関連
【ガルパン】マタニティ・ウォー!【1】
【ガルパン】マタニティ・ウォー!【2】

470 : 以下、名... - 2016/12/05 22:02:35.90 y0iOCsL4O 188/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


赤星改め小梅『隊長、ご実家が見えてきましたよ』

まほ『そうか、早いな』


 ばらららららららららららら


まほ(……変わらないな)

まほ(ここ田園風景は。)

まほ(こんな時であっても)

まほ(昔と、何一つ変わらない。)

まほ(あのあぜ道、よく駆けた。)

まほ(みほと、一緒に。手をつないで……)

まほ(……。)


まほ「……エリカ、見てみろ」

まほ「田んぼの真ん中の、大きな──」

まほ「あれが私の実家だ」

まほ「お前を連れてくるのは、初めてだったな」


エリカ「……っ」


まほ「……。」

まほ「エリカ、不安なのはわかる」

まほ「だが、お母様は、少しも怒ってなどいないんだ」

まほ「お前の事を、心配している」

まほ(……きっと、そのはずだ)

エリカ「……。」


まほ(怒るような人ではない)

まほ(お母様は、そのような人ではない)

まほ(戦車道にひたむきなエリカを)

まほ(お母様も評価していたじゃないか)

まほ(いくら家の問題があるとはいえ)

まほ(妊娠のことで)

まほ(エリカを疎んじるような人ではない)

まほ(そう、思うのだが……。)

まほ(……。)

まほ(いかん、しっかりしろ)

まほ(エリカの不安に、私までひきずられてどうする)

471 : 以下、名... - 2016/12/05 22:03:29.86 y0iOCsL4O 189/537

小梅『隊長、着陸場所は──』

まほ『あぁ、敷地内の西側に、広い庭が見えているだろう。そこに直接降りてくれて構わない』

小梅『ひゃあ、お庭に、ですか。さすがは家元のお宅』

まほ『時々、下手なパイロットが、庭側の廊下の障子を吹き飛ばすんだ』

小梅『わ、わぁ』

小梅『師範のお家だけあって、プレッシャーをかけてきますねぇ……』

まほ『小梅なら大丈夫だ。私も心配はしていない』

小梅『うぅ、緊張しちゃうなぁ……』


 ばららららららららららら


まほ「エリカ、ほら」

まほ「東側の二階の、手すりのついた窓、あそこが私の部屋だ」

エリカ「……。」

まほ「その隣の、小さな塔のような。あそこは、みほの──」


まほ(──む)

まほ(お母様は、もう帰ってきているようだな)

まほ(駐車場に、お母様の車がとまっている)

まほ(……ん?)

まほ(だが、その隣に停まっている車。)

まほ(家の車ではないな……)

まほ(お客様だろうか)

まほ(あまり、間が良くないな……)


小梅『隊長』

まほ『どうした?』

小梅『降下を始めます』

小梅『手順に従って、ヘッドセットマイク、フルオープンでお願いします』

まほ『あぁ、了解した』


 ばららららららららら


エリカ「……。」

エリカ「……あれ?」

まほ『……?』

まほ『エリカ、降下中だぞ』

まほ『ちゃんと真直ぐに座っていろ』

エリカ「……。」

まほ『おい、エリカ?』

まほ(どうした? 窓に顔を寄せて、下をじっと──)

472 : 以下、名... - 2016/12/05 22:04:25.93 y0iOCsL4O 190/537

エリカ「……?」

エリカ「……!?」

エリカ「え……!?」


 バンッ


まほ『!?』

まほ『おいエリカ!? 急に立ち上がるな!』

エリカ「ま──」

エリカ「いや、やっぱり」

エリカ「な……なんで!!」

エリカ「どうして!? なんで!?」

まほ『エリカ座れ! 危ないだろう!』

小梅『……!?』

小梅『隊長、問題ですか?』

小梅『降下、中止しますか?』

まほ『あ、いや──』

エリカ「……だ、め……!」

エリカ「だめ……だめっ!!!」


エリカ「──小梅ッ!!」


 だっ


まほ『な──』


エリカ「小梅!」

 
 ガシッ


小梅『きゃっ!?』

エリカ「小梅、降りないで!」

小梅『わあああ!?』

小梅『ちょっと!? 着陸作業中ですよ!?』


 グラッ!


小梅『だめ!』

小梅『操縦桿に触れないでください!!』

小梅『危険です!!!』


 グラグラッ!


まほ『わああ!?』

まほ『おいエリカ! お前何をしているんだ!?』

エリカ「いやだ!」

エリカ「降りないで!!」

473 : 以下、名... - 2016/12/05 22:05:09.24 y0iOCsL4O 191/537

エリカ「お願い!」

エリカ「戻って!」

小梅『はい!?』

エリカ「艦に戻って!!」

エリカ「お願いよぉ!!!」



 グラグラグラツ!


小梅『わあああ! た、隊長ーっ! 何とかしてください!』

まほ『このっ……エリカぁー!』


 がしっ

 ぐぃーっ


エリカ「あう……!?」

まほ『この──バカもの!!』

まほ『墜落したらどうする!?』

まほ『どういうつもりだ!?』

エリカ「……っ!! 駄目!!」

エリカ「駄目、駄目!! 降りるなー!!」

まほ『……っ、エリカ!!! しっかりしろ! 私の目を見ろ!!』

 
 ぐぃっ


エリカ「あ、う……」

エリカ「隊長……」

まほ『エリカ、いったい、どうした? どうしたんだ!?』

エリカ「だって」

エリカ「私の家の、車が」

まほ『……なに?』

エリカ「下に、停まっているのは、」

エリカ「私の親の車なんですよ!?」

まほ『なに……?』

まほ(!)

まほ(……あの見覚えの無い車か!)


エリカ「私の両親が」

エリカ「ここに来てるってことじゃないですか!?」

エリカ「ど……どうしてなんですか!?」

エリカ「どうして私の親が!」

エリカ「隊長の家にいるんですか!!」

エリカ「た……隊長が呼んだんですか!?!?」

まほ『い、いや、私は──』


まほ(お母様が呼んだのか?)

まほ(お母様が連絡をしたのか?)

474 : 以下、名... - 2016/12/05 22:05:39.58 y0iOCsL4O 192/537

エリカ「──とにかく、嫌です!」

エリカ「私、会えません!」

エリカ「会いたくない!」

エリカ「会っちゃいけないんです! 私はもう、お母さんやお父さんに──」


まほ(ぐっ……何がどうなってる!?)


小梅『──あ、あの! 隊長!?』

小梅『そっち、もう大丈夫ですか!?』

小梅『降りていいんですか!?』

小梅『それとも止めますか!? 待機ですか!?』


まほ「……っ」

まほ(ええいっ!)

まほ(落ち着いて考えている暇などあるか!)

まほ(とにかく、エリカを、早く!)


まほ『だ──大丈夫だ!』

まほ『降りてくれ!』


小梅『りょ、了解!!』

小梅『あぁもぉっ、お、落ち着け、落ち着けっ……しょ、障子を吹き飛ばしても怒らないでくださいよー!?』


エリカ「だめ、だめぇ……!」


まほ『……っ』

まほ『よく聞け!』

まほ『私が側にいる!!』

まほ『一緒にいる!』

まほ『だから安心しろ!』

まほ『わたしが絶対にお前を守る!』

まほ『だから、お前は心配しなくていいんだ!』


小梅『ふぇっ!?』

小梅『は、はい! ありがとうございますぅー!?』


まほ『!?』

まほ『あっ、いやっ、今のはっ──』


 ばろろろろろろろろろ……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

475 : 以下、名... - 2016/12/05 22:07:07.27 y0iOCsL4O 193/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ……きゅんきゅんきゅんきゅん……


小梅『……ぶ、無事に、着陸完了です……』

まほ『ご、ご苦労だった……』

小梅『家の障子、飛んでないですかね……』

まほ『見ていないが……多分無事だろう……』

小梅『あぁー……怖かったぁ……』

小梅『けどこれ、国交省に知れたら』

小梅『飛行禁止処分モノですよ……』

まほ『うむ……すまない。エリカは、きつく叱っておく』

まほ『だから今は、何も言わないでやってくれないか』

小梅『まぁ、隊長がそういうんでしたら……』

小梅『……』

小梅『……副隊長には、もちろん同情をしています』

小梅『でも、さっきの行動は』

小梅『お二人の命をあずかるパイロットとして』

小梅『さすがに、許容できません……』

まほ『……分かっている』

小梅『「守ってあげる」、だけではだめですよ!?』

小梅『叱る時ははちゃんと叱らないと!』

まほ『う、うむ、小梅の言う通りだ』

まほ(こんなに怒っている小梅は初めてだな……)

まほ(だがまぁ、怒って当然だ)

小梅『はぁぁぁ、まだ心臓がドキドキなってますよ……。』

まほ『そうだな、私もだ……。』

小梅『……。』

小梅『隊長の言葉にも、ちょっとだけ、ドキドキしましたよ』

まほ『……頼む、皆には黙っていてくれ。』

小梅『いいですけど、でもホント、ちゃんと副隊長を叱ってくださ……あ』

まほ『ん?』

小梅『師範が、縁側にたってます』

まほ『……ああ、本当だな』

小梅『ヘリの挙動、みられちゃったかなぁ……』

まほ『まぁ……だとしても、私からきちんと事情は……』


まほ(縁側に立っているのは、お母様と菊代と──)

まほ(それと……誰だ)

まほ(お母様の、その隣)

まほ(男性と、女性が)

まほ(……エリカのご両親、か?)

まほ「エリカ」

エリカ「……。」

エリカ「……っ!」

476 : 以下、名... - 2016/12/05 22:08:12.56 y0iOCsL4O 194/537

まほ(横目で一瞬、あの二人を見たようだが)

まほ(うつむいて、両の拳を握りしめてしまった)

まほ(ご両親で間違いないようだな……)

まほ(しかし)

まほ(今すぐの対面は、無理だな……)

まほ(エリカは、己を恥じているのだろう)





 ──私にはもう、母親の資格、ないんですよ!──


まほ(だからこそ、ご両親に顔を合わせずらいのだ)

まほ(やはりまずは、私とお母様の三人で話を……)

まほ(そうすればエリカをそんな風に考えさせた思い違いも、無くなるはずだ)


まほ「……。」

まほ「よし。エリカは、ここで少し待っていろ」

エリカ「え……」

まほ「私が先に、挨拶をしてくる」

まほ「小梅も、すまない、もう少しだけヘリで待機していてくれ」

まほ「そのあとは、うちに泊って行っていくか、あるいは──」

小梅「そうですね、けれどまぁ、私の事は、今は気にしないでください、それよりも……」

まほ「ん、すまん」

まほ「……エリカ。心配をするな。」


まほ(心配をするな心配をするなと、そればかりだな)


まほ「……同じようなことしか言ってやれなくて、すまない」

エリカ「……。」

まほ「とにかく、待っていろ」

エリカ「……あ……」


 ガチャッ


 ……すたっ


まほ「ふぅ……」

まほ(地面だ)

まほ(さすがにあのあとでは、地に足がつくと安心してしまうな……)

477 : 以下、名... - 2016/12/05 22:08:43.84 y0iOCsL4O 195/537

まほ(……。)

まほ(実家の、香りだ)

まほ(庭であっても、他所とはどこか、匂いが違うのだな)

まほ(……。)

まほ(さぁ、行くか)





 ざっざっざっざっ




まほ(エリカのご両親、か)

まほ(どのような人だろう)

まほ(エリカはあまり両親の事を話さない)


 ざっざっざっざっ


まほ(妊娠の件は、すでに知っているのだろうか……)

まほ(エリカが妊娠してしまった事を、どう思っているのだろう)

まほ(それに)

まほ(私のお腹の子供……)

まほ(あの人達にとっての──)

まほ(孫でもあるのか……)

まほ(……。)

まほ(私にとっても、あの人達は──)

まほ(……何なのだろうな)

まほ(お義父さん、お義母さん、というのも妙だ)

まほ(親戚、になるのかな……)



 ざっ、ざっ、ざっ……



しほ「──まほ」

まほ「お母様」

478 : 以下、名... - 2016/12/05 22:09:26.73 y0iOCsL4O 196/537

まほ(久しぶり……というわけでもないが)

まほ(妊娠していらい、直接会うのは初めてか)

まほ(……。)

まほ(私、今、少し)

まほ(ほっとしているな……)


まほ「お母様。突然に申し訳ありません」

しほ「構いません」

しほ「逸見さんは?」

まほ「まだヘリの中です」

まほ「実は、その……少し、緊張してしまっていて」

しほ「……そうですか」

まほ「……。」

まほ「ところで、あの、お母様」

まほ「お客様……でしたか……?」

しほ「ええ」

しほ「──まほも、ご挨拶なさい」

しほ「こちらのお二人は」

しほ「逸見さんの、ご両親です」


まほ(……っ)


エリパパ「初めまして」

エリパパ「逸見エリカの……父です」


エリママ「……。」

エリママ「初めまして」


まほ(あぁ、そうか──エリカは、母親によく似たのだな──)

まほ(──面影だけじゃない。たたずまいや雰囲気も、どことなく──)

まほ(──いや、そんなことよりもまず──)


まほ(最敬礼を、しなければな)


 ぐぐ……


まほ「お初にお目にかかります。西住、まほです」


エリパパ「ああ、いや、そんなかしこまらずとも……」

エリママ「……。」


しほ「妊娠の件」

しほ「お二人には」

しほ「すでにお伝えしてあります」

479 : 以下、名... - 2016/12/05 22:09:52.18 y0iOCsL4O 197/537

まほ「……!」

まほ「そうですか」

まほ「……。」


まほ(では──)

まほ(この人達も理解している)


まほ(私のお腹の中には)

まほ(この人達の)

まほ(『孫』が)

まほ(いる。)


まほ(そして、エリカのお腹の中には)

まほ(……私との子供が……)


エリママ「……。」


まほ(……。)

まほ(向けられる視線に、戸惑ってしまう、な)

まほ(外行きの顔を見せる以外に)

まほ(どうしたらいいのか、今はわからないな……)


まほ「お二人とも、エリカさんの事を、さぞ心配をしておられたでしょう」

まほ「今回の件」

まほ「黒森峰の隊長として──」

まほ「私も、重く受け止めています」


エリパパ「むむむ……いや、こちらが参ってしまう。なんとも、しっかりしていらっしゃる」

しほ「恐縮です」

エリパパ「うちのエリカとは、大違いだ、なぁ、母さん」

エリママ「……そうね」

まほ「いえ、とんでもありません」

まほ「私こそ、エリカさんに、いつも助けられています」

エリママ「……。」

エリママ「貴方の話は、エリカから良く聞かされていました」

エリママ「……あなたの方こそ、大変でしょうね」

まほ「ありがとうございます」

エリママ「……。」

まほ「……。」

480 : 以下、名... - 2016/12/05 22:10:21.23 y0iOCsL4O 198/537

まほ(少し、トゲらしいものを感じるな……)

まほ(が、こういう時は、女親のほうが、そういうものなのかもしれないな……)


エリママ「……。」


まほ(エリカは、初対面の者に、何となく圧力感を与えるらしい)

まほ(なるほど、こういう感じなのかな)

まほ(だが……その点では、うちのお母様だって負けてはいない)

まほ(本人達に悪気はないのだ)

まほ(この人は、エリカの事が、心配なのだ)

まほ(気にすることはない……)


まほ「──それで、エリカの事なのですが」


まほ(あ、『さん』をつけ忘れた……)

まほ(……ええい、そんな細かいこと、今はどうでもいいっ)


まほ「エリカは今、とても、動揺をしていて」

まほ「その動揺の原因が、戦車道や私の家に深くかかわることで……」

エリママ「……?」

しほ「……。」


まほ「ですから……」

まほ「その、まずは──」

まほ「私と母との、3人で、お話しをさせて頂けないでしょうか」


エリママ「……。」

エリママ「……私達と会う前に──」

エリママ「貴方たち、三人で?」

まほ「……っ」

まほ「そ、そうです」

まほ「とても失礼な申し出だと、存じているのですが」


エリママ「……。」

エリママ「……。」


まほ(……お、おお……)

まほ(『不愉快』、とはこういう表情を言うんだな)

まほ(やはり、エリカによく似ている……)


エリママ「……」

エリママ「あの子が、私達に会いたくないと?」

まほ「えっ」

まほ「……ええと、お母様にというよりも」

まほ「正確にはむしろ、『誰にも』というか……」

481 : 以下、名... - 2016/12/05 22:10:49.34 y0iOCsL4O 199/537

エリママ「……。」

エリママ「……ハァ」

エリママ「あの子、相変わらずね」

まほ「え?」

エリママ「やっと人見知りがマシになったと思っていたら……」

まほ「え!? い、いえ、人見知りだとかそういう話ではなくて──」


エリパパ「──いやいや、お母さん。エリカは頑張っているよ」

エリママ「お父さんは甘いのっ」

まほ「い、いや、あのっ」

エリママ「しほさん。ちょっと草履を貸していただける?」

しほ「ええ、どうぞ」


 ずちゃっ


 ……ざっ、ざっ、ざっ


まほ「ちょ、ちょ!?」

まほ「あの、ま、待ってください!」

エリママ「何でしょう」

まほ「どうかお願いですから、少しだけ!」

まほ「少しだけ待ってやってください!!」

エリママ「……。」


まほ(お母様と話をすれば、きっとエリカは落ち着くはずなんだ!)


エリママ「待たないわ」

まほ「えっ」

エリママ「私は」

エリママ「あの子の」

エリママ「母親ですっ」


 ずん、ずん、ずん!


まほ「い──いや! あの、あの!」


まほ(こ、この意地の強さ、間違いなくエリカの母親だ……!)


まほ(あっ!)

まほ(エリカが、ヘリの中からこっちを見ている)

まほ(ふ、不安そうな顔をしているな……)

まほ(き、気張るんだっ、私よ!)


まほ「──ど、どうかお願いですからっ!」

まほ「待ってください!」

まほ「お母様!」


 がしッ……!

482 : 以下、名... - 2016/12/05 22:11:15.76 y0iOCsL4O 200/537

エリママ「……!?」


まほ(いきなり腕をつかんでしまった)

まほ(なんという無礼だ!)

まほ(だ、だがっ、しかしっ)


まほ「は──母親だからこそなのです!」

エリママ「……?」

まほ「相手がお母様だからこそ、エリカにとっては、素直に言えないことで──」

エリママ「……」

まほ「どうか、私達に、時間をください……」

まほ「……。」

エリママ「……まほさん」

エリママ「あの子が素直でないのは」

エリママ「貴方に言われなくても」

エリママ「この私が」

エリママ「誰よりも、理解しています」

エリママ「あの子は」

エリママ「私の」

エリママ「娘です」

まほ「……っ」


まほ(す……)

まほ(凄い目力が強い……!)


エリママ「だから──」

エリママ「この手を」

エリママ「離しなさい」


まほ「ぐ、ぬっ」

まほ「で、ですがエリカは──」


しほ「──まほっ」


まほ「っ!?」


しほ「だだをこねていないで」

しほ「いい加減にその手を離しなさい」

しほ「逸見さんに失礼でしょう」

483 : 以下、名... - 2016/12/05 22:12:15.99 y0iOCsL4O 201/537

まほ「だ……駄々などではありません!」

まほ「わ、私は、」

まほ「私は、エリカを──」

エリママ「──まほさん」

エリママ「貴方は、エリカの事を本当に心配してくれているのね」

エリママ「けれど、」

エリママ「今だけは」

エリママ「私と娘の」

エリママ「邪魔をしないでちょうだい」

まほ「……!」

まほ(邪魔……)

まほ(私がエリカの、邪魔……っ!?)

まほ「……ぐ……」

まほ(エリカ……)


エリカ「……。」


まほ(……。)

まほ(私に)

まほ(お母様の邪魔をする権利があるのか──)

まほ(……。)

まほ(……無い……。)

まほ(有るわけが無い……)


 ……すっ……


まほ「……申し訳」

まほ「ありません……」


エリママ「……謝ることはないわ」

まほ「……。」


 ずんっ、ずんっ、ずんっ、ずんっ、ずんっ……


まほ「……。」

まほ(……すまん、エリカ……)

まほ(お前のための、意地を通せなかった……)


エリパパ「すみませんね、どうも昔から……言い出すと聞かなくて」

しほ「こちらこそ、娘の非礼を、お詫びいたします」

エリパパ「いやいや」


まほ「……。」

しほ「まほ」

484 : 以下、名... - 2016/12/05 22:13:09.57 y0iOCsL4O 202/537


まほ「……はい」

まほ「……。」


まほ(今、叱られたら)

まほ(口答えをしてしまいそうだ……)


しほ「保険証は」

しほ「持っている?」

まほ「……。」

まほ「え?」


しほ「保険証です」

しほ「病院の、保険証」

しほ「無ければ無いで、構わないけれど」


まほ「??」

まほ「あ、えと」

まほ「財布に、携帯していますが……」

しほ「そうですか」


まほ「でも、どうして保険証が……」

しほ「これから皆で、病院へ行きます」


まほ「……は!?」

まほ「びょ、病院?」

まほ(!?)

まほ(お、お母様は、菊代から話を聞いていないのか??)


まほ「い──いやそれよりもまずっ」

まほ「お母様、とにかく一度、エリカと話をしてやってください!」

まほ「私はそのために、エリカを……!」


しほ「まほ」


まほ「は、はい」

しほ「菊代から伝言は聞いています」

まほ「で、では!」

しほ「まほ、聞きなさい」

しほ「私はカウンセラーではないわ」

まほ「そういう事ではなくて!」

まほ「エリカは西住の事で悩んでいるんです!」

まほ「お母様が、心配ないと言ってくれればエリカは──」


しほ「──本当に?」

まほ「……え?」

しほ「本当に、彼女の抱える不安は、それだけですか?」

485 : 以下、名... - 2016/12/05 22:13:54.76 y0iOCsL4O 203/537

しほ「もっと、様々な問題が」

しほ「あるいは、もっと心の深い部分に巣くう不安が」

しほ「彼女を動揺させているのかもしれない」

しほ「そうではないと、貴方に言い切れる?」

まほ「……そ、」

まほ「それは、わかりませんが……」

しほ「そうでしょう」

しほ「私にも、分からないわ」

しほ「だから、病院に行くんです」

しほ「だからこそ、プロの手が必要なのです」

まほ「で、ですが」

まほ「そんな事を大げさにしなくても」

まほ「……エリカが」

まほ「エリカが怯えてしまいます……」

しほ「……。」

しほ「まほ」

しほ「冷静になりなさい」

しほ「初手でもって」

しほ「打てる手立ては全て撃つ」

しほ「一段一段、手立てを探っていられるような場合ではないの」

しほ「状況を見誤ってはなりません」

しほ「いいわね」

まほ「……。」

まほ「ですが……」

まほ「……っ」

まほ「……。」

まほ「……はい……わかりました……」

まほ「……。」

まほ「あの……エリカのご両親には」

まほ「お母様が連絡を?」

しほ「そうです」

まほ「……。」

しほ「もっとも、近況をお伝えするため、もともと、お二人とアポイントを取っていた」

しほ「ということでもあるのだけれど」

まほ「……そう、ですか」


まほ(……。)

まほ(本当に、これでいいのか──)

まほ(エリカを)

まほ(余計に追い込んでしまうのでは)

まほ(ないだろうか……)

486 : 以下、名... - 2016/12/05 22:15:40.89 y0iOCsL4O 204/537


 ──わああぁああん!! ああああん!!



まほ(!?)

まほ「エ、エリカ……!?」


まほ(なんだ、どうなった!?)

まほ(まさか)

まほ(嫌がるエリカを無理やりにヘリから──)

まほ(……あっ)

まほ(……違う……)

まほ(いつの間にかエリカが、ヘリから降りて……)

まほ(……お母様の胸に、抱きついている、のか……?)



 ──お母さんっ!

 ──あああっ

 ──ごめんなさい、ごめんなさい!!

 ──私……うああああっ!



まほ(……。)

まほ(エリカ、お前……)

まほ(ご両親には、会いたくないって)

まほ(あんなに……)

まほ(嫌がっていたじゃないか……)

まほ(それなのに)

まほ(お前は今)

まほ(一生懸命にお母様にしがみついて)

まほ(赤子のように泣いているじゃないか)

まほ(……。)

まほ(本当は、お母様に会いたかったのか?)

まほ(……)

まほ(は、は……そんな事だろうと思った)

まほ(どうせまた、そんなことだろうと)

まほ(やはりお前は、素直じゃないんだ)

まほ(それ見たことか)

まほ(……。)

まほ(……。)

まほ(バカか、私は)

487 : 以下、名... - 2016/12/05 22:16:31.37 y0iOCsL4O 205/537

まほ(結果だけを見て、何を知った風な事を言っている)

まほ(何を後から、分かったような口を聞いている)

まほ(私は)

まほ(エリカのお母様がエリカに会おうとするのを)

まほ(本気で邪魔しようとしていたんだぞ)

まほ(そんなお前が)

まほ(いったいどの口で言う)


まほ(そもそも)

まほ(私がもっとしっかりしていれば)

まほ(エリカはあんな風に泣かずに、すんだのではないのか?)

まほ(あるいはせめて、私が)

まほ(ああやってエリカを、泣かせてやれたのではないのか?)

まほ(……。)

まほ(つまるところ私は)

まほ(少しも、エリカを理解してやれていないのではないのか……)



 ──私が側にいる──

 ──だから安心しろ──

 ──わたしがお前を守る──



まほ(……っ)

まほ(なんという恥知らずだ、私は)

まほ(何一つわかっていないくせに)

まほ(エリカが私を必要としていた時に)

まほ(少しも気づいてやれなかったくせに!)

まほ(口先ばかり!)

まほ(自分の気持ちばかりを)

まほ(一方的にエリカに押し付けて!)

まほ(寂しいのは──)

まほ(甘えたいのは──)

まほ(私のほうではないのか!?)


まほ「……ぐ……っ」


しほ「……?」


まほ(──小梅!)

まほ(頼むから忘れてくれ!)

まほ(どうかお願いだから)

まほ(聞かなかったことにしてくれ!)

まほ(恥ずかしくて、情けなくて)

まほ(私はもう顔から火がでそうだ……!)

まほ(泣きたい!)

488 : 以下、名... - 2016/12/05 22:17:50.67 y0iOCsL4O 206/537

まほ(私も泣いてしまいたい!)

まほ(なのに、)

まほ(涙が蒸発して、泣くことさえできない!)

まほ(くそっ)

まほ(くそっ──)



まほ「──うぷっ!?」

まほ「ううっ!!??」


しほ「……!?」


まほ「オゲッ」

まほ「オゲエエエエエエエエっ!!」


 びしゃびしゃびしゃぁ!!


菊代「お、お嬢様!?」


まほ「か、はっ……」

まほ「はぁっ、はぁっ……」


菊代「大丈夫ですか!?」

しほ「菊代。水をお願い」

菊代「は、はい!」


 だだだだだだ……


まほ「はぁ、はぁ、うぅ……おぷっ……」

しほ「悪阻……にしては早すぎるけれど」

しほ「けれどそれでも、やはり悪阻なのでしょうね」

しほ「まほ。腰を下ろしていなさい」

まほ「はぁ、はぁ……。」

まほ「いえ、構いません」

しほ「……?」

まほ「いいんです」

まほ「私は」

まほ「いいんです……」

しほ「……。」

しほ「そうですか」

しほ「ともかく、水分はとっておきなさい」

しほ「体によくないから」

まほ「……。はい、お母様」

菊代「お、お嬢様、お水ですぅーっ」


 ……とととととっ

 
 ──わあああああああん……わああああああん……


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

498 : KASA - 2016/12/13 20:48:30.75 yldPfngnO 207/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



しほ「では、私が病院まで車で先導します」

しほ「逸見さん方は、私の車の後を、ご家族と一緒に」

エリパパ「ええ、よろしくお願いします」

エリパパ「ただ……熊本医療センターといえばたしか、随分な大病院でしたね」

エリパパ「紹介状の類が必要なのでは……?」

しほ「ご心配はありませんよ」

エリパパ「そうなのですか?」

しほ「こんな家業をやっていると」

しほ「多少のコネはできてしまうものです。お恥ずかしながら。」

エリパパ「あぁ、なるほど……いやはや、ありがたい」

しほ「お気になさらず」



まほ(……。)

まほ(エリカは、縁側に腰をおろして)

まほ(お母様に寄り添われている)

まほ(泣きはらした顔をしているが、少しは落ち着いたろうか。)

まほ(……声をかけてやりたいが……)

まほ(私がでしゃばっても邪魔なだけ、か……)

まほ(……。)

まほ(そうだ、声をかけてやると言えば、小梅)



 ……ざっざっざっ



しほ「まほ、どこへ行くの?」

まほ「小梅──ヘリを飛ばしてくれた仲間です──に話をしてきます」

まほ「今日は、家に泊っていくようにと。」

まほ「構わないでしょう?」

しほ「ええ」

しほ「菊代に世話を言いつけなさい」

まほ「ありがとうございます」


 ……ざっざっざっ


 ……ざっ……

499 : KASA - 2016/12/13 20:49:11.98 yldPfngnO 208/537

(クルッ)


まほ「……。」

まほ「……不思議な眺めだな」


まほ(私の家の縁側で)

まほ(私のお母様と、エリカのお母様とお父様と、エリカが)

まほ(一つの景色に収まっている)

まほ(……考えもしなかった眺めだ)

まほ(……。)

まほ「本当に、何なのだろうな、私達」


 (クルッ)


 ざっざっざっ……


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ガチャンッ


小梅「あ、隊長……」

まほ「小梅、ほったらかしにしてしまってすまない」

小梅「いえいえ。気にしないでください」

小梅「それに、特等席でレアなものを見せてもらいましたし……」

まほ「? ……ああ、エリカの事か」

小梅「びっくりしました。副隊長のあんな感じ、初めてで……」

まほ「うん。私も驚いた」

まほ「それにしても……」

小梅「はい?」

まほ「本当によく似ているな、エリカと、お母様は」

小梅「あ、ですよねっ、ほんと、びっくりびっくりです」

小梅「副隊長が大人になったら」

小梅「あんな感じなのかなぁって……」

まほ「同感だ」

まほ「ところで、この後の話だが」

小梅「あ、はい」

まほ「私達はエリカを連れて病院へ行く」

小梅「そうなのですか」

まほ「小梅は」

まほ「家に泊まって、ゆっくりしていくといい」

まほ「今から帰艦するのは、骨だろう」

小梅「あー……それなのですが」

まほ「?」

小梅「お誘いは有り難いのですけど」

小梅「私は、艦に戻ろうかなぁって……」

500 : KASA - 2016/12/13 20:49:38.70 yldPfngnO 209/537

まほ「気を使う事はないんだぞ」

まほ「部屋はたくさんあるんだ」

小梅「いやぁですが」

小梅「さすがに今日は……場違いかなと」

まほ「……む……」

まほ「そうか……小梅としても、いづらいモノがあるか」

小梅「うぇっと……すみません、正直なところ、チョッピリ」

まほ「いや、謝ることは無い。私のほうこそ、鈍感だった」

小梅「い、いえそんな」

小梅「……。」

小梅「あの、隊長」

小梅「返ってくるときは、連絡をくださいね」

まほ「うん?」

小梅「私、また、」

小梅「迎えに来ます。」

小梅「隊長の事も、副隊長の事も……」

まほ「……ありがとう。そうだな、帰る時は、また小梅に操縦を頼む」

小梅「はいっ……」

小梅「……さて、と、では、一言師範に挨拶をして、艦に戻ります」

まほ「うん」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ──ばらららららららららららら……



しほ「……。あの子、離陸はしっかりしてるのね」

まほ「え?」

しほ「着陸の時、随分と危なげな操縦をしていたけれど」

まほ「あ、いえ、あれは……ちょっとしたイレギュラーで」

まほ「小梅は、良いパイロットです」

まほ「でなければ、フライトを任せはしません」

しほ「そう」

しほ「──お待たせしました、では、行きましょうか」

エリパパ「ええ、よろしくお願いします」

エリパパ「母さんは、エリカと一緒に後部座席に座ってやって」

エリママ「ええ、そうね、さぁ、乗りましょ」

エリカ「……」

501 : KASA - 2016/12/13 20:50:07.43 yldPfngnO 210/537

まほ(……。)

まほ(エリカは、家族と一緒の車、か)

まほ(まぁ……当然か。)



 ばたん



しほ「まほ、気分はどう?」

まほ「もう、平気です」

しほ「もしもの時は、ダッシュボードにビニル袋があるから。」

まほ「ありがとうございます」



まほ(……。)

まほ(エリカと、一緒に車に乗ってやりたかったな)

まほ(……。)


しほ「市内はきっと、渋滞しているわね」

まほ「そうですね、この時間は……」


まほ(……。)

まほ(乗って「やりたかった」、ではないだろう)

まほ(いいかげんに……認めたらどうだ)

まほ(私が、)

まほ(エリカと一緒に、いたいのだ)

まほ(エリカの世話を、していたいのだ)

まほ(エリカに──頼られたいのだ)

まほ(そうしていると、私は落ち着くんだ……)



しほ「……あちら様も準備できたようね」

しほ「出るわよ」

まほ「あ、はい」



まほ(……。)

まほ(私は、誰かに依存されていたいのだろうか……)

まほ(理解している、と思わせてくれる相手がほしい……?)

まほ(……)

まほ(むぅ、もしや私って、ちょっぴり歪んでいるのだろうか……)



ぶろろろろろろろろ……



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

502 : KASA - 2016/12/13 20:50:39.51 yldPfngnO 211/537


 ──ちっかっ、ちっかっ、ちっかっ


しほ「……交差点一つ曲がるのに、何分かかるのかしら」
 
まほ「そうですね」



まほ(考えてみれば)

まほ(エリカといる間、私は随分と気が楽なのだな)

まほ(私が何か言葉を述べれば、エリカはそれにのってくれる)

まほ(何の話をしようかなどと、意識する必要もなかった)

まほ(まぁ、話題がなければ戦車道の話をすればいいのだし)

まほ(おそらく私は、時々何かすっとんきょうな事を言っているのだろうが)

まほ(エリカはそれを咎めず聞いてくれる)

まほ(私としても、エリカが何を考えているのかは、意識せずともおおよそ検討はつく)

まほ(だから余計に、話しがしやすい……)

まほ(しかし、そういう相手を、欲しているつもりはなかったのだが)

まほ(……。)

まほ(そうか)

まほ(みほだ)

まほ(以前までは、みほがいたからだ)

まほ(たいていのことはみほが、私を満足させてくれていたのか……)

まほ(……。)

まほ(もしや私はシスコンとかいう気があるのか?)

まほ(それで今は)

まほ(エリカを……?)

まほ(……むむむ……)



しほ「本当に、戦車でくればよかった」

まほ「ええ」



まほ(ものすごい人の数で、車の数だ)

まほ(けれど)

まほ(かれらが何を考えているのかなんて、私にはさっぱりわからない)

まほ(それぞれに人生があって、それぞれに多種多様な思いがあるのだろう)

まほ(それでもやはり、私にとって、かれらは他人……)


まほ(……。)

まほ(エリカ達の車は……二台後ろ、か)

503 : KASA - 2016/12/13 20:51:07.70 yldPfngnO 212/537

しほ「そういえば、まほ」

まほ「……はい?」

しほ「これから行く熊本センター病院だけれど」

まほ「はい」

しほ「貴方とみほの、産まれた病院よ」

まほ「あ……そうでしたか……」

しほ「ええ」

まほ「……。」

まほ「……では」

まほ「私も、産むのでしょうか。そこで……」

しほ「……かもしれないわね」

まほ「そう、ですか」

まほ「……」

まほ「エリカも、一緒に産めますか?」

しほ「……。それは──」

しほ「あちらのご家族が、決めることね」

まほ「あぁ、そうか、そうですね……」

しほ「ただ、臨月以降は国の研究機関へ入る可能性もある。まぁ、今はまだなんとも──」

まほ「……。」


まほ(まぁ、どこでもかまわないが、産むときは、なるべくエリカと一緒に産みたいものだ)

まほ(……という風にい思うのも、べったりすぎだろうか……)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ぶろろろろろろろろん……



しほ「やっと病院にたどり着いたと思ったら」

しほ「なかなか駐車場の空きが無いわね……」

まほ「熊本中の車が集まっているみたいです」

しほ「いいかげん、時間がもったいないわね……」

しほ「……まほ」

まほ「はい?」

しほ「先に降りて、受付をしてきなさい」

まほ「あ、はい」

しほ「この書類を提出すれば」

しほ「とりあえず、私が到着したことが上に伝わるでしょう」

504 : KASA - 2016/12/13 20:51:36.42 yldPfngnO 213/537


まほ「わかりました」

まほ「では、後ろのエリカ達にも、同じように……」

しほ「そうね」

しほ「二台とも、車を止めるのにしばらく時間がかかるでしょうから」

しほ「あちらのお母様と、あの子と──」

しほ「一人で、大丈夫ね?」

まほ「ええ、大丈夫でしょう」

まほ「では、先に行きます」

しほ「……よろしく」


 がちゃっ


 ──ごぉぉおおぉおおぉぉお……──


まほ(む……)

まほ(都会の喧騒……というやつか)

まほ(なんの音かはわからないが、とにかくごぅごぅと、風もないのに唸っている)

まほ(それに、アスファルトの匂い、とでもいうのだろうか)

まほ(油とはまた違う、都会独特の臭いだな……)


まほ「……まぁ、そんなものはすぐに気にならなくなるんだ」

まほ「それよりも」


 た、た、た

 
 ──こんこん


エリパパ『はいはい』


 ウィーン──


まほ「運転、お疲れ様です」

エリパパ「いやぁ、これは車を止めるのに時間がかかりそうだ」

まほ「そうなんです、ですから、私だけ先に降りて、受付を済ませてしまおうかと」

エリパパ「そんな話になるのではと思っていたところだよ」

まほ「それで、エリカ達も、一緒に先に行きませんかと思って……」

エリパパ「あぁそうだね、お母さん達、先におりてようか」

エリママ「えっと、それはいいのだけれど……」

エリパパ「ん?」

エリママ「この子の着替えをもってきていなくて……失敗しちゃった」


まほ「……あ」

まほ(そうか、しまったな、寝間着のままヘリに押し込んで、そのままだった……)


エリパパ「でも病院だろう。寝間着で担ぎ込まれることなんて、珍しくもないよ」

エリママ「そういう問題じゃないのよ」

エリパパ「?」

エリママ「だってこの子、そういう所はすごく気にしぃなんだもの」

505 : KASA - 2016/12/13 20:52:04.10 yldPfngnO 214/537

エリパパ「気にしぃって……お母さんはエリカに甘いなぁ。なんだかんだで」

エリママ「だから、そういうことじゃないの」

エリママ「私が後でメンドクサイのよ、この子。あれが恥ずかしかったこれが恥ずかしかったって」

エリママ「ぶちぶちうるさいんだから」

エリカ「ちょ、、ちょっと……」

エリカ「……やめてよっ」

エリカ「それは子供のころの話でしょっ……」

エリママ「今だって子供でしょう」

エリカ「とにかく、人前ではやめてよっ」

まほ「……。」

まほ「あの、良ければ私の上着を犯ししますが。……それでいいだろう、エリカ」

エリカ「……っ……」


まほ(……ん?)

まほ(なんだろう。エリカ、私の視線から目をそらしているような……)


エリママ「だけど、それでは貴方が寒いでしょう」

まほ「大丈夫ですよ、院内に入れば、暖房も効いているでしょう」


 ごそごそ


まほ「では……これを」

エリママ「……。ありがとうね、まほさん」

まほ「いえ」

エリママ「さぁ、エリカ。お礼はどうしたの」

エリカ「あ、う、うん……」

エリカ「……ありがとうございます」

まほ「……いや……」

まほ(……。)

まほ(やはり、なんとなく、他人行儀だな)


 のそのそ

506 : KASA - 2016/12/13 20:52:34.86 yldPfngnO 215/537

エリママ「ほら、降りるわよ」

エリカ「う、うん……」


 がちゃっ


 ……とた、とた


エリカ「……。」


まほ(……。)

まほ(病院の駐車場で)

まほ(都会の眺めに囲まれながら)

まほ(そこにたたずむ半分寝間着の逸見エリカ)

まほ(……。)

まほ(写真に収めておきたい気がするな)

まほ(この先二度と見られないだろう)

まほ「……では、いきましょうか」

エリママ「ええと、受付は、普通の受付でいいのかしら……?」

まほ「母から聞いていますので、私にまかせてください」

エリママ「そうなのね、ありがとう」




 ……とた、とた、とた、とた



まほ「……。」

エリカ「……。」

エリママ「……。」


まほ(沈黙が、耳につくな)

まほ(これもまた、エリカといた時は、気にならなかったことだな……)


まほ「……。」チラ

エリカ「……っ」


まほ(……エリカめ、なんで、お母様の後ろに隠れる)

まほ(むぅ……なんだか、すごく嫌だ)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

522 : KASA - 2016/12/19 00:44:15.53 3M3SqwbEO 216/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



まほ「受付、終わりました」

エリママ「どうもありがとう」

まほ「名前を呼ばれるまで──」

まほ「……あ」

エリママ「……?」

エリママ「まほさん? どうしたの?」

まほ「あ……いえ……」

まほ「……お隣、失礼しますね」

エリママ「ええ、どうぞ」



 ボスン……



まほ(……。)

まほ(エリカのやつ……)

まほ(これは、四人掛けの椅子だぞ)

まほ(それなのに)

まほ(お前が端っこに座ってしまったら)

まほ(必然的に並び順はこうなるだろう)


 [エリカ・お母様・私]


まほ「……。」

エリカ「……。」


まほ(……私を、隣に座らせないように?)

まほ(やはりなんだか)

まほ(避けられているような……)


エリママ「けれど、申し訳ないわね。何もかも貴方としほさんに頼り切りで」

まほ「いえ……とんでもありません」


まほ(……私の気にしすぎだろうか)

まほ(うーん)

まほ(むむ……)

まほ(ううむ……)

まほ(ええい……こういう事を気にしてしまっていること自体が、気に入らない)

まほ(女々しいぞ、西住まほっ)

523 : KASA - 2016/12/19 00:44:59.47 3M3SqwbEO 217/537

まほ「……。」

エリママ「……。」

エリカ「……。」



 ……ざわざわ……

 
 ──会計お待ちの、アンドウさま~、二番窓口へお越しくださーい……──


   ──びゃぁああああああ、お家かえるぅぅぅぁぁあぁ──


  ……ざわざわ……



エリママ「……エリカ、気分はどう?」

エリカ「え……」

エリカ「うん、まぁ……もう平気」

エリママ「そう」

エリママ「……。」

エリママ「……ふふ」

エリカ「……なによ」

エリママ「幼稚園に入れてすぐの頃の……あんたの後追いを思い出したわ」

エリママ「あの時も、あんたはワンワン泣いて、帰ろうとする私の袖を離さなくて──」

エリカ「はぁ!? だ、だからさぁ……!」


まほ(エリカ……少しづつ、調子が戻ってきているようだな)

まほ(今ならもう、私が話しかけても……)


まほ「エ……エリカ」

エリカ「っ」

エリカ「……はい」

まほ「その、ほっとしたぞ」

エリカ「え……」

まほ「元気が、でてきたみたいじゃないか」

まほ「お母様の、おかげだな」

エリカ「……。」

エリカ「……はい、そうですね……」

エリカ「……。」

まほ「うん……。」

まほ(……。)

まほ(な、なんなのだ……)

まほ(なんだというんだ)

まほ(どうしてそんなに、素っ気ないのだ)

まほ(ヘリの中でさえ、そこまでではなかった)

まほ(まるで私を、会ったこともない他人のように──)

524 : KASA - 2016/12/19 00:45:27.15 3M3SqwbEO 218/537

まほ「……っ」

まほ(嫌だ)

まほ(やっぱり、嫌だっ)

まほ(エリカにそんな態度を取られたくない!)

まほ(かといって……じゃあどうしたらいい?)

まほ(エリカに頼むのか?)

まほ(何を考えているのか、はっきり言えと?)

まほ(……今!?)

まほ(今この状況でそんなことを!?)

まほ(バカか私は!)

まほ(私は自分の事しか考えていないのか!?)

まほ(……っ)

まほ(だが、胸の奥が、どうしようもなくムカムカする……っ)


エリママ「──ほさん」

エリママ「まほさん?」

まほ「……っ!?」

まほ「は、はい」

エリママ「大丈夫?」

まほ「あ、えと……」

まほ「少し、ぼうっとしていました、すみません」

エリママ「あなたも動き詰めだものね……疲れたでしょう」

まほ「いえ、そんな事は」

エリママ「まぁ私も」

エリママ「気持ちがバタバタしてしまっていて」

エリママ「まだ貴方にきちんと伝えていなかったけれど……」

まほ「なんでしょう……?」

エリママ「……エリカを連れてきてくれて、本当にありがとう」

まほ「……! いえ、そんな」

エリママ「貴方にはとても、感謝をしているわ」

525 : KASA - 2016/12/19 00:46:03.60 3M3SqwbEO 219/537

まほ「……いえ、本当に、私は何も……」

エリママ「そんな事はない。」

エリママ「貴方は、十分すぎる事をしてくれた」

エリママ「この子は、私がいくら帰ってこいと言っても」

エリママ「帰ってくるような子ではないのだもの」

エリママ「まほさんが引きずってきてくれなかったら」

エリママ「どうせまだ今ごろ、一人でべそをかいていたのだわ」


エリカ「……っ」

エリカ「だっ……」

エリカ「だ、だからさぁっ、ホントに止めてってば、そういうのっ」


エリママ「止めてほしいのなら、貴方こそ──」

エリママ「──ハァ」

エリカ「な、なによっ」

エリママ「貴方はどうしていつも」

エリママ「自分ではどうしようもなくなるまで、誰にも……。」

エリママ「あまり、心配をさせないで……」

エリカ「……っ……」

まほ「……。」

エリママ「今回は、運よくアンタの側に、まほさんがいてくれた。」

まほ(……。)

エリママ「けれど、いつもいつも誰かが、『大丈夫?』『辛くない?』『困ってない?』って」

エリママ「根掘り葉掘り心配してくれると思っていたら、大間違いなのよ」

エリママ「それこそ、子どもじゃないんだから」

エリカ「……ぐ……」

エリママ「子どもじゃないというのなら、せめて」

エリママ「辛いときは辛いと、ちゃんとはっきり言いなさい」

エリママ「人に、迷惑をかける前に」

エリカ「う、うう……」

エリママ「わかった?」

エリママ「今度こそ、ちゃんとわかった?」

エリカ「……。」シュン


まほ(エ、エリカのやつ、ぐうの音も出ないといった感じだな……)

526 : KASA - 2016/12/19 00:46:38.07 3M3SqwbEO 220/537

まほ「お、お母様、あのもう、そのくらいで……」

まほ「こんな時なのですから……」

エリママ「……まぁ、小言はこれくらいにしておきましょう」

エリママ「とにかく、まほさん」

エリママ「本当にありがとう」

エリママ「今こうしてこの子に小言を言えるのも、あなたのおかげです」

エリママ「それなのに、あなたにお礼を言うのが遅れて、ごめんなさい」

まほ「い、いえ、本当に、いいですから……」


まほ(……。)

まほ(す……すごいものだな……)

まほ(こんな時に、こんな状態のエリカに、厳しい言葉をバシバシと……)

まほ(母親だからこそ)

まほ(肉親だからこそ、言えること、なのだろうか)

まほ(私にはとても、できないことだ……)


エリカ「……。」

エリカ「……っ」


 すっ……


まほ「……ん?」

エリママ「エリカ? どうしたの?」

まほ(急に、立ち上がって……)


エリカ「……トイレ」

エリママ「え?」

エリカ「トイレっ」

エリカ「行ってくるからっ」

エリママ「あぁ……そう」

エリママ「……だけど、一人で大丈夫?」

エリカ「っ!」

エリカ「だ、大丈夫よっ……!」



 つか、つか、つか、つか……!

527 : KASA - 2016/12/19 00:47:17.47 3M3SqwbEO 221/537

まほ「お、おい……。」

まほ「な、なんだか、急でしたね……」

エリママ「……。」

エリママ「……やれやれ、結局また、いつものあの子に、戻っちゃった、か」

まほ「え?」

エリママ「もう少しゆっくり、甘えていればいいのに。こんな時くらい……」

エリママ「……それが、できない子なのね」

エリママ「本当に、素直じゃない……まったく、誰に似たのか……」

まほ「……あ、あの……」

エリママ「……。」

エリママ「まほさん」

まほ「は、はい……?」

エリママ「できれば……あの子を追いかけてあげてくれる?」

まほ「え……」

エリママ「あの子を一人にするのはまだ……私は怖い」

エリママ「だから……」

まほ「……!」

まほ「は……はい!」

まほ「あの、私も──」

まほ「トイレに行ってきます!」

エリママ「ええ」

エリママ「いってらっしゃい」



 たたたたたたた!

528 : KASA - 2016/12/19 00:48:41.21 3M3SqwbEO 222/537

まほ(……っ)

まほ(だが、追いかけて──どうする?)

まほ(私はあらゆる過ちを犯したのだぞ)

まほ(思い上がりをし)

まほ(思い違いをし)

まほ(勘違をし)

まほ(その上、鈍感で……)

まほ(今は、エリカが何を思っているのかさえ)

まほ(よくわからないんだ……)

まほ(……だがしかしっ)

まほ(──託されたのだ)

まほ(どういうわけか、託されてしまったのだ!)

まほ(ほかならぬ、お母様に! お前を!)

まほ(……ならば、今は!)

まほ(お前を追いかけて走るしかないだろう!?)

 

 たたたたたたたたた!!!



まほ「すぐに追いつくからな、エリカ──!」

まほ「大病院だ、フロアも廊下広いのだ。お前の背中、見失いはしないぞっ──」


看護師「──あ、お客様~、院内では走らないでくださいね~」


まほ「!?」


看護師「危ないですからね~」


まほ「あっ、はい、す、すみません……」


まほ「……。」

まほ(ならば、競歩だ!)



 ツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカ──ッッ。 



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

535 : KASA - 2016/12/26 21:12:51.28 yIw06FiCO 223/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ツカツカツカツカツカツカ



まほ(エリカ、ちらっとでもいいから、こちらを向いてくれないかな)

まほ(視界に入れば、気が付くはずの距離だ)

まほ(できれば、トイレにはいってしまう前に)

まほ(ゆっくりと話をしたいのだが)

まほ(……。何を話すのか、それが問題なのだが)



 エリカ『……』



まほ(ん!)

まほ(私の方に目を向けた!)



 エリカ『……。』

 エリカ『!?』



まほ(今、間違いなく目があったぞ!)

まほ「エリ──」



 エリカ『っ……』

 ツカツカツカツカツカツカ!



まほ「──あっ!?」

まほ(お前)

まほ(いま)

まほ(き……気づかないふりをしたな!?)

536 : KASA - 2016/12/26 21:13:26.07 yIw06FiCO 224/537

 エリカ『……っ、……っ』

 ツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカ



まほ(あっ! あっ!)

まほ(エリカ、何だその早歩きは!?)

まほ(あっ! あっ! あっ! 何でそっちに曲がる!?)

まほ(トイレの矢印は反対だぞ!?)

まほ(お、お前は)

まほ(私と話をするのがそんなに嫌なのか!?)

まほ(そんなに必死になって、逃げるくらいに)

まほ(──いや、違う)

まほ(学習しろ、西住まほ!)

まほ(あいつは天邪鬼なのだ)

まほ(とことん素直になれないのだ)

まほ(だから嫌だ嫌だと逃げつつも)

まほ(その実こころの奥底では)

まほ(真逆を欲している部分もあるのだ)

まほ(……という前提に基づいて戦術を策定すべきなのだ!)



 ……ツカツカツカツカツカツカ!



まほ「私は退かないぞ、エリカ……!」


まほ(エリカのお母様なら、きっとこうする!)

まほ(ならば、私だって)

まほ(私にとっても、エリカは特別なのだ!)

まほ(迷うなっ)

まほ(西住の名にかけて、お前を逃がさないぞエリカ!)


 
 ツカツカツカツカツカツカツカツカ



まほ(この角を曲がって──)

まほ(──いたっ!)

まほ(距離にして20m)

まほ(大病院が災いしたなエリカ)

まほ(通路もフロアもとても広いのだ)

まほ(そうそう身を隠す場所はないっ)

537 : KASA - 2016/12/26 21:13:59.15 yIw06FiCO 225/537

 ツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカ



まほ(はぁ、はぁ、)

まほ(く、競歩というのも、意外と疲れるものだな)

まほ(だが、絶対に逃がしはしないぞ)



 シカシカシカシカシカシカシカ



まほ(はぁ、はぁ)

まほ(この感じ……少し、ぞくぞくするな……)

まほ(うちの犬も──)

まほ(一緒にいる時に、私が逃げるふりをすると、あいつは喜々として後を追いかけてくるが)

まほ(少し、分かる。逃げられれば追いかけたくなるというこの感覚)

まほ(私もまた、犬か)


 ツカツカツカツカツカ


まほ(──むっ)

まほ(また角を曲がった)

まほ(いい加減に明らめろエリカ!)

まほ(お前がどうあがこうと私は──)


まほ「──っと」


まほ「む……?」

まほ(エリカの姿が消えた)

まほ(長い廊下なのに)


 ──キィ……


まほ(あ)


 [御手洗い→]


まほ「……。」

まほ(しまった、トイレに入ってしまったのか……)

まほ(……。)



まほ(そういえば、追いかけるのに夢中になってしまっていたが……)

まほ(もしかしてエリカ、本当にトイレに行きたかったのだろうか)

まほ(だとしたら悪い事をしたかな……)

まほ「……。」

まほ(とりあえず、私も入ってみよう……)



 ──キィィ……

538 : KASA - 2016/12/26 21:14:36.88 yIw06FiCO 226/537

まほ「……!」


エリカ「……はぁっ、はぁっ……」


まほ(とうとう、追いつめた)

まほ(……が……)


エリカ「はぁ、はぁ……」


まほ(洗面台に手をついて、肩を揺らしている……)


まほ「エリカ」

エリカ「……っ」

まほ「その、すまない……」

まほ「追いかけまわしてしまって」

エリカ「はぁ、はぁ……はぁ」


まほ(心なしか、視線が恨めしい)


まほ「だがどうしても、お前と──」


 
 <じょばあああ~~~~~~~



まほ「……っ!?」


 ガチャッ

 きぃぃぃぃ


看護師「……。」


まほ(あ……そうか、個室に人がいたのか……)


看護師「……何か?」

まほ「あ、いえ」

看護師「ごめんね、手を洗いたいのだけれど」

エリカ「あ、ごめんなさい……」

まほ「あ、すみません……」



 しゃ~……



まほ「……。」

エリカ「……。」

まほ(……。こういう時は確かに、何とはなしに、鏡を見ながら前髪をいじってしまうものだな……)

まほ(……。)チラ

エリカ「……。」

まほ(エリカも同じか)

まほ(しかし……そうか、個室3つとも全て埋っていたのか)

まほ(少しも周りの状況を見ていなかった。私としたことが)

539 : KASA - 2016/12/26 21:15:12.99 yIw06FiCO 227/537

看護師「ふぅ、邪魔してごめんね」

まほ「あ、いえ……」


 つか、つか、つか

 きぃ~……ぱたん(看護師がトイレを出ていった音)


まほ「……。」

エリカ「……」

まほ「えと……先に、いいぞ」

エリカ「え……」

まほ「お前の方が先に、入ったのだし」

まほ(別に私はもよおしていないのだし……)

エリカ「は、はぁ、では、お先に……」

まほ「う、うん」



 きぃぃぃぃぃ……がちゃんっ



まほ「……。」

まほ「ふぅ……」

まほ(洗面台の鏡にうつった私)

まほ(間抜けな顔をしているな……)


 <がちゃっ


まほ(ん)


 きいぃ……


看護師「ふぅ」


まほ(真ん中の個室が、開いた)


看護師「……。?


まほ(う……ここで突っ立っているのもおかしい、か)

まほ(とりあえず)

まほ(今空いた個室に入ってしまおう)


 きぃぃぃぃ……がちゃん

540 : KASA - 2016/12/26 21:15:43.35 yIw06FiCO 228/537

まほ「……。」

まほ(別に、下着をおろす必要はないか)

まほ(このまま、便座に座ってしまおう)


 ぎっ


まほ(う、おしりの違和感がすごい)

まほ(……。)

まほ(隣に、エリカがいる)

まほ(だが、反対の個室にもまだ、誰か人がいる)

まほ(この状況では、エリカに話しかけられない)

まほ(待ち、だな)

まほ(……。)

まほ(しかし、広い個室だ)

まほ(私の家のトイレの2,3倍は広い)

まほ(身体の不自由な患者さんの事を考えて……かな)

まほ(さすがは大病院)

まほ(近代的だ)

まほ(壁のボタンも、なんだか一杯だ……)

 
 ……からんからん……


まほ(む、ティッシュペーパーの音)

まほ(隣の人、もうじき出る、な)

まほ(エリカは──)

まほ(うん、まだ、大丈夫だ)

まほ「……。」


 
 じょぼあああー……がちゃん



まほ(出た)


 しゃあああああああ


まほ(手を洗っている)


 きぃぃぃぃぃ

 ……ばたん


まほ(ドアを開けて、外にでたな)

まほ(これで──)

まほ(このトイレには)

まほ(私と)

まほ(エリカと──)

まほ(二人きり)

541 : KASA - 2016/12/26 21:16:35.57 yIw06FiCO 229/537

まほ「……。」

エリカ「……。」


 ──コォォォォォォォォ──


まほ(……換気扇の音が、急に大きくなったように感じる)

まほ(いやそんな事よりも)

まほ(とにかくエリカと何か、話を)


まほ「……。」

まほ「……。」


まほ(……ぬぅ)

まほ(もどかしいな、歯がゆい)

まほ(言うべき言葉がわからない)

まほ(こんなにエリカと喋りたいのに)

まほ(エリカが)

まほ(この壁一枚の向こうに、いるというのに)


まほ「……っ」


まほ(イライラする)

まほ(こんなストーカーまがいのようなことまでして)

まほ(結局またこれか)

まほ(……なんでもいいだろう!)

まほ(思っていることを、素直にっ)

まほ(……素直、に……)

まほ(ヘリの中でも、私はそうしようとして)

まほ(……中絶をしたい、と訴えるエリカに)

まほ(一緒に産んでくれ、と一方的に……)

まほ(私は少しも、エリカの気持ちに寄り添ってやれなかった……)


まほ「……っ……」


まほ(何を言っても、間違った事しか言えないような気がする)

まほ(そもそも、正しいとは何だ)

まほ(何をもって、正しいと判断したらいいのだ)

まほ(……ぐぅ)

まほ(お母様、私はどうしたら)

まほ(西住流の教えの通り、前に進みたいのです)

まほ(だけど)

まほ(どちらが『前』なのか、わからないのです)

まほ(こんな時……どうしたらいいのですか!?)

542 : KASA - 2016/12/26 21:17:16.24 yIw06FiCO 230/537

まほ(うぅ)

まほ(ぬうぅぅうっ)

まほ(どうすれば)

まほ(どうすれば──っ)


エリカ『──あ、あの……』


まほ「……!?」


エリカ『となり、隊長、ですか?』


まほ「……!?」

まほ(話かけてくれた!?)

まほ(エリカの方から……!)

まほ(あんなに私を避けていたのに)


まほ「……あ、ああっ」

まほ「そうだぞ」

まほ「私だっ」

まほ「となりは私だっ」



まほ(嬉しい)

まほ(エリカが話しかけてくれた)

まほ(……嬉しい……!)

まほ(何なのだ)

まほ(たったそれだけのことが、どうしてこんなに嬉しいのだ)

まほ(やはり私も、犬か……!)



エリカ『……隊長』

まほ「あ、あぁ、どうした」

エリカ『……。……申し訳、ありません……』


まほ(……。)


 ぞわっ……


 ──本当に、申し訳ありません

 ──一緒に、中絶をしてください

 ──そうして、私のことはもう、忘れてください
 
 ──どうか、お願いですから……


まほ(……っ)

まほ(……息が、凍る……)

まほ(エリカ)

まほ(お前のせいで)

まほ(どうやら私は、トラウマを持ってしまったようだぞ)

まほ(だが、私がそんな事で、どうする)

まほ(落ち着くんだ)

543 : KASA - 2016/12/26 21:17:43.08 yIw06FiCO 231/537

まほ「……エリカ、何を謝る」

まほ「謝ることなんて、何もないんだ」

エリカ『……。』

エリカ『……失望、してしますか』


まほ「……何?」

エリカ『……。』

まほ「エリカ?」

エリカ『……。』

まほ「……。」


まほ(失望……どういう意味だ)

まほ(考えろ)

まほ(考えろ)

まほ(エリカの気持ちになって、考えろ)

まほ(エリカは、何を不安がっている?)

まほ(何を言ってやれば、エリカは安心する?)

まほ(考えろ、考えろ、エリカの気持ちを────)

 
 ──子どもじゃないんだから……辛いときは辛いと、ちゃんとはっきり言いなさい──


まほ(……あ……)


 ──いつもいつも誰かが……心配してくれると思っていたら、大間違いなのよ──

 ──根ほり、葉ほり── 


まほ(……。)

まほ(……お母様……)

まほ(……)


まほ「エリカ」

まほ「聞いているか」


エリカ『……、はい……』


まほ「お前のお母様が、言っていたな」

まほ「不安な事があるのなら、人にい迷惑をかける前に自分から言え」

まほ「根掘り葉掘り、人が心配してくれると思うな……と」

544 : KASA - 2016/12/26 21:18:10.12 yIw06FiCO 232/537

エリカ『……っ』

エリカ『……はい、申し訳、ありません……』


まほ「ただ、な」

まほ「私は少しだけ」

まほ「お母様とは考えが違う」


エリカ『……え?』


まほ「一般論としては、私もお母様に賛成だ」

まほ「ただ」

まほ「私にとってお前は──」

まほ「違う」

まほ「一般論とは──」

まほ「違う」


エリカ『……。』


まほ「私は」

まほ「根ほり」

まほ「葉ほり」

まほ「いや許されるのならば──」

まほ「木の皮をはいで」

まほ「幹を削って」

まほ「必要ならばウロを掘ってでも!」

まほ「お前を確かめたい」

まほ「……と、思う」

まほ「だから、聞かせてくれないか」

まほ「エリカの、考えていることを」


エリカ『……。』


まほ(……。)

まほ(少し、踏み込みすぎただろうか……)

まほ(急ぎすぎただろうか……

まほ(かえってエリカを、怯えさせてしまっただろうか……)


エリカ『……』

エリカ『……怖い、です』


まほ(……っ)

まほ「それは、私が……という意味か?」


エリカ『……え?』


まほ(また、しくじってしまったのか──)

まほ(──諦めるな!)

まほ(立て直せ、立て直すんだ──)

545 : KASA - 2016/12/26 21:19:19.01 yIw06FiCO 233/537

まほ「エリカ、聞いてくれ」

エリカ『……。』

まほ「ヘリの中でお前にいった事を、今わたしは後悔している」

エリカ『……後悔?』


まほ「子供を産みたくないと」

まほ「中絶をしてほしいと──」

まほ「お前は言った」

まほ(──胸の内がゾッとする)

まほ「それなのに私は」

まほ「『私と一緒にいてほしい』『4人でいたい』、と」

まほ「自分の気持ちだけをお前に押し付けて」

まほ「お前の気持ちには、耳を貸さず」

まほ「お前の気持ちを、少しも理解しようとしなかった」

まほ「エリカは動転しているのだと、そう決めつけて……」

まほ「私の気持ちを伝えれば、それがきっと、エリカの力になると」

まほ「そう思いあがっていた」


エリカ『……。』


まほ「なのに私は今、また、同じ失敗を」

まほ「私は間違えてばかりだ」

まほ「失望……したか」

エリカ『……え……』

まほ「お前こそ、こんな私に失望したのではないかと」

まほ「エリカが急によそよそしくなったのは、お前に呆れられたからではないかと」

まほ「私は、不安でたまらない」

まほ(……。)

まほ(……自分で言って、やっとわかった)

まほ(そうだったのだな)

まほ(だから私は、エリカに他人行儀にされるのが嫌で)

まほ(エリカを必死に追いかけて)

まほ(エリカの気持ちを確かめずには、いられなくて──)

まほ(私は本当に、犬だ……)



エリカ『……』

エリカ『怖い、です』

まほ「うん」

エリカ『妊娠の事も』

まほ「うん」

エリカ『これから先の事も』

まほ「うん」

エリカ『……隊長の事も……』

まほ(……っ)

まほ「……そうか……」

546 : KASA - 2016/12/26 21:19:49.17 yIw06FiCO 234/537

エリカ『……。』

エリカ『私は母親にはなれない、と言ったのに』

エリカ『それなのに』

エリカ『どうしてこの人は分かってくれないんだろう』

エリカ『どうして私を離してくれないんだろうって』

エリカ『ヘリの中で、ずっと隊長の事が、怖かった』


まほ「……。」

まほ「……すまなかった、本当に」


エリカ『……。』


まほ(……。)

まほ(胸の奥が)

まほ(冷たいな)

まほ(こんなに心臓)

まほ(ドクドクいっているのに)

まほ(……。)

まほ(『失望したか?』、と聞いておきながら)

まほ(きっとそんな事はないのだと)

まほ(心のどこかたかをくくっていた)

まほ(私は)

まほ(本物の馬鹿だ)

まほ(……。)

まほ(身体の震え)

まほ(止まらないな)

まほ(だが、)

まほ(聞かなければ)

まほ(逃げるな)

まほ(エリカの言葉を、ちゃんと聞け)

まほ(これこそ、私が確かめたがっていた──エリカの気持ちだろ……っ)


エリカ『今だって、隊長が、隣にいるのが──』

エリカ『怖いです』


まほ「……っ!!」

547 : KASA - 2016/12/26 21:20:55.23 yIw06FiCO 235/537

まほ(私は──)

まほ(私はもう、ここから出ていくべきではないのか!?)

まほ(だが、それは、逃げることでは?)

まほ(気持ちを聞かせてくれと、そういったのは私だぞ)

まほ(かといって、踏み止まって、何になる)

まほ(エリカを脅かすだけならば)

まほ(留まっていたところ、それはたんなる、自己満足ではないのか!?)

まほ(わからない)

まほ(私は、どうすべきなのだ?)

まほ(誰か、教えてくれ!)

まほ(……くそっ!)

まほ(くそっ……!)


エリカ『……でも』


まほ「──!!!」

まほ「なんだ」

まほ「『でも』、なんなんだ!?」


まほ(無様だ!)

まほ(愚かだ!!)

まほ(惨めだ!!!)

まほ(だが!!)

まほ(お前の『でも』に)

まほ(すがりたくてたまらないんだ!!)


エリカ『でも──』


エリカ『隊長が追いかけてきてくれて──』


エリカ『少しだけ』


エリカ『嬉しかった……』


まほ(──!!!)

まほ(……。)

まほ(……っ)

まほ(……!!!)

まほ「そ──そうか……っ」

まほ「……そうか……!!!!!」


まほ(──うれしょん、という行動が、犬にはある──)

まほ(学園艦から帰省した私に、一度あいつが、おしっこをひっかけたことがある)

まほ(こんな──気持ちだったのだろうか……!?)

548 : KASA - 2016/12/26 21:21:30.45 yIw06FiCO 236/537

エリカ『私、もう』

エリカ『どうしていいのか分かりません……』


まほ(……っ!)

まほ(浮かれるな! 思いあがるな! 今こそ……冷静になれ……!)


まほ「ああ、ああ……! 私も、分からないことだらけだ、エリカ」


エリカ『私、お母さんのこと、あまり好きじゃなかった』

エリカ『口うるさいし、意地悪だし』

エリカ『それなのに、あの時、お母さんの顔をみたら』

エリカ『どうしようもなく涙が止まらなくて』

エリカ『それに、抱きしめてくれた時の』

エリカ『お母さんの匂いが、どうしようもなく、たまらなくて……』

エリカ『だから、本当はお母さんにもっといっぱい話を聞いてほしいんですよ!』


まほ「うん、そうしたらいいぞ……!」

まほ「お母様も、もっとお前に甘えてほしがっているんだ」

まほ「本当だぞ! 私にそういったんだ!」


エリカ『……っ』

エリカ『でも……』

エリカ『その、はずなのに、私は』


まほ「どうした」


エリカ『小言を言われるたびに、すごく腹がたって、本当はお話しをしたいのに』

エリカ『全然素直に話せなくて』

エリカ『それに、隊長の前で子供ども扱いされるのも、すごく恥ずかしい』

エリカ『私は黒森峰の副隊長なのに、お母さんはどうして私を子供扱いするんだろうって』

エリカ『だけど……それが嫌なはずなのに、私、子供扱いされることが、なんだかうれしくもあって』

エリカ『私って……なんなんだろうって』

エリカ『そしたらもう、どんな顔をして隊長と話せばいいんだろうって』

エリカ『どんな顔をしてお母さんと話せばいいんだろうって!!』


まほ「……。」

まほ「エリカ……」

549 : KASA - 2016/12/26 21:22:00.71 yIw06FiCO 237/537

エリカ『もう、わからない、わからないんです!』

エリカ『自分のことも、何もかも……!!』

エリカ『自分が、どうしたいのかも!!』

エリカ『本当は、子供の事だって、嬉しかったはずなのに!!』


まほ「──!?」


エリカ『隊長の子ども! 西住流の子供! 私はこれで、身も心も本当に戦車道にささげられるって』

エリカ『産まれてきてよかった! 戦車道をやっててよかったって! 私の人生は何て素晴らしいのだろうって!!』


まほ「……エリカ……!」


エリカ『……そのはずなのに!!!』

エリカ『……同時に、すごく怖くなって……』

エリカ『色んな不安なことが、急に頭の中で一杯になって……』

エリカ『もう、わけがわからなくって、頭の中がグチャグチャで……!』

エリカ『き、気がついたら、この子の事を、憎い、だなんて!!!』

エリカ『私、もう、もう……!!!』


まほ「──っ!!」

まほ「エリカ!」

まほ「頼む!!」

まほ「ドアの鍵を、開けてくれ!!」


エリカ『!?』


まほ「そっちに行きたい!」

まほ「お前の手を、握りたい!!」

まほ「頼む!!」


エリカ『い──嫌です!』


まほ「エリカ!?」


エリカ『隊長の目、怖い!』

エリカ『ずっと』

エリカ『ヘリの時から、ずっと!』


まほ「目……!?」

550 : KASA - 2016/12/26 21:23:13.65 yIw06FiCO 238/537


エリカ『なんとかしようとしてくれる目』

エリカ『強すぎて──怖いんです!!』

 
まほ「……っ」

まほ「……!!」

まほ「……!!!」

まほ「わ──」

まほ「わけのわからないことを!! 言うな!!!」

まほ「──ふんッ!!!」



 ダン!! 


 バン!!! 


 ガタガタガタ!!!


エリカ『!?』


まほ「……うおお!!」

エリカ「!?」

エリカ「きゃあああああ!!? 隊長! 何をやってるんですか!!?」

まほ「うるさい!」

まほ「お前がカギを開けないのなら──」

まほ「壁をよじ登るだけだっ!!!」

エリカ「!!??」

まほ「絶対に、そっちに、行くからな!! エリカ!!!」

エリカ「!??!!!??」

551 : KASA - 2016/12/26 21:24:34.20 yIw06FiCO 239/537


 ガンガンガン!!


まほ「よいしょぉ!!」


 ……ダンッ!!!


エリカ「ひ……っ」

まほ「ハァ、ハァ……」


まほ(……エリカ……)

まほ(エリカ……!)

まほ(エリカだ……!!!)


エリカ「そ、それです!」

まほ「……!?」

エリカ「その目が、怖いんですよ!」

まほ「この目……!?」

エリカ「隊長は、いつも思慮深く、色々な物をみているのに」

エリカ「いろんな状況を見通そうとしているのに!」

エリカ「その目をしているときは──」

エリカ「私の事を、私の事だけを、ただ、じっと……!」

まほ「……!? いけないのか、それが」

エリカ「……わかりません……でも、今はそれが、怖いんです!」

エリカ「私のせいで」

エリカ「隊長が、隊長ではなくなってしまうんじゃないかって……!!」

まほ「……!?」

まほ「…………!?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

559 : 以下、名... - 2017/01/02 14:41:25.23 h45nmEpTO 240/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

──────。



みほ(お姉ちゃんは、真剣にエリカさんの事を想って行動してる)

みほ(だから、本当はこんなこと言っちゃいけない)

みほ(いけない、けど……っ)

みほ(こんなの、あんまりにも!)

みほ「ば──」

みほ「ばか」

みほ「お姉ちゃんの、ばかっ」

まほ『……みほ……?』


みほ「お姉ちゃんは、エリカさんの事、何にもわかってない」

エリカ『……あんた……』

エリカ『私に、怒る資格ないから、だから黙ってる』

エリカ『だけど、隊長をバカ呼ばわりすることは許さない。隊長は私の事を──』

みほ「──そんなこと分かってます!」

エリカ『!?』

みほ「だけどもしも、私が」

みほ「私が一緒にいてあげていたら、エリカさんはこんな事にはならなかった」

エリカ『……はぁ!?』

みほ「エリカさんはね。エリカさんは」

みほ「猫さん、なんです」

エリカ『な、何を言って──』

まほ『聞かせてくれ、みほ』

エリカ『へっ? た、隊長?』

まほ『みほの理解しているエリカを、私にも教えてほしい』

まほ『私も、エリカの事を、もっと理解したいんだ』

みほ「……。」

エリカ『隊長……』

560 : 以下、名... - 2017/01/02 14:42:54.34 h45nmEpTO 241/537



みほ(『お姉ちゃんを、エリカさんに捕られた』)

みほ(『エリカさんを、お姉ちゃんに捕られた』)

みほ(でも、この気持ち、嫉妬……とは少し違う)

みほ(何なのかな)

みほ(……)

みほ(『あきらめ』……?)

みほ(ただの子供でいられたころとはもう、決定的に何かが変わってしまったんだって……)


みほ「……。」

みほ「エリカさんは、あんまりべたべたされるのは好きじゃないんです」

まほ『うん』

みほ「こちらから近づこうとしても、すぐにどこかへ行ってしまうんです」

みほ「だけど、遊んでほしい時、甘えたい時、そんなときは、エリカさんは自分から近づいてきてくれます」

みほ「あるいは、そういう時は、こちらから話しかけた時の反応が少しだけ違うから、分かるんです」

エリカ『気持ちの悪い分析してんじゃないわよ!』

まほ『エリカ、私は最後まで聞きたい』

エリカ『隊長ぉ!』

みほ「だけど、甘えたい時でも、あんまりべたべたされるのは嫌な性格だから──」

みほ「側にいて、時々頭を撫でてあげたりしながら、一緒にいてあげれば、それでいいんです」

みほ「何もしなくていいんです」

みほ「そういう距離感がエリカさんにとって一番落ち着くんです……」

みほ「それなのに、お姉ちゃんは……!」

みほ「一緒にいても上げず、あげく、追いかけまわして……」

まほ「……。」

みほ「私、辛いです」

みほ「画面の向こうで、エリカさんがこんなに痩せてしまっている」

みほ「……私が黒森峰にいたら……」

エリカ『……! 自惚れもいい加減にしてよ!』

みほ「わかってますよ!」

みほ「でも」

みほ「そう思わずにはいられないんです」

みほ「だって、エリカさんが、お姉ちゃんが、こんな事になってたなんて!」

エリカ『……ッ』

まほ『……。』

まほ『エリカの、お母様がなお前の事を、話していたよ』

みほ「え?」

561 : 以下、名... - 2017/01/02 14:43:36.56 h45nmEpTO 242/537

まほ『あの子は──みほの事だな──エリカととても上手に付き合ってくれていた、と』

エリカ『……そんな事を言ったんですか、母が』

まほ『親というものは、私達が思っている以上に、私達を良く見ているようだな?』

エリカ『……。誰もかれも、勝手な思い込みです』

まほ『本当に、そうなのか?』

エリカ『……。』



みほ(……もっと悔しい気持ちになるのかと思ってた)

みほ(嫉妬だとか、お姉ちゃんをとられて寂しいだとか、そういう風に考えるのかなって)

みほ(だけど、そんな事なかった)

みほ(そんなこと、もう、どうでもいい)

みほ(ただただ、二人に元気であってほしい……)



まほ『みほ』

みほ「……ん」

みほ「何? お姉ちゃん」

まほ『エリカの事を教えてくれて、ありがとう』

まほ『またみほに、教えられたな』

みほ「……。」

まほ『実はな』

みほ「?」

まほ『カウンセリングの先生にも、それに近い内容で、怒られてしまったんだ』

みほ「え……そうなの?」

まほ『何度目の時だったかな……あの日から、私もエリカも、何度かカウンセリングを受けたんだ』

みほ「一度だけじゃ、なかったんだ」

まほ『一度話した程度で、どうにかなる状況ではなかったという事だよ』

まほ『特に、エリカはな』

エリカ『……。』

まほ『まぁ、とにかく、何度目かのお話しの時に、先生にこういわれた』

まほ『貴方はは、エリカさんに依存しすぎている、な』

みほ「え……」

みほ「お姉ちゃんが、エリカさんに、依存?」

みほ「ど、どういうこと……?」

562 : 以下、名... - 2017/01/02 14:44:26.10 h45nmEpTO 243/537

まほ『少し難しい話だったから、うまく説明できないかもしれないが──』

まほ『そもそも、妊娠した者はその染色体共有に対して──』

まほ『何らかの精神的依存を抱くらしい』

まほ『各国の医療機関がまとめた統計データ上でも、そういう傾向がみられるそうだ』

みほ「う、うん……」

まほ『それで、少し急な質問になるが──』

まほ『みほ』

まほ『堕胎という選択肢を、真剣に検討したことはあるか?』

みほ「……!?」

みほ「な、何、急に」

まほ『すまない』

まほ『唐突だとは思っている』

みほ「え、えと……そういう選択があることは、聞いたよ」

みほ「だけど、今のところは、まだ……できれば、避けたいかなって」

まほ『ん……そうか』

みほ(お姉ちゃん、少しほっとしたのかな、今……)

まほ『だが先生によると──それも奇妙なことらしいんだ』

みほ『奇妙……?』

まほ『そうだ。心理学的に考えると、平均的な選択とは言えないらしい』

みほ「??」

まほ『私達は──』

まほ『突然に、原因不明の妊娠をした』

みほ「うん……」

まほ『何の準備もなく、覚悟もなく』

まほ『妊娠という重大な現実を、背負ってしまった』

まほ『それゆえ、大半の女子は、早い段階では最終的な決断をするはずだ……』

まほ『その心のケアが、重要なミッションになるだろうと、大勢の大人が考えていたらしい』

まほ『しかし、だ』

まほ『現時点でもっとも対象者数の多いアメリカでさえ』

まほ『堕胎希望者は、今のところほんの数名らしい』

みほ(……。)

みほ(何人かの女の子は、それを選んだんだ……私と同じように、戦車道をしている女の子が……)

まほ『……みほ、今何を考えた?』

みほ「え……?」

まほ『数名でも、その選択をした者がいることが、悲しいか』

みほ「……!」

まほ「やはり、私と同じことを考えたのだな」

563 : 以下、名... - 2017/01/02 14:46:21.50 h45nmEpTO 244/537

みほ「……お姉ちゃん……」

まほ『ただな先生にいわせると、私やみほがそういう風に感じた事も──大体数の生徒が出産を意識しはじめていることも──』

まほ『状況から考えれば、特異なことらしい』

まほ『むしろ、「堕胎という選択肢に対して感じる後ろめたさ」が軽減されて」

まほ『その選択を選ぶ対象者の割合が増加していくはず……それが本来の合理的な反応であるはずだそうだ』

まほ『で、あれば──』

まほ『なぜ彼女達は出産を選ぶのか』

まほ『カウンセリングをしてくれた先生も、その点に興味をもっておられた』

みほ「……だけど……」

みほ「どうして、って、言われても──」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

575 : KASA - 2017/01/08 21:01:59.29 etnK+hRjO 245/537

まほ『産んでしまえば、もう後戻りはできない』

まほ『私達は親となり、子供に対しての責任を負い、これまでのような自由は失われる』

まほ『人生の見通しもある程度固まってしまうし──いや、固めなければならない。子供のために』


みほ「う、うん……」

みほ(何となくは、そうなんだろうなって思ってるけど)

みほ(あんまり、しっかり考えた事、ないよ)

みほ(だって、目の前のことに、精一杯だもん……)


まほ『で、あればこそ』

まほ『産まないという選択肢を周りが許容してくれるのに』

まほ『どうして、私達は出産を選ぶのか──』


みほ「だけど、どうしてって、言われても……」

みほ「そんな事、簡単には説明できない……」

まほ『……。』

まほ『同感だ』

みほ「え……?」

まほ『私だって、答えにたどり着くまで、ずいぶん苦労した。何日も何日も、考えなければならなかった』

みほ「……。」

みほ(でも、時間がかかったとしても、お姉ちゃんはちゃんと、答えをみつけられたんだ)

みほ(やっぱりすごい、お姉ちゃんは……)

まほ『それにな、病院の先生もおっしゃっていたのだが』

みほ「?」

まほ『今言ったような見方は、どちらかといえば男性的、というか──少々、理屈に偏った見方だそうだ』

みほ「理屈に偏った……?」

まほ『そうだ。まぁ、大勢の人間に受け入れられやすい共通見解というものは、えてして理屈っぽくて、そのくせにどこか大雑把な意見になる──らしい』

みほ「はぁ」

まほ『そういう認識と反省もまた、賢い人達はしっかりと共有していて』

まほ『今は少しづつ、いろんな意見を取り入れて、考え方やモデルを洗練させようとしているだそうだ』

まほ『苦労しているのは、大人達も、同じみたいだよ』

みほ「そう、なんだ」

まほ『うん、今度の事は、戦車道とは違って、理論も技法も伝統も、まだ何も確率されていない』

まほ『考え方や、現象の理解も、これからもどんどん変化していくだろう、と、そんな風な話も、聞かされたよ』

みほ「……難しくて、全部はよく分からないけど……」

みほ「お姉ちゃんは、先生に、どんな風に答えたの?」

まほ『私の、か』

みほ「最初に言っていたみたいに、『どうせいつかは産むのだから』って……?」

まほ『まぁ……そうだな、それもある。けれど、それだけではないよ』

まほ『もう一つ、大切な理由がある』

みほ「……その理由を聞いても、いい?」

まほ『みほ』

まほ『もちろんだよ』

576 : KASA - 2017/01/08 21:02:45.30 etnK+hRjO 246/537

まほ『なぜ……私は産むのか』

まほ『どうして産もうと思うのか』

まほ『何日も考え続けた』

まほ『そうして、やっと気づいたのは』

まほ『……むぅ、改めて言葉にするのは、少々気恥ずかしいが──』

まほ『結局のところはつまり』

まほ『この子が、エリカの子どもだから──だな』

エリカ『……。』

みほ「エリカさんの子供、だから……?」

まほ『うん。もしもこの子が、見ず知らずの相手の子供だったなら──』

まほ『この子を産もうか産むまいか、今でも私は、悩んでいたかもしれない』

みほ「……。」

まほ『だが、この子は、そうではない』

まほ『エリカと、私の子だ』

みほ「……。」

まほ『もちろん、『産みたくない』という意志は、それ単体でも、充分産まない理由として成立するだろう。他のあらゆる要素を押しのけて、な』

まほ『だが──』

まほ『大人達があらゆる面での援助を行うと、明確に意志を表明してくれている』

まほ『それに、お母様も』

まほ『色んな人達が、私を助けてくれるという』

まほ『で、あれば』

まほ『私にはもう』

まほ『産まない理由はない』

まほ『この上でなお私がこの子を産みたくないというのなら──』

まほ『それは、エリカを否定する事になる……私にはそう感じられるんだ』

エリカ『……。』

まほ『エリカを否定するとう事は──ともに戦車道を歩んできた仲間を、否定するということだ』

まほ『もっと突き詰めれば──それは結局、今までの自分の戦車道が、嘘になってしまうような気がするんだ』

みほ『自分の戦車道が、嘘』

まほ『論理が飛躍していると──自分自身でも思う』

まほ『だが私には……そうとしか感じられないし、そうとしか──言いようがないんだ』

まほ『……みほ』

577 : KASA - 2017/01/08 21:03:53.21 etnK+hRjO 247/537

まほ『伝わっただろうか。私の気持ちは。』

みほ「……え、と……」

エリカ『……。』

まほ『……みほ』

まほ『私は、この子に会ってみたい』

みほ「え……?」

まほ『私と、私が信頼するエリカとの間に生まれるこの子』

まほ『いったい、どんな子なのだろうか……?』

まほ『男の子か、女の子か……どちらにせよ、きっと、手の掛かる子になる』

まほ『生意気で、素直じゃなくて、そのくせ変に考え込む性格で──』

まほ『だから私がしっかりと、気をつけてやれなければ』

まほ『……ふふ、まったく、先が思いやられる……』

みほ(……お姉ちゃん……)

まほ『何のかんのと、唾を飛ばしたが』

まほ『結局私は──』

まほ『ただただ、産みたいのだ』

まほ『私とエリカの間に生まれる、この子を、な』

みほ「……そっか……」

みほ「……そうなんだね」

まほ『ああ』

まほ『そうだ』

まほ『そうなんだよ』

みほ「……。」

みほ(お姉ちゃん……)

みほ(すごく、幸せそう……)

みほ(……。)

みほ(羨ましい……)

まほ『まぁ……というような答えを、先生に言ったんだ。そうして、さっきの話に戻るわけだが──』

みほ「え?」

まほ『私はエリカに寄りかかりすぎているのではないか、と。』

みほ「そう、かなぁ……」

まほ『エリカを大切に思うのはいいが、あまり依存しすぎると、かえってエリカの重荷になってしまうと……そういう事だ』

まほ『とくに──』

まほ『お互いの想いのバランスが、とれていない間は、な』

みほ「じゃあ、それで……先生はどうしろって……?」

まほ『薬を飲んでちちんぷいぷい、とはいかないからな』

まほ『そういった理解を踏まえた上で、面談面談また面談、その繰り返しだよ』

みほ「そうなんだ……大変だね、カウンセリングって」

まほ『そうだな。手軽な事ではない。認識という階段を少しづつ積み上げて、ゆっくりゆっくりより良い場所を探していく──』

まほ『「最善」にはこだわらず、目指すのは、あくまで実現可能な範囲での「より良い選択」を、な』

まほ『カウンセリングというものは、そういうものらしい』

まほ『もどかしいものだ』

578 : KASA - 2017/01/08 21:04:32.42 etnK+hRjO 248/537

みほ「それで……より良い選択……見つけられた?」

まほ『……ん……』

まほ『各々の現状を理解しあったうえで、どうしていくのか──どうしていきたいのか──』

まほ『先生やエリカと三人で──時にはお母様達も交えて、何度も話し合った』

まほ『そしてたどり着いた、ひとまずの結論』

みほ「うん」

まほ『私は、エリカへの依存を自覚し、なるべくそれを自制する』

まほ『エリカは、できるだけ自分の気持ちを言葉にして、私や家族に伝える』

まほ『──という所だ』

みほ「……」

みほ「えと、なんだか普通……だね」

みほ「目新しいことも、特に……」

まほ『まぁ、な』

みほ「あ……ご、ごめんなさい、偉そうに……」

まほ『いや、いいんだよ』

まほ『そんな当たり前の結論にたどり着くことすら……私達はもう、自力ではできなくなっていたんだ』

まほ『色々なことがねじれてしまって……』

みほ「……。」

まほ『そうなってしまった時のための、カウンセリング……なのだな』

まほ『……』

まほ『お母様、聞いていますか?』

しほ「ええ」

まほ『私とエリカを病院につれていってくれたこと』

まほ『今は、本当に……感謝をしています』


しほ「……大変なのは、まだまだこれからです」

しほ「今後も、油断をしないように」

まほ『はいっ』

エリカ『は、はい』


みほ(……。)

みほ(本当に大変になるのは、まあまだこれから……)

みほ(お母さんの言う通りだ)

みほ(まだ何も、始まってすらいないんだ)

みほ(これから何か月もかけて、だんだんお腹が大きくなって──)

みほ(そして、もし本当に子供がうまれたら、それからまた何十年も──)

みほ(ううん、何十年どころじゃない、もう、私達の一生の話なんだ──)

みほ(……果てしない、なぁ……)


みほ「……ふはぁぁぁ……」

579 : KASA - 2017/01/08 21:06:19.24 etnK+hRjO 249/537

みほ(……あ……)

みほ(だめ、まだまだ今日のお話は終わりじゃないのに)

みほ(だけど、ずっと緊張してたから、どうしてもひと段落すると気が抜けちゃう……)


しほ「ん……もうこんな時間ですか。思ったりよりも、時間が経ってしまったわね」

まほ『みほ、疲れしてしまったか?』

みほ「あ、えと、う、うん、ちょっぴり……」

まほ『エリカはどうだ、疲れていないか?』

エリカ『私は──あの、すみません、実は少し……』

まほ『無理もない。私も少し、気疲れをしてしまったよ』

まほ『自分の気持ちを、こうも明け透けに述べることなど、そうそうあるものではないしな』

みほ「あ……だ、だけど、エリカさんの養子の事、ちゃんとお話しを聞きたいです……」

まほ『うん、わかっているよ、みほ』

しほ「──ですが、養子の件、改めて言うまでもなく重要な話です」

しほ「話をする以上は、きちんと理解をしてもらいます」

みほ「う、うん、わかってます」

みほ(……けど……)

みほ(うぅ、お姉ちゃんのお話しが、頭の中でぐるぐる回ってる)

みほ(一度……時間を置いた方がいいのかなぁ)

みほ(どうしよ……)

しほ「……。」

しほ「……まぁ、しかたがないわね」

しほ「貴方達が良ければ、今日はいったんここまでとして──」

しほ「また後日、同じように場を設けても、かまわないけれど」


まほ『そうですね、そのほうが、いいかもしれません。みんな、疲れている』

みほ「だ、だけど……」

みほ「お母さんは」

みほ「明日の朝に、もう帰っちゃうんだよね」

みほ「お母さんのパソコンがないと、こうやって顔を見ながら話せないんじゃ」


しほ「パソコンならこの家にもあるでしょう。そのパソコンに、『すかいぷ』を設定すればいい」


みほ「あ、そっか……」

みほ「そうすればもう、お母さんがわざわざこの家に来る必要は……」

みほ(……。)

みほ(だけど、じゃあ、その時は)

みほ(私はこの部屋に一人で、皆は画面の向こうで)

みほ(そんな状態で……養子のお話しを……?)

みほ(……。)

みほ(一人じゃ)

みほ(やだな……)

みほ(そんな事をいったら、情けないって、またお母さんに怒られるかな……)

みほ「……。」

580 : KASA - 2017/01/08 21:07:47.07 etnK+hRjO 250/537

しほ「……。」

しほ「まぁ」

しほ「私が関東に出てくることは、これからも度々あるでしょう」


みほ「……!」


しほ「それに、養子の件は、まだ半年以上先の話でもある」

しほ「いっそ熊本で、みなで直接に顔を合わせて話をするというのでも、いいでしょう」

まほ『そうですね。大事な話ですから』

まほ『ではもう、今日のところはこれで──?』


エリカ『……っ』

エリカ『あ、あの』


しほ「?」

まほ『どうした、エリカ』


エリカ『割り込んで、すみません』

エリカ『あの、いったん日を改めるというお話には、私も賛成です』

エリカ『ただ……』

エリカ『どうしても、今』

エリカ『あなたに、聞いておきたいことが、あって……』

みほ「私……ですか?」

エリカ『……ええ』


まほ「……。」


しほ「……遠慮はいりません」

しほ「気のすむまで話せばいい」


エリカ『あ、ありがとうございます』

みほ「……。」


みほ(エリカさんが、私に聞きたい事……)


みほ「えと、何、でしょう……」

エリカ『……。』

みほ「……。」

みほ「……?」


みほ(エリカさん、ずっと黙ったまま)


みほ「あのぅ、エリカさん……?」

エリカ『……。』

みほ「あの──」

まほ「──みほ」

みほ「お姉ちゃん?」

まほ「少しだけ、待ってやってくれないか」

みほ「え……」

581 : KASA - 2017/01/08 21:08:37.19 etnK+hRjO 251/537

まほ「エリカは、なかなか足が重たくてな、前に進むのに苦労をしているんだ」

まほ「ポルシェ・ティーガーや、ティーガーⅡと……同じだよ」

みほ「……うん、わかった」

エリカ『……。』


みほ(エリカさんが、私に聞きたい事──)

みほ(やっぱり、養子のこと、かな)

みほ(……。)

みほ(エリカさんが、私達の家族になる……)

みほ(……)

みほ(反対はしない)

みほ(エリカさんのためでもあるって、お姉ちゃん言ってたもん)

みほ(それに、エリカさんがいっぱい悩んだんだってことも、今日、よくわかった)

みほ(……だけど……)

みほ(上手くやっていけるのかなって、やっぱり少し、私は不安……)


エリカ『……。』


みほ「……」


エリカ『あのさ』


みほ(……!)

みほ「はい」


エリカ『あんたの子どもってさ』


みほ「……はい」


エリカ『相手が誰なのか、わからないって、聞いた』

みほ「……。そう、です」

みほ「すごく、珍しい事で。世界中でも、ほんの数人だけだって」

エリカ『……。』

エリカ『あんた、それ、平気なの』

みほ「平気、て……?」

エリカ『だっ……大丈夫なのかって、聞いてんのよっ』

みほ「え……えと、今のところは、なんとか……」

エリカ『……。』

エリカ『……なんで?』

みほ「へ?」

エリカ『どうして、平気なの』

みほ「どうしてって……」


みほ(どういう意味だろう……)


582 : KASA - 2017/01/08 21:09:31.03 etnK+hRjO 252/537

エリカ『……私、この子を産みたいって、今はまた、思えるようになった』

みほ「……よかった」

エリカ『でもそれは』

エリカ『隊長が、一緒にいてくれるからよ』

みほ「うん」

エリカ『私も隊長と同じで、隊長にすごく依存してる』

エリカ『カウンセラーの先生にも、そう言われた』

エリカ『自分でも、その通りだと思う』

エリカ『もしも隊長がいてくれなかったら、私、やっぱり、産もうとは思えなかった、たぶん』

エリカ『良い母親になってあげられる自信……まだ、無いし……』


まほ『……エリカ』

 ぽん、ぽん

エリカ『ぁ……。』


みほ(……。)

みほ(お姉ちゃん)

みほ(さっきは、バカだなんて言ってごめんなさい)

みほ(お姉ちゃんはもう、とっても上手に、エリカさんをよしよし出来るんだ)

みほ(……。)

みほ(だけど今、エリカさんが言おうとしてることって、つまり──)

みほ(こうやって側で支えてくれる人が、私にはいない)

みほ(それでも平気なのかって、それを私に聞こうとしてる?)

みほ(……。)

みほ(それって、つまり)


みほ「エリカさん」

みほ「私の事を」

みほ「心配……」

みほ「してくれてるんですか……?」

エリカ『……。』

みほ「もしもそうだったなら」

みほ「……嬉しい」

みほ「……です」

エリカ『……っ』

エリカ『私』

エリカ『あんたの事は、まだ許してない』

みほ「……。」

みほ「それって」

みほ「私のせいで去年、黒森峰が優勝できなかったことを、ですか?」


エリカ『……っ!』

エリカ『違うわよっ!!』

583 : KASA - 2017/01/08 21:11:01.82 etnK+hRjO 253/537

みほ「っ、ご、ごめんなさい……」

みほ(……。)

みほ(本当に、ごめんなさい)

みほ(私、今)

みほ(わざと、間違えたんです)

みほ(エリカさんに、「違う」って言ってほしくて)

みほ(でもこれではっきり、分かった)

みほ(エリカさんが、今でも怒っているのは──)

みほ(……。)

みほ(私が黒森峰を止めた事)


エリカ『──。』

みほ「──。」


みほ(私がちゃんそれを分かってるって、画面の向こうで、エリカさんも気付いてる)

みほ(お互いの目を見れば、画面越しであっても、そうやって理解しあえる)

みほ(それが)

みほ(私とエリカさんの三年間)

みほ(私が黒森峰に置きざりにした……三年間……)

みほ「……」

みほ(だけど、エリカさんがこれから何を言おうとしてるのか)

みほ(今の私には、もう、わからない)

みほ(それを理解してるのは、もう、私じゃなくて──)


まほ「──。」


みほ(……それが少し、今は悔しい……)


エリカ『……。』

エリカ『あんたがちゃんと、謝ったなら』

エリカ『黒森峰に戻ってきたなら』

エリカ『一発ビンタして、それでまた』

エリカ『前みたいに戻れたらって』

エリカ『私、そう思ってた』

みほ「……!」

エリカ『あんたもいろいろ大変なんだって、私なりに理解してたつもり』

エリカ『……それなのに……』

エリカ『あんたは別の学校で』

エリカ『別の連中と』

エリカ『戦車道を始めた』

エリカ『すごく楽しそうに』


みほ(……。)

みほ(楽しかったことばかりじゃ、ないもん)

みほ(辛いこともいっぱいあった)

みほ(……エリカさん、何も、知らないくせに……)

584 : KASA - 2017/01/08 21:12:13.53 etnK+hRjO 254/537

エリカ『黒森峰からいなくなったくせに』

エリカ『あんたは、あんたのまま、ちゃんと、強いままで』

エリカ『私はすごく腹が立って』

エリカ『二度と許してやるもんかって』

エリカ『来年は絶対に私があんたをたたきつぶしてやるって』

エリカ『そう、思ってた……』

みほ「……。」

エリカ『だけど──もう、馬鹿らしくなった』


みほ「……え?」

みほ「どうして……」


エリカ『だって、私達』

エリカ『妊娠、してるのよ』

エリカ『妊娠よ、妊娠……』

エリカ『なんなのよこれ……』

エリカ『ありえないわよ……』

エリカ『隊長と一緒に、何度も何度もカウンセリングを受けて』

エリカ『やっと少しづつ、気持が落ち着いてきて』

エリカ『だけどその後も、ご飯はあんまり食べられないし、体重はどんどんへっていくし』

エリカ『そのうちに養子の話があったり、もう、これまでの日常が何もかもめちゃくちゃになって──』

エリカ『……気が付いたら、なんだかもう、色々な事が、どうでもよくなってた』

みほ「エリカさん、自暴自棄になっちゃ、だめ……」

エリカ『ばかっ、そーいうんじゃないわよっ。なんていうか……妊娠にくらべたら、大したことじゃないって、いうか』

エリカ『いや、違う、今の無し。そういうのとも、少し違う』

エリカ『……ああもぅ……なんでもっとうまく言えないよの……』

みほ「……。」

エリカ『あぁ、ええと、だから……』

エリカ『あんたも妊娠してるって聞いて』

エリカ『しかも、子供の父親が誰かさえ分からないって、今日、聞いて』

エリカ『あんたが今どれだけ辛いかは、少しだけ想像できる』

エリカ『隊長から聞いた通り、私もめちゃくちゃだったから』

エリカ『だから、そうやって、あんたの事色々考えて、結局頭に残ったのは……あんたへの怒りとか恨みとかじゃなくて……』


みほ「……エリカ、さん……?」


エリカ『……。』

エリカ『……。』

エリカ『……みほ、大丈夫かな、って……』



585 : KASA - 2017/01/08 21:16:04.33 etnK+hRjO 255/537

みほ「!」

みほ「……!」

みほ「エ──」

みほ「エリカさ──」


みほ(今)

みほ(私のこと)

みほ(『みほ』って……!!)


みほ(……っ)

みほ(どうして──)

みほ(どうしてだろう!?)

みほ(一体、いつから)

みほ(いつのまに私達は)

みほ(たったこれだけのことを、簡単に言えなくなっちゃったんだろう!?)

みほ(お互いを、心配する、そんな当たり前のことを、どうして素直に言えないんだろう!?)

みほ(私が、黒森峰を止めたから、なのかな……)

みほ(……。)

みほ(……っ)

みほ(……!!!)


みほ「エ……エリカさんの──」

みほ「ばかっ」

エリカ『!?』

みほ「ばかばかばか!!」

エリカ『な……なによっ!?』

みほ「あの時エリカさんが」

みほ「エリカさんがちゃんと私の事を引き留めてくれたら──」

みほ「私」

みほ「私──」

みほ「黒森峰を止めたりしなかった!!」



まほ『!?』

しほ「!?」




エリカ『なっ──』

エリカ『は、』

エリカ『はあああああああ!?』

エリカ『あんた、それ』

エリカ『い、今!?』

エリカ『今それを言うの!?』

エリカ『ば──ばっかじゃないの!?』

エリカ『いっ……』

エリカ『一年、遅いわよ!!』

587 : KASA - 2017/01/08 21:22:14.76 etnK+hRjO 256/537

みほ「っ、知らないもん! エリカさんが悪いんだもん!」


みほ(エリカさんが名前で呼んでくれた)

みほ(──嬉しいっ)

みほ(お姉ちゃん、これが、うれしょんな気持ちなのかなぁっ!?)

みほ(今、こんなことを言っても仕方がないのに!)

みほ(あぁ、私って本当に)

みほ(どうしてこうなんだろう)

みほ(どうしてもっと、積極的になれないんだろう)

みほ(今だって、エリカさんが名前を読んでくれたから)

みほ(手を引いてくれたから、それでようやく……!)

みほ(私、こんなので本当に、お母さんになれるの……!?)


エリカ『がっ……し、師範の顔、見てみなさい!』

エリカ『すっごい呆れてるじゃない!?』

みほ「!? ぁう……お、お母さん……?」


しほ「……。」


みほ(わぁぁ、す、すっごく渋い顔してる)

みほ(……あっ)

みほ(お姉ちゃんも──)


まほ「……。」


みほ(すごく困ったような、なんだか複雑そうな表情……)

みほ(うぅ)

みほ(でも、でもっ)

みほ(今じゃないと言えなかったんだもん!)


エリカ『……ありえない……ありえないわ……』

エリカ『……。』

エリカ『だ、だいたい……』

エリカ『私がそういうの苦手なの、知ってるでしょっ。私だって、ホントはちゃんと──』

みほ「……。」

みほ「そ──」

みほ「そんなの、ズルいです!」

エリカ『何がよ!?』

みほ「苦手だったら、エリカさんは何も言わなくていいんですか!?』

みほ「いつもいつも私やお姉ちゃんが、エリカさんの気持ちをさっしてあげなきゃだめなんですか!?」

エリカ『……う……』

みほ「エリカさんのお母さんだって、そーいう事を怒ってたんじゃないんですか……!?」

エリカ『ぐっ……!』

まほ『こ、こら! みほ、なんで今そんな話になるんだ!?』

みほ「エリカさんが悪いんだもんっ」

まほ『悪いんだもんって、み、みほ……』

588 : KASA - 2017/01/08 21:24:04.10 etnK+hRjO 257/537

しほ「……ハァ……」

しほ「……まほ」

まほ『は、はい?』

しほ「後は、貴方にまかせます」

まほ『へ?』

しほ「私は、シャワーを浴びてきます」


 すっく


まほ『あの、お、お母様……?』

しほ「……。」

しほ「私は、子ども同士の茶番にいつまでも付き合っていられるほど、暇な親ではありません」


 すたすたすた……


みほ「……。」

まほ『……。』

エリカ『……。』

まほ『ハァ、知らないぞ、私は』

エリカ『……うぅ、師範に呆れられた……』

みほ「……っ」

みほ(わ、私)

みほ(悪くないもんっ)

みほ(……。)

みほ(うぅ、後が怖い……)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

589 : KASA - 2017/01/08 21:25:37.41 etnK+hRjO 258/537

 ──ぴぽっ


>[接続 終了]


みほ「……。」


みほ(なんだか、いろんな事がうやむやになって)

みほ(すごくあっけなく、会話が終わっちゃった)

みほ「……ふぅ」

みほ(でも……あんまり寂しくないや)

みほ(だって)

みほ(『じゃあ、またね』って)

みほ(『どうせ近々また会うんだから』って)

みほ(そんな雰囲気で、お姉ちゃんも、エリカさんも)

みほ(そして……私も……)

みほ(……。)

みほ(こんな風にエリカさんとお話しできたの、いつぶりだろう)

みほ(それに、たった一回だけかもしれないけど、私のこと──)

みほ(『みほ』って)

みほ(~~~っ!)


みほ「……ハァ」

みほ「もう頭、ぐちゃぐちゃだよぉ」

みほ「……だけど……」

みほ(……よかったぁ……)

みほ「はふぅ……」

みほ「……。」


 <……ガチャッ


みほ「……!」

みほ(お母さんが、お風呂から戻ってくる)

みほ(うぅ、何か言われるのかなぁ)

みほ(心臓がバクバクいってるよう……)


 ……すた、すた、すた、すた


しほ「……。」

みほ(あ、寝間着やヘアバンドもちゃんと準備してたんだ。さすが、準備がいいなぁ……)

590 : KASA - 2017/01/08 21:27:19.99 etnK+hRjO 259/537

みほ「お、お帰りなさい。バ、バスタオルの場所、分かった?」

しほ「ええ」

みほ「そ、そう、よかった」

しほ「……もう、通信は切ったの?」

みほ「あ、はい。えと、エリカさんが、お母さんに」

みほ「今日は本当にありがとうございました、って……」

しほ「そうですか」

しほ「……。ふぅ……」


 ぺたんっ


みほ(う……お母さんが、テーブルの対面に正座した……)

みほ(これって)

みほ(お説教の雰囲気、っぽい……?)


しほ「……。」

みほ「……。」


しほ「……みほ」

みほ「っ! は、はい……」


みほ(……っ)


しほ「……。」

しほ「貴方の目から見てあの二人──おかしなところはなかった?」

みほ「……へ?」

しほ「何か、違和感のようなものは、あった?」

みほ「い、違和感?」

しほ「二人の距離が、以前よりも妙に近しいだとか、雰囲気がおかしいだとか、そういった事です」

みほ「……?」

みほ「……??」

みほ「そ、それはもちろん、こんな事があったんだし、以前よりも仲良くなると思うけど……」


みほ(華さんも沙織さんも、そど子さんも麻子さんも、皆そうだもん)

みほ(お互いに、支えあおうって……)


しほ「いえ、そういう事ではありません」

みほ「? ……???」

みほ「あの、ごめんなさい、良く分からない、です」

みほ「お母さん、何かお姉ちゃんとエリカさんの事で、心配していることがあるの……?」

しほ「……。」

みほ「だったら、教えてほしいです。そうでないと、ちゃんとした返事も、きちんとできません……」

しほ「……。」

みほ「お母さん……?」


みほ(あ……お母さんが考えてこんでいるときの、無表情だ……)

591 : KASA - 2017/01/08 21:28:43.66 etnK+hRjO 260/537

しほ「……。」

しほ「……あの二人にはまだ、伝えてはいないのだけれど……」

みほ「う、うん」

しほ「染色体共有者と被共有者の間で──」

しほ「ある特別な感情の発生が、あくまで稀に、ではあるけれど、認められる、と。」

しほ「そうした例が、これまでに十数件、国内外で報告されていて」

しほ「その情動は、被共有者から共有者に対して向けられる場合が多く──」

しほ「ハァ……頭が痛いわね……」

みほ「?」

みほ「???」

みほ「えと、特別な感情って……?」

しほ「……つまり」

しほ「いわゆる」

しほ「疑似的な恋愛感情」

しほ「とでも言うべきものです」

みほ「……へ?」

しほ「あの子達は、お互いが被共有者でもあるから」

しほ「なおのこと、発現の可能性は否定できないと、お医者様が私に説明を……」

みほ(え?)

みほ(れんあ──?)

みほ(へ?)

みほ「へぇぇぇ!?」


しほ「……。」

みほ「……」


みほ「お、」

みほ「お母さん」

しほ「何です」

みほ「もう……これで……全部ですか……?」

しほ「……何が?」

みほ「ま、まだ私に話ていない事があるのなら、今、全部言ってください」

みほ「も……もう、小出しはいや!」

みほ「でないと私、もう、頭がおかしくなっちゃいそうです」

みほ「まだ何かあるのかなって、私、びくびくすることになっちゃう……」

592 : KASA - 2017/01/08 21:29:20.30 etnK+hRjO 261/537

しほ「……。」

しほ「そうね、私が、悪かったわ」

みほ「え」

しほ「これで、全て」

しほ「もう、伝え残したことは無い」

しほ「約束をする」

みほ「そ、そう……。」

みほ「……。」

みほ「ハ……ハァァァァ」

みほ「よかった……」

みほ(……。)

みほ(違う、全然よくない……)

みほ(お姉ちゃんと)

みほ(エ、エリカさんが)

みほ(……。)

みほ(うそぉ……)

みほ(そりゃ、お互いに妊娠してるんだから)

みほ(お互いを大切に思う気持ちは当然だと思う)

みほ(だけど)

みほ(れ、恋愛感情って……)

みほ(それは、全然別問題だよぅ……)



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

598 : KASA - 2017/01/12 21:28:37.21 KKMngF2OO 262/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


みほ(お姉ちゃんと、エリカさんが、お互いに恋愛感情を……)

みほ「ほ、本当に、そんな事になっちゃうの……?」

しほ「現段階ではまだ、『その可能性がある』というだけです」

しほ「彼女達が、必ずそうなるというわけではありません」

しほ「ただし」

しほ「同性愛志向がどのようにして発現するのか、今は解明されていない以上は──」

みほ(ど、同性愛……)

しほ「それをどう防げばいいのかもまた、分からない」

しほ「つまり結局は、なるかならないかはほとんど運任せ、という事になるわね」

みほ「そんな……」

しほ「精神的なストレスが要因の一つではないか、というような仮説は一応あるようだから」

しほ「なるべく、彼女達の心に負担がかから無いよう、私も心がけてはいます」

みほ「……あの、こんな時にエリカさんを養子って、大丈夫なのかな……近くにいたら、よけいにそういう気持ちになっちゃうんじゃ……」

しほ「それについては、お医者様とも相談を重ねているわ」

しほ「心理学的な観点からみれば、むしろ遠ざけておくほうが返って余計な求心作用を煽るだろうと──」

みほ「そ、そう……」

しほ「ともかく」

しほ「今のところはどうにも対処のしようがない、というのが実状」

しほ「『そうはならない』という前提で、予定をたてていくしかないわね」

みほ「……。」

みほ「じゃあ、もし……」

みほ「もしも本当に」

みほ「お姉ちゃんとエリカさんが、そういうことになったら」

みほ「お母さんは、どうするの……?」


しほ「……。」


みほ(まさか)

みほ(勘当……)

みほ(う、ううん、いくらなんでもそこまでは)

みほ(だってお姉ちゃんは、何も悪くないのに……)


しほ「……。」

しほ「もし、本当にあの子がそうなってしまった時は──」


みほ(……。)


しほ「あの子に西住流を継がせる事は、難しくなるわね」


みほ「!!」

みほ「お母さん……!?」


しほ「落ち着きなさい、あの子を家から追い出すという事ではありません」

みほ「じゃあ、どうして」

599 : KASA - 2017/01/12 21:30:06.65 KKMngF2OO 263/537

しほ「王道から外れた者に──王者たる資格はありません」

みほ「……資格……」

しほ「仮に私が認めたとしても」

しほ「他の者は、まほを『家元』とは認めないでしょう」

しほ「私とて、簡単に『家元』の立場を勝ち取ったわけではないわ」

しほ「伝統というものは、大勢の人間に受け入れられ、共有され、初めて成り立つものなのです」


みほ(……。)

みほ(伝統なんか、どうだっていい)

みほ(そんなことよりも、お姉ちゃんを心配してあげてよ)

みほ(──って思うのは、私だから、なんだろうな……)

みほ(お家の問題は、お姉ちゃんにとっても、きっと重要な問題なんだ)


みほ「西住流を告げなくなったら、お姉ちゃん、きっと、辛いよね……」


しほ「ん。」

しほ「まぁ、そうね。」

しほ「……。」

しほ「……?」


みほ「あっ」

みほ「そ、それに、エリカさんも!」

みほ「そんな事になったら、それこそ『自分のせいで……』って」

みほ「どうしよう……」

みほ「エリカさん、やっと、元気になれたのに……」


しほ「……あぁ、そうね」


みほ「それにもちろん、お母さんだって、困るよね……」


しほ「……。」

しほ「……。」

しほ「……みほ」

みほ「ん、なに……?」

しほ「貴方のことだから」

しほ「西住流のことなんてどうでもいい、と」

しほ「きっとそんな風に言うのだろうと、そう思っていたけれど」


みほ「えっ……あー……」


みほ(み、見透かされてる……けど、黙っていよう……)


みほ「お母さんたちにとって西住流がどれだけ大切か──」

みほ「私だって今は、ちょっとだけ想像できます」

みほ「私にとっても、戦車道は大切、だから……」


みほ(私を、色々な人達と、結び付けてくれる……)

600 : KASA - 2017/01/12 21:32:16.90 KKMngF2OO 264/537

しほ「……。」

しほ「そうですか。」


しほ「……。」

しほ「……。」

しほ「………………………………。」


みほ(? ??)

みほ(ど、どうしたんだろう)

みほ(お母さん、黙り込んじゃった……)


しほ「……。」

しほ「……みほ。」

みほ「は、はい?」

しほ「もしもあなたが望むのなら──」

しほ「今一度、黒森峰女学園の門をくぐること──」

みほ(え──)

しほ「許可、しないこともないけれど」


みほ「へ……」

みほ「……へぇ!?」

みほ「!?」

みほ「!? !??」

みほ「な……どうして?」

みほ「なんで急に、そんな話を……」


しほ「……。」


 ──ドクン、ドクン、ドクン


みほ(何、これ、心臓が、顔が、身体が──すごく熱いよ……っ)

みほ(でも、でも──!)


みほ「お……お母さんがそういってくれるのは嬉しいです……」

みほ「でも」

みほ「だけど」

みほ「私の戦車道は──ここに……大洗にあります」

みほ「だから」

みほ「ごめんなさい……」

しほ「……そう」

しほ「あの子が引き留めていたら、黒森峰を止めなかったとかどうのと言っていたけれど──」

しほ「あれは?」

みほ「……っ」

みほ「でも、仮にあのまま黒森峰にいたとしたら」

みほ「多分、今ほど戦車道を好きには、なっていなかったと、思います……」

みほ「……だから、ごめんなさい……。」

601 : KASA - 2017/01/12 21:37:04.13 KKMngF2OO 265/537

しほ「……。」

しほ「……。」

しほ「……そうですか」

しほ「わかりました」


みほ「……はい……」

みほ(……。)

みほ(沙織さん、華さん、麻子さん、優花里さん、皆……)

みほ(ごめんなさい)

みほ(私、今、少しだけ……揺れちゃったんです……)

みほ(お母さんが、黒森峰に帰ってくるかって、それが、嬉しかった……)


しほ「……まぁ、しかたがありません」

しほ「今からでももう一人」

しほ「頑張って産んでおくべきかしらね」

みほ「」

みほ「……へっ!?」

みほ「じ、冗談……だよね?」

しほ「……。」

しほ「まほもダメ」

しほ「あなたもダメ」

しほ「となった場合」

しほ「私に取りうる、現実的な打開策の一つです」


みほ「」

みほ「」

みほ「お……おかあさんっ!!!」

しほ「……夜中に大声を出さないで。お隣さんに迷惑でしょう」

みほ「私達はお母さんの道具じゃないんだよ!!??」

しほ「……まったく……」

しほ「結局、そんな話になるのね」

みほ「何が!?」

しほ「貴方も少しは親の苦労を──家元というものを理解できるようになったのかと思たけれど」

しほ「またしても、買いかぶりだったようね」

みほ「も」

みほ「も」

みほ「もうヤダ! 頭がおかしくなっちゃうよぉ!!」

602 : KASA - 2017/01/12 21:39:45.63 KKMngF2OO 266/537

みほ(うぅ、うぅ、うぅ)

みほ(私、お母さんにすごく腹が立つのに)

みほ(そのはずなのに!)

みほ(私)

みほ(少しだけ喜んじゃってる……)

みほ(お母さんが、ほんの少しでも私の事……あてにしてくれた!)

みほ(そんなの全然、嬉しくないはずなのに)

みほ(そのはずなのに!)

みほ(私、私……おねえちゃあん! 私、自分がよくわかんないよぅ……!)


しほ「みほ、落ち着きなさい」

しほ「ともかく、まほやエリカには、この件はまだ黙っていなさい」

みほ「い、言えるわけないよっ!」

しほ「まほやエリカには、二人がもう少しおついてから──」

しほ「それと、わかっていますか、みほ」

みほ「うう……なんですか……」

しほ「これは、まほやエリカだけの話ではないのよ」

しほ「可能性は薄いと思うけれど、あなたにも可能性はある」

みほ「え……?」

しほ「もし──もしも、同性の子に、何らかの感情を抱いてしまったら──」

しほ「その時は、ちゃんと、母に打ち明けなさい」

みほ「うちあ……ええ!?」

しほ「その事であなたを邪見にしたりはしません」

しほ「ただ、家元として──知っておく必要がある」

しほ「分かるわね?」

みほ「いや、え、ええ……?」

みほ(わ、私が、友達の事を好きに……)

みほ(そ、それはたしかに)

みほ(エリカさんや)

みほ(それに……優花里さん……)

みほ(私にとって、特別な友達)

みほ(だ、だけど)

みほ(れ、恋愛感情って……)

しほ「……みほ」

みほ「! は、はい」

603 : KASA - 2017/01/12 21:40:27.09 KKMngF2OO 267/537

しほ「理解できなくてもいい、ただ、お願いだから、約束して頂戴」

しほ「もしもの時は」

しほ「私に」

しほ「隠さずにちゃんと打ち明けると……いい?」

みほ「う、うう……」

みほ(なんだか、おかあさん、すごく真剣……)

みほ「わ、わかりました……」

しほ「……。」

みほ「……。」

しほ「いいわ。あなたもお風呂してきなさい」

しほ「今日はもう、寝ましょう」

みほ「……は、はい」


 すっ……

 フラッ……


みほ「わ、とと……」

しほ「気をつけなさい。大丈夫?」

みほ「うう、ちょっと頭が混乱して……」

しほ「ゆっくりと、湯につかってきなさい」

みほ「はぁい……」


みほ(……うぅ)

みほ(おねえちゃぁん……)

みほ(エリカさぁん……)

みほ(みんなぁ……)



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

607 : KASA - 2017/01/15 09:48:34.53 jlrFLxUBO 268/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 カッチ、コッチ、カッチ……


みほ(眠れない。時計の音が、すごくハッキリと聞こえる)

みほ(あと少しで、明日になる)


みほ(……長い一日だったなぁ……)



 ……しゅる……



しほ「ん、ふ……。」


みほ(……。)

みほ(お母さんが、私の家で、寝てる)

みほ(カーペットの上に寝転がって、寝てる)

みほ(『あの』、お母さんが)

みほ(……変な感じ……)


しほ「……。」


みほ(……。)

みほ(この人は私の、お母さん)

みほ(私はこの人の、娘)

みほ(それでね)

みほ(あなたは私の、子供で──)

みほ(私はあなたの、お母さんです)


 カッチ、コッチ、カッチ……


みほ(お母さん)


みほ「……ありがとう……」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

608 : KASA - 2017/01/15 09:51:52.63 jlrFLxUBO 269/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


みほ(──。)


 トントントントントン……。


みほ(ん)

みほ(もう、朝?)

 
 トントントントントン……。


みほ(?)

みほ(何の音だろう)

みほ(あ)

みほ(お母さんが、キッチンで、料理)

みほ(朝ご飯作ってくれてるのかな)

みほ(……。)

みほ(お母さん、本当に、お母さんみたい)

みほ(……。)

みほ(なんだか別人になったみたい)

みほ(急に優しくなったよね)

みほ(……。)

みほ(なんでだろう?)

みほ(聞いたら、教えてくれるかなぁ)

みほ(後で、聞いてみようかなぁ)

みほ(もう少し、お母さんの音を聞ききながら、寝ていたい……)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

609 : KASA - 2017/01/15 09:53:13.52 jlrFLxUBO 270/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 
 ……かちゃ、かちゃ……


みほ「……お土産の明太子、おいしい、です」

しほ「そう」


 ……かちゃ、かちゃ……


みほ「……。」

しほ「……。」

みほ(どうしてだろう)

みほ(昨日はあんなに何でもお母さんに言えたのに)

みほ(今朝は……。)

みほ(うーん……。)

みほ(お母さん、もう、帰っちゃうのに)

みほ(聞いておきたいことも言いたい事も、まだまだたくさん、あるのに)

みほ「……。」

みほ「……っ」

みほ「あ、あの……っ」

しほ「?」

みほ「も、もし本当にお母さんも赤ちゃんを産むのなら、その時はちゃんと──」

みほ「改めて、教えて欲しいです」

しほ「……なんですって?」

みほ「こ、この年で妹が……弟かも?……が、できるかもっていうのは、すごく変な気持ちで」

みほ「だけどっ」

みほ「お母さんの考えも、ちょっとだけ、理解はできる、かもしれない」

みほ「だから」

みほ「せめて、前もって教えてください……」

しほ「……。」

しほ「……みほ」

みほ「は、はい」

しほ「……ハァ、あなたね……」

しほ「今の私に、子どもをこさえている余裕など──」

しほ「あるはずがないでしょう?」

みほ「……へ?」

しほ「まほが妊娠、あなたも妊娠、あの子の養子の件だって。それに輪をかけて、戦車道全体の問題も──」

しほ「そのうえさらに自分も妊娠だなんて、許容できるわけがないでしょう」

610 : KASA - 2017/01/15 09:53:42.45 jlrFLxUBO 271/537

みほ「え……じ、じゃあ、昨日の話は……冗談……?」

しほ「当たり前です」

みほ「で、でも! 西住流の家元の問題で──」

みほ「お母さんは本当に困ってるんだって……」

しほ「……。」

しほ「そんなに家の心配をしてくれるのなら──」


しほ「いいから、黒森峰へ戻ってきなさい」


みほ「……!」

みほ(……っ)


 ──ドクン、ドクン、ドクン──


みほ(だ)

みほ(だめだめだめ……!!)

みほ「そ、それは、その……」


しほ「……。」

しほ「……。」

しほ「……冗談よ」

611 : KASA - 2017/01/15 09:54:13.46 jlrFLxUBO 272/537

みほ「……。」

みほ「お、お母さんの、冗談は……わかりにくいです……」

しほ「……。」

しほ「ともかく、言っておきますが──」

しほ「家の問題を、貴方に考えてもらう必要はありません」

みほ「……。」

みほ(そんな風に、言わなくたって……)

しほ「まほがあの子に言ったいる事でもありますが──」

しほ「そういう事は西住の棟梁たる私が考えるべき問題です」

しほ「貴方は今、自分の事をまず第一に考えていればいいの。……余計な心配をされては、かえって迷惑です」

みほ(……。)

みほ(……お母さん……)

みほ「……わかりました。」

みほ「……ありがとう、お母さん」

しほ「……。」

しほ「わかったら、早く食べなさい」

しほ「食べたらもう、私は出るわよ」

みほ「……ん」

みほ(……。)

みほ(お母さん、本当に優しくなった)

みほ(やっぱり少し、不思議)

みほ(でも……どうして?って聞くのは、また今度にしよう)

みほ(今は……一緒にご飯を食べられれば、それでいいや……)



 かちゃ、かちゃ、かちゃ……



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

612 : KASA - 2017/01/15 09:54:52.09 jlrFLxUBO 273/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


みほ「お母さん、靴ベラ」

しほ「ん、ありがとう」


 こっ、こっ、こっ……
 

しほ「病院の先生のいう事を、良く聞くように」

みほ「うん」

しほ「検査入院が終わったら、とりあえず一度連絡をなさい」

みほ「はい」

しほ「それじゃ、しっかり頑張るように」

みほ「うん、頑張る」


 ──がちゃっ


みほ「あの……また」

しほ「ええ、また……じゃあね」

みほ「うん……」


 ──ガチャン


みほ「……。」

みほ「……。」

みほ(行っちゃった)

みほ(お姉ちゃんもお母さんも──)

みほ(ほんと、あっさりだなぁ……)


 ……ぴとっ


みほ(ドア、冷たい)


『……こっ、こっ、こっ、こっ……』


みほ(お母さんの足音が、遠のいてく)

みほ(……。)


 ……とたとたとたとた

 ……ガラガラガラッ


みほ「わー、今日もいい天気」

みほ「……。」

みほ「……。」

みほ(あ、お母さんでてきた)

613 : KASA - 2017/01/15 09:56:30.28 jlrFLxUBO 274/537

 ……かっ、かっ、かっ、かっ……


みほ(……。)

みほ(お母さんて、歩く時も、背筋が真直ぐなんだなぁ)


  ……かっ、かっ、かっ、かっ……


みほ(……。)

みほ(振り向きもせず、真直ぐに真直ぐに、ただ前へ)

みほ(私はあんな風には、なれないだろうなぁ。お姉ちゃんはきっと、なれるんだろうけど──)


  ……かっ、かっ、かっ、か……



  ……こっ


みほ(?)

みほ(立ち止まった──)


しほ『……。』

しほ『……。』クルッ


みほ(わ!? 振り向いた!?)

614 : KASA - 2017/01/15 09:57:21.75 jlrFLxUBO 275/537

しほ『……。』

しほ『!』


みほ(ふやっ!)


しほ『……。』

みほ「……。」


みほ「い──」

みほ「いってらっしゃい! お母さん!!」


しほ『……。』


しほ『……。』ノシ


しほ『……。』クルッ


……かっ、かっ、かっ、かっ……

みほ「……。」

みほ(……なんか、変な事言っちゃった)

みほ「……。」

みほ「……。」

みほ「よしっ」

みほ「私も顔を洗って」

みほ「歯を磨いて──」

みほ「学校に行こ~」




 ──やーってやーるやーってやーる~♪──



  ──や~ってやーるぜっ♪──



みほ(あ、電話、誰だろう)

みほ「いーやな、あーいつっを、フーンフフンフンフーン♪」



 トタタタタ



   ──け~んかはうーるもの、ど~うどうと~~~♪──



  ──かーたでかーぜきり~……




>着信[愛里寿ちゃん]

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

622 : KASA - 2017/01/16 22:08:34.22 X3Pl5bqnO 276/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


──やってやーる──


 >着信『ありすちゃん』



みほ「……。」

みほ(早く、電話にでなきゃ)

みほ(だけど)

みほ(電話にでるのが……怖い……っ)


みほ「でも、そんなはず、ない」

みほ「そうだよ」

みほ「そんなこと、あるはずない……」

みほ「だって愛里寿ちゃんまだ、十三歳なんだよ!?」



 ──十代の少女が妊娠──


みほ「……っ」


みほ(私の初潮は、11歳のときだった)

みほ(生理が始まれば、女の子の身体はもう赤ちゃんを産める──)

みほ(それは、そうかもしれないけどっ)

みほ(……。)

みほ(……ニュースで見たいことがある」


みほ(世界には10才で結婚させられて、子供も産まなきゃいけない、可愛そうな子がいるって……)

みほ「……いやっ!」

みほ「やめて!」

みほ「そんなのは遠い遠い国の話で──」

みほ「私の友達のお話とは違うもん!」


みほ「あぁ……お母さん!」

みほ(帰ってきて! 一人で電話にでるの、怖いよ!)

みほ(お母さんに、隣にいてほしい……!)

623 : KASA - 2017/01/16 22:10:11.03 X3Pl5bqnO 277/537

 ──やってやる~やってや~る……──

 ──……。


みほ「……あっ」

みほ「……。」

みほ(『携帯を、忘れて学校にいっちゃった』)

みほ(『ごめんね、歩いてて気が付かなかった』)

みほ「……だめ、一時逃げて、先送りしても、何も変わらない」


みほ(……愛里寿ちゃん……)

みほ(……。)

みほ(……っ)

みほ(そうだよ、もしも、愛里寿ちゃんが電話の向こうで泣いてたら……」

みほ(どうしても誰かに慰めてほしくて、電話をしてたなら)

みほ(だったら! それこそ電話に出てあげなきゃダメだよ!)



 ──ぴっ、ぴっ、ぴっ


 ──とぅるるるるるる、とぅるるるるるるる──



みほ(お母さん、怖いよ、お母さん……)

みほ(……でも、甘えちゃだめっ、お母さんを頼ってばかりじゃ)

みほ(私が、ママに、なるんだもんっ)

みほ(・・・・・・っ!!!!)

626 : KASA - 2017/01/17 20:24:03.81 nmBJYm48O 278/537

 ──とぅるるるるる、とぅるるるるるる──



みほ「……。」

 どきどきどき



 ──とぅるるる……ぴぽっ



みほ(つながったっ)

みほ「も、もしも──」


愛里寿『もしもしみほさんっ!?』


みほ(……!)

みほ「う、うん、私だよ」

みほ「ご、ごめんね、すぐに電話に出れなくて」


愛里寿『ううん! 私のほうこそごめんなさい。朝早くに電話して』

みほ「い、いいよ、全然気にしないで?」


みほ(あれ……?)

みほ(愛里寿ちゃんの声、すごく元気だし、とっても明るくて可愛い……)

みほ(もしも妊娠してたら、こんな風におしゃべりできるはずが──)

みほ(──じゃあ! やっぱり妊娠なんかしてない!?)

みほ(……そうだよ! そうにきまってる!)

みほ(だって、13歳の女の子が、妊娠なんかしていいはずないもん!)

みほ(……よかった! 本当によかった……!)


みほ「う、ううん! 全然大丈夫だよ。電話してくれてありがとう」

みほ「愛里寿ちゃん、元気にしてる?」

愛里寿『うん! すごく元気だよ!』

みほ「そっか……よかった……!」

愛里寿『みほさんは? 元気?』

みほ「私は……う、うん、私も、元気だよ」

愛里寿『そっか、よかったぁ』




愛里寿『赤ちゃんのためにも、お母さんは元気でいなきゃだもんっ、えへへ』




みほ「──────え?」



みほ「……『赤ちゃんのためにも』……?」


みほ(……何?)

みほ(……何を言ってるの……)

627 : KASA - 2017/01/17 20:24:56.60 nmBJYm48O 279/537


愛里寿『?』

愛里寿『みほさん?』


みほ(……。)

 ──キン、キン、キン──

みほ(あ──頭が──)

みほ(チカチカして)

みほ(『言葉』がわからない──)


愛里寿『? ?? あ……そっか、何で知ってるのって、驚かせちゃったかな……』

愛里寿『実はね、お母様がみほさんの事を教えてくれたの』

愛里寿『ホントは機密事項だけど、特別にって……』

愛里寿『秘密だから、みほさんにも、勝手に連絡しちゃいけないよって言われてたんだけど……』

愛里寿『だけど私、どうしてもみほさんとお話ししたくて!』

愛里寿『みほさんも明後日から、つくばの病院にお泊りするんだよね?』


みほ「……!?」

みほ(『みほさん、も』……)


愛里寿『その時みほさんに会えるんだって、赤ちゃんのお話し、みほさんといっぱいしたいなぁって!』

愛里寿『考えてたらすごくワクワクして』

愛里寿『どうしてもみほさんの声を聴きたくなって……』


みほ「……。」

みほ「……。」


愛里寿『……みほさん……えと……やっぱりこんな朝に電話しちゃ、迷惑だったの、かな……』

628 : KASA - 2017/01/17 20:25:59.09 nmBJYm48O 280/537

みほ(……すぅ、はぁ……)

みほ「……愛里寿ちゃん、ごめんね、一つだけ、まず、教えて、くれるかな……」

愛里寿『う、うん?』

みほ「愛里寿ちゃんは──」


みほ(おねがいです──)

みほ(間違いで──)


みほ「妊娠」

みほ「してるの?」


みほ(何かの勘違いであってください──)



愛里寿『うん!』

愛里寿『私もママになるんだよっ!』




みほ(──。)

みほ(ああ……)

みほ(ああああ……)

みほ(ああああああ……)


 ……くらっ……


みほ(……っ)

みほ(ダメ!!)

みほ(踏ん張れ……!)

みほ(倒れちゃだめ!!)

みほ(踏ん張れ、私!!!)

みほ(踏ん張らなきゃダメ……!!!)

みほ(神様を、恨んでもしかたない……!)

みほ(憎むための何かを探してもしかたがない……!)

みほ(受け止めなきゃ……!)

みほ(愛里寿ちゃんの言葉を──)

みほ(まっすぐに、現実を!)

みほ(お母さんみたいに、会長みたいに!)

みほ(そうじゃないと──)

みほ(私は一生ママになんかなれない……!)

632 : KASA - 2017/01/18 21:46:42.60 E4nSIg+JO 281/537

みほ「愛里寿ちゃん」

愛里寿『うん?』

みほ「元気そうで安心したけど……本当に大丈夫?」

愛里寿『……?』

みほ「妊娠してるんだもん。不安な事や心配な事、いっぱいあるんじゃないのかな……」

愛里寿『ん……もちろん、ちょっとだけ不安だけど……』

愛里寿『でも私ね、ずっと赤ちゃんがほしかったんだ!』

みほ「え……。」

愛里寿『だって赤ちゃんって、とってもかわいいもの!』

愛里寿『軽くて、柔らかくて、小さくて、いい匂いがして……』

愛里寿『私も早くお母さんになりたいなぁって、ずっとずっと思ってた……!』

みほ「……。」

みほ「そう、なんだね……」

愛里寿『それでね、赤ちゃんが少しだけ大きくなったら、一緒にボコミュージアムにいくんだよっ』

愛里寿『スペース・ボコンテンはまだ早いかもしれないけど……』

愛里寿『イッツ・ア・ボコワールドになら、きっと一緒に乗れるよね!』

みほ「う、うん、そうだね、きっと一緒にのれる……」


みほ「……。」


みほ(あぁ……この感じが、そうなんだ。)

みほ(本当にまるで──)

みほ(『胸の奥が締め付けられてるみたい』。)

みほ(……っ。)

みほ(愛里寿ちゃんの無邪気な声が、とっても辛い。)

みほ(エリカさんみたいに苦しむよりは、ずっといい──)

みほ(そのはずなのに……。)

みほ(どうしても、愛里寿ちゃんの嬉しそうな声が声が、悲しい……っ)


みほ「ね、ねぇ、愛里寿ちゃん……」

愛里寿『うん?』

みほ「愛里寿ちゃんのお母さんは、もちろん、赤ちゃんの事、知ってるんだよね……?」

愛里寿『うん、知ってるよ。お母さんと一緒に、連盟の人やお医者様に説明をしてもらったんだよ』

みほ「愛里寿ちゃんのお母さん、えと、びっくりしてたよね……?」

633 : KASA - 2017/01/18 21:47:17.13 E4nSIg+JO 282/537

みほ(愛里寿ちゃんのお母さんも、平気でいられるはずがない……)


愛里寿『お母さんはね……おめでとうって!』

みほ「……え!?」

愛里寿『よかったね! えらいねって──褒めてくれたよ!』

みほ「!? !??」

愛里寿『私が一生懸命に頑張ってるから、神様がきっと、贈り物をしてくれたんだって……!』

愛里寿『皆で一緒に、新しい家族をお祝いしようねって……!』

みほ「そ、そう、なんだ……」


みほ(……!?)

みほ(『おめでとう』……!?)

みほ(自分の娘が、13歳の娘が、原因不明の妊娠──)

みほ(命に関わることかもしれないし、一生がおかしくなってしまうかもしれないのに……。)

みほ(……。)

みほ(……あ……)

みほ(もしかして……)

みほ(……愛里寿ちゃんの、ため……?)

みほ(愛里寿ちゃんを怖がらせないために、不安にさせないために)

みほ(『これは素晴らしいことなんだよって』……。)

みほ(愛里寿ちゃんの無垢な気持ちを気付つけないように──)

みほ(愛里寿ちゃんの心を守るために……!?)


みほ(もしもそうなら──)

みほ(それを、私が台無しにしちゃいけない)

みほ(その思いやりと頑張りを、私が壊すわけにはいいかない……)


みほ「──わ」

みほ「私や、私の赤ちゃんも一緒に」

みほ「皆でボコミュージアムにいけたら、いいね……っ」


みほ(──っ、辛いっ)

みほ(辛いよぉ……!!!)

みほ(お母さん……!!!)

634 : KASA - 2017/01/18 21:48:26.57 E4nSIg+JO 283/537

愛里寿『そうだね! すごく楽しいと思う!』

みほ「う、うん……うん……っ」

みほ「……。」

みほ「あの、それでももしも心配な事があったら……何でも言ってね!」

みほ「私、いつでもお話しを聞くから!」

愛里寿『うん、ありがとう』

愛里寿『でも、きっと大丈夫だよ』

みほ「そ、そうかな」

愛里寿『うん。妊娠は確かに大変……でも、お母さんが一緒にがんばろって言ってくれるし。それにお医者様もとても優しくしてくれるんだ』

みほ「……そっか……」


みほ(でも、たしかに、そうだよ、愛里寿ちゃんの気持ちが一番大事なんだ……)

みほ(いくら私が辛くても)

みほ(いくら愛里寿ちゃんの笑顔がけな気で悲しくても)

みほ(そんなの、関係ない)

みほ(愛里寿ちゃんが元気で、未来に希望をもっていられることが、絶対っ、一番重要だよ……っ!)


みほ「っ……よかったね! お母さんたちが、祝福してくれて!」

みほ「きっと、愛里寿ちゃんのあかちゃんなら、とってもかわいいよ!」


愛里寿『うん!』

愛里寿『だから私も、頑張らなきゃ!』

みほ「私達も、ボコみたいに頑張ろうね」


愛里寿『……っ!』


愛里寿『……ボ……。』

愛里寿『……。』

愛里寿『……。』

愛里寿『……。』

愛里寿『……。』

みほ(……?)

みほ「愛里寿ちゃん……?」

愛里寿『……。』

愛里寿『う、うん、頑張るね……』

みほ「……? えと……ああ、そうだ、それと愛里寿ちゃんのパパは──」

愛里寿『──っ、ごめんね、もう切るねっ、……ありがとう!』



みほ(──え!?)

635 : KASA - 2017/01/18 21:49:39.22 E4nSIg+JO 284/537

みほ「待って!、まだ──」

愛里寿『ごめんなさい、ばいばいっ』



 ──ぷっ   ツー、ツー、ツー



みほ(ど……どうして……)

みほ「……。」

みほ「……。」

みほ「……あ……」


みほ(……一緒だ)

みほ(あの時の私の電話の切り方と、一緒だ)

みほ(早く電話をきりたくて)

みほ(急に話をやめる)

みほ(だって)


 ──どくんっ……──


みほ(早く電話を切らないと──)


 ──どくんっ、どくんっ──


みほ(涙があふれてしまうから──!!)


 ──キィィィィィィィィィィィィィィィン!!!──


みほ「愛里寿ちゃんっ!!」


 ──ぴっ、ぴっ、ぴっ

 ──とぅるるるるうる どぅるるるるるるる


みほ(電話にでて、お願い!)


 ──とぅるるるるるるる とぅるるるるるる


みほ(愛里寿ちゃんは、何かを黙ってる! 本当の気持ちを、何かを隠してるっ)

 
 ──とぅるるるるるる どぅるるるるるる とぅる……


みほ「あ……!?」

みほ(愛里寿ちゃん……)

みほ(……。)

みほ(……っ)

みほ(……!!)

みほ(あきらめちゃだめだ!)

みほ(今、絶対に、愛里寿ちゃんを一人にしちゃいけないときだ!!)

みほ「そうだよねっ、エリカさん! お姉ちゃん!」

636 : KASA - 2017/01/18 21:53:22.28 E4nSIg+JO 285/537

 ──ぴっ! ぴっ! ぴっ!

 ──とぅるるるるるる どぅるるるるる


みほ(もし、愛里寿ちゃんが電話にでてくれなかったら)

みほ(お母さんに連絡をとって、島田のお家に電話をする)

みほ(ううん、それか──お家を教えてもらって、会いに行く!)

みほ(絶対に、絶対に愛里寿ちゃんに連絡を取らなきゃ!!)


 ──とぅるるるるうるる


みほ(絶対に──)


 ──とぅるるる ──ぴぽっ



みほ(!)

みほ(つながった!?)



みほ「も、もしもし?」

みほ「愛里寿ちゃん……?」


愛里寿『……。』

愛里寿『……。』

愛里寿『……っ、……っ』


みほ(──。)

みほ(この、)

みほ(小刻みに息を吸うような音)

みほ(……っ)

みほ(やっぱり……っ)


愛里寿『……みほ、ざぁん……ひっ、えぐっ……』


みほ「あ──」

みほ「愛里寿ちゃん!!!」

639 : KASA - 2017/01/21 11:56:54.93 92Ft49gOO 286/537

みほ「──。」


みほ(声を乱しちゃ、ダメ……っ)

みほ(こういう時こそ、落ち着いていないと)

みほ(……ふぅー……)

みほ(ゆっくり、ゆっくり、優しくしゃべる……)


みほ「愛里寿ちゃん、泣いてるの?」

愛里寿『……みほさ……ふぇっ……っひぃ……』

みほ「妊娠が、怖い?」

愛里寿『ひん……。』

愛里寿『私、ボコにたいになりたかったのに』

愛里寿『でも、なれないもん……』

みほ(??)

みほ「そんなことないよ? 愛里寿ちゃんも、きっとボコになれるよ」

愛里寿『でも、頑張らなきゃって思ってるのに』

愛里寿『赤ちゃん産んであげなきゃって』

愛里寿『だけど怖いけど、それでも頑張らなきゃって』


みほ(……こんなのって、むごすぎる……)


みほ「怖い、よね。そうだよね、怖くてあたりまえだよ」

みほ「私だって、怖いもん……」

みほ「ねぇ、愛里寿ちゃんの気持ち、お母さんは知ってるのかな……?」

愛里寿『……。』

愛里寿『お母様には、言ってない……』

みほ「そっか……」

みほ「ちゃんと、伝えたほうがいいと思う……」

愛里寿『……。』

愛里寿『……でも……。』

愛里寿『……。』

愛里寿『お母様、泣いてた』

みほ「え……?」

愛里寿『病院からお家に帰ったあと、お母様、自分の部屋で、泣いてた……』


みほ(……!)

640 : KASA - 2017/01/21 11:57:27.19 92Ft49gOO 287/537

愛里寿『お母様は、私を励ますために、頑張ってくれてる』

愛里寿『だから私も、しっかりしなきゃって……』


みほ(……愛里寿ちゃん……!)

みほ「愛里寿ちゃんは、偉いよ……私なんかよりも、ずっとずっと、大人だよ……」


愛里寿『だけどやっぱり、私、怖い……』

愛里寿『赤ちゃんは欲しかったけど』

愛里寿『こんな早くにだなんて、思ってなかった』

愛里寿『今日も、一人で目が覚めで、なんだかすごく怖くて』

愛里寿『それで、みほさんの声をきいたら、元気がでるかなって思ったの……』

みほ「……っ」

愛里寿『みほさんも妊娠してるって、お母様に来たから……一緒にがんばろって、勇気づけてくれるって思って……』


みほ(……聞いてられないよっ)


みほ「愛里寿ちゃん」

みほ「ね、お母さんに、言お?」

みほ「本当は怖いんだって……ちゃんと言おう?」

みほ「そんなに頑張らなくたって、いいんだよ……!?」


みほ(早すぎる──)

みほ(愛里寿ちゃんのお母さんだって、それを分かってる)

みほ(だったら!)

みほ(悲しくても、辛くても)

みほ(その先にある選択肢を──)

みほ(真剣に、一緒に考えてあげたほうがいいんじゃ……!?)

みほ(だって愛里寿ちゃんはまだ、13歳なんだよ……!?)


愛里寿『……。』

愛里寿『……それは、やだ……』


みほ「どうして……!?」

みほ「お母さんのことが、心配なの……?」


愛里寿『……。』

愛里寿『だって、そんな事をしたら』

愛里寿『……もしかしたら……』

愛里寿『この子は──』


みほ(……!!!!)

みほ(愛里寿ちゃんは──)

みほ(本当にすごく賢いんだ……!)

みほ(勉強ができるだけじゃない、心も体も、ちゃんと飛び級してる!)

みほ(それは良いことのはずなのに、そのせいで今、愛里寿ちゃんは……っ)

641 : KASA - 2017/01/21 11:58:27.33 92Ft49gOO 288/537

みほ「赤ちゃん、産んであげたいんだね……」

愛里寿『……うん……』

愛里寿『それなのに、どうしても、怖い……情けない……』

愛里寿『……。』

愛里寿『みほさん』

愛里寿『私……』

愛里寿『……ボコに、なりたい……』

みほ「……愛里寿ちゃん……っ」

みほ「ね、やっぱり、お母さんに言おう……?」

愛里寿『え……』

みほ「妊娠は怖い、だけどそれでもやっぱり産みたいって、ちゃんとお話ししよ……!?」

愛里寿『……。』

愛里寿『私が、私さえ頑張れば』

愛里寿『お母さんんい今以上に心配をかけなくてすむ。』

愛里寿『この子だって、産んであげられるんだ』

愛里寿『だから、やっぱり』

愛里寿『言うわけにはいかない。』


みほ(……!)

みほ(愛里寿ちゃんの声、もう、さっきまでの鳴き声じゃない)

みほ(私とお姉ちゃんを、たった一両で迎え撃つ、あの時のような──)

みほ(……数秒前の愛里寿ちゃんとは、まるで別人みたい)

みほ(……子供と大人、その間で、ふあん亭に揺れてる、のかな……)

みほ(ならせめて、落ち込んだ時に、側で支えてくれる誰かがいてくれたら……)

みほ(……あっ)



みほ「愛里寿ちゃん」

愛里寿『?』

みほ「子供の、パパは誰……?」

愛里寿『え?』

みほ「赤ちゃんのパパは、誰なのかな……?」

愛里寿『えと、ルミ、だよ』

みほ(「ルミ」さん……?)

みほ(ああ、連盟の広報新聞で、顔写真を見たような──)

愛里寿『みほさん達とも、一緒に戦った』

みほ「やっぱり、戦車道の人なんだね。それで、その人と愛里寿ちゃんとは……仲良し?」

愛里寿『えと……う、うん。ルミは、私の事を可愛いっていってくれるし、それに眼鏡をかけてるから、とっても頭がいいの……』

愛里寿『赤ちゃんの事、もちろんびっくりしてたけど、『責任とらなきゃいけませんね』って、笑ってくれたよ』

愛里寿『ルミは、優しいから……』


みほ(ちゃんと信頼してる人なんだ、よかった……!)

みほ「ルミさんには、私に聞かせてくれたようなこと、お話ししてるのかな……?」

642 : KASA - 2017/01/21 11:59:00.28 92Ft49gOO 289/537

愛里寿『それは……』

愛里寿『してない……』

愛里寿『心配、かけたくなくて』

愛里寿『ホントは、みほさんにも言っちゃいけなかったんだって、少し、思ってる……』


みほ「そ、そんなことないよ! 愛里寿ちゃんが悩みを打ち明けてくれて、私、すごく嬉しかった!」

愛里寿『……ほんとに?』

みほ「愛里寿ちゃんのパパになって、ぎゅーって抱きしめてあげたいよ!」

愛里寿『みほさん……』

みほ「でも悔しいけど、愛里寿ちゃんのパパは、ちゃんと他の人がいる……」

みほ「ねぇ愛里寿ちゃん、ルミさんにだけは、本当の気持ちを打ち明けても、いいんじゃないかなぁ」

愛里寿『……。』

みほ「私がパパだったら……自分の子供を産んでくれる人の悩みは、全部知りたいって、思う……」

みほ「嬉しいことも、心配なことも、一緒に全部感じていた言って、そう思うよ……」

みほ「だって、愛里寿ちゃんが産もうとしてる赤ちゃんは、二人の子供なんだもん」

愛里寿『……。』

愛里寿『……そう、なのかな……』

愛里寿『ルミになら……打ち明けても、いいのかな……』

みほ「きっと、ルミさんも、言ってくれないほうが、悲しいんじゃないかな」

愛里寿『……。』

愛里寿『……少し、考えてみる……』

みほ「うん」

みほ(絶対に言わなきゃダメって、念を押したいけど)

みほ(自分の中で考えて、納得することが、大事、きっと……)

みほ「……。」

みほ「愛里寿ちゃん」

愛里寿『なに?』

みほ「ボコミュージアム……みんなで一緒に、絶対に行こ」

愛里寿『……!』

愛里寿『うん……っ』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

643 : KASA - 2017/01/21 12:00:32.12 92Ft49gOO 290/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ──ぴっ……ツー ツー ツー


みほ「……。」

みほ「……。」

みほ「……。」


 からからから……


みほ(……お母さん、とっくに見えなくなっちゃってた)

みほ「……。」

みほ「私もそろそろ、学校へ行かなきゃ」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


桂利奈「たいちょ~、おはようございまーす!!」 たたたたたたたた!

みほ「わっ、桂利奈ちゃん!? そんなに急いでどうしたの!? まだ全然遅刻じゃないよ?」

紗希「……。」タタタタタタタ

みほ「ふぇ!? 紗希ちゃんまで!?」

桂利奈「妊婦さんには運動が大事だって──あわわ、あんまり大声で言っちゃいけないんだった──本に書いてあったんです~~~!」

みほ「ええええ? 走るのは違うんじゃ……む、無理しちゃだめだよ~~~!?」

桂利奈「はぁ~~~い!」シュタタタタタタ

紗希「……。」シュタタタタタタ

みほ「行っちゃった……あはは、元気だなぁ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

644 : KASA - 2017/01/21 12:01:09.52 92Ft49gOO 291/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ぶろろろろろろろ……


みほ(あ、後ろから車だ、避けなきゃ──)


 ──ぷっぷー!


みほ「!?」

ホシノ「やー、西住隊長、おはよ~。ごめんねびっくりさせて」

みほ「ホシノさん!……と、ツチヤさんも」

ツチヤ「おはようございます……すみません」

みほ「えと、一緒に車で登校ですか……?」

ツチヤ「まぁ、はい……」

みほ「……?」

ホシノ「いや~、ツチヤが転んでお腹を売ったりしないか、心配になっちゃってさぁ」

みほ「へ……?」

ツチヤ「っ……だからぁ! ほんともう止めてよ! そーいうのはさぁ!」

みほ「えと……?」

ツチヤ「昨日からこの人おかしいんですよ! 歩いてて段差がある度に気を付けろ気を付けろってうるさいし、私の鞄も持とうとするし……!」

ホシノ「だってなぁ」

ツチヤ「だってじゃない!」

みほ「ふふふ……いいなぁ、ツチヤさん、すごく大事にしてもらってるんですね」

ツチヤ「そうじゃないんだよぅ!」

みほ「ふぇ?」

ツチヤ「この人は、私をからかって喜んでるだけなのー!」

ホシノ「おいおい心外だなぁ。私はツチヤの事を心から大切におもうからこそ──」

ツチヤ「だから、そういうのやめてって、言ってるでしょー!」

ホシノ「へへへ~……そうだ、隊長も、乗ってくかい?」

みほ「あ、えと~……ありがとうございます、でも、歩きます」

みほ「お二人の邪魔をしちゃ悪いですから」

ツチヤ「うぁーっ、隊長までぇ!」

みほ「あはは」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

645 : KASA - 2017/01/21 12:01:52.12 92Ft49gOO 292/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そど子「あら、おはよう西住さん、いつも通り、ちゃんと遅刻せずに来たわね」

みほ「おはようございます、そど子さんもいつも通りですね──って」

みほ「ふぇ? ……ま、麻子さん……?」

麻子「……おぉ、西住さんか……おはよ、う……。」

麻子「……うう、眠い……」

みほ「どうして麻子さんが、校門で」

みほ「それに、あ、あれ? その腕章、『風紀委員』……?』」

みほ「麻子さん、風紀委員になったんですか……!???」

麻子「非常勤だがな。……うぅ、朝日が辛い」

みほ「だけど、どうして……?」

そど子「なんだか知らないけどさ、これからは一緒に遅刻の取り締まりをしてくれるんだって」

みほ「そ、そうなんですか」

そど子「……ふん……」

そど子「私はべつに、そんな事頼んでないのに……」

麻子「……うるさいぞ。ちゃんと遅刻を取り締まれ、そど子」

そど子「……っ、何よ偉そうにっ」

みほ「……ふふ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


沙織「みっぽり~ん、おはよー!」

「おはようございます、みほさん」

みほ「沙織さん、華さん!」

沙織「ねぇ聞いてよみぽりん! 私、華道を始めることになったんだよー!」

みほ「ふぇ!? そ、そうなの……!?」

沙織「うん! 五十鈴流に入門するのー。お父さんが着物を買ってくれるって! あ、でも戦車道もちゃんと続けるから安心してね?」

みほ「え!? え!? あの、あのあの」

「もう沙織さんったら、ちゃんと一つ一つお話しをしないと、みほさんがびっくりしていますよ……?」

沙織「あははは、ごめんね~! 話したい事がいっぱいあってさぁ! 困っちゃう!」

みほ「う、うん、ゆっくり全部聞くから、大丈夫だよ……?」

「──おいーっす、やー、ちゃんとみんな学校に来てくれて、嬉しいねぇ~」

「会長、おはようございます」

沙織「あれ? 会長、今日はゆっくりですね?」

「昨日久々に家に帰ったんだけどさ、やっぱ自分の布団は落ち着くよね~。寝坊しちゃった」

「なるほどです」

「じゃ、仕事があるから、先にいくよ~、またねー」


 すたすたすたすた……


沙織「会長……いつも通りだねぇ……」

「えぇ、本当に」


みほ(……。)

みほ(会長は本当に……すごいです……)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

646 : KASA - 2017/01/21 12:03:59.18 92Ft49gOO 293/537

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

きーんこーんかーんこーん……



教師「では、昨日の続きから、89ペーシを──」

みほ「……。」

みほ(青空、いい天気……窓際の席でよかった)


 ──さぁぁぁぁぁぁ


みほ(ん……風もなんだか、今日は暖かいなぁ……)

教師「──が、──というわけで──」

みほ(……。)

みほ(昨日と何も変わらない、いつも通りの授業)

みほ(……。)

みほ(私に何があろうと、青空は青空だし、学校は学校)

みほ(だけど)

みほ(この空の下で、間違いなく──)

みほ(皆、頑張ってる)

みほ(お母さん、お姉ちゃん、エリカさん、愛里寿ちゃん、ダージリンさん、それに……)

みほ(……。)

みほ(……。)

みほ(頑張ろう)

みほ(私と出会ってくれた、皆のために)

みほ(その人達が困っている時、力になれるように、私も、頑張ろう)

みほ(そうしたら──)

みほ(皆に私を、支えてもらえるかな……)

みほ(……。)

みほ(子宮って、このあたりだったかな?)


 ……さすり、さすり……。


みほ(……。)

みほ(パパがわからないのは寂しいけど──)

みほ(あなたのためにも、頑張る……)


 ──────。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


続き
【ガルパン】マタニティ・ウォー!【4】

記事をツイートする 記事をはてブする