私が二人と同じ体験をしたら、きっと…………耐えられなかったでショウ……」
瑞鶴・響「……………………」
金剛「…………起きまセンね。二人……」
瑞鶴「うん……」
響「……ねえ。私達は何をしてあげたら良いのかな」
瑞鶴「むしろ、何が出来るのかしら……」
金剛「二人の心を癒す事が出来れば一番なのデスが……」
瑞鶴「難しいわよね……。だって、私達は中将さんの……」
三人「…………」
金剛「……私は、瑞鶴と同じく何だってするつもりデス」
響「私もだよ。出来る限りの事をするつもり」
瑞鶴「でも、どうすれば中将さんと利根さんの心を癒せられるのかしら……」
金剛「正直に言うと……分からないデスよね……」
瑞鶴「うん……。たった三ヶ月だけど、ずっと一緒に居たのに分かんない」
響「消去法で考えれば答えが出てくるかな?」
金剛「良いデスねそれ。少し考えてみまショウ」
響「まず、性行為はダメだったよね」
瑞鶴「マッサージもあんまり意味がなさそうって結論だったっけ」
金剛「食事も特に拘りが無いみたいデスよね」
三人「……………………」
瑞鶴「……詰んでない?」
金剛「あ、諦めるのはまだ早いデス……!」
瑞鶴「でも……この島で出来る事なんて他に……」
響「んっと、私達が提督の艦娘になるって言ってみるのは?」
金剛「ダメです」
瑞鶴「ダメよ」
響「……やっぱり、傷口を広げてしまうよね」
金剛「それもありマスが、今はその時期ではないデス。理想を言うならば、提督から言って下さるのを待った方がベターだと思いマス」
瑞鶴「……もしかしなくても、それまでの間は私達って野良艦娘?」
響「の、野良……」
金剛「間違ってはいまセンが、そう言うと……とても惨めになるネー……」
瑞鶴「中将さん……拾ってくれるかしら……」
響「野良艦娘です、にゃぁにゃぁ──って鳴いてみると良いんじゃないかな。拾われたいって思って鳴いてる野良猫みたいに」
瑞鶴「…………」
金剛「……と、とりあえずデスね。私は一つ思った事があるデス」
響「なんだい?」
金剛「マッサージは意味が無いと思っていまシタけど、同じ体勢で寝続けているのならば意味があるのではないかと思いまシタ」
響「ああ、確かに。言われてみればそうだね」
金剛「なので、二人が起きたらやってみまショウ」
響「うん。やってみる」
瑞鶴(……………………)
…………………………………………。
提督「…………む」
瑞鶴「あ、起きた?」
提督「瑞鶴……か……」
瑞鶴「中将さん、大丈夫?」
提督「ああ。大分落ち着いた。──利根は寝たままか?」
瑞鶴「ううん。さっき起きたわよ。だけど、寒いって言って中将さんにくっついて寝ちゃった」
提督「なるほどな。だから利根がしがみついているのか」
提督「……起きる為だ。少し我慢してくれよ利根」ソッ
利根「うーん……」モゾモゾ
瑞鶴「服の端掴んでる。本当に中将さんの事が好きみたいね」
提督「……ところで、金剛と響はどうした?」
瑞鶴「ん、二人は外で木とか塩とか取りに行ったわよ」
提督「そうか。……世話を掛けさせてしまったな」
瑞鶴「良いって良いって。それより、お水でも飲む?」スッ
提督「わざわざすまん」スッ
瑞鶴「……んー」
提督「?」ゴクン
瑞鶴「謝られるよりお礼を言ってくれた方が嬉しい」
瑞鶴『────────────────────』
提督「……………………」
瑞鶴「……中将さーん?」
提督「あ、ああ……。どうした」
瑞鶴「なんか急に上の空になってたけど、まだ眠いの?」
提督「大丈夫だ。……ああ、大丈夫だ」
瑞鶴「……なんだか大丈夫に見えないんだけど」
提督「夢見が悪かっただけだ。心配させてすまない」
瑞鶴「むー……」
提督「…………」
瑞鶴「むぅー……」ヂー
提督「……心配してくれて、ありがとう瑞鶴」
瑞鶴「うんっ!」ニコッ
瑞鶴『────』
提督「……すまん、もう一杯だけ水を貰っても良いか?」
瑞鶴「あ、足りなかった? じゃあ汲んでくるから、ちょっと待っててね」スッ
提督「頼む」
瑞鶴「良いって良いって。じゃあ、いってきまーす」トコトコ
提督「…………ふー……」
提督「…………」ボー
瑞鶴『────────────』
提督「……大丈夫だ。……大丈夫だとも」
瑞鶴「何が大丈夫なの?」ヒョコッ
提督「──ああいや、独り言だ」
瑞鶴「ふうん? あ、お水、汲んできたわよ」スッ
提督「ありがとう」スッ
瑞鶴「二人もすぐに戻ってくると思うわよ」
提督「…………」ゴクッ
提督「……そうか」
瑞鶴「──あ、噂をすれば」
金剛「提督ー」ヒョコッ
響「やあ」ヒョコッ
提督「おかえり、二人共。──木や塩を回収してくれていたんだったな。ありがとう」
金剛「イエイエー。あのくらいお安い御用デース」
響「それよりも、提督は大丈夫なのかい?」
提督「問題ない……とは言えないが、すぐに良くなるだろう。気持ちの問題だ」
金剛「無理はノーですからね?」
提督「分かっているさ」
響「…………」チラ
響「利根さんは、まだ寝てるんだね」
提督「そうみたいだ。……それだけ精神的にキツかったんだろうな」
金剛「…………」
響「そうだ。利根さんが起きた時に話したい事があるんだ」
金剛「お二人に出来る事を、私達なりに考えてみたのデス」
提督「そんなに気にしなくても良いと思うのだが」
金剛「ンー……提督には、こう言った方が良いかもしれまセン」
金剛「──私達がしたいと思ったのデス。なので、させて下サイ」
提督「……まったく。このお人好しめ」
瑞鶴「きっと、中将さんのがうつっちゃったのよ」
提督「そうとは思いにくいが」
瑞鶴「そうよ。きっと、ね?」
提督「……向こうに戻ってから、少し強引になったか?」
響「そうかもね。……ダメだったかい?」
提督「いや、良い事だと思う。お前達は少し自分を押し通すくらいで丁度良いだろう」
金剛「ハイ。そうさせて貰いマスね」
提督(……そうなると、辛くなるのは私達かもしれんがな)
…………………………………………。
利根「……三人が…………。はぁ……やはり夢ではなかったのか」ジトッ
提督「…………」ガツッ
利根「~~~~~~ッッ!?」ジタバタ
瑞鶴「うわ……痛そう……」
金剛「あ、あの……流石にやり過ぎでは……」
響「……脳天直撃っていうのは、こういう事なんだね」
提督「なぜ頭を殴ったか分かるか、利根」
利根「……わ、分かる」
提督「ならば、言う事があるな?」
利根「…………すまぬ、金剛、瑞鶴、響……」
提督「次から失礼な事を言うなよ」サスサス
利根「うぅ……撫でられてる場所がヒリヒリするのじゃ……」
提督「返事はどうした」グイグイ
利根「あダッ!? アイダダダダダッ!!! はいッ! もう言わぬ!! もう言わぬからぁ!!」ジタバタ
提督「よろしい」サスサス
利根「うぅぅ……痛いのじゃ……痛いのじゃ……」
瑞鶴「……なんかすっごく可愛い」
利根「やるでないぞ!?」ビクンッ
提督「まったく……。艦娘を殴った事なんて初めてだぞ……」サスサス
利根「我輩も提督が殴るのなんて初めて見たぞ……。痛い……」
提督「……すまん。強過ぎた」サスサス
利根「我輩が悪いのじゃ……。自業自得なのじゃ……」
利根「……しかし、少し不思議な気分じゃ」
響「不思議?」
利根「よくは分からぬが、こうして提督に撫でられると……うーん? 満たされる……? いや、違うのう……。温かい……? むぅ……? なんじゃろうか、この気持ち……? 言葉に出来ぬ」
提督「……ふむ」サスサス
響「……確かに、提督に撫でられると嬉しい気持ちになるね。そういうのじゃないの?」
利根「嬉しいというのは近いような違うような……むー……」
響「…………? なんだろうね?」
金剛(瑞鶴、これはもしかしなくても……)ヒソ
瑞鶴(でも、利根さんって中将さんに恋愛感情は無いって言ってたし……)ヒソ
金剛(自覚していないとかデスかね……?)ヒソ
瑞鶴(どうなんだろ……。分からないわ……)ヒソ
提督「……………………」スッ
利根(む……撫でてくれるのが終わってしまった……)
提督「ところでお前達。利根が起きたら何か話したいと言っていなかったか?」
瑞鶴「あ、そうだった。──えっと、二人に何かしてあげたいって思っててね、思い付いたのがマッサージなの」
利根「マッサージ?」
提督「ふむ。どうしてだ?」
金剛「提督も利根も、昔の私のように寝返りを打っていませんでシタ。なので、身体が凝り固まってると思ったのデス」
提督「なるほどな。だから身体を解してみようという事か」
響「うん、そうだよ」
利根「そんなに凝るものなのかの? 我輩、まったくそんな感覚が無いのじゃが」
金剛「とりあえずデスが、やってみまショウ。やっても損はないデス」
利根「ふむ。確かにそうじゃのう」
瑞鶴「ここにはベッドが一つしかないから、私達の部屋まで移動して貰って良いかしら」
提督「分かった。利根、行くぞ」スッ
利根「うむ。了解した」スッ
金剛(……あれ? 今気付いたのデスが、いつもの利根になってマス? 気を失う前と、起きたばかりに見えた狂気はどこへ……?)
瑞鶴「ほら金剛さん、行くわよ?」トコトコ
金剛「あ──エクスキューズミィ」スタスタ
響「──はい、提督はこっちで利根さんはこっちだよ」
提督「分かった」スッ
利根「これで良いかの?」ボフッ
響「うん。利根さんみたいにうつ伏せになってね」
提督「ふむ」スッ
金剛「では、マッサージを始めマスねー」ソッ
瑞鶴「力を抜いていてね、利根さん」スッ
利根「寝てるようにで良いのかの?」
瑞鶴「うん。それで良いみたい」グッ
瑞鶴「……カチカチじゃないの。こんなになってて痛くないの?」クイクイ
利根「うむ。特に何ともないぞ」
瑞鶴「まさかとは思うけど、痛みが麻痺してるとかなんて事は……」コネコネ
利根「痛いものは痛いがのう……」
金剛「…………」クニクニ
提督「…………」
響「二人は静かだね」
金剛「……身体は鍛えられているようなのデスが、とっても柔らかいデス。どこもマッサージをする必要がないデース……」スッ
提督「ならば座っているぞ。──私は利根と違って多少の運動や柔軟体操はやっているから、身体の凝りとは無縁だろう」ギシッ
利根「むう……我輩もやってみようかのう……」
提督「少し前に一分も持たずしてやめたのはどこの誰だったかな」
利根「……何も言い返せぬ」
提督「だろうな」
響「でも、どうしようかな……思い付いたのがマッサージだけだったのに……」
提督「だから、気にしなくても良いと言っただろう?」
金剛「ダメです。私達は二人に何かをしてあげたいネ」
提督「とは言ってもだな……。私も何かして欲しいと思う事が無い」
金剛「ぅー……」
響「……本当、後はこれくらいしか無いのにね」トコトコ
提督「ん? 何をするんだ、響?」
響「ただこうするだけだよ」ピトッ
提督「……何の真似だ?」
響「ただ肌を寄せてるだけ。私が隣に居るのが嫌なら止めるよ」
提督「嫌いではないが、こういう事はもっと信頼できる人や大事な人にやりなさい」
響「それって、どっちとも提督に当て嵌まってるよ」
金剛(響が隣に居ても問題ない、デスか。ならば、私も大丈夫デスかね?)
提督「…………」
利根(……………………)チクチク
瑞鶴「ん。利根さん、身体に力が入ってるわよ」コネコネ
利根「ん? すまぬ」
響「お願いだから、何か恩返しをさせてくれないかな」
提督「……困った子だ」
利根(…………)チクチク
金剛「では、私は反対側デスね」ソッ
提督「お前までどうしたんだ金剛……」
金剛「背中の方が良かったデスか?」
提督「そういう意味ではない」
金剛「では提督は隣と背中、どっちがライクですか?」
提督「……非常に返答が困るんだが」
響「じゃあ、私は背中で」ノシッ
提督「本当に一体どうしたんだ二人共……」
利根(……………………)チクチクチク
…………………………………………。
提督「──さて、そろそろ寝るか利根」
利根「…………」
提督「……ん?」
利根「……提督よ、我輩は少し星を見てくる。先に寝ておいてくれぬか」スッ
提督「珍しいな。どうしたんだ?」
利根「我輩もそういう気分というものがあるのじゃ」トコトコ
提督「……ふむ。暗いから気を付けるんだぞ」
利根「うむ……」トコトコ
利根「…………」トコトコ
利根「……………………」トコトコ
利根「…………」チラ
利根「……そりゃあ、来ぬよな」
利根「砂は……うむ、乾いておる」コロン
利根「…………はぁ……」
利根「我輩、何かおかしいぞ……。いや、普通ではないのはずっと前から分かっておるのじゃが……なんであの三人が提督とベタベタしておると、胸がチクチクするのじゃ」
利根「トゲなぞ無いのは何回も確認しておるし、むしろ何か体内にトゲがあるような感じじゃし……何かの病気なのじゃろうか……」
利根「……まあ、こんな島で何年も居れば病気の一つや二つなってもおかしくはないかのう?」
利根「はぁ……。なんじゃろうかのう……月と星が、やたらと寂しがっておるように見える。……いや、寂しいと思ってるのは我輩かの?」
利根「提督……」
利根「……………………」
──トコトコ
利根「……む?」
響「あ、居た。こんな所に居たんだね」
利根「響? どうしたのじゃ?」
響「二人と一緒に寝ようと思って二人の部屋に行ったんだけど、利根さんが外に行ったって言ってたから来たんだ」
利根「ふむ。……金剛と瑞鶴はどうしたのじゃ?」
響「二人は私達の部屋だよ。流石に、一人は子供じゃないとベッドに三人は入れないからね」
利根「なるほどのう」
響「──利根さんは星が分かるの?」
利根「ん? 星座の事ならば我輩はあまり分からぬのう。ただぼんやりと見ていただけじゃ」
響「そっか」コロン
利根「砂が付いてしまうぞ」
響「説得力が皆無だね」
利根「む。そういえば我輩も寝転がっておったのじゃった」
響「……時々思うけれど、利根さんって不思議だよね」
利根「そうじゃのう。お主達がここへ来てから自分が普通ではないと改めて認識したのう」
響「それもあるけど、もっと別の何かだよ」
利根「ふむ?」
響「なんというか、私と似てる気がする」
利根「響と?」
響「うん。何が似てるのか良く分からないんだけどね」
利根「ふむう……言われてみれば、何か似ているような気もするのじゃが……」
響「利根さんもそう思う?」
利根「んーむ。なんとなくなのじゃがのう。今言われて初めて気付いたくらいじゃし」
響「そっか」
利根「ああそうじゃ。似ていると言えば、響に少し聞いてみたい事が出来たぞ」
響「私に? なんだい?」
利根「響は胸がチクチクする事はあるかの? なんというか、身体の奥にトゲがあるような感じじゃ」
響「……無い、かな。今までそんな事は無かったよ」
利根「うーむ……」
響「そんな痛みがあるんだ? ……そういえば、前にもそんな事があったよね?」
利根「うむ。あの時と同じ痛みなのじゃが、今回は少しだけ違うのう」
響「どんな風に?」
利根「前はすぐにチクチクが無くなったのじゃが、今回は全く消えぬ。多少治まったりする事はあるのじゃが、ふとした拍子にチクチクが戻ってくるのじゃ」
響「……何かの病気?」
利根「やはり響もそう思うかの? んーむ……じゃが、ここでは診察など出来ぬしのう……」
響「一回だけ戻ってみる?」
利根「……横須賀の事を言っておるのならば嫌じゃ」
響「そっか……」
利根「提督から聞いておると思うが、我輩は壊れておる」
響「…………」
利根「本当ならば今すぐにでも沈んで、あの三人にお詫びを言いたいくらいじゃ。それに、他の皆にも会わせる顔も無い」
響「……ねえ、少し思ってたんだけど良いかな」
利根「うん?」
響「私と金剛さんと瑞鶴さんって、利根さんを命懸けで助けた三人と似てるの?」
利根「……そうじゃのう。違いはある。金剛はもっと元気が一杯じゃった。事あるごとに提督提督と言って、笑顔を振舞っていたのう」
響「へぇ。そっちの金剛さんはそんな感じだったんだ」
利根「うむ。……ああ、そういえば今日の金剛はどことなく似ておったのう」
響「そうなの?」
利根「どことなく、じゃがな」
響「ふぅん? ──瑞鶴さんはどう?」
利根「瑞鶴は金剛と逆じゃな。こっちの瑞鶴の方が元気が良いように思う。いや、本当に少ししか違わぬのじゃが」
響「どういう事?」
利根「提督はお仕置きで天井から吊るすじゃろう?」
響「うん」
利根「あれが怖くて怖くて仕方が無かったらしくてのう。子犬のように絶対服従じゃったよ」
響「……子犬?」
利根「うむ。普段はこっちの瑞鶴と変わらんのじゃが、叱られそうになった時はビクビクと身体を震えさせていてのう。──ああそうじゃ。そういう時だけ臆病になっていたんじゃ」
響「……あんまり、そっちの瑞鶴さんと変わらないような気がする」
利根「ほう、そうなのかの?」
響「うん。向こうの鎮守府でも、瑞鶴さんって怒られてる時はビクビクしてたし。ほら、提督は私達を叱る事がほとんど無いから分からないだけだと思うよ」
利根「なるほどのう」
響「それで、私はどうなのかな」
利根「響は……そうじゃのう。本当に似ておる」
響「そうなの?」
利根「うむ。強いて言うならば、お主よりももっと積極的だったように思う。提督に影響をされたのか、頑固でのう。自分が納得できる反論や代替案がなければ頑なに首を横に振っておった。今日、我輩がマッサージをし貰っていた時のお主がいつもの響じゃった」
響「艦娘はどこも似たようなのかもしれないね」
利根「そうじゃのう。基本的な事は同じで、後は環境の違いによるものだけなのじゃろう」
響「じゃあ、考えてる事も似てるかもね」
利根「かもしれぬのう」
響「……一つ、良いかな」
利根「うん?」
響「少し嫌な事を聞くから、嫌だと思ったら正直に言ってね」
利根「うむ」
響「もし、私が利根さんを生き延びさせる為に囮となったら、今の利根さんを見て私は……」
利根「…………」
響「…………」
利根「……構わぬぞ」
響「ん。……一人だけでも生き残ってくれたのなら、逃げてって言った甲斐があった。けど、今こうして死んだも同然の事をするのなら、何の為に私は沈んだのか分からなくなる」
利根「……………………厳しいのう……」
響「たまに言われるよ」
利根「……そうか。我輩、今は死んだも同然の事をしているように見えるのか」
響「見えるね。死人はそこで止まる。生きた者は未来へ向かって進み続ける。……これは私達の元司令官の言った言葉から思った事なんだけどね」
利根「……なるほどのう。生きているのにも関わらず、過去に捕らわれて前に進まないから死んだも同然、か」
響「うん。提督も同じだよね」
利根「割と心にくる言葉じゃのう……何も言い返せぬ……」
響「…………」
利根「……のう、響。どういう言葉でそれを思い付いたのじゃ?」
響「死んだ艦娘は止まって沈む。お前らは動いているから生きている。止まるまで撃ち続けろ……だったかな」
利根「なんじゃそれは……」
響「つまるところ、そういう司令官だよ」
利根「…………」ムクリ
響「?」
利根「お主も、苦労したんじゃのう……」ナデナデ
響「ん。くすぐったい」
利根「嫌だったかの」
響「ううん。好きだよ。頭を撫でてくれるのって、好き」
利根「うむ。我輩も撫でられるのは好きじゃ」ナデナデ
響「似てるね」
利根「ハハ。そうじゃのう」ナデナデ
利根「……のう、響よ」
響「なに?」
利根「響は、提督の事をどう思っておる?」
響「唐突だね。──んっと、なんというか……お父さんみたい、かな」
利根「ふむ。父親とな?」
響「ただなんとなくだけどね」
利根「父親か……」
利根(……ああ、なんとなく父親に甘える娘にも見えない事もなかったのう)
響「? どうしたの?」
利根「いや、確かにそれっぽいと思っただけじゃ」
響「そっか」
利根「さて、そろそろ寝るとするかのう」スッ
響「うん、そうしよっか」スッ
利根「ところで、提督が父親で響が娘とするならば、今日は我輩が母親になるのかの?」
響「利根さんは母親っていうよりもお姉ちゃんって感じだよね」
利根「むう……そうか」
利根(……まあ、それも悪くないかのう?)
利根「む?」
響「?」
利根「ああいやすまぬ。なんでもない」
響「…………?」
利根(……何が悪くないのじゃ?)
……………………
…………
……
提督「さて利根。そろそろ戻る時間じゃないか?」
利根「ぐぬぬぬぬ……」
提督「釣果は私が七匹と鋼材の入ったドラム缶。利根が四匹。鋼材を抜いても私の勝ちはほぼ確定だな」
利根「ま、まだじゃ……! これから連続で釣れるかもしれんではないか……!」
提督「今まで一回でもそんな事があったか」
利根「うぐっ……」
提督「さて、そろそろ片付けだ」
利根「む、むぅぅ……────おお?」ピクン
提督「む」
利根「きたぞ! せやぁ!!」グイッ
利根「……………………」
提督「餌だけ食われたようだな」
利根「むがー! 早かったかぁ!!」
提督「流石に焦り過ぎたな。釣りはじっくりとやるものだ」
利根「うーむ……。じゃが、待ち過ぎてもダメじゃし……むぅ……」
提督「お前はその時によって釣れる釣れないが激しいな。未だにタイミングが掴めないか?」
利根「食い付き方で変えるなど面倒で仕方が無くてのう……」
提督「それが釣りというものだ。さて、帰る準備を──」
利根「む──」
提督「…………あれは……見えるか、利根?」
利根「……うむ。見えるぞ。どう見ても深海棲艦じゃ」
提督「しかし珍しいな。どう見ても二隻しか居ないぞ」
利根「じゃのう。こんな珍しい事もあるものじゃな」
提督「……む。あれは艦載機か?」
利根「という事は空母か。……こっちに飛んできておらぬか?」
提督「一応隠れて……いや、もう遅いか」
利根「ほう。これもまた珍しい艦載機じゃな。たこ焼きじゃぞ。新型のようじゃな」
提督「なぜお前達はたこ焼きと言うんだ……私はいつも髑髏と言っているのに……」
利根「だって完全にたこ焼きじゃろ?」
提督「緊張感が無いだろ……」
利根「今ならば良かろう?」
提督「まったく……」
利根「ふむ。帰っていったのう」
提督「やはり攻撃してこないな。艦娘が居るというのに、本当に不思議なものだ」
利根「じゃのう」
提督・利根「……………………」
利根「……提督よ。あの二隻、近付いてきておらぬか?」
提督「……そうだな。確実に近付いてきているな」
提督・利根「……………………」
利根「流石に、マズくないかの……?」
提督「マズいかもしれんな……」
利根「どうしようかのう……」
提督「まあ……様子だけ見てみようか。こっちは手出しも出来んしする気も無い。攻撃の意思があるのならば既にやっていてもおかしくない。もし接近されても、金剛達に気付かれないよう岩場の方まで寄っておこう」スタスタ
利根「うむ」トコトコ
提督・利根「……………………」
提督「……しかし、本当に不思議だ。前は無視されていたよな?」
利根「うむ……。前が特殊だっただけなのかの?」
提督「さて、それは分からん」
利根「……むう? のう、提督よ。あの深海棲艦の艦種なのじゃが……」
提督「ああ……。あまり出会いたくない奴だな」
利根「じゃのう……。我輩、あやつに何回大破させられたのか分からぬぞ……」
提督「私も何回冷や汗を掻かされたか分からん……」
利根「制空権を取っていても問答無用でこっちを攻撃してくるから、我輩はあやつが苦手じゃ……」
提督「下手をすればその状態で大破させられたな……」
ヲ級「……ヲ」
空母棲姫「……………………」
利根「…………」
提督「……会話は出来るのか?」
空母棲姫「ああ」
ヲ級「…………」コクコク
提督「そうか、良かった。それで、こんな島に何か用か?」
空母棲姫「人間と艦娘が見えたのでな。攻撃をしようと思ったのだが、どうも様子がおかしかったから拝見しようと思っただけだ」
提督「ほう。そんな事もあるのか。……では聞こう。お前達から見て私達はどう見える?」
空母棲姫「…………」チラ
ヲ級「…………」ジー
利根「…………?」
ヲ級「よく、分からない」
空母棲姫「……不思議な連中だというのだけは言える。それ以外はなんとも言えん」
提督「そうか」
空母棲姫「こっちも質問させて貰う。私達を見てどう思う」
提督「そんな服装で恥ずかしくないのかと思っている。中破でもしたのか?」
利根「良く見るとそのマント、格好良いのう……」
ヲ級「カッコ良い……」
空母棲姫「……変な奴らだな」
提督「よく言われる」
空母棲姫「変と言えば、なぜ艦娘に艤装を持たせていない。襲われたら死ぬぞ」
利根「邪魔じゃからもう何年も付けておらんぞ? この島で暮らすのに艤装はただただ邪魔なだけじゃ」
提督「その艤装も修理に使ってもう無い。潮風に煽られて錆付いていたからどっちみち使えなかっただろう」
ヲ級「えー……」
空母棲姫「本当に……変な奴らだな……」
提督「変なのはお前達もだろう。こっちでは勝手にお前たち二人を空母棲姫、ヲ級と呼んでいるが、たった二隻で動いているのは初めて見たぞ」
空母棲姫「……ふん」
利根「ぬ? 拗ねた?」
ヲ級「艦娘に、襲われた。仲間、沈んで、私達だけ、残った」
提督「ああ……そういう事か」
利根「その割にヲ級は無傷じゃのう?」
ヲ級「攻撃、来なかった」
利根「なるほどのう」
空母棲姫「……………………」
提督「……しかし、敵とはいえ普通に話せると哀れに思ってくる」
空母棲姫「哀れ、だと?」ピクッ
提督「傷付いてその状態だと仮定すると、お前は一刻も早く修理しなければならない状態だ。だというのにこうして道草を食っているという事は、修理をする手段が無いと私は思った」
空母棲姫「…………」
提督「艦娘と同じように修理しなければ服も直せないのならば……まあ、なんだ。その肌が露わになった状態でずっと居なければならないのは哀れだ、とな」
空母棲姫「……無駄に察しが良いな、お前」
提督「そうでもないだろ」
利根「我輩は単純にこれが通常なのかと思うたぞ?」
提督「滑走路が壊れているようだからそれは無い」
利根「あ、本当じゃ」
提督「それくらいは気付こうか、利根」
利根「そういう事もあるじゃろうて」
ヲ級「…………」チョンチョン
空母棲姫「! どうした」
ヲ級「この二人、本当に、敵?」
空母棲姫「…………本当は敵のはずなんだが……」
提督「単純に攻撃手段が無い」
ヲ級「あったら、攻撃、する?」
提督「せんよ」
空母棲姫「ほう。それはどうしてだ?」
提督「こっちも単純だ。私はもはや提督ではない」
空母棲姫「仕事ではないからしない、か」
提督「そうだ。私は好き好んで個人的な戦争などしない」
利根「……あれ? もしかして我輩、存在理由が否定されておるのかの?」
提督「今気付いたのか。戦う為の存在である艦娘から戦いを奪えばどうなるか分かるだろう」
利根「おー……。まあ、それも良いかのう」
ヲ級「……良いの?」
利根「別に構わぬ」
ヲ級「……不思議」
空母棲姫「随分とのんびりしているな」
提督「のんびりしなければならない事もあるものだ」
空母棲姫「ただの怠慢だろ」
提督「そうとも言う」
空母棲姫「……私が言うのもおかしいが、お前の艦娘は不幸だな」
利根「ぬ? 我輩か?」
空母棲姫「お前ではない。他の艦娘だ。──何年も前から艤装を付けていないという事から、お前達はここに何年も居るという事だ」
提督「……ああ、そうだ」
空母棲姫「残された艦娘は今、どう思っているんだろうな。延いては、沈んだ艦娘もどういう気持ちでお前を見ているのか……」
提督「…………お前なら、どう思う」
空母棲姫「ふざけるな、としか言いようがない。亡霊となったら真っ先にお前を祟るだろう」
提督「……そうか」
空母棲姫「お前の為に沈んだ艦娘が、何を思うかを考えると良い」
提督「……………………」
提督(……金剛、瑞鶴、響が何を思うか……か)
金剛『テートクー! いつまで私達の事を引き摺っているデスか!』
提督(ああ……言いそうだな……)
瑞鶴『辛いのは分かるけど、乗り越えなきゃダメよ?』
響『もう居ない私達ばかり見ていても、前には進めないよ』
金剛『テートクなら、必ず立ち直れマス。私はそう信じているネ。……ただ──』
提督(……………………)
金剛『──私達の事、忘れないで下さいね?』
提督「…………」
利根「……どうして泣いておるのじゃ、提督」
提督「……すまん」グイッ
空母棲姫「……………………」
空母棲姫(沈んだ艦娘を想って泣いている……。このような人が提督ならば、私も深海棲艦にならずに済んだのかもしれないわね……)
提督「……感謝する」
空母棲姫「私は何もしていない。お前が勝手に何かを想っただけだ」
提督「……そうか」
ヲ級「? ??」
提督「では、せめて塩を送らせてくれ」
空母棲姫「……何をする気だ?」
提督「不器用だが私は艦娘を修理する事が出来る。もしかすると、お前も修理を施せるかもしれん」
空母棲姫「お前の得にならないだろ」
提督「お前の得にはなるだろう」
空母棲姫「戦争をしている相手を援助するのはどうなんだ?」
提督「お前こそ戦う気力を失った敵を激励している」
空母棲姫「修理と称して殺すんじゃないのか?」
提督「恩を仇で返す事などせんよ」
空母棲姫「信用できないと言えばどうする」
提督「その空母を監視に就かせるか海に出るかを選べば良い」
空母棲姫「…………」
提督「…………」
空母棲姫「……艦娘のお前はどう思っている」
利根「うん? 提督に任せるぞ。よくは分からぬが、提督はお主に感謝しているようじゃしの」
ヲ級「据え膳。据え膳」
空母棲姫「意味がかなり違う。静かにしていなさい」
ヲ級「ヲ……」
空母棲姫「……修理はどこでやるつもりだ?」
提督「そこの工廠紛いの小屋だ」
空母棲姫「……変な事はするなよ」
提督「約束する」
…………………………………………。
空母棲姫「……ふむ。直る事は直った、か」
提督「完全には直らなかったがな。鋼材が足りなかった」
空母棲姫「これだけ直れば充分だ。……その、だな」
提督「ん?」
空母棲姫「…………」
提督「どうした」
空母棲姫「……感謝、する」
提督「私が勝手に直しただけだ」
空母棲姫「私の真似か、それは」
提督「さて、どうかな」
空母棲姫「食えない奴だ」
ヲ級「ヲ。直ってる」ヒョコッ
利根「おお、本当じゃ」ヒョコッ
空母棲姫「ん、ああ。完全ではないが、充分に直った」
ヲ級「裸、見られた?」
空母棲姫「……どうしてお前はそう反応に困る事ばかり言う」
ヲ級「どうだった?」
提督「私に聞くな。言ったら失礼だ」
ヲ級「ヲ……」
空母棲姫「まったく……」
利根「深海棲艦も大変なんじゃのう」
空母棲姫「人間と艦娘程ではない」
ヲ級「ヲー……」
空母棲姫「……さて、私達はそろそろ海へ戻る」
提督「そうか。気を付けろよ」
空母棲姫「……敵にその言葉を言うのは間違っていないか?」
提督「社交辞令と思ってくれ」
空母棲姫「敵に社交辞令というのもおかしいと思うが……まあ、お前がおかしいのは今に始まった事ではないか」
提督「これからはなるべくマトモになるようにしよう」
空母棲姫「……では、次は戦場で会おう」スッ
提督「会ったら、だがな」
空母棲姫「せいぜい死ぬなよ。人間、艦娘」
提督「そっくりそのまま返してやろう。深海棲艦」
…………………………………………。
金剛「深海棲艦と会ったデスって!?」
瑞鶴「そのまま話して帰ったって……どういう事なのそれ……」
響「……私の頭か耳がおかしくなったのかな」
提督「そのままの意味だ。響は何もおかしくなっていないから安心しろ」
金剛「本当に大丈夫なのデスか? 危害は加えられまセンでシタか?」
提督「ああ。この通り元気だ」
利根「我輩も怪我一つしておらんぞ」
瑞鶴「……提督さんは人間だからまだ分からないでもないけど、利根さんも大丈夫だったって何があったのかしら」
利根「さあのう……不思議な連中とは言われたが、艤装を付けていたとかの関係があるのかの、提督?」
提督「さあな。それは私にも分からない。ただ一つ言える事は、戦場で会ったら敵同士だという事だ」
響「……私達も会っていたらどうなっていたのかな」
提督「さて。それも分からん。もしかすると変わらなかったかもしれんし、攻撃されたのかもしれん」
金剛「とりあえず、私達はあまり外に出ない方がベターのようデス……」
提督「そうだな。これからも家の中の事は三人に頼む」
響「……本当にこれだけの事しかしていないのに良いの?」
提督(──ああ。三人と私は、さっきの私と空母棲姫みたいなものか)
提督「構わんよ。……だが、何かをしたいと思ってくれるのは嬉しい事だ。だが、これからも利根のマッサージをお願いして良いか?」
金剛「オッケーデース」
利根「うん? 良いのかの?」
提督「お前は私と違って身体が凝っていただろう。良い機会だから柔らかくなるまで解して貰え」
利根「ふむ。三人共、頼んでも良いかの?」
金剛「勿論デース」
瑞鶴「任せてね」
響「私も頑張るよ」
利根「……ありがたいのう」
提督(……さて、三人に聞きたい事があるから後で聞いておこう)
…………………………………………。
利根「くー……」
提督(ふむ、寝たか。それでは、行くとしようか)ソロソロ
利根「んー……」
提督「!」
利根「むにゃ……」
提督(……起きていないよな?)
利根「……くー」
提督(……良し。今度こそ行くか)ソロソロ
利根「……………………」
提督(…………)ソロソロ
瑞鶴「──とかどうなってるのかしら」
金剛「それは私達には分からない事デスね……」
提督(……何か雑談していたのか。邪魔をしてしまうが許してくれよ)コンコン
瑞鶴「……え、誰? 中将さん?」
提督「ああそうだ。少し話したい事があるんだが、入れてもらって良いか」
響「うん。鍵は掛かってないよ」
ガチャ──パタン
提督「夜中にすまん」
金剛「ノープロブレムです。ケド、どうかしたのデスか? とても珍しいネ」
提督「……ああ」
響「真剣な話のようだね。……座る?」ポンポン
提督「気持ちだけ受け取っておく。椅子に座っても良いか?」
瑞鶴「良いけど、何も言わずに座っても良かったのよ?」
提督「失礼する。──この部屋はお前達のものだ。ならば訊ねるのが礼儀だろう」スッ
瑞鶴「そっか。ありがと」
響「それで、話ってなんだい?」
提督「ああ……迷惑な話かもしれんが、どうしても聞きたい事がある」
金剛「?」
提督「……私と利根がこの島に居る経緯は憶えているか?」
金剛「イエス。……今回のお話はその事についてデスか?」
提督「……ああ。お前達が、あの子達だったとして考えて欲しい。今の私や利根を見て、どう思うかを教えて欲しいんだ」
瑞鶴「う、うーん……? 結構難しいわね……」
提督「無理にとは言わない。分からなかったら正直にそう言ってくれ」
瑞鶴「……頑張る」
響「どう思ったのかも正直に言って良いの?」
提督「ああ。頼めるか?」
響「ん。大丈夫だよ」
金剛「私もイメージしてみマス」
提督「ありがたい」
金剛・瑞鶴「……………………」
響「…………」ジー
提督(…………? 響は私の顔を見て想像しているのか?)
響「…………」
提督(……月明かりのみで暗いのせいか、少しだけ悲しそうな顔に見えるな。いや、本当に悲しそうにしているのか……? 分からん……)
響「…………」ジッ
提督「…………」
響「…………」チラ
金剛・瑞鶴「…………」ウーン
提督(……ふむ)
響「…………」ジー
提督「…………」コクン
響「…………」コクン
響「…………」スッ
金剛「? どうしまシタか、響?」
響「どう思うのかを提督に話すだけだよ。二人に聞かせたら、何か影響を与えちゃうかもしれないからね」
瑞鶴「なるほどね」
響「さ、提督。耳を貸して」
提督「ああ」ソッ
響「…………」コショコショ
提督「…………」
響「…………」コショコショ
提督「……そうか」
響「うん」スッ
提督「……………………」
瑞鶴(……すっごく悲しそうにしてる。初めて見たかもしれない)
提督「…………」ナデナデ
響「んっ……」
提督「……ありがとう、響」
響「役に立てた?」
提督「ああ……」
響「それなら良かったよ。もっと撫でて」
提督「いくらでも撫でてやる」ナデナデ
響「スパシーバ」
…………………………………………。
提督「さて……時間も大分経ってしまったな」
金剛「ソーリィ……。もう少しで思い付けそうなのデスが……」
瑞鶴「私ももうちょっと……のような、気が……」
提督「無理はしなくて良いと言っただろう?」
金剛「ノー。絶対にノーアイディア以外の答えを出してみせマス」
瑞鶴「私もよ。だって、中将さんにとって大事な事なんでしょ?」
提督「だが──」
金剛「私達がそうしたいと思っているだけデス。……これならオーケーですか?」
提督「……段々と私の扱い方を覚えられている気がするな」
瑞鶴「ヤだった?」
響「…………」ジー
金剛『────────────』
瑞鶴『────────』
響『────』
提督「…………いや、そんな事はないぞ」
瑞鶴「うん、良かった!」
提督「……さて、そろそろ寝るとしよう。邪魔をしてしまった」スッ
金剛「そんな事ありまセン。……また明日も来てくれマスか?」
提督「またこんな時間になっても構わないのならば」
瑞鶴「じゃあ待ってるわね」
響「楽しみにしているよ」
提督「何を楽しみにするのやら……」
金剛「提督には本当に何もお返しが──」
提督「だからそれは──」
瑞鶴「でも、私達は利根さんだけじゃなく──」
響「だったら──」
四人「────」
利根(……………………)
……………………
…………
……
提督「…………」ボー
利根「…………」ギュー
響「…………」チョコン
瑞鶴「なんか、今日はいつもとちょっと違うわね?」
利根「……んぅ?」
金剛「響が提督の足に座っているのもそうデスが、利根も提督の背中にピッタリと張り付いていマス」
利根「いつもではないか?」
瑞鶴「なんというか……密着度が違うような? そんな感じがする」
利根「ふむ……?」
提督「そうだな。今回はくっついているというよりも抱きつかれていると言った方が正しい」
利根「嫌じゃったかの?」
提督「お前にはそう見えるのか」
利根「全く見えぬな」ギュー
提督「そういう事だ」
響「…………」ジー
提督「…………」ナデナデ
響「…………♪」
金剛「懐かれていマス」
瑞鶴「完全に懐かれてるわね」
提督「本当、どうしてだろうな」
響「少しは自覚した方が良いんじゃないのかな」
提督「気が向いたらな」
金剛「…………」チラ
金剛(私が提督の金剛だったら、どう思うかデスか)
金剛(……どう、思うのデスかね。私だったら──)
…………………………………………。
金剛「……………………」ボー
金剛(海、綺麗デス……。やっぱり、触れるくらい近くに居ると違って見えマス。考えも纏まってきて、やっぱり私は海と共にあるのデスね)
金剛「でも、本当に良いのデスかね……。提督は薦めて下さいまシタけど、本当はダメなのでは……」
金剛「…………私がずっと海の向こうを見ていたから、デスかね?」
金剛(確かに、少しだけ未練はありマス。ケド……割り切らないといけない事デス)
金剛「……………………」ジッ
金剛「……向こうの『私』は、上手くやっているのでショウか」
金剛(────? 今、岩場で何か動きまシタ? 何でショウかね?)トコトコ
金剛「確か、この辺りに──」ヒョコッ
空母棲姫「な……! 艦娘!」
ヲ級「!!」
金剛「エネミー!? そんな……!?」ザッ
金剛(シット! 今、私は艤装がありまセン……! このままでは──)
金剛「…………?」
空母棲姫「…………っ」ギリッ
ヲ級「…………!」ビクビク
金剛(……空母棲姫が大破で、ヲ級が中破? なぜ……)
空母棲姫「……む。艤装が、無い?」
ヲ級「ヲ……」
金剛「────っ!!」バッ
ヲ級「……逃げた」
空母棲姫「安心するな。艤装を取りに戻っただけだろう。……ここも危険だ。離れるぞ」
ヲ級「その必要、無いよ?」
空母棲姫「何を馬鹿な事を言っている。このままでは殺されるだけだ」
ヲ級「だって、ここ。あの変な人が、居た島」
空母棲姫「……なんですって?」
ヲ級「だから、大丈夫。きっと」
空母棲姫「……能天気な奴め。前がそうでも、今回も同じとは限らないだろう。ともかく離れるぞ」グッ
空母棲姫「!」ガクッ
ヲ級「もう、海、無理。大人しく、ね?」
空母棲姫「……嬲り殺しにされるのがオチだ。今から覚悟しておけ」
ヲ級「ヲー……」
提督「──誰が嬲り殺しにするだと?」
空母棲姫「! ……本当にお前か」
提督「…………」ジッ
ヲ級「?」ジー
空母棲姫「……なんだ」
提督「……次に会うのは、戦場ではなかったのか?」
空母棲姫「……うるさい黙れ」
提督「まあ良い。お前には恩がある。修理は出来ないが、ゆっくりしていけ」
ヲ級「私は?」
提督「お前もだ。片方だけ贔屓など出来ん」
ヲ級「やった」
空母棲姫「…………」
提督「どうした」
空母棲姫「……つくづく変な奴だと思っただけだ」
提督「そうか。自覚している」
空母棲姫「性質の悪い奴め……」
ヲ級「ヲ」クイクイ
提督「ん、どうした」
ヲ級「立てないくらい、壊れてる」
空母棲姫「おい」
提督「……そうか。艤装を外すぞ」
空母棲姫「おい待て。まさか……」
提督「そのまさかだ。担いでいく」ガチン
空母棲姫「……はぁぁ…………」
提督「なぜそんな溜息を吐く……」
空母棲姫「呆れて物も言えなかっただけだ……。もう好きにしろ……」
提督「そうか。なら失礼する」ソッ
空母棲姫「…………」ビクッ
提督「……どうした?」
空母棲姫「い、や……なんでもない」
提督(……ふむ)
提督「いや、すまない。軽率だった。この前の艦娘を連れてくる。その子に運んで貰うとしよう」
空母棲姫「待て。何を察した」
提督「お前の考えている通りで合っているだろう」
空母棲姫「……お前で良い」
提督「無理はするな」
空母棲姫「負けた気分になるからさっさと運べと言っているんだ……!」
提督「……何に負けたと言うのだか。──少しだけ我慢しておけ」グッ
空母棲姫「…………!」ヒョイッ
ヲ級「お姫様、抱っこ」キラキラ
空母棲姫「煩い黙れ口にするな見るな放っておけ」
ヲ級「ヲー……」
提督「……流石に酷くないか?」
空母棲姫「ふん」
提督「……行くか」スタスタ
空母棲姫「…………!」ビクッ
ヲ級「ヲ」トコトコ
提督「艤装は後で取りにくる。流石にあんな鉄の塊を私一人で運ぶのは無理がある」
空母棲姫「…………ああ……」
提督(……見た目に反して強がりだな、こいつ。あまり動じない性格だと思ったのだが)
…………………………………………。
金剛「──私は反対デス!」
空母棲姫「そうなるだろうな」
提督「理由を言ってくれ金剛」
金剛「理由も何も、エネミーですよ!? ずっと戦ってきた相手と暮らせと言われても無茶デス!!」
空母棲姫「そういう事だ。諦めろ」
提督「ふむ……だが、お前は私の恩人だ。どうにかしてやりたいと思うのは当然だろう」
空母棲姫「その考え自体がおかしいとなぜ分からん……」
瑞鶴「なんというか……普通に話せるのね」
空母棲姫「今この状態ならばな。手も足も出ないんだ。敵意を向けたとあれば排除されるだけだろう」
響「万全の状態なら話は別なの?」
空母棲姫「お前たち相手ならば攻撃はするだろうな」
響「私達……という事は、提督は別なのかな」
空母棲姫「…………」
瑞鶴「あ、答えない」
空母棲姫「……煩い」
ヲ級「この人、怪我、治してくれた」
響「ああ、なるほどね。恩を感じるから手を出さないって事なんだ」
空母棲姫「余計な事を言うんじゃない……!」グリグリ
ヲ級「あう……あう……」
金剛(……想像していたのと大分違いマスけど、油断は出来まセン。いつ本性を現すか分からないデス)
提督「ならば、艤装を取り上げておくというのはどうだ」
空母棲姫「それは私が困る。治癒した時にどうやって海で戦えと言うんだ」
提督「何も二度と返さないとは言っていない。時が来れば返す」
空母棲姫「……それなら、良いが…………」
瑞鶴「それなら良いって……それも不思議な話ね……」
金剛「そもそも、それだと提督が軍法会議ものデス。余計に反対デス」
提督「バレなければ構わん。これを知るものは、ここに居る者以外に居ない」
響「私は勿論言わないよ」
瑞鶴「うん、私も言わない」
金剛「う……。と、利根はどうなのデスか?」
利根「我輩か? 我輩が提督の敵になるような事をする訳がなかろう?」
金剛「うぅ……私がおかしいデスか、これ……?」
空母棲姫「安心しろ……この中の常識人は私とお前だけだ……」
金剛「今ばかりは敵である貴女に共感しマス……」
瑞鶴「私は、危害を加えてこないんだったら別に良いかなって思っただけなんだけど……。あと、中将さんが恩人だっても言ってたし」
響「私も同じ意見だよ」
空母棲姫「だから、それは軍に身を置いていた者として間違っているだろう……」
提督「今は軍に身を置いていないから問題ない」
空母棲姫「そういう問題じゃない……」
瑞鶴「……そういえば、私たちも除籍されてるはずだから、もう軍とは関係無いんだっけ」
響「そうだね。じゃあ、堂々と提督のやりたい事に手を貸せるよ」
提督「盲目になるのはいかんぞ」
響「そこは弁えるつもり。明らかに問題がある事についてはちゃんと止めるよ」
金剛「これは良いのデスか……?」
響「現時点で脅威に成りえないし、この人も提督には敵わないみたいだし、もう一人は大人しいから良いんじゃないかな」
金剛「……ぅー、納得いかないデス…………」
空母棲姫「まともな奴が少な過ぎる……」
提督「当たり前の事ではあるが、私達の誰かに危害を加えたとしたら、その時点で敵と見做して葬る」
空母棲姫「流石に保護されたとあれば手は出さん。……逆にそっちから危害を加えたとあれば話は別だ」
提督「ああ。それで良い。我々は本来敵同士だというのは忘れない方が良い。お互い艤装は着用しない事として、疑わしい事があれば黒と判断しても良いだろう」
空母棲姫「…………」
提督「どうした」
空母棲姫「常識があるのか無いのか分からんな、お前は……」
提督「私は私のやりたようにやっているだけだ」
空母棲姫「はぁ……。お前達の苦労が目に見える」
利根「我輩は別の意味で苦労しておるがの」
瑞鶴「私は別に……」
響「むしろ、前の鎮守府と比べられないくらい充実しているよ」
金剛「私は今日初めて頭が痛くなりまシタ……」
ヲ級「楽しそう」
空母棲姫「はぁ……」
提督「まあ、ゆっくりしていけ。だが、条件は付けるぞ」
空母棲姫「ほう。なんだ?」
提督「寝る場所は他に無い。故に二人はここにある予備のベッドで寝てもらう」
空母棲姫「ああ、分かった」
ヲ級「うん。うん」コクコク
提督「以上だ」
空母棲姫「……お前やっぱりおかしい。……ああ、もういい……疲れたから寝させてもらう」スッ
提督「ああ、おやすみ」
金剛(……本当、感情面では私達と変わりないのデスね。でも、私はすぐに信用なんてしまセンよ)
金剛(皆さんに──提督に危害を加えるようであれば、すぐにでも沈めマス)
…………………………………………。
提督「……ふむ。今日はあまり釣れないな」
利根「じゃのう。お互いに一匹しか釣れておらぬ」
提督・利根「……………………」
利根「のう提督よ」
提督「どうした」
利根「深海棲艦も、我輩達と同じなのかのう」
提督「かもしれんな」
利根「ふむう……」
提督「何か思う事でもあるのか?」
利根「なんと言えば良いのかのう……。ちょっと待ってくれるかの」
提督「いくらでも時間はあるんだ。いくらでも待とう。ゆっくり考えてくれ」
利根「うむ。ありがたいぞ」
提督・利根「……………………」
提督(……しかし、このままではマズイな。更に二人増えたんだ。いずれ食料が底を着くぞ。初日から食料を溜め込むつもりだったが、釣れない日が続くと餓死しか残らん)
提督(さて……どうするか……)
空母棲姫「──ああ、ここに居たのか」
利根「うん? どうかしたのかの?」
空母棲姫「目が覚めてみればお前達が居ない事に気付いてな。あの空間に居るのは耐え難いから逃げてきただけだ」
提督「ん? 金剛達に何かあったのか?」
空母棲姫「瑞鶴と響は特に何も無いのだが、あの金剛という娘は明らかに私を警戒しているだろう。私が居ても空気が悪くなるだけだ」
提督「なるほどな。──もう一人はどうした」
空母棲姫「……なぜかは知らんが、瑞鶴と響の二人と遊んでいた」
提督「……無邪気だからか?」
空母棲姫「……おそらく」
利根「お主も共に遊んでおれば金剛からも警戒されなくなるのではないか?」
空母棲姫「バカを言え。私がそんな風に見えるか」
利根「ほれ、世の中にはギャップの差を見せる事で気に入られるというものもあると言うではないか」
空母棲姫「では私が無垢な笑顔で、あっち向いてホイをしていたらどう思う」
利根「うわぁ……」
空母棲姫「頭にきたぞ、その反応は……!」
利根「……提督はどう思うのじゃ」
空母棲姫「…………」ジィ
提督「……頼むから私に振るな」
空母棲姫「お前の方が酷かった」
提督「逆に私が無垢な笑顔で子供っぽい遊びをしていてもそう思うだろ。そういう事だ」
空母棲姫「まあ……そういう事にしておこうか。心の傷を深め合うのは誰の得にもならん……」
提督「……ああ」
空母棲姫「ところで、お前達はなぜ釣りをしている」
提督「分からないか? 二人増えたんだ。食料の確保をしなければならんだろう」
空母棲姫「──ああ、人間と艦娘は水中が苦手なのか」
提督「潜水艦の艦娘でもない限りな
空母棲姫「まあ、それが我々の違いという事か。──しかし、お前にしては察しが悪いな」
提督「ん?」
利根「我輩も含んでおるのかの?」
空母棲姫「お前なら徹頭徹尾、気付かん」
利根「さっきの仕返しかのう……」
提督「それで、何が言いたい」
空母棲姫「深海棲艦は陸が無くても生きていける。これで分かるか」
提督「──なるほど。それならば釣りは非効率的だ」スッ
利根「ふむ?」
提督「だが、その身体で大丈夫なのか?」
空母棲姫「支障はあるだろうが、問題はない」
提督「ほう。頼もしい。──だが、もう一人も一緒にして貰って良いか」
空母棲姫「別に構わんが、どうしてだ?」
提督「ここらの海域はたまに鋼材を拾う事が出来る。もしかすると、海底に鋼材があるかもしれん」
空母棲姫「なんだ? 兵装でも揃えるのか?」
提督「お前も察しが悪いな。寝起きだからか?」
空母棲姫「……なるほど、そういう事か。つくづく変な奴だよ、お前は」
提督「人の事を言えんな」
空母棲姫「私は命を助けて貰ったという恩があるが?」
提督「私も、心の闇を払ってくれている」
空母棲姫「……お互い様というものか」
提督「そういう事だ」
空母棲姫(……変な奴、だ)
空母棲姫「では、あいつを呼んでくる。成果の期待はするなよ」クルッ
提督「楽しみにしておこう」
空母棲姫「……性格の悪い奴め」スタスタ
利根「……うーむ」
提督「どうした利根。まさかとは思うが、何の意味か分からなかったとかではないよな?」
利根「それは流石に我輩でも分かったぞ。それとは別の事じゃ」
提督「ほう」
利根「なんとなくなんじゃが……あやつ、最後に雰囲気が柔らかくなったように感じてのう」
提督「ふむ。私の勘違いではなかったという事か」
利根「提督もそう感じたのか?」
提督「ああ。──このまま、金剛とも仲良くなってくれると良いんだが」
利根「まあ、時間の問題じゃろうて」
提督「たぶんな」
利根「──ん、おお? 何か掛かったぞ」
提督「ほう。魚か?」
利根「……手応えが魚っぽくないぞ──っと、やっぱ……り……?」
提督「…………」
利根「……のう、提督。たこ焼きが釣れたぞ」
提督「だから、たこ焼きと言うな……」
利根「むう」
提督「まあ……二人の修理には使えるんじゃ、ないか……?」
利根「使えたら良いのう」
…………………………………………。
提督「……なんだこれは」
空母棲姫「どうした。足りないのか?」
ヲ級「頑張ったっ」フンス
瑞鶴「……これ、何日分?」
金剛「ワーォ……」
利根「山になっておるのう」
響「ハラショー」
提督「……これは、サメか? よく獲ったな……」
瑞鶴「タコもあるわね……あ、イカもある」
金剛「他にも貝や海草、沢山の種類があるデス……」
空母棲姫「……何か、問題があったか?」
提督「サメには正直困ったが、今までの生活を考えると飛び切り豪華でな」
ヲ級「いつも、どんなの?」
利根「魚のみじゃ。食べ方を変えておるくらいじゃのう」
空母棲姫「……よくそれで今まで飽きなかったな」
提督「慣れればどうとでもなる」
利根「うむ」
三人「…………」
空母棲姫「どうやらお前達がおかしいだけのようだぞ」
提督「……すまん、三人共」
金剛「い、いえ! 私は大丈夫デス、よ?」
瑞鶴「えっと、私もよ? うん」
響「……正直に言うと、そろそろ飽きてた」
提督「…………」ナデナデ
響「ん、撫でなくても良いよ。これからは、いっぱい楽しめるよね?」
提督「ああ。出来る限り毎日違う物を作ろう」
響「ハラショー」キラキラ
利根「物凄く喜んでるのが分かるぞ」
提督「良い笑顔だ。──さて、今日は少し豪勢にしようか。腐らせてしまうのも勿体無い」
瑞鶴「豪勢に……!」
金剛「楽しみデス……!」
空母棲姫「ふむ。役に立てたか?」
提督「ああ。ありがたい限りだ」
利根「じゃのう。ありがたいぞ」
瑞鶴「ありがとね!」
響「スパスィーバ」
金剛「えっと、その……」
金剛「…………ありがとう、ございマス」
空母棲姫「……なぜかお前に言われると変だ」
金剛「な、なぜデスか!?」
空母棲姫「ついさっきまで警戒していた相手がしおらしくなって感謝の言葉を掛けてきているんだ。そう思うのも無理ないだろう……」
金剛「ぅー……」
提督「まあ、それは時間が解決してくれるだろう。──さて、食事を作るぞ」
…………………………………………。
利根「……食べ過ぎてしもうた」ケポッ
響「──ごちそうさま。大満足だよ」
瑞鶴「貝とかプリプリしてて凄く良かった……!」
金剛「タコって……意外とテイスティなのデスね。見た目はアレですケド……」
ヲ級「焼くと、美味しい……! 生より、良かった」キラキラ
空母棲姫「……馳走になった」
提督「それは私の台詞だ。非常に有意義な食事だったぞ」
空母棲姫「火と塩だけでこれほどレパートリーがあるのは驚いた。これからはそのままで食う事が出来んな」
瑞鶴「……そのままとか生って言ってるけど、普段はどうしてるの?」
空母棲姫「本当にそのままだ」
ヲ級「うん。うん」コクコク
金剛「……寄生虫とか怖そうデス」
空母棲姫「そんなに柔な身体はしていない。寄生虫が怖くて艦娘と戦えるか」
瑞鶴「言ってる事はなんとなく分かるんだけど……それとはまた別のような……」
提督「さて、食後の余韻も良い所だが、私と利根は少し仕事をするか」スッ
利根「ん? ──ああ、そうじゃのう。一仕事じゃ」スクッ
瑞鶴「何かするの?」
提督「余った食材を保存食にしたり生け簀に放り込んでくる。食材の調達が無くなったんだ。これくらいはさせてくれ」スタスタ
利根「うむうむ。では、行ってくるぞー」トコトコ
瑞鶴「はー……幸せ……」
ヲ級「はぁー……」キラキラ
響「瑞鶴さん、一緒にほわほわしてる」
瑞鶴「だって、向こうでもこんな豪華な物って食べられなかったじゃない?」
金剛「……そう言えば、確かに海産物はあまり無かったデスね」
響「当たり前過ぎて、分かんなくなってたね。母港で養殖とか漁とか出来ないし、鎮守府周り以外は危険だし」
空母棲姫「ふむ。深海棲艦が現れるからか」
響「うん、そうだよ。……不思議だよね。深海棲艦との戦いで食べられなくなってた海の幸が、貴女達のおかげで食べられるんだから」
空母棲姫「……ここは何かと普通ではないからな。何が起きてももう驚かんかもしれん」
金剛「本当デスか?」
空母棲姫「ああ」
金剛「では──」
金剛「──今までずっと警戒していて、ごめんなサイ」ペコッ
空母棲姫「……なんだ? おかしくなったのか?」
金剛「それは流石に酷くないデスか!?」ガバッ
空母棲姫「何を言っている……。私達は本来、敵同士なんだぞ……。お前だけがこの場で唯一の常識ある存在だったのに、なんて事を……」
響「あれ、ちょっと前に常識があるのは金剛さんと貴女だけって言ってなかったっけ」
空母棲姫「自分の為でもあるとはいえ、人間と艦娘の為に食材を獲ってきたんだ。それに対して不快感も持っていない。もはや常識があるとは言えんよ……。どうやら、あの提督に染められたのかもしれん……」ハァ
金剛「……私は褒められているのデスか? それとも貶されているのデスか?」
空母棲姫「後者だ……。まったく……本当におかしい奴しか居なくなったぞ……」
響「良いんじゃないかな?」
空母棲姫「どこがだ……」
響「ここは、訳のある人達が集まる島だよ。何が起きてもおかしくない。だったら、敵も味方も関係無くなって良いと思うんだ。……それじゃダメかな?」
空母棲姫「……子供らしいな」
響「子供の特権だよ」
空母棲姫「全くだ。その特権を分かっていて使うのだから、お前もあの人間と同じく性質が悪いな」
響「提督に近づいてるって事だね。良い事だと思うよ」
空母棲姫「……やめてくれ。心労が増える……」
響「慣れると提督の近くに居るだけで心地良くなるよ。お勧め」
空母棲姫「……懐いているんだな」
響「うん。勿論だよ」
瑞鶴「なんとなく思ったんだけど、空母棲姫って中将さんと似てるわよね」
空母棲姫「──ああ、私の事か。確かに口調は似ているな。……口調だけだよな?」
金剛「行動もどことなく提督と似ていマスよ?」
空母棲姫「……なんだか嫌だな、それは」
響「そのまま染まっていきなよ」
空母棲姫「断る……」
ヲ級「♪」ホクホク
ヲ級「楽しい……♪」
…………………………………………。
ヲ級「くー……」
空母棲姫「…………」スゥ
利根「くかー……」
提督「…………」
提督(さて……そろそろしっかり寝たか?)スッ
利根「んんー……」
提督「…………」ピタッ
利根「ん……くぅ……」
提督(……起きていないな。しかし、このままだといずれ起こしてしまうのも時間の問題か……?)
提督(せめて夢の中だけでも楽しくしてくれ、利根……)ナデ
利根「ん……」モゾ
提督(さて、行くか)ソロソロ
ヲ級「くー……」
空母棲姫「すぅ……」
利根「……………………」
金剛「────?」
瑞鶴「──…………」
響「────」
提督(……今日も起きているようだな)
コンコン──。
瑞鶴「中将さん? 入ってきて良いわよ」
ガチャ──パタン
提督「失礼する」
響「いらっしゃい、提督」
金剛「お好きな場所へ座って下サイ」
提督「ああ」スッ
瑞鶴「さてと……。ここに来た理由は分かってるわ。後は私と金剛さんの意見よね?」
提督「そうだ。だが、そっちの方は思い付いたら言ってくれたので構わない。それまでの間は他愛の無い話をしようか」
金剛「利根やあの二人が居ない時でないと話しにくい事とかデスか?」
提督「あるならば、な。それも無かった場合は本当に何の変哲も無い話をしよう」
瑞鶴「うん、分かったわ。──早速だけど、私も答えが出たの」
金剛「!」
提督「ふむ。聞かせてもらって良いか?」
瑞鶴「うん」スッ
金剛(……瑞鶴もイメージ出来たデスか)
瑞鶴「────」コショコショ
提督「…………」
金剛(後は……私だけデスね……。でも、どうしてイメージ出来ないのでショウか……)
提督「……そうか」
瑞鶴「うん。私だったらそう思う」
提督「……………………」
瑞鶴「…………? 中将さん?」
提督「……ありがとう、瑞鶴」ナデナデ
瑞鶴「わっ……。なんだろう……いつも以上に優しい気がする」
提督「そうか?」ナデナデ
瑞鶴「……うん。すっごく、あったかい」
提督「そう思ってくれるのならば、私も嬉しいよ」ナデナデ
金剛「…………」
金剛(羨ましいと同時に、何か胸の奥が引っ掛かりマス。本当に何でしょうか……この気持ちは……)
響「どうしたんだい、金剛さん?」
金剛「……いえ。私も、早くイメージしなければと思ったのデス」
提督「前にも言ったが、無理をしなくて構わない。思い付かない場合はそう言ってくれて良いんだぞ?」
金剛「でも、提督は私の言葉も欲しいデスよね?」
提督「それはそうだが……」
金剛「だったら、私も二人と同じようにしたいデス」
提督「……思ったよりも頑固そうだな」
金剛「……お嫌い、デスか?」
提督「いや、そんな事はないぞ」
金剛「リアリー?」
提督「勿論だ」
提督(……少し、心は痛むがな。お前も頑固だと、本当に似てくる)
瑞鶴「んー……でも、難しいわよね……。私もハッキリと思い付くのに時間が掛かったし……」
金剛「一度、提督に艦娘としての指示を出して下さると何か分かるかもしれまセン。何か指示をくれマスか?」
提督「指示、か……」
金剛「ハイ。何かありマスか?」
提督「……無いな」
響「だよね」
瑞鶴「よねー……」
金剛「うぅ……」
金剛(──あ。提督の『私』と同じ事をすれば、答えに近付けるのでは? ──って……それはノーです。提督の心の傷を開いてしまうだけデス……)
響「そもそもの話、何も思い付かないの?」
金剛「いえ、そういう訳ではないのデス。テートクの艦娘という前提でしか思い付けなくて……」
瑞鶴「……なんとなく分かっちゃうけど、どう思うの?」
金剛「……えっと……『何があったのでショウか』と『とうとう総司令部から通達を受けてしまったデスか……』の二つデス」
瑞鶴「やっぱりそう思うわよね……」
金剛「あと、どうにかしてあげたいと思うかもしれないデス」
響「……本当に健気だよね、金剛さんって。今まであんな待遇だったのに」
金剛「今になって思うと、普通じゃなかったデスよね……」
瑞鶴「本当よね……」
提督「……三人とも、本当に苦労していたんだな。──さて、そろそろ眠気も強まってきた。勝手ですまないが、今回はここまでにしても良いか?」
瑞鶴「うん、良いわよ」
金剛「オッケーです」
響「また明日も来てくれる?」
提督「ああ、また夜になったら来よう」
響「待ってるね」
提督「ありがとう、三人とも」
利根「……………………」
利根「…………」スッ
……………………
…………
……
提督「…………」ボー
利根「……………………」
空母棲姫「……昨日も思ったが、本当にずっとボーっとしているな」
瑞鶴「他にする事もないしねー」
空母棲姫「……まあ、確かに資源が乏しいから何も出来ないか。楽をする為に木を切れば、こんな小さな島ではすぐに枯渇もしてしまう」
提督「そういう事だ。こうして海を眺め続けるのも悪くない」
金剛「流石にそれに飽きたのか、響とヲ級は遊びに出掛けまシタね」
提督「響も遊びたい盛りだろうからな。ヲ級も遊びたいようだから良かったと思うよ」
空母棲姫「……一つ気になったのだが、ヲ級というのはあの空母の事か?」
提督「そうだ。敵艦によって私達は即座に理解できるよう、艦級を付けている。イロハになぞられているという話だ」
空母棲姫「なるほど。しかし、なぜ私は空母棲姫と呼ばれているんだ?」
提督「総司令部が勝手に命名しているから何とも言えん。あくまで私の予想だが、深海棲艦の中でも特別容姿の異なる者に独自の名を付けているのではないだろうか」
空母棲姫「そういうものか」
瑞鶴「一つ思ったんだけどさ、深海棲艦は自分達の仲間をなんて呼んでるの?」
空母棲姫「そもそも前提として会話をする事がほぼ無い。大抵が言葉を発する事が出来ない者ばかりだ。故に名前なんて考えた事もなかった」
金剛「あのヲ級は特別なのデスか」
空母棲姫「確かに色々とおかしい奴ではあるが、そう珍しい訳でもない。……いや、艦娘と仲良く出来ている事は充分におかしいが」
瑞鶴「あなたも割と私達と普通に話してるような気が……」
空母棲姫「そこの人間に恩を感じているからだ。普通に海上で会った場合は敵同士だというのを忘れるな」
瑞鶴「確かにそうだけどさ……。なんかこう、世話を焼くのが好きな人って感じがしてきた」
空母棲姫「どうしてそうなる……」ハァ
瑞鶴「だってさ、本当に敵だって思ってたら注意なんてしたら面倒になるだけじゃないの。あの時、一緒に暮らしていた深海棲艦だーって思わせておいて、そこから至近距離まで近寄った所で不意打ちで沈める事だって出来るわよね?」
空母棲姫「……顔に似合わず外道な事を考えるんだな」
瑞鶴「う……。外道……」
金剛「そのやり方は向こうのテートクがやりそうな手段デス。きっと、テートクのやり方を必死になって覚えただけデスよ、瑞鶴」
瑞鶴「今になって思うと、ヤな考え方よね……」
空母棲姫「……お互いの傷を作っていくだけのような気がしてきた。この話は終わらせておこうか」
瑞鶴「そうしましょうか……。──ところでさ、今日は利根さんがすっごく静かだけど、どうしたの?」
利根「…………ん? 何か言ったかの?」
提督「今日のお前が静かだなって話だ」
利根「んー……そういう気分なのじゃ。少し、考え事があってのう」
金剛「何か悩みがあるデスか?」
利根「悩みという訳ではないから安心すると良いぞ。我輩の気まぐれじゃ」
提督「私にはその気まぐれで悩んでいるように見えるが?」
利根「……少しばかり、釣りを楽しんでくる」スッ
瑞鶴「あ──。行っちゃった」
金剛「どうしたのでショウか……」
空母棲姫「……無いとは思うが、あの利根という娘は釣りが好きだったのか? 釣りの必要が無くなって悩んでいるのならば悪い事をしてしまったか」
提督「釣り自体に興味はそこまで無かったはずだ。だが……少し分からん。あんな利根は初めて見る」
金剛「提督も分からないデスか……」
瑞鶴「中将さんが分からなかったら誰にも分からないわね……」
空母棲姫「追いかけないのか?」
提督「一人にさせてやった方が良いだろう。他人に関与されたくない内容のような気がする」
空母棲姫「気がする……という事は、何も根拠が無いのか」
提督「無い。ただ単に私の予想だ。……ただ、特に私が触れてはいけない内容ではないかと思う」
瑞鶴「中将さんが触れちゃいけない……? どういう事なの?」
提督「こればかりは本当に分からん。長年一緒に居る者の勘だ」
金剛「では、そっとしておくべきデス?」
提督「どうするかはお前達に任せる。私は利根が答えを出すまで見守ろう」
空母棲姫「優しいのか厳しいのか分からんな」
提督「私と利根の関係はそういうものだ。本当にどうしようもなくて悩んでいるのならば互いに相談をする。変に関わってしまっては相手の考えを乱すだけになるだろう」
空母棲姫「ふむ。なるほど」
金剛・瑞鶴「……………………」
金剛(お互いを理解している、ですか……)
瑞鶴(良いなぁ……二人が羨ましい……)
…………………………………………。
利根「…………」ボー
利根「海、か……」
利根「……………………」チクチク
利根「……我輩、なんでこんな気持ちになっておるんじゃろうか。胸が痛いぞ……」
利根(ああ……この近くの海で、金剛達は沈んでおるんじゃよな……)
利根「……沈みたい…………」
利根「なんでじゃ……? 提督はただ単に、あの三人の部屋に行っているだけではないか……。そこで何をしていようと、我輩に話さぬのだから我輩は知らなくても良い事なのに……」
利根「……我輩には話さぬ事、か。何をやっておるんじゃろうなぁ……」
利根(足を運ぶ度に提督は元気を取り戻しているような気もする……。何か、提督にとって利になる事をやっているとは思うのじゃが……)
利根(……そういえば初めて金剛達の部屋に行った次の日、響がやけに懐いておったのう)
利根「一度は拒否をしておったが、気が変わって女が欲しくなったのかの……? 無いとは思うが……」
利根(……じゃが、愛した金剛と同じ姿の人が居る事を考えると、寂しくなって……とも)
利根(響はその時一緒に……? いや、それでは瑞鶴も一緒でなければおかしいような……。瑞鶴ならばすぐに顔に表れそうなものじゃ)
利根(いや……ケッコンの指輪をしていた事からして、既に経験済みで動揺しなかったのかの……? それならば有り得ぬ事ではないが……)
利根「……そもそも、提督が誰と寝ようと我輩に何かがある訳ではないではないか。いや、その前にそうと決まった訳ではなかろうに」
利根「……………………」ズキズキ
利根(…………じゃが……なぜ、こうも辛いのじゃろうか……)
利根「……百万年ほど昼寝をすれば、この気持ちも無くなってくれる……かの…………」
利根「提督……」
…………………………………………。
利根(……今日も、我輩が寝た後に金剛達の部屋へ来たのう)
響「──いらっしゃい提督。今日はここに座ってよ」ポンポン
提督「そこは三人のベッドじゃないのか?」
瑞鶴「私は良いわよ。ていうか、事前に座らせて良いかって聞かれたしね」
金剛「私もオーケーです」
利根(盗み聞きは好かんが……どうしても気になるのじゃ……)
提督「…………」
響「ほら、早く」ポンポン
提督「……分かった」スッ
響「よいしょ」スッ
瑞鶴「あ、また膝の上に」
提督「……最初からこれが狙いだったな?」
響「ダメだったのなら降りるよ」ヂー
響『────────────』
提督「────」
金剛「…………?」
提督「……構わんよ」ナデナデ
響「ん、良かった」
金剛(……今、提督が遠くへ行ったような?)
瑞鶴「もう、響ちゃんは……」
響「瑞鶴さんも座りたいの?」
瑞鶴「どうしてそうなったのよ……」
金剛(気のせい、デスかね?)
提督「──どうした、金剛?」
金剛「え? な、何かお話をしていまシタか?」
提督「いや、どことなく上の空だったから気になっただけだ。大丈夫か?」
金剛「ええ……コンディションはグッドです」
提督「何か悩みがあったら言うようにな」
金剛「…………」
金剛(悩み……デスか……。悩みならありマス……ケド、こんな悩みを言っても困らせてしまうだけデス……)
金剛(その悩みの一つを解決できれば──きっと、私の答えも出せるのに……)
瑞鶴「……酷い顔してるわよ、金剛さん」
金剛「え──」
響「うん。物凄く思い詰めてるよね」
提督「どうしようもないのならば相談してくれ。一人で解決できないのならば、私達は力になるぞ」
金剛「……………………」
提督「……………………」
金剛「……迷惑を、掛けてしまうかもしれないデス」
提督「構わん。掛けろ」
金剛「きっと、困るデスよ……?」
提督「困らないかもしれんだろう」
金剛「少しだけ、怖いデス……」
提督「では約束しよう」
金剛「何を、デスか……?」
提督「その悩みを、必ず受け入れると」
金剛「……………………」
提督「……………………」
金剛「……分かりまシタ」スッ
瑞鶴「! それ、提督さんとの……」
金剛「……ハイ。誓いのリングです」
響「そういえば、二人はずっと嵌めてるよね」
金剛「…………」
提督「……それを、どうしたいんだ?」
金剛「……私では、決断が出来ないデス。テートクの元から離れ、こうして貴方の元へやって来まシタ。ケド、私はまだ心のどこかで迷ってるデス……」
提督「…………」
金剛「この指輪を離せずにいたのは……私がテートクの事を諦め切れていないからだと思いマス」
瑞鶴(……そっか。だからずっと指輪を付けたままにしていたのね)
金剛「……お願いデス。この指輪を、外してくれマスか。私では……私は自力で外せそうにないデス……」
提督「…………」ソッ
金剛「ぁ……」ピクッ
提督「……良いんだな?」
金剛「……………………ハイ」
提督「…………」ジッ
金剛「…………」
金剛「……………………」コクリ
提督「…………」スッ
金剛「…………あぁ……」
金剛(これで、本当に私は……もう……)
提督「外れたぞ」
金剛「……ハイ。外れまシタ」
提督「ほら」スッ
金剛「…………?」
提督「私は確かに指輪を外した。金剛の絆を取り上げた」
金剛「……ハイ」
提督「だが、私が出来るのはここまでだ。──この絆を本当の意味でどうするかは、お前でしか出来ない事だ」
金剛「──ハイ」スッ
瑞鶴「……金剛さん、どうするの?」
金剛「──決まっていマス。このリングは、もうお別れデス。二度と浮き上がってこれないよう、海の底に沈んでもらいマス」
提督「今からか?」
金剛「イエス。お別れをすると決めたのデスから、今しかありまセン」
提督「流石に夜も深い。私が預かっておいて、明日にしてはどうだ」
金剛「ノー。今だからこそ意味があるのデス」
提督「だが、今日はかなり暗いぞ」
金剛「なら、こうしまショウ」スッ
金剛「──loved you テートク…………」
ブンッ────……………………
瑞鶴「そ、外に投げちゃった……」
響「ハラショー」
金剛「これでリングは海の中ネ。──ンー! すっきりデス!」
提督「……なんというか、豪快だな」
金剛「これが私ネ。いつまでもクヨクヨしているのは私らしくなかったデース」
瑞鶴「……本当、吹っ切れたみたいね」
響「なんだか雰囲気が少し変わった気がする」
金剛「とは言っても、私はあまり変わらないと思いマース。ここに来てから、私の気はかなり楽になっているデース」
提督(ふむ。しっかり変わっているじゃないか。これが金剛の素か)
金剛『─────────────、─────!』
提督(……やはり、艦娘が同じならば似る……のか)
金剛「ところで提督、お願いがあるデス」
利根(……なぜじゃ。嫌な予感がするぞ……)
提督「なんだ?」
金剛「私達は今、主人の居ない艦娘デス」
利根(…………)
金剛「なので……どうか、私達の提督になって下サイ」
利根「!!」
金剛「私達は、貴方に尽くしたいと思っていマス」
利根「…………っ」
響「いつ言おうか考えていたのに、今言っちゃうんだね」
利根「ッ……!」
瑞鶴「で、どうするの? 私としては、そうなったらすっごく嬉しいんだけど」
利根「……っぁ…………!」ギュゥ
提督「ふむ、そうだな……」
利根「…………!」フルフル
提督「──良いぞ。三人とも、私の艦娘になってくれるか?」
利根「ッ!!」ガタッ
金剛「? 何か、物音が──」
利根「ッ!」バタン
瑞鶴「え、利根さん?」
提督「起こしてしまったのか。すまな──」
利根「嫌じゃ……」
響「?」
利根「嫌じゃ……! 取らんでくれ……嫌なんじゃ……!」
金剛「ど、どうしたデスか?」ソッ
利根「ッ──!!」ガバッ
金剛「わっ……とと」ギュゥ
利根「頼む……やめてくれ……! 我輩から、提督を取らないでくれ……」
金剛「え……?」
利根「頼む……頼むから……。我輩の……最後の支えを…………頼む……」カタカタ
金剛「あ、あの……?」チラ
提督「…………」コク
提督「利根」
利根「っ!?」ビクッ
提督「ほら、こっちに来い」ソッ
利根「……っ」ビクビク
提督「…………」
利根「……う、む…………」フラ
提督「…………」ギュ
利根「っ……」ピクン
提督「最近悩んでいたのは、この事だったのか」ナデナデ
利根「そ、うじゃ……。提督が……我輩が寝た後に抜け出して……三人の部屋に……」ポロポロ
利根「我輩に内緒で、何を話して……いるのか……分か、なくて……」ポロポロ
提督「…………」ナデナデ
利根「我輩は不出来で……! 女としても魅力が無いのは分かっておる……! 我輩は我侭なのも、分かっておる……。それでも……それでも……!!」
提督「……それで、私がお前を放っておくと思ったか?」ナデナデ
利根「提督ならばそうしないとも分かっておる……じゃが、怖い……怖いんじゃ……」
提督「安心しろ。お前を放っておくなんて事はしない。今までどれだけの間、一緒に居たと思っているんだ」
利根「本当か……?」
提督「ああ」
利根「…………」ビクビク
提督「…………」ナデナデ
利根(ああ……また、迷惑を掛けてしまったなぁ……)
利根「……すまぬ…………」ギュゥ
提督「構わん。お互い様だ」ポンポン
金剛「……………………」
金剛(あの日見た利根は、あれから見なくなっていまシタ。……けど、それは押さえ込まれていただけだったのデスね)
金剛(いつものんびりと出来ていたのも、提督が傍に居たから──。その提督を私達に取られそうになったから、こうして利根の弱い部分が……)
金剛「…………」
金剛(……それもそうデスよね。私達は、利根の代わりに沈んでいった三人と姿は同じなのデス。心の負担になっていたのは間違いないでショウ……)
金剛(その支えになっていた提督までもが居なくなれば、どうなるのかなんて考えるまでもありまセンでシタ)
金剛「…………」ギリ
金剛(なぜ、私は今まで気付けなかったのでショウか……。利根がどうしてあんな風になったのか──どうして、気付けなかったのでショウか……)
…………………………………………。
提督「…………」
利根「…………」ノシッ
響「…………」チョコン
空母棲姫(……生簀の管理と塩田の塩を回収が終わったらこれか。やはり、こいつらは怠けているだけなんじゃないのか……?)
瑞鶴「はい、出来たわよ」スッ
ヲ級「花の、王冠……!」キラキラ
金剛「その帽子は脱げるデスか?」
ヲ級「ん」スポッ
瑞鶴「どう?」ソッ
ヲ級「嬉しい」ホッコリ
金剛「とってもチャーミングに見えるデース」ニコニコ
空母棲姫(……こいつらも馴染み過ぎだろう。毎度注意をしても意味が無いのはどうしてだ……)
空母棲姫「……………………」
空母棲姫(のんびりしている私も似たようなものか……)ハァ
響「利根さん利根さん」
利根「うんー? どうかしたのかの響よ」
響「最近になって思ったんだけど、こっちに座ってみない?」
利根「ん? どうしてじゃ?」
響「たまには利根さんも提督に包まれてみてはどうかなと思ってね」
提督「……酷く不思議な言い方をするな、響」
響「そうかな。そんな事はないと思うけど」
利根「ふうむ……。提督よ、構わぬかの?」
提督「私は構わないぞ」
利根「ふむふむ。ならば、少し失礼するぞ」スッ
響「私は背中を借りるね」ソッ
利根「ほっ、と」チョコン
響「ん」ノシッ
提督「……こうしていると、私は家具か何かなのかと思ってきた」
響「どっちかと言うと私達が付属品かもね」
利根「強ち間違っておらんのう」
提督「コバンザメとでも言いたいのか」
利根「あれは一方的に共生しておるだけではないか。せめて亀の親子と言ってくれぬか」
提督「小さな亀が大きな亀の背中に乗っているのは親子だからではないぞ。あれは単純に少しでも甲羅を乾かそうと日当たりの良い場所へ行こうとしているだけという話だ」
利根「なぬ。それは本当か?」
提督「詳しくは知らないが、親子ではなくとも背中に乗っている事は多々あるようだ」
響「へぇ……そうなんだ。でも、なんで甲羅を乾かそうとするの?」
提督「乾かさないと甲羅が柔らかくなってしまうそうだ」
利根「ほー。捌いた魚は天日干しにせねば腐ってしまうのと同じかの?」
提督「例えはアレだが、似たようなものなんじゃないか? 恐らくだが」
ヲ級「魚、腐ると臭い。あれ嫌い」
利根「流石の我輩もアレばかりは嫌いじゃぞ」
瑞鶴「あの臭いが好きな人って居ないと思うけど……」
ヲ級「! 確かに」
金剛「それに、勿体無いデース」
ヲ級「うんうん」コクコク
提督「ならば、昼食は干物でも食べてみるか?」
ヲ級「干物、美味しい?」
響「美味しいよ。獲ってすぐに捌いてるからね」
金剛「魚の種類によっては噛むほど味が出てくるので、とってもワンダフルです」
ヲ級「食べたい……!」キラキラ
提督「よし。ならば昼食は干物と刺身を炙ったものにしてみよう」
響「刺身って炙るものなの?」
提督「炙った刺身は美味いぞ。今までは割と面倒だったからやらなかったが、約束したからな」
瑞鶴「響ちゃんとの約束ね?」
提督「そうだ。空母棲姫とヲ級のおかげで食料には困らなくなったからな。出来る限り美味い物を作ろう」
響「スパシーバ」キラキラ
ヲ級「美味しい、食べ物……!」キラキラ
空母棲姫「……………………」
空母棲姫(……本当に私達は敵同士だよな?)
響「あ、そうだ提督」
提督「どうした」
響「…………」ソッ
提督(む?)
響「…………」ヒソヒソ
提督「……ふむ」
利根(何を話しておるんじゃろ?)
提督「利根」
利根「うん?」
提督「少し失礼するぞ」ギュゥ
利根「おお?」
利根「……おぉ…………」
響「…………」
利根「……のう提督」
提督「どうした」
利根「こう、腕の内を通すのではなく外から頼んでも良いかの」
提督「ふむ。──こうか?」スッ
利根「……うむ。うむうむ。これは良い……とても良いぞ」ホッコリ
金剛「…………」ニコニコ
響「…………」ニヤ
瑞鶴(あー……昨日の夜でも思ったけど、やっぱり利根さんって──)
利根「はぁー……最高じゃぁ……」
空母棲姫「大好きな父親に甘えている二人の娘にしか見えんな」
ヲ級「…………」ジー
響「? どうしたんだい? 背中に乗りたいのかな?」
ヲ級「ううん」フルフル
利根「では我輩の場所かの?」
ヲ級「…………」フルフル
利根「ふむ……?」
ヲ級「──二人は、今、幸せ?」
利根「うん? もちろん幸せじゃぞ。こうしておるだけで我輩は幸せ者じゃ」
響「私は幸せっていうよりも落ち着く感じかな。凄く良い」ピットリ
ヲ級「良い顔」ニコニコ
利根(…………まあ、三人を差し置いて我輩だけこうして幸せになるのはダメな事なんじゃがの……)
ヲ級「? 笑顔、無くなった?」
提督「…………」ギュゥ
利根「んっ……。どうしたのじゃ提督?」
提督「……ちゃんと、私の傍に居ろよ」
利根「む……? それは勿論じゃが……どうかしたのかの?」
提督「なに。気まぐれだ」
利根「…………?」
響「…………」チョンチョン
提督「どうした、響」
響「私達も、ちゃんと居るよ。ね?」チラ
瑞鶴「ん? うん。勿論よ。これも何かの縁だもの」
金剛「提督が私達に愛想を尽かさない限り、私達は付いていくデス」
提督「──ああ。ありがとう」グッ
利根(? 少し変なように力が入っておる? ……まあ、大方の予想は付くがの)
利根(結局、我輩も提督も似た者同士……という訳か。違う点を挙げるならば、提督は我輩よりもずっと無理をしておるという所かの)
利根「──のう、提督よ」
提督「どうした」
利根「力を抜きたくなったら、いつでも我輩達を頼るが良いぞ」
提督「…………そうか」
響(…………? 今更?)
瑞鶴(何か特別な意味でもあるのかしら……?)
金剛「……………………」
金剛(提督が私達に頼るのを躊躇っている、という意味デスかね。……もしそうなのでしたら、私達が思っている以上に提督は無理をしているという事なのでショウか……)
金剛(提督も、あの時の利根みたいになる事があるのかもしれないデス……。心の準備だけはしておきまショウ)
空母棲姫(……この人間も、難儀な奴なんだな。私に出来る事は──まあ、無いか)
空母棲姫(──って、本当に私も毒されてきているな……。人間の敵である私が、人間の心配をするなどとは……)ハァ
ヲ級「? どうしたの?」
空母棲姫「いや……なんでもない……」
ヲ級「? ??」
…………………………………………。
提督(……さて、夜も深くなった。そろそろ行くとしようか)モゾ
ヲ級「ていとくー……」
提督「…………」ピタ
ヲ級「お魚……おいひ……」
提督(……寝言か。起きたのかと思ってしまった)スッ
利根「──提督、また行くのかの」モゾ
提督「……起こしてしまったか」
利根「いい加減、慣れてしまったのう」スッ
提督「そうか。すまない」
利根「構わぬ。──それよりも、三人の所へ行くのならば我輩も行きたい」
提督「……………………」
利根「提督の事じゃ。我輩に何か気を遣っておるんじゃろ。一人で三人の所へ行くのも、我輩に何か悪い影響を与える可能性があるかもしれんと思っておるのではないか?」
提督「……良く分かったな」
利根「何年一緒じゃと思ってるんじゃ。冷静に考える事が出来ればすぐに辿り着けたぞ」
提督「そうか。……そして、わざわざ話し掛けてきたという事は、そういう事なんだな?」
利根「うむ。そろそろ足を進めねば提督の隣を取られてまうからのう」
提督「……そうか」
提督(自分の気持ちを自覚したのか……? もしそうだとしたら、この先どういう影響が出るか……)
利根「あの位置は我輩のものじゃ。加賀が相手でも譲らぬ」
利根「それに、我輩は提督の近くに居ると不思議な気持ちで落ち着ける。それが堪らなく心地良い。……まあ、こればかりは良く分からぬがの」
提督(……気のせいか)
提督「なら、お前も三人の部屋へ行くか?」
利根「うむ。参ろうぞ」スッ
────────。
空母棲姫(……やっと行ったか。まったく……寝ているというのに会話をするものだから目が覚めてしまった……)
空母棲姫(二度寝は……難しいな。頭が冴えてしまっている。眠くなるまで何かするか……)スッ
ヲ級「ぃみゃぁゎう……たべあれみゃみお……」ホッコリ
空母棲姫「……何語だ、今の?」
…………………………………………。
コンコン──。
瑞鶴「どうぞー」
ガチャ──パタン
提督「夜中にすまんな」
金剛「いえ、私達は大歓迎デース」
響「そうだよ。これからも遠慮なく来てね。──今日は利根さんも一緒なんだ? 珍しいね」
利根「うむ。我輩も居て構わぬか?」
瑞鶴「勿論よ。好きな所に座っちゃって?」
提督「──よっと」スッ
利根「では我輩はここに」チョコン
響「!」
提督「……なぜ私の膝の上に座る」
利根「提督が嫌じゃと言えば降りるぞ」
提督「単純に気になっただけだ」
利根「ふむ。そういう気分なのじゃ。我輩の気まぐれじゃな」
提督「そうか」
利根「うむ」
瑞鶴(これ、どう見てもえっちな体勢にしか見えないんだけど……)
瑞鶴「……な、なんだか、いつも以上にペッタリなのね? お昼でも思ったけどさ」
利根「やはり提督と触れ合っておると落ち着いてのう」
瑞鶴(これはもう確実よねぇ……)
響「羨ましい」
利根「うん? こっちに来るかの?」
提督「待て。流石に二人はキツい」
響「大丈夫だよ。座ったりはしない。こうするだけ」トコトコ
響「んっ、と……」コトッ
金剛「ナルホド。隣に座るデスか」
響「そうだよ。これなら負担にならないよね?」チョコン
提督「ああ」
利根「…………むぅ……」
利根「!」ピコン
利根「そうじゃ提督。足を広げてくれぬか?」
提督「──ふむ。そういう事か」スッ
利根「うむ。……うむうむ。より提督と密着している感がするぞ」ホッコリ
瑞鶴(……ねえ金剛さん。さっきも思ったけど、ビジュアル的にこれってさ──)ヒソ
金剛(ノー……。言うのは無しデス瑞鶴……)ヒソ
提督「話は変わるが、瑞鶴」
瑞鶴「うん? 何?」
提督「いつも付けていた指輪が今日の昼には無かったが、お前も金剛と同じように捨てたのか?」
瑞鶴「ああ、アレ? まだあるわよ」
響「まだ持ってるんだ?」
瑞鶴「私は海に出る機会があった時に捨てようって思ってね。今は外してるだけなの」
利根「ふむ? どうして海に出た時なのじゃ?」
瑞鶴「なんか浅い場所に捨てるのが嫌なのよね。潮の流れとかで陸に上がってくるかもしれないし。二度と浮かび上がってこれない、深い場所で捨てるつもり」
金剛「……私もそうした方が良かったデス」
提督「そんなに気になるか」
利根「徹底的じゃのう」
瑞鶴「まあ、なんとなくね?」
金剛(……でも、提督の艦娘になったのデスから、いつかは記憶の端に追いやられマスよね?)
金剛(…………提督の艦娘、デスか。提督が私のテートクで……提督の『金剛』が今の提督の姿を見たらどう思うか──)
瑞鶴「それにしても、響ちゃんってどうしてそこまで中将さんに懐いたの?」
響「凄く頼りになるから、かな? たぶんだけど」
利根「たぶんなのかの?」
金剛(……沈んだ私達のせいでこんな何も無い島で何年も過ごして……偶然とはいえ新しい私と瑞鶴、響と一緒に居て……)
響「なんとなくだけど、一緒に居たいって思うんだ。詳しい事は私にも分からない」
瑞鶴「ふうん……? 好きとかじゃなくて?」
響「好きなのは確かだけど、恋かって言われたら首を傾げるね」
金剛(……………………)
利根「譲らぬぞ?」
響「今の言葉は女性として譲らないって事なのかな?」
利根「…………。うーん……? どうなんじゃろ……?」
瑞鶴「じ、自分で分かってないのね……」
利根「我輩もなんとなく譲りたくないって思ったからじゃからのう……」
提督「……そもそも、私とお前は恋仲ではないだろう」
利根「ハッ! そうじゃった!」
金剛(……まだこの島に居るという事は、私達の死に捉われているという事デス。早く、立ち直って欲しいデスね。……ケド)
提督「ところで聞くのを忘れていたんだが、明日の朝食は何が良い?」
響「私は焼いた魚が良いかな。シンプルであっさりしてるし」
瑞鶴「あ、私もそれが良い」
利根「ならば焼き魚じゃな」
提督「金剛はどうだ?」
金剛(……私達の事は、忘れて欲しく……ないデス)
提督「……金剛、どうした?」
金剛「──え、あ、ソーリィ……。考え事をしていまシタ……」
利根「ふむ。焼き魚以外のものが良かったのかの?」
金剛「いえ、全く別の事を考えていたデス……。何の話なのかも分かっていまセン……」
提督「明日の朝食は何が良いか、という話だ」
金剛「あ、それならば焼き魚に賛成デス」
提督「そうか、分かった。──しかし、どうしたんだ? 何か悩みでもあるのか?」
金剛「……むしろ、悩みが解決した方デスかね?」
提督「ほう」
金剛「提督、私が提督の金剛だったらどう思うか、という答えが出まシタ」
提督「……ふむ」
利根「?」
提督「利根、私がここ最近一人でここに来ていた理由の一つがそれだ。……沈んでしまった金剛や瑞鶴、響が今の私達を見たらどう思うか、というのを三人に考えて貰っていたんだ」
利根「ああ、なるほどのう。それが我輩に何か悪影響を与えかねぬから我輩には秘密にしておったのか」
提督「そういう事だ。……逆効果のようだったが」
利根「まあそれは仕方あるまい。提督は我輩ではないのじゃ。──それよりも、我輩も金剛の考えが気になるぞ」
提督「辛いかもしれんぞ」
利根「知らぬ方が辛いじゃろうて。今のままでは死んだも同然じゃからの」
響「!」
利根「我輩は生きておるから前に進まねばならぬ。それならば、金剛の考えを糧に前に進むのが良かろう」
提督「ほう。そう考えるか」
瑞鶴(……なんか、あの提督さんと似たような言葉ね。あっちと違って随分前向きな考えだから良いけど)
利根「なに。我輩だけの考えではない。──それは置いておくとして、金剛。頼めるかの?」
金剛「……提督も良いデスか?」
提督「ああ。頼む」
金剛「分かりまシタ。──私は、いつまでも私達の事を引き摺っているテートクと利根が、早く立ち直って欲しいと思いマス」
提督・利根「…………」
金剛「……ケド、立ち直った後で私達の事を忘れられると……寂しいです。なので、頭の片隅でも構いまセン。どうか、私達の事を忘れないで下サイ」
提督「────────」
金剛「これが、私の思った事デス。……お役に立てたデスか?」
利根「なるほどのう……。確かに金剛ならば言いそうじゃ。提督もそう思うであろう?」
提督「……ああ。……本当に、そう言いそうだ」
提督(三人とも、私の予想と同じ事を言うんだな……。それだけ、あの子達は私に素を見せてくれていたという事か)
利根(……少し、元気付けなければならんかの? 提督の手を握って、と……)スッ
利根「……………………」
提督「……どうした、利根」
利根(いかん……上手い言葉が思い浮かばぬ……。どうすれば良いのじゃ……。むう……やはり常日頃から頭を使わねばならん……)
提督「…………」ポン
利根「む?」
提督「言葉が無くとも伝わっている。……ありがとう、利根」ナデナデ
利根(……結果オーライ、かの?)
利根「──さて、我輩は瑞鶴と響の考えも知りたいぞ。聞かせてくれぬか?」
瑞鶴「……そうね。金剛さんも言った事だし、私達の考えも言いましょうか」
響「ハラショー。それは良い考えだ」
瑞鶴「じゃあまずは私ね。私は──」
…………………………………………。
空母棲姫「──夜の海、か。昼とは違い、一風変わった趣があるな」
空母棲姫(……少しこの辺りを遊覧してみるか。最近は海の中か陸の上だったからな)パシャッ
空母棲姫(艤装は──まあ良いか。浅瀬でこの島を一周するだけならばすぐに逃げられるし見つかる事もないだろう)
空母棲姫「────ああ、潮風が心地良い……。やはり、陸に居るよりも海の上の方が好ましい」
空母棲姫「いやまあ……陸の上も悪くはないが。美味い物も食えるしゆったりと出来るし──」
空母棲姫「…………。私は何にフォローしているんだ……」ハァ
空母棲姫(──そろそろ四分の一といった所か? やはりこの島は小さいな……)ゴツッ
空母棲姫「む? 何か足に……」ソッ
空母棲姫「……ドラム缶か? ほう、資材とはありがたい。持って帰ってあいつを喜ばせてやろう」
空母棲姫「む、もう一個ある……」
空母棲姫「…………フフッ……フフフフッ、今夜は良い物を見つけました。流石に気分が高揚します。他にもあるか探してみましょう」
空母棲姫「例え見つからなくても、この島で資材は重要。手に入るだけでも大きいわ」
空母棲姫「~♪ ~♪♪」
??艦載機「……………………」
……………………
…………
……
夕立「加賀さん加賀さん! ちょっと聞きたい事があるっぽい!」
加賀「あら、何かしら?」
夕立「…………」クイクイ
加賀「何? 内緒話?」ソッ
夕立(四日後は第一艦隊の私達が休みよね? だから、提督さんに許可を貰ってあの島に行こうと思ってるの)ヒソヒソ
加賀(なるほどね。良いと思うわ。……メンバーは勿論あの時の六人よね?)ヒソヒソ
夕立(一応、全員には聞いて回ってみてるっぽい)ヒソヒソ
加賀「……ん? という事は、貴女が提案した事じゃないの?」
夕立「そうっぽい。飛龍さんが始めに誘ってきたよ」
加賀「そうなのね。私の返事は分かってると思うけれど──」
夕立「だよねだよね! 今から楽しみっぽいー!」
加賀「そうね。あれから忙しくて足を運べなかったものね」
夕立「夕立、提督さんと利根さんに戦果をいーっぱい自慢するっぽい!」
加賀「ええ。今までの戦果をたんと聞かせてあげましょう。二人が悔しがるくらい、ね」
夕立「それでそれで──!」
電「あれ?」
夕立・加賀「!」
電「こんにちは、なのです。夕立ちゃんと加賀さんが二人でお話しているのは珍しいですね?」
加賀「──ええ。この間、無傷の黄のオーラを纏ったタ級を一射で沈めた事を褒めていたの」
夕立「そ、そうっぽい!」
電「あ、私もそれは聞いたのです。駆逐艦でそれをするのは、本当に凄いですよねっ」
夕立「日頃の訓練の成果だよ! 電も頑張れば出来るかも?」
電「そ、そんな……! 私には出来ないのです!」
夕立「最初から無理と思っていたら、何も出来ないっぽい!」
電「流石に戦艦を一発で倒そうとするのは物凄く無謀ですよね……?」
夕立「そう? 確かに私もたまにしか出来ないけど、志は大事……っぽい?」
電「うぅ……同じ駆逐艦なのに住んでる世界が違い過ぎてる気が……」
加賀「夕立。貴女の砲撃威力はもう駆逐艦の枠組みを超えているわ。あまり自分が基準だと思わないようにしなさい?」
夕立「えーっと、褒められたっぽい?」
加賀「同時に相手も思いやりなさいと言っているの」ポン
夕立「うーん……分かったっぽい」
加賀「返事はハッキリとなさい」グイグイ
夕立「あ、あぁああ! か、髪の耳を押さえないでぇ! はっきりとした返事をしなくてごめんなさい!」
加賀「よろしい」スッ
電「……前にも思ったのですが、その耳状の髪を押さえられると嫌なのですか?」
夕立「なんだか頭の横がゾワゾワってなるから、すっごく嫌い……」
電「不思議なのです」
加賀(……さて、二人に会ったら何を話しましょうかね──)
……………………
…………
……
加賀(──なんて思っていたけれど……)
飛龍「偵察機より入電!! ウェーク島の陸に敵影発見!!」
北上「ちょ、ちょっとちょっと!? それは冗談でもキツ過ぎるんじゃない!?」
時雨「飛龍さん! それは確かなの!?」
飛龍「間違いありません! 敵の艦種は姫──空母棲姫です!」
加賀(……これは……ただ事じゃないわ)ギリッ
北上「なんで敵の空母が陸に居るのさ! 意味が分からないよ!!」
夕立「提督さんは!? 提督さんと利根さんはどうなってるの!?」
飛龍「……現在、確認できているのは空母棲姫のみ。あまり言いたくはありませんが、これはあまりにも……」
加賀「飛龍、貴女はそのまま索敵を続けてて。私は爆撃機を飛ばします」スッ
時雨「加賀さん、何を!? まだ提督は生きているかもしれないんだよ!?」
加賀「提督一人だけならばまだ可能性はあったでしょう。……けれど、あの地には艦娘が四人居るわ。間違いなく交戦──いえ、虐殺されているはず」
夕立「で、でも! 艦娘が四人も居れば戦う事だって──!!」
加賀「あんな島に弾薬があると思うの? 仮にあったとしても、空母棲姫のみ居るという事を考えればどういう意味なのかは分かるわよね」
夕立「う……そ、そうだけど……」
加賀「……ごめんなさいね。私はこの煮え滾っている感情を抑える手段を知らないの」
加賀(……正確に敵へ爆撃して、周囲にはなるべく被害を出さないようにしなければ。……せめて、二人の遺品は持って帰りたいもの)グッ
飛龍「──え? え、そ、それはどういう……!? か、加賀さんストップストーップ!!」
加賀「何? 何か異常でも発生したの?」
飛龍「そ、それが信じがたいのですが……」
加賀「報告は早くしなさい」
飛龍「す、すみません!」ピシッ
飛龍「……その、提督が建物から出てきました。今は空母棲姫の……隣に立っています」
夕立・時雨「え?」
北上「……何それ? どういう事なの?」
加賀「飛龍、今この状況で冗談を言える貴女を尊敬と同時に軽蔑するわ」
飛龍「ほ、本当ですって!! 嘘だと思うのならば加賀さんも確認してみて下さい! というよりも、加賀さんも確認して下さい……私の夢や幻なんじゃないかって思うくらいなので……」
加賀「……偵察機も一緒に飛ばします。貴女がそこまで言うのだから本当でしょうけど、流石にこれは信じられないもの」
飛龍「ええ……。どういう事なんでしょうね、これって……」
…………………………………………。
空母棲姫「なるほど。そういう事か」
提督「……まだ言っていなかったな。すまん」
空母棲姫「何を言っている。私とお前は敵同士だ。こうなるのは当然だ。しかし、私達をここまで油断させるとは大したものだ」
空母棲姫(ちっ……。やはり人間を信用などするべきではなかった……。今から逃げるのも無理な話か……)
提督「勘違いするな。攻撃などさせん」
空母棲姫「……なんだ? 捕虜という事か?」
提督「物々しく考えるな。お前達に危害を加えたり加えさせたりせんよ」
空母棲姫「……意味が分からん。どういう事だ」
提督「昔、私に付き従ってくれていた艦娘が居た。その艦娘は偶然、作戦中にこの島を見つけたんだ。……そして、その子達は時々だがこの島へ来ると言っていた」
空母棲姫「話が見えん」
提督「詰まる所、今ここに向かってきている艦娘達は純粋に私と利根へ会いに来たという事だ」
空母棲姫「……信用ならんな」
提督「構わん。直に分かる」
空母棲姫「その時は、私とあいつの最後か」
提督「そう思ってくれて構わんよ。後で拍子抜けするのはお前だ」
空母棲姫「そうなるよう、せいぜい祈っておこう」
提督「言っていなかった侘びとして、後で手の込んだ料理を作ってやるから許せ」
空母棲姫「最後の晩餐か? という事は、磔にでもするのか」
提督「私は神に祈りを奉げた事はないから知らんな」
空母棲姫「ふん。末代まで呪ってやる」
…………………………………………。
加賀「──それで、これはどういう事なの?」
提督「その前に、お前たち全員兵装を向けるな。こいつは深海棲艦ではあるが敵ではない」
飛龍「それは出来ません。提督が捕虜になっている可能性も拭えませんから」
提督「……………………」
夕立「っ!!」ビクンッ
夕立「!」ピシッ
提督「整列」
飛龍・北上・時雨「!!」ビクッ
飛龍・北上・時雨「っ!」ピシッ
加賀「…………」
提督「……どうした加賀。列から乱れているようだが?」
加賀「今はその時ではありません。厳戒態勢です」
提督「ほう。私の命令が聞けないか」ジッ
加賀「…………」ジッ
加賀(……全く危機感の無い目。という事は、本当に……?)
提督(さて、信じてくれると良いのだが)
加賀「……分かりました」スッ
加賀「提督。先程の非礼を詫びます。申し訳ありません」ピシッ
提督「よろしい」
空母棲姫(……なんだ? まさか、こいつらは本当にただ会いに来ただけなのか……?)
空母棲姫(──いや、油断させてから沈めにくるかもしれない。これからは信用しない方が良い)
空母棲姫(これからは……? なんだそれは。それではまるで、今まで信用していたような言い方ではないか)
加賀「……提督、説明はして下さるのよね?」
提督「ああ。中で話そうか──」
…………………………………………。
提督「──そんな事があって、今現在はこの六人と暮らしている」
飛龍「……あの、本人の前で言うのもアレなんですけど……本当に大丈夫なんですか?」
提督「今まで無事なのが何よりも証拠だ」
空母棲姫「だから、私は何度も信用するなと言っているだろうが」
時雨「……こう言ってるみたいだけど」
提督「知らん。私は相手を見て信用するかどうかを決める。少なくとも、現状では敵どころか安定した暮らしを提供してくれる大切な存在だ」
空母棲姫「……………………」
夕立「なんか、呆れてるっぽい?」
北上「まあ……そうなるよねぇ……。私も未だに夢でも見てるんじゃないかなって思ってるくらいだし」
加賀「そうね。でも、この二人を見れば──」
ヲ級「…………」ジー
響「…………」ジー
加賀「──本当に危害を加えてこないというのは分かるわ」
飛龍「こうも無垢な目で仲良く並んで座られると、私達が悪い事をしてきたみたいに見えますね……」
利根「別にどちらも悪い事をしておらんじゃろう。堂々としておれば良いのではないか?」ノシッ
時雨「……なんというか、利根さんが提督にベッタリとしてるように見えるのは僕の気のせいかな」
夕立「良いな良いなー! 提督さん、私もくっついて良い?」
空母棲姫(……なぜだ。尻尾を振っている犬に見える)
提督「人前だ。程々にしておけよ?」
夕立「やったぁー! 提督さん! 頭撫でて撫でて~っ」ギュー
提督「ああ」ナデナデ
夕立「えへへー」ニパッ
飛龍「ところで提督。元気でやっていけてますか?」
提督「至ってのんびりと暮らしている。お前の艦載機が見えていたくらいには暇だ」
飛龍「ああ、そういう事だったんですね。なんだかちょっとおかしいなって思っていたんです。そっちの……えーっと……空母棲姫、さん? と話す為に出てきたって風には見えなかったんで。庇う為ですかね?」
加賀「私ならば爆撃するだろうとでも思ったのかしら」
提督「そういう事だ。実際に艦爆を飛ばしていただろう?」
加賀「……ちゃんと、私達の事を憶えてくれているのね」ニコ
提督「何年経っても忘れんよ。未だにお前達のやりそうな事は大体予想が付くくらいにはな」
時雨「僕達も、提督や利根さんの事を忘れた事はないよ」
提督「ありがたい話だ」
提督(……比叡が来ないのも、なんとなく予想が付いていたくらいにな)
北上「でさ、提督。あたし達は深夜くらいには戻っておかないといけないんだ。ここに居られる時間も長くはないからさ、とにかく色々と話したいんだよね。良い?」
提督「ここは遠いから仕方が無いだろう。時間が来るまでいくらでも話そうか」
夕立「じゃあ私が最初ね! 提督さん。提督さんはいつになったら帰ってくるの? 夕立達、寂しいっぽい」
提督「もう少しだけ待ってくれるか。帰られる心境になるにはもう少しだけ時間が掛かりそうだ」
夕立「むー……。それって『もう少し』をずっと続けていくパターンじゃない?」
提督「本当にもう少しだ。もしかすると、次にお前達が来た時には帰りの船を呼んでもらうかもしれん」
夕立「本当!? やったぁー!」
時雨「次からは船を用意した方が良い?」
提督「いや、まだ決まった訳ではない。その時が来るまで船を持ってくるなどという事はしないでくれ」
時雨「うん、分かった。それと、提督──」
提督「それは──」
金剛・瑞鶴・響「…………」
瑞鶴「……なんだろね。羨ましいわ」
金剛「ええ……」
響「入る隙も無いね」
金剛「響、今は皆さんに譲りまショウ。時間を割いてまで来たのデスから」
響「うん」
飛龍「ちょっと良いですか?」
瑞鶴「ん? 良いけれど、どうしたの?」
飛龍「私は三人ともお話ししたいと思ったので。──あ、隣に失礼しますね」スッ
金剛「ケド、良いのデスか? 折角の提督とのお時間が……」
飛龍「私は最後でも大丈夫です。……というよりも、今は提督を取り合いっこしていますから、少し遠慮している形です」
響「なるほどね」
金剛「──あ、皆さんには謝らないといけない事があるデス……」
飛龍「え? 何ですか?」
金剛「下田鎮守府まで送って下さったのに、またここへ戻ってきてしまってすみまセン……」ペコッ
飛龍「いえいえ、仕方の無い事ですって。悪いのは貴女達じゃないですから」
金剛「ありがとうございマス……」
飛龍「それよりも、提督の事を聞いても良いですか?」
瑞鶴「中将さんの事? それなら私達よりも飛龍さん達の方が良く分かってるんじゃ?」
飛龍「いえ、この島での提督の事は利根さんと三人以上に知っている人は居ません。……特に、前に来た時は帰らないって言ったのに、今はもう少しすれば帰るって言った事が気になります。何かあったのですか?」
瑞鶴「……アレ、かなぁ」チラ
金剛「そうとしか思えまセンね」
響「だよね」
飛龍「お聞きしても良いですか?」
瑞鶴「んっとね、中将さんに頼まれた事なんだけど……今の中将さんと利根さんの姿を、沈んだ三人の視点で見たらどう思うか──っていうのを答えたの。考えられるのはそれくらいしかないかな」
飛龍「沈んだ三人で見れば……ですか」
響「気になる?」
飛龍「……ええ。お願いします」
響「いつまでも後ろに居る私達に目を向けていたら、いつまでも前に進めない。ちゃんと前を見て進んで──って言ったよ」
瑞鶴「辛いのは分かるけど、私達はもう居ないの。捕らわれないで、ちゃんと乗り越えてよね……なんて言ったかしら」
金剛「私は、提督と利根が早く立ち直って欲しいと思いまシタ。……ケド、頭の片隅でも構わないので忘れないで欲しいとも思いまシタ」
飛龍(…………ああ……あの三人なら、本当にそう言うんだろうなぁ……)
飛龍「……なるほど。それで提督はこの島を出ようと思っているんですね」
飛龍(それにしても、ちょっとだけ懐かしい気分になりますね……。空の向こうに居る三人は今、どう思っているんだろ……)
…………………………………………。
夕立「んー! 楽しかった!」
時雨「夕立は終始甘えていたね」
夕立「だってだって! 次にまた来れるのはいつになるか分からないだもん!」
北上「まあ、そうだよねぇ。夕立がああしなかったら、たぶんあたしがやってたし」
飛龍「え……? それ本当ですか……?」
北上「冗談だよ冗談」
加賀「貴女の場合、本当か冗談なのか分からない所があるから怖いわ」
時雨「本当、掴み所のないマイペースな性格だよね」
北上「ふふん。それがあたしの良い所だから」
加賀「同時に欠点でもあるわよ。分かりにくいもの」
飛龍「あ、あはは……。──ん、索敵機より入電。……敵艦隊見ゆとの事!」
加賀「──総員、戦闘態勢に入りなさい。敵の艦種は?」
飛龍「戦艦ル級が二隻、重巡リ級が一隻、雷巡チ級が一隻、駆逐ハ級が二隻! いずれも赤と黄のオーラを纏っています!」
加賀「……勝てない事はないけれど、戦力的に見ればこちらが少し乏しいわね。後の事もあります。ここは無理をせず迂回しましょう」
飛龍「ええ。向こうの索敵機は全て落としました。こちらの位置は知られていませんし、そうしましょう」
加賀「流石ね。……気付かれないように進むわよ」
四人「はいっ!」
加賀(少し胸騒ぎがするのだけれど、大丈夫かしらね……)
……………………
…………
……
利根「ふぃー……久々の湯じゃのう」チャポン
提督「ああ、やはり風呂というのは良いものだ」
利根「……のう提督よ」
提督「どうした」
利根「前に、艦娘は深海棲艦と変わらないのかと言ったであろう?」
提督「ああ、言っていたな」
利根「あの二人と暮らしていて思ったのじゃ。やはり、ほとんど違いが無いとな」
提督「人種の違いのように見えたのか?」
利根「うむ。我輩達と同じく艤装を付けておるし、海の上を滑れる。何よりも、我輩達と同じく感情があってしっかりと会話できるのじゃ。むしろ違う箇所を探す方が難しいぞ」
提督「ああ、私もそう思う。違いなど、ほとんど無い。生まれた場所が違うだけの同種なのかも知れないな」
利根「うむ」
提督「…………」
利根「…………」パシャパシャ
提督「……………………」
利根「……それでの、提督」
提督「ん?」
利根「ギューッと抱き締めてくれぬか」
提督「いきなりどうした」
利根「……これから話す事は少し胸が苦しくなる。だから、お願いじゃ」
提督「……そうか。無理はするなよ?」ギュゥ
利根「んっ……。うむ……大丈夫じゃ。提督がこうしてくれておる限り、我輩は安心できる。──じゃが」ソッ
提督「ん?」
利根「腕は腹に回すだけでなく、片方は胸の方へやってくれぬか」
提督「それは遠まわしに触れと言いたいのか」
利根「違うぞ。別に触れずとも良い。しっかりと抱き締めて欲しいんじゃ」
提督「……そうか。なら、これで良いか?」スッ
利根「ほう、胸の下か。……うむ。ありがたいぞ提督」ニカッ
提督(本当にいかがわしい気持ちは無いようだな)
利根「出来れば我が慎ましき下乳を腕に乗せるくらいが望ましいが、ダメかの?」
提督「これ以上は譲らん」
利根「残念じゃ」
提督(……お前、本当にいかがわしい気持ちは無いんだよな?)
利根「……それでの、提督。提督は今日、夕立に『帰るのは少し待ってくれ』と言うておったじゃろ?」
提督「ああ」
利根「我輩もな、その気持ちは分かるんじゃ。沈んでしもうた『あの三人』が何を思うておるのか……それはここに居る三人が言うてくれた。あの言葉を信じるならば我輩達は前に進まねばならぬ。進まねば……『あの三人』は浮かばれぬ」
利根「……じゃがの、同時に怖い。……提督よ、なぜか分かるか?」
提督「…………鎮守府の皆に何を言われるか分からないからか?」
利根「いや、違う。我輩が怖いのはな…………提督が、我輩から離れるのが……怖いのじゃ」
提督「どういう意味だ……?」
利根「…………」チラッ
利根「……提督、当たり前じゃが……お主と我輩はこの島から出たら、互いの距離は離れてしまうよの?」
提督「…………」
利根「もう、このように風呂を入る事も無くなる。共に布団で眠る事も無くなる。提督と共に居られる時間も短くなる。……間違ってはおらぬよな?」
提督「……ああ。違わない」
利根「我輩はそれが怖い。今のこの生活は、我輩にとって理想に一番近かったからじゃ。もう戦わずに済む。その上、提督と共に生きている。……それだけで、我輩は充分だと思うておった」
提督「……一つ聞く。お前は私の事をどう思っている」
利根「ああ、確かに言うてなかったのう。我輩は……」
提督「…………」
利根「……我輩は、お主の事を好いておる。人としてではなく、伴侶になりたい程に」
提督(……やはりか)
利根「とは言うても、最近まで自覚しておらんかった。提督が夜な夜な三人の部屋で楽しそうに話しているのを聞いてから分かったのじゃ」
提督「……そうか」
利根「だからの、提督……」
提督「……ああ、それでも私達はこの島を出なければならない」
利根「……やっぱりか」
提督「すまん。こればかりは堪えてくれ。あの三人に沈んだ事を後悔させたくないのならば、私達は乗り越えて進むべきだ」
利根「……ああ、そうじゃのう」
提督「すまん」
利根「謝るでない。本当に申し訳ないと思うのならば、向こうでも同じようにしてくれぬか」
提督「それは流石に無理だ。周りの目を気にしてくれ」
利根「むう……。ならば、我輩を秘書艦にしれくれぬか? これならば常に近くに居ようと不思議ではなかろう? あと、寝る時は共に寝たい」
提督「お前に秘書艦が務まるのか?」
利根「初めは出来ぬじゃろうな。だが、我輩は仕事の内容を覚えるぞ。金剛がやっていた事を全てじゃ」
提督「ほう。利根が金剛と同等の紅茶を淹れるか」
利根「う……」
提督「金剛の腕を超えようものならば並大抵の努力では追い付かんだろう」
利根「……頑張る。我輩は頑張るぞ、提督」
提督「冗談だ。真に受けなくて良い。だが、秘書艦にはなって貰おう」
利根「! 本当か!?」
提督「ただし、秘書艦として不充分でありながら上達が見込めない場合は降りて貰うぞ」
利根「うむ! 我輩は頑張るぞ!」
提督「さて、湯もヌルくなってきた。そろそろ出ようか」スッ
利根「あ、ちょっと待ってくれぬか」
提督「なんだ? まだ抱き締めて欲しいと言うのか?」
利根「強ち間違ってはおらぬが、違うぞ」クルッ
提督「……なんとなく言いたい事が分かった」
利根「察しの良い提督じゃ」ギュゥ
提督「やっぱりか」
利根「うむうむ。やはり背後からと正面とでは違うのう」スリスリ
提督「向こうではこんな事をするなよ?」ナデナデ
利根「うむ。分かっておる。……じゃから、今の内に堪能させてくれ」
提督「……湯が水にならないようにしろよ?」
利根「うむ……分かっておるよ……」スリスリ
提督「…………」ナデナデ
……………………
…………
……
空母棲姫「──今日は弾薬とボーキサイトの入ったドラム缶が見つかった」
ヲ級「見つけた!」
提督「ほう。珍しいな」
空母棲姫「弾薬はともかく、ボーキサイトは専用の設備でも無い限り艦載機にならんから邪魔なだけだがな」
提督「そう言うな。何かの役に立つかもしれん」
空母棲姫「ふん」
ヲ級「撫でて、撫でて」ワクワク
提督「ああ、ありがとうな」ナデナデ
ヲ級「えへー」ニパッ
空母棲姫(……無邪気なものね。今はその無邪気さが羨ましく思えるわ)
ヲ級「ひーめ。姫も頭、撫でてもらう?」
空母棲姫「……私は外へ行く」スッ
利根「なんじゃ? 何かあるのか?」
空母棲姫「馬鹿を言え。そろそろその人間の艦娘がここへやってくるはずだろう? 一週間前がそうだったようにな」
瑞鶴「…………? それが何か問題なの?」
空母棲姫「私はお前達を信用していない。一人で海を眺めている方がマシだ」スタスタ
金剛「……行っちゃったデス」
瑞鶴「そんなに邪険に扱わなくても良いのに……」
響「あの人、素直じゃないね」
提督「ああ、全くだ」
金剛「え?」
瑞鶴「どういう意味?」
提督「ヲ級を見ている目が羨ましそうだった事を考えると、恐らくだが仲良くするべきか敵と見做すか葛藤しているんじゃないだろうか」
響「どっちにも偏れないから、近くには居ないけど敵にもならないっていう微妙な位置に居るんじゃないかな?」
利根「……面倒じゃのう」
提督「意志が強いから仕方がないだろう。何かきっかけでもあればすぐに変わるものだ」
金剛「そのきっかけで何か良い案があるデスか?」
提督「きっかけは無理矢理に作るものではない。それと、きっかけが無くとも何か理由を付けて近くに居てくれるだろう」
瑞鶴「その根拠はどこにあるのよ……?」
提督「このヲ級だな」ポンポン
ヲ級「~♪」ニコニコ
瑞鶴「あー、なるほどね。思ってみれば、いつも一緒に居るもんね」
金剛「ヲ級が私達の近くに居る限りキャントリーヴという訳デスね?」
提督「そういう事だ」
響「きゃんとりーぶ……?」
金剛「放っておけない、という意味ネ」
響「スパスィーバ。勉強になったよ」
提督「なんだかんだで空母棲姫も面倒見が良いからな。自覚しているのかは知らないが」
利根「あの様子ならば気付いておらんじゃろうなぁ」
響「かもね」
瑞鶴「ところでさ、そこで乾燥させている葉っぱって何?」
提督「うん? それはハーブだ。正確にはバジルだな」
金剛「……バジリコって、こんな熱帯に生えている物なのデスか? ヨーロッパの地方にあるようなイメージなのですが……」
提督「バジルは熱帯にある植物だ。割と日本でも生えているぞ。ヨーロッパのイメージが強いのは、色々と料理に使われているからだろう」
金剛「ナルホドー」
瑞鶴「……それは分かったんだけど、バジルなんていきなりどうしたのよ?」
提督「少し前に空母棲姫と一方的に約束してな。手の込んだ料理を作る為に摘んできた」
利根「どんな料理にするつもりなのじゃ?」
提督「小さく切り分けた白身魚を、薄く水を引いた鉄板で焼いてその上にバジルを掛ける。味付けはいつもの塩で、ソテーとまではいかんだろうが不味くはならんだろう」
響・ヲ級「楽しみ」キラキラ
提督「今日の夕食はちょっと贅沢になる。……仮に不味くても文句を言ってくれるなよ?」
…………………………………………。
空母棲姫「……はぁ」
空母棲姫(私は、私が何を思っているのかが分からん。私は本当にあいつらを敵だと思っているのか? それとも、敵でも味方でもないと思っているのか?)
空母棲姫「……まったく分からん。味方ではないというのは確かなのだが……どうして私は信用していないのにも関わらず、この島で共に暮らしているんだ……」
空母棲姫「考えるのを諦めるべきか……? だが、それは思考停止になるからあまり──ん?」
空母棲姫(……艦載機? しかも我々深海棲艦の? 珍しい事もあるものだな)
空母棲姫「……いや待て。なんだあの数は……? 近くに戦闘区域でもあるのか……?」
ガガガガガガガガッッ──!!
空母棲姫「────ッ!? な……撃ってきた!? ど、どういう事!!」ザッ
空母棲姫「……ま……待って!! そっちの建物には──ッ!」
ドォオンッッ!!
空母棲姫「────────…………! 外れている……! 良かった……」
空母棲姫(でも……なぜ深海棲艦がこの島を爆撃しているの……? ……いえ、考える暇なんて無いわね。例え相手が同族であっても、危害を加えるのならば迎え撃つまでです。私の艦載機運用能力は伊達ではありません)スッ
空母棲姫「……あ…………」
空母棲姫「そう……でした……。艤装は仕舞っている上に……」
空母棲姫(私にはそもそも……残っている艦載機がありません、でした……)
空母棲姫「ぁ────」
ドォオンッッ!!
…………………………………………。
利根「────ッ!? 何なのじゃ、この爆撃音は!?」
提督「!! 深海棲艦の編隊……!? なぜそんな事が!?」
ヲ級「私も、姫も、違うよ!?」ブンブン
提督「そんな事は分かっている!! そもそも二人には艦載機が無いだろう!」
瑞鶴「じゃ、じゃあなんでこんな!?」
提督「分からん……! だが、何か目的があってこの島を爆撃しているのには違いないはずだ!」
金剛「っ!」バッ
提督「待て金剛! どこへ行こうとしているんだ!!」
金剛「艤装と弾薬を取りに行きマス!! 対空砲撃をすれば多少は──!」
提督「ダメだ!! そもそも消費の多いお前では弾薬が足りないと分かっているだろう!」
金剛「デスが! このままではきっと私達は全滅デス!!」
提督「十秒で良い! 少し考えさせろ!! 出来るだけ高い確率でこの状況を打開する術を──!」
ド──ッ!!
全員「────ッ!!」
響「……────」
ヲ級「──、…………?」
金剛「────! ……か!」
瑞鶴「も……。ひど…………ね……」
利根「いたた……。だいじょ……う、ぁ…………」
金剛「やっと耳が……。────え……?」
瑞鶴「あ、れ……? 中将、さん……?」
響「────」
ヲ級「…………」
瑞鶴「ね、ねえ! 中将さん!? 大丈夫なの!?」
提督「……………………」
瑞鶴「ねえってば!!」
利根「────────は、ハは……」
金剛(!! あの時の利根が出てきたデスか!? いけまセン! ここで余計に混乱を引き起こしては──!!)
金剛「…………っ!」スッ
金剛「……大丈夫デス。提督は生きていマス」
ヲ級「!」
響「本当……?」
金剛「脈もありマス。呼吸もしていマス。きっと、ショックで倒れただけでショウ」
金剛「だから……大丈夫デスよ、利根」
利根「──そうか。それは良かった」スッ
瑞鶴「ちょっ!? ど、どこに行くのよ!?」
利根「決まっておろう? 上の喧しい蝿共を叩き落しに行くのじゃ。──金剛、響、少しお主らの装備を借りるぞ。確か、副砲二つと機銃と電探があったはずじゃよな?」
響「……利根さん、その選択は提督が望ま──」
利根「一秒が惜しい。倉庫で確認する。全員、隠れておれ。一度爆撃した場所は比較的狙われんじゃろう」スッ
瑞鶴「で、でも──!! ……行っちゃった」
響「……私も行く」スッ
金剛「──駄目デス」グイッ
響「! ……どうしてかな、金剛さん。私には利根さんが装備できない高角砲がある。それに、駆逐艦の私は弾薬も──」
金剛「──足りまセン。いえ、きっと足りなくなりマス」
響「弾薬は比較的余ってるはずだよ。足りなくなるなんて事は──」
金剛「──違いマス。足りないのは、燃料と耐久力、そして対空能力デス」
響「…………」
金剛「少し考えれば、私も分かりまシタ……。なぜ利根が、一人で迎撃に出たのかが……」
ヲ級「? …………?」
瑞鶴「……どういう事?」
金剛「戦艦の私は論外だと言うのは分かりマスよね……。空母である二人も普段は対空砲火をメインとする事なんてあまり無いはずなので、精度に心配が残りマス……」
響「…………」
金剛「そして響は駆逐艦なので、一回も攻撃を受けてはいけないのデス……。被弾すれば、装填している弾薬が全て無駄になりかねまセン……。そもそも、響の錬度は私達に及ばないのは分かりマスよね……?」
響「それは……」
金剛「極め付けは、燃料デス。恐らく、利根に全て補給すれば空になりマス。いつまで続くか分からないこの耐久レースでは、例え燃料のほとんどを射撃管制に費やしても足りるか分かりまセン……。しばらく実践や演習をしていなくて衰えていても、身体に叩き込んだ経験が死んでいる事は無いはずデスから……」
瑞鶴「…………だから、利根さんは一人で……?」
金剛「……きっと、そうだと思いマス。悔しいデスが……適任は、利根しか居まセン……」
ヲ級「でも、数が、凄い違う……」
金剛「……これは完全に私の予測デス。もしかしたら利根は、沈んだ仲間と同じ行動を執っているのかもしれません。出来る限り、私達を──いえ、提督を生かす為に……」
響「…………っ」ギリッ
響「本当に私達は、指を咥えて……見ている事しか出来ないのかな……」
金剛「響、勇気と無謀は違いマス。……それに、私達に出来る事はジッと待つ事デス」
響「ジッと待つ事が、出来る事……? 言っている意味が分からないよ、金剛さん……!!」ググッ
金剛「抑えて下さい響。そう言いたい気持ちは分かりマス。……よく、分かりマス。ケド、今ここで私達の誰かが身を曝け出したらどうなりマスか? 仮に無事だったとシテも、響は耐え切られる可能性がありマスか?」グッ
響「…………」
金剛「物分りの良い貴女デス。その行動がどれだけ危険で、どれだけ愚かか分かりマスよね」
響「……理解は出来ても、納得は出来ない」
金剛「良いのデス。それは……私も、私達も同じデス……」ソッ
響「金剛さん……私は、無力な自分が、悔しい……!」ギリッ
金剛「……信じまショウ。それも、強さの一つデス」
瑞鶴(私に艦載機さえあれば、ここまで劣勢にならないのに……。遠慮なんてせずに、良い艦載機を持ってきていれば残ってたかもしれなかったのに……!)
ヲ級(……でも、なんで味方が、攻撃して、きたんだろ)
…………………………………………。
利根「──落ちろ──落ちろッ!! 我輩は逃げも隠れもせぬぞ!!」ドォン! ドォン!
ガガガガッ──!
利根「ぐっぅ……!! まだじゃ……我輩はこの程度ではまだ倒れぬぞ! ──陸に居る分、長く戦えるのじゃからなぁ!!」ドォン!
利根(──ははっ…………。しかし、笑ってしまうよのう。一体、何隻の空母が居るのじゃ? 本当にこの島を集っておる蝿のように見えるぞ)
利根(救いなのは対地砲撃が無い事かのう。もしされておれば、本当に為す術など無かった)
利根「──ああ、そうか」
利根(今、初めてしっかりと分かった気がする。金剛と瑞鶴、響もこんな気持ちじゃったのかな。絶対に敵わないと分かる敵の数、必死で仲間を守ろうとする想い──そして、提督を悲しませたくないと願う気持ち)
利根(なるほど……なるほどじゃ。こんな気持ちを抱いたまま沈めば、今の我輩達の姿を見れば悲しむに決まっておる)
利根「すまん金剛、瑞鶴、響……。我輩は、今の今までボンヤリとしか分かっておらなんだ……!」ドォン! ドォン!
利根(母港へ帰ったら、手向けの花を贈ってやらねばな……)
利根「────? なんじゃ……? 艦載機が帰っていっておる……? ……諦めた? いや、そんな訳があるか。何かがあるはずじゃ。警戒をするに越した事はない」
ザッ──。
利根「……空母棲姫かの? 無事だったようじゃな。すまぬが、我輩は空から目を離す事が出来ぬ。いつ、あの艦載機が反転してくるかもしれ──」
──ドォンッ!!
利根「────カ、は……っ?」
…………………………………………。
レ級「…………」
空母棲姫(ちっ……。流石に艤装が無ければ手も足も出せん……。それに、深海棲艦でも凶悪なこいつが相手では尚更だ……)
レ級「アー、アー。ゴミムシ、聴こえる?」
空母棲姫「聴こえない訳がないだろう。何だ」
レ級「それもそうだよねぇ、こんなに近いし? ──んでさぁ、お前、何してんの」
空母棲姫「惰性に過ごしていただけだ。それ以上は何も言えん」
レ級「いやいや! それはちょーっとおかしいんじゃない?」
空母棲姫「何がだ」
レ級「こっちは確証も得ちゃってる訳。この意味、分かるよねぇ? なんで人間や艦娘なんてゴミムシ共と一緒に仲良く暮らしちゃってたのかな? 裏切り者のゴミムシくん?」
空母棲姫「いきなり撃ってくるような奴に答えようとは思わん。気紛れかなんかだとでも思っておけ」
レ級「あ、そうなんだぁ……。じゃあ沈めちゃっても良いよねぇ!? あ、ここは陸だから殺しちゃわないといけないんだっけ? ギャハハハハッ!!」ジャキン
レ級「まあそういう事だからさぁ、変に避けようとか思わないように。きっと痛いだけだからさ!」
空母棲姫「…………」
レ級「うぅーん、良い子だ。じゃあ、また海の底で逢おうねぇ!」
────────ゥン
空母棲姫(──む? 艦載機の音?)
レ級「……あ?」
空母棲姫(……あの機体のペイントは、確か──)
…………………………………………。
飛龍「……状況を報告します。ウェーク島にて空爆を受けていた痕跡を確認……。提督達の住んでいた家屋は……ほぼ、全壊状態です……」
北上「……………………」
夕立「…………嘘、だよね……?」
時雨「提督は……提督や皆は、どうなってるの……?」
飛龍「……確認、出来ません。確認できたのは、負傷した利根と、空母棲姫……そして、空母棲姫に砲口を向けているレ級のみです」
加賀「…………」スッ
飛龍「! ……加賀さん、艦載機を飛ばすのは構いません。ですが、攻撃自体は少し待って頂けますか。まだ報告の途中です」
加賀「いいえ、待ちません」パヒュンッ
飛龍「──島の向こう側に黄のオーラを纏ったヲ級を二隻、護衛艦と思しきイ級を二隻確認しています。恐らく、空爆を主とした艦隊でしょう」
加賀「そう。なら、飛龍も艦載機を今すぐ発艦させなさい。私が空母機動部隊を沈めます。飛龍はレ級を殺しなさい」スッ
飛龍「こ、ころ……」
北上「あのー……加賀さん? 言葉が不穏な気がするんだけど……?」
加賀「何か問題があって?」パヒュンッ
北上「い、いやその……」
加賀「本当ならば四肢を一本ずつ引き千切ってゆっくりと殺す所よ? 今回は時間が惜しいから勘弁してあげているだけ。それとも何かしら? 今の状況にした敵に温情を与えて戦闘しろとでも言うの?」
加賀「戦闘だなんて生温い事などしません。行うのは虐殺です。今回は相手を思いやる必要もありませんし、戦略的にも戦術的にも考える必要もありませんし、しなくても構いません。ただただ相手を殺す事だけを考えて全力をその五隻に叩き込むだけです」
加賀「ああそうね。飛龍、指示を変更するわ。レ級は行動不能状態に留めておきなさい。500kg爆弾がどんな味なのかを噛み締めて貰わないと──」
パァン──ッ
加賀「────…………」
飛龍「……冷静になって下さい。まだ提督達が死んだと決まった訳ではないでしょう。私達の指揮官である貴女が感情に身を任せてどうするんですか」
加賀「…………」
飛龍「あの提督ですよ? そう簡単に死ぬ訳がないじゃないですか。──こんな事で死なれて堪るかってんですよ」
加賀「……ごめんなさいね。今ので頭が冷えたわ。……酷く、痛かったです」
飛龍「私の手の平もヒリヒリしちゃっています。──では加賀さん、指示をお願いします」
加賀「ええ、まずは──」
…………………………………………。
レ級「! あーあー……役に立たねぇなあアイツら。自分達の身くらいしっかり守れよ。大事な大事な私の手駒なんだからさあ」
空母棲姫(……なんだ? 随伴艦でも沈んだのか?)
レ級「あー面白くないねぇ……。これ以上ここに居ても負けるだけだし、さっさとトンズラすっか」
ガガガガガガッ──!
レ級「──っとぉ! ……へぇ。簡単には逃がしてくれないってか? ま、そりゃそうだよねぇ……じゃあ」グイッ
空母棲姫「ッ──!?」
レ級「丁度良い所に『盾』があるんだから、使おっかぁ!? ギャハハハハハッ!!」ダッ
空母棲姫「こ、こいつ──!?」
レ級「そんな訳でさ! ちょーっとだけ肉盾になっててねぇ! 大丈夫だって! 結局沈むのには変わりないじゃん!?」
レ級「ハハハハァッ!! 艤装が無いから軽いね軽いねぇ!!」
空母棲姫「こ、この……!!」
レ級「──あれぇ!? 突然撃たなくなってきたよぉ!? あ、そっかそっかぁ! こいつらってお前のお仲間って事かぁ!!」
空母棲姫「な……あいつらがそんな──ッ!?」ゾクッ
レ級「──黙れよ。やはり貴様は敵だ。僅かながらも艦娘に対して仲間意識を持っている。今の発言でよく分かった。それだけで充分に危険分子と言えよう。今ここで殺したいのは山々だが、こちらも余裕が無さそうだ。──だが、海に出てしまえばこちらのもの。盾の役目ご苦労だった、蝙蝠よ」バシャッ
レ級「全機発艦。命令する。制空権を取れ。取れるまで帰ってくるな」カヒュンッ
レ級「そして──」ブンッ
空母棲姫「っあ──!」ザブンッ
レ級「──また逢おうねぇ蝙蝠くぅん!! …………次は殺してやる」
空母棲姫「ぷはっ……! ケホッ……!」
レ級「アハハハハハァッ!! こんな薄い攻撃じゃあ当たんないねぇ──!!」
空母棲姫「……………………」
空母棲姫「……蝙蝠、か。そうね……今の私は、まさしく蝙蝠……。深海棲艦と艦娘……どっちつかずの、半端者……ね」
空母棲姫「…………どうしましょうか、これから……」
…………………………………………。
利根「…………」
提督「……息が弱い」
飛龍「背中から強力な攻撃を受けた傷があります。……恐らくですが、あのレ級の砲撃を直接受けたのかもしれません」
夕立「……提督さん、利根さん大丈夫かな」
提督「……分からん。出来ればすぐにでも治療をしてやりたいのだが、この島では……」
提督「……………………ふむ」
時雨「提督? 何かあったの?」
提督「……そうだな。少し心配もあるが、こうする他無い」
金剛「…………?」
提督「頼み事がある。空母棲姫とヲ級を除いた全員にだ」
響「私達にも?」
提督「そうだ。──利根を、本土へ移送してくれ」
加賀「……それは、そういう事なのよね?」
提督「ああ。出来れば横須賀の現提督の許可が欲しいが、無理ならば金を握らせてくれ。口座と暗証番号は────────だ」
時雨「あ、あの……提督? いくら私達を信用しているからって、口座とパスワードを教えるのは良くないよ?」
提督「そんな事は構わん。それで利根が助かるのならば私の金ならばいくらでも出そう。……頼む」
瑞鶴「……それは分かったから置いておくとしてさ、どうして私達も?」
提督「利根を抱きかかえて移動するとなると、一人は戦闘が出来なくなる。だから戦力を追加しておきたい」
瑞鶴「あー、なるほどね」
提督「頼めるか?」
夕立「私は良いわよ。むしろ、早くいかないと危険っぽい!」
時雨「僕も異論は無いよ」
北上「私も問題なしかな。早く直してあげたいなぁ」
瑞鶴「うん、私も問題ないわ」
響「私もだよ」
金剛「すぐに準備しまショウ。──すみまセンが、燃料と弾薬を分けて下さいマスか?」
加賀・飛龍「…………」
提督「……二人は何かあるか?」
加賀「あります」
飛龍「その間、提督はどうなさるつもりですか」
北上「あ……。そ、そうだよ、どうすんの? 流石に二人も抱えて行くのは無理だし……」
提督「私は迎えの船が来るまでここで待っている」
全員「……………………」
空母棲姫「……おい待て、今なんて言った。ここに残る? 私たち深海棲艦と共に?」
ヲ級「…………」パチクリ
提督「そうだ」
全員「…………」
加賀「ば──」
空母棲姫「馬鹿を言わないでちょうだい。人間が一人で深海棲艦と共にするですって? おまけに、さっき敵に爆撃された島で? また狙われたらどうする気なの? それよりも、私達に殺されないと考えないの?」
加賀(…………この深海棲艦、私と同じ口調で同じ考えを……? 何の真似ですか、それは……?)
提督「……それが素のお前か」
空母棲姫「ぁ……っ」
提督「前に似たような話をしたかもしれないが、本当に敵と思っている相手にそんな事を言う事にメリットは無い。私はお前を信用する。それに、向こうも馬鹿ではない。敵に発見されて撤退する程の相手と戦うならば、必ず準備をしてくるはずだ。その準備期間が、私達の時間制限となる」
飛龍「えっと……その、提督? 後者は分かりましたが、前者は流石に……ね?」
提督「どうした飛龍。何か問題があったか?」
飛龍「大有りですよ!」
北上「そうだよ提督……。いくら今まで一緒に暮らしてきたって言ってもさ、本来は敵同士なんだよ? 私達は今まで提督がまた帰ってくるって信じてたから別の提督の指示を聞いてきただけで、提督が死んじゃったら私達は解体されるのを待つだけだよ……」
加賀「北上とそこの深海棲艦の言うとおりです。提督、一人で残るなどと言わずに誰かを残して下さい。出来れば空母と駆逐艦以外の子──いえ、出来れば金剛さんを残しておいて下さい」
提督「それでは利根を護りつつ本土まで辿り着けるか怪しくなる」
金剛「……私も提督の考えには反対デス。あまりにも危険すぎマス」
提督「ならば選べ。このまま利根を殺すか、充分でない戦力で利根を護り通し甚大な被害と利根の生死が問われる戦いをするか、私の案に乗るかだ」
夕立「う、うぅ……」
提督「言っておくが、利根を死なせた場合は二度と私は提督業に就かん。利根の死を確信した場合、私はその場で自らの命を断とう」
響「……提督、なんでそこまで?」
提督「…………これ以上、私の大切な子達が死んで逝くのは耐えられん。ハッキリと言おう。私は、今度こそ耐える事は出来ない」
加賀「……それは、私達を見捨てる事になってでも、ですか?」
提督「そうなっても、だ。それと、利根だけではない。お前達の誰かが沈んでも同じだ。……私はそんなに強い訳ではないんだ」
加賀「……飛龍に任せるわ」
飛龍「え、ちょっ……私ですか!?」
加賀「そうよ。今、私は感情的になりそうなの。どうするかは貴女の意思で決定して貰うわ。私はその決定に逆らわないし、それが皆にとって最良だと思います」
飛龍「えー……えーっと……皆さんもそれで良いんですか?」
北上「まあ、加賀さんがこう言ってるからねぇ……」
時雨「そうだね。お願いするよ」
夕立「海上ビンタの再来っぽい?」
飛龍「あ、あれはしませんってば!」
金剛(海上ビンタ……?)
飛龍「えっと、その……提督と金剛さん達はどうなんですか?」
提督「飛龍に任せる。私は既に案を出した。後はそれを了承するか別の案を採るかだ」
金剛「私も提督の意思に準じマス。飛龍さん、頼みまシタ」
瑞鶴「……私からもお願いします」
響「金剛さんと瑞鶴さんと同意見だよ」
飛龍「……えっと」チラ
空母棲姫「……何を見ているんだ。この場において私達の意見は無いに等しい。好きにしろ」
夕立(あ、口調が戻ってるっぽい)
飛龍「……はぁ。分かりました。私が決めて良いんですね? それでしたら、私は提督の案に乗ります。──でも、よいしょっと」ゴソゴソ
時雨「? 飛龍さん、艤装を外して座ってどうしたの?」
飛龍「ほら提督、膝枕をさせて下さい。それが条件です」ポンポン
加賀「…………」ジッ
飛龍「大丈夫ですって。私もちゃんと考えてるんですよ?」
加賀「……何を考えているのか分からないけれど、必要な事なの?」
飛龍「ええ。どうしても必要です」
加賀「…………そう。好きになさい」
瑞鶴(……本当に何で必要なんだろ。膝枕よね?)
夕立「…………?」
飛龍「ほら提督、早くして下さい。利根さんをすぐにでも送らなきゃいけないんですから」
提督「……何を考えているのやら。仰向けで良いか?」スッ
飛龍「はい。──よしっ! くらえ!! ひとり二航戦サンド!!」ムニュ
提督・金剛「────ッ!?」
瑞鶴「ぶっ!?」
響「……胸と、太ももで……サンド…………」
北上・時雨「…………え?」ポカン
夕立「え……何、それ……?」
空母棲姫・ヲ級「……………………」
加賀「…………っ!」グイッ
飛龍「──あ、あはは……。ほら加賀さん、落ち着いて、ね? 鬼も逃げそうな顔してますよ……?」
加賀「どうやって落ち着けろと言うんですか……!! 貴女は一体何を考えて──っ!?」ビクッ
提督「…………」ユラッ
北上(あ、やば……)
加賀「!!」ササッ
提督「……ひりゅうぅ…………」
飛龍「は、はいぃっ!!」ビクンッ
提督「吊るされる覚悟は……出来ているんだな……?」ポン
飛龍「…………っ!」グッ
飛龍「……出来て、います! でも、ここでは……出来ませんよね……!?」ビクビク
飛龍「だから──必ず帰って来て下さい……!! あの鎮守府に!! そこでしたら……いくらでも、吊るされます!」ビクビク
提督「────────」
金剛(そ、その為に……アレを……?)ビクビク
提督「…………はぁ……。全く……意味の無さそうな行動に意味を持たせおって……。誰に似たんだ……」ナデナデ
飛龍「め、目の前に居ます……」ビクビク
提督「……全くもって困った奴だ」ナデナデ
北上(……どっちの意味なんだろ?)
提督「ちゃんと憶えておく。生きて帰らなければならない理由が増えたからな」スッ
提督「──整列」
五人「!」ピシッ
金剛・瑞鶴・響「!!」スッ
金剛・瑞鶴・響「!」ピシッ
提督「今から特別任務を与える。利根を抱えた瑞鶴を中心とした輪形陣を組み、横須賀鎮守府へと戻れ。大前提として、誰一人欠ける事無く辿り着く事。利根には私の軍服を羽織らせておく。必要となったら使え。──良いな?」ソッ
八人「はいっ!!」
提督「良い返事だ。──これより任務を開始!! 必ず成功させろ!!」
八人「はいっ!!」タッ
提督「……………………行ったか」
空母棲姫「……本当に行ってしまったな」
ヲ級「…………」フリフリ
提督「行ってくれなかったら困るよ」スッ
提督(しかし……『必ず成功させろ』か……。あまり言いたくなかったのだが……許せ)
空母棲姫「……だが、解せん。いくらそれしか無いとはいえ、どうして深海棲艦である私達と残ろうと思った?」
提督「日頃の行いと、その姿を見れば充分に信用できる。また派手にやられているじゃないか」
空母棲姫「…………」
提督「大方、深海棲艦から敵と認識されたのだろう?」
空母棲姫「……察しの良い奴は嫌いだ」フイッ
提督「まあ、ここを無事抜け出せたら付いて来い。悪いようにはせん」
空母棲姫「…………」
空母棲姫(……ああ、そうだな…………私達にはもう、味方はこの人間しか居ない……。生きる為の選択肢など、他にありません……)
空母棲姫「……ごめんなさいね」
提督「構わんよ。お前達は私達の恩人だ」
空母棲姫「どっちが恩人になるのかしらね。命を助けて貰ったのは、これで二度目なのだけれど?」
提督「さてな。……ん?」
ヲ級「よろしく」ニコニコ
提督「ああ、これからもよろしくな──」
……………………
…………
……
加賀「──そうですか。ありがとうございます」パタン
飛龍「利根さん、どうでしたか?」
加賀「! 飛龍、秘書艦の代理はどうしたの?」
飛龍「アハハ……提督に利根さんを気にしているのがバレバレだったみたいで……」
加賀「それで暇を出されたって訳ね」
飛龍「そういう事です。それに甘えてしまいました」
加賀「しょうがないわね……。──利根は無事よ。さっき処置をして貰って、容態が安定したらしいわ」
飛龍「ほっ……良かったぁ……」
加賀「……それで、そっちの方はどうなの?」
飛龍「え、えーっと、それなんですけど……。…………出撃の許可は下りませんでした」
加賀「…………」ピクッ
飛龍「ちょ、ちょっと待って下さい! 最後まで話を聞いて下さい!」
加賀「……何があったのかしら?」
飛龍「すぐに出撃をして提督を迎えに行く、というのは危険過ぎるからだそうです。もう日が暮れていますから空母の私達は戦力外ですし、そんな状況で人を乗せられる船なんて出せない、と仰っていました」
加賀「……なるほどね。確かに、私達は焦り過ぎていたわ」
飛龍「ええ……。今出撃をしても、途中で撤退を余儀なくされるのは目に見えている事でした……」
加賀「それで、夜が明けてからは良いという事かしら?」
飛龍「はい。明日に出撃をする許可は貰えました。というよりも、明日と明後日の予定は全てキャンセルして下さいました」
加賀「……よく二日も休日に出来たわね?」
飛龍「提督の制服が役に立ったようです」
加賀「そういう事ね。私達の提督は、あの人よりも上の階級だもの。あの人も悪い人ではないから協力してくれたのね」
飛龍「ええ。本当に感謝で一杯ですよ」
加賀「それならば、選りすぐりの子達で迎えにいけるわね。……その様子だと、編成の事について私と相談もあるのかしら?」
飛龍「そうです。明日の事は私達に一任させてくれるので、加賀さんと私で編成を決めましょう。」
加賀「分かりました。では、空室を一つ借りましょう。その方が良いわよね?」
飛龍「他の子達に知られてしまうと、絶対に押し寄せてきますもんね……」
加賀「そうなるわね。──さて、迅速かつ綿密に編成を考えましょう。私は部屋の鍵を借りてきますので、貴女は全員に早く寝るよう伝えてきて。朝一番の出撃の可能性があるもの」
飛龍「ハイ!」タタッ
加賀「……提督、無事よね?」
……………………
…………
……
ヲ級「食べ物、採ってきた!」トコトコ
提督「うむ。助かる」ナデナデ
ヲ級「~♪」
空母棲姫「…………」
提督「どうした、そんなに難しい顔をして。苦手な物でもあったか?」
空母棲姫「……いや、単純に何もしていない私が食べても良いのだろうかと思っただけだ」
提督「気にするな。むしろ、その状態であちこち動き回られると心配で堪らん」
空母棲姫「そう、か……」
提督「今はその身体を治す事を考えてくれ。命が無ければ何も出来ないだろう?」
空母棲姫「……………………分かった……」
提督(無理矢理に納得したのか?)
空母棲姫「…………」
空母棲姫「……………………」
提督「……さて、今回は少しだけ面白い料理を作ってみようか」
ヲ級「面白い?」
提督「ああ。今まで作った事のない料理だ」
ヲ級「楽しみ!」
提督「恐らく初めて食べる味だろう。嫌だった場合は言ってくれ」ゴソゴソ
空母棲姫(…………)
ヲ級「葉っぱ?」
提督「これはバジルと言ってだな──」
空母棲姫(……ああ、本当にどうしましょうか…………)
提督「──とはまた違った────そして────」
空母棲姫(私達は、艦娘からも深海棲艦からも敵視されるでしょう……。そうすると、もう海の上に居る事は出来なくなります……)
ヲ級「──辛い……? それって──」
空母棲姫(そもそも、この人は人間……。絶対的な敵である深海棲艦をどうしようと言うのですか……?)
空母棲姫(もう、他に私達の安全を確保できる場所も人も居ない……。けれど、この人間が安全だとも絶対には言えません。もしかすると鎮守府に戻った際に実験台にされる可能性もありますし、生きた敵艦のサンプルとして研究されるかもしれない……)
空母棲姫(そうであるならば、楽に死ねる方がずっと良いです。気が狂ってしまいそうになる環境で生き続けるくらいならば、さっさと死んでしまう方が遥かに良いでしょう……)
提督「────────」
ヲ級「────?」
空母棲姫(……分からない。分かりません。この人間を信用しても良いのか、してはいけないのか……分かりません)
空母棲姫(今までの行動を省みるならば、私達の身体を修理してくれたり共に協力したりしていましたが……状況が変われば変わってしまうかもしれません……。もしかしたら、抵抗無く鹵獲する為にやってきただけかもしれない。中将の階級である事から、そうであっても不思議では──)
空母棲姫(…………ああ、思考がループする……。何が本当で、何が嘘で、何がどうなるのかが分かりません……)
空母棲姫「……どうしたら、良いのでしょうか」ボソ
提督「ん? 今何か言ったか?」
空母棲姫「……なんでもない。ただの独り言だ」
提督「……そうか」
ヲ級「…………」トコトコ
空母棲姫「……なんだ?」
ヲ級「姫、大丈夫。大丈夫だよ」ニコニコ
空母棲姫「────────」
ヲ級「ね?」ニコニコ
空母棲姫「……本当だな?」
ヲ級「うん」ニコニコ
空母棲姫「…………ならば、私も信じましょう。諦める事はあっても、後悔だけはしないようにするわ」
提督(……どういう話なのか分からんな。だが、空母棲姫のさっき見せた壊れてしまいそうな表情を考えれば、私について行くのが不安といった所だろうか)
提督(口を挟まないようにしておこうか。今ここで私が何を言っても、こいつを困らせてしまうだけだ)
空母棲姫「……なあ人間」
提督(と思った矢先にこれか)
提督「なんだ」
空母棲姫「私達は、本当に大丈夫なんだな?」
提督「出来る限りの事をする。艤装を外し、多少の化粧でもすれば深海棲艦とバレなくなるだろう。少なくとも、我々人間からすれば見た目だけでは人間と艦娘の違いが分からん。人型の深海棲艦は肌が青白いから区別が付くくらいだ」
空母棲姫「……なるほど。そういうものなのね」
ヲ級「でも、私、艦娘と人間の、違い分かるよ?」
提督「む、そうなのか?」
空母棲姫「ええ。私も分かります。感覚としか言えないけれど、なんとなくで分かるわよ」
提督「ふむ……そうなると、艦娘も同じ可能性があるな」
空母棲姫「人間を欺く事が出来ても、艦娘はどうするのかしら。何か妙案でも?」
提督「……二つ例を挙げるならば、人前に極力顔を出さないという事」
空母棲姫「確実ね。でも、限界はくると思うわ。──もう一つは?」
提督「私に付き従ってくれている子達には言い聞かせ、他言させないようにする。そうすれば、外部の艦娘でも来ない限り気付かれる事はないだろう」
空母棲姫「……難しくないかしら」
提督「ああ、難しい。あの子達ならば時間があれば理解してくれるだろう。だが、何かがあってお前達の情報が外に漏れる可能性も充分にある」
空母棲姫「綱渡りね」
提督「ああ、綱渡りだ」
ヲ級「でも、このままより、ずっと良い」
空母棲姫「ええ。今よりも良いわ。私は二つ目の案を推したく思います」
ヲ級「私も!」
提督「そうか。ならばそれで進めていくとしよう。──だが、それでも問題はまだある。お前達を鎮守府に置いておく理由を作らなければならない」
空母棲姫「……こればかりは思い付けそうにないわ。ごめんなさいね……」
提督「ああ……。私が鎮守府の運営をしていた時も足りないと思った役職など特に無かった。秘書として仕えさせるのは色々と問題があるから除外だ」
ヲ級「どうして?」
提督「秘書に就くという事は、それだけ外部の人間と接する機会が増える。その分だけお前達の存在がバレやすくなるだろう。そして、深海棲艦を秘書にするまでいってしまえば流石に反対意見を出す者が多く出てくるのが目に見える」
空母棲姫「加賀という艦娘なんかは猛反発しそうね」
提督「ああ。だから、何か良い理由があれば良いのだが……」
空母棲姫「…………」
提督「……………………」
ヲ級「!」ピン
ヲ級「ご飯!」
空母棲姫「……どうしたの? 待ちきれなくなったのかしら」
提督「ああ、そうだな。そろそろ作ると……………………ふむ……そうだな。ふむ……」
空母棲姫「…………?」
ヲ級「ご飯、作る! 私達が!」
空母棲姫「…………」
提督「良いかもしれん。流石に間宮と伊良湖の二人で鎮守府の食事を作るのは大変なはずだ。艦娘の数が増えた事による食事を作る人手不足を理由に二人を正式に在籍させてしまえば良いか」
空母棲姫「在籍させるという事は、上に報告書を通すのではなくて?」
提督「そうなる。だが、そういう事例は既にある。大艦隊を率いている大将が居るのだが、元は一般の料理人を在籍させている。詳しくは憶えていないが、確かその大将が募集を掛けて集めた者達という話だ」
空母棲姫「……良いですね。現状、それが一番可能性が高いでしょう」
提督「だが、お前達は料理の事を一切知らない。料理の事について勉強をして貰う事になる」
ヲ級「美味しいもの、作りたい!」キラキラ
空母棲姫「……興味が無いとは言いません。確かに貴方の作る料理はおいし──」ハッ
提督「…………」
空母棲姫「……………………その……」
提督「…………」
空母棲姫「……美味しい、と……思いました」フイッ
ヲ級「照れてる」ニコニコ
空母棲姫「口に出して言わないで下さい……!」
ヲ級「姫、良い顔してる」ニコニコ
空母棲姫「…………っ! ふん……」
提督「気に入ってくれているのならば良かった。では、晩飯を一緒に作ってみようか」
ヲ級「うん!」
空母棲姫「ぅ……はい……」
…………………………………………。
ヲ級「はむはむ……」ガジガジ
空母棲姫「…………」モグモグ
提督「ふむ……味はどうだ?」モグモグ
ヲ級「美味しい! ……けど、何か違う?」
提督「うん? 違う?」
ヲ級「良く分からない。けど、何か違う、気がする」
提督「ふむ……バジルを使ったから味が違うという意味ではないのか?」
ヲ級「うん。自分のより、提督が、作ったの、好き!」
提督「……………………」
提督(……金剛が昔言っていた、料理には愛情をとか言っていたのは本当なのか? ──いや、まさか。単純に腕の違いなだけだろう。それか、料理を知らない自分が作ったものという偏見でもあるのだろうか?)
提督「お前はどうだ? 苦労していた分、愛着が沸いていそうだが」
空母棲姫「……正直に言うと、微妙です」
提督「微妙?」
空母棲姫「あなたが作っていた物が料理ならば、私の作った物は料理と言えないような……そんな不思議な微妙さです」
提督「……お前も難しい事を言っているな」
空母棲姫「私自身もよく分かっていないの。ごめんなさいね」
提督「……そうか。それで、自分で食事を作ってみた感想はどうだ?」
ヲ級「楽しかった!」
空母棲姫「私は難しかったという印象です。ただ焼くだけだと思っていましたが、火加減や魚の様子を見てどうするべきなのかを判断しなければならないとは思いもしなかったわ」
提督「慣れれば難しくはなくなる。何事も経験あってこその実力だ」
ヲ級「頑張る!」
提督「良い子だ」ナデナデ
ヲ級「んー♪」ホッコリ
空母棲姫「……本当、驚くくらいに懐いているのね」
ヲ級「提督、優しくて、頭、撫でてくれる。気持ち良い!」
提督「……そんな事で懐いたのか?」
空母棲姫「あとは人徳ではないでしょうか。初めは敵でしたが、修理をしてくれたのは事実ですし、私達の事も考えて下さっています。……むしろ、今では敵と思いたくないですね」
提督「ほう。随分と素直になってきたな」
空母棲姫「ですが、そうやって私をからかうのは嫌いです」フイッ
提督「なに。私の性分だ」
空母棲姫「今までからかった事はほとんど無かったと思うのだけれど」
提督「それだけ私にも余裕が出てきたという事だ」
空母棲姫「……困った人ね。そういう事をするのだったら、私にも考えがあります」
提督「ほう。何をする気だ?」
空母棲姫「ひとり二航戦サンドだったかしら。あれをします」
提督「やらせるものか。むしろ、恥ずかしくないのか?」
空母棲姫「どうせもう裸を見られているもの。今更どうって事はありません」
提督「…………そういう問題か?」
空母棲姫「そういう問題よ。証明しましょうか?」スッ
提督「やるんじゃない。私には心に決めている人が居る」
空母棲姫「意外ね。仕事一筋のような印象だったのだけれど」
提督「私も人の子だからな。愛したら一筋だ」
空母棲姫(……そう言う割には結婚指輪を付けていないわね。まだ籍を入れていないという事なのでしょうか?)チラ
提督「…………」
ヲ級「ね、提督」
提督「ん、どうした」
ヲ級「寝る場所、無くなったけど、どうするの?」
提督「……そうだな。こうもバラバラだと、寝るどころか雨風も凌げん」
空母棲姫「困りましたね……」
提督「……一先ずは台のようなものを作って、その上に生き残っている布団を敷こう。大きい板は辛うじて残っているから、それで雨を凌ぐしかない。風は諦めるか」
空母棲姫「それしかないわね。……改めて空爆が厄介だと認識しました」
提督「空爆の鬼が何を言っているんだ……」
空母棲姫「やるのと受けるのとでは大きく違うというのも実感しているわ……」
提督「そういうものなのか……?」
空母棲姫「貴方は指揮を受けるのと指揮するのとでは大きく違うと思わないのかしら?」
提督「なるほど、そういう事か」
空母棲姫「……それにしても、作るのは大変そうね」
提督「ああ、本当にな……。さっさと作ってしまおう。暗くなってからでは遅い」
ヲ級「はーい!」
空母棲姫「分かりました」
…………………………………………。
ヲ級「できた!」
提督「……なんとか一つは作れたな」
空母棲姫「……予想はしていましたが、やはり不恰好ですね」
提督「思ったより大きい板が少なかったな……」
空母棲姫「こんなバラバラになる程だったのに、よく死ななかったですね……」
提督「私の悪運は強いという事か」
空母棲姫「悪運なのか天運なのかは分かりませんが、生きているという事はまだ何かやらなければならない事があるのでしょう。……だからと言って無茶はしないでちょうだいね?」
提督「状況によるが、概ね大事にしようか」
空母棲姫「……貴方の事は信用しているけれど、今の言葉は信用できないわね」
ヲ級「無理、しそう」
提督「…………」
空母棲姫「その様子だと、貴方の艦娘からも同じ事を言われていそうね」
提督「……勘が良いな。その通りだ」
空母棲姫「貴方の普段の言動を見ていれば何となく想像がつくわ。それで頭を悩ませた子が一体何人居るのかしら」
金剛『────────!』
瑞鶴『────……?』
響『────。────────』
提督「……さて、何人だったかな」
空母棲姫(……これは踏んではいけない話だったかもしれませんね)
提督「話を戻すが、二人はこの簡易ベッドに乗ってみてくれないか。バランスや傾きが無いか確かめて貰いたい」
ヲ級「はーい!」ピョン
空母棲姫「飛び乗らないの。壊れたら危ないでしょう?」ギシッ
ヲ級「……ごめんなさい」
空母棲姫「分かれば構いません。──バランスや傾きは特に問題ないと思うわ。上々です」
提督「そうか。良かった」
空母棲姫「では、貴方も乗って貰いましょうか」
提督「ん? なぜだ」
空母棲姫「三人が乗れるかの確認は必要で──……まさかとは思いますが、自分は地面で寝ようと考えていたとか言うのかしら」
提督「…………いや、地面ではないぞ」
空母棲姫「ハッキリとした答えではないという事は、地面ではなく板の上だとか言うのでしょうね」
提督「……………………」
空母棲姫「やはりですか……」
ヲ級「それ、だめだよ?」
提督「……心に決めている人が居るというのに、お前達と寝床を共にするのは──」
空母棲姫「利根という艦娘とは共に寝ていたわよね」
提督「……………………」
ヲ級「…………」ヂー
空母棲姫「…………」ジッ
提督「……はぁ…………。どうしてこうなるんだ……」
空母棲姫「それはこちらの台詞です。どうして貴方はそうなのですか。自分勝手かと思えば変な所で自己犠牲があって困ります。まるでどこか壊れてしまっているかのようで……なんて言えば良いのかは分からないけれど、冷静なその顔の向こうは焦っているような……そんな気がします」
提督「……そうか」
空母棲姫(……落ち込ませてしまいました。私は、もう少し言葉を穏やかにした方が良いのかしら……)
提督「…………」
空母棲姫(気遣うような言葉を使えば良いのでしょうか。……いえ、今はこの話題を置いて話を戻しましょう。なるべく、そうしなければならないように思わせて……)
ヲ級「…………?」
空母棲姫「……とりあえず、貴方は体調が悪くならないようにベッドで寝るようにして下さい。貴方の艦娘の為にも、貴方自身の為にも」
提督「……分かった」
…………………………………………。
ヲ級「くー……くー……」
提督「…………」スー
空母棲姫「…………」
もぞ……
提督(……む?)
空母棲姫「…………」ソロソロ
提督(朝か……。空母棲姫はベッドから抜け出してどこへ行く気だ?)モゾ
ヲ級「みぃーやぅぁ……」ギュー
提督「…………」
ヲ級「あぅぁたかぃ……ぃー……」クー
提督(……これでは起こさなければ出られなさそうだな。しかし……なんて言っているんだ、これは……?)
ヲ級「んぅー……」
提督(改めて思ったが、深海棲艦は体温が低いな。こうしてくっつかれていると良く分かる。……いつもは海の上に居るからか?)
提督「…………」
提督(ふと思ったが、普段はどうやって寝ているんだ……? 周りに海しかない場所でも昼夜問わず現れるという事を考えると、海の上で寝ているか……それとも水底で……?)
提督(……本当にそうしていそうと思えてしまう。なんというか、そうしている姿が容易に想像できる)
提督「……少し甘えさせてやった方が良いかもしれん」ナデ
ヲ級「みゅぅ……」スリ
…………………………………………。
空母棲姫(さて……昨日教えて貰った事を思い出しながら作ってみたけれど、あまり上手くいったとは思えないわね……。少し焦げてしまったわ)
空母棲姫(味は……)モグ
空母棲姫「……昨日より微妙ね。どうしましょうか、これは……」
空母棲姫(だからと言って捨ててしまうと食材が足りなくなりますし……難しいです。本当に上手く料理が出来るようになるのかしら……)
空母棲姫「困ったわ……」
提督「何が困ったんだ?」
ヲ級「どしたの?」
空母棲姫「ひゃっ……!」ビクンッ
提督「…………」
空母棲姫「……何ですか、その驚いた顔は? そんなに今の声がおかしかったのですか?」ジトッ
提督「意外だっただけだ。そう噛み付いてくれるな」
空母棲姫「ふん……どうだか」
ヲ級「ね、姫。料理、してたの?」
空母棲姫「……料理と言えるかどうかは分からないけれど、作っていたのは事実よ」
提督「ふむ。お前が一人で作った料理か。楽しみだ」
空母棲姫「嫌味かしら、それは?」
提督「いや、期待している方の意味だ。苦労をして会得する技術は総じて良いものだと私は考えている。だから、楽しみだ」
空母棲姫「……おだてても何も出ないわよ」
提督「朝食は出てくるだろう?」
空母棲姫「……なんですか、その返しは。……もう良いです。さっさと食べて下さい。味は保障しませんが」
ヲ級「姫、ありがと!」ニパッ
提督「うむ。頂こう。──ふむ。昨日の焼き魚のバジル風味からバジルを抜いたのか」
空母棲姫「ええ。本当はバジルを使いたかったのだけれど、あれはもう無いので使えませんでした。……おかげで、本当にこれで良いのか迷ったわ」
提督「構わんよ。あれは薬味みたいなものだ。無くても美味いものは充分に美味い。──では、頂く」ガジ
ヲ級「いただきます!」ガジガジ
提督「……ふむ」モグ
ヲ級「あむあむ……」ガジガジ
空母棲姫「……どうですか? 不味くはありませんか?」
提督「少し焦がしてしまっているが、充分に美味いよ」
ヲ級「うん! おいしい!」
空母棲姫「……本当ですか? 私が味見した時は昨日よりも微妙だったのだけれど」
ヲ級「本当だよ?」
提督「ああ。昨日よりは上手く出来ている」
空母棲姫「…………本当だとしたら、どうして私だけ美味しいと思わなかったのでしょうか」
提督「先入観かもしれんな」
空母棲姫「それが何か関係があって?」
提督「無いとは言い切れないくらいのものだが、あるのは確かだろう。──『自分の腕はまだまだ未熟だから美味しい訳がない』『初めが微妙だったのだから、今回も微妙かもしれない』と思っていたりするとな」
空母棲姫「……驚きました。どうして私が作っている時に思っていた事を言い当てられたのですか?」
提督「それはただの偶然だ。なんとなく、そう思っていそうだと予想した」
ヲ級「…………」ガジガジ
空母棲姫「…………そうですか」フイッ
提督(照れているのか、これは)
ヲ級「…………」ガジガジ
空母棲姫「……まあ、良いです。私も頂きましょう」ガジ
空母棲姫「…………」
提督「どうした?」ガジ
空母棲姫「……なぜか少し味が良くなっている気がします」
提督「そうか。良かったじゃないか」
空母棲姫「何かしたの?」
提督「何もしていないのはお前も分かっているだろう……。単純にお前の意識が変わっただけじゃないのか?」
空母棲姫「……良く分からないわね。料理というものは」ガジ
提督「難しい事は確かだ。色々とな」ガジ
ヲ級「…………」ガジガジ
…………………………………………。
ヲ級「ごちそうさま!」
提督「馳走になった」
空母棲姫「お粗末さまです」
空母棲姫「…………ん?」
提督「どうした」
空母棲姫「……いえ、なんでもありません」
空母棲姫(何か今、心の奥が温かくなったような……? 気のせいでしょうか)
ヲ級「ね、何する?」
提督「……そうだな。以前にも増してやる事が少ないから困るな……」
空母棲姫「今後の事について事前に打ち合わせをしておくのはどうかしら」
提督「なるほど。確かにそれが良いな」
ヲ級「打ち合わせ?」
提督「お前達は今までどこで何をしていたか、というのを決めておく。もし外部の人間に聞かれても問題の無いように、簡単にでもな」
ヲ級「ヲー……」
空母棲姫「たぶん分かっていないわね、この子」
提督「だろうな。後で要点だけ教えておく方が良いかもしれない」
空母棲姫「それが最善かと」
提督「しかし、打ち合わせをする間は暇をさせてしまうな……」
空母棲姫「……………………そうですね、こっちに来なさい」スッ
ヲ級「?」トコトコ
空母棲姫「膝の上に座って」
ヲ級「うん」チョコン
空母棲姫「…………」クシクシ
ヲ級「ヲー……?」
提督「ふむ。髪を梳くか」
空母棲姫「どうかしら。嫌じゃない?」
ヲ級「んー……? ちょっと、よく分からない」
空母棲姫「……そうですか」
ヲ級「でも、もっとして欲しい、気がする? ような感じ」
空母棲姫「そうですか」クシクシ
ヲ級「あ、そこ。気持ち良い」
空母棲姫「ここ?」クシクシ
ヲ級「もう少し、左。──そこ!」
空母棲姫「ここね」クシクシ
ヲ級「んー♪」
提督「どうやら気に入ったようだな」
空母棲姫「……少しだけ、不思議な気持ちになるわね」クシクシ
提督「ああ、分かる」
空母棲姫「あら、貴方も分かるのですか?」クシクシ
提督「既に経験済みだからな。……本当にこれが気持ち良いのかが今でも疑問だ」
ヲ級「良いよ? これ」
提督「だ、そうだ。お前もされてみるか?」
空母棲姫「私の髪は長過ぎて梳くに梳けないと思うのだけれど」クシクシ
提督「そうだな。せめて地面に付かないくらいには短くした方が良いだろう。料理をするから特にな」
空母棲姫「それでも普通よりかなり長くないかしら」クシクシ
提督「長いのは確かだが、何か思い入れでもあるんじゃないのか?」
空母棲姫「……確かにそうですが」
提督「ならば必要な分だけ切って、長いままにしても構わないだろう。料理の際にしっかりと束ねて邪魔にならないようにすれば問題無い」
空母棲姫「そんなものなのですか」クシクシ
提督「そんなものだ」
空母棲姫「分かりました。ある程度は切っておきます」クシクシ
提督「切る時は私が切ろう。……確認しておくが、変な物で切ったりしようとするなよ?」
空母棲姫「流石にそんな事はしません。どういった想像をしているのかしら」クシクシ
提督「まあ……海の上にハサミなど無いと思ったからだ」
空母棲姫「だからこそ、ここまで伸びてしまったのだけれどね」クシクシ
提督「なるほど。──さて、それではそろそろ打ち合わせに入るとしよう」
空母棲姫「ええ、そうしましょうか」クシクシ
ヲ級「んぅー……?」ウトウト
空母棲姫「貴女は寝ていても構わないわ。起きた時にちゃんと話します」
ヲ級「分かったー……」
提督(……しかし、改めて見ると子供を世話する母親に見えるな)
空母棲姫「今、何か失礼な事を考えていなかった?」
提督「何も。ただ単に仲睦まじい親子のようだと思っただけだ」
空母棲姫「……微妙ですね、それは」
提督「……そうか」
空母棲姫「まあ、流しておきましょう。──それで、まずは何から決めましょうか」
提督「そうだな。まずはどういった経緯で鎮守府にやってきたのかを──」
…………………………………………。
空母棲姫「──では、私達は各地を転々としていた根無し草の姉妹で、料理人募集の張り紙があったから雇われたという形で居れば良いのですね?」
提督「それで良いだろう。過去の事についてはヲ級が幼い頃に家庭が崩壊でもしたとして、この子は憶えておらずお前がある程度憶えているくらいで良い」
空母棲姫「父が酒と博打で身を滅ぼし、酔ったまま冬の川に落ちて死亡。生活をする為にコツコツと貯めていた貯金を博打に使われた事と、夫を失った苦悩で母はどこかへ蒸発。その日限りの仕事や拾った物で食い繋いできた──という形だったかしら」
提督「ああ。だが、細かい部分は聞かれない限り話さなくて構わん。あえてぼかす事で勝手に向こうが『そういうものか』と納得する。軽く言う時は『姉妹で彼方此方を転々としていたらこの場所に行き着いた』とでも言えば良い」
空母棲姫「なるほど。ぼかせば曖昧のままですから融通は利きますし、あまり話したがっていないようにも聞こえるから深くは聞いてこないという事ですか」
提督「そういう事だ。相手の態度次第だが、深く聞かれたら一つ二つは答えて後は嫌悪感を示せば良い。人間はあまり語りたくなさそうにしている相手には深く追求しないはずだ。もし追求された場合はハッキリと拒否をして相手しないようにしてしまえ」
空母棲姫「それが貴方の上官だった場合はどうするの?」
提督「丁寧に断れば大抵はどうにかなる。どうにもならなかった場合はハッキリと拒絶して構わん。多くは語りたくない事なのでお許し下さい──とでも言えば良いだろう」
空母棲姫「その上官がゲスだったらどうしましょうか」
提督「その時は無理矢理にでも話を終わらせてから離れろ。権力のある人間がそこまでやってしまえば槍玉に挙げられるか、もしくは女を口説こうとして失敗したという下らん話になるかのどっちかだ」
空母棲姫「分かりました。……ここからが本当の問題なのだけれど、この子にはなんて説明をすれば良いかしら」
ヲ級「くー……」
提督「この性格だからな……。とにかく何も知らないという事と、知らない人には付いていかない、挨拶はすれど深くは接さないを徹底させたら良いかもしれん」
空母棲姫「その場合は相手に不快感を与えて憶えられるのでは?」
提督「それもそうか……。そうだな……姉がいつもなんとかしていたから詳しくは知らないで押し通すか……?」
空母棲姫「それも無茶がありそうね。……私が大体の事をしてきていて、この子は私の言うとおりに過ごしてきた、とでもしましょうか。それならば奔放になっていてもおかしくはないのでは?」
提督「もう少し何か説得力が欲しいな。……陸にかなり近い場所で釣りや素潜りをして魚介類を手に入れていたとしてもするか?」
空母棲姫「そうなると、今までは海に近い場所で転々としていたという方向に変えた方が良さそうね」
提督「ああ。基本的に姉がどこかに働きに出ている間はその日の食材を少しでも集めていたとしよう」
空母棲姫「ええ、そうしましょう。──とりあえずは『姉がやっていた事は詳しく知らない』『海辺で魚や貝、海草を取ってご飯にしていた』くらいで良いかしら」
提督「そうしよう。後、知らない人には付いていかないという事と、しつこく聞いてくる人には『やらなければならない事がある』と言って離れるようにさせなければならんな」
空母棲姫「もう一つあります。私達の名前をどうするか、です。流石に答えられないのは問題があります」
提督「空姫や空(うつほ)にでもするか?」
空母棲姫「……うつほとはどういう漢字なのですか」
提督「空と書いてうつほと読む。本来はうつおと読むんだが、少しでも女らしくなるように古い読みで『ほ』にした」
空母棲姫「どちらにせよ女らしくないのだけれど」
提督「……………………」
空母棲姫「ですが、悪くないと思います。どちらも空母である私達に関連しているものね。それでいきましょう。……一応確認だけれど、空姫は私で空はこの子の事よね?」
提督「ああ」
空母棲姫「分かりました。では、貴方の迎えが来るまでの間はこの事を頭に叩き込ませましょう」
提督「程々にしてやれよ?」
空母棲姫「……出来るだけ優しくします」
提督(……少し不安になるな)
…………………………………………。
金剛「…………」ボー
瑞鶴・響「…………」
金剛「……隠れているというのは暇デスね」
瑞鶴「うん……。加賀さんの案で横須賀の皆には見付からないようにこの島で待機してるけど、中将さんの所より何もする事が無いわね」
響「お弁当や保存食も貰ったし、本当に何もする事が無いよ。……提督の膝の中が恋しい」
金剛「響は提督にとても懐いているデスね……。サラリとそんな言葉が出るナンテ……」
響「金剛さんはそう思わないの?」
金剛「私は響や利根のようにして下さった事はないので、あまり……」
響「今度して貰うと良いよ。あれは癖になる」
瑞鶴「癖になるって……また不思議ね」
響「本当さ。中毒になるとも言える」
瑞鶴「ふぅん……? じゃあ、私でやってみる?」
響「ん。お願いしたい」
瑞鶴「良いわよ。……えーっと、胡坐だったわよね、確か」スッ
響「うん」
瑞鶴「むー……? こんな感じかしら。この座り方ってほとんどしないから分かりづらい……」
金剛「もう少し閉める感じではないデスか?」
瑞鶴「こうかしら……」グッ
金剛「メイビー……」
響「良い?」
瑞鶴「うん、良いわよ」
響「よいしょ」ソッ
瑞鶴「どう?」
響「……失礼かもしれないけど、少し小さい」
瑞鶴「ち、ちいさ……!? ──って、違うわよね……うん。ごめん」
響(……何と勘違いしたんだろう)
金剛「提督は身長が高いデスからね。そして鍛えていますので、座り心地も違うでショウ」
響「うん。凄く違うよ」
瑞鶴「同じ胡坐でも違うものなのね……」
響「ありがとう、瑞鶴さん」スッ
瑞鶴「どういたしまして」スッ
響「……それで、どうしよう」
金剛「……本当、どうしまショウか」
瑞鶴「困ったわねぇ……」
……………………
…………
……
北上「やっほー提督ー」
加賀「遅くなってすみません」
飛龍「救命艇を引っ張ってきました。……何分、色々な事情がありそうですので小型で一人でも操縦できるタイプにしました」
提督「ありがたい。それに、遅くなどない。すぐに来てくれているじゃないか」
飛龍「本当はすぐにでも向かおうとしたのですが、夜に出撃するのは危険が多いという事で一晩待ってしまいました」
提督「それは正しい判断だ。……私の後釜に座ってくれている者はマトモのようで助かる」
夕立「それでも提督さんが良いわ! 早く提督さんと一緒に暮らしたいっぽいー!」
時雨「それには僕も同感だよ。……それで、やっぱり連れて行くの?」チラ
空母棲姫「…………」
提督「連れて行く。既に敵意は無いと分かるだろう?」
北上「まあ、確かにそうだけどさ……」
加賀「…………」ジッ
空母棲姫「…………」
ヲ級「?」
加賀「……私は信じます。提督が信用する程ですから、相応の誠実さがあるのでしょう」
提督「さり気なく私を貶していないか?」
加賀「私はアナタが艦娘や妖精以外を信用した姿を見た事が無いのだけれど」
提督「……確かに無いな」
加賀「そうでしょう? だから、てっきり忠誠を誓う艦娘や仕事熱心である妖精以外は信用しないのかと思っていました」
提督「……強ち間違っていないから困る」
空母棲姫(仲が良いですね。……なぜでしょうか。少し、羨ましいと思いました)
提督「……この話は置いておこう。二人の扱いについてだが、本土へ戻る前に説明しておく──」
……………………
…………
……
コンコンコン──。
後任提督「どうぞ」
ガチャ──パタン
提督「失礼する」
後任提督「!!」ピシッ
提督「いや、手は下げてくれ。私は途中で降りてしまった者だ。敬われるような存在ではない」
後任提督「分かりました。──お久し振りです、中将殿。だいぶ痩せられてしまいましたね」
提督「何分、魚しかなかったからな。──それよりもあの子たちが全員、元気そうで安心したよ。迷惑を掛けてしまっていなかったか?」
後任提督「いえ、そんな事はありません。むしろ私の方が迷惑を掛けてしまい、フォローも受けていました。優秀な子たちで助かっています」
提督「そうか。それは良かった」
後任提督「……ここへやってきたという事は、復帰なされるのですか?」
提督「ああ。やらなければならない事が出来てしまった。三年近くも掛けて、やっと気付いた愚か者だ」
後任提督「そうですか……。勿論、この鎮守府を使いますよね?」
提督「いや、ここはもはや君の鎮守府だ。後から来た私が別の鎮守府に行くべきだろう」
後任提督「そう仰らないで下さい。私ではこの鎮守府は大き過ぎます」
提督「大き過ぎる? ……まさかとは思うが」
後任提督「そのまさかです。新しい戦力はほとんど追加しておりません」
提督「なぜだ? 私の艦隊は軽巡や重巡、大型戦艦の数が少なかったはずだ。色々と苦労しただろう」
後任提督「なんと言いましょうか……。あまり追加したくなかったというのが本音です」
提督「ふむ」
後任提督「私が手を加えてはいけないような、そんな良く分からない感覚です。それと、やはりやるからには自分が一からやりたいと思いました」
提督「そうか。という事は、三年近くも待たせてしまったという訳だな。すまない」
後任提督「ハハ……。そこは下積みの時代と考えます。実は上と掛け合って、空いている鎮守府への異動申請もしているんです」
提督「手が早いな。さぞかし楽しみにしていたと見た」
後任提督「その通りです。後は中将殿のご許可が頂き、引継ぎが終われば申請は受諾という形になります」
提督「……よく私が復帰する事を上は承認したな」
後任提督「なんだかんだで提督に成り得る人は少ないですからね。上も即戦力となる人材が欲しいのでしょう」
提督「そういう事か。──では、私からも願おう。引継ぎを頼む」
後任提督「分かりました。それではまず、現在の資材量についてです」スッ
提督「……ふむ。思ったよりも多いな」ペラ
後任提督「中将殿の艦娘の錬度が高いおかげで消費量が少ないですからね。──次は新しく進水した艦娘ですが、リストの枠外に記載されている四隻がそれです。この子たちは私が新天地へ連れて行きます」
提督「ふむ。分かった。……沈んでしまった子も居ないな。素晴らしい事だ」
後任提督「加賀さんには耳にタコが出来るほど重要視するよう言われていましたので……。私も危ない作戦を立ててしまわないよう注意しました」
提督「なるほど。その時の加賀の顔が容易に思い浮かぶよ。あいつは怒ると怖いだろう?」
後任提督「ハハ……黙秘しますね。後が怖いので。──資料や整理に関しては法則を変えておりません。極力手を加えないようにしております。些細な部分は変わっていますので、次の紙に纏めてあります」
提督「…………」ペラ
提督「……………………ふむ。把握した。それでも思ったより少ないな」
後任提督「現在は作戦も終わった直後でして、上からの指示を仰いでいる所です。その間はある程度自由に出来るでしょう」
提督「ふむ。では、その間は全員と交流しておくか。……どうせ、扉の向こうでは今か今かと終わるのを待っていそうだからな」チラ
ガタッ!
後任提督「ハハハ。お見通しですね。ビックリさせようって計画を立てていたんですよ?」
提督「私を出し抜きたければもっと上手くやらなければならんよ。──首謀者は川内か?」
ガタンッ!
提督「……どうやら当たりのようだ」
後任提督「それだけ自分の艦娘を理解できるよう、私も努めたいものです」
提督「なれるさ。君ならなれる。私が保証しよう」
後任提督「これは力強いお言葉です。──それと、もう一つだけ伝えなければならない事があります」
提督「うん?」
後任提督「実は、上から厄介な指示を受けていまして……」
提督「……何があった?」
後任提督「反抗的な艦娘を教育しろというものでしてね……これがどうにも扱いが難しく……」
提督「ふむ。その艦娘は今どこに──」
ガチャ──
長門「ここに居るぞ」
川内「ちょっ……!? あ、開けちゃダメでしょ!?」
長門「あと一つと言っていたから問題ないだろう。むしろ、問題児の私が姿を見せた方が話が早い」
那珂「うわー……うわー……。那珂ちゃん、どうなっても知ーらないっと……」
提督「長門か……」
後任提督「この通り、非常に大きな戦力でもあるので無碍に出来なくて……」
長門「ふん。──貴様が新しい提督か? 私は長門。下田に居る愚かな提督に愛想が尽きてしまって教育送りだ」
提督「ほう」
長門「さて、貴様は私をどう教育する」
提督(……これは確かに厄介そうだな)
…………………………………………。
空母棲姫「…………」
金剛「…………」
空母棲姫「……何も無いな、この島は」
瑞鶴「うん……私達も来た時に思ったわ。こんな島で何日も隠れるのって、ちょっとキツいかも」
ヲ級「魚、捕ってきた方が、良い?」
金剛「ノー。魚を捕ってきても、クッキングする方法が無いデス。しばらくは頂いた保存食と木の実で過ごしまショウ」
響「捌いて食べるっていうのはダメなのかな。刺身とか」
金剛「魚はそのまま食べると寄生虫が居たりするので危ないデス」
響「そういえば、そんな事を言ってたね。……提督の事だからすぐに来てくれそうだけど、今の内に食べられそうな物を集めておこうか」スクッ
空母棲姫「…………」
空母棲姫(……どうしましょうか。満足に動けない私は、何をしたら……)
金剛「? どうかしたデスか?」
空母棲姫「……いや、なんでもない。行こうか」スッ
瑞鶴「歩きながらで良いんだけどさ、だいぶ酷くやられちゃってるっぽいけど大丈夫なの?」
空母棲姫「気にするな」
金剛(……なんとなくデスが、無理をしているように見えるデス。もしかしたら、動きづらいトカでは……)
金剛「うーん……」
響「どうしたんだい、金剛さん」
金剛「いえ、食べ物を採ってくるのは良い事だと思うのデスが、管理をする人が欲しいと思ったのデス。どのくらい日数が掛かるか分からないデスから、誰か一人が把握しておくべきだと思うデス」
瑞鶴「あー、確かに」
空母棲姫(……こいつ、まさか)
金剛「この中で一番しっかりしていそうな空母棲姫に頼んでも良いデスか? その代わり、私達が食べられそうな物を採ってくるデース」
空母棲姫「……分かった。すまない」
響(ああ、そういう事なんだね)
ヲ級「姫。行ってくる、ね?」
金剛「日が高くなってきたら帰ってくるデース」
瑞鶴「いってきまーす」
響「一杯持って帰るね」
空母棲姫「ああ。……気を付けてこい」
空母棲姫「……………………」
空母棲姫(……まさか艦娘から気遣われるとは思いませんでした。本当、私達は本来敵同士だというのを忘れてしまいそうになるわ)
空母棲姫「……争わないというのも、良いものですね」
……………………
…………
……
提督(ここも変化や異常、共に無し。ふむ。本当に大事に鎮守府を使ってくれているな)サラサラ
後任提督「…………」チラ
長門「なんだ? 私に何か用か?」
後任提督「あ、いや……ただ気になって……」
長門「特に気にする必要は無い。気にせず引継ぎ作業を続けてくれ」
提督「そういう事だ。──中佐、もし気が散ってしまうのだったら荷造りをしていても構わんぞ。大事に使ってくれているおかげで私一人で確認するだけでも良さそうだ」
後任提督「いえ、それは──」
提督「何。忠実に規則を守るのは良い事だが、こうも大事に使ってくれているのを見ていれば問題など無いと分かる。全ては確認するが、何か分からない点があった所のみ伺うとしよう」
提督「それに、一日でも早く異動したくて堪らないんじゃないか? 長門の事もあるとはいえ、どことなく別の事を考えているようにも見える」
後任提督「……本当に構いませんか?」
提督「構わんよ。今はこの鎮守府の事を忘れ、新天地を考えてしまえ」
後任提督「ありがとうございます。……では、お気を付けて」スッ
提督「…………」
長門「…………」
提督「……何を気を付けろというのか分からんな。長門、お前は中佐に何か危害でも加えたのか?」
長門「そんな事は一切していない。ビッグセブンの名に懸けて手を上げていないと誓おう」
提督「という事は、心労は掛けたんだな」サラサラ
長門「掛けただろう。何せ、私は問題ある艦娘だからな」
提督「そうか。ならば、お前の事を訊いても良いか」
長門「ん?」
提督「言うなれば、下田で何があったかを訊きたい。艦娘が主である提督の愛想を尽かせる程だ。よっぽどの事でもあったのだろう?」
長門「……なるほど。お前は懐柔するタイプか」
提督「そう思ってくれても構わん。答えたくなければ答えなくても良い。お前のやりたいようにしてくれたら、本当にお前が問題ある艦娘なのかどうかが分かる」
長門「…………」
提督「…………」サラサラ
長門「……………………」
提督「後はそうだな。下田の話は耳にしているから多少の理解は出来る」
長門「……ほう?」
提督「艦娘三人に轟沈命令を出した、とかな」
長門「!! 待て、なぜお前がそれを知っている!」
提督「大声を出すな。あまり知られたくない事だろ」
長門「…………っ!」
提督「さて……訊きたいのならば教えてくれ。下田で何があってお前は反抗した」
長門「……………………」
提督(……葛藤か? まだ下田の提督の事を想っているのか、それとも別の何かがあるのか……)
長門「轟沈命令を…………」
提督「……轟沈命令を?」
長門「……出した理由は、艦の把握が面倒だから、というものだった。私はそれを聞いて、本当に愛想が尽きてしまった。ただそれだけだ」
提督「……そうか」
長門「本当は残されている他の艦娘も心配だが、私の権限ではどうしようもない。諦めるしかないだろう。だからと言って、あいつの下で動くというのも我慢ならない」
提督「ふむ、そういう事か」
提督(これならば、教えると協力をしてくれるかもしれんな)
長門「さて……私は教えたぞ。次はそっちの番だ」
提督「簡単な話だ。私はその三人を知っている」
長門「な……!? ……どこだ。どこに居る」
提督「そう遠くではない場所、とだけ言っておく」
長門「勿体振るな。さっさと教えろ」
提督「場所はまだ教えられん。こちらにも計画があるんだ」
長門「計画……?」
提督「そうだ。その三人はこの鎮守府に来る予定だ。だが、それには理由を付けねばならん。今の所、一番良いのは海から拾ってきたというものだろう」
長門「…………」
提督「中佐がこの鎮守府を去った後、その三人を迎え入れる。……本当はもう二人居るのだが、そっちは現地で説明しよう。──今話せるのはこれで全てだ」
長門「……そうか……無事なんだな?」
提督「ああ。三人とも元気だ」
長門「良かった……」ホッ
提督「もし三人がこの鎮守府に来たら、長門はどうするんだ?」
長門「……そうだな。出来れば、また海で共に戦いたい。最後に同じ艦隊で戦ったのがどれほど前なのか、もう分からないくらいだからな……」
提督(……問題のある艦娘、か。おかしいと思ったが、やはり向こうの問題じゃないか。大方、反論が出来なくなって教育送りにしたといった所か?)
提督「時が来たらそうしても良いだろう。ならば、それまでの間は教育を終わらせる訳にはいかないな」
長門「……教育をなんだと思っているんだ貴様は」
提督「お前に教育など必要ないだろう。それとも、最高錬度になっていないから錬度を上げたいとでも言うのか?」
長門「…………不思議な人だ」
提督「よく言われる。──さて、チェックもここで終わりだ。私はやらなければならない事がある。お前は自由にして構わんぞ」
長門「なんだ? 何をするんだ?」
提督「まあ、あまり気分の良いものではないのは確かだ」
…………………………………………。
提督「──という訳で飛龍。覚悟は出来ているな?」ポン
飛龍「ひっ……!」ビクンッ
提督「確かに言っていたよな? 私がこの鎮守府に帰ってきたらいくらでも吊るされる、と」
飛龍「は、はい……!」ビクビク
長門(吊るす……?)
提督「提督室は中佐が荷造りをしていて使えん。だからこうして空室を使う。……良かったな、飛龍? ここにはお前と私、そして長門しか居ないぞ」
飛龍「うぅ……良かったのやら良くなかったのやら……。不思議な気分です……」
提督「良かったと思え。ここまで人が少ないのは飛龍が初めてだ」グルグル
長門(……毛布で簀巻きにして、縄で縛って……何だ? 何をするんだ?)
提督「…………」グッグッ
提督「……良し。問題無いようだな。──では飛龍。お仕置きだ」グイグイ
長門(お仕置き? ……お仕置き…………?)
飛龍「わ、わわっ」ブラーン
長門「……は?」
提督「さて飛龍。あの時の弁明をして貰おうか。本当にこの鎮守府に帰ってきて貰いたいが為にあんな事をしたのか?」
飛龍「そ、それは……」
長門(…………お仕置き……こんな事がか……?)
提督「なんだ? 言い淀むという事は別の思惑があったのだろう?」
飛龍「あの……えっと…………実は──」モジ
コンコンコン──。
提督「入れ」
飛龍「なっ!!」
ガチャ──パタン
蒼龍「提督、少し伺いたい事が…………え?」
飛龍「…………!!」
蒼龍「飛龍が吊るされてる……!? 一体何をやったのよ飛龍……」
飛龍「そ、それは……」
提督「ひとり二航戦サンドと言いながら、私を膝枕させた状態で屈んできた」
蒼龍「え」
長門「…………」
飛龍「わーっわーっ!!」
蒼龍「……飛龍、本当にアレやったの?」
飛龍「うぅ……うん……」コクリ
蒼龍「よくそんなチャンスが巡ってきたわね……というよりも、本当にやるとは思わなかったわ……」トコトコ
飛龍「だって……あのチャンスを逃したら永遠に出来そうになかったから……」
提督(……そういう理由か)
蒼龍「ふぅーん?」チラ
飛龍「──って!? な、なんでスカートの中を覗くの!?」
蒼龍「いやー、これがこのお仕置きの醍醐味だし、飛龍が今どんな下着を着けてるのかも気になるしね?」ジー
飛龍「蒼龍はいつも私と居るんだから知っているでしょ!? メッですよ! メッ!!」
蒼龍「ふふーん。かーわいい♪ 提督も見てあげたらどうですか? きっと、飛龍なら喜びますよ?」
飛龍「提督はそんな事しません! …………あの、本当にしませんよね……?」モジモジ
蒼龍「ほらほら、今が押し時ですよ提督」ニヤニヤ
提督「……どうやら蒼龍も吊るされたいらしいな」
蒼龍「や、やだやだやだ! 冗談ですってばぁ……!」ビクッ
提督「ところで、何の用があって来たんだ?」
蒼龍「あ、いえ。飛龍の姿が見えないので、提督なら知っているかなーって思ったの。それで場所を聞いてここへ来たのだけれど……まさか吊るされているとは思いませんでした」
飛龍「うぅ……」
蒼龍「提督の事が好きなのはよーく分かるけど、あんまり迷惑を掛けちゃダメよ?」ツンツン
飛龍「私だって欲はあるんですっ。あと、揺らさないでよ蒼龍……」ユラユラ
提督「……とりあえず、お仕置きはこのくらいにしておくか」スルスル
飛龍「良かったぁ……。物凄く恥ずかしかった……」
提督「反省したか?」ホドキホドキ
飛龍「はい……それはもう……」
提督「ならば良し」ポンポン
飛龍「……でもですね、提督。私が提督の事を好きなのは本当ですからね?」
提督「……そうか。だが、ああいう事は時と場を弁えるように」
蒼龍「時と場を弁えたらやっても良いんですか?」
提督「飛龍と私がそういう関係になった時に場所も弁えていればという話だ」
飛龍(……あ、この言い方だとチャンスはまだあるかもしれないわね。……あるかもしれない、ですけどね)
提督「では二人共、下がっても良いぞ」
飛龍「はいっ。──では長門さん、私達は失礼しますね」
蒼龍「またね。……それでさ飛龍、古い九九艦爆の事なんだけど──」
ガチャ──パタン
長門「……随分と慕われているようだな」
提督「……艦娘だから、だろう」
長門「否定できそうにないのが虚しいな……」
提督「実際、否定できないだろう? そこに付け込んでいる私は悪党だよ。──さて、この話はあまりするものでもない。他の子達が私を探し回る前に皆に弄られるとしようか」
長門「とても弄られる立ち位置にあるようには見えないのだが、以前はそうだったのか?」
提督「そうだな。飛龍や蒼龍のように私を困らせようとする子は多い。私だからなのか、それとも私があの子達の提督だからなのかは区別が付きにくいがな……」
ガチャ──
長門「…………」
長門(あの提督の所に居る飛龍や蒼龍とは大違いだな。本来の二人は、あんなにも明るくて元気なのだろうか……)
長門(本当に……なぜあんな人間が提督になれているのか理解に苦しむ……。いっその事、あの鎮守府に居る全員がここへ来ればどれだけ救われる子が居るか……──いや、そんな事は起こりえないだろう。あんな環境でも、異動を拒絶する者は出てくる)
長門「艦娘だから、か……」
提督「……………………ああ。艦娘だから、だ」
──パタン
……………………
…………
……
続き
利根「提督よ、お主なかなか暇そうじゃの?」 金剛「…………」#3