1 : VIPに... - 2013/08/29 19:35:49.44 f1p+YysHo 1/97

・独自設定がてんこ盛りです。苦手なかたは御注意ください。
・長編とまではいきませんが、中編くらいの長さがあります。全4章。

元スレ
【ガルパン】大洗女子学園戦車隊 軽音楽特別部隊始末記
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1377772549/

2 : VIPに... - 2013/08/29 19:37:51.36 f1p+YysHo 2/97

~~~~~~~~~~



みほ「何ですか? お話って」

会長「まあまあ、そう焦らずに。干し芋食べる?」

みほ「別に焦ってなんか、ないですけど……。干し芋、いただきます」

小山「はい、お茶」

みほ「ありがとうございます。先輩にそんなことさせて、すみません」

河嶋「気にするな。今日はゆっくり話そうと思って、お前をこの生徒会室へ呼んだんだ」

小山「“気にするな”って……西住さんにお茶を出したのは、桃ちゃんじゃなくて私でしょ?」

河嶋「桃ちゃんて言うな。で、西住。まずは全国大会、御苦労だった」

小山「西住さん、お疲れ様でした」

会長「お疲れさん。そんで、改めてお礼を言うよ。ありがとうね」

みほ「いえ……」

河嶋「どうした? そう堅くなるな」

会長「……西住ちゃん。今、さ」

みほ「今?」

会長「私らのこと、こう考えてるっしょ」

みほ「何ですか?」

会長「“今度は何企んでるの?”って、さ」

みほ「えっ。そ、そ、そんなことは」

河嶋「何を慌てている」

みほ「……」

小山「ふふふ。西住さんって、本当に嘘がつけない性格なのね」

3 : VIPに... - 2013/08/29 19:39:42.01 f1p+YysHo 3/97

河嶋「順を追って話す。まず、廃校騒ぎの噂についてだ」

みほ「廃校騒ぎ……」

小山「西住さんの周りはどう?」

みほ「はい。すごく、噂になってます。みんな真相を知りたがってます」

会長「結局、戦車道履修生のみんなに箝口令を出しても、ぜーんぜん意味なかったねえ」

みほ「こんなに早く廃校についての情報が漏れて、広まっちゃうとは思いませんでした」

小山「ある程度は仕方ないのよ。全国大会の参加者は何十人もいるんだから」

会長「それに、情報の出元が、大会に関わった生徒とは限らないしねえ」

みほ「どういうことですか?」

会長「例えば、それを知ってる子は生徒会の中にだっている」

みほ「……」

会長「戦車道履修生だけを疑っちゃ、可哀想だよ」

みほ「でも困るのは、その噂のせいで……」

河嶋「西住。やはり、お前にも実害があるか」

みほ「害ってほどじゃ、ないですけど」

会長「西住ちゃんは隊長だから」

小山「一番、大変かもしれませんね。それで、西住さんにはどんなことがあった?」

みほ「この学園を廃校から救ったのは、全国大会で優勝した私たち、ってことになってます」

会長「うん。そこは、この噂の中で正確な部分だね」

みほ「それで、クラスのみんなに話しかけられるようになりました。友達が増えました」

小山「いいことじゃないの」

みほ「だけどもう、質問の嵐なんです。本当にいろいろなことを訊かれて……」

4 : VIPに... - 2013/08/29 19:42:48.65 f1p+YysHo 4/97

河嶋「どんな内容を訊かれる?」

みほ「戦車道のこととか、大会のこととか……」

会長「いーじゃん。戦車道の認知度は一気に上がったよね」

みほ「でも困るのは、廃校のことを訊かれたときで……」

河嶋「……」

みほ「もう、はぐらかすのが大変なんです」

小山「箝口令が解けたわけじゃないものね」

みほ「私だけじゃありません。大会に出たほとんど全員が、同じ目に遭ってるみたいです」

会長「らしいね。でも、そんな噂を公に認めるなんて、できないからねえ」

小山「ほとぼりが冷めるまで、みんなにはもう少し、我慢してもらうしかないですね」

みほ「しかも……ここまでは、まだいいんです」

河嶋「ふむ。やはり、か」

会長「やっぱり、アレかい?」

小山「今度の創立記念日にやる、イベントのこと?」

みほ「皆さん、知ってましたか」

会長「そりゃあね」

みほ「そのイベントで、私たちが何かする、ってことになってるらしいんです」

河嶋「全く理解に苦しむ噂だ」

みほ「何かする、なんて……どういうことなんでしょう」

小山「単純に言えば、私たちがそこで、何か出し物をするということよ」

みほ「出し物? だってそんな予定、全然ありませんよ?」

河嶋「当たり前だ。噂が一人歩きしていて、その中の話にすぎないんだからな」

みほ「……」

5 : VIPに... - 2013/08/29 19:45:12.62 f1p+YysHo 5/97

会長「ま、そういう噂になっても、おかしくはないよ」

みほ「え?」

会長「生徒たちは、騒ぎたいんだよ」

みほ「……よく分かりません」

河嶋「その噂が発生した経緯には、こういうものが考えられる」

みほ「はい」

河嶋「我が校のほぼ全員が知らないところで、学園の存続に関わる出来事が進行していた」

小山「でもそれについて、公式の説明が全くない」

河嶋「耳に入るのは本当か嘘か分からない噂ばかり。皆、情報の飢餓状態に陥っている」

小山「でも生徒会は完黙。よって、真相を知ることのできる可能性は皆無」

会長「だからみんな、何らかのかたちで、カタルシスが欲しいんだよ」

小山「それが、イベントでのことね」

河嶋「優勝報告会は開いたが、噂が拡散し始めたのはその後だからな」

小山「もう一回私たちが、みんなの前へ出ていく雰囲気になっちゃったの」

会長「不満が爆発するのと、逆の現象だねえ」

みほ「どういうことですか?」

会長「生徒たちにとっては、廃校になるなんて、本当かどうか分からない」

みほ「……」

会長「でも、すごく不安になる噂だよね。ところが何だか、廃校にはならなかったみたいだ」

みほ「……」

会長「みんな、何だか分からないまま、不安が去ったことを嬉しがりたいんだよ」

みほ「不満を爆発させるんじゃなく、喜びを爆発させたい、ってことですか」

会長「学園を廃校から救ったらしい人たちを祭り上げて、騒ぎたいんだよ」

小山「私たちは何かやらないわけに、いかなくなっちゃった」

河嶋「我々は妙な具合に、追い詰められてしまった」

6 : VIPに... - 2013/08/29 19:46:58.72 f1p+YysHo 6/97

みほ「あの……」

河嶋「何だ」

みほ「私なんかが皆さんにこんな意見言っちゃ、いけないのかもしれませんけど」

会長「なーに? 西住ちゃん、言ってみ?」

みほ「“廃校の危機は回避できた。学園を無駄に動揺させる情報は必要ない”」

会長「……」

みほ「会長が、廃校の件について私たちに箝口令を出したのは、こういう理由でした」

会長「うん」

みほ「でも今、その情報が漏れて、予想したとおりにみんなは不安になってます」

会長「……」

みほ「いっそのこと全部、話しちゃったらどうでしょう。全部、説明しちゃったら」

河嶋「西住」

みほ「はい」

河嶋「そんなことが、できると思うか?」

みほ「……」

小山「この学園艦にいるのは、私たち生徒だけじゃないのよ?」

みほ「……」

会長「ここに生活の基盤を持つ大人だっている。その人たちに今回の顛末を、どう説明すんの?」

みほ「それは……」

河嶋「全くの無名校が全国大会でいきなり優勝し、強引に実績を作ろうとする」

みほ「……」

小山「頼りは、一人の転校生だけ。その子を無理矢理、救世主に仕立て上げる」

みほ「……」

7 : VIPに... - 2013/08/29 19:48:56.55 f1p+YysHo 7/97

河嶋「この方法を提案した会長の前で、こんなことを言うのは失礼極まりないが……」

会長「河嶋、気にしないでいーよー。私自身が、河嶋と同じこと考えてるからさ」

河嶋「は。恐縮です……いいか、西住」

みほ「はい……」

河嶋「こんなマンガみたいなやり方を、そのまま説明できると思うのか?」

会長「大人の世界だったら、こういう方法は考えられないからねえ」

みほ「……」

会長「発案者の自分が言うのも変だけどさ、正気じゃないよ」

みほ「……」

会長「こんなのは、リスクヘッジなんていわない。ただのギャンブルだよ、これは」

みほ「説明するなんて、無理……ですか」

小山「ね、西住さん」

みほ「はい」

小山「今のお話のついで、ってわけじゃないんだけど…」

会長「今、河嶋は、私に失礼って言ったけどさ」

小山「この方法が本当に失礼だったのは、西住さんに対して、だったよね」

みほ「……」

河嶋「会長。私もそれは、遺憾に思っています」

会長「一番の被害者は西住ちゃんだよね。こんなやり方を押し付けちゃったんだから」

みほ「いいんです、それは。私なんかが、皆さんの役に立てたんですから」

会長「生徒会の代表として、改めて謝るよ。ごめんね」

みほ「そんなことしないでください。この方法で実際、うまくいったじゃないですか」

会長「西住ちゃんのお陰でね」

みほ「いえ、みんなと一緒だったお陰です。私一人がやったんじゃありません」

会長「……」

8 : VIPに... - 2013/08/29 19:50:59.53 f1p+YysHo 8/97

みほ「あの……だから、大丈夫なんじゃないでしょうか」

河嶋「何がだ」

みほ「“廃校の危機がありました。こういうやり方で、それを乗り越えました”って…」

会長「……」

みほ「そう説明したって、誰も文句なんて言いませんよ」

小山「うん。私は、西住さんの言うとおりだと思う」

みほ「小山先輩、そう思ってくれますか」

小山「でもね、それは結果論よ」

みほ「……あ……確かに……」

会長「西住ちゃん」

みほ「はい」

会長「私らは、廃校騒ぎなんて存在しなかった、ってスタンスなんだよ」

小山「そんなものは根拠が全くないデマにすぎない、っていう立場なの」

河嶋「生徒会がコメントするに値しない、という姿勢だ」

みほ「……噂は否定どころか、無視、ですね……」

会長「そゆこと」

みほ「……あの」

会長「何だい?」

みほ「じゃあ、廃校の噂は放置、ってことにして……」

会長「うん」

みほ「そして私たちは、訊かれても誤魔化し続ける、ってことにして……」

小山「生徒たちがその噂に飽きるまで、みんなに負担掛けちゃうけどね」

みほ「それは構わないんですけど……。イベントのことは、どうするんですか?」

9 : VIPに... - 2013/08/29 19:52:41.78 f1p+YysHo 9/97

河嶋「うむ。それが次の話題だ」

会長「私らは噂のとおり、何かやらないわけに、いかなくなっちゃったねえ」

みほ「あの、それって何かおかしくないですか?」

小山「おかしい、って?」

みほ「だって、噂は徹底して放置なんでしょう?」

河嶋「今言ったとおりだ」

みほ「それならイベントのことだって、放置でいいと思いますけど」

会長「うん。普通はそう考えるよね」

みほ「放置しない理由、放置できない理由でもあるんですか?」

小山「それが、あるのよ。西住さん」

みほ「え……」

会長「さっき私は、“不満が爆発するのと逆の現象”って言ったよね」

みほ「はい。生徒たちは不満じゃなく喜びを爆発させたい、ってことでした」

小山「それを爆発させなかったら、どうなると思う?」

みほ「それは……どうなるんですか?」

会長「喜びのエネルギーは不満のエネルギーへ、簡単に変わっちゃうんだよ」

みほ「……」

河嶋「それが喜びのエネルギーであるうちに、発散させてやる必要があるんだ」

小山「要するに、ガス抜きね」

みほ「……」

10 : VIPに... - 2013/08/29 19:54:28.09 f1p+YysHo 10/97

みほ「じゃあ……さっき小山先輩は“出し物”って言ってましたけど……」

小山「うん」

みほ「何か、やるんですか? やらなくちゃ、駄目ですか……?」

河嶋「西住、何を怯えている」

みほ「だって……私たちにできること、っていったら……」

会長「西住ちゃんの指揮で、練習とか模擬戦の実演でもやるかい?」

みほ「そんなの、戦車道へ興味ない人には、面白くも何ともないですよ」

河嶋「それなら、優勝祝賀会でやった隠し芸でも披露するか?」

みほ「は、はぁ!?」

河嶋「どうした? そんなに大きな声を出して」

みほ「だって、あんなもの……私たちの内輪だから面白がってたものばっかりで」

小山「桃ちゃん、仲間内で見せるから“隠し芸”なのよ?」

河嶋「だから、桃ちゃん言うなと言っとろうが」

小山「大体、桃ちゃんはこの話になると、必ず隠し芸のこと口にするのよね」

会長「河嶋ぁ」

河嶋「何でしょう、会長」

会長「アレ、も一回やりたいの? 32回転?」

河嶋「えっ。い、いえ、そんなことは」

小山「ふふふ。取り乱しちゃって」

みほ「あー、なるほど」

河嶋「……おい、西住」

みほ「そういうことですかあ」

河嶋「何だ、その薄笑いは?」

みほ「やりたいならやりたいって、言えばいいのに」

河嶋「それが先輩に対する態度か? ええ?」

11 : VIPに... - 2013/08/29 19:56:10.74 f1p+YysHo 11/97

小山「桃ちゃん、顔真っ赤よ?」

みほ「河嶋先輩、そんなムキにならなくても」

河嶋「だだだ、誰がムキになってる。おかしなことを言うな」

小山「私は、あの1回で十分だからね」

河嶋「えっ」

小山「やるなら、桃ちゃん一人でやってね?」

河嶋「あっ……柚子、裏切るのか!?」

会長「ほら。やっぱり、やりたいんじゃん」

河嶋「……」

会長「まあ冗談はさておき」

みほ「はい」

小山「ほら桃ちゃん、冗談にされちゃったよ?」

河嶋「ふ、ふん。私だって最初から、冗談のつもりだ」

会長「実はさ、その“出し物”は、もう決めてあんだよね」

みほ「え……何ですか、それは?」

会長「バンド」

みほ「バンド、って……音楽の?」

会長「イベントで何かやる、ってことになって、私は小山にこういう指示を出した」

みほ「……」

会長「“戦車道履修生の経歴を、特技に関して精査しろ”」

みほ「……」

会長「その結果から見えてくるものが、イベントでの出し物になるかも、ってわけ」

みほ「なるほど……」

12 : VIPに... - 2013/08/29 19:58:28.73 f1p+YysHo 12/97

小山「西住さん。私も驚いたんだけど、みんなの特技を調べていくと…」

みほ「はい」

小山「何人かをピックアップすれば、バンドを組めることが分かったの」

会長「バンドなら観客の生徒たちが、戦車道を知ってても知らなくても大丈夫」

みほ「そうか……音楽は、大抵の人が楽しめますからね」

河嶋「しかも、戦車道履修生や生徒会が組織立って動いているようには見えない」

みほ「どういう意味ですか?」

小山「ただ単に、戦車道の有志数人がイベントに参加した、という体裁になるの」

河嶋「組織立った動きを見せてしまうと、噂と関連付けて捉えられる可能性が高くなる」

会長「“戦車道のみんなが出てきた。やっぱり噂は本当なんだ”って思われちゃうんだよ」

河嶋「だから、数人だけが自発的に参加したようなかたちを取る」

小山「でも、その噂が原因で、カタルシスを得たい生徒は…」

河嶋「バンドの演奏で、一緒に騒げる。戦車道履修生を、祭り上げられる」

みほ「何だかもう、怖いくらいです……。皆さん、どうしてそんなに知恵が回るんですか?」

会長「西住ちゃん。考えてること、そのまま言っていーよー?」

みほ「え?」

会長「“知恵が回る”じゃなくて、“悪知恵が働く”って言いたいんっしょ?」

みほ「あ。いえ、そんな。とんでもない」

河嶋「バンドの具体的な内容が、今日、最後の話題だ」

会長「面白いメンバーになったよ。小山、こっから先の説明、お願い」

小山「西住さん、順に紹介してくね」

みほ「はい」

小山「中心になるのは、1年生。音楽に関して、この子の右に出る生徒はいない」

会長「バンドに関してはその子がリーダー、ってことにした」

みほ「その子、って……」

13 : VIPに... - 2013/08/29 20:00:48.90 f1p+YysHo 13/97

小山「ウサギさんチームの、宇津木さん」

みほ「宇津木さん……」

小山「彼女の特技はピアノ。しかもその腕前は、趣味とか習い事のレベルじゃない」

みほ「どういうことですか?」

小山「小さい頃、外国から招かれてコンサートに参加したことがある」

みほ「……何ですか、それ? お話がすご過ぎて……」

会長「神童と呼ばれてたらしいよ」

みほ「それなら、音楽が専門の学校……音大附属の学校とかに、なぜ行かなかったんでしょう」

小山「彼女は、勉強の成績もすごく優秀なの」

会長「おたくらの冷泉ちゃんほどじゃないけどね」

小山「本人に訊いてないけど、多分、ピアノより勉強の方が面白くなったんじゃないかな」

河嶋「宇津木の志望進路はだな」

小山「桃ちゃん? あまり詳しいことは駄目よ?」

みほ「あ、大丈夫です。心配しないでください」

会長「さすが西住ちゃん、分かってるね。今してる話で、個人情報の部分は全てオフレコね」

みほ「はい。絶対、誰にも言いません」

河嶋「宇津木は現時点で、理系の大学への進学を志望している」

みほ「ということは、今は、ピアノは……」

小山「弾いてないみたい。でもバンドの話をしたら、すぐにOKしてくれた」

みほ「あ、もう本人へ訊いてるんですね」

会長「あの子は音楽に関することになると、まるで別人だよ。話し方とか」

小山「彼女は何ていうか、独特の感じで喋るよね。それがガラっと変わる」

会長「ま、そんなわけで宇津木ちゃんの担当楽器は、キーボード」

みほ「はい」

14 : VIPに... - 2013/08/29 20:02:58.01 f1p+YysHo 14/97

小山「ギターの経験者もいた」

みほ「誰ですか?」

小山「アヒルさんチームの近藤さん」

みほ「わあ、カッコ良さそう」

小山「でも、バンドで弾いてほしいって言ったら、意外な答えが返ってきたの」

みほ「何て言ったんですか?」

小山「“ギターでもいいですけど、私の体格なら、ベースじゃないですか?”」

みほ「ベースって、ギターより大きい、低い音の楽器……」

小山「“ベース、一度弾いてみたかったんですよねー”って、言ったの」

みほ「いいですね。どっちでも似合いそうです」

小山「私はよく知らないんだけど、スラップとかチョッパーっていう弾き方があるらしいの」

みほ「全然知りません、私も」

会長「何かさ、弦をバキバキ鳴らす弾き方。音を聞けば“ああ、これか”って思うよ」

小山「近藤さんはそれをやってみたい、って言ってた」

会長「そゆことで、近藤ちゃんの担当楽器は、ベースギター」

みほ「はい」

15 : VIPに... - 2013/08/29 20:05:04.31 f1p+YysHo 15/97

会長「ドラムを誰がやるか聞いたら、西住ちゃん、びっくり仰天するよ」

みほ「今度は誰ですか? もう、聞いていくのが楽しみです」

会長「カバさんチームの左衛門佐」

みほ「ええっ!?」

河嶋「本当にびっくり仰天したな」

みほ「だって、完全に予想外で……」

小山「実は、ドラムの経験者はいなかったんだけどね」

みほ「あ、そうなんですか?」

小山「杉山さんは、和太鼓の経験者だったの」

みほ「すぎやま?」

河嶋「左衛門佐の本名だ」

みほ「あ」

会長「駄目だよ西住ちゃん、隊長が忘れちゃ」

みほ「本人には悪いですけど、正直、誰?って感じでした」

小山「あの子は本当に多才よ。弓道もやってるしね」

みほ「でも、和太鼓とドラムって、大分違うんじゃ……」

小山「私もそう思ったけど、杉山さんは平然として、こう答えたの」

みほ「はあ」

小山「“和も洋も、拍子に合わせて叩くのは同じでしょう”って」

みほ「……」

会長「で、実際にやらせてみたんだけど」

みほ「……」

会長「“違うのは、足まで使うことだけか”って言いながら、あっという間にマスターした」

小山「バスドラムとかの、ペダルのことね」

16 : VIPに... - 2013/08/29 20:08:32.86 f1p+YysHo 16/97

みほ「あの、“実際にやらせてみた”って……」

会長「何ー?」

みほ「みんな、もう練習を始めてるんですか?」

会長「そーだよ。一人を除いてね」

みほ「“一人を除いて”?」

会長「ま、とにかく左衛門佐の担当楽器は、ドラム」

みほ「はい」

会長「で、私がギター」

みほ「えええっ!?」

小山「やっぱり、驚くよね」

河嶋「ドラムの担当が誰かを聞いた時より驚いたな」

みほ「ギター、って……弾けたんですか、会長?」

会長「弾けるわけないじゃん」

みほ「あ、あれ?」

会長「私ら生徒会のうち、誰かが、何かやらないわけにもいかないっしょ」

みほ「……」

河嶋「西住」

みほ「はい」

河嶋「我々は、他人に何かを押し付けて口だけは出す、そんな人間じゃない」

みほ「……」

小山「戦車道だって、みんなにやってもらったけど…」

会長「私ら自身も、参加したよね?」

みほ「はい」

小山「みんなには、今回も無理なお願いをするんだもの」

会長「言い出しっぺの私も、加わることにしたんだよ」

17 : VIPに... - 2013/08/29 20:10:19.56 f1p+YysHo 17/97

みほ「でも、弾いたことがないのに……。どうするんですか?」

会長「いやーそれがさ、何とかなっちゃうもんなんだよね」

小山「会長は元々、すごく器用だから」

河嶋「対プラウダ高の試合を憶えているはずだ」

みほ「はい。戦車に乗り始めて間もない人とは、とても思えない活躍でした。……でも」

河嶋「何だ」

みほ「小山先輩も河嶋先輩も、同じです。あの作戦は、皆さんの活躍があったから……」

河嶋「話の腰を折るな、西住」

小山「今は、私と桃ちゃんのことを話してるんじゃないよね?」

みほ「あ……はい、すみません」

小山「話を元に戻すと……」

みほ「でも、今みたいな場面で、3人の結束を感じますね……」

河嶋「くどいぞ西住ッ。黙って聞けないのか?」

みほ「ご、ごめんなさい」

会長「河嶋ぁ。ま、いーんじゃない?」

河嶋「は。しかし……」

会長「今のは、河嶋が出した喩えが悪いよね」

河嶋「そうだったでしょうか」

会長「あるチームの中で一人だけを褒めるなんて、西住ちゃんの立場じゃ難しいっしょ」

みほ「……」

18 : VIPに... - 2013/08/29 20:11:59.44 f1p+YysHo 18/97

会長「もちろん、私は楽器演奏の経験なんて全くない」

みほ「……」

会長「自分でも、私みたいなド素人がバンドへ参加するってどーよ?と思ったさ」

みほ「はあ」

会長「でも軽音楽部の人に頼んで、必要最低限のことを教えてもらって…」

みほ「……」

会長「練習してるうちに、自分でも驚くほど早く、何とかなってきちゃったんだよね」

みほ「……さすが会長」

会長「それに、当ったり前だけど、義務教育で音楽の授業を受けてきてるんだ」

みほ「はい」

会長「楽譜に何が書いてあるかは、分かるしね」

みほ「でもギターは、ソロ、っていうんですか? 目立つ機会が多い気がしますけど」

会長「ああ、ボーカルが歌ってない時、つまり間奏でね」

みほ「それです。その時、指をすごく早く動かして、メロディーを弾いたりしますよね」

会長「そういうのは全部、神童に任せるから大丈夫」

みほ「あ、宇津木さん……」

会長「ギターソロがなくても、間奏は全部、キーボードソロにしちゃえば問題無し」

みほ「なるほど」

会長「てな感じで、私の担当楽器は、ギター」

19 : VIPに... - 2013/08/29 20:13:55.60 f1p+YysHo 19/97

みほ「……」

河嶋「西住、どうした? 急に暗い顔になって」

みほ「……残るパートは、多分、一つ……」

小山「うん、そう。あと一つだけ」

みほ「……一番目立つ、一番大事なパート、ですよね……」

河嶋「そのとおりだ」

みほ「……さっき“一人を除いて”もう練習を始めてるって、言ってましたよね……」

会長「確かに、言ったねえ」

みほ「……私はどうして、今、この生徒会室へ呼ばれてるのか……」

小山「どうしてだろうね?」

みほ「……どうして突然、バンドの話なんて聞かされたのか……」

会長「さーあ? どしてなんだろねえ?」

みほ「……とぼけないでください。その“一人”が誰なのか、分かりました……」

河嶋「さすが西住隊長。優れた洞察力だ」

みほ「……こんなの、誰だって分かります……」

小山「以上、キーボード、ベース、ドラム、ギターの各担当を、紹介してきました」

河嶋「残る、最後のパートについて…」

会長「一応、担当紹介、やってみよっか?」

小山「さあ今度は、どんな意外な人の名前が、出てくるでしょう?」

みほ「……」

小山「残るパートは……ボーカル!」

会長「バンドの中で、一番目立って、一番可愛い子がやるパート」

河嶋「一番、重要なパートだ」

小山「そのパートを担当するのは、この人しかいません!」

会長「そんなわけで、西住ちゃんの担当は、ボーカルっっ!!」

みほ「ええええっ!!?」

20 : VIPに... - 2013/08/29 20:15:53.22 f1p+YysHo 20/97

会長「……」

小山「……」

河嶋「……」

みほ「……はぁー……」

会長「いやー西住ちゃん、ノリがいいねえ」

小山「見事に、お約束を演じてくれましたね」

みほ「私だって……空気を読む、って言葉くらい、知ってます……」

会長「今くらいの演技力があれば、ステージに立っても問題ないね」

河嶋「はい。“イエーイ”とか、言ってもらわなければなりません」

小山「何それ。“イエーイ”なんて、今時ダサいんじゃない?」

会長「バンドのボーカル、やってくれるよね? 西住ちゃん」

みほ「どうして、私なんですか……」

河嶋「諸事情を総合的に考慮した結果だ」

小山「このパートをやるのはやっぱり、西住さんしかいないのよ」

みほ「私、歌なんて、下手ですよ……」

会長「そんなことないじゃん」

小山「西住さん、上手だと思うけど」

河嶋「一定以上の水準であることは認めよう」

みほ「何言ってるんですか……? 皆さん、私が歌うのなんて聞いたことないくせに……」

会長「あるよ」

みほ「えっ?」

21 : VIPに... - 2013/08/29 20:17:46.47 f1p+YysHo 21/97

小山「西住さん。これからするお話を、怒らないで聞いてくれる?」

みほ「何ですか?」

河嶋「お前は先週、チームの連中とB街区の総合アミューズメントセンターへ行ったな?」

みほ「は……?」

会長「で、そこにあるカラオケボックスへ入ったよね?」

みほ「な、何ですか? どうして皆さん、知ってるんですか?」

河嶋「西住。我々はこの学園艦で絶大な権限を持つ、大洗女子学園生徒会だ」

会長「プライバシーを侵すことは、絶対しない。でも、必要な調査はするよ」

小山「ね。怒らないで聞いてほしいのは、この後なんだけど……」

みほ「……皆さん」

会長「お……?」

みほ「もう聞く必要、ないです」

小山「西住さん……?」

みほ「もう、どういうことなのか、分かりました……」

河嶋「既に、怒っているのか? 西住……」

みほ「カラオケボックスには、各部屋に防犯カメラが、あります……」

会長「……」

みほ「生徒会の特権で、その記録データを入手。私が歌ってる映像を、見たんですね……?」

22 : VIPに... - 2013/08/29 20:20:06.27 f1p+YysHo 22/97

会長「ホントに、ごめんねー」

小山「許してねって言っても、許してくれないだろうけど」

河嶋「遺憾ではあったが、必要かつ重要な調査だったんだ」

みほ「皆さん、ひどいです……」

会長「ごめんね西住ちゃん。もう幾らでも、謝るからさ」

みほ「会長」

会長「何だい?」

みほ「私が、会長たちからのお願いを、断るとでも思ってるんですか?」

会長「ん?」

みほ「私って、そんな薄情な女に見えるんですか?」

小山「西住さん……」

みほ「私たち、全国大会で、あんな大変なことを一緒にしてきたんじゃないですか」

河嶋「西住……」

みほ「あれに比べれば、全校生徒の前で歌うことの方が、まだ簡単です」

会長「西住ちゃん……」

みほ「それなのに、私以外の全員からもうOKを取ってたり、隠れて私の歌唱力を調べたり……」

会長「……」

みほ「こんな、外堀を埋めてくようなこと、しなくてもいいじゃないですか」

小山「……」

みほ「面と向かって、頭ごなしに、言ってくれてよかったんです」

河嶋「……」

みほ「歌います。私、歌いますよ。みんなと一緒に、バンド、やります」

会長「……うん。ありがと。ありがとうね、西住ちゃん」

小山「ありがとう西住さん。私、今ちょっと、ジーンとしちゃった」

河嶋「今の西住は、なかなか男前だったぞ」

23 : VIPに... - 2013/08/29 20:26:26.12 f1p+YysHo 23/97

みほ「全くもう……。やっぱり、何か企んでたじゃないですか」

会長「いやー、さすがにちょっと、気が引けてねえ」

小山「西住さんには今までも、いろいろなことをお願いしてるから」

みほ「自分から、“何か企んでるって、考えてるでしょ”なんて言って……」

小山「とにかく良かった。引き受けてくれて」

河嶋「一時は、どうなることかと……やっぱり隠し芸に変更か、と思ったが」

小山「桃ちゃん、まだ言ってるの?」

みほ「それで私は、どうすればいいんでしょう」

会長「うん。早速、練習に参加してもらう」

みほ「場所とかスケジュールとか……」

会長「まあ慌てないで。場所は第4音楽室」

みほ「第4音楽室……あそこって、艦内ラジオの音楽番組でも使われる……」

河嶋「我が艦で、その種の設備が最も整った場所だ」

小山「音楽室って名前だけど、スタジオよね。本番までは、このバンドの貸切り状態よ」

みほ「そんなことできるんですか?」

会長「ま、特権ってのは、こういう時にも行使すべきものなんだよね」

みほ「“すべき”って……。あと、楽器はどうしてるんですか?」

小山「それは、軽音楽部から借りてるの」

河嶋「事情が事情なので、生徒会の予算を割くことは難しい。既にある備品を使用している」

会長「イベントのためだけに結成、それが終わったらすぐ解散しちゃうバンドだから」

みほ「その理由については、みんなには…」

会長「言ってないよ。これを伝えたのは、隊長の西住ちゃんだけ」

みほ「……」

小山「でもみんな、バンドについてすごく乗り気よ」

みほ「……余計な情報は、必要ない。この場合もそうなんですね……」

会長「西住ちゃんは心配しないでいーよ。私が全ての責任を取るし、みんなのフォローもする」

24 : VIPに... - 2013/08/29 20:29:29.31 f1p+YysHo 24/97

みほ「あと、ボーカルをやる私にとって、一番大事なことなんですけど…」

河嶋「何だ」

みほ「曲って、もう決まってるんですか?」

会長「3曲か4曲を予定してるんだけどね。選曲はバンドのメンバーと相談中」

小山「取りあえず、1曲だけが決まってる状態よ」

みほ「何て曲ですか? 早く歌を憶えます」

会長「その必要ないよ。西住ちゃんがボックスで歌ってたヤツだよ」

みほ「あの時は、何曲か歌いましたけど」

会長「タイトルは……何だっけ? 出だしのすぐ後に♪空に~災~い♪って、歌うヤツ」

みほ「あ……『DreamRiser』ですね」

会長「そう、それ。みんなで、それの練習はもう始めてる」

小山「あの曲、元気でいい曲ね」

みほ「でも今の、“空に災い”って、何ですか?」

会長「え?」

小山「え?」

河嶋「え?」

みほ「……え? って……」

会長「だって、そう歌ってんじゃないの?」

みほ「そう歌ってないです」

小山「違うの?」

みほ「違います」

河嶋「確かに、歌詞として変だと思っていたが」

みほ「変でしょう? “空に災い”なんて」

会長「じゃあ、何て歌ってんの?」

みほ「そこは、“空にrise & ride”って歌ってるんですけど」

25 : VIPに... - 2013/08/29 20:31:28.33 f1p+YysHo 25/97

会長「……」

小山「……」

河嶋「……」

みほ「あの……どうして皆さん、黙っちゃうんですか? 何か変でした?」

会長「これは……」

小山「歌詞の、英語部分について……」

河嶋「発音を逐一、チェックする必要がありますね……」

みほ「な、何ですか? どうして3人とも急に、内緒話みたいになるんですか?」

河嶋「西住の奴、思わぬところで……」

小山「仕事を、増やしてくれたよね……」

みほ「何か、様子が変ですよ? どうしてこっちをチラチラ見るんですか!?」

会長「ほかの曲が未決定なのは、不幸中の、幸いだねえ……」

河嶋「歌詞に英語がない曲を選ぶ、ということが、可能です……」

みほ「ちょっと、ボソボソ喋るの、やめてください! 不安になってくるじゃないですか!」

会長「いろんな準備、イベントまでに、間に合うかな……」

小山「やるしか、ありませんけど……」

河嶋「最悪の場合、隠し芸に、変更か……」

小山「桃ちゃん、それだけは、絶対にないから……」

30 : VIPに... - 2013/08/30 19:26:22.78 YXYpJZRwo 26/97

~~~~~~~~~~



会長「おーっす、みんなー。お疲れさんー」

左衛門佐「会長、こんにちは」

宇津木「こんにちは~」

近藤「こんにちは、会長」

会長「練習のセッティング、大丈夫かい?」

左衛門佐「あとは、会長が準備するだけです」

会長「みんながお待ちかねの人、連れてきたよー」

近藤「あ、遂に…」

宇津木「例の人が、やってきたんですね~」

左衛門佐「真打登場だな」

みほ「……みんな、こんにちは」

宇津木「わ~! 隊長だ~!」

近藤「隊長、待ってましたよー!」

左衛門佐「やっと来たな、隊長!」

みほ「みんな、よろしくお願いします。みんなの足、引っ張らないようにしますから」

宇津木「何言ってるんですか~」

近藤「ボーカルが言うことじゃないですよ」

左衛門佐「私たちこそ、隊長が歌いやすいようにしなくちゃならない」

宇津木「隊長は、カラオケと同じ感覚でいいんですから」

みほ「でも、みんなと一緒に演奏するんだし」

31 : VIPに... - 2013/08/30 19:28:12.14 YXYpJZRwo 27/97

会長「西住ちゃん。今のリーダーは、誰だっけ?」

みほ「あ……そうでした」

宇津木「隊長、よろしくお願いします~」

みほ「こちらこそお願いします、リーダー」

宇津木「えへへ~。隊長にそんなこと言われたら、照れちゃいます~」

みほ「カラオケと同じ感覚で、いいの?」

宇津木「伴奏を機械がやってるか、生身の人間がやってるかの違いだけです」

みほ「それって、かなり違うと思うけど……」

宇津木「やってくうちに、慣れてきます。気楽にしててください」

会長「ほんで宇津木ちゃん、今日は何を?」

宇津木「最低5回は、曲の頭から最後までやりましょう。だんだん音が合ってきました」

みほ「何だか本格的だね」

宇津木「普通の手順ですよ。まだお互いの癖をよく知らないから、曲の節目がズレるんです」

みほ「会長……」

会長「何?……」

みほ「本当に宇津木さん、話し方がガラっと変わりますね……」

会長「でしょ? 怖いくらいだよ。目つきも全然違うしさ……」

宇津木「何か言いましたか~二人とも~」

会長「あっ、何でもないよ。ごめんね、練習中に私語は駄目だよね」

みほ「宇津木さん、私はどうする? 早速歌う?」

宇津木「隊長は聞いててください。私のソロがあったりして、カラオケとかと微妙に違うので」

みほ「あ、そうなんだ」

宇津木「そういう違いを把握してもらってから、隊長には入ってもらいます」

みほ「了解」

32 : VIPに... - 2013/08/30 19:29:52.38 YXYpJZRwo 28/97

左衛門佐「いいですか、会長?」

会長「ちょい待ち……あと、チューニングだけ」

宇津木「じゃあ、Aの音出しますよ。妙子ちゃんもチューニング確認よろしく」

近藤「はーい」

♪~

会長「いーよー、左衛門佐」

左衛門佐「宇津木」チラ

宇津木「…」コク

左衛門佐「1、2、1・2・3」ドドタンッ

♪ダダンッ♪ターララターララー♪ダダンッ♪タラターララータラララタラララ♪

みほ「うわ、すごい……。やっぱり生演奏って、全然違う……」


~~~


♪チャーンチャーンチャーン♪

会長「……ふう」

みほ「すごーい! 練習なのに、拍手しそうになっちゃいました!」

宇津木「……」

左衛門佐「……」

近藤「……」

みほ「あれ? みんな、どうしたんですか?」

宇津木「私のソロが終わって、次のメロディーに移る所」

左衛門佐「やはり、そこか」

近藤「そこですね」

会長「あー、例の、ごちゃっとする所?」

33 : VIPに... - 2013/08/30 19:31:31.63 YXYpJZRwo 29/97

宇津木「左衛門佐先輩は、そこ、どんなことやってます?」

左衛門佐「私は、こうだ」ダンドコドコドコダシャーンダンダダン

宇津木「妙子ちゃんは?」

近藤「えーと、どこから始めればいい?」

宇津木「その辺りを、どこからでも」

近藤「うん」ボンボンボボンボーンブーンドッドッドッボンボボン

宇津木「二人でやってみて」

左衛門佐「近藤、適当に始めろ。私が合わせる」

近藤「はい」ボンボンボボンボーン

「…」ズドダズズンドダシャーンズドドン

宇津木「会長、同じ所を」

会長「あいよ」チャッチャッチャーチャッチャチャッ

宇津木「会長。その刻み方、こうしてもらってもいいですか?」テッテッテテーテッテテ

会長「もう一回お願い」

宇津木「はい」テッテッテテーテッテテ

会長「…」チャッチャッチャチャーチャッチャッ

宇津木「そうです」

会長「おっし。分かったよ宇津木ちゃん」

宇津木「以前の方が、好きだったりしました?」

会長「いや、構わないよ。とにかく新しいのを早く憶えるね」チャッチャッチャチャーチャッチャッ

34 : VIPに... - 2013/08/30 19:33:07.80 YXYpJZRwo 30/97

みほ「……すごい……みんなが何やってるのか、全然分からない……」

宇津木「隊長~さっきから“すごい”しか言ってませんよ~」

みほ「だって本当に、分からないんだもの」

会長「何かさ、演奏しててごちゃっとする所があったんだよね」

左衛門佐「気にせず流してしまえば、どうということはないんだろうが…」

近藤「やっぱり、やってて、気持ち悪いんです」

宇津木「聞いてる方だって、あまり耳触りがよくない部分だと思います」

みほ「それを宇津木さんが、はっきり指摘したってこと?」

宇津木「はい。でも原因が何なのか、分からなかった」

みほ「……」

宇津木「だから一人ずつ、演奏してもらった」

みほ「……」

宇津木「ドラムとベースは問題ない。じゃあ、ギターかもしれない」

みほ「そしたら、ギターが、ちょっと……」

宇津木「そのとおりです。ほかと、特に私のキーボードと、合ってなかった」

みほ「……」

宇津木「だから会長には悪いですけど、私のやり方に合わせてもらいました」

会長「気にしてないよ。バンドリーダーの指示なんだから」

宇津木「はい。こんなことをお互い気にしてたら、演奏なんてできません」

会長「楽譜どおりのつもりだったけど……。いつの間にか、自己流になってたんだねえ」

35 : VIPに... - 2013/08/30 19:35:45.82 YXYpJZRwo 31/97

みほ「楽器の演奏って、こうやって、合わせていくんだね……」

宇津木「それは、違うかもしれませんよ?」

みほ「え? そうなの?」

宇津木「私の専門は元々、クラシック音楽ですから」

みほ「……」

宇津木「ロックバンドの人に、今みたいなやり方を見せたら…」

近藤「“どうしてそんなメンド臭いことするの?”って、言われちゃうかも」

宇津木「うん。もちろん、ロックでもいろいろな理論や方法があるけど」

近藤「もっとアバウトだよね。要するにノリ。ノれればいい、ノせられればいい」

宇津木「私はアンサンブルを確認するのに、こういう方法しか知らないから」

みほ「そういえば、プロの人って実はルーズだって聞いたことある。実は、練習しないって」

宇津木「個人的な練習は、死ぬほどやってると思いますよ。技術的に難しいフレーズとか」

みほ「……」

宇津木「自分ができない箇所を丸一日、繰り返す。できるようになるまで、何日も続ける」

みほ「……」

宇津木「でも、みんなで合わせる練習は本番前の数回だけ。それで十分」

左衛門佐「まあ、プロの話だけどな」

宇津木「はい。私たちは、どっちの練習も死ぬほどやらなくちゃ駄目です」

みほ「……何だか、とんでもないことに、関わっちゃったのかも……」

近藤「隊長、覚悟しといた方がいいですよ? 優季ちゃんは結構スパルタですから」

みほ「分かった……」

会長「あれ? 西住ちゃん、ビビってる?」

宇津木「大丈夫です~。優しくしますよ~隊長には~」

左衛門佐「宇津木。お前のそういう発言には、何か別のベクトルを感じる。自重しろ」

宇津木「やだな~左衛門佐先輩、考え過ぎですよ~」

36 : VIPに... - 2013/08/30 19:37:42.83 YXYpJZRwo 32/97

会長「宇津木ちゃん、今の所からやってみる?」

宇津木「そうしましょう。隊長、入ります?」

みほ「うん。マイクのセッティングしておいたけど、大丈夫だと思う」

宇津木「カラオケとの違いは?」

みほ「多分、問題無し。1回聞けば憶えられる程度だったよ」

左衛門佐「宇津木、隊長が入るなら…」

宇津木「もっと前からの方がいいですね。じゃあ、私のソロからで」

近藤「分かった」

会長「了解」

左衛門佐「行きます。1、2、1・2・3・4」


~~~


♪チャーンチャーンチャーン♪

みほ「気持ちいいー! カラオケよりこっちの方が、歌ってて楽しいです!」

左衛門佐「……」

みほ「みんなの顔を見ながら、演奏してる人を見ながらって、いいですね!」

近藤「……」

みほ「一緒に音楽をやってるって感じがします!」

会長「宇津木ちゃん」

宇津木「分かってます」

みほ「……え?」

宇津木「うーん……どうしようかなあ」

みほ「な、何? どこか、駄目だったの!?」

宇津木「……」

みほ「私の歌、駄目!?」

37 : VIPに... - 2013/08/30 19:40:15.03 YXYpJZRwo 33/97

宇津木「妙子ちゃん」

近藤「何?」

宇津木「隊長に説明してあげて」

近藤「私が?」

宇津木「妙子ちゃんと左衛門佐先輩。二人が一番、分かってると思うから」

近藤「でも、私が隊長に対して、何か言うなんて……」

左衛門佐「近藤、ここはバレー部じゃない。そういうのは無しでいこう」

近藤「あ、そうですね……。じゃあ隊長、失礼ですけど…」

みほ「うん。何でも言って、近藤さん」

近藤「隊長は、私たちの方に気を遣い過ぎです」

みほ「え……」

近藤「今、“みんなの顔を見ながら”って言ってましたけど…」

みほ「うん」

近藤「そうする必要は、ないと思います」

みほ「……」

近藤「私たちを気にし過ぎて、歌い出しがいつも遅いんです」

みほ「あ……」

近藤「バンドでは基本的に、土台を支えるのはリズムを刻むドラムと、低音のベースです」

みほ「……」

近藤「だから左衛門佐先輩と私が、テンポを意識的に早くしました」

会長「西住ちゃんも、分かってたっしょ?」

みほ「そう言えば……途中から、何だか早くなったな、って……」

左衛門佐「私たちがそうしたのは、隊長に、自分が遅れていることを気付いてもらうためだ」

近藤「もっと急いでもいい、ってことだったんです」

左衛門佐「そうしなければボーカルに引きずられて、私たちまで遅くなってしまう」

みほ「……」

38 : VIPに... - 2013/08/30 19:41:46.43 YXYpJZRwo 34/97

左衛門佐「珍しい現象だな、宇津木」

宇津木「はい。大抵の人は、どんどん早くなっていくんですけど」

近藤「私たちと合わせようとしてくれてる。でもそのせいで、周りの音を聞き過ぎてるよね」

会長「こーゆーのって、何回も練習すれば直るもんなの?」

宇津木「うーん……アインザッツがいつも遅い……妙子ちゃんの言うとおり意識の問題かな……」

みほ「あのー、みんなの話に、全然ついていけません……」

左衛門佐「私だって宇津木の言ってることなど、分からないぞ?」

みほ「へ?」

近藤「私もそうです。優季ちゃんが使う、音楽の専門用語なんて知らないのばっかりで」

宇津木「隊長」

みほ「うん」

宇津木「私は最初、“カラオケと同じ”とか、“気楽にしててください”って言いました」

みほ「うん」

宇津木「結局、そういうことなんです。隊長は私たちを、カラオケマシンだと思ってください」

みほ「そんな……だって、一緒に演奏するんだし」

宇津木「本番では隊長が私たちの方を見るなんて、ほとんどないですよ?」

会長「ボーカルが観客にお尻向けて歌うわけには、いかないよねえ」

みほ「あ、そうか」

左衛門佐「私たちは、常に決められたテンポでやる」

近藤「隊長は、そのカラオケに合わせるだけでいいんですよ」

みほ「うん……分かりました」

39 : VIPに... - 2013/08/30 19:43:28.12 YXYpJZRwo 35/97

会長「周りに気を遣い過ぎ。西住ちゃんらしい、悪い癖だねえ」

みほ「だって、私の取り柄っていったら、それくらいで……」

左衛門佐「隊長。過ぎたればなお及ばざるが如し、だ」

会長「ボックスではこんなこと、なかったじゃん。あれと同じでいーんじゃん?」

みほ「はい……」

宇津木「もちろんお互い、機械じゃなくて生身の人間です。不測の事態には対応します」

左衛門佐「生演奏は、何が起こるか分からない」

みほ「どういうことですか?」

宇津木「よくあるのが、歌手の声が出なくなる。又は、歌手が歌詞を度忘れする」

みほ「どうするの? そんなことが起きたら……」

宇津木「決まったやり方は特にありません。ケースバイケースです」

近藤「少なくとも、私たちは機械じゃありませんから…」

左衛門佐「ボーカルへ不具合があったのに、伴奏だけ進行するってことはあり得ない」

近藤「伴奏だけが勝手に進んじゃったら、それは本当にカラオケの機械と同じですね」

宇津木「でも、歌手が声を出せないまま伴奏だけが流れると、応援の拍手が湧くこともあります」

左衛門佐「逆に、盛り上がるのか」

会長「宇津木ちゃん。不測の事態に備えて、対処方法やその合図とか、決めとくべき?」

宇津木「どうでしょうね……。今の段階では、何とも」

左衛門佐「会長。まだやる曲さえ、ロクに決まっていませんよ」

会長「それもそっか」

宇津木「とにかく演奏面は、しっかり準備しておきましょう」

会長「そだね。それ以外のことは、その後で考えればいいね」

40 : VIPに... - 2013/08/30 19:45:02.64 YXYpJZRwo 36/97

みほ「うう……憶えること、たくさんありそう……。前途多難だなぁ……」

宇津木「隊長~」

みほ「何?」

宇津木「今、こう考えてるでしょ~」

みほ「こう、って?」

宇津木「“話が違うんだけど。ただ歌うだけじゃないの?”って~」

みほ「そ、そんなことないよ」

宇津木「だって、顔にそう書いてありますよ~」

近藤「隊長」

みほ「何? 近藤さん」

近藤「戦車道では私たち、隊長のあのシゴキに耐えてきたんですよ?」

みほ「え……? 近藤さん、何を言い出して……」

会長「西住ちゃんは全然、あれをシゴキだなんて思ってなかっただろうけどさ」

左衛門佐「隊長は就任後に一貫して、私たちを隊長が普通だと考えるレベルで練習させたんだ」

近藤「初心者の私たちを、ですよ? あれはまさにシゴキでした」

みほ「……」

会長「ま、そのお陰で私らは短期間に、全国トップレベルへ追いつけたんだけどね」

近藤「だから、優勝できたんです」

宇津木「でもバンドでは、立場が逆ですよ~」

左衛門佐「もちろん今、あの意趣返しなどというつもりはないが…」

宇津木「バンドでは隊長、私たちのシゴキに耐えてくれなくちゃ、困りますからね~」

会長「ね~」

近藤「ね~」

みほ「……さっきは、優しくしてくれるって、言ったのに……」

宇津木「何か言いましたか~」

みほ「えっ。なっ何のこと? なな何も言ってないよ!?」

43 : VIPに... - 2013/08/31 19:24:58.25 l+gJlLB8o 37/97

~~~~~~~~~~



左衛門佐「隊長じゃないか?」

みほ「あ……左衛門佐さん」

「街なかで会うのは珍しいな」

「うん」

「いよいよ、明日だな」

「うん……」

「まあ落ち着いて、練習どおりでいこう」

「……」

「隊長にはこんなこと、言わずもがなだろうが」

「……」

「……どうかしたか?」

「う、ううん。……どうも、しないよ」

「……」

「じゃあ、私、こっちだから」

「ああ。気を付けて。また明日」

「うん。また明日」

「……」

「……左衛門佐さん、行かないの?」

「隊長こそ」

「……」

「なぜ“こっちだから”と言ったのに、立ち止まったままなんだ?」

44 : VIPに... - 2013/08/31 19:27:33.59 l+gJlLB8o 38/97

「……ね、左衛門佐さん」

「何だ」

「今、用事があって、急いでたりする?」

「いや、暇だ」

「少し、お話しない?」

「ああ。構わないが」

「どこかに座ろうか」

「ここからだと、左舷の公園が近いな」

「……ね、今日…」

「何だ」

「もっと練習しなくて、よかったのかな」

「多分、そうしなくても問題ないんだろう」

「確かに、宇津木さんの指示どおりだけど……」

「ああ。本番前日の練習は、軽めでいい」

「……」

「全曲通しの練習も、本番と同じ条件でやる舞台練習も済ませてる」

「だから、前日の練習を念入りにやって、もし問題点が見付かっちゃったら…」

「それまでの積み重ねが、台無しになる可能性がある」

「……」

「これが宇津木の指示だ。間違いないんだろうし、実際、合理的だ」

「……」

「……あそこのベンチにしよう」

「夕焼けが綺麗だね」

「創立記念日の明日も、いい天気になりそうだな」

45 : VIPに... - 2013/08/31 19:29:09.29 l+gJlLB8o 39/97

「何か飲む?」

「いや、今はいい」

「……」

「隊長が奢ってくれるんだろうが、話の後でも構わないだろう?」

「そうだね……」

「隊長」

「うん」

「はっきり、訊くが…」

「……」

「不安なんだな?」

「うん……。不安だし……何だか、モヤモヤする気持ち……」

「不安なのは、私も同じだ」

「そうなの?」

「だが隊長にとっては、戦車道と同じじゃないのか?」

「試合の前、ってこと?」

「ああ。私たちでさえ、もう何度も経験したんだ。隊長に至っては…」

「うん。数えるのが嫌になるくらい」

「いちいち不安になることなど、ないと思うが」

「でもやっぱり試合の前、緊張はするよ」

「それだ。不安じゃなく、緊張で済むんじゃないか? 試合と同じに考えれば」

「試合と同じに、考えられればね……」

「無理か」

「難しいよ……」

「西住隊長から、弱音を聞くとはな」

「私なんて、いつも弱音ばっかりだよ」

46 : VIPに... - 2013/08/31 19:31:10.59 l+gJlLB8o 40/97

「まあ弱音を聞くも何も、私たちは今まで話をする機会など、ほとんどなかったな」

「うん」

「隊長は少なくとも立場上、全員と会話することがあっただろうが…」

「……」

「私は、例えば1年たちと話した経験など、皆無だったといっていい」

「バンドのお陰で、みんなとたくさんお話できた?」

「たくさん、じゃないけどな」

「でも今回のことで、学年やチームが違う人たちとの距離が、近くなった気がするよね」

「私は…」

「何?」

「自分が、自分のチーム以外の人と、こんなに話をできるなんて思わなかった」

「……」

「逆にチーム以外の人が、自分へこれほど普通に話をしてくれるなんて、思わなかった」

「そんなことは…」

「いや、率直な感想だ」

「……ね、左衛門佐さん」

「何だ」

「私たち、ずっとこのままで、いられないのかな……」

「どういう意味だ」

「明日、本番が終わったら…」

「ああ、そういうことか。このバンドは解散らしいな」

「解散……」

「たった1回の舞台。そのために結成されたバンドと聞いている」

「……」

47 : VIPに... - 2013/08/31 19:33:11.56 l+gJlLB8o 41/97

「寂しいのか?」

「左衛門佐さんは、寂しくないの?」

「寂しいさ」

「私は最初、義務感だけで、やってたの」

「……」

「もちろん、悪い気はしなかったよ」

「生徒会から、ボーカルをやってほしいと言われた時か」

「うん。でも同時に、こう思ってた」

「……」

「歌なんて、音楽の授業や、カラオケボックスで歌ったことがあるくらいなのに、って」

「……」

「どうして自分がそんなことしなくちゃ駄目なの、って思ってた」

「ほかに、もっと適任な者がいた可能性はあるな」

「うん。例えば宇津木さん、きっと上手いのはピアノだけじゃないと思う」

「あんなに才能のある奴だからな。歌だって上手くなければおかしい」

「でも、生徒会の人たちが、また私を必要としてくれてる」

「……」

「こんな私でも、また当てにされてる」

「……」

「だから、それに応えなくちゃ、って思ったの」

「だが……最初は少し、つらそうだったな」

「リズムを直されて、音程を直されて…」

「歌詞の中にある英語の発音にも、注文を付けられたらしいが」

「やっぱり、引き受けるんじゃなかった……。そう思ったこと、あるよ」

48 : VIPに... - 2013/08/31 19:35:26.39 l+gJlLB8o 42/97

「しかし、今はバンドの解散を寂しがっている」

「うん。ボーカルをやってるうちに、どんどん、楽しくなってきちゃったの」

「……」

「最初は、無理だと思った。みんなが要求するレベルの演奏なんて、不可能だと思った」

「……」

「でも、やっと何とかなってきた……そう思えた時は、嬉しかった」

「“やっと”じゃなかっただろう。隊長は急速に上達した」

「自分自身だと、そんなの分からないけど。それに…」

「何だ」

「宇津木さんやみんなに、初めて褒められた時は、それ以上に嬉しかったの」

「……」

「知らない人が聞いたら変に思うよね。1年生に褒められて嬉しいなんて」

「私だって宇津木に初めて認められた時は、嬉しかったさ」

「そうなの?」

「あいつは音楽に関して、学年や年齢に関係なく、私たちよりはるかに上の存在だ」

「うん。自分よりすごい人に褒められるのって、嬉しい」

「ああ」

「今、演奏するのがすごく楽しい」

「……」

「みんなとも、仲良くなれた」

「……」

「今、仲良しのみんなと、思いっ切り楽しい時間を過ごしてる」

「だがそれは、明日で終わってしまう…」

「うん……。終わって、ほしくない……」

49 : VIPに... - 2013/08/31 19:37:25.02 l+gJlLB8o 43/97

「しかし隊長、バンドは解散しても…」

「うん。みんなと仲良くなれたことは変わらない。それは分かってる」

「分かってるなら、バンドにこだわることはない」

「……」

「多分、そのことも分かってるんだろうが…」

「うん、分かってる。バンドにこだわる必要なんてない」

「……」

「でも、みんなと一緒に演奏してる時、歌ってる時…」

「……」

「その瞬間が、楽し過ぎて……今が、この瞬間が、ずっと続けばいいのにって思うの」

「だが、そんなことは…」

「そうだよ。これも分かってる。そんなことは絶対ない。あり得ない」

「……」

「ごめんなさい……。こんなの、ただの我儘だし、愚痴、だよね……」

「いや……。隊長」

「何?」

「私も、こう思う」

「……」

「なぜ、楽しいことは長く続かないのか、と」

「……」

「楽しいことが過ぎ去るのは、早い。長く続かない」

「逆に、苦しいことやつらいこと、悲しいことは…」

「ああ。なかなか終わらない」

「こんなことがいつまで続くんだろう、って思うよね」

50 : VIPに... - 2013/08/31 19:39:04.43 l+gJlLB8o 44/97

「隊長」

「うん」

「明日、泣くなよ?」

「……」

「最後の曲で、隊長は泣いてしまいそうだ」

「……」

「泣いても、その涙の理由を、集まってくれた生徒たちは理解できない」

「多分、生徒がたくさん集まって盛り上がってくれたから、とか…」

「ああ。それで感極まった、くらいに思われるだけだ」

「……」

「隊長が泣く意味など、誰にも伝わらない」

「……」

「私だってそうだ。今こうして、話を聞いたから…」

「私が泣く意味を分かる……って、ことだよね」

「ああ」

「左衛門佐さんには、悪いけど…」

「何だ」

「私、約束できない」

「何をだ」

「泣くな、ってこと。私、最後の曲で自分が泣くかどうかなんて、分からない」

「……」

「もちろん、泣かないかもしれない。でもやっぱり、泣いちゃうかもしれない」

「……」

「だから、泣かないって……今ここで、はっきり、約束なんてできないよ」

「……」

「……」

51 : VIPに... - 2013/08/31 19:41:26.13 l+gJlLB8o 45/97

「……なあ、隊長」

「何?」

「今、私に何か、できることはないか?」

「できること、って?」

「無論、今の隊長に私がしてあげられること、しなくてはならないことは…」

「多分、バンドのこと…」

「そのとおりだ。バンドの中で自分の役割を果たし、隊長の伴奏を務め上げることだ」

「左衛門佐さん、そんな言い方しないで。私たちは一緒に演奏するんだよ?」

「まあ聞いてくれ。それ以外に、何かできることはないか?」

「何か、って?」

「いや。何もなければ、いいんだ」

「……」

「ただ、今の隊長にはバンドのこと以外に、何か必要なんじゃないか…」

「……バンドのこと、以外……」

「今ここにいる私は、その何かを、してあげるべきなんじゃないか…」

「……」

「そう、思っただけだ……」

「ね、左衛門佐さん」

「何だ」

「それなら……手を、握ってほしいな」

「…」ガク

「え? どうして、ズッコケるの?」

52 : VIPに... - 2013/08/31 19:43:01.90 l+gJlLB8o 46/97

「……手?」

「うん」

「手って……この手か?」

「うん」

「意味が、分からないが……」

「駄目、かな……?」

「……」

「駄目なら、別に……」

「い、いや、私ので良ければ……」

「いいの?」

「手を……出していれば、いいのか?」

「じゃあ…」

「…」スッ

「あっ、どうして避けるの!?」

「す、すまない。反射的に」

「いいって、言ったのに……!」

「あのー……隊長」

「何?」

「大体、これって、違くないか?」

「何が?」

「“握ってほしい”と言っても、握ろうとしてるのは隊長の方だが」

「左衛門佐さんって意外と、細かいこと気にするんだね」

「いや、そういう問題か?」

「握ってくれるの? くれないの? どっち?」

53 : VIPに... - 2013/08/31 19:45:11.62 l+gJlLB8o 47/97

「えーと…」

「何?」

「隊長って、その…」

「だから何?」

「アッチの人……なのか?」

「あっち?」

「いや、アッチというかソッチというか、その、女同士で…」

「あっち? そっち? 何それ?」

「え?」

「左衛門佐さんが言ってること、全然分からない」

「ああ……私の、思い過ごしか」

「どうしたの?」

「いや、何でもない。……隊長」

「何?」

「手……だったな」

「うん」

「……ほら」

「うん……」ギュッ

「……」

54 : VIPに... - 2013/08/31 19:47:32.31 l+gJlLB8o 48/97

「あ……」

「どうした?」

「柔らかい」

「手が?」

「もっと、硬いと思ってた」

「それは、スティックを握るからだな」

「うん」

「打楽器奏者の手はタコやマメだらけ。そう思う人がいるのは知ってる」

「違うの?」

「自分のようなにわか仕立てのドラマーが、こんなことを言うのは僭越だが…」

「何?」

「手にそんなものがあるドラム奏者は、恐らくあまり上手くない」

「どういうこと?」

「もし、手にできているタコやマメの数と、ドラムの上手さが比例するんだったら…」

「……」

「プロは全員、手が野球のグローブみたいになってるぞ」

「あ、そうか」

「私も太鼓を叩き始めた頃は、手にそういうものができた」

「……」

「だがある時、フッと力の抜けることがあった」

「ある時、力が抜ける……」

「隊長にも分かるだろう。変に力を入れなくても、演奏ができる…」

「力まなくても、音量が出る。高い声や低い声が出る。それに気付く瞬間、ってことだね」

「それだ」

55 : VIPに... - 2013/08/31 19:50:13.27 l+gJlLB8o 49/97

「そうか。左衛門佐さんは、力んで演奏してないんだね」

「自分ではそのつもりだ。タコやマメができないのは、その証拠だと思っている」

「余計な力が、入ってない……」

「近藤も多分そうだ。あいつの左手はきっと柔らかいぞ」

「あんなに太い弦を押さえてるのに」

「指へテーピングしてる時があるのは、バレーボールをやっているからだろう」

「じゃあ、会長はまだ全然駄目だろうね」

「きっと、ガッチガチだ」

「ふふふ」

「隊長…」

「何?」

「手を、撫でないでくれ」

「え? 駄目? くすぐったい?」

「くすぐったいし、何か、変だろう?」

「変?」

「私はもちろん、隊長にもそのケはないはずだし…」

「そのけ?」

「……」

「どうかした?」

「隊長はかなりのネンネと聞いていたが、これほどとは…」

「ねんね?」

「いや、何でもない」

「ね、左衛門佐さん」

「何だ」

「自分でこんなこと言うの、恥ずかしいんだけど…」

「……」

56 : VIPに... - 2013/08/31 19:52:29.15 l+gJlLB8o 50/97

「私ね、すごく甘えんぼなの」

「……」

「私ね、すごくお姉ちゃん子だったの」

「……黒森峰の……」

「うん。あの隊長が、私のお姉ちゃん」

「……」

「小さい頃からずっと、お姉ちゃんの後ばっかり追いかけて……そのせいかも」

「“甘えんぼ”になった、理由か」

「うん。優しくしてくれる人がいると、つい縋っちゃう。頼っちゃう」

「何だか、いろいろおかしいと感じるが」

「おかしい、って?」

「つまり、隊長は今…」

「うん」

「私に縋っている、ということか?」

「うん。そうだよ」

「だが私は別に、隊長へ優しくなどしていないぞ?」

「左衛門佐さんは、優しいよ」

「そうなのか」

「そうだよ」

「そんなことを言われたのは初めてだ」

「優しくされてる方が言うんだから、間違いないよ」

57 : VIPに... - 2013/08/31 19:54:11.38 l+gJlLB8o 51/97

「それから、つい他人へ縋ったり頼ったりしてしまう、ということだが」

「うん」

「そんな人が隊長をやっている。何十人もの隊員を率いている」

「……」

「全国大会優勝という、成果まで上げている」

「……」

「全く矛盾しているように思えるが、これはどうなんだ?」

「だって、私が隊長をやったり優勝できたりしたのは、私一人でやったことじゃないもの」

「……」

「みんなと一緒に、やったことだもの」

「だが、隊長の任にあることは、ほかの誰でもない、自分自身がやっていることじゃないか」

「私は一人で隊長をやってるなんて、全然思ってないよ?」

「どういうことだ?」

「みんなが支えてくれるから、協力してくれるから、こんな私でも隊長が務まってる」

「……」

「私が隊長をやってるのは、みんなと一緒にやってることなんだよ」

「……」

「ね? こう考えれば、おかしくないでしょ?」

58 : VIPに... - 2013/08/31 19:56:31.84 l+gJlLB8o 52/97

「隊長」

「何? 左衛門佐さん」

「さっき二人で、ボーカルにより適任な者がいた可能性がある、という話をしたな」

「うん」

「だが、生徒会は隊長を選んだ。なぜだと思う?」

「えーと……それはやっぱり、私が隊長をやってるから」

「恐らくそれが一番の理由だろう。我が戦車隊の代表で、最も人目につく人物だから」

「……」

「その人物がバンドで最も目立つパートを担当する。実に分かりやすい」

「あとの理由は……歌がそんなに下手じゃない、とか…」

「ああ。歌唱力が要件であることはいうまでない。それから、本人の見た目も重要だ」

「……」

「どちらも、隊長は十分以上に条件を満たしている」

「そんな……」

「だが、こうしたこと以外に、生徒会が重要と考える要素がある」

「こうしたこと、以外?」

「これら以外に、生徒会が隊長へボーカルをやらせた理由がある。私は、そう思っている」

「何、それは?」

「飽くまで、憶測に過ぎないが…」

「うん」

「それは隊長へ、人前で喋るのに慣れさせる、ということだ」

「……」

59 : VIPに... - 2013/08/31 19:58:31.21 l+gJlLB8o 53/97

「こんなことを言っては、悪いんだが…」

「何? 言って?」

「隊長は人前に出ると、妙に慌ててしまう癖があるだろう?」

「……」

「おたおたというか、わたわたというか…」

「……」

「私たちを前にしても、まだそんな感じだ。ましてや、不特定多数の前では…」

「うん。人前に出たり、そこで喋ったりするのって、あまり得意じゃない」

「だが、そうも言っていられないだろう?」

「……」

「こんなことは、隊長自身が分かっていると思うが…」

「うん、分かってる。そんなのじゃ駄目だって」

「今まで対外的なことは、生徒会がやってくれた。だが、あの3人が卒業したら…」

「私たち自身が、やらなくちゃならないね」

「その中心にいるのが、隊長だ。だから今回みたいな機会に、そうした状況へ慣れさせる」

「……」

「生徒会には、そんな意図があるんじゃないかと思うんだ」

「……」

「明日、私たちの演奏を聞きに集まる生徒の数は分からない」

「でも多分、大勢だよね。大勢の、知ってる人や知らない人…」

「ああ。ボーカルの役目は、歌うだけじゃない。その大勢へ語りかけるMCも重要な役割だ」

「……」

「生徒会の3人は、それを普通にこなせるようになれ、と考えているんじゃないか」

60 : VIPに... - 2013/08/31 20:00:57.57 l+gJlLB8o 54/97

「確かに、試合の結果報告とかで、人前に出ていく機会は増えるよね……」

「隊長。誤解しないでほしいが、私はプレッシャーをかけているんじゃない」

「うん。今、左衛門佐さんは、私へアドバイスをしてくれてる」

「アドバイスというほど、大したものじゃないが……」

「言ってること、分かるよ」

「……」

「いつまでも甘えんぼだったり、人に縋ったり頼ったりしてしちゃ、駄目だよね……」

「いや、それは場合によると思うぞ」

「え? どういうこと?」

「例えば、家族にそうしたって、他人は何も文句を言わない」

「あ、そうだね。それが駄目かどうかなんて、家族の中での問題だよね」

「ああ。私が言っているのはそうした状況以外の、立場の問題だ」

「……」

「隊長は、ある集団の代表だ。集団を率いるリーダーなんだ」

「……」

「縋ったり頼ったりするのはむしろ、その集団のメンバーが、リーダーに対してだ」

「そうだね……」

「隊長は、そういう立場にいる人間なんだ」

「だから、それにふさわしい態度を身に付けろ、ってことだね」

「そのとおりだ。競技の面ではとっくの昔に、隊長はそれをできている」

「……」

「それ以外の運営の部分で、隊長としての風格を身に纏え、ということだと思うんだ」

「うん……」

61 : VIPに... - 2013/08/31 20:03:06.79 l+gJlLB8o 55/97

「もちろん私は、一介の砲手だ。今回のバンドでは、ドラム奏者」

「……」

「それ以上でも、それ以下でもない。隊長へ意見できる立場になど、ない」

「……」

「今は戯言を、思いつくまま、口にしたまでだ……」

「……左衛門佐さんは、やっぱり、優しいね」

「優しくしているつもりなど、ないんだがな」

「優しいよ、左衛門佐さんは。今、お話ができてよかった」

「本番の前日なんだから、もっと穏やかに過ごすべきだったが…」

「ちょっと重いお話、っていうのかな。そういうのをしちゃった、ってこと?」

「ああ」

「でも、話せてよかった。分かったことが、たくさんあった」

「そうか」

「うん」

「手……」

「え?」

「手……もう、いいか……?」

「あ……ごめんなさい」

「いや……」

「……」

「そろそろ、行こう。もう日が沈む」

「うん。飲み物、奢れなかったけど」

「じゃあ、次の機会に頼む」

「分かった」

「途中まで一緒に行こう」

「うん」

62 : VIPに... - 2013/08/31 20:05:46.75 l+gJlLB8o 56/97

「なあ、隊長」

「何?」

「いうまでもなく私は、隊長だけへいろいろなものを背負わせるつもりはない」

「……」

「生徒会の3人が卒業したら、運営の仕事を、みんなでやらなくちゃならない」

「……」

「私自身はもちろん、うちのカエサル、隊長車の五十鈴、アヒルさんチームの磯辺…」

「みんなで仕事を分担する。私がそのまとめ役になる、ってことだね」

「ああ。私だけじゃなく、皆も隊長の助けになりたいと思っているはずだ」

「……」

「今挙げたような皆に比べて、私にできることは、ごく僅かだろうけどな」

「そんなことないよ」

「いや、私が隊長にしてあげられることなど……」

「ね、左衛門佐さん」

「何だ」

「じゃあ、今でもいい?」

「今?」

「左衛門佐さんが、私にしてくれること」

「ああ、もちろんだ。言ってくれ」

「もう一回…」

「もう一回?」

「手を、握ってほしいな」

「…」ガク

「ねえ、どうして、ズッコケるの?」

64 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 19:35:34.93 vz60xhPHo 57/97

~~~~~~~~~~



近藤「隊長、元気出してくださいよ」

みほ「……」

宇津木「隊長~いつまでも落ち込んでちゃ駄目ですよ~」

みほ「……うー……」

左衛門佐「隊長、いい加減に切り替えろ。若しくは忘れろ。どっちかにしろ」

みほ「……もうやだ……」

宇津木「気にしてるの、あれをやった本人の隊長だけですよ~」

近藤「そうですよ。超ウケてたじゃないですか」

宇津木「バカウケだったの、舞台から見て分かってたでしょ~」

みほ「……やっぱり私には、向いてないんだ……」

近藤「それにしても隊長、どうしていきなり、あんなこと始めたんですか?」

宇津木「MCの練習、何回もしたのに~」

みほ「……訊かないでよぉ……」

左衛門佐「観衆を目の前にして、頭の中が真っ白になってしまったんだな?」

みほ「……左衛門佐さん、分かってるじゃない……」

左衛門佐「それで、何をやっていいか分からないまま、何か始めてしまった、と」

みほ「……分かってるのに、どうして訊くのよぉ……」

会長「おーっす、みんなー」ガチャ

近藤「あ、会長。お疲れ様でした」

宇津木「お疲れ様でした~」

左衛門佐「会長、お疲れ様です」

近藤「もう、生徒会の仕事は終わりですか?」

65 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 19:38:39.73 vz60xhPHo 58/97

会長「うんにゃ。あと、実行委員会へ挨拶をしないと」

宇津木「激務ですね~」

会長「今回はそうでもないよ。それよりさ、そこに、ごろんって寝転がってるのは……」

宇津木「会長、何とかしてくださいよ~」

みほ「……」

近藤「この部屋に入ってから隊長は、こっちに背中向けたあの体勢で動かないんです」

左衛門佐「会長、ところで…」

会長「何だい?」

左衛門佐「生徒会の人に案内されて、この部屋に入らせてもらいましたが…」

近藤「ここが、会長の部屋なんですか?」

会長「うん。生徒会の会長室」

宇津木「私なんかが、入っていい場所なんでしょうか~」

会長「何言ってんのさ。いつでも遊びにおいでよ」

近藤「でも会長はここにいる時、お仕事中ってことでしょうから」

左衛門佐「今、会長の机と椅子は端へ移動させてあるんですね」

会長「うん。空いた場所にこうしてカーペットを敷いて、たまにみんなで食事をしたりする」

宇津木「え~楽しそう~」

会長「西住ちゃんは1回、あんこう鍋を食べに来たことがあんだけどね」

みほ「……」

左衛門佐「その本人は今、あんこうみたいにごろんとなったままですが」

会長「あんこうというか、マグロというか」

近藤「お通夜みたいな人が一人いるんじゃ、ライブの打ち上げになりませんよ」

宇津木「揺らしてみましょうか~。隊長~」ユサユサ

みほ「……」

66 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 19:40:18.17 vz60xhPHo 59/97

会長「じゃあ悪いけど、私はまた行かないと。今はちょっと、顔出しに来ただけ」

宇津木「またお仕事ですか~早く戻って来てください~」

会長「次の挨拶で最後だよ。あ、それからさ」

近藤「何ですか?」

会長「みんなのリクエストどおり、お寿司、頼んでおいたよー」

近藤「えー!? 本当ですかー!?」

宇津木「きゃ~! 嬉しい~!」

左衛門佐「本当にいいんですか、会長?」

会長「打ち上げだからねえ。パァーっといかないとね」

左衛門佐「じゃあ食器や、お茶の用意をしておきます」

近藤「あそこの専用キッチンを使って構わないんですね?」

会長「うん。あと、冷蔵庫の中にジュースがあるから、先にそれで乾杯しててくんない?」

宇津木「何から何まで、ありがとうございます~」

会長「少しだけどお菓子もあるよ。キッチンの、上の棚ん中」

近藤「それは、我慢しておきます」

宇津木「お寿司が来るんですから~」

会長「そだね。じゃ、後でね」パタン

みほ「……」

左衛門佐「ほら隊長、会長が寿司をとってくれたぞ」

みほ「……食欲なんて、ない……」

近藤「あれ? じゃあ隊長、食べなくていいんですか?」

宇津木「私たちが、隊長の分まで食べちゃいますよ~」

みほ「……」

67 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 19:42:03.23 vz60xhPHo 60/97

左衛門佐「隊長。気にするな、と言っても無理かもしれないが…」

みほ「……」

左衛門佐「隊長のやったことは結局、全て観衆にウケたんだ。それでいいんじゃないのか?」

みほ「……だって……」

近藤「隊長。最初はどうして、突然MCを始めちゃったんですか?」

みほ「……」

宇津木「冒頭はMC無しで、いきなり『DreamRiser』ってシナリオでしたよね」

みほ「……だから、訊かないでって、言ってるでしょ……」

左衛門佐「唐突に喋り始めた隊長の様子に、生徒たちは皆、唖然としてたな」

近藤「“このバンドは、マジなのかネタなのか”って、区別がつかないみたいでしたね」

左衛門佐「だが、その区別を決定付けたのが…」

近藤「『DreamRiser』間奏での、隊長の不思議な踊り」

みほ「……」

左衛門佐「あそこはキーボードのソロで、宇津木の見せ場だったはずだが」

宇津木「でも隊長があの踊りを始めて、完全にもっていかれちゃいました」

みほ「……ごめん……」

宇津木「謝らないでください。ウケれば勝ちじゃないですか」

左衛門佐「しかしまあ、そういうネタ要素を挙げていけば切りがないな」

近藤「演奏面はしっかりできたんだし」

宇津木「あの舞台は、大成功でした」

みほ「……」

左衛門佐「だから隊長、元気を出せ」

近藤「いつまでも、落ち込んでちゃ駄目ですよ」

宇津木「早く立ち直ってくださいよ~」

みほ「……」

68 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 19:43:47.37 vz60xhPHo 61/97

左衛門佐「今の隊長には何を言っても駄目だな。こうなったら……近藤」

近藤「はい?」

左衛門佐「やれ」

近藤「え? 何を?」

左衛門佐「隊長が起き上がるようなことを、だ」

近藤「起き上がるようなこと……ですか?」

宇津木「左衛門佐先輩、そんなの“無茶振り”ってやつですよ~。妙子ちゃんが可哀想です~」

左衛門佐「まあ見てろ、宇津木」

宇津木「何をですか~」

左衛門佐「“運動部のノリ”の底力だ。どんな無茶振りにも、近藤は応える」

宇津木「……」

左衛門佐「何か、芸をやってくれる。頭で何も思い付かなければ、体を張った芸を見せる」

宇津木「……」

左衛門佐「与えられた場を、常に全力でこなす。それが運動部のノリだ」

近藤「分かりました……」スック

宇津木「あ、立ち上がった~」

近藤「3番、近藤妙子! 芸、いかせていただきます!」

宇津木「お~カッコいい~! 左衛門佐先輩の言ったとおりですね~」

左衛門佐「だろう? でも3番って何だ?」

宇津木「妙子ちゃんが今着てる、バレー部ユニフォームの番号じゃないですか~」

左衛門佐「なるほど」

近藤「隊長のモノマネ、やらせていただきます!」

宇津木「来ました~!」

左衛門佐「これは、予想以上のものが来たな」

近藤「題して『第2射の説教』、いきます!」

69 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 19:45:34.71 vz60xhPHo 62/97

宇津木「うわ~。よりによって、隊長が雷を落とした時のモノマネです~」

左衛門佐「無線で全車を怒鳴りつけて、皆がビビりまくった時か」

近藤「“各車、第2射が遅いです!”」

宇津木「ひえ~そっくり~」

近藤「“砲手と装填手、連携を確認しましたか?”」

左衛門佐「気味が悪いくらい似てるな」

近藤「“各チームが個別に練習する時の、課題だったはずです!”」

宇津木「で、この後…」

左衛門佐「怒られるのは、砲手と装填手だけじゃないんだよな」

近藤「“各車、車長!!”」

宇津木「この時、不意討ちを受けた梓は、飛び上がってました~」

左衛門佐「うちのカエサルはリーダーと装填手を兼務してるから、真っ青になってたぞ」

近藤「“連携の監督! 第2射の目標に関する指示! 個別練習の内容とその成果!”」

宇津木「怖いよ~」

近藤「“これらは全て車長の責任です! 今日は練習の後、緊急の車長会議をやります!”」

宇津木「説教部屋への御案内、来ました~」

左衛門佐「車長たちは皆、ゲンナリしてたな」

近藤「“会長。生徒会室を会議で使うの、構いませんね?”“いーよー”」

宇津木「あ、会長のマネも~」

左衛門佐「さすが芸が細かいな」

70 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 19:47:25.34 vz60xhPHo 63/97

みほ「……何よ、もう……」

近藤「うわ、隊長が私たちの方を見てる」

宇津木「いつの間にか、首がこっちへ向いてる~」

左衛門佐「背中がそのままで、首だけ180度回転してるように見えるな」

みほ「……みんな、本当は私のこと、嫌いなんでしょ……」

宇津木「そんなことないですよ~」

近藤「みんな、隊長のことを大好きです」

左衛門佐「全員が信頼しているのは間違いない」

みほ「……じゃあ、どうしてそんなに、意地悪するのよぉ……」

近藤「だって隊長、起きてくれないじゃないですか」

宇津木「早く立ち直ってほしいんです~」

みほ「……」

左衛門佐「大体、隊長が大噴火したのは、この時くらいだったと思うが」

宇津木「そうですよ~。鬼みたいに怖かったのは、この時だけです~」

左衛門佐「だから皆が憶えていて、近藤がこうして芸にできるんだ」

近藤「普段は、頼りになって優しい、しかも可愛い隊長じゃないですか」

みほ「……」

宇津木「こんなに可愛い隊長が、どうしてあんなに怖くなっちゃうんでしょう~」ナデナデ

左衛門佐「こら宇津木、隊長を撫で回すんじゃない」

みほ「……」グルン

近藤「あ、首があっち向いちゃった」

71 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 19:48:55.98 vz60xhPHo 64/97

宇津木「何だか、余計に不貞腐れちゃったみたい~」

近藤「これじゃ、モノマネは逆効果だったんでしょうか」

左衛門佐「だが甘やかしていると、本人のためにならん。もっと刺激を与える必要がある」

近藤「じゃあ、思い切って…」

左衛門佐「何だ」

近藤「今日の例のヤツ、やります?」

左衛門佐「今日のヤツをか? やれるのか、近藤?」

宇津木「例のヤツをやるの~? 超期待~」

近藤「じゃあ近藤妙子! 再び、いかせていただきます!」

宇津木「待ってました~!」

左衛門佐「よっ、真打!」

近藤「今日のライブ冒頭のネタ! 『勝手に突然MC』!」

みほ「……」

近藤「“わ、わ、わ、わたわたわた私私私私たち大洗女子学園戦車隊は……!”」

宇津木「キャハハハハハハハハ」

左衛門佐「ギャハハハハハハハハ」

72 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 19:50:29.34 vz60xhPHo 65/97

宇津木「すご~い! 妙子ちゃん、そっくり~!」

左衛門佐「こんなに笑ったのは久しぶりだ」

宇津木「もう、可笑しくって涙が出そうです~」

左衛門佐「1回聞いただけなのに、近藤はよく憶えられるな」

宇津木「隊長もどうすれば、あんな綺麗に言葉を噛めるんでしょう~」

近藤「ラップみたいだよね。“わ、わ、わ、わたわたわた私私私”」

左衛門佐「ギャハハハ。やめろ、笑い過ぎて苦しい」

みほ「……」ムク

宇津木「あ、隊長がやっと起き上がった~」

左衛門佐「刺激が功を奏したか」

みほ「……どうして、みんな……」

宇津木「何ですか~」

みほ「私のこと、そんなにイジメるの……?」

宇津木「イジメてなんかいませんよ~」

近藤「いつもどおりの隊長に戻ってほしいんです」

左衛門佐「隊長、自分のやったことに向き合え。目を逸らすな」

みほ「……」ゴロン

宇津木「あ、また寝転んじゃった~」

みほ「……」ゴロゴロ

近藤「転がりながら、カーペットの端へ行っちゃった」

左衛門佐「やれやれ」

73 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 19:52:21.80 vz60xhPHo 66/97

会長「いやー、やっと終わった。お待っとさんー」ガチャ

左衛門佐「あ、会長。今度こそお疲れ様でした」

宇津木「お疲れ様でした~」

近藤「会長、お疲れ様でした」

会長「お寿司、来たよー」

宇津木「きゃ~! 会長、ありがとうございます~!」

近藤「会長、本当に御馳走様です!」

左衛門佐「御馳走になります、会長!」

会長「みんな、いーってことよ」

左衛門佐「あ。食器とかの準備を忘れてました」

宇津木「ちょっと盛り上がり過ぎちゃいましたね~」

会長「何やってたの? 扉の外まで笑い声が聞こえてたみたいだけど」

近藤「隊長に元気出してもらおうと思いまして」

宇津木「妙子ちゃんが芸をしてくれたんですよ~」

左衛門佐「それで少々、はしゃいでしまいました」

会長「でもさ。肝心の、ごろん、ってなってる人は…」

近藤「何だか、効果はイマイチだったみたいです」

宇津木「私たちには大ウケだったのに~」

会長「西住ちゃん、こっちおいでよ。一緒にお寿司食べよ?」

みほ「……うー……」

会長「ね、左衛門佐。西住ちゃんの声、何だか泣きそうになってない?」

左衛門佐「さあ? いつまでたっても凹んでる人のことは、よく分かりません」

みほ「……会長ぉ……みんなが、私をイジメるんです……」

会長「あんなこと言ってるよ? みんな?」

74 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 19:54:25.82 vz60xhPHo 67/97

宇津木「そんなことよりお寿司ですよ、お寿司~」

近藤「あ、インスタントのお吸い物が付いてますね。皆さん、要ります?」

左衛門佐「ここには、お椀なんてあるんでしょうか」

会長「うん、あったはず。でも、この人数分はどうかなー」

宇津木「それならお椀とお湯だけ出しておいて、希望者はセルフサービスですね~」

近藤「お茶は最初から、人数分用意します」カチャカチャ

宇津木「食べ物も来て、打ち上げらしくなってきました~」

近藤「あーお腹空いた」

左衛門佐「私もだ」

会長「そだね。早く食べよ」

宇津木「食べよ~食べよ~」カチャカチャ

みほ「……」


~~~


会長「ね、みんな」ムグムグ

左衛門佐「何でしょう、会長」モグモグ

会長「食べながら、聞いてほしいんだけど」

宇津木「何ですか~」ムグムグ

会長「みんな結局、今回のバンドのこと、何も訊かなかったねえ」

近藤「バンドのこと?」モグモグ

会長「なぜバンドを結成したのか。なぜイベントに参加したのか」

宇津木「……」

会長「そんで、なぜその1回だけで解散するのか。結局、誰も、何も訊かなかったねえ」

左衛門佐「会長。質問に質問で答えて、失礼ですが…」

会長「何だい? 左衛門佐、言ってみ?」

左衛門佐「会長はそれを、私たちに訊いてほしかったんでしょうか」

75 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 19:56:41.83 vz60xhPHo 68/97

会長「どっちでもいーよ。訊かれたら、ちゃんと答えようとは思ってた」

左衛門佐「率直に言います」

会長「うん」

左衛門佐「私はそういうことに、興味ありません」

会長「……」

左衛門佐「バンド結成には恐らく、生徒会の深謀遠慮があると思っていました」

会長「……例えば、戦車道を復活させた時、みたいな?」

左衛門佐「そのとおりです。でも、私には興味ありません」

会長「……」

左衛門佐「私は、私のやりたいこと、やるべきことをやる。それだけです」

会長「……」

左衛門佐「Ⅲ突での砲手も、バンドでのドラム奏者も、それに該当しただけのことです」

宇津木「私も、同じです~」

近藤「私もです」

会長「うん」

宇津木「別に、会長たちが何を考えてても構いません~」

近藤「会長たちは、学園のために何が大事かをいつも考えてくれてるって、分かってますから」

宇津木「ひょっとしたら、私たちは生徒会に利用されたのかもしれませんけど~」

近藤「私たちだって、バンドで遊ばせてもらいました。おあいこです」

宇津木「楽器、練習場所、本番の舞台まで用意してもらったんです~」

近藤「これで利用されたなんて言ったら、バチが当たっちゃいますよ」

左衛門佐「背後にどんな事情があるにせよ、準備はうまくいったし、舞台は成功でした」

宇津木「会長。私たちのことを気にしてるんでしたら、そんな必要ないですよ~」

会長「……うん。みんな、ありがとうね。私はいい仲間を持って幸せだよ」

76 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 19:58:11.85 vz60xhPHo 69/97

左衛門佐「ただ、問題なのは…」

会長「アレの、ことかい?」

宇津木「はい~」

近藤「アレのことさえなければ、万事うまくいった、って言えるんですけど」

会長「アレ…じゃなかった、西住ちゃん。お寿司食べないの?」

左衛門佐「おい隊長。隊長の分まで食べてしまうぞ?」

宇津木「本気ですよ~」

近藤「私たち、育ち盛りなんですから」

みほ「……」ゴロゴロ

近藤「あ、転がりながらこっちへ来た」

宇津木「立ち上がるのも億劫みたい~」

会長「西住ちゃん。やっぱり、お腹空いてたんでしょ?」

みほ「……はい……」ムク

宇津木「お腹が空いたら戻ってきました~」

左衛門佐「犬じゃあるまいし」

近藤「とにかく、やっとこっちへ来て、起き上がってくれました」

宇津木「はい、隊長のお箸と小皿です~」

近藤「ちゃんと用意しておきましたから」

みほ「……ありがと。……会長、いただきます……」

会長「うん。食べて食べて」

みほ「じゃあ……」スッ

左衛門佐「あ」

宇津木「あ」

近藤「あ」

77 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:00:10.37 vz60xhPHo 70/97

みほ「……え? あ、って……?」

左衛門佐「今の見たか?」

宇津木「見ました~驚きです~」

近藤「最初に箸をつけたのが、ウニですよ、ウニ」

左衛門佐「やはり隊長は、お嬢様なんだな」

宇津木「名家の生まれですもんね~ウニなんて普通なんでしょうね~」

近藤「会長は何から取りました?」

会長「私は、カッパ巻き」

宇津木「左衛門佐先輩は~?」

左衛門佐「私は玉子だ」

近藤「会長でさえ、カッパ巻きなのに…」

宇津木「同じ学年の左衛門佐先輩は、玉子なのに…」

「お嬢様の隊長は、ウニ……!」

みほ「……」スッ

左衛門佐「あっ隊長! 何てことするんだ!」

宇津木「一回取った物を、寿司桶に戻すなんて~!」

近藤「汚ーい! 信じらんない!」

みほ「……何よぉ……」

左衛門佐「お、何だ? 逆ギレか?」

みほ「何よもうさっきから!! みんなで私をバカにして!!」

宇津木「隊長~。ウニ持ったまま怒っても、全然怖くありませんよ~」

近藤「いいからそのウニ、食べちゃってくださいよ」

みほ「全くもう……大体、会長も会長ですよ!!」

会長「えっ。な、何? 私が何かした?」

みほ「どうして会長がカッパ巻きから食べるんですか!?」

左衛門佐「何を言ってるんだコイツは」

78 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:02:15.84 vz60xhPHo 71/97

みほ「私なんて、ウニはこの1個だけで、後はマグロだけ食べてりゃいいんでしょ」ムグムグ

近藤「遠慮した結果が、マグロですか」

宇津木「育ちが違い過ぎます~」

会長「マグロになってた人が、マグロを食うとはこれいかに。なんちて」

近藤「会長、河嶋先輩レベルのギャグなんですがそれは」

会長「とにかく、西住ちゃんが立ち直ってくれてよかった」

左衛門佐「どんなに不貞腐れていても、食い気には勝てなかったようですね」

みほ「もう、何とでも言って」ムグムグ

会長「じゃ、西住ちゃんが復活したことだし……」

宇津木「何ですか~」

会長「ちょっと待ってねー。パソコン起動するから」

左衛門佐「手に持っているメモリーに、何が……」

会長「本当は大画面で見たいんだけどね。この人数だからいいよね」

近藤「あ、じゃあそのディスプレイをこっちへ向けます」

会長「まだ完全に編集してないんだけど、取りあえずデータを借りてきた」

宇津木「立ち上げたのは、動画ソフト……。何かの映像ですか~」

会長「うん。何だと思う?」

左衛門佐「おおっ、これは……」

近藤「これ、今日のライブの映像です!」

宇津木「もう、見られるなんて~!」

みほ「……」ポト

宇津木「あ。隊長が、お箸を落しちゃいました~」

79 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:04:37.69 vz60xhPHo 72/97

会長「生徒会の子に撮らせたんだ。まだ、編集されてるのは画面の切り替えだけなんだけど」

左衛門佐「隊長」

みほ「……何?」

左衛門佐「正視できるか? この映像を」

みほ「ふ、ふん……みんなにさっきイジメられたから、もう慣れた。平気だよ」

宇津木「お~。隊長、完全復活ですね~」

会長「“みんながイジメた”って……何やってたの?」

近藤「今日のライブで、隊長がやったことのモノマネです」

会長「あー、なるほど……」

みほ「会長、みんなを怒ってくれないんですか? 私を同情の目つきで見るだけなんですか?」

宇津木「あ、私たちが舞台に出てきた~」

近藤「制服着用だったのは、少し残念だったね。学校行事だから仕方ないけど」

左衛門佐「近藤はいつもの、そのユニフォームだったじゃないか」

宇津木「もしステージ衣裳でもOKだったら、露出しまくりの服とか着たのに~」

会長「最後に、ボーカルが登場した」

左衛門佐「この時点で隊長はもう、カチンコチンに緊張していたんだな」

宇津木「直立不動ですね~」

近藤「来ますよ、例のシーン……」

『左衛門佐「1、2、1・2・3」ドドタンッ』

『みほ「わ、わ、わ、わたわたわた私私私私たち大洗女子学園戦車隊は……!」』

宇津木「キャハハハハハハハハ」

左衛門佐「ギャハハハハハハハハ」

会長「ガハハハハハハハハ」

近藤「キャハハハハハハハハ」

80 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:06:33.36 vz60xhPHo 73/97

宇津木「苦しい~もう今日は、笑い過ぎて駄目~」

左衛門佐「明日、間違いなく腹筋が痛くなっているな」

会長「それにしてもさ、この時みんな、よく演奏をストップできたよね」

近藤「何言ってるんですか。これは会長のお陰じゃないですか」

宇津木「会長は最初の音を弾かずに、ピックを持った右手を横へ突き出しましたよね」

会長「うん。何か異変が起こったと思って、咄嗟にやったんだけど」

近藤「打合せになかったジェスチャーでしたけど、意味は一瞬で分かりました」

左衛門佐「“止まれ”の合図。あれで私たちは演奏をストップできた」

宇津木「あそこで音が出てMCとカブっていたら、事故が発生したと観客に分かってしまう」

近藤「でも、誰も演奏を始めなかった。だから、隊長が喋り始めたのは自然な流れになったね」

会長「あ、やっと曲が始まった……けど、生徒たちがザワザワしてる」

左衛門佐「マジなバンドなのかネタなのか、判断しかねているんですね」

会長「ほんでこの後、その方向性を決定付けることが、起こんだよね」

近藤「優季ちゃんのソロが、始まった……」

宇津木「そろそろかな~」

『みほ「…」スッタスッタスッタ』

会長「出たー!」

宇津木「不思議な踊りキタ~!」

近藤「キャハハハ。可笑し過ぎー!」

左衛門佐「これで観客の誰もが、コミックバンドと認定したな」

宇津木「これって何ていうか~スキップっていうか~」

近藤「踊ってるような、飛び跳ねてるような。謎のステップだよね」

左衛門佐「隊長。ここはどうして、こんなことを始めたんだ?」

みほ「だって、間奏で……手持ち無沙汰、っていうか……」

会長「間奏では、リズムに合わせて体を軽く揺らせてるだけでいい、ってことだったよね?」

みほ「ごめんなさい……」

81 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:08:40.76 vz60xhPHo 74/97

近藤「でもこれが、妙にウケたんですよね」

宇津木「観衆は爆笑です~」

左衛門佐「この謎ステップに合わせて、手拍子の音が大きくなった」

会長「だって、踊ってる本人がメチャクチャ楽しそうだもん」

近藤「鼻歌でも歌ってそうな雰囲気ですね」

左衛門佐「しかも、動きにやたらとキレがあるのはなぜなのか」

近藤「アドリブの踊りとは思えません」

宇津木「もしかして隊長、普段でもあんなことやってるんですか~」

みほ「嬉しいときにやる、かな……」

会長「そんなこんなで、1曲目、終了ー」

『みほ「え、えーと次のきょ、きょ、曲は……」』

『\ニシズミサーン/\ミポリーン/\カワイイー/』

宇津木「隊長~みぽりんコールが起こってますよ~」

みほ「あれは……同じクラスのみんなだ……」

会長「西住ちゃん、人気者だねえ」

近藤「今回のライブで、違う科とか、違う学年のファンもできるんじゃないですか?」

左衛門佐「間違いないな」


~~~


近藤「とうとう次が、最後の曲です」

会長「この時ってさ、みんなで一旦、舞台袖に引っ込んで……」

左衛門佐「はい」

会長「予定してた曲はアンコールも含めて全部やっちゃった。でも拍手が鳴りやまない」

近藤「そうでしたね」

会長「もう一回『DreamRiser』をやろう、って誰が言ったんだっけ?」

左衛門佐「それは……そういえば、誰だったでしょうか」

82 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:11:03.35 vz60xhPHo 75/97

みほ「会長じゃなかったんですか?」

会長「実は私、宇津木ちゃんだと思ってたんだけど、記憶が定かじゃなくてさ」

宇津木「私は、隊長が言ったと思ってました~」

みほ「じゃあ本当は、左衛門佐さんとか?」

左衛門佐「私はそんな提案などしない。僭越にもほどがある」

会長「それなら近藤ちゃん?」

近藤「先輩たちや優季ちゃんを差し置いて、私なんかが言えるわけありません」

宇津木「……それは、こういうことですね」

会長「何だい? リーダー」

宇津木「も~リーダーはやめてくださいよ~。バンドは解散したんですよ~」

左衛門佐「いちいち話し方が変わって面倒臭い奴だな。いいから宇津木、言ってくれ」

宇津木「全員が、全員の声を聞いたんです」

みほ「どういうこと?」

宇津木「このバンドの全員が、同じことを考えていたんです」

みほ「じゃあ本当は、誰も、何も言わなかったかもしれない…」

宇津木「はい。みんなの気持ちが一つになるのは、演奏の途中ではよくあることですけど」

左衛門佐「練習でも舞台の上でも、何度もそういう瞬間があったな」

宇津木「この場合は舞台袖に引っ込んでも、それが続いてたんです」

会長「でも誰かが、“もう一回行こう”くらいは言ったよね」

宇津木「多分。でも、どの曲をやろうとか、どういう進行でやろうとか…」

会長「……」

宇津木「そういう具体的なことを言ったかどうかは、分かりません」

近藤「何も言わなくても、全員が何をやるのか、何をすべきかを分かってた、ってことだね」

会長「そんな状態の私らが、もう一回、出てきたよ」

『みほ「皆さん」』

左衛門佐「隊長の、最後のMCだ」

83 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:13:13.11 vz60xhPHo 76/97

『みほ「こんなに多くの皆さんが集まってくれて、ありがとうございました。

    私たちの演奏を聞いてくれて、本当にありがとうございました。

    私たちのバンドには、名前がありません。

    今回のイベントのためだけに、結成したバンドだからです。

    戦車道の仲間たちで、楽器ができる人たち。そういう人たちが集まったバンドです。

    戦車道の仲間たちは、全国大会で優勝できました。

    優勝するまでの道程は、すごく大変でした。練習を、たくさんやりました。

    試合では何度も、絶体絶命になりました。でも全員で、それを乗り越えました。

    それができたのは、みんなで、仲間を信じあったからです。

    戦車道の仲間たちには、いろいろなチームがあります。

    趣味が同じ人たちが集まったチーム。同じ部活の人たちで結成されたチーム。

    学年が同じで統一されたチーム。いろいろです。

    今、このステージに立っているのは、そういうチームではありません。

    楽器ができる人たちが、ただ集まっただけ。そんなバンドです。

    だけど、戦車道のチームでも、バンドでも、やることは一つだと思っています。

    それはやっぱり、仲間を信じること、仲間同士で信じあうことです。

    どんな困難があっても、それさえできれば、乗り越えられると思っています。

    私たちのバンドは、次の1曲で解散します。

    でも、最後の瞬間まで、私たちは仲間を信じて演奏します。

    そして、それを聞いてくれる皆さん。皆さんという仲間を信じて演奏します。

    じゃあ最後に、もう1回『DreamRiser』を……本当に最後の曲を、聞いてください!

    皆さん、本当にありがとうございました!」』

『左衛門佐「1、2、1・2・3」ドドタンッ』

『みほ「♪I just feel my wind♪I just feel my shine♪」』

84 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:15:48.10 vz60xhPHo 77/97

近藤「隊長、カッコいい……」

宇津木「惚れ直しちゃいました~」

会長「最後、バッチリ決まったね。西住ちゃん」

近藤「それまでギャグ路線だったから、シリアスな雰囲気とのギャップがすごいですね」

会長「だから一層、観客は話に引き込まれたんだよ」

左衛門佐「そして来るのが、宇津木の最後のソロ」

近藤「今度は隊長、踊らなかったんですね」

みほ「この時のこと、はっきり憶えてる。宇津木さんのソロに聞き入っちゃったの」

宇津木「……」

みほ「でもすぐに気付いた。自分がステージの上で、お客さんみたいになっちゃ駄目だって」

会長「このソロを聞けば無理ないよ。ほら始まった……神技だもん、これ」

近藤「指や手の動きが早過ぎて、目で追えない……」

みほ「練習では全然、やらなかったことだよね」

会長「宇津木ちゃん。この時のは全部、アドリブなんでしょ?」

宇津木「ちょっと気分がのっちゃいました。最後ですし」

左衛門佐「宇津木、本気出したな?」

宇津木「昔、リストやプロコフィエフを弾かされたことがあったんですけど…」

左衛門佐「……」

宇津木「難易度としては、それと同じくらいですかね」

会長「とんでもないことを、サラっと言うねえ」

近藤「優季ちゃんのソロが終わって…」

左衛門佐「少しの間があって、大拍手」

会長「演奏がすご過ぎて、みんな、拍手するのを一瞬忘れたんだね」

85 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:17:59.47 vz60xhPHo 78/97

近藤「今度は、会長が踊りだしました」

会長「宇津木ちゃん、ごめんねー。つい、はっちゃけちゃったわ」

宇津木「いえ、良かったと思いますよ」

近藤「そうですよ。やっぱりギターは、このくらいパフォーマンスをしないと」

宇津木「会長はルックスがいいんですから、視覚効果は絶大だったと思います。それに…」

会長「何ー?」

宇津木「あれだけ踊ってても、会長はきちんと楽譜どおりに弾きましたよね」

会長「そりゃまあ一応ね。最低限、しなくちゃいけないことだもん」

宇津木「左衛門佐先輩も、もっと何かやってよかったんじゃないですか」

左衛門佐「私は、普段入れてるフィルを、少し派手なものに変えた程度だったな」

近藤「シンバルを1枚か2枚、割っちゃうと思ってましたけど」

左衛門佐「冗談を言うな。楽器は全部借り物なんだぞ」

宇津木「妙子ちゃんこそ、会長と一緒に踊ればよかったのに」

近藤「私のレベルだとそんな余裕ないよ。たまにスラップのアドリブ入れるのが精一杯」

会長「西住ちゃんも、アクションが大きくなってきた」

みほ「この時は、何だかもう、体が勝手にステージの上を動き回ってる感じでした」

左衛門佐「宇津木の超絶技巧がまだ続いているな」

近藤「私はこれ聞いて、“あれ? こんな打ち込みの音、あったっけ?”って思いました」

会長「機械がやるような複雑なことを、実際に手で弾いちゃうんだからねえ」

宇津木「最後の曲に関しては、私、リーダー失格だったかもしれませんね」

会長「どして?」

宇津木「みんなを引っ張っていったのは、左衛門佐先輩と妙子ちゃんだったから」

みほ「……」

宇津木「ほかの3人が好き放題にできたのは、二人が音の土台を支えててくれたからです」

近藤「だってそれが、ドラムとベースの役目じゃないの」

会長「私みたいな素人が言うことじゃないけどさ、いい態勢だったと思うよ」

86 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:19:37.45 vz60xhPHo 79/97

左衛門佐「それにしても、隊長」

みほ「何?」

左衛門佐「さっきは、どうしてあんなに落ち込んでいたんだ?」

みほ「だって……それは、やっぱり……」

左衛門佐「最後のMCは、何の準備もしていなかったんだろう?」

みほ「うん」

左衛門佐「それでも、あれだけ喋れるんだ。私が昨日言ったことは的外れだったか?」

みほ「あのMCを喋った時のことも、よく憶えてる」

左衛門佐「……」

みほ「ものすごく緊張して、でも、ものすごく集中してた」

左衛門佐「……」

みほ「まるで、全国大会の試合の時みたいだった」

左衛門佐「それなら、やっぱり戦車道と同じじゃないか」

みほ「……」

左衛門佐「隊長にとって、試合と同じに考えれば済むことじゃないか」

みほ「……自分だと、そんなの分からないよ……」

左衛門佐「……」

みほ「とにかく、この時は……これで最後、だったもの……」

左衛門佐「……」

みほ「最後、だったから……」

87 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:21:16.63 vz60xhPHo 80/97

♪チャーンチャーンチャーン♪

近藤「終わった……」

宇津木「終わった~」

左衛門佐「終わったな」

会長「終わったねえ」

みほ「……」

近藤「……隊長?」

みほ「……う……」

宇津木「隊長~?」

みほ「……ぐすっ。ううっ……」

会長「ありゃ。西住ちゃん……」

みほ「ぐすっ。ううっ。ぐす……」

近藤「隊長が、泣いてる……」

みほ「うう。うぐっ。ぐすっ」

会長「決勝で勝っても、表彰式でも、泣かなかったのにね」

みほ「ぐすっ。ううっ」

宇津木「隊長~泣かないでください~」

みほ「ううっ。ひぐっ」

宇津木「私が、抱き締めてあげますから~」ギュッ

左衛門佐「何をやってるんだお前は」

88 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:22:57.18 vz60xhPHo 81/97

宇津木「何って~隊長を抱き締めてるんですよ~」

左衛門佐「宇津木」

宇津木「何ですか~」

左衛門佐「隊長に、泣かせてやれ」

宇津木「どうしてですか~」

左衛門佐「隊長は、涙をずっと我慢していたんだ」

近藤「ずっと我慢……どういうことですか?」

左衛門佐「昨日の夕方に偶然会った時、隊長が話していたんだ」

宇津木「何をですか~」

左衛門佐「最後の曲で、泣いてしまうかもしれない、と」

宇津木「……」

左衛門佐「私は、泣くなと言った。泣いてもその意味は、生徒たちに伝わらない」

近藤「バンドの解散が悲しい、っていう意味……」

左衛門佐「そうだ。今の私たちは、その涙の意味を分かる」

宇津木「……」

左衛門佐「でも生徒たちは、泣く理由を理解できないだろう」

近藤「……」

左衛門佐「だから泣くな、と言った。隊長は、それを約束してくれなかったけどな」

宇津木「でも隊長は、最後の曲で泣きませんでした~」

左衛門佐「ああ。だから、もし約束をしていれば、隊長はそれを果たしたことになる」

宇津木「……」

左衛門佐「だから、泣かせてやれ。涙をずっと、我慢していたんだ」

みほ「ぐすっ。うう。ううっ」

左衛門佐「だが、隊長」

みほ「ううっ。ぐすっ。ひぐっ」

左衛門佐「いつまでも泣いているんじゃない。すぐ切り替えるんだ」

89 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:25:03.39 vz60xhPHo 82/97

みほ「……み、みんな、は……ううっ。どうして、そんなに……平気、なんですか……?」

近藤「平気って、何がですか? 隊長」

みほ「か、悲しく、ないんですか……? ぐすっ。バンドが、解散、しちゃうのを……」

宇津木「それは、悲しいですよ~」

近藤「私だって悲しいし、寂しいです。隊長と一緒ですよ」

みほ「それなら、どうして……私みたいに、泣かないん、ですか……?」

宇津木「泣いちゃうくらい寂しいのは、私も同じです~」

近藤「でも……隊長にこんなこと言って、いいのかどうか分かりませんけど……」

会長「近藤ちゃん」

近藤「はい」

会長「今の西住ちゃんに、そういう気の遣い方は意味ないよ。言ってみ?」

近藤「あ、はい……。だって、隊長…」

みほ「……」

近藤「泣いてたら、先へ進めないじゃないですか」

みほ「……」

近藤「うちのキャプテンが、戦車道の試合の最中に、こう言ったことがあるんです」

みほ「何……?」

近藤「“泣くな。涙はバレー部が復活した、その日のためにとっておけ”」

みほ「……」

近藤「キャプテンはきっと、涙は嬉しいときに流すものだ、って言いたいんだと思います」

みほ「でも…」

近藤「はい。確かに、悲しいときやつらいときには、どうしても涙が出ちゃいます」

みほ「……」

近藤「だけど、泣いたままでいることは、悲しさをもっとひどくすると思うんです」

みほ「……悲しさを、もっと、ひどく……」

90 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:27:22.74 vz60xhPHo 83/97

会長「近藤ちゃんの言うとおりだねえ」

みほ「会長……」

会長「西住ちゃん」

みほ「はい」

会長「私ら3年は、そろそろ引退すっから」

みほ「……!」

会長「生徒会も、戦車道も。戦車道は授業だから、参加しなくなるってことはないけど」

みほ「……」

会長「練習はこれから、今後の試合や大会に向けたものになってくと思うんだ」

みほ「……」

会長「そういう練習の主流から、もう、私らを外してもらった方がいいよね」

みほ「……と、いうことは……運営も……」

会長「もちろん。西住ちゃんや左衛門佐の学年が、やってくことになる」

みほ「……」

会長「西住ちゃんを中心にして、ね」

左衛門佐「来るべき時が来たな、隊長」

みほ「……」

宇津木「泣いてる場合じゃないですよ、隊長~」

近藤「私たちが、全力で支えますから」

みほ「……」

宇津木「それに、バンドが解散しても、私たちのつながりが消えちゃうわけじゃないです~」

近藤「これから何回だって、この5人で集まりましょうよ」

宇津木「今度は、戦車道や楽器の練習とかじゃなくて…」

近藤「どこかへ遊びに行ったり、しませんか?」

91 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:29:36.92 vz60xhPHo 84/97

みほ「……」

左衛門佐「名案だ、近藤。打ち上げの第2弾といくか」

みほ「……うん……分かりました!」スック

宇津木「おわっ」ドテ

会長「おっ、西住ちゃんが立ち上がった」

左衛門佐「仁王立ち」

近藤「でも、その勢いで…」

左衛門佐「抱き付いていた宇津木が跳ね飛ばされたな」

みほ「ごめんなさい宇津木さん、大丈夫?」

宇津木「へ、平気です~」

みほ「みんな!」

会長「うん、何だい? 西住ちゃん」

左衛門佐「何だ、隊長。言ってくれ」

宇津木「隊長、指示してください~」

近藤「私たちは何をすればいいですか?」

みほ「今度の帰港日、この5人で、遊びに行きます!」

会長「お。いいねえ」

近藤「やったー! 行きましょー!」

左衛門佐「そういえば、大洗への帰港日がもうすぐだな」

宇津木「何をしますか~」

みほ「みんなで、ドライブです!」

近藤「えっ? だって私たち、免許も、車も……」

みほ「私が車を出します!」

左衛門佐「どういうことだ?」

会長「西住ちゃん、あの免許を使うんだね」

92 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:33:05.88 vz60xhPHo 85/97

みほ「やっぱり会長は、私がそれを持ってるのを知ってましたか」

会長「そりゃあね」

近藤「“あの免許”って?」

会長「西住ちゃんはね、公道を戦車で走れる特殊な免許の保有者なんだよ」

みほ「戦車道の競技者は、学校や警察が指定した区域内を、戦車で走行できます」

近藤「学園艦の場合は丸ごと学校だから、全部の区域ですね」

宇津木「その範囲なら、免許なんて要りません~」

左衛門佐「だが隊長が持っているという、その免許は?」

みほ「陸地の、指定された区域外でも、自由に走れるんです」

近藤「それって、普通の車と同じじゃないですか。そんな免許があるんですね」

みほ「黒森峰にいた時、取得させられました。元々は緊急時の移動や輸送用なんです」

会長「でも走るとき、制限が厳しいんでしょ?」

みほ「はい。今、近藤さんが言ったとおり、普通の車と同じ交通ルールに従いますし…」

左衛門佐「主砲や機銃を使うなど、とんでもないな」

みほ「弾薬と火器には全て封印が必要。方向指示器を取り付けなくちゃいけません」

会長「事前の許可申請や、ナンバープレートってどうすんの?」

みほ「どっちも要りません。お巡りさんに停められたら、免許を提示するだけで大丈夫」

宇津木「どの戦車を使うんですか~」

みほ「あんこうチームのⅣ号にします。私が一番操縦しやすいから」

近藤「Ⅳ号なら、天気がよければ、ハッチを全部開けて…」

みほ「はい。快適に走れると思います」

宇津木「気持ち良さそう~ワクワクしてきました~」

みほ「練習中じゃないから、音楽でもかけながら走りましょう」

宇津木「それなら、私が担当します」

93 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:34:45.00 vz60xhPHo 86/97

近藤「どうするの?」

宇津木「ポータブルのキーボードを持っていく」

会長「宇津木ちゃんが、万能のジュークボックスになるんだね」

宇津木「ジュークボックスでも、カラオケでも。知らない歌でもすぐに伴奏しますよ」

左衛門佐「そんなことができるのか」

宇津木「即興演奏、即興伴奏、初見は基本ですから」

みほ「宇津木さん、キーボードの電源は?」

宇津木「丸一日くらいだったら内蔵バッテリーで大丈夫です」

みほ「分かりました。じゃあそれを担当してください」

宇津木「喜んで~」

左衛門佐「私は、糧食を担当しよう」

近藤「糧食……お弁当ですか?」

宇津木「左衛門佐先輩が~? 大丈夫ですか~」

左衛門佐「バカにするな。このくらい普通にこなすのが、女の甲斐性というものだ」

宇津木「左衛門佐先輩って、古い女なんですね~」

左衛門佐「そういう場合は“古い”じゃなく“古風な”と言え」

みほ「じゃあ左衛門佐さんには、それをお願いします」

左衛門佐「了解」

94 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:37:20.09 vz60xhPHo 87/97

近藤「あの、私は何を……」

みほ「近藤さんはナビを担当してください」

近藤「あ。通信手の席に座って、ですね」

みほ「うん。それと、ハッチから頭を出して、目視で周囲の警戒をしてほしいの」

近藤「走るのは、競技のために交通が制限されてる場所じゃないから…」

みほ「ほかの車はもちろん、歩行者や自転車だっている。私も気を付けるけど」

近藤「背の高い私が、いつも周りを見てた方がいいわけですね」

会長「西住ちゃん、私は?」

みほ「会長は、一番大事な役目です」

会長「何だい、それは?」

みほ「常にキューポラから頭を出して、周りに会長の顔が見えるようにしてください」

左衛門佐「なるほど……。うまいやり方だな、隊長」

宇津木「どういうことですか~」

左衛門佐「冷静に考えてみろ。この計画は、微妙な行動といえなくもない」

近藤「あ……それもそうですね。学園の備品を私用で持ち出すなんて」

宇津木「それに、ほかのみんなが知ったら、いろいろ言われちゃうかもしれません~」

近藤「“あの子たちだけ、何やってるの?”って、ね」

左衛門佐「でも、やりたいだろう?」

宇津木「もちろんですよ~」

近藤「こんな機会、滅多にありません」

左衛門佐「だから、会長……生徒会長には、周囲からよく見える場所にいてもらうんだ」

近藤「そうか。この5人以外には、生徒会の活動だって思わせるんですね」

左衛門佐「会長は学園艦の中だけじゃなく、大洗でも顔が売れている」

宇津木「会長が乗ってるなら、この戦車は生徒会の仕事中って、誰もが思いますね~」

近藤「音楽を流しながら公道を走っても、広報や宣伝活動くらいに思われるだけです」

95 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:39:36.53 vz60xhPHo 88/97

会長「何だよー。私ゃ、公務を偽装するためのお飾りかよー」

左衛門佐「会長、拗ねないでください。これは極めて重要な役割です」

宇津木「この5人以外、戦車道のみんなにさえ、勝手に誤解してもらうんですから~」

左衛門佐「会長が乗っていたことが明白なら、公務だったことを誰一人疑いません」

近藤「隊長。生徒会の活動を偽装できるなら、いっそのこと……」

宇津木「私服でも、いいんじゃないですか~」

みほ「はい。そのつもりです」

宇津木「やった~! 私服で戦車です~!」

左衛門佐「パンツァージャケットや制服以外の格好で戦車に乗るのは、新鮮だな」

近藤「ラフな私服の方が意表をついてて、宣伝活動らしくなりますね」

みほ「通りかかった人に、私たちの写真を撮ってもらいましょう。これで完璧だと思います」

会長「アリバイ作りが、だね? 西住ちゃん」

みほ「もし後で何か問題が起こったら、私が責任を取ります」

会長「そんな必要あるかい?」

みほ「え……どういうことですか?」

会長「西住ちゃん。目の前にいるこの私を、一体誰だと思ってんの?」

宇津木「おお~会長、カッコ良過ぎます~」

近藤「万事、生徒会長に任せとけ、ってことですね」

左衛門佐「後光が差して見えますよ」

みほ「会長……ありがとうございます」

会長「いーってこと。みんなには今回、無理なお願いをしたんだから」

近藤「だから、そんなことありませんって」

左衛門佐「もし、私たちへのお礼だと考えているのなら、そんな必要ありません」

宇津木「そうですよ~。こうして、打ち上げまで開いてもらってるんですから~」

会長「じゃあ、この計画のフォローが、私からの最後のお礼だね」

96 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:40:58.10 vz60xhPHo 89/97

みほ「でも、会長にそういうことをしてもらうのは、そろそろ終わりにしたいと思います」

左衛門佐「そうだな。会長たちの持つ政治力に、いつまでも頼ることはできない」

みほ「私、これから、いろいろなことを憶えます」

会長「……」

みほ「生徒会の皆さんと同じくらい知恵が回るようになるとは、とても思えませんけど」

会長「何言ってんのさ。もう西住ちゃんは、それをできてるじゃん」

みほ「今回の、この計画ですか? 会長はやっぱり分かってましたか」

会長「とーぜん。これは、私たちがやった方法の応用でしょ?」

みほ「はい。“余計な情報は、必要ない”」

会長「自分たちからは余計な情報を何も与えない。何も語らず、何もコメントしない」

みほ「そして、周りの人たちには全員、こちらに都合のいい誤解をさせたままにしておく」

会長「くっくっく。西住ちゃん」

みほ「何でしょう、会長」

会長「おぬしも、なかなかワルよのう」

みほ「いえいえ、会長にはかないませぬ」

「むっふっふっふ」

左衛門佐「何をやっとるんですかアナタたちは」

97 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:43:16.46 vz60xhPHo 90/97

会長「何だか西住ちゃんは、一気に逞しくなっちゃったね」

左衛門佐「素早い計画立案、その計画の巧妙さ、メンバーへの矢継ぎ早の指示……」

会長「遊びの計画ではあるけどね。立派になったよ。もう私は、何も心配してない」

左衛門佐「でも逆に、このくらいじゃないと困りますよ」

会長「それは、そのとおりだねえ」

左衛門佐「隊長が元から持っている純粋で素直な性格は、そのままでしょうから」

会長「うん。左衛門佐もそう思うかい?」

左衛門佐「相変わらず、誰かが手を握っていてやらないと、駄目でしょうね」

会長「手?」

左衛門佐「いえ……。とにかく隊長は、競技以外でも風格、貫禄が身に付いてきました」

会長「そーだね。これなら、私ら3年がいつ引退しても大丈夫だねえ」

みほ「会長と左衛門佐さん、二人だけで何話してるんですか?」

左衛門佐「あっ、何でもありません、隊長!」

会長「……左衛門佐、どうして敬語になるの?」

左衛門佐「……何となく」

みほ「じゃあ今度の帰港日! この5人で…」

近藤「普段は走れない、公道上を…」

宇津木「音楽を流しながら…」

左衛門佐「弁当を持って…」

会長「ジャケットでも制服でもなく、自由な私服で…」

みほ「戦車に乗って、お散歩です!」



98 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/02 20:44:48.96 vz60xhPHo 91/97

以上です。

レスをくださった皆さん、ありがとうございました。
こんな、ただ長いだけのようなSSでも読んでくださるかたがたがいると分かり、
励みになりました。

そして、これを読んでくださった全ての皆さんに、お礼を申し上げます。
ありがとうございました。

数日後にhtml化申請をしますが、その際に「なぜ、この5人なのか」ということを
中心に、少し解説のようなものを書いてみたいと思います。

102 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/03 19:18:18.81 U4V2whsd0 92/97

今、おいついたー、乙
すごく珍しい組み合わせで、みんないきいきしてて楽しかった!

103 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/04 19:11:53.09 3tc4pgIJo 93/97

>>1です。

皆さんが既にお気付きのとおり、この5人の組合せには元ネタがあります。
それは、『メガミマガジン』2013年7月号の付録ポスターです。

104 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/04 19:13:10.13 3tc4pgIJo 94/97

このポスターが公になった際、描かれたキャラクターの人選について少し話題になりました。これは、延べ人数でいうと車長、砲手、通信手がそれぞれ二人ずつ、操縦手がいないというメンバーです。こうなった理由についていろいろな推測がなされましたが、私は、その時に出された「最初期の各車から一人ずつではないか」という見解が妥当だと思っています。

105 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/04 19:14:12.00 3tc4pgIJo 95/97

人選の理由が何にせよ、ポスターはいわゆる版権絵なので、この組合せは公式なものです。私は、それならこの5人でSSを一本書いたれ、と思いました。
このポスターにある状況、つまり私服の5人が戦車とともに公道上にいる、という場面を可能にする物語を考えていったのです。

106 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/04 19:15:48.82 3tc4pgIJo 96/97

そこに、バンドという要素を絡めました。学園コメディの定番テーマには、文化祭、体育祭、修学旅行、卒業式などの学校行事、バレンタインデー、夏祭り、海水浴、クリスマス、初詣などのいわゆる季節ものに加え、野球、バンド、主要キャラの退部騒動、些細な誤解をきっかけとした友情崩壊の危機などがあります。今回は、バンドというテーマを使ってみたのでした。

108 : 以下、新鯖からお送りいたします - 2013/09/04 19:20:05.55 3tc4pgIJo 97/97

最後にもう一度、これを読んでくださった全てのかたがたにお礼を申し上げます。
ありがとうございました。

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